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因習村テーマパーク『彩村』~カフェと秘密と
●因習村カフェ『彩村』
地方都市の山村は人口が減り寂れるばかりである。
だが見方を変えれば、大自然の迫力ある滝、合掌造りの民家、井戸、今時珍しい電柱と電線、大昔の宣伝看板――などなど、零和の現在では決して触れることの叶わない『昭和レトロ』に満ちあふれている。
そこにとある企業が目をつけた。
村おこしと称して元の村の雰囲気は残したままで『因習村テーマパーク』をしつらえた。
とはいえ、愉しめるのは二つだ。
『因習村になぞらえたメニューが味わえる古民家カフェ』
『泊まり客を、因習村的に殺人事件イベントに巻き込み|もてなす《・・・・》イベント』
以上。
●カフェ
若い女性二人がスマホを掲げて撮影会。
パンケーキに刺さる棒からはぷらんぷらんと逆さづりの飴人形が三つ。
『これ割って食べろって、ウケるw ウチが殺しちゃえってこと?!』
『割るとこ動画とるじょー』
パリンと割ったら、チョコとメープル、そしてイチゴソースがパンケーキに彩りを描く。
些か悪趣味ではあるが、映えるとあってド田舎の山の中にも関わらず、けっこう繁盛しているようだ。
●因習村宿泊イベント
2泊3日の殺人事件。チェックアウトの前の謎解きターイム!
『犯人は――老女まふゆ、あなたです!』
ずびしっ! とドヤ顔で指さすのは宿泊客のお兄さんである。あと、背景の屏風の影で死んでる娘も宿泊客だ。
『……ッ憎かったのよ、浮気ばかりするアンタがぁあ!』
『■マント様のたーたーりーじゃー』
と、因習村テーマパークのキャスト達が盛り上げる。事前打ち合わせ次第では、犯人役やモブすらやれる。
自由度が高く、なにしろ他にはない『殺人事件ごっこイベント』は、高価な宿泊費であるにも関わらずジワジワ広がる口コミで予約が埋まっている。
●星詠みの話
――愉しいだけなら良かったのだけれども、と、比良坂・緋(歓測者・h05512)は頬に手をあて苦笑い。
「因習村宿泊イベントの方なのだけど、どうも行方不明者が出ているそうなの。延泊を希望してーとテーマパーク側は言っているそうだけれども……実は違うわ」
詳細はわからない。
ただこのまま放置すれば彼らは帰ってこない。更に被害者が出る前に、√能力者達に乗り込んでもらって調査し解決せよ、これが依頼の全貌である。
「調査とわからないように、潜入する方は『因習村の殺人事件ごっこのイベント』を全力で楽しんで頂戴な」
如何にも調査に来たぞと言う奴は怪しまれるのでダメなのだ。
「そうそう、敵の目を逸らすために『因習村カフェ・彩』で歓談を楽しんでくれる方も募集中よ」
こちらは因習村になぞらえたカフェメニューを楽しんでくれればOKだ。メニューはこちらと緋がみんなに渡したのは、古風な貸し漫画本めいたメニューブックだ(現地で販売してます、お取り寄せもできます)
【メニュー】
・滝の首つりチーズフォンデュホットサンド(目の前でチーズをかけてくれます)
・怪人■マントの二色カレー(まろやかホワイトとピリピリレッドのあい盛りカレーです)
・井戸逆さづりバンケーキ(逆さづり人形を割るとメープルシロップやチョコが溢れます)
・氷漬けアイスクリン(苺ソースを血のように散らした掌サイズの氷柱に人型アイスが閉じ込められてます)
・血の池ジュース
・底なし沼コーヒー
・監禁フレーバーティ
・迷いの樹海クリームソーダ
「ね、なんだかワクワクするわよねえ。楽しんできた感想、よければあたくしにも聞かせてね」
しぇあも歓迎よと『√妖怪百鬼夜行』謹製のスマホを掲げて、緋は烏のように小首を傾げる。そうして笑顔で皆を送り出すのである。
これまでのお話
第1章 冒険 『因習村|体験《調査》ツアー!』

※修整【マスターより】
同行は3名まで
↓
同行は4名まで
です
Xの告知の方が正しいです。混乱を招き申し訳ないです
ご参加お待ちしております
●
古民家と言っても流行のお洒落さはなくて田舎の大きな家、入り口は土間の土床だ。
「右側は履き物を脱いであがるんだね」
その方が馴染むとの 猫宮・弥月(骨董品屋「猫ちぐら」店主・h01187)に、腕におさまるにゃんこの七々手・七々口(堕落魔猫と七本の魔手・h00560)も異論はない。
「ちょっと気取った居酒屋っぽくもあるな」
土足OKのカフェ席を横目に掘りごたつ風の席に通される。くんっと鼻を鳴らすも酒の香りはなし。
さてと腰掛けてすぐに店員さんを呼べば、やたら顔色の悪いメイクの女が現れた。
「注文……どうぞ」
後ろめたげに窓の外の井戸を見る。成程、こんな演技もしてくれるのかと弥月は感心する。
「底なし沼コーヒーと滝の首つりチーズフォンデュホットサンドくださーい」
黒猫さんったらあざとい。テーブルにちょこんと黒い|クリームパン《おてて》を置いて小首を傾げる。
「店員さん、チーズ多めにかけてくれると嬉しいなぁ」
上目づかいのうるうるおめめ。
「……!!」
クッとよろめく店員さんから陰鬱オーラが消えた。
「猫神様の言いつけは、村の者として聞き入れぬ訳にはいきませぬぅ~。あ、猫舌じゃないですか? けっこう熱いですよ」
「だいじょうぶでーす」
一旦下がる店員さんを見送り弥月は満面の笑みだ。
「わあかわいいねこがみさんだね」
七々口は人でぷはっと吹きだしてメニューの文庫本を差し出した。
「弥月は何頼む? なんぞ面白そうなもん色々あるっぽいけども」
元の姿も、よし。
弥月はうんうんと頷くと、目に飛び込んできた前衛的なパンケーキを指さす。
「俺は血の池ジュースと井戸逆さづりパンケーキを頼もうかな。そうだねぇ、氷漬けアイスクリンとかカレーも気になるよ」
「あはは、目移りするよな。オレ的にゃあ、ここに酒もありゃ120点って感じ」
そりゃあ飲み友だから。弥月も顎を撫でて企てる。
「お酒ね、カクテルなら色々作れそうだね。モクテルなら未成年も楽しめるね。例えば、砂糖細工の扇子や曰わくありそうなのを入れて……」
「扇子、見立て殺人のできあがりってわけかぁ」
「飲み干すと犯人のヒントが出てくるのも面白そう」
なんて酒飲みの会話をしながらも、通り縋りの店員(今度は覆面)を捕まえて追加を頼む。
待つことしばし――。
「おー」
「これは迫力あるね」
目の前で掌サイズの桶に入れたチーズをどちゃーっとかけてくれる。猫神様のお願いがあったのでサービスで2杯。雪崩込むチーズ、その瞬間は魔手達により撮影済です。
「……よしっと、緋さんに送信」
「割った後も撮る?」
「うん、撮る」
フォークか指か、ぷらんと下がる飴人形を前に考える。
「魔手、割る瞬間も撮っといてー」
「ありがとう、よいしょっと」
紐を摘まんでカカッと叩けば、でろりんとチョコレートがパンケーキに着弾する。
「ぎゃあああぁぁあ」
「お、悲鳴つきとは贅沢だね」
笑い合っていただきまーす。七々口はアツアツチーズをパンに絡めてぱくり。
「……んっむ! チーズたっぷりで美味いのう」
お口の周りがチーズだらけ、そんな所すらフォトジェニックな猫さん素晴らしい。
「うーんシロップ染みたパンケーキも美味しい」
飴のカリカリパリパリが良いアクセント、またお口を楽しませてくれる。
「弥月のパンケーキも面白いっすなぁ。後で頼もっと」
「七々口さんのチーズサンドもいいにおいだねぇ」
ぴんと閃き、またまた魔手を呼びつけて撮影開始。
「んじゃ、映える感じにチーズ伸ばせるかやってみっかな?」
「うまく伸びるかな?」
狙い通り、席を立ってびよーんとさせたら二人して破顔一笑だ。
――さて、お口直しの飲み物は?
「珈琲、美味しいっすけどー、どろっと、沼?」
「沼だねえ。血の池ジュースは……メロン??」
あ、これメロンソーダと同じ奴だ、視覚と噛み合わぬ妙。
「監禁フレーバーって何風味なんだろうね」
頼も頼もと七々口は店員さんを呼ぶのでした!
●
ごくごく普通の自分が√能力者と並んでもいいのだろうか? それは常に門音・寿々子(シニゾコナイ・h02587)が繰り返す自問自答だ。
「わぁ……昭和レトロって素敵ですよね」
なで肩でズレるセーターの肩口をなおしなおし、賑やかな列に並ぶ。
(「やっぱりひとりって場違いでしょうか?」)
俯きかけて思い直す。よく見たら寿々子と同じお一人様も割といる。
なるほど、この喫茶店は、いや村自体がさながらミステリー小説の世界だ。そんな非日常感は他では摂取できないもの。
『お待たせしました……』
如何にも幸薄そうな和装女性へ「個室はありますか?」と問うたなら、特別料金ですがと返される。メニューと別で個室料金は1時間1500円なり。
「わかりました。2時間でお願いします」
ちょっと痛いがゆっくりと浸りたいので、ポケットのお財布にぎにぎで思い切った。
『こちらです』
吃驚なメニューを前に大はしゃぎする声と古風で落ち着いた内装のミスマッチ。そのざわめきから隔絶される奥まった場所に案内された。
カヤめいた薄いヴェール、閉まる木戸。ランプの光が仄暗くて心地良い。
注文を済まし、寿々子は改めてメニューブックをじっくり検分。
「凝ってますね……そうだ」
古本屋で見つけた昭和文豪のミステリーも文庫本だ。カバーを外し並べたら、双子のように褪せた表紙である。なんだかにんまりしてしまった所にノックの音がした。
「わぁあ」
ぶら下がる飴人形に吃驚。ちょっと悪趣味だけど割る所から動画に収める。
「お人形さん、ごめんなさい」
寿々子の出演はこの声だけ。
ぱきっ。
てろてろと溢れるチョコとメープルシロップに首を竦めつついただきます。
「……ん、甘くて美味しいですね」
ゆっくりまったり、冷めても気にせずにマイペースにご馳走様。食後にスッと差し出された沼珈琲はとろっと葛湯テイスト。
「~♪」
寿々子はメニューブックと並べておいた小説を捲る。
タイトルは“|怨鬼村《おんきむら》”――因習村を舞台にしたおどろおどろしいミステリーだ。舞台の家が今居る個室に良く似ていて、それがまた気持ちを盛り上げてくれる。
●
寂れた村道を見つめるレティシア・ムグラリス(シャリス教団聖女・h06646)の双眸は、物珍しさよりも懐かしさと寂しさを纏っている。
「因習村……何となく物悲しさや古き良さを感じるところね」
隣を歩くリニエル・グリューエン(シャリス教団教皇・h06433)の言葉にシティシアは雲間からのおひさまのように儚くも明瞭に微笑んだ。
「リニエル様、同じ事を考えておりました。それだけでこんなに嬉しいものなのですね」
胸に手を合せ改めて村を見れば、過疎に負けじと盛り上げに励む前向きさに気づく。
「古き雰囲気の中に皆様が村おこしとして頑張っている様子が、ふふ、本当に素敵です」
「楽しいことを取り入れるのって良いことだとわたしも思います……ああ、見えてきましたね」
“因習村カフェ・彩”
古民家の玄関口に腰の曲がった老婆とそれを支える若者がいる。
『あぁ精一杯もてなすでな、楽しんでってくんろ』
老婆の目配せに若者が中へと案内する。
しっとりとした手触りの椅子に向かい合って座る。
文庫本めいたメニューを開いたリニエルはギョッと琥珀を見開いた。見本写真のどれもこれも不穏なものしかない。
(「パ、パンケーキはいいのだけれど……、さ、逆さづりの飴人形……、さながらシャリス教団に仇なしたモノを罰する異端審問官のような気分が……」)
聖女様のお目にかけるのも憚られる、が。
「パンケーキが話題とのことですので、それを頂くとしましょう」
にっこり。
絹のような銀髪を肩に遊ばせ期待一杯の容でそう言われたら、頼まず帰る選択肢はナシだ。
「パ、パンケーキをお願いするわ」
「アレをかねぇ~」
老婆がヒヒッと笑い書き留めた注文を見せてくる。フルネームで復唱されなくて良かったとリニエル安堵。
「鈴蘭のようですね」
「可愛らしいですね」
ふっくらとしたシェードを無邪気につつくレティシアに、リニエルは精一杯の笑顔で応じる。だがその努力も「井戸逆さづりパンケーキ」の破壊力で粉々である。
ぷらーんと揺れる人型、内側で揺れる液体が不気味さを加速させる。
「さ、逆さ、づり……? そ、その……これを、ど、どうすれば……」
辛そうですと眉根を潜め戸惑う慈悲深き優しさが、リニエルの心にドスドスとつきささる。
「……って、レティシア様!? だ、大丈夫大丈夫! これは飴細工ですから! はい、目をつぶってぇ~……」
「リニエル様? は、はい……目を閉じるのですね……」
しゅっと素直の瞼をおろしたならば、聖女守護せし教皇がすることはただひとーつ!
「えいっ」
ぺきぺきぺきん★
糸をつかみ飴細工をフォークでつつき、チョコと真っ赤に染めたメープルシロップをパンケーキへオン!
