栄光ある戦いを、始めようではないか!
●作戦会議室(ブリーフィングルーム)
「√ウォーゾーンの戦闘機械どもが、√EDENに攻め入ってきた。これは由々しき事態だ」
綾咲・アンジェリカ(人間(√ウォーゾーン)の決戦型WZ「カリギュラ」・h02516)は眩しく輝く金の髪をかき上げたのち、卓に両手をついた。左右に視線を巡らせて、一同を見渡す。
「もちろん、これを見逃すわけにはいかない。諸君らには、すぐに迎撃に向かってもらおう」
アンジェリカが示したモニターには、敵の侵攻が矢印で表示されている。
「敵の先鋒は、バトラクス。すでに町の外縁にまで到達している」
アンジェリカの指先は、町の外縁を流れる川を指していた。
「敵は川を渡り、町へと侵入しようとしている。できれば、ビル群に入り込まれる前、河川敷で撃破したい」
河川敷には草野球に利用されているグラウンドがあり、確かにここならば見通しもよく周辺への被害も抑えられるであろう。
「迅速に撃破できれば、敵がビル群に侵入する前に、この隊を指揮する統率官ゼーロットまで到達できるだろう。
さもなければ、敵の後続部隊にビル群への侵入を許すことになる。都市部に紛れられると、少々厄介だ」
集まったひとりが「もし紛れた場合は?」と問うてきた。
アンジェリカは苦笑交じりに金色の髪を弄びながら、
「避難はすでに始まっている。しかし、まだ逃げ切れていない者もいるだろう。彼らも『資源』とされるかもしれない。彼らが連れ去られるのを、諸君らは看過するだろうか?」
無論、一同は首を振る。
「そのとおりだ! 彼らを救うのは、我々√能力者にしか出来ないことだ。
町への損害はなるべく避けたい……が、戦闘機械どもを見逃すなど、ありえない! 敵がビル群に紛れた場合であっても、我々はこれをすべて撃破するのだ!」
口の端を持ち上げて自信満々の笑みを浮かべたアンジェリカは、再び一同を見渡した。
「我々の前に姿を表したことを、存分に後悔させてやるとしよう。
さぁ、諸君! 栄光ある戦いを、始めようではないか!」
アンジェリカは声を張り上げ、その右手を、白い手袋に包まれた拳を、高々と掲げた。
●√EDEN、町の外縁
大きさは人間並みである。しかし、駆動音を響かせて町へと迫っている者どもこそ、√ウォーゾーンの尖兵バトラクスどもである。
バトラクスどもは時折左右を窺うようにしながら、前進を続ける。
戦闘機械群の前には、大きな川が横たわっていた。両岸を繋ぐ橋も、いつもは交通量が多いが今は1台の車も通っていない。
町は、間もなくであった。
第1章 集団戦 『バトラクス』

「おー、ずいぶんと集まったものでありますな!」
ベル・アハトは決戦型WZ『エクスキューショナー』のコックピットから半身を出して、対岸から迫ってくるバトラクスどもを見渡した。おもわず歓声を上げる。
「確かに、町に入られては厄介。今のうちに殲滅したいものでありますな!」
ハッチを閉じ、その身をWZの中に沈めるベル。WZの駆動音が耳に心地よい。
敵群の一部は、両岸を繋ぐ橋へと殺到している。
「密集したあそこを、狙っていきますぞ!」
WZは一気に速度を上げてバトラクスどもの群へと迫る。腰だめにしたショットガンからは無数の弾丸が放たれて、バトラクスどもの装甲に食い込んでいく。
敵中に飛び込んだベルは強烈な蹴りを放った。脚部を破壊された敵機はよろめいて擱座し、そこにさらにショットガンを叩き込む。
先手を打たれたバトラクスどもだが、すぐに迎撃の構えを見せてきた。右肩の砲塔が次々とベルに狙いを定める。
「そう簡単に喰らいはしませんぞ!」
先頭の1機に狙いを定めたベルはその砲塔を片腕で押しのけつつ、
「パイルバンカーは浪漫……と、古事記にも書いてありますぞ! 喰らえ~ッ、メテオなんとか~ッ!」
逆の手に装着されたパイルバンカーを叩きつけた。
