アタック・ザ・ドラゴン・イン・ザ・ホワイトスチーム
√ドラゴンファンタジーの温泉街は『喰竜教団』の手に落ちた。
教祖『ドラゴンストーカー』は手ずから温泉宿の女将を殺害すると、その肉体の一部を自身に移植する。
「ああ、これであなたも強大なドラゴンになれますよ!」
教祖はうっとりしながら血塗れの姿で愉悦の笑みを浮かべるのだった。
「以前にも解決してもらった『喰竜教団』絡みの事件だ。今回はどうも教祖様直々にやってくるそうだ」
星詠みの連取・佐(不死身の強面系百面相おじさん(婚活中)・h02739)が予知の内容を√能力者達へ伝達する。ちなみに今回の集合場所はショッピングモールのフードコードだ。
「今回は√ドラゴンファンタジーの山奥にある温泉宿だ。そこの有名な温泉宿の女将さんが今回のターゲットにされるらしい。なのでみんなにはまず、そこの温泉宿に宿泊してもらって女将さんにそれとなく危険を知らせてほしい。ただ、女将さんに避難を無理強いさせると『この宿とお客さんは私が守る!』と言い出して聞かなくなるから注意してくれ。ああ見えても現役の錬金騎士だから、腕っぷしには自信があるんだとさ」
それでも竜喰教団の教祖や教団が使役する怪物達相手では歯が立たないのだ。
「ああ、そういえばだが。ここの温泉の効能が風変わりらしくてな? なんでも『願いが叶う』らしいぞ……どういう意味なのか分からないが」
女将さんの錬金術によって、入浴者の欲望に見合った効能が発揮されるのだとか。腰痛改善したいと思えば腰の痛みがなくなり、胃腸が弱ってるなら胃腸がよくなるらしい。
「ひとまず温泉に浸かるだけでもいいから、女将さんの様子を見に行ってやってほしい」
佐はフードコードを出てすぐの非常口が境界の入口になっていることを伝えると、サンドイッチ店のオススメメニューを√能力者達に奢るのだった。
第1章 日常 『わくわく温泉ファンタジー』

和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は温泉に馴染みがない。
そもそも野良|蜚蠊《ひれん》……世の中で嫌われている存在の最候補の一角というべき存在が温泉に浸かるという発想がないだろう。むしろ入ったら溺れて死ぬ以前に清掃員に殺処分されかねない。メタな話、なんでこれでいけると思ったんだ……?
「我に湯に身を沈める趣味はなかったが──こうして他者と肩を並べる機会もまた、生き延びた者の特権よ。節の軋む音は気にせぬよう頼む。人に似せた姿とはいえ、殻の深部は古のままだ」
そう女将に告げる和紋の姿は、まるで鎧甲冑を纏った武者のような姿であった。どろんバケラーの彼は、さすがに本来の姿のまま任務をこなすことを避けたらしい。
対して女将は黒光りする全身の和紋を訝しみながらも、宿泊希望者である彼を温泉へ案内した。
「へえ、修行の旅をしているのかい?」
「然り。強き者を求め、生を求め、気がつけば異能を手にしていたのだ」
「まぁ……只者じゃなさそうな気がしたよ、アンタ。ああ、温泉はここだよ。ゆっくりしていきな」
女将は苦笑いを浮かべながら足早に去っていった。
やはり見た目のインパクトは抑えられないようだ。
「聞くに……温泉が力試しの場だというのなら、我が身を委ねるに吝かではない。湯の熱も、戦の火も、肌に刻まれてこそ己が鍛えられる。その力、本物かどうか、静かに見極めさせてもらおう」
和紋はしっかり身体を洗ったあとで熱々の湯船に入った。
すると、和紋はいつの間にか戦場に佇んでいた。
「こ、これは……? ぬぅ!?」
突如、背後からの襲撃される和紋!
「不意打ちとは猪口才な! 返り討ちだ!」
和紋はしばしの間、戦場で襲いかかる敵を何度もなぎ倒してみせた。
しばらくすると、再び温泉の光景が目の前に戻ってきた。
「……今のは、夢か幻か……? だが、不思議と鍛錬を積んだかのような充実と実力の底上げを感じる。これが温泉の効能……『願いを叶える』温泉か……」
確かなレベルアップを感じた和紋は湯から上がると、湯上がりの一杯を嗜む。彼の好物だ。
「長命も、こういう楽しみにこそ報いがある」
浴衣を着込んだ和紋は、自室に戻るとしばしゆったりと過ごしたのだった。
なお、女将は和紋が出たあとに従業員達へ念入りに風呂掃除をさせたそうな。
ルミ・マエンパー(永久の歌姫・h07251)と竜宮殿・星乃(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)は偶然にも女湯で鉢合わせとなり、そのまま一緒に入浴する運びとなった。
「なるほど、こちらでは薬効のあるお湯に浸かって体を癒すという風習があるのですね。
魔力が漲る効果があるのは初めて聞きました」
ルミは異世界文化の違いを肌で感じて感銘を受けている。その隣で星乃は不思議そうに湯が溢れる露天風呂を見詰めていた。
「……『願いが叶う』効能の温泉、ですか? わぁ、女将さんの錬金術なんですね。それなら……か、『肩凝り』に効くように、お願いします……。お、お婆ちゃんみたいで恥ずかしいんですが、ちょっと悩んでまして……」
肩をゴリゴリ回す姿は乙女の仕草とは言えないくらい疲労感満載であった。
「でも特に心当たりないんですよね……あ、でも強いて言うならストレスでしょうか? ほら、今回も喰竜教団、その教祖ドラゴンストーカー……また性懲りもなく! 今回も絶対犠牲は出しません……温泉で英気を養って力を尽くしましょう!」
「うん! ……うん?」
星乃の意気込みにルミは頷く。当然、目線は星乃の胸元にいく。女湯で同性同士、当然胸元は隠してないので、その形状が顕わになっている。
(うわすご……っ! 私もまぁまぁ大きいですが、これはなかなかの霊峰ですわ!)
同性から見ても形や質感に目を見張る星乃のは追記した胸元。ルミは訝しんだ。
(肩凝りの原因って……私も心当たりありますが、この方はまさか自覚がないのでしょうか? さすがに下着のサイズが変わるタイミングで気が付きませんの……?)
