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【王権決死戦】◆天使化事変◇第2章『崖を行く山羊』
「まーだ、本部からの連絡を待ってるの? フューリー」
「……」
薄暗い部屋の中で、アマランス・フューリーはとある羅紗を見つめていた。
太古の呪文が刻まれる毛織物は、様々な用途に応じて作り出される。それは、隔絶された場所との通信をも可能に出来る代物だった。
しかし、沈黙して数年。今やそれはただの布と変わり果てている。
それでも待ち続けている健気な女に、同僚は呆れたように笑いかけた。
「確か、塔主様が最後に言ったのは、『これから人類を統一する』だっけ?」
「ええ」
「もう、随分と経ってるけど。それって一体、どうやってするのかしらね?」
「……天使よ。きっと、天使が関係しているに違いないわ」
その星詠みは、幾度となく|予言《天使の出現》を観測した。だからこそそれが、今後の組織を保つために最も必要なものなのだと考え、執着的に行動してきた。
そんな風に頑なになっているから、多くの敗北を喫しているのではと同僚は思ってしまう。
「だといいわね」
とはいえ長い付き合いでもあるし、この場は同調してやった。
それからすぐに、ノックが飛び込み部屋の扉が開く。入ってきたのはまだ成人前の少女。強大な力を持つ二人を前にして、彼女は凛と報告を伝える。
「皆さんの準備が整ったそうです」
「そう。じゃあ急ぎましょう」
「お。ようやくヤツらを掃討するのねー」
三人は手短に言葉を交わすと、早々に部屋を出た。
そうして、羅紗の魔術塔が動き出す。
それは、これまで以上の最大規模。
「既に現場では200人程度が潜伏しています。加えて外周は、800人ほどで囲っている状況です」
「気合入ってるわねー」
「可能な限りに声をかけたわ。それに向こうはオルガノン・セラフィムとの戦いで疲弊しているはず。ここが最大の叩きどころよ」
「じゃ、負けるわけにはいかないね?」
顔を引き締め装備を検め、戦いの準備を着実に整えていく。
これまでの大敗をここで巻き返さんと。
そう息巻くアマランス・フューリーだったが、突然その足を止める。
「……っ」
何かに気付いたように振り返り、強張る表情に同僚たちは疑問を抱く。
「ん? どしたの?」
「どうかしましたか?」
その問いかけに対して、彼女は苦々しく伝えた。
「……|視ら《詠ま》れているわ」
●
瞳を返され、星詠みである二軒・アサガオは瞼を開けた。
「……それでも強行しますか」
強情な相手にため息をつく。とにかくこの危険を報せなければと、彼は早速手紙を綴った。
『羅紗の魔術塔が、そちらへ一斉攻撃を仕掛けようとしています。その数は1000人近い規模のようで、既に集まっているために戦闘は避けられないでしょう。当然、アマランス・フューリーを始めとした幹部連中もやってきます』
『彼女たちの目的は、皆さんの殲滅に合わせて天使たちを回収するつもりのようです。欲張りですね。まあ、向こうも後にひけない事情があるみたいなので、気を付けておいて下さい』
『それに、何か起きようとしているみたいですね? そちらの状況はあまり見れていないので詳しいアドバイスは出来ませんが、そのための対策もしておいた方が良いかもしれませんね』
『最後に、一応朗報ではありますが、皆さんが向かわれたその場所は【絶対死領域】ではないようです。なので、皆さんならば多少死ぬような目に遭っても大丈夫でしょう。とはいえ、状況がどう変わるかは分かりません。【死を覚悟する】ことはお忘れなきように』
『全てを解決するにはまだ時間がかかるかもしれませんが、どうか引き続き協力のほどよろしくお願いしますね』
それはまだ延長線。
けれど追われるだけだった山羊は、自ら歩もうとする。
多くを突き落す崖の先へと。
第1章 冒険 『強行突破せよ』

七々手・七々口は状況を俯瞰する。
「オレは外周の方の敵の相手でもすっかな」
高所にいた彼は、遠くから迫ってくる人の列を見つけていた。
それは既に囲いを作っていて、どうやらオルガノン・セラフィムとの戦いが終わるのを待っていた様子だ。
