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サイコブレイドは困惑した
「『外星体同盟』からの命令を受領した。『Anker抹殺計画』を、これより開始する」
淡々とそう口にした外星体『サイコブレイド』は肩に自身と同じ名の剣を担いで歩き出す。Ankerに成り得る者を判別する術を持つサイコブレイドであれば命令の履行も可能であるのだ。ただ、この時のサイコブレイドは知らない、赴いた先で見つけたAnkerに成り得る者が生物どころか建造物で絶句することになることを。
「外星体同盟の刺客『サイコブレイド』が、『Anker』もしくは『|Ankerに成りうる者《Anker候補》』を暗殺しようとしていることはもう聞いているかい?」
そう切り出したアルデ・ムーリガー(お弁当の緑のギザギザの付喪神の|屠竜灼滅者《ドラゴンスレイヤー》・h05416)はサイコブレイドがとある|Ankerに成りうる者《Anker候補》を狙って動き出したことを告げる。
「|Ankerに成りうる者《Anker候補》は広芽公園前駅。そう、駅だ」
小さな駅ではあるらしいが幾人もの利用者が居るそこは「思い出の場所」として「Anker」になるかもしれないらしい。尚、現地で視認するまでサイコブレイドも暗殺対象が駅だなどとは知る由もないらしい。
「とは言え目視すれば気づくだろうからね」
暗殺を防ぐためにも君たちにはまず当駅の日常風景に溶け込みいつでも襲撃者を迎え撃てるようにして欲しいとのこと。
「幸いにもと言うのもおかしいかもしれないが、狙われたのは駅だ。なら、列車に乗って電車旅の途中で当駅に降り立ったということにすればいい」
誰かと落ち合う演技をしつつホームで人を待つ演技をしてもいいし、何気なく下車した駅の周辺を散策する態で駅の外に出て周辺をぶらついてもいい。
「説明を続けさせて貰おう。サイコブレイドがどのような形で暗殺を企んでいるかの詳細までは把握できていないが、完全な単独行動とは考えにくい」
何らかの戦力を有していてもおかしくなく、その戦力を差し向けてくることが考えられるという。
「サイコブレイド当人が仕掛けてくるとしてもその戦力が仕損じた後になると思うよ。まあ、どのような方法で|Ankerに成りうる者《Anker候補》を狙って来るかは――」
君たちの対策次第かもしれない。
「情報が少なく無理を言っている自覚はあるがね」
それでも狙われた駅を守ってほしいというのがアルデからの依頼であった。
これまでのお話
第1章 日常 『ぶらり電車旅』

「そうですよねえ、Ankerって別に生き物だけじゃないですよねえ……」
電車に揺られ件の駅に向かいつつ、|見下・七三子《みした なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)は窓の外を眺めていた。時折聞こえてくるアナウンスや車両自体の立てるごとんごとんと言う音をBGMに胸中で考えるのは、サイコブレイドのAnker抹殺計画いついて。
(思い出の場所を壊す……。純粋に破壊する、っていうのももちろんありそうですけど、景観を著しく損ねる、とかでも壊れるかな……?)
相手の行動が予想できれば、妨害の難易度もずいぶん下がる。
(……うーん、ごみ拾いのボランティアのふりでもしてみましょうか。地道ですけど)
結論が出た頃には電車は随分目的の駅に近づいていて。
「さて、始めて見ますか」
電車を降りて準備を済ませると両手に軍手をはめ片方の手には金属製の|トング《火ばさみとかゴミバサミとか名称はいろいろ》をもう一方の手には袋を持って七三子は周囲を見回した。公園前と駅名にある通り最初に視界に入って来たのはそこそこ大きな公園だった。いかにも市民の憩いの場と言った感じの公園は時間帯によってはそれなりに利用者も居るのだろう。チラホラゴミが見受けられるのを痕跡と言うのは綺麗に公園を使っている普通の市民に失礼であろうけれども。
「こんにちは。まぁ、ゴミ拾い?」
「はい。沿線の駅を回ってごみを綺麗にしてるんです。今日からこの駅を綺麗にしますね!」
感心ねぇと好意的な視線を向ける通りすがりのご婦人に笑顔で答えて七三子はゴミを拾ってゆく。
(せっかくですし、ごみも落ちていますからキレイにしちゃいましょう)
実際にゴミを拾っていれば七三子が駅の周辺に居座っていても不自然でもなんでもなく。
(今のところ以上はなさそうですが、油断はできませんね。何回も汚したり、ごみをポイ捨てしたりする怪しい人とかもいらっしゃるかもですし!)
密かに気を引き締めつつの七三子のゴミ拾いはまだまだ続きそうであった。
「フハハハ、我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスが大幹部、コマンダー・オルクスだ!」
気分の高揚からか、コマンダー・オルクス(悪の秘密結社オリュンポスの大幹部・h01483)が名乗りを上げたのは車両の揺れに身体を揺らしているさなかだった。
「おっと、今は、『オリュンポス戦闘員』共々、変装して正体を隠す、日常に溶け込む極秘任務の最中だったな」
いかんいかんと頭を振る様を連結部から後方車両に向かって歩いていた小学生男子がぽかんと口を開けて見ていた。ともあれ、目的地はまだ先でコマンダーの首にはいかにもな感じのカメラが一つ。そう、コマンダーは索敵用に召喚した|オリュンポス戦闘員《オリュンポス・トルーパ》と共に撮影機材持参の撮り鉄集団へと扮し目的地まで移動しつつ索敵も行っていた。
(彼の集団は列車があるところならば、何処へでも姿を現す。敢えて、目立つが故の灯台下暗しと言う作戦だ……故に、我々は決して怪しくない!)
