花咲く湖桜
ひらひらり、ゆらゆらり。
幾重もの薄紅を輝かせ、鮮やかに桜が花開く。
だが古妖の影響か、美しい花と共に舞うは真っ白な雪だ。
赤い鳥居の並ぶ階段を潜り、忘れ去られたかのように√妖怪百鬼夜行の片隅に立つ振るい神社は満開の桜に包まれていた。
この雪は忘れ去られた悲しみか、それとも古妖の力のせいか。
だがその姿が見えなければ封印することも敵わない。
「まずは相手を知ることからですね。雪舞う花の社を散策すれば、手がかりを得られるかも知れません」
気軽に花見を楽しむぐらいの気持ちで十分だと| 煽《あおぎ》・舞(七変化妖小町・h02657)は言う。
封印を解いてしまったのは燐という狐面を付けた少女で、人が寄り付かなくなった社を盛りたてたかったようだ。
まずは彼女の望みを満たすべく、社に人が集まって来る状況を作ることが大事だろう。
静かに散策しても、賑やかに宴を楽しんでも。思うままに過ごすと良い。
出店は無いが、思うまま花見弁当を持ち込んでもいいし。何か祭らしく盛り上げる企画を立てても良いだろう。
「雪見と花見を楽しめる稀な機会は何度もございません。古妖を誘い出す為にも、皆さんが楽しんでくれることが大事です」
雪が舞っている以外は、普通のお花見と同じ。めいいっぱい楽しんで貰えたらいい。
勿論、周囲の他のお花見に来た人の迷惑にならない範囲でだ。
花見を大勢が楽しんでくれれば、古妖を解き放った少女も心を解き放ってくれるかもしれない。
「彼女が寂しさを感じ無くなれば、今度は古妖が自ら姿を現すことでしょう。何であれ皆さんが社で楽しく過ごすことが大事なようです」
日は隠され、妖は雪と共に酒の席に現れるようだ。
「つまり、夜の部ですね。桜と雪と、大人はお酒と」
扇で口元を覆い隠し、舞は意味深に、まったり艶やかにと微笑む。
詳細はともかくとして。どうやら、夜の宴を開きお酒がある程度出回れば、古妖を誘い出せるらしい。
その後は誘い出した古妖を倒し、再封印を施せば依頼完了だ。
「古妖の正体を暴き倒すことが目的ですが、まずは稀有なお花見を楽しみましょう」
この花の色は、この時だけ。
桜と雪の一時をあなたに――。
第1章 日常 『お祭りを楽しもう!』

●ひとときの縁
ひらひらり。社を彩る桜が舞い散る。
薄紅にちらほらと混じり降ってくるのは白銀の雪。
「古妖の仕業とはいえ桜と雪を同時に楽しめるなんてそうそうないからなぁ」
出店が無いのは少し残念だがと、|白《つくも》・|琥珀《こはく》(一に焦がれ一を求めず・h00174)は苦笑を浮かべる。
ここへ案内してくれた扇の嬢ちゃんに感謝しながら昼間は散策をしようかと、気の赴くままに琥珀が境内を散策してれば、ふらりと訪れたターフェアイト・スピネル(ターフェアイトの付喪神の不思議レース編雑貨店主・h05830)と遭遇する。
どちらともなく挨拶し合えば、もう知らない者ではない。この稀有な光景を共に楽しむ同士のようなものだ。
あちらこちら。世界と√を渡り歩き、辿り着いた巡り合わせが一つの縁。
「訪れた場所での美しい光景は、それなりに長く生きてきた私にとっても楽しみのひとつなんだ」
雪と桜の織りなす幻想的で風流な光景に、ターフェアイトは脳内では美しく編まれたレースが広がり、ベールのように景色を彩る。
生業のレース編みの構想も色々と捗りそうだ。
ゆったりと風景を楽しむターフェアイトの様子に、本当に綺麗だと琥珀も微笑みあぁそうだと思い出したように四季の花々が描かれた年代物の扇〈春夏秋冬〉をも広げ共に。
今は花を愛で、酒は夜のお楽しみに取っておくとして……。
「舞えればいいが…今の所唯一できるうーんクシナダヒメの模倣の舞をするのは少し違う気がするしなぁ」
やはり散策かなと、琥珀はなるべく広げて扇の雪と桜を見えるようにしゆっくりと歩き出す。
「曰くもあるし未だに人の身を得る気配はない。だが花をその身に宿してるとはいえ花をみないというのはないだろう」
「人が訪れることで燐という少女の望みの足しになるそうだし、のんびり散歩と洒落こもうか」
思うまま、気の向くまま。それぞれが導かれるように、薄紅の桜と純白の織りなす景色を瞳に映して。
友人知人と訪れるものは、賑やかに。
大切な者と訪れるものは、静やかに。
思い思いの時を過ごし、束の間の花雪見を楽しんで。
「何というか……人の営みが愛おしく思えてくるね。決して平穏と言える状況では無いにしろ」
段々と集まってくる人達も、この稀有な景色に笑顔を浮かべ楽しんでいる。
きっと、これだけ賑やかになれば彼の少女も喜ぶことだろう。
境内で狐面の少女が微笑んだか。ザァッと渦巻き吹き上げていく風が、薄紅と純白を集まった人達の上に舞い散らすのであった。
●桜とパンと券
ひらひらり。社に続く長い階段を上っていれば、桜の花びらが舞いながら緇・カナト(hellhound・h02325)と|野分《のわけ》・|時雨《しぐれ》(初嵐・h00536)の元へと流れ落ちてくる。
「ふむ。花見に来たのはいいが、弁当がないな……パン買って来てくれねぇ?」
流れるような動作で思い出したように、貰った『「手伝い券」と乱雑に書かれた紙の切れ端』を、時雨に差し出すと驚いたように金の瞳を丸くし一度大きく瞬いた。
「良心常識の範囲なら使っていいと言いましたが。パンで良いの? ぼくグルメじゃないので無難なものしか買いませんよ」
何もこのタイミングで頼まなくてもと時雨は思いながら、牛鬼の尾をゆらし軽快に石段を降りていく。
きっと、上り終えるころには追いつくだろう。なんて思っていたが……。
辿り着いた社は桜が正に花盛り。天を覆うような美しい薄紅が揺れる中、共に純白の雪が舞い踊る。
「壮観だな。だが、遅い……」
待てど暮らせど時雨は戻ってこない。
「暇過ぎるし、楽々でも呼び出してお花見を始めてしまおうかなぁ」
黒い毛並みのモップ犬みたいな地這い獣の姿をカナトは思い浮かべながら、視線をあげる。
「雪と桜が舞う景色、珍しくて風情もあるような〜」
「戻りました!」
明るい声と共に、戻ってきた時雨の姿にカナトは派顔する。と、何だか思ってたよりパンが多いような。
「……っと帰って来たねぇ時雨君」
「カレーパン如きで! こんな争い生む? ってレベルの押し合いだった。感謝して然るべき」
「結構甘い味の種類も多いケド。あんまり好きじゃないんだよねェ」
「どうせ何でも腹に入るでしょ」
だからたくさん買ったと笑顔を浮かべる時雨に対し、カナトはヒョイッとパンを一つ摘まみ上げ楽々も食べるかと差し出しながら、
「……頼んだやつコレじゃないなァ?」
「おっと! 神経逆撫でする天才さん?」
わざとらしく不機嫌顔を浮かべるカナトに、時雨は怒ったように押し付ける。
「犬に食わせるな。好き嫌いするな」
「えーっ、これじゃないんだけど。桜カレーパンだから桜の花弁とか付いてるハズだよぅ」
「挙句、求めていたのは春色カレーパンじゃないと。む、むかつく。なんでアンタが不機嫌になっているんですか。たいして変わんねぇだろ、食えや!」
「普通に食べるから別に良いんだけれども」
おいしいしと頬張る所に思い出したかのように桜と雪が舞い、どちらともなく桜を見あげる。
「ねー。異常気象で綺麗だね」
「異常気象呼ばわりだなんて風情が無いなぁ」
だって春に雪だしなんて見あげてたら、思い出したように時雨が手を差し出し。
「何?」
「パン代寄越して」
「パン代? ……はい、ど〜ぞ」
ゴソゴソと探してカナタが取り出し手渡したのは、コピーされたお手伝い券で。
「……なにコピーしてんの!?」
「さあ?」
驚く時雨に、ふふっと意味深に笑みを零せば、更にヒラリと時雨の手の上に桜が舞い落ち。券の行方はどうなることか。
仲良くひと時の幻想を楽しむのであった。
●桜に灯りて
ひらひらり。
「桜ってきれいだよね」
桜舞う社に集いて、|永雲《ながくも》・|以早道《いさみち》(明日に手を伸ばす・h00788)は、故郷だとソメイヨシノは咲かないからよりそう思うなと振り返る。
「雪はまだ降ることがあるけどね。雪と桜が一緒に降るとこんなにきれいなんだね」
桜と雪が共にあることは稀だと思わず手を伸ばせば、ひやりと雪が掌に舞い落ち、続いて桜の花びらがひらり。
張り切ってお弁当を用意し、落ち着いた色合いの藍染めの着物を着てきただけのかいはありそうだ。
「皆の着物姿すっごい似合う! 永雲君すごくキマってるし、ステラちゃん可愛い!」
普段の装いとは違い、自信はないが|日南《ひなみ》・カナタ(新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h01454)も着物姿だ。
だが、やはりこういうものは女性の方が自然と華やかになる。
「ふたりの着物姿も、普段と違って新鮮」
そう笑顔を見せるステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)は、淡いピンクの生地に春めいた花を彩り、帯には若葉色の緑と帯どめには普段の帽子に輝く星を模したもので結び、少し肌寒いので厚すぎないレース状の白い羽織を合わせ。
「わたしも、雪と桜とお揃いにしてきたよ。えっへん」
春らしい華やかな着物コーデの完成だ。
「以早道さんはきりりとして男前だし、カナタさんは時代劇のおまわりさん……岡っ引き?みたいでカッコイイよ」
「え! ほんと!?」
「ステラの着物は柔らかな色使いでかわいいし、日南は細身だから立ち姿がきれいだな」
「ありがとう」
二人から着物姿を褒められれば、何だか照れ嬉しくカナタはえへへと笑い声をこぼす。
「それにしても、桜が咲いてるのに雪が降ってるって幻想的だね。だけど、これも古妖の影響かぁ……」
そう考えると複雑な気持ちだが、綺麗なものは誰が見ても綺麗だ。
桜と雪を巻き上げる風に、思い出したように寒さを感じカナタは軽く身震いした。
「で、でもやっぱり寒いから風邪ひかないように楽しもう!」
「うん。古妖の影響は気になるけれども、今は素敵なお花見を楽しませてもらおうね」
出来るだけ風の吹かない、雪が積もらない桜の枝下にシートを広げ。さっそくお弁当を広げていく。
「早起きして、沢山用意してきたんだ」
そう言って以早道が広げたお弁当には、甘酢あんかけの肉団子に鶏の照り焼き。隣にはグリルしたパプリカ、ズッキーニ、カボチャ、ナスにアスパラといった野菜が鮮やかに詰められ。
「後は、やっぱりおにぎりだよね。中の具は、おかか、梅、しゃけかな。暖かいお茶もあるから寒かったら言ってね」
「お弁当タイムー! やった! これみんな手作りなの!?」
「「以早道さんのお弁当は野菜もたくさんで華やかだね」
凄いとはしゃぐカナタの前に更にステラのお弁当も広げられて。
「わたしのもどうぞ。以早道さんリクエストのハンバーグ、カナタさんご希望のエビフライもあるよ」
「あ、俺の好きなエビフライ! ステラちゃんありがと~~! 皆料理上手だね~」
二人のお弁当に目を輝かしてたカナタも、勿論用意はしてきており。
「俺は、スープジャーにあったかいぜんざいを入れて来たよ!」
いただきますと声を合わせ、わくわく楽しいお弁当タイム。
「みんなで食べるごはんはいいね。おいしいなあ」
ステラに用意してもらったハンバーグを食べ、以早道が笑顔を浮かべれば、みんなも笑顔。
「皆でわいわいしてると、寒いのなんても吹っ飛ぶね!」
「ふふ、お腹も心も大満足だね」
お腹いっぱい楽しんでいれば風と共に、桜と雪が舞う。
食後にあったかいぜんざいを用意していれば、浮かんでたお餅の上に花びらが乗っかって。ほっこりあったかくて優しい味と共に春が開き、更に笑顔が零れるのであった。
●桜舞い、弾む処
石段を上り社に辿り着けば、そこは桜と雪が織りなす妖が生み出したひと時の絶景が広がる。
ひらひらりと舞い散る桜と雪に導かれ、手を差し出すリニエル・グリューエン(シャリス教団教皇・h06433)と共に、レティシア・ムグラリス(シャリス教団聖女・h06646)は幻想的な境内に踏み込んだ。
「以前、√妖怪百鬼夜行の別のお祭りに連れて行ってもらったことがありますが、今日はまた雰囲気が違います」
祭りというよりは花見。花祭りと思った方が良いだろうか。
「|古狸《古妖》の正体を暴き倒すのが目的だけど、それまでは|聖女様《レティシア》と共にこの祭りを楽しまないとね!」
以前共に√妖怪百鬼夜行のお祭りには参加したことあるけどと、リニエルは周囲を見回す。
静かな社は確かに人の来る気配は無く、何年も放っておかれていたようだ。
「賑やかにというなら、盆踊りというのがあるらしいわね」
経験ないのよねとぼやきながら企画をしてもいいという言葉にのって声をかけたのだという。
花宴をより盛り上げるように。
