シナリオ

ひび割れた心に潜んでいる

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 日常はつまらない。まるで干からびてひび割れた大地のようだ。潤すには水が必要だ。とびきりのスパイスがついた水が。

「こんなところにセキュリティホールがあるなんて、相変わらず舐めてんな。そんなんで世界一のMMOを目指すなんて出来の悪い冗談にしか見えないよ。そんなのはエイプリルフールだけにしておけっての!」
 モニターの前に座った小柄な人影がキーボードを叩く音がする。ちょうどお気に入りのゲームにログインしていたところだった。まあ、ハッキングしながらだからお行儀が悪いことこの上ないのだが。不正を働かないくらいには良心はあるようだった。不意にメールが届く。
「なになに? 興味深い情報をありがとうございます。我々はウェド様の見つけた世界を壊す穴を突くことを決定しました。情報提供感謝します。レリギオス?」
 ウェドと言うのはこの人物のハンドルネームだ。冗談のようなメールを受けてコーラを飲みながら笑っていたウェドだったがそのうちに顔色が悪くなった。遊んでいたMMOの画面に得体の知れない怪物が現れたからだ。そいつはゲーム世界を文字通り破壊していく。
「サーバーにテロだって? どこからのアクセスだ? √ウォーゾーン? どこだよそこは。でも、『グレイムーン』のサーバーがある場所がわかった。横浜? ボクが行かないと、直接システムに繋げば間に合うかも!」
 ウェドはノートPCをひっつかむと横浜の西側にあるデータセンターへと向かった。2時間もあればたどり着けるはず、そしてテロリストを撃退できるはず、世界を守るための小さな戦いが始まった。

「√EDENに戦闘機械群が現れます。みなさんには現れた戦闘機械群の排除をお願いします」
 木原・元宏(歩みを止めぬ者・h01188)は集まった√能力者達に事件の説明を始めた。
「戦闘機械群はウェドと言うハッカーが流したセキュリティホールの情報を鵜呑みにして√EDENへと侵攻を開始しました。世界を壊せる穴と言うことですがそれは『グレイムーン』と言うMMOのプログラムのことです。ゲームを壊してしまうプログラムの穴のことなのですが、戦闘機械群は√EDEN攻略のための糸口と捉えてしまったようです」
 元宏は近未来的なゲームの画面を映し出した。
「これが『グレイムーン』です。エルフやドワーフもいて魔法もあるサイバーパンクと言った趣のゲームです。荒廃した地域もあるのでウォーゾーンと誤解したのかもしれませんね。戦闘機械群はデータセンターのある√EDENの横浜へ物理的に侵攻している他、ネットを通じてソフトウェア的にも侵攻してきています。まずは横浜のデータセンターに行って物理的な脅威を取り除いてください」
 次に元宏は虫の形をした戦闘機械群を映す。
「データセンターにいるのは虫型の個体です。これらは通気口などからデータセンター内に侵入して中にあるコンピュータを乗っ取ろうとしています。データセンターへの潜入して戦闘機械群の排除してください。データセンターがあるビルの近くにはウェド本人がいますので協力して事件に当たるといいでしょう。それではよろしくお願いします」
 元宏はそう言って√能力者達を送り出した。

 街灯がチカチカと明滅する道の先にそのビルはあった。表向きはオフィスビルで低層階にはレストランやカフェが入っている。横浜や東京で働いている人達のベッドタウンとして成長した街の片隅だった。夜になると人通りも少ない。
「ギリギリ間に合った。もう少しで電車も無くなるところだったからね。みんなはこれからお休みだろうけど、ボクの戦いはこれからだ。責任は取る。僕が愛した世界を守らないと。でも、レリギオスってなんなんだ? そんなハッカーチームもゲームも聞いたことがない。でも、やらないと」
 ウェドは小さく手を握りしめた。夜のビルは真っ暗で言いようのない恐怖が胸に去来する。でも、やらなくてはならない、それがどんなに無謀なことだとしても。

