シナリオ

白夜に瞬く|森の星《メッツァ・タヒティ》

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 夕陽が地平へと吸い込まれるように傾き、やがて夜が訪れ星が瞬く。
 そんな多くの国での常識が通用しない時期がこの村にはある。

 白夜——太陽が沈まぬ夜。
 昼夜問わず明るいこの時期に、村人は暖かい夏の始まりを祝い焚火を囲む。
 さぁ今夜は|夏至祭り《ユハンヌス》だ。
 ほらご覧、|森の星《メッツァ・タヒティ》も可愛らしく花を開かせている。
 村人も旅人も冒険者も、眠らぬ夜を楽しく過ごそう!

 嗚呼だけど気を付けて。
 決して青い森の星には近付いてはいけないよ。
 その先には|悪魔《アイアタル》がいると、|森の小人《トンットゥ》が教えてくれているんだ。

●青き|森の星《メッツァ・タヒティ》を追って
「一日中明るいって、眠くなったりしないの、かな? セロトニンが活発になって、起きちゃう感じ、なのかな。野生動物は、どうなんやろ……」
 手元の本に集中していた坂堂・一(一楽椿・h05100)は、自身へと集まる視線にようやく顔を上げ。わたわたと身なりを整えると、「えへへ……夢中になってて、ごめん、ね」と気恥ずかしそうに笑った。

「集まってくれて、ありがとう、ね。それじゃあ、お話する、よ」
 そう言いながら彼が広げたのは、√ドラゴンファンタジーの北部の地図。
「森の星、って呼ばれるお花、知ってる? 日本だと、ツマトリソウって言うん、だけど。この村では、夏の間だけ森に咲く花、なんだよ」
 キュキュッとペンで丸を付けたその場所は、トナカイ獣人たちが暮らす小さな村。地図上でもかなり北の方にあり、冬は雪で閉ざされそうな場所だ。今の時期なら日中は20℃ほどと過ごしやすく、6月下旬には夏至祭というものが行われている。旅人や冒険者がリフレッシュ目的でやってくることもあるそうだ。
 村の周りには湖と森が広がっており、林縁や草地を見れば、小さくて可憐な白い花が風にそっと揺れている。
 そんないつもの光景が、どうやら今は危険に曝されているという。

「森の奥に、ダンジョンができちゃったみたい、なんだ。過去にもあったよう、なんだけど、いつもは居合わせた冒険者さんが、お祭りの後に何とかしてたん、だって。でも……今回は、それじゃ間に合わない」
 深刻そうに顔を曇らせる少年。
 しかし続けて紡がれた言葉は、深刻というよりは困惑を招くような内容だった。
「ダンジョンにいるボスが、リスさん、なんだけど……モンスター化した百戦錬磨のリスさん、でね。……うん、ぼくも何言ってるか、ちょっと分からない、けど。とにかくそのリスさんが、村の食糧に、目をつけちゃったみたい、なんだ。それで、子分にしたモンスターを引き連れて、村を襲うから、このままだと村も森も、戦闘でぼろぼろになっちゃう……だから、お祭りが終わるまでに、倒して欲しい、な」
 死人は出ないが怪我人は多数出る。そして村の被害も甚大……そう考えればリスといえど侮れないだろう。なんといっても百戦錬磨だし。
 リスが襲撃してくるのは祭りの終盤らしいので、それまでにダンジョンに踏み込めば問題ないようだ。

 そしてそのダンジョンの場所だが。
「森の奥だって、星が教えてくれたんだ、けど。正確な位置までは、分からなくて……あ、でもヒントはある、よ」
 村の言い伝えにある『青い森の星』。白ではなく青く咲くその花は、危険がある場所を教えてくれるという。恐らくは過去にもダンジョンが出来た時、村人はその花を目印に危険を避けたため無事だったのだろう。ならば逆に『青い森の星』を探し進めば、自ずとダンジョンへの道が見つかるはずだ。
「それから、森からダンジョンへ続く道も、気を付けて、ね。何か、変な魔法がかかってる、みたい。……こう、絶対振り向きたく、なるような? 振り向いたら、どうなるんだろ、ね。ちょっと、調べてみたい、な」
 もしかしたら、これについても言い伝えが残っているかもしれない。そう言いながら少年は地図をくるくる巻くと、集まった面々へと笑いかける。

「今から向かったら、ちょうど夏至祭のお昼くらいに着ける、はず。襲撃までは時間もあるし、お祭りも楽しみながら、青い森の星、探せばいいと思う、よ」
 夏至祭では素朴ながらも美味しい料理が振る舞われ、『モルック』というボーリングに似たスポーツの大会も開かれているらしい。他にもトナカイ獣人たちの村ならではの、生え変わり落ちた角を使った細工物なんかも販売されているようだ。
 朝焼けとも夕焼けとも似て異なる、白夜の空を眺めながら、暫しの間気の赴くままに過ごすのも良いだろう。

「気を付けて、いってらっしゃい」
 控えめに手を振りながら、少年は村へ向かう能力者たちを見送ったのだった。

マスターより

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第1章 日常 『おいでよ獣人の村』


●夏至祭で賑わう村

 ——あら、いらっしゃい。初めての方ね。旅行かしら、それとも冒険者さん?
 私はこの村を案内する世話焼きおばさんのルミっていうの。困った時は気軽にルミさん、ルミおばさんって呼んでくれると嬉しいわ。おばさん、すぐ駆けつけてお世話しちゃうから!

 それじゃあ、簡単に説明していくわね。
 今は暖かい夏の到来を祝って、夏至祭というものが行われているの。湖に面したほうの広場に焚き火が見えるでしょう? あれは悪霊や不幸を追い払う、豊作祈願のための焚き火なの。あ、ちゃんと森に燃え移らないように管理されているから安心してね。

 焚き火から少し離れたところにあるのがBBQコーナー。炭火でじっくり焼かれた串焼きは、色んな部位の肉や夏野菜も一緒に刺さっているから栄養満点! それから、開ける瞬間がワクワクするホイル焼き。中身は香草で香り付けした肉厚のサーモンと、中からブルーチーズがとろりと出てくる焼きトマト、プロセスチーズを詰めたジャンボマッシュルームのベーコン巻きの3種類! あとは厚切りのハムやベーコン、ソーセージもあるわね。どれも思いきってかぶりついてちょうだい!

 隣のテーブルでは調理済みの料理やデザートが食べられるわ。
 主食はライ麦パンやオーツ麦パンなんかがあるけど、今は新じゃがいもが旬だから塩とディルで茹でたじゃがいもがお勧めね。素朴ながらも何にでも合う優れものよ? それからサーモンスープ。具は人参とじゃがいもとサーモンだけ、見た目はクリームシチューなんだけどとっても美味しいの! 牛乳と生クリームとディルでコトコト煮込んだスープは、暖かい夏でも食べたくなる味よ。パンを浸してもいいわね! 他にもニシンの酢漬けやスモークサーモンもあるわ。欲しい分だけ茹でじゃがいもに添えてもらえるの。お酒好きにはおつまみセットって言われてるわね!
 デザートにはレットゥっていう、クレープみたいな薄いパンケーキと特製ベリーソースなんていかが? この時期は色んなベリーが収穫できるのよ。フレッシュなベリーを散らしてソースもかけて、バニラアイスも乗せちゃう……なんてのもいいわね! 他にも祭りの時に被る花冠をイメージした、花冠ケーキもあるわ。エディブルフラワーやハーブ、ベリーでショートケーキに花の冠をかぶせてあげるの。とってもキュートよね!

 飲み物も定番のものは大体揃ってるから、気軽に村人に言ってね。
 この村ならではの飲み物? そうねぇ、ラッカのソーダかしら。別名ゴールデンベリーといってね、とても綺麗な黄金色のシロップが作れるのよ。他にもラスベリー、リンゴンベリー、ビルベリーなんかのシロップもあるわ。炭酸が苦手なら牛乳やアイスティーで割ったりも出来るから、好きなのを選んでね。
 実はね……古い言い伝えに『夏至祭の間に飲んだアルコールの量が、その年の作物の出来高に影響する』っていうのがあるのよ。皆で大騒ぎすることで悪霊を追い払い、幸運を呼び込むことができるんですって。だからお酒も種類豊富に取り揃えてあるの。
 サハティっていうビールは、ホップの代わりにジュニパーが使われてるわ。ジュニパーはジンの香料になるハーブね。そんなジンをグレープフルーツソーダで割ったもの——この辺りではロンケロって呼んでるんだけど、酎ハイに近いと思ってくれたら分かりやすいかしら? さっきのベリーたちを使ったリキュールもあるから、グレープフルーツソーダ以外にも色々楽しめると思うわ。あとはシマという発酵レモネードもお勧めね、レーズンと蜂蜜入りで甘酸っぱくて飲みやすいわよ!
 変わり種はサルミアッキ味のリキュールかしら……見た目は黒に近い暗褐色だから、ちょっと勇気がいるかもね。ふふっ。

 村の中央に白樺の葉や花で飾られたポールが立てられてるの、見える? 音楽が始まると、みんなで手を繋いで輪になって踊るのよ。あ、ほらちょうど始まったわ。簡単なフォークダンスだから混ざってみるのもいいわね。
 女の子たちが被っている花冠はね、白樺の葉や花やハーブを摘んで編んであるの。『7種類の草花を編んだ花冠を枕の下に敷いて眠りにつくと、夢の中で未来のパートナーに会える』……なんておまじないがあるのよ。向こうにコテージが見えるでしょう? あそこで花冠編み体験もできるから、気になるなら行ってみるといいわ。
 その隣のコテージでは、私達トナカイ獣人の生え変わりで落ちた角を加工して、お土産用の細工物として売っているわ。ウッドレジンと組み合わせたアクセサリに、可愛らしい小動物や花の置物なんかもあるのよ。興味があれば見て行ってちょうだいね?

 森側の広場ではモルック大会をやっているわ。
 モルックは2チームに分かれて対戦するスポーツで、ボーリングに少し似ているの。違うのはボールじゃなくて木製の短い棒を投げるのと、転がすんじゃなくて下投げでピンに当てるところかしら。あとは点数計算ね。ピンに数字が書いてあるでしょ? 倒したピンの数字を足して、先に50ピッタリになったチームの勝ちなの。50を超えたら25まで戻ってまた目指す。長引いたらサドンデスで勝敗を決めるわ。簡単だし力もいらないから、子供から老人まで楽しめるのよ。あなたも参加するなら応援するわね!

 それじゃ、良い|夏至祭《ユハンヌス》になりますように!

★★★★★

●マスターより
 モルックは文字数の関係上1試合のみ描写で、基本村人チームとの対戦となります。こちらでダイスを振り、50以下かつ50に近かったほうが勝ち。一人チームでも二人チームでも、或いは同行者様と対戦でもお好きにご参加ください。(同行者と対戦の場合、ダイスは振らずプレイング通りに勝敗を決めます。お任せと明記あればダイス判定しますね)
 青い森の星はちゃんと探しても良いですし、プレイングの末尾に【☆探】と書いてくだされば分岐条件は満たします。どうぞやりたい事に文字数をお使いくださいませ。

 それでは、皆様のプレイングお待ちしております!
見下・七三子


「わあ、風が本当に涼しくていいですねえ」
 湿度の低い爽やかな風に、長いポニーテールの先が遊ばれている。そのくすぐったさすら心地良いとばかりに、|見下《みした》・|七三子《なみこ》(使い捨ての戦闘員・h00338)からはそんな声が上がった。
 視線の先には楽しそうに笑い合う村人や冒険者たちの姿。鼻腔には先程から風に乗って漂ってくる炭火焼きのいい匂い。そして何より——。
「おさけ……ちょっとだけなら、夜には酔いも醒めてますよね……?」
 そう、夏至祭は酒の量が幸運を呼び込むのだ。そんな大義名分まで用意されては、そわそわするのも仕方ない。そうして「仕事もあるから一杯だけ」と心に決め、七三子は湖方面へ足を向けたのだった。

「はぁ……お酒もお肉も美味しかったです」
 甘いお酒を前に悩んでいたら、ルミおばさんが少量ずつの飲み比べセットにしてくれたり。BBQコーナーの隅っこで、次から次へと焼けるお肉や夏野菜をはふはふ頬張ったり。お腹はそれなりに満足だが、やはりデザートも、とついつい頼んでしまった。

