乙女心をぶん回せ!!!
●遊園地に行こう!
√汎神解剖機関――この世界には『怪異』を狙う複数の組織が存在している。汎神解剖機関、連邦怪異収容局、羅紗の魔術塔、現在、確認されているのはこの三つだ。その中の羅紗の魔術塔に今回はスポットライトを中ててみるとしよう。『羅紗の魔術塔』は天使病に関しての知識を保有している、ヨーロッパを主な活動拠点としている組織だ。組織内にも如何やら派閥らしき『もの』はあるそうで、個性豊かな構成員たちを束ねる事は困難極めている。個性豊かな構成員たちの中でも、最も、個性的と考えられるのが若き√能力者『アザレア・マーシー』だろう。彼女は√EDENのとあるものに執心していた。
恋愛を漫画の題材にするなら、遊園地は外せないわよね。
そう、簡単に言ってしまえば、彼女は頭の固い優等生タイプであると同時に拗らせていたのだ。魔術の知識はおそらく彼の『アマランス・フューリー』に引けを取らないが、ちょっとお花畑な部分があるのだ。十代の乙女はホワホワと考える。
遊園地デートと言えば、あれよね。コーヒーカップは逃せないわ。普段はガード強めな彼に急接近するチャンス! 目が回っちゃった、なんて、弱いところを見せれば介抱もしてくれる筈……。うん、これを、やってみよう。「聖句は世界へと伝播する」
そうして怪異「コーヒーカップ」は誕生した。
恋に恋する乙女によって、暴走する事となった。
●ナメクジさん曰く
「え……えっと、これが『星詠み』と呼ばれるものですか。あ、皆さん。初めまして、汎神解剖機関元職員の立川・満月です。宜しくお願い致します」
Dクラスの作業服を愛用しているのだろうか。正気を手放したとは思えないほどの人間らしさで彼女は君達を出迎えた。
「√汎神解剖機関の街中で何かが暴走をしているそうです。何かの暴走を止めた後、それを企てた簒奪者を懲らしめるのが依頼内容となります。え……? 何かって何か?」
星詠みの顔色がひどくなった。
そんなにも、恐ろしいものなのか。
「えっと……その。コーヒーカップです。遊園地のコーヒーカップが暴れています」
なんて???
第1章 冒険 『もう止まらんよ』
乙女心が暴走したのだ。
恋に恋する乙女が大暴走したのだ。
お約束的な展開にご執心なのであれば、
――この大回転とやらも予想していた通りと謂えよう。
君達が現場に――汎神解剖機関の何処かの街に――駆け付けると、其処にはコーヒーカップがあった。いや、勿論、掌サイズのそれではない。遊園地にあるアトラクションの方だ。コーヒーカップは奇怪なものに憑かれているかの如く、阿呆みたいに、莫迦みたいに、狂った独楽よりもぐるぐるしている。そんなコーヒーカップであったのだが、君達の気配を感じると、ぴたり。静止した。きぃ、と、地獄の門が開かれる。
乗れと???
そういうことです。
乙女心は必ずしも恋人に向けられるものではない。
あの女の趣味嗜好については、まったく、度し難さと苛立ち以外には覚えられないが、兎も角。そのような感情に捕縛されている場合ではない。重要なのは此処に『大切な人』が見当たらないという、ひどく最悪な状況であった。むむ……むむむぅ……。頭が痛くなりそうだ。いや、痛む頭ならば、既に、すっかりとひしゃげた林檎をしていたのだが。それも過去に置き去りとして――お姉ちゃんを見失っちゃったわ。憑依霊に……アタシにあるまじき失態……まぁ、アタシはそんじょそこらの憑依霊とは違うから、少しくらい離れてたって平気だけど。確かに、オマエは平気なのかもしれない。だが、オマエの大切な人は――姉は、果たして大丈夫なのだろうか。何かしら、姫騎士めいた状況に陥ってはいないのだろうか。ほんの少しの不安を抱えつつ、ぐるり、周囲を改めてみた。で……ここって遊園地ってやつよね……ふーん。きゃあきゃあ、ぎゃあぎゃあ、人間の群れの悲鳴やら何やらが響いてくる。初めて来たけど、こんなに騒がしいところだったのね。ちょっと楽しんでいっちゃおうかしら、あ、もちろん無賃乗車で。汚職警官がいたのなら見逃してはくれなかった筈だ。いいや、見て、逃す事すらも出来なかった筈だ。なにせ……。幽霊には学校も試験も法律もルールもないからね。つまりは透明というワケだ。
カーシャ・ヴァリアントは憑依霊である。生前は『ドラゴン』をしており、そのフィジカルは数多の生物を凌駕するものであった。されど、今ではお姉ちゃんと同じような『ひと』のカタチ。暴走するコーヒーカップに乗り込み、ちょこんと坐してしまったならば『末路』は想像に難くない。まるでジューサーの中の果実だ。怪異的な、不可視の力によって|霊体《からだ》を固定され――レッツ・ゴー・サイクロンな目に遭ってしまった。独楽は不意に停止する。ゆるやかに止まることなく急だったのはオマエの|念動力《エネルギー》の仕業に違いない。こ……これ……無理やりは……。失態だ。脳味噌が右か、左かに偏っているかのような気分の悪さ。う、う……目が回る……遊園地って……怖いところだったのね……。
ふ、ふふ、ふふふ……。グロッキーだと謂うのに、真っ蒼だと謂うのに、笑いがこぼれているのは、ちょっとおかしくなった所為だろうか。でも……アタシは幽霊だから、🌈いたりはしないのよ。お姉ちゃんだったら……どうだろ。ぐるぐるしているおめめと一緒に思考をぐるぐるさせる。ん……? そもそも、目が回るのもオカシイし、凄いわね? 遊園地……?
脚本家は如何やら変態らしい。演出家は如何やら情念の化身らしい。これは一種のナンセンスだ。ナンセンスに特化しているだけの、只の、七色の冗談にすぎない。
経口摂取はできそうにない。
眩暈――大人じみたものを、成人めいたものを、描写する際に酷使される言の葉のひとつ。脳髄に染みついた眩みの具合を、じっくりと、臓腑が詰まるほど味わう事、オマエにとっては日常だったのかもしれない。ぼそりと、狂うかのように呟いてみせた――To be, or not to be, that is the question.まったく有名どころではないか。有名がすぎて、眩暈よりもわかり易いのではないか。生きるべきか、死ぬべきか。さて、プロの答えは如何に。ぷかぁ、と、間の抜けた、気の抜けた紫煙が渦めいてとける。いや、火を点けた時点でオマエはしっかりと振り回されていたというワケだ。……堪えるべきか、吐くべきか、という感じですね。目を開いていた方が正解なのか、閉じていた方が正解なのか。或いは、正解などと謂うものは存在すらもしていないのか。青ざめたオマエは現実逃避の為に、別のめまいをおいしく吸う。そんなオマエの手元には救済の為のひとつ。満月から貰った、所謂、エチケット袋。……これを使えば、問題ないでしょう。だが、果たして。嘔吐する美人を描写するなんてことが赦されるのか。寡聞にして聞いたことがない。いや、聞いたことも、触れたことも、ないのかもしれないが……此処は混沌の掌の中。だからこそ、なのだろうか? ぐるぐる、ぐるぐる、ハンドルを回さずとも回り続ける、暴力的なコーヒーカップ。猶予はあまりない。
頭が重たいのは回転の仕業だろうか、もしくは血社の香りの仕業だろうか。おそらくは両方なのだが、今直ぐにでも対処をしなければならない。|愛奴隷《カーミラ》は別に、人型だけの『もの』ではなかった。それに……迷惑ではあるが、現状は敵ではないのだ。落ち着いてくれれば、止まってくれれば、問題はないはず。止まるも八卦、止まらぬも八卦、投げられたのは賽か――夢蝕みの身体であったのか。
……目を回すのは、食事の時だけで、十分です。
吸い込まれるようにしてサキュバス、演技ではない横たわり。
頭を抱えたくなった。
この場に『妹』がいたならば、どのような反応を見せてくれたのだろうか。
シュウ兄! コーヒーカップの怪異さんだよ! 仲良くなれるかな?
