歴戦の勇者たち
●√ドラゴンファンタジー、町を見下ろす小高い丘
『古龍のまどろみ亭』は沈みゆく夕日に赤く染まりながら、今日も町を見下ろしている。それは√ドラゴンファンタジーで数々の戦いを繰り広げてきた勇者たちが集まり、その身体を休める場所である。
例えばそのひとり、『飛竜殺しのダンカン』。彼は大剣を手に数々のダンジョンに挑み、その異名の通り竜の首を一刀のもとに両断したという。御年83歳。近頃、ときどき来てくれるお孫さんのことがちょっとわからなくなってきた。
「あー……竜? そうそう、群がる竜どもをバッタバッタとな……いや? あれはハーピーどもだったかな?」
あるいはもうひとり、『千匹切りのリシャール』。巧みな剣技は見る者を惚れ惚れさせるほどで、数多の敵に囲まれながらも舞うように、それを斬り倒したという。御年81歳。10年ほど前に脳梗塞で倒れ、その右手も少し不自由になった。足腰の衰えもあり、今はほぼ車椅子である。
「ワシの剣技をお見せ出来る機会があればよかったんじゃがの……どれ、せめて多少の手ほどきでも……あいたたたた!」
さらにもうひとり、『炎の賢者アイリーン』。あらゆる魔術に精通すると言われる賢者であり、特に炎を操る魔力の凄まじさはダンジョンひとつを焼き尽くすほどだという。御年84歳。うっかり魔法を漏らしてしまうことが増えたので、今は杖を取り上げられている。それ以来、しょんぼりと元気がない。
「えぇ、えぇ。私ももうねぇ、魔法を打てなくなっちゃってねぇ……」
いずれもいずれも後世に名を残すであろう冒険者たちであり、いずれもいずれもかなり耳が遠かった。
要するに『古龍のまどろみ亭』は、かつての勇者たちが集う介護施設である。
●作戦会議室(ブリーフィングルーム)
「新たなダンジョンが発生したようだな!」
√能力者たちの前に姿を表した綾咲・アンジェリカ(誇り高きWZ搭乗者・h02516)は作戦卓に両手を突き、一同を見渡す。
「諸君らにとっては釈迦に説法だろうが、天上界の遺産が生み出すダンジョンは、近くにいる生物をモンスターに変えてしまう。その影響を受けず対処できるのは、我々だけだ。
一刻も早くダンジョンに乗り込み、モンスター退治といこうではないか」
そう言ったアンジェリカであったが、少し困ったように眉を寄せ、苦笑を浮かべる。
「と、いきたいところなのだが。
ダンジョンが発生した辺りは、もともと鉱山であった一角でな……。目的のダンジョン以外にも入り組んだ坑道があり、たどり着くのも容易ではない。
そこで、だ」
アンジェリカが地図上に示したのは『古龍のまどろみ亭』であった。
「ここには、かつて数々の冒険で名を馳せた冒険者たちがおられる。彼らの中には、今回の目的地付近を探索したことのある方もいらっしゃるだろう。そこで話を聞き情報を得て、冒険への備えとしてくれ。
……話は長くなるだろうがな」
最後は横を向き、ボソリと呟くアンジェリカ。
「いや、なんでもない。
慰問を終えたら……もとい、情報収集が終わったらダンジョンに向かってくれ。ダンジョン内部もまた、坑道だ。すでに廃棄され明かりはなく、狭い。ところどころには崩落の危険があり、採掘用の爆薬が処理されぬまま放置されている恐れもある。十分に注意して進んでくれ。
最下層には財宝の山があるようだが……いや、騙されるな。これはミミックだ。『呪われしバイティア』という。惑わされず、撃破してくれ。
さぁ、栄光ある戦いを始めようではないか!」
第1章 日常 『老害なんて呼ばないで』

「ぼーけんか! ぼーけんだな!」
