愛する貴方に会いたくて
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7月7日、七夕。
愛し合う織姫と彦星が、年に一度だけ会う事を許された特別な日。
そんなロマンチックな日に、一人の女性《織部・星菜》が溜息をつく。遠距離恋愛で頻繁に会う事が出来ず、それこそ七夕の日に会おうという約束だった。けれど何時からか──何年前からか、彼は忙しいと言って会えない日が続いた。
毎年、七夕が来る度に決まった場所へ行くけれど、それでも彼は現れない。
──嗚呼、きっと嫌われてしまったのかもしれない。
縁結びの神社にお参りしては、彼との連絡を待つ毎日。またきっと、彼から連絡してくれるかもしれない。そう思い今日もまた神社へと歩いていたが──淋しさが込み上げてきた時……ただただ、心に穴が空いている。
そんな中で、どこからともなく囁きかける。
それは優しく誘うような──そんな声。
『貴女も裏切られたのね……裏切る存在は、許せない…そうでしょう?』
裏切り……?大切な人がいるのに、一人なわけがない。
そう思いたくて、ただ連絡取れないだけ、忙しいだけ。ただ、それだけなはず。
『いいえ、貴女は裏切られた……可哀想に……』
「違う、っ……!彼はきっと違うわ、っ!」
まだ信じたい、彼との繋がり。
けれど、古妖の囁く言葉が少しずつ蝕んでいく──。
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「…信じるもんを揺さぶるような古妖が現れるらしい。それも、標的は女が多いとの事だ」
煙草の白煙と溜息を同時に吐き出しながら、天使・夜宵(熱血を失った警官・h06264)は静かに呟いた。
曰く、古妖は男に裏切られた女性を標的に囁きかけ、その恨みを果たそうとする。未だ標的となっている女性は抗ってはいるらしいが、それも時間の問題である事を説明して。
「まだ、標的を説得出来る余地はある。まずは、何を抱えているのか悩みを聞いて説得を試みてくれ」
女性を説得出来たとしても、女性の想い人だけでなく、今度はその女性も危険な目に遭う可能性がある。だからこそ、何としてでも古妖を封じる必要があると。
女性は毎日縁結び神社に足を運び、彼との繋がりを絶ちたくないという願いを込めてお祈りしている。声を掛けるなら、そのお参り後が良いだろうと付け足して。
「裏切りだとか、何だとか……女の恨みは怖ぇっつーが、それを助長させるなんざ面倒な事をしてくれるもんだ。相手は強敵。一般人を守りながらにはなるが、くれぐれも無理すんなよ」
短くなった煙草を携帯灰皿に捨てて、後は任せたと能力者達を見送るのだった。
第1章 日常 『縁結び神社』
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今日もまた、織部・星菜は一人縁結びで有名な神社でお参りをする。
連絡も疎らとなってしまった彼と会いたくて、話がしたくて──そんな思いを抱きながら、寂しさを紛らわすように過ごしていた。
「嫌いになった、でもいいから……何かしら、聞きたいな」
出来れば悲しい言葉は聞きたくないけれど、何も無いままは嫌だから。何も出来ない今、願うしかなくて。ふと視界に入った笹飾りと短冊を手に、寂しさを紛らわせていた。
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今日は七夕。年に一度、恋人同士が出会える日。
そんな日に縁結びの神社にて懸命にお参りする織部・星菜の姿を遠くから眺めるのは、星詠みからの情報で神社に足を運んだ菅原・胡桃(人間(√妖怪百鬼夜行)の載霊禍祓士・h05034)。
どこか寂しそうな表情を浮かべる様子は心配で、そしてそんな彼女を狙う古妖がいるとなれば、当然見捨てるわけにもいかない。
お参りを終えた星菜が重い足取りで帰ろうとしているところに、胡桃は穏やかに微笑んで声をかける。
「表情が暗いですね…。何か悩み事ですか?」
「……えっ?」
突然話しかけられた事に星菜は驚きを見せた。怪しい者では無いと示すように、胡桃の声色は優しく、何処までも穏やかな表情で。
「悩み、と言えばいいのかな……ちょっと、ね」