戦場は、港町から広がり隣接した場所へと及んでいる。戦いからは遠ざけていたが、避難民もまだ破壊の痕が残る地域から抜け出せてはいなかった。
それでも構わず行進を続けるのは、羅紗の魔術塔。屋根伝いに移動し、敵の正体を確認した黒猫は、その尻尾を揺らめかせた。
「んじゃあ、ぶち込むぜ」
√能力【|魔神の滅拳《ハンズ・オブ・ルイン》】によって、7本の魔手が巨大化——魔神手モードへと変じる。全長280mにも成る平手が、潜む建物ごと吹き飛ばした。
敵も羅紗魔術で抵抗するが、とてもではないが止められない。
「……それにしてもあれ、嫌な感じするんだよな」
ふと見やる方角には、光の輪を冠する塔が立っている。猫の勘が、立ち止まる事を忌避していて。魔神手に敵の殲滅はさせながらも1体だけは護衛につけて、出来るだけ海から距離を取った。
「そういや、避難した人らを巻き込まんようにしないとなぁ」
巨大故の損害を今更に振り返り、そう呟く黒猫だった。
「おい、あいつ天使じゃないか?」
「そりゃあ、味方になってるのもいるだろ」
「あれもフューリー様が取り逃がした奴かな?」
「そもそも確保出来たのっているんだっけ?」
天使・純は、あえてその身を晒していた。そうすることで、自分を狙う敵を炙り出すために。
それは見事功を奏し、建物の陰から声が零れ出た。すると彼は暢気に歩く演技を終えて、拳を握る。
「よし見つけたぜっ。これが俺の|戦い方《喧嘩殺法》だ!」
「げぇっバレてる!?」「だけど相手は一人だ!」
金属となった体を生かした鉄拳が、羅紗魔術師を追い詰める。とっさに敵は退き、魔術の準備をするが、その手はレーザーに寄って落とされた。先ほどモバイルマナバッテリーを交換したドローンによるものだ。
「俺自身も|ご同輩《天使》も、お前たちの好きにはさせないぜっ!」
「「ぐぁあああ!?」」
金属と化した肉体だからこそ可能なごり押しで、√能力も持たない天使・純は、羅紗魔術師を叩きのめす。
「……明らかに隠れてるのバレてたよな」
「いるの分かってて探してる感じだったな」
「また後出しの予言されたか……」
「フューリー様可哀そうになってきたな萌え」
ハコ・オーステナイトは、伝えられた数に眉根を寄せる。
「覚悟はしていましたが、数の力はやはり厳しいですね」
集まっている味方に比べてそれは圧倒的に多い。その勝機にはかなりの不安があったが、それでも諦めることなどありえなかった。
場所を選ぶ暇はない。とにかく早く『風穴』を開けるため、彼女は駆け出す。
「二兎を追う者はなんとやらですが、窮鼠なんとやらとも言います。油断せず行きましょう」
√能力【レクタングル・モノリス】によって、漆黒の直方体を換装し、敵の包囲に向けて制圧射撃を放った。しかし数発は当てることが出来ても、すぐに羅紗魔術が展開され攻撃を止める。√能力者を逃がさないよう陣形を組んでいる分、その包囲は堅牢だった。
突破と陽動を目的にしていたハコ・オーステナイトも足を止めざるを得ない。
「守る難しさ、先の戦いで身にしみました。…あの様な顔をさせたくなかったのに」
漆黒の直方体を今度は盾として展開し、時間稼ぎに切り替える。
取り逃したものを思い浮かべ、彼女は必死に踏ん張った。
八木橋・藍依は『外』からその情報を知った。
「戦いに行った皆さんが囲まれているのなら、援軍として向かった方がよさそうですね」
先行している仲間達の手助けとなるため合流を急ぐ。現場へと近付けば、羅紗魔術師の姿はすぐに見つかった。
こちらに気付いていないとはいえ、数人がかりの連携が取れるように固まっている。一人で突撃すれば危ないだろうと建物などの影を利用し隠れながら、包囲網の隙間を縫って抜けていった。
しかしその時、
「バレたかっ!」
「先客ですか!」
偶々踏み込んだ路地裏で、羅紗魔術師とばったり出くわす。潜んでいた内の一人だ。運悪く同じ考えで踏み込んでしまったらしい。
「そのまま出てこないでくださいっ!」
「くっ!?」
咄嗟にアサルトライフル『HK416』を抜き放ち、弾丸をばら撒く。想定外を予期していたその行動は素早く、焦った羅紗魔術を貫いた。