どうぞと言われて瞼をあげたなら、妙に明るく手を揺らすリニエルが視界に飛び込んでくる。
「はい! 何もありませんでした~」
「あら……? 先ほどの……」
ぶら下がっていた痛そうな人形はいない。目の前からは甘い香りが漂ってくるのみ。
「甘ーいパンケーキだけでした~!」
「ぇっ? 私の見間違え、ですか? そう、ですか……ただのパンケーキだったのですね」
「はい、パンケーキですよー。切り分けますねー」
飴がジャリッとしていいアクセント。
「美味しいです」
ほっこりと微笑むレティシア様、この笑顔いつだって守りたい。そうだ、甘いものとわたしで完全全力防御の心持ち!
「リニエル様、連れてきて下さりありがとうございます」
「わたしも共に訪れることができて嬉しいですよ」
●
如何にもな「消滅可能性自治体」な寂れっぷりだ。しかし、この村は運命に抗おうと足掻く。結果として、村おこしと称して厄災を招き入れてしまったのだ。
ああ、そんなところが誠に人間らしいなと、國崎・氷海風(徒花・h03848)は好まししく思う。これは是非訪れなければと、杜若・姫榁(パンドラの鍵・h04053)を誘いやってきたのだ。
「因習村!? 実在するの!? すごいねえ、どんな因習があるのかなぁ」
煙管からぷかりと煙を漂わせる、そんな姫榁の足取りはわくわくと弾んでいる。煙草にとやかく言われないのも現代社会からの隔絶を感じると、氷海風もまた吸い口より煙りを吸った。
「あはは! 本当にそんな村なら楽しいけどねぇ!」
そろそろ種明かしをするかなと、氷海風は周囲から浮かぬように掲げられた看板を煙管で刺した。
“因習村テーマパーク『彩村』へようこそ”
「あ、テーマパークかぁ……」
しゅんと項垂れると、姫榁は琥珀眼鏡越しの瞳を翳らせる。
……なんだろうか、本人は本当に善良な性質をしていて、ただただ残念がってるだけなのだが。こう「あ、忖度してこの人を立てないといけませんよね。じゃあ本当に殺しておきましょうか」みたいな暗黙の了解が漂ってしまう。
裏表が真骨頂の氷海風は「姫榁さんは純粋だなぁ」なんて見た目は年上の友人を見つめる琥珀と赤の眼差しは優しげだ。
「まぁま、面白そうなカフェは本当だから……ほぉら、見えてきた」
ボックス席に向かい合わせで腰掛けて、文庫本めいたメニューブックを開いて姫榁へと向けた。
「へえ、中々に凝った装丁だねぇ。色あせた印刷がそれっぽい」
手に取ってぺらぺらと捲り裏表紙と背表紙を見てと、感心した口ぶりだ。
「カフェやっぱりお店やってる身としては気になるよねぇ。姫榁さんは、こういう如何にも仕掛けましたっていうのとは逆さまだけど」
頬杖をつく氷海風に上目で微笑み返し。
「自分が持ち得ないからこそ面白いのはあるねぇ」
ぴたりと開いたページ、前衛的なメニューにふふっと寿ぐ。
「探偵役やってめちゃくゃ驚いてくれる姫榁さんとか見たかった気もするけどォ」
「ヒソカはそういうのが好きそうだよねぇ」
「うん、井戸に逆さづりで……なんて、恐いでしょ? そんなわけでひとまず、俺は井戸逆さづりパンケーキ」
「俺はねぇ、滝の首つりチーズフォンデュホットサンドにしよっかな! 演出も凝ってるらしいよね、どんな風なのか気になる!」
オーダーを済ませて待つことしばし、テーブルが一気に賑やかになった。ぷらーんと逆さづりの飴に、二人の視線は釘付けだ。
『ひっひっひっ、滝の中でキリキリ舞いじゃよー』
映える配置かつお客様に熱々チーズが跳ねぬよう細心の注意でもって、桶入りチーズがホットサンドにどっちゃりと掛かる。
「わぁ、これは面白い、鮮やかで目を奪われるねぇ」
「じゃあいただきましょ」
たった今見ることができた吃驚もまたよし。
ぱくり。
「チーズの洪水だねぇ。けど、パンもこんがりと焼いてある。うん、お値段はけっこう張るけれどこれなら満足かなぁ」
講評を口ずさみ、あっと照れたようにフォークを止めた。
「俺も料理するからどうしてもレシピとか創意工夫とか気になっちゃうんだよねぇ。ここでこの材料使うんだーとか、え!こんな風にアレンジしちゃんだ!? とか!」
「ふっふっふ、お連れした甲斐があったねえ」
パンケーキの味は予想がつくので、氷海風は先に『監禁フレーバーティ』に口をつけてみた。
「どんな味?」
「柘榴だねぇ、これならなんかお店で出せるかなぁ……」
透明箱に入ったカプセルを模した砂糖がポイント。
「相変わらず熱心だなぁ尊敬しちゃうなぁ!」
「あはは! ごめんごめん、パンケーキも食べようねぇ! 味が楽しみぃ!」
甘く、あったかく、話が弾む。
●
村に一歩踏み込んだところで、作り物めいた悪意がむわっと広がった。それに対し時月・零(影牙・h05243)はサングラス越しの琥珀を胡乱げに眇める。
「やはり、ロクな物ではなかったか……」
脇の雨夜・氷月(壊月・h00493)に「出かけるから同行お目付役よろしく」なんて誘われ来てみたらこれだ。
「面白そうな所でしょ、いつぞやか俺を振り回してくれたお礼にね?」
さてさて、通り道では老女がこれ見よがしのヒソヒソ話。
『街からの他所モンが……』
『目元を隠していて怪しいのう』
そこに愛想良く手を振る氷月。
「お婆ちゃま方、『カフェ・彩』はこの道であってるかな?」
キャスト根性たっぷりの老婆は、真っ直ぐ指さしフンッと顎を持ちあげた。
「無礼さを楽しむ趣味は俺にはない」
元より裏方志向、愛想を何処かに置き忘れたような零だが、人の怒りを煽る振る舞いはこれでも控えている。だから表に出ないともいう。
背中越しの『うちの孫の婿に……』『いやそれには■マント様の……』なんて会話に氷月はますますにんまりだ。
「思った以上に作り込まれてる、企画者の面を拝みたいね」
そういえば此奴はどこまでも愉快犯気質の奴だったか。
「さっさと食って帰るぞ」
零は古民家のドアをあけ踏み込んでいく。氷月は肩を竦めてそれに続いた。
席に着いたところで、氷月は零の眉間にすっと指を伸ばしすぐに引っ込める。
「あ、今日はそのサングラス外しなよ。流石に怪し過ぎ」
「……雰囲気的にこれでもいいだろう」
行き交う店員もあからさまに曰わくありげでござーいといった風情だし。だが大人しくサングラスを外す零。
「さ、好きなモノを頼みなよ、色々映えるメニューみたいだし」
文庫本めいたメニューを開くと、早速零の眉根が寄った。
「……お前が好きそうな内容だな」
「んはっ、そうでしょ。でも甘味もあるしアンタも気に入るんじゃない?」
「売り方はお前に任せちゃあいるがな」
甘味処の『菓子職人実は店主』は、飛び込んできた前衛的な写真の数々に深いため息が溢れた。
「どれもこれも頼む気にならぬ見た目だな。氷月、お前がー……」
「え、今日は零が選んでよ、俺はご馳走する側だから。それに俺の本命はカフェじゃないし」
ニヤニヤとチェシャ猫めいた笑いはわかっていてのこと。憎たらしいと突っかかれば氷月のペースに巻き込まれる。
「パンケーキ、アイスクリン、コーヒー、ジュース、以上だ」
覆面の店員に淡々と注文を済ませ届くのを待つことしばし――。
「んふふ、良いセンスしてるね」
キツネ色のパンケーキの頭上をぶらつく飴人形をつつき、氷月はスマートフォンを掲げて撮影開始。
「なかなかの趣味だな……」
立方体の氷柱には人型のアイスが埋まっている。ご丁寧に心臓の位置には苺だ。
「さてさて、風前の灯をパァン!」
ご機嫌に飴を割れば、チョコ零トとメープルシロップが流れ出す。
「人形は割っても赤くならないのかー、残念」
「これ以上残虐にしてどうする」
メニューを作った奴にも倫理観が辛うじて残っていたのだろうと言いかけ呑み込む。メープルシロップは食紅で赤い。
「食欲が失せる……」
ため息しか出ない零に構わずに、氷月はケーキを切り分ける。
「……なるほど、悪くはない。冷食ではなく生地からちゃんと作っているな」
ちなみにアイスクリンの周囲はソーダシャーベットだ。透明感を重視した為かまだ硬いが。
「あとは好きに食え。これでは俺の甘味作りの足しにはならん」
「あっは! ご機嫌斜めだねえ、零」
血の池ジュースはメロン味、後に知った所によるとランダムらしい。
不機嫌に零が啜った珈琲はどろりとしている。
「本格的な葛をここで使うか……」
わかる自分に厭気がさすとぼやくのに、氷月はからりと言ってのける。
「こういうのは突き詰めた方が面白いでしょ。誰もが忌避するからこそ意外性と話題性を呼ぶんだから」
●
マリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)は可憐な少女の見た目からは想像もつかぬ長い時を生きてきた。このような古きを尊ぶ村はむしろなじみ深い、が。
「これは……独特な空気感がありますねえ」
指さしヒソヒソ話、貼り付けた笑顔……演出とは言え陰鬱が過ぎる。
「おっ他所モンへの塩対応か、流石だな!」
一方の 天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)は、ヒソヒソお婆ちゃんへ無邪気に手を振った。
『おぉ、ボン。楽しんでけさえ』
うっかり愛想良く振り返す|お婆ちゃん《キャストさん》に、マリーは目を白黒。
「因習村……とは???」
「俺もよくわかんないから一応予習してきたけど、なんかホラーとか殺人事件とか、そんな感じ!」
ざっくり。
それでも頭上に『?』が見えるので、勇希は「あれは演じてる人」と追加で説明した。
古民家を改造した店内は、座席部分に畳を使ったりと古き良き風合いを上手い具合に残している。
「……事件とのことですけれど、謎解きは苦手です」
「今のところ被害は出てないようだな。ぱっと見雰囲気いいけど……」
おっきな瞳がすぐそばの井戸をちらり。
「あの井戸変なもん出てこないか?」
「! 怖がらせないでください。さて、何にしましょ……」
文庫本を捲る細い指がぴくりと止った。
――おどろおどろしいフォントで、首つりだの井戸逆さづりだの、雰囲気は(因習村的には)サイコーだ!
「思ってたよりがっつり作ってるな」
本格的が過ぎる。
「……えっと、私はこの井戸逆さづりパンケーキとフレーバーティを」
ドン引きでメニューブックから目を背けるマリーへ優しげな眼差しで苦笑する年下少年は、井戸から出て来そうな長髪のおねーさんに、元気よくホットサンドとクリームソーダ! とオーダーする。
「チーズかけてくれるとこ動画撮らねえとな、緋が楽しみにしてるし」
「滝だけならいいんですけど、どうして首まで吊るんですか……」
それは因習村カフェだからである。
――しばし後、テーブルの上はおどろ華やかに。
『はい、参ります』
おねーさんが桶型の小箱をひっくり返すとチーズがホットトースト目掛けて流れ落ちていく。
「おーすげえ!」
「天ヶ瀬さん、今なにか混ざってましたよ?!」
ソーセージで作った人形がチーズに埋もれて見えなくなったぞ。
「見応えあったぜ。ありがとうございましたー!」
うまく撮れた動画にご満悦な勇希と対照的に、マリーは視界内をぷらぷらする人形に浮かぬ顔だ。
「天ヶ瀬さん、お願いがあるんですけど」
「ん?」
ぐつぐつのチーズに埋まるホットサンドにフォークをつきさした所で手を止める。
「この人形を割って貰えませんか?」
「俺が割っていいの?」
飴細工の中にチョコとメープルシロップがみっちみち、これを割るのがハイライト、なのだがー。
「人形とは言え私には心の抵抗が大きくって……」
「あーまあ……人型だとな……」
ミニ三脚に乗せたスマホを調整し勇希はフォークを構える。
「てりゃっ!」
カツンッと猫がパンチするように素早く、極力えげつなさを避ける方向でフォークでつつきパッカーン★
「ほら、こうなったらもう普通のパンケーキだぜ」
糸でぷらぷらする人型から垂れる赤と焦げ茶は未だインパクトが残る。けど、パンケーキに染みれば赤で着色したメープルシロップとチョコソースだ。
恐る恐るとナイフとフォークを差し入れるマリーは、花唇を開いてぱくり。
「美味しい! メープルシロップの香りがいいですね」
「ん、ホットサンドもクリームソーダもうめー!」
この後は、終始和やかに時間は過ぎるのであった。
●
ちゅるちゅると雀が啼いて空をよぎる。そんな様をくるりとした瞳で見上げて足を止める 佐久良・スイ(かぎしっぽの「さくら屋」店主見習い・h04737)のおおきなおみみが左右に揺れた。
「スイちゃん、こっちだよー」
先ゆく望月・翼(希望の翼・h03077)が、隣を歩いていた桜色のスイがいないのに気づき振り返る。
スイは、あっとおててで口元を覆い駆け出す。シャムカラーのしっぽがふわふわと木々の元を横切っていく。
「はぐれるとすぐに迷っちゃうよ」
「ごめんなさいなのよ、たすくくん。つい、すずめちゃんがね……」
とったりいじめたりなんてしないけど、どうしても翼ある小さなものには目を奪われてしまう。
自然に溢れて長閑な村に、行方不明事件が起っているのはにわかには信じられない。
直接的な調査へは、スイ共に生活を共にする少年が赴いている。気をつけてと、三人を送り出してくれたお婆ちゃんのためにも、誰ひとり欠けることなく戻らなくちゃ!
