手取り足取り、命取り
●憂き事の、猶この上に積もれかし
某所、某刻──闇に紛れて動く二つの影に、垣間見えるは男と女。しかし会話はどこまでも艶のなく、ややもすると不穏に塗れて。
「……手筈は整えた。後は好きにやれ──」
「うん、|そっち《・・・》も頑張ってね!」
女──まだ若いむすめの弾む様な声に、フードを目深に被った男は無愛想に、返事もせずに立ち去った。
しかしその姿に気にも留めぬと、部屋へ残されたむすめは一人、渡された『剣』を持って覚悟を決めた様に呟くのだった。
「絶対に……人間を駆除しなきゃ!」
●シリアスはお仕舞い
「ほっほっほ、覆水盆に返らず♡」
星詠みの大門・博士は恰幅のいい体を揺らして笑う。何わろとんねん。
「とは言え、その水を『誰が溢したか』が重要じゃ…! 自分で溢したなら、まぁしゃーなしじゃが…見知らぬ誰かに溢されたらメチャ許せんよなぁ〜? いや、百歩譲ってぶつかっちゃったとか、悪気がなかったなら良し! 良くはないがの、それでも謝罪の一つもあればうーん…まあ? ギリ? 何事も寛大な心が重要じゃしい?
しかし…確固たる意思を持って『よ〜しあいつの水溢したるわい!』って来られたらどうする…?」
一人で『|仮定《もしも》の話』をしながらヒートアップしてる老人は置いといて。もし、己がそんな事態に襲われたらどうしよう?
怒る、悲しむ、説得を試みる、相手へ反撃を行う……恐らく、反応は人それぞれになるだろう。
「しかも溢した後に『でも本当はこんなことやりたくなかった…!』とか言われたら……どうする? 知るか! わしの水ぞ!?? お前の都合でそれをお前……!!──おっと、心頭滅却すれば火もまた涼し♡ アンガーマネジメント、アンガーマネジメント…………何がマネジメントじゃそれができれば苦労はせん……!!」
来るとこ間違えちゃったかな?
大丈夫、安心してください。ただ老人は話が長いんですね。哀れなモンスターがよ。
「──ハァ、ハァ……まあなんじゃ?
つまり、その『水』がおぬしらの『大切なAnker』だったらっちゅう話じゃよ。そう考えるとめちゃムカつくじゃろ? あぁん? お前何勝手に……!
でもご安心めされよ♡ それを阻止するのが、今回のおぬしらの任務じゃ♡」
ようやく本題です。
つまり、どこからか迫り来る敵の脅威から水……じゃなかった『Ankerを守れ!』ってことです。二行で済んじゃった。
「とは言え、相手がいつ仕掛けてくるかまでは中々分からんもんでのう……場所はおおよそ特定されてるんじゃが……。という訳でおぬしらには、暇潰しと日頃のご褒美を兼ねてこれを渡しておくぞい」
大門が財布からごそっと大量に取り出したのは、紙幣……ではなく、とある温泉施設の入場チケット。
一緒に配られたチラシには、温泉に浸かる時間のない忙しい現代人向けに、足湯やフットケアに力を入れていること。そして現在ネイルサロンと協力し、足元のオシャレに力を入れている旨が書かれている。
「このチケット一枚で、そのチラシに載っとるリラクゼーションがひとつ体験できる優れものじゃ。勿論入場料込みの至れり尽せり♡ 他にもあれこれ体験したい場合は自腹になるが……自腹なら好きにせい!
ま、チケットはたくさんあるからの。どうせ狙われるんじゃ、護衛も兼ねておぬしらのAnkerと一緒に行ってみるのも良いかもしれんぞい」
「ほらなんじゃ、女子は好きじゃろ?このマニュ、マニ…マヌ…|足になんか塗るやつ《ペディキュア》。
男子もたまには踵をケアしたり、脚の筋肉をほぐすことも大切じゃぞ?
幽霊? 最近の幽霊は足があるじゃろ。
ロボ? なんかいい感じにメンテしてもらえるじゃろ。
動物? ここはペット同伴OK!
墓? それはどちらかというと墓掃除サービスの管轄じゃな?
三億円……? 貴様…………その存在くれぐれも他人にバレてくれるなよ?」
バナナはおやつに入りますかみたいな大喜利やってんじゃねえんだぞ?
でもみんな大切なAnkerだからさ。確認も大切かなって。
「……まあなんじゃ、|別世界《√汎神》じゃ今大掛かりにゴタゴタしておるし、Ankerを狙われるなんぞ気が気じゃない部分もあるが……折角の機会じゃ。そんなん一切忘れて気楽に楽しんでくるとええ。タダじゃし。
と言うわけで、行ってらっしゃーい♡」
かくしてチケットを手に入れた√能力者は、様々な思いを胸に施設へ繰り出すのであった。
第1章 日常 『夏に向けて、フットネイル&マッサージ!』

●|楽園《EDEN》のオアシス内にあるユートピアめいた天上の極楽たる至高の幸せ天国パラダイス(重複による重複)
灼熱の日差しを耐えて一歩建物に入れば、ひんやりとした空気がまるで今までの暑さを労う様に出迎え、その心地よさに誰しもが一息つくことだろう。
さて、受付を済ませて進んでいけば通常の温泉施設とは異なる趣向──ロッカールームの先に洗い場がある。どうやらここで貴重品を預けて裸足になり、自分で足を軽く洗ってから進むと言う流れのようだ。
そうして足を洗い、用意されたサンダルに履き替え、いよいよ扉を開けて件のフロアへと進むと──外で感じた太陽の熱とはまた別の、湿度を含んだ熱気が一瞬ふわりと襲いかかる。
「力を入れている」の通り、フロアには大小様々な規模の足湯コーナーが設けられ、売店には「足湯のお供に」とでも言うように冷たい飲み物やアイスが手招いて人々を誘惑する。
足湯以外のコース──マッサージやスパ、ネイルを希望する場合はフロアカウンターで申し込めば施術所へ案内される仕組みのようなのだが……何故か『足ツボ』を選択した者だけ目立たない影のエレベーターに連行されている。え? なんで?
まあ、気を取り直して、せっかくなので楽しみましょうか。
タダですし。
●補足
Ankerさんを同伴する際は『Anker召喚系能力』で呼び出して頂いても構いません。ただその場合「おひとり様のプレイング文字数内で二人分描写する」と言う形になります。あらかじめご了承ください。
足の大きさや筋肉などの情報があれば喜びます。なければ少々こちらの独断で描写が入るやもです。
●老人と罪
「全く、なんで私がこんな場に……」
世の老人はみんな温泉が大好き。あと体の不調と|同年代の死《葬式》の話。
そんな固定観念を破壊する不機嫌面でぶつくさ言いながらやってきたのは、自称天才科学者のドクター・毒島。そして宥めるようにお供するのは博士の『最高傑作』たるオメガ・毒島(サイボーグメガちゃん・h06434)
でもまあ、いますよね。こう言う気難しい人。
「博士がお忙しいのは分かっていますが、少しは身体を休めないと……せめて足湯だけでも入られてはいかがですか?」
『Ankerを守る』という任務と棚ぼたのタダ券──この流れで博士の健康を心配し、ラボから引っ張り出してきたオメガの思いやりにも関わらず、この老人、聞く耳を持たないのである。
それに何より──。
「だからと言って何で大門のヤツにチケットを貰って来るんだ! 全くお前は……」
「でも折角ここまで来たんですから……あ、ほら。そこ空いてますよ。良さそうではありませんか、ええ。のんびり出来そうです」
再び始まった、ライバルたる|星詠み《大門》への面倒くさい空気を察知し、話題を変えるようにオメガが指差したのは2〜3人用のこじんまりとした足湯。
周囲の|人気《ひとけ》もまばらで、ここならばオメガも義体を気にせずゆっくりと出来そうだが──博士はそれを見てニヤリと、不敵に笑った。
●オメガショック!重みで身体が落ちていく
「ゆっくりだとぉ〜? 何を言っとる! わしが今日ここに来たのはお前の水中用ボディの性能チェックの為だ。この為に完全防水仕様に変えてやったのだからな!」
え? 私の体、知らないうちにまたいじくられている?──えっ? いや、私は………あああぁあ!?
理解が及ばぬ内に思いっきり博士は足湯へとオメガを突き飛ばす。この鬼! 悪魔! 前期高齢者!
──所詮ただの足湯。深くても腰程度だと思った──|この時を振り返り《事情聴取で》、ドクター・毒島は反省の色を見せずそう述べる。
「ちょ……沈む!! 博士ーッ!! 深い! 深い!!」
叫んだオメガの口に、温泉のキリリと差し込むような高温とはまた違う、とろりとした優しく、心地良いお湯が大量に流れ込んでくる。やや、流石の温度管理──ですが足湯! 足湯ですよねここ!? 深いんですけど!? 私160cm程……いえ見栄を張ってませんよ158cmですけど四捨五入すれば160ガボボボボボ……!
「うーむ、重量の事を考えていなかったな。まあ|足湯が深い《こういう》事もある! ワッハッハッハ!」
幸か不幸か、何故か存在した縦に深い『足湯』──数分後にスタッフ総出で引き上げられたオメガは、|この時を振り返り《現場検証で》こう語る。
……豪語するだけあり、確かに耐水性はバッチリでしたが……公共の場ではマナーを守りましょうね。オメガとの約束ですよ。ええ。
あ、プレミアム高級ソフトクリームのチョコとバニラダブル追加で。あとオレンジにラムネシャーベット、それからラムレーズ……は? まだ食べますよ? 何か文句でもありますか? 博士。
いえ、怒っていません。怒ってなんかいませんとも。ええ、ええ。
●おてて繋いではじめの一歩
人、ひと、ヒト──。
八手・真人(当代・蛸神の依代・h00758)は扉の隙間からフロアの様子を伺い、不安で痛む胃を抑え、見なかったことにして扉を閉めた。
本日、施設内は比較的空いている状況なのだが、それでも真人の胃を痛めるには十分な人の数。決して人見知りが原因などではなく、その理由は──。
「マト……?」
名を呼ぶ声に振り返ると兄──八手・和文(壊れた依代・h02332)がふんわりと優しい笑みを浮かべて立っている。そのままゆっくり、和文はふわふわとした足取りで隣に並ぶ。
「マト、おなか いたい?」
いいこ、いいこ。心配する様に真人の頭へと手を置き、優しく撫でる。だいじょうぶだよ、にいちゃんがいるからね。おなかがいたかったら、やすもうね。
あぁ、優しい、大切な大切な俺だけの|兄ちゃん《Anker》。
折角の温泉、一人で楽しみたくはないと連れ出したのだが……こんな場所に連れ出すのは初めてのこと。その上、この後Anker抹殺計画とやらも予測されている。やはり家にいるべきだったかと不安が襲いかかる……しかし、今日は|二人《・・》で温泉を楽しむ、そう決めたのだ──。
「……エット……大丈夫!」
「そう? いたくない?」
「大丈夫……! 兄ちゃん、温泉楽しみにしてたでしょ……!」
慌てて話題を変えると、深呼吸して意を決する。そして扉を開け、真人は和文と一緒にフロアへと足を踏み入れた。
兄から目を離すまいと不安げな真人と対照的に、和文はきょろりと辺りを見渡すと、その金色の目が驚きと喜びに満ちていく。
「マト。ひと いっぱいいるよ。おふろもいっぱいある」
驚いた様に言うと、和文は弟へとゆっくり手を差し出し、笑った。
「まいごになっちゃうから、にいちゃんとおてて つなごうね」
「……アッ、そうだね、兄ちゃん……俺、迷子になっちゃうから、手 繋いでてほしいな……」
そうして手を繋ぎ、二人でフロア内をゆっくりと歩いていく。ねえマト、ちっちゃいおふろがたくさんあるね。エットね、これは足湯って言ってね……あしのおふろ〜?
そんなたわいもない兄弟の会話の中、ふと兄はこぼす。
「ふふっタコさんも うれしいの〜? おふろ、すきだもんね」
自分以外へ語りかける兄に、またチクチクと胸が痛む。『タコさん』、兄が口をする度に何か、割り切れぬ複雑な思いが去来する。
けれど、今考えるべきは……どこに行こうか。
足湯なら、平気……だよね? 兄ちゃんがのぼせることも溺れることも、ないだろうし……。アッ、でも大人数だと怖いカモ……えっとえっと……どうしようどうしよう。
「…………お客様、あの……」
「アッ……はい!!」
途中、止まって考え込んでいたところを急にスタッフに呼び止められ、真人はボリュームを見誤った大きな返事をした。
マト、げんきだね。いいこ。
●お湯に入って水入らず
二人の様子に何かを察し、気を利かせたスタッフが案内してくれたのは家族向けの半個室の足湯。少し狭いが成人男性二人でも二人並んで座るには十分の広さ。
並んで腰掛けると、購入したミネラルウォーターを手渡して真人は兄へと声をかける。
「兄ちゃん……熱くない?」
「あったかくて きもちいいよ」
「ちゃんとお水飲んでね。熱かったら、出ようね」
「うん マトもね」
窓から差し込む陽の光がお湯に反射し、キラキラと輝いている。お湯はぬるく、けれどずっと浸かっていればじんわりと熱が伝わって体の芯から暖まり、ほんのり汗をかくような心地よさ。
ペットボトルから水を一口飲んで、タオルで首の汗を拭うと真人は兄を横目で見た。
ゆらりと足を遊ばせて、たまにお湯を手で掬っては気持ちよさそうにニコニコとする兄の、無邪気に喜ぶその姿。
不安だったけど、連れてきてよかった。いつもお留守番させてゴメンね、今日は一緒にいようね……そんな、想いに浸っていた瞬間──。
ぬるり。
仲良し二人組の間に急に「俺も仲間に入れてよ」なんて馴れ馴れしく割り込んでくる、そんなチャラ男めいた思考が蛸神にあるかは神のみぞ知る。けれど、恐らく──少しくらいはあったに違いない。
「忘れるな」「自分もここにいるぞ」という心が。
それは嫉妬か、はたまた、兄を思うと弟へのねぎらいか……二人並んだ足湯へと無理やりに、ぎゅうぎゅうと触腕が侵食していく。ギャーイヤーー! ヌメヌメする!!
真人の叫びもどこ吹く風。ぬるりと足に巻きついてグイグイ……これは蛸神なりのフットマッサージ……どころじゃない! ヌメヌメする……! 折角のお湯がこぼれて……ヌメる!!
「タコさんも、はいりたいの?」
そんな弟と『タコさん』を見、足へ感じる滑りのくすぐったさ、それ以上に『微笑ましい』光景に、優しく頬へ寄り添ってきた触腕を撫でながら和文は笑う。ふふ、くすぐった〜い。タコさん おみず とばしちゃダメだよ〜。兄ちゃん! 助けっ……! マトはタコさんと仲良しだね〜。
「ね、マト。タコさんも。たのしいね」
穏やかに笑う兄。うん、兄ちゃんが楽しいならそれで……いやっ! タコスケ……!! ヤメテッ!!
ヤッパリ俺は全然楽しく……ないっ!!
穏やかな時間の中、|当代・依代《おとうと》の苦悩は続く──。
●『お兄さん』と一緒
温泉──平たく言えば共同浴場。つまりは一緒にお風呂のチャンス到来──話が飛躍した? 気のせいです。
そんな訳で、じゅるりと水上・有瑠(水神の申し子・h03054)は涎を拭い、この合法的チャンスに想像を膨らませる。
|お目当ての彼《Anker》……ガードが硬い、という認識は本人にはきっとないのだろうが、家でさえ別の風呂なのだ。こんな機会でもないと一緒に風呂なんて……まあでもさ、そういう方がありがたみが増すっていうか? 僕としては燃えるんだけどね。
ともかく、合法的に裸が拝めて、一緒の湯船に入る。この際他の客がいる事は気にしない。だって湯煙に隠れた先は幸せいっぱい夢いっぱいのめくるめくパラダイス──おっと、この楽園にタオルは禁止だよ。アダムとイブだって最初は裸だったしさ。そしてあわよくば背中の流し合いなんかも……ふふふまた涎が……。
──と、浮かれていたのだが。
「は? マッサージ?」
受付カウンター前、呆れる様な声を出した有瑠に井伊・紫苑(守るための鞘・h03056)は疑問も持たず微笑んで答える。
「ああ。この『地獄のフットマッサージ』ってやつ、最近鍛錬で疲れていたから丁度いいかと思ってな……なんならこれ自体が鍛錬になりそうじゃないか?」
なんとも純真。その笑顔を見ては強くは止められない。内心ハァ~…なんてクソデカため息を吐いている有瑠の心境など知らぬまま、紫苑は受付を進めていく。
「有瑠はどれにするんだ? 色々コースがあるみたいだが──」
「……僕も紫苑兄ぃと同じやつにする」
思わぬ返答に目を丸くし、少し考えて紫苑は口を開く。
「……有瑠、俺に付き合おうなんて無理しなくていいんだぞ? 普通のマッサージもあるし、足湯もある。折角だから有瑠の好きな──」
「いいの……それに、紫苑兄ぃと一緒がいいよ。別の場所だと迷子になっちゃいそうだし」
初めての場所や人混みに不安がる子供らしさを演じつつ、ちゃっかりと紫苑に密着し腕を組んで受付を進める。
「そうか……でも、無理はするなよ?」
本当は嫌だけどさ。でも目離してる隙に狙われるのも避けたいし……敵? とか泥棒猫とか……ていうか何より、紫苑兄ぃと別行動とかありえないんだけど。
●大人と天国への階段
二人が案内されたのは至って普通のマッサージルーム。足の出る半ズボンに着替え、それぞれ椅子に座ると施術師たちがコースの確認を行う。はい、『地獄』ふたつで。紫苑兄ぃの生足は嬉しいんだけど、自分に発言にちょっとはなんか変って思お?
ところで……僕の担当はどうでもいいけど紫苑兄ぃの担当は……おっさんか。まあ、百億歩譲って許してやらなくもないけれど……有瑠がそんな事を思っていると。
ゴリッ。
「ちょっ、痛いいたいいたい……!!」
か弱い子供の足である。
少し険しい道を歩けば豆だらけになりそうな、まだ柔らかい足裏。細く未発達な筋肉……そこへ強めの揉みほぐしがダイレクトに伝わった訳で──結果、最初の一揉みでこの有様。
「もー! もうちょっと優しくしてよ!」
涙目で抗議する有瑠。お子さんには早すぎましたねと弱るマッサージ師へ、紫苑は謝りフォローを入れる。
「いや、少し背伸びしたい年頃なんだ。一番優しいコースに変更は……はい、それでお願いします」
その言葉を受けて、マッサージ師は有瑠の足へオイルを垂らす。そして今度は優しくゆっくりと、オイルを利用して揉むと言うよりは撫でる様に指を滑らせ、細い足を優しく労っていく。まだちょっと痛いけど、まあこれなら悪くないかも……だけど……。
「……そういや紫苑兄ぃは痛くないの?」
恐らく隣で施術をされているだろうに、声ひとつあげない姿に疑問を持てば、紫苑は涼しげに答える。
「ふむ、確かに痛いが、昔兄貴にされたしごきに比べれば……懐かしくないが……」
紫苑の脚──成人男性にしてはやや細身だが立派に鍛錬を重ね、しっかりと筋肉がついたもの。
それをマッサージ師は筋肉や骨に沿い、指圧の要領で揉んでいく。力を入れ、弱め、指の腹、あるいは関節。部位によって手法を変え、力を変え、時には両手を使い、ツボやコリを探って指を押しては滑らせて──丁寧だが容赦ない力でゴリゴリと強張った筋肉をほぐしていく。
「……「稽古をつけてやる」って、真剣で斬りかかってきたこともあるし……何だかんだ言っていいようにいたぶられてただけだって、今なら分かるけど。
あの頃に比べたら、今は天国みたいなものだよ」
マッサージを堪能しつつ、どこか遠い目で思い出を語る紫苑だったが、ふと有瑠に顔を向ければ優しく笑い、そっと呟くことに。
「……ありがとな、有瑠」
「……うん」
面と向かって言われると少し恥ずかしい。そんな守りたい彼の笑顔と言葉を噛み締めて、有瑠は決意するのだった。
──「紫苑兄ぃの兄貴、いつか殺そっと」と。
●男に二言はないと言えども──
──ゴウン、ゴウン。
重苦しいエレベーターの起動音と、耳が詰まる閉塞感。まるで永遠にも思えるそれに、どちらともなく誤魔化す様に口を開こうとした瞬間……どうやら目的地へと到着したらしく、エレベーターの扉が開く。
案内係に促されて空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)と古谷・カナオ(”腰巾着”・h07809)は地下フロアへと降り立った──。
──時は少し遡り、数十分前。
「さあて、どうしようかな……」
思わぬ縁で手に入れたサービスチケット──これから起こる事件に油断は出来ないが、最近あまり羽を伸ばせてなかったからどうせならこのチケットで思う存分堪能してやろう。
そんな調子でメニューを眺めていれば、ふと目に入る『地獄の足ツボマッサージ』……こういうのって、割とシャレにならないくらい痛かったりするんだよな。
俺は大人しく足湯かゆるやかフットスパにしておこう……後悔先に立たなくなったり、覆水盆に返らないことになったら大変だからな……。
最近の経験と、星詠みの言葉からあまりに実感の籠った感想を胸中に秘め、では受付をと思ったら側から──。
「おやぶーん!!」
人目も気にせず、遠くから大声で呼んでくるのは、最近ひょんなことから縁のできたカナオ──ゲエッ!? なんでここにお前が!?
