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【王権決死戦】◇天使化事変◇第7章『夢見る双子』

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王権決死戦

これは王権決死戦です。必ずこちらのページを事前に確認の上、ご参加ください。
また、ページ右上の 一言雑談や特定の旅団等で、マスターが追加情報を出すこともあります。

 その時、そこに立っていたのはただの偶然だ。
 他にいなかったら選ばれてしまっただけ。
『……どうして、私が』
 恨みを抱いた。けれどこれまで築いた誇りが、必死に漏らすのを食い止めた。
『……やっぱり、上手くいかないじゃない』
 己の不得手は間違っていなかった。それなのに求められるから、どれだけ負けようとも挑むしかなかった。
 本当は手放してしまいたかった。
 自分には荷が重い。ずっと思っていて、でも手放せないでいた。
 だから今は、とても心地良い。
 責任も、期待も、守るべきものだってない。
 ただ、|言われる《操られる》がまま。選ばれる以前に戻ったみたいだ。
『……もうずっと、このままでも』
 そうして彼女は、受け入れる。

「ふふ。アナタも望んでいたのね」
 その女は、微動だにしない頬に手を当て微笑みを浮かべる。
 顔立ちは歳にしては少し幼く、切れ長な瞳。豊満な胸部を披露するかのようなドレスに、大きな耳飾り。けれどその髪色はより濃い桃色。容姿だけを見ればまるで双子のようで、しかしその二人は決して対等ではない。
「……」
 羅紗を刻み込まれたインビジブルを身にまとい、表情を動かす権利すら奪われたアマランス・フューリー。そうしたのが、桃色髪の女。
 彼女は点検するように、アマランス・フューリーがまとう|特製の羅紗《インビジブルドレス》に刻まれた文字を撫でていっていて、とその時、部屋の扉が外側から開かれた。
「あら、随分と生き残っていたわね」
 女の視線の先には、塔を攻略しようと登ってきた√能力者たちがいた。
 そして、それに続いていた羅紗の魔術塔の構成員たちは、その囚われの姫を見つけて顔色を変える。
「お前が、フューリー様をっ!」
「あら、私もフューリーよ?」
 我を忘れて飛び掛かる魔術師へと、女は傀儡で迎え撃った。
 己の野望のために。



『7代目塔主フェリーチェ・フューリーと対峙したようですね。彼女はこれまでの塔主とは違い、生前の姿を保っているようです。すなわち、王劍の力をある程度制御しているという事になります』

『生前以上の戦術を使い、その空間も彼女の都合のいい領域へと書き換わっているみたいです。ええこちらについて、皆さんが情報を集めたおかげで、私の星詠みで多少なり鮮明に読み取ることが出来ましたよ』

『戦術・|強行掌握《フォルツァートシンパティア》。主にインビジブルを用いた羅紗魔術を扱うようですが、恐ろしいのはアマランス・フューリーにも施されているような隷属です。七代目塔主と波長の合う存在ほど利用されてしまうようで、彼女と何らかの要素が重なる、あるいは言葉に共感するほど、かかりやすくなるようです。羅紗を刻んだインビジブルに巻き付かれれば、皆さんであっても傀儡として加えられてしまうでしょう』

『領域・|至近声明《インセグレイヴォーチェ》。その部屋で戦っている限り、隠れる事が出来ず、七代目塔主の声が全て届くようです。王劍の力が生み出した領域とあって、外部からの干渉も絶たれるようで、領域内での戦闘は避けられません。加えて七代目塔主を打倒しない限りは、その領域を解除することも叶わないでしょう』

『相手は強大です。状況も困難です。しかし皆さんには成し遂げてもらわなければなりません。何度も覚悟を決めてもらいましたが、また改めてもらう必要があるでしょう。ここから先は、間違いなくこれまで以上に危険です。どうか、お気をつけて』

 双子はともに夢を見ていた。
 片方は不足を思い出し。
 片方は充足を忘れて。
 決して重なる訳ではないけれど、運命の繋がりは奇妙にも似た踊りを踊らせる。
 どうか、ともに目が覚めますように。

マスターより

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第1章 冒険 『強行突破せよ』


■■
「ふふっ。ふふふふっ」
 少女は、笑いを堪えきれなかった。
 目の前で跪くのは、同年代のよく似た容姿の持ち主。その衣服に刻まれた桃色に光る文字によって、虚ろな目で主君を仰ぐように頭を垂れている。
 しかし、着ている服装はまるで逆だ。笑う少女の方が貧相で、従者は貴族とすら思える身なり。金糸が織り込まれた裾を泥につけてしまっていた。
 少女は、自分とよく似た顎を持ち上げて、その虚ろな瞳を覗き込む。
「ずっと、この時を待っていたの、フェリーチェ。いいえ、名もなき女の子」
 強引に視線を動かされ、それでも従者は何も言わない。操られるがままだ。
「アナタの魔術は貰ったわ。次は名前、それとその服も貰うわね。そしてフューリー家すらも、私の物にしてみせるわ。ふふっ、ふふふふっ」
 少女は引きつる頬に手を当てる。
 決して届かないと思っていた望みが、今は手の中にあった。更にそれはもっと先へと生まれ。より求める。
 その日、少女は全てを叶えるために生まれ変わった。
猫屋敷・レオ

 その部屋に着いた猫屋敷・レオは、慎重も捨てて勢いよく飛び出す。
「にゃっはー! 強敵の匂い! 狩猟の時間であります!」
 アマランス・フューリーを操る7代目塔主。その佇まいから感じる強大な気配に、食い千切りウサギは狩猟本能に従った。
 事情は星詠みから軽く聞いた程度。そのために相対する敵に思う事はさほどない。だからこそ躊躇いのない攻撃へと打って出る。√能力【|全力狩猟モード《クイチギリウサギ》】を発動し、脚力に牙に爪、己の武器を強化して、真正面からの強行突破を仕掛けた。
「私を守りなさい」
 直進してくる兎に、7代目塔主は駒を動かす。|透明な羅紗《インビジブルドレス》を纏ったアマランス・フューリーは、その与えられた力で輝く文字列を放った。それは本来彼女が扱える量と質をはるかに上回り、視界を埋め尽くさんと迫る。
 しかし猫屋敷・レオは、ウサギ故に跳んだ。
「低いであります!」
 √能力【|神千切・カゲヌイ《カミチギリ》】によって得た速度も加えながら、天井すれすれを彼女は駆ける。その素早さは影を纏い、残像を残すほどだった。
「その足、良いわね。欲しくなっちゃった」
「ボクは捕まえられないでありますよ!」
 縦横無尽に駆け回る獣をも駒にしようと7代目塔主は羅紗を刻んだインビジブルを放つ。それらは寄生する宿主を求めて飛来し、けれど俊敏な脚力とどう猛な牙がことごとくを蹴散らした。
 そして、食い千切りウサギはチャンスを見出す。
「食い千切るであります!」
 インビジブルの残弾を出し切った隙、7代目塔主の攻撃手段にリロードが必要となり生まれたその瞬間を目掛け、√能力【|神千切・カゲトビ《カミチギリ》】を発動した。異空間を通り一気に敵の首元へ。驚く暇も与えず、勢いを乗せたその牙を突き立てた。

 ——!!

 皮が裂け、血が散り、骨が砕ける。
 そして首の支えを失って、折れて。
 7代目塔主は、力を失って倒れた。
 そのすぐ横で猫屋敷・レオは着地して、それが再び動き出さないことを確認し。
「ん……? 思ったよりあっさり——」
 呆気ない終幕に首を傾げたその瞬間、背後からアマランス・フューリーの文字列が迫り、僅かにかすめながらも避ける。それと同時、食い千切ったはずの女の声が聞こえた。
「あらあら。アナタとは相いれなさそう」
 嘲笑うようなその言葉で、足元に羅紗が巻き付いていた事に気付く。幸いにも影響は遅く、素早く千切って捨て、どうにか隷属は免れた。
 それから先ほど食い千切ったはずの死体をよく見ると、そこにあったのは7代目塔主の遺体ではなく、皮を被ったオルガノン・セラフィムだった。道理で歯ごたえが硬かったと納得する。
「……なるほど、隠れてるでありますか。いよいよ狩猟らしくなってきたのです」
 その領域によって声の出所では当てにならない。加えてこちらは隠れられず、向こうには時間をかけるほどに手ごまを増やす余地がある。
 一方的な状況。最初から隠れるつもりなんてなかったが、このままでは蹂躙されてしまうかもしれない。
 その事実が、猫屋敷・レオをワクワクさせる。
「ここで死ぬようなら、所詮それまでだったという事であります!」
 狩りの本能をも超えた闘争心をもって、そのウサギは大きく跳ぶのだった。

アリス・セカンドカラー

 アリス・セカンドカラーは相手の有利な状況に首を傾げる。
「さて、この状況。どう料理しようかしら?」
 倒すべき7代目塔主はその身を隠し、操る傀儡で相手している。更には隙を見せれば、羅紗文字を刻まれたインビジブルが飛んできて、この身まで隷属させようとしてきた。
 それならば利用してやろうと、インビジブルを掴んで料理する。
「ありとあらゆるエナジーが私の糧よ」
 混成魔術による運命の調律。素材から異物を取り除くのは料理の基本だとインビジブルから羅紗を排除し、むしろ己の仮初の肉体を増殖するために利用しようとした。
「えっちなのうみそおいしいです❤」
 頂いた食材に感謝をしながら、彼女は次々と吸収していく。けれど敵もそれを看過したかのように、手段を変えて襲い掛かってきた。
「もうたっぷり食べし、仮初のこの肉体が欠損したところで私は死なないわ」
 それでも問題ないと、アリス・セカンドカラーは少女らしく自由に駆け回る。

橋本・凌充郎

「……」
 これまでに築いた屍は数知れず。戦いの中で散っていった命も数え切れず。その渦中を進むならば、死をもって駆け巡るしかあるまい。
 進まねばならない。幾度の屍を再び踏み越える。
 その覚悟を抱き、橋本・凌充郎はその戦場に参加した。
「既に何度も戦ってきたアマランス・フューリーはともかく、死してなおこの状況に出しゃばってくるとはな、フェリーチェ・フューリー」
 相対するその亡霊へと言葉を投げかける。対する7代目塔主は怯むことなく微笑みを浮かべた。
「私だって願って戻ってきたわけではないけれど、でもまあ、せっかく蘇ったんだから好きにさせてもらうわ」
「今この世界は貴様が生きていた時代とは違うものだ。もはや|役目《一つの生涯》を終えたものが、未練がましく生と死の境界を越えてくるものではない」
「違うから楽しめるんじゃない。アナタは視野が狭いのね。きっとそんなものを被ってるからだわ」
 バケツを被って顔を隠す男を笑いながら、7代目塔主はアマランス・フューリーを操って迎え撃とうとした。その傀儡が放つ魔術を、借りてきた『対魔式随伴ドローン』を利用して防ぐ。彼自身は魔術に詳しくないため、その面のサポートは兵装に一任していた。
 隷属魔術を扱う問い前情報もあるが、持ち前の精神性で抗えるだろうと強引に突き進む。
「生者のみが死者の結末を決める権利がある。死者に生者の歩く道を塞ぐ義務はない。故に邪魔だ。壊し、潰し、踏み越えるついでに…死の向こう側へ叩き返してやろう」
 行く手を阻む傀儡に対しては、√能力【|死喰らいの等活《ビーステッド・カッティングエッジ》】の最中に対処していく。素早く拳銃を抜き零距離からの牽制を行って、麻痺弾を併用しての排除。その脅威度は看破されたのか避けられ、しかしそのおかげで操り手へと肉薄に成功した。
 続くの回転ノコギリ。相手に行動を起こす隙も与えないまま、回る刃をその余裕気に持ち上げる口角へと走らせる。それは肌を巻き込むようにして引き裂き、けれどその感触に違和感を覚えた。
「……やっぱり男は効きづらいわね」
「っ」
 橋本・凌充郎が一瞬止まった隙に、7代目塔主はその男に透明な羅紗を巻き付けていて、隷属の魔術を発動したが、その文字の浸食は遅い。
「せめて欲情してくれたらいいのだけど」
 女は肌を晒し、しかしそんなものに惑わされる相手ではなかった。
「殺す。血に、狂気に塗れようとも。殺し尽くす」
 橋本・凌充郎は怪力で強引に羅紗を破って攻撃を繰り出して、それと同時、他の√能力者も彼女に攻撃を仕掛けていた。
 それはやがて、その女の首を食い千切り、しかしそこで、先ほど感じた違和感の正体を知る事になる。
「これもまた傀儡だったか……」
 剥がれた皮の下に除いたのは黒く変色した金属の体。オルガノン・セラフィムの形を無理矢理変えて上から羅紗で包み込んだ人形と、今まで相対していたのだ。
 敵は隠れている。ならばすぐに見つけてやるだけだと橋本・凌充郎は再びその殺戮を振るった。

夢野・きらら

 その夢野・きららは、√能力【|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》】によって派遣されたバックアップ素体であった。彼女の本体は、塔の外からの攻略に手を付けている頃だろう。
 分隊ゆえに多少の無理も利く。そもそも塔主相手は荷が重くはあったが、情報収集するには使い捨てるくらいが丁度いいだろうと派遣されていた。
 戦術や領域は星詠みによってある程度読めているけれど、敵の引き出しはそれだけじゃないはず。そう決めてかかり、兵装『決死戦専用WZ|『天元突破』《スペラーレ・リミテム・カエレステム》』を装備して、特攻させた。

「……頼むよ、外部からの干渉は出来ないから」
 塔の外にいる本体はそう零す。渡してある命令は、『塔主と戦って』と『なるべく情報を引き出して』という簡単な者だけだった。

「……」
 しかしバックアップ素体は、目標を見失って立ち止まる。7代目塔主は姿をくらましていたのだ。
 アマランス・フューリーが表立って戦っているが、彼女と戦えとは命令されていない。そうしているところに、その声は届けられた。
「あら、アナタたちにも隷属魔術の使い手がいるのかしら?」
 その声に反応してWZを動かすが、しかしそこに標的はいない。領域のせいで声の出所は当てにならない。
「いや、機械かしら。そう言うのには疎いわね、私は。でも貰えるものは貰っておきましょう」
 そして、分体の体に透明な羅紗が巻き付く。その身にも強行掌握が施されようとして。
 その時、WZに組み込まれていたもう一つの命令が発動する。それは、少女分隊の自己判断も無視して、√能力【|プロジェクトカリギュラ・レッドゾーン《レッドゾーン》】を起動させてそのWZを自爆させた。
「あら残念。操ってる方がいれば隷属させやすかったかもだけど、まあ来てないなら仕方ないわね」
 しかし近づいてもいなかった7代目塔主に被害を与える事はなく、それは無残に散っただけだった。

「ごめんね、きみたち」
 分隊の消滅を感じた夢野・きららは密かにそう呟いた。

リリンドラ・ガルガレルドヴァリス

 リリンドラ・ガルガレルドヴァリスは、傀儡を盾に隠れている敵へと大声で呼びかける。
「アマランスは返してもらうわよ、フェリーチェ!」
 敵の目的など知らない。けれどその操られている者には帰りを待つ人たちがいるのだと、彼女は囚われの姫を救い出そうと敵の領域に踏み込んだ。
「それと、アマランス!」
 そして、助けに来た仲間達を、命を懸けてまで想う部下達を、今も攻撃するアマランス・フューリーへとも声を投げる。
「がんじがらめな状況でも意地だけで戦い続けた貴女がたどり着いた答えがそれなの? 敵同士ではあったけれど、少なくともその精神だけは尊敬に値すると思っていたのよ。何もしない事は確かに楽よ、揺り籠に揺られた赤子のように眠っていられるのだから。だけどね、それは正道ではないわよ?」
 敵の手に落ちてしまったその意識を叱咤するかのように。誤った道から引き戻そうと想いを伝えた。
「貴女を助ける為に犠牲となった魔術師達が沢山いる、目を背け続けるなんてわたしが許さないわ」
 この塔に来るまでの戦いを、アマランス・フューリーは知らないだろう。彼女を慕う者たちの想いの強さも、彼女はちゃんと理解していなかったはずだ。
 だからこそ、ここで伝えなければ全てが無駄になってしまう。リリンドラ・ガルガレルドヴァリスはこの状況を打破するために、√能力【|正義結界《アクノフウイン》】を発動する。
「起きたくないと言うのなら、わたしが嫌でも起こしてあげるわ! アマランス!」
 フェリーチェ・フューリーの領域を自身が生み出す領域で相殺して、味方達の援護をしようとした。一方的な状況を終わらせるため、彼女は√能力を重ねがける。
「領域に穴をあけて見せる。そうしたら突破口も見えてくるはずだから……!」
「私よりももっと大きな力から与えられたこの領域に、アナタの力が及ぶとは思えないけど」
 領域と戦術は、王劍から与えられたものだ。並の√能力者が単独でどうこうできるものではない。
 けれど幸運にもそれは、結果を残した。
「この世界は羅紗の魔術に干渉する……!」
「あら、私の隠れ蓑の方がやられちゃったわ。やるじゃない」
 領域による効果を一方的にするため隠れていた7代目塔主は、√能力によってその蓑を剥がされる。すると途端に、標的を見失っていた者たちが一斉に攻撃を仕掛け始めた。
 一方的な状況はもう終わったのだ。

