シナリオ

天使の涙

#√汎神解剖機関 #天使化事変 #羅紗の魔術塔

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 #√汎神解剖機関
 #天使化事変
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●天使の涙
 その瞳からひらひらと涙が零れ落ちていく。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう――体に異変が起こり『天使』となったのは数日前の事。オルガノン・セラフィムに追われて、逃げて。そしてどうしたらいいのかわからず彷徨っていたなら、捕まってしまったのだ。
 それは好事家たちに様々なものを売りさばくことを生業とした後ろ暗いものたちに。
「どうしよう……どうしたらいいかわからないわ……」
 少女の瞳から零れる美しい雫。それは地に落ちていくだけだ。
 もうすぐ自分を売りさばくためのオークションが始まるらしい。他にも同じようなひとたちがいて。でも逃げ出すことはできなくてどうしようもできない。
 誰か助けてと、そんな都合の良いことは起こらないと思いつつも――捕らわれた天使たちは願うのだった。

●予知
 助けに行ってほしい人がいるの、と月喰・白世(ヴェド・h01125)は告げる。
 それはヨーロッパのある都市。そこに捕らわれた天使たちがいるのだと。
 オルガノン・セラフィムに追われていた天使たち。その美しい姿から良くない人たちに捕まってオークションにかけらるようなのと白世は続ける。
「わたしがみたのは、おんなのこひとりだったけど。多分他にもいると思うの」
 オークションが始まる前に、捕まっているところに潜入して助け出せればいいけれど、明確なその場所はわからない。
 わかるのは、そのオークションの会場だけなのだ。
「そのオークションはね、もちろんお金でもいいんだけど。自分の経験を話して、それがそこにいるお金持ちが気に入ったら、お金の支援をしてくれるみたいなの」
 商品を買うよりも、その商品を欲するものがどのような話を持ってくるのか。それを楽しみにしているようなのだ。中には煽るようにほしいと高い金額をふっかけてくるものもいるかもしれないが。
「正面からオークションで上手に稼いでおとすのもいいと思うわ。めんどうなら、会場の裏口から侵入して皆助け出しちゃうのもできるわ」
 悪い組織だから潰れちゃっても問題ないもの、と言いつつ――時間の猶予はないので助けたら素早く離れる事をおすすめするわと白世は続けた。
「だってアマランス・フューリーが追いかけてくるから」
 それは「羅紗の魔術塔」と呼ばれる独自の秘密組織に属するもの。強大な羅紗魔術士である『アマランス・フューリー』はオルガノン・セラフィムを、もちろん「天使」を発見すれば天使を奴隷化しようとしてくるのだ。
「どうなるかはわたしもわからない。皆の行動で、変わってくると思うわ」

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第1章 冒険 『助けを求める声』


 その会場は、擦れた繁華街の中ひときわ豪奢で明るい場所にある。しかし、少し入れば薄暗い通りがいくつも走るような、そんな場所に。
「お集まりの皆様! 今宵も沢山の商品を仕入れております」
 まずはこちら、どこぞの謎の遺跡から見つけた怪しいツボ――と、オークションが始まる。
 今日のメインイベントは見目麗しい天使たち。それまでは余興だ。
 中央に舞台を据えた、まぁるい円形の一階席ははすり鉢状だ。
 そしてその一階席を見下ろす二階席には、物好きな金持ちたちが金をお年、このオークションという名のショーを見に来ている。
 怪しいものを買ったり、金はないがそれを欲したものがどのようなことを話すのか――それを暇つぶしとしているのだ。
 賑わうオークション会場はとりたてて入場の規制はされておらず、誰でも簡単に、一階席には入ることができる。
 そして現在、オークションは賑わっておりバックヤードはあわただしく動いていた。
 しかし今日のメインである天使たちの登場は最後。まだ時間がある。
 バックヤードに入ることは難しいこともなく、√能力者なら簡単にできるだろう。
 バックヤードの一番奥からは、すすり泣くような声は天使たちのものだ。
 粗末な木の檻に一人ずつ捕われている天使たち。それを壊すことは√能力者なら簡単にできる。
 声をかけ、物音立てずひっそりと。異変を感じられる前にこの場所から彼らを隠しつつ逃げなければならない。
 もし、騒ぎになれば早々に見つかることになるだろう。そうなれば、アマランス・フューリー達も気付いてやってくることは間違いない。

 もう一つ、助ける手としてはオークションへの参加がある。
 オークションを利用し助けるなら大金を積み上げるしかない。大金を持っていなくても、自分の経験をこの場で売ることができる。
 天使が舞台に上がったら、欲しいと手をあげ。そして語ればいい。
 ただ興味があってでもいい。自分と似た境遇から助け出したいや、はたまた同郷なのだと――察しの良い天使がいれば、話を合わせることもできるかもしれない。
 それにどれほどの価値を見出されるかはわからないが、今宵の客は『助けを求め、助けられる、救われる話』が好みのようだ。
 話の真偽を確かめる術は彼らにはない。だから作り話でもよさそうだ。
 オークションを利用し助け出せれば、大きな騒ぎとはならないだろう。
 アマランス・フューリー達に素早く気付かれることなく、安全な場所へと天使たちを連れていくことができるそうだ。

 √能力者それぞれの動きで、この後の先の未来が変わっていくのは間違いない。
明星・暁子
ユズリハ・ロクスリー

 賑わうオークション会場。
 その様子を前にユズリハ・ロクスリー(叡智の旅人・h06477)は瞳細める。
「心根の腐った方々はいるものですね……人身売買ですか」
 私も裕福な生まれではありますが、とユズリハは自分を顧みる。それでも、あのように楽しむということはどうあってもない。
 こればかりは、誰に綺麗事と謗られようとも貫く――命は、人が一生で手にし得る富如きで取引出来る代物ではない、と。
 ユズリハは賑やかな表から踵を返し、裏口へと向かう。
 そしてもうひとり――身長170センチの少女姿の、明星・暁子(鉄十字怪人・h00367)にとってもこの会場の姿が受け入れられないものであった。
 嵐と衝動――それを纏って暁子の能力は今、常の三倍。
「生きた人間や天使をオークションにかけるとは、まさに奴隷の人身売買。許せませんわね」
 正義の心に目覚めた暁子にはわかる。こんな組織はあって良いものではないと。
「この組織はいずれ潰さないといけませんが、今回は騒ぎにならないように裏から天使たちを救出しましょう」
 愛用のハッキングツール。それを使い、暁子は会場の警備室を電子ハックする。そこから、警備カメラへも仕掛けていった。
 暁子が素早く手に入れていくのはオークション会場の見取り図。それに警備カメラにも偽の画像が流れている頃だろうか。これで多少、見つかるのを遅らせられるはず。
 カタカタカタ、ターン! と小気味よくENTERキーを叩く音が響けば、全ては終わり。
 途中、出会ったユズリハへと暁子は会場の見取り図を共有する。そこには商品として捕まっている天使たちの場所も書かれていた。
 その地図をつかってスムーズに件の場所へ。監視カメラも二人の姿を映さぬダミー映像が流れているままのようだ。
 雑多なバックヤードでは、すすり泣く声が聞こえてくる――檻がいくつか並びそこに入っている天使たち。
 そして見張りと思われる男が一人。くわと大きな欠伸をしており、周囲にちゃんと気は配ってはいない。
 しかしそれでも、こちらが姿を現せばすぐに気付くだろう。
「見張りがいる……」
 暁子はどうする? とユズリハを見る。ユズリハは任せてくださいと見Z核。
 ユズリハは全身の竜漿を右目に集中する。その右目は激しく燃え上がり、そして男の隙を示す。
 大きく欠伸をする――その時に、背後へと回り込む。
 ユズリハの手にあるのは魔道書。その角を思いきり、ズドンと鈍い音と共に頭に振り下ろした。
「!?」
 その衝撃に男は倒れる。ユズリハは魔道書の角を撫でていた。
 本は大切にする主義だ。だがこの本は戦闘用であるし、これはよしとすると。
 倒れた男を発見され騒ぎにならないように物陰に。
 そして、ユズリハは捕われた天使たちを解放する。
「助けにきてくれたのですか……?」
 そうですと、ユズリハは頷く。一人でも多く保護しなくては――と、視線巡らせるといくつか、空いた檻があった。
「何人か連れて行かれている……」
 けれどそちらは、オークション会場にいる何人かの√能力者に任せればいいとユズリハは思う。
 暁子も、天使たちの檻を開けて一緒に行こうと手を差し伸べた。
 来た道を戻っていく――することは同じだとユズリハは思う。
 違いは背後に天使たちがいるだけ。だが一歩の重みは違う。
「……無事逃がしてみせますよ」
 ユズリハは零す。この会場から脱出し、そして安全な場所へと連れて行くのだと心に誓って。