そんな海人も気にせず、手にしたチケットに気がつくと、自分もとチケットをひらりと見せる。
「偶然っすね! あ、ひょっとして今、何を受けるか選んでるところっすか?」
「あ、ああ……まあな」
「じゃあ、せっかくですし、|親分《先輩》もいっしょに『地獄の足ツボマッサージ』に挑戦しないっすか? ほら、こういうのに挑戦するのって、なんか格好いいじゃないっすか!」
屈託なく笑い、提案するカナオに海人は先日の件を思い出す。そうだ、こいつは意外と押しが強くて、自分は結局根負けの様な形で──。
「それに、|親分《ヒーロー》といっしょなら、どんな地獄も乗り越えられる気がするっす!」
キラキラ、そんなまっすぐな目をしても、するな、するんじゃない、こら──。
さて、戻って地下フロア。結局押しに負け、一緒に足ツボを受ける羽目になったのだが──案内された先が、この地下で……。
意を決して目の前の扉を開ければそこは……拍子抜けするほど普通のマッサージルーム。明るい室内に、にこやかなマッサージ師たちが出迎え、椅子へと案内される。
「なんか……思ったより普通っすね?」
「ああ、場所が地下ってだけなのか?」
施術の説明を終えたスタッフが離席している間、二人でコソコソと様子を探っていたが、スタッフが何か大きなものを抱えて戻ってくるのが見えた。
「こちら、サービスとなっております」
そう言って二人に渡されたのは、ふかふかとした大きめのぬいぐるみ。
なぜ? サービス??
「痛かったら、抱きしめてくださいね」
なんて?
疑問の中、流れで海人は大きなイルカのぬいぐるみを受け取る。抱きしめたくはないが両手で抱えないと落ちてしまいそうな巨大サイズ。あっ親分のはイルカさんっすね。自分はクマさんっす、なんてカナオの呑気な声が聞こえる。お前は呑気でいいな。
「あの……ところで、なんでこんな|場所《ちか》に?」
イルカを抱えながら、意を決して海人が質問すると、こちらも決心した様に、マッサージ師は口を開く。
「──当マッサージは、こちらでも手加減はしているのですが絶叫するお客様が後を絶たず……故に、他のお客様の不安を解消、そしてお客様が思う存分叫べる様にと叫び声の漏れることのないこの場所にて施術させて頂いておりまして──」
さらっと怖いことを言うな!? 防音じゃダメなのか!? というか叫ぶ程……?
「では、始めさせていただきます」
この状況でそのセリフは、もう悪の組織のそれなんだが!?
思考が追いつかないまま、二人の足に手が伸ばされた──。
●地獄、開始
足の裏──各種ツボがどうこうなど小難しい話は一切抜きに、適当な箇所へぐいと指を入れれば、純然たる痛みが襲い来る──。
しかし痛みから身を捩り、追撃に備えて足に力を入れれば筋が突っ張る仕組み。そこを遠慮なく指や関節、時折道具を用いてグイグイと押されるのだから痛みが痛みを呼ぶ悪循環。力を抜けば楽になると、そんなこと言われても!
困ったことに力を入れれば足裏だけでなく足指やふくらはぎも突っ張る。そこに変に力が入ってさらに疲れと、忙しい。これこそ無間地獄めいた終わりの見えない所業──。
けれど、抵抗する気力があるのは初めだけ。最初こそ大袈裟に叫んでいたが、ゆっくりと無駄な足掻きと知る。ぬいぐるみを抱きしめ、歯を食いしばって耐えながら……そのうち慣れて徐々にじんわりと気持ちよさが……訂正! 痛いものは痛い!
海人がそんな調子でどうにか耐えている間、カナオは隣でぬぁー! だの、グエッ! だのジャングルにいる怪鳥めいた奇声を発して悶えていた。後悔先に立たず──カナオ、お前も少しは学習したか?
さて、足ツボ終了後、力を入れすぎて緊張した足を和らげる様に、丹念にふくらはぎから足裏、足指まで優しくマッサージをしてもらう。そして差し出された熱い烏龍茶をすすると、二人はようやく一息ついたのだった。
施術の腕は確かな様で、心なしか足が軽くなった気もするが……こんなに消耗してこの後、闘えるのかな。俺。
いや、なんだかもう負ける気がしないな……! なんでも来い!
経験を積み、ヒーローとして、人間として何かが少し成長した海人であった。流石っす! マイ親分!
●実体化の実態は
チェスター・ストックウェル(幽明・h07379)はチケットを見ながら思案する。折角の厚意だしリラクゼーションを楽しみたいのは山々だが──。
「問題は、施設のスタッフさんに俺の姿を認識してもらえるかどうか」
幽霊──そこに『あり』そこに『いない』不可思議の妙。生と死の狭間を漂う|見えない存在《インビジブル》……それが今のチェスター。しかし過去は色々あれども、今は……そんな中、ふと目に留まった文字にとある考えが浮かぶ。
「よし!」
覚悟を決め、チェスターはバングルを取り出した。【追惜】と名付けたそれを装着すれば、幽霊の身でも実体化出来るのだが……装着時の痛みが些か強すぎるのだ。
だからこそ目に入った『足ツボ』の文字──東洋の神秘めいた施術には、この静電気に似た痛みに効くツボもあるかもしれないと期待を抱く訳で。
ならばこの機会、善は急げ。チェスターは足ツボの受付を済ませ、マッサージ室へ案内されていく。
……え、こっち? その奥ってバックヤードじゃないのか……? 進んでっていい? 本当に?
どうにも不穏な案内を受けて。『地獄』の意味も理解せぬままに。
●この扉をくぐる者
案内されたマッサージ室の扉の上…何やら扁額がかかっている事にチェスターは気付いた。
『Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate』
何となく、どこかで見たような気がするけど思い出せない言葉。もっと勉強しとけばよかったかな。制服に身を包んでいるとは言え『現役時代』は遠い昔のこと。まあ帰ったら調べてみよう。軽くメモを取って、扉をくぐる。
早速椅子へと通されると、どうやらマッサージ師とカウンセリングを行いながら施術を受ける仕組みらしい。そうして何点か質問に答えると、いよいよ本題に入っていくことに。
「本日、ご希望などはありますか?」
「あ、俺…サッカーをやってるんで、脚周りと腰回りの筋肉にいいツボがあれば……いや、ええと────痛みを無くせるようなツボってありますか?」
問いに、マッサージ師は微妙な顔をして足裏に添わせた指へ力を入れた。
「……っってええええ!!!!」
幼少期、ブロック玩具を踏んで飛び上がった、なんて笑い話がある。
逆に言えば|あれ《・・》は適当に踏んでも痛いのだから、場所を心得たプロが的確に、絶妙な力加減を持って押せばそりゃあ痛いのだ。ブロックの比じゃないほどに──。
けれど、なんで今押した!? 疑問でいっぱいのところを追撃が訪れる。
「これ、痛いですよね」
「痛い痛い! いっでえ! 急に何すんだよ!」
「これが、その『痛みを軽減する』ツボといえばそうで」
は? 痛い。軽減どころではない激痛が──あ。
何かに気付いたチェスターに、マッサージ師はその通りという顔をする。
「つまり、別の痛み──激痛のツボで誤魔化すと言いますか」
グイ。確かに手首の痛みどころではない、にしても手加減というか。
「いやあ、お客様『地獄の足ツボ』コースですし……」
は? 時計を見るとまだ5分も経っていない。コースは確か60分──。
「では、始めさせていただきます──」
チェスターが扁額の意味を知ったのは、それから数日後の事だった。
第2章 冒険 『ニセモノが多すぎる!』

●大繁盛 and 大増殖
足湯やマッサージ……施設の諸々を心ゆくまで楽しんだ……かは定かではないが、リラクゼーションを終えた√能力者たちは当初の『Anker抹殺計画』を警戒し、フロア全体を見渡せるカウンター付近に戻ってきた。
しかし、来た時よりも随分と混雑している。
巷で話題の人気施設ではあるが、それにしてもちと客が多すぎる。何より、どことなく全体に漂う違和感──。
そんな中、ふと隣を見ると、|自分《・・》がいた。こんなところに鏡なんかあったかと反対側を見れば、もう一人見知った顔が驚きに溢れている。
慌てて正面を見ると、随分と遠くに見えるは自分のAnker? だって一緒にいたはず……あれ? 向こうにもいないか……?
成程、増えている。
自分も、同伴者も、一般客も、スタッフも──これはもしや抹殺計画の一部なのか、元凶は、対処は、そして何より……本物はどれだ!?
予想外の事態に混乱しながら身構え、対処に走らんとする√能力者たちを、物陰からひっそりと眺めながら『元凶』は独りごちた。
「あたし、何もしてないんだけど……」
|おじさん《・・・・》も『剣』にあんな能力があるなんて言ってなかったし……怖。ぴえん。
ちくしょうどうしてこんなことに。
●補足
第一章のご参加ありがとうございました。
第二章です。溢れんばかりの偽物の中から『本物』を探し出しましょう。
ちなみに偽物さんは敵という訳でもなく無害です。偽物の自覚もないので何か不思議なパワーで増えたのかもしれませんね……逆に怖くない?
