シナリオ

災いを探して

#√EDEN #√汎神解剖機関

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 #√EDEN
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●災厄の訪れ
 それはこの世界に溢れるインビジブル惹かれるように、√EDENへとやってきた。そうして、少しずつ人々を狂わせてはまるで天災のような被害をもたらして、邪悪なインビジブルを得ていた。
 皮肉にも超常現象を忘れる力が強すぎたが為に気付いた者はおらず、事件に遭った人々からの証言も曖昧であり、それは――災厄は隠れ潜みながら、さらなる事件を起こそうと力を蓄えていたのである。

●星詠みは語る
 いらっしゃい、と何処か気だるげに顔を上げ、|弥鳥・唯朱花《みどり・いすか》(禍鳥封月・h01089)が前髪の隙間から瞳を覗かせた。
「来てくれてありがと、早速なんだけどこの世界の危機だよ。端的に言うと、√汎神解剖機関から災厄が出現してるんだよね」
 星詠みたる彼が言うには、√EDENにやってきた√汎神解剖機関の災厄が事件を起こし、人々に更なる悲劇をもたらそうとしているのだとか。
「この災厄は随分と用心深いタチらしくてさ、自分がいた痕跡を消しながら身を潜ませているらしい」
 とはいえ、完全にその痕跡を消せるものではない。一般人であれば気が付かない痕跡も、√能力者であれば気が付く可能性の方が高いのだ。
「ただ、さっきも言った通りこいつは用心深い。如何にも痕跡を探している、みたいな動きをすれば逃げ出す可能性が高いんだ」
 ならば、どうすればいいのかというと――。
「次にこの災厄が事を起こそうとする場所がね、大きな商業施設なんだ。そこへ行って、君達の日常を過ごしてほしい」
 つまり、まだ敵の存在に気が付いていないかのように振る舞いながら、さりげなく敵を警戒するということ。そうすれば、いずれ敵は尻尾を出すだろう。
「この施設は映画やグルメ、ショッピングなんかも楽しめるらしいから、適度に楽しんで来ればいいと思うよ」
 クリスマスも近いなら、クリスマスの飾りつけがされていて目にも楽しいだろう。誰かへの贈り物を探すのだって、自分へのプレゼントを探すのだって楽しいに違いない。
「ああ、でもあんまり羽目を外し過ぎないようにね」
 敵は、見えなくともそこにいるのだから。
「じゃ、いってらっしゃい。気を付けて」
 そう言って、唯朱花は能力者たる君達を送り出したのだ。

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第1章 日常 『ショッピングに行こう』


金穂山・月雲

●自由気ままに
 クリスマスカラーに染まった大型商業施設――ショッピングモールを歩きながら、金穂山・月雲(双災の片割れ・h00578)は興味が向いた方に視線を向けつつ独り言ちる。
「|√汎神《うち》から敵が来てるなら、放ってはおけないよねぇ」
 人の姿をしていても、月雲は人間災厄「郷乱」である。人間という種族を好ましく思っているが故に敵対する予定はないし、何なら守るべき存在だとも思っている。だからこそ、この場に訪れたのだ。
「せっかくだし、弟たちにお土産でも買っていこうかな」
 人混みはあまり得意ではないから、有名店や人気のある店には行けないけれど。
「その分、掘り出し物を探したいよね」
 有名な店や人気がある店の商品もいいけれど、こぢんまりとした小さな店舗にだって質のいい物や人気店に引けを取らない物があったりするのだ。
 自分でも店を営んでいるからこそ、そういう店を見て回るのは楽しいもの。
「そういえばクリスマスが近いのだっけ」
 赤に緑のリボンや、金色のベルの飾り。少し向こうを見れば大きなクリスマスツリーも見えて、ツリーの下ではしゃぐ子ども達の姿が見えた。
「ふふ、可愛いねぇ」
 今までクリスマスにはあまり縁がなかったけれど、はしゃぐ人々を見るのはいいものだなと月雲が微笑む。
「人類が喜んでるとにこにこしてしまうよ」
 か弱く、特別な力は一切なくとも生きているだけでそれは眩しく感じるもの。楽しそうな家族やカップルを眺めつつ、月雲がふらふらと歩いていると、ふとショーウィンドウの前で足を止めた。
「ん? あ、このガラス細工のお店、雰囲気がいいね」
 覗き込んだ店内は小さいながらも温もりを感じるし、飾られたガラス細工は細やかな細工のものばかり。中へ入ってよく見てみれば、硝子の質もいい。
「これは……いいね」
 誰に言うでもなく呟いた月雲の言葉に、人の好さそうな店主が私の手作りなんですよと教えてくれる。
「店主さんが?」
「ええ、趣味が高じてね」
「趣味でお作りに……それはすごい! お上手だ」
 月並みな褒め言葉で恥ずかしいな、と月雲が笑うと、店主が首を横に振って素直な賞賛ほど嬉しいものはないのだと笑った。
 暫くの間店内を見ていると、メンダコが三匹積み上がっているガラス細工を見つけて手に取る。
「これ、可愛いねぇ」
 弟に似合いそうだと購入を決め、もうひとつ何かと見回して。
「うん、このハチドリかな。これもお願いします。袋分けてね」
 かしこまりました、と店主が包んでくれる間、月雲は弟たちが喜んでくれるだろうかと、顔を綻ばせたのだった。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●ひと時の楽しみを
 楽しそうな人々に紛れ、ほんの少し難しそうな顔をした静寂・恭兵(花守り・h00274)と恐らく根拠はないであろう自信に満ちた顔をしたアダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)がショッピングモールを歩いていた。
「異なる√に出現せし災厄、√が違えど、俺様達の為すべき事は変わらぬ! そうであろう、静寂? 我が同盟者よ」
「|汎神解剖機関《うち》の奴が迷惑かけるって予兆だからな。見過ごすわけにはいかんだろう」
 芝居がかったようなアダンの言葉に呆れるでもなく恭平が頷くと、そうだろうそうだろうとアダンが満足気に頷き返す。
「さっさと叩き潰したいところではあるが……そうもいかぬのだろう?」
「ああ、敵は用心深いらしいからな」
 ざっと見回しただけでも、怪異の気配は感じない。よほど上手く痕跡を消しているのだろう、星詠みの言う通りだと恭平が軽く息をついた。
「ふむ、ならば……まずは此の商業施設とやらを楽しむべきか」
「そうだな、それが最善だろう」
 こういう場所に来るのはいつぶりだろうかと、改めて恭平が辺りを見回す。クリスマス直前とあって、どの店もクリスマスにちなんだ商品やクリスマスの贈り物に最適といった商品を打ち出しているのが見えた。
「しかし……√が違うからかどこか体が軽く感じるな……」
「そういうものか? しかし言われてみればそんな気もするな」
 実際にそうなのか、それともクリスマスの浮かれた空気に感化されているのか――そのどちらもなのかはわからなかったけれど、見回りも兼ねて二人はこの施設を楽しむことにしたのであった。
「……静寂、お前は何を望む? 今回はお前の意思を尊重しよう」
 何がしたいか言うといい、というアダンの言葉に、恭平が少し悩んだように下を向き、それからアダンに向き合う。
「それなら……買い物、かな。せっかくならあいつに土産でも買って行ってやりたい」
「あいつ、とは?」
 誰の事だと問えば、恭平がそういえば言っていなかったなと口を開く。
「ん、あぁ、白椿……いや、妹だ」
 あまり外に出してやれない、恭平のAnkerでもある彼女。
「成程、妹御がいたのだな」
「そうだ、それで土産をと思ったのだが何がいいか悩んでいてな」
「土産か、いいだろう! ならば俺様の全身全霊をもって選んでくれる!」
 何もそこまで、と思いはしたけれどひとりで探すよりもいいものが見つかるかもしれないと恭平が思い直す。
「それなら、頼むとするか」
「いいだろう! ……まずは妹御の好みを教えてもらおうか」
 まずは相手の好みを知ることが重要だと、アダンが頷く。
「好み……何が好みか……」
 はっきりとあれが好きだこれが好きだと聞いた事がなかったな、と恭平が思う。この土産を渡す時にでも、聞いてみようか――なんて思いつつ、白椿が身に着けている物を思い浮かべた。
「白いものをよく身に付けている……後は和風のものも多いな……」
「なるほど、和風を好むのだな」
 ならば早速と、目の前の雑貨店へとアダンが入っていく。それを追い掛けるように、恭平も店の中へと入った。
 店内は女の子が好みそうな商品が多く、客層も若い女性ばかり。居心地の悪さを感じつつも、恭平は折角入ったのだからと店内を眺め、ぬいぐるみに目を留めた。
「一人にさせることが多いから……この白いくまのぬいぐるみがいいか」
「ほう……静寂、お前の選択肢も悪くない」
「アダンは何を選んだんだ?」
「俺様はこれだ」
 そう言ってアダンが出したのは愛らしい黒色の兎が刺繍された、品のいいハンカチだった。
「黒?」
 好んで着るのは白だと伝えたはずだが、と恭平がアダンを見遣る。
「ああ、敢えての黒だ」
 違う分類の小物、それは聞いた意味があるのだろうかと恭平が目を細めた。
「聞いた意味はあるぞ!」
「と言うと?」
「何故なら、此の選択は斬新さへ繋がるだろう!」
 斬新さ、確かにそうかもしれない。しかし黒という色をあいつが持つのは少し違和感を感じると、恭平が悩む。
「いつも白いものを贈っているなら、妹御の驚いた顔が目に浮かぶのではないか?」
「確かに……たまには趣向の違うものにするか……」
 いやでもな、と悩みつつ――結局どちらも購入することにしたのである。
 買い物を済ませた二人が、再び賑わう通りを歩きだす。
「これでいつ敵が現れても問題ないな!」
「……そうだな」
 これで敵が油断してくれればいいのだが、と恭平が可愛らしくラッピングされた包みの入った袋を揺らすのであった。

コイン・スターフルーツ

●好奇心の赴くままに
 ご機嫌なクリスマスソングが流れる中、コイン・スターフルーツ(人間(√EDEN)の妖怪探偵・h00001)は楽しそうな笑みを浮かべながら商業施設を歩いていた。
「ほんとだ、どこに潜んでるのか全然分かんないね~」
 それっぽい場所を注意深く見てはいるけれど、敵の気配は感じられない。
「用心深い災厄……なんだね。探偵の好奇心、めちゃくちゃ刺激される!」
 これは頑張ってみつけるしかないと、コインが決意も新たにクリスマスツリーを見上げた。
「まずはこの商業施設を楽しみつつ、警戒すればいんだよね? よぉっし、楽しんでおびき寄せちゃおーっ!」
 そうと決まれば、何から見て回ろうか。冬の商業施設には楽しみが盛りだくさんなのだ、時間は有効に使わなくてはならない。
「ショッピングも楽しいし、何よりグルメ! 食べ物! 甘いもの!」
 この季節であれば、クリスマス限定商品などが目白押し。サンタのケーキに雪だるまのアイス、クリスマスツリーのパフェ……どれもこれもがコインの目を惹くものばかり。
「んん~~~どれも可愛い! 超好き! 甘いものはなんだって好きなんだけどね~、てぃひひ!」
 テンション高く、食べたいと思ったものを購入しては食べ歩く。
 苺にバナナ、生クリームにカスタード、チョコソースがたっぷりと掛かったクレープのトップは可愛いトナカイにデコレーションされていて、食べるのがもったいないくらいだけど、コインは大きな口でぱくり!
「ん! このクリスマス限定クレープ美味しい!」
 一口食べればもう一口、あれよあれよという間にクレープはコインの胃袋の中に消えていく。
「この調子で食べまくるぞー!」
 有言実行、行列のできているお店から、人だかりが少ないお店まで、コインが美味しそう! と思ったものが胃袋に収められていく。
「甘いものの合間に挟む、甘じょっぱさのあるみたらし団子……最高~!」
 次は何がいいだろうか、クリスマス限定チュロスも美味しそうだと列に並んだ。
 ――手当たり次第に買い食いをしているように見えるけれど、コインの買い食いは調査! 誰が何と言っても調査なのです!
「調査はいろんな場所を洗うのも大事だ、っていつだったか探偵の師匠もいってたからね!」
 その結果、コインの胃袋が幸せに満ち溢れても役得というものなのであった。

