【王権決死戦】◆天使化事変◇第2章『崖を行く山羊』
「まーだ、本部からの連絡を待ってるの? フューリー」
「……」
薄暗い部屋の中で、アマランス・フューリーはとある羅紗を見つめていた。
太古の呪文が刻まれる毛織物は、様々な用途に応じて作り出される。それは、隔絶された場所との通信をも可能に出来る代物だった。
しかし、沈黙して数年。今やそれはただの布と変わり果てている。
それでも待ち続けている健気な女に、同僚は呆れたように笑いかけた。
「確か、塔主様が最後に言ったのは、『これから人類を統一する』だっけ?」
「ええ」
「もう、随分と経ってるけど。それって一体、どうやってするのかしらね?」
「……天使よ。きっと、天使が関係しているに違いないわ」
その星詠みは、幾度となく|予言《天使の出現》を観測した。だからこそそれが、今後の組織を保つために最も必要なものなのだと考え、執着的に行動してきた。
そんな風に頑なになっているから、多くの敗北を喫しているのではと同僚は思ってしまう。
「だといいわね」
とはいえ長い付き合いでもあるし、この場は同調してやった。
それからすぐに、ノックが飛び込み部屋の扉が開く。入ってきたのはまだ成人前の少女。強大な力を持つ二人を前にして、彼女は凛と報告を伝える。
「皆さんの準備が整ったそうです」
「そう。じゃあ急ぎましょう」
「お。ようやくヤツらを掃討するのねー」
三人は手短に言葉を交わすと、早々に部屋を出た。
そうして、羅紗の魔術塔が動き出す。
それは、これまで以上の最大規模。
「既に現場では200人程度が潜伏しています。加えて外周は、800人ほどで囲っている状況です」
「気合入ってるわねー」
「可能な限りに声をかけたわ。それに向こうはオルガノン・セラフィムとの戦いで疲弊しているはず。ここが最大の叩きどころよ」
「じゃ、負けるわけにはいかないね?」
顔を引き締め装備を検め、戦いの準備を着実に整えていく。
これまでの大敗をここで巻き返さんと。
そう息巻くアマランス・フューリーだったが、突然その足を止める。
「……っ」
何かに気付いたように振り返り、強張る表情に同僚たちは疑問を抱く。
「ん? どしたの?」
「どうかしましたか?」
その問いかけに対して、彼女は苦々しく伝えた。
「……|視ら《詠ま》れているわ」
●
瞳を返され、星詠みである二軒・アサガオは瞼を開けた。
「……それでも強行しますか」
強情な相手にため息をつく。とにかくこの危険を報せなければと、彼は早速手紙を綴った。
『羅紗の魔術塔が、そちらへ一斉攻撃を仕掛けようとしています。その数は1000人近い規模のようで、既に集まっているために戦闘は避けられないでしょう。当然、アマランス・フューリーを始めとした幹部連中もやってきます』
『彼女たちの目的は、皆さんの殲滅に合わせて天使たちを回収するつもりのようです。欲張りですね。まあ、向こうも後にひけない事情があるみたいなので、気を付けておいて下さい』
『それに、何か起きようとしているみたいですね? そちらの状況はあまり見れていないので詳しいアドバイスは出来ませんが、そのための対策もしておいた方が良いかもしれませんね』
『最後に、一応朗報ではありますが、皆さんが向かわれたその場所は【絶対死領域】ではないようです。なので、皆さんならば多少死ぬような目に遭っても大丈夫でしょう。とはいえ、状況がどう変わるかは分かりません。【死を覚悟する】ことはお忘れなきように』
『全てを解決するにはまだ時間がかかるかもしれませんが、どうか引き続き協力のほどよろしくお願いしますね』
それはまだ延長線。
けれど追われるだけだった山羊は、自ら歩もうとする。
多くを突き落す崖の先へと。
第1章 冒険 『強行突破せよ』

七々手・七々口は状況を俯瞰する。
「オレは外周の方の敵の相手でもすっかな」
高所にいた彼は、遠くから迫ってくる人の列を見つけていた。
それは既に囲いを作っていて、どうやらオルガノン・セラフィムとの戦いが終わるのを待っていた様子だ。
戦場は、港町から広がり隣接した場所へと及んでいる。戦いからは遠ざけていたが、避難民もまだ破壊の痕が残る地域から抜け出せてはいなかった。
それでも構わず行進を続けるのは、羅紗の魔術塔。屋根伝いに移動し、敵の正体を確認した黒猫は、その尻尾を揺らめかせた。
「んじゃあ、ぶち込むぜ」
√能力【|魔神の滅拳《ハンズ・オブ・ルイン》】によって、7本の魔手が巨大化——魔神手モードへと変じる。全長280mにも成る平手が、潜む建物ごと吹き飛ばした。
敵も羅紗魔術で抵抗するが、とてもではないが止められない。
「……それにしてもあれ、嫌な感じするんだよな」
ふと見やる方角には、光の輪を冠する塔が立っている。猫の勘が、立ち止まる事を忌避していて。魔神手に敵の殲滅はさせながらも1体だけは護衛につけて、出来るだけ海から距離を取った。
「そういや、避難した人らを巻き込まんようにしないとなぁ」
巨大故の損害を今更に振り返り、そう呟く黒猫だった。
「おい、あいつ天使じゃないか?」
「そりゃあ、味方になってるのもいるだろ」
「あれもフューリー様が取り逃がした奴かな?」
「そもそも確保出来たのっているんだっけ?」
天使・純は、あえてその身を晒していた。そうすることで、自分を狙う敵を炙り出すために。
それは見事功を奏し、建物の陰から声が零れ出た。すると彼は暢気に歩く演技を終えて、拳を握る。
「よし見つけたぜっ。これが俺の|戦い方《喧嘩殺法》だ!」
「げぇっバレてる!?」「だけど相手は一人だ!」
金属となった体を生かした鉄拳が、羅紗魔術師を追い詰める。とっさに敵は退き、魔術の準備をするが、その手はレーザーに寄って落とされた。先ほどモバイルマナバッテリーを交換したドローンによるものだ。
「俺自身も|ご同輩《天使》も、お前たちの好きにはさせないぜっ!」
「「ぐぁあああ!?」」
金属と化した肉体だからこそ可能なごり押しで、√能力も持たない天使・純は、羅紗魔術師を叩きのめす。
「……明らかに隠れてるのバレてたよな」
「いるの分かってて探してる感じだったな」
「また後出しの予言されたか……」
「フューリー様可哀そうになってきたな萌え」
ハコ・オーステナイトは、伝えられた数に眉根を寄せる。
「覚悟はしていましたが、数の力はやはり厳しいですね」
集まっている味方に比べてそれは圧倒的に多い。その勝機にはかなりの不安があったが、それでも諦めることなどありえなかった。
場所を選ぶ暇はない。とにかく早く『風穴』を開けるため、彼女は駆け出す。
「二兎を追う者はなんとやらですが、窮鼠なんとやらとも言います。油断せず行きましょう」
√能力【レクタングル・モノリス】によって、漆黒の直方体を換装し、敵の包囲に向けて制圧射撃を放った。しかし数発は当てることが出来ても、すぐに羅紗魔術が展開され攻撃を止める。√能力者を逃がさないよう陣形を組んでいる分、その包囲は堅牢だった。
突破と陽動を目的にしていたハコ・オーステナイトも足を止めざるを得ない。
「守る難しさ、先の戦いで身にしみました。…あの様な顔をさせたくなかったのに」
漆黒の直方体を今度は盾として展開し、時間稼ぎに切り替える。
取り逃したものを思い浮かべ、彼女は必死に踏ん張った。
八木橋・藍依は『外』からその情報を知った。
「戦いに行った皆さんが囲まれているのなら、援軍として向かった方がよさそうですね」
先行している仲間達の手助けとなるため合流を急ぐ。現場へと近付けば、羅紗魔術師の姿はすぐに見つかった。
こちらに気付いていないとはいえ、数人がかりの連携が取れるように固まっている。一人で突撃すれば危ないだろうと建物などの影を利用し隠れながら、包囲網の隙間を縫って抜けていった。
しかしその時、
「バレたかっ!」
「先客ですか!」
偶々踏み込んだ路地裏で、羅紗魔術師とばったり出くわす。潜んでいた内の一人だ。運悪く同じ考えで踏み込んでしまったらしい。
「そのまま出てこないでくださいっ!」
「くっ!?」
咄嗟にアサルトライフル『HK416』を抜き放ち、弾丸をばら撒く。想定外を予期していたその行動は素早く、焦った羅紗魔術を貫いた。
「……ふう。隠れるためにか相手が軽装だったのが助かりましたね」
偶然も味方をしてあっさりと敵を片付け、先を急ぐ。そうしながら後方も意識して、√能力【|新兵器登場!《パワードウェポン》】によって、罠や障害物を作っていった。
そうして彼女は、味方との合流を果たす。
「援軍が来ましたよ!」
補給物資を渡した八木橋・藍依は、次に防衛拠点を作るために手を貸すのだった。
煙道・雪次はタバコに火をつける。
「なるほど、羅紗の魔術師が1,000人か」
その数は脅威で間違いない。しかし彼は決して臆することなく、人手は多い方が良いだろうと自らも向かった。
「人間同士だ。できれば命までは取りたくはないんだがな」
タバコの煙が揺れ、形をとる。√能力【|煙使い《ケムリツカイ》】によって生み出された使い魔たちが、情報収集のために戦場へと散っていった。
「……なるほど。内側にいるのは軽装の、いわば斥候か。不意打ちに注意すればそれほど脅威じゃないだろうな。外側は、ばらつきはあれど、連携前提のパーティがいくつもって感じか。まあさすがに包囲網なだけはある」
情報を受け取った煙道・雪次は、使い魔たちを再び放つ。
「とりあえずは、潜伏場所を報せておくのが良いか。もし伝達が間に合わなければ、」
と言葉を区切った彼は咄嗟に銃を構え、その引き金を引いた。見晴らしのいい高所から放たれたその一発は、味方を襲おうとしていた羅紗魔術師を打ち抜く。
「それまでは俺がサポートしよう」
タバコが燃え尽きると、煙道・雪次は間を置かずにまた火をつけた。
継萩・サルトゥーラは笑みすら浮かべていた。
「ん〜♪ 約1000人規模による物量戦とは。素晴らしいじゃん! 心が躍るねぇ!」
これから危険な戦場へ赴こうとしているのに、その足取りは軽い。更には手ごわい相手もいると知って、余計に興奮している様子だった。
そうして闘争心を奮い立たせると、錠剤を服用してリミッターを解除する。限界突破した彼にはもう、怖いものなどなかった。
「よっしゃー! 無差別攻撃じゃい!」
√能力【アバドンスウォーム】によって、改造小型無人ドローン兵器『アバドン』での攻撃を開始する。義眼型の通信装置から命令を下し、制圧射撃。一人でも多く巻き込めるよう、とにかく広く射線をばら撒いた。
「後ろから攻撃されてるぞ!」
「迎え撃て!」
攻撃されていると分かると、羅紗魔術師も反撃に出る。布が広げられ、刻まれた古代呪文が解き放たれる中、継萩・サルトゥーラは笑みを保ち続けていた。
「はっはー! ごまかしごまかし♪」
自前の医術で傷を癒して戦場を楽しむ。そうしながらふと、空を仰いだ。
「ありゃあ、この上まで来そうだな……」
海の向こうに立つ塔の上に輝く光の環。それは徐々に広がっていて。野生の勘が、|この辺り《包囲網の外側》も影響下になるだろうと告げていた。
山門・尊は敵の作戦に感心する。
「一網打尽にしてゆっくり天使を確保する。天使を守るなら私たちは逃げれない。合理的だね」
確かにそれは、自分達を追い詰めるには最適解とも言えただろう。とはいえ、足を止める理由にはならなかった。
「不利上等、出撃する」
決戦型WZ『テスラコング』に搭乗し、強力な磁力の壁を形成する『マグ・バリア』を出力最大で発動させる。そうして彼は、誰よりも前に出た。
「突出せず前衛を務めよう。盾にしていいよ」
√能力【|超重力弾《ブラックホール・バレット》】によって、敵の足を止め、牽制。背後から続く味方には機動力を与えていった。
「防衛の基本は『負けない』ことだよ。耐え忍び、削るんだ」
彼は言葉の通り、無数に飛び交う魔術をたった一機で押しとどめようとする。バリアと持ち前の胆力を持って、味方には一切攻撃が届かないよう立ちはだかり続けた。
まだ懸念事項はある。それでもやることは変わらない。
「……いざともなれば、私は皆の盾を死力で成すさ」
そのための決戦仕様。この舞台のために存在するのだから。
眞継・正信は塔に向けていた視線を一旦下ろした。
「懸念は他にもあるが……」
今は羅紗の魔術塔による一斉攻撃を防ぐことが優先だと、彼は戦いが始まる場所へと急ぐ。
既に飛び出した味方によって、乱戦に突入している。それならば防ぎも肝要となるだろうと、仲間達への攻撃を跳ね返すべく、√能力【ウィザード・フレイム】を味方の下へと灯していった。
詠唱のために足は止め、その間の防備は大型犬の死霊『Orge』に任せる。
しかしその護衛を食い止められ、魔術が迫った。
「っ」
眞継・正信はとっさに炎を攻撃の役へと転じさせ、同時に回避を行う。不意を突こうとしたのは、潜伏していた魔術師だ。奇襲は失敗し、その隙に呼び寄せた犬型インビジブルが足に噛みついた。
そうして行動を封じると、彼は歩み寄る。
「さて、せっかくですし、情報を聞き出しましょうか」
穏やかに、尋問を開始した。
「あの塔からの光が何かはご存じですか?」
「し、知るかっ」
「……そうですか。では、あなた方の陣形ぐらいなら分かるでしょうか」
反発的な態度ではあったが、まるで揺らぎのない礼儀正しい口調に、敵は徐々に恐怖を増長させていった。武装も少なく心もとなかったのだろう潜伏兵は、そう時間もかけずに情報を漏らしてしまう。
包囲網の薄い個所を知った眞継・正信は、早速仲間達へと通達するのだった。
白神・真綾は舞い上がっていた。
「ヒャッハー! 敵が1000体とか大盤振る舞いデスネェ! 真綾ちゃんすっごくドキドキしちゃうデース!」
味方との連携も忘れて一人飛び出す。そしてすかさず√能力【|驟雨の輝蛇《スコールブライトバイパー》】によって、最大広域を殲滅していった。
「これだけ多いとどれだけヤレたのか分かんねぇのが残念デース! きっと最高スコア叩き出せてるデスガネェ」
レーザーの雨が降り、周囲一帯を焦土と化す。その威力は絶大で、立つ者はいない——と思ったが。
「……おや? やられてないデスカァ」
多くの魔術師が、文字光らせる布を纏ってレーザーを防御してみせていた。続くのは、反撃の合図。それに少女の口角はにひっと上がった。
「そうこなくっちゃデース!」
まだ楽しめると彼女は歓喜して、迫りくる魔術を身軽に躱していく。敵を煽るように戦場を駆け、その時ふと思い出していた。
「あーそういえば、何か起こるって言ってマシタガ、ま、天使関連デスカネ。監視だけはしておくデース」
と気が逸れたその時、突然、彼女の体が動きを止める。羅紗魔術による拘束だ。しかしそれをも楽しんで、白神・真綾は無理矢理体を動かそうとする。
狂ったような笑い声に送り出されたマルチプルピットはその頃、天使一行を見つけていた。
「戦いが始まっているようだ。本当に隠れていないでいいのかい?」
「……出来るだけ多くの人を救いたいですから」
「ちょ、ちょっとエドっ。早いよっ」
少女の手を握ったまま、初老の男性の提案も跳ねのけて、少年は自らの選択へと進もうとしていた。
ウルト・レアは息つく暇もなかった。
「数が多すぎる…支援部隊の到着はまだか!?」
オルガノン・セラフィムの戦いから引き続きWZに搭乗したまま、彼は迫る羅紗魔術師に対抗するため、ドローンを周囲に展開していた。
敵の陣形。潜伏している数。味方の戦況。それらの情報を収集しつつ、ワイヤーロープの敷設や爆発系罠の設置を行って、少しでも魔術師達を妨害しようと試みた。
当然、自らは先陣を切って出る。歴戦のWZを借り、羅紗魔術が飛び交う中に飛び込んで射撃をばら撒く。
「さすがに怪物たちと同じようにはいかないな……」
考え思考する人間は、こちらの動きに合わせて連携を変えてくる。強引な突破が不可能と分かれば、やはり圧倒的に手数が足りなかった。
とその時、連絡が入る。
「ようやく来たか!」
空を振り仰げば、展開されていく支援部隊。待ち望んでいた|混成第8旅団装甲歩兵大隊《アーマード・インファントリー》が、戦力に加わった。
虚峰・サリィは気さくに挨拶を投げかけた。
「ハロー、|魔術士達《メイガス》。随分な数を揃えてきたじゃない。まあ、オーディエンスは多い方がいいわぁ」
外周を囲う羅紗魔術師を観客にして、彼女は今日もまたステージに立つ。
「今日のナンバーは『|吶喊・一直線乙女44マグナム《ヴァージンマグナムフォーティーフォー》』」
弦を弾いて、その|√能力《歌》は始まる。エレキギター型の魔術触媒へと魔力を注ぎ込み、音を伴った魔力弾を次々に披露していった。
敵の陣形もすぐさまかき乱されていく。
「さあ、おひねりは何か情報でくれないかしら?」
「お前にくれてやるのはこれだっ!」
反抗的な観客は、音の弾を掻い潜り、羅紗魔術で反撃する。しかしそれも事前に展開されていた隔絶結界により阻まれ、虚峰・サリィを傷つけるには至らなかった。
「大した情報は得られないようね。まあ仕方ないわ」
そうして、たった60秒間のナンバーは終わる。
「ご清聴ありがとう、魔術士達」
倒れ伏す観客達にも律儀に礼を告げ、ステージはまた場所を移して開催されるのだった。
ハリエット・ボーグナインは、敵の集団を眺めながらぼやく。
「人類統一なんてのは“|とっくの昔《バベルの塔》”で失敗してんだろ。まだやんの? 諦めなって」
「盛り上がってるわねぇ…まぁ良いわぁ、行くわよぉハリー。折角獲物から来てくれたのだし応えてあげなきゃねぇ」
対して八海・雨月は食欲を膨らませながら、先端を鋏角に変異させた『変性殻槍』を片手に、敵の集団へと単身で突っ込んだ。
「こっちでも敵か!」
「あなた達、中々おいしそうだわぁ…」
「ひいっ!?」
せっかくの機会だから人を味わおうと迫る相手に、羅紗魔術師は怯え動きを止める。そのせいで隙を作り、√能力【|最敵採餌理論《ネクロファジーフルミール》】の餌食となった。
「ぐあぁ!?」
「ふふふ…美味しいわぁ」
槍で串刺し、切断した肉を喰らう獣妖に、√能力【|殺しが静かにやって来る《イル・グランデ・サイレンツィオ》】によって隠密状態で忍ぶハリエット・ボーグナインは顔を引きつらせる。
そうしながらも、サポートは怠らない。連れの取りこぼしや、食事を好機と見て狙ってくる輩を怪力や零距離射撃で仕留めていく。
「……おいおい、雨月。そんなもんばっか食って腹壊さねえか。ピザのほうが絶対うめぇって。腹減ってんならそっち食おうぜィ」
「確かに他に美味い物は色々あるけど、これはこれで独特の味があるのよねぇ…ま、これも生き残る為だわぁ」
人としての価値観で問いかけてくる連れに、八海・雨月は普段通りの声音から古い妖怪の熱を漏れさせてにへらと笑った。その化け物じみた仕草に、やっぱり理解できないと思いながらも、ハリエット・ボーグナインはその傍に立ち続けた。
「長期戦になりそうだ。まだまだ粘れるよな?」
「まぁ、食べて回復してるからねぇ」
ハリエット・ボーグナインはドーピングや医術で次の戦いに備え、八海・雨月は腹いっぱいに満たして次のエサを待つ。そうして二人は容赦なく羅紗魔術師を蹴散らしていった。
中村・無砂糖はつい笑いを漏らしていた。
「ふぉっふぉっふぉっ! わしらを殲滅するじゃと?」
ずいぶんと大きく出た敵の意気込みに、むしろその老体に闘志を燃やす。
「ならば迎え討つのが当たり前という道理じゃ!」
そして彼は、キュッと悉鏖大霊剣を尻に挟み込んだ。
「『仙術…いざ、決戦のバトル・フィールド』じゃ!」
√能力【|仙術、KBF!《イザケッセンノバトルフィールドヘ》】によって、周囲一帯を決戦のバトルフィールドに変え、立ちふさがる羅紗魔術師達を巻き込んでいく。|泥水《珈琲》を啜り捨てれば、準備は万端だった。
「ケッ戦の始まりじゃー!」
尻と共に迫る刃は、地獄のような光景だっただろう。戸惑う者たちはなんとか立て直し、羅紗魔術を放つが、尻が躱し、阻み、迫る。
「たとえ幹部であろうと、どんな相手であろうと必中で薙ぎ払ってくれるわい」
どれだけの人数で来ようとも、既にその地は仙人のフィールド。珍妙な構えに戸惑う敵がいれば、すかさず切り伏せられていった。
「ぎゃー!? ジジイのケツが顔にぃいいい!?」
「ふぉっふぉっふぉっ!」
「怯むなー! 向こうからケツ向けてんだ! 視野は狭いはず! 一斉攻撃だ!」
「おやおや、多数で来るか。それならば……『仙術、居合いじゃ』!」
尻に挟んだ剣に、両手で鞘を差し込んでその両手は動かさず、尻の勢いだけで刃を走らせる。
———プリッ!!
「居合って呼べるのかよそれーっ!?」
√能力によって強化された一撃は、周囲に集まった羅紗魔術師達をまんまと吹き飛ばした。
そうして包囲網を切り開いた中村・無砂糖は、後ろに続く仲間達へ頼もしく告げる。
「ここの殿はわしに任されよ! あとで必ず追いつくからのう」
美味しいところは若人に託して、背中を押した。
「相手側がなにかを企んでいるのならばそれを突き止めるのが先決じゃ!」
仲間達の行く先を邪魔する者が現れば、その尻の剣士が颯爽と駆けつける。
「さあ、ここは仙人であるわしに任せて安心して先を急ぐがよい!」
また、尻が揺れた。
白石・明日香はそれらが待ち構えているという方角を眺める。
「へぇ・・・・大群で来るのか。随分と気合が入っていることでとは言えやられてやるつもりはないぜ!」
大軍が準備を整えてしまう前に、足並みを乱してやろうと彼女は飛び出した。愛用のバイクにまたがって一気に突っ込む。
敵陣を目指し、潜伏している奴らも惹きつけ。
「包囲網に向かってるぞ!」
「やれ!」
まんまと姿を現した魔術師達は、好機と慌てて攻撃を繰り出すが、
「はっ、バイクの腕前見くびるなよ」
その見事なハンドルさばきが、尽く躱していく。そうして敵の位置を割り出せば、こっちのものだった。
√能力【|鮮血の弾丸《ブラッド・レイン》】によって放たれる弾丸が的確に反撃を成し遂げる。牽制にとどまった銃声も、後ろに続く味方達への合図となった。
「・・・・と、もう敵指揮官が到着してるじゃねぇの」
しかしそのバイクは急ブレーキをかける。
牽制射撃をしながら一旦距離を取る白石・明日香の視線の先には、明らかに他とは違う気配の魔術師が待っていた。
「一人も逃さないわよ」
彼女らもまた、打って出始める。
◇◆◇◆◇
「攻撃を仕掛けられてるぞ!」
「はあ!? 奇襲作戦じゃなかったのかよ!?」
その包囲網に、慌ただしさが燃え広がる。
彼らは先手を打つはずだった。しかしそれは覆されていた。
開戦の合図を待っている最中に包囲と潜伏に気付かれ、反撃を許してしまっている。それでも数が多い分、まだ遅れは取っていない。
とはいえ寄せ集めな部分も多く、簡単に穴を空けられているところもあった。
「無駄に密集するな! 連携の取れる人員で各個撃破しろ!」
「ああくそっ! 単体じゃ敵いっこないって!」
「これじゃ、また負けるぞ……」
代理指揮をとっていた魔術師がそう頭を抱えた時、彼女はようやく間に合う。
「負けないわ」
——羅紗の魔術師『アマランス・フューリー』
崩れかかっていた自信を支えるように、彼女は頑なに告げて指揮を代わった。
羅紗の魔術塔を実質管理しているその幹部は、自らの羅紗も広げ戦線に加わる。それと同時刻、別の場所でも同列の幹部たちが部下を鼓舞していた。
その力は確かに強大で、今の戦場にはあまりにも大きな援軍となっていた。
ただ、実績はいまひとつ。
「あなたたちも前線に出なさい。……それと、今までも負けたわけではないから」
彼女は出撃の直前に負け惜しみを付け足して。
その遠ざかっていく背中に、代理指揮の二人は顔を見合わせた。
「……負けてないは違うよなぁ?」
「あんま言うなよっ」
片方の不敬にもう片方が頭を叩く。
「……」
そのやり取りが聞こえていたのかどうか、アマランス・フューリーは振り返りはしない。
何と言われようとも、彼女が示すべきは勝利だけだった。
◇◆◇◆◇
花喰・小鳥は遠くで待ち構える敵を眺める。
「文字通り桁違いの数ですね」
その隣で、同じ方角を眺めながら一・唯一が呆れるように告げた。
「ははぁ、千人規模。大層な人数を用意したもんや。欲張りさんにはお仕置きが必要やね」
そうして二人は決して離れず、戦場へと赴く。
花喰・小鳥が血社に火を着け紫煙を漂わせると、一・唯一が|逢魔時《シリンジシューター》を構えた。
「花の蜜に釣られた哀れな|蛾《魔術士》の群れのご登場です」
「それじゃあ始めよか」
紫煙の匂いで敵を引き付け、白い炎の花びらを舞い散らせる。それによって羅紗魔術師の命を喰らい、続いて射出された注射器が、毒薬を撒き散らしていった。
二人は互いに互いを守りながら、自分のことはどうでもいいとばかりに前へと出る。庇って得た痛みをむしろ愛のように感じて寄り添いすらしていた。
|使役する怪異《怪異兵器:蛇》をぶん回す一・唯一に花喰・小鳥が視線を誘導させる。
「唯一、気づいているでしょう?」
蛾の中に混じる|華やかな蝶《アマランス》の気配。漂う匂いの先に、それは立っていた。
他とは一線を画す魔術師の力量。それは、油断もなく羅紗を広げる。
「嗚呼、あれが|そう《アマランス》か」
直後に飛来する輝く文字列は、広範囲に広がり二人に傷を作った。
けれども互いを守るため、元から怪我など承知。花喰・小鳥は事前に投与していた興奮剤で痛みを押しのけ、その魔眼で相手を魅了して反撃する。
「唯一もあなたも私をもっと見てください」
「ふふ、おっかない。そないな事言わんでもボクは小鳥の虜やで」
僅かに動きを止めたアマランス・フューリーへ、一・唯一が飛び出した。しかし敵もすぐに魅了から抜け出し、魔術を返そうとして。
「美しく舞う小鳥の邪魔などさせるものか」
「かはっ!?」
刺し違えながら、致命的な一撃を与える。
美しい舞に花を添えるならばむしろ無茶をするくらいが丁度いいと、ガムシャラに振舞った。
夜風・イナミは顔をひきしめる。
「羅紗の魔術塔ってセクシーな女性がいっぱいうへへ……とか思ってる場合じゃないですね」
敵の情報を知り、思わず邪な思考がよぎったが、気を抜いている場合ではなかった。先の戦いの疲れだって残っているのだからと気合いを入れると、彼女は牛獣人の姿らしく、敵軍団の下へ突進を開始した。
「牛だ! 牛が来るぞ!?」
こちらに気付いた羅紗魔術師からそんな風に言われて何とも言えない気分になりながらも、彼女はその魔眼を開く。√能力【|石化の魔眼《セキカノマガン》】は、その瞳に捉えたものを尽く石化していった。
しかし、全てではない。
視線に脅威を感じた敵は、足を止めての魔術をやめて接近戦へと移行する。そうなれば夜風・イナミも相対しなければならない。
「んもうう……こういうのは得意じゃないんです」
攻撃を角で受け止め、不意打ちを蹄キックで返り討ちに、巨大釘で敵の武器を砕く。生まれた穴をさらに広げようと、√能力【|怨霊纏《オンリョウマトイ》】まで行使して、強行突破を果たそうとした。
だがその時、赤い布が揺らめく。
「……?」
決して、牛の本能で振り向いたわけではなかったが、その敵がここに現れたのは運命だったかもしれない。
「あら、こんな感じじゃなかったかしら?」
首を傾げながら特注の赤羅紗をはためかせるのは、羅紗の魔術塔幹部が一人、レッド・ウーレン。
彼女は牛がいると聞いて、闘牛の真似事をして茶化していたが、夜風・イナミはそれに付き合う余裕もなかった。
(せ、セクシーですけど、おっかないです……)
魅力的な容姿に気を取られながらも、無視を出来ない気迫に内心で怯えている。それでも、皆を守ると決めたのだから、彼女は前へと進んだ。
俯きがちの顔を上げ、石化の視線を浴びせようとする。
だが、
「おっと、危ないじゃない」
まさに闘牛士のように赤羅紗が視界を覆って、魔眼は不発に終わる。それならばと石化の呪詛を込められた釘を振りかぶり、対してレッド・ウーレンは、誘うように羅紗を赤々と燃やした。
「牛ちゃんこちら♪」
「んもう……!」
クラウス・イーザリーは、高所から照準を定めていた。
(殺し合いをしたい訳じゃない、けど……)
これまでに出会った天使たちのことを思い返す。彼らが酷い目に遭うというなら、絶対に阻止しなければと決意を固くした。
だから、迷わない。優しい彼らのことだから、自分達のために殺し合いが起きていると知れば悲しむかもしれないが、それでも。
守るべきは、優しき人々だ。
そしてクラウス・イーザリーは、引き金を引く。
「狙撃だ!」
仲間が撃たれたと分かればすぐに、羅紗魔術師は狙撃地点へと魔術を放った。それを先読みしていた狙撃手は、ダッシュで移動しながら狙撃を続ける。
「囲める距離だ! 逃すな!」
「……さすがに、連携が取れてるね」
相手の迅速な行動を称賛しつつ、狙撃を捨てて闇に潜む。武器をナイフに持ち替え息を押し殺し、近くを通りがかった羅紗魔術師の喉を一瞬で掻き切った。
殺しきれていなくても、これで詠唱は出来なくなるはず。
それを二、三度続けて、次の標的へと移ろうとしたその時、背後から槍が迫る。
「っ!」
咄嗟に√能力【|先手必勝《センテヒッショウ》】を行使し、後先制攻撃によっての反撃。槍に弾かれながらも、光学迷彩を纏って索敵を躱した。
「……見えなくなりました」
敵を見失いながらも油断なく構えを取るその少女は、羅紗の魔術塔幹部が一人、アザレア・マーシー。小柄な体格ながら、彼女が放った一突きはそこらの戦士とは一線を画していた。
クラウス・イーザリーは相手が幹部と分かると、少しでも体力を削ろうとその場に居残る。隠密状態のまま、敵の隙を伺って、
(ここだ……!)