「見知らぬ人間に打ち明けにくいかもしれないですが……一人抱え込むよりお話することで、その抱える悩みを解放できることもあると思います」
星菜の表情も声も沈んだまま、初めて会う人に話しにくさもあるけれど、それよりも何よりも言葉にする事が怖かった。口にしてしまえば、それが現実になってしまうような──。
そんな不安を少しでも拭い取ってあげたいと考えた胡桃は、触れる事に若干迷いはあったけれど、星菜の手を取り両手で包み込む。少しでも話をしやすいように、不安が解けるように。
触れてくれた胡桃の手の温もりが伝わり、見ず知らずなのにこんなにも気にかけてくれた事で、お参りをしていた先程まで抱えていた不安が和らいでいく。
この人になら──そう思い、星菜はポツリと口を開き始めた。
「…実は、遠距離恋愛をしてる彼氏がいるんです。付き合いも長くて、連絡も頻繁に取り合っていたんだけど……ここ数年、ずっと連絡が取れなくて」
「それで、お参りを…?」
「毎年、七夕には会おうねって…二人で決めてたの。だから、こうしてお参りしたら連絡くれるかなって」
織姫と彦星は互いに愛し合っていたが、一年に一度だけしか会えないという制限がついてしまった。だからこそ、唯一会える日は何よりも特別な日になっている。
星菜にとっても、この七夕は遠距離で過ごす彼氏と唯一会える日であり、特別な一日になっていた。彼氏が何故連絡出来ないのか、何か理由があるのか。
どちらにしても、連絡が無くて寂しくなるのは無理もない。
胡桃は星菜にどう伝えようか考えれば、小さく微笑んで伝えるのは繋がり。
「大丈夫です。きっと、お仕事が忙しいだけだと思います。その彼氏さんも会いたいはずで、貴女に会うために頑張ってると思うんです」
「……仕事が忙しいだけ、そうなの…かな」
「信じて、待ってみませんか?それこそ、久しぶりに会った時に何をしようとか、楽しい想像をしてみてもいいかもしれません」
「楽しい想像……。久しぶりに会ったら、二人お気に入りのカフェに行きたいな。あと、彼は甘党だから…新しく出来たケーキ屋さんにも行きたい」
そう話していく星菜の表情は、少しずつ明るくなる。彼がどんな人も話してくれる様子に、胡桃は安堵の表情を浮かべていた。
(少しでも、元気になって良かった…)
この様子なら、古妖が復讐を促したとしても大丈夫かもしれない。二人に危害がいかないのなら、役目は果たせたはず。
星菜もまた、自分より若い女の子に心配かけてしまったと申し訳なさもあるけれど、一人で悩んでいた時と比べて心が軽くなった事に感謝しながら、胡桃と共に暫く雑談を楽しむのだった。
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面倒事が苦手な星詠みが伝えてきた仕事内容を聞くなり、白露・花宵(白煙の帳・h06257)は物珍しそうに感じながらも、情報にあった縁結び神社へと足を運んだ。
七夕というのもあり、笹飾りと短冊が視界に入れば信心深いわけではなくとも、願ってみてもいいかもしれない。
そう思いながらご自由にどうぞと書かれたスペースに置いてある短冊に手を伸ばそうとしたところで、ずっと笹飾りを眺める星菜が視界に入る。伸ばしていた手を引き、ゆるりとした足取りで近付き声をかけた。
「どうしたんだい、深刻な顔で短冊を見つめて。それほど叶えたい願いでもあるのかい?」
「えっ……?あ、えっと…はい」
「あたしもね、信心深いほうじゃあないが、七夕だし一等大事な男との縁を願って来てみたんだ。お前さんは?」
「わ、私はその…ここの神社、縁結びのお願いが叶うと聞いて。その、会いたい人に会えますようにって願掛けしてたんです」
静かに話を聞きながら、花宵は自分の事も混じえて話をしていく。
遠距離恋愛で会えないから願う……その気持ちも分からなくもないが、花宵はどうにも理解出来ない部分があった。それがずっと引っ掛かると、自然と眉を顰める。
「そいつは辛いねぇ。けど、お前さんは自分でなんかしたのかい?」
「……えっ?」
「待ってばかりで、織姫にでもなったつもりかね」
「そ、それは…そんなつもりは……!」
「会いに行く術なんざ、幾らでもあるだろう?なんで自分から行かないんだ。それで言葉が欲しいなんざ傲慢だよ」