天使のような笑みだと思った事は何度もある。仔産みの女神『クヴァリフ』とぐるぐるバットをしていた、なんて、危なっかしいところもあったのだけれども、よくよくと考えなくても、あれも、ひとつの『過程』だったのかもしれない。ぐるぐる、ぐるぐる、思考が廻っていて、寝不足とやらも続いてしまって、如何やら仕事にも影響が出ているようだった。エミの事が気がかりで、ずっと側にいたが……。またしても、部下達に指摘をされてしまった。顔色が良くないと判断されて、仕方なくの帰り道というワケだ。いや、わけがわからない。何なんだ……この状況は……女神とのぐるぐるバットの方が、まだ、神の気紛れとして理解ができそうだ。……コーヒーカップが……ぐるぐる、暴走している……だと……? 蝸牛も吃驚しそうな悪夢の類。
何回『ぐるぐる』を使ったのだろうか。幻覚が見えるほど、狂気に呑まれそうになるほど、俺は、疲れているのだろうか。違う。これは現実だ。解剖の達人の脳細胞が『怪異』だと認識している。それにしても……あの回りよう、乗っている人々の悲鳴、悲鳴も聞こえないほどの回転……。見ているだけで、眩暈がする。どうやら……流石に、ぐったりしている人が多いようだな。吐き捨てられた被害者を隅の方へと運んでいく。安静にできる体勢にして、気休めの酔い止めとペットボトルの水を一本……。
おい……コーヒーカップ……。一ノ瀬・シュウヤの存在に、人々を介抱していたオマエに|怪異《コーヒーカップ》は席を用意してくれたらしい。扉を開けても、物欲しそうにしていても、俺は乗らんぞ。あまり体調が優れなくてな……悪いが、見ているだけでも、精一杯だ。付き合えそうにない。……誰がお前をこんな風に変えたのかは知らんが。人を乗せたいなら、人と遊びたいなら、もう少し回転速度をおさえた方がいいと思うぞ。しゅん、と、寂しげな様子でコーヒーカップは扉を閉めた。遊園地にありそうな回転速度で、くるくる、くるくる、くるくる……。それと、お前、速度もだが、時間も考えた方がいい……。
不可視の怪物が呆れてしまうほどの、三半規管への痛めつけであった。
強烈な一撃であった。脳髄が――精神が――たとえ、贋作だったとしても、稀に見る仰天であった。いつもの光景だ。いつもの光景が、見慣れた人物が、この場に存在していた事実こそが放心を齎す原因であったのだ。……え……立川様……立川様が、星詠み……能力者……??? 直視してしまった。認識してしまった。故に、反応できなかったのは仕方のないことだ。ぼんやりとしている、目を回しそうになっているオマエの腕を引っ張ったのは『少女』である。まわります!! 星詠みが誰であれ、少女の偶像にとっては関係がない。いや、関係はあるのだが、この『たのしい』からは何人たりとも逃れられない。だってだって、恋する乙女の恋するコーヒーカップ! 暴走しているなら、尚の事、乗らない理由がないのだわ! 回らない理由がないのだわ! 流石は『わがままな女の子』の化身である。ぐいぐい、不意を打って『遊び友達』を振り回す。だってみんな『ぐるぐる大好き』なはずだもの!!! 榴ちゃんもそうよね? そうよね??? 意識しているのか、無意識なのか、何方にしても『定義』はされた。貼り付けられたものを剥がす行為は、あんまり、出来ないのかもしれない。い、イリス様? え? え? なんで、なんで僕となんですかーーっっ゛! ジタバタしたって、ぐるぐるされるのだから手遅れだ。意識を逸らしたオマエの失態と謂えよう。こまかいことはきにしない! きにしないの! いらっしゃいませコーヒーカップの中。ぐるぐるバットとの違いは、如何に――。
ワァー!? 悲鳴だ。少女の偶像の『被害者』の声と被って、騒がしい。なんで? ちょっと監視対象を追っかけてたはずなのに、なんで??? 何故なのかと問われたならば簡単だ。エルンスト・ハルツェンブッシュの近くにはもうひとつ人間災厄が存在していたと描写をしておく。ボク、なんでお姉さんに距離詰められているんだろ。というかお姉さん、近い。近いです……! これは、もはやデートなのでは? ダブルデートってやつでは? 人間災厄「フィクショナル」、随分な事を思ってくれているのではないか。オマエには確か、大切な相棒がいたのではなかったか。まあまあ、それはそれ、これはこれ、知り合いと知り合いのデートをニヤニヤ見るんなら、こっちも知り合い同士で固めるべきだよね。エルンスト君もそうでしょ? どういうことかなぁ!? ねえ、どういうことかなぁ??? はじめまして……ハジメマシテなのに、距離が!!! ま、まあ、アレと知り合いなら、うん、大丈夫……大丈夫じゃないかも……? 兎にも角にも事件解決には協力的なのだ。既に乗り込んだコーヒーカップ。回さなくても莫迦みたいに回りそうで、こわい。乗るよ! というか乗せられたよ! 爆速だけどさ! がんば……??? 肩を寄せてきたお姉さん。寄せてきたと同時に、狂った独楽が始まった。ねー、ところでさー。あの、その、近いよ? モカさん! ねえ、モカさん! 近……! 好きな人とか、いるの?
拉致をされた。監禁はされなかったが、いや、監禁よりも性質の悪い沙汰であった。めざせ最高時速ー! ハンドルを握り締めていた少女は全力でのぐるぐるを敢行した。だって、じぶんでまわさないと損だもの。もっと、もっと、まわします。そもそも回す必要がないくらいのぐるぐるだと謂うのに、これ以上のぐるぐるはバターの完成ではないだろうか。お隣さんが止めようと試みているご様子だけれども、まったくが手遅れ。それでも回したくなるのが乙女心で、恋の盲目な具合は誰にだって解せないものだ。ぐるぐるもきっと、もうもくのひとつ。そうでしょ、榴ちゃん……。無理無理っ、ちょっとイリス様これ以上は無理ですっっ! 僕もイリス様もバターになってしまいますっ! ……回し過ぎです……! 恐ろしいのは回転ではない。恐ろしいのは『慣れ』である。吹っ飛ばされなかったのは僥倖として急停止したコーヒーカップ。恋心は暴走すると危ない。それは、コーヒーカップも同じ事であったのだ。……でもでも、暴走させたほうが絶対すてきで……すてき……。
……あ、あの、大丈夫、ですか……?
けぽ。🌈
イリス様っ!?
色っぽいとはつまり『レインボー』を意味する言の葉ではない。台風の目のような女は、虚構である女は、憧れセクシーお姉さんとして演技する事とした。だって私は|人間災厄《フィクショナル》だもの! こ、この速度で……回ってるのに……! なんで平気そうなんですか!! いません!! すきなひといませんんーー!!! ふふふ、私は魔性の女。手玉に取るのはお手のもの……あ、お手玉する? しません! ふと、右掌がコーヒーカップに触れた。その瞬間、怪異は急停止し、世界の中心で目が回る。相手の心は盗んでも、私の心はどうだろうね? うえぇ……色んな意味で酔ったきがするぅ……。
やあやあ、元気そうだね、榴さん。
僕は大丈夫ですけど、そっちの二人は……。
|母と少女《ぐうそう》は仲良くおめめぐるぐるだ。
顔色もあんまりよろしくない。
文字の通りに|熱狂《ファナティック》、年間パスポートの存在は勿論、把握していた。くるくる、くるくる、誰に謂われなくとも、命じられなくとも、くるくる、カタツムリーグの参加者さんは果たして三半規管の強者の群れであろうか。まぁ、ナメクジさん! ナメクジさんだわ! あなた、Dクラスではなかったの? ぐいぐいと、のそのそと、カタツムリのようにカタツムリさんが迫っていく。わたしの監視はやめてしまったの? でもめでたいわ! だから、遊園地に行きましょう。お誘いをしても、手を取ろうとしても、世界の歪み以上の何かしらに阻まれる。えっ……ナメクジさんはいっしょに行けないの……? 珍しくしゅんとしたカタツムリさん。くるりと、ぴたりと、くるくるをやめる。そう…なの……。残念だけど、仕方がないから伯父様で我慢するわ。ひどい話だ。まったく可哀想な保護者だ。子供に強請られて、くるくる、抱っこした儘、回る事を強要されてしまっているかのようだ。……おや、あの星詠み何処かで……? あぁ、ルトガルド、あまり無理を言って彼女を困らせてはいけないよ。星詠みは忙しい……? 僕かい? まあ、僕は、忙しくはないけれど……。最近、遊園地によく来る気がした。カタツムリさんと。
伯父様! 伯父様はコーヒーカップが好きではないみたいだけど、わたしのことが好きだから、好きに決まっているから、一緒に来てくれるのよね! わたしは貴公子より、王子様より、強くて格好良い騎士様のほうが好きだから、伯父様には乙女心はときめかないし、これはデートではないけれど! そう、カタツムリさんに存在しているのは独占欲のみ。所謂、恋煩いとは無縁の位置でくるくるしている。ルトガルド? 何だか、割と失礼なことを言われている気がするけれど……好みの問題は仕方ないね。紳士的な対応ではないか。通常の人間であれば、少なくとも、凹むか苛立つかする筈だ。そもそも、僕は妻帯者だし……。わたし、カタツムリさん! コーヒーカップに乗りたいわ! まぁ、このコーヒーカップ、早い! とっても早いわ! はやく乗りましょう! カタツムリさんの大声につられたコーヒーカップ、ぴたりと、二人の前に停止した。それにしても、最近は僕もコーヒーカップの回転には少しは慣れて……いや、これはおかしいよね?
セーフティーバーが見当たらない。
ベルトも見当たらない。
安全性が確保されていない。
楽しくなっちゃう!!!
カタツムリさんも吃驚な回転速度だ。座り込んだら最後、目が回っても止まらない。わたし、カタツムリさん! 今日はコーヒーカップに10回は乗ると決めてきたの! ルトガルド……僕は、コーヒーカップが止まったら、口紅を塗り直して来たい……残り9回は一人で行って来てくれないかな……。まあ、伯父様! おかしいわ! コーヒーカップの注意書きを見ていなかったのね。わたし、カタツムリさん!
今日のコーヒーカップは10分間、くるくるするの!
……ルトガルド???
わたしはルルドよ!
乗りたいだけ?
いや、まさか、ねえ?