直前に小学生男子にガン見されてたのはきっとノーカウントと言う事なのであろう。とりあえずトイレを利用するふりをして他の車両まで足を運んだ戦闘員によると少なくともサイコブレイドやその配下らしきものはコマンダーと同じ電車には乗っていないらしい。ただ、コマンダーたちの索敵はまだまだ続く、むしろこの後が本番と言って過言はなかった。
「さぁ、この日の為に新調したレンズが唸りを上げる。フハハハ、者共、中央からの引退車が現役で走る穴場は、此処だけだ!」
両手でカメラを構え高笑いをあげたのは、目的地である広芽公園前駅で戦闘員たちと供にぞろぞろと下車し、ホームに降り立った後のこと。時刻表を確認、列車のくるタイミングを計った上でコマンダーは周囲を見回すと呼びかけた。
「我々はマナーを守りつつ、楽しく撮影を行う! シャッターチャンスを逃すなよ!」
これには駅員もにっこりであろう。こうして駅の外だけでなく内側にも警戒はなされ潜り込めるような死角は減ってゆく。
「な、なんだってー!」
誰かの言葉に反応するようについ叫んだのは、ナマエハ・マダナイ(強化型試作怪人の戦線工兵・・・戦闘員だよね・h04923)。一瞬顔つきと言うか画風が変わった気がするのはきっと気のせいだろう。
「また、すごいのを狙ってきたな。僕、こわい」
ヘルメットの電光表示部分に顔文字で恐怖を表現しつつもナマエハは己を抱きしめるようにして震えるリアクションをする。まぁ、無理もないのではなかろうか狙ったサイコブレイドも標的を知れば困惑すると言われているぐらいなのだ。こう、仲間の引率者としてはもうちょっとどっしり構えていてもいい気はするけれども。
「ぶらり電車旅かぁ。こういうのんびりとした平和な時間を楽しむことは大事だよね」
気を取り直したのかシートに座り直したナマエハは引率する相手、|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》 (平凡な自称妖怪(兼 ディスアーク下級怪人)の隣でちらりと窓の外を見た。流れてゆく田園や民家。奥の方には連なる山々が見え、田植えが終わり水の張られた田んぼには空が映って陽光に輝いている。
「お米だ! いっぱい取れるといいね」
「そうだね。収穫は先と言うかまだ田植えが終わったばかりみたいだけど」
はしゃぐアリスにナマエハは苦笑しつつ応じて二人を乗せた電車は広芽公園前駅へと向かってゆく。なんだか今日のこの路線は秘密結社に所属している利用者が多めな感もあるがそれはそれ。
「ご乗車ありがとうございます。次は広芽公園前駅。次は広芽公園前駅。お出口は左側です――」
「ほら、着くみたいだよ。降りる準備しないと」
幾つもの駅を通過してアナウンスが聞こえ始めるとナマエハはアリスを促してシートから立ち上がり。
「あ、ナマエハさんあれ!」
駅のホームに降り立ってアリスが目を留めたのは、公園の出入り口に並ぶ屋台やキッチンカーだった。
「そこそこおっきな公園ならそういうこともあるよね」
「ナマエハさんあそこにいこっ!」
ナマエハがなんとなく納得していればアリスはホームをとてとて移動して今にはもう改札を抜けんがばかりで。
「ん~っ、このお弁当、すっごく甘い匂いする~っ! あっ、これ、ぜったいおいしいやつだよねっ?」
数分後、駅を出たアリスは胸元のアクセプトカートリッジを弾ませながらキッチンカーや屋台の並ぶ公園の出入り口に居た。こう、ふらっと引き寄せられた感じだった。
「お弁当くださ~いっ! たくさんっ!」
「お買い上げありがとうございます。ええと、どれにしましょう?」
「じゃあ、これとこれとこれと……」
困惑しつつも営業スマイルで屋台の店主が尋ねればアリスは並ぶ商品を次々に差してゆき。
「毎度ありがとうございます。ですが、これ全部お一人で?」
「どういたしましょう?」
「あ、私も持ちます」
流石に見た目が子供のアリスには多すぎる重すぎる量のお弁当や食べ物に店主や店員が心配そうな顔をするとナマエハが進み出て申し出。
「ああ、そうですよね。失礼しました」
を見て納得した面々がナマエハの方へ多めに渡すことになったのは言うまでもない。
「ナマエハさんずるい!」
「いや、持ってる分僕が全部食べるわけじゃないから」
その後、店員から見えないところでアリスに渡したことでアリスがお弁当を山のように抱えることとなるのだが、それでもアリスが周囲を警戒する分には問題ないようで。
(ぜんぶ観えてる。──周囲も、空気も、においも。だけど)
アリスに見える景色は平和そのもの。
「穏やかな日常だよね。みんな、見ているようで何も見ていない。でも、それで平和ならいいと僕は思う」
周囲をちゃんと警戒してるのは解っているのか、アリスの横をベンチまで進みつつナマエハは話しかけ。
(サイコブレイドはどこからくるかな?)
ベンチに座ってお弁当や食べ物に手をつけ出してもアリスの密かな警戒と観察は変わらない。
「あ、あそこから来る人、さっきもいた……ううん、違うなっ」
足をプラプラさせ、食べ物が良しいのかニコニコ笑みを浮かべつつもしっかり敵は探している。
(日常に溶けこむって、ちょっと難しいけど……)
そんなアリスの胸中の声が聞こえているかの様に、唐突にナマエハは口を開いた。
「大丈夫だよ。アリスちゃん」
安心させるような声色で。
(それにしてもAnker抹殺計画か。怖いなぁ。しかも……駅かぁ。僕なら途方に暮れる。下手すりゃ、その場で崩れ落ちる。いつものお仕事のつもりで現地到着したら、これ全然いつもの仕事じゃない案件なんだ。ドンマイ!)
