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はい、叩いてかぶってじゃんけん……はぁっ。
●とあるピコピコハンマーの憂鬱
ーーアンタら、バラエティ番組は見るかい?
そう、大物司会者の巧みな回しで、芸人さんが軽妙なトークを繰り広げたり、身体を張った体当たりの芸を見せたり、時にスベって場の空気を凍えさせたり、かと思えばスベった事によってかえって笑いが大きくなったりするアレだ。
ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名前は|ピコ一郎《ピコいちろう》……意思を持つピコピコハンマーだ。叩いてかぶってじゃんけんぽん一筋うん十年、コンプライアンスが厳しくなる昨今、痛みを感じさせずにいい音を出せるようになんとか当たりどころを調節し、お茶の間に安心安全の笑いをお届けしてきた。
でもなぁ……そろそろ潮時だ。ダメなんだってよ、叩くって行為自体が。まったく、世知辛い世の中になっちまったぜ。
●とある坊主の憂鬱
「……って訳なんだ。なんか、おう、頼む」
いや分かるかっ!!……ツッコミを貰った|大徳寺・タカシ《だいとくじ・たかし》(寺生まれのタカさん・h05365)がなんとも言えない表情をしたあとに語り始める。
「サイコブレイドがまた、Ankerに成りうる者を狙っている。今回の対象は、バラエティ番組一筋うん十年、ピコピコハンマーのピコ一郎氏……インテリジェンスウェポンなんだってよ。
……OK、俺がこういう反応になるのも、何となく仕方ないと思ってもらえたと思う」
タカシが少しばかり眉を顰めながら続ける。
「昨今、テレビも難しいだろう?それに、ピコ一郎氏もいい歳だ。勇退の話が出ている。最後に引退セレモニーとして、一般の方々を招いての『たたいて、かぶって、じゃんけんぽん!』大会が開かれるんだ。ピコ一郎氏自身が優勝賞品としてな。そしてサイコブレイドがそこを狙って手駒をけしかけてくるって訳だ。
正直どんな風に襲ってくるかまでは見えなかった。アンタらはとりあえず大会を楽しんでくれ。あとは流れで、な?」
坊主は肩を竦めながらそう言った。
これまでのお話
第1章 日常 『石と鋏と紙の激闘。そして、鎚と兜の攻防。』

「皆さん!!本日はムニテレビ主催、ピコピコハンマー争奪!叩いてかぶってじゃんけんぽん大会にご参加いただき、まーこーとーにっ、ありがとうございます!!」
司会らしき男が高らかに宣言する。
「本日は優勝した方に、ムニテレビで長年叩いてかぶってじゃんけんぽんを支えてきた、この!!テレビ史上でも非常に価値の高いこのピコピコハンマーを差し上げたいと思います!!皆さん、張り切って参りましょう!!」
「√EDENのお家芸だと思っていたのだけど……これってもう放映ムズカシイんですか!?」
時代や世相によって、アウトセーフは変わるもの、やれ暴力的だ、子供が真似する、等年々窮屈になっていくのである。ほら、最近見ないでしょ?
|如月・縁《きさらぎ ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)は、悲しいわ、と盛大なため息をつきながら、会場へと入っていく。
「一緒に記念撮影、とかではなく、頂けるという事ですのね」
ステージへと上がり、伝統通りに綺麗に正座して相手に向かって三つ指揃えてご挨拶。
「本日はよろしくお願いします」
「ほう、姉ちゃん。きれいな挨拶するじゃねぇか。こいつぁ俺も頭が鳴るってもんだ。ピコピコってな」
向かいの対戦相手ではなく、テーブルの上のピコピコハンマーから声が漏れる。
「あら、お上手ですね。ピコ一郎様」
「……ほう、こいつは驚いた。俺の名前もそうだが……アンタ、俺と話せるのかい?」
眼の前のピコピコハンマーが驚いたような声音で返す。ここは√EDEN、『心を守るために慣れ、忘れようとする力』が、極めて強く働いているのではと推測される世界だ。無理からぬ事だろう。
「では始めて下さい。叩いてかぶってじゃんけんぽん!!」
司会の号令と共に、縁の後ろへと|透光《クリスタル》の花弁が舞い降り砕けた。
「ふふ、隙あり♪」
じゃんけんでの勝利を確信していた縁が、素早くピコ一郎を手に取り、ぺこ、と相手の頭を軽く叩いて微笑む。
「……ほう、やるじゃねぇか」
縁の手の中のピコピコハンマーが楽しそうに笑った。
「ピコピコブレイドさん……じゃなかった、サイコブレイドさんってほんっっっとにお仕事選ばないんだね……」
