水幻想のテーマパーク
√マスクド・ヒーローの湾岸に広がる巨大テーマパークは、今日も飛沫と歓声が飛びかい大盛り上がり。
たっぷり遊び尽くした一日も、空が茜に染まる頃、人々はパーク内の通りへと集まり、静かな期待が高まり始める。
軽快な音楽と共に、夕景を背に、パレードが滑り出す。光のフロートが現れると、観客の熱が一気に高まった。
水兵や海賊に、人魚やラッコやクラゲを模したマスコットの着ぐるみキャストたちが、水滴を跳ね飛ばしながら踊り出す。
そして海賊船長の号令で、手にした水鉄砲から放たれる放水に、観客席も負けじと応戦する。
公式グッズの水鉄砲で撃ち返す子どもたち、笑いながら逃げ惑う大人たち。
やがてクライマックス、水音と音楽が重なる中、フロート全体からの一斉放水が見事な水柱となり夜空を切り裂き、水に投影される映像がキラキラと輝く。
舞台は一瞬、霧に包まれたように見えた。
それでもキャストたちは水を弾きながら踊り続け、光の粒が彼らの動きに沿って宙を舞うのであった。
温かいと思ったらもう暑く、お気に入りの扇子で自分に風を送りながら|煽《あおぎ》・舞 (七変化妖小町・h02657)は、こんな気候ですが暗殺事件が予知されました溜息を一つ。
謎めいた外星体同盟の刺客『サイコブレイド』が、暗躍し「Anker」もしくは「Ankerに成りうる者(Anker候補)」を暗殺しようとしてることが予知されました。
「皆さんがご存じのように、Ankerというものは、人であれ、物であれ、ありふれた日常そのものです」
本来であれば日常生活に紛れ、普通は、判別のしようが無いものだ。
「ですが、サイコブレイドは、それを見分け、探し出す特殊な『Ankerを探知する√能力』を持っているようです」
その力をもって、サイコブレイドは配下をAnker抹殺に派遣してきているので、狙われたAnkerを救い守ることで、サイコブレイドの作戦を打ち砕いて欲しいという。
「今回狙われている方は、テーマパークにいらっしゃるようです。お一人はテーマパークのスタッフのようです」
もしかすると、これだけ広い場所なので他に紛れている可能性もあるかもしれない。
「ですので、皆さんにはテーマパークに遊びに来ていただき、お客さんとして紛れ込み襲撃に備えて欲しいのです」
襲撃の予測は日が暮れてからとなるので、それまでに狙われそうな対象者を見つけ、気にかけておくといいだろう。
ぱたりと開かれる舞の扇には、テーマパークの地図。
「海辺に築かれたこのテーマパークは、水をテーマにしたアトラクションが盛り沢山。ぜひ、暑さを忘れびしょ濡れになってみるのもいかがでしょう?」
まずは、目玉となるアトラクションの1つ。ウォータージェットコースター。
長い激流の水路を、上がったり下がったり跳んだり。色んなとこから水が飛んでくるので油断禁物。最後は滝壺のような巨大な渦に向かって、垂直降下ダイブ。水面に飛び込む瞬間は、スリルもたっぷり。周囲で見ている人にも大きな飛沫が飛び掛かり、迫力満点。
沈没船をモチーフにしたお化け屋敷は、まさにヒンヤリ。ゾゾゾ……。
幽霊やゾンビに扮したキャストが、皆さんを驚かせようと待っています。決まったルートはなく、幽霊船員達が持つメダルを3枚集めたら甲板に戻ってゴール。√能力者によっては誰が本物の驚かす方か分からなけなるかもしれませんが、それも含んで楽しいかもしれません。
人魚や沢山の魚と一緒に回遊するような体験ができる、海底の幻想回転木馬。貝殻の馬車やサメや亀にクラゲ、海馬など。そういった海の生物に乗ってゆったりと回っていれば、沢山のシャボン玉に包まれ、童話の世界に飛び込んだような気分を味わえるだろう。時々割れたシャボン玉からはひんやりドライアイスの冷気が広がり涼しさも十分。
「定番のアトラクションもまだまだありますが、フードも充実しています」
深海ブラックカレーは、イカ墨ルーが濃厚でコク深く、魚介の旨みも沢山で、口に運べば潮の香りがふんわりと。
大きな海苔巻き風のホットロール寿司、トルネードロールは海鮮ぎっしり。サーモン、アボカド、エビフライ、クリームチーズ。トッピングにはスパイシーマヨソースを飛沫のようにかけてあり。
大皿に盛られた本格海鮮パエリアは、ムール貝、アサリ、タコ、赤エビなど海の恵みが満載。ご飯はほんのり青色で、海を思わせる波型のレモンゼリー付き。
|泡沫《うたかた》クリームパスタは、クリーミーなホタテとエビのソースに、エスプーマの泡がふんわり。青いハーブオイルで海の煌めきを描き、軽やかで優しい味わいに。
南国を思わせるさっぱりとした『トビウオバーガー』は、レモンの酸味が爽やかなタルタルと、ふんわり香ばしい飛び魚のパティが味わえ。
もちっとしたマシュマロがクラゲのように揺れて、甘塩キャラメルとの相性は抜群の、クラゲポップコーンに。
人魚のソーダフロートは、ブルーライチソーダに、パールゼリーをたっぷり。トップにはピンクのコットンキャンディと、マーメイドの尾びれ型チョコレートが可愛らしく映えもバッチリ。グラスの底にはグレープフルーツやベリーの果肉がたっぷり。
潮騒のミストティーは、ミントとハーブがふんわり香る一杯で、アイスとホットどちらもご用意できます。テーブルに置いた瞬間、白い霧がカップの縁を包み込み、まるで海から立ちのぼる朝靄のように幻想的な光景を楽しめる。
日が落ち始めれば、夕暮れを彩るパレードが始まり、海をテーマにしたキャストや着ぐるみたちが、海底を模したフロートに乗って踊り出てくる。ダンスやパフォーマンスを披露しながら、手にした水鉄砲とともに観客と交差する祝祭。勿論、観客も武装許可済みなので、返り討ちも、躱すのも自由だ。
「きっと、皆さんならびしょ濡れになっても、楽しんでいただけると思います」
一応、可愛いポンチョやビニール傘にタオルも用意されているので、必要があれば案内所のキャストから受け取るといいだろう。
夕暮れのパレードが終わる頃には、狙われる「Anker」や「Anker候補」の正体も分かるはずだ。
襲撃が起きる夜のパレードまでは時間も十分あるので、ゆっくりとテーマパークを堪能して楽しんでみては。
第1章 日常 『夢の国は今日も賑やか』

●海のひと時
薄桃色のパラソルの下、ひらりと揺れる黒いフリルのスカート。レースの日傘を差し、長い髪をふわりと肩に流しながら、|覇城院《はじょういん》・|莉緒《りお》(深窓の男の娘・h01694)はゲートをくぐった。
「結局一人で来てしまいました……お姉さんと一緒に来たかったのですけど連絡がつきませんし、ほんとにどこに行ったのでしょうか?」
辺りを見回すが、やはり姉の姿は見当たらない。勿論、連絡もないまま。
「ともかく今日は楽しみましょう。そのうち会えるかもしれませんし」
きらびやかな水しぶきのアーチをくぐり抜けると、眩しいほどの陽射しと、涼やかな水音が迎えてくれる。けれど、莉緒の足取りはどこかおずおずと、ぎこちない。
「……まずは、ええと……ジェットコースター……は、無理ですね。あんなに高いところから落ちるなんて、心臓に悪いですし……」
乗れそうなものはと、キョロキョロと周囲を見渡してから、莉緒が向かったのは幻想回転木馬。
「……あれ、君も一人?」
ピンクのロングパーカーを羽織、可愛らしいレースのついたキュロットタイプの制服に胸元のリボンを揺らし。ノア・キャナリィ(自由な金糸雀・h01029)銀色の瞳を瞬かせる。
睫毛も長く、長い金の髪には赤いリボンを2つ、そして6枚羽をその背に揺らしていた。
「……あ、えっと、はい。初めてなんです、こういうところ……」
驚いたように振り返る莉緒に、ノアはにっこりと笑ってみせる。
「僕も似たようなもんだよ、えっと……」
「|覇城院《はじょういん》|莉緒《りお》です」
「はじょーいん……莉緒ちゃん。莉緒ちゃんだね。僕はノアだよ」
くすっと笑うノアに、莉緒は照れたように目を伏せたが、一人で散策していた者同士。いや、男の娘同士、しばし同行するのもいいだろう。
何せノアが見る限り、莉緒がこの場に慣れていないのは明らかだ。どことなく危なっかしいので、このまま見守っていた方がいいだろうと判断してのこと。
「僕でも乗れるかな?」
足に重心かけなければいいから支障無いとは思うんだけどと、ふよふよ低空飛行しつつ選んだイルカにノアは横向きに腰掛け。
莉緒は貝殻の馬車に乗り込んだ。気分は人魚のお姫様。
ゆるやかな回転と共にクラゲのシャボン玉に包まれながら、2人はのんびりと揺られ海底散歩気分を楽しむ。
「わぁ……ほんとに、童話の中みたい……」
夢見心地の気分は束の間、回転するたびに、泡が弾けてドライアイスの冷気が頬を撫でていく。
回転木馬を降りると、ノアが提案した。
「ねえ、せっかくだし、ウォータージェットコースター、行ってみない? 僕、速いの慣れてるんだ。飛ぶのが得意だからさ」
「え、ええええ……! 僕、そういうの……ちょっと怖くて……」
「乗らない? 一緒に」
「……うぅ、乗ってみたい気もしますけど、僕、そういうのほんとに苦手で……。お姉さんがいれば、頑張れたかもしれないのですけど……」
「そっか。じゃあ、僕が乗ってくるよ。莉緒ちゃん、見てて。自分で制御できないスリルと水の気持ちよさ、見ててもきっと楽しいよ!」
ノアはふよふよと笑顔を見せ浮かびながら、軽やかに列へと向かっていく。その後ろ姿を、莉緒はそっと見送りコースターを見あげられる場所へ。
やがて、ノアがコースターの頂点で手を振ってくる。莉緒も小さく手を振り返す。
凄いスピードで風を切り飛沫をあげるウォータージェットコースターに、ノアは歓声をあげ最後は両手を手橋、垂直落下。
「わっ……!」
莉緒の日傘に飛沫がぱしゃりと跳ねる。ノアの乗ったコースターが、豪快に水面に飛び込み、歓声が上がった。
しばらくして、ノアがずぶ濡れで戻ってくる。だがその表情は満面の笑みだ。
「はーっ! めっちゃ気持ちよかったー! 水の勢いすごくて、びっくり!」
「ふふ……本当に、楽しそうでした。……僕も、もう少し勇気が出たら……次は」
その時は、お姉さんも一緒に楽しめるかもしれないしと、次のコースターが昇っていくのを見送りランチタイムへ。
莉緒が買い出しに行ったノアを、テーブルで待っていると何やら怪しげなクマのようなタスマニアデビルのような、明らかにこの場に似つかわしくない着ぐるみが、やたらとファーストフードを薦めようと迫て来たりしたが、ノアが睨むとウサギと共にどこかへと紛れていった。
ノアが選んだのは、『トビウオバーガー』と『潮騒のミストティー』。
バーガーのバンズには軽くグリル跡がついていて、ふんわり香ばしい。中にはレモンの酸味が爽やかな自家製タルタルと、揚げたての飛び魚のパティが挟まれている。
さっくりとした衣の奥からふんわりと白身がほどけ、鼻に抜けるような潮風の香りが心地よい。
「こういうの、普段あんまり食べないけど……うん、軽くて美味しいね。すごくおいしい」 潮騒のミストティーは、透明なカップの縁から白い霧がふんわりと立ち上り、まるで朝の波間を思わせるような幻想的な見た目。
ミントとハーブがほのかに香り、飲むたびにすっきりとした涼しさが喉を通っていく。「これも、ちゃんと海の雰囲気になってるんだね。こだわってるなあ」
その隣では、莉緒が『|泡沫《うたかた》クリームパスタ』を静かに味わっていた。
クリーミーなホタテとエビのソースが、細いパスタにたっぷりと絡みつき、仕上げにふわりとのせられたエスプーマの泡が、まるで波のように揺れている。
青いハーブオイルが織りなすマーブル模様が美しく、まるで一皿の中に海の風景が広がっているかのようだった。
「ふわふわ……これは、夢の味です」
ぽつりと、莉緒がそう呟いた。まるで初めて絵本の中のごちそうに出会った子供のように、目を細めながら。
続いて手に取ったのは、『人魚のソーダフロート』。
ブルーライチソーダの上に、ピンクのコットンキャンディがふんわりと浮かび、マーメイドの尾びれ型チョコレートが飾られている。
グラスの底にはパールのようなゼリーと、グレープフルーツやベリーの果肉がたっぷり沈み、光に透けるその層はとても綺麗だった。
「これは、ちょっと可愛すぎますね。でも……お姉さんに見せたら、笑ってくれたかもしれません」
「じゃ、送っちゃおう」
笑ってとノアがカメラを構えてくれるので、莉緒そっとコットンキャンディをちぎり、口元に運ぶ。そのまま、少し照れたように写真を撮り、食事の写真と一緒にお姉さんにメッセージを送信した。
「味の割には随分とお高い感じですけど……これがプライスレスというものでしょうか?」 上品な育ちが舌に残した記憶のせいか、どこか“頑張ってる味”にも感じたけれど、それもまたテーマパークという舞台の中では、愛おしい演出のひとつに思えた。
そうして、のんびりデザートも堪能し、ゆっくり歩き回っていればあっという間に夕暮れに。
やわらかなオレンジ色の光が降り注ぎ始める頃、莉緒はパレードの観覧スペースに、借りたポンチョと傘でしっかりと防備し着席。ノアは参戦するようで水鉄砲を手にして、観客席に並んでいる。
いってくるねと、ノアは水鉄砲を片手に、ひらひらと低空を漂いながら、ひと足前へ。
目の前に、水鉄砲を手にしたキャストたちが楽しそうに踊り、観客へとミストや飛沫を振る舞い、小さな歓声があがりはじめる。
海の底を模したフロートには、水晶や珊瑚を象ったオブジェがきらきらと光を反射し、ぬいぐるみのように愛らしい海の精霊たちに、ラッコ、タツノオトシゴ、クラゲ、そして愛嬌たっぷりの魚人たちが、ひらりひらりと飛び出しては舞い、光と水を振りまいていく。
莉緒は時折、舞い上がる飛沫に小さな悲鳴を上げながらも、楽しそうに傘の中からその様子を見つめ。一方で、ノアはキャストたちの動きに合わせ、何度も水鉄砲を構え応戦し楽しんでいた。
「たまには濡れるのもいいかもね」
明るいノアの声に小さく莉緒は頷き、水飛沫に小さく肩をすくめ手を振り返し答える。
「一人で楽しむのもなんか違うと思っていましたし……今日は楽しくなってよかったです。今度は、お姉さんとも行きたいですね」
笑顔で海のパレードを莉緒が見つめる向こう、ノアがチラリと観客席へ視線を滑らせた先に、何だかこの時間を楽しんでない不自然なウサギの影が目に入った。
(……ん、ちょっと気になるかも)
すぐに動く気配はなさそうなので、警戒しながら。彼らが視線を送る先に居るパレードのキャストや莉緒へと、ノアは注意を強め。
今はこの時間を存分に楽しむのであった。
●祝祭の狭間で
波の音を模した音響が辺りに響き、水の祝祭をテーマにした巨大テーマパークには、泡や霧、イルミネーションが美しく揺れていた。
「ふむ……なるほどな。視察先としては、申し分ない。……水をテーマにしつつも、中々、充実したテーマパークだ……見習うべき点は多いな」
「流石はCEO様、さすがのご慧眼でございます」
白い仮面をかぶったスーツの男──プレジデント・クロノス(PR会社オリュンポスの|最高経営責任者《CEO》・h01907)は、テラス席の一角で潮騒のミストティーを片手に、パーク全体を見渡し。
すかさず返事をしたレア・マーテル(PR会社『オリュンポス』の|万能神官冥土秘書《スーパーエリートメイド》・h04368)は彼の秘書である。赤茶の長髪を一つに束ね、白系統のスーツに身を包んだ彼女は、妻でもあるようだ。
「この導線設計、アトラクションの配置と視界の演出が見事だ。客を誘導する意図が明確で、飽きさせない工夫も多い。……我が社の計画にも活かせるな」
ふむふむと器用に仮面の下にストローを通し、ドリンクを楽しむ彼を、彼女は柔らかい微笑みで見つめながら、仮面の奥にある主の表情を脳内で再現保管しながら、読み取ろうとしていた。
(「CEO様が、また偶然迷い込んだ世界。それも、よりによってこのテーマパークで、ですか……」)
レアは表には出さず、内心で溜息をつく。
(「テーマパーク事業に関連した他企業の視察を進める件について、話が出た時は驚いたものです。確か此処での(予知の)件については、報告してない筈」)
確かに、ここには彼の知らぬ脅威が潜んでいる。だがそれはまだ彼は知らなく、あくまで自社の為、『同業他社への視察』としてこの場にいる。
「我が社も、開発計画を進めるならば、テーマパークのみならず、周辺の宿泊、商業施設、交通機関などの開発・運営も並行して行わねばな」
(「どうやら、私には見えない物が見えているのかもしれません。CEOの一言一句も見逃さないようにしておきましょう」)
「レア。フロートパレードの構成、録画しておけ。アレは演出として優れている。光と水の同期演出は、コスト以上の集客効果があるだろう」
はいと返事をしながら、成程……とレアは閃いた。
(「最近巷で話題の案件に、何故、関わろうとしているのか疑問に思っていましたが、視察と称していたのは、自らを囮にされる為だったのですね」)