一方で心の中でナマエハが密かにサイコブレイドへ同情していたということにアリスは気づいていただろうか。そよいできた風が近くにある樹木の枝を騒めかせた。
「そういえばAnkerって生命体以外にも、モノや場所、概念や難問と言ったものもAnkerになりえるって話を聞いたことがありますね」
電車に揺れながらエレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)が独言を漏らしたのは星詠みの説明を思い返していたのか。
「で、今回は思い出の場所、ですか……」
呟く間も車窓の景色は流れ、目的の駅は近づいてくる。
(パッと思いつくのは場所の完全消滅とか、または環境の変化によって思い出を壊されるとか、そんな感じですかね……?)
現地をまだ見ていない状況ではあるがシートに身を預けつつ敵の出方を推測するエレノールの耳にやがて聞こえてくるのは、次の停車駅を知らせる車内アナウンス。
「なんにせよ、駅に多大な影響が出ることになりそうですから、止めないといけませんね……!」
振り絞った決意の視線は近くなってくるホームへと向けられ。
「ご乗車ありがとうございました――」
やがて車内アナウンスと共に電車の扉は開いて。
(どうやら先についた方が居られるようですね)
エレノールがホームに降り立った時点で時点で駅のホームにも外部にも√能力者は確認出来ていて。
(風景に溶け込む、ですか。ならわたしは――)
ホームを歩き改札を出て、物陰に身を隠してからエレノールは詠唱を開始する。
「流転せし万象を捉え、変化の力を示せ!」
それを最後に人の言葉は途絶える。
「カァ」
かわりに物陰から姿を見せたエレノールの嘴から出たのはカラスの鳴き声そのもの。カラスへと変じた身体で翼を広げたエレノールは空に飛び立った。
(このまま高い場所から駅の周辺の様子を観察しましょう。カラスならどこにでもいるでしょうし)
いざと言う時に現場へ急行するにも空を飛べるというのは強みとなるに違いない。
(……難点はそれまではわりと暇になりそうな事ですけれど)
軽く周囲を見回して何事も起こらないのを確認した|一羽のカラス《エレノール》は少し高度を下げるとそのまま偶然近くにあった電柱のてっぺん付近へととまった。
『えぇ、突撃隣の不審者ってヤツ?』
ふと|レイ・イクス・ドッペルノイン 《RX-99》(人生という名のクソゲー・h02896)の意識は説明を聞いていた時に遡る。事件について聞いた時、遠隔的に聞こえる声が微妙そうであったわけだが、賽は投げられた。もうレイは電車に揺られて目的地へ向かう身だ。それでも気になったのか、虚空を見上げるようにして尋ねた。
「大丈夫なの?」
と。今回の相手はAnker抹殺計画を実行せんとする者だ。レイの心配も無理はない、無理はないのに。
『ヘーキヘーキ、私SNSも書き込みもしてないし、ゲームのプロフは全部嘘だし』
からからとお気楽に笑う声が返って来て、レイは眉を曇らせる。
「そういう問題じゃなくて、相手は身バレ防止とか関係ないんだよ?」
窘めても通じるかどうかわからなくても言っておかなければいかないとが再び情報を見上げて言った直後、電車が間もなく目的地に着くというアナウンスが入る。タイミングがいいのか悪いのか。
「まぁ、今回は人じゃなくて場所が狙われたっぽいけど」
『は? 場所? 爆破テロとかされたら終わりじゃん』
ひとまずホームに降りてから、先の続きをが口にすると初めて声が驚きを帯び。
『アンタそのへんのモンに化けて張り込みしなよ』
これはいくらか警戒もしてくれるかと思いきや、先方から飛び出してきたのはまさかの指示。
「え? どうやって」
茫然とするレイへ声は更に指示をする、|√能力《メソッド・MONOチェンジ》の名前まで挙げて。
『風景に溶け込んで【情報収集】しな』
拒否権はないとばかりにレイの姿は変わり始め。
「ア! やだなにこれ! ベンチ! せめて小石とか空き缶とか!」
『ランダムだから仕方ない』
無情な声がレイの要望を断ち切った。そして、ベンチになってしまえば人目のある時に動くわけにもいかず。
「ちょっと、そこの人! 座らないでぐえー!」
少し疲れた様子のサラリーマン風のおじさんにレイは腰を下ろされたりしたのだった。
「と、いうことで実際に俺たちは広芽公園前駅に向かって、それほど悪くなさそうなおじさんの行動を阻止することになったのでしたってわけ」
座席シートの背もたれはもたれかかって来た|坂本・伴《さかもと・ばん》(取り戻し続ける男・h01713)に抗議する様にその背をいくらか押し返した。
「楽しそうだろ、池鶴?」
同意を求めた伴の視線の先には|八智・池鶴《やち・ちづる》(巻き込まれがち・h07099)が居て。
「楽しい、っていうか」
そこで一呼吸置いた池鶴は伴の顔を覗き込んだ。
「気乗りせえへんって顔やんなあ、伴君?」
「……はは。悪いな」
池鶴からかけられた言葉に察されたことを理解して、伴は笑う。苦いものが混じった、掠れて若干力ない。帯びたモノがどこか降参と言っているようでもあって、二人の視線は合ったまま。
「でも、そか」
ついと先に逸らした側の池鶴がどこか納得した表情で呟いて。
「いきなり旅をしようぜ、なんて誘ってきたのは、そういうことか」
例のお仕事と添えられた池鶴の言葉が伴の耳朶を打った。沈黙は訪れない、言葉の途切れた間をそこから突然大きくなったわけでもない、それまで通りの筈のがたんごとんという音が埋めた。
「……せやな」
伴の無言を肯定と捕らえたのか、また池鶴が口を開き独白を始める。
