シナリオ

|祝福《呪い》

#√汎神解剖機関 #天使化事変 #羅紗の魔術塔

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 #√汎神解剖機関
 #天使化事変
 #羅紗の魔術塔

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●発症
 其処は豊かな森と水源に囲まれた、穏やかで静かな村であった。春の気配がゆっくりと近付き始めるこの季節に、その事件は起きた。
「村の皆が……どうして、どうしてこんなことに……」
 村の教会のシスター、セレーヌは自身が置かれた状況に絶句している。
 朝の祈りを捧げ、一日が始まった矢先。村中が悲鳴や奇妙な咆哮に包まれた。
 何事かと外に出れば、見たこともない怪物が人々を襲っている。まさか、聖書に描かれているような悪魔が襲ってきたとでもいうのか。神父に助けを求めるべきだ――教会の中へ戻ろうとした彼女の背後で、異様な気配が蠢いた。
 振り向くと、村を襲っているのと同じ怪物が、彼女に腕を伸ばしている。その首元には、神父が身に着けていたはずのロザリオが掛かっていた。
「え……?」
 銃声が鳴り響く。セレーヌを襲おうとしていた怪物の頭に銃弾が撃ち込まれた。同時、誰かがセレーヌの腕を掴む。
「セレーヌ様、こっちだ!」
「ルメルシエ……!?」
 それはセレーヌがよく知る人物であった。教会で下働きをしているルメルシエという青年だ。怪物が銃弾に気を取られているうちに二人は逃げ出す。青年はセレーヌを連れて、村の片隅にある倉庫へと身を隠した。
「村中、バケモノで溢れてる。チャンスを見つけて村から逃げないと」
 ルメルシエの言葉に、セレーヌはハッと目を見開いた。
「そんな……村の皆はどうなるのですか? 彼らを置いて逃げるなんて。生き残っている人がいるかもしれませんし、神父様にも助けを……」
 先ほど背後にいた怪物が頭を過ぎる。首に掛かったロザリオを思い出し、すべてを察してしまった。
「……さっき私の背後にいた彼が、そうなのですね?」
「……おそらくは」
 ルメルシエが返す。セレーヌは表情を歪ませ、倉庫の床へと視線を落とした。
 彼女は混乱の中で必死に心を落ち着かせ、頭の片隅にあった一つの知識を拾い上げる。
「まさか『天使化』の病? ずっと昔に根絶したと聞いていたのに……ルメルシエ、あなたは大丈夫なの?」
 気遣うような視線を向けるセレーヌに、ルメルシエは頷いてみせた。……実は怪我を隠しているが、セレーヌを心配させまいと伝えない。
「安心してくれ。俺はたぶん罹患してない。そうじゃなきゃ……怪物になったとはいえ、神父様の頭を躊躇なく撃つなんてできないさ」
 手慣れた風に銃を握るルメルシエは、複雑そうな面持ちでセレーヌを見つめる。
 彼女は動揺して気付いていないようだが、彼女の背には白い天使の翼が生えていた。

●天使に至る病
「善良であるがゆえに罹患する風土病ですか。……人心の荒廃した世にあってもなお、天使化の病は在り続けるのですね」
 |泉下《せんか》|・《・》|洸《ひろ》(片道切符・h01617)は、今回の依頼について語る。
「√汎神解剖機関のヨーロッパ各地で、老若男女問わない『善良な人々』が、突如として『天使化』する事件が予知されました。天使化とは『善なる無私の心の持ち主のみ』が感染するとされるヨーロッパの風土病です」
 現代では既に根絶したものと思われていたが、此度、再び人々に猛威を振るい始めたという。
「殆どの場合、感染者はオルガノン・セラフィムという怪物に変貌してしまいます。しかし、怪物にならず真に『天使』と化した……理性と善の心を失っていない人の存在を予知しました」
 救助対象は、天使と化したセレーヌというシスター。そして、彼女と共にいるルメルシエという青年だ。彼らを助けてあげてほしい。
「まずは、村を徘徊しているオルガノン・セラフィムを掃討し、避難経路を確保していただきたい。掃討後は二人が隠れている倉庫へ向かってください」
 倉庫へ向かい二人と接触。倉庫の裏口から森へと抜けて、安全な場所まで逃げるよう説得してほしい。
「ルメルシエは天使化の病に罹患していません。なぜなら彼は、本質的に悪人だからです」
 ルメルシエは元々犯罪組織の人間だったが、仲間に裏切られ死にかけていたところをセレーヌに救われた。彼はセレーヌに恩があり、彼女を守ろうとしている。
「この件に関しては、彼は信頼できるといって良いでしょう。……ただ、それゆえの弊害もございますが」
 救助に来た√能力者たちに対し、ルメルシエは間違いなく猜疑心の目を向けるだろう。本当に助けに来たのか、本当は敵の仲間ではないか。悪意を持って嘯いているのでは、と。
「何らかの手段で、味方だと信じ込ませてください。ルメルシエが信じてくれさえすれば、セレーヌを連れて森を抜けてくれますから。皆様も、後に来るアマランス・フューリーとの戦闘に専念することができるでしょう」
 アマランス・フューリー……彼女は汎神解剖機関と対立する秘密組織『羅紗の魔術塔』の魔術師だ。オルガノン・セラフィムや天使を奴隷化するため、病気が蔓延した村へとやってくる。
 不幸にも怪物となってしまった人々が組織に利用されないよう、アマランス・フューリーを撃破してほしい。
「感染者でない村の人々のことは考慮に入れずとも問題ありません。……率直に申し上げますと、セレーヌとルメルシエ以外の人々は、怪物……オルガノン・セラフィムに全員殺されていますから」
 すべてを救うことはできない。その現実は皆様を苦しめるかもしれません。ですが、どうか飲み込んでいただきたい。洸は静かにそう紡ぎ、√能力者を送り出すのであった。

