シナリオ

朧々たる萌芽

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 もしも、家族や恋人や友達が、いつの間にか「変わって」しまったら。
 貴方は気づく事ができますか?
 そしてもしも、ごく小さな芽吹きに気づくことができれば。
 密やかに咲かんとしている大輪の花に、辿り着くことができるかもしれない。

「詳細は非常に朧げで、一見すると何の問題もないように見えるのだが。妙に気になる案件を予知した。なので、その現場へと向かってくれないか」
 楪葉・伶央(Fearless・h00412)はそう告げると、とある地域でのみ配布されている新聞を広げてみせる。
「これは、√EDENにある街の、特定の地域にのみ配られている新聞なのだが。地域のイベント情報や地域のニュースなどを伝えることで、地域住民に密着した情報を提供しているという意図で発行されているものだな。それで今回はまず、この新聞に載っている、病院が募集しているボランティアに参加して欲しい。いや、正しく言えば……病院が許可した、この病院の退院患者である有志によって催されるイベントの手伝い、だな」
 内容は、病院の入院患者の心を和ませたり励ましたりするために、手作りテディベアを患者の皆へと贈ろう、という病院内のイベントのようであるが。そのテディベア作成を手伝うボランティアが、密かに地域新聞にて募集されているという。
「このイベントは病院の退院患者達発案のものであるようだが、彼らはイベント開催の他の雑務に忙しいようなので、実際にテディベア作りをおこなうのは、彼らが集めた家族や友人や恋人などの、有志達の知り合いが主なようだ。しかしそれなりの規模の病院で入院患者も多くいるため、人手が足りずにボランティアの募集を出したようだ。そして、内容的には一見何も問題のないように思えるが……退院患者が病気や怪我が治った後も、病院に頻繁に出入りしているというのは、少々妙であるし。この病院は、良い噂も悪い噂も沢山あるようだ。なので、まずはボランティアに参加してテディベアを作りながら、退院患者の家族や知人から情報収集をして欲しい。以降は、もしも情報収集によって何か事件の気配があれば解決に動く……といったことになるだろう」

 ということでまずは、テディベア作りのボランティアに参加することになるが。
 ボランティアなので謝礼は出ないものの、自分で作ったテディベアを1体持ち帰ることができるのだという。そして作っている最中は勿論、合間の休憩時や、作った後にもお茶やお菓子が出されるというので、退院患者達の関係者達から話を聞いたり、彼らの会話にそっと耳を傾けたりして、情報を得て欲しいというわけだ。
 作るテディベアはある程度カタチができているキットが用意されているので、手順通り作業をしていけば難しくはなく、時間も基本さほどかからず出来上がるという。クマの柄も選べて、明るい花柄などの柄物やシックな単色、もふもふな素材などもあるというので、自分のお土産の分は好みのものを選ぶのも良いだろう。リボンやレースやチャームなどのアレンジも好きにしていいとのことなので、楽しく入院患者へと贈るテディベア作成のボランティアを行ないつつ、怪しまれないよう退院患者の関係者から情報収集してほしい。

「イベントの概要だけみれば、特に問題がないように一見思うが。星詠みにて予知として俺にみえている時点で何かがあるのだろうし、よく催しの内容を見てみれば小さな違和感を覚える部分もある。なので、調査と事件であれば解決をお願いする」
 星詠みであり、現役の医大生でもある伶央には、彼も言っているように、これがただのハートフルなイベントにはどうにも思えないようだ。
 何もないようであれば、テディベア作りを楽しんで帰還すればいい話であるし……もしも、何かがある気配あれば、早急に対処して解決して欲しい。
 病気や怪我で入院している人たちの、心の平穏や安全のためにも。

マスターより

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第1章 冒険 『事件関係者の家族や恋人からの情報収集』


 場所は、件の病院にほど近い、地域の交流センターの一室。
 密やかに募集されていたボランティアにしては、集まった人たちは沢山で。
「いやぁ、これほどまでに募集があるとは、有難い。今日はよろしくお願いしますね」
 そう挨拶だけして、病院の退院患者である有志は、他の雑務があると病院へと向かったようなのだけれど。
「わからないことなどあったら、私たちスタッフに遠慮なくいってくださいね」
「お茶やお菓子も用意していますので、自由に楽しくやりましょう」
「入院患者さんたちもきっと喜ぶかと思いますし、謝礼などは出ませんが、皆さんも作ったテディベアをお土産にお持ち帰りください」
 このボランティアのスタッフは皆、退院患者の家族や友人や恋人などの関係者のようだ。
 関係者と思われる人たちも、老若男女様々なので、話しかけやすそうな人に声を掛けてみるのも良いし。
 作業を楽しむ参加者を装い、周囲に聞き耳を立ててみる、などでも情報が得られるかもしれない。
「退院した後も、毎日夜中までこのイベントのために病院に通うほど家族が頑張っているから、俺達も協力しよう」
「あの病院、気になる噂も聞くけれど……治らないってほかの病院では言われたほどの彼氏の怪我が完治したの!」
「あの子、退院して、少し雰囲気が変わったかも。でもボランティアに熱心なタイプじゃなかったのに、余程病院へ感謝しているんだなって」
 一見何の変哲もない和やかなイベントに見えるけれど――星詠みのこともあるし、気になることも、色々とあるから。

 そして、テディベア作りであるが。
「今回は、身長20㎝ほどのベアと、ストラップをつけて鞄などに下げられるミニサイズのベア、2種類作りますので、お好きな方を作成してください」
「病院に置いて飾れるサイズと、男性などでも着けられる小さなストラップに着けられるサイズ、どちらがいいかは患者さんに選んでいただこうと」
「どちらも手足が動くんですよ、可愛いですよね!」
「キットに同封された説明書通りに作っていただければ、そう難しくはありませんが。ある程度カタチを作ったものもあります、それだと、あとは綿を詰めて閉じてもらえば完成するので、裁縫が苦手な方だったりお子さんにも問題なくお手伝いしていただけるかと」
「逆に凝ったものをご自身でカスタマイズして作っていただくのも歓迎です、楽しく沢山作りましょう!」
 交流センターのそれなりに広い一室に作業用テーブルが並んでいて、材料や道具は全て揃っている。
 ベアの柄も多彩で、好みのものが見つかるだろうし、もふもふな素材や扱いやすいフェルトなど素材も様々なので、好みや作りやすさで選んでもらって構わないし。
 それほど作成するテディベアに厳密な決まりはないようなので、自分の用意した布などの材料や使い慣れた道具を持ち込んでも全く問題ないようだ。
 そして作り方は大まかにいえば、型通り裁断されている布を縫い合わせ、綿を入れて各パーツを作り、可動式の腕や足を付け、刺繍やリボンなどで飾り付けなどをする……といった感じだが。
 説明書も配られているし、綿を入れる係や完成したベアにリボンをつける係などひとつの作業を担うような手伝い方もできるし、逆にキットを使用せず一から自分で拘って作ってもいい。
 ボランティアスタッフも優しく教えてくれるので、情報収集を兼ねて彼女ら彼らに声をかけるのも良いだろう。
 クッキーやチョコレートやケーキなどのお菓子や、サンドイッチやおにぎりなどの軽食、珈琲紅茶ジュースなどの飲み物も用意されているし、好きなお菓子や軽食や飲み物などを持参しても大丈夫なようなので、作業をしながらつまんだりしても構わないし。
 作業途中に自由にひとやすみもできるし、完成後にお茶会もあるようなので、その機会に関係者と話してみるのもいいだろうし。
 自分用にもひとつ作れるというので、参加者同士、作ったものを見せ合ったり交換こし合うのも良いのではないか。

 そして一通りスタッフからの説明が終われば、いざ。
「では、イベント成功のためにも、よろしくお願いします!」
 和やかな空気の中――テディベア作りと密かな情報収集の時間が、はじまる。

●マスターより補足
 基本的には、楽しくテディベア作りをしつつ、情報収集していただければですが。
 関係者に話しかけてみるのは勿論、作業メインで聞き耳を立てる程度でも構いません。このボランティア会場には、病院イベントの有志である退院患者はおらず、退院患者の関係者が参加しています。
 プレイングは、テディベア作成メインでも、完成後のお茶会や休憩中などの作業をしていない時間の行動でも大丈夫です。
 作成したテディベアは謝礼代わりのお土産にひとつ貰えますので。
 お好きな色柄やアレンジや装飾などもご自由に!
 頑張って沢山作れば、お土産の数の融通も多少ならばきくかもです。
 ただしリプレイ内の描写としてのお土産ですので、シナリオ参加によるアイテム発行はありませんが。作ったテディベアを、皆様それぞれがアイテムとして作成いただくことは勿論問題ありません。
 情報収集しつつ、ご自由にテディベアを作りを楽しんでください。
クラウス・イーザリー

 足を運んだのは、主催者から地図が送られてきた、地域の交流センター。
 そして星詠みが視たという、一見和やかで問題なさそうな病院イベント。
 だがその詳細は分からないというから、まずは、病院のイベントの手伝いをするボランティアで情報収集をするべく赴いた、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)であるが。
(「情報収集も必要だけど、患者さんの手に渡るテディベアもしっかり作りたい」)
 そう、見本として置いてあるテディベアをふと抱え、目を向けてみれば。
 一見無表情でクールに見えるのだけれど……じいとクマと見つめ合いながらも、思うのだった。
 ……あまりじっくり見たことが無かったけど、テディベアってかわいいな……なんて。
 ということで、テディベア作りのボランティア活動のはじまり、なのだけれど。
 裁縫はそこまで得意じゃないから、と、クラウスは今度は説明書と睨めっこ。
 真面目に読んでは、ゆっくり焦らずに針を刺していって。
 作業をひとつずつ、慎重に進めていけば、なかなか上手く形ができたから。
(「かわいいリボンを巻いて完成だね」)
 きゅっと大きなリボンを結んであげれば――完成です!
 そして引き続き作業をしながらも、聴覚補助装置を使ってそっと、周囲の話に聞き耳を立てることも抜かりなく。
「うちの子も、ひどい怪我をして、別の病院ではもう歩けないかもって言われたのに……リハビリすることなく、歩けるようになって」
「私の父も、別の病院で余命宣告されていたのに、今ではうそみたいに元気で」
「よほど恩義を感じているのか、いまだに病院に赴いているくらいよ」
「あの病院……退院した患者が暫くして行方不明になっている、とか色々噂もあったから、心配だったんだけど杞憂だったわ」
 良い噂も悪い噂も区別せずに、まずはひとまず全ての話を聞いてから。
 頭の中で、情報を纏めていくクラウス。
 そしてやはり、違和感をおぼえるのだった。
(「退院後も病院に頻繁に通うなんてこと、俺には想像できないな……」)
 ――その人達は、入院中に何を経験したんだろう、って。
 そんな情報収集をし、聞こえてくる話から得た情報をまとめつつも。
 自分用にと作るのは、部屋に飾れる大きさのテディベア。
 それから先程よりは手慣れたように、きゅっとリボンを結んであげれば。
 出来上がった子を見つめ、クラウスは瞳を細める。
 ……殺風景な俺の部屋が、少しは明るくなるかな、なんて。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

 一見すれば、特に何も問題がなさそうな病院のイベント。
 だが、話を聞いて、静寂・恭兵(花守り・h00274)は妙に引っかかる何かを感じたから。
(「星詠みの予知が気になったので参加させてもらったがさてどうするか……」)
 足を運んだボランティア会場を、そっと見回してみる。
 会場に見本として並んでいるのは、可愛らしいクマのぬいぐるみたち。
 とはいえ目的は、ボランティア参加者からの情報収集であるのだけれど。
 表向き、今回参加するボランティアはというと――。
「さあ、我が相棒よ! 此の覇王たる俺様共に、真白の椿への素晴らしき土産を作ろうではないか!」
「テディ・ベア作りか……手芸の経験はあまりな……白椿の土産?」
 相棒であるアダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)の声に、思わず瞳を瞬かせる。
 そんな恭兵に、アダンは大きく頷いてみせて。
「手土産に一体持ち帰る事が出来るならば、真白の椿への贈り物とするのも、やる気に繋がるであろう?」
 ……俺様としても少々、考えている事があってな、と。
 続いたその声を聞けば、恭兵はちょっぴり苦笑してしまうけれど。
「……任務の目的は違うだろう」
「目的が違う?」
 こてりと首を傾けてみせるアダンと会話を交わしながらも。
 勿論ふたり、そっと抜かりなく、周囲の声にも聞き耳を立てれば。
「以前もこのイベントをしたようだけれど、とても好評だったみたい。特に女の子に」
「前回の病院イベントの時と、主催者は全員かわったみたいだけど……今回の主催者も毎日病院に通っていて熱心よね」
「テディベア可愛い、私も欲しいわ」
 そんな声を聞けば、改めて恭兵はテディベアへと目を向ける。
 そう、一体は土産として持ち帰れるというが、自分が持ち帰るというのも何であるし。
 目的はまた別にあるとはいえ……先程の相棒の、白椿の土産にという提案を思い出せば、ぽつり。
「……だがまぁ、それもいいな……」
 だが刹那、ハッと我に返って。
「……いや違う! ……そう、そうだ! もちろんボランティアだからな!!」
 そう慌てて、テディベアを作るべく、針を手にすれば。
「あたっ!?」
「……おい、恭兵? ボランティアはそうだが少し落ち着け」
 クマではなく思い切り自分の指に針を刺して声を上げた相棒に、アダンはでこぴんぺちっ。
 そして額と指を押さえながら、ようやく一息落ち着けば。
「……すまん、取り乱した」
「恭兵、お前は如何する?」
 詫びる恭兵に、アダンはそう訊いてみる。
 それから改めて、恭兵はどのようなテディベアを作ろうか、視線を巡らせてみれば。
「……しかし……俺は白椿の好きな色一つとしてしらないんだな……」
 でも、好きな色は知らなくても、白椿のことはよく知っているから。
 ――だが彼女に似合うものなら選べる……。
 手にしたのは、白色ベースの布。
 それに、彼女に似合いそうな装飾や、瞳の大きさや色等々……恭兵なりにこだわりながら、20㎝の方のベアを作りつつ。
 周囲の声にも、耳を傾けておく。
 そしてそんな相棒に続いて、アダンも沢山ある布を見遣りながら。
「ふむ……俺様は素材に拘るとするか」
 手にしたのは、手触りの良い一番もふもふな生地。
 20cm程度のもふもふ黒色のテディベアを作って。
 最後に、青と白のリボンで着飾らせる。
 そして完成したテディベアにアダンが託すのは、真白の椿。
 ……否、それは恭兵宛でもある手紙。
「ん、お前からの手紙?」
 恭兵はその手紙を何気なく開いて、内容に目を落とすも。
 読んだ刹那、思わす一瞬固まってしまって。
「全く……お前が初めてだよ」
 アダンへと、視線と言の葉を向ける。
 ――心から、二人の幸いを願っている。
 そう綴られた言の葉を見て……俺と白椿の幸せを願う奴なんて、と。

偽蒼・紡

 ボランティアに参加する、至って普通の青年。
 きっと周囲の人間には、そう思われているだろうけれど。
 でも、偽蒼・紡(『都市伝説の語り手』・h04684)は、そんな人間達に思うのだ。
 見本として会場に並ぶクマのぬいぐるみ、そしてそれを可愛いという人たちに。
(「本物の熊は恐るけれどこうしてぬいぐるみにしてしまえば可愛いと思える……人間と言うのは不思議だね」)
 そんなことを思いつつも、紡は星詠みの話を聞いて、ここにやって来たわけであるが。
 表向きには、今の自分はボランティア参加者。ボランティアをしつつ、情報収集を、というのが今回の目的であるのだが。
(「ボランティアか……俺も一つくらいは作らないとだけど……どんなのにしようか」)
 作るテディベアは、大きさや布、装飾なども選べるというのだけれど。
「どんなテディベアにします?」
「色々あって迷ってしまうね。ご家族も、あの病院に入院していたのかな?」
「ええ。治らないって他の病院で言われていた怪我を、直してもらって……あ、こちらのベアはどうです?」
「治らないといわれていた怪我が? ……僕が持つには20cmの方は嵩張るからね。ストラップのサイズにしようか」
 コミュ力をもって、関係者との会話も怠らないようにしつつ。
 話をつづけながらも、ふっと紡は瞳を細める。
(「流石に俺も病院に関する都市伝説なんてものは持ち出したりしないよ」)
 病院といえば何かとそういう系統の話も多いのだけれど……残念ながら今日のところは、病院の都市伝説を話題にすることはやめておく。
 ということで、紡が作り始めるのは、ストラップのサイズのテディベア。
 選んだ色は、黄色に緑――所謂ビタミンカラー。
 それを説明通りに縫い合わせ、組み合わせていけば――完成。
 そして出来上がったそれを、紡はふと掲げて見つめてみて。
「うん、なかなかに……いい出来だ。なんて言うか……友人に似て……」
 そこまで行った後、紡はふと言葉を切る。
(「友人に似てなんなんだって話だ」)
 脳裏に何故か浮かんだ友人の顔に、ふるりと微か首を横に振りながら……俺には理解できない感情だ、と。

澄月・澪

 星詠みの話を聞いて、澄月・澪(楽園の魔剣執行者・h00262)がまず抱いたのは。
(「また病院……? なんだか最近、病院で何かが起きてることが多い気がする」)
 妙に最近星詠みが視ることが多い気がする病院に関する案件。
 病院は人も集まるし、何かといわくつきだったりもするから、偶然なのかもしれないけれど。
 ――悪い人が個人で動いてるだけじゃないのかな……? なんて。
 そう個人的に予測してみたりしつつも。
(「うー……分からないから、まずはテディベア作りだね」)
 何か起こっているのかすら、まだ分かってないから。
 まずは情報収集にとやって来た交流センターで、テディベア作りのボランティアに参加することに。
 勿論、情報収集が目的、ではあるのだけれど。
 えへへ、楽しみっ、と見本のクマさんが並んでいるのを見れば、わくわく。
 ボランティアとして、可愛いクマさんを作り始める澪。
「もふもふ毛皮の子に可愛いリボンをつけるの」
 聞いたところ、もふもふ手触りの子はやはり、病院の入院患者の子たちにも人気らしいから。
 リボンの柄はバリエーションを付けて、たくさん作っていって。
 一番形が崩れちゃったクマさんを自分のお土産としてが貰っていくことにする澪。
 でもそんなちょっぴり歪んじゃったお顔を見つめれば、ぱちりと目があって。
「この子が私のクマさん! 名前は何にしようかな……」
 愛敬があって、キュートな気がするし。
(「お店で売られてるのと比べるとちょっと不格好だけど、自分で作った子だから愛着も湧いちゃう」) 
 うーんと名前を考えつつも、澪はクマさんを抱っこして、用意された休憩室へ。 
 そして休憩室でお菓子をいただきつつ、クマさんの名前を考えながら。
「院患者の死亡率が高い、なんて少し前までは噂があった病院だから、入院させるのが心配だったんだけど……」
「でも驚きだ、あんな酷い怪我が綺麗に治っただなんて」
 聞こえてくるのは、イベントの有志である退院患者の関係者の話。
 その声を聞けば、澪はハッとしつつ。
(「いけない、忘れるところだった……!」)
 抱っこしているクマさんの名前を引き続き考えながらも、そっと耳を立てるのだった。