■■■
 フェリーチェ・フューリーは、まだ少女と呼ぶべき年頃に既にその組織の一員となっていた。当時としても若い抜擢だ。
 故にそれはやっかみも呼び、しかし彼女は自らの力で解決しようとしていた。
「な、なんだよ。こんなところに呼び出して」
 倍近く違う歳の少女から人気のないところへと呼び出され、同僚の男は警戒を向ける。対するフェリーチェは、見せつけるように上目遣いで打ち明けた。
「……相談を、したいんです」
「っ!?」
 誘惑するようにその身を持たれかけさせ、柔らかな体を押し付ける。嫌がれない匂いと目を離せない容姿を使われ、男の体は嫌でも反応し、けれど彼は悪い噂を思い出して跳ねのけようとした。
「だ、騙されるかっ。そうやって他の奴らも惑わしてるんだろっ。お前が——」
「黙って」
 けれど突き飛ばそうとした手の平は途中で止まる。その手首には薄く発行する布が巻き付けられていた。
 そうして隷属させた男へと、フェリーチェは問いかける。
「私の噂を聞いたのは誰? それを言ってた人達も呼んできて」
「……はい」
 もう誘惑する必要はないと体も離し、端的に命令する。すると男は言われるがままに動き。
 そうしてフェリーチェ・フューリーと言う少女は、塔の中でも注目されるようになっていった。
瀬条・兎比良

 瀬条・兎比良はその胸の内に正義を燃やす。
「アマランスさんに個人的な感情はありませんが、助けられる人が目の前にいるのなら助けない理由も無いでしょう」
 打倒すべき7代目塔主に操られているその人物とは、かつて敵対していた。けれどそれはその時彼女が加害者だったからだ。今この瞬間において、個人の救助に過去は関係ないと瀬条・兎比良は救いの手を差し伸べようとしていた。
「とはいえ対象は勿論、アマランスさんにさえ共感しませんがね」
 報われない悲しみ自体は否定しない。彼女らにもやりきれない感情があると理解しながらもしかし、それが立ち止まる理由にはならないと断じていた。
「皆さん、兵装はきちんと装備されましたか?」
 自分よりもずっとアマランス・フューリーを救いたいと思っている羅紗魔術師達へ、自身と同じ兵装を装備させ、助力を願った。
「決して無理のない範囲で、対象の意識を散らして欲しい」
 そう指示を伝えて、7代目塔主への戦いに彼らも参加する。すると早速、瀬条・兎比良の目の前にアマランス・フューリーが迫り攻撃を仕掛けてきた。
「やはり、まるでこちらの声は届いてないようですね」
「……」
 言葉を発さず、操られるがままのかつての敵。ここまで生き残った羅紗魔術師が必死に呼びかけるも彼女が応える事はなかった。それに、少しの苛立ちを感じてしまう。
「歩んできた道が、信じてくれた人が、背負ってきた物が、それらが全て嘘になってもいいんですか?」
 悪事を働いていたとしても、その過去を全て消し去ってしまえばもう個人ではなくなる。これだけ慕う人たちもいるのだから決して、悪い事ばかりではなかったはずなのだ。
 それなのに、投げ出すようにしてその隷属を受け入れている。
「私は、そうは思えない。一刻も早く、アマランスさん自身に戻るべきです」
 故にハッキリとそう告げ、そのためにもその体を捕縛しようとして、
 しかし、
「っ」
 背後からの攻撃。それは、先ほど送り出した羅紗魔術師だった。
「隷属されてしまいましたか……」
 その身体には透明な羅紗が巻き付けられていて、光を失った瞳でこちらを見つめ、兵装を用いた攻撃を仕掛けてくる。それなら仕方ないと瀬条・兎比良は√能力【|【物騙】「十三番目の魔女への報復」《スリーピング・スリーピース》】を発動して、紬糸による牽制後、鉄茨をまとわりつかせ行動疎外、そして緑炎で兵装の破壊を試みた。
 しかし、さすがに兵装の強度は凄まじく、一度では破壊できずに離脱されてしまう。同種である己の兵装の機動力で強引にその逃亡を阻止した。
「いったん、体勢を立て直さないと厳しいですかね」
 既に羅紗魔術師の数人は隷属状態にある。アマランス・フューリーへの対策もとれておらず、7代目塔主に関してもダメージらしいものは与えられていない。
 攻撃の機械を見極めようと、彼は√能力【|【物語】「消失と沈黙」《ハンティング・ブージャム》】で身を顰めようとして、しかしそれは失策だった。
「私の領域で隠れることは出来ないわよ?」
 王劍の力は√能力を上回る。瀬条・兎比良は無意味に力を使い、いやむしろそのデメリットが大きな隙を作ってしまった。
 移動力と戦闘力の低下。それを感じ取った7代目塔主はすかさず透明な羅紗をその身に巻き付けさせ、対する瀬条・兎比良は√能力を解除し持ち前の怪力で脱出しようとしたが、
「かはっ——!?」
 複数の隷属させられた羅紗魔術師が、その身に突撃し抑えつける。兵装の機動力を加えた体当たりは、√能力者と言えども無事では済まない。
 そうして抵抗力が下がれば、その桃色の文字は侵食を始める。
「ぐっ、うっ——………」
「さて、この調子でもっと増やしていきましょうか」
 瀬条・兎比良の瞳から光は失われ、役目を終えた羅紗魔術師もすっと離れる。抑えつけられることはなくなって、しかしその√能力者は、7代目塔主にされるがままとなっていた。
「それじゃあ、捕まえてきなさい」
 7代目塔主の手駒は更に増え、√能力者たちはどんどんと戦いづらくなってしまう。

白神・真綾

 白神・真綾はその戦場で舞い上がっていた。
「ヒャッハー! やーっと大物の登場デース! しかも他にもいるなんて大盤振る舞いでたまんねぇデース! ここまで頑張ってきた甲斐があったデスネェ」
 強敵を求めてこの戦いに挑んでいた彼女は、7代目塔主とその従者たちを前に喜ぶ。興奮のあまり挙げられた諸手には、凶悪な武器が握られていた。
「真綾ちゃん、洗脳とか封印とか滅茶許せんデスカラお前は必ず殺すデース!」
 隷属に対する耐性は十二分。万全の準備を整え、7代目塔主へと突っ込んでいく。
「野蛮な子ね。アナタみたいな子ほど手なずけてしまいたいけれど」
「効かないデース!」
 透明な羅紗が視界を埋め尽くすほどに広がり、けれどそれを素早く白神・真綾は切り裂いた。多少触れられても耐性で時間を稼ぎ、精神を侵される前に振り払う。
 その対処をしている隙をついて、隷属されたアマランス・フューリーが前に立った。
「お前とはもう何回か殺ってるデスカラネェ。大人しく寝ておけデース」
 以前よりも威力を増した攻撃を、√能力【|殺敵隠密《ハイドアンドキリング》】で回避し、そのまま√能力【|神威殺し《サイズオブタナトス》】へと繋げて、隷属化の概念ごと切り裂こうとインビジブルドレスに刃を走らせた。
「これでお前も……ん? ダメデスか?」
「……」
 ドレスの裾は短くなり、けれどアマランス・フューリーは攻撃を止めない。王劍の力を得たその魔術は、万能な√能力を上回った。
 想定以上の敵の強さに一瞬固まり、その隙めがけて文字の濁流が襲う。無力化した救出対象を守るためにと用意していたプロテクトビットの防御フィールドをとっさに張って耐え凌ぎ、それが砕けると同時にその場から跳躍した。
「前に比べて随分と強くなってるじゃないデスカ。いいデスネェ。楽しくなってきたデース!」
 徐々に高揚していく白神・真綾は、もう出し惜しみは必要ないと√能力【|殲滅する白光蛇の牙《エリミネートバイパーズファング》】を発動して、握るフォトンシザーズを真夏の太陽のように激烈に輝かせ、攻撃特化の形態へと変形させた。
「真綾ちゃんのドレスは残像デース!!!」
 √能力の起動と同時に周辺に配置したプロテクトビットの防御フィールドを足場代わりにし、激上させた機動力を生かして縦横無尽に跳ねまわり、3次元軌道のヒットアンドアウェイで、アマランス・フューリーのドレスを少しずつ削っていく。
「ヒャッヒャッヒャー! 強さの秘訣はこのドレスデスネー!? 裸に剥いて、大人しくしてもらうデース!!!」
 魔術師泣かせの高速移動でアマランス・フューリーを無力化へと近付けて、とその時、他の隷属された者たちもこちらへとけしかけられる。
 集まってきた元仲間達。しかし戦闘狂な彼女に容赦などはない。
「お前らも裸になりに来たデスカー!? 変態デース!!」
 男女問わず、群がってきた者たちの衣服を切り刻み、その輪の中から抜け出す。そうして再び、アマランス・フューリーへと刃を向けようとして、その身体はグルンと反転。
「アマランスと見せかけて、お前デース!!」
 白神・真綾を要警戒と従者たちを操り意識を向けていた7代目塔主へと、不意を突くようにして√能力【|真綾ちゃんの絶対殺戮連撃《フェイタリティヴォーパルコンボ》】を放つ。
「真綾ちゃんからのサプライズプレゼントデース!」
 サプライズボムの牽制から、電撃ワイヤーによる捕縛をして、その首へと最大出力のフォトンシザーズを放とうとして、だがその直前で、
「止まりなさい」
「——っ」
 白神・真綾の武器を振りかざしていた右腕が急停止する。
 その手首にはいつの間にか透明な羅紗が巻き付けられていて、そして√能力を行使した代償によって、侵食を容易くしてしまっている。
 すでに肘まで桃色の文字がまとわりつき、
 ———!
「……判断の速さは大したものね」
 白神・真綾は即決で右腕を切り落とす。それには7代目塔主も称賛した。
 残った左手が、再び光の鋏を振り上げる。
「死人は大人しく死んでろデース!」
 彼女は変わらず戦いを楽しんだ。

オーリン・オリーブ

 オーリン・オリーブは同行する羅紗魔術師達へと投げかける。
「色々むずかしそうなイメージ伝わってくるけど、生きてるみんなでお家に帰るといいほ。生きて帰れたら星でも札でも呼んであげるほ」
「ほう、それは楽しみだね。ならもう少しは頑張ろうか」
 コキンメフクロウの提案に、その鳥からおじさんと呼ばれる魔術師も未来に期待して気合を入れた。羅紗を失った彼らは兵装の『ヤドリギの銃杖』を武器として戦地に踏み込む。
 戦況は中々優勢に傾かない。大きく何かを変えなければいけないとオーリン・オリーブはその作戦を決行することにした。
「まずは向こうの羅紗を無力化するほ。周囲のインビジブルに離れてもらうから、その間はおじさんがみんなを指揮ってほしいほ。みんないのちだいじにほ」
「分かった。期待しているよ」
 魔術師達を連れたおじさんを送り出し、オーリン・オリーブはその場に留まって周囲一帯の浄化を始める。
 その羽でホーリーワンドを握り、オカルト雑誌を参考しながら振り香炉と魔除け鈴を紐付けると、鈴音と浄化香の煙を辺りへと広げて詠唱祝詞をスマホIAに反復させる。
「7代目本人にも効果があるといいほー」
 そう期待を乗せながら周囲のインビジブルを弱体化し、敵の攻撃手段を奪おうとして。
 しかしそれは、上手くいかなかった。
 どれだけインビジブルを浄化しようが、次々と補充されてしまう。塔内に満たされる王劍の余りある力が、状況を変える事を許さない。
 当然、王劍に結びついている7代目塔主にも影響が起きる訳はなかった。
「……ダメだったかほ。む、隷属されてるほっ」
 成果の出ない事に落ち込む暇などない。早速視線の先では、敵の攻撃を引き受けてくれていた羅紗魔術師が、その身に透明な羅紗を撒きつけられ隷属を受けてしまっている。仲間への攻撃を開始しているそれらに、フクロウはすかさず飛んで向かって、√能力【|全ては唯の夢物語《アボリティオ》】で無効化を試みた。
 けれどそれも不発する。
 僅かに動きを止めた傀儡だったが、それはすぐに立ち直り√能力発動のためすぐ傍まで迫っていたオーリン・オリーブへと兵装を向ける。破魔の弾丸がその翼を撃ち抜こうとした直前、傀儡の体は背後から切り裂かれた。
「ほ。助かったほ」
「いいや、こちらのミスだ。どうやら√能力では向こうの戦術や領域は超えられないようだ。術の根本を絶たなければ、対処できない!」
 羅紗魔術師を監督していたおじさんが、傀儡から透明な羅紗をはぎ取り、術を解除する。辺りの戦場で手に入れた情報を実践し、共有も行ってくれた。
「つまりは、可能な限りは避けたほうがいいってことほ」
 そうと分かればオーリン・オリーブは、√能力【|今を掌握する感覚《ストラテジア》】を行使して、周囲の味方の反応速度を強化する。
「なるほど、これは助かるな」
「引き続き任せたほ。重傷者がいれば、転移するからすぐに教えてくれほ。それじゃあ我輩はフェリーチェに聞きたい事があるほー」
 羅紗魔術師達の指揮は託したまま、獣の体で戦場をかいくぐり、7代目塔主へと接近した。√能力【ウィザード・フレイム】で攻撃反射用の炎を用意して備え、語り掛ける。
「フェリーチェ。今立ちはだかるのは誰の意志ほ?」
「あら、この時代はフクロウが喋るのね」
「せっかくの機会ほ。おしゃべりをしようほー」
「ふふふ。可愛い子。立ちはだかるのは誰の意志かだって? 私は私の意志で動いているに決まっているじゃない」
 7代目塔主は獣に免じて口を開いた。自立を語りながらもその瞳はどことなく焦点が合っていないようだった。
「私には望みがあるの。全て、私の思い通りに生きていくのよっ!」
 敵が攻撃を止める事はなく、むしろそのフクロウを哀願してやろうと透明な羅紗を放つ。それをオーリン・オリーブは羽をはためかせつつ、反射炎を浸かって除け、問いを重ねた。
「ほっ。黒幕は、死と引き換えの先に何を目指すと思うほ?」
 羅紗が無数に迫り、それを間一髪でよけながらも動揺は顔に出さず。そうして時間稼ぎをしていれば、7代目塔主は答えを告げた。
「継承、よ」

■■■■■
「塔主様、お考え直しになったほうがいいのでは……」
 目の前の男が恐る恐ると意見する。それにフェリーチェは、鋭い視線で突っぱねた。
「私以外の目は信じられないわ。羅紗の魔術塔をより大きくするには必要な事よ」
「ですが……」
 フェリーチェ・フューリーは、塔主の座に上り詰めていた。そして積極的な施策によってその組織はどんどんと大きくなっていっている。島の外での呼び名も定着していて、彼女はまるで自分の功績を披露するかのように、ことあるごとにその名を入れた。
「それに、初めてでもないんだし、心配することなんてないでしょ。私の魔術を舐めているのかしら?」
「決してそう言うわけではないですが、島の外は危険も多いそうですし……」
 どれだけ行っても意見を変えない部下に、フェリーチェは深くため息をつく。
「私は塔主よ。邪魔はしないでくれる?」
「……」
 ハッキリとそう告げれば、身分の低い彼は黙るしかない。用件はもうないことを確認してから部下を下がらせる。
 それからフェリーチェは、島の外の地図を眺めては残る望みを数えるのだった。
ハコ・オーステナイト