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第1章 集団戦 『オルガノン・セラフィム』


東大和・斬花
継萩・サルトゥーラ
花喰・小鳥

●弔い
 天使化の病に侵され、今や地獄と成り果てた村。√能力者たちはその入り口へと立つ。
「善いひとほど早く死ぬということですか」
 |花喰《はなくい》 |・《・》 |小鳥《ことり》(夢渡りのフリージア・h01076)は煙草を咥え、カチリと火を着ける。戦う前の精神統一。|血社《ファシナンテ》がくゆる紫煙の吐息の先では、怪物たちが徘徊していた。
「いやはや善人が天使になる病気ね。でも殆ど後でバケモンになっちまうのは笑えねーな」
 奇妙な病だと、継萩・サルトゥーラ(|百屍夜行《パッチワークパレード・マーチ》・h01201)は苦い表情を浮かべる。天使へと変性する段階で怪物を生み出すとは、悪質にも程がある。
 怪物……オルガノン・セラフィムは、新たな獲物を求めて村を彷徨っているようだ。中には捕食し殺害した人間を貪っている者もいる。
 凄惨な光景を、|東大和《あずまやまと》|・《・》|斬花《ざんか》(一刀必殺・h05005)は目を逸らすことなく見つめていた。
「かつて人であった者達……善良であるが故に業苦に苛まれるなどあってはならぬ」
 背の大太刀を抜く。静かに抜かれた大太刀 銘《鬼討》は、陽光を静かに照り返した。その一刀に決意を固め、斬花は断言する。
「だが、今は人の敵となるのなら、この手で斬らねばならない」
 これ以上の罪を背負わせてはならない。サルトゥーラも頷いて、小型改造無人ドローン兵器「アバドン」の軍勢を展開する。
「バケモン天使狩りの時間といこうか」
 天使となり生存しているセレーヌと、彼女を守るルメルシエのためにも。
 ふうっと紫煙を吐き出して、小鳥は淡々と紡いだ。
「行きましょう。かつての村人だとしても、遠慮はしません」
 小鳥の言葉に応えるように、|燐火《レヴニール》が舞う。常人には見えぬ白い炎の花びらを纏わせて、彼女は進む。
 オルガノン・セラフィムたちが彼らに気付いた。襲い来る怪物へと、√能力者たちは各々の武器を構える。
 サルトゥーラはアバドンを飛ばし、敵群を四方八方から取り囲んだ。
「一人たりとも逃がさないぜッ! アバドン、弾幕展開!」
 アバドンプレイグによりミサイルを一斉に発射。怪物たちへと豪雨の如く降り注ぐ。
 ミサイルに体を砕かれながら、怪物は自身の体を祝福により強化。アバドンの包囲を抜け、サルトゥーラへと迫る。その行く手に、小鳥が立ち塞がった。
「――酷薄な死よ、抱け」 
 燐火が一斉に湧き立ち、燃え盛る。白い炎の花びらは桜吹雪のように舞い踊り、敵群を包み込んだ。
 |葬送花《フロワロ》が怪物を無慈悲に抱く。肉体を焼く炎花に、怪物たちは悲鳴を上げた。
 怪物は救いを求めるように小鳥へと手を伸ばす。その手は、触れる者すべてを傷付ける凶器だ。その凶器ごと、小鳥の炎花は焼き尽くす。
「素敵な鳴き声です」
 燃えゆく怪物を|魔眼《ファム・ファタール》で真っ直ぐに見つめ、小鳥は言葉を贈った。己の罪深さを実感するも、心が揺らぐことはない。
 サルトゥーラはアバドンの陣形を再編。再び怪物たちを包囲できる位置まで操作する。
「ありがとな! だいぶ撃ちやすいぜ」
 ドローン操作に専念できれば戦闘の負担も軽減する。より多くの敵を攻撃しやすくなるというわけだ。
 アバドンの制圧射撃が、再び怪物たちを撃ち抜いてゆく。小鳥は常に最前列を維持しながら、仲間たちへと告げた。
「できる限り壁役として動きますが、敵は多数です。すべてを防ぐことは難しいかもしれません」
「問題ないさ。ある程度当たっちまうのは想定済みだ。その為のおクスリってな」
 サルトゥーラの鞄には薬品が詰め込んである。パワフルジーンにHeavens I.V.、危険な興奮剤まで。負傷が厳しくなれば、薬剤を体に注入して継戦能力を保つつもりだ。
 大太刀を堅く握り、斬花も落ち着き払った声色で返した。
「気にするな。元より戦いに投じる身ゆえ、こちらで対処する」
 攻撃を受けたとしても、痛みを耐え抜く覚悟はできている。不気味に蠢く怪物の内臓を視界に捉え、斬花は大地を蹴った。仲間の弾幕や炎の花びらの間を駆け抜け、怪物へと接近する。
「……その生、"一刀必殺"を以て断ち切らん」
 屠竜宣誓撃――怪物と化した悲しき人々の魂を両断する。その宣言と共に、身に纏う羽織を脱ぎ捨てた。東大和家に古くより受け継がれる羽織が宙高くを舞う。
 怪物の爪が斬花を捕食せんと伸ばされた。爪を大太刀で弾き飛ばし、斬花は怪物の懐へと正面から飛び込んだ。鬼討の剣撃が怪物を両断する。怪物は悲痛な咆哮を上げ、地面へと崩れた。
「痛みを感じる事無く死せ、それがせめての手向けだ」
 斬花が脱ぎ捨てた羽織が、はらりと大地へ落ちる。
 羽織が落ちる間にも、ひらりひらりと白炎の花びらが舞った。小鳥が手向ける葬送花が、怪物たちを死へと誘う。――善き人々は既に死んでいる。怪物として動いている体は亡骸同然。ならば、早々に彼岸へと送り届けたい。
「苦しませるのは本意ではありません。ですから、私が出来得る最大火力で葬り去ります」
 その彼岸は、彼らにとっての天国であれ。アバドンから射撃を繰り返しながら、サルトゥーラが怪物へと穏やかな眼差しを向ける。
「安心しな。きっと天国行きだ。間違っても地獄になんか落ちねーよ」
 この戦いに救いを見出すとすれば、死後の安寧を祈るしかあるまい。
 いくら倒しても次々に新たな怪物が襲い来る。波のように押し寄せる怪物を、斬花は刀身へと映し込んだ。
「……何度でも来るがいい。その苦痛、悲しみ……すべて断ち切ってみせよう」
 彼らをすべて斬り伏せるまで、その刀をおさめることはない。

