シナリオ

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水鏡星を探して

#√妖怪百鬼夜行 #√EDEN #√マスクド・ヒーロー #Anker抹殺計画 #執筆中

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●Accident
 ごとごと、ごとごと。
 黒い汽車は水飛沫をひるがえして、湖水の上、きらきらと瞬く光の中をどこまでも走ってゆく。太陽はすでに山の稜線に傾き始めており、これから長い初夏の宵が始まろうとしていた。
 フォーマルなドレスにフリルがあしらわれた白いエプロンのお仕着せに身を包んだ若い女性が、たおやかに微笑みかける。
「ご注文はお決まりですか?」
 レモンジャムを挟んだふわふわなスポンジを生クリームで覆って、その上から絞られたレモンクリームが特徴のレモンブランは、初夏限定のスイーツだという。
 白いフロマージュクリームと青く着色したゼリーで紫陽花を表現したミニパフェを頼むと、紫陽花の切り絵がなされたコースターがおまけで貰えるようになっているようだ。
 ほかにもざくざくとした食感のパイ生地にアイスクリームと桃を挟んだひんやりスイーツや、生クリームを塗ったシフォンケーキに宇治抹茶ソースをかけた抹茶シフォンケーキなど、今の季節ならではのスイーツがたくさんで、どれも有名パティシエが手掛けたものなだけあって目移りしてしまう。
 メニュー表に視線を奪われていれば、移ろいゆく時の流れによって色合いが変化する空と湖面を見逃してしまいそうだ。どこか急いてしまう気持ちもあるが、なぜだかそれすらもいとおしく感じられる。
 ここはそんな、あらまほし時を楽しむ列車――そのはず、だったのに。

●Caution
「外星体同盟の刺客『サイコブレイド』のお話は、ご存じでしょうか?」
 ぱたり、と黒革の手帳を閉じた物部・真宵(憂宵・h02423)は、みなに視線を向けると短くそう問うた。知らぬ者もいると見て真宵は小さく笑むと頷きをひとつ。しかしそのやわらな表情もすぐ硬くなる。
「サイコブレイド。この者は、Ankerもしくは『Ankerに成りうる者』の暗殺を行おうとしているのです。――そう、本来であればAnkerは判別のしようがないはずなのに、彼にはそれを探知する√能力が備わっているのです」
 非常に厄介な能力だ。星詠みはひどく辛そうに唇を噛んだ。
 サイコブレイドはその能力を用いて配下を差し向け、Ankerの抹殺を企てている。今回真宵が予知した現場は、湖面を走る汽車である。
「この汽車は季節のスイーツを味わいながら、風景や湖面に移る景色を楽しむことをコンセプトに企画されたものなんです。まだ三年目なのですが、けっこう人気なんですよ」
 話には聞いていたが、まだ乗ったことがないのだと星詠みは言う。現場は√妖怪百鬼夜行であるので、同じ√の生まれである真宵はこの汽車の存在を知っていたのだろう。どこか楽しそうに説明をしてくれた彼女であったが、それも花がしぼむように悲し気に沈む。
「事件が起こってしまえば、企画も終わってしまうでしょうね……」
 ひとたび命が流れ落ちるようなことがあってしまえば、いわくがついても無理はない。だが、未遂に防ぐことが出来れば、少しばかりの中止期間はあれど、再開も夢ではないだろう。
「予知では襲撃が行われるのは完全に日が落ち切った夜です。それまでは汽車の中でスイーツを頂いて、英気を養っても問題はないと思いますよ」
 汽車は四号車まであり、一号車と二号車はクラシカルな西洋風で明るく彩られており、三号車と四号車は和モダンなコンパートメントでウォールナットの落ち着いた色合いになっている。
「……わたしは、自分のAnkerを知らないんです」
 星詠みがぽつりと呟いた。
「だからこそ、自分の知らないところで大切なひとが命を狙われているかもしれないだなんて……恐ろしくてたまりません」
 恐怖を吐き出すように吐息した真宵は伏せていた視線を持ち上げると、みなを真っ直ぐと見て、それから深く頭を下げた。
「どうか皆さんでサイコブレイドを止めてください」
これまでのお話