レイ・イクス・ドッペルノイン

 やって来たのは、病院のイベントのボランティアを行なう、地域の交流センターの一室。
 そこに足を運んだレイ・イクス・ドッペルノイン(人生という名のクソゲー・h02896)は、聞こえてくる会話に小さく首を傾ける。
「退院後も病院に通って、イベントの手伝いなんて……あの子がこんなに熱心になるとは」
「人って、治らないと宣告されるような怪我を負ったりしたら、性格も変わるものなんでしょうかね」
「夜遅くまで病院に最近はいるほどだもの」
 それは、入院患者にテディベアを渡す病院のイベントを発案したという有志の関係者――退院患者の家族である。
 病院のイベントの内容だとか、ボランティアの内容だとかは、一見なにも問題の内容に思えるのだけれど。
「リハビリや経過診察でもないのに出入りしてる、って事?」
 レイはそう、おぼえる違和感を口にすれば、こう返ってくる。
「ってかレイ、アンタ手芸初心者なのに毛羽立っている生地のヤツ選ぶって」
「え? 可愛いじゃない、もふもふのクマさ……痛ッ!」
 ボランティアで作るテディベアは、用意してある好みの布を選べるのであるが。
 もふもふクマさんは可愛いからと、ちょっと難易度の高いもふもふな生地を選んでしまったレイは、自分の指に針をぷすり。
 そんな様子に、ちょっぴり呆れたように声が響く。
「間違って手ェ縫わない様にね。で? 聞き込みは?」
 レイはボランティア会場に赴くと同時に、『デコイ・イリュージョン』を用い、デコイらを患者に変身させて。
 病院内に放って情報収集をしている、のだけれど。
(「デコイが見聞きした情報は五感共有で自然と入ってくるからね」)
 そんな思惑から病院が怪しいと目星をつけ、病院の調査も試みているのだが。
 けれど、まだ何かが起こっているかすらわかっていない病院の調査は、今の段階では早かったようで、特に何も得られていない。
 まだ今の段階では件の病院ではなく、交流センター内で家族に話を聞くのが良さそうだ。
 なので、レイは隣の席にいる家族らしき人の話に聞き耳を立てて。
「でも、あの病院の噂……行方不明者がでているとか聞くけれど……」
「他の病院ではもう歩けないって言われている怪我を、直してくれたんだ。そんなのただの噂だろ」
 関係者から盗み聞きすれば、やはり件の病院に何かありそうな気がしつつ。
「医療関係者の中にも一人くらい患者の関係者はいるだろうし、病院の人間となると角度が高いかもしれないな」
 その声に頷きながら、引き続き、周囲の人達の話に耳を傾けつつも。
 ぷすりとテディベアを作るべく、もふもふ生地に針を刺せば……痛ッと再び、思わず小さく声を上げるレイであった。

花牟礼・まほろ
サテラ・メーティス

 テディベア作りのお手伝いをしてくれる、ボランティア参加者の女の子たち。
 地域の交流センターにやって来たのは、傍からみても何の不自然もないふたりなのだけれど。
(「今日は遊びつつ情報収集!」)
 ボランティアの受付を滞りなく終わらせた花牟礼・まほろ(春とまぼろし・h01075)は、周囲をくるりと見回しながらわくわく。
「何か探偵みたいで格好いいかも!」
 実は今日の彼女達の目的は、ボランティアに参加しながら情報収集!
 周囲の人達にはナイショのお仕事なのだ。
 このボランティアは、病院内のイベントのお手伝いであるというが……一見普通の催しに見えて、何だか妙な部分もあるようで。
 その中のひとつが、完治して退院した元患者たちが、今も病院に通っているという。
 それは院内イベントを催すため、という名目ではあるようなのだけど。
「退院した人達は病院でどんなことしてるんだろ。楽しいことなのかなあ?」
「楽しいことだといいですね」 
 サテラ・メーティス(|Astral Rain《星雨》・h04299)は、まほろの言葉にこくりと頷いてみせつつも続ける。
 ……病院には安心できる場所であってほしいものです! と。
 今回の案件も、星詠みが視えたということは、何かがありそうではあるものの。
 まだ実際に病院で何かが起こっているとさえわかっていないから、何もないのかもしれないのだけれど。
「なにもないに越したことないし……さて、調査がんばりましょう!」
 何もないとわかれば、それだけでも調査した甲斐があるから。
 いざ、テディベアの生地を選ぶ際、密かにそわりと心躍ってしまうものの。
 でも可愛い素材を前にしてもきりり、気を張っていたサテラであったのだけれど。
「サテラちゃん、お土産は交換こしようよ!」
「お土産の……交換……! 素敵ですね!」
 まほろのわくわくな提案を聞けば、金星の瞳もキラキラ。
 そして誘ったまほろも、かわいい素材を見つけたり、見本にと並べられた可愛いテディベアたちを見れば、テディベアにもう夢中!
 ということで、入院患者へとあげるものと一緒に、交換こするクマさん作りも。
 そんなまほろは、大きなくまさんに挑戦!
 大きくて、そして淡い黄色の彩りのふわふわモヘア生地の子を。
「私も大きな子にしますね」
 サテラも大きい子を作ることに決めて。
 そっと手に取ったのは、春色のふわふわな生地。
 そしてくるり円らな瞳は、綺麗な萌黄にしてみれば、心もぽかぽかに。
 ……それだけでも麗らかな春みたい、って。
 だって、サテラは思うから。
(「まほろさんは優しいお色が似合うと思うんです」)
 そううきうきと楽しく作業を続けていれば、すぐそばで上がる声。
「針で指を刺さないようにしないと……わわっ!」
 まほろはちょっぴりわたわたしちゃうも、でもゆっくりと指まで刺さないように、ちくちく一生懸命縫っていく。
 ……プレゼントだから慎重に! って。
 そして手順書通り、頑張って縫いつつ、ふわふわな綿もいい感じに入れて、縫い終われば。
 まほろは仕上げに、大きなクマさんの首元に藍色リボンをくるり。
「耳にも同じリボン……あ、これサテラちゃんの髪のボンボンにそっくり!」
 お耳にもきゅっと飾ってあげた後、耳リボンの真ん中に、彩り揺らめくオーロラ色の丸ビーズをつければ――出来上がり!
 そして、サテラもばっちり。
「私もできました~!」
 クマさんの首に咲かせるのは、真ん中にピンクのガラス玉を飾った、白色レースのリボン。
 やっぱりお耳にもふたつ、かわいいリボンをつけてお洒落してあげれば、完成!
 ということで、ちょっぴり作業はひと休みしつつ。
「はい、どーぞ!」
「わあ、かわいい……!」
 まほろは自分が作ったテディベアを差し出して。
 受け取った子と見つめ合いながら、サテラは嬉し気にふわりと笑み零す。
「ふふ、このアクセサリー私とお揃いですね」
 そしてサテラも勿論、作った子を手渡して、交換こ。
 受け取ったまほろも、サテラが作ってくれた自分の子を見つめて。
「まほろは春色くまさん? わぁ、かわいい! 耳のリボンもお揃いにしてくれたんだね」
 ふたり、顔を見合わせれば、ほわほわ。
「ありがと、サテラちゃん!」
「ありがとうございます。大切にします!」
 互いにお礼を紡ぎながらも、改めて笑み咲かせ合う。
 交換こしたテディベアを、大事にぎゅっと抱きしめながら

雨夜・氷月
ララ・キルシュネーテ

 赴いた交流センターの、ボランティア参加者の受付にちょこりと。
 並んでいるのは、見本として事前に作られた、数体のクマのぬいぐるみたち。
 今からこの場所で、病院の催しのためのテディベア作りのボランティアがおこなわれるのだけれど。
「あら、素敵なクマちゃんね」
「ママが作ってくれたくまちゃんよ」
 受付の人に声を掛けられたララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)は、桜の彩りと馨り咲かせるシュネーを抱っこして、いざテディベア作りへ。
 そんなララと共に、雨夜・氷月(壊月・h00493)も今日はテディベア作りのボランティア。
 いや……正確に言えば、熊作りボランティアのフリ、である。
 件の病院にまつわる変なウワサには、適当に聞き耳を立てておいて。
「噂……そうね」
 ララはそれだけ紡げば、交流センター内にそっと解き放つ。
 噂を調べさせるために、こおり鬼の光の鳥を。
 そして傍らの彼へと視線を向けつつ、作業を行なう会場へと歩み出す。
(「氷月も聞き耳を立ててくれてる。仲良く盛り上がれば情報も集めやすくなるはず」)
 というわけで、早速はじめるのは勿論、テディベア作り。
 まずは手始めに、お土産にくれるという自分達のクマから作ってみることにして。
「テディベア作りなんてやる機会無いし、自分用には張り切って作ってみようかな」
「ララは縫うのは初めてよ。シュネーのお友達のシロクマを作るわ」
 布や材料を吟味しつつ選ぶ氷月に続いて、ララも抱えていた桜彩のくまちゃんをテーブルにちょこん。
 今日は、そんなシュネーのお友達を作るつもり。
 そして氷月は、針を片手にすいすい。
「パッチワーク風に体を作ってー、目のボタンをあえて緩くとめてー」
 アレソレすれば――ホラー系テディベアのデキアガリ!
 そんな難無く完成させたクマのなかなかの出来に、ひとつこくりと頷きながら。
「んっふふ、相手を選ぶ見た目してるケド、怪しい夜にはピッタリだよね」
 ふと、視線をララへと移してみれば。
「ララのはどんな感じ?」
 見つめる先のそれに、思わず瞳を瞬かせる。
 だって――ジグザグの、ズレズレで。
「あら? 解けたわ?」
 何故か、どんどん糸がこんがらがっていって。
「布が……」
「? それ、糸くず……」
 氷月の呟きを聞けば、手元を改めてまじまじと見つめながら。
 こてりと首を傾けながらもそっと。
「糸くずかしら、これ」
 そう紡ぎつつ、自分の糸くずくまを彼に差し出すララ。
 そして何気に氷月の方をちらっと見れば、驚いたように赤い花一華がぱちり。
「手先が器用なのね? ツギハギも雰囲気のある夜の病院に似合いそうな熊ね」
 完成度の高いツギハギくまちゃんの出来に、ララはそう紡ぐのだけれど。
 刹那、む、むう! とほっぺをぷくー。
「あっははは! ララにもできないことがあるんだね!」
 自分の手の糸くず……いえ、作りかけの多分シロクマちゃんを見て笑う彼の声に。
 そしてそんな頬をぷくり膨らませているララに、氷月はこう続ける。
「んっふふ、ララ好みに直してあげようか」
 ……笑っちゃったお詫びってことで、って。
 それから再び針や鋏を手にすれば、チョキチョキすいすい。
 どんどん糸くずがシロクマに修正されていく様子へとじっと目を向ける彼女に――仰せのままに、オヒメサマ、って。
 求められるがままに糸くずを、オヒメサマ好みのシロクマに。
 そんなきらきら見つめる間にも、糸くずがばっちりララ好みのシロクマになって。
「何か飾りとかはつける?」
 シュネーとお揃いで、氷月は桜とアネモネの花を、仕上げに咲かせてあげる。
 そんな彼の器用さに……見直したわ、って。
「……氷月、ぬいぐるみ職人になれるわね」
「職人になれる? ホントにー?」
 ララの言葉に、氷月は再び笑み宿して。
 そして、シュネーとシロクマさんとツギハギちゃんを仲良く並べれば。
 今を楽しみながらも、こう紡ぐ……ま、お気に召したようで何より! って。

ヨシマサ・リヴィングストン

 指定された地域の交流センターへと足取り軽く、そして密かにうきうきと。
(「ふふ~、なんだか面白そ……いや、キナくさいお話ですね」)
 ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)は、ボランティア受付で声を向ける。
「是非お手伝いさせてください~」
 こちらこそ助かります、なんて返してくる係の人が思っているよりも色々と、含みがある言葉を。
 いや、何となく話を聞いて少し妙な案件だと思ったことは勿論なのだが。
 ちょこりとテディベアの見本が並べられている会場へとやって来れば、すかさずテーブルの上に取り出す。
(「それに手先には自信がありますし、こういったワークショップで使えそうな備品もあります」)
 情報収集は当然ながらも、クマちゃん作りだってしっかりやります!
 それも、ただ可愛いクマちゃんではなくて。
 √EDENの技術レベルなら、と、この世界でも違和感ない程度を考えて。
「わぁ、クマが踊ってる!」
 まずはひとつ、すいっと器用に作ったテディベアにヨシマサが仕込むのは、 「手を叩くと踊る機能」のパーツ。
 そんな躍るテディベアは、思った通りにウケが良さそうで。
 ヨシマサはひとつこくりと頷きつつ、再び手をパンパン。
(「これで子供たちを集めて親御さんやお子さんから情報をお聞きしましょう!」)
 わぁすごい! と集まってきた子どもたちやその親たちと会話を試みる。
「こんなすごいクマ、お兄ちゃんもきっと喜ぶよ!」
「お兄さんは、あの病院を退院した方ですか~?」
「ええ、この子と年の離れた兄で。もう治らないって、他の病院では言われていた病気だったんですけれど」
「でも最近はお兄ちゃん、病院にいってばかりで遊んでくれないんだ……お世話になった人がほめられてみとめられるように、がんばってるんだって」
「お兄さんがではなく? お世話になった人が、ですか~」
 その言い回しに、ヨシマサはふと思案するように首を傾けつつも。
 手を叩いてひょこひょこクマを再び躍らせながらも思うのだった。
(「……AI搭載で話し相手になる機能パーツもありますが流石にオーバーテクノロジーすぎるかもしれません」)
 ……これはどうしても話を聞きたい子向けのとっておきということで、と。
 そして、ほわりと笑んで見せつつ、集また子どもたちへと紡ぐ。
「さあ、怪我しないように楽しくクマさんを作りましょ~」
 ……わからないことや聞いてほしいことがあったら言いに来てくださいね~、なんて。
 また1体、AIを搭載した、この世界ではハイテクなクマさんを作成しはじめながら。

弓月・慎哉

 訪れたボランティア会場の、交流センターの一室はとても和やかで。
 参加者皆が楽しんで、テディベア作りのボランティアに勤しんでいる。
 そんな光景は、ほのぼのとした何の変哲もないものに見えるのだけれど。
 星詠みの話を聞いてやって来た弓月・慎哉(蒼き業火ブルーインフェルノ・h01686)は、そっと周囲を窺う。
(「一般市民に危険が及ぶ可能性があるのならば、看過出来ません」)
 何が起こっているのか、何かが起こっているのかさえ、朧げな案件なのだけれど。
 もしもそれが、一般市民にとって危害となることであれば、すみやかに対処が必要であるし。
 何もない場合は、それがわかるだけでも、市民にとって大いに有益だ。
 そして情報収集が目的でありながらも、それを悟られぬほどいつも通り落ち着いた雰囲気のまま。
 慎哉は、ボランティアのテディベア作りにも勿論取り組む。
「わ、とても上手ですね!」
 そう、手先は器用な方であるという慎哉が作ったテディベアの出来映えは上々。
「この部分がうまくいかなくて……」
「ここは、このように縫っていけば難しくありませんよ」
 物腰柔らかで人当たりのいい彼は、教える側にも回ったりして。
 自分も引き続き心を込めて作業を進めれば、皆が感心するほどの早業な手際で。
 シックなもの、可愛らしいものと色々なテディベアを作っていく。
 ……入院なさっている方々の癒しになりますように、と。
 そんな慎哉は抜かりなくサイコメトリーも併用しているが、演技や正体を隠す技能をもって、人当たり良く場に馴染むのが得意であるから。
「ご家族の怪我が完治なさったんですね。素晴らしいです。きっと優秀なお医者様がいるのですね」
「ええ、もう手遅れだと言われていたのですが、見違えるように治していただいたんです」
「私の息子も、大怪我を負って二度と歩けないって言われたけど、あの病院で元通りになったんだ」
 そっと聞き耳も立てつつも、周りの人達と話をしながら、テディベアを作成する。
「それは何よりです。ご家族は、今もその病院にはリハビリに?」
「いや、リハビリもしなくていいくらい綺麗に治ったんだ、驚いたよ」
「よほど恩義を感じているのか、今夜も病院に有志で集まるのだとか」
 怪しまれない範囲に、さり気なく会話を広げながら。
 そして穏やかに話を聞きながらも、慎哉は自分用のテディベアも作ってみる。
 大きさは20cmのもので、デニム風素材を中心に青系の色や柄の布でパッチワークして。
 きゅっと器用に、綺麗にリボンを結べば――やはり上々の出来上がり。

十束・新貴

 これは、星詠みの予知を聞いたから、情報収集目的で足を運んでみたわけで。
 確かに作業をするということだけを考えれば、老若男女問わず募集されていたことも、何ら不思議ではないのだが。
 赴いた交流センターの、ボランティア受付の光景を目にすれば、十束・新貴(三度目の正直・h04096)は思わず一瞬だけ足を止めてしまう。
(「事件の手がかりになるって言うから来てみたけど、テディベア作り……ちょっと、俺にはメルヘンすぎないか……?」)
 見本としてずらりと並べられた、ファンシーだったりキュートだったりメルヘンだったりするテディベアたちを見つめて。
 今回情報収集するべく参加するのはそう、病院の入院患者達へと贈るのだというテディベア作りのボランティア。
 クマさんのぬいぐるみ作りなど、高校生くらいの年頃の男子には、普通なら縁遠いものだ。
 だからファンシーな受付に少しだけ戸惑いはみせたものの。
「わぁ、テディベアかわいい!」
「私も欲しいなぁ、プレゼントされたら絶対に喜んじゃう」
 同じ年くらいの女の子たちが瞳を輝かせてクマを見ている様子を見れば、新貴はちょっぴり思いなおす。
(「けど……うまく作れば、あの子が笑ってくれるかもしれない」)
 ――悪くない。あの子も誕生日だし、ちょうどいいかも、と。
 一応、作ったメルヘンなクマを自分が抱えて歩くわけではなく、あくまで贈り物を作成するのだし。
 周囲を見れば、手伝いにきた退院患者の家族なのか、意外と男性も少なくはなかったから。
 受付を済ませ、材料などを受け取れば、プレゼントできる程度に上手に作るべく手順書へと目を通して。
 針と糸を手にして、テディベア作りを始めてみる新貴。
 針に糸も無事に通って、手順書通りにちくちくと手元の縫い物に集中しつつ。
「よっと……針、通った。えっと、耳の位置って、こんな感じでいいのか……?」
「耳はね、ここに合わせて縫うといいわよ」
 呟くように敢えて声を出してみれば、新貴の優しそうなお兄さんな雰囲気もあってか、そう声をかけてくれる隣の中年女性。
 そしてそのまま、自然に話しかけてみる。
「このボランティア、よく来られてるんですか?」
「はじめてよ。あの病院に通っていた息子の、不治のはずの病気を治して貰ってね。テディベア配りの院内イベントの有志である息子から、手伝って欲しいって頼まれたの」
 やはり退院患者である彼女の息子も、退院後も病院に通っているようだ。
「最近、病院のほうで何か変わったことって……ないですか?」
「私は息子の入院時にしか病院には行かなかったけど……入院患者の死亡率が高いだとか、退院した患者が暫くして行方不明になっているだとか、そんな噂を聞いていたのに、逆に何もなくて息子も治してもらったから」
 病院で行われるイベント内容や、このボランティア自体は、特に何の変哲もないほのぼのなものだが。
 病院に囁かれている悪い噂、不治の病が完治した息子、そして退院後も病院に通う元患者達――話を聞けば聞くほど覚える、小さな違和感たち。
 だが会話の端々に注意を向けながらも、針の動きは止めずに。
 ときおり笑顔を交えて、関係者に警戒心を与えないようにしつつ、新貴はテディベア作りに勤しみながらも探ってみるのだった。
 この静かな空間に潜む、わずかな異変の兆しを。