「……!」
花宵の言葉に星菜は言葉が詰まる。
言われてみれば、待つばかりで何かしただろうか。否、結果的には自分からは何も出来ていない。
花宵の言葉が正論だからこそ、無意識に悲劇のヒロインを演じてしまっていたんだという事実に星菜は漸く気付いた。短冊に願いは込めたけれど、行動しなければ何も変わらない。そう思うと、星菜は結んだ短冊を外してクシャリと丸めて真っ直ぐ花宵を見据えた。
「お姉さんの言う通りです……私、何もしてなかった。神に縋るだけで、ただ怯えてただけだった。ちょっと怖いけど、自分から連絡してみようかな」
「あぁ、良いんじゃないかい?たまには神頼みするのも良いだろうけどね。欲しいものは自分で手に入れるもんさ」
この手で繋ぎ止めたい縁があるのなら、自分で手網を引いた方が自分のだと実感出来る。それでも縁が途切れる事もある、それもまた人生。
花宵の手厳しい言葉で自分の行動が間違っていた事に気付いた星菜は、待つだけの織姫でいることをやめて行動する事を心に決めた。
この様子なら、仮に古妖が来たとしても大丈夫だろう。今の星菜の様子から安心しつつ、花宵もまた叶えたい縁を密かに願うのだった。
第2章 ボス戦 『紅涙』
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──憎い、憎い、憎い。
怨念を纏い現れたのは、|王権執行者《レガリアグレイド》の古妖『紅涙』。花嫁道具の付喪神となれなかった古妖は、傷付き悲しむ女性の負の感情に引かれるがままに姿を現した。
『寂しい、悲しい……男は裏切った。傷付け裏切った男に復讐を……』
「な、なに……?!」
『待てども会いに来ないのは何故か。男など、所詮簡単に裏切る存在……』
突然現れた『紅涙』に動揺するものの、星菜は恐怖に震えながらも首を横に振る。裏切ったわけじゃない。彼を信じる事、自分も行動するべきなんだと背中を押してくれた。ならば、今自分がやるべき事は決まっている。
「私は、復讐なんてしない…!彼を信じる、もし来なかったとしても……待ってるだけなんてしないって決めたから!」
『何故、何故……お前も裏切るなら、ここで始末するまで……!』
前を向く姿勢を向けた事で怒りを露わにする。
叫び、苦しみ、嘆き──それらを込めて、襲撃し始める。
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「タイミング良く敵のボスがお見えですね」
古妖『紅涙』が姿を現したその時、ハコ・オーステナイト(▫️◽◻️🔲箱モノリス匣🔲◻️◽▫️・h00336)は不穏な気配を察知して神社に辿り着いた。
「なんだか、大変そうな場面に出くわしてしまいましたね」
明らかに今まで出会った古妖と雰囲気が違うのは、|王権執行者《レガリアグレイド》に選ばれたからか。ハコは【レクタングル・モノリス】を手にすると、広範囲に放ちながら【|朽ちた積み木《フラクタル・モノリス》】を発動。
「|機構解放《レクタングル・リリース》 朽ちた積み木……」
【レクタングル・モノリス】が複数に分割されれば【フラクタル・モノリス】へと変わり、広範囲に放たれた後『紅涙』めがけて弱い音波で攻撃を仕掛ける。
一撃一撃は強くなくとも、付喪神崩れの古妖へ着実にダメージを与えていく。
『ぐっ……そんな、小細工を…!』
少しでも『紅涙』の攻撃を緩める事が出来るならそれで良い。ハコの狙いは、仲間が少しでも倒しやすくするための援護なのだから。
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警視庁刑事部特殊捜査四課に保護してもらう中で、その見返りとして様々な事件を解決するために時折情報で聞いていた古妖の情報が入ってくると、柳・依月(ただのオカルト好きの大学生・h00126)は手助けのために神社へと足を運ぶ。
依月自身が怪異のような存在だとしても、人が営む文化が好きだからこそ、傷付く仲間を守ろうと【|水底の祈祷《ミナソコノキトウ》】を発動。
「ほら……お前らの出番だぜ。 死人に鞭打つ気はねえ。だけど―― 生きてる奴らは、まだ戦える」