吉祥・わるつ

「ではいよいよと天使たちが始まります!」
 高らかと、司会が告げる。天使たちが、部隊の上にあげられた。
 周囲からは品定めするような視線が向けられ、天使たちは身をすくませる。
「ではまず……こちらの天使から!」
「きゃっ!」
 手にかけられた鎖をひっぱられ、一人の少女が中心へ。スポットライトがあたり嫌でも目を引く状況だ。
 不安そうな瞳をした少女――彼女は吉祥・わるつ(浄刹・h05247)と同じ年頃だった。
「私、この子を頂きたいわ!」
 はい! と勢いよく手をあげたわるつ。わるつは彼女を見つめ、微笑む。
「ずっと思ってたの。こんなに綺麗なお友達が居たらいいなって」
 その大きな瞳と小さな瞳をぱちりと瞬かせ、紡ぐ言葉は心からのもの。
 さみしそうだもの、助けてあげたいわ――と、天使の少女の表情を見て思う。
 ね、とこっそりとめくばせして、わるつは手を伸ばす。あまねくすべてに、手を伸ばすのだ。この目の前で取りこぼすことなんて、絶対しないしさせないのだと。
 話を合わせて、と思い伝わるように。
 すると少女も何か感じたのだろう。小さな声で、司会者へと様子を伺うように、あの子の所へ行きたいですと願い出る。
 すると、舞台から降りることは許されないがよろしいと――逆にわるつを、舞台の上へと招いた。
 ライトの下に立てば、わるつのその肌の色が違うことが誰の目にも見て明らかになる。つぎはぎの見た目。
 二階席からは興味深げな視線も向けられるが、わるつはそれを嫌がらず受け入れる。
 つぎはぎの見た目を醜いとは思ったことはない。
 だけど、きっとそれに惹かれる人も多いから。だからこの視線は悪いものではないと思う、この場においては。
「それではこのお嬢さんの他に、買いたいと言う方は?」
 ちらほらと、手があがる。示された金額は、少しずつ上がって――そして最後に、これ以上の方は? と司会者は尋ねる。
 そして最後に、わるつを見た。
「あなたは?」
「お金は持っていません」
 でも、とわるつはあたりを見回す。
 私には歌があるから、と。
「ねぇ、私とこの子が歌って踊ったら、あなた達にはどう見える?」
 それはとっても、魅力的にならない? と誘うように問いかける。
 二階席から、じっと見ている視線を感じているから。
 お友達になりたいわ、と天使の子の手をとる。しゃらりと鎖の堅い音が響く。
 少しだけ、とその歌声をわるつは響かせて簡単にくるりと一緒に回って。
 つぎはぎの屍人。そしてうつくしい天使――違う場所にいるものたちが寄り添おうとする。
 歌声が響く、その中で司会へと耳打ちが一つ。それは二階席の誰かが価値を見出し大金を代わりに払うと告げたという知らせ。
 その姿に、価値があると娘本人に自覚はなく。
 きっと、優しい人が助けてくれたのと、目の前の天使へとわるつは微笑んだ。
 でも、わるつはまだ彼女に降りかかる事を知っている。
 だから最後まで、ちゃんと守って助けてみせるわと、知られぬように心の内でそっと紡いでいた。

玉梓・言葉

 ひとり、天使が助けられた。けれどまだ、舞台の上には天使がいる。
「お次は……こちらの中年男性です。人のよさそうな顔をしておりますが、その通りの性格。小間使いなど……」
 と、司会はつらつらと言葉を述べていく。
 舞台上の彼を、玉梓・言葉(|紙上の観測者《だいさんしゃ》・h03308)は見つめていた。
 この年齢となるとなかなか引取り手もいないのか、価格は低めから始まるらしい。
 祈るように手をあわせている彼へと向け、言葉は紡ぐ。
「可哀想な天使を救い出す手助けをしておくれ」
 この地を治める神へ、天使たちの困難を――この場での縁を取り持 ってくれるように祈り捧げるのだ。
 天使らを掬う道を示せるように。
「その天使、儂に譲ってはくれぬだろうか」
 そう祈ったなら、まずひとり。自分も手助けしようと言葉は紡ぐ。
 ガラスペンの付喪神である言葉。ガラスペンは言葉を紡ぐ為の道具だ。
 だからだろうか、ほろほろと言葉が零れ出る。
 それに覚えているのだ。いつかの主達が紡いだ言葉を。その言葉をこの場に合わせ、自分の言葉へと言い換える。
 舞台の上、照らされた天使へと言葉は笑み向ける。
「昔救ってくれた馴染みによう似ておっての」
 それはどうして、助けようとしているのか――わかりやすくするために。
「とうとう恩を返すことも出来ぬまま時ばかり過ぎた」
 眉をさげて、己がそれを後悔しているかのように。
「たとえ本人でなくとも、その顔が泣く所をこれ以上見とうない」
 そしてこれも知っている。
 こういう場では我が強くなければ言葉は通らいということも。
 だから真っ直ぐ、言葉は天使を見る。
「のう天使よ、儂の手を取れ」
 誰かに買われていくなら、自分で選ぶといい。それにこのような場面を好きなものも多いのであろう――司会へと、二階席の動向が耳打ちされる。
 買い手がついたのか、司会は言葉をちらとみて大きく頷いた。どうぞそのまま、というように。
 その様子を捉えつつ、言葉は大丈夫じゃと小さく紡ぐ。
「なんせ今は神ばふ中じゃ」
 お主の幸せが続くようまじないをかけてやろう――差し出した、この手をとればそれはできる。
 天使は、何かを感じたのだろう。
「まじないをかけていただけますか?」
 捕まって、きっと心も疲弊していると思われるのに柔らかに微笑んだ。あなたを信じるというように。

道明・玻縷霞

 助けられていく天使たちがいる。
 道明・玻縷霞(黒狗・h01642)はオークションが滞り無く進んでいる様子を見つめていた。
 きっと今頃、バックヤードからも救出されているだろう。しかし、バックヤードから上手く救出できたとしても今出されている天使も助けなければならない。
 お次の天使は、とまた一人舞台の中央につれてこられる。
 それに合わせて玻縷霞は手をあげ、舞台へと駆け寄った。
「お待ちください、あの天使は私の同郷の者。どうか話を聞いて頂けませんか?」
 当然、天使は玻縷霞を知らない。驚くことだろう。
 当然、舞台に上げられた天使の女はぱちと瞬いていた。
 それが作り話であることはわかっているのだから。
「あなたが幼い頃でしたから覚えていないでしょうけど私は覚えています」
 天使となっても、その容姿も仕草も変わらないと、玻縷霞は僅かに瞳細める。
 今日、初めて顔を合わせたのは間違いない。けれど、玻縷霞はその印象を拾い上げ、恰も以前から知っていたように言葉を続けていく。
「幼い頃と同じ、その少し褪せたような髪色、とても懐かしく思います」
 不運で離れることになったのだと、経緯を加えて。
 長年探し続け、此処へ辿り着いたのだと。この機は、今逃してしまえば二度と訪れることはないのだとわかっている。
 そんな風に切実に玻縷霞は続けた。
「私が差し上げられる物ならば何なりと」
 どうか、と二階席へと膝をつき願う。すると――天使の女も、もしかしてというように言葉を。
 彼は、私を助けてくれようとしていると察して。
「本当に……本当にあなたなの? 私が、アメリアだってわかるの?」
 そう、名前を告げる。玻縷霞は彼女――アメリアへ、はいと頷いた。
「アメリア、覚えていてくれたのですね」
 感動的な出会いのように。そして玻縷霞は、この場で地に頭を付ける事も厭わない。
 プライドも恥も、不要なのだと。
「お願いいたします、これが最後の機なのです」
 どうか、私にご慈悲を。
 玻縷霞が頭を下げれば、二階席からざわざわと。何かをもめている――そんな空気だ。それは誰が競り落とし、与えるかを競っているのだろう。
 しばらくした後に、誰が競り落とすか決まったのだろう。
 どうぞ、あちらへと天使の女と共に玻縷霞は案内される。
「アメリア、本当にまたこうしてあえて、よかった」
 何か、彼女は言おうとしたけれど玻縷霞は余計な事を言わないようにと言葉を重ねていく。
 まだ、余計な事は言ってはいけませんと。