ルミはツッコミを入れるべきか逡巡した結果、全部飲み込んで体を洗うことにした。
「私の祖国では湖の側にサウナを拵えて、サウナ上がりに湖へドボンという鉄板ルーティーンがありますが、こちらでは湯船に浸かる前に体を洗うのですね。では『郷に入れば郷に従え』というやつですね」
「あの、先程からチラチラとこちらを見て……どうかされましたか? 同性とはいえ裸を見詰められるのは少々気恥ずかしいのですが……」
「……スタイルがいいから羨ましかったですの」
ルミの苦し紛れの言い訳を、星乃は真に受けて赤面しつつ身体と髪を洗い始めるのだった。
さて、身を清めた2人はいよいよ入浴の時を迎える。
「温泉に入るだけで魔力が高まるなんてすごいですわ!」
「どうか私の肩凝りが治りますように……」
二人は願いを唱えながら黄金の湯に浸かる。
するとすぐに変化が起き始める。
「ハァ……ハァ……なんですの? 急に身体が熱くなって……んんん!?」
ルミは自分の魂から凄まじい魔力の奔流を感じて身悶え始める。
一方、星乃は豊満な胸元が『浮き』代わりになって湯の水面に全身が浮かんでしまう。
「ん……んんっ…………あぁんっ! む、胸がお湯に浮いてきますっ。上手く浸かれません……!」
2つの連なる霊峰がフルフルと揺れながら水面を漂うさまは、それどこのファンザかよと言いたくなるシチュエーションであった。
方や魔力の奔流の奔流で全身の知覚が鋭くなって理性が崩壊するルミ、方や人間浮き輪となって身動きができない星乃。ここが男子禁制の女湯でよかった……。
「「あっ、あぁっ! いやぁぁ〜ん!!」」
錬金術効果で2人は新たな扉を開け放ってしまっていた……。
――入浴後。
ルミは火照った身体の奥がまだ疼く感覚に慣れずにいた。
「ハァハァ……魔力漲る温泉という話でしたけど、ここまでとは聞いてませんわ……。ああ……体が、熱い……奥がじんじんと疼きますわ……」
こんな時は水風呂に限るのだが、温泉宿に水風呂はない。
「せめて、冷水のシャワーを……あ、あんな所に……!?」
ルミが見かけたのは、宿泊施設の井戸だ!
「このまま地下水へダイブですわー!!」
「いや駄目ですって! 落ちたら怪我しますよ!?」
寸でのところで星乃が取り押さえて未然に防ぐ。
「ハッ?! 嫌ですわ、こんなはしたないマネはいけませんわ! とにかく体を休めないと……」
のぼせて奇行に走ってしまった自分を恥じるルミ。
「でも、この事件を解決したらお兄様と一緒に行きたいものですわ♪」
「ご家族の方とですか、いいですね!」
星乃も許嫁とあとで宿泊するのもまんざらではないと思う。だが肩の重圧感はそのまま……ではなかった。
「なんだか疲れました……でも浮いてたおかげか全身の筋肉を使わず、余計な力が抜けたおかげで多少は肩が軽く……あれ?」
星乃は自分の肩凝りの原因を察しかけたが、そんなはずはないと否定するのであった。
箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は喰竜教団の執拗さに顔をしかめながらも温泉宿にチェックインを果たす。
「喰竜教団は正に狂信者という感じです。女将さんを守り抜きましょう。錬金術温泉も楽しみです♪」
早速、脱衣所で服を脱ぐ箒星。とはいえ、普段から二足歩行の猫の姿の箒星は、上着を脱ぐくらいで済むわけだが。
身体を洗った後に入浴する。熱い湯が箒星の黒い毛を包めば、錬金術の力が体に染み込む。湯の中で彼は目を閉じ、願いを込める。
「私の音楽が、星々を響かせるほどに! ババンババンバンバン♪」
湯気と共鳴するように、箒星の尾がリズミカルに揺れる。温泉の魔力が音の波動と溶け合い、箒星の心臓が鼓動と共に高鳴る。火照った身体に巡る血液の中で、確かに魔力のみなぎりを覚えた。湯から上がると、箒星の耳は風の囁きすら旋律に変えるほど鋭くなっていた。
浴衣に着替え、腰に手を当て、箒星はフルーツ牛乳をぐいっと飲み干す。
「はぁ、最高ですね〜!」
宿の女将である銀髪のドラゴニュートの女性が微笑む中、仄々はアコーディオンを手に挨拶する。
「素敵な温泉、ありがとうございます。 錬金術温泉、しっかり堪能しました」
「そいつは何よりだよ! はっはは!」
女将が破顔一笑すると、仄々はお礼に一曲アコーディオンを奏で始める。
ババンババンバンバン♪
かの有名な温泉にまつわる名曲を披露すると、女将だけではなく他の宿泊客からも拍手喝采が巻き起こった。
「例の喰竜教団の被害者がまだ出ているようです。女将さんもくれぐれもお気をつけくださいね。是非また錬金術温泉に入りたいですから」
それとなく女将へ注意を促しながらもアコーディオンの音は夜空を貫き、星々が踊るような旋律が温泉宿に響く。箒星の音楽は、錬金術の力で新たな高みへ昇っていた。
カシム・ディーン(小さな竜眼・h01897)の行動はシンプルだ。
「温泉に浸かるぞ! キャッホォォォウゥゥー!」
身体もそこそこに洗い終えたカシムは、誰もいない露天風呂へダイブ!
