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#√ドラゴンファンタジー

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 #√ドラゴンファンタジー

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●予知景観
 文明の象徴。或いは、終焉の始まり。
 大凡の生物が恐れ、夜を照らし、冬をやり過ごす。
 どの世界にも、人の隣に、当たり前に在るモノ。
 炎。
 炎、炎、炎。
 黒煙を揺蕩わせ、赤と橙のその身をくねらせながら、留まる事無く燃え盛り、熱量を上げ続ける炎は、迷宮を包み込み、やがて、外界の都市を侵略する。
 生物が焼けて悲鳴を漏らす。人々が逃げ惑い、臓腑と肉を焼かれて骸を晒す。建造物の骨組みが融解し、どろりとした鉄骨が、瓦礫と硝子混じりに容赦無く降り注ぐ。
 女は愉快そうに目を細めて、見つめていた。
 美しいでしょう。
 見ている者にそう、問い掛けている様だった。

●幕間
(酷い絵面だったよ)
 寺山・夏(人間(√EDEN)のサイコメトラー・h03127)は水場で吐瀉物を処理した後、唇を手の甲で拭い、動画を制作する。
「星詠みより、√能力者へ」

●状況説明
 星詠みは√ドラゴンファンタジーで、近々、ダンジョンを火元とした、火事による大災害が起きることを√能力者達に伝えた。放っておけば街一つが無くなった後も尚、勢いが途絶えない大火となる様だ。
 ただし、√能力者がダンジョンに突入した時には、既に各階層に火の手が回っている様だ。
 事態は急を要する。
 火の手に追われながら、ダンジョンを踏破し、原因を究明し、鎮火する事になるだろう。行動は全て、√能力者達に一任されている。
 燃え盛っている炎は、それ自体が生きているかの様に√能力者達を襲い、進行を阻む。突入時の温度は1500度程で、普通の人間であれば一瞬で焼け死ぬ程度の熱量を持つ。何かしらの対策は必要だろう。その熱量から、√能力である可能性は高い。
 √能力者達は、これらを踏まえて、炎が外の街に噴出するより早く、原因を叩く事になる。
 また、ダンジョンには迷いの仕掛けが施されている。
 各階層に、何らかの媒体を使用し、仕掛けられている。
 突き止めるか、方法を考え、破る必要があるだろう。
 そう伝えた後、星詠みは√ドラゴンファンタジーについて解説を始めた。

●√ドラゴンファンタジーについて
 記録を遺さないエルフ達の曖昧な口伝ではあるが、ヘロドトスよりも遥か昔、紀元前600年頃が『竜』の全盛期だったと言われている。
 現在確認される、天駆ける竜達の大半はインビジブル、すなわち死後の姿だが、その威容は今も世界に魔力を齎し、地球は長らく魔力と科学を両立させた文明を構築してきた。 竜の魔力を浴びて生まれ育った、この√のあらゆる生物は、血液中に『竜漿』と呼ばれる魔法物質を宿し、√能力が無くとも、インビジブルをぼんやりと視認する程度の才能を有している。
 事情が複雑化するのは 1945年。
 それまで存在すら知られていなかった天上界が『失楽園戦争』と呼ばれる最終戦争で崩壊し、住民であるセレスティアル共々、天上界の遺産が世界中にばら撒かれた。
 天上界は√能力を研究していたらしく、遺産は落下地点に疑似異世界『ダンジョン』を生み出した。最悪な事に、竜漿を持つ地上の生物は、遺産の影響を受けると大半が凶暴な『モンスター』と化してしまった。
 日本を含む各国政府は、モンスター化を阻み√能力者に覚醒した少数の者達に『冒険者』という特別資格を発行し、ダンジョンで獲得した財宝の非課税化、そして遺産の封印に成功した者には周辺地域の自治権を与えるなど、破格の待遇を与えた。
 これにより、世界中で冒険者と彼らの齎す富や遺産の力による高度成長期が発生し、ダンジョンを中心とする『冒険王国』が、乱立するようになる。
 運良く√能力者に覚醒できた者は、例え義務教育中であっても、その多くが冒険者に就職する。通学を続けながら放課後にはダンジョンを冒険し、寝る前に今日の冒険内容をコンテンツとして配信する。そうした生活を送る若き冒険者達は、新世代の憧れの的になっている。
 そんな√ドラゴンファンタジーの光景は、失楽園戦争後の混乱を乗り越え大きく躍進しました。人類は、魔法文明の発達と同時に、科学文明も私達が知るレベルとなった。
 ダンジョンの合間を縫うように張り巡らされた高速道路網は、確実な物流を担保し、誰もがインターネットやコンビニエンスストア、通販サイト、スマートフォン等の恩恵を問題なく享受している。
 冒険者の多くは、そうして発達した魔法と科学の産物である、所持者の血液を動力とする『竜漿兵器』を操る。
 世界が自由になった事でHDBEC(人間、ドラゴンプロトコル、獣人、エルフ、セレスティアルの頭文字から取った造語)という平等思想も浸透し、かつてあった過激な人種差別も、表向きは鳴りを潜めている。
 未だ、世界中のあらゆる場所で新たなダンジョンは発見され続け、モンスターの被害も絶える事はない。ダンジョンはまるで意思を持つかの如く定期的に蠢いて姿を変え、動植物から人間に至るまでモンスター化させる事が、その主たる原因だ。

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第1章 冒険 『火事だ!』


クラウス・イーザリー
ガイウス・サタン・カエサル
天深夜・慈雨
レヴィア・ルウォン

●一足先に
 地下へと続くダンジョンの入り口は、既に尋常ならざる熱気に支配されていた。通り掛かった冒険者達は訝しみながらも、既に攻略され、何も無くなってしまったダンジョンを素通りし、様子がおかしい事だけが噂となって広がっていく。
「まあ、この件を知ったのも何かの縁だろう」
 通り掛かった冒険者には出来る事は無いと、ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)は、ふらりと、ダンジョンの中へと入っていく。
「退きたまえ、私が歩く以上、此処は、私の領域だ」
 切れ長の緑眼が熱と炎を一瞥する。簡素な色の長ズボンに、一刺し指が僅かに触れる。 足元に浮かんだオクタグラムは、空間が広がる毎に増殖し、更なる法陣を描き出し、世界法則を捻じ曲げる。
「まずは探索だね。炎の性質も軽く見ておこう」