意気揚々と『古龍のまどろみ亭』へと至った獅猩鴉馬・かろん(大神憑き・h02154)。そこが介護施設だったことを気にもとめず、用件を告げて中へと入っていく。
件の老人たちは、他の老人たちとともにレクリエーションルームに集まっていた。
「あの方たちですね」
アルカウィケ・アーカイック(虚像の追憶・h05390)はその側まで行って、
「失礼します~」
と、声を掛ける。しかし、無視。老人たちはこちらを振り向きもしない。
「あ、違う。これ聞こえてないんですね。
こんにちは。ちょっとお話を伺いたいのですが」
今度は声を大きくして、もう一度。しかし、またしても。大きく息を吸い込んだアルカウィケは腹の底から、
「こんにちはーッ!」
「なーなー! じーちゃんのすごいはなし、ききたい!」
対して、かろんの声はそもそもデカい。もとい、元気。
「おぉ……?」
老人たちがやっと振り返った。
そのひとり、『飛竜殺しのダンカン』はふたりの顔を見るなりパッと表情を輝かせた。
「おぉ、よく来たなぁマロン! それにアブドゥル!」
「……違います」
「マロンじゃないぞー、かろんだぞー!」
「ダンカンさん。下のお孫さん、このまえ成人式だったじゃないですか」
「おぉ? そうだったか……」
職員の言葉に首を傾げる飛竜殺し。
「まったくダンカンは、迂闊でいかんのう」
『千匹切りのリシャール』がその肩をピシャリと叩く……つもりであったのだが、身を乗り出した拍子に車椅子から転がり落ちそうになる。
「おっと!」
慌ててヘリヤ・ブラックダイヤ(元・壊滅の黒竜・h02493)がその身体を支え、事なきを得る。
が、
「へくちん」
「わぁ!」
『炎の賢者アイリーン』がくしゃみをした拍子に、魔法が漏れた。
「あぁ! アイリーンさん、今度は魔法の指輪なんか持ち出して!」
炎の魔法でなかったぶんマシだが、衝撃波であたりの物が吹き飛んだ。職員たちが慌てて清掃を始める。
「だって……なにも持っていないと落ち着かなくてねぇ」
「……80歳程度なら、まだまだ若いだろう?」
騒ぎを横目に、ヘリヤがため息を付く。
「……いや、人の寿命はその程度だったか。ドラゴンを基準にしてはいかんな」
ともあれ3人は歴戦の冒険者たちを囲み、いろいろと話を聞きこんだ。
特に、かろんが目を輝かせているものだから、老人たちの口も実によく開く。
「あのときワシはな、群がる竜どもをバッタバッタとなぎ倒し、ついにダンジョンの奥深くに……ふふ、この傷はその時の勲章じゃ」
「待てダンカン、それはハーピーと戦ったときの傷じゃろう」
「そうじゃったかの……? おぉ、そうじゃ、ハーピーどもをなぎ倒したワシらはついに天空の城へと……」
「待て待て! それは別のダンジョンのことではないか!」
ヘリヤが慌てて話を止める。
「ハーピーはいい! お前の武勇伝のことではなく、鉱山のダンジョンの話が聞きたいのだ!」
「おぉ、マロン。無事に高校に合格できてよかったのぅ! 頭モヒカンにしたときは、どうしてくれようかと……」
「違う、私はお前の孫ではない! よく見ろ! ……で、なんだその孫!」
「あのときは、荒れたのうダンカン。荒れたといえば絶海の孤島で……」
「そうですねぇ。私が深淵の魔女と対決したときは……」
と、好き勝手に老人たちは話を続けている。
「へくちん」
またしても魔法が暴発し(職員が気づかぬうちに護符を懐に入れていたらしい)、ヘリヤの椅子が後ろに倒れた。身を起こしながら、ヘリヤが唸る。
「むむむ、敵よりもダンジョンの謎解きのほうが面倒だと思っていたが……苦手なものが、もうひとつ増えたぞ……!」
「はは……」
アルカウィケが苦笑する。
かろんは老人たちの話のひとつひとつを面白がって聞いているが、これでは埒が明かない。