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第1章 集団戦 『バグ・アーミー』


星宮・レオナ

 世界にはルールがある。物理法則とか法律とかだ。ネットにはマナーが必要らしい。それはそうとして戦闘機械群にも色々いる、物語を解さないものも当然いるだろう。それらにとってはプログラムは純然たるルールだ。世界を規定するものであり世界そのものだ。それらが別の『世界』と出会ったらどうするか、攻め入るだけだ、それが仮想の世界だとしても、プログラム上のものでしかなくても。もしかしたら、もうすでに仮想世界に住む戦闘機械群がいるのかもしれないが。
「ウォーゾーンは機械なんだから気付けよというべきか……」
 やれやれという体で星宮・レオナ(復讐の隼・h01547)は呟いた。狙うならもっとあるんじゃないか、とその表情は言っていた。
「まずはウェドに会わないとね」
 レオナが周囲を探すとパーカーを被った小柄な人影を見つけることが出来た。パソコンを持ってモニター越しに何かを打ち込んでいる。
「あなたがウェド?」
 そう言われた人影はびくりと震えた。
「どうしてその名前を知ってるんだ? お前がレリギオスとか言うヤツらか?」
 中学校に入ったくらいの少年だった。偶然出会ったプログラミングが性に合ったのか、ずいぶんとのめり込んでいるようだった。
「そいつらはウォーゾーンの戦闘機械群だね。あなたは別の√と通信してたのよ」
 レオナがそう言うとウェドは呆気にとられた顔をした。
「別の√? ウォーゾーン? ずいぶんメカみたいで感情がないのかって思ってたけど」
「それは本物の機械だからね。ところで中に入り込む方法はあるの?」
 レオナがそう聞いた瞬間、ビルの壁が弾けて中から虫型の戦闘機械群が飛び出してきた。明らかにウェドを狙っている。
「さっきこいつらをハックしたときに逆探知されたみたいだ。こいつら、バグじゃなくて本物? しかも武器を持ってる!?」
 驚くウェドを尻目にレオナは冷静にマグナドライバーを連射する。端末としての機能がメインの虫たちはきれいに蜂の巣になった。
「おっと、危ないところだったね」
 レオナが左腕を伸ばすと銃弾が手のひらにめり込んだ。レオナは事もなげにそれを引き抜くとニコリと笑う。
「ボクは改造人間だからね。これくらいは平気だよ。√能力者には会ったことはないか」
「そう言うのはゲームの中だけにしておいて欲しいよ。ボクは生身で一般人なんだ。急に言われても困る。で、中に入る方法だけどさ。あいつらが出てきたところから入ればいいだろ? さすがにこの先がダンジョンになってましたってことはないよな」
 ウェドがヤケクソなのか麻痺してきたのかわからない感じで言った。
「ダンジョンもあるところにはあるけどね。ここは違うと思うよ。ボクが護衛するから離れないようにね」
「頼んだよ。でも相手は機械か、ならボクにも出来ることはある。中に入って端末にアクセスできれば! 責任は取らないとさ」