鴛海・ラズリ
椿紅・玲空

 くるり巡らせる薄氷の彩りは、わくわくキラキラ。
 ひとつずつ並べられた子を移しては、そわりと心躍らせちゃう。
 だって、鴛海・ラズリ(✤lapis lazuli✤・h00299)がこれから参加するのは。
 ――くま作り!
「患者さん達へはもちろん、お土産の子もどうしようか悩んじゃうね」
 病院の院内イベント用のテディベア作りのボランティア。
 見本として並んでいる子も、夢かわだったりポップだったり、もふもふだったり。
 それぞれ1体ずつ違った彩りで、お洒落に着飾られてはちょこりと座っている。
 そんなクマたちを、椿紅・玲空(白華海棠・h01316)も赤を咲かせた瞳で見つめながら、尻尾をゆらり。
「くまって自分で作れるのか。へぇ、色んな組み合わせがある」
「玲空はどんなくまさんにする?」
 ラズリに訊かれれば、改めてテディベアを見回して。
 可愛い子、大人っぽい子、個性的な子……作り手によってひとつひとつ、受ける印象が違うけれど。
 玲空はふと小首を傾けつつもこう返す。
「ん? 一緒にいて安心できそうな感じ、とか?」
 自分が持ち帰る子は勿論のこと、今回作るのは、病院の入院患者さん達へと贈るものであるから。
 だからラズリも、玲空の言葉にこくりと頷いて。
「いつも一緒にいれるのはストラップか?」
「患者さん達へはストラップの方ね」
 ……気軽に連れ歩いて欲しいから。
 そう明るい倖せを願って、黄色のリボンと向日葵を着けた小さなベアを作ることにして。
 玲空も、これから作る小さなサイズの子の彩りを決める。
 柔らかな色合いのベアに、黄緑のギンガムチェックのリボン。
「……チョコミントカラーもどきベア?」
 ラズリと共に早速作ってみながらも、じいと見つめれば、可愛くて美味しそう……?
 そしてストラップサイズの子を手慣れたように何体か完成させたラズリが、次に作り始めた子は。
「お土産用は抱っこサイズなの、ふわふわにするのよ」
「お土産用か……肌触りの良いくまがいいな」
 そんなラズリをチラッと見て、玲空も次の子は、お揃いのサイズを選んで。
 手触りが気に入った布を手にしつつ、わくわく楽しそうな声を聞けば、瞳をぱちり。
「玲空のくまとも友達になれそう。ね、玲空の尻尾のように……」
「ん? 私の尻尾? ラズリ、気合いが違う」
 ぉお……と思わず拍手しちゃうのは、ラズリが満を持して自前の裁縫道具を取り出したから。
 そしていつもの道具を手にすれば、うきうきと針を刺していく。
 だって、『laz berry』は裁縫の魔法使い、何だって作っちゃうのだから。
 そんなラズリが自分用にと張り切って作るとっておきの子は、真っ白ふわふわ毛並みのテディベア。
 煌めく瑠璃のグラスアイに、手足の裏と耳の内側に星空を宿して。
 そして玲空も、ちまちま一針ずつ刺していきながら作っていく。
 オフホワイトの毛色に濃藍の瞳、そして片足の足裏に花海棠の刺繍を咲かせた子を。
 それからラズリは、わくわくとこんな提案を。
「玲空とお揃いも作って良い?」
 勿論それを聞けば、嬉々と玲空も頷いて。
「お揃い? ん、勿論。私もそうしたい」
 湧き出るアイディアを紡ぐ仕立て屋さんの声に、尻尾をそわり揺らして、瞳もきらり。
 そんなお揃いは、瑠璃唐草と紅椿のつまみ細工を添えた桜色のリボン。
 それを二匹へときゅっと結んで、とびきりお洒落に飾ってあげれば。
「でき……た?」
 玲空はお耳をぴこり、改めて並べた子たちを見つめて。
「ラズリの流石、すごく可愛い」
「玲空のテディベアも可愛いの!」
 星空の生地を見つけてつんつん、ラズリも嬉しさを咲かせて完成した仲良しクマさんを見つめれば。
 ひとつこくりと頷いて、思い浮かべるは、まんまるふわふわ真白の子のこと。
「白玉のおもちゃにならないよう気を付けなきゃ」
 わふ、とクマさんを嬉々とくわえて、自分の! ってしかねないから。
 そんな言葉に、玲空も笑み咲かせながら思うのだった。
「ふふ、白玉とも仲良くなれるといいな?」
 白玉も一緒にお洒落して、クマたちと仲良く並べば、きっと可愛いだろう――って。

道明・玻縷霞
真神・清史郎

 今回の目的は、主にイベントの手伝い。
 そして、道明・玻縷霞(黒狗・h01642)が、個人的に妙に気になること。
「最近√EDENで異変が起こっているようです」
 病院に関する星詠みが、何気なく増えている気がして。
 だが、何が起こっているのか、何かが起こっているのかすら、分からない現状。
 いや、そんな状況であるからこそ、玻縷霞はこの場へと赴いたのだ。
(「病院の手伝いをしながら調査をしましょう」)
 この案件を調査するために。
 それからボランティアの受付を済ませた後、聞こえた声に視線を向ける。
「√EDEN……|√汎神解剖機関《うち》とは随分違う。√が違うだけ此処まで違うもんかと衝撃を受けたもんだ」
 ……√能力者になってから驚かされるばかりだな、と。
「清史郎は此処に来るのは初めてでしたね」
 ぐるり周囲を改めて見回す、真神・清史郎(HOUND・h05925)へと。
 それから、珍し気にあれこれ見ている連れへと続ける……他の√を学ぶ良い機会です、と。
 というわけで、まずは病院ではなく、地域の交流センターの一室にやって来たふたりが始めるのは。
 病院のイベントで入院患者に渡すのだという、テディベア作り。
 参加者は病院の退院患者の家族ということで、老若男女様々な年代の人がいるものの。
 テディベア作りに参加している男二人という珍しい組み合わせに興味を持った様子で、主に年配の参加者が声をかけてきて。
 雑談の中で、仕事は何をしているのかと聞かれれば、玻縷霞は特に隠すことなく軽く答えて返す。
「私達の職業は警察官です。今日は非番で、此処にはプライベートで来ています」
 だが警察官だと聞いても、特に妙な反応などを関係者が見せることはなく。
「あら、警察官なのね。それは立派だわ」
「……そんなご立派なモンじゃねぇんだけどな」
 むしろ好意的にそう返す年配女性の言葉に、思わず肩を竦める清史郎。
 そんなボランティア参加者とも話を少ししてみたり。
 作業の合間にも聞き耳を立てつつ、周囲の話し声に耳を傾けたりして。
 退院患者の家族や関係者からの情報収集を試みるふたり。
(「退院患者が出入りする理由が少しでも分かれば良いのですが」)
 そう関係者達の会話をさり気なく聞いてみる玻縷霞だが、大抵はほのぼのとした雑談で。
 けれど……核心に迫るような情報はなさそうでも。
「あんな大怪我したのに、リハビリもなしで治ったのは驚きだったわ」
「そういえば今夜も、病院に有志で集まるっていってたな。熱心だよなぁ」
 妙に引っかかることも、ちらほら聞こえてくるだった。
 だが、参加者達に怪しまれないためにも、勿論ふたりもボランティアに勤しむ。
「……まさか俺がテディベア作りすることになるなんてよ」
 そう、キュートなクマさん作りに。
 清史郎はそう言いながらも、慣れない作業を何となくで進めつつ、ちらり。
「ハルさんは器用にやるもんだ、本当に何でもやれるな」
 ちくちくと器用にクマさんを作っていく、嘗ての相棒の手際を見遣って。
 玻縷霞はくるりと、縫い終わった糸の処理を丁寧にしてから。
「義姉の児童施設の手伝いで裁縫はしていましたので慣れたものです」
 出来上がった暖色のクマさんの首に、きゅっとリボンを結んであげる。
 それから、ふと連れへと目を向ければ。
「あーあー、分かった分かった……嘆いてねぇでやるよ」
 作業を促していると思ったのか、手を動かし始める清史郎だけれど。
 向けた玻縷霞の視線は催促ではなくて。
(「……不器用な彼が心配ですね」)
 嘗ての相棒だった彼が不器用なことを知っているから。
「とりあえず飾ったりすりゃいいんだろ、このリボンとかヒラヒラっとしたのとか」
「手伝いますよ」
「飾り過ぎ? 派手なのも好きな奴居るかもしれないだろう」
 ……そこまでチェックされることねぇって、なんて。
 やたらゴテゴテキュートになっていく清史郎のデコ盛りクマさんの手直しを、ちょっぴり手伝ってしてあげる玻縷霞であった。

古出水・蒔生
リーガル・ハワード

 足を向けた地域の交流センターの入り口で、思わずぴたりと。
 一瞬、リーガル・ハワード(イヴリスの|炁物《きぶつ》・h00539)が足を止めたのは。
「リーガルさん!」
「あれ、蒔生?」
 待ち合わせ場所にいたのが、思っていた人物と違ったから。
 そんなリーガルの疑問の声に、今度は古出水・蒔生(Flow-ov-er・h00725)が瞳をぱちりと瞬かせて。
「……え、兄貴から聞いてない?」
「……いや、僕はなにも」
「呼び出しがあったからわたしが代わりに来たの」
 ふるりと小さく横に首を振った彼に、そう説明してから。
「情報は……だいたい。元患者さんの家族から話を聞けば良いんだよね?」
「ああ。あの病院についての情報収集だな」
 そう念の為確認し合うのは、今日この場へと赴いた目的。
 とはいえ、表向きにはふたりも、ボランティア参加者なのだから。
 周囲の人達に怪しまれないように、ボランティアの作業――テディベア作りも勿論するつもり。
「昔は針仕事とかもしてたし、今日は術かかった手袋もしてるし、たぶん大丈夫」
 その言葉通り、手慣れた様子で早速ちくちくクマさんを縫っていく蒔生に、リーガルは小さく瞳を細めて。
「そうか。蒔生がいてくれた方が助かる。僕は裁縫未経験でね。アドバイスが欲しい」
 材料や手順書は揃っているとはいえ、一からクマを作るのは、裁縫未経験故に不安があるから。
 ……綿を詰めるだけのベアにしよう、と。
 予め縫う作業が終わってある程度カタチになっているテディベアの中に、綿を入れる作業をすることに。
 というわけで、ブラウンとミルクティ色のふわふわ体毛ベアを選んで。
 リーガルもぎゅぎゅっと、綿をいれていく作業を始めたのだけれど。
「綿はどれくらい詰めるものなんだ?」
 何だか筋肉ガチガチな、硬いボディの屈強ムキムキベアに!?
 そんなもふもふ感皆無なリーガルのクマを目にして。 
「えっと……ちょっとクマさんムキムキかな、半分以上綿を抜いていいかも」
 アドバイスが欲しいと言っていた彼に、そっと告げる蒔生。
 そしてリーガルは慌てて屈強ムキムキベアから綿抜き作業をしつつ。
「あの子がこんなに病院のボランティアに熱心になるなんてね」
「そういう性格じゃないと思っていたから驚きだよ」
 その間にも、さりげなく周囲の人々の話に耳を澄ましてみる。
 それから、ムキムキベアがもふもふベアへと、何とか軌道修正できた時。
「ね、リーガルさん! 見て見て」
 蒔生は、じゃーん! と並べてちょこんと座らせる。
「リーガルさんベア! と、ついでにグレンデルちゃん!」
「うまいもんだなあ」
 リーガルは思わずそう感心したように紡ぐ。
 そんな彼女が作った、自分ベアもタヌキぐるみも、驚きの出来で。
 だから、もっと近くで見ようと身を乗り出せば――。
「へ、ひゃっ!? ち、近……!」
 耳に聞こえた声にリーガルはハッとして。
「っと、悪い!」
「ごめ、嫌じゃないけど! さ、錆付いちゃうから……!」
 お互いちょっぴりあわあわしつつ、気を改めて取り直せば。
 無事にもふもふになったブラウンベアは赤リボンをつけて、入院患者へ贈る提出用に。
 そしてふわふわミルクティベアは、きゅっと首元に黄緑リボンをつけてから。
「あげるよ。蒔生ベア」
「え、わ、わたしに? じゃあわたしもリーガルさんベアあげる! 交換ね」
 互いが作ったお互いベアを、交換こ。
 そして、そんな様子を見た隣の参加者がふと声を掛けてきて。
「ふふ、仲が良いのね」
「え? あ、こんにちは! お姉さんもボランティア?」
 蒔生はそう訊ねた後、退院患者の家族だというお姉さんに続けるのだった。
「えっと……そう! わたし達も身内がこの病院に入院してたことあって」
 ……でもちょっとヘンなんですよね、最近、って。
 その言葉に、リーガルも頷いて。
「そうなんだ。予定が変わったことを言わなかったり、頭を抱えるような行動に出たりとか」
「そう……突拍子なことして周囲を巻き込んでも、自分だけ平然としていたり……奇行するんです」
「あら、そうなの? ……あの噂、本当なのかしら」
 そんなふたりの言葉にそっと声を潜めて、そしてお姉さんはこう続けるのだった。
 ……あの病院を退院した後、まるで別人みたいになる人がいるんですって、と。

ガザミ・ロクモン
神楽・更紗

 入院患者の心を癒すため、テディベアをプレゼントする。
 その催しの内容だとか、自分達も入院していた時に癒されたからとか、それ自体は一見不自然ではない。
 けれど星詠みの話を聞けば、神楽・更紗(深淵の獄・h04673)は首を傾けてしまうのだ。
(「病院なんぞ、出来れば行きたくない場所だというのに。好んで通うとは、確かに、面妖な話だな」)
 だから、まずは退院患者の家族が多数参加するという、テディベア作りのボランティアへと足を運んで。
 共に赴いたガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)と手分けして、病院に関する噂話を集めることにする。
 そしてガザミが声を掛けるのは、ボランティアのスタッフさん。
 このボランティアのスタッフは、このたびの病院イベントの有志であるという退院患者の、家族や知り合いであるのだというから。
「ここは、こうすればいいんでしょうか?」
 作り方を教わりながらも、話を聞いて情報収集をさり気なくしていく。
「ご家族があの病院に入院されていたのですか?」
「はい。兄はもう治らない病気だと言われていたのに、あの病院で治していただいたんです」
「私の父もです、もう歩けないって言われたのに、リハビリ無しで歩けるように……先生も手術など、きっと大変でしたでしょうって」
「大変なお仕事をされてますよね。心から尊敬します」
「死亡患者が妙に多いだとか、あまり良くない噂も聞いていたから、心配だったのだけど……」
 病院に関係あることもないことも、ちょっとした不安なんかも。
 共感して受け止めてあげつつ、ガザミは思うから。
(「会話を通してスタッフさんの心の癒しになれば幸いです」)
 そしてテディベア作りを通して、雑談も交えながら、他のスタッフにも声をかけて話を聞いていく。
 一方、そんな彼とは逆に。
 更紗はテディベア作りに必要な材料を選びつつも、大人の会話には聞き耳をたてる程度にしておく。
(「妾は口や態度に嫌悪が出てしまうからな」)
 だから、大人との会話は最小限にして、ボロを出さないよう気を付けよう、って思うのだけれど。
「リボンが上手く結べないのか。妾が教えよう」
「え、いいの? ありがとー!」
「必要ならば、縫い方も教えよう」
 作業に四苦八苦していた子どもへと声をかける更紗。
「上手にできたら、お兄ちゃんも喜ぶよ、ありがとう!」
「ほう、兄がいるのか」
「うんっ、でもお兄ちゃん、夜も病院に行っちゃうし……今夜も行くって言ってたから、最近会えてないんだ……」
 ……子供との会話は、素でいられてとても気が楽だ、と。
 そう思いつつ、裁縫のやり方を教えてあげながらも会話を交わして。
 時折、ガザミと合流しては、情報を共有――も、勿論なのだけれど。
「妾は少し柔らかくふっくらと綿を詰めたものが好みだ」
 更紗はその言葉通り、嬉々とふっくらふわふわになるよう、綿を詰め込んだ後。
 ――ぽふんっ!
 テディベアに思い切り顔を埋めてはもふもふと、心地よさを堪能します!
 そんな姿を見れば、ガザミは一種のぱちりと瞳を瞬かせるも。
(「更紗さんが童心に戻っている?」)
 ……いい雰囲気で嬉しくなっちゃいます、と、ついにこにこしちゃって。
 彼女のふっくらテディベアを借りてみれば――ぽすんっ。
「なんと心地よいふかふかっ! これは癒されますね~」
 やはり思い切り、ガザミも顔を埋めてみます!
 そんな彼の行動に、更紗はお耳をピンッ、瞳も大きく見開いてから。
「ガザミ、何をしておる!?」
 顔を赤面させながらも続ける――それは、妾のくましゃんだ、返せ! って。
 それから、ふかふか感覚を顔面で存分に堪能してほわほわ気分なガザミから、もっふりベアを取り返して。
 ぎゅと抱きしめた後、更紗は尻尾をゆらり、じいとくましゃんと見つめ合いつつ。
 ひとつ大きく、こくりと頷いて決めるのだった。
 ……この子は、貰って帰るとしよう、って。

千木良・玖音

 ストロベリーブロンドをそっと揺らしながら、チェリーピンクの色をきょろり。
(「テディベアさん作りのボランティアがあるって聞いたの」)
 千木良・玖音(九契・h01131)が足を運んだのは、地域の交流センター。
 ここではこれから、募集されていたボランティア活動――病院の入院患者へ贈るための、テディベア作りがおこなわれるというから。
 並ぶ見本のクマさんたちを見つつ、玖音は密かにぐっと気合を入れる。
(「ものづくり、はまだあまりしたことがないからたくさんは作れないかもだけど……)
 ……作り方を確認しながら、がんばります! って。
 それから、生地もいろいろあるみたいだから、どんなクマさんを作ろうかと、再びさくらんぼのような瞳を巡らせてみて。
「どんな柄にします?」
「和風のお花の子と、洋風のお花の子を作ってみたいの」
 スタッフの人にいくつか出して貰った生地の中から2種類、好みのものを選べば。
「いっしょに、テディベアさんを作らせてもらうの」
 ……よろしくおねがいしますなの、と。
 近くで作っている人にも臆することなく、ぺこりとご挨拶を。
 それから和やかに、他の参加者の人達と作業を進めながら。
「お嬢さんもご家族が入院されてたのかい? 最近退院した後の息子は、病院に入り浸りでね」
「治ったあとも、いっぱい病院に行くのは不思議だと思うの……」
「何だかいつも慌ててるな、遅れたら大変だとか」
「病院に行く前と行った後で違うのかな、とか……」
「有志のリーダーが時間に厳しいだとか? そういえばルーズな子だったんだけど、変わったかもねぇ」
 玖音は退院患者のことも、それとなく家族に聞いてみつつも。
 次に作ってみるのは、お土産用のテディベアさん。
 もふもふの生地で、お耳が花柄になったペールピンクの子を。
 そして玖音は、ほわりと嬉し気に笑みを咲かせる。
 一緒に連れて帰るその子の首元に、可愛くてお洒落なレースリボンの飾りをそっと付けてあげながら。