饗庭・ベアトリーチェ・紫苑
志藤・遙斗

 オークション会場を見ながら、志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)はタバコに火を付ける。それを口に運び、吸い込んで、はきだして。
 慣れ親しむ煙の香と共に瞳細めて零す。
「天使を売るオークション……本来なら突入して救出したいですけど、救助者の安全が第一ですし、ここは表から行きましょう」
 そう言って遙斗は、傍らの饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(|咲き誇る碧の天國《パラレル・パライソ》・h05190)へと視線向けた。
 紫苑はパーティドレスとストールを纏いこくりと頷く。
「突入するにしても多少相手を油断させた方がいいと思うんです」
 そしてふふ、と紫苑は笑む。その笑みになるほどと遙斗は僅かに眉あげて見せた。
「それに、人身売買するような悪徳商人がどんな顔してるか見てみたくないですか?」
 面白がるような表情で紫苑は言う。あとできっと捕まっちゃうでしょうけど、今はこオークションにのってあげましょうと紫苑は言う。
 そこにいる金持ちたちと直接話をするために。
 上品なサロンのようでいて、物好きばかりが集まる場所。
 あなたも物好き? なんていうような不躾なような視線を受けて、紫苑はにこりと微笑んだ。
 そして近くの身なりの豪奢な婦人へと声をかける。
「神様と出会った、なんて話を信じますか?」
「神様と? ほほ……スピリチュアルな御話かしら」
 いいわ、続けてと言われる。彼女の興味をちゃんと引けたようだ。
「今もその神様に取り憑かれている、って嘘っぽいですよね」
 でも本当なんです、と声を潜める紫苑。
「ほら、その証拠に……」
 ショールを少し捲り、人外の肌を見せる。婦人が瞳見開いて驚くと同時に、足もとそっと見せて。
「あなたに神様が憑いているというの?」
 まじまじと婦人は紫苑を見る。そうです、と紫苑は頷く。夫人は興味深そうに、もっと話を聞きたそうなそぶりを見せていた。
「私、神様から解放される方法を探してるんです」
 もうどのくらい昔からこの姿かとため息を混じり、そして夫人を見て人の体に戻りたいのですと紡ぐ。
「その為に色々な所に足を運んで文献を探さないといけなくて……ご支援願えませんか?」
 きっとあなたはそういったこともされる方なのでしょうと紫苑は視線向ける。
 そう話しながら、新しい天使のオークションが始まりましたねと舞台へと視線を動かした。
 司会が次の天使はこちらと舞台の中央にあげたのは少女だ。
 不安そうな顔をしている彼女は、妹と同じくらいの年齢だと遙斗は名乗りをあげる。
 婦人は、紫苑と話しながらもどんな天使がオークションにかけられ、そしてどんな男がと舞台へと興味を示していた。
「俺はこの天使を妹の友達にしたいです。その為に、日本から来ました」
 妹のために、と遙斗は言う。自分がいないときでも一人にしないように友達をと。
 天使の少女も、酷い扱いはされなさそうだと察したのだろう。他に金額をあげているものいるが、あの人の所がいいですと司会へと願う。
「ただ、お金が全然足りません。俺の両親は俺が10歳の時に事故で亡くなりました」
 その身の上話にそういった人は沢山いますものねと紫苑の隣で婦人は紡ぐ。まぁ可哀想にと婦人は言う。その声色は、憐憫であり自分がそうでないことを小気味よく思っているような響き。
「それから10年間俺は妹の為ずっと生きてきました。妹を大学に入れるために学生の頃から働いて、今も高卒で働いています」
 真に迫る話なのは嘘がないから。妹を大切にする兄というのは、そのままの姿なのだから。
 遙斗は自分が今までどうあるのか紡いで。そして残念そうな顔をする。
 そこにいる天使を連れていき、妹に会わせたい。でもそれをするには、と。
「それでもお金がたりないです。どうか俺に天使を買えるだけのお金をください」
 お願いしますと遙斗は言う。その様子を、夫人と共に見ていた紫苑は、彼は助手なのですと話を繋げるように。
「できたら、何時も手伝ってくれる彼の願いを叶えてあげたいのです」
 再度、支援をお願いできませんか? と言えば婦人は微笑んだ。
「良いでしょう、面白い話を聞かせてくれましたし……」
 婦人は小切手を手に取り、これくらいでいいかしら? とさらさらと今上がっている金額より多めに書き連ねた。足りないことはないと思うわと言って。
「また面白いことが……そうね、人間に戻れたら見せに来てくれるかしら」
「ええ、もちろん」
 ありがとうございますと、受け取った小切手を持って紫苑は階下へ。
 遙斗が気付けば目配せ一つ。上手くいったと。すぐ、紫苑はその金額で天使を競り落とした。
 天使を連れ、そして遙斗は紫苑のもとへ。遙斗は自分のコートを脱いで、紫苑の肩へとかけた。
「コート、ありがとうございます」
 遙斗へと引き渡された少女。少女はまだ不安そうな顔をしているが、大丈夫ですと遙斗は言う。
 悪い様にはしませんと遙斗は言って。そして紫苑も信じてと微笑む。
 天使を助けにきたのだからと。残りの数人も、助けると。
「そういえば、悪徳商人はどんな顔をしていました?」
「うーん……普通の顔でしたね」
 ふと、最初のやり取りを思い出して遙斗は尋ねる。声をかけた婦人は着飾ってはいるがどこにでもいそうな人だったと。
 きっと、こういった事が当たり前だから普通の顔なのでしょうと遙斗は思う。
 そして足早に、このオークション会場を離れていくのだった。

ララ・キルシュネーテ

 天使たちがひとり、ふたりと減っていく。それは√能力者たちが助け出しているから。
「ふぅん、これがオークション……」
 舞台と、そして二階席にいるという金持ちたちをララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)はつまらなさそうに眺めてほとりと零す。
 渦巻く慾に酔ってしまいそうだわとその唇は小さく動いて。けれど笑みも紡ぐのだ。
「ひとってこういうの好きよね」
 わかるようでわからない。何を求めているのかしら、なんてララは思う。
 でもそれはさておき、今はこのオークション会場に連れ出されてしまった子達を救わねばならないのだ。
 こんなところに連れてこられてしまった、可哀想な子たち。
 でも大丈夫とララは思う。神の力はララに味方してくれるはずだから。
 またひとり、舞台の上へと連れてこられたのは――偶然か、ララと似た髪色した少年だった。
 不安そうな顔をしている。でも今まで買われて行った人たちが、悪い扱いを受けていないのも見て期待しているような雰囲気。
 彼を助けましょうとララは声あげる。
「にぃに!」
 その姿を目にし、驚いて思わず声をあげたというように。
「ずっと会いたかったの、探していたの」
 そう紡ぎながら、唯一の家族と舞台のほうへ。
 ララが舞台に上がるのを、司会は止めない。ああこれからきっと、皆様の見たいものがというようにその先を望んでいるようにも見えた。
 切にいとけなく涙ぐんで、天使の少年のもとへ。だが少年はぽかんとして――それはそうなのだ。初めて、出会ったのだから。
 だからララを見つめるし、ララはその視線を受け止めて彼だけに見えるように小さく笑み向ける。
 合わせてよね? と魅了の眼差しを向ければ少年は揺らいで。
「本当に、おまえなのか?」
 震える声でそう紡ぐから、上出来と。ララはもう離れ離れになりたくない、と手を伸ばした。
 ぎゅっと抱きしめて――そしてララは、助けてと紡ぐ。
 お願い、と次は二階席の観客たちへ。
 慾に眩んだ連中に「救世主」となる栄誉を与えてあげると。いいこと、したいでしょう? なんて思いながら。
 案の定、二階では誰が競り落とすかと盛り上がっている様子。
 ララは小さく笑い零して、でも――と吐息零す。
 自分でも気付かぬ間に、きゅっと少年の服の端掴む指に力が入っていた。
 本当の兄姉を思い出して、会いたくなってしまった。
 心に燻るのは寂しさにも似たものだろうか。でもそれは、ララだけの秘密。