√能力【ルートブレイカー】を宿す右手を伸ばした。それは見事にアザレア・マーシーの槍に触れ、刻まれた羅紗の文字列を沈黙させた。
しかし、
「いました」
「っ」
触れると同時、振るわれた槍が光学迷彩を貫く。体勢を崩したクラウス・イーザリーへ淀みない連続の突きが繰り出された。
それは、力を損なっても√能力者を追い詰める。
彼女は、羅紗魔術の才以上に戦士としての才を認められていた。
六合・真理は、煽るように告げる。
「おやおや、どうしたってんだい? 魔術師ってのは権謀術数めぐらせてなんぼの集団だろうに、数にものを言わせての強硬策だなんて「底が見えた」って事かねぇ?」
杜撰に思える敵の作戦に笑みさえ零しながら、彼女も立ちはだかった。
「まぁ良いさ、それならそれでわしもやりやすい」
新手にどよめく魔術師達は、しかし覚悟を決めている。相手が一人ならと即座に陣形を組んだ。
「かかって来な有象無象の若造ども。ついでに額に汗して殴り合う楽しさを教えてあげようじゃないか」
それに対して六合・真理は、挑発をして青空ストリートファイト教室を開催する。
√能力【|闘剄呼法・争心励起《トウケイコホウ・ソウシンレイキ》】を放ち、素手の殴り合いへと持ち込んだ。囲まれれば、錬気を込めた掌打や投げ技で吹き飛ばし、常に不利な立場を覆す。
だが敵もやられてばかりではない。前衛の味方を無視して放った魔術が、不意を突いて六合・真理を捉える。
「……まあ、こういうのも作戦だね」
同士討ちも気にしない敵に思うところはありながらも、否定はしない。そうして動きを止めたその瞬間、背後からナイフが閃いた。
六合・真理を暗殺しようとしたその直前、
——!!
突如として舞った花弁が、彼女を守る。潜伏していた魔術師を仕留めたのは、ライラ・カメリアによる√能力【|pétale《ペタル》】だった。
「大丈夫かしら。協力するわ」
「おや、助けられたみたいだねぇ」
仲間の危険に颯爽と登場した祈祷師は、祈りながら攻撃へと参加する。二人分の反撃は、数の優勢を押し返していった。
余裕が出来た思考で、ライラ・カメリアはふと気づく。
「……エドさんたちは、救助活動をしているのね」
視界の端にいた天使一行は、一般市民を連れて羅紗魔術師達から逃げているところだった。助けに行くべきかと思ったところで、少女を救ったという初老の男性があっさりと返り討ちにする。
その実力は、もしかしたら敵幹部にすら意に介さないかもしれない。それぐらいの雰囲気を感じた。
「塔主様、と言うのが大分気になるけれど」
予言に出た名称とその怪しい存在を思わず結び付けようとして。
しかし証拠もないから今は、目の前の戦いに集中するしかなかった。
アンジュー|夫妻《兄妹》は、二人して挑む。
「『羅紗の魔術塔』と、いよいよ決戦だよ。いいんだね、ジェニー?」
「『魔術塔』に関わった事があるのはお兄ちゃんでしょ? 私はただ、置き去りにされたくないだけ」
「じゃあ、一緒に行こう」
そうして、寄り添いながら戦いの準備を始めた。
妹のジュヌヴィエーヴが空飛ぶ足場『フライヤー』を起動し、空中から戦場を見下ろす。√能力を持たない彼女は、様々な兵器を駆使した。
無人機母艦『ハニカム』から無人機『ホーネット』を展開し、周囲には浮遊砲台群『アルテミシア』を広げて防御を整える。見渡しの良い上空から、『ホーネット』に指示を出し、レーザー射撃に特攻や爆破と、多彩な攻撃を繰り出した。
狙いは敵包囲網の末端。いかに大軍を投入しようと、包囲殲滅戦なら陣形は薄くならざるを得ない。
妹の指示を念頭に置く兄ジルベールは、その最愛の姿を視界に入れながら√能力【|最終決戦型WZ【セラフィム】《サイシュウケッセンガタウォーゾーン・セラフィム》】を発動する。
「……セラフィム。こんな偶然もあるんだな」
この戦いに深く関わる存在と合致した己の名称に、何か運命的なものを感じて気合を入れた。そして妹に続く兄は搭乗するWZによって包囲網に穴をあけようとする。
傷付く恐れはない。√能力によって|妹《Anker》がいる限り、死ぬことはないからだ。だから何よりも妹が狙われることを警戒した。
妹が引き起こした混乱の隙に乗じて、浮遊砲台群『アポロニア』とWZの射撃装備による一斉発射を一転に集中させ、魔術師達を軒並み吹き飛ばす。
敵背面を陣取り、仲間たちと呼応し挟撃に持ち込めば、果てしなく思えた敵兵の数は、徐々に徐々に削られていった。
「ジェニー、まだ無理はしないでね。本命はここからだ」
「お兄ちゃんだって、無理はだめよ」
アンジュー|夫妻《兄妹》は愛を確かめ合いながら、敵を返り討ちにしていく。
橋本・凌充郎に恐れなどない。
「…ッハ。お互いに殺し殺され、死は平等に。故に…覚悟なぞ、今更過ぎる話だ」
もとよりこの腕はただひたすらに殺す為だけにあるもの。生憎と誰かを救うには向いていなかったが、この場においては純然たる力を発揮出来る。
人の澱み、人の腐り。人を深淵に引きずり込む奈落の陥穽共を、殺さねばならぬ。
「それは、お前達魔術師であろうとも、同じ事。善なるを貪り、そして犠牲を生むしか知らぬ気狂い共」
彼は、訥々と語りながら戦場へと身を晒す。
どよめく魔術師達と相対してバケツで隠した顔を持ち上げた。
「鏖殺連合が長、橋本凌充郎である。お前達を、殺す」
その凶暴性は、隠すことは叶わない。
√能力【|死喰らいの等活《ビーステッド・カッティングエッジ》】によって、敵陣へと切り込み、素早く拳銃を抜き牽制し、麻痺弾で動きを止めた所で回転ノコギリで致命傷を与えていく。
こういう場でこそ自分らしくあれると、橋本・凌充郎は好きなだけ|狂った《楽しんだ》。
オーウェン・ウィンクラーは味方と敵の数を見比べる。
「50人くらいの小隊で1000人連隊の包囲網から突破するのか,辛い戦になりそうね」
圧倒的な戦力差。それに対して八神・英守は試すように視線を向けた。
「どうやらここは突破するしかないようだな...腕は落ちてねぇな、マッドサイエンティスト」
当然、共に怯みなどしない。互いの意志を確認し終えると、二人は足りない数はむしろ自分達で覆してやるとばかりに参戦した。
狙うは包囲網の切れ目。味方達が頑張って切り開いたそこを、さらに広げようと向かう。
八神・英守は剣にもなる銃『ブーストブレイザーFOX』で弾幕を張る。1000人相手だろうと不足なしと果敢に攻め込み、反撃には『デザイアバリア』にて防ぎ斬り込んだ。
「これでどうだ!」
隙を見つければ、すかさず√能力【|狐火の弾丸《フォックスブラスト》】によって弾丸に火属性を込め、着弾地点を爆発させる。そしてそれだけではない、その炎は、続く味方へも与えられ後押しした。
「それじゃあ、我に任せてもらおうか」
相棒からバトンを渡されたオーウェン・ウィンクラーは、連れてきていた|鹿首巨獣《ザー・エルク・ゴッディスの眷属》と√能力【|万千変化《ブレイク・フリー》】によって融合し、自身を巨大な角を持つ半人馬姿のキマイラへと変身させる。
異形となった姿には、鱗や甲羅、硬皮が現れ、防御力を底上げする。そうして自らを戦車として、相棒を背中に乗せると、破綻していく敵陣へと突撃していった。
「マグナムストライカーには劣るがいい乗り心地だな!」
「それなら今度、毛深い種も度試してみようか」
他愛無い会話の最中も、その攻撃は凄まじい。
馬上の銃撃と、キマイラと化して得た強化腕『|以太魔弾《ザー・エーテル・アネモネの毒刺》』によって敵を吹き飛ばす。倒す事よりも陣形を崩す事に専念し、『Team Ace』は包囲網をひたすらかき乱していった。
サティー・リドナーにとって、この戦いは他人事ではなかった。
「天使化治療方法を得る可能性があるなら、命がけでも手に入れたい!」
彼女の恋人も天使だった。前世から結ばれていると彼を守るため、今回の事件で天使化した少年に何かの兆しがあると知ったサティー・リドナーは、自ら危険地帯へと踏み込む。
先行していた√能力者たちを囲む羅紗の魔術塔構成員。1000にも及ぶその大群は、足踏みしてしかる数ではあったが、既に勇敢な者たちによって反撃は始まっていた。
そこへサティー・リドナーは、外から挟み撃ちするべく加わる。
敵の連携を防ぐため、魔法の箒型竜漿兵器『スターダスト』で空中へと飛翔し、上空から√能力【|サンダーストーン《テンライノバクセキ》】を放ち雷撃爆撃を降り注がせた。
大雑把な照準で構わない。味方へと被弾すればそれは、電撃によって戦闘強化を与える。前衛の人たちの勢いを後押ししながら、サティー・リドナーは上空で停止したまま、√能力【ウィザード・フレイム】の詠唱を重ねていった。
とその時、上空だからこそそれを発見する。
「あれは、アマランスの!」
形勢を逆転するため、古代怪異が召喚されていた。それが味方の攻撃を押し返しているのを知り、すかさず優先順位を更新して一刻も早い撃退を目指す。
味方のおかげで、空中にいたままの攻撃を続けられていた。
「エドって言う天使の子、今までと何が違うのかな……」
少しだけ余裕の出来た思考で、彼女はふと思案する。それは今回の事件の真相について。
「何としてもこの最悪の襲撃を防ぎ落ち着いたら、その秘密の一端でも掴めるようにしなくちゃ」
今はまだ遠い真相だが、必ず手に入れて見せると改めて気合いを入れ、サティー・リドナーは再び、目の前の古代怪異を倒す事に集中する。
「彼の生存が私たちの未来の唯一の希望なのかもしれない。だから、絶対アマランスなんかに奪わせません!」
愛する人との未来を目指して。
アーシャ・ヴァリアントは遠くの少年を眺める。
「エドに不信感抱かれてるわねぇ、別にいいけど。敵か味方か知らないけど、あの爺さんに任せましょ。アタシよりは信用されてるみたいだし」
彼女は端から世界を救う事にしか興味がない。もっと言えば家族を守る事だけだ。
だから、必要であるならその力を存分に発揮した。
「さてと合わせて1000人とは相手にとって不足なしだわ」
救世を邪魔しようとする魔術師達へ、ふてぶてしく相対する。
そんな傍で、一人の|インビジブル《憑依霊》が漂っていた。
「お姉ちゃんってばまた危ない事してるし、そんなに|アイツ《サーシャ》が大事だっていうのかしら、ぐぬぬぬ、早くアタシの事思い出してくれたらよいのに」
死後も実姉を見守るカーシャ・ヴァリアントは、ここにはいない存在の事を思い浮かべながら、また怨みを募らせる。その存在のせいで、実姉は自分のことを忘れてしまっているのだ。
とはいえ、彼女は姉と直接話すことは出来ない。出来るのはヒッソリと力を貸すだけ。
「はぁ……しかたないわね、毎度の事とはいえ結果的に|アイツ《サーシャ》を助けることになるのは業腹だけどお姉ちゃんが傷つくのは嫌だし」
√能力【|竜姫融合《ドラゴニック・フュージョン》】によって、そのインビジブルは正体も明かせないままにアーシャ・ヴァリアントへと力を貸した。それだけは、|憎き相手《サーシャ》には出来ない自分だけの特権だと抱きながら。
「いつもありがとね」
その力の正体を知らないアーシャ・ヴァリアントは、いつも助けてくれる守護霊に感謝を告げる。そうしてから、遠巻きに取り囲んでいる魔術師どもを引き寄せて次々と真・竜斬爪で血祭りに沈めていった。
「距離さえ詰めれば魔術師なんてアタシの敵じゃない、次々いくわよっ」
姉の奮闘を見守る妹は、力を貸しながら周囲の動物を操っていく。
「アタシの出来る全てでお姉ちゃんを援護するわよ」
そこらの野犬や野鳥を操り、魔術師の連中にちょっかいをかけて詠唱の妨害をしていく。更には念動力で岩を飛ばしてぶつけたり、生命力を吸収して姉の傷を治したりと、インビジブルならではに好き放題暴れていった。
幻に怯え動きを止める敵へと、アーシャ・ヴァリアントは容赦なく切り伏せる。
そうしながら、ずっと気になっていた海の向こうを見つめた。
高くそびえる塔が冠する光の環。
それが、徐々に広がっていこうとしている事に気が付いて。
「また天使化を起こそうってわけ? ……アタシ達や魔術師どもを変えようってのかしら」
どうにもそちらを優先しないといけないと分かった彼女は、√能力【|竜姫転身《ドラゴニック・イグニッション》】によって紅の鱗に覆われた|真竜《トゥルードラゴン》へと変身し、まとわりつく魔術師連中を蹴散らしていち早く塔へと向かった。
全力全開の|灼熱の吐息《サラマンドラ・バーン》で、その光の環すら燃やし尽くそうとして。
しかし、塔へと近付いた直後、体内から【竜漿】がごっそりと消費されていくのを感じた。
「これ、は……」
真の姿となった彼女は、外部の干渉を完全無効化する。それによって辺りに包む魔術的な結界を突き破ろうとしていたのだ。
しかしその結界の強度は凄まじく、消耗が追い越していく。
「……っ」
ついには気絶しようとしたその直前で、その体はぐいっと後ろへと引き寄せられた。
「お姉ちゃん、それ以上はダメ!」
力尽き、塔の座す島へと不時着しようとしていた体を、融合する守護霊が強引に力を使って引き戻す。それによってアーシャ・ヴァリアントは、ギリギリのところで踏み込まずに済んだ。
海へと着水し、意識を手放したまま漂う。力を失った彼女の体は、結界魔術によって不自然に島から沖へと押し出されていった。
カーシャ・ヴァリアントは姉と融合したまま、その体をどうにか動かそうとする。
「あそこは、ダメ……繋がりが絶たれちゃう……」
必死に姉を守ろうと、とにかくその『領域』から離れようとした。
真心・観千流は戦場を見渡す。
「防衛戦ですか……なら石橋を叩いておくとしましょう」
慎重な行動を意識して、√能力【|レベル1兵装・羽々斬展開《レイン・ビット》】を行使し、量子ソナーによる索敵で敵味方の位置を収集する。
それから進む道の敵を把握してから、彼女は天使の少年たちの合流へと急いだ。
邪魔な敵には、量子干渉弾頭を乗せた叢雲の弾幕で空気を固定し隔壁を作ることで身を守る盾としつつ相手の連携を崩す破壊工作を行っていく。それでも足りなければ天候操作の雷と精霊銃による電気属性攻撃を与えた。
そうしてしばらくして、少年と少女と初老の男性の三人組を見つける。
「エドちゃんマルティナちゃん! ここにいましたか!」
「……」
「あ、えっと、どなたでしょうか?」
「私は真心・観千流です! 皆さんの護衛をしますよ!」
「わあ、心強いです!」
エドは明らかに不信感を表していたが、マルティナは対して笑顔を見せる。その後ろで初老の男性は静かに見守っていて、口を挟んでこない様子にやはり怪しさを感じる真心・観千流だった。
とにかく一番話しやすそうな少女へとすり寄る。
「ところでマルティナちゃん、エドちゃんとはどういう関係なんです?」
「えっ? どういうって……」
「リラックスするための雑談ですよ身体がガチガチじゃ逃げ切れないかもしれませんからね」
「えっと……幼馴染と言うか、家族と言うか……」
すると彼女は、顔を赤くしながらモジモジと答えようとして、少女らしい一面につい微笑ましくなった。そんな風にやり取りしている間は、少年も突き放そうとはしないと見て更に踏み込む。
「あ、そうだ。状況を把握しておきたいので、皆さんの記憶を覗きますね。微弱なダメージは発生しますが、大したことはありませんから心配しないでください」
これは護衛として必要な事だからと言って、√能力を放つ指先を向けたその瞬間、
「マルティナに触れるなっ!」
エドが声を荒げて、真心・観千流の指先を叩き落とした。
それ以上近付くのを憤り、守られる少女は目を丸くしている。
「え、エド? 私は別に……」
「いや、彼の言うとおりだ。彼女は少し、状況を分からな過ぎているようだ」
協力の姿勢を見せようとするマルティナだったが、そこでダースが口を挟む。礼儀のなってない若者を窘めるような視線で、彼は真心・観千流を見つめ返した。
「他人、ましてや成長途中の少年少女の記憶を盗み見ようだなんて、褒められた行為ではないね」
「いや、今は非常事態ですし、」
「それなら私だけで充分だろう。まあと言っても、体質上そういうのは効かないんだがね」
「……」
「失礼。エドくんを見逃してしまう」
ダースは少年の意思を尊重すると、再び彼らの傍へと戻っていった。
少女だけは、何も知らないとばかりに不安そうな視線を向けてきていて。
けれどそれもすぐに手を繋ぐ少年へと戻る。
◇◇◇◇◇
「え、エドっ!?」
マルティナは、驚きの声を上げた。
手を繋ぐ幼馴染の少年。その変わり果てた姿に。
「どうしたのそれ!? も、もしかして町の人と同じっ? でも、全然違う……?」
「うん、僕は大丈夫だから」
状況をまるで理解していない少女に、エドは安心させるようにギュッと手を握った。力強いその感触に思わず恥ずかしさを覚えて、けれどすぐに触れる金属の冷たさで不安になった。
「本当に大丈夫なの? 私、町の人が怪物になるのを見た気がして……なんだかエド、それに似てるような……」
「夢を見てたんだよ。僕のこれは、鎧だよ。今ここは危ないからね」
エドは、淀みなくそう語った。それはまるで用意されていた内容を伝えているかのようで。
長年一緒に暮らしていた幼馴染は違和感を覚えるけれど、否定する材料が見つからず口を閉ざす。
とそこで、見知らぬ男性も側にいる事を知った。
「えっと、この人は……?」
「マルティナが危ないところを救ってくれた人だよ」
「初めましてお嬢さん」
彼は大仰に礼をしてから、ダースと名乗った。真っ白な髪が目立つ初老の男性で、エドが信頼しているのは傍目で見ても分かる。
一体何が起きているのだろう。あの怪物は何だったのだろうか。
何も分からないまま、マルティナはエドに手を引かれるままついていく。
それからしばらく経って、ダースがマルティナを見やって告げた。
「もうそろそろだ」
それにエドが頷く。
「はい。僕もなんとなく分かってきました」
「このぐらいしか出来なくてすまないね」
「いえ。ダースさんは最善を尽くしてくれました。僕が、救う方法を必ず見つけます」
自分を置いて行われるやり取りが気になって割って入ろうとして、
「ねえ、何の話をして——」
その瞬間、マルティナの意識は巻き戻った。
|終わり《怪物》へと至らないために。
◇◇◇◇◇
大徳寺・タカシは、その一行を遠巻きに眺めていた。
「……周りが何かしかの変化を受けているのに、目の前で変化を見たって言う少女になんの変化も無いってのは妙な話だ。そして、それを助けたって言う男に関しても」
二人を引きつれる少年に、√能力者全員が疑念を持たれている。余計な詮索はむしろ関係をこじらせるだけだろうと、彼はつかず離れずの位置に隠れながら様子を見守ることにした。
「逃げ遅れた人の避難誘導してんのか。天使なだけあって人徳があるみたいだな」
天使の少年は、一般人を見つけるや塔から迫る光の環から逃れるよう促している。見る限りでは、少女と男もそれに連れ添っている様子だった。
とその時、突然少女が足を止める。少年もそれに合わせて立ち止まり、二人で何か会話を始めていて。その隙を狙って、魔術師が現れた。
「天使がいたぞ!」
「おっと邪魔だ」
少年たちが危険となれば、大徳寺・タカシも日の下に姿を晒し、√能力【|寺生まれの激震《テラウマレッテスゴイ》】によってその攻撃を妨害する。
そうして脅威を蹴散らす中で、ふと聞こえた一行のやり取りに、疑問を抱くのだった。
「……少女は、記憶を失ってるのか?」
「な、なにが起きてるのっ!?」
少女は周囲の変化に怯えていた。空に光の輪が広がったと思った時、突然、町の人々が苦しみその体を変貌させていった。
金属を出鱈目につなぎ合わせた人形のような怪物——オルガノン・セラフィムへと。
そしてそれは、少女にも及ぶ。
「う——いやっ、なにこれ……っ?」
全身がひっくり返るような痛みを感じ、徐々に侵食していく金属の体。彼女もまた天使とは認められず、その姿を異形へと変えていき、
「————」
また一人、出来損ないの天使が生まれる。
そして、それを眺めていた一人の男性がいた。
「……エドくんのため、私に出来る事をしておきましょうか」
真っ白な髪が特徴的な初老のその人物は、全てを破壊しようとする怪物に悠々と歩み寄り、その体に触れる。
するとたちまち、その怪物は逆再生の如く少女へと戻っていった。その最中、男性はこちらを見つめていて。
「この少女には内密に」
何もやましい事はしていないとばかりに、その場にいたインビジブルへと微笑みかけるのだった。
「……ダースと名乗る男は、一体何者なのでしょうか」
√能力【ゴーストトーク】によって、シンシア・ウォーカーは不審に思う漢の情報をインビジブルから聞き出していた。しかしそれで得たものは更なる疑念だった。
他の町の人々同様に怪物化していた少女を、あの男は何らかの術を使って助けたようではある。それは少年のためで。ただ、こちらがインビジブルを介して情報収集しようとすることを見抜いていた様子でもあった。
少女を救えたなら、なぜ他は助けられなかったのか。あるいはあれは、本質的に助けたとはいえない延命行為に過ぎなかったのか。
とはいえ、只者でないのは確かだった。警戒心ばかりが強まる。
と、足を止めて考えていると、周囲で警戒させていた雑用インビジブルが敵襲を報せてきた。
「っ!」
不意を突こうとした羅紗魔術師に、シンシア・ウォーカーは√能力【|発火点《フラッシュポイント》】で蹴散らす。仕留め損ねた魔術師にはレイピアを突き刺し撃退し、逃走経路を確保した。
もう少し情報を整理するため、彼女は戦場から距離を置く。
御剣・峰はその一点だけを称賛する。
「千人か。よくもまぁそれだけの数を集めたものだ」
包囲網を築く羅紗魔術師。しかしそれらを眺めまわすもその練度は大したことない切り捨てる。
それ以上に厄介なのは伏兵の方だと、彼女は潜伏する敵を釣り上げるために立ち回った。あえて不意打ちを誘うように移動する。
そうしながらも、常に第六感で周囲の状況を感じ取る。まんまと背中を取った伏兵がいれば、その攻撃の軌道を予測して見切った。奇襲に失敗したと分かれば、仲間を引き連れ敵は姿を現す。囲めば、敵わないだろうという安易な考えが見え透いて、御剣・峰は思わず失笑した。
愚策を採点するため、リミッターを解除し全力魔法と肉体改造によって、身体能力を限界以上に引き上げる。それと同時、敵の一斉攻撃。
「天武古砕流は戦場で磨かれた流派。一対一も出来れば一対多数の戦いもできるんだよ。天武古砕流の史に敗北の二字は無いんだ」
残像を残す速さで攻撃を避け、一気に懐へと飛び込み、ゼロ距離戦で殴り砕き制圧する。敵は一振り。その間だけで半数以上を蹴散らした。
その結果に怯え、退こうとするがそれも遅い。御剣・峰はただひたすらに圧倒した。
大神・ロウリスはため息をつく。
「やれやれ、いう事も聞けないようなお子ちゃまだとは思いませんでしたよ」
強情な天使の少年に向けてそんな風に抱きながらも、彼はまた少年たちを守ろうとした。
オルガノン・セラフィムを殺したのだって、彼らの手を少年の血で汚れさせないためだ。自分達は間違ったことをしていないという確固たる意志を持ちながら、大神・ロウリスは行動する。
避難民を誘導する少年。その傍で並走しながら、羅紗魔術師達の攻撃を防御していった。
「天使をよこせ!」
「あげられませんよ」
物理的な攻撃には身にまとうロングコートと殴打用棺桶で受け、遠くから飛来する魔術には霊力による防護を張って防ぐ。敵の攻撃がひと段落付けば、√能力【|愛聖歌Ⅲ《シャンソン・ダムール・サクリ・トロワ》】を行使し、怪我人を治癒していった。
(セラフィムにされた人たちも、1%でも可能性があるなら人間の姿で蘇生できるけど、絶対じゃないし安全になってから考えよう)
ふと、怪物たちと戦った後方を眺めながら、そう思う大神・ロウリスだった。
八色・祥真は軽薄に告げる。
「敵がうじゃうじゃ来てんの? ヤベーじゃん」
けれどむしろその窮地を楽しむように、愛用の武器を構えていた。
「オレの|ブタバコ《殴り棺桶》が火をふくぜ」
とはいえ、こちらから包囲網突破に動けば手薄になっところを突かれるだろう。きっとまだ避難している人もいるはずだからと、彼は前に出る事はせず、そちらの援護へと駆け付けた。
天使の少年が戦闘となって誘導する避難民の集団は、敵にとっては格好の餌食だった。天使がいるし、何よりも戦えない人が大勢いる。だからこそ護衛はいるだけ助かる。
八色・祥真もまた、その中に加わった。
「オレたちが倒し終えるまで、ちょっと待っててくれな」
不安そうな避難民ににっと笑い掛けながら、迫る羅紗魔術師達へと打って出る。√能力【怪異殺し】によって、ゴリ押して、敵の攻撃も容易く弾いていった。
「やらせねえよ!」
不埒な襲撃者へと一喝し、彼は多くの人々を護る。
神之門・蓮人はあちこちで起こる戦闘の音に耳を傾ける。
「ゲームみたいに一騎当千とはいかないのが辛いところかな」
頼れる味方が集まっているとはいえ、未だ殲滅には至っていない。ともすればこのまま身を投げ出してしまえば、簡単に死ねただろうが、それでは彼の難題に相応しくはなかった。
だからこそこの場を乗り切るため、彼は味方との合流を急ぐ。
そうして道行く中、通り過ぎる建物の陰で羅紗魔術師は不意打ちを躊躇っていた。
「うわ、めっちゃイケメン。寝返っちゃおうかな……」
走り去っていった恐るべき美貌に男女問わず惹き付けられていて、神之門・蓮人の進路を邪魔する伏兵は現れなかったという。
天使による避難誘導は、羅紗魔術師達にも知れ渡っていた。故に狙い目と続々と敵が集まってきている。
「凄まじい戦力だな。【絶対死領域】でないらしいが、油断はしまい。天使のエドは奪わせない。俺達を舐めるな! 錬成着装!」
ヴォルフガング・ローゼンクロイツは、避難民を襲おうとする集団を見つけ、戦いの準備を始めた。