●一階層
(こんな火力が外に出たら、どれだけの被害が出るかわからないな……)
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)はダンジョンから伝わって来る熱気に、最悪の未来を想像し、改めて覚悟を固めた。
「そうなる前に、止めないと」
「そーそー、こんがり焼けるのはトーストと」
 いつの間にか横に居た、二房の淡い紫色を踊らせて、少女が歌うように呟いた。
「とろけるのはチーズだけで十分、おにーさんも、そうおもいますよね?」
 天深夜・慈雨(降り紡ぐ・h07194)は無邪気に微笑んだ。
「自然に起こり得るもんなら、まだ納得も行くがな。これはそういう類じゃねぇよな」
 レヴィア・ルウォン(燃ゆるカルディア・h02793)は見覚えのある人影を見付け、声かけがてら、状況を観察する。
「潜るなら、手伝うよ」
 クラウスはバックパックから魔導書を取り出し、加護のページを捲る。身に付けていた首飾りを、祈るように握り、早口で詠唱を紡ぐ。
「守り給え」
 詠唱が終わると、赤い光が三人の輪郭を包む。その上で、クラウスは手甲からエネルギーシールドを張り、先陣を切る。
「歩けるくらいまでには抑えられてるはず……」
「助かる」 
「ありがとー、おにーさん! あとで、ちゃんとお返しするね!」
 炎自体は√能力でも、そこから地と空気を伝わって来る熱はどうしようも無い物理現象だ。熱を放出している炎の精霊を捉える様な芸当が出来ない限り、無効化は難しい。
「そうだね、名前を聞いておいても良いかな? 俺はクラウス。クラウス・イーザリー」
「天深夜・慈雨って言います。宜しくね!」
「レヴィア。レヴィア・ルウォンだ」
 足底から伝わって来る温度は、加護とエネルギーバリアのお陰で、夏場に裸足でアスファルトの上を歩く程度の熱量に留まっている。喉は一呼吸で肺に熱が溜まる。否応無く体温が上昇する。
(こちとら能力者だぞ? 舐めてんのか……!)
 参考までに、火葬場の温度は800~1200度。60分から90分ほどで肉は跡形も無くなるが、これでも太い骨は焦げる程度で、焼けずに残る。
 あまり長くない階段がやけに長く感じられた。下り切れば下りきったで、炎が勢いを弱めること無く、√能力者を襲う。
 レヴィアは舌打ちしながら二人の前に躍り出る。
「灼き尽せ」
 禍焔を宿した五指が飛び来る炎を握り潰す。賭けではあったが、掌には火傷一つ残らなかった。動いていないにも関わらず、炎は彼等を狙い続け、正面を覆い尽くし、襲来する業火をレヴィアは打ち消し、防ぎ続ける。
(こっちは、根性と覚悟決めてきてんだ! 親玉潰すまで、倒れてたまるかよ!)
「ゆらゆらほわほわ燃えさかる炎。きらいじゃないけど、私は水の方が好き。来て、ルーちゃん」
 紫陽花と雨の娘、青い瞳の少女の願いに応えて、水底の乙女が顕現し顔を出す。酷い状況に、瞳をぱちくりさせた。
「どうにか、出来ませんか?」
 願う慈雨の頭を励ますように撫でてから、すいぐさま、その身を霧状に変化させ、ダンジョンの一階層を丸ごと覆う。正気を失い、暴走している小さな炎の精霊達に直接働きかけ、その活動を穏やかなものに変えていく。ルサールカの子守歌に身を委ね、火の精霊はすっかり勢いを失って、気持ちよさそうな眠りに包まれていく。
「ルーちゃん、それ、はん、そく……です」
 慈雨自身もルサルカの心地お酔い歌声に、瞼が重くなっていく。
「いや寝るなよ、起きろ。急ぐぞ」
「ちょっとの無茶も危険も押しとおして、がんばるぅ」
 視界が開けると、都合の良い事に、最短ルートが何者かによって示されていた。

●種明かし
「種が分かれば呆気ない仕掛けだね」
 細い通路の少ない大きな区画ばかりが続く構造で、ガイウスは時折炎を視る。燃やしているのは酸素では無く滞留した魔力、或いはもっと純粋に、インビジブルの断片だ。生半な一般人では対応出来ない。規格外の高温にも納得が行く。この状況で、仕掛けを施すのに使用する媒体、媒介は何か。
「そう、魔法陣を炎で描けば良い」
 炎に対処すれば自然と仕掛けも解ける。だが、炎は簡単に消せない故に、ある程度強力な√能力か、知恵を要求される。
 灰も残っていない荒れ果てたダンジョンに、ガイウスは嘆息した。
「せめて、花くらいは用意しておいて欲しいね」

●先を急ぐ
 三人は状況を整理しながら、早足で歩く。
 事前情報が確かなら、迷うための仕掛けが施されていた筈だ。
 それが、炎が消えたと同時に視界が開けた感覚と共に、大凡迷うことが難しいダンジョン構造の中を、普通に進むことが出来ている。
「炎を利用して、その仕掛けを作ってたって事で間違いねぇよな?」
「「他に何も無さそうだ。その線が濃いと俺も思う」
「小さな炎の精霊さんが一杯だってルーちゃんがいってました。私たちをみてる、みたいだったのも、なっとく、です」
「フロアに踏み込んだ時点で襲撃は始まるけど、精霊に一任してるって事だね」
「なァ、単独犯だと思うか?」
「そこは、分からない」
「それと、ルーちゃん、ちょっとお休みしたいみたい、です」
「分かった。ありがとう。次は俺が何とかするよ」
「……ガラじゃ無ぇが、守ってやるから安心しな」
 余裕が出来た所で、クラウスは加護の魔法を重複させ、次のフロアへと向かう。

●二階層
 階下へ続く階段での襲撃は無し。これが唯一のルールだろう。大気が熱で揺らぎ、高温の熱が肺腑を焼く。加護のお陰で大分マシではある物の、体力を容赦無く削っていく。それでも、√能力者達は足を速めて階下へ急ぐ。
 先頭に立つクラウスは、突入前と同じく、ペンダントを握り、目を瞑る。
(翼……)
 親友なら、どうしただろうか。幾つかの可能性を思い、描く。
(ああ、そうだな、きっと、そうする)
 次の階層に辿り着くと同時に、首飾りに炎が灯り、クラウスが手を離したのを合図に、不死鳥が躍り出て、地下空間の空を舞う。主の願いを読み取り、炎を精霊ごと綺麗に掠う。精霊を自身の身体に取り込み、一体化させ、熱と勢いを奪い取り、自身の住処へと帰って行く。
「今でも、助けられてばかりだな」
 クラウスはもう一度、ペンダントを握り締めた。