パイルバンカーが敵の胴を貫通する勢いに任せ、ベルはそのまま敵とともに橋の欄干を乗り越え、川へと飛びこむ。
「生身じゃないと楽でいいですなー」
一仕事終えたと、うっかりハッチを開けたのは失敗で。
「あああ! コックピットに水がぁぁぁ!」
「これは……止めなきゃね」
敵は橋を渡ることを諦め、渡河を開始した。杉崎・ひなのはわずかに、本当にわずかに眉を寄せ、敵群を睥睨する。
町が破壊され、住民が連れ去られるのを見過ごすわけにはいかない。
なにより……まなみに、もしものことがあってはいけない。
川の深さは、せいぜい2、3メートル。バトラクスどもはさほど手こずる様子もなく川を渡ってくる。
「私のできることで防げるなら、なんでもするわ」
ひなのは鉄拵えの黒鞘から『無銘の刀』を抜き、招集していた6体の素体とともに敵群を迎え撃つ。
浮遊する6本の刀は次々に襲いかかり、バトラクスの丸い装甲を深々と貫いた。
「ビービーッ!」
警告音とともにバトラクスどもは機銃を向けてくる。無数の弾丸がひなのと、それを庇わんとした刀たちに襲いかかった。
が、すぐに銃弾は途切れた。
ひなのが招集できる素体は合わせて12体。すなわち残りの6体を、ひなのは敵の背後へと回していたのである。刀は機銃を根本から断ち切り、敵はバチバチと火花を散らしてよろめいた。そこにもう一振りが襲いかかり、人間であれば頭蓋を叩き割るように、大上段から装甲を打ち砕く。
「……当たって!」
2刀は敵が左右に構えたキャノン砲と爆弾を貫く。飛び散った火花が炸薬に誘爆し、敵は僚機を巻き込みつつ吹き飛んだ。
残念ながら、こちらの被害もゼロではない。機銃を受けたときだろうか。一振りの刀が、折れていた。
それを胸に抱き、ひなのは呟く。
「ごめんね……また、用意するから」
その言葉に、自身が驚いた。以前なら、ただの消耗品として素体を操っていたのに。
すぐに理由に気がついた。ひなのにとってかけがえのない存在、そのおかげであることを。
√能力者たちの猛攻でおびただしい被害を出しながらも、バトラクスどもは河川敷を乗り越えてビル群へと突入した。
「ま、かえって好都合というものだ。自分にとってはね」
ビルの陰から、石動・悠希は『マルチツールガン』の引き金を引いた。光線は敵へと一直線に伸び、脚部を貫いて擱座させる。
「ビビッ!」
敵は警戒音を発しつつ爆弾を発射したが、すでに悠希は位置を変えている。爆煙が流れた後はアスファルトが砕け、街路樹がへし折れているだけである。
「……外装に多少の損傷。が、作戦行動に問題はなし」
二の腕を見下ろした悠希はすぐさま銃を構え直し、次のバトラクスへと狙いを定めた。飛んできた破片が当たったのだろう。人間で言うなら、多少の切り傷がついた程度である。
乗り捨てられた車のボンネットからわずかに身を現して、再び引き金を引く。敵は咄嗟に身を翻し直撃はさせられなかったが、光線はバトラクスの砲塔に命中してそれを歪ませた。
しかし、敵はまだ残っている。
こちらの姿を認めたバトラクスが、飛びかかってきた。至近距離から、自身が巻き込まれることも厭わず爆弾を放つつもりか。
悠希も応じて間合いを詰める。銃撃でその出足を止めたのち、強化腕を伸ばして敵の脚部を引き裂いた。
「ッ!」
すぐさま身を屈める。そのすぐ頭上を、放たれた爆弾が通り過ぎた。爆弾は先ほど身を隠していた車に命中し、激しい炎が上がる。
その敵にとどめを刺した悠希は残骸を見下ろし、
「……使えそうな物が残っていればいいけれど」
後でゆっくり、解析してやろう。目新しい機能なり使えそうな部品なり、見つかればいいのだが。
ともあれ、今は残敵を掃討することが先決である。
バトラクスどもは√能力者たちの攻撃を受けて破壊され、あちこちで残骸を晒している。
しかし。
「うわ、もう入ってきとるやん!」
片町・真澄(爆音むらさき・h01324)が慌てたように、残存する機体はビル群に侵入を始めていた。
