シナリオ

妖怪たちの集う刻

#√妖怪百鬼夜行

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√妖怪百鬼夜行

※あなたはタグを編集できません。

●化け狸の奮戦
 大柄な狸が、街で暴れている。
 しかしその無法も、今この時だけは、人々にとって救いと言えた。
 何せ街は、現在、魔都と化している。原因は、ヘビの大群の襲来にある。
 もちろん、ただのヘビなどではない。妖怪全ての敵、強大なる邪妖。その分け身だ。
「マガツヘビの掟。わしの目が黒いうちに従う日が来ようとは」
 小さなヘビを徳利で叩き落としながら、ぼやく大狸。奇しくもその一撃で、襲われようとしていた人間の|つがい《カップル》の命を救いながら。
「フン、人間などどうでもよいが、ヘビ風情にでかい顔などさせんわい。のう皆の衆」
「もちろんだぽこ!」
 配下の化け狸達を呼び寄せながら、ふんぞり返る大狸であった。

●星詠みの導き
 狐堂・カイナ(古書店主代理狐・h02271)は、集まった√能力者達に、『√妖怪百鬼夜行』の異変を語り始めた。
「かの世界にはわしら妖全てに通じる掟があっての。それすなわち『マガツヘビの掟』」
 『全てのあやかしよ、マガツヘビを討ち滅ぼすべし』。
 それは、カイナ達、人とかかわる妖怪のみならず、邪悪なる古妖も例外ではない。
「そして今、その忌まわしきマガツヘビめが蘇りおったのじゃ」
 これは、√妖怪百鬼夜行の危機を意味する。
 そして掟は、その効力を発揮した。カイナ達と敵対するはずの邪悪な古妖達が、一丸となってマガツヘビと戦う事を提案してきたのだ。
「一時休戦、というわけじゃな。それほどまでにマガツヘビは強大で恐ろしい存在じゃと、そういうことなのじゃ」

 今回、マガツヘビが襲来したのは、東北のとある街。
 マガツヘビの肉体から剥がれ落ちた鱗や肉片、その一つ一つが、小型マガツヘビへと変じ、街を破壊しているという。
「小さき分け身でさえも、本体同様の能力を扱う強力な敵じゃ。じゃが案ずるでない、既に古妖が先に相手をしてくれておる」
 この街で、小型マガツヘビを一手に引き受けているのは、『隠神刑部』。化け狸の大将格で、強力な神通力と化け術を駆使する古妖だ。
「敵に回せば厄介な狸じゃが、味方となれば心強い。共に、街に跋扈する小型マガツヘビどもを蹴散らすのじゃ」
 狐な人妖のカイナが、少しばかり複雑な表情で告げた。
 ただし、小型、とはいえ、マガツヘビが強力な存在である事に変わりはない。この群れの戦力も、隠神刑部と同等と考えてよい。

「小型マガツヘビの群れを退治すれば、じきにマガツヘビ本体が姿を現すじゃろう」
 マガツヘビ自体も√能力者ではあるものの、短期間で繰り返し何度も倒されれば、その蘇りの力も失われよう、とカイナは言った。

「皆も先の予兆で知っておることと思うが、マガツヘビは、いささか頭の回転は鈍いようじゃ。だからとて……否、だからこそ、強大な力を奮わせれば何をしでかすかわかったものではない。疾く討伐してほしいのじゃ」
 そしてカイナは導く。忌まわしき大邪妖の待つ地へと……。

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 ボス戦 『隠神刑部』


ミネタニ・ケイ
クラウス・イーザリー

 魔境。
 ミネタニ・ケイ(逸般通過超重量級おっぱいさん・h00931)が目撃した街の光景は、まさにそう形容すべき光景であった。
 景色を歪める元凶は、異形のヘビの群れ。撒き散らされる禍々しき妖気からは、そこらの|強敵《ボス》クラスの力を感じる。
「『マガツヘビ対それ以外全部』でやっとどうにかなる相手ってことだね。桁違いというか」
「そこの人妖! 暇なら手を貸せい」
 威勢のいい声と共に、ケイの目の前を、ヘビが通過した。飛んできた方を見れば、投擲を終えた大狸がいる。古妖『隠神刑部』だ。
 ケイの出身は、√妖怪百鬼夜行ではない。それを除いても13歳以前のことはよく覚えていないので、古妖との一時共闘にも、何ら躊躇いはなかった。
 隠神刑部の申し出を快諾すると、早速、決戦型WZ『錦奇』を装着し、小型マガツヘビ掃討戦に取り掛かった。
(「不思議な感じだな……」)
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、古妖と肩を並べて戦うというこの状況に、違和感を覚えていた。
 敵として戦ったことがある隠神刑部と共闘するのは何だか奇妙だが、悪くない気分。それは間違いない。
 決戦気象兵器『レイン』、起動!
 クラウスの意を受けた力が、街に跋扈するマガツヘビ達を、纏めて攻撃した。
「ムッ、これは……!」
「助太刀に来たよ。協力させてくれ」
 敵を怯ませた隙に、隠神刑部に声を掛けるクラウス。
「お主は妖怪ではないというのに、自ら力を貸すというのか」
「別に殺し合いがしたい訳じゃないからね」
 隠神刑部にそう答えると、クラウスは、マガツヘビに再度攻撃を仕掛けた。
「実力も経験もそちらの方が上のはず。援護に回らせてもらうよ」
「身の程はわきまえておるか。せいぜい足手まといになってくれるなよ」
 にい、と隠神刑部が笑みを浮かべると、街灯が宙を舞い、そのままヘビに叩きつけられた。
 こめられた神通力をまとも喰らいつつも、マガツヘビを一撃で仕留める事は敵わなかった。
『痛えええ! 殺す!』
 恨みを晴らさんともがくマガツヘビを、レーザーが襲った。クラウスからの照射を浴びたマガツヘビは、たまらず消滅していく。
 その手際の良さを、隠神刑部は一瞥。
「……フン、それなりにやるようではないか。さっさと終わらせるぞ」
「もちろん。援護は任せて」
 クラウスが支援に回り、隠神刑部が術を駆使する中、ケイは2人よりも前に出た。
 オリジナル由来の能力を駆使して、暴虐を振りまくマガツヘビ達。それを殴り、地面に叩きつけていく。
 敵の注意を集めるその奮戦ぶりは、勇敢とも無謀ともいえる戦い方であった。
 だが、ケイの戦闘行動の意図に、隠神刑部やクラウスは気づいたようだ。
「フン、わしのことまで考えてくれるとは涙が出るわい。なら!」
 軽口1つ、隠神刑部は、得意の化け術を披露した。
 ぼむん、とアヤカシの煙の中から現れたのは……えっちなおねえさんだ。サキュバスであるケイに対抗したのか、もしくは合わせてくれたのかもしれない。
 元の姿からは想像もできない魅力、そして、変わらぬ戦闘力を発揮して、ケイが誘い込んだマガツヘビを一網打尽にしていく隠神刑部。
 だが、敵は一向に減ることを知らない。次々と湧いてきては、ケイ達へ襲い掛かる。
「数がこうも多くては……なッ」
 隠神刑部が追い込まれようとした時、ケイがとっさに魔力や気をめぐらし、防御を施した。
 その分、自身の防御がおろそかになるが、心配無用。回避力を発揮して逃れていくだけだ。
『アイツ、うぜええええ!!』
 攻守ともに厄介と判断したのだろう、敵戦力は、なおもケイの方に集中する。だが、それは飛んで火にいる夏の虫、という奴だ。
 拳と技能を組み合わせ、止まらぬ連鎖で、敵を次々と撃破していく。
「剥がれ落ちた分だけでこれとは底が知れないね」
 視界からヘビを一掃しながら、ケイが、ふうっ、と一息ついた。
 派手に立ち回ることでケイが引き付けてくれた敵を、クラウスも仕留めていく。
『ウラァァァ! ぶっ潰してやる!』
「分身もしゃべるんだね」
 しかも、本体に輪をかけて頭が悪い。
 新たなマガツヘビの群れが、クラウス達の元に集結してきた。ひとたび包囲されれば、数に勝る敵が優位に立つのは道理。
「足止めさせてもらうよ」
 マガツヘビの群れを、光の雨が出迎えた。制圧射撃で牽制、敵の進軍を押しとどめるクラウス。
 隣から、ほう、と感心したような声が聞こえてきたのは、幻聴ではなさそうだ。
 歴戦の妖である隠神刑部が、この機を逃すはずもなかった。再び神通力を振るい、マガツヘビを引導を渡す。その戦法を、しっかり把握することも怠らないクラウス。
 これはあくまで前哨戦。マガツヘビ本体と戦う時にもいっそう連携できるように、予行演習といったところだ。
「おい。わしに見惚れるのはよいが、もっと力をふるわんか」
 本気か冗談かわからない口調の隠神刑部に応え、再び攻勢に移るクラウスだった。

