シナリオ

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【王権決死戦】◇天使化事変◇第1章『射手は矢を番える』

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 星が未来を告げる。
 はるか遠くから瞬き、線を結んだ。

 ―—塔の頂で、|劍《つるぎ》が振るわれる。
 ——どこまでも広がるのは天使の輪。
 ―—血を辿った先に、かつての王が立ちはだかった。

 √汎神解剖機関。地中海沿岸部のとある町。
 潮風に晒され、錆びた鉄骨に支えられる家屋が立ち並ぶ隅で、ゴミ山に遮られて航路を失った船があった。
 その上で、海の向こうに霞む塔を眺めていた少年は、突然苦しみ始める。
「ぐあっ!」
 声が漏れ、腐りかけの甲板の上をのたうち回った。全身を引き裂かれるような痛みに襲われ、内臓や骨はひっくり返されているような感覚が訪れる。
 次第にその変化は、表に出てくる。
 皮膚の代わりに未知の金属が這った。背中を突き破り鳥とも似ない翼が生え、頭上に神秘的な円環が浮かぶ。
 変化が終わった時、痛みは引いていた。それが原因とはすぐに分かって、光沢を放つ腕を目にして疑う。
「僕、どうなって……」
 まるで、出来損ないの天使だ。
 船から身を乗り出し、黒ずんだ海面に自身の姿を映した少年はそんな感想を抱く。
 とその時、一つの嘶きが上がった。

「————」

 それは町の中央から。
 金属を擦り合わせたような不快感があって、しかし少年は不思議と耳も塞がずに好奇心を向けている。
 そして、家屋の上から顔を出す異形を見つけた。
「なに、あれ……?」
 不出来な人形のようで、出鱈目に金属を繋いで作られた怪物。
 それは手当たり次第に辺りの建物を壊していて、またも響かせた不協和音で、本能的な恐怖を呼び起こす。
 辺鄙な港町に存在すべきではない存在に、少年は時を止め。

「……みんなを、助けなくちゃ」

 その瞬間、欠落する。
 自身を愛する感情を。その瞳に、揺らぐ世界を見た。
 己の覚醒にも気づかないまま、彼は走り出す。
 まだ、齢にして十一。
 少年の名は、エドと言った。



「……」
 あらゆる場所と繋がる骨董屋で、その男は目を覚ます。
「今までの天使関連とは、何か違う気がしますね」
 星詠みである|二軒《ふたのき》・アサガオは、微睡の中に見た|予言《ゾディアック・サイン》を思い返していた。
「塔の頂で振るわれる劍……ついに【王劍】が現れたと見るべきでしょうか」
 腕を組んで考え込むのも早々に切り上げて、彼は筆を取る。
「まだ分からないことが多いですが、とりあえず皆さんに協力を仰ぎましょう」

 そうして、あらゆる√の各地にて、不思議骨董品を通じて依頼が届けられた。

『このような形での頼み事失礼しますね。最も広く渡る手段として、手当たり次第に送らせて頂いています』
 それは壺の中から手紙として。
『今回は、今までにもあったように天使の保護をお願いしたいのですが、いつもとはどこか違う予感があります。もしかすると天使化の原因を突き止められるかもしれません。というのも、確定的ではないのですが、【王劍】が関わっている可能性があるようなのです』
 または巻物の絵を書き換えて。
『【王劍】を手にした【|王権執行者《レガリアグレイド》】が現れれば、√能力者の皆さんでも死の危険があります。ただ、このまま見逃していればその被害は全人類に及ぶでしょう。協力して頂ける方は、【死を覚悟する】つもりでお願いしますね』
 お香の煙すら文字にして、予言は伝えられた。
『天使化した少年の住む町では、オルガノン・セラフィムが大量発生しているようです。まずはこれらの鎮圧をお願いします。少年の保護を最優先に、町の被害も出来る限り減らしてください』
 託すのは、あるいは世界の存亡だ。
『もっと大きな事へと発展していくかもしれません。こちらでもまた予言を見たらすぐに伝えますので、古臭いと思ってもその骨董品は捨てないでくださいよ。まあ捨てたところでいくらでも送り付けますが』
 勇者を募る依頼は、そうして締めくくられる。
『それではどうか、お気を付けて』

 その始まりは、これまでの延長線。
 尾を引く矢はついに目指す。
 王の劍絡む、天使と塔の終着へ。

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第1章 冒険 『助けを求める声』


中村・無砂糖

 中村・無砂糖は依頼を聞くや駆け出した。
「『仙術、ビクトリーフラッグ』じゃ!」
 √能力【|仙術・戦陣浪漫《ダイナミック・エントリー》】を行使し、3倍にも向上した身体能力を持っていち早く現場へと向かう。
「『王劍』がなんなのかはあまり知らん。じゃが助けを求める者がいる…ならば!」
 その道中では既に、被害が広がっていた。
 大量に現れたという怪物——オルガノン・セラフィムが人々を襲う光景が視界に入る。その脅威はとても数え切れず、長生きの仙人にも死がよぎった。
「…とは言えどわしは幽霊じゃし、一度死んだような身じゃ。ならば! 今を生きようとする者を優先するのが道理じゃろう?」
 助けを乞う者たち前にして、逃げ出すことなど出来ようものか。誰よりも先に助けを呼ぶ声を受け取った彼は、一人でも多く救おうと動いた。
「さあさあ、助けに来たわしについて来るがよい! 避難先へ素早く案内しようぞ」
 彼の掲げる旗は勝利を飾るため。
 それは、多くの者の道しるべとなった。

七々手・七々口

 七々手・七々口は、その猫髭で感じ取った。
「ふむ、髭がブルっと来てるねぇ…。ヤバいヤツか、この仕事」
 外れのない予感を抱きながらも、彼は騒ぎの出所を探しに向かう。
 俯瞰から見渡すために建物を駆け上りながら、七つの内の二つ――強欲と暴食の魔手を揺らした。するとそれらはひとりでに動き出し、主の世話を買って出る。
 欲するモノを引き寄せる力で依頼にあった天使の現在地を探りつつ、見える範囲のオルガノン・セラフィムには、√能力【|暴食のお食事会《オナカスイタ》】によってその足元から大きな口を召喚して処理していく。
 自身はその場に止まったまま、結果を待って、
 とその時、強欲の魔手がとある方角で反応した。
「…天使はいたが、引き寄せられねぇな。こっちの力を受け付けないのか…?」
 居所は判明したが、どうにも引き寄せるまでは出来ないらしい。それにかなりの距離があるようだ。
 ならば急ぐしかないと怪力を駆使して別の建物へと跳び移る。しかしそれを狙って、お食事会の恨みを晴らさんと怪物が迫ってきた。
「囲まれる前に、と」
 猫の身のこなしは華麗に未完の包囲網をすり抜け、すれ違いざまに暴食のエサにしてやる。気ままな黒猫を捕えることは誰にも出来ない。
 その猫の手は百人力だ。

久瀬・八雲

 久瀬・八雲は勇み飛び出す。
「行きましょう! 王劍だろうが何だろうが、見過ごすつもりはありません!」
 その足が恐怖で止まることはない。一直線に事件現場へと駆け付けた。
「敵発見です…!」
 町を壊す怪物の姿を見つけると、気付かれないよう遮蔽物に身を隠す。そうしながら接近しつつ、奇襲を仕掛けた。
「飛べっ!」
 投擲された霊剣・緋焔が瞬く間に敵との距離を縮め、3m以内に到達した瞬間、√能力【|虚月《コゲツ》】が発動する。霊剣の直前に瞬間移動した久瀬・八雲はそのまま、剣の柄を握りオルガノン・セラフィムの金属製の体へと切りつけた。
「———!?」
 怪物が悶え、更なる破壊を行おうとした寸前で、浄化の焔を発して焼却し動きを止める。それからすぐにその場を離脱して、敵に補足されないよう行動した。
 そうしている中で、ふと敵の行動に疑問を抱く。
「……一つの方向に向かっているようですが、もしかしてあちらにエドが?」
 こちらに気付いていない怪物たちは、皆同じ方角を向いている。そちらに何かあるのは間違いないだろう。
 とはいえ追いかけるには道中に怪物が固まっている。ならばと、少しでも進行を遅らせるために繰り返した。
「まずはきっちり守り通して、敵の出鼻を挫いてやりますよ!」
 確実な処理よりも足を優先して絶つ。これから続々と駆け付けるだろう他の√能力者たちへと託すように、彼女は立ち回った。

ハリエット・ボーグナイン

 ハリエット・ボーグナインは待ち構える危険に失笑する。
「【死を覚悟する】……だって? 常住坐臥、何やってたって人は死ぬ。じっとしてても死ぬんなら、何かやろうとして死ぬ方がきっとアガるよ」
 デッドマンの彼女は皮肉っぽく言いながら、依頼のままに現場へと向かった。
「……|お姫様《ぼうや》はちゃんと助けてやるさ」
 そう念を押すところは、血の通った人の様だ。
 依頼に記されていた町に辿り着く前から、怪物たちの姿は見えてきた。
 ハリエット・ボーグナインは気合いと|ダイエットコーク《ドーピング》をキメるとすかさず、通りがかったオルガノン・セラフィムへとパフォーマンスに誘う。
「お前らも一緒にアガろうぜ?」
 ——!
 棺桶を振り回しその金属の体を叩きつけ、派手に音を立てる。それによって同類をおびき寄せながら、辺りの住民たちは逃してやった。
 身体を張るのは得意中の得意だ。だが、継ぎ接ぎはいつ分離するかも分からないため、だましだまし自前の医術で身体を長持ちさせる。そうしながら戦闘を続けて、周囲の悲鳴が散っていったら潜伏行動へと移行した。
 √能力【|バカが棺でやって来る《ステーシー》】によって棺桶に入り、肉眼以外の探知から逃れる。道中に邪魔な相手がいれば、完全隠密状態を生かした捕縛&暗殺を駆使して進んでいった。
 そうして天使化した子供を探していく。
「……皆を助けるって? そいつは偉いな。じゃあ、おれは……おまえを助けに行ってやるよ」
 星詠みの予言を思い出しながら、彼女はまた皮肉っぽく呟くのだった。

ハコ・オーステナイト

 ハコ・オーステナイトは依頼の文章を読んで単調に零す。
「王劍、恐ろしい物ですね」
 そうは言いながらも、表情は変わらない。当然、足がすくむ事もなかった。
 一先ずは少年の保護と町の被害を食い止めるため、彼女は事件現場へと向かう。身の丈ほどもある真っ黒な直方体——レクタングル・モノリスを変形させ、出くわすオルガノン・セラフィムを尽く蹴散らし、強引に進んでいった。
「大きな力をモノリスも感じているようです。行きましょう」
 そうして町の中心地を陣取ると、レクタングル・モノリスを城塞の様に展開し、得意の拠点防御によって町の防衛を行う。進行を阻む盾となり、更には一部分を銃器へと変え、制圧射撃までこなす。
 それはまるで、一つの国すら守れそうなほどの頑強さだった。
「ハコは今までの分、これからは人々を助けると決めています。必ず守ります」
 彼女自身も、頑なな決意を口にする。
 過去との決別を終え新たな道へと進んだ彼女だからこそ、危険を前にしても逃げ出さない。臆さないのは感情がないためではなく、その想い故。
 しかし、怪物の数は果てしなかった。
「「「———」」」
 押し寄せる大群は次第に城砦を超え始め、時にハコ・オーステナイトめがけて金属の爪を伸ばす。
 それでも彼女は、危険を顧みず防御陣を展開し続け時間稼ぎを行った。
 人々を守るため。幼い少女のその信念は揺るぎない。

ディラン・ヴァルフリート

 ディラン・ヴァルフリートは依頼の文章を見つめ、理解する。
「普段以上の慎重さが求められる……という訳、ですね」
 とはいえ自ら踏み込む事も必要なのは承知のこと。兎も角と、他に駆け付けるだろう味方との連携も意識して動き出した。
 幸いに、まだ阿鼻叫喚と言うほどではない。とはいえその一体だけでも多くの被害を出すというのに、オルガノン・セラフィムの数はあまりに多かった。
 ディラン・ヴァルフリートは自らの能力を生かすためにも、より敵が殺到し、人が集まっている箇所を目指す。
 √能力【|仁刻:正道に捧ぐ讃歌《ロア・イデアール》】は、自己の強化だけでなく周囲の味方にも恩恵をもたらす。より効率的な立ち位置で発動し、事態の迅速な解決を図った。
 第六感による警戒を常に絶やさず、自在に飛翔する無数の剣である飛葬殲刃の遠隔攻撃で怪物を切りつける。更には任意の空間座標へと展開可能な断界絶覇で被害を被ろうとしている人々の保護を行った。
「火力が足りませんか。ならこちらで」
 想定よりも敵が固いと分かれば、怪力任せに体験を振るってその金属製の体を断ち切る。更には錬気竜勁によってオーラを纏い、敵の修復能力まで阻害した。
「全てが同じような動きを見せている、と言う訳ではないようですね」
 怪物たちのほとんどは一所を目指している。しかしその集団からはぐれるものもいて。これだけ多いのなら個体差も出ると言う事なのだろう。
 そう分析しながら、ディラン・ヴァルフリートは出来る限りを薙ぎ払った。

クラウス・イーザリー

 クラウス・イーザリーに躊躇いはなかった。
「どれだけ危険でも、未来に繋がるなら俺は力を尽くしたい」
 今回の事件によって天使化の原因が突き止められたら、これ以上の被害は防げるかもしれない。その可能性に賭けて、彼は怪物出没する町へと駆け付けた。
 まずは高所へと上って周囲を観察し、天使を探しつつオルガノン・セラフィムが集まっている位置を把握する。
「かなり広がっているみたいだ……中心は向こう、だけど」
 捜索すべき候補地の目途は立った。しかしそれまでの道中で起こる被害を彼が見逃せるはずもない。
「まずは数を減らさないとだね」
 辺りの避難はまだ終わっていなかった。というのも、オルガノン・セラフィム達の活動範囲がどんどん広がっているようで、現在駆け付けている√能力者たちでも足りないほどだ。
 クラウス・イーザリーは高所を飛び移り、√能力【決戦気象兵器「レイン」】を起動する。逃げ遅れた住民を配慮して広く浅くレーザー攻撃を放ち、敵の意識を逸らしていった。
「これじゃあ、少年を探す暇がないね」
 優先順位を知りながらも、目の前を切り捨てることは出来ない。彼は呟きながらも瓦礫に巻き込まれそうになった少女をギリギリのところで抱え上げていた。
「あ、ありがちょ」
「さあ、あっちなら安全だ……歩けない?」
 腕の中の少女はこくりと頷き、それなら仕方ないと安全な所へと運んでやる。下ろしてやった少女は、涙を滲ませた表情のまま、なんでか手を振ってきた。
「……」
 感情表現の苦手なクラウス・イーザリーはよく分からないながらも手を振り返し、すると少しだけ少女は笑顔を取り戻す。それに対して彼は表情を変えないまま。
 踵を返し、再び戦地に戻った彼の視線は、よりくまなく町にめぐらされていた。

柏手・清音

 柏手・清音はほんのわずかな安堵を抱く。
「天使化事件にも、終わりが見えてきたかしら」
 これまで多くの子どもが苦しむ姿を見聞きした彼女は、ずっとこの状況をどうにかしたいと思っていた。やはり子供が苦しむ事だけは看過出来ない。
 むしろ死の危険など、別に構わなかった。
「何も持たない、女ひとりの命で良いなら、安いもの、よ」
 それに彼女は博打うちだ。
 リスクが高い方が性に合うと、積極的に助けを求める人たちの元へと向かう。
 現場へとつくとすぐに、√能力【|強制債権回収《キョウセイサイケンカイシュウ》】によって賭博場から多重債務者たちを召喚させた。より屈強な体を持つ者たちを選び、被害増える町へと放つ。
「それじゃあ、困ってる人たちを、安全な場所で、保護してきてね。今回は、それだけで、債務整理と、してあげる」
 断る権利を持たない屈強な債務者たちは、債権者に言われるがまま動き出す。解放を夢見て意気揚々と走り出す彼らを見送り、柏手・清音もまた歩き出した。
「大盤振る舞いだから、気合を入れて、頼むわ、ね」
 その美しい和装には似合わない拳銃を握って、勝負へ向かう。
 子供たちの笑顔を取り戻すため、己の命を賭して。