そんなこと。
あるけれど。
女神様とのぐるぐるバット――あのシュールな経験があったからこそ、この領域に到達出来たのだ。山で育ったのか、海で育ったのか、故郷に違いはあれども同じ『奇怪』、仲良しこよしと触手その他を絡ませると宜しい。閑話休題がヤケに酷使されているのだが兎も角、おお、見よ。コーヒーカップが創り出す|大渦巻き《メイルシュトローム》の凄まじさ。レヴィアタンも裸足で逃げ出すほどの壮観だ。ぐるぐる、ぐるぐる、人を乗せてぐるぐる。こ……コーヒーカップが、すごいことになってる……。見てるだけで目が回りそう……。ぐわん、ぐわん、頭を左右に揺らしながら、近づいてくるカップを見つめる。見つめていたら、ぴたりと、二人の前でお辞儀をしたのか。アッ……停まった……? きぃ、と開いた地獄門。この先、一切の希望を棄てよとでも宣うのか。エッ……中条さん……? な、なんで、足をあげ……エッ……の、のののの、乗るんですかッ……!? 手を伸ばしてきたのはセーラー服の貴女。年齢の事は置いておいて、まったく、簒奪者が望んだ展開に近しいのではないか。大丈夫だよ八手君。ひとりよりふたり……お兄さんもタコ様も含めて四人……いや、ポチ達も含めて……とにかく百人力。何事も挑戦さ。間違いではない。間違いではないがセーラー服の貴女、もしかしなくても、あまり考えずに言動してはいないか。えっと……はい。百人力、だと思います……? デモ……乗ったら、どうにか、なる、んですかね……コレ。でも、乗らないことには……はい、乗り、ます……? 乗っているのか乗せられているのか、わからない。それに……将来僕たちカミガリが不要になるような平和で素敵な世界が訪れた時のために今から第二の職を探しておくのも悪くはないと思うぜ。不意にやってきたお言葉。第二の職業。成程、確かに、バイトをするのにも苦労していたのだ。タコの足も借りたいものである。ほら、コーヒーカップからの連想じゃないが、遊園地にあるだろう? タコがぐるぐるとゴンドラを回す|乗り物《アトラクション》。あれなんかいいんじゃないかい。……ぐる、ぐる……? なんだか、目が回ってきた。中条さんに回されているような、そんな気になった。タコ様に回してもらって、八手君はポップコーンでも売って……。動じていない。その、動じなさに憧れて、ついてきたところもあった。俺も、見習わないと……。お、俺だって、警察の捜査協力者なんだし……。
うん、決まりだ。未来の扉を開くためにものは試しさ、レッツゴー!
れ、レッツゴー!
サイクロンを忘れてはいけない。
あ、ポップコーンはやっぱり塩味がいいですかね。
ぐいんと、身体が持って行かれた。セーラー服の貴女に急接近した男の子の心。さて、如何に。う、うご、動く……ヒィ……こわい、こわ、い……。ちょっと八手君、近くないかい。いや、それがコーヒーカップの真意なのかもしれないぜ。アッ、アァァァァ――兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん兄ちゃん……。や、八手君? 大丈夫かい? もう、目が回ったのかい? 止まってからのお楽しみだ。
ストイックさの齎したハンドルへの膂力、サイクロンを超越するほどの速度にコーヒーカップの方が目を回した。目玉なんてないのに? 比喩である。
雨が止んだら🌈がでる、そのような関係性。
ネズミめいたマスコットの群れが、ドタバタ、ドタバタ、騒いでいる。ティーポットに落ちて行ったネズミの群れは眠る事すらも赦されないのか。なんでもない日にやってきて「おめでとう」を唱える、まったく奇怪な状況である。遊園地で遊ぶお仕事があるってホントです? 本当かもしれないし、嘘なのかもしれない。何故ならば、遊ぶと謂うよりも遊ばれるが正しい故に。なるほど……まずはコーヒーカップで遊んでくればいいのですね。コーヒーカップに行列はなく、なんだか、寂しげな雰囲気を孕んでいるが、その雰囲気だって一瞬で吹き飛ぶ。えっと……なんか尋常でない回転をするとか聞いたんですが……なぁ、なんとかなる! 大切なのは回転に逆らうことではない。むしろ受け入れて、回転と一体となり、神様との同化を果たすこと……! これがぐるぐると対峙するコツなのです……たぶんねっ! なんだかヤケに詳しいではないか能力者。まるで、同じような事を経験したかのような冷静さではないか。と、ゆーことで大周天の如くぐるぐると一体になるですにゃー!!! にゃあにゃあ騒いでいるのだが、そのお面は古龍だと思っているご様子だ。すぐさま訂正をしてくる。非常に面倒臭いことになりそうだ。なりそうだが……目が回ってしまったら、それどころではなくなる。あ、ボクは賢いので酔い止めのマジックポーションを事前に摂取しているのです。それはぐるぐるへの冒涜ではないのか。気のせい気のせい。
それに加えて回復促進の呪符も貼り付けておいた。こうなってしまえば、あとは、バターになるまでぐるぐるするのみ。知っているとゆーことは対処できる。そーゆーことですよ? でも🌈ることこそぐるぐるへの敬意なのでは? そんなの初めて聞いたのですよ。こわ……。楽しんだもの勝ちだ。闘争も、ぐるぐるも、何もかも。
遊園地のアトラクション――それはマゾヒズムへの一歩――安全にスリルを提供するもの……。日頃『安全』を求める、安定を欲する普通の人達にも、不安定を味わいたい心が少しはあるんですね……気持ちはわかります。私も、知りたいからこそ、能力を使うので。けど……私も、皆さんも、滑稽、ですよね。確かに滑稽ではあるだろう。いや、最早、滑稽を通り越して|非現実的《シュール》だ。あのアトラクションの速度は愈々、安全性に欠いているのだから。……なんで? ねえ、なんで? どういうこと? ご一緒していた華応・彩果、所謂不運ちゃんが資料と現実を往復している。星詠みのお話にもツッコミを入れた。現物を見ても尚、あんまり、受け入れたくはない。えっと……イサ? 聞いてる? イサ……? え? なんで列に並んで……? 乗るの? これに???
星越・イサは確信をしていた。一番マイルドな面をしているコーヒーカップからの――怪異化した地獄の化身からの――誘いに乗らなければいけない、と。おもしろい、です、ね。遊園地に設置されている状態より、回されないとあんまり回れない状態より、ずーっと、楽しそうです。周囲に目の玉をやればぐったりしている先人たち。あの中には能力者も混じっていそうだ。ところで……私の目と耳の能力は、拡張されていますが、三半規管は……どうなのでしょう? ためしたことがないです。今、ためしたい……。まって! まってイサ! 私、嫌な予感が……! 時すでに遅し。地獄の門は閉じてしまった。
楽しみ、ですね、彩果さん。唖然としていた彼女を振り切って、いや、振り切ったのはコーヒーカップの所為だろう。飛んで火にいる能力者は秒ともせずにミキサーの中身か。触れた。触れたのなら、情報を速やかに回収せよ。これは……女の子、でしょうか。なんだか、コスプレをしているようにも、見えますが……? コーヒーカップは容赦をしない。見えたものを掻っ攫うかの如くに何もかもが溶け出した。
イサ……! 途轍もない高速回転だ。果てには、イサの身体の輪郭がわからなくなるほど。み、見てるだけで、目が回りそう……。くらり、くらくらする頭を如何にか支えて助けに入る。……どうやって止めよう。見切れるのだろうか。この滅茶苦茶な速度を? 情報を収集する? なんの? アトラクションの緊急停止ボタンとか……あの回転速度での急停止? ダメだ。インビジブルが関係してるなら……? 考えている時間はない。考えれば考えるほど、イサがバターになる確率が高くなる。ええい……仕方ないわね。死なば諸共、一蓮托生。コーヒーカップに飛び入りだ。解決策を一緒に探そう。
なんでこうなるのよっ。
彩果さん、一緒に、ぐるぐるしましょう。
そうして運命は捩れ――コーヒーカップは壊れてしまった。
ぐらりと、斜めになって、そのまま中身がでろりとなる。
それはそれとして――世界は回る。
目が……目が回って……ぐるぐるして……。
……彩果さん? 大丈夫ですか?
そっちに不運ちゃんはいない。紫のおめめがぐーるぐる。
第2章 集団戦 『被害者』
目が回るよ……なんで……私……死んでるのに……?
