シナリオ

Malignant Valiant

#√マスクド・ヒーロー #シデレウスカード

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 #√マスクド・ヒーロー
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 路地裏に突き立つは幾つもの鉄柱。否、それは柱というより杭であろう。その細さ、その鋭利さ、何より、それが人間を串刺しとしている状態たるが故に。
 鉄杭のひとつごとに一人の人間。貫かれた者達は滂沱と流血し、既に絶命しているか、末期の呻きを漏らすばかり。
 紛いなき惨劇の場――今も生きていると言えるのは只一人、林立する杭の中心に立つ男のみ。
「は……ハハ……!」
 惨状の只中に在りながら、男は、笑っていた。
 変わり映えなき日々、悪の蔓延る社会、其を前に何事をも成せぬ鬱屈。
 そうした全ての一切が消し飛び、灰色だった世界が鮮やかなる色を帯びた――そんな感覚さえ覚えていた。
「この力があれば……この世の悪は、皆殺しだ……!」
 己の意思ひとつで、敵する者を仕留め得る力。今の己に敵は無し。
 そんな全能感と、高揚する正義感のまま。男は笑っていた。その背後にちらつく、朧な人影には気付かないままで。
 男の手には二枚のカード。ひとつには|白羊宮《アリエス》のマークが描かれている。そして、もうひとつには――。



「『ヴラド三世』。15世紀の東ヨーロッパ――現在のルーマニアにあったワラキア公国の王様ですね。そんな彼が描かれたカードを、その男の人は手に入れたんです」
 星詠みのヴァイセノイエ・メーベルナッハ(夢見る翼・h00069)、通称ノイが語るのは、己が詠んだ予知に見た事件の背景。
 曰く、√マスクド・ヒーローにて活動する謎めいた簒奪者集団『ゾーク12神』が一体『ドロッサス・タウラス』、彼の手によりばら撒かれた『シデレウスカード』が此度の事件の発端であるとの事。
「このシデレウスカードは「|黄道十二星座《ゾディアック》のひとつ」が描かれたものと「歴史や神話伝承の英雄」が描かれたものの二種類がありまして、それぞれ単独では意味が無いモノなんですが……二種類揃うことで、手に入れた人は物凄い力を手に入れちゃうんです」
 予知に現れていた男もまた、如何なる経緯でかは不明ながら『|白羊宮《アリエス》』と『ヴラド三世』のカードを手に入れたことにより、その膨大なる力を得たのだという。
「けれど、この男の人――名前を『|支倉《はせくら》・|陽介《ようすけ》』さんと言うのですが、彼はその力に呑まれてしまって、『シデレウス怪人』と化してしまいました」
 もし彼がその身に『欠落』を抱えていたならば、その力を御しきり、√能力者――カードアクセプターとして覚醒を果たしていたのやもしれぬが。此度においては不幸なことに、彼は何の欠落も抱えてはいなかった。故にこそ、力に呑まれてしまったのだろうとノイは語る。
「シデレウス怪人『アリエスヴラド・シデレウス』と化した陽介さんは、その力を振るって、普通の人では到底実行できない『不可能犯罪』を引き起こしています。それが、ボクの予知に見えた光景――鉄杭でもっての串刺し刑、です」
 かの公王の異名『|串刺し公《カズィクル・ベイ》』の由縁とも言えるその行状を再現するかの如く。シデレウス怪人と化した陽介には「自身の周囲任意の地点から鉄杭を突き出させる」能力が備わっている。彼は其を以て、己が悪と考える者を片っ端から文字通りの串刺し刑に処そうとしているのだ。
「どうやら、陽介さんは元々正義感の強い性格で、それだけに世の中の不正や理不尽への憤りを溜め込んでいたみたいなんです。それが、シデレウス怪人となったことで一気に爆発してしまった……という処みたいですね」
 とはいえ、個人の判断だけで力無き者を一方的に殺戮するその所業、看過するわけにはいかない。彼がこれ以上その手を汚す前に、どうか止めて欲しい。それが此度のノイの依頼となる。

「現場は、地域のガラの悪い人達が集まって溜まり場にしている街区です。迂闊に入り込めば犯罪に巻き込まれるのは確実ってぐらいに治安が悪くて、近隣住民の皆さんは極力近づかないようにしているそうです」
 故に、この街区の住民はほぼ全員が何らかの犯罪歴を持っていると判断して構わない、とすら言われる程。だが今は、陽介によって住民が次々と串刺しとされている真っ最中であり、街区内は大混乱に陥っているとのこと。
「皆さん逃げるのに必死で余裕が無いので、知らない人に出くわしたら攻撃を仕掛けてくる可能性が高いです。叩きのめすなり落ち着かせるなりして、陽介さんが何処にいるか聞き出して貰えればと」
 多少手荒にしても構わない。可能な限り迅速に、陽介の居場所を探し出して欲しい。でなくば、犠牲者は増える一方である故に。

「陽介さんを見つけましたら、彼の制圧をお願いします。ただ、彼も当然というか反撃はしてきますので気をつけてくださいね」
 陽介にとっては√能力者達も己を阻む悪だ。その力で以て串刺しにしようとしてくるだろうことは間違いない。
 彼の基礎能力は√能力者に及ぶものではないが、有する力は√能力に比しても見劣りせぬ充分な脅威だ。油断なく対処して貰いたい。

 陽介を打ち倒し、制圧を果たせば依頼は解決――ではない。
「どうやら、黒幕の簒奪者――『ドロッサス・タウラス』本人が、陽介さんの動向を監視しているみたいなんです。彼が制圧されたとなれば撤退にかかるとは思いますが、この機会を逃す理由もありません。追いかけて、やっつけちゃってください」
 かの神牛を放っておけば、またシデレウスカードをばら撒いて此度のような事件の原因を生むことだろう。出来ればこの場で打倒し、この街での事件を終わらせてしまいたい処ではある。
「タウラスは自分達以外を下等な存在と考えてて、基本的に舐めた態度を取ってきますので、付け入る隙はあると思います。ただ、実力自体は凄く高いので、くれぐれも油断はしないでくださいね」
 慢心しているからといって低く見れば、叩きのめされるのは此方だ。侮ることなく立ち向かって貰いたい。

「と、ボクからはこんなところです。皆さん、どうぞよろしくお願いしますね!」
 そう結んだノイに見送られ、√能力者達は行く。正義の暴走に呑まれんとする、悪の坩堝へ。

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第1章 冒険 『悪党の根城を探せ!』


クラウス・イーザリー

 とある地方都市の一角、都市最大の歓楽街より少し離れた地域に形成されたる街区。
 此処にはいつからか、素行や行状など様々な要因で社会の爪弾きとなった者達が集いだし、コミュニティを形成し。
 徐々に肥大化するそれらによって真っ当な住民は放逐されていき、入れ替わるように後ろ暗い経歴の持ち主達が次々と入り込み。最終的には、まともな者ならば立ち入るべきではないとされる程の無法地帯と化すに至った。
 住民の大半は何らかの犯罪歴を持つとされ、複数の指名手配犯が逃げ込んでいるとも言われるものの、悪の組織が拠点を築いているとの噂もあるが故に警察も手出しができない街区。言い換えれば、悪の坩堝。
(正義感、か……)
 そんな街区の路地の一角にて、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は思案する。彼の目の前には、串刺しにされた男の亡骸。下手人は、言うまでもなく。
(陽介が正義感を持たない人間なら、こんな悲劇も起こらなかったんだろうか)
 なまじ正義感が強いが故に、この街区を浄化せんとばかり行動に出てしまい。結果、このような凶行を引き起こすに至った。正義感そのものは、決して悪しきものではないはずなのに。
(そう考えると、何だか悲しいな――)
 其処で思案を打ち切る。右方より足音。視線を向ける。
「うおあぁぁぁぁぁぁ!!」
 半ば恐慌を来たしたような表情で、鉄パイプを振り上げた中年の男が駆け迫ってくる。この街区では余所者であるクラウスを敵と見做し襲い掛かってきたか。
 先ずは大人しくさせねば。そう判ずるが早いか、クラウスの右腕がひゅんっと振るわれる。その袖口から短い持ち手が、更に其処から金属繊維の束が飛び出して、男の身へ絡んだ――次の瞬間。
「うぎゃぁっ!?」
 男はその場でびくびくっと数度痙攣、鉄パイプを取り落としながら崩れ落ちる。クラウスの手から飛び出したのは電撃鞭、絡めた相手に電気ショックを叩き込む代物。今回は出力を最低まで落としてあるので、暫く身動きは取れぬだろうが命には関わらない筈だ。
「手荒な真似をしてすまない。……話を聞かせてもらってもいいかな」
 倒れた男の傍らに跪きつつ、クラウスは声をかける。男の方はクラウスに対し悪意に濁った視線を向けてはいたが。
「この混乱の原因になっている人が何処にいるか、教えて欲しい」
 構わず話を続けたクラウスの質問内容を聞けば、驚いたように目を見開く。或いは、この青年が元凶たるあの男を何とかしてくれるのかもしれない――そんな希望を感じたのだろうか。
「あっちだ……あっちの路地の先……行った……」
 まだ電撃の影響が残っているのか、辿々しい語り口ではあるが。自分がクラウスへ襲い掛かってきた方向とは逆の路地へ視線を移しながら答えてみせた。
「ありがとう。――急がないといけないな」
 礼を告げると共にクラウスは立ち上がる。入り組んだ路地に幾つもの小規模なビルが建つこの街区、素直に道沿いに移動していては大幅なタイムロスだ。そこで。
「―――――!」
 徐に疾走、男から離れた処で跳躍すれば。その身は瞬時に消失し、後には局所的な冷たい空気だけが残る。
(――あっちか)
 クラウスは、つい数秒前まで己の横にあったビルの屋上へ着地していた。その場を漂うインビジブルとの位置交換を可能とする√能力には、このような使い方もある。
 其を以て屋上へと移動したクラウスはそのまま疾走。先の√能力も併用しながら、ビルとビルとを飛び渡り。先の男が示した方角を目指して駆ける。
(混乱は早く収めなければいけないが、巻き込まれるわけにもいかない)
 ビルとビルの狭間の地上を見れば、狂ったように喚きながら駆け回る女性や、互いに何事か喚きながら殴り合う男達の姿が垣間見えた。あのような混乱に巻き込まれれば、時間の浪費は避けられない。故にこそ屋上を移動経路に選んだのだ。
 次に地上に降りるのは、陽介を見つけた時か、或いは今持つ情報だけでの追跡が厳しくなった時だろう。そう判じ、クラウスは跳躍。躊躇うことなく、ビル間の谷間を飛び越えてゆく。