レアの中で盛大な勘違いが着地し、勝手にプレジデントの囮作戦の概要が作られていく。
クロノスはただ、商機と競合の動向を見極める庶民派CEOとして、このパークのショーと商品展開の傾向に目を光らせているだけなのに。
「はい、既に4Kと熱感知センサーで記録しております」
「……やはりお前は有能だな」
(「ええ、貴方様のすべてを記録していますから」)
程なくして、周囲では水鉄砲を持った子供たちがパレードキャストと打ち合いを始めており、大人たちは濡れるのを警戒してカラフルなポンチョを広げていた。
「なるほど、貸し出しもあるのか。しかし、海をテーマとしているのに、ウサギが混ざってるのは頂けないな」
違和感に気づいたプレジデントに、さすがとレアは熱い視線を送りながら、テキパキと準備する。
「どうぞこちらの|特殊防水レインコート《防弾コート》を。浸水時の被害も0.002%まで軽減いたします」
「そこまで大袈裟な……まあ、受け取っておこう」
(「……これで多少撃たれても様子見が可能です」)
パレードの終盤、キャストたちが観客席に水を浴びせながら踊り狂う中、プレジデントは突然、空を見上げる。
「見えたな、未来の投資先が。さて、秘書レアよ、そろそろ例の案件の準備も同時に進めておくとしよう」
それにしても、√EDENにこんな場所あったかと、改めて首を傾げたプレジデントは、まだそこが違う√とは気づいていないようで。
そんなところも愛おしいと、レアは静かに呼吸を整えながら、仮面の奥で満足げに頷く主を熱く見守り周囲に紛れる、海に関係ない生き物へと警戒を強める。
――ご安心ください、秘書として妻として、|貴方様《CEO》に手を出させる訳にはいきません。
二人はそれぞれの思惑のもと、光と水のショーの中を静かに歩いていくのであった。
●煌めく午後
真夏の陽射しが水面のようにきらめく中、二人は人波に紛れ、テーマパークの大通りを歩いていた。
「……ここ、本当に全部遊んでいいの?」
|水鏡《みかがみ》・|氷月《ひづき》(月下に踊る氷の蝶・h06950)は小さな声でそう問いながら、きょろきょろと辺りを見渡していた。派手な色彩、賑やかな音楽、浮かれた人々の笑顔。どれも彼女には非日常すぎて、ただただ|火神《ひのかみ》・|焔《ほむら》(灼炎の闘神・h06949)の手を握るしかない。
「いいに決まってんだろ。せっかくだから目一杯楽しまなきゃ損だぜ。目標探すついでに色々乗ってみよう!」
いつかは氷月と、とは思ってたけどと隣の氷月の様子を窺いながら、照れ隠しに、わざと大げさな声で応じた。氷月の掌の温度は少し冷たい。どうせなら感情を無くす前に来たかったなんて過るが。でも、その小さなぬくもりが確かに自分に向いていると感じられるだけで、心のどこかがふわりと浮き上がる。
「どれから乗る?」
「乗り物……よくわからない……焔に任せる……」
やっぱり分からないかと、ぐるりと焔は見回す。
絶叫系は好き嫌いあるだろうし、ここは静かに遊べるものから慣らしていくかと海底の幻想回転木馬へ。
子供向けかもしれないが、静かで、景色もきれいだ。氷月の感情が少しでも動くようにと考えてのことだ。サメや他の生き物だと、乗った後も不安定だろうと手を貸し、貝殻の馬車へ二人で乗り込む。
くるくる静かに回る景色の中に、いくつものシャボン玉が飛び、手を伸ばせばパチリとシャボン玉は割れ、冷気がひんやり白く広がる。
「……きれい、なの……」
揺れる銀髪越しに見える横顔に輝く氷月の金の瞳が、まるで光を吸い込むように景色を映している。感想は短く、語彙も乏しい。だがその声には、確かに何かを感じている気配があった。
その後は、テーマパーク内を散策し楽しみながら、水辺の休憩所でひと休み。
焔は、人魚のソーダフロートを片手に戻ってきた。透明なグラスの中には、海のような青と白が層をなしていて、縁にはふわふわのコットンキャンディがちょこんと飾られている。「ほら、甘いやつ好きだろ? 氷月にやる」
そう言って、コットンキャンディの一部を丁寧に千切って差し出す。
氷月は一瞬、焔の手元を見て、そしてそのまま無言でそれを受け取った。
「ん……甘い……」
ふわりと頬がゆるむ。無口な彼女にとって、それだけで十分な感情表現だった。多くは語らずとも、焔が選んだものは、氷月にとって確かに好きなものだった。
焔はそんな氷月の表情を横目で見て、小さく息を吐いた。
「飲み物も要るだろ?」
次いで差し出したのは、潮騒のミストティー。冷えたガラスのカップに、白い霧のような香気が揺れている。清涼感のある海辺のハーブティーは、淡い青色をしていた。
氷月はそれを見て、ほんの少しだけ眉をひそめる。
「ん……ごめんなさい……」
どこか申し訳なさそうに、視線を伏せてそっと受け取る。
焔は、その小さな背中に言った。
「こういう時は、ありがとう、って言うんだ」
氷月はきょとんと顔を上げたあと、ゆっくりと、ぎこちなくではあるが、言葉を繋ぐ。
「……アリ、ガトウ……焔?」
たどたどしく、それでも確かに心のこもったひと言。
焔は少しだけ笑って、フロートのストローをくわえる。
「お、おう。……今のはちゃんと合ってたぞ」
それだけ言って、まるで何事もなかったかのように、景色へと視線を戻した。
なぜかこっちの方が照れてしまい、焔は顔をそらす。氷月の言葉の一つ一つが、胸に沁みる。
「……よくできました」
ふたりの間に流れるのは、波音のように穏やかで、あたたかい沈黙だった。
やがて、夕方が近づき、パレードの時間がやってきた。音楽が高鳴り、観客たちが集まり始める。
もちろんです。氷月の小さなリアクションや悲鳴を加えることで、彼女の内面の変化や焔との関係性がより自然に伝わるように、丁寧に描写を補いました。以下、ご確認ください。
「氷月、一応言っておくぞ。凍らせるのは駄目だからな」
「……凍らせるの、駄目……わかった……」
氷月はこくんと小さく頷き、焔と一緒にポンチョを羽織った。身体を寄せるようにして、しっかりとその隣に並ぶ。時折吹きかけられる水しぶきに、肩をぴくりと震わせるが、逃げようとはしなかった。
「……っひゃ」
勢いよく飛んできた水が頬を打ち、思わず小さな声がこぼれる。氷月はびくんと震えて、焔の腕に寄り添った。
光と音の洪水の中、フロートに乗ったキャストたちが水鉄砲を乱射し、歓声と悲鳴が交錯する。ラッコ、魚人、クラゲたちの装飾がきらびやかに踊り、観客たちは容赦なくびしょ濡れだ。
氷月も焔も、服の裾までぐっしょり。それでも氷月は、濡れることも、水に濡れて目立つことも気にしていないように、焔の手をぎゅっと握り続けていた。
「冷たい、のに……」
震える声でつぶやいた氷月に、焔が振り返って問う。
「嫌か?」
氷月は一瞬だけ考えるようにまばたきをしてから、小さく首を横に振る。
「……ううん。……あったかい、から……」
濡れた前髪の隙間からのぞくその瞳には、柔らかな光が宿っていた。言葉の温度と、手の温もりが、確かにそこにある。
たとえ記憶が戻らなくても、今ここにある感情は、間違いなく「彼女自身」のものだった。
焔は目を細め、静かに呟く。
「こういうのも、悪くねぇな」
夕陽が降り注ぐ中、氷と炎は、水の祝祭の中で、ゆっくりと、確かに溶け合っていた。
●輝く飛沫の中で
青空の下、湾岸に広がる巨大な水のテーマパーク。その入口をくぐると、涼やかな水飛沫と潮の香りが迎えてくれた。
「夏といえば水! 水といえば……湾岸に広がる巨大テーマパークだー! さあ、皆の者! ここが今日の舞台、水の王国だよーっ! ユナ、めいっぱい楽しんじゃうからねーっ!」
乳白色の髪を揺らし、ユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)は真紅のツノを陽光に煌めかせ、「ガオー!!」っと、楽しさのあまり火を吹いた。
「ふふ、ユナちゃん、そんなに張り切って……でもその気持ち、ちょっと分かります」
エレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)は、パークで購入したイルカモチーフのキャラが描かれたTシャツとハーフパンツに身を包み、やや硬めの笑みを浮かべながらも、どこか楽しげだ。冷静な表情の奥で、少しだけ瞳が揺れている。
「そうそう、テーマパークってさ、ワクワクするよね。最近は暑くなってきたし、濡れて涼むには最高の場所ってわけだ」
アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)は気怠げに髪をかきあげながらも、目はきらきらと輝いている。普段の引きこもりっぷりを忘れたかのように、やる気満々だ。
彼のTシャツだけ長靴を履いたサメのキャラだが、遠目から見ればみんなお揃いだ。
「水がテーマなのは、涼し気でいいね……た、確かに、楽しむべき……なんだけど」
ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(|星樹《ホシトキ》の言葉紡ぐ|妖精姫《ハイエルフ》・h02999)も、濡れる覚悟で公式グッズのTシャツを着てはいるが、視線が不安げにウォータージェットコースターの案内板を見つめている。 ほんとに乗るのと、腰が引けているのが明らかだった。
「むふふ、どれも魅力的で全部回っちゃいたいな〜」
「色んなアトラクションがあって興味が惹かれるけど」
「でも、目玉のウォータージェットコースターで決まりだね!」
「やっぱり、目玉のウォータージェットコースターは外せないでしょ!」
「流石、ラモート氏わかってるねー!」
「皆れっつごー!」
ユナとアドリアンの言葉に、不安そうにルナが振り返る。
「って、アレに乗ってみるのかい!?」
「大丈夫だよ、ルナ殿! 垂直降下だって、ボクらみんなで叫べば怖くない……はずだよ!」
「そ、それって説得になってないと思うんだけどっ……!」
そうして、4人は大目玉のアトラクション・ウォータージェットコースターへと向かっていった。
なぜ1番前に……と座らされたルナの表情が、ひきつった笑みを浮かべ。隣では、ユナが既にテンションMAXで、ワクワクしている。
その後ろに座ったエレノールとアドリアンは、緊張しているのかとても静かで。だが、それも最初だけ。コースターが勢いよく滑り出し、風が肌を叩く頃には――
「きゃああっ!? うそ、速っ……!!」
普段は抑えた声のエレノールが、思わず絶叫していた。
「ひゃっほーーーーーーーう!! 濡れるぞぉぉおおー!!」
前列のアドリアンが立ち上がりかける勢いで叫び、横から吹き付けてくる水しぶきを全身で浴びている。
「ひゃーっ! うひゃっ、つめた! ユナのおでこに水がッ! ……でもたっのしーっ☆」
ユナは両手を振り上げ、全力で楽しみながらも、冷たい飛沫にぴょんと跳ねる。
「ぴゃっ!? ま、待って、ボクまだ心の準備が……うわわっ、落ちる、落ちるぅぅぅっ!!」
ルナはほぼ悲鳴だった。垂直降下の瞬間、耳が真っ赤になりながら、風に叫びを乗せていく。そして――。
ドォォンッ!!
水煙とともにフロートが大きな水面へダイブすると、四人とも頭から水をかぶってずぶ濡れ。歓声と悲鳴と笑い声が、空へと舞った。
ぞろぞろとコースターからおりた一同は笑顔で陽の下へ。
「……あ、あはは……わたし、思わず叫んでしまいました。でも……すごく、楽しくて、面白かったです!」
エレノールが、普段にはない無邪気な笑顔を見せた。
「うん、面白かったねー! えへへ、楽しかった♡」
「まだ、足元が揺れているような気がするのよ」
「俺も、ちょっと疲れた、かな……」
ふらふらグロッキー状態のルナに、Tシャツの水を絞りながら頷き返したアドリアンが、ぎこちなく口元に手を当て顔を逸らす。
その様子に、はたと女性陣たちは互いの姿を見て気づく。
――間。
「ちょっと濡れすぎて、透けてしまって恥ずかしいですね。また、着替えに……」
「~~~!? ユナ、透け透け!?」
「ちょっ、ちょっと、ボクも透けてるって!?」
冷静に胸元を隠したエレノールの言葉に、ユナとルナから悲鳴が上がる。
なにせ水に濡れた服がぴったりと肌に張り付き、自分の胸の形がくっきり強調されているだけでなく、下着がバッチリ透けてしまっていることにようやく気付いたのだから。
「ひえ〜! ラモート氏の前で、恥ずかし〜よぉぉ~~っ!!」
涙目で顔を真っ赤にしながらユナが駆け出し、「急いで着替えてくるね」とルナも耳まで真っ赤に染め、タオルを抱えて猛ダッシュ。
「お、おいおい、そんな見てないってば! な、なんかすまん!」
アドリアンは目を逸らしつつも、隠した手の下では鼻の下が伸びていて、色っぽいなぁと消えようにもない彼女たちの姿が焼きついているわけで……。
「ふふ、皆さん……あんなに騒いで。では、着替えてきますので荷物お願いしますね」
エレノールはそっと髪を絞りながら、濡れた服を押さえ小さく笑いかけ。アドリアンは無言で頷くしかなかった。
着替えを済ませ、再び合流した四人は、今度は海底の幻想回転木馬へ。
クラゲ型の座席に腰かけ、泡とシャボン玉に包まれながら、穏やかな旋律に耳を傾ける。
「さっきの絶叫マシンとは違って、これは優雅だね」
アドリアンが目を閉じてくつろぐ横で、ルナがシャボン玉をつん、と指で割りながら言う。
「ねえねえ、あのクラゲポップコーン買っていい? もちもちで甘塩キャラメルって最高じゃん!」
「……ウニ味かもしれないよ?」
くつろいでるのを邪魔されたアドリアンが、片目を開けてイタズラっぽく言う。
「う、うにっ!? えっ、うに味!? ちょっと待ってそれはそれで超気になる~~っ!」
エレノールがくすっと笑いながら問うと、ユナは胸を張って即答する。
「ユナ殿、さっきトビウオバーガー食べてなかった?」
「それとこれとは別腹だよーっ☆」
「……なんでその理屈、毎回通用するのか不思議なんだけど」
ルナが呆れたように言いつつも、どこか楽しげに泡を指でつついた。
エレノールが遠くの屋台を指差し、やや控えめな声で言った。
「エスプーマの泡って、見た目だけかと思ってましたけど……あの青いハーブオイルの煌めき、ちょっと海みたいで……」
じゃぁ次は、フードを楽しもうと盛り上がり。
彼らの時間は、夕暮れのパレードが始まる、その瞬間まで。ゆるやかに、きらきらと、流れ続けていくのだった。
第2章 集団戦 『ラビットワーカーズ』

●星灯りの檻
日が傾き、海辺のテーマパークは薄い紫とオレンジのグラデーションに包まれていた。
光る貝殻のフロート、ふわふわ浮かぶクラゲの照明、そして――
「さあ、みんなーっ! 海のきらめき、星のうた、見逃さないでよねっ☆」
中心に立つのは、水色のウェーブツインテールと貝殻モチーフの衣装を身にまとった海の精霊役の少女――フィリカ=マリーナが、笑顔を振り撒く。
彼女は大きな瞳を輝かせ、片手に持ったトライデント型のステッキをくるくる回しながら、軽やかにフロートの先端で踊っていた。
その声はマイク越しでも明るく澄んでいて、まるで本物の精霊が語りかけてくるようだった。
観客席からは歓声とシャボン玉が舞い、光るリボンが風に揺れ、笑顔を誘っていた。
だが、そのフィリカ様子を、パレードの陰からじっと見つめる複数の影があった。
その複数の影はウサギ型のヘルメットを装着し、パレードの中で輝くフィリカだけでなく、この場を楽しんでいる複数のAnker達の姿をも確認していく。
そして、迎えた夜。
パレードが佳境へと差し掛かる中、フロートを足止めするよう明らかに異質な沢山の『ラビットワーカーズ』が、フィリカと偶然この場に居合わせてしまったAnker達を狙い包囲し、襲撃しようと飛び出してくるのであった。
●弾丸は語らない
パレードが最高潮に達しようとしていた。
光のフロートが通り過ぎ、貝殻の照明が幻想的に揺れる――その瞬間。
《ガガガッ……ガガッ!》
突然、会場の照明が明滅する。機械のようなノイズとともに、黒い影がフロートを足止めし、観客席を覆い始めた。
「っえ……? なにこれ、なんか変じゃ――」
|覇城院《はじょういん》・|莉緒《りお》(深窓の男の娘・h01694)つぶやきは、押し寄せる足音と共にかき消された。
水のテーマパークに不釣り合いな、ウサギのヘルメットを被った『ラビットワーカーズ』がうじゃうじゃ。
「え……ええっ!? な、なんでこっちに来てるの!? ま、待って、ボク、なんにもしてないよっ!? きゃ……っ」
視線が合った。莉緒は、そんな気がした。
隠れる場所を探し、あわあわと観客の間を逃げていれば、やはりラビットは追いかけてきており。気づけば、逃げ場のないアトラクションの端へと追い詰められ、その足元に、ワーカーズの影が迫っていた。
「だ、だれかっ……だれか助けて……た、助けてお姉さんっ……!」
涙声で、叫んだ――その瞬間。
――ヒュオォン!
