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パラレル・アイスクリーム

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ミルグレイス・ゴスペリジオン

 ミルグレイス・ゴスペリジオン(魔境を巡る舞軍師・h02552)が雪のダンジョンへ足を運んだのは、ほんの気まぐれだった。
 足元には白銀の石畳。壁には蔓薔薇のような氷の結晶が咲き、息吹けば砕けそうに脆い。涼しいが寒すぎず、冒険者にとっては絶好の避暑地だ。

「今度、|パパ《師匠》も此処に連れてこようかなぁ」

 軽やかな足取りで石畳の道を行く。靴音が冷えた空気に反響した──その時、地形がぐにゃりと歪むような違和感。

 目の前の光景は明らかに変貌していた。
 夕暮れ。仄暗いビルが立ち並ぶ街角。雨上がりの湿ったアスファルトの臭い、遠くで響くサイレン、生ぬるい風。

「もしかしてまた、迷子?」

 ぱち、ぱちと瞬き。左右で少しだけ色の異なる瞳が、物寂しい黄昏を映す。
 迷子はいつものことだった。彼女にとってはもはや世界の仕様。パパも最近では怒る気力や呆れその他諸々を通り越し、“無”の境地に達していた。
(……でも、結局はいつも待っててくれるし)

「ま、いっか!」

 世界が変わっても驚かない。ミルグレイスは笑い、軽快に歩き出す。
 その遥か後方、自販機の前に立つスーツ姿の男が、少女の後ろ姿を一瞬だけ見つめていた。目の光だけが異様に鋭い。男はゴーストモバイルを取り出し、指先を滑らせる。

「はい。『反逆の扇動者』の姿が。仮面は外し、おそらく人に紛れようと……」

 通話を終え、男はあくまで通行人のふりをして街を去った。



 この√もまた暑い。日陰を選んで歩いていたミルグレイスは、偶然見つけたコンビニでアイスを手に取った。冷たいスイーツに浮かれていると、レジの人がぽつりと呟く。

「あれ? さっき買われたアイス、もう食べ終わったんですか?」
「んえ?」

 ミルグレイスは小さく首を傾げたが、店員はただ不思議そうな表情を浮かべるばかり。

(誰かと間違えた? それとも)

 そう思いつつ退店直後、アイスの袋を破った瞬間、空気が変わった。周囲に集まり出したのは、汎神解剖機関の制服や防護服の者たち。視線は明確な敵意を孕んでいる。

「やっと見つけました、『叛逆の煽動者』。今度こそ確保を」
「……は?」

 訳が分からない。でも、言い逃れが通じない雰囲気は伝わってくる。

「ちょっ、アタシは違──」
 アイスを袋に戻し、ミルグレイスは全力で走り出した。



 地を跳ね、柵を飛び越え、細い路地へ。冒険者として走るのは慣れている。でも頭は追いつかない。

(何で!? アタシと似た誰かが? さっきの店も変だったし……!)

 息を殺し、壁に背を預けてしばらくすると。足音が遠ざかり、漸くミルグレイスは安堵の吐息を吐いた。

「って、あーもう、アイス溶けてるし」

 袋の中のアイスは柔らかくなっていた。涼みに来たはずが、これでは逆効果だ。

(パパに連絡入れて帰ろっと)

 迷子の時は報告、トラブルに巻き込まれたら即撤退──それが鉄則。
 スマートフォンを取り出そうとした、その時。

コツ、コツ、と。コンクリートに靴音が響く。

「アイス、まだ無事だったんだね。よかった」

 現れたのは、黒いドレス姿の少女。仮面に描かれた赤い一つ目の意匠。唯一覗く口元は、何処か意味ありげな笑みを浮かべていた。
 ミルグレイスは身構えながら観察していると、少女はその様子を面白がるように、仮面に手をかける。

「アタシに用?」
「用といえるほどのことは無いよ。ただ、ボクは気になっただけ」

 少女が仮面を外す。ぱさりと落ちた長髪も、黒い瞳も瓜二つ。ミルグレイスが息を呑むのも当然だった。瓜二つの少女が、微笑む。

「キミには、パパ(おとうさん)がいるんだね。」


「……アンタ、誰?」

 ミルグレイスは目の前の“瓜二つの自身”を警戒しながら問いかけた。

「誰って聞かれると困るな」

 少女はわざとらしく肩を竦め、くすくすと笑う。

「ボクは“クラレント”。キミに似てるけど、キミじゃない」
「ってことは、アタシを追ってたアイツらって……」
「多分、ボクのことを探してたんだと思う」

 さらりと、他人事のようにクラレントは言う。自分が完全なとばっちりを受けたと知り、ミルグレイスはがくりと肩を落とした。

「それよりもさ。父親がいるって、どんな感じなんだろう」

 クラレントは、小さく首を傾げた。その様も、癖も、ミルグレイスと酷似している。

「ボクにはそういうのに縁がなかったし」

 黒く、何処か空虚な瞳。
 クラレントはミルグレイスに近づくわけでもなく、ただ少し首を傾げて──

「もっと話したいけど。ボーッとしてて、いいのかな?」

 冗談のような口調だった。

「……そうだった。帰らなきゃ」

 はっとして、ミルグレイスは足元を見る。半分溶けたアイスの袋が、しんなりと揺れている。スマホの画面に、未読一件。
《また迷ったんだろう。無事なら早く戻れ》

 淡々とした文面に、口元が緩んだ。ミルグレイスのその様子にクラレントは何も言わず、ただ笑って手を振り、帰路を見送った。

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