藤原・菫
海棠・昴

 藤原・菫(気高き紫の花・h05002)はデータセンターにたどり着くと周囲の状況を確かめた。先ほど虫達が開けた穴の前まで来るとぽつりと呟く。
「最近目の前の事件に外見ばっかり捉えられていたのに気づいてね。少し視点を変えて違う世界をみてみるのもいいと思ってね。ウェブ関係のトラブルは他人事ではない。手探りだが、事件を解決しようかね」
 視点を変えるのも悪くないだろう。新しいものの味方を手に入れることが出来るだろうから。それに、学者としては身近な問題でもある。気づくことも多いだろう。
「最近外面ばかりに捉えられて中身をみてない探偵失格なのを感じてな。未知の世界に踏み込む事にした。犯罪に関わるものとしてサイバーのトラブルにも対応できるようにしておきたい」
 一緒に来ていた海棠・昴(紫の明星・h06510)も考えるそぶりを見せながらそう言う。とは言え、壁を破壊されたデータセンターに物理的に侵入するのだ、探偵である昴にとっては慣れたものだった。それに探しているのはデータではない、生きている人間なのだ。それならば探す方法はいくつもある。奥に続く足跡をつけていくと目的の人物はすぐそこにいた。
「あんたがウェドか?」
 昴が聞くとパーカーの少年がそうだと答える。
「あんた達も√能力者ってヤツなのか? こんなところに、こんな時にちょうど良く現れるヤツなんてそういるとは思えない。まあいいや、手伝ってくれるなら頼む。そうじゃないならボクも潮時ってヤツかな」
「安心して、助けに来た方だからね。ああ、分かりやすいバグ虫だね」
 菫はウェドに答えると湧いてきた虫型の戦闘機械群にエレメンタルバレットを撃ち込む稲妻が飛び周囲の虫を巻き込む。稲妻に撃たれた虫達は黒焦げになって動きを止めた。念のためにその辺りを見に行った昴に天井から虫が襲いかかるが昴はワイヤーを伸ばして虫を捕まえると右手で刀を突き刺す。虫型の戦闘機械群は本物の虫のようにジタバタと藻掻くとそのうち動かなくなった。
「怪我はないかな? でも、ずいぶん大胆ね。敵を引き付けるなんて」
「『バグ』だと思ったからね。偽のセキュリティホールを用意したらそこに食いつくだろうと思ったんだ。まさか虫型の機械が出てくるなんて夢にも思わなかったね。もうこうなりゃ、ボクが死んでゲームが壊れるか、あいつらがスクラップになるかのどっちかだね」
 ウェドが肩をすくめる。
「怖いものしらずな奴だな。俺と似た空気を感じるぜ。助けてやりたいって思ってるよ」
「怖いものがわかるくらいまで生きてないからね。このまま撃たれて死んでもなんかそんなものって思うだろうさ。あんた達みたいに実感があるわけじゃないんだ。別に死にたいわけじゃないんだけどさ。ただ、わかってるのはここでやらなきゃならないってことだよ。軽い命かもしれないけど、命懸けなんだ」
 ウェドは冗談みたいな口調で言うがその唇は震えていた。
「あなたが出来るのは確かよ。わたし達も手伝う」
「ありがとう」
 菫がそう言うとウェドは少しだけ頭を下げて言った。

逆刃・純素

 逆刃・純素(サカバンバの刀・h00089)は古代魚である。人間の文明には疎い。データセンターにやって来た純素は壁に開いた穴から中に入った。特有のひんやりした空気があたりを包んでいる。
「人間の文明はよくわからないぴすけど、なにかあったら保守の人が何日も徹夜したり、最悪サービス自体が飛んだりするやつぴす……」
 ……だいぶ理解があるようなことをいいながら、純素はビルの中を進む。幸いこの辺りの戦闘機械群は倒された後のようだった。
「まぁできるだけ気をつけますけど、侵略されて人命に関わるよりはマシということでぴす……」
 人気のない深夜のデータセンターを歩きながら純素は呟いた。保守やシステムの改修のために涙目になる担当者の顔が浮かんだ気がした。しばらく行くとウェドの姿が見えた。難しい顔をしながらシステムにブラフを仕込んでいるようだ。
「なんだ? お前は。まったくネットの情報通なんかよりだいぶ耳が早いな、√能力者ってヤツは」
「わたしは純素ぴす。ウェドさんですね。お手伝いするぴす」
 純素が笑顔で言うと、ウェドは一瞬呆気にとられた顔をするが、今までのことでだいぶ慣れたのか、平然と言葉を交わす。
「虫どもはだいぶこっちの行動を学習してる。なにか意表を突けるようなことは出来ないか?」
「任せるぴす。そう言うのは得意ぴすから」
 純素は胸を叩いてやる気をみせる。ちょうどやって来た虫型の戦闘機械群はカメラを連携して隙を窺っている。純素は居合で無線ネットワークを切断して使用不可能にしてしまう。
「つながってるなら無線だろうと斬ってやるですぴす」
 慣れてきたウェドもさすがにびっくりする。
「いや、どこに斬るものがあるんだ? なんとか出来るのは凄いけどさ」
 純素は情報を失って辺りをぐるぐる回る虫達を丁寧に仕留めていった。
「セキュリティホール拡散はダメですけど、世界を守るつもりなら力添えしますぴす!」
「セキュリティホールはダミーのな。虫が食いつくような餌だよ。ああ、世界を守るんだ、俺達だけの大事な世界をさ。あの中にだって、俺たちは生きてるんだ、現実じゃないとしても。頼むよ」
 ウェドがそう言うと純素は胸を張って答えた。
「任せるぴす!」