ユーフェミア・フォトンレイ
白椛・氷菜

 古妖『隠神刑部』と、激闘をくり広げるマガツヘビの群れ。
 ビルの屋上から一瞥したその光景は、ユーフェミア・フォトンレイ(|光の龍《ティパク・アマル》・h06411)に、古の戦いの再来を思わせた。
「マガツヘビ……古今に龍や大蛇の伝承は数あれどこれほどの力を行使できるとは同族ながら侮れぬものです。しかし、人の営みを害するのなら……」
 杖を掲げるユーフェミア。
 天が泣く。こぼれた涙は光線となって、地上で暴れる小・マガツヘビ達の身体を貫いていく。
『なっ、なんだッ!? 意味がわからねえ!?』
 突然の攻撃に、戦場のマガツヘビ達は、混乱に陥った。
 本体でさえ、さほど頭の回転が速くないのだ。同等の能力を行使できる分体は、その特徴も引き継いでしまっているとみえる。
 突如もたらされた混乱の中にあって、隠神刑部は、ユーフェミアの居場所を素早く察知したらしい。こちらをしかと見上げてくる。
 レンズの如く用いた光の効力で、隠神刑部の表情は、手に取るように見て取れた。
 このお人好しめ、といったところか。しかしユーフェミアはその中に、わずかながら感謝の意志を感じたのだった。

 一方、地上では、マガツヘビを冷気が苦しめていた。白椛・氷菜(雪涙・h04711)の奮戦だ。
 隠神刑部と連携する形で、マガツヘビを掃討していく。
 敵対してきた古妖との共闘。しかしその因縁も、氷菜は然程気にしていない。
 その態度に、隠神刑部は、若干渋い顔で問いかけた。
「先の能力者もだが、お主も平然と協力するのだな」
「問題なのはその性質だから」
 ……ただ、後にまた敵味方になるのは悲しいけど。
 もう一つの本音を、氷菜は胸の中に閉じ込め、マガツヘビに意識を集中した。

 光のレンズに映した上空からの映像が、ユーフェミアに、戦況を俯瞰的に把握させてくれる。
 引き続き熱線を雨のように降らせて、他の√能力者および隠神刑部の能力範囲に敵を追い込むように仕向けていく。
 そして、その戦略は、無辜の人々を除外するものではなかった。
 逃げ惑う親子……今まさに爪を振り下ろさんとするマガツヘビの頭を、熱線が貫いた。何が起こったか一切理解できぬまま、消滅していく邪妖。
 人間はもちろん、建物など周囲の構造物への被害も最小限にとどめる。
 そうして構築された戦略、ユーフェミアの攻撃から逃れたところで、その先に待つのは、氷菜や隠神刑部。敵の数と範囲が多いこの戦いだ。ユーフェミアの策が光る時である。
 だがその時、ユーフェミアの背後に、気配が生じた。
『おおっと、ここにもいたかあ!』
『潰す潰すぶっ潰す!』
 小型マガツヘビ達だ。そのヘビらしからぬ腕を使い、わざわざビルを昇ってきたのか。
 しかし、眼下だろうが目前だろうが、ユーフェミアの能力が行うことは変わらない。
邪悪を焼き払う、という事のみ。
 掲げた杖に従い、300の熱線が、蛇身を焼き尽くす。
『ギャアアアアア!!』
「光が陰を作るのであれば、ここはお前にとっての死の影の谷である」
 マガツヘビの断末魔を聞きながら、ユーフェミアは静かにそう宣言したのであった。

 氷菜達の反攻を受けても、小型マガツヘビ達の猛攻は、とどまるところを知らぬようだった。その牙は、当然のように逃げ惑う市民へも向けられる。
 しかし、血が流れるより先に、マガツヘビが討伐されていく。氷菜の呼んだ雪だるま達が、氷柱を撃ち出し、人々を守るのだ。
 敵の掃討をユーフェミアと隠神刑部に託し、氷菜は2人の援護と街の人々の救援を引き受けることとした。
 そして氷菜は、隠神刑部に1つ頼み事をしていた。一瞬渋い顔をしたが、そもそもこの件に氷菜達の助力を請うたのは、古妖の側。
 隠神刑部は、それをわきまえた上で、依頼を承諾した。
「さあ、ヘビども! 存分にわしの術中に陥るが良い」
 隠神刑部の発した神通力が、マガツヘビが半壊させた最新型自動車を持ち上げた。
「壊された器物の恨み、思い知るが良いわ!」
 ありったけの力で、小・マガツヘビ達へと叩きつける。
『ウラアアアア!! なんだこんなもん』
『おっ、あそこに人間がいるぜ。ぶっ潰したらああ!!』
 砕け散る金属片を振り払いながら、人間の方へ飛び掛かるマガツヘビ。その爪にかかれば、一たまりも……。
『ギャアアアア!』
 上がった悲鳴は、マガツヘビのものだった。人間だと思っていたものの正体である。
 そう、既に隠神刑部の術中。氷菜の提案で、仲間の小型ヘビが人間に見える様にして貰ったのだ。
『おい、何味方同士でやり合ってやがる! 敵はこっち……』
 同士討ちを仲裁しようとしたヘビが、頭部を氷菜に狙い撃ちされ、倒れる。これで混乱は加速するはず。
「……おやすみ」
 葬送の言葉を投げかけた氷菜の視界に、今また狙われる人々が飛び込んできた。
「……気が進まないけど、非常事態だし」
 魅了の力を発し、ヘビの気を惹く氷菜。けれど、これで街の人の命が守れるのなら。
 そんな氷菜の魅了術を見た隠神刑部が、感心したようなまなざしを向けていた。