●三階層
「此処は少し手を貸そうか」
 三階層に到着したガイウスは二指を弾く。
 それだけで、自身にとって無害な空間を生み出す、空間歪曲魔法陣の定義を組み替える。炎を精霊ごと分解する。ガイウスが通り過ぎた後も、炎は霧散したままだ。
「急ぎではあるが、事は順調に進んでいるね」

●猶予の間に
 三階層へと続く階段で、三人は熱が伝わってこない事に気づき、いよいよ、もう一人の存在を確信する。
「まぁ、協力してくれてるんなら文句無えけどよ」
 後ろ手で結んだ赤銅色の髪が、やや不機嫌そうに揺れる。
「次の階層が制圧済みの可能性が高いなら、確り気を休ませておこう」
「さんせーでーす!」
 緊張を解して、クラウスは一息入れた。
「元凶を叩くまでは、終わりじゃない。焦らず冷静に、確実に進んでいこう」
「じゅうぶんまにあってる、ということで、いいのでしょうか?」
「あと二階層ぐらいだからね」
 普通、知性を持つ者ならば、衝動で行った所業だとしても、成果が思った以上に挙がらないと判断すれば、次の手を考え、遅かれ早かれ行動を起こす。次の手を考えるには、状況を判断する為の情報が必要だ。
 そうである筈なのに、精霊に任せきりにして、監視する為の機構は一つも無い。無関心さがクラウスにとっては、逆に不気味だった。
「どっちでも良いんだろ。どこの馬鹿かは知らんが、大馬鹿な事は間違いない」
 自分で手を汚さないから、結果すらどうでも良い。此処で失敗しても、次の火種を燃やすだけ、そうして、際限なく災禍を広げて回る。度し難い悪を、レヴィアは幻視する。
「ああでも、すこしだけ、気持ちはわかるかもしれません」
 知らない筈のこと、きっと何時かのこと。
 みつからない、うまらない、みたされない。
 だから今日も、楽しい事と、気持ちの雨で流してしまうのだ。
 働いて、美味しい物を食べて、遊んで、そうして、それでも。
「……手前ェにとってどうでも良いヤツのことを、自分の感情と重ね合わせて、深く考えんな。美徳だとは思うがよ」
「相手が同調してくれるとは、限らないしね」
「うん、ありがとう」
 二人の温かい言葉に、慈雨の灰色に沈んだ感情が、色を取り戻す。

第2章 集団戦 『魔術の劣等生』


●教祖
「あら、火種が消え掛かっているわ、もしかして、失敗したのかしら?」
 信者の捧げ物であるスクロールを使用して、ダンジョンの最下層へと、獣人の女は転移する。教祖の来訪に、火気の無い五層の者達はびくりと、背筋を震わせた。
「あら、緊張しなくて良いのよ。私達は同士でしょう?」
 甘い香水の匂いを漂わせ、蜜のような声音に、甘い言葉。周囲を酩酊に誘うそれと同時に、腰に身に付けた青い宝石が妖しく明滅する。
「アミー様」
 生気を無くした数十の瞳が、獣人の女の言葉に、魂を蕩けさせていく。来訪時の恐怖は既に無く、彼女等にはもう、目前の人物への妄信と、奉仕の喜びと、火を欲する心だけだ。膝を折り、獣人の女に傅いた。
「良い子ね。貴女達の失敗はどうでも良いのだけれど、取り返す努力は、最低限、見せて欲しいわ。出来ない子は」
 結局、その程度なのね、そう言いたげに、獣人の女は、冷酷に目を細めた。それは愛玩動物の反応を楽しむ様な、悪辣な物だった。
 心の底に残っている劣等感を刺激され、彼女には見限られないように、彼女には必要とされるように、年若い術士達は、心の縁となってしまった彼女の為に、動こうとする。
「そうよ。可愛らしく踊って……最期まで、私を楽しませて頂戴」
 アミーと呼ばれた獣人の女は、信者からの貢ぎ物、天上界の遺産で作り出した魔法薬を、彼女等に配っていく。

●状況進展
 状況は√能力者達の尽力により、火急の用件にもかかわらず、余裕が出来るほど、順調に進んでいる。四層目の鎮火が終わった所で、√能力者達は、30人程の、生物の気配を感じる事になる。
 魔女帽子を被った者、黒い外套に身を包んだ者、その姿は様々だが、何れも、術士としての風体をした、10代半ばの少女達だ。何処か茫洋としていながら、的確に魔法陣を描き、瓶の中に火精と何らかの薬剤を術式で閉じ込めた、火精瓶とでも言うべき代物を手に提げている。
 √能力者達には目もくれず、炎を取り戻そうと躍起になっている。
 魔法薬、アイテムを介した何らかの術式、美貌と話術、この四つによって、術士志望の劣等生だった彼女等は、深い洗脳状態にある。
 彼女等はただ、劣等感や挫折に付け込まれただけの、善良な一般人だ。
 ただし、薬物にはモンスター化を鈍らせる効果もあるらしく、ダンジョン内で人間のまま活動出来ているのはこの為だ。

 √能力者の主な対応は二つ。
 【救出】【長時間の無力化】となるだろう。
 他の選択肢も有るかも知れない。全ては√能力者に委ねられている。

 一つ目、救出は、戦闘で無力化した後に、何らかの方法で洗脳状態を解き、どうにかしてダンジョンの外へ送り出す事になる。無難な代わりに、手間が掛かる。
 もう一度言うが、洗脳深度は深く【魔法薬】【アイテムを介した術式】【美貌と話術】この4つが深く関わっている。この場で処置を行う場合は、どう解除するかは良く考えた方が良く、30人をどうにかして、ダンジョン外まで移送する必要がある。
 戦闘は避けられない為、一人で全て行うのは難しいかも知れない。
 役割を絞っても良いだろう。

 二つ目、長時間の無力化は、戦闘で無力化した後、眠らせたり、麻痺させたり、縛る等を行い、ダンジョンに放置する事になる。ただし、モンスター化の遅延効果がどの程度有効かは不明のため、安否は無視する事になるだろう。
 ダンジョンから連れ出す方法があれば、この懸念もないが、30人をどう移送するかは一つ目に記載した様に、考える必要がある。

 他にも思い付いた事が適切だと思えば、行動してみると良い。
 前述の通り、√能力者達の行動は迅速であり、時間に余裕はある。
 首魁がどの様な行動を取るかは、頭の隅に置いておくと良いかも知れない。