土間を改造した入り口には、古風なレジがちょこんと鎮座ましましている。家具も昔ながらの質実剛健なものばかりで、どこか自宅の雑貨店を思わせる。
「たすくくん、おくつをぬがないほうのおせきでいいかな?」
腰の曲がったお婆ちゃんの説明だと、掘りごたつを改造した和風の席と、所謂カフェのボックス席、あとは外のテラス席が選べるとのこと。
「じゃあボックス席にしようか」
「わぁい、たのしみなの」
しっぽをぴぴんっと立てても先っぽは鍵の形。
座席部分は打ち直した畳だ、縁は鮮やかな千代紙模様でレトロシック。
『こちらでのう、頼むもんが決まったら呼んでおくれ』
「はぁい」
店員は腰をとんとんと叩き去っていく。
「スイちゃん、大丈夫? ちゃんとお座りできる? やっぱり掘りごたつや畳の方が良かった? 今から席を変えてもらう?」
「たすくくん、だいじょうぶなのよ」
ふんすっと両手に握り拳。
「ねここ、ちゃあんとおぎょうぎよくできるのよ」
えっへん。お行儀良く膝に手をおいて、ぴぃんと背筋を伸ばした。
得意げな様に自然と頬が緩む。翼はメニューブックを見えるように広げておいた。
「いどさかさづりぱんけーき……」
「スイちゃん、音読はメッ」
立てた人差し指を口元に宛がってしーっ。
まぁこういうお店だし、左右の席からもワイワイと「血、血ぃ」とか物騒な囃子声も聞こえるから気にしすぎかもしれないけれど。
「たすくくんは、なにをたべるの?」
「どうしようかなぁ……」
にゃんこのまぁるいおめめがパンケーキに釘付けなのを察し、翼は別のメニューを選ぶことにした。
『ヒヒヒ、底なし沼コーヒーと迷いの樹海クリームソーダじゃあ。帰り道には気をつけなっせいよお』
「ひゃあっん!」
ぶるりと耳を寝かせて尻尾を膨らませるスイを、翼はなだめる。
「全部お芝居だよ」
「ふにゃ~こわいのよ」
「怖がらせるお店だからね」
手に取ったマグカップの中身は妙にとろっとしている。首を傾げ飲むと、味は確かに珈琲なのだが……。
「このとろみ、どこかで……?」
珈琲と噛み合ってはいないが決して嫌なものではない。むしろ飲んだことがあるぞ。
「あ、葛湯だ」
風邪で寝込んだ時にお婆ちゃんが作ってくれたショウガの葛湯と舌触りが同じである。
「ふわぁぁ! たすくくん、みどりいろのくりーむそーだがすごいの!」
空色ドロップ、おめめキラキラで見てみてと差し出してくる。見た目は喫茶店によくある長めのグラスだが、縁にうにょうにょとしたなにかが張り付いているのがわかる。
「確かに樹海の森っぽいねぇ。それも食べられるの?」
凝った造詣に金の瞳もスイとお揃いのまん丸になる。
スイはストローでちょんっとつついた後、唇をつけてちゅるり。閉じると猫口っぽくなるのがまた愛らしい。
「すとろー、ふといけど、すいこめないの」
「スイちゃん、スプーンがあるよ」
「うん! よいしょっと……」
おっかなびっくり掬い上げた樹海は、緑色のゼリー状のなにかだ。
「いただきまーす」
あむり。はむはむはむはむ……。
「……どう?」
伺うような翼に、スイは花が飛ぶような微笑みを零す。
「かんてんのあまいやつ、おばあちゃんのおみせにあるだがしににていておいしいの!」
「そっかそっか。こっちも葛湯だよ。ほら、風邪を引いた時に……」
と言ったところで視界の端にぷらりと飴色の人形が揺れた。
『井戸逆さづりバンケーキと氷漬けアイスクリンじゃよ。どっちも冷たいがパンケーキは熱々じゃよ』
矛盾したことを言い残し、老婆の店員は去っていった。
テーブルで突如開催された残酷世界に、スイが瞳を大きく見開いた。しっぽも興奮でぶっとくなっている。
「たすくくん、みてみて、すごいのよ、おにんぎょうさんがつられてるのよ」
「わ、すごーい! ホントよくできてる……どんな風にして作るんだろ」
矯めつ眇めつ観察する。棒は食べられない。糸は細くのばした飴だ。
「食べるのもったいなくなるけど、ここはあえて美味しくいただきますだね」
さぁ割ってご覧と促せば、スイはふえっ?! とびっくり、おみみを毛羽立たせた。
「おにんぎょうさん、かわいいのよ……ふにゃ、ぱかーんしちゃうの?」
「じゃあ、オレ、スイちゃんの代わりに人形割るね」
「いたいいたいなのよ、ねここみてられないのよ」
がばっと両手で顔を覆うのに吹きだして、翼は飴人形をつまむ。
「……って、スイちゃん。怖いのか興味津々なのかどっちかにしなよ」
――指の隙間から爛々と輝く瞳は、しっかりとその瞬間を見逃しませんでした!
「わ、わ、ちょことしろっぷなの……! ねここ、たべていいの?」
「うん、綺麗に割れたし、食べよ! パンケーキ、オレにもちょっと分けてね」
切り分けてとねだられてシェアする分もいただいてしまおう。
「代わりにオレのアイスクリンもあげる、こっちの演出もすごいなぁ」
周囲のソーダ氷をしゃりしゃり削って一緒にお裾分け。
「にゃ! たすくくん、すごいの、すっごくおいしいのよ!」
じゅわっとメープルシロップがお口にいっぱい。だが猫の破顔はちょこっと萎んでしまう。
「……ぼうくんもいっしょにかふぇできたらよかったのに」
「うん、望くんは、ちゃんと調査するって言ってたからね」
もうひとりの同居人を思い浮かべてそれぞれ心を寄せる。
「ここで美味しいって楽しむのが助けになるよ。だから今は今はオレ達で思いっきり楽しもうね」
「じゃあ、ぼうくんのぶんまでねこことたすくくんでおいしいおちゃかいね」
再びにっこり。はもはもとケーキを頬張る猫娘に一安心。翼もチョコとシロップの甘いケーキに寿いだ。
「おもちかえりができるなら、おばあちゃんとぼうくんにおみやげなのよ」
「うん、そうだね、お土産できるか聞いてみよっか」
――あたためてねのパンケーキ、焼き色付きのホットサンド、樹海のゼリー……楽しいお裾分け、色々どうぞ♪
●
鬱蒼と木々が腕を広げ翳る村は、完全夜型のルスラン・ドラグノフ(лезгинка・h05808)と親和性が高い。放っておけばそこかしこが醸されてさぞや良い廃墟となったことだろう、そう思うと惜しい物がある。
「兄さま、兄さま、あれを見て祠よ!」
この世の何処に『祠』という単語をこうもテンション高く口にできる者がいるのだろう?
(「――いるな、目の前に」)
兄の曖昧な青石英の双眸には、くっきりと艶やかな赤の吸血鬼、リュドミーラ・ドラグノフ(Людмила Драгунова.・h02800)がはしゃぐ様が染みこんでいる。
妹の胸の高さぐらいの古びた祠。現世を遮るような紙垂は日に焼けて朽ちた木の色に似てきている。
「へえ、白じゃないんだ、珍しい色の紙垂れだね」
下に行くほど赤くなる。
「いいわねぇ、赤! 良い雰囲気だわ! 古い物というのは在るだけでその内側から何か放っているわね!」
ぐるりと一回りして廃墟コンシェルジュの目を光らせてみる。
「この企画で立てられたものではなさそう……かな」
真新しくはない。わざと汚した演出でもない。
「本物よね!」
「それはどうだろう?」
むーっと頬を膨らませる妹より先へ行き兄は振り返る。
「リューダ、予約の時間に遅れるよ」
「カフェ! そうだわ、今日は兄さまとカフェに来たのだったわ!」
黒いレースを翻し、妹は駆け込んでくる。月と太陽、両極端な吸血鬼兄妹は、古民家カフェの玄関を潜る。
「あたしは首吊りサンドと逆さ吊りパンケーキにするわ!」
メニューを開いて開口一番のリュドミーラ。
「あとで「好みの味じゃない」と言って残りを押し付けないでくれよ」
「兄さま? 世の吸血鬼が赤いものを好むのは常識だわ!」
「だから味が気に入らないからって……まぁいいや、すみませーん」
「あら、もう店員さんを呼ぶの? まぁ!」
オモチャの包丁を胸に挿した店員が注文を取りに来た。
『……はい。この無念、どうか晴らしてください』
「祠関係で死んだのかしら?」
それにはニィッと笑う。キリがないのでルスランはさくさくと話を切り出す。
「この血の池ジュースってトマトジュースじゃないですよね?」
ぷはっと吹きだしてから、妹は「やはり兄様は変わり者ね!」と口さがない。
「リューダ、僕は吸血鬼はトマトジュースを好むという世の偏見を払拭したいんだよ」
「まあ兄さまが非常識なのは今に始まったことじゃないし、お好きなものを注文すればいいわ!」
「なんか非常識な奴に非常識とか言われたんだが?」
大変遺憾である
『――ランダムです』
店員の返答は無慈悲であった。つまり、トマトである危険性は捨てきれない。クッと項垂れてルスランは「沼コーヒーで、あと氷漬けアイスクリンも」と絞り出す。
「赤は好きなんだよ」
「それならあたしはその血の池を頼むわよ!」
――運ばれてきた料理でテーブルが一気に騒がしくなった。
「まあ真っ赤! あたしのためにあつらえたみたいで素敵だわ!」
ワイングラスに並々とつがれた血の池ジュース。ご機嫌で口をつけたリュドミーラはことりと首を傾けた。
「トマト……じゃあ、なさそうだな。けど、ベリー系でもない、と」
「……ミカン、かしら? まぁいいわ、美味しいから」
フォークとナイフをちゃきーんと装備。
「お食事も美味しそう! 見た目に悪趣味なのに食欲を失わせない配色は職人技ね! えいっ!」
リュドミーラ、糸を千切ってパンケーキに人型を落とすと、おもむろにざっくざっく! ルスランはジト目で妹の所業を見据えてぼそり。
「お前さ、面白がって料理にフォーク刺しまくるんじゃないよ……」
「このシロップの飛び散り具合が芸術点高いわ!」
「これじゃ因習村にいるサイコパスお嬢様だよ」
「うふふー、とっても甘くって美味しいわ!」
聞いちゃいないぞこのお嬢さま。
ラムネ風味の氷漬けも解体し、どろっとした珈琲葛湯も片付けた所で、妹が指を組んで身を乗り出してくる。兄は知っている、これは叶えるのも憚られるおねだりをする時の妹だ。
「兄さま、ふと思ったのだけど来た記念に祠を壊すとかどうかしら?」
「器物破損は犯罪だぞ」
「……ダメ?」
やっぱりサイコパスが過ぎる。
●
「因習村ぁ? こんなんうちらの地元じゃ珍しゅうない気がするけどなぁ」
柄谷・鈴香(雲外蒼天・h07148)は早速地元の雀と顔つなぎ、お米を貢いで情報収集。
「こんなに長閑な所で行方不明者が出ているなんてにわかには信じられないですよね」
東江・やくも(消えない泡・h07149)は陽気に誘われあふりと欠伸。
「ま、事件が起きてるなら調査し甲斐はあるわな。ああ、おおきにー」
雀を見送りやくもへ向き直る。
「できた順番はカフェ、お泊まりイベントやって」
「ははぁ、けっこう人が詰めかけてますよ」
因習村がこんなにもビジネスになるとはびっくりだ。
「カフェの方も気になります」
というかパンケーキが食べたいです――やくもは率直に言った。
「ほら、やくも! パンケーキは今度な!」
にべもない。名残惜しいが潜入捜査開始だ。
本格的な「殺人事件ごっこ」は宿で泊まりのイベントだそう。のびのびと調査しづらいなぁと鈴香が頬を膨らませる。
「それではライトコースのお試しは如何でしょうか?」
現れたのは、白いスーツに赤と青のライン入りを難なく着こなす若い女性である。
「2時間程度の「殺人事件アトラクション」の開発中でして。失礼、私は敷島と申します。この村おこしのコンシェルジュです」
差し出された名刺には知らない企画会社名。だがスタッフが従っているので、村おこしのエライ人なのは間違いない。
「後ほどカフェで感想をうかがえればと。今後の参考にしたいので」
「カフェ……いいですね、受けましょうよ、鈴香さん」
ローテンションなやくもにしては珍しく喰い気味である。
●
行く先々ではじまる寸劇に、鈴香は「うちは旅の剣豪や!」とある意味バッサリだ。やくもはあちゃーっと顔を覆う。
ひそひそひそひそ。
「……鈴香さんのそれって演技じゃなくないですか?」
「……うるさいなぁ、調査中の探偵やけど剣豪してるから、演技なの!」
さて、演技再開。
「成程なぁ……弥七は来週結婚式やったんか」
したり顔の鈴香に対し、|婚約者の女《敷島》が陰鬱に俯いて唇を噛みしめる。
『はい』
「それは確かですよ。僕も結婚式の準備で呼ばれましたからね」
やくもはパントマイムで風呂敷を解く素振り。すると、婚約者役がカッと目を見開いた。
『はっ! その炊飯器は私が彼にねだったものです……やっぱり彼が死ぬなんておかしいわ』
はい、ダウト。弥七はまだ行方不明です。
「犯……林でおらんようなったんやろ?」
危うくのジエンドをグッと堪え、鈴香は調査したい場所を次のシーンに指定する。
鬱蒼と茂る木々の隙間からの木漏れ日、土塊の足元をひょろりとイモリが横切っていく。そのそばにうっすらと複数の足跡、スニーカーか革靴っぽい。
