シナリオ

あじさいダンジョン

#√ドラゴンファンタジー #花食みダンジョン

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「また√EDENにダンジョンができたの。やっぱり花がたくさんよ」
 慌てるよりも不思議そうに、楸・風凛(星詠みのきささげ・h04825)は話し始めた。
 √ドラゴンファンタジーの疑似異世界『ダンジョン』。それを生み出してしまう『天上界の遺産』を何者かが√EDENへ持ち込んだらしい。
 放置するとダンジョン近辺の住民がモンスター化してしまうから、ダンジョンの核になっている存在を倒すことでダンジョンを破壊しないとならないのだけれど。
「このダンジョンも、何故か植物がたくさん生えているの。
 今回は、あじさいがいっぱい。普通のあじさいは背が低いと思うんだけど、すっごく育っちゃってて。ダンジョンを進んでいくと、手が届かないぐらい高かったり、トンネルみたいになっちゃったりしてるところもあるみたい」
 場合によっては行く手を遮るあじさい、ということもあるかもしれない。
「それと、傘をさすと、何故か雨が降ってくるみたいなの。急にお天気が悪くなる、というわけじゃないみたいなんだけど……でも、雨に濡れたあじさいも綺麗よね」
 不思議に首を傾げるそこに、わくわくが混じってきて。
「せっかくだから、あじさい散策、楽しんできてね」
 そう言って、まるで遊びに出かける友達を送り出すかのように手を振った風凛は。
 はっ、と気づいて動きを止めた。
 そうです。これはダンジョン攻略の依頼なのです。
「ええと、ダンジョンは、奥にいる√能力者を倒せば破壊できるからっ。
 もしかしたら、途中で、天上界の遺産を持ち込んだ相手と遭遇できるかもしれないし」
 はわわ、と慌てて付け加えると、ごまかすように何度も頷いて。
 両手を胸の前でぐっと握りしめると、精一杯の真剣な表情を見せた。
「とにかく、頑張って!」

 ぴよ。

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第1章 冒険 『異常繁茂する植物』


 そこにはあじさいが咲き乱れていた。
 あじさいの名所ではない。むしろあじさいは1本も生えていない場所だった。
 そんな地に突如として現れたあじさい山とも言える景観。
 花の色は様々で、青に白にピンク、紫も赤紫から青紫まで。緑がかった花もある。花の集まり方も定番のこんもりと球のように咲くものから、花が縁取るように咲くもの、花火のように広がっているもの、円錐形を象るものなど。そして花そのものにも、花弁が丸っこいものがあれば尖ったものもあり、あじさい、と言っても本当に多種多様。
 しかし、その全てが生い茂り咲き乱れ、さらには低木のはずのその高さが見上げるほどにまでなっているのは、咲狂いとも言い難いほどの異常。
 山など斜面にずらりとあじさいが咲いて壁のように見えることもあるが、ここではあきらかに縦に伸び、生えて、咲いている。時にトンネルとなって頭上をも覆うように。時に行く手を阻むように。
 そして、不思議な景色には、もう1つ、不思議があった。
 傘をさすと雨が降るのだ。あじさいが咲く中で、傘を開くと、それを合図にしたかのように空から水滴が落ちてくる。
 しとしとなのか、ぱらぱらなのか、ざあざあなのか。それは分からないけれど。
 あじさいに合う雨ならば望むところ、かもしれない。
 ――そこは、ダンジョン。
 √EDENに持ち込まれた天上界の遺産が生み出した、雨の花の疑似異世界。
 
矢神・霊菜
矢神・疾風

「紫陽花の咲き乱れるダンジョン……ふふ、思った通り素敵ね」
 集まる花を眺めながら、|矢神《やかみ》・|霊菜《れいな》(氷華・h00124)は微笑んだ。
 色も形も様々な花のかたまり。それがいくつもいくつも、緑色の大き目な葉を背景にして、途切れることなく続いている。青い瞳に違う色を、違う形を映す度に、霊菜の口元がふんわり緩んでいく。
 ダンジョンはいつも行っているけれど、行く場所はいつも違うから。疑似異世界ゆえに毎回違う趣きがあり、新鮮な楽しみが味わえる。
 今回もそう。いつものダンジョン探索。でも初めての世界。
 それに。
「本当に紫陽花ばっかり、しかもすごい数咲いてるんだな」
 隣を行くのは夫の|矢神《やかみ》・|疾風《はやて》(風駆ける者・h00095)。
 彼が一緒にいるのなら、何時だって何処だって新しい|ダンジョン探索《デート》。
 青い花を指先でつんっとつついて、ちらりと疾風を目で示して。いいでしょ、とあじさいにちょっと自慢してみたり。
 振り向くと、ん? と疾風が笑顔で小さく首を傾げていたから。
 何でもないというように笑い返して。
「晴れ間に咲く花も素敵だけど、雨にしっとり濡れた花も素敵よね」
「そうだなー、せっかくだから雨粒滴る紫陽花も見たいよな?」
 違う色をと口にすれば、同意が返ってくる。
「よし、霊菜! せっかくだから相合傘で雨の日デートなんてどうだ?」
「いいわね」
 提案に頷くが早いか差し出されるのは開いた傘。
「あら、傘を持ってくれるの?」
「もちろん」
 片手で傘を持って片手で招く疾風に霊菜がそっと寄り添えば、ほどなくしてぽつぽつと空から水滴が落ちてきた。
 にわか雨から小雨になって、あじさいの花がしっとり濡れていく。
「霊菜、濡れてないか? 大丈夫?」
「ふふ、やっぱり私の旦那様は世界で一番優しくてカッコいいわ」
 1人用の傘に2人入っているからどうしても濡れてしまう。でも、霊菜は濡らさないようにと気遣って、傘の恩恵のほとんどを与える疾風。
 愛されていることに喜ぶ霊菜だけれども、疾風の肩から背中、傘を持たない腕が濡れていくことに気が付かないわけがないから。
「でも、貴方があまり濡れるのは心配になるわ」
「オレ? オレは濡れても良いんだよ! 水も滴るイイオトコって言うじゃん?」
「水なんてなくても充分なのに」
 誤魔化すような軽口に、素直な感想を返して。言うだけじゃ疾風が濡れてしまうのを止められないと感じた霊菜は、うーん、と少し考えると。
「なら、これはどうかしら」
 疾風の腕を取り、そこに自身の腕を絡めて、2人の距離を縮めた。
「ほら、これならそんなに濡れないでしょ?」
「そうだな」
 ぴったりとくっつけば、1人分のスペースでも大丈夫。まあ、歩く動きでどうしても濡れてはしまうけれど、ただ並んでいるよりは全然濡れない。
 それに、互いの体温が伝わるくらいに重なったならば。
 どう? と見上げてくる霊菜の顔が、近い。
「それじゃ、せっかくだから……」
 だから疾風は、少しだけ背を屈めて。
 傘の陰で完全に重なる2つの影。
 そして互いの顔を見つめながら笑い合うと。
「こういう秘め事も、良いものね」
「ふふん、雨の日の特権だなー♪」
 腕を絡めたそのままで、あじさいの道をぴったりと歩いていった。
 

ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ
呰海・夜音

 花を見ようと、そう思ったのだ。
 ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ(|回生《ophis》・h07035)は、あじさいの路を行きながら、傍らを見る。
 花を見る。だから。
 |呰海《あざみ》・|夜音《やと》(我が神に捧ぐ・h07337)に声をかけた。
 夜音は白い髪の下でピンク色の瞳を細め、嬉しいです、お供します、と応えて。
 一緒に来てくれた。
「このダンジョンだとこんなに高い場所に咲いたりするんですね。
 ここなんてトンネルみたいになっていますよ」
 頭上に咲くあじさいを面白そうに見上げ、片手をゆるりと伸ばした夜音につられるように、ウォルムも視線を上げる。
「これは、一般的な咲き方ではない?」
 さらりと長い髪が流れるのを感じながら首を傾げると。
「ええ。知っている紫陽花は低い位置で咲きますから」
「そう。不思議だね」
 返ってきた答えを聞きながら、ウォルムはあじさいを見上げ続けた。
 夜音は、花だけを見るその姿を見つめて。
 花を見に来たのだから、と確認するように思って。
 ふと振り向いたウォルムに少し驚く。
「ああ、頭に気をつけて」
 言ってすぐにウォルムはまた視線を上げ、あじさいを見るけれど。
 ささやかな言動が、気にかけてもらえることが、夜音は嬉しく。誘ってもらえた時と同じ微笑を浮かべた。
 これが、我が神。
「夜音」
 そしてウォルムは、そんな夜音の表情を見ぬまま。
「君は、花は好きだろうか?」
 あじさいを見ながら杖をつき歩みを進め、会話を続ける。
「そうですね、見れば美しいとは思います。好きか嫌いかで言えば好きですよ」
「私は嫌いではない。生物は内に変化を宿すから。
 ヨルマは。紫陽花は、好みではなかったようだが」
「紫陽花は食べるものではないですから」
 ウォルムの眷属である蛇。あじさいの傍に在るのは絵になるだろうが、草食ではないだろう。それにそもそもあじさいには毒がある。食べるものではない。
「花言葉。知っているかね?」
 そう思う間に話題は変わる。ウォルムが変える。
「移り気だ。誰が決めたのか。
 花はいつも一途だ。自分自身だけを愛している」
「ふふ、人が決めるものですからね」
「移り気なのは人ではないか」
「そうかもしれません。
 ウォルム様はご存じですか? 紫陽花には色によっても花言葉があるのです」
「色によって? それは知らなかった」
「ほら、あの白いのは一途な愛情というのですよ」
「未知とは良いものだ。君との話題になる」
 そして心を向けてくれる。
 我が神は傍に在ることを認めてくれる。
「夜音」
 名を呼んでくれる。
 これ以上のことがあろうか。
「君は、雨は好きだろうか?」
「そうですね……」
 だが今度は、夜音の答えを待たずにウォルムは告げた。
「私は好きではない。現象に変化はない」
 1つ1つ知っていく。
 そして1つ1つ応えていく。
「では、雨が降ったなら俺が傘を差します」
「傘か」
「雨音なら変化もありましょう」
 でも今は、夜音は傘を差さない。このダンジョンでは傘を差すと雨が降る。
 だから、思いの傘だけを、差しかける。
 ウォルムは、こん、と杖を音を立ててつき。ふと立ち止まって。
 あじさいから夜音へと、その双眸をゆるりと動かした。
 夜音も足を止めると、ウォルムへ向き直り。視線を穏やかに受け止める。
「夜音。共に歩こう。花見は春だけのものではない」
「ええ、我が神」
 数多の色の花の下で。移ろうことなく。
「君が望む限り、私は君の神である」
「あなたが赦す限り俺は傍にいますから」
 我が神の傍に。白いあじさいとして。

テオドラ・イオネスク

「美しい光景であるな」
 テオドラ・イオネスク(夜を歩く者・h07366)は傘を差してあじさいの花を眺めながらダンジョンをのんびりと進む。
 今はまだ戦いの気配はない。ならば折角の景色を鑑賞しようと緑瞳を向けて。
 しかし。あじさいという花に抱いていた、丸くて可愛いイメージは、これだけひしめき合って、しかも見上げる高さにまで積みあがるように咲いている光景には、あまり当てはまらない気がする。
 それでも、1つ1つを眺めれば、花の色形や重なり方、それぞれに魅力があり。美しさを感じられたから。
「なかなか好みだ」
 テオドラは呟き、見上げた。
 傘をたたく雨音が静かに響いている。
 しとしと、と表現できるくらいの穏やかな雨。
 テオドラは流水には強いタイプの吸血鬼。ゆえに雨も平気だが、土砂降りは好むところではない。服が濡れる。
 だからこのくらいの柔らかい雨がいい。
 傘を差した途端に振り出した、不思議な雨だけれども。
 不思議、といえば、このあじさいもか。
 低木らしからぬ高さや、異常繁茂と言える程に咲き誇る花の数。
 それよりもなによりも。
「あじさいというのは土によって咲く色が変わるそうだが……」
 青に赤に白、紫やピンク、緑まである花の色。
 ここには様々な土があるのだろうか。
 それともダンジョンの力が色とりどりの光景を作り上げているのか。
「なんとも不思議である」
 研究者気質ゆえに、テオドラは好奇の視線をあじさいにも向けた。
 でも。
 花は美しく。
 雨はしとしと優しいから。
「――不思議は不思議のままが美しいかもしれないな」
 テオドラは傘を差したまま、のんびりとダンジョンを行く。

猫宮・弥月

「雨の中の紫陽花も、風情があっていいよねぇ」
 傘をくるりと回しながら|猫宮《ねこみや》・|弥月《みつき》(骨董品屋「猫ちぐら」店主・h01187)は穏やかな笑みを浮かべた。
 よく憂鬱と言われる雨の散歩もたまになら楽しいもので。以前買った猫の柄の傘の活躍に、その上を絶え間なく跳ね続ける雨の音に、心弾ませのんびり歩く。
 しとしとと傘に当たる音も聞こえないほどの弱い雨もいい。
 ざあざあ降りの強い雨はいっそ傘なしで歩きたくもなる。
 いずれにしても。どんな雨でも。
 雫を纏ったあじさいは綺麗だから。
「まさに梅雨の風物詩」
 せっかくだしとスマホをかざし、パシャリと響かせるシャッター音。
 雨とあじさい。
 夏に移り行く季節の写真を、後で友人に見せようと思う。
 薄緑や白、赤紫にピンク、それから青。いろんな花の色を選んで。
 降ってる雨はなかなか写らないけれど、花がしっとり濡れている様や、葉の上に大きな雫が煌めいているのが見えるように、うまい具合に角度を変えて。
 景色を切り取っていく。
 思い出を持ち帰っていく。
 そうしてお土産ができてきたところで。
 弥月はふと、傘を傾け上を見た。
 雨音の向こうに、ぱたぱたと鳥の羽音のようなものが聞こえた気がして。
 鳥が雨を避けて逃げていくような、そんな感じがして。
 弥月は空を見上げるけれど。
 雨に濡れたあじさいがそこでも色とりどりに咲いているだけ。
 それだけで、鳥の姿は、ない。
 もう飛び立ってしまったのだろうか。
 弥月は少し首を傾げ。
 でも、まあいいか、とそのまま歩を進めた。
 ここはダンジョン。進めばその先にきっと何かがいる。
「さてさて、何に会えるかな?」