第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』


 蒼い宵闇だった。
 空と湖の境界が曖昧になってしまうほどに、とろけるようなあわいの世界。一筋の引っかき傷が出来る。湖上、水面からわずかに浮いた空中のそれは、じゅわりと黒い墨を流したような宙が染み出し、ゆっくりと真ん中から左右へこじ開けるように広がった。
 ――道が、開かれた。あるいは最初から「そこ」に仕込んでいたのかもしれない。それともずっと「そこ」で待っていたのだろうか。
 ぽっかりと空いた孔の奥から、ひとりの男がぬるりと現れる。遥かなる宇宙を背負い、その右手に命を刈り取る形をしたものを握って。
「……汽車、か」
 目深に被ったフードの下、サングラスを通して水面に停車したままの黒い汽車を端から端まで見渡した男――外星体『サイコブレイド』は独語した。ぴかぴかとした眩い明かりで汽車内の様子はよく見えた。窓越しにこちらを視認して窺う幾つもの気配――√能力者。そしてその、Ankerたち。
「小蜘蛛達は死した。……が、Ankerは」
 生きている。
 誰一人として欠けた様子がないことを|識《し》る。そうと分かった瞬間、男の唇から漏れた吐息は呆れのようであり、その実どこか安堵にも似ている気がした。サイコブレイド自身、それが分かっているのか小さくかぶりを振って、それから水面を歩く。
「聞こえているのだろう、出てこい」
 ああ、と小さく得心がこぼれる。
「ここは歩けぬか」
 サイコブレイドが手にした得物で水面を掻くと、その周囲一帯がぱきぱきと音立て氷が張る。一瞬で水面は凍り、水鏡の星が眠った代わりに冷気がきらきら瞬き踊る。
「これで良い。お前たちも俺を斃さねばならない、そうだろう?」
 くたびれたコートの裾から這い出る触手がうねり、能力者たちをいざなう。
 そのとき、湖水から窺う気配に気付き視線を落としたサイコブレイドが見たのは、長い髪を水中に広げて、じっとこちらを睨みつける無数の女たち。下半身が蛇の濡れ女は突如現れた外星体を警戒していたが、するすると汽車のほうに寄っていく。
 氷と汽車の僅かな隙間から顔を出し、能力者たちに呼びかけた。
「万が一氷が割れ水中に落ちたとしても、私たちが助太刀いたします」
「力持たぬ皆さまは車内に居たほうが安全かと」
「そうですね……あなた様の大切な人を応援するのはいかがでしょうか」
「大丈夫、攻撃が飛んできても我々が盾になりますゆえ」
 濡れ女たちは安心してくださいと言うように、にこりと笑ってみせた。
 そんな彼女等の背中を静かに見ていたサイコブレイドは、わずかに目を細めて唇を引き結んでいる。その表情はどこか苦悶のようにも見え、居心地が悪そうに窺える。
「……水中に落とすつもりなら、とっくにやっている。汽車ごとな」
 濡れ女たちはサイコブレイドを尻目に睨んだが、能力者たちのほうを再び仰ぐと「どうかご武運を」水中に戻って行った。
 飛沫が止んで、風が凪ぐとあたりは耳が痛いくらいの静寂に包まれる。
「ならば一つ約束をしよう。俺はAnkerには手を出さない。――だが、勝手に飛び込んできた者に傷が付いたとて俺は知らん。そちらの不注意と心得ておけ」
 肩に担いでいたブレイドの切っ先を突き付け、男は殺気を放つ。