「池袋からあそこまで、その辺の道につんのめって3秒とか。全然現実的な旅やないもん。わいも初めて知った時は、ほんま頭真っ白なるかと思ってん」
どこか冗談めかして、素っ頓狂な世の中やわなんて言う池鶴の視線はいつからか車両の天井に向いたまま。視界の端で吊り下げられた広告やらつり革やらがゆらゆらと揺れて、乗り合わせた客の少なさに創り出されていた二人だけの時間はふいに聞こえてきたアナウンスで途切れる。どうやら間もなく目的の駅に到着らしかった、だから。
「本当はちゃんとした方法でここに来てみたかった」
電車を降りてホームの途中で足を止めてから伴は明かした。
「そういうの何にも考えずに、ここって綺麗なところだね、とか。この食べ物、ここでしか味わえないよとか」
さまよう視線が観光案内のポスターを撫でて、離れ。
「そういう思い出、もっと楽しいやつ、作ってみたかったんだ」
やがて池鶴の顔へと戻ったところで伴は知る、今の池鶴がどんな表情をしているかを。
「降りるん挟んでしもうたから、わいの話も途中やってんけど……」
そう前置きして池鶴は言う、今なら伴君の気持ちは分かるんよと。
「こうして思い出を作れるのが後何度か、ほんまに分からんくなったし。わいもよく拉致られるし、ははっ」
自嘲気味の笑いの時だけ外した池鶴の視線はすぐに戻って。
「……池鶴」
「だから今の内にどんな形でも、っていうのは、なあ」
理解できるということなのだろう。
「そんな詰め詰めにならんでも、いつでも旅にゃ付き合うで?」
そもそも旅するの好きやったろと言う言葉が池鶴の口から続いて出る。そう、伴は旅が好きだった。昼寝も好きで、電車に揺れて旅をするのが好きで。
「ならこれもその思い出作りの一つだと思って、精一杯一緒に楽しもうや!」
何より綺麗なものだけ知って、穢れることのない池鶴が好きだった。それは穢れてしまったとしても変わらない。そんな池鶴の笑顔が、伴に向いていた。
「危険でも、頭がパンクするような時でも、笑って暴れてくれたらええねん」
自身へ向けられたエールと共に。
(結局この先たくさん悪いことに巻き込んでしまう運命は、決まっているけれど――)
臨んだ言葉が、望んだ時に。
「わいはいつでも、お前の味方や」
「……ありがとう。お前が味方でいてくれているなら、俺は迷わないでいられる」
視線をずらせば見えるレールのような行き先を示す代わりに制限もするようなものは伴にはないから。
「まずはこの場所を護る。この旅そのものを護る。また一緒に|旅行《かえ》って来られるように」
当たり前のようにある日常の光景、と言うにはこの駅に関しては利用客が多い景色の中、伴もまた宣言をして。
「だから俺たちは今、形だけの旅行客なんだ。もう少しこの辺見て回るか、ちづ――」
線路から大好きな相手の方へ向き直ろうとしたところで、衝撃が伴を襲う。だが、倒れ込みはしなかった。池鶴の身体を受け止めて、ただなすがまま。
「ぎゅうっとさせとくれ、私の――」
そこから先が言葉にならなかったのか、しなかったのかは伴にはわからない。
「堪忍なぁ。普通は知らんこんなご時世やし」
「……うん」
「格好つけられる思ったんやけど、最後までは無理やってん。ちょっとは弱音も出てきそうになっちゃったりして、な……」
「うん、うん」
池鶴の体温を感じながら気が済むまで、伴は付き合った。それも終わって。
「――なあ、伴」
口を開いたのと同時に池鶴は伴の胸に埋めていた顔をあげる。
「まっすぐで、素直で、勇気いっぱいなお前。どうして、大事なもん、『欠かして落とした』んやろうな。そんなこと、どうしてしちゃったんやろうなぁ」
「さあ、なんでだろうなあ」
答える伴はまだ池鶴との距離が近いまま。
「こんな意地悪な楽園にいる性分かなあ。そうしてしまったら、ただ寂しくて。だから、こじ開けてひっぺがしたんだと思う」
伴の言葉が終わるのを待っていたかの様なタイミングで電車が二人の後ろを通過して、起こった風が髪やら服やらを弄んで過ぎ去ってゆく。通貨音ごと電車が去れば静けさが戻り。
「私は、ねえ。お前が穢れないでいてくれるなら、あのまま死んでても良かったよ」
「寂しいだろ、お前を救えない悲しいだけの結末なんて。龍は空が無きゃ舞えないんだ」
じっと池鶴を見据えて伴はその両肩に手を置いた。
「俺の全て穢してでも、お前を護る」
情報通りであれば、今いる駅を狙いサイコブレイドは狙っている。ここは危険な戦場となるかもしれない、それでも。
「……ふ、我ながらなっさけない。でも、これで潔く、厄落としには出来たわ。えへへ」
「……たまにはガス抜きするもんさ。ひと休み」
今この時だけは、このホームの一部は二人だけのもので。
「もうちょっとだけお付き合いお願い、な」
伴は答えを待たず視線を一点に向けた。他の√能力者の幾人かも気づいていたようだが、そこには剣を肩に担いだ外星体『サイコブレイド』が言葉を失い駅舎を凝視する姿があったのだ。
第2章 集団戦 『暴走インビジブルの群れ』

「……駅、だと?」
サイコブレイドが姿を現したのは、|Ankerに成りうる者《Anker候補》を見つけるためだった。その結果、標的は駅であることが判明したわけだが、困惑と共に絶句しようやく声を絞り出してふと気づく、広芽公園前駅には通常より多くの利用者が居た。大半が√能力者やその√能力者の一人に召喚された戦闘員だったりするわけだが、それだけ人目があれば罠など仕掛けようもないと。
「ならば」
配下にこの駅を襲わせるのも選択肢の一つであったが、まだ標的を確定させる段階、ぞろぞろと配下の怪人を連れてゆくわけにもゆかず。
「しまった」
サイコブレイドは自分に集まるいくつかの視線に顔を歪めた。もしそれが妨害者であれば配下を連れてくるような猶予はない。