「うわぁ、あじさいの花盛りですねぇ」
 見開いた赤瞳を輝かせて、ガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)はあじさいのトンネルをくぐる。
 あじさいはあじさいだけれども、その色も形も多種多様。進めば進むほど新しい花が見られて、しゃきーんと構えた妖怪スマホのシャッター音が鳴りやまない。
「こんなに種類があるなんて知らなかったです」
 この場にいない友人たちと写真を共有することで感動や驚きを共感しようとし。それよりもまず周囲を飛び回る鎌鼬三姉妹と分かち合っていった。
 白い毛並みが美しい鎌鼬たちは、その細くて柔らかな身体で、人の姿のガザミが入れない狭いところにまであじさいを眺めに行けるから。また違うあじさいを見つけたよと金目をぱちぱち教えてくれて。ならばと『仙獣蟒蛇』の姿に変身してにょろりと見に行き、花の周りを4匹で楽しく戯れる。
 しっかり写真も撮って、さあ次をと進んでいき。
「あれ。行き止まりですか」
 でもここはあじさいダンジョン。これ以上は進ませないと言わんばかりに行く手を阻むあじさいもあった。
 そんな時は、きらりと煌めく三姉妹の鎌。見事な切れ味が道を斬り開いていく。
 しかも器用に花を避けて。綺麗な景色を損なわないように。
 しゃきんしゃきんと刃が閃く。
 しかし、異常なあじさいの密度ゆえに、思わぬ結末をもたらしてしまうこともあって。
「あ」
 すぱんと半分に断ち割られてしまった青い花球。はらりと落ちる小さな花に、鎌鼬たちはやっちまったとおろおろし、花の半球を拾うガザミに、3匹揃ってしょんぼりん。
「大丈夫です」
 だからガザミは、青い小さな花を1つ摘み取り。1匹の白い頭にそっと飾る。
 喜んでくるくる飛び回る1匹に、他の2匹もねだるようにガザミの前に来て。
 3つの白に3つの青が咲いた。
 じゃれ合っていた3匹を、ガザミも楽しく眺めていたのだけれども。
 ふと思い出したように鎌鼬たちはガザミの手元に集まって。まだ残っていた青い花球をしゃきんと小さくしたならば、その花をガザミの頭上に運ぶ。はらりはらりと落ちる花。その1つがガザミの藍色の髪にひっかかって。
 つい払い落そうと手を上げかけたガザミは、三姉妹がくるくると喜んでいるのを見て、気付く。
「――お揃い、でしょうか?」
 くるくる。くるくる。笑顔が零れ落ちた。
「では、これはどうです?」
 楽しそうな鎌鼬たちに、ガザミは悪戯っぽく笑って見せたのは、傘。
 傘を差すと雨が降る。そんな話を聞いていた。
 聞いたからには試さねばと思っていたから。
 広げた傘に、3匹は最初は傘の上を飛んでいたけれど。ほどなくして降ってきた雨粒に傘の下へと逃げ込んでくる。
 ぱらぱらぱら。
 濡れるのが苦手な鎌鼬。助けを求めるように、ガザミによじ登った。
 3匹もしがみつかれると、ちょっと動きにくいけれど。力持ちだし大丈夫。
 それよりも、とガザミは笑い。
「ほら、雨音が心地よいですよ」
 ぱらぱらぱら。
 響く音に耳を澄ませて見せる。
 独特なリズムが穏やかで、癒されると思いながら。
 必死にしがみついていた三姉妹の緊張が少しほぐれたのを感じながら。
 ガザミは微笑み、赤い瞳を静かに伏せ。
 雨音に包まれていく。
 ぱらぱらぱら。
 ぱたぱた。
 そこに飛び去るような鳥の羽音が混じったのを聞いた気が、した。
ガザミ・ロクモン

「うわぁ、あじさいの花盛りですねぇ」
 見開いた赤瞳を輝かせて、ガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)はあじさいのトンネルをくぐる。
 あじさいはあじさいだけれども、その色も形も多種多様。進めば進むほど新しい花が見られて、しゃきーんと構えた妖怪スマホのシャッター音が鳴りやまない。
「こんなに種類があるなんて知らなかったです」
 この場にいない友人たちと写真を共有することで感動や驚きを共感しようとし。それよりもまず周囲を飛び回る鎌鼬三姉妹と分かち合っていった。
 白い毛並みが美しい鎌鼬たちは、その細くて柔らかな身体で、人の姿のガザミが入れない狭いところにまであじさいを眺めに行けるから。また違うあじさいを見つけたよと金目をぱちぱち教えてくれて。ならばと『仙獣蟒蛇』の姿に変身してにょろりと見に行き、花の周りを4匹で楽しく戯れる。
 しっかり写真も撮って、さあ次をと進んでいき。
「あれ。行き止まりですか」
 でもここはあじさいダンジョン。これ以上は進ませないと言わんばかりに行く手を阻むあじさいもあった。
 そんな時は、きらりと煌めく三姉妹の鎌。見事な切れ味が道を斬り開いていく。
 しかも器用に花を避けて。綺麗な景色を損なわないように。
 しゃきんしゃきんと刃が閃く。
 しかし、異常なあじさいの密度ゆえに、思わぬ結末をもたらしてしまうこともあって。
「あ」
 すぱんと半分に断ち割られてしまった青い花球。はらりと落ちる小さな花に、鎌鼬たちはやっちまったとおろおろし、花の半球を拾うガザミに、3匹揃ってしょんぼりん。
「大丈夫です」
 だからガザミは、青い小さな花を1つ摘み取り。1匹の白い頭にそっと飾る。
 喜んでくるくる飛び回る1匹に、他の2匹もねだるようにガザミの前に来て。
 3つの白に3つの青が咲いた。
 じゃれ合っていた3匹を、ガザミも楽しく眺めていたのだけれども。
 ふと思い出したように鎌鼬たちはガザミの手元に集まって。まだ残っていた青い花球をしゃきんと小さくしたならば、その花をガザミの頭上に運ぶ。はらりはらりと落ちる花。その1つがガザミの藍色の髪にひっかかって。
 つい払い落そうと手を上げかけたガザミは、三姉妹がくるくると喜んでいるのを見て、気付く。
「――お揃い、でしょうか?」
 くるくる。くるくる。笑顔が零れ落ちた。
「では、これはどうです?」
 楽しそうな鎌鼬たちに、ガザミは悪戯っぽく笑って見せたのは、傘。
 傘を差すと雨が降る。そんな話を聞いていた。
 聞いたからには試さねばと思っていたから。
 広げた傘に、3匹は最初は傘の上を飛んでいたけれど。ほどなくして降ってきた雨粒に傘の下へと逃げ込んでくる。
 ぱらぱらぱら。
 濡れるのが苦手な鎌鼬。助けを求めるように、ガザミによじ登った。
 3匹もしがみつかれると、ちょっと動きにくいけれど。力持ちだし大丈夫。
 それよりも、とガザミは笑い。
「ほら、雨音が心地よいですよ」
 ぱらぱらぱら。
 響く音に耳を澄ませて見せる。
 独特なリズムが穏やかで、癒されると思いながら。
 必死にしがみついていた三姉妹の緊張が少しほぐれたのを感じながら。
 ガザミは微笑み、赤い瞳を静かに伏せ。
 雨音に包まれていく。
 ぱらぱらぱら。
 ぱたぱた。
 そこに飛び去るような鳥の羽音が混じったのを聞いた気が、した。

第2章 集団戦 『いたずら雨のプリュイ・サーペント』


 不思議に振り出した雨の中、水がにょろりと不自然に動いた。
 それはもう雨ではない。小さな羽の生えた小さな蛇。
 雨雫でできたような、雨の化身のようなその蛇たちは。
 雨の中で楽しそうに遊ぶ。
 雨を降らせながら楽しそうに遊ぶ。
 かくれんぼをしたり、傘をたたんだところに雨を降らせたり、急に雨を強くしたり。
 無邪気ないたずらで、ちょっと人々を困らせながら。
 空を飛び回る『いたずら雨のプリュイ・サーペント』。
 遊んでいるだけで無害なようだから、ダンジョンの奥へはただ通り過ぎればいい。
 でも、どうやらその雨で、逃げてしまったモノもいたようだけれど――
 もう鳥の羽音は、聞こえない。
 