そういうところピコ一郎さんとも気が合いそうな気がするけどなぁ、と、パドル・ブロブ(ただちっぽけな雫・h00983)は思う。
「ともかく。長い間頑張ったピコ一郎さんの引退セレモニー、いい大会にしたいね。僕も頑張らないと!」
「オーケー、姉ちゃん。俺の新たな人生……こういう場合なんて言えばいいんだ?まあ、祝ってくれてサンキューな」
「どういたしまして!」
「…………俺は今日死ぬのか。あいつ以外に話せる人間が立て続けに現れるなんて」
どちらかと言えばこちらに近いが、さりとてピコ一郎は√能力者ではない。驚きの方が勝るのだ。
「いくよっ!……たたいて!かぶって!!じゃんけんぽんッ!!!」
パドルが司会の声に被せるようにしっかりした声量で熱をぶつける。相手もしっかりした大人だ、杞憂は現実にならず、全力で立ち向かう。
こちらはチョキ、相手はパー……相手の手がヘルメットに伸びるよりも早くパドルの手に収まったピコ一郎を振るい、ピコンと小気味良い音が響く。
「うん、いい勝負だったね」
パドルはピコ一郎を手に朗らかに笑った。
ーーそれは選ばれし強者の風格だったーー
当日司会を務めていた男は後にそう語る。
静かに、しかし確かな歩調でソレは壇上へと現れた。恐ろしいまでの気迫であった。それ……|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)は、幾度となく命の危機に晒され、地を這い、玉ねぎを啜り、しまいには武を極めここに立っていた。
……仕方ないよね、見つけちゃったら緑のスプレーかけたくなるもん。
……閑話休題、蜚廉はしっかりと拳を握り締め、身体の横へ引く。
「……ふふ、なに。こう見えて、我も娯楽は嗜む。……最初はグー」
軽口を交え掛け声と共に睨み合う。後に対戦者は語った……なんかめちゃくちゃ寒気がして丸めた新聞紙を振り回したくなった、と。
両者の手は繰り返し、グー。なんか嫌な汗かいて手が開かなくなっちゃったんだって、相手の人。一方の蜚廉は繰り返される引き分けにだんだんと熱が灯る。
そうして暫く、蜚廉の出した手はチョキ。
「う、うわぁぁぁぁっ」本能から恐慌に陥る対戦相手がピコ一郎を手に取り、蜚廉へと振るう。大振りのそれを防御するのは容易く、ヘルメットを被り防ぐ。
蜚廉とピコ一郎……交わされた視線にはどこか武人のような誇りを感じられる。言葉は、要らなかった。
「次は勝たせてもらうぞ」
次に出した手はパー……対戦相手は相変わらずグーしか出せない。蜚廉がピコ一郎を手に取り、ためらいなく、ぺしり。ピコンッ!!
「我が掌に響く、妙な高鳴り……これは祭りの音だな」
生まれた妙な一体感。こうして蜚廉は勝利を手にしたのであった。
第2章 集団戦 『間に合わ中田』

「開始時間に間に合わ中田」
「ヘルメット掴むの間に合わ中田」
「ピコハン掴むの間に合わ中田」
「新聞紙丸めるの間に合わ中田」
「プレイング間に合わ中田」
「★の補充間に合わ中田」
「発注文コレクションに間に合わ中田」
後半になるにつれわからないしわかってはいけないが、とりあえず『間に合わなかった』という一点において生まれた強烈な自己嫌悪となんかどこかで誤字が起きてしまったという負の感情からビジネススーツ姿のインビジブルがわらわらと生まれてくる。この叩いてかぶってじゃんけんぽん大会を利用して、参加者はもちろん、遅れて参加できなかった者の無念を取り込まんとする実に狡猾な手口で、ピコ一郎を壊さんとする雑兵は生み出されたのだった。
「間に合わ中田!!……んーっ、受け付けていませんん!?」
スーツ姿のインビジブル達が、中田と書いた紙を捲り、ちぎると『現在はプレイングを受け付けていません』と書いた紙を一斉にばら撒く。
蜚廉は静かに右手を挙げると、その掌へと己の持つ穢れを集約する。
「穢れに染まりし掌にて、触れし力よ、我を嫌え」
黒くもやのかかった掌で、撒き散らされた紙を掴み、疑心、虚言、凶暴――その核を握り砕く。
「……我が掌に届く限り、其は通らぬ」
土と体液を焚き上げ視界を塞ぐと、空間に残る痕跡を読み取り周囲の状態を探る。翅音を鳴らし周囲を揺さぶらんとするも、不発のようでインビジブルの乱れる様子は無かった。
……それはそれでやりようはあるのだ。鋭く伸びた跳躍爪で地を蹴り間隙を突き、口から放った粘性を持つ黒銀の糸で敵を絡め取る。応戦に対し身構えるが、その様子は無い。右手の甲殻から生えた鉤爪を深く突き立て、引き裂く。
「……見せかけの皮など、喰い応えもない」
そもそも、今回の敵の技は、心に働きかけるものだ。生き延びた者、選ばれし強者である蜚廉が惑わされよう筈もない。
「“遅れた”とて、なお立つ者がいる限り、終わりではない」
踏み締めた足元より生まれた揺らぎは、まるで何かを伝えんとしているようだった。
「諸々不憫すぎるお方ですね…。
私拝見しましたよ、√コレ終わった翌日あたりに絵姿届いていた中田さん!完成おめでとうございます!」
縁が気の毒そうな入りから祝福を続ける。
あ、ホントだ。終了日翌日くらいの納品。おめでとうございました。……恐らくこのインビジブルは性質上、第4の壁を平気ですり抜けてくる類の存在だ。多少視点がメタに寄るのはご容赦いただきたい。
「ピコ一郎さん、どうぞ下がってください。彼らに当てられたら再ブレイクも間に合わ中田さんになってしまいます」
「お、おう」
困惑した様子で返すピコ一郎。彼のこの反応は決して自力で動けないという事からのものでは無い。
「個人的にはこういう体張ったネタ嫌いじゃないので、ピコさんにはぜひPetplixとかでブレイクして欲しいのですよね」
「ああ、そうだ、権利とかの関係は色々と面倒だからな。しっかりともじっておいてくれ。あと俺は伝説のリアクション芸人のようにテレビ以外の仕事をするつもりはない……テレビが好きだからな」
「そう……ですか」
ピコ一郎の言葉に縁が肩を落とす。
所変わって、√マスクドヒーロー、同時刻、同所。
「間に合わなかったぁ!!」
√EDENから汲み上げたインビジブルによる、奇襲。間に合わなかったことによる精神ダメージが縁を襲う。
「……その、なんか、すまねぇな、姉ちゃん。それでも、これは俺のポリシーだ」
「いいんです……私が勝手に期待していただけですから」
効かなーい、これはタイミングが悪い!!
縁の精神抵抗の技能と、ピコ一郎に対するやり場のない想いによる落胆が組み合わさり、見事に中田の与える精神ダメージを相殺しているっ!!
「とはいえ、いい気分で無いのは確かです。……防御の方も間に合わないでくださいね?」
縁は手にした|酒精女神の槍《アテナ》を振るい、眼の前の中田達を薙ぎ払っていった。
「おっと、お待たせしてしまいましたかな?」
その男……|角隈・礼文《つのくま・れいぶん》(『教授』・h00226)は悠然と現れた。
「はじめましてピコ一郎氏。我輩は角隈礼文と申します」
そうしてピコ一郎の柄を掴み手に取る。
「間に合わ中田との縁がありまして、加勢に参じました。
此度は無事に間に合ったということで……遠慮なく迎撃させていただきましょう」
「おう、よく分からんが、旦那はコイツらをよく知ってるって事か」
ピコ一郎の問いにただ笑みを浮かべ、礼文は魔導書のページを開く。
「いあ いあ ふんぐるい むぐるなふ」
「間に合っ田野!!」
魔導書が光ると同時に、『田野』と書かれた紙で顔を隠した筋骨隆々のインビジブルが低い声で咆哮する。
そう、17日に捕捉した時から作戦は始まっていたのだ。間に合わ中田の爆破を失敗させる神格級のインビジブル……すなわち、『間に合っ田野』を呼び出す作戦がっ!!
「なんだ、その、すげぇな」
語彙力を秒で失うピコ一郎。
「さあ、田野!中田を蹂躙するのです!フハハハハ!」
礼文は田野に追い回されながら狼狽する中田の群れを見ながらひとしきり笑うと、手にしたピコ一郎でピコンと一撃。
「逃げるの間に合わ中田!!」
そうして沈む田中を尻目に一言。
「それでは、最後に一つ。
水着コンテストに間に合うよう、皆さん星の配分には気をつけましょう!」
「自己嫌悪に気恥ずかしさ……それがこんな形を取るのもある意味神秘スかねぇ」
間に合わ中田の姿を視界に収め、|凌ヶ原・クユリ《りょうがはら・くゆり》(|異端魔術士《ストレンジ・アート》・h02411)はそう声を漏らす。あれだけわらわらと存在していた中田も、√能力者達の活躍で数体に数を減らしていた。
「んーっ、まもなく締k」
「先手必勝ッスよ。クユリの指へ。銀色の弧線……閃け!」
締切までのカウントダウンを創造しようと動いた間に合わ中田の指先へと割り込むようにし、魔力を宿した指先で切り裂く。切り裂かれた中田の指先は動かず、締切の創造は行えない。
「これで最後ッスよ!!」
斬属性の魔力を纏ったクユリの指先が瞬く間に残りの田中を刻んでいく。
「……あっ、あの顔の紙の下、どうなってるか確認するの忘れてたッスよー。気になるッスー」
クユリが指先の魔力を解き、思い出したように気づいたのは、既に中田の残骸が全て消え去った後であった。