NOと言えない男
●人付き合いとはお金が要るのです
「頼むよぉ、|輝美《てるみ》ぃぃ。1人5万円のツアーが20人で申し込んだら1人4万円で行けるんだ、あと1人なんだよぉ。一生のお願いだ、一緒に行ってくれ!!」
輝美と呼ばれた青年が、そう言って友人に泣き付かれていた。
「わーかった!!あと1人なんだな。俺が一緒に行ってやる!!俺と|田淵山根《たぶちやまね》の仲だろう?」
輝美は笑顔でそう言って友人の肩を叩く。
人当たりがよく爽やか、何より情に厚い。……その気質が幸か不幸か人を寄せ付け、学内ですれ違う奴は大体友達、と言う様相を呈していた。
4万円とて学生の身分ではそう易々と出せる額では無い。多くの交友関係を持てば尚の事だ。
……だが、彼には秘密兵器があったのだ。田淵山根と離れて一目散に輝美が駆け込んだのは、学食に併設されているATM。カードを差し込み口へと入れると、タッチパネルを操作して一万円札を4枚引き出す。…… そう、ローン会社の無人契約機で作ったキャッシングカードである。
「これでみんなで旅行に行けるな!!よかったなぁ!!」
金よりも友人を大切に……そんな信念を貫く輝美は、友人の元へと急いで戻り、彼の笑顔に自分も満面の笑みを浮かべて返すのだった。
●一生のお願いは一生で何度も使われる
「おう、よく集まってくれた。サイコブレイドって、知ってるよな?
……ああ、そうだ。誰かのAnkerやAnkerになり得る存在を根絶やしにしようって話らしい」
坊主……|大徳寺・タカシ《だいとくじ・たかし》(寺生まれのタカさん・h05365)はそう言って息を吐いた。
「今回狙われるのは、|大山・輝美《おおやま・てるみ》。大学3年生……底抜けに明るく、何よりも人の和を重んじる気持ちのいい爽やかな青年だ。欠点と言えば……他人の為になら金に糸目をつけない、って辺りか。ともあれ、借金を頼みにNOとは言わない男だ、交友関係も広く、誰かのAnkerにもなりやすい人間だろう、それがいい事かどうかは置いといてな。
今回も多分に漏れず、団体割引を効かせたい友人に頼み込まれて、借金で高原リゾートへと旅行中だ。旅券は手配するから、観光客として接触するなり陰から見守るなり、上手い事護衛してやってくれ。
……まあ、みる限り人柄は底抜けにいい男だ。どうにか助けてやっちゃあくれねぇか?よろしく頼む」
チケットをひらひらさせながら、タカシはそう言って頭を下げた。
第1章 日常 『夏の高原リゾートを楽しもう』
「わっほうぅ!!避暑地だぁぁぁっ!!」
「うん、うん。よかったなぁ、みんな楽しそうだなぁ……よーし、満喫するぞー!!」
友人達のはしゃぐ姿に、輝美も肩を組みはしゃぎ倒す。
夏はまだ、始まったばかりだ。
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第1章です。夏の避暑地、高原リゾートにありそうな物なら大体あります。
遠くから見守る動きでもいいですし、接触するでも構いません。大山青年は人は多い方が楽しいと気さくに迎え入れてくれるでしょう。
なんなら、一応気を配りながらもお連れ様と普通に遊んで頂いても構いません。
それでは、プレイングをお待ちしております。
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「……借金してお友達の頼みごとを優先する……。だいじょうぶかな、大山さん。」
「うーん、金の切れ目が縁の切れ目とかそういう問題じゃないといいけどね」
「いつか大変なことになっても、築いた関係が確かなら、今度は誰かが助けてくれるでしょう。……たぶん」
ホテルの柱の影から件の青年のいる集団を観察するのは、|見下・七三子《みした なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)。その後ろからひょこりと顔を出して言葉を継いだのは、ルーシー・シャトー・ミルズ(|おかし《・・・》なお姫様・h01765)だ。
「や、視線の先があの集団……という事は、おねーさんもご同輩でしょ?」
下からの声に視線を落とした七三子に、ルーシーは柔らかな笑みを浮かべながら小首を傾げ、下から覗き込んでやる。
「……ええ、ちゃんと心配してられるように、しっかりお守りしないとですね」
軽く自己紹介を済ませて、2人で学生の集団に近づく。
「あたし早く色々見て回りたいよ、お姉ちゃん」
ルーシーの言葉に困った表情を浮かべてみる七三子。
「どーうしたんですかー、困った顔して。……俺で良ければ、話聞きますよ?」
その様子を見つけた青年が声をかけてくる。
「一緒に来る筈だった友人が、体調を崩してしまって。……その子、1番張り切ってて、旅行の段取りは任せてと言っていたので、任せきりにしてしまったんです。だから、何から見て回るのがいいのかわからなくなってしまって」
七三子は途方に暮れた様子で返す。