モコ・ブラウン
史記守・陽

●Cold hands, warm heart.
 平和な営みは破壊された。民家は血に染まり、理性を失った怪物が獲物を求めて跋扈する。
 件の村を前に、モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)は隣を歩く|史記守《しきもり》・|陽《はる》(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)へと視線をやった。
「善良な心の持ち主が天使化する病モグか……シキくんは本当に大丈夫なのモグか?」
 心配するモコに、陽がぱちりと目を瞬かせる。
「何故かモコさんに心配された……」
 モコはじーっと、難しい顔をしながら陽を見つめた。
「何度聞いても条件を満たしてるような気がするモグけど」
 陽は僅かに目を泳がせた後、心の底から申し訳なさそうに瞳を伏せる。
「心配をかけてごめんなさい。俺の我が侭なのも自覚しています。でも放っておけませんでした」
「別に謝らなくてもいいモグけど……っと、まずは村の怪物を掃討だったモグね」
 モコは村へと目を向けた。――人の気配が感じられない『死んだ村』。色濃い死の気配に、静かに眉を寄せる。ただならぬ気配を陽も感じ取り、表情を引き締めた。あの中に、まだ生存している人が居る。
「はい。助けを待つ人の為にも、頑張りましょう」
 二人は村へと突入し、通路を徘徊する怪物たち――オルガノン・セラフィムを視界に捉えた。
 作戦は打ち合わせどおりに。モコが拳銃を手に声を上げ、怪物たちの気を引いた。
「こっちに来いモグ!」
 怪物たちはモコを追い始める。生体機械に掴まらぬよう身を躱しながら、モコは目標地点まで移動する。目標地点では敵を一網打尽にすべく、陽が構えていた。
 手に汗が滲む。落ち着いてと自分に言い聞かせ、陽は|霊震《サイコクエイク》を発動。範囲内に飛び込んだ敵群へと霊能震動波を浴びせた。震度7相当の震動に、怪物たちが動きを止める。
「モコさん、今です!」
 陽の声と同時、モコが逃げの体勢から反転した。
「任せるモグよっ!」
 拳銃の引き金を引き、|モグラ先制射撃《モグラ・カウンター》を繰り出す。放たれた弾丸は、霊震の衝撃を受けた敵群へと真っ直ぐに撃ち込まれた。
 霊震で陣形を崩し、モグラ先制射撃で仕留める――二人はいつもの手筈で敵を撃破する。
 似た事件は今までもあった。こうなってしまっては、早く楽にしてあげるのが最善。そう、最善であるはずなのだ。
 怪物の残骸がゴミのように積み重なる。善良な心を持った人間が、最終的に行き着いた姿だ。
 陽は指先まで冷えていく感覚を覚える。
「…………」
 唇を噛み締め、無言で骸の山を見つめた。
 ――不本意に怪物となってしまった彼らが、奴隷として利用される前に、息の根を止めた。だから、これは正しい筈なのだ。
「大丈夫だったモグ?」
 モコの声に陽はハッと我に返る。とっさに顔を背けて、口早に紡いだ。
「あ、俺は……平気、です。大丈夫ですよ」
 強がってみたけれど、モコの目は誤魔化せない。
「元人間と戦うっていうのは辛かったモグな……」
 彼女は陽の沈痛な横顔を見てしまっていた。かつての自分もそうだった。だから、気付かないフリなんてできない。陽は弱々しい声で、謝罪を口にする。
「ごめんなさい。こんな顔を見せてしまって……」
 こんな表情は見られたくなかった。見せたくなかった。自分がもっと強く在れたなら、彼女に気を遣わせることもなかったはず。
 陽は己を責め、無意識に拳を握り締める。そんな彼の手に、モコがそっと手を触れさせた。
「当然の反応モグ。シキくんが優しい人だって証拠モグよ」
 手を取り、そのままきゅっと包み込んだ。陽の手は酷く冷たいけれど、その冷たさが心地よいとモコは思う。
 モコの温かな手のひらに、陽も心が落ち着いてゆく。
「……あったかい、ですね」
 落ち込んでばかりではいられない。陽は顔を上げ、前を向いた。

