シナリオ

駄菓子に迷ひ路、ひもすがら

#√妖怪百鬼夜行 #執筆中。お返しまで暫くお待ちください。

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√妖怪百鬼夜行
 #執筆中。お返しまで暫くお待ちください。

※あなたはタグを編集できません。

⚫️小指をきってくれなんし

――これ以上は良くないと、なんとなく分かってはいる。

ぺらり、ぱらりと本を捲りながら、男はつぅ…と額に脂汗を流す。手にしているのは古い和綴の一冊で、とある太夫の一生についてが書かれていた。初めて見た時はあまりに拙い挿絵にハズレかと肩を透かしたが、暫くしてから気紛れにもう一度開いてみると――ふと、絵が動いた様な気がしたのだ。それを確かめようと何度も何度も読み込むうちに、挿絵は精緻に艶かしさを帯びていき、対照的に頁を捲る男の頬はどんどんとこけていった。

これはきっと、よくないものだ。

しかしそんな本能からの警告を無視したくなるほどに、“これ”には抗い難い魅力がある。だってほら、もう彼女は視線を合わせて、甘やかな香りすら纏い、蕩けそうな笑みを浮かべてこちらに――

私の頬に、真っ白な手が、触れて。

⚫️定めを曲げて見せんしょう
「哀れ男は書に引き摺り込まれ…なんて結末はちょっと頂けませんから。私から救助の依頼をお願いしてもイイっすかね?」
 先に見えた顛末を語りながら、真白い星詠みの少女がにこりと笑みを浮かべて概要を口にする。

 事のあらましとしては、悪妖を封じた書物をうっかり手にした男が、なんとなーくそうとは思いつつ読み進めて封印を解いてしまった…と言うなんとも間の抜けた話である。しかし相手は手練手管に長け星すら詠む、美しくも悪辣な妖『椿太夫』だと言う。耐性の無い異性とあれば命があるだけ御の字かもしれない。掛けた願いも幸い「古書の蒐集」とささやかなものだったらしく、とは言え勿論このまま放置も出来ない。幸い未だ被害者ゼロの内に星詠みに引っかかってくれたので、事態の収集と再封印が能力者たちへと課されたのだ。

「あ、私は今回の星詠み担当、エイルと言いまっす。苗字はややこしいので省略しますね。」

 ぴ、と敬礼もどきをしながら霓裳・エイル(夢騙アイロニー・h02410)が適当に挨拶を済ますと、更に細かな内容を話し出す。

 場所は星詠みに出てきた男が営む駄菓子屋。昼間はなんでことはない商店街の一角だが、椿太夫が目覚めて以降は夜な夜な店の中に迷宮が姿を現し、人を取り込もうと口を開けていると言う。このままでは店主共々、周辺の人も犠牲になりかねない。

「ですので、手始めにお昼から問題の駄菓子屋さんへ向かってください。まずは問題の店主へ協力の進言…あとは無関係の人が迷い込まないように、見張りと門番役ってことっすね。」

 奇想天外な事態に店主は相当に困りやつれ果てている。ので恐らくこちらから事件の解決を請け負う提案を耳打ちすれば、一も二もなく乗ってくる事だろう。となれば夜を待つ間は自由時間。周囲に目は光らせつつ、駄菓子屋を中心に商店街を漫ろ歩くのは問題ないはず。子供の多い場所柄なのか、レトロなゲーム屋や品揃え豊かなおもちゃ屋が名物で、ちょっとした軽食の楽しめる喫茶もあるのでここでしっかり英気を養うのもいいだろう。

「夜になれば駄菓子屋の中に魑魅魍魎、妖怪跋扈の迷い路が出現します。ただまぁ成長途中に突き止められたおかげか、中身はせいぜいちょっとリアルなお化け屋敷って風情ですね。」

 床は天井に、ドアは落とし穴に。出鱈目怪奇に歪み、時折妖怪たちが驚かしには来るが今はまだその程度。能力者なら時間をかければ難なく突破出来るだろう。そしてその先に待ち受けるのは今回の事態の元凶、椿太夫だ。

「幸い今回の書は妖本体の封印そのもの、ではなく細かな軛のひとつ…せいぜい指一本分と言ったところでして。吸い上げた力もまだ人間ひとりぶんなので、今なら余裕を持って対処出来ますよ。」

 とは言え相手は強大な古妖の一体。実体化から数日経たことで自らに優位な手も打ってる頃合いだろう。

「油断は禁物、油揚げはお狐サマに。しっかり遊んでばっちり退治の流れでよろしくお願いするっす。…一発カッコいいとこ、見せてくださいね能力者サン。」

 煽りにかこつけ叱咤一発、エイルがウインクで参加者を見送った。
 
 

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 日常 『駄菓子屋で遊ぼう』


逆月・雫

――はぁ、と無意識にため息が出る。

 毎夜襲いくるあの迷い路を思い返し、店主が浮かない顔で頭を掻きむしる。ああ、今日もこのまま夜になれば…と憂いていると。
「はいはい、御免下さいな。」
 そんな堂々巡りを切り上げさせるかのように、凛とした呼び声が店先に響く。逆月・雫(酒器の付喪神の不思議居酒屋店主・h01551)が軒先からひょいと顔を覗かせるのを見て、店主が慌てていらっしゃいませ、と身に染みついた対応を見せる。
「ここってもんじゃ焼き、やってます?いえね、ウチのお店でもちょいと出してみようかしらーってんで、味の研究しに来たんです」
「あ、の…奥の席に鉄板はありますが、その…」
「ライバルかって?いえいえ、こちらは酒呑みばかりの大人のお店ですし、そんなそんな。」
 澱みなく喋りながらほほ、と笑う雫へ返す言葉端ははぁ…となんとも覇気がなく、こけた頬に悩みの深さが見てとれた。雫以外にもちらほら客足はあるようなのに、こんな呆けた有様では計算や品物の受け渡しもままならなかろう。普段は良い客の子供たちも、店主の様子を見て要らぬ魔が差しては不憫なもの。

――ここはひとつ、お小言も必要かねぇ。

 そう察した雫が声の調子を一つ下げて、子を嗜めるように声を掛ける。
「お前さん、そんな様子じゃ店番もままならないでしょう。なんか最近、変な事でもあったんじゃない?」
 核心を突いてやればばっ、と音がするほど分かりやすく顔を上げた店主が、目に涙を浮かべながら訴えかける。
「そっ、そうなんです…あの、実は――」
 黙っているのも限界だったのだろう。ラーメン菓子にソースかつ、揚げポテト…ともんじゃ用の駄菓子を選ぶ雫が耳を傾け相槌を打つだけで、あれよあれよと事の顛末を話し出した。
「なるほど、魔の宿る古書の仕業ねぇ……じゃあ、お前さんに変わった力があったりはしないんだね?」
「そんっ…な、何もないです。ちっともです。古書が好きなだけで私には何の取り柄もなくて。」
 と、意図せずうっかり別の傷口が掠めたのか、しょんぼりと肩を落とす店主に、雫がくすりと笑って見せた。
「…なんの、ここは良い店だと思いますわよ」
 一段上がった畳間で、買い付けた菓子を頬張る子供たち。品数は豊富だが、雑然とし過ぎない棚並び。羨望の眼差し集める籤の景品にも、埃ひとつ浮いちゃいない。きっと商店街を使う多くの人に、長らく憩いの場として愛されてきたのだろう。たとえ店主に特異な力がなくとも関係ない。それだけで充分に価値が伺えるし、もしかしたらこのお店自体が誰かにとってのAnker――拠り所になれるかもしれない。

――…大事に守っていきたいですわね、こういうお店。

 心に湧いた想いのままに、柔らかな笑みを湛えて雫が答える。
「…大丈夫、きっとそんなまやかしは解決しますよ。今日にもね」
 ちゃりん、と菓子の分の代金を手渡し告げれば、店主の顔色が幾分か晴れたように見えた。

酒木・安寿

 ちらほらと客の出入りが窺える駄菓子屋の軒先に、ぴこんとのぞくのは朱鮮やかな狐耳。同じような店を営むとあれば、気になるのは必然とばかりに、胸を張って酒木・安寿(駄菓子屋でぃーゔぁ・h00626)が宣言する。…店主には聞こえない程度の声量で。
「うちも駄菓子屋やってるからなぁ。今回はちょっとした市場調査も兼ねるで!…なーんて」
 格好付けは似合わないか、とあっさり態度はいつもの気さくさに戻していざ、店内へと踏み入る。とは言えもちろん、同業者として他店が気になるというのは本音だ。どんな品揃えなのか、在庫の量は、呼び込む目玉は何かあるのか…調べたい項目を挙げたらキリがない。となれば――
「こないなったらうちの好きなもんを好きなだけ買うで!」
 シンプルかつ王道の答えを導き出して、安寿が嬉しげに尻尾を膨らます。調査調査と言い聞かせつつ、好物を目の前にすれば童心が疼くのは致し方無し。まずは鈴カステラの袋をひとつと、次は駄菓子と言えば!な定番のイカ菓子をチョイス。更に青い瓶風の入れ物が涼しげなラムネに、コロンとしたフォルムが可愛い大玉飴。カラフルな棒ゼリー、にんじんっぽいシルエットが目印のポン菓子、それからそれから…。チープな価格が魅力の駄菓子を、大人の財布にモノを言わせて一気買いと言うのは中々に――。
「なんか楽しいんやけど、別のドキドキもあんな。…まぁ、ええ。このお菓子で近所の子供を買収…おっと」
 これは内緒だった、と思わず手のひらで口を覆う。歌を披露するべく、小さな観客を駄菓子で買収しようなどと思ってませんとも。ええ。そんなしれっとした顔で店主に会計を頼もうとカゴを持ち直すと、ぎっしり詰まった駄菓子たちを前に――やはり堪えきれず、なんとも楽しげな笑みが浮かんだ。

神原・ミコト

『とある駄菓子屋にて異変あり。能力者は至急向かわれたし』

 そんな伝達がなされたのは数刻前のこと。しかしそれを神原・ミコト(人間(√妖怪百鬼夜行)の汚職警官・h03579)が知ったのは…くだんの駄菓子屋に踏み入った後のことだった。
(いや、向かうも何ももうおるんやけど…)
と、内心呟きつつ何度か情報を照らし合わせてみたが、今居るここが指定の場所には違いはなさそうで。

