シナリオ

ヒーローなんて、いなかった。

#√ウォーゾーン #√マスクド・ヒーロー #Anker抹殺計画 #デッドマン #かつての同僚 #誰かの形見 #墓標 #自衛隊員 #破れかブレイドさん #途中参加大歓迎 #スポット参加大歓迎

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√ウォーゾーン
 #√マスクド・ヒーロー
 #Anker抹殺計画
 #デッドマン
 #かつての同僚
 #誰かの形見
 #墓標
 #自衛隊員
 #破れかブレイドさん
 #途中参加大歓迎
 #スポット参加大歓迎

※あなたはタグを編集できません。

●英雄の残骸
「よォ、元気してっか?」
 褐色肌の人間としては図体のでかめな男。2mはありそうなツギハギ迷彩服の男性はクラウソニア・ダニー・ヴェン・ハイゼルダウンタウンというそこそこ長い名前をしている。
 それは確かに、全て彼の名前なのだ。
「あ、クラウソニー」
「クラウソニー『さん』でしょ、エナ」
「お疲れさまです」
 クラウソニアの名前は長いので、通称で『クラウソニー』と呼ばれている。ここは√ウォーゾーンの養護施設。√ウォーゾーンには戦災孤児が多い。そのため、こういう施設も多く、このような施設から学徒兵が輩出される場合も多い。
 クラウソニーに挨拶をしたのは三人の少年少女。快活そうな少女のエナと真面目で少し神経質な雰囲気のマキ、誠実そうな顔立ちの少年ヒューイである。
 この三人は以前、クラウソニーの上官にあたるユタ・アリアロードの案内したとある任務で√能力者たちに救われた自衛隊員。感受性の高すぎるエナの精神面と負傷のひどかったヒューイの経過観察のため、ユタが一時預かりをした縁で、付き添っていたマキ含め、クラウソニーと知り合っていた。
「名前はなんでもいいって。クラウン、ソニー、ダニエル、ヴェン、ハイゼル……既に色んな名前がついてっけどよォ、工兵殿の話じゃあ、細かい臓器とかも預かってる身だ。名前がいくつあっても足りねェな、こりゃ。ハハッ」
「……クラウソニーのデッドマンジョーク、いつもながらに笑いづらいよ」
 渋面を浮かべるエナ。その頭をがははと笑いながらくしゃっと撫でるクラウソニー。マキもそっと遠い目をし、ヒューイは笑みを曖昧にした。
 ユタ・アリアロード工兵により、数多の遺体から組み上げられたデッドマン。それがクラウソニーである。彼を組み上げたパーツの一つ一つが彼の名であり、死んだ者たちの墓標代わりでもある。
 誰かしらの形見であることを抱えながら、クラウソニーは戦い続けていた。他ならぬ彼自身の意思で。
「あ、そうだ。コレ、今日の戦利品。一緒に食おうぜ」
「フルーツゼリー!」
「やったぁ」
 物資不足に日々悩まされている√ウォーゾーンにおいて、食べ物は貴重だ。あらゆる√の事件に首を突っ込みまくっている存在が、こうして差し入れを携えてきてくれることのなんとありがたいことか。
 カロリーを摂るだけ、糖分を摂るだけ、といった感じの食べ物なら、この√にもいくらか存在するが、見た目と味が保証されている食べ物の方がありがたい。エナたち三人は十代の子ども。食育の面でも、多彩な食べ物を知っておくべきだ。
「あ、その前に、墓参りしねェと」
「クラウソニーさん、いつもありがとうございます」
 墓参りのことを申し出たクラウソニーに、丁寧に頭を下げるヒューイ。彼は施設の裏手にある墓地へとクラウソニーを案内した。エナとマキも続いていく。
 この施設が「保護」したのは生きている人間だけではない。どこの誰とも知れなくなった遺体たちを弔う場として、施設の裏手を墓地としていた。
 この墓標たちの中にも、クラウソニーのどれかだった人が眠るのかもしれない。
 この墓標は名もなき英雄たちの残骸で、クラウソニーはそんな英雄の寄せ集めだった。

●暗転
 Ankerを殺す。
 碧眼の男は、幾度となくそれを繰り返した。そしてそれは近頃、悉く阻止されている。大きな予兆によって、男の存在と計画が明るみに出たからだ。
 それでも、計画は遂行しなければならない。誰かの|大切なもの《Anker》を奪うことに忌避を覚え、躊躇っても、それで己の|大切なもの《Anker》を失ったのでは目も当てられないから。
「エナたちは施設の人たちと避難しろ!」
「クラウソニーさんも!」
「誰かはコイツを止めなきゃねェだろ」
 俺は|生きてる人間《おまえら》と違っていくらか替えが利く! そう宣った遺品の集合体に、
「お前には、加減をしてやる義理がなさそうだ」
 『サイコブレイド』の潜在能力が解き放たれた。

●言葉の綾
「クラウソニーさんが、本当にそう思っていったわけじゃないと思います」
 √能力者たちを募り、事のあらましを語った星詠みのヴェル・パヴォーネは、悲しげに眉をひそめる。
「エナさんたちが逃げやすいように背中を押すための方便です。戦場では全ての言葉の意図を完璧に伝えるための時間がありません。エナさんたちはそれに慣れているし、エナさんたちが慣れていることをクラウソニーさんは知っている。だから省ける言葉を省いた」
 理解のために費やした時間で、狙撃兵は一人撃てる。こちらが撃てるということは、敵も撃てるということだ。
 命が惜しくば、言葉よりも行動を——サイコブレイドとて、それは知っているはずである。
「それでも、命を軽んじるような発言が許せなかったというのなら、あのひとは……あのひとは、ほんとうに」
 それに、デッドマンという存在を目にし、「ただ殺すだけでは終わらない」と悟ったのだろう。
 墓標がAnkerとなるように、形見がAnkerとなるように、死した者の残骸を繋ぎ合わせて、それをAnkerとして護り継ぐ。そんな方法があると知ってしまったら。
 命を奪ったところで、抹殺にならないと知ったなら。
 サイコブレイドが己の良心から目を背けてでも為そうとしている計画は、無意味となる。
 絶望の影が射す。それでも戦い続けなければならない。
 彼にそれを課した『外星体連盟』が、その後ろで糸引く『プラグマ』が気づいてしまわないように。
「Ankerを失いたくないのは、何もボクたちだけではない、というのがつらいですよね、この件」
 そのやるせなさを昇華するには、もしかしたら、ヒーローのいる世界より、ヒーローなんていない世界の方が良いのかもしれない。
 正義なんて、わからない方が。

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 日常 『哀悼の意』


●死者の眠る地
 お墓があるって聞いたんだけど、と声をかけると、ヒューイがお墓参りですか、と応じてくれる。
 墓地に行くと、客人が来たと聞いて、エナとマキが挨拶してくれる。墓参りの勝手がわからないときはマキが丁寧に教えてくれるだろう。ここに眠る者についての話は、エナが語り聞かせてくれる。頼めば名簿を見せてくれるかもしれない。
 ユタやクラウソニーの名前を出せば、会話のきっかけにもなりやすい。特にクラウソニーは一般人ながら、あらゆる√の事件に首を突っ込んでおり、「同じ戦場に立ったことのある相手の顔と名前」は記録しているので、「会ったことあるよな」みたいなフリにも対応してくれるだろう。
 名前を記録する。√ウォーゾーンの人類軍では——というと主語が大きいか。人類軍の大半はその記録を大切にしている。
 デッドマンにする許諾、国民IDの偽造や乗っ取りを感知するために一役買っているというのもある。だがまず、何よりも「死者を死者にする」という役割が大きい。
 その人が「死んだ」証に死亡は記録され、墓標は立てられる。いくら死者を組み立ててデッドマンを作るとしても、死者の弔いを怠ることはならない。そんな倫理の一線までは越えない。
「ヒューイもマキもしっかりしてんなァ」
「クラウソニー、私は?」
「かわいいぜ」
「えへへー」
 戦い続ける彼らにとって、こんな和やかな時間は貴重だ。この時間が破壊されることを彼らはまだ知らない。
 まだ来ない「そのとき」まで、束の間でも休息を楽しもう。束の間だからこそ、この安らげる時間を大切にしなくては。
和紋・蜚廉
ハリエット・ボーグナイン

●屍の上で生く
 さらさらと風が吹いていた。心地よく肌をなぜていく。
 死の国にも風は吹くだろうか。
 風はいい。ごみ溜めの異臭も、戦場の腐臭も、穏やかに払ってくれる。