「なーんだ、そう言う事ですか。深刻そうにしてるからてっきり……なら、俺達と一緒に観光しましょう。人が多い方が楽しいですから。ね、お願いします!!……みんなもいいよな?」
「輝美が言うなら仕方ないな」
「うん、大山くんがそう言うなら。よろしくねー」
青年ーー周りの口ぶりから彼が大山・輝美で間違い無いだろうーーの提案に、友人達もそれぞれに返す。
(……お願いするまでもありませんでした)
七三子の想定以上に上手く事が運んでいる。人柄の良さを利用するようで少しばかり申し訳なさを覚える。
「妹ちゃん、お菓子食べるー?」
「ありがとう、頂こうかな」
女子大生に餌付けをされながら、ルーシーが口を開く。
「旅行……楽しいけど中々出費も嵩んじゃうのが辛いところだなあ」
「ああ、まあ、この内容ならこれくらいだろ。でも、団体割引効いてよかったよな?」
「そうだな、輝美が来てくれて良かったよ」
友人達の言葉に、輝美は笑って答える。
「バーカ、俺が来たかったんだよ。誘ってくれてありがとうなぁ〜」
「バカはお前だ、暑苦しい。離れろって」
輝美が泣きながら友人に抱きつき、じゃれあいが始まる。
(なんというか……いい人だなぁ)
その様子を見てルーシーが破顔する。
こうして、大学生の集団+2名の集団ができあがったのだった。
「あー、ボーイさん。ジュースのおかわり、お願いするデスネ」
ホテル併設のプール、白いフレームのサングラスを掛け、白のハイネックビキニ姿でプールサイドのビーチチェアへと寝そべり、そう従業員に声を掛けているのは、|白神・真綾《しらかみ まあや》(|白光の堕神《ケツァルコアトル》・h00844)である。
「まずは大物がかかるまで大人しく様子見デース」
傍目からは優雅にリゾートプールを満喫しているように見えるが、口許はこれからの期待に咲っていた。彼女の狂気は今、目元のサングラスで辛うじて隠されている。
上空に展開したマルチプルビットからの映像で、学生の集団を監視していく。
「合流は……上手く行ってるみたいデスネ」
一団に合流する√能力者らしき姿を認め、息を吐く。
(……お金を借りて何でもしてくれる人デスカァ。地獄への道のりは善意で舗装されてるとか言うデスガネェ……)
心中の独白は、いったいどの意味であろうか。
「……まぁ真綾ちゃんには関係ねぇデスケド」
そんな思考を頭の片隅に追いやり、運ばれてきたジュースのストローを咥えながら、真綾は監視を続けるのだった。
「大山青年の身辺警護を依頼されたカナタくんと遥斗さん…いつも仲がいろんな意味でいい二人。二人きりの旅行でなにも起こらないはずがありません!……人気チョコ菓子の宗派の違いによる争いとか。
そんな二人が喧嘩しだした際に仲裁する名目で後追いで内緒でこっそり着いていこ~って思ったら同じことを考えた仲間が他に5人いて、こっちの班が大所帯になっていました」
ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)君による今回のよく分かるあらすじ。はい、丁寧な説明ありがとう。
「ねぇ、ヨシマサ。誰と話してるの?」
「……さあ、誰だろうねぇ?」
不思議そうに小首を傾げる|十六夜・宵《いざよい・よい》(思うがままに生きる・h00457)に、ヨシマサも首を傾げる。
「カナタさんと遙斗さんが二人で慰安旅行……いやまあ警護だとは聞いてますけれど、やっぱり皆さんも気になりますよね〜」
その後ろから顔を出して眺めているのは、|一戸・藍《いちのへ らん》(外来種・h00772)。
「えっと、なんでもYESにしちゃう青年の警護に、必要であればNOを突き付けるし殴り合いも辞さないコンビが動いた雰囲気ですか?」
「捜査三課の|戦争《名物》コンビが旅行……だ、大丈夫、なのかな……?」
|唐花・紡季《からはな・つむぎ》(くるみ割り羅刹・h00876)、|八手・真人《ヤツデ・マト》(当代・蛸神の依代・h00758)もひょこりと顔を出しながら同僚を見守る。
「さて、まさに喧嘩するほど仲がいいと言えるお二人の任務、はたしてすんなり行くのでしょうか」
マリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)もヨシマサが向いていた方向と同じ方を向きながら話を区切りにかかる。
「ねぇ、マリー。誰と話してるの?」
「ふふっ、誰でしょうね?」
またも不思議そうに小首を傾げる宵に、マリーは笑顔で返す。伊達に長くは生きていないのである。
さて、今回の出歯亀……ウォッホン、コソコソ班は以上6名でお送り致します。
「エット……多くないですか、見張り役……?」
「仕方ありません、タレコミがはいったのなら、血が流れる前に止めるのが私たちのお仕事でしょう……別に場外乱闘に期待なんてしてませんよ。一応。多分」
「まァ、多いほうが楽しいです、よね……!」
そう、仕方ないんだよ真人君。納得してくれてありがとう。……紡季さんはワクワクするのやめようね?