 ハコ・オーステナイトは塔の外に思いを馳せながら前へと進む。
「エドさん、マルティナさん、そしてダースさんを追って何とかここまでたどり着きましたが、悔やむ事が続きますね。でも、早く止めないともっと悔やんでしまうと思うのでハコは先へ進みます」
 これまでの道中を思い出し、もっとうまくやれたのではとつい考えこんでしまった。けれど過去に戻る事はどうやっても出来ないのだと割り切り、今は少しでもいい結果に導こうとその戦いに参加した。
「……アマランス・フューリーと、もう一人似た方がいらっしゃいますね。彼女が話に聞いた7代目塔主のフェリーチェ・フューリーですか」
 星詠みから聞かされた情報を思い出しながら、眼前の戦場で戦っている敵と照らし合わせる。7代目塔主は隷属魔術を得意とし、アマランス・フューリーだけでなく、既にその戦場で戦っている√能力者や羅紗魔術師達も手駒にしてしまっていた。
 戦いが長引くほどに、向こうは戦力を増やしていて、こちらはその逆。一刻も早く敵の横暴を阻止しないとと戦場に踏み込んだその時、アマランス・フューリーに狙いを付けられた。
「……」
「っ」
 輝く文字列を鞭のようにして振り回す。その素材は魔術で都度生み出されるために、先端が目測よりも伸びて迫った。かろうじて受け止めるも二撃目がすぐに迫り、けれどハコ・オーステナイトは反撃を行わない。
 そうする理由を、対峙する彼女へとぶつけた。
「貴女の為にここまで来た方達がいます。隷属されていても聴こえるはずです、貴女を慕う方達の声が、想いが。だからハコは、貴女を攻撃はしたくありませんっ」
 少し前までは敵対していた羅紗の魔術塔の構成員たち。けれどこの塔に来るまでの道中で共に戦い、何度も救われた。そして彼らがどれだけその上司を慕い、救おうとしているのかを知った。
 故に、アマランス・フューリー自身がその凶刃を振るっていく事が悲しく。戦友たちの想いをむげにするわけには行けないと訴えた。
 そう考えるから、彼女を傷つけることは出来ない。牽制し、攻撃を誘導して、引き剥がすようにその戦闘から離脱する。
 ハコ・オーステナイトが向かうのは、本当に倒すべき敵だ。
「ハコはどんな想いも大事だと考えています。でも意思を捻じ曲げてしまう隷属はどんな想いがあったとしても許せません」
 隷属させた羅紗魔術師で壁を作り、安全圏を保とうとしている7代目塔主。いともたやすく人の心を操り平然としている彼女へ、その憤りをぶつけた。
 ハコ・オーステナイトは兵装である『群竜銃』を用いながらモノリスも展開し、道の邪魔をする傀儡たちに牽制射撃を仕掛けて、足止めを行う。
 7代目塔主の隷属魔術には最大限警戒している。耐性があっても通る可能性を考慮して、その景色に溶け込みそうな透明な羅紗を注視し、全力で当たらないように注意して戦闘を続けていった。
 その術者とアマランス・フューリーは極力話したい。傀儡は他にもいるとはいえ、インビジブルドレスの降下もあってか、やはり攻撃の要はその救出対象だ。幸いにも仲間達はいるからとそちらに対応を任せ、射撃を駆使して7代目塔主を部屋の端へと移動させようと試みる。
 √能力【レクタングル・モノリス】で漆黒の直方体を召喚して隷属させられた羅紗魔術師達の前に壁として置いて接近を阻み、兵装の牽制射撃で更に遠ざける。そうして7代目塔主の守りを強引に薄くしてみせ、その隙へと持ち前の銃火器で銃弾を叩きこんだ。
「皆さんを、返してもらいます!」
 これ以上人心を弄ぶことは許さないと、隷属魔術を解かせるためにも少し無理をして踏み込み、√能力【|錆びたナイフ《レクタングル・モノリス》】によって敵にも対処しきれない速度で攻撃を繰り出す。身体の一部を犠牲にした連続斬りは、一度目で防御を破り、二度目で刃がその肌を張った。
 血が散る。しかし動きを止めるまでには至らない。
 ならばと再びナイフを振り上げた。
「もう一度っ!」
「だったらその子たちを斬っていなさい」
「っ!?」
 二度目は許さないと7代目塔主は、強引に羅紗魔術師達を盾として割って入らせ。その無防備な体を前に、仲間である彼らを傷つける訳にはいかないとハコ・オーステナイトは硬直する。
 しかし、振り下ろしたナイフは止まらずそのまま切り裂こうとして、その直前、モノリスを使って自身の体を吹き飛ばした。
 強引な攻撃キャンセル。敵に寝返った味方の代わりに自らが傷を負いながらもすぐに立ち上がり、再び7代目塔主の下へと向かおうとして、その時視界の内にアマランス・フューリーを見つけてしまう。
 彼女は、背中を向けている√能力者を攻撃しようとしていて。
 見捨てれらなかったハコ・オーステナイトは、咄嗟にその間へと割って入った。
「くっ、うう……!」
 防御は間に合わない。輝く文字列が少女の善心を叩きつけ、血を噴き上げ、あざが生まれる。少し遅れてモノリスを展開して負傷を抑えるものの、支えが頼りなく、救った√能力者と共に後方へと倒されてしまった。
「……」
 止めを加えようとアマランス・フューリーが歩み寄り、ハコ・オーステナイトはそれでもと立ち上がる。
 まだ未熟な身体は無残に傷を負っていて、けれども痛みなど慣れているとばかりに少女は強い意志で顔を持ち上げた。
「……決して、仲間は失わせません。あなたにも、これ以上の人は傷つけさせません」
「……」
 声をかけても反応が返ってくることはない。それほどに隷属の魔術は強いのだ。しかし声は届いているはずだと投げかけ続け、ハッキリと自分の意志を伝える。
「『どちらも』ハコが守ります」
 自分が傷つことよりもそちらの方が優先される事項だと、ハコ・オーステナイトは懲りずにモノリスを展開した。

白石・明日香

 白石・明日香はその敵に高揚した表情を見せる。
「こいつが7代目か。さっきまでの怪物と違って自我を保っているようだがやるしかないな!」
 道中に見かけた敵とは異なるその姿に、警戒はするもの倒さなければ前に進めないとは分かっている事だと踏み出した。
 そうして飛び出したところで、傷だらけで立つ少女を見つける。アマランス・フューリーと対峙し、それでも意地で耐え忍ぶ√能力者。彼女へとどめの一撃が下されようとして、白石・明日香はその間に割って入った。
「・・・・アマランスは引き付けるから7代目の相手は頼むぜ」
 アマランス・フューリーが放つ羅紗魔術を精密射撃で撃ち落としながら、これまで耐えてきた仲間に声をかける。役目を後退して隷属された救出対象へと向き直り、インビジブルドレス向けて制圧射撃を浴びせた。
「アマランス、お前は其れじゃダメだろう? 荷が重かろうと背負ったものを下ろしちゃいけねぇんだよ。人間生きていれば背負いたくないものを背負わなきゃいけない時が来るさ」
 他の隷属された者たちには手を出させないようにと射撃で牽制しつつ、アマランス・フューリーとの距離を保って言葉を投げる。
「それもその人間の生の一部なんだからな。言われるがままに動くのは楽だろうがあんたが今まで得た者を否定するのか? 同僚と共に戦い抜いた日々まで否定するのか? 流石にそれは違うだろ」
 少しでも可能性に期待して声をかけ続けた。言葉に反応する様子はない。それでも白石・明日香が手を止める事はなく、√能力【|鮮血の弾丸《ブラッド・レイン》】を放って、集中的に雨を降らせた。
 決着には届かない。けれど今までの仲間達の積み重ねを繋げるようにして、インビジブルドレスに穴をあけていく。気休めだろうが少しでも動きが鈍ればいいと攻撃を繰り返した。
「すぐにお前も相手してやるからな!」
 視界の端で別の√能力者と戦う7代目塔主。そちらにも隙をついては精密射撃で羅紗を打ち落とし援護しては、約束を取り付けるのだった。

玖珠葉・テルヴァハルユ
コルネリア・ランメルツ
雨深・希海

 コルネリア・ランメルツは遅れてその戦場に到着した。
「まに、あった…?」
 過酷な戦いになるから万全を期そうと、彼女は敵の作る領域に入る前にと辺りの地に住まう精霊や霊魂、魔の存在と言ったインビジブルとは違う普通の人には見えない存在に協力を求めちていたのだ。
 無事、戦力を増やした彼女は、運動が苦手ながらも一生懸命走ってきたところだ。すると早速仲間から声がかかる。
「コルネリアさん、接続します!」
 遅れた仲間を責める事もなく、玖珠葉・テルヴァハルユは√能力【|Engage《エンゲージ》】によって能力強化を施した。その間雨深・希海が敵を引き付けてくれている。
「息を整えてからで大丈夫だからね」
「は、はい……っ」
 急いだせいで息切れが収まらない中、それでも早く参加せねばと武器を構えようとするその仲間に優しく告げ、ストームブリンガーを左手に構え、√能力【|蒼嵐撃閃剣《ストームブリンガー・ヘビィレイン》】を発動する。
 周囲に展開しているレイン兵装を一点に集約し、構えるその剣を変形させた。得られる力の反動で防御力は落ちるけれど、どうせこの領域では逃げも隠れも出来ないのだ。それならと攻撃力に割り振って、積極的に前衛として攻めに出る。
 とはいえ、一切守りを捨てたと言う訳でもない。
「っ。希海ちゃんと玖珠葉さんも守って!」
 最低限、心拍数を抑えたコルネリア・ランメルツが、出遅れていた間に用意したインビジブルとは異なる霊的な存在に指示を下す。√能力【|大地に住まう者の絆《リュウミャクトノツナガリ》】として味方の傍に派遣して、本来の能力による反応速度の向上だけでなく、肉壁ともなって透明な羅紗を防ごうとしてくれた。
 弱点を補ってくれたその力に、感謝も飛んでくる。
「ありがとうコルちゃん」
「いえっ、わたしももう行けますっ」
 そうして息切れもついに収まって、コルネリア・ランメルツも武器を構えて戦いに参加した。
 ここまで同行してくれた羅紗魔術師達は、これまでの間に敵へと回ってしまっていた。しかし、当然見捨てる事はしない。
「また戦えるのは嬉しかったからね」
 雨深・希海は兵装の『対魔式随伴ドローン』を操り気付け薬を散布しておきながら、√能力で向上した身体能力をもって肉薄。反撃の隙も与えずに素早く空いた右手で√能力【ルートブレイカー】を発動して防御を破り、強大な力を得た剣によって隷属魔術の触媒である透明羅紗を切り裂き救い出していった。
 手が空けばすぐに、味方の援護へと回る。
「ぼくは攻撃に専念するよ。その間にみんながやりたいように動いてね」
「ありがとう!」「お願い!!」
 仲間達を後押しし、邪魔はさせないようにと広く立ち回った。仲間達が想いをぶつける時間ぐらい稼げるよねと自分に投げかけ、時間の限られた力を存分に発揮する。


 玖珠葉・テルヴァハルユは兵装『ヤドリギの銃杖』を携行して、アマランス・フューリーへと迫る。
「貴女は望んで戦ってた訳じゃ無かったのね…」
「……」
 星詠みによってその心情をのぞき見して、語り掛けずにはいられなかった。
「でも拒めなかった。本当は無理だって思っても言えなかった。貴女の矜持故に」
 アマランス・フューリーは話しかけた所で関係なく攻撃してくる。それらをオーラによる防御や破魔の力を振り絞って抵抗し、√能力【ルートブレイカー】まで行使してその眼前に留まり続けた。
「今は全部手放して、楽になったって思ってるかも知れないけど、でも実は、そんな事は無いのよ。貴女が手放した気になってても、しがらみなんて簡単には消えない」
 現実を忘れ、現状を受け入れて隷属されたままでいるその人物へ。これまで正義の立場にいたからこそ見える視点を伝えた。
「貴女を慕う部下が、貴女を想う親友が、後輩が。貴女が帰る家を護って待ってる。別に役割や立場、自分を護る為の矜持なんかは、捨てて良いと思うけど…貴女が想う人、貴女を想う人。その繋がりまで、本当に捨てたいと貴女は思ってる?」
 それは、ここに来るまで彼女を慕う多くの人たちと触れ合ったから分かったことだ。これまでは悪さばかりしていると思ったけれど、こんな戦場で100人ほどの魔術師が死を覚悟して救出に来ている。それは並大抵の想いではない。
 決してあなたは一人ではないのだと、言葉にして表した。
「諦念の底に沈む前に、もう一度。貴女を想う人の顔を、言葉を。思い出してあげて」
「………」
「真に慕われてるのは『羅紗魔術士の幹部アマランス』でなく、只の『アマランス・フューリー』だって事も」
 アマランス・フューリーは答えない。それでも玖珠葉・テルヴァハルユは投げかけ続け。
 ほんの僅かだけ、表情が動いたような気がした。


 コルネリア・ランメルツは7代目塔主を引き付けている。
「ここにいる遍く者たちはあなたの操り人形じゃない」
 その横暴な行いへの憤りをぶつけながら、これ以上は阻止しようと立ちはだかった。
 霊的存在に願って敵の牽制と術の妨害を試みる。インビジブルとも異なるそれは、さすがの7代目塔主もその性質を把握するのに時間がかかってか、お得意の隷属も苦労している様子だった。
 コルネリア・ランメルツは戦闘経験が浅い。自分に出来る事もあまり分かってはいないが、精一杯をやる。なによりも友達や霊たちもいるからと不安は吹き飛ばして強敵に挑んでいた。
 √能力【|竜に組みする隣人たち《リュウミャクヨリシミダスセイメイタチ》】によって、霊的存在を操り、7代目塔主を翻弄する。けれど無理して倒そうとはしない。今は惹きつける事が目標だ。
 救出対象へ語り掛ける仲間の様子をチラリと確認しながら、もう少し時間を稼ぐ必要がありそうだと7代目塔主へと言葉を投げる。
「フェリーチェさん、あなたは誰に操られてるの?」
「操られている? この私が?」
 的外れな問いだとばかりにその女は首を傾げ、しかしコルネリア・ランメルツはハッキリと告げた。
「わたしにはそう見えたよ。別に揺さぶりでも何でもない。率直な感想」
 ただ見たまま、感じたままを伝え。けれどそれ以上は口を閉ざす。言葉を尽くせば相手のペースに巻き込まれてしまうとは、星詠みからの情報にもあった。
 何か次につなげられる情報を得ようとじっと相手の様子を観察して。
「……そういえば私は、何を望んでいたのだったかしら」
 すると、フェリーチェ・フューリーは、どこか困惑したような表情を見せていた。

■■■■■■■
 真っ赤な海だ。それは、全部自分から流れ出たものだった。
「お前のせいでっ、お前のせいでっ!」
 跨る女が執拗なまでに胸に刃を突き立て、それがまるで鼓動のように体を跳ねさせる。
 意識はもうほとんどなかった。
 ただ、霞む視界だけが目の前にあって、己を殺す女を見つめている。
 憎悪で歪み、歪に傷付いた顔立ち。頭髪もろくに洗えていないようで、その隙間から小さな虫が這い出ていた。
 そんな様に落とされた恨みを、この身にひたすらぶつけていて。
「お前のせいで私は——」
 声が、音が消えた。
 全てがその身体から流れ出す。
 そうして、フェリーチェ・フューリーは——7代目塔主は、その日殺された。
 最後に浮かべていた表情は、満足しきったかのような微笑みだった。
山中・みどら

 山中・みどらは、度々敵味方が変動する戦況にため息をつく。
「敵味方だの操る操られるだの、こんな狭苦しく不自由な空間もそうないよ。こっちもあんたらも命懸け、なら全員心のままに戦やぁいいだろうが面倒くさい!」
 活を入れながら戦場へと踏み入り、即座に√能力【|狂い火たちの無礼講《サラマンドラステップ》】を発動した。戦場中に蒼炎をまき散らし、敵味方問わず炎を浴びせて触れた者たちへと正直病を与えていく。だまし討ちを封じ、敵からの情報収集も有利にするため、隠し事なしの自由を貫く大立ち回りだ。
「誰一人残さないさね!」
 念には念をと√能力【|汎用属性魔力鉄鉱弾《パレットバレットカタパルト》】によって風属性の銃弾を放ち、蒼炎を扇いで広げる。そうして部屋中に正直病が蔓延し、更にはインビジブルも焼き払い敵の術を阻もうとした。
 吹かせた風は、敵には動きを鈍らせるような向かい風となり、味方には背中を押すような追い風を付与する 敵には領域がある。ならばこちらにもそれ相応の空間を作ってやろうじゃないかと山中・みどらは立ち回った。
「ちょっとは、こっちの方が戦いやすくなったかね」
 勢いづき始める味方を眺めて呟き、とその時、敵が脅威度を設定し直し、向かってくる。環境づくりに勤しむ山中・みどらへと隷属されたアマランス・フューリーが迫っていた。
「……」
「さて、別にあたしはあんたに言いたいことはないんだけどねっ」
 その接近に兵装の機動力で即座に対応しつつ、敵が扱うインビジブルをこちらからも介入して阻害する。片手間に敵味方が入り乱れる中でも最適なタイミングで面での制圧射撃も行った。当然、それで倒せるということはない。集中砲火の中からアマランス・フューリーは飛び出し、羅紗を熱かった魔術で変わらず攻めてきた。
「みんなの意志は尊重するけど、あたしは敵のあんたに寄り添う気はないさね」
 機動力に対抗して退路を狭めるような攻撃。しかしそれも見切って回避し、再び蒼炎を広げて壁とする。更には√能力【|お祭り好きのなかまたち《パペットリカルパレード》】も行使し、この場に大量のぬいぐるみを召喚して、物量によるかく乱を狙った。
 そうしながら、口を閉ざしたまま敵対する相手へと、山中・みどらは己の意志を語る。
「ただ、嫌なら嫌と言えばいいしやりたいことは叫べばいい。でもそれが嫌で思考止めた挙句敵対するようなら迷惑だから死んでくれ。生きるというのは己が心に自由でいるため戦う者だけの特権だ」
「……」
 隷属を受け入れているその存在を叱咤するように。ぬいぐるみの壁で視界を塞ぎ、回避で時間を稼いだ山中・みどらは、その最中にチャージを行っていた。
 その大きな力の膨らみを、敵も危険視したかのように技を繰り出して、しかしそれこそが起点。√能力【|妖精流刀技「後詰」《アトダシジャンケン》】は発動する。
「この信念の為なら命だって懸けるさ、あたしは。勿論生きて戦い抜く覚悟だけどね、全ては戦後の祝杯の為に!」
 付喪神の神気と妖精の魔力を注ぎ込み、向けられた攻撃すらも吸収した最大威力のカウンター。避けるには間に合わない。隷属されているはずのアマランス・フューリーもその顔に焦りを浮かべた様子で、咄嗟に防御を張ってしかしそれも破られた。

 ———!!!

 容赦のない一閃が、幾重にも重ねられた透明な羅紗を切り裂く。
「……!?」
 それはついに肌へとも届き、アマランス・フューリーは血を流した。胸元が大きく開き、ハラハラとインビジブルドレスが解けていく。
「……私、は」
 彼女は膝をついていた。その視線は地面を見つめていて、随分と久しぶりに言葉を発する。けれどまだ完全に隷属魔術が解除されたわけではないのだろう、切り裂かれながらも張り付いたままのインビジブルドレスが、繋ぎ止めるように文字を光らせていた。
 するとその異変に主も察して迫り。
「……困るわね」
「困らせてるさね。さあ、時間、稼がせてもらうさね!」
 山中・みどらが大量のぬいぐるみたちと共に立ちはだかった。
 7代目塔主は透明羅紗をアマランス・フューリーへと差し向けようとして、それにぬいぐるみをぶつけて止める。一体隷属されたところで、こちらにはそれを上回る数がいるのだからと強引な足止めを行っていた。
 今も、隷属魔術と拮抗しているのだろうアマランス・フューリーに、山中・みどらは寄り添うつもりはないと言いながらも伝える。
「みんな、あんたに言いたい事あるみたいさね。聞こえてるなら聞いてあげなよ」
 その救出対象の変化に、羅紗魔術師達や縁のある√能力者たちも集まっていて。その声を届けさせるために山中・みどらは踏ん張った。
「聞きたいことや言いたいことがあるなら叫べばいい、自由に生きるとはそういうものさね」
 今は、彼女の√能力によって正直な事しか言えない。最高の環境は整えてやったよと、邪魔者を阻む事に専念した。

隠岐・結羽

 隠岐・結羽は膝をつくアマランス・フューリーを一瞥する。
「……いいえ、今は私の出番ではないでしょう」
 今なら声を届けられるかもしれない。しかしその役目は自分ではないだろうと割り切る。彼女はまだ、かつての敵との関係性を考えている最中だった。
 なし崩し的にだが、羅紗の魔術塔の構成員たちと共闘関係を組んでいる。当然、敵対心は薄れ、先の戦いでその幹部をボロボロにしてしまったことに少し責任まで感じていた。
 かといってその組織がこれまで行ったことが帳消しになると言う訳でもない。今後どのような感情で接するのか、答えが出ていない隠岐・結羽はとりあえずはと、囚われの姫を助けてからにしようと結論付けた。
「私も、時間を稼ぐ手伝いをしましょう」
 故に、隷属魔術を施し直そうとする7代目塔主へと対峙する。
「そんなに邪魔するなら、あなた達から隷属してあげるわ!」
 どれだけ蹴散らそうにも現れる壁に、敵もしびれを切らして目の前に集中し始めた。
 透明な羅紗が飛んでくる。体に巻き付こうとするその軌道は不規則。更には量も加えられ、機動力自慢の兵装をもってもよける事は難しい。
 何よりも後ろに通さないためには、その場に立ち続ける事が必要だった。
「っ」
「これであなたも私の人形よ!」
 羅紗が巻き付き、隷属魔術が起動する。兵装で強化された精神干渉に対する耐性が、魔術の侵入を一時阻むがこのまま羅紗に触れ続けていればそれも無駄となるだろう。更には、抵抗をほぐそうと声もかけられていて、対処を強制された。
 しかし隠岐・結羽は、あえて放置する。
「今が、一番の隙……!」
「なっ!?」
 攻撃を仕掛けようと構えていた7代目塔主は、防御が甘くなっていた。そもそも、真っ先に反撃が来るなんて考えてもいなかったはずだ。だからこその一歩。
 自ら鼓膜を潰し誘惑の声も遮断して、精神汚染までの猶予で切り込む。
 √能力【|星天《セイテン》】によって星の魔力を身に纏い加速。AIの戦闘知識補助も使用し、敵の反撃を予想して、ほぼノータイムでエネルギーバリアを張って打ち消し、√能力【|销声匿迹《セイセイギャクセキ》】も使って、強引に肉薄する。
「無茶をするわねっ」
「覚悟は終えていますので……!」
 間合いに入ってすかさず、長剣へと変化せておいた天魔刃に速度を乗せ拘束の突きで、敵の防御をこじ開けた。
「くっ……!?」
 7代目塔主の顔が歪み、けれどまだ手番は譲らない。√能力【|疾駆《シック》】までも注ぎこんで、反応を許さない連撃へと移行した。
 皮膚、左目、腹、背、左腕、左足、右足、右腕を犠牲にして、天魔刃と魔導剣の二刀で9連撃を叩き込む。喉と腹を狙い、7代目塔主による誘惑の手段を減らそうとした。
「が、あ……っ!?」
 喉を貫き、血に塞がれて声を発せなくなる。視線だけでその塔主は恨みをぶつけてきて、それでもかまわずに刃を振るい続けた。
 そうして連撃が終わった瞬間、体が限界を迎える。その場で倒れそうになって直前で兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』が、包み込む身体を後方へと運んでくれた。
「……さあ、どうですか……?」
 隠岐・結羽はなけなしの力で7代目塔主へと視線を送り、すると傷を負った敵は攻撃を仕掛けようとして、それを入れ替わるようにして立ちはだかった仲間達が食い止めてくれる。
 重傷を負って、体は隷属魔術を受け入れやすい状況となっていたが、自ら体を犠牲にした過程で、透明な羅紗はいつの間にかほどけ落ちていた。
 隷属しなかった事にホッとしつつ、√能力【忘れようとする力】によって、自分と、それと今も精神汚染と戦っているアマランス・フューリーに治癒を施した。
「大丈夫、やることはやりました。後はアマランス、貴女の番ですよ。できる限りの幸運を祈ってあげますから」
 体はほとんど動かせないながらもその、囚われの姫に視線を送って、隠岐・結羽は優しく微笑む。
 幸いにもこの場には、多くの仲間達がいてくれた。

アリエル・スチュアート

 アリエル・スチュアートは二人の羅紗魔術師と共に、駆け寄っていた。
「お姉さまっ!」「アマランス様っ!」
「……解放されたわけじゃないのね」
 味方達の猛攻によって、アマランス・フューリーは敵対行動をやめている。しかし、その身体の主導権を取り戻したわけではないらしく、呆然と膝をついて時を止めたままだった。
 けれどようやく近づける状態に、彼女を敬愛する羅紗魔術師二人は躊躇いなく抱きしめる。
「イングリッド、まだ何が起きるか分からないのよ」
「いやよっ! もう絶対にお姉さまを離さないんだからっ!」
 上司をお姉さまと呼ぶ陰気な少女魔術師は、これまでの戦いで随分と傷付いてしまっている。故にもしもの時に対処できるとは思えなかったが、募った思いを爆発させて頑として動かない。
 アリエル・スチュアートはため息をつきながら、彼女の姉貴分であるもう一人を見つめた。
「セシーリアさん、あなたの方からも……」
「ええ、まずはアマランス様を安全な所に運ぶ必要がありますね。イングリッド、一緒に抱えますよ」
 距離を取れと言いたかったが、セシーリアの方も安心したいのか囚われの姫と肌を触れ合わせたままの対策を取ろうとする。
 けれどそれはやはり、余計な二次災害を生んでしまった。
「二人とも、離れなさい!」
 異変にいち早く気付いたアリエル・スチュアートは、強引に二人をアマランス・フューリーから引きはがす。疲れでさほど抵抗できなかったイングリッドは容易く尻もちを付いて、しかしセシーリアはアマランス・フューリーを抱えたまま転がった。
 故に、その文字が侵食してしまう。
「あ、うあっ……!?」
 アマランス・フューリーを隷属させていた羅紗魔術が、触れる肌にも転写される。抱えようと添えた腕に、剥がれかけていた透明な羅紗が巻き付いて、新たな宿主を見つけたかのように強く発光し始めていた。
 改めてアマランス・フューリーから離れさせてももう遅い。セシーリアから急ぎ透明な羅紗を削ぎ落そうとして、しかしそれは彼女自身に食い止められた。
「……」
「セシーリアさん、あまり優しくはしてあげられないわよ」
 チラリと後ろを見る。7代目塔主を味方が食い止めてくれているが、そちらもどれだけ持つかは分からない。アマランス・フューリーがああして大人しくしているのもだ。
 せっかく羅紗魔術についての知識も得たというのに、披露できないのも困る。さっさと隷属魔術を解析してやろうとアリエル・スチュアートは本気で向かった。
 とはいえ、セシーリアが扱える戦術はせいぜい近接戦程度。巻き疲れている透明羅紗も少数で、その力を十全に扱うにはまだ足りないようだ。
 攻撃を受け流しながらその情報を得て、なら狙うはやはり羅紗の引き剥がしかと最速で動く。
「死なないように気を付けなさい!」
 √能力【|妖精達の行軍《フェアリーズスウォーム》】によって30体のドローンを放ち、同時にミサイルを打たせる。それと並行して自身の√能力【ライトニングレイ】も重ねて、回避不可能な雨を降らせた。
 一撃の威力は大したことない。だからこそ足止めするには最適だった。
 隷属セシーリアは防御に必死になっている。そこへ肉薄して、その腕に巻き付いている透明な羅紗に手をかざした。
「これで成功したら、アマランスにもやってあげないとね!」
 インビジブル製だったために功を奏した。√能力者としてのインビジブルを制御する技術で代用出来た。そしてその相対する人物から教えて貰った知識をもって、その文字に手を加える。
「隷属の文字を消せば……どう!?」
 セシーリアが抵抗しようと手を振り上げ、その爪が頬をかすめる。しかしそれ以上は続かず、だらっと体から力が抜け、アリエル・スチュアートにもたれかかった。
 見れば右の二の腕に巻き付いている羅紗の光が点滅していて、うまく起動できなくなっているようだった。それに成功を見て、すかさず剥ぎ取り地面へと捨てる。
「起きなさい、セシーリアさん。アマランスを起こしに行くわよ!」
「私は、何を……」
「いいから自分で立ちなさい」
 意識を取り戻した彼女を支えるのをやめて、急いでアマランス・フューリーの下へ向かう。戦いに参加していなかったイングリッドはその傍で、近づけないながらも心配でずっと見守っていたようだった。
「イングリッド、何も変わってない?」
「え、ええ。けどお姉さま、なんだか夢を見ているみたい……」
「夢?」
「何かうわ言で呟いていて、でもお姉さまの言葉とは違うみたいで」
「よく分からないけど、羅紗を引き剥がすわ」
 イングリッドの情報に首を傾げつつも、とにかく急いだほうがいいだろうと作業を始める。
 不用意に近づければ、アリエル・スチュアートにも隷属魔術が流れ込んでしまうだろう。兵装のドローンも起動して耐性と防護を張りながら、慎重に透明羅紗に刻まれている隷属の文字に指を伸ばした。
「……セシーリアさんの時よりも抵抗されるわね。けど、出来ないことはないっ」
 消そうとしても、反発するようにインビジブルが波打って拒絶する。ならば上書きしてしまえばいいのだと、√能力へと昇華させた【|見様見真似の羅紗魔術《ラーニング・ラシャ》】を行使して、強引に上から文字を重ねた。
 すると、二重になった部分から光が失われる。連鎖するようにして肌に侵食する文字も消えつつあって。
「……まだ、起きないつもり? 操られたままなんて貴女らしくないわよ!」
 しかしアマランス・フューリーは反応を示さなかった。全ての文字が消えたわけではない。効果を失ったのは隷属を表す文字だけ。他にも刻まれた文字がまだらんらんと輝いて、その者を縛り付けていたのだ。
「こんな姿を見たら、レッドとアザレアちゃんだって悲しむわ。たんこぶ作ってでも目を覚まさせてあげないといけないのっ?」
 他の文字にも同様に上書きして消そうとした。けれどそこに一本線を引く度に吸い込まれて、文字として成立させられない。明らかに、隷属よりも強い力が刻まれているようだった。
「……夢って書いてあるようだけど、なんでこれがそんなに貴女を縛っているのよ……!」
 自棄になったようにそう発すると、その声は後ろから投げられる。
「私と共感するほどに、重なるほどに、私の魔術は効く。その子は、私の過去を見ているのよ。まさに、私となってね」
「フェリーチェ……!」
 振り返るとそこには、深い傷口を透明羅紗で塞ぐ7代目塔主が立っていた。ずっと引き付けてくれていた仲間達も引き離して、悠々と歩み寄ってくる。
「それに、彼女自身も望んでいるから、あっさりと隷属を受け入れている。そんな状態で夢から覚ますには、少し骨が折れるんじゃないかしら」
「そんな事ないわ。私たちは絶対にアマランスを救うと決めたもの。絶対だって言うんだから、すっごく簡単な事よ」
「そう。でも、私もアナタたちを見過ごすわけにはいかないのよ」
 アマランス・フューリーはイングリッドとセシーリアに任せ、今度はアリエル・スチュアートがその敵を進ませないために立ちはだかった。
 周囲のインビジブルを即羅紗へと変え、それをこの身に巻き付けようと放ってくる。ドローンの射撃で大半を撃ち落として残りを魔導槍で払う。常に霊的防護を張りながら、隷属させることを最大限に警戒した。
「あなたは一体どうして立ちはだかるのかしら?」
「ここを通すわけにはいかないからよ」
「ということはあなたは現塔主の味方なのっ?」
「違うわ! 私は私の野望で動いている! アナタたちが邪魔なのよ!」
 その問答の間だけで矛盾を感じる。塔を守る使命と、外へ向かう野望が同居しているようで。
 アリエル・スチュアートはふと、彼女もまた、正気ではないのではと察するのだった。


「……」
 少女の頬が切り裂かれ、その隙間へと羅紗が差し込まれた。
 皮を剥がしながら血を垂れ流し、肉に触れて布がまとわりつく。そうされながらも少女は身動きを取らない。いいや取れなかった。
 そして、頬に取り込まれた羅紗は魔術を発動して、その形を作り替える。
「とっても上手に出来たわっ。アナタはこれで、もう一人の私になれるのよ!」
 天真爛漫に告げる主に、少女はただ受け入れるだけ。
 未熟な隷属は、意識を残し感覚を伝える。表には出せない苦しみがひたすらに内側で叫んでいて、それでも何も発せない。
「……」
 貧相な少女。彼女は、練習道具だった。
 とある隔絶された島。代々伝わる高貴な家系の、その後取りによる魔術の練習。そこらで拾った名もない子供に施し腕を磨くのは、親から直々に継いだ方法だ。
 だから無垢に行い、そして報いを考えない。
 その主は未熟だったからこそ、少女は魔術を感じることが出来ていた。
 見て、学んだ。その身に刻まれ、忘れられなくなっていた。
 何よりも少女には才があった。しかしそれ以上に野望があった。
 いつか、生まれ変わってやると。そして生まれ変わらせてやると。
 その願いは苦しみと共にどこまで膨れ上がり。
 そして叶えられる。
祭那・ラムネ

 隷属魔術が解除され、しかし未だ夢を見ているアマランス・フューリーを起こそうと、羅紗の魔術塔の構成員たちは尽力していた。自分を取り戻して貰うために必死に声を掛けたり、羅紗の知識を持ち寄り術を解こうとしたりと、囚われの姫をどうにか救い出そうとしている。
 戦いの中にいる事を忘れているその者たちの様子を一瞥して、祭那・ラムネは盾役を買って出た。
「自分にはでかすぎる荷物を望まぬまま背負わされて、けど必死に抗って、逃げないで、手放さずに駆けてきて、すげえと思う。純粋に敬意を抱く」
 それは、必死になる者たちを見て同情したわけではない。心から彼女を護りたいと思ったからだ。
 彼女とは当然、敵対したこともある。けれど今抱く胸の内には、憎しみなんてありはしなかった。
「その尊き意志を、こんな形で踏み躙られちゃ良くねえんじゃねえかな。最初は自分の意思で持った荷物じゃねえのかもしれないけど、でも手放さずにいたのは自分の意志もあるんじゃねえかと思うから」
 兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を身に着け、同時に√能力【|暁《アカツキ》】を発動して、再び隷属を施し直そうと迫ってきている7代目塔主へと対峙する。そうして、疲労の溜まっている味方と入れ替わって、終わらない攻撃を受け止めた。
「ならば、手放すにせよ、抱えるにせよ。操られて全部無かったことにするんじゃなくて自分の意志で、意思で、もう一度だけちゃんと考えてみようぜ、アマランスが歩みやすい道を。……なんてのは、もうみんなが伝えてるか」
 最後にもう一度チラリと眠り姫を見やってから、己の感情を再確認する。きっとそれは多くの者たちも抱いているもの。だからこそ自分が、その願いを未来へと繋げるために、今目の前に襲い来る敵へと相対する。
 長い間、邪魔をされている7代目塔主は、その表情に焦りを見せていた。
「いい加減通してもらえないかしら!」
「…前にさ、アマランスと対峙したとき思ったんだ。自分の幸せを追い求めてくれって。そのために、俺も力になりたい。だからフェリーチェ、悪いけどここは通さない……!」
 こちらにも通せない意地があるのだと示して告げる。いくつも重なって迫りくる透明羅紗を、兵装によるバリアで受け流し、√能力【|游泳《ユウエイ》】も発動して無効化していく。兵装の力で宙を駆け敵の死角へと回り込んで翻弄し、好きを見切って√能力【|向日葵《ヒマワリ》】へと繋げた。 
「っ!?」
 振り上げた脚を牽制に使い、衝撃波で一瞬ながら身動きを封じる。僅かの間だけ無防備となったその体へ、すかさず拳骨を連続で繰り出した。拳に伝わる感触は確かに人のもので、堪らず躊躇しそうになって、けれど守る者たちの感情を背負って一歩踏み込んだ。
 当然、敵もやられっぱなしではない。殴られたと同時に透明羅紗を正面へとばら撒き、反撃と目くらましを行う。いくつものダミーの中に紛れ込んでいた本命が、祭那・ラムネの肩に食らいついた。
「っ」
「アナタが代わりに隷属されてくれていいのよっ?」
「いいや、連れ合いは自分で決めるよ」
 誘惑の声を振り払い跳ねのけ、負傷を癒すため√能力【|星涼《ホシスズミ》】によって自らの得物を相手へと命中させる。見事成功して傷は回復するが、一時繋いだだけではあった。
 やられてばかりではいられないと、7代目塔主も物量を増して攻撃を繰り出してくる。処理しきれなかった透明羅紗が後方へと回り、アマランス・フューリーを救い出そうとしている羅紗魔術師へと巻き付いた。そしてすかさず誘惑の声を投げかけると、瞬間的に隷属を成功させていく。
 そして来るのは背中からの攻撃。それをとっさによけ、だが反撃はしない。一度思考を冷静に落ち着け、追撃を正面から待って、傷を代償に透明羅紗を破った。
 一人また一人、救助を行っていく。その度に傷は増えていったが、決して祭那・ラムネが泣き言を発することはない。
「……甘いわね。アナタならもっと簡単に対処できるでしょう?」
「誰かを死なせるつもりはないからな。これが最善だ!」
 終始、味方を傷つけない徹底ぶりに、7代目塔主は呆れたように告げ、それに祭那・ラムネは当然だとばかりに応える。
 羅紗魔術師達の隷属を解除していき、敵への道が開けた。その直後、敵が再び隷属を施そうとするのを見て、先んじて√能力【|白華繚嵐《ビャッカリョウラン》】を発動する。
 パチンと指を慣らし、焔が燃え上がる。それは、嵐となって敵の行動を阻害し、流星となって猛攻を繰り出す。そしてその隙に、味方達へと蒼天竜カエルムの加護を与えていった。
「もう、これまでのように操らせはしねえよ」
「本当に、邪魔しかしないのね」
 言葉の途中に放っていた透明羅紗を叩き落すと、7代目塔主は手駒を増やす事を諦めて肉薄してくる。それに応えて時間を稼いでいった。
 自分だって死ぬつもりはない。無茶はせず冷静に自身の体力や味方達との状況を判断しながら、祭那・ラムネは戦いを続けるのだった。

角隈・礼文

「ありがとうございます、中村|大人《たいじん》! 必ずや成果を持って帰りましょうぞ!」
 塔入口で立ちふさがった11代目塔主を引き受けてくれた味方へと感謝を告げながら、角隈・礼文はルンルン気分で塔へと踏み込んだ。
 その隣には、塔に辿り着くまでの道中も共にしていた二人の羅紗魔術師、ミーナとカイもいるが、彼は気付いていない様子でどんどん先へと進んでいく。戦う術を失った二人は置いて行かれてたまるかと必死に付いてきていた。
 本当はもう一人、レントと言う名の研究熱心な魔術師もいたはずだったが、彼は先の羅紗爆発に巻き込まれて命を落としてしまった。故に角隈・礼文はその意志を継ぐことにしている。
「羅紗魔術への探求。実に興味深いですからな!」
 といっても死を悲しんでいる様子はない。研究者として彼は、情よりも神秘を解き明かす事を優先していたのだ。羅紗の魔術塔本部だというこの塔には、ついつい目を光らせてあちらこちらと目移りしてしまい、その表情はどこまでも楽しげだった。
「それにしてもダースさんの所業といい、次々に溢れ出る異形の塔主といい……想定外の事象が繰り返し繰り広げられるこの状況、たまりませんな!」
 3体の異形の塔主も仲間達に任せて最前線へと向かう彼は、予想していなかった展開に胸を躍らせている。きっとこの先にもまた愉快な事が待っているのだろうと、気付けば高笑いを上げていた。
「はっはっは! ……ん、あ。ミーナさんとカイさん」
 と、ようやくそこで、必死についてきていた二人に気付く。
「やっぱり気付いていなかったのかよ……」
「避難させてくれるんじゃなかったの!? こんなところまで来ちゃったじゃない……」
 羅紗を失って戦う術のないカイとミーナは、異形の塔主たちを見てすっかり怯え切っていた。文句を投げられた角隈・礼文は、√移動で避難させる約束をしていたことを思い出す。
「……ほっほっほ。ここまで来たならば、行けるところまで参りましょう」
 明らかに失念していた彼に非があったが、しかしせっかく協力してくれそうな手があるのならと、どさくさに紛れてこのまま連れて行こうとした。
 当然彼らは嫌がるそぶりを見せる。けれど、塔入口にも√能力者はいたのだし、塔に踏み込む前にそちらに助けを乞えばよかっただけだ。何より、死よりも初対面の相手に声をかける方が嫌だったと言う訳ではあるまい。
 そして文句を言っている今も、決して引き返そうとはしない。きっと二人は生き残ってしまった者として何かやり遂げたいという漠然とした想いがあったのだろう。
 何よりも、死んだレントに間接的ではあれど救われた命だ。死にたくはないけれど、それ相応のために命を使いたいと、心の奥底で思ってしまっている。
 それを角隈・礼文が見抜いたかどうかは分からなかったが、なし崩し的に説得していった。
「もちろん、命あっての知識です。身の安全はしっかりと、備えて行きましょう。まず羅紗の代わりに我輩の書物をお貸ししましょう。魔力を貯め込んでいるものですので、扱いは難しくはありませんとも」
 この先に戦えるよう自前のアイテムである『エイボンの書(英語翻訳版) ※布教用』をミーナに、『魔導書』をカイにそれぞれ手渡す。どちらも形式的には羅紗とそれほど大差はないのだから、魔術師である二人ならすぐに戦いに持ち込めるだろう。そして更に不安を払しょくするように、強力な装備を提供した。
「それと決死戦専用兵装をお借りして、装備してもらいましょう。強化外骨格とウォーゾーンというパワードスーツ、きっと生存率に寄与してくれるでしょう」
 ミーナには機動力と防御性能に長けた『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を、カイには汎用的な戦いを可能とする『決死戦専用WZ|『天元突破』《スペラーレ・リミテム・カエレステム》』を渡して、戦えないという免罪符を破り捨てる。
「それでは一緒に研究をしましょう」
 楽し気な言葉に、二人は頷くことはなかったが、やはり角隈・礼文の後についてくるのだった。
 道中、塔内の羅紗に関する物に目移りしてしまったせいか、彼らが7代目塔主の下に辿り着いたのは、戦闘が始まってしばらく経ってからのことだった。
 アマランス・フューリーへの隷属魔術が第一段階解除され、しかし未だ夢を見ている。それを必死に起こそうと羅紗魔術師の多くが手を尽くして、それを守るため、√能力者が7代目塔主を引き付けている。
 そんな状況を一目で理解したわけではなく、角隈・礼文の視線はただその敵に向けられていた。
「ほう……あれがフェリーチェ・フューリー。ふむ。蘇生か復活か、それとも憑依か。興味深い」
 遥か昔に没した人物であるという情報は得ている。それがどうしてこの世にこんな力を持って立っているのか、そして星詠みによる情報で彼女が漏らしていた望みと言うのも気になった。
 全てを解き明かそうとする視線は、真っ先にそれを見つける。
「ですが我輩としては、何より羅紗魔術に関心が注がれる!」
 攻撃手段としてばら撒く透明羅紗。それはまさに、レントが発見したオルガノン・セラフィムに巻き付けてあったものと同類だった。
 遺志を継いだ研究者として、その未解明道具の出所を見つけては興奮が最高潮へと至る。
「インビジブルを布にするのはとても難しいとのことでしたが、彼女はあまりに容易く行っていますね……塔主としての権能なのでしょうか、それとも隷属魔術の一種?」
 視界の情報だけでも分析がはかどって、高揚感は止まらない。挙句に、実験のつもりで自らその透明羅紗に巻き付かれようとして、その直前でミーナとカイに引き留められる。
「インビジブルを羅紗として組み込んだのはどのようなメカニズムなのか! 製法はどのように! ああ……実に、興味深い!」
「おいっ、ちょっとは落ち着けよ!」
「あんたもレントみたいに死ぬ気!?」
「っと、隷属されてしまうのでしたね。共感するだけでなく、巻き付かれるだけでも並の精神力では影響を受けてしまうという事でしたし……やはりこれの出番ですね」
 叱咤を受けて正気を取り戻し、それから落ち着きと精神干渉に対する抵抗を得るためにもとお気に入りの兵装である『お守り(カレー味)』を取り出した。それの香ばしい匂いをスゥと吸って深呼吸も交えて一息つく。
「お二人も嗅がれますか?」
「そんな場合かよ」
「……まあちょっとだけ」
 好みではなかったらしいカイは突っぱねて、対するミーナは虜になりかけていたのだろうそっと鼻を近付ける。一回二回と息を吸い込んでいるのを待っていると、彼女はふと我に返って顔を真っ赤に染めた。
 気持ちが分かると嬉しそうに頷く角隈・礼文と理解できないとばかりに呆れるカイ。戦いの中にありながらその三人の空気はどことなく気の抜けたままだった。
「さあ気を引き締めて、情報収集をしましょうか」
「あいつを倒すんじゃないのかよ?」
「それは、適した方々に任せましょう。むしろその方々のためにも敵の情報を集めて助けとするのです」
「そう言って、普通に調べる方が好きだからでしょ?」
「はっはっは! もう隠し事は出来ない仲ですねぇ!」
 なんだか気心が知れたようなやり取りについ嬉しくなって、また高笑いが零れ出た。それに二人ももう慣れたとばかりに苦笑している。
 そんな彼らが命を落としてしまうのはやはり心苦しいと角隈・礼文は改めて感じた。叶うならば、レントの斜に構えた愚痴もまた聞きたかったが、それは無理な事。
 今はなすべきことをしようと、あいかわらずの好奇心を優先した表情を浮かべる。それから建物内でも構わずゴースト・バギーへと乗り込んだ。当然、カイとミーナも一緒だ。
「お二人とも、私が渡したものの使い方は分かりましたかな? それではあとはご自身でインビジブルの接近を防いでください。もちろん、サポートをしてくれるなら大変助かりますが」
「余裕があればな」
 まだ不安は残っているのか座席に座ったカイは、改めて魔導書を睨んでその使い方を試している。それはミーナも同様であり、そんな二人にもう一つ渡せるものがあったと√能力【|神秘なる叡智の断片《テイクノーツ・グリモワールフラグメント》】を発動した。
 そして手の中に、とある呪文が書き込まれた紙片を創造し、手渡す。
「それとこちらも。リスクはありますが、助けにはなるでしょう」
「なんて書いてあるのこれ?」
「はっはっは。理解はしないほうがいいですよ」
 その呪文を理解すれば正気度を失ってしまう。その事実は薄っすら誤魔化して、これ以上の不安を煽らないでおいた。
 そうしてバギーが発進する。屋内とは言え、島で一番の建物と言う事もあってその空間は広い。十分に走り回る余地はあった。
「アマランスさんとは以前対峙したこともありますが、羅紗をジロジロと凝視していたので不快に感じられているでしょう。私の出る幕ではないですね」
 チラリと羅紗魔術師達が看病するアマランス・フューリーを見つめて、役不足だろうとそちらは置いておく。車体は7代目塔主に近づきながらも、一定の距離を保ちながら周りを回るように走った。
 敵を攻撃するよりも、その魔法を分析、解析し解体することが角隈・礼文の最大目標だ。
 とはいえ、戦っている味方をよそに研究に没頭するのも申し訳ないと助け合いを惜しまない。√能力【|小魔力相互供給《オド・パス・ファインド》】で魔術的なリンクを繋げ、それと一緒にカイとミーナにも渡した呪文が書き込まれた紙片を、リスクを承知した者たちのみに渡していく。
 更にそれだけではなく、√能力【|ニャルラトホテプとの接触《コンタクト・オブ・ニャルラトホテプ》】も使用して、羅紗を持たない者たちを60分間守ってもらうように願った。
「うわぁ誰だこいつ!?」「ひいっ!?」
 突然車内に現れた黒髪褐色肌の男性に、カイとミーナが驚き、その様子を楽しそうに笑いながら角隈・礼文は「ナイ神父ですよ」と伝えてから願いを叶えてもらった。
「味方の羅紗が失われた今、持っているのは敵対勢力のみですからな。この条件なら上手くいくはず……おや、√能力者にも羅紗を使っている方が、まあけれど大丈夫でしょう。それよりも彼女はどうやって作ったかが気になりますが……」
 7代目塔主と戦う者の中に見様見真似で羅紗を再現した者がいた。それに興味を持ちながらも、そちらに話を聞くのは後回しにした。
「調べ終わる前にフェリーチェが討伐されてしまうのは困りますからね。私もぜひ、作り方を解析したいところですなぁ!」
 むしろ倒されては困るから戦いに参加しないのではと、疑いを向けるカイとミーナだ。とはいえ死にたくない二人も積極的に戦いに参加するのは避けたい事だったから喜ばしくはある。
 時折流れてくる透明羅紗を、メスで切り刻みながら対処しつつ、7代目塔主の戦術とこの空間を包み込む領域を観察した。
「|強行掌握《フォルツァートシンパティア》……その隷属技術は絶対的で、優れた技能や√能力を駆使しても逃げられない。しかし、透明羅紗を媒体とすることで、そちらを破ってしまえば解除は可能、と。けれどアマランスさんを見るに、重なる要素が多ければ、ああやって大勢で治療を試みても中々解除できない。さすがは王劍の力と言うべきでしょう」
 やはり敵の強大さは王劍あってのものだろう。叶うならこの先、王劍にも触れてみたいと思う研究者だ。
「|至近声明《インセグレイヴォーチェ》という領域は、隠れることは出来ないという事でしたが、相手の視界に不良を起こすのは有効ではないのでしょうか。ふむ、では早速目つぶしを試してみましょう」
 ふと仮説を浮かべてさっそく実行に移す。√能力【ウィザード・フレイム】を放って、7代目塔主の両目を塞ぐようにけしかけた。するとその直後、敵は接近戦を行っていた仲間の攻撃に対応できずダメージを負う。
 しかし、すぐに両目は取り戻された。羅紗に使うため握っていたインビジブルを、欠損した目元へと当てがって補充するように回復させたのだ。
「なるほど、インビジブルだからインビジブルで治すのですね。無数のインビジブルの集合体だから可能なのでしょうか。やはり興味が尽きませんね」
「っておい! さっきのでこっちにも攻撃仕掛けられてるぞ!」
「ちょっと!? この数は厳しいって!?」
「はっはっは! 向こうから研究材料が送られてくるとは、とても良い環境ですねえ!」
 実験の過程でヘイトを買ってしまい、襲い来る透明羅紗。その対応にカイとミーナは慌てていて、対する角隈・礼文はもっと来て欲しいという。
 研究材料が得られるのなら攻撃を続けようかと7代目塔主に近づこうとしたところで、カイに無理矢理ハンドルを切られ、敵から距離を取られた。
「おいもういいだろ!? ほら、まだこの羅紗についても調べがいがあるんじゃないのか?」
 出来るなら戦いたくないカイは、先ほどの襲撃の最中に集めておいた透明羅紗をどっさりと投げ渡す。それらは無作為ではなく、きちんと種類ごとに2、3枚ずつ選別されていて、中には半分が羅紗で半分がインビジブルのままと言う過程が分かりやすいサンプルも揃えてあった。
 この魔術師は助手として優秀なことをと認識しつつも、それにはもう用はないのだと角隈・礼文は告げる。
「はっはっは。私が先ほどの観察の間に分析をしていないとでも? 仕方ない。透明羅紗の作り方について解説をしてあげよう」
 当然、あれだけの時間があったのだから、研究は進んでいる。その成果を教えてあげようと言うと、カイの顔が明らかに引きつった。ミーナはむしろ、戦わないで済む時間が増える事にホッとした様子だ。
 そうして講義が始まる。
「まず、あの透明な羅紗を我輩たちが再現するのはほぼ不可能だ。フェリーチェの戦いを見るに、周囲のインビジブルを手にしてそれをこねくり回し羅紗を作り上げているように見えたが、あれは実際は、既に羅紗へと作り変えてある体内のインビジブルを放出しているものなのだ。周囲のインビジブルをつかみ取るのは、放出する際に体内のインビジブル量が減るからそのための補充だな。つまりは体内の器官、インビジブル体故、臓器に値するものがあるかは分からないが、いやしかし血が流れ出ていたのだからもしかすると人体が再現されているのかもしれないが、とにかくあの体でなければインビジブルを羅紗と言う複雑なものに形作ることは出来ないと言う訳だ。しかしここで我輩にも仮説がある。この絶対死領域内で試すことは難しいが、√能力者は自らインビジブル化して戦う場合があるのだ。この状態は恐らく限りなくあのフェリーチェと構造が近しいと思われる。いやしかし、あれは一つの核となる強大なインビジブルに無数のインビジブルがまとわりついてある状態だから、違いはあるか。そこはもう少し調べてみないと分からないな。とはいえインビジブル化すれば同様に、インビジブルを羅紗にするとまではいわないものの、よりインビジブルを精密に扱う事の出来る器官が現れる可能性は大いにある。それこそ我々は日常的に√能力を扱うが、これも感覚的なものなのだろう。それをより技術的なものとして感じ取る事が可能であれば、羅紗作りには繋げられなくとも、新たな√能力開発には役立つのではないかと考える。それと羅紗に刻まれている文字についてだが、あれは魔術的な言語を文字として書き起こしたものではないかと推測している。というのも、文字の法則性に気付いた途端、何が書いてあるのかをほとんど理解することが出来たのだ。元となったのは神話に登場するような共通言語かもしれない。全ての者が理解できる言語。それならば、生きた時代の違うインビジブルでも理解できるだろう。そしてそれが次の発見に繋がる。透明羅紗を起動しているのは、厳密にはフェリーチェではなく透明羅紗自身なのだ。魔導書のほとんどが持ち主がいて発動するように、あの文字も、使用者に認識させて魔術を発動させるためのトリガーと思われる。故に、認識機能があればインビジブルにだってトリガーが引ける。その身に、誰でも理解できる共通言語を刻めば、手放しても安定して魔術を発動することが可能になるという仕組みだな。もちろん、まさにインビジブルに愛されるほど精巧に扱わなければ出来ない事ではあろう。それが王劍の力を使えば出来ると言う訳なのだ。けれど完全にではなくともその仕組みを理解出来ればより、多くの力を得る可能性が溢れるとは思わないかね?」
 と、疑問符を投げられたところでようやく口を挟めると判断したのだろう。最初はむしろ歓迎していたミーナが、恐る恐ると挙手をした。
「あの、まだ続くの……?」
「戦う相手を知ることは、生き残るためには必要な事だ」
 終わりを求める質問に、角隈・礼文は頷き、その必要性を説く。
 結局、それ以降の戦いにはほとんど参加せず、ゴースト・バギーの上で延々と講義が続けられるのだった。