夜久・椛

 災禍撒き散らす元凶、小型マガツヘビの群れ。
 それらと対峙しながら、夜久・椛(御伽の黒猫・h01049)は、隠神刑部との合流を目指していた。
「マガツヘビ……そう言えば、歴史の教科書にも載ってたね」
『まさか実物を見ることになるとは思わなかったな。今回は古妖との共闘だが、いけるか?』
 くねる椛の尾が、そう確かめてくる。
「ん、任せてよ、オロチ。地元の危機だし、頑張るよ」
 『相棒』にそう答えると、椛は妖刀『朧』を抜いた。一振りでは多勢に無勢。
 ゆえに妖刀は、その姿を変じた。大勢の敵を薙ぎ払うのに相応しい姿……砲撃形態へと。
 隠神刑部に殺到するマガツヘビ達。それに照準を定め、風の魔弾を撃ち出す!
『なんだあ? うおおおお?!』
 振り返ったマガツヘビを、魔弾が襲撃する。それを起点として、烈風の竜巻が発生する。
 着弾地点の周囲にいたマガツヘビ達までも、まとめて暴威に呑みこまれた。
「フン、わし一人でも切り抜けられたものを……」
 痙攣するマガツヘビを踏み潰しながら、隠神刑部が椛を振り返った。素直でないのは、古妖の因縁ゆえか、それとも本人……もとい『本狸』の性分か。
「わしとて半妖に負けてはおれんわ。フンッ!」
 隠神刑部が懐から取り出した木の葉を、札のようにばらまいた。
 はじける煙。椛の烈風の加護を受けて、刑部の妖力は高まっている。ゆえに術も大盤振る舞いの様相。
 そして、葉を媒介として、多数の化け狸達が現れた。
「お待たせしましたぽこ!」
「お任せぽこ!」
 腹鼓。大将より大分可愛げのある手下達が、張り切って化け術を披露した。小型マガツヘビが場に増殖する!
『ああん? なんだ味方か……ギャーッ!?』
「だまされたぽこね」
 ぽこん!
 味方に化けていたともしらず、マガツヘビはまんまと騙され、痛い目を見ていく。
『マガツヘビにはこうした手が有効なようだな』
 オロチが感心している。ならば……。
 椛もまた、同様に幻影を駆使して、マガツヘビ達を攪乱にかかった。
『お、こっちにゃ人間がいるじゃねえか。とりあえずぶっ潰しとくか……ギャーッ!?』
 マガツヘビの辞書に、『学習』の二文字はないらしい。
『ああもうよくわかんねえ! なら自分以外全部敵ってことでいいよなあ!?』
 頭が悪い事を言い出すと、マガツヘビは、無差別に攻撃を始めた。
 椛は、残像を囮にして尾の一撃を脱すると、化け狸達を援護。
 矢継ぎ早に衝撃波を撃ち出して、マガツヘビを掃討していくのであった……!

継萩・サルトゥーラ

 街に混沌振りまくヘビの群れ。
 √妖怪百鬼夜行を脅かす元凶を食い止めるべく、継萩・サルトゥーラ(|百屍夜行《パッチワークパレード・マーチ》・h01201)も駆け付けていた。
「敵も味方も団結して戦う強敵……やったろうじゃないの!」
 視界に小型マガツヘビの大群をロックオン。サルトゥーラはそちらに急行する。群れに囲まれる化け狸……『隠神刑部』の姿を見つけたからだ。
 普段は倒すべき古妖。しかし今は、手を携えるべき仲間なのだ。
 サルトゥーラのガトリング砲が、唸りを上げる。隠神刑部を巻き込むのもいとわずに、だ。
 そうしてバラまかれた、いささか物騒な色をした弾丸は、マガツヘビの集団に着弾。その鱗を弾け飛ばした。
『ハアア? 性懲りもなく来やがったな雑魚があああ!!』
 嬉々として火器を放つサルトゥーラを見つけた小型マガツヘビが、仲間を引き連れ、殺到してくる。
 しかし、その進撃は、すぐさま減速した。
『なんだこりゃああああ!?』
『体が溶けていきやがるうううう!?』
 悶えるマガツヘビ達。
 強靭に見えた肉体が、サルトゥーラの弾丸の超強酸で、溶解していくのだ。
「フン、ずいぶんと荒っぽいやり方よ。わしを巻き込むのもお構いなしとは」
 弱体化したマガツヘビを振り払いながら、隠神刑部が、サルトゥーラの方を向いた。
「よく自分の身体を見てくれよな、怪我なんてしてないだろ?」
「む、確かに」
 サルトゥーラの言葉通り、隠神刑部のもふりとした巨躯とその衣にも、傷1つなかった。あれだけの乱射に巻き込まれたにもかかわらず、だ。それどころか、
「妙に力が湧いてくるわい。よもや先ほどの薬の効果という奴か」
 真意を悟った隠神刑部に、サルトゥーラは得意げな表情で頷いた。
「礼を言うべきなのだろうな。だが、貸し借りなど好まぬ。ここで一切合切返してくれるわ」
 隠神刑部が虚空に呼びかけると、次々と化け狸達が現れた。
「ぽこ! 一緒に戦うぽこ!」
「よっし、この不気味ヘビをぶっ飛ばしてやろうぜ!」
 化け狸達の化け術で、マガツヘビ達が翻弄される。尾が叩くのは、幻ばかり。
『なんだ!? どれが|ヘビ《味方》でどれが|狸《敵》かわからねえええ!?』
『ならまとめてぶっ潰す!』
「まぁそう焦んなや、楽しいのはこれからだ」
 敵が混乱する隙をついて、サルトゥーラが、一網打尽の連射を浴びせかける。
 火力を存分に披露できる。この戦場は、サルトゥーラにとってうってつけだった。

不動・影丸

 妖力を振り絞る『隠神刑部』の背を守るように、不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)が馳せ参じた。
「古妖と共闘、しかもそちらの側から申し出てくるとは驚きだ。あの予兆も含めてどれだけの脅威か判る」
「主義主張など何の役にも立たん。そういう相手なのだ、『アレ』は」
 隠神刑部は、自分と影丸に迫りくる闇を睨んだ。
 異形のヘビの姿をした怨敵……マガツヘビ。その分身体だ。
「|マガツヘビ《あれ》を斃す。この忍務、必ず成し遂げる。行くぞ、刑部」
「フン、せいぜい足手まといにはなってくれるなよ」
 憎まれ口をたたく隠神刑部に実力を示すべく、影丸が動いた。
 袖口から伸ばした糸を、傍の街灯に巻き付けると、影丸は素早く駆け昇った。
 ぼん、と煙炸裂、ゲコ丸推参!
 街灯を蹴ってその背に乗り移ると、更に高く跳躍を披露した。
『なッ!?』
 小型マガツヘビ達が、一斉に天を、影丸を見上げた。本体は巨大でも、分体ならばそのサイズは影丸達とそう変わらないのだ。
 敵群を俯瞰した影丸は、一気にその力を解き放った。
「縛!」
 きん、と、空間が硬質の音を立てた。
『う、動けねえええ!?』
『声は出るのに手も足も出ねえぞ!?』
 混乱するマガツヘビ。だが、いくら喚いたところで、影丸の不動呪を破ることは叶わない。
 そうして身動きできぬヘビ達へと、影丸が手裏剣を見舞った。鱗の間隙を狙って突き立てる。
 着地と同時、一閃、倶利伽羅剣。一刀の元に、次々と敵を斬り伏せていく。
「ほう、忍法というやつか」
 隠神刑部が、感心の声を上げる。既にその周りには、配下の化け狸達が参上している。
 不動呪を解除し、クールタイムに入った影丸は、隠神刑部に呼びかけた。
「一つ頼みがある、街の人々の避難を補助してもらいたい」
「フン、助力を請うたのはこちらの側。その程度お安い御用よ。よいな狸共!」
「承ったぽこ!」
 隠神刑部の号令一下、化け狸達が街に散っていく。
 半数は街の人々の避難、もう半分はマガツヘビへの対処だ。直情的なヘビ達は、面白いように化け術にはまってくれる。
 刑部達が抗戦する間に、影丸の体力も戻ってきた。再び敵軍を視界に収めると、法力で自由を封じ込める。
「命を、世界を守るため最後まで戦おう」
「フン、大した覚悟だな。まあ、わしもやぶさかではないが、な!」
 影丸の封じた敵を討伐しながら、隠神刑部が不敵に笑うのだった。