「やむをえん」
故にサイコブレイドに出来たのは回収していたインビジブルを駅に向かって解き放つことだった。本来なら全方位からこのインビジブルに標的を襲わせるはずだったが、そんな猶予は存在しない。ただ、解き放たれた暴走するインビシブルだけはサイコブレイドの意図など露知らず、一直線に駅へ向かって突き進んで来ていた。
「あ。サイコブレイドさん。ああ、あちらも駅に困惑していらっしゃる。少々かわいそう……」
発見した敵の姿に|見下・七三子《みした なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)はゴミ拾いルックのままで素直に同情する。
「とりあえず、搦め手での破壊行動は防げたということですかね。よかった」
同時に状況も理解し安堵に胸をなでおろしもするわけだが、サイコブレイドの姿を捉えていたのは、七三子だけにあらず。
(敵が来ましたか……)
インビジブルを解き放つところをカラスの姿で上空から目撃した、エレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)は、しかしと心の中で言葉を続けた。
(一直線に突撃してくる敵にさえ対処できればいいので、駅に全方位から襲撃されるよりは遥かにマシだと思っておくべきでしょうね)
実際、サイコブレイドによって苦し紛れに近い形でインビシブルが解き放たれたことには、エレノール以外の√能力者も気づいており、そう言う意味合いでも暴走するインビジブルの群れが駅舎を破壊できる可能性は低い。
「暴走するインビシブルが無秩序に襲撃を仕掛けるか」
ポツリ呟いたコマンダー・オルクス(悪の秘密結社オリュンポスの大幹部・h01483)もまたサイコブレイドの凶行に気づいた√能力者の一人だった。
「サイコブレイドが、駅を包囲するような戦術を選択しなかったところを見ると、どうやら想定していた作戦を活かせなかったと見える!」
戦況を観察し腕を組んだまま推測するその姿は撮り鉄集団の一人のまま、だがわかる人物にはわかってしまうのであろうか。
「味方もたくさんいそうですし、心強いですね。なんとなく|戦闘員《同業者》っぽい人もいる気はしますけど……。味方でいいんですよね?」
腕を組んで不敵に笑むコマンダーの方がちらちらそちらを見る七三子には気になるようであったりするが。
「まぁ、Ankerが駅だと気づき、集った√能力者以外に、挙動が不審な人物がいれば、注目を集めてしまうのは致し方あるまい」
七三子の視線も気にせず一つ頷いたコマンダーは己の身体に目を落とし。
「最早、変装は不要か!」
|サイコブレイド《本命の敵》がのこのこ出てきている以上、確かに変装を続ける理由はない。
(全方位からの襲撃でないならば、こちらが完全な守りに入る必要性も大幅に低下する)
ならばとコマンダーがオリュンポス戦闘員たちに指示を出そうとした瞬間。
「何としても、この駅を守り抜いてみせます……!」
視界内に降り立った|カラス《エレノール》がコマンダーの視界内で|人の姿に変わ《元の姿に戻》ると即座に|ライフル型の竜漿兵器《オンディーヌ》を接近しつつあるインビシブルたちへ向けた。
「水精よ、激流となりて敵を衝て!」
射出された弾丸は一直線に飛んで先頭のインビジブルに命中、巨大な水撃弾は周囲のインビジブルも巻き込んで巻き込まれたものの滅ぶに至らず、されど勢いと速度の鈍った生き残りのインビジブルへ後続のものたちが追突する。水撃弾に巻き込まれ尚生き残ったインビジブルからすればたまったものではないが、これによってインビジブルの群れには混乱が生じ。
「好機! 『オリュンポス戦闘員』よ、敵の数は未だそれなりにいる故、赤き汚染の爆発と範囲に注意し、各自距離を取りつつも、集団戦術と連携攻撃を以て、敵を撃破せよ」
コマンダーは号令を発す。疑念を一切持たず揮下の戦闘員たちはこれに従い、混乱するインビジブルの群れへ襲い掛かかり。
(あのインビジブルさんをどうにかすれば、手札はなくなりそうですね。たしかに好機みたいですし、一般の方や、駅に被害が出ないよう、頑張りましょう)
コマンダーは号令を聞いてた七三子はちゃっかりとインビシブルに襲い掛かるオリュンポス戦闘員へ混じる。
(あ、なんだか安心します)
個人ではなく集団を形成する一部となったからか。戦闘員が目立ってもしかたないですしという見解の七三子からするとそこは居心地の良い場所の様ではあった。
「私ただの下っ端戦闘員なので!」
時折、周囲の戦闘員の視線は感じたものの、七三子はその主張を繰り返しながら時に鉄板入革靴を履いた足でインビシブルを粉砕し。
「あ、どうぞおかまいなく!」
時には先頭のインビジブル同士の間をすり抜けるなどして攪乱すると、どこからかの銃撃が七三子の方へ振り返ろうとしたインビジブルたちを射殺する。
「それにしても、現地に来なければ目標であるAnkerの識別ができないというのも、微妙に不便なものなのですね……。尤も、今回はそれがこちらにとって良いように働いた様ですが……」
七三子が気を惹いたインビジブルの撃破を確認、精霊銃を下ろしたエレノールはポツリ呟くと次の標的を求めてコマンダーの命に従う戦闘員たちに侵攻を押しとどめられているインビジブルの群れへ視線を戻す。
「全方位に向ける分が一点から放たれたとなれば……」
当然相応にインビジブルの数も多くなる。故にだろう、暴走するインビジブルの群れを防ぎきるのももう少し後のことになりそうだった。
「あの、私いつまでベンチになっていれば……」