見様見真似で協力してもらった者たちとひと時の花舞を……。
「ささっ、聖女さ……じゃなかった、レティシア様。共に盆踊りなる神聖な舞で、我らがシャリス教団の威光をこの√に知らしめましょう!」
「私……上手くできるかしら。し、神聖な舞などと言われますと緊張します……」
盆踊りとは言ったもののあれは、盆に行う先祖を迎え送る伝統行事だ。だから、この場合は、神楽舞や花見踊り……桜おどりや日本舞踊のようなものだと思った方がいいかもしれない。
伝統的な和楽器の響きに合わせ、さあ踊りましょうとリニエルはレティシアの手を引く。
「ぁっ……、これなら私にも踊れそうです!」
難しい振り付けはなく、ゆったりとした音色に合わせ花びらが舞うように指先を流し舞わせる。
「こ、この緩慢な踊り……、な、中々にコツがいるわね」
勝手知る踊りとはテンポも雰囲気が違い、四苦八苦しているリニエルに対し、レティシアとは相性が良いようだ。レティシア様は大丈夫かしらなんてリニエルが見れば、何だか完璧で。
「どうですか、リニエル様? 私、上手くできてますか?」
「な、何故にそんなにお上手なの!?」
「何故でしょう?」
本人にもその辺りは分からないようで、息を切らし苦戦しているリニエルの様子にレティシアは苦笑を浮かべる。
「いつもお世話になってますし」
そう言ってレティシアがペアダンスを踊るかのように、リニエルの手を取る。
ザァッと流れゆく桜と雪が二人に降り注ぎ、レティシアの微笑みを一層輝かせた。
「今日は私が……踊りをエスコートしますよ? 勿論、手取り足取りお教えます」
「教えますよって……ちょ、恥ずかしいですよ」
桜のように頬を染めるリニエルの反応に、レティシアはいたずらに「くすっ♪」と笑いかけるのであった。
●雪花のひととき
ひらひらり。
見上げた先には枝を伸ばした桜が、美しい花を咲かせ。舞うように降る白銀の雪が|弓槻《ゆづき》・|結希《ゆき》(天空より咲いた花風・h00240)の指先に触れる。
「古妖の影響とはいえ、まさに見事な風情の雪桜」
桜の美しさに対し、社は荒れ果て放置されていたのが一目でわかる。それでも形を保っているのは誰かが気に留めていたからだろう。
「忘れ去られた悲しみがこの白さと冷たさなら、せめて暖かな心と一時を満開の桜を包む雪に、あなたがいたから美しい思い出があったと優しさで触れられるように」
伸ばした指先に止まっていた雪は桜の花びらを受け取り、やがて結希の熱で雪は溶け花びらもまた指先から消えて。
消えた行方を追うように結希が視線をあげれば、どうぞと温かな湯気をあげる紙コップが目の前に差し出される。
「砂糖とミルクはどれくらい必要?」
水筒で持ってきた温かい紅茶を紙コップに注ぎ、アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)が淹れてくれたのだ。
広がる情景とこの場への思いを想い感傷的になっていたか、結希はアドリアンに忘れてはいませんよと微笑み。
「ミルクは多めでお願いします。まずは暖かなお茶でも頂いて、目の前のひとと笑い合わないいけませんよね」
そんな風に優しく微笑む結希にアドリアンはどぎまぎしながら、コップを受け渡す際に軽く触れ合う指に更に頬が熱くなるのを感じ、それを隠すよう桜の木の下に敷いたシートに戻り自分の紅茶を用意する。
「前は戦い中心の依頼に一緒に行ったけど、今みたいにのんびり過ごす時間も悪くないな~」
並んでシートに座り温かな紅茶と一緒に舞い散る桜と雪を二人は見あげる。
薄紅は踊るように舞い、白銀は優しく降り積もり。
「桜と雪を一緒に見れると綺麗なものだね! 弓槻もそう思わない?」
「ええ。数多とある世界にこんな夢のように綺麗なものがあるのなら、これからも見つけていきたいですね」
隣を預け合いながら、結希が口にする紅茶はまろやかにミルクの甘味が広がり、ほっとさせてくれ。アドリアンは静かに身体を温めるよう紅茶を口にするが、何だか飲む前から温かいような気もする。
(「この景色がいつもより綺麗に見えるのは、一人じゃないからなのか、それとも弓槻と一緒だからなんだろうか?」)
チラリと窺えば互いに気にかけていたようで、目があい表情が綻ぶ。
この時間は、大切なかけがえない記憶となってお互いの胸に残ることだろう。
今はもう少しのんびりと。この風情溢れる美しい桜と雪の中。
このまま夜も共に。結希がアドリアンの耳に顔を近づける。
雪に花、浮かぶ月を眺める約束を囁いて――。
●春は出会いの季節
ひらひらり。
咲き乱れる桜に誘われるよう春らしいロングフレアスカートと、清楚な長袖ニットを羽織り、社へと|竜宮殿《りゅうぐうでん》・|星乃 《ほしの》(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)が散策していれば、星乃と声を掛けられ振り返れば見知った顔が。
「どうした、こんな場所で」
別√に迷い込んでしまってなと、足元から全てブランドで固めながらもラフなシャツとジーンズ姿にスプリングコートを羽織ったジェラール・ラ・グランジュ(ラ・グランジュ王国の王弟殿下・h06857)は言い訳じみたように言いながら、ふむと軽く思案する。
星乃とジェラールは同じ高校の先輩後輩の仲。決して知らない間柄ではない。√ドラゴンファンタジーを起点にしてると思えば、ここはかなり縁遠い場所かもしれない。
「この√に迷い込まれたんですか……。放ってはおけませんし、ご一緒しませんか?」
「……そうさせてもらおう」
迷い込んだのは事故だが、これは距離を詰める良い機会だと判断したジェラールは、応じ
同行を承諾した。
どうやら星乃はここの話を聞いて、単身お花見をと足を運んだようで。お花見とはとジェラールに説明しながら、雪の掛からない桜の枝下にレジャーシートを敷き準備完了。
「先輩、こちらへどうぞ」
「直接座るのか?」
茶会といえばガーデンテーブルとチェアーを使うものだがと思うとこもあったが、ここは『良い先輩』として振る舞っておこうとジェラールは座り。
「……えぇと、実はお弁当を持ってきてるんですが、私、そこまで上手じゃなくて……自分だけなら良いと思ったんですけど、とても人様に食べて頂ける代物では……」
恥ずかしそうに広げられた星乃のお弁当は、確かに――下手だな。
(「……星乃手製の弁当を目にすることになったが……おにぎりは歪だし、卵焼きに唐揚げは焦げている。まともなのは洗ってそのまま入れたらしいミニトマトくらいか?」)
そう摘まみ上げると、慌てた声が星乃からあがり、どうやら食べるのを止めようとしているようで。
(「――ここが好感度の稼ぎ時だろう」)
まずはミニトマトから、続いておにぎりを口にすれば、少々塩が多く咳込み表情に出てしまう。
「あっ……! や、やっぱり美味しくなかったですよね……ごめんなさい」
「大丈夫だ。少ししょっぱかっただけで……食べれなくはない」
さすがに飲み物は必要だが、もそもそ食べていれば落ち込んだように星乃は俯いており。
「次は、もっと美味しくなるだろう? また食べさせてほしい」
「ぁ……はい。次は、ちゃんと美味しいって言ってもらえるように頑張りますっ」
今度はジェラールに美味しいと喜んでもらえるようなお弁当をと星乃は意気込み、知らず知らずのうちに次のお出かけの約束をかわすのであった。
●紡ぐ時、刻む一枚
ひらひらり。
舞う薄紅と白銀に、こりゃ見事だねぇと思わず|黒南風《くろはえ》・|螢《けい》 (毒雨入之刻・h01757)は感嘆の声をあげた。
「まるで雪も花びらみたいだね」
物語の中の一世のようで神秘的だと、エメ・ムジカ(L-Record.・h00583)が心惹かれたのは音楽と物語を集めるのが好きだったからかもしれない。
「本当に。白い雪の中、鮮やかな桜がとても映えるわ。白とピンクのコントラストが美しくて、とても幻想的な光景ね」
暫し見とれてしまうと、|兎沢《とざわ》・|深琴《みこと》(星華夢想・h00008)は目を細め、ここの古妖は少女はどんな気持ちだったのだろうかと想いをはせる。
降り積もった雪は真っ白で、誰も踏み荒らした跡はなく。古びた社は、訪れるものがいないと分かるほど朽ちて崩れかけていた。
「もし雪が妖の力なら、胸の裡に侘しさがあったのだろうか?」
「やり方は良くなかったけど、盛り立てたいという気持ちは大切にしてあげたいもの」
「でも、まずは頑張ってる子のために今を楽しもう! 一生懸命に社を想ってる気持ちを叶えてあげたいもん」
「その気持ちに答える為にも、楽しみましょうね」
「そうだね。やり方はさておき、そういう気持ち、ってやつは大切にしてあげないと、ね」
お誘いありがとうと螢と深琴はムジカにお礼を言いながら、幻想的な社をぐるりと見回す。
すると雪を被った神使の像が置かれているであろう台座が目に入り、螢が積もった雪を払い落せば何かがあったようで|鱗《ウロコ》が刻まれた壊れた何かの一部が残っていた。
その形は見えなくとも、やはり何かが居たのだろう。
「楽しい気持ちに嬉しい気持ち、そんな気持ちを伝えるならまずは自分たちが楽しまないと、だよね」
螢の言葉にムジカと、深琴も頷き。早速、程よく辺りを見渡せる桜の木の傍に場所をとり、レジャーシートとお弁当を広げ。
「ぼくのお弁当はたまごのサンドイッチに、ポテトとベーコンのキッシュ。それからサラダの生春巻きに唐揚げ!」
「私はね、桜エビと枝豆のおにぎり、アスパラベーコン巻き、イチゴサンド。色々楽しめる様に全部一口サイズにしたからお好きなのどうぞ」
「ふたりの好きなのあるかな?」
ムジカと深琴が準備したお弁当を出していくと、螢も同じように準備していく。
シャケやタマゴを混ぜた酢飯を詰めた稲荷寿司に、一口サイズのマカロンにシュークリーム、ゼリー。
「こちらも用意したものを並べていくよ。それから、ハーブティーや、それらを活かしたノンアルコールのカクテルも、用意するね。……って2人とも美味しそうだねぇ」
「うん。おいしそうっ! おむすび、おいなりさん! 甘いものまで色とりどり! わけっこいっぱいしよう」
「二人とも沢山用意してくれたのね、どれも美味しそう。早速食べましょうか」
「いただきます~!」
明るいムジカの声に続くように、いただきますの声が合わさりそれぞれお弁当に手を伸ばす。
「量が多すぎたりしたら周りの人にお裾分けもあり、かな?」
盛沢山になってしまったかなと螢が心配していたけれど、皆が作ってくれたお弁当はどれも美味しくて、その心配はないかもしれない。
「お裾分けは楽しいを伝える第一歩だからね♪」
そんな風に言いながら、頬張ればムジカの兎耳が幸せで嬉しそうにぴょこんと揺れ。
「皆で食べると美味しさが増して、あれもこれもとつい手が伸びてしまうのよね」
なんて深琴が微笑めば、っとそうだと螢は荷物からカメラを取り出して。
「折角だし記念とお土産兼ねて」
笑ってとレンズをを向ければ、「大賛成~!」とムジカが良い笑顔を向けてくれる。
「これも一つの旅の思い出、ってやつなのかな」
「いいアイデア。きっといいお土産話にもなるわよ」
舞い散る桜と、白銀の世界をパシャリと螢は納めていき今日の記念にと数枚撮っていく。
勿論、これを忘れてはいけないと螢は手を伸ばし、ムジカと深琴と並び三の記念に……。
パシャリと撮った写真の出来栄えは、楽しみにもう暫く花と雪の舞う時間を楽しむのであった。
●尊い隣のあなたと共に
石段の上より舞ってくる桜の花びらに誘われるよう軽快に、シャルロット・サンクトス(君が為の|銃弾《バレッド》・h02580)は両手いっぱいのお弁当を感じさせず上っていく。
「今日はソルちゃんと一緒にお出かけ!」
嬉しそうに振り返れば、ソレイユ・プルメリア(君が為の光の剣士・h00304)が、見守るような眼差しを向けながら、穏やかに微笑んでいる。
「ふふ……お誘いありがとうロッティ♪ そんなにはしゃいでると危ないわよ」
優しく見守りながら、半分持ちましょうとソレイユは手を貸し
「お弁当作ってきてくれたの? ありがとうロッティ」
花のように笑みを零し、社まではもう一息。
辿り着けば、
「ねぇねぇ、ソルちゃん! みてみてっ。雪が降ってるのにお花も咲いてるよ~! 夢の共演なんだよ!」
聞いていたとはいえ、目の当たりにすれば感嘆の声が上がる。
「あら、素敵な共演……美しいわね。この世のものとは思えないわ」
「こんな素敵なシチュエーションを楽しめるなんて、とっても嬉しいね!」
「しっかり見て目に焼き付けておきましょう」
ソレイユは金の瞳を眩しそうに輝かせ、桜と雪とそしてシャルロットの姿を瞳におさめ。
桜の傍らに場所を取ったら、お弁当のお披露目だ。
「今日のお弁当はね~? 社で食べるから和風にしてみたの!」