――何故先回りに近い形で自分がここに居るのか、と言うと理由はとある人物に起因する。

いつものようにサボり、もとい見回りをしていた時に出会った、良く差し入れ(と言う名のダークマター)をくれる近所のおばちゃん。それがなんでも近所の駄菓子屋の店主が最近どうも様子がおかしいから、見て来て欲しいと言う。良くあるおせっかいの頼み事の類いではあるが、正直ミコトとしては断りたかった。だがふと以前同じような頼み事を拒んだ時に口に押し込まれたダークマターの味を思い出してしまい、首を縦に振らざる終えなかった。いやだもうにどとたべたくない。――しかしこれがインビシブルに関わる案件なのだから、能力者の運命とは恐ろしい。渋々足を向けただけなのに、こうなってはパッと見で帰る算段も(これ知らんぷりしたら上に怒られるやろなぁ…)との思考が邪魔をする。はぁ、とため息一つを軽く吐き切ると、仕方なく店の入り口を潜る。

「すみません、1番高価な駄菓子はどれでしょうか?」

(腹いせに高い駄菓子買いまくろう。請求書は…上司にでも送るか)

せめてもの慰めを求めて、噂の店主へと声をかけた。

伊和・依緒

 『依頼を受けたから尋ねきた』

 と言えば、今この駄菓子屋に立っている理由はその通りだ。然し伊和・依緒(その身に神を封ずる者・h00215)にとってはそれ以外にも――
「駄菓子屋さんは子供たちの大事な場所だし、ね」
 そんな思いが、ここまで足を進ませた一因だった。幼い子らが巻き込まれる事態は、やはり避けたいもの。叶うなら丸く事件をおさめて、またいつも通り元気に子供達が通う店に戻してあげたい。そう願いつつ店の戸口を潜れば、気さくに見えるように店主へ挨拶の声をかけた。
 タイミングが良かったのか、既に他の能力者から何某かの耳打ちを受けていた店主は、依緒の事件解決の提案にあっさりと乗ってきた。夕暮れ時の閉店にも何ら異論は無いらしく、寧ろひとしきりの礼を述べられたくらいだった。その様子にホッとして――ひとまずこれで、問題の時間までの憂いは消えた。となれば、やることは後一つ。
「せっかくだから、駄菓子屋さんとして楽しませてもらおうかな」
 そうとなれば、店に向ける視線を現場の下見から買い物の品定めへと切り替えて、心持ちうきうきと棚の間を練り歩く。まずは定番の『おいしー棒』を見つけると、その種類の多さに暫し悩んでから3本に絞ったり。世代を超えて愛されるロングセラー『あんこ玉』を前には、もちろん1つ選んで籠に入れた。そうしてお気に入りの駄菓子を買い込み、店先の10円で遊べるパチンコ台で遊んでいる間にも、時折入ってくる子供客への注意は欠かさない。特に入ってきた人数と出ていく人数の差にはチェックに余念がない。奥には小さいながら、飲食OKの畳間もある。うっかり夜まで店に隠れていては、普段は怒られる程度で済んだとしても、今日はそう言うわけにいかない。ただ何事もなく、無事に全てが終わりますようにと――新たな来店者を横目に、依緒がパキリとおいしー棒(コンポタ味)を齧りとった。

クラウディア・アルティ

「ふむふむ、夜まで自由時間ですか」
 柔らかな尻尾を揺らしつつ、件の駄菓子屋を前にクラウディア・アルティ(にゃんこエルフ『先生』・h03070)が呟く。事が起こるまでの昼の時間帯は、せいぜいが軽い見張り程度の仕事量。となれば入り口の見えるところで魔導書でも読み込めば、クラウディアとしては十分に時間を潰せるし役目も果たせる。だが、ちらと見れば駄菓子だけではなく、木製がなんともレトロなパチンコ台なども置いてあるようで。
「懐かしの玩具で遊ぶのも良いですね……って、テーブル高っ!?」
 せっかくだからものは試し、と手を伸ばしてみたものの、クラウディアには少々手が届きにくいサイズだったようで。
「猫エルフには厳しい高さ……あの、ちょっ、とどかな……」
 ぐにに、と背伸びで頑張ればレバーは回せそうだが、およそ『ゲームを楽しむ』には厳しい。椅子を借りても良いのだが、どうやら諦めがつくのが先だったようでクラウディアが背伸びを辞めて服の端を整える。
「仕方ありません、駄菓子を楽しむ方向でいきましょう。ティアとエミにお土産を買っていかないと、ですしね」
 脳裏に帰りを待つ生徒たちの姿を思い浮かべたら、駄菓子選びも楽しい気がしてきた。軽快な足取りで店内へと踏み入り、目的をお土産探しへと切り替える。しかしここでも並ぶ数多の品々に、悩みが付きまとう。やはり定番の『おいしー棒』は押さえるべきか。ラムネも捨てがたいし、キャラメルだって気にはなる。となればここは有識者に教えを乞おうと、カウンターに顔を向けた。
「店主、オススメは何ですか?あ、猫の姿をしていますが何でも大丈夫です」
「ああはい、猫の妖怪さん…」
「いえ、猫です」
「ええー…あ、いえ大丈夫です分かりましたうわなにこれさいこう…」
 行き違いが生まれるかと思いきや、さすが妖怪世界。クラウディアの姿にも驚きは少なく、あっさりと受け入れたようだ。決して名乗りと共に差し出されたもふもふ&ぷにぷにのおててに買収されたわけでは無い。ええ。決して。そして店主からオススメされた招き猫が印刷された小判型の煎餅と、肉球型のラムネを手にしつつ、クラウディアが礼とともに本題を告げる。
「夜になりましたらまた『違った』助力ができるかと思いますので、のんびり待たせてもらいます」
「わかりました…ありがとうございます……ぷにぷに…」
「あの、聞いてます?」

ナナシノ・ハコ
白・琥珀
緇・カナト
紗影・咲乃
一・唯一

「ご機嫌いかがどす、旦那さん」
 からりと戸を開け踏み込む姿に、店主がはたと顔を上げる。ああ、今日はずいぶんと来客が多い。しかしその風変わりな尋ね人たちは皆、毎夜悩まされているあの迷い路に、解決の兆しをくれると言う。ならば歓迎だと招き入れれば――
「心配せんと今夜で全て仕舞になるやろ。…夜になったらさぞ怖いもんが見れるんやろけどねえ」
 くく、と喉で笑って一・唯一(狂酔・h00345)が店主を見ると若干青ざめて居たようだが、好奇心で悪妖を解き放った罰としてはまま甘いものだろう。
「少し懐かしい匂いが既にしとるけど、それはそれ。今は楽しも…な?」
 そう言ってくるりと入り口を振り返れば、連れ立って居たのは顔馴染みの『箱』の面々だ。
「夜中に駄菓子屋って不思議な気分になりそうだけど、昼は自由時間でいいのか。」
 下見も兼ねてか店内をざっくりと見まわし、緇・カナト(hellhound・h02325)が確認するように呟く。
「迷って惑わせる宝箱みたいだよねぇ。レトロな店って」
「ええ、とてもわくわくします。個人的にこういったキラキラした指輪がとても好みで。」
 カナトに同意しながら、白・琥珀(一を求めず・h00174)が近くに並んでいた指輪たちを指差してにこやかに微笑む。びぃ玉やおはじき、ラメの入ったスーパーボール…と言ったきらきらした一角を眺める楽しげな様子に、カナトもひょいと指輪をひとつ手にして翳すと、確かに数十円のチープさとは思えないきらめきにへぇ、と感嘆をこぼす。
「確かに綺麗だな。こう言うのが良いのか」
「そうなんです。成人男性ではなくこの容姿でいるのも、大盛りパフェを食べたりキラキラしたものを扱ってもあまりうるさく言われないからなんですよ。」
「なるほど、琥珀さんならではの『ライフハック』てやつだ」
 きらきらコーナーを前に話の弾む男性陣の裏で、別の棚を前に女性陣は甘いしょっぱいなんでも御座れな駄菓子の山に悩みが尽きない様子。
「わあー選びきれへん…なんや見たことないものもあるやんけ。ねえこれ知っとる?ボク見たことないねん…美味しい?」
 硝子ボトルに似たパッケージに、ちゃぷりと水色が揺れる菓子を手に唯一が尋ねるが、ナナシノ・ハコ(キャスパリーグの怪・h00208)と紗影・咲乃(氷の華・h00158)には分からなかったようで首を横に振る。
「なんだかジュースみたいに見えるの!甘いのかぁ…あっでもでもゼリーの可能性もあるかも、なの…?」
 覗き込みながら真剣に考える咲乃の横で、ハコは周りの棚の品数が気になるようで、目をまんまるにして数々の駄菓子を見回した。
「にゃあ、駄菓子って色々あるにゃ……いっぱいかいたいけど、はこのお小遣いは……これくらい?」
 と言って愛らしいがま口財布をぱかりと開くと、それなりの数の小銭がじゃらじゃらと入って居た。
「わ、ハコちゃん結構持ってるね!咲乃もちゃんと持ってきたの…これくらいっ」
 同じく手持ちを見せる咲乃の手にも、お札は無いものの小銭がそこそこ乗っている。両者ともざっくり1000円前後の予算、と言ったところだろうか。
「にぃにやねぇねたちは何買うの?咲乃とあとで交換っこしよう?なの」
 そんな楽しげな誘いをかければ、皆二つ返事で頷いて、元は全種買いも視野に入れて居たカナトも少し数を絞ろうかと考えた。
「童心に返るみたいのも良いかもねぇ、財力的には大人買いし放題だけどな」
「大人買いって、それはそれで憧れるのよー?」
「なん、欲しいんあったら買うとええ。足りひんやったらボクの小銭使い。」
 『買える側』になると、金額とにらめっこして悩む子の姿には、ついつい手助けしたくなるもの。ましてや折角皆でのおでかけなのだから、変に我慢はして欲しくない。しかしその言葉を受けて咲乃もふと手にして居たキャンディから顔を上げるが、軽く悩んだ末に首は横に振った。
「んー、唯一ねぇねのお金は唯一ねぇねのものだから咲乃はこれだけで大丈夫なのよ!ありがとうなのよ」
 想いやってくれた気持ちだけはしっかりと受け取って、咲乃が笑顔で断りを返す。きちんと考えただろう言葉には唯一もそぉか、と微笑んで懐から手を離す。
「なら、オレたちは品定めの手伝いに回ろうか。」
「ええ、大人ですから大人買い…もいいのですが。だからこそたった一つを選び買う、と言うのも醍醐味だと思うんです」
 同じく買おうと思えば財布の心配は要らないカナトと琥珀も、ならばと別の切り口を提案する。
「琥珀にぃには大人の男の人って感じの考え方なのよ!」
「確かにええこと言うなぁ。ほなここは品選びの妙ってやつ披露したらなあかんね?」
「ご参考までに…私はこれにしました。」
 そう言って琥珀が差し出したのは、透明なプラスチックで出来た手のひらサイズの四角い箱。想像通りにパカっと開けた先に眠っていたのは、大振りな石が嵌まったリングだ。白をベースにオパールめいた遊色が踊る石は、ほんの少し傾けるだけでもきらきらと光を零して、覗き込む女性陣の瞳をも輝かせた。
「キラキラで素敵なの!凄くいい物買ってるの!」
「ほんまや、箱も中身もキラキラ可愛えな。」
「ちなみに咲乃さんとハコさんは何が気になる?」
「んと、咲乃はチョコとかマシュマロとか甘いのたくさん買いたいの〜」
「ここあしがれっととか、あとあと…わけあって食べやすいやつ?」
 各々の希望を聞き取りつつ皆で棚を練り歩き、10円チョコやくだもののジャム入りマシュマロ、ココアシガレットにラッキーラムネと、細やかながらその分たくさん買える菓子をカゴに取り進めていく。その度にキャッキャと声をあげて喜ぶハコと咲乃の姿が可愛くて、大人陣営はじんわり目尻を下げた。そんな中、たくさんの紐が垂れ下がった箱を見つけてカナトがああ、と声を上げる。
「籤みたいに引っ張るやつも面白いよね。あときな粉棒だったっけ、当たりが出たらもう一本の」
「当たりが入っとるんもあるんか…カナト、そのきな粉棒てどれー?」
「ん?こっちこっち」
 ちょうど真横に並んでいたきなこ棒を指差せば、唯一が皆に1本ずつ買い渡す。味見やと言われれば咲乃も納得したようで、せーの、で全員ぱくり。
「ん、香ばしい味だな…残念、俺は外れ」
「あまーい、なの!でも普通のお砂糖とちょっと違う味?…うーん咲乃もハズレみたいなの。」
「それは多分黒糖の味ですね。こちら…も、どうやら外したようです。残念」
「お粉もあまくてはこはすきだにゃあ〜…棒はしろいいろ…はずれ?」
「素朴な感じで美味しいわ。ボクも外したみたいやけど、遊びもあってええねこれ」
 残念ながら当たりは誰も居なかったようだが、お眼鏡には適ったようで唯一がおもむろに箱ごと持ち上げた。
「これ沢山買うて、箱庭の皆にお土産にしたろ」
「良いかもね。楽しい時間のお裾分けってヤツだ」
「それ、かえってからもはこ一緒に食べられる?」
「もちろんや!…ふふ、でもハコの頬は既に満杯やね?」
「だってどれもおいしいにゃあ~」
 猫ならぬハムスターのように頬を膨らませて、ハコがむぐむぐと買いたての菓子を頬張る。その普段よりも幼い様子が愛らしくて、メンバーも皆ほっこりと笑みを浮かべた。