テオドラ・イオネスク

 ふと、テオドラ・イオネスク(h07366)は空を見上げた。
 動きに合わせて傘を少しだけずらして視界を確保する。
 見えたのは、空を覆い隠す程に茂るあじさいの葉と咲き誇る花と、降り続ける穏やかな雨。緑色の瞳に探した鳥の姿は写らない。その耳に羽音すらも捉えられない。
 その代わりに、ではないが。
 小さな羽を生やした小さな蛇が空を舞っていた。
 不思議な青い文様を額や目の周りに刻み、くりんと青い瞳を輝かせ、青白い身体をくねくねとくゆらせながら、右へ左へにょろにょろと空を這うように飛ぶ。その胴体が透けて見えることがあり、目を凝らすと、身体が水に濡れ、尾から水滴を垂らしているのが――いや、身体が水でできていて、動きに水面が揺れ、零れているのが、分かった。
 水の化身。いや、雨の化身だろうか。
 しかも、1匹、と思っていたら、どこからか2匹目、3匹目と数が増える。まるで雨が降り始め、空から落ちてくる雨粒が次第に増えていくかのように。
 地上にいる者の気持ちなどお構いなしに。
 雨は降る。蛇は増える。
「悪意はなさそう、だな」
 数を増やしつつも、ただ遊んでいるだけで、こちらを気にもしていなさそうな様子をそう判断して、テオドラは傘と視線を元に戻した。
 無理に倒していく必要もない。のんびりと、ダンジョンの奥を目指す。
 すると、不意ににょろんと1匹がテオドラの目の前に降りてきて。ちらりと振り向きながら横切ると。
 急に雨の勢いが増した。
「雨を降らせているのか」
 この蛇が『いたずら雨のプリュイ・サーペント』であり、ダンジョンに雨をもたらした存在だとテオドラは理解する。サーペントが集まったことで雨の勢いが増したのだと。
「うむ、愛らしい悪戯っ子だ」
 しかし、しとしとからざあざあになってきた雨に、この傘では少々心許ない。
 しかも、まだサーペントは増えている気配がある。
「楽しみを邪魔をするのは悪いと思うのだが……我輩にはまだまだやらねばいけないこともあるのでな」
 呟いたテオドラは、その身を大鷲に変えた。
 吸血鬼と言えば、と称される変身能力。当然の心得であるそれを行使して。
(「猛禽類は蛇の天敵だ」)
 それでもできれば戦いたくはないと、威嚇をして見せる。
 脅しに驚いたサーペントは次々と姿を消して。1匹だけ残った、おそらく最初の個体も尻尾をくねらせ空高く撤退した。
 しとしとと弱まった雨に、テオドラは姿を戻し。
 また傘を差して、歩みを再開する。
「蛙に変身すれば、豪雨も快適だったやも知れんがな」
 蛇の前で蛙になる、その愚を苦笑しながら。
 テオドラはダンジョンを進んで行った。

ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ
呰海・夜音

「おや、行ったか」
 唐突な呟きに、|呰海《あざみ》・|夜音《やと》(h07337)は前にいるウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ(h07035)を見た。
 ウォルムは空を少し見上げているようだった。その視線を追うように、夜音も空を見てみる。でもそこにはあじさいの花が広がり、雨が降り落ちてくるだけ。特に今までと変わった景色は、ない。
 同じ馬の背に乗っているのだから、見えるものは一緒のはず。前で手綱を握るウォルムに傘を差したまま、夜音は首を傾げた。
「いいや、こちらの話」
 疑問の気配を背で察したか、ウォルムはそう告げ、話を閉じようとするけれど。
 夜音は、我が神に気を使わせてはならないと、思考を巡らせて。
「鳥、でしょうか?」
 空ならば、と口にする。
「ああ」
 果たしてその推論は当たり。
「鳥は天上を飛び渡り、運ぶ者」
 ウォルムの声が続くことに、夜音は喜ぶ。
 でも、空に鳥の姿はないから。もう行ってしまったから。
「逃げてしまったなら仕方がないですね」
「さて、いずれの邂逅があるか。どうか」
 2人はまた空を見上げ。
 そこに『いたずら雨のプリュイ・サーペント』がにょろりと姿を現した。
「夜音。ご覧。水の蛇がいるよ」
 青い蛇、と思ったが、よく見るとその身体は水でできていて。細長い身体がくねるたびにその表面が波打ち、水滴が零れる。小さな翼が背にあるけれど、それで飛んでいるというよりも、雨のように空にある、という印象で、宙を舞っていた。
「涼し気ですね」
 その姿に夜音はまずそう感想を告げる。
 でも見続けていると。その身が翻れば、たたん、と傘に雨音が強めに響き。楽しそうにくるくる回る動きに呼応するように、雨粒がその数を増していくから。
「少々悪戯好きのようですが」
 苦笑しながら、夜音はウォルムが濡れないようにと傘の位置を再調整する。
「だが、敵対はせずともよさそうだ」
 雨から守られたウォルムは、敵意のないその姿を見て、長髪をさらりと揺らした。
 戦わずに済むのなら、それに越したことはない。
 夜音も頷いて。
(「それに蛇は……」)
 戦わなくていいなら戦いたくない、理由の1つを胸に浮かべる。
 だからこそ。
「雨と戯れてみるかね?」
「そうですね」
 ウォルムの提案に、夜音は傘を持たぬ方の手を伸ばした。
 ウォルムを濡らすことなどないように気を付けながら、伸ばした手の指先を雨蛇へ向ける。気付いたプリュイ・サーペントが寄ってきて、指先にぺろりと青い舌を伸ばし、その周りをくるりと回りながら、夜音に青い瞳を向ける。
 戯れの蛇。ウォルムはその光景をしばし見つめてから。
「では、私もそうしよう」
 己の持つ蛇の権能で、周囲の雨を操る。雨粒は集まり、細長くなり、蛇のように形作られると、その見た目通りの動きで空を踊った。
 気付いたプリュイ・サーペントが、仲間を見つけたかのように近寄り、共に遊びだす。
「ウォルム様が操る水の蛇の方が美しいですね……
 ふふ、雨蛇が怒ってしまうかな」
 2種の蛇の水舞を眺めて、夜音がピンク色の瞳を細めた。
 その楽し気な顔をちらりと見ながら、ウォルムはこっそりと、自身の影から|蛇竜の主《ナーハーシュ》の眷属を、小さな蛇や竜を召喚する。
 ウォルムは夜音の主神だから。常に夜音の身を案じている。
 悪意のない雨蛇とはいえ無防備には戯れず。眷属に警戒させておく。雨蛇だけでなく、周囲の全てに。備えさせておく。
 プリュイ・サーペントと主の水の蛇とを見つめていた夜音もそれに気付いていた。
 そもそも、今乗っている馬もウォルムの使い魔。馬の姿に実体化した黒い影。
(「我が神の御業はどれもすごいものばかりだ」)
 水の蛇も、小さな蛇や竜も、影の馬も。
 夜音は改めて己が信仰する神を思い。
 憧れの眼差しを向けた。
 その、プリュイ・サーペントから反れた意識を感じたのか。
「夜音。もういいのかい?」
 些細な変化にウォルムが声をかけてくれる。
 我が神が、気にかけてくれている。
「ええ、もう充分に」
 夜音はプリュイ・サーペントに別れを告げるように軽く手を振ると、気を引き締めるように前を向いた。
「ダンジョンの核たるものを倒さなくてはいけませんから」
 ウォルムは長い髪をさらりと揺らして夜音と同じ方向を向くと、改めて手綱を握り。
「では、行こうか。君に傘を持たせ続けるわけにもゆかぬ」
 見送るように降る雨の中を馬の歩が進む。

ウィズ・ザー

「おーおー。涼しげだなァ」
 貰い物の黒い番傘を差したウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)は、ゴーグル型サングラスの下でにやりと笑った。
 梅雨のじめっとした雰囲気はあまり好きではない。
 しかし、今降っている雨は爽やかで。ザッと涼し気なものだから。
「音も良いよなァ」
 番傘に弾むように当たる雨音のリズムも楽しみながら、ウィズは流れる白髪を揺らして大きな歩幅で進んでいく。
 その後ろに『いたずら雨のプリュイ・サーペント』が現れていたけれど。
 ウィズは止まるどころか振り向くことすらしないから。
 どんどんずんずん進むウィズの背中を、プリュイ・サーペントは慌てて追いかけた。
 でも、どうやらその追いかけっこを楽しんでいるようで。プリュイ・サーペントは決してウィズの前に出ることはなく、むしろ見つからないようにウィズの背中に隠れるかのように、ちょっと前を覗いてはすぐに戻って、揺れる白髪にじゃれついては素知らぬ顔で少し離れて、くるくる宙を回ってはしゃいでいた。
 そんな様子を一瞥もせず。
 しかし、可愛らしいその気配は感じながら。
「水着が流れりゃ浴衣でも仕立てるかねェ」
 プリュイ・サーペントのことなど気付いていないとアピールするかのように、関係ない呟きを零しつつ。次第にかくれんぼになってきたプリュイ・サーペントを引き連れたウィズは、あじさいが咲き雨が降り続ける道を歩いていく。