依月の援護は仲間達の傷や一部壊れてしまった神社などをも癒し、仮に戦闘が激しくなったとしても死なない限りは全て元通りになる。
「人間の作る文化ってのが好きだからな。困ってる人を助けるのは当然だぜ」
人の縁を繋ぐ場所も、祈りに来た人々。
ネットロアである依月にとって、自分達を語り継いでくれる存在が愛おしいからこそ、これ以上被害を出さないために守り続ける。
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「アイツを倒せばいいのか」
身長よりも大きな斧を手に、日向・炎陽(信仰心無き金烏武者・h07672)は古妖『紅涙』を唯一見える左眼で真っ直ぐ見据えながら【大斧】を構えた。
難しい事を考えて戦うのが苦手なのもあり、敵ならば倒すだけだと一気に距離を詰めれば身長より大きな斧を力任せに振り回し、【|斧刃終ノ舞《フジンツイノマイ》】を繰り出す。
「全てを叩き込む」
重量込めた重い一撃に『紅涙』のダメージは大きいもの。綺麗な花嫁衣装は大きく裂かれ、その他の花嫁道具も罅が入ったりと傷は大きくなっていく。
例え信仰心が無くとも、金烏武者として武力で仇なす存在を倒していく。目の前にいる古妖は倒す存在として見据えれば、炎陽は力の限り斧を振るい続ける。
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「クユリより旧き鼓動へ。埋もれし戒律。沸き立つ海。天地揺るがす猛り。紡げ!」
汎用魔術媒介である【ルテラの欠片】の小瓶を『紅涙』目掛けて放り投げ、【|竜魔合一:装竜《ドラゴンズソウル》】を詠唱すれば凌ヶ原・クユリ(異端魔術士ストレンジ・アート・h02411)は竜人の肉体を纏って【魔竜衝・六連】を繰り出す。
その一撃一撃は重く、大きく裂かれた付喪神崩れの肉体に更なる傷が増えていく。それだけでなく、得意とする炎の魔術も駆使する事で、綺麗だった花嫁衣装はところどころ焼け焦げた。
「弱みにつけ込むなんて許さないッスよ」
果たしたい復讐のために、傷付く心を利用するやり方を見過ごすわけにはいかない。
魔術媒体の入った小瓶を手に、クユリは仲間達と協力して戦い続ける。
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様々な√能力者の邪魔が入ると、古妖の怒りは増していく。
『何故否定する、何故、何故……!私ばかりが不幸になる……!』
攻撃してくる事で存在の否定と捉え、その怨嗟は膨れ続ける。長年続く拒絶は今この戦いの中でも『紅涙』を苦しめ続け、そしてその矛先は狙いをつけた標的へと向けていた。
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──苦しい、憎い、裏切りは許さない。
深い悲しみから復讐を煽ろうとした古妖『紅涙』は、星菜からも拒絶されてしまえば怒りを強く露わにする。千切り捨てられた嫁入り道具達に込められた怨嗟により、神社で売られていた破魔矢が星菜を殺そうと勢いよく飛んで来た。
「きゃぁあっ!」
「危ない……!!」
胡桃は素早い動きで間に入れば卒塔婆で受け止め、そのまま破魔矢を弾き落とした。守るように星菜の前に立ったまま、真っ直ぐ『紅涙』を見据える。
そして、投げ掛ける言葉は復讐に揺らがないためのもの。
「…大丈夫ですか?気持ちを強く持ってください。彼氏さんは裏切ってなんていないですよ。貴女が好きになった、大切な人なんですよね?貴女が信じてあげないとですよ」
自分が信じなければ彼にも危害が加えられてしまう。今の彼がどう思っているのか分からなくとも、自分のせいで危険に及ぶ事は避けたい。
胡桃達が背中を押してくれたからこそ、大切な人を信じると決めたからにはここで揺らぐわけにはいかない。星菜は戦いの邪魔にならないよう少し下がりつつも向き合う姿勢を見せていた。
「大丈夫、私はもう揺らぎません…!」
星菜の決意に満ちた言葉が聞ければ、胡桃は安心して少し振り向き笑顔を見せる。
心配事は無くなった。あとは目の前にいる古妖を倒す事に集中しようと、もう一つの武器である【風の扇】を取り出した。
「彼女の気持ちは強いですよ。愛する男性を想う気持はより強大なんです。乙女の気持ち甘く見ないでほしいですね」
ひらり、ひらり。
ここは先手必勝というように【風の扇】を二度、三度と舞うように振り上げれば、鋭利な風の刃が生まれ、『紅涙』めがけて複数のかまいたちが斬りつける。
『く、あ、ぁあ……!』
風を自由自在に操りながら扇を振り翳し、かまいたちによる古妖への攻撃を繰り返す。古妖が神社にあるものを使い、怨嗟で操って攻撃してきたとしても、胡桃や星菜に当たる前に風で断ち切られた。
「そんな攻撃は当たりませんし、彼女の事も殺させません」
軽やかに舞いながら、胡桃は一気に距離を詰めると卒塔婆を構えて『紅涙』めがけて勢いよく振り下ろせば、グラりと怯んで隙だらけに。そのまま【風の扇】によるかまいたちで追い打ちかけれれば、花嫁衣装はボロボロになり始めていた。
『おの、れ…許さぬ…許さぬ……!』
「貴方の復讐はここまでです。観念してください」
復讐がこの先も続いてしまえば、更に悲しむ人達が増えてしまう。それを見過ごすわけにはいかないからこそ、怨嗟を断ち切るために、前を向き始めた星菜のために胡桃は戦う。
戦うことを見守る事しか出来ない星菜もまた、戦いの邪魔にならないように離れているけれど、大怪我しないように祈り続けていた。
『我が復讐を、邪魔するな……!』
「これで、最後です」
卒塔婆を振り被り、その勢いのままに力強く振り下ろせば『紅涙』を形作る花嫁道具は粉々に砕け散った。
『嗚呼……また、拒まれ……』
切なさを帯びた言葉を残し、黒い霧となって跡形もなく消えていく。
拒まれる悲しみや虚しさは理解出来、同情出来ないわけではない。それでも復讐の道を選び、怨嗟を振り撒き罪なき人々を巻き込むのは間違っている。
「……少しでも、安らかな気持ちになりますように」
ここは縁結びの神社。良き縁がいつか繋がるようにと祈るくらいは出来る。静かに祈りを捧げた後、胡桃は星菜避難している場所へと戻るのだった。
第3章 日常 『宵闇涼しく、華恋な唄』
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古妖『紅涙』の脅威は消え去った。
神社内は何事も無かったかのように参拝客で賑わい、縁が結ばれるようにと神頼み。七夕という日もあって、短冊に願いを込める人の姿も。
そんな中で、星菜は賑わう人達を眺める。自分が弱かったから狙われてしまったのだと、分からないなりにでも理解出来た。それでも自分を責めてばかりではいけないことも理解しているからこそ、前を向くと決めたからこそ俯かずにいた。
夜も近付き、気付けば露店が立ち並んでいて、小さな祭りが開かれようとしていた。この後の時間は、神社の祭りを楽しむ事も出来る。星菜に一声かけ、行く末を見守るのも良いだろう。
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縁結びの神社で行われている小さな夏祭り。様々な露店で買い物する人々や参拝客で賑わう中、柳檀峰・祇雅乃(おもちゃ屋の魔女・h00217)もまたお祭りを楽しもうと祭り会場の神社へやって来た。
「お祭りの規模は小さいけど、かなり賑わってるわね。せっかくだし、何か食べ歩いたり遊んだりしようかしら」
食べるなら何にしようかな?と考えながら、あちこちから漂う香ばしい匂いや甘い匂いは空腹を誘う。あれこれと迷った後、祇雅乃が選んだのは定番のたこ焼き。香ばしいソースの香りと踊る鰹節は見た目からも食欲をそそり、邪魔にならない場所へと移動してから早速一口冷ましてから頬張れば、出来たてでハフハフしながらも間違いない美味しさに舌鼓。タコも大ぶりで、あのタコ焼き屋は当たりだったのが嬉しくなる。
小腹を満たした後、他にも何かあるかな?と眺めていた中に射的を見つけ、子供達が必死にお目当てを狙って撃つのを眺めていた。景品に当たっていてもビクともしないのが目立ち、明らかに良くない商売しているのが分かった。
子供達に対してこんなズルいやり方は敵だと思えば、お金を出してジッと店主を見遣る。
「……あまり下手な商売してると怒るわよ?」
祇雅乃の威圧にあくどい商売してる自覚があったからか、店主はビビってしまい、子供達が狙ったものを的確に狙って撃ち落とすと有無を言わさず景品を受け取る。そして、そのまま子供達へとプレゼントして。
「これ、欲しかったのよね?」
「わぁ、ありがと!」
子供の笑顔は幸せだからこそ、楽しい思い出に出来たことが嬉しくて。
もう少し見て歩いてから帰ろう。そう思い、祇雅乃は時間が許す限りお祭りを楽しむのだった。
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古妖『紅涙』の脅威は消え、縁結び神社に平和な日常が戻る。狙われていた星菜も無事な事にホッと一安心した頃、飾り付けられた提灯が灯り始め小さな夏祭りが開かれようとしていた。
せっかくならお祭りを楽しんでから帰ろうかなと考えた後、どうせ祭りを楽しむならと星菜に視線を向ければニコッと微笑んで一つ提案をしてみる事に。
「一緒に露店巡りでもしませんか?気分転換にもなりますし。怖い思いさせてしまいましたから、幾つも見て楽しましょう?」
「え、っ?でも、元はと言えばきっと私が原因だし……」
自分の弱さのせいで巻き込んでしまったという罪悪感から、遠慮気味な様子を見せてくる。不安も分かる、けれど大丈夫と伝えるように胡桃は星菜の手を取った。
「気にしないでください。私にとって、ああいう事は日常茶飯事ですから」
「に、日常茶飯事…?!」
いつも戦ってるという事に驚きを隠せずにいたが、助けてくれたお礼もしたいと考え、星菜は重なる手を取り大きく一つ頷いて見せて。
「あ、えと……助けてくれたお礼もしたいから、何か奢らせてください!」
「そんなお礼なんて……いえ、ではお言葉に甘えて」
胡桃はそう言いかけたが、無下に断るのも違うだろうと思えば早速と人々で賑わう露店へ星菜と共に足を運ぶ事に。
美味しそうな匂いもあれば、ちょっとした遊びで賑わう露店もあり、小さい規模でも十分に楽しめる露店の数々。何にしよう、あれ美味しそうだねと色んな話をしながら見て回り、選んだのはかき氷の屋台。胡桃はマンゴー、星菜はイチゴのかき氷を選び、少し人並みから外れたところでシャクシャクと軽く混ぜてからお互い一口。
「ん、冷たくて美味しいですね」
「うん、夏のかき氷って美味しいよね」
戦って体動かした後というのもあってか、かき氷が火照る体を冷ましてくれる。更には甘くて美味しいものは疲れも取れて、こうして一緒に食べる人もいる。それだけでも、十分に最高の美味しさだ。
かき氷を楽しんでからも二人は露店巡りを続け、気付けば空は月が顔を見せていた。
「あ、もうこんな時間でしたか」
「見て歩いてたら時間経ってたね。今日は、色々とありがとうございました」
キッカケは長らく会えてない恋人と会えるようにという願いから始まった。神様が繋いだ新たな縁は、√能力者との出会い。命を狙われたけれど、助けてくれて背中を押してくれた大切な人達との繋がり。
この先彼女の想い人に再会できることを祈りながら、胡桃は星菜と別れ、縁結びの神社を後にした。
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祭りが終わり、星菜は家へ帰ろうと神社を出て帰路に向かっていた。すると──。
「星菜……!」
「えっ?」
不意に名前を呼ばれ、振り向いた先にいたのは会いたかった想い人の姿が。
夢?現実?けど、確かに名前を呼んでくれた。
「ごめん、ずっと連絡出来なくて」
「ううん、平気。忙しいのかなって思ってたから」
「かなり忙しかった、かな。でも、今日この日のために死に物狂いで仕事してたんだ」
そう言いながらポケットから取り出したのは小さな箱。ゆっくりと開け、キラリと銀色に輝く指輪が入っていた。
「俺と、結婚してくれないか?」
「……!!」
思いもよらない彼からのプロボーズ。あまりの嬉しさに涙を零しながら、何度も何度も頷く。
「私で良ければ、喜んで……!」
復讐に囚われてしまったなら、きっとこの幸せは手に入らなかっただろう。縁結びの神様と今日知りあった人達が繋いでくれたからこそ、今こうして彼と再会出来たのだ。
(ありがとう、ずっと忘れないよ)
今日の出来事は、様々な意味で忘れられない日になった。信じる心を胸に、きっと前を向き続けるだろう。