 状況を把握し、√能力者達は行動を開始する。
 
クラウス・イーザリー
ガイウス・サタン・カエサル
天深夜・慈雨
レヴィア・ルウォン

●合流後に摺り合わせ
「やあ、遅かったね」
「先行してたの手前ェかよ、相変わらずだな」
 ガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)は悪びれもせず、後追いとなった三人をそう評した。
「迷わずに済んだだろう」
「だからそう言う所だっつってんだろ。分かってて言ってやがんな?」
「勿論だとも」
 レヴィア・ルウォン(燃ゆるカルディア・h02793)は露骨に嫌そうな顔をして突っかかり、これに何を言っても無駄だろうと、溜息を吐く。対照的に、ガイウスは愉快だと声を上げて笑う。
「君と話していると飽きないね」
「こっちはすぐにでも会話を打ち切りてェんだが?」
 笑気に釣られて、小柄な影が藤色髪を揺らして顔を出す。
「始めまして、天深夜・慈雨と言います。お二人はこの方とお知り合い、ですか?」
「うん、知り合い……顔見知りだね」
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は事実を事実として一言で簡潔に述べ、首肯した。
「やあ、これは可愛らしいお嬢さんだ。覚えなくて構わないが、ガイウス・カエサルだ」
 緑の虹彩が一瞬、爬虫類の様に変化し、少女を視る。
「見たところ、君は此方側の住人だね。雨と慈しみで、乾きは満たされているのかな」
「……レヴィアさんの反応になっとくです!」
「だろ?」
 天深夜・慈雨(降り紡ぐ・h07194)は、頬を膨らませてつんとそっぽを向く。
「おや、嫌われてしまったね」
「兎も角、その様子だと、状況は把握されていますね」
「大概は死んでいるより、生きていた方が幸福だろうね」
「良かったです。出来れば助けてあげたい」
「頗る気は進まねぇよな。喧嘩するしか無ぇんだけどよ」
「じゃあ、ケンカしながら、お友達になれるように、がんばりましょう! 私はお友達になりたいです」
「うん、そうなれるように尽くそう」
 くるくると、楽しそうに身を躍らせる慈雨に、クラウスは微笑んだ。
「地上に送る案はあるか? 案が無ェなら抱えられるだけ抱えて順に送る」
「ふむ、では、成る可く一箇所に集めてくれたまえ」
「……分かった。んじゃ、仕事と行くか」

●卑金属の定義
 10代半ばの学徒達は虚ろな瞳で黙々と作業を進めている。
「健気っつーか何つーか……心も命も灰にして、燃やすほど、お前等の神とやらには、価値があるもんなのか?」
 レヴィアの侮辱に、虚ろな瞳が一瞬で狂気を孕む。
「貴様、アミー様を侮辱するかっ!」
 ギラついた瞳が一斉に、猟犬の薄氷を睨め付ける。
「手前ェ等の命は、思ってるほど安いもんじゃねェって、言ってんだよ!」
「我等の命はアミー様と共に在る。掬われた時から、ずっと、ずっとだ。この命果てようと、我等の命はアミー様に焼べる薪である。灰と化して尚、猛々しく燃え盛る。恩を返す事の、何処が安い。何よりも尊いのだ。人の為に捧げるこの身、この命に! 他の価値など見いだせない! 故に」
 提げている火精瓶をその場の全員が一斉に掲げた。
「燃え尽きよ。燃え尽きよ。燃えてアミー様に炎を捧げよ。その身を灰として捧げよ。侮辱の罪はそれを以ってしても、償いには足らぬ。朽ちて後悔の怨嗟で世を呪う炎として変え続けよ」
「燃え続けよ!」
「思っていたよりも、酷いな」
 高速詠唱で水を呼ぶ。少量の水を虚ろな双眸、計60余りに、寸分違わず命中させる。ぱしゃりとも、びしゃりとも音は無く、目薬を差された直後の様に瞬きした一瞬に、黒衣の影が振るう機械鞭が手首を強かに打ち付けた。
 痛みに呻くことは無かったが、流石に瓶は零れ落ちる。舌打ちし、個々に時間差はあれど、術式を行使。無数に生成された緑色の火球が、レヴィアへと放たれる。
 レヴィアの練り上げられた肉体は、重々しい棺桶を軽々と振るい、時間差で放たれた火球をで薙ぎ、防ぎ、いなす。
 それでも手数は多く、幾つかは零し、レヴィアの身体を容赦無く熱と炎が焼いていく。
「速度も威力も申し分ねぇ事で……! お前等一度劣等の意味を辞書で引いてこい!」
「この程度、専科では、出来なくては話にならんのだ! 凡人」
「そりゃあ良かった! 少なくとも、凡人より優れてるって自負も! 誇りも! あるって事だろうが!」
 猟犬は身を焼かれる熱に奥歯を強く噛む。生成された緑色炎の短剣を、手近な学徒に狙いを定め、投擲する。
「借りたモンだ。そのまま返してやる」
 焼け死なないように加減された緑色炎が学徒数人を炙る。
「そんな、何で! 何で!?」
 炎に焼かれる事ではなく、それに宿った力の大きさに、学徒は驚いていた。
「ったく、こちとら加減無しだったんだぞ、少しは自分の力ってもんが分かったか?」
 焼けて転がる数人を警棒で腹を突き込み、気絶させる。
「おのれ、同胞を拐かすと、は?」
 言い終わる前に突き入れられた警棒が、学徒の意識を刈り取る。
「流石にこれ以上サービスは出来ねェな。そう思える程度には、手前ェ等の術は優秀で、凶悪だったよ! なぁ!」
 レヴィアの遠吠えが空気をビリビリと震わせる。赤銅色の猟犬は、鎖の擦れる音を獰猛に響かせながら、その異名の通りに跳ね、敵陣を駆け回り、片端から学徒達を警棒で力を加減し、殴打する。
 合わせる様にクラウスと慈雨が死角をカバーし、続いて行使される緑色の火球を、慈雨がメルクアインで受け止める。
「にげないから、いっぱいみせて」
 若草色に変化して、滞空する火球は、慈雨にとって、サーカスの少し危険なジャグリングを視ているようで、とても新鮮で、綺麗だった。
「良く身体で受けようと思ったよ。俺には真似できない」
 クラウスは同じ手で目を眩まし、音を立てずに距離を詰め、するりと背後に回り、手刀で首筋を軽く打つ。やや距離を開けた追撃には、機械鞭の電撃を低出力で当て、軽く麻痺させる。
 鎮圧は手早かった。レヴィアの棺桶を中心に鎖で一旦、雑に巻き上げた。

●人魚姫のねがいごと
 学徒達は、三人の絶妙な加減の結果、捕縛後、間もなく、目を覚ます。少しばかり目に光が戻った様子はあったが、未だ信仰の炎は絶えていない。
「みんな、私と同じくらい?」
 慈雨の青い瞳が、興味深そうに、10代半ばの学徒達を順番に見つめる。
「それで魔法もお薬もつくれて? いっぱいすごいとおもうんだけどなぁ」
「だから、専科で勉強していれば、そんなことはすぐ……!」
「じゃあ、勉強、たくさんたくさん、頑張ったんだよね? それで、ちしきの海に沈んじゃって、泡になってきえてしまいたいって、思ったんだよね?」
「そんな私たちを、アミー様は! だから」
「息詰まったら、気分転換、がいちばん!」
 罪なるもの、悪しきものは、雨にのせて。
「頭からっぽの方が、いっぱいつめこめるし」
 さあさあと、幻の雨が降る。
「あたらしい発見も、あるかも?」
 清流のせせらぎにも似た心地の良い雨音が、 ぽつぽつと、彼等の心に染み入っていく。
「……児戯の様な幻術です」
「遊びでいーもん。ねー、あそぼ? おはなししよ? ぐるぐるくるしいことは、全部、はきだしちゃお。雨がゆるして、流してくれるよ。声とひきかえに、一緒にいたかった人はいないかもしれないけれど、私はあなたたちのこと、もっといっぱい知りたいな」
 想いが届かず泡となるのは、御伽噺の中だけで良い。歩くだけで身を切られる様な、悲痛に耐えて、耐えきれなくなって、其処を絡め取られてしまったのだから。
 無垢な少女の瞳に、鎖で雁字搦めにされた学徒達は、顔を見合わせた。未だ燻る衝動は、植え付けられた、燃やしたいという想い。
「全てを燃やすだけで、私達は救われるのです……お止め下さい。アミー様の願いは私達の願い。貴方の優しさは、私達に向けるべきではありません」
 男は言った。凡人よりも優れている自負も誇りも、私達にはあったのだと。その誇りこそが、自身を追い詰めたのだと、少女は優しく受け入れようとした。
 無理だ。自負と誇りを貶めたのは自分自身だ。
 どうしようもなく、自身よりも優れた者が許せないのだ。胸中で、焼けた鉛の様に煮えて滾る、その感情と衝動が、理性を押し退けて、頭を支配する。彼等も、教師も、何も、悪くは無いのだと分かっているのに。
「ああ、アミー様……」
「慈雨のことを、よんでほしかったなあ……」
 次第に淀んでいく瞳の色に、慈雨は無性に悲しくなって顔を俯けた。
 クラウスは目を閉じて、赤い石の首飾りを握る。
「今日は、何度もごめんね」
 仲間のそんな表情を視れば、親友でなくとも、そうするだろう。力の律動と共に、幻の雨中に、炎が大翼を広げ、迷宮の空を舞う。青年の願いに、羽ばたきと共に舞い散る火の粉が幻の雨と混じり合い、優しい灯火の雨が降り注ぐ。
 不死鳥はひとしきり飛び回り、満足したかのように、小さな粒子となって消えていく。
「綺麗……これ、どう言う術式で出来てるんだろ」
「水に色を足して、浮遊させれば再現出来そうね、水と炎は同居出来ないわよね」
「素直に幻術で良いって。媒介に頼る必要ある?」
「でも、それ錬金術じゃあないよねぇ」
「いいえ、液体を使うなら、媒体に気体を使って操作するのは錬金術の範疇でしょう」
 興味のある物事が目の前に迫ると、顔見知りでもないのに、術式の再現について、すぐに議論に霧中になっていく。 
「何だ。やっぱ元は勉強熱心じゃねェか。何処が劣等なんだよ」
「なにを言ってるかわからなくて、お話についていけません!」
 言葉とは裏腹に、慈雨の顔には安堵の笑みが浮かんでいた。
「あ、ご、ごめんね。慈雨さん。それに他の皆さんも、沢山私達に言葉を下さったのに」
「お友達になってくれら。それで、あとでいっぱい、あそんでくれる?」
「もちろん。勿論! 有難う。本当に……」
「首尾は上々、願い通り洗脳は解け、結果は大団円と言った所かな。さて、約束を違えてはいけないよ。君達の心に、最も寄り添おうとしたのは、彼女なのだから」
 同じように、レヴィアは彼女達の力を認め、必死に鼓舞した。クラウスはひたすらに、彼女達の救出を願った。そうして齎された物語の結末だ。
「それではね」
 声の主、ガイウスの足元に、それこそが詠唱であったと言うように六色のオクタグラムが展開され、高密度の法陣を描く。
 顕現した極光が煌めいたと同時に、学徒達の姿は消え、捕縛していたレヴィアの棺桶だけが残る。
「安全な場所に転移した筈だよ」
「礼は……言いたくねえな」
「それじゃあ、あとは、わるい人をやつつけるだけです!」
「急ごう」
 静かになった迷宮に、四人の足音が響く。

第3章 ボス戦 『煽動者『エリナ・エルランジェ』』


●焦動
「あら……あの子達ったら」
 煽動者アミー、本名「エリナ・エルランジェ」は、金糸の様な髪を、指に絡めて、独り言を漏らす。
 その口調はまるで、悪戯をした子供を咎めるようなモノで、自身の現状を正しく認識しているようには思えない、穏やかなモノだった。
 身に付けているレース付きの純白のケープは、彼女の仕草と幼気な輪郭が合わさって、奇跡を齎す聖女の様な印象を与える。
「後でもう一度、パーティを開きましょう。来なければ、招待状を送らないといけないわ」
 するりと、白魚のような指を絡めた髪から引き抜き、形の良い唇に押し当てる。優しげな瞳が細められて、唇が妖しく釣り上がる。
 月の女神だと騙られて、一体誰が疑うだろう。
 だから、彼女を見た者は、そのあまりの美しさに、心を狂わされてしまうのだ。

 どうか その艶やかな唇で
 私達の名を口遊んで おくれ
 友人よ 教祖アミーよ
 その為ならば
 あなた様の 為ならば
 私達は何でも しよう
 私達の全てを捧げよう

「始めまして、今日のパーティの主催である、アミーと申します。以後お見知り置きを。どうか、最後まで、お付き合い下さいませね」
 迷宮の五階層。手入れの行き届いた西洋庭園で、獣人の女、エリナ・エルランジェは裾の長いドレスの端を抓んで、優雅に頭を垂れ、√能力者を出迎えた。

●状況進行
 今回の騒動の首謀者、扇動者アミー、本名エリナ・エルランジェは、優雅に√能力者を出迎えた。そこには気負いも後悔も悔しさも垣間見られない。彼女は日常として、迷宮に溶け込んでいる。
 √能力者と同じく、肉体が滅びても、死ぬことは無いからだろう。
 五階層に罠はない。エリナ・エルランジェは火と火の温度を操ることが出来るが、体術の類の心得はなく、魔法魔導の心得も無い。動体視力も運動能力も普通の獣人と変わらない。何となく、火と、火の温度を操れるだけだ。
 √能力者が突入した状況で且つ、√能力者による監視下での逃走は酷く難しい。
 護衛の類の気配はない。
 √能力者達の行動は、彼女にあらゆる策を打たせる猶予を無くす程、迅速だったと捉えて良い。それは逃走の判断を下すよりも早く、√能力者達が、五層に到達した、と言う事だ。
 彼女は抵抗こそするものの、能力は事前の通りだ。
 √能力者が優位にある状況で、どの様な判断を下し、どの様な行動をするのか、全て自由だ。会話は可能だが、説得は不可能だ。
 彼女の心は、尽きることなく渇き、飢えている。
 その乾きは、嘗て、故郷の村を焼き滅ぼした。
 運が良い事に、その容姿が、彼女の強い衝動を、無限に叶えられる環境を整えた。
 終幕の形は好きにすると良い。
 SPDの√能力を使わせない限り、この状況下では、彼女は√能力者にとって、何一つ脅威ではない。その狂気に呑まれなければ。
「ねえ、あなた。燃やしたい物は、無いのかしら」
 
ガイウス・サタン・カエサル
クラウス・イーザリー
天深夜・慈雨
レヴィア・ルウォン


「人は見た目によらない、ってのは良く出来た言葉だな」
アミーの姿に、レヴィア・ルウォン(燃ゆるカルディア・h02793)は形の良い眉をぴくりと釣り上げた。
「おや、それは逆だよ、レヴィア君。人を惑わす者は、人にとって魅力的な姿で現れると相場が決まっているものさ」
悪魔であれ、妖精であれ、例え神を名乗る者であってもね、とガイウス・サタン・カエサル(邪竜の残滓・h00935)は緑眼を愉しそうに細めて付け加えた。
「ガイウスさんみたいに、ってことかな? ぶーめらん?」
「良く分かっているね」
 天深夜・慈雨(降り紡ぐ・h07194)は独特の雰囲気を持つガイウスを遠回しにそう評した。彼女なりに、先程のやり取りのお返しと言う事かも知れない。ガイウスはそれを如何にもと肯定し、今度は上機嫌に声を上げて笑う。
「だからなんだってだけの話だ。クラウス」
 黒衣の青年、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が、一瞬、深刻そうに眉根を寄せたのを見て、制する様に視線を投げた。
「あ、ああ。有難う、そうだな、そうだ」
 燃え盛る炎、硝煙の匂い、機械の足音と無機質な駆動音。相反する様な、薬莢の落ちる耳障りな音。滴り落ちる赤い生命の滴。整備された街に、或いは乾いた大地に満ちる、機械群。両親と親友の命を奪い、そうして、自身から希望を奪い去った簒奪者を。
「アミーと言ったね。君一人では、到底、足りないんだ」
 足りない、全く以て足りていない。機械群の全てが敵とは言わないが、人が生存圏を獲得する為には、一騎当千の猛者が集まって漸く、だ。
 あの世界の未来を、切り開くには。


「あの世界の事を仰っているのね。そう、そうね。貴方の願いは、きっと叶わないわ。でも、安心して、私には友人が沢山居るの、きっと貴方の望む、大火になるわ。悪い話では無い筈よ?」
「やれやれ、その様子だと、君に頼むと、余計なものまで燃やしそうだ。礼を失してしまったね。其処だけは謝罪しよう。アミーと言ったかな。ガイウス・カエサルと言うものだ」
「残念。今なら、とってもお得なサービスよ? 私は、貴方達と良い関係を築きたいと、思っているのだもの、本当よ?」
「ふむ、命乞いをせず、状況の改善を冷静に図ろうとする。強かだね。それに免じて、少し話を広げて上げよう。とても頼む気にはなれないが……そもそも君は何故、そんなに燃やしたいのかな?」
 アミーと名乗る獣人はガイウスの問いに、目を閉じた。昔々、幼い頃の事。火遊びは危ないからやっては駄目と言い聞かされながら、暖炉の炎に、キッチンの炎に、自然と目が留まった。飽きること無く半日、眺める事が出来た。
 何の変哲もない自然現象が、とても美しかった。
 風に吹かれて揺らめいて、薪を入れれば火の粉を散らす。水を掛ければ大きな音を立てて消えてしまう。その姿に、魅入られた。
 だから、もっと大きな炎が、見たいと思った。
 一日中眺めていても飽きなくなった頃に、想像するだけで、炎を作れる様になった。最初に思った事は、この村が炎に包まれたら、どうなるのだろう。好奇は少女の衝動となり、先ずは生まれた家に火を放った。
 見た事も無い程、大きな炎が上がった。
 とても綺麗だと思った事を、覚えている。
 すぐに隣の家に火を放って、はしゃぎながら、村の建物に火を放った。
 厳しい大人達が慌てるのが、抵抗する間もなく呆気なく倒れて、炭になっていくのが、とても、楽しかったのを覚えている。
 だから、慌てて川に走る村人にも火を放って、水を掛けて鎮火しようとする村人にも火を放って、その内、村が炎と熱で満たされて、丘の上まで走って、特等席で、成果を眺めた。
 音を立てて猛り狂い、留まる事を知らず空に昇ろうとする揺らめき。
 勢いのある轟々と言う音、人と獣の悲鳴。
 聞いたことも無い極上のオーケストラの様で、耳を満たした。
 身を躍らせて空を目指す姿が、心を満たした。
 天に昇る黒煙の先が、想像欲を掻き立てた。
 全てが、とても、とても、綺麗だった。
 恍惚としていたと言い換えても良かった。
「だって、綺麗でしょう? 美しいでしょう? 建物が炎に生まれ変わるのも、人が炎に包まれて、慌てふためくのも、動物が、聞いたこともない声を上げるのも、黒煙が儚く、天空を目指すのも、とっても、とっても、綺麗でしょう? 大きければ、大きいほど、それを沢山見られるの」
 アミーは微笑む。魔性と狂気をを宿しながら、ガイウスに、√能力者達に、温めた糖蜜のような甘い声で、少女の憧憬を添えながら。
 ガイウスはそれを気にも留めず、思考を巡らせた。ゴミ処理場での労働は適任では無いか、この場合、人を焼却炉に落としてしまうだろう。悲鳴と被害も楽しんでいる節が見受けられ、焼却炉を乗っ取り、あらゆる物をゴミとして処理してしまう可能性が高い。一方で、最初の取引、√ウォーゾーンに送り込んだ場合、機械群が相手ではすぐに飽きてしまう可能性が高い。彼等を無機質に燃やす事では足りなくなり、機械群以外の第三勢力を生んでしまうだけだろう。
「君は使えないね」
 そもそも己の衝動を律する事が出来ない者に、頼める仕事は皆無と言って良い。特殊部隊に例えば、快楽殺人者を迎え入れた場合、殺人に色気を出すか、余計な被害を出す。余程腕が優れていなければ、このような物を雇い入れるのは無駄な仕事が増えるだけだ。
「交渉は決裂ですか、残念です、ガイウス様。貴方は、分かってくれると思いましたのに……」
「欲望と衝動を従える事も出来ない、ましてや力の研鑽を怠った運だけの小物と、一緒にされるのは心外だね。ふむ、寛容になるべきではなかったかな」


 レヴィアはじっと問答に耳を傾けていた。怪異ばかりで嫌気が差すあの世界に居る時の様に、苛立ちが募る。何方を向いても怪異だの機関だのの騒動、下は思う様に動くと思って現場への支援はその実適当、善意だの悪意だの、そう言うレベルでは無い。挙げ句狩った怪異が外れなら端金。だからだろうか。
 それとも、目的の為なら手段を選ばない。この馬鹿な思考だけが一致していながら、目的が大幅に擦れ違っているから、だろうか。
 もしかしたら、人としての、倫理の壁を壊し尽くした自分を見ているから、だろうか、
「悪意は無かったとしても、所業は赦されるもんじゃねぇ」
 苛々する。どうしてそうも、命を軽々しく扱える。どうして人を弄べる。
「同意があったなんて、関係ねぇよ。灰すら残さず、炎に呑まれて消えた奴等にはもっとな」
「その身を炎に変えられたのに、嘆く必要がありますか? 私はそれを見届けるのも、大好きでして」
 噛み合わない。
 違う。
 その欲望は、もっと人の為に扱えた筈だ。
 炎とは文明の象徴だ。人と共にあるものだ。
(馬鹿野郎が)
 心の底で吐き捨てて、口を閉じる。。
 苛立ちを只管に、押し潰す。
 

 話を終えたガイウスの袖に、慈雨の小さな指が触れる。
「お勧めはしないよ。慈雨君、聞いての通りだ。あれで真摯なレヴィア君が匙を投げている事も付け加えておこうか」
 忠告を飲み込む様に、首肯して、慈雨は言葉を紡ぐ。
「ゆらゆら、めらめら、あか、しろ、きいろ」
 綺麗だけれど、触れられない、苛烈な光。
「こころをみたして、溶かす熱。おねーさんには、それが、炎だったんだね」
「雨と紫陽花のお嬢さん、その通りです」
「言うことを聞いてくれるヒトはいても、隣にお友達はいてくれなかったのかな?」
「いいえ、それは誤解です。お友達は私のお願いを良く、聞いて下さるだけですよ。今日のパーティも、そうして開かれたのですから」
「ううん、お友達がいたら、心がカラカラぺこぺこでも、我慢できるんだよ?」
「私は」
「うん……これは、慈雨のおはなし」
 慈雨は少しだけ、ほんの少しだけ、似ていると思った。
 好きになった物は違うけれど、どうしようもない心を持つ、乾いたヒト。寂しさも悲しさも、飢えも乾きも衝動も、雨は流してくれる。そんな雨の中で、色取り取りに咲き誇る紫陽花は、全てを受け入れて、許してくれている様だった。
 人の感情は雨の様だ。優しく降り注いで、心と言う、カラカラの容れ物を満たしてくれる。だから、慈雨は友達が沢山欲しいと思った。良い事ばかりではないけれど、痛いほどの大雨の後には、花弁が顔を見せる筈だから。
「きれーなドレスも、お洋服もいらないけれど、かわりに、聞かせて、教えて、見せて、あなたのこと」
 そうすれば、乾きも飢えも、一時、忘れられると思うから。
「私は慈雨、雨が好きな慈雨です。アミーさん、またのお名前は?」
「……エリナ・エルランジェと申します。本名を名乗るのは久し振りですが、ええ、沢山語らいましょう」
 エリナは幼少期の事を語る。
 故郷を焼いたことを語る。
 自然と人が集まった事を語る。
 友人達が沢山出来た事を語る。
 そうして、今日に至った事を語る。
 炎が好きな理由を、語る。
 大火が生み出されて、凄惨な光景が生み出される事が、楽しみだと、語る。
 理解は出来なかったが、慈雨はエリナという人を、少しだけ、思いやる事が出来た。やっぱり、少しだけ、似ていたから。辿った道が、違ってしまっていたから、こんなにも、こんなにも。
「どうしました?」
 雨が降る。
 炎が照らし出す夜の月に、心を囚われてしまった人とは、手と取り合えないのだ。誰かと心を通わせるのは、簡単な事だと思っていた少女は、何時も簡単にクチできる言葉を見失って、曇り空に身を浸す。
 お友達に、なりましょう。
 似た者同士だから、そんな未来を、紡ぎたかった。
「来て、メルク、アイン」
 せめて、あなたの。
 わたしの好きな、雨を見せて。


「だから、忠告したのだけれどね。君ですら出来た事を、彼女は出来なかったのだから」
「炎を、止めるつもりは、無いよね?」
「どうして止める必要があるのかしら? 狂おしい程燃やしたいのは、貴方も一緒でしょう? 黒衣の王子様?」
「満ち足りないから燃やす。そこに罪の意識なんてありゃしない。そうだな」
 まるで何処かの誰かの様だと、レヴィアは嘆息する。
「俺のやることは最後まで変わりゃしねぇ。テメェの衝動ごと、燃やし尽くしてやるよ」
「それでは終わりにしよう。止まれ」
 ガイウスの緑眼が、虹彩を変化させ、エリナを睥睨する。邪竜の静かな命令は、強大な魔力を纏め上げ、言霊となって、エリナの身体と心を縛り上げる。
 瞬間、肉薄したレヴィアが禍焔を宿した右掌で、エリナの細腕を掴む。
「紫電」
 クラウスは魔法剣を鞘から抜かずに、言葉一つで纏め上げる。身体を雷気が駆け抜け、余剰分が周囲で青く放電する。
「一閃」
 雷速で駆け抜け、加減した雷剣がエリナの意識をぐらつかせる。
「本当に大馬鹿野郎だよ、テメェも」
 合わせて、レヴィアの警棒が腹を抉る。
 ダンジョンに倒れたエリナに、慈雨のメルクアインが、突き立てられた。
 浅く、腕を裂く。ぽたぽたと、嗚咽と混じって曇天の雨が降る。
 噎せ返るような、炎の匂いがした。


 戦闘とも言えない一瞬での無力化。
 予め、相談した上で、この方向性に落ち着いた理由は。
「単独で応援も期待出来ない状況で、もし√能力者であれば、死によって逃走が可能だ。もし余裕があるとしたら、それだろうね」
 四層での襲撃の後、ガイウスが不意に呟いた言葉が切っ掛けだった。
「その先の処遇を、私に預けてくれないかね?」
 行動は協力的であった事から、幾つか訝しむ様な意見は出たが、明確な反対意見は出ず、、提案は採用された。
「一件落着かな。上層にばら撒いた魔法陣を残している、これは私からの労いだよ。慈雨君、彼女等は近くの街に居る。会いたければ、足を運んでみると良い」
 ガイウスが指を鳴らす。オクタグラムが三人の足元に展開し、淡い光が身体を包み込む。次の瞬間には、一層の入り口付近に戻っていた。
 小雨になっても、雨は止まない。曇り空のまま、慈雨はふらふらと、ダンジョンを出て、街に向かう。
「あ、オイ……」
「追いかけよう。俺達の事も見えてなかったね」
 レヴィアは頭を幾度か掻いて、クラウスと共に慈雨を追いかける。


 本来は自然豊かなダンジョンが多く発生する地域なのか、森中に作られた街には、不釣り合いな現代建築の摩天楼が建ち並ぶ。ダンジョンのある場所にはアーチが設けられ、ダンジョンの有無が分かり易くなっている。人口程度の活気はある様だが、人を見失う程では無い。人通りは、地方都市程度、だろうか。
「コラ」
 ふらふらと宛てなく先行した慈雨を、レヴィアが呼び止める。
「レヴィア……さん?」
「俺も居るよ、一人は流石に危ないよ」
「あ、ごめん、なさい」
 二人のことを失念していた事に気付いて、慈雨は機械的に謝罪した。未だ心ここにあらずと行った様子で、見かねてクラウスが手を差し出した。
 丁度、その時、魔道士風の見覚えのある顔が、三人に声を掛けた。


 一人見付かれば、直ぐに連絡が行き、全員が集まった。どうも、あの光景の再現をテーマとして、どの様な方法があるか、手法を模索し、共有している様だった。落ち込んでいた理由が似ていた事もあって、彼女等はすぐに意気投合したらしい。
「良かったら、一緒に御飯でも食べていきません? 特に慈雨ちゃん! あの時の私達に、お友達になろうって言ってくれて、ありがとう。ちゃんと、お話をしましょう! 今日から、一杯! 好きな事、楽しい事、沢山、沢山聞かせて!」
「だ、そうだ。少しは、晴れたか?」
「レヴィアさん、その聞き方はいじわるです……」
「約束、守ってくれたみたいだね」
「はい! はい……!」
 雨は上がって天気雨、腫れた顔に、嬉しさを噛み締めて、涙が浮かぶ。


 彼女等の中に、飲食店を営んでいる両親が居たらしい。
 急な親睦会は派手に迷惑を掛ける事も無く、和やかに開かれた。
 乾杯のかけ声と共にソフトドリンクに口を付ける。慈雨は全員と連絡先を交換し、生徒達に可愛がられて、もみくちゃにされていた。
「みんなのあいが、あいがおもいの! たすけて」
 笑顔が漏れているのに釣られて、レヴィアも穏やかに唇を釣り上げ、クラウスは騒がしい空気から一歩引きながらも、微かに微笑んだ。
 二人に惹かれた者も多いのか、そんなふとした仕草にも黄色い声が上がる。
「勘弁してくれ」
「俺は構わないけど……」
「いや、勘弁してくれ」
 レヴィアの念押しと何とも言えない困り顔、クラウスの小さな破顔、其れ等か両方かに満足したのか昇天したのか、すぐに沈静化した。

●暗転
 何処とも知れない空間に囚われて、エリナは身を刻まれていた。指先から、足先から数ミリずつ削られていく。徐々に身体が失われていく感覚と激しい痛み、それを表情一つ変えずに行う、緑眼の男が、恐ろしかった。
 全ての身体が無くなったかと思えば、何故か身体が再生し、また最初からゆっくりと身を削られていく、時に何故か、起こる事は変わっているが、主導権を握る人物だけは変わらなかった。
「そろそろかな。今回は、彼女等に今後一切関与しない。近辺で火種を放った迷宮をしゃぶる気に、なったかな」
 エリナは男が言っている事をぼんやりと聞いて、意味をゆっくり咀嚼し、力なく、首肯し、全てを喋る。
「それではね。記憶は残らないから安心したまえ」
 音も無く握られた光剣が、拷問の幻に囚われていたエリナの首を跳ねる。
 膨大なエネルギーの奔流に、塵も残さず、エリナの身体は消滅した。

●終幕
 レヴィアは長く家を空けていた詫びに、良い食事を買って戻り、暫くのんびりと過ごした。怪異が居る日常だ。平穏は長くなかったかも知れない。
 クラウスは世界を今日も奔走するのだろう。故郷が平和になるには、まだまだ遠そうだ。
 慈雨は沢山出来た友人と、仕事を終えた後に良く遊ぶ様になった。時折、我慢が利かなくなりそうになる度、エリナの残した、噎せ返るような炎の雨の匂いを思い出して、踏み止まった。
 ガイウスはエリナから聞き出した、そう多くなかった火種を単独で処理した後、気儘に、世界を巡る。
 √能力者達は、そうして日常に帰って行く。

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