ところがそのとき、老人たちが口にしたのは件の鉱山についてであった。
「あ、それ! きになるやつ!」
と、かろんが先を促す。
しかしリシャールの話はまたしても脱線しそうになり、それどころか杖を剣に見立てて握りしめ、
「どれ、ワシの剣技の冴えを見せてやろうぞ」
などと言って立ち上がろうとするものだから、
「鉱山の話、もっと聞かせてください!」
アルカウィケは慌ててその身体を押さえ、軌道を修正しようとした。
「ふむ。で、その坊さんがの……どれ、菓子でも食べながら聞きなさい」
「坊さんではなく! 鉱山です! あ、お菓子ありがとうございます。
えぇと、僕の話し方がよくないのかな……?」
意を決したアルカウィケは【強制進歩ビーム】を、老人たちの補聴器に向かって放った。
急激に技術革新を遂げた補聴器は、一行の声をはっきりと老人たちの耳に届ける。
「おぉッ?」
「鉱山です、こ! う! ざ! ん!」
「そんなに大声出さなくても聞こえてますよう」
「聞こえてなかっただろうが……! まったく、この施設の者には頭が下がる」
ヘリヤの渋面など知らぬ顔で、ダンカンは。
「鉱山……おぉ、この町のはずれのな。そう、あそこにダンジョンが生まれたときは……」
√能力者たちはやっとのことで、鉱山の構造を聞き出すことができたのだった。これで、ダンジョンが出現した場所まで迷わず行くことが出来る。
「あー、じーちゃんたちのはなし、おもしろかったなー!
かろんも、じーちゃんたちみたいに竜退治したい!」
かろんは満足げであったが……日はすでに、山の向こうに隠れようとしている。
探索は、明日からだ。
第2章 冒険 『危険で複雑な坑道』

老人たちから話を聞いたとおりに山の中を進んでいくと、鉱山へと至った。√能力者たちは、そこでダンジョンの入り口を発見する。
潜ってみた先は疑似的な異世界。そこもまた、坑道になっていた。
モンスターを避け、さらに下層へと進んでいく
敵が現れないのはいいが、坑道は狭く、今にも崩れ落ちてきそうなところもある。管理のいい加減なことに、工事用の爆薬が放置されたままになっているところもあった。それが、地下の熱によって……。
「ふう……」
アルカウィケ・アーカイック(虚像の追憶・h05390)はため息とともに、ピンク色の髪をかきあげた。髪は汗でしっとりと濡れている。
「洞窟のようなものだと思っていましたが……想像より暑いですね」
湿気もある。存在しない「空想の未来技術」で作られたスーツは汗を逃がし快適だが、そうでなければべったりと身体に貼り付いていただろう。
老人たちの情報を手がかりに鉱山へと潜って、はや1時間。順調に下層に向かってはいるが、暑い。ふと地面に触れてみると、はっきりとした熱を感じた。
「熱せられた地下水脈が近くにあるのでしょうか? それならこの暑さも湿気も納得がいきますが……なんにせよ、はやく最下層に向かったほうがいいですね。……水筒が空になる前に」
口元を拭ったアルカウィケは、足元を確かめながら進んでいった。
道は先細っていき、ついには身体を横にして通るのがやっとという狭さになったが、その先も踏み固められているあたり、崩れかかってはいるがここも通路だったのだろう。
「これほど狭いなら」
アルカウィケが念じる。するとその姿は1羽のセキレイへと変じた。崩れかかった岩肌に触れぬよう、飛んで行こうとしたとき。
ドォンッ!
どこかで爆発音が鳴り響いた。
幸い、直撃を受けるような距離ではない。しかし狭い坑道は激しく振動し、頭上の石がバラバラと落ちてきた。
「……嘘でしょう?」
崩れる!