 やがて焼き上がったレットゥは、何故かクルクルと紙で巻かれている。
「あれ? 他の皆さんみたいに何層も重ねたものじゃないんですか?」
「普通はそうだけど、そろそろお腹いっぱいじゃないかと思って。あ、アイス乗せる?」
「いえ、このままで……ふふ、クレープみたいです」
 気遣いに礼を言い、手渡されたレットゥを見つめ微笑む。
(「初めての買い食いで食べたのも、クレープでしたね」)
 あの時とは違いホイップもカスタードもケーキもない、生地も素朴なものだけど。友人達と楽しく語らい食べた日のことを思い出しながら、大きく口を開け、ぱくり。
「美味しい……ベリーソースが爽やかで……」
 食べ終わったら軽く散策しよう、そう思いつつ七三子は沈みゆく夕陽を眺めた。

 湖へと傾く夕陽は、しかし足先を水面に着けたまま何時までも沈まず。赤く黄色く、仄かに空を焼いていく——。

朝風・ゆず
翠曜・うるう


「夜がないなんて不思議ね、不思議!」
「ねー、わくわくしちゃうね!」
 きゃらきゃらと笑う、可愛らしい声がふたつ。|朝風《あさかぜ》・ゆず(熱病の偶像・h07748)が可笑しそうに不思議がれば、|翠曜《すいよう》・うるう(半人半妖の古代語魔術師・h07746)も弾むような声音で応えた。
 そんな二人が好奇心の赴くままに村を見渡せば、どこからか牧歌的な音楽が。その音色に誘われるように、コテージのほうから若い女の子たちの姿が見えた。どの子も綺麗な花冠を被り、村の中央へと向かっている。きっと、これから踊りの輪に加わるのだろう。
 ゆずが彼女たちを見送っていると、服の裾がくいっと小さく引かれ。
「どうしたの、うるうちゃん?」
「あそこ、楽しそう! 行ってみない?」
 そう言ってうるうが指差したのは、花冠編み体験が出来るコテージ。
「完成したら交換っこしたいな」
「交換っこ? 楽しそう! よーし、ゆず、気合入れて作るわね!」
 ぎゅっと拳を握る彼女の仕草に笑いながら、二人は小高いコテージへの階段を跳ねるように進んでいった。

 コテージの村人に声をかければ、今朝摘んだばかりのたくさんの草花たちの前に案内され。
「ゆずちゃんに似合うお花、これかな……?」
「うるうちゃんに似合うお花はこの子かしら?」
 お互いのことを思いながら、ひとつひとつ選んでは針金の輪に巻き付け、そっと編んでいく。初めはぎこちなかった手つきも、半分を過ぎれば余裕も生まれてきて。
 そうして考えるのはやっぱりあの事。
(「未来のパートナーってどんな人なんだろうねぇ」)
(「未来のパートナーは気になるけれど——」)
 うるうが心の中で問いかけながら顔を上げると、同じような顔をしたゆずと目が合った。途端、おかしくなって二人同時に息を漏らす。
「わたしはちょっと興味あるかな」
「そうなのね。わたしは先のお楽しみにしておくわ」
「ふふ、先のお楽しみもいいね」
 夢に出てくるなら見てみたいけど、実際に出会うまで知らないでいたい気もする。そんな矛盾した気持ちもまた楽しくて。

 やがて完成した花冠をお互いへと被せ合い、交換っこ。
「うるうちゃん、すっごくかわいいわ!」
「えへへ、ゆずちゃんもとってもかわいいよ!」
 似合う花をと選んだのだから、間違いはないはずだけれど。それでも実際に被った姿を見ると可愛くて、自分も褒めてもらえて嬉しくて楽しくて。
 花冠にも負けない満開の笑顔がふたつ、花開いた。

 二人が次に向かったのは、すぐ横にある角細工のお店だ。そこには様々な細工物が陳列されているが、二人が気になるのはやっぱりアクセサリー。
 特にうるうは小間物類のお店を預かっているのもあり、緑の瞳をキラキラ輝かせてあっちを見、こっちを見と大忙し!
 そんなうるうを見てゆずも嬉しくなって、一緒に店内をぐるぐる見て回り。
「これがウッドレジン?」
「ウッドレジンのアクセサリーかわいいね……!」
「トナカイ獣人さんの角と合わさってナチュラルな可愛さね!」
「これをお店に並べるのもいいなぁ……あ、ちょっと向こうの品物見てくるね」
 何かを閃いたようにパッと顔を上げると、うるうはそう断りを入れて別の棚へ。
「そう? ……じゃあ、ゆずはあっちを見てこようかしら」
 ゆずもまた別の棚へと視線を向け、これ幸いとうるうから離れる。だって、これはチャンスなのだから。
(「うるうちゃん、もうすぐ誕生日だから、こっそり何か買いたいわ」)
 来月誕生日を迎えるうるうに、今日の思い出と一緒に素敵な贈り物を。
 そんなことを思いながら見ていると、角の先っぽに似た円錐状のペンダントが目に入った。上から順に滑らかな木目の白樺の木片、ルビーを思わせる美しい赤のレジン、そして研磨された角の白。レジン部分はラメ入りなのか、時折きらきら光って目を楽しませてくれる。
(「7月生まれのうるうちゃんにピッタリかも」)
 ゆずはそっとそれを手に取ると、見ていたものがバレないようその場を離れた。
 さあ、ないしょないしょの極秘ミッション開始!

 一方、うるうもまた密かに悩んでいた。
(「ゆずちゃん、お誕生日だったから後でプレゼントしたいな」)
 ロリータ服に合うものがいいかな、あの魅力的な瞳を引き立たせるものがいいかな。
 あれこれ考えながら目を走らせ……やがて見つけたそれは、かわいらしい雫型の耳飾り。透き通った天色のレジンは今日の青空のようで。中には白く研磨され、小さな森の星へと生まれ変わった角の花が咲き、地面には白樺の木片が雫の底をまろく留めていて。
(「あ、これ……木と樹脂の組み合わせ、なんだか物語が籠められているよう」)
 きょろ、とさり気なく視線を動かせば、何かに集中しているゆずの姿が。今のうちにとこっそり店員さんにお願いすれば、声を出さずに「プレゼント?」と聞かれたので、こくこくと頷いて。
 そんな二人の様子を、色々察した店員さんが微笑ましそうに見ていた。

「そろそろ喉が渇いたわね」
「ジュースも飲みたいね。ラッカのソーダが気になるよ!」
「それ、ゆずも気になってたの! いただきましょ!」
 花冠体験にショッピングと楽しんだら、休憩も兼ねて飲食コーナーへ。
 ラッカのシロップを木匙でとろーり。そこにソーダを注ぎ入れ、炭酸を飛ばさないようそっとかき混ぜればできあがり!
「とっても綺麗な金色ね。おひさまの光みたい!」
「うん、甘くておいしいね!」

 夏至祭はまだまだこれから。
 きらきら光る金を眺めながら、二人はこの後の散策まで一休みするのだった。

如月・縁


「戦意喪失するくらい楽しいお祭りじゃないですか」
 村人も旅行者も冒険者も問わず、誰もがただ暖かい夏の訪れを祝って過ごしている。そんな村の様子を見て、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)の眼差しもまた祭りの雰囲気に高揚したのか、|蜂蜜酒《ミード》のようにとろりと甘く……
(「なるほど、あちらがお酒エリア」)
 あっ違うなコレ。お酒への期待で蕩けてるだけだな?
 地の文が戦意喪失の意味を正しく理解している間に、縁はコテージへと向かっており。その道中に森の入り口近くまで寄り道すると、付近にいた村の青年に話しかけていた。
「こんにちは。噂で聞いたんですけど、青い森の星があるって本当かしら?」
「やぁ、こんにちは! 青い……ああ、確かにあるけど危ないから近寄っちゃ駄目だよ」
「あらあら。では遠巻きに眺めるだけにしておきましょうか。場所はどの辺か分かります?」
 その問いに快く答えてくれた青年へと礼を告げると、少しだけ森へと足を踏み入れて。
「少し様子を見ましょうか」
 声と共にふわり、光に透けてみえる淡い花弁が舞った。縁の能力【|透光の花《クリアフラワー》】だ。
 その透光の花弁は初夏の風にそよぎ、森の木々の隙間をすり抜けて。
「……ここですね。覚えておきましょう」
 やがて1枚の花弁が『青く染まる星』を見つけると、それは役目を終えたかのように空気へと溶けこんでいった。

 大体の道筋に目星がついたなら、今度こそ花冠編み体験へ!
 そこでは若い娘たちが未来のパートナーについて語り合いながら、器用に思い思いの花を編み込んでいた。
 花が好きな縁もまた、気に入った草花を選んでは編み込み、時には娘たちと他愛もない話を楽しんで。そうして出来た花冠に金色の蝶の髪飾りを遊ばせたら、後はもう。
「さぁ、それでは参りましょうか」
 かぽっ、と陽気に花冠を頭に載せ、いそいそと向かうはお酒エリアだ。知ってた。

「え? 飲んだアルコールの量が出来高に? あらあらまあまあ」
 ルミおばさんにも聞いた話だが、改めて聞くと「なんて酔いどれに優しい世界なんでしょう」と思わされる。ならばと縁も腹を決めた。
 豊穣の神に祈りを届けるべく、不肖ながらお手伝いさせていただこう、と。
 大丈夫だろうか。今日は介抱してくれそうな|通りすがり《花屋の青年》もいないのだが。

「ん~♪ このジュニパーのグレープフルーツソーダ割り、好き」
 とってもいい笑顔で喉を鳴らし、次々とグラスを開けていく酔いどれ女神。
「いい飲みっぷりだねえ、綺麗な姉ちゃん!」
「ふふ、樽いっぱいは飲めそうですね」
「あっはっは! それは流石に……」
 そう笑い飛ばそうとした冒険者の一人が、ふと縁の背後にあった樽が減っていることに気付く。
 ——そういえば先程、村人が樽を一つ軽々と運んでいなかっただろうか。もしかしてあれはジンの空き樽だったのでは? この女神様、ホントに飲んだ?
「強いんだねぇ、お嬢さん。こちらも飲むかい?」
「これはサルミアッキですか? んんぅ、舌が真っ黒になりそうですね。とはいえ名産品はありがたく頂戴します」
「さっすがー! ほらほらアタシと乾杯しよー♪」
「次は私とも是非」

(「これは離席できませんねえ……元よりしばらく楽しむつもりでしたが」)
 人も酒も取っ替え引っ替え、代わる代わる。何度も乾杯の音頭があがるテーブルで。
 縁は胸中で言い訳を重ねつつ、全く困っていない顔で陽気にグラスを掲げたのだった。

タミアス・シビリカス・リネアトゥス・フワフワシッポ・モチモチホッペ・リースケ


 そのリスは憤っていた。
 それはもう、必ず邪智悪逆の王を取り除こうと決意する何某のように。
 
「我が盟友よ、歩みを緩めるな。陽が沈まぬ地にて、我らが堅果を脅かす裏切り者がその牙を研いでいる……」
 タミアス・シビリカス・リネアトゥス・フワフワシッポ・モチモチホッペ・リースケ(|大堅果騎士《グランドナッツナイト》・h06466)はリスだ。堅果を愛し、堅果に愛される紛うことなきシマリスだ。
 そんな彼がよりにもよって『|同属《リス》が蛮行に出ている』との情報を得たのだ、これが憤らずにいられようか?
 逸る気持ちを抑えながらも、リースケは黄金に輝く決戦型WZ【|騎士長官《マギステル・エクィトゥム》】の操縦室で戦意を高まらせ続け。戦馬型WZ【|超重鉄騎《クリバナリウス》】と人馬一体となりながら、村へと急ぎ駆け抜けた。

「無事到着したが……このまま村に入っては驚かせてしまうな」
 騎士長官を入口付近に駐機させると、操縦室を守るフェイスシールドがカパッと開く。中から出てきたのは、これまた鎧兜を装備した凛々しい風体のシマリスだった。めちゃくちゃ渋いなサインください。
 さて、村に到着したリースケは早速調査を開始した。とは言っても一直線に森へ向かうのではなく、調査の一環として祭りも大いに楽しむつもりである。彼の尻尾も祭りへの期待で左右にぶんぶん揺れていた。
 ダンスの際に少し気を遣われたが、音楽に合わせて飛び跳ね、連続宙返りを何度も決めて「問題ない」と示せば、人々は安心し共に踊ろうと誘ってくれて。ご期待に応えるべく、リースケは手を繋いで輪になった者たちの腕の上を走り、ぐるっと一周して決めポーズ!
 誰かの拍手と「最高!」との声を皮切りに、次々と歓声が上がったのだった。

 心地良い疲労を感じながら、リースケが次に向かったのは飲食コーナーだ。
 鎧兜を脱いだ彼が頼んだのは、レットゥのハニーナッツがけとラッカのジュース(リスサイズ)。それから各種ベリーのシロップやリキュールを別で買い求め、持参した段ボールに入れて取り置きをお願いした。これは拠点でのお楽しみ用だ。
 そうして祭りを堪能しながらも、情報収集は怠らない。
「すまない、青い森の星というものに興味があるんだが、詳しい人はいるかい?」
「あぁ、それなら森近くに住んでるトピ爺に聞けばいいよ。祭りの間は多分その辺で飲ん……いたいた、おーいトピ爺!」
 青年が一人の老トナカイの獣人を手招きし、事情を説明すれば、トピ爺さんは「なるほど、冒険者さんじゃな?」と頷いた。
「この老骨の話がお役に立てるかは分からんが……」
 そう言いながら話してくれたのを要約すると、こういうことらしい。

 一つ、森の奥には|悪魔《アイアタル》と呼ばれる存在がいて、森に迷い込むものを魔物に変えてしまう。
 二つ、|森の小人《トンットゥ》は森を大事にしてくれるこの村が好きだ。だからこの村で祭りを楽しむ者にも好意的で助けてくれる。
 三つ、悪魔は悪戯好きな一面があり、命を取られるほどの魔法はかけてこない。

 他にも花の場所や伝承を幾つか聞けたが、こういった村では文献に残さず口伝で受け継がれていることが多い。中には明らかに後付けされたものもあり……後は自らの目と耳で精査していくしかないようだ。
(「かの青き花、堅果の導きか、あるいは悪魔の息吹か……慎重に記録するべきであろう」)
 ジュースで濡れた口元を毛繕いで整え、リースケは再び兜を被る。祭りを楽しんで英気を養った今、リースケの戦意が再び高まったのを、パンパンに膨らんだ尻尾が物語っていた。
 ならばいざ行かん、森の奥へ!!