高々と湯の飛沫をあげると、カシムはゆうゆうと泳ぎ始めた。
「たまんねーなぁ! 誰もいない露天風呂を独り占めできるなんて! って、おめー何してるんだ?」
なんだかんだでカシムの相棒ポジションに落ち着きつつあるメルクリウスは、物陰でメソメソ泣いていた。
「うぇぇぇぇぇん!! こんなのあんまりだよぉ!」
「いきなりおめーは何泣いてるんだよ!?」
驚くカシムにメルクリウスは肩を落として告げた。
「だってぇ……混浴は水着着用必須とか……これが人間のする事かよぉ!! ご主人サマの全裸を衆目の元に晒したかったのにぃ!!」
「てめーは何を考えてやがるんだあほんだらぁぁぁぁ!!?? つかおめーは女風呂にいけよ!! ここは男湯だぞ!?」
カシムはメルクリウスへ桶を投げつけて男湯から追い出した。星詠みは一度たりとて温泉が混浴だと言ってない。メルクリウスの早とちりである。
「……取り合えず魔力を増強する温泉の効果を確かめるか」
カシムが湯の中に身を浸かると、湯の熱とは別の温かい感覚が全身に満たされてゆく。これが錬金術の魔力なのか。
「あ、女将さんには賢者の石を上げちゃうぞ☆ 一部は温泉に入れれば効能アップ間違いなしだぞ☆」
「うわぁぁ! 女将さん、覗き魔がいまーーす!!」
メルクリウスが男湯と女湯の垣根から顔を出してニヤけながらカシムの裸を鑑賞していた。
「つか賢者の石とか本当なのかよ……? 錬金術の究極系だぞそれ……?」
「勿論! だってメルシーは賢者の石でできた神機だぞ☆ だから他の神機の中でも珍しいタイプだぞ☆ まさにレアキャラ☆」
「うっし、ならヤキ入れて二度と覗き魔なんて出来なくしてやる。ウェルダンで焼くぞ!」
カシムは即興で火炎魔法弾をメルクリウスの顔面に放つ! 全弾命中!
「いやん♥」
メルクリウスの顔面はポップコーンめいて炸裂すると、そのまま女湯の湯船に水没してゆくのだった。
「ぎゃああああー!? 殺人事件!?」
あとから騒ぎを聞いて駆け付けた女将がメルクリウスの変わり果てた姿を見て、カシムを通報したのだった。素っ裸のまま連行されてゆくカシム!!
「僕は無実だぁぁぁぁ!? つかパンツくれーはかせろクソ警官!」
「あ、暴言確認な? 公務執行妨害罪を追加! 留置所直行! このおちんちんブラブラ放火魔!」
「グワーッ! だれがおちんちんブラブラ放火魔だクソボケナスがぁぁ!!」
「待って! ご主人サマは無実だってヴァ☆ 証人はメルシー本人だぞ☆」
「焼死体が喋ったぁぁぁぁ!?」
間一髪、不死身のメルクリウスの証言でカシムの無罪が証明された。おかげでカシムは留置所ではなく温泉宿のふかふかお布団に練ることが出来たのだった。
これはヘカテイア・オリュンポス(三界神機・h04375)と六条・レア(エルフの|屠竜騎士|《ドラゴンスレイヤー》・h07259)との出会いの話……。
「……この世界でも人類の脅威……とは少し違うようですが……妙な予感も感じますし、お邪魔しますか」
ヘカテイアは温泉に入ろうと脱衣所と浴槽の間の扉を開いた。
するとそこには、全裸でうつ伏せになって倒れてる幼い女の子が!
「きゃぁぁぁ! どうしたんですか!?」
駆け寄るヘカテイア。その瞬間、彼女の胸に運命的なナニカを感じ取った。
「……何でしょうか……この心のざわめきは……ってそれどころではありません! 大丈夫ですか!?」
「うーん……あ、お姉さん……あぅ……わたしを温泉にいれて? 修行のやりすぎで、もう動けない……」
少女レアはここまでの経緯を語りだした。
レアはヘカテイアが温泉に到着する数時間前、温泉宿の自主的な修行に励んでいたのだ。
「……よし! わたしも√能力者として目覚めたなら……おかあさんみたいに強くなる……ぞっ!」
拳を高々と突き上げて意気込むレア。ふと星詠みが言っていた温泉を思い出す。
「……錬金術温泉……凄い効果の温泉だっけ……もしかして、強くなれるかな……? いやでも……そんな形で強くなるのは、あまり良くない気がする……よし。それなら!」
レアは温泉の効能で強くなるのは邪道と感じ、実力向上は超絶な筋力トレーニングで賄うことにしたのだ。己の限界を超えてのスペシャルトレーニングを続け、疲労困憊になった身体を温泉で癒やす。これなら罪悪感はまったくない!
だが問題は疲れすぎて女湯の手前で体力が枯渇してしまったことだ。どうにか這って湯船の前まで来たが、もはや指先ひとつも動かせないほど疲れ果てていた。
「そこでお姉さんが来てくれたから……ありがとう……凄い……身体が、楽になって……何だか凄く力が湧いてる気がする……」
「そうでしょう? 私の√能力も合わせてますからね」
ヘカテイアの冥府の神の権能によってレアを癒やす。
「私はヘカテイア……貴方は?」
「……六条・レアです」
「レアというのですね。それにしても……少し頑張りすぎですよ? 真面目さんですね、貴女は。とはいえ次回からは体力を見誤らないようにしてくださいね?」
レアは気恥ずかしそうに俯きながら頷く。
そんな彼女の様子に、ヘカテイアの胸の奥が庇護欲でざわつき出すのだった。
平野・空(野良ティラノサウルス・h01775)は人間の姿で温泉宿へチェックインすると、早速その足で温泉へ向かった。
「ふーむ、願いが叶う温泉なあ。別になんかに願掛けするほどの願いは持ち合わせちゃいないんだが……んーまあ、とりあえず今よりも体が頑丈で健康になればいいかな」
ティラノサウルスが現代社会に生存していること事態が摩訶不思議だし、お前は十分身体が頑丈じゃないのかという野暮なツッコミは脇においておくとして。
入るだけで身体が強化されるなら願ったり叶ったりだ。
「あー、いい湯だな。本来の姿で浸かれりゃなお良かったんだが、さすがに大きすぎるからな。人間の姿で入ってても十分気持ちがいいし、まあいいか」
錬金術の湯は確かに効果があった。こころなしか筋肉が突いた気がするし、身体も軽く感じる。疲労回復とパワーアップの一石二鳥だ。
温泉から上がると、空は女将にちょっとだけ喰竜教団の事を伝えておく。
「ドラゴンプロトコルを狙って殺すヤバい連中が、この近くにも現れたらしい。女将も気を付けてくれよ」
「ああ、ありがとね。この宿を預かるものとして注意を払っておくさ」
女将は快活な笑顔でそう語るのだった。
この温泉にはまた来たいからな。
第2章 集団戦 『鉱石竜「オーアドラゴン」』

温泉の効果でパワーアップを果たした能力者達。彼らの中には、新たな力を試したいとウズウズする者もいるようだ。
そんな時、おあつらえ向きに敵襲が!