「ひぃ……!」
「慌てんでもえぇよ。ここは引き受けるから、落ち着いて逃げて」
ビルのひとつからスーツ姿の男が数人、駆け出してきた。逃げ遅れた彼らの背中を守るように車道に立つ真澄は、交差点を曲がって現れたバトラクスを認めた。
敵がキャノン砲を発射する。乗り捨てられた宅配便のトラックが吹き飛び、それに激突された信号がへし折れた。
「よけいな破壊、しよるわ!」
真澄は敵の進路に立ちはだかるように、ダッシュして飛び出す。
「ビビッ!」
敵もすぐさま気付いて砲塔を巡らせようとするが、
「遅いわ!」
真澄はアームカバーをはめた右手に鉄パイプを握りしめている。体勢低く飛び込めば、鉄パイプは地面と擦れて火花を散らした。
いや、火花どころではない。
「掣肘しろ、"三番"!」
地を摺りながら薙ぎ払われた鉄パイプは、凄まじい衝撃波を生み出してバトラクスどもを吹き飛ばした。
それでもまだ、稼働し続けている戦闘機械は残っていたが、
「あとは片ッ端から、この棒でぶっ叩いていくだけや! ちょっとばかしガンガン騒がしなんで!」
鉄パイプを握りしめ直し、敵へと躍りかかる真澄。
だが、その激しい音が鳴り響いたのはごく僅かな間だけであった。あとには、戦闘機械どもの残骸が積み上がるのみ。
第2章 ボス戦 『統率官『ゼーロット』』

「なんだと! 先行させたバトラクスどもが全滅? えぇい、ならばシュライクどもを……!」
喚いていた統率官『ゼーロット』であったが、その眼前に杉崎・ひなの(しがない鍛冶師・h00171)が立ちはだかる。
「他の戦闘機械に邪魔されるわけにはいかないわ。あなたが頭……ね」
足元に転がるバトラクスの破片を爪先で蹴りつつ、ひなのは隊列を組ませた素体たちとともにゼーロットを見据えた。
「むむ……!」
ゼーロットに表情なるものはない。それでも、敵の狼狽は見て取れた。
だが、すぐに敵は気を取り直して、こちらを殺めんと襲いかかってくる。反り返って突き出した腹で妖しく光るのは、ビームの砲口である。
「喰らえッ!」
乱射されるビーム。ひなのは地を駆け、『無銘の刀』で閃光を弾きつつ逃れる。凄まじい連射に幾度か肌を焼かれたが、怯みはしない。
あんなヤツに町の人たちを……まなみを攫われるワケには、いかない。
「ははは! 肉の塊など、ものの数ではないな」
勢いづいたゼーロットは、外套の中に手を突っ込んだ。その手に装着されていたのは、刺突剣にも似た刃である。
「武器を生み出した? ……どういうこと?」
敵が繰り出してくる突きを刀で弾いたひなのであったが、なんと敵の刃は同時に銃身でもあった。そこから、閃光が放たれる。
咄嗟に身を伏せ、閃光は肩をかすめるだけで終わった。逆に、ひなのの刀に弾かれたせいで歪みでもあったのか、刺突剣が爆発する。
「ぎゃあッ!」
「なるほど、そういう仕組みですか」
見たばかりの敵の兵装を複製してみようと目をこらす、ひなの。
とはいえ、確かに耐久性には問題がありそうであり、改良するとしても……まぁ、それは後の話か。
やはり、頼みとするべきは。
素体たちが円陣を組んでひなのを守るように囲む。その間に、ひなのはそこに魔力を注ぎ込んだ。
「……いきます」
素体たちは鋭い刃となって、陽光を反射して煌めく。それらは踊るように四方八方からゼーロットに襲いかかり、その全身を斬り裂いた。
「おおおッ!」
あちこちから火花を散らし機械油を噴出させながら、ゼーロットは叫ぶ。
「√EDENでのインビジブル簒奪を防止すれば、√ウォーゾーンの状況をこれ以上悪化させないことに繋がります。
ひとつでも多くの√の存続可能性を高める……それが私たちの共通の目的です」
「そういうことだね」
深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)の呟きに、石動・悠希(ベルセルクマシンの戦線工兵・h00642)は『アサルトウェポン(MP5-typeB)』を構え直しながら応じた。