「……ふう。隠れるためにか相手が軽装だったのが助かりましたね」
偶然も味方をしてあっさりと敵を片付け、先を急ぐ。そうしながら後方も意識して、√能力【|新兵器登場!《パワードウェポン》】によって、罠や障害物を作っていった。
そうして彼女は、味方との合流を果たす。
「援軍が来ましたよ!」
補給物資を渡した八木橋・藍依は、次に防衛拠点を作るために手を貸すのだった。
煙道・雪次はタバコに火をつける。
「なるほど、羅紗の魔術師が1,000人か」
その数は脅威で間違いない。しかし彼は決して臆することなく、人手は多い方が良いだろうと自らも向かった。
「人間同士だ。できれば命までは取りたくはないんだがな」
タバコの煙が揺れ、形をとる。√能力【|煙使い《ケムリツカイ》】によって生み出された使い魔たちが、情報収集のために戦場へと散っていった。
「……なるほど。内側にいるのは軽装の、いわば斥候か。不意打ちに注意すればそれほど脅威じゃないだろうな。外側は、ばらつきはあれど、連携前提のパーティがいくつもって感じか。まあさすがに包囲網なだけはある」
情報を受け取った煙道・雪次は、使い魔たちを再び放つ。
「とりあえずは、潜伏場所を報せておくのが良いか。もし伝達が間に合わなければ、」
と言葉を区切った彼は咄嗟に銃を構え、その引き金を引いた。見晴らしのいい高所から放たれたその一発は、味方を襲おうとしていた羅紗魔術師を打ち抜く。
「それまでは俺がサポートしよう」
タバコが燃え尽きると、煙道・雪次は間を置かずにまた火をつけた。
継萩・サルトゥーラは笑みすら浮かべていた。
「ん〜♪ 約1000人規模による物量戦とは。素晴らしいじゃん! 心が躍るねぇ!」
これから危険な戦場へ赴こうとしているのに、その足取りは軽い。更には手ごわい相手もいると知って、余計に興奮している様子だった。
そうして闘争心を奮い立たせると、錠剤を服用してリミッターを解除する。限界突破した彼にはもう、怖いものなどなかった。
「よっしゃー! 無差別攻撃じゃい!」
√能力【アバドンスウォーム】によって、改造小型無人ドローン兵器『アバドン』での攻撃を開始する。義眼型の通信装置から命令を下し、制圧射撃。一人でも多く巻き込めるよう、とにかく広く射線をばら撒いた。
「後ろから攻撃されてるぞ!」
「迎え撃て!」
攻撃されていると分かると、羅紗魔術師も反撃に出る。布が広げられ、刻まれた古代呪文が解き放たれる中、継萩・サルトゥーラは笑みを保ち続けていた。
「はっはー! ごまかしごまかし♪」
自前の医術で傷を癒して戦場を楽しむ。そうしながらふと、空を仰いだ。
「ありゃあ、この上まで来そうだな……」
海の向こうに立つ塔の上に輝く光の環。それは徐々に広がっていて。野生の勘が、|この辺り《包囲網の外側》も影響下になるだろうと告げていた。
山門・尊は敵の作戦に感心する。
「一網打尽にしてゆっくり天使を確保する。天使を守るなら私たちは逃げれない。合理的だね」
確かにそれは、自分達を追い詰めるには最適解とも言えただろう。とはいえ、足を止める理由にはならなかった。
「不利上等、出撃する」
決戦型WZ『テスラコング』に搭乗し、強力な磁力の壁を形成する『マグ・バリア』を出力最大で発動させる。そうして彼は、誰よりも前に出た。
「突出せず前衛を務めよう。盾にしていいよ」
√能力【|超重力弾《ブラックホール・バレット》】によって、敵の足を止め、牽制。背後から続く味方には機動力を与えていった。
「防衛の基本は『負けない』ことだよ。耐え忍び、削るんだ」
彼は言葉の通り、無数に飛び交う魔術をたった一機で押しとどめようとする。バリアと持ち前の胆力を持って、味方には一切攻撃が届かないよう立ちはだかり続けた。
まだ懸念事項はある。それでもやることは変わらない。
「……いざともなれば、私は皆の盾を死力で成すさ」
そのための決戦仕様。この舞台のために存在するのだから。
眞継・正信は塔に向けていた視線を一旦下ろした。
「懸念は他にもあるが……」
今は羅紗の魔術塔による一斉攻撃を防ぐことが優先だと、彼は戦いが始まる場所へと急ぐ。
既に飛び出した味方によって、乱戦に突入している。それならば防ぎも肝要となるだろうと、仲間達への攻撃を跳ね返すべく、√能力【ウィザード・フレイム】を味方の下へと灯していった。
詠唱のために足は止め、その間の防備は大型犬の死霊『Orge』に任せる。
しかしその護衛を食い止められ、魔術が迫った。
「っ」
眞継・正信はとっさに炎を攻撃の役へと転じさせ、同時に回避を行う。不意を突こうとしたのは、潜伏していた魔術師だ。奇襲は失敗し、その隙に呼び寄せた犬型インビジブルが足に噛みついた。
そうして行動を封じると、彼は歩み寄る。
「さて、せっかくですし、情報を聞き出しましょうか」
穏やかに、尋問を開始した。
「あの塔からの光が何かはご存じですか?」
「し、知るかっ」
「……そうですか。では、あなた方の陣形ぐらいなら分かるでしょうか」
反発的な態度ではあったが、まるで揺らぎのない礼儀正しい口調に、敵は徐々に恐怖を増長させていった。武装も少なく心もとなかったのだろう潜伏兵は、そう時間もかけずに情報を漏らしてしまう。
包囲網の薄い個所を知った眞継・正信は、早速仲間達へと通達するのだった。
白神・真綾は舞い上がっていた。
「ヒャッハー! 敵が1000体とか大盤振る舞いデスネェ! 真綾ちゃんすっごくドキドキしちゃうデース!」
味方との連携も忘れて一人飛び出す。そしてすかさず√能力【|驟雨の輝蛇《スコールブライトバイパー》】によって、最大広域を殲滅していった。
「これだけ多いとどれだけヤレたのか分かんねぇのが残念デース! きっと最高スコア叩き出せてるデスガネェ」
レーザーの雨が降り、周囲一帯を焦土と化す。その威力は絶大で、立つ者はいない——と思ったが。
「……おや? やられてないデスカァ」
多くの魔術師が、文字光らせる布を纏ってレーザーを防御してみせていた。続くのは、反撃の合図。それに少女の口角はにひっと上がった。
「そうこなくっちゃデース!」
まだ楽しめると彼女は歓喜して、迫りくる魔術を身軽に躱していく。敵を煽るように戦場を駆け、その時ふと思い出していた。
「あーそういえば、何か起こるって言ってマシタガ、ま、天使関連デスカネ。監視だけはしておくデース」
と気が逸れたその時、突然、彼女の体が動きを止める。羅紗魔術による拘束だ。しかしそれをも楽しんで、白神・真綾は無理矢理体を動かそうとする。
狂ったような笑い声に送り出されたマルチプルピットはその頃、天使一行を見つけていた。
「戦いが始まっているようだ。本当に隠れていないでいいのかい?」
「……出来るだけ多くの人を救いたいですから」
「ちょ、ちょっとエドっ。早いよっ」
少女の手を握ったまま、初老の男性の提案も跳ねのけて、少年は自らの選択へと進もうとしていた。
ウルト・レアは息つく暇もなかった。
「数が多すぎる…支援部隊の到着はまだか!?」
オルガノン・セラフィムの戦いから引き続きWZに搭乗したまま、彼は迫る羅紗魔術師に対抗するため、ドローンを周囲に展開していた。
敵の陣形。潜伏している数。味方の戦況。それらの情報を収集しつつ、ワイヤーロープの敷設や爆発系罠の設置を行って、少しでも魔術師達を妨害しようと試みた。
当然、自らは先陣を切って出る。歴戦のWZを借り、羅紗魔術が飛び交う中に飛び込んで射撃をばら撒く。
「さすがに怪物たちと同じようにはいかないな……」
考え思考する人間は、こちらの動きに合わせて連携を変えてくる。強引な突破が不可能と分かれば、やはり圧倒的に手数が足りなかった。
とその時、連絡が入る。
「ようやく来たか!」
空を振り仰げば、展開されていく支援部隊。待ち望んでいた|混成第8旅団装甲歩兵大隊《アーマード・インファントリー》が、戦力に加わった。
虚峰・サリィは気さくに挨拶を投げかけた。
「ハロー、|魔術士達《メイガス》。随分な数を揃えてきたじゃない。まあ、オーディエンスは多い方がいいわぁ」
外周を囲う羅紗魔術師を観客にして、彼女は今日もまたステージに立つ。
「今日のナンバーは『|吶喊・一直線乙女44マグナム《ヴァージンマグナムフォーティーフォー》』」
弦を弾いて、その|√能力《歌》は始まる。エレキギター型の魔術触媒へと魔力を注ぎ込み、音を伴った魔力弾を次々に披露していった。
敵の陣形もすぐさまかき乱されていく。
「さあ、おひねりは何か情報でくれないかしら?」
「お前にくれてやるのはこれだっ!」
反抗的な観客は、音の弾を掻い潜り、羅紗魔術で反撃する。しかしそれも事前に展開されていた隔絶結界により阻まれ、虚峰・サリィを傷つけるには至らなかった。
「大した情報は得られないようね。まあ仕方ないわ」
そうして、たった60秒間のナンバーは終わる。
「ご清聴ありがとう、魔術士達」
倒れ伏す観客達にも律儀に礼を告げ、ステージはまた場所を移して開催されるのだった。
ハリエット・ボーグナインは、敵の集団を眺めながらぼやく。
「人類統一なんてのは“|とっくの昔《バベルの塔》”で失敗してんだろ。まだやんの? 諦めなって」
「盛り上がってるわねぇ…まぁ良いわぁ、行くわよぉハリー。折角獲物から来てくれたのだし応えてあげなきゃねぇ」
対して八海・雨月は食欲を膨らませながら、先端を鋏角に変異させた『変性殻槍』を片手に、敵の集団へと単身で突っ込んだ。
「こっちでも敵か!」
「あなた達、中々おいしそうだわぁ…」
「ひいっ!?」
せっかくの機会だから人を味わおうと迫る相手に、羅紗魔術師は怯え動きを止める。そのせいで隙を作り、√能力【|最敵採餌理論《ネクロファジーフルミール》】の餌食となった。
「ぐあぁ!?」
「ふふふ…美味しいわぁ」
槍で串刺し、切断した肉を喰らう獣妖に、√能力【|殺しが静かにやって来る《イル・グランデ・サイレンツィオ》】によって隠密状態で忍ぶハリエット・ボーグナインは顔を引きつらせる。
そうしながらも、サポートは怠らない。連れの取りこぼしや、食事を好機と見て狙ってくる輩を怪力や零距離射撃で仕留めていく。
「……おいおい、雨月。そんなもんばっか食って腹壊さねえか。ピザのほうが絶対うめぇって。腹減ってんならそっち食おうぜィ」
「確かに他に美味い物は色々あるけど、これはこれで独特の味があるのよねぇ…ま、これも生き残る為だわぁ」
人としての価値観で問いかけてくる連れに、八海・雨月は普段通りの声音から古い妖怪の熱を漏れさせてにへらと笑った。その化け物じみた仕草に、やっぱり理解できないと思いながらも、ハリエット・ボーグナインはその傍に立ち続けた。
「長期戦になりそうだ。まだまだ粘れるよな?」
「まぁ、食べて回復してるからねぇ」
ハリエット・ボーグナインはドーピングや医術で次の戦いに備え、八海・雨月は腹いっぱいに満たして次のエサを待つ。そうして二人は容赦なく羅紗魔術師を蹴散らしていった。
中村・無砂糖はつい笑いを漏らしていた。
「ふぉっふぉっふぉっ! わしらを殲滅するじゃと?」
ずいぶんと大きく出た敵の意気込みに、むしろその老体に闘志を燃やす。
「ならば迎え討つのが当たり前という道理じゃ!」
そして彼は、キュッと悉鏖大霊剣を尻に挟み込んだ。
「『仙術…いざ、決戦のバトル・フィールド』じゃ!」
√能力【|仙術、KBF!《イザケッセンノバトルフィールドヘ》】によって、周囲一帯を決戦のバトルフィールドに変え、立ちふさがる羅紗魔術師達を巻き込んでいく。|泥水《珈琲》を啜り捨てれば、準備は万端だった。
「ケッ戦の始まりじゃー!」
尻と共に迫る刃は、地獄のような光景だっただろう。戸惑う者たちはなんとか立て直し、羅紗魔術を放つが、尻が躱し、阻み、迫る。
「たとえ幹部であろうと、どんな相手であろうと必中で薙ぎ払ってくれるわい」
どれだけの人数で来ようとも、既にその地は仙人のフィールド。珍妙な構えに戸惑う敵がいれば、すかさず切り伏せられていった。
「ぎゃー!? ジジイのケツが顔にぃいいい!?」
「ふぉっふぉっふぉっ!」
「怯むなー! 向こうからケツ向けてんだ! 視野は狭いはず! 一斉攻撃だ!」
「おやおや、多数で来るか。それならば……『仙術、居合いじゃ』!」
尻に挟んだ剣に、両手で鞘を差し込んでその両手は動かさず、尻の勢いだけで刃を走らせる。
———プリッ!!
「居合って呼べるのかよそれーっ!?」
√能力によって強化された一撃は、周囲に集まった羅紗魔術師達をまんまと吹き飛ばした。
そうして包囲網を切り開いた中村・無砂糖は、後ろに続く仲間達へ頼もしく告げる。
「ここの殿はわしに任されよ! あとで必ず追いつくからのう」
美味しいところは若人に託して、背中を押した。
「相手側がなにかを企んでいるのならばそれを突き止めるのが先決じゃ!」
仲間達の行く先を邪魔する者が現れば、その尻の剣士が颯爽と駆けつける。
「さあ、ここは仙人であるわしに任せて安心して先を急ぐがよい!」
また、尻が揺れた。
白石・明日香はそれらが待ち構えているという方角を眺める。
「へぇ・・・・大群で来るのか。随分と気合が入っていることでとは言えやられてやるつもりはないぜ!」
大軍が準備を整えてしまう前に、足並みを乱してやろうと彼女は飛び出した。愛用のバイクにまたがって一気に突っ込む。
敵陣を目指し、潜伏している奴らも惹きつけ。
「包囲網に向かってるぞ!」
「やれ!」
まんまと姿を現した魔術師達は、好機と慌てて攻撃を繰り出すが、
「はっ、バイクの腕前見くびるなよ」
その見事なハンドルさばきが、尽く躱していく。そうして敵の位置を割り出せば、こっちのものだった。
√能力【|鮮血の弾丸《ブラッド・レイン》】によって放たれる弾丸が的確に反撃を成し遂げる。牽制にとどまった銃声も、後ろに続く味方達への合図となった。
「・・・・と、もう敵指揮官が到着してるじゃねぇの」
しかしそのバイクは急ブレーキをかける。
牽制射撃をしながら一旦距離を取る白石・明日香の視線の先には、明らかに他とは違う気配の魔術師が待っていた。
「一人も逃さないわよ」
彼女らもまた、打って出始める。
◇◆◇◆◇
「攻撃を仕掛けられてるぞ!」
「はあ!? 奇襲作戦じゃなかったのかよ!?」
その包囲網に、慌ただしさが燃え広がる。
彼らは先手を打つはずだった。しかしそれは覆されていた。
開戦の合図を待っている最中に包囲と潜伏に気付かれ、反撃を許してしまっている。それでも数が多い分、まだ遅れは取っていない。
とはいえ寄せ集めな部分も多く、簡単に穴を空けられているところもあった。
「無駄に密集するな! 連携の取れる人員で各個撃破しろ!」
「ああくそっ! 単体じゃ敵いっこないって!」
「これじゃ、また負けるぞ……」
代理指揮をとっていた魔術師がそう頭を抱えた時、彼女はようやく間に合う。
「負けないわ」
——羅紗の魔術師『アマランス・フューリー』
崩れかかっていた自信を支えるように、彼女は頑なに告げて指揮を代わった。
羅紗の魔術塔を実質管理しているその幹部は、自らの羅紗も広げ戦線に加わる。それと同時刻、別の場所でも同列の幹部たちが部下を鼓舞していた。
その力は確かに強大で、今の戦場にはあまりにも大きな援軍となっていた。
ただ、実績はいまひとつ。
「あなたたちも前線に出なさい。……それと、今までも負けたわけではないから」
彼女は出撃の直前に負け惜しみを付け足して。
その遠ざかっていく背中に、代理指揮の二人は顔を見合わせた。
「……負けてないは違うよなぁ?」
「あんま言うなよっ」
片方の不敬にもう片方が頭を叩く。
「……」
そのやり取りが聞こえていたのかどうか、アマランス・フューリーは振り返りはしない。
何と言われようとも、彼女が示すべきは勝利だけだった。
◇◆◇◆◇