(「ここに連れ出されたのもおるんやね」)
一方のやくもは、軽薄な金目当て商人を演じつつ、周囲への警戒を怠らない。
(「呪詛とか、そういう気配はなさそう……ですね」)
敷島が連れる『村の若いもんAとB』の視線が突き刺さる、端的に監視されているのだ。
「あ、祠ですね」
やくもはごく自然に足を止める。古びた祠には残念ながら年号はなかった。紙垂れが白一色ではなくて、下に行くほど赤くなるのが珍しい。
「これは誰を祭っているとかあるんですか?」
好奇心が先に立ったので却って自然だ。
『……』
三人は顔を見合わせた後でぼそりと呟いた。
“■マント様です”
「わぁ、こっちに行った気配があるで!」
鈴香は行き止まりの沢を指さし注意深く覗き込む。
「うー、何もかもが怪しく見えるわぁ!」
敷島と他が焦れ始めた。気づいたやくもは、敷島を沢とは逆方向にソフトに突き飛ばす。
「――死ねぇぇえ! 敷島家の財産は全て僕のものなんだぁあ」
『きゃあああ』
なぁんてすったもんだを演じつつ鈴香の調査時間を稼ぎきった。
●
――芝居が中盤にさしかかった頃、カフェ内部にて。
向き合って腰掛ける男女だが、傍目には年の離れた兄妹に見える。だが兄が妹を庇護するような雰囲気は皆無。だからといって恋人同士の甘さもない。しいて言うなら利害でつながる相棒か。
「しっかし、こんなわかりやすかったら平和……だよねぇ」
久瀬・彰(|宵深《ヨミ》に浴す|禍影《マガツカゲ》・h00869)は、注文を済ませた所で柔和に口元を解いた。
昨今の物語的な文脈では頻発なテーマパーク、そこに因習村を被せ現実世界にご提供、ああ映えて人気が出そうだ。
「なんて、ホンモノを見てきた立場異能捜査官としては思うわけですが……どう思います? “教祖様”――なんて」
「なぁんか言い方に含みがあるべな?」
コップを置いた少女、手ノ目・芽女(テノメサマ・h01421)は、胡乱げに彰を見据えた。喉を通っていったのは、或る村で霊験新たかなる自己犠牲を被せた『水』と似た濁りない味の湧き水である。
「教祖様的にはー自分からPRできるなんていい時代だべーって答えたら満足っスか?」
「……や、冗談で振ったつもりなんだけどね?」
「いっスけど」
如何にもな覆面を被った男が、芽女の前に氷柱を彰の前にはパンケーキを置いた。
『……どうぞ』
くぐもった声、目抜きから覗く瞳は過剰にぎょろぎょろとしていて、まさに|映画的手法《・・・・・》だ。
「やっぱり平和だね」
フォークを手にとりつつけば、飴の人型はカンッと済んだ音をたて砕けた。
「このパンケーキ、趣向はともかく味は結構いいな、さすが業界5番手の資本入りだ。そっちはど? おさげちゃん」
氷柱はフォークを受け入れて割れた。中から茶色のアイスクリーム人形が転げ出る。
「こっちも中々いけますナ」
しばし食べ進みながら、二人は周囲を観察する。
提供されるメニューは今時コラボカフェらしく非常にお高い。だが圧倒的なイベント性、映え特化な上に味も悪くないので顧客満足度は高い。
「村の土地だけは広いからね、工房がありそうだ」
業界5番手クンは長く儲けるつもりだ。不祥事なんぞ起こした日には、つぎ込んだ資金も信頼もパァだ。つまり洋菓子メーカーはグルではないと見て良い。
「犯罪組織が寄生してる感じかもしれないね」
「さっきの覆面のキャストさんを含め、他の店員にも精神不安の兆候はみられないっスね」
カルトの手管は熟知している、そう。
「隔離して弱らせた後に幻覚剤でも飲ませて判断力を失わせた所さ、神の奇跡なんつって簡単な手品でも見せれば、あっちゅう間に敬虔な信徒の出来上がりって寸法なのっすナ」
スプーンをくるくるする芽女は彰からの眼差しにキュッと首を竦めた。
「……わだすの教団ところではやってねぇっスよ?」
「人助けの平和主義なのは存じ上げてますとも」
そう返し、パンケーキにフォークを入れる。
客も、キャストも、呆気ないほどに普通の店だ。やはり「宿泊客」として内部に入らねば全貌は窺えないのだろうか。
「こういう村で|殺人事件《・・・・》なんて単純な話はないよ」
現実は、もっと複雑で、面倒なことばかりだ。
「久瀬サンの言う通りだべ、単なる生贄目的じゃ久瀬サンの言うように、失踪者続出ですぐ足が付いちまう」
「……力押しかねえ。一般人なんて異形の前ではなぁんにもできないって奢りが根元にある気がするなぁ」
「もしくは、行方不明がイレギュラーかもしれないっス」
うぅんと寄った眉ねをつつく真似。
「あ、ほら、真面目な顔しすぎないの。歓談を楽しむ体じゃなきゃ、逆に怪しまれちゃうよ」
最近の学校はどう? なんて胃もたれしない話題を口にしていたら、作戦で顔合わせをした√能力者、鈴香とやくもを見かけた。
スーツ姿の女を伴って彰と芽女の後ろの席につく。会話が丸聞こえな辺りちゃんとわかっている。
●
実質、予想の答え合わせである。
スーツ女こと敷島が、この村おこしの企画者であること。そして――。
『はい。カフェにもメニューを提案したら、想像以上に沢山の方に来ていただけまして。インフルエンサーの方の拡散力はすごいですね……』
――敷島が「因習村」とテーマを設定して村おこしに介入してからまだ2ヶ月ほどだと判明する。
(「製菓会社のえらいさんが出身の村にカフェを建てたのが1年近く前。けれど鳴かず飛ばずだったってわけか……」)
彰が聞く限り、敷島は「むしろカフェが売れすぎて困惑している」との印象すら受けた。
(「カフェ、そらぁこんだけ美味しくて面白いと人気もでるべ」)
芽女も頷くことしきり。味は良いところにアイデアが当たった、結果として無計画に有名になりすぎたのだ。
敷島が事件に関わっているのは確実だ。しかし真面目にコンサルしてた方が成功したのではないか? それは言わぬが花か。
「あの沢……『|不帰《ふき》の沢』っちゅうの、人が落ちたりしそうやね。演技でも行くの危ないんとちゃう?」
意見を出す素振りで探りを入れる鈴香。
『ああ、やはりそうですよねえ。今回のお試しで初めて行ったんですけれど、止めた方がいいですよねえ。貴重なご意見に感謝します』
微妙な空気が流れかけるも、やくもが「パンケーキ美味しいですね!」と話を逸らした。
「すんません。うち、お手洗いにー……」
『ああ、奥を右です』
「おおきに……わっ、すんません!」
立ち上がった鈴香は彰と芽女のテーブルのメニューブックをわざと落とした。
「いえいえ、大丈夫ですよ」
拾うそぶりでヒソヒソ話。
(「沢に足跡あったで、血痕はなしや。短期的に人を隠せそうな洞もあった。あと祠な」)
開いたメニューの『怪人■マントの二色カレー』を指さしてから、鈴香は「すんません」とトイレへと向かう。
メニューを戻したアキラはスマホをいじり「そろそろ出ようか」なんて嘯きつつ画面を見せた。
“沢の洞を経由して人を監禁している可能性アリ”
●はじまる前の舞台裏
空気が熱を帯び始める時期だが、踏み行った『因習村』は2ヶ月ほど季節を戻したような風が過ぎていく。青々と茂る木々の作る影のせいもあるのだろう。
本日の泊まり予約を確認し、スマートフォンに流し込んだ地図を眺めるヴォルン・フェアウェル(終わりの詩・h00582)の袖がついっと引かれた。
「い、いんしゅーむら……? こわいやつ?」
首を竦める橘・明留(青天を乞う・h01198)は、1歳差とは思えぬ程に蒼くて純粋だ。因習が意図する記号的な意味もわかってはいない、だから恐れるのだ。
「因習村というのはホラー作品に出てくる、時代錯誤な風習を守り続けている排他的な集落……みたいなものかな」
ホラーフィクションより遙かにおぞましい足跡でもって生きてきたヴォルンだ。しかし明留に対する語り口は穏やかだ。
気遣い優しく振る舞っているのではない、明留は冷え込む夜へも躊躇わずに日差しを注ぐような人だから自然とつられるだけだ。
「んー……??」
「風習が残虐だったり淫猥だったり、とにかく人権意識とかないやつだよ」
ゲッと藍の双眸が見開かれる。
「ホラーとかあんま見ないんだけど……とにかく遊びに行った人が帰ってこないのはまずいよな!」
「そうだね。先行メンバーからの情報だと、やはり泊まり込み芝居に興じねば真実には近づけないようだしね」
「調査するならやっぱ探偵とかかなぁ、演技はできそうにないから素でやるけど」
明留は歯を見せて笑って頬を掻く。
「いいと思うよ。明留はいつも通り真っ直ぐにしていれば自然と探偵っぽくなる筈だよ。さて、君が探偵をするなら僕はその助手としようか」
「おう、それは心強いかも。よし、もう勝ったようなもんだな!」
「……橘センセイは向こう見ずだから僕がフォローしないとね」
例のカフェを横目にここからは下り坂。イベントがある『お屋敷』も小さく見えてきた。ご一緒する仲間達は先について始めていると聞いている。
「そうだ、明留。一緒の舞台にあがる√能力者は芝居に入れ込む面々ばかりだそうだ。驚かないようにね」
人差し指をたててしたり顔のヴォルンに、明留は自信なげに眉を下げる。
「うわ、俺、ボロでないかなぁ……」
「ボロとか考えず、いつも通りに驚いたり焦ったりすればいいよ。フォローは任せてくれ給え、橘センセイ」
気障に片目を閉じる助手に、探偵はふんすっと鼻息荒く肩を怒らせた。
●人物紹介
探偵:橘・明留(青天を乞う・h01198)
助手:ヴォルン・フェアウェル(終わりの詩・h00582)
惟吹家長男・跡取り:惟吹・悠疾(人間(√EDEN)の妖怪探偵・h00220)
惟吹家三男・妾の子:春待月・望(春待猫・h02801)
惟吹家メイド:七篠・推華(正体不明のストレンジャー・h07268)
旅の民俗学者:皮崎・帝凪(Energeia・h05616)
●惟吹家の事情
惟吹家は、この彩村一帯の生命線である水路を管理している。だからか、村長ですら頭の上がらぬ陰の権力者である。
黙っていても金は右から惟吹へと入ってくる。
『ほうほう、なんたらカフェとやらは怖ろしく儲けておると』
醜悪と言えるほどに太った腹を揺らし、惟吹家当主イワオは下卑た笑い声をたてた。
『はい、惟吹家の皆々様がお守り下さる|聖来《きよら》の水にて仕立てる料理と飲み物は、大層外界の民草には美味とのことで』
白に赤と青のラインの入るスーツの女はこれ以上ない程に平伏する。
「はっはっはー、よーくわかってるじゃねえかぁ、なぁ親父」
父と同じ空色の髪、そしてそっくりなゲスな笑いを浮かべるは跡取り息子の悠疾である。
「敷島さんよぉ」
悠疾はスーツ女こと敷島の首をぐいっと掴み持ちあげ、鼻先をギリギリまで近づける。
「今日はわかっててここに来たんだろぉ? いい加減素直になれよぉ、でなきゃここで働く妹に代わりにお相手願うことに……」
とんとんっと襖が叩かれて、敷島はあからさまに安堵する。
『なんじゃい』
「お父様。考古学の皮崎先生がいらしてます。それと、そろそろ夜の8時です」
男女どちらともつかぬ鈴転がしの声は、どれほど穢そうが地に落ちぬ高貴さを内包する。
するりと開く襖の向こうより現れたのは、白磁の頬とそれに僅かの墨を流した髪の少年、ノゾムである。
「チッ! 妾腹がよぉ、いっつもいいとこで邪魔しやがってぇ」
あからさまな毒づきの悠疾を、驚くことに押しのけたのは父のイワオだ。
『ノゾム、ノゾム、近う寄れ』
目尻をだらしなくさげて腕を伸ばすのをノゾムは「客人の前ですから」とすげなく躱す。
「おお! 今回は毎月12日の『白|護守《籠もり》』の時刻に間に合ったぞ! ハッハッハ! 惟吹クン! 久しぶりだなぁ!」
モノクル越しの琥珀を眇め喜ぶのは皮崎・帝凪だ。この若さで、国家権威を謳う大学の考古学教授である。年が近い息子の悠疾ではなく、当主のイワオと近しい辺り謎多き男だ。
「あーあ今日は『白|護守《籠もり》』ですかい! 俺が当主になったらあんな迷信はなくしちまうのになぁ」
「何を言うのだ、次期当主ともあろう者が!」
と、父が叱る前に悠疾を叱ったのは帝凪である。ずずいと前のめり、顔が近い。
「村の水の|聖来《きよら》は現世毒を抜かれてこそ。その毒は何処に溜まるかというと、ここ惟吹家なのだよ!」
したり顔で語るのに、ノゾムがうんざりとぼやく。
「家のものなら誰でも知ってるよ」
「妾腹がしゃしゃんなよ、春待月」
惟吹家の者とは認めぬと、悠疾は腹違いの弟を母親の姓である春待月で呼び続けている。
「はいはい、オニーサマ」
ノゾムもシタタカ極まれりで、耳に小指をさしこんでわざとらしくそっぽを向く。
(「むしろこのバカ兄貴のイヤミなんて、アレに比べれば……」)
屈辱がノゾムの耳まで赤くするノゾムを、蛇のような目でどろりと見つめるのは父親のイワオである。
「あのー、失礼しまーす!」
すたーん!