駅のホームからも他の√能力者の戦いの様子は遠目ながらも確認できていた。加えて座っていたサラリーマン風のおじさんもやってきた電車に乗って行って、とうにベンチになっている|レイ・イクス・ドッペルノイン 《RX-99》(人生という名のクソゲー・h02896)
の上にはいない。だからこそ、レイはお伺いを立てた訳だが、帰ってきた声は容赦なかった。
『発狂してるインビジブル出たからさっさと解けって』
むしろまだベンチになっていたを言外に責めている可能性すらあるが、それもやむなし。
「うわ! これじゃまるでピラニアじゃん! 数多いし」
元の姿に戻って駅の外に向かったことでよりはっきりと見えてきた暴走するインビジブルの群れを見ればレイは反論も出来ず顔を引きつらせる。
『【ブレイキング・カー】発動して動き止めな』
そこへ間髪入れずに指示が出て。
「これダメージ入らなくなる奴じゃ……敵に塩送ってどうするの」
『汚染を具現化して来たらラベンダー・ブルーの【ジャミング】でデバフ相殺』
疑問は覚えたが答えより早く追加の指示が来る。
「わかったから、さっきの説明――」
『【ハッキング】効果で処理遅れるんだよ、22秒後に本来のダメージ処理がされる』
しておいた方がレイも指示に従うと思ったのか。だが、実際にその通りだった。
「そう言う事か! よし!」
|世界の歪み《ラベンダー・ブルー》で具現化してくるであろう赤き汚染に備えつつレイは無から生じるグリッチで|創造したバグ《レベル秒後に本来の被弾値デバフ全反映するもの》を放つ。
『ダメージ処理までに【空中ダッシュ】駆使してグラビティ・スノウとラビングストライクの【爆破・範囲攻撃】で全体攻撃、時間切れになるまで攻撃』
気をよくした様に声は指示を追加し、従ったレイはいつの間にか宙へ。|レイン砲台《グラビティ・スノウ》は火を噴き、|グレネード《ラビングストライク》が眼下にばら撒かれて。
「あ、敵に当たったら爆風まで固まっている気がする」
『あぁ、それ触るなよ? 攻撃判定あるから』
警告の声にえっと声を漏らしたレイは慌てて爆発に近い方の足を引っ込めた。
「サイコブレイドさん、パニクってるじゃないか!」
インビジブルを放つ前後を見た時、ナマエハ・マダナイ(強化型試作怪人の戦線工兵・・・戦闘員だよね・h04923)はそう声をあげていた。
「流石に忘れやすさNO1の√EDENでもインビジブルをぶっ放したら、みんな、ビックリする! 社会に混乱を起こすような真似はしちゃいけません!」
誰に向けての言なのか、カメラ目線で言ってのけたナマエハもこの後「悪の怪人御一行」の一人として味方の加勢に回ることになる筈であるが。
「この子たち──お弁当じゃないけど、いただいてもいいよねっ?」
先に動いたのは、|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》 (平凡な自称妖怪(兼 ディスアーク下級怪人)・h03259)の方だった。振り返って引率のナマエハにばっと腕を指し示して一応確認をとるも、もう既に他の√能力者によって爆破されたり踏み砕かれたりと倒されている相手だ。加えて宙を泳ぐ様にして進むインビジブルたちは犠牲を出しつつもかなりの速さで駅に迫って来ていた。
「ねえ、じっとしてて? ちょっとだけ──いただきますっ!」
そんな|魚《暴走するインビジブル》たちの進路をアリスの腕から伸びた吸着繊毛がさえぎった。まるで広がる投網の様に、相手が魚の姿をしているからこそここまでは漁を見ているようでもあった。
「ごはんは、ちゃんと『噛んで』──ねっ?」
ただ、そこからは似ても似つかない。触腕を|魚《暴走するインビジブル》へ伸ばし、咀嚼腺でがぶりと噛みつけば勢いのままに噛み千切り。
「そんなこんなでアリスちゃんがモグモグと食べているのを横で眺めている僕です」
ひょっとして出る幕なかったかなーといわんがばかりには横に立って本当に見ていただけであった、今のところは。
「順番に『喰べてあげる』から……暴れないでねっ?」
アリスの方はアリスの方で新鮮な瑞々しいをお肉を味わいつつ、それらを自分の中で自分と同等の構造に塗り替えてゆく。
「あ、ナマエハさんも食べるっ? おいしいよっ!」
「えっ!? おいしいの?」
ただ笑顔のまま中で起こっていることを一切悟らせないアリスの言にナマエハは若干裏返った驚きの声をあげて。
「いいえ。私は遠慮しておきます」
即座に両手を前に出しひらひらさせてから、インビジブルの踊り食いを再開したアリスの横顔を見る。
(アリスちゃん、周りに馴染もうって頑張ってるんだよね)
ナマエハは思う、本当の姿を隠して仮の姿で生きるって寂しいと。
(だって、本当の自分じゃなく側面しか見てくれないてないわけだし)
だから願う。
「周りの人にもアリスちゃんを怖がらないで欲しいなぁ」
と。そうして顕現するのは巨大な歯車と時計。
「僕みたいな変わり者が一人くらいいてもいいと思うんだよね。いや――」
アリスを怖がらないでいてくれる人ならば何人いてくれても一向にかまわないなんて思いながら、ナマエハは動き出す。
「さ、一般人の避難誘導頑張るよー」
幸いにもインビジブルを何とかする為の戦力は過剰なぐらいに居る。放っておいても他の√能力者に打ち減らされたインビジブルの残りは全部アリスが平らげてしまったもおかしくはない。だからこそ、他の√能力者たちの手が及んでいないところを。
「はい、そこ走らない。大丈夫だからねー。あ、大丈夫って言ったけど近寄るのはナシね?」
不幸にもインビジブルが迫る方面へ近い位置に居た利用客や駅員を戦闘へ巻き込まれないところまで下げながら、ナマエハは一度だけ振り返った、アリスの方を。