怪異と化したコーヒーカップは如何やら、既にたくさんの『被害者』を出していた。コーヒーカップに乗っていた彼等、彼女等は如何やら一般人だったらしく。能力者ではない彼等、彼女等は、その遠心力に耐えられなかったのだ。より、描写をしてしまうなら、マーガリンである。彼等、彼女等はどろどろになって、息絶えたのだ。
死んでも尚、インビジブルとなっても尚、目を回しているのはおそらく『怪異』の影響であろう。たすけて……ねえ、目が回って、なにがなんだか……? 眩暈によるポルターガイスト現象は最早、無差別攻撃である。来るな、と、叫んだところで眼振していたら、あんまり意味がない。咽喉を裂くような絶叫の代わりに……いや、彼等、彼女等の為にも詳しくは書かないでおこう。ともかく、君達は救ってやらねばならない。
もっとも、君達も、目が回っていてフラフラかもしれないが。
重要なのは自身をハッキリと『保つ』事である。
己の存在の証明こそが留まる為のコツとも思えた。
幽霊だと謂うのに――インビジブルだと謂うのに――ひどく、眩暈がするのにはワケが有るのか。たとえ、訳が無かったとしても『わけがわからない』事に変わりなく、眼球の振盪に苛まれているのは運命とも考えられよう。フラフラ、クラクラ、情け容赦もなく立っていられない無様は――いつの日かの懇願を彷彿とさせるのか。屈してはならないと誓っておく。うっぷ……ようやっと落ち着いてきたわ。ゆっくりと、浮遊をするかのようにカーシャ・ヴァリアントは体勢を整えた。このような状況を作った、このような醜態を強要した、忌々しい簒奪者を滅ぼさなければならない。うん……? 何よあんたたち……ああ、お仲間か。ご愁傷様。コーヒーカップの被害者たちは右へフラフラ、左へフラフラ、先程までのオマエ以上に目を回している。うっさいわ、死んだくらいで嘆いてんじゃないわよ。え? 死んでも治らないから嘆いてる? 知らないわよ。やりたいことあるなら死んでも気合で化けて出てなんとかしなさい、アタシみたいに。それは酷なのではないか。彼等彼女等には、嗚呼、オマエみたいな『執着』と謂うものは存在していない。そんなピーピー泣いてるようじゃ食べられちゃうわよ。いや……いや。たすけて。私達を、なおして……。助けてほしい? しょうがないわねぇ。それじゃ、叫ぶの止めてこっちきなさい。……あ。目が回っててマトモに動けないのよね。しゃーない。アタシがそっちに……。
溺れる者は藁をも掴む。そんな諺を教えてやると宜しい。尤も、この場合の藁は捕食者でしかないのだが。……莫迦ねぇ。そんなのだと食べられちゃうっていったでしょ、こんなふうに。だました。だましたな。ひどい。ひどいひと……。精神状態は最初から襤褸雑巾だ。弱り切った存在を、インビジブルを、融合……いや。取り込む事など赤子の手を捻るよりも容易い。もう嘆かなくて済むでしょ、目が回ることだってない筈よ。これでアンタたちも死霊の仲間入りね。成程、オマエの行為は救済であった。
ありがとう。ありがとう。
けぽ。🌈
可愛らしい音をしているが、柔らかなオノマトペをしているが、それが、酸っぱくて臭いものである事に変わりはない。もらいそうになるのも無理はないが、しかし、もらっている余裕がないのも現実である。なんかでた。……すっきりしない……ぷぇ……。少女が鳴いている。少女が鳴いているのに母、定義付けされている誰かさんも同じような状態か。でも、そうよね。すっきりしないのも恋!! かしら~? 疑問が疑問を呼び込んだところで訴えてくる耳石。これは病の類ではなく物理なのだと脳味噌に言い聞かせてやれ。さんはんきかんがぐるぐるに恋をしてるの。う゛―。鳴いているのではない。唸っているのだ。唸って、蹲って、眩暈とやらに耐えているのだ。まだ出るの? でないよ。
寄り添えないし、分かり合えない。把握も出来ないし、理解なんてありえない。僕は貴方達の気持ちになれない……だって、慣れてしまっているから。何処かで粗相をしてしまった少女を思いながら、母を思いながら、被害者の群れを前にして『真実』を叩きつける。一応、迷惑なので、成仏していただく方向で……お願いします、ね? ああ、成仏したい。成仏できるものなら、とっくに、している。目が回って、気分が最悪で、何処に向かって良いのかもわからない。……皆様、しっかり、ぐるぐるなので……。治すのが先決だろうか。ええ、皆様『ぐるぐる好き』ですけど、危ないですからね。レッテルを剥がす行為こそナンセンスなのか。何処ぞの魔導書頭の哄笑とやらがこびりついている。
テメェ、調子乗ってっといてまうぞ!!! 場の空気を意図的に裂いたのだろうか。或いは、これが虚構の『素』なのであろうか。念じてやればアッと謂う間にレディースのヘッドの完成である。ついでにわたしは漢の中の男! 夜露死苦! なんとも懐かしい不良具合ではないか。バットを掴んで吶喊していくサマは鉄砲玉のひとつ。前線に出ないと男が廃るぜ! 女だけど! それにしても結構、中々な三半規管の強さではないか。多少のフラツキはあるものの、ちゃんと、被害者の方向へと進んでいる。そう、つまり、他の人よりはましなのだ。マシではあるのだが――め、目が回る……は……吐かなかっただけ偉いって……おもって……? お母さんの三半規管はボロボロだ。なんでふたりとも平気そうなんだよぉ! イリスはダウンしてるけど……うぇ。……エル君!? そう。味方はしっかりおめめぐるぐるなのだ。いつもの演技に、普段の口調に戻ってしまう程度の衝撃。近寄ってお母さんへのお姫様抱っこ。此処からが親孝行の始まりであった。大丈夫? 無理はしなくていいからね? 無理はしなくていい。しかし、この抱っこからの猛ダッシュは……。あ゛~待ってもちあげないで揺さぶらないで出ちゃいけないものが出るから! 出……! そっと地面に横たえられた。よし、ぶっ込んでいくぜ! 忙しない不良ではないか。
回復役の本望とでも謂うべきか。戦場を満たしていく唐菖蒲の囁き、身体の異常を元に戻してしまうだろうか。……これで、皆様、目が回らなくなっている、筈です。立ち位置の確保こそが最も難しいところだが、この程度の|不可視の怪物《インビジブル》に今更、後れを取るオマエではない。壊れたコーヒーカップの破片で殴られそうになっても躱す事など容易であった。それでは、皆様、派手に暴れてもらっても、構いません……。
ちょっとすっきりしてきた。吐き出すこともまた、恋……? 乙女心の化身として、少女は目の玉を輝かせた。それならわたし、すごくげんき! 恋は、愚痴とかも、吐くもの! 嘔吐によってスッキリしたのだ。囁きによって治ったのだ。最初に動けるようになるのはおそらく、見た目的にも少女だろう。えーと、それじゃあ、今日はこの気分! 不意にやってきたのは空間への、お部屋への、定義。ラトウィッジの魔~! わたしは『オデット』ねっ。あなたたちは白鳥。くるくる、ちゃんと踊ってみせてね。被害者たちが絶望をしている。これ以上回って、目を回して、いったい何が楽しいのか。まわれない? もうとろとろ? 知らないわ! 踊れないなら、『わたしを好きなひと』とぜぇんぶ食べちゃう! 何にしましょう、マーガリン、バター! クッキーに混ぜる? パンに塗る? ちょっぴり舐めちゃおっか……だめ。 ダメ! あ……すごい。おはなきれい。菖蒲かなこれ~……はっ。
倒れている場合ではない。目を回している暇などない。監視対処が何かしらを『やらかす』前に、素早く、被害者の群れを片付けなければならない。ポルターガイストがなんだ! 変なのなんて見慣れてるんだボクは! たとえばあそこにいるイリスとか! まって。ねえ、今、なんか、ものすごく、悪口をいわれている気が……。悪口なのか愚痴なのかは兎も角、やるなら今だ。舞台上で目を回している連中にお仕置きをしなくてはならない。揺さぶってやるぅ!!! 震度7の地獄の完成だ。希望も絶望も最早なく、ただ、ボウルの中でおどる生地とせよ。もっとぐらぐらしろっ! 溶けちゃえマーガリン! ぐらぐら……う……見てるとこっちも……。脳味噌シェイクされた気分だ。い……いいや耐えられ……っ。まだ、|まだ《●●》吐かない……ッッ!!!
皆様??? 皆様、大丈夫ですか???
うおおおおお! 日和ってんじゃねえ!!!
マーガリンだらけの道を往け、残った者へのホームランか。
マッチを売る事すらも困難な少女の姿、ブレる視界の中で捉えよ。
最初に死ぬべきは容赦である。
ひどい熱病にやられている、ひどい火照りにやられている、その最中、不意に突き飛ばされたかのような気分であった。やけに冷たい地面、フラフラと、ヨロヨロと、立ち上がる事に成功したのは、存外自分が正気の住人ではなかった故なのかもしれない。酷い目に遭いました……いいえ、目が回りました……。異常なまでの行動を、コーヒーカップの暴走を、直そうと試みたのだが、成程、それでは生温かったのだ。オマエの作戦とやらは水泡に帰し、誰かさんの破壊工作とやらでようやく決着となった。……ですが、よかったのかもしれません。何が良かったのかと問われたならば、それは『貰い物』である。いや、そういう意味での『もらいもの』ではなく――星詠みからの|プレゼント《エチケット袋》のご活躍だ。それにしても……あなたたちも大変だったようですね。尻餅をついたり、這い蹲ったり、横たわったり、泉に浸かったり……。被害者たちの惨劇は多種多様で、それもこれも酸っぱいものに冒されている。……ごめんなさい。私も、落ち着きたいのが、本音ですから。煙草に火を点けたのならば、さて、それは挑発の意味と成るのか。もやもやと嘲笑するかの如く紫煙、彼女たちに届いてしまうのか。北風と太陽に学ぶとしたら来てもらった方が楽である。
人を喰ったかのような妖艶だ。美しさは罪であり、誰にも罰せぬ|獣《ケダモノ》である。攻撃をしようと考えた。攻撃を仕掛けてくれたのだ。だったら――お迎えに行くのがサキュバス的である。先制攻撃は確かに|被害者《てき》の頭蓋を小突いてみせたが、魅せるべきは影で在れ。ええ、痛ましいものです。私のめまいなど、私の粗相など、あなたたちに比べれば、可愛らしいものでしょう。吐物だけは避けると宜しい。今度は突き刺してやれ――何処かの伯爵のように。断末魔だ。既に死んでいると謂うのに、断末魔だ。……あまり、長居はしたくないです。叫びよりも臭気である。つん、と、鼻腔を貫いた。ああ、墜ちよ。或いは、堕ちよ。吸い尽くせ。
……煙草おいしいです。
もくもく、もくもく、焚くといい。
別の意味でのめまいにやられ、脳髄が痺れる。
ぽややんとしている。いいや、ぐるぐるとしている。
サイクロンの中心で半永久的に、辰の真似事。
酔い止めを使用したところで――対策をしたところで――即座に、怒られるとは想定外だ。回転への冒涜? 回転には神が宿る? まぁ、そうだよね。何故に納得をしているのだろうか。せめて、ほんの少しの違和感とやらに気付いてはくれないだろうか。これが、ぐるぐるしなくちゃいけないお仕事なら、わかるけど、これはそういうお仕事じゃないので、そっちが優先なのです。成程、これにはぐるぐるの神様とやらもご満悦である。仕事を仕事として、ちゃんと、遂行する。能力者の務めとやらを、在り方とやらを、完璧に理解しているのだ。そう、ボクは真面目な能力者なので! それに……冒涜でもいいじゃない! ぐるぐるの果てに見える世界は、虹色の彼方は、冒涜的なんでへーきへーき! ご機嫌だった神様がちょっとムスッとした。いや、確かに、🌈るまで目を回すなんて、今度は肉体に対しての冒涜となるのかもしれない。ところで、ボクの視界はぐるぐるで虹色に輝いてるもん! おっと。如何やらちゃんと目は回っているようだ。でも🌈は別の人の🌈だから芸術点的には平均である。芸術点ってなんだ? なんだろ。まあいいや、なので……。
人任せにするなど勿体ない。此処はアシスタントAI任せだ。AIに制御を委ねる事で決戦気象兵器「レイン」の動きもバッチリである。なんだか、金切り声って聞いたけど。これってやっぱり🌈だよね。おお、大惨事。大惨事を塗り潰すかの如くにレーザー光線、降り注ぐ。それじゃボクは改めてぐるぐるするよ、問題なし! でも、酔い止めやっぱ、あんまり効果なかったんだよなー。ぐるぐるにずるはダメっぽい?