ヴィルベルヴィント・ヘル

 からわらにはアタッシュケース。その中に敷き詰めた者こそが、今宵のヴィルベルヴィント・ヘル(RED HOOD・h02496)の武器だ。
「さて次の――何? ……、……失礼しました、こちらが本日最後の天使でございます!」
 司会の者へと何かが伝えられている。ヴィルベルヴィントはその様子に、裏ですでに誰か動き、そして事が終わったのだと察する。
 涙を流す少女が舞台に挙げられて、ヴィルベルヴィントは静かに手をあげた。
 つり上がっていく値段――ヴィルベルヴィントへと、司会が貴方は如何なさいますか? と尋ねる。
 その言葉にヴィルベルヴィントは、ただ静かにアタッシュケースを開いた。
 開かれたその中にあったのは美しい竜漿石だ。
「これは我が主――偉大なる魔女様のコレクション。魔石でございます」
 ご覧くださいと、一つ砕いて炎を喚ぶ。
 この世界にはないもの。それに、客は興味を示す。これを代価にと告げれば司会は共に競売へとそれをかける。
「こちらで稼いだ全額を泣きはらす天使の少女に捧げましょう」
 もし足りないのでしたら、とヴィルベルヴィントは紡ぐ。
 私の話を聞いてくださいと声を張った。
「私は、奴隷で御座いました。魔女様に買って頂いたあの日迄は」
 カトラリーの握り方も、文字の読み方も、ネクタイの結び方も、とヴィルベルヴィントは身振り手振りを交えていう。
 その様が気になるのだろう。視線を感じ、そしてこれで良いのだと思う。
 興味を引ければ、それだけ価値もあがるだろうから。
「そして……あの御方の喜ばし方も」
 お恥ずかしながら、何一つ出来なかったと奴隷であった頃の自分を思い返すように。
「我が主に出逢わなければ私を構成する全てが無かったので御座います」
 そう言ってヴィルベルヴィントは、天使の少女を見つめる。
「それ故に私は貴殿に手を差し伸べたい」
 主のように、とまでは言わないけれど。それでもその境遇から脱する手伝いを、と。
 そう話していると――竜漿石にも高値がついて。少女はヴィルベルヴィントのもとへ。
 すると少女はヴィルベルヴィントを見上げて、あなたの話は本当なの? と小さな声で尋ねる。
 それはどこかに魔女がいるのかと、これからその人のもとへ行くのかと思っているような口ぶり。
「この噺が事実か、で御座いますか?」
 そしてヴィルベルヴィントは少女の問に囁くように返す。
「……さて、私からは何とも」
 私の欠落は記憶なので御座います――その意味を、天使の少女は知らないけれど。
 なんだかとても意味ある事のようにさえ、思えたようであなたについていくわと共に。

第2章 集団戦 『オルガノン・セラフィム』


 オークション会場から、天使たちは皆脱出した。
 裏からひっそりと気づかれる前に、もしくは表から堂々と買われるという体面を持って。
 最初は戸惑いや不安を見せていた者もいるが、√能力者たちが危害加えるような相手でないとわかり、信じてくれているようだ。
 けれど――まだ、安全というわけではない。
 会場を離れてからは、安全な道を選び進んでいく。オークションを行っていた者達からの追手はなく――一息ついた、その時だ。
 ざわざわと、何か背筋をなぞるような嫌な感覚。
「っ!! あ、あっ……また、あの……!」
「みんなが変わった……かいぶつ……っ」
 天使たちが、その姿を見た途端震えあがる。
 かろうじて、人の形をしているのだ。しかしむき出しの肉のようで、そうではなく。
 美しい色をしている羽根のように見え、そうではなく。足は骨のようでもあり金属でもあるよう。つぎはぎのようでそうではないそれは――怪物なのだ。
 それはもうひとの手ではなく鋭い爪をもっていて。開いた口から零れるのは言葉ではない。
 √能力者たちは知っている。
 それが善なる無私の心の持ち主のみが感染するとされるヨーロッパの風土病「天使化」に感染した善人が変貌した、哀れな怪物であることを。
 何かが少し違えば、助けたこの天使たちもそうなっていたかもしれない、オルガノン・セラフィム。
 本能的に天使を追いかけてくるそれが、今現れてしまった。
 往く手を塞ぐように。彼らを、救う方法はない。天使たちを守りながら、戦わねばならぬようだ。
龍統・ミツアキ
明星・暁子

 オルガノン・セラフィムたちが囲むように迫ってくる。
 このままでは行く先を防がれてしまう――そう思った矢先、道が開けた。
「内に秘めたる九頭龍よ、今此所に顕現せよ」
 駆ける影がひとつ。
 60秒間、龍氣をチャージした直後、近くのオルガノン・セラフィム達へと威力18倍の九頭龍を放ったのは龍統・ミツアキ(千変万化の九頭龍神・h00681)だ。
 軋んだ悲鳴をあげながら、オルガノン・セラフィム達が倒れ隙間ができる。
 心は熱く、頭は冷静に――一角を崩したミツアキは自分へと意識が向いたオルガノン・セラフィム達を相手どる。
「今のうちに!」
 そして、道を開くと同時に、追われていた者達へとこの先へと示した。
 ミツアキの横を通り抜け、この場所を切り抜けていく。
 しかしオルガノン・セラフィムは逃がさないと、それは本能だろうか。邪魔をしているミツアキを狙って攻撃かける。
 跳躍と共に黄金の生体機械の射程の中へ。黄金の生体機械が放たれたのを前にミツアキはその攻撃を受け流す。
「さぁ貴様の業を数えろ……」
 多少の怪我を厭うことはない。この場を抑えることが、今は必要なことだとわかっているから。
 そして明星・暁子(鉄十字怪人・h00367)も、助けた天使たちに先にいけと促す。他の者達もいる、此処をまず切り抜けるのが必要だろうと、身長200㎝の鉄十字怪人の重甲着装して。
「オルガノン・セラフィムか。天使の《なりそこない》と言った風味だな」
 改めて向き直り、その姿をよくよく見る。人であったもの――しかし、今はと暁子は思う。
「速やかに倒してやるのが、慈悲というものか」
 愛用の、様々な特殊弾丸を装填できる超重量型のヘビーライフル、ブローバック・ブラスター・ライフルを手にした暁子。
 その狙いはもちろん、オルガノン・セラフィム達だ。
 遠距離攻撃をかける中、飛び掛かってくるオルガノン・セラフィムがいる。
 伸び縮みする爪による牽制――しかしそれは、硬い装甲に阻まれて意味がない。その身から蠢くはらわたが放たれ捕縛し、そして異様な開き方をする口による攻撃の気配。
 だが、その攻撃を暁子はわざと受けていた。
 自らが身に纏う重甲に仕込まれた爆薬や炸薬――それを食えば内側からオルガノン・セラフィムは破壊されることになるのだから。
 噛みついた瞬間に炸裂したそれは、はらわたも破砕するようにぼとぼとと地に落ちた。
 それに痛みを感じているのか、蠢くように地面這うオルガノン・セラフィムへと暁子は言い放つ。
「どうした。爆薬も炸薬も、まだまだたくさんあるぞ」
 全部もらってくれて構わないぞと暁子は自分の前にヘビー・ブラスター・キャノンを召喚し並べる。その場から動けなくはなるがその銃口はすでにオルガノン・セラフィムへと向けられている。
 一斉に発射される弾丸はオルガノン・セラフィムを撃ち抜いてその場へと落した。
 ヘビー・ブラスター・キャノンの砲火の音が止めばその場には動くオルガノン・セラフィムはいない。
 暁子は皆が駆けた方向を見詰めそして足を向けた。