ティファレト・エルミタージュ

「――やれやれ」
 街区の路地を駆ける道すがらに目撃した、串刺しとされて息絶えた男達の姿。其を思い返しつつ、|ティファレト《Tiphereth》・|エルミタージュ《Hermitage》(|真世界《リリー》の為に・h01214)は呆れたように呟いた。
「どうして圧倒的な力を得たからといって短絡的に行動する?」
 手近な悪の溜まり場へ飛び込んでの虐殺行為。あまりにも思慮が足りぬと言わざるを得ない。√能力者となった際に周囲からの説明を得られた己とは状況が違うといえど、これは無い。
 角を曲がる。数名の男達が集まっている。この街区の住民だろうか一人がティファレトに気付き振り向くと、他の者達も一斉に反応する。
「何だこいつは」
「見慣れねぇ奴だ」
「ならブッ殺そうぜ、どうせあいつの仲間だろ」
「いや待て、随分上玉じゃねぇか」
「んなこと言ってる場合かよ」
 口々に言いながら、各々その手に携えた武器を構える。ナイフ、木刀、金属バット、バールのようなもの。駆けて来るティファレトへそれらと共に向ける視線は敵意。一部、小柄ながらに成熟した彼女の肢体へ別の感情を抱いたものも居たようだが。
(――自分と同じ力を持つ上で、何もかもが上の存在がいると考えれば想定できるだろう……)
 そんな男達を視認しつつも、ティファレトが思考巡らせるは力に酔いし下手人の事。この短慮は、同様にして己以上の力を持つ者の存在を知らぬが故だろうか。ならば尚更のこと、理解させねばならぬ。
 その為には、先ず。武器を振りかざし迫ってくる男達へと意識を向けると共に、√能力を励起。右腕を一振りすれば、一陣の風が路地を駆け抜けて――
「「「うっ……!?」」」
「何……だ、こりゃ……!?」
 男達は異口同音に呻きを漏らす。振りかざしていた腕がだらりと垂れさがってしまったかと思えば、その手の武器が取り落とされ地へと転がる。拾おうにも、腕が動かない。
「動かぬだろう? 数十分は動かぬ」
 そんな男達へ、ティファレトは悠然と歩み寄る。彼女が仕掛けた√能力は、不可視の真空波を以て部位を無力化する代物。悪漢と言えど一般人なれば、切断までする必要は無いと判じた。
「この状況で、足を動かせなくなるのはゴメンだろう?」
「ひっ……!?」
「な、何のつもりだテメェ!?」
 なれど続けてそう告げれば、彼女が何をするつもりなのかは男達にも予想がついたようで。怯えた様子を見せる者、虚勢じみて喚く者と様々に反応する。
「何、今この街区は一人のよそ者が暴れているせいで大騒動となっているのだろう?」
 そんな男達の眼を真っ直ぐ見据えながら、ティファレトは続ける。現状確認めいた問い。
「あ、あの野郎のコトか? 正義だ何だと喚きながら杭だか槍だか出してくる野郎!」
 返ってくる答えは成程、あの男らしい人物についての情報。ならば本題を、とティファレトは続けて問う。
「ならば、その者の居場所を教えて欲しい。大体でも良いぞ」
 方角だけでも分かれば十分。そんなティファレトの問いを受けた男達の答えは早い。
「あっちだ! あっちの大きいビルの方に向かった!」
「そこの通りを歩いて向こうへ行ってた!」
 表現はそれぞれ異なるが、意味するところは大体同じだ。頷いたティファレトは再び走り出す。このような馬鹿げた虐殺行為は、迅速に止めねばならぬ。

サン・アスペラ

「あちゃー……聞いてた以上に酷い状況だね」
 街区の裏路地にて。ビルの壁から生えた鉄杭で、モズの早贄じみて喉を串刺しとされた死体を前に、サン・アスペラ(ぶらり殴り旅・h07235)は思わず天を仰ぐ。
「いやコレはやり過ぎでしょ……思った通りにグロいし」
 改めて死体を見て、眉を顰める。サン自身も大概殴ってばかりの上、殴って解決する物事なら拳を振るうに躊躇の無い人間ゆえ、己の正義を力で押し通すという方法論は理解できるが。それでも、限度は弁えている。
「こんな事件は早めに収束させなきゃね……!」
 斯様な形で正義を実現しようとする行いは止めねばならぬ。陽介を探し出すべく、サンは路地より歩き出た。
「……おや?」
 開けた通りに出たと思うと、周りには何人もの男女。この街区の住民だ。その手に鉄パイプやら包丁やら、ありあわせの武器を携えて。
「余所者だ」
「あいつの仲間か」
「分からねぇが余所者なら同類だ」
 口々に呟く人々。敵意に濁った瞳が一斉にサンを見る。殺気立っているのは火を見るよりも明らかな様相。
「なら殺っちまえ!」
 誰ともなく叫ぶと同時、住民達は雪崩を打ってサンへと襲い掛かる。各々の凶器を振りかざし、サンへと叩きつけんと――
「せぇいっ!」
「ぐはぁ!?」
 だが次の瞬間、サンの姿は一団の先頭、鉄パイプを振りかざす男の眼前にあった。直後に吹き飛ぶ男。踏み込みと同時にサンが繰り出した拳を腹に受けたのだ。
「がっ!?」
「あぎぃ!?」
「おぐ……っ!」
 更には他の者達も、サンが拳或いは脚を振るうたび悉くが吹き飛ばされ、或いは崩れ落ち。其々ただの一撃で無力化されてゆく。これが√能力者と一般人の力の差というものだ。
「さて、落ち着いたかな?」
 己へ攻撃を仕掛けて来た者達を見遣り、サンは一息つく。本気でやれば彼らの命に関わる故に手加減していた彼女だが、力加減には気を使っていた様子。
「人を串刺しにして回ってる男の居場所。教えて貰えるかな?」
 以て問うは陽介の居場所。彼らも直接は陽介を見ていないのか、応えにはややバラつきがあったが。それでも大体どちら方面にいるか、の答えは得ることができた。これで大体は絞り込めそうだ。

 其を基に陽介を追って駆けるサン、ふと思う。
(今回のシデレウス怪人はどれくらい強いのかな。楽しめるといいんだけど)
 既に何度かシデレウスカードの事件に関わっているサン、それらの各々ごとに異なる能力を持つ怪人達との戦いに興味ある様子。何より。
(あとドロッサス・タウラス。一回戦ってみたかったんだよね……!)
 黒幕たるゾーク神族が一柱に対しても大いに期待を寄せているようで。その高揚は、表情にまで出ていたとかいなかったとか。

