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【王権決死戦】◇天使化事変◇第7章『夢見る双子』
その時、そこに立っていたのはただの偶然だ。
他にいなかったら選ばれてしまっただけ。
『……どうして、私が』
恨みを抱いた。けれどこれまで築いた誇りが、必死に漏らすのを食い止めた。
『……やっぱり、上手くいかないじゃない』
己の不得手は間違っていなかった。それなのに求められるから、どれだけ負けようとも挑むしかなかった。
本当は手放してしまいたかった。
自分には荷が重い。ずっと思っていて、でも手放せないでいた。
だから今は、とても心地良い。
責任も、期待も、守るべきものだってない。
ただ、|言われる《操られる》がまま。選ばれる以前に戻ったみたいだ。
『……もうずっと、このままでも』
そうして彼女は、受け入れる。
「ふふ。アナタも望んでいたのね」
その女は、微動だにしない頬に手を当て微笑みを浮かべる。
顔立ちは歳にしては少し幼く、切れ長な瞳。豊満な胸部を披露するかのようなドレスに、大きな耳飾り。けれどその髪色はより濃い桃色。容姿だけを見ればまるで双子のようで、しかしその二人は決して対等ではない。
「……」
羅紗を刻み込まれたインビジブルを身にまとい、表情を動かす権利すら奪われたアマランス・フューリー。そうしたのが、桃色髪の女。
彼女は点検するように、アマランス・フューリーがまとう|特製の羅紗《インビジブルドレス》に刻まれた文字を撫でていっていて、とその時、部屋の扉が外側から開かれた。
「あら、随分と生き残っていたわね」
女の視線の先には、塔を攻略しようと登ってきた√能力者たちがいた。
そして、それに続いていた羅紗の魔術塔の構成員たちは、その囚われの姫を見つけて顔色を変える。
「お前が、フューリー様をっ!」
「あら、私もフューリーよ?」
我を忘れて飛び掛かる魔術師へと、女は傀儡で迎え撃った。
己の野望のために。
●
『7代目塔主フェリーチェ・フューリーと対峙したようですね。彼女はこれまでの塔主とは違い、生前の姿を保っているようです。すなわち、王劍の力をある程度制御しているという事になります』
『生前以上の戦術を使い、その空間も彼女の都合のいい領域へと書き換わっているみたいです。ええこちらについて、皆さんが情報を集めたおかげで、私の星詠みで多少なり鮮明に読み取ることが出来ましたよ』
『戦術・|強行掌握《フォルツァートシンパティア》。主にインビジブルを用いた羅紗魔術を扱うようですが、恐ろしいのはアマランス・フューリーにも施されているような隷属です。七代目塔主と波長の合う存在ほど利用されてしまうようで、彼女と何らかの要素が重なる、あるいは言葉に共感するほど、かかりやすくなるようです。羅紗を刻んだインビジブルに巻き付かれれば、皆さんであっても傀儡として加えられてしまうでしょう』
『領域・|至近声明《インセグレイヴォーチェ》。その部屋で戦っている限り、隠れる事が出来ず、七代目塔主の声が全て届くようです。王劍の力が生み出した領域とあって、外部からの干渉も絶たれるようで、領域内での戦闘は避けられません。加えて七代目塔主を打倒しない限りは、その領域を解除することも叶わないでしょう』
『相手は強大です。状況も困難です。しかし皆さんには成し遂げてもらわなければなりません。何度も覚悟を決めてもらいましたが、また改めてもらう必要があるでしょう。ここから先は、間違いなくこれまで以上に危険です。どうか、お気をつけて』
双子はともに夢を見ていた。
片方は不足を思い出し。
片方は充足を忘れて。
決して重なる訳ではないけれど、運命の繋がりは奇妙にも似た踊りを踊らせる。
どうか、ともに目が覚めますように。
第1章 冒険 『強行突破せよ』