 外星体『サイコブレイド』との戦いが、いま始まろうとしていた。 
泉下・洸
史記守・陽

 服の下にまで染み込むような冷たい空気が床を這っている。
 ガラスを一枚隔てた外の世界では、外星体が手にしたブレイドの青白い刃が真っ直ぐにこちらを向いており、その殺気は、きらきらと囁く冷気の流れに乗って二人のもとへと運ばれてくるように思われた。
「Ankerには手を出さない、ですか」
「彼なりに信念はあるんでしょうか」
 史記守・陽の疑問に「信念」の二文字を反芻させる泉下・洸は、大きなサングラスを掛け目深に被ったフードの奥から、額の第三の眼が自分たちを窺う外星体の様相を改めて見る。
「その心が変わらないことを願いましょう。あ、乗客の皆さんはここに居てくださいね。戦いに巻き込まれては危ないですから」
 ――しかしあれは、その言葉を真実にするだろう。
 人目を憚るような姿をした外星体を見ていると、そんなふしぎな確信があった。
「受けて立ちましょう」
 扉を大きく開いた陽は、そのまま氷の上に着地するなり氷面を強く蹴りだし、駆けた。駆けながら抜刀する器用さに、片眉を吊り上げるようにわずかに頸を傾げた外星体サイコブレイドは、夜明け前の空を閉じ込めた美しい刀身が、冷気を裂いて頭上に降り上げられたのを見た瞬間。
「馬鹿正直だな」
 下りてくる刃を自身のブレイドで受け止めた。
 全体重を乗せた陽の振り下ろしを、顔のそばちかくで受け止めたがゆえに、二人は吐息が触れそうなほどの距離で互いを睨み合う。まだどこか華奢な体躯を隠しきれていない陽の初動には危うさもあって、外星体が喉の奥で唸る。
「無鉄砲で命を落とすのは馬鹿馬鹿しいとは思わんか」
 外星体が腕の力のみで弾き返すと、小山でも落ちてきたかと思うほどの衝撃が腹を、胸を突き、ちいさくあえぐ。それでも陽は両脚を踏ん張り、滑る氷上に片手を突いて減速させると、横薙ぎされたブレイドを既の所で受け止め、立ち上がると同時に上へと流す。
「ひとりで突っ込んでくるなんて無謀ですって?」
 弾き返されたブレイドから陽へと、外星体の視線が落ちる。無言で問われた気がして、陽はその口元にかすかな笑みを乗せた。
「俺は、独りではありませんよ」
 思案するように、ブレイドと同じ色をした両目が細くなる。それから何かを思いだしたように瞠目し、視線が横へと走った。
 その瞬間。
 真横から突き付けられた無数の銃口から、飛び出すものがあった。苛烈な音が連続すると、それは外星体の脇腹を穿ちその身に呪詛をねじ込み、閉じ込める。
「どうです? 新鮮なお肉のお味は。呪詛が隠し味なんですよ」
 刃が装着された|GdAzuriteM2024《連装式大型ガトリングガン》を両手に、外星体の死角からにこりと無邪気な笑みを覗かせた洸は、そのまま傷口を拡げるように突き刺し、氷上に血の花を降らせると、自身はすぐその場から退いた。
「あ。メイドさんたちのお肉ではないですよ。あちらは私が美味しくいただきました」
「……悪食め」
 挟み込むような位置取りをキープする二人を交互に見て鼻を鳴らした外星体は、すぅ、と小さく息を吸い込み静かになる。それを敵のチャージ時間だと察した洸は秒数を数えつつ素早く陽へと目配せ。その意味を正しく解した陽は、開眼と同時に放たれた外宇宙の閃光が辺りに満ちる、その一瞬早く敵の懐に飛び込み、右掌で抑え込む。
「奇遇ですね、俺も似たような技を使えるんです」
 目を見開き、眼球がぎょろりと陽を向く。
「その技、威力は高くても隙も大きい。判断の誤りが簡単に死に繋がる」
 そんなこと、この身を以てよく知っている。うんざりと、厭になるほどに痛感している。
 だからこそ。
「発動タイミングも弱点も、よく理解しているつもりです」
「……経験を活かせて良かったな」
 吐き捨てる言葉と同時にブレイドで掻けば、陽は厭きれたような笑いを漏らした。そう、どうせならもっと早く|識《し》りたかった。
 そんな思いを露知らぬ洸は再び外星体に肉薄、大きなGdAzuriteM2024を軽々振り回すと、鋭利な刃で触手器官を、肉を削いで、もっともっと血を躍らせる。
「史記守様、スイーツを護るため、共にサイコブレイドを倒しましょう!」
 頬に返り血を浴びた洸は、にっこにこの笑顔で陽を振り返ると、返事も待たずにえいやーと外星体に斬りかかる。
 ハンターズ・ロウを発動させたせいで移動力と戦闘力が落ちた外星体は、じゃれつくような洸を邪険に払いのけ、一方で鬱陶しそうに触手器官でべちべち殴られるのも厭わぬ洸の後ろ姿を見て、「すいーつ」ぽかんとした陽は、しかし小さく首を振ると、戦う理由は人それぞれだと自分に言い聞かせて納得する。
「俺は、皆さんが護りたいと思うものを護るために剣を振るうのみです」
 駆けだした陽は洸の行動を補うように死角を意識して不意を突き、絡みつく触手器官を斬り落としていく――。

 そんな三人の戦いを見守っていた濡女たちは、会話を思い出しては何だかヘンなヒトだなぁと顔を見合わせていた。