さて、6人の服装に言及しよう。
1番、ヨシマサ君。アロハシャツにサングラス、麦わら帽子。
2番、宵君。アロハシャツにサングラス、スカートはいつもより控えめに。
3番、藍さん。流石にいつもの台車に乗った段ボールでは注目を集める。擬人化装置で人型になり、アロハシャツを着て麦わら帽子でヒレ耳を隠してやれば完璧だ。
4番、紡季さん。アロハシャツにサングラス、麦わら帽子で角を隠してやればどう見ても観光客だぞ。
5番、真人君。サングラスと麦わら帽子、あとはアロハシャツを着れば見事な観光客だ。
6番、マリーさん。アロハシャツにサングラス、大人しめのカーディガンも羽織って目立たない様に配慮されている。
小物は人によって多少変わるが、揃いも揃ってアロハシャツ、概ねサングラスや麦わら帽子で目立つ特徴を隠そうとしている。寧ろ旅行に浮かれきった集団として目を惹いてしまうか、『こわ、近寄らんとこ』とされてしまうのではないだろうか。
「いやさーー!!いくらなんでもこの集団は目立ち過ぎるでしょ!?
うっかり気づいちゃった時に見なかったことにしないといけない方の気持ちも考えて!?」
などというツッコミが唸りそうなものだが……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっふ~い!経費で旅行とか最高じゃないですか!」
セーフ、尾行対象は完全に浮かれきっていた。
「仕事ですよ、カナタ君」
「分かってます、分かってますってぇ」
窘める|志藤・遙斗《しどう・はると》(普通の警察官・h01920)の言葉に、|日南・カナタ《ひなみかなた》(新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h01454)が、べそべそと悲しみをあらわにする。
「|大山輝美《おおやまてるみ》を本人に気付かれずに身辺警護するのが本件ですよね!」
「ええ、取り合えず警護対象者は確認できましたね」
ここはホテルのロビー、広い空間はある程度見通しが利く。大山青年とその友人達の姿を見つけ、遙斗は煙草へと火をつける。
「後は怪しまれない程度に周りへの監視を行いましょう」
「そうですね……だからってなんでよりによって男二人なんじゃーーいっ」
「大人しくしてください、カナタ君。……しかし、俺もその点は疑問なんですよ。なぜにカナタ君と二人きりで行動してるんでしょうね?」
わちゃわちゃと騒ぐカナタを窘めながら、遙斗は視界の端に映るアロハシャツの集団へと鋭い視線を向ける。まさに、うっかり気づいちゃった時に見なかったことにしないといけない方の気持ちも考えて、である。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……アノッ、気付かれてませんか?」
「うーん……遥斗さんだからギリギリセーフかなぁ」
オドオドと様子を窺う真人に、ヨシマサがゆるりと返す。
「セーフなら観察、もとい尾行を続けましょう」
もぐもぐとあんぱんを咀嚼し、パックのカフェオレで流し込みながら紡季が促す。
「この組み合わせは?」
「あんぱんと牛乳パックは張り込みの基本だからじゃないですか。カフェオレなのは、この辺りの名物だと聞きました。十六夜さんもどうぞ。みなさんも」
ハキハキと答えた紡季が、尋ねた宵にセットを押し付け、他の4人にも配っていく。
「アッ……たこすけ、後でおいしいものあげるから……ジッとしてて」
蛸神様には人間の都合など関係はない。うねうねと蛸足を伸ばし真人の手に収まったあんぱんとカフェオレを掻っ攫うと、満足したのか大人しくなった。
「……今更ですけど、6人で固まってると目立ちそうなので、ある程度散らばっていた方が良いかもしれませんね」
マリーの一言に、二人一組で散開する事としたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(ここで怪しまれるのまずいからめちゃくちゃ仲良しさをアピールしなくちゃ!)
仕事によるひと芝居と身構えるカナタに遥斗は気負うことなく続ける。
「今は問題なさそうですし、今のうちにお土産でも見ておきますか?
俺は妹と署の皆さんに買う予定なんですよね。ご当地のお菓子とか良いと思うんですよ」
遥斗の表情が変わる。
「特にこの限定のキノコのチョコとか良いと思いません?思いますよね?」
凄い圧だ、まるで強引な取り調べである。
「志藤先輩……やっと二人きりになれましたね。俺……ずっと言いたい事があったんです。
先輩も本当は……タケノコが好きなんでしょ!」
「は?タケノコ?」
遥斗の顔から表情が消え、その瞳からは光が消えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あっ、あれは始まる雰囲気ですか?ゴング鳴っちゃうんじゃないですか!?」
「アッ、手を下さなくても|勃発《はじま》りそうな気配……!?
大事にならなさそうであれば、見守りましょう……。何はともあれ、怪しまれないといいですね……警護対象から……」
ワクワクと拳を握る紡季の隣で、真人が困った様に成り行きを見守る。
「お菓子のチョイスでケンカとかしてません?
私の中ではあの二人、チョコ菓子の話題でバチバチしてるイメージばかり浮かんでしまって……さすがに大丈夫……じゃ、なさそうですね」
物陰からハラハラと眺める藍の隣では、ヨシマサがそうなるよね、と微笑んでいた。
「……あれ、何か……揉めてる?」
「口喧嘩程度なら微笑ましく見物できるけど、手が出そうになったら止めないと」
宵とマリーが動き出そうとした時、事態は動いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「好きって言って!!ギャースカ!!」
「嘆かわしい……折角の慰安旅行なのにまさかこんな事になるとはね……。
いい機会ですし、今日こそ決着を付けますか?」
遥斗が腰に手を回した時、ヒナタと遥斗の肩を叩く者が現れた。
「どーしたんですか?すごい剣幕で。ホテルの人困っちゃいますよ?……意見が合わないからって、ホテルでこんなおもちゃ持ち出しちゃいけません。確か、きのこたけのこ、でしたっけ?