「人だけじゃない。繋ぎ止めるからこそのAnker、物もそうなれるのさ」
ましてや多くの人が日常的に使う駅だ、驚いたサイコブレイドに対して一切驚きのなかった|坂本・伴《さかもと・ばん》(取り戻し続ける男・h01713)はサイコブレイドのあがきを見続けていた。苦し紛れに放たれたインビジブルは全方位からの侵攻が単一方向からに絞られてしまい、他の√能力者たちに次々撃破されてもうほぼ防がれてしまっていると言っていい。
「役立たずどもめ。だが、まだ終わりではない」
「そうか、まだやる気なんだな? だが」
にもかかわらず討たれゆくインビジブルに吐き捨てつつ残るインビジブルも嗾けるサイコブレイドへ伴は不敵に笑った。
「さて出来るかな――お急ぎの邪悪性で、駅にぶつけて壊すなんて芸当が?」
そうして問うておいて、答えも待たずに無理だと思うぜと首を横に振る。
「だって俺が。ここにいて、邪悪を屠るとカッコつけるから!」
真っすぐにサイコブレイドを見据える伴。|八智・池鶴《やち・ちづる》(巻き込まれがち・h07099)は事実、格好をつけたようにポーズを決める伴の姿を見ていた。
(わいには見えない何かが、伴君には見えてる。お魚さんとかインビジブルとかって……全然わからんけど、そういうもんで。じゃあ、伴君に今見えてるのは、もしかして、悪ぅなったそれ――)
池鶴が思考する間も伴は止まっていない。
「あ、伴く」
「行くぜ」
上着を脱いで、手にした屠龍大剣を横なぎにした。池鶴が何か言おうとしていた、おそらくは制止のものであろう声すら聞かずに。手にした武器に暴走するインビジブルの勢いと重みが衝撃として残ったが、屠龍大剣を取り落とすには至らない。
「真正面からぶった斬る――」
かわりに振りかぶった屠龍大剣で噛みつこうとしたところを弾かれ態勢を崩していたインビジブルを伴は両断。
「あ、危な……え? え?」
「言ったろ、お前を護る。そしてこの場所を、この旅を護る」
相手が見えてもいないのに叫ぼうとした池鶴はぽかんと口を開けた。口の端を釣り上げてどこか余裕のある様を見せているということは、|悪ぅなったそれ《暴走するインビジブルとやら》をやっつけたと見ていいのか。
「んー、なんやモヤモヤするけど、まぁ」
無事だったということは喜ぶべきことで。
(伴君を見てると。不安も心配も、全部消える気がするっていうからなぁ)
結局、池鶴の感じたモノが正しかったということなんだろう。
「……何処に落ちてんねんそんなファンタジー」
ヒーローの活躍を|半分だけ《敵役は見えないので》見てしまって思わず池鶴がツッコむ間も伴はサイコブレイドに視線をやったまま。
「ここは多くの人々が使い、日常の一部、思い出の一部にしている駅だ。また明日おはようを言う奴らの邪魔なんざ、させるわけねぇんだよ!」
「せやな」
気づけば池鶴は相槌を打っていた。
(ちゃんとこの駅がそうあってほしいもんな。誰にも傷ついてほしくないもんな)
しきりに頷き、ちらりと伴の背中を見て。
「味方って言ったんや、ちゃんと有言実行せなあかんよな!」
もう一つ強く頷くと視線は肩に剣を担いだ元凶へ。
「駆け込み禁止だぜ、おじさん?」
ちょうど伴が屠龍大剣を向ける先。そんなポーズまで取る余裕があるということはインビジブルと言うのは完全にやっつけてしまったのだろうと池鶴も理解した。
(まずはあそこの緑目のおっさんに、ちゃんとご挨拶せんとなあ……!?)
「で、どうする?」
池鶴の思惑を伴は知ってか知らずか引き戻した屠龍大剣を構え。サイコブレイドとの戦いはこうして始まろうとしていた。
第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』

「……は。つい動きやすくて調子に乗りました……」
周囲に居たよそ様の戦闘員が困惑していたかは定かではないが、一人に戻ったことで我に返った|見下・七三子《みした なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)は気をつけないとと自省し。
「心なしか、サイコブレイドさんも疲れたお顔を……」
「フハハハ、罠に掛かった気分はどうかね?」
次に視線を向けた先ではそのサイコブレイドがワイヤートラップに行く手を阻まれつつもコマンダー・オルクス(悪の秘密結社オリュンポスの大幹部・h01483)の哄笑を浴びていた。
「たと」
「暗殺するつもりが、意外な標的とこちらの戦力は満足して貰えただろうか?」
被せる様にコマンダーは問う。まるで全ての舞台がこちらで用意し、誘導していたかのような思わせ振りな言動で。これにサイコブレイドが見せたのは、沈黙。コマンダーの意図したとおりにサイコブレイドが誤解したかはさておき、想定を上回る戦力と想定外の事態で思うように計画をすすめられなかったことは事実だ。
(……サイコブレイドさんが狙ってくるとしたら、駅そのものでしょうし、駅の前で守りを固める方向ですかね。頼もしい味方もいっぱい居ますし)
その様子を眺めつつ、七三子はさりげなく後方へ下がる。先に自省していたこともあり、暴れ回りすぎたので今回は自重するつもりなのだろう。
「どうでもいいことだ。俺は心境など関係なく『Anker抹殺計画』を遂行するだけのこと。立ちふさがる者をすべて排除して」
だからこそ、矢面に立つことになったのは戦闘員を下がらせたコマンダーだった。
「ほう、その剣が、名を同じくするサイコブレイドとやらか……どれ、その切れ味試してみるとしよう」
「ほざけ」