土産の駄菓子はたっぷりと、土産話はそれ以上に。箱から溢れそうなくらいの『たのしい』と一緒に、帰ろうか。

天宮院・流王

「わぁ、駄菓子がいっぱいだ!」
 店に踏み入れば、早速棚を埋め尽くす駄菓子の山に、天宮院・流王(人妖「天狐」の御伽使い・h01026)がきらきらと瞳を輝かす。幼い身にはやはり菓子は魅力的なものに映るのだろう。色んなフルーツの味が揃ったガムには、選びきれないと身を震わせて。籤付きのラーメン菓子には当たらないとあと一つ、もう一つ!と結局5個も食べてしまったり。ラムネに5円チョコ、マシュマロにキャラメルに…チープだからこそお小遣いでも色々と買えてしまい、選ぶ手はなかなか止まりそうにない。予算とも相談しつつ買えるめいっぱいを選んだ後、オマケにと店主に手渡されたのはよく冷えたラムネ瓶。ぽこんと落ちるビー玉に目を輝かせながら一口飲むと、シュワシュワの口当たりに背中がビビッと振るえた。
「ビックリした…でも甘くて美味しい!」
 ゆっくり全部飲み干せば、最後にきらきらのビー玉をお土産にして。楽しい駄菓子屋ツアーを思い返しながら、流王が店を後にした。

ララ・キルシュネーテ

トン、タタ、トン、と軽やかな足取りで、商店街に少女が遊ぶ。
「駄菓子屋さんは、すきよ」
 呟きひとつでぴた、と足を止めた先は、目的地の入り口。――昔、昔ね、パパとあそびにいったことがあるの。そう思い返す“いつか”と、目の前の景色は全く同じでは無いだろう。それでも淡く重なり合うカケラに微笑み浮かべて、ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)が敷居をするりと跨ぎ越す。中に入れば、そこにあるのは棚を埋め尽くす駄菓子たち。小さくて儚くて、ララの手のひらにもすっぽり収まる小さなお菓子たちは、まるで宝物のよう。アネモネの双眸をきらきらと煌めかせ、わくわくを隠しきれない足取りでレトロな店内を巡る。
「丸いのも、四角いのも、甘いのも、辛いのも、全部ララのもの!」
 謳うように甘やかな声音で、星屑を塗したようなキャンディを、オマケのおもちゃが着いたキャラメルの箱を、とろりと真っ赤な苺ジャムが溢れるマシュマロを、ピリリと舌に刺激届ける海洋生物型の菓子をあつめていく。空っぽだったカゴが少しずつ埋まっていくのを見るのは、なんとも楽しくて愉しくて、選ぶ指先は中々止められそうに無い。街の子達のお土産にも、と一通りの駄菓子を買ったところで、ふとララの目についたのは。
「――メンコ?」
 それは、厚紙で作られたまぁるいおもちゃ。子供に人気のキャラクターを描かれたものが多い中、ララが手に取ったのは精緻に翼が描き込まれた愛らしいデザインのものだった。
「可愛い、小鳥のメンコだわ」
 気に入った、と買うのを決めたのは早かったが、生憎ララには遊んだ経験がなかった。相手が必要なことは知ってるものの。
「ララ、メンコはしたことがないの。誰か一緒に遊んでくれないかしら?」
「なんだ、知らねぇのメンコ?」
「僕カッコいいコレクションあるんだ!ねぇ一緒にやろうよ!」
 ララの呟きに、近くにいた客の子らが耳聡く反応する。普段から溜まり場にして遊んでいるのか、同年代と見るや態度はかなり気安かった。ならば少し遊んでやろうかと連れ立って店を出る直前、くるりと振り返ってララが声を掛ける。
「店主のお前」
 びくり、と肩を振るわせララを見つめる店主の顔は、未だ不安が塗り込めている。その姿にぱたぱたと手を振って、外へ出るよう促した。
「ララたちが然りと店を見張っておくから、夜になったら少し外でお星様でも眺めてくるといいわ」
 でも、と言い募ろうとする店主より早く、しーっと自らの口元に指を当てて。
「大丈夫、お前のお店はララがまもるわ。迷い子になんてさせない」
 そう言い切ってわらってみせるララの笑みは、まるで聖女の如く|うつくしく《くるおしく》て――

店主はただ、見惚れるようにかくりと頷いた。

オルハート・ブルーゲイザー

「妖が封じられた本、ですか…」
 件の駄菓子屋を要した商店街の並びを前に、オルハート・ブルーゲイザー(Book Of BlueGAZER・h00341)ふむ、と顎に指を掛ける。悪妖を封じた古書が大元の事件、と聞くと本と浅からぬ繋がりのある身としては、どこか座り心地の悪さを覚える。
「…思うところはありますが、無闇に人に危害を加えるのはよくありませんね…」
 然し概要を知れば野放しに出来ないのも道理。ひとまず諸々棚置いて、時間が来るまでは見学も兼ねて色々回ろう、と商店街の中へ足を進めた。魚屋に肉屋に野菜屋、喫茶店に居酒屋にと、地域に寄り添った店が一通り並んだ様子は活気があってよく賑わっている。その中で目についた玩具屋にふらりと立ち寄ったところ、懐っこい子供らがこぞってオルハートにからみにきた。見ない顔だな、どの遊びが好きだ?とあれやこれや声をかけられ勧められ、気がついたら手にはけん玉やらベーゴマが握らされている有様である。が、勧められたらオルハートとしてもやぶさかでは無い。分からないルールを手解きして貰いながら少しずつこなして行くと、持ち前の要領の良さからかあっさりコツを飲み込んですぐに良い勝負が出来るまでになった。ーーメンコを除いて。理由はわからないが何故かメンコだけは上手くいかず傍に置いたものの、他は一通りの勝利を納めたところで美酒ならぬ美菓子を求めて駄菓子屋へ向かう。求める品は甘いフルーツの小餅にキャンディ、スパイシーな辛さの光る赤いイカ菓子にサクサクの棒菓子にとバラエティ豊かなラインナップ。充実した棚の商品たちに思わずかなりの量になったが、会計を聞いて肩がびくりと跳ねた――あまりに安過ぎる!その驚きに思わずレジ側の商品もあれやこれやと追加したところ、いよいよ大荷物になってしまった。
「少々買い過ぎたでしょうか…」
 そう呟くも、一人だけでは咎める声もなく。たまのことなら良いかと切り替えて、戦利品を改めて抱え直した様子は、何処となく満足げにも見えた。