第2章 ボス戦 『マガツヘビ』


 能力者達と『隠神刑部』達の奮戦が結実した。
 無数にみえた小型マガツヘビも、討伐の末に、いつしか街から姿を消していた。
「……いや、これは!」
 隠神刑部が、目を見開いた。
 立ち込める黒雲、轟く雷鳴。生き残りの小型マガツヘビ、無秩序に動き回っていた群体が、いつしか一か所に集結していた。
 そして、街を満たすは深き闇。
 虚空を裂いて現れる巨影。強大なる妖気とともに、いよいよマガツヘビ本体が顕現したのだ。
『峨旺旺旺旺旺雄雄雄怨!!!』
 妖気をたっぷり含んだ紫の霧が、周囲を包み込む。常人であれば、これを浴びただけで魂を奪われてしまうかもしれない。
『ずいぶん俺の鱗をいたぶってくれたようだな糞共! その礼はさせてもらうぜ? これぞ「おもてなし」って奴だろう!?』
「……何か違うようだが」
 隠神刑部が、少し呆れたように言った。
 それから、徳利から酒を一口。
「ハーッ……! 口を開けば愚鈍だが、ヤツの妖気は無限にして絶大。気を抜けば一撃で終いよ」
 覚悟は出来ておるな?
 隠神刑部はそう問いかけると、強大なる敵へと踏み出した。
 このマガツヘビを倒さねば、√妖怪百鬼夜行に未来は、ない。
ユーフェミア・フォトンレイ

 ビルの上、隠神刑部と共に、巨大なる蛇神を見上げるユーフェミア・フォトンレイ(|光の龍《ティパク・アマル》・h06411)。
『この俺が来たからには、お前達の末路は決まったも同然なんだよ!』
「フン、かといって『はいそうですか』と退けるものか。そうであろう?」
 隠神刑部から問いかけられたユーフェミアは、こくりとうなずき、後を託す。地上の事を。
 刑部の戦いぶりは見ていた。問題ない。
 そして、唱える。
「『|テフィ・ラー《祈り》と|エメト《真理》』」
『ん?』
「む!?」
 マガツヘビと隠神刑部の驚きが、唱和した。
 ユーフェミアの元に、インビジブルの触れが集まってきたかと思うとその身を喰らい始めたのだ。
 後に残るは無……否、ユーフェミアのいた場所を起点に、光の帯が立ち昇る。
「何をするつもりだ!?」
 隠神刑部が見上げた天が、色を変えた。
 空が、燃える。隕石の来訪めいて赤く染め上げられた天から、巨大な影が降臨した。それは、マガツヘビとの相容れぬ、神性の顕現。
『蛇じゃねえか』
「龍だろうよ」
 マガツヘビの発言を、隠神刑部が訂正した。
 そう、それは龍。瞬く星を掃き集められそうなほどの翼と尾。超巨大かつ俗世から隔絶した無機質さを纏いし光の真龍。
「|王権《ナーシー》はここにあり」
『何言ってるかわかんねえよ! 蛇も龍も同じだろ、うねうねしてやがるからなあ!!』
 怒気を発しながら、マガツヘビがうねった。
 小型マガツヘビの群れが集結し、鎧として纏われる。真龍ユーフェミアに張り合うように、マガツヘビは、増力した速度と威力で以て肉薄した。
 龍と蛇の狂演。
 大気が暴れ、天が鳴り響く。2つの巨躯の対決を、隠神刑部はただ見守る。
『裂けろヘビもどき!』
 マガツヘビが、禍津爪を突き出す。生物も妖怪も、遍く斬り裂く蛇神の裁き。
 しかし、その干渉は、ユーフェミアを覆う光の膜によって遮断された。
『俺の爪が効かねえ!?』
「|天《シャーマイム》に|光《オール》、|地《エレツ》に|命《ハヴァ》が満ち……」
 マガツヘビを、真龍からの光輝が照らす。
 本能的に危機を察知したマガツヘビが、とっさにユーフェミアから距離を取る。だが。
『でけえ狸だあ!?』
 隠神刑部の術による巨影が、マガツヘビの後退を一瞬足止めした。
『なんだ幻か……って』
「|呪われよ《アナテマ》」
 我に返ったマガツヘビに、光線が殺到する。
 ユーフェミアの全身から放たれた|剪定と輪廻の光《硬X線レーザー》が、焼き尽くしていくのだった。

ミネタニ・ケイ
クラウス・イーザリー

 人の営み、矮小なり。
 王が如く、街を睥睨するマガツヘビ。
 先の小型を遥かに凌駕するスケール感の前にも、ミネタニ・ケイ(逸般通過超重量級おっぱいさん・h00931)が怖気づくことはなかった。
「そっちがやるのはお礼参り、おもてなしするのはこっちだよ」
「フン、そのような口が叩ければ問題はないか」
 傍らの隠神刑部が、肩をすくめる。ケイへの皮肉ではないようで、強大な敵を前に、古妖はいささか緊張の気配を纏っていた。掟を知るゆえ、だろう。
 戦闘を経ても、決戦型ウォーゾーンは問題なく駆動する。ケイは、隠神刑部に先行して、マガツヘビへと飛び掛かった。
「これこそ、マガツヘビ。本体を目の前にしても、なお戦えるか?」
「ああ、勿論」
 改めて覚悟を確かめた隠神刑部に、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、然りと応えた。
 覚悟はいつだって出来ている。戦場に立つと決めた時から。
 隠神刑部、そして、震えながらも逃げ出すことはしない化け狸達とともに、立ち向かう時だ。
『飛んで火にいる夏の虫、っていや、秋だったか? まあどうでもいいか!』
「確かにどうでもいいね」
 ケイを出迎える『おもてなし』は、巨大な腕の形をしていた。
 振り下ろされる巨腕。だがケイは、隠神刑部を守るように、その軌道に真っ向から立ちはだかった。
「大きさに惑わされそうになるけれど、小型マガツヘビと攻撃方法は同じだね」
『馬鹿かお前? ぶっ潰れろやああああ!!』
 巨大さに見合った『重さ』が来た。霊力の圧、というべきものが、ケイの存在そのものにのしかかった。
 マガツヘビを以てして、愚行と断ずるケイの行動。だが、これをかわす事は、霊力による汚染地帯の展開を意味する。
「面倒な領域作られるよりはマシってね……」
 軋むWZ。
 無策で喰らえば一撃で分解もあり得たかもしれないが、ケイは八重の防具、そしてオーラや態勢各種、そして鉄壁の守りでマガツカイナを受け止めた。
『随分と頑丈じゃねぇか。なら……これでどうだあああ!!』
 マガツヘビが、腕を振り切る。
 ケイの身体が軽々と吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「!!」
 駆け付ける隠神刑部の目前で、ケイは身を起こしてみせた。無論、ノーダメージとはいかないが、それでも致命傷とは程遠い。
『どいつもこいつも鬱陶しい糞共だぜ。さっさと潰れちまいな!!』
 次の狙いは、クラウス。
 濃密な妖気でこちらを威圧してくるマガツヘビから、ダッシュで距離を取るクラウス。
 ライフルを構えると、狙撃を敢行した。小型マガツヘビ同様、鱗の隙間は有効打となる。
 それに加えて、敵はよくしゃべる。口もまた、狙いどころだった。
 だが、いかんせん、スケールが違い過ぎる。何より、見掛け倒しではない。巨大さは、無限の妖力の具現そのもの。
「強大すぎてあまり効いてる気がしないけど……」
 地道に銃弾を撃ち込みながら、クラウスがぼやく。
 しかし、隠神刑部や化け狸達もこつこつと攻撃を仕掛けているのを見ると、牛歩であっても意味はある。
 先ほどの戦いを経て、刑部の戦法は、把握出来ている。タイミングや攻撃箇所を合わせて、敵へのダメージを蓄積させていくクラウス。
『鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい! 一発で終いにしてやるか!!』
 化け狸の幻を振り払いながら、マガツヘビが咆哮とともに、力を溜め始めた。
 妖力をチャージし、莫大な威力でクラウス達を、抵抗ごと消し去る算段か。
「そうはさせないよ」
 態勢を立て直し、再び、マガツヘビへと立ち向かうケイ。
 突き出された巨腕をむしろ足場として駆け抜け、マガツヘビ本体へと肉薄。連続攻撃を起動。
 ウォーゾーンで強化された膂力が、マガツヘビの鱗を叩いていく。
 持てる力と技を連鎖させて、間断なく攻撃を加え続けるケイ。マガツサバキのチャージが、終わりに近づく。残り5秒……ケイは、全力で距離を取った。
 それとすれ違うように、クラウスは、敢えて隠神刑部の前に出た。
「退がれ、死ぬ気か」
 隠神刑部の警告も、今は聞けない。
『お前から消し炭だ!!』
「『おもてなし』とやら、やってみるといいよ」
 先手必勝。力任せに、ハンドアックスを叩きつけてやる。
『こんなちっちぇ刃なんざ痛くも痒くも……!!』
 カウント、零。
 マガツヘビが、遂に力を解き放とうとした直前。クラウスの姿が消えた。
『ハア!?』
 だとしても、発射を止められる段階ではなかった。虚空を、高密度の妖力が薙ぎ払う。まさに、虚しく。
『糞糞の糞野郎共……! 俺の貴重な時間を返しやがれ!』
 打ち震えるマガツヘビ。せっかくのチャージが無駄になったことへの怒りだった。
「全く、ひやひやしたわい。わしならばこの身が消し飛ぼうとなんとでもなるというのに」
 隠神刑部が、呆れたような視線をクラウスに送ったのだった。

