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朧々たる萌芽
もしも、家族や恋人や友達が、いつの間にか「変わって」しまったら。
貴方は気づく事ができますか?
そしてもしも、ごく小さな芽吹きに気づくことができれば。
密やかに咲かんとしている大輪の花に、辿り着くことができるかもしれない。
「詳細は非常に朧げで、一見すると何の問題もないように見えるのだが。妙に気になる案件を予知した。なので、その現場へと向かってくれないか」
楪葉・伶央(Fearless・h00412)はそう告げると、とある地域でのみ配布されている新聞を広げてみせる。
「これは、√EDENにある街の、特定の地域にのみ配られている新聞なのだが。地域のイベント情報や地域のニュースなどを伝えることで、地域住民に密着した情報を提供しているという意図で発行されているものだな。それで今回はまず、この新聞に載っている、病院が募集しているボランティアに参加して欲しい。いや、正しく言えば……病院が許可した、この病院の退院患者である有志によって催されるイベントの手伝い、だな」
内容は、病院の入院患者の心を和ませたり励ましたりするために、手作りテディベアを患者の皆へと贈ろう、という病院内のイベントのようであるが。そのテディベア作成を手伝うボランティアが、密かに地域新聞にて募集されているという。
「このイベントは病院の退院患者達発案のものであるようだが、彼らはイベント開催の他の雑務に忙しいようなので、実際にテディベア作りをおこなうのは、彼らが集めた家族や友人や恋人などの、有志達の知り合いが主なようだ。しかしそれなりの規模の病院で入院患者も多くいるため、人手が足りずにボランティアの募集を出したようだ。そして、内容的には一見何も問題のないように思えるが……退院患者が病気や怪我が治った後も、病院に頻繁に出入りしているというのは、少々妙であるし。この病院は、良い噂も悪い噂も沢山あるようだ。なので、まずはボランティアに参加してテディベアを作りながら、退院患者の家族や知人から情報収集をして欲しい。以降は、もしも情報収集によって何か事件の気配があれば解決に動く……といったことになるだろう」
ということでまずは、テディベア作りのボランティアに参加することになるが。
ボランティアなので謝礼は出ないものの、自分で作ったテディベアを1体持ち帰ることができるのだという。そして作っている最中は勿論、合間の休憩時や、作った後にもお茶やお菓子が出されるというので、退院患者達の関係者達から話を聞いたり、彼らの会話にそっと耳を傾けたりして、情報を得て欲しいというわけだ。
作るテディベアはある程度カタチができているキットが用意されているので、手順通り作業をしていけば難しくはなく、時間も基本さほどかからず出来上がるという。クマの柄も選べて、明るい花柄などの柄物やシックな単色、もふもふな素材などもあるというので、自分のお土産の分は好みのものを選ぶのも良いだろう。リボンやレースやチャームなどのアレンジも好きにしていいとのことなので、楽しく入院患者へと贈るテディベア作成のボランティアを行ないつつ、怪しまれないよう退院患者の関係者から情報収集してほしい。
「イベントの概要だけみれば、特に問題がないように一見思うが。星詠みにて予知として俺にみえている時点で何かがあるのだろうし、よく催しの内容を見てみれば小さな違和感を覚える部分もある。なので、調査と事件であれば解決をお願いする」
星詠みであり、現役の医大生でもある伶央には、彼も言っているように、これがただのハートフルなイベントにはどうにも思えないようだ。
何もないようであれば、テディベア作りを楽しんで帰還すればいい話であるし……もしも、何かがある気配あれば、早急に対処して解決して欲しい。
病気や怪我で入院している人たちの、心の平穏や安全のためにも。
第1章 冒険 『事件関係者の家族や恋人からの情報収集』

場所は、件の病院にほど近い、地域の交流センターの一室。
密やかに募集されていたボランティアにしては、集まった人たちは沢山で。
「いやぁ、これほどまでに募集があるとは、有難い。今日はよろしくお願いしますね」
そう挨拶だけして、病院の退院患者である有志は、他の雑務があると病院へと向かったようなのだけれど。