鉱石の鱗を持つドラゴンの群れが、温泉街に侵攻してきたのだ。勿論、けしかけているのは喰竜教団だ。いよいよドラゴンを使っての本格的な侵略を開始したらしい。
だが、錬金術温泉でパワーアップした能力者達の士気は最高潮に高まっている。その上、能力者ほどではないが女将も歴戦の錬金騎士である。能力者達の避難指示には従うものの、なにか必要であればサポートもしてくれるそうだ。
かくして、大ドラゴン戦争がいきなり勃発するのであった!
ルミ・マエンパー(永久の歌姫・h07251)と竜宮殿・星乃(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)はすっかり意気投合しており、ドラゴン襲撃の一報を受けて一番槍として共に駆け付けた。
「あの温泉は非常に良いものでしたわ♪ こんなに魔力に満ちた感覚はいつ以来か、少し記憶にありませんわ。こんな温泉を滅茶苦茶にしようとするドラゴンには、おしおきが必要みたいですね、星乃様?」
「ええ、そうですねルミさん。あと、どうしてか肩の凝りも良くなって、今の私は元気溌剌です。今の私は一味違うことをオーアドラゴンたちへ見せ付けましょう!」
星乃は浴衣姿のままディヴァインブレイドを掲げる。
「轟嵐竜顕現! ひた疾れ、バーストストリーム・ドラゴン!!」
彼女の目の前に一陣の旋風と共に翡翠色の飛竜が召喚された。そのまま星乃はその背に飛び乗ると、飛竜を上空へ羽ばたかせて温泉街を俯瞰しはじめた。
「あそこの区画にまだ大勢の人がいます……急いで! 手遅れになる前に!」
避難が済んでいない区画を重点的に星乃が対処するようだ。なのでルミは目の前の敵を相手取ることにした。
「とはいえ私は後衛ポジションなのですが……詠唱中は無防備ですし、どうしましょうか」
無理な戦闘を避けるつもりだったルミは、吐き出される火炎弾を必死に回避しながら手立てを考える。その時、目の前で誰かが火炎弾を遮って守ってくれた。
「盾ならアタシに任せな!」
「女将様! なんでここに!?」
温泉宿の女将が鎧と大盾でルミを守ってくれたのだ。
「前衛職が必要なんだろう? 奴らを倒す力はアタシにはないけど、アンタを守るくらいの盾にはなれるさ!」
「ご無理はなさらないでください! でも、助かりますわ!」
女将の助力のお陰で、ルミはその場に停止して3秒間詠唱し続ける。こうしてえ彼女の√能力は発動するからだ。3秒毎に生み出されるウィザードフレイムによって、敵の火炎弾を弾き返し、時にオーアドラゴン達を直接焼き払う。女将も鉄壁の守りを披露してえくれたおかげで一進一退の攻防が続く中、星乃が他の区画の窮地を救って戻ってきた。
「ルミさん! 今助けるよ! 私の勇気が彼方へ駆ける風となる――未来示す道標となれ! 必殺! 疾風迅雷の飛翔蹴り! 『ゲイル・スパイク』!」
空を飛ぶ飛竜から高々と跳躍した星乃は、轟嵐竜の竜巻の吐息を背中に受けて更に落下速度を加速させる。そのまま旋回する暴風の刃とともにドロップキックが地上に『着弾』する。爆ぜる大通りの石畳、巻き起こる土煙、そして凄まじい衝撃波。半径23m以内のドラゴンはまとめて木っ端微塵に打ち砕かれていった。
「間に合ってよかったです! あれ……な、何だか周りからやけに注目されてるような……? 特に男性の視線が熱いです……?」
「星乃様! 肌が、肌が――!」
「……あっ――」
ルミの忠告虚しく、星乃が纏う浴衣の帯がはらりと地面に落ちてしまう。
「きゃー! 乙女のピンチです!!」
「女将様! 私達、もう一度お風呂をいただきますわね! 助けてくださってありがとうございました、早く避難をしてくださいね!」
ルミは星乃の素肌をガードするように抱きかかえながら女将へ二度三度頭を下げると、慌てて温泉宿へ戻ってゆくのだった。
箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は街の外の異変を聞きつけて駆け出した。そして、すぐにその異変の主を目で捉えた。蒼く輝く鉱物で身を覆ったドラゴンの群れが押し寄せてきたのだ。
「温泉街の皆さんや女将さんを守り抜きましょう。女将さん、一般人の方々の避難と守護をお願いします」
「ああ、分かったよ! さあ、みんなはアタシについておいで!」
箒星の指示に従う女将が逃げ遅れた街の人々を避難誘導してゆく。それを見送ると、箒星は愛用のアコーディオンを身構えた。
「それにしてもドラゴンさまを手駒にするなんて、教団さんの教義に反したりはしないんでしょうか? ……いや、あながち教義通りなのかも?」
喰竜教団の教義は『まだ目覚めぬドラゴンプロトコル達をドラゴンへ覚醒させる』ことだ。そのために詰みもないドラゴンプロトコル達を惨殺し、その肉体を自らに取り込んで覚醒を促す。つまりあのドラゴンは教団的に『覚醒した教団員』という扱いなのかもしれない。
「それはともかく、アコルディオンシャトンで奏でる本日の演目はどんぐりころころをモチーフとした『どんぐり君の大冒険』のミュージカルです。目眩くショータイムをご覧あれ♪」
箒星が歌劇を朗々と歌い上げ始めると、戦場に変化が起こる。箒星を中心に半径29mがミュージカル空間となった。この空間内では、『主人公』である箒星の思いのままの世界が展開されるのだ。
「どんぐりころころ どんぶりこ♪ ドラゴンさんが穴にハマってさぁ大変♪」
ミュージカル空間の中で、奏でた音色はカラフルな音符へと具現化して弾幕となる。メロディに合わせて、どんぐりの如くそれらが地面や空中を跳ねて転げ回ることでドラゴン達にダメージを与えてゆく。