禍神・空悟

「おら、落ち着いたか? あぁん?」
 街区の片隅、路地裏にて。地に倒れ伏した男に対し、その頬を踏み躙りながら。|禍神・空悟《カガミ・クウゴ》(万象炎壊の非天・h01729)は鋭くも何処か冷めた視線と共に問う。
「うぅ……分かった……降参、降参だ……」
 呻く男の声音からは、すっかり心の折れた雰囲気が伝わってくる。それが証拠に、ギリギリ手の届きそうな距離に落ちた己のナイフへ手を伸ばそうとする素振りも見せない。
 実際、此処まで一方的に殴られたことで、男は力の差を身に染みるほど痛感したようだ。武装と言える領域にまで鍛え上げられた肉体と暗技を持つ空悟の前では、そこらのチンピラなど赤子にも等しい。
「よぉし。まだやる気だったら手足の一本くらいはへし折ってやろうかと思ってたが、大丈夫そうだな」
 そんな男の様子に、空悟は口角を吊り上げつつ頷き。男の顔から足を退けてやる。妙な動きをしたら言葉通りの目に遭わすつもりだったが、男は抵抗の様子も見せず、よろよろと起き上がり――立ち上がりはできないようで、その場に座り込む。
「そんじゃ改めて聞くぜ。『串刺し公』は何処へ行った?」
 項垂れた男を見下ろしつつ、空悟は本題とも言える問いを投げる。本来はこの男に出くわしてすぐ尋ねるつもりだったのだが、男がナイフを振りかざし襲ってきたせいで少々手間がかかってしまった。
「串……あの野郎なら……あっちだ……」
 その呼び名の本来的な意味は知らぬようだが、今この場で意味する対象には思い至ったようだ。男は震える腕で、己の右前方向を指し示した。其方にも路地が続いている。
「成程な。向こうから来て此処、んで、あっちへ向かっていった、って処か」
 得心いったように空悟は頷く。男が示した方向の逆側、男から見て左後ろ側の路地から空悟は此処へ来た。あの路地の向こうには、串刺し死体がひとつ在る。ということは。
「っし、そういう事なら――」
 ひとつの推測を思考の裡に留め、空悟は走りだす。男が示した方向へ。その足運びはまさに迅速、残された男からは黒い風のようにすら見えただろうか。
 路地へ入った空悟は程なく鼻をひくつかせる。肉体と同様に鍛え抜かれた五感――嗅覚が、特徴的な匂いを嗅ぎつけた。即ち、血の匂いだ。更に嗅覚へ意識を集中すれば、何処から流れてくるかも嗅ぎ取れる。其を追って路地を駆けること数秒。
「――やっぱりな」
 先の推測が裏付けられた。そんな手応えを覚えつつ、空悟は『それ』――脳天までを串刺しとされて果てた男の死体を見遣る。まだ新鮮な血の匂いは、この男が死後然程の時を経ていないことを伝えてくる。先の死体よりは新しい死体。
 つまり『串刺し公』は先の死体の位置から先の男と遭遇した場所を経て此処まで来た。そして、此処を去ってから然程長い時間は経っていない。
「なら――あっちか」
 己の脚なら此処からでも十分追いつける。確かな自信と共に空悟が視線を向けた先は、並ぶ雑居ビルの壁。其処へ向けて地を蹴って――更には空を蹴って一気に上昇。ビルの屋上を蹴って高度を取って、空中を疾走してゆく。
(しかしまあ――)
 空中から陽介を探しつつ、ふと空悟は考える。奴は正義の名の下に此度の凶行に及んだのだというが。
(正義の味方ってのは、大義も無しに殺戮が許されんのか?)
 己の主観のみ――この街区に住んでいるという理由だけでの悪認定、そして殺戮。こんな行いが真に許されるのだとしたら。
(なら――俺も正義の味方を名乗っても良さそうだな?)
 少なくとも奴よりはその資格があるだろう。無くともその認識を叩きつけるだけで奴には効く筈だ。
(待ってろよ悪党。正義の味方がテメェをブッ倒しに行ってやるぜ)
 鮫の如き笑みと共に空悟は駆ける。手前勝手な正義を振りかざす『串刺し公』を目指して。

和紋・蜚廉

 街区の外縁部、風下に当たる一角。倒れ伏す数名の男女。其を見下ろす、人型なれど異様な風体の男が一人。黒く艶めいた身体は皮膚でなく外骨格、背負う甲殻より覗くは茶色い薄手の翅。口元から伸びる一対二本の触角。それら風体は、見る者に或る昆虫を想起せしめる形。
 事実として、彼――|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)はその昆虫である。長き時を生き延びた末に知恵を宿し、武を極め、変化の技を修めた昆虫である。
「言ったであろう。無駄な殺気は要らぬと」
 倒れ伏す者達へ、ただ一言。この区画にて身を潜め、聴覚を頼りに周辺状況を探っていた蜚廉を見咎め、粗末な武器を手に囲んで叩き伏せんとした者達。なれどその前に蜚廉が放った煙幕に遮られ、其が張れるまでに全員残らず制圧された。其が現状だ。
 数を恃み、相手を見極めようとする事も無く叩き潰さんとする輩。その無謀ぶりは何とも度し難い。とはいえ、この者共は本題ではない。故に制圧し、情報を得んとした。
 結果、唯一制圧免れた若い男が奥へと逃げ去ってゆくのを認めた。逃げてゆくなら彼方に陽介がいるのだろう。そう判じ、後を追ってゆく。
 その途上、他より高層な雑居ビルが目につく。高いといえど、外付けの非常階段があるなら上るに苦慮はしない。階段を跳び昇り、蜚廉は一気に屋上まで上がってゆく。
 風に乗って、街区のあちこちからその身の震動器官を介し音が聞こえる。怒号や呻き声に混じり、軽快な足音も幾つか。時には空を切る音も。視線を上げれば、地ではなく空を蹴って駆ける√能力者達の姿が見えた。同じく陽介の鎮圧を依頼されて来た者達だ。
 であるならば、彼らの動きと干渉せぬよう動いていった方が良さそうだ。進むべき方向を見定めた後、ビルより降りて街路を走りだす。
「ひっ!? 何だお前……!?」
 細い路地から大き目の道路へ。飛び出すが否や、悲鳴と共に後退る住民の姿。己のこの姿が原因だろう、蜚廉は納得と共にその場を走り去る。敵意があれど無かれど、己に向かってこないならば鎮圧は不要。
 街区に血管めいて隅々まで行き渡る無数の路地。その中には人が通り抜けるには厳しい細さの路地もあるが、そんな路地をも蜚廉は苦も無くすり抜け駆けてゆく。群れぬ蟲ゆえに取り得る経路。そうして素早く、街区の中心近くまで歩みを進め――
「!」
 其処で蜚廉は見る。地面より突き出した杭で串刺しとされた、四人の男女の死体を。まさに串刺し刑だが。
「――悪を見極める眼が腐れば、正義もまた毒だな」
 其が完全なる独断のもとで為された正義だとは星詠みより聞いている。彼は元より見極めるような行いを取っていない。只々、犯罪者が多いというこの街区に住んでいるというだけの理由。理不尽としか言いようがない。
 なれば、止めねばならぬ。改めてその意志を固め、蜚廉は再び路地を駆けてゆく。

ヴォルフガング・ローゼンクロイツ

 街区の中心部付近にある交差点に、紅き鎧を纏った青年の姿が在る。鎧と意匠を合わせたバイクを傍らに思案げな様子の彼は|ヴォルフガング・ローゼンクロイツ《Wolfgang Rosenkreuz》(|赤雷魔狼《レッドスプライト・ウルフヘジン》・h02692)。
(自称正義と正義の味方は似て非なる、って事がイマイチわかってないみたいだな)
 此処まで来る途中に見た、かの制圧対象の手によるのだろう串刺し死体を思い起こし、考える。如何に正義と言えど、斯様な行いが果たして許されるものか。
(正義感をコントロールできなきゃ、過ぎたるは及ばざるが如く――悪と大差無いっていうのにな)
 その行動は完全なる正義感の暴走。自ら止まれないのならば、止めるは己らをおいて他に無し。そんな意志のもと、ヴォルフガングは此度の事件に臨んでいる。
 さて、彼が現状何をしているのかと言えば。周囲の空間に幾つも展開されたホロディスプレイ群、そこに流れる映像の其々に目を通していた。
 それらは、この街区内の随所に設置されている監視カメラが録画した映像。ヴォルフガングの血脈に宿る秘儀を以て高めたハッキング能力により監視カメラのネットワークに接続、掌握することで一括展開したものだ。
(陽介がいた場所は――ここと、ここと、ここか)
 遡ること三十分ほど前から現在までの映像、その幾つかに陽介らしき男の姿が垣間見える。其を捉えたカメラの位置と、街区の地形を照合し、陽介の移動経路を把握。其処から彼の予想位置を計算――
 と、その時。己に向けて近づいてくる足音が耳に入る。一つではない、間隔からして走っているか。ヴォルフガングがその音の方向を振り向けば。
「派手な格好して怪しい奴めェ!」
「くたばりやがれぇぇ!」
 その手に鉄パイプやら角材やら、間違いなく有り合わせだろう武器を振りかざし、己目掛けて駆けて来る男達の姿を捉える。ヴォルフガング自身もバイクも派手といえば派手な意匠ゆえ、虐殺騒ぎで殺気立っている住民達を刺激するには充分だったか。
 とはいえヴォルフガングもこういう展開は予想済みだ。慌てることなく、素早く腰の銃――精霊銃を構え、引鉄を引く。撃ち出されるは真紅の電荷を帯びた魔力弾。|赤雷の精霊《エレクトラ・テスタロッサ》の変じた魔弾が、男達の身を捉え、電光を放って爆ぜる。
「「が……っ」」
 そのまま、どさりとその場で倒れる男達。なれどその身に傷は無い。電気ショックで動きを封じる、制圧目的の低出力魔弾だ。
「悪いが、そのまま寝ててくれ」
 彼らにとっての脅威を排除するのだから、と。倒れた男達に告げると、傍らのバイクへ跨る。アクセルレバーを回せば、バイクは力強いエキゾースト音と共に発進。瞬く間に速度を上げてゆく。
 目の前の空間には、街区の一部領域の地図が空間投影され、その一部に赤い円状のマーキングが施されている。男達を制圧している間に籠手の魔導式電脳が導き出した、陽介の予想存在範囲だ。
 道路を右へ左へ曲がること数度、周囲に同じ方向を目指して道路を、或いは空を駆ける者達が数名。他の√能力者達も、この一帯に陽介がいると結論づけたのだろう。ならば――
「………!」
 そう判じたのとほぼ同時、ヴォルフガングの視線に一人の男の姿が映る。中世貴族めいた胸鎧や短めのマントを纏った、神経質そうな表情の男。なれど今は、驚愕の色が濃い。
「貴様ら……!」
 能力者達の接近、男は唸りを上げて近づく彼らを三輪らを見渡す。やがて声を発すれば――間違いない、この男こそ支倉・陽介。正義の遂行と称し、この街区で虐殺を繰り広げた男だ。
 陽介の方からも、能力者達へ悪意に満ちた視線が寄越される。どうやら、彼の方もやる気のようだ――!