酔い止めは『気分の悪さ』を和らげる為のものらしい。
諸説あり。
目が回っているのはそのままだから、ふらふら、くてりからは逃げられないか。これはこれで新感覚っぽい???
鎮まると同時に治まるのか。
目を回していた能力者達が――不可視を可視とする彼等、彼女等が――騒ぎ始めた。怪異のような存在が、怪異ではない何かしらが、此処に集っているらしい。能力者の内の一人が何事かを呟いている。……成仏していただく方向で……。成仏? 成仏だと? つまり、今、オマエにはまったく見えてはいないが、集り始めているのは『死者』と謂う事になる。それが指し示している答えは、成程、先程の言の葉の『無意味』であった。……加減をしろと謂ったのに、死者が出てしまったか。いや……既に、死者が出ていたと、そういう事か。無理にでも乗って、無茶をしてでも、具体的に教えてやるべきだったか……。兎も角。怪異『コーヒーカップ』は人を殺めてしまった。機関の過激な奴らの魔の手からは逃れられないだろう。いや……ここで悔やんでいても死を迎えるのを早めるだけだな。どうにかして現状を切り抜けられるようにしなくては……。脳裡に浮かんだのは妹の姿だ。帰らなければ、もしかしたら、後を追ってくるかもしれない。まったく……目視できないというのは不便でならない。不意に、耳朶を打ったのは慣れ親しんだもの。何だ……こんな時に。スマートフォンが鳴いている。部下からの緊急の連絡か。それとも……。リツからか。
日に日に痩せている気がして、窶れていく気がして、たまらなかった。シュウヤさん……家に着いたかな。一ノ瀬・シュウヤの早退の肝となっていたのはおそらくオマエである。オマエも『部下』の一人なのだから、そういう空気を伝播させていたとしても間違いではない。エミちゃんの事が心配なのはわかるけど、あの人、自分の事は二の次になるからな。僕を叱る時だって、僕の安否の確認から入るし、それに、エミちゃんの側から離れないワッフル君にご飯あげたり。様子を見に来るホイップにも、ミルクをあげたりするのに。……俺か? 俺はさっきパンを食べたからな……。嘘だ。大嘘だ。そのくらい、僕にだってわかる。そういう所が心配なんだよね。タクシーで帰れって言うべきだったかな。そうだ。ちょっと連絡してみよう。そうして、世界は繋がった。繋がって、電話越しに伝わる喧騒。……嫌な予感。
リツ、簡潔にだが状況を伝える。コーヒーカップ……ああ、遊園地のアレだ……が暴走していてな、それに乗った一般人が亡くなり、化けて出たそうだ。耳朶に入り込んできた『状況』はまったく想定外を極めていた。え? なんて? リツ……緊張感のない奴だ。これは立派な怪異の暴走、何者かが意図的に起こした惨事だ。い、いやいや、言うでしょ。コーヒーカップがどうとか言われたら……。兎にも角にも危険なのは確かだ。エミちゃんがいたらコーヒーカップに乗りたい、なんて、喜ぶかもしれないけど。死者が出るほどの回転なんて想像したくもない。わ、わかりました。えっと、まず、助けて! って叫んでください。部下が意味の解せない『指示』を出してきた。本気か? 本気で言っているのか? こっちは一分一秒と無駄には……。その方が早く……何嫌がってるんですか。恥ずかしいのは一瞬ですよ。人が死ぬよりはマシです。躊躇わずにどうぞ。……いい加減にしろ! 誰が、何の為に「助けて!」なんて叫ぶかッ! 兄と妹で『こう』も違うのか。それよりも条件達成。ヒーローは遅れず、やってきた。はい……叫びましたね。
ヤケに静かだ。異形の腕――ギョロ君――が必死に、嗤いを堪えている。こいつ、わざと煽ったのか。あんた、そうしないと叫ばないでしょ。あ……。気まずい空気だ。自分の上司を、エミちゃんの兄を、そんなふうに。少し腹が立って思わずあんた呼ばわりしちゃった。すみません……。説教は帰還できた時に聞きますね。別に……あんた呼ばわりされたくらいで、説教をする気はない。それに、これは俺の問題でもある。
……あとはお前に任せる、頼んだぞ。
蝶々を踊らせ、舞わせ、目を回している彼女たちを浄化しようと試みた。……だいぶフラついてるし、何が、何処から来るのかわからないのが怖いな。軌道の読めない攻撃とは中々に厄介ではある。ギョロ君……一緒に頑張ろうね。おい、来やがったぞ! 真上だ……! 飛来するコーヒーカップ、ギョロ君の咄嗟の判断がカウンターに繋がった。さあ、成仏しやがれ! ……いつか、治ると祈っておくよ。
乙女に必要なのは我慢強さである。
|油断《ためいき》こそが大敵であった。
満ち満ちているのか、溢れる寸前なのか、その何方なのかが『ぐるぐるを楽しむ』コツと思えた。いやあ、いい回転だった。とても、いい回転だった。これなら、アカシックレコードにも干渉できるというものだね。満足、満足。セーラー服の貴女は成程、途轍もなく、ぐるぐるに愛された山育ちらしい。しかし、貴女の隣で揺れている、可愛らしい男の育ちは箱入りに近しいものであった。ウワー……ぐるぐる、ぐわぐわ……まっすぐじゃない。目が回って、何もかもが、まっすぐじゃない……。生まれたての小鹿よりもひどい状態だ。眼球振盪の所為で頭の中、鉛のように重たくなっている。ねえ八手君。回転の隙間から未来が垣間見える、真っ赤な流れが覗き込める、いい体験だったろう? 中条さんが何を謂っているのかわからない。いや、目が回っていて、そもそも、中条さんが何処に居るのかもわからない。未来が……そう、カモ……輝かしい、あかい、未来……? アッ、お仕事……俺の、お仕事――できたての、ポップコーンは、いかがですか~……??? 大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫な筈がない。酔っ払った蛸よりも無様な状態の異常だ。走馬灯? そうとも謂うかもね。けれどほら、過去も未来もない迷子たちもいるんだ。悲しいね。救ってあげようじゃないか。いや、僕もね。実はけっこう目が回っているんだけど、お仕事の時間だよ。足元も視界も思考もフラフラだ。十人十色など最早なく、このぐるぐるは皆のものだ。
アワワワ……お念仏? お念仏だ……お仏壇――おとうさん、おかあさん……? 俺、頑張ってるよ~……お兄ちゃんも、元気だよ~……? 八手君。八手君、戻ってきてくれないかい? 八手君が向こうにいってしまうと、僕が袋叩きにされてしまう。改めての精神統一だ。念仏を唱えて、力を溜めて、蓄えて……。御仏は最強だからね。最強だけど、何かが咽喉から込み上げてくる時は相性最悪かもしれない。それは敵さんも同じらしい。叫ぼうとしたら、けぽ、素敵な🌈とのご対面だ。ひとつ賢くなりました。
うるさい、うるさい、うるさくなくても、うるさい。幽霊さん、うるさい。邪魔しないで。お願い事は必ず叶うと、祈り続ければ成就するのだと、蛸神様が頷いてくれた。たこすけ、なんとかして。口でも首でもいいから、ギュって、掴んで黙らせて。切断するつもりはない。これ以上の汚物を散らかさない為にも――お口チャックの出来上がりだ。流石はタコ様、そこに『ある』のがちょうど良いんだよ。握り締めた数珠、死霊を、怨嗟を祓うべく――破戒の沙汰が伸べられた。かれらに救済を、かれらにエチケットを、かれらに拳を……。
そのあと?
セーラー服の貴女は焼けるような『もの』を飲み込んだ。出来るかな。僕なら出来るさ、信じよう。🌈は回避された。ただし、それは……。ア……やばい。中条さん、俺、ちょっと、物陰に失礼シマス……。一人だけでの回避だった。早めに戻ってくるんだぜ。
第3章 ボス戦 『羅紗の聖戦士『アザレア・マーシー』』
えっと……私、何かやっちゃいました?