負けじとドラゴン達も口から赤熱する鉱石を吐き出して箒星を撃ち抜こうと試みる。しかし、輝く音符が赤熱している鉱石を必中迎撃。
「それは届きませんよ」
箒星へ届く前に鉱石の弾幕は音符の弾幕によって相殺されてゆく。むしろ飛び散った破片は他のドラゴンの頭上で爆発して被害を拡大させていった。輝く音符も同様で、四方八方に飛び散ってドラゴン達を次々と巻き込みながら撃ち抜いてゆく。硬い鉱石の鱗も圧倒的な音の密度を誇る弾幕に晒されることで粉砕され、地肌に音符の弾丸が食い込んで爆ぜる。
「泣いてはドラゴンさんを困らせた♪」
ドラゴン達は体内まで響かせて爆発する音符弾丸の前に沈黙を余儀なくされるのだった。
「ミュージカル空間内であれば、私は無敵で最強です! ららら〜♪」
街を守る勇者を演じきった箒星。大量の竜の死骸を前に、鎮魂歌を歌い上げていた。
湯煙が立ち込める温泉街は、嵐の前の静寂に包まれていた。古びた旅館の軒先で提灯が揺れ、湯の香りが漂う中、突如として空を裂く轟音が響き渡った。青い鉱石に覆われたドラゴンの群れが、朝日を反射させながら降り立ったのだ。その鱗はまるで瑠璃のように輝き、鋭い爪が石畳を砕く。住民たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、温泉街は一瞬にして戦場と化した。
和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は、黒光りする全身の甲冑めいた身体で駆け出す。素早い身のこなしで跳躍すると、旅館の屋根に立つ。彼の眼差しは、強敵と相まみえたことへの歓喜と渇望が渦巻いていた。
「汝らは、影の奥で眠る聲を聞いたことがあるか?」
その言葉と共に、彼の足元から黒い帳が広がった。湯けむりと漆黒の影が混ざり合い、辺りを幻想的な霧で包む。彼の翅音板が鋭く震え、高周波の音がドラゴンたちの感覚を狂わせた。
「我が必中の領域内で、先手を討つ事で敵を引き付けながら押さえ込もう」
黒鉄の武人が今、解き放たれる――。
一方、平野・空は地面に降り立ち、肩を鳴らして笑う。
「ずいぶん単純な力押しで来たな。まあ、変に頭使う必要ない分、楽か」
彼は一瞬で「本来の姿」――筋骨隆々の巨体、獣のような鋭い爪と鱗に覆われた姿に変身した。ドラゴンたちが一斉に転がり始め、地響きを立てて突進してくる。
「転がりは勢いが付くと厄介だ。『大咆哮』で少しの間だけ麻痺させてやる!」
平野が大きく息を吸い込み、咆哮を放つ。
「ガアアアアアアアア!」
その衝撃波は空気を震わせ、ドラゴンたちの動きを一瞬で硬直させた。
戦場は混沌と化す。和紋の√能力『聲影の帳』が広がる中、彼は四肢を蜘蛛のように広げ、湯気が爆ぜる瞬間を見計らって跳躍する。翅音板の音がドラゴンたちを惑わし、彼の動きはまるで影そのものだ。一頭のドラゴンが口から赤熱した溶岩弾を放つが、和紋はそれを予測していた。彼の籠手が光り、溶岩弾を正確に叩き落とす。温泉に浸かったことで、彼の身体の硬度が以前よりも増しているようだ。
「この聲が届く頃には、汝らはもう影の一部だ!」
彼の声が響き、必中領域内でドラゴンはまるで操り人形のように翻弄される。和紋は翅を広げ、演技めいた優雅な動きで敵を領域の深部へ誘い込む。溶岩弾が次々と飛来するが、彼の攻撃は全て必中。籠手の重みを込めた一撃がドラゴンの頭部を捉え、青い鉱石の鱗を粉々に砕いた。
その頃、平野は別のドラゴンに狙われる。転がるドラゴンは地形を破壊しながら迫り、地面を抉る勢いで突進してくる。
「散らばる鉱石か。俺の足のサイズと体重なら、思いっきり踏んで地面にめり込ませれば足場にできるな!」
彼は豪快に笑い、巨体を活かして地面を踏みしめる。青い鉱石が地面にめり込み、転がるドラゴンの動きを阻む。だが、別のドラゴンが再び転がり始め、平野に直撃する勢いだ。
「くそっ、しつこいな!」
彼は√能力のリチャージまで素早く逃げ回り、時に和紋の領域へ押し付けるなどして時間を稼ぐ。そして再び『大咆哮』を放ち、ドラゴンを硬直させた。麻痺した隙に、平野は尻尾を振り回し、ドラゴンを他の敵に叩きつけた。衝突の衝撃で石畳が砕け、湯煙が一層濃くなる。
結論から言えば、和紋と平野の連携は息をのむほど見事だった。和紋の『聲影の帳』がドラゴンたちを混乱させ、平野の『大咆哮』がその動きを封じる。和紋は屋根から屋根へと跳び移り、翅音板の音でドラゴンの攻撃を誘導。溶岩弾が彼を追うが、帳の内では全てが彼女の掌中にあった。弾丸は彼の当身によって全てはたき落とさせ、逆にドラゴン達は彼の黒光りする拳によって打ち砕かれる。
「沈め、“帳”の奥底へ!」
彼が決め台詞を唱えると、領域内のドラゴンたちが次々と影に飲み込まれ、動きを止める。その隙に平野は転がるドラゴンに体当たりを決め、鉱石の破片を踏み砕きながら前進。
「どうやってけしかけられたのか知らねえけど、鉱泉の材料にされたくなかったらさっさと帰りやがれ!」
彼の咆哮が再び響き、ドラゴンたちは怯んだ。恐れをなした残りのドラゴン達が踵を返して逃げ帰ってゆく。
戦いの終盤、和紋と平野は最大のドラゴンに立ち向かう。そいつは他の個体より大きく、青い鉱石がまるで鎧のように分厚い。
「この群れの大将か……いざ尋常に、参る!」
「ボス戦前の中ボス戦ってやつか。かかってきな!」
和紋は『聲影の帳』を最大限に広げ、ドラゴンを領域の中心に引き込む。
「平野、今だ!」
「おうよ!」
彼の叫びに、平野が『大咆哮』を放つ。巨体が硬直した瞬間、和紋は跳躍し、籠手の一撃をドラゴンの頭部に叩き込む。鱗が砕け散り、轟音と共にドラゴンがふらつく。