……おーい、誰かあのアソート持ってきてた奴いたよな?」
「あ、輝美君、私持ってきてるよ。まだ残ってる」
そう言って仲裁に入った青年、大山輝美は友人からきのことたけのこのお菓子の小袋を2つずつ貰い、カナタと遥斗に一つずつ渡して見せた。
「はい、どうぞ。どっちも美味しいんだから、仲良く食べないとダメですよ?……それじゃ!!」
笑顔で二人の肩を叩き、友人達の元へと戻っていく大山青年の背に向けてエアーガンの照準を合わせようとする遥斗を、6人がかりで取り押さえる事になったのはその直後だった。……どうしてこうなった?
第2章 集団戦 『地元の不良の亡霊』
さて、夏の夜の旅行といえば何だろうか。……そう、花火である。
夜の空き地できゃっきゃうふふと花火に興じる学生達を遠巻きに見ているフードの男が一人。
「謝るつもりはない。ただ、俺の大切な物の為に死んでくれ。……やれ」
男がけしかけたのは、不良共の霊。死の無念により憎悪が憎悪を呼び、集まり、生み出された彼らは、皆一様に同じ姿をしていた。
「花火までご一緒してていいんですかね、私達。完全に仲間として受け入れていただいて、大変申し訳ないです」
「いいのいいのー、袖擦り合うも他生の縁って言うでしょ。それにこういうのはね、みんなでやった方が楽しいんですから。はい。」
七三子の言葉に輝美が笑顔で手持ち花火を差し出しながら答える。
(人質を取られて、ねえ。
まあ分からなくもないかな、大切を壊されるんじゃそれをやるしかないわけだよね)
何かの気配を感じてか、ルーシーが遠くを見遣る。
「どうしたのー?はい、花火」
「……ああ、なんでもないよ。ありがとう」
女子大生から花火を受け取りながら、呟く。
「でも、それはそれ、これはこれ。金の切れ目は縁の切れ目であっても死に目ではないんだ」
「さてと、取り合えず保護対象と無事に接触もできたし、結果オーライですね」
少し離れた位置で、何事もなかったような顔をして同僚達とそんな様子を窺う遥斗。
「大山さん、噂にたがわぬいい人でしたね。わざわざ二人の為にアソートを渡してくれるなんて。
志藤さん、そんな人をエアガンで撃とうしちゃだめですよ?」
「志藤先輩タケノコの事になると見境いがなさすぎぃ!!」
「危うく不祥事が起きるところでした……」
マリーが窘め、カナタの小気味よいツッコミが入り、紡季が声を漏らす。
「それにしても、目の端に映ってたアロハシャツの軍団って先輩方だったんですね!あっはっはー!怪しさ全開!」
「コソコソ見守るのもなかなか楽しかったです。
それにしても大山さん、見ず知らずの人たちの、しかもキノコタケノコが原因のケンカを止めるなんていい人でしたね~」
悪気0パーセントの笑顔で言い放つカナタに、藍が感想を漏らすと、ヨシマサがそれを引き継ぐ。
「そうっすねぇ、いい人だからこそ金の付き合いを間違えて欲しくないような。
……それはそれとして、全部片付いたらボクらも花火やりません?売店で買ってきたんすよ~、花火」
「いいなあ、花火……楽しいですよね、みんなでやると……。 兄ちゃんが得意なんです、線香花火を長持ちさせるの」
「いいですね。宵ちゃんも一緒にやろうか」
「うん、カナタンと皆で花火しますの!」
ヨシマサの提案に、真人がほんわりと返し、カナタの言葉に宵が嬉しそうに頷く。
「ふぅ、夜風が気持ちいですね。このまま何もなければいいんですけど」
追求をやり過ごし、煙草の煙を燻らせながら呟いた遥斗の言葉とは裏腹に、事態はそこから動き出す。
「オラァァ!しばき倒しやァァ!」
「死にてぇ奴からかかって来いやァァ!」
「ひよってんじゃねぇだろうなァァ!」
不自然に全く同じ風貌をした不良達が、釘バットを担いで大学生達を取り囲む。
「ちょっとちょっと!いきなり何なんですか。とりあえず物騒な物は置いて、話し合おう」
輝美が前へ出て不良達を宥めようとするが、それで済まない事は√能力者達はよく分かっていた。
「やっと襲撃が来たと思ったら幽霊デスカァ。手応えも血飛沫もネェカラクソつまらねぇデスネェ。さっさと浄化しちまうデース!」
戦端を切ったのは、真綾だった。監視の為に送り込んでいたマルチプルビットに随伴させていた粒子状のレーザー発生装置から、大気中の粒子を集め、光の雨を降らせる。
「後で説明しますから、私と一緒に少し離れて下さい」
「ああ、こっちへ。誰も傷つけさせないから、あたしたちの言うとおりにして?」
1日を共に過ごした七三子とルーシーの言葉に、パニックを起こしそうになっていた大学生達が徐々に落ち着きを取り戻していく。
「……警察です。落ち着いて俺達の指示に従って下さい!」
遥斗が手帳を手に踏み込み、三課の面々がそれに続く。ヨシマサとマリーが|先の二人《七三子とルーシー》と同様に大学生達を背に庇うようにして下がり、他の面々が前へと打って出た。
七三子とヨシマサの視線が交錯し、頷き合う。
「みんなとりあえず頑張って~」
「ええっと、えいえいおー……、です」
ヨシマサがレギオンからサイバー・リンケージ・ワイヤーを展開し、七三子が協調の思念を周囲へ浸透させると、√能力者達の動きに精彩が宿る。
「やっかいな敵が出てきましたね~。このまま共闘、って事でどうっすか?」
「ええ、よろしくお願いします。頼もしい方々もいらっしゃる様ですし、私達は護衛……と言う事で。深追いしない様に気をつけましょう」
「了解っす。じゃあ、専守防衛で」
「学生という大切な時間を邪魔するなんて無粋にもほどがあります。ちゃんと守ってあげないとですね!」
七三子の提案にヨシマサ、マリーが頷く。
「渡りに船だ。それなら、あたしも前に出てささっと片付けちゃいましょ。よろしく頼むね」
ルーシーがそう言い、攻勢へと打って出る。
「皆さんが怪我をしませんように……時よ、揺り戻れ」
マリーが時の力を解放し、増幅する。
「……あ、そうだ!たこすけならあいつら、一網打尽じゃないすかね?真人さんに繋いでるから、たこすけも反応速度上がるかな~?