勢いよく襖が開いて現れたのは、芥子色の和装にエプロンをした使用人の七篠・推華だ。手には眩しいぐらい真っ白の布を持っている。
「推華……」
|敷島《姉》が物言いたげに目を向けるのには、ほんの少しだけ首を傾けて応える。
「そろそろ『白|護守《籠もり》』ですんで、お客さんには部屋に下がってもらわないと。それでご主人様……」
惟吹家のイワオ、悠疾、ノゾムへ、血のように赤い双眸を向ける使用人。
「布がけをー……」
悠疾がわざと推華に肩をぶつけて立ち止まる。
「テキトーやっといてよ、推華ちゃんが」
「はぁ、いいんですかねぇ?? 推華さんは惟吹家の血筋じゃないんですけど」
とってつけたような丁寧語、一人称は自分の名前――飄々とした独自の存在感を持つ女にゲスの悠疾は鼻白む。
(「この女は苦手だ。だから姉貴から食っちまおうと思ったんだが……」)
穢してはならぬ『白|護守《籠もり》』の日とあっちゃあ流石に――。
『ふっふっふ、ノゾムぅ、今日もワシとねんねじゃ。うちの部屋にゃあ白布は既にかけてあるからのぅ』
「……ッ」
父に抱き寄せられて苦虫を噛みつぶすノゾムにほくそ笑み、推華に触れようとすれば――。
「はい。これ悠疾様の分です、よろしくー」
巧みに躱され代わりに布の束を手渡される。
「人手が足りないならば、俺も白布をかけても良いだろうか?」
「あ、手伝ってくれんだ、助かるや」
タメ口をきいた客人と共に使用人は出ていった。
「ノゾムぅ、お着替えしまちょーね」と、しけ込んだ奥の私室から生理的嫌悪を催す声が響く。
「推華だけでなく、ノゾムちゃんまで……クッ」
ギリッと敷島が拳を握り確かにそう呟いたのを悠疾は聞いてしまった。敷島は使用人推華の姉であり、ノゾムとは無関係の筈だが……?
(まぁ語る場所がなかったので言っとくと、ノゾムの母と敷島が年の離れた姉妹なんですよ)
はっと口を押さえると、敷島は取り繕うように後れ毛を耳にかけ悠疾の傍をすり抜けていった。
「……ッ、××●!」
奥の部屋からは衣擦れの音と、ノゾムの声にならぬ不快の訴えが響いてくるが毎日のことだ。
「興が削がれたぜ」
今日が『白|護守《籠もり》』の日でなければ村の女に金をやって|遊ぶ《・・》のだが、悠疾は解消できぬ穢い欲に舌打ちし、布を手に部屋を出た。
●ダイイチのサツジン
――深夜。
当主である惟吹イワオが、何者かの兇刃に掛かり命を落とした。
守護の白布は夥しい血により赤く朱く染めあげられている――。
●探偵と助手登場
一枚だけ起こされた畳に白い布。そこにくくりつけられたイワオの血だらけの死体を前にして、探偵明留が口元を覆う。
「うわ、気持ち悪……」
「橘センセイ、大丈夫ですか」
助手ヴォルンは探偵センセイを支え耳元で囁く。
「……明留、作り物だよ。おじさんは死んでない」
「すごいリアルだぞ……まぁいいや、第一発見者は誰だ?」
はいっと手をあげたのは使用人の推華だ。
「昨日から今日にかけては『白|護守《籠もり》』の日なんで、推華さんは徹夜で部屋をまわってみてたよ。余所者の出入りはなかったね」
「なるほどー……つまり、この屋敷に泊まっていた、敷島さんと皮崎さん、あとはご子息のお二人と使用人のお嬢さんだけだった、と」
ヴォルンがとりまとめる間、明留は何をしていたかというと――この場にいるインビジブルと意識をつないで証言を得ていた。無論、こんな芝居ではなくて、過去の行方不明者についてだ。
「おいおーい、探偵サンよぉ、真面目に捜査してくれよなぁあ?」
敷島の肩に手をまわす悠疾。この敷島とやら、かなり根本に関わるスタッフだと探偵コンビは聞いている。
(「なんとか孤立させたい所だねぇ……」)
そんなヴォルンを察してか、そうだと手を打ったのは考古学者の帝凪である。
「深夜にトイレに行ったときだがねぇ、主のイワオくんの部屋の手前の襖が開いて、女がひとり出て来たぞ」
女? と、敷島と推華の二人が注目を浴びる。
「あはぁ、女ねえ」
ただひとり、悠疾だけはノゾムを見てしたり顔。
「『白|護守《籠もり》』の日は、深夜2時22分から、家中の白布を外して行くんだよ。客間の俺の元に推華さんが来たのは確かー……」
帝凪は腕時計を見て頷く。
「3時半を過ぎていたな。それで目が覚めて尿意を覚えたのだよ」
「最後がイワオ様の部屋だね。そこには4時までに行かなきゃならなくてね」
「それで死体を発見したんだな」
インビジブルとの対話を終えた明留は、ちらと敷島を見てからヴォルンへだけわかるように片目を数回閉じた。
符丁の意味まではわからない。が、望は探偵と助手が√能力者としてやりたいことを察知する。
「ではこうしよう。被疑者は女性二人、そして探偵サン達は来たばかりで犯人じゃない。探偵、女のペアで見張ってもらえばいいよ」
「わかりました」
ヴォルンは敷島の元に進み出るとしなやかに手首をとった。
『……きゃっ』
「失礼」
薄笑いを浮かべつつも腕は外さない。
「メイドさんは俺がつくよ。色々案内してくれるかな、調べ物したいから」
「ネス刑事」
推華はボソリと呟くとキヒッと歯を見せ笑った。
「いいよ。どこを嗅ぎまわりたいんだい?」
監視されているとは思えぬ程の自由さで、使用人は探偵を連れて倉庫へと向かう。
「うむうむ、これで当面の危険は去るわけだ。ならば俺も兼ねてから調べたいことがあってだな……そう」
“■マント”
考古学者は心が躍るのを隠せずに頬を緩めてその単語を口にした。
「赤と答えても、白と答えても殺される。その些細な殺害方法がこの家の文献にあった筈」
『待って、それは……ッ!』
焦って腕を伸ばす敷島はハタッと瞳を皿にする。
(「まずい、調査しているとバレる訳にいかない」)
望は素早く悠疾に視線を飛ばす。
「へっへっへぇ、俺は知ってるんだぜぇ、春待月。インチキ学者が見た女ってお前だろ?」
(「あ、この人、ガチで芝居に入ってる。調査とか忘れてそ」)
ノゾムの顎を掴んで持ちあげる、悠疾のゲスい演技は絶好調だ!
●犯人はアグレッシブ?
「行方不明者は無許可で隠しカメラをまわしていた動画撮影者だったみたい。生け贄目当てってよりは口止めで攫ったみたい」
倉庫に来てさっそく明留は口火を切った。ヴォルンには『行方不明者はここを嗅ぎまわった』と合図で伝えてある。
しかし√能力者仲間の帝凪は資料発掘に熱が入っている。
「ふむ、ふむふむ……昭和より更に昔のアカガリが関わっているとはな。特高から逃れる為に落ち延びた思想家がいて、教えを伝えた」
「恐怖」
ぽつり。
男二人の怪訝な視線に推華は面倒くさそうにこう付け加える。
「恐怖を人は抱え込めない、だから噂になって広がる。例えば“切り裂きジャック”とかね」
「成程、思想を村に流布する為に『怪人赤マント』なんてものをでっち上げた、と?」
そう呟いた帝凪は、視線の端に黒い刃が映るのに身を固める。
「おい、まさか……」
「流石に普通の人にこれを突き立てる訳にもいかないからね、不完全燃焼も良い所なんだよ」
言い終わるや否や、推華は鋏の片刃を翻した――!
……。
ノゾムが辿り着いたのは最悪と最良両面のタイミングであった。
母に似てきた自分を女装させ夜ごと弄ぶ父。瓜二つの目つきをした跡取りの兄を突き飛ばし、探偵に助力を仰ごうと駆け込んできた。
「探偵さん、実は皮崎先生が見かけたのは僕なん……ッ!」
最悪だったのは、帝凪と明留が血塗れで事切れていたこと。
最良だったのは――。
「やぁ、弟クンもお揃いになっとく?」
一番怪しい容疑者であった筈だが、真犯人が目の前にいるので疑いが晴れたことだ。
「や、だぁ……」
バチンッと雷、焦げくさい臭いと共にノゾムは倒れ伏す。
●敷島の事情
「成程。思想を村に流布する為に『怪人赤マント』なんてものをでっち上げた、と?」
同時刻、偶然にも帝凪と同じ台詞をヴォルンも敷島に対して口にしていた。
『!!』
この女が邪神教団に与する者だろうとのカマかけ、そして秘密を暴こうとする者に|どこまでのことをしでかすか《・・・・・・・・・・・・・》測ってみる。
(「殺しに掛かってきたならば、行方不明者の生存は絶望だろうね」)
明留の符丁より、インビジブルの中に被害者はいなかったと把握はしているがはてさて。ヴォルンはわざと手首を緩めて敷島の出方を見る。
『――探偵さん』
「助手だよ」
『どちらでもいいわ、私が殺したのよ』
敷島は、ヴォルンの眼前にスマートフォンを翳す。そこには妙にリズムの狂ったメロディと淡々と円が拡張と収縮する退屈な図が繰り返される。
(「洗脳か。こんな子供騙しに掛かる訳が無いのだが……能力者でなければやられてしまいそうだね」)
裏を返すと敷島は人殺しを躊躇する倫理観がある。
「――……」
ヴォルンは酩酊を演じ疑われぬように目を閉じ倒れ込んだ。
ふう……っと長いため息と共にぼそぼそとした声は「指示を仰がないと」と確かに呟いた。だが、絹を裂くような声にはっと顔をあげる。
「ひっ、ひぃいい! 人殺しぃぃ! まて、誰に頼まれたのか知らんが、報酬の倍、いや三倍払うから助けてくれ」
ドタバタと床を蹴る音をたてて悠疾が走り込んでくる。ひたひたと追い縋るのは、スタンガンを掲げ持つ使用人の推華である。
「無料奉仕だよ。奉仕は推華さんの為かな」
つまり人殺しが趣味ってこ――…………。
「あと殺しはしないよ、がっかりだね」
スタンガンが捉えたのは、男ではなく華奢な子供らしい指先だ。
「新旧メイド対戦といきましょうか、これでよろしいですか? ご主人様」
推華の行く手を阻むのは、不意を打つように現れた|アヤレーゼ《anchor》だ。いい加減混迷を極めてきたが、それは敷島にとっては好都合。
『そんなっ! 推華ちゃんが犯人だったなんて! もう罪を重ねないで!』
涙ながらに抱きつく敷島。
廊下を這いずってきた望は推華に向けて指でバッテン。ちぇっと頬を膨らませて使用人嬢は武装解除するのである。
――殺人事件ごっこは終了。
だが眠りこけるヴォルンは「救護室に連れて行きます」と敷島の部下に連れられていった。
●
陰鬱なる村に、パッと艶やかな若葉の花が咲く。
古民家の前でヒソヒソ話に興じる|老婆達《スタッフさん》が、一瞬素に返って目を奪われるぐらいには、この双子の兄妹は華がある。
「はぁいお婆ちゃま方ぁ~、良いお天気よねぇ。ついこの間まで冬だったのに、今は木陰が嬉しい季節だわ」
ノア・デイヴィス(あやしいお店の次期店主・h04075)が手をあげると、首に下げる曰わくありげな数珠飾りがちゃらりと鳴った。
「うんうん、横浜より風が気持ちいいね! お婆ちゃん、お腰痛いの? いい薬あるよ♪」
ノエラ・デイヴィス(あやしいお店の看板娘・h04076)は鞄をゴソゴソ、健康的にすんなりと伸びた白い太ももが眩しい。コーディネートはお洒落に詳しいお兄ちゃんにお任せしました!