「和風のお弁当、1度食べてみたかったの」
頑張ってみましたと胸を張るシャルロットにソレイユの期待も十分。
「俵おむすびでしょ~、卵焼き~、唐揚げ~。煮物にも挑戦したんだ♪」
「煮物まで作れるだなんて! 凄いじゃない?」
「えっへん!」
可愛い。得意気な姿もまた良し。
「この卵焼きなんてふわふわに仕上がったよ! 食べてみてほしいなっ」
召し上がれと、あーんとシャルロットが差し出せばパクリ。
「美味しいわ♪ これなら、いつでもお嫁に行けるわね?」
褒めてくれてはいるけれど、お嫁に何て言うものだから、思わずシャルロットはむむっとしながらソレイユの腕にムギュっと抱きつき。
「お嫁になんていかないよ。ソルちゃんとずっと一緒にいるって決めてるんだからっ」
「ふふ、ありがとう♪」
まるで雛鳥が巣立ちを拒むかのような様子に、ソレイユは思わず声に出して笑っていたが……。
(「お嫁に何てまだ行けないっ! せめてソルちゃんを嫁に出すまではっ」)
離れてなるものかとシャルロットは必死に離れないアピールし、しっかりとしがみつき何かの使命に燃えているのであった。
●白銀に花舞
ひらひらり。舞い散る花と雪を見あげ何を思うのか。
「……桜が咲いて同時に雪が降るとこうなるのかぁ」
感慨深そうに呟きながら大きめの傘を開いたナギ・オルファンジア(Cc.m.f.Ns・h05496)は、隣の|神賀崎《かみがさき》・|烏兔 《うと》(世界を救う光・h01652)も濡れて風邪をひかないよう気遣い、差し掛けながら色眼鏡の隙間より牡丹に近い色の瞳を覗かせる。
「ふふ、雪見と花見とは贅沢だね」
「そうだね。さて、ウト君、先にお参りにいこうよ」
相手は古妖かもしれないが、社にお邪魔している以上、先に挨拶を済ませておいた方が何かといいだろう。
「おっとと、先に参拝しないといけなかったね! こんな素敵な時間をくれてありがとう、とお礼を伝えようかな!」
古びて壊れた場所も多い社だが、例えたった一人しか参拝に来ていなかったとしても、大切にされているのは分かる。
「どなたを祀られているか存じ上げませんが、ご挨拶申し上げます……こちらのお作法、これであってる?」
記憶を頼りに参拝するものの、馴染みないナギは烏兔に確認し。問題ないとお墨付き。
放置されていた分境内は古くなり崩れかけている場所も多く見られたが、誰かが大切にしているのか不思議と汚れは見当たらず。
この辺りからならと、桜の良く見えるところへ座し、買ってきたお団子をナギが取り出す。
「さて欲張りセットを堪能しようね!」
「お団子とお茶も持っていくなんて贅沢セットだね、ふふ」
ずんだ、あんこ、白胡麻、みたらし。お団子の味は四種類で、ちゃんと二本ずつ。
「うん、花より団子になってしまいそうだけれど。ナギさんはどれからたべる?」
「ナギはずんだから食べます! 仄かな甘さとつぶつぶ食感がすき」
ずんだのお団子をナギは手に取り、「ウト君は、お団子何がおすき?」と烏兔に聞き返す。
ひらひらと舞う薄紅と白銀は穏やかに静かに辺りを彩り、のんびり寛ぐ二人の上にも優しく降り注ぎ。流れてくる桜の花びらに視線を上げれば、烏兔の髪に止まる花びらが一枚。
「幸せ気分だね。桜も雪も綺麗だし、ナギさんと来れてよかったよ」
誘ってくれてありがとうと嬉しそうに微笑する烏兔に、ナギも笑みで返す。
「ふふ、こちらこそ。お誘いに応えてくれてありがとう。私もウト君と来れてよかったなぁ」
そう言って、ナギは指を伸ばし、髪をすくうよう花びらを烏兔の髪から取りにっこりと微笑む。
「……この幻想的な光景の中のウト君、きれいですしね」
きっと、それはナギの姿も烏兔に同じように映っていることだろう。
雪は静かに煌めいて、花は優しく舞ささやいて。
穏やかな時間はゆっくりと過ぎていくのであった。
第2章 冒険 『見ざる、言わざる、聞かざる』

●花に唄えば
賑やかな声に誘われて、いつの間にやら花見の席にお客が一人。
狐面の少女が密かに加わって、美味しいお弁当に楽しい声に大喜び。
これで、きっと『くちなわさま』も喜んでくれるはず。だって、願いを叶えてくれたのだからと、面の下から笑顔を見せた。
いつの間にか誰もこなくなった社には、神と崇められていた古妖が封じられていた。
本来であればその封が弱まることはなかったのだが、社の主が居なくなり、訪れるものがなくなり、やがて境内と共に玉垣も壊れてしまい。そこへ少女が現れた。
少女の願いに、『くちなわさま』は囁く。一番大きな桜の木の下にある石をどけてくれと。
少女は言われるまま壊れてた玉垣を越え、小山のように積まれてた石を全てどけたのだ。
かくして解き放たれた古妖は、その力のままにこの場を雪で覆ってしまった。
封印を解かれた『くちなわさま』お酒が大好きな、うわばみ。だが酒に呑まれれば、どんな強い古妖であろうとも油断ができるというもの。
頃合いよく日が暮れれば、お酒を嗜むにも良い時間。
ならば花宴の席は酒宴の席に。古妖に気づいていないよう夜の花と雪を楽しんで居れば、匂いに誘われた古妖がこっそり酒を奪い、気が付けばお酒が減っている事だろう。
後はそのまま気づいてないよう装い、古妖が完全に姿を現すのを待つだけ。
それまではゆっくりと……。
社にだけ降り注ぐ雪の中、月を盃に浮かべ、花を愛で。もう少しだけ古妖に付き合い、稀有な宴のひと時を。
●春の月夜
日が暮れていけば、見えていた景色も又変わるというもの。
優しく降りてくる夜の帳に、微かな寒さを感じたのは雪のせいか。
「ほら、見てください」
声を弾ませ、|弓槻《 ゆづき》・|結希《ゆき》(天空より咲いた花風・h00240)が進む参道は、白銀が月明りに輝き白く幻想的な道を伸ばしている。
並ぶように歩くアドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)は、チラリと隣の結希を窺い昼間のどきまぎした気持ちをまだ引き摺っていた。
「夜の中だからこそ、より幻想的な姿が浮かび上がっていますね」
「ああ、そうだな」
夜を照らす月明りの中、雪が煌めき桜が艶やかに舞い、結希は吐息を零す。
「とても綺麗ですね」
幻想的な景色を眺め楽しむ人達の姿が、あちらこちらに見うけられるが、アドリアンの意識は完全に隣の結希へ全集中していた。気持ちがまだ落ち着かないや……と密かに深呼吸。
「弓槻、昼間みたいに耳元で囁くのはちゃんと相手を選んだ方がいいよ!」
「どうしてでしょうか?」
不思議そうに結希は小首を傾げ、青い瞳にアドリアンを写し覗き込む。
アドリアンの頬が熱くなったのは、その距離が思いの外近かったせいか、それとも思い出したせいだろうか。
「何故って? 弓槻みたいな可愛い女の子にあんなことされたら、大抵の男は勘違いして狼になっちゃうからだよ?」
「けれど。あの花見の賑わいの中ではああしないとちゃんと伝わりませんし、大きな声を出しすぎるのは、はしたないと教えられたのですが……」
他意は無かったのですが、困りましたねと結希は「ガオー!」っと悪ふざけ気味に狼のようなポーズを取ったアドリアンの手を取り、ふわりと柔らかに微笑む。
「あなたは狼ではないのでしょう」
それより……。
そのまま手を引くように、白銀が作る道へと導く。
「今度もきっと何処かに行くのですから。ただ寝て、ひとりで見る夢より素敵な場所に。だから笑ってください、ね?」
結希の笑顔に、特に他意が無いのだろうとちょっとだけ残念な気持ちを感じながら、一緒にまだ誰も踏み出してない雪の上へと足を一緒におろす。
「そうだね! 君と過ごす今は、お昼寝するより素敵な時間だ」
そして、これからの道は今から作っていく。
月明りを受け輝く雪に包まれて、舞う桜に包まれ楽しそうな結希の姿が妖精のようで。
思わず表情を綻ばせながら、キレイだと微笑み、アドリアンは結希の後を追って。仲良く二人の足跡が続いていくのであった。
●月影の刻
花の社は幻想的に、目の前に広がる。
暗くなったせいだろうか、吐く息も白くなったような気がする。
「くちなわって、忌み言葉ってのは最近の子は知らんのかねぇ」
思わず|白《つくも》・|琥珀《こはく》(一に焦がれ一を求めず・h00174)が嘆息したのも無理ないか。
くちなわ、朽縄――蛇。
神聖なものも実際居るが大抵のものは表裏一体。
「知っていれば察して封印を解く事もなかったかもだが。まぁいいや」
過ぎたことを言っても仕方がない。酒盛りだ酒盛りと縁に席を設け、日本酒を入れたボトルにお湯を入れたボトル、あとはぐい呑みと乾きもののつまみを少々用意。
「雪見酒花見酒月見酒、一度にできる事なんてよっぽどのことだからな」
昼とはまたその姿は変わり、白銀は月光に輝き、薄紅が舞い散る。
ここまで揃ったならば、温泉でもあればもっと酒が進んだかもしれない。扇は丁寧に懐にしまい、のんびり月見酒で興じようかと思っていれば、琥珀の視線の先に、何だか白い影が……。
いや、やけに白い。それこそ雪よりも白い大理石のような白い肌と白い髪の青年、ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)の人型の姿だ。闇一色のスーツ姿のせいか、双眸を覆ったゴーグルグラスのおかげか。やけにその白さが目立つ。
その目は何も映さない伽藍だが、周囲にあるものを指先が、全身の感覚でウィズは感じる。
「力の流れ。ここの世界ならインビジブルが近いか。空間に満ちた力が降り注ぎ雪の形を取る。根づいた桜が花をつけ、闇が光を避け形を浮かび上がらせる」
ウィズにとって見える世界は、他の者が見てる世界と寸分たがわない。
雪は冷たく白銀に、月は静かに輝いて、花は鮮やかに薄紅に舞う。
「いやー、良い夜だぜ」
|酒精《アルコール》を飛ばし酒の風味だけを味わう、所謂ノンアルコールドリンクを手に、ウィズが喉を潤していれば、うへへと笑いながらイノリ・ウァヴネイア(|幽玄の霊嬢《ゴーストループ》・h01144)が嬉しそうに桜の木を見あげている。
「周りに気兼ねなくお花見できるのは良いですね……うへへ……あっちで夜中にお花見してて、うっかり“見える人”に見られたら……また幽霊公園だとか騒ぎになりかねませんし……」
まるで酔っているようなテンションだが、イノリが飲んでいるのはジュースだ。
お花見らしくお酒を桜の木の前に置いてくれたようだが、まるでお供えだ。
「周りに気兼ねなくお花見できるのは良いですね……うへへ……あっちで夜中にお花見してて、うっかり“見える人”に見られたら……また幽霊公園だとか騒ぎになりかねませんし……」
ここであれば、どれだけ幽霊が騒いでもきっと大丈夫。勿論、他の人には迷惑は掛けないように。
「こうしてると幽霊達も飲めないけど飲んでる気分になるんでしょうか……それとも、ほんとにお供えって効果があるんでしょうか……」
真っ黒な影の〈影沢さん〉も雪の上を黒く染め上機嫌で、牙の幽霊の〈牙谷さん〉はお腹が空いてるのか、いつも通りもっとくれと牙を鳴らす。
「あ、はい……お弁当まだありますよ……」
なんてイノリが自分についている幽霊の対応をしていると、何だか知らない幽霊の手も沢山。
「あ、あれ……いつの間にか私達の周り、幽霊が増えてます……? 私は呼んではないんですけど……あ、あのぉ……あんまり騒ぐと他の方の迷惑になるので、控えめにですね……」
落ち着いた雰囲気で飲んでいる琥珀とウィズの雰囲気に、お邪魔ではとイノリはより慌て幽霊たちにシーっと指を立て注意をするも何だかいつもよりフワフワしているようで、困惑が浮かんでいた。
あちらは随分と賑やかだと、琥珀とウィズが眺めていれば彼らの視線が合わさり、互いに笑む。
「今日はいい月ですね」
「あぁ、いい月だぜ」
熱燗ですがどうですと琥珀が示せば、これがあるのでとウィズは手元のお酒風の液体を揺らし同じ縁に腰掛けると、水面に月を揺らしながら同じようにゆっくりと煽った。
「こうして過ごせるなら、火鉢でするめあぶりながらが良かったかなぁ」
酒精はともかく、こうも酒が進み共に時を過ごす者がいれば、欲も出る事だろう。
なら、手酌でもとボトルを琥珀が手を伸ばせば、やけに軽い。これは、酒が好きだという古妖でも現れたのだろうか。それとも……。
深々と、そしてヒラリと静かに雪と桜が舞う。
「えっ、酔っ払いだらけ? 飲んでないっていうか飲めないんですよね……? あぁ……もう」
静かにしていたかったんですけどと、慌てるイノリの声ですら雪に吸い込まれて。雪月花の幻想が、ゆるやかに広がり続ける。
賑やかさは、桜と共に華やかに。静けさは、月明りと共に過ぎて……。
●あたたかな夜
日が暮れ始めれば、白銀はより美しく。
舞う花弁は、月明りに浮かび幻想的に彼らに降り注ぐ。
幻想的な風景だが、雪だと分かるだけで寒さを感じるのだから不思議だ。
「日も沈むと流石に冷えてきましたね……雪も降ってますし――」
「そうだな。雪も相俟って肌寒いな。だが……」
寒そうに両腕を抱いた|竜宮殿《 りゅうぐうでん》・|星乃《ほしの》(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)を抱き寄せようと、ジェラール・ラ・グランジュ(ラ・グランジュ王国の王弟殿下・h06857)は手を伸ばしかけた。
寒さを口実に、肩を――いや、そのまま「こうすれば寒くない」と自然に抱き寄せられるという寸法だ。
(「ここで距離をつめ一気に意識させれば――」)
「お待たせしましたー! 和洋中甘味、何でもござれ。不思議御食事処『ゲンコツ山』移動支店で出店ですよー」
絶妙なタイミングで|隠神刑部《いぬがみぎょうぶ》・|平太郎《へいたろう》(御食事処『ゲンコツ山』のタヌキさん・h02554)のキッチンカーが、社の傍らへと到着。
いや、ジェラールとしては乱入された気分か。
「お花見に美味しい料理を振る舞っちゃいます!」
いらっしゃいませと開店するお店と、漂ってくる暖かで美味しそうな匂いに星乃はくるりと振り返り。伸ばされていたジェラールの手は宙を掴む。
「今回提供するのはお味噌汁各種! 春とは言え、まだまだ夜は寒いですし、雪も降ってますから、温かい汁物は美味しいです」
キッチンカーから呼び込む平太郎の声に、見てくださいと星乃が示す。
「キッチンカーです。商品がお味噌汁って珍しいですね。頂きましょう」
「え……あぁ……」
声を弾ませキッチンカーに向かう星乃を止めることは出来ず、行き場のなくなったジェラールの手が心もとなく彷徨い拳を握る。
(「キッチンカーの狸に邪魔された!?」)
狸めと思いながらも、星乃を一人で行かせるわけにはいかない。キッチンカーに近づいて行けば、何やら店主の美狸と話が弾んでいるようで。
「……え? 店員の狸さん、今、『隠神刑部』って名乗りましたか?」
「……妖怪? 階悌1の獣人……ではないのか……?」
平太郎は狸の顔をにこにこと綻ばせ、間に入ってきたジェラールの言葉にもミミを傾ける。
「私、そういう名前の古妖さんと、この前マガツヘビ相手に共闘したんですが……?」
「……はて、同じ名前の古妖? まー、遠い遠い親戚かもしれませんねー?」
それより、ひとついかがですと平太郎はメニューを見せる。
「しじみ汁はお酒を飲まれてる皆さん用でしょうか?」
「お酒を飲んでる皆さんにはしじみ汁、飲んでない皆さんには豚汁がオススメですよー」
「……まあ、俺たちの歳では酒も飲めないし、手持ち無沙汰だった。豚汁がお勧めならそれを貰おう」
邪魔が入ったのはまだ気になるが、星乃が欲しそうに眺めているのだ。ジェラールに購入しないという選択肢はない。
おまちどうさまと出された二つの豚汁を平太郎から受け取ったジェラールは、一つを星乃に。
「ほら、星乃の分だ。弁当のお礼に奢らせてくれ」
ずいっと押し付けるように渡された豚汁を、星乃は嬉しそうにひとくち。
「……!? 明らかに私のお弁当より美味しいです……」
「……いや、案外旨いな」
「ジェラール先輩も、私のお弁当を食べた時より嬉しそう……」
「確かに、季節は春でも夜になれば肌寒いし、ここは雪が降っているから余計に堪える。……味噌汁は、意外に絶妙なチョイスなのか……?」
さすが商売人。この綺麗な景色をただ楽しむのではなく、この場に適した食を心得ている。
「な、何だか凄く複雑ですね……」
ジェラールが素直に感心している様子に、星乃が微妙な表情を浮かべる。
「いや、星乃。この狸、曲がりなりにも本職なんだ。嫉妬するのは……なあ?」
「し、嫉妬じゃありませんからっ。でも……うん。絶対料理上手になりますっ」
慌ててフォローするジェラールの言葉に、やはり頑張らねばと星乃は決意し。
「お味噌汁のコツは、しっかり出汁を取ることとお味噌を溶いてから煮立てないこと!
それを守るのが大事でーす」
ちゃっかり二人の会話を聞いていた平太郎が、にこやかにアドバイスし。
少し恥ずかしいような複雑な。キッチンカーの灯りがあるとはいえ、雪と夜とできっと頬が染まっていたのはお互い共見えなかったことだろう。
ほぅっと吐いた暖かな息が、白銀と薄紅をのみこみ、吸い込まれるように月へと昇っていくのであった。
●舞い散る宴
なるほど解き放たれた古妖は蛇の類か。しかし……。
「ウワバミって、あんまりお近付きになりたくないんだよなァ」
「蛇ってだいたい大酒飲みですもんね。むしろ、蛇で酒飲みじゃないやつ見たことないかも」
大酒飲みが相手かと憂鬱そうな緇・カナト(hellhound・h02325)に対し、|野分《のわけ》・|時雨《しぐれ》(初嵐・h00536)は、こっち来てと平常だ。
「よし、カナトさん。ここ、店の前で飲もうね」
「……そういえば其処の牛鬼クンも実はそうらしかった。メンドウくさ」
カナトはボソッと言ったのに、どうやら時雨には聞こえていたようで。
「いま面倒って言った?」
「さぁ、気のせいじゃない? オレは美味しいもの食べていたいのになぁ……」
えーんとワザとらしく泣きまね声をあげふざけていると、問答無用で酒の盃が用意されていた。まぁ、付き合い飲みくらい。
「はい、かんぱ~い」
「はい、カンパ~イ」
「杯乾かせ、酒中に真あり! おかわりください」
おかしいな。たった今、乾杯したばかりなのに、時雨の盃が文字通り空に乾いている。
「……飲み終えるの早」
カナトは塩枝豆や焼き鳥、塩辛などをつまみにのんびり食べながら、どこに消えていくんだろうと見ていたが、やっぱり一瞬で酒が消えているようにしか見えない。
リアル牛飲馬食の光景はずっと眺めていられるが、やっぱりお酒が水のように口を付けたら消えている。無限酒?
「おかわり。あっつくなる分、やっぱり冷えてるほうが美味しいですね。……もう、瓶ごと頂いても良いですか?」
「瓶まで出てきた」
火照った身体を冷ますよう襟元をゆるく時雨が仰いでいれば、遠慮なく一升瓶の酒が運ばれてきた。これも直ぐに飲み干してしまうのだろうか。
「ぷはぁ……異常気象とか言ったけど、雪見酒は好きかも」
風に流れてくる雪の冷たさが火照った身体には気持ちよく、月を見上げ時雨は上機嫌だ。彼が狼であったら遠吼えでもするとこか。残念ながら狼なのはカナトの方だ。
確かにこれだけ綺麗な景色が目の前にあれば、お酒が進むのも分からないでもないが。
桜を眺めながらカナトが自分の盃を手にしようとしたら、いつの間にやらお酒は空っぽに。古妖にでも掠め取られたか。
「ん? ねぇ、カナトさん、グラス空いてるよ」
「水じゃないでしょうに。未だ入ってまーす」
「目上には下っ端が注がせていただきます」
盃に手で蓋をするカナトにニヤッと笑い、時雨が酒瓶を揺らす。
「うわばみ相手にするんですから。飲まなきゃ負けだよ」
「片方に勝ち目あるなら、別に負けでも良いんじゃないのぅ。酔ったところでそんなに面白くも……いや、いいか」
何だか微妙にカナトの語尾が怪しい気もしないでもないが、まさかあれだけのお酒でと時雨が探るような眼差しを向けていると、カナトは何やら取り出し広げて見せる。
ビローンと広げられたのは、蛇腹折り状に繋がった大量のお手伝い券。しかも御丁寧に切り取りやすくミシン目も入っている。
「手伝い券、コピー残50枚程あるのどう思う?」
「50枚!? 酔ってんの? 全部寄越して」
奪い返そうと時雨が手を伸ばせば、素早くカナトが背後へと手を伸ばし遠ざける。
「全お願い叶えてくれるのかァ?」
「そこに吐いてやりたい」
リアル反芻してやろうかと時雨が睨むも、カナトは楽しそうで二人の周りでは雪と花弁いがいに、お手伝い券も舞い踊るのであった。
●雪に月花
夜の帳が落ちるのと共に、着物姿で石段を並んで上がってきた二人は、目の前の景色に足を止めた。
社のあたりだけ不自然に降る雪と、月明りに照らされる中舞い散る桜。
|天國《あまくに》・|巽《たつみ》(同族殺し・h02437)の草木染めの灰桜色の紬が、風を孕んで揺れるたび、淡い色合いが月光を優しく映し、香木の名を思わせる伽羅帯が静かな重みを与え落ち着いた空気を纏わせて。
揃いの羽織は控えめに肩を包み、喉元には樺茶のストールが一巻き。
その渋く落ち着いた色が、巽の横顔にひと匙の柔らかさを添えており、見上げる|一《にのまえ》・|唯一《ありあ》(狂酔・h00345)の表情が綻ぶ。
雪混じりだがやわらかい春の夜風が唯一の頬を撫で、深い藍の地に、白く浮かぶ波紋の文様が着物上で静かに揺らぎ。白地の帯には金糸が舞うように織り込まれ、月灯りにふれれば微かに瞬き、その爽やか色合いが、春の宵にひときわ冴えて見えた。
「――嗚呼、美しい景色や。絢爛の春と静謐な冬の共演やね」
白と薄紅。冷たさとぬくもりとが空中で交わり、音もなく踊り伸ばされた唯一の指の間をすり抜けていく。
「雪が降ってるだけあって、ちィと冷えるな。唯一は寒くねェかィ?」
「ん? ふふ、少し寒いなぁ 温めてはくれへんの?」
唯一は持ち込んだ黒いストールは軽く腕にかけて纏い、風が吹くまま自然に流し。敢えて巽に軽くしな垂れるよう寄り添った。
「生憎荷物で手が塞がっててね。今はこれが精一杯だよ、別嬪さん」
耳元に唇を近づけ囁き、そう言いながら開けた片手で手を繋ぎ、縁台へと導き腰掛けさせると朱塗りの野点傘を開いた。
「それにしても、桜に雪はまだしも、月までたァけったいなこった。今宵だけで雪月花、全部味わえちまう」
桜にゃ思い入れが在り過ぎると、巽は言葉を止めここまで運んできた包みを開けば小振りの重箱いっぱいの料理が唯一の目を輝かせる。
「俺特製、春のアテお重だ」
「これはお酒が進みそうやね」
先程までのしっとりした雰囲気は何処へ行ったのやら。
春がぎっしり詰まった重箱は、色も鮮やかに。
艶やかな黒褐色に炊き上げられた|山蕗《やまぶき》は、山菜特有のほろ苦さと甘辛さが広がり。菜の花の辛子和えは、緑の中に僅かな黄色が混じり、苦みの中にも爽快さのある仕上がりに。筍の煮物は、噛めば程よい歯ごたえと出汁が口の中に広がり。
焼きそら豆は、香ばしさとともにほっこりとした甘みを。ウドの酢味噌和えは、ウド特有の清涼感とほろ苦さが酢味噌の甘酸っぱさでまろやかに。
そして和の中に並んだアスパラの生ハム巻きが、さりげなく洋の風が吹き込ませアクセントに。
肴も旨い、酒も美味しい。
唯一が誕生日に彼から貰った鬼も蕩けるという日本酒『偽・神便鬼毒酒』を、初開けし互いの盃に注ぐ。酒呑童子を惑わした曰くつきの酒の名だが、これは偽。ただの美味しい酒だ。
「今日の桜は良い思い出になるとええな。さぁ一献」
「だが今日は――勿論、いい思い出になるに決まってるさ」
「今宵のお供に選んでくれて、おおきに、巽」
「お前と見れて、良かったよ」
互いの笑みは盃に満たされたお酒に月と共に揺れ、白銀と薄紅舞う中、ゆっくりとこの時を楽しむのであった。
●春幻夜
天から降りるのは、春の花弁と、冬の粉雪。
社を静かに見下ろす月が、それらを淡い黄金に染めていく。
「うううん、何だか事情を知ってしまうとやりにくいねぇ」
ナギ・オルファンジア(Cc.m.f.Ns・h05496)はそう言って、肩をすくめた。
乳白色の髪が桜と雪に濡れながら、その手には吟醸酒の瓶と、小さなグラスが弄ばれている。
「せめて、お酒を多めに差し上げようか」
自分はお酒は強いんだとくすりと笑い、いくつもの酒瓶。吟醸、カクテル、クラフトビール。スパークリングワインに、にごり酒。彼女の好みがそのまま並ぶ。
「お好きなように、こっそりお味見なさいませ」
別にいくつかが知らぬ間に減っていてもいいさと、大盤振る舞いだ。
その様子を眺めながら、|神賀崎《かみがさき》・|烏兔《うと》(世界を救う光・h01652)は少し困ったように笑った。
ボディラインの分かる黒衣をまとう、その顔には大人びた影がある。
「それにしても、ナギよりも大人っぽいウト君が、外形年齢では未成年とは……美人すぎての迫力で、目眩ましでもされているかのよう、なぁんてね」
桜の花弁がひらりと、ナギの指に舞い降りる。
「残念ながら僕は呑めないから、代わりにナギさんにお酌でもしようかな。なぁに、僕だってそれぐらいできるさ」
「おや、お酌、ありがとう、ありがとう」
静かにグラスに注がれるお酒に、ナギの目元がふわりと緩み、ふわふわした心持ちに頬が紅を帯びる。
「ではナギも、お酌しようね」
そう差し出してくれたノンアルコールの飲み物とナギの気遣いに、烏兔はややはにかんだような、優しい笑顔を浮かべた。
冷たく澄んだ夜気の中、白い息がほのかに光る。
「……美しいねぇ」
それは夜の光景か、それとも——君か。
けれど、気恥ずかしくて、その言葉は胸の奥にしまっておこう。
ナギが、ふと顔を上げた。
「ええ、本当に美しいことで」
夜の闇に咲く桜と、白く舞う雪。
そのすべてが、まるで夢のように、ゆっくりと沈黙の中に溶けていく。
一口、二口……ゆっくりと進むグラスの中が半分程軽くなり。
「夜闇に、一層花弁と雪が際立つよ」
ナギが静かに言う。
「勿論、君の白い花顔もね」
烏兔は何も言わずに、ただ彼女の言葉を受けとめた。
そして二人は並んで、月の下、花と雪の舞う夜を眺める。
ひらひらと舞う白銀と薄紅が月明りに煌めき、闇夜を彩ってく。
沈黙は優しさ。
酔いも醒めぬ、けれどどこか儚い、春の夜の幻想――。
●雪月花の三重奏
ふわりと肩に落ちた白が、雪か桜の花か、すぐには見分けがつかない。
月に照らされた社では、夜が訪れた今も、春と冬が静かに手を取り合っている。
「わぁっ、みてー! 雪がいっぱい!」
エメ・ムジカ(L-Record.・h00583)の声が夜空を弾けた。
ぴょんっと跳ね、彼は雪を追って舞いあがる。
まるで野兎のように元気に、金砂の砂時計のイヤリングの砂も弾み、枝の上の花たちも微笑んでいるようだった。
「今更だけど、春なのにふっしぎ~♪」
くるくる回りながら、エメは空を見上げる。
「桜さんは、雪でさむくないかな……?」
優しげに枝を見上げ、「でも、雪のお帽子かかるの、かわいいなぁ」と日記に残す写真を何枚かカメラにおさめ、ほんわりと笑顔に。
「ムジカ君、楽しそうね。雪と桜が同時に見れることなんて、滅多にないものね」
|兎沢《とざわ》・|深琴《みこと》(星華夢想・h00008)は隣で目を細めた。
その瞳には、夜桜が静かに映る。
「こんな素敵な景色だったら、お酒も飲みたくなっちゃうよねぇ」
|黒南風《くろはえ》・|螢《けい》(毒雨入之刻・h01757)が、肩をすくめて笑う。
「お酒を飲みたくなる気持ちも分かるな。それは、後で一緒にね」
うんうんと頷く螢に、深琴が微笑む。
「寒いかもしれないけど、だからこそ、お酒であったまりたいのかもよ? ま、あちらさんがこっそりお酒とか楽しめるように夜の宴、楽しもうか」
古妖がどんなものであろうと、誘き出さない事には何も出来ない。
「さぁ! せっかくの夜の宴、3人で楽しい時間へお礼をしよっか」
折角だし――エメは竪琴を取り出して。
宴の一角に場所を借り、賑わいを望んだ少女や宴を楽しむ皆へ。花咲く幸に一曲を。
「合わせるよ」
そういって螢はギターを手にし、温かな音色を宿したそれは、月の光に導かれるように、彼女の指が静かに動き出し。
「二人の演奏、楽しみにしてたのよ」
そう言って、深琴はエレメンタルオーブを手に暖かな光をふわりと空に浮かばせ。
小さな竪琴でエメは宴と交わる穏やかな旋律を奏で、詩を夜空へ紡ぎ。その詩にあわせて、螢がギターを重ね。深琴の放つオーブの光が、夜の宴に暖かな灯りを添える。
柔らかな響きが、雪を撫で、桜を包み、聴く者の心にそっと舞い降りて。ひらひらと舞う花びらたちも、その光に照らされて、まるで踊るように揺れた。
♪光よ満ちて、世界に踊れ 人へ花へ雪へ降り注ぎ
掲げる盃に美酒を満たそう
舞う光を優しく見つめ 合わさる演奏に心癒され
ああ…夢のような心地だ
三人の紡ぐ調べは、やがて社の外まで満ちて。
夜空に舞う白銀と薄紅が、音色に揺れたように感じたのはきっと夢ではない。
「冒険ってさ、こうしてふしぎに会えるから楽しくなっちゃうの」
エメがそう言って、瞳を細める。
「冒険、かぁ。全てのものに終わりは必ずあるけれど。それでも、こうした心踊る瞬間に出逢える、ってのは今を生きているからだし……」
螢が静かに呟く。
「ある意味それって冒険、とも言えるのかもね」
「皆で不思議を共有出来るのも素敵。ぜひまた行きましょう」
いつの間にか深琴は目を閉じ、音に耳を澄ませていた。今日の写真と共に、思い出とこの旋律も閉じ込めておきたくて。
雪と桜と、三人の音楽と。
世界は確かに、夢のような心地に包まれていた。
●いつかの夜
月の光が、雪のように降り注いでいた。いや、実際に雪も舞っている。
桜の花びらと見分けのつかぬほどに白く軽やかで、冷たくも柔らかく。
「夜の桜は月の光のせいか、儚い気がする」
|永雲《ながくも》・|以早道《いさみち》(明日に手を伸ばす・h00788)が呟く。
藍染めの着物の上に羽織った薄衣が、風にふわりとなびいた。
「いつかは散るから、きれいなのかもね」
「ひとまず昼間は上手くいって良かった! で、でも次はお酒かぁーー!」
う~んと唸る|日南《ひなみ》・カナタ(新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h01454)の前で、以早道は魔法瓶を取り出す。
蓋を開ければ、ふわりと甘い香りが広がる。
「甘酒、作ってきたんだ。酒粕を溶かして、砂糖を入れてある。あったまるよ」
みんなで飲もうと微笑んで、白い湯気を吐きながら、小さな湯呑みにそっと注ぐ。
「って、え、甘酒? なるほどさっすが永雲君! 俺、そんな事思いつかなかったよ!」
「火傷しないように冷ましながら、ね」
「ふふっ……ありがとう……」
ステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)は受け取った湯呑みを両手で包み込み、美味しいとひと息。
「昼間の桜も綺麗だったけれども、夜の桜はまた印象が違うね。凛としてて、静かに見守られてるような気がするわね」
その瞬間、ひとつのくしゃみが夜に溶けた。
「……っくしゅん」
そして、ふわりと照れたように小さく笑み、身体を温めるようもう一口。
「甘酒、すごく美味しい。わたし達はまだお酒は無理だけど……いつか、お酒が飲めるようになったら、またこうして皆とお花見がしたいな」
少し先の未来をその瞳に映しているかのように、エメラルドの輝きでステラは月明りを見上げる。
「その頃には、以早道さんは立派な角が生えていて、カナタさんもベテラン捜査官になっているのかな……ふふ、とても楽しみ」
「いやぁ、そうかなぁ?」
「本当に、早く角が生えてこないかな」
カナタが照れ笑いを浮かべ、以早道も嬉しそうに彼女の横顔を眺め微笑んで。
(「ステラは落ち着いた感じで夜だとちょっと神秘的かな。魔法使いだからかも。日南は白い髪と目の色のせいか月明かりの下だといつもより幻想的かな。話すと楽しいのはいつも通りだけど」)
そんな風に二人を眺め、以早道は嬉しそうに目を細めた。
「やっぱり、昼間とはまた雰囲気が全然違うねー。月も出てるし、雪も桜もあって、ほんと不思議な光景……」
「雪と桜と月……不思議で素敵な光景だよね」
三人は並んで腰を下ろし、しばし甘酒の暖かさを抱き、美しい景色を心に刻んでいく。
ひらひらと雪と桜が舞う中、ポツリと以早道が口を開く。
「古妖が人間を襲うから封印されるんだとしたら、それは人間と妖怪達の都合かもしれない」
「くちなわさまはお酒好きでさ、雪も降らしてしまったけど……」
舞い降る雪に、手を伸ばすカナタの声には、少しだけ翳りがある。
掌に落ち溶けていく雪は、とても冷たい。
「やっぱり封印しなくちゃならないほど、悪い古妖に思えないんだよな……」
「生き方の違いで相容れないのは寂しいかも……でも、いつか、一緒に仲良く出来るといいよね」
二人の言葉を聞いて、ステラは月を見上げた。
「もしかしたら古妖も、こうして皆と一緒に、お花見がしたかったのかな。……なんて、思ってしまうんだよね」
三人はしばらく黙って、夜の静けさを味わった。
雪が静かに肩に降り、桜の花びらが頬に触れる。
それらすべてが、まるでこの夜を祝福しているようで。甘酒の湯気が、月光に溶けていく。
いつか、大人になったらまた三人で――。
雪と桜の夜は、優しい月の光とともに続くのであった。
●桜雪月灯
月に照らされた社は、春を咲かせながら冬を舞いあげる。
白く静かな雪が、夜桜の枝々にそっと降り積もり。花びらと雪片が入り混じり、夜空に舞う光景はまるで夢のよう。
「んー、夜は流石に肌寒いね」
九鬼・ガクト(死ノ戦神憑き・h01363)はそう呟きながら、首にふわりと何かがかけられたのを感じた。
|香柄《かづか》・|鳰《にお》(玉緒御前・h00313)の持参したショールだった。
「ガクト様、寒くは御座いませんか?」
「んー? ありがとう」
彼は鳰の顔を覗きこむようにして、そっと両手を取った。
「ほら冷たい。鳰の手は元々冷たいけど……今は氷の様だ」
紫の瞳に映り込んだ赤が重なり、淡い煌めきを揺らす。
「私の事はお構いなく……」
「僕は大丈夫だけど、鳰が風邪を引いてしまうね」
「……あら、恐れ入ります」
貴方様の熱を奪いたくはないのにと少し恐縮するように、鳰ははにかむ。彼女としては、主にこそ風邪をひかせたくないのだから。
ガクトは、そんな鳰の気持ちなど構わず、彼女の手を包むように擦る。
指先が互いに触れ合い、ひとときの沈黙が雪の音に重なる。
「んー、鳰が居なくなったら困るね」
「……ふふ。大きな手のなんて温いこと」
鳰は目を細めた。
「私が雪だったら、きっと溶けてしまいそう」
月明かりが差し込み、二人の間に落ちる白のひとひら。
頬に触れたのは冷たく、次に瞳に舞い咲いたのは柔らかい。
「んー? 確かに不思議な光景だね」
「この貧弱な目では、桜の花弁と雪片の区別はつきにくいですが、夜空を舞う白いひとひらはうつくしいです」
確かに、鳰の瞳にははっきりは映りにくいかもしれないねと、彼女の事を知るガクトは瞳をなぞるかのように軽く彼女の瞼に触れる。
「じゃ、次に触れるのは雪か花びらか?」
「さて、どちらでしょう」
鳰が指先を差し出し、白をひとつ受けとめる。
「今のは……冷たい。雪でしたね」
「それは雪かい? じゃ、こっちは……花びら、だね」
指先に触れた雪は溶け、花びらはすり抜けるよう撫でて地面を染めていく。
「あら? ガクト様、御髪にも……」
夜のようにも見える紫のガクトの髪に捕まった、白を見つければ鳰は指を伸ばし摘まみあげ。
「これは溶けないので桜、ですね」
花弁に残る香りを楽しむように、微笑んだ鳰の姿が優しく月に照らされる。
「雪と桜を共に、だなんて。贅沢な光景ですね」
「……どちらも儚げだから美しい」
雪も桜も、彼女も――。
舞い上がる幾つもの白を楽しむのもいいが、花見と言えば忘れてはいけない。
鳰が小さな包みを取り出し広げていく。
「花見弁当をお持ちしました。よろしければ、召し上がりませんか?」
「んーー? 花見弁当。鳰は相変わらず用意周到だね」
「それはもう、主人を空腹には出来ませんもの。最初は自分でと思いましたが、これは評判のお店で買い求めたものですよ。ご安心くださいな」
受け取る手に微笑を浮かべながら、ガクトは言う。
「買った弁当? なるほど、美味しく頂くよ。でも、鳰の手作りでも私は問題は無いよ?」
「まぁ……恐れ入ります。でも、栄養と衛生重視で、味は後回しにしがちな自覚はあるのですが……」
「ただ色合いというか、面白い発想だとは思うけど、味的には問題は無いよ。因みに、どんな弁当を作るつもりだったのかな?」
「例えば……衛生面を加味して限界まで加熱した煮物に、明日葉入りの卵焼きですとか」
「んー、それは味が濃そうな煮物と色鮮やかな卵焼きだね。でも、普通で良いんだよ」
「普通ではいつも通りでしょう? もっとお役に立っておきたくて」
「いいんだよ。ちゃんと役に立ってるから」
鳰の手間と心を知って、言葉に温かさを込める。
ガクトが袋の中から取り出したのは、酒瓶と小さな盃。
「せっかくだから、食べようか? お酒も用意したし。夜の花見と雪見を観ながら」
「お酒、ガクト様も、ご準備がいいですね」
「お酌してくれるかい?」
「勿論喜んで。ふふ……私はお茶ですが、乾杯致しましょうか」
「んー、そうだね。じゃ……」
盃と湯呑みが、静かに触れ合う音がした。
それはまるで、夜の闇に灯る小さな灯火のように、柔らかく。
月が照らす二人の影は、淡く社の地に揺れている。雪はそっと積もり、桜はそっと舞う。
言葉も、音も、温もりも、すべてが夜にとけ込んで。彼らの背には神も人もいない。ただ静けさだけが見守っていた。
●春の夜夢
夜の帳がゆるやかに下りた社は、月光に静かに照らされていた。
桜の花弁が風もなく舞い、空からは淡雪が降る。
春と冬が同時に訪れたかのような光景に、息を呑む。
社殿の石段の端に立つのは、白髪の|人狼《かみさま》──|瑞月《みづき》・|瀧琳《そうりん》(天満月ノ君影草・h06009)。
月の光に染まる長い白髪は銀糸のように淡く広がり揺れ、緑の瞳は何かを捜すように景色を彷徨い、その手には大きな酒瓶が握られていた。
どうやら此処に居る何かも慕われていたようだが、社の廃れた有様をみるに忘れられたのか、それとも始めから忌むべきものであったのか。
考えても仕方ないとピアスで飾られた大きな獣の耳は緊張を解き、ゆるりと二本の尾が揺れる。
「雪見と花見が一揃えとは……偶には出かけてみるもんだ」
ただ少しばかり冷えるがと、肩に積もった雪を振るい落とし、独りごとのように呟く声は低く穏やかだ。
極道者を束ね預かっていた組長としては、これほど静かな宴は稀であろう。
「子分の居ない宴の席なんて随分久しいな」
誰が気を遣う事も無く、『一人時間』という物を謳歌すべくゆるりと社を歩く。
だが、良い席を探すもどことなく落ち着かないのは一人に慣れてないせいだろうか。
そう白銀を歩く中、不意に向けた視線の先、桜の樹の下に、ひとり静かに座している青年の姿が目に入った。
漆黒の髪に漆黒の瞳で桜を仰ぎ、整った顔立ちは持って生まれた形ゆえか静謐さと鋭さを宿し。だがその眼差しには、歳月を超えたような深い静けさを湛えている。
「こんなひと時に巡り会えるとは、好い夜ですね。社の雰囲気と相まって神秘だ」
賑やかな宴の声と姿を肴に、好き日の祝い酒を持参した |月杜《つきもり》・|音哉《おとや》(三日月の夢現・h05602)は桜の木の下に席を取り、静かに手酌でこの場の空気に付き合おうとしていた。
「おや……貴方もお一人でしたか?」
ふと近づく誰かの気配に、音哉は視線を上げ、同じく一人酒を手に佇む瀧琳の姿に気づく。
その語り口は礼節を忘れず、けれどどこか只人ではない温もりを持たないような響きでもあった。
それが瀧琳には、妙に心地良い。
「もしよければ、ご一緒に如何ですか? 皆が楽しむ宴になれば、彼方の少女にも幸いな事なのでしょう」
そっと差し出された盃に、良かったと瀧琳は安堵するよう笑みを零し、少女の姿の向こうに娘の姿を思い浮かべた。
「放たれた古妖は放ってはおけぬが、一人の少女の笑顔を少しでも咲かす事ができるなら、
宴を楽しむのも悪くはない」
「酒も進めば時期に古妖も誘い込まれるだろう。折角の宴の席だ、しがない男の話し相手になってくれるか? 若人よ」
戸惑いながらも、音哉から瀧琳は盃を受け取った。
彼にとって盃には、様々な意味があるのだが、音哉に他意はない。
月光が盃に満たされた酒に反射し、ほのかに揺らぐ光が二人の間に橋をかけた。
「話し相手なら、喜んで。隣へどうぞ?」
空いた手で音哉が席を示せば、瀧琳は腰を下ろし盃と空とを不思議な心持で見つめた。
「……嗚呼、こんな気軽に盃を持ったのも、久々だな」
瀧琳が腰を下ろすと、二人の影が雪に並び、その輪郭がじわりと溶け合っていくようだ。
「酒の肴にするのはこの景色か、それとも互いの身の上話にでもしてみるか」
言葉少なな音哉に対し、今宵の瀧琳は饒舌だ。
「今宵交わした話は、酒の勢いとでも」
音哉は手元の酒に目を落としながら、小さく呟く。
「お酒の席は夢と同じ……|現《うつつ》に戻る頃には忘れましょう」
「忘れるか。そうかもしれんな」
瀧琳の声は、懐かしさが混じり、ゆっくりと開かれ、過去の話が語られる。
それは組長と呼ばれ、仲間と業を抱えた日々の一幕。
「私には年頃になる娘がいる。今まで一人で寂しい思いをさせてきてしまったからと、我儘に付き合って『探偵』の商いに手を出してみたが……こっちの方が気楽でいい。些か、『組長』なんて器ではないのだろうな」
「探偵さんですか……これは立派なお仕事に励んでいらっしゃる。謎を追求し、他を救う事は早々真似もできません」
誰かの為にというのは、尊く力にもなる。
音哉もかつては、そうであったが仕えていた主は遠い場所で失い、こうして残った己は何処へ往くのか行く当てもなく主なき世を揺蕩っていたという。
「私が此処にいるのも、己が元居た場所がこういった社であったが故。懐かしさを引きずって此処にいる、唯の刀の化身に過ぎませんから」
「社か……そうそう、内職で神社の管理もしていたこともあったな。そんな点で言えば、私も馴染みが在って、懐かしいと感じているのかも知れん」
「これはまた……偶然の出会い、というには出来すぎているかもしれませんね」
空いた互いの盃を再び酒で満たしながら、微かに音哉は表情を綻ばせる。
「其れならば……馴染みのある者同士、此処で出会ったのも何かのご縁でしたでしょうか」
「嗚呼、本当に。縁とは不思議なものだよ」
瀧琳の声が静かに夜へ溶けて、桜の花弁が音もなく盃へと落ち波紋を広げる。
「こういった些細な縁ほど、一生のものになるかも知れないしな」
「ならば、大事にしましょう。このひとときを」
音哉がそう言うと、瀧琳もまた酒をひと口、喉を鳴らして飲み干した。
二人はしばし、言葉を交わさず、ただ空を見上げた。
夜空に浮かぶ月に照らされ、桜と雪が描く、白と紅の景色の中。
二人の心に、静かな火が灯り、小さな縁が結ばれる。
だが、忘れられない夜の欠片として、きっと互いの心に残ったことだろう。
第3章 ボス戦 『八岐大蛇之姫巫女』

●くちなわさま
月明かりが社を照らし、夜桜が静かに揺れていた。
その薄紅の花弁とともに、雪が舞い。冷たく、優しく、春と冬が重なるような光景は幻想的であった。
だが、次の瞬間。
積もっていたはずの雪が、するりと動く。
それは──白蛇だった。
一匹、また一匹と。雪の下から這い出るように、小さな白蛇が酒に誘われたかのように無数に現れ。
するすると地を這い、参道の中ほどへと集まっていけば、その中心に、ひとりの女が座して大きめの盃で一気に酒を飲み喉を潤していた。
白い装束を纏い、頬はほんのりと桜色に染まり、微かに酒の香りを漂わせ。
ゆら、と揺れる身体に、白蛇が絡みついている。
「……お酒、ええ匂いやったから……うちも、つい目ぇ覚めてもうて」
おっとりとした口調に聞こえるのは言葉のせいか、だがその瞳だけは、爬虫のように冷たく鋭い。
「忘れとらんよ、あんさんを寂しさから解放してあげるわ。わたしの一部となって、もう二度と孤独なんて感じんで済むんよ。わたしの中で、ずっと永遠に、寂しい思いすることなく生きていけるんやで」
周囲の白蛇が真っ赤な口を開け、獲物を確かめるように怯え後ずさる少女を見つめる。
「違う、私の願いは……私が石をどけたせい……?」
「――お腹、すいてるんよ……ふふ。あなた、餌になる気ぃ、ある?」
艶やかな声とともに、空気が凍りつき。赤い舌が唇を嘗めた。
巫女のような女は、確かに笑っていた。
けれどその笑みは、“人の笑み”ではなかった。
●雪に咲く八岐
夜桜の花びらが、雪と共に舞い、白蛇の群れに降り注ぐ。
社を照らす月光は、今や薄く、揺れるばかり。
その冴え冷めした中心で、『八岐大蛇之姫巫女』が大きな盃を傾け微笑んでいた。
つい目ぇ覚めてもうてと、おっとりとした声音で紡がれるのとは裏腹に、巫女の瞳は氷刃のごとく冷たく、狐面の少女は怯え、 空気が一瞬にして凍りついた。
スッと、エメ・ムジカ(L-Record.・h00583)が少女――燐の前へと立つ。
「ダメだよ! がんばってる子を食べるなんて、悪いことしちゃ。この子の寂しさは、空腹を満たす為の願いじゃない」
その赤い瞳は、巫女を真っ直ぐに見据えながら、優しく、けれど力強く告げた。
「大丈夫。燐ちゃんは悪くないよ。一生懸命に頑張って、みんなに楽しいをくれた君は僕たちが守る」
エメの声が、夜の社に温かく響き、ソードハープ型の錬成剣〈Sanctuaire de loi.〉を構え、巫女へ駆け出す。
「さぁ、寂しさ救う時間を紡ごう! 深琴ちゃん、螢ちゃん、後ろは任せるね!」
「ええ、任されたわ」
後方で静かに構え、|兎沢《とざわ》・|深琴《みこと》(星華夢想・h00008)は不安そうな燐の肩にそっと手を置く。
「大丈夫よ。その為に、私たちがここにいるのだから」
少女を安心させたその手を離し、深琴は鋭く巫女を見据えた。
「純粋な願いを利用する辺り、まさに古妖といった感じね。 貴方の中に取り込まれて……自我もなくなって、それは本当に寂しさからの解放といえるのかしら?」
「そうそう、ちょーっとあのおねーさんとは、私達がお話ししてくるから、すこーし待っててね」
にこやかに燐に笑いかける表情とは裏腹に、|黒南風《くろはえ》・|螢《けい》(毒雨入之刻・h01757)の眼差しは冷静に全体へと巡らされる。
「もうお酒は楽しんだでしょう。なら、再びおやすみなさいな。次は三人の紡ぐ戦いの調べってとこかしら」
「ははっ、戦いの調べか。いいねそれ。じゃあ、観客の人はちょーっと、お静かに、ってね」
螢は|Inaction dances《セイジャクノマイ》を発動させ、透明な羽根が巫女の周囲に降り注ぎ、動きを鈍らせる。
「食べちゃいたいほど可愛い、って言葉はあるけどさ、ほんとに食べちゃだめでしょ。それに、寂しい、は悪いことばかりでもないしね」
護霊に願い力を宿してもらった投げナイフを握る手に力を込め、願いを宿した刃を放つ。その一撃は、巫女を牽制し、エメの進撃に道を作るためのもの。
「アンコールはないわよ。これでお終い」
「そんないけず言わんと。うちの、宴の始まりや」
静かに、しかし狂気を孕んだ微笑みを浮かべ、巫女は桜の花弁と共に衣を翻し、『呪魂解法・花之舞『花毒賜死』』を舞い始める。
「花よ……毒を、賜え……!」
白かった地には赤黒く毒花が咲き乱れ、その中心に八岐大蛇の壱頭が現れ大きくその口を開き、毒息が戦場へと溢れる。
だが、エメは怯まない。
魔力を込めた琴を鳴らし、エメは霊的防護を張りながら無邪気な笑顔を浮かべ、白蛇をひらりとステップ踏みながらかわし。
「さぁ、踊ろうよ! 空腹を忘れるほどに!」
エメの踊るような|Noir lapine la Waltz《クロウサギノワルツ》による剣撃が、巫女を正確に捉え、月光のもとで華麗に舞い一閃を穿つ。
「いっぱい楽しんだ後は、お休みの時間だよ」
二度、三度。半径を描く連撃が、巫女を切り裂き、夜を彩り。
深琴の投げた|星光描く銀閃《ミーティア》が、流星のように駆け、巫女の動きを封じ。螢の放った羽根が毒を帯びた光となり、雨のように降り注ぎ、巫女をじわじわと絡め取る。
三人の紡ぐ調べが、静かにこの夜を終わらせようとしていた。
「花見はここまでです!!」
|神刑部《いぬがみぎょうぶ》・|平太郎《へいたろう》(御食事処『ゲンコツ山』のタヌキさん・h02554)が豪快に叫ぶと同時に、キッチンカーの前で手を振る。
「非√能力者のお兄さんは、私のキッチンカーに避難して下さい! ここからは鉄火場ですよー!」
言い終えるより早く、ぽんぽこ|超時空究極英雄幻想《アルティメット・ヒーローズ・ファンタジア》で大変身。
「『ゲンコツ山』のタヌキさんー♪ 弱きを助けて強きを挫く! ジャンプしてクルリと回って、大・変・身!!」
その言葉の通り跳んだ平太郎は、【星すら両断する聖剣を携えし最強の騎士】へと大変身する。
「ぶっちゃけ、私は弱いです! だから――自分より遥かに強い存在に化けて戦います!」
平太郎が聖剣を振りかざし、蛇のような巫女へ突撃していく。
「……な、何だか危なっかしいですね……『隠神刑部』って名前の狸さんは、そんな感じの方が多いんでしょうか……?」
|竜宮殿《りゅうぐうでん》・|星乃《ほしの》 (或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)が支援するよう動き、その傍らを、ジェラール・ラ・グランジュ(ラ・グランジュ王国の王弟殿下・h06857)が駆け抜けていく。
「……ジェラール先輩には、古妖が現れる前に避難してもらうべきでした……」
先に安全を確保するべきだったかと思うが、動き出しては仕方がない。
「……ジェラール先輩にも、狐面の女の子にも手出しはさせません。討たせて頂きます、くちなわ様!」
「っ! ……悔しいが解る。この局面において、俺は足手纏いだと……」
立ち向かう姿を背に、避難することをジェラールは潔く受け入れ、怯える燐へと手を差し出す。
「怖いなら目を瞑っていればいい。そして、俺と少しお話しよう。……こんな悪夢のような時間、直に終わるさ」
流石に、年下の女の子を置き去りにして自分だけ避難するのは沽券に関わるんだ。
……結構プレイボーイなんでねと、片目を瞑って微笑む程度の余裕をジェラールは見せた。
俺の手管が通じると良いんだがと、不安ではあったが燐はその手を握り返すしてくれ。
ジェラールは少女の手を取って、キッチンカーへとエスコートする。その姿は王族らしく、どこか優雅でもあったが、戦場を振り返る瞳は、複雑な気持ちを抱き一瞬揺れた。
「どれほど強大な古妖であっても、星よりは切り易いはずです! 聖剣で蛇をズバッ! と斬り捨てていきますよー」
「私の願いが輝き煌めく結晶となる――未来示す道標となれ! 彩氷竜顕現! 舞い上がれ、ダイヤモンドダスト・ドラゴン!!」
前に出ていく平太郎の姿に、星乃は|竜宮殿式・彩氷竜詠唱《ドラグナーズ・ララバイ》を唱え、|彩氷竜《ダイヤモンドダスト・ドラゴン》を顕現させ、氷の光が戦場に煌めく。
「蛇なのに雪も降らせるようですが――それは彩氷竜の方が得意ですよ! 教えて差し上げます、蛇に負ける竜は居ないと!!」
|輝く氷の息吹《フリージング・タキオン》が、巫女に襲い掛かる。
苦悶の声を上げ、巫女が膝をつくと、勇ましく平太郎は聖剣を掲げ声を上げた。
「というか、知ってますか? ――蛇も食べられるんですよ」
鋭い視線を巫女が向けるが、平太郎は私の本職は料理人だと平然と受け止め。
「古妖だろうと、食材なら捌き方は熟知してます。包丁じゃなく聖剣で恐縮ですが――解体して肉にしてあげますよー!」
不味そうですけどーと、斬り込んでいった。
花見どころではない、熾烈な戦いの幕が開く。
「ふぅむ、そうさせる訳には行かないよねぇ! ナギさん?」
「淋しいといえど、古妖の甘言に耳を傾けてはいけないよ。さて、手向けのお酒は既に君のお腹の中、元はと言えば、人間の怠慢が原因であるような気もしますがね」
|神賀崎《かみがさき》・|烏兔 《うと》(世界を救う光・h01652)がひらりと肩越しに目配せし、ナギ・オルファンジア(■からの|堕慧仔《オトシゴ》・h05496)に声をかければ穏やかに答えながら、ナギは応じた。
「……そうだね、いこうかウト君……どうぞお覚悟を、そしてもう一度、おやすみ」
その背は護ると暗にこたえ、動物と樹木草花がたくさん描かれたタロット〈カード:夢追〉を手の中に広げ、|寓話的御遊戯《モノガタリノハジマリ》を始め、カードを遊ぶよう躍らせ反射と目潰しで翻弄し。
さらにナギは怪異〈地這い獣:和邇〉を前線へと送り出し、巫女の攻撃を抑えるよう指示した。
「ははは! 君との物語は激しいものになりそうだね!」
その優雅な見かけとは打って変わり、烏兔はユリの花の飾りがついたチェーンソー〈アストロメリア〉を手に、巫女へと一気に肉薄する。
刃は派手に唸り、軽口を叩きながらも、確実に蛇の群れを切り裂き散らしていく。
「ふふ、やっぱりアグレッシブだねぇ、君の戦い方」
「あはは、いつも援護をありがとう。これで心置きなく、戦えるというのさ!」
巫女の断ち切られた傷口に、さらに容赦ない追撃を叩き込み、ダメージを重ねる烏兔の背をを、ナギは少しほのぼのとした気持ちで見つめ更にカードを繰る。
「ふんふん、私たちは引き付け役ということかな?」
「二兎追うものは一兎も得ず、というからね!」
鋭く笑って、さらに一撃。
「さて──お帰り願おうか!」
烏兔が刃を押し込み、ナギが巫女と白蛇の動きを牽制し。二人の連携が、確実に巫女を追い詰めていった。
「おのれ……」
傷を広げながらも、巫女は絡みついていた白き八岐大蛇を解き、『呪魂解法・雪之舞『雪蛇廻天』』を舞い始めた。
「ふふ……凍えて、震えて、溶けるがええ……」
青白い光を帯び八本の鎖鎌へと変わっていく。それらは生き物のように蠢き、巫女を中心に螺旋を描き。蠢く鎖鎌は地を裂き、空を割り、迫り来る者すべてを切り裂く死神と化し襲い掛かる。
「来るぞ!」
その身に【太古の神霊「古龍」】を纏い、|白《つくも》・|琥珀《こはく》 (一に焦がれ一を求めず・h00174)は、激しく踏み込んだ。
巫女の周囲を巡る蛇鎌が唸るが、琥珀はその上昇させた速度で紙一重に避ける。
すれ違い際に見えた巫女の唇は、やけに赤く濡れて見えた。
「大蛇の巫女……先に食われたクシナダの姉君たち? ……うーん、いや、どちらかというと有り様はカンカンダラに近いかな。花嫁姿が眷属ってのをよくあらわしてるな」
弧を描く唇に、不快さを感じたものの意外と頭は冷静だ。
「大蛇の頭は切り落とすに限る。記紀にもそう書いてあるからな」
その視線は、燐が避難している方へと向けられる。
「……まぁ、あとであの少女には社の成り立ちから調べ学ぶ事をおすすめしようか。きっと、より良く身近に感じられるだろうさ」
と静かに呟き、更に巫女との距離を詰める。
その白の背を追うように、イノリ・ウァヴネイア (幽玄の霊嬢ゴーストループ・h01144)がふわりとした口調で続いた。
「えっと……宴もたけなわということで……きちんとお仕事して帰りましょうか……」
もうちょっとお花見の余韻に浸りたかったんですけど、こうなってしまっては仕方ない。
微笑みつつ、静かに|幽霊舞踏会《ゴーストダンス》の詠唱を開始する。
酔っ払いのようにふわふわと、ふらつき浮かぶ分霊たちが巫女の視界を、埋め尽くしていく。
「ヘビの頭がいっぱいですか……目には目を、数には数を……いえ……目を狙うのもアリでしょうか……?」
柔らかに、だが容赦ない言葉が揺れ、小さく笑ってイノリは囁く。
「宴の締めに舞踏会ダンス……なんて、言葉だけ聞くと雅ですね……実際は、そんなに優雅なものでもないんですけど……えへ……」
詠唱しただけ増えていく分霊に視界を邪魔され、白蛇と巫女の動きが鈍った、その瞬間。
琥珀が一閃。鋭い霊剣が、鎖鎌の一本を断ち切り。
だが巫女は他の鎖鎌を一振りし、琥珀の剣閃を弾き飛ばし琥珀を襲い、切り傷を負わせ。
飛び散る鮮血に、巫女は益々唇の端をあげ、不気味に微笑み鎖鎌を舞うように振るうが、そこへ不意に月明りを受けて妖しく輝く刃が現れ、空気を裂き、鎖鎌の一つを斬り飛ばした。
斬られた鎖鎌は、元の白蛇の姿へと戻り首を落とす。
「嗚呼、お出ましやね。酔い覚ましの大暴れといこか」
|一《にのまえ》・|唯一《ありあ》(狂酔・h00345)が細身の名刀の写し──『童子切・写し』を鞘から抜き放つ。
彼女の接近に気づかなかった巫女と白蛇に、動揺が走る。
「あんな健気な女の子泣かしてええと思とんの? 仕置きの時間やで──ほれ、大人しゅうせえや。試し切りが出来ひんやろが」
再び|静寂《クチフウジ》を纏い、唯一は軽やかに跳躍し。 着物の動き辛さなど微塵も感じさせず、大蛇の首を狙う。
「ほぉー、こりゃ意外。確かに唯一が日本刀いくつも持ってるのは知ってたが、扱うのを見るのはお初。いやいや、なかなかどうして、堂に入ったモンじゃねェの」
唯一の艶姿に|天國《あまくに》・|巽《たつみ》 (同族殺し・h02437)は、煙管を傾けながら微笑み、無駄のない合気の動きで、六つに減った鎖鎌を見切り、懐へ飛び込んでいく。
「その動き、止めてみせらァ」
おやと前に出る巽に唯一が視線を向ければ、その口元を軽く緩ませ細く煙をくゆらせる。
「単に着物の心配しただけだよ、唯一。お前によく似合う晴れ着――それも俺のために着飾って来てくれた奴だったからよ。ってことで、無粋な鎖鎌で切らせりゃしねェぜ?」
巽に右掌で触れられた鎖鎌は力を失い、白蛇の姿に。巫女の動きを一瞬で封じる。
「ほい、唯一。さくっと一発かましてくんな」
唯一は子供のように心外だと軽く唇をとがらせ、でもふわりと微笑む。
「なあに、巽。ボクかてちゃんと戦えるで? ふふ、剣舞も悪くないやろ」
剣を翻し、巫女の残る鎖鎌をもまとめて叩き落とした。
その動きはまるで、優雅な舞のようだった。
「……っと、今のは巽の見せ場作ってあげただけですぅー」
手足を奪われるよう白蛇を断たれ苦しむ巫女の前で、この状況でも仲良く唯一と巽は視線を交わし、互いに伴奏し合うよう畳みかけていくものだから巫女はワナワナと怒りに身体を震わせた。
「……何だかイヤな予感がするぞぅ」
緇・カナト(hellhound・h02325)が鋭く耳を立て、ぼやく。
しかもこれまでに受けたダメージなどで、かなり苛立っているようだ。
何時も通りにとぼやきながら前に出ると、カナトは牽制代わりに|咆哮《ウルフヘズナル》を放つ。
恐慌の遠吠えが巫女を揺さぶり、さらに素早く鎖鎌を絡め取る。
「ちょっと、カナトさん集合。耳貸して。いいから早く!」
その後方で、|野分《のわけ》・|時雨 《しぐれ》(初嵐・h00536)が呼びかける。
「狼サン此の距離でも聴こえるので、耳貸さなくても大丈夫デス」
「……めちゃくちゃ美人さんだけど。どうする?」
どうぞと巫女の攻撃をおさえながら耳を傾ければ、大真面目に時雨が言う。
「知ってたけど……面倒くさいなぁコイツ。酔っ払いには後で噛み付いてやるから覚えておけよ」
「酔ってませんが。至って正気。良い飲みっぷり~! 餌にされちゃうのかな。ぼくも丸呑みされちゃうかも」
破滅願望でもあるのだろうか。美人に食われたいとか何とか、いやいや蛇だから本気の丸のみになってしまうのでは……。
「それはそれで嬉しいな」
どこか恍惚な表情で、息も絶え絶えに白蛇と攻撃を繰り出す巫女の艶姿に、時雨はお酒をゴクリ。
「あ、殴り辛いので、援護します。カナトさん行け! 噛みつきです」
まるで見世物を眺めている客のようなノリで、でもちゃんと時雨も|複製・縛日羅《バジラ》を発動し、|金剛杭《プルパ》を一斉発射する。
巫女の視界を遮り、撹乱し、蛇が湖のようにうねる一帯に杭が足場のように突き刺さり、足場にするのもご自由に。
「可哀想な美人って、酒すすむよねー。ねー、これ飲み終わるまでにでかいの一発かまして!」
なんていう暢気な時雨の言葉に言われるまでもなく、カナトは杭を踏みしめ、獣爪化した腕で巫女に迫りながら気づく。
「美しい花を手折るのも、儚げなもの踏み躙る躊躇も分からなくはないけれど、其の辺は公平で平等にさぁ……って、観戦しながら後ろで酒飲んでんの? 鎖で薙ぎ払うぞオラァ」
切り裂いた鎖をそのまま後方へカナトが投げれば、時雨はへらっと笑い軽く首を潜め躱し、残りの酒を一気に煽る。
妙な空気感のウワバミ退治だと、不謹慎にもカナトは苦笑を漏らすが手を緩めない。
「花見酒は終わってからにしろよー。最後の手伝い券使うのでもイイから〜」
「手伝い券50枚で杭一本です」
「手伝い券? 今度50枚まとめて使わせろよー!」
「……あ、さっき面倒って言ったの忘れてないんで、一回カナトさんも狙いますね」
「……あとで更にコピー増やしておくか」
互いに軽口を叩きながらも、二人は確実に巫女を削っていく。
なおも、巫女は立っていた。
だが、白蛇を変化させた鎖鎌も、残り半分を切っている。
「まぁでも、これであとちょっと、って感じかな」
アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)が肩を鳴らし、|Zwillingssturm Noir《ツヴィリングストゥルム・ノワール》によるNoirgeistで生み出したレイピアの1本を掲げる。
正直、さっきまでのいい気分を壊され、気持ち悪い蛇がいっぱいで気分は最悪だ。早く事件を解決してしまおうと頑張っていたわけだが。
「油断は禁物です、アドリアンさん」
|弓槻《ゆづき》・|結希《ゆき》(天空より咲いた花風・h00240)が天星弓を構え、淡々と応じた。
その時──。
「……まだ、終わらへんえ」
巫女が、静かに、しかし底知れぬ闇を湛えて微笑んだ。
月明かりの下、八岐大蛇の壱頭が呼び出され、赤黒い花が咲き乱れ辺りへと舞う。
辺りはすっかり蛇と毒花とで幻想的だった景色は一転してしまった。
「……ったく、せっかくの夜桜が台無しだってば!」
アドリアンは素早く距離を取りながら、手元のレイピアを指揮棒のように振るい、 空中に浮かべた9本のレイピアを、毒花めがけ一斉に放った。
「まとめて焼き尽くしてあげるよ──!」
破壊の炎〈ShadowFlame Blaze〉をレイピアに纏わせ、舞い踊る毒花を焼き払う。
「真白き風景はこの古妖の仕業だったようですが、アドリアンさんの仰る通り、風情も散ってしまいますね」
手にした天星弓と矢に、青い炎を纏わせ威力を高めた結希は次の矢を番え巫女本体を狙う。
本当の意味で風情や悲しみを、ひとの切なる情念を理解していない――肉を貪るは虫類のような眼。
「……ひとの心を守る為、この白い翼をはばたかせ、必ずや退けさせて頂きます」
放たれた矢が綿帽子を射貫き、巫女の髪がバラリと解け落ちる。
「暗黒よ、双嵐の刃を形作れ。その黒き力の前にすべてが沈黙する――Zwillingssturm Noir!」
アドリアンの双嵐の一撃が、さらに召喚された白蛇を貫き、一気に炎が燃え上る。
「お酒のつまみに蛇の串焼きはいかが?」
広がる焼け焦げた臭いに、巫女は、白い指をかすかに震わせた。
「……あかん。こんなもんでは……満たされへん」
「また来るよ!」
アドリアンは警戒を強める。
月の光をその瞳に受け。だが、巫女の身から噴き出したのは、禍々しい光。
――呪魂解法・月之舞──《蛇転月喰》!