八海・雨月

 八海・雨月はその覚悟を鼻で笑うように言う。
「とは言え今更だわぁ。命は常に死と隣り合うもの。√能力者はそこからほんの少し離れただけの存在。元に戻ったところでわたしはわたしのしたいことをするだけよぉ」
 その程度の障害では自分の歩みは止められないのだと、彼女は常を貫いた。
 だからこそ、率先して戦いへと赴く。大量にあふれるオルガノン・セラフィムを前にして、一掃を目標に定めた。
 その本当の姿は、獣妖『ダイオウウミサソリ』。人化けの術を解き、2mにもなるウミサソリよりも更に大きな巨躯で怪物たちと相対する。
「あなた達はどんな味かしらぁ…」
 √能力【|耶彌宇津奇神《ヤミウツキノカミ》】によって、鋏角が燃え上がり複眼と化した金眼が煌めく。視界内全員の隙を手に入れ、圧倒的な優位に立った彼女は舌なめずりをしながら群れに突っ込んだ。

 ———!!!

 巨躯の突進はそれだけで強大な一撃となる。更には肉を切る事に特化した鋏角で切断し、傷口を抉るようにして串刺しにして、引き裂いた肉片は捕食した。
 まさに獣のようなどう猛さで、死を恐れる様子など一切ない。
 そしてその堅固な外甲を持って、仲間の危機まで庇って見せた。
「儚い命は大事にしなきゃねぇ…それに言ったでしょ。わたしはわたしのしたいようにするって」
 八海・雨月はどこまでも自分勝手に、怪物へと喰らいつく。

真心・観千流

 真心・観千流はハッキリと恐怖を感じていた。
「絶対死……なるほど手が震えますね。ですが天使化の原因がわかるかもしれないなら、行くしかないでしょう。約束は果たさないといけませんからね」
 それでもとかつて救った天使を思い浮かべ、拳を握る。一歩踏み出せばもう震えなど起こらない。彼女の意志は、恐怖よりもはるかに強かった。
 戦場に辿り着くや否や√能力【|レベル1兵装・羽々斬展開《レイン・ビット》】を発動する。周囲一帯に量子ソナーを展開し、可能な限りのオルガノン・セラフィムの位置と遺伝子情報を収集していった。
「……あまりに多すぎます。これは、もしかして……」
 集まった材料を元に、嫌な予感が生まれる。
 これまでとも規模が違い過ぎる集団。そして、少なすぎる要救助者。
 だとすれば、全てを救うのは不可能なのかもしれない。それでもと治療の手がかりを探すことは諦めず、彼女は怪物たちを無力化することに専念した。
 叢雲に装填した量子干渉弾頭の弾幕を放ち、固定したオルガノン・セラフィムへと駆け寄ると、その場で量子操作マテリアルによる肉体改造で治療を試みる。
 しかしやはりまだ、知識が足りなかった。金属を擦り合わせたようなその声はすすり泣いているようにも聞こえてしまう。
「王劍とやらはまだ来てないのでしょうか……一先ず警戒は怠らないようにしましょう」
 出来ないことは一旦放置して、出来る事に専念する。
 真心・観千流は焦りを必死に押し堪えながら、一体でも多くの無力化へと注力するのだった。

白神・真綾
澪崎・遼馬

「密葬課、現着した。職務を遂行させてもらおう」
 棺背負う黒装束の男——澪崎・遼馬は、鋭い視線で状況を観察する。
 既に何人かの√能力者が駆け付けているようだが、それでもまだ脅威の数は多い。人命救助を優先したいところだったが、根本を解決しない限りは終わらないだろう。
 ならば他の者と協力して動くべきかと方針を決めたその時。