融通が利かない――頭が固い――優等生で、かつ、拗らせていたが故の『人災』であった。恋に恋する乙女の大暴走がコーヒーカップの悲劇を起こしてしまったのだ。死体と|🌈《●●》の絨毯を前にして羅紗の聖戦士『アザレア・マーシー』は気にしてもいない、か。触りたくないなぁ、くらいは思っていそうだが。
本当は「目が回っちゃった」「大丈夫か、オレが支えてやるよ」みたいな展開を期待していたのですが、その、これは……かなり、汚い事になっていますね? しかも、何故だかわかりませんが、羅紗の魔術塔の活動に邪魔な『ひと』達も集まってますし……これは、好都合なのでは、ないでしょうか。あの『魔術士』を倒そうとしている人達の足止めにもなりそうですから。……今こそ、聖戦の開始を告げるとしましょう。
怪異『コーヒーカップ』、胡乱な響きではあるのだが、凄まじい被害を齎したのだ。それほどまでの『強大』な怪異を生み出した張本人。|幼げな容姿《10代前半~》とは裏腹に、きっと、恐ろしいほどの神秘を秘めていると『直感』してもいい。
では、勝負しましょう。
言っておきますが、私はかなり強いですからね。
目が回って如何しようもない。こんな連中を相手にした所為だ。
真実、幼女は強いのだろう。真実、幼女は恐ろしいものだろう。気分次第で、気紛れで、お戯れをするかの如くに大惨事とやらを引き起こす。邪悪さを感じないのだ。邪悪さが認められないのだ。羽虫と面向かったオコサマ、その無邪気な振る舞いは牛裂きの亜種に等しい。なるほど……ならまぁ、聖戦を開始『させなければ良いね♡』! 真実に歯向かった虚無とやらは、虚構に覆い尽くされた実体とやらは、果たして、調子を狂わされてしまう、その程度で済むとは思えない。響いている。鳴り響いている。何が流れてきたのかと問われれば出囃子だ。何処からともなくやってきた38マイク。……これは、いったい、何でしょうか。どうもどうも~! そう、|これから始まるわたしの伝説《コメディアン・マスター》! 人間災厄である前に、不良である前に、私は芸人! 人を笑わせる為に、人を楽しませる為に、生きているのよ! な……なに……? なんで貴女、二人もいるの……? 私と、もう一人の私による、マシンガンめいた虚構の漫才。笑いすぎて酸欠になってもしらないよ! 開始を告げる事ができるなら、やってみなさいな! 歌えないほど、抱腹絶倒させてやる! ……私を楽しませるって、そんなの、戦場で如何やって……ブッ。コメディだ。ラブコメディだ。感受性豊かな十代の乙女、効果はまったく抜群と謂えた。
呼ばれていない。飛び出てもいない。もっと描写をするならば、合流する気もない。だが、それでも、愉快な気配を察知したのだから――Ankerの存在を認識したのだから――弄らずにはいられない。√マスクド・ヒーローから失礼! いや、この場合は『カフェー』かね。生成召喚・人造人間――うん……? アレは、何をしているのかね。|虚構《アレ》も、何をしているのかね。口元を押さえつつの質問だ。貰わないようにしているのか、或いは、嗤いを堪えているのか。いや「おもしろ」を求めて、見てみるつもりだったがね、これは、中々……。特に、あの、身体を張った『海までギリギリぐるぐるバット』など……ワハハ! すごい大惨事。大惨事を大惨事にする気かね。おもしろ~。ともあれ……。今回オマエが、メルクリウスが『登場』をしたのは簒奪者に対して嫌がらせを仕掛ける為だ。抱腹絶倒をしている合間に、鬼の居ぬ間に、洗濯の代わりに『お決まり』を用意してやれ。おうぃ、其処のあなた。ちょっとステージの上を往くけれども、構わないだろう。……あん? 私たちのコントを邪魔しようってのか? エキストラだとも、黒子と言い換えた方が良いかね。ほうら、支援してやろう。ドタバタ、ドタバタ、なだれ込んできたのは『銀』である。ありとあらゆる手段を酷使し袋叩きとやらの権化となった。ハァ……ハァ……まって……お願い、せめて……ハァ……息ができ……! 神秘も吐物に塗れるもの。聖なるかな、聖なるかな……穢れるのも『お決まり』だ。違うかね……? う……うぅ……げほっ……。しかし、あの海の中でも平気とは、胆力凄まじいな。何? かなり強い? そうは見えないが……聖戦とはこんなに汚いものかあ……。根源は場を整えた。聖戦士の消耗は凄まじく、目を回したかのようにフラフラだ。……メルクリウス様……。なんだね、わたくしが此処に存在していて、あなたに不都合でも? いえ……決して、そんなことは……。兎も角、この大惨事は……嗚呼、本当に……この人達に……簒奪者に。人間様の尊さを説いても、馬の耳に念仏だと……。悲しいくらい、哀しいくらい、思想が合わない。だから、赦せない……。
諦めの感情なのだろうか。まさか、四之宮・榴は理想を抱いていたのだろうか。……ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……な、なんで。私、これまで、負けた事なんて、あんまりないのに……。幼女のお顔は既に真っ蒼だ。そんな、可哀想は可愛いになりつつある幼女に追い打ちをかけるなど、少しは、良心とやらが痛まないのか。いえいえ、適正ですよ? 貴女様は、たくさんの人を殺めたのです。プライドをズタボロにされた幼女はキョロキョロと周囲を改める。其処らに『存在』している手頃な『インビジブル』との入れ替わりを試みた。試みたのだが――成功はしたのだが、下を向けば影、巨影。え……? 地ならしです。貴女様が何を考えているのか、企てているのか、僕にはわかりませんが、もう、貴女様に逃げ場はありません。鯨だ。真っ白い鯨が津波となって幼女へと迫る。何処かに死角がある筈だと、何処かに隙はある筈だと、幼女は意識を集中させる。……其処! 何処だろうか。あなた、執拗に距離を取ろうとしていますね。なら、あなたの隣こそ……私の得意こそ、弱点なのでは……? 近づく事には成功した。肉薄する事には成功した。そうとも、成功はいつだってするのだ。問題なのは失敗の経験が極端に少ない事――飛んで火にいる夏の虫ですよ? 深海の捕食者による不意打ちが炸裂した。バランスを崩した幼女に叩きつけられたのは――|力《タロット》。これで、貴女様は退く事も出来ない筈です。足の腱を斬ったのですから……。いっ……痛い……いたい……! 魔術を、神秘を、治癒にも裂かなくてはならない。早く元通りにしなければ――此方にやってくる、少女と母、その対応すらも不可能となる。
たのしい遊園地はおしまいみたい……仕方がないわ、そういうことなら『わたしの好きなひと』と一緒に、あの、白くておっきな鯨さんといっしょに。蹂躙しましょ、そうしましょ。どれだけ逃げても……もう、逃げられないけど、彼は追い縋るわ。少女の代わりに吶喊をしたのは『死霊』である。幼女の体内を潜るようにして『治癒』の『再生』の阻害をしていく。まずい……まずい、まずい、まずい……このままじゃ、私は……! 全ての魔力を治癒に回すしかない。能力者達を倒す為にも、生き残る為にも――? 回路が切れた。流れていた魔力が掻き消えた。何かしらの『弾』によって、一時的にだが……。強いって言うのは勝手さ、ボクたちよりも「相応に」格上なのは知ってる。今更な宣言だし、もう、ナンセンスだよ。あ、それとも……回されることには強いって……意味かな……。お母さんだ。お母さんの放った弾丸が、プロメテウスの咆哮が、致命の糸を手繰ってきたのだ。これで、最前線に行けるね。接近するの手伝って! まあ、イリスが前にいるから、あとは……。ほどよいところだ。良い感じの距離感だ。それでは『ご招待』~。エルちゃん握手。ようこそ、おかあさま! きたよ、イリス。薙ぎ払うようにして、叩き落とすかのようにして、蠅としてやると宜しい。ダメージ? エルちゃんがうけるので。たぶん。
大きな、大きな、右手が幼女に触れた。ダメ、ダメだよ。痛みを殺すかのように、何もかもを忘れないように、聖戦士は歌おうとする。……あ、あれ? 歌えばいいさ、歌えるなら、歌って効果があるならさあ! ぎゅっと、右手が幼女を包む。掴んでてあげる。いや、背後から何かが聞こえるけど、ボクは、まったく、気にしないからな! ホントは一部……いやだけど!!! なにするつもりかわかんないから! 杞憂は最悪のカタチとなって訪れる。少女は成程気紛れで、頭の固い優等生よりも恐ろしいものだ。
どうしてあげよっか。掌の中の女の子、答えようとしても、応えようとしても、呼吸がうまく出来ていない。まわされるの、つよい? そんな事は謂っていない。強いとは謂ったけれども、そういう意味ではない。なら、いっぱい、いっぱい、回してあげる! コマにしてあげる! あれ……まえにもやったような~。イリス! おまえ何……って……遅そう~!!! だいぶ遅かった。聖戦士『アザレア・マーシー』の何処かを|巨大な右手《エルンスト》が抓むように。よいではないか~! よいではないか~! 少女の遊びに付き合わされた簒奪者、定義をされたのかと思うほどに、壊れた地球儀のように。それはもうカートゥーンの類だ、ギュルルル、ギュルルルルルル……。
なんだこれは。ますます、おもしろ。
イリス様? いえ、あれくらい、お灸を据えた方が、良いのかもしれませんが。
おうおう、私が漫才してるってのに、誰も見てないってどういうこと?