落下してくる石を避けながら、小さな身体を活かして狭い坑道を一直線に突っ切る。その直後に、先ほどまで立っていた辺りは完全に崩れ落ちた。
「帰りは、違う道を探さないといけませんね」
人の姿に戻ったアルカウィケはもう一度髪をかきあげ、先を急いだ。
ヘリヤ・ブラックダイヤ(元・壊滅の黒竜・h02493)が、大きなため息をついた。
「まったく……昨日はひどい目にあった」
「そうかー? かろんは楽しかったぞー?」
隣を進む獅猩鴉馬・かろん(大神憑き・h02154)は心の底からそう思っているらしく、屈託のない笑みでヘリヤを見上げてくる。
「たんなる慰問なら、な。私だって敬老精神を発揮してありがたく拝聴したさ。
とにかく、おかげで情報は得られた。先を急ぐとしよう」
「おー!」
山道を進むと各所に地下に潜る坑道の跡が残されていて、それらは封鎖されていた。その標識を脇にどけて、ヘリヤは中へと踏み込む。
「じーちゃんがはなしてたやつだー!」
かろんの声が坑道内に響く。両手をわきわきと動かし、足をバタバタと踏みしめる……少々テンションが高すぎる。
ついに我慢しきれず、かろんは。
「たんけん! かろんにつづけー!」
と、ダンジョンの中を駆け出してしまった。
「ちょ……待て、待て!」
慌ててヘリヤが後を追う。坑道の中はろくに管理もされておらず、爆薬さえ放置されている恐れがあるとのことなのだ。
「……そんなところに潜っているのか?
えぇい、すべて外から吹き飛ばしたくなってきたぞ!」
かつてはそれほどの力を持っていたとヘリヤは言うが、残念ながら今の彼女にはそこまでの力はない。
「この身が恨めしい……!」
「それがいーんじゃんか。ぜんぶふきとばしたらたのしくないぞー!」
ヘリヤが奥歯を噛み締めている間に。憑依した大神が、その眷属たる護霊が、かろんを止める。
かろんは変わらず足をばたばたさせ、
「ははは! はしってもすすまない! すごい!」
などと言って笑っている。
嘆息したヘリヤは、
「冒険者というのは、地道なものだな……」
と、周りを窺いながら慎重に歩を進めた。
進むこと、しばし。ツルハシやシャベルが放置されたままの工区に出た。横倒しになった木箱から、円筒形の何かが数本、転がっている。
「なんだあれ?」
かろんが首をかしげ、近づいてみようとした。
そのとき偶然、落下してきた石の塊がツルハシを撥ねさせた。ツルハシとシャベルの金属部分が激しくぶつかって、火花を散らす。その火花が、円筒形のなにか……爆薬に散った。導火線に火がつく。
「伏せろッ!」
ヘリヤは叫んだが、かろんとの距離は近すぎる。
「えぇい! 以前の力には及ばないが……ッ!」
ヘリヤはかたわらの大岩を抱え上げ、投げつける。うまく爆薬とかろんとの間に岩は落下し、激しい爆発が坑道を揺らしても、かろんは無傷であった。
それは幸いだったのだが、爆発によってあちこちが崩落し、進むはずだった道は閉ざされてしまった。
「まかせとけー」
かろんの降霊の祈りが、周囲に漂うインビジブルを生前の姿に変える。工事中に亡くなったと思しき男の霊は一方を指さして、他に道があることを示してくれた。
爆発も崩落も一段落ついたらしい。再び静寂を取り戻した坑道に、
「ぼうけん~うぉうぉ~♪」
かろんの歌が響いていた。
第3章 ボス戦 『呪われしバイティア』

ダンジョンをさらにさらに下っていくと、辺りの様子が一変した。掘り進められた坑道であった道は、石レンガで覆われた人工的なものとなる。
「……あれは」
途中にあった分かれ道……いや、そこは室である。わずかに顔をのぞかせて室内を見たアルカウィケ・アーカイック(虚像の追憶・h05390)が、息を呑んだ。
「なんだー?」