小沼瀬・回

「悪妖の書に引き摺り込まれるとは――やれ、宛ら怪談噺のようではないか」
 商店街を行き交う人並みをひょいと抜けながら、小沼瀬・回(忘る笠・h00489)が独り言ちる。目深に被る帽子のせいなのか、晴れやか空の下にあっても、その顔はどうにも雨の匂いが立ち込めて見える。
「紙上であれば好ましく思うがね」
 依頼の顛末に、これは|架空の話《フィクション》ですと記されたなら喜んで自らの書庫に納めただろう。然し本当に人を呑み込む書であるならば、懐に入れるのは遠慮したいところだ。他の書に油染みが移っちゃあ困る――なんて冗談は置いといて。その手の噂が広まると、他の書物達が汚名を被る。喩え依頼がなかったとて、同類の誼みとしても解決せねばなるまい。だからこそ――
「なに、『曰く』のついた書物については、私が買い取っても構わないぞ――店主殿」
 件の駄菓子屋に踏み入るや否や、カウンターに肘を突き、奥に座る店主へぐいと顔を近づけて回が“提案”を述べた。初めは急な勢いにはくはくと口を鯉にした店主だが、よく考えたらこれは一考に値するのでは、と顎に指を当て考えだした。来訪する能力者たちのおかげで、今日にも事件が片付きそうなのは理解した。然しもしあの迷路と悪妖が居なくなっても、肝心の書が残るとしたら…とてもじゃないが、そのまま置いときたくはない。
「あの!お、お代は入りません。もし何もかも片付いた後に例の古書が残る様なら、貴方様にお譲り致します。事件解決の報酬、と言って良いは分かりませんが」
「それは有り難い、では善いように賜ろう。然し全くの無銭では書の価値を損ねると言うものだ。なので代わりにと言うか――そのついで、飽くまで、ついでだが?我が|『晴路屋』《ハレルヤ》の為に仕入れをしよう」
 パチンと指先鳴らし、回がまた新たな提案を重ねる。書自体に金銭は払わずとも、駄菓子を買えばその銭は店主の懐に入る。これこそ双方良しの案、いわゆるうぃんうぃんと言うやつである。決して、決して言い訳などでは無く。
「仕入れ、ですか?」
「店に駄菓子を置くも良いと考えていてね。なあ、ひとつ、見繕ってくれるかな。」
「…分かりました。苦手なものや避けて欲しいものはございますか?」
「日持ちについては気にしなくてもいい。雇われ店主の御八つが増えるからな。あとはそちらに任せよう」
 唐傘めいた帽子を摘まみ上げ、からと笑えば強張りっぱなしだった店主の顔にも笑みが差した。本を好む人なら粉の落ちるきなこ棒は避けようか、飴なら含んで読みやすかろうか、等々呟きながら品選びに移っていく店主を見送り、回も回で玩具の類の仕入れに目を向ける。客は新しいものだけでなく、古めかしいものも御望みだ。人気のキャラクターが描き込まれたメンコに、ちょろり壁這うカラフルなトカゲモドキ。これはどうかあれは良いかと幾つか手に取りさて次は、と選びかけたところで視界の隅にスッと横切る影を見つけ、やれやれと小銭をカウンターに積んでから声を掛ける。
「こら御前さん、もうじき陽が暮れるぞ」
 ぺぷ、と間の抜けた音と共に回が吹いた吹き戻しが、メンコに夢中だった子供の後頭部に当たる。なんだよ!と怒る様子には胡散臭さを滲ませしっしっ、と追い払う仕草を取ると、子供もあっかんべーを置き土産に渋々店を去っていく。良い子は――とは、説教はしない。こう言う悪童こそ帰らないと妖に喰われるものだ。然しこの程度のヤンチャのせいで、妖に頭からばりばり…となっては余りに不憫だ。巻き込まれる事のないよう気を配りつつ。
「怪奇譚を見れないのは惜しいだろうが、これは我々の特権なんだよ。」
 そんな本音もぽつりと独り言ちた。

――かくて目眩く廻るめく、陽は空を去りて堕ち。深くなる闇を啜る様に知らず目を細めれば、それは嗤う月に似て。
「はは。噺のタネまで報酬に頂けるとはまったく、割の良い兼職じゃあないか」
 店の奥がぐにゃりと歪んだのを見て回がもう一度、ぺふり、と吹き戻しを鳴らした。

第2章 冒険 『奇妙建築を抜けて』


ーーべべん、と遠くから三味線の音がする。

 昼間はおもに小さな常連客で賑わっていた店が、その途端にぐにゃりと大きく歪んで見えた。天井が壁になり、棚の並んだ床は横倒しに。柱も梁もぐるりぐるぐる、回って上がって、歪んで降りて。まるで歩けそうにはない、複雑怪奇を成して迷宮へと変貌していく。

そして奇妙な建築の物陰に潜むのは、悪妖の気に誘われた魑魅魍魎に悪霊怪奇の輩たち。それらは皆、挑みくる能力者たちを襲うべく、今か今かと待ちかねている。

――階段を登ったかと思えば、化け狸の尻尾にはたき落とされたり。
――目を回しながら廊下を突き進めば、蛇目傘の上をぐるぐる歩かされていただけだったり。
――背筋の寒さに振り向けば、雪女にふぅと息を吹きかけられて足が凍ったり。

ひとつひとつは命を取られるほどでは無いにしろ、束となれば面倒この上ないものばかり。だからこそ、走り切るには『自分にできる一工夫』が必要だろう。

体力に自信がある?――ならば、集られてもひたすら走り抜くと良い。
細かな細工が得意?――ならば、あちこちに罠を巡らすのも良いだろう。
妖怪たちの話に詳しい?――ならば、苦手なものを聴かせてやれば効くかもしれない。

 百戦錬磨の猛者だろうとも、未だ能力者たる自覚の薄いものも、今求められるのは『迷宮の突破』ただそれだけだ。先に待つ戦に力は残しつつ、創意工夫の翼にて――悪路を走り切ると良い。
酒木・安寿

「うちの得意なことってなんやろな?」
こつり、こつりとねじくれた迷宮をあるきながら、酒木・安寿がポツリと疑問を口にする。

――親しみ易さと元気を売りにしたコミュニケーション?
――それとも、まだまだ始めたばかりではあるけど、憧れを詰め込んだ歌?

「…ま、後者は個人的希望やけど。」
 スパン!と開く床の襖をひらりと交わし、チグハグな階段を何とかよじ登り、迷宮の構造自体はなんとかやり過ごしている。然しそこかしこに潜む妖怪たちが、脅かそう怖がらせようとタイミングを見計らってるのも肌で感じていて――。

「ほないっちょここから出るために、技能をちょちょいと上げてみよか〜。」
 
 宣言と共にひょいと行使するのは、安寿が有する√能力『お狐印の不思議駄菓子』だ。何かを唱えるでもなく、何かを行うわけでもなく、ただ安寿が願うだけでポンっ――とその手には駄菓子が現れる。今回は蜂蜜味の飴玉だったのは、この後を見越しての計らいだろうか。
「これを食べるんはもちろん――うち!」
 ぱくり、と躊躇いなく能力で得た飴を口にするが、それはリスクを伴う行為だった。なんの変哲もない様でいて、能力で得た駄菓子には力を得られる可能性の反面、相応のリスクがある。確率で駄菓子自体を失い、お狐様の呪いを受けるかもしれないと言うリスクが。――然し。

――リスクを恐れてチャレンジせえへんかったらその時点で終わりや。

 そう信じて安寿がコロリ、と舌で飴を転がせば、幸い消えることなく甘やかな味と共に、喉を温かくなるような感覚が広がった。これならきっと、『届く』はず。
「ほな!!うちの歌聞いてや!」
 くるりと振り返り、妖怪たちの潜む一角に向けて安寿が手招きをする。
「うちの歌を気に入ってくれたんやったらここからでるのに協力してや⭐︎」
 にっこり笑って問い掛けて、早速安寿が歌い出す。楽しげに、軽やかに、それはもう踊りたくなる様なナンバーを。そうすれば、居ても立っても居られないとばかりに妖怪たちが誘われて来て…コミュニケーションも歌も、どちらも自らの武器にして。安寿が迷宮攻略の筋道を取り付けた。

誉川・晴迪

暗がる奥を目印に、前へ進めど気付けば下に。窓を開ければ天井が出迎え、襖を引くにはしゃがまねばならない。こうもあべこべに捩れた迷ひ路を行くのは、人の身であればひどく苦労するものだろう。――そう、|生身の人の身《・・・・・・》だったなら、だ。
「どうやらこの辺りに、迷い込んだ人は居ないようですね」
 地に足をつけることなく、ゆるりふわふわ。空を浮いてすり抜けて行く誉川・晴迪――幽霊である彼には、狂った路だろうとなんの障害にもならなかった。そうやってあちこちの壁を抜けられる身をこれ幸いと生かして、救助の必要な人を探していた。だが駄菓子屋での√能力者たちの働きのおかげで、どうやらこの中に迷子は居ないようだった。そうと分かれば長居する必要もないと、ひたすら晴迪が奥を目指して行くと――ヒュッ、と何かが視界の隅を掠めた。振り返るそこに居たのは、3匹のイタチたち。尻尾を鎌のようにしならせていることから、恐らく|鎌鼬《カマイタチ》なのだろう。そのまま晴迪に向けて2撃、3撃と撃ち込むものの、幽霊の身体には届くわけもなくひたすらすり抜けるばかり。
「実体化はしませんよ。イタイの、キライなので。」
 にやりと笑ってくぅるり回り、傷のない姿を見せつけてやれば鎌鼬たちがギャッギャと怒りの声を上げる。だがそれすらも意に介さず、晴迪はついとそっぽを向いて、奥へ向かう道をなぞる。挑発に乗った鎌鼬はそのまま攻撃を繰り返し、他の√能力者を襲うことなくそのうち疲弊するはず。そうやって――自ら仕掛けずに相手を誘い、惑わせ、引き摺り込む。
「――だって、その方がとっても、ユーレーらしいでしょう?」
 自らのアイデンティティを余すことなく発揮して、晴迪が悠々と先へ進んでいった。

ツェイ・ユン・ルシャーガ

――今宵、さる店にて悪妖手招く迷宮がその口を開く。

そんな噂を耳にして、興味を指針に覗きに来てみれば。
「おお、これはなんとも愉快な絡繰り屋敷よ」
 ぐるりと捩れて天井は壁に、襖は踏み抜ける床罠に、階段は滑り台にと変容した迷い路に、ツェイ・ユン・ルシャーガがふふ、と笑って見せる。意匠だけで言えば檜垣模様の襖に、曼珠沙華咲き誇る硝子欄間、蝶々の影を落とし込んだ障子と随所に光るものはある。然しこうまで出鱈目な造りになってしまっては、茶を片手に愛でることも叶わない。ましてや――眺める木目に尻尾が生えていれば、なおのこと。
「おっと――ははは、一筋縄でゆかぬは面白い」
 視線に気づいた尻尾の主が、木目から鉈へと形を変えて襲いくるが、ツェイは軽く一足で避けてしまう。
「老師に仕掛けられた験しを思い出すのう」
 いつぞやを思い出すも遠い昔、あれやこれやと化されたことを脳裏に返せば、ここの妖たちの仕掛けなぞ童の悪戯に等しい。――ならば。
「よかろう、では化かし合いと参ろうかの」 
 言うや否や、床からにゅうと伸びる皺がれた手は、空中浮遊でひょいと避け。大事な尾を掴まれては敵わぬゆえのう、と呟けば悔しげに空を掴んで手が引いていく。そうやって段の消える登り口は浮遊で躱し、潜む気配の怪しい路は巡らせた糸のしるべに訊ね避け。ひょいひょいと軽やかに奥へ進むツェイに業を煮やしたスネコスリが、転かしてやろうと天からパッと飛び出たところで――しっかと抱き止められるのがオチだった。
「よしよし、程々にしておくが良いぞ」
 寸の足らない犬猫染みた体をもふもふと撫でてから戻してやれば、ヂュッ!とひと鳴きして引っ込んでしまう。これで追う手が絶えれば良いものの、妖怪たちの中にも負けず嫌いがいる様で。毛を逆立てた猫又が襲い掛かろうとすると。
「これ、しつこくすると折檻に合うと知らぬのか」
 踏めばちいさく爆ぜる符で、すこしばかり脅かし返してやれば、ようやくまいったとばかりに周囲の気配が消え失せた。
「はて、次はどちらへ参ったものかの」
 指針を求めて耳を澄ますも、四方で反響する三味線からは方角までは割り出せない。
「手の鳴る方へと歌う声は無きか、ふふふ」
 招き誘うは、ただ奥深き闇ばかり。然しそれに恐るでもなく、ツェイがまたふらりと先へ歩みを進めて行った。

緇・カナト
茶治・レモン

黄昏を見送り、ようよう暗くなり行く宵のこと。昼は童の声絶えぬ駄菓子屋の奥、密やかな闇の奧を進むと――其処は魑魅魍魎、妖怪跋扈の迷い路だった…!