「わからないことなどあったら、私たちスタッフに遠慮なくいってくださいね」
「お茶やお菓子も用意していますので、自由に楽しくやりましょう」
「入院患者さんたちもきっと喜ぶかと思いますし、謝礼などは出ませんが、皆さんも作ったテディベアをお土産にお持ち帰りください」
このボランティアのスタッフは皆、退院患者の家族や友人や恋人などの関係者のようだ。
関係者と思われる人たちも、老若男女様々なので、話しかけやすそうな人に声を掛けてみるのも良いし。
作業を楽しむ参加者を装い、周囲に聞き耳を立ててみる、などでも情報が得られるかもしれない。
「退院した後も、毎日夜中までこのイベントのために病院に通うほど家族が頑張っているから、俺達も協力しよう」
「あの病院、気になる噂も聞くけれど……治らないってほかの病院では言われたほどの彼氏の怪我が完治したの!」
「あの子、退院して、少し雰囲気が変わったかも。でもボランティアに熱心なタイプじゃなかったのに、余程病院へ感謝しているんだなって」
一見何の変哲もない和やかなイベントに見えるけれど――星詠みのこともあるし、気になることも、色々とあるから。
そして、テディベア作りであるが。
「今回は、身長20㎝ほどのベアと、ストラップをつけて鞄などに下げられるミニサイズのベア、2種類作りますので、お好きな方を作成してください」
「病院に置いて飾れるサイズと、男性などでも着けられる小さなストラップに着けられるサイズ、どちらがいいかは患者さんに選んでいただこうと」
「どちらも手足が動くんですよ、可愛いですよね!」
「キットに同封された説明書通りに作っていただければ、そう難しくはありませんが。ある程度カタチを作ったものもあります、それだと、あとは綿を詰めて閉じてもらえば完成するので、裁縫が苦手な方だったりお子さんにも問題なくお手伝いしていただけるかと」
「逆に凝ったものをご自身でカスタマイズして作っていただくのも歓迎です、楽しく沢山作りましょう!」
交流センターのそれなりに広い一室に作業用テーブルが並んでいて、材料や道具は全て揃っている。
ベアの柄も多彩で、好みのものが見つかるだろうし、もふもふな素材や扱いやすいフェルトなど素材も様々なので、好みや作りやすさで選んでもらって構わないし。
それほど作成するテディベアに厳密な決まりはないようなので、自分の用意した布などの材料や使い慣れた道具を持ち込んでも全く問題ないようだ。
そして作り方は大まかにいえば、型通り裁断されている布を縫い合わせ、綿を入れて各パーツを作り、可動式の腕や足を付け、刺繍やリボンなどで飾り付けなどをする……といった感じだが。
説明書も配られているし、綿を入れる係や完成したベアにリボンをつける係などひとつの作業を担うような手伝い方もできるし、逆にキットを使用せず一から自分で拘って作ってもいい。
ボランティアスタッフも優しく教えてくれるので、情報収集を兼ねて彼女ら彼らに声をかけるのも良いだろう。
クッキーやチョコレートやケーキなどのお菓子や、サンドイッチやおにぎりなどの軽食、珈琲紅茶ジュースなどの飲み物も用意されているし、好きなお菓子や軽食や飲み物などを持参しても大丈夫なようなので、作業をしながらつまんだりしても構わないし。
作業途中に自由にひとやすみもできるし、完成後にお茶会もあるようなので、その機会に関係者と話してみるのもいいだろうし。
自分用にもひとつ作れるというので、参加者同士、作ったものを見せ合ったり交換こし合うのも良いのではないか。
そして一通りスタッフからの説明が終われば、いざ。
「では、イベント成功のためにも、よろしくお願いします!」
和やかな空気の中――テディベア作りと密かな情報収集の時間が、はじまる。
●マスターより補足
基本的には、楽しくテディベア作りをしつつ、情報収集していただければですが。
関係者に話しかけてみるのは勿論、作業メインで聞き耳を立てる程度でも構いません。このボランティア会場には、病院イベントの有志である退院患者はおらず、退院患者の関係者が参加しています。
プレイングは、テディベア作成メインでも、完成後のお茶会や休憩中などの作業をしていない時間の行動でも大丈夫です。
作成したテディベアは謝礼代わりのお土産にひとつ貰えますので。
お好きな色柄やアレンジや装飾などもご自由に!