目・魄

 不思議な巡り合わせ、というものはやはりあるもので。
 ふと小耳に挟んだ星詠みの話を聞いた時、目・魄(❄️・h00181)の脳裏に蘇ったのは、お子の顔。
(「急に草が縫いぐるみを欲しがっていたなと」)
 今回まず赴いて欲しいと告げられたのは、とあるボランティア会場。
「テディベアの色や柄は、お好きなものを選んでくださいね」
 受付を済ませ、おおらかな表情をスタッフに返してみせた後、魄は案内された通り、参加者が集う一室へと向かう。
 そう、丁度良くテディベア作成のボランティアがあるのならと、此度赴いたのだ。
 そして縫いぐるみ作りもだが、今回は星詠みの要請ということも、勿論忘れてなどいない。
 会場に入れば、ふとさり気なく藍のいろをくるり巡らせて。
 腰を落ち着けた席は、子がいる家族と同じ長テーブル。
 何やら気にかかる行動をしているというある病院の退院患者の関係者に接触して、正面から話を聞く心積もりだが。
 子が居る身ゆえに、まずはそのことを伝えて話の切欠にして。
 クマ作りの作業を進めながらも、それとなく家族に子が居る親と会話を交わす。
 当然その話題は、お子のこと。
「元気過ぎる子が居るのだけど、外では大人しくなってしまって」
 生活圏などの環境なんかも伝えつつ、心配があると話しかけるのは、ごく自然な会話の流れだ。
「大人や人見知りがあって、大人の人に妙にびくびくして」
 お子のことを相手が幾つの子と思ったのかはわからないのだけれど。
「ああ、それはこの子もそうでしたよ。どの子にもそのような時期はありますよ」
「年齢に反して成長が思わしくなくて、言葉は普通だけど」
「いや、むしろ成長しているからこそ、人見知りをするんですよ」
 相手は親であると同時に保育士であると言うから、このような話題を振ったのは大正解で。
「知らない人や知らないものは怖い、という子の様子は、精神的な成長の現れです。お父さんが心配なのはよくわかりますが、その子の性格にもよるものですし。恥ずかしがりやさんだったり、新しいことに取り組むのが苦手な子は人見知りしやすいです」
 そんな饒舌に語る親御さんに、改善方法やおすすめがあればと、熱をもって興味を盛った様な仕草をしてみせれば。
「親が相手と仲良くしているところだったり、笑顔で接している姿を見せて、安心感を与えながら、徐々に話の輪にお子さんを混ぜていくといいですよ。あとは、たくさん楽しい場に連れていったりとかでしょうか」
 そしてそのような話を聞けば、魄はふと思い出す。
 先日、春の祭りに一緒に遊びに行った時のことを。
 それから次に耳に届いた声に、自然と笑んでしまう。
「親からの愛情をかけられて育つと、それに慣れた状態での安心感が強くなって、知らない人との接触に不安を覚えるって話も聞きますよ」
「確かに、少々過保護なのかもしれないね」
 そう誰しもが目を惹かれる美しい顔に微笑み宿れば、相手もほわっと見惚れたようで一瞬動きを止めるも。
「ね、一緒にクマさん作ろ?」
 おおらかな態度で子に接すれば、どうやら懐かれた模様。
 それに頷いて、共に作業を進めていきながらも、周囲にも聞き耳を傾けて。
「僕のお父さん、病気が治ったのに、病院にまだよく行ってるんだ。今日の夜も集まるから、一緒に寝れないって……」
 そうちょっぴり寂しそうな子を撫でてあげながらも伝えてあげる。お父さんはお子のことが何よりも大事なのだと。
 因みに、話した相談事の、何が”本当”で何が”嘘”なのかは……魄だけにしか、わからないことである。
 そんな作業の只中は勿論のこと、休憩スペースであったり、関係者のスタッフを呼び止めてみたり……耳に留め置ける場所には積極的に話に入る等して。
 それはそれとして、テディベア作りにも確りと勤しむ。
 入院患者用のものも勿論なのだけれど。
(「ベアを作ってお子に上げよう」)
 ひとつ持ち帰りできるのだと聞いたので、土産用にと選んだのは身長20㎝ほどのもの。
 すいすいちくちく、難無く手順通りに縫い上げていく魄。
 何せ、細かな作業や、手芸もお手の物。折り紙や、小物を趣味で作ることも珍しくなく、手先は器用な方だ。
 ただ、その手慣れた様子ゆえに、大さっぱでもいい所や、人の好みでなら良い判断の形の場合などは気にせずに。
「わ、とても上手ですね!」
「クマさん、かわいい!」
「お子の為に色々していて、それで慣れてしまったんだよ」
「私の、ちょっと顔が歪んでしまったかも……」
「おや、素敵な表情のテディだ。きっと貰った人は嬉しいだろうね」
 上手く出来たと笑んでみせながらも、周りにも気を配る。
 確かに、星詠みの話を聞いて此処には赴いたのだけれど、それはそれとして。
 他愛無い会話もやりとりして、その場を楽しむまでする魄。
 それから、自分用にと作ったテディベアを改めて見れば、ふと気づくのだった。
 お子を想像しながら無意識に作ったテディベアは、いつの間にか凝った物に成り上がっていて。
「黒のクマさん、白黒のお洋服に猫のお面が可愛くて素敵ですね! 上着のぽっけの肉球の刺繍も上手」
 ちょっぴりくせ毛な黒の毛並みに、円らな黒の瞳、味気ないからと頭につけてみた白猫面に、何気に上着のポケットに刺繍してみた肉球――それはとても、見覚えのある色合いや衣装であったから。
「無意識は怖いね」
 つい、お子を想像して作ってしまったらこんなことに――なんて、少々驚きもするのだけれど。
 じいと上手にできたその子を抱き上げて見つめれば、魄は思わずにはいられない……でも、これを持ったお子は絶対に可愛いだろうね、って。

第2章 集団戦 『トクリュウ』


 テディベア作りも沢山の人手があったことで、滞りなく終わって。
 それぞれ作ったお土産の子を抱いて、帰路につく参加者。
 勿論それは星詠みの予知を聞いて足を運んだ皆も同じで。
 そして、聞いた話を整理してみる。
 まずは、件の病院に関する噂について。
『退院した患者が暫くして行方不明になっている』
『入院患者の死亡率が高い』
『退院前と退院後では、人が変わったようになった』
 それから、実際に入院していた人の家族の話。
『治らないと他の病院では言われた病気や怪我を、治して貰った』
『しかも、リハビリなども不要であった』
『病院に足しげく通っていて、遅れそうになれば慌てる時も。イベントを取り仕切るリーダーがいるらしい』
『退院後、行動や性格が変わった』
 それから、病院イベントの有志たちのこれからの予定。
『今夜、件の病院で皆が集まる』
 ……ということになれば、√能力者達が取る行動はひとつ。
 夜に、病院へと足を運んでみようということだ。

 情報収集の結果から、有志達が病院に集合する時間は、夜の22時だという。
 会合にしてはやたら遅く、既に消灯時間を迎えている時間というのも妙だ。
 勿論、正面からは入れないから、そっと集合時間前に、忍び込むように院内に潜入して。
 なるべく夜勤の病院スタッフに出会わないよう心掛けつつ、院内を巡っていれば。
 病院内の奥にある広い談話スペースに、複数の人の姿を確認する。
 どうやらそれは、病院に集まっている退院患者らしいが。
 彼らの話をそっと物陰から聞けば、思わず驚くような内容が耳に飛び込んでくる。
「VIP室の大久保さん、余命宣告されたらしい。これまで親身に話も聞いてきたし、頃合いでは」
「大部屋の遠藤さん、海川さん、前宮さんも、治らない怪我や病で気を落としていた」
「テディベアイベントでさらに心に寄り添えば、きっと準備も万端……俺達と同じように、√能力者化させれば、同士になるだろう」
「あとはリーダー達の判断を聞けば……って、誰だ!?」
 話を聞いてやはりただ事ではないと、颯爽と姿を現した者達に慌てる退院患者。
 だが、聞いた話や次に取る行動を見れば、確信する。
「く、話を聞かれたなら仕方ない!」
「リーダーにも連絡した、これで駆けつけてこいつらを一緒に追っ払って……って、リーダーは逃げるだって!?」
「ぐぬ、でもそれも仕方ないかもしれない、じゃあ俺達で口封じだ!」
 退院患者は、√能力者に覚醒させられた人達なのだと。
 √能力者は確かに、特定の方法でしか死にはしないし、病気や怪我だってすぐに治り、むしろ身体能力も超人になる。
 そして病院の入院患者は、彼らの言う「同士」を増やすには、うってつけの場所というわけだ。
 どの勢力のどんな存在が、何を目的にそういうことをしているのかは、わからない。
 だが、そのようなことは、決してさせるわけにはいかないし。
 何より、目の前にいる退院患者たちは、一度倒せば正気に戻って、まだ救えそうだ。
 相手も口封じしてくる気満々、ならば此方も一度倒して救出する選択以外に現状ではなさそうだ。
 それに、もしも戦闘をしながら、言葉や行動で、退院患者の心に寄り添って。
 正気に戻った人たちを最後まで面倒みる意思を示せば、リーダーとやらは逃がすことになるが、何か今後のためになるかもしれないし。
 やはりリーダー格を逃がさず、追って倒す事もまた、行動の選択肢のひとつだろう。
 とにかくまずは、眼前の退院患者を倒して正気に戻すのは必須。
 そしてその後――現状をみれば欲張れないが、行動の選択を戦いながらすることになるだろうが。
 どうこれから動くか、考えを巡らせながらも。
 まずは、眼前の退院患者達……√能力者達を倒して目を覚まさせるべく、戦闘態勢を素早く取る。
 
●マスターからの補足
 この章では、√能力者に覚醒している退院患者達を倒して、目を覚まさせてください。
 ただ敵を倒して目を覚まさせるだけでもOKですし。
 また、声かけをしたりなどしながら、退院患者達の心に寄り添うよう、こころみたりとかもできます。
 そしてこの後どう行動するか、もしもご希望があればプレイングに記載ください。
 プレイングにて多かった内容の傾向にそって判断し、第3章の内容が分岐します。
偽蒼・紡

 退院しても尚、夜の病院に集う者達。
「く、話を聞かれたなら仕方ない!」
「ぐぬ、仕方ない、口封じだ!」
 それは、√能力者に覚醒した人々であった。
 これまでの状況や彼らが話していたことを鑑みるに、本来ならば治らぬ重い病にかかったりや怪我を負った人達が√能力者に覚醒しているようだ。
 いや、何者かに覚醒を促された、と言うのが正しいか。
 そう思えば病院ほどうってつけな施設はない。√能力者になれば、どのような病や怪我でも死ぬことはないのだから。
 そして彼らは自分達と同じように、その何者かの下で、病院の入院患者を√能力者へと覚醒させようとしていると思われる。
 まだ暗躍している者のことやその目的などについては何もわかってはいないが、そこまで予想が立つ現状に。
 偽蒼・紡(『都市伝説の語り手』・h04684)は、慌てる眼前の退院患者達を見遣りながらも首を傾ける。
「患者を√能力者にねぇ……なるほどそれはまるで『都市伝説』めいていて面白くはあるが……」
 ……わざわざ『欠落』をしてまで生を望む理由が俺には理解できない、と。
 √能力者に覚醒したということは、彼らも何かを『欠落』しているのだから。
 けれどそう不思議に思うも、死に直面した入院患者がほぼ不死の存在となる病院というのは、なかなか『都市伝説』っぽくはあるし。
(「まぁ、俺が『人間ではない』からかもしれないが……」) 
 自分が彼らを理解できないのも、理屈には合っているとも紡は思うものの。
 理解できないからこそ、気にはなるのだった。
 ――果たして欠け落としてまで√能力者になったとして何を得たんだろうね……と。
 だから、紡は彼らに訊いてみることにする。
「君たちは一体何を欠落したんだい?」
 その声に、退院患者達は一瞬表情を各々変化させるも。
「! それは……って、死ぬよりいいだろ!」
「ひとつやふたつ何かがなくなったって、死ぬのに比べればなんてことない!」
 死の足音に怯えていた者達にとっては、今はそうかもしれない。
 だがその声を聞いて、紡はさらに首を傾げてしまう。
(「もしかしたらそれが命より大事なモノであった可能性もあるのだと……果たしてその事に気付いているのか……」)
 どうやら覚醒したてであるようだから、気づいていないかもしれないし、気づいていても見ぬふりをしているのかもしれないが。
「く、色々知られたからには、このまま帰すわけにはいかない!」
 そう喚きつつも、知られざる彼らの生存本能が刹那、火事場のクソ力を発動させて。
 向上した能力をもって、自分達を排除せんと襲い掛かってくる。
 だがそれに微塵も臆することなく、紡が右掌を掲げれば。
「せっかく得た力も消してあげるよ」
「! ……っ!?」
 退院患者達は瞬間、驚愕する。
 己の展開した能力を、綺麗に|Delete《削除》されて。
 そしてそんな彼らの姿を見遣る瞳を細め、紡は紡ぎ落すのだった。
 ――あぁ、全くもって面白く無い……って。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

 自分はもう長くないと悟った者、それを医者に告げられた者もいるだろう。
 そしてそんな彼らは、選んだのだ。
「患者を√能力者に……か」
 何者かがその状況につけこみ、促した選択肢を。
 だが、静寂・恭兵(花守り・h00274)は、現時点で判明した目論見を口にしながらも。
 そうなることを選択した彼らの心の内は、わからないでもないのだ。
 ……生を願う者には藁にも縋りたいだろうからな、と。
 そして迷わずに、一番に優先して選択する。
「……恭兵よ」
 そう己へと向けられた相棒――アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)の声色を聞けば。
「本来は一刻も早く、リーダーと呼ばれる存在を追うべきなのだろう。だが、俺様は──」
 紡がれるその言葉を聞けば、最後まで紡がせなくとも。
「これならゆっくり話せるだろう」
 恭兵は霊力を込めた呪符をもって、退院患者達へと刹那放つ。
 織り成し咲かせた、呪符で出来た花の檻を。
「! なっ!?」
「えっ、な、何だ!?」
 ……アダンの望みを叶えるなら俺が取るべき行動はこれだろう、と。
 そしてアダンも、そんな相棒へと笑んで返して。
「フハッ、苦労を掛けてすまぬな」
 相棒が咲かせた駕籠の中に閉じ込められた者達へと目を向ければ、敢えて得物を持たず、構えずに前へと出る。
 勿論、有事の際は恭兵を最優先で庇い、無痛覚故に多少の傷は覚悟の上で。
 何より、恭兵の√能力を信じて――向ける言の葉と行動をもって示すために。
 そして彼らの言動を見て聞いていれば、ふたりにはわかるのだ。
 眼前の者達は、このように能力を使って戦ったこともまだなさそうな、なりたての√能力者であると。
 だからこそ……まだ間に合うと、間に合って欲しいと。
 アダンは花の檻の中で藻掻く彼らへと告げる。
「俺様には理解出来ぬ。お前達が病床に伏せていた間の、悲嘆や苦痛、絶望を知る事は出来ぬ」
 けれど知れぬとも、わかることだってある。
「だが……√能力者に覚醒めたのならば、何かを欠落した事は理解る。其れでも尚、生きたいと願った事は否定しない」
 自分達がそうであるように、何かと引き換えに能力を得たことは。
 そしてそれに縋るその気持ちも、否定はしない。
 だが、自分達がそうであるからこそ、アダンは彼らに告げるのだ。
「しかし、お前達が行おうとする事は、誰かの大事なものを欠落させかねない」
 ――其の事実から目を背けるな、と。
 恭兵も、己の成した檻の中の退院患者達へとこう問うて。
「√能力者とはすなわち欠落をした者。何を落として√能力者になったのか覚えているのか?」
「……っ」
 瞳を見開いて一瞬動きを止めた彼らへと、続ける。
「死してなお死ねないそんな命にだ」
 とはいえ、恭兵自身もある意味、彼らと同じようなものかもしれないが。
(「まぁ、俺は√能力者になりたくてなったが……√能力者の全てがそうでは無いだろうからな」)
 望まずになってしまった人もいるだろうから。
 アダンへと、視線と声を向けて。
「説得は終わったか?」
 ならばと花の檻を散らせれば、彼の行動を肯定し、そして託す。
 ……お前が導いてやれ、と。
 この案件のリーダー格を追うべきだったかもしれない。だがそれよりも、こうすることを選んだ相棒に。
 そしてアダンは、彼らのその身をもって教えてやる。
「少々手荒になるが、許せ」
 ――覇王たる俺様の力、其の一端を味わうがいい。
 影から現れる黒狼の群れを差し向け、数多の影の鎖で再び自由を奪い、昏い黒炎の波に飲み込んで。
「!? うわっ!」
「なっ、ぐっ!?」
 √能力者としてこれから生きていかなければならない人たちに、√能力者として生きていくというのはこういうことなのだという事を。

クラウス・イーザリー

 一見何の問題もなさそうに見えるボランティアに感じた、微かな違和感。
 ボランティア会場で聞いた、数々の病院の噂。
 そして何故か退院しても尚、病院へと通う退院患者。
 まだ全てがわかったわけではないが、夜の病院に集まった退院患者から聞いた話で、今回の案件の一連の背景はある程度察することはできるから。
「悪いけど、思い通りにさせる訳にはいかない」
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は彼ら――√能力者として覚醒した退院患者の前へと立ち塞がる。
 そして彼らを見遣りながらも思うのだった。
(「無理矢理√能力に覚醒させるなんて、そんなことができるのか……」)
 家族達の話によれば、入院していた時の彼らはいずれも、完治はできないほどの病や怪我を負っていたと。
 そんな死や絶望に直面していた人たちにとって、病気や怪我では死なない√能力者への覚醒は、差し伸べられた救いの手であったかもしれない。
 自分達のように、入院患者も救わんと、そう思っているのかもしれないが。
(「それで救われる人だっているのかもしれないけど、リスクが無いとも限らないしね」)
 噂によれば、行方不明者や死亡者がこの病院には多いという。
 なので、もしかしたら「そうなれなかった」人たちもいたのかもしれないし。
 たとえ覚醒できたとしても、退院後に人が変わってしまったようになったとも聞くし。
 眼前の退院患者達をみれば、まだ√能力者化して日も浅そうで、今は何者かに唆されているだけなのかもだから。
 クラウスは、自分達の口を封じんと、火事場のクソ力を発動させる相手を見遣れば。
(「……彼らも、まだ救えるのなら助けないと」)
 一気に地を蹴り、ダッシュで懐に踏み込んで。
「なっ!? ぐ……っ」
 掲げた右の掌で、敵が施した能力の強化を無効化した後。
 フェイントや牽制攻撃を交えながら繰り出すは、電流帯びる電撃鞭。
 痺れるような衝撃で相手の動きを封じながら、早く戦闘を終わらせるように立ち回りつつも。
「手荒な真似をしてすまない。……リーダーという人の話を聞かせてもらえないだろうか」
 そう、クラウスは訊ねてみる。情報を得て、リーダーを追いたいって思うから。
 彼らのことも心配ではあるけど、リーダーを逃したままだと別の場所で同じことをするかもしれないから、と。
 けれど、戦闘しながらそう問うても。
「ぐ……くっ!」
「リーダーのこと? ただ単に、俺達のリーダーってだけだ……うっ!」
 戦い慣れていない様子であるし、まともには話はできなさそうであるし。
 このリーダーは退院患者がいうように、文字通り、ただ彼らのリーダーというだけかもしれない。
 戦闘中に情報を得ることは期待できなさそうであるが、でも彼らにも少しはわかっただろう。
 √能力者になるということは、夢や魔法などでは決してなく――こういう目に遭うことも多々あるのだということは。

道明・玻縷霞
真神・清史郎

 夜の病院で耳にした、退院患者達の会話。
 そしてボランティア会場で数多く聞いていた、完治しないだろうと診断された病気や怪我が治ったのだという話。
 そう、その絡繰りは。
「確かに√能力者になれば、病気とは無縁になります」
 真神・清史郎(HOUND・h05925)の言うように、√能力者化によるものであったのだ。
 けれどそれと同時に、行方不明者や死亡者がこの病院では多いだとか、退院患者の人が変わったようになった、などという噂もあることを思えば……こう推測できる。
「しかし話を聞くに√能力者になる過程で命を落とす可能性もあるようです」
 とはいえ、病気や怪我で死なない身になるのだと甘言を囁くには、病院はまさにお誂え向き。
 死の恐怖を感じたり、余命を告げられた者にとっては、つい縋ってしまうものかもしれないけれど。
「最近√能力者になった俺としては……どうだか」
 そう紡ぎ落すのは、真神・清史郎(HOUND・h05925)。
 確かに√能力者になったことで、ほぼ死なない身になったのだけれども。
 でもそれは清史郎にとっては、救いとかそういうことよりも。
「不老不死になった喜びより家族より先に逝けないって思ったな」
 そしてそれがどういうことかを、清史郎は口にする。
「最後は俺一人になる……それでも、その道を選んだのは俺だ」
 だから、√能力者になったことで病気や怪我が治って、今は眼前の退院患者達も喜んでいるのかもしれないが。
 清史郎は、「そうなった」立場として、彼らへと告げておく。
「一つ言えるのは、病や死に怯えなくなって万歳で終わらすなってことだ」
 それに√能力に覚醒したということは、つまり。
「√能力者になる為には欠落を抱える必要があります」
 彼らも、何かを欠落しているのは確かで。
 玻縷霞は、眼前の√能力者となった退院患者を見遣りながらも、気にはなるものの。
「一体何を欠落したのか……ともかく、今は彼等を止めましょう」
 まだ彼らはきっと、何者かから唆されているだけ。目を覚まさせることはできるはずだと。
 取り返しがつかなくなるその前に、手を打つことが先決だから。
「ぐ、知られたからには、悪いが帰すわけにはいかない!」
「力尽くでも追い払うぞ!」
 知られざる生存本能を覚醒させ、火事場のクソ力を発動させる退院患者達を、清史郎は迎え撃つ。
「拳銃は使わねぇ、警棒で十分だ」
 ……俺からすれば一般市民だからな、と。
 銃を向けることは決してせず、伸縮が可能な警棒で対応する。
 警棒に帯びる電流をもって、相手をひとりずつ気絶させて沈静するべく。
 そして相手している人と別の退院患者達が襲い掛かってこようとすれば。
「仕方ない、口を封じるぞ! ……って、うわっ!?」
 戦場となる病院を刹那泳ぐは、シャチの如き見目の攻性インビジブル。
 そんなザラが牽制すれば、慌てる退院患者達の時間稼ぎには十分。
「馬鹿じゃなきゃ、俺達みたいなのと正面から戦わねぇだろ」
 そして見遣るは、丁寧な物腰に一見すると見える玻縷霞の姿。
 慌てつつも襲い掛かってくる退院患者達にも、勿論動じるわけもなく。
(「彼等は今まで一般人だったのですから戦闘手段は√能力に頼る可能性があります」)
 そう判断すれば、スッと右掌を掲げて。
「……失礼」
 展開する神凪をもって、相手の強化を無効化した後。
「! ぐはっ!?」
「このッ……ふぎゃっ!!」
(「彼等は動揺している様子、手加減して戦いましょう」)
 小細工無しで、一人ずつ相手取り、ぶん殴ったり強烈な頭突きの反撃をくらわせる玻縷霞。
 そしてよろめく彼らへと声を向ける。
「私達は貴方達を懲らしめる為に来たのではありません」
 ……√能力者になる術をどうやって知ったのか、と。
 けれど今は戦闘中、彼らもいまだ大きく動揺している様子だから。
 まずは目を覚まさせ、一旦冷静にさせることが先決だろうし。
「力を得るには、痛みを伴うはず。善意でも相手を救う為に苦痛を押し付けてはいけません」
 またひとり、手加減しつつも襲ってきた相手を殴り飛ばした玻縷霞に、清史郎も頷いて返す。
「分かってるよ、ハルさん」
 ……√能力にはこれってな、と。
 右掌で迫る拳を受け止め、そして発動させる。
 嘗ての相棒から教えて貰った守凪で、相手の能力強化を、玻縷霞と同じ様に無効化してみせて。
「何だと……うぎゃっ!?」
 そのまま警棒でぶん殴ってカウンターをお見舞いすれば。
「ぐっ、このッ!!」
「まぁ落ち着けよ」
 ……話がしたいってだけなんだから、と。
 殴りかかってきた相手の攻撃をひょいとかわしながらも。
 玻縷霞とともに、まずは加減をしつつ一人ずつ殴っては、退院患者達を大人しくさせることに注力するのだった。

澄月・澪

 消灯時間を過ぎ、闇に覆われた院内に不自然に集まっている人達。
 だが彼らは、ただの退院患者ではなく。
「なっ、なんだ、こいつらは!?」
「仕方ない、やっちまえ!」
 √能力者であったのだ。
 しかも――√能力者に覚醒させられた人達。
 そして今度は自分達のように、重い病気や怪我をしている入院患者を√能力者にしようとしていたようだ。
 詳細がわからないことも多いが、今回のこの事件の目的は粗方判明したわけであるが。
 澄月・澪(楽園の魔剣執行者・h00262)が思い返すのは、先日携わった同じような案件のこと。
(「うーん……同じように病院で√能力者になって、力を得るため? に1人で悪いことをしてる人たちもいたんだけど。その人たちもこの病院の人たちも、病院で助けられた……って言ってるんだよね」)
 家族などの関係者の話によれば、この退院患者達の症状は、完治しないだろうと他の病院では診断されていたようだが。
 √能力者になれば、病気や怪我では死なない。さらに超人的な身体能力まで得られる。
 病や怪我で絶望に苛まれていた人にとっては、まさに「助けられた」と思うだろう。
 けれど、澪は首を傾けずにはいられない。
(「ただ助けるだけならいい人なんだけど、どうして悪いことに繋げちゃうんだろう」)
 行方不明者や死亡者が多いという病院のよからぬ噂を聞けば、「そうなれなかった」人たちもいたと察することができるし。
 眼前の彼らだって、誰がどのような思惑で√能力者にしたのか、わかったものではない。
 やり方や手口をみていれば――その目的は決して、病気や怪我を治すためという善意からではないだろうから。
 けれど眼前の彼らは、自分達が恐らくされたことと同じように、覚醒した際に「同士」になるように患者の心につけこんでいるという様子で。
 まだ覚醒もしたばかりの様子なので、倒せば目を覚ます可能性も高い。
 口封じのために立ち塞がれているから、気になることは多々あれど、まずは彼らを倒すことが先決だから。
 ――無事に帰ってきてねっ。
 刹那喚び出すのは、沢山のハムスターのぬいぐるみたち。
 そして辺りに分散させ、その聴覚や嗅覚を駆使し、彼らのリーダーが逃げて行った方向を探らせつつも。
 澪が抜き放つのは、魔剣「オブリビオン」。同時に、魔剣執行者へとその身を変じれば。
 ハムちゃんがえいっと投げたヒマワリの種に気を取られた敵へと地を蹴って。
「! ぐぅっ!?」
 生じた隙をついては、催涙スプレーを噴射せんとしてくる相手を切り伏せていく。
 そして、できるだけ早く戦闘を終わらせることを意識し、澪が立ち回るのは。
(「リーダーさんには追いつけるかな……?」)
 逃げるリーダーをできれば追えればと、そう思うから。

ヨシマサ・リヴィングストン

 病気や怪我が治っても尚、病院に集う者達。
 それは、入院患者のためのイベントを催す、ボランティア活動を行うためかと一見思われたが。
 だが、星詠みの話を聞いた時から、ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)は面白そう……いや、キナくさいと感じていたし。
 実際に退院患者の家族などの関係者から話を聞けば、やはりますます何かがあると確信して。
 そして――退院患者達が今夜集まるという情報から、件の夜の病院に赴けば。
 彼らが交わしていた会話を聞いたヨシマサは、これまでのことや得た話が、思考の中で点から線に結ばれる。
「なるほど~、一連の証言の真相は患者の√能力者化が原因だったんですね~……」
 病気や怪我では死なない√能力者は、病院に入院している人たち……特に完治が難しいと診断されている人にとっては、夢のような魔法の如き話に思うだろう。
 それに縋る者も少なくないだろうし、実際にそうなれて喜んでいる人たちだって多いだろう。
 けれど、「そうさせた者」は善意で彼らを√能力者にしたわけではないことは、やり方をみれば一目瞭然で。
 だが眼前の退院患者達は能力覚醒から日も浅そうで、一度倒せばまだ目を覚ます可能性もあるというから。
 まずは、彼らを何とか無効化……する必要が、あるのだけれど。
「くっ、知られたからには口を封じないと!」
「しかたない、やるぞ!」
「√能力者は死にませんが彼らにいきなり銃をブッ放すのはちょっと刺激が強すぎると思うので~」
 さすがに、すちゃりと銃口を向けては容赦なく引き金をひいていく……なんてことは、ちょっとショッキングすぎるだろうから。
「!? 何……、ッ!!」
(「神経回路を少しイジって彼らを失神させていきましょう~」)
 サイバー・リンケージ・ワイヤーで接続し、神経回路を弄っては無効化していきながらも。
「うーん、ボクとしてはリーダー格が気になって仕方がないところですが」
 この案件のまとめ役であるらしきリーダーの存在が気にならないわけはないのだけれど。
 でも、眼前の痰飲患者を見れば、こうも思うから。
(「きっと彼らが退院後足しげく病院に通っているのもこんなヘンテコな身体になって居場所がないからでしょう」)
 病気や怪我が治って、死なない身。けれど、何らかの「欠落」を代償にしたものであるだろうし。
 それに、超人的な能力を得ても、人が変わったようになる痰飲患者もいるのは、今までの自分と変わってしまったように本人も思ったのかもしれない。
 だから同士で集まり、言われるがまま再び同士を作っていたのかもしれないって。
 ヨシマサはそう考えたから、己の行動をこう選択する。
(「ボクが面倒みるのは難しいですが、ここよりもずっとマシな|集まり《ルビ》旅団とかへ勧誘することは出来ます」)
 だから、また一人、退院患者を失神させながらも――黒幕は他の方に任せて、こっちのケアから行いましょうか、って。

レイ・イクス・ドッペルノイン

 星詠みの話を聞いた段階では、いくつもの小さな違和感であったことが。
 ボランティアの参加者を装って、怪しい退院患者の関係者の話を聞き、病院の噂や退院後の彼らの事を聞いて。
 そして掴んだ、夜の病院で行われている会合で。
 退院患者達の会話から、今回の案件に関しては、全貌が粗方予想できる程度には色々と明らかになってきたかもしれない。
 退院患者達は何者かに√能力者にされていて、さらに同じように入院患者に同じことをしようとしているようだ。
 そこでレイ・イクス・ドッペルノイン(人生という名のクソゲー・h02896)が考えたのは、このような予測。
「まぁ、確かに不滅にはなるし、致命的デバフもデスポーンで解除されるけど……難病の完治で釣って、簒奪者を量産する計画なんじゃ」
「あり得ないとも言い切れないよね。要は悪霊憑かせたら簒奪者になるんだろ」
「その認識でだいたいあってるよ、玲子」
 √能力者は、病気や怪我では死なないのだから。
 もう治らないという病気や怪我をした人たちにとっては、願ってもない話であるだろう。
 なので「そうさせた者」は、決して善意などではなく、その心情につけこんだのだろうと分かるし。
 そう考えれば、病院という場所は、お誂え向きである。
 それに、退院患者達の様子を見れば。
「く、話を聞かれたなら、ただでは帰せない!」
 玲子の言っていたように、眼前の彼らはまだ、悪霊を憑かせられてはないようだから。
「数が多いから『処理落ち』で適当な一体にタゲ取って、処理落ち範囲に巻き込んで複数体鈍らせてから、グラビティ・スノウの範囲攻撃で小突いて正気に戻しな」
 隠し持っていたナイフや武器を振るってくる敵にも、玲子のいうように対処するべく、まずはメソッド・処理落ちを展開して。
 演算処理が超負荷になった機械細胞を、オーバークロックモードに変形させれば。
「!? なっ、何だ……ぐあっ!」
 範囲内全体を処理落ちさせ、思考でグラビティ・スノウを制御しつつ鈍足になった相手に攻撃を仕掛けては、無効化していくレイ。
 そして目を覚まさせるべく倒しながらも、思うのだった。
「てか、誰に「能力者になれば救われる」みたいな事吹き込まれたんだろう……」
 今回の案件に関しては、目的や手段がわかってきたが……肝心のそのことは、まだ全く不明であるし。
(「死亡とか行方不明とか多発している時点で、かなり強引な方法の可能性もありそう」)
 √能力者に「なれなかった」人も、病院の噂を聞けば、もしかして少なくない数いるのかもしれないって、思うから。
 情報収集やハッキングでこいつらから眉唾言った輩を聞き出せるかな……なんて思って試みたものの。
「何とかして口を封じないと! ……ぐぅっ!」
 もう少し落ち着きでもしないと、まともに話もできなさそうだから。
 とにかくまずは、√能力者となった退院患者達を倒しては、正気に戻していくのだった。

十束・新貴

 勿論、本来の目的は忘れてなどいなかったのだけれど。
 最初は、自分にはメルヘンすぎやしないかと少し気後れしていた十束・新貴(三度目の正直・h04096)も、実際に参加してみれば杞憂であって。
 あの子の誕生日も近くて丁度良かったし。
「テディベア作りは結構楽しかったんだけどなあ」
 なかなか思っていたよりもずっと、ボランティア活動自体は楽しめたのだけれど。
「何でこんな時間の病院に、俺達以外の人が!?」
「聞かれたなら、口封じしないと……!」
 怪しい退院患者の関係者の話や、退院患者達が夜の病院で話していることを聞けば。
(「分かってはいたけれど、あんな素敵なイベントを開催する裏で企みとは」)
 何かあるだろうとは思っていたが、複雑な気持ちにはなるものの。
 催涙スプレーを手に襲い掛かってくる彼らを見遣り、新貴は選択するのだった。
(「この人達は傷つけられない」)
 ……俺としては、この人達に寄りそうことを最優先にしたいところだ、と。
 そしてどうこれから動くにしてもまずは、√能力者になった退院患者達を正気に戻すことからだ。
 そのためには一度倒して、目を覚まさせる必要があるのだけれど。
「アークシーカー、手加減はしてくれよ」
 そう告げつつも、新貴は改めて、退院患者達へと視線と声を向ける。
「……なあ、君たち、まだ戻れるんだろ?」
「戻る? 怪我人に戻るのはまっぴらだ!」
 新貴が意図する何に「戻る」のかさえ理解できてないほど、今は話にはなりそうになくて。
(「何を考えてるかわからないけど……」)
 それでも、声を掛けてみる。
「そりゃ、すぐ傷が治るのはいいことかもだけど。でも、いいことばかりじゃないだろう?」
 だって当然新貴も、身を持って知っているから。
「代償はないのか? 本当に、何も……」
 √能力者になるということは、何かを「欠落」しているはずであることを。
 そして、アークシーカーを展開すれば、目立たぬように複製体を放ち、球体状のファミリアセントリーたちに周囲の動きを探らせながらも。
「知られたからには、仕方ない……うがっ!?」
「君たちが苦しまずに済むように……こっちも全力でやるからな」
 電磁パルス弾を繰り出し、退院患者達を倒すべく、全力で迎え撃つ新貴。
 彼らが戻れるように、彼らに寄り添うと、決めたのだから。

弓月・慎哉

 色々な噂が囁かれているという病院、そして妙な行動を取る退院患者達。
 そしてこの日、夜の病院に集まった彼らは。
(「保護対象に手荒な真似はしたくありませんが、√能力者ならば油断は禁物ですね」)
 弓月・慎哉(蒼き業火ブルーインフェルノ・h01686)が見遣る眼前の相手はそう、√能力者に覚醒した人々だという。
 けれどまだ覚醒から日も浅いようで、倒して目を覚まさせれば正気に戻りそうだから。
 知られざる生存本能を覚醒させ、能力のひとつを強化し襲い来る彼らへと、慎哉がすかさず放つは超高温の青い焔。
 そして――逃がしません、と。
「!? うわっ!」
 牽制し攻撃をいなして、逆に早業を駆使した格闘を仕掛けて捻じ伏せ押さえつけて。
 襲ってきた別の相手は手錠で捕縛、振り上げてくる武器を超常現象阻害弾で弾き落としたりと、次々制圧していきながらも。
 慎哉は、眼前の者達へとこう問う。
「あなた方を置いて逃げるようなリーダーに従うのですか?」
 その言葉に一瞬、複雑そうな表情や反応を見せる退院患者達だけれど。
「で、でも、こうやって元気な身体にしてもらったし……」
「リーダーのことは、私達に作戦を指示する役目の人ってしか、知らないし」
 そんな彼らを見つつ、慎哉は戦いながらも手掛かりを探してみる。
 退院患者達の持ち物や身に付けているものなどを見て――その『リーダー』やその先にいる存在は一体何者なのか、と。
 けれど彼らも言っているように、リーダーとやらとのかかわりはそれほど深いわけではなさそうで、特に持ち物などからわかる情報はなさそうで。
 正気に戻った人に話をして貰えるのならばお願いしたいとは思うも、心のケアなどがまずは必要かもしれないけれど。
 でも、次々と彼ら制していきつつ、慎哉は声を向け続ける。
「落ち着いたら、改めてテディベアイベントをしましょう」
 ……今度は純粋に、入院患者さんやあなた方の笑顔の為に、と。