「これでトドメだ!」
平野は最後の力を振り絞り、体当たりで巨体のドラゴンを吹き飛ばした。ふっ飛ばされたドラゴンは二、三度全身を大きく痙攣させた後に、くったりと力が抜けたように事切れていった。ようやく温泉街に静寂が戻ったのだ。
湯煙の中、和紋は帳を畳み、静かに息を吐く。
「影の聲は、汝らを飲み込んだ」
平野は元の姿に戻り、笑いながら和紋の肩を叩く。
「うわ、街が滅茶苦茶だな……まあ、派手にやれたからいいか。次はもっと楽に片付けようぜ」
二人は肩を並べ、破壊された温泉街を見渡す。住民たちが戻り始め、感謝の声が響く。
街の住人達にとって、和紋と平野の戦いは街の伝説として語り継がれることだろう。
第3章 ボス戦 『喰竜教団教祖『ドラゴンストーカー』』

「嗚呼、偉大なるドラゴンプロトコルの皆様……。なんとおいたわしく、なんと愛おしい……!」
喰竜教団教祖『ドラゴンストーカー』は恍惚の笑みを浮かべながら姿を表した。
「わたくしども『|喰竜教団《しょくりゅうきょうだん》』は確かに、皆様ドラゴンプロトコルを、見境無く、大人子供の区別なく殺害しております。でも、嗚呼……どうか誤解をなさらないでください!」
まるで舞台上で演技をするかのように、教祖は己の教義を語りだす。
「わたくしは自らの躰を切断し、かわりに皆様の亡骸を縫合しております。皆様を殺す度にそうした手術を繰り返し、わたくしの本来の肉体はもう何処にも残っておりません。でも信じてください。これは皆様の為なのです。√能力者たるわたくしとひとつになれば、皆様はもう死ぬ事がありません。不死を得れば、いずれ皆様は、輝かしき真竜トゥルードラゴンの力を取り戻せるかもしれません……!」
妄言だ、こんなことは狂信の極みだ。
だからこそ、√能力者達は武器を取る。
「だから、どうか竜の誇りを持って、眼前の些細な死を恐れないで……。わたくしどもは、皆様の復活に、この身の全てを捧げます……!」
自愛のほほ笑みを浮かべる狂気の教祖へ、君達は凶器を差し向けるのだった。
温泉街の静寂は破られ、轟音と水飛沫が夜を切り裂く。狂信的教団「喰竜教団」の教祖、ドラゴンストーカーが遂にこの地に現れたのだ。彼女の目的は、竜人種の命を奪い、その力を縫い付けて真竜を復活させること。対するは、二人の√能力者が、温泉郷を守るため立ち上がった。
「うぅ、乙女の柔肌を沢山の人に目撃されました……男の人も居たのに……」
竜宮殿・星乃(或いは駆け出し冒険者ステラ・h06714)は顔を真っ赤にしながら、濡れた浴衣の裾をぎゅっと握りしめた。戦闘の余波で帯が緩み、薄紅色の胸元が透けてしまっていた。だが、羞恥に悶える暇はない。
「で、でも、今はそれに悶えるのは後回しですっ!」
彼女は帯をきつく結び直すと、決意を新たに戦場へ飛び出した。
「ここからが正念場ですから……!」
目の前には、ドラゴンストーカーが不気味な微笑を浮かべていた。黒のベルトを青白い肌にまとわせ、申し訳程度の赤い布地で衣服だと言い張るような異様な装束。その瞳は狂気と自信に満ち、丁寧かつ自愛に満ちた口調で語る。
「ふふ、教団に仇為す√能力者たちよ。私の崇高な目的の前に、貴女たちの力など塵芥にすぎません。ドラゴン様の復活は、すぐそこまで来ているのですから」
「ドラゴンストーカー! 性懲りもなく惨劇を引き起こそうとして……許せません! 水でも被って反省しなさい!!」
星乃は怒りに任せて叫び、両手を天に掲げた。彼女の家系に伝わる竜召喚術が発動する。
「烈海竜顕現! 押し流せ、タイダルウェイブ・ドラゴン!! はあああぁぁーッ!」
その時、地面が揺れ、温泉の水面が波打つ。星乃の周囲に紺碧の水流が渦巻き、巨大な竜の姿が現れた。荒ぶる烈海竜は嵐の海のように咆哮し、みるみるうちに大津波のごとき激流に変形。攻撃回数と移動速度が4倍に跳ね上がり、代わりに受けるダメージは2倍となるリスクを負う。星乃はそのリスクを理解したうえで覚悟を決め、烈海竜を操る。
「邪悪な竜信仰に溺れるあなたには、溺死が相応しいです!!」
その場に留まって渦を巻いていた水流は、星乃の指先の合図によって轟音とともにドラゴンストーカーへ襲いかかった。巨大な水の刃と膨大な質量が彼女の物質的・魔術的装甲を削り、ドラゴンストーカーと一緒に温泉郷の地面を抉る。だが、ドラゴンストーカーは軽やかに膨大な量の水流を竜化した口から暗黒の炎で水流を蒸発させた。
「これが、縫合して得たドラゴンの力だっていうの!?」
星乃は教祖の力に思わず息を呑んだ。
「ふふ、素晴らしい力です。ですが、真竜の力には遠く及びません!」
ドラゴンストーカーが手を振ると、地面から竜の骨を模した刃が突き上がり、星乃を襲う。
「これは√能力ではありません。単なる竜魔術……『通常攻撃』です!」
「っ、危ない!」
星乃は古武道の技で身をかわし、浴衣の裾が翻る。だが、攻撃の余波で再び水をかぶり、浴衣が透けてしまう。双丘の先端の淡い紅色を慌てて隠して、敵を恨めしげに睨んだ。
「あっ! う、うぅ……また、透けて……! もう許さないんだからっ!!」
恥ずかしさに身を縮こまらせながらも、彼女は烈海竜を再び操り、渦潮のような攻撃で反撃を再開。それでもドラゴンストーカーが吐く黒炎のブレスをなかなか打ち破れずにいた。
その時、戦場に冷ややかな歌声が響いた。
ルミ・マエンパー(永久の歌姫・h07251)――、吸血鬼の歌う魔術師が参戦したのだ。彼女は浴衣から黒のドレスへ着替えており、銀色の髪をなびかせながら、冷静沈着にドラゴンストーカーを見据える。