オフィーリア・ヴェルデ
クレス・ギルバート


 ——|白夜《びゃくや》。『はくや』とも呼ばれるそれは、現代地球において緯度が66.6度以上となる地域で起こる現象である。北は夏至、南は冬至の前後にと。この村に限らず、条件さえ揃えばあらゆる世界で、国で、街や村で白夜は訪れる。
 であれば、夏至祭もまた然り。
 とはいえ全てが同じというわけではなく、住まう者によってそれぞれの特色が出てくるものだ。

「故郷以外での夏至祭は初めてで新鮮ね」
「ああ……懐かしいな、夏至祭」
 オフィーリア・ヴェルデ(新緑の歌姫・h01098)がそんな故郷とは違う箇所を見つけては楽しそうに笑うのを、クレス・ギルバート(晧霄・h01091)は保護者の如き眼差しで見つめていた。
「やっぱり夏至祭と言えば花冠よね。クレス、一緒に作ってくれる?」
「ああ、勿論いいぜ。……そういやリアは初めて編んだとき、上手くできなくて泣いてたよな?」
「やだ、凄い昔の事なのに覚えてるなんて、なんだか少し恥ずかしいわ。……あの時は全然環にならなくて、悲しくて泣いちゃったの。今はそんなことにはならない、と思う……多分」
 幼い日の想い出を刺激され、オフィーリアの頬がほんのりと薄紅に染まった。何せ故郷を出てから久しぶりに編むのだ。腕が落ちていたらどうしよう、とちょっぴり不安になれば、言い募る言葉も徐々に勢いをなくしていって。
「ははっ、悪い悪い! でもそこは自信持って言い切って欲しかったな。こんな凄いの編んでくれたんだからさ」
 そう軽く笑いながら、クレスは腰から提げた刀の鍔に触れる。そこには丈夫な銀糸で鱗状に編まれた、オフィーリアお手製の手貫緒が結び付けられていて——今も大事に使ってくれているそれを見れば、彼女に笑顔が戻ってきた。
「ほら、行こうリア」
「もう……うん、楽しみ」
 揶揄われたことには腹を立てつつも、優しく手を差し伸べられたから。
 彼からの詫びを受け取るように、広場から小高いコテージへと続く階段をエスコートしてもらうのだった。

 コテージでは村の内外から集まった人々が、ほんの少しの期待と共に草花を選んでは編んでいた。二人もまた思い描く花冠に必要なものをそれぞれ集め、空いている席に向かい合わせで座る。何度か編んだことはあるから、補助の針金は使わないでおいた。
 オフィーリアの花冠は白樺の葉とキンポウゲを主軸に、白詰草や紫詰草など様々な色の小花を散りばめて。
 クレスの花冠は彼の色合いを映したように、淡紫のゼラニウムと白のレースフラワーがメイン。そこに姫舞鶴草や褄取草など、小さく可愛らしいものをそっと忍ばせて。

 そうやってきちんと7種類になるようバランスを考えながら、澱みなく編む指を止めずに話すのは『花冠に纏わるあの話』。
「そういや、おまじないがあるんだっけ。どうせ会えるなら、年上の綺麗なお姉さんをお願いしたいぜ」
 何気なく幼馴染から発せられた軽口に、オフィーリアは寸時、瞬いて。
 そっと紫詰草を別の花に変更しつつも手は止めず。
「クレスってばシャイなのに。夢の中でそんなお姉さんが出てきて、直視できるの?」
 おひるねダンジョンでも見蕩れてたのに?
 心底不思議そうに付け足された言葉に、今度はクレスが狼狽えた。
「あ、当たり前だろ! 夢なら平気だ。多分。第一あれは直視どうこう以前に、誰かさんが拗ねて脳天チョップしてきたんじゃねえか!」
「……だって、堕落したらいけないと思って……」
 なんだか話がどんどん逸れている気がする。
 このままだと自分まで幼い日のことを掘り返されそうで、クレスはゴホンと一つ咳払い。わざとらしさはこの際目を瞑ることにした。

「お前は……どんな奴に会いたい?」
 竜だったの頃の力も記憶も剥がれ落ち、それでも『失った』という事実だけは自覚していて。ふとした拍子に訪れる、失くした何かに焦燥と不安が募るような、そんなとき。
 オフィーリアの微笑みと唄がいつも隣にあった。
 共に居た、居てくれた、その幸福。

 ——それでも、いつか。いつかそのときが来て。
(「いつか幼馴染が俺以外の手を取っても——幸せに|咲《え》むならそれでいい」)
 ただただ彼女が幸せで、いつまでもあの笑顔でいられるように。
 そう思えるくらい大切なのだと。
 ひとつ、またひとつ。純なる祈りを籠め、問いながら再び指を動かし編み上げていく。

「私はね、今の私を受け入れてくれる、強くて優しい人が現れてくれたらいいな」
「そうか……うん、そうだな。きっと会えるさ。そら、」
 かけ声と共に、オフィーリアの頭上に花冠が飾られる。少しびっくりしながらも見上げたそれは、やはり銀雪の青年を思わせるような色合いで。
「お前が望む相手と会えるように。俺が作ったんだから効果ありそうだろ?」
 ふわり、綿雪のようなやわらかさで笑むクレスの眼差しは、いつもと変わりなく。ただただ親愛の情を瞳にのせるから。
「なら私が編んだ花冠はクレスにあげる!」
「リアのお守りもこれで二つ目か。ありがとな」
 同じく溢れんばかりの親愛を籠め、オフィーリアもまた彼の銀糸を花冠で飾りつけた。

(「夢の中で綺麗なお姉さんに会えて、いつかその人が貴方の隣に立つとして」)
 いつも一緒にいるのが当たり前で、毎日会えないと寂しくて。
 たとえクレスが真のドラゴンの姿に戻れたとしても、何としてでも一緒にいられるよう、めいっぱい考えるつもりだけれど。
 いつかの日のように、いろんな思いが頭をぐるぐる巡って言葉にならない。
 だけど、貴方が選ぶ幸せな未来の邪魔だけはしたくないから。

 だからせめてとオフィーリアは祈りを籠めた。
(「貴方の近くに私が居ても許してくれる、そんな優しい人でありますように」)
 ——途中で加えたレッドキャンピニオンに、ほんの少しの|悪戯心《恋の落とし穴にご注意》もおまけして。

サミ・マエンパー
ユリア・ソダンキュラ


 時は少し遡る——。

「へー|夏至祭《ユハンヌス》かー……」
「はい、星詠みの方がそう話しておられました」
 星詠みの少年から聞いた村が、聞けば聞くほどマエンパー家の祖国と似ていたので。
 そう付け加えながら、ユリア・ソダンキュラ(静かなる霹靂・h07381)はテキパキと洗濯物を畳んでいた。……彼女がこの家のメイドとなって、どのくらい時が経ったのだろうか。普段と変わりないその姿に、ふとサミ・マエンパー(元凶剣、現愛玩犬・h07254)は思案する。
(「正直夏至祭はバーベキューのソーセージが美味かった以外に記憶がねぇんだが、ユリアには今まで世話になりっぱなしだったしな」)
「行くか、夏至祭」
「分かりました。ではルミ様にお声がけを……」
「ああ、違う違う。ユリアへの慰労を兼ねて、二人で行ってみないか?」
「私の慰労?」
 ぱちり、と瞬くユリアに頷いてみせるサミ。恐らく兄妹とユリアの三人だと、ユリアが二人の世話で休めないと考えたのだろう。その考えは間違ってはおらず、行けば確実にメイドとして動いていたと思われる。
(「サミ様、立派になられて……」)
 胸に温かいものを感じながら、ユリアは快諾し。
 そうして件の村へと二人は向かったのだった。

 村の入り口で案内のおばさんに声をかけられ、名前を聞いて二人はびっくり。
「へーおばさんもルミっていうんですか、妹も同じ名前なんです」
「偶然ってあるものですね……こちらはサミ様、私はユリアと申します」
「ええ、よろしくね♪ まぁ、素敵なお名前ね……!」
 なんでも、この村の古い言葉に|土地《サミ》と|雪《ルミ》というものがあるらしい。
 そんな話も交えながら案内は進み。
「もし介助が必要ならと思ったけれど、いらないかしら?」
「お気持ちだけで。サミ様には私がおりますので」
「そうね。それじゃ楽しんできてね!」
 松葉杖をつくサミを気にかけつつも、ユリアの言葉にルミおばさんは頷いて。見送りに会釈を返すと、二人はゆっくりと飲食コーナーへと赴いた。

「お疲れ様、乾杯」
「乾杯」
 二人用の小さめのBBQコンロセットを囲み、まずはサハティで乾杯を。普通のビールと違って発泡性の弱いサハティは、度数は少し高めでほんのり甘く、ホップ特有の苦みも少ない。つまり、飲みやすいが故に油断すると泥酔してしまうタイプのお酒である。
「……ハーッ! 美味い」
 網の上ではソーセージが炭火でじっくり炙られ、張りのある皮の下で脂がじゅわじゅわと泡を立てているのが見える。横のテーブルには焼き野菜や焼き串用の肉、他にもいろいろと盛られた皿が載せられていた。
「今日は俺の奢りだから、気にしなくていいから」
 トングでソーセージを転がしながら、サミは何でもないことのように言ってのけた。だってそうでなければ、ユリアは気を遣ってしまうだろうから。
「ふー、ありがとうございます」
 そんな彼の気遣いもサハティも美味しく飲み干し、ユリアはほっと一息。彼女の金の瞳が緩むのを見て、サミの赤い瞳もまたじんわり緩んで。
「ほら、これもう焼けたぞ」
「良い焼き加減ですね。では有難くいただきましょう……はふ、熱いですが、とても美味しいです」
「そっか、良かった。俺も食べよう」
 息を吹きかけ冷ましつつ、だが我慢出来ずにガブッと齧りつけば、『ブツッ』とか『バリンッ』といった弾力のある音と共に皮が弾け、肉汁が飛び出してきた。正直めちゃくちゃ熱い、熱いけれど美味い。肉と脂の旨味の中に黒胡椒がピリリと舌を刺激してきて、そこに冷たいサハティを流し込めば……後は分かるだろう。
「美味いな、やっぱり……」
 ソーセージとサハティでループしながらも、サミの手と口は止まらない。次々と焼きながら、酔いに任せて色んな話をし。食べて、飲んで。聞こえてくる演奏に、こんな曲を作ってみるのもいいかもな、なんて笑って。
 そんなサミに相槌を打ちながらも、ユリアはゆっくり酒と食事を味わい、時折そっと手を貸して……穏やかに緩やかに、楽しい時間は過ぎていく——。