「ヒャッハー! 死ぬかもしれないとか真綾ちゃんぞくぞくするデース!」

 場違いな声が響き、邪悪な笑顔が横切る。
 真っ黒な澪崎・遼馬とは対照的に、その少女は髪も肌も衣服も白い。
「……」
「おや? 味方さんデスカ?」
 狂暴を体現したかのような白神・真綾は、意気揚々と√能力【|驟雨の輝蛇《スコールブライトバイパー》】によってレーザーの雨を降らして怪物たちを穴だらけにしながら、味方の存在に気が付く。
 狂気的な角度で首を傾げられ、澪崎・遼馬は一瞬顔を逸らそうとしたが、彼の仕事に妥協は一度たりともあってはならない。
「……ああ」
 若干の迷いを飲み込んで頷き、決めていた通りに協力を仰いだ。
「奴らの殲滅と人々の救助を手分けした方が効率が良いと思う。手伝ってもらえるか?」
「それなら真綾ちゃん、救出頑張るデース!」
 すると白神・真綾はすかさずマルチプルビットを展開して、救助が必要な人々の捜索を始める。話し合いが出来ないことは想定内だったが、そっちを選ぶのかと少し戸惑いつつ、澪崎・遼馬も後ろを託した。
「……当人が囮になるゆえ、任せよう」
 √能力者であるのだから心配は無用だろうと、√能力【|貴方の為の葬送曲《ベルリオーズ》】を行使し、辺りのオルガノン・セラフィムに二丁拳銃を向ける。
 そうしながらもやはり後ろは気になって、その声が聞こえるとつい、視線だけで確認していた。
「ヒャッハー! 救出救出デース!」
 相変わらずの邪悪な笑顔を浮かべる白神・真綾は、倒壊した建物に駆け寄ると、うさ耳型マルチデバイスで音を集め、生き埋めになっている要救護者を発見する。邪魔な瓦礫はフォトンシザーズで細かく斬り裂いて撤去して、安全に救出すればまた哄笑を上げる。
「……見かけによらないな」
 その手際の良さには、口数の少ない澪崎・遼馬もつい零さずにはいられない。
 黒と白の急増コンビは意外にも相性は良かった。

六合・真理
ニコル・エストレリタ

 ニコル・エストレリタは寡黙に引き金を引き続けていた。
 何よりも敵の殲滅を重視して、改造精霊銃『Dazzling Blue』の銃口から火を吹かす。単独行動となれば当然、距離を保っていても狙われる。肉薄されれば回避を優先し、むしろ接近戦を有利と捉え、ゼロ距離からの射撃で致命的な一撃を与えた。
 目の前のオルガノン・セラフィムを沈黙させ、次へと照準を定める。気付かれていないその隙に、√能力【エレメンタルバレット『雷霆万鈞』】によって、射出する弾丸に雷属性を付与させた。

 ——!!!

 起こる雷撃。その爆発は周囲へ広がり、そしてそれを魅力に思った乱入者が宙を駆けて帯電を浴びる。
「丁度良い。貰ってくよ」
 雷の似合わない、ウェーブヘアが特徴的な女性——六合・真理は、後方の少年にアイコンタクトを送り、土壇場の連携を頼んだ。
 一見おっとりとした出で立ちながら、彼女がひとたび拳を握れば、侮る事はもう出来ない。最小の挙動が最大の威力を生み出し、怪物を構成する金属が粘土の様に歪められた。
「さ、まずは周りの片付けからかねぇ」
 アイコンタクトから間を置かずに援護射撃をしてくれたニコル・エストレリタの周囲にオルガノン・セラフィムが集まってくれば、すかさずそれらを蹴散らす。一度では倒しきれなくとも√能力【|剄打・雲散霧消《ルートブレイカー》】を行使して、瞬く間に攻撃の手段を潰していった。
 ニコル・エストレリタも守られているだけではなく、敵の攻撃が届くよりも早く撃鉄を慣らしてその体を崩れ落ちさせる。小休止を得て二人はようやく言葉を交わした。
「ありがとうございます。お強いんですね」
「わしに定められた天の命数は、若い世代のために使うべきだしねぇ」
 そうしている間にまた、オルガノン・セラフィムがやってくる。
「引き続き、援護します」
「多少当たっても問題はないよ。悠久を武錬に捧げたわしの五体は、そう簡単に傷付きやしないからねぇ」
 ニコル・エストレリタが銃弾を放つと同時に、六合・真理は空を蹴った。