音速を裂いて、空間が揺れる。
助けを呼ぶ莉緒の声に、颯爽と長い銀髪を揺らし、ヴィークル〈ダムナティオ〉のボディに火花を走らせ
爆音を残しながら、漆黒のマシンが莉緒とラビットとの間に突如出現。
――ヒーロー参上!
雷のような轟音。火花を散らして黒いタイヤが着地し、風を巻き上げながら滑り込み|白石《しらいし》・|明日香《あすか》 (人間(√マスクド・ヒーロー)のヴィークル・ライダー・h00522)が、瞬間移動して来た。
「大丈夫か莉緒?」
ブーツを鳴らして立ち上がったのは、後ろ手に莉緒を守るように立ち、敵を睨みつけるその背中は、夜の光を背負っていた。
「う、うん……でも、なんで、どうやって……っ」
「言ったろ? 呼べば必ず来るってさ」
その目が、真っ直ぐに敵を射抜く。
「さてと……」
ガチャン、とセミオート式マグナム〈ブラッド・レイン〉のスライド音を響かせ。
「さてとよくもやってくれたな、手前ら!」
ラビットの群れが、レーザーを発射。赤い光線が飛び交い、ミサイルポッドが起動する。
しかし明日香は、一歩も引かなかった。
「そもそも承認なぞさせるかよ!!」
ドガァァン!!
怒涛の制圧射撃。フォトンブラスターが全自動で火を噴き、敵のヘルメットを砕くよう、撃ち抜き、火花と共にラビトらが倒れていく。
「怯むな! ターゲットはあそこだ!」
大柄なラビットが声を上げ、輸送されてきたラビミサイルを『一斉発射』しようとするが、ダムナティオを反転させながらフルスロットルさせカスタマイズした機銃で制御弾を発射。
飛来するミサイル群を、空中で迎撃。爆風が莉緒の頬を撫でるが、その身体は決して焦げも傷つきもしない。なぜなら、目の前に立つ壁がいたからだ。
「もう少し、時間を……!?」
そう悲痛な声をラビットが上げた時には、明日香は地面を蹴っていた。
「一人も生かして返さねえからよ!」
疾風のように滑り込んだ明日香は、銃口をラビットワーカーの胸元に突き立て、ためらいもなく、トリガーを引き。
同時に、わずかに視線を上げ、接近中のミサイルの音を耳でとらえる。
「――次」
迷いもなく、二発目を斜め上空に向けて放つ。
銃声が二重に重なるその刹那。
ラビットワーカーは胸を打ち抜かれ崩れ落ち、空中のミサイルは、命中と同時に炸裂。火の玉となって爆ぜた。
轟音と閃光。爆炎が辺りを焦がし、明日香の背後で天を焼いたように燃え上がる。
巻き上がる爆煙を背に、明日香は静かに銃を構え直せば、スライドの残響とともに、火花が地に散った。
星灯りの下、ただひとり暴風の中に立つ彼女は、紛れもなく莉緒のヒーローであった。
●O・MO・TE・NA・SHI
テーマパークを彩るパレードが、夜の帳の中で煌びやかに進んでいく。
水の精霊、クラゲの照明、シャボンの嵐。
それらを遠巻きに見ながら、なかなかいい観客ポイントを確保し腕を組んで眺めていたプレジデント・クロノス(PR会社オリュンポスの|最高経営責任者《CEO》・h01907)
の瞳が、鋭くきらめいた。
「ナイトパレードか……構成演出等、悪くない、中々の見応えがある。特に――」
いつの間に用意したのか、双眼鏡を下ろす。精霊役の少女、フィリカの笑顔が反映されたレンズが静かに光る。
「……あのキャストには将来性があるな。獲得を検討するか」
そう呟く横で、レア・マーテル(PR会社『オリュンポス』の|万能神官冥土秘書《スーパーエリートメイド》・h04368)が、やはりと携帯端末を確認した。
「やはり、CEOは、見抜いていらっしゃるのですね」
あの方が、今回の案件で本来狙われているAnkerとなり得る者ですねと、気品と冷徹さを備えた瞳が、夜に射す光のように鋭く見通す。
「しかし、あの方の言い回しならば、彼女にはその先があるのでは……」
その時だった。
ズズ……カチャリ……。
華やかな音楽とは違う、明らかに異質な音と共にバズーカや電磁ナイフを手にした異質なウサギメット――『ラビットワーカーズ』が姿を現した。
「ん、ウサギ……? 水がテーマなのに、なぜ……って、おい、なぜ襲いかかってくるのだ!」
統一された動きで、無言のままプレジデントに殺到するラビットに砲口が向けられた瞬間、プレジデントの足元が僅かに動く。まるで演舞のように流れる動き――合気の要領で、突撃してきたワーカーを受け流す。
とはいえ、これは一般人の範疇まででのこと。
まるで痛みや何も感じていないかのように、不気味に起き上がりラビットはプレジデントに狙いを定めた。
「なるほどな。私が来るからって過剰な接待か。これが流行りの没入型体験型エンタメという訳か。過剰だが、嫌いじゃないぞ」
だが流石に、2体、3体とラビットが突っ込んでくれば、それはただの演出では済まない。臨場感たっぷり、何だか命の危険も感じる希薄に、プレジデントも眉をひそめる。
「とはいえ、そろそろ演出責任者を出してもらいたいところだな?」
プレジデントは手を軽く振り、任せたとレアに合図を出した。
「確かに先日、ウチでも出先でホラー企画の案件で動いたが、ここのテーマパーク先走りし過ぎだろ! ホラー要素のつもりだろうが、盆やハロウィンには少し早い気がするぞ!」
そう思うだろと同意を求められれば、その通りでございますと丁寧に返し、レアはお任せくださいと前へと進み出る。
「……どうやら襲撃者たちが、CEOの狙い通り、集まって来たようですね。CEOならば、あの程度の襲撃者の対処は、いつもの事なので問題ないのでしょうが、数だけは無駄に揃っているようです。案件を全て丸投げするのは、秘書としての沽券に関わります」
故に、レアは動く。秘書として、妻として……。
|黄泉冥土《ヨモツシコメ》を呼び出して。
ズズズズ……。
空間が歪み、地面が開けば這い出てくるのは、メイド姿の悍ましき鬼女たち。巨大なフリル、血のような口紅、触手のようなアーム、鋏のような指を振るい。じりじりとラビットへと迫る。
「さぁ……おもてなしの時間です」
黄泉冥土の魂より出でた群れが、ラビットの前に立ち塞がる。
ラビットが反応し、『潜在能力解放』しながら武装を向ける。
――その直後。
ズバァンと動いたラビットが、捕食行動によって触手に包まれ、呑まれ、消えた。
かと思えば、別では取り込まれるかのように融合され、動きを失い、静かに床へと倒れた。
さらに一体、二体と続く襲撃に、レアは潜在能力を解放する。
グチュッ。
と嫌な音を耳にしたが、言い終わる前に消された。
メイドの務めとして、主の為に美しく掃除を行き届かせるのも一つ。
それこそ痕跡一つ残さない勢いで、ラビットに融合するようにして消していき、最後にレアが一礼。
「CEO様、これにて周囲のラビットは、業務終了でございます」
プレジデントは軽く頷いた。
「確かアレは、ウチのキャストだったな……? やはり、私への過剰接待であったか。悪くない。スタッフの熱意は評価しておこう」
静かな笑みとともに背を向け、パレードで起こってる騒ぎを気にかけるのであった。
●幻想夜の兎狩りショーへ!