頑張って沢山作れば、お土産の数の融通も多少ならばきくかもです。
ただしリプレイ内の描写としてのお土産ですので、シナリオ参加によるアイテム発行はありませんが。作ったテディベアを、皆様それぞれがアイテムとして作成いただくことは勿論問題ありません。
情報収集しつつ、ご自由にテディベアを作りを楽しんでください。
足を運んだのは、主催者から地図が送られてきた、地域の交流センター。
そして星詠みが視たという、一見和やかで問題なさそうな病院イベント。
だがその詳細は分からないというから、まずは、病院のイベントの手伝いをするボランティアで情報収集をするべく赴いた、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)であるが。
(「情報収集も必要だけど、患者さんの手に渡るテディベアもしっかり作りたい」)
そう、見本として置いてあるテディベアをふと抱え、目を向けてみれば。
一見無表情でクールに見えるのだけれど……じいとクマと見つめ合いながらも、思うのだった。
……あまりじっくり見たことが無かったけど、テディベアってかわいいな……なんて。
ということで、テディベア作りのボランティア活動のはじまり、なのだけれど。
裁縫はそこまで得意じゃないから、と、クラウスは今度は説明書と睨めっこ。
真面目に読んでは、ゆっくり焦らずに針を刺していって。
作業をひとつずつ、慎重に進めていけば、なかなか上手く形ができたから。
(「かわいいリボンを巻いて完成だね」)
きゅっと大きなリボンを結んであげれば――完成です!
そして引き続き作業をしながらも、聴覚補助装置を使ってそっと、周囲の話に聞き耳を立てることも抜かりなく。
「うちの子も、ひどい怪我をして、別の病院ではもう歩けないかもって言われたのに……リハビリすることなく、歩けるようになって」
「私の父も、別の病院で余命宣告されていたのに、今ではうそみたいに元気で」
「よほど恩義を感じているのか、いまだに病院に赴いているくらいよ」
「あの病院……退院した患者が暫くして行方不明になっている、とか色々噂もあったから、心配だったんだけど杞憂だったわ」
良い噂も悪い噂も区別せずに、まずはひとまず全ての話を聞いてから。
頭の中で、情報を纏めていくクラウス。
そしてやはり、違和感をおぼえるのだった。
(「退院後も病院に頻繁に通うなんてこと、俺には想像できないな……」)
――その人達は、入院中に何を経験したんだろう、って。
そんな情報収集をし、聞こえてくる話から得た情報をまとめつつも。
自分用にと作るのは、部屋に飾れる大きさのテディベア。
それから先程よりは手慣れたように、きゅっとリボンを結んであげれば。
出来上がった子を見つめ、クラウスは瞳を細める。
……殺風景な俺の部屋が、少しは明るくなるかな、なんて。
一見すれば、特に何も問題がなさそうな病院のイベント。
だが、話を聞いて、静寂・恭兵(花守り・h00274)は妙に引っかかる何かを感じたから。
(「星詠みの予知が気になったので参加させてもらったがさてどうするか……」)
足を運んだボランティア会場を、そっと見回してみる。
会場に見本として並んでいるのは、可愛らしいクマのぬいぐるみたち。
とはいえ目的は、ボランティア参加者からの情報収集であるのだけれど。
表向き、今回参加するボランティアはというと――。
「さあ、我が相棒よ! 此の覇王たる俺様共に、真白の椿への素晴らしき土産を作ろうではないか!」
「テディ・ベア作りか……手芸の経験はあまりな……白椿の土産?」
相棒であるアダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)の声に、思わず瞳を瞬かせる。
そんな恭兵に、アダンは大きく頷いてみせて。
「手土産に一体持ち帰る事が出来るならば、真白の椿への贈り物とするのも、やる気に繋がるであろう?」
……俺様としても少々、考えている事があってな、と。
続いたその声を聞けば、恭兵はちょっぴり苦笑してしまうけれど。
「……任務の目的は違うだろう」
「目的が違う?」
こてりと首を傾けてみせるアダンと会話を交わしながらも。
勿論ふたり、そっと抜かりなく、周囲の声にも聞き耳を立てれば。
「以前もこのイベントをしたようだけれど、とても好評だったみたい。特に女の子に」
「前回の病院イベントの時と、主催者は全員かわったみたいだけど……今回の主催者も毎日病院に通っていて熱心よね」
「テディベア可愛い、私も欲しいわ」
そんな声を聞けば、改めて恭兵はテディベアへと目を向ける。
そう、一体は土産として持ち帰れるというが、自分が持ち帰るというのも何であるし。
目的はまた別にあるとはいえ……先程の相棒の、白椿の土産にという提案を思い出せば、ぽつり。
「……だがまぁ、それもいいな……」
だが刹那、ハッと我に返って。
「……いや違う! ……そう、そうだ! もちろんボランティアだからな!!」
そう慌てて、テディベアを作るべく、針を手にすれば。
「あたっ!?」
「……おい、恭兵? ボランティアはそうだが少し落ち着け」
クマではなく思い切り自分の指に針を刺して声を上げた相棒に、アダンはでこぴんぺちっ。
そして額と指を押さえながら、ようやく一息落ち着けば。
「……すまん、取り乱した」
「恭兵、お前は如何する?」
詫びる恭兵に、アダンはそう訊いてみる。
それから改めて、恭兵はどのようなテディベアを作ろうか、視線を巡らせてみれば。
「……しかし……俺は白椿の好きな色一つとしてしらないんだな……」
でも、好きな色は知らなくても、白椿のことはよく知っているから。
――だが彼女に似合うものなら選べる……。
手にしたのは、白色ベースの布。
それに、彼女に似合いそうな装飾や、瞳の大きさや色等々……恭兵なりにこだわりながら、20㎝の方のベアを作りつつ。
周囲の声にも、耳を傾けておく。
そしてそんな相棒に続いて、アダンも沢山ある布を見遣りながら。
「ふむ……俺様は素材に拘るとするか」
手にしたのは、手触りの良い一番もふもふな生地。
20cm程度のもふもふ黒色のテディベアを作って。
最後に、青と白のリボンで着飾らせる。
そして完成したテディベアにアダンが託すのは、真白の椿。
……否、それは恭兵宛でもある手紙。
「ん、お前からの手紙?」
恭兵はその手紙を何気なく開いて、内容に目を落とすも。
読んだ刹那、思わす一瞬固まってしまって。
「全く……お前が初めてだよ」
アダンへと、視線と言の葉を向ける。
――心から、二人の幸いを願っている。
そう綴られた言の葉を見て……俺と白椿の幸せを願う奴なんて、と。
ボランティアに参加する、至って普通の青年。
きっと周囲の人間には、そう思われているだろうけれど。
でも、偽蒼・紡(『都市伝説の語り手』・h04684)は、そんな人間達に思うのだ。
見本として会場に並ぶクマのぬいぐるみ、そしてそれを可愛いという人たちに。
(「本物の熊は恐るけれどこうしてぬいぐるみにしてしまえば可愛いと思える……人間と言うのは不思議だね」)
そんなことを思いつつも、紡は星詠みの話を聞いて、ここにやって来たわけであるが。
表向きには、今の自分はボランティア参加者。ボランティアをしつつ、情報収集を、というのが今回の目的であるのだが。
(「ボランティアか……俺も一つくらいは作らないとだけど……どんなのにしようか」)
作るテディベアは、大きさや布、装飾なども選べるというのだけれど。
「どんなテディベアにします?」
「色々あって迷ってしまうね。ご家族も、あの病院に入院していたのかな?」
「ええ。治らないって他の病院で言われていた怪我を、直してもらって……あ、こちらのベアはどうです?」
「治らないといわれていた怪我が? ……僕が持つには20cmの方は嵩張るからね。ストラップのサイズにしようか」
コミュ力をもって、関係者との会話も怠らないようにしつつ。
話をつづけながらも、ふっと紡は瞳を細める。
(「流石に俺も病院に関する都市伝説なんてものは持ち出したりしないよ」)
病院といえば何かとそういう系統の話も多いのだけれど……残念ながら今日のところは、病院の都市伝説を話題にすることはやめておく。
ということで、紡が作り始めるのは、ストラップのサイズのテディベア。
選んだ色は、黄色に緑――所謂ビタミンカラー。
それを説明通りに縫い合わせ、組み合わせていけば――完成。
そして出来上がったそれを、紡はふと掲げて見つめてみて。
「うん、なかなかに……いい出来だ。なんて言うか……友人に似て……」
そこまで行った後、紡はふと言葉を切る。
(「友人に似てなんなんだって話だ」)
脳裏に何故か浮かんだ友人の顔に、ふるりと微か首を横に振りながら……俺には理解できない感情だ、と。
星詠みの話を聞いて、澄月・澪(楽園の魔剣執行者・h00262)がまず抱いたのは。
(「また病院……? なんだか最近、病院で何かが起きてることが多い気がする」)
妙に最近星詠みが視ることが多い気がする病院に関する案件。