雨夜・氷月
ララ・キルシュネーテ

 じいと見つめては、ほっこりと。
 ボランティアの際に作った、可愛い白熊ちゃんにご満悦──していれば。
「裏ではこんな不穏なことになっていたのね?」
 そう紡いだララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)に、雨夜・氷月(壊月・h00493)は瞳を細めてみせて。
「ふーん、患者を√能力者にして仲間を増やすねえ。とってもキナ臭いね」
「ふぅん、患者を√能力者に……√能力者を増やして何か企む組織があるのかしらね」
 そうこてりと首を傾ける彼女に、氷月はこう訊ねてみるのだけれど。
「どうする?ララ」
「どうするも、氷月。決まっているわ?」
 返る言の葉に、思わず笑っちゃう。
「ララ達はおいたをする子にお仕置するの。愛の鞭よ」
「ははっ! まあそうだよね!」
 そして彼と一緒に、ララも笑み咲かせる――窕のナイフを構えて。
「弱った心につけ込むなんて下衆な事をするわね」
「だけど、どんな病気や怪我も治せるんだぞ」
「とにかく、知られたら口封じしないと……!」
 そう口々に言う退院患者に、氷月はまた笑って告げる。
 ……口封じって言葉を使うならきっと、ワルイコトって知りながらやってるってこと、って。
 その言葉に一瞬、表情が変わる退院患者達。
 それもまた笑えるし、それにワルイコトはいつだって魅力的だけれど。
「俺としてはそれも面白そうとは思うけど。ザンネン、今はコッチ側なんだ」
 だから、ララと一緒に、愛の鞭?
 ……さ、ワルイコトをする代償を教えてあげないとね? って。
 刹那、月のように淡く輝く銃口が向けられれば、引き金が素早く引かれて。
 ――今、月は満ちた。
 与えるのは、隠し持つ刃を向ける者達には降り注ぐ光刃雨の痛みを、共に並び立つ者達には天満月の加護を。
「ララと遊んで頂戴」
 早業で駆け、桜龍神の祝と迦楼羅の寵愛の具現たる桜吹雪を纏って、花一匁。
 破魔の迦楼羅焔を纏わせた刃で切断し、邪な心ごと光桜の迦楼羅炎で焼き尽くしてあげる。
「ぐっ! な、なんだお前たちは!?」
「うぐ、超人的な身体になっているはずなのに……まさか、同じ能力者?」
 まだ覚醒して間もないらしく、驚き慌てるその姿を見れば。
「あんまり簡単に倒れられちゃうとツマンナイ」
 氷月はそうふるりと微か首を横に振ってから、今度は首を傾けてみせつつ訊いてみるのだけれど。
「そういえばリーダーって何してるヒトなの? 言ったら少しくらい温情あげてもいいよ」
「リーダー? この病院の作戦のリーダーにきまってるだろっ」
「職業とかか? そういうことは知らない」
 戦闘中は特に、受け答えもまともにはできそうにないようだ。
 だから、早く正気に戻してあげるためにも。
「ねぇ、目が覚めた?」
 ララは赤き花一華を細めて教えてあげる。
 ……そろそろ起きた方がお前達の身のため、って。
 だからそれまで、何度だって繰り返してやる――斬って、串刺して、焼却して。
「退院するのだから元気な姿で家族の元へ、大切な人の元へ帰るといいわ。帰れるうちにね」
「支えてくれたヒトのことを差し置いて、こんな企みをしてるヒトに対して、ちゃんと家族の元へ、なんて」
 氷月は、耳に届いた彼女の言の葉に瞳を細める。
「んふふ、ララは優しいね」
 そして……ふふ、そうかしら、って。
 向けられた彼の声に、今度はララが咲み返す番。

サテラ・メーティス
花牟礼・まほろ

 自分達も、考えてみればそうなのだけれど。
 花牟礼・まほろ(春とまぼろし・h01075)は、思わず瞳をぱちり。
「√能力者になって病気を治す……んん、おもってもみなかった解決法!」
 それに、こくりと頷いて返しながらも。
「力技ですね……」
 サテラ・メーティス サテラ・メーティス(|Astral Rain《星雨》・h04299)はこうも続ける。
「それで病気を克服できるなら、縋ってしまうかもしれません……」
 もう治らないと言われた病気や怪我が治る、それはまるで魔法のような甘言のようで。
 √能力者になれば、死ぬことだってない。
 死に直面していた人達にとって、それに縋りたいと手を伸ばしてしまうのもわかるし。
「元気になる人がいるなら、それでもいいと思うけれど」
 そう紡ぐまほろは、でも知っているから。
「でも、‪√‬能力者には、想像以上の過酷な運命があるかもしれない」
 だから……追い詰められている人を利用するなんて、許せません、って。
 弱みに付け込むようなやり方を、きっぱりと否定する。
 そしてふたりは、退院患者達へと言葉を向ける。
「でも治した恩を理由に、何かをやらせようっていうのはよくないよね」
「体を治して、本当にやりたかったことは、きっと今してることとは違いますよね」
 思い出して欲しいから。もしも元気になったらやりたいって、本当に思ったことを。
 だって、今のままこんなことを続けていたら、きっと。
「そゆ考え方の人についていって、一緒に悪いことをしたら、あなた達もほんとの悪者になっちゃうよ」
「小さな変化にも気づいた大切な人たちが、皆さんを心配しています」
 でも、まだ今なら間に合うはず。
「く、私達と同じように治らない絶望を感じている入院患者にも、元気になってもらう……それの何が悪い!」
「あのまま死ぬくらいなら、多少の代償くらい……っ」
 目を覚まして、正気に戻ってくれると信じて。
 だから、火事場のクソ力で能力を上げたり、催涙スプレーを手に迫る退院患者へと真っ直ぐ視線を向けながら。
「よーし、サテラちゃん。あの人達を落ち着かせよう!」
 ――おいで、みんなで遊ぼう!
 まほろが喚ぶのは、12体の護霊「おともだちの動物さん」!
 そして、動物さんたちと狙うのは。
「なっ、何だ!? わっ!」
「うぷっ、もふもふ……ッ」
 襲い来る相手の牽制や無力化。
(「動物さんの威力なら攻撃しても大丈夫だと思うけど」)
 そう相手が大怪我しない様にだけは注意しながらも、でも、まほろは動物さん達へとこう声をかける。
「どんどん行こう、動物さん!」
 だって、果敢に動物さんたちが攻勢に出ても、大丈夫って信じているから。
 ――みんな、力を貸して。
 刹那、星霊「綺羅星」が解き放つのは、星彩の慈癒光。
 そう……回復は、サテラの星霊にお任せしているのだから。
(「まほろさんも、私も絶対に傷つけさせない」)
 そして、サテラは自分達は勿論のこと。
「まだ、今なら引き返せます。恐れているものがあるなら、私たちが守ります。だから、大切な人のために目を覚ましてください!」 
 √能力者に覚醒させられた人たちだって、傷つけたくはない。
 助けたいって思うから、そう声を向け続けて。
 まほろも、極力傷つけないように相手を無効化していきながらも、サテラと共に思いを込めて行動で示す。
 ……患者さん達に、まほろ達の仲良くしたい気持ちが伝わりますように、って。

リーガル・ハワード
古出水・蒔生

 消灯後の夜の病院は、ただ暗いというだけではなくて。
「うわ、わ! 危な……!」
 思わず声を上げた古出水・蒔生(Flow-ov-er・h00725)にとっては、特に注意して進まないといけない場所。
「ご、ごめん。病院内、金属製品が多くて。迷惑かけちゃって」
 うっかり触っちゃったら、錆だらけになってしまうから。
 そんな蒔生に、リーガル・ハワード(イヴリスの|炁物《きぶつ》・h00539)は声をかけながらも。
「僕が前を歩くから手を引こうか?」
 手袋を取り出しつつ彼女を見るのだけれど。
 瞳を見開いて、ぶんぶんと首を大きく横に振って返す蒔生。
「え、手、えっ!? だ、だめだめ! 手袋あっても確実じゃないし、リーガルさんにもしもの事があったら!」
「いいよ、別に」
 リーガルはそう言いつつも、彼女がそう言うだろうこともわかるから。
 改めて前を歩きながら、差し出し直して。
「裾なら……ありがと」
 彼の袖をちまっと握りつつも、リーガルの数歩後ろを歩いていれば。
 探していた退院患者達が集まっている場所を見つけ、そっと様子を窺いつつ話を聞けば。
 病院の噂、ボランティアで聞いた関係者の話、夜に彼らが此処に集まる理由。
 それが明らかになる――入院患者を√能力者に覚醒させようという目論見が。
 そしてまた眼前の退院患者達も、同じように√能力者に覚醒した人達であったのだ。
 もう治らないと言われていた病気や怪我がたちどころに治ったという絡繰りは、それであったのだけれど。
「!? な、なんだ、お前たちは!」
「話を聞かれた……!?」
 他の能力者と共に彼らの前へと姿を現し、リーガルは驚愕する退院患者達へと視線を投げながらも紡ぐ。
「成程なあ。そんな手を」
 ……死を目前とした人にはあんたらが救いに見えるかもしれんな、と。
 √能力者になれば、病気や怪我では死なないのだから。
 けれど、彼らのやろうとしていることを聞けば、蒔生は思わず声を上げて。
「死にそうな人を、√能力者にする……!? ばかじゃないの!」
 そして、彼らへと見せてやる。√能力者になるということが、どういうことかを。
「不死の便利な生き物だとか、勘違いしてるかもしんないけど! √能力者は“死なない”んじゃない!」
「! えっ!?」
 ぐっと、彼らの得物を掴んでやれば――瞬く間に錆が広がって、朽ちて。
 こうなるって知っているけれど、それでも。
「――“死ねない”の! このまま、ずっと!」
 それにすら、募る苛立ち。
 √能力者になることは、願いが叶う夢のような存在になるなんてことでは決してない。
 何かを欠落し、そして人によっては死ぬこともできない、そんな解けない呪いでもあるのだ。
 リーガルは、そんな蒔生の行動を見守りながらも。
 万が一の時を考え、世界の歪みで反撃を遮断する準備をしておきながらも。
 彼女に続いて、退院患者達へと告げる。
 確かに、彼らの重い病気や怪我は治ったし、入院患者の症状も完治するだろうけれど。
「……しかし、だ。碌な説明もせず問答無用で√能力者にするのは僕はどうかと思う」
 ――あんたらの掲げる理想を一方的に押し付けているだけだろ、って。
 それから改めて、リーガルは問う。
「本当に、√能力者になって良いことづくめか? 一度も後悔していないのか?」
「……!」
 全てを見透かすようなその視線に、びくっと退院患者達は反応を示して。
 抵抗する力も無く、地にへたり込んでしまう。
 けれど、最後の一人は大きく首を横に振り、自らに言い聞かせるように叫んで。
「いや、死ぬくらいなら、このくらいの代償……、ぐぅっ!」
 アヴィスの柄の攻撃を見舞われ、心折られて倒れる。
 √能力者になったのならば、彼らにも必ずあるはずだから――失ったものや、欠落が。
 そして全ての退院患者を無効化すれば、蒔生はぽつりと言葉を紡ぎ落す。
「……ごめん、リーガルさん。わたし、自分のことばっかりで……暴走して」
「蒔生の気持ちも分かるよ」
 リーガルはそう彼女へと言葉を向けながらも、今はまだ意識を失っている退院患者達を見遣りつつ思う。
(「彼らの所属や意図は何だろう」)
 そして――自分達が現れた連絡を受けて逃亡をはかったという、今回の一件のリーダー格を追いたいなと、そうは思うのだけれど。
「この人たち、このままにしておきたくない」
 ……目覚めるまで傍にいても、いい? って。
 そっと再び、遠慮気味に彼の裾を少しだけ握って、蒔生がそう告げれば。
 退院患者達を見守る彼女の隣にリーガルは座る――いいよっていう、肯定の意で。

第3章 日常 『救出した敵のアフターフォロー』


 夜の病院に集っていた、退院患者達。
 彼らは、病気や怪我では死なない、どんな重い症状も完治すると。
 その言葉に縋り、√能力者になった者達で。
 入院患者の心にすり寄り、自分達と同じような√能力者の同士を作らんとしていた。
 そして襲い掛かってきた彼らを全て倒した今、次に目が覚めた時には正気に戻っているだろう。
 だが退院患者達の言うリーダーは、現在も逃亡中。
 そのリーダーを追って倒せれば良いのだが……索敵していた人達によれば、リーダーはもう病院周辺からはかなり遠ざかっているだろうという話だ。
 今から追いかけても、リーダーに追いつくことはかなり難しいかもしれない。
 それでも、リーダーを追うという√能力者も当然いるだろう。
 
 そして病院に残った√能力者達は、恐らく順次目覚める退院患者をケアしつつ、家まで送り届けることに。
 退院患者達は、まだ心身共に安定していない状態と思われる。
 故に、話すこともまとまりがなかったり、整合性がまだ取れないようなことを口にするかもしれないし。あれこれ質問されれば、まだ整理のついていない心が余計に混乱してしまうかもしれない。
 だから、今回は情報収集ではなく、退院患者のケアを重視して、彼らを家まで送り届けてあげて欲しい。
 退院患者達がリラックスできるような雑談でもいいし、話を聞いてあげるのもいいし、そっと話しかけずに護衛という形で送り届けてもいいし。自分の経験や、√能力者としてのノウハウを、相手に負担がない程度に教えてあげるのもいいだろう。
 心を開いてくれれば、退院患者も次第に会話に応じてくれるだろうし。
 今は気持ちや状況の整理がつかなくとも、少し落ち着いた後日に、何か思い出したことなどを伝えてくれるかもしれない。
 だから今は、無理に事件のことを聞いたり質問するのではなく、その心に寄り添うような言動を心掛けつつ。
 手分けして、彼らを待つ家族や大切な人たちの元に、連れて帰って欲しい。

●マスターより補足
 第2章の結果を受けて、退院患者を家まで送り届ける内容に分岐しています。
 ボスを追わず、退院患者のケアにつとめつつも家まで送り届ける内容です。
 なので、ボスを追って戦います! というプレイングは返金になります。
 また、第2章でボスを追うこと希望だった方も勿論、第3章で退院患者を送り届ける行動のご参加もしていただけます。
 情報収集ではなくケアをメインにしていただきますので、退院患者への質問が多いプレイングは場合によっては返金になるかもです。
 基本は退院患者を送り届ける行動をしていただくことになりますが、無理のない程度に工夫したりなどは勿論していただけます。
 ですが、あまり気を衒うようなことは、採用できないかもしれません。
 また、今回のリプレイでは何も得られずとも、気持ちをこめて丁寧に対応すれば、後々で良い事があるかもしれません。
 送り届ける退院患者は、夜に出歩いても不自然ではない年頃の男女で、話しやすそうだったりペースが合いそうな年齢や性別等の方を選んでいただいて大丈夫です。
 おひとりでもグループででも、皆で手分けして、それなりの人数いる退院患者達を送り届けるかたちになります。
静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

 再び静寂を取り戻した夜の病院に倒れ伏しているのは、沢山の退院患者達。
 だが、じきに順に目を覚ますだろう。
 彼らは√能力者となった者達――ほぼ死ぬことはない、死ねぬ身なのだから。
 そしてその中で最初に起き上がったのは、大学生らしき男性であった。
「う、俺達は……?」
 そんな男はまだ、状況を把握しきてれいないようであるが。
 アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は、静寂・恭兵(花守り・h00274)へと目を向けて。
「恭兵、闘争の気配は?」
「リーダー……主犯者の追跡はこれ以上は無理か……」
 それは仕方ない……と紡ぐ相棒の返答に、こう返す。
「ならば、襲撃を警戒せずとも良いか」
 この案件を指揮していたリーダーとやらは逃したし、勿論追い詰められればそれに越したことはなかったが。
 けれど、恭兵も己の選択に後悔などはない。己が、相棒の望みを叶えるために行動することを迷いなく選んだのだから。
 そしてようやく少し落ち着いた様子の男性を、家まで送り届けることにする。
 とはいえ、今になって、自分達がしようとしていたことへの後悔、そして√能力者になったというということはどういうことかを知った彼は、青ざめた顔で俯いたままで。
(「√能力者になった患者達のケア……か」)
 そんな様子を見遣りながらも、恭兵は思う。果たして俺にできるかどうか……と。
 恭兵自身も、彼らと同じで――『死にたくない』から√能力者になった。
 けれど、こうも思うから。
(「だがそれはきっと患者達とは違う意味でだ」)
 同じだけれど、でも同じではないと。
 だから、彼らの心をケアできるようなことが自分に言えるのかと、恭兵は考えてしまうのだけれど。
 ふいに耳に届いたのは、相棒の声。
 アダンは、何か話したい事があれば聞こうと思っていたが。
 そうでなければ……と、まだ惑っている様子の男へとこう声を掛けたのだ。
「√能力者になったからという理由で、無理に戦う事を選ぶ必要は無い」
 彼がその身をもって知った恐れを汲み取るように。
 確かに、√能力者となったのだから戦える力は得ただろうが。
 でも、アダンは思うから。自分や相棒がこうやって戦いに身を投じるのは、戦うに値する強き意思を持っているから。
 だが、それを持たぬのであれば『戦えぬ者』と呼べるだろうと。
 そして、何よりも。
(「其れを巻き込む事は、俺様の信念が許さぬ」)
 自分は先程この者達へと、√能力者としての力を示したが。
 それを知った上でこれからどうするかを選ぶのは、彼らひとりひとりなのだから。
 そして、俯いていた顔をあげた男に、恭兵も続ける。
「アダンの言う様に√能力者になったからと言って無理に戦う道を選ばなくてもいいだろ。望んだ生を謳歌するといい」
 ……その為に君達は何かを欠落させたのだから、と。
 それから、その言葉にびくりと微か身を震わせた彼へと告げるのだった。
「それを取り戻すくらい生き抜き抜けばいい。もう一度日常に戻ることだって出来る」
 √能力者となるために「欠落」したもの。それが彼にも、当然自分達にも、あるのだけれど。
 どのような道を選ぶにしても、自分の足で歩んでいかなければならないのだ。
 そして恭兵はアダンと共に並んで歩きながらも、何かを考えるような男を見守りつつ思う。
 ……俺が言えるのはこれくらいだな、と。
 その後、無事に彼を家の前まで送り届ければ、礼を述べる男へとアダンは手渡す。
「役に立つかは分からぬが、何かあった時は呼べ」
 同じ√能力者として、今までとは違った生を歩む彼に、自分達の連絡先を書いた紙を。
 そしてそれを受け取った男へと、アダンはいつもの覇王の如き笑みを向けて告げるのだった。
「嗚呼、目的は如何であれ。他者の心に寄り添おうとする発想は素晴らしかったぞ!」
 そう言うアダンに、男は約束する。
 皆さんに協力してもらったテディベアイベントはちゃんと渡しますから、と。
 それから、無事に男性を家まで送り届ければ。
「さて、俺たちも帰るか……白椿に土産も渡したいしな」
 恭兵の手の中にあるのは、ボランティアに参加した際に作ったテディベア。
 そんな白椿への土産のクマのぬいぐるみは、ふたつ。
「恭兵、俺様の分のテディベアも真白の椿に渡してくれ」
 ……彼女宛の手紙でもあるのでな、と。
 そうアダンに託されれば、恭兵は頷いて返して。
「ん、お前からの分もちゃんと渡すよ」
 アダンから改めて受け取る――自分と白椿の幸せを願って作ったという、相棒のテディベアを。

道明・玻縷霞
真神・清史郎

 今回の案件で何が起こっていたのかは判明し、それに対処もしたのだけれど。
 だが、誰が何のために、このようなことを企てて実行したのか。
「真相は分かりませんでしたが、彼等を送り届けることを優先しましょう」
 わからないことはまだ多いが、道明・玻縷霞(黒狗・h01642)は退院患者達を家まで送り届けることにする。
 主犯を締め上げて捕まえることもだけれど、その機会が完全になくなったわけでもないし。
 それに、何より。
(「私達の仕事の中にはアフターケアを含まれます」)
 ……√が違っていても警察としてやるべきことは変わりません、と。
 √が違っても、彼らが一般人であろうが√能力者であろうが、彼らが警察として守るべき市民には変わりないのだから。
 そんな玻縷霞の言葉に、真神・清史郎(HOUND・h05925)も同意するように頷く。
「この事件が起こったのは此処だけじゃねぇからな。ハナから直ぐに解決できるとは思っていない」
 これまでも沢山の事件を追い、見てきたから分かるのだ。
 耳にする似たような案件、そして警察としての勘が。
 それにやはり、相対していた時から対応を徹底していたように。
 方針や考えは玻縷霞と同じで、そしてこの案件に携わった当初からずっと変わらない。
 ……保護対象者の送るのも俺達の仕事だ、と。
 そして、送り届けるべき対象の退院患者は老若男女いるのだけれど。
 玻縷霞が清史郎と共に対応にあたるのは。
「くそっ、何で俺はこんなこと選んじまったんだ! あの野郎に唆されて……っ」
 若い男性で、戸惑いと後悔から、まだ少し気が立っているような男性。
 その様子を見れば、暴力を振るうようなことはないとは思うのだけれど。
 万が一そうなった場合でも、いつでも対処できるようそっとしておきながらも。
「追い詰められた時、何かに縋りたくなるのは悪いことではありません。それが今回√能力だった、というだけです」
 玻縷霞はそう、男性に接触をはかってみる。
 清史郎も最初の接触と会話は玻縷霞に任せ、護衛を担いつつ。
 周囲の警戒の他に、保護対象が錯乱した時の対応を考えたりもやはりしたのだけれど。
「俺は……死ぬのが、こわかっただけなんだ……」
 ぽつりと力無く紡ぐその様子を見れば、思う。
(「この感じだと問題はなさそうだな……」)
 困った時にはと何かと回される、色々な案件に直面した人の様子を沢山見てきているから。
 そして気が立っていた男性は、今度はすっかり意気消沈している様子だから。
 玻縷霞はその心をケアするべく、こうも告げるのだった。
「この力は決して悪いものではありません」
 √能力者になったということは、彼にもあるということを、わかっているから。
「その中に、他の世界に渡る力があります。貴方達のまだ知らない世界を見ることが出来る」
 だから玻縷霞は教える……何かを失ってしまっても、その代わりに何かを得られるかもしれない、と。
 √能力者に覚醒したかわりに、何かを「欠落」しただろう彼に。
 それに、告げたり導くことはできても。
「どう生きていくかは、貴方達次第ですよ」
 √能力者であれ何であれ、結局どう歩むかを選ぶのは、己自身なのだから。
 そう、清史郎も選んだのだ。
「俺も√能力者になって間もないが、俺にはやることがあった。ハルさん達のように現場に出て戦って、この目で世界を見ること」
 ……それがあったから迷いはなかった、と。
 √能力者に何故なったかなんて、それも人ぞれぞれで。
 けれど、彼らの気持ちはわかるし。
「……お前達は違う、怪我や病気を治療することがゴールだった。道を見失うのも無理はない」
 清史郎はそう気持ちに寄り添いながらも、己の職務を全うする。
「だが、その為の俺達だ。いつでもうちに相談しに来ればいい」
 ……まぁ、|√汎神解剖機関《こっち》は陰鬱としてるがな、なんて。
 男性を無事に家へと送り届け、一応そう告げておくのも、警察の仕事だから。
 まだ√能力者になりたての退院患者達が知らない己の在る場所を。
 彼らが目にすることがあるかは、分からないけれど。

クラウス・イーザリー

 夜の静けさが戻ってきた病院でひとり、またひとりと正気を取り戻す退院患者達。
 疲弊し戸惑う様子を見れば、大した説明もなく√能力者にされたのだろう。
 そして目が覚めた今になって、自分達がやったこと、やろうとしたことに関して様々な気持ちが生じているのだろう。
 まだ様々な謎は残っているし、この案件を指揮していたリーダーは逃してしまったけれど。
 でも、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は彼らへと声を掛けながらも思うのだ。
「……帰ろうか」
 退院患者達が正気に戻って良かった、と。
 それに憔悴しきっている彼らの様子を見れば、放置してなど当然しておけないから。
 クラウスはいつもの通り、当然のように人を助けるべく動く。
 同じ年頃の退院患者を家へと送り届けようと。
 そして暫くは話すこともままならない様子であった退院患者だが。
 病院を出て家へと向かっていれば、次第にぽつぽつと会話もできるようになってきた様子だから。
 クラウスも彼に声を掛けてみつつも、訊いてみる。
「君は、どうして入院していたの?」
 向けるその言葉は情報収集ではなく、ただ事情を聞いて、寄り添いたいと思うから。
 そんな問いに、まだ途切れ途切れながらもこたえる退院患者。
「俺は、事故に遭って……陸上をしていたのだけど……走るどころか、もう自力で歩くこともできないって」
「それは辛かったね、もう今は大丈夫?」
「怪我はもう……驚くほど、完全に治った、けど」
 クラウスはそんな退院患者の声に、送り届ける道すがら、真摯に耳を傾ける。
 話してくれるならばどんな事情でも聞き届けるし、上手く話せない言葉だけでも丁寧に聞くつもりで。
 それに、外面こそ無表情でクールなクラウスだけれど、彼らの気持ちはわかるから。
 だから、話を聞いては頷いて返してあげつつも、言葉を向ける。
「……経緯がどうであれ、もう君は√能力者だ。これからは見たくないものも見えてしまうかもしれない」
 √能力者になることは必ずしも良いことばかりではないと、そう教えてあげながらも。
 ちゃんとこう伝えたいって、思うから。
「でも、困ったら同じ能力者が力になるよ。勿論、俺もね」
 希望でも絶望でもなく、これから√能力者として生きていく彼の不安を少しでも和らげたいと、クラウスはこう現実を告げてあげる。
 同じ仲間として、穏やかにその手を差し伸べながら……一人じゃない、仲間がいるんだよ、って。

弓月・慎哉

 病や怪我では死ななくとも、痛みやダメージは感じるのだ。身体も、そして心も。
 意識を取り戻し、身を起こしたものの、立ち上がろうとした50代ほどの男性は大きくよろめいて。
「大丈夫ですか? よろしければお手を」
 そんな男性にそっと手を貸すのは、弓月・慎哉(|蒼き業火《ブルーインフェルノ》・h01686)。
 男性は一瞬、びくりと身を震わせたものの。
 慎哉の物腰の柔らさや穏やかな雰囲気にホッとした様子で、礼を告げつつ、その手を素直に取って。
「すみません……頭の中の整理がまだ、つかなくて」
「よかったら、家までお送りします」
 いまだ色々と動揺が大きな彼を、慎哉は家まで送り届けることにする。
 彼や退院患者達は、以前の自分達のような入院患者を√能力者にしようとしていたが。
 同じような経緯で√能力者になった彼らもまた、事件の被害者である。
 きっと「どんな病気や怪我でも治る」ということ以外はあまり知らされずに、死の恐怖をうまく利用されてしまったのだろう。
 そして警察として、事件の被害者のケアやフォローも仕事のうちだけれど。
「歩けますか? ゆっくりで大丈夫ですよ」
 彼の心身が落ち着くまで、慎哉は言わないことにする。
 今回の事件のこと、そして相手を気負わせてしまう可能性があるから、自分が警察の人間であるということは。
 そう彼の心身を気遣いつつも、不安にさせないよう穏やかな対応を心掛けながら。
「お飲み物はいかがですか?」
 慎哉自身はコーヒーを片手に、そう勧めてみれば、じゃあ同じものをと返ってきたから。
「コーヒーはお好きですか? 砂糖やミルクは」
「ブラックで大丈夫です。仕事中にコーヒーはよく飲みますが、頭がすっきりして落ち着きますね……」
 まずは飲み物を飲んで落ち着かせつつ、好きな飲み物の話から雑談でも、と男性と会話を交わしてみる。
 まだ時折、言葉が途切れたりなどしている男性だけれど、慎哉は穏やかに彼の話に耳を傾ける。
 整合性が取れなくても、安心してもらえるまでゆっくり付き合うつもりだから。
 そしてリラックスしてもらえれば、引き続き和やかに話しながらも、男性を自宅まで送り届けて。
 改めて深々と頭をさげて礼を告げる男性へと、慎哉は渡しておく。
「困り事がありましたら、いつでも相談してください」
 最後まで丁寧なフォローを心掛けながら、自分の連絡先を。
 そして去り際に、自分は警察の人間だと軽く名乗っておく。きっと気を許してくれた彼を、安心させるために。

澄月・澪

 自分がその立場であったら、それがある意味デフォルトになっているから。
 案外気づかないものであると、澄月・澪(楽園の魔剣執行者・h00262)は改めて思う。
「そっか、どうやって重い病気の人を治療してたんだろうと思ってたけど、√能力者になれば……」
 病気や怪我では確かに死なない……いや正確にいえば、病気や怪我では、死ねない。
 それが、√能力者であるのだけれど。
 だがそれ以外にも、一般人であった時とは違うことがあるのを、当然ながら澪は知っている。
(「でも、√能力者になるには「欠落」と繋ぎとめるAnkerがないと駄目なんだよね」)
 自分が、どんなことでも、全てが褪せぬまま心に残るようになった様に。そして自分の座標となる存在だって、あるはずだ。
 それに今回の案件は、この事件自体はリーダーこそ逃がしたものの一応解決はしたと言えるが。
(「うー……なれっていってなれるものじゃないと思うけど……」)
 気になることも、まだまだたくさんあることは事実で。
 でも気を取り直して、澪は順に意識を取り戻す退院患者達へと目を向ける。
 ――今は、覚えておくだけにしてみんなのケアをしよう、と。
 そして声をかけてみるのは、今回集まった退院患者の中でも、年が若そうな女の子。
「それじゃあ、行こっか。あんまり遅くなると怒られちゃうっ」
「私、塾をさぼって今日はここにきたから……親にバレたら、心配かけちゃう」
 聞けば彼女は中学生で、年齢も思いのほか近かったから。
 お家に送るよ、と申し出て、ゆっくりのんびりとお話しながら帰ることに。
 でも他愛のない会話を穏やかに交わしながらも、その様子はどこか不安そうで。
「ただ、不治だって言われたこの病気が治るならって、その一心だったけど……もう今までとは、同じじゃ、ないよね」 
 ぽつりと落ちるそんな呟きを聞けば、こう声をかけて。
「√能力者になっても、変わらないといけない、そう生きないといけないってわけじゃないから」
 それから、澪は訊いてみるのだった。 
「せっかく退院できたんだもん。ね、色々やりたいこととかない?」
「うーん……友達と買い物にいったり、好きなアーティストのライブにもいきたいな」
 これから歩んでいく未来で、楽しみたいと彼女が思うことを、たくさん。

ヨシマサ・リヴィングストン

 星詠みの話を聞いた時に、なんだか面白そう……いや、キナくさいと直感がはたらいたのだけれど。
 今回の事件こそ解決はしたものの、ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)はやはり思うのだ。
(「この事件の全容、まだ見えてきませんが焦らず少しずつやっていきましょうか」)
 まだ、この病院に関する案件の根っこの部分は取り除けていないどころか、見えてすらないかもしれないと。
 でもだからといって焦ることもなく、いつものようにゆるっと。
 ……なんだかんだ遠回りが一番の近道ともいいますし~、なんて。
 秘密裏に何かが起こっているかもしれない可能性を知れただけでもきっと良し、であるし。
 やはり、面白そうという好奇心を擽られるから。
 それに、詳しいことはきっと知らないだろうけれど、でも、裏に何かの存在があるとすれば。
 退院患者達がもう少し気持ちが落ちつけば、有益な話も聞けるかもしれないから。
 事件のリーダーは逃がしはしたものの、√能力者になった退院患者達のケアやフォローにヨシマサもあたることにする。
 それから退院患者達へと視線を向ければ、ふと目についたのは、ひとりの男性。
(「一番最初にテディベアを一緒に作った子のお兄ちゃんでしょうか」)
 ボランティアに参加した際に話をしてくれた子と、顔がよく似ている彼に、声をかけてみることに。
「大丈夫ですか? よかったら、家までお送りしましょ~」
「いつの間に、こんな時間に……もうとっくに弟が寝ている時間じゃないか……」
 話を聞いた時から、その子の兄のことが気がかりであったから。
(「もちろん他の人のことも気がかりですが……とりあえず自分の知っている√能力者の集まる飲食店の場所をお伝えしましょ~」)
 まずは、ひとりではないということを……彼が居心地が良いと安心できるだろう場所を、ヨシマサは教えてあげることに。
 きっと置かれている状況が大きく変わってしまったことも、彼や退院患者が病院に集っていた理由のひとつだと思うし。
「この店に、よく√能力者が?」
「結構飲食店に屯してる人たちってのんびりしてる人多いですしね~。こんな集まりよりのびのびできるかと思います」
 それからヨシマサは、こう彼へと続けるのだった。
「今の自分の力を必要以上に恐れず……仲間を作ってくださいね」
 そんな仲間が、ヨシマサ自身も今、沢山いて。
 だから毎日楽しくのびのびやれているって、そう思うから。
 それから、店の場所をざっくり書いたメモと同時に手渡す。
「これ、お守り替わりのテディベア。AIでお話できる機能付きですよ」
 そして早速クマさんと試しにお喋りしてみせれば……おおすごい! と。
 彼に宿るのは、躍るクマを見た時のあの子とそっくりな、キラキラ瞳の笑い顔。

十束・新貴

 全ての退院患者を無効化した後、彼らをそのままにしておいてもきっと大きな問題はなかっただろう。
 何せ、病院に集まっていた退院患者達は、√能力者に覚醒していて。
 その身はどのような怪我を負ったとしても、死なないのだから。
 だが状況から見れば、退院患者は自分達と同じように、入院患者を√能力者にしようとしていたけれど。
 しかし退院患者の彼らもまた、不治の病や再起不能の怪我を負って意気消沈している心につけこまれた被害者で。
 √能力者になるということが、死なないという以外でどういうことかは、よくわかっていなかった様子で。
 十束・新貴(三度目の正直・h04096)はまずは、球体状のファミリアセントリーへと視線と声を向けて。
「アークシーカー、どうだ? ……うん、周囲はクリア」
 周囲に新手などの脅威や危険が迫ってはないことを確認しつつも、こう判断する。
(「リーダーは……やっぱり逃げたか。悔しいけど、今は追うべきじゃないな」)
 だって、このまま放ってなどおけないから――それより、患者さんたちを無事に保護する方がずっと大事だ、と。
 その身は死ななくても、叩きのめされて倒されれば、痛みを伴い疲弊もするし。
 何より、心まで強くなっているわけではないから。むしろ彼らは戸惑い、動揺している状況。
 そしてまたひとり、若い男性が意識を取り戻して身体を起こせば、新貴は優しく声を掛けてみるも。
「……あ、起きましたか? 大丈夫、怖がらないでください」
 うわっと短く声を上げてびくりと身体を震わせる男性を宥めるように続ける。
「僕は、あなたたちを傷つけたりなんてしません。敵じゃないんです」
 最初こそ怯えるような仕草をみせた男性であったが、優しそうな新貴の声や物腰を見聞きすれば、少し落ち着いたようで。
 とはいえ、ひとりで帰すには、心身共にまだ参ってそうだから。
 新貴はこう申し出る。
「少し歩けますか? 無理なら支えますから、遠慮しないで」
 ……家まで、ちゃんと送り届けますよ、って。
 もう治らないと言われた病気や怪我が治ると言われれば、藁にも縋る思いであっただろうし。それが、救いだとすら思っただろう。
 けれど目が覚めた今、様々な現実を思い知った今。
 これからの不安であったり、複雑な思いを抱いたり、状況をうまく整理できない様子であるから。
「俺は、怪我さえ治れば何だっていいって、思っていた。けど……これでよかったのか?」
「今はまだ頭の中がぐちゃぐちゃかもしれないけど、それでいいんです」
 新貴は彼の言葉をひとつひとつ受け止め、その心を少しでも軽くできればと。
「……これから、俺はどうなるんだ? 大事なものを安易に、欠落して……」
「焦らなくていい。泣いたって、立ち止まったって大丈夫」
 今の彼を肯定してあげながらも、その手を差し伸べる。
「……俺たちは、君の味方ですから」
 ――だから、信じてついてきてください、って。
 頷いてくれた男性へとそう告げる。
 そうなった経緯や事情は勿論それぞれ違えど……でも、同じ√能力者として、これから生きていく彼に。

花牟礼・まほろ
サテラ・メーティス

 再び静寂が戻ってきた病院には、気を失っている退院患者の姿があるけれど。
 でも彼らは√能力者であるから全員無事であるし、きっと目が覚めれば、正気に戻ってくれるだろう。
 そして少しずつ意識を取り戻しては、仲間に送り届けられていく患者達の姿を見送りつつも。
「なんとか凌げましたね。どうなるかと思いました……」
 サテラ・メーティス(|Astral Rain《星雨》・h04299)は、ほっと安堵したように金星の瞳を細めてから。
 花牟礼・まほろ(春とまぼろし・h01075)へと向けるのは、視線と笑顔。
「傷つけず止めることができたのは動物さんのもふもふのおかげですね!」
「えへへ、褒めてもらえてよかったね、動物さん! サテラちゃんと星霊さんも、みんなを守ってくれてありがとうっ」
 そう、ふたりと動物さんと星霊さん、皆で力を合わせたから、誰も怪我をせずに事を収められたのだから。
 まほろと顔を見合わせれば、大成功だった作戦にふたり笑み合った後。
 サテラが改めて視線を移すのは、もうすぐ目覚めるだろう退院患者達。
「あとは目を覚ました患者さんたちを、どうやってケアするか、ですね」
 √能力者な彼ら彼女らは、病気や怪我では死なない身体にはなっているが。
 でも、慣れない戦闘や、弱っている心を利用されて√能力者になった現状への戸惑いなど、心身共に疲弊しているのがわかるから。
 少しでもケアしてあげたいと、そう思うのだけれど。
 小さく首を傾けつつもその方法を考えるサテラへと、まほろが告げたのはこんな提案。
「あのね、さっきの戦いで気付いたんだけど……動物さんでアニマルセラピーしてみるのはどうかなあ?」
 先程だって、傷つけることなくちゃんとできたのだから。
 また動物さんたちと協力すれば、きっと患者達の心も癒せるはず、って。
 そしてまほろの言葉に、サテラもすぐに頷いて返して。
「アニマルセラピー…! もふもふ可愛い動物さんたちと触れ合えば、きっと元気になりますね」
 そうと決まれば――動物さん大集合!
「おいで、みんなで遊ぼう!」
 まほろの夢みたいな不思議な魔法で、もふもふ、ぴょこん、と。
 喚び出されたのは、たくさんのおともだちの動物さんたち。
 猫、犬、うさぎなど……患者達も慣れているような、町でよく見かける子を中心に喚んでみて。
「よーし、みんな、一緒に遊んでもらおう!」
「ふふ、もふもふですね! かわいい」
 まほろもサテラも、それぞれ小さな動物さんたちを抱っこして。
「わ、かわいい……なでても、いいですか?」
「どう触ればいいかな……潰さないか、ドキドキかも……」
 目を覚ました患者達も、動物さんたちの愛らしい姿に顔を上げて瞳をキラキラ。
 まさにそう、効果抜群なアニマルセラピー!
 それに、患者さん達と仲良くしたいって、ずっとふたりは思っているから。
「抱っこはこんな風にやるんだよ。脇の下に片手を入れて、もう片方の手で後ろを支えてあげて……そう、上手!」
「私も、撫でてあげたいけど……」
「ゆっくり優しく、毛に沿って撫でてあげたら、大丈夫ですよ」
 そして、動物好きな人は勿論、動物に慣れていない患者達も、もふもふたちにそっと手を伸ばして。
「わ、ふわふわ……!」
「すごくかわいくて癒される……!」
 みんなで動物さんをなでなで。
 そんな患者たちの笑顔も勿論、嬉しいのだけれど。
「サテラちゃんの笑顔を見てるとまほろも嬉しい!」
 サテラの笑顔を見れば、まほろも心がぽかぽか、とても嬉しくなって。
 皆で、にこにこもふもふ――笑顔が戻れば、もう安心。
 ほわりと楽しそうな笑み宿す患者を、自宅に送っていくことに。
 そして家に着くまでは様子を見つつ、それぞれ気に入った動物さんを抱っこしてもらいながらも。
 とことこ、ぴょこぴょこ、患者さんの家まで、たくさんの動物さんたちと大行進!
 そんな動物さんを抱っこして、サテラは改めて隣を歩くまほろへと紡ぐ。
「強くて、可愛い。守るのも癒すのも得意だなんて。すごいですね」
 ……まほろさんが居てくれて、心強かったです、って。
 でもそれは、まほろだって同じで。
「サテラちゃんと一緒だから全然こわくなかったよ」
 だから最後まで一緒に、アニマル大作戦を楽しく遂行する。
 ……お家に帰るまで、しっかり見送ってあげようね、って。