その慎重さに気づきもせずに、獅猩鴉馬・かろん(大神憑き・h02154)が「ひょい」と顔を出して覗き込む。
そして、
「おたからだー!」
と、喜色も露わに駆け寄ろうとした。大神が止める。その眷属たる護霊も止める。
もちろんアルカウィケもその首根っこを掴んで、
「ミミックですよ、あれ!」
と、引き止めた。
「え、あれてき? おたからないのか?」
「残念ながら」
「よくもだましたなー!」
怒り心頭、ミミック……呪われしバイティアに立ち向かう、かろん。
「……アンジェリカさんの言ったとおりですけどね」
アルカウィケは苦笑交じりに嘆息した。
「あれー?」
かろんは「そうだっけ?」とばかりに首を傾げる。
しかし、長い探索の果てにあの姿を見た者が、ついつい期待してしまうのは理解できる。
「ミミックと知らなければ、迂闊に近づいて命を落とす者がいてもおかしくありません」
『ブロッケンの怪』と融合したアルカウィケの手には、大鎌が握られている。
「闇を、痛みを恐れることはありません」
ただ、この大鎌を振るうのみ。
ジャラジャラという音が室内に響き、篝火に照らされてキラキラと輝く。召喚された財宝はバイティアと寸分変わらぬ姿となって、襲いかかってきた。
しかし、かろんも。
「やっちゃえー!」
と、眷属たちをけしかけた。
大神の咆哮が響き渡り、財宝に飛びかかった眷属たちがその牙で敵を引き裂き、さらに大神はその鋭い爪で、人型を取った分身の首を飛ばした。
「これもおたからじゃないんだろー! もうだまされないぞ!」
ミミックに感情などあるのかわからないが。敵は悔しげに奥歯を噛み締めたようにも見え、一度体勢を低くすると、次の瞬間には飛びかかってきた。
金銀の硬貨や、きらびやかな首飾り、あるいは腕輪。それらが嵐のように渦を巻く。敵の本体はそれに紛れてしまうほどであったが、
「隠れても、無駄です」
アルカウィケは財宝の渦を取り込むかのように、円を描くように大鎌を振るう。そして懐へと飛び込むと、バイティアの脇腹に切っ先を食い込ませた。
「……ッ!」
のけぞるバイティアは財宝の嵐に身を包みながら、跳び下がった。
アルカウィケはそれを見据えながら、大鎌を構え直す。
「ダンジョン消滅のためにも、ここに骨……いえ、財宝? ともかく、埋めていただきます。
……いえ、消えてしまうのでしたっけ」
呪われしバイティアは大きく「口」を開け、その牙で喰らいつかんと飛びかかってきた。
斯波・紫遠(くゆる・h03007)は跳び下がってそれを避け、抜いた『無銘【香煙】』で斬り払う。バイティアは斬り裂かれたところから金貨を撒き散らしながら退いた。
紫遠は得物を構えたまま、疲労が見える先発の√能力者たちの前に立つ。
「お節介かもしれないが、ここは任せてもらえるかな」
『逆巻の庵』を放つと、石レンガの隙間から淡紫色の煙が吹き出す。
「さて、ここから先は僕がルールだ」
応戦の構えを見せる紫遠に、再びバイティアは飛びかかってきた。
再び斬り払おうとしたところ、敵はインビジブルと位置を入れ替え、背後から噛みついてきた。
「存外と、知恵の回ることをする……!」
咄嗟に前に踏み出して、すんでのところで牙を避ける紫遠。置き土産のように振るった直刃が、バイティアの首を裂く。
「さて、疲れない程度に力を入れて……な」
向き直った紫遠は軽く膝を曲げ、打ちかかる構えを見せた。敵は敵で再び喰らいつかんと、唸り声を上げる。
「早いところ片付けて、一服だ」
素早く踏み込む紫遠。その刃が一閃した。
呪われしバイティアの身体は半ば崩れかかっている。それでも、刃を受けても、この簒奪者は√能力者たちを屠らんと襲いかかってきた。
「なかなかしつこいようだな。さぞかし、俺を楽しませてくれる簒奪者だろうなぁ?」