塙・弥次郎
ルーチェ・モルフロテ
深雪・モルゲンシュテルン

●葬送
 天使に至る病。その過程で怪物へと転がり落ちた人間は、理性を失った獣のように血肉を貪る。こうなってしまっては獣狩りも同然。だが、彼らがかつて人間であったことを、忘れてはならない――。
(「突然天使に、か」)
 徘徊するオルガノン・セラフィムを見つめ、ルーチェ・モルフロテ(⬛︎⬛︎を喪失した天使・h01114)は思う。彼女もある意味似たような経験をしているからこそ、天使になった人々の気持ちは理解できる。
「……だからこそ、それを餌にするような敵は全部ぶっ倒す」
 彼らを奴隷として利用するなど言語道断。後に来る魔術師とやらの好きにはさせない。そのためにも、まずは目前の敵の掃討を。
 敵、怪物、不幸な善人が行き着いた地獄。その光景を、|塙《ばん》|・《・》|弥次郎《やじろう》(冒涜融合体ヒアデス・h05784)はまじまじと見つめる。……実に冒涜的だ。冒涜的なアレコレには慣れているが、その中でもとくにレベルが高い。
「俺は冒涜融合体ヒアデス! なんて名乗っても聞いてくれるのかねコイツら」
 怪物たちは弥次郎へと向いた。だが、言葉を理解しているというより、『音がした方を反射的に向いた』と言った方が正しい。
「あァ、こりゃあ完全に壊れちまってるな」
 人であった頃の姿は既に無く。粉々に砕けた意識は、もう戻らない。
 動く死体も同然である彼らへと、|深雪《ミユキ》・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は、対WZマルチライフルの銃口を向ける。
「既に救えないなら、せめて速やかに眠らせましょう」
 ――天使症候群。その病は、√能力者にも影響を与えるものなのだろうか。
(「……私に関して言えば、そもそも感染する条件を満たしていませんが」)
 善と美徳を信じ抜くのは困難で、きっと尊いこと。多くの血に塗れた手では、触れることすらできないだろう。
 怪物たちが裂けた口を広げ唸り声を上げた。ひり付く害意を受け、√能力者たちは武器を構える。
「元とはいえ善良な人を始末するのは怪人の役目かね……楽しくやるわけじゃないが、躊躇するほど良い人じゃないぜ俺は」
 怪物たちが迫り来る。弥次郎は|蝕む装甲腕《アブノーマリティ・アーマード・アーム》を展開。冒涜融合体の装甲から無数の|不気味な触腕《ブギー・アーム》が生やされた。甲虫の脚めいた触腕は不規則に蠢き、眼前の怪物を獲物として認識する。さらに肘からは|冒涜的融合刃《イル・オーメン》を伸ばした。
「異形化するのはそっちだけじゃないってわけよ。この腕、最高にイケてるだろ?」
「ギイイィッ!」
 怪物が叫ぶ。耳障りな吠え声に、弥次郎はニヤリと口端を吊り上げてみせた。
 冒涜的融合刃を振るい、祝福で強化された敵に傷を付ける。怯まずに腕を振り上げる怪物。その腕を不気味な触腕で受け止め、逆方向に捩じ切った。
「お次は逆の腕も捥ぎ取ってやろうか」
 弥次郎は粛々と元善人の怪物解体に励む。一方で、ルーチェも彼女なりの戦法で怪物たちとの戦闘に臨んでいた。右手のブレスレットからワイヤーを伸ばし、周辺の木々に括りつける。
「捕まえられるもんなら捕まえてみな!」
 大きな声で挑発し、敵の意識をこちらへと向けさせる。ワイヤーアクションのように宙を飛び回り敵群を攪乱しつつ、攻撃の機を窺っていた。焦れた敵が鋭い爪をルーチェに振るおうとする。
「へえ、力が強そうな腕だ。憧れるぜ」
 軽口を叩きつつルーチェは大きく回転。遠心力と共に急接近し、魔導杖を振るった。Alpha Canis Majorisに込められた魔力が、怪物の体へと炸裂する。叩き込まれた魔力は怪物の体を蝕み、その体に亀裂を入れた。
 衝撃に吹き飛ぶ怪物へと、ルーチェは強気に笑ってみせる。
「非力なら非力なりの戦い方すりゃあいいだけ、ぶん殴るのは得意だぜ」
 戦闘は続く。深雪は敵の攻撃に合わせ、伸展型防壁を地面に打ち建てた。金属板で攻撃を弾き、銃撃を繰り返す。怪物たちが深雪を喰らおうと周囲に集まってきた。その状況は、彼女の思惑どおりだ。
(「敵群を十分に引き付け、一気に叩く――掃討戦の基本です」)
 60秒間。敵を引き付け攻撃を耐えつつ、深雪はエネルギーをチャージしていた。
 そして今、|攻性電磁障壁《オフェンシブ・パルス・シールド》を放つ準備が整う。
「パルスエネルギー、チャージ完了。攻性電磁障壁を展開します」
 機械的に実行を宣言。強烈な電磁パルスを伴う爆発的エネルギー波が、怪物の群れへと浴びせられた。駆け巡る電流が、怪物の体を内側から焼き尽くす。
(「善き人々だったものを撃たねばならないなら、それは穢れた私の役割です」)
 焼け焦げる匂い。嗅ぎ慣れたそれが、深雪の心を曇らせることは無い。
 ――√能力者たちの苛烈な攻撃は、村中に居たオルガノン・セラフィムたちを殲滅させた。
 ルーチェは地面へと降り立ち、確認するように周囲を見渡す。
「ここらの敵は、これで全部か?」
 ルーチェの言葉に、深雪が頷いた。
「別の地点で交戦していた仲間も戦闘を終えたようです」
 通信端末により状況は確認済だ。怪物……かつては善良な者だった遺体を、弥次郎はしばらく見つめていたが、気分を切り替えるように顔を上げる。
「そんじゃ、天使を守ってる悪いヤツのとこにでも行ってくるかね」
 セレーヌとルメルシエが隠れる倉庫へと向かい、彼らを助け出そう。