ずるり、べしゃ。莫迦みたいにぐるぐるしていた幼女が倒れた。
……はえ……わ、わたし……ぐる、ぐる……ぅ……。
けぽ。🌈
……おぇ。
愈々限界だったのだろう。幼女が、簒奪者がけぽ。🌈したのだ。エルンスト・ハルツェンブッシュの三半規管も悲鳴をあげている。ごめん、ダメだ。なんだよ、この光景……ほんっと……ほんっと……ごめ……。目が回るし、気分が悪いし、頭も痛い。倒れるか、倒れないか、その中間あたりで――けぽ。🌈
エルちゃん……『もらっちゃった』? 此処で『定義付け』るとは流石は少女。油断も隙も無いらしい。エル君……大丈夫? ネタをしながらの心配とは、ネタをしながらの介抱とは、中々の芸人魂ではあるのだが、この🌈は中断せねばならない。お姉さん気になっちゃう……! あー……ほら、片付けは他の皆に任せて、気分が悪いならココで寝なよ。膝枕してあげるからさ。沈黙だ。蒼白をして、未だに振盪しているのだから、横たわる事こそ薬であれ。よしよし、大丈夫だからねー。エル君可愛いね。お母さんだって偶には甘えて良いのだ。よかったわね、おねえちゃんに看病してもらうってシチュエーション!
なにはともあれ、とってもすてき!
あの……皆様、少しは、手伝ってくださいませんか?
アッハッハ! なぁに、あなた、まだまだ、終わらないのだよ。
頭の痛くなる話だ。破天荒さが、非常識が、無邪気が、大惨事とやらを手招いている。これなら、何処かの冒険者の方が『理解』はできる。彼方も反吐が出るほどの、おぞましい精神性の持ち主なのだが、ちゃんとした『人間』をしていたのだ。|どこの無自覚系主人公よ、アンタ《えっと……私、何かやっちゃいました?》。ぴくりと、聖戦士『アザレア・マーシー』はオマエを見る。いや、確かに見てはいるのだが、見ようとしてはいるのだが、しっかりと振盪しているようだ。……ふぇ……ハッ……!? わ、私は、別に、そういうつもりじゃ……。ようやく眩暈から解放されたらしい。ぴたりと幼女の身体が止まった。最近そういうのは嫌われるわよ、今の流行りはやっぱり悪役令嬢ね。まぁアンタはざまぁされる|ヒロイン《敵役》がお似合いだけど。……主人公と、そのお相手が『くっつく』なら、むしろ美味しい役だと思うのだけれど……。度し難いものだ。こうも拗らせていると馬鹿につける薬はない。……お姉ちゃんが出るまでもないから、アタシがぶっ飛ばしてやるわ。
平衡感覚を取り戻した、正常な蝸牛とお友達になった聖戦士は『聖句』を唱えた。インビジブルとの位置交換が齎すのは――怪異『コーヒーカップ』よりも美しい――輝きを孕んだ神秘である。これが……今の私にできる、精一杯。私は、私の事を強いと、思っていたけれども。それは慢心だったってわかったから。迫りくるインビジブル。このまま侵蝕されてしまったら、食い物にされてしまったら、姉との思い出その他が冒されるか。何言ってんのよ。アンタはただの『女の子』でしかないわ。お仕置きされたなら素直に死んでおくのが礼儀でしょ。重要なのは何方がより『不可視』に近いのか。インビジブルを繰るならば|憑依霊《オマエ》の方に分があると解せよう。ほらアンタ達、アンタ達を殺した元凶のお出ましよ、たっぷり、恨み辛みをぶつけて来なさい。上乗せされた呪詛、脳髄を圧すかのように。
……うっ……。被害者どもが味わってきた『地獄』が『ぐるぐる』が全て、一気に叩きつけられた。耐えられる筈もなく、生まれたての小鹿よりもひどい状態になった。身体が溶けているのか、胃液がこぼれているのか、その両方なのか。
ついでに脳味噌マーガリンにしてもらいなさい。
それで、おしまいよ。来世も転生も、何もないわ。
ま……アンタは、簡単には死ねないけどね。
慾だ。慾こそが人の薬であり、人を殺める毒であった。
鼻腔が――臓腑が――脳髄が――ある種の混乱を、痺れを、撲られたのかと思うほどに、受け取っている。脳震盪に近しい、滂沱に等しい、垂れ流すかのようなものに瞳が揺れた。状況は最悪です。それとも、最悪なのは状態の異常なのでしょうか。見渡す限りの絨毯、汚らしい海、笑えない。嗚呼、まったくと謂っていいほどには笑えない。貫くかの如くに臭気がやってきて、より、くらくらとしてしまう。犬のようだ。犬のように、回っているのだ。それにしても、何故に、不満を抱いているのだろうか。嗅覚だなんてこの場では不利になる一方だと知っているのに――あんまり、おいしいとは思えません。おいしいですが、臭いが、混ざっています。火を点けた。今日何本目であろうか。紫煙を纏いながら、私怨を落とすかのようにして、告げ口をする。夢を見るのは自由ですが、恋に恋する事も勝手ですが、マーガリンになった人たちがいますから。撲られた地面、舐られた地面、夢と現の狭間にて何を見せよう、何を|幻覚《み》せよう。
そもそも、この事件の遠因は『なに』であったのか。導き出される答えはひどくシンプルで、それ故に理不尽かつ非現実的であったのだ。……あなた自身が男子にアプローチすればよかったのでは? 幼女の身体が、聖戦士の精神が、その一言に反応した。歌おうとしても、歌おうとしても、言の葉が引っかかって、取れそうにない。そうすれば、コーヒーカップも楽しく過ごせたでしょう。あなた、彼氏がいない歴=年齢ですね。な……なんで、そんな、ひどいことが……! 歌えない。歌えないついでに、涙が出そうだ。怒りたいけれども、如何してなのだろうか。頭の中にマッチがひとつも転がっていない。悪いとは言いませんが、よくあることですが、挙句、聖戦だなんて、未来の幸は薄そうです。まるで姿見だ。姿見がひとつあって、それを、受け入れられるのか、受け入れられないかの、問題。
……いや。こないで。なんで、私を、じっと、見てくるの……。
目が回っていた方がマシだ。目を回して、気持ち悪くなって、吐いて、頭痛に苛まれていた方が遥かにマシだ。……あなたには、それだけでは、足りないようですので。お仕置きの時間です。何かが崩れた。何かが壊れた。それは大切なものであった。
逃避先が安全とは限らない。限らないが、これ以上の消耗は赦されなかった。
ある種の新感覚――執拗なまでのトリップに、ほんの少しだけ、楽しいとやらを注いでみた。まるで幼い子供のように、めまいを知らない男児のように、何度も何度も繰り返したような、そんな感覚で。本日のぐるぐるタイムは終わりです? それとも、此処からが本当のぐるぐるっぽい? それは能力者、オマエの行動次第ではないのだろうか。なるほどなー。今度はガチバトルの時間なのですね! ざわつく戦場。ぽつんと、三半規管のついでに頭の中をぐちゃぐちゃにされた聖戦士が立っている。少し休めたおかげで虹色の世界から帰還できたからね。お互い、ベストコンディションではないですが……まぁ、それなりに戦えそうなのです。一対一だ。タイマンだ。いや、そのような『もの』だ。こーゆー状態で強敵と戦うとなると、信じられるのは積み重ねた業のみ! 経験だ。経験こそが『力』である。失敗は成功の母であり――それを上手に扱える者こそが成功へと至るべきだ。
周囲に漂っているインビジブルどもが『敵』の行方なのであれば、何処に向かって『入れ替われば』、自分が不利になるのかを意識しておくとよろしい。たとえば、オマエの死角から、意識外から攻撃を入れようとする。其処に『攻撃』を置く事が可能であれば――飛んで火にいる夏の虫も出来るのではないか。堅実な立ち回りこそが勝利の為の糸口。さあ、叩け。叩けば叩くほどに、巡らせれば廻らせるほどに――オマエの手数は増えていく。コーヒーカップとは違う、式の回転をプレゼントなのですにゃー。……こういう手合いでしたか。厄介ですね、それに、あなた。私を倒せなくても『いい』と考えているのでしょうか。にゃー。別に、ボクが倒す必要はないからね。これは、やっぱり、タイマンじゃなくて『袋叩き』なのですよ。成程、聖戦士の息が乱れている。隙を晒したのだから、そこに一撃入れてやれ。……ぐっ……面倒な……。
ジェットコースターも、回転ブランコも、コーヒーカップも。
魔術ばかりに傾倒していたから、物語にばかり目をやっていたから、
実は、乗った事などないのではないか。
握り潰された、口封じされた被害者どもの末路、蛸壺の中に散らかしたのは臓物と解せた。乾燥させる為に縛り付けられた彼等彼女等、木乃伊にされても、おめめぐるぐるだったのか。兎も角、邪悪なインビジブルはお片付けされた。そのついでと謂ってもいいほどには、不憫かわいい男もスッキリだろうか。いや、これはスッキリしたオノマトペではない。ずるずる、ずるずる、まるで、棺桶を引き摺るかのようにして――物陰から戻ってきたのは何者か。おっと……その瞳孔は……目が回っていないところを見るに、タコ様のお出ましかい。神様が出現したのだ。蛸神様が表に出てきたのだ。人の子だろうと、妖怪の子だろうと、頭を下げなくてはならない。さあ、どうぞ。彼方が今回の『敵』でございます。恭しいが、仰々しいが、これくらいの歓迎をしないと――神様の憤慨を治められそうにない。
依代の情けなさについては把握をしているのだが、しかし、まさか此処まで脆弱だとは『蛸神様』も吃驚である。しかし、願われたのだ。懇願されたのだ。叶えてやらねば『神』としての格に関わる。触腕をウネウネと踊らせながら『ヒトモドキ』の淑女へとご挨拶。この場合の『ヒトモドキ』とは『ハイブリッド』相手であろうか。さて……と。タコ様も出てきてくれたことだ。お嬢さん。君が犯人だとか、羅紗のナントカやらはどうでもいい。ご覧、今日は記念すべき日だ。……な、何を謂っているのでしょうか。これだから、頭のネジが飛んでいる奴とは関わりたくないのです。やれやれ、もしかして、お嬢さんは冗談が得意なのかな。ともかく。八手君とタコ様のお送りするアトラクション、初稼働日なのだから。アトラクション? アトラクションに乗るなら、私は断然、メリーゴーラウンド……???