「ところでレモン君はお化け屋敷って好き?」
 ――なんて、冒頭の呷りはまるっとスルーして。緇・カナトが遊園地のアトラクションの好みをリサーチする気楽さで、共に踏み入った茶治・レモンに問いかける。
「お化け屋敷、僕は好きですよ!」
 表情は薄いながら、レモンも然程恐怖はないようで、どこかワクワクとした喜色を滲ませながら答えを返した。
「怖くない訳ではないのですが…怖いもの見たさでしょうか。カナトさんは平気ですか?」
「ん、俺も似たようなものかな。」
 なんせ見かけたらしばき倒す心積りなので、カナトも恐ろしさは余り感じていない。厄介でないと良いな、との警戒はあるけれど。
「妖怪、お化け、楽しみですね。」
「じゃあそいつらに会うためにも…『昏い月夜に御用心』、と」
 手慣れた様子でカナトが唱えると、ずるりと影から狼に似た姿の獣が数体現れる。
「とりあえず、速やかに迷路へ挑もうか〜」
「はい、走りますよ!」
 索敵に長けた影らを軽く走らせて、カナトとレモンが速度を合わせて併走する。捩れて天と床が逆さになった箇所も、廊下の先が奇妙に途切れた場所も、先行する影らが知らせることで2人が難なく乗り越えて行く。落ち惑う心配が無いとなれば、現実にはあり得ない怪奇的な構造は中々に見応えもあって。
「不謹慎ですけど、楽しい空間です」
「…それ、ちょっと分かるかも」
「あとは妖怪が気になる所ですね」
「そういえば…とある地方に伝わる妖怪でスネコスリって奴がいてねぇ」
「スネコスリ…名前だけ知ってます」
「こうやって走りながらも足元に…」
 
もふっ

「そう、ちょうどこんな感じの……あ、コイツうちの影獣ではナイなぁ」
「えっ、ではこれがそうなんですか?可愛いすぎでは…!」
 走りがてら足元にまとわりつくのが邪魔で、カナトがそれとは無しにむんずと掴んだのが、まさに件のスネコスリだったようだ。ピンとした三角耳に、もふもふとした毛皮。猫とも犬とも似ているようで、足も胴も寸足らずなせいかまぁるい印象のある小動物っぽいもの。脛を擦って転ばす以外に無害なそれらは、立ち止まるカナトとレモンの脛なスリっとしてはポンポン地面を転がり、また脛目掛けて駆け寄る…と言うのを数匹でひたすら繰り返していた。
「なるほど、脛を擦る猫…いえ犬…?にしても」
 真っ黒なのからミケ模様まで、まんまるがスリスリしては転がって跳ねて……正直、妖怪と言われても全く恐怖はなく、ただただひたすらに――可愛らしい。目の輝きがまるで隠せないでいるレモンがおかしくて、カナトが気紛れに助け船を出そうとした。
「レモン君が可愛いモノ好きならお持ち帰りも……」
「お持ち帰り…連れ…帰…いえっ、置いていきましょう!!」
「あ、やめとく?」
 だいぶブレっブレに揺れてはいたものの、頭を振ってレモンが誘惑を断ち切った。
「可愛さで足止めするとは、敵もなかなかやりますね…!」
 苦渋の顔でにじりにじりとスネコスリから離れるレモンを見て、カナトがひそりと笑みを浮かべながら、影の獣にハンドサインを送りスネコスリたちを遠ざけさせる。やがて距離が開けばゆっくりと足を早めて、後ろ髪を引かれつつも迷宮踏破を再開した。
「カナトさん、誘惑に負けてはダメですよ」
「それなら誘惑を振り切るためにも、ひたすら走り抜くとしようかぁ」
「はい!あ、でも他にどんな可愛い妖怪がいるのかは楽しみですが…」
「そこは期待するんだ。」
 思わず突っ込んだものの、まだ煌めきを残したレモンの瞳を見て、他に何か可愛いのが居たかなとカナトが自らの記憶を漁り始めた。

小沼瀬・回

――右に曲がれば道は無く、左を降りれば行き止まり。進むだけでも穴が待ち受け、おまけにそこかしこから視線の筵。迷ひ路とは承知で踏み入ったとて、こうまで歪みと悪意に満ちて居ては。
「これでは歩き難くて仕様がないな」
 やれやれと、先ほど買い求めた吹き戻しを懐に仕舞い込み、小沼瀬・回が小さくため息を吐く。路自体は時をかければ何れ踏破出来そうだが、それを容易く許す狐狸妖怪は居ないだろう。実際見つめるだけに飽き足らず、じわじわと距離を詰められているのも感じる。なので致し方なしとゆうらりと揺れる身で暫し、解決の為の思案にふける。――かの有名な番町皿屋敷であるならば、女の憐れに手ずから『十』を足すものだが。如何せんここの妖怪達の悪戯には、それでは少々仕置が足りないようだ。――ならば、手には手を、歯には歯を。意趣返しと言うのも薮坂ではない。
「どれ、少し脅かしてやるとしよう」
 傘帽越しの表情は伺えないが、何処か悪戯めいた弾みを乗せた声で回が告げる。方策を決めたなら先ずは相手を見つけねばだが、近類とあればそれも割に容易いことで。――柱のフリした化け狸なら、連なる茶室にポンと軽く押し出して、茶釜に化けて貰おうか。そのまま炉にかけ燃え滾る火に焚べれば、同胞を救わんとしたか蛇の目傘が回へと飛び掛かる。
「――おっとお、釜の六音が聞こえたかね?」
 然しながら相手が悪い、傘の扱いは傘自身が最もよぅく知るところ。細い柄にこつり梃子入れ逆さにし、狸茶釜の湯をたっぷり注いでやれば、憐れ傘から猪口へと早変わり。冷やしてやろうと襖破いて迫り来た雪女も、蛇目猪口から熱々の湯を塗されては、返り討ちも良いところだ。

――恐ろしげな声音で囁き、脅かし、追い払い。妖怪変化なんのその、そうとも、人こそが本当に恐ろしいのだ!なんて……いやいや、私は傘なのだが。

「ああ、蛇目猪口なぞ、何と恐ろしい!」
 憐れヒィヒィ逃げ出す妖怪らの背に、自らの怪談を|語り《騙り》聞かせ。さもありなんと背筋を這う冷たさに、身を震わせた振りをする。そのまま魍魎跋扈の迷宮に背を向けて、回がそそくさと奥へ立ち去って行った。

紗影・咲乃

「んー、迷子防止の為には目印は付けたほうがいいかな?」
 てく、てく、てく、と。小さな体で迷ひ路を歩きながら、紗影・咲乃がぽつり独り言ちる。ただでさえここは天井廊下があべこべで、あちこちに穴が空いたり道自体が捩れたりと歩きにくいことこの上ない。その上迷わないようにマッピングまでとなると、咲乃ひとりだけでは難しい。――ならばここはひとつ、手札を切る時だろう。
「――うさちゃんズの出番なのよ?『探索してきてなのよ』」
 呼びかけるように唱えれば、ポコココッ!と現れるのは愛らしいうさぎの縫いぐるみたち。然し縫いぐるみながら鼻をひくつかせて自律して動くあたりは、やはり能力で生まれたものならではだろう。出せる最大限の数を引き出し、索敵に能力を振り分けてそれ!と掛け声ひとつで、皆を迷ひ路に送り出す。手探りも、探る手が多ければ必然範囲は広がるもの。文字通りの数撃ちゃ当たる戦法が如く、色んな方向へうさちゃんズを索敵に行かせては目印をつけさせて、を根気よく繰り返し、奥へと繋がる『正解』の道を導き出していく。途中でトラップ的なものがないとも限らない、との配慮もあって最も先を行くうさちゃんズには怪しいものレーダーを光らせる。そのおかげで狸の尻尾足救いにも、蛇の目傘のぐるぐるループ廊下も避けて通ることが出来た。
「もう少しで親玉?の所に到着のはずなのよ」
 よいしょと柱を潜り抜けながらも警戒は怠らず、然し気合も十分に。愛らしいうさぎぐるみを従えて、咲乃がゆっくりと迷路を踏破して行った。