サイコブレイドが剣を担いだままいくらか体勢を変えた瞬間、その獲物に視線を動かしたコマンダーが嘯けば、コンクリートを踏み砕かんがばかりの勢いでサイコブレイドは飛び出した。
「それ以上近づくと……蹴ります」
「っ」
横やりが入ったのはこの直後。蹴ると言いつつ七三子の放った弾丸がサイコブレイド目掛け一直線に飛び、横にずれながらサイコブレイドは自身の同じ名の剣を一閃。
「終わりだ」
弾丸を斬り裂き、コマンダーにせまると振りかぶった剣を振るい、コマンダーを斬りそこなう。
「な、に?」
驚くサイコブレイドの視界へ紛れ込むのは張られたワイヤー。それが斬撃をずらしたのだろう、そして。
「一発防がれて終わり……ではないですよ」
一瞬の隙をついて七三子が放った弾丸は直撃し。
「フハハハ、我が『オリュンポス戦闘員』ではないようだがよくやった! あとは任せるがいい!」
「ぐあああああっ」
生じた爆発の中、網目状の包囲ワイヤーがサイコブレイドを切り刻んだのだった。
「あなたにどんな思惑があるのかは分かりません」
血煙の中、よろめくサイコブレイドを見据え、エレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)は口を開く。
「しかし――Ankerの件を抜きにしても、駅への破壊行為を目論む者は、止めなければなりません」
だからこそ、気の弱いエレノールもそれ押し隠しあるいは慎重さに変えてここにいる。とはいっても近距離でサイコブレイドとやりあうことは出来ず両者の間には距離が開いていたが、問題はない。エレノール自身の他にも交戦してくれる味方が居て、サイコブレイドは既に手傷を負っていた。それでも退く様子など一切ない訳だが。
「サイコブレイドからすれば今回のテロ自体不本意らしいよ。何でも人質取られちゃったみたい」
『訳アリヴィランって事だろうね、知らんけど』
|レイ・イクス・ドッペルノイン 《RX-99》(人生という名のクソゲー・h02896)はその声と会話しつつ同じ相手、未だAnker抹殺計画を諦めないサイコブレイドを見ていた。
『相手はこっちが被弾するとノーモーションで連撃入れてくるっぽいね』
仕掛けるタイミングを見計らっているのか、動きがない中に降って来た声でレイの視線が動く。
『なら相手の行動を探知した瞬間に先制入れればいい』
これは確実に「やれ」と言っていた。
「私、目押し成功させるような反射神経に自信な――」
言葉は最期まで紡げない。
『|アレ《クソコンピューター》使えば嫌でも割り込める。相手が攻撃の体制を取ったらラベンダー・ブルーのバク付与判定まで瞬間移動する』
被せ気味の指示にレイの身体は動いた。
「わ! 目の前ェ!」
「何を」
一瞬で詰められた間合い、肉薄したレイの方が驚いているという状況にサイコブレイドは困惑し。
「あっ、どうも、死に゛晒ぜェ゛!!」
「がっ」
サイコブレイドと目が合ったレイが思い出したように放つ先制攻撃は、見事サイコブレイドへ命中し。
「まだだ!」
たたらを踏みつつも剣を跳ね上げる様にサイコブレイドが返した時、サイコブレイドを巻き込むようにばら撒かれた|グレネード《ラビングストライク》が爆ぜた。バグを纏い身を隠したレイへ刃が当たることはなく。
『|ラビングストライクのゼロ距離【爆破】で【カウンター】当て《アレが当たっ》たら、後はもうずっと後出しジャンケン戦法だから』
声は追加でレイに指示を出すも、それはおそらくレイのみをサイコブレイドが相手にしていた場合の話。
「次は」
「……覚悟してもらいましょう」
それでも勘だよりか諦めず更にレイへ斬りこもうとするサイコブレイドへエレノールは発砲した、|ライフル型の竜漿兵器《オンディーヌ》を。
「ぐうっ」
「もう一丁ぉ!!」
レイのみに意識の行っていたサイコブレイドは狙いすましたこの援護射撃を防ぐこと能わず、痛みと衝撃に僅かな硬直が生じたサイコブレイドへレイがさらにもう一撃を叩き込み。
「っ、なら」
レイを狙ってもまた同じことの繰り返しと察したサイコブレイドは当然の様にエレノールへと標的を変える。
「やはり、そう来ますか。ですが」
距離の開いている両者にもかかわらず、サイコブレイドの獲物は剣。どうしても間合いを詰める必要性に駆られる訳で、敵が接近してくるのを黙って見ているエレノールでもない。
「ぐ」
銃撃が突っ込んで来るサイコブレイドに命中した。
「止まりはしない」
だが、一方的に撃たれる形にもかかわらずサイコブレイドは気にせず突き進んで。
(被弾を躊躇わないということは「ギャラクティックバースト」を)
エレノールからするとサイコブレイドがこう出ることは想定内、と言うよりも織り込み済みだった、ただ。
(――しかし、なぜでしょう。相対した彼から、どこか苦悩の気配が感じられるのです)
行動自体は想定の通りでも向かって来るサイコブレイドの表情や気配にエレノールは戸惑いを覚える。
(彼もまた、何かしらの事情を背負っているのでしょうか)
とはいえその刃にかかる理由や道理とはならない、だから。
「届い」
「残念ながら、そこにわたしは居ませんよ!」
チャージの末、至近距離からサイコブレイドが放った外宇宙の閃光はエレノールと入れ替わったインビジブルを貫き。
「しまっ」
「創世の烈火を纏いし剣、その灼熱を以って我が敵を灰燼に帰さん!」
エレノールは魔法陣から取り出した2振りの炎の剣をもって振り返ろうとするサイコブレイドを背中から斬り裂いて。
(……たとえ理由があるのだとしても。彼がAnkerたちを狙う限り、わたしは彼を撃退し続けるのみです)
軌跡に焔の尾を引かせる剣を両手に持ったまま飛びずされば、エレノールの視界内でサイコブレイドは膝をついた。