光と水とのナイトパレードに目を輝かしながら、アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)は大きく伸びをした。
「ふー、アトラクション楽しかったなー! らっきーなんちゃらも体験できたし、3人には悪いけど、僕も男の子だからね。あーいうのは素直に喜んじゃうよね」
ほんのり彼女たちの艶姿を思い出し、軽く頬を赤らめるその姿に、すかさずユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)が飛びつくように絡む。
「最高に楽しかったよねーっ! ……って、濡れたユナ達に頬赤らめるなんて、ラモート氏のい・け・ず♡!」
怪力ハグで抱きつかれ、アドリアンの背骨がギシギシと悲鳴を上げた。
「ひ、ぎゃっ、やめっ、ユナさん重……痛い!
何を思い出したんですと、ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(|星樹《ホシトキ》の言葉紡ぐ|妖精姫《ハイエルフ》・h02999)が、横から恥ずかしそうに視線を送りながら横に並ぶ。
「ふぅ、ちょっとはしたない姿を晒しちゃったりしたけど、テーマパークは十分楽しめたね。予知通りなら……そろそろ、かな。ほら、あの子」
視線の先には、ひとりの少女。
ユナは笑顔のまま、きらきらと輝きを赤い瞳に映し、パレードを見上げた。
「あっ……見て! あの水色ウェーブツインに貝殻モチーフの衣装……very cute!」
「Anker候補、だね。近くで存在を見れば、分かるよ。あの子は誰かの希望なんだってなんとなく分かる気がするよ」
「なるほど、あの子の放つ輝くオーラ……確かにあれなら、誰かのAnkerになる可能性もうなづけるね! しらんけど」
「海の精霊フィリカ=マリーナ氏か〜 いつか配信コラボしちゃいたいな~!」
その声に静かに頷いたのは、エレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)だった。
「アトラクションも堪能しましたし……そろそろ襲撃の時間ですね。切り替えていきましょう。――と思ったらどうやら現れたようですね」
パレードが最高潮を迎えようとする夜空に、色とりどりの光が咲いた。
水をテーマにした幻想的なフロートが、虹色の水霧を纏って滑るように進んでいく。照明が幻想の波となって足元を照らし、空にはイルカと人魚の光影が踊る。だがその中心、真珠のように輝く海の精霊フィリカ=マリーナの笑顔に向かって、いくつもの黒い影が忍び寄っていた。
仮面をつけた『ラビットワーカーズ』が、人混みを押し退け接近してくる。その装備は軍用に近く、祭りの熱狂の中でも異質な存在感を放っていた。
誰もが演出と思い込みかけたその瞬間、キャストの顔に走った緊張が、異常を告げていた。
「――楽しいパレードの真っ最中に来る連中には、きっちりとお仕置きをしてあげませんとね」
その瞬間、夜空を裂くように現れたのは、無数のウサギ型ヘルメットを被った『ラビットワーカーズ』が、観客とフロート上のフィリカに向かって飛び出した。
「あ! マリーナ氏だけじゃなくAnkerの皆の者の命狙いに襲撃とは不届き千万!」
他のAnkerにそれぞれ助けが動いたのを確認し、ユナが宣言と共に『ドラゴンプロトコル・イグニッション』を発動する。
「さあ、ここからが本番! 臨時イベント【兎狩】、開☆幕ぅーーーっ!」
轟音と共に空から飛び降りてきたのは、|真竜《トゥルードラゴン》へと変身した、ユナだ。身体は紅蓮の鱗と角に覆われ、言葉と共に口元から炎が漏れ、目には黄金の光。
「ガオーッ!! 今夜のユナちゃんは火力高め、一気に蹂躙しちゃうぞ〜ッ!」
その言葉を追うように、空から熱風が吹き抜けた。
咆哮と共に、ユナが火球を放つ。爆発的な衝撃で十数体のラビットが吹き飛び、残骸と共にヘルメットが転がった。
派手なユナの動きに、注意が集まる中、他のメンバーも動く。
「大地に宿る生命の息吹、絡まり伸びる繁茂せし蔓……」
ルナが、耳をピクリと動かして唱え始めると、彼女の持つ聖晶の星杖に実る夜色の宝晶に光が灯る。
「緑の鎖となりて敵を締め上げろ――|新緑の縛鎖《ヴァーダント・グラスプ》!」
地面から突如として繁茂した蔓が爆発的に伸び、ラビットたちの脚を絡め取る。その数、十数体。敵の接近経路を瞬時に炙り出し。
逃れたラビットの姿に目を止め、仲間へと声を上げる。
「反対側からフィリカさんを囲もうとしてる! 変な兵器も運び込もうとしてるみたい!」
「ええ、させません」
エレノールが、風と雷を纏った|風雷剣《フウライケン》を抜けば、風と雷とを纏い、轟音と共にエメラルドグリーンに輝き出す。
「行きます。風の如き疾さと、雷の如き激しさを以って、我が敵を打ち倒さん!」
エレノールの身体が閃光のごとく飛翔した。強化されまさに|疾風迅雷《シップウジンライ》の速度でラビットの包囲を一角から斬り崩し、フィリカのもとへ駆ける。
その剣は嵐、刃の残光が舞うたびに、ラビットらが爆ぜて倒れていく。
「ここは任せて。貴女を守ります」
私の後ろにと、フロート上で庇うエレノールに、フィリカは小さく頷き。
その後ろに迫っていた、一斉発射されたラビミサイルを、闇を切り裂くように現れたアドリアンが一閃。
「……やらせないよ。闇よ、全てを飲み込む王となれ……」
先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、広がる影を纏い、その眼差しは鋭く。
「我が影を纏い、破滅と栄光の力を示せ――|Umbra Dominus《ウンブラ・ドミヌス》
!」
影となるNoirgeistより生み出したナイフで、エレノールが護るのと反対側のラビットを引き裂いていく。
まともに動けないラビットが次々とアドリアンのナイフに穿たれ、行動力を喪失させ、装備の通信装置ごと無線リンクを遮断し、敵の足並みが崩れる。
「今です!」
エレノールが呼応し、銃形態に変化した武器から風雷弾を撃ち出す。雷光がラビットワーカーズの集団を貫き、複数をまとめて吹き飛ばし、残るはあと一息。
だが、まだ敵の主力部隊が控えていることを、誰もが察していた。
「ボクが拘束しておくから、まとめてやっちゃって!」
ルナが再度、蔦を呼び出し、最後のラビットワーカーズの突撃部隊を縛る。その隙に竜化状態のユナが再び吼える。
「うおおおーっ! フィナーレは――コレだぁっ!」
口元から迸る炎。最後の敵集団が、灼熱のブレスに包まれて焼き尽くされた。
沈黙が戻ったナイトパレードの中央で、フィリカは深く息をつき、感謝の眼差しで仲間たちを見渡すのであった。
第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』

●外星体からの来訪者
ねばつくような闇の奥から、伸びた触手が水のように揺れ、音もなくそれらがフィリカに向かって迫る。
「離れろッ――!」
刹那、一つの影が空を裂く。
投じられたナイフが触手を貫き、破裂した黒い粘液が宙に飛ぶ。
触手を引き、ゆっくりと闇より姿を現した『外星体『サイコブレイド』』 は、足音を立てずに着地する。
その瞳は鋭くも奥では、微かな迷いが揺れていた。。
「邪魔が入ったようだが、『Anker抹殺計画』を、これより開始する」
無機質な声が夜に響いた。だがその言い回しには、一瞬のためらいにも似た微細なノイズが混じる。
フィリカは震える膝を押さえながら、それでも前に出る。
彼女の瞳には怯えと、同時に抗うような輝きが宿っていた。
「どんな理由があろうと、私は許しません。ショーを壊し、お客様の笑顔を奪ったあなたを、絶対に」
サイコブレイドの触手がうねり、まずは邪魔者からだと√能力者たちを狙う。
前へと進み出る彼らのの背に、そっと声が届く。
「どうか、無理をなさらないで。あなたのその勇気が、私たちの希望ですから」
●戦慄のスペースオペラ
襲撃者たる『外星体〈サイコブレイド〉』が、触手をうねらせ√能力者たちを襲おうとしたその瞬間、黒い闇の中から重厚な足音が響き渡った。プレジデント・クロノス(PR会社オリュンポス最高経営責任者〈CEO〉・h01907)が関心を込めて呟く。
「ほう……触手に武器……呪われし海賊というコンセプトかな」
一方、レア・マーテル(PR会社『オリュンポス』万能神官冥土秘書〈スーパーエリートメイド〉・h04368)は慎重に動きを観察しながら言った。
「どうやら、最近噂の黒幕、サイコブレイド様のご来訪のようですね。フィリカ様への奇襲でしたが、暗殺者に迷いは禁物です」
プレジデントはその間も思考を巡らせていた。衣装がやや近未来的で、先ほどのウサギもそうだった。少なくとも、水をテーマにした会場には異質な存在だ。
「幸い、能力者を狙っているようなので、CEOの安全は確保できそうです。お下がりください。あれは外宇宙からの刺客です」
――!?