 BBQの熱気に酔いの回りが早まったのか、だんだんサミの手つきが怪しくなってきた。危機感を覚えたユリアがグラスをテーブルに置き。
「サミ様。そろそろ私も満腹になりましたので、」
 もう焼かずとも結構ですよ。そう告げようとした時だった。
「正直、ユリアがいなかったら、絶対に今の俺はいなかった」
「サミ様?」
 急に零れ落ちた言葉に、ユリアが呼び掛けてみるも返答はなく。
「……俺にィ魔法以外のぉ、取り柄を教えてくれたしィ」
 手つきが怪しいどころではなかった。完全に泥酔状態である。
 (「途中でチェイサーを勧めるべきでしたか……」)
 そう思い水を貰いに行こうとしたが、サミから続けられた内容は思わず息を呑むようなものだった。
「俺の体がぁ、|こんな《・・・》事になってもぉ、変わらずゥ、側にィいてくれてェ……」
 能力を失う前のサミは凄腕の剣士だったが、ある戦いにより吸血鬼でなければ死亡は免れないほどの大怪我——右足は義足であり、左腕は|切断されてない《毛細血管で繋がっていた》だけ——を負ったのだ。それが元で彼は√能力を喪失している。
 サミにとっては、妹を庇って受けた名誉の負傷と言えるかもしれない。だがそれは、ユリアが汚れ仕事で不在の間に起こった、彼女にとっては悔やんでも悔やみきれぬもので……。
「だから、ありが……と……」
 そんなユリアの様子に気付くことなく、何とか感謝を言葉にすると、サミは椅子に凭れたまま項垂れる。そっと近づき耳をすませば、すぅすぅと穏やかな寝息が聞こえてきて。

(「サミ様……今までこんな気持ちでいらっしゃったのですね……」)
 トングを握りしめる指を外してやりながら、ユリアは独りごちる。
(「やはり私のやり方は間違っていなかった……」)
 サミとルミ。二人を彼らの両親のような魔術バカにしてはいけないと、そう誓ったのはある月の夜。ユリアがマエンパー家に仕え、初めて二人を見た日のことだった。
(「正直、小さな頃から手の掛かる方でした」)
 そう思っていた少年が、いつの間にか自分への慰労を考えるほど成長していて。
 あの時も今も、ユリアがどれほど嬉しかったのか。サミにはまだ分からないのかもしれない。
 ——それでも。
(「今更足一本無くなったり泥酔したところで、私の気持ちに変わりはありません」)

 コンロから網を外し、火事や火傷の原因になりそうなものは全て取り除いて。そうしてキョロキョロと辺りを見渡せば、察した世話焼きおばさんが小走りに近寄ってきた。
「あ、ルミおばさん、申し訳ありませんが、泥酔者を介抱できる場所はありませんでしょうか?」
「まぁまぁ、よっぽど楽しかったのね。分かったわ、向こうのコテージに運びましょ」
 ルミおばさんの指示の下、村人の手によってサミはベッドに寝かせられた。そしてユリアもまた、椅子に座って彼の寝顔を静かに眺め……

 ——おやすみなさい。
 彼の人の眠りを妨げぬよう、そっと告げられた言葉。
 その響きと眼差しは、どこまでも慈しみに満ちたものだった——。

第2章 冒険 『細く長い、希望の道』


●黄昏とも暁とも異なる空
 初夏の空を照らしていた太陽が、ゆっくり湖面へとその爪先をつけ。
 夜の帳を頭上に下ろし、されどそれ以上身を沈めることもなく。
 ただ静かにその場に留まり、空の底を仄明るく燃やし始めた時——それこそが眠らぬ夜の始まりの合図。
 これより太陽は湖面を滑るかのように悠々と、長い時間をかけ地平を横に移動していく。
 西から北を経て、東へと……それはこの時期にしか見られない壮大な円舞のようで。
 その美しいダンスを眺めながら、人々は夜通し騒ぎ夏を祝う。
 これからが夏至祭の本番とばかりに。

 そんな飲めや歌えやの騒ぎの中に、少し変わった話題で盛り上がっているテーブルがあった。どうやら過去に周辺のダンジョンを攻略した者たちがいるようだ。
 ここは暫し彼らの語りに耳を澄ませてみようか。

●冒険者は語る
 ――今回の夏至祭も天候に恵まれていて良かったよ。祭りも堪能できるし、このまま晴れていてくれれば道中の峡谷で流されることもない。
 うん? あぁ、青い森の星が指し示す先さ。ここの森には途中に峡谷があってね……今回はそこを上流へと登る必要があるみたいなんだ。両脇を高い崖に挟まれた細長い峡谷でね。当然道らしい道はないから、岩や倒木なんかを飛んだりしながら進まなきゃいけない。幸い川の流れ自体は急じゃないし、落ちてもまぁ何とかなるよ。……雨で増量してる時は命がけになるけどね。

 その峡谷を進んでいると、急に引き返したくなる瞬間があるんだよ。人によって違うみてえだし、多分幻覚の類じゃねえかと思うんだが。……オレの時ぃ? あー、確か駆け出しの頃に世話になった先輩だったな。他にも片思いの相手だとか、他界した母親とか……ックク、これは笑い話なんだがな? 自作のポエム帳をうっかり机の上に広げたまま置き忘れた幻覚見たヤツもいたぜ。それはもう、大絶叫しながら盛大に来た道引き返そうとしてたな。
 で、だ。そんなある意味『精神攻撃』みてえな幻覚を乗り越えて、真っ直ぐ前だけ見て進めるなら何も問題はねぇ。だがポエムの時みてぇに後ろを振り返った場合、どうなったと思う? ……転移させられるんだよ、この森のどこかに。

 もう、本当にビックリしたよね。皆はいないし道は分からないし、頭の中は幻覚のことでいっぱいだし。……え、違うよボクジャナイヨ。ポエムナンテシラナイ。
 とにかく、当てもなく森をさまようのは自殺行為だと思ってさ。その時村の人が言ってた『|森の小人《トンットゥ》が助けてくれる』っていうのを思い出して、超必死に祈ったよ。『小人さん助けてー!!』って。そうしたら足元で音がしてさ。何だろうと思って見たら、一方向だけ森の星が揺れてたんだ。普通の白いやつ。んで試しにそっちに向かったら、またその先にある花が揺れてさ。そうやって導かれるように進んでたら村に着いたんだよね……ふりだしに戻るって感じだけど、本当に助かったよー。

 んふふ、でも私は思うのよねぇ。もしかしたら悪魔も小人も同一の存在で、『警告無視してこんな所まで来るなんて悪い子!』って、叱られてるだけなのかもって。
 だって、あの幻覚を乗り越えられるような強い冒険者以外は結果的に弾かれてるわけじゃない? 無駄に被害が出ないようにしてる、って思うとやっぱり小人さんの仕業じゃないかなーって。
 ……何よポエムマン。知らないわよ、アンタの心が弱いんじゃない?
 ちょっと、おしぼり投げるのやめなさいよ!!

●青い森の星の向こうへ
 夏至祭の本番を迎え、焚火の炎も一段と燃え上がり。
 村人も旅人も冒険者も皆、村の主だった場所に集まっている。
 逆に森のほうには人の気配もなく、涼やかな風が通り抜けるのみだ。

 √能力者たちは今のうちにと森へ足を踏み入れ、青い森の星が揺れる向こう側へと進むのだった。

★★★★★

●MSより
 峡谷を進むための判定は特にありませんので、思い思いの行動を取っていただければと思います。設定していただいた√能力は、プレイング内に『明確に能力を使った行動』があった場合のみ描写いたしますね。
 できれば『どんな幻覚か』『その幻覚にどう対応するか』を詳しくお願いします。
 また、お二人で参加する場合はそれぞれが別の幻覚を見聞きするのか、共に同じ幻覚を味わうのか、或いは途中で片方の幻覚に割って入るのか。その辺りについても以下の記号を用いて示してくださると、MSと認識がズレる事故も防げるのではないかと思われます。

別の幻覚→☆
別だけど後で合流or乱入→★
同じ幻覚→◆

 それでは、皆様の素敵なプレイングお待ちしております!
クレス・ギルバート
オフィーリア・ヴェルデ


 花冠を作り終えた後は、二人手を取って懐かしい曲を踊ったり。
 故郷でも出されていた料理に覚えのない味を感じては、これは何だろうと話したり。
 そうして過ごした村での情報を頼りに、二人は青く咲く森の星を探して進み……やがて噂の峡谷へと辿り着いた。

「雄大な峡谷だな……」
 トンッ、と身軽に近くの岩へと飛び移ると、クレス・ギルバート(晧霄・h01091)は上流の景色を見遣った。
 頭上を覆うように連なっていた森も、峡谷の空までは届いていない。
 天はいつしか|濃藍《こいあい》に染まり、沈まぬ陽の|淡黄蘗《うすきはだ》と溶け合って美しいグラデーションの幕を峡谷へと下ろしていた。峡谷の底である川は聞いていた通り急流ではなく、足場となる岩や倒木もそれなりにある。よく見てみると、両脇の崖下にもところどころ休めそうな箇所があるようだ。
(「これなら何とかなりそうだわ」)
 そっと一歩を踏み出すと、オフィーリア・ヴェルデ(新緑の歌姫・h01098)もまた別の岩へと飛び移る。この辺りは岩が流れ着きやすいのか、比較的小さめの岩がごろごろと転がっていた。
「リア、足場が悪いから気を付け……」
「大丈夫よ、ちゃんと気を付けてるもの」
 そう返しながら言葉通り慎重に進んでいく彼女を見て、ひとまずは見守ることにしたものの。
「おい、先に進むと危ねぇぞ」
「平気!!」
 本当ならクレスが安全を確認しながら先導するつもりだったのだろう。それが安全そうなルートから外れていくものだから、彼からすれば気が気じゃなくて。
 ハラハラしながらついてくる幼馴染の姿に、オフィーリアはほんの少し「むぅ」と頬を膨らませた。
(「私も大丈夫ってところ、見せたいのに……」)
 心配してくれるのは嬉しいけれど、彼はどこか過保護なほどこちらを案じることがあるから。だから今日は自分だって立派に冒険者をやれているのだと。
 そう、こんな大きな岩だって、気合でえいやっ! と——
「……ああ~無理~」
「リア?!」
 ——飛べたら良かったのだが。
 次に飛び乗ろうとした岩は、それまでとは違ってかなり大きくゴツゴツしていて。何とか飛べはしたものの、勢い余って転び落ちる寸前だ。
 オフィーリアが必死に手足をバタつかせるも、抵抗空しく体は傾いでいって。
「……っぶねぇ……だから言ったじゃねえか」
 間一髪。後を追ってきたクレスが慌てて受けとめ、何とか転落は免れた。
「頑張るのもいいけど、こういうのは俺に任せとけ」
「ふふ、ありがとう」
 助けて貰っちゃった、と笑う幼馴染を片腕で抱きかかえると、クレスはグッと足に力を籠め。しなやかに地を蹴ると、飛び上がっては足場を見定め、どんな岩でも軽く飛び越え進んでいく。
(「私を片手で抱えてるのに軽々進んでる……やっぱりクレスは凄いわ、力強いわ」)
 落ちないよう、けれど彼に負担がかからぬように。首に手を回し重心を調整しながら、オフィーリアはどこか誇らしいような気持ちでその横顔を眺めていた。

 そうやって次々と岩や倒木を飛び越えていると、不意に聞こえるのは少女の声。
『姉上ー! クレスー! ここに居たでありますかっ!』
「えっミラ!?」
 背後から唐突に聞こえてきた妹の声に、オフィーリアが慌てて振り返ろうとするも。
「ダメだ。村で聞いただろ? 幻覚だから絶対に振り返んなよ」
「で、でも……」
『待っ……わわっ! 足元が崩れるぅ!』
「ミラ!!」
「落ち着けって。リアより確りしてるあいつが、独りでこんな所に来るわけねぇだろ」
「でも同じ√だし万が一があるかもよ?」
 冷静に現状を把握したクレスの言葉で一度は思い止まったものの、どうしたって助けを求める声は無視できなくて。それが実の妹であるなら尚更だ。
『流されるぅー!! 姉上、クレス、助けてー!!』
「あの子クレスの事大好きだし、追いかけて来たのかもしれないじゃない!」
 だから確認だけ、万が一があったら怖いから振り返るだけ。
 もし幻覚でも戻る方法は聞いている、だから、だから!
「……俺にとっても妹みたいなもんだから、気になるのは解るけどさ。お前と違ってあいつは無茶しねぇよ」
 必死に言い募りながら腕の中でジタバタと藻掻く少女に、抱える腕を強めながらクレスは諭す。けれどオフィーリアだってそんなことは分かっているのだ。自分が感情的になっているだけだと、頭ではとうに理解している。それでもどうしても納得できなくて。
 首に回していた手を握りしめ、オフィーリアはポカポカとそれを目の前の銀糸にぶつけることにした。
「もう、クレスの分からず屋ー!」
「分からず屋で結構……って、頭を叩くな! 背が縮んだらどーすんだ!」
「ますます私と目線の高さが近くなっていいじゃない!」
「……よーし分かった。ぜってー振り返らねえ」
 腕の中で暴れながら反論する幼馴染に(「びちびち跳ねる魚みたいだな……」)と思いつつも、密かに縮まる身長差を実は気にしていたので。
 彼女が絶対振り返らぬよう抑えながら、クレスはただ只管に前へと突き進んでいった。