お願いたこすけ!頑張れたこすけ!」
ヨシマサは思いついた様に言い放ち、声援を送った。
「実行犯のお出ましですか。たとえ幽霊だったとしても私にとっては補導対象です!」
大槌を担いでハキハキと言い放つ紡季。
「おや、不良集団……しかも幽霊ですか。いやですね〜こわいですね〜。早急に退場していただきたいところです」
藍が大きな台車に載った段ボールに収まりながら少しも怖がっていない様な口調で言う。……それ、どこから出しました?
「悪霊退散悪霊退散なのよ。お邪魔はとっとと浄化して退散もらいますの」
「幽霊——そうですよね、幽霊を退治……除霊? し、しないと……!
……エッ、たこすけ?……と、とにかくやってみましょうッ!」
宵が大剣のような刃の付いた精霊銃を両手で構え、真人が後ろからの声援に困惑しながらも前を向いた。
「あ?不良?そんなもんけしかけないでくれるかな?
それにしても因縁を感じる不良だけど……」
「カナタ君もですか。あの幽霊どこかで見た記憶が有るんですよね?どこでしたっけ?
まぁ、良いか。とりあえず邪魔ですし排除しましょう」
カナタの疑問に遥斗が同意していると、ルーシーが隣に滑り込む。
「みんな同じ姿してるってことは死の無念が同一、つまり量産型ってことかな。そういう強い感情は大体似通って来るって事じゃあないかな。やあ、あたしも混ぜてくれ」
柔らかな笑みを浮かべながら共闘を申し入れる。
「勿論。ご協力、感謝します。それじゃあ、八曲署『捜査三課』+α、『|正当防衛《セイギシッコウ》』と行きましょう」
遥斗の号令に三課の面々とルーシーが一歩踏み出した。
……結論から述べよう。今回生まれた即席のチームは全てが噛み合っていた。
前提として七三子とヨシマサの支援により皆の動きは鋭くなっていたし、マリーによって増幅された時の力は、緩やかではあるがその場で傷を癒やしていき、敵からの不利益な働きかけによって仲間の足を止めるような事もさせなかった。
「降りかかる火の粉はしっかり払わせてもらいます」
「護衛を請け負ったからね、きちんと真っ当させてもらうよ」
更に、前衛の攻撃をくぐり抜けた不良達は、七三子の徒手空拳とヨシマサのレギオンにより打ち払われる為、全員が後ろに気を配る事なく果敢に攻める事が可能であったのだ。
「サイコブレイド、ネクロマンシー系の魔術師か霊媒体質なんデスカネェ?……思ったより前座は楽しめなさそうかもデス……さっさと本命を寄越すデスヨ!!」
「あむ……2回だ。この2回でしっかりと……ね」
更には、クッキーを口に放り込んで増幅された魔力を振るうルーシーと、レーザーの雨を降らせる真綾によって離れた位置の不良達が間引かれ、近接の得物を扱う者へと迫る数を減らしていく。
(迫る数は多くないし、捌く手も足りそう……なら、こっちですね)
状況を見た紡季が、大槌を降ろし腕を上げ、霊能震動波を放つ。体に与えられる震度7の衝撃に、不良達の動きが止まった。
「わァ……シュバシュバしてる……」
支援によって知られざる蛸神の神秘が活性化し、ウネウネとした蛸足が鋭く空を切る。
「………とても速いタコ?
わぁ……なんでそんなすごく興味深いものを今出しちゃんですか!?私も遊びたいですー!」
ごめんな紡季さん。これでも今、職務中なんだ。
「これで幽霊を一網打尽に薙ぎ払い——できるの、かな……?