べたべた、べたべた、聖戦士の身体を舐るようにして、回すようにして、触り始める。斯様な有様で何が怪異だ。可食部のない怪異など相手にする意味も、価値も、何もない。気の利かない小娘め――腹が立つと同時に減ってくる。いや、もしかしたら、飲み物としては上等なのかもしれない。云々……。とりあえず。蛸神様以外が混沌を孕むなど、断じて、絶対に、有ってはならないのだ。この空間は『帽子』のように。
羅紗の文字列が効果を発揮したとして、神を殺すほどの威力を抱いたとして、それは最早『ナンセンス』なものだ。地獄の開演です。どうぞ、デウス・エクス・マキナを楽しんで。セーラー服を纏った何かしらの宣言と共に聖戦士の身体が宙に浮く。へ……? 私、今、急所を貫いた筈なのに……まさか……蘇生……? 言の葉が続く事はない。台詞がこぼれる事もない。最早、アザレア・マーシーはお人形であり、玩具であり、お客様第一号であった。た……たすけ……いや……やめて……ごめんなさい……私が……私が悪かったです……! 今更謝ってももう遅い。楽しい楽しい、死ぬほど楽しいアトラクションは始まったばかりだ。目が回る……目が回っちゃう……おねがい……とめ……。
ふわふわ、ふわふわ、マーガリンを見て見ぬフリだ。大暴れしているタコ様を見ながら、誰かさんの悲鳴を、絶叫を肴とする。やあ、ジェットコースターにはちと劣るが、中々刺激的でいいもんだね。地べたを這いずりまわるのではない。お空を這いずり、理解をするのだ。すっかり目を回している、🌈を見ているお嬢さんに――|ご挨拶《奇襲》をしてやった。|警視庁異能捜査官《カミガリ》遊園地、上へ提案してみようか。
遊園地のアトラクション――コーヒーカップその他――において『めまい』とは『娯楽』を意味する。人間には時々、そういう、自分をいぢめ倒す楽しみが必要であり、故に遊園地はあらゆる√で創られ、愛され続けている。いや……いやいや……だからと謂っても、限度があるよ……限度がさ。目が回っている。どれくらい目が回っているのかと問われたら、被害者達との戦闘に参加できないくらいだ。うぷ……まだ、気持ち悪い……。振盪は治まっている筈なのに、クラクラは治まっている筈なのに、嗚呼、どうしてこんなにも悪心が酷いのか。気づいたら周りもひっどいことになってるし……。頭を抱えながら、押さえながら、瀬戸際に『立てる』ようになってから敵さんとのご対面だ。そーいう気持ちって誰かのお膳立てじゃなくて、二人でつかみ取るもんじゃない? なんとなく、だ。私もぜんっぜん知らないし、経験ないけれども、気になったのだから仕方がない。……ま、また、私に『そんな』質問……もしかして、人の心がないのですか? それはこっちの科白だ。……ふぅ。ようやく、気持ちの悪さも飲み込めた。ようやく、戦闘をこなせる程度の状態に戻れた。
彩華さん……まだ、目が回っているのかもしれません。少し、心配ではありますが。目が回るのには慣れていた。頭がクラクラする事だって、日常茶飯事だ。自分自身の平衡感覚はなんとか無事だと、マトモだと、把握はできていた。それより……すまし顔でなんという狂気を秘めた子、でしょうか。彩華さんとのやり取りを見るに、たいへん、かわい……いえ。敵対しているのだ。簒奪をしていたのだ。それに、この子と私では恋愛に関する知識が異なる、ようです。恋とは……愛とは……|予定調和《おやくそく》の上に成り立つものではなく、惹かれあったものが互いの狂気をぶつけあって|予定調和《おやくそく》を壊すもの、です。ああ、理解した。理解をしてしまった。この電波が伝えたいのは――脳髄へのノックが伝えたいのは――あなたに、これを教える為に喚ばれたのだと。あなたは狂っています。そして、もっと狂って、目を回して、狂気を楽しまなくてはなりません。
苛々していた。腸が煮えていた。それ故に聖戦士は『仕掛けられた』事に反応できなかったのだ。ああ、うるさい。ですが、この、うるさい『もの』こそが、あの子に必要なのだと、私は確信していますので。木霊している被害者の絶叫、滝のようにあふれている🌈。嗚々、大音量。視覚すらも嗅覚すらも蹂躙する――彼方の呼び声。正気のまま恋愛なんてしようとしてはいけません、よ。あ……ああ……うるさい……頭が割れ……!
相手は強大だ。私にできることなんて、そう、多くはないだろう。だが、如何やら『一緒に来ていた』彼女が動きを止めてくれた様子だ。聖戦士は頭を抱えて蹲り、我慢できずに🌈いている。一か八か、だよね。まあ、この場合はトドメなんだろうけど。やけくそだ。やけくそになれば、自暴自棄になれば、なんだって出来てしまう。相棒に跨っての吶喊――跳躍からの不満の爆発――覚悟はできている。あの海で身体が汚れてもいい、そんな覚悟か。これでちょっとは頭柔らかくなりゃいいけどねっ! 渾身の踵落としだ。頭の固い優等生――割れてしまった。伏せっている。地に伏せている。
たれながしの漿液。
箱入りお姫様のご乱心であった。箱入りお嬢さんの暴走であった。頭の固い優等生タイプとやらが頭の中のお花畑を『具現化』しようと試みた結果である。この少女が……エミの幼い頃に似ているようにも見える……いや……騒ぎの元凶か。何かを引き摺るようにして、何かを抱えるようにして、一ノ瀬・シュウヤは聖戦士『アザレア・マーシー』を見る。成程、外見よりも内面が重要か。如何やら、まったく、性質的には真逆らしい。死体を見ても何とも思っていない……それどころか、汚いと思っている……。しかも、何よりも厄介なのは『無邪気』である一点だ。おそらく、目の前の少女に悪気はなく、これが『悪いこと』なのかもわかっているのか不明であった。……頭が痛い。コーヒーカップに振り回された方がマシだ。そう考えてしまうほどには――外面だけは――似ていると、被ってきたのだ。
え……この子、そういう展開が、ラブコメが見たくてこんな事したの? 理解ができない。それこそ、コーヒーカップが大暴走をしている、程度には理解ができない。あぁ……死人が出ても気にしないんだね。つまり、女の子は話は出来るけれども、意思疎通が出来ない『もの』なのだ。価値観が根底から、まったくと描写していいほどに違っている。気にならないの? なんて質問も『首を傾げるだけ』で終わってしまいそうだ。わぁ……。恋愛に対しての拗らせは、成程、その神秘性にも原因があると思えた。聖戦がどうとか言ってきたし、ちょっと待って……。この眼鏡をかけた人は一般人だし、攻撃は待ってほしい。これは『戦争』だ。戦争ならば『ルール』が必要なのである。
リツは……俺の部下は、俺を戦闘に巻き込まないようにしているのか。加えて、俺の体調についても、おそらくは心配をしているらしい。確かに、俺は一般人だ。一般人だし、今も、あの『敵』がエミに見えてきて、仕方がない。だが、このまま退くわけにはいかない。覚悟はしている。相手が怪異であろうと、災厄であろうと、何であろうと。敵対をしてくるのであれば、危害を加えようとしてくるのであれば……。メスを構えようとしたところに『邪魔』である。……邪魔だと? 俺が、リツに対して、そう『思ってしまう』ほど……?
あの、シュウヤさん。避難してください。メスを構えないで、そのまま、離れてください。本調子じゃないのに……目を回しているのに、戦おうとしないでくださいよ。達人が見たのは「ルベル」の表情であった。滅多にしないであろう『怒り』の表情。ほんの少しだけ『悲しさ』が見て取れたが――シュウヤさん。もし、シュウヤさんが、あんたが死んだら「約束」をエミちゃんに頼む事になるんですよ。わかりますよね。わかったなら、早く……。
今それを謂うのか。今だからこそ、謂ったのか。いや、それを謂われてしまうほど、俺は疲弊をしているという事か。そうだな……エミにやらせるわけにはいかないからな。わかった。謂われた通りに、謂う通りに、しておこう……。
えっと、そろそろ、大丈夫でしょうか。まさか、律儀に待ってくれているとは想定外だ。価値観が違うのだから、攻撃を仕掛けてくる事も考えていたと謂うのに。シュウヤさんを狙ってきたら、容赦しないつもりだったけど……。頭を下げた。ありがとう。君が『良い子』で本当に良かったよ。……何を、謂っているのでしょうか。私は、治まらない眩暈と戦っていただけなのですが。実際、そうだとしても『礼儀』は完遂しておいた。では……勝負です。僕が勝ったら、おとなしく、退いてください……! 勝負は一瞬だった。凄まじく加速した|深紅《ひかり》の跡。気が付けば――倒れていたのは女の子だった。
忘れるわけがないだろう。
「僕を殺さないといけなくなったら、あなたが殺してください」
笑顔だ。赫夜・リツの笑顔が脳裡にこびりついている。
笑って謂う事かと思いながらも、承諾した俺も俺だが。
流石にこれは……エミに知られたくはない。
妹は天使だ。天使が何をしようとするのか、想像に難くない。
コーヒーカップの大回転、乙女心のぐるぐるはこれにて閉幕。
もしも、ぐるぐるしたくなったら、普通の遊園地に行くのが良いだろう。