茶治・レモン
日宮・芥多

●お仕事と実益を兼ねたお買い物
 大きな商業施設ともなれば、様々なチェーン店から個人の店までと幅広く取り扱っているもの。食料品から日用品まで、欲しいものは大抵揃う――となれば、茶治・レモン(魔女代行・h00071)が向かう先はただ一つ。
「日用品売り場に行きます」
 買う物をリストしたメモを手にしてレモンがそう言うと、日宮・芥多(塵芥に帰す・h00070)が半笑いになりながら降参というように両手を上げる。
「店の為の買い出しですか」
「はい、細々とした物が不足しておりまして」
 そろそろと手を下ろしながら、芥多がマジか、この人すげーなって顔をした。
「能力者としての仕事ついでに大鍋堂の仕事も済ませるとは」
「一石二鳥でしょう、何か異論でも?」
「いえ、別に」
 いや、あるにはある。何故にその買い物に自分は付き合わされているのだろうか、という疑問が。
「働かざる者、人権なしと言うでしょう?」
 芥多の疑問は顔に出ていたのだろう、レモンがそれに答えるようにすらすらと淀みなく言葉を紡ぐ。
「そこは食うべからずではないですかねぇ?」
「細かいことはいいんです。人として最低限の尊厳は守られるように、僕があっ君を手伝わせて差し上げます」
 曇りなき眼に死んだ表情筋も相まって、説得力が半端ない。
「危うく頷きかけたんですけど?? 相変わらず俺の事を人間のゴミだと思ってるし、人権なしは思想ヤベーって感じですが魔女代行くんは歳のわりにしっかりしてて立派ですねぇ」
「そうでしょう。あ、そっちのゴミ袋も籠に入れて。それから洗剤と……あとは植物用の活力剤、それから……」
「これですか? あとこれと」
「違います、こっちです」
 どっちでも一緒では? という顔をした芥多に、レモンが静かに首を横に振る。
「あっ君が今手にした洗剤は匂いがきついんです、僕は好きじゃない」
「なるほど? あの、ところで一つだけいいですか?」
「なんです?」
「店員じゃなくて客なんですけど、俺~」
 そもそもが客に対する態度じゃないんですけど~~~? と手にした洗剤を元の場所に戻し、レモンが指定した洗剤を籠に放り込む。
「店の買い出しを客に手伝わせるってどうなんですかね、魔女代行くん」
「すべてはあっ君の人権の為です。ほら、きびきび歩いてください」
 他にも買う物は沢山あるのだと、レモンが芥多へ振り向いた。
「まあ、いつも店で飲み物もらってるんで荷物持ち位いいですけど」
「では、次はあっちのコーナーに行きます」
「うーん、容赦がない」
 既に籠いっぱいになりつつある日用品を眺めつつ、芥多はレモンの後ろをついて回る。
「これだけお手伝いしてるんですから、今日はアイスライトアイスエクストラミルクラテが飲みたいです」
「アイスライト……リョク……え、緑茶?」
「違いますけど」
「畏まりました。帰り次第、ご希望の緑茶を入れますね」
「違いますけど??」
「少しいい緑茶にしてあげます」
「わぁい……」
 緑茶の気分じゃなかったんだけど、まぁちょっといい緑茶ならいいかと思う芥多は大分と絆されているのではないだろうか。
「あ、それと後で奥さんのクリスマスプレゼントを探しにいっていいですか!」
「奥さんへプレゼント? あっ君も、人を愛す心はお持ちだったのですね……!」
「魔女代行くんは俺を何だと思っているんですかね? それはそれとして、何にしようかなあ、何でも似合うからなあ、すごく悩ましい……!」
 芥多の愛する妻への贈り物を選びに行くべく、日用品の買い出しを終わらせた二人は専門店の並ぶエリアへと来ていた。
「あれもいいしこれも……あ、これなんかどうですか?」
「良いですね!」
 芥多が手にしたのはプリザーブドフラワーをあしらった小さなクリスマスツリーで、レモンも奥さんも喜ばれるのではと頷く。
「じゃあこれにしましょう」
 会計を済ませ、あとはやはり貴金属……と芥多がふらりと違う店舗に向かう。あれでもない、これでもないと吟味していると、レモンの声が聞こえて顔を上げた。
「っと、いきなりフラッといなくならないで下さい!」
「すいません、妻に似合うかもと思ったらつい」
「つい、じゃないんですよ」
 全く、という顔でレモンが芥多に顔を寄せ、小声で話す。
「敵が隠れているんですよ、お忘れなんですか!」
「……敵への警戒? あー、勿論忘れてません」
 いやそれ絶対忘れていたでしょう、とレモンが溜息をつく。
「しっかりして下さい、大人でしょ」
「魔女代行くんがしっかりしてるからですよ」
 へら、と笑った芥多に、やっぱり粗茶にしようとレモンは心に決めたのであった。

黛・巳理
泉・海瑠

●クリスマスの贈り物
 明るいクリスマスソングが流れる大型商業施設――ともなれば、多くの人々で賑わっているもの。そしてその人々は誰しもが楽し気な表情をしている、のだが。
「巳理先生、眉間に皺寄せてないで折角の休診日なんだし満喫しましょうよー」
 そう、泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)が思わず口に出してしまうほど、黛・巳理(深潭・h02486)の眉間には深い皺が刻まれていた。
「なんだ、泉くん」
「なんだ、じゃないですよ先生」
 眉間の皺、と海瑠が自分の眉間にぎゅっと皺をよせ、こうなってますよと示す。
「泉くん」
「はい?」
「我々は仕事で来たんだろう?」
 仕事、医療従事者としてではない、能力者としての。
「えー、そりゃあ仕事ですけど……」
「まず『年末』というものは良くも悪くも人の心をざわつかせる。人間――いや、日本人は特に『区切り』に強迫観念を持ちやすい、
気をつけたまえ」
「……はぁい」
 しょぼん、という擬音が聞こえてきそうなほど、海瑠の顔がしょんぼりとしたものになったのを見て、巳理は小さく咳払いをして海瑠に向かって言葉を続ける。
「……馬鹿者。周りの人間に、だ」
「……え?」
 目をぱちぱちと瞬き、海瑠が小首を傾げる。どこぞのロゴマークの犬のようだなと思いつつ、巳理が周囲の人々に視線を向けた。
「人は等しく幸福ではない」
 平等など、この世にはありはしない。どこにだって格差はあり、それによって人を妬むだっているのから。
「ふふ、じゃあ」
「ん?」
「オレ達だけでも幸せでいましょ!」
 海瑠の不意打ちのような言葉と笑顔に、今度は巳理が目を瞬く番だった。
「……そういう考え方もあるな」
 自分の医院で働く看護師でもある彼は、たまに真理を突いてくる。それが巳理にとってはちっとも嫌ではなく、寧ろ好ましいのだ。
「あ、そうだ」
「なんだ?」
「折角だしクリスマスプレゼントの交換こしません?」
「そうかクリスマス――……私と、君が?」
 突拍子もない提案のようにも思えたけれど、確かにクリスマス一色なショッピングモールにいるのだから思い付きとしては正しいのかもしれない。
「オレ、先生の好みあんまり知らないし、一緒に選んだのを渡せば間違いないでしょ?」
「ふむ……存外君は合理的だな」
 悪くない提案だ、と巳理が頷く。
「やった! ほら、ここなら何でもありそうですよ」
 人の流れに合わせて歩いていた海瑠がほら、と指を差したのは雑貨から本まで揃う、複合型の店舗。中に入れば、雑多ながらも確かに厳選された品々が並んでいるのが見えた。
「タコの形をした入浴剤の隣にミニたこ焼き器があるのはすごいものがありますね」
「連想ゲームみたいなものだな。さて、君へのプレゼントに何を選ぼうか」
 あちこちに視線を向けて、本棚で視線を止める。
「何かありました?」
「ああ、私からのプレゼントは君が学ぶべき心理学書にでもしようか」
「え゛っ……」
「まさかこんなところでお目にかかるとは思わなかった、ほら、これだ」
 巳理が手に取って見せたのは通常であれば取り寄せになるであろう心理学書で、海瑠は半歩身を引く。
「や、やー……勉強はちょっとお腹いっぱ……」
「……ふ、冗談だ。欲しいものを言いたまえ」
「……なんだ。先生でも冗談言うんですね」
 意外だ、という顔をして海瑠が笑う。
「やはり心理学書も必要か?」
「いえいえいえ、それはいいです。んー……じゃあマフラーください」
 これからもっと冷え込みますからと海瑠が笑い、先生は? と問い掛ける。
「私は……」
 そうだな、と店内を見回し、海瑠が物色しているマフラーの横にあるものに目を向けた。
「その、ぬいぐるみ……を」
「えっ?」
 ぬいぐるみ? と、海瑠が目を丸くする。
「ばかもの、私の趣味じゃない」
「でも、ぬいぐるみですよね」
「私のじゃない、患者の子どもが私を怖がるだろう」
 その言葉だけで、全てを察した海瑠が笑う。
「笑うな……だから、その、子どもに好かれる君のセンスでぬいぐるみを一つ……頼む」
「ふふ、はい、任せてください! このワンコのなんてどうです? ふわふわ生地で可愛いですよ」
 海瑠が笑いを堪えきれずに差し出したのは犬のぬいぐるみで、確かに可愛らしいもの。
「じゃあ、それで頼む」
「いいですね、帰ったら早速飾りましょ」
 きっと子ども達も喜びますよ、と海瑠が笑うのだった。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

●たまには、こんな
 きらきら、きらきら。どこもかしこも煌びやかだと、詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)は眩しいものを見るように目を細める。その隣、視線を下に向ければそんな煌びやかな商業施設よりもきらきらとした少女――ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)がイサを見上げて笑っていた。
「クリスマス、きらきら綺麗ね、イサ」
「クリスマス、……こういう、キラキラした幸せそうな雰囲気は得意じゃない」
 自分には関係のない、一番遠い世界だとイサは思う。だというのに、ララは笑うばかりだ。
「そう、楽しそうな雰囲気もララはすきよ」
 それに、と血彩のアネモネがイサを見遣る。
「お前はとてもきれいよ、イサ」
「綺麗? 聖女サマに褒められるとは光栄な事だね」
 自分の方がよっぽど綺麗なくせに、何を言っているのかと皮肉交じりに返すけれどララには通じない。
「ええ、クリスマスよりもね」
 クリスマスよりも、と言われてイサは思わずクリスマスカラーに染まった店先やオブジェに視線を向ける。赤と緑、それからカラフルな電飾の数々に、これよりも? と可笑しくなって唇の端を歪めた。
「こういうのが似合うのは聖女サマだろ、俺にはもっと暗くて、冷たい深淵のような場所がお似合いなんだよ……兵器だからな」
 シャンシャンと鈴が鳴るような音楽など届くべくもない、深く沈んだ冥海のような。
「……ふぅん? 冷たくて、くらい」
「そうだよ」
 しかめっ面をしたイサを見上げ、まるで冷たい深海に沈むさかなのようね、とララは思う。その冷たさが平気なフリをしているさかな、平気じゃないくせにとララが立ち止まる。
「どうしたの、急に立ち止まって」
「頭を下げなさい」
 小さな手がこの辺りまでと示すので、イサは怪訝に思いつつもそれに従う。
「これでいい?」
「ええ、いいわ」
 満足そうな声でララが頷くと、何かがイサの首元にふんわりと巻かれた。
「……!?」
「さっきそこでみつけたの」
 突然巻かれたマフラーの温もりに、イサがしきりに目を瞬く。
「あげるわ。『さむがり』なお前があたたかくなればいいわ」
 ララが冬の指先で、春をのぞむ言葉を紡ぐ。それは寒い冬の只中だというのに、ふわりとした春の温もりをイサに感じさせて。
「……くれるなら、もらっておく」
「そうしなさい」
 改めて首元に手をやれば、白い雪のようなふわりとしたマフラーで、指先までも温かくなるような気がしてイサの頬が僅かに緩んだ。
「うれしい?」
「……嗚呼」
「なら、お前もララにマフラーを選びなさい」
 その言葉に、再びイサが目を瞬く。
「俺が選ぶのか?」
「そうよ。パパの翼みたいにあたたかで、ママのように優しい桜色のがいいわ」
 それは既に色が決まっているのでは? という目でイサがララを見たけれど、何か文句でもあるの? という瞳で見返されてしまい、大人しくマフラーを選ぶことにした。
 一口にマフラーといっても編み目がぎっしりと詰まったものから、ざっくりと編まれたもの、ストールのようになったものと豊富だ。あれでもない、これでもないとイサが選んだのは――。
「じゃあ、これだな」
 桜色のふわふわファーマフラーで、確かにララの首元を飾るには相応しいものだった。
「どう?」
「お似合いだよ、聖女サマ」
 桜色はララの白い肌を引き立てるようだったし、実際によく似合っていた。
「じゃあ、あとは街の皆へのお土産に、かわいいクッキーや紅茶に珈琲も買っていきましょう」
 折角のクリスマス前の買い物だ、あれもこれもと欲張って然るべきだとララは気になるお店を覗いていく。そして、その度に増える荷物をイサが抱えて歩くのだ。
「この紅茶も美味しそうね、この砂糖菓子も合いそう」
「まだ買うのか?」
「ええ、まだまだ、もっとよ」
 聖夜の備えだもの、と買った荷物をイサに押し付けて楽しそうにララが笑った。
「イサ」
「何、次はどこに行くの」
「悪くないでしょう? きらびやかな光の道を歩むのも」
 そう言われ、イサが煌びやかな通りを見遣る。
「嗚呼……今は、悪くないと……そう思うよ」
 イサの言葉にララが悪戯っ子のように笑って、次はあっちよ、とイサの手を引くのだった。