「……後で電話で妹の無事を確認しましょうね」
「ああ、後でな」
 ——リスに負けず劣らず膨れた頬のオフィーリアを、しかとその腕に抱えながら。

如月・縁


 楽しい楽しい酒盛りの後は、酔い覚ましも兼ねてそぞろ歩きをと。
 |如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)がそう言って席を立てば、それまで一緒に飲んでいたテーブルの面々は「良い夏を」と送り出してくれて。
 そうやってふわふわ心地良く森へと入って行ったまでは良かったのだが——現在、縁は誰が見ても分かるほど千鳥足で歩いていた。座って飲んでいる時は平気でも、動くと一気に酔いが回るものだ。……でも勧められたら飲んじゃうよね、分かる。

 事前に調べておいた場所から更に向こう、奥へ奥へと青い森の星に誘われるようフラフラと。
「お、っと……何とか峡谷まで出てこれましたか」
 ここからはポエムマンと呼ばれた冒険者の話を参考に進んでいくことにした。彼らは縁の隣のテーブルだったため、飲みながらもキッチリ聞き耳を立てていたようだ。
 ついと視線を上げれば木々に覆われていた森の空とは違い、両脇の崖の切れ目からは白夜が見えている。
「これなら、軽く飛べば進めそうですね」
 ならばと縁は伸びをするように4枚の翼を大きく広げ——。
「それにしても飲みすぎたから……ふわふわ、ふらふらですね」
 ……大丈夫かなお水要る? ウコン飲んだ?
 そんな心配を地の文にさせながらも、ふらふらふわり。
 縁は峡谷の中空へと舞い上がり、白夜の空を飛び始めた。

 どれくらい飛んだだろうか。
『——縁さん』
 背後から聞こえたのは老人の落ち着いた声。
 それは叫ぶでもなく、囁くでもなく……ただただ縁に呼びかけてくる。
「……この声は……」
 怪しむべきその声の主が何故か気になって、その場に浮遊しながら縁は記憶の糸を手繰り寄せていく。
 ……BARで会った方でもない、ならばどこで?
 やがて辿り着いた答え、それは。
「もしかして、昔一緒にダンジョンに進んだ老冒険者の方……?」
 かつて自身の寿命を察し、悔いの無いようダンジョンを踏破しにきた老冒険者とご一緒した日の記憶が甦る。その時行動を共にして感じた『仲間を思う純粋な気持ち』の強さは、今でもはっきりと覚えていて。
 あぁ、晩年は己もかくありたい——そう思わせる魅力がその老冒険者にはあったのだ。
(「……今はもう、この世にはいませんが」)
 そう思い返している間にも、いるはずのない声は語りかけてくる。

 あの時はありがとう、おかげで最期の時も悔いることなく逝けた、と。
 今はこの森の小人の力を借りて礼を言いに来た、と。
 あげた鉱石も大事にしてくれて嬉しい、もう一度貴方の顔が見たい、と。

 それが本当に老冒険者がくれたものなのか、鉱石は何も語らない。
 縁もまた、黙して語らない。
 けれど分かる、これこそがポエムマンの言っていた幻覚だ。振り向かせようとする声は、彼らに聞いた通り無視して進んでしまえばいい。
 ……だけど、これではあの老冒険者の純粋な気持ちを汚されたようで。
(「仲間を思うあの方の声でそんなこと……」)
 縁がそう悲しげに目を伏せた時だった。
 ひとりでに|透光《クリスタル》の花弁が顕現すると、縁をやわらかな光で包み込むよう照らしていき。

『——縁さん』
 やさしい声に縁がその瞳を覗かせれば、そこにはいつかの老冒険者の姿があった。
 あの頃のようにこちらを慮るやさしい笑みを浮かべたまま、何も語ろうとはせずただ縁を見つめ……ほんの僅かな時間そうした後、一礼して縁に背を向け歩み出していった。
「……ええ、貴方はそういう方でした」
 光と共にその姿は薄らぎ、やがて消えてしまうまで……縁もまた微笑み、その背を見送って——。

「妙にしんみりしてしまいましたね……次は何が出てくるのやら」
 気付けば【|慈悲《ミセリコルディア》】により幻覚は消え去り、心なしか酩酊も少し治まったようだ。
 誰に言うともなく茶化しつつ、縁は再び翼を羽ばたかせたのだった。

タミアス・シビリカス・リネアトゥス・フワフワシッポ・モチモチホッペ・リースケ


 村の入口付近に駐機させていた決戦型WZ【|騎士長官《マギステル・エクィトゥム》】へと再び乗り込み、タミアス・シビリカス・リネアトゥス・フワフワシッポ・モチモチホッペ・リースケ(|大堅果騎士《グランドナッツナイト》・h06466)は青い森の星の奥へとやってきていた。

 祭りの喧騒から離れ、ひとたび森の中へと歩を移してみれば……白樺やトウヒといった木々の隙間から、やわらかな白夜の陽光が差し込んでいる。トウヒはシマリスであるリースケにとっても馴染み深いものだ。今の時期だと|球果《松ぼっくり》は生っていないが、その代わり柔らかい新芽が食べ放題である。
 ちょうど近くの木で赤毛のキタリスが食べているのを発見し、リースケはフェイスシールドから身を乗り出して話しかけてみた。
「やぁこんばんは。ちょっといいかな?」
「うん? よそ者か、なんだい。今寝る前の晩メシ中なんだが」
「それはすまなかった、ならこれも持って帰るといい。私のとっておきだ」
 そう言って操縦席から投げたのは、リスならみんな大好きな|堅果《ナッツ》だ。
「おおー! アンタいい|奴《リス》だな!」
 すっかりご機嫌になったアカリスに色々聞いてみると、森の小人とは身長15cmくらいの妖精の一種らしい。草の種や木の実を好むので、極稀に鉢合わせることもあるのだとか。悪魔については知らないが、峡谷の上流を目指した生き物が川の真ん中で棒立ちになった後、突如消えたり奇声を発することがあるそうだ。
「いいことを聞けたよ、ありがとう。それじゃ!」
 礼と共にもう一つ堅果を投げ渡すと、リースケはアカリスに別れを告げ峡谷へと向かうのだった。

「我が盟友よ、駆け抜けるぞ。堅果の導きがある限り我らの歩みは止まらぬ!」
 峡谷に着いたところで【|超重鉄騎《クリバナリウス》】を呼び出し、騎乗して川を遡上することにした。なにせ巨大な騎士長官が跨れるサイズの戦馬だ、少々の水流などものともしない。
 朽ちた倒木を蹴散らし、岩を踏みつけ段差を駆け上がり、障害となるものは全て薙ぎ払う。
 水飛沫を上げながら駆けていくその姿のなんと勇ましいことか!

 そうやって順調に白夜の峡谷を突き進んでいたところ、突如操縦室内に警告音が鳴り響いた。
「我が盟友よ、油断するな。敵は近い!」
 だがそう叫びながら騎士長官に警戒態勢を取らせた次の瞬間、リースケは己の目を疑うことになる。
 瞬きほどの間に、眼前に大きな樫の木が聳え立っていたのだ。
 あまりの光景に驚愕し動けずにいると、その木の根元でちょろちょろと動く小さな影を見つけた。それこそが悪魔か、或いは伝承の森の小人か……そう考え警戒しつつも、何故かリースケはその影から目が離せないでいた。
 影は一心不乱に木の根元を掘っている。深く深く、誰にも見つからないように。
 そうして掘った穴へと慎重な手つきで何かを——大切なものを埋めているその影は、その姿は。
(「あれは、かつての仲間……いや、私……か?」)
 その一匹の小さなリスはこちらを見遣ると、さぁ取りに行こうよと手招きしていた。
 まるで仲間を呼ぶように。
 或いは……リースケに戻れと言うように。

 己が幻覚にかかったことを自覚した瞬間、彼は叫んでいた。
「……否っ!! リースケよ、道半ばにして歩みを止めることは許されぬ!」
 彼の大きな黒い瞳が伏せられる。そうして深く息を吸って、吐いて——再び見開き口にするのは【黄金の堅果団】教義!
「黄金の制約を果たせ!! 仲間を助け、弱きを守り、正義のために戦うことを忘れるな!!」

(「ありがとう。だが、今は戻れぬ。黄金の堅果は、未だこの手にないのだ」)
 あの幻覚が現実にあったことかどうかは分からない。けれど何故か憎めぬ幻覚に礼を告げ、リースケはそれを振り切って前へと進む。
 未だ見ぬ生命の樹を見つけ、黄金の堅果を手に入れるために——。

ユリア・ソダンキュラ


 酔い潰れ、すやすやと眠り続ける青年の傍らで、ユリア・ソダンキュラ(静かなる霹靂・h07381)は静かに窓の外を眺めていた。
 ここからでは沈まぬ太陽は見えないが、空の色が移りゆくさまをじっくり眺めるくらいはできる。
 初夏の青空が少しずつ濃さを増し、やがて闇と柔らかな黄色が混ざり合う頃——村の中央から一際大きな歓声が上がった。どうやら白夜の始まりを告げるものらしく、より賑やかな祭りの演奏がこの部屋まで届いている。
「祭りの本番というわけですね……ならば私も向かいましょうか」
 この村へは慰労のために来たわけだが、目的は|夏至祭《それ》だけではない。√能力者として、ある意味これからが本番なのだ。
 ……ただ、泥酔した彼を一人置いていくのが気がかりで。

 その時、扉のノック音と共に入室許可を求める声がした。どうやら世話焼きなルミおばさんが具合を尋ねに来たらしい。
「入るわね……どうかしら、吐いたりしてない?」
「はい、ぐっすりお休みになられています。……すみませんが、このままサミ様の介抱をお願いしてもよろしいでしょうか」
「それは構わないけれど、あなたは……」
 不思議そうに首を傾げるが、やがて思い至ったのかルミおばさんは神妙に頷いてみせた。
「そう、冒険者さんなのね。まだお祭りの最中なのに行ってくれるの?」
「終わるまでには戻りますよ。その頃にはサミ様も回復してらっしゃるでしょうし。ですが松葉杖が必要な泥酔者に夜の山道歩かれても困りますので……酒気帯びがこんなことを言っても説得力皆無ですが」
 もし戻るまでに目覚め、後を追おうとするならば止めて欲しい。
 そう言外に含ませつつ冗談も交えてお願いすれば、ルミおばさんもクスッと笑いながら承諾してくれた。
「分かったわ、任せてちょうだい。あ、それとこれは噂なのだけれど……」
 そう言って教えてくれたのは峡谷で見る幻覚の噂。
 過去にダンジョンへ向かった者達から聞いた話をユリアに伝えると、「気を付けて、絶対に振り返っちゃだめよ? ちゃんと無事に戻ってきてね」と送り出してくれたのだった。

「これは……やはりサミ様のことをお願いして正解でしたね」
 そう呟きながら、速やかに軽やかに、ユリアは岩から岩へと飛び移っていく。
 舗装されていない森の中を進むことすら大変なのに、この峡谷を義足と松葉杖で——しかも泥酔状態で越えるなど、まず不可能と言っていいだろう。おまけに白夜で明るいとはいえ、どうしたって薄暗さはある。
 ここまで危険な条件が揃っている中で、御主人様である彼を連れて行くという選択肢はユリアには存在しなかった。
 存在していなかったのだ、それなのに。

『——ユリア!!』
 突如響いたその声は、今まさに考えていた青年のもので。
『ユリア、待ってくれ!』
「サミ様?!」
 倒木から岩へと飛び移ろうとしていた足を止め。
「一体どうなされたのですか?! まさか、容体が……?!」
 ユリアは慌てて振り返ろうとして、
 ——絶対に振り返っちゃだめよ?
「ハッ?!」
 それを遮るようなルミおばさんの忠告が彼女の脳裏をよぎっていった。
(「もしや、これが引き返させようとする幻影ですか……」)
 きっと振り返れば、いつもと同じ姿の青年が後ろにいるのだろう。もしかしたら動かない腕に苦心を重ねつつも、必死に岩を登ろうとしているかもしれない。そんな姿を見ればどうしたって手を差し伸べたくなる、そうして引き返そうとすれば——。