第2章 冒険 『助けを求める声』


花喰・小鳥
塙・弥次郎
深雪・モルゲンシュテルン

●説得・前編
 オルガノン・セラフィムを掃討し、√能力者たちはセレーヌとルメルシエが隠れている倉庫へと向かう。元人間の怪物と食い散らかされた人々の遺体を越えた先。村の奥に建物が見えてきた。
「あの場所に救助対象がいるのですね。……急ぎましょう。敵が来る前に、彼らを逃がさなくては」
 |花喰《はなくい》|・《・》|小鳥《ことり》(夢渡りのフリージア・h01076)は、倉庫の壁へと目を向ける。村の建物は大概血塗れであったが、この倉庫は無事なようだ。
 綺麗な状態の倉庫に、|深雪《ミユキ》・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は所感を述べる。
「倉庫に敵の手は及んでいないようですね。元犯罪組織の人間ゆえの機転でしょうか」
 ルメルシエは怪物が徘徊する状況下で安全な場所を把握し、セレーヌを連れて避難した。平穏な生活を送ってきただけの人間には難しい行動だろう。
「いいねェ、頭が回るヤツは好きだぜ。さて、怪人姿じゃハンサムすぎるからな。人間に擬態してご対面だ」
 |塙《ばん》|・《・》|弥次郎《やじろう》(冒涜融合体ヒアデス・h05784)は冒涜融合体の姿から人間の姿へと擬態した。
 三人は倉庫の扉を開く。仕分けされた段ボールが積み上がっており、見通しが悪い。入口からセレーヌとルメルシエの姿は確認できない。奥の方に隠れているのだろう。
「どなたか無事な人はいませんか? 私たちは救助に来た者です。外の怪物たちは排除しました」
 小鳥が呼び掛ける。深雪も乗じて倉庫内に声を響かせた。
「生存者に勧告します。今すぐこの集落を離脱して下さい。肉体の変質後も自我を保った住民を誘拐すべく、襲撃者が接近してきています」
 反応はない。が、僅かに物音がした。音がした方向へと、弥次郎が声を掛ける。
「わかるぜ。なんせこんなトチ狂った状況だ。素直に出てきてくれるわけないよな?」
 三人は物音がした場所――積み重なる荷物で死角になっている場所へと足を踏み入れた。奥の方に銃を構えたルメルシエと、守られるようにセレーヌがいる。
「……本当に助けが来たのか?」
「話を聞いてみましょう?」
 疑うルメルシエと、話を聞こうと言うセレーヌ。二人の立場や性質が窺える。
 小鳥は武器を持っていないこと示すように両手を上げながら、そっと二人へと歩み寄った。
「よかった。もう誰もいないかと思いました。……そこのあなた、怪我をしておられますね」
 隠していた腕の怪我を指摘され、ルメルシエが小鳥を訝しげに見る。
「あんた、血の匂いでもわかるのか」
「そんなところです。見せてください。……よく頑張りましたね」
 怪我の有無は事前に把握していたが詳細は省く。小鳥は柔らかに微笑んで、|愛奴隷《カーミラ》を発動した。少しずつ塞がっていく傷に、ルメルシエは驚いたように目を瞬かせる。小鳥は穏やかな表情を崩さず、落ち着いた声色で語りかけた。
「警戒するのはわかります。ですが、そのままではこの先に支障をきたすかもしれない」
 当然、疑念はそう簡単に晴れるものではないことも小鳥は理解している。ただ、この状況下で引き摺り続ければ、命の危機が訪れるとも。
 未だ疑念を抱くルメルシエへと、深雪も言葉を続ける。
「信用できないのは分かりますが……もし私達が敵ならば、怪物を破壊せずに捕獲し、あなたを闇に葬った上で隣の方を拐いました。ですが、私達は怪物を撃破し、皆さんの説得に時間を費やしています。もし敵ならば、非合理的にも程があると思いませんか?」
 ルメルシエは迷っているようだ。彼の迷いと疑念を払拭するためには、さらなる言葉が必要か。
「率直に言えば……この行為で私達が得る見返りはあります。しかし、それを支払うのはあなた達ではなく襲撃者です」
 これは慈善行為ではないと深雪は告げる。その言葉に偽りは一切ない。そう、ボランティアで来ているわけじゃない――それは弥次郎も全面同意だ。
「こちらが信用できないってんならそれはそれでいい。どっちかっていうとアンタらの敵の敵ってとこだからな。だから俺の目的を伝えることにする……勝利条件ってやつさ」
 そう話す弥次郎に、ルメルシエが首を傾げる。
「勝利条件?」
 ルメルシエに、弥次郎は一本ずつ指を立てていく。
「一つ目、そこのシスターが無事なこと。詳細は省くが敵の目的は彼女だ、ついでに言うとこの後敵の親玉がやってくるからそいつも倒す。それが二つ目だ」
「その敵の親玉を倒すのが、あんたらの最終目的か」
 ルメルシエに、深雪が頷いてみせた。
「私達は彼女を倒すために来ました。日常を奪った者に報いを与えるためにも、この場は預けて逃げて頂けますか」
 深雪の説得に、弥次郎も情報を加えて語る。
「敵はまあまあ強いんで戦いながらその子を守るってのは難しい。だから彼女を連れて遠くに行ってほしいんだよねェ、土地勘あるほう?」
 勝利条件を達成すれば、敵が目標を達成できずに終わる。セレーヌも救えて、彼女を付け狙う敵もぶっ飛ばせるというわけだ。
 悩むルメルシエの代わりに、セレーヌが口を開いた。
「土地勘はあります。私はこの土地で生まれ育ちましたから」
「……けど、本当に安全に逃げられるのか?」
 掃討したのは事実。だが、倉庫に立て籠もっていたルメルシエには、それが事実か判断できない……といったところか。