「何というか……この悍ましさ……。そもそも理解する気もありませんが、理解できませんわ。人は命ある限り死は不可避。その辺りをあの世で理解してもらう必要がありますわね。」
ルミは両手を広げ、歌声で魔術を紡ぐ。
「Tuonelan Joutsen!」
歌声によって彼女の周囲に白鳥の幻影が現れ、死の国の河を思わせる神秘的な光が彼女を包む。その移動速度が3倍に跳ね上がり、装甲を貫通する近接攻撃「Joutsen Raivo」が発動可能となる。
「頭を冷やす為の河へ案内致しますわ。あの世では時間は無限ですもの……」
「あの世とやらへ向かうのは貴女だけです。真竜の力を今こそお見せしましょう!」
ドラゴンストーカーは自分の身体を今まで殺したドラゴンプロトコルのインビジブルにに食わせ始めた。すると教祖の肉体が巨大なドラゴンへと変異してゆく。
「あはははは! これこそが真竜様の御力です! ひと思いに消し炭にして差し上げましょう!」
真竜へ変身したドラゴンストーカーがルミへ灼熱の火炎ブレスを放った。だがその前にルミは白鳥の翼を纏ったかのように軽やかに動き、ドラゴンストーカーの攻撃を次々と回避。
「動きが単調ですわ。溜めも大きくて、まるで避けてくれと言わんばかりですの」
彼女の歌声は戦場に響き、音に宿った魔力が敵の動きを一瞬鈍らせる。
「そちらが巨体を生かした攻撃をするのなら、こちらは速さで引っ掻き回すまでですわ!」
ルミは強化された機動力によって一気に敵との間合いを詰めると、至近距離からJoutsen Raivoを放ち、鋭い爪のような攻撃でドラゴンストーカーの龍鱗を貫く。鱗が砕け散り、教祖が初めて苦悶の表情を浮かべた。
「ルミさん、今です!」
星乃が叫ぶ。烈海竜が再び大津波を巻き起こし、ドラゴンストーカーを押し流す。
ルミはそれに合わせて高速で動き、Joutsen Raivoを連続で叩き込んだ。
「どれだけ硬い装甲も貫通すれば関係ありませんわ!」
二人の攻撃が絶妙に噛み合い、教祖を追い詰める。星乃の凄まじい水流が敵の動きを封じ、ルミの貫通攻撃がその隙を突く。温泉郷の地面は水浸しになり、湯煙と戦闘の熱気が混ざり合う。
「くっ、ここまでとは思ってませんでした……成程、尖兵として放ったドラゴン様達が全滅するのも頷けますね……!」
ドラゴンストーカーは歯を食いしばり、咆哮を上げた。
「貴女たちを認めましょう、なんと厄介な存在でしょうか……! ですが、真竜の復活は私が果たすのです!」
彼女は鱗装甲から暗黒の竜気を放ち、星乃とルミを吹き飛ばす。星乃は浴衣がさらに乱れ、ルミはドレスの裾が裂ける。それでも二人は立ち上がる。
「ルミさん、もう一度連携しましょう!」
星乃が叫び、烈海竜を渦潮に変形させる。ルミは歌声を高め、白鳥の幻影をさらに強く輝かせる。
「了解しましたわ、星乃様。教祖をあの世へ送りましょう!」
二人は同時に突進。烈海竜の渦潮がドラゴンストーカーを飲み込み、ルミのJoutsen Raivoがその中心を貫く。次の瞬間、闇夜の中で一際大きい爆発音が響き、温泉郷の星空が揺れた。
だが、煙が晴れた時、ドラゴンストーカーの姿はなかった。
「ふふ……さすがに手強い能力者たちですね。ですが、これは一時の退却にすぎません。少々傷を癒やさせてもらいましょう。ではまた、ごきげんよう!」
彼女の声が遠くから響き、闇に消える。星乃とルミは息を切らしながら、悔しそうに地面を睨んだ。
「逃げられました……! 私の力が足りなかったせいです……!」
星乃は浴衣を整えながら唇を噛む。ルミは冷静に首を振る。
「いいえ、星乃様。私たちの連携は完璧でしたわ。あの女が狡猾だっただけです。ですが、追跡は他の者に任せましょう」
二人が見上げると、他の√能力者達がドラゴンストーカーの逃走方向へ向かっていた。星乃は拳を握り、決意を新たにする。
「次は必ず、私たちの手で止めます!」
ルミは静かに微笑み、頷く。
「ええ、星乃様。忌まわしき教祖専用の『あの世逝き旅券』は、私たちが必ず用意しますわ」
湯煙立ち込める温泉郷に、二人の戦士の誓いが響いた。戦いはまだ終わらない。
温泉街は未だ戦火に揺れていた。逃走した「喰竜教団」の教祖、ドラゴンストーカーは、今まで多くの竜人種の命を奪い、真竜の復活を目論む狂信者だ。彼女を追跡した冒険者たちは、霧深い山間の廃墟でその姿を捉えた。ドラゴンストーカーは、鱗を縫い付けた肉体を見せびらかし、哄笑を上げる。
「ふふ、愚かな者たちよ。真竜の復活は目前です。誰にも邪魔させません!」
血走った眼で√能力者2人を睨みつける。
立ち向かうは、老獪な武芸者である和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)と、豪胆な喋る野良恐竜こと平野・空(野良ティラノサウルス・h01775)。先刻の竜の群れを蹴散らした二人の能力者が、教祖を討つべく連携を誓う。廃墟に響くのは、竜の咆哮と戦士たちの闘志だった。
和紋は纏った漆黒の外骨格を武者震いさせる。その姿はまるで侍のような静かな威圧感を放つ。彼の瞳は冷たく、ドラゴンストーカーを見据える。
「我が身を変ずるは、生存の術にして、討滅の牙なり」
彼は低く呟き、√能力『穢身変化』を起動する。
「ただの余興──見誤るなよ」
「させません! 竜骸蒐集!」
ドラゴンストーカーが掲げる大剣が、不気味な光を放つ。彼女の能力は、命中した部位を切断し、さらにはその部位を喰らうことで傷を癒す恐ろしいものだ。
「狂信者の部位狩りの異能か。ならば、捉えさせぬのが一番」