第2章 集団戦 『クリプトワーム『Cetus』』


グレイムーンのサーバーの中に潜り込んでいる者達は『クリプトワーム『Cetus』』。プログラムであり実体もある半電子の生命体だ。クリプトワームはグレイムーンのゲーム内に現れると世界を食い、破壊していた。クリプトワームを倒すには2つの方法がある。1つは現実世界にクリプトワームを引きずり出したクリプトワームを倒すこと、もう一つはゲーム内に入り現れたクリプトワームを倒すこと。
 現実世界で戦うにはウェドが作った偽のセキュリティホールから出てきたクリプトワームを叩けばいい。ゲーム内に入るにはゲームにアクセスするだけでいい。ここにある端末からゲーム内に入ることが出来るだろう。
 灰色の月が誘う色のない夜に色彩を取り戻すために戦うのもいいだろう。喜びと悲しみを取り戻すことがこのゲームの目的なのだから。あなたに色鮮やかな思い出を、真っ赤な太陽が昇る朝日を。共に迎えるために戦うのもいいだろう。
モコ・ブラウン

「不法侵入モグね。逮捕しないといけないモグ」
 突然現れたモコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)に対してウェドが言う。
「え? 俺? ていうかお前は誰だ?」
「モグはモグモグ。逮捕するのはキミじゃないモグ。そのサーバーに違法に入り込んでいるヤツモグ」
 警察手帳を出すモコにウェドは一瞬ぎょっとするがモコが戦闘機械群を相手にしようとしていることがわかるとほっと胸をなで下ろした。
「虫を倒す方法は知ってるのか?」
「サーバーを叩けばいいわけじゃないことくらいはわかるモグよ」
「武器は。あと、ゲームは得意か?」
 モコは銃を取り出して言う。
「これモグ。ゲームはともかくギャンブルは任せるモグ」
 ウェドは軽くうなる。ゲームはギャンブルとは違う、似てはいるが。ならこっちに呼び出した方が早そうだ。
「OK、ならその拳銃を使ってくれ。敵は今から呼び出す」
 ウェドがプログラムを走らせると偽のセキュリティホールに釣られたクリプトワームが空中に開いた穴から飛び出してくる。モコはそれを躊躇なく撃ち落とす。
「ゲームの敵ってこんな感じモグか?」
「だいぶ違うね。もっと悪意がある。こいつらは目的があって悪意がない分だけタチが悪い。次行くぞ」
「わかったモグ」
 ウェドが呼び出したクリプトワームをモコは次々に撃ち抜いていった。

逆刃・純素
藤原・菫
海棠・昴

 クリプトワームを倒す方法は2つ、1つはゲーム外に呼び出して倒す方法、もう一つはゲーム内にいるクリプトワームを倒す方法だ。ゲーム内で敵を倒すにはゲームにアクセスすることが必要だった。ウェドはゲーム内で敵を倒せるように端末に細工を加える。
「これでいいか。この端末のプログラムをちょっとだけいじらせてもらった。これで攻撃した相手を物理的に破壊できるようになった。本当はダメなんだけどな。今だけは仕方がない。ゲームの中でずるはいけないけど、ゲームを壊しに来るヤツを倒すためだからな」
「せっかくだから、ゲームの中で戦ってみましょうかぴす。古代海底文明の時代を思い出すぴす」
 逆刃・純素(サカバンバの刀・h00089)は楽しそうにキャラクターを作り始める。ユーザー名は『マクロくらいいいだろ』、パスワードは『passw@rd』だ。
「古代海底文明ってなんだよ。しっかし、ずいぶん煽ってる名前だな。あんたらの能力は下手なチートよりも強力だと思うからな」
「知らないぴすか? 古代魚には懐かしい記憶ぴす。キャラクリもやりこみたい……って、そんな時間ないですぴすね。ふふ、今だけだから大丈夫ぴすよ」
「ま、楽しんでくれてるようで何より。その方が狩りもはかどるだろ。攻撃したらその相手のプログラムを直に破壊できるようにしてある。あの虫どももそれくらいしてくるだろうからな」
「わかったぴす」
 純素はゲームに入っていった。ちなみにサカバンバスピスは用意されていないが似たような魚の精霊くらいなら召喚できるようにはなっている。