モコ・ブラウン
史記守・陽

●説得・後編
 三人に続き、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)とモコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)も倉庫へと足を踏み入れた。
「助けにきました……なんて言っても信じていただけないことは承知です。でもこのまま此処に居たら彼女の身が危ないんです。俺達が殿を務めますから、どうか彼女を連れて逃げてください」
 陽は未だ迷うルメルシエの目をまっすぐに見つめ、必死に語りかける。
「……俺達のことは信じなくても構いません。ただ、俺達があなた達のことを助けたい気持ちだけは解っていただけたら嬉しいです」
 相手の経歴を考えれば、刑事としての社会的信用は異国ではあまり役に立ちそうにない。だからこそ、真心で接したいと陽は思う。
「彼女を救えるのはあなただけなのですから、お願いします」
 陽の説得を聴きながら、モコは煙草に火を点けた。|モグラ変身術 弍の巻《モグラ・チェンジ・セカンド》により、海外の刑事ドラマに出てくるようなベテラン女刑事へと変身済だ。
「あんたルメルシエでしょ?」
 彼女の言葉に、ルメルシエがハッとする。
「あんた、俺の名前を知ってるのか」
「あたしは潜入任務でとある犯罪組織に入り込んでてね……そこであんたを見た。あいつらにハメられたんでしょ? それを助けてくれたのがそこのセレーヌ……違う?」
 ベテラン女刑事の風格を漂わせるモコに、ルメルシエは僅かに息を詰めた。
「……そこまで調べが付いてるんだな」
 緊張が強まる気配に、モコはさらに言葉を続ける。
「けど、あんたを捕まえることに興味はない。『取引』しない? あたしが『黙って通せるルート』を用意する。無事に逃げ遂せたら、あの組織を片付けたい……それに手を貸して。そこの真面目な子とは違って、あたしはこういう手段も使う」
 チラリと陽を見れば、陽は困惑の表情を滲ませている。
「モ、モコさん……」
 このような反応をするだろうと予想は付いていた。
(「……ごめんねシキくん、あなたを利用しちゃった」)
 だが、都合の良い話だけで終わらせない手段は、ルメルシエの信用を得るには有用だったようだ。
「そのルートなら、安全に逃げられるんだな」
 ルメルシエは前向きだ。だが、今度はセレーヌが焦りを浮かべた。
「ルメルシエはもう組織とは無関係です。彼をこれ以上、危険なことに巻き込まないでください……!」
「セレーヌ様……」
「助けていただく立場で厚かましいかもしれませんが、どうか……」
 懇願するセレーヌ。後ろめたさからか、ルメルシエが眉を下げる。場の雰囲気が重くなりかけ――陽がその空気を壊すように口を開いた。
「あ、あのっ! 手を貸すといっても情報提供だけです。情報を提供したことがバレないように手配もします。モコさん、そうですよね」 
「まあ、そんなところね」
 否定する理由もなく、モコは頷いた。陽は言質を取ったと言わんばかりに瞳を輝かせ、不安げなセレーヌへと力強く語る。
「大丈夫です。あなたが心配するような状況にはなりません。俺達が約束します」
 セレーヌが安堵したように表情を和らげる。その様子を眺めながら、モコは心の内で呟いた。
(「……あとでシキくんにお礼を言わないとモグね」)
 無事信用を得た後、ルメルシエたちに逃走経路を伝える。ルメルシエは裏口に向かいながら、√能力者たちへと言葉を紡いだ。
「あんたらを見てるかぎり、悪意がないってのはよくわかった。言う通り、セレーヌ様を連れて逃げるよ」
「皆様も、どうかご無事で……!」
 セレーヌも√能力者たちを気遣う言葉を残し、ルメルシエと共に裏口から出ていった。

第3章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』



 セレーヌとルメルシエが逃げた後。暫くして、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』が壊滅した村へと訪れる。倒れ伏す怪物たちを見て、彼女は僅かに眉を寄せた。
「……捕獲対象が、倒されていますね」
 先客の存在。それは即ち敵対組織の人間の来訪を意味する。
(「この様子では、天使も既にいないでしょうね。敵に先を越されたようです」)
 アマランスは周囲へと警戒を張り巡らせる。
 敵の最終目標は自分であろうと、アマランスには予測が付いていた。
東大和・斬花
塙・弥次郎
花喰・小鳥