錬成ドライバー|『薔薇十字』《ローゼンクロイツ》を起動し、|錬成着装《【変身】》する事で、錬成外骨格|『魔狼』《ウルフヘジン》を纏う。そうしながら魔導電脳篭手|『万物流転』《パンタ・レイ》で戦場の情報収集を行い、避難民を共に護衛する仲間達へと敵の数を伝えた。
そして彼は、大軍を迎え撃つ。
長丁場を意識して、√能力【|凶狼反噬《フローズヴィトニル・ゲーゲンラッヘ》】による反撃で重点的に敵を蹴散らしていき消耗を抑えた。
「赤雷の精霊よ、顕現せよ! エレクトラ、力を貸してくれ!」
更には、精霊拳銃|『赤雷』《レッドスプライト》で√能力【|赫霆覇道《ローター・ブリッツ・ドミナンツ》】により弾丸となった精霊を射出する。敵を【雷の暴風】に巻き込み、味方は【雷化】で強化する。
とその時、ヴォルフガング・ローゼンクロイツにも雷が宿った。
「む? 俺にも雷が?」
疑問に思ったその視線はすぐに味方を見つける。
「そっちは任せたで」
それは、遠距離から√能力【|雷紅拳(気弾)《ライコウケン》】によって気弾を放った神之門・蓮人による|支援《バフ》だった。
神之門・蓮人は味方と合流しながらも、一所にはとどまらない。常に移動を続けて建物の破壊で敵の動きを邪魔し、時には隠れ潜んでだまし討ちをして確実に数を減らしていった。
想定以上にやりやすくなった戦場で、ヴォルフガング・ローゼンクロイツは笑みを浮かべながら、護衛を続けていく。
魔導機巧大盾|『天狼護星』《ズィーリオス》の自律防御で攻撃を尽く防ぎ、状況が乱戦へと突入すれば、音響閃光弾で目眩ましを行い敵の連携を引き裂いた。
しかしそれでもまだ敵の数は多い。彼が守護する箇所とは反対側が手薄になり、避難民へとついに被害が出ようとした。けれどすかさず魔導戦闘バイク|『太陽狼』《ソルヴァルグ》によって戦場を駆け抜け、搭載されている魔導機関銃で制圧していった。
やはり想定通り、戦いは長引いていく。
「敵さんが多いなぁ」
そんな戦場を、七星・流は少し距離を置きながら眺めている。
「【絶対死領域】ちゃうとはいえ、此方は守らなアカン相手も居る以上は頭数も減らしたく無いし、仲間や住人たちに可能な範囲で保険を掛けておこうか」
すると彼は√能力【|帰還の誓い《キカンノチカイ》】を発動し、避難民の逃げようとする気力を後押しした。皆が十分に、日常に帰ろうとする意志を増幅させたのを見届けてから、七星・流もまた、戦いに加わった。
「魔術だ王権だ難しい話はよう分からんし、俺に出来る事は真っ直ぐ行って蹴り飛ばす。そんだけって事やねー」
護るべき者を後ろにおいて、誰よりも前に立つ。痛くても苦しくても、彼が止まることはなかった。
ただ単純に、攻撃を受け止めやり返す。迫る敵を減らし、力なき者を助ける。
難しい事は賢い者たちに任せ、彼らは己に出来る事をひたすら全うした。
リリンドラ・ガルガレルドヴァリスは、彼女と対峙する。
「勝手知ったる仲ではないけれど、あなたとはそれなりに相対してきたわ」
「……そう」
敗北を思い起こさせられて、快く応えるアマランス・フューリーではない。早々に片を付けようと羅紗をたなびかせ、しかし待ったが入る。
「そちらにも事情があるみたいだけど、それを聞かせてもらえないかしら。出来るなら、対話をしたいのよ」
「話して何になるというの?」
「互いに寄り添い合えば、よりよい結果に辿り着けるはずだわ」
「戯言ね!」
会話は不要と、奴隷怪異が飛んだ。対してリリンドラ・ガルガレルドヴァリスは、√能力【|正義完遂《アクソクメツ》】によって|黒曜真竜《オブシディアンドラゴン》へと変じ攻撃を受け止める。
「わたしは諦めないわ! アマランスとも仲良くなれる未来を!」
その純真な言葉に、アマランス・フューリーは苛立たし気に吐き出した。
「羅紗の魔術塔は守らなくてはいけない! 残されたこのアタシが!」
歴史あるその組織を。|幹部以上《上層部》がいなくなったこの体制で。
「だから、あなた達には消えてもらうわ!」
非道な手段でなければ、もう保てない。
これまでに積み上げられた塔は、それだけ高かった。
アルブレヒト・新渡戸は重い腰を持ち上げる。
「最近サボりすぎてたしそろそろ仕事しようっと。で、天使ってなんだったっけ?」
数か月ぶりの依頼受注で、気分は時間旅行者だ。とにもかくにも襲ってくる相手を倒せばいいのだろうと、体をほぐす。
「連続作戦で疲弊した隙を狙ってるみたいだけど、私は今までサボってたから英気は充分に養われてるんだよねー」
相手の作戦も意味はないとあざ笑いながら、彼女は戦場へと踏み込んだ。
「さて、全力で暴れちゃおう」
目についた敵へと√能力【|見様見真似霊震《サイコクエイク・イミテーション》】を放ち、最大震度でその陣形をぐちゃぐちゃに崩す。更にはその震動で敵を吹き飛ばして、弾としても利用した。
そうして行動不能になった敵には、『命の果実』の種子を植え付けて果実を育てる。命を糧に出来あがったそれを捕食して、アルブレヒト・新渡戸は常に万全の状態を保つのだった。
「そういえば『何か』が起きるんだよね」
その視線は、今にも辺りを照らそうとする光の環へと向けられる。
バーニャ・カウダは踊り続けていた。
「さあ、欲しがりな|敵役《ヴィラン》には手痛いお仕置きをしてあげましょ♪」
怪物との戦いからずっと。人々を元気づけてそのまま、戦いへと移行する。けれどその表情に疲れた様子は一切なく、いつまでも楽し気にステップを踏んでいた。
ダンスを交えた舞踏格闘術は、迫ってくる敵兵を優雅に蹴散らしていく。羅紗魔術で遠距離から狙われても、残像を残し幻影を使ってはのらりくらりと躱し、時にはオーラによる防壁も張って、その身に傷をつけさせるのを許さない。
攻撃を防ぎ隙が出来れば、すかさず連撃。彼女には少数では敵わないと、羅紗魔術師達は応援を呼んだ。
駆け付けた大勢は、しかし張り巡らされていた蜘蛛の糸に絡まる。
「ご一緒してよろしいですか?」
その蜘蛛の糸は、黒後家蜘蛛・やつでが√能力【|壁の下の蜘蛛の群れ《ミエザルキョウフ》】によって作り出した罠だった。身動きが取れなくなった魔術師へと舞踏格闘術が蹴散らしていく。
「あら、嬉しいわ。それじゃあ一緒に踊りましょう」
協力を快く受けたバーニャ・カウダは、多人数相手と見て√能力【|精霊降術『勝利の女神』《サクチュアリ・ヴィクトリア》】を発動した。精霊を纏い強化した身体能力で、複数の羅紗魔術師達へ一度にまとめて|拳蹴連打《フルスロットル》を浴びせる。
それから、黒後家蜘蛛・やつでの手を取ると、ペアダンスに乗じてその人となりを知ろうとする。
「アナタは、どうして戦うの?」
「やつでは、人を学ぶ上で天使のことも学びました。友達になった天使もいます。多少、学んだことがありました。他の生き物のために命をかけるという感覚です」
「だからアナタも同じように、命を懸けるのね?」
「同じように行動することが、最もそのものについて知れますからっ」
「ふふっ、素敵っ」
黒後家蜘蛛・やつでの戦う理由を知ってバーニャ・カウダも感化され、二人はより大胆に踊るのだった。
パンドラ・パンデモニウムは敵を欺いていた。
「この大軍、真正面から相手をするのも愚かしい話」
モルペウスの衣による幻影を使って、彼女はいち早く包囲網を脱出する。その最中で√能力【|封印災厄解放「終末の三重葬」《メギド・トリスメギストス》】を使い同士討ちも誘ってみせていた。
そうして彼女は、避難民を連れる天使一行の下へと辿り着く。
エドとマルティナと、ダース。その三人は今も一緒に行動していて、パンドラ・パンデモニウムもずっと気がかりだった。
世界に災厄を広めた罪深い身なれども、せめて小さな二人は守らないとと思う。
「それに、あのご老人……信じないとは言いませんけれど」
警戒だけはしておいて、彼女は天使一行に話しかける前に、あらゆる状態異常を防ぐ効果を与えるヘスペリデスの黄金林檎を口にして備えた。
「エドさん、マルティナさん、ここは危険です。私が遠くへ転移させます」
今まさに空を追おうとしている光の輪を一瞥して、パンドラ・パンデモニウムは√能力【|封印災厄解放「廻れ糸車、踊れ運命の糸」《モイライズ・ホイール・オブ・フォーチュン》】を発動した。
「運命の女神モイライよ、その力を貸したまえ」
運命を操る封印災厄『モイライの糸車』が顕現し、少年と少女の二人をこの地よりできるだけ遠距離へと転移するよう願おうとしたその時、
「こうだったかな?」
ダースの右手が、『モイライの糸車』に触れる。その途端、発動中だった√能力は消失した。
「なっ。何をするのですかっ」
「それをすれば、二人が離れ離れになってしまうからね」
むしろこちらが悪いとばかりにため息を吐きながら、その初老の男性は少年たちをかばって前に立つ。突然の横槍に、パンドラ・パンデモニウムは真意を問いただした。
「それは、どういう事ですか?」
「まあ、エドくんはそう言う体質だということだ」
簡潔にそれだけ言って、ダースは更に、パンドラ・パンデモニウムが少年たちのために用意していた盾を一瞥して続ける。
「それにもう、きみたちがエドくんを守る必要はないよ。彼はもう、立派に成長しつつある」
空を、光の環が覆おうとしていた。
「二度目の天使化……!? 生き残りの人たちが危ないです!」
糸根・リンカは、迫りくる脅威に気付き、即座に動き出す。
しかしその正体までは知りようがない。どうやって防げばいいかも分からない以上、取れる手段は一つだけだった。
「皆さん、避難を!」
√能力【|楽園へと至る道《エクソダス》】によって、歌声を聞き届けた非√能力者の傍らへと次々に異世界へと繋がる光輪が生まれていった。
他√で天使化が起きたとは聞いていない。ならばあの力は√を超えられないはずだと糸根・リンカは考えたのだ。
「無事にやり過ごせたら合図しますので、隠れていてください」
「言う通りにしましょう!」
不思議な力を前に戸惑う避難民を後押ししたのは、天使の少年だった。彼もその方法が一番最適だと感じて、現れた光輪へ人々を送り出す。
「皆さんもここは一旦逃げて、」
「いや、まだ逃げ遅れている人が残っている」
糸根・リンカの言葉を遮って、少年に連れ添う初老の男性——ダースは、二人分の光輪をその右手で掻き消した。そしてそれとほぼ同時、天使の少年は走り出す。
「逃げ遅れている人を探してきます!」
「待ってください!?」
しかし制止の声は聞かず、少年は少女を連れて引き返していった。糸根・リンカはまだ避難が終わっていない人々を振り返り、その横を一人の男が駆け抜ける。
「彼らは任せてくれ。残っている人たちは任せた」
これまで避難民を護衛していた黒辻・彗が、少年を追いかけて飛び出した。
少年の足は、想像以上に速い。少女を抱えて飛ぶように駆けていて、√能力者に目覚めただけはあった。
そうしている間にも光の環は空を覆い、ついには再び辺りの町にその力を降り注ぎ始めていく。
「……あの光が天使化の原因か……?」
何かを感じていた。まだその影響下は視界に収まっていないが、確かに恐るべき力が迫ってきている。
それに脅かされる前に、黒辻・彗はどうにか少年に追いついていた。
「こっちへ!」
少年は瓦礫に身を潜めていた男性を見つけ出し、誘導している。しかしそこへ、好機と見た羅紗魔術師が迫っていた。
「させないっ」
黒辻・彗は√能力【|紅蓮鴉《ブラッディ・レイヴン》】を放って敵の五感を狂わせ、そこへ立て続けに√能力【|黒蓮散華《アストラル・ロータス》】による花びらの怒涛で攻撃を食らわせた。
それでも立ち上がってくる魔術師達には、√能力【|自在錬金術《カレイド・アルケミア》】によって錬金フラスコからスライムたちを解き放って足止める。
「エドさん、急ごう!」
「あ、ありがとうございますっ」
黒辻・彗は、少年の前に立って、帰路の邪魔を率先して切り払っていった。その行動には少年も感謝を抱き、今までの不信感も収めていく。
「エドさん。悲しい事だけどこの状況は全部、あなたが天使化したことで起こってる。でも、あなたがこの状況でしたいことがあるなら、俺は出来る限り協力するつもりだ。エドさんは……どうしたい?」
「……僕は、出来るだけの多くを、救いたい、です。それと……」
その幼い視線は、抱える少女へと向けられる。その意味を向けられた本人は分かっていないようで首を傾げていた。
とその時、後ろで悲鳴が上がった。
「うわぁあああああ!? なんで俺が天使化の病にっ!?」
「うっ、うぅうううう——!?」
それは、蹴散らしてきた羅紗魔術師達のものだ。
振り返ると、彼らはのたうち回りその体を怪物へと変えていっていた。そして空を仰げば、彼らの頭上にはもう、光の環による奇妙な力が降り注いでいる。
「あれがどういうものかは分からないけど……!」
黒辻・彗は、光の環から逃げられないと理解し、『術式DB『アルケミー・ノード』』から結界の魔法を発動した。とにかく遮ろうと、自分だけでなくエドとマルティナ、そして救った男性を囲おうとして、
「君たちは本当に邪魔ばかりをするな」
しかしそれは、何者かによって砕かれる。
その犯人を捜す暇などはない。
そうして、光は降り注いだ。
◆◆◆◆◆
再びその塔は、光の環を広げていた。
それは前回よりも大きく強く、港町だけに留まらずに隣接した地域へとも及んでいく。
そして、|力を持つ者《√能力者》にさえ感染させた。
「うわぁあああああ!? なんで俺が天使化の病にっ!?」
「うっ、うぅうううう——!?」
耐性のない力の弱い者たちから続々と、その体を金属の化け物へと変じさせていく。力を持たぬもののその心を捻じ曲げ、善なる心へと仕立て上げて病を植え付けた。
そうして、資格のない者は怪物へ。
その様子を、高所から男性が見下ろしていた。
「……さすがは王劍の力。あと少しで君の願いも本当に叶えられそうだな」
白髪が印象的な初老の男性は、ここにいない誰かに向けて皮肉交じりに笑みを浮かべる。しかしそんなことはどうでもいいと、一人の少年へと視線を向け直す。
天使の少年——エド。
幼馴染の少女と逃げ遅れた一般人を連れ、その傍には護衛の√能力者もいる。更には、何が起きているのか理解していない羅紗魔術師達が、その身を捕えようと襲い掛かっていた。
光を浴びた者から順に怪物へと果てていく。けれどそれは、エドから少し手前——距離にして20m辺りで止まった。
無事だった羅紗魔術師は勢いを止めず天使に触れようとして、その寸前で護衛が吹き飛ばす。半径20mからはみ出した弱者はその途端、他と同じように病に侵された。
その実験結果を見届け、ダースは満足そうに天を仰ぐ。
「ついにこの時代にも誕生しましたか。ずっと待ちわびていましたよ」
それから再び力を得たその存在を見つめて、名前を呼んだ。
「|天に選ばれし者《セラフィム・ノア》よ」
◆◆◆◆◆
真弓・和虎は羅紗魔術師の対処をしていた。
「包囲殲滅とは、嫌んなるねぃ」
√能力【|真弓の射手《ワガナガテイヲシメス》】で増した跳躍力で、連携の薄いところを探りつつ、火力を集中させて食い破る。
「突出すんな、各個撃破されんぞ!」
周囲の仲間にも呼びかけながら、敵の包囲網を切り崩していった。
形勢はもう、√能力者側に傾いている。それでも羅紗魔術師達は諦めず攻め込んできて。
その時、
———
上空を、光の環が通り過ぎた。戦場を照らし視界を眩ませ、一時争いを止める。
その最中、真弓・和虎は胸中にざわつきを感じた。何かが侵食しようとして、だがそれを狂気耐性が止める。
そして瞼を開いた時、戦場は様変わりをしていた。
討ち漏らし、止めを刺さなかった敵兵たちが、次々とその姿を醜く変えていく。それは見慣れたオルガノン・セラフィムで。無事だった羅紗魔術師も、何が起きているのか分からない様子だった。
「……あれが、天使化の原因だったか」
光の環が消えた空を一瞥し、真弓・和虎は再び矢を番える。
戦場を眺めるだけだった浄見・創夜命も、参戦を決意する。
「臆病ゆえ、高みの見物に終始するつもりであったが――」
光の環が空に広がり、各地でオルガノン・セラフィムが発生していた。避難民の誘導は間に合ったようで、それらの影響を受けたのはほとんどが羅紗魔術師達のようだ。
混乱する戦況の被害は、当然味方側にも及んでいる。ならばすぐに片づけねばなるまいと、彼女は『夜の欠片:コンプリン』を取り出した。
「消灯時間だ。コンプリン」
三日月形の欠片を砕き、生じるのは夢色の砂。√能力【|嵐《テンペスタ》】による超過駆動で、操る量を潤沢に増やし、周囲の怪物たちへとその微睡を広げた。
「討伐対象に非ずは心得ているつもりだ。それ故のザントマンの力」
抵抗力を下げられた怪物たちは睡魔の力によって眠るように気絶していく。たちまちその場には地に伏せる者ばかりとなって。
そうして浄見・創夜命は混乱を一瞬で静まり返させるのだった。
アイラザード・ゲヘナは、己を奮い立たせるようにそれを口にする。
「騎士道大原則ひと~つ。騎士たるもの、弱気民草を守るためならば死を恐れてはならない」
ただし、蛮勇は勇気にあらず。とはいえ、なんでこんなことになったのかと嘆きたくなる気持ちはやはり抑えられなかった。
彼女の目の前には、羅紗魔術師がいたはずだった。自分を狙って囲んでいて。しかしその敵は、先ほど降り注いだ光の環によって、ほとんどが怪物へと変貌してしまっていた。
もとより天使であるアイラザード・ゲヘナには何の変化もなかったらしい。無事だった羅紗魔術師は、変わり果てた仲間に押し潰されようとしていて、その直前でアイラザード・ゲヘナは常に備わる善の心を持って、『獅子心剣コル・レオニス』を振り上げた。
「ここを乗り切らないと…誰も守れない!! だってボクは、騎士なのだから!!」
己が夢見た騎士道に則って、彼女はオルガノン・セラフィムと相対する。敵であっても命は数くべきだからと、彼女は暴れる怪物へと踏み出した。
誉川・晴迪は潜伏者を炙り出しているところだった。
ユーレー霧を発生させて周囲の視界を遮り、魂魄炎達に幻影を纏わせ疲弊した自分の姿に見せる。すると、不意打ちのチャンスと見た者たちが、まんまとつられて姿を現した。
そうすればもう術中。
√能力【|イワコニトンホ《ホントニコワイ》】を発動して、逢魔時の影に隠れながらどこまでも追いかけるヒトダマ死霊達と破壊の炎にて羅紗魔術師を相手取っていく。
とその時、霧をも突き破って辺りが光に照らされた。
「? なんでしょうか?」
誉川・晴迪は攻撃の手を止め、空を見上げる。何か不思議な力は感じながらも異変はなく、首を傾げるだけ。
しかし、彼の周りで気絶していた者たちが突然、跳ね上がる。
「天使化ですか!」
それらは突然、怪物と化して誉川・晴迪に襲い掛かった。囲まれそうになり、咄嗟に予め隠しておいた魂魄炎入り幽霊自動車で敵を吹き飛ばす。そうして一旦、距離を取ったところで、彼らを見つけた。
「……無事な一般人もいますね。もしや天使による力で守られたのでしょうか?」
避難民を引きつれる少年に、そんな推測を浮かべるのだった。
オリヴィア・ローゼンタールは紙一重で躱す。
「絶対死領域の外とは言え、これは確かに過酷な戦場ですねっ」
彼女は羅紗魔術師の集団に囲まれていた。先の戦いに参加していない彼女は、敵を倒す事に専念していたのだが、長引くにつれて敵を引き寄せてしまったらしい。
近くに味方はいない。とにもかくにもこの囲いを抜け出さなければならない。
敵が魔術の構えを取ると同時、総身に聖なる炎を纏い対策を取る。だがその身が次に浴びたのは、上空からの光だった。
「これは……?」
自然の者でないことは分かり、しかし自身には何の影響もなく困惑する。
とその時、周囲から悲鳴が上がっていた。
「オルガノン・セラフィム……」
囲っていた羅紗魔術師達は漏れなく怪物へと変わり果てていく。それらはすぐさま襲い掛かろうとしてきて、オリヴィア・ローゼンタールは咄嗟に√能力【|劫炎流星雨《メテオレイン》】を発動した。
炎の雨を降り注がせ、敵の注意を上空へと向けさせる。そうして生まれた隙へと走り出し、炎を纏った鉄拳を叩きこんだ。
「……謎は多いですが、できる限りのことをしましょう」
敵は変わったが、戦う事には変わりない。
澪崎・遼馬は戦いながら、ずっと上空を気にしていた。
「塔からの光が、広がっているな……」
海の向こうに聳え立つ塔。それが冠する光の環を常に観測していたのだが、それは徐々に辺りの町へと迫ってきていた。何らかの影響が出るまでそう時間はないと見て、彼は戦う相手を見つめる。
「よそ見しないでくれる?」
隷属させた怪異を燃やしながら攻撃とする羅紗魔術師の幹部レッド・ウーレン。下っ端戦闘員との戦いの最中に乱入してきた彼女へと、澪崎・遼馬は探りを入れる事にした。
その時間を稼ぐために、√能力【|徹甲弾「不帰」《イルカルラ》】を放ち、炎によって牽制をする。
「へぇ、アタシに対して炎を使うのね」
それは承知の上だった。もとより攻撃のつもりではない。
「あれが何か貴様たちは知っているか?」
炎を挟んだたその状況で、澪崎・遼馬は上空を一瞥して問いかけた。それに対して眼前の炎を手中に収めようとしていたレッド・ウーレンも応える。
「さあ? 見た感じ、天使化の原因なんじゃないの?」
だが当然、手を止める事はなく炎を放たれる。それを銃撃で応戦しつつ、問いは投げ続けた。
「貴様達の塔主は何をしている?」
「塔主様が何をしているかなんて、こっちが聞きたいくらいよ。ずーっと連絡してくれないんだもの」
「この戦いが世界の趨勢を決する可能性があるのは貴様達とて知っているだろう。知って尚自ら出てこないとは余程の臆病者だな。それとも、あの光の環こそ塔主の仕業か?」
「挑発かしら? フューリーなら効いたかもね。でもアタシはそこまで忠誠心ある訳じゃないからねー」
「ならなぜ戦う? 当人達と羅紗の魔術塔、道は違えど人類の明日の為に戦っているのは同じはずだ。人を脅かすモノこそ我々の敵であり、それはあの塔にいる。我らが戦いをやめるには十分な理由だろう」
するとレッド・ウーレンは、戦いの最中とは思えないほどににこやかに答える。
「お金と友情のため」
それに黙った√能力者に対して、更に笑みが深められた。
「悪の組織の幹部が友情なんておかしい? でも、自分指標のそんな勝手な理由で戦うのは、まさに悪らしいってものじゃない? ま、あなたの言う通り、道が違うだけで悪のつもりではないんだけど」
それから彼女は攻撃を止めて、どこかを眺めた。それは別の戦場。きっと友情を向ける相手。
「好きなようにしないと、追い込まれちゃうのは自分なのよ」
ふっと苦笑し、その視線は次に空へと向く。
「さあ、答え合わせが来るわよ」
すると丁度、上空を光の環が通ろうとしているところだった。それは辺りに光を降り注がせ、そして浴びた者たちへと病を感染させる。
海寄りの戦場では、既にオルガノン・セラフィムが発生していて、その結果に羅紗の魔術塔幹部は嬉しそうな声を上げた。
「アタシってばせいかーい。でもマズイわねー。うちの子たちがたくさんやられちゃってる」
正解を喜びながらも戦況は悪くなったと肩をすくめ、そこで言葉を途絶えさせていた敵の様子に気付く。
「あら? もしかしてあなたも危なかった感じ?」
「……」
澪崎・遼馬は、ほんの一瞬、戦場にいる事を忘れていた。精神を何かが侵そうとする感覚があって、だがそれは備え持っていた抵抗力が押しとどめた。大した影響ではないにせよ、それは相手との実力差を露わにしてしまう。
「レベルが足りないんじゃない?」
レッド・ウーレンは仕返しとばかりに挑発して、戦いが再開された。
結月・思葉は足を止めずに駆け回っていた。
「手は多いほど良い、と信じましょう」
周辺の索敵を怠らず、敵影を見つけ次第【|夢と不思議の大冒険《フシギノモリノアリストアリス》】を行使して、|アリス達《ソアレとペリル》を喚び、毒菓子による奇襲で道を開かせる。
彼女は、情報収集を入念に行った。
「……もうすぐ光がくるわね」
空から迫る天使化の元凶。それに備え、広い視野から物事を把握しようとしていた。
そうして、光は降り注ぐ。
あらゆる戦場でオルガノン・セラフィムが生まれ落ちる。敵ではあれ、姿を変えられるその様子は悲痛ではあったが、心を押し殺して情報とするために静観した。
当然、結月・思葉にも天使化の病は及んでくる。確かに胸の内を何者かに弄られているような感覚はあったが、持ち前の耐性がそれを弾いたようだった。
「ある程度実力がある人はほとんど意に介していない……。|私と同程度《レベル20》以下だと影響を受けるようね」
それでも耐性があればやり過ごせるようだが、少なくともあの|光の環《天使化の病》は、その影響力を増している。今後、もっと強い力にならないとは限らなかった。
「このことを早く伝えないと」
早速、他の√能力者を探しに向かう。通りすがりにオルガノン・セラフィムには襲われそうになったが、霊的防護で身を守りながら強引に突破した。
まず辿り着いたのは、避難民が集まっている場所。どうにか避難は成功したらしいが、護衛が天使化してしまえば被害は広がるに違いない。距離を取っていたのか、何らかの防御をしたのかその場にいたものは全員無事だった。
「そっか。情報提供ありがとう」
「私は他の人にも伝えに行くわ」
簡潔に伝えてすぐにその場を去ろうとして、ふと後ろを振り返る。避難民は、天使化を免れたとはいえまだ不安そな表情をしている者ばかりだった。
それに気付いた結月・思葉は、ぺリルに指示をして僅かにでも一般人の心身を回復させて、また戦場へと戻っていく。
アリエル・スチュアートは√能力【|妖精達の行軍《フェアリーズスウォーム》】によって呼び出したフェアリーズに戦場全体を偵察させ、羅紗の魔術塔幹部がいる位置を情報収集していた。
その手元には既に二体のドローンが戻ってきている。
「アマランスとレッドは良し……あともう一人いたはずだけど」