天霧・碧流(忘却の狂奏者・h00550)は、実に愉しげに笑う。
「つまらなかったら……殺す」
「それじゃ、どのみち殺すことになっちゃうねぇ」
北條・春幸(人間(√汎神解剖機関)の怪異解剖士・h01096)は肩をすくめながら、眼鏡を持ち上げる。
「でも、油断はできませんよ! また来ますッ!」
レミィ・カーニェーフェン(雷弾の射手・h02627)は仲間たちに警戒を促すと同時に、『精霊銃「ミカヅチ」』の引き金を引いた。財宝群を身に纏い躍りかかってこようとしたバイティアであったが、雷の属性を浴びた弾丸を受けて退いた。財宝の嵐がその身体を包み、レミィは幻惑されまいと目を細める。
「残念だけれど、あの財宝は食べられそうにないねぇ」
春幸が残念そうにため息を付いた。怪異食の研究をする彼でも、さすがに金貨は食材にできない。
「仕方がない。早いところ片付けて、ダンジョンに食材が残ってないか探すとしようか。
呪われしバイティアといったっけ? 大丈夫、苦しいのはすぐ終わるからね」
慰めにもならぬことを言いながら、春幸が滔々と語りだしたのは『怪談「番町皿屋敷』。
その横を、碧流が『血塗れの調べ』と称する金属バットを手に駆け抜けていく。
「喰らえッ!」
頭蓋を狙ってバットが振り下ろされる。そして春幸の構えた『シリンジシューター』も、敵の胴を狙っていた。
春幸が引き金を引くと、怪異の肉片が射出される。バイティアは身を捩ってそれを避けようとした。
いや。避けたはずなのである。しかしその肉片はまごうことなく、身体のド真ん中に命中していた。春幸が語る怪談の中では、彼自身が物語の主人公だからである。外れるはずがない。
碧流の金属バットも命中し、バイティアは血の代わりにおびただしい真珠を撒き散らしながら前のめりに倒れた。
「ククク……!」
碧流が笑う。
「なぁ、どういう気分だ? 動きが鈍くなるってのはよぉ? こっちは最高だぜ。なんたって、今からお前を殴り放題なんだからなぁ!」
『狂奏の呪い』を受けて悶えるバイティアを見下ろす碧流。
しかしバイティアも反撃を試み、インビジブルとその位置を入れ替えて起き上がっていた。バイティアを模したインビジブルは碧流にしがみつき、融合せんとしてくる。
「ちッ!」
それを力任せに振り払う。
「碧流さん、避けてください!」
レミィの声に、反射的に飛び退く碧流。
レミィの構える精霊銃が、敵に狙いを定めている。
「精霊装填完了、発射準備よし……今ッ!」
敵は飛びかかってきたが、それよりも速く雷の弾丸が銃口から放たれた。それは狙いを違わず、額を撃ち抜く。仰向けに倒れた敵に、さらにバチバチと放電が襲った。
「やりました!」
「いや、まだのようですよ」
春幸が口をへの字に曲げる。そのとおり、敵は顔の半ばを吹き飛ばされながらも起き上がったではないか。
敵はみたびインビジブルと位置を入れ替えて襲いかかってきたが、
「さて、少しでも食べられるところがあればよかったんだけれどね」
「殴り放題だって、言っただろうが!」
春幸のメスが閃き、バイティアの首筋を深々と裂く。そして碧流の叩きつけたハチェット『デスクリーヴ』が、ついにその生命を絶ったのであった。
またしても碧流が、愉しげに笑う。「主人格」たる、本来の碧流に向けて。
「『お前』なら、もっと面白い殺しをしただろうがな。ハイハイ、覚えていないんだよな……ククク」
「これも食べられそうにないねぇ。なにか他の場所に……」
春幸の手から、バイティアの財宝の欠片は崩れ落ちていく。辺りを窺い始める春幸を、レミィは止めた。
「ダンジョンが崩れてきちゃいますよ。次にしましょう、次に。
次の冒険が、私たちを待ってます!」
「そう……ですね。次の食材が私を待っていますものね」
「違います! 冒険……ッ!」