●魔術士との戦い
 荒れた村の中でアマランスは静かに佇んでいる。その静寂は、嵐の前の静けさだ。建物の陰から、黒い影と刃が閃いた。アマランスは怪異を召喚しこれを弾かせる。
 彼女の前に現れたのは、|塙《ばん》|・《・》|弥次郎《やじろう》(冒涜融合体ヒアデス・h05784)だ。ヒュゥとご機嫌に口笛を鳴らし、不意打ちを弾いてみせたアマランスにご挨拶。
「俺は冒涜融合体ヒアデス! やぁっと名乗りを聴いてくれそうな相手だぜ。ところでどう? 待ち伏せされた気分は」
「……最悪の気分ですね」
「俺はねェ、今から絶好調になるところ。何しろ天使を|怪人《この俺》が守るんだ、最高に冒涜的だぜ!」
 弥次郎とは反対の方向から、|花喰《はなくい》|・《・》|小鳥《ことり》(夢渡りのフリージア・h01076)もアマランスと対峙する。
 「私たちがいることはわかっていたはず。大した自信ですね」
 |血社《ファシナンテ》の甘やかな紫煙が空へと伸びる。アマランスと目を合わせ、小鳥は薄く笑みを浮かべた。
「退いてくれれば楽でよいのですけど?」
 無駄とは理解しつつ、試すように口にした。アマランスは無表情に返す。
「貴方たちの様子からして、私を逃がしたくはないのでしょう?」
 その通りだ。|東大和《あずまやまと》|・《・》|斬花《ざんか》(一刀必殺・h05005)はアマランスの退路を塞ぐように位置取り、硬い声色で力強く告げる。
「人の敵、討ち祓わん。何人であろうと人を隷属させる事はあってはならぬ」
「強者が下の者を支配するのは当然の理では?」
 アマランスの言葉を、斬花は即座に否定した。
「強者とは人々を守るために存在するもの。断じて、自由を奪い虐げるためにいるのではない」
 ――そしてこの力も、人々を守護するために授かったものなのであろう。斬花は己の右手に力を込める。
 √能力者たちを冷淡に見つめるアマランスの羅紗が、吹き付ける風に揺れた。
「……お話はこれくらいにしましょうか。これ以上、時間を浪費したくはありませんから」
 アマランスが動く。同時、√能力者たちも大地を蹴る。
 弥次郎は蝕装制御ユニット、そして己が心にレゾン・デートルを格納し、完全冒涜融合体ヒアデスへと変身する。
「『|完全冒涜蝕装《スンマ・ブラスフェミア》』! 正義と冒涜が一致した俺の戦闘力は3倍! 10秒も瞑想できると思うなよ」
 未解決の問いを核とし、弥次郎の肉体は大幅に強化された。|冒涜的融合刃《イル・オーメン》を振るい、アマランスへと叩き込む。受け身を取るアマランスの体に血が迸るが、彼女は無表情を崩さない。
「……羅紗の記憶海よ、我に応えよ」
 瞑想の後、紡いだ言の葉で知られざる古代の怪異を召喚。怪異は奇妙な腕を伸ばし、弥次郎へと絡み付く。
「体の末端からじわじわと融合される感覚……いいねェ、ゾクゾクするぜ!」
 融合により怪異と混ざり合った部位を、弥次郎は躊躇いなく斬り落とした。欠落した部位には|不気味な触腕《ブギー・アーム》を這わせ、肉体を修繕する。
「天使のお迎えなんて望めないぜ、アンタを待つのは冒涜だ!」
 冒涜的な行為には、それ以上の冒涜を返す――それがヒアデス流の礼儀だ。
 弥次郎の連続攻撃に合わせるように、斬花もアマランスへと距離を詰める。
「――純白の騒霊よ、来たれ」
 斬花へとアマランスは奴隷怪異『レムレース・アルブス』を嗾けた。悪霊が渦を巻くかの如き、悍ましい怪異だ。斬花は刃の如く鋭き眼差しで睨み据える。
「あの怪異……攻撃だけでなく、回復もさせてくるのか。ならば攻めあるのみ」
 怪異が無数の手を伸ばし、斬花の体を捕まえようとする。一本の腕が、彼女の左腕を掴んだ。浸食融合――体を蝕む悪しき者の気配にも、斬花は冷静に対処する。
(「やはり融合を試みて来るか。ならば――」)
 予測できていた攻撃だ。恐れる必要があろうか。もっとも予想外の攻撃であったとしても、彼女が恐怖を抱くことはないのだが。
 斬花は怪異の攻撃をあえて受け、右手で掴み取る。ルートブレイカーを発動し、破壊の炎を燃え上がらせた。
「全てを消し去る炎を以て、内から焼き尽くす」
 炎は怪異を伝い、その先にいるアマランスへと燃え移る。斬花を掴んでいた怪異は燃え落ち、アマランスの羅紗と身を焼いた。
「まったく、忌々しいですね」
 アマランスは溜息をつく。弥次郎と斬花へ攻撃を繰り出そうと手を上げ――鼻を掠める甘い香りに思わず動きを止めた。
 香りに誘われるように向いた先、|天獄《アンフェール・レプリカ》の美しい剣閃が視界に飛び込む。
「私のことも忘れないでくださいね。これ以上、仲間に危害は加えさせません」
 すぐ傍で小鳥が柔らかに紡いだ。アマランスはとっさに怪異へと、小鳥への攻撃を命じる。
 騒霊たちが小鳥を取り囲み、嘆きの光ラメントゥムを放った。光が体を掠め小鳥へと痛みを与えるが、彼女が激痛に表情を歪めることはない。多少のダメージは慣れている。この程度で怯むくらいなら、最初から戦場になど来ていない。
「攻撃に専念を。あなたたちは私が守ります」
 小鳥は仲間たちへと力強く告げた。小鳥の言葉に、斬花と弥次郎が頷いてみせる。
「生み出したその隙に、私の炎を再び灯そう」
 斬花は右掌で燃え盛る炎を、アマランスの側面へと叩き込んだ。同時、弥次郎も通常の3倍の威力を以て冒涜的融合刃を振り下ろす。
「いいぜ、怪人が連携プレイってのも悪かねェ!」
 炎が敵の体を焼き、刃の一閃が身を裂いた。敵に生じた傷を、小鳥は視界にしかと捉える。攻撃を受け飛び退く着地点を見極め、小鳥は天獄を輝かせた。
「――甘き死よ、来たれ」
 |告死鳥《ナハティガル》が甘き死を告げる。取り巻く騒霊たちを斬り伏せ、その先にいるアマランスの肉体を刺し貫いた。傷を深く抉れば、血と共に生命力が溢れ出す。それは苦く辛い味がした。美味いとは言い難い味を飲み下し、小鳥は微笑んだ。
「守るだけだと思いましたか? 隙あらば、あなたを喰らってみせましょう」
「……嗚呼、本当に煩わしい」
 アマランスは眉を寄せながらも、消耗を感じさせない動きで羅紗を広げる。
 油断ならない強敵に、√能力者たちはひたすらに挑み続ける。