夜久・椛

 乱れ狂う、妖気、冷気、その他諸々。
 √能力者や隠神刑部(とお供の化け狸達)が奮戦する中、夜久・椛(御伽の黒猫・h01049)も、敵を見上げた。
 姿かたち自体は、先ほどまで討伐していた小型マガツヘビと変わらない。しかし、そのサイズと妖力の密度は、段違いだ。
「ん、コレまた大きいね……」
『そうだな。まともにやり合うのはキツいぞ』
 同じヘビの属性を有する者同士の共鳴か。オロチは、マガツヘビの脅威を椛以上に強く感じているらしかった。
「なら、小細工を使おう」
 化かすのは、何も狸だけではないのだ。
 隠神刑部にマガツヘビの気を惹くよう頼むと、椛は、敵の視界から外れていく。
「『影に潜むは、何者か?』」
 椛が語るは、影の怪の一文。
 自身の小型を纏い、暴れるマガツヘビの体が、地上に落とす影。それが蠢いた。
 椛によって操られた影は、それぞれをサメの形に変じた。相手に状況を理解されるより先に、影サメ達は、一斉にマガツヘビに食らいついた。
『なんだア?!』
「影に潜むは、何者か? それは影鰐、影の怪魚」
 椛の答え合わせを聞き、サメの牙を立てられて、マガツヘビはようやく自らを襲う危機に気づいた。
『糞ッ、小細工を! 小さすぎて見えなかったじゃねえかオラアアアア!!』
 理不尽が、怒気となって周囲を揺るがす。
 だが、影サメを爪で振り払うマガツヘビに、隠神刑部が神通力を浴びせかけた。
「如何に無限なる妖力を持とうと、削る速度が回復速度を上回ればよいでな」
『よくわかんねえ! 俺にもわかるよう説明しやがれ!』
 隠神刑部とマガツヘビが交戦を繰り広げる間に、椛の姿は消えていた。影に潜ってその身を隠したのだ。
 影を渡って移動、敵への接近を試みる。相手の動きを野生の勘で把握しつつ、狙いを定める。
『うお!?』
 唐突に影から出現した椛を、反射的に巨腕で叩き潰すマガツヘビ。しかし、手ごたえはない。それは幻影、残像に過ぎない。
 モグラたたきの要領で影を潰していくマガツヘビの背後に、真なる椛が現れた。
 マガツヘビの足元の影が、今また変容する。より一層攻性を強めたカタチ……槍状に伸ばし、貫き通す!!
『|偽耶亜亜亜亜亜《ギャアアアアア》ッッ!?』
 痛みに荒ぶる敵の爪で振り払われながらも、椛は更に追撃を仕掛けた。
 妖精のランタンから炎を飛ばし、損傷個所をいっそう苛んでいくのだった。

白椛・氷菜

『おい何じろじろ見てやがる! 俺の格好良さに見惚れたか!?』
 白椛・氷菜(雪涙・h04711)の気配に気づき、ふんぞり返るマガツヘビ。
 だが実のところ、氷菜の眼差しの意味するところは、呆れである。
「何というか……無理に単語を使って滑った感じ……?」
「古きものが無理に時流に乗ろうとするとしっぺ返しを食らう、という見本よ」
 素直に、同意を示す隠神刑部。
 だが、氷菜の視線を感じて、ゴホン、と咳払い。戦いの場に向かった。
 氷菜は、慌てて親分を追いかけようとする化け狸達を、引き留めた。ひそりと耳打ち。
「うんうん……わかったぽこ!」
 ぽん、と腹鼓で了解の合図。
 そして氷菜は、隠神刑部の後を追った。
『糞共が、まとめてぶっ潰してやる!』
 マガツヘビは、黒き妖火を灯し、蓄え始めた。無限なる力が凝縮されて放たれれば、街も無事では済まぬ。
 氷菜は、マガツヘビとの距離を保ちながら、その頭部を狙撃した。
 巨大な標的に、氷気の花が次々と咲いていく。これだけで相当な損傷のはずだが、現在のマガツヘビは、損傷の先送り中。チャージを中断することはない。
 頭のわる……思考が豪快なマガツヘビの事だ。多少ダメージを喰らっても、相手を殲滅できれば全てヨシ、という思考なのかもしれない。
 そして、頭を振って氷霧を払うと、標的を氷菜と隠神刑部に定める。
『充填完了! これで終いだ……!』
「……あ、鱗が落ちてる」
『ん?』
 何気ない一言。
 氷菜の指摘に、マガツヘビは、思わず視線を地上に落とした。
「それ、貴方の戻り損ねた鱗じゃない? 通りで禿げてると思った」
『ハア? んなわけ……!?』
 巨体をまさぐるマガツヘビ。
 鱗の正体は、化け狸だ。氷菜の依頼がこれである。相手のチャージが終わる頃に、マガツヘビの鱗に化けておいて欲しい、と。
 氷で冷やされた事もあり、実際に鱗が剥離した錯覚を得たらしい。
『……って本当なわけねえだろ糞が!』
「ぽこ!?」
 鱗は化け狸に戻ると、速やかに逃走した。直後、尾が破壊をもたらす。
 もはやレーザーの如き尾の一閃。
『外れたじゃねえかこの糞があああ痛えええええ!!』
 回避成功。そして、後回しにしたダメージが、一気にマガツヘビの身を襲う。
 化け狸に感謝の言葉を贈りつつ、氷菜は、再び敵の頭部を狙撃した。
 今度は外さねえ!!と息巻くマガツヘビの接近を食い止めたのは、氷菜が敵の足場へと飛ばした冷気。
 こちらの攻撃にも構わず裁きを与えようとするマガツヘビを待っているのは、蓄えられた痛みのフルコースだ。