和紋はそう呟き、数秒念じると身体が変化。巨大な竜の姿を模した囮を生み出し、翅音板を響かせて教祖の注意を引きつける。
「ドラゴン様の姿を使って私を攻撃とは、侮辱にもほどがあります!」
怒り狂ったドラゴンストーカーが囮へ向かって剣を何度も振り下ろした。
だが、それは偽りの作戦であった。和紋の本命は小さな紙魚への変化だ。装甲を捨て、滑るように地べたを這い、敵の死角へ潜む。
「くっ……ハリボテのドラゴン様を私に斬らせた罪は大きいですよ……!」
ドラゴンストーカーの大剣が囮の竜を切り裂くが、そこには何もない。
「姑息な! どこへ消えたのです!?」
いつの間にか和紋も平野も姿を消していた。彼女が苛立つ瞬間、和紋は茂みの中で蟲煙袋から煙を放ち、廃墟を霧で覆う。煙の中、紙魚の姿で彼女の背後に忍び寄る。すかさず間合いに入った次の瞬間、彼は大百足の姿へ再変化。甲殻籠手を振り上げ、教祖の大剣を叩きつけた。
「命を弄ぶ者に、殻を割られる道理は無い!」
和紋の重い攻撃は、ドラゴンストーカーの装甲を砕き、彼女を一瞬怯ませる。だが、教祖は即座に反撃してくる。彼女の右腕が竜化し、鋭い爪が和紋を襲う。
「無駄な抵抗です!」
これを防ぐために和紋はすぐさま石像じみた姿に変化し、重みに任せた肘の一撃で爪を弾き返す。
「似せただけの命など、ただの模造だ」
彼の言葉は冷たく、教祖の誇りに亀裂を走らせてゆく。
一方、森の中に身を潜めていた平野はティラノサウルスの巨体で戦場に躍り出る。仲間思いの熱い男は、ドラゴンストーカーの異形な姿に眉をひそめた。
「そもそもそんな繋ぎ合わせて蘇ったとして、そいつ誰になるんだよ。ったく、まあどうせ何を言ったって聞きやしねえんだろ。だったら、原始的なやり方で引き取り願おうか!」
「同じ言葉をそっくりそのままお返しします。何故、私の崇高な願いを理解できないのですか!?」
ドラゴンストーカーが左腕を竜化させ、そこから炎のブレスを吐き出す。空はニヤリと笑った。狙い通りと言わんばかりに。
「潰れちまえ!」
平野の咆哮。放たれた衝撃波がブレスを相殺し、廃墟の石柱が粉々に砕ける。
「テメエが体の一部が竜なら、こっちは全身恐竜なんでな! でも崇拝されるのはゴメンだぜ!」
彼はティラノサウルスの姿で突進し、巨大な顎で教祖の竜化した腕を噛みつく。
「ぎゃああああぁぁーっ!?」
彼女が悲鳴を上げ、腕を振りほどこうとするが、平野は決して離さない。そのまま敵を高々と持ち上げ、勢いをつけて地面に叩きつけた。
「竜化? 暴走? それが噛みついて叩きつけるのに、何の支障があんだよ!」
教祖の骨が軋み、血肉が飛び散る。だが、彼女は切断された腕を喰らい、自らの傷を癒してみせた。
「ふふ、貴方の力も、真竜の前では無力です!」
彼女が再び大剣を振り上げるが、そこに和紋の伏撃が炸裂。再び紙魚の姿で忍び寄った彼は大百足へ変化し、甲殻籠手で大剣を叩き飛ばした。
「捉えさせぬ、と言ったはずだ」
更にドラゴンストーカーの腹へえ強烈な拳の一撃を打ち込む。敵の身体が『くの字』に曲がったまま吹っ飛び、そのまま廃墟の壁に叩き付けられた。
「空、今だ!」
和紋が叫ぶ。彼は背中の羽で空へ飛び上がった後に石像の姿に変化し、重い一撃でドラゴンストーカー目掛けて地面へ落下。ドラゴンストーカーの脳天へ降り注いで激突することで大ダメージを与えた。
「今が攻め時ってことか。やってやらぁ!」
平野は即座に反応し、再び息を吸い込む。
「テメエはここでぶっ潰れろ!」
2度目の咆哮。ティラノサウルスの巨体が教祖へ目掛けて飛び込んできた。タックルを受けて廃墟ごと教祖は全身を打ち砕かれてゆく。そして平野は再び噛みつく。彼女の竜化した脚が平野を切り裂こうとするが、三度の和紋の伏撃。やはり紙魚で忍び寄り、敵の脚の間を滑り、翅音板を今度は敵の耳元で振動させて撹乱。
「いやぁぁぁぁ!!」
人外でも悪寒が走るほどのおぞましい羽音に、ドラゴンストーカーは思わず悲鳴を上げて狼狽する。この瞬間、ドラゴンストーカーは隙だらけになった。
「エグい攻撃だなソレ……つか連携だ、和紋さん!」
平野が叫び、無防備の教祖を持ち上げて星空へ投げ飛ばす。和紋は大百足の姿で跳躍し、全力で振り抜いた甲殻籠手で教祖の胸部を直撃。
「殻ごと誇りを打ち砕く!」
その一撃は敵の分厚い守りと心臓を貫き、墜落たドラゴンストーカーが血反吐を撒き散らしながら膝をつく。
「まだですわ……真竜は……!」
彼女が最後の力を振り絞り、両腕を竜化させて反撃を試みる。だが、そうはさせまいと平野が咆哮し、衝撃波で彼女の動きを封じる。
「終わりだ!」
彼は突進してティラノサウルスの顎で教祖の頭部を捉え、渾身の力で地面に叩きつける。ゴギリ、とドラゴンストーカーの頚椎が派手に折れる音が闇夜に響いた。
和紋は念の為、今日の頭を渾身の正拳突きで叩き割り、完全に息の根を止めてみせた。
「模造の命に、未来はない」
凄まじい正拳突きの威力は廃墟に轟音を響かせ、地面を深々と陥没させた。
「ふふ……真竜は……必ず……」
砂塵と化す教祖の肉体。最期に彼女の声は途切れ、完全に消滅した。和紋は静かに息を吐き、その場にどかっと座り込んだ。化けぢからを大量に消費したせいか、これまでにないほどの疲労感が一気に和紋の身体を支配する。
「終わったな」
「ったく、派手にやれたぜ!」
平野もくたくたになった身体をしばらく動かせず、その場に大の字になって星空を見上げるのだった。
廃墟に静寂が戻る。ドラゴンストーカーの野望は潰え、温泉街に平和が戻った。温泉街の夜空に、星が輝く。戦士たちの絆は、新たな戦いへの力となるだろう。
<了>