「これが人気の『グレイムーン』なるほど、ファンタジー要素もあるサイバーパンク。昴が好きそうだ。灰色の月が浮かぶ色のない夜・・・鮮やかな色に世界に生きている身といしては色彩を取り戻したくなるね。外から来たものとして少し色を添えさせてもらおう」
 藤原・菫(気高き紫の花・h05002)は灰色の月を見上げるとそう言った。
「国産らしい丁寧なグラフィックが売りなんだ。無機質な感じにならないように気を配ってるってどこかで聞いたな。3Dは普通に作ると殺風景だから揺らぎを入れて人間っぽくしてるんだと。機械に抗う感じがサイバーパンクっぽいって俺は思ってる」
 ウェドがちょっと熱が入った感じで言った。言ってからちょっと恥ずかしそうにしている。
「俺はこの『グレイムーン』なかなか好みだぞ。灰色の空、絶望から希望を見出す異種族混じった近未来世界、ワクワクする。そうだねこういう景色だと明るい色を灯したくなる」
 海棠・昴(紫の明星・h06510)が楽しそうに言った。きな臭さと活力が同居する景色が世界観を表していた。
「色を希望に見立てているんだってさ。そう言うのをなんて言うんだっけ。メタファー? 比喩? 俺は言葉は詳しくないけど、そう言ってくれると好きでやってる方からすると嬉しいね。さて、俺もログインするか」
 ウェドがそう言うとゲーム内に『wed』と表示されたキャラクターが表れた。剣を構えた屈強な戦士だった。
「魔法使いとかじゃないんだな」
 昴が言うとウェドは肩をすくめる。
「今はその方がいいんだけどね。ハッカーとかウィザードの方がプログラムを操りやすいから。でも俺は近接の方が好きでね。まあ、虫はあんた達しか倒せないだろうからこの格好だけどサポートに回るよ。まずは釣るか」
 そう言うとウェドが走らせたプログラムがクリプトワーム達を引き付ける。瞬く間に数匹のワームが集まってきた。
「頼んだ」
「任せるぴす!」
 純素が霊剣でクリプトワームを叩き切ろうとするが横から孵化したクリプトワームが現れてそれを邪魔する。
「古龍はワームなんかに負けないぴす! 行動が失敗させられても、倒すまで何度でも攻撃するだけぴす!」
 純素はクリプトワームに噛みつかれるが纏ったオーラがワームの歯を食い止める。
「なるほど、奇襲も想定してるようだから、行動をキャンセルさせる術も持ってるわけか。でも一回だけだろ?」
 その様子を冷静に分析していた菫が言う。菫が撃ち出したレーザーをクリプトワームは光を吸収する灰色の煙を呼び出して打ち消すが、これで一回、次は攻撃を当てられるはずだ。
 色のない世界にクリプトワームの青い体は目立つ。色がないと言ってもモノクロームに少しのキーカラーが浮かんではいるのだが、かすかに蛍光グリーンやオレンジの光が現れる場所がある。それらが明滅する様子はかすかな希望が見え隠れするようでもあった。
「行動キャンセル持ってるようだが、一回だけだろ? 何発も撃てばそのうち倒せるだろ。。灰色の空に流星の奇跡を。姉さんの三日月とレーザーもあるしな」
 昴の流星と菫の三日月が夜空を彩る。灰色の月のそばに黄色い三日月が浮かぶと赤く燃える流星が降りしきり行動無効などなかったかのようにクリプトワームを撃ち抜いていった。純素も古龍の力でクリプトワームを何度も攻撃する。その諦めない姿がクリプトワームの数を確実に減らしていった。最後に残ったクリプトワームを純素の剣が斬り裂いたとき、静かに朝日が昇ってきた。ゲームの進行状況がまだまだなのでほとんど灰色の太陽だったが。それでもかすかに色づいた太陽はこの先の未来を明るく照らしているようだった。
「私達はプレイヤーでないからね。これぐらいしかできないけどね。満足かも」
「俺と姉さんは外から来た異邦人だからな。このゲームの真の夜明けを齎すのはプレイヤーたちだ。その一助になれて、光栄だよ」
「真っ赤な朝日も見てみたくなるぴすね」
 3人の英雄はゲーム内で誰にも知られることはないだろう。でもこのゲームを救ったのは彼らなのだ。そしてそれを知っている者がいる。