不動・影丸

 街の、そして、√妖怪百鬼夜行の破壊を食い止めるべく、戦う√能力者、そして隠神刑部。
 激戦に終止符を打つべく、剣を逆手持ちに構えた不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)が駆ける。
「いよいよお出ましか」
 マガツヘビを倒し、この世界と命を守り抜く。
「この忍務、必ず成し遂げる」
 影丸の剣に纏われた迦楼羅炎が、その身を一層速さの高みへ導く。
 疾走の余波で衝撃波を生みながら、空いた方の手で印を組み、呪を唱える。呼応して宙に現れるのは、光の曼荼羅。
『ちょこまかしやがって糞が! 一捻りにしてやる!!』
 落ちる影が、影丸から色を奪う。影の主は、マガツヘビの巨腕だ。
 しかし、影丸の疾走は止まらぬ。そのまま駆けて、マガツヘビの懐、巨大な腕を存分には振るえない間合に入り込む。
『小粒の分際で、小癪な真似しやがって!!』
 怒りの声を真上に聞きながら、影丸は、力強く踏み込む。その時には既に、刃は激しく燃え上がっている。
 一方のマガツヘビも、止まることを知らぬ。態勢を崩し、万全でないことを承知しながら、攻撃の完遂を優先させた。
 振り下ろされる壊撃。
 だが、無理を通した打撃は、まともな攻撃の体を為していなかった。巨腕を難なく躱し、スロープの如くそれを駆けあがると、マガツヘビと最接近。
『なッ……!』
 驚く気配。生じた隙に一閃。
「破邪の焔だ、痛いぞ」
『こんなもん痛いはずが……痛えええええ!?』
 身を焼かれたマガツヘビの絶叫が、大気を震え上がらせる。しかし、今更動きを止めることも叶わず、ヘビの腕は地面を打った。
「ぬうう」
 震動が、隠神刑部を揺るがす。同時に展開するのは、余剰の霊力による汚染地帯だ。
 しかし、影丸は既に手を打っていた。
 描き出された曼荼羅から、龍王が顕現する。
 大蛇を睨む、龍の瞳力。破魔の光が、世界を呪う汚染を駆逐し、清浄な状態へと回復させていく。
『ハア? 嫌がらせにも程があるじゃねえか! 痛えし何も起きねえし踏んだり蹴ったりだぜ糞があああ!!』
 幼子の如く暴れるマガツヘビ。
 その怒りに乗じて、影丸は攻撃を継続した。
 隠神刑部ら古妖でさえ圧倒される、莫大量の妖力の持ち主。一撃でトドメといかずとも、隙への貫通攻撃を畳み掛け、確実にダメージを蓄積させていく。
『やられたらやり返されるってことくらいわかってるんだよなああ!?』
 マガツヘビが、戦意を取り戻した。小型マガツヘビを纏うと、巨大さからは想像できない速力で、影丸に迫る。
 だが、そのまま自由にさせておくわけにはいかない。
 影丸は、袖口から伸ばした糸と死角から伸びるゲコ丸の舌で、その身体を束縛すると、動きを制限にかかった。
『こんなもんで俺が……』
「おっと。わしがいることを忘れてはおらんだろうな」
 声に振り向くマガツヘビ。ビルに立つ人影は、隠神刑部。壊れたビルを神通力の見えざる手で振り回し、叩きつける!
 舞い散る構造物の破片を切り抜け、隠神刑部の傍らに着地する影丸。
「助けてくれると思っていたよ」
「マガツヘビを討つ好機を逃すわけにはいかんと、それだけよ」
 馴れ合いは好まぬ。言外にその意図を汲んだ影丸は、それでも感謝を告げつつ、倶利伽羅剣を振るった。
 その切っ先は電光。瞬く間に、幾度もマガツヘビの躰を刺し貫く。
 鱗が弾け、小型マガツヘビの鎧が砕け落ちていく。
 これまでの戦いによるダメージも蓄積している。確実に、マガツヘビは弱体化を遂げていた。
(「復活した経緯には謎がある。聞き出したいところだが……少し煽ってみるか」)
 影丸は、束の間、剣を振るう手を緩め、問いかけた。
「誰がお前を復活させた? その理由は?」
『そんなもん……あれだ、ほいほい教える馬鹿がいるかよ』
「どうせ忘れてるんだろう?」
『ぐ……!!』
 図星のようだ。
 ならば、と、影丸は剣を握り直した。隠神刑部とタイミングを合わせ、とどめの時。
 防御貫く刃と、龍王の轟炎。そして、狸の神通力を重ね……凶妖を討つ!
『ぐ……糞共がああああああ……この手に「天叢雲」さえあれば……!!』
 轟音を撒き散らし、地面に倒れ伏す巨体へと、片合掌する影丸。
「ただの駒として操られていたのかも知れないな。今度こそ静かに眠れ」

第3章 日常 『妖怪大宴怪!』


 巨躯が、地に伏せる。
 マガツヘビの躰が、崩壊していく。√能力の集中砲火を浴びて、限界を超過したのだ。
 しかし、霧散したはずの妖気が、再び結集を始めた。
『……これで終わりと思ったか? 思ったよなあ!?』
 マガツヘビの骸が再生を始めるのを睨み、ぎり、と隠神刑部が歯を軋らせる。
「これこそがマガツヘビ最大の厄介。たとえ滅したとしても即座に再生してくるのだ」
 さすがに、隠神刑部の消耗は大きいようだ。続けて死闘を演じる余力は、ない。
 それでも、隠神刑部は印を結ぶと、歪な社……『奇妙建築』をくみ上げ、マガツヘビの骸を閉じ込めていく。
『何するつもりだ糞が! この程度で俺が……』
「宴だ」
 隠神刑部が言った。マガツヘビではなく、傍らの√能力者達に。
「魂封じの宴。その儀式によりこやつを封じ、復活を先送りする。今はそれしかあるまい」
 儀式の方法、隠神刑部の語ったそれは。
 街の景色が、書き換わる。戻る活気、しかし、そこにいるのは人間にあらず。
 妖怪だ。
 隠神刑部の配下の化け狸を始め、様々な妖怪が、屋台を並べて大騒ぎ。食べ物、玩具に遊戯まで。
 作る妖怪、喰う妖怪。飲めや歌えや、突如始まる祭の景色。
「この妖怪の宴が生み出す妖力を用いて、わしが楔となり、マガツヘビを一時封じる。なに、この体など、わしの肉片の1つに過ぎぬ。安いモノよ」
 それならば……妖怪とともに宴を楽しみ、封じの儀式としようではないか。
ユーフェミア・フォトンレイ

 突如開催された、妖怪達の祭と宴。
 ユーフェミア・フォトンレイ(|光の龍《ティパク・アマル》・h06411)は、化け狸や、それらと縁のあるであろう妖怪達で賑わう祭の場を、ゆるりと歩いていた。
 何処からともなく聞こえてくる、軽妙な祭囃子。隠神刑部が求めているのならば、ユーフェミアも、穏やかに楽しむことに異存はない。
「おおい、こっちで一緒に騒ごうではないか!」
 年かさの化け狸達の宴が、ユーフェミアを誘った。今日この時ばかりは、敵も味方も、主義主張も関係ない。
 既にあちこちから食べ物や飲み物を集めてきているようで、完全に宴会の様相。
 縁日的な食べ物から、居酒屋や食堂で供されるようなものまで。つまり、なんでもあり、ということだ。
「さあどんどん喰え喰え!」
「騒げ騒げ!」
 れっきとした宴の一員として、ユーフェミアをもてなす化け狸達。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
「さあて、どれほど食べられるもの……か……な……」
 試すようににやにやしていた狸の顔から、徐々に血の気が引いていく。ユーフェミアの予想外の食べっぷりを目の当たりにして。
 どうやら、外見から推し量ったユーフェミアの食欲を、大いに侮っていたようだ。
「さては、わしらをたばかっていたな」
「龍は恐ろしいものぽこ。くわばらくわばら」
 もくもく。
 甘いものをメインに、好き嫌いなく何でも食していくユーフェミア。この場の誰より食事を楽しんでいるようだ。
「さて、こちらもいけるクチかね」
 化け狸の中でも年かさの一体が、徳利を掲げてみせた。
「少しなら」
「……本当に少しかね?」
 狸、苦笑。
 いける方だとは思う。ドラゴンなので。もっとも|大酒呑み《うわばみ》というのとは違うので、たしなむ程度だ。……これは謙遜ではない。
 やがてユーフェミアの頬が桜色に染まる頃、何やら、歓声が上がる。
 ユーフェミアがそちらに目を向ければ、狸が、何か芸を披露しているようだ。
 何せ古妖の端くれ。皿回しのような伝統芸?かと思いきや……。
「イリュージョン?」
 スマートなマジックショーだった。
「ご笑覧あれぽこ~」
 仲間の化け狸を消したり突然呼び出したり。
 落ち着いて考えるとそれくらい出来て当然のような気がしたが、演出が意外と巧みで今風なので、なんだかすごいように見えてしまう。
 そんなこんなで、賑やかさを堪能し、楽しむユーフェミアからも溢れた力が、隠神刑部の元へと届くのだった。