香柄・鳰

●誰かのために選ぶ喜び
 赤と緑のリボンに、金色の鈴にお星さま。
 綺麗に飾り付けられた商業施設のゲートをその瞳に映しているのかいないのか――香柄・鳰(玉緒御前・h00313)が見上げる。
「ショッピング、ですか。今まであまり経験はありませんでしたが……」
 何とも自分とは縁遠い言葉だと思うけれど、胸がそわりとするのも事実。何より今日は任務に必要である、という建前があったりするので、誰に言うでもなく鳰が呟く。
「少しだけ、任務を忘れない程度ならば」
 楽しんでも構いません、よね?
 その言葉に答える声はなかったけれど、シャンシャンと鳴る鈴の音に背を押され、鳰はクリスマス一色の商業施設へ足を踏み入れたのである。
「まずは何をしたらよいやら……」
 いざショッピングと言っても、欲しいものも特に思い当たらない。見て回るのもショッピングだと聞いた事があるのを思い出し、鳰はふらりと商業施設を巡ることにした。
 ようく耳を澄ませ、通行人とぶつからないように気配を探りながら歩いていると『クリスマスの贈り物は如何でしょうかー?』という店員の声と、楽し気なクリスマスソングに耳をひかれて立ち止まる。
「クリスマスグッズ、ですか」
 口にした瞬間、思い浮かんだのは主のこと。
「……主への贈り物、なんて良いかもしれませんね」
 それを受け取る時の主の反応を思うだけで、笑みが零れる。
「私が贈り物をするなんて、驚かせてしまうかも? ですが!」
 一度思い付けば、それはなんとも楽しい企みに思えて、鳰は店の扉を開けた。
「もし、お店の方。クリスマスの贈り物用のコーナーはこちら?」
 そう訊ねると店員が丁寧に案内をしてくれて、鳰はクリスマスグッズを集めたコーナーの前へと立つと、どれがいいかと眺める。
「この瞳にも煌めくツリーも良いし、柔らかな手触りのひざ掛けも捨てがたいですね……」
 卓上に置けるサイズのクリスマスツリーを眺め、ふんわりとしたひざ掛けに触れ、決め手に欠けると思った瞬間にふわりと香ったそれに手を伸ばす。
「これは……スパイスで作ったクリスマスリースですね」
 シナモン、グローブ、ナツメグ、それから木の実を使ったリースは、視覚にも嗅覚にも楽しいと鳰が微笑む。
「ふふ、主へお渡しした時の反応が楽しみです」
 綺麗にラッピングしてもらったそれを大事そうに手にし、鳰は店を出たのであった。

紗影・咲乃
緇・カナト
一・唯一
白・琥珀

●きらきらの一日を
 お買い物! ときらきらの笑顔を浮かべて紗影・咲乃(氷の華・h00158)がくるりと振り向く。
「何か良いのがあれば買いたいのよ!」
 ふんす! と気合を入れて両手に作った握りこぶしを小刻みに振る少女の姿は、共に来ていた年上の彼らを和ませるには充分で、それならとっておきを探さないとだねと白・琥珀(一を求めず・h00174)が微笑んだ。
「それにしても広い所やなぁ」
 きょろ、と辺りを見回したのは一・唯一(狂酔・h00345)で、こんな広い所で迷ったら帰れなくなると遠い目をする。何せ、酷い方向音痴なのだ。
「手でも繋げばいいんじゃないかい、アリアさん」
「迷子防止、というやつだね」
「カナト、琥珀……キミら、ボクを幾つや思うてんの」
 じとりとした目を向けられて、緇・カナト(hellhound・h02325)と琥珀が顔を見合わせる。
「それなら、唯一ねぇねは咲乃と手を繋ぐのよ!」
 はい、と差し出された小さな手を拒めるはずもなく、唯一は大人しく咲乃と手を繋ぐ。
「これで安心だね。さて、何でも揃うらしいショッピングモールだけど……どうしようか?」
 お店を見て回るだけでもきっと楽しいけれど、それだけで日が暮れるかもしれないし……とカナトが三人に向かって問い掛けた。
「そうですね、モールってすごく大変な場所ですから」
「大変?」
 琥珀の言葉に咲乃がきょとんとした顔をしたので、琥珀が頷いてその理由を続ける。
「ええ、どこに行っても興味深いものばかりで」
「確かにそうなのよ! 咲乃はね、どこもかしこも気になるのよ!」
「時間がいくらあっても足らないきがするけれど、それなら何か買いたい物があるひとに着いて行こうか」
「賛成なの! 咲乃はさむさむだから何か暖かいのとかあれば嬉しいのよ♪」
 すると、咲乃の手を繋いだまま黙っていた唯一がカッと目を見開き、空いている方の手で店を指さした。
「ああ、あのコート欲しかったやつや! 色も形もボクの好みでなぁ」
「素敵! 見に行くのよ!」
 行こう行こう、と二人が繋いだ手を揺らして店へと向かう後ろを、カナトと琥珀が笑いながら着いて行く。
「早速アリアさんが良い出会いをしたみたいだね」
「欲しかったものが見つかるなんて、運がいいですね」
 幸先がいい、と琥珀が二人の後ろ姿を眺めつつ、自分はどうしようかと考える。
「うーん、お財布の中身を気にする必要はないけど、考え無しに購入しては置き場の問題もありますからねぇ」
「それも一理あるな。オレは見るとしたら冬物の手袋やマフラーかなぁ」
 嵩張るものではないし、あって困るものではないとカナトが言うと、取り敢えず見るだけならと琥珀が頷いた。
「やっぱ全てが好みやわ……買うたろ……」
「唯一ねぇねはコートを買うの?」
「あとはマフラーも古なって薄っぺらいから、もこもこの欲しいんよね」
「もこもこ!」
 もこもこという言葉に、咲乃が目を輝かせる。
「あかん、咲乃にもこもこフル装備させたなる……おばちゃんが買ったろ」
「唯一ねぇねが買ってくれるの? ありがとうなのよ!」
 なんぼでも買うたろ……と心に決めつつ、唯一はどれがいいかと咲乃に問う。
「ん-、咲乃よく分からないから唯一ねぇねにコーデおまかせするの!」
「お任せ」
 言うたな? 言質とったで? みたいな顔をして、唯一が素早く店内の商品に目を光らせる。
「……猫耳付いた耳当てはマストやな、うん」
 あとは猫耳が付いたフード付きのコートなんかもいい、合わせたミトンの手袋に、冬用のもこもこブーツ……!
「…うう、あかん……あんまり油断しとると財布がゆっるゆるになりそうや……誰か止めて……」
 既にゆるっゆるなので、今更である。
「散財してるねぇ。オレはハイブランドとかじゃなくて一般使い出来るようなので良いんだけれど」
 あれも似合うしこれも似合う、と咲乃へのコーディネートが止まらない唯一を横目に、カナトが冬物を眺める。
「自分だけだと似合うものって中々見つからなかったりするんだよね」
 たくさんの商品の中で、気に入って更に自分に似合うものとなると難しいもの。けれど不思議なことに、誰かに勧められるといいなと感じたりもするもので。
「カナトにぃには、いいものあったの?」
「ん-、それが中々……あ、それ」
 咲乃の声に振り向いて、視線を変えて見えた先にあったのはモスグリーン色のマフラー。
「いいかも……?」
「とっても似合うと思うのよ!」
 その声に後押しされて、マフラーを手に取って首に巻いてみれば、なんともしっくりくるような。
「買うか……」
 記念にもなりそうだなと、カナトが笑った。
「琥珀は何も買わへんの? 冬物新調するんもええと思うけど」
 今日はぐっと我慢して、皆の様子を見ていよう……なんて考えていた琥珀の背に、唯一が声を掛けた。
「そうか冬物揃えるのも手か」
 なるほど、と素の男言葉をちらりと覗いたけれど、すぐに笑みを浮かべて琥珀が唯一に向かって振り返る。
「そうですね、この姿に合うようなあったかい服装もありですね」
「ふふ、折角やし気に入ったの試してみたらどう?」
 一瞬の口調の変化は聞かなかった振りをして、唯一が頷く。
「ええ、今日は買えなくても色々見て回るのもよさそうです」
「琥珀にぃにも何か買うの?」
「そうですね、白いシンプルなコートとか、それに合わせた手袋とマフラーも……」
 なんて、唯一と咲乃につられて見て回れば、琥珀もついつい財布の紐が緩んで色々と買い込んでいたのであった。
「皆、何かしら収穫があったみたいだね」
 それぞれが紙袋を手にしているのを見て、カナトが優し気に笑う。
「欲しいものが買えたなら何よりだねぇ」
「カナトも買ったんやろ?」
「モスグリーンのマフラーなのよ」
「いいですね、カナトさんによく似合うと思います」
 戦利品を手にした四人が再び施設の中を歩き出すと甘い香りが漂ってきて、つい足を止めてそちらを見遣る。
「ココア……かな?」
「ココア! 飲みたいの~」
 カナトがくん、と鼻をひくつかせて言うと、咲乃がしゅばっと手を上げる。
「物より思い出なんて言うらしいけど、あそこで皆で何か甘い物でも食べてから帰ることにするかい?」
「カナト、ナイスアイディアや! それやったら、咲乃の願いやしココアでも飲まん?」
 皆が嫌いでなければ、と唯一が笑う。
「ココア、いいですね」
「ココア!」
 飲むの~! と走り出した咲乃を追って、カナトと琥珀も走り出す。
「あっ、待って皆置いて行かへんでっ」
 ボクが迷子になるやろ! と、慌てて唯一が三人を追い掛けた。
 四人が入ったのは様々なスイーツが揃うカフェで、ココアは店の看板メニューのひとつ。人気の秘密はマシュマロが入れ放題というところだ。
「ココア、マシュマロ入れ放題やってー」
「マシュマロ入れ放題なの? 咲乃、いっぱい入れちゃうの!」
 口の広いマグカップに、ハートや星の形をしたマシュマロを入れて一口飲めば幸せな気持ちに包まれて。
「ココアとマシュマロで温かさも溢れてそうだね」
「美味しいの!」
「甘くてあったかいもので体の中から温まりますね」
「うん、温かくてええね」
 身体だけではなく心もホッと温まるひと時に、四人の笑顔も咲き零れるのだった。

第2章 集団戦 『シュレディンガーのねこ』


 能力者達がクリスマスシーズン真っ只中の商業施設をさり気なく見回り、かつ楽しんでみせたことにより――対処不能災厄と呼ばれる怪異は此処を安全な狩場だと認識したのだろう。
 まず動きを見せたのは対処不能災厄が√汎神解剖機関からやってくる際についてきたのであろう、下級の怪異『シュレディンガーのねこ』であった。
 大型商業施設の裏手にある、とある店舗の倉庫。その窓の隙間から、姿を現したのである。
ルノ・カステヘルミ

