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さくらダンジョン
「√EDENにダンジョンができちゃった!」
はわわ、と慌てふためいて楸・風凛(星詠みのきささげ・h04825)が告げた。
約束の場所と呼ばれる√EDENは、様々な世界から人知れず侵略を受けている。そのうちの1つ、剣と魔法の世界√ドラゴンファンタジーにあるのが疑似異世界『ダンジョン』なのだけれども。どうやら何者かがから、ダンジョンを生み出す『天上界の遺産』を√EDENへ持ち込んだらしい。
放置すれば、遺産の影響でダンジョン近辺の住民が次々にモンスター化してしまうという。それを阻止するためにも、ダンジョンを攻略して破壊しなければならない。
破壊の方法は、ダンジョンの核になっている存在を倒すこと。
「だから、冒険よ!」
両手を胸の前でぐっと握りしめて、風凛は精一杯真剣な顔を見せた。
「このダンジョンは、何故か植物がたくさん生えているの。
春だから? サクラがいっぱい。菜の花とか他にも咲いてるみたいだけど。
あと、イチゴがたくさん生ってて食べ放題っ」
しかしダンジョンの様子を説明するうちに、その表情が綻んできて。わくわくっぷりが完全に隠せなくなったところで。
あ、と気付いて、ぱたぱた佇まいを直す風凛。
一呼吸置いてから。
「奥にいる√ドラゴンファンタジーの√能力者を倒せばダンジョンは破壊できるよ。
お花見してイチゴ狩りしてダンジョン攻略!」
またわくわくが混じってます。
それでは、と皆を送り出そうとしたところで、風凛はふと気が付いて。
「……もしかしたら、途中で、天上界の遺産を持ち込んだ相手と遭遇できるかも?」
可能性をそっと付け加えると。
「よろしくね!」
にっこり笑って手を振った。
ぴよ。
これまでのお話
第1章 冒険 『異常繁茂する植物』

そこにはサクラが咲き乱れていた。
サクラの名所ではない。むしろサクラは1本も生えていない場所だった。
そんな地に突如として現れた全面桜色の景観。
サクラといっても全て同じ花ではない。ソメイヨシノは勿論、八重桜や山桜、枝垂桜に冬桜――春に咲くサクラは全てあるのではないかという勢いで数多の種類が咲いている。
そして足元には芝桜。さらには春の花々が地面を埋め尽くす。菜の花やナデシコ、ワスレナグサ、スズランも。チューリップ、ヒヤシンス、フリージアなど花壇でよく見るような花まで咲いていた。
その全てが異常と言える程に生い茂り咲き乱れている様は、咲狂いと言えるのか。
幹や枝葉、草花が入り組んだ道を創り上げ、時に行く手を阻む。
さらに、花や葉の間に見える赤は、イチゴ。もちろんイチゴの花も咲いているけれども咲いた傍から実っているのではないかと思う程に生っていて。
また花々と同様に増殖したイチゴは、地面だけでなくサクラの幹や枝にも茎を這わせ、サクラの木にイチゴが生っているかのように見えるところもあった。
そこは、ダンジョン。
√EDENに持ち込まれた天上界の遺産が生み出した、桜色の疑似異世界。
たたんっと弾む足取りでダンジョンへと踏み入った|凌・麗華《リン・リー・ホワ》(不会放弃・h06251)は、広がる桜色に赤瞳を見開いた。
「太棒了! まさしく百花繚乱ってやつだ!」
あまり√ドラゴンファンタジーに行ったことのない麗華は、ダンジョンに入るのも今回が初めて。物珍し気に辺りを見回し、どこを見ても咲き誇るサクラに笑みを零す。
そして、その視界にちらちらと入ってくるのが、赤い色。サクラの枝に生っているように見えるその赤は、普通に考えればサクランボなのだが。
「しかもイチゴまで生えてるとなりゃ最高だね!」
麗華が伸ばした手が触れたのはイチゴ。
もちろんサクラの木にイチゴが生っているわけではない。よく見ると、枝に沿ってイチゴの茎が這っていて。幹や枝に絡みつくようにイチゴの葉が茂っていた。
「……ええと、食べていいんだよねこれ? いっぱい生えてるし、いいよね?」
きょろきょろと周囲を確かめて。誰にともなく聞きながら。どこからも回答のないままに、麗華はイチゴを1つ手に取ると口に運んで、ぱくり。
「|好吃《美味い》!!」
広がる甘酸っぱさに思わず声を上げていた。
植物の異常繁茂。
普通なら地面しか這わないイチゴが幹を上ってしまう程に。サクラも全ての木が満開で辺りを桜色で埋め尽くしてしまう程に。不自然な程の繁茂を見せている。
もちろんそれに対処はしなければならないけれど。
ダンジョンは破壊しないといけないけれど。
麗華はイチゴを摘みながら桜色の道を進んでいき、見晴らしのいい場所で足を止めた。
どっかり胡坐をかいて座り、改めて景色を眺めれば。
一面のサクラ。
「イチゴを食べながらの花見なんてねえ。春っぽくて、なんとも言えずにいい」
摘んできたイチゴを1つ1つ味わいながら。なくなってもすぐ近くにイチゴが生っているのに手を伸ばして。咲き誇るサクラを眺めてのんびりする。
「多分、この後は戦いになるんだろうね」
ここがダンジョンだということは忘れずに。
でもだからこそ、今はこの光景を楽しんで。
「それまでに、しっかりと英気を養っておこう」
麗華はまたイチゴを口に運んだ。
そよりと吹く風は、何とも言えぬ春の香りを纏っていた。
身を包む温かさはまごうことなき春の陽気。
「きもちいいな」
自然と顔を綻ばせ、|花七五三《はなしめ》・|椿斬《つばき》(椿寿・h06995)はぽつりと呟く。
その声に反応してか、肩に留まったシマエナガが首を傾げる気配を感じて。
「不思議なダンジョンだね、六花」
すっと視線を流した椿斬は、雪玉のようなもふもふな姿を視界の端に捉え。赤椿を飾った小さな頭が反対側にこくんと揺れるのを見て、また笑顔を零した。
その六花の背景にも広がる桜色。
見上げれば、空を覆い尽くすサクラの花。
「こういうダンジョンならありかも……って思ってしまうけど、駄目、なんだよね?」
美しさが眩しくて目を細める椿斬の、苦笑交じりの言葉に、六花が翼を広げてパタパタと飛び上がる。誘うような姿を目で追った椿斬は、そうだね、と笑顔を取り戻し。
「折角だから春を満喫しよう」
追いかけるように花天狗も桜色の空を舞った。