第2章 冒険 『シデレウスカードの所有者を追え』


 スラム化したその街区の一角、√能力者達はその男と対峙する。
「貴様ら……俺を止めようというのだな?」
 中世貴族めいた胸鎧や短めのマントを纏ったその男――支倉・陽介は、悪意と敵意に満ちた視線を√能力者達へ向ける。既に此方を敵と見做しているか。
「ならば、貴様らも悪だ」
 己の行いこそが正義であり、其を妨げるものは一切が悪。単純過ぎる思考のもと、陽介は宣言する。
 直後、√能力者達の足元に異様な気配。跳び退くと、一瞬前まで立っていた場所から鋭い鉄杭が飛び出してきた。動かなければ確実に串刺しだっただろう。
 これが陽介の――『アリエスヴラド・シデレウス』と化した陽介の能力。何処かから鉄杭を飛び出させ敵を串刺しとする能力だ。
「これはこの世の悪を裁く力! 悪には無惨な死こそが相応しい! 俺にはそれを与える権利と義務がある!」
 叫ぶ陽介の声には熱が籠る。暴走する正義と、其に対する陶酔という熱が。其はシデレウス怪人と化したが故に生じた精神の異変か、それとも秘めたる危険性が力を得たことで開花したか。其は定かではないが。
「お前達も此処で裁いてやろう! 判決は勿論、死刑だ!」
 言い放ちながら、陽介が襲いかかってくる。此れを退け、正義の暴走を阻止するべし。

※『アリエスヴラド・シデレウス』と化した陽介との戦闘です。
※彼の能力は皆様には及びませんが、耐久力だけはかなり高いです。明確に殺すつもりで攻撃したり、明らかに死ぬような手段で攻撃しない限りは死にません。
ティファレト・エルミタージュ

『アリエスヴラド・シデレウス』と化し、その身に溢れんばかりの殺気を纏う陽介。対峙する|ティファレト・エルミタージュ《Tiphereth・Hermitage》(|真世界《リリー》の為に・h01214)は、そんな彼を真っ向より見据える。その視線、その表情に、物怖じする様子は全く無い。
「――お前は『急ぎすぎ』なんだ」
「……なんだと?」
 徐に口を開いたティファレトはそう告げる。その意味を捉えかねたか、訝しげな声を漏らす陽介にティファレトは続ける。
「お前の行為は法に拠らぬ処罰――『私刑』だ。とはいえ、それそのものを我は否定しない」
 法とは完全なものではない。法で裁けぬ悪も、法で救えぬ善も、世界にはあまりにも多い。そうした者に己の判断で裁きの鉄槌を、或いは救いの手を齎す者には確かな存在の意味と価値がある。ティファレトはそう考える。なれど。
「だが、この街区の者達はそれ程の悪か?」
 確かに悪党ばかりの街区とは聞くが、全てが死を以て償うより他に無い下賤の輩ではあるまい。ティファレトの投げかけた疑問に対し、陽介は。
「ああそうだとも! この街区は警察からも見放された悪の巣窟! 全員纏めて皆殺しにして初めて浄化が叶うってものだ!」
 己の行いは全く間違ってない、誰かがやらねばならぬ行いと、熱を以て語る。その物言いは、為すべきながら誰も為さぬことを自ら率先して行おうという精神にも聞こえるが。
「一理ある……とは言えようが」
 その考えが全く間違っているとは思わないが、こと陽介が語るに関しては完全に間違っている。ティファレトはそう判ずる。何故ならば。
「だがな……そこに陶酔の感情は不要だ。あっても、主体であるべきではない」
「何……?」
 己のその行いに対する陶酔。正義の執行に酔い痴れる物言いを、ティファレトは見逃していない。その感情は必要悪たるには完全な蛇足。故に。
「つまりは――貴様は、相応しくないという事だ」
 静かに、だが力強く宣告する。目前のその男は、正義たり得ぬ存在だと。
「この俺が正義の執行に相応しくないだと!? ふざけるな!」
 その宣告は陽介を瞬時に激昂させる。同時、ティファレトの周囲に生ずる禍々しき気配。
「正義に対する侮辱は死刑! 串刺しになって死ぬがいい!」
 言い放つが否や、ティファレトの周囲の床や壁から飛び出してくる何本もの鉄杭。その全てが、彼女の身体を串刺しにせんと、その身を捉えて――
「――ぎゃあぁぁぁぁ!?」
 直後に上がった悲鳴は陽介のもの。見れば、いつの間にか枯れの四肢には、折れた鉄杭が何本も突き刺さっていた。
「これが、貫かれる痛みの、その一部だ」
 言い放つティファレトは全き無傷。槍の刺さる瞬間、彼女は√能力を発動。己の肉体及びそこに触れたものの時間を停止させることで干渉を退けると共に、時間停止を用いて理を無視した攻撃を繰り出す能力。それらが作用した結果、ティファレトへ突き刺さろうとした杭の全てが、陽介自身に刺さるに至ったのである。
「動けまい。ならば大人しくその力を――」
 致命傷数歩手前を狙った攻撃だ、まともには動けまい。そう判じて降伏勧告を行うティファレトだったが。
「そ……そうはいくかぁ!!」
 だが陽介は走り逃げ出す。四肢に刺さった鉄杭を引き抜きながら。決して軽い傷ではない筈だが、その逃げ足は意外な程に速い。
「……上には上がいるものだぞ」
 √能力者である己すら、最上位の吸血鬼ではない。その事実を実感と共に呟きながら、ティファレトは陽介を追いかけ始める。

和紋・蜚廉
クラウス・イーザリー

「くそっ! 煩わしい悪党どもめ!」
 喚きながら陽介――アリエスヴラド・シデレウスは力を行使。逃走にかかった彼を追撃せんと迫る√能力者達へ向け、地面や壁から次々と鉄杭を突き出しにかかる。
 なれどこの能力、発動直前に鉄杭の発生地点から異様な気配が生ずるという予兆がある。√能力者ならば多少の注意で察知できる程度のものだ。
「其処か」
 故に長き鍛錬にて其を読む力を養った|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)は容易く其を察知し跳躍。手近な住宅の屋根へと跳び移る。其処から地上の陽介を睥睨し、その動きを見据える。
「っ!」
 √能力者として多くの戦いを経てきたクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、そもそも鉄杭の狙いが粗くなるよう緩急と切り返しをつけたダッシュで陽介への接近を期していた。クラウスへ向けられた鉄杭は、そもそも彼の居場所を捉えられていない。
「な……貴様ら往生際の悪い……!」
 そんな二人の対応に驚愕の表情を浮かべた陽介、苛立たしげな声を漏らしながら二人を睨む。狙いが定まらぬのか、鉄杭を出そうとする様子は無いが。響く蟲の羽音じみた音――蜚廉が胸殻に仕込んだ装具の音は、陽介の精神から冷静さを奪う。
「俺が! お前らの如き悪を裁くのだ!
 生ずる苛立ちのまま叫ぶと共に、其々の周囲から鉄杭を発生せしめ貫きにかかるが。このような状態で繰り出した攻撃ならば、二人には容易く躱せるというもの。
「自分の基準で人を傷つけているだけの奴に、誰かを裁く権利なんて無いよ」
 繰り出される槍を潜り抜けながら、クラウスは断ずる。誰かの為に戦うが当たり前の彼にとって、己の正義に酔い痴れるばかりのこの男に、正義の戦いについて語る資格があるとは到底思えなかった。
 クラウスの頭上、太陽の如く光輝く鳥の幻が現れ出る。その輝きは、かつて故郷たる√ウォーゾーンでの戦いで命を落とした親友の気配に似る。
「ならば悪を野放しにしろと――ぐわぁっ!?」
 輝く鳥は鳴き声の代わりに火炎弾を放ち、陽介へと襲いかかる。クラウスの言を極端に解釈しながら反論しかけた彼に炎弾が次々着弾し、その身を炎上せしめてゆく。
 直後、背後に気配。黒き昆虫めいた外骨格の姿が、いつの間にか背後へ移動していた。クラウスの√能力発動に合わせて動いていた蜚廉だ。
「正義に酔えば、只の独善だ。汝は悪を裁いてなどいない――」
 繰り出される鉄杭を、副脚めいた跳躍爪で弾き逸らし。蜚廉は一気に陽介の懐へと潜り込み、重厚なる甲殻を纏った拳を繰り出す。肋骨を抉るが如き重い一撃に、陽介の息が詰まる。其処へ叩き込まれる膝。
「――『自分以外』を、否定しているだけだ」
「か、は――」
 追撃の膝蹴りで、陽介の呼気が肺より搾り出され。逆の腕に装着せし殻刃を、陽介の肩口へと突き立て――かけて止める。
「この痛み、理解できるか? 裁かれた者の声を聞かず、汝に何が断てる?」
 理不尽とも言える一方的攻勢。其に晒された者の痛みを知れと。知らぬならば正義たる資格など無しと断ずる。杭を飛ばせぬ至近距離からの宣告。以て暴走せし正義の『軸』を折りにかかるが。
「――一緒にするなァ!」
 なれど陽介は飛び退き蜚廉の刃を逃れ。追撃を阻止せんとばかり、両者を分断する形で幾つもの鉄杭を形成する。
「俺の正義は、貴様らの手前勝手な思い込みで測れるようなモノでないわ! 悪の手先めが!」
 以て言い放つは、変わらず己の正義を絶対視し√能力者達を悪と断ずる思い込み。なれどその声は徐々に遠ざかる。距離を取り仕切り直しを図ろうということか。
「……………」
 ならばこのまま真っ直ぐ追うより、別方向から改めて仕掛けるが得策か。そう判じ、クラウスは移動を開始する。その道すがら、ふと。
「……このまま彼を制圧できたとして。彼はこれからどうなるんだろうな」
 力を得たのは無理矢理だったとはいえ、その力を用いて殺人を犯したのは紛いなく彼自身の意志。ならば情状酌量の余地は無かろう。
「この√は超常の力を認知している。なれば彼奴には法の裁きが下るだろう」
「――そうか」
 蜚廉の答えに、クラウスは呟く。法を見切り己が基準での裁きに走った男が法によって裁かれるとは、何だか皮肉だな――と。