「先の戦闘で残骸を解析した結果だけど……あれが指揮官で間違いないだろう。見るからにもね」
悠希の視線の先に、バチバチと火花を散らしている統率官『ゼーロット』の姿があった。
「生肉ごときが、邪魔をしおって!」
敵は喚きながら反り返り、ビームの砲口を露わにした。
「生肉って……」
ベルセルクマシンである自分、そして電脳化義体サイボーグの深雪は、相手にとってどういう扱いになるのだろうか? 生身にせよなんにせよ、相手が言うところの『資源』がやってきたという感じかもしれないが。
「まぁ……同じように戦うだけですよ」
身をかがめ、悠希は駆け出した。あちこちに転がるバトラクスどもの残骸や町の瓦礫などを遮蔽物にして、襲いかかる『スマッシュビーム』を避ける。
深雪もまた、悠希とで敵を押し包むように逆方向へと駆けた。避けきれなかったビームをいくらか浴びたが、敵のそれは手数こそ多いが出力はさほど高くない。展開したエネルギーバリアの表面で弾けるにとどまった。
すかさずバトラクスの残骸から身を起こした悠希が、引き金を引く。放たれた銃弾は統率官へと襲いかかり、その全身で弾けた。
が。
「小賢しい連中め!」
敵は多少の損傷など意に介さず、ひたすらにビームを放つ。すぐに身を隠した悠希は、
「ちと、火力が物足りないかな。ただの撃ち合いだと、こっちがジリ貧になりそうだ」
苦い顔をしつつも弾倉を入れ替え、身を隠したまま移動して死角から弾幕を張る。
「敵が乱射したあとには、一瞬の隙があるだろう。そこに肉薄すれば、有効打を与えられるはず」
「はい。完全に回避は困難でしょうが……ならば、回避が不要となる戦術を用いるのみです」
ビームの斉射が止んだ。
その一瞬に、悠希が再び弾幕を張り、その中を深雪が飛び込む。再び放たれたビームがエネルギーバリアで弾け、防ぎきれなかったものが深雪を焼くが、深雪は構わずに籠手に装着した『ワイヤークロー』を伸ばした。
「グアアッ!」
それは敵の肩に喰らいつき、腕を根本からへし折る。
「ここは、あなたたちの楽園ではありません。即刻退去してください」
『戦線工兵用鎖鋸』が叩きつけられ、力なく垂れ下がった腕は斬り飛ばされて宙を飛んだ。
「いよいよボスのお出ましでありますな! 腕が鳴るというものですぞ!」
バトラクスどもを蹴散らしたベル・アハト(特式八型アハトアハト・h00251)は統率官『ゼーロット』の姿を捉え、歓声を上げた。
「おおおッ!」
ゼーロットは腕のあったところを押さえながら、よろめいている。
「よしよし、思ったよりさらッと済んでるみたいやな」
片町・真澄(爆音むらさき・h01324)は満足げに頷きながら、『丁度いい感じの鉄パイプ』をトン、トンと肩に当てた。
「調子に乗りおって、生肉どもが!」
ゼーロットの腕のあったところが、蠢いている。いや、小さな蟲のように見えたのは微細な部品で、それは瞬く間に腕を復活させた。それそのものが砲身となっている、腕に。
「肉片も残さず砕け散れッ!」
閃光が辺りを包み、打ち捨てられていた乗用車が爆発、炎上する。
「逃げるな!」
「そう言われてもな……あれはビーム砲、でえぇんか?」
「ですな。威力はなかなかですぞ!」
真澄とベルは向けられる砲口から慌てて身を翻しつつも、敵の様子をしっかりと窺う。
「新しい兵装を用意したとはいえ、しょせんはその場しのぎの付け焼き刃でござりますぞー!」
と、ベルはWZの出力を上げて瓦礫から飛び出した。
「頼もしいね。援護するわ」
真澄も、拳銃を構えて飛び出す。
「セーフティをレベル1まで限定解除します。 執行モード『エクスキューショナー』起動。 対象を完全排除します」
コックピットに機械音声が響く。真紅の噴射炎を吐きつつ、WZが駆ける。ショットガンの弾丸が、敵といいアスファルトといい、各所で爆ぜた。
飛び込むベルに向けて、敵はビームを放った。ベルはフォースシールドでそれを弾きつつ、なおも間合いを詰める。
「付き合ってもらいますぞ、ぶッ壊れるまで殴り合う消耗戦を……あッ、拙者は殴るではなく、蹴りでござったな!」
「どうでもよいわ、そんなことは!」
「それより、ウチの相手もしてもらえへん?」
敵がベルに狙いをつけようとするところを、真澄が飛び出した。敵はとっさに、真澄に狙いを変える。
それよりも速く、真澄の放った弾丸が命中した。込められていたのは専用の強化音響弾である。命中した弾丸は凄まじい音量をあげて爆ぜ、集音部を破壊されたゼーロットはのけぞった。
そのゼーロットには、真澄の打つ柏手の音は聞こえない。
「差し響け、"五番"!」
その音とともに、機械の身体の芯まで響く衝撃波が襲いかかる。敵の装甲があちこちでねじ曲がった。
「さぁ、ちゃんとえぇ感じに決めてや!」
「では、トドメは拙者にやらせていただきますぞー!」
「くそッ!」
敵はもう一度ビームを放とうとしたが……真澄が放った衝撃波によって機構に歪みができていたものか、それは根本……肩から爆散した。
放たれたWZの蹴りが、統率官の頭部を吹き飛ばした。
第3章 日常 『食べ放題に行こう』

イギリス料理は不味いと、口さがない者は言う。
曰く、どんな辺境の粗食でも本国よりマシだったおかげで世界を征服できただの、神は多様な食材をイギリスに与えたが悪魔が料理人を送りつけただの。多少マシなのはフィッシュ・アンド・チップスくらいのものだ、などと。
しかし、そのフィッシュ・アンド・チップスである。
「わぁ!」
杉崎・まなみ(ひなののAnker・h00662)は歓声を上げた。
「うちのは大きいですよ」
と、店長が言ったとおり。30センチはあるのではなかろうかというフライに、山盛りのチップスが添えられている。
「たしかに、これならふたりで分けたので十分ね」
と、杉崎・ひなの(しがない鍛冶師・h00171)は取り皿をまなみに手渡した。
緩んでいるまなみの顔を見つめつつ、ひなのは目を細める。
「ひとまずなんとかなったわね」
戦いを終えたひなのが食事に誘った時は、
「うん! いくいく! 楽しみ~!」
と、はしゃいでいたくせに。いざアンジェリカに紹介された店に着くや、すっかり気後れして。
「お、お邪魔します……」
と、ひなのの袖をつまんで席まで移動したのである。
「だって。こんなお洒落なお店、あんまり来たことないから」
そう言って「もう!」と頬をふくらませるまなみの仕草も、また愛おしい。
「そんなことより、食べよう!」
「そうね」
フォークで口に運んだ白身魚は、ふっくらとした舌触り。豊かな味わいが口中を満たしていく。
「おぉ~」
ふたりがそれぞれに感嘆の声を上げる。わずかに感じる苦みは、衣に使われているラガーのせいだろうか。
皿の中身はあっという間に減っていく。
それにしても……今回の戦いで得られたものは、多かった。チップスを飲み込みながら、ひなのは先の戦いを思い出していた。
「……ゼーロットの使っていた刺突剣、帰ったら打ってみよう」
「ひなのちゃん?」
気づけば、まなみがこちらを見つめている。
「聞いてる? 上の空で……考え事してるのかな?」
「……ごめん、気が逸れてた」
するとまなみは、「ちょっと意地悪してみちゃった」とばかりにニッコリと笑う。
「ほかにも頼もう!」
「そうね」
運ばれてくる料理のひとつひとつに、まなみはいちいち「うわ~!」と反応しつつ、満面の笑顔を浮かべながら食べていく。
「だって美味しいし……ひなのちゃんも、嬉しそうだもん」
「そっか……」
ひなのも笑う。身体が軽くなるのを感じる。これが、疲れが飛ぶということなのか。
皿がすべて空になっても、ふたりの談笑は続いていた。