クラウディア・アルティ

「なんとっ!」
 カカッ、と目を見開いて見つめるのは、捻くれ狂った迷ひ路。クラウディアがそこかしこに潜む妖怪達の影を見て、ふるりと髭を震わせる。なんていうかこう、体のサイズが猫なのでうっかり傘の上でくるっくる回されそうな危険をひしひしと感じる。
「体力というよりこういう罠の影響はまともに受けるわけですが!」
 妖怪も基本サイズは人間準拠なため、クラウディアの全長を以てしてはそもそもの対比が大きい。せめて気配を消してあまり出会わぬ様に…とそろり踏み出したところで。
「これって【ウィザード・フレイム】で直したりすると新しく道が出来たりしないでしょうか?」
 ふとした思いつきだが、口にして見ると案外悪くない気がしてきた。なにせこの迷宮、所によっては物理法則などまるっと無視している様に見える。ならば試しに別の方向の神秘をぶつけてやれば、意外な突破口になるやもしれない。
「ダメもとで試してみる価値はありそうですね
。…ええ、楽したいだけですけど!」
 建前四割本音六割、ひとまずヒョイと放って一番近い壁に修理を試みたが……残念ながら『直す』と言う概念には当てはまらないようで、変化は無かった。が、もひとつついでにえいや、と攻撃に切り替えてみた所、小さな穴は作ることが出来た。
「小さな体を利用して抜け道とかあるといいなあ……とは思いましたが、まさか作れるとは。であれば突破は難しくなさそうですね」
 開けれたのは猫窓大の大きさだが、小柄なクラウディアには寧ろ都合が良い。追ってくる妖怪変化もこのサイズでは通れるものも少なく、この先やり過ごすのが多少楽になったはずだ。
「…にしてもこの音。三味線って猫の皮使ってることがあるんですよねー。やだなー。」
 そこかしこからべべん、と鳴り響く三味線の音色に、高級な素材として重宝される|猫皮《よつかわ》のことを思い出し思わず身震いする。
「このゾクゾクした感じを辿っていけば目的地につけますかね?」
 そうして意図せず恐怖を付け加えた第六感を頼りに、クラウディアがさらに先へと進んで行った。

月ヶ瀬・綾乃
神原・ミコト

「これが星詠みさんの仰っていたちょっとリアルなお化け屋敷ですか。」
 捻くれだ迷路にどうにか着地点を見つけ、神原・ミコトがひょいと乗り込みがてら周囲を見回す。奥深くまで入り組み魑魅魍魎までもが跋扈する迷ひ路は、√能力者でも無ければ凡そ踏破は叶わないだろう。ましてや一般人が迷い込めば、その命の保障はない。
「指一本分の力でこのような迷宮を作り出すとは古妖というものはとんでもないですね…被害が出る前に早急にかたをつけなければなりませんね。」
「あ、はい!これが今回のお仕事…なんですもんね?」
 汚職警官にして|警視庁異能捜査官《カミガリ》であるミコトに、追従するのは同じく|警視庁異能捜査官《カミガリ》として勤める月ヶ瀬・綾乃だ。スカウトされ自覚的に捜査官を勤めるミコトと違い、うっかり間違いで採用された綾乃の返答はいまいち鈍い。√世界の理解もいまだ追い付かず、とりあえず仕事として迷宮に入り込んだは良いものの、途方に暮れていた所にミコトの姿を見つけ、ひとまずの協力を申し込んだのが現状の形だ。
「小細工をする時間はありません。幸い私は体力には自信があります。邪魔する妖怪には警棒で気絶攻撃を叩き込みつつ先鋒をつとめます。良いですね?」
 初めての連携とあって、自らのスタンスを開示し確認を取るミコトに、綾乃が頷きながら慣れない敬礼を返す。
「分かりました!では私は後方から援護に回らせて貰います。……ただその、不慣れですので、ゆっくり目だとありがたいんですが」
 綾乃とて一応の武器は装備しているし、√能力者ではあるものの、まだまだ経験が足りない自覚はある。その素直な申告にミコトがふむ、と頷いて自らの思う所を返す。
「誰にでも最初はあります。ただ考慮はしますが人命優先ですし、何よりこう言うのは慣れが重要です。ある程度は飛ばしますよ」
「は、はい…!学ばせていただきますっ!」
 丁寧な口調に反し意外と脳筋スパルタ学習方式で警棒を振るうミコトを見つめ、やっぱりとんでもないとこに就職したのでは……との実感を俄かに深めつつ。ただ今は諸々を横に置いといて、綾乃が拳銃を手にミコトの後ろに従った。

伊和・依緒

「うわ、なんか面倒なことになってるね。」
 下は左に上は右。常識の境を飛び越えて捩れはてた迷宮を前に、伊和・依緒が思わず声を上げる。
「さすが古妖。これで『指一本分の力』だとしたら、このままいくとたいへんなことになりそうだ。」
 五指の一本でこうまで地形を歪め潜み、周囲を食い荒らす空間を成形するのだ。もしこのまま成長して別の部位まで呼ぶようになったら――その先は余り想像したくはない。ともあれ今でさえ能力者でも十分に厄介さを感じる迷宮なのだ。ここにもし一般人が迷い込んでいれば命の保障はない。が、幸いにも駄菓子屋での先行した見張りが効いて、この中に迷い込んだ非能力者はいないようだった。その事実には安心しつつ、念の為の警戒は怠らない。いつだって、イレギュラーは付きものなのだから。
「命を取られるようないたずらはないってことだけど、ちょっと進むごとにちょっかいかけられるのも面倒かな。」
 一体一体ならば倒すに易いだろうが、何体もの妨害を受けながら進むのは骨が折れそうだ。ならば、と依緒が能力の『ゴーストトーク』を発動させる。姿なきが故に、あらゆる場所に偏在するインビシブルたちに姿を与え、迷宮で見聞きしたことを話してもらう。
「こっちの道の先は雪女が、階段を降りる方は化け狸の待ち伏せか……襖を開けて進めばあんまり敵がいない?良かった、ありがとう」
 話す情報を整理して、より安全なルートを割り出す。どうしても回避できないものは力技でいくしかないが、本命は最奥に待ち受ける悪妖。なるべく温存する為にも、躱せる悪意は回避していきたい。
「…よし!だいたい分かった。あとは進むだけね。」
 脳内でざっくりと引いた地図を頼りに、依緒が気合いを入れて奥の闇へと目を向けた。

逆月・雫

 気弱な店主を叱咤していた昼間は、溶けるように過ぎていった。そして夜を迎えた駄菓子屋は、ほのぼのとした空気など忘れ果てたかの様に寒々しく、広大で、歪な迷宮と化していた。その変貌を半ば感心するように眺めていた逆月・雫が、小首を傾げてふと独り言る。
「…あの小さなお店がここまで広くなるのなら、ある程度暴れても本来のお店には影響ないですわね?」
 誰に確認するでもない呟きだったが、まるでその言霊に呼応する様に畝りをあげて闇を深めて行く迷宮に、唇で緩く弧を描く。
「ならば、こちらも遠慮なく。」
 目には目を、異常事態には√能力者を。気合い十分に雫が足を踏み入れた。

 時折響く三味線の音は奇妙な造りが仇になったようで、辺りに反響して場所を探るに難しい。代わりに悪妖が腹に溜め込んだだろう霊力を指針に進めば、何と無くだが方向は掴めた。時折化け狸の尻尾やら、おとろしの落下やらが邪魔をしてきたが、景気良くざっぱーんと清めの酒をまいてやれば、やれ敵わんと皆程なく退散していった。数はいれども個々は然程でもない様で、たまに悪戯…というより構って欲しげな小さい妖怪たちも居たが、今は先に進むが優先。手遊びにひょいとあっち向いてホイ、を繰り出してはよそ見してる内にそそくさ退散させてもらった。…少々名残惜しかったのは、雫の心内に秘めておくとして。――こうして至る所に妖怪変化に神や妖が座す雫の世界では、人換算では妙齢の彼女とて若造のひよっこと言える。奥に待つ悪妖からしても、雫はほんの赤子にしか見えないのかも知れない。然し――
「だからと言って、年増の太夫に頭下げるつもりは更々ないですわ」
 重ねた年月にいくらの差があれど、営み続く世界を壊そうと言う悪意が相手なら、下剋上もなんのその。
「とりあえずは太夫の喉元まで辿り着く事が第一ね。」
 事態の収集には悪妖の排除が大前提。ならばせめて刃が届く距離に居なくては――と。心持ち足を早めて、雫が深層へと歩んでいった。

オルハート・ブルーゲイザー

「…この歪な景色は…どうやら妖たちが動き始めたみたいですね…」
 長閑だった昼間の駄菓子屋の姿は、陽が落ちるにつれ歪み、捩れ、曲がり。今や見る影もないほどに暗く澱んだ迷宮へと変わり果てていた。然しそんな著しい変化にも、オルハート・ブルーゲイザーは慌てることなく淡々と現状を述べる。迷い路を見渡し、そこかしこに潜む妖怪悪霊の姿を認めて、それでも冷静に進むための方策を練り上げる。相手は変幻自在にその身を変える――ならばここを抜けるには、あえてこちらもいくらか「化かしあい」に臨むべき、との算盤を弾いて。ひとまずは「迷い込んだ普通の子ども」の振りをして、捩れた廊下を歩き出した。顔を俯け、歩幅は狭く。実際に経た年月はいざ知らず、不安そうな素振りで歩くオルハートは傍目には疑問なく子供に映る。それにかこつけた妖怪たちもこれ幸いと化かしに現れるが、触れるや否やスッとその姿が掻き消える。首を傾げて振り返り、また現れた少女をひと掻きしても、ふた撫でしても、み摘みしても――また消える。化かしに来た筈が今や、いつの間にか妖怪たちの方が化かされていた。オルハートの持つ「魔造幻頁」を使った【幻影使い】で、妖たちをおびき寄せ惑わし隙を作り、その間にみるみる迷宮を進んでいく。歪な造りの建築も、先行させた幻影を利用して仕組みを調べれば、なんとかマッピングは可能だった。然し妖怪たちも大人しく化かされているだけでは面白くなかったのか、しつこくオルハートの後をつけ回す。躱し逃げても追いすがり、伸ばす手数もカマイタチや爪牙と徐々に過激さを増して行った。ついに頬スレスレに飛んだ風鎌を見かねて、魔創幻眼を展開する。イタズラには悪戯で――飛び来る風鎌を幻眼でそのまま反射し、少々懲らしめてやった。文字通り尻尾を巻いて逃げて行く妖怪たちの背に、吐息に混ぜてひそりとつぶやく。
「私も「ひとでなし」、ですから」
 人ならざる身同士、どうやら今回の化かし合いは――オルハートへと軍配が上がった。