「そういうことか! 星の海……つまり、スペースオペラ的な演出だったのか!?」
プレジデントは納得したように笑い出した。
「ハハハッ……私としたことが、これは一本取られたな! 秘書よ、まぁ、待て。ここは熱意あるスタッフたちに敬意を表して、私が直々に、直接交渉といこうか」
「え……CEOが、御自らお相手なさると? そう仰るのであれば、分かりました。CEOに掛かれば、宇宙の殺し屋と言えども取るに足らないでしょう。ですが、私は心配です」
そう言うと、レアはそっと手を伸ばし、|死の盟約《ヨモツヘグイ》をプレジデントにひそかに付与した。
「ん、何かしたか?」
「いえ、肩にゴミが……CEO、正式に交渉をなさるなら身なりを整えておく必要があります。先程の演出でお召し物が汚れておりますので、少し失礼します」
まさか身なりを整えながら、レアによってこっそりと√能力破壊者に変身させられているとは、プレジデントは全く気づいていなかった。
「では、貴方様の望むままに……」
うむと頷き、プレジデントはレアに見送られ前へと進み出た。
「さて、君がこの演出の責任者かな? 中々、素晴らしい余興だったぞ」
サイコブレイドは、その声に一瞬立ち止まった。外星体の鋭い瞳がクロノスを捉える。しかし、プレジデントは冷静に言葉を続ける。
もちろんです。自然で読みやすい形に整えました。
「始めは意表を突かれて、なかなか驚いたぞ。触手に武器とはな……まるで呪われし海賊と言いたげだが、その衣装はどこか近未来的で、なかなか面白い。」
プレジデントはじっと周囲を見渡しながら続ける。
「先ほどのウサギの者もそうだ。つまり、これは星の海を舞台にしたスペースオペラの余興というわけだな。」
サイコブレイドは困惑したように一歩後退った。
「……余興? 私の任務は『Anker抹殺』。それに妨害する者は排除するのが筋だろう。だが、お前の言葉は意味がわからない。なぜ私に話し掛ける?」
プレジデントは軽く笑いながら、ゆっくりと拳を握った。
「しかし……その様子だと、どうにも納得していないようだな。ならば、君の覚悟を見せてみるといい!」
「何を言っている……!」
嚙み合わない言葉に、サイコブレイドの警戒は一気に高まる。不用意に間合いを詰めてくるプレジデントに対し、手にした自身の名を冠する武器〈サイコブレイド〉にチャージしていた宇宙エネルギーを一気に解放し、ギャラクティックバーストを放つ。
まばゆい閃光が奔り、殺意とともに空間を貫かんとしたその瞬間。
だが、その攻撃にぶつかったのは、友好の握手として差し出された、プレジデントの拳だった。
その拳が、サイコブレイドの攻撃と攻撃の狭間――わずかな隙間にある空間を叩きつける。
次の瞬間、空間が震えた。
そして、放たれたエネルギーは振動の波に呑まれ、まるで砕け散るかのように叩き壊された。
「くっ……!」
サイコブレイドの目が見開かれる。
「……さすが、私のご主人様です」
レアが恍惚とした表情で手を胸に当て、うっとりと呟く。
「外宇宙の刺客の一撃を正面から破壊なさるとは……CEO、やはり貴方様は神域にございます」
呆然と拳を見つめていたのは、プレジデント・クロノス自身だった。
「……ん? 今のは……どういう……ことだ?」
彼は握ったままの拳をゆっくりと見下ろす。
「ただの握手のつもりだったんだが……なぜ攻撃が……砕けた……?」
その横で、レア・マーテルは微笑みを浮かべ、そっと囁く。
「まさか、CEOが本気で気づいていないとは……ふふ、やはり素晴らしいお方です。無意識のうちに宇宙の殺し屋を退けるとは……」
混乱と驚きが入り混じる中、ふと彼らが視線を戻すと、そこにサイコブレイドの姿はなかった。
●紅き疾風と黒き刃
夜のテーマパーク、その片隅の区画。
ウサギを退け、一息ついたのも束の間。上空から無数の触手が蠢き、黒い影が空気を切り裂いてAnkerの気配を追って飛来した。
その中心に立つのは、銀の髪をポニーテールにまとめた少女。赤い瞳が鋭く輝き、漆黒のヴィークル〈ダムナティオ〉に跨ったまま、土埃を踏みしめる。
|白石《しらいし》・|明日香《あすか》(人間(√マスクド・ヒーロー)のヴィークル・ライダー・h00522)は、怯まずに睨み据えると、静かに言い放った。
「さてと……よくもオレの莉緒を殺そうとしてくれたな? 許さねぇぞ!」
その背後には、飛来してきた『外星体《サイコブレイド》』から身を縮めるようにして隠れる、|覇城院《はじょういん》・|莉緒《りお》(深窓の男の娘・h01694)の不安げな姿があった。
明日香はその小さな命を背に受け、戦場の空気を張り詰めさせる。
「莉緒、後ろに下がって安全な場所に隠れるんだ」
「は、はいっ……! わかりました。お姉さん、気をつけてください……!」
莉緒は瓦礫の陰に身を潜めながら、それでも明日香をじっと見つめる。
(「ほんとに……僕は無力ですね。でも、あのおじさん……怖そうに見えるのに、なんだかあまり怖くないというか……。よくわからないけど、どこかやる気がないように見える気がします」)
サイコブレイドは油断なく、黒メガネの奥から明日香を鋭く睨みつけ、静かに剣を構える。
二つの瞳はまっすぐ明日香を捉えたままだが、額に浮かぶ第三の目が逃さぬよう監視するかのように、時折チラリと莉緒の方へと視線を送っていた。
「どこみてやがる!」
動き出す明日香に合わせ、サイコブレイドも音もなく跳び出す。
サイコブレイドの刃が唸り、『サイコストライク』が明日香を斬り裂こうと迫る。瞬時に腹部を狙う高速の刺突、再行動を狙った致命の一撃――。
「いちいち接近戦に付き合う義理なんてねぇよ!」
明日香の指が軽く引き金を引いた。
パンッ! パンッ! パンッ!