『俺を置いていくなんて酷いな。ああこれ以上は一人じゃ無理だ……手を貸してくれないか、ユリア』
 背後からは絶えず呼びかける声がする。
 どこまでも彼と同じで、けれどいるはずのないその声の正体は。

「……ダメじゃないですかサミ様、こんな夜遅くに山道を歩いては」
 ユリアの唇から、押し殺したような低い声が漏れる。
「そんな悪い子は|悪魔《トンットゥ》に連れて行かれてしまいますよ」
 あのお二人を傷つけるものに裁きを——それがユリアの信念だ。
 その思いを利用しただけでも業腹だが、幻覚とはいえ彼を危険に晒したことが気に食わない。
 何よりルミおばさんにはああ言ったが、本気で彼が追ってくるとは思っていないのだ。幼い頃ならいざ知らず、成長した今ではそこまで無謀な行為はしないとユリアは知っている。だからこそ。
「そうなったら私でもどうにもなりませんからね」
 振り返らぬまま、かつての彼にそうしたように厳しく諭す。
 それは少年だった彼が恐怖で泣き出し、夢に見てしまったほどのイイ笑顔だった……。

「消えましたか……」
 数々の汚れ仕事をこなしてきた暗殺者の、意図せず漏れ出た殺気に怯えたのか。助けを求める声は途絶え、辺りに静寂が戻ってきた。
 聞こえてくるのは岩を打つ水流や、遠くで鳴くオナガフクロウの声くらいで。
「先を急ぎましょう、サミ様が目覚める前に件のダンジョンが見つかれば良いのですが……」
 眼鏡のズレを直しながら、溜息を一つ。
 そうして意識を切り替えると、ユリアは前だけを見据え突き進むのだった。

翠曜・うるう
朝風・ゆず


 休憩した後も二人仲良く村を巡り、色んな催しにも参加して。
 ラッカのような綺麗な夕陽が湖に着地するさまを眺めながら、美味しいご飯もお腹いっぱい食べたなら。
 ルミおばさんにランタンを借り、焚火から火を分けてもらって準備はOK。
 さぁ森の奥にある峡谷目指し、まずは青い森の星探しからスタートだ!

 白夜の冒険への期待でわくわく半分、でも薄暗い森にドキドキも半分。
 だけど常より明るいとはいえ、やっぱり手元は明るくしておきたいから。
 |翠曜《すいよう》・うるう(半人半妖の古代語魔術師・h07746)はランタンを掲げ、隣を歩く|朝風《あさかぜ》・ゆず(熱病の偶像・h07748)と自分の足元を照らしながら辺りを調べていた。
「花冠を作っていた時にも思ったけど、森の星かわいいね」
「ね、白くて小さくって可愛いわ」
 目的の花は『青い森の星』だけど、足元で小さく揺れる普通のツマトリソウもやっぱり可愛くて。二人は何となくしゃがみこむと、その白い7枚の花弁をなぞってみた。
「本当にお星様みたい。花冠のおまじないに使われるのも分かる気がするわ」
「星に願いを、だね。小人さんもこのお花が好きなのかな?」
「ふふ、そうかもしれないわね」
 ——森の小人はこの花を青く染めて危険を知らせてくれる。
 村人が口を揃えて言っていた伝承に思いを馳せつつ、二人はまた冒険を再開して。
「あ、ゆずちゃん、見つけたかも!」
「ほんとうね、きれいな青だわ!」
 やがてゆずが指差す先に小さな青い花を見つけた。近寄って確認すれば7枚の青い花弁が星のように開き咲いている……間違いなくツマトリソウだ。
 淡いそのセレストブルーは綺麗だけれど、この先にダンジョンがあると思えば油断はできない。
 ゆずとうるうは頷き合うと、その青い森の星が示す方向へと更に進んでいった。

 そうして辿りついた峡谷で、二人は協力し合いながら倒木を飛び越え岩を登っていたのだけれど。
「ふぅ、あともう少しかな。ゆずちゃん頑張ろう、ね……?」
 うるうは額の汗を拭いながら、隣にいるゆずを励まそうと横を見るが……いつからそうだったのだろう、彼女の姿がどこにも見えない。それどころか辺りも|もや《・・》がかかっていて、今度は緊張からくる冷や汗がうるうのこめかみを伝っていった。
「おーい、ゆずちゃん……?」
 もやの向こうへ声をかけてみても、姿はおろか声も聞こえず。
 空いてるほうの手でゆずがいたはずの場所を探っても、その手は空を切るばかりで。
「手を繋いでおけば良かったな……しまったや」
(「これが幻覚なのかな……」)
 さっきまで一緒に居たのに急に独りにされてしまって。
 ちょっと不安になるけれど、それでもうるうの瞳に絶望の色は見えない。
 ランタンを地面に置いて不思議道具から紙とペンを取り出し、少し考えてから。
『ゆずちゃん、大丈夫? 早く合流できるといいね』
 サラサラとそんな文章を書きつけたら、鶴の形に折っていき……そうして出来上がった折り鶴を「ゆずちゃんに届け」と念じながら虚空へと飛ばした。
(「ゆずちゃんも進んでいるはず。私も信じて進もうっと」)
 きっと彼女なら幻覚に負けず進んでいるだろうから。
 置いていかれないように、合流できるように今は進もう。大丈夫、きっとすぐに会える。
 そう心で繰り返すと、うるうは再びランタン片手に前へと進み始めた。

「うるうちゃん? どこ?」
 同じようにゆずもまた、隣にいたはずのうるうが消えていることに気付いていた。
 元地下アイドルの声量に物を言わせ大きな声で探してみるが、どれだけ呼んでもあの明るい声は返ってこない。
「……ダメね、はぐれちゃったかしら」
 ——独りぼっちは寂しくて。歌えばみんなが集まってくれたから、一緒に遊んでいただけなのに。いつしかみんな熱病に斃れていって、そうしてまた独りになって——。
 もやの中に取り残されると、あの頃のことを思い出して心細くなってくる。
 あの子も不安がってるかもしれない、あの子に会いたい。そう思うと居ても立ってもいられず探しに行きそうになるけれど。
(「もしかして……これが幻覚かも」)
 村で聞いた話を思い出し、引き返そうとしていた足を空中で止め。まっすぐ前に向き直ると、ゆずは再び歩き出した。
(「うるうちゃんを信じて前に進もう」)
 確かに独りは不安だろうけど、あの子も強い子だもの。大丈夫、進んだ先にきっとあの子はいる。
 そうやって幻覚で揺らいだ心を奮起させながら、慎重にもやの中を歩いていると。
「……? 今、何か……」
 視界の悪い中でも目立つ可憐な白が、そっと何かを知らせるように揺れていて。
「あっ、折り鶴が花に乗ってる……これ、うるうちゃんからのお手紙!」
 星の上にちょこんと座る折り鶴を拾い上げると……中にはゆずを心配するうるうからの言葉が綴られていた。その気持ちが嬉しくて、思わずゆずの声も弾んでくる。
「こっちね、今行くわ!」
 あの子に気付いて貰えるように。あの子の不安も吹き飛ばせるように。
 そんな願いを籠め、ゆずは歌いながらもやの中をまっすぐ歩いていった。

(「小人さん、村を私たちに守らせてくれる?」)
(「小人さん、もし聞こえているのならゆずたちに道を示して頂戴。あなた達も村を守りたいでしょ?」)
 そう願いながら森の星が示す方向へ二人が歩いていると。
「ゆずちゃん!」
「うるうちゃん! お手紙ありがとう、とっても心強かったわ!」
「私もお歌が聴こえて元気出たよ、素敵な歌をありがとう!」
 もやの向こうから現れた友達の姿に安心し、二人手を取って喜びあって。
 気付けば景色は元通り。場所も幻覚を見る直前までいたところから動いていないようだった。
「それじゃ、頑張って行きましょ!」
「うん、二人で村を守ろうね!」
 小人さんはお願い聞いてくれたから、今度は私たちが頑張る番だと。
 
 そうやって決意を新たにする二人は気付かなかった。
 ——二人が立つ大きな岩の影で、笑顔で手を振り応援する小人の姿を。

第3章 ボス戦 『リス・ザ・キリング』


●青い森の星が導く先は
 幻覚魔法を振り切り、√能力者たちは峡谷の上流へと進んでいく。
 その胸に様々な思いを抱えて。

 やがてごうごうと流れる滝が見えてきた。
 滝壺の周囲には岩の他に人が歩ける程度の草地があり、そこに生える青いツマトリソウが歓迎するかのように揺れている。……恐らくここが目的地なのだろう。
 周辺をよく調べてみると、滝の裏にダンジョンの入口と思わしき洞窟が見つかった。
 この奥に例の……百戦錬磨らしいリスがいるのだ。

 決着の時が近づいている。
 √能力者たちは気を引き締め、ダンジョンの奥へと進むのだった。

●何度見ても圧が強い
 様々な木の実や果実が生る森の中——そのリスは寛いでいた。

 モンスター化により力を手に入れた彼(?)は、冒険者から|食料《獲物》を確実に|奪い仕留める《キルする》ことからいつしか『リス・ザ・キリング』と呼ばれるようになり。
 生息地周辺のリスのキングとして君臨した後、ひたすら冒険者をおちょくる日々を送っていたのだが……ある日急に思い至ったのだ。
 そうだ、自分だけの楽園を作ろう、と。
 自分が力を得た時のような、あの不思議な|物体《遺産》のある場所でなら。
 あらゆる食料を貯め込めこんだ緑溢れる楽園がきっと——。

 そうして世界を巡り、やっと見つけたこのダンジョンに住み着いて。
 リス・ザ・キリングは木の洞に隠した輝く何かを前に寛ぎながら、再び日が昇る瞬間を待っていた。
 朝になれば村の食料を根こそぎ奪って持ち帰り、ついでに冒険者で軽く遊んでやるのだと。白夜とか知らん、地元リスじゃないし。夜は寝るんだよ。
 そう思っていたのに、このダンジョンへ侵入した者がいるようだ。
「……キュッキュ、キュキッ。ギューッ!!」
 多分「いっちょ揉んでやるとするか」的なことを鳴いたのだろう。リス・ザ・キリングはゆっくり立ち上がると、つやつやに磨かれたどんぐりハンマーを肩に担ぎ。
 このリスの聖地を侵す不届きものを|迎撃す《おちょくる》べく動き出したのだった。

★★★★★

●マスターより 
 ダンジョン内部はリスが過ごしやすい森の環境が再現されており、戦場は森の中のぽっかり開けた場所を想定しています。具体的には『周囲を森に囲まれているが、WZに騎乗しても戦える程度には広い』と考えてくださって結構です。
 また、ダンジョン内は謎の力により明るく保たれているので灯りは不要です。
 その中でボスは地の利を活かし侵入者を翻弄しようとしますので、正面から挑むといいように遊ばれてしまうでしょう。ヒントは断章内に書いてあるとおり。
 どんな手段であれ、ボスを倒せばダンジョン攻略完了です。

 それでは最後までよろしくお願いしますね!
ユリア・ソダンキュラ


 陽が沈まぬ夜の薄暗い中を、音も無く滝へ近付いていく影が一つ。

 (「あそこにも|青いツマトリソウ《アオイモリノホシ》……」)
 水面を叩く滝の飛沫を浴びぬよう気を払いながら、ユリア・ソダンキュラ(静かなる霹靂・h07381)は峡谷の川から草地へと飛び移った。
 眼前にはこれまで目印にしていた青い森の星が群生している。
 ということは。
「……ここですか、件のダンジョンは。ならばリスのモンスターの棲家もこの辺り……」
 周囲を見回してみると、岩壁と草地以外には滝があるだけに見える。だが青い森の星が目的地はここだと告げているのだ、であれば怪しいのは——。
「やはり、滝の裏にありましたか」
 勢いよく落ちてくる滝の裏に回ってみれば、如何にもといった風情の洞窟がぽっかり縦に口を開けていて。
 メイド服の裾に乱れを感じさせぬまま、ユリアはその口へと飛び込んでいくのだった。