たこすけ、ほら、ヨシマサさんも応援してくれてるし……アッ、周りの人は巻き込んじゃダメだからね……!」
わかっているのかいないのか……そもそもこの蛸神様は人間の都合などお構い無しだった。それでも周りを囲む敵意は鬱陶しいようで、真っ直ぐに突き出された蛸足が不良の一体を突くと、その半身が弾け飛んだ。
「……ヒェ」
……オーケー、良かったな。この威力ならすぐに一網打尽だ。
「これなら当てやすいですね。よいしょっ!!」
紡季の生み出した状況を眺め、藍が段ボールの中から跳躍する。
「そーれ、っと」
空中で特殊警棒の先に雷霆を込め、一気に振り下ろすと、動きの止まった不良の霊は瞬く間に姿を減らしていく。
「よーし、いっくぞーー!」
その様子に続いて飛翔剣を投射していく宵。普段は牽制に使われるそれも、動きを止めた相手にはしっかりと当たっていった。踏み込み、大剣の刃を横薙ぎに振るうと、芯を捉えられた亡霊達は霞のように消えていった。
「うおぉぉりゃーっ!!纏めてふっ飛べ―!!」
バットのように構えたハンマーを身体を軸にしてぶん回すカナタ。今の状況は止まったボールの真芯を捉えるようなものだ。当然不良達を面で捉え、次々と消し飛ばしていく。
「立ちふさがるなら容赦はしない」
鋭い殺気を帯びた煙草の煙を身に纏うと、遙斗 は腰の刀に手を掛ける。……刹那の踏み込み、チンッ、と鍔鳴りの音が響くと、すれ違った亡霊は見事に消えていた。
「ふぅ、取り合えず邪魔者は排除できましたね。大山氏は無事ですか?」
最後の敵を断ち斬り、煙草を咥え火をつける。
「貴方は売店の……刑事さんだったんですか。口ぶりからして狙われたのは俺……2人もその為に俺達と……」
輝美がそう言って七三子とルーシーへと向き直る。
「理解が早くて助かります。黙っていてごめんなさい」
「そんな……俺のせいで迷惑かけたみたいで。すみません。それと、ありがとうございました」
謝る七三子に謝る輝美。
「よかったですね、片付いて。……なんか大事なこと忘れてるような……」
カナタが安堵の後呟く。
「ああ、そうだ。用意したインビジブルで片付かなかったのは想定外だが、計画に変更はない。……俺は死にゆく君の為にこそ、赦されざる悪を全うしよう。『Anker抹殺計画』を続行する」
漆黒の触手を纏う剣を担ぎ、フードの男―外星体『サイコブレイド』は√能力者たちの前へと姿を表すと、|大山輝美《おおやまてるみ》を見据えながら、苦々しい表情でもってそう宣言するのだった。
第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』
|大山輝美《おおやまてるみ》は、ただの人間だ。ただ人がいいだけの普通の人間だ。
彼は自身を起点として生まれたこの状況で、自分が何も出来る事が無いと言う事を悟っていた。
……それでも
「……フーレーッ、フーレーッ、頑張れー!!」
彼は姿勢よく腕を振り、大きな声でエールを送った。当然、それそのものに劇的な効果が伴うわけではない。
……しかし
「…………」
フードの男はその姿に苦悶の表情を浮かべる。
「……俺は邪悪を成す為に、貴様ら正義を滅ぼそう。その青年の首を狩るのは、お前らが全て倒れた時だ」
己の楔を失わぬ為に、他者の楔となり得るものを刈り取る……男は置かれた立場に迷いながらも、√能力者へと剣を向けた。
「大山さん、こんな状況でも応援してくださるなんて、本当にいい人ですね~」
ことここに来ても緊張感の無い声で藍が述べる。危機感という物がまるで感じられない。事実としては理解している。……ただ、それだけだ。
「はっ!そうだった!このおっさんの事忘れてた!」
カナタが思い出したようにサイコブレイドを見遣る。
「貴方がサイコブレイドですか。
そちらにも事情があるのは解るんですけどここは引いてもらえませんかね?
これ以上罪を重ねることもないと思うんですよ」
新しい煙草に火をつけながら遙斗が言う。知っているのだ、事情は。
……いつもより、煙草のペースが早い。
「……俺は俺を悪と自認しここに立っている。罪を犯す為にここへ来た。気が狂う程に探し続けた欠落を埋める存在を守る為には、それしかない」
務めて冷静に、男は迷いを断ち切らんと淡々と返す。
「フードのおっさん!あんたの事はサイコブレードって分かってんだ!