マグナムから牽制射撃が走り、目にも留まらぬ速度で敵の脚、胴体、頭部を狙って制圧射撃が浴びせられる。跳弾が宙を裂き、サイコブレイドの動きを一瞬止めた。
それでもなお明日香を狙って突進してくるその姿に、莉緒は思わず声を上げる。
「お姉さん、頑張ってください! 僕がついていますから、負けないで!」
応援しかできない自分が、歯がゆくてたまらない。お姉さんみたいに戦えたら。だからせめて、声だけでも届けたい。
その声に、サイコブレイドの表情が一瞬だけ苦悶に歪み、動きが鈍った。
「しつこいんだよッ!!」
逆手に構え直した銃が火花を散らし、敵の踏み込みに合わせて正面からカウンターが叩き込まれる。
拳と銃撃の嵐がサイコブレイドの体を弾き飛ばし、間髪入れず、|鮮血の弾丸《ブラッド・レイン》が空を裂いて着弾する。
「これで終わりだ!」
真紅の弾丸が炸裂し、血の雨がまるで嵐のように降り注ぐ。
着弾した瞬間、周囲の空間に血の雨が撒き散らされ、サイコブレイドの全身をじわりと蝕んだ。
「アタシの、大切な人に……二度と、手ェ出すんじゃねぇ!!」
撃ち終えた明日香は、一瞬の隙を見逃さず、渾身の蹴りを叩き込む。
「ぐ……!」
確かに効いた。サイコブレイドはわずかに後退し、そのフードの下で揺らぎが走る。
「は、はぁ……すごいです、お姉さん……!」
瓦礫の陰から莉緒の声が届く。励ましの声に背中を押され、明日香はさらに前に踏み出した。
「戦いが終わったら……お姉さん、一緒に帰ろうね……!」
「もちろんだ!」
勇ましく返答し、莉緒に微笑みかけた明日香が顔を上げると、いつの間にかサイコブレイドの姿は目の前から消えていた。
●赦しの残響
襲撃してきた『外星体《サイコブレイド》』が狙ったのは、Ankerたちを護る√能力者たちだった。
――どうか、無理をなさらないで。あなたのその勇気が、私たちの希望ですから。
フィリカはそう言ってくれた。けれど、ここで彼を野放しにするわけにはいかなかった。
「最後はやっぱり君が出てくるんだね、アンコロおじさん。……もとい、サイコブレイドさん」
Noirgeistの影から十の刃を形づくり、アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)が敵を睨みつける。
「おじさんがこんなことしてる理由、まあなんとなくは聞いたけど、だからってはいどうぞって、彼女を殺させるわけにはいかないよ!」
その言葉に、サイコブレイドは何も返さなかった。代わりに、目にも留まらぬ速度で周囲のAnkerたちを索敵し、護衛する√能力者たちとの交戦を次々に開始していた。
その光景を前に、フィリカの言葉に応えるように、最初に一歩を踏み出したのは、エレノール・ムーンレイカー(怯懦の|精霊銃士《エレメンタルガンナー》・h05517)であった。
「任せてください。貴方のような善き人を、あんなものに殺させはしません。必ず護ってみせましょう。この先、いつか貴方が出会うであろう運命の人のためにも」
銀色の髪を翻して、フロートの上から狙いを定め|世界樹の恩寵《グレイス・オブ・ユグドラシル》の詠唱が、静かに、だが揺るぎない意思をもって紡がれた。
「母なる世界樹よ、貴方の大いなる力を我が身に満たし給え……!」
大地が脈動し、聖樹の根が地より伸びてくる。それはまるで、咎人を捕える鎖であるかのように。
聖樹の鎖となった世界樹の根がサイコブレイドの脚に巻きつき、空間を歪めるようにその身体を引き寄せる。
「捕らえました……! ルナさん、今です!」
「ボクの出番だね!」
その声に応じて、ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(星樹《ホシトキ》の言葉紡ぐ妖精姫《ハイエルフ》・h02999)が一歩、前に進み出る。高く掲げた聖晶の星杖に応じるように、空に満月のような輝きを宿す魔法陣が広がった。
「Anker抹殺計画の首魁であるキミが相手とはね。キミがなんでこんなことをしているのか。その理由の一端は知っている。けれど――」
淡く光る銀髪が風に揺れる。ルナは、フィリカの前に立ちはだかり、敵の眼前に静かに立つ。
「だからといって、引き下がるような時じゃないよね。ボクたちは、この未来を守るために戦ってるんだから」
詠唱が結びへと至る。夜空に満ちた魔力が一点に凝縮されていく。
「月に煌めく浄化の理、聖域を照らす白銀の一閃、邪なるものを打ち破れ」
彼女の星杖が振り下ろされる。
「|銀月の破煌《セレナイト・バニッシュ》!」
輝きが夜を裂く。銀白の魔光が、サイコブレイドの闇を焼き尽くすように放たれた。
白銀の一閃が天より降り注ぎ、拘束されたサイコブレイドへと撃ち下ろされる。
その瞬間、彼の瞳に痛みが、過去への戸惑いが走る。だが、放たれた閃光は容赦なく装甲を砕いた。
「ユナ、今だよ!」
その声に応えるように、ユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)は、|真竜《トゥルードラゴン》の姿のまま、夜空に翼を広げていた。
「了解ッ☆ この熱さ、見届けるがいいっ!」
高らかに叫びながら、巨大な竜の喉奥に紅蓮の輝きが宿る。
「Ankerの皆の者の命を狙うのなら、自分の命も刈られる覚悟もするべきだったね。なのでその身も殺意も、まとめて焼却しちゃうぞー! ガォーッ!!」
最後の咆哮とともに、ユナが宣言する。
「ドラゴンプロトコル・イグニッション!」
真紅のブレスが爆ぜた。銀月の魔弾が穿った闇に、さらに紅蓮の業火が追い打ちをかける。天と地の狭間で、サイコブレイドに連撃が突き刺さるように降り注いだ。
「焼却確認ぃッ! だがこれで終わりだと思わないでよねッ! 理由がどうであれ、フィリカ=マリーナ氏Ankerの皆の者の笑顔や命を狙うのならたとえ天が許してもこのユナちゃんが許さん!!」
砕けた瓦礫の影から、サイコブレイドが動いた。
「……抹殺計画は、未完である。やらねば」
低く、機械的な声が響き、銀鎖を断ち切るほどのサイコストライクが、真横から放たれた。
「くっ……!」
エレノールが跳び退りながらも、右肩を抉られる。だがその射線には既に別の影――アドリアンが影の中から現れ、十本の黒き剣が宙を走る。
「接近戦は苦手だけど、他の皆が攻撃しやすいように足止めさせてもらうよ!」
二刀は両の手に、残りは宙を走らせ、アドリアンは一気に叩き込み、影の剣が八方からサイコブレイドを突き刺す。だが――。
「暗殺モード、展開……」
不穏な呟きと共に、空気が引き裂かれるように、サイコブレイドの姿が掻き消えた。肉眼にしか映らない、気配遮断。
「なっ……消え――」
「上だよッ!!」
ユナの咆哮とともに、ブレスを天へ。だが、サイコブレイドはすり抜け、突如としてルナの背後に姿を現す。
だが、その剣が振り下ろされるより早く再び聖樹の鎖が――いや、迷いなき意思そのものが、彼を縛る。
エレノールが片腕を押さえ、なお精霊の力を全力で呼び起こしていた。
彼女の琥珀の瞳には、強い確信が宿っている。
「貴方がどんな過去を持っていようと……命を、他者を、踏みにじる行為は肯定できません!」
その言葉が、闇の殺戮者の内部で、響き。
少し離れた場所より、戦いを見守るフィリカの静かな祈りが、更にサイコブレイドを揺さぶる。
「……わたしは……邪悪であるべき……なのか……」
一瞬、その刀が鈍る。その瞬間を――アドリアンが見逃さない。
「その迷い、あるなら刃を止める勇気もあるってことだろ?」
サイコストライクで斬り込むサイコブレイドに、アドリアンが叫ぶ。
「だったら――まずは受けてみな! |Umbra Dominus《ウンブラ・ドミヌス》!!」
アドリアンが影から放った一閃は、鋭く、容赦なくサイコブレイドの胸元を裂いた。
「キミの態度の端々から、本当に邪悪って感じはしないんだけど……でも、今はその命、刈り取らせてもらうよ!」
影の斬撃に続くように、銀月の光が降り注ぐ。
轟音とともに爆発が起こり、サイコブレイドの身体は勢いよく地面へと叩きつけられた。
「ふぅ……この場は、なんとかなったかな?」
煙の向こう、動かなくなったサイコブレイドの姿を見つめ、ルナが小さく息をつく。
そして――。
静寂に包まれた戦場に、震えるようなフィリカの声が、そっと届いた。
「あなたは……ほんとうに、心の底から悪になりたかったのですか……?」
サイコブレイドが、答えることはなかった。
その沈黙が、何よりの答えだったのかもしれない。
「……終わった、ね」
元の姿に戻ったユナが舞い降り、誰ともなく、小さく頷きが返された。
傷ついた仲間たちの間に、ようやく安堵の風が吹く。
夜の帳が静かに降りる中、彼らは再び歩き出す。