矢神・霊菜
矢神・疾風

 それに気付いたのは、傘を差していた|矢神《やかみ》・|疾風《はやて》(h00095)の方が先だった。
「ん? なんか雨が更に強くなったな……」
 傘を叩く雨の音が増え、傘を持つ手に伝わる感覚が変わる。
 腕を絡めて密着する|矢神《やかみ》・|霊菜《れいな》(h00124)を濡らさないように気を付けながら少し傘を傾け、見上げれば。
 そこに『いたずら雨のプリュイ・サーペント』が踊っていた。
 小さな羽根を生やした水の蛇。その身体は水面が揺れるように波打ち、尾からは水が零れるように水滴が煌めき。くるりくるりと動く度に落ちゆく水が雨となる。
「あら、今度は悪戯好きなモンスターの登場ね」
 霊菜も気付いたようで、くすりと微笑む気配が伝わってきた。
 確かに、プリュイ・サーペントが降らせる雨は、攻撃や妨害というよりも悪戯のよう。雨に対するこちらの反応を見ているようにも感じられたから。
「へえ、雨を降らせて遊んでいるのかい?」
「ふふ、随分楽しそうな様子だわ」
 疾風と霊菜は寄り添って、遊ぶプリュイ・サーペントを眺める。
 その反応に気を良くしてか、プリュイ・サーペントはさらにくねくね舞い。ぴちぴちちゃぷちゃぷと雨を増やし。そしてプリュイ・サーペント自身も増える。
 召喚により仲間ができれば、またさらに楽しく、雨が踊った。
「ちょっとオレも混ぜてくれよ!」
 その様子に、疾風は霊菜に傘を預け、雨の中へと飛び出す。
 何をするつもりなのかとちょっと驚く霊菜の前で、疾風の後ろ姿が変化した。
 短い黒髪は長く白いたてがみへ、肩幅の広い背中にも伸びたと思うとその身が鱗に覆われ、飛び上がった長身の身体がぐんっと長くなり、くねる。
 風龍神を顕現させ、龍の姿となった疾風は、プリュイ・サーペントの群れに加わるかのように雨の中を舞い上がった。
 驚いたプリュイ・サーペントが慌ててその場から散りかけるけれども。
「ああ、蛇くんたちに敵意がある訳じゃないんだ! それより遊ぼうぜ!」
 疾風は親し気に声をかけ、龍化したことで手にした『覇王の扇』を振る。自然現象を操る武器で、言葉通り攻撃ではなく風を遊ばせ。雨を舞い上げたり、雨粒を躍らせたり、雲を散らして晴れさせたりと戯れる。
 その様子にプリュイ・サーペントも好奇の視線を向け、青い瞳を輝かせ。雨の動きを目で追いかけるうちに、疾風の操る風に乗って遊び始めた。
 雨の中を遊ぶ龍と蛇。
「まったく、仕方ないわね」
 1人で傘を差して空を見上げる霊菜も、楽しそうに苦笑する。
 それでも一応、プリュイ・サーペントはモンスターだから。もし敵対行為を見せたら、と注意は怠らない。大切な夫が傷つけられることのないようにと警戒する。
 でも、プリュイ・サーペントからは敵意も悪意も感じられないから。反撃するというよりも、驚かせて逃げてもらえばいいとは考えていて。はしゃぎすぎを咎めるくらいの気持ちで霊菜は眺めていた。
「ほら、見てくれ霊菜!」
 そんな霊菜に、風龍が大きな身体をくねらせて笑う。
 見上げた先には鮮やかな虹が出ていた。
 晴れさせたところに風で雨粒だけを運び、生み出す光の屈折。
 もちろん、飛ばした雨で霊菜がずぶ濡れになるようなことはしない。むしろ霊菜の周りは穏やかな雨になるように、風でふんわりと包み込んでおいて。
 美しい七色の輝きを、最愛の妻へ届けた。
 そして疾風は、元の人型に戻って霊菜の傍へと降り立って。
「ただいま」
「おかえりなさい。やっぱり濡れてるわね」
 雨の中を遊びまわった子供のような姿に、霊菜は優しく手を伸ばし、その顔や頭を吹いてあげる。
「夏とはいえ風邪をひいてはいけないわ」
「ありがとう、霊菜」
 疾風は嬉しそうに身を委ね、手のかかる子供みたいに霊菜に甘えた。
 一通り拭けたと霊菜は確認し、よし、と頷いたところで。
「さて蛇さん達、満足したかしら。
 それならここを通してもらえない?」
 こちらの様子を伺っていたプリュイ・サーペントを見上げ、問いかけの形で伝える。
 もう遊びは終わりだと。先へ進みたいのだと。
「霊菜と2人でここを通りたいんだ。違う場所に行ってくれないか?」
 疾風も笑いながら言葉を重ねれば。
 プリュイ・サーペントはその場でくるくると回って。
 1匹がひらりと身をひるがえすと、残りもそれに従い、2人に背を向けた。
「ありがとう」
「楽しかったぜ。また遊ぼうな!」
 飛び去る姿に声をかけ、手を振って。見送る夫婦。
 プリュイ・サーペントがいなくなると共に雨も上がって。
 別れの挨拶のように虹が現れ、消えていった。