そしてあんたが人質を取られてこんな真似をしているという事も!」
カナタが叫ぶ。
「貴方のその表情、そして言動からも自らの行いが正しくない、本当はやりたくないという気持ちも伝わってきます。……もうやめませんか?」
マリーが継いだ言葉に、サイコブレイドは目を瞑り返す。
「……見ていたならわかる筈だ。俺にこれ以外の選択肢は無い。Ankerは死ぬ、驚くほど簡単に。……√能力者のように蘇生はしない。それはお前達にだってわかるだろう」
「だったら!……俺達と協力して人質を助けて、あんたにこんな事させている奴をぶっ倒そう!」
「敵対するなら申し訳ないけど倒すしかないですのよ、小父様。思いをぶつけてくださったら我々もどうにかできますのよ。そうじゃなかったらどうしようもないですけど」
カナタの提案にダメ押しとばかりに宵が続ける。だが、男は首を横に振るばかりだ。
「……お前達は俺の大切な物を知っているのか?居場所は?……人質に取られていると知っている筈だ。俺がお前達の見えていない情報まで話せば、俺のAnkerが無事である保証は無い。……今のお前達には、何も出来んよ」
仕方がない……と、七三子は思った。それが彼の選んだ道だから。けれども、√能力者を倒してから青年の首を狩るという彼の言葉は、彼なりの誠意なのではないかと思った。
(やることは変わりません。苦しそうだな、とは思いますが)
「すみませんけど、大山さんに手出しはさせられない、です。
Ankerを、誰かのAnkerになる人を、守る——それが俺たちの、やらないといけないことですから。
あなたの事情も、覚悟も、よくは知りませんケド……俺にだってあります。だから、容赦はしません」
真人の言葉に男は頷く。
「それでいい……俺は、俺のAnkerを守る為に、赦されざる悪を成す。そうでなければ、これから積み上げようという多くの屍に対して申し訳が立たん。青年よ、お前はお前の成すべき事を成すがいい。だが、その上で言おう。……|止められる物なら止めてみろ《誰か俺を止めてくれ》!!」
男の哀しき咆哮が木霊し、戦いの火蓋は切って落とされたのだ。
「ヒャッハー!真綾ちゃんデース!ようやく親玉釣り出せたデース!その首頂くデース!初めましてデース!血沸き肉躍る戦いを期待するデース!」
嬉々として斬り込んで行ったのは真綾だった。
彼女にとってことここに至るまでの経緯は、正直どうでもいい。大事なのは熱を持ってやり合えるか、それだけだ。
「むぅ、真綾ちゃん相手に迷ったまま戦うとかクソムカつくデスヨ!全力出してもらわないと燃えねぇデスヨ!やる気が無いならさっさと堕ちろデス!」
故に、今の状況は不満が募る。
「そうか……悪いが付き合ってくれ。お前はお前の都合で俺に刃を向けているのだろうが、俺には俺の都合がある。簡単にやられてしまう訳にはいかないのだよ。例え俺の剣に、正しさや義が無かったとしても」
自身の振るうフォトンシザーズを辛くもと言った様子で受け止めたサイコブレイドに興が削がれ、彼の発した言葉も相まってか、真綾は苦々しい表情を浮かべ一度距離を取る。
男はああ言っていたが、意図せず攻撃が流れてしまうこともあるかもしれない。そう思い七三子が下がろうとした時、マリーの詠唱が響く。
「契約に応じし無垢の盾よ、今ここに降り立ち、我が誓いに応えよ――|棘無き盾持ち《ソーンレス・シールド》!」
直後、60を超えるおびただしい数のゴーレムが現れる。ただひたすらに、護るだけの盾だ。
(……守りは足りそうですね。なら……)
ゴーレムの数を見た七三子は、√能力『|団結の力《カズノボウリョク》』により、味方の能力者とゴーレム達へと協調の思念で強化を施す。これで流れ弾への対処も万全だろう。
「ふふ~、流石皆さん、大体言いたいことは言われちゃいました。……引けない気持ちもわかります。ここはひとつ、貴方には誰にも手が出せない程度にボロボロになってもらいましょうか~」
おそらく、何もせずに帰れば|彼《サイコブレイド》の人質の命は無いだろう。緩い雰囲気とは裏腹に、ヨシマサの思考はシビアだ。だからこそ、ぐうの音も出ないくらいに叩きのめして帰ってもらう必要がある。……三課の仲間の気持ちの為にもだ。
マリーの生み出したゴーレムの周囲にドローンを配置する。これで守りは強固だ。仲間も攻撃に専念できよう。
「いくよ、たこすけ……好きにやっちゃって」
真人の背から這い出した蛸神様は、墨による煙幕を放ち、タコの腕で拘束、残りの足によるタコ殴りでサイコブレイドへと攻撃する。
煙幕に包まれたそこに、仲間が攻撃を加え畳み掛けていった。
「力尽くで止めさせていただきますよ。その方がきっと、後々貴方のためにもなると思いますので」
見た所、男は根っからの悪人というわけでもない。先程の仲間とのやり取りからしてそうだ。だから紡季は夜空のような濃紺に金色を纏った大槌を振るうのだ。大山青年だけではなく、この相対する男の心をも守るために。
現状彼を止めるための手札は揃っていない。だから、強かにも四肢を打ち据えていく。
「貴方にも事情がおありのようですが、だからといって凶行を止めない理由にはなりません
全力で阻止させていただきます」
自身の操るレギオンを黄金に輝く必殺モードへと変えて砲撃を加えていく。この輝きの前には、男も煙幕の外へ逃れて姿を隠すことはできないだろう。