「ほーら、ノエラ。あの人達、ホントは若いの」
「えー、なんでわかるの?」
ノアは自分を頬をつんつんってして片目を閉じる。
「お・は・だ。まだ曲がり角すら来てないピチピチだわ」
「えー?」
ノエラはじいっと見てみるが、こてこての芝居メイクでわかんない。
『! よ、よそものめぇ、厚かましく見るでないわぁ!』
これでも喰らえと投げる素振りですすっと差し出されたちっちゃな巾着は金平糖入りだ。余所者に砂を投げる演技の代わりらしい。
「らっきー♪いっただきまーす」
「ノエラ、甘いのを頬張っちゃうとカフェスイーツの味がわかんなくなるわよぉ」
「お兄ちゃんも食べる?」
ぽりぽり可愛らしい音に対し、兄はちょうだいと手をさしだす。
――さて。因習村カフェのボックス席に着席。
「座るところ畳だねー、わお純和風」
ノアは縁の千鳥模様をなぞりわくわく。
「こういうさりげなく効かせるのはいいわよね」
店内は一般客も含めて大繁盛だ。この村で事件が進行しているとはとても思えない。
「こうして喫茶店でお茶するだけでお役に立てるなら、お休み満喫しつつ一石二鳥よねぇ」
「たまのお休みはお家でだらだらするだけなのに、こういうところ連れてきてくれるなんて、珍しいこともあるね?」
ノエラはメニューブックを手に取り兄へ上目づかい。
「たまにはいいでしょう? 兄妹水入らず、なんだかんだずっと忙しかったからねぇ」
しっとり会話もここまで。飛び込んできたメニューにノアが足をばたつかせて大興奮。
「わー! なぁにこの喫茶店!すごいすごい面白ーい!」
「ってもう、ノエラ、騒がないのぉ……全くお転婆ねぇ、で、なに食べるのぉ?」
「あ、お兄ちゃん!お兄ちゃん!ボク、これ食べたいな!」
ずびしっとさすのは滝のようなチーズ。
「滝の首つりチーズフォンデュホットサンドと、監禁フレーバーティ!」
「あら、甘いものはいいのぉ? パンケーキもあるわよぉ?」
「え、パンケーキもあるの?」
人差し指を唇にあてて、うーんと妹。それをニコニコと見守る兄――以心伝心、お腹から一緒の二人は考えることも同じだ。
「ねえねえ、お兄ちゃん! ボク、ひとりじゃあ食べきれないから半分こしよ?」
「ふふ、いいわよぉ。半分こしましょ。アタシもパンケーキ食べたいものぉ」
「お兄ちゃんはなにを半分こしてくれるの?」
「アタシはそうねえ、怪人■マントの二色カレーと底なし沼コーヒー、あと、井戸逆さづりバンケーキねぇ」
食べ物はフルコンボ、大丈夫、二人なら楽しいわけっこで食べちゃえる。
――しばらくして、テーブルが一気に華やかになる。
「わぁ、お人形がぷらぷらしてるー!」
とろっとろのチーズの香りを嗅ぎながら、飴人形に瞳をキラキラ。
「さぁノエラ、パァンとやっちゃいなさいな」
「え、いいの? ボク、お人形さん割っていいの?」
「もちろんよ。アタシ、割れる所見たいわぁ。だってこういうギミック好きだものねぇ」
無邪気で可愛い妹に、どれだけ気持ちが救われたか。
「えへへ、お兄ちゃんありがとう!」
同じ年なのにちゃんとお兄ちゃんで、いつもこうやって譲ってくれる格好良くて優しいお兄ちゃんだ。両親がいなくなった時も朝も夜もなく働いて支えてくれたのも感謝している。
……なんてことを素直に言うものだから、ノアは照れて頬をちょっと赤くしたり。
「ほら、シェアしましょ」
パンケーキを切って、チーズトーストをのせて、カレーもちゃんと半分こ。特別セットの二人前のできあがり。
わいわいとファッションや他愛のないお話をして昼下がりを過ごすのでした。
●
第一陣がカフェと殺人事件ごっこを心征くまで楽しんで一日が過ぎた。いや、調査ですよ調査! 時間軸的には仲間が黒幕に近い女『敷島』にわざと囚われたのはつい先程。
乗り込んできた第二陣の筆頭である二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)は、宿泊予定のひときわ大きい古民家屋敷の前でゴクリと喉を鳴らした。
――玄関口で、片脚のみを梁に結ばれて、ぶらりぶらり。ぴちゃりぴちゃりと体中から吹きだした血が脳天から地面へと落ちる。
琥珀色の髪した人好きする青年、緇・カナト(hellhound・h02325)が、グッと黒い狐面を握りしめた儘で吊されている。
垂れる上着は血に染まり、ああそれはさながら――。
「赤マント様だ」
と、村人のひとり(仮にAと呼称しよう)が呟いた。
Aを始めとした村人達(スタッフの皆さんです)がひそひそざわざわってしてる中、黒髪金眼の青年野分・時雨(初嵐・h00536)が震える。
「……カナトさんが死んだ!」
「カナトさんってヒトが死んだのかぁ」
会話だ、会話が成立している。誰・カナトが時雨の相手をしてるんだ?
「誰だ?」
利家が目を向けた村人たちは「ひそひそ」と「ざわざわ」しか言ってないぞ。あとなんかよく見るとガチで怖がってる気がする。
しゃがんで地面に染みる赤をなぞれば、本物の血だこれ。そりゃあスタッフの皆さんが普通の人ならビビり散らかすことだろう。
「わたしの灰色の脳細胞が出番の様ですね」
利家を押しやって踊り出てきたのはドヤ顔バードことゴッドバード・イーグル(二階堂・利家のAnkerのインテリジェンスウェポン・h05283)である。
「行きますよワトスン」
「おいちょっと待て打ち合わせと違うぞ、てか俺が助手なんだ……」
時雨は吊されたカナトをキッと睨みつける。
「この人でなし!」
絞り出すよな犯人への怨嗟だ。
「このヒトデナシなのは合ってるケドも……」
「そうです、ヒトデナシはここにいます」
つんっとゴッドバードの骨のような口先は利家の背中をつつく。
「ワトスン、このヒトデナシ。お前のやったことは、全部すべてまるっとはっきりとお見通しだ!」
――オープニングが終わってすぐに解決編がきてしまったなぁ。
『そうだ! やーっぱり他所モンが殺りやがったかぁ!』
『探偵の助手面で事件隠蔽とはふてぇやろうだ!』
モブの村人AとBもよく言ってる台詞をここぞとばかりに言い出して盛り上げる。
「利家さん。あなたが犯人だったんですね……初めてあなたと出会った時から、このヒトはいつかやるんじゃないかと思っていましたよ。ええ。そういう目をしていた」
長台詞で罪を着せるぞー。
「ちげーよ俺ちゃうわ!? 今此処に来たばっかじゃない?? 出し抜けに何なの!? 怖い! 冤罪にされかけている!?」
利家が必死に否定すればするほど、村人達の目が胡乱げに窄まる。そうして指さしヒソヒソと聞こえよがしの内緒話。
『駐在さんがくるまでどうすっべ』
『あぁ、座敷牢でええじゃろ』
『なにぃ! あの座敷牢は入ったが最後絶対に死ぬまで出られない……』
「やめろ、やめてください。ダンジョンより小規模な洞穴では死にたくない。お前俺のAnkerだからって何言っても良いわけじゃねーんだぞ!? 違います俺じゃない!!!」
あぁ、と――何処かよりまた声がする。
「ヒトデナシは、彼じゃあない。そう、ヒトデナシとはオレの事だ!」
カナトの両目がカッと見開いた――なんと怖ろしいことか、ずっとずっと時雨と会話していたのは死んだ筈のカナトだったのだ!
「まだ死んでない。 生贄になりそうなだけ?」
うん、とカナトは時雨に頷いてから、よいしょっと身体を半分に折ると足をしばる縄を解こうとする。
「そう。早とちり。えへ。合ってたの人でなしだけだね」
「だよー」
人でなしは認めるんかーい!
「ふっふっふ。やはりそういうことでしたね」
したり顔バード。
「どういうことだよ!」
「わたしの優秀なる助手の利家さんが、犯人ではないと信じていましたよ。例え全員が疑おうとも……」
「言ってることがさっきと逆なんだけど!?」
やいのやいのやってる内に、縄抜け成功したカナトが額に狐面を宛がって一息ついた。
「ところで、生贄なんて滅ぼし甲斐ありそうだよネ」
ほのぼの。
スタッフの村人役の間に得体の知れぬ薄ら笑いが広がって行くところに、沢の方より戻ってきたのはスーツ姿の女だ。
(「あー、あれが敷島さんかぁ」)
(「キレたら返り討ちにしてもイイやつ?」)
――それはどうだろう?
利家とゴッドバードは顔を見合わす。時雨とカナトから目を離すと危ないかもしれない。敷島さん、人殺しはできなそうなメンタルらしいし。
実はゴッドバードさんはいい人(?)なんですよ。ちゃんと文字化けを復元して確認したから知ってます。
●
『白はダメだ』
『ああ、白は宜しくねえべな』
屋敷に通された4人の内、皆が皆ゴッドバードに対してひそひそ。
「成程、白を否定する因習か」
手を打つ時雨はぐいっと上の方に視線を送る。
「ああ、そのようだねぇ」
応えるカナトだけは、積み上げた座布団と美味しいパンケーキがセットの特別待遇だ。
『赤だ』
『赤の御方じゃあ、しかも蘇られたァ』
村人はカナトを拝むとすすーっと去っていった。斯くして能力者4人になった所で、利家は手招きする。
「……√能力者のカナトさんをここまで追い込んだのは誰だい?」
其れ即ち敵対勢力に間違いない。
時雨とカナトは視線を絡めた後でぽつりぽつりと語り出した。
「……因習をぶち壊すつもりだが、崇められてしまっちゃあねえ」
「因習特別扱いをカナトさんは心ゆくまで享受しているものなぁ」
「パンケーキ美味しかったな~」
「ふむ、早速懐柔されてますね」
ゴッドバードはからの皿に羨ましげな目を向けて2人の話をさぁと促す。
「実は――」
皆は知っているだろうか? 旅行先では友情も木っ端微塵になりやすい事を。一説によると、疲れやお泊まりすることで見えなかった相手のいやぁ~な習慣や性格が見えたりして以下略。
「つまり、バチボコ喧嘩し、今回仲直りお出かけに来たぼくら」
時雨に対し仰々しくカナトは頷いた。
「ケンカして仲直りに訪れたらしい後輩と二人」
「かくして一生仲直りできず、さようならと言うわけです」
息ぴったりな会話だが要領を得ない。利家は首を曲げてから「つまりこうか?」と切り出す。
「ただでさえ険悪だった君たちは、旅先で些細なことで諍いになりカジュアルに殺しあいに発展した、と」
「「先にやったのはカナトさん/時雨 だ」」
あーあーあー、互いに|手斧《Blood》と|曲刀《カルタリ》を取り出してぶった斬りはじめたぞー。
「成程、こうなったわけか……おい、そっちの首尾はどうかな?」
「……わたしのセンサーを以ってすれば対象物の|サーモ《体温》から心拍数まで全て計測可能です」
ゴッドバードは「■マント」と呟く。
「先ほどの祈りで“マント”と発していた者は、皆強靱な心臓をしておりました。そう、数が集れば我々を対等に害する事ができるような……」
ぴたりと斬り合いを止めた2人がくるーりと振り返る。
「つまり“■マント”を交えて煽ってこいってことかぁ~。それでちょちょいと生贄になれかぁ」
とっても嬉しそうですカナトさん。
「そうだね、生贄はしょうがない」
仰々しく頷いてるが中身がないよ時雨さん。
2人は喧嘩中とは思えぬあうんの呼吸でかけだしていく。
「あ、あー……まだ話が途中な気がしたけれど……って、寝るなよ?!」
畳にべしょっと伏せて転がった骨龍は、ぱちりぱちりと羽ばたいた。
「2人の生命データは全て憶えました。何があってもトレース出来ますよ。慌てず騒がず、安楽椅子探偵としゃれ込もうではありませんか」
「予言しといてやるよ――絶対この事件は解けないってな」
2人が攫われENDですしねえ。
――2人はいきなり当たりを引いていた。
「村の古いしきたりって、世の中の変化、成長に適応できない老が……いどもが古巣に固執する言い訳にしたり」
老害って言った! 結局言ってたよカナトさん?!
「紫マント。赤はダサいですよ、今は多様性の世の中ですからねぇ」
ぼそっと地雷ワードをさしこむのを時雨さんは忘れないぞ。
『なっ、なんちゅうことを言うかァ! む、紫! だとお?!』
ぶぅんっと、さりげない装いで壁に掛かっていた槍が村人の手により時雨の額にヒットする!
「えーん。これも全部、古いしきたりのせい。許せませんよねぇ、因習って……!」
余裕だな。
(「因習て何? 具体的にどんなもん? マントが紫で殺されるってどういうこと?」)
「わぁ、時雨があ、たいへんだー」
今まで滑らかトークで煽っていたくせに、此処に来て何故棒演技なのだカナト。
「外部の血なり要素取り入れたり入れなかったり……」
『バカこくでねえだ! ■マント様はのう、都会からいらしてこの村に英智をもたらしてくだすったありがてー人じゃあ!』
ぼわっとカナトの上着に火がついた。
「え~、これがよきって崇めてたじゃーん」
ヨシ壊そうか! って言ってたら先に火をつけられちゃったよ。
額から血をだくだくと流す時雨と、半分炭化したカナトは、憐れ抱き合うように崩れ落ちるのでした。
●
「ああ、死にましたね、人間的には」
しれっと嘯く安楽椅子探偵ゴッドバード。
利家は敷島という女が役者達に離れるようにと大慌てで指示を出しているのを聞いた。そうしてゴッドバードに視線を向ける。
「敷島さんの心拍数はバックバクですね。イレギュラーに焦って今にも爆発して逃げたいって気分でしょうな」
まぁそんなものはご大層なデータがなくてもわかることではある。
「人殺しは躊躇っていたようだしな。つまりここにきて黒幕側が介入してきたってわけか。人殺しも辞さない、ね」
●
第二陣の一人はラフに上着を羽織りうろついていると高校生にしか見えない日南・カナタ(新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h01454)だ。
「これがお遊びだったら楽しそうなイベントなんだけどなぁ。まぁいいや。イベント受付けはどこだろう?」
などとぶらついていると、けたたましいやりとりが耳に飛び込んできた。
『中学生だから宿泊禁止なんだよ』
『さっき聞いたんですけどー、泊まらない殺人事件ごっこがあるってー』
『やりたーい』
中学生の集団にスタッフが絡まれているのを、式凪・朔夜(影狼憑きの霊能力者・h07051)はそわそわと見守っている。
何を隠そう、中学生達を嗾したのは朔夜さんである。昨日、敷島が『デイタイム殺人事件』を企画していたのを聞いてのことだ。
(「……怪しい。これが普通の……テーマパーク? カフェ? いや普通に怪しいだろ」)
誰が行くんだと思っていたら無計画に飛び込んできた中学生グループのガッカリに遭遇した。居たよ行きたい奴。
そんなわけで中学生をぶつけてスタッフの反応を伺う。むろん彼らに危険が及べば身を挺して庇う所存。
(「ん? なんかさっきからあいつ不審だよなー……怪しい……!」)
ソワソワしている朔夜はパンクスファッションの美形。ゆるく笑っちゃあいるがカナタにはわかる、こいつ相当の手練れだ、どこにも隙がない。
「あの、あなたもイベントの参加者?」
「そうだけど」
「あなただけ彼らと年が違いますよねー? 保護者って言うほど大人でもないし」
「……いや、それ言ったら、お前だって子供だろ?」
あからさまな疑いにムッとして朔夜は積極的に地雷を踏みしめに行く。
「むっ! これは行方……」
スタッフに聞かれぬよう声を絞るが抗議の気持ちはMAXで。
「……行方不明者が出てる事件なんだよ。|警視庁異能捜査官《カミガリ》として俺は真面目に捜査に来てるんだ。そっちみたいな遊びじゃないんだけど」
朔夜が√能力者とわかるもチャラチャラしてるのが気にくわない。
「……いや、俺もここには調査に来てるんだよ。はぁ、捜査官? ……子供じゃん。お前こそ怪しいんじゃないのか」
「何度も子供って言うなー! 子供じゃねー!」
中学生に根負けした係員が「あなた達も入りますか?」と、この言い合いにぶち込んでくる辺り仕事ができる。
「俺、探偵で!」
「わざわざそんな役どころを選ぶところがお子様だねぇ」
「じゃあそっちは何役だよ」
「最初から明かす訳ないでしょ?」
――それどう考えても犯人ムーブなんですが。
じとっと疑いの眼をするカナタに対し朔夜はぺろっと舌を出す。
さて。
設定はほぼそのまんま。因習村に遊びに来た中学生グループと謎のおにーさん朔夜の一行は、為す術もなく殺人事件に巻き込まれていく! 探偵日南カナタは果たしてこの連鎖殺人を止められるのか!!