夜久・椛

 戦いは終わった。いや、今も続いている。宴という形で。
「ん、要は宴を楽しめばいいんだね?」
 夜久・椛(御伽の黒猫・h01049)が隠神刑部の依頼を了承した横で、オロチもにょろり、とうなずいた。
『そうだな。遠慮なく楽しんで、封印の手助けと行こう』
「ん、了解」
 2人が見回した景色は、まさに祭りの会場。
 ぴーひゃらぽんぽこぽん。祭囃子が盛り立てる。
 これもマガツヘビ封印の一環。半人半妖の椛が混じっていても、誰1人白い目を向ける古妖はいない。
 何より、妖怪達も、宴を楽しむことで手一杯なのだ。
「だいぶ体も動かしたし、屋台で何か食べようかな」
 まず椛の目に飛び込んできたのは、焼き鳥屋の屋台。
 鉢巻まいて、せっせと焼きに専念する化け狸に、注文1つ。
「定番のねぎまと、鶏皮、鶏つくねで」
「喜んで、ぽこ!」
 若化け狸の返事が良い。
 そして手際も良かった。
 さっ、と出された注文品を受け取り、ほどよき場所に腰を落ち着け、いざ実食。
「ん、ねぎまはもも肉と、とろとろのネギの組み合わせがよく合うね」
 鶏皮もカリカリ&ジューシーで、椛を満足させてくれる。
『こちらの鶏つくねも食べごたえがあって美味いな』
「ん、タレと卵黄がよく合う」
 ちら、と屋台を振り返れば、化け狸の作業の合間に、視線が合った。
 美味、と椛が軽く頭を下げると、へへん、と得意げな表情が返ってきた。
 三種をぺろりと平らげる。焼き鳥を堪能した椛は、次なる屋台を探し求めた。
「今度は、甘いものも食べたいね」
『あっちにアイスの屋台もあったぞ』
 オロチは目ざとかった。
「アイス……いいね」
 焼き鳥屋の屋台とは趣の違う、お洒落でハイカラな店構え。しかし店主は、いかつい狸の中年。こだわりありげなラーメン屋の店主風。
「それじゃ定番のバニラを頂こうかな」
「承知」
 気難しそうなその狸は、実に繊細な手つきでアイスをすくうと、コーンに盛り付けた。
「ん……中々濃厚なお味で美味しいね。オロチもどうぞ」
 椛からおすそ分けをもらったオロチが、待ってましたというように体をくねらせた。
『では、遠慮なく……んむ、美味いな』
「うちの自慢の味さ……くしゅん」
 ぽむん。
 店主がくしゃみをすると、あら不思議、丸っこい狸の女の子が現れた。
「もしかして、化け術?」
「さっきの姿の方が威厳があって、お客さんもたくさん来てくれると思ったぽこ」
 アイス屋さんならこっちの姿の方がいいかも、と椛は思った。オロチも思った。

白椛・氷菜

 街並みは、いつしかレトロな趣。
 屋台に提灯、白椛・氷菜(雪涙・h04711)は、いきなり別世界に入り込んだような感覚と同時に、どこか懐かしさを覚えていた。
 行きかうのは妖怪ばかり。大半は化け狸達だ。
「こんな事も出来るのね……」
 古妖の意外な多芸ぶりに、感心と驚きの入り混じった呟きをこぼす氷菜。
 並ぶ屋台の中に、氷菜は、好みのものを探して歩く。
 妖怪の面々も酒を好んでいるようで、酒を提供する屋台は少なくない。
 だが、氷菜は、お酒は飲めない。代わりに、お茶でも貰うことにする。
「熱々じゃよ。耐えられるかな半妖」
 ほっほ、と老狸が試すように笑う。今は敵味方を忘れて楽しむつもりのようだ。
 お礼を言ってお茶を受け取ると、お供に甘味も買い求める。
「狸饅頭……なんだか可愛い」
 ほかほか、湯気を立てて蒸されていた狸型饅頭を選ぶと、腰を落ち着けられる場所を見つけてひと段落。
 ずずっ、と熱いお茶をいただき、饅頭を食む。
 マガツヘビとの戦いが続いたゆえ、こうした穏やかさが早くも懐かしい。
 周りは、相変わらずにぎやかだ。酒盛りの一団、芸を披露する一団。
 氷菜は、あまりこういう場が得意な方ではない。そうした自身の性質を理解している分、代わりに魅了の力は抑えないでおく。
 そんな氷菜の力に後押しされてか、賑わいは衰えるところを知らぬ。
「お姉さん、一緒に踊るぽこ~」
 魅了に惹かれて、若そうな化け狸達が誘いかけてくる。既にお酒が入っているようで、酔いどれ狸状態。
 氷菜は、上手い事彼らをあしらうと、隠神刑部の姿を探した。
 先ほど戦いにも参加した化け狸達に囲まれた、その中に、刑部を発見。
「化け狸さん達、先ほどはありがとう」
「もっと褒めるがよいぽこ!」
 ふんす、と胸を張り、得意げな化け狸達と労いあうと、氷菜は大将格へと向き合った。
「隠神刑部さん……」
「フン、同情か? 半妖の憐憫などいらぬわ」
 冷たくあしらわれながらも、氷菜は様々な感情を抱く。
 古妖でなければ封印する事もなかったのに、とか。でも、古妖だったからマガツヘビとも渡り合えたとか。色々、複雑な気持ちはある。だが、
「掟の為とはいえ、貴方の力を尽くしてくれて……ありがとう」
 フン、と鼻を鳴らして視線を逸らす隠神刑部。
「……こういう宴の楽しみ方を知っているのなら、凶暴な古妖とは言い切れないと思うのだけど……」
 数多ある性質や価値観は難しいわね、と氷菜はしみじみ思うのだった。