病院は人も集まるし、何かといわくつきだったりもするから、偶然なのかもしれないけれど。
――悪い人が個人で動いてるだけじゃないのかな……? なんて。
そう個人的に予測してみたりしつつも。
(「うー……分からないから、まずはテディベア作りだね」)
何か起こっているのかすら、まだ分かってないから。
まずは情報収集にとやって来た交流センターで、テディベア作りのボランティアに参加することに。
勿論、情報収集が目的、ではあるのだけれど。
えへへ、楽しみっ、と見本のクマさんが並んでいるのを見れば、わくわく。
ボランティアとして、可愛いクマさんを作り始める澪。
「もふもふ毛皮の子に可愛いリボンをつけるの」
聞いたところ、もふもふ手触りの子はやはり、病院の入院患者の子たちにも人気らしいから。
リボンの柄はバリエーションを付けて、たくさん作っていって。
一番形が崩れちゃったクマさんを自分のお土産としてが貰っていくことにする澪。
でもそんなちょっぴり歪んじゃったお顔を見つめれば、ぱちりと目があって。
「この子が私のクマさん! 名前は何にしようかな……」
愛敬があって、キュートな気がするし。
(「お店で売られてるのと比べるとちょっと不格好だけど、自分で作った子だから愛着も湧いちゃう」)
うーんと名前を考えつつも、澪はクマさんを抱っこして、用意された休憩室へ。
そして休憩室でお菓子をいただきつつ、クマさんの名前を考えながら。
「院患者の死亡率が高い、なんて少し前までは噂があった病院だから、入院させるのが心配だったんだけど……」
「でも驚きだ、あんな酷い怪我が綺麗に治っただなんて」
聞こえてくるのは、イベントの有志である退院患者の関係者の話。
その声を聞けば、澪はハッとしつつ。
(「いけない、忘れるところだった……!」)
抱っこしているクマさんの名前を引き続き考えながらも、そっと耳を立てるのだった。
やって来たのは、病院のイベントのボランティアを行なう、地域の交流センターの一室。
そこに足を運んだレイ・イクス・ドッペルノイン(人生という名のクソゲー・h02896)は、聞こえてくる会話に小さく首を傾ける。
「退院後も病院に通って、イベントの手伝いなんて……あの子がこんなに熱心になるとは」
「人って、治らないと宣告されるような怪我を負ったりしたら、性格も変わるものなんでしょうかね」
「夜遅くまで病院に最近はいるほどだもの」
それは、入院患者にテディベアを渡す病院のイベントを発案したという有志の関係者――退院患者の家族である。
病院のイベントの内容だとか、ボランティアの内容だとかは、一見なにも問題の内容に思えるのだけれど。
「リハビリや経過診察でもないのに出入りしてる、って事?」
レイはそう、おぼえる違和感を口にすれば、こう返ってくる。
「ってかレイ、アンタ手芸初心者なのに毛羽立っている生地のヤツ選ぶって」
「え? 可愛いじゃない、もふもふのクマさ……痛ッ!」
ボランティアで作るテディベアは、用意してある好みの布を選べるのであるが。
もふもふクマさんは可愛いからと、ちょっと難易度の高いもふもふな生地を選んでしまったレイは、自分の指に針をぷすり。
そんな様子に、ちょっぴり呆れたように声が響く。
「間違って手ェ縫わない様にね。で? 聞き込みは?」
レイはボランティア会場に赴くと同時に、『デコイ・イリュージョン』を用い、デコイらを患者に変身させて。
病院内に放って情報収集をしている、のだけれど。
(「デコイが見聞きした情報は五感共有で自然と入ってくるからね」)
そんな思惑から病院が怪しいと目星をつけ、病院の調査も試みているのだが。
けれど、まだ何かが起こっているかすらわかっていない病院の調査は、今の段階では早かったようで、特に何も得られていない。
まだ今の段階では件の病院ではなく、交流センター内で家族に話を聞くのが良さそうだ。
なので、レイは隣の席にいる家族らしき人の話に聞き耳を立てて。
「でも、あの病院の噂……行方不明者がでているとか聞くけれど……」
「他の病院ではもう歩けないって言われている怪我を、直してくれたんだ。そんなのただの噂だろ」
関係者から盗み聞きすれば、やはり件の病院に何かありそうな気がしつつ。
「医療関係者の中にも一人くらい患者の関係者はいるだろうし、病院の人間となると角度が高いかもしれないな」
その声に頷きながら、引き続き、周囲の人達の話に耳を傾けつつも。
ぷすりとテディベアを作るべく、もふもふ生地に針を刺せば……痛ッと再び、思わず小さく声を上げるレイであった。