脱線しましたが、つまり戦闘などもなくゆるさは引き続きということです。『偽物』の数などもご自由にどうぞ。
プレイング受付は本日より、この章から/のみの参加も歓迎です。
それではよろしくお願いいたします。
●博士 × パワー = 破壊力
右見て、左見て、もう一度右を見て。
オメガ・アイは異常なし。念のためオメガ・メガネも拭いましょうか……フフッ、しかしいつ見てもなんとも言えぬ圧がありますねこのΩハンカチは──。
「おいオメガ!! 一体これはどうなっとる! もしや大門の罠か!?」
「なんだ貴様は……私の偽物か? 生意気な!」
「貴様こそ〜!!」
現実逃避、ならず。
ああ、ここが地獄ですか……そんな、一周回って心が『無』の境地になりかているオメガ・毒島(サイボーグメガちゃん・h06434)の目に前には博士、博士、博士───大量の|ドクター・毒島《博士》。
1人でも|賑やかな《持て余す》のに、2人、3人……数える気も起きないがとにかくたくさん。その上、個々が好き勝手騒いでいるのだからたまったものではない。
ええいオメガ・イヤーは地獄耳、そんなに騒がずとも聞こえております!! このッ……ああうるさい! ここが地獄か!
そんな叫びたい気持ちを抑えつつ溜め息を吐き、ふと右を見ると『自分』が同じ様に深い溜め息を吐いていた。
あ、どうも。お互い苦労しますね。ええ、そちらもですか……まあ頑張りましょうか。ええ、健闘を祈ります。
しかし冷静な『オメガ達』とは対照的に『博士』こと『ドクター・毒島の群れ』(群れですよ、もう群れ)は先程の通り、一触即発の空気を醸しながらお互いにワイワイと騒ぎ立てている。どれかが恐らく『本物』の博士なのだが……さて、どう見分けたものか。
ピコン!
現実逃避か、素晴らしき計算回路の賜物か、はたまた頭脳冷却・糖分補給用のふわふわ極上かき氷(いちご味)のおかげか……ふと、オメガは閃いた。
そうだ。本物は先程のアイスのレシートを所持しているはず!
ナイス名案、ナイス私。決してやけ食いではなかったということを証明して見せましょう! ええ!
●許されざる者
「──という訳で、博士。財布を出してください」
カツアゲめいた台詞と共に、各博士へとオメガは要求する。いや、流石に言葉が足りませんね、かくかくしかじか……どうですか、この作戦は! だが──。
「そんなモンとっくに捨てたわ!」
「は!? 捨て……!?」
「大体あんなもの取っておくわけないだろう お前じゃあるまいし!」
作戦失敗。そうだった、博士はそんな人でした。しかしこういう時ばかり一致団結しないで下さい、博士(たち)──オメガが別のアイディアを練ろうとしたその時、|後ろ《・・》から思わぬ声が上がった。
「……レシートや領収書は必ず取っておいて下さいって、私あれ程いいましたよね!?」
「そうですよ! 誰が生活費をやりくりしてると思ってるんですか!?」
オメガ(別個体)──キレた!!
「釣り銭は兎も角、ゴミなんかすぐ捨てるに決まってるではないか!」
「だから何回も領収書の重要性を解きましたよね!」
「大体お前が大食いだからやりくりの必要が出るんだろうが!」
「そもそも博士が発明と言いつつ、色々しでかすから資金が足りないんですよ!」
「何を! お前の身体だって、私特製の高性能人工臓器だからこそ、あの爆食にも耐えられたのだ! 感謝しろ!」
あ、今『うちの』博士がいましたね?
しかしその声もまた別の声に掻き消され──こうなったらもう止まらない。1人のオメガが言えば、別方向の博士から反論が上がる。なんだか……大変な事になって来ましたが……どうしましょう?
そんな中……1人冷静に後方で事態を見守っている『博士』がいた。
「ふむ、オメガよ、この騒ぎを解決しろ」
『ハイ博士。ウィーンガショーンピピピ』
───そいつは絶対偽物ですッ!!!!
ていうか貴方も!!!!
冷静で大人しい博士は一周回って怖い。オメガは学んだ。
●
──その後、各オメガが内部通信機等をフル活用し、なんやかんやと各博士を見分けることに成功したのであった。そして、成功を祝うと同時に『オメガたち』は固い誓いをかわすのであった。
「皆さん、どんな困難にも負けず頑張りましょうね」
「ええ…!!」
『ソウデスネ是非頑張リマショウガガガガ』
貴方まだいたんですか!? ていうかやっぱり誰!?
●あるいはタコでいっぱいの湯
きょろりと、八手・和文(壊れた依代・h02332)は金色の瞳で周囲を見渡した。
常日頃、夢現を彷徨いまどろみのぬるま湯に浸るかれの思考は最早常人には知ることもできない境地にあれども、目の前の光景は、夢のそれとはまた別の──。
目の前にいるのは|自分《・・》。
あれ〜? なんで|ぼく《・・》がいるの? |きみ《・・》はだれ?
きょろり。同じように不思議そうな顔で見つめてくる自分。お互いに手を振って、ご挨拶──けれどすぐに飽きたのか、向こうはふわふわとした足取りでどこかへ行ってしまう。バイバ〜イ。あ、またぼくだ。こんにちは〜きょうはね、マトとおでかけして あしのおふろにはいって……それから、それから……へ〜、きみもいっしょなんだ〜。
あ、そうかぁ。ひさしぶりに おでかけしたから『ぼく』にあったのかな?
「ねえマト、にいちゃん いっぱいになっちゃった〜。ふしぎだね〜?」
それにね みんな、にいちゃんたちみたいに おでかけしてるんだって。おもしろいね〜。
そう、大切な弟へ伝えようとすれば……先程まで繋いでいた手はいつのまにかほどけて、|弟《真人》の姿はどこにもない。
たいへん。マト、まいごになっちゃったのかな? はやくみつけないと。
和文は咄嗟に、弟が渡してくれた|すぐにお話しできる道具《キッズ用ゴーストモバイル》──首から下げているそれを使おうとするが……あ、おふろにはいるから しまっちゃったんだったね。わ、どうしよう。
顔を上げると、マトがいっぱいいる。けれど、なんだか|ちがう《・・》きがする〜。
ぼくのおとうと、どこ〜? にいちゃん、ここにいるよ〜。
●ブラザーオクトパス
和文がどうにか弟を探そうとしている同時刻──あまりの光景にウワー! と叫びんだ後、くらりと、貧血に似た立ちくらみに襲われて八手・真人(当代・蛸神の依代・h00758)は一瞬天を仰いだ。恐れていた事態──いや、兄ちゃんが危険な目に合うのは覚悟してたけど……流石にこんな事態は、想定してないッ……!! だって……!!
「俺が、兄ちゃんが、いっぱいいる……!!」
そう、案の定こちらでも同じように……|増えて《・・・》いる。あちこちに見覚えのある自分と……何より恐ろしいのは、たくさんの兄の姿。
隣にいたはずなのにいつの間に姿がみえず、慌てて探そうとしたらこの有様……兄の姿が敵の能力であれ、偽物であれ、今のところ不穏な動きは見られない。動きや仕草も普段の|兄ちゃん《和文》のそれ……でも、外見や仕草がソックリでも、どこか何か違う気がする。
そして根拠はないけれど直感は『この中に本物の兄がいる』と告げていて──。
つまり、この大量の兄の中から本物を見つけなければいけない。
みんな同じに見え……アッ兄ちゃん『たち』、出会ったらちゃんとご挨拶してる……偉い……ハッ! そんなゆっくり見てる場合じゃない!
兄ちゃ〜ん、『俺の兄ちゃん』、どこ〜……!?
そうして真人は兄を捜しに駆け出した。同じようにオロオロして、とまどう『自分』たちでいっぱいのフロアを──。
● コンパス・オクトパス
和文はフロアをのんびりと気ままに歩き、弟の姿を見つけようとする。さっきからマトがいっぱい〜でも マトじゃない。ふしぎだね〜。
あ、『|足のお風呂《足湯》』だ〜。ふふ、さっきは楽しかったね〜。タコさん……そうだ、マトがいっぱいなら タコさんもいっぱい?
じゃあ、ぼくのおねがいもきいてくれるかな?
「ねえ、ぼくのタコさん、ぼくのタコさん。
ぼくのマト、どれ〜? おしえてね」
足湯の前で立ち止まり、和文はそう無邪気に『タコさん』へお願い事をする。
『蛸神の残滓』──元依代へいまだ纏わりつく不可視の影、かつての残骸。けれども、故にいまだ効力は健在のようで──。
「あっち? ありがとう〜」
和文は再びふらりと、しかし今度は確かな足取りで歩き出した。まるで見えぬものの導きに従うように──。
●困った時のタコ頼み
「ハッ……そ、そうだ、『ブンタコちゃま』……!」
フロア内、マッサージ室から足湯各種まで諸々探し回り、息も絶え絶えになりながら、ソファに座り込んだ真人ははたと気付いた。|警視庁異能捜査官《カミガリ》関係の手伝いでいつの間にか身に染み込んでいた『捜査は足で稼げ』の教え。
でも、俺にはこんな時こそ『ブンタコちゃま』が……!
「ブンタコちゃま、来て〜……!」
祈るように声をかけると、きらりきらり。急に空気が澄んだような、ありがたい雰囲気に包まれる。そしてふわりと白く小さな、耳のようなものがついた『メンダコ』のような小さいタコが現れて、差し出した真人の両手にチマッと乗った。
えへん、なんでも聞きなさい。そんな仕草で、ちまこいながらもキラキラと輝き、威厳を放つのはブンタコちゃま──八手家分家の蛸神様である。
「ブンタコちゃま、ブンタコちゃま、エット……」
「俺にとっての本物の兄ちゃんを、連れてきてください」……!
真人の頼みにブンタコちゃまは頷き、小さな触腕をピッと伸ばした。まるで向こうを見ろと言うポーズに、顔を向ければ──。
「マト〜!」
「兄ちゃん!」
偶然、否──ふたつの蛸神様の導きで、正真正銘本物の『|兄ちゃん《和文》』と『|弟《真人》』はここに無事再開を果たした。
「マト〜、まいごになっちゃダメだよ。にいちゃん、しんぱいしたよ。大丈夫? エーンしなかったね? えらいね」
「うん、俺も心配した……兄ちゃんも大丈夫? 転んだりしてない?」
「だいじょうぶだよ、タコさんが『あんない』してくれたんだ〜。あ、ブンちゃん。もしかしてマトをたすけてくれたの〜? ありがと〜」
「アッ……ありがとうございます!!」
お礼の言葉と和文のなでなでに、ブンタコちゃまは結構結構と触腕で示す。そうしてちいさいおててを振ると、来た時と同じように宙に消えていった。
そしてブンタコちゃまが消えた瞬間、入れ替わるが如く、真人から触腕が一本ぬるりと飛び出して、和文に優しくぬるりと擦り寄っていく。
「ギャー! ナッ……何!?」
「ふふ、タコさん、ヤキモチなの? タコさんも、なでなで。ぶじでよかったね」
……複雑な気持ちだけど、兄ちゃんに会えたのは『残滓』のおかげだし……ウゥ……。
なんとの複雑な心の真人に、和文はふんわりと笑い、手を差し出す。
「マト、ほら。おてて つないでないと、ね。また まいごになったらたいへんだからね」
「アッ、うん。また おてて繋ごう……離れちゃダメだからね。絶対、ダメだからね……」
そうして改めて手を繋ぐと、兄弟は仲良く歩き出した。今度は決して離れまいと誓って──。
●|Between the Devil and the Deep Blue Sea《どっちを向いても地獄》
歩くたびにジンジンとする足裏に、いまだ癒えぬ手首の痛みのダブルパンチ──。
何故俺は自ら『地獄』を経験したんだろう……まあ、そんなに上手い話はない、ってことかな。とは言え、心なしか脚は軽くなった気が…する。分かんないけど。普段は|あんな姿《幽体》だし──。
ともかく『地獄の足ツボマッサージ』を耐え抜き、やっとの思いで『地上』へと帰還したチェスター・ストックウェル(幽明・h07379)はフロアに出ると、開口一番呟いた。
「……で、何この状況」
俺がいない間に何があったの? あえて考えを述べるなら……たまたま今日は「双子・三つ子」の来客が多かった……いや、そんな訳がない。OK、理解してる。
でも、これは──一体、何なんだ?
同じ顔の客やスタッフが行き交う異常な光景に反し、事態に気付いているのはどうやら√能力者と|関係者《Anker》だけらしい。ならば、一般人にパニックが広がる前に事態を処理せねば──カミガリとしての責務を浮かべながら、もう一つ、ふと浮かんだことには。
ところで、俺は紛れもなく本物……本物だよな?
いや大丈夫、俺は俺だ。
●|Needs must when the devil drives《背に腹はかえられぬ》
さて異常事態の中、チェスターが思い浮かべたのは、先程施術を受けたマッサージ師。
もしかしたらこの状況に困っているかもしれない。一応この施設で『縁』が出来た人でもあるし……。
と、探してきたのはいいのだが──。
「……ダメだ」
人混みをかき分けて三人まで絞り込んだけど……顔も声も全部一緒。その上でそれぞれが『本物』と主張している。こんなの見分けられる訳が──待てよ?
集められ、訝しむマッサージ師達を前にチェスターは閃いた。
「あの強さと正確さでツボを突けるのは本物だけのはず!」
思い出しただけで足が痛む、あの的確に抉り、追撃し、油断させたところに止めをさしてくるそれはベテランの|技術《テクニック》。本物ならばきっとその腕で分かるはず。
しかし、となるともう一度あの『地獄』を体験することとなる。しかも三人……正直逃げたい。けど、くっ……これも仕事!
そう意を決し、身分証を提示して調査協力云々と丸め込むと、チェスターは三人から施術を受けた──。
〜しばらくお待ちください〜
「ちょ、待っ――いっつ……!」
「痛い痛い痛い!」
「待っ! いや痛いって!」
フロアに響くチェスターの悲鳴。周囲の客は呑気に『テレビの罰ゲームで見るあれだ』なんて笑っているが、本人はもうたまったものではない。
だがそこはもはや男の意地。見事にマッサージの猛攻を耐えると……ぜえはあと息も絶え絶えながら、チェスターはビシッと真ん中のマッサージ師を指差した。
「みんなプロだった……でも、俺がさっき施術を受けたのは二番目の人!
つまりあんたが『本物』だ!」
ほう、面白い推理だ学生さん。どうしてそう思うのかね? 何故かそんなノリで絡んできた両隣のマッサージ師に、チェスターはニヤリと不敵に笑い、答える。
「目の前で地獄の門が開くのが見えたからね」
「ふふふバレてはしょうがないな……しかし、どうでしょう? ここはぜひ『本物』さんにひとつご教示を……」
「成程! そういうことでしたらご協力しましょう!」
何故か意気投合するマッサージ師達……おい、やめろ、なんだその顔は……。
「ここまできたら学生さんも協力してくれますよね?」
「『本物』と『偽物』の区別がつくのはあなただけなんですから!」
そうして、何故か突如始まったチェスターを練習台にしたマッサージ講座。
『地獄』は、もう少しだけ続くのかもしれない──。
●ひとりでできるかな
「ハァ〜……」
再びクソデカため息を吐き、水上・有瑠(水神の申し子・h03054)はフロアを見渡した。
マッサージ終了後、このいい感じの雰囲気をキープして、じゃあ次は足湯に行かない? 紫苑兄ぃいつも頑張ってるから僕が奢るよなんて自然に声をかけて。
そして混雑の中、狭い足湯しか空いてないから不可抗力で二人密着しちゃって、たまに足が触れ合っちゃったりなんかしちゃってさふふふふ……と、ここへ来た目的も忘れかけ完璧な薔薇色のシミュレーションを描きながらフロアに戻って来てみれば、同じ顔の客やスタッフが行き交っている異様な光景──なにこれ。こんなのゆっくり出来ないじゃん。
「ねえ紫苑兄ぃ……これ、どうなっちゃってるの?」
本当は有瑠にとってはこんな異常事態──人が増えようがなんだろうが、心底どうでもいいのだが。いやむしろ世界には僕と紫苑兄ぃだけいればいいのに何勝手に増えてんの? くらいのもんだが、責任感の強い紫苑が隣にいる手前、無関心もおかしいだろうと演技をした……ら。
あれ? なんで紫苑兄ぃが向こうを歩いて……ん? なんか、向こうにもいない?
そう、一緒に戻って来たはずの、この世界で一番大切で最愛のAnker『井伊・紫苑』がいつの間にか|増えて《・・・》いた。
は? 待って!? 紫苑兄ぃがいっぱい!?
隣の紫苑兄ぃは……あれ? どこ?
●お兄さんは心配性
一方その頃、井伊・紫苑(守るための鞘・h03056)はこの事態、そしてはぐれた『本物』の有瑠を探すべくフロアを駆けていた。
「有瑠……!? どこだ!?」
広大な施設に文字通り|人が増えた《・・・・・》せいか、中々姿を見つけられない。恐れていた事態──受付の際にはぐれることを不安がっていた姿を思い出す。俺が付いていながら、なんたる不覚……!
……いや、こういう時こそ落ち着いて、そうだ。まずは深呼吸だ。冷静になれ、井伊・紫苑。焦っても何も生まれず、こんな心じゃ大切な人を守れる訳がない──。
立ち止まり、そして、紫苑は考える。
|本物の有瑠《・・・・・》だったら、こんな時どうするか。そうだ、いつもの彼の行動を思い出すんだ……。
人見知りなのかどうも俺以外には懐かなくて、その上、子供特有の『独占欲』と言うやつなのだろうか。俺が他人と話していると、いつもどこからともなく──。
そうだ。これだ。
何かを閃くと、紫苑は近くのソファで休んでいた婦人の隣に座り、持ち前のコミュ力を使ってにこやかに声をかける。
「こんにちは、初めて来たんですが……ここは色々あるんですね。あの地獄のフットマッサージコースとか、受けてみましたか?」
「ええ本当にいいところで……えっ地獄の? お兄さんもしかして『アレ』受けられたんですか!?」
「ええ、ものは試しと受けましたが足、すごくスッキリしました」
「え〜、お兄さんすごい。私なんかもう普通の足ツボだけでも痛いのに……さすが若い人は違うわぁ」
「ははっ、そんなことないですよ」
穏やかに談笑する、傍目には何の変哲もないゆったりとしたひととき。
だが、こうやって、他の人と親しくしていれば……。
●紫苑兄ぃを探して
紫苑、紫苑、紫苑──天国の様な光景に見えたが、実際のところ有瑠は至って冷静だった。
いっぱいいるけどニセモノでしょ? 僕が大切なのは『本物』だけ。でもこのままはぐれてたら、今度こそ紫苑兄ぃが敵とか泥棒猫に狙われちゃいそうだし、早く本物を探さないと……。
心配とは裏腹に、どこか余裕綽々な理由は至って単純。
「フッ、まさかこの僕に本物が分からないわけ…………あれ、分かんない!?」
傷の位置も匂いも全く同じ……匂い? 一瞬不思議な単語が過ったが、ニセモノとは言え本物と全く一緒……えっ、紫苑兄ぃどこ!?
ここに来て見分ける自身が崩れ、有瑠は今更焦り始める。周囲を見渡すも……ああもう! 僕が用があるのは本物だけなの!!
どうしようと項垂れかけた瞬間──この嫌な感じは……ピーンと来た!
そうして、有瑠は√能力を発動させると、その場から消える様に移動した。
●やっぱり『お兄さん』と一緒
いまだ婦人と和やかな談笑を続けている紫苑。さて、いつもならそろそろ──そんな直感を働かせ、チラリと周囲を見渡すと。
「ちょっと! 僕の紫苑兄ぃに近づかないでくれる!?」
ガルガルガルルル……そんな威嚇音が出そうな勢いで、いつの間にか姿を現した有瑠が婦人を牽制している。全くもう、少し目を離したらこれなんだから油断も隙もない!
「あら、可愛らしいお坊ちゃん。ご兄弟かしら?」
「いえ知り合いの子なんですが……すいません。どうも俺が他の人と仲良くしていると嫉妬してしまうようで……」
この年頃の子にはよくあることと、威嚇にも気にせず立ち去った婦人と入れ替わり、隣に座った有瑠の手を紫苑は優しく握ると諭す様に告げる。
「全く……懐いてくれてるのは嬉しいが。いつまでも俺離れできないままじゃダメだぞ? 俺以外の友達も、作らないと」
けれどもそんな心配をよそに、有瑠は手を離し、紫苑の腕に抱きついて呟く。
「いいよ、僕には紫苑兄ぃだけいてくれれば……」
この強情さ、どうしたものか……しかし、この年頃の子は難しいから俺の小言に反抗したくなる事もあるだろうし。
有瑠の気持ちに気付かない紫苑はそんな事を内心悩みつつも、忘れていた一番大切な事を告げる。
「ともかく、無事でよかった。もう俺とはぐれない様にな?」
「うん……!!」
●|親分《たいよう》がいっぱい
「いやあ流石に『地獄』だけあって、本格マッサージだったっすね〜! まだ足が痛いっす……!」
「でもあのクマちゃんとお茶、売店で買えるっていうから自分、記念に買ってこうかなって思うっすよ! 親分はイルカさんのお迎えどうっす?」
そんな、足ツボの痛みから解放され、一周回ってテンションが上がって来た古谷・カナオ(”腰巾着”・h07809)は先程の体験を興奮気味に述べると、ふと違和感に気付き、振り返った。
何か静かだと思えば、先程まで一緒にいたはずの『|親分《先輩》』こと『空地・海人』の姿がどこにも見えない。確かエレベーターに乗って、出てくるまでは一緒だったんすけど……もしかして迷子ってやつっすか? うーん、しょうがないっすね〜。
キョロリと周囲を見渡すと、成程隣にいたとは言えども、歩いていてうっかりはぐれても不思議ではない混み具合。
なんだか随分と人が増えて来たっすね。時間帯は……足ツボやってたら結構経ってるんすねぇ。お昼何食べようかなぁ。ここのレストラン、唐揚げ定食あったら嬉しいっすけど……。
カナオが呑気にそんなことを考えつつ、フロア内をブラブラと探索していれば……遠くに見覚えのある姿を発見する。
あっ! いたっす! おやぶーん!!
「よお、カナオ」
「!?」
「なんだ、そんな顔をして?」
「!!?」
「どうした? 悩みでもあるのか?」
多重音声めいて次々に四方八方からかけられる言葉。決して海人がお喋りになった訳ではなく……。
「……|親分《先輩》が…二人!?
いや、三人、四人、五人…うわあ! もっといるっす!!」
案の定、|増えて《・・・》いる。
√能力者なら即座に見破る様なこの異常事態。いや、一般人でも知り合いが増えていれば一目でこれはただならぬ事態と、普通は思うはず、なのだが──。
「すごいっす! |親分《ヒーロー》がいっぱいだぁ!」
よかった〜! カナオが単純でよかった〜!!
しかし、カナオはふと気付いた。
気付いてしまった──これだけたくさんの|親分《アニキ》がいるのなら、多量の親分パワー(?)を浴びられるんじゃないっすか…!? と謎な考えに至ってしまった。
なんだそのパワーは。俺お前のことちょっと怖くなって来たぞ? と本物の|親分《海人》が聞いたら感想を述べそうな『計画』を、そうしてカナオはひとり実行に移すのだった。
●ヒーローは大忙し
カナオが呑気に計画を実行している頃、『本物』の『親分』こと、空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)はこちらもひとり、真面目に状況を把握し、考えをまとめていた。
今回の任務は『Anker抹殺計画』
狙いは明白にAnker、そしてこの状況──くっ……偽物を増やして、本物のAnkerと引き離す作戦か。今回の『Anker抹殺計画』は随分と手が込んでるな……!
勿論、普通はその発想が正しい。
実際混乱に乗じて、あるいは偽物に化けて本物と入れ替わり、√能力者とAnkerお互いを油断させた隙に|計画を実行《抹殺》する──そんなことをされたらいくら√能力者でも大切な者を守り切れると断言は難しいだろう。
まさか、敵側も想定外の事態とは思う訳がない。え、じゃあなんで増えてるんですか? それは誰にも分からない。怖いですね。ぴえん。
閑話休題。
故に、海人は正しい行動──Ankerであるカナオの|確保《発見》を最優先に動くことにした。
歩いただけで偽物にぶつかる様な中、全く違いがわからないが、ここは自分の『第六感』を信じて……ふうと海人は集中し、真贋を見極めていく。
「ええと、あいつは偽物。そっちも偽物。こいつは…どっちだ?……まあ、偽物ってことにしとこう」
上手くは言えないし分からないが、些細な違和感の様なものなのか、判別が次々とついていく。しかしほぼ偽物なんだが本物はどこに……。
「……ん? なんかあの辺、俺の偽物が一か所に集まってるな?」
中央付近まで歩いてくれば、見覚えのある『自分』の姿。しかもやけに多い。
その上で姿は見えぬが、真ん中からまた聞き覚えのある声がする──これは、もしや。
そして、海人の第六感が何やら『不吉』と告げた。
●諦めなければ夢は叶う
「……親分2号はこっちで……10号にはここに立ってもらって……あ、6号はこう格好いいポーズをお願いするっす!」
走り回って集めに集めた『親分たち』……偽物とは言え中身は同じ海人なので皆押しに弱く、こうして一箇所に集められてポーズを取らされている。
そして1号と3号に、売店で買って来た例のイルカとクマのぬいぐるみを持たせると、うむとカナオは満足げに頷いた。
「……ヨシ! これでヨシっす!!
こんなに集めれば、深刻なオヤブン不足も解決っす! うおおー!|親分《おやぶん》! うおおー!」
「なあ、これでいいのか?」
「まあ楽しそうならいいんじゃないか……?」
困惑する海人達を気にせず、ひとり盛り上がりまくるカナオ──流石に彼の偽物もここまでの『親分愛』はなかったのか、海人達に釣られて集まってこなかったのが不幸中の幸い。
ああ……この感じ。カナオ本物で間違いないな。辿り着いて光景を眺めた『本物』の海人は、一旦理解を放棄して納得した。しかし、混乱してるのか、テンションがえらいことになってる気もするけど……とりあえず無事ならそれでいいか。
諦めとも慣れとも言えぬ不思議な感情で、海人はカナオの無事を確認して安堵する。よもや彼がこの機に乗じて計画を企て、実行したとは露知らず──。
「ハッ!? 新たな親分が!?」
「いや、何を言ってるんだ!?」
「でもいいところに! とりあえず写真撮ってくださいっす! 写真!」
なんか……楽しそうだな? まあいいか。
そんな気持ちで海人は、ポケットから万が一に備えて持っていたインスタントカメラを取り出すと、シャッターを切ったのだった。
はい、ポーズ。
第3章 ボス戦 『ブラックバス怪人『くろぴ』』

●限りある身の命試さん
どうにか『ニセモノ騒動』を潜り抜けた√能力者達だったが、その喜びも束の間。気が付くと先程の騒動が嘘の様に、フロア内が不気味なほどに静まり返っている。
あれほどいた客やスタッフはどこにもおらず、ただ足湯へとお湯の流れる音が響くのみ──どうやらいつの間にか別√の同施設に迷い込んでいたらしく、|同行者《Anker》の姿も見当たらない。
と、そんな時。ふらふらと、ひとりの若い女性が姿を見せた。
ギャルとも言うべきその今風な姿に、一瞬客かと思うものの──片手に見えるはデコデコにデコったバールの様なもの。片手には、姿に似合わぬ……剣?
「勝手に増えたかと思えば減って……もうよくわかんないけど、とりあえずやることはひとつ……」
ぶつぶつ、自分に言い聞かせる様に勝手の知れぬ事を呟くと、女性はキッとバールと剣を二刀流で構え、√能力者に向き直る。
「人間は、あたしが駆除するんだから!!」
●水をこぼすか阻止するか
ブラックバス──釣りや魚に詳しくなくとも、一度くらいはその名前を聞いたことがあるだろう。特に√EDENの日本では『外来種』として悪名高い淡水魚である。
愚かな人間によって投棄され、一方的な都合で駆除される、ある意味では被害者とも言える|かれら《さかな》。
そんな外来種たちを√マスクド・ヒーローに蔓延る秘密結社プラグマが『怪人』として仕立て上げ、人間への敵意を増幅させたのがこの『ブラックバス怪人『くろぴ』』である。
だが今『くろぴ』の心には別の敵意があった。
「なんで駆除しようと思ったら、あんな急に同じのがいっぱい増えるの!? もうわかんないんだけど!」
まって、さっき『偽物』が増えたのは君のせいじゃなかったの。
「あたしだって知る訳ないじゃん! |おじさん《・・・・》も何も言ってなかったし……でももういいもん! ここでみんなあたしが駆除しちゃうんだから!」
そう言うと、くろぴは『剣』を振う。
ブォンと唸る剣の軌道と共に、目に見えぬ速さで何かが飛来し──そして。
√能力者が気付いた時には、別√にいたはずのかれらの|『同行者《Anker》』が黒い触手の様なものに取り押さえられ、壁に縛りつけられていた。
「まずは面倒そうな|あんたたち《√能力者》からやっつけて、その後でゆっくり壁の奴らを駆除してあげる!」
くろぴの言う『おじさん』が何かは分からねど、こうして『Anker抹殺計画』を阻止するための闘いが幕を開けた。
●補足
第二章のご参加ありがとうございました。
第三章です。大変だ! Anker(的な人たち)が捕まっちゃった! 敵を倒して助け出しましょう。うーんシンプル。頑張りましょう。
こちら受付は本日より。それではよろしくお願いいたします。
●危険物の持ち込みは禁止されています
「は……?」
目の前の光景を見、水上・有瑠(水神の申し子・h03054)は本日何度目かの驚愕をする。けれども今回のそれは少し毛色が違った。
壁際、突如現れた|女《・》により、この世で最も大切な|最愛の相手《Anker》井伊・紫苑が壁に、貼り付けられている。
よく分からぬ黒き触手のような物体に手も足も、目も拘束されている紫苑の姿はあ、ちょっとえっちじゃない? 目が隠れてるっていいかも……って今はそれどころじゃない! それどころだけども!
兎も角、他の人間はどうだっていいけれど、最愛の相手に|手を出した《・・・・・》。その時点で有瑠の怒りは有頂天。
「ふ、ふざけんなーー!!」
小さな体で叫び、怒りに身を震わせる。溢れる怒りを抑えながらしかしどこか冷静に、囚われた紫苑の姿を確認する。壁に叩きつけられた衝撃なのか、気を失っているようなその姿。ああ紫苑兄ぃ……すぐ僕が助けてあげるからね。でも、ちょっと眠っててくれた方が|今は《・・》都合がいいかも。
「他のやつらなんかどうでもいいけどさ……僕の紫苑兄ぃに手を出したね?」
有瑠は懐からカッターナイフを取り出して、冷ややかに、子供とは思えぬ冷酷さで『|敵《くろぴ》』へと告げた。
「シンプルに、死ね」
●赤と青
「人間はぜんぶ」
「僕たち以外」
「この世界から」
「跡形もなく」
「「いなくなっちゃえばいいのに」」
根本的な出発点は真逆──|むすめ《・・・》は『虐げられた同胞』のため、少年は『愛するただ一人のため』
けれども何の因果か、反対側から歩み、辿り着いた結論は『自分達以外の人間の消滅』で収束する。
それ故に、だからこそ。決して相容れぬのだ。
カッターナイフがカチリと鳴き、バールの音が空を切る。外せばそこに赤き泉が湧き出で、ホテイアオイが侵食するように浮かんで覆う。
この世界の楽園であるはずの足湯はすでに血の池に染まり、そこへ花の咲き乱れる光景は、まるで地獄──そして、ふたりが決して相容れぬことを目に見えて証明していた。
どこまでも真逆の「魚」と「水神」
水に属するとは言え、文字通りに住む世界が違うふたりは、どの道『元の姿』で相見えても決して和解はなかったであろう。
むしろこの『人の姿』故に互角となる、おかしな因果に導かれる様に二人は戦う。
「どうせあんたたちも駆除されるんだから!」
「駆除されるのは、そっちの方だよ!」
激昂するくろぴへ、冷ややかに告げると有瑠はカッターナイフを伸ばし、小柄な身を活かして懐へと切り裂きに行く。それをくろぴはバールで防ぎ、有瑠ごと吹き飛ばす様に思い切り振り回し、距離を取る。
刃が翻る度に赤が舞う。ホテイアオイの葉が繁って、互いに一歩も譲らぬ攻防。
似た手段は決め手に乏しく、しかし、着実にお互いを蝕んで疲弊させていく──。
●|One foot in the grave《色んな意味で死に近く》
いまだ痛み、よろよろと歩行もままならぬ足。これはまるで、幼少期に初めてスケートリンクに降り立った時の様。いや、この痺れは|コッチ《日本》に来て罰としておじさんに実体化で『正座』とやらをさせられた時の……いてて、上手く歩けない。
生まれたての鹿ってこんな気持ちなのかな……。
足ツボの痛みがいまだ残る中、チェスター・ストックウェル(幽明・h07379)はそんな自虐を抱きながら、壁に手をついてどうにか立ち上がる。そして周囲を見渡して状況を把握すると、バングルをしまい|『実体化』を解除《本領発揮》した。
途端、痺れる手足の痛みが引き、随分と──文字通りに身体が軽くなる。生身よりも馴染んでしまった|幽霊《こっち》の体。心なしか後を引く手首の痛みも消えて……これが足ツボの『効果』というもであればなんとも複雑だが、ともかくここにいるのは『敵』と仲間だけ!
つまり、俺の姿も力も気にしないし、遠慮もいらないよね! でも──。
「……遠慮はいらないとは言ったけど、ちょっとは遠慮した方がいいんじゃない?」
フロア一面、溢れんばかりの血と水草。
そんな地獄の様な光景にチェスターは天を仰いだ。これ、誰が掃除するんだ?
●|Heaven on earth《素晴らしい世界》
有瑠とくろぴの攻防戦を観察しているとふと、チェスターはくろぴの特定の行動に気付いた。確か彼女はブラックバスの怪人……ならば、行動は魚のそれなのだろう。
一か八か──思い付いたチェスターはP232SLを構えると、わざとあらぬ方向に威嚇射撃を行う。その音にふとくろぴが振り向けば、すかさずそこへ
【|エルム・ヒルの幽霊《ノーティーゴースト》】──ポルターガイストめいた√能力を発動し……もうこんな場なんだから少しくらいどうってことないよねと、内心言い訳をして、受付に飾ってあった大ぶりな花瓶を念動力で動かせば、そのままくろぴ目掛けて勢いよく全力で飛ばした。
有瑠との攻防で疲弊したせいか、怪人化の影響か、気が少しそれたせいか──ともかく、その時くろぴの『本能』はほんの一瞬だけ、遅れた。そのほんの一瞬で十分であった。すかさず身を隠そうとした時にはもう遅く──。
「んぎゅ!」
見事、花瓶がくろぴの頭にぶつかり、倒れる。破片が散らばるとチェスターはそれらを操り、少しでも動けば突き刺すぞと牽制するようにくろぴの周りに漂わせる。
「どう? まだやるの?」
座り込んだくろぴに視線を合わせてしゃがむと、チェスターは声をかける。
「気持ちはわからなくもないけど……増やすだけ増やして後は駆除──それってあんたが嫌いな人間がやってることと同じじゃない?」
素朴な疑問、責めるでも説得するわけでもないチェスターの問いに、くろぴは小さく答える。
「…らない」
「うん?」
「だから、増えたのは知らないって!」
「え……?」
状況の飲み込めないチェスターに、くろぴは追い打ちをかける。
「あたしはなんもしてない! |あんた《にんげん》たちが! 勝手に! 増えたの!」
ぴえん。そんな声をあげ、|ダメージ《霊障》が回ったのかくろぴは目を回して倒れた。
謎は残るがひとまず、一件落着? なんだろうけど、ねえ?
「このままなのも癪だし……とりあえず、足ツボの刑でも行っとく?」
冗談とも本気ともつかぬ、悪魔の様な事を思いつくと、チェスターはくろぴの身柄を拘束した。まあ一応カミガリだし、ね? 大丈夫、変な事はしないから。
じゃあ一名様、『地獄』にご案内──。
●夢の最強タッグ編 開幕
「に、兄ちゃんッッ!! 兄ちゃん、ああ、どうしよ、どうしよ……」
壁に張りつけられた兄の姿……手の届かない距離、何より立ち塞がる殺意をむき出しにしてくる敵と、八手・真人(当代・蛸神の依代・h00758)の脳内は大パニック。優先順位は勿論兄の救出が第一だがそれにはまず敵を倒さないと、でも兄ちゃ……兄ちゃーん! マト〜、にいちゃん、つかまっちゃっみたい〜。あ、良かった意識は無事だ……でも兄ちゃーん!! 早く助けないとッ……!
そんな風に狼狽えていれば、ふと視界に見たことのある艶やかな紫色が飛び込んできた。
あのつるりとした光沢のある|紫色の後頭部《オメガ・ヘアー》……あれは、紛れもなくオメガ・毒島(サイボーグメガちゃん・h06434)
……えッ、なんでここにメガくんが!?
後ろから近付いて見ると、俯き顔は見えない。だが微かに震える様子から、この状況下である。もしやオメガも大切な人を人質に取られたのだろうか──真人がそう心配して声をかけようとした瞬間、オメガは一人こぼした。
「今私、私、私……彼女に人間カウントされましたか? されましたよね!?」
あ、そっち?
「メカとサイボーグは似て非なるもの……この義体からその違いを一目見て見破るとは、あの|ひと《さかな》、素晴らしく見る目がありま」
「オメガ! なーにをボサっとしとるんだ! 何とかしろ!」
はあ……捕まっても元気ですね博士は。そんなため息と共にオメガが顔あげれば、真人の姿に気付く。あ、真人。もしやあなたも? ハイ、あの……兄ちゃんが……。
指す方向を見れば、毒島博士の近くに、真人に雰囲気の似た青年が縛り付けられている。
「お話はよく伺っておりますが、あれが真人のお兄様ですか……それは一大事。私はあの通り博士が……まあ元気なのですが」
「エッ、ぶ、毒島博士も——あ、本当だ。相変わらず声が大き……でも、早くた、助けないとッ!!」
そう、何はなくとも救出が第一。しかしそれには、まず敵を倒す──。
一人なら難しくとも! 俺たちなら!
ええ、やれますよ、ええ。あ、爆発は抜きで……あっα!!
●第一回リサショ保護者会議
|Anker《おとうと》たちが決意を新たにしたその時、八手・和文(壊れた依代・h02332)も、その思考ながらどうにか状況を考えていた。
マトがあんなところにいる〜。はやくかえりたいけど……このくろくてウネウネしてるはタコさんじゃないの〜?
ねえタコさん、どうにかならないかな〜。
和文の問いに、しかし流石の蛸神の残滓も無言で……そっか、タコさんでも、むりなの〜?
「どうしよう。にいちゃんがいないと、マトないちゃう」
和文が不安げに弟を案じた際、急に隣から大きな|音《・》が響く。
「オメガ! 早くなんとかしろ!」
見るからに怪しい風体、そして偉そうな態度──ドクター・毒島はまあ正直なかなか、パッと見アレな側の人間なのだが、しかし和文は物怖じせずに声をかける。
「わ。おじいちゃん、こんにちは〜。ぼく、やつで・かずふみです。おじいちゃんも、まいご?」
「…あン? 誰がおじいちゃん……というか迷子だ。私はDr.毒島! 世界の天才にして、名高きサイエンティ……」
「どくたー……おいしゃさん?」
「フン、私を知らんのか? 丁度いい説明してやろ」『ピピピピピピピ!!!』
毒島博士の声を掻き消すほどの電子音──二人が捕まった、足元に視線を移すと、何やらルンバめいたものがガンガンと壁にぶつかっている。
「わ、かわいい〜。ぴーぴーないてる〜」
「うん? あれは我が発明品『お掃除ロボットα』ではないか……なぜこんなところに?」
「ええ、あのぴーぴーちゃん、おじいちゃんが、つくったの? すご〜い」
「そうだ、私は凄いんだぞ! そうだ、折角だからαを思い付いた時の話をしてやろう。あれは私が学生時代だから、もう数十年も前──」
「え〜すごいすごい〜」
和文の純粋さが聞き上手と良い方向へ作用したのか、老人と孫、あるいは凄さを語る客を相手する飲み屋めいた空気に……意外と相性は悪くないのかもしれない。そしてそんな光景がαを狂わせる。αが一番……博士のことが好きなのに!!!!
●ロボ、嫉妬の香り
「ちょ、なんなの? ほんとうっさいんだけど!」
先程から和文と博士二人の足元、そして今は矛先を変えてくろぴに突進し、ぐるぐるとフロアを綺麗にしているのは前述の通り『お掃除ロボットのα』
博士のことが大大大好きで、こうして危機を察して家から脱走するレベルらしくピーピーと鳴きながら右往左往している。
「真人、αが囮になってるこの隙に作戦を──」
「アッ、ここは……どうすればいいのか正直分からないケド、敵は俺に任せてくださいッッ!!」
真人は思わず決意を声にする……一人ならダメでもメガくんがいる。それに……たこすけ、大好きな兄ちゃんがピンチだぞ。神様なんだろ、ちゃんと本気出してよね。
そんな真人の決意に、オメガは頷く。確かにこの距離、人質のこともあり、近距離に強い蛸神での攻撃が適任であろう。ならば己は補助に──む!
二人が思案していると、くろぴの振り上げたバールがαに降ろされそうになった、その瞬間──閃きました!
「オメガWi-Fi起動!」
カッと周囲を照らす閃光のように、オメガの目が光ると……光で攻撃の手が怯んだせいもあるが、αがすごい速さで逃げ出した。
「エッ、メガくんの目が光っ——いやダジャレじゃなくて……でもなんだか、力が湧いてきたような……ウワッ、たこすけも、す、素早い……力強い……!」
「フフ、これがオメガ級の通信速度でございます。我が味方の性能を引き出していい感じにして……そしてなんと今なら年会費無料! オメガポイントもついてくる!」
「意味は分からないけど、すごい……でも、これなら……たこすけ思いっきり、やっちゃって……!」
オメガWi-Fiの力で速度・腕力ともに1.5倍の力を手にした真人と蛸神。ぬるり、背後から触腕が伸びれば殺る気満々、ブラックバスだのなんだの知らないが、腕のない魚と蛸、どっちが強いか|教えて《わからせて》やろう──。
八本の力強い触腕、そして足元の高速化したα、いくらくろぴが『|Anker抹殺計画《サイコブレイド》』の力で強化されていようとも、剣とバールの二つで凌ぎ、捌き切るのは至難と言えよう。休むことなく八本の足で多段攻撃を仕掛けると、せめて慈悲だ、とでもいう様に一撃でくろぴを仕留める──結果:足の多い|方《やつ》が強い。
しかしそんな勝利などお構いなし。
蛸神の触腕は敵や真人など|放っておいて《アウトオブ眼中》和文の方へ一目散。ギャー!! たこすけ待って! 引っ張らないで!! 兄ちゃんが心配なのはッ分かるケドッ!!
フフ、真人が活躍して|私も鼻《オメガ・ノーズ》が高いですね……そんな後方店長面で頷き、Wi-Fiを切るとオメガも後に続く。ところでα、めっちゃ周り綺麗にしましたね。あと博士、よくその年でそんな口が回りましたね。
オメガWi-Fiは『味方』に適応……人間にも効くとは……面白いから録画しときましたので、愚痴は後で聞きます。まあ暇な時に。
●終わり良ければすべて良し(良ければの話)
くろぴが倒れると、黒い触手は消えてAnkerたちはようやく解放された。
「兄ちゃーん!!」
「マト〜! またあえた、よかった〜。ぎゅ〜」
グズグズと兄に抱きつく真人。兄ちゃんっ、ごめん俺……また手、離しちゃった……無事でよかった……!
そんな弟を和文は優しく抱きしめる。マト、がんばったね。タコさんもえらいね。だいすき。ありがとう。
感動の再会にオメガがΩハンカチでオメガ・アイを拭っていると、博士が何やってるんだお前、と言いたげにαと一緒にやってくる。
「何か言いたげな顔をしてますが、博士。私も今回は頑張ってましたよ」
「見ていたから分かる。お前は私の『最高傑作』なのだからな」
「……αも後で褒めてあげてくださいね」
「あ、は、博士も、メガくんも無事で……あ、こっち、兄ちゃんですっ」
「わ〜めがくん? はじめまして〜マトのおともだち〜? めがくんも、ありがとう〜」
「はい、弟さんにはいつもお世話に……そしてこちらは……」
「どくじまはかせ、しってるよ〜せかいいち『えらくてすごい最高のスーパーな天才』なんだよね〜?」
和文の言葉に、思わず真人とオメガは博士を見る。博士、あなた一体何を教えたんですかこんな純真な人に。アノ……うちの兄ちゃんに変なこと吹き込みのはチョット……。
「あん!? 事実を教えて何が悪い!」
「そういうとこが悪い癖なんですよ!」
「あの……ホントうちの兄ちゃんの教育に悪い事は……」
三者賑やかなやりとりを尻目に和文はかかんで、αをチョンとつつく。ね〜αくんもがんばったもんね。ふふ、ぼくたちもう『なかよし』だもんね〜。
●『|楽園《√EDEN》』生まれ『|断罪《ジャスティス》』育ち
怪人の襲撃、単独行動ながらも実力は未知数、口調から背後に協力者のいる可能性……いや、待てよ? あの『剣』と『触手』どこかで……?
|怪人《くろぴ》の急な襲撃には「こういうパターンか」と、ヒーローとしての経験から対応出来るのだが、人質が取られているとなるとまた話は変わってくる訳で。
しかもそれが大切なAnkerとなれば一大事。
空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)は必死で己のAnkerの姿を探した。カナオッ……どうか無事でいてくれ……!
そしてあれはカ、カナオ……!!
「あっおやぶ〜ん!」
当の古谷・カナオ(”腰巾着”・h07809)は心配をよそに、触手に包まれて身動きの限られる手を海人に振っていた。
「カナオッ! 無事か!?」
「なんかこの黒いウネウネがいい力加減で全身を揉み解してくれて……ハッ! これは、まさか……新型のマッサージマシンっすか!?」
呑気さ極まれり。『サイコブレイド』もまさか己の与えた力がマッサージ扱いされているとは夢にも思わないだろう。いやぁ、極楽極楽っす……こんなサービス頼んでないけど、ありがたいっすね〜さすが人気店っす!
何を言ってるか聞こえぬが、そんなカナオの様子を遠目で確認すると海人は安堵と共に、ひとつの疑問が浮かぶ。
大丈……夫そうだな。うん。なんか完全にリラックスタイムに突入してらっしゃるんだが、あいつ……中々タフだな?もしや|あんな《・・・》学校に通ってるから、一般人よりは肝が据わってるのか……?
しかし、あの様子なら救出は後回しにしても大丈夫そうだ。となれば、早速──。
「現像!」
変身ベルトを装着すると、海人は掛け声をかける。その声と共に、フロアへ閃光が走った──。
●紆余曲折の二人三脚
閃光が収まれば、そこには立っているのはもはや海人ではなくヒーロー『フィルム・アクセプター ポライズ』
今回は青い装甲を纏った『√妖怪百鬼夜行フォーム』──素早い速度で移動し、各属性能力を使える心強いフォームに変身した、のだが……。
「って、やべ。変身中の光エフェクトが眩しくて敵を見失った……」
その強さが仇となったのか、ヒーローを恐れる怪人の性質か、怪人くろぴは危機を察すると持ち前の『防衛本能』で海人の変身してる隙にさっと姿を隠してしまったのだった。
ただのかくれんぼと言う訳でもなく、特殊能力なのか海人の『第六感』でもその姿を探知できない。この広大なフロア、ぼやぼやしてると背後から奇襲が……なんて事も起こりうる。
けれどこんな時は焦っても逆効果だ。落ち着いて……そうだ、この隙にカナオの様子を見に行くか。海人はそう判断し、周囲を警戒しながらカナオの元へと向かった。
「……あれっ、いつの間にか親分が変身してるっす。相変わらず格好いいっす……!」
「カナオ……とりあえず敵がまだいるみたいなんだ。今助けるのは危険だから、もう少しこのままでいてくれるか?」
「合点承知! あ、じゃあ自分応援するっすよ〜! 親分の歌でも歌うっす!」
なんだそれ……海人が突っ込もうとしたその瞬間。
「親分! 後ろ!」
カナオの声に反応し、海人が振り向くとくろぴが今まさに、バールの様なものを振りかぶってこちらに攻撃をしかけるところ──。
咄嗟にバール攻撃をガードし、反撃にかかるも再びくろぴは『防衛本能』を用いて姿を隠す。クッ……このままじゃ埒が明かない!
「あっ親分! 敵、そっち行ったっすよ〜! その、柱の影っす!」
「!? ナイスだ! カナオ!」
思わぬところからのアドバイスに速度を上げ、追いかける海人。姿は見えないが……なんとなく気配は近い!
「よし、その調子であの怪人を肉眼で見張ってナビしてくれ!」
「ふっふっふ…こう見えて自分、『視力』には自信あるっす! 親分に頼まれたからには、まばたき一つせずに見張ってみせるっすよ〜!」
●電気ショックとおさかな天国(文字通り)
魚の特性をいかしてか、すばしっこく隠れ続けるくろぴだったが、カナオの集中力と親分愛はそれに追いついていく。目が乾燥してきて、ちょっと痛いっすが……親分のためなら頑張るっす!
一方、ナビの声を頼りに『√妖怪百鬼夜行フォーム』の利点である移動速度で追いかける海人。なんだかいつもより足が軽い……これはもしや、足ツボの効果なのか!?
二人のコンビネーション、そして粘り強さにようやく海人もくろぴの姿を目で捉えることに成功する。こうなればあとは、追いついて──魚は電気に弱い、常識だよな。そうくろぴへ言うと海人は右腕の『透鏡籠手・焦点覇迅甲』にバリバリと、雷の力を纏わせる。
「え、待って待って……それって……」
「さ、電気マッサージ、始めさせてもらうぜ」
逃げ場もなく恐怖に震えるくろぴへ、心を鬼にして渾身の一撃を喰らわせ──そして彼女が倒れことを確認すると、海人は変身を解除した。
女子姿の相手は怪人とは言え苦手だが……人の|大切なもの《Anker》に手を出すってことはこうなるんだ。因果応報。
しかしそういや、ナビと観察に集中してたせいかカナオにしては静かだったな。あの恥ずかしい『親分の歌』も歌う余裕がない様だし……次、また戦う機会があったら、『この手』で行くか?
おやぶ〜んと遠くで聞こえた声を耳に、海人はそんな事を思うのであった。やめろ、カナオ。今歌うんじゃない。