順調に中学生が突然倒れたり、磔にされたり、海に落ちたり……以上、全てスタッフの指示で死んだフリを楽しんでる中、探偵と謎の男の仲はますます険悪になっていくのである。
(「見たところ、一般人に危害を加えたり攫ったりもないな」)
(「死体役楽しみ過ぎだろ、中学生!」)
険悪になりながらも、二人して一般人の安全第一なのはお揃いなのだ。
『ヒッヒッヒィ、探偵しゃん、助手しゃん……誰が犯人かわかるかのお?』
老婆のメイクのスタッフが盛り上げてくるのに対し、二人は相変わらず互いしか見ていない。
「助手じゃないです、そこ訂正して、お婆ちゃん。子供探偵なんて怪しすぎ、君が犯人なんじゃないの?」
「え、違うって俺犯人じゃないよ! だーかーらー子供って言うなー!!」
ピーギャーピーギャー、お芝居そっちのけで言い合う二人――これが最悪な式凪朔夜と日南ヒナタの出会いであった。
追伸。
「殺人事件ごっこ」のスタッフは、全てが怪異? につながっている訳ではないようだ。
お婆ちゃん役に聞いた所、彼は売れない劇団員でネットに出ていたアルバイト募集を見て来たそうな。他にもそういうスタッフはいるらしい。
――そんな情報交換をする頃には、ほんの少しは打ち解けた二人だったとかなんとか。
●
――世界を定義するのは場ではなくて人である。
其処にいるだけで、凡庸たる見る者らの胸に物語りを生み出す存在はいる、何処までも残酷な差異をもって。
因習村テーマパークに配された|役者《キャスト》達は、しばしお出迎えの芝居を忘れて見とれてしまう。
因習村の印象はふわふわ、だがララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)はこの場が|まがいもの《・・・・・》だとは察知している。
(「深入りのつもりはないけれど……」)
鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)は華奢なうさぎの耳を片側のみ傾けて、舞台にて棒立ちになる役者達に視線をくれる。
ララといれば良くある反応ではある。だから詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)の淡い薔薇の瞳はいつも通り冷静だ。
――ちょっと、期待外れかも?
『……あんたら、なんでこの村に来なすった』
折角のテーマパーク、ここでガッカリさせては役者根性が廃る、と、老婆が立ちはだかった。
ララが「カフェを愉しむためよ」とすげなく切る前にイサが即座に口火を切った。
「……理由は聞かないで下さい」
物憂げに俯いとけばそれっぽいはず。
「……イサ、だいじょうぶ?」
ラズリも雰囲気系で心配をしておく。
見事に嵌まり、三人の老婆らは目を皿のように見開いてくれた。
『なにか、秘密があるようぢゃな』
「やっぱりパパの話とは違うわ」
鈴転がしの声でララが宣ったのは演技ではなく紛れもない真実である。だが、老婆のキャストは勝手に怖がってくれた。
『あな怖ろしや』
『あの夜の再来ぢゃあ……』
『このような麗し幼子らがまさか……』
噛み合ってないようで案外外れてないのがまた味わい深い。
●
古民家の門を潜り通されたボックス席に着いて注文を済ませた所で、ララはぽつり。
「やっぱり因習村が何なのかよくわからないわ」
「ララのパパが喚ばれたのよね? 私も詳しくないけど……因習村で何をしたのか気になるかも」
「パパの話だと『宴』だったそうよ」
天の雛女の父と云えば、人が口にするのも憚られる程に畏れ多い高位の存在であろう。この村には、今回の星詠みでも暴けぬ秘密があるのやもしれぬ。
「……ララの父がね……招待されたってことか。何か大変そ」
イサは先に来たドリンクを包丁の刺さった黒髪女から受け取り配膳する。
ララは喉をこくりと潤しす――メロン味だ。もしやラズリの樹海ソーダと中身は一緒なのでは? 構わず流麗な所作で血の池ジースを飲み干した。
「イサに似合う雰囲気ね」
「え? 俺に因習村が似合うってどういう意味?!」
監禁フレーバーティ由縁のカプセル型の砂糖を摘まんだところで、聖女サマの爆弾発言である。
「そ、そうね……」
樹海を模したゼリーをストローでつつきつつ、ラズリはちらっとララからイサで目を留めた。
「確かに、似合いそう……」
「どの辺が?」
「だってイサって座敷牢とかに囚われそう。ね、ラズリもそう思うでしょ?」
同意を求める目配せに困ったように目を逸らす。
「そんな事ないよな? ラズ……」
イサへは口元が自然と緩んだ。しまった、本音が出て笑ってしまった。
「……すごく、白い着物を着て、座敷牢に繋がれてそう……」
「ふふん……同志ね」
ジトッとした双眸に、慌ててナイナイと両手を振るラズリ。だがイサはますます胡乱げだ。
「今なんか聞こえたけど」
「大丈夫、私達が助けに行くから! ね、ララ?」
ララは唇の余韻を残した赤い縁を撫で、うっそりと囁いた。
「……噫……どうせならこれが、龍の血だったらよかったのに……なんて」
助けてくれなさそうだ。
『この滝は呪いで熱いの……気をつけなさい、フフッ』
井戸逆さづりパンケーキ、氷漬けアイスクリン、トドメは桶のチーズをどちゃっとかけたホットサンド――と、テーブルの上が一気に派手になった。
「なんかすごいメニューだよな……人を殺す疑似体験ってやつ?」
ぷらーんと逆さづりの飴をつんとつつくイサは傍らを見てわざとらしく震える。
「猟奇的で面白いメニューなの、つんつーん!」
!
なんということだろうか?! ラズリは手元でチーズに溺れるソーセージの人型を突き刺し、更なる責め苦を与えているではないか! ……熱々チーズたっぷり絡めた方がおいしそうですよね。
「……俺は兵器だから別に殺すの慣れてないわけじゃないけどさ」
イサの手元で弾けた飴人形は、メープルシロップの血とチョコの黒い■■と共にパンケーキにダイブした。狙っているのだろうがやはり絵面がえげつない。
「ララは氷漬けアイスクリンにしたの」
熱々の隣で、ララが白魚の華奢な指で氷漬けの遺体をザックリ。ぱこりと首にフォークを刺されて首チョンパな被害者アイスが氷柱と共に真っ二つだ。
「お、ララは大胆にいったな」
「冷たくて美味しいわ」
あむあむと心臓苺ごと嬉しげに頬張るララと、
「ふふ、いけない気分になっちゃうね」
カジュアルに熱地獄につきおとしパンごと囓るラズリ。
イサも、もっとつつき回した方がいいかなぁと思いつつ、あまあまの染みたパンケーキを口にする。じゅわっとしておいしい。
「迦楼羅ってヒトも食べるの?」
「迦楼羅はヒトなど食べないわ?」
「だよな」
「食べるのはヒトの三毒」
よかったと胸を撫で下ろすのもつかの間、ソーダ氷を崩して頬張るララの続きには、イサとラズリとそっと視線を交わすことになる。
「あら、三つ毒を?」
スプーンに掬った氷を見抜くように赫の双眸を眇め飲みくだす。
「人と人とが醸成する情は実に美味なの」
アイスはひんやりだけだが、情は時に熱く冥く胸を倦むうに焦してくれる。
「……毒は良くない気もする」
「食べ過ぎは駄目なのよ? ヒトの情念は様々だから」
窘めにもどこ吹く風で、姫君が目を向けるのはパンケーキとホットサンドである。
「美味しそうね、ララにも分けて欲しいわ」
「……言うと思ったよ、半分あげる」
「ララ、私のも半分食べる? イサにもお裾分けよ」
シェアすれば豪華なお子様ランチのできあがり――甘い、しょっぱい、どちらも堪能なさいませ。
ふう、と満足げに食べ終えてララは店の外へ目を向ける。其処には芝居に向かうスタッフらしき者達が駆け下りていくのが見えた。
「何かが、起こりそうよね」
「何かがありそうな雰囲気は、わかる。ララから目を離さないようにしないと……色んな意味で」
「何か起きそう、ララも何か起こしそう……じゃなくて」
「むう、ララはそんな事しないわ」
あらゆる面で息ぴったりのラズリとイサにはお冠。むくれる迦楼羅の|雛女《ひめ》にほろりと頬を緩めてから気を引き締める。
「危険だから目離ししないように」
――厄災だけで済めば良い、済めば良いのだが。秘めたるララを渦の中心にしてはならぬ。
「俺だけじゃ手に負えなそうだから、ラズリがいて助かるよ」
「私もイサがいて良かったの」
●数え唄
――この彩村では『■マント様』が崇められている。■マント様は、嘗てこの村に英智を授けてくだすった。
それから百年を超える時が過ぎた。消滅可能性自治体という不名誉な指定を喰らった窮地も村おこしの成功で事なきを得そうだ。
凡百の閉鎖的な年寄り連中と違い外からのこんさるとやらを受け入れたのは、嘗て帝都より来た『■マント様』を受け入れた誇りがあるからだ。
そんな風に『■マント様』一色の村だが、丘の上のご令嬢を中心とした若者達は密かに疑義を抱くに到った。
「成程、外からの連中に荒らされている、と……|東雲《しののめ》様はそうお考えなのですね」
幾つもの難事件を解決済な新進気鋭の少年探偵、そう名高い千桜・コノハ(宵桜よざくら・h00358)は令嬢東雲からの文での要請もあり馳せ参じたわけだ。
「そうでしょうか?」
がらり、バーン!
あ、違う。横開きじゃなくて洋風のドアだった。
がちゃりとノブがまわり現れたのは、呼ばれていない方の探偵である玉響・刻(探偵志望の大正娘・h05240)だ。
「新しきものごとを取り入れていくのはとても大切だと思います!」
あ、探偵です、とキビキビと礼儀正しく挨拶はしました。
『つまり、出し抜けにやってきたあなたはこの村にはなんの問題もない、そう仰りたいワケね。なら|事件《わるいこと》は起らないでしょうしお帰りいただけるかしら? 探偵サン』
自分より少しばかし年上の美女が赤い唇を曲げるのに、刻はまたやらかしたらしいと悟る。
ころころと、まるで救世主のように転がり込んできたのは赤と白の鮮やかな鞠。追いかけてきた童女も鞠とそろいの和装だ。袖飾りが紙垂れ風でしゃらりしゃらりと歩く度に鳴る。
「暁様、いけません、大切なお話の途中ですよ」
窘める青年は楪葉・伶央(Fearless・h00412)という使役される側の家の男だ。だから東雲の妹が言うことを聞く訳もなくてんてんと鞠をつき歌い出す。
『♫あーかのあかつき わたしの つばさヒラヒラ 祠尊きユルスマジマジ』
『♫たーきのはくだく とうめい なにもナイナイ まけて羽根もナイナイナイ』
『♫あーおのくらやみ みなそこ 毒を流して 語る騙るお喋り|▲×《聞き取れない》』
『暁、いらっしゃいな』
東雲は暁を抱きあげると背もたれに身を沈めた。
『喋るより前にこのような物騒な歌を教え込んだ村の老人は、あたくしからすればどこまでも狂っております』
ため息で妹の髪を梳る。
『何を言っても結局は■マント様のお陰だ、と。だからあの様なチャラチャラとした外界のコンサルタントなど……』
――僕も外からの人間だけどね、とコノハは口にしない。ちらっと隣を見たら刻も失言を堪えるように口を覆っている。
「しかしながら東雲様、彼も外からの人間でしょう」
だが伶央が口にした。椅子の背に形良い指を置き唇を傾がせる、明らなる悪意と共に。
「れお、またみけんにしわよってる~」
突如、ひっくり返したおもちゃ箱のような奇矯な声が場を打った。
いつの間にやら部屋にいた上鮫咬・レケ(悪辣僥倖・h05154)はえへらとギザ歯をみせ無邪気に笑い、伶央の金翆の間をつつく。
「むかぷんかおは、倖せにげてくよー」
「…………ご忠告感謝痛み入ります」
一瞬、視線だけで殺し兼ねぬほどに睨み据えた、だがそれは一瞬、すぐに貼り付けたような微笑みで伶央は名乗る。
「楪葉伶央です、お鮫様の従者として|四月《よんつき》前に誂え生まれております」
「お鮫様、ですか?」
「うん~、おれ、教祖さま~」
刻が大きな瞳で興味津々と覗き込めば、水底はそのまま無垢に笑って見せた。昔取った杵柄だ、この鮫、なぁんも考えてなさそうで実は深謀遠慮……なんて風に見せ掛けるのは大の得意である。
『お鮫様は、水底より僥倖を持ちてあがられます。そうして我々に配ってくださるのよ』
「そうなのですか。それは素晴らしいですね」
コノハの声は何処までも冷たく乾いている。
『うゆ……』
東雲の膝の暁はこっくりと大きく船を漕いだ。
『まぁ、おねむ? まだ夕方なのに……しょうがないわねぇ、暁』
●いんたーみっしょん
さて、夕食をこしらえに台所に来た伶央とオマケのレケはボソボソ声で素に戻る。
「暁、演技だが死んでたな、祠にぶらさげるんだろうか」
「おしばいじょうずだった~」
『劇団因習村』筆頭子役、しかし東雲を含めて後は棒も良いところなのが残念だぞ。
「れおとおおちがい~。れおいやそうだった~ゆかい~」
あ。
ピキッと伶央の額に怒りマークが装備された、けれど顔はにこやかなままだぞー。
「まじいいきぶん~なぁなぁ……」
すたーんすたーんっと反復横跳びの如くレケに、伶央はうんざりを隠さない。
「あ、これね~、お鮫様の舞い~。すごいれいけんあらたかだよー、うそだけど。いまどんなきぶん? おしえろよ~、あはは」
「恨みは演技の筈なんだがなぁ」
ざっくり。
料理中の包丁で心臓ひとつきで応えます(大丈夫、ちゃんと手加減します、あんしん!)
