溽暑の雪月花
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いよいよ暑くなってきた6月のある日、√能力者は√ウォーゾーンのとある研究所へやって来た。
「来てくれたか。集まってくれたことに感謝する」
雑然とした研究室を訪れた√能力者に向かって、精悍な雰囲気をした老人――地大・鳳明(教授・h00894)が落ち着いた声で一礼する。
十二星座から「ゾディアック・サイン」を得て、将来起こり得る事件や悲劇を予知できる√能力者、星詠みの一人だ。
つまり、どこかしらの世界で危険な事件が起きたということに相違ない。
「お前さんらに今回向かってもらいたいのは、√EDENだ」
√EDENは異世界からの侵略に抗う戦力がほとんど存在しないにもかかわらず、全ての次元の中でも、最も多くのインビジブルを有する世界だ。
最も弱く、最も豊かな約束の場所。
それ故に、この世界は多くの侵略者から狙われている。
「ジェミニの審判でインビジブルの凶暴化が起きておる。その影響で現れた『簒奪者』を倒して欲しい」
現れたのは鶴見と呼ばれる鶴の神霊だ。いや、『元』を付けた方が良いのかもしれない。
かつて彼女は、√EDENを守護する強大なインビジブル「護霊」だった。
『簒奪者』との戦いで消滅したと思われた彼女だったが、何故か邪悪な意思を得て戻ってきたのだという。
「鶴見は√EDENにあるインビジブルの溜まり場に現れようとしておる。そこのインビジブルを根こそぎ奪い、自分の力にしようとしている訳じゃな。彼女がたまり場の力を手に入れたら、大ごとになる。その前に止めて欲しい」
鶴見が現れるインビジブルのたまり場は、関東近郊の海辺だ。
インビジブルの力の影響か、比較的浅い海の底に美しい花の咲き誇る花畑があるのだという。
「溜まり場に向かう鶴見を迎え撃って欲しい。じゃが、もう一つ相手にしてほしいものがおる」
鶴見はその力で、√ウォーゾーンより戦闘機械を呼び込んでいる。
連携を取るつもりが無いのは幸いだが、無作為に暴れさせて世に混乱をもたらそうとしているのだろう。
こちらも放っておくわけには行かない。
「もし、首尾よく『簒奪者』たちを撃退することに成功したのなら、件のインビジブルのたまり場で休んでいくと良いじゃろう」
次第に暑くなってきた時期だ。シーズンには少々早いが、涼しい場所で水遊びと言うのも悪くはない。
「さて、決して簡単な戦いではないが、お前さんたち以外に頼める者はいない」
戦いの人生を歩んできた老人、鳳明は真剣な目つきを√能力者たちに向ける。
「準備は良いか? お前さんらが無事に帰ってくるのを待っているぞ」
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人気のない入り江を1人の女性が歩いていた。
美しい黒髪を持つ、着物姿の女性だ。正直、このような場所にはそぐわない。
しかし、本当に不自然なものは別にあった。
雪だ。
既に各地では真夏のような暑さが観測されているというのに、空からは雪が降っていた。
『簒奪者』と化した護霊の起こす超常の一端であろう。
その瞳から彼女が何を考えているかを読み解くことは出来ない。
しかし、その神秘的な美しさは、邪悪に堕ちてなお、いや邪悪に堕ちたからこそ、一層の輝きを放っていた。
第1章 ボス戦 『失われたはずの護霊『鶴見』』

白紅・唯案(おしまい・h05205)にとって、事件というものは〆切り直前の修羅場に起きるものだ。
今日もコンビニで飯を買った帰りに、気が付けば雪の降る海辺にいた。しかもこれ、6月の太平洋側なのである。
「勘弁してクレメンス」
思わずそんな言葉が口をついて出る。
しかし、そんな状況であっても、何をすればよいのかは分かる。
目の前にはこの場所に不似合いな、着物姿の女がいるのだ。こういう手合いは、悪事を企む『簒奪者』と相場が決まっている。
「ま、しゃーなし、やったるで」
そうと決まれば話は早い。早速戦闘準備をする唯案。
一方、『簒奪者』は魔力のこもった反物を生み出し自らの力を増すと、唯案を凍えさせようと、雪の勢いを増してくる。
そんな中、唯案は……唐突に歌い出した。
「今日は特別や、いあんちゃん直々のセルフカバーを披露したるぞい」
唯案はレゾナンスディーヴァ――歌声で世界を塗り替えていくと言われる能力者だ。
こんな凍気など、恐れるに値しない。
むしろ、細かい状況など気にせず、自分の世界を押し付ける方が、調子が出るというものだ。
「今のでいいフレーズ思いついたわ~サンガツ」
歌うだけ歌って、唯案は戦場を後にする。
彼女にとって、本来の戦場はここではないのだから。
雪のちらつく真夏の浜辺で、アメリア・ウィスタリア(博士の作品・h03849)は『簒奪者』と相対する。
元は鶴の神霊だという『簒奪者』は、黒い髪を長く伸ばした和装の美女だ。
長い金髪をウェーブさせているアメリアとは真逆のタイプといった所だ。
「あちらが標的ですね? 承知いたしました」
普段はおっとりとして、お茶の時間を好む穏やかな性格のアメリア。しかし、相手が『簒奪者』とあってはそんなことも言っていられない。
対する『簒奪者』も、アメリアを敵と認識したのだろう。魔力のこもった反物を生み出し自らの力を増し、吹雪を以って凍てつかせようとしてくる。
「「レイン」起動」
しかし、それよりも先に攻撃を開始したのはアメリアだ。
アメリアの周囲に展開されたレイン兵器が、雨のように光を降らせ、周囲の雪を溶かしていく。
そう、アメリアは√ウォーゾーンにおいて、人類が開発した決戦気象兵器「レイン」を扱うレインメーカーだ。
規格外の力を秘めたこの武器の前に敵はいない。
「ひとまずは、こんなところですわね」
『簒奪者』が距離を取った様子を見て、アメリアはようやくほうっと息を吐いた。
「元神霊……油断できない相手だな」
暁・千翼(幻狼の騎士・h00266)は用心深く、『簒奪者』の姿を観察する。
海辺に現れた『簒奪者』は、かつて護霊だった存在だという。しかし今や、災厄と化し、世界を脅かすようになってしまった。
もしもこのまま放置してしまえば、真夏の日本を凍り付かせてしまいかねない。
本来は穏やかな性質の千翼だが、冷静にならざるを得ない。
「とある雪の日のことです……」
そんな時、『簒奪者』は美しい唇から「鶴の恩返し」の物語を紡ぐ。すると、周囲の雪は激しさを増していく。
その中に紛れ、飛んできた氷柱は千翼を貫かんとする。
「ゆっくりとはしていられないかな」
氷柱を両手に構えた詠唱錬成剣で叩き落す。この場で今の攻撃を回避しきることは難しい。なら、こうしてしまうのが最適解だ。
と言っても、それほど長々とこうやっている訳にはいかない。
千翼の身体はインビジブル受容体。体調を崩しやすい身で、長期戦は悪手だ。
だが、そんな千翼が慎重な戦い方をしているのにも、理由があった。
「錬成完了!」
千翼が手に握っていた双剣を組み合わせると、1本の大剣へと姿を変える。
そして、大剣は次第に熱を帯びていく。
千翼の得意とする錬金術による産物だ。
「お返しだ!」
距離を詰めて、大剣による一撃を加える千翼。
相手の戦い方を分析し、最適の一撃を放つ。それは、極めて理に叶った、必勝の戦闘法だ。
「ヒュー♪ テロリストの手も欲しいとは、このことデスネ」
アノマニス・ネームレス(塔の魔女・h00202)の前に広がるのは、夏も近づくというのに、雪のちらつくという奇怪極まりない光景。
しかし、そんな景色を前にして、長身の魔女はさも愉快そうに笑って見せた。
アノマニスは心霊現象を扱うテロリストにして、人の形をした災厄である。
そういう意味で、目の前の光景を作り出した『簒奪者』とは、相通じるものすら存在する。
「迷える子羊を導くのも我輩の使命でありマスカラネ。なぁに、ちょっとばかり派手にやるだけデス。解決すればいいんデショウ?」
心霊テロリストは標準的な倫理観に欠けた犯罪者と言われるが、アノマニスはその典型と言えるだろう。
彼女にとって、装備の準備などは必要ない。自身そのものが統一言語、己の発したあらゆる言葉が力を持つのだ。
「全ては我が言霊に従い、神に我が塔の威光を示す」
アノマニスの詠唱に導かれ、ヴォイニッチ・オリジンが姿を見せる。
誰にも読めない未知の書物と呼ばれるもの。そして、戦いの場においては頼れる武器となる。
アノマニスを敵と認識した『簒奪者』も、魔力の反物を編み、周囲の吹雪を強化する。
しかして、ヴォイニッチ・オリジンにかけられた呪いはそれを封じ、『簒奪者』へと反撃を加える。
何より、アノマニスの詠唱の速さは尋常ではない。
「かくあれかし、とそう願っておりマスカラネ」
かくして魔女は快哉を上げる。
アノマニスにとってこの場は、ちょっとした避暑くらいの感覚だったのかもしれない。
「元とはいえ鳥の神霊に氷雪系の能力、氷翼漣璃によく似ているわね。あら、私の相方はあなた達、氷翼漣璃よ」
近くの岩場から『簒奪者』の様子を伺う矢神・霊菜(氷華・h00124)。
彼女の漏らした言葉に嫉妬したのか、神霊氷翼漣璃が反応を見せていた。
しかし、共通点の多さに親近感を抱いたという程ではないが、思う所があったのもまた事実だ。
「似ている者だからこそちょっと気になるのよね。簒奪者として戻ってきた以上は倒さなくちゃいけないんだけど」
霊菜から、相方に見せていた柔和な雰囲気が、スッと消える。
相手は強敵だ。
「そう言えば、同じ系統の能力を持った相手と対峙するのは初めてね。いったいどちらの能力の方が勝つかしら?」
霊菜が念じると、ピアスがそっと輝き、氷雪が辺り一帯を白く染め上げる。
とても、この季節の景色とは思えない。
霊菜の存在に気付いた『簒奪者』もまた、細雪を周囲に降らせようとした。しかし、それより数瞬早く、霊菜は動く。
「凍てつき砕けろ!」
勢いよく飛び出した霊菜の言霊に応えるようにして、凍気が『簒奪者』の動きを封じる。
視界を奪われ、動きを封じられた『簒奪者』の攻撃など、恐れるのに値しない。
「いくら早く動けても、標的を捉えられなければ意味は無いのよ」
霊菜の手元で、腕輪が氷の槍へと姿を変えた。
そして、氷雪の目くらましと凍結、二重の拘束を受けた『簒奪者』にそれが振り下ろされる。
その一撃により、『簒奪者』は打ち砕かれる。
後に残ったのは、ほんのわずかな細雪だけだった。
第2章 集団戦 『クリプトワーム『Cetus』』

√能力者たちの活躍の甲斐あって、『簒奪者』は討ち果たされた。しかし、戦いはまだ終わっていなかった。
『簒奪者』の暴れた入り江の近辺で、機械とも生物ともつかない、奇妙な存在が行動を開始した。
インビジブルエネルギーによって孵化し、急速に増殖成長する半電子生命、『Cetus』である。
本来、『簒奪者』はインビジブルを回収した後、都市部に放つつもりだったのだろう。
周囲を凍り付かせる神霊と、ネットワークを破壊する戦闘機械。もし、実現していれば、恐ろしい被害が発生していたはずだ。
とは言え、戦闘機械群だけでも、都市部に移動したら甚大な被害を出すことは想像に難くない。
そうなる前にも、一刻も早い討伐が必要だ!
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1章クリア、おめでとうございます。これより集団戦闘となります。
1人頭、4~5体位の戦闘機械を相手にするとお考え下さい。
場所は引き続き、入江の一角になります。この付近にも自動車などがあるため、戦闘機械はそれに寄生して、抵抗を行う可能性があります。
「へぇっ、随分うぞうぞといるみたいだな」
溽暑という言葉にふさわしい蒸し暑さに包まれた浜辺を、タクティカルベストを着た少年──継萩・サルトゥーラ(百屍夜行・h01201)がゆっくりと歩いていた。
もっとも、デッドマンと化した少年に、こうした暑さなど、どうという程のものではない。
精々、武器の排熱が上手く行かないので面倒、という位の話だ。
「さぁて、やったりますかね」
継萩が戦う戦闘機械は、どこかに潜んでいるようだ。しかも、電磁ジャミングを発しており、真っ当な探知方法ではまず見つけることは出来ない。
そうすることで孵化の時を待ち、目覚めと共に人類の領域を脅かすつもりなのだ。
指揮するものはいないが、それ故に無目的に破壊をバラまくこととなるだろう。
「楽しいのはこれからだ」
そんな危機的状況だが、継萩の顔に焦燥はない。
むしろ、その口元には微笑みすら浮かんでいた。
継萩の現在の人格は、本来のそれではない。仮に構築された人格すら崩壊した後に生まれた、寄せ集めだ。
そんな彼が唯一自分の意志で生きていることを実感できる時間、それが戦いの時なのだ。
この時間を得るためだったら、どんな強敵とだって戦うし、どんな√にだって飛んで見せる。
「狙え」
そして、デッドマンの野生の勘は、戦闘機械の隠れ場所を突き止める。
入り江の一角にある、岩場の仲だ。強力なジャミングも、視認してしまえば役には立たないのだ。
継萩がガトリング砲の引き金を引くと、超強酸の弾丸が飛び出す。
戦闘機械には驚くほどに有効な攻撃だ。
そうして、継萩は次の標的を求めて歩き始める。自分の時間を楽しみながら。
日光がぎらつき、風も暑さばかりを運んでくる。
海辺だからこれでもまだマシと言うことは出来るが、それにしたって暑いものは暑い。
そんな中を、スミカ・スカーフ(FNSCARの少女人形・h00964)は、あまり顔色を変えることなく歩く。
重装備である以上、暑くないはずもないのだが、過酷な環境で歩くことは慣れっこだ。
「クリプトワーム『Cetus』ですか……」
『簒奪者』の手によって、ここ√EDENへ持ち込まれたという戦闘機械群の能力を聞いて、スミカは脅威と判定をした。
都市の防衛機構やネットワークに潜り込み、混乱を引き起こす戦闘機械。
持ち込まれたのが、不毛の荒野だったのであれば、大した脅威とは言えない。
しかし、社会基盤の多くを機械に頼っている√EDENでは、大きな被害をもたらすことだろう。スミカ自身の故郷とも言えるこの世界には、戦闘機械群への備えなどないのだから。
「やはり、ここにいましたか」
この戦闘機械群の厄介なところの1つは、ジャミングだ。これをされると、肉眼で視認しない限り、見つけることが出来なくなる。
そこで、周辺の地理を調査し、船が多数置かれているこの一角に当たりを付けた。
1人の兵士として動くよりも、戦場全体を俯瞰する方が得意な口なのだ
「マナバッテリーセット」
アサルトライフルのアタッチメントを切り替え、魔力の弾丸に切り替える。
ようやく、孵化した戦闘機械が逃亡を選択しようとするが、それはあまりにも遅い。
放たれた弾丸は、魔力を反応させて、爆発を引き起こす。高火力を出すのは得意でないが、生まれたての戦闘機械群を焼き尽くすのに、それは十分な威力だった。
「こいつはたまらん暑さだねえ」
蒸し暑い海辺を、だらしない雰囲気の男が汗を拭きながら歩いていた。
金菱・秀麿(骨董好きの異能刑事・h01773)である。
刑事の姿で、こうした場所を歩いていると、あたかも一昔前の刑事ドラマのような雰囲気すらある。
そんな彼がこの地にやって来たのは、『簒奪者』が持ち込んだ戦闘機械群の捜索を行うためだ。
戦闘機械群は卵のような姿をしており、成長するとネットワークに侵入して支配してしまうのだという。
しかも、ジャミングでその身を隠しており、捜索は極めて困難な相手である。
普通ならばお手上げな相手だが、秀麿にそうした言葉は適用されない。
「この造形は、曰く付きの趣きがあるねぇ……」
『簒奪者』の残した遺留品を手にして、秀麿は能力を発動させる。
刑事としても有能な男だが、この思念を読み取る捜査もあって、数多くの事件を暴いてきたのだ。
「ここで間違いないな」
戦闘機械群を魔術で探す、といった手段であれば、こう簡単には行かなかっただろう。
だから、主犯の思念に聞くことにした。
どんな犯罪者であっても、人に悪意を持つ以上、その思念まで消すことは出来ない。
はたして、得られた手掛かりにあった駐車場には、案の定人目につかないよう戦闘機械群の卵が隠されていた。
「これで終わりだ」
そう言って、秀麿は5連式リボルバー拳銃の引き金を引く。
正確に5発銃声は響き、5つの卵は破壊されるのだった。
「さて、今回の依頼はどんな感じかな? それにしても暑いなあ」
葬刻・ルキ(狂気のゾンビドクター・h00628)は、現れた√に関する感想を漏らす。
もっとも、本当に暑さを感じているのかは、本人にしか分かるまいが。
ルキは、いわゆるマッドサイエンティストである。ゾンビ映画を愛するあまり、自分自身をデッドマンに改造してしまったという筋金入りだ。
そんな人物が、何故わざわざ他√へと依頼を受けてやって来たのかと言うと……。
「インビジブルエネルギーで増殖成長する、半電子生命! これはサンプルの取り甲斐がありそうだ!」
ルキは医者にして科学者。
デッドマンの身体を活かして、日夜ゾンビの研究に没頭している。
そんな人物にとって、この依頼は格好の研究対象だった。
「僕のかわいいペットを紹介しよう」
海辺に現れた、半電子生命の戦闘機械。『簒奪者』によって持ち込まれたそれに対して、ルキは小動物のゾンビの群れを差し向ける。
既に孵化していた戦闘機械群は、周囲の機械を乗っ取り、ゾンビを蹴散らしにかかる。
しかし、その抵抗もほんのわずかな間が限界だった。如何せん、数に差があり過ぎた。
ゾンビの恐ろしさは、その数だ。
いつまでも尽きないその攻撃は、いつしか相手の防御を打ち破る。
こうして、ルキの研究所には、新たな研究材料が並ぶこととなった。
「機械に宿る生命体ね。たしかにコレが活動したら、今の機械に頼る社会じゃ大惨事ね。本格的に動き出す前で良かったわ」
戦いを終えた後、『簒奪者』が潜んでいた小屋にやって来た霊菜は、息を漏らす。
√ウォーゾーンより連れて来られた戦闘機械群は、戦闘面においてそこまで脅威が高い訳ではない。
だが、機械に頼る現代日本においては、極めて危険な存在となる。
「さて、周りの機械に寄生されても困るわね」
戦闘機械群を呼び込んだ『簒奪者』を倒した後、得た手掛かりを元に、潜伏場所を突き止めた。付近にボートのある一角で、ここから何処かへ移動するつもりだったのだろう。
「……だったら、その前に倒してしまえばいいわ」
霊菜が念じると、雪が止み、再び暑さを取り戻した海辺に氷のレンズがいくつも現れる。
そして、真夏の陽光を収束させれば、それは立派な熱線兵器だ。
「穿て!」
300を越える数のレンズから、戦闘機械群へ光が降り注ぐ。
中には十分に力を蓄えていないものもいたのだろう。瞬く間に細胞が崩壊して、崩れ落ちるものもあった。
「氷翼漣璃、討ち漏らしがないように協力してね」
霊菜の言葉に、相棒の神霊は踊るようにして姿を見せる。
霊菜を心地良い涼しさが包んでいき、融成流転が大鎌を思わせる姿へと変わっていく。
「ハッ!」
氷翼漣璃とタイミングを合わせ、凍気を乗せた大鎌を一閃させる。
平和を脅かすものは、1匹だって逃しはしない。かくして、持ち込まれた戦闘機械群は動きを止めて行った。
第3章 日常 『海底の花畑』

かくして戦いは終わった。
√能力者たちがそっと海を覗き込むと、そこには話に聞いていた通り、美しく咲き誇る海底の花畑が広がっていた。
また、『簒奪者』たちの恐怖から解放されたためだろう。辺りには楽しそうに、インビジブルたちが飛び回っている。
幸いにして、この辺りなら強い日光を受けることもない。避暑には最適だろう。
シーズンには少し早いが、水遊びをするのも良いだろう。望めば、インビジブルたちも付き合ってくれるはずだ。
海に入らずとも、海底の花畑を眺めてゆっくりと時間を過ごすのも良いだろう。もちろん、間近まで泳いでいったって良い。
√能力者たちの戦いは過酷だ。
こうした安らかな時間は、何よりの報酬と言えるはずである。
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2章クリア、おめでとうございます。これより日常シーンとなります。
海辺で平和な時間を過ごすことが可能です。泳いだり、のんびりした時間を過ごしたり、自由にお使いください。
親しい方やAnkerの方を連れてきて、一緒に過ごしていただいても構いません。
プレイングをお待ちしております。
「わぁ、楽しそう!」
目の前に広がる不可思議な光景を前にして、若命・モユル(改造人間のジェム・アクセプター・h02683)は嬉しそうに声を上げた。
話を聞いてやって来た先は、海。
それも、海底に花が咲き誇り、インビジブルが飛び交う、√EDENにも稀な場所である。
まだ幼い、好奇心旺盛な少年にとっては、興味を惹かれる場所だ。
「え? 何? オイラと競走したいの?」
やって来たモユルに話しかけてきたのはインビジブルたちだ。
自分を見ることが出来る子供に興味を持ったのだろうか。
「よーし、負けないぞ!」
悪の組織に捕まり、改造人間となったモユルは、双子の兄弟とも別たれて、『普通の生活』を送ることが出来なくなってしまっている。
しかし、集まってきたインビジブルたちと一緒に海辺を走るモユルの姿は、どこにでもいる小さな子供だ。
インビジブルたちも、どこかでそんなモユルの寂しさを感じ取ったのかもしれない。
明日はまた辛い戦いが待つのかもしれない。
それでも、今日の喜びは、また明日の戦いを支えてくれることだろう。
戦いを終えた霊菜が海辺に立つと、そこには幻想的な光景が広がっていた。
海の底が様々な色に彩られ、静かに揺らめいている。
海の生き物を思わせる半透明のインビジブルたちが、空を海を、楽しそうに飛び回っている。
楽園とはこのような光景を言うのかもしれない。
「事前に聞いていたけど、本当に綺麗な光景ね。ダンジョンでもないのに海底に花畑があるというのは少し不思議だわ」
√ドラゴンファンタジーは、世界の性質上、こうした不思議な地形は多々存在する。
√EDENでこうした場所は珍しいだろう。
せっかくだからと、霊菜は娘へのお土産を探すことにする。
程よい大きさの巻貝など、夏の海とさざ波を感じられるし、喜んでくれるだろうか。小さい貝殻を瓶詰にしたものなど、良いかもしれない。
「氷翼漣璃、あなた達も零が喜びそうなものを探してくれる? あ、生き物は駄目だからね?」
霊菜に頼まれた氷翼漣璃は、近くのインビジブルたちと共に、お土産を探しに飛び立った。
慌てて付け足した訳だが、結果はどうなることか。
生き物でも喜んではくれるのだろうが、持って帰るのに難儀してしまうので、お土産にするのは避けたいところだ。
「こんなものかしらね」
ある程度、貝殻も揃ったところで、霊菜は戻ってきた氷翼漣璃と水中の花を摘み、花束を作ることにした。
海水を汲んだ瓶に挿しておけば、萎れることはないだろう。
帰る頃には、美しい月が花畑を照らしていた。氷翼漣璃は軽く鳴き、インビジブルたちに別れを告げる。
夏はもう始まっていた。