「雷の力で一気に加速して――貫く!」
手にした大剣のような刃の付いた精霊銃を構え、高速の弾丸を放つ宵。
「止まらないならまずはあんたをぶっ飛ばすまでだ!……絶対に止めるっ!受け取れおっさん!!」
宵の弾丸に続いて黄金に輝く決戦モードと化したハンマーを叩きつけるカナタ。すごいぞ、超カッコいいぞ。
「俺の前で悪を語ったんです、相応には扱いますよ。……斬られる覚悟はお済みですね」
殺戮気体となった紫煙をその身に纏い、遙斗が低く構える。大きく踏み込み刀を抜き放つと、霊剣術・|朧《オボロ》によるすれ違いざまの斬撃を加えた。
皆の一斉の攻撃の後、蛸神様により放たれた煙幕が晴れて現れたサイコブレイドの姿は、疲弊した様子が欠片もなかった。……避けなかったのではない、|避ける必要がなかった《・・・・・・・・・・》のだ。
「……安心しろ。君達の攻撃は効いている。ただ、後回しにしただけだ。その分、手痛い攻撃は受けて貰う」
ゆっくりと歩み、能力者達の只中へと進む。
「……60秒だ。ギャラクティックバースト」
そうつぶやき、サイコブレイドはチャージした宇宙エネルギーを解放する。
手にした剣から放たれた、18倍の威力を持つその外宇宙の閃光は、しかして七三子によって反応速度を強化されたマリーのゴーレム達により、完璧と言っていい程に防がれる事となった。
「……かはっ」
強力な衝撃により塵と崩れていくゴーレム達を見やり、サイコブレイドは血を吐き膝を付く。
「無理な話だったんだよ、彼の姿を見て浮かべたあなたの表情がその証」
満身創痍のサイコブレイドを見下ろし、ルーシーがそう声をかける。
「彼ね、NOが言えないんだよ。どんな時でも友との絆を繋ごうとする。
そしてね、NOを言わないんだよ。底抜けに明るくて、死を突き付けられたとて諦めない。
それを殺すとか、時間があってもあなたには無理。
……だから、NOが言えない彼の代わりに、あたしたちがNOを突き付けてあげるね。生命の催促なんて間に合ってますって」
突きつけられたルーシーの言葉に、サイコブレイドが穏やかな笑みを浮かべる。
「……そうか、絆を見つけたんだな。……やれ、義理は果たした。ここまでやれば言い訳も立つだろう。……但し、他の俺がここまで弱く物分かりがいいとも限らない。夢々忘れるな。……加減はするなよ、言い訳が出来なくなる」
ルーシーが頷き、両手を2度叩く。呼び出した|インビジブル《お魚さん》達が、サイコブレイドの身体へと融合していき、行動力を徐々に奪っていく。満身創痍だ、既にそう行動力は残ってはいなかった。
「真綾ちゃん別に正義なんかじゃねぇし正義の奴らが怒りそうデスガ、お前の背後にいるナニカはクソムカつくからぶっ潰すデス!気持ち良く消えようとしてないで、敗者の義務として知ってること全部教えろデース!」
消えゆく自身に詰め寄る真綾の言葉に、サイコブレイドは首を横に振る。
「そうか、ひと括りにしたのは申し訳ない……が、話せんよ。何故なら俺の置かれた状況は何ら変わっていないのだから。用済みと見られれば、俺の大切な存在は無事では済まないだろう。手放しに全てを託せるほど、俺はお前達を信頼出来てはいない。
……ではな、この星の√能力者諸君。再び会わないことを祈るよ。……そうもいかないだろうがな」
そう言ってサイコブレイドは、融合した|インビジブル《お魚さん》達と共に穏やかに消滅していった。
「目標沈黙っと、取り合えず終わりですかね?
えーっと、まだ時間有ると思いますし、花火でもしますか?」
「わ、花火、いいですね……したいです! せっかくの楽しい旅行? ですし……!」
「わぁ、花火いいですね〜!」
「じゃあ、ボク準備してきますよ〜」
「あ、私も手伝います」
「バケツに水入れて運んできます。力仕事は任せて下さい」
「ほら、宵ちゃん、花火」
「わーい、カナタンとみんなと花火〜」
全てが終わり、花火にはしゃぐ三課の面々。
「案外彼自身の実直さそのものが既に誰かにとってのAnkerとして機能している気もしますけどね」
ちらと大山青年を見やり、ヨシマサが呟く。言葉は夜風にさらわれ、花火セットを手にした彼は仲間の輪へと戻っていった。
「助けてくれてありがとう。……といっても、正直俺も飲み込みきれてないんですけど。……あの男の人は大丈夫なんですか?」
花火を囲みながら大山青年はそう尋ねた。
「ええっと……みんなで頑張ったから今日は帰ってくれたみたいです。私達の方で後日しっかりお話しておきますから」
最後まで優しい人だ。……七三子は嘘を吐いた。彼はこちら側の人間ではない。だから、彼の日常を壊すつもりはない。また巻き込まれるかもしれないが、その時はその時だ。
「……あんたはすごくいい奴だ。けれども……いや、だからこそ危なっかしい。今後はここまで酷い事にはならないかもしれない。でも、これからあたしがあんたを見ている事にするよ」
ルーシー・シャトー・ミルズは青年ーー|大山・輝美《おおやま・てるみ》へと向き直ると、出会った時より砕けた笑顔でそう言った。どうやらこの青年が気に入ったらしい。|そうして彼女は彼を己の日常の楔、護るべき者として定める事としたのだ《ご希望通り使用権をお渡ししますのでご自由にお使い下さい》。