と、残りの報告を待っていたその時、すぐ傍で羽が貫かれる音が響いた。
「っ!」
咄嗟に振り向いた瞬間、奇妙な文字を纏った槍が迫る。刺し貫かれる直前でそれは速度を落とし、それに合わせてアリエル・スチュアートは出来る限り距離を取った。
「避けられましたか」
「……最後の一人はこんな近くにいたのですね」
羅紗の魔術塔幹部アザレア・マーシーは、槍に刺さる数匹のドローンを一つ一つ外す。その妖精に庇われていなければ、アリエル・スチュアートの首には間違いなく穴が開いていた。
冷や汗を流しながら、自分よりも幼く見える相手と対峙する。お互いに間合いを保ったまま、微妙な緊張感が漂っていた。
そうしながら、コッソリと後ろ手でフェアリーズを飛ばし、これまでに得た情報を味方へと伝えようとする。
「……」
アザレア・マーシーは、あえてそれを見逃しているようだった。いやそれに釣られて背中を見せた所で攻撃をしようとしていたこちらの考えを見抜かれていたのかもしれない。
合図は天からの光。
天使化を引き起こすその力は二人には影響を起こさず。それが消えたと同時に動き出した。
「我が眼前の敵へと降り注げ、光よ!」
アリエル・スチュアートの先手。√能力【ライトニングレイ】によって魔法の雨を降らせる。300にも重なる雨垂れは、しかし振り回される聖槍によって払い落とされた。
迫る突きに、アリエル・スチュアートもまた槍で受け止める。それに刃はないが、応援を呼んでいるのだから今は長引かせるだけで十分だ。
「出来れば、引き下がってもらえないでしょうか?」
「出来ません」
「どうしてそんなにも戦いたいのですっ!」
体格差で迫る刃を跳ね返す。けれども身軽な相手はむしろ優雅に身を翻させて、着地をした。
「……生まれ育った家を守るのは、普通のことだと思います」
そしてまた、恐るべき槍が迫ってくる。
贄波・絶奈は、潜伏している敵を排除して回っていた。
√能力【|『槐夢』ー徒然なるキミ達へー《カイム・ジッタードール》】によって、いつも傍にいるインビジブルを変身させて周囲の状況を警戒させる。そうして敵を発見したら即座に暗殺の要領で処理。
「流石にここまで派手に動かれたら様子見を続けてはいられないよ。いつもとは比べ物にならない危険度だけど……ま、これも仕事だしね。それに、簡単に殺されてやるつもりも無い」
羅紗の魔術塔の思惑を完膚なきまでに潰すため彼女は動き回る。一人で対処できるだけの敵を片付けていって、他の√能力者たちとの合流を目指した。
とその時、辺り一帯を光が包む。
「……?」
出所を探せば上空に光の環を見つけて、しかし彼女に大した影響はない。一体何だったのかと首を傾げたその時、進む先でそれは現れた。
「————」
「……なるほど。これの原因か」
オルガノン・セラフィムの登場に、大体を察する。こちらを見つけて攻撃しようとする金属の爪に対して、√能力【|『蒼夜』ー夜が眠る刻ー《ソウヤ・ファーストドリーム》】を行使して反撃し、隠密状態へと移行した。
そうして物陰に隠れながら、その場はとりあえずやり過ごす。
「さて、あれは倒していいんだっけ?」
先遣隊の報告では、無暗にオルガノン・セラフィムを殺したことで保護対象との関係をこじれさせてしまったらしい。果たしてあれも町の人なのか。正直ぱっと見では判断がつかなかった。
「まあ取り敢えず、他の人と合流して意見を聞こう」
下手を打ってしまわないよう慎重に、彼女は再び合流を目指す。その道すがら、何度も怪物が闊歩するのを見かけた。
少なくとも、羅紗魔術師の半数以上が天使化したらしい。戦闘不能であっても命が絶たれていなければ怪物として復活しているようで、減らした数が幾分か巻き戻されている。
まだしばらくは戦いが続くのだろうと、贄波・絶奈は思うのだった。
「っ」
「——ッ!」
その戦場は苛烈だった。
羅紗の魔術塔幹部アマランス・フューリーと刃を交えていたのは不動院・覚悟だった。
彼は、ここで彼女を仕留めようと全力を注ぎこんでいる。
重ね掛けられた√能力によって、その身体能力は限界を超えていた。
「あなたをここで倒して、無益な争いを終わらせます!」
「く——っ!?」
召喚されていた古代怪異を右掌で霧散させ、最大の壁を壊す。そこから一歩踏み込み、敵の防御も無視して二連続の攻撃を怪力任せに叩き込んだ。確かなダメージ。それを実感するもまだ足りないとも悟る。
「っ」
奴隷怪異を目の前に呼び出して無理矢理距離を作ろうとして、魔術師の間合いに持ち込もうとする。まとわりつく怪異を蹴散らしてから、不動院・覚悟は羅紗が広げられているのを目撃するが、それに対抗して武器を銃に持ち替えた。
その連射速度は、並の魔術を凌駕する。一斉発射によって詠唱を妨げ、間合いを帳消しにした。
大技は出せないと分かると、アマランス・フューリーは羅紗から輝く文字列を放ち、微弱ながらもダメージを蓄積させようとする。その果てに致命的な一撃が待っていることは、これまでの戦いで分かっている事だった。
だからその度に増幅させた回復力で傷を消していく。あえて相手に攻撃をさせながら時間を待った。
そして、チャージが終わった時、不動院・覚悟は肉薄する。
「これが、限界を超えた渾身の力です。燃え尽きる覚悟はできていますか――『阿頼耶識・修羅』!」
その拳が蒼い炎を纏い、消耗したアマランス・フューリーへと叩き込まれる。
「かは——っ!?」
体を大きく曲げ、その体は勢い良く吹き飛んだ。建物を壊し、瓦礫が降って、粉塵が舞う。
不動院・覚悟は後回しにしていたダメージも即座に回復させて、打倒した敵の下へと歩み寄った。
「まだ、抵抗しますか?」
「…………っ」
アマランス・フューリーは瓦礫をどかす。しかしその体は思うように立ち上がらなかった。
両手を突いてようやく体を支えながらも、彼女はまだ顔を上げる。
「私は……負けていないっ」
「それならば、僕たちが勝ちます」
もう、完全に叩きのめすしかないのだと察した不動院・覚悟は、もう一度拳を握った。
だがその時、
「「「フューリー様っ!」」」
真横から、魔術が飛来した。それらは重なることで壁となり、後退せざるを得なかった。
その隙にアマランス・フューリーは肩を借りながら治療を受けて戦いの準備を整えようとする。
「させませんっ!」
「止めなさい!」
体勢を立て直す前に不動院・覚悟が叩き潰そうとして、対して命令を受けた羅紗魔術師ががむしゃらに飛び出した。
一人一人の力は大したことはない。これならば、何よりも先に首魁を叩こうと攻撃をかわし踏み込む。
「……っ!」
アマランス・フューリーはこのままではやられると見て、手下を盾にしようと後ろへ回り込み、
そしてその時、光が降り注いだ。
◇◆◇◆◇
「守りなさいっ!」
アマランス・フューリーは、迫る√能力者に焦り部下に指示を下した。自分のために盾となれと告げて、自身の傷をどうにか回復させようとする。
だが、光が降り注いだ。
塔が冠していた光の環が、上空を通り過ぎ、その戦場をも脅かす。
それが広げたのは、病だった。
「う——」
アマランス・フューリーが盾にしようとした魔術師が、突然悶え始める。その体は捲れ上がり硬貨して、歪な金属を体中に生み出していった。
「な……」
影に覆われ、彼女はそれを見上げる。
オルガノン・セラフィムとなれ果てた己の部下を。
「なぜ、天使化を……!?」
慌てて辺りを見渡せば、他の羅紗魔術師達も怪物へと化していっていた。決して偶然に、居合わせた者たちが善なる心を持っていたわけではない。
力の低い者が軒並みに、だ。
とっさに、塔を見た。海の向こうに霞む、決して踏み入る事の出来ない長が住む領域を。
「塔主、様……っ」
天使化の病は、現代においてはあり得ないほどに広がっていて、その影響は日に日に強くなっているのを感じていた。そしてついには√能力者まで侵してしまうようになっていて。
『これから、人類を統一する。塔主として、私が成し遂げるのだ』
最後の言葉がよぎり、その意味を理解する。自分達はもしかしたら、見捨てられたのかもしれない。
それはずっとあった予感だった。必死に見ないふりをしていた現実。
歴史があるから途絶えさせてはいけないと。恩があるから応えようと。
しかし、そんな努力は全て意味がなかった。
そうして、アマランス・フューリーのこれまでが崩れようとして。
すっかり彼女は、今の状況を忘れていた。
「————」
「ぐうっ!?」
眼前の爪に切り裂かれる。
それはもう部下ではなく、正しく怪物となって見境なく暴れ回った。これまで自分を追い詰めた√能力者もオルガノン・セラフィムの相手をしている。当然こちらを救うはずはない。
「くっ! 隷属しなさいっ!」
アマランス・フューリーは必死に魔術を行使し、その金属の巨体を縛り付けるが、それはすぐに弾け飛んだ。
「なっ、効かない!? ぐぁあっ!?」
自身の力が弱まっているのか、今までとは違う性質を持つのか。道理は分からないにせよ奴隷化は叶わず、また体を切り裂かれる。
怪物はそのまま、容赦なく血だらけの命を散らそうとして。
「うァアアアアアアア——ッ!!!!」
アマランス・フューリーは、叫び抗った。
意義などもうない。
ただ意地で、負けを否定するために。
◇◆◇◆◇
星詠みからの次なる予見を受けて少しした頃。
叢雲・颯は、大きな身振り手振りで慄いていた。
「こ、この数は……!」
天使救出の任についた矢先に現れた敵軍。味方達を圧倒する物量でそれは攻めてきていて、数的不利な戦局となっていた。
絶望すべきとも思えるこの局面を、彼女はよく知っている。仮面の下でシリアスの顔を保ったまま、いるはずもない|黒幕《製作者》を探して放った。
「さては、劇場版だな!?!?」
その表情はキリッと真面目なまま。敵を観察するため高所に一人でいるため、何を言っているんだとツッコミを入れる者もいない。
そうしながらも彼女は、怪異鎮圧弾丸『鵺』に点火し√能力【|案山子の展開《カカシノテンカイ》】を発揮して、自分の戦いやすい空間を作り上げていく。
ただしその口は、引き続き自分勝手な視点をまくし立てていた。
「ちびっこにも視覚的にわかりやすいように絶望的な状況を演出するには物量が一番だ。映画版は予算が多いからこの規模のエキストラも出せる。加えて舞台は海外、ヨーロッパ! |歴代ヒーロー《100人》参戦! これが劇場版でなくて何といえようか……」
ナ:|説明しよう《↓勢いよく》。叢雲楓は狂気的な特撮オタクである。彼女の重度の『|こじらせ《↓強調する》』と|陰キャ《↓聞き取りやすく》特有の早口が合わさった事で|理不尽な《↓感情込めて》の『特撮に関係した』事象操作・空間操作√能力が発動するのだ!(10秒以内で)
存在しない台本をこれまた存在しない誰かが読んでくれている気がして、叢雲・颯は笑みを零している。すっかり自分だけの世界に入り込んでいた。
「ふふふ! カースタントやバイクスタントにおいて…『轢いてください』と言わんばかりに敵が並ぶのが高予算の劇場版!!! ならば期待に応えるしかなぁいっ!」
終始場違いな理論を展開しながらも、彼女は戦いへと加わろうとする。
「カムヒア!! マスタービークル!!」
そうして無意識に√能力【|案山子の要請《カカシノヨウセイ》】を発動。|マスターブレス《ただの腕時計》に叫ぶと数秒後、轢殺暴走シンカンセンめいた速度で|マスタービークル《違法改造軽トラ》が突撃してくる。
(テロップで『マスタービークル』と白文字で入ります)
真紅のボディにファイヤーパターン。バンパーには凶悪な硬質竹槍。荷台に巨大なキャノン砲(ダミー)を積載するそれに、叢雲・颯は「とうっ」と掛け声とともに颯爽と搭乗し、戦場を駆け回る。
迫る魔術を吹き飛ばし、逃げ遅れた魔術師を轢き逃げていく。異国情緒な景観をぶち壊す連れの愛車に、広瀬・御影は時を止めていた。
「……ま、まあ若人はぶつかってなんぼ。やりたい事をやればいいワン」
やりたい放題過ぎる気もしたが、実際の所、彼女が目立つことで敵の大勢が引き付けられていて、作戦としてはかなり有効だった。
とはいえ敵も対策を練り始め、軽トラは次第に身動きが取れなくなり、
「むう!? 敵が手ごわい! このままではやられてしまう! 皆の応援が必要だ!!!」
「行け! レッドマスター!」
そのヒーローは乗せるほどに力を発揮すると知っていた広瀬・御影は、やけくそ気味に声援を送る。すると、「応援ありがとう!」と返されて、軽トラはまたもや大量の魔術師達を吹き飛ばしていった。
なんにせよ、敵を蹴散らしているのだから文句はない。と丁度その時、近くへやってきた日南・カナタもその惨状を目撃し、気後れした表情を浮かべる。
「う、うおぉ…相変わらず叢雲先輩すごいなぁ…」
その『すごい』は褒めているのか貶しているのか。尊敬の念を抱きつつも、同時に何とも言えない感情も生まれていたのは確かだった。
さすがにその勢いは真似出来ないなーと思いつつ、もう一人の先輩へと用事を伝える。
「あ、そうだ広瀬先輩。向こうにエド君たちがいるみたいなので、俺そっちに行ってこようと思います!」
「それならみーくんもついていくニャン」
「助かります!」
今は羅紗魔術師よりも保護対象を護る事を優先して、二人はその場を離れた。出来るだけ戦闘を避けながら、天使の少年の元へと向かう。とはいえ、身を隠しながらでも戦闘をすべて回避するのは不可能で、その時にはすかさず広瀬・御影が銃を抜いて、√能力【|何処かからの銃撃《プレゼント》】によって迎撃していった。
レッドマスターの劇場版に、二人が離脱したところで入れ替わるようにして一人と一匹がその戦場に加わる。
「やれやれ、今度の|事件《ヤマ》は一筋縄じゃ行かないらしい」
「このニンゲン食っていいのか!?」
八曲署『捜査三課』のボス、花畔・アケミと不気味な性悪猫、烟猫・藍月だ。
改造軽トラに吹き飛ばされ伸びている羅紗魔術師に、その猫はご馳走だとばかりに駆け寄るが、倫理観を持って上長がそれを止めた。不満そうな猫に、向かうべき目標を与える。
「少年少女はカナタたちが声をかけてくれているみたいだし、アタシたちで出来る限りの敵を蹴散らすよ」
「俺様も手を貸してやろう。キシシ」
ボスからの指示を受けて、烟猫・藍月は√能力【獣妖暴動体】によって敵を蹴散らしていく。味方の邪魔をされないよう立ち回った。
それは大雑把な戦い方ではあったが、討ち漏らした魔術師を、花畔・アケミが的確に足を撃ち抜くことでほとんどをカバーしてみせていた。
八曲署『捜査三課』の一員として、集まった者たちは迅速な対応に努める。それでも敵の数は多かった。
敵も魔術を扱えるのだから、多少の怪我ならある程度時間を置けば治してしまう。キリがないと花畔・アケミは、スマホを取り出し署長へと連絡を取った。そして承認を得ると仲間を呼ぶ。
「颯! 一気に決めるよ!」
「合体技だな!?」
すると、超時空転移により『正義執行波動砲』の輸送が始まり、それは合図を受けた叢雲・颯のマスタービークルへと直接搭載された。
そうして放たれる波動砲は、直線状の敵を漏れなく吹き飛ばす。その威力はすさまじく、ある程度の魔術結界なら容易く突き破り、ほとんどの魔術師の意識を一瞬にして刈り取っていった。
戦場は一時静まり返り、事後処理のように敵の再起を防ぐ。烟猫・藍月が気絶した敵を一カ所に咥えて集め、花畔・アケミがそれらをテープで手足を縛りつける。その側で、叢雲・颯は早くもエンディングを歌い始めていた。
そうして徐々に戦況は傾き始めていたその時、上空で光が広がる。
各地でオルガノン・セラフィムを生み出す元凶は、例外なく彼女たちの下へとも降り注いだ。
「なんだこの光は? |新手《テコ入れ》か!?」
大して影響を受けなかった叢雲・颯は相変わらずの自分主義な世界観で疑問を抱く。しかし、残りの一匹と一人——烟猫・藍月と花畔・アケミは無事ではなかった。
「な、なんだぁ!?」
「うっ、これは……!?」
突然、意識が乱される。
思考を無理矢理誰かに引っ張られているような感覚があって、それと同時に焦燥感を覚えた。
——人を助けなければ、この身を費やさなければ。
強制的な善性の植え付け。それを媒介にその病は一気に侵食する。
体が未知の金属へと置き換わり、脳からの命令を受け付けなくなる。まるで棺に閉じ込められたような閉塞感にしあな稀、そしてその内側では何度も声が反響していた。
『天使を集めよ』『√能力者を殺せ』
「なんだこのジジイの声は!?」
「防ごうにも、体が……!」
花畔・アケミは霊的防護を張ってどうにかその身を守ろうとしたが、既に影響した身では思うように体が動かない。そうしている間にも体は怪物へと変わろうとしていて。
「天使化してるニャン!?」
「すぐ治します!」
情報を聞き心配したのか、仲間の下へと戻ってきた広瀬・御影と日南・カナタがその危機的状況に気付く。すぐに治癒を試みようとして、しかし行使された√能力【忘れようとする力】は、金属の皮膚に弾かれたように効果を発揮しなかった。
「こりゃ、一回死ぬしかないな……!」
どうにか意地で変化を遅らせてはいるが、結末は変わらない。徐々に徐々に侵食は進んで、既に首から下は怪物だった。どうしようもないと身に染みて理解する烟猫・藍月が告げ、花畔・アケミもそれしかないと頷いた。
「そんなこと……」
後輩である日南・カナタはその手段に躊躇い、だがその瞬間、隣の広瀬・御影が容赦なく発砲した。染みついた暗殺の術が、二人それぞれ一発だけで命を絶って、その体をリセットさせる。
「これは……一体何が起きたのだ?」
遅れて状況を知った叢雲・颯は、つい先ほどまで一人で大量のオルガノン・セラフィムと対峙していた。倒したはずの者たちが軒並み狂暴化してかなり手こずっていたらしい。
仲間二人の亡骸を見つめるその仮面は、もう何かの陰謀やぶっ飛んだ世界観で語る事はしない。
「天使化したら、もう終わりだワン」
「……絶対死領域でなくて、助かりましたね」
しばらくして、烟猫・藍月と花畔・アケミは無事蘇生した。その体は完全に元に戻りながらも、どこか共に疲弊した様子だった。
「……しくじったぜ。警戒はしてたが避けようがなかった」
「ええ。事前に防護を張れば間に合っていたかもしれないけれど。とにかく心配かけたね」
一匹と一人が落胆する様子を、他三人は見つめる。これまでに√能力者間で出回った情報で、一定以上の実力と精神関連の耐性や抵抗が必要なのは分かっていた。
日南・カナタは、蘇生が完了しても不安げな表情のままで問いかける。
「大丈夫でしたか? 何か、後遺症とかはありませんか?」
「死に戻りは……通常営業だな」
猫は自分の姿を見回し、いつも通りに動くことを確かめた。それを横目に、広瀬・御影はさらに質問を重ねた。
「天使化した時はどんな感じだったニャン?」
「……まず最初に、思考を乱されたね。あれが善なる心ってやつのかもしれない。現代に流行ったのも、少なからず矯正されたからだろうね。そして、一瞬でも善に思考が寄った瞬間、体が動かなくなって、怪物化が始まっていたよ」
危険な状況だ。情報はあるだけいい。体を労わる事よりも、共有を優先して話し合う。実体験を聞いた叢雲・颯はふむと腕を組んでいた。
「発症してからの対処は出来ないのか?」
「精神が最初に蝕まれるみてぇだし、変異したところを切り落とすってのも無理そうだな」
「そうだね。変異中の思考は意外と普通に働いていたけれど、その分、何も出来ない恐怖があったよ」
花畔・アケミは自分の失態にやれやれとため息をつく。位を得たとはいえ、もう少し現場に出ておくべきだったかと後悔していた。
とそこで、烟猫・藍月が思い出す。
「ああそれと、ジジイの声が聞こえたな。なんて言ってたっけ?」
「『天使を集めよ』『√能力者を殺せ』だね。きっとそれが、オルガノン・セラフィムが天使を襲っていた理由だろうよ。大した強制力があった訳じゃないけれど、意識が曖昧なら動かされていたかもしれない。まあ今はまだ発展途上っていう風に感じたね」
「……なんにしても、これが続くとなれば、本当に世界は危ない気がします」
日南・カナタの言葉に、他の皆も同意した。それから、無意識に揃って塔を眺める。
そこから光の環は消えていたが、いつまた発動するかは分からない。
そして、今度はどれほど強大になっているかも。
一刻を争う事態なのだと、皆が思い知らされていた。
神谷・浩一はふと|知人《旅団員》のいる方角を眺めながら呟く。
「課の連中も駆り出されてるようだが、大丈夫かね」
つい先ほど、彼のいる周辺も光で包まれていた。彼自身は大丈夫だったが、それが何らかの影響を及ぼすのは見てわかる事だった。
「……こいつぁいい眺めだな。嬉しくて泣けてくるぜ」
視界に入るのは、大勢の羅紗魔術師だったもの。それらは上空を通過した環からの光を浴びた途端、ほとんどが怪物へと化けてしまった。
まさか、|知人《旅団員》達までもそうなってはいないだろうなと心配しつつも、とにかく目の前を意識する。オルガノン・セラフィムたちは、例外なくこちらへと定期意を向けていた。
皮肉を零したそんな光景に対処するため、神谷・浩一√能力【|分心:有藤・溪《エニグマ・ウドウ・ケイ》】を行使して相棒を呼び出す。
「……溪、頼んだ」
「なるほど……こいつは絶景だね」
召喚に応じて参上したのは共犯者でありAnker。|有藤・溪《ウドウ・ケイ》としての肉体を纏うそれは、神谷・浩一の隣で嘆息した。損な役回りを請け負うものだなと。とはいえその名もなき悪魔は、魂をもらい受けるその日まで、いつも通り乞われた役割を果たすだけだった。
それに、呼び出しがもう少し早ければ、悪魔と言えども天使化の影響を受けてしまっていただろう。直に感じた訳ではないけれども、あれは実態を持たない自身にも及ぶとなんとなく感じていた。
心や意識、そう言った類のものを持つ者全てに感染する。
危なかったと有藤・溪は、ひっそりと安堵するのだった。
そしてそこからは、慣れた手順。
「いつもの、頼んだ」
「……了解」
差し出された手へと、有藤・溪は懐から取り出した札束を置く。そうして√能力【贈賄コンビネーション】の条件を満たして準備を整え、二人は並びながらにオルガノン・セラフィムへと立ち向かった。
契約者によって√能力者となった有藤・溪は、|霊震《サイコクエイク》によって怪物たちの行進を足止めする。そこへすかさず神谷・浩一が汚職弾丸による追撃を加えてった。
「|霊震《サイコクエイク》の対象は広い、数が多く密集するようなら尚更だ。纏めて掃除するには丁度いいだろ」
「……言われなくても、元々契約で僕が彼に与えた力だ。枷を外されれば上手く扱えない訳がない」
軽いやり取りをしながら、敵の数を減らしていく。だがその順調な戦いは突然に途切れた。
「……おい気を付けろ」
「ああ、分かってる」
二人は揃って足を止める。それ以上踏み込むのを、眼前の敵が躊躇わせていた。
「若干、色が暗いか?」
「それだけじゃないのは明らかだね」
それは、一体のオルガノン・セラフィム。
形や大きさは他と差はあまりないけれど、その体色は見比べれば違うと分かる。
そして、その強さも。
「————」
金属を擦り合わせたような声で鳴くと、それは従来の倍以上の速度で接近した。その膂力もまた、これまでを上回る。
薄羽・ヒバリと久瀬・八雲は、オルガノン・セラフィムの対処に追われていた。
「も〜、一難去ってまた一難って感じ?」
「警戒はしていたけど、これだけの数はっ」
塔から広がった光の環によって、天使化の病が広がり、羅紗魔術師の半数近くが怪物化していた。包囲網を突破しようとしていた二人は、突然変貌した敵に戸惑いながらも連携をどうにか保っている。
「とりま生きてここを突破しよ! 私と八雲の無敵のコンビネーションならいけるいけるっ」
「ええっ、ここを乗り切って見せましょう!」
そう声を掛け合いながら互いに背中を合わせ、死角をカバーする。薄羽・ヒバリがステルスプログラムHide-and-Seekを纏わせたレギオンを展開して逐一情報収集を行うと、久瀬・八雲が進路を警戒した。
「八雲、そのままゴーゴーっ!」
「了解です!」
正確な情報をもとに、より戦いやすく戦力が必要な場所へと移動していく。
二人の行動は、常に足並みが揃っていた。
敵はオルガノン・セラフィム。保護対象の少年の心証を気にして、攻撃は打撃に留め無力化を優先する。それを言葉にしなくとも共有して、久瀬・八雲の√能力【|天蓋《テンガイ》】による焔の結界で行動を封じると、そこからはみ出た数体を薄羽・ヒバリが√能力【ルートブレイカー】をもって能力を無効化していった。
そうして順調に戦場を切り開いていた二人だったが、突然、新たな脅威が訪れる。
「うわっ!? はや!?」
「大丈夫ですか!?」
他と同じように無力化しようとした瞬間、その個体は他とは一線を画す速度でカウンターを繰り出した。薄羽・ヒバリは咄嗟に体をのけぞらせて避ける事に成功するが、そこへ二撃目が迫り、すかさず久瀬・八雲が割って入って受け止める。
だが更に、その横からもう一体、連携を崩すために突進してきた。
「うぐっ!?」
「八雲っ!?」
吹き飛ばされた久瀬・八雲を追いかけ、薄羽・ヒバリが駆け出す。体を支え怪我を確認すると、幸いに大事はない。しかし、それで一息つけるような状況ではなかった。
二人はともに顔を上げ、二人共にその額に冷や汗を流す。
そうして見つめるのは、突如として現れた二体のオルガノン・セラフィムだ。
他と形や大きさは変わらないが、僅かに体色が暗い。たったそれだけの違いのはずが、それが持つ力は今までとはまるで異なっていた。
速度も膂力も、これまでと倍はくだらない。その強大さに、二人も気を引き締める。
「わたしの後ろはお任せしますヒバリさん!」
「オッケー。私にどーんと任せといて! ここで退くとかありえないし!」
どこか強がるように声を上げて、強敵だろうと変わらず対峙した。もう、無力化を意識する余裕はない。出来る限りの術を持って迎え撃つために、二人は呼吸を合わせた。
霊剣を構えた久瀬・八雲が飛び出すと同時、薄羽・ヒバリの√能力【|CODE:Blast《コードブラスト》】による弾丸が追い越す。敵に着弾し爆破させ、その風が跳び上がった久瀬・八雲を追い風として援護した。
「うぅおらぁああああっ!!!」
√能力【雷光】によって護霊の手を借り敵陣上空へ跳躍。真下へと霊剣を投擲し、生じる雷撃で二体の特殊個体をまとめて仕留める。そして更に追い風を受けたまま、着地と同時に剣を回収して、止まる事なく追撃と切りつけた。
しかしそれでも倒れない。
「「————」」
「くっ!? 手強いですね!」
「でも効いてる! 続けるよ!」
ダメージは確かに入っているが、容易く反撃を繰り出してきて、攻防が続く。中々に決着がつけらず、その苦戦は長引いていった。
そうしている内に、更なる二体が背後から現れる。
「「————」」
それらはまっすぐに薄羽・ヒバリと久瀬・八雲へと迫って息の根を止めようとした。
「まだいるのぉ!?」
「このオルガノン・セラフィム、連携を取っています!」
一体が飛び出すと、もう一体が回り込む。二人に対して一組ずつで相対する。狂暴なばかりだったはずの怪物は、確かに仲間を意識して敵を撃滅しようと動いていた。
それは、彼女達の連携とも劣らない。意志を一つにしながら、着実に√能力者たちを追い詰めていく。
マハーン・ドクトは正気を疑っていた。
「馬鹿じゃねぇの??? いや馬鹿じゃねぇの???」
彼が現在戦っているのは、羅紗魔術師達だ。それは元から倒すべき相手ではあったが、しかしこの状況では違うだろうと声を荒げてしまう。
「今はオルガノン・セラフィムと戦うべきだろ!? あとに引けないからってもっと状況見ねぇ!?」
少し前に起きた、光の環による天使化。それによって多くの羅紗魔術師達が怪物化してしまい、戦況は混沌と化していた。けれどある時を境に、ふるい落とされずに生き残った魔術師達が、√能力者への攻撃を再開させたのだ。
「どんな状況になろうとも、当初の作戦を遂行する!」
「上からそう指示出されたっての!?」
「フューリー様が死力を尽くしていて、我々が引き下がれるものかっ!!」
その魔術師は、背中からオルガノン・セラフィムに身を引き裂かれながらもマハーン・ドクトへと攻撃を繰り出した。彼らも√能力者で蘇生できるとは言え、その強行は頭を疑わざるを得ない。
よほど追い詰められて、やけくそになっているという事だろうか。とはいえ笑えるような状況ではない。
「ぐっ——あぁああああっ!」
怪物の爪を振り払いながら無謀に攻めてくるその様は、軽々しく蹴散らそうと思えるものではなかった。同情と呼ぶべきか。自分が放ったわけではない攻撃で傷を負うその姿に、抵抗を躊躇いそうになる。
「…ああくそ!」
彼は臆病だった。先の戦いでも必死に決心して放っておけないと動いたのに、これではまた後悔が生まれてしまう。
それでも戦わなけれならなかった。足を止めて考えている暇はない。既に転身し、青のスーツと黒いレインコートを羽織るマハーン・ドクトは、少しでも未来の自分が後悔しない道を選ぶ。
「とにかく、俺がやるのは…てめぇらだ!」
√能力【|R・G・C《レイニーデイ・ガトリングコール》】によって降り注がせるプリズムレーザー。その照準を、オルガノン・セラフィムに絞った。
羅紗魔術師と相対するのは後回しにして。
先陣から遅れて、夜縹・熾火は戦場に参加した。
「聞いてた状況となんか違うけど、まあ関係ないか」
予言では羅紗魔術師が大量にいると聞いていたが、その大半がオルガノン・セラフィムに置き換えられている。しかもその怪物たちは魔術師をも狙って、三すくみの様相を呈していた。
味方からの情報提供を受けていない彼女は、その目だけで戦況を観察する。
ほとんどのオルガノン・セラフィムは見境なく暴れている。それに追い詰められているのは羅紗の魔術塔の方であり、彼らは結果を急ぐあまり√能力者への襲撃を優先して、自分たちの身を顧みない者が多かった。
有利は味方陣営に傾いている。それならば隙にやってもいいだろうと、変わらず敵であり続ける魔術師達を確認して、夜縹・熾火は戦いに赴く。
√能力【|良き隣人《フリーク》】を行使し、暴虐の化身と融合する。それから更に√能力【|終末極夜《カタストロフィ》】を重ねがけして、その姿を猖獗極めた埒外の存在へと変身させた。
狂獣ノ面、葬焔、夜戯ノ装束を纏い、表情は窺えず。それは見る者の精神を脅かす。
「なんだよこれっ!?」
「うわぁああああ!?」
駆け抜ける戦場で敵の混乱を引き起こしながら、彼女は冥顕の剣による想像を絶する斬撃を放つ。『精神汚染源』と政府機関に言わしめた災厄たる猛威を振るい、次々に敵戦力を磨り潰した。
その様子は必要以上に残虐性が演出される。
倫理観が欠落しているが故に敵の死体を投擲物として扱い、オルガノン・セラフィムによる横やりが入れ死に損ないを肉盾にした。一挙手一投足が精神汚染を蔓延させ、敵兵士たちを恐怖へと陥れていく。
禍神・空悟は、変わりゆく戦場を遠くから眺める。
「……星詠みの言う通り長丁場になりそうだ」
皆殺しにすると決めて戦っていた彼は偶然にも、逃げ出した羅紗魔術師を追いかけて天使化の影響外にいた。そうでなければその体は怪物となっていただろう。
「た、助け——」
ようやく追い詰めた臆病な敵の命乞いを踏み潰し、これで最初に接敵した集団は全て処理できたとスッキリする。そうして彼もまた、次なる得物を求めて混沌を極める戦場へと戻っていった。
「今んとこ王劍の間合いってのから外れてんだっけ? 羅紗の連中もオルガノン・セラフィムも√能力者も死に切らねぇで集まり続ければ泥沼だな」
√能力者と羅紗魔術師とオルガノン・セラフィム。それぞれがそれぞれを狙い、阿鼻叫喚となっている様子は遠巻きに見ているだけでも面白そうだった。
早く自分も加わりたいと急ぎ、彼はすっかり天使を保護することは脇に置いていた。そもそも面倒は味方に任していることだ。
ようやく殴りがいのある標的を見つけると、ニッと口角を上げる。
「俺はお行儀よくねぇぜ!」
羅紗魔術師を蹂躙していたオルガノン・セラフィムの集団に向けて、√能力【|逆星《サカホシ》】【|奔星《ハシリホシ》】を放つ。二種類の黒炎が広範囲を焼き払い消し飛ばし、それでも立っていたなら自らが黒炎を纏い、磨き上げた体術で叩き潰していく。
偶々、彼が放った黒炎の防壁が、味方へと付与されていたがそれはただのついで。支援のつもりでもない。
禍神・空悟はただ、目の前の敵を皆殺しにすることに集中する。
逃げようとする者がいれば、手刀を地に向け√能力【|染星《ソメホシ》】を発動して確実に外す。そうして周囲を焼き尽くして逃亡を阻害することで、誓いを遂げるよう確実に屠っていった。
「どこのどいつがこんな修羅の巷ってな絵図を描いたのか。天使を餌に数を搔き集めて何する気なんだろうな? ま、敵を殺し続けりゃおのずと分かるか」
難しい事は全て片付ければわかるだろうと、ひたすら暴力で攻略する。目の前から敵が消え、次を探していた時、その乱暴な瞳は見つける。
「幹部、いるじゃねぇか!」
「っ。今は、手が空いてないんだけどっ!」
そこにいたのは、他よりも強力な怪物と戦っていた赤羅紗の魔術師だ。戦闘中でも構わない。むしろ両方ぶちのめしてやると禍神・空悟は懐深く踏み込み、√能力【|竜討《リュウトウ》】によって連続攻撃を浴びせる。敵が片手間に反撃をしてきても、鉄壁の肉体で防いで見せた。
「オラァッ!!」
「くっ!」
レッド・ウーレンの防御を弾き飛ばし、その晒された腹部へと貫手を叩き込もうとしたその瞬間、
「ウーレン様っ」
槍が割って入る。その表面には魔術が籠った文字が宿り、真剣をも凌駕する貫手を受け止めて見せていた。
そううまくはいかない戦いに、禍神・空悟は咄嗟に後退して笑みをこぼす。
「もう一人来たか。上等だぜ」
増援として駆け付けた敵である羅紗の聖戦士は、仲間をかばいその槍を構えた。前衛と後衛が揃い、より楽しめそうだと思ったところでまたもや新たな気配。
「幹部がいたね」
「……っ!?」
今度のそれは、禍神・空悟にとって味方だった。
暴虐の化身と融合したままの夜縹・熾火の鉤爪触腕が、突然少女戦士の体を引き寄せる。その爪と槍がぶつかり、そこへレッド・ウーレンが魔術で援護をして、一時戦いを止めた。
それぞれが距離を取り、様子を窺う。身を寄せ合う敵幹部二人に、倫理観の欠如した問いかけが投げられる。
「キミ等の戦術は、失敗に終わってるようだけど、敗北者とは認められないのかな?」
するとそれに応えたのは、横に立つ禍神・空悟だった。
「おいおい、せっかくの戦いを中断させる気かよ。問答無用で殺す方がハッキリすんだろ」
物事は単純な方が良いと訴える仲間と思しき男に、夜縹・熾火も同意する。
「まあそれもそうだね。ところで君も敵?」
「はっ。確かに俺の人相は悪いが、てめぇの方が悍ましい姿してんぜ」
ともすればその二人がぶつかろうとしたところで、オルガノン・セラフィムの爪が伸びた。他よりも暗い体色。強力なその個体は、会話を好機と見て攻撃して、だがそれに、四つの攻撃が重なり反撃とした。
「おっと、つい共闘しちまったな」
「こっちのセリフよ」
「こっそり攻撃したけど、当たらなかったか」
「油断なりませんね」
四つの視線は再びぶつかり合う。個々で攻める√能力者に対して、魔術師と戦士は息を合わせる事でどうにか疲弊を補った。
「お互いに、容赦なくいこうぜ」
「どうであれ私は好きにやるよ」
禍神・空悟と夜縹・熾火の間に決して連携は生まれなかったが、傍若無人な戦いぶりに返り血で染まった姿は、どこか似ているような気がした。
新藤・アニマは、強く残っている記憶を振り返る。
天使化事変に関わったのは一度だけとはいえ、決して無関係ではいられなかった。
「エドさん達のことは気になりますが……私は護衛に集中しましょう」
天使化の光が訪れる少し前、エドは残っている一般人を助けるべく駆け出してしまった。味方がついていっているとはいえ不安は拭えない。
どうにか他の√能力者の力で天使化の影響を避けた避難民ではあったが、まだ安心できる状況でもなかった。
「オルガノン・セラフィム……」
それは√能力者と天使を狙っているらしいのだが、護衛を離れることは出来ない。安全を確保できたわけではないし、何よりも非常事態に対応するためにはやはり力を持つ者が必要だった。
他の護衛と協力しながら、新藤・アニマは自分たちを狙うオルガノン・セラフィムに対処する。
「流れ弾が飛ばないよう気を付けて下さい! ただし離れすぎないように!」
声を掛け合いながら、√能力【メルディングバレット】を使用し、遠距離から動きを止めていく。その隙間を縫って、懲りない羅紗魔術師にも同様に講堂不能して、バリケード代わりにしていった。
「……エドさんの方へも、かなりの数が向かっていますね」
どうしても気になってしまうが手助けしに行く余裕はない。今はとにかくこの場所を守り切ろうと集中した。
とその時、どれだけ弾丸を放っても意に介さない他よりも暗い体色のオルガノン・セラフィムが迫ってくる。味方が前に出て対応しようとすると、容赦なく蹴散らされてしまった。
「私が迎え撃ちます!」
一般人たちには被害を出させないよう前に出る。怪物の影に覆われた途端、その強大さを思い知り足は止まりそうになったが、臆病を一歩超えた。
「これ以上は近づけさせません!」
レギオンや機銃による一斉発射で牽制し、立て続けに√能力【ブレイズイントゥルージョン】によって破壊の炎纏う武器によって近距離からの一撃を放った。
しかしそれだけでは倒れず、二度三度と電磁波動剣を振るっていく。誰もが必死だった。
瀬条・兎比良は√能力【|【物語】「赤き王の夢」《レッドゾーン》】によって潜伏していた。
彼の視線の先には、天使の少年がいる。オルガノン・セラフィムを操る力を有している可能性から警戒をして情報収集をしているのだ。
今まさに、戦場ではまた大量の怪物たちが生まれ落ちている。それらをどう扱うのか、可能な限り離れた位置から観察を続けた。
「……彼の周囲には、天使化を抑制する効果があるようですが」
天使化の光を浴びた時、傍にいた一般人は影響を受けなかった。各地ではそれなりに実力のある√能力者までが怪物となっている情報を得ているにも関わらずにだ。当然、あの一般人が底知れない力を持っていたとは思えない。
すなわち天使である彼の力。それ自体は善性とも思えたが、怪物を操るだけではないということが厄介な未来を想像させてしまう。二つあれば三つと考えるのは妥当だ。
「しかし最初にオルガノンと名付けた方はまるでこの性質を知っていたかのようだ。Ankerもドイツの方が命名したと聞きますしEUは熱心な研究者が多いようですね」
ふとそんな呟きを漏らしている時、状況は動く。
護衛をすり抜けて、少年の下へとオルガノン・セラフィムの爪が伸びた。すると彼は咄嗟に連れてきていた少女と助け出した一般人を庇おうとして、その体に傷を受ける。
「……操れないのですか?」
それからすぐに護衛が体勢を立て直し、オルガノン・セラフィムを撃退するが、やはりそれ以降も怪物を使役する様子はなかった。と言うより失敗しているようにも見える。
彼自身は力を薄っすらと理解しているようだったが、扱えている訳ではないのだろう。でもそれが尽く失敗していることに疑問を抱いていた。
「操る個体には何か条件がある? あるいは、彼の……彼だけの力ではなかった可能性もありますか」
推測を進めている内に、少年たちは更に危険へと陥っていく。こうしている場合ではないと瀬条・兎比良も気付いて、彼もまた、√能力【|【物語】「赤き王の夢」《レッドゾーン》】を持って護衛に参加した。
夢野・きららは自分の不甲斐なさを悔いる。
「正義の味方だなんて言った手前でこのザマじゃあね」
先の戦いで、少年にとっての知人友人を積極的に殺してしまった。ともすれば厄介者とさえ思われてしまうかもしれない。町が戦場になって心証はより悪くなっているだろうし、√能力で修復させて仲直りと言うのも通らない。それから鑑みれば、幼馴染の少女を救ったダースは相当なやり手と思えた。
もう彼にエドを任せるのが1番良い状況と言える。
「だけど」
最善じゃなくても、彼女の心はその道を選ぶ。
「だからこそ、ぼくはエドくんたちの傍にいるよ。もっと話がしたいからね」
羅紗の魔術塔の急襲。√能力者すら脅かされる天使化。戦場は大変な状況になっていっているが、夢野・きららはどうしても成し遂げたい事があった。
持ち得るWZ小隊を戦力として残して、彼女は再び少年を目指して走る。
その最中も、ずっと少年のことを考えていた。
(エドくんは、一体なんなのだろう)
彼は、√能力を無効にして見せた。オルガノン・セラフィムをけしかけても見せた。更には怪物となった人々の魂も分かるという。
しかも、天使になった直後だというのにそれらの力を無意識に使いこなしている。
夢野・きららのAnkerである天使とはまるで異なった性質だった。一体それがどんな結末を迎えるためのものなのか、考えても答えは出ない。
しばらくしてエドの姿を見つけに、なんて言葉をかけるべきか迷っていたが、その緊急事態にうじうじとした心なんて吹っ飛んでいた。
「大丈夫かい!?」
エドは傷付いていた。同行していた少女と避難誘導していた男性を庇って、オルガノン・セラフィムから攻撃を受けてしまったらしい。
応急処置を受ける彼は、投げかけられた声に振り返り笑みを見せた。
「あ……夢野・きらら、さん」
「名前、憶えててくれてたのかい……」
ほんの僅かな交流だったはずが、忘れないでいてくれたことがつい嬉しくなる。体を引き裂かれながらも、そんな表情を浮かべる彼は、本当に天使なのだと思い知らされた。
夢野・きららは、少年のその傷を癒すため、√能力【忘れようとする力】を行使する。しかし変異した天使の体は、外部からの力を受け付けなかった。
「すいません。僕の体、皆さんの力を受け付けないみたいで……」
「……そうだったね。僕じゃあ力不足だ」
「いえ、知っている人に会えただけで、心強いですよ」
他に√能力者がいるのに、応急処置に留めていたのはそう言う事だったのだろう。かなり深い傷ではあったが、彼h大して痛がるそぶりも見せない。
「ごめんね、エドくん。どうもきみと会う時は格好がつかないみたいだ」
「いえ、前の時もあんなに早い乗り物に乗れて楽しかったですよ」
少年は思っていたよりも朗らかに受け答えをしてくれる。きっと、これまでに彼を助けた他の√能力者たちに感化されて、こちらに歩み寄ろうとしているのだろう。
ならば、言葉を選んでいる場合ではないと夢野。きららは自分の考えを吐露した。
「きみのために、言っておきたいことがあるんだ。きみはオルガノン・セラフィム……全員同じ見た目の天使になってしまった人たちの見分けがつくし、自分の意思で動いて貰うこともできるんだってね」
「全員って言うわけではないですよ。分かるのは知っている人達だけです。応えてくれたのも」
「そうなのかい。そうか。その力は、君にとっても大切なものになるんだね」
「そうなんでしょうか」
少年は、もう立ち上がろうとしていた。止められながらも傷は痛まないと強がってみせ、実際にその姿は強かった。
やはりそれに比べれば、自分が小さく見えてしまう。
「彼らを元に戻せる可能性があるなんてないと思っていた。ぼくたちと、ぼくたちが助けてきた天使はオルガノン・セラフィムの見分けがつかず倒すしかなくなっていた。ぼくたちは弱いから。もしかするとエドくんがその力……√能力を自由自在に使えるようになったら、彼らの意思や……姿を取り戻せるのかもしれない」
可能性が浮かんでいた。それは確実なものではないけれど、知っているからこそ結びついてしまう。
そしてつい口にした。
「……王劍があれば」
すると、少年はその言葉を知らないようで首を傾げる。
「王劍って、何ですか?」
問いかけられ、話すか迷ったが、夢野・きららはここで信用を落としてはいけないだろうと隠さないと決める。
「凄い力を持つ劍だよ。握れば絶対的な力を振るう王劍は全てをなかったことにできるかもしれない。ただ、王劍は使うと絶対に死ぬ」
「絶対に、死ぬ……」
その代償に、少年は俯いて反芻する。側にいた少女も息を呑んでいて、不安そうに幼馴染の彼を見つめていた。
「決して使って欲しい物ではないんだけれど……ちなみにその王劍でぼくらの住処に被害が出るんで止めないといけないんだ」
「……そうなんですか」
だからこんなにも大勢が駆け付けている。それがこの事件に関わっているだろうとは、エドにも察せただろう。
身構えていた以上に少年は、素直に会話をしてくれていた。でもやっぱり何か思い悩んでいる様子はあって、その表情を浮かべる時、常に幼馴染の少女を見つめている。
夢野・きららも、マルティナに対して最悪の想定はしていて。けれどそれまでは口にしなかった。
とその時、
「逃げろッ!!」
突然、周囲を守っていてくれていた護衛が叫んだ。
それと同時、何かが迫る気配があって、夢野・きららはとっさにエネルギーバリアを張る。
「ぐっ!?」
障壁の向こうで爪を突き出すのは、オルガノン・セラフィムだった。その一撃は想定以上に重く、いたるところで確認されている特殊な個体。
「今までと、違う……!?」
同色の連れは、護衛達を押しとどめていて、少年を護れるのは夢野・きららだけだった。しかしWZがない彼女のフィジカルは人並程度。
怪物の膂力に踏ん張る足がずり下がる。せめて反撃しないとどうしようもないが、彼女が扱える戦力は置いてきてしまっていた。
どうするべきか、必死に頭を回転させていると、
「こっちだ!」
少年が、声を上げた。
「エドくん!?」「エドっ!?」
一人で走り出して、オルガノン・セラフィムをおびき寄せる。そのおかげで数体の怪物が彼に釣られて、護衛達の陣形が回復しようとしていた。
それでも、追いかける余裕はない。そうと分かっていて少年は、彼女らを信用する。
「マルティナをお願いしますっ!」
「エドっ! 待ってっ!!!」
ずっと握り続けていた手を離していた。呼び止められながらも彼は振り返る事なく一人で危険を背負う。
天使は、多くを救うために走った。
◆◇◆◇◆
天使は、多くを救うために走った。
「はぁっ、はぁっ……!」
守ってくれた人々を今度は自分が救おうと、少しでも多くの怪物を引き付ける。
その胸にもう意地はない。少女だけは守ろうと決意していた彼だったが、力不足を痛感した。目の前で壮絶な戦いを何度も見て、そして自分だけでは助けられなかっただろう避難民の無事を知って、彼は手を差し伸べてくれた人たちを信用し始めていた。
だからこそ、自分に出来る事をと走る。
でもやはり、力不足だった。
「振り切れない……!」
追い続けてくるオルガノン・セラフィムとの距離は一向に縮まらない。後ろを振り返るたびにそれはむしろ縮まっていて、一刻と命が縮まるの感じていた。
エドは咄嗟に進路を変える。見知った路地裏を見つけて飛び込んだ。
逃げているうちに、気付けば彼の住む町に入り込んでいたらしい。怪物の体では侵入できない狭い道を選んで逃げていく。
けれど、出来損ないも翼を持っていた。
金属の体を無理矢理に伸ばして作ったそれで、上空から常に追従してくる。足を止めれば左右を挟む建物を無理矢理壊してきて、瓦礫に押し潰されそうになった。
当然、エドに死ぬ気なんてない。生きるつもりで走っている。
でもやはり彼は弱い。
そうして追い詰められた彼は、そこに辿り着く。
「あ……」
路地裏を抜けた先の開けた場所。危険なはずなのに、その思い出が視界に重なってつい足が前に出た。
何度も駆け回った広場。家族と友達と。数えきれない日常をそこで繰り返していて、でもそれは終わってしまった。
酷い戦いの痕と、そして積み上がる死体。
怪物と化した大切な人々は、もう決して動くことなく横たえていた。
それでもまだ、繋がりを感じる。そんな状況ではないのに、吸い寄せられるように触れていて。
「———」
背後で、それとは全く違う怪物が降り立った。
エドではない声に動かされ、天使を求めるそれは、全てを引き裂く爪を振りかざす。
けれど少年は、振り返ろうとしなかった。
……いっそこのまま、皆とここで。
そんなことまで思い浮かんでしまって、
————
金属が、擦り合う音。
しかしそれは聞き慣れたものとは少し違って、
二つがぶつかり響かせ合うものだった。
「エン、リコ……?」
少年の体を、影が覆っている。積み上がっていたはずのガラクタが、気付けば屋根のように広がっていて。
その体が、白く変色していく。
そしてそれは、更に増えていった。
「おばさんっ? アルっ!? ベル爺っ!」
繋がりを感じていた。確かに散ったはずの大切な人たちが、今目の前で再び動いている。
それは少年を護るように脅威へと立ち向かう。攻撃を受け止め、吹き飛ばし、まさしく騎士のように怪物を蹴散らした。
「「「「————」」」」
それが鳴らすのは、どこかオルガンに似ていた。怪物たちの不快な鳴き声とは打って変わって、いつまでも聞いていた心地よさがあった。
それはまさに、あの日の思い出と同じで。
静まり返ったその地で、彼らはゆっくりと振り返る。
「本当に、みんななの……?」
エドの問いかけに、真っ白なそれはただ黙って傅いた。
◆◇◆◇◆
シアニ・レンツィは√能力【|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》】によって呼んだミニドラゴンを、戦場の各地へと向かわせていた。
避難民たちは天使化を避けられたようだが、護衛の√能力者たちが羅紗魔術師から変異したオルガノン・セラフィムに襲われているために動けない状況にある。それが小さな竜であれば怪物たちの標的をかいくぐることが出来ていた。
「……やっぱり、ドラゴンキッスじゃあ治せないよね」
彼女は怪物化した敵も救おうとしていたが、それは残酷にも叶わない。怪物は怪物のまま、その暴力を振るってくる。感傷はすぐに切り捨てて、自分に出来る事を優先した。
ミニドラゴンは群れを成して怪物たちを魔力の鎖によって押しとどめる。そうして隙を作ってくれたところで、ドラゴンと位置入れ替えを行ったシアニ・レンツィはハンマーを持って飛び出した。
「急所は、ここかぁ!」
オルガノン・セラフィムの弱点へと強力な一撃を叩きこむ。命までは絶たずに気絶に留めて、次へ次へとハンマーを振るった。
そうしている間に、もう一つのミニドラゴンの群れが避難誘導を受け持つ。
「大丈夫! なにかあればすぐにあたしが駆け付けるから!」
怪物に狙われる√能力者を護衛から離し、可能な限り戦場から遠くへ。一般人は、これまで頼りになった人々が離れる事に不安を抱いていたが、それを吹き飛ばすように声をかけた。
何よりも、危険があれば位置入れ替えで即座に駆け付けられる。絶対にこれ以上の被害は出さなさいとシアニ・レンツィは誓った。
「エド先輩に顔向けできるよう、あたしは頑張るよ!」
先の戦いでは死ぬのが怖くて目の前の脅威を排除することばかり優先してしまった。その脅威が、あの少年にとっては大切な人であることなんて考えもせずに。
けれど辛い思いをしたはずの彼は、今は協力してくれているらしい。そんな彼の信頼に応えられなければ、情けないにもほどがある。
謝りに行きたい気持ちは戦いが終わるまでしまっておいて、シアニ・レンツィは果敢に戦う。出来る限りの多くを救うために。
|彼方《Beyond》より届いた合図で、その9人は集まった。
「みんな今の状況は?」
音頭を取ったのは団長の雨深・希海だ。その問いかけに応えるのは先行していた4人。
「味方もかなり数参加してくれて、一時はどうにか羅紗魔術師を抑え込めていたけれど……」
「天使化を起こす光が降ってきて混沌と化してる。なのに魔術師の連中は戦いをやめようとしないから余計にな」
「√能力者でも発症してしまうそうで、かくいう僕も防御が間に合わなければ怪物になるところでした」
「中には特殊個体もいるらしいよ。パワースピード共に従来より上回っていて連携を取るみたいだね」
玖珠葉・テルヴァハルユ、空地・海人、雨森・憂太郎、ルメル・グリザイユがそれぞれに手に入れた情報を共有する。朗報もありながら、やはり予断を許さない状況であるのは間違いないと誰もが理解した。
それらの報告を受け、これから戦場に踏み入れようとするメンバーも、戦いの準備は整え終わっている。
「危険、覚悟、してる」
「エドってのは、他の奴らが面倒見てるんだったよな?」
「だったら任せた方が良いね。心配ではあるけど」
「とにかく敵を殲滅すればいいんだな?」
コウガミ・ルカ、天霧・碧流、霧島・光希、ジャック・ハートレス。彼らの表情からも漏れなく戦いの意志が灯っていることを見届けた団長は、代表するように前に立って一歩を踏み出す。
「それじゃあみんな、頑張ろうね」
最低限ながらも最大限の鼓舞に、8人分の声が頼もしく続いた。
「全力で叩き潰そう」
ジャック・ハートレスは、向かってくる羅紗魔術師に対して√能力【|錻力の哄笑《ブリキノコウショウ》】を発動して先制攻撃を奪う。彼女のブリキの躯から高熱蒸気がたちまち噴射され、それが周辺を満たしすことでて優位状況を形成し、自身は潜伏して背後から巨大斧を振りかざす。
「こちらは死を覚悟している。お前たちはどうだ? 焼かれ、斬られる覚悟は済ませたか?」
その問いかけに、答えはいらない。戸惑い無防備な首へと、その無骨な刃は容赦なく振り落とされた。
味方による鮮やかな切断に、ルメル・グリザイユも負けていられないと、所持する霊役をすべて服用してその身体を強化する。
「それじゃあ行くよ」
薬を得れば恐れるものはない。敵の集まっている所へと躊躇いなく踏み込み、彼は相手と問答することはなく爆破魔術で広範囲を吹き飛ばした。それによって生じる風に背中を押させながら、次々と戦場をかく乱していく。止めを刺すのは味方に任せていた。
「ほら、お目当ての√能力者だよ。かかってきな?」
あえて挑発するように吹聴し、羅紗魔術師もオルガノン・セラフィムも漏れなく引き付けた。
魔術と同時にナイフを扱い、その刃で切りつけた相手から生命力を吸収して継戦能力を維持していく。敵が至近に寄れば怪力任せに必要そうな四肢から順に切断し、中距離相手には錬金術で生成した強酸を眼球向けて投擲して視界を奪う。傷を負いながらも下がらない敵には、重ねるようにナイフを突き刺して、その穴を広げてやった。
引きつけ過ぎて、さすがに人気俳優の追っかけ状態になった時、突然それらが大きな震動によって足止めされる。見兼ねたジャック・ハートレスの√能力【|錻力の号哭《ブリキノゴウコク》】によるものだ。
そうして動けなくなった敵をふと見てから、彼女は問いかける。
「このオルガノン・セラフィムは魔術師なのか?」
「分かってる範囲はそうらしいけど。でももしももあるし殺さない方が良いかもね」
「まあ、この程度なら大した労力じゃない」
足止めした魔術師をジャック・ハートレスが一人ずつ排除し、その隙を狙うオルガノン・セラフィムをルメル・グリザイユが√能力【|Nexus Gravitor《ネクサス・グラヴィトール》】による重力操作で制圧した。
二人だけであっても、有象無象を取りこぼす事はない。
「背後を刺されたら面倒だし、潜伏している敵が残っていないか警戒しましょ」
玖珠葉・テルヴァハルユは、まず最初に味方が奇襲されるのを懸念して敵を探す方針に決める。するとその隣に同じ考えのコウガミ・ルカも立った。
「……グルル」
「ええ、一緒に憂いを絶ちましょう」
焼けただれた喉から発せられた協力の申し出を理解して、並んで索敵を開始する。
玖珠葉・テルヴァハルユは、√能力【|お供妖怪・索敵陣《オトモヨウカイ・サクテキジン》】を展開し、半径26mに幻獣型と飛行型の分身を一定距離に配置して警戒網を敷いた。
コウガミ・ルカは、過剰強化してある聴覚や嗅覚を利用して、敵の鼓動や息遣い、血の臭いや体臭を探っていく。
二人分の索敵は広く精密に行き届いたが、仲間達が現在進行形で戦っている者以外には見つからなかった。
「さすがにこの状況だし、皆表に出てるのかな?」
「グルル」
「そうね。天使化した可能性の方が高いわね」
これまでに戦った√能力者たちからの情報によれば、潜伏していた者たちの方が軽装備だったというから、元々の配置として実力の低い者があてがわれていたのかもしれない。ならばほとんどが怪物化してしまっているだろう。
とはいえその情報が得られただけでも十分だと二人は、索敵を続けながらも近くの戦闘に加わった。
「……まだこんなにいるのか」
霧島・光希は羅紗魔術師の集団に囲まれていた。といっても一人ではない。彼女の傍には常に|影の騎士《シャドウナイト》がいる。その警戒範囲は充分に敵を躊躇わせていた。
しかし数の理がある相手は、果敢に攻め込んでくる。対して√能力【|暗影の襲撃《シャドウ・レイド》】を用いて察知した攻撃に切り込み、暗影の力で異空間に溶け込みながらその包囲から離脱した。それから再び姿を現して一人ずつ対処していき、それを何度も繰り返していっていた。
代り映えのない戦術が続くが、確かな効果を発揮する。とはいえ相手も魔術師を名乗るだけはあって賢く、少しして対応し始めていて、成果ばかりではなくなっていった。
するとそこへ味方からの援護がやってくる。
「手助けするわ!」
「……動くな」
玖珠葉・テルヴァハルユの√能力【|霊震《サイコクエイク》】とコウガミ・ルカの√能力【|狂犬の咆哮《キョウケンノホウコウ》】が、その範囲を互いに広げ合って敵の行動を封じる。
震動に続くのは刀、言霊に続くのはナイフ。動けないところへ容赦ななく放たれる二人分の攻撃が、敵の連携を致命的に切り崩した。
三人ともなれば、もう囲まれることもない。数的不利などあっという間に覆していき、最後の一人は、霧島・光希が命を握っていた。しかしその得物は喉を前に止まったまま
「仕留めないの?」
「ちょっと情報を聞こうかと」
「ひっ……!」
ぼんやりした表情ながらグイッと喉を押されて羅紗魔術師はとっさに悲鳴を出していた。その味方に頼れるものは既になく、脅迫に応じる姿勢を容易く見せる。すんなり進んだ尋問に、質問は投げかけられた。
「知ってたら教えて欲しいんだけど、特殊個体のオルガノン・セラフィムは、そちらの幹部か何か?」
戦場の各地で現れているという他よりも強い個体。その体色は暗いものと、そう違いがある訳ではないのに、有する力は比べ物にならず何よりも連携を取って動いてくる。
それも羅紗魔術師から変じたというのは情報は入っていたが、一体それにどんな共通点があるのか。ともすればそれがその特殊個体な弱点になりうるかもしれないと、探りを入れる。
とはいえ羅紗魔術師も想定していなかった事態と混乱していたのだ。求めていた回答が得られるとはあまり期待してなかったが、思いのほかにもその魔術師は恐る恐ると口を開いてくれた。
「……確証はない。ただ、俺の目の前であれになったのは、姉弟だった。と言っても兄弟を持つ奴らが全員なっている訳じゃない」
「グルル?」
重ねる疑問符に、羅紗魔術師も観念した様子で隠すことなく全てを語る。
「あれになった奴らは、血が繋がってるんじゃないか、って噂だ。たぶんかなりの遠縁もいるだろうけど、姉弟だけじゃなく従兄もなってたってのも聞いたからな」
それはその程度。それ以上何かに繋がる事はなく、羅紗魔術師ももう何も知らない勘弁してくれと命乞いをするばかりだった。
一応は情報提供をしてもらった礼にと逃してやり、それから得た真偽不明の情報について考える。
「血 繋がり 何かに 使える?」
「パッとは思いつかないわね。強さの秘訣とかにも関係なさそうだし」
「でも、連携が取れるって言うのは、それが関係しているのかも。まあどちらにせよ確証はない事だね。とはいえ皆には伝えた方が良いかも」
三人はそう結論付けて、他の仲間との合流を目指すのだった。
「味方の使い魔が避難民を誘導してるみたいだね。オルガノン・セラフィムに狙われているらしい|ぼくたち《√能力者》が近づくとむしろ危険だから、避難経路を作る事に専念するよ」
避難民誘導に動こうとしているメンバーに、情報を手に入れた雨深・希海が指示を出す。当然、拒絶する声は現れない。
「要は全部殺れば良いんだろ? 避難誘導はガラじゃなかったから助かるぜ」
「道づくりか。地味だけど、こういう事こそがヒーローって感じがするな」
「オルガノン・セラフィムは行動が読みやすいから、警戒すべきは羅紗魔術師達ですね」
天霧・碧流が猟奇的な笑みを浮かべるのに対して、空地・海人が正義漢らしくやりがいを見出す。雨森・憂太郎はこちらの動向を遠巻きに窺っている敵の気配に早速視線を向けていた。
それから真っ先に飛び出したのは、血を求める快楽殺人鬼。
「お先に貰うぜ!」
第六感を研ぎ澄ませて敵の動きをいち早くに察知し、毒を込めてある投擲武器『影毒鏢』を投げて魔術師の動きを封じる。そうしたところへすかさず、√能力【|斬華連舞《ザンカレンブ》】で敵が武器を持つ両腕を一息に切断した。あるいは魔術を発動しようとすればその媒体を、逃げようとすれば足を切りつけ、見えている者ども倒していく。
「出遅れたな!」
続くのはフィルム・アクセプターポライズだ。
既に√能力【√汎神解剖機関フォーム】によって変身したその姿で、周囲の魔術師が詠唱するよりも早くエネルギー弾を発射する拳銃『イチGUN』を抜いて、その射撃で敵勢力の数を減らしていく。そうして余裕が出来たと見ると、怪異搭載ドローンである『空撮爆弾・ハイアングルボマー』に搭乗して頭上から絨毯爆撃を行った。続けて√能力【オブスクラアシスト】を発動して瘴気を操り、魔術師達を催眠や麻痺、精神汚染などの状態異常を付与させて魔術師達の動きを尽く封じていった。
「ここはどいて貰います!」
三番手は気弱な高校1年生。
とはいえその発言はたくましく、√能力【|損丸無一剣《ソコネマルムイツケン》】によって無数の矢を降り注がせ、広範囲に圧をかける。敵が怯んだ隙へ、木刀を振るって昏倒させていき、道を切り開いていった。
「……避難民がもう近付いているね」
後ろを振り返った雨深・希海は時間がない事を知って、左手にレインを集約させビームを刃とする実体剣『ストームブリンガー』を生成し、√能力【|蒼嵐暴殲剣《ストームブリンガー・バスターエフェクト》】を発動する。
積極的に前へと出て、集まる敵を薙ぎ払っていく。
なるべく多くを巻き込むよう意識し、こちらを危険視して魔術を放ってきたなら√能力【ルートブレイカー】で無効化。魔術師の攻撃手段を潰して早急に避難経路を作っていった。
四人が暴れれば、その地はほとんど更地のようになってしまう。魔術師達も寄り付かず、走り抜けるには最適に均されていった。
それからしばらくして、避難民が戦場の外へと抜け出ようとしたその時、
「特殊個体が来てるわ!」
周囲で索敵を担っていた玖珠葉・テルヴァハルユが、その襲撃を報せる。するとその言葉の通り、空の向こうから今までと相対した者とは様子の違うオルガノン・セラフィムが現れた。
体色が暗く、連携を得意とする特殊個体。それらの目的は他と変わらないはずだったが、近くの√能力者を無視してみせた。
「おいおい、避難民を狙おうとしてねぇか?」
「√能力者と天使しか狙わないんじゃなかったのか?」
「……もしかしたら、その方がぼくたちを追い詰められると考えて動いてるのかもしれない」
事前情報と違う状況に、天霧・碧流、空地・海人、雨深・希海が怪訝な表情を浮かべるが、今は足を止めて考えている暇はない。
「庇います!」
避難民に近づかないという作戦を破って雨森・憂太郎が飛び出し、オーラ防御を備えた自分ごと盾とした。その隣で、既に戦っていたコウガミ・ルカの言霊が足を止めようとするがその効果は薄い。
「私の身体は交換可能だ、多少傷付いても問題ない」
「僕も痛み止め呑んでるからね~」
遅れて合流したジャック・ハートレスが鉄壁の体で攻撃を受け止め怪力でいなし、ルメル・グリザイユが攻撃を見切って躱しつつ受け流す。
「ここ、かな」
霧島・光希は、仲間が一所に集まったのを見届け、√能力【|謎めいた弾丸《エニグマティックバレット》】を放つ。それによってエネルギー付加による戦闘力強化を与えてから、彼もまた脅威を対処するために前に出た。
「無視するって決めたからなぁ、けど|それ《爪》は使わせてもらうぜ」
天霧・碧流はオルガノン・セラフィムの攻撃をその身で受けると√能力【|溢れる想像力《オーバーフロー・イマジネーション》】で金属の爪を自身も手に入れる。相手と同等の武器は、強化された膂力も間違いなく受け止めてみせた。
素性の分からない怪物に気を遣って、皆が戦いづらそうにしているのを見兼ね、空地・海人は空間引き寄せ能力で位置をずらして攻撃を外させる。それは思った以上に敵を動かせなかったが、しかし僅かであれば頼もしい味方は対応した。
とはいえ状況はそれほど好転していかない。
「さすがに、無理か。……ごめんね」
相手の力を無効化する右掌でどうにか応戦していた雨深・希海だったが、次第に限界を悟る。避難民へと被害が発生しようとしたその瞬間、情けを捨てて哀れな怪物を切り伏せた。
だが、特殊個体はそれでは倒れない。動きを止めても傷を癒して立ち上がる。それに、討伐を後回しにしたせいで戦いは長引き、怪物に仲間を呼ぶ猶予を与えてしまっていた。
「特殊個体、こんなにいるのかよ……」
その戦場に駆け付けたものだけでも20体近い。ただ力と速さが向上しているだけならどうにでもなったが、それらは優れた連携を取る。
戦っていると、怪物同士が何か見えない糸で繋がっているようにすら見えて、それに絡めとられるよう陣形を崩せないまま√能力者たちは追い詰められていく。
「これは、俺の、役目」
コウガミ・ルカは、その身を治しながらに誰よりも前に立っていた。√能力が効きにくい相手に対して、自前の力で戦うのが一番効果的。作り出されたバケモノである彼は、負傷して引き下がる仲間を庇うようにして立ち回る。
致命傷になりそうな攻撃は、その跳躍力で躱して些細なものであれば痛覚麻痺をもってあえて受けてそこからのカウンター。それによって条件を満たす√能力【|自己修復《ジコシュウフク》】で傷を回復させていった。
オルガノン・セラフィムは攻撃しないと皆で決めた手前、躊躇う者も少なからずいる。そんな仲間に代わって、彼は自らが汚れ役を買って出た。
災厄は元々人間を襲うもの。だから自らが相応しいのだと怪物に噛みつく。
その姿に、他の者たちも感化されて勢いを取り戻すが、やはり長くは続かない。特殊個体だけでなく通常個体までもが大量に駆け付けたところで、次第に形勢は危うくなっていた。
9人はいつの間にか固まっていて、敵との間合いを見計らっている。敵もまた、確実に仕留められる瞬間を探っている。
「覚悟を決めても、やっぱりそう簡単には殺せないね」
「肉が足りないぞ、回復出来ねぇ」
「これも、誰かの掌の上で動かされているんでしょうか」
「なんとか避難民は無事に逃せたが……」
「私たちがマズいわね。でもこんな所で死ぬつもりなんてないわ」
「……みんな、殺させない」
「もう、祈っている場合じゃないね」
「本当に、中々に難しい任務だ」
「すっかり囲まれちゃったみたいだしね~」
雨深・希海、天霧・碧流、雨森・憂太郎、空地・海人、玖珠葉・テルヴァハルユ、コウガミ・ルカ、霧島・光希、ジャック・ハートレス、ルメル・グリザイユのそれぞれが、苦しい状況を理解してそれでも立ち向かおうとしていた。
分が悪いのは目に見えている。だとしても負けを認めてはいられない。依頼を受けた以上は最後まで全うする。それが√能力者としての矜持だった。
9人の意志が重なり、決死の覚悟で間合いを詰めようとした——その時、
「「「「「「—————」」」」」」
いくつにも重なるオルガンの音が響き渡った。
空間を支配するようにそれは広がり、まるで突然コンサートでも開かれたような感覚に陥る。
その音は上空から。歪な翼をはばたかせてゆっくりと降りてくる。
「白い、オルガノン・セラフィム……?」
誰かがそう零し、異形であるそれに再びの新手かと警戒を強めた。だがその想像した最悪の未来は訪れず、それらは囲う特殊個体へと襲い掛かっていく。
「同士討ち……?」
「いや、加勢してくれているのか?」
その輪郭は大して変わらないはずなのに、体色だけで立場を変えて争っていた。最初はまた何かの異常事態かと思っていたが、次第に白い怪物が鳴らすオルガンの音にも頼もしさを感じるようになってくる。
そしてそれは、9人にも再び活力を取り戻させて。
更にやってくる増援。
数十の群れとなった白いオルガノン・セラフィムは、戦局を覆していった。
◇◇◇◇◇
「……みんな、ありがとう」
エドは、白い怪物へと労いを投げかけ、その背中から降りた。
その場にいるのは四体。小さな少年に言われるがままに従って動いている。
ついさっきまでその騎士たちが、√能力者たちも追い詰めていたオルガノン・セラフィムを蹴散らしてみせていた。
戦いに一息ついたことでその場にいた者たちは和やかに言葉を交わしていて、エドもまた、√能力者たちへと笑顔を向けている。
それを、マルティナは遠くから眺めていた。
その距離は実際に遠い訳じゃない。でも、彼女には何が起きているのか、まるで分からなかった。
「エド、それ……」
幼馴染の不安そうな顔に気付いて、エドは駆け寄ってくる。声でそうだと分かったはずなのに、顔を見るたび彼と疑った。
「マルティナっ、大丈夫だった? ああえっと説明すると長いんだけど」
彼はどこか嬉しそうに白い騎士たちへと振り返る。その存在についてどこから話したものかと悩む姿に、マルティナは食い違いを覚えていた。
「いや、そうじゃなくて、その体……」
「え? ……あっ。これは大丈夫。心配しないで、おばさんたちも大丈夫だから」
こちらの疑問には気付いたようだけれど、応えてくれるのはそれだけ。その言葉は何かを隠しているようにも思えて、でも追及するのを待ってはくれなかった。
「僕、また行かないと」
彼が引きつれる騎士は、看過できない戦力だ。それを√能力者たちにも認められ、他の戦場でも手を貸す事を要求されている。
それをエドは快く引き受け、作戦会議へと戻っていった。
「………」
マルティナは、気付いていた。
自分の異変に。
何かずっと夢を見ているような。それを繰り返しているような感覚があって。
それに、気付いた時に知らない人しかいない状況が、ただただ不安だった。
だからエドの声が聞こえた時はようやくホッとできたのに、彼は変わってしまっていた。
怖かった。
なんであんな怪物がいて、町が壊れていて、戦いのただ中にいるのか。
目の前のことも、自分のことすら分からなくて。
そして、このいくつにも重なる心は何なのか。
答えが知れなくたっていい。ただ今は温もりが欲しい。手を握ってもらって安心したかった。
マルティナは、遠ざかる背中につい右手を伸ばす。
「……行かないで」
だけどその縋る声は、少年に届かない。
◇◇◇◇◇
角隈・礼文はオルガノン・セラフィムとの戦いに一区切りつけた所だった。
「エドさんもマルティナさんも気がかりですが、ふむ」
彼は次の硬度を決めようとしている。
真っ先に浮かんだのは少年少女の顔ではあったが、自身は先の戦いでも躊躇わず怪物に攻撃を加えているために、関われば疑念や不信を増幅させることになるかもしれないと考え直す。
とはいえ、少年の協力で戦局が有利になったとも聞いているので、それほど心配する必要はないのだろうが。
「やはり、魔術師達の対処へ向かいましょうか」
天使化によって大きく数を減らした羅紗の魔術塔構成員は、今も各地で抗っているらしい。何より幹部がまだ誰も屈していないという。
そのしぶとさにはむしろ称賛すら抱きつつも、思い通りにはさせてやるつもりはないと準備を整える。
まずは敵の現在地を知るため、√能力【|従属せよ痩せこけた夜の魍魎《サモン・ナイトゴーント》】によってこの戦場で何度も頼った夜鬼を辺りに放った。
「かなり距離があるようですね」
角隈・礼文の周辺では、すっかり戦いが収まっている。目指すべき場所は徒歩で向かうにはかなり時間を要するだろう。
この戦いをここまでしのいできた仲間達だ。ましてやここで押し負けるということはないと思いつつも、念には念を入れて急ぐことにしてゴースト・バギーへと乗り込んだ。
それと同時、√能力【|呪印を介せし命令権の行使《コントラクト・アンカー》】によって令呪符破り、Ankerである師匠、魔術師・サイロンを助手席に招いた。
「一時的な召喚、そして絶対死領域の外部であるが故、Ankerの私も手を貸すことができる訳だ」
「出番はもう少し先ですが、しばらくは話し相手をお願い出来ますかな。我が師よ」
「それなら今回の事件については私も興味があった。報告しろ」
分霊である彼の知識と魔術の技量は、弟子を当然超越する。時には研鑽を励む同志として、こうして知り得た情報を共有するのはよくあるやり取りだった。
角隈・礼文も大学に籍を置く教授として、今回の一連にまつわる事を思索する。そうして師弟のドライブはしばらく続き、話題が猫崇拝へと切り替わってからようやく辺りは騒がしくなってきた。
「着いたようですな」
「……羅紗魔術か。羅紗とか言うので魔術を使うんだったか。終わったら奴らの知恵も回収しておけよ」
「それはもちろん。それでは師よ、頼みましたよ」
言われて魔術師は魔法道具を用いて魔術儀式を始める。それは搭乗するバギーへと、降り注ぎ、その四輪車を暴走に耐えるだけの性能へと押し上げた。そしてその車体は残党へと突っ込んでいく。
更に角隈・礼文は運転する片手間、√能力【|神格の招来《コール・デイティ》】によって神格級の大型インビジブルを呼び出す。制御は出来ないが、その存在だけで敵は気を取られていった。
こうなればもう、後はどうとでもなるだろう。Ankerも役目を終えて戻っていく。
「ではな。……抜かるなよ、レイブン」
「ええ、先に戻り、吉報をお待ちください」
師の言葉に応えるため角隈・礼文は、羅紗魔術師へと攻撃を仕掛けていく。乱暴なドライブは無残な悲鳴を辺りにまき散らした。
それからふと、懸念事項が残っていたと口にする。
「……ダースさんに関しては、今回は他の方に任せましょう」
けれど今から探すのは骨が折れるだろうと脇に置いておいた。
「残る敵もそう多くはないな。ここは全て片付けてから動いた方が良いんじゃないか?」
「そうだな。じゃあ護衛は任せて俺たちも行くぞ」
避難民が立ち止まる場所で、ここまで敵を退けてきた√能力者はその場を離れていく。代わりに、エドが派遣した白いオルガノン・セラフィムが数体、避難民たちを囲っていた。
残っているのは怪我人の手当てをする者たちのみ。マリー・エルデフェイもその一人だった。
「森よ、我が声に応えて。優しき護り手を、いま此処へ――顕現せよ、木精の守り手」
彼女は√能力【|木精の守り手《ドライアッド・ウォード》】によってウッドゴーレムを召喚する。白セラフィムは、羅紗魔術師とそれ以外の√能力者との区別が苦手だというから、それを補うために囲いに参加させた。
護衛をしていた人たちが、周囲に敵がいないことは確認してくれていたが、まだ何が起きるかは分からない。そうして万全を期しながら、これまでの避難の最中に傷を負ってしまった者たちへ癒しの√能力を浴びせていく。
「あ、ありがちょっ!」
「どういたしまして。何か困ったことあればすぐに言ってくださいね」
「うんっ」
思いのほか、その場所に不安はなかった。これまで奮闘してくれた味方達のおかげなのだろう。今を乗り越えれば希望が待っていると考える者が多かった。
その事にマリー・エルデフェイもほっとする。怪我人の傷も軽いものばかりで、すぐに手空きとなっていた。
それから少しして、一体の白いオルガノン・セラフィムがやってくる。その背中には、少年と少女が乗っていた。
「マルティナ。ここで待ってて」
「でも……」
「大丈夫。ここなら安全だって言ってたから。あ、すみません。この子も一緒に守ってもらっていいですか?」
白セラフィムの背から降りたエドは、近くにいたマリー・エルデフェイに声をかけ、一緒についてきていた幼馴染の少女を託してきた。
「もちろん、全力でお守りしますが、エド君も一緒にいた方が良いのではないですか?」
「いえ、僕は戦わないと。それに近くにいないとみんなは細かい指示は聞いてくれないので」
エドはそう言いながら白セラフィムの背中へと乗り直す。その様子をマルティナは不安そうに見つめていたが、その気持ちを言葉にはしなかった。
「それじゃあお願いしますねっ」
そうしてエドは去っていく。やはりマルティナは彼のことをじっと見つめていて。マリー・エルデフェイは安心させようと言葉を投げかけた。
「彼のことならきっと他の方が守ってくれます。心配しないでください」
「……はい」
少年の信頼に応えるため、マルティナを避難民たちと同様に腰を落ち着けさせる。もし何かが起きてもいいよう、出来るだけ傍で見守っていた。
「うぅっ——」
しばらくしてマルティナは、突然苦しみ始める。その体をビクンと跳ねさせ、うめき声を発した。
彼女が天使化の病に罹っていて、それを抑えるために魔術で身体や記憶が巻き戻っていることは、それとなく√能力者間で伝わっていた。エドもそのことは承知のようで、出来る限りマルティナには本当のことは言わないでくれと頼まれている。巻き戻されるとしても、自身が怪物になるという真実を伝えたくはなかったのだろう。
事情を知っていても、その光景を目の前にするとつい顔は強張った。
巻き戻る直前、少女の肌に金属が這う。それは本当に一瞬のこと。
それからすぐに少女は元の体を戻っていき、意識を取り戻すと言われた通り当たり障りのない情報だけを伝える。快活な少女は避難所にいると知れば、率先して元気づけに人々へと話しかけにいった。
そんな様子を眺め、マリー・エルデフェイはついその警戒心を抱いてしまう。
「あのダースって方、疑いすぎはダメかもしれないけれど……」
魔術を掛けた張本人は、本当に善意でそれをやったのだろうか。
すぐにでも問いただしたかったがその人物は、今ここにはいない。
旅団『√66』の面々は、連携を取りながら残党と戦っていた。
二階堂・利家は√能力【レギオンスウォーム】にて索敵用レギオンを広域展開する。インビジブル融合によって視界共有も行い、敵を見つけるとすかさず仲間達に連絡を取った。
「統率が取れていないのはどこも同じだな。まあどちらにせよ出来る限りを努めていこう」
それぞれの返事を聞き届け、彼は戦場を駆け抜ける。通りがけに放たれた魔術をシールドでジャストガードで跳ね返し、ミサイルの乱れ撃ちとブラスターライフルの、爆破で応戦していった。
負傷している仲間を見つければ、√能力【忘れようとする力】で修復もこなす。ただ彼の最優先目標は別にあった。
「……ダースは、近くにいないか」
探しているのは、エドの幼馴染である少女を救ったという初老の男性。明確な証拠はないにせよ、本能的な不信感を抱いており、見つけ次第問い詰めようと考えていた。
ただ、今はエドと共に行動はしていないらしい。目撃情報はいくつかあったが、単独行動をしているらしく中々索敵にも引っかからない。
「悪いけど、あんたたちは二の次だ」
立ちはだかるようにして羅紗魔術師の集団が現れた際には、仙丹を呑んでバーサク状態へと入り、強引に突破していった。
ディラン・ヴァルフリートは上空を飛ぶ白い影を見つめる。
「エドさんとセラフィムは想定以上に密接な関係だった……と」
エドが引きつれる白セラフィムは、戦場の各地で活躍していた。最初は少年と接触し、不信感を払しょくしようと考えていたが、もうその必要はないようだった。
故に目の前に集中できる。√能力【|翔刻:群竜騎行《ロア・アサルトレイド》】を行使すると分身を生み出して、周辺捜査のために駆り出した。
自身もそれに乗りながら戦場を見下ろす。二階堂・利家によるレギオン通信を介して逐一情報を共有した。
「ええ、こちらにもダースさんはいませんね」
味方の探し人を一緒に探している最中、堂々と空を飛ぶ下へと魔術が飛んでくる。それを躱しつつ、期待に応えて反撃に出てやった。
第六感での警戒を絶やさずに強靭な身体で攻撃を受け止める。敵が√能力を行使しようとすれば、自身を異形化させ右手を伸ばし、√能力【|破刻:平定者《ロア・ピースメーカー》】によって即座に無効化していった。
「まだ結構残っているんですね」
残党とは言え、見過ごせない敵の数にそうぼやく。とその時、味方からの支援が降り注ぎ接続され、その体を強化した。
「これならば、多勢でも優位に立ち得ますね」
ディラン・ヴァルフリートは心の中で感謝を浮かべながら、羅紗魔術師達を蹴散らしていく。
機神・鴉鉄は√能力【|星火降りて原野灰燼に帰す《メテオディザスター》】によって、味方の戦力強化を図っていた。それと同時、周囲の敵を吹き飛ばす。
「……」
羅紗魔術師の悲鳴を浴びながらも、彼女は表情を動かさない。必要もないからと口を閉ざしたまま、容赦なく敵を屠っていった。
牽制射撃とエネルギーバリアを併用し、敵の反撃を封じる。味方の動向を逐一観察しながら、手が足りないところを補うようにして立ち回った。オルガノン・セラフィムは随分と見かけていないので、戦闘はだいぶ楽だった。その感情も表さないまま、囲おうとする羅紗魔術師へと√能力【|星火降りて原野灰燼に帰す《メテオディザスター》】を再び行使して吹き飛ばした。
「こちらは粗方片付けました。応援に行きます」
機神・鴉鉄は自分の持ち場を終えると、すかさず次へ向かう。
第四世代型・ルーシーも味方のため、√能力【マルチ・サイバー・リンケージ・システム】によってサイバー・リンケージ・ワイヤーを接続させて強化を行っていた。
「それにしてもダースと名乗るあの人物はいったい何者なのでしょうか?」
常に繋がる連絡からは、その人物を探している仲間の声が届いている。この戦場において、彼は最も警戒すべきと皆が考えていた。
一体どんな目的で動いているのか、それが分かるまでは信頼すべきではないだろう。
とはいえ、見つからない以上は目の前のことに専念するしかない。
「これだけ戦ってるのにまだいるんだ。やっぱり1000人って数はすごいね」
相手が√能力を扱うことものも原因しているのだろうが、やはり数は暴力だ。とにかく立ちはだかる敵を強行突破しようと、『”WZ”サブマシンガン』を用いて制圧射撃を行いながら、隙をついて√能力【|一閃《イッセン》】によって敵を切り伏せた。
「不意打ちは怖いから索敵も欠かしてないよ」
背後から忍び寄ろうとする相手へと、第四世代型・ルーシーは咄嗟の反応で振り返り撃退する。
見下・七三子は味方の援護に感謝していた。
「ルーシさんたちのバフ能力、アテにさせてもらいます!」
強化の恩恵を受けながら、√能力【|作戦開始、集合《イー》】によって戦闘員を呼び人手を増やす。それらに散会させて索敵を広げた。
敵の現在地を割り出せば、遠慮なくその足を振り上げる。
「ごめんなさい!」
謝りながらの√能力【|ヒット&アウェイ《ワタシカヨワイノデ》】は容赦のないものだった。鉄板入革靴を敵の体をめり込ませ、闇を纏って隠密状態となって更に奇襲へ繋げる。
「私には誠意ある行動を、位しか思いつかないですのでっ」
エドのおかげで優位な戦場にあると知り、彼女はその信頼にこたえるために立ち向かう。
ゾーイ・コールドムーンは囲む敵にため息をつく。
「天使化事変の元凶には、何故、何の為にと問いたいが、さておきまずはこっちを片付けないとだね」
もっと調べたいことはあったが、こうも囲まれては動けない。
√能力【|纏霊呪刃《ゴーストドライブ》】を使用して移動速度を上昇させると、かく乱させるように素早く戦場を移動する。困惑している敵の隙をついて、急所を狙って【呪詛】の刃を振るった。
相手の行動に合わせて攻撃の手段を変え、敵の視界に注意して不意打ちを警戒する。
そうして迅速に対処していき包囲網を抜けると、それと出くわしてしまう。
「———」
「まだ残っていたか」
√能力者を突け狙うオルガノン・セラフィムは、羅紗魔術師を惨殺しているところだった。そして次はゾーイ・コールドムーンへと。凶悪な爪が向けられて瞬時に躱した。
その元となった存在はほとんどが羅紗魔術師とは言え、一般人である可能性も否定しきれない。故に√能力者たちは攻撃を躊躇う者が多かった。
しかしゾーイ・コールドムーンは対策を練っている。√能力【|愚者の黄金衣《ヴェーリング・バイライト》】を行使して傷つけず行動不能にし、それでも動こうとすれば移動手段を斬って動きを封じる。
その存在と戦うことは、仲間達も特に気を配っていたのだろう。会敵した情報を得るとすかさず集まってきた。
「やはり脚を狙うのが一番ですよね!」
見下・七三子は同じように移動手段を狙い。
「無力化する」
「僕の……|強靭な身体《POW》で受け止めましょう」
機神・鴉鉄とディラン・ヴァルフリートが攻撃を捨てて身を挺する。四人がそうして押しとどめていると、上空から答え合わせが落とされた。
「それはラシャの人です!」
白いオルガノン・セラフィムが降り立ち、その爪で容赦なく怪物を切り捨てる。それが√能力者であるなら、後に蘇生することは確認済みだった。
そうして怪物を処理した白騎士の背中から、その少年は顔を覗かせた。
「そちらは大丈夫ですか?」
天使の少年エドは、こうして戦場を駆け回って手助けをしてくれている。そのことに感謝を伝えた後に、ゾーイ・コールドムーンは謝罪も重ねた。
「エド、改めて謝りたい。君が怒って当然のことをおれたちはした」
する同じ気持ちだった機神・鴉鉄も同様に頭を下げる。
「アナタの大切な人たちを殺めてしまったことはワタシも謝りたい。とはいえ、事情があったのも理解して欲しい」
「あなたたちを……護る為に、僕たちは来ました。信を得られるよう、行動で示すつもりではありますが、協力に際し……要望があれば、お聞かせください」
ディラン・ヴァルフリートも歩み寄っり、他の面々も同じ気持ちだと表情で訴えた。見下・七三子もまた、申し訳なさそうに眉を八の字にする。
すると、対するエドは少し困った笑みを見せていた。
「いえ、僕も、皆さんの状況を分かっていなかったのは同じです。仕方が無かったのも承知しています。それに、無事だった皆も今はいますから」
そう言ってから、エドはずっと側で控えている白いオルガノン・セラフィムを見やる。彼が言うにはそれは、天使化で起きたあの町で元々仲良くしていた人たちだったという。
「「「「……」」」」
しかし、√能力者たちは彼のその笑顔を素直には受け取れなかった。
白いオルガノン・セラフィムは、確かに少年の言葉に応えて動いているようだが、それが生きているとは見ていて正直思えなかった。
確かにその元怪物は命を絶たれたはずなのだ。あとで訪れて蘇生させようとしたものもいたが、叶わなかった。その体自体にも切断や破壊の後は残っていて、今はそれが無理矢理繋ぎ合わせ補填されていて保たれている。
まるで壊れた人形のような。目の前で見るほどにそう思えてしまう。
その事に気付いているのか。いや、気付いてはいないのだろう。エドは、怪物となる前と同じように大切な人に言葉を投げていた。
それからすぐにまた、エドは別の戦場へと向かっていく。それを見送って四人も残党処理へ戻ろうとした時、連絡が入った。
『ダースを見つけた』
「やはりこれを私が扱うのは無理ですか。ならば彼のもそうでしょうねぇ……」
白髪の目立つ初老の男性は、横たわる黒ずんだオルガノン・セラフィムに触れていた。何かを試すようにその死体を確かめているが、何かが起きる事はない。
その様子を、二階堂・利家と第四世代型・ルーシーは目撃していた。
「……ダースだな?」
問いかけると彼はゆっくりと振り返る。まるで気付いていたと言わんばかりだ。
「一応はそう名乗っているよ。何か用かな?」
自身に向ける独り言から口調を変えて、彼は用件を問いかけた。そのふてぶてしさすら感じる態度に、余計に警戒心は強まっていく一方だ。
「あなたはいったい何者かな?」
「こうして向かい合っていると余計に感じるよ。本能的に、嫌な感じだ」
「さて、何のことかな?」
警戒を向けられる理由が分からないとばかりに首を傾げ、ならばと踏み込む。
「目的を教えて貰えないかな?」
「なんの?」
「例えば、エドに近づいた理由とか、な」
するとダースは黙った。応えず、まるで続きを促すように視線を向けてくる。。
「今もそうだったが、天使のことを調べてるのか? あるいはそれが『人類統一』に繋がるとか」
「断片的な情報で無理矢理繋げたのかい? 君たちは物語を読むのが好きみたいだね」
その表情はどこか馬鹿にしたような笑いを浮かべていた。まるで不正解と告げるように。
「可能なら敵対はしたくないが。エドの命の安全は保障されるのか?」
「私の方が敵対するつもりはないんだが。それに、命は自分自身のものだよ。他人に左右されるものじゃない。何よりもこの先、彼自身で選んでいくはずだからね」
そう言うとダースは背中を見せ、一歩二歩と前に進む。逃げようとしているのか、と身構えたがその歩みはそこで止まった。
そして振り返る。その瞬間、大きな影に覆われた。
「私はただ、彼についていく——いや連れて行ってもらうだけだよ」
突如上空から現れたオルガノン・セラフィムが、その男の身体を拾い上げる。とっさに追いかけようとするが、それは間に合わなかった。
「安心しなよ。私は邪魔をしないから。だから君たちも邪魔はしないでくれよ」
穏やかだった表情が、釘を刺す言葉を発した瞬間、鋭く突き刺してくる。その真意は分からないまま、彼はその場を去っていった。
ウィズ・ザーは宙を水中の様に泳いでいる。
「…気になる事があまりに多い。が、まずはこっちだな」
√能力【|闇獰《アンネイ》】によって眼孔を持たない豹海豹型の闇を纏い、処理しきれていない敵群を探していた。戦いの最中で飛び交う情報には謎が生まれるばかりではあったが、そろそろ終結も近い。腰を据えて考え事をするためにも、目の前に集中する。
辿り着いたその戦場ではすでに、戦いが繰り広げられていた。
「他に調査もしたいのですが、手が一杯ですね」
森屋・巳琥は、量産型WZに搭乗しながら魔術師達を相手している。無数の攻撃に耐えられるよう、√能力【|白銀の雫の願い《ウィッシュ・シルバードロップ》】で耐久を上げて、常に敵を視界に収められるよう円運動で回避していた。
隙を見つければ√能力【|対装甲侵食弾『ヴェノム・バレット』《ヴェノム・バレット》】を放って魔術師の武装を腐食させ、多勢に囲まれながらも抗い続けていた。
とはいえ中々打開しきれていない状況に、ウィズ・ザーが見兼ねて手を貸す。
「加勢するぜェ」
「ありがたいのです! それじゃあ、【凍てつけ!】」
味方に気付くとその力を信用して、森屋・巳琥は√能力【|蛇女王の眼差し《メデューサ・ゲイズ》】を行使。このために絶えず視界を意識していたおかげで、それは敵に対応する間もなく麻痺状態を付与する。
そうしてお膳立てをされた闇蜥蜴は、期待に応えようと√能力【|星脈精霊術【薄暮】《ポゼス・アトラス》】を発動した。
「さァ、泡沫の刻だぜ」
5つの闇顎、6つの爪牙、18の黒霧に陰影。それを2セット。更には√能力【|闇獰《アンネイ》】も重ねがけして、戦闘の準備を整えた。
豹海豹型の闇顎五体を、攻撃するにおいて有効な範囲でギリギリに展開し、より広くより多い敵の蹂躙と索敵も任せる。大量の魔導SMGの銃口をこさえ、刻爪刃、融牙舌も使っての魔術師達へと容赦なく、連射に切断、焼却と過剰なぐらいに殲滅していく。
とはいえ、天使化を免れるぐらいには実力のある者たちばかりだ。それでも立ち上がろうとする者がいて、そんな不幸者たちにはトドメにと18倍にも向上した跳躍力をもって迫り、闇顎5体で敵を丸ごと飲み込んで捕食してやった。
生命力と魔力を吸収し、次の蹂躙へと繋ぐ。今更恐怖したって逃しはしない。
森屋・巳琥も視界の維持を終えて魔術師の処理へと移る。足止めさせているうちに、数を減らしてくれたおかげで随分と楽な作業だった。
そうしてその戦場は静まり返る。
「ここは片付きましたが、次へ向かいますか?」
「あァ、どうしようかねェ。この調子なら他に任せても良い気がするがァ」
「そうですね。私もエドさん達の方が実は気がかりでして」
「俺もだ。どうもあのダースってやつも怪しい動きをしてるみたいだしなァ」
意気投合した二人は、戦いはいったん切り上げ、重要人物たちの捜索に出向くことにした。
森屋・巳琥のWZに相乗りをしながら、それぞれが√能力を駆使して周辺の目撃情報を探っていく。ドローンと闇蜥蜴の体の一部がそれぞれ散らばって、二人の目となった。
「ダースさんのことはどう思いますか?」
「塔主なんじゃねェかとはつい想像しちまうな」
「ええ、私もです。正直、ここで抑えなければ行方をくらましそうな気もしているんですよね」
「それはありえるなァ」
「それにダースさんはエドさんを大変な事にしようとしているんじゃないかとも……」
あるいは既に、という考えもあった。少年が着実に力を手に入れているのは既に知れ渡っている事で、それはあの正体不明の人物が手引きしていたのではと。
とその時、WZの進路に怪物の姿が現れる。
「おい、セラフィムだぜ」
「……あれは、白い方、エドさんが操っている方ですね」
一瞬身構えるものの、味方であると知った二人は敵意を収めた。すると白いオルガノン・セラフィムもこちらに気付き、目の前でゆっくりと止まった。
その背中からは、少年が下りてくる。
「お疲れ様ですっ。もうかなり敵も減りましたねっ」
エドは嬉しそうに√能力者へと語り掛けてきた。とはいえその戦況は彼の功績が大きい。
ウィズ・ザーと森屋・巳琥の二人もWZから降り、怪我もない様子の天使に笑みを浮かべる。
「お疲れェ。エドのおかげで随分と戦いやすかったぜ」
「お疲れ様です。あまり無理はしないでくださいね」
簡単な挨拶と状況報告をし合ってから、ふと問いかける。
「ところでダースさんがどこにいるか知りませんか? ちょっと話を聞きたい事がありまして」
「僕も探してるんですよ。気付いたらいなくなってて、本当はダースさんにマルティナを見ていて欲しかったのに……」
エドのダースに対する信頼は、まだ変わっていないようだ。√能力者たちに対しても随分と打ち解けてきたが、やはり一番頼もしく思っているのは彼の方なのだろう。
白セラフィムについても紹介したいと零していて、嬉しい事を共有したがるところには幼さを感じた。
「お二人は、ダースさんに何を聞きたいんですか? もし僕が先に見つけたら聞いておきますよ」
「いやまあ色々込み入った話になるからな、直接話すぜ」
「私達の方が先に見つけたら、エドさんも会いたがってたと伝えておきますよ」
「ありがとうございますっ」
そうして話に区切りがつくと、エドはまたオルガノン・セラフィムの背中に乗る。彼がそのまま去ろうとした直前で、ウィズ・ザーはふとと思いついたようにそれを投げた。
「エド、それ持っとけ」
見事に乗った少年の手の上には、鈴が乗っている。
「これは……?」
「お守りみてェなモン。邪悪な魔力や霊力を遠ざけてくれるらしいぜ」
「あ、ありがとうございます。大切にしますね」
本当は、少年と共にいた少女の存在を確かめるために見たかったが、タイミングが悪かった。まあどっちにしろ合流はするだろうからその時に結果を見ればいいと見送る。
「エドさんはすっかり協力してくれるようになりましたね」
「マルティナもそうだと良いけどな。まァ仮に|邪悪な幽霊《・・・・・》かなにかなら鈴に反応がある筈。無ければ邪悪では無いって事だ」
「残るはダースさんですか……」
未だ索敵に引っかかる様子はない。二人はまたWZに相乗りしようとして、その前にと森屋・巳琥が断りを入れる。
「念のために、ここら辺のインビジブルに聞き込みしますね」
「おう、頼んだ」
√能力【|情報検索ソフトウェア『検索さん』《サーチ・アシスタント》】を使用し、視界内に漂ったインビジブルから情報を聞き出す。ダースの容姿を伝えて見覚えはないかと尋ねると、僅かながらも成果はあった。
「怪物に乗って空に飛んでいった、ですか」
「そいつは、黒とまではいわないでも暗い色だったりしたか?」
インビジブルは否と答える。一般的なオルガノン・セラフィムの背に乗って空へと逃げたらしい。
「空か……そっちを重点的に探してみるか」
「普通のオルガノン・セラフィムはだいぶ数を減らしていますし、まだ近くにいるならすぐ見つかりそうですね」
とその時、上空から金属がきしむような音が聞こえる。すぐに空を仰ぐと、そこには陽の光を遮る黒点があった。
「おいおい、ビンゴじゃねェかァ?」
「すぐに追いかけましょう!」
見失わないよう顔を上げ続け、追いかける。その影は戦場を見下ろすように辺りを旋回していた。
ならばここで一気に仕掛けると、ウィズ・ザーが相乗りするWZを足場に宙へと踊り出す。
「多少荒っぽくてもいいよなァ?」
「はい! 援護します!」
念のための確認に森屋・巳琥が射撃をもって同意を示す。空路が狭まり、金属の怪物が僅かに動きを止めた所で、闇蜥蜴はその高さへと駆け抜けた。
そうして、黒縄をオルガノン・セラフィムの足へと巻き付ける。怪物の背に乗る人物の姿を捉えた。
「初めまして。其方はダース、と言ったか。…お前は一体何者だ?」
◆◆◆◆◆
ダースは、オルガノン・セラフィムの背に乗って戦場を見下ろしていた。
「エドくんは随分と成長してくれたようです」
√能力者から疑われて、姿をくらましたもののまだその上空にいたのは、少年の行く末を見守るためだ。すっかりたくましく戦場を支えてすらいるその存在に、彼はどこか崇拝にも見た視線を向けている。
とその時、突然オルガノン・セラフィムが進路を変える。
弾丸が目の前を通過し、それを避けて滞空する。誰がそんなことをと地上へ視線をやると、一人の√能力者が宙に現れた。
「初めまして。其方はダース、と言ったか。…お前は一体何者だ?」
「……面倒だな」
搭乗する怪物に縄を巻きつけられ、ダースは嘆息吐く。それからすぐに、上空から引きずり落とされた。
オルガノン・セラフィムが墜落し、辺りに土埃が舞う。そうしてみせた√能力者は、そこから不審人物が現れるのを待って、しかしその姿を見ることは叶わなかった。
「『運命の女神モイライよ、その力を貸したまえ』」
声が聞こえた瞬間、現れたのは糸車。景色を透過するその姿は少し歪で、無理矢理にその形へと整えられているかのようであった。
けれどそれは正しく再現する。車輪が回ると同時、近くにいた√能力者二人をはるか遠くへと転移させた。
それからゆっくりと、ダースは土埃の奥から姿を見せる。
「……おや、これの本来の力は転移させるものではないんですね。まあ使えるのでいいですか」
誰もいなくなった場で独り言を呟く。また襲撃されてはかなわないとさっさと移動を始めた。
チラリと向ける視線は、まだ収まらない戦場。そこで正義のために戦う者たちへ、呆れの感情を込めていた。
「いやはや随分と警戒されてしまった……ん? 調子が悪いですね」
ふと足を止めた彼は、おもむろに自分の右目を抉り取る。ぬるりと粘液が足されたそれを気安くポイッと捨てて踏み潰した。
そして、新たな物へと付け替える。
「ん。ちゃんと見えますね。全く便利な力だ」
不可視の存在を認識して、試しにその一体をつかみ取る。手の中で自由自在にこねくり回しながら、彼は戦場を去っていった。
◆◆◆◆◆
澄月・澪と深雪・モルゲンシュテルンは、羅紗魔術師の残党達と戦っている。
魔剣執行者へと変身した澄月・澪が√能力【|魔剣執行・疾風《マケンシッコウ・シップウ》】を使い、魔剣『オブリビオン』から伸びる不可視の刃による範囲攻撃で多数で襲い掛かってくる魔術師を薙ぎ払う。強化された移動力で敵に懐へは踏み込ませず、時折、生き残りのオルガノン・セラフィムが割って入ってくれば、√能力【|魔剣執行・忘檻《マケンシッコウ・ボウカン》】によって拘束して後回しにした。
対して深雪・モルゲンシュテルンは、√能力【|超過駆動・大軍掌握《オーバードライブ・バタリオンコマンダー》】を起動し、大量の浮遊砲台を周囲に展開して敵群へとレーザー射撃を乱れ撃っている。大火力投射を以て包囲を開通し、続けて√能力【|強攻突撃形態《アサルトモジュール』】へと移行。『神経接続型浮遊砲台』による援護射撃の下、倍加した速度で敵をかく乱するように疾駆した。道を塞がれれば『鉄甲』から杭を打ち込んで大きく吹き飛ばし、魔術を放たれれば盾で防いでお返しにと砲口を向けた。
最後の悪あがきをする羅紗魔術師の残党狩りは、√能力者たちによって順調に行われている。そこでもまた、戦いに一区切りがつき、息を整えた二人はふと海の方を眺めた。
「さっき降り注いだあの光……やっぱり気になるね」
「そうですね。この事件の重要地点な気はしています」
視線の先にあるのは霞む塔。
√能力者まで天使化させてしまえるほどの恐ろしい力が発動した地点であるそれは、常に視界の端にあった。きっとそこがこの事件を解決する上で向かわなければならない場所なのだろう。そう一度結論付けると戦いの最中でも何度もチラ見してしまっていた。
相方のその様子を理解していた深雪・モルゲンシュテルンは、早速提案する。
「今なら私たちが離れても支障はなさそうですし、行ってみましょうか」
「うん。行こう、深雪ちゃん!」
すると澄月・澪は元気よく頷いた。
羅紗魔術師達も随分と数が減り、各地から戦いが終わった報告がいくつも届いている。それなら後は味方に任せて調査に出向いても良いだろうと二人して考え、塔を目指す事にした。
深雪・モルゲンシュテルンが澄月・澪を抱えると、その背部に飛行用スラスター『ダイダロスユニット』を接続し洋上へと飛び出す。サイボーグのプライベートジェットは快適なようだった。
「羅紗の魔術塔、っていうくらいだからあそこが本拠地なのかな?」
「その可能性は高そうですね」
海を越えるにはかなりの時間がかかる。あるいは飛び立った戦場ももう、全ての後片付けが終わった頃からも知れない。それぐらいゆっくりと波を割って塔のある島へと近付き次第にその姿もハッキリと……してこない。
「あれ? これ進めてる?」
「おかしいですね。確かに前へと進んでいるはずなのですが」
どれだけ進んでも、二人は塔に近づくことは出来なかった。確かに前進している感覚はあったが、いつまで経ってもその遠景は変わらないまま。気付いた時には全く違う方向を向かされている時もあった。
「これなんか、迷わされてないっ?」
「外部から侵入できないよう、結界が張ってあるようですね」
しかもかなりの高度な魔術的な結界のようで、強引に破ろうにもかなり消耗するのは間違いない。そんな状況に気付いた時、それは偶然起きる。
突然辺りの景色が切り替わり、足元に大地が現れた。とっさに飛行用スラスターを外して二人はその島に立つ。
「迷いすぎて、√移動してしまったようです」
「あははー……」
周囲では、活気溢れる人たち歩いていた。その様子は先ほどまでいた√√汎神解剖機関とは打って変わったもので、どうやら√EDENに来てしまっていたらしい。
キョロキョロとする彼女達に、親切心で声をかけてくる現地民。
「君たち変な格好だね? 観光客?」
地中海人らしい顔立ちの彼は、まさか異世界を渡ってきたとは思わず心配を向けてくれて、全てを離すわけにもいかず澄月・澪は誤魔化した。
「いやまあ、そんな感じです。ところでここってどこですか?」
「観光中に迷ったのかい? それは災難だったね。ここはシチリア島の——」
現地民はよどみなく具体的な地名を語ってくれる。それを聞いても知識が無ければどこかは分からなかったが、√能力者として、深雪・モルゲンシュテルンは気付く。
「どうやらあの塔の座標は、この島に当たるようですね」
√世界の地理はそう大きく変わらない。
重なり合った世界を通して、彼女達は重要拠点の所在地を知るのだった。
戌神・光次は、10人の羅紗の魔術塔構成員を相手取っていた。
「そっちの目的は、天使たちの回収もあるんじゃなかったのか?」
戦闘が始まってから√能力者の攻撃しかしていない様子の敵へとそう確認すると、苛立った声で返される。
「お前らを片付けたらそうするんだよ!」
「大人しくやられてろっ!」
「……随分とやけくそになってるな」
長引く戦局はすっかりこちら側に傾いている。それでも敵は引くに引けない心理状況になっているようで。無意味の戦闘には少し呆れてしまう。
かといって油断してやられては元も子もない。囲まれていてはらちが明かないと、戌神・光次は√能力【ゴーストステップ】を行使する。全身を包むオーラを姿を消し去る闇のオーラへと変え、敵の照準から外れた。それでも出鱈目に放たれる魔術を4倍にもなった移動速度で躱して、敵の背面へと移動する。
そうして背後を取れば√能力【ビリオンノッカー】へと繋げた。元プロサッカー選手の戌神・光次はサッカーボールを扱って攻撃していく。速度重視の超速ドリブルで敵を追い立てて、無数の蹴りを繰り出して一人ずつ倒していった。
更には地面めがけて強烈なオーバヘッドシュートを放って砂埃と瓦礫の渦を発生させ、それに紛れて敵の目をかいくぐる。狙うのは撃退。戦局ももう決まっているような状況だ。逃げる敵はわざわざ追わないでもいいだろう。
「くそっ! 逃げてんじゃねぇよ!?」
「大人しくやられてろっ!」
「逃げてないけどな」
視界を奪われて慌てる敵へと、再びサッカーボールをぶつける。帰ってくるパスは暴言ばかりで、しかしそれも次第に沈黙へと変わっていく。そうして一人また一人と昏倒させて、その場には倒れ伏す魔術師達。
「う……やられ、た……」
「大人しく、やられ、てろ……っ」
沈黙した敵集団に一息ついて、戌神・光次はふと思い返す。
「1人につき10人相手で問題なかったな」
無謀とは思っていたが、風向きが変わったことで、それは成し遂げられたらしい。連戦は無理のない程度にと考えていたが、他に手の空いた√能力者もいるようだしと駆け出す。
サッカーボールを蹴りながら。
久瀬・千影は、仲間から届いたその報告にホッとしていた。
「避難者も無事なら、もう心苦しくないな」
戦場に着いた時は1000と言う圧倒的な敵の数と見比べ、救助行為は自分には荷が重いと考えていたのだが、無事他の√能力者が成し遂げてくれたようで、その心配も成仏してくれる。
あとは悪あがきする羅紗魔術師を対処すればいいらしい。そうと知ったなら少し意欲が増して、愛用している打刀を抜いた。
「俺がやれるのは、刀を振るうぐらいだからな」
これならば自分も活躍できると、他の√能力者と共に残党狩りへと向かう。道中、討ち漏らしたオルガノン・セラフィムとも出くわしたが、それにも容赦なく切りかかった。
√能力【|闇纏い《ヤミマトイ》】で先手を打って、翼を斬り、地に伏せさせる。先の戦いでは元は人であった彼等を助けられないと判断して斬った。
その時にはエドに人殺しとして映ってしまったのだろうが、今はそれが√能力者であることは彼も知っている。責められても甘んじて受けようとしていた覚悟も、今では空振りしていた。
「……まあ次があれば、俺は同じ判断をするんだろうが」
自分にはやらなければいけない事がある。今はこうして物事が無事終ろうとしているが、まだ一連の事件が終わったとは到底思えない。次が来て、少年を気にして足を止めれば自分が危うい目になるのは目に見えている事だった。
√能力【|五月雨《サミダレ》】にて広範囲に切断をばら撒き、不意打ちを仕掛けようとしていた羅紗魔術師も炙り出す。まずは機動力を削ぎながら、敵の回復能力を警戒して素早く行動不能を目指した。
√能力者は蘇生されると面倒だから、殺さないギリギリで留めて置く。オルガノン・セラフィムに変わった奴らはむしろ、天使化から戻れるというから殺してやった。
「……さて、次に行くか。今の状況なら俺でも役に立てるみたいだし」
周囲の敵を粗方片付け終えると、次へ急ぐ。苦戦しているところを探して、頼りない力を貸してやった。
赫夜・リツは、エドとマルティナの前に立っていた。キョトンとする二人に対して、深々とその頭を下げる。
「大切な人達を助けられなくてごめん。元に戻す方法がなかったとしても、君たちの心に深い傷を負わせてしまったことには変わりない」
先の戦いでオルガノン・セラフィムを殺してしまった事。それが少年少女の家族であったと知らなかったとはいえ、その行いを胸にしまい込んでおくのは難しかった。
けれどエドは笑顔を見せる。
「気にしないでください。どうしようもない事は僕も知りましたし、それに皆も、姿はこうなってしまったけど無事ですから」
そう言って、傍に使える白いオルガノン・セラフィムを一瞥した。少年の指示にだけ従うそれは、自ら何かを発することはない。他の√能力者と関わり助けられたことでか、エドの表情はすっかり和らいでいた。
ただし、少女の方は変わっていない。
「えっと、エド、何の話してるの?」
「いや、マルティナには関係ない事だから」
状況を何も分かっていないマルティナはキョトンとするばかりで、それ以上深堀されたくないエドはそれとなく誤魔化す。そうしているのを横目に、赫夜・リツはもう一人礼を伝え相手を探していたが、見当たらなかった。
「ダースさんは、いないのかな?」
「もうしばらく見てませんね。他の方も探してましたけど」
二人を助けてくれた初老の男性は、結局何者かは分からないままだ。
それから赫夜・リツも残党の処理へと戻っていき、√能力を駆使して羅紗の魔術塔の最期の悪あがきを蹴散らしていく。他にも大勢味方がいるから、戦闘の最中も思考には余裕が残っていた。
「アマランスさんはどこにいるかな…」
視線が探すのは、敵のリーダー。彼女とは以前にも他の依頼で出くわしたことがあったが、思い返してみれば彼女の口からその行動原理を聞いた事はなかった。
もしまた会えたなら聞いてみたい、と思う。もしかしたら以前と同じように何か言い返されたり攻撃されたしてしまうかもしれないが、赫夜・リツの考えは少し改められていた。
「何も知らないまま戦うのは、やっぱり嫌だな」
怪物が少年にとっては大事な人だったように。襲撃者である彼女にも事情があるのではないかと思いを巡らせる。
「大切な人達を助けられなくてごめん。元に戻す方法がなかったとしても、君たちの心に深い傷を負わせてしまったことには変わりない」
山中・みどらは、味方の一人が少年に謝罪しているのを偶然耳にした。
同じような事を考え、誠意を伝えようとしている者は他にもいるだろう。当然彼女にもその気持ちはあったが、しかしその列には加わらなかった。
「やらなきゃやられる戦場なら仲間を優先するよ、あたしは」
どこか達観して、自分にしか聞こえない声量で呟く。
自分が選んだ道はそっちだったから。選択を一々改めていれば、過酷な世界では生きていけない。山中・みどらはそう考えて、この先にも必要な覚悟を忘れないようにと自分の中で確かめた。
とはいえ少年も笑顔を見せ、現実を受け入れようとしている。
「気にしないでください。どうしようもない事は僕も知りましたし、」
√能力者に対して向けていた不信感は随分と和らいだようで、穏やかな口調で返していた。だとしても、知人を殺されていたなら多少の恨みを持つのもごもっとも。その幼い少年が今後どんな道を進むのか、少し興味はあった。
そんな思考を続けながら、山中・みどら避難所の様子を一通り見渡していく。戦場の各地で手の空いた√能力者たちが集まっていて、早速被害地の修復や避難場所の検討を始めている様子だった。
救護班は充分なようだと分かると、彼女は討ち漏らしがないか捜索へと向かう。戦場となった地域はあまりにも広いから、どれだけ目を凝らしても何かは逃してしまうだろう。だからその不安要素も漏れなく潰そうとした。
空中を移動して敵の少ない高い場所や広場を探し、なるべく周囲の状況が分かる場所を見つけると、そこで√能力√能力【|そこにある幻想《パペットーク》】を発動する。
辺りに漂っていたインビジブルを話の出来るぬいぐるみへと変えて、それらから情報を聞き出し、残党の居場所へと道案内を頼んだ。てくてくと歩く小さなそれについていく。
「さて、あたしなりの正しさを示してやらないとね」
自身の正義の証明に気合を入れる。そうしてバリアを纏いながら颯爽と駆け回った。
√能力【|お祭り好きのなかまたち《パペットリカルパレード》】を発動して、数百体に及ぶ魔法使いの眷属を召喚する。それらをいくつかの隊に分けて、その場の状況に応じて行動するよう命令を出した。
「ほら、行きな」
送り出したぬいぐるみは一斉に駆け出して、仕事を全うする。
怪我をしている味方や逃げ遅れがいれば、回復や移動速度上昇の魔法をかけて避難所へ誘導。羅紗の魔術塔の連中には、風属性や火属性などのダメージを与えられる魔法で攻撃。オルガノン・セラフィムまで見つければ、地属性と水属性を組み合わせて生み出す粘着性の高い泥で行動疎外を試みるよう。
それらの指示が実際に行われるのはもうごくわずかだったが、山中・みどら自身も銃や刀を素早く操って、怪我人たちの守護を努め、それと同時に眷属へと指示を下していく。
被害地域に余すことなく派遣されたぬいぐるみに、大して活躍する場はもうなかった。
祭那・ラムネは味方と協力しながら羅紗魔術師の残党対処をしている。
不足している盾役へと自らが志願し、決して斃れる事の無いよう努めて敵の攻撃を受け止める。盾役が倒れては世話ないと、自分の務めは責任もって果たそうとした。
√能力【|游泳《ユウエイ》】で敵の能力を無効化しながら受け流し、回避も織り交ぜ、ダメージを受けたならカウンターで√能力【|星涼《ホシスズミ》】を叩きこんで回復する。
他の味方が狙われたら積極的に庇い、攻撃を必要とされれば、√能力【|白華繚嵐《ビャッカリョウラン》】によって、焔属性の弾丸を射出して猛攻し、味方へと加護も与えて連携を重ねた。
絶対死領域でないから死んでもまた生き返る。その考えによって誰もがどことなく気を抜きながらも、祭那・ラムネはそれでも死人を出さないように立ち回る。常からそれを意識出来ている者こそが、本当に必要な時に動けるからと。
そうして羅紗魔術師達の討伐は順調に終わる。これ以上の抵抗が出来ないよう捕縛されて転がされ、得物をしまった√能力者たちはそれぞれに労い合った。
「お疲れさま。みんな無事だな?」
「ああ、助かったぜお前の盾役」
祭那・ラムネの投げかけに、共闘していた味方は気さくに肩を組んできて。強引に体を揺らしてくるそれは随分と粗野に感じはしたが、嫌な気分ではなかった。
それから他の味方がさっさと後処理に出向いてくれて手が空く。すると肩を組んできた男性に促され、一緒にその場で休憩をとる事になった。
小腹を満たしながら彼は問いかけてくる。
「ところでよ、お前は何で今回の依頼に参加したんだ?」
この戦場に足を踏み入れたものはみな、死を覚悟している。とはいえ、戦っている内に揺らぐ者もいただろう。彼もそうだったのか、他人の理由を気にした。
それに祭那・ラムネは、一人の少女の顔を思い浮かべて応える。
「天使化事変で知り合った子がいる」
「……そうか、お前もか」
彼も事情は似ていたらしい。共感を得て、つい口は回る。
「ああ。その子は天使化しても尚前を向いて、未来に向かって歩んでいる。その子の道を、笑顔を誰にも奪わせたくない。だから、俺も戦う──友人なんだ」
「……そうだな」
静かに頷き、それからまた明るい声で世間話を広げる。そうしていると、見知らぬ√能力者が駆け付けてきた。その人物は戦いの終わった戦場を見渡したのちに、縛り上げられている魔術師を見つめ、こちらに確認を取ってくる。
「こっちも終わったのか?」
「ああ。もうほとんどの場所で片はついたと聞いてるが」
「みたいだな。避難誘導も始まっているらしいぞ」
その情報を聞いてほっと安堵する。他の面々もその朗報を聞いて、肩から荷を下ろしている様子だった。
「あとは、幹部だけだな」
眺める戦場が最後。敵の指揮官と立ち代わり入れ替わりで対応しているようで、逃げる隙も無く囲まれているらしい。
祭那・ラムネも戦いの終わりをその肌で感じていた。
「——っ!」
羅紗の魔術塔幹部、アマランス・フューリーは最後の最後まで抗っていた。しかしその戦場は既に大勢の√能力者に囲まれ、逃げ道すら失われている。
「務めとして、刃を瞬かせて頂きます」
静峰・鈴は、敵の視界の外側から一陣の風となって迫った。奇襲を仕掛けて終止符を打とうと夜帳の刃としてチームの先陣を切る。
敵からの視線が向けられたと同時、刀を霊水で艶やかに濡らしながらの先制攻撃を繰り出した。詠唱で迎え撃とうとした魔術師は、その一刀で妨害させられる。
がくんと速度減衰を起こした敵へ、隙を生まずに攻め立てるよう更にもう一人、前へと出た。
「覚悟してください!」
隠岐・結羽はその好機に合わせて魔力をチャージしてあった。一秒もない隙。だがそこに見事合わせて肉薄し、全ての魔力を乗せた一撃を放つ。
「ぐっ、うぅううううう!?」
そして自らの皮膚、片目、腹部、背中、片腕を犠牲にして6連撃へと昇華させる。アマランス・フューリーはそれら全てを避ける術がなかった。
自らも同じ程度には体を壊しながら、隠岐・結羽は我慢すればいいだけと割り切って、無理矢理に痛みを押しのけ切り込んでいく。
その後ろで、弓槻・結希は審問会の準備を整えていた。
「この周囲の全員が、三分間、嘘をつけず沈黙も出来ない制約を結ぶことを」
顕現した神聖竜へと願いを授け、領域を作り上げる。傷つけることはないとはいえ、取り巻く不思議な力にアマランス・フューリーも実感する。動揺と緊張、それを引き出すだけでも意義はあった。
そして前衛で攻撃を受け止める隠岐・結羽が、嘘をつけない領域を利用して可能な限りの情報を引き出そうとする。
「天使の子はあなた達の仲間の男性が連れて行きましたよ、仲間割れですか?」
「なんの、ことだっ!」
「王劍は仲間の彼が持っているんでしょう?」
「知るかっ!」
「あの天使の輪の塔に王劍と天使を持ち込んで、何をするつもりですか?」
「塔に入れるものなら、とっくにしているっ!」
問いかけのほとんどは鎌をかけただけのものだ。一つでも何か当たればいいと思っていたが、アマランス・フューリーにとってはただ無意味な問答。彼女は苛立ちを余計に募らせていき、√能力者を倒す意義を見出した。
「お前たちは、何か知っているのだな……ならばここで——」
誤解が生まれ、その意地がなけなしの魔力をもって羅紗を起動させる。この場を乗り切ろうとありったけの奴隷怪異が飛び出そうとして、
「させませんっ!」
側面に回っていた静峰・鈴が魔術を紡ぐ狭間へと、太刀を振り上げる。
「じゃ、ま、だぁあああっ!」
対して召喚の片手間に輝く文字列が、向かう刀身めがけて放たれた。それは微弱なダメージしか与えないが、その物量で攻撃を逸らす。そうして召喚の時間を稼ごうとして。
しかし振り上げられた太刀はフェイント。その柄が握るのは片手だけであることを見落としていた。
空いた左手が、懐刀を取り出して喉へと投擲する。
「がっ——!?」
あと少しで召喚へと結びつこうとした直前で、それは失敗に終わった。詠唱する術も失われ、その魔術師はただ血を吐く。その隙に二度三度と静峰・鈴が攻撃を浴びせ、更なる速度減衰を引き起こさせた。
重くなった体は、地に膝を付けさせる。
「人類の統一。それが羅紗の魔術塔の目論見、なのですか? 人類の黄昏を越える為に、全員が天使になればいい、とでも? 」
「や、—り、おま—たちは、塔主さ——がはっ、を知って——!」
アマランス・フューリーはそれでも諦めなかった。羅紗に輝く文字列をなぞって宙へと浮かせ、それを物理的な攻撃として投げて用いる。
だがその腕力は魔術に比べれば随分と劣った。
「ひとに絶望しているのですか。貴女は、いいえ、魔術塔を総べる者は……」
静峰・鈴に向かった文字列は射落とされる。弓槻・結希による弓が全ての文字を射貫き、続けざまに無数の燦めく星光が、既に息絶え絶えのアマランス・フューリーの体を執拗なまでに叩きつけた。
セレスティアルの翼で空を飛びながら彼女もまた上空から投げかける。
「ご覧になりましたか? 天使の力とは、その羅紗に似る――隷属と支配の性質。隷属させ、支配させ。しかし、それで羅紗の魔術塔は何をするつもりでしょう。唐突に増えたセラフィム達も、塔絡みでしょうか? このセラフィムの異常増殖による被害。それは貴女も、是とは出来ないものでは」
「しら——ない。お前た—ば—り、なにを、知って——っ」
「ならば、あの塔は如何思いますか? まさか古くよりこの地に生きるあなた達、羅紗の魔術塔の者が知らない訳ではないでしょう」
「わた——ちでも入—ない、塔主——住む、ぅうううううっ!」
勝手に動く口を横へと押しやるように、喉に刺さったままの懐刀を抜いて放ち、羅紗を魔術とではなく鞭として振るった。既に、魔術師としての戦い方ももう出来ない。
隠岐・結羽が割って入り、エネルギーバリアを展開して受け止める。わざわざ反応速度を強化していたがその必要もなかった。あまりにも弱々しい攻撃は、無残にも簡単に散らされていく。もう踏ん張りも聞かず、悪の組織を束ねていた女は無様に転倒した。
しかしこの状況において、容赦は求められていない。
「……本当に、何も知らないのですか」
「それではせめて、これまでの罪を償ってもらいましょう」
静峰・鈴と弓槻・結希がそれぞれの一撃を構える。敵はもうそれを見上げる力もない。
魔法の剣と無明の一閃が、ついに最後の抗いを断ち切ろうとした。
◇◆◇◆◇
アマランス・フューリーの意識は、あと少しで途切れようとしていた。
最後の一撃。それをその身で受けるしかない状況にあって。
しかしそれを、崖際で留める者がいた。
「マーシー! フューリーをっ!」
「はいっ!」
同じく羅紗の魔術塔幹部であるレッド・ウーレンが、代わりにその体を切り裂かれる。もう立ち上がる事の出来ない出血。そうしながらもその視線はこれまで共に歩んできた同僚へと向けられていた。
「うー、れん」
アマランス・フューリーは、何が起きているのかよく分かっていない。その目が開いているのも、口が言葉を紡いだのも奇跡と言えた。うわ言のように呟いた名前、それに目の前で壁となる彼女は自棄になったような笑いを返す。
「別に、殺されたって生き返るんだろうけどさ。あんたがそんな風にやられてたら、やり返したくて仕方なくてさぁ!」
ただ自分の感情に従って、守りたいを守る。絶対に敵わない戦況であっても、血にまみれながらそこに立った。
レッド・ウーレンは、持ち得る全てを吐き出す。羅紗を、魔力を、貯めてきた怪異を全て燃やし尽くし、友人を助けるためだけに使った。しかし大勢の√能力者の手にかかれば、それも塵芥。致命的な一撃を受けた体は更に無残に叩き潰されて行く。
「……あ」
同僚の、友のその決死の姿を、アマランス・フューリーはただ眺め、意味もなく手を伸ばした。けれど彼女を抱えるもう一人の同僚、アザレア・マーシーによって遠ざけられてしまう。
幼い少女は託されたがままに、唯一の希望を救い出す。装備の全てを駆使して、包囲網を離脱した。
追手を撒くだけに力を使って、少女は次へ繋ごうとする。
「もうここまで打撃を受けてしまっては、羅紗の魔術塔は立ち直れないのかもしれません。でも、もしまたわたしたちの家を再興することができるとしたら、それは今日まで支えてきたあなたの力が無くては叶いません」
「……」
返事はない。その声が聞こえているのかも分からない。
それでも幼い少女は、その歳に似合わない大人びた笑みを向ける。
「今度は、もう少し悪くない事をしましょう。でないとまた——」
だけどその言葉は続かなかった。
「な——っ?」
突如として、アザレア・マーシーの体を金属の爪が突き刺す。それは体の中心を捉えて、全ての力を血としてばら撒かせた。
どさり、と抱えられていた荷物は落ちる。目の前にあったのは巨大な影。
力を失った少女はそのまま遠くへと放り投げられ、地に落ちたアマランス・フューリーだけが残った。彼女はかろうじて残る意識でその影を見上げ。
「————」
屈むそれは、ゆっくりと顔を近付ける。金属を繋ぎ合わせたような人形。真っ黒なその体の色は、影になっているからではない。そしてその体を這うようにビッシリと、桃色に発光する文字列が刻まれていた。
奇怪な口が開いて、音を紡ぐ。
「ア、ナタ、ヤッパリ、ツカエソウ、ネ」
たどたどしく喋った怪物は、もう動かない魔術師の体を持ち上げる。それから背中部分の金属を強引に引き延ばすと、巨大で歪な翼を作り上げた。
やがてそれは飛び立つ。向かうのは海の彼方。霞む塔。
「フューリー、様……」
瓦礫に埋もれるアザレア・マーシーは、ただ見送ることしか出来なかった。
◇◆-◆◆
空をはばたく奇怪な人形。
ダースはそれを、海の上から見つめていた。
「はて……出入りするものがいるとは」
それの存在に首を傾げながらも、すぐにその興味は失せて後ろへと振り返る。
天使の病が蔓延し、横暴な魔術師達を返り討ちにした戦場。
そして、勝利した異端者たち。
視界にはもう映らないそれらを眺めて、どこか呆れたようにため息をつく。
「戦いは終わったようだ」
その結果は分かっていたし、どちらかと言えば望んでもいたが、どんでん返しがあった方が面白かった。やはり彼らにはあまり興味が湧かないなと切り捨てる。
「ま、随分と警戒されましたたし、私は先に行きますかね」
乗る小舟に敷かれている布。それに刻まれる文字をなぞって、船体へと魔術を施す。すると途端にそれはオールもなく波を割った。
「私では時間もかかりますし、急がないとですねぇ」
そう言いながらも船体でくつろぐ。
彼が目指すのもまた、聳え立つ塔。
◆◆-◆◇
「いやぁー助かったよ!」
「本当に凄いね、君の騎士さん達は!」
√能力者や避難民からの称賛を受け、エドは何とも言えない気分を味わっていた。
人助けは使命に感じていた。自分がやるべきことはやって当然だと。でも感謝を伝えられるとやはり嬉しくなる。求めてはいないが、欲している。どこか矛盾した気持ちだ。
大勢の人々にたらい回しにされて、ようやく戻れたのはしばらく経ってたから。
「マルティナ、大丈夫だった?」
「う、うん……」
避難民と共に預けていた少女に声をかける。彼女は疲れているのか声音が暗かったので、自分が元気づけてやろうと色々と話題を振った。
「世の中にはいろんな人がいるんだね。僕もこんな姿になったけど、もっと人間離れした人がいて、なんだか全然負けた気分になったよ」
「……あの、エド」
まくし立てるように喋っている途中で、唐突にマルティナが名前を呼ぶ。エドはそれに応えようとして、だがその視線は急に空へと向けられた。
————
奇妙な脈を感じた。
いやそれは『繋がり』だ。
この身になっていくつも感じた感覚。そのほとんどは戦いの中で断ち切られ、けれど今ではすぐ傍で集まってくれている。
それが、遠くにまだ一つだけ、残っている。
海に霞む塔。その頂上。いつも見つめていたその景色を視界に収め、ふと気づく。
そう言えばこの感覚は、こうなる前から知っているものだった。
遠くて届かない。だけどずっと何かを感じる。
暇な時があればずっと見つめていたその理由を、エドは今になってようやく知る。
あそこに、——がいると。
「……行かないと」
◆◇-◇◇
皆から称賛を受けるエドは、マルティナはじっと見つめていた。
彼がそばに戻ってくれるのをずっと待っていた。でも中々その場にいる人たちから解放してもらえなくて、それは随分と立ってから。
「マルティナ、大丈夫だった?」
「う、うん……」
心配を投げかけてくる声も、なんだかいつもと違うような気がした。そんなはずはないのに別人になってしまった気がして、思わず俯きがちに答える。
そんな様子に気を遣ってか、少年は作ったように明るく言葉を並べた。
「世の中にはいろんな人がいるんだね。僕もこんな姿になったけど、もっと人間離れした人がいて、なんだか全然負けた気分になったよ」
「……あの、エド」
ようやく心を整えて名前を呼ぶ。でもそれは続かなくて。
なんて伝えよう。自分は何をして欲しいのだろう。
……手を、繋いでいてなんて、恥ずかしい。
でも言葉にするならそうとしか言えなくて。胸がざわつく。早くこれを消してしまいたかった。
意を決して言おうとして、だけど、エドは視線を逸らす。
遠くへ。
「……行かないと」
行かないで、とは言えなかった。
多分、だって、これはずっと前から決まっていたこと。
こんなことが起きる前。日常の中であってもエドは、ふとした時にそれを見つめていたから。
どうやって止めても、きっと彼は行ってしまうのだ。
あの、塔へと。
——第3章に続く。