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それは天狗の仕業か、はたまた……?
「うぃー、きょーものんでー、あしたーものんでー、かかーがこわくて、さけがのめるかー!」
陽気な酔っ払いの声が裏路地に響く。ゆらゆらと千鳥足で、顔を赤く染めあげて、その手には怖い怖い妻への土産にちょっといい寿司を。
この後、かかぁにゲンコツ貰うとしても、まぁ、いつものこと。それもまた日常だ。
ゆらゆら、ゆらゆらと千鳥足で家路へと急ぐ。
いつもと変わらぬ日常、今日もこうして終えて、また明日が始まると思われた時だった。
「……へ?」
ぴたり、と足を止める。ぼたぼたと地面に落ちる赤いもの、一瞬遅れて酔いにより鈍くなったはずの体が痛みを訴える。
「いっ、いてぇ?!な、なんだ?!」
慌てふためいておろおろと、自分の体からとめどなく赤いものが流れている。ああ、これは……、
「ひっ、ひえええっ!!」
自分の血だ。
●●●●
「√百鬼夜行で辻斬りが発生しやした」
集まった√能力者たちを見渡して、|護導・桜騎《ごどう・おうき》(気ままに生きる者・h00327)はゆるりと告げた。
「夜道を歩いていたら、ザクリ、と。巷じゃ、天狗の仕業だなんだと騒がれてるようだが……まぁ、犯人はまだ不明、ですよ」
そんなわけで、まずは調査を行って欲しいと告げる。本当に天狗の仕業なのか、それとも別の者の仕業なのか……。
「幸いにして、今んとこ死者は出てねぇけど時間の問題だ。さて、事件自体は夜、暗い裏路地で発生している。被害者は鋭い刃で体を切り刻まれた、ってのが今んとこ分かってること。あとは調査次第、ってとこですかねぇ」
そんなわけで、頼みましたよ。
これまでのお話
第1章 冒険 『辻斬り事件を追え』

酒か、酒は良いものだ。大酒をかっ喰らって大いびきをかいて寝るのは、これぞ生きている実感が湧くというものである。
故に、この無粋ともいえる事件に、|御岳山・大真《みたけやま・おおま》(怪異噛み・h07482)は、些か不機嫌に鼻を鳴らした。
「只の辻斬りか、天狗か鎌鼬か…だがそれも、月夜の下に晒そうぞ」
たどり着いたのは先日の事件現場、普通の人間にはもはや感じられぬが、獣妖「戌神」である御岳山にはまだハッキリと血の臭いが感じられた。
くん、と鼻を鳴らして血の臭いを追う。
酒ではなく血に酔った、血狂いは何度も凶行を繰り返すものだ。故にその身には、まるで被害者達の念がこびりつくように血と死の匂いがこびり付いて離れなくなる。
くん、くんくんと血の臭いを辿り、犯人が出そうな場所に待ち構える。
何、この首は一度は身体と断たれたもの、斬る感触はあってないようなもの。
切られ役にはもってこいなものよ。
空に輝く月はなく、新月故の暗闇が街灯も届かぬ裏路地を包み込んだ。辻斬りには持ってこいの状況だろう。
さて来い、辻斬りよ。
貴様の凶行は、この夜で終いよ。
…鬼が出るか蛇がでるか。
どこか遠くで犬の遠吠えが聞こえた……。それ以外は不気味な程に静まり返った路地裏で、不意に視界の隅に光が走る。
「そこか!」
それは一種の本能、こちらへ向かってくる光に向かって卒塔婆による捨て身の一撃を与える。
――ガキィ、ン!!――
路地裏に硬質な音が響いた。む?と一瞬御岳山が眉を寄せた瞬間、光は即座に消えていった。
「……むぅ?」
ふむ、と、顎を撫で首を傾げてからしげしげと卒塔婆を見やる。
「……天狗、ではないような?」
やけに、硬質な音がした。感触も、ひどく硬かった。刀と思ったが、それよりも、ひどく……。
じっと辻斬りが立ち去った先を見つめ、御岳山はさて、どうするかと思案するのであった。
「無辜の人に襲いかかって斬りつけるなんて剣士として許し難いですっ!
しっかり調査して探偵として正体を暴いてあげますっ!」
ふんす!と気合を入れて|玉響・刻《たまゆら・きざみ》(探偵志望の大正娘・h05240)は、路地裏を歩き進む。
夜の暗い夜道はしん、と静まり返り、新月ゆえに月の光も届かない。周囲を警戒しつつ、刀の柄に手をかけていつでも抜刀できる体勢のまま足を進める。
今のところ被害者は酷く酔っていた、という話しかないが、未成年である玉響はそれが出来ない。故に、こうして裏路地を歩いているというわけだ。
「……?」
ふと、彼女の耳が何かを拾った。風の音、だろうか。何かが素早く風を切るような、音。同時に光が目に入る。
鋭い緑の光が視界の端によぎり、それは素早く過ぎ去っていく。そう、まるで天狗が風に乗って立ち去るように。耳に僅かに、老人のような笑い声が届いた。
「逃がしませんっ!」
淡く光る無数の黒い霊蝶を纏う。鍛え抜かれた走術で路地を素早く駆け抜ける。
「その正体見極めさせて頂きますっ!」
たんっ!!と軽やかに舞うように駆け抜けて行けば、視界に過ぎる緑の光、それ目掛けて刀を抜いた瞬間、「はぁーはっはっはっ!」と老人の笑い声と共に、光が消えうせた。
「っっ!……逃げられた?でも今のは……」
すっと刀を納め、笑い声が立ち去る先を見つめる。
「天狗ではなく、あれは……機械、ぽかったような?」
こてり、首を傾げて、玉響は顎に手を当てるのだった。
「また辻斬りか……」
ちょっくら調べてこいよ、と軽い感じで放り出されて現場に訪れた|三戸部・ジン《みとべ・じん》(怠惰を貪る巡査官・h00963)は、やる気が微塵も感じられぬダラダラとした様子でため息をこぼした。
街灯もない上に新月ともなれば、普段よりも暗い路地裏を見渡し、カチリ……と小さな音を立ててくわえたタバコに火が灯る。
「よっ、と……」
ハンドライトを手につけて、脳裏に前もって知らされた捜査資料を浮かべながら現場の再確認を行う。その周辺には、スキャニングドローンも浮かばせて、なんやかんやと仕事は行う男だ。
「……暗がり、鋭い切り口……死人は出てねぇとなると、なんだ?」
恨みつらみではなく愉快犯なのか、まぁ、それならそれでとっとと捕まえてボコれば終わる話、なのだが……、
「……っっ!」
不意に一瞬視界の隅に走ったドローンではない光に体が反応してその場を避ける。瞬間、鋭い何かが通り過ぎた。
「無差別か?」
舌打ちしつつ、ドローンに命じて迎撃を行わせる。咄嗟の一撃とも言えるドローンのミサイル攻撃は、相手へと直撃とまでは行かないも当たったのか、ぐらりと光が揺らいであっという間に消え去った。
「…………」
油断なく周囲を見渡し、ハンドライトで照らせば、ふと、そこにひとつ、何かが落ちてるのを見つけて拾い上げる。
「……プラスチックか?鉄じゃねぇな」
それは、明らかに硬質な、そして何処にでもありそうな、黒いプラスチック片のようであった。
第2章 冒険 『見ざる、言わざる、聞かざる』

光、老人の笑い声、プラスチック片、それらが集めた結果わかったことであった。
もしや、これは天狗なのではなく……機械によるものなのでは?と思い当たった√能力者たちは更なる情報を集めるために街へと向かうことだろう。
そいつは、暗い夜、路地裏に現れる。
喧騒に紛れ込み情報を得るか、いつでも動けるように準備をし、事件が起きたら即座に行くか、それとも戦術を組みたてて捕縛するのか……。
事件は中盤へと差し掛かるのだった。
情報はいくつか手に入った。その中でも、相手が機械であるらしいと言うのは大きいものだ。これなら少し強気に出てもいいだろうか?と、これまでの事件の情報から得たデータを分析した結果、当たりをつけた場所に張り込みながら|玉響・刻《たまゆら・きざみ》(探偵志望の大正娘・h05240)はむむむ、と眉を寄せた。
奴は比較的人が少ない路地裏などで1人でいるところ現れることが多い。まぁ、大勢がいるところで辻斬りも確かにあんまりないだろうが、被害者以外に目撃情報は取れなかった位には、徹底して一人のところを狙ってくる。
物陰に身を潜めたまま、行き交う人々を見守り、奴が出てくるのを待つ。
●●●
いつの間にか空に月が輝く時間となった。思わず、くぁりと玉響が小さく欠伸をこぼした瞬間、
「!!」
耳に、あの声が届いた。まるで老人の笑い声のような声、そして
「うわあああ!」
「させません!!」
人の悲鳴と同時に飛び出して、腰を抜かした赤ら顔の男の前に刀を構えて立つ。そこに光る緑の光、そしてやはり聞こえるあの笑い声のようなもの。
目の前には四角い箱のような影が見え、そこに天狗の顔が見えた瞬間、玉響は目を細めた。
『黒い胡蝶は死を告げる蝶、ですっ!』
玉響の体が淡く光る無数の黒い霊蝶を纏った。そして一気に踏み込み、間合いを詰めると横凪に剣を振るう。神速とも言える素早い居合の剣技に、奴は反応できなかった。
ガギィンーー!!と硬質な音、そして飛び散る火花、ガン!!と勢いよく地面に落ちたそれを見つめ、ぱちり、と玉響は目を瞬く。
「…………これ、テレビ?」
そこにあるのは、画面に横凪の傷をつけた、古く懐かしいブラウン管型のテレビであった。
「さて、今回の騒動の主は血肉を持つものではなく絡繰とな?」
ふむ、と顎を撫でて|御岳山・大真《みたけやま・おおま》(怪異噛み・h07482)は、【野生の勘】に任せふらりふらりと道をふらつく。
さて、どこから追っていったものか……、辻斬りがあった場所を把握していくのも敵のしっぽを掴むには必要だろうと、事件現場を中心に、喧騒の中の違和感や機械がありそうな場所に当たりをつける。
「そういや、聞いたかい。古い機械達がいくつかなくなってるんだと」
「ああ、ゴミの山からだろ?誰か持って行ったんじゃないか?」
ふと、喧騒の中でそんな言葉を耳にして足を止めた。ゴミの山から何かを持っていくのは往々にしてあることだが、それが『機械』であることが気になった為だ。
「のう、今の話、詳しく聞かせてくれんか?」
「あ?今のって、機械達がなくなったって話か?」
「詳しくも何も聞いた通りだよ……、そういや、例の辻斬りの被害者、テレビを新しくしたとか何とか言ってたなぁ」
「ほう……」
ふむ、となればだ……今回の事件は、テレビに宿った付喪神の仕業だろうか?と考える。それにしてはどうにも腑に落ちない部分もあるが……。
「主らの知り合いで、他にもてれびを買い換えたもんはおるか?」
「え?うーん……ああ、そうそう、いたよ」
「飲み仲間が1人、今日も居酒屋で飲んでるんじゃないか?」
「ほう!その店がどこか、教えて貰えんか?」
これなら待ち伏せもできるだろうかとそう問いかければ、彼らは訝しげにしつつもすんなりと教えてくれた。それに礼を言って、御岳山はまずはそこに張り込んでみるかと歩き出す。その時、
「そういや……ゴミの山に女の姿があったらしいぞ」
「なんだそりゃ。変な噂ばっか拾ってくんなぁ」
そんな言葉を最後に、彼らは家路へと向かって行くのを、ふむ、と、足を止めて見送った御岳山は目を細める。
「もしや……黒幕がおるかもしれんな」