神楽・更紗
ガザミ・ロクモン

 一度目を覚まさせるために倒した退院患者達も、順に意識を取り戻して。
 いくら重い病気を患ったり治らない怪我をしていて唆されたとしても、自分達が安易に√能力者になったことへの不安を改めて覚えたり、同じように入院患者を√能力者にすることに加担していたことに、俯いてしまっているけれど。
 でも、そんな退院患者達の顔をあげさせたのは、ふわふわゆらゆら、幻想的な青と緑の光。
 その光を見ていると、何だか重かった身体も楽になって、ゆっくりと次々再び立ち上がる元患者達。
 そんな光の群れは、ガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)が召喚したオニホタルイカたちの輝き。
 展開した絶影之魔弾の効果のひとつ、回復の効果もあるエターナルスターゲートが発動する中、オニホタルイカたちを眺める人達を見つめながらも。
「青色のイルミネーションを見た時に、僕はとても落ち着いた気分になれたので、同じ効果があるといいなぁと思いまして」
 ……波に揺られてキラキラ~、絵文字でキラキラ~、ホタルイカのミュージアムでした、と。
 その時のことを思い返しながら、ガザミが口にすれば。
 神楽・更紗(深淵の獄・h04673)も、青や緑に照らされながら尻尾たちをゆらゆら。
「ガザミが使役するホタルイカの冷光は、満天の星のように美しく動きがコミカルで見入ってしまうな」
 何の変哲もない夜の病院が、星空のような、海のような、癒し空間に早変わり。
 そして、自宅の方向が比較的同じ人達を集めて。
「皆さんは、水族館に行ったことありますか? 僕は元々海が好きだから、前に行った時とても楽しかったです」
「水族館、私も大好きです!」
「入院して以降は行けてないけど、海にはよく釣りに行っていました。また行きたいなぁ」
「あ、海といえば、海鮮料理はお好きですか? 海鮮料理はおむすびにもよく合いますし。あとは先日、超濃厚豚骨魚介スープの極太つけ麺のお店に行きましたが、つい特盛りにして食べ過ぎちゃいました」
「超濃厚豚骨魚介スープの極太つけ麺! 入院している時はそういうもの食べられなかったから、食べに行きたいなぁ」
 ガザミはそう話題を振ってお喋りしつつも、退院患者達の帰り道にゆっくりと付き合う。
(「大人数でわいわい帰るのも楽しいですよね」)
 それに、ガザミは思うから。
「じゃあ、今度一緒に行ってみます?」
「それはいいですね、是非!」
 これも何かの縁だから、自分達とだだけでなく退院患者同士でも仲良くなる切っ掛けになれたなら……僕はとても嬉しいし安心します、と。
 そんな患者達と和やかに話をするガザミと共に、まずは第一陣の人々を送り届けながらも。
(「やれやれ、家まで何人送る事になるのやら」)
 仲間と手分けして退院患者達を家に送り届けているが、またこの人達を送った後も、病院に自分達は戻ることになりそうだが。
 でもゆうらり尻尾を揺らしながら、更紗は心の内で思う……まぁ、最後の一人まで付き合うがな、と。
 それから、数歩皆の後ろを歩く男性に気が付けば、お耳をぴこり。
(「ふむ。見覚えある男がいるな。正確には、聞き覚えか」)
 そして、聞いた名を読んでみる。
「カイトか? テディベア作りのボランティアで妹から話は聞いていた」
「えっ、はいそうです。あ、妹から……」
 テディベアを作りながら少女が話していた兄に似ていると、そう思ったから。
 そして少しびっくりしている様子の彼に、更紗はこう続ける。
 ……人間違えでなければ、伝えておきたい事がある、と。
「妹は兄と遊ぶ時間が減って寂しい、と言っていた」
「妹が……確かに、あまり最近遊んであげられてなかったかも」
 そう申し訳なさそうにしている姿や、家族思いの妹の様子からも、彼も心根はやさしいのだろうと、更紗は思うのだけれど。
「何をして遊ぶ? ゲームなどとお手軽に済ます気じゃないだろな?」
「え!? あ、な、何して遊ぼう……」
 つい威圧してしまうのは、更紗が口や態度に色々と出てしまう性質だから。
 でも、おたおたする彼を見れば、ハッとして。
(「いかん。落ち着け」)
 ぽふりと顔を埋め、すーはーテディベアを吸って深呼吸。
 そしてまた威圧感を与えぬよう、穏やか皆と話をしているガザミに訊いてみれば。
「ガザミ。家族で楽しめる遊び場に心当たりはないか?」
「ご家族で遊びに行くなら、水族館はいかがでしょう。大水槽の壮大さは心が洗われますよ」
「それはいいですね、僕の名前は海斗ですし、妹は夏海っていうんです」
「ほう、水族館か。なるほど、確かに家族で楽しめそうだな」
 √能力者になった彼らは、今までとは少し違う道を歩んでいかないといけないかもしれないけれど。
 でも――帰路につく道すがら話すのは、これから先に待っている沢山の楽しい予定。

古出水・蒔生
リーガル・ハワード

 静寂が戻ってきた夜の病院で、またひとつ、人が動く気配に気が付いて。
「さっきは悪かった。痛みはないか?」
 そう声を掛けながら、リーガル・ハワード(イヴリスの|炁物《きぶつ》・h00539)は手を差し伸べる。
 正気に戻すために一度無効化させ、そして目覚めた退院患者に。
 それから、差し出した手は重ねられたものの、向けられた視線と言葉に、リーガルは思わず苦笑してしまう。
「死なない身体……いや、死ねない身体でも、痛いものは痛いんだな」
「悪かったよ、でもこうでもしないと聞いてくれなかっただろ」
 恨みがましい瞳に謝りつつ、手を引いて立つ手助けをした退院患者を改めて見遣る。
(「同性……年齢も僕と同じくらいか」)
 そして彼は聞けば、家が近い、塾が同じ友人と一緒だというし。
 今日は塾をさぼって病院に来たというので、親が心配しないうちに二人を送り届けることに。
 そんな止めた人達の中でも若い二人の男女を、リーガルと共に家へと送っていくことになった古出水・蒔生(Flow-ov-er・h00725)であるが。
 男性の方とともに数歩前を行く彼へと、ちらりと視線を向けるも。
(「初対面の人と話すの苦手だし、リーガルさんと並びたいけど……そうもいかないか」)
 まだ体力もあまり戻っていない様子の、女性の方に歩調を合わせて。
 何も喋らないというわけにもいかないから、そっと声をかけてみた蒔生だけれど。
「あの……さっきは」
 瞬間、びくっと大きく身体を振るわせ、少し怯えた瞳を向ける女性。
 いや、一度無効化することは、彼女達を正気に戻すためには必要であったとはいえ。
 やはりこれまで一般人であったのだから、驚き恐れるのは仕方がないし、それは分かっている……ものの。
「そ、そんな怖がんなくてもいいじゃん!」
 蒔生は女性の反応に、ちょっぴり複雑な気持ちを覚えつつ。
 でも、そっと様子を窺いながらも続ける。
「怒ったのは……ごめん」
 そして少しだけバツの悪さを覚えながら、くるりと髪の先を弄れば。
 ぽろりと落ちてゆくのは、錆。
 それに気づいた女性は、先程実際に目にしたことを改めて思い出したように、ハッとして。
「あ、錆……」
「うん、生まれつき。段々酷くなってくみたいで……髪、こんななっちゃった」
 そう、小さく笑ってみせる蒔生。だって、慣れているから。
 だんだん髪がへんになっていくことも、昔から触れるものが全部錆だらけになることも。
 でも、もう慣れっこだからこそ、言えることだってあるし。
「あ、でも。さっきはああ言ったけど、√能力者も悪くない事あるよ」
 嘘ではないって、わかってもらえることだってある。
 そして自分を見つめる彼女へとちらっと視線を向けて、蒔生は紡ぐ。
「……わたしが触っても、大丈夫かもって思えるし」
 そんな女子達の数歩前を行くリーガルも、基本は共に歩く男性の話に耳を傾ける。
「もう治らないって言われるくらいに病気が進行して、退院もいつできるかわからなくて。学校の友達もお見舞いに来てくれていたけど、修学旅行や運動会、何も学校行事には参加できなくて……やさぐれたこともあって、家族にも、心配や迷惑をかけてしまったなって」
 罹っていた病のこと、味わった辛苦、そして家族や学校のこと。
 自分で振り返り、様々なことを再認識するかのように、少しずつ紡がれる言葉をリーガルは聞いて。
「絶望していた時に病院で、塾で見たことある子……彼女も入院していることを知って、話すようになったけど。お互い、いつまで生きられるかわからなくて……だから病気が治るって聞いて、ふたりでその能力者とやらになろうって、安易に頷いてしまった。でも、病気は治ったけど……あんた達と話して、きちんと色々かんがえないといけないなって、思った」
「うん。痛みを知るあんたなら、これからはどうすべきか分かっていそうだ」
 そうこくりと、彼へと頷いて返してあげれば。
 若干後ろにいる蒔生とその隣の少女を見ながら、なあ? と声をかけてみる。
 同時に、少女はふと蒔生を見て、こんなことを言うのだった。
「彼氏さん、格好良くて優しいね」
 その言葉に、一瞬ぱちりと瞳を瞬かせてから。
 ぶんぶんと首を横に振って、慌てて返す蒔生。
「えっ、ち、違う! リーガルさんはそういうんじゃないの!」
「え? 彼氏じゃないの?」
「友達……だと思ってる、的な」
「友達? そうなの?」
 そう少女から何か期待しているような眼差しを向けられれば、リーガルは思わず苦笑して。
 ……もっと建設的な話題をしろよ、なんて、背後で始まる恋愛話にはうんざり呆れ顔。
 でも隣の彼も、何故か少女と同じような視線を向けてくるから。
「僕と蒔生は普通に友人だけど」
 そう言いつつも、彼らが次に同時に見たものに気づけば、少し腑には落ちるリーガル。
(「……ああ、これのせいか」)
 それは、自分の鞄からひょこりと顔を覗かせている、蒔生作のリーガルベア。
 そしてそのことを知らない蒔生は、さらに追及されて。
「友達……よりも、何だか仲良さそうに見えるけど」
「そ、そっちこそどうなの! あの人、いい感じなんじゃないの!?」
 何度も瞬きをしながらもそう返すのだけれど。
「うん。私は、彼のことが好きかな」
「そうなんだ、彼のことが好き……って、ええっ!?」
「……えっ?」
 いきなりそう言われて、前を行く彼と一緒に、思わず驚きの声を上げてしまう。
 そんな蒔生の姿は、どこからどう見ても年頃の女の子のもので。
「蒔生、鼻息荒いぞ」
 リーガルは、なんだかんだ生き生きしている蒔生につい苦笑いしつつも。
 急な出来事に隣で固まりつつ、でも嬉しそうな彼の肩を、ぽんっと軽く叩いておくだけにしておく。
 手を差し伸べたり、話を聞いたり、そっと背中を押してあげることはできるけれど。
 これから先、どう歩んでいくかを決めるのは、彼ら達自身だから。

雨夜・氷月
ララ・キルシュネーテ

 √能力者に覚醒したという退院患者達を、正気に戻すために全て無効化した後。
 やはりこの事件を指揮していたという輩を追いたいところであったけれど。
 でも、どうやら躊躇なく退院患者達を切り捨てて、迷わず踵を返したようだから。
「リーダーは逃しちゃったか、残念」
「むう、逃げてしまったわね。次にあったら仕留めるわ」
 リーダーは逃がしてしまったけれど、雨夜・氷月(壊月・h00493)とララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)には、特に焦りなど全く見られない。
 このまま何らかの計画が頓挫して以降何も起こらないならそれに越したことはないし。
 もしもまた何か良からぬ動きを見せれば、きっと星詠みがその動向を掴むだろうから、自分達が今度はふん捕まえればいいというだけ。
 だから無理に深追いなどせず、今やれることをやっておこうと。
「今日のところはこのヒトたちを家に送り届けようか、ララ」
「そうね、氷月。この子達が無事にお家に帰れるようにお見送りしましょうか」
 退院患者達は倒されはしたけれど、√能力者であるから、きっと順に目を覚ますだろうし。
 いくら怪我などしても治るとはいえ、心身共に落ち着かず疲弊しているだろうから。
 ふたりも、痰飲患者達の元へ……向かう、その前に。
「ってことで、しつれーい」
 言いながら、ひょいっと。
「むぎゅ!?」
「こっちのほうがいろいろラクでしょ」
 ララを片腕で抱き抱えれば、氷月はぐんと近くなった彼女の顔を見ながら笑う。
「ど? なかなか見ない景色なんじゃない?」
 そう言われて、くるりと赤咲かせる双眸を巡らせた後。
 ララはいつもとは違った高さから見る新鮮な光景を見遣りつつ、頷いて返して。
「む……たしかに見晴らしがいいし景色もいいわ。乗り心地も悪くない」
 氷月へと視線移せば、ご満悦に笑み咲かせる――ララはお前の抱っこが気に入ったのよ、って。
 ということで、聖女サマを抱っこしたまま。
「んっふふ、お気に召したようで何より」
 氷月も楽し気に紡ぎつつ、向かうは退院患者の元へ。
 もう仲間達に伴われて、随分と目が覚めた退院患者達の大半は帰路についているようだけれど。
 ちょうど最後に目を覚ました患者を見つければ、ララは差し出す。
「ララの作ったくまを、お前にあげるわ」
 ……お守りよ、って。
 それを見て、氷月は思わず口にしそうになるけれど。
「ララ、それ糸く……」
「糸くず2号じゃない」
 ぱくぱくと、腹話術のようにララが動かしている……いや、自分があげた糸くずから蘇った白雪のくまが、そう言うのだから。
「んはっ! なんでもなーい」
 そう笑いながら、白熊のアイスをぐりぐり撫でてあげて。
 ありがとう、と糸がぴよぴよなテディベアを受け取る、若い女性の退院患者。
 むしろ――芸術的で素敵、なんて、何だか結構気に入っているみたい……?
 というわけで、くまさんをあげたその患者を、自宅まで送り届けることにしたふたりだけれど。
 帰る道すがら、黙々と歩くもなんだから、雑談をしてみるララ。
「うな重は好き? ララは食べることが好きよ。生姜焼きや山盛り牛丼もいいわね。あと桜蛇チップスは、シンプルなうましおがララは好きだわ」
 ……ご飯の話は元気がでるはず、と。
 だってララ自身が、ごはんの時間がいつもとっても楽しみだから。
 そして、そう訊ねられた女性は、思わず瞳をぱちり。
「え、うな重? 山盛り牛丼? た、たしかに美味しいですね」
 小さな身体の少女が口にする、なかなかにヘビーな食べ物たちに思わず目を瞬かせている。
 そんな聖女サマの食いしん坊ぶりに驚いている様子の患者に、氷月は無難な話題を振ってみる。
「アンタ何人家族なの?」
「あ、私は両親と3人暮らしです」
「ふーん、じゃあ早く帰らないとご両親も心配しちゃうかもね」
 そして適当に雑談を振りつつ、相槌打ったり無難な返しをしておく。
 そんな彼を、ララはちらりと見遣って。
「氷月……頑張って話を合わせて偉いわ」
そう会話が続いている様子に感心したように呟きを落とした後、ララはこう提案してみる。
「お前の手品を見せてあげるのはどう?」
 ……笑顔を咲かせてあげましょう、って。
「うん? 手品?」
「手品できるんですか? わぁ、見たいです」
 そんなララや患者の彼女の声に、仕方ないなーなんて言いながらも。
 服の裾からカードを取り出して、タネも仕掛けも実はある魔法を披露してみせる氷月。
 それから患者も笑顔を取り戻して。
「私の家はここなんです。どうも有難うございました」
 ぺこりと礼を告げて、明かりのついた、家族の待つ家へと入っていく。
 そしてそんな姿を見送った後、その帰り道で。
 氷月の耳にふと聞こえたのは、ララのこんな声。
「……家に帰れるっていいわね」
「うん? 確かに普通のことを当たり前にできるのは幸せなことだね」
 そしてそう返しつつも小さく首を傾ける彼へと、ララはちらりと視線を向けてから続ける。
「少し……いいなって思っただけ」
 それから氷月はそんなララに、いつものようにわらって。
「ララの事情は知らないけど、寂しさは隠さないのがオススメだよ。其れは独りでは埋められないからね」
 向けられた言葉を聞けば、ララは気付くのだった。
 ――ララは……寂しかったのね、って。
 胸の内に密やかに咲くこの気持ちが、何なのかに。
 
 今回の一件は、リーダーこそ逃したけれど、これで無事に解決。
 もうこの病院では、入院患者が√能力者に覚醒させられることはないだろうし。
 入院患者達へと、皆で作ったテディベアも後日予定通り贈られるという話だ。
 なんの目論見もない、患者の心に寄り添うための院内イベントで。
 それに、もしもまた何かが起こって連鎖したとしても、その時はまた動けばいい話だから――その芽を摘んでいって、元凶の根を絶やすために。

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