 墓地に二足歩行の何かが立ち入った。其れは人間に忌まれがちなさる虫と同じ色の肌をして、兜のような頭に髭のような触覚、棘のある節足。人間との共通点は二足歩行なことくらいである。
 それでも、その歩みの静謐さは人間と見紛うほど。哀悼と畏敬の念を漂わせ、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は人の墓の前に佇んだ。
 墓標には名が刻まれている。姓のみ、名のみのものも散見するが、戦争で失われた命の名前たちをできうる限り、かき集めたのだろう。ほとんどの者が姓名を揃えており、名の刻まれなかった死者はない。
 この世界はあまりにも、死が間近にある。そんな中、死後、墓標に名を刻まれ、残されることは、どれほどの救いとなるだろう。そうして弔われることが如何に尊いものであるか。
 和紋は知っていた。いつか飲み込んだ石に「名を持て」と言われた。「名は呪いだ」と。「呪いだろうと其れは力だ」と。事実、名を得たことで、和紋は矮小な虫から確固たる自己を持つ者へ変化した。重大で、今このときを生きるに至る宿業的な変化だ。
(名がある。……それだけで、救われるものがあるのだな)
 体が朽ちても、滅びても。墓標に刻まれる名が、名が刻まれた事実が、死者に報いる。生者の心をも救う。
 やはり、名は力だ。
「なあ」
 声が聞こえ、和紋はそちらを振り向く。そこにいたハリエット・ボーグナイン(“|悪食《ダーティー》”ハリー・h00649)は和紋に語りかけたわけではないようだ。彼女は継ぎ接ぎの容貌を佇む墓標に向けている。
「……おれとあんたらの違い。今動いてるか、土ん中でじっとしてるか。……結局そんくらいだよな」
 ハリエットはデッドマンである。死に損ないの元人間。本来なら土の下に埋まって眠るべき存在。
 それでも、ハリエットは今、ここで立っている。動いている。戦場を駆け、人を助け、綺麗な花束を携えて……「弔う側」に立っている。
 持ってきた花束は誰かのためとかそんな大したものではない。ここにハリエットの知り合いはいない。けれど、自分も死者に類する存在であるからにして、ハリエットは死者に敬意を抱いていた。
 眠るべきときに眠れる彼らに。守るべきもののために命を散らした彼らに。
 白い花束が、誰とも知れぬ碑の前にちょん、と置かれる。すぐそばの墓前で、和紋は額ずく。その深い礼も、死者への敬意を示していた。
 それから、責任。数多の屍を踏みつけて、和紋は生き延びてきた。そうしてきたゆえの責任が、頭を重く垂れさせる。
 顔を上げると、墓の前で膝を折り、合掌。和紋は静かに祈る。名前のあった誰かたち、そして、その者たちの名を負い戦場を駆け続ける男へ。
 覚えておこう、その存在を。碑に刻まれた名を、我の記憶にもしかと刻もう。
 ハリエットも花を捧げた墓に手を合わせ、祈っていた。祈る神なんていない。命はあってないようなもので、生業も生業だ。けれど、神を信じていなくとも、礼儀作法として祈ることは許されるはずであろう。
「おまえらの守りたかったもんを守ってやる。まだ動いてるおれがな」
 死んで彼らは碑になった。物を言うこともできない。けれど彼らにも祈りがあっただろう。願いがあっただろう。
 彼らの肉片をハリエットも和紋も背負ってはいない。けれど、二人はまだ生きている。この世界で動いている。
 祈りがあったことを知る。それが誰かに接がれていき、継がれていく。生きている誰かがそれを覚えている限り、死んでも滅びることはない。
 それはきっと永遠だ。
 覚えている者がいなくなったら、それは滅びることになる? いいや、違う。そうして、願いが接がれた先で、誰かが生まれ、新たな生を歩む。忘れ去られても、誰かの願ったことが息をして、世界を彩り続けるのなら——
 それもきっと、永遠だ。

クラウス・イーザリー
パドル・ブロブ

●タダシサ
「やあ、みんな。久しぶり……って程でもないか」
「クラウスさん!」
 声をかけたクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)を見て、エナ、マキ、ヒューイがぱっと顔を明るくする。
 クラウスは以前任務で彼らを救った者たちの一人だ。特にエナはよく覚えている。あのとき対峙したチャイルドグリムの泣き声に泣きじゃくってばかりだったエナに、クラウスは優しく言葉をかけてくれた。
「お元気そうで何よりです。あれから怪我とかしてませんか? 聞いた話だと、クラウスさんって滅茶苦茶あちこちの戦場に飛び回ってるって」
「うん。なんとかやってるよ」
 √能力者であるクラウスの活動範囲は√ウォーゾーンのみに留まらない。行く先々で同じ任務に携わった√能力者とはたくさん会った。
 それに、任務に参加するのは、何も√能力者だけとは限らない。
「クラウソニーも元気そうだね」
「あぁ、おかげさまでな。俺の方は久しぶりか?」
 最近あんま任務行けてねぇからな、とぼやきつつも、快活な笑顔で手を挙げるクラウソニー。クラウスとは何度か同じ任務に就いたことがあった。
 √能力者でないながら、人の助けになろうと奔走するタイプのAnkerなのだ、クラウソニーは。最初の頃はなかなか体当たりな戦法の多かったクラウソニーも、いくつかの任務を経て、ある程度の技能を身につけ、影に日向にと任務遂行を支える一人となっている。
「クラウソニーは私たちにとってヒーローだよ。√能力者と肩を並べて戦うとか超かっこいい!」
「褒めるんならちゃんと『さん』をつけなさい、エナ」
 マキがエナの頭を何かの帳簿で叩く。あてっと頭を押さえ、エナはマキを軽く睨む。細かいこと気にしてると禿げるよ、とのエナの軽口に、マキは言葉もなく肩を竦めた。
「ヒーローってこたぁないさ。かっこいいってのは嬉しいけどな」
 わしわしとエナの頭を豪快に撫でるクラウソニー。エナが「撫ですぎだよぉ、私まで禿げちゃう」なんて言うのに「若い時分からハゲを気にするんじゃありません」とおどけた調子で返すクラウソニー。
 平和で、何気なくて、ユーモアを孕んだ思いやりがある。
 ——こんな楽しげな光景を作る人たちが、悲壮に叫び、戦わなければならない。√ウォーゾーンでは仕方のないことかもしれない。けれど、その瞬間を少しでも減らしたくて、クラウスは戦っている。
 ましてや、√ウォーゾーンの戦争以外で命を落とすなんて、もってのほか。ヴェルが予知で見た内容を実現してはならない、とクラウスは改めて誓った。
「マキさんだっけ。ちょっといいかな」
「はい」
 マキが名指しされて驚く。声をかけたのはパドル・ブロブ(ただちっぽけな雫・h00983)だ。
 パドルの顔を見るなり、エナが「やだ、イケメンから名指しされるなんて、マキにもとうとう春が!?」と色めき立った。はいはい、とおざなりにし、マキはパドルを見上げる。
「どうなさいましたか?」
「お墓参りがしたいんだけど、僕、お墓参りってしたことがなくて。どうやったらいいか、教えてもらえるかな」
「わかりました。では、一緒に行きましょう」
 クラウスさんたちはどうします? と案内に立ったマキが振り向く。
「俺も行くよ」
 お墓参りもしたくて来たからね、というクラウスを伴って、一行は墓地の方へ向かった。

 養護施設が併設されているためか、よく整備されている。墓地というと暗くてじめじめした印象が一番に来るものだが、日の光が射していて明るい。
 この施設は特に何か特定の宗教に入っているわけではない。宗教は人の心の支えとなりうる一つだが、争いの火種となることも多々ある。ここではたくさんの死者を預かっているため、それで諍いが起きないよう、特定の神も仏も持たない。
 ゆえに、形式ばった作法はない、とマキはパドルに説明した。
「お墓で守ってほしい決まりごとは、静かにすることくらいです。走り回って遊ぶような場所ではありませんし、死者は『眠っている』と表現されます。その眠りを妨げないためには、やはり静かに過ごすことが一番です。
 忍び足になれとは言いませんが……そうですね、柏手を打ってはいけない、というのは、よく言われるでしょうか」
「かしわで」
「パンパンって手を鳴らすやつだね。日本とかだと、神様には手を鳴らすけど、お墓ではご法度」
「エナの言う通り。大きい音を立ててはいけません。
 あとは、お墓の前に立って、一礼して、手を合わせて、祈りを捧げる……としていただければ。手を合わせなくても、祈ってくだされば、それでじゅうぶんですよ」
 死者の魂が、未だここに在るとして、それは形がなく、一般人には見えない。√能力者にはインビジブルとして映るが、エナやマキ、この施設の者たちにはわからないのだ。
「ありがとう、やってみるね」
 見守られながら、パドルが案内された墓の前に立つ。挨拶をするように軽くお辞儀をして、手を合わせる。合わせなくてもよいと言われたが、気持ちの問題だ。なんとなくその方が心が籠められるような気がする。
 パドルの隣で、クラウスもそっと手を合わせた。目を瞑り、祈ること。——祈る?
 パドルがぱちりと目を開ける。何を祈ればいいのだろう。墓参りは、死者のために祈るのは、初めてだ。わからなかった。静謐を保たなければならないけれど、喋っていいのだろうか?
「死んだヤツらの最後の眠りが、誰にも踏み荒らされんように、と」
「……クラウソニー?」
 悩んでいたら、祈りを口に出す者があった。遺体を継ぎ接ぎされ造られたという男。クラウソニーだ。不思議そうな顔で見上げるエナににかっと笑う。
「別に祈りを口に出してもいいだろうよ。こんくらいの声なら」
「そうですね。宗派によってはその方がいいとされる場合もありますし」
 生真面目に相槌を打つマキの向こうで、クラウソニーがウインクをした。気負うなよ、と言われた気がする。パドルはそっか、ありがとう、と笑った。
 形式はないけれど、形をつけてもいい。手を合わせるのもその一つ。口に出すのも、その一つだろう。
 形は自分で決めていい。

「ここに眠るのは戦争で亡くなった人たちと聞いたけど、どんな人たちだったの?」
 クラウスがエナに尋ねる。パドルも興味があるようで、静かに星光る眼差しを注いだ。
 エナは少し嬉しそうで、ほんのちょっと寂しそうな複雑な顔で笑った。
「この近くでは、人類殲滅推進派の|派閥《レリギオス》による大規模爆撃がありました。まだ戦闘機械群の派閥同士の争いが顕著でなかったので、それはもう豪快に、たくさんの人や物が吹き飛ばされて、命という命が滅ぼされたとそうです」
 具体的な|派閥《レリギオス》の名前は出なかったが、人類殲滅推進派というと、クラウスには心当たりがある。軽く瞑目した。
 エナは続ける。
「彼らは徹底的だったので、地雷とかも仕込んでいて、この地域を奪還した後、地雷に引っかかったり、除去に失敗したりで亡くなった方もたくさんいて……事故にはあたるんですけど、それも『殺された』のカウントでいいと思うんですよ、私。
 でも、やっぱり加害者って屁理屈だし、そもそも『殺して何が悪い』って居直りそうだし。……だから、地雷とか、不発弾とかで死んじゃった人の遺族とかは、指先一欠片でも見つけてくれって。見てくれが無事じゃなかった人も多かったです」
 それでも、塵一つ残さず消えてしまったわけではない。面影など残っていなくとも、その人と特定されれば、会いたがる人は存外いたのだ。どんなに残酷な現実を示されようと、この目で見なくては、いてもたっても、と。
 当然、家族や恋人の無残な姿に、人々は嘆き、慟哭した。当たり前のように、この世界では人が死ぬ。人の命を吹き消すことが蝋燭の炎を消すより容易い世界なのだ。当たり前、当たり前。受け入れなさい、いつものことだ……そう言われて、慣れるようなものでもないけれど。
 どれほどの涙を飲み込むこととなっても、前に進まなければならない。特にこの√ウォーゾーンでは。死に様を惨いと思うなら、死者の無念を汲むならば、銃を取れ、ナイフを持て。泣くのはヤツらに一矢報いてからでも遅くないだろう。……そう自分を叱咤して、前を向き続ける世界。
 つらくて、苦しくてたまらない。話しているだけでも、エナは胸が張り裂けそうだ。でも、逃げたりはしない。
「お墓参りをする時間は、そうしてひりひりするばかりの日々の中で、少しだけ自分を許せる時間だと思います。だってこれは経過報告です。報連相は大事ですから!」
「そういや、ちゃんとほうれん草は食ってるかァ? 支給されたほうれん草のスープ、こっそりヒューイに食わしたって聞いたぞ、エナ」
 暗くなっていく雰囲気をどうにか巻き返そうとするエナに、クラウソニーが茶々を入れる。それは結果として助け船だったわけだが、エナは顔を真っ赤にして「誰よ、クラウソニーに密告したの!」と叫ぶ。墓地のそばなので、マキが「静かに」と脳天にチョップ。
 和やかになった中、クラウスがエナを見る。
「ほうれん草、苦手なの?」
「ち、ちが、ちがうんです! ほうれん草のスープはなんかこうぐちゃっとしてて、触感が変で」
「ほーん、前はなんでものべつまくなしに食ってたお嬢サンが好き嫌いねェ」
「うぅ、だって、クラウソニーが作ってくれたスープのがおいしいんだもーん! 舌が肥えちゃったんですぅー!」
 どう責任とってくれるんですか、ぶぅー、とむくれるエナに、しゃーねぇナァ、と頭を掻いて「今日の夕飯、俺が助っ人いくわァ」と告げた。
 密かにマキまでガッツポーズをしているので、クラウソニーの料理の腕は確かと見える。
「料理できンのは左腕の持ち主の影響っぽいな。工兵殿がそう言ってた。√能力者に覚醒したら、もっとそういうのが顕著になるとか聞くナァ」
 善し悪しと思うが、と呟くクラウソニーに、そうなの? とパドルは首を傾げた。
「死んだヤツのことを『覚えている』のは心の支えだ。でも『思い出す』のが苦痛なこともあンだろ」
「そう、なのかな」
 パドルはうーん、と眉を寄せた。瞳の星は明るさを控えて、悩ましげだ。
 例えばさ、と問いかけを口にする。
「ここの人たちは、亡くなった人を目にして、その亡骸をお墓に埋めて……そういう手順を通して、前を向こうとしているんだよね。亡骸を弔って、お墓を建てることを『死』っていう大きすぎる寂しさを受け入れる一歩にしてるんだよね?」
「あぁ」
「なら、亡骸を眠らせることが大事なら……亡骸がそのまま動いていて、お墓も建てていないとき、その亡骸を大切に思う人は、寂しさを受け入れられているのかな。そのための一歩を、踏み出せているのかな……」
 パドルの星がにわかに翳った。んー? とクラウソニーが首を捻る。
「俺みたいな、デッドマンのことを言ってンのか? 本人の許諾は得てるが、遺族からの許諾は取ってないヤツもいるらしいナァ。難しい話だぜ」
「そうじゃ、なくて」
「わーってる。デッドマンっつっても、俺みたいにパーツがバラバラで別の人間のってのばかりじゃねェの。表現が変だが『綺麗な遺体』に擬似人格だのを足して稼働したデッドマンだっている。あんたが言いたいのは、そんな感じだろ? それともアレか? 怪異とか妖怪世界のアレコレみたいな、科学的じゃねェ『摩訶不思議』とかいうのか?」
「あー、それが近いかも。摩訶不思議……うん、たぶん」
 少し、声を詰まらせていたパドルが、クラウソニーの解釈に苦笑を滲ませる。
 説明するのが難しかった。……いいや、本当は何も難しくない。「僕のことなんだけどさ」と言えばいいだけ。けれど、できなかった。
 聞きたいのは、残された人の話だ。それだと、おじさんの話をしなければならない。吹聴すべきことではない。自分があの人の大切な娘さんの体を使っている。あの人からすれば、愛娘の体を乗っ取られているようなものだ。大切な人が死んでいるだけでも散々なのに、どこの馬の骨とも知れぬやつが成り代わっているなんて、なんて不名誉なことか。
 塞がったかどうかわからない傷口を広げることはしたくない。そこに傷の持ち主がいなくとも。だからパドルは言葉を選んだ。
 クラウソニーも言葉を選びつつ、紡ぐ。
「人間って、難儀だからな。俺のこの左腕もサ、俺を造った工兵殿の思い入れのある相手だったらしいが、工兵殿はよく複雑なカオしてるよ。これでよかったのか、みてェな。そうするって決めたのは、——墓に納めねェって決めたのは、あっちなのによ」
 あんたの例え話にそのまま当てはまるかわからんが、と前置き、クラウソニーは続ける。
「どっかの世界にゃ、怪異や妖怪やらを倒して、鎮めてってする√能力者もいるわけだし、その亡骸を墓に入れたいなら、方法はあンだろ。そうしねェことに意味を持ってンじゃねェのか? 意味っつうか、決意? 信念? そんな感じの」
 ——前に進むことだけが、正しさじゃねェよ。
 クラウソニーの言葉が、墓地の静けさをなぜた。
「……正しさなんていらないって、言ってたヒトがいたなあ」
 エナがそうこぼす。
「大きすぎる寂しさをさ、受け入れられなきゃ、正しくないのかな。正しくないものは、みんな駄目なのかな。駄目だとして、それなら、正しさ以外を全部駄目にする正しさなんて、私はいらないと思うよ」
 胸に手を当てながら、エナが口にした言葉に、クラウスが目を見開く。
 それはクラウスが以前聞いた、エナたちを苦しめていた敵たちの言葉の一つだ。「正しさなんていらないのです」——あの異形の敵を、エナは今「ヒト」と呼んだか。
 あのときのあの言葉を、あの苦しみを経て、肯定できるのか。クラウスは少し安心した。
「その人は動いてる故人を見るたび、苦しい思いでいるかもしれない。でも、大切な人が死んじゃったからこそ、デッドマンにすることを受け入れる人もいるよ。この世界だと、使えるものは使うとか、人材確保みたいな意味は強いけど……あの人が『まだ生きてる』って思っていたら、それは亡骸じゃないし、むしろ嬉しかったりするんじゃないかな」
 パドルにはない考えだった。
 大切な人の体が活動していれば、それをまだ「生きている」と思える……まやかしだろう、錯覚だろう、正しくないだろう。それでも、そう思うことも前を向くための手段の一つなのだ、とパドルの前に示された。
 正しくないかもしれないけど、否定すべきことではない。それもまた向き合い方の一つなのだ。
 少し悲しい気もした。でも、悪いことではないんだ、とパドルは笑った。
「まァ、そういう救われ方があるから、俺みたいな存在は許されてンだろうな。臓器ドナーとかもそういう話あるって聞いたぜ」
 一部分だろうと、あなたが動いている。誰かの生命活動を支えている。
 弔いとは異なる形の「死」に対する救いなのだ、それも。

 他にも、様々な死者の話があった。
 養護施設に受け入れられた子どもの多くは、件の爆撃で家族を失った者が多いらしい。「ここにあなたのパパやママがいるんだよ」と教わり、子どもたちはその存在を胸に、成長していく。
 生きて帰って来られたら、ここにただいまを言いに来るのだ。
 帰るべき場所。まるでAnkerだった。
 クラウスは目を細める。共感と、決意と。その青色が含んでいたのはあたたかい心だ。
 クラウスのAnkerは亡くなった親友だ。親友の墓標。死が身近な世界で散らされた命が記録され、碑を建てられる。他の√でだって当たり前に行われていることだ。その当たり前が当たり前に為されることが、どれほどに尊いことだろう。
 ……あいつも、こんな風に墓があって記録されているからこそ死者だと思える。
 死者を死者として弔うことは大事だ。墓標をAnkerとするからこそ、クラウスは改めて噛みしめる。
 けれど、パドルの語る「誰か」の思いも否定はしない。それがその人の決意なのなら。正しさは人による。信じる正しい有り様なんて違う。だからきっと、大切な人の体を別な誰かが動かして生きているのは間違いじゃない。
 そういう意味では本当に正しいことなんて何一つないのと同時、間違っていることも、きっとないのだ。何も。

第2章 冒険 『危険物質の広がりを止めろ!』


●正しかったことなんてなかった
 エナやマキが訪れた人々の応対をするうち、ヒューイは周辺の見回りをしていた。大規模爆撃の爪痕はまだある。それでも人が取り戻したこの場所。不発弾などは犠牲を出しつつも、全て取り除かれ、安心して暮らせる場所となった。
 はずだった。
 見つけてしまったものに、ヒューイは息を飲む。
 銃弾を大きくしたような円筒状の何かがそこに置かれている。あまり劣化が見られないので、不発弾ではないだろうが、似ていた。それは施設に住む者、出身の者にとって、恐怖の象徴だった。
 呼吸がうまくできない。それでもヒューイは知らせるために走った。危険物を放置してはおけないし、処理するにも、まずは施設の人々を避難させなければならない。
「クラウソニーさん、エナ、マキ」
「ヒューイ?」
「顔が真っ青ですよ。何かあったんですか?」
 ヒューイからの説明を受け、顔色を変える三人。
 クラウソニーが念のためガスマスクとか、口に布を当てとけ、と指示する。エナたち三人は施設内の人々の避難誘導へ向かった。
 クラウソニーは、デッドマンゆえか、他三人より体が丈夫ということで、不審物の確認、不審者がいないか探すとのこと。さっきまでなかったものだ。設置した誰かは近くにいるとみていいだろう。
 静謐は壊され、束の間の休息は終わりを迎える。戦い続ける彼らはそれに悲嘆を示すこともない。悲嘆に暮れる暇がない。無理矢理前を向くことには慣れている。
 不審物を目撃したヒューイの息が少し上がり気味だ。爆破物でないとしても、汚染物質を放っている可能性がある。
 クラウソニーが呼びかけた。
「悪いが緊急事態だ。余裕のあるやつは手を貸してくれねェか? 人手はいくらあっても助かる」
 避難誘導、不審物の処理、不審人物などへの警戒……できることはいくつもある。
 死者の弔いは大切だ。だからといって、死者を増やす必要はない。
 そのために、戦っている。
クラウス・イーザリー
和紋・蜚廉
不動院・覚悟
ハリエット・ボーグナイン

●生きるものたち
「わかった。手伝うよ」
 クラウソニーの要請に真っ先に応じたのはクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)である。【レギオンスウォーム】を展開し、不審物や不審者の索敵を行う。
 避難誘導の方は、と目を向けると、不動院・覚悟(ただそこにある星・h01540)が来ていた。エナ、マキ、ヒューイたちと同じ学徒兵ということもあり、そちらの手助けに回ってくれているらしい。
「怪我をしている人や体調の悪い方がいたら、ある程度の処置はできます。大丈夫ですか?」
「心強いです。それならヒューイをお願いします。顔色が悪いんです」
 不審物の第一発見者のヒューイ。近づいたことで何かしらの影響を受けたのだろう。呼吸が浅い。俺は大丈夫、とエナとマキに強がってみせるが、エナがすこんと頭を叩いた。
「ちゃんと処置してもらって。一人だけでも具合悪い人がいたら、みんな危ないものがあるってわかってよけい不安になるでしょ。こういうときはそういう混乱が一番駄目なんだから」
「……そうだな、ごめん」
 そのやりとりに、覚悟はなんだか安心する。ここが√ウォーゾーンでなかったら、こんなことを考える隙もなく、全員が混乱に身を置くようになる。こうして冷静な対処を、自分と同じ年頃の子ができるのは、覚悟にとっても助かるし、安心できた。
 本当は、こんな非常事態にそんな余裕を持てるほど「慣れている」のが問題なのだけれど。
 覚悟は医術や救助活動の知識を生かし、ヒューイの症状から原因を探りつつ、【戦場の支配者】を治療と回復に当てる。
 【阿頼耶識】により覚醒した器用さで、的確な手順を踏んだ治療と診断がスムーズに行われた。これまで戦闘で得た知識なども手伝い、ヒューイが何らかの汚染物質の影響を受けていることが判明した。やはり、原因物質を取り除かないといけないだろう。
 幸いにして、他にも支援に動いてくれる仲間はいる。【戦場の支配者】により顔色がよくなってきたヒューイから一旦目を離し、覚悟は周囲の動きを確認した。
「おう、散れ散れ。さっさとどっか行っちまえ。見物しようだなんて思うなよ、ケツひっぱたくからな」
 施設内から出てき、不穏なざわめきの中ちらちら様子を伺う者に粗雑な感じで声をかけるのはハリエット・ボーグナイン(“|悪食《ダーティー》”ハリー・h00649)。顔を走るツギハギ痕やギザ歯、三白眼なども相まって、子どもたちは言葉に従い、逃げていく。
 少し威圧を強めてはいたが、泣き出さないあたりは子どもたちも状況を理解してはいるのだろう。もしくはやはりこういう非常事態に慣れているのか。
 話がややこしくならないから、これでいいと思うけどな、とハリエットは次の目的へと移る。
 ハリエットのメインは、不審物の方だ。不審物がどこからともなく現れることはない。物品が単体で√遷移に巻き込まれる? 可能性はゼロじゃないんだろうが、不発弾に似たあからさまな危険物質が他√で放置されているというのは考えにくい。それにゼロじゃないだけで可能性は低い。例外的な可能性に思考のリソースを割く必要はない。
 星詠みの託宣が出ているのだ。ホシがいるのはわかっている。星は星でも真っ黒いホシのようだが。
 ホシの正体がサイコブレイドなのも想像がつく。それはそれとして……こんなものをわざわざ置く理由はなんだ?
 んでもって、このあからさまな不審物の正体は何だ? 実際に危険な何かを放出しているようだが、こんなわかりやすいブツを置いて何がしたい? わかりやすいが、爆弾ほど危険度が明瞭じゃない。
 考えるハリエットの脇から、じー、と音を立ててレギオンが不審物を観察。ガスマスクをつけて近づいてきたクラウスが、処理してみるよ、と名乗り出る。
「これ、何かわかるか?」
「レギオンセンサーによると、不発弾だね。元々中に薬品が仕込まれているのかな」
 砲撃に使われるのも危険だが、放置することによって中の薬品が漏れ出るのもかなりの被害を出す。
 不発弾なら、不意に爆発する危険もある。エナから聞いた話では、このあたりは不発弾が多く残されていて、数多の犠牲を出しつつも、それらはほとんど処理されたという。
 その話を聞き、ハリエットは砂利でも噛んだかのような顔をした。
「そこで出た『数多の犠牲』がこいつらなら、今更出てきた不発弾ってわけじゃなさそうだ。それに、そんなことがあったんなら、形をみるだけでもおっかねぇだろ。脅しのつもりか、こりゃ」
「あるだろうね」
 ハリエットの推察に頷きつつ、クラウスはあれ、と思った。
 不発弾の危険性を他の人よりもわかっている。それなら人々は逃げる。……留めて一網打尽にするのが目的ではない?
「あとは、あれだな。処理するのに、どうしても人員が割かれんだろ。……分断させてる、とか?」
「、なるほど」
 ハリエットの推測に、クラウスは納得した。
 念のため、とは思い、不審者がいないか確認に向かったクラウソニーにもレギオンをつけていた。エナ、マキ、ヒューイも狙われているようだが、一網打尽より一人ずつ確実に葬る方を選ぶ。仕事人ならやりそうだ。それに、Anker候補よりは既に誰かしらのAnkerであるクラウソニーを優先するというのもわかる。
 レギオンを通じて、クラウソニーの様子を伺う。誰かと合流したようだ。墓地と施設の敷地内、クラウソニーが遭遇したのは——

 風の香りが変わった。その微かな変化に和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)はいち早く気づいていた。
 故に、彼は痕跡を辿り、糸を張り巡らせていた。異物は降って沸いたものではない。「誰もいない」かのように装って、密かに、静かに、闇に紛れて動いた者がいる。
 いくら隠形が上手かろうと、実体がある限り、完全に痕跡を消すことはできない。どれだけ綺麗に隠そうと、暗闇の側で生きてきた和紋の目までは欺けない。
 普通の人間では見抜けないような臭気の変化に気づき、風下へ。空気の淀みかた、土の乱れ、それ以上の痕跡はないが、それさえわかれば充分に過ぎるというもの。
 生きている者たちの命が脅かされてはならない。死者の眠りが穢されてはならない。生と死は通常交わりはしない。けれど、常に隣り合っている。だからこそ、その境界を大切にする。
 暗闇や影で誤魔化してよいものではない。侵してよいものではない。
 まだ近くにいる。そして、その者の狙いが死者の名を、痕跡を負い生きる男ならば、侵入者はもう一度来るはずだ。なれば、仕掛ける。
 斥殻紐。侵入者を探り、絡めとる罠。仕掛けられたのなら、仕掛け返せ。我がただ罠にかかるだけと思うか。あらゆる罠をかわし、乗り越え、生き延びた。その経験は罠を受ける側のみに生きるものではない。
「ん、あんたは……」
 声がして、和紋は振り向く。クラウソニーだ。彼も索敵に来ていたのか、暗視ゴーグルを持ち、拳銃をいつでも抜ける状態の警戒態勢でいた。
「さっき墓参りに来てくれたうちの一人だよな」
「左様」
「何かあったか? 俺も何者かの痕跡を追ってきたんだが」
「我もそうだ。避難の方は順調か?」
「おかげさまでな。たまたまとはいえ、助太刀してくれるやつがいて助かってる。避難は順調、不審物の処理を請け負ってくれた人もいる。あとは仕掛けたやつを捕まえてとっちめてやりてェとこだが」
 クラウソニーは目を眇める。肉眼での判別が難しいレベルのほんの微かな痕跡。相手が暗殺技能に長けたタイプであることを実感する。
(なんでここが襲撃されンだ? 戦闘機械群っぽくねェしヨ)
 気味が悪ィぜ、とクラウソニーがひとりごちる傍ら、和紋がぴくりと反応した。
「来たな」
「この場所にあンな不審物置く悪趣味は、一体どんなツラしてンのかね」

 同時、クラウスもレギオンセンサーを介して、敵を感知。場にいる仲間に情報共有する。
「来たか。アッチを狙ったのかね」
 何にせよ、やることは変わらねえけど、とハリエットが言うのに、クラウスは頷いた。
 さて、と不発弾に向き合うクラウス。覚悟が声をかけた。
「爆破処理が一番確実でしたよね、不発弾は」
「ああ。でもここでは危険だし、何より避難中のみんなは怖がるだろう」
 多くの人々が命を懸けて処理したはずなのに現れたこれ。爆破という形を取るのが処理としては正しい。
 けれど、不発弾で命を落とした者が多く眠る場所。それで家族を失った者も施設の者たちの中には多いだろう。だからこそ、これは趣味が悪いわけだが。
「……僕が怪力で上空に投げますので、射撃で上空で爆破できませんかね」
「上か。援護するよ」
「頼みます」
 念のため覚悟は拠点防御を、クラウスがエネルギーバリアを展開しつつ、不発弾が力任せに投げられる。
 狙いを散らさないようにしつつ、誘導弾、追跡、一斉発射、制圧射撃、破壊工作等ありったけの技能を乗せる覚悟。クラウスもレギオンのレギオンミサイルやレーザー射撃などで覚悟を援護する。
 物量のある射撃に、狙い通り爆破は成功する。
「今のは……」
「ごめん、あれは爆破で処理した。誰も怪我はない?」
「はい! みんな近くのシェルターに行きました。クラウソニーさんが戻らないので、心配で」
 それにみなさんも、とエナが口ごもる。マキがそれを引き継ぐように、言葉を紡いだ。
「戦いに、なるんですか? これから……」
「うん」
「力になれませんか?」
 真っ直ぐな目が、マキの眼鏡の奥にはあった。
 彼女らは戦いたいから戦っているわけではない。できるなら平和な世界で生きたいから戦っている。戦いは怖いけれど、それでも立ち向かう勇気を持っている。優しさを持っている。
 正しさなんて、なかったとしても。
「エナさん、マキさん、ヒューイさん。僕もあなたたちと同じ、学徒動員兵です。あなたたちときっと、何もちがわない。安全な場所に隠れていてほしいですが、強要はできません」
 同じ状況で、同じ要求を自分が受けたら、黙っていられないと思うから。仲間を思う心、何より「守りたい」という願いは、いつだって覚悟の支柱となっている。
 戦場に灯り続ける蒼い炎はその証。
「こうして、迷わずここまで来てくれたこと、とても嬉しく思います。その決意はきっと『正しいこと』なんですよ。僕はそう思います。
 正しいことはありますよ。そうすべきだから、それが正しいと思うから。それ以上の理由を考えず、迷わず誰かを助けること――
 それは、エナさん、マキさん、ヒューイさん、そして皆がしていることです。
 ですから、その正しさが命と共に閉ざされてしまわないよう、戦います。守ります」
 覚悟の言葉に続いて、クラウスも告げる。
「この施設も、クラウソニーも、エナたちも守る。
 だから、待っていてほしい」

 ——祈るしかないことは、いつだって歯痒い。
 でもね、私たちは知っているんだ。
 私たちは敵を一撃で倒せるヒーローなんかじゃない。
 それでも必ず、勝つって。

「お願いします……!」
 三人は√能力者たちに後を託し、シェルターの方へ向かった。
 ヒーローみたいに敵を倒すだけが必要なことじゃない。自分たちには自分たちなりにできることがある。
 できることをして、人は生きていく。

第3章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』


●もう戻ることはないだろう
 狼煙のような爆破。あまり綺麗とは言えない花火。
 それに照らされながら、男は歩いた。
 黒い触手から構成された腕が握るのは「サイコブレイド」。彼と同じ名前をしている。
 予知が変わらないよう、派手な真似をしないでいた√能力者もいた。爆破なんて派手なこと、必要に迫られなければしなかっただろう。それに、タイミングとしては、男がもう退くに退けないタイミングであった。爆破のタイミングと、男が「気づかれたことに気づいた」のは同時であった。
 詠まれることは、もはや想定内だ。安堵もしている。……戦って、それでなお、止められ続けている。
 迷いがあるから? ……ふっと男は苦笑をこぼした。碧眼が暗い色をする。
 もうどうしようもないくらいに突きつけられている。本当は殺したくなんてない。それが剣を鈍らせている。ぶれさせている。
 どうすればいい? 今回探し当てたAnker、デッドマンという種族。人間の子どもたちはまだいい。殺せば死ぬ。だが、デッドマンは何なのだ? 殺したところで、また継ぎ接いで、それが再び誰かのAnkerとなるのなら、その「Anker抹殺」とは何がゴールだ?
 死んだ人間の体を継ぎ接ぎにして、冒涜一歩手前ではないか——というのはさておき、ソレはどうやったら殺せる?
 欠片でも肉体が残っていれば、それをAnkerにできるというのなら、「抹殺」のゴールは何だ? ……もう、塵も残さず葬るしか、ないではないか。
 √能力者の死に戻りよりタチが悪い。

 どうすればいいのか、結局わからないまま、男はここに立つ。
 学徒兵および施設の人間は不発弾を見れば遠ざかるだろう。できるだけ、殺す人数を抑えたかった……などと申し立てたところで、減刑は下りない。
 わかっている。それでも、不用意に人を見たくなかった。見たらわかる。わかってしまうから。
 Ankerだとわかったら、それを殺さなければならなくなるから。
 ——もう、いい加減にしろ。
 そこかしこにAnkerとなり得る人物はごろごろいる。「誰かの特別になり得る可能性は誰もが持っている」昔ながらのアニメより、謳い継がれているような文句がばかみたいに男の中で瞬いた。笑うしかない。
 特撮ヒーローも、変身ヒロインも、悪は必ず倒される。
 ——悪。そう、俺は悪だ。赦されざる悪。外星体同盟に命じられてここにいる。外星体同盟は悪名高いプラグマの傘下だ。そんな巨悪に与する俺が、悪でなくて何なのか。
 そろそろ、やつらは俺の首を飛ばすことを考え始めるかもしれない。だったら、その前に一度くらい、本気を出してもいいだろう。
 潜在能力解放。
「お前は、化け物の相手をするのは、初めてではないだろう?」
 眼前のクラウソニーに語りかける声は、挑戦的だ。
 目を平坦にし、男を睨んでいたクラウソニーは答える。
「√能力者をバケモンと思ったことはねェよ」
「この姿でもか?」
 黒い触手がうねる。地面から沸きだし、クラウソニーを捕らえようとした。男の成した業だと、クラウソニーも第六感で悟る。
 それでも、クラウソニーの眼差しは変わらない。
「ハッ、俺に見てくれでああだこうだ言う資格があるかよ。わりとパーツ細けェし、肌の色とか結構違ェからなかなかセンシティブだぞ、服ン中」
 ユーモアを籠めたような口調だが、いつものわかりにくいジョークではないらしい。
「で? 事象バケモノさんは俺を殺しにでも来たってトコか? なら——」
 左腕だけ、触手に絡め取られるより速く、銃を抜く。
「生きてるヤツらを巻き込んでンじゃねェよ」
 ダンッ!
 銃弾は命中しなかった。けれど、火蓋を切るには、あまりにもちょうどいい合図だった。

 サイコブレイドの潜在能力解放。
 触手はクラウソニーの手足の自由を奪った。サイコブレイド自身も強化されている。
 クラウソニーは触手から脱出できないかと怪力で、自分の体を千切っての脱出を試みようとする。なくしても、替えのパーツはあるから。
 ただ一つ、左腕だけは千切れない。ユタが厳密にAnkerとしているのは、クラウソニーの白い左腕だからだ。
 だからサイコブレイドは、左腕を重点的に押さえ込んでいる。みちみちと、他の部位には込めていないほどの力がかかる。クラウソニーに浮かぶのは焦り。
 お前にとって「これだけは駄目」なのだろう?
 きっと、誰かにとっては、左腕以外にも、価値はあるのにお前は。
「ああ、そうだな」
 サイコブレイドの首から顔にかけて、脈のように黒い筋が這う。
「骨も、肉片も、もう二度とかき集めて組み立てられないよう、粉々にしてやろう」
 そうしないと、お前は殺せない。

「『Anker抹殺計画』を、これより開始する」
和紋・蜚廉
クラウス・イーザリー
ハリエット・ボーグナイン

●護る意志
「あんまイジメてんじゃねえぞ、イケシブのおっさん」
 黒い触手が伸びるのを腕でガードし、払いのけながらサイコブレイドに言い放ったのはハリエット・ボーグナイン(“|悪食《ダーティー》”ハリー・h00649)。
 クラウソニーの左腕に過剰に向けられた悪意が緩むのを確認すると、ガードを固めながらの接近を試みる。バチチッと青い電光が走った。【|青天の霹靂《サンダーボルト》】のチャージを開始する。
 黒い触手が伸び、ハリエットの肉体を貫こうとする。ハリエットは医術知識を活かして致命傷となる部位は避けるが、攻撃そのものの回避は度外視。
 発動後にダメージが全部来るが、そんなものは怖くなどない。脳内麻薬によるドーピングをキメる。怪我をすれば痛い? 痛いのは怖い? んなこと言って、コロシなんてやってられっかよ。根性で乗り切る。
「バケモノ同士、仲良く殺ろうぜ?」
 ハリエットの赤には不敵な光が宿り、サイコブレイドの緑には険しい色が灯る。煩わしげに横薙ぎされる剣は【サイコストライク】による高命中の攻撃。ハリエットの眼球を潰そうという意図が見られる軌道だ。
 当然それは致命のため、ハリエットは回避。代わるように黒いナニカが入り、凶刃に散る。
 しかし、黒いソレは、殖えた。
 目眩ましのようにかさかさと音を立てて殖える黒。ぐっと顔をしかめるサイコブレイド。自傷で【サイコストライク】の連続攻撃を繰り出すには、数が多すぎる。
 和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)の【蠢影】は切り裂かれ、潰されるたびにその数を増やしていくもの。一つ一つの戦闘能力が敵に及ばずとも、数を増やしていけば、それだけで脅威となる。和紋の分体たちはそうしてサイコブレイドの触手に取りついていき、クラウソニーの肉体を砕こうとするそれらを引き裂こうとする。
 跳爪鉤が触手を切り裂く。切り裂いたところから殻突刃が抉る。
 和紋自身はそうして触手による防御が薄れた隙に自らの体を滑り込ませ、斥殻紐を展開、鋼線にかかり、動きが鈍ったところを見計らい、甲殻籠手を叩き込む。
 ガッと殴打音。どうにか剣を握ったままでいたが、サイコブレイドの狙いはぶれ、妨げられる。鬱陶しげに振るわれた涌き出る触手が、和紋の分体を払う。分体がまた数を増やした。
 いくら潰し、殺したところで、仕留めたのと同じかそれ以上に殖えられては意味がない。終わらない。簡単には終わらせてやらない、という意思が具現しているかのようだ。
 終わらせない? 何をだ?
 ——生命を。
 どれほど人の道に悖る行いだとしても、生きている限り、光は射す。その光明は時に目映すぎて忌まわしいこともあるかもしれない。それでも、足掻いて生きることは「生まれたもの」たちに与えられた権利だ。自由だ。誇りだ。
 それを踏み潰されて、荒らされて、穢されてたまるものか。
 和紋は死んでいった仲間たちを助けることはおろか、手を差し伸べることすらできなかった。自分が今日まで生き延びたことは誇りだ。仲間の屍の上だとしても、生きているということはそれだけで胸を張れる事実。
 あらゆる命を継ぎ接ぎにした|この男《クラウソニー》とて、それは同じだ。
「貴様の剣、ただ壊すために振るっているのか?」
「何が言いたい?」
 苛立たしげだった。サイコブレイドの表情には怒気に混じって苦味が走る。
 クラウソニーは銃を抜いた。「生きてるヤツらを巻き込んでンじゃねェよ」と。
 和紋が拳を振るうのも、生きるものを尊ぶがゆえ。拳も、銃も、剣も、物理的にもたらすのは破壊かもしれない。だが、結果として生まれるのは本当に「破壊」だけか? 何かを「殺す」だけが武器の役目か? 武器を取る意味か?
 貴様は忘れているだろう。「それ」は貴様とて抱いていたはずの意志——
「知った風に……」
 和紋に向かって返される刃。碧眼に憤怒と殺意が宿る。|√能力者《バケモノ》になら遠慮はいらないとばかりに。
 だが、刃は止まり、サイコブレイドは退いた。銃弾が通りすぎる。狙撃されたのだ。
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は当たらなかったことなど無視し、クラウソニーの元へ。斧でクラウソニーに取りついた触手を切り払い、新たに繰り出された触手も弾いていく。
(こんな能力を隠し持っていたのに、今まで使わなかったのか)
 クラウスは他の任務でもサイコブレイドと交戦した経験がある。どの任務でも、サイコブレイド自身が剣を取るときは、【潜在能力解放】は使われなかった。彼は√能力者を相手取るとき、標的のAnkerを人質にするような真似もしてこなかった。
 今も、√能力者が介入してから、クラウソニーを解放することはないが、痛めつけることはしない。悪であろう、悪を行使しようと意識はしているが、染まりきれていない。
 サイコブレイドの心までが、どうしようもなく救いようのない「悪」だったのなら、どれだけよかっただろう。自分たちも、彼自身も。
 青と碧がかち合った。
「彼も他の子供たちも殺させないよ」
「ほざけ」
「余所見すんなよ、歯ァ食い縛れッ」
 短い言葉の応酬の間に、60秒のチャージを終えたハリエットが【|青天の霹靂《サンダーボルト》】を放つ。内力と電磁パルスの込められた強烈な一撃にサイコブレイドは呻く。
 チャージ中のダメージがハリエットに返るが、致命傷は避けていたし、ドーピングで痛覚も鈍っている。一拍も置かずにハリエットは怪力で強引にサイコブレイドを捕縛。そこにタイミングを合わせ、和紋が重量を乗せた拳で、サイコブレイドの腕ごと剣を打ち砕こうとする。
 剣は砕けてはくれなかったが、腕の役割を為していた触手は、ぐぎ、と不快な音を立て、形を崩す。和紋はその手から零れ落ちる剣を蹴飛ばして遠ざけた。
 潜在能力解放は剣の能力ゆえか、剣が手から離れると効果が緩んだ。クラウスが残る触手を一薙ぎ、クラウソニーを解放する。
 息を詰めていたクラウソニーが短く礼を言うのを聞きながら、クラウスは駆ける。
 Anker候補か否かは関係なく、死人は少ない方がいい。もちろん、既に誰かのAnkerである者だって、死なせる気はない。
 Ankerを喪失することの怖さは、おそらくサイコブレイドの方が知っている。それゆえの迷いや躊躇いを見るたび、本来の彼は優しいひとなのだと、Ankerを大切にする真っ当な√能力者なのだと痛感する。
 死人は少ない方がいい。そもそも殺したりなんてしてはいけない。一般人で|誰かの大切な人《Anker》なら、尚更。
 自分にのしかかった不幸を、誰かに強要してはいけない。そういう当たり前をサイコブレイドはわかっている。わかっていても、やるしかない。
 |悪《ここ》からの帰り道を見失っている。
 守るべきものがあるから。
 守るべきものがあるのに。
「そのようなことのためにしか剣を振るえないのなら、貴様の意志など腐っている」
 腕を砕いた和紋が、その肩も砕こうと拳で貫く。
「ならばこちらは、“護る”意志を通すまでだ」
 和紋の言葉に、サイコブレイドは瞠目した。
 不意を衝かれたようにその体から力が抜ける。その変化を奇妙に思いつつも、ハリエットはサイコブレイドを捕縛した状態を緩めず、和紋も勢いのままに籠手を打ち付けた。
「ぐ……」
 その衝撃に、サイコブレイドは苦悶を浮かべた。ハリエットの捕縛から解放され、膝をついたものの、戦意は完全には消えておらず、触手で剣を引き寄せた。
 和紋に砕かれた片腕は、回復の兆しもなく垂れ下がったまま。残る腕で柄を握りしめ、眼前に迫ったクラウスと対峙する。
 クラウスの拳に炎が宿っていた。それは【人類怒りの一撃】という√能力であるが、チャージされた【消えざる魂の炎】が……クラウスの中に灯る心が映すのは、怒りというよりは決意だった。静かな決意。戦う決意であり、護る決意であり、相手の全力とぶつかる決意である。
 護るべきものがあるうちは、死なないという決意。
「……、っ……!」
 何かを言葉にしたかったのだろう。サイコブレイドはそれを言葉にすることができなかった。喉から出てこなかった何かを無理矢理飲み下して、剣を構える。
「拳に炎を宿して、庇護対象を守って、ヒーローにでもなったつもりか? こんな世界で。……こんな世界で」
 碧眼を歪めながら、嗤いたげに吐き捨てる。あまりに苦しい捨て台詞だ。
 その言葉に、ハリエットがぴくりと眉を跳ね上げる。
「……ヒーローはいない、ヒーローを気取るなとでも言いたげだな?
 ハッ、違うね。こんな世界で生きて、誰もが誰かを支える礎になってる。なら、死んだやつだけじゃねえ、生きてるやつも、それだけでみんなが何かしらのヒーローなんだよ」
 言いながら、背後から不意討ちの足払い。サイコブレイドの態勢を崩させる。
 クラウスの【燃え盛る拳】が崩れたサイコブレイドの横面を殴り飛ばす。
「一人で戦うお前が負けるのも道理ってわけだ」

 √ウォーゾーンでは特に、「一人で戦っている」存在などない。
 一人では敵わないことを知っているから。

 護る。護りきる。
 それは、一人では叶わないと知っているから。

不動院・覚悟
パドル・ブロブ

●何度でも
 解放されたクラウソニーは弾き落とされていた自分の拳銃を拾う。拾わなくても、もう一つ、銃はあった。けれど、その拳銃もまた、替えの利かないものだった。
 少し古びたリボルバー拳銃。左腕の持ち主のものだったと聞く。左腕をはじめとし、クラウソニーのパーツとなっている人物は全て故人だ。故人の持ち物は支給品や既製品であろうと唯一のものである。代わりなんてない。
 だから、丁重に扱わなければならない。それに、持ち主の利き腕と共にあることで、この銃もただ使うより真価を発揮する。
 或いは、そういう検証の意を持って、託されたのかもしれない。
(工兵殿や軍にどんな意図があろうと、俺だって戦うからにゃあ、持てる全力を尽くす)
 そのために銃を取った。
 けれど、黒い触手はまた生えてきた。量は先程と比べると減ったが、サイコブレイドは死んでいないし、まだ余力がある様子。
 だが、それらはクラウソニーを捕らえる前に打ち払われた。
「クラウソニーさん、さっきはお話聞いてくれて、どうもありがとう!」
 パドル・ブロブ(ただちっぽけな雫・h00983)が颯爽と現れた。【|擬態解除・外星体混合形態《グロテスク・ブロッブ・モンスター》】で不定形生物を溢出させながら、サイコブレイドの触手に対処する。
「この場を切り抜けたら、エナさん達にもお礼を言わなきゃ。一緒にみんなのところに戻ろうね」
「ああ!」
 パドルの手助けもあって、体の自由が利くようになったクラウソニーは、左手の銃で触手たちに牽制射撃を放つ。
 向こうから、チッと舌打ちが聞こえた。触手だけではクラウソニーを捕らえていられないと踏んだのだろう。サイコブレイドが迫ってくる。
 そこへ、近寄らせないとばかりに銃撃が降り注いだ。
 蒼炎があたりを囲んでいる。不動院・覚悟(ただそこにある星・h01540)の【守護する炎】だ。【守りたい】という意志の表れ。
「サイコブレイドさん、実は僕はあなたに会いたかったです」
「叶ってよかったな!」
 皮肉と共に【サイコストライク】の一撃を放つサイコブレイド。左腕全体を振るって切り上げられたそれを覚悟は鉄壁やジャストガードの技能を駆使しつつ、右手をカウンター気味に出して受け止める。触れる掌。サイコブレイドの顔が歪む。
 ——√能力無効を使うか。厄介な。
 【サイコストライク】はただ高命中の一撃を放つ√能力ではない。片目・片腕・片脚・腹部・背中・皮膚のうち一部位を破壊すればすぐ再行動できる。続けざまに攻撃することが叶う。
 もちろん、破壊できる部位に限りはあるし、体の一部分を破壊するのはデメリットだ。リスクの高い能力である。それを使いこなすのは手練であるからと、√能力者だからだろう。
 覚悟が止めた理由は、サイコブレイドがリスクを踏まえた上で使うとわかったからだ。けれど、理由はそれだけじゃない。
「予兆を見ました。あなたの手をこれ以上汚すようなことはさせたくないです」
「それが叶うなら俺もこんなことはしない」
「そして」
 聞き入れようとしないサイコブレイドに対し、覚悟は少し声高に唱える。
「『自分のために手を汚し続けてきたのだ』とあなたのAnkerさんが笑顔をなくさないために、あなたを倒します」
「——っ」
「いきます」
 覚悟が宣言と共に怪力でサイコブレイドの腕を押さえ続けようとするが、一歩早くサイコブレイドは薙ぎ払いの所作で逃れる。√能力を封じられるとわかっているのなら、技能のみで応じるだけだ。
 切り込み、切断および部位破壊を狙って剣を振るうサイコブレイド。見切りと第六感を駆使して回避しつつ、覚悟も応戦する。【阿頼耶識・羅刹】を発動できるよう振る舞いつつ、重量攻撃を乗せて武器落としを試みた。

 少し前、エナたちと別れる前に、覚悟は三人と話をした。自分の√能力で戦場に呼び出すことができる。もしよければ、それで力になってもらえないか、と。
 マキから放たれた「力になれませんか?」という言葉に応じたかったのだ。異様な状況、仲間が不発弾から漏れたとおぼしき危険物質の影響を受けるのを目の当たりにしている。先に待つ敵は戦闘機械群ではない。いつもと勝手が違う。どんな力を持ち、どれほどの強さかもわからない。それでも「力になりたい」という言葉が自然と零れたのだ。
 その勇気を、優しさを、意志を「危ないから隠れていてくれ」だけで遠退けることは覚悟にはできなかった。
 【阿頼耶識・一蓮托生】。【一蓮托生の灯火】を預かることで、覚悟はAnkerを戦場に呼び出すことができる。発動条件は預かった灯火が破壊されたときなわけだが、それは自発的な破壊でも可能だ。
 Ankerは守るべきものだ。けれど、常に戦いが共にある覚悟にとっては守るだけが全てじゃない。共に戦うこと、そうして信頼を……命を預けられることもまた、Ankerと√能力者の形の一つと思う。
「三人全員は無理です」
「ええ。シェルターにも人手は必要でしょう。それに、無理強いするわけではありません。これから相対するのは『外星体サイコブレイド』と呼ばれる強敵です。了承を得ずに危険な戦いに赴かせることはしません」
「なら、エナはヒューイのそばに。私が行きます」
 マキがてきぱきと答え、どうすればいいですか、と覚悟に問いかけた。
 力になりたいと言ったのは私ですから、とマキは眼鏡の奥から決意に満ちた眼差しを注いでいた。

 マキから預かった【一蓮托生の灯火】がある。これを破壊すればマキは√能力者となって召喚され、戦いに加勢してくれるだろう。
 そのためのタイミングを見計らっていた。が、狙いに気づいているのかいないのか、ただ純然たる剣技のみによるサイコブレイドの猛攻は止まない。
「サイコブレイドさん!」
 そこに、パドルが駆けてきた。流星のような速さで、不定形のナニカを溢出させながら走るパドルの目は星の煌めきを宿している。
 忌まわしいほどに輝かしいその姿に、サイコブレイドは顔をしかめる。その瞬間にはパドルの顔は目の前にあり、その手に閃く片手剣がサイコブレイドの剣と鍔迫り合う。
「僕はあなたのその触手、カッコいいと思うよ!」
「そうかい」
「あのさ、この施設にあるお墓は見に行った?」
 サイコブレイドは答えない。強引にパドルの剣を払いのける。パドルは弾き飛ばされながら、やっぱり強いや、なんて不敵な笑みさえ見せた。
 答えがないことに構うことなく、距離を詰めて剣を振るう。
「ここにはね、戦争やその後始末で亡くなった人たちのお墓があるんだよ。さっきお参りをしながら、お話を聞いたんだ」
「そうか」
 サイコブレイドの碧眼に、微かに寂しげな光が灯る。この暗殺者も、死者を悼んだりするのだろうか。
「ねえ、サイコブレイドさん。クラウソニーさんが、死んだ人の身体を継ぎ接ぎにしたAnkerだって知って、身体を粉々にしようって思ってる?」
「さてな」
 剣閃。
 ジャブのような軽さからの踏み込み。サイコブレイドとパドルのタイミングは示し合わせたかのように重なる。
「でも、もしAnkerの身体を粉々にしても、次はお墓がAnkerになって」
 ガッ
「お墓を粉々にしたら他の物や思い出がAnkerになるんじゃないかな」
「終わりがないな」
 キンッ
「そうだよ!」
 ガッ! 軽かったのは先の一回のみ。言葉の応酬の合間に繰り出される剣は、接触こそ一瞬であるものの、一つ一つが重い。
 双方一歩も退く様子はないが、続く一撃はパドルの方が速く踏み込んだ。
「Anker抹殺計画なんて、きっと永遠に終わらないよ、サイコブレイドさん」
 怪力を乗せて薙ぎ払い、パドルは叫ぶ。
「このままじゃだめだって、あなただって分かってるはずだよ!!」
 永遠に終わることのない任務を続ける意味は何? Ankerが人質に取られている? Ankerは守るべきもので、√能力者が何よりも優先するものだ。それは正しい。それを人質にされたら従うしかない。
 けれど、それじゃあ、このままでは一生体のいい奴隷として使われ続けるの? 外星体同盟の、プラグマの、赦されざる悪たちの。
 完了する宛のない任務のために、戦い続けるのか? たとえそれを雇用主が気づいていないとしても、
 ……気づかれたら。
「っ、誰も彼もがそう柔軟にAnkerを変遷させられるわけがないだろう!? 墓標も砕く、思い出だろうが故郷だろうが、どうにかして消してやる!! いつか、お前たちが諦めるまで、何度でも!!」
 咆哮と共に放たれる剣と触手。パドルが剣を受ける。迫る触手は銃撃によって粉砕された。
「だったら私たちは、諦めません!! 諦めてなんて、やるものですか!!」
 そう言いながらアサルトライフルの狙いを澄ましていたのはマキだ。マキが撃ち漏らした触手は覚悟が破壊している。
 【阿頼耶識・一蓮托生】で呼び出されたAnkerはその意志が具現化した形で武装される。マキの装備は平常時とそう変わりない。
 何故なら、彼女には「戦い続ける」という意志が常日頃よりあるから。生身のままだろうと、√能力者になれなかろうと、戦い続ける。抗い続ける。
 |特別《ヒーロー》なんかになれなくても、志だけは折れない。
 マキは狙撃手だ。後方支援のことが多い、どこにでもいる一般的な学徒兵。エナのように感受性が極端に高いわけでもなければ、ヒューイのように利他精神が強いわけでもない。
 それでも、仲間が苦しんだり、傷ついたりしたなら、それに寄り添いたいと願う。その心を救いたいと祈る。人並みに、自然に、そうするのだ。
 せめて、エナやヒューイが倒れたとき、自分だけは、立てるようにしておこうと前を向いている。でも、冷淡なわけじゃない。冷静なわけでもない。そのように見えても、マキの中にはいつだって、炎があるのだ。
 エナが敵であるものの痛みに泣き叫んだとき、真っ先にその折れそうな心を叱咤するのは、いつもヒューイだ。マキはそれで足りない部分を補って、エナが立ち上がれるようにする。
 怪我を押して前に出ようとするヒューイを窘めるのはエナだ。マキは言葉をかけるより、問答無用で救護室に放るのが役割だ。
 二人のようにはなれないし、なりたいと思っているわけじゃない。二人それぞれの痛みや苦しみはあるだろうし「いいな」なんて口が裂けても言えない。
 けれど、エナのような感受性で、もっと人に寄り添えたら、ヒューイのような利他精神で、誰かの命を救えたなら、それは歴史に名前が残らなくても、英雄みたいだと思うのだ。二人はきっと、特筆すべきことのない自分より、特別だと思うのだ。
 ——けど、特筆することがないからって、何もできないわけじゃない。
 ならせめて、諦めない。
 諦めてなんてやらない。絶望なんて、このセカイじゃその辺の石と同じ顔をして転がっている。√能力者にとってのAnkerがどんなかなんて知らない。でも、大切な人が殺されそうだから何? 守るために、救うために取る方法が、どうして「正しくない」とわかっていることなの?
「もう諦めている人なんかに、心で負けてたまるものですか。失っていないだけあなたはまだ幸いなんですよ。喪いたくないものがあるというのなら!! 人から奪わないで!!」
「小娘が!!」
 触手がマキの足元から生える。が、それはマキの動きを止めることはなかった。クラウソニーがクイックドロウで撃ち落としたから。
「だったらその小娘に言い負けてんじゃねェよ、伊達男!」
「このっ、」
「さっきより勢いがねェぞ、燃料切れかァ!?」
 何度も叩き、打ち砕いてを繰り返したからか、サイコブレイドの触手は質も量も落ち込んできている。クラウソニーとマキだけでも対処できるほどだ。
(——なら、)
 苛立たしげでありながら、どこか必死さを宿すサイコブレイド。パドルはその眼前に回り込んだ。クラウソニーとマキの方に行かせない意図もある。
 けれど、まず、
「死ぬまで戦い続けるつもりなら、」
「っく……!?」
 ばちり、パドルと目が合ったことで、サイコブレイドは当惑する。ここまで幾度と打ち合い、合わせてきた目だ。だのに、何故か今、体が硬直した。
 パドルの目から放たれる青い閃光。それは感覚器官を狂わす効果を持つ。そこから光の鎖での捕縛に繋げ、「星の光」が象っていた片手剣をパドルは袈裟懸けに振り下ろす。
「今日は死んで帰ってもらう!!」
 ——この人を、斃す!!
 サイコブレイドはパドルの【|星光《ヒカリ》の戟・連】を受けながらも、カウンターを狙っていた。しかし、握りしめようとした剣は、覚悟がすかさず籠手を入れたことで落とされてしまう。
 油断のない覚悟の右手を見、ぎりと歯を噛みしめながら倒れるサイコブレイド。
 もう起き上がれない負傷とはわかったが、覚悟は剣を蹴り飛ばし、サイコブレイドから遠ざけた。目を伏せるようにして、倒れたサイコブレイドを見下ろす。
「ごめんなさい」
「何がだ? 殺すことをか? 今更……デッドマンの男や学徒兵を守りきれてよかったじゃないか」
 昂りはそのままなのか、サイコブレイドの口はよく回る。冷笑を向けられ、それでも覚悟はそのままの誠実さで告げる。
「あなたの心に、土足で踏み入れました」
「っくく、それも今更な話だ」
 天を仰ぐ。空はいやに青かった。
「Anker抹殺なんて、人の心を土足で踏み荒した挙げ句、去り際に一面を爆破するようなものだ。俺の野原が踏まれたくらいで文句は言えん」
 言う資格が、ない。
 男はそこで、口を閉ざした。喋りすぎたと思ったようだった。
 けれど、ややあって一言だけ告げる。
「先の宣告を、訂正する気はない」
「どれですか?」
「墓だろうが思い出だろうが、俺はAnkerを抹殺する」
「なら、そのたびに止めます」
 覚悟の真っ直ぐでシンプルな言葉が届いたかはわからない。
 男の体は再構築のために透明となり、消えた。

『せめて、赦されざる悪を全うせねば、死にゆく者達に申し訳が立たぬ……』

 死を悼む心がなければ、そんな言葉は出ない。
 戦闘が終わり、静謐を取り戻した墓地で、クラウソニーとマキにサイコブレイドについて軽く説明をした。
「やっぱり。ただのヒトじゃねェかよ」
 苦笑と共に、クラウソニーがそうこぼす。
「俺はサ、√能力者をバケモノと思ったこたぁねェんだ。どんなナリをしててもよォ、譲れねェモンがあって、それを戦う理由にしてる。人間と何が違うッてンだ」
「でも、譲れないもののためでも、誰かを殺すために戦うのは」
「人それぞれに価値観はあって、正しさも違う。それ以上は言ってやるな」
 言いかけたマキの言葉を遮り、エナにしていたのと同じようにくしゃくしゃと撫でる。
「奴さんも色々言葉を飲み込んでるみてェだし、正論は時にどんな銃火器より暴力的だ。わかってっから、あっちもこっちもやるせねェんだろォよ」
 灰色の目はどこか遠くを見て言った。それから笑みの滲む瞑目により、瞳の色は窺えなくなったが、どこか誤魔化しているようにも感じられる。思うところがあったのか、結局ヒトと評した相手の「何か」に気づいたのか。
 それを語るより、人々の遺品を紡がれた男はニカッと笑った。
「ともかく、今回は助かった。よかったら、飯食ってかねェか? 量に余裕があるワケじゃねェが、エナとの約束もあるし、今日は俺が腕にヨリをかけるぜぇ」

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト