8
【王権決死戦】◇天使化事変◇第5章『雄羊の数え歌』
「……やはり外からではあれの魔術のせいで中々辿り着かないな」
巨大な蛇となったマルティナにしがみつくダースは、しばらく上っても一向に届かない塔の頂を見つめている。それから、自分の胸に空いた穴に触れながらため息をついた。
「全く、彼らのせいで振り落とされてしまいそうだ」
その呟きの最中に、辺りで舞っていた黒いオルガノン・セラフィムが爪を閃かせ、羅紗魔術でしのぐ。無数の守護者たちは侵入者を阻むようにして迫り、しかし尽く蹴散らされていった。
ダースは自身の右手に魔術をかけ、蛇の背に固定しつつ|後ろ《下》を振り返る。
「エド君も大変そうですね。しかし、彼らは追ってこれまい」
従者に跨り追ってくる少年越しに、地上で足止めされている√能力者たちを睥睨した。
「せいぜい弱らせてくれるとありがたいが、期待しすぎかな」
エドの操る白いオルガノン・セラフィムへと、黒の守護者たちは群がってくる。
「邪魔、させるかっ!!!」
度重なる妨害に口調は荒くなり、その感情に呼応するようにして白騎士は今まで以上の力を発揮した。
塔を守る黒いオルガノン・セラフィムは数千近い。島に上陸してからこれまでに戦った数と同等であり、それが空中で襲ってくる。
本来ならひとたまりもないはずが、数十の白騎士はそれを跳ねのけ、蛇の尾を追いかけた。
伸ばす手は、少女を取り戻そうとしてではない。
「僕が、——にならないといけないんだっ!」
少年自身、何と発したか自覚もないまま頂を目指す。彼が冠する環は、徐々に形を変えていっていた。
『ウ、オ、ォオオオオ———!!!!』
塔へと辿り着いた√能力者の前には、白く巨大な異形が立ちはだかっていた。
先走って塔に侵入しようとした羅紗魔術師を無残に踏み潰しながら、悍ましい老人の声を放つ。
白く肥大化した巨体は4mほど。臓物がまとわりつき、不釣り合いな翼と環を備え持つ。左腕にあたる部分には臓器を転用したかのようなバグパイプが埋められていた。
鳥の頭蓋じみた顔は、その口を開くと歪な牙を見せつけ、その奥にうっすらと人の顔が覗く。
『オッ、ウオッ、ォオオオッ!!』
白い異形は狂ったように叫びながら、バグパイプを振り回した。
その筒から鳴らされる音は、聞く者たちに奇妙な心地よさをもたらしていく。
●
塔へと辿り着いた√能力者の下に、星詠みから連絡が入った。緊急の予言をどうにか伝えようと、彼は急いで伝える。
『皆さん! 今目の前にいる異形から王劍の力を感じました!』
『皆さんが集めた情報によれば恐らくそれは、11代目塔主ウンベルト・サカラ。音楽に精通し、それを披露することで島の人々を魅了した塔主のようです。つまり恐らく、彼が楽器を鳴らす時、塔の上空で舞う黒いオルガノン・セラフィムが加勢に入ってくると思われます。あるいは皆さんまでをも魅了するかもしれません。音を使っての攻撃が主となるでしょう、気を付けて下さい』
『ただし、その異形が王権執行者であるのかは未だ不明です。というのも塔内に似たような反応が複数見つかりました。それぞれが王劍の力を手に入れて、塔を守っているようなのです』
『先行するエドさんを追いかけたい方もいるとは思いますが、塔の側面には島に入ってくる時と同様の魔術が施されているようです。更には無数のオルガノン・セラフィムが空中で待ち構えており、エドさんに追いつくことは不可能に近いと思われます。それでも追うというのなら止めはしませんが』
『ただし、島外部にかけられていた魔術は内部に影響していなかったように、塔の内部からなら追いつける可能性はあるはずです。ええそうすれば、そこで待つ強大な存在と相まみえる事になるでしょうが、間に合う可能性としてはそちらの方が高いでしょう』
『皆さん、どうか覚悟して挑んでください。世界を守るため、よろしくお願いしますね』
ついにそこは塔の下。けれども雄羊が一匹。
それは数を歌う。
全てを眠らせるために。
第1章 冒険 『強行突破せよ』

中村・無砂糖は惨劇を生む異形に対しても、一切怯む事はなかった。むしろ意気揚々と挑みかかる。
「『仙術、ビクトリーフラッグ』! 先手必勝じゃー!!」
敵が先走った羅紗魔術師たちに夢中となっているその隙に、√能力【|仙術・戦陣浪漫《ダイナミック・エントリー》】を発動して、仙力パワーを身に纏い、掲げる戦旗槍を背負いこむ。
そして、この戦いのために開発した『ケッ死戦チェーンソー剣』を、尻にキュッと挟み込んだ。
「『仙術、古龍降臨』! そこの異型よ、わしの剣術をとくと見るがよい…!」
√能力【|仙術・古龍降臨《コリュウコウリン・ケツ》】も行使し準備を整えると、その劇的に向上した移動族度をもって3次元的に駆け回り、異形へと迫る。
『オ、ォオオオッ!!』
迫る刃に異形も気付き、それを叩き落そうとするが、宙を舞う尻は全てを避けた。
すれ違いざま、チェーンソーが体に傷をつけ、異形は更に暴れ始める。それでも中村・無砂糖は決して逃げず、相対し続けた。
「さて少しはお口をチャックして黙ってもらおうかのう」
バグパイプが膨らもうとしたその直前、剣を挟み込んだ尻が、敵の口の中めがけてダイブする。
『オ——!?』
異形は慌てて口を閉じ、歯が刃を受け止める。勢いを殺された尻は、そこから力を増して振り抜かれた。
「! そこぉ!! 【霊剣術・|決《ケツ》龍閃】じゃーー!!」
『——!?』
異形の顔が大きく横へ。巨体がたたらを踏み、阻まれていた塔への入り口が視界に現れる。それを自身の目でも確認して、中村・無砂糖は後ろの仲間達へと告げた。
「この場は年寄りのわしに任せて、若人達には先を急いでもらおうかのう!」
立ち直ろうとする異形に間髪入れず攻撃を加えてその道を保ち続け、彼は託す。
「ということで、わしを置いて先に行けい!」
決死の覚悟を受け取った者たちは、急いで塔へと向かった。
それを見送った老人は再び異形と相対する。
「さあ、わしが相手じゃ。こういう時こそ|決《ケッ》闘士はのう。勢いとノリとパッションで『勝負』するんじゃ!」
密かに負った傷は隠しながら。