ルノ・カステヘルミ
キノ・木野山

「何だこリョブワァアアアアアアア!」
 |キノ・木野山《きのこのやま》(野良キノピヨ・h06988)の悲鳴があじさいの花に響き渡る。
 ぷるぷる震えるその身体は、どの生き物に例えればいいのか全く分からない謎な外見をしていて。何かのマスコットみたいだけども何を表現しているのかよく分からない。赤いからだるまかな。でも耳あるな。いやこれ耳かな。というかどこまでが顔でどこから身体だろう。1頭身ってことかなこれ。などと、表現しようとするととことん悩むけれども。ただ1つ確かなのは、可愛い。本当に可愛い。
 そんな可愛いキノは、すごいびしょ濡れにされていた。
 周りを飛び回るのは『いたずら雨のプリュイ・サーペント』の集団。人を困らせる雨を降らせて遊んでいる、小さな羽根の生えた水の蛇、だけれども。
 プリュイ・サーペントは、雨どころじゃない大量の水をキノにぶっかけている。
「ぴよは可愛いから歩いているだけでちやほやされると思ったのに、訳分かんねー謎生物
に水ぶっかけられる、謎祭り開催中だピヨ……」
 水を滴らせながらよろよろするキノ。そこにまた大量の水が降り注いだ。
「ジョボワァアアアアアアアア!」
 悲鳴の中を楽しそうにプリュイ・サーペントが飛び踊る。
 どうやら、他の人には雨として小出しにしている水を一時的に貯めて、一気に降らせているようです。酷いスコールと言うか、比喩でなく『バケツをひっくり返したような』状態にしている様子。
 つまりキノだけ特別扱いということですね。
「意味分からんピヨ……」
 いや、訳分かんねー謎生物に謎生物呼ばわりされたからじゃないでしょうか。
「水難の相でも出てるのかピヨ……」
「……まぁ、蛇さんに悪意は無いみたいだし。
 謎生物同士仲良くすれば良いんじゃないですかね……」
 納得できないキノを見上げて、ルノ・カステヘルミ(野良セレスティアル・h03080)が諭すように、でもどこか投げやりに言う。
 こちらは普通に傘で雨をしのげていて、雨の散策を楽しめているようです。
「別に濡れても大丈夫だろ。お前のその赤くてつやつやした外壁というか面の皮? 見た感じ撥水効果有りそうだし」
「ぴよのこのファッショナブルなお洋服に向かって外壁とか面の皮とかブリリアントセクシータイツとか、おめーはどんなワードセンスしてるピヨ!」
 ルノの適当な言い分に遺憾の意を示すキノ。
 その赤いつやつやは全身タイツだったんですか、と逆に納得しそうになりましたが。
 怒るキノを、ルノはやはりスルーして。それよりも気になることに首を傾げる。
「てか、蛇さん以上に、マジでお前が何なんだ……」
 ほんとそれ。
「勝手に温泉街住み着いたけど、お前の方こそダンジョンが生成したモンスターじゃねぇだろな……今のところはぴよんぽよん跳ね回って悪態つくだけの無害な赤玉だが」
「可愛いぴよをモンスター呼ばわりとか……!」
 怒りをあらわにしたキノは、傘を振り上げ。
「もはや生かしておけぬピヨ……! ケツバットならぬケツアンブレラで尻ぶっ叩いてやるピ……ジョボワァアアアアアアアア!」
 そこにまたプリュイ・サーペントが楽しそうに水をぶっかけていきました。
 見事なタイミングに思わず拍手を送るルノ。
 キノはびしょびしょのまま振り返り、いたずら成功と笑っているように見えるプリュイ・サーペントへと、ちょこんとついた手をびしっと向けて。
「ちょ……嬉々として水ぶっかけんじゃネバダァアアアアアア!」
 再びの水。
 もはや雨ではなく完全に水かけ大会です。
 ばいんばいん跳ね回るキノを、プリュイ・サーペントが大喜びでくねくねと追いかけていきました。
 その光景を見送ってから。
「さーて、赤玉が蛇さんの気を引いているうちに、さっさと奥に向かいますかねー」
 ルノは完全に他人事の様子で、歩を進める。
 色とりどりのあじさいが咲き乱れる道を、プリュイ・サーペントが去ったからかかなり小雨になったしとしと風情の静かな中、ゆるりと行く。
「あらー、白い紫陽花って綺麗ですねー。
 楚々として気品がある、まるで私のような花ですねー」
 自身の銀髪のような花に目を留め、自画自賛と共にそっと手を伸ばす。
 しっとりと雨に濡れた清楚な色に指先が触れた、瞬間。
「他人面してんじゃネェエエエエエ!」
「ぶっほ!」
 ばいんばいんと戻ってきたキノが、ルノの背中に高速回転体当たりをぶちかました。
 

猫宮・弥月

 雨が強くなってきた。
 そう感じるうちにどんどんと雨粒は増え、ざあざあ降りになって。
 |猫宮《ねこみや》・|弥月《みつき》(h01187)はふっと微笑むと、差していた猫柄の傘をたたんだ。
 ざあざあ降りの強い雨はいっそ傘なしで歩きたくもなる。
 さっきそう思ったばかりだったから。
 濡れていく身体を心地よく感じながら。
「やあこんにちは、良い雨だね」
 こちらを覗き込むように集まってきた可愛らしい『いたずら雨のプリュイ・サーペント』にご挨拶。
 いたずらな子たちは、雫が集まってできたような涼し気なその身体をくねらせて。どこか不思議そうな、驚いたような気配が伝わってくる。
 雨の中で傘をたたんだから、だろうか。
 雨に濡れるのを楽しんでいるから、だろうか。
 悪戯が喜ばれていることに戸惑っている、そんな様子を感じて。
 弥月は、魔導書『ネコロノミコン』を手にすると、そこから水の魔術を披露した。
 それは簡単なものだけれど。大層なものではないけれど。
 弾む雨の中に、違う水を生み、雨と戯れるように動かして。
 驚いていたようなプリュイ・サーペントは、危険なものではないと判断してくれたからか、すぐにその水と一緒になって踊りだす。
 ざあざあの雨は、またしとしと弱まってきていたけれど。
 弥月が楽しんでいた強い雨ではなくなったけれど。
 その分、魔術の水がよく分かって。プリュイ・サーペントが遊びやすくなったから。
(「どんな雨も、楽しもうと思えば楽しい気持ちになれるから」)
 弥月は、しとしと雨の中をゆっくりと歩いていく。
 ふと、飛び交うプリュイ・サーペントの背中で、小さな羽根がぴこぴこ揺れているのを眺めて。そういえばさっき聞こえた羽ばたきは、この羽根からのものではなさそうだ、と思う。先に奥に行ったのだろうか。それとも、プリュイ・サーペントから逃げていったのだろうか。弥月は少しだけ考えて。
 その目の前をするりとプリュイ・サーペントが横切る。
 まあいいか、と弥月は苦笑して。
 今、この雨を楽しんでいった。

ガザミ・ロクモン

「わあ、可愛らしい蛇さんたち。こっちにおいでよ~」
 空を見上げたガザミ・ロクモン(h02950)は、雨の中を飛ぶ『いたずら雨のプリュイ・サーペント』に赤い瞳を輝かせた。
 でも、誘いの声に、こちらをちらちら見ながらも近づいてきてくれないから。
 それなら、とガザミは傘を傾けて自分の姿を隠す。
「だるまさんが転ん~だ」
 掛け声とともに傘を閉じて、急に姿を現せば、驚いたように身をひるがえすプリュイ・サーペント。そのまま逃げだしそうだったけれども、ガザミはすぐにまた傘を開いて。
「だるまさんが転ん~だ」
 姿を隠し、また同じタイミングで傘を閉じる。
 それを繰り返せば、プリュイ・サーペントも分かってきたようで。傘を開いている時にガザミに近づき、傘を閉じたらぴゃっと逃げる。そんな遊びをし始めた。
 楽しそうに尾をくねらせると、雨がじゃぶじゃぶ降ってくる。
「気持ちのいい雨ですね」
 元気が漲ります、とにこにこするガザミに、プリュイ・サーペントはさらに元気に空を舞い。ガザミの傘がたたまれたタイミングで、大粒の雨を呼んだ。
「いたずらっ子ですね」
 びっしょり濡れながらも、ガザミは笑い。
「その気持ち、わかります」
 また姿を隠して、だるまさんが転んだ。
 しかし今度は、傘を閉じた瞬間に、獣妖「オオガニボウズ」である大蟹の姿に戻る。
「ばぁ~」
 急に現れた蟹に、プリュイ・サーペントに慌てた気配が広がるけれど。ちょきちょきと大鋏を動かしつつも襲い掛からず、その場で踊るように動いて見せれば。一緒に遊んでいたガザミだと理解したのか、すぐに面白がるように近寄ってきた。
 ふふっ、とガザミは笑みをこぼすと。
「海は好きですか?」
 √能力で召喚した水塊で龍の形を作り上げ。
「さあ、今度はおいかけっこですよ~」
 ゆるりと泳がせ、楽しそうに散ったプリュイ・サーペントの背を追わせる。
 並走するようにして空を舞ったり、追い越してあっちへこっちへ不規則に方向転換させたり、わちゃわちゃと戯れる雨の蛇と水の龍。
 こっそりあじさいの葉や花の陰に隠れたプリュイ・サーペントもいたけれど、隠密行動が得意なオニホタルイカの『ツブテ』があっさり見つけて光るから。すぐに水龍に見つかって、その大きな顎でぱくり。龍の身体に取り込まれ、水の中に潜ったようになったプリュイ・サーペントは、泳いで泳いで、龍の尾から抜け出た。
 まるで龍の形のプールのように、食べられては泳いで抜けて、楽しんで。
 ガザミも、大蟹に寄ってきたプリュイ・サーペントを追いかけるように大鋏を動かし。
「コチョコチョ~」
 鋏ではなく霊障でくすぐり、蛇の身体をくねらせたりして。
「あとは何して遊びましょうか」
 次々と飽きることなく、ガザミとプリュイ・サーペントは、雨の中を遊び疲れるまで遊びつくしていくのでした。

第3章 ボス戦 『オレンジ・ペコ・ダージリン』


 遊びつくして満足したのか、遊び疲れたのか、雨の蛇は1匹また1匹と姿を消した。
 その姿が見えなくなれば、雨も上がる。
 露に濡れたあじさいの花が導くダンジョンの奥で。
「あら、お客様ですか?」
 水のように長髪を揺らめかせながら振り向いたのは、そばかすの散る顔で穏やかに微笑む、大きな帽子をかぶった少女。
「よろしければお茶会をいたしません? 紅茶をお出ししますわ」
 大きなティースプーンのような杖を手に、指し示す先にはテーブルセット。小さなテーブルに椅子が2つ、その組み合わせが幾つもあって、まるで喫茶店のテラス席のよう。
 テーブルの中央にはシュガーポットとミルクピッチャーがそれぞれ置かれていて。椅子に座ればティーカップが、ソーサーとティースプーンを添えて出てくるだろう。
 あじさいの花に囲まれたアフタヌーンティーを楽しむ会場。
「でも、ごめんなさい。茶菓子はまだありませんの。
 それを探しているのですけれども……」
 しかしそこにはケーキ皿も三段トレイもフォークもない。
 そして少女は――√能力者であり、このダンジョンの『核』である存在は。
「ああ、申し遅れました。
 わたくしは『オレンジ・ペコ・ダージリン』。オレンジ・ペコとお呼びください」
 ふわりと広がるスカートをちょこんと摘まんで礼をした。
 
ウィズ・ザー
呰海・夜音
ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ
猫宮・弥月
矢神・疾風
矢神・霊菜
テオドラ・イオネスク

「オレンジ・ペコ、か。初めまして!」
 まず挨拶を返したのは|矢神《やかみ》・|疾風《はやて》(h00095)。雨が上がっても虹が見えても組んだままだった手をようやく解いて、|矢神《やかみ》・|霊菜《れいな》(h00124)もその場を見渡した。
「あら、素敵なお茶会が開かれてるとは思わなかったわ」
 あじさいの花がぐるっと囲んだ庭のようなスペースに、用意されたテーブルセット。そのうちの1つを『オレンジ・ペコ・ダージリン』に指し示されて、霊菜は、疾風の顔を見上げるように振り向き、微笑む。
「せっかくのご招待、参加させていただこうかしら」
「そうだな。せっかくだし紅茶一杯ずつもらおうか」
 そして改めて差し出された疾風の手に繊手を重ね。エスコートしてもらいながら霊菜は席に着いた。
「こんにちは。お茶会お招きありがとう、オレンジ・ペコさん」
 続いて別のテーブルについたのは、|猫宮《ねこみや》・|弥月《みつき》(h01187)。
「雨に濡れてしまったのだけれど、いいかな?」
「大丈夫ですのよ」
 傘を差さずに遊んで来たから、濡れた服を少し気にして確認すれば、オレンジ・ペコ・ダージリンは笑みを崩さずに椅子を勧めた。
「夜音、降りるかね?」
「はい。我が神、お手をどうぞ」
 そこに黒い馬が到着し、その背からまずは|呰海《あざみ》・|夜音《やと》(h07337)がひらりと降りる。閉じた傘を持ちながらも、空いた右手でウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ(h07035)を助けた。
 2人を運んだ馬が、役目は終わったと黒い影に戻る傍で。
 夜音はちらりと、オレンジ・ペコ・ダージリンとテーブルへと視線を向ける。
「……罠でしょうか? 如何いたしましょう、我が神」
 警戒を見せながらも対応を窺う夜音に、ウォルムは視線を返し、頷いて歩き出した。
 すぐにその後に続く夜音。そしてオレンジ・ペコ・ダージリンが主従を出迎える。
「ああ、またお客様ですわね」
「こんにちは、レディ・オレンジ・ペコ。
 茶会の相手は我が信徒が務めよう。私は話し合いの相手を」
「はい、ウォルム様がそう仰るのなら」
 夜音は礼をしてから、さっと椅子を引き。ウォルムが腰を下ろしてから、失礼いたします、と同じテーブルについた。
「……ほう。このダンジョンのボスって話だからてっきり好戦的な奴かと思ったぜ」
 隣のテーブルでは、ウィズ・ザー(h01379)が、どかっと椅子に座り込んで。友好的なオレンジ・ペコ・ダージリンに小首を傾げていた。
「それともアレ? 俺らがデザート的なヤツ?」
 今までに何度も『突撃お前が晩御飯』をやってきたウィズとしては、責める謂れもないのだが。晩御飯にしろデザートにしろ、大人しく食べられたくはないから。
 違うか? と確認すれば。
 くすりと微笑んだオレンジ・ペコ・ダージリンは、紅茶を注いだカップをウィズの前に置いて、どうぞ、と勧める。
 なるほど、どうやらそんな事はなさげだと納得して、ウィズは、大きな手には小さく繊細なカップを持ち上げ、ぐいっと飲み干した。
 ウィズにもう1杯、お代わりを注いでから、オレンジ・ペコ・ダージリンは他のテーブルも順に巡って給仕する。
「お茶もオレンジ・ペコなのかな。いい香りだよねぇ」
 味わう前に香りを楽しんで訊ねたのは、弥月。
「本当。いい香り」
 霊菜も目を細めれば、気にせず飲もうとしていた疾風も手を止めて真似るように琥珀色の香気を吸い込んだ。
「ええ、オレンジ・ペコですわ」
 自身が褒められたかのように、オレンジ・ペコ・ダージリンはそばかすの散る顔にはにかんだ笑みを浮かべて頷く。
 そんな少女をまっすぐ見つめて弥月は微笑み。
「俺、紅茶も好きだよ」
 告げられた言葉に、オレンジ・ペコ・ダージリンの頬が明るい紅茶色に染まった。
 けれども。
「お茶として楽しむのも好きだし、お菓子に混ぜてあってもいいね」
「お菓子……」
 その単語に、オレンジ・ペコ・ダージリンの表情がすっと曇る。
 それぞれのテーブルに並ぶのはティーカップのみ。アフタヌーンティーでよく見る三段トレイはおろか、小皿の1つもない。最初にオレンジ・ペコ・ダージリンが申し訳なさそうに断った通り、茶菓子は何もない。
 明らかな変化に、弥月はカップを傾け1口紅茶を飲んでから。
「お茶菓子は大事だよねぇ。俺の持ってるおやつでよければ提供するけど?」
(「多分そういうのじゃないんだろうなぁ」)
 提案するも、やはりオレンジ・ペコ・ダージリンの顔は晴れず。
「私自身はお茶菓子が無くても気にならないけど、無いと味気ないかしら?」
 霊菜も、確かポーチの中に、とごそごそ手元を探って。
「これで良ければいかが?」
 可愛らしい狐型のクッキーを差し出して見せるけれども、反応は同じだった。
 疾風は、あいにく持ち合わせが、とわたわたしてます。
「紅茶に茶菓子は付き物だろ」
 空にしたティーカップをテーブルに放り出すように置いてウィズが言い放つと、オレンジ・ペコ・ダージリンは俯き、ティースプーンを模したような杖をぎゅっと握り締めた。
「だから……だから探してる、のに……」
 小さく絞り出すような声が零れ落ちる。
 ウィズは、悔しがるような姿を、ふうん? と眺めながら考えて。
「……そうだな……『この場で茶会したらお前さんは一般人の迷惑にならない場所へ移動する』ってェ約束出来るなら、茶菓子提供も吝かじゃ無ェぜ?」
 にやりと笑って√能力を使う。
「其の力貸せ、血族よ」
 ウィズの声に応じて顕現したのは、呪布巻いた白い狐フェネギー型の精霊。それは、くるくるとテーブルの上を舞うように動くと、『困難を解決する為に必要で、誰も傷つける事のない願い』を叶えて、その姿を消した。
「どうよ?」
 ウィズが指示した先に並んでいたのは、美味しい焼き立てスコーン。プレーンのものとチョコレート入り、ドライフルーツ入りの3種類のスコーンが『オオカミの口』と称される割れ目を綺麗に魅せて。その傍には、クロテッドクリームと数種類のジャム、蜂蜜がそれぞれ入った小さな器がずらり。
「粉砂糖ふりかけりゃ更に美味いかもな?」
 早速1つを手に取って、大きな口でがぶりと1口食べて見せる。
「これも美味しそうね」
「霊菜、どれにする?」
「外はサクサク、中はふわふわ。うん、紅茶にも合うねぇ」
「美味しいです、我が神」
「それはよかった」
 皆もそれぞれに舌鼓を打ち、笑顔を見せるけれども。
 オレンジ・ペコ・ダージリンだけは俯いたまま。
「そういえばさ」
 その様子に、スコーンとティーカップを両手それぞれに持った疾風は首を傾げた。
「ペコはなんでダンジョンの奥でお茶会開いてんの? 人が来なくて寂しくない?」
 それは、このお茶会への根本的な疑問。
 しかし、オレンジ・ペコ・ダージリンは何の反応も見せず。
「あ、そもそもペコがダンジョン作っちゃった感じ? それは仕方ないな!」
 ダンジョンの核になってるくらいだし、と思って言ってみたけれど。
 やはり俯いたままのオレンジ・ペコ・ダージリン。
 ウォルムは、ふむ、と少し考えると。
「レディ。あなたが此方のダンジョンをお作りに?
 優しく穏やかな声色でオレンジ・ペコ・ダージリンを包むように問う。
「であれば、大変にセンスが宜しい。他にも似たようなダンジョンはあるのかな」
「……知りませんわ」
 他者を魅了する妖しい蛇の声に導かれてか、ようやくオレンジ・ペコ・ダージリンは反応を返した。
「わたくしがダンジョンを作ったのではないですもの。
 わたくしは『天上界の遺産』によって核となっただけ。
 それをここへ持ち込んだのは……」
 オレンジ・ペコ・ダージリンはそこで言葉を切り、俯いていた顔を上げる。その視線はウォルムを通り越してさらに上へ。あじさいの花の間にある空を見上げた。そこに誰かの姿を探すかのように。
 動きを追ったウォルムも空を見るけれど、やはりそこには何の姿もなく。
 既にいなくなってしまった、と感じたから。
「ところで、茶菓子はなぜ?
 創造ればよろしいのでは? このティーセットのように」
 話題を変えれば、オレンジ・ペコ・ダージリンは紅茶色の瞳をウォルムへ向けた。
「探している途中? なのでしょうか」
 夜音もウォルムの声に相槌を打ちながら、補足するように訊ね。
「どういった物を求めているのかな。ぜひお聞きしたい」
「アフタヌーンティーのような、こういったお菓子ではないのでしょうか?」
 情報を引き出そうとするウォルムを助けんとする。
 穏やかな問いかけに、オレンジ・ペコ・ダージリンはウォルムから視線を外し、困ったように彷徨わせる。その口も、迷うばかりで言葉を紡げず。
 もう一声を、とウォルムが思ったところで。
 オレンジ・ペコ・ダージリンは、テーブルにつかず立ったままのテオドラ・イオネスク(h07366)に気付いた。
「よろしければ、お席にどうぞ」
 ウォルムとの会話から逃げるように、誘いの声を向けるオレンジ・ペコ・ダージリン。
 しかし、テオドラは首を左右に振ると。
「我輩、一人で茶を楽しむのは好きだがな。人前でマスクを外さないことにしている」
 丁重に断りを入れてから。
「それに、あなたがダンジョンの核ならば……」
「オレたちは君を倒さなければいけないんだ。
 ここ√EDENだしな。ダンジョンがあったら駄目なんだ」
 続きを告げたのは疾風。
「ゆっくりお茶を頂いて何だけど……私達はこのダンジョンを攻略しに来たの。
 このままにしては甚大な被害が出かねない。
 申し訳ないけど倒させてらもらえないかしら?」
 霊菜も寂し気な表情を見せながら立ち上がり。
「どうやら我々は戦わなければならないようだ」
「お茶もいいですが、そろそろ倒してしまわないとですね」
 ウォルムの側へと夜音が控える。
「美味しいお茶はありがたいけど、倒さなきゃダンジョンは残っちゃうしね。
 申し訳ないけどお別れだ」
 弥月も悲し気に顔を曇らせながらも、その手に不思議骨董品を創造した。
 それは猫型の香皿に乗った茶香炉。お茶の葉を乗せて温め、香りを楽しむもの。
 漂う香りをオレンジ・ペコ・ダージリンへと向けると。
 対抗するように、オレンジ・ペコ・ダージリンからティーフレグランスが放たれた。
 香気と香気がぶつかるけれど。
 そこに疾風が風龍神の強風と共に飛び込む。
「もっと人に愛される形で、お茶会が開けることを願ってるぜ」
 風で吹き飛ばされる香り。さらにそれだけで風は収まらず、竜巻となってオレンジ・ペコ・ダージリンを捕らえると、そこにアイスブルーの剣を手にした霊菜が、雷のように素早くそして鋭く接近した。
「最初から最後まで楽しいダンジョンだったわ、ありがとう」
 電光石火の速さで繰り出される『雷刃』。
「もっと別の形で会えれば良かったわね」
 長い金髪を翻して微笑む霊菜に、オレンジ・ペコ・ダージリンはロイヤルワラントでスピードを上げ、致命傷は避けるとそのまま一旦退避しようとするけれども。
 オレンジ・ペコ・ダージリンの目の前に、蝙蝠が舞った。
「吸血鬼といえばこのような能力だろう。当然、我輩も心得ている」
 それは√能力で姿を変えたテオドラ。小さくなり、機動力と回避力を上げて。素早く動くオレンジ・ペコ・ダージリンを追い、またその攻撃をひらりと避ける。
 さらに、大きなティースプーンのような杖でテオドラを叩き落そうと狙えば、さっとテーブルに隠れてしまい。
「お茶会が鬼ごっこになってしまったな」
 現れては隠れ、現れては隠れ、とオレンジ・ペコ・ダージリンを翻弄する。
 だが、テオドラはただ逃げるだけではなく。オレンジ・ペコ・ダージリンの意識を自身へと引き付け、知らぬ間に誘い込み。その間にこっそりと呼び出していた影蝙蝠が仕掛けた爆弾のある場所へと誘導した。
 そして、巻き起こる爆発。
「せっかくの茶会を無下にして悪かったな。
 だが、我輩はこういう者なのだよ。許せとは言わんさ」
 吹き飛んだお茶会会場を見下ろして、蝙蝠姿で呟く。
 それを見上げたオレンジ・ペコ・ダージリンは、爆発のダメージの中でもシュガー・イングリーディエントを発動させ、その爆弾を複製したティースプーン1杯分の粉砂糖を創造するけれども。
「それは我が眷属である」
 ウォルムは粉砂糖をカナヘビへと変身させ、逃がしてしまうから。
 主の援護を受けた夜音は、竜の影を纏い、次の攻撃を繰り出させる前に、ウォルムへその攻撃が向かないように、その中でちゃんとカナヘビを踏まないようにしながら、オレンジ・ペコ・ダージリンへと一気に踏み込んだ。
 放たれる『玉漿霊剣術・落日』。装甲をも貫通する高威力の近接攻撃。
 それは見事にオレンジ・ペコ・ダージリンを捉え。
 そしてさらに、疾風のトンファーと霊菜の剣が追撃して。
 訪れる、最後の時。
 弥月は香炉の香気に眠りの呪詛を乗せて。
「ゆっくり、ずうっとお休み」
 せめて痛くないお別れを、と見送る。
 消えゆくオレンジ・ペコ・ダージリンの姿。そしてダンジョン。
 ウィズはスコーンを1口でほおばると、空になったティーカップを空に掲げて。
 その手から消えゆくのを見上げ、見送った。

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