空気を震わせる轟音と共に、巫女の身体が膨れ上がり雪原をも覆い尽くす、巨大な大蛇がその姿を現した。
「うへぇ……また気持ち悪さレベル更新された……!」
思わずアドリアンは顔をしかめ、結希は天星弓を引き絞った。
『喰らうて、裂いて、溺れ死なんかいなァ──』
ねっとりとした、狂気じみた声音。
朱に染まった舌で唇を舐め、巫女──いや、八岐大蛇の化生が笑った。
大口を開けた大蛇より逃れようとアドリアンは横へと跳び、毒息を吐こうと口を開いた、まさにその瞬間。
「結希さん、今だ!!」
「──ええ、任せてください!」
無限再生というのなら、一息に押しきるのみ。引き絞った結希の矢が放たれ星が煌めく。
「数多の星が、如何なる罪咎をも照らす──|星穹からの裁き《ステラ・ジャッジメント》!」
夜空から流れ落ちた無数の光──燦めく流星が、巫女の巨体を撃ち貫く!
焼け爛れる白蛇の身体、そして──。
「……うちの、大事な喰いもんを……壊しよってぇぇぇえぇぇッ!」
巫女の絶叫と共に、また一本、鎖鎌が砕け散り白蛇が倒れていく。
「……よし!!」
アドリアンがレイピアを掲げ。
「ここで押し切りましょう!」
結希もまた、さらなる矢を番えて、巫女を狙う。
巫女は人ならぬ巨大な八岐大蛇の姿となりはて、狂気に染まった瞳をぎらつかせていたが、追い詰められているのは──明らかに、彼女のほうであった。
狂気に蝕まれたその姿からは、なおも無数の白蛇が溢れ出す。
「喰ろうたる……骨の髄まで……喰ろうたるさかい……!」
空間が軋み、桜も雪も何もかもが、引き寄せられ。巫女の暴走が世界を引き裂いていく。
だが、|永雲《ながくも》・|以早道 《いさみち》(明日に手を伸ばす・h00788)一歩、前へ。
飛び掛かってくる無数の大蛇を、その身で受け止め、刀〈黒鉄丸〉を抜く。
「人には人の古妖には古妖の生き方があると思う……人の世には古妖の生き方は許されないのだろうね」
喰らいつかれたあちらこちらから血を流しながら、それでも動じない。
「俺の祖先、鬼が人と共に生きることを選んだから俺がいる。その生き方は好きだよ 。でも、古妖とも相容れることが出来たらいいのにって思うこともある」
全ての存在が共存できるわけじゃない。それはわかってるけど――。
「今は倒す。守らなければいけないものがあるから」
彼の覚悟が、空間を震わせる。
「……この魔弾は、祝福の流れ星。悪しきものを浄化し、善き友に|聖なる星の加護を《スターリィ・ブレス》」
後方から、ステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)が静かに祈り聖なる弾丸を放った。
天を翔ける星の音──。
輝く星光が、大蛇たちを貫き、清らかな歌声が仲間に力を与える。
「ありがとう、ステラ……」
以早道が唇の端を僅かに上げ、大蛇を振り払い巨大な八岐大蛇を睨み上げ、|諦めない心《アキラメナイココロ》で黒鉄丸の刃を向けた。
そんな凄絶な戦場で、一人静かに|日南《ひなみ》・カナタ(新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h01454)は、拳を握りしめ、じっと、じっと耐えている。
「やっぱり違うって事なのか……くちなわさま」
もしかするとかつては、雪を愛で桜を愛で、人を魅了した存在だったのかもしれない。
だが代償に人を食べることが、古妖にとっては悪ではなく普通の事だったかもしれなく、でも……食べられるわけにはいかない。
「だから封印されていたんだね……」
カナタの瞳は前で八岐大蛇と立ち回る以早道へと、視線を注いだ。そして、後方より支えてくれるステラの存在を強く感じた。
彼らを援護しながら魔弾を放つステラは、少し寂しいと八岐大蛇を見た。まだ声は届くのだろうか……。
「孤独に寄り添い、寂しさから解放してあげようという気持ちがあっても。願いの叶え方が、価値観が、古妖と人とは違うのだと突き付けられたみたい……でも今は、やるべき事を果たさなくちゃ」
大きな身体をうねらせ、辺りを薙ぎ払う八岐大蛇をこのままには出来ない。
星の煌めきが、想いと共に撃ち込まれ弾けた。
「そうだよな……もしかして、くちなわさまは悪い古妖ではないのではと思ってしまった俺は……先人の苦労なんかちっとも知らず……ほんとバカだ」
どこかで、そうあって欲しいという願いもカナタの中にあったのかもしれない。
「……ごめんね、くちなわさま。俺達人間は食べられるのは嫌だよ」
想いは十分に込めた。やる気満載超絶気合、今ここに極まる。
「だからあなたを倒すよ。いくぞぉおおおおおッ!! |超絶気合撃《トランセンデンス・ハンマー》」
カナタが、渾身の拳を叩きつけた。
轟く音と共に、全力の一撃が八岐大蛇の腹を直撃し、大きく巨躯がのたうつ。
「──が、ぁ、ぁ……ッ!!」
八岐大蛇を形作っていた白蛇らが砕け散り、巫女の体が大地へ叩きつけられ、静寂が訪れる。
吹き抜ける夜風に雪と桜が、静かに舞い。
「……終わった、か……」
以早道が、黒鉄丸を下ろしかけた、その時。
「……うふふ……うふ、ふふふ……!」
倒れたと思われた巫女が、血まみれの身で、起き上がる。
その身は裂け、焼かれ、砕かれたはずなのに。
なお、巫女は、"喰らうもの"として立ち上がった。
「うちの飢えは……まだ、満たされへん──!!」
白蛇たちが、再び這い出し巫女を呑み込み、その中で血まみれの顔で、巫女が嗤った。
その姿は、飢えに身を委ねた、異形の怪物。
互いを喰らい合いなが再び、巫女の姿は八岐大蛇へと変貌した。
――何度でも、負けない……!
以早道が前線を立て直し、ステラの歌声が味方に加護を与え、カナタが次を放つべく拳を強く握る。
血まみれの八岐大蛇が最後の牙を剥いた。
その口から洩れるのは言葉ではなく、ただ獣のような咆哮。
狂気と怨念に彩られた彼女は、雪と桜の舞う空間を這いながら、破壊の限りを尽くそうと突進してくる。
「さて──お帰り願おうか!」
烏兔が鋭く叫び、アストロメリアの刃を回転させ、鎧のように強固な鱗の身体を豪快に切り裂き、血飛沫をあげ。その傷口に向かってナギが、シリンジシューターで麻痺毒を撃ち込む。
痛みに八岐大蛇は尾を振るい、彼女らを吹き飛ばし、なおも地を這って迫る。
結希が蒼穹剣へと獲物を持ち替え、天上界に在った神秘の花風を纏い翼を広げ。
「逃がさないわよ──空に咲いた花、流れた風よ。どうか、この剣をお導きください!」
|神秘の花風剣《ミスティック・ブレイブ》で、行く手を防ぐよう素早く回り込むと魔法剣・花信風を使い鋭く切りつける。
「雪を散らす光よ、舞いなさい」
赤黒い血を撒き散らしながら、八岐大蛇は短く呻くが、それすらも獣の咆哮でかき消す。
「アドリアンさん、蛇にトドメを!」
結希の呼びかけに、アドリアンが闇を纏った。
「闇よ、全てを飲み込む王となれ。我が影を纏い、破滅と栄光の力を示せ――|Umbra Dominus《ウンブラ・ドミヌス》!」
影が彼を包み、アドリアンは一気に間合いを詰め。
「弓槻、タイミング合わせて! 3、2、1、今!」
二人は動きを完全にシンクロさせ、巫女の蛇体へと連撃を叩き込んだ。
大きく裂けた八岐大蛇の体から、噴き出すように血が飛び散り苦しそうに大きく身体をうねらせ、お手伝い券を使わせ時雨が設置しておいた|金剛杭《プルパ》を薙ぎ倒す。
落ちそうになりながら、杭を飛びわたりながらカナトが獣爪化した腕で腹を引き裂けば。その顔の真横に、杭が掠めるように打ち込まれた。
当たりことしなかったが、後でさらにコピー増やしておくかと心に決め、八岐大蛇の背を駆けながら切り裂き。
星乃が|彩氷竜《ダイヤモンドダスト・ドラゴン》にフリージング・タキオンを放たせ、琥珀の一閃が尾を断ち切った。
蛇尾が唸り、激しく地を叩くも頭へと飛び乗った唯一の刃が深く八岐大蛇の目を突き刺し光を斬り上げる。
「宴は終いや。お前の餌はココにはないで」
唯一が冷たく言い放ち、巽も肩をすくめ淡々と告げる。
「方言娘は可愛いもんだが、関西系はウチの唯一で間に合ってんだわ。もう喋れねぇようだが、お邪魔だし、消えな?」
動きが鈍くなったところを巽に打たれ、八岐大蛇は悲鳴と共に倒れ巫女の姿へと戻り地を転がった。
満身創痍というに相応しい。巫女は、もうまともに立ち上がる力も残っていない。
何とか上体を腕の力で持ち上げたところに、カナタが前に出た。
「受けてみろ……っ!!!」
放たれた渾身の一撃が、一瞬、巫女の意識を刈り取る。
深琴が迷いのない足取りで近づき、エメもまたそっと微笑みながら手を掲げる。
「アンコールはないわよ。これでお終い」
「いっぱい楽しんだ後は、お休みの時間だね」
この長い調べもフィナーレだと、螢は光の雨羽に巫女を包み。以早道の一閃が、足を斬り付けた。
これで、もう巫女は何も出来ない。
ステラが、静かに語りかけた。
「……あなたが何度蘇生したって、わたし達は諦めない。雪も桜もいつかは溶けて散るように、あなたの蘇りにも、終わりは来る──」
巫女の体から溢れる朱は、もう止まらない。
それでも、その双眸はなおも、何かを求めるように揺れていて。
「……もし。くちなわさまも、寂しかったのなら──」
ステラは軽く、目を伏せる。
「わたしが大人になったら、雪見酒くらいは付き合ってあげる。だから、それまで──おやすみなさい」
その合図と共に。
──仲間たち全員の想いを束ねた連撃が、巫女を撃ち貫き。
最後は悲鳴ひとつあげず、巫女は散った。
血に塗れた身体も、朽ちるように溶け、花弁のように風にまぎれ。
戦いは、終わった。
「……終わった、ね」
イノリがそっと胸に手を当てる。
「まあ、軽くひと仕事終わったってとこだな」
平太郎が飄々と笑う。
「でも……」
螢が、舞い落ちる桜を見上げた。
「寂しさは、無くならないけど。──誰かといれば、きっと、大丈夫、だよね」
星乃がそっと頷く。
そして、夜が明けた。
夜桜に朝日が差し込み、静かな光景が戻る。
ジェラールに手を引かれ、キッチンカーから降りてきた燐は、涙をこぼしながらも微笑んだ。
「……ありがとう、ございます」
気が付けば雪は、もうどこにもなく。
ただ、桜だけが、静かに朝日の中で揺れていた──。