玉梓・言葉
ユズリハ・ロクスリー

 傍らの、天使。そして、迫りくるオルガノン・セラフィム。
 どちらも人から、その形へと姿を変えたのだと言う。
 ユズリハ・ロクスリー(叡智の旅人・h06477)は追われながらも瞳を細め、思案する。
(「話を聞く限り、遺伝する病気というわけでもなさそうだ」)
 何かしらの原因となるものがあったのかもしれない、と思うけれどそれもなさそうだ。
(「感染症の特徴にも該当しない……魔術的な由来? ……いえ、今は考える時ではありませんね」)
 このまま、考えの中に沈みそうになるのを、頭を横にふるい払えたのは、その声が聞こえたかだろう。
「哀れな姿よ」
 その言葉は玉梓・言葉(|紙上の観測者《だいさんしゃ》・h03308)は零したものだった。
 彼らとてこうなりたくてなったわけではないとは言え、野放しには出来ない――そうは思わんか、と言葉は視線が重なったユズリハへと告げた。
 ユズリハはそうですねと頷いて、迫ってくるオルガノン・セラフィムへと改めて視線向ける。
 天使にはなれなかった異形。金で継がれたような身体に不完全な肉か、それとも別のものか。羽の成りそこないをぶら下げて、今にも崩れそうなバランスでそこにいるのだ。
「終わらせる事が救いじゃな」
 |彼誰《おもかげ》をくるりと開き見せるは、いつかの面影。
 それは人の子だった頃の面影かもしれないし大切な人の面影かもしれない――オルガノン・セラフィムたちにそれがみえるだろうか。
 天使を狙って繰り出される攻撃を|彼誰《おもかげ》で受け止め、受け流しその生命力を吸収していく。
 なりふり構わず、本能のままにとでもいうのか。オルガノン・セラフィムたちのその姿に言葉の瞳は柔らかに、優し気に細められていた。
「誰が否定しようがお主たちとて美しい」
 無垢であり続けられなかったことがそれほどまでに罪であろうか――その答えを知るものはいるのだろうか。
 しかし、言葉にはできることがある。その御霊を天に還そうと、その唇は紡ぐのだ。
「光あれ―――」
 天から光属性の弾丸は放たれる。降り注ぐ光は一層、その威力を高めるのだ。
 願わくばその魂がこれ以上囚われぬ様にと破魔を纏わせたそのひかりにオルガノン・セラフィムたちは包まれる。
 天使のなりそこない達は光りで貫かれ、そしてユズリハには神の祝福を。
「凍て月の冷気よ、来たれ」
 空をその手が撫でるように動く。ユズリハの示した先へと氷刃が振る。その威力は弱いものの、広くその場所を満たすものだ。
 次々と現れるオルガノン・セラフィムたちと対するには点ではなく面で攻めるのが良い。その考えの通り、その場に足を踏み入れた途端凍り付き、その場で動けなくなるオルガノン・セラフィムたちは多い。
 その傷を癒すべく、オルガノン・セラフィムたちは自分達へと祝福を呼ぶ。降り注がせた祝福を増幅し、その傷を治そうとするのだ。それは10分以内に全開する回復。
 回復を使われると厄介、とは思うもののユズリハは思う。
 10分――それは、我々にとって制限なのか猶予なのかと。
 凍結してしまえば、その攻撃を逃れ得る隙に。そうユズリハは思っていたのだけれど、じきに抜けられてしまいそうでもある。
 ユズリハは詠唱錬成剣に熱を灯す。
 熱膨張を誘い、氷点下から高温の刃で其の凍結部位に熱を一気に叩きこむ。大きな変化に、熱割れを起し破壊されていくその身。
 そしてまた、オルガノン・セラフィムたちの祝福とは違う、言葉の光が、祝福が続くのだ。
 回復を上回る痛手に、その身は崩れおちていく。その姿を、ユズリハはただ静かに見つめていた。
「いつかきっと、治せる病になる日が来ると信じます」
 救う手立てが無いとは、苦しいものだ――ユズリハは零す。
 今はただ、倒し還す事しかできないのはユズリハも、言葉もわかっている。
 けれどいつか、と思わずにはいられないのだった。

饗庭・ベアトリーチェ・紫苑
志藤・遙斗

「やっと助け出せたと思ったらやっぱり追っ手は来ますよね」
 タバコに火を付けながら、志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)はため息交じりに。わかっていたとはいえ、やはりこうして目の前に現れると相手をするのは一仕事になるから。
「オルガノン・セラフィム……天使になりきれなかった善人」
 饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(|或いは仮に天國也 《パラレル・パライソ》・h05190)は遙斗から借りたコートをそのまま着て、追ってくる者達を目にし零す。
 天使に至る人は元は同じなのに……と、その心に波がたつ。
「できれば手荒な真似はしたくないんですけどね」
「原因がわかる時が来たらもっと別の方法であの敵を救えるんでしょうか」
 そうであればいいのですが、と言いながら遙斗はこちらへと招く。オルガノン・セラフィムが爪を伸ばし攻撃を仕掛けてきたからだ。
 予想はしていたものの、やはりこうなるかと遙斗は思う。
「仕方ない、敵対行動を確認。これより実力を行使します。紫苑さん行きますよ」
「はい! すぐに終わらせましょう」
 逃げるその足を止めオルガノン・セラフィムたちへと、遙斗は体向ける。
 そして紫苑は天使たちに逃げてと促した。
「抵抗するなら容赦はしない!」
 オルガノン・セラフィムたちと向き合ったと同時に霊的疑似振動を放つ。
 その振動はその場から動けなくなるほどに。オルガノン・セラフィムたちはその場に膝をついた。それでもなお、動いて追いかけようとするけれど。
「動こうとしても無駄です、すぐに済みますので大人しくしていてください」
 さらなる力がかけられる。その爪を伸ばせはするが、上手く扱えずまず二人には届かない。
「動きは止めました。紫苑さん後はお願いします」
 紫苑はこくりと頷く。動かない今であるならば――容易いことだ。
 振るう力は、|華皇神《かこのかみ》の権能のひとつ。その体の内から植物を生やしていく。
 その継ぎ接ぎのような花に、美しい緑を、花を。
 蔦が絡み、オルガノン・セラフィムたちは戒められていく。
 その鮮やかな、美しくもある光景に遙斗は瞳細める。動けなくなったオルガノン・セラフィムから、一体ずつ確実に。その身に咲く花を花束にして、紫苑はその手に。
「仕留めます!」
 軽く見えるその花には見えぬ重さが掛かっている。振り下ろされた瞬間、オルガノン・セラフィムは地面にめり込む勢いで地に伏した。
 花束を持つ姿はこれからどこかに軽やかに行きそうにも見える。手にしたそれを離せばふわりと空に消えて行った。
「残存勢力無しっと、取り合えず移動しましょう」
 そして遙斗も周囲に敵の姿がないことを確認していた。
 けれど、ここにずっといるわけにもいかない。先に逃がした天使たちも心配である。
 紫苑はそうですねと言いながら、ふと零す。
「慣れないドレスは動きにくいと思ってましたが、コートで抑えられてるだけで全然違いますね」
「コートが役に立ったみたいで良かった」
 まだもう少し、何かあるかもしれない。必要がなくなるまで――安全な場所に天使たちを送り届けるまでどうぞそのままでと遙斗は言う。
 その言葉に紫苑は、お言葉に甘えますねと小さく笑み返すのだった。