サン・アスペラ

「好き勝手言ってくれるじゃない!」
 陽介を目掛け、地を蹴り疾走するはサン・アスペラ(ぶらり殴り旅・h07235)。一方的に己らを悪と断ずる彼の物言いには、少なからず反論したくなるものがある。とはいえ。
(――まあいいや、話は一発殴ってから!)
 唇から出かかったその言葉を呑み込む。細かいことを如何こう言うのは己のスタイルではない。まずは突っ走る、それこそが己だ。
 アスファルト上を一直線、陽介のもとまでの最短距離。其をなぞるかの如く真っ直ぐ疾走するサンの姿は、当の陽介から見れば己に真正面から突っ込んでくる敵と映る。
「馬鹿め! 真っ向から突っ込んでくるか!」
 嘲る陽介、サンを目掛けて己の能力を行使。サンが一歩を踏み出そうとするその先の地面や壁から、幾つもの鉄杭が飛び出してくる。其を前として、サンは。
「行けぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「な……!?」
 尚も速度を緩めず、真っ向から突破の勢い。無論、突き出した鉄杭はその悉くが突き刺さるが、その疾走は止まらない。杭に裂かれた身は、数秒ばかりの内に元へと回復していた。予め発動していた√能力の恩恵だ。
 以て敵の護りの一部を無力とすれば、後は其処をぶち抜くのみ。サンは力強く地を蹴り、更なる加速を見せ――
「せぇいっ!」
「ぐはぁ!?」
 渾身のストレートで以て、陽介を殴り倒した。呻きながら吹き飛ぶ彼を見て、更なる追撃を為さんとしたが。
「――ま、一先ずはこれくらいかな」
 一発殴ったことで、その欲求には落ち着きが見える。立ち上がる陽介はまだやる気のようだが、まだ彼へ挑む者はいる。なら、其方に一旦任せるのも良いだろう。そう判じ、ハルは一度身を退き。
「それよりは――」
 視線を周囲のビルの屋上へと向ける。その場に或るだろう牛神――現状を何処かで監視しているであろう、この事件の黒幕の存在を捉えようと。

ヴォルフガング・ローゼンクロイツ
禍神・空悟

「くそっ、くそ……っ! 何だ、何なんだ貴様らは!」
 よろめきながら立ち上がったアリエスヴラド・シデレウス――支倉・陽介は、己へと歩き迫る二人の男を前に、困惑混じりの喚き声を上げる。
「この俺の正義を否定するつもりか! カスみたいな悪党が善き人々を不幸に突き落とす理不尽を笑って見過ごす、それが貴様らの正義とでも言うのか!」
 必死の形相で訴えめいて叫ぶ、その声音は真剣そのもの。彼が、己の語る正義の正しさを心の底から信じきっていることが伺える。
「ハ」
 なれど実際の所業は語るに及ばず。故に|禍神・空悟《カガミ・クウゴ》(万象炎壊の非天・h01729)は陽介の言葉を鼻で嗤い斬り捨てる。
「この世の悪を、ってんなら真っ先にテメェ自身を裁いた方が良いと思うがな」
 如何にこの街区の住民が悪党ばかりとは言え、大量殺人を働いたこの男以上の者は居まい。そう考えた上で。
「それとも――『真っ先』には能わねぇ小悪党ですって自己紹介か?」
「何だと!? 貴様……!」
 なら自己分析はしっかりしてるみてぇだ、と皮肉たっぷりに嗤う。当然の如く激昂する陽介にも、いっそあからさまな程に侮蔑を込めた視線で見下していたが――その視界に、もう一人の男の背中が映る。
「――正義感が駄目とは言わないし、俺が正義のヒーローだとも言う気も無い」
 その男――|ヴォルフガング・ローゼンクロイツ《Wolfgang Rosenkreuz》(|赤雷《レッドスプライト》・|魔狼《ウルフヘジン》・h02692)は、怒りで顔を朱に染めた陽介を真っ直ぐに見据え、語る。その声音は静かであれど力強く。欠落故に変化の無い表情を補って余りある、確かな熱を帯びる。
「けれどな――」
 シデレウス怪人を真っ直ぐに見据える視線に力が籠る。目の前のこの男が真に正義たり得る為の、決定的な不足を見抜くが如く。
「誰が為の力でもなく、自分の不平不満を晴らす為だけに力を振るう奴が! 正義でもヒーローでもあってたまるか!」
 ヴォルフガングの声音が力を増す。其は、故にお前は正義のヒーローたり得ぬのだと告発するにも似て。
「目の前に見える悪を滅ぼすことの何が悪い!」
 なれど陽介も吼える。明らかな悪を滅ぼすは全く正しき事と言わんばかりに。
「貴様らも今ここで滅ぼしてくれる! 死ね! 悪党共!」
 喚き叫ぶと共に発動する、シデレウスカードの齎した力。ヴォルフガングと空悟それぞれの足元に異様な気配が生じたかと思えば、其処から鋭い鉄杭が飛び出して――
「!」
 だがヴォルフガングは素早く身を捻ることで回避。己が血脈に宿る秘儀を√能力として励起したことにより、ヴォルフガングの反応速度は常に倍する程にまで強化されている。更に相対した者の思考と記憶を読む力を合わせれば、串刺し攻撃を最低限の動きで回避する事も容易い。
「――ハ」
 一方の空悟。その身には、地面から飛び出した鉄杭が見事なまでに突き刺さって――いない。武装と呼べる領域にまで鍛え上げられた空悟の肉体はまさに鉄壁。ある程度は刺さったようで僅かながらに流血はしているが、超常なれど√能力の領域に届かぬ業では串刺しとまではいかない。
「な……っ!?」
 陽介の方へと二人が視線を向ければ、彼は愕然としていた。無敵と思っていたその業が、容易く躱されたばかりか、全く効いていない。こんなことがあるというのか、あっていいのか――
「――喧嘩を売っていい相手の見極めが出来てねぇな」
 空悟が獰猛な笑みと共に陽介を見据える。その傍らを、何匹もの機巧仕掛けの狼達が駆け抜けて、陽介へと向かってゆく。
「悪とか正義とか知ったことか!」
 決然と言い切るヴォルフガング。その言に応えるかの如く、機巧狼達が道路を駆けて陽介を包囲にかかる。√能力によって呼び寄せた魔導機巧獣『|群狼《ウルフスルーデル》』、ヴォルフガングの修めし錬金術と魔導工学にて生み出された、狩りの供。
「俺は止めるぜ! あんたを!」
 堂々たる宣言。其と同時に狼達が一斉に陽介目掛けて攻撃を開始。遠間にあっては魔導機関銃が火を噴き、近づいた者は電磁クローを振るって斬りかかる。その統制された波状攻撃は、まさしく群れで狩りを行う狼の如し。
「ぐぁっ! くそっ、離れろ、離れろぉ!」
 たちまちのうちに無数の傷を刻まれつつも、陽介は諦めない。あらん限りに鉄杭を生じさせ狼達を貫きにかかるが、狼達は超感覚センサーによって其を察知できる。攻撃中を狙われた数体が串刺しとされるも、大半は悉く杭を逃れてみせる。
「ちくしょう! 何故だ! 何故だ! この力ならどんな奴でも……!」
 苛立ち混じりに喚く陽介、徐々に声音が切迫してゆく。狼達を思うように捉えられない中、その群れの間から一人の男が悠然と近づいてくるから。其を幾度も串刺しにしようとしたが、悉く大した傷を与えられないから。
「借り物の力で逆上せ上がるのも、此処までだぜ」
 其は空悟である。鉄壁の肉体は鉄杭を通すことなく、鍛えに鍛えたその頑健さを見せつけて。
「本物の|暴力《ちから》って奴を味わえ……その身でな!」
 踏み込めば、空悟の身は瞬時に陽介の眼前へ。その脚力もまた鍛え上げられ、常人の目には瞬間移動とすら映る程の速度で肉薄を果たす。
 その勢いのまま、拳を繰り出す。その拳も並の人間ならば首を千切り飛ばせる程の力を出せるが、此度は幾らか加減しての一撃。
「がは……っ」
 そうして繰り出された拳が打ち砕くは、陽介の命でなく意識。猛烈な衝撃が脳を揺らし、そのまま倒れ伏していった。
「――制圧完了、だな」
 其を見届けたヴォルフガングが、その手の精霊拳銃を収めつつ口にする。空悟の拳に耐えるなら己がこの拳銃の出番――赤雷帯びた弾丸を以て彼の無力化を為すつもりだったが。これなら必要なさそうだ。
「正直言や、此処までやらかした奴はとっとと殺した方が、とは思うんだがよ」
 倒れた陽介を見下ろしながら、空悟は呟く。陽介の為した行状もそうだし、単純に面倒臭くもあった。それでも殺さず制圧に留めたのは。
「こうやって然るべき処に突き出してやるぐらいが、小悪党には似合いの最後だろ?」
 法の裁きだの判決だのってのがお好みみてぇだしよ、と嗤う。ヴォルフガングは相変わらずの無表情。その首を縦にも横にも振らなかったが。
「『等価交換』――相応の報いって奴にはなるんだろうな」
 錬金術を修めた者らしい表現で以て、この結果をそう評するのであった。

第3章 ボス戦 『『ドロッサス・タウラス』』


 地に倒れ伏した陽介から、力の気配が消えてゆく。意識を失ったことでシデレウス怪人への変化が解け、元の姿に戻りつつある。
 後は彼からシデレウスカードを回収し、警察に引き渡せば事件は解決――ではない。この事件を招いた黒幕が、未だこの近くにいる。
 かの敵の存在に意識を向けていた√能力者のおかげで、その存在は既に捕捉済みだ。√能力者達は其を目指して走りだす。 

「――フン、こうも早く追い付かれようとはな」
 街区の外れの空き地にて。その存在は、己を追ってきた√能力者達に気付き振り返る。隆々たる巨躯に雄々しき双角を頂く牛頭、灰と金の肌が機械的な印象を感じさせる姿。
 この存在こそが『ドロッサス・タウラス』、ゾーク十二神が一柱にして、シデレウスカードをバラ撒いた此度の事件の黒幕。
「匂いを嗅ぎつけ群がるだけは得意な虫ケラらしい事よ。だが、此処までだ」
 尊大に言い放ち、携えたる棍棒を構える。√能力者達を睥睨する視線は侮蔑に満ち、彼らを下等存在と舐めきっている様を如実に示す。
「貴様ら如き、このドロッサス・タウラスの敵ではない。我へ歯向かわんとするが如何に無謀な行いか、その身その命を以て思い知るが良い」
 その身より溢れる力は紛いなき強者のそれなれど、此方の力を見誤っているならば付け入る隙はある。驕れる神に、√能力者の力を思い知らせてやろう。
ティファレト・エルミタージュ
クラウス・イーザリー
サン・アスペラ

 事件の黒幕にしてゾーク12神が一柱『ドロッサス・タウラス』。彼を捕捉した√能力者達は、かの神牛と相対し、にらみ合う。
「あの者も貴様によって道を踏み外した訳だ。つまり、貴様がこの事件の原因だ」
 ドロッサス・タウラスを鋭く見据え、|ティファレト・エルミタージュ《Tiphereth・Hermitage》(|真世界《リリー》の為に・h01214)が宣告する。斯様な存在を見逃す理由など、√能力者達には存在しない。故の追撃である。
「そもそも逃げられないでしょ! そんなデカい図体じゃ目立つし丸見えだったし、足もあんま早くないし!」
 陽介を制圧するより前からタウラスの存在に注意を払っていたサン・アスペラ(ぶらり殴り旅・h07235)が、牛神を力強く指差しながら指摘する。これ程の目立つ存在、一度見つければ早々見逃しはしない。
「ってか、黒幕なのに逃げんな! まださっきの陽介の方が根性あったよ!」
 加え、サンにとってはタウラスのその行動にこそ怒りを覚える処であった。体躯も態度も大きい存在でありながらコソコソとシデレウスカードをバラ撒き、其を拾った男が道を踏み外すきっかけを齎し。その男が失敗すれば直ちに逃げを打つなど姑息という他無い。間違っていたとはいえ、己の正義を信じ最後まで√能力者に立ち向かってきた陽介の方がまだ気概があったと言えよう。
「虫ケラらしい浅薄さだ。アレが使い物にならぬと分かった以上、留まる理由が何処にある?」
 対するタウラスは、大仰に肩を竦ませさえしながら応える。その声音も仕草も、今更当然の事実を答える行為への煩わしさを隠しもしない。
「まあ良い、群がる小虫は早々と払い除け――ぐおっ!?」
 √能力者達を軽く退けん、とばかり悠然と金棒を振りかざしかけたタウラスの身が、呻きと共にたじろいだ。その眼前で、高密度のエネルギーが光と共に炸裂したのだ。
 見れば、タウラス目掛けてその手を翳すクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の姿。かの神牛の油断を突いて、高速詠唱にて紡ぎ上げた渾身の魔術を行使したのである。
「やる前から実力差が分かるなんて、大したものだね」
 どちらが上などとは語るに及ばず。皮肉るような物言いは、しかし怒気をも孕む。彼の心中にもまた、惨劇の原因を作っておきながら無責任に逃げを打つ、この神牛への怒りが燃え滾っていた。
「――貴様こそ、身の程は分からずとも力の差は理解しているようだな」
 なれどもタウラスは平然と――全くの無傷ではなくとも然程の痛痒も感じておらぬかの如き様子で、言葉を返す。
「挨拶だけで格が分かると? 神を名乗るだけのことはある!」
 クラウスも負けてはおらぬ。この程度で見極められるほど己は、己らは浅くない。その意志と共に腕を振るえば、迸るは眩き輝き帯びる電撃。空を裂き、敵せる牛頭を目掛けて浴びせかかってゆく。
「フン、毛ほども効か――ッ!」
 軽く頭を振るだけで電撃を振り払ったタウラスだが、直後に目を剥いた。電撃を放ったばかりのクラウスが己目掛けて駆け迫り来ていたのだ。のみならず。
「やってみもしないで力の差を分かった気にならないでよね!」
 そのクラウスに合わせる形で、サンもまた神牛へと肉薄していたのだ。自慢の拳を振りかぶり、猛然とタウラスの牛頭を殴りつける!
「この街での悪巧みも、此処で終わりだ」
 更に追撃するはクラウス。フェイントでの様子見を試みかけた処でサンの突撃に気付き、彼女に合わせて攻撃を仕掛ける形となった。刃なき刀を抜き放ちそのまま振り抜けば、柄から噴き出る光の刃が居合じみて出力の勢いを乗せ、神牛の青銅色の肌へ食い込む。
 立て続けに二撃。防御姿勢を取ることすらなく、まともに受けたタウラスだが。
「――理解したか」
 直後に発した声音は平然と。拳打も斬撃も、効いていないワケではないが、この神牛を怯ます程にはなく――『防御するまでもない』、そう判じていたのだ。
「我と貴様らの! 絶対的な力の差をな!」
 無造作に金棒を振るい、サンとクラウスを薙ぎ払う。クラウスは身を屈め躱すが、伴う風圧が姿勢を崩させしめ転倒を誘発、地を転がって距離を取らざるを得ず。
「ぐぅ……っ!」
 サンはその一撃を敢えて左腕に受ける。骨の軋む音、衝撃で肌の、肉の裂ける痛みがサンを苛むが、痛みへの耐性で以て辛うじて耐える。
「流石に効くねぇ……でもっ!」
 そして即座に反撃。拳に加えて足技も繰り出し、神牛の巨躯へ殴りかかるも。露な生身を殴っているにも関わらず、伝わる感触は重厚なる鎧の如く。そしてやはり、効いてはいるが有効打とは言い難い様子が見て取れる。
「痒みすら感じぬな。虫ケラ風情では只々我が身を這い回るが関の山よ」
 タウラスの態度には余裕と侮りが満ち満ちる。全く効いていない訳ではない以上、そう装っている部分も多分にあろうが。
「虫ケラ風情には過分な業だが。これ以上纏わりつかれるも面倒だ」
 故にだろうか。早々に決着を為さんとばかり、タウラスが身構える。振りかぶった拳が、全身が、星々の如き無数の煌めきを纏い、タウラスの全身に凄まじいまでの力が漲るのが、√能力者達の目にも紛いなく映る。
「塵も残さず、消し飛――」
 そうして満ち満ちたる力で以て、間近のサンへと殴りかかり――かけた、その時である。
「――ぐおっ!?」
 神牛の全身に、無数の杭が突き刺さる。何処からともなく飛び出し現れた杭は、つい先程まで陽介が振るっていた力に酷似する。まさか――?
「――コレが、貴様と貴様が唆した男によって生まれた痛みと悼みだ」
 否。宣言するはティファレト。己の有するルートブレイカーとしての能力――√能力を捕食・貫通・蹂躙する力を最大顕現し、貫通の力を具現せしめた形。奇しくも、陽介がシデレウス怪人として得た力と同質の業。
 其が無数の杭という形を成したるは必然。あのシデレウスカードに描かれていた偉人――|串刺し公《カズィクル・ベイ》といえば、世界で最も高名な吸血鬼のルーツとも言える存在。なれば、吸血鬼たるティファレトが行使する貫通の力の形はこうなるというものだ。
 そして、陽介が行使したものには無かった力も、この杭は有している。
「その報いを、受けるが良い」
「ぐ……っ、星々の力が……!?」
 タウラスの呻く通り。彼の身に纏われた、眩いばかりの星々の輝きが見る間に陰り。其に伴って、彼の身へ漲っていた力もまた衰えてゆくのが見て取れる。
 其はルートブレイカーの力、即ち√能力の無力化。その攻撃自体が√能力というのもあり完全な無力化とはいかぬが、それでも串刺しと合わさり効果は充分と見える。加えて。
「なら、完全に剥ぎ取ってやる」
「ッ!?」
 言葉と共にタウラス目掛けて疾走するはクラウスだ。尚も飛び出してくる杭が、彼を迎撃せんとする神牛を貫き、その動きを阻害する。苦し紛れに振るわれた腕を掻い潜って、右腕を伸ばせば――その掌が、衰えゆく星々の輝きに振れる。
「馬鹿……な……! 我が業が……!?」
 直後、その輝きは完全に消失。伴って高めた力もまた失われたのを悟り、驚愕にタウラスの表情が固まる。右掌にての直接接触が齎したルートブレイカーの力は絶大、かの神牛の√能力さえも一瞬で制圧に至らしめた。最強の√能力者の面目躍如と言えよう。
「お……のれ、虫ケラ風情が、ガハッ!?」
 下等なる存在に己の力を封じされた、その事実に屈辱を感じたか。怒りを帯びたタウラスの呻きは、中途で断ち切られる。クラウスの振るった光刃剣が、先程よりも深く青銅の肉体を裂いていた。
「――|彼女《ティファレト》の言う通りだ」
 癇癪にも似たタウラスの怒気とは対照的、クラウスの声音は静かな、しかし煮え立つが如き怒りに満ちる。シデレウスカードを以て陽介の人生を狂わせ、彼を通して多くの命を失わせたこの神の行い。陽介自身の責任を差し引いても到底許せるものではない。この悪神の行いが無くば、斯様な悲劇はそもそも起きなかったのだから。
「報いを、受けろ……!」
 振り抜いた光刃剣が、神牛の胸板を真一文字に斬り裂き、少なからぬ鮮血を噴出せしめる。其と入れ替わるが如く、新たな影が飛び込んでくる――矢の如き跳び蹴り姿勢で!
「今度は私も全力! 息つく暇も与えないよ!」
 この戦いも楽しむことを重視して臨んでいたサンだが、敵が生半な業では到底有効打を与えられぬとなれば、全力にて仕掛けるのみ。その意志のもと繰り出すは、√能力の領域にまで鍛え上げられた業。
「ぐぁ……っ! ぐ、ぅ……!」
 跳び蹴りがタウラスの胸板へと突き刺されば、呻きと共に神牛がよろめく。初めての明確な有効打。追撃を為すべく、着地と共に拳を構え前進。ワンツーパンチで牽制しつつ距離を詰めた処に、タウラスが棍棒を振るわんとすれば。
「隙ありっ!」
 其を潰さんばかりに腰を落とし、地面を力強く踏みしめる。その挙動が地面を局所的に激しく揺らす。重厚なる神牛の巨躯をも揺るがし、バランスを崩させしめる程に強く。
 サンは其処から更に踏み込み肉薄、震脚にて溜めた力を乗せたボディブローをタウラスの腹へと叩き込む。その衝撃は体内へまで伝播、さしもの神牛も呻きと共に動きを殺されてしまう。
「うりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「がっ!? ぐっ、ぐおぉぉ……!」
 ならば此処こそ好機。サンは其処から両腕を激しく振るい、猛烈なる勢いで拳のラッシュを繰り出してゆく。実に20発、立て続けの拳がタウラスの身へと力強く撃ち込まれ――
「っでぇぇぇいっ!!」
 そして振り抜かれる最後の一撃は渾身のアッパーカット。タウラスの顎をまともに捉えた其は、その巨体をも大きく浮かせ吹き飛ばす程の力を発揮せしめ。
「ぐあぁぁぁぁ……!」
 数瞬後、神牛の巨躯は重々しい音と共に地面へ沈む。未だ致命には遠けれども、全身に刻まれた幾つもの傷と痣は、それらが十二分のダメージを齎した確かな証拠と言えよう。
「どうだ! これでもまだ、虫ケラだなんてバカに出来る!?」
 起き上がろうとするタウラスを見下ろし、堂々と、力強く。サンは声を張る。この場に或る√能力者達は皆、神たる身をも屠り得る戦士達なのだと。

ヴォルフガング・ローゼンクロイツ
禍神・空悟
和紋・蜚廉

「ぐ……ぬ。おのれ……虫ケラ風情が……!」
 全身に幾つもの傷を負いながらも、ドロッサス・タウラスは尚も立ち上がる。見下すこと甚だしき人類の側の者達に傷をつけられた屈辱を怒りに、力に変えて。
「少しばかり隙を見せてやれば付け上がりおって……だが、それも此処までだ」
 己に隙があったことは認めながらも、見下す意志は変わりなく。己が√能力者に敗れるなど有り得ぬという認識と共に、空き地へ続く路地へと視線を向けた、その直後。
「見つけたぞ、お前が黒幕だな!」
 其処から猛スピードでタウラスへと迫るは、赤き大型魔導バイク。|ヴォルフガング・ローゼンクロイツ《Wolfgang Rosenkreuz》(|赤雷《レッドスプライト・》|魔狼《ウルフヘジン》・h02692)駆る『|太陽狼《ソルヴァルグ》』だ。
 |太陽狼《ソルヴァルグ》に搭載された魔導機関銃が火を噴き、タウラスへと魔力銃弾の弾幕が浴びせられる。なれどタウラス、防御姿勢を取ることもなく堂々と其を受け止めてみせる。青銅色の体躯は生半な鎧にも優る装甲であると示すが如く、その肉体は無数の銃弾を浴びて尚、大して削れた様子が見えない。
「虫ケラの武装など所詮は児戯よ、神性纏う我が肉体を傷つけるにはまるで値せぬわ」
 傷の影響を感じさせぬ余裕げな様相で、タウラスは傲岸に言い放つ。このような攻撃、幾万と受けども痛痒さえ感じぬとばかりに。
「誰が虫ケラだ、俺は狼だ。お前は、物覚えの悪い鈍牛だろうがよ」
 なれどヴォルフガングも負けじとばかり言い放つ。彼は以前、別の事件でドロッサス・タウラスを打倒したことがあったが、どうやら此度対峙したこの神牛はその記憶――どころか、己が√能力者達に敗北した記憶自体を持ち合わせていないらしい。ヴォルフガングに向けられたその視線には、侮りと軽蔑の念が強く籠る。
「虫ケラの顔など一々覚えておらぬわ。思い上がり甚だしき輩めが」
 反駁を一蹴したタウラス、そのままバイクで疾走してくるヴォルフガング目掛けて携えし金棒――星界の力籠りし金棒を叩きつけんとする。バイク諸共ヴォルフガングを叩き潰そうというのだ。
「ならばもう一度倒すだけだ、今度も逃がしはしないぜ!」
 其に対しヴォルフガングはバイクの車体を蹴り飛ばしつつ跳躍、以て金棒を躱すと共にバイクをもその一撃から逃す。そのまま自律走行で離れてゆくバイクを見送りつつ、ヴォルフガングは空中にて精霊拳銃を抜き構える。
「|赤雷の精霊《エレクトラ・テスタロッサ》よ、顕現せよ! 雷弾となりて敵を貫き、覇道を示せ!」
 詠唱に応えるが如く、ヴォルフガングの周囲で真紅の稲妻が迸り、構えられた精霊拳銃へと集束する。以て装填されるは、赤雷の精霊が姿を変えた雷属性の弾丸。
「――|赫霆覇道《ローター・ブリッツ・ドミナンツ》!!」
 引鉄を引くと共に撃ち出された其は、落雷じみた超速度で以て地上のタウラス目掛け着弾。以て地上に荒れ狂うは、呑まれし者の肉体を麻痺せしめる紅き雷電の暴風。
「ぐぬ……うっ! 効かぬわ、この程度……!」
 其はタウラスに対しても一定の効果を齎している様子ではあれど。タウラスはあくまで効かぬと言い放つ。事実、その動きは完全に封じられてはおらず、抑え込まれつつもその手の金棒は確と振るわれて。
「……この嵐に乗じて攻め込もうなど、小賢しい虫ケラの考えそうな事よ!」
 その軌道上、黒く大きな外骨格存在が金棒に潰され倒れる。だが、影は二つに分かたれたかと思えばそのまま其々が走りだし。程なくして、両方が元の影と同じ形に至る。その姿は、昆虫を人の形に擬したが如し。
「左様、我は正しく|昆虫《ムシケラ》である」
 其処に響く声は|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)。人に似た姿を取れこそすれど、その存在は飽くまでも昆虫である。故にタウラスの虫ケラ呼ばわり自体は否定できぬが。
「なれど、その呼称を弱者の意で用いるならば。其は全くの心得違いである」
 蜚廉のその意志に応えるが如く、彼自身に酷似せし殻纏う影が幾つも空き地へ湧き出る。√能力によって発生せしそれら蠢影の総数は、実に30をすら超える程。一匹見たら30匹、とまで称される、まさしくその昆虫の如く。
 その影達が幾つも、空き地の内を走り出す。伴って湧き出る土煙が視界を劣悪とし、断続的に響く虫の羽音じみた音が思考を乱す。さながら、姿は見えずとも羽音だけ響かせ続ける羽虫じみて。
「ぬ、ぐぅ……っ! 煩わしい……!」
 苛立たしげに呻きながら、タウラスは金棒を振り回す。其が幾つもの殻を砕き潰してゆくが、その全てが分裂し増殖。元より多い数となって空地を駆け回る。
 これら影――蜚廉の分体は戦闘力こそ大した事が無くとも、分裂増殖能力による増殖力にて、群としての生存能力は極めて高い。さながら、蜚廉自身の語る強者の理念を実践するが如く。
「コソコソと這い回りおって……虫ケラらしく姑息なことよ……!」
 ともあれ、それら分体の動きによって、タウラスは敵の様相を把握するのが困難な状態に陥った。その苛立ちのままに言葉を漏らせば。
「お褒めの言葉、ありがとうよ」
 応える声が、土煙の向こうから聞こえる。やがてその向こうから姿見せたその主は|禍神・空悟《カガミ・クウゴ》(万象炎壊の非天・h01729)。にやにやとした笑みのまま、ゆったりと歩んでは神との間合いを詰めてゆく。
「だが、テメェからは滅茶苦茶匂うぜ?」
 笑みを崩さぬまま、向かう先の神牛へと視線を向けて告げる。何事かという視線が返れば、その笑みを深めつつ。
「――虫ケラ相手にこれから負けちまう、情けねぇ子悪党の匂いがな!」
 言い放つが早いか、迅雷が如き踏み込みにて間合いを詰める。以て繰り出すは、鍛え抜いた肉体を駆使しての格闘攻撃。
「ぐぅ……っ!?」
 虫ケラ風情の拳など、どう受けたとて大した脅威とはなり得ぬ。そう判じ防御姿勢を取らなかったタウラスは、予想外の衝撃力に思わず呻く。重い。
「ハ! どうしたァ!? 虫ケラ風情の拳なんぞが効いてんのかァ?」
 その様相を煽りながら、空悟は拳を振るう。素早い二発一組の打撃、死角から振るわれるが如き大振りのフック、弱敵ならば両断殺叶いそうな鋭いチョップ、それらの合間に襲い来る無数の打撃が、次々とタウラス目掛けて撃ち込まれる。
 空悟が振るうその拳は、鍛えに鍛えた肉体を最大限に活かす√能力の域に至った武技。膂力と体重とを存分に乗せた拳の一撃は、鎧じみた筋肉をも貫いて、その内部器官へと打撃を浸透させる。単純な打撃ではこの神牛を傷つけるは叶わぬだろう、と、√能力での攻撃を早々に決めた空悟の判断は、正しいと言えた。
「うぐっ、ぐぬぅ……! 良い気になるな、虫ケラ……!」
 苛立たしげに唸るタウラス。その身に幾つもの輝きが生じ、集束を始める。空悟の眉がぴくりと動く。
(成程な、そっちの理屈で仕掛けてきたか)
 幾ら鬱陶しかろうと『虫ケラ』と侮る相手に√能力は容易く行使しないと考えていた空悟だが。早々に行使せんとしてきた様子に意外げな驚きを心中にて漏らす。なれど想定にはあった。
(煩わしい虫ケラはさっさと駆除したい、って処かね)
 などと見当をつけつつ攻撃は続行。いずれにせよ、やがて満ちた星々の輝きを纏い、タウラスが仕掛けんとする。
(いいぜ……来な)
 だがそれも己の策の内だ。次で仕掛けて来る。そう判じるに次いで繰り出した拳は、敢えて隙を晒す誘いの拳。
「星界の力の前に……砕け散れ!」
 そんな空悟の拳を弾き逸らした処に繰り出すは、渾身のストレートの拳。巨躯に似合わぬ弾丸じみた速度で放たれた其が――空悟の顔面を、まともに捉えた!
「がは……っ!」
 その拳の威力、全身で猛烈な爆発が無数に巻き起こるが如し。四肢が引き裂かれる程の猛烈な痛み、実際に裂けた身体から溢れる血を撒き散らしながら、空悟は吹き飛ばされる。
 武装と言える領域にまで鍛えられたその肉体は、防御力に関しても尋常ならざるものを持つ。先には陽介の串刺し攻撃をも真っ向退けた其を恃み、神牛の一撃を真っ向より受けてみせたが。
(流石に簒奪者の√能力となりゃ、耐えるのも骨か――だが)
 仮にも神たる簒奪者が繰り出した、√能力による一撃。超常たる空悟の肉体を以てしても抑えきるには足りなかった。だが。
「――この程度かぁ? 自称神様よぉ」
 空中で姿勢を立て直し、着地と共に立ち上がる。着衣がボロボロに裂け、その下からは夥しい出血が見られる、一目で重傷と分かる状態なれど――未だに生きて動ける。最も重要なのは、その事実。
「な……!? 貴様……!!」
 其を前としたタウラス、動揺を隠せぬ様子で激した様相の声を上げ。今度こそトドメを刺さんとばかりに一歩歩み出て――
「――が……っ!? ぐ、動けぬ……!?」
 その歩みが止まる。それだけではない、その身体の動きそれ自体が止まる。見れば、全身に無数の黒き影が――蜚廉の分体達が絡みつき、纏わりついていた。
「ものの見事に誘われたな」
「な……!? 貴様ら……!!」
 その中には蜚廉本体もまた加わっていた。言葉通り、誘い――空悟が己の身体を張ってタウラスの意識を惹き付けた隙に仕掛けたのだ。
 見事なまでに策へとハマった神牛を、分体の一部と共に四肢と二肢を駆使して拘束。下半身についても予め糸を撒いていた為、其を以て締め上げることで同様に拘束を果たしている。
「思い知ったか。生き延びてきたことは、弱者の逃げの結果ではない――強者の戦いの成果であると」
 それこそが蜚廉の誇り。その為にこそ、己は地を這い、時を越え、武を極めたのだと。
 尚ももがくタウラスに対し、膝や肘から鋭利なる刃を形成する。分体もまた同じく。
「聞くが良い。獣が己で慣らす、壊れる音を」
「な……があぁぁぁぁっ!?」
 そして一斉に肘や膝、関節部へとそれらを突き刺す。骨の軋み、割れるような音と共に、神牛が崩れる。自らの身体を支えきれぬとばかりに。
「然しまあ、随分と綺麗に此処まで決まったモンだな」
「この雷の恩恵であろう。故にこそ、我も汝もその力を存分に活かし得た」
 身を捩らせ抗戦の意志を示すタウラスを見下ろしつつ空悟が言うに、蜚廉が応える。ヴォルフガングによって展開され、今もなお空地に渦巻く雷の暴風は、タウラスの動きを麻痺効果にて鈍らすと共に、味方には雷化による機動と思考の加速――戦闘力の強化を齎していた。其は空悟の攻撃速度を高め、蜚廉とその分体の機動力を高め。以て、タウラスを追い詰める大きな助けとなっていたのだ。
「違いねぇ。――さて」
「うむ。――『その先』へ、至る時だ」
 二人ともが数瞬、上空を見上げ、直後に飛び退く。後にはタウラスと、其を抑え込む蜚廉の分体が残され。
「ああ。――フィナーレの時だ!」
 上空には、跳び蹴りの姿勢で急降下してくるヴォルフガングの姿。その身は、螺旋を描き円錐状に渦巻く薔薇色の赤雷を纏う。装着せし外骨格鎧に内蔵された賢者の石に宿る魔力を充填したことで展開可能となった、ヴォルフガングの渾身の力だ。
「ぐぅ……っ! おのれ、離せ……っ!」
 その急降下軌道の先には、無論のことタウラス。見上げる先の紅き姿には気付いておれど、四肢の関節を砕かれ、黒き甲影に抑え込まれた身では最早回避は叶わず。
「受けてみろ――|赫霆薔薇蹴《ローゼ・ミョルニル》ッ!!」
 為す術なく、ヴォルフガング渾身の一撃の直撃を受け、全身を赤雷の衝撃に焼き尽くされる他に無かった。

「ガ……ハッ。異界の√能力者……よもや、神たる我をも屠る程であったとは……」
 致命傷を負い、地に倒れ伏すドロッサス・タウラス。その声音には、最早弱敵と見下す驕りは見えず。
「……強き者達よ。これまでの非礼を詫びよう……汝らは、紛いなき強者である。我、再び蘇り、汝らと見える時あらば……我の、全力……を……」
 √能力者達の力への賛意を、最期に遺し。ゾーク十二神が一柱たる神牛は、此処に斃れたのである。



 斯くして、シデレウスカードを得た男の巻き起こした惨劇は終わった。
 その実行者たる支倉・陽介は警察に引き渡され、法の裁きを待つばかりの身。獄中における彼は、シデレウス怪人であった頃の独善的な言動はすっかり鳴りを潜め、己の為した行いを悔いるばかりの日々であるという。
 なれどドロッサス・タウラスが完全に滅びておらぬ以上、同様の事件はこれからも起こり得るだろう。其が齎す被害を食い止めるべく、√能力者の戦いは続くのである。

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