「あぁ……タダ飯。なんという甘美な響き……!」
ベル・アハト(特式八型アハトアハト・h00251)はほくそ笑みながら、
「ローストビーフとヨークシャー・プディング、それにコテージパイも食べてみたいですなー♪」
などと、次々と注文をしていった。
が。
石動・悠希(ベルセルクマシンの戦線工兵・h00642)が怪訝そうに首を傾げる。
「……タダじゃないよ」
「え」
「いや、確かに食べ放題~とは言われたけど。タダ飯とは聞いてない。
だよねぇ?」
「そうですね」
悠希に水を向けられた深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)はメニューを見たままで、
「ベルさんと同じものを。それにスコッチエッグと、やはりフィッシュ・アンド・チップスは欠かせません」
と、更に注文を追加する。
「こちらのお品は追加料金となりますが?」
「えぇ、お願いします」
「あ、ちょ……!」
ベルが慌てて注文を取り消そうとしたが、注文を受けた店員はさっさと席を離れ、代わりに爽やかな笑みとともに、先ほどの注文を運んできた。
「どうぞ」
「ど、どうも……!」
引きつった笑みを返すベル。
「修理代と弾薬代を差し引いたら、何かもう赤い伝票しか残らないというのに……誰でありますかな、フィールド任せで突撃突撃してたのはー……拙者ですぞー!」
「ぐはぁ!」と血(?)を吐くベル。
「まぁまぁ。クセが強いイメージがあるイギリス料理ですけれど、なかなか美味しいですよ。
√ウォーゾーンの戦闘糧食よりも、遥かに」
深雪は一足先に料理に手を付け始めている。
「ちがいないね」
立ち上るベルガモットの芳香を楽しみながら、紅茶のカップを傾ける悠希。
「なるほど……各人の好みで味を調節してもいいのですね」
ホースラディッシュをたっぷり載せたローストビーフをもぐもぐと飲み込んだ深雪は、スコッチエッグにも取り掛かる。これら肉の味をひとしきり楽しんだら、今度はプディングとポテトで目先を変えてみるのもよい。するとコテージパイの味も、ひとしお美味しく感じる。
「たしかに和食やフランス料理のような繊細さには欠けるのかもしれませんが、これはこれで。
戦いに疲れた身体は、これを喜んでいるようです」
悠希が、次々と空になっていく皿を見ながらため息を付いた。
「……よく食べるなぁ」
「悠希さんは、それだけですか?」
深雪が視線を向けた先、悠希の前にあるのは、紅茶のカップとトライフルだけである。
「足ります? ……あ、私にもトライフルを」
悠希は苦笑する。
「むしろ、これでも多いくらいだよ? エネルギー効率が良すぎると、1日3食食べても無駄だからね」
そう言ってフォークでトライフルをつつき、口に運ぶ。量は食べないが、濃厚なカスタードクリームが快いのは確かである。
「それは羨ましいような、羨ましくないような……でも、今の財布的には羨ましいですぞー!」
すぐに数え終わった財布の中身を繰り返し唱えながら、ベルが嘆く。
「そのあたり、パッと見が人間でもベルセルクマシンだからね。だいぶ違うところと言えるでしょう」
肩をすくめた悠希はベルに、
「戦いが終わって、せっかく集まってるんだ。覚悟を決めて、食事を楽しんだらどう?
さぁ宴、宴……宴かな、これ?」
「えぇ、こうなったらもう宴ですぞー!」
ヤケっぱちに、ベルは卓上の料理に手を付け始めた。
「くぅー、染みるでありますな!」
財布は痛いが、料理は美味い。
「ささ、皆様。まずは一献。これが勝利の美酒というものですぞー♪」
ベルは悠希と深雪、そしてひなのとまなみのテーブルにまで行って、瓶でもらったグレープジュースを注いで回る。
「酒じゃないし。……まぁ一応、乾杯といこうか」
悠希がグラスを掲げると、皆も笑顔を向けながら、静かにグラスを持ち上げた。
戦いは、終わった。√能力者たちの、ささやかな勝利の宴であった。