第3章 日常 『インターネットで知り合った人と出会う』


 クリプトワームを倒すと街に朝日が昇ってきていた。ウェドは警備が来るまでにデータセンターを後にする。データセンターの壁には大穴が開いていたが、ここは√EDENだ。記録上も、この街の人の記憶にも何らかの事故として残るだけだろう。ウェドがこのことを憶えていられるのも朝日が昇るまでかもしれない。彼と少し話をするのもいいかもしれない。
逆刃・純素
藤原・菫
海棠・昴

 街の中には朝を待つ冷え冷えとした空気が漂っていた。とは言っても6月だ、凍えると言うほどではない。心地いいくらいの涼しさだった。運良く天気は晴れ、こっちの太陽は赤い色をしている。もちろん、日が昇りきれば白くなるのだが。人知れず平和が守られたのだった。サーバーのデータとはその世界の歴史だ。歴史がなくなればその世界など形があってもしょうがないのだ。誰かと一緒に冒険した記憶も、一緒に悔し涙を流したことも、強敵を倒した夜の嬉しさも、全て消えてしまう。いや、ただサーバーから消えるだけなら記憶だけは残るだろう。だが、他√からの進行ならそうはいかない。その記憶があったことすら、忘れてしまうだろう。
 だから、守ったのだ、紛れもなく世界の一つを。
「なんでボスを倒した後に、酒場に行って話すのかがわかった気がする」
 ウェドは心底ほっとした顔で言った。
「本当にそうだったら分かち合いたいのかもな。仲間っていいな。なんで俺がMMOが好きか、わかった気がする。学校じゃ話し相手もいないけど、グレイムーンの中にはいるんだよ。偽物の世界だけどさ。そう言えば、前に仲間が言ってたな、本物のモンスターに会ったって。そいつ、その後しばらくしたらそんなことあったっけ? なんて言ってたけど」
 その言葉を聞いて、海棠・昴(紫の明星・h06510)がゆっくりと話し始める。
「俺たちの故郷はさまざまな脅威に狙われながら維持できてるのは忘れようとしている力があるからだ。だからそいつも恐らく忘れてしまったんだろうな」
「忘れる? 俺は憶えてるよ」
 きょとんとした顔でウェドが言う。
「そうだね。今はまだ憶えているんだろう。私たちの生まれ故郷はさまざまな脅威に狙われ、さまざまな異世界への入り口が開いているんだ。でもそれを誰も知らないだろう。異世界からの侵攻を知ることもなく、平和な世界を維持できてるのは「わすれようとする力」があるからなんだ」
 藤原・菫(気高き紫の花・h05002)がそう説明する。
「だからあいつも忘れたと。フラグをいじって、都合の悪いところをなかったことにするみたいなものかな。じゃあ、この満足感も今だけってことか」
 ウェドは少しだけ寂しそうな顔をした。
「忘れられちゃうんぴすよね……。でも、きっとそれがこの楽園にも、ウェドさんにとってもいいことなんだと思いますぴす」
  逆刃・純素(サカバンバの刀・h00089)も少し寂しげな顔をしていた。
「まあ、それならそれで仕方ないって言いたいところだけど、あんたらは憶えてるんだろ? その感じだと」
「そうぴすね、√能力者なら憶えているぴす。忘れられないとも言うぴすが」
 朝日が高くなってきた、データセンターのあるビルにも太陽の光が当たって窓がキラキラと光っている。
「そう言えば、会ったときにそんなこと言っていたような。つまりあんたらは、このひび割れた世界に人知れず水をやっているってわけか、干からびないように。それを俺は偶然見かけたってことか」
「そうぴすね。わたしも水がないと干からびると思うぴすから」
 純素がそう言うとウェドもわかる、と答えた。