サクラの花弁と戯れながら、空から春の花を眺める。
その心地良さを全身で感じて。
美しい景色の中を大張り切りで飛び回る六花の白い姿にもほっこりしながら。
パタパタと飛んでいるうちに。
「あ、見て六花。あの赤いの……苺だ!」
枝に鮮やかな色彩を見付けると、ふわりと近寄り手を伸ばした。
「すごいや、苺が満開に実っているよ。
お花見ならぬ、苺見だって出来ちゃいそうだ」
淡い桜色の間に集まっていた赤色を、そっと1つ摘まみ取って。サクラの木に生ったイチゴという不思議さを確かめるように、赤い実をしげしげと見つめてから。大きな実の先っぽを一齧り。
「甘酸っぱくて美味しいなぁ」
途端に広がる幸せの味に、椿斬の頬が緩んだ。
パタパタと聞こえた羽音に振り向くと、六花も赤色近くの枝に降り立っていて。
「六花、この苺おいしい……わ! それは僕の狙ってたやつっ」
2羽は仲良く春の味覚も楽しんでいく。
「いいねぇ」
|白《つくも》・|琥珀《こはく》(一に焦がれ一を求めず・h00174)はゆっくりとダンジョンを散策していた。
「こんなにもたくさんの種類の桜が見られるのは意図的に植えないと無いからな」
サクラと言えばなソメイヨシノが一番多いようだけれども、花弁を重ねた八重桜や、花が下に垂れ下がって見える枝垂桜、山間に自生する山桜、小ぶりな花の豆桜、少し変わった形の花をつける丁字桜、葉を桜餅に使う大島桜。1年に2度咲く冬桜もあれば、江戸彼岸桜に大山桜に霞桜。白い花がコブシに見間違われることも多い深山桜や、緑色の花が咲く御衣黄桜まで。
数多のサクラが咲き乱れる中で、琥珀が探すのは八重紅枝垂桜。細い枝が下に垂れ下がり、そこに色の濃い八重の花が咲く種類。
(「見かけ通りに重そうな花いっぱいの枝を垂らす桜を下から見上げるのが良い」)
その光景を思い描きながら、桜色の道を進んで行く。
「そうそう。足元の花にも注意しないとな」
上ばかりを見がちだった視線を落せば、そこにも春の花。サクラと同じく繁茂している花々は、道にはみ出て咲いているものもあるから。踏んではかわいそう、と琥珀はそれらにも気を払った。
一番多く咲いているのはこちらもサクラ。芝桜。足元も桜色に染めるその花の合間に、ナデシコやワスレナグサなどが散見されて。スズランの小さな白い花が連なり、チューリップやヒヤシンスなどと共に、スイセンも凛と咲いている。
美しい花ではあるが、毒を持つものも多い。スズランしかり。スイセンしかり。そのことも思い出しながら、琥珀は、むやみやたらに摘まないように心掛ける。
食べなければいいのは分かっているが、うっかり手に汁が付いたのを知らずにいるのは危ないし。それに何より、そこで咲く花こそが綺麗だから。
「花は見て愛でるもの。摘むならそれなりの覚悟が必要。
……って、乙女という花に対して言ってた奴もいたっけなぁ」
ふふっと小さな笑みを零しながら、琥珀は花を摘まずにそっと撫で。
目指すサクラを探して春の中を歩いていった。
「わあ。ララ、ララ。すごいな」
桜色へ飛び込むように走り出した|翊《あくるひ》・|千羽《ちはね》(コントレイル・h00734)は、右を左を見回してから、くるりと振り返って蒼穹のような笑みを浮かべた。
「花畑だってこんなに咲いてない。お花の国みたい」
「春満開のお花の国ね、千羽」
はしゃぐ様子にくすりと微笑み、応えるララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)。ふわり広がるその長い白虹の髪にも、はらりはらりと桜花が舞い降りている。
「ララ、お花のお姫様みたいだ」
桜色に囲まれたその可憐な姿を千羽がそう評せば。
ありがとう、と花姫は嬉し気に笑みを零し。
「ララがお花のおひめさまなら、千羽はお花の王子様かしら?」
「王子様? はじめて言われた」
双眸をきらきらと煌めかせて袖をちょいちょいと摘まんでくる仕草の愛らしさに、そして返された素敵な疑問符に、千羽も笑みを浮かべ。
思いついたように姿勢をぴしりと正すと、ララへ手を差し出した。
「王子なら姫をエスコートしないとな」
花王子の誘いに、ララは花開くように微笑み、そっと小さな手を重ね。
「あっちの桜もみにいってみましょう?」
「うん。行こう」
そして2人は花の国を行く。
木も草も異常繁茂しているけれど、そこに花が伴うならば景色は明るく美しく。
春満開の世界を右へ左へ、視線と共に足も動かしていった。
「出逢った時、一緒に見た桜も綺麗だったけど、ここのも綺麗」
わあ、と感嘆の声を上げる千羽を、ララはふっと見上げて。
桜色を背景に輝くその表情に、笑う。
「お前と観る桜はいつだって特別美しいわ」
「……そうかも」
言われて千羽は隣を見下ろし。桜色の中をぴょこぴょこ動くももんが耳に目を細めた。
「オレも、特別に見える」
美しいダンジョンは君が傍らにいてくれるからこそ。
互いにそう伝え合って。
深まる笑みの中、ララはぴょんっと小さな段差を飛び越え、空を見上げる。
「それにララ、こんなにたくさんの桜が咲いているのははじめて」
見上げた先は空のはずだけれども、空はほとんど見えない。
青空を覆い尽くすような桜色。
それぐらいに咲き乱れるサクラの花に、ララは、もちろん千羽も、心弾ませ。
足元に気を付けながらもどんどん進む。
「ずんずーん」
千羽がのんきにそんな擬音を歩みにつければ。
「ずんずーん!」
ララも真似をして並び。
小柄な姿は花に隠れてしまいそうだけれども、ふふん、と胸を張る様子はしっかり伝わっているし、千羽が覗き込めば得意げなその表情もちゃんと見える。
「ララ、かっこいい」
ふわり微笑み、思わず呟いた、その時。
「苺だわ!」
ぱあっとララの赤い瞳が輝いた。
驚きながらもララの視線を追い、振り向いたところで千羽も見つける。
「! いちご、たくさん生ってる」
「桜と一緒に苺が咲いているようね」
サクラの花の合間に見える幾つもの赤。
どちらからともなく、2人の目は花から実へと移っていって。
大きいものをと探していた千羽は、満足するものを見付けて摘み取ると。
「ララ、あげる」
「ララに大きいのをくれるの?」
差し出されたおっきなイチゴに、ララの赤瞳も大きく見開かれた。
ならば、と代わりに差し出したのは、赤いものをと探して見つけたそれで。
「じゃあこの真っ赤なのは千羽にあげる」
「わ、真っ赤だ」
千羽の手のひらにころんと転がる、愛しい双眸に似た美しい色。
小さな手の上に乗せて渡した大きな赤と共に、笑顔も交わす。
「ふふ、こうかんこな。どんな味かな」
「絶対美味しいに違いないわ」
笑い合い、目を合わせた2人は、せーの、とタイミングを合わせて。
ぱくり。
広がる甘酸っぱさに、ララは思わずぴょんこと跳ねるから。
千羽の頬も、落ちそうな程にゆるっと和らいだ。
「おかわり、する?」
「ええ、またこうかんこよ」
桜色の中をピンク色が好奇心いっぱい進んでいく。
「おおお、植物めっちゃすごいことになってるね!」
道を踏みしめるブーツも、揺れるポニーテールも、それを結ぶリボンも。ひらり翻る短いスカートも、代わりに長く飾られた腰のリボンも、豊かな胸元を覆う服も。わくわくと輝く瞳までも、咲き誇るサクラと同じピンク色。
まるでサクラの花が人の形をして歩いているかのような色の|雪月《ゆきづき》・らぴか(霊術闘士らぴか・h00312)だけれども。その髪を飾るヘアピンは、イチゴ。
「花も綺麗だとは思うけどね」
きょろきょろ辺りを見回すらぴかが探すのは、サクラでも春の花でもなく。
「うひょー! いちごがいっぱい!」
ゲームとホラーと共に大好きなイチゴでした。
どんないちごがあるのかな? と見つけた傍から食べ比べ。
甘いもの、酸味が強いもの、柔らかいもの、固めのもの、大きなものに小ぶりなもの。中まで真っ赤なものもあれば、中も外も白いものまで。探せば探す程にいろんなイチゴに出会えるから。
見て、香って、摘んで触って、そしてもちろん味わって。
らぴかは全身でイチゴを感じていく。
「このあと戦闘あるからカロリーはそこで消費すればいいよね!」
持ち帰れたりもするのかな? と後のこともそわそわ考えながら、いっぱいいっぱいイチゴを食べ歩く。
その道は全てサクラを中心とした春の花に覆われていて。ふとイチゴから視線をずらせば様々な花弁が揺れていた。
「ぱっとみ綺麗だけど、人のモンスター化だけじゃなくて植物の侵略も起こりそうなやばいダンジョンだよね」
√ドラゴンファンタジーではもちろん、√EDENに持ち込まれてしまっていても、変わらずあるダンジョンの影響。そこに、この植物の異常繁茂が加わったなら、やばいなんてものじゃない。ダンジョン近辺がイチゴで埋まってしまうかもしれない! と考えるとちょっといいかも、なんてらぴかの頭を一瞬過ったけれども。本当に一瞬。本当にちょっと思っただけ。
でも、安全なら花見やいちご狩りスポットとしていい感じなのに、と残念に思っちゃうのは否めない。なんでダンジョンにはモンスター化なんて余計な機能がついちゃうんだろう? 植物はどうにかできても、そっちは看過できないですから。
ちょっとだけ気持ちを揺らしながらも、でもらぴかはしっかりと自分がここに来た理由を胸に刻んで。
「ささっと攻略してぶっ壊しちゃおう!」
元気よく宣言すると、イチゴをまたぱくりと口に入れた。
穏やかな春の風がサクラの枝を揺らし、桜色の花弁を乗せて過ぎ去っていく。
春爛漫というのはこういう景色かと思わず納得してしまう光景を眺めてから。
ラフィーニャ・ストライド(義体サイボーグ・メカニック・h01304)は、苦笑交じりに振り返った。
「まったく、いきなり『緊急事態だっ!』なんて呼び出されたかと思えば……」
視線を流した先にいるのは、ラフィーニャを呼び出した張本人ウィルフェベナ・アストリッド(奇才の錬金術師・h04809)。
尊大な態度で胸を張る彼女は、満開のサクラの木の下で――
弟子の|千堂《せんどう》・|奏眞《そうま》(千変万化の|錬金銃士《アルケミストガンナー》・h00700)につっこまれていた。
「な・ん・でっ! 師匠がこのダンジョンの存在を知ってんだよっ!?」
「そんなものは愚問だ、バカ弟子。私はお前の師でもある錬金術師だぞ?」
「答えになってないし!
だから、どうやって√能力者でもないのにこの案件聞いてきたのかって!」
「ふん。お前のような|戦いの術《√能力》を持たないながらも現役でやっている冒険者でもある私が、このような面白い話を聞き逃すとでも?」
「しかも、ちゃっかりラフィー誘った上に、伝手頼ってEDENに来てるしっ!?
その行動力を自分の仕事に向けてくれないかな!?」
「行動力なら見せているだろう。今、正にっ!」
デデドンっと揺らぎなく胸を張り続けるウィルフェベナに全てのツッコミをスルーされて、叫び続けた奏眞は肩で息をしている始末。
確かに、奏眞のAnkerでしかないウィルフェベナやラフィーニャには、√能力者と同じことはできないし、得られる情報も同じではない。だがそれは、全く得られないというわけではないのだ。こうして何か楽し気な話を聞いてくることもある。そして、その楽し気なことに誘うことも、できる。
とはいえ。
「奏眞も誘っての行楽をするなら、そう言ってくださいよ」
緊急事態という物言いは何だったのかと呟くラフィーニャ。至極真っ当でもっともな言い分ではあるのだけれど。
「そうカッカするな、バカ弟子。
これは普段から仕事に明け暮れているお前の労いの為でもあるんだからな」
「顔を見せに行く度に仕事を強引に振ってきておいて、労いはねぇだろっ!?」
「……って、2人で|じゃれ《言い争っ》てて私に気付いていないし……」
なおも続くウィルフェベナと奏眞の賑やかなコミュニケーションに、ラフィーニャは苦笑するしかなく。
なら今のうちに、と、ウィルフェベナが用意した荷物を確認することにした。
えーと、カメラ。うん、綺麗な景色を収めておくのはいい思い出になるね。
ご飯。お弁当、と言った方がいいのか? 腹ごなしは大切よ。
ピクニック用の敷物。結構大きい。十分にのんびりできそうだ。
1つ1つ確認して、色々揃っているから大丈夫そう、と結論付ける。
とりあえずしばらくは3人で桜の世界を歩いていこうか。ご飯はその後でいいかな。イチゴ狩りもできるかもって話だったから、デザートはそれでよさそう。むしろ前菜? 道中のおやつにもなるかな?
行程も確かめて、うん、と頷いたラフィーニャは。それじゃ、と改めて振り返り。
まだツッコミ&スルーを繰り広げている2人に声をかけた。
「もう、ウィルフェベナ? 奏眞をからかうのはそのぐらいにしてください」
その声に合わせるように、奏眞の周囲にいた精霊たちもウィルフェベナと奏眞の間に割って入るような動きを見せる。
「おや、止められてしまったな」
ウィルフェベナは特段残念そうでもなく、むしろラフィーニャや精霊たちをも面白がるかのように言って、あっさりと引き下がった。
やっぱりからかってたのかと苦笑して、ラフィーニャは今度は奏眞に向き直り。
「奏眞も、今は精霊さん達とも一緒に楽しもう?」
「……まぁ、最近|同業《同じ√能力者》から聞いた『花見』とかをラフィーと一緒にできるのは嬉しいけどさ?」
こちらは渋々といった様子で下がる奏眞。でも拗ねている様子はなく、むしろアホ毛は嬉しそうにピコピコ動いていたから。
ラフィーニャは微笑み、精霊たちは嬉しそうにくるくる踊った。
「確かに、この光景を楽しまない手はない。
錬金術師として、興味はそそられるがな」
「だからその興味を自分の仕事に向けてくれないかな!?」
「まあまあ、奏眞……」
やっぱりからかうような話題を振るウィルフェベナに、逃さず反応してしまう奏眞を、ラフィーニャは苦笑しながら宥め。でもこの賑やかさが自分達らしいと楽しんでいく。
あまりにあまりだったら、イチゴを摘んで2人の口に放り込もう、と思いながら。
わいわいと3人は桜色の道を進んでいった。
「わあ、桜が綺麗……」
呟きは感嘆となって|鴛海・ラズリ《ほしうみ☾·̩͙⋆✤✤✤✤✤✤》(✤lapis lazuli✤・h00299)から零れ落ちる。
薄紅色いっぱいの景色に見惚れて、思わず繊手を伸ばせば。その指の先で春風に乗った花弁がひらりと舞った。
「ピンク色の世界……! いえ、桜色と言うべきでしょうか」
|茶治・レモン《さじ🍋れもん》(魔女代行・h00071)は表情も口調も堅いけれども。その声色には微かにだが確かに弾むような歓喜の色が滲んでいる。
「桜の花弁が舞って、なんだか一層幻想的です」
ひらひら舞い落ちる花弁を自然と追いかけている檸檬色の視線も然り。冷静に見えるだけで、この景色を心から楽しんでいるのだと端々から感じられて。微笑を称えるラズリやその足元ではしゃぐまんまるふわふわ白ポメラニアンの白玉のようには感情を表に出せていないだけだと、よく見ていればすぐに分かった。
だからラズリはそっとレモンの手をとり、一緒に薄紅色の道を進む。
白兎の少女人形と真白の少年兵。その足元を駆ける白ポメラニアン。
満開のサクラの中を連れ行く純白はとてもとても綺麗で幻想的だった。
「他にも春の花が見頃なの」
「桜以外にも春の花が?」
言ってラズリが示したのはチューリップ。赤に白に黄色にと色とりどりな花が、真っ直ぐに伸びた緑の葉の間に揺れる。並んで肩を揺らすかのようなその動きに、そして鮮やかな色彩に、春の訪れが感じられた。
「花は好きですが、品種には詳しくないんですよね。
でもこれは分かります。チューリップですね」
レモンは示された花を覗き込んでから、その周囲へ目を移し。
「あとは、スズラン、ヒヤシンス……んー?」
「ふふ、レモンも充分詳しいんだよ」
小さく連なる白い花と、星が沢山集まったような花。レモンから出て来る名前はそこまでが限界だけれども。他にも、弓のように曲がった茎の先に小さ目の黄色い花を幾つも咲かせているものや、5枚の花弁がそれぞれ細かくギザギザしている濃いピンク色の花、緑の中にぽつぽつと咲く小さな青い花など、まだまだ多くが咲いていて。
「ラズリさん、名前を知ってたら教えてください!」
乞えば、ラズリは首を小さく傾げて少し考え。すぐに近くの青い花に手を伸ばした。
「私はこのネモフィラの花が好きかな」
澄んだ青に染まる丸みを帯びた5枚の花弁。小さな花の中心が白いせいか、輝いている様にも見えて。一面を覆う光景はまるで青空。
「優しくて可愛い花ですね」
その名を繰り返すように口の中で呟きながら、レモンは青い花に触れてみる。
じっと見つめていると、その傍で白玉がぐるぐるし始めた。
「ふふ、白玉さんも嬉しそう!」
綺麗ですからね、と語りかければ、ぴたりと白玉の動きが止まり。青い花よりも上を見ながら何度も跳ねる。
どうしたのかとレモンは首を傾げ。ラズリは白玉の視線を追って。
「レモン! みてみて、あそこに沢山苺があるのよ」
気付いて指し示したそこに、鮮やかな赤が集まっていた。
「おぉ、イチゴがたくさん……!」
レモンにもそれでようやく見えて。足元で得意気な白玉に振り返る。
「見つけるのがお得意なんですね、素晴らしいです!」
賛辞に白玉はもふもふの胸をえへんと張って見せた。
そしてラズリとレモンは、少し高い位置に生っているイチゴに手を伸ばし。
「早速食べましょうか」
綺麗な赤と甘酸っぱい香りとを楽しんでから、2人揃っていただきます。
「美味しい……そのままでもとても甘くて……!」
「ん……甘い! すごく濃厚です、スイーツみたい」
頬を押さえたラズリの兎耳が幸せにぴるるると動き、レモンの頬がイチゴの色を移したかのようにほんのり微かに赤くなる。
「タルトでも作りたくなっちゃう」
「タルト!? 素敵な響き……!」
そのままでも美味しいけれど、素敵なスイーツも思い浮かべて。
もう一粒、とまたそれぞれ手にしたところで。
じっとレモンを見つめていた白玉が急にぴょんっとジャンプ。
「わわっ、白玉さんが!」
「こ、こら……! 白玉、膝に乗っかっちゃだめ……!」
レモンの膝に飛び乗った白玉は、止めるラズリの声を聞かずにレモンの胸に前脚を置いて背伸びする。どうやらレモンが持つイチゴを狙っている様子。
益々慌てるラズリだけれども、レモンは至近距離のもふもふに思わず。
「えいっ!」
白玉をぎゅーっと抱きしめた。
「ふう……癒される……」
「……いいな……」
思わず零れた2人それぞれの呟きは、ネモフィラの青へと溶けていく。
ひらり、ひらりと桜色が舞う。
ゆらり、ゆらりと桜色が揺れる。
顔を上げてそれを眺めたノー・ネィム(万有引力・h05491)は。
「たのしみで、ぜんじつまったくねれませんでした」
ほう、と息を吐き。ふわりと振り返って。
「さそってくれて、ありがとう」
「え? じゃあ、来てくれてありがとう、かな!」
きょとんとオッドアイの瞳を見開いた|神賀崎《かみがさき》・|刹兎《せつ》(デルタ・ケーティ・h00485)は、でもすぐににっこり笑って応えた。
そのままノーと一緒に再びサクラを見上げる。
空が見えないほどの満開の桜色。
美しい景色だけれども、刹兎が気になるのはその間に見え隠れする赤色で。
「苺狩りができると聞いたらそっちの方が気になっちゃうよ!」
そこにもあそこにもと次々見つけ、美味しそうなイチゴに笑みを深めた。
「桜も綺麗だね!」
付け足したような感想に、|七松《ナナマツ》・ミヤナ(半人半妖の不思議雑貨屋店主・h05113)は、あらあらと微笑んで。
「そんなに咲き誇ってますと摩訶不思議……」
不自然なサクラに苦笑を混ぜる。
サクラの木の密度は勿論、数多の品種がひしめき合う様子は、よくよく考えれば通常あり得ないもので。その根元を覆う草花も、春の花ではあるけれど、野の花から花壇の花から多種多様すぎる。
さらに一番の不思議は、そんな花の咲き誇る中に生っているイチゴ。
足元の草花の間に割り込むように大きく艶やかな赤が幾つもあるだけでなく、サクラの幹を上るように茎を這わせ、枝の上でまるでサクラの実のように揺れているから。
「これは、春の花々が咲き誇ってきれ……きれいですね?」
|須神《すがみ》・|皓月《こうげつ》(吸血鬼の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h03922)も、美しい景観に素直に賞賛を送れず、途中で首をひねっていた。
確かに花は綺麗だし、沢山咲いているのも美しい。でも、集まりすぎてごちゃごちゃしている感もあるし、互いの良さを打ち消し合ってしまっている気がするから。
「草刈をしながらバランスを整えればいいのでしょうか?」
対処を考えるうちに、どこを刈ってどこを残せばいいのか、あまりの多さにだんだんわからなくなっていくから。
ぐるぐるしてしまった皓月に、ミヤナはまた、あらあらと笑みを零した。
「今は難しく考えるより楽しみましょう」
ぽんっと手を打って空気を切り替えれば。
「ちゃーんと草刈りして進むよ!」
「みんなでいちご食べほーだい。
でも、おしごとも、ちゃんとやります」
刹兎とノーが生えすぎて行く手を阻んでいる草に挑み始めた。
刹兎の傍には狂信者の死霊も現れて、手数2倍でざっくざく。
ノーも星燕たちを呼び出して、星の代わりに草を咥えていってもらう。
ミヤナは配下妖怪を召喚するけれど、草刈りに丁度いい道具は持ち合わせていないからと、護身用のバス停をぶんぶんしたり、不思議道具で不思議な現象を起こしてみたり。さて、サクラにイチゴが生っている不思議とどっちが不思議な現象でしょうか?
皓月ももちろん加わって、よいしょよいしょと皆で刈り進めていけば。
やっぱり目につく美味しそうな赤色。
「また見つけた! 苺いっぱいだよ!」
「ね、みてみて。これ。ねこのかたちをしてるいちご。めずらしい」
「あら? 通常イチゴに混じって白いちごも混ざってますね」
「苺にもいろいろな形や色のものがあるのですね」
「こういういちご、さがしたらたくさんあるかもです?」
「そうですね。ほら、ここにも白いちご」
「みんなは、おもしろいの見つけたですか?」
「僕はうさぎさんみたいな苺みつけたよー!」
「これは……何の形にみえます?」
「みせてみせて」
だんだん草刈りよりもイチゴ摘みに移ってしまうのは必然でしょう。
と、そこに。
「いちご狩りだっほー」
空からサクラの花の天井を突っ切って急降下してきたのはオーリン・オリーブ(占いフクロウ・h05931)。
主食は人に言えない材料のギョウザなれど、それ以外が食べられないわけでもなく、また甘味を理解することもできるから。皓月の目の前にあったイチゴをぱくっとするとばっさばっさ飛び上がり、続けて枝に生ってるイチゴもぱくっ。
「っほー!」
羽音と共に歓喜の鳴き声が響き渡った。
「あらあら。でも、草刈りの合間に食べるのもいいですね」
その様子にミヤナも、摘んであったイチゴをモグモグ。
「美味しい!」
「我も食べます」
「わたしもいただきますね」
「……んー、甘くて美味しい! ねぇねぇ、みんなも美味しい?」
続くように、ノーも皓月も刹兎も、次々と春の甘酸っぱさを楽しんでいく。
そうして進むうちに、少し開けた場所に出て。草を刈って場所を作れば、サクラが舞い降る素敵なピクニック場の出来上がり。
誰からともなく腰を下ろし、摘み集めたイチゴを囲んだら。
「お皿と練乳と、フォークは持ってきました! 欲しい人にはあげるよー!」
「はーい。れんにゅう、ほしいです」
「いただきたいです」
「私も」
刹兎の声かけに次々と応えて手が挙がって。
「後は……チョコソースの掛けて食べてみたいかも……」
さらにミヤナが小声でおずおずと要望を上げると。
「チョコソース、いり……ます?」
もしよろしければ、と持って来ていた皓月がそっと差し出すから。
桜色の空を仰ぎ、サクラの花弁が風に舞う中で、いろんな味のイチゴを楽しむ。
「生食もいいけど、これもまたなかなか。美味っほ!」
オーリンも空から降りて来て、羽を休めながら練乳イチゴをぱくっ。
「イチゴ狩りに花見も楽しめるなんて……
なんだか良いダンジョンなのか悪いダンジョンなのか分からないですね」
練乳をつけたイチゴをちょっとかざした皓月は、サクラと一緒に視界に収めて、苦笑交じりに微笑んで。
「ももいろと、まっかないちごのこらぼれーしょん」
ノーも、桜色と赤色を重ね見る。
そしてさらに、背景のサクラと手元のイチゴの間に、仲間達を見て。
「ひとりで食べるより、みんなで食べる。とってもすてきなじかん」
一緒だからこその美味しさに、何個でも食べれそうと、笑みの気配を拡げる。
「タッパに詰めてお持ち帰りできるほ?」
「できたら素敵ですね。どうでしょうか?」
一通り食べたオーリンは、先のことを考えて。高い位置に生るイチゴを集め、ミヤナに預けたタッパへと詰めはじめた。
練乳だけでなくチョコレートソースも減っていき。
ねこの形もうさぎの形も、赤いイチゴも白いイチゴも、わいわい消えていくから。
刹兎は皆の様子をぐるりと見回してから。
「美味しいがいっぱい素敵だね!」
チューリップの花のような大きなイチゴを口へと運んで、笑みを浮かべた。
パシャリ、と響くカメラのシャッター音。
「美しい花々だ」
|黒統《こくとう》・|陽彩《ひいろ》(ライズ・ブラック・h00685)は改めて桜色を眺め、感嘆の息を吐いた。
所狭しと並ぶサクラはどの木も満開で。春の花も我先にと咲き並ぶ。その合間に点在するイチゴは赤い実をこれでもかと言うほどつけている。
「これだけの花は早々見られないからな」
通常はありえない、ダンジョンだからこその光景をスマホに収め。陽彩は振り返る。
そこには、このありえない春の景色に難しい顔をしている|轟《とどろき》・|豪太郎《ごうたろう》(剛拳番長・h06191)と、それをにこにこ見ているミンシュトア・ジューヌ(|知識の探索者《ナリッジ・シーカー》・h00399)がいた。
「果たして、この生い茂った植物は何者かの√能力の産物なのか?」
「どうでしょう?」
豪太郎の推論に、答えを持たないミンシュトアは気楽に応えるけれども。そもそも自問だったのか、豪太郎は気にすることなく、うむ、と頷いて。
「なれば、解除を試みるぞ」
宣言すると右手を大きく振りかぶる。
「|番長吃驚掌《バンチョウビックリショー》!」
パンチを繰り出すかのように鋭く突き出された右手は、だが拳を握らず。その勢いとは裏腹にそっと、右掌がサクラの幹に触れた。
√能力を無効化するはずのそれを受けて、しかしサクラは変わらず満開の花を揺らしているから。
「解除できないみたいですね」
結果を告げるミンシュトアに、豪太郎は難しい顔のまま頷く。解除できるようなら、行く手を阻む草木を取り除くのも簡単だったのにと思っているのだろう。
陽彩もそれを見届けてから、スマホをしまって。
「さて、撮った手前申し訳ないが、一掃させてもらおう。
やろうか、ゴゴ! ミンシュトア!」
呼びかるや否や、陽彩はライズ・ブラックに変身した。戦隊ヒーローの1人としてその装いを変えると、その周囲に無数の黒い旋風が巻き起こる。
草も花も斬り捨てて進む陽彩に、ミンシュトアは続いて。
「では私は鎌で刈り取りましょう」
風妖『鎌鼬』を20匹程放ち、その鎌と牙とで草木に向かった。
攻撃としては弱いけれども草刈りには充分な切れ味に、ばっさばっさと草が刈られ。どんどん道が切り開かれていく。
また、数匹の鎌鼬は周囲に展開し、辺りの警戒に当たっていた。
そして豪太郎は、√能力に頼らず、己の屈強な肉体で草花に挑んでいく。
各々でダンジョンを切り開き、大分進んだところで。
「一休みしましょうか」
ミンシュトアの声かけに一旦休憩。
「さて、此処からは料理といこう」
そして、変身を解いた陽彩の提案に、調理が始まっていく。
それぞれ草刈りしながらイチゴや山菜を採っていて、準備はばっちりです。
「わたしは……まずはイチゴジャムですかね」
ミンシュトアは、たっぷり集めた赤い実を、じっくり丁寧に煮詰めていき。その時間を使って、山菜のおひたしや天ぷらを次々仕上げていく。
「豪太郎は菜の花炒飯を作ってください」
「……念のために言っておくが、ワシは炒飯しか作れないわけではないからな?」
むっと応えながらも豪太郎は番長オーラで火をおこし、その火力を存分に生かした炒飯を焼きあげていく。もちろん、菜の花たっぷりの春仕様で。
そんな2人の手元を確認した陽彩は、まずはと作っていたイチゴタルトを綺麗に仕上げてから。
「ジャムを作るならパンを焼こう。ゴゴは炒飯……簡単なスープも作ろうか」
「美味しい料理、期待していますよ」
卓越したスキルで2人の料理に付け加えていった。
そうして出来上がる豪華な食卓。
ゆっくり座って、それぞれの料理に舌鼓を打ちながら褒め合って。
ふと見上げれば、満開のサクラ。
「そういえば、お花見に来ていたのでしたね」
「美しいな」
「ああ。綺麗だ」
広がる桜色。舞い散る桜色。
異常繁茂しているからこその景色を堪能して。
「桜はもちろん、春はネモフィラも綺麗なんですよね」
「どの花か?」
「向こうの青いのだな。後でそれも撮ろうか」
話にも花を咲かせながら、美味しい春を過ごしていく。
「なんだこれー!?」
ルスラン・ドラグノフ(лезгинка・h05808)が声を上げるのも無理はない。
満開のサクラの木の下に菜の花など別の花が咲いているのはよくある。でもそれが、ナデシコにスズラン、ワスレナグサやネモフィラ、チューリップ、ヒヤシンス、スイセンからフリージア、とあまりに沢山の種類でひしめき合っていることはまずない。そもそものサクラの木も凄い密度で、空が桜色に埋め尽くされているし。さらにそこかしこでイチゴの実が赤く赤く揺れているから。
「春の欲張りセットやめろ!」
状況を的確に表現しながら叫ぶルスラン。
しかし、やめろと言われてダンジョンが消えるわけもなく。
花は咲き乱れ、イチゴは木の枝にまで実る。
「……これは、サクラよりもイチゴの方が優勢か?」
そんな中でふと思う。
サクラの下だけでなく幹や枝にまで侵食し、サクラよりも強く甘酸っぱい香りが漂うこの状況は、さくらダンジョンというよりいちごダンジョンではないか、と。
そういえば先日、旅団でいちご狩りに行ったという話も聞いた。
これもいちご狩りになるだろうか。いやなるはずだ。とルスランは目の前の高さに実るイチゴにそっと手を伸ばし、赤くてひときわ大きな実を手に取り、ぱくり。
「う、うまい!!」
正直、人の手が入っていない果実の味なんて大したことないと思っていた。肥料を与え気温を調整し雨風を避け摘果をして、美味しい果実が作られるのだと。こんな鈴なりで好き放題に実ったものが敵うわけないと。
でも、今口の中に広がった味は。鼻腔をくすぐる強い香りは。目を惹く鮮やかな赤は。バランスよく見事に整った形は。
百貨店に並ぶ高級品にも負けていない!
思わずルスランの手が次々と動き。ぱくぱくと口に運ばれて。
「ふぅ……」
一気に10個程を食べたところでようやく止まる。
見上げた先、サクラの花咲く枝にも、まだまだ赤い実は揺れていた。
「……このイチゴ、戦闘後に土産に持って帰れたりしないかな」
サクラ舞う中をたたたっと駆け出した|廻里《めぐり》・りり(綴・h01760)は、桜色の世界を見上げて表情を輝かせた。
「すごい! どこを見ても春!」
咲いているのは頭上のサクラだけではない。足元には菜の花がずらりと黄色く。その先にはチューリップやクロッカスといった花壇に咲く花が集まり、振り向くとナデシコがスズランが、もっと先にはネモフィラの青が広がっている。
「お花見と言うけれど、いっぺんにこんなにたくさん見れることはないわね」
続いて優雅に歩み行くベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)も、数も種類もいっぱいの春の花々を珍し気に眺めた。
ここまで多種多様な花が集まって咲いているのは不自然だから、少し警戒してピリッとしてしまうけれども。
「おひるねとかしても気持ちよさそう」
りりの素直で嬉しそうな声に、ベルナデッタの表情も自然と緩んでいく。
乳白色の長い髪や、フリルを重ねた深紅のドレスを揺らす風は、温かくそして優しくとても穏やかで、確かに心地いい。
その風に乗って、ふわり、と落ちて来たサクラの花をそっと受け止めて。
茎から落ちた、5枚の花弁が揃ったそれは、まだ綺麗で元気だから。
「帰ったらまた栞を作ろうかしら」
「あ! 素敵ですね」
思い付きを口にすれば、くるりと振り向いたりりが笑って手を挙げた。
「わたしの分も入れておいてほしいです!」
「もちろんよ」
頷いて、ベルナデッタは手の中の花をそっと下げて、宵闇、と呼ぶ。
跳ねて返事をしたのは、星のような輝きを内包する黒色のスライム。頷くような動きの後で、ベルナデッタの繊手からサクラを受け取り、運ぶ役目を任された。
「どれにしようかな」
りりも、辺りのサクラを眺め。いっぱいの種類の中から選んだのは、ぽんぽんみたいでかわいい八重桜。散らずに綺麗に落ちたものを探すと、こちらもスライムのアステリズムへと渡す。
次にりりの目に留まったのは、集まって咲く小さなかわいい青花。
「勿忘草!」
その名を口にして手を伸ばし、そっと摘み取って振り向くと。
「おそろいにしましょう」
「ええ、お揃いで綺麗に作りましょう」
穏やかな微笑と共に、ベルナデッタも花を選んだ。
そうして花を集めるうち、りりの目がちらちらと向くのは、花ではない赤色。
「やっぱり苺が気になっちゃいますね」
視線に気付いたベルナデッタの微笑に、りりは苦笑を返し。
隠さなくてもいいか、とイチゴにも手を伸ばす。
「よく食べるのかしら?」
「いえ。自分で買う機会ってあんまりないので」
摘み取った大きな一粒を、りりは嬉しそうに見つめ。
「でもだから今、めいっぱい食べたいです」
早速、ぱくり。
「……甘くてとってもおいしい! いくらでもいけちゃいます!」
その言葉通り、すぐに次のイチゴを摘み取ってまた口に運んだ。
ベルナデッタはその様子を微笑まし気に眺めてから、イチゴを見つめる。赤色にも濃淡があり、形も大きなものから少し小ぶりなもの、丸っこいものに細長いもの、と微妙に違う。さらには白イチゴなんてものも見かけて。
「こんなに色々あるのね?」
「そうですよ」
驚くベルナデッタに、何故かりりがえへんと胸を張る。
「……ん?」
でもりりは、すぐにそれに気付いた。
「あれ? ベルちゃんまったく食べてませんね?」
ベルナデッタがイチゴを眺めるばかりで一粒も食べていないことに。
「あなたが食べていればおなかいっぱいなんだもの……」
「ベルちゃんも食べましょう! 一粒と言わず、いっぱい!」
りりは摘んだイチゴをそのままベルナデッタに差し出し。こっちは甘め、こっちは酸味がさっぱり、なんて味の感想をつけながら、どさどさと渡していく。
押し切られ、そして嬉しそうなりりにつられて食べると。
「甘い……」
「次はこっちです」
「……あ、こっちは酸っぱくて……大変、飽きないわねこれ」
「でしょう!」
驚き顔のベルナデッタに、えへんとりりが胸を張った。
ベルナデッタは自分でもイチゴを探し、摘み取るようになって。
「これ、断面がハートになっているわ」
「わ! ハート! かわいいですね!
こっちは中まで真っ赤ですよ。美味しいです!」
形や味を伝え合いながら、仲良く春の味を分け合い、楽しんでいった。
「ふむ、√EDENにできたダンジョンか。急いで破壊した方がいいけれど……」
教えられた地に辿り着いたルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(|星樹《ホシトキ》の言葉紡ぐ|妖精姫《ハイエルフ》・h02999)は、ダンジョンへの一般的な対応を口にするけれど。
「わぁ~! 全面桜色の景観ですな~!」
赤い瞳を輝かせるユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)にふっと微笑み、改めて咲き誇るサクラを見上げる。
枝を伸ばし重ね、すごい密度で咲くサクラはソメイヨシノだけでなく、八重桜に山桜、枝垂桜など数多の種類があった。
さらにその下には、菜の花やチューリップといったこちらも多様な春の花が沢山咲いていて。さらにさらに、所々に赤いイチゴの実が見えるから。
「it's ミラクル★」
「とても素敵な光景ね」
ステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)も、つばの広い星唄いの帽子の下から見上げて、ほぅ、と感嘆の息を吐く。
「素敵だけれども……ダンジョンを放っておくわけにはいかないよね」
「皆の者をモンスター化か~。これはカチコミしなきゃ」
苦笑する緑色の瞳に、ユナも賛同する、けれど。
「でもせっかく苺が沢山あるから、春景色見ながらLet's Eatしても遅くはないよね★」
「そうだね」
「うん、ステラやユナと一緒なら少しくらいは楽しんでからでも構わないかな」
えへへ、と提案するユナに、ステラもルナも微笑と共に賛同して。
皆で春の景色を満喫していく。
異常繁茂した草や木の根に足を取られないように気を付けながら、不自然な程に咲き乱れる花々を眺めていくけれど。
やっぱり惹かれるのは桜色より赤色のようで。
緑色の葉の下から宝石のように真っ赤なイチゴを探す、ちょっとした宝探し。
「イチゴは全体が赤く均一に色づいていて、ヘタが反り返っているものが甘くて美味しいはずだよ」
「そうなんだ!」
「ふむふむ。なるほど……」
「ルナ氏って苺博士?」
「ふふ、じゃあ今日のボクは苺博士ということで。
まぁ、マンガでみた知識なんだけどね」
蘊蓄を披露したルナは、言った通りのイチゴを2つ見つけだすと。
「これなんか美味しいんじゃないかな?」
2人にそれぞれプレゼント。
「ありがとう! えへへ……では早速!」
「いただきます」
受け取ったイチゴをぱくりと口に入れたユナとステラは。
「ん~、甘酸っぱさ溢れる~。幸せ~♡」
「甘くて美味しい、だね」
教わった通りの美味しさに頷き合った。
そして分かったからと自分でも探し始めて。
「これとかどうかな?」
「うん、美味しそうだね」
「ユナはこれ!」
「そうだ。練乳も持ってきたから、2人も欲しければどうぞ」
「おっ! さすがルナ氏わかってる~!」
「用意万端。ルナも楽しみだったんだね」
「……バレてしまったね」
「ルナ氏も楽しんでて何より!」
「こっちのとびきり大きな苺は、ユナさんに」
「ユナに?」
「ちょっと遅くなったけれども、お誕生日プレゼントってことで」
「ステラ氏もサンキュ~♡ じゃあ2人にもユナから沢山苺あげる★」
摘んで食べて譲り合って。わいわいと笑顔を交わしながら。
練乳のようにたっぷり甘く、イチゴの酸味のように爽やかに。
3人でいるからこその春の宝物を。
いただきます。
さあっと春の風が吹けば、ひらひらと桜色の花弁が舞う。
「桜、とっても綺麗ね……」
咲き誇るサクラを背景に、舞い踊るサクラに手を伸ばして、アニス・ルヴェリエ(夢見る調香師・h01122)はうっとりと呟いた。
所狭しと並び咲くサクラは圧巻で。その美しさの前では、ありえない密集と繁茂など些細なことだと思えてしまう程。
「勝手にダンジョンができるのは困りものだけど、こういうダンジョンなら大歓迎!
……なんていうのは都合が良すぎかしら?」
ゆえにアニスがそんな感想を抱いてしまうのも無理はない。
自身の身勝手さを自覚して苦笑しながらも、でもやっぱり綺麗、と伸ばした手で花弁を1枚そっと受け止めて。あっさりと空中から拾えてしまう異常な密度に、アニスはまた喜びつつ肩を竦めた。
残しておきたい素敵なダンジョン。
でも、ダンジョンである以上、存在することで周辺に迷惑がかかってしまうことは分かっているから。
「しっかり攻略しないとね」
やるべきことはちゃんとやらないと、とアニスは気合いを入れて。
黄色いサンドイッチにぱくりとかじりついた。
瞳と同じ綺麗な緑色の敷物を拡げてちょこんと座ったアニスの前にあるのはお弁当。花見といえばと用意してきたお手製サンドイッチセットで。まずは、キャベツと卵を挟んだ色鮮やかなミモザ風サンドイッチを味わっていく。
菜の花畑のような色合いをサクラの花にかざして重ねれば、黄色と桜色との対比がとても爽やかで。食べればキャベツのしゃっきり感と卵のやさしいふんわり感とが心地いい。もちろん味も上出来。
あっという間に食べ終えてしまえば、次はデザート。
でもアニスが手にしたのは、生クリームを挟んだだけのコッペパン。甘くて美味しいけれど、サンドイッチに比べたらシンプルで春らしさのないもの。
しかしそこに、すぐ傍に生っていたイチゴを選んで摘んで、乗せたなら。
春らしいイチゴのデザートの出来上がり!
「いちごも大好き」
サクラの花に負けない程生っているイチゴはまさしく採り放題。生クリームが見えなくなるくらいぎっしりと乗せたいけれど、味のバランスと食べやすさを考えて自重して。乗らなかった分はそのまま食べることに。
イチゴの甘酸っぱさを楽しむそこに、またそよぐ春風。舞う花弁。
ふんわり漂うサクラの香りにもアニスは目を細めて。
「桜の香りもフレグランスとしてはとても人気なのよね」
刺激されるのは調香師としての感覚。そして香水作成への意欲。
生クリームの上に舞い降りてしまった1枚の花弁をそっと摘まんで、花びらを拾って帰らないと、と材料集めを考えながら。ぱくんと頬張るイチゴデザート。
「春といえばやっぱりいちごもいいし……」
広がる酸味と甘味に頬を緩めながら見回せば、他にも様々な春の花が咲いている。菜の花に芝桜、ナデシコ、スズラン、ワスレナグサ。ネモフィラが空のように広がっているところもあれば、チューリップにヒヤシンスにクロッカスと花壇のような場所もある。
「ふふ。こんな素敵な景色を見ながらだと、新作香水のいいアイデアも浮かびそうだわ」
五感の全てで春を感じながら、アニスは心を弾ませた。
第2章 集団戦 『モンスター化農作物』

「おうおう、何勝手にイチゴ食っとるんじゃワレ」
ダンジョンの行く手、思い思いに春を満喫していた√能力者たちの前に、でっかい木が幾本も立ちはだかった。
そこに大木が生えていた、というわけではない。根を足としてずしんずしんと歩いてきたのだ。幹の洞や模様が顔となり、枝を腕のように振り上げているその大木がモンスターであることは一目瞭然。
生い茂る緑の葉の合間には赤い実が無数に生っていて、よく見るとそれはイチゴ。サクラの木に生っていたイチゴは、茎を這わせてサクラの木を登り、樹上で実を付けたものだったのだが、こちらは明らかに木に生っている。
まあ、モンスターだから何でもアリなのかもしれないが。
そんなイチゴの木が、怒っていた。
「まあいい。食ったなら、洗脳して我らの世話をさせてやろう」
そして勝手にそう決めつけると、真っ赤な美味しいイチゴを放ってくる。
「我らに隷属するがいい!
お前たちの協力があれば我らはもっと美味しくなれるのだ!」
叫んで高らかに笑う『モンスター化農作物』。
その生い茂る緑色の葉の向こうで、パタパタと飛び去る鳥の羽音が、した。