不動・影丸

 何処からともなく響く、祭囃子。穏やかで賑やかな宴の場。
 だが、きりり、と引き締められた不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)の表情に、油断はなかった。
「魂封じの宴を成功させる。この忍務、必ず成し遂げる」
 つまりそれは……楽しむという事だ。
 忍ばずわっしょい。忍獣達を次々と呼び出すと、共にこの時間を楽しむ所存。
 そんな影丸達一行を迎えるのは、妖怪屋台。
 妖達の作るもの、とはいえ、そこに並ぶ食べ物は、人間のものとそう変わらない。
 忍獣達が、その感覚を発揮して、美味しいものを察知する。
 焼きそばにフランクフルト。わたあめにかき氷。チョコバナナにたこ焼きなどなど……。ちょっと妖しげな色のものもあるが、害はない。
 更には、たぬきそばやたぬきうどん。もちろん狸は入っていないけれど。
 忍犬や忍猫、忍鼠、忍鴉達と、分け合って食する影丸。
 ちなみに、忍獣達に、好き嫌いはない。それに、特別な修行をしているから、普通はその動物には害となるようなものでも、問題なく食べられる。忍獣の肩書は伊達ではない。
「平和があるからこそ、こうして楽しむことができるんだよな」
 ぺろり、綺麗に平らげた忍獣達の頭や背中を撫でながら、呟く影丸。
 屋台グルメを堪能した影丸一行は、次なる宴の醍醐味へ。
 宴と言えば、歌と踊り。
「せっかくだ、狸音頭、狸踊りをみせてもらいたいな」
「何、わしらに指図するというのか?」
 影丸に頼まれた隠神刑部は、渋い顔をした。
 だがそれは、本気で怒っているというわけでもないようだ。
「このわしが、踊りなど……踊りなど……」
 もごもご。隠神刑部が、妙に口ごもる。その理由を察して、影丸は言う。
「恥ずかしがっている場合か、封印のためだ」
「むむ、少し共闘した程度でいい気になりおって……」
 この期に及んで逡巡する刑部を、配下狸達が盛り立てる。
「刑部様、一緒に踊るぽこ!」
「この若いのの言う通り、全てはマガツヘビ封印の為でありましょう」
 老いも若きも、配下にそろって進言されては、刑部もごねてはいられぬ。
「仕方あるまい……ならば刮目せよッ」
 清水の舞台から飛び降りる勢い。先陣を切って、踊り出す隠神刑部。それにならって、配下狸達も踊り始めた。
 ぽこ、ぽん!
 妖気……もとい、陽気で愉快なリズム。配下狸の腹鼓に、影丸の笛の旋律が重なった。
 忍獣達も、思い思いに動き回って、踊りに彩りを添える。
 立ち昇る妖力。それを感じ取りながら、影丸は演奏を続ける。
(「封印の楔、か。選択の余地はないとはいえ、そして肉片の一つとはいえ、その覚悟は天晴だ」)
 敵である影丸達にも、助力を請う潔さ。それもまた、賞賛に値するものであった。
 封印を成し遂げんとする刑部の為、影丸もささやかだが、龍笛を奏でる。この時が良き思い出になることを願って。
 ふう、と一息、ひとしきり芸を披露した隠神刑部に、影丸が言う。
「そろそろ妖力は十分か。ならば頼んだぞ、刑部」
「しくじるものか。わしがやらんでなんとする」
 鼓舞する影丸に、刑部から頼もしい腹鼓が返ってきたのだった。

ミネタニ・ケイ
クラウス・イーザリー

 殺伐な戦場の方が幻だったかのような、和やかさ。
 隠神刑部によってもたらされた宴の空間。その中に、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の姿もあった。
 化け狸達の醸し出すにぎやかさとは裏腹に、クラウスの表情は、どこか晴れない。
「……そっか」
 封印の術式には、代償が必要だ。ここで体を失っても、存在自体が消えるわけではない隠神刑部が楔となるのが、最善の手段。
 頭では理解こそしているが、共に戦った彼がそうなるのは寂しいと、クラウスは感じる。在り様の異なる、人間の勝手な尺度だろうか。
 そんな想いを胸に秘めながら、屋台で食べ物を買い求め、楽しそうな周囲の様子を見守るクラウス。
 その向こう、賑わいを作っているのは、ミネタニ・ケイ(逸般通過超重量級おっぱいさん・h00931)だった。
 隠神刑部の、一風変わった依頼。ケイは、それを快諾した。
「ボクも精一杯盛り上げていくねっ」
 わしは封印術に専念する故、その分も楽しむのだ。
 そのようにケイ達に託した隠神刑部の表情に、悲壮さはなかった。それをわかっているから、ケイも明るく応えるのだ。
 これまでの戦装束……WZを脱ぎ去る。現れたのは、Zカップの肢体。それを魅せつけるように、ポールダンスを踊って、宴を盛り上げる。
「おおー!」
「いいぞいいぞ」
 化け狸達が、手を、あるいは腹を叩いて、ケイのダンスを喝采する。
 できうる限り彼らの要望にお応えして、きわどいポーズも披露。観客のボルテージは最高潮。
 やがて、妖怪たちの拍手を受けたケイは、妖艶な笑顔で一礼して、踊りを締めくくった。

 さて、たこ焼きを食べていたクラウスには、ふと、気になることがあった。ダンスに拍手を送っていた、顔を赤らめた狸に、1つご質問。
「……お酒って、そんなに美味しいの?」
 隠神刑部もお酒を肌身離さぬし、妖怪達にも、お酒をたしなむひとが多いようだ。
「ぷはーっ……聞くくらいなら飲んでみればよい……ああ、人間界の掟という奴か」
 まだ酒を飲める年齢に達していないクラウスには、その良さがわからないのも無理はないだろう。
「美味いとも。この楽しみを知らぬとは大いに悲しき事よ」
 酔いどれ狸は、酔いも手伝って、上機嫌でクラウスの背を叩く。
 クラウスがみれば、同じように酒の回った化け狸達……どころか、他の狐狸妖怪も混じって……が、にぎやかに歌い、踊っている。
 この活気が、封印の力を生む。もっとも、そんな使命感ばかりで浮かれているわけではあるまいが。
 いつかお酒を飲めるようになったら、妖怪達の酒宴にも混ざることができるんだろうか、クラウスは羨望のまなざしで、妖怪達の宴を見守った。
「……雰囲気だけで既に酔ってしまいそうだけど」
 そんな風に、宴の雰囲気を楽しんだクラウスにも、いつしか笑顔が宿っていた。
 一方、ひとしきり場を盛り上げたケイは、続いて自分の欲求を満たしに向かった。すなわち、食べ歩きである。
 なにせ妖怪たちの出店。いささか見た目がグロテスクなものもあるが、よく見ればちゃんと綿飴やイカ焼きである。そして美味しい。
「このジュース、何が入ってるのかな……ん?」
 何やら店先が賑やかだ。どうやら、ベーゴマバトルが開催されているらしい。
 妖怪のコマ、というとレトロなものを想像するが、ケイが目にしたのは今風のかっこいいコマであった。
「いっけー狸フェニックス!」
「負けるな狸ドラグーン!」
「名前まで今風だね」
 激しい火花の散らし合いを、ケイも観戦した。焼きそばを食べながら。
 激闘に見入る観戦客も熱くなっている。
「負けるなフェニックス!」
「食券十枚がかかってるんじゃぞ、しっかりせい!」
 ……熱くなっている。
 せっかくだから、とケイも、即席のカスタムコマでエントリー。盛り上がりに一役買った。

 妖力の高まり……それは、祭の終わりを意味するものだ。
 それぞれ宴を楽しんだケイとクラウスは、隠神刑部の元へ足を向けた。
「ありがとう。一緒に戦えて良かった」
 少しだけでも手を取り合えたこと、嬉しく思うよ。クラウスがそう伝えると、隠神刑部は、フン、と鼻を鳴らした。
「次会う時には敵同士。いらぬ感傷などここに捨てていくことだな」
 強がりなのか、本音なのか。それともその半々か。それでもクラウスは感謝せずにはいられなかった。他の能力者達と同じように。
 いよいよ楔となりゆく隠神刑部へと、深々と厳かにお辞儀をするケイ。
「……全てはわしら自身の為よ」
 素っ気ない言葉を残し、封印を完成させる隠神刑部。奇妙建築の社に、マガツヘビの躰が、しかと閉じ込められた。
 祭の終幕とともに、妖怪達も消えていく。残ったケイは、会場跡を掃除して綺麗にすると、楔となった隠神刑部に、二礼二拍手一礼の参拝を。
「さあ、宴も終わって掃除も済んだ。シメの挨拶もした。じゃあ他所の面倒事も片付けに行かないとだねっ」
 今日のところは帰り道。
 けれど、ケイ達の戦いは、まだまだ、続く。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト