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【王権決死戦】◇天使化事変◇第5章『雄羊の数え歌』

#√汎神解剖機関 #王権決死戦 #王劍『ダモクレス』 #王権執行者『ウナ・ファーロ』 #天使化事変 #羅紗の魔術塔

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王権決死戦

これは王権決死戦です。必ずこちらのページを事前に確認の上、ご参加ください。
また、ページ右上の 一言雑談や特定の旅団等で、マスターが追加情報を出すこともあります。

「……やはり外からではあれの魔術のせいで中々辿り着かないな」
 巨大な蛇となったマルティナにしがみつくダースは、しばらく上っても一向に届かない塔の頂を見つめている。それから、自分の胸に空いた穴に触れながらため息をついた。
「全く、彼らのせいで振り落とされてしまいそうだ」
 その呟きの最中に、辺りで舞っていた黒いオルガノン・セラフィムが爪を閃かせ、羅紗魔術でしのぐ。無数の守護者たちは侵入者を阻むようにして迫り、しかし尽く蹴散らされていった。
 ダースは自身の右手に魔術をかけ、蛇の背に固定しつつ|後ろ《下》を振り返る。
「エド君も大変そうですね。しかし、彼らは追ってこれまい」
 従者に跨り追ってくる少年越しに、地上で足止めされている√能力者たちを睥睨した。
「せいぜい弱らせてくれるとありがたいが、期待しすぎかな」

 エドの操る白いオルガノン・セラフィムへと、黒の守護者たちは群がってくる。
「邪魔、させるかっ!!!」
 度重なる妨害に口調は荒くなり、その感情に呼応するようにして白騎士は今まで以上の力を発揮した。
 塔を守る黒いオルガノン・セラフィムは数千近い。島に上陸してからこれまでに戦った数と同等であり、それが空中で襲ってくる。
 本来ならひとたまりもないはずが、数十の白騎士はそれを跳ねのけ、蛇の尾を追いかけた。
 伸ばす手は、少女を取り戻そうとしてではない。
「僕が、——にならないといけないんだっ!」
 少年自身、何と発したか自覚もないまま頂を目指す。彼が冠する環は、徐々に形を変えていっていた。

『ウ、オ、ォオオオオ———!!!!』
 塔へと辿り着いた√能力者の前には、白く巨大な異形が立ちはだかっていた。
 先走って塔に侵入しようとした羅紗魔術師を無残に踏み潰しながら、悍ましい老人の声を放つ。
 白く肥大化した巨体は4mほど。臓物がまとわりつき、不釣り合いな翼と環を備え持つ。左腕にあたる部分には臓器を転用したかのようなバグパイプが埋められていた。
 鳥の頭蓋じみた顔は、その口を開くと歪な牙を見せつけ、その奥にうっすらと人の顔が覗く。
『オッ、ウオッ、ォオオオッ!!』
 白い異形は狂ったように叫びながら、バグパイプを振り回した。
 その筒から鳴らされる音は、聞く者たちに奇妙な心地よさをもたらしていく。



 塔へと辿り着いた√能力者の下に、星詠みから連絡が入った。緊急の予言をどうにか伝えようと、彼は急いで伝える。
『皆さん! 今目の前にいる異形から王劍の力を感じました!』

『皆さんが集めた情報によれば恐らくそれは、11代目塔主ウンベルト・サカラ。音楽に精通し、それを披露することで島の人々を魅了した塔主のようです。つまり恐らく、彼が楽器を鳴らす時、塔の上空で舞う黒いオルガノン・セラフィムが加勢に入ってくると思われます。あるいは皆さんまでをも魅了するかもしれません。音を使っての攻撃が主となるでしょう、気を付けて下さい』

『ただし、その異形が王権執行者であるのかは未だ不明です。というのも塔内に似たような反応が複数見つかりました。それぞれが王劍の力を手に入れて、塔を守っているようなのです』

『先行するエドさんを追いかけたい方もいるとは思いますが、塔の側面には島に入ってくる時と同様の魔術が施されているようです。更には無数のオルガノン・セラフィムが空中で待ち構えており、エドさんに追いつくことは不可能に近いと思われます。それでも追うというのなら止めはしませんが』

『ただし、島外部にかけられていた魔術は内部に影響していなかったように、塔の内部からなら追いつける可能性はあるはずです。ええそうすれば、そこで待つ強大な存在と相まみえる事になるでしょうが、間に合う可能性としてはそちらの方が高いでしょう』

『皆さん、どうか覚悟して挑んでください。世界を守るため、よろしくお願いしますね』

 ついにそこは塔の下。けれども雄羊が一匹。
 それは数を歌う。
 全てを眠らせるために。

マスターより

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第1章 冒険 『強行突破せよ』


中村・無砂糖

 中村・無砂糖は惨劇を生む異形に対しても、一切怯む事はなかった。むしろ意気揚々と挑みかかる。
「『仙術、ビクトリーフラッグ』! 先手必勝じゃー!!」
 敵が先走った羅紗魔術師たちに夢中となっているその隙に、√能力【|仙術・戦陣浪漫《ダイナミック・エントリー》】を発動して、仙力パワーを身に纏い、掲げる戦旗槍を背負いこむ。
 そして、この戦いのために開発した『ケッ死戦チェーンソー剣』を、尻にキュッと挟み込んだ。
「『仙術、古龍降臨』! そこの異型よ、わしの剣術をとくと見るがよい…!」
 √能力【|仙術・古龍降臨《コリュウコウリン・ケツ》】も行使し準備を整えると、その劇的に向上した移動族度をもって3次元的に駆け回り、異形へと迫る。
『オ、ォオオオッ!!』
 迫る刃に異形も気付き、それを叩き落そうとするが、宙を舞う尻は全てを避けた。
 すれ違いざま、チェーンソーが体に傷をつけ、異形は更に暴れ始める。それでも中村・無砂糖は決して逃げず、相対し続けた。
「さて少しはお口をチャックして黙ってもらおうかのう」
 バグパイプが膨らもうとしたその直前、剣を挟み込んだ尻が、敵の口の中めがけてダイブする。
『オ——!?』
 異形は慌てて口を閉じ、歯が刃を受け止める。勢いを殺された尻は、そこから力を増して振り抜かれた。
「! そこぉ!! 【霊剣術・|決《ケツ》龍閃】じゃーー!!」
『——!?』
 異形の顔が大きく横へ。巨体がたたらを踏み、阻まれていた塔への入り口が視界に現れる。それを自身の目でも確認して、中村・無砂糖は後ろの仲間達へと告げた。
「この場は年寄りのわしに任せて、若人達には先を急いでもらおうかのう!」
 立ち直ろうとする異形に間髪入れず攻撃を加えてその道を保ち続け、彼は託す。

「ということで、わしを置いて先に行けい!」

 決死の覚悟を受け取った者たちは、急いで塔へと向かった。
 それを見送った老人は再び異形と相対する。
「さあ、わしが相手じゃ。こういう時こそ|決《ケッ》闘士はのう。勢いとノリとパッションで『勝負』するんじゃ!」
 密かに負った傷は隠しながら。

アイラザード・ゲヘナ

 アイラザード・ゲヘナは、多くの仲間達が塔へと向かう中、その場に立ち止まっていた。
「この一件で多くのことを知りました。ボクの体のこと、√能力者のこと、羅紗魔術師のこと...」
 彼女はこれまでの戦いのことを思い返す。この事件は決して自分とは無関係ではない。何よりも己自身、その中心とも呼べる天使なのだから。
「他にもいろいろで頭パンクしちゃいそうです。そして何より、能力者じゃないボクでは力不足なこと...でも、それが何だというのですっ!」
 声を上げ、こんなことでは己の騎士道は折れないと加勢に入る。
「騎士道大原則ひと~つ。騎士たるもの巨悪を前に絶対に逃げてはならない!! 行きますよレオ!!」
 大剣に呼びかけると、いつものぶっきらぼうな返事を返された。それに今まで以上に頼もしく思いながら、強大な敵へと振りかぶる。
『オォオオッ!!』
「く——っ!?」
 残像を囮にしようとするもそれを貫いて右腕を振り抜かれ、大剣へと叩きつけられた。受け流すにも膂力が足りず、少女の体は大きく吹き飛ばされる。
 そして追撃が迫ろうとしたその瞬間、
『オ、オォウ——!?』
 異形の塔主は別方向からの攻撃を受ける。
 その場に残った者は決して一人ではなかった。

ジルベール・アンジュー
ジュヌヴィエーヴ・アンジュー

 ジルベール・アンジューとジュヌヴィエーヴ・アンジューは、立ちはだかる敵を二人して見つめている。
「魔術塔には着いたけど、簡単には屋上まで登らせてくれないみたいだね」
「世の中そう甘くはないと言う事だ。この程度の障害は想定済み。犠牲者の無念も乗せて撃破しよう」
「犠牲者の無念か。そういう情緒はあるんだ」
「む、私が木石だとでも思っているのか? マインドセットを解いたらかなり落ち込むんだぞ」
「そっか。その時は甘えてくれていいよ」
 夫婦らしく仲睦まじさを披露しながらも、早速戦闘が始まるとその顔つきは変わった。
「でも今は、一緒に目の前の怪物を打ち倒そう。そうして二人で帰るんだ」
「ああ、話は帰ってからでも出来る。行くとするか」
 そう言い合って、塔へ向かう仲間達のため先陣を切った老人に、その兄妹も加わる。
 前へと出たのは妹の方だ。その後ろで兄は√能力【|最終決戦型WZ【セラフィム】《サイシュウケッセンガタウォーゾーン・セラフィム》】を発動して、無敵の準備を整える。
 WZによるプロテクトバリアで妹ごと包み込み、異形の塔主へと相対した。
 妹の操る無人機が一斉に向かう。その大群が一瞬、敵の視界を塞ぎ、その隙に接近したWZに搭乗した兄が、破壊の炎で作った炎弾を砲剣から連射していく。照準は顔。更なる目くらましを行って、次へと繋げた。
「今だよジェニー!」
「よし、いけるか?」
 合図を受けて特攻したのは|無人機《ドローン》『ホーネット』。それらをすべて使い捨て、攻撃の要だろう左腕に付着して爆散させた。
 しかし、
『ォオオオオ———ッ!!!』
 異形の塔主は爆発の中でも平然としていて、そしてそのバグパイプが膨らむ。

 ————♪

 奇妙な音が周囲にばら撒かれ、それは上空から黒いオルガノン・セラフィムを呼んだ。
「ジルベール! オルガノンが——」
 レーダーでいち早く察知したジュヌヴィエーヴ・アンジューだったが、その報告を呑みこむように黒い集団がバリアへと群がる。そちらが弱点と判断したわけではない。只近かったから標的にされた。
 バリアが砕ける音。それと同時にジルベール・アンジューは叫んでいた。
「ジェニーっ!!!」
 無数の黒に阻まれ無敵を失った身ながらも、強引にそれを突破して、かろうじてWZを使い捨てて最愛の者を救うのだった。

虚峰・サリィ

 虚峰・サリィはその音を聞いて、異形の塔主へと楽し気に語り掛ける。
「ハロー、塔主様。音楽が好きなんですって? いい音を聞かせてあげるわぁ」
 膨らむバグパイプ。奏でられた音は上空から黒いオルガノン・セラフィムを引きつれる。無数に飛来する怪物たちの攻撃を、借りてきた兵装である杖を用いて防ぎながら、彼女は弦を弾いた。
「ロックを聞いたことある? あんたの世代ならプレスリーとかかしらぁ? 存分に堪能してちょうだいな」
 相手の演奏に対抗するように、虚峰・サリィは√能力【|急雲・恋はサンダークラウド《フォーリンサンダークラウド》】を披露する。
 魔法のこもった歌唱は、雷となり天から数百と降り注ぐ。塔主だけでなく、大量に加勢しにきた黒いオルガノン・セラフィムも巻き込んで、その演奏の観客とした。
 味方を攻撃していたオルガノン・セラフィムがその雷撃で動きを止め、異形の塔主も絶叫を上げる。けれど致命傷には至らず、そして怒りを買ったように、そのバグパイプが再び鳴らされた。

 ————♪

「っ。やるじゃない……!」
 それは聞く者を魅了しようと広がって、かろうじて兵装による防御が耐え凌ぐが、その杖にもひびが入る。
 そうして動きを止めざるを得ない状況で、|彼の支持者《オルガノン・セラフィム》は更に増えていった。

二階堂・利家

 塔での戦いが始まる少し前、二階堂・利家は今の内にと塔外での情報収集へと出向いていた。
「3代目塔主とやらに絞って調査しようか。形振り構わない卑怯もとに足元を掬われるなんてのは気に入らないし」
 それはあるいは同族嫌悪かもしれなかったが、とにかく最も注意すべき相手だろうと決めてかかる。
 実績と信頼のお守りを握りつつ、天使領域を意識しながらどこかに過去の痕跡は残されていないかと建物の中を探して回った。
「確か、在任期間は1年と僅かだった。先代も志半ばで命を絶たれたのだし、コイツが下手人じゃないのか?」
 これまでに得られた情報を整理しつつ、塔近くの豪邸へと侵入する。どうにもそこはコレクターの家のようで、そこらの図書館にも匹敵するほどの蔵書量を認められた。
 それに、趣味の範囲だからかきちんと装丁されていない覚書のようなものまで見つかる。ここなら何かありそうだと調べていくと、それは早速見つかった。
「ロディール・ノルマンディー。3代目塔主に間違いない。……本当に、元々は2代目の側近だったのか」
 浮かべていた推測が的中していて驚く。そして更に、2代目塔主が殺されたのも彼の仕業だということが発覚した。
「なら、秘匿されし究極の魔術を偶然知ってしまっても不思議はない……やっぱりな」
 続けた仮定にも答えが示され、徐々にその人物の輪郭は浮き彫りになっていく。
「それにしても、本当にひどい言われようだ……」
 その書かれ方には少し同情して、しかし目を通す限りの3代目塔主の行いはそう評価されても仕方ない。そうして無事、資料を手に入れた二階堂・利家は、塔へ突入する仲間達に共有するため急ぐのだった。

【ロディール・ノルマンディー】(一部抜粋)『その男は才がなかった。力も家柄もなく、2代目塔主に側近として選ばれたのはただの気まぐれだったのだろう。塔主に次ぐ権力を持ちながら、彼は小間使いのような事しか出来なかった。それもまた不出来だったという。常にみすぼらしく、陰気さは話す者へと伝染するかのようと伝えられている。しかし彼は誰よりも2代目塔主に近い立場にいた。故に2代目が誰にも明かさず開発していた魔術を知ってしまったという。そしてそれを手に入れようとして、彼は2代目を殺した。側近と言う立場を利用し近づいて、数百年と続いた統治を壊してしまったのだ。だが才のない彼に魔術など扱うことが出来るはずもなく、自らが3代目塔主と名乗りを上げてからそれほど経たずに心を病んで自殺した。王の重圧に、彼は耐えられるはずもなかった。』

シンシア・ウォーカー

 先陣を切り道を作った味方に、シンシア・ウォーカーは感謝を浮かべる。
「……私の本命はこの先の戦い。走り抜けるつもりでしたが、続く誰かの助けになれば……!」
 彼女は元から塔へと侵入するため、移動速度を上昇させる√能力【|半透明の一人旅《トランスルーセント・トリップ》】を発動していた。けれど、道が開かれた今、それは余力まで残してくれている。
 万が一にも足止めされないようにと霊的防護などを張りつつ、敵の音攻撃に備えてインビジブルを耳栓として防ぎ、最後の仕上げにとお守りを握った。
 そうして踏み出し、彼女は通りざまに1発だけ、異形の塔主へと攻撃を繰り出した。
「後は! お願いします!」
 √能力で得た霊障魔術を流し込み、その動きを怯ませる。そうして微力ながらも残す仲間達の手助けとして塔へと突き進んだ。
 こうして先を行けているのは、多くの味方達のおかげ。先の戦いで目の前で羅紗の爆発に巻き込まれた魔術師のこともつい浮かべてしまう。
「あの時は気が動転して探しもしませんでしたが、どうか誰かに救護されていてください……」
 当初の目測よりも助かった人は多くいると聞く。なら彼らもきっと、と全てが終わった後ゆっくり話す未来を夢見て、シンシア・ウォーカーは先を急ぐのだった。

天使・純

 天使・純も先陣を切った老人に続くようにして、塔の入り口に留まり異形の塔主を食い止めていた。
「ちぃ、なめんなー!!」
 困難な状況にも負けじと自らを鼓舞するように雄たけびを上げ、借りた兵装の『群竜銃』と自らの改造ドローンを共々起動、自立射撃支援させながら、自身は喧嘩殺法でその巨体に立ち向かった。
 未知の金属になったその身体は、打撃力も防御力も上がっていてこの状況においては助かったと思える。とはいえ病に侵されている身を喜ぶなど出来はしないが。
 とにかくこのまま押し切ってやろうとしたその時、

 ————♪

 バグパイプが音を奏で、それは共振する。
「ぐっ——!?」
 体を構成する金属がまるで音叉のように響き、その意識も揺らがせる。準備していた耐性も関係ない。既に病で繋がるそれらはその体を黒く変色させていき。
 そして、主の命に従った。
「————」
「なんだ!? こいつ味方じゃなかったのか!?」
 その場にいた天使たちは、次々に王に見初められていく。

空地・海人
六合・真理

 空地・海人と六合・真理は、いち早くこの場に決着を付けようと残っていた。
「あの異形が11代目塔主…。譜面を持って来たのは正解だった…ってとこかな」
「音楽を愛した塔主だっけかい? かつての為人は知らずとも民に愛されてたならあの姿は忍びないね…引導を渡してやるのが優しさかねぇ」
 空地・海人はここに来るまでの道中で、相対する者が作ったと思われる楽譜を手に入れていた。それ自体から得られる情報は大したことはなかったが、しかし彼らにはそれを扱う術があった。
 情報収集を手伝った六合・真理は敵を眺め、その境遇に同情してやりながらも準備運動を行う。
 すでに二人の間には作戦があった。それを成し遂げるにはまず、接近しなければとアイコンタクトを交わす。
「まずは黒ガノン達を蹴散らしましょう」
「そうだねぇ。何をするにも、懐に踏み込まないとっ」
 ここまで行動を共にしてきた二人は、言葉を交わせばすぐに動き出していた。
 空地・海人は√能力【√汎神解剖機関フォーム】で変身したまま飛び出しイチGUNを素早く抜いて、手前の集団敵に牽制を仕掛けては向かってくる黒い爪を零距離射撃で次々に打ち砕いていく。
 異形の塔主が奏でる魅了の音楽には、兵装として借りてきた『祓魔の短刀』を装備での対処に留め、いち早い解決を目指し道を作る事に専念した。
「さすがは海人の坊ちゃん、よく見えてるねぇ」
 六合・真理は賞賛を零しつつ、連れが作ってくれた道に従って異形の塔主へと肉薄していた。
 √能力【|剄打・雲散霧消《ルートブレイカー》】で邪魔となる敵の攻撃を次々に無効化し、拓かれた道へと踏み込む。そして得意の格闘戦で、異形の塔主の武器を破壊しようと試みた。
「……さすがに、一筋縄ではいかないねぇ」
 いくつかの拳打や蹴撃を食らわせてもそれは大した傷もつけずに、関係ないとばかりに膨らんでは音を発する。そうしている間にどうも後方では味方が敵と回っている様子も聞こえてきていて、急がなければいけないだろうと視線で連れを急かした。
 それと同時、彼は完成させる。
「六合さん、受け取ってください!」
 空地・海人は√能力【|武装化記憶《サイコメトリック・ジオキシス》】によって、11代目塔主の譜面から『サイコメトリック・オーラソード』を生み出していた。因縁の相手に強大なダメージを与える武器。譜面の制作者ならば繋がりは深いだろうと用意し、そしてそれを肉薄している相方へと投げ渡す。
 投擲技術と幸運が相まって、それは見事に六合・真理の左手に収まった。
「受け取ったよ、海人の坊ちゃん。仙人の刀術、見せようじゃないか」
 いい仕事をしたと目配せをして、再び異形の塔主に相対する。その敵は、聞きが迫っていると察知したように暴れ出し、しかし武術を極めた仙人は持ち前の体術でいなしていった。
 刃は光を反射する。
「さぁ、破邪顕正、仕るよ!」
 威勢のいい言葉と共にそれは閃いて、悪あがきにと音を鳴らそうとしたバグパイプへと振り抜かれた。
『オ……、ォオオ——!?』
 その強大な一撃は管を一本砕き折り、音を不足させる。

神之門・蓮人

 神之門・蓮人は兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を用いる。
「あまり近づきたくはない相手だけど仕方ない」
 向かおうとしているのが塔なのだし障害は付き物と分かってはいるものの、しんどさをその心情に抱いてしまう。とはいえ決して引き下がりはせずに前へと進んだ。
 彼の容姿に惚れた羅紗魔術師は、またもついてきている。先の戦いで三人いた内の一人は欠けていた。それらには特に気にもかけず、敵の状況を見る。
 既に別の√能力者によってそのバグパイプは欠損している。全く機能していない訳ではないようだが、それでもかなりの弱体化は起こっているようだった。
「金属っぽいし、効くといいなぁ!」
 異形の塔主の扱う武器めがけ、神之門・蓮人は√能力【|雷紅拳《ライコウケン》】を放つ。牽制からの拳撃ラッシュを食らわせ足止めをし、そして雷を帯びる拳を叩きこんだ。
 当然、これまで多くの√能力者を受け止めている巨体。一撃では効果は薄いと見込んでいる。故に敵が反撃したその瞬間に合わせ、自ら大きく吹き飛んだ。
 ついでに、生き残った羅紗魔術師二人にもアイコンタクトを行って、足止めを頼む。相手の意識外に立った所で√能力【|ダブルドリル雷紅拳《ダブルドリルライコウケン》】のチャージを開始した。
 60秒間。それは戦場においてはとてつもなく長い。その間を必死に護り続ける羅紗魔術師は、次第にその身をボロボロにしていった。
 けれど神之門・蓮人は、見捨てる。
「ああ、僕の死ねない理由になってくれ」
 腕を折られ、血を吐き、涙を流しながら愛する者のために戦う女性達。60秒の間にその姿は見るも無残になって、そして散った。
 既に事切れた魔術師を異形の塔主は弄ぶようにして振り回し、その時になってようやくチャージは終わる。
 神之門・蓮人の放つ最大の一撃は、しかし放り投げられた二つの肉塊に阻まれ、大した威力は発揮出来ない。
 見捨てた者たちの眼球は、最後まで彼を見つめていた。

誉川・晴迪

 誉川・晴迪は戦況を広く見渡して決行する。
「異形に対峙する方々の支援をしましょう」
 自らが開発した兵装『最も望まぬ責め苦を与える粉塵毒』を夜の微風で辺り一帯へと広げて暗殺の下準備を施し、異形の塔主と黒いオルガノン・セラフィムが最も望まないことを行おうとした。
 一つ、楽器が壊れてならなくなる。これは既に半分達成されている。
 そしてもう一つは攻撃が外れて同士討ちをしてしまう、ということだ。
 その悲劇に陥りやすくなるようにと呪詛を広範囲へと広げておいた。
「さてさて、どんどん整えていきましょう」
 次は√能力者たちへの支援。√能力【|這い上がる力《ネバーギブアップ》】によって魅了の耐性を周囲の味方達へ付与し増幅させる。更には辺り一面に自前の『魂魄炎』を浮遊させ、それを極めた技能によって自分たちの姿と入れ替え、異形の塔主の攻撃を外れやすく、不意打ちを行いやすくしていった。
 環境づくりは決定的なものではない。しかしそれは感知しにくいからこそじわじわとまさに毒のように広がって、敵の不利を招いていく。
 異形の塔主が鳴らすバグパイプは、壊れたこともあって不協和音をたびたび鳴らし、オルガノン・セラフィムの操作も上手くいかない。上空からの援軍も呼び出せず、自棄になったように鈍器として振り回さざるを得なくなっていた。
 しかし誉川・晴迪の手札はまだ全てではない。
「さあ、もっと追い込みましょう」
 √能力【|ミてしまったモノの後遺症《アイ・シー・ユー》】によって、周辺にある最も殺傷力の高い物体……√能力者たちが構える武器を、ポルターガイストで加速や方向転換によって支援をしていく。更にはそのダメージから自身の呪詛を流し込み、効果の薄い巨体にも内部から異常状態を付与させていった。
 彼は幽霊だ。実体かもしていない。故に直接的な攻撃はそう行わない。
 けれどその、解き離れた体だからこそ出来る自由の利く行動によって、確実に敵を貶めていくのだった。

霧島・光希

 霧島・光希は迷っている暇はないと飛び出していた。
「──かかってこい。相手になってやる!!」
 せめて、頼れる人たちを先に往かせるために。少しでも悪い結末を避けてもらうために。
 自分の出来る事を成そうとし、異形の塔主へと相対する。
 ここまでの道中でも使っていた兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を引き続き使用し、その機動力で敵の攻撃をかいくぐる。
 相手はかつての塔の主の成れの果てに、上空で数千舞っているオルガノン・セラフィムから一部出張してきた群れ。それらにはそれぞれ過去があるというのは分かっているが、もはや情けも容赦もかけられない。
「赦しは乞わない。道を開けろ……!」
 彼は仲間を守る騎士として戦う。
 √能力【|融合、影の騎士《フュージョン、シャドウナイト》】を行使し、相棒たる|影の騎士《シャドウナイト》との融合を果たした彼は、その力を借り受け敵の攻撃をいなした。
 道が開かれれば一息に跳び、距離を詰める。異形と化した塔主へと振るうは二振りの剣。右手に影の剣士の長剣。左手に自身の|竜漿長剣《ステラ》。
 異形の塔主はバグパイプを鳴らし、援護を呼ぼうとするが、それは不協和音を奏でて上手くいかない。その隙をついて、また一本、二本と管を切り落とした。
『オ、オッオ————♪!!!』
 楽器が使えないとなれば異形の塔主は自らの声で音を鳴らす。大きく口を開いたその構えは、隙だらけだった。
 オルガノン・セラフィムが集まってくる。それでも戦意は緩めず、攻撃を受けようとも怯まず、ただひたすらに両手に構えた剣を振るう。
 √能力【|怯まずの騎士《フィアレスナイト》】を発動し、攻撃直後に反撃を命中させ、ダメージは全回復。蓄積された痛みなど無視して、霧島・光希はひたすらに立ち続けた。
「……迷いも躊躇いも捨てて、戦うだけだ……!」
 切り裂いて、引き寄せて、更に切り裂く。
 融合した影の騎士が死ぬような傷も蘇生してくれて、止まる理由はもうなかった。

禍神・空悟

 禍神・空悟は少し離れて塔を見上げていた。
「またぞろ戦況がごちゃついてんなぁオイ。まぁ、しばらくは天使領域にせっつかれる事はなさそうか?」
 入口に立ちふさがる異形の塔主に、それを通り抜け先行した者達は塔の中で戦っている。そして上空の方でも、黒いオルガノン・セラフィムに囲まれながら少年の元へ向かう仲間達の姿が見えていた。
 いくつにも分かれる戦場にややこしさを覚え、禍神・空悟は結論を簡単にする。
「なら敵は皆殺しにしていこうぜ。その方が単純で良いからよ」
 思考を軽くすれば、その身も軽くなった。今も√能力者たちにまとわりつかれる異形の塔主へとダッシュで迫り、その容姿を眼前にして鼻で笑うように感想を伝える。
「しかしまぁ塔主様ってのは随分と不細工な面なんだな、まるでゾンビだぜ」
『オ、ォオオオ、オ———!!!』
 叫び声を上げてこちらを怯ませようとする敵に対して、禍神・空悟は√能力【|舞星《マイホシ》】を発動させ身に纏った黒炎で自身の肉体を陽炎のように誤魔化し、塔主の防御や回避のタイミングを見誤らせて攻めていった。
「そういや王劍の力があれば亡霊でも叩き起こせるかも、って話だったか」
 自分が発した見たままの感想は間違いでもなかったかと思い出しつつ、暗殺所以の技巧で塔主の体裁きからその巨体の|臓腑《重要な器官》を見抜く。
 しかし当然、敵も弱点にそう簡単に近づかせはしなかった。
『オ、オッオ————♪!!!』
 バグパイプを壊された音楽家は、その口で魅了の音楽を奏でる。それは禍神・空悟へとも当然の如く届き、体の自由を奪おうとして。
「……音を使った魅了、な。またコイツが頼りになる場面だなぁ!」
 耳を塞いだり鼓膜を潰したり、そんな物理的手段で防ぐことは出来ないと悟り、兵装『お守り(カレー味)』による霊的防護を張って耐え凌ぐ。兵装と呼ぶにはあまりに小さいそれは、どんな場面であっても変わらず成果を出していた。
 異形の塔主の魅了攻撃が収まり、何ともなかった禍神・空悟はお守りをしまって再び攻撃へと繰り出していく。傀儡となっていないことを悟った敵はすぐに距離を取ろうとして、しかしその巨体では禍神・空悟の走りから逃れることは出来ない。
『オ、オォ———♪!!』
 自分の身だけは守ろうと、周囲から黒いオルガノン・セラフィムを呼んで盾にしようとして、それらは黒炎によって広範囲に焼却して焼き尽くし、道の邪魔を防ぐ。
 怯えるように逃げるその偉業に、禍神・空悟はニッと口端を上げていた。
「テメェの死体も執着も、何もかも残さず死んでれば叩き起こされて不細工な面晒さずに済んだかもしれねぇのになぁ!」
『オオ——!?』
 異形の塔主は自棄になったかのように壊れたバグパイプを振り回し、それをあえて受け攻撃に専念する。一歩踏み込み、先ほど見抜いた巨体のほころびへと、渾身の怪力を込めた体術で勢いを乗せた√能力【|竜討《リュウトウ》】によって連撃で畳みかけ、衝撃を体内へと透過させた。
 これまでの戦いで培った技能と、√能力者としての力を注ぎ込み、体術と黒炎をもっての連撃で叩き潰し焼き尽くし、打ち殺す。
「あるいは自ら望んで腐ったのか。どちらにせよ哀れなこった」
 ここで二度目の生涯を終わらせてやろうと、手加減などしなかった。
「情け、って訳じゃねぇがな。臓物塗れの不細工な面と、化け物になっても後生大事に抱え込んだバグパイプと、テメェの音色に聞き入った島民達と、纏めて灰も残さず燃え尽きちまえ!!」
 みじめな敵へとそう告げて、最大火力で押し切った。
『オ、オ、オオオォ———!?』
 異形の塔主は炎に焼かれ、絶叫を轟かせる。巨体がずしんと沈み、その反動でバグパイプが砕けた。
 戦場が静まり返る。
「これでも灰にはならねぇか。しぶとい奴だ」
 原型も残さず燃やすつもりでの攻撃だったが、さすがは王劍の影響を受けているだけはある。粗暴な口調でそのタフさだけは認め、禍神・空悟は一息つきながら塔の方を見つめた。
「次は3体の塔主に、アマランス・フューリーと7代目だったか」
 星詠みの情報を思い出してこの先に待っている戦いを考える。せっかくなら全ての戦いに参加したいとその男は闘争心を燃やしていた。
「どちらにせよ急がねぇと間に合わねぇな」
 それに、強引な攻撃によって体中に傷も追っている。とりあえず治療の方を優先しようと、島に乗り込む前に飼っておいた巨大バーガーを√能力【|元星《ハジメホシ》】で切り分け、負傷を回復させようとして。
 その時、
『ォオオオオ———ッ!!!』
 血に沈んだはずの異形の塔主が、最後の力を振り絞り飛び掛かってきて、その巨大な口を大きく開いた。
「チィッ、まだ生きてたか!」
 禍神・空悟は咄嗟に飛び退り悪あがきを避けて、すると切り分けていたバーガーが手から零れてしまう。そしてそれを、代わりに異形の塔主が喰らってしまった。
 √能力の影響もあって治癒効果を付与されたバーガーは、異形の塔主の傷を完全ではない者の回復させて、再び√能力者の前で立ちはだかる。
「ったく、食った分、払ってもらうからなぁ!」
 バーガーの仇とばかりに、禍神・空悟は再び戦闘態勢を取るのだった。

中村・無砂糖

 塔入口にて立ちはだかる11代目塔主は、もう随分と追い詰められていた。しかしそれでもしつこく抗って戦いを引き伸ばしている。
 先陣を切った中村・無砂糖も、その表情に疲弊を表していた。
「はぁ…! 『仙術…いざ、決戦のバトル・フィールド』じゃ!」
 どれだけ苦労しようとも決して引き下がりはせず、余裕を表すように埼玉県川越市のテーマソングを口ずさみながら√能力【|仙術、KBF!《イザケッセンノバトルフィールドヘ》】を発動し、自分の有利を築く。
 チラリと塔の方を見て、後のことを信じて任せた者たちの無事を願う。そうして再びケッ死の覚悟をもって敵に立ち向かった。
「異形よ、おぬしの攻撃されたくない所…先程の一戦でなんとなーく把握したわい」
 自らが作り、ほとんど自分専用となっている兵装『ケッ死戦チェーンソー剣』を尻から手に持ち替え、|真剣勝負《ガチ》で挑む。切っ先を向けたのは、口の中に隠された老人の顔。
「おぬしのお口の中のソコぉ! 『仙術、幻影剣舞』じゃー!」
 自身の傷も顧みずこの場を請け負うと宣言したから突撃する。√能力【|仙術・幻影剣舞《ゲンエイケンブ》】を行使し、連続斬りによって頭部を狙った。
 一撃目で歯を砕き、二撃目で顎をこじ開け、三撃目、四撃目で異形の塔主の核である老人を切り裂く。
『オォオオオ———!?!?』
 致命的なダメージを負ったかのような絶叫が超至近から発せられ、それに押されるようにして中村・無砂糖は吹き飛ばされる。それと同時、連続攻撃による反動が体を襲った。
「おうふっ、ガチで剣撃をやったら背中と腰がグギッときたわい……じゃがのう?」
 痛みで腰を抑えながらも決して視線は敵から逸らさない。大きなダメージを負いながら、まだあがこうとしている異形の塔主へ向けて、決着をつけるため更なる追撃を行った。
 負傷で接近戦は難しい。けれど飛び道具の遠距離戦だって彼には可能だ。
 ケッ死戦チェーンソー剣を再度手から尻に挟みなおし気合を入れ直して、懐から愛用の|決《ケッ》闘用リボルバー銃を素早く取り出した。
「『無法者決闘射撃の術』じゃ!」
 反応も許さない早撃ちで牽制し、拘束弾で異形の顎を開いて固定。そして口の中の老人の顔へと向け、更なる銃撃を叩きこんだ。
「さあさあ、わしかおぬしか、どちらかが死ぬまで|決《ケッ》闘、その果ての|決《ケッ》着としようぞ!」
『オッ、オオッ!? オ、オォ………』
 これまでの戦いの疲労の蓄積で、異形の塔主は避ける事が叶わず、ほぼすべての弾丸をその口内に受け止めた。それはその内に潜む老人の体も穴だらけにしていって、ついにそれが朽ち果てる。
 ボロリ、と老人の頭部が転がって、それと共に異形の巨体も沈んだ。
 大きな震動。後の静寂。
 それでも中村・無砂糖は警戒して尻に剣を挟み続け、けれどそれが動くことは今度こそなかった。
「ふう、終わったか。わし以外にも残ってくれた者たちのおかげじゃ」
 先陣を切り先を託したが、呆れる事にこんな老体を気遣って共闘してくれた者たちは多い。それらに丁寧な感謝を伝えて回りながら、先を急ぐものは見送って中村・無砂糖は空を見上げた。
「……上の方も激しいようじゃのう」
 少年を追いかけていった仲間達。上空での戦闘は地上からも見え、そちらに黒いオルガノン・セラフィムが集まっているおかげで、異形の塔主への手助けも少なかったように感じる。
 塔内での戦いも終わっていないようではあったが、中村・無砂糖は今は負傷した傷を癒そうと少し休むのだった。

森屋・巳琥

 森屋・巳琥は塔には入らず、入り口での戦いにも参加せず、来た道を引き返すように調査を行っていた。
「中村のおじいちゃんに任せっきりなのも辛いですが、足りてないと思う所を出来る範囲で補完するのです」
 先陣を切ってくれた仲間が無事、戦いを終えていることを願いながら、きっと今後に必要だろうと情報収集に専念する。
「ここに来るまでに、地下で怪異を見たという方がいましたが、どうにもそれが気になります」
 他の√能力者が目撃したという、これまでに全く影のなかった存在。それが今後割って入ってくるというのであれば、何よりも警戒すべきだろうと最優先事項として調査を進めていた。
「確か、話ではギリギリ天使領域内だったと思うのですが……」
 √能力【|白き鳥の指揮者《コンダクター・オブ・シマエナガ》】によってデフォルメ調のシマエナガ型自律性ビットを大量に召喚して辺りに散らばせる。羅紗の爆発で崩落したという地下への入り口を探させた。
 それは思いのほかすぐ見つかる。
「あちらですかっ」
 ビットからの報告を受けて早速向かう。幸いにも天使領域内の中にあって、あまり時間を意識せず作業を進めることが出来るようだった。
 地下への入り口は、すっかり崩落してしまっている。それを自前の装備を用いて掘り進めていった。
 するとしばらくしたところで、穴が空き、その奥に真っ暗闇が覗く。どうにも爆発は入り口付近で起こったようで、地下全てを崩落させたと言う訳ではなかったらしい。これなら中の怪異へとコンタクトが取れると思ったその時。

「うぉおおおおんっ!!」

 蛙のような体に獅子のような牙を持つ怪異が、大口を開けて飛び出した。それは森屋・巳琥を喰らおうとしていて、ギリギリのところで避ける。
「おおっ、逃げる出ないっ。食わせておくれっ。やはり人間は生に限るからのうっ!」
「こちらに戦う気はありません! 話を聞かせてもらいたいのです!」
「いいぞいいぞっ。その代わりにお前さんを喰らわせてもらうのうっ!」
 怪異は頷きながら止まることはなく、その大口を広げて迫ってきた。どれだけ話しかけても変わらない。全ては喰らってからだと牙を覗かせる。
「私はこれから塔主を止めに行こうとしている者です! あなたが敵対しているはずの相手ですよ!」
「塔主? ああ、ファーロの後継がそんな風に呼ばれておったかのう。って、騙されんぞ! ワシが冬眠している間に2、300年は経っているようだし、人間が生きているはずがない!」
「王劍の力で生き返っているんですよ!」
「よくわからん事を言う! とにかく食わせろぉ!」
 どれだけ言葉を尽くしても相手の食欲に勝ることは出来ず、それなら√能力に頼るしかないかと【|やさしい嘘《ホワイト・ライ》】を発動して頼みを聞いてもらおうとした、その時だった。
「お? なんじゃあの光は? お? おおっ? な、なんじゃ何か体がぁあああ———」
 怪異はふと塔が冠する光の環に目を止めて、そして体の異変を感じるように悶えた直後、急に変貌した。
「……天使化。怪異も感染するのですか」
「———」
「くっ、どちらにせよ襲ってきますかっ!」
 怪異から変身したオルガノン・セラフィムは、やはり例外なくこちらへと襲い掛かってくる。こうなってしまえばもう情報を引き出すのは難しいだろうと、√能力【|蛇女王の眼差し《メデューサ・ゲイズ》】を行使した。
「凍てつけ!」
 叫んだ途端、視界に収めているオルガノン・セラフィムが時間を止める。森屋・巳琥が見つめている間は麻痺状態となって動けなくなるのだ。
 その間に次の行動を考えようと、周囲に散らばせていたビットから情報を得る。
「像の座標は割り出せましたか。ならこちらに向かいましょう。かなり離れてますし、√能力を使ってしまいましょうか」
 怪異からの情報収集が得られないと分かると、次の目標である12代目の像の修復へと向かった。これは天使領域から大きく離れた場所にあり、行って帰ってくるだけで天使化してしまう恐れがあった。
 故に√能力【|やさしい嘘《ホワイト・ライ》】を使って、長距離移動を願い時間を節約する。帰り分の余力も残しながら、早速壊されていた12代目塔主の像へと歩み寄った。
「雑な壊され方ですね……これなら力を使うまでもなく組み立てられそうですが」
 まるで目に入ったから一応一撃入れておいたかのようにも取れた。その破片はかなり荒く、それなりに手先が器用な者ならば、数分で組み立て直すことも出来るだろう。
 とはいえ時間をかける訳にはいかないと、√能力【|やさしい嘘《ホワイト・ライ》】を再び使ってあっという間に治して見せた。
「やはり、ダースさんでしたか」
 肖像画の情報もあったし裏付け程度にしかならなかった。ならさっさと天使領域へ引き返そうとしたのだが、ふとその像が手に持つ物に引っかかりを覚える。
「ナイフ、ですか」
 それはきっと、他の塔主同様、象徴となる物を身につけさせているのだろうが、どうにも彼とは重ならなかった。
 12代目塔主は、羅紗魔術をより扱いやすくしたという功績があるらしい。ならば羅紗魔術に関係するものではと思ったが、それらしいものは身に着けていない。
 ただ、そのナイフにもまた羅紗と似た文字が刻まれていた。
「塔主自身がこの像を作っている可能性があるというのでしたから、恐らくダースさん自身がナイフを持たせたのでしょうが、一体どういう意味があったのでしょうか。単に象徴の武器として? あるいは、塔主に関わる事で何かナイフで成したとか……分かりませんね」
 とにかくこの場で足を止めておくのは危険だと思考を切り上げる。三度目の√能力【|やさしい嘘《ホワイト・ライ》】で天使領域内へと戻った。
「さて次は、像のなかった初代と二代目の情報を調べておかないとですね」
 その目星はない。けれど、怪異との接触前から島中にビットを探索させておいてある。それらにはAIも搭載しているし、多少の選り分けも出来ているはずだと期待を寄せていた。
 しばらく待つとその調査結果が届き、森屋・巳琥はその情報を精査しながら塔へと引き返すのだった。

【塔の始まり】(一部抜粋)『この島はかつて、怪異の脅威に脅かされていた。人の住む地は次々に破壊され、逃げようにも海にまで怪異は潜んでいる。そうして100年以上も休む事のない戦いが続き、それはほとんど敗北だった。島民たちの間には常に絶望がまとわりついていて、だがある時、一人の男が全てを変えたのだ。彼は塔を立てた。誰もがその存在に気付くように。そして何よりも彼は、たった一人で怪異の大群を押しのけてしまったのだ。するとあっという間に島は平和へと進み出し、後にやってきた侵略者をも退けるほどの力を持つようになっていた。島は彼によって導かれた。力があり、賢く、人格者でもあった彼は、まさに王だった。』
【塔主】(一部抜粋)『彼女は名乗らなかった。彼女は、民と触れ合うこともしなかった。しかし、君臨し続けていた。二代目であるというのに島民のほとんどがその称号を、彼女只一人の認識でいた。彼女についての情報は少ない。しかし、その圧倒的な魔術が島を守り続けているのは皆が知っている事だった。安心感と共に恐怖を抱いていたのかもしれない。絶対不可侵の存在として扱われていたのだ。島民の誰も彼女の名前すら知らなかったが、古い文献、彼女がその座についたと思われる400年ほど前の記録に、特徴の重なる存在を「アンタレス」と呼称する箇所があった。それは、かつて滅びた組織の一員だったという。』

アイリス・ゴールド

 アイリス・ゴールドは、巨大な金属の蛇と成ったマルティナを追いかけていた。
「やれやれ、護衛対象にはおとなしくしておいてほしいものだ」
 その√能力者は、島外でマルティナの声についていた者だ。異変を警戒しながらも対処しきれず少女の姿が変わってしまい、蛇が塔へと向かっていったその瞬間から後を追っている。
 とはいえ、天使領域もない状態で島に踏み込めばすぐに天使化してしまう。なによりも、島の周囲に張られている迷わせる結界を難の策もなく通過することは出来ない。
 先行隊についていかなかった分、遠回りをしなくてはならず、一旦√EDENに向かってからもう一度こちらの√に戻ってくる手順が必要で、追いかけている目標とは随分と距離を離されていた。
「このままだと追いつけないな。ふむ」
 塔に辿り着いたのは他の√能力者とそう変わらない。入口に立ちはだかる異形の塔主へと向かっていく仲間達をよそに、上空を向かっている巨大な金属蛇を見つめている。
 丁度星詠みからの情報もやってきて、塔の周囲には島の外周と似たような結界が張ってあることを知らされた。
 ならどうすれば追いつけるかと考え、兵装として借りてきたお守りの幸運に期待を寄せつつ、√能力【不思議骨董品】を発動する。
 創造したのは遠く離れた対象も観測可能なスナイパーライフルのスコープだ。少し古いが、一度の使用で壊れるような代物ではない。そのレンズを覗き込み、次の策に繋げるためインビジブルを探した。
「マルティナ近くにインビジブルが漂っていれば……いた」
 希望は見事に結び、丁度良さげな位置に不可視の存在を視認する。すかさず√能力【インビジブル・ダイブ】によって自分とインビジブルの位置を入れ替えようとして、けれど求める蛇の背に敵を発見していったん止めた。
「む、マルティナの背にいるのは……ダースと言ったか?」
 蛇の背に張り付く初老の男性。塔に来るまでの行軍の最中に√能力者たちの邪魔をしてきたと報告のあった人物だ。
 アイリス・ゴールド自身は実際には戦っていないが、他の者たちからの話で随分と手こずったと聞く。ならこのまま先へと進ませるのは不味いだろうと判断して足止めを考える。
「まぁ、流石に倒せるとは思っていないが、負ける気もさらさらないよ」
 幸いにも、王劍の力の範囲内と言う事もあってか、インビジブルはそれなりの数がさまよっている。タイミング悪く√能力が効果を発揮しないということはないだろう。
 とりあえずは落ち着いて戦場となる場所を引き続きスコープで見まわして、準備を整えた。
「大量の黒セラフィムも気を付けなければ、か。まぁ、この数は逆にボクの気配を隠してくれる」
 上空には黒いオルガノン・セラフィムが、侵入者を阻むように舞っている。それはダースや、それを負っているエドの操る白いオルガノン・セラフィムにも集まっていた。
 標的が戦っているというのなら、それに乗じてお得意の暗殺を実行することも容易くないだろう。
 √能力【|暗殺呪具《ソウルイーター》】も発動しその手に呪物を召喚する。これは対コピー武器でもあった。相応の実力が無ければ使用者が食われる呪具なのだ。それも知らずにダースが欲深く手にしてしまえば、勝手に自滅を引き起こす。
 準備は万端。あわよくば、事態をかき回すあの強大な敵もここで殺してしまえるかもしれないと希望を抱いて、アイリス・ゴールドは視線の先のインビジブルと立ち位置を入れ替えた。
「やれやれ、随分と手間を掛けさせられた」
 ずっと追いかけていた巨大蛇のすぐ傍に浮遊して、その苦労を零す。そして、刃をダースへと向け閃かせようとして。
 ダースがチラリと一瞥した。彼は、呆れたように鼻で笑ってすぐに興味を失う。
「愚かだな」
 呟きが聞こえた。まるで脅威とも追われていない嘲笑に、アイリス・ゴールドは対抗心を湧き上がらせるよう、闇に潜んで暗殺を実行しようとして、その瞬間、標的を見失った。
「? ダースはどこにっ」
 慌てて視線を動かせば、同じ高さにいたはずの巨大蛇は足元を飛んでいて、またそちらへ向かおうと動けば次は上空を進んでいる。
 アイリス・ゴールドは迷っていた。
 例え、√能力を使って結界内に入ることは出来たとしても、その身は常に魔術による影響を受けている。
 そしてそれは、島を守っていた者よりも強力で、悪質だった。
「っ、失敗だ。早く抜け出さないとっ」
 島外であれば、迷っている内に自然と外に弾き出されていた。しかしその結界は閉じ込めるように迷わせていて、すぐに来た時と同じように√能力の位置入れ替えで結界外へ脱出しようとして。
 だが、迷った挙句に処刑台へと導かれていた。

「「「「————」」」」

 無数の黒いオルガノン・セラフィムが囲んでいる。外を見通せないほどの密度で並んで、確実に殺そうと凶悪な爪を伸ばしていた。
「っ!」
 アイリス・ゴールドは咄嗟に、対ダース戦のために用意した|暗殺呪具《ソウルイーター》を振るう。強力な個体とは言え、これまでに多くの√能力者たちが蹴散らしてきたのだから、決して自分が負ける訳はないと抜け穴をこじ開けようとした。
 けれど、刃も迷う。
 迫る爪を弾こうと持ち上げた腕がいつの間にか下に下がっていて、がら空きの胸部へと爪が走った。血が噴き出し、意識が揺らぎ、それでも処刑人は手を止めない。
 闇に紛れようにも既に、隠れる余地がないほどの囲まれていて、敵を盾にして凌ごうにも連携を崩せない。
 もうただ、ガムシャラに刃を振るうしかなかった。
 それも当たらない。対して、黒いオルガノン・セラフィムが迷うことはなく、統率を取ったままに群がってくる。
「ひ——っ」
 顔が引きつった。常に平坦な表情を貫いていた彼女は、その脳裏に絶対死をよぎらせる。
 傍から見れば滑稽だ。アイリス・ゴールドは自ら敵の攻撃に背いて宙を斬り、爪に抉られている。避けようとしてむしろ飛び込んで自分の血を浴び、迷った刃がついに己を刺す。
 とはいえ、光を遮るほどに囲まれているために、地上にいる者たちからはそれを見ることは出来なかっただろう。悲鳴を上げた所で聞こえはしない。時折血や肉片だけが降って、けれど線上にいるのだからそう不思議に思われない。
「ボ、か……っ」
 爪が確かに臓腑を貫いて、もう宙に浮く余力すらなくなった。凶器に体重を預け、溢れる血に溺れて声が消えた。
「————」
 侵入者の反応は完全になくなり、それでもオルガノン・セラフィムは処刑を止めない。確実に、もう二度と不埒を出来ないようにと、その身体を細切れにしていった。
 肉塊がばら撒かれる。それはようやく解き離れたように、まっすぐ迷わず下へと落ちていった。

和田・辰巳
真心・観千流

 塔入口での戦いが未だ苛烈だったころ、和田・辰巳と真心・観千流は作戦を立てていた。
「無茶するんでしょ。精一杯援護しますよ。今度こそ」
「ありがとうございます」
 戦場で自ら無防備になろうとするその相方に、和田・辰巳は呆れたように結界札を手渡す。それと共に√能力【|管制戦闘《コントロール・エンカウント》】を発動して、情報共有がいつでもできるように計らい、戦場の中で足を止めて作戦を決行しようとする団長の助けになろうとした。
 真心・観千流は、こちらのことも忘れて|先《上空》へと行ってしまった少年に、改めて少女の想いを伝えて我を取り戻させようとしていた。その準備を始める彼女を守るため、和田・辰巳は上空から降りてくる無数の敵の対処へと出向く。
「友のために、死を覚悟しましょう」
 覚悟を口にし、兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を身に着け、塔を塞ごうと立ちはだかる11代目塔主へと立ち向かった。
 真っ先に、√能力【|招来:綿津見神《ショウライ・ワタツミノカミ》】【|二重招来:志那都彦神《ニジュウショウライ・シナツヒコノカミ》】を使用して、二柱の神霊の力による霊気て防護の強化及び水と風を纏うことで音の軽減をしつつ、バグパイプの発する魅了効果の遮断を試みる。
 重ね掛けした能力によって得た移動速度は、敵を翻弄した。そのまま異形の塔主を潰しに行きたい所ではあったが、今は護衛が優先だと踏みとどまる。
 バグパイプの音色によって予備脱された黒いオルガノン・セラフィム達を、何もさせない内に海水から作り出された武器『超圧海淵流』で蹴散らしていく。決してその爪を振るわせないと、行動する前に倒していった。
 どれだけ集中していても視界に入るその援護に感謝を浮かべながら、真心・観千流は空を進む少年を見つめる。
「記憶を覗き見る、確かに良くない行為なのかもしれません。でも胸に秘めてるだけの想いなんて伝わらないんです! 特に目的をすぐ忘れる鈍感メタル野郎には!」
 これまでのことを浮かべ、非を認め、けれどそれ以上の怒りを乗せる。考えなしの行動に活を入れるため、言葉を届けようとした。
 ただしそれは真心・観千流自身のものではなく、彼を誰よりも想う少女のもの。
「我が言葉よ乙女の想いをこの島全てに響かせよ! 離れゆく天使の心を繋ぎ止め、日常へ返すために!」
 本人には全てが終わったら謝る事を誓い、√能力【|レベル2兵装・聖竜言語《ドラゴン・フォニムス》】を行使して願いを叶えさせる。
 垣間見たマルティナの想いに握った手のぬくもり、ずっと一緒にいたいという願い、遠くへ行かないでという言えなかった言葉、それらの感情を彼女の声で大音量で届かせた。
 解析に頼らずとも、真心・観千流は少女を見て、声を聞いて側にいて、何を想ったか感じてきた。故に変貌してしまう前の想いは、ハッキリと分かっていることだった。
 11代目塔主がバグパイプを鳴らしている。しかしそれをも上書きする音量で、少女の願いが島中に広く響き渡っていった。
「ふう……」
 己の役目を一旦は遂げて真心・観千流は一息つく。もう一度空を見上げ、きっとエドに届いたはずだと見届けた。
 そしてすぐに、この間もずっと護衛してくれていた仲間へと感謝を伝えながら加勢した。
「やりたいことは出来ました! それじゃあこっちを片付けましょう!」
「はい。あれほどの大声なら、きっと彼にも届きましたよ」
 言葉を交わす最中に不意打ちをしようと迫っていたオルガノン・セラフィムを、息を合わせて一瞬にして蹴散らして、二人は異形の塔主へと肉薄していく。
 真心・観千流も相方と同様の兵装と託された結界札で心身を防御しつつ、念のためにと√能力【|曖昧なのが一番強い!《アンノウン・アーク》】でコピー対策も纏っておく。それと周囲の変化にもいち早く気付けるよう、√能力【|レベル1兵装・羽々斬展開《レイン・ビット》】での情報収集による警戒も怠らなかった。
 和田・辰巳も蛇の式神を放って死角を潰しつつ、統合情報処理端末で共有。常に相方の挙動を意識しながら、攻撃を重ねる隙を狙っていた。
「緊急用の策も練っていましたが、必要なさそうですね」
「油断はいけませんよ。こちらだって強敵です!」
 二人共に上空のダースからの妨害を意識て準備していたが、近づかない限りはそれも置きそうにはない。しかし異形の塔主にも不明な点は多いからと気を引き締めて相対する。
 和田・辰巳は兵装に風駆けの靴、反射板で飛び回り、敵の注意を引き付ける。まんまとつられた攻撃を、盾虫と反射板で受けて時には自販機も召喚して尽く防いでいった。
 そうして時間を稼ぎ、強大な一撃のチャンスをうかがう。
 真心・観千流も同様に高速移動や回避行動によって敵を惑わしながら、他√能力者たちが行動不能にした黒いオルガノン・セラフィムから得た情報によって改良した√能力【|エレメンタルバレット『極点通過』《ナノ・バレット》】の弾幕で、敵の四肢と口を狙い撃ち行動妨害を行っていく。そのついでとばかりに味方への強化も施しておいて、反撃を繰り出されそうものなら先回りしてレーザーを散弾として羽々斬から放つことでカバーした。
 息ぴったりな連携は、十全な状態である11代目塔主の動きを次第に鈍らせていって。好機が訪れたと判断してすぐ、和田・辰巳が、敵の主要武器であるバグパイプへと超圧海淵流を浴びせて一時その穴を詰まらせた。
 完璧に壊したわけではないから一時的ではあるが、これでしばらく援軍を呼ぶことは不可能だ。この間に態勢の立て直しを行おうと二人は視線を交わし合う。
「味方で操られてる人たちを出来るだけ回収しましょう!」
「そうですね。僕に任せてください!」
 真心・観千流の提案に和田・辰巳が頷き、異形の塔主から一旦離れて手間取っている味方達のサポートへと移った。戦いに参加した天使たちは、バグパイプの音色によって操られて気に回っている。それらを素早く無力して言って回った。
 ここまで付いてきた者たちだ。√能力者ではないにしろ、当然それ相応の実力がある。単純な武器や体術だけでの対応は難しく、√能力も使いながらどうにか対処していった。
 そうして全ての天使たちの無事を確認してから、その治療方法を考える。
「11代目を倒せば、彼らは元に戻るのでしょうか?」
「流石にそうじゃないと意地悪すぎますねぇ」
 とにかく試行錯誤している暇はないと素早く天使たちを拘束し|安全な場所《√EDEN》へと避難させた和田・辰巳と真心・観千流は、再び戦いへと戻っていく。
 その最中、他の√能力者が塔上空へと追いかけているのを見かけた。
「向かっていってくれている人がいますね」
「無事だといいのですが」
 無数のオルガノン・セラフィムが群がり、その結末は見届けられない。
 今はタダ、いい方向に向かう事を望むしかなかった。

◆◇◆◇◆

 ——遠くに行かないで
 ——側にいて
 ——絶対に戻ってきて

「……? マルティナの、声?」
 エドは、周囲に響き渡ったその音に首を傾げる。名前を発したその少女は上空にいるはずなのに、声は地上から聞こえてきた。
 その事にふと視線を下げて、そこで異形と戦っている√能力者たちを見つける。
「僕は、あの人たちと一緒に戦っていて……なんだか、おかしい」
 彼はそこでようやく、自分の心が正常でない事に気付いた。
 異様な焦燥感、いや責任感に駆られている。一刻も早く塔の頂へと辿り着き、継承しなければと知らない自分が訴えていて、それが今の今まで我を忘れさせていた。
 元々は、変貌したマルティナを追っていたはずだったのに。ついさっきまでそれも横へやっていた。
 僅かながら距離の縮まった蛇の尾を見つめる。
 そうだ。彼女は変わり果ててしまった。守ろうと置いてきてしまったせいで、取り返しのつかない事態に陥ってしまっていた。
 自分はどうすべきなのだろう。目標が分からなくなって止まってしまう。そうしている間にも、周囲では迫ってくる黒いオルガノン・セラフィムを白騎士たちが蹴散らしていた。
 その人たちは、決して離れず傍にいてくれる。だからエドは答えを求めた。
「おばさん、僕はどうすれば……」
 跨る白騎士へと触れて身を寄せる。それは、少女の母親だった。そして、自分の育ての親でもある。
 何か分からない事があればいつでも教えてくれて。迷った時には道を示してくれた。
 けれどもう怪物となってしまい、声は聞こえない。だけどなんだか、その人は応えてくれた気がした。
「……」
 何か示されたような気がして地上を見下ろす。エドを急いで追いかけるため道を造ろうと、立ちはだかる強大な存在と戦っている√能力者たちが見えた。
 見ず知らないはずの自分のために、命を懸けてくれている人がこんなにも集まっている。その事実を改めて知り、そして、こちらに向かてきている姿まで見つけた。
 きっとまた、勝手な行動をするこんなどうしようもない自分を救おうとしてくれているのだ。そうと知って、エドは答えを導き出す。
「……あの人たちの、力を借りるべきなんだ」

◆◇◆◇◆

夢野・きらら

 夢野・きららは塔外周を飛ぶエドを追おうとしていた。
 兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を装備し、それの有する宙を駆ける機能をフル活用する。
「……追って、どうしようかな」
 今すべき行動はすぐ決まっていたが、その目指す目標は不明瞭だった。ただ、先を行く少年を放っておくことが出来ず、勝手に体が動いていたのだ。
 彼女はこれまでの道中でも、積極的に少年と関わってきた。瞬く間に力をつけて、遠くへ行ってしまう彼を傍で見ていた。
 一人で勝手に飛び出しても無事でいられるほど彼は強くなっていて、けれ今までのように守りたいと思っている。人間性の欠落している夢野・きららは、確かに少年との関わりで何かを得ていっているのを感じていた。
 だからこそこの行動は、より自身満たそうとしていたためのものなのかもしれない。
 異形の塔主と戦っている者たちを横目に空を駆けようとしたその時、雨が降った。
 それは赤い雫で。結界に踏み入るギリギリのところで止まり、雲を探す。すると上空には、黒い天使のなりそこない達が集まって塊となっていた。
 それからすぐに、こま切れとなった肉塊も落ちてくる。それが、無謀にも先行した√能力者だったものとはすぐに分かって。見上げれば黒いオルガノン・セラフィム達がこちらを見ているようで、まるでお前もこうするぞと言っているかのようだった。
「……死なんてとっくに覚悟してるさ」
 けれど夢野・きららは止まらない。自分の命よりも、少年を救う事の方が彼女にとっては重要だった。
 止まらない目標に追いつくため、『決戦型ウォーゾーン「マスコバイト・リペア」』へと乗り込む。多くの量産型を食いつぶして強引に修理を間に合わせたその機体に、もう少しだけ頑張ってもらうよと声をかけ力を発揮させた。
 √能力【プロジェクトカリギュラ】を経由して、√能力【|プロジェクトカリギュラ・レッドゾーン《レッドゾーン》】を重ねてその機体を最終決戦モードへと変形させる。
 攻撃回数と移動速度は単純計算で16倍。ただしそれは限界を超えた機能を発揮するために自壊していく。許されているのはたった60秒間。その猶予を余すことなく、最大出力で発進した。
(王劍『ダモクレス』をエドくんが握っても、それが彼が救われる選択ならいいと思っていた。けれど今の彼は――上を目指すにつれて急速にエドくんだった部分を喪いつつある)
 ほんの僅かにずつ距離が縮まっていく少年の姿を見上げながら思い浮かべる。星詠みが垣間見た彼の心情は、まるで我を忘れているようで、心配は膨らむ明かりだ。
(マルティナちゃんも、まるで『イザヤ書』の熾天使みたいになってしまった。彼女だった部分がどれだけ残っているのかは全然わからない)
 更に上。彼が追いかけているはずのその巨大な蛇のような姿になってしまった少女は、何を思って塔の頂に向かっているのか。そもそも今のあれは彼女なのか、見上げているだけでは知ることが出来ない。
(√能力者はあの子達を守ることができなかった。今からどうにかすることができたなら、それはうんと素敵な|魔法《奇跡》に思えるよ。でもそんな逆境は諦める理由にはならない)
 このまま追いついたとしても、少年少女を救える保証などない。何よりも、今は守ろうとして失敗した結果でもあるのだ。理想を手に入れようというのなら、より苦しい道を進むしかないのだろう。
 それでも、と夢野・きららは上を見つめ続ける。
「ぼくは約束したんだ。マルティナちゃんに、エドくんを無事に連れ戻すって。エドくんに、エドくん自身を無事に連れ戻すって」
 島に乗り込む前に交わした誓い。それを改めて口にしたその瞬間、彼女の前に無数の黒い雲が立ちふさがった。
 再び血の雨を降らせんと、オルガノン・セラフィムは侵入者を阻もうとする。エドやダースの相手をしているとはいえ、数千もいるのだから手などいくらでも足りていた。
 そしてその守護者に都合がいいように、気付けば夢野・きららは迷わされていた。ずっと見つめ続けていたはずの少年の姿を見失い、やはり自前の抵抗力での突破は無理だったかと知る。
 とにかくは目の前の集団を突き抜けるために、√能力を発動した。
「今までのスタイルのお披露目会だ!」
 その魔法少女はその時々に合わせた|形態《スタイル》に自身を変化させて戦う。しかし今は最終手段と、それらをまとめてその一身に注ぎ込み、全ての力を得ようとした。
 星光のブレスを放つ天使へと変身する【|エンジェルスタイル《エンジェルコネクト》】は、外部からのあらゆる干渉を無効化する。大量の魔力を消費してしまうが、これで迷う事はない。
 カードから解き放った兎の力を纏う【|ラビットスタイル《ラビットコネクト》】は、自身の移動速度を3倍にする。既に16倍されているから、これで48倍だ。ウォーゾーンに、魔力と、どんどんと消費されていく制限時間を短縮するために一気に宙を駆けた。
 それでも、物量に阻まれれば止まってしまう。【|キャットスタイル《キャットコネクト》】にて得た引き寄せ能力で、立ちはだかる壁を避けるようにして塔を掴んで自らを引き寄せ、回り道をして先を急いだ。
 捕まらないよう、|前《上》へ前《上》へと飛ぶ。
 この場から離脱する保険も捨ててきた。
 そうしなければまた一手届かないのではないか。エドに声をかけることが出来ないのではないか。そんな気がして夢野・きららは、より自分を追いやって突き進む。
 けれど何よりも先に、機体の限界が来た。制限時間を迎えて完全に自壊し、出力は落ちて操作も受け付けなくなったウォーゾーンを乗り捨てて、生身を晒し、兵装の機能に頼って飛行を続行する。
「……また、格好がつかないや」
 役目を終えて地上へと落下していく希体を眺め、自嘲的に呟いた。
 もっと格好良く、颯爽と少年の助けへと入りたかったが、どうもそれは叶いそうにない。魔力も枯渇してきて、√能力の迷い無効化も途切れてしまいそうだった。
 少年まではあと少しなはず。だというのにオルガノン・セラフィムに阻まれてその背中は見えない。
 気づけば周囲を囲まれていて、もう強引に抜け出すのも難しい状況となっていた。こうなれば仕方ないと、夢野・きららは化けの皮を剥ぐ。
 人として溶け込むために被っていた魔法少女のガワを脱いで√能力【獣妖暴動体】を発動し、少女の姿からかけ離れた獣妖としての本性をむき出しにした。
 複数の腕や脚を生やし、手に入れた純粋なパワーと手数で、無数の敵を蹴散らしていく。√能力等が効きにくい相手ではあったが、純粋な力押しなら分はある。それに、ガワを脱いだからと言って魔法少女でなくなったわけではない。
「ぼくも負けてないよ」
 √能力【|分身魔術《ミラージュ》】によって自身の分身を召喚して敵の物量と相打ちさせる。続けて√能力【|改変魔術《ドリームマジック》】で必中の領域を作り出し、【|花弁魔術《ペタルマジック》】が生み出す無数の花びらのシャワーを、目くらましとして敵へと降り注がせた。
 それまでが、前座。そうしてお膳立てして最後へと繋げるのは|魔法少女術《リャクシテマジュツ》。
「「「「「光あれ」」」」」
 数百の分身たちが、その力を壁へと集中させる。花びらの舞う空を光が駆け抜け、黒い雲が一瞬にして焼き払われた。視界が開けて進むべき道が見え、だが彼女にも限界が訪れる。
「……戦いにきたんじゃないんだけど、ぼく」
 魔力が枯渇したのだ。敵を打ち払うために行った数々の魔術も次々に消失していき、戦う力を失ってしまう。
 ただ、黒いオルガノン・セラフィムたちと相手するだけに終わった現状につい不満を零し、けれどもう余力はなかった。
 迷いの結界を突破する術はない。かといって、戻る策は捨ててきたのだからそれも出来ない。
 ならやっぱり前へと踏み出すしかなくて。自身の疲労にも関係なく動いてくれる兵装に頼って、ほんの少し上昇し、けれど迷わされてしまう。
 無数に思えた黒いオルガノン・セラフィムは、半数近く焼き払った。それでもまだ、その数は途方ない。そうして、多くの同胞を失いながらも、それらは変わりなく守護者として迷子を待ち構えていた。
「……ぼくは、約束したんだ」
 力を失った夢野・きららに、オルガノン・セラフィム達が気づく。
「エドくんとマルティナちゃんを無事に連れ戻すって……せめて、心だけは」
 迫る爪を避けたつもりが、大きく体を切り裂かれる。
「今の彼らがそんなこと構いやしなくたって、ぼくはあの時信じた光を守り抜く!」
 避けた先でその攻撃が待っていて。ついには兵装も傷付きその出力を落とした。
 もう、どうやっても生き残れない。少年に届くことも出来ない。
 約束を、守れない。
 それでも夢野・きららは、諦めなかった。

「ならせめて、ぼくの”歌”を、光をエドくんに届けてみせる!」

 最後の力を振り絞り、ギターを取り出す。敵の攻撃に対する抵抗よりも、その弦を鳴らす事を優先した。
 命を糧にした波が、大気を伝う。きっと届いてるはずだ、と上を見上げ喉を震わせようとして。
「————」
 眼前に黒。
 完璧に光を遮られて、けれどその瞬間、白が走った。

「夢野きららさんっ!!!」

 危機馴染みのある声と共に、真っ白な身体がその暗闇を押しのける。
 無数にいるはずの黒いオルガノン・セラフィム達を、白い騎士はたったの数十体で押しとどめ、そしてその一体に乗るエドが、弦を弾くのも忘れて呆けていた夢野・きららを抱き留めた。
「エド、くん……」
「なんでこんな無茶を……いや、僕を助けに来てくれたんですよね。すみません」
 傷だらけの体をしかりつけようとして、けれどそれが自分に原因があると気付きすぐに謝罪へと変える。それから彼は、すっかりたくましくなった顔つきで、年上の女性にきっぱりと告げた。
「僕も、皆さんと共に戦います。だから、これ以上の無茶はやめてください」
「……うん。助けてもらって申し訳ないね」
「いえ、皆さんがいなければ、僕は僕じゃなくなってました」
 少年の腕の中で情けなさを痛感する夢野・きららだったが、その行動も自分を取り戻すきっかけだとエドは語ってくれる。それから、跨る白騎士に寄ってきたもう一体へと負傷者を預けると、彼は一旦その場を離れた。
「エンリコが地上まで送ってくれます。僕は、他の人も助けたら合流しますので!」
 少年や少女を追って、この危険地帯に飛び込んだ√能力者は他にもいる。そんな彼らも全て救うと決め、彼は飛び出した。
 人のために身を費やす。天使化した所以である彼らしさを見つめて、夢野・きららはなんだか懐かしさに似たものを覚えて嬉しくなった。そうして白いオルガノン・セラフィムに乗せられて地上まで送られていく。
 その最中も、上空で奮闘する少年を見つめ続けていた。
「エドくんは、本当にもう大丈夫なのかな」
 ふと、ダースが少年に言っていた事を思い出す。あの悪人の言葉が本当なら、エドの祖父に当たる人物が王劍を手にした塔主であり、エドはこの先、血の繋がる相手と対峙しなければならないのだ。
 けれどきっと、そうしなければマルティナやそれ以外の家族だって救うことは叶わない。それに、彼は祖父に真実も聞きたいだろう。
 待ち構える運命は少年にとってはあまりに厳しいものだ。そしてそれが、誰かに仕向けられていたようにも思える。
 塔に向かっている間のエドは、何か別の者になっているかのようで、それは天使に選ばれるような善心から昇華されたモノとはとても思えない。
 今は正気を取り戻してくれているみたいだけど、頂上に向かうほどその不安は膨らむばかりだろう。
 だったら自分に出来る事はないかと考え、夢野・きららは中断していたそれを再び持ち上げた。
 オルガノン・セラフィムの上で態勢を整え直し、『マジックマイク』を立てて『ハウリングスピーカー』の音量を最大にして、少年にまで届くようにセッティングする。
 少年の背中は見えている。ならこの演奏も届くはずだと弦をはじいた。
 そうして夢野・きららは、【世界を変える歌】を響かせる。
『当てはめているんだ 一つの幻想を やっと見つけたんだ この道の先に』
 歌うのは、自分の事。
『頁をめくって 文字を喰らって 眺めて触れ合って でもまだ分かんないや』
 人間性を欠落している自分は、いろんな書物に血肉にしてきた。そのはずなのに、世界には知らない事ばかりだった。
『ただ走って 感情で動いて 考えずにそうしたら 分かった気がした 世界が変わる気がした』
 試しに求められるがままに救った。すべきだと思ったから助けた。そうしていたら、こんな自分の内側にも、何かが生まれていくような気がしたのだ。
『もしもぼくが 天使になったら その翼は背中に生えるかな たとえきみが ぼくをおいて行っても 手を掴むから 約束したから』
 少年のような姿になれたら、自分もその綺麗な心を手に入れられるのだろうかと考える。そうだったらいいけど、そうじゃなくてもきっと、追いかけて真似てみるだろう。
 触れていく内に、その姿に憧れていたのかもしれない。
『幻想じゃなくなっていた 歌っている内に きっと変われるんだ この道の先で』
 気付けば多くのことを知った。本に書かれていること以上のものを、人との触れ合いで知っていった。そしてその先で、自分が何者かになれるという確信を得ていた。
『だから急いで きみを守って 魔法はぼくにかかった 道の先に辿り着いた 魔法を手に入れ ぼくは知って でも走り続けているのは どうしてなんだろう 世界はもう変わっていた』
 少しでも追いつきたいから、強がって救おうとした。少年にとって大きな存在になろうとした。魔法少女であろうとして、でも自分自身に魔法がかかっていると知った。
 世界はハッキリと変わっていくのを実感したのだ。
『もしもぼくが 天使になったら そのわっかは頭に浮かぶかな いつかきみと 一緒に歌を歌って 手を繋ぎ合おうよ 約束しようよ』
 自分も天使になってしまえるのではないかと、不謹慎にも希望のようなものを抱き始めている。冗談ではあるけれど、塔の頂に冠する光の環を触れてしまおうかなんて思い浮かべた。
『きみは天使だった 見惚れるような素敵な姿 きみは天使だった 眩しいあまりの真っ直ぐな心 その翼でどこに行くの ぼくも魔法で追いかけるね…』
 でもやっぱり自分は天使ではない。想像で浮かべている以上に、目の前で見るその少年の行動は、自分とはかけ離れていると感じていた。だからこそどこかそのまま遠くへ行ってしまうような気もして、せめて一緒に離れなくとも隣にいようと、自分なりの力で追いかけた。
 それは少し不足していたけれど、でも彼は振り向いてくれて。そしてやっぱり、その美しい心を見せてくれた。
『もしもぼくが 天使になったら その翼は背中に生えるかな もしもぼくが 天使になったら そのわっかは頭に浮かぶかな きみとぼくが 一緒に飛べたら 暗闇も怖くない 約束もいらない 世界は変わったんだ』
 歌い終えるとほぼ同時、白いオルガノン・セラフィムは地上へとついていた。既に異形の塔主との戦いを終えていたそこでは、負傷者たちの治療と、塔内攻略に向けた物資補給が行われている。
 夢野・きららは再び少年と共に行くため、急いで次の準備をするのだった。

レナ・マイヤー
レギオン・リーダー


「愛してるって、好きと何が違うの?」
 娘は、母親のその言葉に首を傾げた。
 日常的に投げられるその二つは、受け取る側としては全く同じに感じていた。母親としても、普段使っている分にはそれほど意識はしていなかったはずだ。
 けれど娘に尋ねられたら、親としては正しい事を教えないといけないだろうと考え込む。
「そうね……好きは自分の中に抱くものだけど、愛は、相手に向けるもの、かしら。愛は一方的で、時には自分を変えてしまう。だからちょっと、怖くもあるの」
 経験と今抱くそれを照らし合わせて答えを提示すると、娘は当然のようにキョトンとしていた。さすがに伝わらなかったかと苦笑しつつ、母親は簡潔に伝え直す。
「愛っていうのは、迷惑なものよ」



 レナ・マイヤーは、肩に乗せるレギオン・リーダーへと作戦目標を伝える。
「これから、ダースさんとマルティナさんの足止めに向かうね」
 するとその小さなお供は、危険を訴えるように機械音を鳴らした。その言葉を聞き取れる少女は、安心させるように頼もしい兵装を取り出す。
「大丈夫だよ。お守りも借りてきたから」
 とはいえ不確かなその保険は、機械の身にはとても信頼できなかった。けれど小さな体では引き留めることも出来ない。肩から下され、ついていく事も許されないようだった。
「リーダーは、私が合図したら緊急ビーコンを発信して欲しいの。お願いだよ」
 役割を渡されれば、投げ出す訳にもいかない。何よりもそれは、少女を無事に生還させるためには最も重要とも取れる。
 レギオン・リーダーは、他の機械たちがついていくことを恨めしく思いながらも大人しく引き下がり、無茶をしないようにしつこく言い含めた。お節介にも思えるその愛情に、レナ・マイヤーは少し呆れつつも受け入れる。
 それから、これから向かう上空を見上げた。
「……マルティナさんに、愛を思い出してもらわないと」
 ダースはマルティナに乗っていないと上へと進めないようだ。だから蛇の上昇を止めればいい。星詠みによれば我を失っているらしい少女から、自由意思を復活させればそれは叶うはずだった。
 作戦内容をもう一度頭の中で整理してから、レナ・マイヤーはマルティナの生存を最優先に空へと駆けていく。
「それじゃ行ってくる!」


 自分を置いて行ってしまった少女を、レギオン・リーダーは地上から眺めている。絶対に彼女が戻ってこれるよう、指示通り定期的な電波の送受信を繰り返して位置情報を伝えたり、ネットワーク越しに情報の整理を行ったりしていた。
 その最中に、愚痴を垂れ流す。もちろん見送った少女には内緒でだ。
(「おいすー。俺はレギオン・リーダー。愛の為に生き、愛の為に戦う、レリギオス・アモールの頭目。愛の為なら死ぬことさえ厭わない、愛の戦士だ」)
 リスナーを意識して自己紹介も欠かさない。けれどその中身はすぐに、とても他人に聞かせるようなものではなくなっていく。
(「そんな俺は愛するレナのお願いを快く引き受けて……絶賛地上で待ちぼうけ中って寸法だぜ! チクショウ! 俺に√能力とか使えたら、全力でレナの手伝いができたってのに!」)
 悪態をついて己の非力を呪う。涙なんて流れはしない機械だが、泣きたい気分で叫んでいた。それを聞いている者がいるかは定かではなかったが、戦い激しい今の状況で、わざわざ構ってくれる者は現れない。
 レギオン・リーダーも、ただ鬱憤を排出したかっただけなのだろう。
(「こんなに愛しているのに! 俺には力をくれないってのか神様!」)
 愛に嘆くあまり、その機械は神にまで文句を放つのだった。


◇◇◇◇
「……」
 彼は、一人きりでその場所に座り込んでいた。
 ゴミ山に遮られて航路を失った船。彼が流れ着いたその場所で、海の向こうに霞む塔を眺めている。
 その船の甲板は腐りかけていて危ないと、母からは何度も注意されていた。家の中では決して反抗することのない彼だったが、この場所にだけは目を盗んで懲りずに訪れている。
 彼の中にある空白は、きっととても大切なものだったのだ。だから少しでも取り戻そうと、僅かな残滓を求めている。彼はいつまでも寂しそうだった。
 娘はその様子を、少し離れた所から眺めていた。
 でも声はかけず、誰にも報せず、彼が塔に向けているようにじっと、視線を注いでいる。
 彼の気持ちを優先して、でも危ない事にはならないようにと見守っていた。
「……あとで調べてみよ」
 ふと零したのは、彼がずっと見つめるそれが何なのか。少しでも彼のことを知りたくて、予定を立てた。その後も母親にどう言い訳しようか、弟にどう誤魔化そうかと考える。
 彼はそのことを知らない。それはどこまでも、一方的だった。
◇◇◇◇


 レギオン・リーダーは変わらず上空を落ち着きなく見つめている。
 もちろん彼も暇ではない。断続的に通信を送ることで、レナ・マイヤーへと相対位置を教える仕事があった。更には彼女が危険を察知して合図を出せば、すぐにこちらから緊急ビーコンを発信して撤退を補助する役目も与えられている。それに何よりも、レギオンのリーダーとして、レギオンネットワークを介して流れ込んでくる情報を処理して必要な分だけ選り分ける必要もあるのだ。
 本来彼はむしろ忙しいはず。それでも隙を見つけては、置いて行かれた愚痴を垂れていた。
(「やっぱ、愛する人と離れるってのは寂しいぜ……」)
 その声はネットワークに乗って、レギオンや休憩中の√能力者へと届けられている。だが、当然返答はなかった。機械が叫ぶ愛になんて返していいかも分からないだろう。
 けれどレギオン・リーダーは、構わず続ける。
(「できるなら、この手で助けになりたいじゃん? もっと強くなりたいじゃん? いやまぁ、今の俺のこの弱っちいボディも、丸くてかわいいってことでレナがお気に入りだから、換装するつもりはないわけだが」)
 ガショガショと動かす小さな足は確かに可愛らしい。肩に乗るほどのそのサイズはやはり、頼もしさよりもマスコット的な愛らしさの方が際立っていた。
 それを求められているからそうしているが、やはりこういう時には不相応を感じてしまう。
 それから流れるように、その見た目を褒められた半ば惚気話へと移っていって。しばらくしてふとリスナーがいる事を思い出して話題を引き戻す。
(「話がそれたな。いや本題なんて最初からないんだがな」)
 何を伝えたいとかがある訳でもない。そもそもこれはただの愚痴なのだから。
 とはいえ、あまりに自分本位な内容だとしても最後まで話し切ろうと、コンピューターなりの感情を語った。
(「つまるところあれだ。戦えるわけでもなく、さりとて地上の√能力者を手助けすることもできず。物陰からこっそり戦況を見守ることしかできない。そんな自分の現状が、とても退屈で後ろめたくて情けないってわけなんだ。わかるか?」)
 問いかけながら、その返答を待つ間もなく自分の言葉を重ねる。
(「愛する人が死地に赴き傷つく様を、遠くから見守ることしかできない。ちっぽけで無力なこの俺の、そんな苦悩が!」)
 と語りきって、やっぱりその内容に意味はなかった。けれどその死ぬほどどうでもいい切ない心情を披露して、レギオン・リーダーはようやく心をほんの少し落ち着ける。
 一方的な愛は誰にも届かず、けれど彼の活力を後押しした。
 それでもやっぱり不満は残っていて、すべて消化したと思った愚痴がまた出てくる。
 その憤りは、自分だけにでなく仲間たちにも向けられていたのだろう。ぽつんと置いて行かれたリーダーとは違って、レナ・マイヤーの傍で彼女を守る役目を与えられたレギオンたちへと。
 あるいは、その者たちの自慢げな声も返ってきていたかもしれない。
 せめて自分の存在を忘れられないようにと、レギオン・リーダーは気持ち強めに信号を発信し続けるのだった。


 レナ・マイヤーは、様々なレギオンを駆使して空を駆ける。塔の頂を目指すマルティナとの接触に加えて、上空の黒いオルガノン・セラフィムの注意を引き付け、間接的に地上の戦いにも貢献しようとしていた。
 そのためにも、念には念を入れて√能力を重ねがけしていく。
 装備中のレギオンたちを【レギオンドレス】によって強化スーツへと変身させて自身の防御力と技能を倍加し、『多連装レギオンミサイルランチャー』を獲得する。【|設計された子供《カジョウナオヤゴコロ》】では速度と隠密性を選択して敵をかく乱することを狙い、【|溢れ出す雷の祝福《エレクトロ・バースト》】での速度上昇も加えてレギオンを活性化しておいた。おまけとばかりに【|レギオンフィーバー】によって推力担当である母艦型レギオンの『レギオン・マザー』と航空兵型レギオンの『レギオン・アビエイター』を強化して移動速度を更に増す。
 そして【|レギオンスウォーム・改-V2《カスタマイズド・レギオンスウォーム・ブイツー》】で6つのレギオンを呼び出して放った。
 物理防御用の護衛兵型レギオン『レギオン・ガード』。魔法防御用の神秘家型レギオン『レギオン・ミスティック』。攻撃用の特技兵型レギオン『レギオン・ミサイリア』。補給用の輜重兵型レギオン『レギオン・トランスポーター』。足止め用の捕獲者型レギオン『レギオン・キャプター』。精神干渉対策の賢人型レギオン『レギオン・メイジ』。あらゆる状況に対応できるよう、それぞれの用途に特化した機械たちを取りそろえてある。
 最後の準備は【レギオンネットワーク】での、仲間とレギオンたちの接続だ。連絡経路を確保し、レギオンたちの情報や演算力を共有して、戦線の補強を行った。
 しかし、救えない者もあった。
「……死亡者が出ましたか」
 繋げたネットワークから得た情報に思わず顔を曇らせる。その者は、接続よりも早く先行してしまっていた。オルガノン・セラフィムに無残にも切り刻まれ、この先の危険度を実感させる。
 それでも進む味方がいて、ならばやはり自分も止まる訳にはいかないと、レナ・マイヤーも足を踏み出した。
 彼女が用いる結界突破の手段は破魔の力。魔術であるならこれで押しのけられるはずだと行使して、ただし強力な結界ゆえに道が作れるのはほんの僅かずつだった。
「結界の突破が、せっかく強化した速度に追いつきませんね……」
 万全の準備を整えたが、発動した√能力の中には制限時間もある。可能なら急ぎたかったが焦りは禁物だ。何よりも迷いの結界を突破出来なかった故に、先の死がある。
 強大な魔術を少しずつ削る。増強した出力が本領発揮できずにいるが、安全に進むには多少の無駄は仕方なかった。その分、レギオンたちの超感覚センサーで周囲の情報を集めて、感覚を補強することに費やす。
「……リーダのおかげで、座標は大丈夫そう」
 チラリと地上を一瞥し、そちらにAnkerからの信号を確認する。レギオン・リーダーの発信を基準点として、自身の相対座標と移動足を常に把握し、ふとした時に方角を見失わされないよう、確実に上を目指して移動していった。
 そうしていれば、やはりそれらは立ちふさがる。
「「「————」」」
 黒いオルガノン・セラフィムは、塔の守護者として侵入者を阻もうとした。不変の金属に包まれた体で迷いをものともせず、優位な状況で防衛線を張った。
 それらに対してレナ・マイヤーは、防御と回避を優先する。出来る限り正面から迎え撃ちはせず、けれど同時に、地上に向かわせないために足止めも意識した。
 敵の主な攻撃は、その体での体当たりと鋭い爪による引き裂きだ。物理的な攻撃が主とあれば、『レギオン・ガード』のエネルギーバリアで重点的に防いでいき、念のために虚を突かれた時のためにも『レギオン・ミスティック』の霊的防護での魔術に対する抵抗も準備しておく。戦いが続く度に『レギオン・トランスポーター』に物資とエネルギーを供給してもらい継戦能力を確保。ついでに、ドローン操縦によって自身の回避、防御行動を微調整して、損害を軽減していった。
 今のレナ・マイヤーは、全身にレギオンドローンを纏っている状態だ。故に、ドローン操縦の延長でそのまま体を動かすことが出来る。ネットワークでの補佐も合わせて、敵の攻撃を事前に見切り全力での回避行動を行っていった。
 しかし無数の敵は、連携を組んで逃げ道へと回り込んでくる。それに、破魔の力による結界突破が遅いせいで、オルガノン・セラフィムを追い越せない。
 それならそろそろ頃合いだろうと、√能力【レギオンカウンター】を発動した。
 迫ってくる黒い爪に対して、足止め用の『レギオン・キャプター』に粘着弾を撃ってもらい、敵同士をくっつけたり体の一部を動かしにくくしたりと敵の行動を妨害して時間稼ぎをしつつ、別のレギオンが撒いた煙幕に紛れて隠密状態へと移行する。ただしそれは視界だけ、敵は聴覚的な情報も得ているだろうと『レギオン・ミサイリア』に誘導弾を放たせその爆音で攪乱していった。
 オルガノン・セラフィムがこちらを見失っているその隙に、超感覚センサーで収集した情報から周囲の状況を把握して、そのまま欺瞞情報を纏いつつ、陽動兼時間稼ぎ用のレギオンを残してなおも上へと目指していった。
 足下で聞こえる、機械が砕ける音。機械とは言え意思疎通できるのだからやはりそれには申し訳なさを覚えてしまう。それでも自分には使命があるのだからと振り返りはしないかった。
 その時、近くで光が通り過ぎる。オルガノン・セラフィムに対抗して増殖した魔法少女の分身が、魔法を集中させて無数の敵を焼き払ったのだ。
 しかしそのあまりに強力な攻撃でも守護者は途切れず、むしろ√能力者の方を危険視して、上空を行く者への対処を後にしてこちらへと数を回してきた。
 敵の数が減った今が好機と、一気にマルティナへとの距離を近付けようとするが、やはり破魔が追い付かない。それに周囲に張っていた煙幕からも気付けば脱け出していた。
 そうしている間に上空から増援として派遣されたオルガノン・セラフィムとかち合ってしまう。先ほどの広範囲殲滅魔法を放った味方も、エネルギー切れのようで次弾は期待出来ない。
 とにかく避けて突破する。多少の被害は仕方ないと強引に、数機のレギオンを犠牲にしながら迫るオルガノン・セラフィムへと突撃を計った。
 穴を見つけて潜り抜けその先にいるマルティナを目指して、だがそれは罠だった。
 無数の敵の中に生まれたあからさまな穴は、むしろ誘い込むためのもの。まんまとそこへと突っ込んだレナ・マイヤーに、周囲のオルガノン・セラフィムが一斉に爪を向けた。
 無数の凶器が球状に囲んで、今度こそ逃げ出す隙間はない。無茶をしての突破では、かなりの傷を負うことになるだろう。それでも仕方ないと受け入れ実行しようとしたその時、外側からその球体が破られた。
「大丈夫ですか!?」
「エドさんっ!」
 白いオルガノン・セラフィムに跨る天使の少年が、駆け付ける。彼が我を取り戻して√能力者を手助けしてくれているのは、ネットワークによる情報から知っていた。むしろ薄っすらと来るのを待っていた。
 彼はつい先ほどまで他の√能力者を助けていたようで、そちらの対処をすぐに終わらせてこちらにまで足を運んでくたらしい。
 彼の操る白騎士たちは勢い凄まじく、そう見た目が変わらないはずの黒い守護者たちをあっという間に蹴散らしていく。肩を並べて戦うよりも、彼を中心戦力としてサポートする方が効果的だろうと判断し、白騎士にレギオンのバリアを張って攻撃から守りつつ、ネットワークから得た情報をエドに伝えて支援を行った。
 戦いが落ち着くまでの間、少し余裕のできたレナ・マイヤーはチラリとエドの様子を窺う。
(……未だ私は天使化していない。であれば、エドさんは味方なのでしょう)
 彼の天使領域も恐らく、√能力者たちの力に似て味方にのみ影響する者だろうと分析して、自分の平常通りの体と比べながらそう浮かべた。
 星詠みが予言した範囲では、彼は無意識に行動を操られているようだった。そのため、場合によっては攻撃してくるのではと、その√能力者は疑惑を抱いていたが、それは杞憂に終わってくれたようだった。
 見るに表情からもおかしな様子は見て取れない。実際に助けてくれているのだし、しばらくは安心して協力できるだろうと思いつつ、頭の片隅では念のための警戒も忘れずにすぐ対応出来る心がけだけは持っておいた。
 それから少しして、周囲のオルガノン・セラフィムは数を減らす。まだ上空で体勢を立て直したり、こちらの様子を窺う者はいるが、とりあえず会話する文だけの余裕は出来ていた。
 すると一息ついたエドが、白騎士に跨ったままこちらへと寄ってくる。
「怪我とかはないですか? 地上に戻るのなら、その間僕が守りますよ」
 何者かの意志からはすっかり解き放たれた彼は、共に行動してくれることを選んだらしい。頼もしい申し出に、けれどレナ・マイヤーは自分にはやる事があると引き続き、上を見上げた。
「お気遣いありがたいのですが、私はこのまま、マルティナさんを追いかけようと思っています。やはりあんな状態の彼女を放っておくことは出来ませんので」
「マルティナを……」
 彼女の目標に、エドも顔を上向ける。自分よりも関係の薄いはずの√能力者が命を懸けようとして、思わず言葉も失っていた。
 それは当然、彼自身もしたいと思っていたはずだ。だが自分を追ってきて危険な目に遭っている者を目の当たりにしたために、その感情は妥協して諦めた。
 しかし、すぐ隣の協力者は、成功を信じて誘ってくれる。
「エドさんも一緒に行きましょう。あなたの言葉ならより届くかもしれません。あなたの愛をぶつけましょう」
「い、行きますっ」
 エドは迷わなかった。愛と言われて少しだけ恥ずかしそうにして、けれどチャンスがもらえるならとすぐに頷く。やはり、変わり果ててしまった幼馴染を置いて行くことは出来なかった。
 レナ・マイヤーを白騎士に跨らせその移動を手助けして、共に上を目指す。
 そうして今度は少女の我を取り戻すため、命を懸けるのだった。


◇◇◇
 その日から、家族がもう一人増えた。
 町の隅のゴミ山に、海から流れ着いてきていたのを祖父が拾ってきたらしい。
 娘と同い年ぐらいの彼は、記憶が一部抜け落ちていた。
 どこから来たのか、親のことも分からず、けれど日常的な知識は保ったまま。まるで意図的に封じ込められたかのようだった。
 過去の執着がないからか、彼は泣きわめいたりもしない。ひたすら大人しくて、向けられる心配にただ黙って受け入れていた。
 そうしてゆく当てのない彼を、家で住まわせることになったのだ。
 内気な彼とは中々打ち解けられなかった。弟も少し近寄りがたそうにしていて。
 だから娘は、ある時から自分を変えた。
「これ、貸したげる!」
 いつもは弟にも渡さず自分だけで独り占めしていた玩具を、彼を笑わせるために渡す。嫌いな食べ物も彼の真似をして残さず食べて、彼を観察するため母に甘えることも減っていった。
 彼が幸せでいられるよう。彼に見てもらえるよう。
 それらは時々矛盾して、だからその度に娘は己の心すら変えていった。
 たった一つの想いのためだけに。
◇◇◇


「追いつきました!」
 レナ・マイヤーとエドは、黒いオルガノン・セラフィムを退けながらついに巨大蛇の尾に触れる。無数の天使と出来損ないが重なり繋がった体は、その一つ一つが関節となって揺れていた。
 掴んだその延長線上には、蛇の背に張り付く初老の男性の姿が見える。彼もこちらに気付き視線をよこすが、守護者たちの対処で手いっぱいなのかすぐに視線を外した。
 レナ・マイヤーも、今は構っている暇はないと一旦放置する。
 それからすぐに、√能力【|レギオンスウォーム・改-V2《カスタマイズド・レギオンスウォーム・ブイツー》】の6連撃を再展開、レギオンたちを放ってそれぞれの役目を担わせた。
 『レギオン・ガード』には引き続き敵の攻撃を防ぐ盾となってもらい、『レギオン・ミサイリア』がレギオンミサイルを乱発して黒いオルガノン・セラフィムへと反撃を見舞う。物資やエネルギーが尽きればすぐに『レギオン・トランスポーター』が供給をしていった。
 そして、何よりも頼れる助っ人もいる。
「エドさんすみません、時間稼ぎお願いします!」
「了解です!」
 了承とほぼ同時に、白騎士たちが陣形を組んで横槍を阻んだ。その頼もしさを実感しながらレナ・マイヤーは蛇の尾へと飛び乗り、当初の目標通り、これ以上のマルティナの上昇を止めるためにも『レギオン・キャプター』の粘着弾と投網を進行方向へとばら撒く。30m近いこの巨体を止めるにはあまりにも些細な抵抗だったが、ほんの少しの結果しか得られなくとも全力を注いだ。
 更に、√能力【レギオンネットワーク】を、その歪に重なる金属の体へと接続しようとして、だが直前で巨大蛇は嫌がるように身をよじる。
「|————《————》」
「くっ……!?」
 本能的な行動か、その身を侵そうとする者を振り払おうと、聞くだけで竦み上がる声を放った。対してレナ・マイヤーはすぐに、『レギオン・ミスティック』と『レギオン・メイジ』を防御へと回して声の降下を低減させ自由を取り戻す。中断された接続を続行した。
 レギオンが減ってくれば適宜√能力【|レギオンスウォーム・改-V2《カスタマイズド・レギオンスウォーム・ブイツー》】を再び行使して補充していく。それでもやはり、上空に近いとあって守護者たちの猛攻は凄まじい。白騎士とレギオンたちの防衛をかいくぐる者も現れて、最後の手段を取らざるを得なかった。
「ホントは絶対やりたくなかったですが……」
 躊躇が口から出る。その√能力を発動すれば、思い出の品が失われてしまう。けれど背に腹は代えられないと、足踏みする自分を強引に変えて、思い出のお守りを手に取った。
 そしてそれを壊し、【奇跡の誓い】を発動する。
「……ここは」
 呼び出されたのは、|宿敵《Anker》である『機械兵団の走狗『エリー』』。突然見知らぬ上空に連れて来られた彼女は疑問符を浮かべており、それにすかさずレナ・マイヤーが声を投げる。
「急に呼び出してごめんね! 状況説明する暇はまったくないんだけど、とりあえず手伝って!」
「……よく分かりませんが、あなたに対してそんな義理はありませんし、帰らせてもらいます」
 声の方に振り向けば見知った|宿敵《Anker》がいて、エリーは当然のように協力を拒んだ。けれどそれでは困るのだと泣きついてくる。
「ちょっとー! そんなつれないこと言わずにー! あでもここ、普通にしてたら迷うから帰れないかも」
 強力な宿敵とは言え、何の準備もないままにこの結界内で戦えばあっという間に殺されてしまうだろう。そして何よりもここは、絶対死領域だった。
 逃げようがない事を知らされたエリーは、宿敵をじっと睨む。それにレナ・マイヤーはニコニコしていて、それから彼女が戦えるようにと、少年を呼んだ。
「ちょっと待ってて。エドさーん! この子にも、白騎士参加してくれませんかー!?」
 するとすぐに手すきの白いオルガノン・セラフィムが派遣されて、背中に乗るよう仕向けてくる。エリーが黙ってそれを見つめていると、早く乗ってと促された。
「その方に乗っていれば、向こうにいいようにやられずに済むはずだよ。もちろん、その方もそこら辺の黒い天使っぽいやつを足止めすることに忙しいので、戦わないとむしろ危険かも!」
 乗らなければ迷う。そして白騎士がエド以外の命令を聞くことはない。
 やはり選べる選択肢は戦うしかないのだと突き付けられて、エリーは再度呼び出し主を睨み付けた。
「……」
「というわけで、お得意の雷撃で格好良く決めちゃって? ほら、レギオンネットワークとレギオン達の搭載機能で、動きやすいようサポートするから! そのかっこいいサイキックライフルもあげるからー!」
 √能力の効果で|宿敵《Anker》の手に現れている『自動攻撃型サイキックライフル』を示して、懲りずに懇願する。その銃口をレナ・マイヤーに向けてやろうとも思ったが、彼女達が劣勢になれば自分が危ないのも目に見えている。
「おねがーい!」
 何度目とも知れない言葉に、エリーはついに白騎士へと跨ってライフルを構えた。
「……あなたを手伝うつもりはありません。これは私が生き残るためです」
「ありがとー!」
 |宿敵《Anker》の送り出しに、『多連装レギオンミサイルランチャー』の誘導弾で集まってきていた黒いオルガノン・セラフィム達を迎撃する。それからすぐに、お得意の雷撃が周囲でほとばしったのを見て、レナ・マイヤーは捕まる蛇の尾に集中する。
「これは、繋がってるんでしょうか……?」
 √能力【レギオンネットワーク】による接続をマルティナに対して試みてはいるが、相手からの反応がない分、成果が分からない。ただ、巨大蛇が嫌がっている様子はあるから何かしら影響は与えられているだろうと考えて、語り掛け始めた。
「マルティナさん、聞こえるでしょうか。あなたに謝りたい事があるんです」
 未知の金属で構成された体がいくつも折り重なった蛇の鱗は、間近で見るとかなり悍ましく感じる。けれどレナ・マイヤーはその奥に確かに少女の存在を実感して見つめ続けた。。
「護衛に名乗り出ておきながら、こうした事態を防ぎきれませんでした。そして、状況が切迫していたからって、自己紹介もろくにできてませんでした。とても礼儀を失した対応でしたね。ごめんなさい」
 エド達が島へと乗り込んでいった時、彼女はマルティナの護衛についていた。少女に何かが起きないようにと見張っていたのだが、蛇へと変化していくのを止めることは出来なかった。追いつくのにもかなり時間がかかってしまっている。そのことにずっと負い目があったのだ。
 神秘金属の鱗の下できっと今も苦しんでいるだろうごく普通な少女に、今更ながら名乗る。
「と言う訳で改めて、私はレナ・マイヤー。√ウォーゾーンから来た、学徒動員兵のレギオンジェネラルです。あ、√って言ってもわからないでしょうし、まずはそこからですかね?」
 まるで今は戦場ではなく日常の中にあるというように、朗らかに語っていった。
「この世界は、実はいろんな異次元が重なってできています。異なる歴史をたどった、異なる地球。それが√です。私達は、そうした異世界を認識して渡り歩く者。その存在を知る人からは、√能力者と呼ばれています。で、私の故郷は√ウォーゾーン。戦闘機械に侵略されてボロ負けして、人類が滅びかけてる感じの√ですね」
 素性を伝えて、より近付けるよう。
「そんな滅亡寸前の私達は、戦闘機械群と絶賛抗戦中です。√能力者さんたちの助力もあって、なんとか抵抗できてますが……敵は強大で、戦力はいくらあっても足りません。なので、今のマルティナさんやエドさんみたいな、強者の助力はいくらでも欲しいんです」
 わざわざ明かさなくてもいいような内容まで教えて、隠し事のない関係を築こうとする。
「そう、私は純粋な善意の協力者というわけではありません。できればあなたたちに恩を売って、この戦いを生き延びてもらいたい。その後で、あなたたちにその力を貸して欲しい。そんな魂胆でこの世界の人々の平穏の為に戦う、薄汚くも卑しい人間です」
 その視線を一度、同じように蛇に張り付く男性に向けて自嘲した。
「そこのダースさんを、とやかく言えませんね。まぁ、まったく善意がないとは言いません。他の√の方々に受けた恩をできる限り返したいという思いも、当然あります。だからというわけではありませんが……もし、お二人が無事にこの戦いを切り抜けられたら。ほんのちょっと、力を貸してくれたら嬉しいですね。底抜けに善良なお二人にこんな言い方をするのは、ちょっと卑怯かもしれませんが」
 そう言い切ったところで自分の言葉を頭の中で反芻し、勘違いされそうだと思い当たって付け加える。
「そうそう、ここだけは誤解しないで欲しいんですが……私以外の√能力者さん達は、基本的に善意の協力者ですからね!」
 地上や塔内で戦う者たち、自分と同じようにこの結界内に踏み込んだ者たちを示して、間違った評価をされないようにと正してから、逸れていた話題を本筋へと持ってきた。
「とまぁ、そんなつまらない自分語りは実のところどうでもいいんです。重要なのはマルティナさんとエドさんのことなんですよ! 私は他の√能力者さんから伝え聞いたところしか知りません。だから、気になって気になって仕方がないんです!」
 溌溂とした声は、戦いの中にあってもよく通る。名前を出されたエドは、白騎士に指示を出す傍らつい視線を寄せてしまって、そして続いた問いにむせた。
「結局のところマルティナさんとエドさんは両想いなのか!」
 その質問が少女に届いているのか判別の付かない少年は、顔を真っ赤にして割って入りたそうにする。けれど、黒いオルガノン・セラフィムに阻まれて、レナ・マイヤーを止めることは出来なかった。
「この後、お二人は幸せに過ごすことができるのか! 相手の姿形が変わっても、お二人の愛情は変わらないのか! 変わるわけないですよね! 家族というのはそういうものです! 私にも大事な――っと、自分語りはヤメヤメ」
 またも逸れそうになった話を強引に戻して、きっぱりと告げる。
「そう、世界を救うなんて大義名分より、そちらの方がよっぽど重要なんです! お二人が両思いであるなら、我々はそれを手伝う義務があるのです!」
 そう言い切って、けれどやはり反応はなかった。蛇の体は時折身をよじるだけで、その幾重にも重なった鱗を通信が通っている実感もない。
 それでも続ければ通じるはずだと、レナ・マイヤーは諦めなかった。
「家族が天使化して悲しい。住んでいた町がボロボロにされて悲しい。ええ、わからないとは言いません。大事な人が、故郷がなくなるのは、とても悲しいくてやりきれないものです。ですが! だからこそ! 泣いて喚いて暴れ回って気が済んだら! 好きな人の話をして未来に目を向けるべきなんです! そうは思いませんかエド・ヴァーリさん!」
「ぼ、僕ですかっ?」
 少し前からこっそり耳を傾けていたエドは、急に話を振られて目を見開く。呼ばれたからには向かわないといけないだろうと、邪魔をする黒守護者を蹴散らして、白騎士に跨ったままレナ・マイヤーの傍へと寄った。
 彼がやってきて、その√能力者はさらに勢い良くお節介を口走る。
「今目の前で誰かにいいように操られて苦しんでいるマルティナさんに、伝えることがあるでしょう! どんな姿になってもとか! この戦いが終わったらとか! マルティナさんを抱きしめるなり告白するなり口づけるなり! するべきことはいくらでもあるはずです! 死亡フラグだとか悲恋フラグだとか、そんな概念クソくらえです! 迷う暇があるなら、さっさと飛び込んでください! 今ならレギオンネットワークで配信……じゃなかった! レギオン達と一緒に援護しますから!」
「え、えっと、何を、すればいいんですか?」
 あまりにまくしたてられるものだから、エドも困惑してしまっていた。どうするべきか、こちらに尋ねてくる少年に、レナ・マイヤーはつい憤り混じりに説教っぽく荒ぶる。
「どうにか彼女を元に戻す√能力はないんですか! これまでの戦いでたくさんの経験を得たはずです! 参考になる√能力だって、みなさんがたくさん見せてくれたはずです! エドさんが望む√能力を作るための下地は整っているはずなんです! いい感じの√能力で、マルティナさんをなんとかしてください!」
「い、いやでも、そういうのはまだよく分かんなくて……」
 そもそも、まだ彼が√能力者に目覚めて一日も経っていない。次々と戦いに巻き込まれているせいで、体感は数か月にも及ぶかもしれないが。
 それに彼は、準備期間の間も天使たちとの契約に忙しくほとんど休む時間も得られなかったのだ。落ち着いて修練する暇など、一連のこの事件が終わるまで存在しないだろう。
「ともかく! 今こそ自分の限界を蹴り飛ばして、マルティナさんを自身の力で守り抜くべきときですよ! がんばれエドさん!」
「う……」
 勢いで訴えかけてくる√能力者の期待に応えられず、少し申し訳なさそうにするエド。とりあえず手でもかざして、何か話しかけようかと思ったその時、
「————」
 黒いオルガノン・セラフィムが、二人のすぐ傍まで迫る。エドが護衛を離れたせいで穴が出来てしまったのだ。幼馴染の少女のことを考えて白騎士への指示も忘れてしまっていたのだろう。
 そしてその爪が、少年の勇姿を見届けようと集中していたレナ・マイヤーの背中を切り裂いた。
 血が噴き出し、けれど致命傷とまではいかなかったようで、彼女は憤慨を見せている。
「せっかくの良いところで! エリーは何やってんのー!?」
 振り返りざま、、『多連装レギオンミサイルランチャー』で反撃して近づいた黒守護者は追いやって、傷のことも後回しに、仕事が出来ないと|宿敵《Anker》の姿を探した。
 無理矢理戦いに参加させられている『機械兵団の走狗『エリー』』は無言で見つめ返してきて、すぐに興味を失ったように視線を逸らす。必死になってまで守る義理はないと言わんばかりだった。
 あまりに強引な呼び出しだったことはレナ・マイヤーも理解しているのか、今は怒りを収める。その間に、エドは持ち場を離れたことを反省してすぐに戻ろうとしていた。
「……まぁ、今この場でできないなら仕方ないですが! 何か考えといてくださいね!」
「は、はいっ!」
 去っていくエドの顔はどこかホッとしたようではあったが、それを気にするほどの余裕はなかった。
 レナ・マイヤーは再び一人きりの語り掛けを続行しようとして、だがその体はふらつき始める。
「……思ったより血が。いやでも、あと少しでマルティナさんが応えてくれるはずなんです……」
 感情が爆発していたあまりに傷を無視で来ていたのだろうが、背中の負傷はやはりそれなりに大きかったらしい。体調が明らかに優れなくなっていて、そのせいで頭も回らなくなっているのか引き際を延ばす。
 そうして再度、マルティナにネットワークを繋げようとしていた。


(「おいおい、合図はまだかよ……」)
 レギオン・リーダーはソワソワと上空を見つめている。
 どうにも当初の作戦目標は実行されているようで、その成果が出ればすぐに、向こうから合図が来てこちらで緊急ビーコンを発信して離脱する手はずになっていた。
 けれども上手くいっていないのか、ただ時間が経過していっている。
 変わらず自分の役目をこなしていたレギオン・リーダーだったが、気になりすぎて仕事に身が入らない。とりあえず状況だけ確認しようと、彼女が連れて行ったレギオンたちのネットワークから現状を探って、そして知った。
(「おいおい、怪我してんじゃねぇか。って、まだ続ける気のかよ!」)
 背中から大量の出血をしているではないか。当人は昂っていたせいでその重大さに気づけず、そのまま作戦を続行しようとしている。
 合図まで待てと言われていたレギオン・リーダーだったが、愛のために従順さをかなぐり捨てた。
(「もう我慢ならねぇ! 命令違反だろうが関係ねえ! 俺は機械の前に、レナを愛する愛の戦士だ!」)
 機械らしくない感情的な行動で、緊急ビーコンを発信する。向こうの意志も関係ない。レギオンたちに通信をやって、レナ・マイヤーがぐずる前に引き戻させた。
 戻ってきたレナ・マイヤーはやはり、限界寸前で。
「あ、エドさんを置いてきてしまいました……」
(「他人のことなんか気にしてる場合か! ああ早く治療だ治療!」)
 戦場から戻ってきた安堵でか、すぐに糸が切れたようにぐったりとなる。それをレギオン・リーダーが支えようとして、しかしやはり小さな体では無理があった。
 リーダーらしく他のレギオンたちを指揮して手当てする。更にはこれまで愚痴を聞いていただろう√能力者にも救援を出していて、それは少し過保護にも思えた。


◇◇
 娘はキョトンとした表情のままでいて、けれどそれは、理解していなかったわけじゃない。
「でも、私うれしいよ? 愛してるって言われるの。もっと言ってほしいなっ」
 自分の体験とは食い違っていると、疑問を感じていたのだ。母親が言うようなことは覚えがないと、散々貰った過去を思い浮かべて笑顔になっている。
 無垢なその娘に、母親はつい嬉しくなって同じように笑った。
「それはあなたも、お母さんを愛してくれているからね」
「ええっ!? それじゃあお母さんに迷惑!?」
「ううん、お母さんもあなたを愛してるから嬉しいのよっ」
 喜びを伝えるように、腕の中の娘を高く持ち上げる。すると娘は更なる疑問を抱いた。
「じゃあじゃあ、私、みんなに愛してるって言われたいけど、それは私がみんなを愛してるからってこと? それなら私、みんなに迷惑かけちゃう?」
「ふふふ、ごめんなさいね。お母さん、ちょっと偏屈な考え方しちゃってたわ」
 母親は笑みをこぼして謝る。正しさを教えようとしたあまり嫌な事を思い出してしまったが、娘の純真さを前にその暗がりは照らされた。
 それからすぐに、先ほどの教えを訂正する。
「やっぱり愛は、とても素敵なものよ。あなたの愛はきっと、いろんなものを救ってくれるわ」
 そう語りながら祈るように、柔らかな頬に自分の頬を重ねる。娘はやはりそれを嬉しそうに受け入れた。
「よくわかんないけど、私がすごいってこと?」
「うんうん、とっても凄いわ」
「じゃあお母さん、愛してるー!」
 その後も娘と母は、愛を交わし合う。
 難しく考えていたことなど忘れて、ただ思うがままに伝え合った。
◇◇

ウィズ・ザー
アゥロラ・ルテク・セルガルズ
サンクピ・エス

 塔での戦いが始まる前。
 √EDENから島の調査を行っていたアゥロラ・ルテク・セルガルズとサンクピ・エスは、再び√汎神解剖機関へと渡ってきていた。島を闊歩するオルガノン・セラフィムも一堂に塔へと向かっており、一定の安全を確保出来たからだ。
 二人の傍には、羅紗爆発で戦えなくなった二人の羅紗魔術師もウィズ・ザーから預けられて同行している。
「―――」
 アゥロラ・ルテク・セルガルズが、非√能力者の行動を助けるため、√能力【|星脈精霊術【風詩】《ポゼス・アトラス》】を行使し、声なき詩を歌う。するとサンクピ・エスの傍に雪華の輝きが現れ、その者の今後の行動を後押しをした。
 そうして天使である彼は、『魔導バイク』へと跨って無口な相方に朗らかな感謝を伝える。
「ありがとうございます! それでは行ってきますね!」
「……」
 無言に見送られ、この場で唯一天使化の影響を受けない彼は、一人でバイクを走らせていった。ダースが島へとやってくる際に使っていた小舟を探しに行ったのだ。
 残った無言の精霊は、共に留まっている羅紗魔術師達へと向き直り、ウィズ・ザーから託されていた手紙を渡す。
「……」
「手紙? 今度は何をやらせるつもりかしら」
「面倒じゃないと良いがな」
 手紙を受け取った男女二人の羅紗魔術師は、送り主の粗暴な口調を思い出しながらも協力的な態度で一緒に覗き込んだ。
『羅紗魔術師達へ。仲間を救うと同時に、ダースの右眼を|目潰し《使えなく》したい。協力してくれ。ケーキの治療・回復・羅紗の解明、情報収集と知り得た情報の共有。他の仲間が治療を試す場合は協力を頼む。』
 その内容は比較的淡白で、挨拶などもなしに頼み事が綴られている。ざっくりとした文章の後に、それぞれの指示が記されていた。
『女へ。ケーキに施されてる怪異は、FBPCの技術と言ったな。なら√能力の『忘れようとする力』と『怪異解剖執刀術』を併用し、羅紗の知識も活用して力を存分に振るって欲しい。ケーキ達全員の手術を頼む。』
「女って……。そう言えば名前を名乗っていなかったわね、それにしても無茶を言うわ。あなたたちみたいに、ポンポンと能力を作る事なんて出来ないのに……」
 羅紗魔術師も√能力者とは言え、使える力には限りがある。何より彼女らの√能力に類する全ての力は、羅紗を媒介としていたものなのだから、爆発された今、行使できるはずもなかった。
 続きの内容は、使えない力を前提にしている者だったが、一応は頭に叩き込み、他の方法で代用できないかと考える。
 それから文章は次に、男性魔術師へと向けられた。
『男へ。ケーキから部外者を引き離して避難させてくれ。敵が√移動して来たら他の仲間と共にWZで護衛対応を頼む。あとは死に戻りさせる担当だ。目が覚めたらケーキにされていた√能力者を休ませ、可能なら話を聞いて情報収集を頼む。共有も忘れずに。』
「まあこっちは出来そうだな」
 力を失った身でも兵装を借りれば可能な範疇かと受け入れる。
『最後に、2人共へ。仙丹は口内に仕込み、必要なら飲んでくれ。無茶を言うが、どうかよろしく頼む。2人の継戦能力に期待しているぜ。全部終わってお互い生きていたら、名前。教えてくれよ。』
「危険なのはそっちの方でしょ」
「全くだ」
 と、二人が最後の文章に目を通したところで、アゥロラ・ルテク・セルガルズが察して、手紙にも書かれてあった必要な道具を渡す。手術用の『メス』に、乾燥怪異粉末配合薬である『仙丹』だ。
 それから羅紗魔術師達と一緒に、無事だった|ケーキとなっている《拘束されている》ダースの被害者たちを別ルートへ送り届ける。治療を手伝いながら彼女は、サンクピ・エスの帰りを待つのだった。


「……確か、星詠みによればそんなに離れてないところに上陸してましたよね。うっ、敵はいないと言ってもやっぱり一人きりは不安です……」
 サンクピ・エスはバイクに騎乗して島の沿岸を目指していた。多少の目星は付けているが、かなり幸運だよりなところが大きい。けれどまだ√能力も効いているはずだからと、諦めは可能な限り後回しにした。
 探し物はダースが島へと乗ってくるために乗っていた小舟、に張り付けてあった羅紗だ。あれがきっと結界魔術を無効化したものだろうと当たりを付けて、必要とする味方に届けるため求めていた。
「あ、ありました!」
 それから少しして、割とあっさり小舟は見つけられる。まるで隠す事もせずに乗り捨ててあった。
 さっさと帰って孤独を解消したかったサンクピ・エスは、さっさと羅紗を剥がそうとしてふと思い出す。
「そういえば、ケーキさんたちも強引に羅紗を取ったら罠があったんでしたっけ。こっちも慎重にしないと……」
 他の事例と照らし合わせて、ここにも危険はあるだろうと慎重を意識した。当然、彼自身に解除の術はなかったため、羅紗の張られている板ごと剥がして持ち帰る事にする。
 少し荷物にはなったが、バイクもあるしさほど労力ではない。役目を成し遂げた天使は、そそくさと引き返していくのだった。


 異形の塔主との戦いが開始された塔入口から、ウィズ・ザーは少し距離を取る。彼が目指すのは、塔の上空だった。
 塔へと向かう仲間たちを見送ったところだった彼は、選別として渡した『秘薬【言葉竹】』を自らも呑む。言霊の精霊術によって精製されたそれを取り込んで、凡ゆる言語を翻訳する能力を得た。
「……にしても、頼みのダースの羅紗が外れだったし、どうするかねェ」
 少し前、Ankerに頼んでいた品は届いたのだが、どうにも調べるにそれは想像していた効果は発揮しないようだった。小舟に張り付けてあった羅紗は、|専門家《羅紗魔術師》たちによれば単純に船の推進力となるだけのもののようで、これから向かおうとする迷いの結界を突破するには役立たない。あの人物が結界を突破したのは、今は砕いた天使の一部のおかげだったと考えるべきだろう。
 別行動をさせているAnkerたちは√移動を駆使するから問題ないだろうが、自分はどうするかと考えている時、彼を追い越して仲間の一人が上空へと向かっていった。
「……あれについていくか」
 その者は破魔の力で迷わせる魔術を破って道を作っている。それは、しばらくしても結界に空洞として残っていて、出遅れたウィズ・ザーにも使わせてもらえそうだった。ただし、時間が経つほどに小さくなっている。
 それならば急がねばとせっせと準備を進めていく。
「其の力貸せ、血族よ」
 √能力【|星脈精霊術【言霊】《ポゼス・アトラス》】を発動すると、呪布巻いた白い狐フェネギー型の精霊が顕現した。それに、戦いを安全にするため自身を含めた仲間達の技術や力を100倍に強化するように願うものの、強引な身体強化は体に負荷がかかり細胞が傷付くために叶えてはもらえない。他の√能力のような強化であっても、インビジブルを消費するために実現は叶わなかった。
 出来ないのなら仕方がないと切り替える。続けて√能力【|星脈精霊術【薄暮】《ポゼス・アトラス》】によって、闇顎を7体召喚し、その内2体は党内の戦いに向かわせて残りの5体を傍に侍らせる。余剰分の25体分は黒霧として増加させ、空中戦に必要だろう跳躍力も上げておいた。
 そうして、破魔の道を駆け始める。エドやマルティナ、先を行く√能力者の姿を捉えて上へと目指した。
 迷わせる魔術は破れていると言っても、距離は長大化したまま。それに、先行した者もオルガノン・セラフィムとの戦闘があって所々蛇行してしまっている。それなりに時間はかかって、その間に√能力【|闇獰《アンネイ》】も発動しておいた。
 眼孔を持たない豹海豹型の闇を纏い、移動速度を3倍。先行した者の時と状況は違って既に道が出来ているため、その速度は十二分に発揮して踏破する。故に途中で途切れてしまえば止まらざるを得なかった。
「ああ、こっからはエドに連れられて行ったのか」
 上空で既にマルティナの下に辿り着いた√能力者の仲間と天使の少年を見つけ、納得する。黒いオルガノン・セラフィムは味方が大きく減らしてくれたのと上空に集中しているため、ここまではさほど相手する必要はなかったが、この先には密集しているようだ。
 いよいよ戦いが激化していく事を覚悟して、ない道を作り出すため先ほどとは性質の違う√能力【|闇獰《アンネイ》】を発揮する。傍目の変化は訪れないが、これによってあらゆる外部干渉を無効化できるようになる。ただし大量の竜漿を消費してしまう。
 腐るほど竜漿石のStockがあるとはいえ、永遠ではない。それに外部干渉を無効化するほどにそれはどんどん消費されてしまう。迷いの結界内ではかなり膨大な量を要求されるだろう。
 ウィズ・ザーが道に囚われず自由に動けるようになったその時、黒いオルガノン・セラフィムの攻撃が苛烈さを増した。敵の集中している戦場へと踏み込んで、いよいよ戦いらしくなった、と蛇は笑う。
 無数のオルガノン・セラフィム。それらを尽く喰らい尽くそうと、闇顎を向かわせた。そして自身は『刻爪刃』『融牙舌』『魔導SMG』を駆使していって、カウンターを意識しながら敵を眠らせ落とそうとする。
「やっぱ、通りは悪いなァ」
 敵は中々思い通りに倒されてくれないが、それくらいが丁度良いとウィズ・ザーは楽しむ。√能力によって敵の攻撃は受け付けないが、消費を抑えるためにも極力回避を織り交ぜた。
 チラリと残された竜漿石を確認すれば、腐るほどあったはずがかなり減ってしまっている。もうしばらくは大丈夫だろうが、この後に控えるダースとの戦いも長引かせられないなと頭の中で戦略を立てながら先を急いだ。
「だ、大丈夫ですかっ!」
 とその時、上空からエドがやってくる。他の味方に協力していたはずの彼がこっちに足を運んだことに、ウィズ・ザーは少し驚いていた。
「なんだ、向こうの方は片付いたのか? マルティナが止まっているようには見えねェが」
「いえ、協力してた方が急にいなくなっちゃってて。怪我をしてたのでたぶん、引き返したと思うんですが……」
 恐らく√能力によって緊急離脱したのだ。それはエド視点から見れば協力者が突然姿を消したように見えたのだろう。それで困惑しながらも、こちらに向かっている更なる√能力者の下へと駆け付けたようだった。
 状況を語ってくれた少年は、とても落ち着いている。隙あらばこちらのことを心配してくれているその表情も、もう心配するほどではないとウィズ・ザーは少し安堵していた。
「エド、移動中にコレでも食え。何も食べてないだろ」
 少年の疲労を心配して、Stockから『義理人情チョコ』を渡して食べさせる。それからダースとの距離を確認して、少しだけ声を潜めて伝えた。
「…エド、コレから隙を見てマルティナの治療を試す。ダースに対しても対応する。…知って置いてくれ」
「えと、さっきの方もマルティナに何かして上手くいかなかったみたいですけど、大丈夫ですかね」
「まあ、失敗はするかもしれねェな。けど、試せることは全部試すべきだろう?」
「それも、そうですね。僕も協力しますっ」
「お、百人力だぜェ」
 納得してくれたエドに感謝を伝えてから、そうして二人は巨大蛇へと一気に距離を縮めていった。
 黒いオルガノン・セラフィムの集団も、エドの協力を得てから格段と対処が楽になっていく。それからあっという間に、蛇の尾へと辿り着いた。
 悍ましい神秘金属の鱗に触れて、それを伝って更に昇っていく。そしてウィズ・ザーはまず邪魔者を排除するため、その者のすぐ真後ろへと近付いた。
「よォ、ダース。ちょい話そうぜ」
 初老の男性は、苛立ちを乗せた表情で振り向くのだった。


 サンクピ・エスとアゥロラ・ルテク・セルガルズは、仲間からの連絡を受け取る。
「ウィズさんも向かったみたいですね。急ぎましょうっ」
「……」
 事前準備を終えて再び√EDENで待機していた二人も、早速行動を始めたところだった。
 二人はウィズ・ザーが敵の気を引き付けている間に、不意打ちを仕掛ける予定でいる。寡黙な方が武器化して天使の方に握らせ、目立たずダースへと近付き、|最も厄介になるだろう《ルートブレイカーを扱う》右手を切り落とすのだ。
 この作戦にはタイミングが重要だった。ウィズ・ザーが会話や戦闘で注意を逸らす間に、背後を取らなければいけない。もちろんダースに気付かれてはいけない。そのため許される隙はほんの僅かだろう。もたついていしまえば反撃を貰ってしまう可能性だってあった。
 敵の強大さはこれまでに戦った仲間達の情報で充分思い知らされている。戦い慣れしていない者ならば、一撃で命を失ってもおかしくはない。
 この先が絶対死領域であることをお互いに再度確認し合ってから、二人は√移動の出来る場所へと向かっていった。
「へえー、丁度塔の頂上に√移動できる場所があるんですね」
「……」
 偶然にも、別世界への扉は作戦において最も都合のいい場所に開いていた。√EDENから見れば何もない地上数百m上空。けれど√汎神解剖機関でのそこは、√能力者たちがこぞって目指す塔の頂にあった。
 ただそれは偶然ではない。世界ん境界を歪ませるほど、その場所には大きな力が渦巻いていたのだ。その危険も事前に把握しておこうと、二人は調査用レギオンを孕む母艦である『レギオンフォートレス』と共に上昇していく。
 √EDENの観光地を足元へと遠ざけていって、そうして√を移動した。
 二人は、真っ先に空気が変わったのを感じる。その次に、突然の光を浴びた。
 時刻は日も落ち切った夜のはずが、その場所はひどく明るい。
 光源は頭上の光の環。島中をも照らすそれが、すぐ真上から降り注いで見上げれば目を潰しかねない。しかし二人はそのことを気にすることもなく、塔の頂に座する存在に気を取られていた。
 一人の、男性。ふと目が合って。
 情報収集をすることも忘れ、眼前の王に、二人は目を、心を奪われていた。
「あれは——
「………——


「おっ、こっちの道進めるじゃん! 一気にラスボスに辿り着けるんじゃね?」
「倒せなくてもめっちゃ強いアイテムとか手に入るかもなー」
「ってはあぁあ!? なにここ! 理不尽すぎ!?」
「やっぱちゃんと攻略してかないと進めないんだよー。そりゃそうだよなー」
「あーあ、死んじゃった」


「よォ、ダース。ちょい話そうぜ」
 ウィズ・ザーは、巨大蛇の背に張り付く初老の男性へと語り掛ける。
 胸には大きな空洞を開け、これまでの間に多くのオルガノン・セラフィムを蹴散らしたのだろう、その衣服もボロボロとなっていて、見た目だけでは随分と満身創痍だった。
 それでも気の抜けない空気を纏っていて、そして何よりも苛立ちを募らせている。
 もう容赦なくこちらを殺しに来るだろうとは理解しながらも、その√能力者はここで彼を止めるために引き付けようとしていた。
「……私から話すことなどないがね」
 ウィズ・ザーに振り返り、その男は蛇の背に張り付けていた片手を離す。代わりに右足を魔術で固定して、重力に逆らうかのように垂直な背に立って宙を浮く敵と相対した。
 彼の視線はふと、その行動に気付く。
「インビジブルを喰らっているのかな? 空腹なのにこんなところまで来たのか」
 ウィズ・ザーは油断なく対峙しながらも、使役する闇顎によって周囲のインビジブルを喰らって希薄にしようとしていた。そのことを指摘され、誤魔化しても無駄かと理由を明かす。
「別に腹は空いてねェけどよ。お前をやりづらくしたくてな」
 それは、ダースの扱う√能力を使えなくするためだった。しかし一向に減る気配のない資源に、ダースは鼻で笑う。
「とめどなく溢れてくるものを喰らい尽くそうとは愚かだな。王劍相手にどうにか出来るつもりがいたのかね」
「なんだよ。話し相手になってくれる気になったのか」
 向けられる嘲笑に返すようウィズ・ザーは矛盾している口を示して、対してまた侮蔑が返された。
「愚か者を見るとつい口を出してしまいたくなる。私と同じ知性を宿していると思うと無性に腹が立ってな」
「随分言ってくれるじゃねェか。それじゃあ崇高なダース様に、俺の疑問を解決はしてもらえないだろうかよ」
 相手の挑発にはお互い乗らないよう、自分のペースを保ちながら言葉を選ぶ。そうして会話をしながらも、二人の下には黒いオルガノン・セラフィムが横から邪魔を入れていた。
 それらを片手間に対処しつつも視線は外さない。エドが後ろに控えている分、ウィズ・ザーの方が余裕はありそうだった。
 少年の手を借りているものの会話は一人で請け負っている。その方が踏み込みにくいことも聞けるからだ。
「お前は12代目の塔主に似ているな。本人か?」
 相手の口が軽くなってきたのを感じて、ウィズ・ザーは用意していた問いを投げ始める。
「…ダースは12で1つの単位だ。加えて局の技術をお前は知っているらしいな」
「余計に詮索されるのは趣味じゃないので通りの像は壊しておいたのだが、まあ資料は残っていたか。それで、私が元塔主だと知ってどうなる?」
 相手の反応は、突き止められたところで大したことのないと言った風だった。むしろその手に入れた情報をどう生かすのかと、試すように質問を貸してくる。
「さァな。だが、お前がこの島と関わりの深い人物なら、色々と知ってることもありそうだよなァ」
「私が自ら不利になるようなことを口走るとでも思うかね?」
「少なくとも、俺に釣られて口は開いてくれたじゃねェか。話すことないと言ってたくせにな」
 その指摘にはダースも思わず口を閉ざしてしまう。その様子にウィズ・ザーはつい笑みをこぼしながら、ここで口を閉ざしてしまえばより惨めだろうと見込んで更なる質問を続けた。
「その胸元に嵌めていた金属は…、…エドの母親の墓を暴いたのは、お前か? それとも、エドの母親を殺したのが、お前か?」
「さてね」
 煽るのではなく純粋な疑問として投げたものだったが、それにダースははぐらかす。表情から見るに、一部正解と言ったところだろうかとウィズ・ザーはあたりを付けた。
 追及を続けていく内に、明らかにダースはこちらを気にかけるようになっている。もうそろそろ味方の仕事が始まるからと、より注意を引けるようにとまくし立てた。
「13代目は怪物を操りエドの両親を探していた。あの家のみ破壊されていた形跡があったと言う事は、襲撃を受けたと言う事だろう。加えてお前は一度、エドの騎士を操ろうと考えたな? お前のその空いた胸元に、次に嵌め込み埋める相手素材は、エドか。マルティナか。それとも、女神様、とやらか?」
「……余計な事を知ったみたいだな」
 つらつらと並べた言葉には大して反応を示さなかった男が、最後の単語でピクリと感情を表出す。表情は変わっていないはずがハッキリとそこには怒りがあらわとなっていて、あと少しで爆発しようとしていた。
 ならばもう一歩踏み込んでやろうとした、その瞬間、

「す、すみませんっ! そっちに向かいます!」
「「「—————」」」

 申し訳なさそうなエドの声と共に、黒いオルガノン・セラフィムが一斉に押し寄せた。視界が一旦遮られ、対峙していた相手が見えなくなる。
「いや、任せすぎた! すぐに片づける!」
 エドに戦いを押し付けていた事を謝って、ウィズ・ザーは急いで邪魔者たちを蹴散らした。集団とは言っても、それほど大した量ではなく、すぐにその黒い嵐は再び晴れる。
 当然その程度でダースがやられるわけもなく、再び対峙した。
「やられてなかったのかよ」
「そっちは手こずっていたようだね」
 ウィズ・ザーの悪態に、ダースはその事実を指して笑う。大した時間差ではなかったはずだが、実際、向こうの方が処理を早かったのは確かだった。
 しかしそんなことで一々腹を立てる訳もなく、再びダースの惹きつけを続行しようとする。とにかく、別行動する仲間の不意打ちを確かなものにしようとした。
「……」
 だが、もうそろそろそれは来てもいいはずだった。
 上空から、ダースの背後へと忍び寄ってその厄介な右腕を切り落とす。それで相手は弱体化して、一気に決着をつけて次の作戦へと移る算段だったのだが。
 一向に来ない。
(……何かあったのか。連絡も来ねェな)
 ダースの背後、塔の頂上付近を見てみても、そちらに仲間らしい影はなかった。やってくるのに手こずっていると言う訳でもないだろう。
 何かあれば通信をするよう伝えていたはずだがそれもなく、さすがに心配が表へと出始めてしまう。そしてそれは、相手にも勘付かれてしまった。
「上を気にしているな。何か来るのかな」
「……いや、もう少しで終点だなってなァ」
 まさに図星だったが、まだチャンスはあると誤魔化す。とにかく相手の視線をこちらに向けさせ続けるのだと意識して観察し、とそこで彼が左手を後ろに隠している事に気付いた。
 まるで何か隠し持っているかのようで、ついに攻撃を仕掛けてくるかと警戒したその瞬間に、あっさりとそれは見せびらかされる。
 だが、最悪の代物だった。
「そうか。てっきり私は仲間の援護でも待っているのかと思ったよ」
「っ!」
 わざとらしく言ったダースが見せた左手の上には、黒ずんだ頭が乗っていた。
 見えやすいようにその顔を向けられて、そしてそれは見知った人物のものだった。
 別行動をしていた天使——サンクピ・エスだ。
 いつも不安そうにしているかつてよたよたと走っているところを拾った女性的な青年。これまでの交流が記憶をよぎって、しかしそれらを塗り潰すように無残な姿で晒されている。
 まるで墨汁に漬けられたかのようにそれは真っ黒に染まっていて、地上から飛び立つ前に聞いた、天使の隷属によく似た状況だった。
 ダースはその髪を掴んで振り回し、まるで玩具のようにして遊んでいる。
「さしずめ、上空から背後を狙うつもりでいたのかな? しかし従属して、彼の……いや奴の配下になってしまったか。残念だったね」
「……そいつを、お前がやったのか?」
「襲われたからね。さっきのことだ」
 恐ろしく低い声音となっていたウィズ・ザーの問いに、ダースはあっさりと告げた。さっきとは、エドが打ち漏らした集団が割って入った時だろう。
 もう何も言わない頭には興味なさげにして、ダースは塔の頂に視線を向けている。
「オルガノン・セラフィムたちと共に私を襲ってきたんだ。まあ私が殺していなくとも、もう助かりはしなかっただろうが、にしてもこんな風になるとはね、私も危なかったかな」
「……」
 ウィズ・ザーは黙り込む。見れば見るほどにその天使の首と、Ankerであるサンクピ・エスとの記憶が重なってしまう。きっとそうなったのは、自分の立てた作戦が間違っていたからだ。
 ならもう一人、彼の護衛にいたはずの者はどこにと疑問が移る。天使化してしまったのか。いやでも天使領域内でするはずが、と考えて、それを見抜いたかのようにダースの言葉が答えを告げた。
「エド君の領域で全てを防げると勘違いしていたようだな。この上に待つのはエド君よりも上位だよ。当然だろう? エド君自身も侵されるほどに。いやそもそも、エド君の領域はその大半が借り物でしかないのだから、端切れで拮抗することは出来なかったのだろうな。せめて彼が持つ本来の範囲内でなければ」
「急に饒舌じゃねェか」
「ああ、口に出した方が考えはまとまりやすくてね。君も、仲間が死んだ、と口にして理解してみるといい」
 その√能力者が明らかに動揺しているのを見抜いて、ダースは更に火を煽る。すると見事に怒りは膨らんで、ウィズ・ザーは備えていた武器を一斉に構えた。
 この後に考えていた作戦のことも忘れ、とにかく今は、敵の手に渡っている身内の遺品を取り返そうとする。
「……そいつを、返してもらおうか」
「別にこんなものいらないのだがね。ただ、私の神経を逆なでようとした君を怒らせられるのなら、弄んでやろう」
 物言わぬ頭部の眼窩に指を突き入れその眼球をほじくり出そうとして。
 ウィズ・ザーはもう、堪えられなかった。
「ッ!」
 闇顎を操り悪を喰らおうとして、だがそれは右手であっさりと打ち消される。
「さあ、作戦は失敗したんだ。次はどんな策で私を貶めるつもりかな? まさかこの程度でもう尽きたとは言わないだろう?」
 煽る相手に誘われるがまま、ウィズ・ザーは余っている√能力を注ぎ込もうとして、それと同時、ダースの唇が動く。インビジブルを消費するよりも早く、その蒼い文字が紡がれようとして、

「危ないっ!」

 直前で、エドがウィズ・ザーを引き戻した。突き進もうとするその体を後ろから抱え込み、白騎士の膂力をもって強引に下がらせる。
 射程範囲外へと出た相手に、ダースは攻撃を収めてその少年を見つめた。
「……すっかりエド君はそちら側か。もう使えそうにないな」
「……。一旦引きましょう。他の方と作戦を練り直したほうがいいです」
 エドはハッキリとその視線に敵意を乗せてダースを睨み、しかし今は何も言わず、救い出した√能力者へと向かい合う。触れる少年の温度と言葉に、ウィズ・ザーはようやく少しだけ怒りを収めていた。
「……すまねェ」
 本当は、ダースをさっさと倒してマルティナを救うつもりだった。エドにもそう伝えていたのに、そちらへ気を回す余裕は一切なかった。
 それに、仲間の遺体も回収できていない。挙句エドに助けられていてあまりにも格好がつかない。
 せめてマルティナを回収してしまいたかったが、全長30mほどのこの巨体を止めるのはかなり難しい。何よりも張り付くダースを剥がさなければ危険がまとわりつくのだから、今の状況では不可能だ。
 振り返ってみれば見るほどに、なにも成し遂げられていないことが浮き彫りになっていった。せめて何かをと思って成果を望むけれど、すぐに天使の少年からその瞳を向けられている事に気付いて我に返る。
「……作戦は失敗だ。引き返す」
「はい、分かりました」
 これ以上は危険を招くだけ。そう理解してエドの言うとおりにした。
 脱力するウィズ・ザーを、エドは白騎士へと乗せて地上へ向かう。その様子をダースは見下ろしていたが、わざわざ追ってきはしなかった。
「着きましたよ」
「……助かった」
 塔の入り口前に辿り着くと、そこでは既に戦闘が終わっていて、治療や補給が行われている。そんな風に目標を成し遂げ次に向かおうとしている仲間たちの会話は嫌に耳へと入ってきた。
「3体の塔主も何とか倒したみたいだぜ」
「7代目塔主の方もやったってな。アマランス・フューリーも無事らしいぞ」
 塔内の戦闘も上手くいっているようで、その場には笑顔が多い。
 けれど自分は、その輪に入れなかった。笑って報告できることがない。
「や、休みましょう……」
 気を遣ってエドが治療している者たちの所へと誘導しようとしてくれて。
 とその時、すぐ傍に何かが落ちた。
 直径20cmほどの球状に見えたそれは、地面にぶつかったと同時に粉々に砕け散る。
 ふと振り返った瞳に映ったのは神秘的な金属の破片で、そして、飛び出た目玉だった。


◆◆◆◆◆

「さて、どうしたものか……」
 ダースは、静かになった蛇の背に立って両腕を組み考える。
 上空を見上げて、そこに向かえば自分も危険なのだと知った。今後の予定が崩れてしまい、考え直しているところだ。
 未だ黒いオルガノン・セラフィムは襲ってきているが対処にも慣れている。加えてこれ以上他の邪魔は入らないだろうし、このままならあっさりと頂上についてしまう状況だ。
「エド君ももう追いかけてきてはくれなさそうだし、私がどうにかするしかないようですね」
 少年とはハッキリと決別したのを実感し、もう地上にも目を向けない。己以外は使えないと切り捨てていた。
「……しかしこれでは確実性がないですね」
 思い付いた策は実行へと踏み切るには不安要素が大きい。とはいえ他に策はないしと、とりあえず蛇の背に手を当てた。
「|————《————》」
 内部に仕込んであった魔術を発動させ、その巨体を暴れさせる。
 上を目指していた蛇は突然に進路を見失って、そしてその頭が塔の外壁へとぶつかった。大きな衝撃と共に突き破り、それは内部へとそのまま入っていく。
 瓦礫転がり粉塵舞うその階で、ダースは随分と久しぶりに重力に従う。ここは誰の部屋かと視線を巡らせたその時、彼の頬を鋭い布がかすめた。
 その出所を見つめて、僅かに切れた頬が持ち上がる。
「運がいい。君の所に来れるとは」
「……」
 目の前にいたのは、真っ黒な髪の東洋人だった。
 この地には珍しい顔立ちであり、その出身を強調するように真っ赤な着物を幾重にも羽織っている。さっきの攻撃はその着物の一部によるものだったらしい。
 歳は10代半ばごろ。しかし年齢にはまるで似合わない老獪さと威容さを纏っているように感じた。
「……やはり、少し似ている。私たちと同じかもしれないな」
 侵入者へと苛烈な攻撃を始める亡霊に対して、ダースは更に一歩歩み寄る。
「この運に免じて、賭けてみようか」



   ——続く。

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