贄波・絶奈

 贄波・絶奈は、7代目塔主に隷属させられてしまった羅紗魔術師4人の治療を行っていた。
「……う、すまねぇ」
「ちょっと冷静になったほうがいいね。あとこれも持っておいて」
 塔を登る間もずっと同行していた彼らだったが、7代目塔主と戦っている内に成果を急いで術を受けてしまったのだ。そのことを窘めつつ、兵装『黒竜の守護鱗』を渡し、√能力【|『拒絶』ー嘘と真実の境界線ー《ヴォイド・イコライザー》】も施しながら次に備えさせる。
 幸いにも、四人とも大した負傷は負っていなかった。これなら戦いは続けられそうだったが、ただ、勇んで飛び出したところを返り討ちにあってしまって、精神的にへこたれているようだった。
「これじゃあ、ランドルフにあわせる顔がねえ」
「「「……」」」
 塔に辿り着くまでの道中で、彼らは先輩魔術師に救われた。その恩に報いようと頑張って、けれど結果はむしろ足を引っ張り、自分たちの不甲斐なさを痛感して落ち込んでいる。
 すると贄波・絶奈は立ち上がって、わざとらしく問いかけた。
「あわせる顔がないなら死ねないね。けど、そうやって座り込んでたら危ないよ。どうする?」
 情けないままで恩人に会いに行くのかと訴えると、彼らは奮い立つように悪態をつく。
「……くそっ。そうだよ、戦うって決めたから戦うさ!」
「あ、ああっ。俺も戦う!」
 一人が言うともう一人立ちあがり、三人、四人と、全員が勇気を取り戻した。その姿に贄波・絶奈は微笑みを浮かべて先導するように背中を向ける。
「ありがとう。みんながいてくれたら少しでも勝率は上がるから助かるよ」
 そうして7代目塔主を食い止めるため、再び前線に戻ろうとして、ふと思い出したように振り返った。
「そうだ、名前聞いてなかったね。教えてくれる?」
 互いを知り、その連携はより強化される。贄波・絶奈を中心に羅紗魔術師が広がって、敵を囲んだ。
「私はアマランスにもフェリーチェにも縁があるワケじゃないけど……彼女は「ランドルフ」おじさん、他の魔術師達の『家族』だ。返して貰うよ。それを見届け一人でも多く生き残らせるのが私のお仕事。奢って貰った珈琲のお礼もまだしてないし」
 7代目塔主は新手が来ると分かるとすかさず、隷属で従わせようとして、しかし治療の際にも施した√能力によって高められた干渉耐性を持って耐え、攻撃に集中する。
 狙いは、敵の魔術に干渉しての妨害だった。√能力【|『開演』ー終わらない戯曲ー《ニュー・ラストオーダー》】で敵のあらゆる行動に影響を及ぼしながら、相手の扱う透明羅紗を崩すようにインビジブルを操って妨害する。
「みんなも、妨害警戒をお願いね。おじさんから教えを受けたならきっとやれるよね?」
「「「「もちろんだ!」」」」
 試されるように投げかけられれば、彼らは意地になって応える。しかし決して無謀はしない。その屈辱はつい先ほど味わったばかりだ。自分達に出来る最大を必死に模索しながら力を貸した。
「フェリーチェがインビジブルだと言うのなら、その意識、読み取らせてもらうよ」
 贄波・絶奈はデパス、インビジブルとは運命共同体にある。インビジブル制御はお手の物だ。
 近付き接触した瞬間、7代目塔主の体を構成するインビジブルへとハッキングをかける。自身の意識を融合してフェリーチェの記憶を読み取ろうとし、けれどそれは相手に無防備を晒すにも近かった。
「アナタも、私の夢を見たいって言うの?」
 融合した意識が波打つ。むしろ向こう側に飲み込まれそうになって。

「何してんだッ!?」

 直前で、強引に体を後ろに引っ張られた。先ほどとは反対に、羅紗魔術師によって隷属をギリギリ免れる。
「お前が操られたら俺たちじゃどうにもできないぞ!?」
「……あー、自分の力を過信しすぎたかな。情報だけ抜けると思ったけど」
 王劍の力を甘く見ていた。それは、単純な技術で覆せるものではなかったのだ。
 体勢を立て直すためにも一旦引き下がる。一時他の√能力者に、7代目塔主の対処を任せて、一旦は精神を落ち着かせた。
「危うく隷属させられるところだったけど、でも少しは彼女のことが見えたよ」
 一息ついている間に、仲間達と情報を共有する。
「フェリーチェはインビジブルだって言うけど、それは一つの強大なインビジブルと言う訳じゃない。大きな核が中心にあって、その周囲にいくつも弱い、と言ってもそこら辺のに比べたら強いんだけど、そんなインビジブルがまとわりついているような感じだね。なんとなく女王バチと働きバチをイメージしたよ」
 そしてそれは、どこまでもしぶとい敵に終止符を打つ手がかりでもあった。
「それとこれも不確定ではあるんだけど、彼女の死の記憶が、なんだかとても付け入りやすいように感じた。あるいはそれを再現すれば、殺してしまえるかもしれないね」
 可能性を得た贄波・絶奈の視線は、アマランス・フューリーへと向けられる。

■■■■■■
 七代目塔主となった彼女の手腕によって、その組織はあっという間に大きくなった。
 島の外での活動も活発化し、それはヨーロッパの裏社会を牛耳るほどまでに至る。その存在は瞬く間に知れ渡り、次第に羅紗の魔術塔と呼ばれ恐れられるようになっていた。
 その頂に、彼女は立っている。
 望みはほとんど叶ったと言っていい。欲しいものは全て手に入れた。島も潤い、貧富は均された。
 だからここから先は蛇足なのだ。|これ以上《世界へと》広がったところで、いまとそう大しては変わらないだろう。その未来が見えていて、けれど彼女はまだ求めていた。
 一つの結末。それは、自分への報い。
 様々な事に手を染めた。世界を広く知った。故にその美しさに惹かれていた。
 悪は罰され、善は救われ、苦は結び、楽は落ちる。
 上がれば下がり、下がれば上がる。
 それこそが、彼女にとって最後の灯台だった。

「久しぶりね、フェリーチェ」

 だから、突如として現れたその女に微笑む。
 雨の降る人気の少ない通り。手入れのされていない頭髪から、鋭い眼光が向いてくる。
 自分に地獄を見せたその張本人は、美しく地獄にいるようだった。
 元主の結末を見届け、そして結末を望む。
「お前がいなければ、私はこんな目にはっ!」
「それなら、アナタの手で終わらせてみたら?」
「っ。う、うぅううっ! し、死ねェッ!!!」
 彼女は、突き出される刃を避ける事なく受け入れた。
 胸部に突き立った痛み。それは案外大したことなくて。それならもっと悪い事をしておけばよかったかなとも思う。
(……まあでも、期待には応えられたでしょ)
 これまでの功績は偉大な先代の為。その立場を頂いて十分に楽しみもした。
 悔いはない。でもふと、意識が霞むその瞬間になってやり残したことを思い出してしまう。
 平凡な幸せ。思えばまるで見向きもしなかった。不要とすら切り捨てていた。
 こんな立場でなければ、野望を抱いていなければ、それを手に入れられたのだろうか。
 そう考えて、けれど己を刺し殺す女の膨れる腹を見てそれも消える。
(……私ったら、まだ『もう一人』のつもりでいたのね)
 恨むべき相手の子に夢を抱き。そのおかしな喜びを自虐的に笑って。
 そうして彼女は、全てを叶えた。
七々手・七々口

 七々手・七々口は、7代目塔主へ石板を見せる。
「なぁ、おねーさん。この石板に描かれてるの何か知っとるー?」
 それは、塔へとやってくるまでの道中に拾ったもの。大地を拳で割る男の姿が描かれていて、その頭上に輪っかが浮かんでいる。何を示すかは分からなかったが、捨てるにはもったいないと感じたのだ。
 せっかく話し合いの出来る相手と戦えているのだからと、情報を引き出そうとした。
「そこを通してくれたら、教えてあげてもいいけどねっ!」
「それはさすがに出来ないなー。まあ、敵対する相手に親切してもらえるわけもないか」
 もとよりあまり期待はしていなかった。引き出せないというのならすぐに諦めて、他で調査に行っている仲間に期待を移ししながら、今は目の前の敵を倒す事に集中する。
 彼の傍では二人の羅紗魔術師も共に戦っていた。羅紗を失いながらも戦意を保ったままの熟練の二人は、強大な相手にも決して臆さず挑む。
 その二人に事前に指示していた通り7代目塔主を引き付けてもらって、七々手・七々口はそこに陣取った。
「さて、ここら辺がこの部屋の中心かね?」
 車も走れるほどの広い空間。出来るだけ広くをカバーできるようにして、√能力【|大罪深化【傲慢魔猫】《タイザイシンカ・ゴウマンマビョウ》】を発動する。
「我が身を門とし、来たれ。世界を覆う傲慢の化身よ」
 大罪深化、モード【傲慢】。金メッキの王冠を被る猫は、弩級の傲慢さで世界を塗り替えた。
『…良かろう。ここからは世界で一番強くて凄くて世界の中心である|オレ《我》が動くとしよう』
 たちまち七々手・七々口の雰囲気が変わり、それに伴って領域内のインビジブルを味方につける。敵がインビジブルを操るというのなら、これで多少の弱体化は狙えるだろう。
 とはいえさすがの王劍の力とあって、敵の体を構成するインビジブルまでは寝返ってくれない。そもそも体の一部と言う認識なのだろう。7代目塔主が掴み取り込んだインビジブルも、こちらの制御からあっさり離れてしまっていた。
 けれど統率が取れれば、相手が欲しい時に遠ざけることは出来るし、単純に味方の援護には有効だ。
 七々手・七々口が狙うのは7代目塔主が扱う透明羅紗。自身の領域内で無力化すれば味方に加えられるのではないかと考えていた。
「そういう事でだ。煙草に酒、|オレ《我》も援護してやるから敵を叩け」
「随分と図々しくなったな」
「言われなくたって、最初っからぶっ叩くつもりだぜ!」
 雰囲気の変わった連れを疑う事もなく、すっかり長年の仲のように請け負う。七々手・七々口はインビジブル全てを掌握するのに忙しく、攻撃は任せるしかなかったのだ。
「あんただいぶタイプだぜ!? これ終わったら一緒に酒飲みにいかねーか!?」
「私に隷属されてくれるのなら別に構わないけどっ?」
「おいおい、俺は屈服させる方が趣味なんだよ!? この筋肉が誰かに従うわけねーだろぉ!?」
「ったく、敵相手に何言ってんだか。筋肉の使い過ぎでハイになってるな」
 ナンパをする酒好きにその様子を見て呆れる煙草好き。さすがの二人は7代目塔主ともやり合っていて、しかし若干劣勢だ。見兼ねた七々手・七々口は制御下にあるインビジブルを、追加で装甲として纏わせておく。最低限、こっちに逃げてくる時間稼ぎくらいにはなるだろうと思って。
 それから敵への妨害も欠かさない。√能力【|いずれ死に至る《タイダ》】を行使して、敵の動きを鈍らせておいた。その瞬間に合わせて二人の羅紗魔術師が攻勢に出て、これまで以上のダメージを食らわせる。
 √能力にインビジブルの制御で、向こうは随分とやりづらくなっているのだろう。その原因が七々手・七々口にあると気付き、攻撃を放ってきたが、√能力で強化した七本の|魔手《尻尾》で露払いをしていく。
 こちらに注意を向ければ二人がその隙を逃さない。そして余裕が出来た猫の意識は、後方の羅紗魔術師が集い、7代目塔主が狙うアマランス・フューリーへと向けられた。
「……まあ、インビジブル|にお願いして《を制御して》みるか」
 未だ夢を見て、隷属が完全に解けていないという。その身に刻まれた羅紗も強力であり、多くの者が必死に解こうとやっきになっていた。
 中には戦場にいる事も忘れて、流れ羅紗を受けて隷属される者もいる。戦力をそちらに割きすぎるのは状況としてよくないなと、一枚噛む事にした。
「随分と深い眠りだな。確か、7代目塔主の過去を見させられて共感してるんだったか。じゃあそれが別人のものだって分かるようにしてやらないとな」
 施すのは術の解除ではない。むしろ新たな術をかける。
「夢ってのは、外部の刺激で結構変わるもんだ。音に触覚、匂いなんかでもいいな。とにかく五感の感度を上げれば、少しは現実に気付きやすくなるんじゃないか?」
 いじくったインビジブルをアマランス・フューリーの体には這わせると、眠る体が僅かにぴくんと跳ねた。それを間近で見ていた羅紗魔術師達は、思惑通りより声を投げかけていて。
「まあけど、仕上げは|オレ《我》には荷が重い役目だ」
 これ以上出来る事はないと割り切り、後は関わりの、想いの深いものに託すべきだろうと、七々手・七々口は、戦いやすい空間を作る事に従事する。

「……っ」
「フューリー様っ!」
 アマランス・フューリーの見る夢に、少しずつノイズが入っていった。

パンドラ・パンデモニウム

 パンドラ・パンデモニウムはアマランス・フューリーへと歩み寄る。
「アマランスさん、私も星詠みとして2回ほどあなたの作戦を阻止しました。それ自体は世界のためでしたが、そのことがあなたを追い詰める一因になったというのなら、今度はあなたに手を差し伸べましょう」
 救いを求める眠り姫へと優しく語り掛け、その傍に寄り添うように座った。
 心の底からの気持ちを伝え、√能力【|封印災厄解放「歌い上げよ技芸女神の舞台」《ポエティックステージ・オブ・ムーサイ》】を発動する。これから渡す想いが確実に伝わるよう、空間を書き換えた。
 彼女の周りには多くの羅紗魔術師達が集まっていて、誰もが夢から起こそうと必死になっている。敵対していたとはいえその人望に、つい希望を見出してしまった。
 そして、ここにいたのならきっと彼女もこの場に加わっていたのだろうなと、パンドラ・パンデモニウムはその顔を思い出す。そんな彼女にお願いして用意していた物を、眠る者へと差し出した。
「この葡萄ジュース、覚えていませんか」
 それは、かつてパンドラ・パンデモニウムが星詠みで見た光景に映されていた物。この戦いに挑むため協力を要請した女性魔術師が、アマランス・フューリーのために作った物だった。
 バーのマスターであったその魔術師は、羅紗を失って戦えないからこの場には来れていない。しかし、塔内にアマランス・フューリーがいると判明したからこそ、救う一助となるべくその思い出の味を再現してもらったのだ。
 葡萄の香りが、今も繰り返される息と共に入っていく。
「あなたを想い、あなたの友があなたのために作ってくれたジュースです」
 羅紗の魔術塔幹部としての仕事が上手くいっていない時に、慰めとして提供された品だ。自棄になったように大量に飲んでいて、その時はこんなことになるなんて想像できないほどに、コミカルに泣いては文句を垂れていた。
 それを、バーのマスターはまさに友のように受け止めていて、次の一歩の支えとなったはず。
 その光景を思い返し、この戦いを通した今、彼女のような存在が、アマランス・フューリーには必要なのだと思い知った。一人で背負うのではなく、共に分かち合える仲間だ。けれどそれはもういるはずで、気付いていないだけなのだ。
「何もなかったなんて言わないで。あなたにはマスターさんも、そしてレッドさんやアザレアさんも、あなたを慕う他の魔術師の皆さんもいるのですから」
 眠っている状態でジュースを飲ませるのは難しい。それでも無駄にはしたくないからと、眠る体を持ち上げ、ゆっくりとジュースを流し込んだ。
 喉を通った量はほんの僅か。けれど確かにその瞬間、ピクリと瞼が動いた。匂いを、味を、そして持ち上げた時に触れた肌の感触を感じて、現実を思い出そうとしている。
 あと少し。それは見るに明らかで。このまま魔術を解こうと更なる声掛けを行おうとして——しかし。

『私の物を奪わせはしないわよ』

 声が届いた。その直後、傍にいた羅紗魔術師が、パンドラ・パンデモニウムの首を絞めようと手を伸ばす。
「……」
「くっ!?」
 ギリギリのところで避け、追撃を防ぐために咄嗟に隷属された体を蹴り飛ばした。大きく飛んだ魔術師はすぐに立ち直って、そしてその主と共に歩み寄ってくる。
「随分と、その子にちょっかいをかけてくれたみたいね」
 7代目塔主はその体を傷だらけにしながらも、ついに立ちふさがる者たちを蹴散らしてここまでやってきてしまっていた。アマランス・フューリーを取り返そうと、随分と勢いの落ちた透明羅紗を握って。
「フェリーチェさん……どうしてそれほどアマランスさんに執着するのですか」
「……その子にはまだ、伝えてない事が……いえそんなことはどうでもいいわ。その子に執着している訳じゃない。ただ、アナタたちに私の野望の邪魔をさせたくないだけ! その子が一番使い勝手がいいのよ!」
 その発言は少し違和感があって、けれどそれを考える暇なんてない。
 ここで再び隷属魔術を施されるわけにはいかなかった。せっかくあと少しで目が覚めるというところまで持ってきたというのに。
 故にそのための時間を稼ぐため、パンドラ・パンデモニウムは全力を費やす。
「アマランスさんを守ります!」
 後は魔術師達に託して、√能力を使えるだけ注ぎ込んだ。
 7代目塔主の声を乱し、インビジブルの行動も妨げ、物理的な攻撃によって体勢を崩すのを狙っていく。これまで戦ってくれた味方達のおかげで随分と弱ってくれていて、ようやくパンドラ・パンデモニウムでも渡り合えるほど。
 けれどギリギリ。嫌僅かに劣勢。それでもと死を覚悟して迎え撃った。
 かつての敵に、友を教えるため。

赫夜・リツ
クラウス・イーザリー

「そこをどきなさいっ!」
 7代目塔主の攻撃を、赫夜・リツとクラウス・イーザリーが受け止めた。そのすぐ後ろにはアマランス・フューリーが横たわっていて、彼女を看病していた羅紗魔術師達も蹴散らされてしまっている。
 ここで二人が倒れれば、再び術を掛けられてしまうだろう。そうはさせないと必死に踏みとどまった。
 その最中に、視線が交わされる。
「クラウス君、ほんの少し任せてもいいかな」
「構わないよリツ。俺に出来る事なら力を尽くそう」
 厳しい戦況であっても断らず、時間稼ぎを請け負う。友のために命を懸けるのは当然だった。
 打開の準備を整えるため一旦下がった赫夜・リツ。それが万全に遂げられるようにと、クラウス・イーザリーはひと時、一人で敵を抑え込もうとする。
「……」
 7代目塔主とは決して言葉を交わさない。これまでに得た塔主の情報にその立場。想像だけでも相応の苦労をしたんだろうとは思い至ったが、それで同情して手を緩めるほど甘くはなかった。
 何よりもその感情は、敵に付け入る隙を与えてしまう。
 だからこそ非情を保ったまま、引き金を引いた。
 近距離からの射撃も、身に纏う羅紗が発動する魔術で防がれる。なら動きを遅らせてしまえばと√能力【|陽の鳥《ヒノトリ》】を行使し、呼び出した幻影をフェリーチェへとけしかけた。当然簡単に融合されてはくれない。けれど諦める事はせず、ちょっかいをかけ続ける。
 迫ってくる透明羅紗は、インビジブル制御で軌道を逸らしながら霊力による防護も張って隷属を遠ざけた。一人この状況で攻めに出てしまえば、反撃に対応しきれないだろう。故に忍耐強く待つ。
「クラウス君!」
 そして、背後から友の合図が送られた瞬間、クラウス・イーザリーは、決戦気象兵器「レイン」を起動する。レーザーを全て7代目塔主へと集中させ、視界ら眩ませるととともに行動を阻害し、次へと託すのだった。


 赫夜・リツは友が時間稼ぎをしてくれている間に準備を整える。『血液貯蔵瓶』の血を、左腕——『異形の腕』に与えて、強く願った。
「ギョロ君…いや、ギョロ…――僕に力を貸してくれ」
「ったくしゃあねぇなあ!?」
 すると途端に、おぞましく変容した腕が自発的にしゃべり始める。荒々しく、それはまさに力を見せつけるかのように叫んでいた。
 更には√能力【|緋色の舞《ヒイロノマイ》】も行使し炎の蝶を複数召喚して、今も耐え忍んでくれている友の下へと急ぐ。
「クラウス君!」
 名前を呼んで、それだけで汲んでくれた。手に入れた力を振るおうとすれば、その舞台を整えるためにクラウス・イーザリーが7代目塔主に集中砲火を仕掛ける。
 弾幕が途切れ、透明羅紗が突き破ってくる。巻きつかれれば隷属されるそれを、霊的防護で弾き炎の蝶が発する浄化の炎で燃やして蹴散らし、堂々と正面から剛腕を振りかざした。
「フェリーチェさん、あなたにアマランスさんは渡さない! 彼女の帰りを待っている人がいるんだ!」
「うぉらぁッ!」
 √能力【|荒れ狂う剛腕《アレクルウゴウワン》】によって硬化された異形の腕が、楽しそうに声を上げながら振るわれる。赫夜・リツ自身の怪力も乗せられた渾身の一撃は、7代目塔主に防御を遅らせた。
「っ!?」
 言葉を返す間もなく拳を受け、その体が軽々吹き飛ぶ。反対側の壁を叩きつける大きな衝撃音が響いて、その隙に二人は踵を返した。
「今の内にアマランスさんを階下に逃そう!」
「分かった」
 手が足りない状況だが、強力な手駒を増やされないのは戦局的に重要だと、赫夜・リツが提案した。クラウス・イーザリーも同意し、背後をカバーするように護衛に回る。
「おいおい、コイツ敵じゃねぇのか? 握りつぶすか?」
「ギョロ君は、変わらずフェリーチェさんを意識してくれたらいいよ」
 赫夜・リツは勝手をしそうな左腕は使わず、右腕だけでアマランス・フューリーを肩に担いだ。そして、ずっと敵との戦いで塞がれ通れなかった階下への扉を目指す。
 クラウス・イーザリーは担がれるその寝顔を横目に見て、少しの猶予がある事を察し√能力【|不死鳥の加護《フェニックスノカゴ》】を発動した。
「ずっと敵対していたけれど、君を助けたいと願う人、帰りを待つ人がたくさんいるんだ。応えてやってくれないか」
 これまでにも多くの者が願ってきただろう。故に自分の言葉で起きるとは思えないが、必ず足しにはなるはずだと願いを重ねて託す。
 それに続くように、赫夜・リツも走りながら語り掛けた。
「あなたとこんな形で再会するとは思わなかった。だけど僕はアザレアさんとレッドさんに、あなたを助けると誓ったんです」
 √能力【|再起を願う《サイキヲネガウ》】も発動し、その心に呼びかける。少しでも目が覚める可能性を高めようとして、願いを込めた。
「あの二人は、あなたがずっと守ってきた組織を支えながらあなたが帰ってくるのを待っていますよ…。どうか思い出して下さい、あなたが安らげる場所はここ以外にもある筈です」
 そう伝えて次の瞬間、背後を警戒していた異形の腕が声を上げる。
「おい来てるぞぉ!!」
「……」
 大きなダメージを与えたはずなのにもう立ち直った7代目塔主は、言葉も発さず真っ直ぐ盗人を見つめてインビジブルを操った。
 クラウス・イーザリーが拳銃で撃ち落とし、異形の腕が振り払い、しかしそれをも掻い潜って、赫夜・リツの足首に絡みつく。それには、文字は刻まれていなかった。ただの布として足を止めるためだけに、目立つ光る文字を刻まずに忍び寄っていたのだ。
 故に見逃してしまい、赫夜・リツは転倒してしまう。
「っ」
 アマランス・フューリーは手放さないと、担ぐ右腕に力を入れようとして、しかしそれはするりと抜けた。先回りしていた布状のインビジブルが、眠る彼女の胴に巻き付いて運んでいく。
 それは、いつの間にか√能力者を追い越した7代目塔主——フェリーチェ・フューリーの下へ。
「……」
 彼女は、口を閉ざしたまま、未だに眠ったままのアマランス・フューリーを見つめている。
 救出対象を奪われてしまいすぐの反撃へと移れない赫夜・リツとクラウス・イーザリーは、打開の隙を見つけようと目を凝らし思考を回した。
 けれど敵も動かず時だけが建って。
 ふと、フェリーチェ・フューリーの体が一部剥げ落ちていくのに気づく。
 あまりのダメージを負って、修復が間に合っていないのだ。傷付き、支えきれなくなった肉片がぼとりと足元に落ちる。その瞬間、フェリーチェ・フューリーの瞳が我を忘れたようにさまよって見えた。
 立ち眩みかは分からない。けれどここしかないと√能力者二人は立ち上がる。
 それに対してフェリーチェ・フューリーはすぐに立ち直ったように一瞥し。
 そしてなぜか、アマランス・フューリーを放り投げた。
 傷付いたインビジブルの体が補われようとしていて、その直前、母親のような優しい声が聞こえてくる。
「……起きなさい」
 聞き間違いだったかを確かめる余裕はなかった。アマランス・フューリーは宙を舞い、重力に従って落ちる。それと同時に、7代目塔主は攻撃の構えを取っていて。
 その不可解な行動は、奇襲のきっかけととるしかない。
 とっさにクラウス・イーザリーは再開する敵からの攻撃を請け負って、赫夜・リツが放り投げられた体が床に叩きつけられる前に両手で抱き留める。
 激しさを取り戻した戦いの中で、二人の√能力者は、一人の女を必死に護ろうとした。

 その最中、眠り姫は見知らぬ男の腕の中で瞼を開く。


■■■■
 緊張した面持ちで訪れると、塔主は端的に告げた。
「フェリーチェ・フューリー。君を、7代目に任命しようと思っている」
 その言葉に、まだ若い彼女は目を剥く。
「ど、どうして私にっ? わたしよりも位の高い方はいらっしゃいますが、」
「君は、誰よりも働いているからな」
 疑問を抱く後継に、6代目は柔らかい笑みを見せる。いつもは厳格な彼がそんな表情を見せたことに驚きつつ、反論するように言葉を重ねた。
「それはまだ、人の上に立つようなことをやらせてもらえないからで……」
「けれど君は、塔主になりたいのだろう?」
「……」
「そして、塔を、この島を変えようと抱いている」
 心を見抜くその瞳に、彼が優れた長であることを思い出す。
「君ならば、任せても上手くいくだろう。まあ嫌だというのなら、もう少し私も頑張るがね」
 塔主は既に80歳を超えていた。体調も優れない日が多く、交代の話は随分と前から出ている。
 しかし、島から戦いが消えて随分と経っていることもあって、幹部たちは皆保守的だった。それを彼女は疎んでいて、そして塔主も良くないと感じていたのだろう。
 これ以上ない話ではある。普段なら即座に掴み取る案件だっただろうが、なぜか二の足を踏んでいた。
「本当に、私でいいのでしょうか。私は……」
 己の罪を告白してしまいそうになって留まる。けれどそれも全て見抜かれていた。
「そう言えば君は、若い頃に羅紗で人を操って塔内での立場を保とうとしていたのだったか。けれど失敗していたじゃないか。罰も受けたのだろう? それに20年近く前のことではなかったかな。若さゆえの過ちなんて、私は見過ごすよ」
 まるで自分にもそんな時代があったと言わんばかりで。けれどそれだけではないのだと、つい漏れ出てしまう。
「いえ……」
「……それ以上のこと、どうしようもない罪を背負っていたとしても、今、この場で相応しい者は君しかいないと私は思っているよ。今の君には、資格がある」
 それでも、塔主は託そうとした。
「…………」
「君が報いを欲するのならば、より身を粉にすればいいのではないかな? まだこの島には問題も残っている。出来る事は山積みのはずだ。君が働けば救える命は間違いなく多くなる。……もとより君はそのつもりだったろう?」
 塔主は立ち上がってその肩に手を置いた。どうしても受け入れられないと黙る彼女へと気軽に、まるで強張りをほぐすマッサージのようにそうした。
 それからまた、珍しい微笑みを再び向けてくる。
「とにかく、私は君に託したい。まあ、気楽になってみてくれないか?」
 そう言われて、悩んだけれども結局は受け入れた。
 断れないだけはあった。それでも塔主にはなってしまった。
 信頼され、望まれ、気付けば利己を忘れることも多かった。
 自分で思うのもなんだけれど、自分は本当に相応しかったのだと実感した。|先代《他者》の評価は、間違っていなかったのだ。

 そうして私は、認められて『王』になった。

◇◆◇◆◇

 夢を見ていた。
 それは、自分と重なる人生だった。
 暗い世界にいて、力があって、自分だけでのし上がった。
 共感していく内にまるで自分の出来事のように思えて。
 でもより深く潜っていく内に、違うと分かった。
 過去はもっと辛く。けれどいつの間にか光を歩いて、その先で全てを満ちさせた。
 血縁もなく、むしろこの身に流れているのはその人物を最も怨む血。
 ハッキリと違うと分かって。ならば違う自分は、その満たされた最後にはたどり着けないのだと理解した。
 だから目を閉じて、眠ったままでいいかと思った。

 なのに、声が聞こえる。

 匂いが、感触が、味が、眠っているはずの体に流れ込んできた。
 後は、光だけ。
 なにも成し遂げられていない私に、光が降り注ぐわけはない。だって、彼女はもっと頑張っていた。それに何より私は、失敗ばかりだった。
 最後の夢を見た。
 彼女も、自分を不十分だと思っていた。だけど認められたから光に導かれた。その座についた。
 ふと、ここにはいない顔が浮かんだ。なんでみんな、自分なんかの傍を離れていなかったのだろう。
 それってそう言う事でいいのかなって。
 なんだか、みんなが呼んでくれている気がして。
 なら光を見ようとしてもいいのかなって。
 思って。
 迷って。
 でも踏み切れずに立ち止まって。
 うじうじしていたら、怒られた。
「……起きなさい」
 呆れたように、いつまでも眠ったままの娘を叱るような声。
 だって、目を開けても真っ暗なんじゃないかって怖かったから。
 でも、ここも真っ暗だ。
 ……なんだか、みんなにまた会いたくなった。
 みんなとはここでは会えない。
 それじゃあ、やっぱり起きなくちゃ。
 ゆっくりと、目を開ける。
 すると、世界は随分と明るくなっていた。

◇◆◇◆◇

シアニ・レンツィ

 シアニ・レンツィは7代目塔主にやられた羅紗魔術師達の治療を行っていた。√能力【|幼竜の集会所《サモン・ミニドラゴン》】によってミニドラゴンたちの幻影を召喚して、傷付く者たちを回復させていく。
 小さな体ながらに動けない者たちを安全な場所へと運んで、これ以上被害が増やさないようにして、少しでも多くの命が救われるようにと動いていた。
 その傍には、ずっと行動を共にするする3人の羅紗魔術師もいる。
「マルモさん、守りの方は大丈夫?」
「適当に拾った杖使ってるけど、案外何とかなってます!」
 羅紗を失って戦う術がない彼等だったが、きっと√能力者が落としたのだろう武器を拾って、この短時間で自分の物にして見せていた。
「ミーテさん、フェリーチェさんはこっちに来てない?」
「ええ。√能力者の人が引き付けてくれているみたいですけど、でもだいぶ押されてるみたいです」
「……そっか。マレルフさん、怪我人の移動急ごう!」
「任せてください!」
 いつも言い合いばかりしている三人だったが、いざ役割分担をすれば、互いを補い合う最高のチームとなっている。すっかりシアニ・レンツィとも仲良くなって、同じ目標で動いてくれていた。
 だから、真剣なその姿につい感謝を伝えたくなる。
「一緒に戦ってくれてありがとう。マルモさんミーテさんマレルフさん、大好きだよ」
「「「うぐっ——!?」」」
 すると途端に三人の羅紗魔術師は胸を押さえて蹲った。アザレア・マーシーを愛する三人は、幼い少女の健気な姿が何よりも弱点だったのだ。それをロリコンと呼ぶ。
「お、お前ら、マーシーちゃんから寝返るつもりか?」
「寝返るも何も、守りたいものが増える事の何が悪いのよっ?」
「レンツィちゃん、僕の背中を踏んでマッサージをして欲しくて——」
「「抜け駆けを、するな……ッ!」」
 やっぱり相変わらずの様子で喧嘩を始めてしまって、けれど同じものを愛する同志、仲は良いように見えた。
 そんな光景にシアニ・レンツィは負傷者に呼ばれて気付かなくて、ふと三人が持ち場についていない事を知ってようやく振り返る。
「三人とも、どうかしたの?」
 と、視線が向けられると、三人は喧嘩を誤魔化し、自分が一番印象良く映ろうと即座に仕事ぶりをアピールした。
「おっ、この調子ならどんな攻撃も防げる結界が張れそうだぁ!」
「二人も三人も、軽々と運べちゃいますよぉ!」
「この辺りは安全! 7代目の方は……ってああっ!」
 マルモが防御魔術の強化を行い、マレルフが右肩に二人と左肩に三人と負傷者を乗せて移動して、ミーテが得意の探知で成果を出そうとしたその時、見えた光景に思わず声を上げる。
 彼女は驚いた顔のまま、その朗報を伝えた。
「フューリー様が、目覚めた、みたい……」
「アマランスさんが起きたの!?」
 するとシアニ・レンツィがすぐに飛びついて、その急接近にミーテはどぎまぎしながらも頷く。
「けど、やっぱり向こうの勢いは抑え込めてないみたいで……」
「手伝わないとだね! じゃああたし行ってくる!」
「お、俺も行くぞ!」「僕も!」「あたしも!」
 いてもたってもいられなくなったシアニ・レンツィはその場から飛び出そうとして、それに三人の魔術師も続く。一度、負傷者たちの状況を確認してから問題はないと判断した。
「ありがとう! でもお願い、あなた達もいなくなったら嫌だよ! 4人で、絶対帰ろうね」
「「「はいっ!!!」」」
 気にかけてくれるその言葉に、またも三人は胸打たれて、そして彼女を絶対に守ろうと誓うのだった。


 目覚めたアマランス・フューリーは、瞬時に状況を理解した。さすがにいくつもの戦場を潜り抜けているだけはある。敵対していた√能力者が自分を救ってくれたのだと、すぐに察し戦闘態勢を取った。
「……」
 対峙するフェリーチェ・フューリーを見つめ、何かを想うように口を結ぶ。それから残滓として残る力で透明羅紗を操った。同種の攻撃がお互いに波のようになってぶつかり合い、せめぎ合う。
「彼女は、羅紗の魔術塔の7代目塔主で——」
「分かっているわ。彼女のことはここにいる誰よりも、私が分かっている」
 起きるまでの間、守ってくれていた√能力者の情報提供を必要ないと中断させて、下がらせるように前に立った。
「だから、私が戦う。怪我人は下がっていなさい」
 少し高圧的に言って、けれどすぐに戦闘の音で掻き消えるほど小さく付け加える。
「……感謝はしているわ」
 その言動に虚を突かれた√能力者はしばし引き下がるのを忘れてしまって、そこでシアニ・レンツィが辿り着いた。
「変わるよっ!」
 √能力で召喚した妖精に負傷している√能力者に治癒を施しながら、アマランス・フューリーの横に立つ。
「あたしは元気だから、一緒に戦ってもいいよねっ?」
「……別に構わないわ」
 敵対していた者とどう接すればいいのかまだ分からないのだろう。かつての敵幹部は視線を逸らしていて。けれど突っぱねない事につい微笑みが浮かんでしまう。
 視線を逃がしたアマランス・フューリーは、ふとその三人の増援にも気づいた。
「あの三人……」
「見覚えある?」
「ええ、まあ。マーシーに大声で話しかけていたから、嫌でもね」
 確かに言動が賑やかな人達だから目立ちはするだろう。その光景を思い浮かべてシアニ・レンツィはまた笑ってしまった。
「あの人たちはね、アザレアちゃんのために来たんだよ。アザレアちゃんは、アマランスさんに帰ってきて欲しいって思ってる。だから、命を懸けてあたしたちの手伝いをしてくれてるの。他の魔術師さんもそう。あなたを助けるために一杯集まってくれたんだから」
 犠牲になった人も多い。戦う術を失って離脱した人も。それでも諦めずにこんなところまで多くの羅紗魔術師達がついてきた。
 きっとそれはもう伝わっているはずだ。でもやっぱり、話す事が出来たからどうしても言いたかった。
「みんな、あなたが思ってるよりあなたの弱いところ知ってるよ。アザレアちゃんも言ってた、組織は家でみんなは家族。だから、早くただいまって言わないとねっ」
 帰りを待っている人がいて、どんなことよりもまずは生きて帰る事が大切なのだと。
 するとアマランス・フューリーは、少しだけ視線をよこして告げる。
「……そのつもりよ」
 言われるまでもないとばかりに。その反応にシアニ・レンツィは嬉しくなってより気合を入れた。
「ようしじゃあ、ここを乗り越えよう! 頑張ろうね! アマランスさん!」
 ハンマーを振り上げ、ミニドラゴンたちを指揮する。
 皆で笑顔のまま帰るため、力を振り絞った。

結月・思葉
久瀬・千影

 その戦場では、アマランス・フューリーが中心となって戦っていた。
 長時間隷属された影響か、その身を包むインビジブルドレスをそのまま扱うことが出来ているようで、7代目塔主がぶつけてくる透明羅紗を打ち消すように同様の攻撃を繰り出しては、ほとんどと一人でその強敵を押しとどめていた。
 敵はもう他に気を回す余裕がなくなり、そこへと√能力者たちが殺到して次々と傷つけられている。それでも立っていて、王劍の有する力の膨大さを思い知らさせた。
 そしてそんな状況に、結月・思葉と久瀬・千影も遅れて参加する。
「アマランス……腹が立ってたのよね」
「……女の嫉妬か?」
「違うわよ」
 突然に相棒が見せた憤りに、その心情を察せなかった男は少し怯えて尋ねた。するとすぐに否定が返ってきて、より表情は引きつった。
 結月・思葉の視線は、話題の人物へと向けられたまま、その口からは不満が零れだす。
「だってまるで悲劇のヒロイン気取りじゃない。星詠みによれば、隷属れて満足してたんでしょう? 自分が積み上げたものには目を向けず。あれだけ多くの魔術師に心配させておいてずっと目を覚まさないでいたなんて、腹が立って仕方が無い」
 つらつらと出てくる文句に、やっぱり嫉妬なんじゃないかと首を傾げつつも、久瀬・千影はなだめる様に言う。
「けどまあ、ああして戦ってくれてるからいいんじゃないか……?」
「足りないわ。物語の主役として、もっと相応しい行いをしてもらわないと許せない」
「つまり、ツンデレってことか……?」
 なんとか言っていることを噛み砕いて理解しようとしてそう確認を取ると、より鋭い視線を向けられ「違うわよ」とまた否定を渡された。だったらどういう事なんだ、よくわからねぇなと久瀬・千影は諦めて、考える事を放棄する。
 そんな会話も早々に切り上げ、二人は戦いの準備を整えた。
「……簡単に隷属されたら、承知しないわよ」
「自慢じゃないが、俺は7代目塔主サマとの波長ってのは全く合わなさそうだ」
 素っ気なくも心配してくるその言動はやっぱりツンデレじゃないかと心の中で抱きながら、久瀬・千影は調子を取り戻すように得意げに告げる。それから前へと立ち、7代目塔主へと向かった。
 後ろから続く結月・思葉は、√能力【|永遠の夜に誘う夢を《ユメミルショウネンノシンジルツバサ》】による弾丸を放って前衛のサポートを行う。
 夢を媒介とした支援効果で強化され、急激に体の動きをよくした久瀬・千影は、勢い殺さないまま7代目塔主の懐へと踏み込んだ。幸いにも、アマランス・フューリーのおかげでそれは容易かった。
 そもそも彼は、無銘刀の間合いに入らなければやれることがそう多くない。故に躊躇わず、接近戦に持ち込めるこの状況はとてもありがたかった。
「アマランスが味方に回ってくれたのは随分と心強いな」
 もっと手こずる想定をしていたが、そのために考えていたプランももう必要ない。やりたいようにやれた。
 とはいえ、簡単にはやられてはくれないと、片手までも攻撃を仕掛けてくる。向かってくるそれらに対して、√能力【|闇纏い《ヤミマトイ》】を発動して跳躍し避け、刀を切りつけた後に潜む。鞘に納める分だけの時間を稼いで、√能力【|居合術《イアイジュツ》】へと繋げた。
 流派基本の技とすら呼べない技術。加速した一閃を敵の胸元へと叩き込み、纏うインビジブルを血として放出させた。手は止めない。久瀬・千影は痛覚神経を欠落している。故に多少の怪我は覚悟の上、身体が動くなら問題はないと、無理を承知で攻め続けた。
 戦いやすいとはいえ、やはり強大な敵。無理を続ければ避け損ねた攻撃が身を脅かす。
 気づけば一枚、透明羅紗が体に巻き付いていて。7代目塔主との共通点なんてないと豪語していたが、消耗すれば抵抗力はどうしても下がった。
 魔術が流れ込み隷属を行われようとして、その瞬間、懐に隠しておいた短刀が砕ける。
「……使い捨ての消耗品でも、やっぱり役に立つな」
 自身と連れと共に開発した兵装が、透明羅紗の効果が発揮される直前で魔力を吸収して解けさせた。当然、その間も久瀬・千影は刀を振るい続けている。
 よりダメージを蓄積され、敵の動きはどんどん鈍く。
 なのに倒れてくれない。確かに有利になっているはずが、どうしても最後の一手を決めきれないでいた。
 時には躓きながらも止まらずあがく。泥臭いのは趣味ではなかったが、そんな暇もないから愚痴れない。彼はより深い一撃を叩き込める一瞬の好機を、ずっと待っていた。
 それはきっと、連れが導いてくれるだろうと信頼して。


 結月・思葉は、アマランス・フューリーを一瞥してまた不満を零す。
「全く、あなたが起きたせいで予定していた計画がパーになったわ」
 彼女は、羅紗魔術師達と協力して救出対象であったその人物を取り戻す算段を立てていた。慕う者たちを引き連れ、その想いを√能力によって伝えさせるつもりだったのだ。当然、その際に自分の苛立ちもぶつける予定であって。
 けれどそれは全くの白紙に。状況を見ればむしろ喜ばしい事なのだけれど、怒りの感情を抱いていたこともあってか、零れる言葉にはどうしても棘が生えてしまう。
 とはいえ、何もせずアマランス・フューリーがひどい目に遭うのを見たいとう訳でもない。この戦いを一刻も早く終わらせたいのは、結月・思葉も同じことだった。
 周囲のインビジブルを制御して目立たないように立ち回りながら、斬り込んだ久瀬・千影をサポートする。無茶な攻撃を繰り返していてその体はあっという間に傷だらけになっていた。それが見ていられなくて、√能力【|彼方まで響け、泡沫の希望《ニンギョヒメノウタ》】を行使して、治療をすぐ行う。
「……フェリーチェの方も、話を聞けそうにはないわね」
 7代目塔主の様子もまた、当初に聞いていた情報とは変わってしまっている。高圧的で横柄にも感じたあの態度は今はなく、ただ無言で邪魔をする敵と戦い続けていた。
 その様子はまるで操り人形のようであり、けれど時折感情も垣間見える。嫌々やっていると言う訳ではない。ただ、必要がなくなったから口を閉ざしていると言った感じだ。
「けれどこれならっ」
 情報を引き出す手段を見出して、一気に敵へと接近する。自ら標的となって攻撃を引き付け、当たる直前で、√能力【|何でもない日のティーパーティー《ヒミツノオチャカイヘヨウコソ》】を行使した。
 視界内のインビジブルと立ち位置を入れ替え、回避を成功させる。けれど本命は入れ替わったインビジブルだ。
 √能力の影響を受けたそれは性質をたちまち変え、すぐ傍にいた7代目塔主の影へと溶け込む。そして自らの影と繋げて、結月・思葉はその真意を引き出した。
 会話が出来ない分、その心情を覗き込んで。
 そうした結月・思葉の顔からは、どこか力が抜けていた。
「……なにそれ」
 7代目塔主が抱くその想いを知って、つい吐き捨てる。なんだかこうして戦っているのも馬鹿らしくなるものだったのだ。
 だったらすぐに望み通りにしてやろうと、終わりを速める事にする。複数の√能力を重ねがけして、7代目塔主の動きをより鈍らせ、好機へと導いた。
 それに、久瀬・千影はすかさず反応する。
「結月のおかげで、隙が生まれたなっ」 
 √能力【|龍眼 壱《リュウガンイチ》】を発動し、右目に敵の隙を捉えさせた。代償として頭に響く軋みを無視し、千載一遇の好機を逃さないように温存していた√能力【|疾駆《シック》】も注ぎ込んで、敵の背後を取る。
 そして、防御をする間も与えず、超至近からの居合。
 ——!!!
 |血《インビジブル》が吹き出し、強大な身体からがくんと力が抜ける。あと少し、と更に踏み込もうとして、しかし7代目塔主はそれでも立ち上がった。
「マジかよ……っ」
 そのしつこさにはさすがに驚愕して、だが止まる事はもう出来ない。刀を構え攻める眼前に、上手く形も整えられずに歪となったインビジブルが迫ってきて、その直前で身体が後ろへと引っ張られた。
「もう、充分よ」
「……結月。助かったぜ」
 結月・思葉が、窮地を見兼ねて離脱させたのだ。久瀬・千影は情けなさを覚えるものの、率直に感謝を告げてから一人で立つ。安全地帯で一息ついて、それから先ほど彼女が零した言葉が気になり問いかけた。
「というか、充分ってどうしてだ? まだフェリーチェは倒せてないぞ」
 指をさして見せる7代目塔主は、確かに傷付いてもう立っているのもおかしな状況ではあるが、未だ殺傷力の高い攻撃をばら撒いている。王劍の力を有しているのだし放っておいてもどうにかなるとは思えない状況で、しかし結月・思葉はこれ以上は無用だと語った。
 戦場から少し離れて治療を施しながら、彼女はその影から知った真意を伝える。
「あの人は、アマランスに殺されたがっているみたいよ」
 視線が向けられるのはフェリーチェ・フューリー。その存在と相対していた√能力者が下がって、代わりにとアマランス・フューリーが前に出た。
 似た力がぶつかって、傷の深い方が押されていく。強大な壁となって立ちはだかっていたそれはついに崩れようとしていて。
 そうして打倒されるのを、彼女は望んでいた。
 自分を超えて、成長するのを見届けたがっていた。


◇◆◇◆◇

「……ッ!」
 アマランス・フューリーはその想いに気付いていた。
 相対する敵は、決して手を緩めない。傷だらけの体に鞭を打って、最後の最後まで力を出し尽くしている。
 それでも、自身に殺されることを求めていると分かっていた。
 それは、夢で見たものと同じ。罪の浄化であって、ただ別の想いも乗っている。
 それを理解しているからこそ、アマランス・フューリーは戦うほどに苦しみを感じ、けれどそれに立ち止まるような弱さなんてその身にはなかった。
 押し迫る歪なインビジブルを、羅紗魔術で跳ね返す。追撃を避けようとする行動を先回りして踏み込み、足を狙った。不可視の存在によって構成されるその部位が弾け、それでも態勢を保ったまま距離を取る。しかしもう、詰みだ。
 着地を狙った魔術が、その次の行動を封じて。そしてその瞬間に肉薄したアマランス・フューリーは、インビジブルドレスの一部をはぎ取ってナイフを作った。
 そして、胸部へと突き立てる。
 ———。
 彼女の最期を再現するかのように。
 すると途端に、凄絶なまでに抵抗していたはずが一気に崩れ落ちた。その体を構成するインビジブルが次々と解けていって、ついに立つ力も失う。
 倒れようとするあまりに軽いその体を、アマランス・フューリーは咄嗟に抱き留めた。
「……やっと、ね」
 フェリーチェは、自分を殺した者の腕の中で、微笑みを浮かべる。その光景を、口を閉ざしながらアマランスは見つめた。
 体が朽ちていく時間の中で、その者は優しく問いかける。
「ねえ、アナタは、あの子の孫? それとももっと先? 私を殺した後、あの子はどんな風に生きたのかしら」
「……少なくとも、私はあなたのことを知らなかった」
「そう。そうなのね。……ふふ、それはそれで、ちょっと寂しいわ」
 呆気ない答えを返され、フェリーチェは最期にぶつけられた恨みを思い出した。あれほどの怨嗟も、時の流れで消えてしまうらしい。
 アマランスはそっとその場に座り、フェリーチェを横たえさせる。体が朽ちていっているというのに、その者はひどく幸せそうだった。
 そして自分のことよりも、その殺した者のことを心配する。
「もう、大丈夫なのよね? アナタはまた、元気に生きていくのよね?」
「それは、分からないけど……」
「ダメよ。生き抜きなさい。罪を背負ったなら、その分、やらないといけない事があるわ」
 煮え切らない返事にきっぱりと告げる。その言葉に驚いたような反応を見せられて、つい笑ってしまう。
「……ふふ。本当に、母親になれたみたい」
 それはあるいは、唯一残された望みだったのかもしれない。体を預け肌に触れ、声を聞くこの瞬間は、間違いなくあの時よりも満たされていた。
 だからつい、言葉を重ねてしまう。
「アナタも、人の上に立っているのでしょう? だったらもっとふんぞり返りなさい。偉そうにしてた方が、なんだかんだ上手く回るのよ。これ、経験談だから」
「………」
 頭を撫でたかった。抱いてもみたい。頬にキスだってしてみたかったが、それは叶わない。とはいっても別に、彼女は娘でもないのだ。
 でも確かにこの感情は、娘に、家族へと向けるもので間違いなくて。
 時間の許す限り、お節介のように続けてしまう。
「大丈夫よ、アナタは、変われるわ」
 ジッと見つめてくれるその瞳を見つめ返して。
 そうして、その体は朽ちていった。
 バラバラに解けて宙へと散り、それをアマランスはじっと見届ける。
「……ありがとう」
 慣れない感謝が思わず口に出ていて。そのことには自分でも気づいていない様子だった。
 それからすぐ、彼女の下へ駆け寄る者が現れる。
「アマランス様っ!」
 数人の羅紗魔術師達が、治療を終えてようやくその再会を果たした。それにアマラン・フューリーは振り返り、部下達にほとんど見せることのなかった微笑みを向ける。
「心配させたわね」
 その表情に誰もが唖然として何も言えなくなっていて。その間に、いつもの凛とした表情へと戻ってしまう。
「それと、あなた達はもう帰りなさい。この先は彼らと私で決着をつけるから」
 この先に待っているだろう更に過酷な戦いを想定して、険しい顔つきとなった。敵対していた者たちとの共闘を覚悟して、連携を取るために情報共有を行おうとする。
 そんな中、いろんなことを言いそびれた羅紗魔術師は、ようやくに一つ問いかけた。
「えっと、その格好のままでいかれるんですか?」
 指摘するのはあまりに際どい衣装。インビジブルを素材として作られた羅紗をドレスのように着込んでいて、確かに実用性は高いのだろうが、あまりにも目のやり場に困る。
 部下たちは男女問わずに、目を逸らしたり逆に目を凝らしていたりしていて。
「……」
 アマランス・フューリーは、無表情のままに周囲のインビジブルを操って更に纏う。文字が刻まれる量が増え、確かにその肌面積は減ったが、際どさは大して変わっていなかった。
「……くっ」
「くって言った」「やっぱり恥ずかしいんだわっ」「戦いのためにあんなあられもない姿でいられるなんてストイックすぎますっ」「あの感じ、戦うごとにはだけていくよな……」「もう限界だ! 鼻血がっ!」「下半身がっ!」「やっぱ俺、この組織やめねぇよ」
 明らかに赤面した上司の姿に部下たちはワイワイと騒ぎだして、アマランス・フューリーはついに限界が来てそそくさとその場を離れる。
 しかし彼女を慕う者たちは、どこまでも追いかけてくるのだった。



   ——続く。

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