道明・玻縷霞

 天使――アメリアを連れて道明・玻縷霞(黒狗・h01642)も逃げる。
 追いかけられ、そして追いつかれたらその爪がアメリアに向くことを玻縷霞はわかっていた。
 とはいえ、オルガノン・セラフィムが、彼等も元は何の罪もない善人であったことを玻縷霞は知っている。
(「ですが、現段階で治療法する術はありません」)
 彼等を止める為には、と玻縷霞の視線は厳しくなる。
 今、取れる選択は一つしかないからだ。
 殺すしかない――その選択を、仕方ないと、そんな言い訳をするつもりは、玻縷霞にはなかった。
「殺しに来るのであれば、私達も抗います……生きて、帰る為に」
 その呟きはアメリアにも聞こえていた。彼女ははっとしたような顔をして、玻縷霞を見る。玻縷霞はその視線に答えず、ただ一言。
「離れないように」
「はい」
 オルガノン・セラフィムが向かってくる。気配を消すような動きがみられる――狙いは彼女のようだ。
 それならばやはり、近い方が守れる。
 オルガノン・セラフィムが視界から消えたように見えたがそれは跳躍。虹色の燐光を纏い気配を消す。黄金の生体機械がアメリアを狙って伸ばされるが、しかし。
 その間に玻縷霞が割って入る。回避すれば、アメリアを巻き込む可能性がある。
 オーラでその身を硬め、防いだのだ。そのまま、その拳を玻縷霞は前へと突きだす。
 黄金が玻縷霞の上を撫でる。それに素早い殴打で反撃をいれたなら先程受けたダメージは消え去っていた。
 与えられた痛みを、傷を返すそれは|因果応報《マーシレスカウンター》。
 その場にずしゃりと落ちた天使。一瞬、アメリアは身をすくませる。
 痛ましい視線をオルガノン・セラフィムへと向けている彼女。襲ってきたとはいえその姿を痛ましく思っているように見えた。
 そして玻縷霞が自分のために戦い、さっきも傷を負ったことに何かを感じているのだろう。
 彼女が、何かを口にする前に。
「気に病むことはありません」
 貴方達に何の罪はなく、私達は貴方達を守る術がある――ただ、それだけのこと。
 玻縷霞は大丈夫ですとアメリアに言い聞かせるように紡ぐ。
 安全な場所へとちゃんと、送り届けますのでもう少し頑張ってくださいと。

ヴィルベルヴィント・ヘル
吉祥・わるつ

 ヴィルベルヴィント・ヘル(RED HOOD・h02496)の銀の右目、左目は前髪に隠れている。しかしそれでも、オルガノン・セラフィムの姿はしっかりと捉えていた。
 その背に、助けた天使を隠すかのように。
「あの中に……いるのかも……でも、どうして」
 そんな小さな声をヴィルベルヴィントの耳はぴくと動いて拾い上げる。
「貴殿方は、あの者達が善人であった事を御存じなのですね」
 こくりと頷く少女――ああ、とヴィルベルヴィントは思う。
 この少女の知古も……この中に。もしかしたらいるのかもしれないと。
 ヴィルベルヴィントは纏っていた赤い該当を脱ぎ、そして背中に庇った天使の少女へと被せる。
「私が迎えにくるまで耳と目を塞いでいて下さいますか?」
 何も見ずとも良い様に、何も聞かずとも良い様にとヴィルベルヴィントは柔らかな声で紡ぐ。
 少女がこくと頷くと同時にヴィルベルヴィントは周囲を見回す。
 どこか、物陰に――そう思っているとこっちと手招きする少女、吉祥・わるつ(浄刹・h05247)の姿が見えた。
 物陰に何人かの天使たちを隠して、ここなら守れるからと。
 ヴィルベルヴィントは、少女の背中をそっと押してあちらへと促す。
 しかしひとりで、あのオルガノン・セラフィムたちへと立ち向かうのかと彼女は心配そうな視線を向けた。
「御安心下さいませ」
 その視線に気づいたヴィルベルヴィントは、ふふりと笑って。直ぐに片付けて御覧に入れましょうと、恭しい所作で執事の礼をとる。
「お早く」
 どうかお気をつけてと少女はいってわるつの方へ。ヴィルベルヴィントとわるつの視線が合う。
 お願いいたします、任せてとその視線ひとつで意思の疎通をし、ヴィルベルヴィントはオルガノン・セラフィムたちへ徒手空拳の構えを向けた。
 そしてわるつは、天使たちへと向き直る。
「大丈夫、落ち着いて」
 私達が居る限り、あなた達には傷ひとつつけさせないと、わるつは声をかける。
 怖がっている、不安がっている。それは手に取る様にわかること。
 オルガノン・セラフィム――セラフィムの聖者としての本能が動くなら、私の攻撃はきっと効かないとわるつは思う。
 なら、守るべき天使たちを支えることで、戦う√能力者たちをフォローできる。
 こちらに気を回さず戦えるだけでもきっと違うだろうから。
 だから、わるつはすっと一呼吸。
 その歌は、世界を変えられるから。
(「そうやって、いつだってあの故郷で生きてきたから」)
 わるつは歌う。それは世界を変える歌だ。どうして歌をなんて視線を向ける天使もいたけれどその歌に魅了される。
 そしてその歌を聞いたなら、傍らに励ましてくれる大切な人の姿が。それが幻影であっても、天使たちにとっては勇気づけられるものであることは間違いない。
 歌が届いたのをわるつは目にし、そして改めて声かける。
「物陰に隠れてじっとしててね。これであの人達には見つかりっこないから」
 天使たちの傍らにいるだれか。それはきっと今まで彼等と共に過ごしてきた者達なのだろう。
 そしてオルガノン・セラフィム――怪物になった人達の救い方は存在しない。
 今、幻影として横にいる人たちだって、きっと怪物になっているのだろう。
(「わかってる、だからこそ」)
 私はあの人達の眠りも、祈りたいのとわるつは知らず、手をぎゅっと握りこんでいた。
 そして、戦うヴィルベルヴィントを見守るように視線向けた。
 ヴィルベルヴィントは流れるように拳を突き出す。
 そして今、肉薄し|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》を持って懐に入った一体を倒し切る。
 しかし他方からもくる姿に、すかさずカトラリーを投擲しその爪を弾く。
 だがオルガノン・セラフィムも引かず、蠢くはらわたを投げかける。それを掴んだヴィルベルヴィントは怪力で曳き千切りつつ逆に引き寄せる。
 囲まれても、一歩も譲らないと気魄帯びてただ荒々しくその拳を振るった。
 その四肢、感覚全てを持ってヴィルベルヴィントは戦い抜く。
 その場に動くものがいなくなれば――乱れた服装を軽く整えヴィルベルヴィントは柔和な雰囲気を纏い直す。
 先程まで戦っていたのが嘘かというほどに。
「御怪我は御座いませんか」
 心配していた天使の少女は頷いてほっとした顔を見せた。その様子を確認しヴィルベルヴィントはわるつへと、他の方々はと尋ねる。
「大丈夫、落ち着いてるよ」
 でも本当に安全な場所はここではないと知っている。
 わるつは移動しようと皆を促す。今、天使たちは励ましを得て心に力を得ていた。
 ここではなく安全な場所へ――その言葉に、足は自然と動き始める。

第3章 ボス戦 『羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』』


 オルガノン・セラフィム達がこれ以上追ってくる様子はなkった。
 その全てを、倒すことができたのだ。そのことに、思うことがあるものもいるだろう。
 けれどまだ、安心は――できなかった。天使たちと√能力者たちの前にひとつ、影がおちる。
「|天使になれなかった出来損ない《オルガノン・セラフィム》を追ってきたら……これは、なんと運がいい」
 ふわ、とその場に降り立った女。しゃらと衣擦れの音をさせ静かに視線を、√能力者たちの向こうの天使たちに向けている。
「天使を捕獲する機会が巡ってくるとは」
 これは僥倖と女は紡ぐ。その言葉は何の色も乗せぬような響き。
 天使たちは、本能で感じる。この者についていってはいけないと。
「さて……そこをどいてくれぬか? さすれば手は出さぬが……そうはいかぬか」
 やれやれというように肩を竦める。そして女は、羅紗の魔術士『アマランス・フューリー』は邪魔をする者は排すると一歩前へ出た。
志藤・遙斗
饗庭・ベアトリーチェ・紫苑

「んもう、そうそう簡単には終わりませんか」
 ひとつ終われば、また次がきますねと饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(|或いは仮に天國也《パラレル・パライソ》・h05190)は肩落とす。
 そして持っていたたばこに火をつける志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)は手元を見ることなくごく自然にその動作を行っていた。
「やっと追っ手が来なくなったと思ったら、ここで黒幕の登場ですか」
 やれやれというように零された言葉。その言葉にアマランス・フューリーはただ笑って返した。
「一応確認なんですけど、ここらへんで諦めるってのはいかがですか? お互い無駄な事はしたくないじゃないですか?」
「無駄なことをしたくない、というのならその天使たちを渡せばいいのだ」
 アマランスは会話ができる相手。言葉の通じぬ異形ではない。けれど大人しく話を聞いてくれるかどうかは別の話。そういった答えの予想はもちろん、二人ともしていた。
「やっぱりダメでしたか。や、まぁ大体あちらの反応は想定内でしたが」
 話が通じそうな相手には無理そうでもきちんと勧告するんだなぁ……と紫苑は思いながら遙斗との会話を聞いていたのだ。
 そう思っている事はすぐ察することができたのか。遙斗は咳払い一つ。
「紫苑さん、一応これも警官としての様式美というかお約束というか聞かないとダメなんですよ」
「えっ、いちいち確認しないとなんですか!? 警察って結構約束事が多いんですね」
「そうなんです」
「そうなんですかぁ」
 そんな適当な事を吹き込みながら、遙斗は周囲を警戒する。ここに居るのは――アマランス、ひとり。
 そして目の前の相手は引く気なんてないのはわかる。
「さて、無事に? 交渉も決裂しましたしやりましょうか? 紫苑さん行きますよ」
 警察って大変ですねとその適当な話を信じながら返事して紫苑は臨戦態勢をとる。
 前にでるのは遙斗。一気に距離詰めるべき踏み出したならアマランスは近付かれてはなるものかと動く。
 しかし、だ。
「嵐が来ますよ」
 彼女の周囲に、強力な酸性の槍雨を降らせる紫苑。それは自身に憑いている華皇神の権能。紫苑に害為す者はすべて、味方以外。アマランスはその味方以外なのだ。
 さぁ、と言葉の続きを紫苑が紡ごうとしたなら。
『春の嵐に散るがいい』
「……神様、人の台詞とらないで」
 くつくつと、その反応に楽しそうな笑い声が紫苑の中で響く。もう、なんて零しながら紫苑の狙いはそのままに。
 アマランスは酸の槍雨に纏う布を翻し守りを。
 けれどその間に、すでに遙斗が距離を詰めていた。
「紫苑さんナイスフォローです。このまま仕掛けます」
 ふ、と吐き出した煙がくゆる。その煙は殺戮気体だ。その煙を纏えば遙斗の移動速度はあがる。
「悪いけど悪は斬る! 恨むなら俺たちの前に立ちふさがったご自分を恨んでくださいね」
「っ!!」
 懐に踏み込むのは一瞬。アマランスはその攻撃をいなそうと纏う布を広げた。
 しかし、それごと貫いてしまえばいい。
 遙斗の手には小竜月詠と特式拳銃【八咫烏】。八咫烏の先をアマランスに向け、そしてもう一方の手にもった小竜月詠を振り抜く。
 アマランスの広げた布を切り裂くつもりで――しかしそれはしなやかその刃先を受け止め斬らせない。アマランスはその布の向こうで、そんな攻撃は効かないと口端あげていた。
 けれどぴんとはった布であれば八咫烏の弾丸は通るだろう。感じる気配を頼りに引き金引けば、銃声と共にその布貫き穴を作る。
 そしてその弾丸はアマランスの体を貫いていた。
 アマランスは痛みを堪えながら瞑想を。それは10秒必要であり、羅紗の記憶海から知られざる古代の怪異を召喚するもの。
 しかしその10秒を遙斗は、与えない。
 より一層、タバコの煙を濃く纏って再び小竜月詠を振るう。その刃が描く軌跡は美しくその布ごと斬り裂き、アマランスの身に届いた。
「……っ!」
 ここで深手を負うわけにはいかないとアマランスは身を引く。
 二人の傍に居る天使を一瞥したが――小さく舌打ちし、諦めたようだ。アマランスは身を翻しこの場を離れていく。
「結局最後までコート借りっぱなしでしたね」
 紫苑は追う必要はありませんねとこの場から動かず。遙斗から借りたコートの裾をドレスのようにひらりと摘まんで。
「コートが役に立ったなら良かったです」
「ありがとうございました、洗ってお返しします」
「洗濯とかそこまでしてもらわなくても……」
 と、そこまで言って遙斗ははっとする。
 こうやってデリカシーの無いことを言うから妹に怒られるんだろうなと、苦笑して。
 遙斗はいつでも大丈夫ですよと言って、帰路を示す。アマランサスが態勢立て直し戻ってくる可能性もありはするがその前に、去ってしまいましょうと。

道明・玻縷霞
ユズリハ・ロクスリー

 アマランス・フューリーは知っていた。
 天使がひとりではないことを。だから戦いから引いてもまた別のものを見つければ良いと思っていたのだ。
 そしてその視線に――また別のものたちが映る。あれにしよう、とアマランスはまた降り立つのだ。
 天使と、√能力者の前に。
「やはり私は運がいい……このあたりにはまだ、多くいるようだな」
 その言葉に道明・玻縷霞(黒狗・h01642)の眉はぴくと反応する。
「運がいい……?」
 この女は、何を言っているのだと玻縷霞の胸中に起こる想い。天「彼等は全てを奪われる所だった。命どころか人としての権利さえも」
「それが、どうかしたか?」
 その返答は玻縷霞も予想の範疇だった。
 |羅紗の魔術士《アレ》と価値観が違うのはわかりきったこと。通じるはずもないとは思いつつも言葉にしなければならなかったのだ。
 玻縷霞の視線はすっと冷える。その言葉に一層の冷徹をもって返すために。
「オークションの人間達といい、お前といい」
 どいつもこいつも好きにやりやがって――と、舌うち交じりの小さな声が零れる。
「……通すわけねぇだろうがハイエナが」
 低く響いた声に玻縷霞の後ろにいたアメリアはびくりとする。アマランスが自分を狙ってきているのは分かり隠れるように。玻縷霞も、離れてくださいと指示をだす。
「他に保護されている方と非難してください」
 先程と違い、強力な相手。守りながら戦うのは困難だ。玻縷霞の言葉にアメリアは頷きその場を離れる。
 ユズリハ・ロクスリー(叡智の旅人・h06477)もそばにいた天使へ、穏やかに下がって、一緒にいってくださいと声をかける。
「なかなか面倒な相手のようですね……」
 対策を考える時間も惜しい。準備が十全――とはいかないが、最悪倒せずとも護りきってみせると気を引き締める。
 天使たちが後ろへ下がり、離れていく。
 十分、距離が取れたのを確認した玻縷霞は改めてアマランスへと向き直る。
「ふん、立ちふさがっても倒してしまえばいいだけだ」
 しゃらりと纏う羅紗から輝く文字列が放たれる。その文字列を避けるように懐へと玻縷霞は踏み入った。
 僅かでも、蓄積すれば後に響く。文字列をかわしたところで拳を握りこむ。
 アマランスが羅紗を広げ防御の姿勢をみせるが構わずそれごと撃ち抜くように――それは|冥土行き《シケイ》の一撃。
 アマランスはその一撃の重さに体を折り苦渋の声を零す。
 けれど、その威力の代償として鈍い音と玻縷霞に走る激痛。それは骨が折れたということ。
 だが片方が折れても、もう片方がある。そのもう一方の手を持って、アマランスを掴むように攻撃を再度繰り出した。
 ひとりで、このアマランスを倒せるとは思っていない。
 それでもと玻縷霞は思う。それでも、この身を使って出来ることをと。
「っ、はなせっ……!!」
「食らい付いたら容易に離せませんよ」
 玻縷霞はアマランスを抑え込む。そして今ですと目配せひとつ。
 アマランスはそのまま、瞑想を行おうとする。それによって自分の扱える手が増えるからだ。
 けれどそれは好きでもある。玻縷霞が抑えている今、ユズリハにとって好機。
 羅紗の記憶海から知られざる古代の怪異を召喚される前に仕掛ける。
 天使たちを庇い、護りきることを今第一としているユズリハ。何かあれば庇いに行ける位置をとりつつ仕掛ける。
 瞑想の時間を与えぬと即座に氷刃の雨を。その雨は玻縷霞を避けて降り注ぐ。
 その攻撃は瞑想を邪魔するものでもあった。
 たっぷり10秒も準備の時間をくれてやる程、優しい人柄でもありませんとユズリハは自身の在り方を思う。それと同時に。
「……同じくらい余裕もありませんが」
 小さく、そう零していた。
 瞑想は中断され古代の怪異は現れない。それが現れたなら撃破を狙わねばいけない状況になるだろう。召喚を止めれたのは僥倖。
 アマランスの身にダメージは募り、彼女は歯噛みしつつ玻縷霞を振りほどいた。
「このように傷を負うなど……お前たちはまだ抵抗するのだろう?」
 で、あればとアマランスは考える。ここで戦い天使を得るべく目の前のふたりを倒したとして。その時どでほどの痛手をおっているだろうか。
 手間と結果のつりあいがとれぬなとアマランスは思う。先ほどもそうであったと。ここにきている√能力者は思いのほか手強いのだなと瞳細めて。
 ここは引くとアマランスは下がる。
 警戒し、いつでもまた氷刃を降らせる準備をしていたユズリハはその姿が見えなくなるまで気を抜くことはなかった。
「……いきましたね」
「もう戻ってこなさそうだな」
 だが、と玻縷霞は思う。まだほかに天使はいる筈。そちらに向かうのだろうかと。
 その胸中をユズリハは察して、大丈夫でしょうと紡ぐ。
「先ほども戦ってきたのでしょう。傷をおっていましたし、僕達もそれ相応にやりましたから」
 他の√能力者がきっと天使を守るはずと。玻縷霞はそれもそうだと頷いて、離れた場所に逃げた天使たちを追う。
 本当の意味で安全な場所へと連れて行くために。

玉梓・言葉
ヴィルベルヴィント・ヘル

 二度、ここは不利と引いても。やはり目にすれば欲しいと思うのだ。
 アマランス・フューリーは√能力者と共にある天使たちを見つけてしまう。
 また先程と同じようになるのではと思うところもあるのだが――しかし、機会を失うことはしたくない。
 天使を連れた玉梓・言葉(|紙上の観測者《だいさんしゃ》・h03308)と、ヴィルベルヴィント・ヘル(RED HOOD・h02496)の前にアマランスは降り立った。
「また厄介な嬢ちゃんが出てきたものじゃ」
 言葉は紡ぐ。アマランスの話はすでに聞いているから、この後のことも予想できるのだから。
 そして、アマランスの言う事はやはり、予想通り。
「そこの者達、その天使をこちらに渡しなさい」
 高圧的な言葉に、天使たちは身をすくませる。
 ヴィルベルヴィントは少女を背に隠す。少女が服の端を握ってくる――その指先からは不安が伝わってきた。
「ふふ、御冗談を」
 だからヴィルベルヴィントは微笑んでみせる。
「御帰り下さいと申し上げた所で、貴殿はそうなさらないでしょう?」
 渡さないと決裂の言葉を早々に告げればアマランスは残念だと羅紗を閃かせた。
「天使達には触れさせぬよ」
 周囲の死霊たちを呼び出した言葉。死霊に破魔の力を纏わせ天使たちを守る盾に。
 死霊たちは何故呼び出されたのか――それはきっとわからないだろう。死霊の意思でなくとも、天使たちを守るという善業を行えばその魂は僅かなりとも浄化されるだろう。
 さすればきっと、彷徨う魂も救いの道があるかもしれない。
 付喪神とて神の一柱――言葉にもその魂を憂い、救いを与える慈悲がある。
「お主らも共に祈ってはくれぬか」
 祈りと言うのは時に強い力を齎すと言葉は天使たちへ。無私の心よりの祈りであれば尚更――心優しきものたちの祈りが共にあればそれはきっと、一層。
 言葉に助けられた天使は、頷いて瞳閉じ手を合わせ祈る。
 祈りが、何かの力になるのであればと。
 その様にありがとうと笑み浮かべ、言葉は|彼誰《おもかげ》をくるりと回す。
 アマランスが羅紗をひろげ、輝ける文字を放ってくる。その文字を|彼誰《おもかげ》が見せる幻影で攻撃を散らし、自分を隠す様に狙わせない。
 そしてアマランスの生命力を吸収し、徐々に力を削ぐように。アマランスも、そうされているのに気づいてか距離をとろうとする。
 だから懐へ踏み込んだ言葉。
「天使を奴隷にしてお主は何を得る?」
 |彼誰《おもかげ》で打ち据えながら言葉波濤。
 知識か、力か――どちらにしても趣味が悪いのうと零しながら。
「どちらもだ。得られるものを、全て得る」
 それは天使たちの全てを奪い、蹂躙するということ。奴隷となって幸せなことがあるはずないと言葉は思う。
 アマランスは動きながら奴隷怪異「レムレース・アルブス」を召喚した。その怪異は、ヴィルベルヴィントのもとへ向かう。
 ヴィルベルヴィントも言葉と似た想いを抱えていた。
「奴隷化なぞ悍ましい真似は私が赦しません」
 アマランスを倒す。それにはまず、目の前の怪異の相手からだ。その怪異は融合を狙うかのように向かってくる。
 ヴィルベルヴィントを捉えようと――しかし、交差した腕で防ぎジャケットを脱ぎ怪異の頭へと投げた。
 視界を奪えば、それを払おうとする。その間にヴィルベルヴィントは踏み込んで拳を握りこむ。それを怪異の腹へと打ちこめば――ぴくりと動いたその耳。それは小さな声が届いたから。
「どうか、助けて」
 それは少女の声だ。アマランスが自分たちを奴隷としようとしているのは理解している。そしてヴィルベルヴィントが助けようとしてくれていることも。
 だから、祈りを捧げつつその視線がヴィルベルヴィントの背中に向けられていた。
「|Duly noted.《畏まりました》」
 全身の神経を、銀色の右目へと集約する。その瞳は激しく燃え上がり――この場にいる全ての者の隙が、ヴィルベルヴィントの前に晒された。
 怪異が倒され目を見張るアマランス。それは隙だが踏み込むには少しばかり距離があった。
 言葉が抑えている、そこへカトラリーを投げ放てば纏う羅紗で弾いた。その挙動がひとつあれば十分。羅紗を掻い潜りヴィルベルヴィントは肉薄する。
「失礼ながら指一本、御触れになりませんよう」
 再び先程の奴隷怪異を召喚しようとも同じこと。もしそれを天使に向けたとしても最優先でかばうつもりだ。なぜなら――
「執事は約束を違えませんから」
 振り抜いた拳がアマランスの鳩尾を捉えた。その痛みにアマランスは呻いて――そして馬鹿な、と零す。
 今まで募り募ったダメージはその身をこの場にとどめておくことはできず消え去りはじめたから。
「このような……」
 歯噛みしつつアマランスは消えていく。
 どうやらもう大丈夫そうだと言葉はほっとして、もう大丈夫じゃと天使たちへと声かけた。
 そしてヴィルベルヴィントも、先ほど怪異に投げたジャケットを拾揚げて。そして優雅に少女へと手を差し出した。
「さぁ、参りましょう」
「どこに……?」
「貴殿がもう涙を流さなくて良い、楽園にで御座います」
「そんな……そんな場所があるなら」
 是非、連れて行って――と、少女は笑む。その瞳から零した涙は安堵のものなのだろう。
 天使たちに訪れるはずだった受難は払われた。
 しかし天使たちに降る未来はまだ定まっては、いない。

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