ララ・キルシュネーテ

――ひたひたと、捻くれた迷宮に花が満ちる。桜を舞わせ、アネモネを咲かせ、白い少女が途を行く。

「ぐるりからりと、迷路のようで楽しいわね」
 魑魅魍魎が這い回り、暗く澱んだ路にあっても、ララ・キルシュネーテの貌に浮かぶのは無垢な笑みだ。だって世界は|己《ララ》の為にあるのだから、この迷路だってきっと玩具箱のひとつに過ぎないのだ。だから鼠のようにくるくると、同じところを歩むのも。ひんやりした手に、自慢のしっぽを撫でられるのも。雪女の氷でつるんと滑ってしまうのも。――ほらね、なんて愉快でたのしいのかしら!
「ララは楽しいことが大好きよ。ララを楽しませてくれるお前達のことはもっと好きよ」
 るらら、と歌うように、いとけない唇に何もかもへの|愛《狂気》をのせて。春を言祝ぎ踊るように、黒を白く塗り替えながら。白虹の聖女が、先へ、前へと進み征く。
「だから――お前達を、ララのものにする。」
 ね?と差し出す両手は折れそうに細いのに、招く様に握り込む指には狩り奪る獣の危うさが宿っていた。
「隠れんぼ、しましょ」
 それは、幼子からの甘やかな遊戯への誘いであり、未だ目覚めぬ魔性からの、逃れられない|終わりの始まり《はめつのまくあけ》。
「キルシュネーテ、隠れている子達を見つけるわ」
 夢宵桜游ぶ白虹が、さらりと揺れて護霊へ命を下す。柱陰の子はこんがり焼いて、香ばしく。床下の子は飴の様に伸ばして、彩織り折りに。ぜんぶ、ぜぇんぶ、美味しくいただくの、と。亡き萅囚えたキルシュネーテに跨り、一等星の白が瞬く。

道が歪む?――叩き壊してならしなさい。
行き止まり?――遺骸を積んで成しなさい。
邪魔される?――カケラも残さず殲滅なさい。

 血紲に守られた滑らかな足は、ふわふわと浮いて地に着かぬまま。汚れることなくうつくしく、けれど慥かにひたすらに、迷ひ路を|進んでいく。《蹂躙する》。
「魑魅魍魎でておいで、甘いお菓子をあげるわよ」
 ころりと木鈴を鳴らして、ほら、ほら、はやくと焦れたように。迦楼羅の翼をはためかせ、血彩のアネモネの双眸で、密む獲物を探し出す。
「ララはまだまだはしれるわ」
 愉しくて、美味しくて、きっといつ迄だって|遊んで《こわして》いられるわ。でも、もう終わりみたい。だって、ほら。

――みぃつけた。

 蕩けるようにいっとう甘く囁いて。最後に見つけた|お菓子《ようかい》も、余さずぐしゃり――と平らげた。

第3章 ボス戦 『星詠みの悪妖『椿太夫』』


――いつのまにか、三味線の音が止んでいる。

天井を走り、床を飛び越え、襖を跨ぎ。捩れた迷ひ路を超えた先は、絢爛な絵が描かれた襖が立ち塞がっていた。金箔で描かれたそれをようく見れば、がしゃどくろに彼岸花、朽ちゆく遊女に舞う炎と、まるで苦界を煮詰めた様なものだった。見るとはなしに見ていると、いきなり襖がすらりと開く。その奥にも襖は並び、幾重にも重なったそれがすらららららら……と騙し絵の様に開いたならば、産まれたのは広々とした奥座敷だ。凡そ駄菓子屋を丸々一部屋にしても足りないほどの大空間。その真ん中に、只中に脚を崩し座る女が、|居た《・・》。

「……全く、あれこれ手間をかけたのに、役に立たないなんてけちなこと。」

 ふう、と気怠げにため息をつく姿は美しくも艶やかで、酷く目を奪われる。

「ねぇ、ぬしもそう思うでありんしょう?」

 手にした煙管の灰をカンと落とし、長い睫毛越しに濡れた瞳で問われれば、知らず口が同意を述べそうになる。

「けどわっちもこのまま引き下がるなんてできんせん。」

――これが本当に、たった指一つ分の顕現なのかと、疑いたくなるほどの存在感。指先ひとつ、視線ひとつが、運命を歪ませる星詠みの力を以て振るわれる。

「さぁ、ぬしさまよ。わっちと一緒に遊びんしょう?共寝をすれば、極楽を見せてあげんしょう」

するりと胸元を肌けさせ、妖艶に、妖婉に。椿太夫が誘うは|死出の旅《しとね》。ぽとり首落つ椿を乗せて、太夫がただ静かに、あなたへと|手を伸ばした《てをかけた》。

【プレイングボーナス:能力毎の対応策、魅力への対抗策】
酒木・安寿
逆月・雫

――絢爛な広い畳座敷に、美しい女がひとり座っている。

ただそれだけなのに、まるで上から巨大な手のひらで押さえ込まれるかのような|圧力《プレッシャー》を感じる。
「小指一つでこの妖気。さすが太夫様やねぇ。」
 つぅ、と伝う脂汗を拭って酒木・安寿
(駄菓子屋でぃーゔぁ・h00626)が睨みつけるように対峙すると、椿太夫からからころと涼やかな笑い声が響いた。
「褒められたら悪い気はせんでありんすな。けど、わっちの前では息をするのも苦しかろ。気を張らずとも、抱かれて眠れば極楽に連れて行きんすよ?ねぇ――そっちのぬしも」
 すい、と白魚の指を泳がせ、安寿の隣に並び立つ逆月・雫(酒器の付喪神の不思議居酒屋店主・h01551)を差せば、そのかんばせに浮かぶのは国をも傾けそうな甘い笑みだ。だが向けられた惑わしには屠蘇器を見せびらかし、清めるように水を撒いて気を保つ。
「…お生憎様。一度は死んだこの身体、そう簡単には逝きませんで。」
 √能力者は、例え致命傷を負っても死ぬことはない。砕けて霧散しようとも、|碇《Anker》の居る限りまた何処かで再生される。だが、今雫が述べたのはそんなただの事実ではなく、心を奮い立たせるための決意だ。
「せや!極楽往生する気はないし、一緒に朝寝もする気もない。心中なんてまっぴらごめん!」
 安寿もあっかんべーのおまけ付きで雫に同意する。椿太夫とて、√能力者が諸手で恭順するとは思っていなかったことだろう。然し悪態付きで拒否を述べられては些か腹立たしかったのか、柳眉を顰めて煙管を咥えた。
「ハァ…わっちの慈悲をこうも袖にするとは、野暮なこと。生きるも死ぬも苦界なら、せめて今際の際くらいはと思いんしたのに」
 ため息と共に紫煙を吐き、憂いたように哀れみを口にする。だが、その内容は酷く視座の偏った、傲慢甚だしいものだ。そのことにすら気づかぬ様に、ぱしゃり、ぱしゃりとなおも水を溢しながら雫が判ずる。
「人の痛みは第三者には分からぬもの。書物に封じられていながら、欲望以外の人の機微に疎いとは。」
「…いま、なんと?」
「懇切丁寧に教える義理はありますまい。けれど――割れ皿の痛み、お菊の痛み悲しみ苦しみ、お前さんにも少しは理解して頂きましょうぞ。」
 会話の程を保ちつつ、雫が巧みに織り交ぜるのは皿屋敷の怪談のくだり。途端周囲の気温がスッと下がる心地がして、太夫が思わず身を震わせた。
「それじゃあこっちも――『掛巻も恐き稲荷大神の大前に恐み恐みも白く』!」
 続く安寿がパァン、と柏手ひとつに朗々と歌い上げるのは、稲荷の大神へと捧げる祝詞。多少噛んでもお稲荷様なら許してくれる、との信頼のもと、丁寧さよりも速度に比重を置いて唱え切る。すると、その手には霊鍵が握られて祝詞が届いたことが知れる。

その瞬間――祝詞に清め水、そして|怪談領域《特殊な空間》。一つ一つは小さなそれらも、連ね揃えば――周囲が、神域に近しい場所へと変わる。

 自らの妖気を飲み込むように空気が変容しつつあることに、椿太夫がいよいよ苛立ちを露わにして叫ぶ。
「忌々しい小娘らよ――!」
「…そこ、右からくるで!」
「よっしゃ!」
 既に数日前から星詠みの力を込めたこの場は、椿太夫が視界に収めるだけであらゆる因果が彼女の味方をする。今も迫り来る安寿を止めるべく睨め付ければ、襖があり得ない角度から弾け飛んで迫り来る。然し周囲を警戒していた雫が警告を飛ばすことで、稲荷神の加護により速度を増した安寿が軽々避けて行く。その後も二度三度と安寿の行手を阻む悪運を、雫が自らの必中の攻撃をぶつけることで相殺し道を切り開く。そして――
「今や、届いて――!!」
「――あんたの好きにはさせへん!」
 雫の援護と檄の声を背に、ようやく肉薄するに至った安寿が霊鍵を大きく振りかぶり――椿太夫が、畳間に絹を裂くような悲鳴をぶちまけた。