●世の中は世知辛い
 セレスティアルといえば√ドラゴンファンタジーの世界でも指折りの美しい種族、端的に言えば全員顔がいい。そんなセレスティアルであるルノ・カステヘルミ(野良セレスティアル・h03080)も、もれなく顔が良かった。
「これだけ顔がよければ生きているだけでちやほやされてもいいと思うんですわ」
 知っているか、そこの野良セレスティアル。それは世の中ではヒモって言うんだよ。
「なのに自分の食い扶持は自分で稼げときたもんだ……」
 綺麗な顔面をしょぼくれさせても美形なんだから、セレスティアルってすごい。
 そも、美しく澄んだ環境であれば栄養補給も必要ないのだが、饅頭職人のルノが身を置くのは硫黄の匂い漂う温泉街。そりゃ食い扶持稼ぐのも必要ってものである。
「それでですね、警戒兼ねて買い出し行こうと思ったら、すでに変なの出ているし……」
 歩いていたら敵にぶち当たる、これが√能力者の力……? とルノが警戒態勢を取った。
「っていうか何だあのニヤケ面……」
 それなりに広い倉庫の中に現れた『シュレディンガーのねこ』はまるでチェシャ猫のような笑みを浮かべ、ルノを見ている。その笑みにどうにもイラっとする既視感を覚え、ルノが眉根を寄せた。
「知ってる奴の、人を小馬鹿するときの笑みに似ているような……」
 記憶にはない、だからどこの誰かかも思い出せないけれど、多分それキノコだよって誰かが言っているような。
「うっ頭が……」
 朧げな姿、それを思い出そうとすると酷く頭が痛む。
「思い出さなくても厄介、思い出しても厄介な気がするな……」
 小さくと溜息をついて、キノコよりも目の前の敵を倒す事の方が今は重要だとルノは思考を切り替え、詠唱を開始する。創り出されたのは美しい炎。
「とりあえずは出方を見るとしましょうか」
 反射狙いの炎を幾つも置いて、ルノが笑う。
「何せ本日初仕事、駆け出したばかりの饅頭職人なもんで」
 慣れない能力を駆使したところで、足止めをするのが精一杯だろうと饅頭職人兼√能力者はそう言いながら、再び饅頭を作るかのように炎を置いていく。そしてシュレディンガーのねこが、それをちょいっと前足で引っ掛けては長い鳴き声を放ちルノに振動を与えるのだ。
「あっこの振動気持ちわるっ、でも何か思い出せそうな気もっ」
 思い出すのが先か、ルノが創り出す炎に焼かれてシュレディンガーのねこが倒れるのが先か、はたまたルノがマーライオンになるのが先か。
「できればそうなる前に増援が来てくれるといいんですけどね」
 祈るような気持ちで、ルノはそう呟いた。

金穂山・月雲

●ゆらゆらと落ちて
 しっかりと買い物を楽しんだ後、金穂山・月雲(双災の片割れ・h00578)は買ったものを大事に仕舞うと再び歩き出し、怪異の気配がする方へと歩き出す。向かった先にはそれなりの大きさがある倉庫、中からは何某かの鳴声が聞こえて月雲は迷わず中へと入った。
 月雲を出迎えたのはあらゆる猫の怪異を集めたような『シュレディンガーのねこ』で、月雲を見るや威嚇するように声を上げる。
「出たね、怪異。悪いけど、人間たちに手は出させないよ」
 ここには多くの人間がいるからね、と怪異たちをこの倉庫から出さぬように位置取ってから、災厄が言う台詞じゃないねと月雲が笑う。
「それでも、この気持ちは私の本当だからね」
 月雲が手にした妖剣『|陽威《ひおどし》』の柄に手をやって、抜こうとして――動きを止めた。
「陽威は君たちを雑魚だと判断したみたいだよ」
 陽威は相手を強敵と認めぬ限り抜けない、という性質を持った妖剣。俗な言葉で言えばグルメともいえる妖剣、抜けないだろうなと思いつつ試してみれば、案の定抜けなかったというわけだ。
 知ってた、と諦めを滲ませつつ、それなら鞘ごと殴るかなと決めて改めて柄を握りしめる。
『フシャアアア』
 雑魚だと言われて怒ったのか、月雲が陽威を手にしてこちらに向けたからか、シュレディンガーのねこが攻撃の意思をみせて鳴いた。
「猫はね、好きなんだけど」
 君たちみたいなのは遠慮しようかな、と月雲が冷たいコンクリートを蹴って駆け出し、手にした陽威を躊躇いなくシュレディンガーのねこへ振り抜く。
『シャアア!』
 吹っ飛ばされたシュレディンガーのねこが反撃とばかりに月雲に向かって鋭い爪を向け、襲い掛かる。
「おっと、それが当たると全回復しちゃうんだっけ?」
 厄介だね、と厄介でもなんでもなさそうに言って爪先をふわりと避けると、シュレディンガーのねこの背に向けて陽威を振り下ろした。
『ウナーーオ』
『フーーー!』
 仲間を倒された怒りからか、シュレディンガーのねこたちが月雲に飛び掛かる。それを陽威で横薙ぎにすると、すり抜けたねこがチャンスとばかりに爪を振るった。
『ギィニャアア』
「残念だったね。私の服は世界の歪みを編んだ物、触れれば千切れて飛ばされてしまうよ」
 シュレディンガーのねこの爪は前足ごとなくなっていたけれど、月雲は油断することなく能力を解放する。
「すぐ生えてくるだろうから、今のうちに」
 |崩界震度N《ユラユラ》――こちらに向かってくるシュレディンガーのねこたちの首へと狙いを定め、ぱちんと指を鳴らす。
「身体は揺らさないで首だけ震度7だ」
 首が、揺れる。否応なくがくがくと、激しく揺れてシュレディンガーのねこたちは何が起きたのかわからぬまま。
「そうすれば――首だけ千切れ飛ぶって訳だよ」
 こんな風にね、と月雲が言うや否や、ころり、ころりと椿の花が落ちるようにシュレディンガーのねこたちの首は千切れ落ちたのだった。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●ウォーミングアップ
 穏やかな時間はあっという間に過ぎるもの、それは静寂・恭兵(花守り・h00274)とアダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)にとっても同じであった。
「アダン」
 怪異が来たぞ――言外に滲ませた声音で名を呼ばれ、アダンは笑みを深くする。
「漸くか。穏やかな時間もいいものだが……待ち侘びたぞ、怪異どもよ」
 二人が向かった先は大型商業施設の裏手にある、とある店舗の倉庫。その入り口は既に開かれており、猫の鳴声が異様なほどに聞こえている。
「お仕事の時間ってやつだ」
「先の時間も中々に楽しめたが……此れより始まる闘争の方が、俺様は心が躍る」
 いざ、怪異退治と洒落こもうとアダンが倉庫へと足を踏み入れ、それに続くように恭兵も後を追った。
「静寂よ、あれが本命の怪異だと思うか?」
 怪異を前にして、アダンが純粋な問いを恭兵へと投げ掛ける。それもそのはず、二人の目の前に現れたのは猫の姿をした怪異――『シュレディンガーのねこ』だったのだから。
「本命か本命でないかと言えば答えは『NO』だ」
 |警視庁異能捜査官《カミガリ》として冷静に判断を下し、恭兵がそう言うとアダンがふむ、と目を細めた。
「前座というわけだな」
「だが下級でも怪異は怪異。気を抜くな」
「成程……下級だろうが何だろうが『怪異』であるのならば、悉くを駆逐するまで!」
 アダンもまた、|警視庁異能捜査官《カミガリ》に身を置く者のひとり。下級といえど侮れば深い傷を負うことくらい理解しているからこその発言、油断は敗北を招くものなのだから。
「ああ、行くぞ!」
 恭兵の声を戦闘開始の合図と受け取ったのか、シュレディンガーのねこ達もそれぞれが鳴声を上げる。
『シャアア!』
『ウゥナァァーー!』
 その瞳には爛々とした敵意が燃え盛り、恭兵とアダンに向かってじりじりと距離を詰めていく。それと同時に、アダンが恭兵を背に庇うように前に出た。
 恭兵の攻撃手段はどちらかといえば遠距離向き、ならば前衛を務めるのは自分の役目であるとアダンは心得ているからだ。
「しかし、シュレディンガーの猫とはな」
 シュレディンガーの猫といえば、箱の中の猫が生きているか死んでいるかを確認するまでは、両方の状態が同時に存在するとされる有名な量子力学の概念だ。
「猫は生きているのか死んでいるのか」
「見た目としては生きているが、怪異として生物に数えていいものかわからんな」
「どっちでもいいさ、アレは『怪異』なんだからな」
 確かに、とアダンが頷く間に拳銃を手にした恭兵がシュレディンガーのねこに牽制の意味を込めて引き金を引く。足元を狙った弾丸は狙いを外す事無く、ねこたちが僅かに怯んだ。
「さあ、猫共よ。死ぬのか死なぬのか、貴様自身が体感するといい!」
 その隙を突いて、アダンが黒き炎の弾丸をねこ達に放つ。魔焔を介したそれは着弾と共に爆発的に拡がると、ねこ達を燃やし尽くさんばかりに黒炎が舞い踊る。
「静寂よ、こやつらは十分以内に倒さねば全回復するらしいぞ」
「そんな暇は与えない」
 アダンの黒炎に込められた呪いが、恭兵の力を底上げしている。その感覚のままに、恭兵が霊震による波動をシュレディンガーのねこ達へと叩きこむと、ねこ達の身体がガタガタと震え出した。
「さて、その状態で身動きが取れるか?」
 恭兵が拳銃を構え、与え続けられる振動に身動きが取れなくなったねこ達を迷うことなく撃ち抜いていく。
「はは! 十分もあれば充分であったな、此の覇王と同盟者の攻撃を切り抜けるには遅過ぎるぞ!」
 アダンもまた、恭兵の撃ち出す弾丸に合わせて魔焔を放ち、塵と消えよとばかりに焼却を重ねた。
 猫は死ぬのか死なぬのか――その問いに答えるとすれば、今この瞬間に仮初であったとしても、シュレディンガーのねこ達を襲ったのは確かな死であった。

コイン・スターフルーツ

●腹が減ってはなんとやら、では満たされたなら
 今にも鼻歌を歌いだしそうなほどご機嫌な様子で、コイン・スターフルーツ(人間(√EDEN)の妖怪探偵・h00001)が大型商業施設の裏手へと向かう。
「おなかいっぱい~っ!」
 どの店も素敵に最強だった、とひとつひとつ思い出しながら、コインはその中でも特に気に入ったクレープを思い浮かべた。
「あのクレープなら、毎日だって食べたいよ!」
 できれば、友人も連れて行きたいところだとほっぺたを押さえながら、思い出し美味しい! をしていたコインが立ち止まる。
「っとと、ここかな……? どうやら怪異、みつかったみたいだね」
 薄く扉の開いた倉庫からは猫の鳴声が聞こえていて、怪異がここにいるのだとコインは表情を引き締めた。
「それじゃ、いっちょやっつけるとしようか!」
 気合を入れ、扉を開ける。その先に足を踏み入れ、怪異――『シュレディンガーのねこ』を確認するや否や、コインは一直線に敵に向かって走り出した。
「まずは小手調べ!」
 √能力は使わず、体術と喧嘩殺法を用いた攻撃を繰り出せば、シュレディンガーのねこがまるでじゃれつくかのように前足を振るう。
「あっぶない」
 姿形がなんとなく猫だからといって油断は禁物、その前足でじゃれつかれたら間違いなく痛手を負うだろう。幾度か拳を打ち込み、蹴りを喰らわせるとシュレディンガーのねこが長く細く鳴き声を上げた。
「わ、わわっ!?」
 まるで地震でも起きているかのように、コインの身体が振動する。これがこの怪異の能力だと判断し、コインは振動し続ける身体で残像を撒き、いったん離れるべく距離を取った。
「まだ揺れてるみたいな感覚があるよ」
 うー、と首を振って、コインがポーチからソウルフードのポテチを取り出して齧る。
「よーし、これはもう押しきっちゃうしかないね」
 そうと決めたらコインの動きは早かった、√能力を発動させると、その効果が及ぶ範囲内でできるだけ距離を取ったまま――大量の金貨を降らせたのだ。
 それはまるで雨のようにシュレディンガーのねこへと降り注ぐ。殺傷能力は低いけれど、金貨の雨が降り注ぐ数は多い。蓄積されたダメージはやがてシュレディンガーのねこの体力を削り切るだろう。
「あなたが回復する暇なんて与えてあげないんだからね!」
 我慢比べは得意なのだとコインが笑うと、シュレディンガーのねこが低く唸る。
「私だって負けないよー! さっき食べたぶん動かなきゃだしっ!」
 だから、あなたが倒れるまで付き合ってね、とコインは更に金貨を降り注ぐのであった。