「山だから新鮮さからは程遠い魚を切ってたんだ、生臭さが丁度ぴったりだ、だろう?」
ざくざく、ざくの、ざく。
伶央は淡々と魚から骨を取り除くように巧みに滅多刺しにしていく。
「うわ。さつじんきウケる。おれ、なまぐさいの?」
ギザ歯の隙間からダラダラと血を吐いて(迫真)レケは相変わらず楽しそうに笑ったままである。
「れお、らんぼーもの~」
「ほら、お前を恨んでいるから。執拗に斬っておかないと」
「れおほんとやべーやつすぎ~、そろそろ立ってらんない」
ぽてっと倒れたレケを抱え上げて、伶央は口元に指を宛がった。
「数え唄になぞらえると……ああ、隙もつくっておくか」
●探偵ふたり
一方の探偵二人は食事にあぶれてしまった。伶央とレケはでてこないし、東雲も曰わくありげなズタ袋を背負った従者と出かけると言う。
「コノハさん」
刻の目配せにコノハはグッと伸びをする。
「ご飯はお預けっぽいね。折角だし村で食べれそうなとこ探そうよ」
カフェと言いかけて刻は黙った。ズタ袋の中は間違いなく暁だ、鞠に仕込まれた麻酔針で眠っているのまではわかっている。
(「本当の殺人は防がねばなりませんからね!」)
東雲らをつけながら気合いを入れる刻。隣のコノハは食事処を探す素振りは崩さない。
『あんたらお泊まりさんかい? 食事ならうちで安くしとくよ』
カフェの近くに居た老婆の誘いにコノハは案の定となる。
(「東雲達に子役の暁を殺す気がなくたって、祠で見立てを仕込むのを見られたら台無しだもんね……」)
だが正直者の刻はしどろもどろで断わっている。斯くなる上は――。
「刻、僕は宿に財布を忘れたから取りに戻るよ」
「え、ええ?! わたくしが貸しますよー?!」
演技とは言え嘘なので口調が不自然になるが、幸いにもここに刻をよく知る人はいないのでバレやしない。
「滝で待っててよー」
肩を押して刻をお邪魔老婆から引き離すと、|レケ《・・》が死体になってくれてる場所へと誘導する。そうしてコノハは宿に戻る素振りですぐに東雲の尾行へと戻るのだ。
●第一発見者が犯人の法則
――突然だが刻には夢がある、それは立派な名探偵になることだ。
その為に古今東西のミステリ小説を溺れるように読み耽った。そうして晴れて妖怪探偵として覚醒したが……こういうものはなってからが大変なのだ。結婚はゴールではなく始まりなんだよ、みたいなしたり顔で言われる奴である。
探偵に不向きで心が折れがちな刻にとって「殺人事件ごっこ」は蠱惑的な誘いであった。
(「殺人事件ごっこなんて……! なんて楽しそうなんでしょうっ! これは是非とも参加ですっ!」)
無論、役は探偵と喜び勇んで訪れた因習村テーマパーク。だがすっかりコノハにリードされっぱなしだ。
「いえ、数え唄は暗記しましたし……見立て殺人があったとしてもバッチリです! 暁さんは祠でー……お鮫様は蒼いから……水底、つまり井戸ですね。けれど井戸から逆さづりされて大丈夫なんでしょうか?」
とか言いつつ井戸のそばの大木を目印に歩いていたら、どんっと柔らかいものにぶつかった。
「? ひっ、きゃああああ!」
ガチ悲鳴。
滝の前の大木にて長い袖がぶーらぶら。ついでに蒼々と深海色した髪も二つに分かれてはらりはらり、いつもにやけたような伏目も今は端正に綴ざされている。
彼のレケという名は無意味だ。この村にて彼はこう呼ばれ称えられている――僥倖散じるお鮫様様、と。
「“しかし彼は『蒼』なのである”」
「ヒッ!」
コノハだ。素早く「暁は無事だよ、他の√能力者にお願いしてきた」と刻に告げて、レケの遺体へと進み出る。
「……そうお嬢様が手紙に書いてたんだ。まぁいいや、死因を調べなくちゃね」
「そうですねっ! こんなことで怯んでられませんわ」
奮起して袖をまくり上げた所で刻は後ろから羽交い締めにされた。
「ッ、離してくださいませッ」
本気になればあっさりふりほどける。しかし東雲の後ろから伶央がバッテンしてるので抵抗は止めた。
「……やはり、この探偵が犯人ですよ、東雲様」
やむなく抵抗を止めたのに、この√能力者はなんてこと言いやがりますか!?
「お客様を悪く云うのもと思い黙っておりましたが……暁様の手毬をいじっているのを見ております」
したり顔で嘘ついて罪をおっかぶせてくるぞー。
(「れお、いじわるさん~」)
今、お鮫様が片目をあけてにた~ってした! 被害者もグルだ!
『彼女を座敷牢へ捉えなさい! 楪葉はお鮫様を担いでいらっしゃい。丁重によ』
「ハッ」
伶央がごめんねって手を合せてレケを背負う。そうして東雲についていった。
「待ってください! この見立ては数え唄と矛盾します!」
刻を取り押さえようと襲いかかってくる役者達。今度は演技をしながらも巧みに躱す。そうして刻は相手の力を測るのだ。
(「これは……身のこなしが訓練されていますね」)
集団であれば、武芸者であり√能力者でもある刻と渡り合えるレベルだ。明らかにそこらの役者アルバイトのできる動きではない。
「そうだね、暁は祠に覆い被さってた。お鮫様も歌の通りなら井戸に吊されてないとおかしいよね。東雲様に知らせないと――そう、犯人は楪葉伶央だって」
「!! そうですわね! 東雲お嬢さまが危ないです!」
とかなんとか言って振り切り探偵達は駆けだしていく。
●〆と調査結果開示
その頃、伶央はレケと同じぐらいの傷を負わされて倉庫の床に転がされていた。
『全く、もう√能力者に嗅ぎつけられたなんてッ。敷島ぁ!』
『ひぃぃ! ごめんなさい! 私悪くないけど……! あのっ! 東雲様の配下の方が殺した二人もまさか√能力者ですか?』
カナトと時雨のことだ。
「そうよ。というかあいつらが初めてね。昨日あなたが洗脳した奴は違ったんでしょう?」
ヴォルンのことだ。
『はい、あの人は違いました。一緒にきていた人も普通の人間でしたよ』
節穴。
それよりも伶央は「殺されたは良いけれど数え唄になぞらえた見立てはしてくれないのか」とそっちの落胆の方が大きい。
『探偵二人も片付けておきなさい。私の配下を使ってもいいから――明後日の星辰の混じり合う日まで、生け贄は多い方がいいわ。全ては|赤マント様《・・・・・》の為に』
――あ、なんかそれっぽいこと言い出したなぁ、あと■が赤だって判明した、と、これはドアの影で聞いていたコノハである。
刻はいない、何故ならば『不帰の沢』の洞穴に仲間を迎えに行ったからだ。
「体を動かすことはお任せください!」
そう請け負う通り、武芸者としての刻は非常に強靱で俊敏なのだ。
(「さてさて……東雲が怪異を崇拝する教団のトップなことはわかったな。スーツ女の敷島は下っ端かー……」)
コノハが、そしてレケと伶央が聞き耳を立てているとも知らずに東雲は指示を続ける。
『――役者達の洗脳を明日には起動しなさい。また√能力者がくるから役者と客を駒にして止めなさい。死んでもいいわ、明後日には赤マント様が降臨なさるのだから』
なるほど。
つまり明日も役者達を演技に巻き込んで護り続けるのが得策ってわけだ――基本路線はお芝居モード続行である。
第2章 集団戦 『狂信者達』

●決戦前夜 ~敷島の憂鬱~
【教主】東雲の|指示《ムチャブリ》に、末端信者の敷島を頭を抱えていた。
「ああ~もう! どうしよどうしよー! 役者達の洗脳って言ってもですねえ、ほぼほぼやってないんですけどぉ!?」
そんなことよりもバズって大ヒットした『因習村カフェ彩』のあーれやこれやで大忙しだったのだ。それでも√能力者が紛れてると知り『殺人事件ごっこ』にも入り偵察した事を褒めて欲しい。
『殺人事件ごっこ』で人殺しを辞さなかった役者は全て東雲が連れている。つまりは『狂信者達』という奴らだ。
「とりあえず、お芝居の最中にアレコレ理由をつけてスマホで洗脳するしかないですよね……」
そうだ、と敷島は手をぽん!
「洞窟に捕まえといたのを手始めに使いましょうか」
『秘密を撮影しちゃった配信者』や『教団の存在に気づいた客』を数名捉えた。どう扱えばいいか困って睡眠薬を定期的に注射して寝かせておいただけだが。
そう、敷島はうっかり入信しちゃっただけで実は悪事には慣れていない。催眠アプリも東雲から持たされた奴だ。
元いた企画コンサル会社では干されてたけれど、入信してから提案した『因習村テーマパーク』がバズってしまった小市民に過ぎないのだ。
「とりあえず5人いたし、そいつらを洗脳してお出しすれば東雲様も『よし』って言ってくれる筈ですよね~」
スキップスキップと『不帰の沼』に向かう敷島は知らない。死を偽って来た√能力者に寄って、既に捕まった者達が救出済であるということを――。
●【教主】笹川・東雲
|笹川《ささがわ》・|東雲《しののめ》の両親はこの村の出身である。
両親は田舎で『赤マント』を崇拝する他、因習に塗れた村を嫌っていつかが5歳になった所で出ていった。
東雲には過度な期待をかけ、幼い頃から沢山の勉強を詰め込んだ。今風に言えば『教育虐待』というやつだ。
更に不幸なにも東雲は詰め込めば余計に憶えられない類いの娘であった。すっかりと勉強嫌いになってしまった娘だが、家庭に逃げ場はない。両親の𠮟咤を浴びせられながら、歯を食いしばって大学にまで行った。
辛い時、決まって思い出すのは祖父母が話してくれた『赤マント様』のことだ。
――曰わく、都会からいらした深い知恵を持つ御方。
東雲は赤マントに憧れた。
否、
赤マントになりかわりたいと、願った。
大学でははじめて親に逆らって考古学に進み、研究題材に選んだのは『村の因習』だ。
なんだかんだで狡賢く、口も上手く、更には見目もよい東雲という女は、都市伝説の『赤マント』も取り込んで【赤マント降臨協会】という宗教を打ち立てた。
――そして、漸く明日『赤マント』の召喚が、叶う。
『私が赤マントとなる――フフ、パパとママはどんな顔をするかしらね? 忌嫌った村の因習そのものの『知恵と類い稀ぬ力』をつけた私を前にして』
父と母はマントの色をなんて答えるのだろう? ああ、その答えの通りにくびり殺してやれるのが今から楽しみで仕方がない。
信者どもも、村人も、浮かれた客も……そして√能力者も、全て私が躙り潰してやる。
●√能力者のムーブ
さて、√能力者達は情報共有をしっかり済ませた。
星詠みで出た『帰ってこない人々』は洞穴に囚われていた。睡眠薬の投与で意識は戻らず。早急に医療の手に委ねるべしと判断し村より連れ出した。
一部メンバーは村に残り、敷島や東雲の動きに目を光らせる。
捉えた5人が消えた為、敷島はパニック。夜の間に友好な手は打てなかった。明けて次の日も、芝居に混ざり目を光らせておけば手出し出来ぬだろう。
一方【教主】東雲をはじめとした選りすぐりの『教団員』達は、儀式を進めるようだ。もう既に『赤マント』召喚は確定している。儀式は東雲達が『赤マント』を支配下に置き、この国を猛威を振う狙いで行われるようだ。それはなんとしても阻止せねばならない。
囚われたフリをしたことで儀式の場もわかっている。
*********************
【マスターコメント】
2章目のご案内です。引き続きの方、新たに飛び込んでくださる方、どなた様も大歓迎でございます
>募集期間
現時点より~27日(火)の夜23:59まで
※人数次第で再送をお願いすることになりそうです
>できること
1.因習村で被害者や探偵などになりきって遊ぶ(自動的に役者を守れます)
1章目の2とほぼ同じです。詳しくはそちらをご参照ください
『殺人事件ごっこ』を楽しんでいただければ、敷島は手が出せないので自動的守れます
設定は1章目からの続きでも、新しいのでもなんでも良いです
MSが好きにしてよいなら、適当に色々とキーワードをつめこんでのお任せもどうぞ
※こちらの選択肢に誰も来なかった場合でも、2で『狂信者』を倒せれば一般人役者から死亡者は出ません
※敷島も一般人です。彼女は今回の戦いで赤マントを叩き帰せば教団を抜けることでしょう
2.『狂信者達』と戦う
【教主】東雲が率いる狂信者達と戦い倒します
※こちらの選択肢に誰も来なかった場合は 、3章目に『赤マント』が笹川東雲を取り込んだ形での戦闘となります
笹川東雲の認識は『赤マント』に食われきり、目覚めぬ肉体が残ることになります
※2の参加者が来た時点でタグでお知らせします
以上です
皆様のプレイングをお待ちしております!