 ダンジョン内はあまり複雑な構造ではないのか、特に分岐もなく。
 奥へ奥へと道なりに進んでいけば、やがて見えてきたのは陽の下のような明るい空間だった。
(「朝……にはまだ早いはず」)
 明るさを不審に思ったユリアが壁伝いにその空間へと近付き、警戒しながらそっと覗き込めば——。
「なんですか、この出鱈目な森は……」
 ——そこには常緑の空間が広がっていた。
 呆気に取られたユリアが言うように、季節や分布にとらわれず、あらゆる『リスが好む』植物が森を形成しているようで。
 なるほど、これは確かにリスのための|棲家《ダンジョン》だ。
 そう納得するとともに周囲を偵察していると、ヒュッと風切り音が聞こえた。
「ハッ!!」
 突如飛んできたドングリをハチェットで弾き返すと同時、ユリアは地を蹴って。
 ドングリの投擲主——即ちリス・ザ・キリングが潜む木の枝へと肉薄し、その頭蓋目掛け手斧を振りかざした。
「ギャギャッ!?」
 すんでのところでその強撃を回避したリスだったが、彼が体勢を立て直した時には既にユリアの姿はなく。舐めてかかれる相手ではないと判断したのか、リスの表情にも緊張の色が滲み出ていた。
(「巨大化することもなくモンスター化というのは少々厄介ですね」)
 【オートキラー】で闇を纏い、気配を断ちながらユリアは声に出さず独りごちる。的が小さければそれだけ命中率は落ちるものだ。それを厄介で済ませるあたりに彼女の技量の高さが窺えた。
「ギャッギャッ!!」
「卑怯? 自分の胸に手を当てて考えたことがないような言い草ですね」
「キキィ!?」
「地の利を使っておちょくってくるようなのにまともに相手をする必要はありません」
 何故か会話が成立しているが……リスの抗議にそう返すと、ユリアは声から居場所を察知されぬようすぐさま移動する。
 互いに潜伏に長けた者同士の睨み合い。
 それはリスに多大なストレスを与え、知られざるリスの本能が覚醒した。
「ギュー!!」
 しびれを切らし、腕力を強化したリスが木陰から躍り出るが。
 それを読んでいたユリアのハチェットに再び襲われ、決して浅くはない傷を負い慌てて叢へと飛び込む羽目になった。
(「目には目をが私の流儀です。……サミ様が目を覚ます前に何とかしたいところですね」)

 再び睨み合いが始まる。
 しかしリスから漂うのは隠せないほどの血の匂いで——それを見逃すほど|ユリア《吸血鬼》は優しくはなかった。

タミアス・シビリカス・リネアトゥス・フワフワシッポ・モチモチホッペ・リースケ

●この戦いは【|副音声《動物と話す》】でお送りします
 名は体を表すというが、彼はその最たるものかもしれない。
 タミアス・シビリカス・リネアトゥス・フワフワシッポ・モチモチホッペ・リースケ(|大堅果騎士《グランドナッツナイト》・h06466)。恐らくシベリアシマリスの亜種でふわふわ尻尾ともちもちの頬が自慢のリースケ、という意味なのだろう。
 そして星詠みの少年に聞く限りでは、ダンジョンのボスもまたシマリス属と思われる。
 リス・ザ・キリングは彼の宿敵ではない。
 それでも同族として、ヤツの愚劣な振る舞いを見過ごすわけにはいかないのだ。

 √の狭間へと|超重鉄騎《クリバナリウス》を戻し、リースケは|騎士長官《マギステル・エクィトゥム》を操りダンジョンへと進攻を開始する。
 ごつごつした岩肌の洞窟内を進み、やがて見えてきた明るい空間へ踏み込めば。
 ブナ、樫、椎、ナラ、栗、胡桃……あらゆる木の実や果実、新芽にキノコに昆虫など、多種多様な食料に溢れたまさに『リスの楽園』が広がっていた。
「これは……素晴らしいな!」
 外敵に襲われる心配のない理想的な環境に、リースケは思わず感嘆のため息を漏らす。
 だがそこに響くは威嚇の声——リス・ザ・キリングが姿を現したのだ!
「誰に断って|シマ《縄張り》に乗り込んでんだアァン!?」
「否っ!! ここは貴公だけの場所ではない!!」
「はぁ? オレが見つけたんだからオレのシマなんだよ!!」
 そう言ってリスは……あ、どっちもリスだった!
 じゃあボスは圧リスということで、改めて。
 圧リスは叢や木々の間を縦横無尽に駆け回り、一撃離脱で繰り返し攻めてきた。その素早い動きは常人では捕捉できず、また潜伏先の予測もつかないものだが……。
「そこだな!!」
 斜め後方の木の枝を振り向きざまに薙ぎ払う騎士長官。すると落とされた枝の塊から影が飛び出し、別の木の上に登っていくではないか。
「クッソ、なんで分かんだよお前!」
 ——だってリスだし。
 この地形をどう利用してくるか予想することなど、リースケにとっては朝飯前だ!

 そうやって何度か潜伏先を襲撃し続けていると、ブチ切れオーラを纏った圧リスが地上へと降りてきた。
「|それ《WZ》ナシでタイマンといこうぜ……久しぶりに……キレちまったよ……」
「……いいだろう。その決闘受けて立つ!!」
 リースケもまた闘志を昂らせ、シュタッとWZから飛び降りて。
「貴公には勿体ないほどここは良い場所だな、我が黄金の堅果団の所領とする!」
「そんな横暴が許されると思ってんのか!?」
「ならば貴公の行いは許されるとでも?」
 兜を脱ぎ、鎧を外して身軽な姿になりながら声高らかに|挑発《宣言》!
「古の作法に則り宣言しよう——貴公の尻尾は枝につるされるのがお似合いだ!」
 逆立った尻尾をゆっくりと滑らかに揺らして威圧する姿に、圧リスは一瞬鼻白んでしまう。だが縄張り争いには負けられぬと、リースケに飛び掛かりどんぐりハンマーを振り下ろした!
「効かぬ!!」
 だがリースケは動じず、|一切虚無《オムニア・ウァーニタース》で真っ向から|弾き返す《パリィ》。その衝撃で周りにどんぐりが転がるが、目の前には弾かれ体勢の崩れた圧リスがいるのみ。もはやその程度の障害は意味を成さない!

「終わりだ同族よ、私のほうが一枚上手だったようだな!」
 渾身の【屠竜宣誓撃】が圧リスを捉え。
 鮮血を撒き散らしながら、縦縞模様の尻尾が楽園の宙を舞っていった。

如月・縁


「ガン決まりのリスさん……か、か、可愛い……!!」
「ピキュァァ……」
 出会い頭に一発かましてやるはずが、唐突に黄色い声で出迎えられ。
 リス・ザ・キリングは困惑を乗せてひと鳴きした。

 実は星詠みの少年に話を聞いた時から気になっていたのだ、百戦錬磨で治安の悪いリスとはどんなものなのだろうと。
 それでも真面目に……真面目? 真面目とは?(脳裏によぎる酒盛り姿)
 とにかくダンジョンを攻略しにこうしてやってきたわけだが、『どーれいっちょ揉んでやろう』的鳴き声と共に現れた姿を見て、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)のネジは容易く外れてしまった。
「いっちょ揉んでくれるんですか! 揉んでくださるんですか!!」
「……グルルル」
 ピンと立てた尻尾の毛を逆立て揺らすのはモビングと呼ばれる威嚇行動で。つまりめっちゃ警戒されてますよ縁さん。
「あらあら。……まぁ、地の利を活かした百戦錬磨と噂のリスさんですし。油断は禁物ですね」
 スゥッと目を細めて話す縁に「クククッ」と不機嫌そうな声を上げ、リスは緑陰に身を潜めようとした。それを引き留めるべく縁が打った布石とは——。
(「食べ物を狙うということですが……これ飲むの? まぁやってみましょうか」)
「はぁ、興奮したら喉が渇いてしまいましたね……あら、そういえばこれがありました」
「キュ?」
 どこからともなく取り出したるはサルミアッキの|小瓶《リキュール》!?
 未開封のそれを恭しく掲げるような、芝居気たっぷりのそれにリスが反応した。
「これは村の特産品の中でも珍しいものだそうで」
「キュ」
「大事に取っておいたのですが……開けてしまいましょうか!」
 徐々に身を乗り出してきたリスを後押しすべく、縁は小瓶を開封し。
 艶やかなその唇に瓶の口を押し当てると、少しずつ傾けていく。
「それではいただきま……あら?」
 もう少しであの黒い液体が口内へ注がれる、というタイミングで縁の目の前を影が横切って。
 あら不思議、手中の小瓶は奪われてしまった——まぁ犯人は姿を探す必要がないくらい堂々と、縁の視線の先でニチャァ……と笑っているのだが。
「まさか、そんな……飲むの!?」
 半分本気で驚く縁にますます気を良くしたリスは、これ見よがしに両手で小瓶を抱え。

 ゴッキュゴッキュゴッキュ。

 器用にラッパ飲みだー!!
 さすがリス・ザ・キリング! 普通のリスにできない事を平然とやってのけるッ!
 などと言っている間に飲み干すと、空の瓶を縁に投げつけようとした……のだが、何故か空き瓶はボテンと縁の足元を転がるにとどまり。不思議そうに歩き出したリスの足取りはフラフラで。
 それでも闘争心は捨てず、どんぐりハンマーを構えゆらゆら揺れるリスの姿はまさに酔拳——!!
 そんな勢いのまま「キュッキュキュー!!」と連続攻撃を繰り出そうとしたリスだったが。
 素早い動きは緩慢な千鳥足に、蔓草には自分が引っかかり。更にはどんぐりハンマーによる強撃も、どっこいしょと振り下ろした勢いで前へ倒れこんで——そのままピクリとも動かなくなってしまった。まぁウォッカだしね。

「え……寝ちゃった? かわ……!」
 しばらく身悶えしていたが縁だが、当面の目的を思い出し。
 【|透光の花《クリアフラワー》】を放って遺産を探すと、とある木の洞に胡桃に似た金の宝玉が隠されていたのを発見した。……恐らく、いつか食べようと大事に巣穴に取ってあったのだろう。

 それじゃ封印する前にと、泥酔し眠るリスを心行くまで激写する縁であった。

クレス・ギルバート
オフィーリア・ヴェルデ


「うん、うん……分かった。それじゃあ、また連絡するわね」
 オフィーリア・ヴェルデ(新緑の歌姫・h01098)が通話終了ボタンを押すと同時、「どうだった?」という声がかかる。
「……ミラ、故郷から一歩も出てないって。やっぱり幻覚だったみたい」
「あっちも今は夏至祭の本番だろうしな。だから……」
 肩を竦めながらクレス・ギルバート(晧霄・h01091)が何か口にしようとして。
「だから?」
「……無事も確認できたし、だから後はリスを退治するだけだな?」
 本当は「だから言ったじゃねーか」と続けようとしたのだけれど。
 無事でいると思っても気になったのはクレスも同じ。おまけに目の前の幼馴染は見るからにしょんぼりと萎れていて……きっと幻覚に大慌てした恥ずかしさと、妹の無事に安堵する気持ちがないまぜになっているのだろう。
 そんな彼女を微笑ましく思うが、萎れているのを長くは見たくないから。
「そうね……うん、そうだわ。頑張らなくちゃ!」
「頑張るのはいいけど、あんま無理すんなよ?」
「ふふ、ありがとう。これでも少しは経験積んだもの、私なりに戦うわ」
「ん。ならいい」
 みるみるうちに表情が変わり、むん、と気合を入れ直すオフィーリア。
 そうして気分も上向きになったところで、二人は裏見の滝奥にある洞窟へと足を進めたのだった。