茶治・レモン
日宮・芥多

●優先順位
「ようやくお出ましですか」
 怪異の気配を感じ取り、茶治・レモン(魔女代行・h00071)が荷物を両手いっぱいに抱えた日宮・芥多(塵芥に帰す・h00070)を連れて貸しロッカーへと向かう。
「倉庫の方に行かないんですか?」
「さすがにこの荷物で敵の前に出るわけにはいきませんからね」
「俺が荷物を持って先に帰ればいいんじゃないですかね」
「あっ君も、奥様へ素敵なプレゼントが買えて良かったですね」
 芥多の言葉をまるっと聞かなかったことにして、レモンがロッカーヘと買った品物を詰めていく。
「堂々たる無視ですね?? ええ、奥さんのプレゼントも買えましたし……」
「僕もクリスマスリースなど買ってしまいました。帰ったらお店のドアに飾りましょう」
 クリスマスらしい雰囲気になるだろうと言いながら、レモンが芥多の荷物を受け取ろうと手を向ける。それに笑顔を浮かべ、芥多がひらりと手を振った。
「じゃ、俺は帰りますね~」
「あっ君、面倒臭がらず行きますよ! 後であの何とかミルクラテ買ってあげますから」
「猫よりもドリンクよりも嫁ファーストなんですよ、俺」
「奥様を大事にする姿勢は素晴らしいと思いますけど、時と場合によりけりですよ」
 早く、とレモンが荷物をロッカーに詰め込み、扉を閉めて手早くロックを掛けた。
「ええ~? ……というのは全部嘘ウソ! ちゃんと戦いますよ、いや本当に」
「何から何まで、嘘くさくて困ります。ほら、行きますよ」
 どちらが年上なのかと思うほど、倉庫までの道をレモンが先導する。
「ここですね」
「猫の鳴声がしてますねぇ」
 商業施設の裏手、人通りの少ない倉庫前。猫がいてもおかしくはないシチュエーションではあるが、気配がそれを裏切っている。
「怪異でしょうね」
「それしかありませんよねぇ……仕方ない、やりますか」
「ぜひ、行動で示して下さい。先行きますよ!」
 倉庫の扉は僅かに開いており、まるで訪れる人を待っているかのよう。レモンは躊躇いなくその扉を開けて、中へと踏み込んだ。
「うわ」
 思わず口を突いて出た言葉であったが、奇怪な猫がにゃあにゃあと鳴いていればそれも致し方ないこと。レモンを追って中に入った芥多も、そっくり同じ言葉を呟いてレモンの隣に立つ。
「普通の猫が一匹もいませんね」
「怪異ですしね」
 一目で怪異とわかるのだから、それは助かるといえば助かるのだけれど。
「良かった、可愛くない猫ばかりで……!」
 そう言いながら、レモンがハンドル部分とケースが真白に染まったアーミーナイフを抜き放ち、魔導式の刀剣へと変化させると先手必勝とばかりに斬り付けた。
『ギィィニャアアア!』
『フシャアアアア!』
 敵意をむき出しにした猫――『シュレディンガーのねこ』達は、生命力を増幅させていく。それは受けた傷や状態異常を十分以内に全快させる能力。そしてそれと共に、レモン達を敵とみなしたねこ達が一斉に牙を剥いた。
「あ、丁度いいですね」
 これ幸い、とばかりに芥多が斧型の怪異兵器『塵芥』を手にし、軽く跳躍したかと思うと自身を攻撃しようとしたシュレディンガーのねこを斬り付け、噴き出した血を纏いながら姿を隠した。
 突然姿を消したかのように見えた芥多に、シュレディンガーのねこ達が戸惑いを見せる。それを窺いながら、死なない限り十分以内に回復するのであれば、十分以内に殺せばいいだけですよね? と芥多が笑みを浮かべる。
「あと、折角なので一匹ずつ斬り離してもみたいです!」
「今物騒な声が聞こえた気がするんですけど、気のせいですね」
 隠密状態になった芥多の姿はレモンにも認識し難いのか、声はすれども……というやつである。そう思いつつも、斬り付ける手を休めることはない。掠める程度であっても、レモンの√能力により魔法中毒はシュレディンガーのねこ達を蝕んでいく。
「魔法中毒は後からジワジワ効いていきますので。是非、ご堪能下さいね」
 動きが鈍った敵は隠密状態の芥多からしてもイージーゲームなのだろう、余裕の表情を浮かべながら斧を振るい、時折何体かは見逃して、もう一回遊べるドン! 状態にするという事をして遊んだりしているのだ。
「ではまた十分、さっき以上に楽しくやりましょう」
 ぺろりと舌なめずりをして、芥多が喜々として斧を振り下ろした――なんていうボーナスタイムを経て、目に見える範囲のシュレディンガーのねこ達を倒したレモンは小さく溜息をつく。
「しかし……猫一匹見かけたら百匹はいるって本当だったんですね」
「そんなの言いましたっけ??」
「また声だけ……あっ君はどこに……」
「あっ魔女代行くん、俺ここでーす」
 ここ! とアピールをして見せると、レモンにもその姿が認識される。
「あっいた!」
「すみません、隠れるプロなもんで」
 血塗れの斧を担いだ芥多の姿を、レモンがまじまじと見遣る。
「ちゃんと戦ってたんですね、偉い!」
「俺のことなんだと思ってるんですか??」
 その言葉には答えず、レモンが次はボスが出てきますよ、とねこ達が現れた奥を玉手で示すのだった。

香柄・鳰

●ねこ、ねこ、ねこ?
「まあ、ねこ」
 にゃぁ、と微かな声が聞こえて香柄・鳰(玉緒御前・h00313)はそちらに意識を向ける。猫といえば可愛らしい生き物で、できたら撫でたいと思うものなのだけれど――。
「……ねこではなさそうですね」
 気配が違うと思いながら大型商業施設の裏手に向かうと、誘うような鳴声が倉庫の中から聞こえてくる。しかも、ご丁寧に倉庫の扉は薄く開かれているのだ。
「お邪魔いたします」
 礼儀正しくそう言って鳰が扉から中へと入れば、出迎えたのは『シュレディンガーのねこ』であった。
「本来の猫さんはもっともっと愛らしい筈ですのに、この猫さんは可愛くないわ!」
 フォルムは猫のようだけれど、それを差し引いても余りあるのは視力の頼りない鳰でも分かること。猫への冒涜では、と思いつつも、もしも完全に猫そっくりだったら攻撃できただろうか? と思い至って鳰は複雑な表情でシュレディンガーのねこを見遣った。
「まあ、本当に愛らしいお姿でしたら攻撃しにくいでしょうし、良かったといえば良かったかしら……?」
 良いのか悪いのか、正解はわからなかったけれど――倒すべき敵であることだけはわかっていた。
「ともあれ、反撃はあまり受けたくはありませんね」
 倉庫内の配置にざっと目を走らせ、シュレディンガーのねこからできるだけ距離を取れる場所を確認すると鳰がそちらに向かって駆ける。その間にハチェットと呼ばれる手斧を手にすると、流れるような動きで敵に向かって投げ放った。
『ギニャア!』
 牽制できれば上々、と投げたハチェットはシュレディンガーのねこの前足に刺さり、悲鳴混じりの鳴声が上がる。次いで反撃の爪が鳰に向かって迫るが、鳰はそれを玉緒之大太刀で軽やかに受け流す。
「参ります」
 りぃん……っと鈴の音が鳴る。鳰が手にした香鈴を鳴らせば、その音はまるで金縛りにでも掛けたかのようにシュレディンガーのねこの動きを止めた。
『にぃぃぁあああ』
 ギチ、と音が聞こえる気がするほどに抵抗をみせる敵に対し、鳰が口元に不敵な笑みを浮かべる。
「完全に止められなくても構わなかったのですが」
 玉緒之大太刀を構え、動きを止めた敵に向かって刀の切っ先を閃かせた。
 この本命の一撃を入れる隙、それと。
「この後の三秒、反撃を避ける隙さえあればいいのですから」
 いち、にぃ、さん。そう数えて、敵が動かなくなったのを確認すると周囲の音に耳を澄ます。まだ全てのねこを倒したわけではない、それに。
「この倉庫には、もしかしたら誰かのプレゼントもあるかもしれませんからね」
 なるべく倉庫の品々には損害を与えぬよう――シュレディンガーのねこを倒すべく、鳰は再びハチェットと玉緒之大太刀を構えるのだった。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

●ねこさんこちら
 桜色のふわふわファーマフラーを首に巻き、ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)がご機嫌な足取りで向かう先は商業施設の裏手にあたる場所。
「随分機嫌がいいんだな」
 隣を歩く詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)がそう言うと、ララは春のような笑みを浮かべてイサを見上げる。
「だって、このマフラーとても暖かいんだもの」
 気分だってポカポカしてくるわ、とララがマフラーを撫で――動きを止めた。
「イサ」
「ララ、気を付けろ」
 二人の視線が向かう先は何処かの店舗の倉庫で、僅かに開いた扉からは猫の鳴声がしている。
「猫ちゃんがいるようね」
「そんな可愛いものだといいがな」
 そう言いながらイサが前に出て扉を開き、中へと入った。
「あら……可愛い笑顔の猫ちゃんたちがいるわよ」
「は? 可愛い? あれが!?」
 イサが苦虫を噛み潰したような顔をして、ララが言うところの可愛い猫……『シュレディンガーのねこ』を見遣る。それはありとあらゆる猫の怪異を集めたような猫達で、猫と呼んでもいいのかと思うようなものまでいるのだ。
「いるようで、いないような不思議な猫ちゃんだわ」
「聖女サマは、変わったご趣味をおもちのようで。俺には気味の悪い怪異……殲滅対象にしかみえねぇ」
 更に言えば、こちらを敵とみなしたのかシュレディンガーのねこ達は異様な鳴声で威嚇してきている。
「ねえ、イサ」
「何だ」
「猫ちゃん、撫でさせてくれるかしら?」
 ね? と見上げてくるララに一瞬呆気に取られたが、すぐに持ち直してイサが叫ぶ。
「ララ!」
 それはダメだという意味を込めて名を呼べば、ララが瞳をぱちりと瞬いて。
「ふふっ、わかっているわ。イサ――狩りの時間よ」
 ふわりと笑うと、まるで舞うような動きで駆けだした。
「さぁ、猫ちゃん。ララと鬼ごっこしましょうか」
「くっそ、聞いちゃいないな!」
 ララを守るのが役目だというのに、置いていかれるとはな! と腹立たしさもあるけれど、イサは彼女を援護するべくその後ろを追いながらシュレディンガーのねこに向かって牽制も兼ねたレーザー射撃を仕掛けた。
「つかまえた」
 無邪気な笑みを浮かべ、ララが神光が変じたカトラリー『窕』を手にして一気に踏み込み、シュレディンガーのねこを切断する。
『ギィナアアアア』
「逃げるなんて、いけないわ」
 距離を取ろうをしたシュレディンガーのねこに向かって、桜揺蕩う水晶鳥が変じたカトラリー『銀災』を突き刺した。
「ほら、燃えて」
 何もかも、燃やしてあげるとララが笑うとシュレディンガーのねこが生命力を増幅する能力を発揮しながら、ララに向かって攻撃の手を伸ばした。
「ララ! 冥海ノ泪──堕ちておいで」
 シュレディンガーのねこの攻撃がララに届くよりも早く、イサが彼女をその背に庇う。それと同時に敵に向かって能力を解放する。渦巻くそれはまるで冥海へと引き摺り込むようにして、シュレディンガーのねこを襲った。
「しかし……何度も回復するって面倒だな。早く仕留めないとだ」
 それにこの震動も、とイサが厄介そうに眉根を寄せる。
「イサったら……そんなの死ぬまで殺せばいいのよ」
 花一華の花吹雪で身を守りながら、切断したシュレディンガーのねこの欠片を口に運んだララが笑う。
「何度でも、斬って穿って焼いてしまえばいい」
 敵の欠片を口にしながら、ララがうっとりとした笑みを見せるから、イサは目を見開いて。
「……はは!」
 ゾッとする、と笑ったのである。
「あら、何か可笑しなことを言ったかしら」
「女神サマは本当に可愛い顔して血の気が多いことで」
 これが魔性か、と思わずにはいられない。聖女の貌をした、女神よ――と冥海の使徒は首を垂れた。
「いやね、当たり前のことでしょう?」
 さあ、言った通りに繰り返すのよ、と彼女が言うと桜色の牡丹一華の花嵐が舞い上がる。
「その通りだ!」
 花嵐に合わせるようにして、イサが津波を放てばシュレディンガーのねこ達は悲鳴を上げる間もなく飲み込まれていく。
「遊んであげるのは構わないけど、イサがくれたマフラーが汚れてしまわないといいのだけど」
 まるで公園で遊んでいるかのような口ぶりで、ララがそっとマフラーを撫でた。
「マフラー?」
 つい、イサも自分の首に巻かれたマフラーに指先で触れる。
「……そうだな。ララがくれたマフラーも、守らなきゃな」
「そうよ、マフラーもこの施設も守って帰るのよ」
 帰ったら、クリスマスだものとララが未来に思いを馳せるように微笑んだ。

泉・海瑠
黛・巳理

●ねこであり、ねこでなく
 クリスマスを目前にした買い物を楽しんで、そのままそぞろ歩いていればいつの間にか足が向いていたのは商業施設の裏手にある大きめの倉庫。薄く開かれた扉からは、猫の鳴声が聞こえていて聞いた者を誘っているかのようであった。
「……泉くん、猫だ」
「わーい猫がいるみたいですね、先生」
 猫、と嬉しそうな顔をしたのは泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)で、キラキラとした瞳を黛・巳理(深潭・h02486)に向けている。確かに猫というのは何処にでも入り込む生き物、倉庫に入り込んでいてもおかしくはないのだが――どうにも、気配が猫ではないなと巳理は思う。まあ、中に入って確かめればいいことだと、二人は倉庫の中に足を踏み入れた。
「猫……か?」
「……猫ってかキメラってか……?」
 二人が目にしたのは、猫か猫ではないかと言われれば、猫……? となるような怪異で、あらゆる空想上とされる猫の姿を寄せ集めたような猫達――『シュレディンガーのねこ』であった。
「猫……なら魚が好きか。やろう、珍しい魚を腹に入れると良い」
 存分に食え、とばかりに巳理が護霊を召喚すると、深海魚の魚影がシュレディンガーのねこ達に向かって遊泳すると、魚影はねこ達に纏わりつき、融合を開始する。
「美味いか? 私も魚は好きだ、煮付けが特に。泉くん、君は?」
 ねこ達が抵抗もむなしく融合されていく様子を眺めつつ、巳理が海瑠に聞いた。
「そうですね、昔はめっちゃ好きだったみたいですよ」
 まるで他人事のように海瑠が言うので、巳理が視線と瞬きだけでどういうことだろうかと問う。
「アハ、オレ十七以前の記憶ないんで」
 巳理の視線を敏く受け止めてそう言うと、更に言葉を続ける。
「ばーちゃんからの又聞きですけどね、全部」
 海瑠の横顔はいっそ飄々としていて、覚えていないことを受け入れているようにも見えた。
「ふむ、構わん」
「え?」
「探そう、君の『好物』を」
 好きなものなど、年齢によって変わるもの。それこそ、これから食べるものが一番の好物になることだってありえるのだから。
「……ふふ、ありがとう先生」
 可哀そうだと思うでもなく、ならば見つければいいと言ってくれる巳理の隣だからこそ、自分は自然体でいれるのかもしれないと海瑠が笑う。
「んじゃあ、今度先生のお勧めの煮付け食べさせてください」
「いいだろう、任せておけ」
 きっと、すごく美味しいものを食べさせてくれるのだろうなと海瑠が期待に満ちた瞳を巳理へと向けた。
「でも、その前に怪異を倒さないとですよね」
「そうだな。時に泉くん」
「はい?」
「生憎と私は生き物を『飼った』経験はないが……しかし―解剖の為の飼育経験ならばある。だが彼らの死は不明では無い。今も全てが私の知恵として生きている」
「はい」
 だが、と巳理はどこからともなく数を増やしながらこちらを窺っているシュレディンガーのねこ達を見遣る。
「猫擬き……お前達、死が分からないのではないな。希望と現実の入れ替えをヒトめいた妄想か」
 そこから生まれた怪異であるのかもしれない、怪異の成り立ちは様々あるのだから。
「しかし忘却とは『ヒト』の特権。この楽園において越権行為は罷りならない」
 この世界はお前達に脅かされる為にある楽園ではないと、巳理が言い放つ。巳理の瞳が怒りを露わにするのを海瑠は肌で感じ取り、同情する気はないが敵に向かって、あらら……と手を合わせた。
「お前が勝手に姿形を借り、命は還るものと知る彼ら動物を侮辱することを私は許さない」
「んー……そっかー……」
 なるほど、先生はそういう意味で怒ってるんだなと理解した海瑠がウォーミングアップでもするように手を振る。
「ウチの先生怒らせちゃったんなら、オレもガチで行くしかないねー。こういうのの積み重ねで凹んじゃったりするからさ」
 先手必勝、海瑠が増えつつあったシュレディンガーのねこに向かって一反木綿を召喚する。その数はシュレディンガーのねこを上回り、巳理を狙って駆けだしたねこを優先的に狙ってぐるぐるに巻き付いた。
「オレが一緒に居て、先生へ反撃なんて早々簡単にさせるわけないでしょ?」
 動きを止められた敵など的でしかないと、海瑠が素早い動きで跳躍しハチェットを用いて一匹ずつ丁寧に仕留めていく。しかしねこ達も怪異、反撃するべく生命力を増強させたり、長い鳴き声を放って海瑠を狙って激しい震動を与えたりと抵抗も激しい。
「生命力の増幅か、死が行き止まりなど詩人気取りも甚だしいな。泉くん、君もそうは思わないかね――……皮を剝がせば、アレは猫ではないかもしれないな」
 シュレディンガーのねこに向かって顎で指すと、フッと嘲笑するように巳理が笑う。恐ろしく様になる表情だなと思っていたら、話をこっちにふられて海瑠が驚いたような顔をして巳理を見る。
「……え? 考えたこともなかった」
 本当に、一度たりとも考えた事などなかったのだ。死は終わりだと、何も残さぬものだと思っていたから。
「両親の死も……オレが忘れちゃってても、オレの中に何か残してってんのかな」
 その答えに、今度は巳理が視線をやって、きょとんとしながら置いていかれた子どものような顔をした海瑠の頬を掴んだ。
「|へんへ?《せんせ》」
「私を見ろ」
 強制的な視線の誘導、そんなものがなくても目が離せないと思うような顔をして巳理が海瑠を諭すように言葉を紡ぐ。
「長く言葉を並べることこそ記憶の証拠だ。残りの講義は後程とする」
 わかったな、と指が頬を撫でながら離れていく。
「……はぁい。じゃあ講義は終わった後に!」
「言ったな、みっちり講義してやろう」
 ええー! と叫んだ海瑠に小さく笑い、巳理が忘れようとする力を発動する。
「――さて、君の傷は全て私が忘れよう。いつもの健康な君こそ私の記憶に眩いからな」
「はい! んじゃ一丁、化けの皮剥がしてみましょうか!」
 手にしたハチェットをぶんぶんと元気よく振り回し、巳理の援護があるなら余裕だとばかりに――残りのシュレディンガーのねこ達を倒しきったのであった。

第3章 ボス戦 『対処不能災厄『ネームレス・スワン』』


 シュレディンガーのねこ達がすっかり倒されていなくなった、その瞬間――ねこ達が開けたであろう窓の隙間より現れ出でたのは、対処不能災厄『ネームレス・スワン』であった。
 樹木の根が絡まり合ったような塊に石膏で出来たかのように見える頭が、まるで実が生るかのように幾つも連なり、そのどれもが血の涙を流している。
 対処不能とされた災厄が、いっそ無造作なまでに生えた幾つもの白い翼を震わせて、能力者達に向かって羽ばたこうとしていた。
金穂山・月雲

●一刀両断真っ二つ
 現れた対処不能災厄『ネームレス・スワン』を見上げ、金穂山・月雲(双災の片割れ・h00578)は手にした妖剣『|陽威《ひおどし》』へと語り掛けた。
「陽威、この相手ならどうだい?」
 これくらい強い相手ならば鞘から抜けてもいいだろう? と月雲が囁きながら鞘を撫でれば、今まで頑なに黙ったままだった刀がしゃらん、と音を立てた。
「うん、抜けそうだ」
 重畳、と笑って月雲がネームレス・スワンに向き合って、どこから斬ればいいかなと首を傾げる。
「沢山ある頭かな……ん?」
 ほんの少しの違和感に目を細めると、ネームレス・スワンの幾つもある頭部の唇が震え歌のようなものを紡いだかと思うと――もう一体のネームレス・スワンが顕現したではないか。
「……増えた」
 斬る対象が倍になったってことかな、と陽威を構えて腰を落とし居合の構えを取った。
「あれ? あ、願い?」
 頭の中に響く様にして、願いというワードが飛び込んでくる。
「ああ、これほっとくと向こうが願いを叶えちゃう奴だね?」
 無害な願いでなければ叶えられないようだけれど、敵が何を言うかはわからない。相手が願うより早く願ってしまえばこっちのものでは? と、月雲が増えた方へと声を掛けた。
「一般人が決してこの戦場に入らないようにしてくれ!」
 月雲の願いが叶ったのかどうかはわからなかったけれど、増えた方のネームレス・スワンが消えたのを確認して月雲が満足気に頷く。
「うんうん、ヒトは傷つけたら駄目だからね」
 万が一、ということもある。一般人がやってこれないようなったなら、何よりだ。
「それにしても……」
 見れば見るほど面白い形だねぇ、と居合の間合いに入ったネームレス・スワンの脊椎を鞘ごと振り抜いた衝撃波で斬り落としながら月雲が呟く。
「どうして頭と翼と脊椎を選んだんだろう」
 手足があった方が便利じゃないかな、とか気になるけれど今は重要なことではないなと思考を切り替える。
「おいで」
 太古より連綿と生き続ける神霊、古龍を纏い月雲が駆けた。
 軽い動きで地を蹴ると、ネームレス・スワンの翼を足掛かりに頭上へと飛び上がり、陽威の名を呼び鞘に手をかけ引き抜くべく力を込める。
「さぁ陽威、本領発揮だ――抜刀」
 しゃらん、しゃらん――しゃらん! 涼し気な音と共に抜けた刃がネームレス・スワン目掛けて振り下ろされると、まるで薄紙を切り裂くかのように巨躯が真っ二つに斬り落とされた。
「上から下まで真っ二つ、ってね」
 どさりと倒れる音を聞きながら、さっき斬り払った根っこのような部分を拾い上げる。
「これ、持って帰ってもいいかな。おやつにしたら美味しそうだよねぇ」
 無邪気にそう言い、月雲が人間災厄の顔をして笑った。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●沙汰は地獄より出で
 それが翼を羽ばたかせると、それぞれの頭部が悲鳴を上げながら二人の前へと降り立つ。広い倉庫が手狭に思えるような――対処不能災厄『ネームレス・スワン』を前にして、静寂・恭兵(花守り・h00274)は特に感慨もないような顔でアダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)に確認するように唇を開いた。
「あれが今回の|目的《ボス敵》って奴だな」
「……漸く現れたか。相も変わらず、悍ましい聲を上げているな」
 聞くに堪えぬというように、アダンが眉を顰める。
「それに、相変わらず悍ましい姿をしているが」
 ネームレス・スワンと対峙するのは初めてではない、何度も復活を遂げる敵なのだから当然と言えば当然なのだが。そうなると、新鮮な驚きのようなものは薄れていくもの。
「そう何度も同じ|リアクション《反応》をしてやる義理はないからな」
 一般人に被害が出る前に、さっさと倒してしまうのがいいだろうと恭兵がアダンを見遣る。その視線を受けて、アダンが恭兵に向かってフッと笑う。
「静寂よ、先程の戦いで身体は温まっているだろうな?」
「あぁ、先程の戦いで体は温まった。いつでも行けるぜ? アダン」
 猫との戯れなど、この敵を前にしてはウォーミングアップにしかならないと恭兵が拳銃を仕舞うと、腰に刷いた日本刀――静寂家の宝刀でもある曼荼羅の柄に手を掛けた。
「対処不能だとしても、俺達が引かせてみせる」
「嗚呼――何とも頼もしい限りだ、我が同盟者よ!」
 それでこそ、それでこそだとアダンが楽し気に笑うと、俺様もその心意気に応えてみせようとアダンが己の影を変形させて漆黒の高射砲を設置し、照準を敵へと定めた。
「では、此度の闘争の幕を開けるとしよう」
 鬨の声代わりとばかりに、アダンがネームレス・スワンに向かって一撃を放つ。その初弾はネームレス・スワンを狙うというよりは、目眩ましを狙いとしたもの。土煙が上がる中で、アダンが√能力を発動させると二対四枚の蠅の羽――|魔蠅の羽《エクリプス》を召喚する。そして二対四枚の蠅の羽がネームレス・スワン目掛けて発射され、更にその動きに合わせて高射砲の角度を調整して撃ち放つ。
「フハハハッ! 覇王たる俺様の真髄を目に焼き付けるが良い!」
 派手な砲撃を受けつつ、ネームレス・スワンがその頭部と脊髄、そして翼を増加させていく。
「ハッ、流石は対処不能災厄というべきか。だが……俺様ばかりに気を取られている場合か?」
 アダンが不敵に笑う視界の端に、曼荼羅に手を掛けた恭兵の姿が映る。派手に立ち回るアダンの側を抜け、土煙に紛れて居合の間合いへと入り込む、その姿が。
「そうとも、よそ見してる場合じゃないぜ?」
 挑発的に言う恭兵を狙い、ネームレス・スワンの脊髄が伸びる。
「其処はもう、俺の間合いだ」
 恭兵が跳躍したと同時にキィン、と冴えた音が響くと、目にも止まらぬ剣閃がネームレス・スワンの脊髄を斬り落とした。
『アアアアアアアアアアアアッ!』
 ネームレス・スワンの鈴生りになった頭部から狂気と絶望に満ちた叫びが上がるけれど、恭兵は僅かに目を細めて煙草に火を点けながら言い放つ。
「煩い叫び声だ……だが、戦闘に正気も狂気もないだろう?」
「ハハッ! 良い事を言うではないか、静寂! 闘争の狂気……実に素晴らしく、心地良いものよ!」
 狂気に浸食されぬわけではない、されどこれしきで発狂するほど生易しい世界にいるわけでもないと、二人は視線を交わすと再びネームレス・スワンに向かって容赦ない攻撃を仕掛けるのであった。

ルノ・カステヘルミ

●TPOとPTAは似てる気がする、語感が
「また変なの出てきたわと思ったら……」
 美貌の種族たるルノ・カステヘルミ(野良セレスティアル・h03080)が、渋い顔をしながら現れた対処不能災厄『ネームレス・スワン』を見遣る。
「苦悶の表情やめろ! 目の前に芋山盛りにされたかつての自分を見るようだ!」
 あっただろ、芋以外の選択肢! クリスマスやぞ!! 肉を食わせろ、肉を!! 結局あの後も肉って言いながら芋を盛り付けてきたんだよあいつらは!!! と、そこまで憤ってからルノはこれが自分の記憶なのかそうじゃないのかわからなくなってきて、渋い顔を更に渋くした。それでもイケメンなのはさすがセレスティアル、セレスティアルに生まれて良かった。
「いえ、過去のことは全然全くさっぱりこれっぽっちも思い出せませんけど!」
 多分あれだ、敵からの精神攻撃的なやつ、と自分を納得させてルノは詠唱だか怨嗟だかわからない早口でウィザードフレイムを創り出し、ネームレス・スワンに向けて放つ。
「馬鹿の一つ覚えみたいだって思ってるんでしょうけどね、これ以外よく分かんなかったんだよ!」
 読んでも読んでも、己が使える能力がよく分からない。百歩譲って楽園顕現はまだ分かる、楽園の叢檻はよく分かんないし読み仮名ふって欲しいけど。
「ここ、自然環境なんてないようなもんだし……人工環境だし。あと使ったら絶対回復しそうじゃないですか? 敵が」
 博打がすぎる、とルノが遠い目をする。
「更に言うと『神聖竜詠唱:誰も傷つける事のない願いを叶えて去ります』って何だよ!?」
 今戦闘中ですけど??? とルノがぽこぽこウィザードフレイムをこさえては敵に投げ付ける。半ば八つ当たりである。
「饅頭が美味しくなりますようにとでも願えってか!? この状況で!? ポカンとされるわ!」
 もう既にポカンとされているというか、困惑されている気はするが。
「いや待てよ……これ、敵も似たような能力を使ってくるんですよね……」
 お前だよ、目の前のお前、とルノが視線を向けた。
「今後の為に、どういう効果を齎すのか観察しておきますか」
 さぁ来い、とばかりにウィザードフレイムを投げ付けていると、何処からともなくもう一体のネームレス・スワンが現れる。
「何を願うんですかね、お花咲かせて去ったらこっちがポカンですけど……」
 前フリみたいな事をルノが言った瞬間、現れたのは芋の盛り合わせであった。
「うっ、頭が……っ! って、誰も傷つける事のない願いじゃなかったんですか!? めちゃくちゃ心を傷つけられてますけど!?」
 釈然としないまま、ルノはネームレス・スワンが倒れるまでひたすらにウィザードフレイムを投げ続けるのであった。

日宮・芥多
茶治・レモン

●無事にお家に帰るまで
「なんと言うか、神々しさや神聖さを履き違えたビジュアルをしていますね」
 シュレディンガーのねこ達が開けたであろう窓の隙間より現れた異形――対処不能災厄『ネームレス・スワン』を一目見て、茶治・レモン(魔女代行・h00071)が率直な感想を口にする。
 白い翼は百歩くらい譲って天使に見えなくもないし、背後に見える後輪のようなものも、千歩譲って神々しさがあるかもしれないけれど。それらの全てを裏切っているのが、血の涙を流し苦悶の表情を浮かべる白い頭部の数々と、そこから伸びる木の根のように張り巡らされた脊髄だ。
「人の趣味はそれぞれってやつですかね」
 十人十色って言いますし、と日宮・芥多(塵芥に帰す・h00070)が言いながら笑う。
「人じゃないですけどね。それはそれとして、帰ってまだやることがあるので、サクッとご退場頂きましょう」
「おや、魔女代行くんはまだやる事があるんですか? 奇遇ですね、俺もです!」
 また何か言いだした、とレモンがちらりと芥多を見上げる。
「ほら、奥さんへのプレゼント買っちゃったんで、早く渡したいからもう帰らないと」
「何言ってるんですか、あっ君は荷物係ですよ」
 今帰ったら、誰があの大量の荷物を持って帰るんですか、という目をしたレモンに向かって芥多が曖昧な笑みを浮かべた。
「一緒に頑張りましょうね」
「えー」
「……一緒に! 頑張りましょうね!」
 荷物を持つのは芥多だという強い意志を持って、レモンが言葉を重ねる。あと、一人だとネームレス・スワンを倒すのは骨なので。
「……なーんて嘘、嘘! 魔女代行くんも頑張るんなら、俺も一緒に頑張りますよ」
 大人なので! と胸を張った芥多にレモンがちょっとばかり胡乱な顔をしたけれど、敵は今にも飛び立とうとしている。一刻の猶予もないと判断したレモンは、聞かなかったことにして戦闘を開始する事にした。
「いきますよ、あっ君!」
「頑張りますけど、外しちゃったらすみません!」
 全くすまないと思っていなさそうなトーンで言い、芥多がシュレディンガーのねこ達と戦った時に使った血を有刺鉄線のように斧に絡みつかせると、敵に向かって一気に距離を詰める。
「そこは気合で当てて下さいね!」
「絶対に当てますよ、多分!」
「そんな語尾に知らんけどを付ける関西人みたいな事を言わないで下さい!」
 全く! と言いつつもレモンが芥多の動きをフォローするように魔法を発動させた。
「焦がれるは『生』への輝き、悦ぶは『死』への歪み」
 詠唱と共に現れたのは|闇を這うモノ《ナイトイォーカー》、その姿はまるで――。
「昆布のような、触手のような……」
「昆布の触手なんですか!?」
「いえ、植物です」
「じゃあ昆布じゃないですか!!」
「昆布は海藻ですよ、あっ君」
 芥多の言葉に冷静にツッコミつつ、レモンがネームレス・スワンの動きを阻害する。そしてその瞬間を逃さず、芥多が敵の懐に飛び込むように接敵し、塵芥を振るった。
「あ、当たりましたね」
 この能力、攻撃を外しても面白いのだと常々芥多は思っているのだが、寧ろ外れた方が面白いと思っているからなのか、外れる事があまりないのだ。
「俺が外して俺以外が不利益被るとか爆ウケです、そうは思いませんか魔女代行くん!」
「それ、僕も被りますよね? あっ君、分かってるかとは思いますが僕はここから動けないので……ちゃんと守って下さいね」
「……えっ」
「えっ」
 えっ? という顔をお互いがしている、そしてその後にどうして……という顔も。
「……僕のこと! 守ってくださいね!!」
「えっ、守る? 奥さん以外の人間を!?」
 気を取り直してもう一度言ったレモンに、迷わず答えた芥多の顔は純粋に疑問に思っている顔だ。間髪を容れずにレモンが言葉を続ける。
「当たり前でしょう、僕に拾ってもらった恩を忘れないで下さい!」
「いや確かにぶっ倒れてたのを助けてもらった恩はありますけども」
「それで充分理由になるでしょう! あなたが真人間になれる様、僕がしっかり見張ってますからね!」
「またナチュラルにクズ扱いしてくるけど否定できねぇ〜」
 否定ができないまま、芥多は頭部や脊髄、翼を増やして向かってくるネームレス・スワンを両断するべく、再び塵芥を振るうのであった。

香柄・鳰

●謳うなら吐息で
 なるほど、と香柄・鳰(玉緒御前・h00313)は対処不能災厄『ネームレス・スワン』を軽く見上げて呟く。
「この目にも解る異形、正に災厄たるお姿だこと」
 朧な紫色にも解るなんてありがたいことですね、と特段有難くもなさそうに鳰が溜息をつくように薄く唇を開いた。
 石膏のような頭が連なり、木の根のような脊髄が伸び、作り物のように白い翼が幾つも生えた災厄を前にして、鳰は怯むことなく大太刀の柄に手を掛ける。それに反応してか、ネームレス・スワンが狂気と絶望に満ちたような声で叫び出す。
「頭が痛くなるような声ですね」
 耳を塞ぎたくなるような金切り声に眉を顰めるけれど、鳰の手は依然柄に掛けられたまま。
「どうして耳を塞がないのか、と思っていますか? 生憎と、この手は貴方を切る為に必要ですからね」
 そう言い放ち、鳰が玉緒之大太刀を鞘から解き放つ。そして流れるような動きで、こちらに伸ばされた根のようなそれを斬り捨て、飛び立てぬようにと翼を斬り落とす。
 幸いなことに、この異形であれば視界に収めるのも容易いと鳰が頭部を狙って振るうと、ネームレス・スワンの絶叫が幾重にも響き渡る。
「嗚呼、耳が痛い。絶望を謳うのにそんな大きな声は要りませんのに」
 これみよがしな絶望ですこと、と目を細めて鳰が√能力を発動させる。手にした玉緒之大太刀が姿を変え、狂い刀――鳴鵠嬰児之咢が鳰の手に握られた。
「こちらの気狂いを狙っているのなら、無駄なことだとは思いますけれど」
 しかし油断は禁物、鳰が仕込み短刀に指を滑らせ、痛みをもって気を保つ。
「まだ戦いはこれからですもの」
 無様を晒すわけにはいきませんの、と狂刀を軽々と振るい、その切っ先を真白の翼へと突き立てた。
「折角のうつくしい白の翼だというのに、そんな滅茶苦茶に生やして……」
 動きも統一されていない、司令塔たる頭が複数あるからだろうか? それすら飾りなのかもしれないけれど。
「それでは自由に高く遥かへ、なんて羽ばたけやしませんよ」
 嗚呼、でも。
「何処へ行きたいかも分からないのだとしたら――それは少し、可哀想ね」
 ただ本能のままに災厄を撒き散らすだけの存在かもしれないけれど。そう思いながらも、鳰はほんの少しだけ憐みの瞳をネームレス・スワンに向けると、仮初の死を与える為に狂刀を振るうのだった。