「干からびるのは嫌だな。ありがとうな」
 ウェドが感謝の言葉を口にすると、純素は笑顔でどういたしましてと言った。菫が少しまじめな顔をした。
「ウェド、話いいかい? 私はこういうトラブルのケアをする会社の社長なんだが、生来田舎生まれでねえ。学者気質だ。今回、PCのハッカーとしてたくみに支援する貴方をみてこういう戦い方もあるんだなと思った。この楽しむ人がいるゲームの世界を守る事も会社で考えた方がいいんだろうね。一般の方の影でまたがんばらなければ。ひと時の出会いでもいい学びになったよ。ありがとう、ウェド」
「お役に立てたなら光栄だね。他の世界からならそうなるんだろうな。コンピューターのセキュリティだけでなんとか出来なそうだしさ。あと、ハッカーってのは悪いやつだからな、信用しない方がいい。ほとんどはのぞき見して喜んだり、自分の腕を確かめたいやつだけどさ、中にはタチが悪いやつもいるからな。俺? ホワイトハッカーを気取ってるけど、ただの不法侵入者ってところだろうね。気分は世界を守るナイトさ。ドン・キホーテだとしても気分はいいよ」
 ウェドは肩をすくめる。データセンターの方を見ると、どうやらセキュリティが大勢やって来ているようだ。
「あれだけ派手にやれば警備もくるか。ウェド、俺は探偵だがこうしてサイバー関係の仕事受けるのは滅多になくてな。探偵の仕事で情報をあつめて行動するのに貴方たちのようなハッカーと協力は重要だな。まあ、お互い危険は承知の上だ」
 昴がそう言うと、ウェドは楽しそうに笑う。
「だからハッカーってのは悪人だって。でも、探偵もそれなりにグレーか。ならそれも悪くないね。忘れなかったらいつでも連絡をくれって言えるんだけどね。そうだ、せっかくだから俺のリアルでの名前を教えておこうか。水崎有治(みずさきゆうじ)だ」
「ありがとうな。それじゃ、有治、また会えるといいな。たとえ記憶がなくなってもお互いのやるべき事を精一杯やっていこう」
 昴が言うとウェドは俺はそんなにまじめじゃないよっと照れ隠しで言った。
「ええと、ウェドさんに聞いてみたいことがあるぴす。どうしてグレイムーンに入れ込むようになったぴすか?」
  純素がちょっと思いきって言った。
「え? 人気がなかったからかな。でもがんばって作ってる。丁寧に物語を作ろうとしている感じがしてさ。それにかっこよかったんだよ、世界に色を取り戻すってさ。俺の日常も味気ない感じだったから、きっと親近感もあったんだと思う」
「なるほどぴす。じゃ、初心者おすすめジョブとかあるぴすか?」
「そうだな……」
 ウェドがひとしきり話すのを純素は楽しそうに聞いていた。ウェドは一番大事なこと、と言ってちょっと考えはじめた。
「……、俺が普段、憤ったり悲しんでることを、このゲームでならなんとか出来る気がしたからだな。ゲームの中でだって、夢を叶えたら最高に嬉しいんだ。がっかりするような毎日でもさ、そのおかげでなんとか生きてられる」
 純素はうんうん、と肯いた。
「それじゃ、またゲームの中で会いましょうぴす。もちろんその時はユーザー名も外見もまったく変わってますけどぴす」
「『マクロくらいいいだろ』はさすがにな。OK、俺のフレンドコードを教えておくから連絡してくれ。俺が忘れてたって大丈夫だ、また友達になろうな」
「よろしくぴす」
 太陽は東の空で明るく光っている。ひび割れた心に潜んでいるモヤモヤした気持ちも、今日ばかりはどこかに行っているようだった。

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