 ——コツ、コツと二つの靴音が冷たい岩壁に反響する。
 疲れやすいオフィーリアに合わせ、二人はどこかひんやりとした洞窟を歩いていた。
 幾許か行けば奥に明るい空間が見えてきて、警戒したクレスが先行すると——そこにはたわわに実る果実や堅果など、『リスが好むものを片っ端から植えました!』と言わんばかりの森が広がっていた。
「美味しそうな果物がいっぱい! ここは森のダンジョンなのね」
「そうだな……よし。食料を奪うのが好きってなら、それを利用させて貰おうか」
「そうね、リスさん何処から狙ってくるかわからないし。逆にこっちへおびき寄せ作戦決行ね」
 何ともはた迷惑な特性だが、それなら逆におちょくってやろう。そんな悪戯心もあるけれど、リスの隙を衝きたいならきっとそれが正攻法だ。
 そうやって笑いながら、或いは童心に返りながら果実や木の実を探していると、オフィーリアの目に素敵なものが飛び込んできて。
「まぁ、見てクレス」
 呼ばれて振り返ったクレスへと、嫋やかな手の中にあるものを差し出した。
 そこにはワックスで艶を出したようなピカピカ団栗が乗っていて、同じくらい彼女の笑顔もピカピカ得意げに輝いているものだから。
「ご自慢の頬袋に隠しとかないと、凶暴なリスに奪われちまうぜ?」
「頬袋なんて持ってないもん!」
 軽く笑いながらクレスが自分の頬をつつきそう言えば、持ってないはずの頬袋がちょっとだけ膨らんだ。
 もう、と膨れながらも大事に団栗をしまうと、オフィーリアは気分を入れ替えて。
「この辺りならクレスも思いきり戦えそうね。じゃあ……みんな~! 集まって~!」
 √能力【|鍵盤の上の仔猫《ケンバンノウエノコネコ》】で呼び寄せたのは、二足歩行する可愛い|妖精猫《ケット・シー》たち!
「リスが近づいてくる物音が聞こえたら教えてね」
「ニャーン」
 オフィーリアのお願いに一鳴きすると、妖精猫たちは周囲へ散らばっていく。クレスもまた周辺を警戒しつつ、悟られぬよう二人であれこれ話していると……。
「ニャッ」
 やがて一匹の妖精猫が葉擦れの音を聞き分けた。
「来たわ……! じゃあ私が演技するから、クレス、お願いね」
「ああ、任せとけ」
 小声のやり取りの後、オフィーリアは瑞々しい白葡萄を一粒口に運ぶ。つるん、抵抗なく剥けた皮の中から広がるのは爽やかな白葡萄の香り。それを追うかのようにやってくる蜜のような甘さと酸味が堪らない!
「……美味しいっ!!」
 頬に手を当て、思わず破顔するオフィーリア。どう見ても演技ではなく素の反応だが、美味しそうに食べる姿はちゃんと役割を果たしているようだ。
 ——自分たち以外の気配がする……然らば次はきっと。
「もう一粒、あーん……」
 大きく開けた口へと、白葡萄がゆっくり運ばれてゆき。
 あと少しで口内に、というタイミングでオフィーリアの前髪が風に揺れた。
「おいでなすったな!」
 シュッと通り抜けざまに白葡萄を奪った瞬間——それはリスが達成感や優越感から油断する瞬間とも言える。それこそがクレスの狙いだった。
 素早い居合で放たれた抜き打ちの一撃は、確実にリスを捉えたかに見えた。が、
(「チッ、勘のいいやつだな……それに思ってたより小せぇ!」)
 すんでのところで気付いたリスが僅かに体を反らしたため、直撃とはいかず。されど半ばから斬り落とされた尻尾の痛みに、リスは地に落ちゴロゴロ転げ回っていた。
「あら? どんな恐ろしい魔物かと思ったら、随分と小さくて可愛らしいわ」
「グルルルッ!!」
 痛がりながらも威嚇してくる小動物を見れば、攻撃を躊躇する心が生まれるが。
(「悪い事しようとしてるの見過ごせないものね」)
 このリスはただのリスではない、村や冒険者を襲うモンスター化したリスなのだと。……そうオフィーリアは緑の瞳に決意を込めて。
「ならもう一撃……!」
「猫ちゃん達、肉球パンチでクレスのサポートをお願いっ」
「フシャー!!」
 クレスの追撃が来るのを察知し、リスが素早い動きで牽制し始める。そうやって蔓草の罠へと誘導する腹積もりだったのだろう。だがそこにオフィーリアの妖精猫たちが群がって、肉球パンチのラッシュをお見舞いすれば、流石のリスも足を止めざるを得ず。
「肉球パンチじゃ仕留められねぇだろ……、けど——」
 ——僅かでも猫に気が逸れた瞬刻は好機。
 実物をこの目で見た今、的は小さくとも狙いを外しはしない。
「自分の楽園の為に村を襲おうなんて、おいたが過ぎるリスにはお仕置きしてやらねぇとな」
 赤く、赫く。燦然たる赫焉の焔をその身と刃に宿し。
「キュッキュキュー!!」
「猫ちゃん達、今よ! 離れて!!」
 妖精猫に苛立ち、どんぐりハンマーを振りかぶって跳ぶその矮小な存在へと。
「——悉く、貫け」
 【|暁天の覡《アケヌヨルヲヤク》】。
 一筋の赫き焔の軌跡を描き、肉薄した敵を穿つ【絳燬】が放たれた。

翠曜・うるう
朝風・ゆず


「……キュッキュ、キュキッ。ギューッ!!」
 不思議な体験を二人で乗り越え、やってきた滝裏のダンジョンでお出迎えしてくれたのは……片目の傷跡が厳めしいリスだった。
 そのリスは此方を一瞥するなり嬉しそうにクルクルと宙返り。相手が少女二人と見て完全に舐めているようだ。
「夏至祭を、村の平穏を乱すリスはおしおきしなきゃだね」
「そうね、悪い子にはおしおきが必要ね」
 油断するリスの舞を見つめながら、|翠曜《すいよう》・うるう(半人半妖の古代語魔術師・h07746)と|朝風《あさかぜ》・ゆず(熱病の偶像・h07748)はそう言い切る。小人さんに「村を守らせて」と約束したのだ、どんなに圧が強いリスだろうがきっちりお仕置きさせてもらおう!
「……キュキューン?」
 と、その時リスが何かに気付いた。
 首を頷くように動かしながら、ゆずとうるうを——頭に飾られた花冠を見るその顔は、悪巧みを考えたチンピラそのものだった。
「やる気だね。よぉし、逆に翻弄できるよう頑張るよ!」
「特別に特別を重ねてもーっと特別にしちゃうってことね? 素敵ね!」
 今宵は折角の白夜だし、特別な夜に特別怖い体験をおひとつどうぞ!
 そんな気持ちでリス・ザ・キリングVSゆず&うるう、Fight!!

 先手を取ったのはやはり素早いリスだった。
 木の幹をスルスル降りたかと思えば、あちこちの叢を移動し二人を翻弄しようとする。このまま完全に見失ってしまえば、少なくともどちらかの花冠は見るも無残な姿にされてしまうだろう。
「そうはさせないよ! みんな、おいで!」
 √能力【|百鬼夜行《デモクラシィ》】で呼び寄せたのは、うるうの配下の妖怪たち!
「さぁ準備はいい? いくよー!!」
 うるうの声で配下妖怪たちが持ち場に就いたのか、この森のあちこちで何処かおどろおどろしい雰囲気が漂い始める。
「キ……キャ?」
 いつもと様子の違う森に驚いたのだろう。リスの戸惑ったような鳴き声が聞こえ、絶えず聞こえていた叢を走る音も途切れてしまった。

 カーン!! カーン!!

 突如聞こえてきた大きな音に、古傷のある右耳がビクッと動く。
 リスは知っている、この音は危険だ。何故ならば——。

 ……バリバリバリッ ドーーーーン!!

「ピギャー!!」
 ——人間がリスの棲み処である木を倒す音なのだから!!
 モンスター化する前の、ただのリスであった頃に感じた恐怖が|覚醒する《よみがえる》。
 たとえモンスター化しようと、魂に刻み込まれた本能からくる恐怖に抗うことは難しいのだろう。リスは現在最も必要な能力——隠密力を上昇させた。
「ギュー!!」
 そうして心の声に従って走り出せば、ザワザワと木々が揺れる音がして。
 猛禽類が上から狙っているかもしれないと、リスは神経をピリピリ張り詰める。
「樵の亡霊や山神の仕業とされる『|古杣《ふるそま》』に、木々を揺らす『くねゆすり』……百鬼夜行はまだまだ続くよ!」
 その声にリスが周囲を見回せば、いつの間にか二人の姿が消えているではないか!
 外敵を見失うなどあってはならないと、周辺を探しに向かうリスの後ろから音がする。べと……べと……と濡れた足音を立て、後ろからついてくるのは『べとべとさん』と、それに乗ったうるうとゆずだった。
 リスの視野はほぼ360度なのだが、これだけビビっていれば見えたところで、である。
「うるうちゃん達、楽しそう! お化け屋敷みたい!」
「ふふ、ゆずちゃんに楽しんでもらえたなら何よりだよ」
 べとべとさんの丸い頭の上ではしゃぎ合う姿は、シュールだけれど愛らしかった。

 そろそろ頃合いかなと、ゆずがぴょんと飛び降り前に出る。
「ごきげんよう! 此処がリスさんのおうち? 素敵ね!」
 ゆずに続きうるうも「こんにちはっ」と挨拶するも、散々驚かされたリスは猛抗議!
「ねぇ、こんなに素敵な場所があるんだし、村を襲わなくても良いんじゃない?」
 可愛く首を傾げながら、ゆずは一応言ってみたものの。
(「なんて言って聞くとは思ってないわ」)
「キュッ!!」
 予想通りリスはどんぐりハンマーを振りかざし、ゆずへとダイレクトアタック!! だがその打撃はゆずに届く前に何処かに飲まれ飛んで行ってしまった。
 よく見れば彼女の前に『世界の歪み』が生じている。それを織り込み済みで受け止めたのだろう。
「ギャギャッ!!」
「悪い子ね、本当に悪い子だわ」
 よほど悔しかったのかリスは攻撃を繰り返し、その都度ゆずは攻撃を受け止めて。
 そうして何度目かの攻防の後、声のトーンを下げたゆずが口を開いた。
「ね、此処は本当にあなたの聖地なのかしら?」
「ギュイ!?」
「ゆずには妖怪さんがいっぱい見えるわ? ほら、そこにも、そこにもあそこにも♪」
(「ゆずも怖がらせることなら得意よ?」)
 ギターもドラムもサポートバンドもいないけれど、ゆずがいるならそこがステージ!
「♪ねぇ聞こえる? 楽しいお囃子の音 サイリウム代わりの鬼火も踊るよ」
(「音楽に合わせて妖怪の行進でリスをもみくちゃにしちゃえ!」)
 歌いながらゆずが目配せで合図を送れば、うるうも配下妖怪にこっそりお願いして。
「♪ねぇ見て見て? わたしの瞳を あなたを照らし輝く|多面体結晶《トラペゾヘドロン》」
 妖怪にもみくちゃにされながらも、リスは歌うゆずから目が離せない。
 怖い、けれど見ていたい、でもコワイ……!
 √能力【トラペゾヘドロンの光】で昏き洗脳の光を放ち、恐怖心を煽りに煽る。それは実に|彼女《人間災厄》らしい|歌《戦い》だった。
 そうして歌がサビのラストへと進むと、それまでの愛らしさを一変させ。
「♪——あなたには楽園どころか安全圏もないの」
 な い の よ
 感情を一切排した冷然たる歌声で最後のワンフレーズを歌い切ると、ラストを飾るように激しい雷鳴が轟いた。……実は雷鳴ではなく妖怪『朱の盆』の歯噛みの音だったりするのだが、怯えるリスには天変地異が起きたように感じただろう。
 もうこの拠点は捨てて新しいところに行く、とでも言うように背を向けると、一目散にとある木の洞へとリスは猛ダッシュ!!
「あら? 木の洞に何か隠してるの? ゆず達にみーせーてっ?」
「みーせーてっ?」
 それを追って木に近付けば、ちょうどリスが黄金に輝く宝玉を大事に持って出てきたところで。
「鶴瓶落とし、お願い!」
 うるうの声に待ってましたと言わんばかりに落ちてきたのは妖怪『釣瓶落とし』。巨大な生首の一撃が無防備な頭に決まり、そのまま地面へと叩きつけられ。
 ピキピキッと、リスと共に叩きつけられた宝玉に稲光のような亀裂が走っていった。

☆☆☆☆☆

 ピキッと入ったひび割れが徐々に大きくなっていき、ピシリピシリとその数も増えて——やがてパキン、と硬質な音を立てて|宝玉《遺産》が割れた。
 それに伴いダンジョンの崩壊が始まったのを感じ取った√能力者は、急ぎ外へと脱出する。
 滝へと出てきた後、ふと振り返ると……先程まで口を開けていた洞窟が跡形もなく消え去っていた。無事ダンジョンの封印が完了したのだろう。
 北にあった太陽はもう東北東まで移動しており、まもなく夜明けの時間であることが察せられる。
 今から戻れば夏至祭のフィナーレに間に合うかもしれない。

 仕事を終え戻っていく√能力者の姿を、白い|森の星《メッツァ・タヒティ》が風に揺れながら見送っていた。
 そよそよと、暖かい夏を告げる白夜の下で瞬くように——。

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