ララ・キルシュネーテ
詠櫻・イサ

●籠の中の鳥は
 シュレディンガーのねこ達がいなくなったあと、それを待っていたのか痺れを切らしたのか。僅かな窓の隙間から這いずり出でた対処不能災厄『ネームレス・スワン』を見て、ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)がふふっと笑いながら詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)に向かって振り向いた。
「イサ、見て? 可愛い猫ちゃんがいなくなったと思ったら……隙間には大きいくらいの小鳥がいたわ」
 迷い込んだのかしら、とでも続けそうな声で言うのを聞きながら、イサはなんとも言えない顔をする。
「あれが小鳥とは……どう見たって、あらゆるものに狂気と災厄を与えるバケモノだ」
 相変わらず聖女サマは趣味が悪いと小さく溜息をつき、今にも飛び立とうと翼を蠢かせたネームレス・スワンを注視した。
「しってる?」
 そんな中でも、マイペースな……それでいて聞き逃すことを許さない声がイサの耳に響く。
「災厄はね、乗り越えるためにあるのよ」
「……乗り越える、か」
 ネームレス・スワンを視界に捉えたまま、イサがララの揺るぎないアネモネの相貌を見遣る。
「成程、頷ける」
 乗り越えた先にうまれた存在、いとしごなれば。
「じゃあ、乗り越えてみよう」
「ふふ、イサはいい子ね」
 軽やかに、鈴が鳴るかのようにララが笑って窕と銀災を構え――お前が合わせなさい、とばかりに駆け出した。
「ったく!」
 悪態をついても、イサが彼女に合わせて動くのは息をするよりも簡単なことだった。
「かごめかごめ、しましょうか」
 籠の中の鳥はいついつ出やる? と笑いながら、ララが窕と銀災に迦楼羅焔を纏わせる。
「きりきり舞いと踊ってちょうだい」
 ララを楽しませてちょうだいね、と自分よりもはるかに大きな災厄を見上げて笑う。
「聖女サマは無邪気なものだ……ララ、気をつけろよ」
「気をつけろって……大丈夫よイサ」
 イサの言葉にきょとんとしつつ、ララが蕩けるような笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「だってお前がついているじゃない」
 返ってきた言葉に今度はイサが虚を突かれる番で、ふはっと思わず笑ってしまうほど。
「お前は、ララが傷つくことをよしとしないでしょう?」
「……よくわかってるな」
 当たり前のことだわ、と当然のような顔をしてララがネームレス・スワンの翼を、頭を、まるで紙切れを切り裂く様に切断し、穿ち貫く。
「なら」
 信頼には応えなきゃならないな、とイサがネームレス・スワンに向かって能力を発動する。
「堕ちておいで」
 何よりも深く、深い、深淵へ誘う津波は悲鳴を紡ぐ頭部を穿ち、渦は飛び立てぬように翼を絡め取る。
「ふふ、とってもやりやすいわ」
 串刺しにする手をゆるめずに、ララがイサを褒めた。
「……別に、ララが斬りやすくなるようにってわけじゃないけど、な」
 結果的にそうなっただけで! と津波を放つイサに笑いながら、ララは更に解体してあげましょうと残った翼に狙いを定める。その瞬間、抵抗するようにネームレス・スワンの脊髄がララを狙って伸びた。
「ララ!」
 迷わずララの前に出たイサが脊髄の切っ先を手にした蛇腹剣で振り払い、鞭のような軌道を描いた刃が脊髄を切り裂く。
「いけない小鳥ね」
 花一華の|花吹雪《オーラ》で身を守りつつ、ララがお仕置きだと言わんばかりにネームレス・スワンを切り裂き穿った。
「あら」
「……増えた?」
 傷付きズタズタになりつつあるネームレス・スワンとは別のネームレス・スワンが突如現れたのを見て、二人が軽く顔を見合わせる。
「ふふ、願いを叶えてくれるの?」
「ララ」
「平気よ、害にならない願いでしょう?」
 そう言って、ララが願いを口にする。
「お前はそこでじっとしてて」
「! そうだ、何もするな、が願いだよ!」
 災厄が増えるなんてだれも望んでいないのだと、イサが叫ぶ。
「ええ、そうね」
 ただ見ていればいいのだと、ララがネームレス・スワンを切り刻む。
「頭も翼もつなぐものも、全部ララが切り刻んであげる」
 そうして、迦楼羅焔で何もかも焼却してしまいましょうとララが微笑んだ。
 その笑顔と攻撃を休めない動きはとても綺麗で、凄惨で、どうしたって見惚れてしまうとイサは思う。けれど、それに負けてはいられない。
「護衛だからな」
 ぽつりと呟き、イサが攻撃を畳み掛けるように冥海ノ泪で飛び立つことができぬように絡め取る。
「今だ、ララ!」
 その声に背を押され、ララが窕と銀災に纏わせた迦楼羅焔を燃え盛らせた。
「イサ、とっても頼もしいわよ?」
「そりゃあどうも、聖女サマ」
 本当よ? と笑うララの横顔は焔に照らされて――とても美しいと、イサは思うのだった。

コイン・スターフルーツ

●的は大きい方がいい
 シュレディンガーのねこを倒し、コイン・スターフルーツ(人間(√EDEN)の妖怪探偵・h00001)が小さく息をつく。
「ここまでの痕跡を追わなきゃ出てこないって、確かに用心深い!」
 これだけ用心深いからこそ密かに力をため込んできたのだろうと、窓の隙間からずるりと姿を現した対処不能災厄『ネームレス・スワン』の姿を見てコインは思う。
「でも、やっとその尻尾を掴んだ。あなたがこの事件の黒幕だね! 対処不能災厄――ネームレス・スワン!」
 コインの問いに答えるかのように、ネームレス・スワンの鈴生りになった頭部から不協和音のような悲鳴が響く。
「なるほど、この声で今まで人々を狂わせてきたんだね。でも、楽しいクリスマスシーズンに人々を狂わせるなんてもってのほか!」
 そんなことはこの私が許さないと、コインがポーチに手を掛けた。
「あなたを倒せば事件も解決、クリスマスを前にして楽しむ人々の安全も守られる……ってことで、最初から全力でいかせてもらうよ!」
 ポーチから取り出したソーダには『hit on』の文字があり、それを飲み干すとコインが√能力を発動させる。
「この大量の金貨から逃げられると思わないでね!」
 ネームレス・スワンに向かって降り注ぐのは数えきれないほどの金貨、それは激しい雨の如くネームレス・スワンの全身を打ち付ける。
「っていうか、大きくない?」
 出てきたの、あの窓の隙間だよね? と、コインが金貨の雨に打たれながらもコインを狙って伸びてきた脊髄の動きを殺すように弾き、まじまじと見上げた。
「わぁぁ、なんか増えた!? どっかに隠れてたのかな?」
 ネームレス・スワンの能力なのだろう、新たな個体が現れてコインは驚いたように距離を取る。
「やっぱり大きいし、なんか増えてるし、黒幕って感じ!」
 でも、とコインは怯むどころか笑みを浮かべてネームレス・スワンを見遣る。
「ふっふ、でもぜんぶをこの金貨の的にするから! さあさ、全力の攻撃で押しきっちゃうよ!」
 願いを叶えるとか叶えないとか、関係ないとばかりにコインが増えたネームレス・スワンごと更なる金貨を降り注がせた。
「この倉庫が金貨で埋まる前に、倒しきらなくっちゃね!」
 これが終わったら、もう一度あのクレープを食べに行くんだから! とコインが意気込んだ。

泉・海瑠
黛・巳理

●可能性は未知数ならば
 シュレディンガーのねこを倒したと一息つく暇もなく、僅かに開いた――それこそ猫が開けたかのような窓の隙間より現れたのは対処不能災厄『ネームレス・スワン』であった。
「うわー」
 その異形の姿に対し、思わずといった風に声を上げたのは泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)で、三つ編みに結んだひと房を揺らしながらネームレス・スワンを見上げる。
「名も無き者――……そうか、持たざる者」
 名が無いのではなく持たないことにより……と、黛・巳理(深潭・h02486)がブツブツと呟いてネームレス・スワンを海瑠と同じように見上げた。
「アレは厄介だな泉くん、それこそ恐らく『何者にでもなる』だろう」
「ですねぇ……ネコチャンに付随してやってくるにはちょっとばかり異形すぎですよ、あれ……」
 それともシュレディンガーのねこが先触れだったのか、と海璃が小さく唸る横で巳理がふむ、と頷く。
「よって対処不能の称号を得たと言ったところか」
 対処不能と言われるだけの力を持っているのだろう、鈴生りになった石膏のような頭部に木の根が絡んだようにも見える脊髄、そしてあちこちに生えた白い翼――悍ましくも神々しさを感じさせるような姿は伊達ではないということだ。
「対処不能……って、『今までの人では』ってことですよね」
「……そうとも言うな」
 海璃の言葉に、巳理が確かにと頷く。
「なら、僕達の『可能性』は、まだ残ってます」
 ね! と、屈託のない笑みを浮かべて海璃が言うと、その言葉に確かにそうだなと巳理が頷いた。
「証明してみせるしかないな」
「はい! ま、とりあえず先生に傷負わせるワケにはいかないんで、巳理先生は後ろにいてください」
 笑顔でそう言われ、巳理が数度目を瞬かせてからむぅっとした顔をして見せる。
「まあまあ、こういうのはオレの役目ということで!」
 ひらひらと手を振ったかと思えば、海璃が足音すらも立てずに敵に向かって駆け出した。その動きには無駄がなく、巳理と話をしている間も倉庫全体の気配を探り、ネームレス・スワンの位置と間合いを把握していたのだろう。渋々後ろに下がった巳理が感心するような声を上げたのを背で聞きながら、敵の死角を取った海璃が軽やかに――まるで楽団を指揮をするかのように両腕を振るった。
「図体大きくて死角取りやすくて良いなぁ」
 ひぅん、と空気を切るような音と共に、ネームレス・スワンの動きが止まる。
「これ、木の根かな? 血管かな? まぁなんだっていいや」
 愛用しているメスを手にし、海璃がどこからバラそうかと目を細めた。
「ここ、それからこっちかな」
 どうすれば解体できるかなんて、知っていて当然――そんな動きで海璃がメスを振るう。その様子を眺めながら、巳理が海璃の手際の良さに小さく手を叩く。
「ふむ、泉くんは人体構造への造詣が深いな」
 人ならざるものであっても、頭が付けば背骨構造と付随する肋骨が存在すると巳理が視線だけでネームレス・スワンの構造を追う。
「そしてあの翼も無軌道なようで骨格構造的には繋がる関節がある……なら次の講義は解剖論より精神解析論の方が為になりそうだ」
 海璃の為の講義内容を組み立てつつ、巳理は何かあったときに対処しやすいようにと彼の動きと敵の動きを目で追い続ける。
「え、頭とかまだ増えんの?」
 解体作業を進めていた海璃がネームレス・スワンの頭部や脊髄、翼が増えるのを目にしてうわぁ、と声を漏らした。
「でもま、捕食だの貫通だの蹂躙だの……動けなきゃ全部なんの役にも立たないよね」
 目視が困難なほどに極細の鋼線を操り、海璃が増えた分も動きを封じていく。
「ごめんね、キミも色々あったのかもしれないけど先生の前に立ち塞がった時点で、オレの敵だから」
 事情があろうがなかろうが、容赦はしない。バイバイ、と小さく囁いて止めを刺すべくメスを振るう海璃の隙を突くかのように、ネームレス・スワンの脊髄が巳理へと魔の手を伸ばす。
 チッ、という舌打ちが聞こえたかと思うと、まるで番犬のように海璃が巳理に伸びた脊髄を左手で払いのけ、なおも縋るように迫るそれをメスで切り裂いた。
「何、勝手にひとん家の先生に手ぇ出そうとしてんの?」
 唇の動きだけで『殺すよ』と海璃が言えば、その殺気を感じたのかネームレス・スワンが更に脊髄を伸ばそうとする。
「先生、大丈夫ですか!?」
 メスを振るいながら、背に庇った巳理に怪我がないかと海璃が問う。
「泉くん、私は姫君ではないが」
「え、そんなの知ってますけど」
「ならば、それほど過保護に守ることもないだろう」
「……? 適材適所ですよ?」
「ふむ、この件に関しては議論の余地があるな」
 守られる価値などないだろう、たかだか上司であるというだけで――というのが巳理の見解だ。
「それに関しては論破する自信がありますよ」
 なんて言う間にも、ネームレス・スワンが二人を排除しようと狂気と絶望に満ちた叫びを放つ。
「――人を狂わせる叫び、か。だがその口が何かを喰っていれば、叫べるのだろうか」
 淡々と、まるで自問自答するかのように巳理が考察を口にする。
「翼が叫ぶ? 論外だ、飛行に特化した役割に口、喉、声帯は発生しない。頭が? 知っているか、その口は何かを喰らうためにある」
 なら――。
「腹に入れたものを顧みる者など、そういない。だが『喰らう』こと――その罪を知りたまえ」
 巳理が放ったアンプルが床に落ちると共に割れ、中から胆礬が溶けた青い水が溢れ出し鰯の群れへと姿を変えた。それは巳理の周囲を回遊し、新たな武器を生み出して。
「致死量の毒だ、思う存分喰らいたまえ」
 その悲鳴は毒によるものか、それとも苦痛か。巳理の能力に合わせ、海璃のメスが白銀の煌きを放ちながらネームレス・スワンの全てを解体し、その脅威を退けた。
「先生、怪我はないですか? ――んぐ」
「怪我をしているのは私ではなく泉くんだろう」
 人魚の涙飴を有無を言わさず口の中に放り込まれ、海璃が目を瞬く。
「飴……?」
「なに、至極真っ当な塩飴だとも。動いた君にはその塩分と糖分が必要だろう?」
 そう言う間にも、傷の痛みが引いていくのを感じて海璃が己の傷に視線を落とす。まるで最初からなかったかのように、傷が消えていく。
「ふふ、ありがとうございます、巳理先生!」
 海璃が屈託のない笑みを浮かべて礼を言うのに頷き、巳理が用事が済んだならば帰るとしようと倉庫の扉へと向かう。
「帰ったらクリスマスの飾りつけしないとですね」
「そうだな」
 非日常から日常へ戻る為、√能力者達は倉庫を後にしたのであった。

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