深雪・モルゲンシュテルン

●黄昏を生きる人々
 その身に多くの怪異を纏い、√能力者たちへと差し向けるアマランス。その冷淡な眼差しを、|深雪《ミユキ》・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は見つめ返した。
「あなた達にとって、この行いは沈み行く文明の救済という正義に根差しているのかもしれません」
 |超過駆動・大軍掌握《オーバードライブ・バタリオンコマンダー》を起動し、移動型浮遊砲台を召喚。数十機の浮遊砲台を神経に接続し遠隔操作、アマランスを包囲する。
「ですが、それが一定の平和を保って生活を営む人々の生命や、他の√の存続を脅かすものである以上は……総力を以て妨害します」
 全砲台に指示を出し、レーザーを射撃。敵を交差地点に据えた十字砲火を展開した。数十機の砲台からなる砲火は退路を塞ぐように幾重にも連なり、アマランスを追い詰める。
「くっ……」
 アマランスが羅紗で身を護るが、圧倒的な物量は捌き切れるものではない。羅紗の僅かな隙間へと、深雪は対WZマルチライフルの照準を合わせる。判断は一瞬――射撃された弾丸が、アマランスのみぞおちを撃ち抜いた。
「人体の急所を狙いましたが、まだ動けるようですね」
 傷付きながらも羅紗を広げるアマランスを見据え、深雪は思う。
(「もっとも、この魔術師の急所が通常の人間と同じかは定かではありませんが」)
「輝ける深淵よ、かの者を誘え」
 アマランスの詠唱と共に、羅紗から放たれた輝く文字列が深雪を包み込まんとする。
「――各機、防御陣形に移行」
 間に砲台を割り込ませ、文字列の進行を阻害した。砲台を突き抜けた輝きが深雪へと刻まれるが、即死圏内には至らない。深雪はアマランスを見つめ、淡々と言葉を紡ぐ。
「世界の未来が絶たれつつあることは、人が今日を生きられない理由にはなりません」
 それは夢でも理想でもない。純然たる事実なのだ。

史記守・陽
モコ・ブラウン

●道行き
 苛烈な戦場へと、モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)と|史記守《しきもり》・|陽《はる》(|夜を明かせ《ライジング サン》・h04400)も、共に飛び込んでいた。
 モコからすれば、どの組織もそう変わらない。モコ自身も目的のために綺麗な手段を使わない時がある。だが、羅紗の魔術塔の手法は、道を踏み外し過ぎだ。
「お前らみたいなやり方は『仁義』に反するモグね。モグに言わせりゃ『ナンセンス』モグ」
「仁義、ですか。くだらないですね」
 冷めた声で言うアマランスへと、モコは鋭い眼差しを向けた。
「その仁義に、今からお前はモッグモグにされるモグよ!」
 無線を握り締め、|土竜百鬼夜行《モグラ・デモクラシィ》を発動。配下のモグラ部隊を召喚する。招集に応じ、モグラたちが割れた空間からぴょこっと顔を出した。
「モコ様、只今馳せ参じました!」
「√汎神解剖機関……いいお土産とかあるかしら?」
 モグラ部隊へとモコが指示を出す。
「さぁさぁ! 海外旅行代分は働くのモグよ!」
 指揮官のモコに従い、モグラ部隊は怪異へと立ち向かう。集団で怪異とアマランスに飛び付き、彼女らの動きを妨害した。
「ちょこまかと、邪魔くさい……!」 
 モグラまみれになり、苛立ちを見せるアマランス。強引に振り払われたモグラたちが、地面にしゅたっと着地する。大きな動きは、大きな隙となる――今が好機とモコは陽へ呼び掛ける。
「シキくん今モグ!」
 敵の背後、陽が建物の陰から飛び出した。想いを全て吞み込んで、彼はアマランスへと距離を詰める。
(「……俺は、彼女の正義を否定しなければならない」)
 夜明け前の空を映し込んだかのような濃紺の刀身に、黄金の光炎が灯る。それは曙光のように輝いて、一振りの光剣を創造する。
「この力は守るために――!」
 守るために、命を奪うの? 耳元で誰かが囁いたような気がした。それは迫り来る騒霊の囁きか、それとも陽の内なる声か。陽は唇を強く噛み締めた。
「必ず守ると約束したんだ。此処で負けるわけにはいかない……!」
 決意を込めた|払暁一閃《デイブレイク・ブレイズ》が、迷いごと断ち切るように振り下ろされる。黄金の光炎が、騒霊とその先にいるアマランスを斬り裂いた。裂いた断面から血の花が咲き、内側から焼き尽くすように燃え上がる。
 限界を悟ったのだろう。燃え盛る炎の中で、アマランスが目をギョロリと剥いた。
「嗚呼、貴方たちに……呪いと災いの降り注がんことを……」
 彼女は崩れ落ちた。彼女の遺体から、陽は目が離せない。
 初めて、人に刃を向けた。そうしなければ、守れなかった。彼女を止めなければ、被害は拡大していたことだろう。
(「だから、これは正しいことなんだ」)
 本当に? 命を奪う以外に方法はなかった? 心の内から声がした。
 星詠みから「殺せ」と示された以上、他に道は無い。そう理解しつつも、感情が追い付かない。
 陽は己の手に目をやる。肉を斬り、骨へと喰い込む感触。噴き出した血の赤色が、脳裏にこびり付いて離れない。
「……これで、良かったんでしょうか……?」
 命を奪うことでしか目的を達成できない。その行為は、果たして正しかったのか。モコは煙草に火を着けつつ、そっと陽へと歩み寄る。
 まだ帰還していないモグラ部隊も、心配そうに陽の足元へと寄り添った。
「……正解なんて誰にも分からないモグよ。でも、その気持ちは自然なものなのモグ」
 陽の頭をぽんぽんと優しく叩いてやり、朗らかな笑みを浮かべてみせた。
「帰ったらごはんでも食べに行こうモグ! この間美味しいお店を見つけたモグよ」
 元気付けようとしてくれているモコに、陽はしゃんと背筋を伸ばす。緩く首を振り、記憶に焼き付く敵の最期を振り払った。
「……なんだか、無性に辛いものが食べたいです」
 これからも数多の屍を踏み越えながら、彼らは先へと進んでゆくのだろう。

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