緇・カナト
茶治・レモン

畳間にひとり座り込む、花魁姿の女がひとり。煙管に指を這わせ、カンと灰を落とす仕草すら艶めかしい太夫の姿に、ふたりの視線が注がれる。

「強大な古妖の一体、椿太夫かァ」
 確認する様に口にしながら、緇・カナト
(hellhound・h02325)が油断なく構えて相対する。その言葉が耳に届いたのか、口の端を釣り上げて笑い椿太夫がふぅ、と紫煙を吐き出す。――その、僅かに香めいた甘ったるい香りは。
「この漂ってるのが惑わしの香かな。厄介そうだね」
「惑わす香ですか…カナトさん、魅了にも気を付けないとダメですよ」
 はたはたと手を振って煙を避けていると、隣立つ茶治・レモン(魔女代行・h00071)から心配を込めた注意の声がかかる。
「魅力は効くかな…オバサンそんなに興味ナイ。レモン君は?」
「僕は大人の魅力が分からないので、今の所さっぱり効いてません」
 その余りの否定の物言いが気に食わないのも当然で、椿太夫がこれ見よがしに煙管で香箱を叩く。
「聞いてりゃずいぶんな物言いでありんすねぇ。わっちの魅力がわからぬ野暮天なら、もうすこし――|蒔いて《・・・》やろうかえ?」
 そういうやいなや、ふつりと着物の端から椿が咲いては落ちてを繰り返し、惑わしの香りを強くしながら床を埋めていく。流石にこれを無手で避けることは出来ず、多少は吸い込んでしまったようだ。然し今のところカナトにもレモンにも、椿太夫への恋慕の萌芽は見当たらない。ならば仲間への感情に変化があるかと、互いに視線を合わせるも、その気配もまるでない。そも、疑心暗鬼に陥るには…。
「レモン君は清廉潔白、疑いようのない白さをしてるコトだし。射抜くよう真っ直ぐな金の瞳も月の様……あ。」
 ヤッベェ、とカナトが自らの口を塞いだところで時既に遅し。ばっちり漏らさず聞き届け、それこそ月に喩えた輝きを帯びた瞳を、レモンがパッと見開いた。
「ありがとう正直病、良いこと聞けました!」
「いや、ほら…今のあんまり聞かなかった事にしてくれる?」
「聞かなかったことには出来ないですね、すみません」
 ぺこりと生真面目に一礼付きで、しかしキッパリと却下されるともはやカナトに打てる手はない。
「代わりに僕も伝えます。カナトさんはですね、普段から飄々としてますけど、人を喜ばしたり楽しませたりが得意な方です。話やすさもあり、頼もしさもあり…イケメンが過ぎるのでは?あ、美味しいお店とかも色々知ってそうです、今度奢って下さいね」
「普段から正直モノからも追い打ちが…!」
 さらに追撃で止めどなく褒め返しをされては、滅多刺しも良いところである。味方からの思わぬ仕打ちに、果たして密かに可愛いおねだり付きだったことには気づくかどうか。――そして、そんな微笑ましい遣り取りが腹に据えかねたのか、椿太夫の居座る上座から急にガシャン!と香箱が飛んでくる。
「ハァ…わっちを前にぐだぐだと好かねえことを。良い加減にしておくんなんし。そのよぉく座った肝、生きたまま啜ってあげんしょうか?」
 苛立ちを隠しもせずに柳眉を顰め、ハァとたっぷり溜めた息をつく。かろうじで攻撃を避けたカナトとレモンも、その様子に改めて距離を取って戦闘体勢へ移る。
「…っと。流石にふざけ過ぎたか。まぁ戦闘にはそこまで支障なさそうなのは分かったし。」
「ですね。油断せず、全力で行きましょう!」
 カナトは雷光纏う銃を手に後衛を、レモンは玉手を刀剣サイズにまで大きくして前衛に。そのまま視線だけの合図でふたりが各々の攻撃に移る。
「遊ぶにしてもオイタが過ぎるなァ。そろそろ死出の旅路に引っ込んでくれ」
 走り迫るレモンを援護する様に、後ろからカナトが椿太夫に向けて連続して銃弾を放つ。
「ハッ、星をも詠み手繰るわっちに、そんな玉っころがあたるわけござりんせん!」
 然し雷すら纏った高速の弾は、椿太夫の視線に入るや否や互いにぶつかり合って逸らされる。数日掛けてこの場を支配した太夫だからこそなし得る芸当だが、防がれたカナトに焦りの色はない。――弾丸は、もとより直接当てる為のものではない。逸れたとしても太夫の程近い地面に当たり、当初の目的通り爆発を起こさせる。そしてそれはダメージソースであると共に、走るレモンの為の弾幕の役目を果たす。肉薄し、飛び出たレモンは既に大きく玉手を振り被り、その速さは最早止めようが無い。
「なっ…こっちが狙いでありんすか…!」
「はい!ついでに今なら帯電効果も上乗せです、痛いですよ!」
「……このっ…生意気な餓鬼どもがぁ!!」
 悔し紛れに袖を振るうも、柔い着物で防げる太刀も無し。――そうしてこれ見よがしにはだけだ椿太夫の白肌に、容赦なく赤い血化粧が施された。

小沼瀬・回

「お門違いにも程があるぞ、お前さん」
 ゆうらり紫煙を燻らせて、上座に居座る椿太夫に相対し。ずしりと肩に子泣き爺でも乗せたかの様な妖気の中、それでも意に介した様子も臆面もなく、小沼瀬・回(忘る笠・h00489)がそう口にする。いきなりの説教めいた皮切り口上に、ぴくりと柳眉を顰めて椿太夫が視線をくれるが、それにも肩をすくめるだけで答えて見せる。
「寝かされることに極楽を見る傘など居るものか」
 人の身に見えて、回の本性はどこまでも本体の傘にある。ならば傘立てに忘れられる眠りに、悪夢を覚えることはあっても快楽など見ようはずも無い。然して自身はそう云う《誘惑》を得手とする所ではあるが、そも誘いなどは客の需要に添わねば意味を成さない。差し出そうとも求められていない――だから、元よりこれは『お門違い』なのだ。
「だが、夜伽を御求めなら応えよう」
 然し、一転して回が口にするのは『応』の言葉だった。その急な手のひら返しにじ、と疑いの視線向ける椿太夫を前に、回は飄々と態度を崩さず対峙する。
「…ほう?ぬし、わっちと共に寝ようと言いなんしたか?」
 怪訝に伺う言葉に返す音は無音のままに、同じ言葉でも書に書かれたものをと懐に手を伸ばす。取り出した巻物状の書をしゃらりと広げ、咳払い一つのちに朗々と読み上げる。

『踏み入れたのは星芒さえない昏闇だった』
『されど|幽鬼《おんな》の存在を確かに其処に感じた』
『私は神主より預かる破魔矢で女の身を貫いて――』

それは、かつて暴虐な王を鎮めるべく女が命懸けで紡いだ|千夜に渡る閨の物語《アルフ・ライラ・ワ・ライラ》のようで。然しよくよく聞いてみれば寧ろカタチを借りうけただけの、態と需要を外した|怪談集『千夜逸夜』《太夫の末路》であった。星をも詠む太夫を前にして、予言書の如く物語を披露して、語り手の回がどうだと問うように腕を広げて見せる。
「どうだね、此処に星はない。星詠みにも狂いが出るのではないかな」
「…とんだ野暮天でありんすねぇ。星は見えずとも、座敷であればわっちの舞台でござんすよ!」
 千夜語りと共にじわじわと浸食してくる怪奇世界を、数日掛けて設えた空間の力で持って椿太夫が押し留める。継手に飛び来る破魔の矢も、視線の内に収めればてんで外れて落ちていく。然し止まぬ物語が、必中を謳う空間と破魔矢を織りなして休みなく襲い掛かり、ついには瞳に収めきれなかった一矢がその白く肌けた胸元に突き刺さる。
「――ぎゃあ!」
「ああ失礼!これは押し売りだ」
 太夫の悲鳴を耳にして、これは店主としてはあるまじき、と恥いる振りを最後に騙り。くいと下げた唐傘帽子で、うっかり浮かべた表情をこそりと仕舞い込んだ。

伊和・依緒

「うわ。子供の教育によくなさそうなのが出てきちゃったよ。」
 騙し絵の如き襖絵を踏み越えて、大広間に居座る椿太夫の姿がはっきりしてきたところで、伊和・依緒(その身に神を封ずる者・h00215)が思わず正直な感想を口にする。頸も肩も着物はなく、胸元の白肌すら露わに肌けた姿は、確かに艶やかで美しくはある。然し閨ならば良いだろうが、子供たちの利用が多い駄菓子屋には凡そ向かないだろう。
「ほんと、迷い込まないように見張っててよかった。」
 改めて事前の対策が功を奏したことに安堵して、ふぅと息をつく。そしてこれ以上惨劇の苗床を放置もするまいと、椿太夫に対峙する。
「ま、わたしは子供じゃないからいいんだけど、おととしまでだったら、アウトだったね。」
「ふふっ、わっちにはまだぬしが乳臭い餓鬼に見えんすがねぇ?」
 独り言が耳に届いたのか、ぷぅと煙管の紫煙を吐きながら椿太夫がころころと笑う。
「そう?ならおあいにく様。それにしても……共寝をすれば極楽かぁ。興味がないことはないけど、その極楽、どっちの意味なのかな?」
 探るようにじっと視線を投げかけ、意外にも依緒が興味を示したことに椿太夫がくく、と喉を鳴らして嗤ってみせる。
「へぇ、興味がありんすか?けど口で語るも野暮なもの…試しに抱かれてみなんし?」
「…ま、どっちにしても、イキつくさきはいっしょ、ってことだね。」
 試すような椿太夫の言葉に確信を得て、依緒が肩をすくめる。例え本当に極楽浄土の心地が得られようとも、それはほんの瞬きの間のこと。いや、一度瞳を閉じれば二度とは開かない、本当の浄土行き――と言うのは想像に難くない。ならばまだまだしたいこともたくさんある未来ある身としては、ここでヤられるわけにいかない。そして貴重な駄菓子屋さんを潰させるわけにも行かない。なにより……。
「駄菓子を買いに来る子には、とても見せられない、ってね!」
 軽口を叩きながら、気持ちは何よりも真剣に。【纏気掌】を発動させて全身に気を纏う。椿太夫も依緒の攻勢を見て纏う椿を増して咲かせ、迎え打つ姿勢を見せた。然しそれに怯むことは無く、依緒が掌に気を集中させて走り出し――椿と掌底が暫しの間炸裂し合い、やがて裂帛の声が椿太夫の口から溢れ出た。

神原・ミコト

「はあ…とんでもないヤマに巻き込まれてしまいました」
 やや滲む面倒臭さを隠さずに、神原・ミコト
(人間(√妖怪百鬼夜行)の汚職警官・h03579)がため息をつく。その態度に柳眉を顰めた椿太夫が、同じようにはぁ、と紫煙を混ぜたため息をついて見せる。
「いきなりでありんすねぇ。わざわざわっちが出迎えてやったと言うのに、好かねぇこと。――ちょいと|お塩《・・》が足りなかったでありんすかねぇ?」
 その言葉の意味を紐解く前に、ミコトの元に届くのは先程の太夫のため息だ。魅力の紫煙が混ざったそれをうっかり吸い込み、くらりと視界が揺れるのを感じたミコトは――即座に、近くの柱へ駆け寄って、思い切り頭を打つけた。
「おやまぁ、随分体を張るじゃござりんせんか。」
「そう言うわけには行きません。√妖怪百鬼夜行の平和を守るのが私の勤め。ですので…」
 痛みで引き戻された思考に沿って、ミコトが懐から何かを放り投げる。その動作にすわ攻撃かと椿太夫が身構え直視するも、|それ《・・》は視界に全てを入れても何か分からなかった。ただの黒い液体が詰まった瓶に、一瞬判断が遅れた椿太夫へ襲い掛かるのは甘い香りを纏った濁流だ。
「――メントスコーラなんて、知りませんよね。駄菓子屋らしさに則って見たんですが。」
「…この!面妖な手でありんすけど、わっちにゃ傷一つないでありんすよ!」
「それで構いません」
 元よりこんなのは文字通り児戯、気を逸らす為だけの言わば煙幕みたいなものだ。会話を打ちながらも瓶を逸らす一瞬の注視を見逃さず、太刀を手にしたミコトが椿太夫に肉薄する。
「目覚めたとこ悪いけど、眠ってもらうで。」
 反撃に投げ出される香箱は甘んじて受けつつも、振り上げた太刀は筋を乱さずに。椿太夫に対し、ミコトが一閃を送り届けた。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト