我らをどうかお救いください
●英雄の行方
――聖女様がいなくなった。
√ドラゴンファンタジーにおいて|神聖祈祷師《ホワイトクレリック》の存在は非常に大きな意味を持つ。太古の存在である|竜《ドラゴン》と関係を結ぶ事ができる彼女等は『聖なる奇跡の使い手』とも呼ばれていた。そんな|神聖祈禱師《ホワイトクレリック》の一人が行方不明になったと謂うのだ。練達した冒険者曰く。
――聖女様は私よりも強い。そんな聖女様が其処らのモンスターに殺されるなんざ、到底、考えられない。ダンジョンに凶悪なボスでも出現したのか? いや、仮に凶悪なボスだったとしても……精々、聖女様を疲弊させるだけの筈。
――なあ、もしも、疲弊していたのであれば、其処を狙われたって可能性はねぇのかよ。聖女様も人間だ。常に万全ってワケにはいかねぇだろ。それとな……これは、あんまり考えたくねぇんだがよ。聖女様、いつもとは違うメンバーで潜ってなかったか?
――殿になったって事か?
――いいや、違ぇ。聖女様は、かわいくて、美しいんだ。
●救いあれ
「君達ぃ! ちょっと√ドラゴンファンタジーで人探しをしてくれないか」
星詠みである暗明・一五六からこぼれた言の葉は『珍しい』ものであった。人間災厄「黙示録」が√ドラゴンファンタジーを|詠《み》るのは初めての事であり、この場にいる君達は『嫌な予感』を覚えてもいい。正直、今からでも聞かなかった事に出来ないか、と。
「探してほしいのは聖女様だねぇ。なんでも、ダンジョンに潜ったっきり、帰ってきていないそうだ。勿論、ダンジョンには凶悪なモンスター、致命的な罠などもたっぷりだからねぇ。準備はしっかりとやり給えよ。ああ、そうそう」
「我輩が『詠んでいる』と謂う事は、そういう|内容《こと》さ。おそらく、精神的にキツイ依頼になるだろうぜ。覚悟は……嗚呼、出来ているようだねぇ」
第1章 冒険 『迷い人を探して』

聖女様、聖女様、我らをどうかお救いください。
冒険者たち曰く――聖女様は強く、正しく、そして何より、美しくて可愛らしい。単身、ダンジョンに潜り込んでは悪しき|怪物《モンスター》を討伐し、手にした報酬の殆どを身寄りのない子供などに与えていたという。聖女様は文字通りの『聖人』であり、神に愛されるべき|少女《ひと》なのだ。そんな聖女様が今、行方不明となっている。
聖女様が行方不明となったダンジョンには――成程、様々な危険が――いや、致命が蠢いていた。このダンジョンは難関の中の難関であり、たとえ、練達とした冒険者であっても、命を落としかねないものだ。凶暴かつ狡猾なモンスターは勿論のこと、これでもかと仕掛けられた罠は、ああ、まるで阿鼻の地獄の有り様とも謂えた。
君達は、そのダンジョンの入り口に立っている。
聖女様を見つけ出し、誰一人欠けることなく、帰ってくるのが今回の依頼だ。
たとえ、何があったとしても。
世界のおぞましさに対しては――現実の忌々しさに対しては――最早、己自身で、立ち向かっていくしか方法などない。方法がどのような『もの』で在れ、それが自身の為に成るのだとしたならば、躊躇をしている場合ではないのだ。それ程までにダンジョン内部は危険であり、未曾有の魅力とやらが詰め込まれている。……んにゅ? 人探し、ですか? ただの人探しではない。自分自身の命すらも懸けなければならない、一種の地獄への降下だ。手繰り寄せた糸の先に『探し物』が存在しているのかも不明な、ひどくイレギュラーな状況である。報酬を、身寄りのない子供達に渡すくらい優しい方が、いなくなったのですか……それも、英雄と呼ばれるほどに、強い……。流石に心配はするですよね……ただ……。英雄は何をされたのか。聖女様は何に出遭ったのか。想像の域を出ないですが、行方を眩ませるくらいに、辛いことがあったのかもですね……ふぁ……。緊張感のない欠伸ではないか能力者。いや、そういう人間災厄なのだから、爆発しそうな岩すらも枕なのかもしれない。
ともかく、頑張って探してみましょう……。ダンジョン内部は迷路のようになっている。地面か、岩に印を付けながら移動するのが好ましい。とりあえず、目指すべきは最深部だろうか。英雄は、聖女様は、きっとこのダンジョンの主を倒そうと考えていたに違いない。……すぴ……救済を行う人であれば、興味はあるのです。もし……つらい、悲しい思いをされているなら、幸せな夢を見せてあげたいとも……。能力者よ、オマエの想像している『もの』の一部分は『あたり』である。正解に近しいからこそ、やらねばならない。
浮いている。何が、浮いている。一切の『もの』に触れないよう、堂々、|空《くう》の真ん中を往く。足元に……罠があったら、困るですから……それと、カダスにも手伝ってもらいます……。誰が為の子守唄だ。目眩のような眠気こそ、救いのひとつとされたのか。
臓腑がぶくぶくと嗤っている。嗤っているものを総入れ替えしてやった。
頭の中身は勿論のこと、隅から隅までのテセウス、船乗りに悪心を突きつけた。
とっくの昔に救われている。価値を見出されている。
――それが、四之宮・榴の原石で在ろうか。
嘲笑してきた恋人、哄笑してくる運命の輪、決して、逃れる事の出来ない悪夢の類が押し寄せてくるかの如く。重たい思いとやらが這いずり回り、のたうち回った結果がこのザマか。もちろん、この、意味ありげな文字の羅列すらも、不穏を促す為のはじまりにすぎない。……初めての、√ドラゴンファンタジーですが、店長様の星詠み……。脳内に蔓延っている感情は――ウツボのようなゲテモノは――只、ひとつの恐怖である。もしも、回転している不安感の正体とやらに直面してしまったら、果たして、オマエは正気を保っていられるのか。……普通は、PTで参加なのかも、しれないですけど……僕は一人の方が……楽なので……。伽藍洞に墜ちていくかのような罪、これはもう味わいたくないと、そう考えたのか。ええ……難関らしいですが……僕には、たくさんの|目《●》があります……何を使っても、何が何でも……人探しだけは、しっかり……? さて、オマエが展開してくれた|半身《レギオン》は別の|半身《オマエ》と激突したのか。……これは……何でしょうか。
灯りを掲げて――漆黒を構えて――ゆらり、何者かに、観察されていると『理解』した。何者なのかは不明だが、人間なのかモンスターなのかも解せないのだが、目玉のようなカタチをしていた。……見た目から、モンスターなのだとは、思いますが……? 警戒を怠るな。もしかしたら『見られている』時点で危ういのかもしれない。ぬぞりと、身体の中に這入ってくるインビジブルの群れ。……まさか……僕はもう、攻撃をされている……? 捕食者が何かしらを抉った様子だ。悲鳴の類は聞こえてこないが、ぼたぼた、汁気が応えてくれた。
……涙……? それとも……別の、体液……?
たとえば、張り巡らされた罠の数々、破壊し尽くしてやれば石橋に等しい。
仮に、極めて発見し難い『もの』だとしても、気付いた頃には過ぎていたのか。
――灼熱の道を作ったのは他でもない、オマエである。
臓腑に落ちてきたのは――脳髄に染み込んできたのは――ある種の、まったく身に覚えのない『寒気』であった。寒気は徐々に、徐々に、吐き気などの異常性に変化していき、しかし、その熱さとやらも、探索をすればするほどに、薄れてしまうに違いない。のっけからイヤな予感するわねぇ。誰一人かけることなくって、最悪、死体になってても構わないのかしら。おそらくだが、死んでいた方が『マシ』だと、そういう意図も含まれていたのかもしれない。可能性の方が高いのだから、より、悪辣さに磨きが掛かっているとも考えられよう。というか、冒険者だったなら、神聖祈禱師だったなら、√能力者なんだし死んでもそのうち帰ってきたりするんじゃないの。まぁ……死んでいないけど、死んでいないからこそ、帰れないってこともあるか。行けばわかる。行かなければならない。木乃伊を取る為にも……。
懐中電灯もランタンも不要だ。己の身ひとつで進めるほど、ああ、便利を体現している。寒いのも暗いのも「へっちゃら」だとアーシャ・ヴァリアントはズカズカ、歩いていく。歩くついでに吐息をしてやれば、罠であろうと、モンスターであろうと、灰すらも赦されない。……あれは……あやしいわね。何が怪しいって、それは、ひどく明るい故だ。こんなにも暗黒を絶やさないと謂うのに、あかるい。まるで、甘く咲うウツボカズラめいていた。とりあえず――モンスターの死骸を投げ入れてやった。じゅう、跡形もなく。この程度の罠なら問題ないわよ。ちょろいちょろい、楽勝ね。今回は如何やら折る事に成功したらしい。これが最難関? その噂だって……「聖女様を誘い出す罠だったんじゃないでしょうね?」
アーシャ・ヴァリアントは本能的に紐解いていた。
猫のように駆け、龍のように砕く。
蝶も蜂も吃驚な優雅さだ。このフィジカルにこそ畏怖が宿る。
手の繋ぎ方ひとつが命にかかわる、純心が何を招いたのか。
斬ってしまえばいいのです!
信頼できる仲間こそが大切なのだと、絆を深める事こそが重要なのだと、酒場の親父は笑っていた。笑っていたと謂うのに、その忠告とやらを無視して、行かざるを得ない状況だったに違いない。つまり……固定パーティ以外でダンジョンに潜る。やっぱりそーゆーのって死亡フラグだよね! 積み重ねた信用と信頼がない人と潜るのは危険が危ないのです。随分と軽く口にしているが能力者、その面構えはいつも以上にシリアスだ。笑っているけれども、その実、燻っているに違いない。悪い予感しかしないけど……まぁ、お仕事だしね。やるからには全力を尽くすですよ。たとえば、在り来たりなモンスター。その狡賢さに真正面から挑むかの如くか。それって緑色のあいつっぽい? でも、ボクって捜索が得意ってわけではないので……うん。やはり物理。何事も、物理で解決する事が一番と思えた。小賢しいと一蹴せよ。
征服するのか、蹂躙するのか、オマエの気分次第だ。
スピードとパワーで駆け抜けるのみ! 罠が存在している? 罠が発動する前に『其処にいなければ』問題ない。凶悪なモンスターが待ち構えている? 速度と質量でぶっ飛ばしてしまえばいい。そもそも、ボクは|古龍《?》の力を纏っているのですよ。この程度の致命、致命になんてならないっぽい! 真正面に聳え立っているのは只の壁ではない。棘だらけの、毒々しい見た目の、ゴーレムの亜種だ。だから如何した。迂回している暇など皆無。さあ、その|古龍閃《いちげき》で一切合切を砕いてやると宜しい。こーゆー場合でなければちゃんと攻略するんだけどね、ホントだよ?
塵芥とされた巨大な壁からの文句、最早、聞こえない。
煮え滾っているものを吐き出せ、簡単な事だ。
何処かの|迷路《ダンジョン》がお遊びなのであれば、此処は最早、針の筵を極めていた。√ドラゴンファンタジー、世界を、隅々まで渡り歩んでも、此処までの凄惨さは中々、お目に掛かれない。それは、能力者が『珍しい』と嘆息するほどの高難易度だ。注意をしていても、緊張していても、死ぬ時はアッサリと死ぬ、ある種のギャンブルにも似ていた。一度引っ掛かるだけで、一度、踏み抜くだけで、無残に死ぬような罠ばかりだ。それも、即死だけではない。治せそうにもない毒を塗りたくった、鏃とやらも含まれる。……躱す事に成功したのは、良かった。しかし、聖女は一人でも大丈夫だと……いつもとは違うメンバーでも大丈夫だと……このダンジョンを選んだんだろうか。目的があった……? たとえば、身寄りのない子供達を人質にされたとか……? 思考を巡らせている場合ではない。何かに、観察されているような気がした。……観察するのは、俺も得意なのだけれどね。
複数体のレギオンを展開し、彼方、罠の位置を探るようにしてやった。何処に仕掛けられているのか『わからない』のは、ああ、最悪とやらを意味しているに違いない。その最悪を『難しい』にする為には労力、惜しんでいる余裕はないのだ。……この罠は……いや、これはもう、罠ではなく、殺しにきているな……。奥へと進む為には『ひとり』犠牲しなければならない。この罠を解除する為には命を捧げなければ――シンプルに壊す事も考えたが、それは異常事態を発生させる原因にもなり得る。ならば、と、用意したのは生きているモンスター。誘導し、背中を押してやれば――あとは楽なものである。
途中、踏みつけそうになった冒険者の死体。この人は……罠に引っ掛かったのだろうか。自分のナイフで自分の臓腑を晒しているようにも視える。つまり、このダンジョンには、精神攻撃が得意なモンスターがいるのかな……? 気を引き締めなければならない。既に尽きた命よりも、まだ間に合う可能性のある聖女を探そう。
いつか、迎えに来るから、今は許してくれ……。
物理的に腐らせてやった、腐っている連中の多さよ。
不条理と呼ばれるものは――理不尽と呼ばれるものは――経験上、不意を打つが為にやってくる『もの』である。ノスフェラトゥの脳裡に粘ついたのは|熾天使《セラフィム》の姿であり、あのような、地獄の花と謳うべき『もの』ほどではないが、近しくも思えた。全く不思議なまでに、まったく機械仕掛けなまでに、無事に見つかる気がしないのは何故だろうなぁ……。骨を拾えと言われた方が、火葬してやれと言われた方が、まだ幾らかマシに思えてくる。くるくる、くるくる、廻るかのような忌まわしさだ。いや、それこそ、何処かの因習とやらが泥濘の如くについてきて鬱陶しい。この臭いは……この、いやらしさは、それの道外れとも見えてきたのか。兎も角、今は獣性を得るべきだ。現は、往く事を望むべきだ。四つ足の獣とは果たして――チャーチグリムの真似事で在ろうか。
聖女は、どのような罠に引っ掛かったのか。聖女は、どのような敵に襲われたのか。イメージとやらを、最悪とやらを、只管に、泡沫の如く漂わせてはみたが、如何にもおかしい。聖女はなんでも、|神聖祈禱師《ホワイトクレリック》の中でも、かなりの強さを誇っていたと聞く。そのような女性が、そのような人物が――俺が問題なく駆け抜けられる、この程度のダンジョンで屈するとは到底、解せないのだ。いつもとは違うメンバー……。引っ掛かるのは『それ』だ。信頼に足る者なら、彼等から何かの情報がありそうなものだが……尤も、無事であればだが。最初に見つけたのはキノコ型のモンスターであった。
菌……茸……。考えられるのは胞子での攻撃か。いや、もちろん、マトモにやり合うつもりはない。暗所からの一撃でおしまいだ。……身体が足りない? ああ、増やせば良いんだったか。おどる血液が幾体かの鵺となり、上空からの捜索も可能とした。
……待て。俺は腐るほど見てきたのではないか?
――聖女である。少女である。如何に、強かったとしても。
僅かな反響に触れたのだ。何かを憎んでいるのかと、何かを怨んでいるのかと、わかるほどに。いつかの同胞が遺していったフェロモン、それに似ている。
何者かの悪夢が――何者かの恐怖が――時に、救済の沙汰とも成るのだろう。数多の危機を潜り抜け、数多の罠を避け続けた先で、嗚呼、強者は如何なる蜜にありつけるのか。絡みつく粘性の屈辱も最早、遠い昔。幾星霜を駆け抜けた|蜚蠊《オマエ》は何を想う。……聖なる存在が、愛らしい者が、己を見失ったとあらば。その聲を、その心を、拾うは、穢れを背負う我の……我々の役目だ。たとえば、凶悪で凶暴なモンスター、彼等も、オマエを発見したので在れば、警戒心とやらを抱くに違いない。何せ傍から見たならば昆虫型のモンスター、しかも、黒くて、光っているとなれば――勘違いをされても仕方がないか。
成程……我を『同類』と認めてくれるのか。ならば、話は出来ずとも、話が早い。這わせるべきは己の耳朶か。潜響骨、如何なる音も逃さないと己に誓い。足跡、呼気、哭き声まで、ひとつひとつに神経を捧ぐ。……同類だと認識している汝ら、加えて……罠の兆し。聖なる存在の『気配』はない。ならば、やはり、迷宮の最奥……。疑わしきは罰せよとヒトサマは謂うものだが、さて、罠がその精神を掲げているとは思えない。たとえ、煙たがられたとしても――気配を制する事くらいは、団子の前である。
ここは命を削る領域。だが、命に価値があるのではない。“残したかどうか”が、すべてだ。世界観よりも価値観に意味を見出すとよろしい。人と獣の狭間で――野良のオマエは何を覗く。彼女が最後に何を望んだのか――その痕跡を、我は拾いに行く。肉も骨も何もかも、想いの形に他ならない。
神の奇跡を宿す存在が……うつくしい存在が、なぜ、迷いの中に沈んだのか。その答えに……我は這ってでも辿り着こう。床も壁も空も、最早、邪魔にはならない。我は蜚蠊。見落とされた、蹴落とされた、足跡を拾う者。ならばこそ、聖者の最期を生へと繋ぐことも、できるだろう。……いや、この臭いは……?
ヤケに新鮮なものだ。
殺すのが目的ではないと、そう思えた。
これはダンジョンの罠ではないと、そう考えられた。
七つの内のひとつが熱を孕み、此方を睨めつけてきた。
聖女様が帰ってこない。そう、依頼をされたのだから、噂になっているのだから、同行者の行方も必然、話題に上がる筈だ。彼等が無事に戻ってきていたのならば、おそらく、既に問答は終わっている事だろう。オマエは直接事情を伺おうと酒場の冒険者たちに|行方《●●》を訊いてみたのだが、成程、最悪な事に――同行者も見つかっていないらしい。いや、ダンジョンで倒れただとか、そういう流れなのであれば、まったく問題などないのだろう。一番、危惧すべき事柄は――同行者が意図的に行方を晦ませていた場合である。いずれにせよ……依頼は捜索。凡その事情は、なんとなく、予想はできますが、ダンジョンに挑むのが先決でしょう。まるで魔王でも坐しているのかと疑うほど、その暗黒は濃厚であった。
能力者にとってダンジョンとは『道』でしかない。凶悪なモンスターで在ろうと、致命な罠で在ろうと、正々堂々こそを|世界の法則《√》としたのであれば、何もかもはシンプルである。卑怯な手段など赦されない。それが生存の為の沙汰だとしても、嗚呼、仕掛けの悉くは無意味とされた。……この程度、僕にとっては段差にもなりません。踏破する事は最早容易い。されど、この胸騒ぎだけは、如何しても偽れないものか。
優しさ、正しさ、人徳に信頼。どうにも有難味の分かりかねる美辞麗句ですが……。積み重ねてきたとしても、愛していたとしても、何の役にも立たないというのもよくある話です。聖なる哉、聖なる哉、唱えたところで幕引きからは逃れられはしない。ともあれ、疲弊か、トドメか。罠も要因の一つではあるのでしょう……。ふと、視線を横にやったなら、ありきたりなスイッチ。テキトウなモンスターをぶん投げて作動させる。
……捕縛する為の罠ですか……殺意が感じられない……?
俺は聖女様に救われたのさ。それは、嘘じゃあねぇ。
もういいだろ? 俺は忙しいからな。
カタカタ、カタカタ、何かしらに集中してはいたのだが、如何にも、お目当てのものは見つけられない。まるで舌の上で踊らされているのかと錯覚するほどに、オマエ、データとの睨めっことやらを片付けたのか。ふぅ……ようやっとひと段落かな……。仕事の合間に依頼を熟す。この極めてブラックな状態は己が招いた沙汰なのだから受け入れるとして――果たして、この嫌な予感は何処からやってくるのか。うはぁ……。頭が痛い。いや、頭が渋カッケェ御本の星詠みさんが、人間災厄さんが、あそこまで言うって事は……泡ぶくお姉さんの時よりキツイんだろな……。精神を削った後に精神を酷使するとは、なかなか、上司の事を謂えない程ではないか。ハイ、覚悟していってきます。いっそ聞か猿にでもなれたなら、人生、気楽に出来たと謂うのに……。ま、今更でしょ。だってマキだし。
うわぁ……。たとえば、路地裏の隅っこ、無数の怪異の溜まり場。その狂気を凝縮したかのような入り口付近。もう、この時点でヤヴァそうな気配がする……。こりゃ徘徊してる怪物を相手にしてたら時間かかりそうだね。早く聖女様見つけたいし。罠に関しては先行している能力者によって解除か、破壊されている頃だろう。それなら、此方の気配を殺してしまえば、素早く移動できるかもしれない。……野生の勘っていうか、生存本能じゃないかな、これ。迷彩服を活かしての攻略だ。……でも、なんだか、視られてる気がするんだよな。攻撃はしてこないから、余計に、無気味なんだよね。
ダンジョンの曲がり角、パンを咥えていないと謂うのに、誰かさんとぶつかった。ありゃ……? え? 生存者……? 生存者にしては怯えがない。怯えがないし恐れもない。その代わりに焦りとやらが見え隠れしていた。ねえ、あのさ。ちょっと、お話聞かせてくれない? 逃げようとはしていない。逃げようとはしていないが、嘘を吐こうとしている気がした。
……嘘言ったら、絞めるよ?
おいおい、勘弁してくれ。俺ぁただの冒険者だ。冒険者がダンジョンに居ちゃあいけねぇのかよ……。蒼白になっているのは顔だろうか、もしくは、鎖だろうか。
這い蹲った蛇のように熱を辿る。
辿った先で出遭うのかは不明だが、今は、全力を尽くすしかない。
難関の中の難関だと――極めて悪質なダンジョンだと――耳にしたところで、むしろ、やる気とやらが涌いてくるのが冒険者か。望むところだ、やってやる。言の葉にするならば、この挑戦は己の壁を突破する事とも=だ。たとえ、中途半端だと罵られても。たとえ、なり損ないだと嗤われても。実力で黙らせてやれば、一切、問題などなくなるのだ。重苦しい扉をこじ開けるかの如くに。おぞましいヴェールを容赦なく捲るかの如くに。堂々、往こうとするサマは文字通りに勇気ある者のソレと見えた。
本来、ダンジョンとは奥に進めば進むほど、難易度が上がっていくものだ。しかし、このダンジョンは始まりから終わりまで、難易度の変化が欠片としてない。つまり、スタート地点の数歩先に、致命の罠があるくらいに厄介なのだ。ぶわりと、風に乗っていなければ今頃、底無しの穴に消えていた事だろう。成程、ありきたりな罠も、このダンジョンでは即死級になるのか……。慎重さと大胆さが要となってくるその所以は時間との戦いでも『ある』事か。もしも、噂の聖女様が毒か何かにやられていた場合、解毒が間に合うかの勝負にも成り得る。……見えた。何が見えたのかと謂えば新たな罠である。どうやら、モンスターを呼び寄せる『もの』らしく、加えて、掛かった犠牲者を捕縛するおまけつきか。他に道は……見当たらない。ならば捕縛の罠から逃れた後、即座に反撃をしてやるとよろしい。盾の準備も影の蠢きも、自販機の砲撃も――海を割るかの如くに――出来ていたのだ。
何事も無ければ良い、そんな、希望的観測を抱かずにはいられない。希望を抱きながら眠れたのであれば、どれほど良かったのか。でも、聞かなかった事には出来ません。これが、僕の務めですから。何が何でも遂行すると良い。たとえ、その先が奈落であったとしても。
喰い尽くされた花の数々を見つめていた。
既に喰われていたと謂うのに、傍観しているとは、豪胆の真似事が得意なのかと。
鏡に映った己ほど、綺麗で、美しく、穢れに穢れたものはないと、そう不意に思わされた。自由を得る為ではなく、幸福にされるが為に、労働を続けていたのかと、つるはしのような代物に頬ずり。本当に怖いのは魔物より、罠より、人間ということでしょうね。ぼんやりとした意識を、ハッキリとしている過去を、現のものとする為にオマエは紫煙を味わった。|死棘《スティンガー》より放たれた灯りとやらが、ぐるりと、ダンジョン内部を舐め回した。ああ、まるで洞窟だ。阿片の臭いを漂わせている、薄暗い、人工的な沙汰のようにも視えてしまった。普段と違う冒険者たちを伴って、行方不明。普通に考えたのであれば、全滅。だけれども、そう、あの星詠みが『出てきている』のだ。あの、ひどく堕落を勧めてくる、頭のない男――嫌な予感どころではない。私みたいに、確信を抱くひともいるだろう。
労働をしているのだ。それは、オマエも彼女等も、同じだと考えられよう。いや、きっと労働をしているのはオマエと彼女だけで、その他はお楽しみとやらを貪ってくれているのだろう。ともかく、今だけは胡蝶となって、魂魄を様変わりさせて、追いかけてやると良い。夢と現の狭間にて酩酊、程度こそ様々では在るのだが、追跡をする事は何故か、ひどく判り易かった。このマーキングは知っている。この目印は知っている。まるで、糸を垂らした蜘蛛のように――びちゃびちゃと、赤色と透明、臭い。知性と呼ばれるものは時に、邪悪さを発揮する、腐敗した果実の混乱でしかない。
ケダモノのように。実際のケダモノは、人間でしかない。
|獣《ケダモノ》は快楽のためにそうした行動をしない筈だ。追いかけ回して、転ばせて、ケラケラ嗤うだなんて、する筈がない。もっとも、私が“彼ら”を非難する資格があるかどうか。せめて、生きていてと祈るしかない。
回転する鳥籠の中で踊り狂う、脳味噌のひとつを思い出した。
駄菓子屋に来るお客さんもそのくらいの年齢だろうか。
血の繋がっていない娘の笑顔……。
正体不明の怒りがざわついている。いや、正体については薄々、暴けてはいるのだが、それを受け入れるには――おぞましくも、覚悟は不可欠だ。
いったい何を燃やせばいい?
たとえば、小さくて、白っぽい、もちもちとヤカマシイ|雛《むし》。迷宮に棲まうとされている、オマエの知っている顔。あのような趣味悪さこそが、最も近しい気配と思えた。ふゥん……? 神に愛されるべき、神に抱かれるべき少女、ねェ。ンな訳の分からねェ何かに愛されるよか、ごく普通の人間から愛される方が……いや、この場合は、それが仇だったのかもしんねェが……。理由はわからない。所以など、とっくの昔に|欠落《な》くしている。だが、まるで、己のもので在るかのように、沸々、蹂躙の二文字が浮かび上がった。ま、オレがどうこう口挟める話でもなし。さっさとお仕事してこうか。オラ、キリキリ働け|下僕ども《焔の精》……。召喚されたのは炎そのものであった。さて、焼く為の魚の代わりとして獣を定めるとよろしい。……相手にはしねェよ。まだまだ先は長いってのに、体力使ってられねェしな。あー……そういや、アイツも趣味が悪かったっけか。脳裡に浮かんできたのは巨大な芋虫。つまり、人を己の『もの』にしたいって事かねェ。
脇腹擽ってやるよりも前に突っ込ませてやるとよろしい。幾ら致命的な罠だったとしても、本命、冒険者が掛からなければ意味などないのだ。残念だが、素直に攻略する気なんざねェぜ。こういう風に、雑に使い潰せるのがコイツ等の良いところだ。適材適所も此処まで至れば凄惨なものだ。轟々と、業々と、文字通りに、罪人へと突きつけるかの如くに。しかし、|一五六《●●●●●●》の依頼か……五体満足で済めば……違うな。五体満足だったとしても……可哀想に……。御の字はおそらく『ない』だろう。
地獄に佛などやってこないのだから。
琥珀色の瞳が捉えたのは殺意だけだった。
あらゆる『もの』が冒険者を殺しにかかってくる。
配信が出来そうにないほどに、矢継ぎ早に。
最前線で戦う事こそ――最前線で吼える事こそ――ダンジョンの醍醐味だとでも謂うのか。それ程までにオマエは練達とした冒険者であり、成程、噂の聖女についても耳にしていた。曰く、その聖女はおそろしく強い。曰く、その聖女は途轍もなくお優しい。曰く――いや、聖女の事は確かに気掛かりではあるのだが、それよりも難関の中の難関とされている迷宮だ。そこまで言われているダンジョンがどんなものか、ああ、心が躍って仕方がない。障害が大きければ大きいほど、それだけ、奥にある遺産や財宝に期待できるってものよ。今日の冒険は、どうなるかしら。如何なるにしても、ひとつだけ。今回に限って謂うのであれば、期待とやらはあまり、しない方が良いのかもしれない。
√能力者が……|神聖祈禱師《ホワイトクレリック》が、復活もせずに行方不明と……。見つかるとは思っていない。たとえ、見つかったとしても、おそらくは再起不能にされているのだろう。まだ、このダンジョンの入り口だろうけど、油断したり、運が悪ければ、私だって……。いつも以上に慎重に動くべきか。気を抜いた瞬間に持ってかれる、そんな終わりは誰だってお断りなのだから。さあ、本能の儘に、危機を察知してやるとよろしい。
経験こそが最大の武器である。野性的な勘と、超常的な聞き耳によってモンスターや罠の位置を的確に把握していく。これは……やっぱり、一歩でも間違えたら、即死するタイプの罠が多いわね。いや……それしか、ないのかしら? だったら、おかしい。それこそ、復活をしていなければ、おかしいのだ。なら……いったい何が原因で、彼女は動けなくなっている。ともかく、今は考えない方が良さそうだ。全ての答えは、見つけた時にわかる筈だから。
第2章 集団戦 『ゲイザー』

じっと、じっと、何かしらが、
君達を観察していた。
舐るかの如くに、此方を覗き込んでいた者は、
――モノは、ようやく姿とやらを晒してくれた。
巨大な、巨大な、目の玉である。
無数の触手と共に出現した、浮遊している『それ』はゲイザーと呼ばれるモンスターであり、魔術の類を得意としていた。高火力の光線はおそろしいものだが、それ以上に、異常なまでに厄介なのはその特殊な|光線《視線》であろう。
数多の状態異常をばら撒いてくる眼球は高難易度のダンジョンに相応しいか。
ところで、聖女にはいつもとは違うメンバーがついていたと聞く。彼等が混乱や魅力にやられていたとしたら、如何か。或いは……それを『うまく利用していた』可能性も考えられはするのだが。ともかく、この目玉を如何にかしなければ。
先に進む事など出来はしない。
何処かへと失せた光の数々、現に戻ってきた時点でオマエの得物だ。
降りているのか、登っているのか。何方にしても見つめ合う結果に変わりなく、ニマニマ、目玉が嗤うとはこれ如何に。憎たらしさと騒がしさの両立を『くちなし』で演るとは中々だと、オマエは欠伸をするのか。……なるほど、ゲイザーの状態異常を引き起こす光線……。そうなってくると、聖女はもちろん、同行者も無事でいるかどうか、怪しいところなのです。うつら、うつら、目玉が合っていたと謂うのに、視線と視線がぶつかっていたと謂うのに、もう塞がりそうだ。この緊張感のなさには流石のモンスターも吃驚なご様子で、目が点になっていた。まあ……探すことに変わりないので、手伝うですが……ふぁ……。強烈な眠気の原因は何も、人間災厄の『存在の証明』だけの所為ではない。新しく考えてきた、揮わんとしている|能力《ちから》の所業とも思われようか。丁度いいかもしれないですね……。駆け抜けるのか、途中で眠るのか。せめて、兎なのか亀なのかくらいは決めておいた方が良い。扉を開いたのかも、戸口を叩いたのかも解せぬ儘、只、時の夢の園で……。
怪物は――|目玉だけの怪物《ゲイザー》どもは――己がひどく好調な事に気が付いた。近づいてきた冒険者を、慄いている冒険者を、片っ端から石化させる事に成功したのだ。これなら、問題ない。これなら、ダンジョンの奥、坐している主とやらに、上等な贄を捧げる事だって容易だろう。しかし、嗚呼、彼等は欠片として気づけない。光線を命中させた相手がお仲間だという事実――すぴー。できるものなら、やってみるがいいです。まあ、こちらも催眠術や汚染は得意ですので……むにゃ……。天地を駆ける必要もなく。追いかけてくるトンボとやらを蹂躙するかの如く。……聖女さん、辛いことがあったなら、忘れさせてあげるのも、救いでしょうか……。何が救いで何か幸せなのか。
聖女本人に訊ねる他ない。
臓腑の回転については今更、解説する気などミリともなく。
胎児の代わりとされた海の月が、プカプカ、踊っている。
必要としていた臓器だけは確保してくれた。あとは、
――四之宮・榴として、化け物退治と洒落込むと良い。
テセウスの船の乗り換え――その案内――繰り返し、繰り返し、無尽蔵にされたのは|石化《あれ》の所為だ。気づけなかったのはおそらく|死角《いち》を把握されていたのが所以で、されど、致命に至らなかったのは水母のお陰か。……さっきのアレは……此れの仕業、ですね。……十中八九……これは、店長様の星詠みなので……魅了や、混乱が……? いえ、もしかしたら、それすらも生温いのかも、しれないです……。嫌な予感が山となるばかり。だが、今は|眼球《ゲイザー》どもを片付けなければならない。聖女とやらが無事なのか否かは、嗚呼、その後にじっくり捜索してしまうとよろしい。……危険かもしれませんが、僕なら、多少の怪我くらいは問題ない、でしょう。攻めづらくなるよりかは、無理をしてでも……我慢比べと、参りましょうか……。縋りついた先で蜘蛛の糸、透析するかの如くに刺し込んだ。まるでお義姉様のような、キラキラとした、手招きのイメージ。
火は要らない。連中は最初から最後まで、ごうごうと、嗤っているのだから、油を注いでいる暇などない。手頃な一つ目に対して肉薄し、側部あたりからタロットを叩きつけよ。此度お似合いなのはおそらく隠者であろう。影から観察をしてくれていたのだ。堂々と、前に現れた事、後悔してくれたら嬉しいか。……そう、簡単に、殺されてはあげられません。まだ、僕には『やること』が残って、いますので……。背面、うごめく触手を千切るかの如くに捕食者を嗾けてやった。そうして露出してくれた弱点――今すぐにでも打っ叩け。火消しと共に|命《ひ》を絶やせ、影もなく。
……あまり、体液だけは、浴びたくないですね。
燃えるゴミの袋の底――ご馳走の只中で――数多の同胞が目眩を起こした。熾された悪夢の中でひとつひとつ、|断末魔《フェロモン》を散らかす彼等は、抜け出ていたオマエに何を託したのか。……視線の炎ごときで、阿鼻叫喚ごときで、我が殻は止まらん。止まるつもりは欠片として無いし、留める為の所以もしらない。たとえ、知りたくなったとしても、粘着性の強い地へと、無謀とやらをする気も皆無か。ああ、見られている。覗き込まれている。新聞紙もスプレーも一切がないと謂うのに、この、向けられた嫌悪とやらは懐かしきか。轟々と、業々と、睥睨される黒光りの主……。
眼球は――ひとつ目の化け物は――ダンジョンに侵入してきた|外来種《オマエ》を駆逐した、と、安堵していた。安堵していたところに這入り込んできたのは、映り込んできたのは、焦げているかのようにも想える、|蠢動《カサカサ》であった。熱い。途轍もなく、熱い。されど、熱いだけの視線では――我が動きを殺す事など、できない。効果が無いのだろうか。この外来種は炎に対しての耐性を獲得しているのか。いいや、違う。この甲虫は――√能力者は、焼けただれても尚、未曾有の再生能力を以て、喰らい付いてきているだけなのだ。走る。奔ってくる。最早、人のカタチであったオマエは……燃え盛る腕で眼球を掴んだ。
|眼球《ゲイザー》は理解しようと試みた。仮に、理解が出来たとしても、その理解とやらは刹那の内に放棄しなければならない『恐怖』であろう。口がない事をこんなにも『残念』と想ったのは初めてで、いっそ、叫ぶ事が出来たのならと、滂沱をしようと。しかし、滂沱までもが乾いたのだ。乾いて、灼熱の味に晒されてしまったのだ。触手でソレを祓おうとしたのも失態であろう。ああ、裂けていく。何もかもが削ぎ落とされていく。逃げなければならない。逃げて、目玉に潤いを与えねばならない――だが、手遅れか。
目しか持たぬ者よ。見ることが全ての汝に、焼けただれた現実を与えてやる。
潰された殻の数だけ、砕けた殻の数だけ、我は前に出る。その火は、我が意志の残滓。逃れられぬぞ、光と炎を掲げた者よ。混乱と恐怖を齎す者よ。お前の見たものが、お前を滅ぼすのだ。自業自得として繰り出された刺突――肘打ちからのお届け物――ああ、眼窩。蠟燭の如くに抉られた。
ふよふよ、ふよふよ、嘲笑するかの如くに、浮いている『それら』からの熱烈な歓迎だ。じいっと、覗き込んでくる、見つめてあげようと、してくる、眼球の動きは何処かの太夫とやらを彷彿としてしまうものか。いやいや……何考えてんのよ、アタシ……でっか……。そんなに見開いてて、ギュルギュルしていて、目が乾燥したりしないのかしら。如何にも斜め上の心配をしてくれるのではないか、アーシャ・ヴァリアント。この場に義妹がいたので在れば、きっと、石化も悪くないと頷いていたに違いない。とりあえず、先に行くにはこいつをぶっ飛ばせってわけね。周囲に罠がないのか改めてしまえば、望むところ。多勢に無勢な状態にされない為にも位置取りとやらも気にかけて、様子を――見ているのは彼方だった。見ているのだから、視線が光線になったとしても、嘘ではないか。
……っと、危ない危ない、まともに喰らうわけにはいかないわ。生身で喰らったとしても、精々、火傷をするか、しないかだ。念には念を入れてのオーラ防御、喉元を過ぎる前から熱くない。はん、そんなもんで、そんなチンケな視線で、アタシを燃やそうなんて666年早いわ、もっとも、二度も喰らったりしないけどね! 赫々としていたオマエの黄金色、√能力が発動した時点で、嗚呼、負けの可能性は尽きたと描写すべきか。文字通りに、目にも留まらぬ速さでの接近――目玉を切り裂いてやったなら、さあ、ピンボールとやらを楽しんでやると宜しい。この場合はサッカーかしら。まあ、どっちでも似たようなものよね。緋色の絨毯を敷き詰めてその上、歩むことなく進むといい。
さて、この辺に聖女様とやらはいないみたいだけど……奥にいったのかしらね。それにしても……。おかしい。何が可笑しいのかと問われれば、聖女様が『奥』に居るのであれば、ゲイザーが無事だったのが、だ。お強い聖女様との噂なのだから、撃破されていないと謂うのは不可解である。説明できないほどの何かが起きたって事かしら。はてさて……。
耐えて、耐えて、耐え抜くしかない。我慢比べをするしかない。
相手が此方を弱者と見做してくれるなら、其処に一撃をくれてやれ。
――心頭滅却すれば火もまた涼し。盾虫の強度や如何に。
目が合うよりも――捉われるよりも――素早く、展開された魔法陣より出現したのは自販機であった。そのまま、おぞましいほどの目玉の群れに放たれた砲撃は――幾つかの|的《目》を叩く事に成功した。……厄介な能力だな。真面に見る気は欠片としてないし、加えて、真面に相手をしている場合でもない。ここは……確実に、被害を最小限に、仕留めていかないと……。|自動販売機《遮蔽物》に身を隠しつつ、恙なく、|式神《へび》を這わせる事で様子を知り尽くせ。触手をおまけとして認めたならば、さて、此処からが戦闘だ。
邪視とはまた古典的な……。古典的だが、それ故に、面倒臭い、厄介極まりない手段である。遠距離からゆっくりと、海を割るか空を割るか、詰めていこうかと思惟巡らせる。だが……いや。この場合は……威力を控えめにしておくのが、正解か……? 全力で放った場合、ダンジョンが、道が崩れてしまうかもしれない。それなら、狙うべきは|部位《●●》……! 迂回してきた目の玉を|呪影業《かげ》に任せる。対処できている今しかない。
僧侶がいなければ、こんなモノが居る場所で人が生存できるとは思えんが……。急所の死守には成功した。成功したが、遮蔽物から少し、はみ出ていた手の先が|石《のろ》われている。全身に広がる可能性を考慮して、其処を切り落とす事を決意したのだが――それが吉と出るか凶と出るか。くっ……! 自販機の隙間を縫ってきた触手、ぶった切ってやったのなら、あとは長期戦を覚悟するのみ。
聖女は……聖女のPTはどうして、こんな危険な場所に……。
生きててくれよ……生きて、辿り着いて、みせるから。
希望はない。希望がないのであれば、絶望も消え失せるべきだ。
問題を解いていくように、答えを手にするように。
――親友の色を抱えて。
前方で構えていたのか、後方で構えていたのか、何方にしても大敗したとは到底思えない。同行者が急に混乱したら、幾ら手練れの聖女でも、対処が|難しい《●●●》かもしれない。魅了や混乱にやられての同士討ち。もしも、それが起きていたと謂うのなら――おそらく、神の奇跡とやらが発動していた事だろう。兎も角、その真偽を確かめるためにも、先に進まなければ……。迷宮内部に棲み潜んでいた眼球の群れ。まるで壁のように、まるで監視カメラのように、ぐるりと此方を睨め付けてきた。まさか、この程度のことで、俺が気力を削がれるとでも……? 起動してやった決戦気象兵器。雨霰の最中にて連中は何を視止める。
手術をされているのかと、開かれているのかと、眼球のひとつが白黒となった。いや、より『らしく』描写をするのであれば、目玉焼きだろうか。手頃な化け物に対しての収束した光線――今にも地面に激突しそうな個体に、嗚呼、情け容赦のない追撃か。そんな中での新たなる光。精神へと混濁を齎す『それ』は――敵味方の区別もなく、冒涜的な太陽めいて。……精神を、心を、無理矢理どうにかされる系の攻撃は、どうにも、いつまで経っても慣れない。……人間として考えたなら、それが正解なのかもしれないけど。ああ、頭の中を弄られているみたいで、気持ち悪い……。多少の混乱には遭ったのかもしれない。されど、一部を防いだ事が幸いしたのか。敵を撃ち落とす事には、討つ事には、集中できていた。
罠といい、ゲイザーといい、随分と難しい……厄介なダンジョンだな。聖女の身が……精神が心配だ。早くゲイザー達を片付けて、見つけ出さないと……。
廃れているのは精神だけではない。
蒼々とした世界の底――暗黒そのもの――その真ん中で、天使だった者は何を想うのか。……冒険者たち、彼ら自身の本来の意思ではない。頭の中に溜まっていた仄暗い『もの』がスーサイドの代わりとして口からこぼれた。その可能性は救いだろうか? より、深い闇だと思うのだが、しかし、何方も『同色』なのだから、度し難い。するりと、意識しているのか、意識していないのかは不明だが、ともかく√能力者、オマエは|黒薔薇《はな》を咲かせた。遠慮も配慮もくそもない。此処に存在しているのは生存競争で、それに加えての、ほんのりとした、罪紛いの心地である。……私を見るなんて、私を観察するなんて、もう、労働力にもならないと知っているのに……? うごめく触手に対しての的確な防御。ああ、攻撃だ。攻撃を続けろ。攻撃をしなければ、蹂躙をされてしまうかもしれない。
狂え、そのような科白を、何度接吻した事か、された事か。深いのは夜なのだろうか。或いは、鈍色に嗤う鱗であろうか。……少なくとも、冒険者たちは『女』と見ていた。あなた達は『彼女』を、どのように、見ていたのかはわからないけれど。理解など、出来なくていい。理解など、しなくてもいい。撃って、撃たれての関係性だ。防ぎ切る事は不可能に近いのだが――証明をしてくれただけでも、十分だ。間違いない。
欲望を少しだけ後押しする。本意ではない、操られたという免罪符を用意して。何処かの誰かさんの影が脳裡へと這い寄ってきた。その所為だ。嗚呼、その所為で。身体の一部が石のように重たい――ッア! 引っ張ったのではない。足を引っ張られたのだ。
引っ張られると同時に焦がれていく、焦がされていく、己の何処か。顔ではない、その事実にこそ感謝すべきだが。もう、我慢をしている場合ではない。熱を喰らうのであれば骨まで。脳の髄まで浸かっているのだから、嗚呼、こぼれてくる小鳥の囀り。余計な思考を締め出して――セルフに汚染をして――そのトリガーは何度目だ。
脳髄にでも棲み憑こうとしているのか。精神にでも這入り込もうとしているのか。それを試みた時点で、瞬間的に、八寒地獄へと送られるとも知らずに。
――今宵の月の数を調べよ、天蓋、見通すかの如く。
緑色をしていたのか、赤色をしていたのか、今となっては何方でも構わないのだが、しかし。仮に、封印されていた者からの誘いだったとして、この群体とやらは些か雑ではないか。ふゥん……目ン玉に視神経めいた触手……碌でもねェモンばかり見てきたからかね。気持ち悪いで済むなら、グロテスクで済むなら、マシな部類なんだよな。お前ら……。かつて出遭ってきた同胞どもの忌まわしさからすればこの程度、冒涜の『ぼ』の字も似合わない。まァ、それはそれってことで……無遠慮にじろじろ見られて、おねーさんちょっとイラついてんのよ。いっそ目玉がない方が、いっそ頭がない方が、楽なのかもしれない。いンや、貌が無いってヤツの場合は、別なンだがな……ともかく。憂さ晴らしさせろや、出来損ないども。何処かの眼窩に這入ってくれよ連中、オマエの眼帯の裏側の如くに。
昔から言うだろ? 目には目を歯には歯を、って。まァ、今回は前者だけで十分だが……。たとえば、すり替えられていたスクロール。封じようとしたところでの睥睨だ。|闇劫瞳《グタンタ》。見たモノを永劫に凍結させる……とまでは、いかんが。見て、定めて、留めたのだ。少なくとも、オレの眼球が乾くまでは、手前らは一匹たりとも動けねェよ。そンじゃ、時間もねェから、パッパと仕留めるぜ……? 貪り食おうと構えてやったのはイリーガル。底知れぬ狂気が、底無しの憎悪が――ブチブチと、炎か、氷か、鉛玉でブチ抜く。ぐちゃぐちゃにしてやらァ。石像の中身はそのまま、ちゃんと、思考も出来ている。
……け。まったく、タチの悪ィ……。
人間の悪意については、災厄よ。
|あの頃《ヒュペルボレオス》からまったく変わらない。
じりじりと、焼いてくれるかのような、興味本位。
好奇心こそが猫を孕むのであれば、間違いではない。
非人道的な――致命的な――罠、物ともせずに潜り抜け、精神に何を抱いているのか。広いとも狭いとも言い難い、書斎よりかは幾らか『らしい』空間。其処で犇めいていたのは、蔓延していたのは、此方を覗き込もうとしてくれるケダモノの一種か。前座は|死人《アンデッド》でも出るものと、|屍人《ゾンビ》でも出るものと、踏んでいましたが、小道具ですか。まったく、焦らしてくれるものです。最早、隠そうともしていない悪性の種。水をやり、肥料をまき、いったいオマエは何処まで育むつもりなのか。見られている? 見られていると謂う事は、此方からも把握が容易というワケか。盛り上がりを見せる前に、燃え盛りを晒す前に、素早く、己の姿とやらを|異形《か》えてしまうといい。冥府を落とすべきか、星を落とすべきか、欲張りに、何方も引っ掻いてやるとよろしい。
熱烈な視線など最早、オマエのガードの前では暖房器具にも劣るだろう。薙ぎ払われると同時に、壁、地へと拉げた柘榴の汁気か。……ここで、遊んでいる暇はないのです。飛翔した鋭利の群れが、ああ、哀れな群れとやらにトドメを刺していく。鮮やかな速攻を決めたのならば、いよいよ、物語性に集中をするが良い。
時間と謂えば……行方不明から、喪失から、どれだけ経っていたのだったか。この分なら、本来のお仲間の一人や二人、連れてくる事も考慮して、良かったかもしれませんね。オマエにしては随分と饒舌ではなかろうか。情が昂っているのか、或いは、王が躍っているのか。兎も角、そろそろ本命でしょうか。本命であり、本質なのでしょうか。警戒を怠らずに、堂々と、ある程度の罠とやらを捻じ伏せながら――早足気味に。ただ、死んでいるなら、期待外れというものですが。絶望しているのか、抗っているのか、それとも。
おそらくは、絶望の言の葉こそ、強いイメージである。
嗚呼、どうか願わくば――。
ホログラムに身を委ね、岩肌と同じ『もの』になる。
頭から尻までしっかりと、晒す隙も無く、淡々と。
馬鹿正直に真正面から、なんて、そんな消耗を如何して『する』必要がある。
最小限こそが、省エネこそが、今を生きる術であった。
スポット・ライトに興味は無いと、拍手喝采に価値は無いと、只の偶像は嗤笑して魅せた。神も仏も最早なく、此処に存在を赦されているのは、莫迦みたいな厭らしさと化け物くらいな沙汰であった。ふーん、なるほどねー。だいたいわかった! 何を理解したのかと、何を紐解いてしまったのかと、√能力者、露木・幽蘭に訊ねてみる。もちろん、訊ねている側こそゴーストなのだから、答えなど欠片としてないのだが。まぁ、わかったところで意味はないんだけどね。やることは変わんないし。目玉の群れに大目玉を喰らわせてやれ。尤も、オマエにそのような|憤懣《感情》は見えやしないか。光線には光線で対抗とゆーことですよ。迫りくる連中の混濁に何を向けようか。おお、過剰なまでの得物ではないか、決戦気象兵器。
瞼がないのだ。蓋が無いのだ。防衛する術がないと、欠陥品なのだと憐れんでやるべき。レインによる|大雨《レーザー》が薬の代わりになってくれた。目つぶしっ! レモンの汁気も吃驚な極悪非道だ。潰すだけではなく焼けており、素敵な、香ばしい煙まで漂ってくる。ま、あとはゆっくり、慎重に行動するだけだよね。なんだか、今のボクは忍者っぽい! 内家剣士の気殺なら、身を隠すくらいわけないのです。それに、幻影と迷彩のコンボを加えたら鬼に金棒! 悠々と、マイペースに、いつもの散歩コースのような。
まるで虚空を突くかのように、虚言、只管に吐かれてしまえば辟易か。最初は、たとえ『うそつき』だったとしても、保護するくらいはやってやろうと、そう、思えてはいたのだが、如何にも、出現した『お相手』の能力を知れば知るほど、その気とやらが失せていく。もういいだろ? って言うけども。ハイ、そうですかってなるわけないでしょ。それに、あれ。ただの目玉じゃなくて、こっちを魅了したり、混乱させてくるタイプの目玉でしょ。つべこべ言わせるよりも素早く、ぎゅうぎゅう、鎖をきつく縛ってやれ。放せ、だとか。何だとか、聞こえてくるけど気にしない。……そこで大人しくしててよね。大人しくしてくれたら、あの目玉のヘイト、稼ぐくらいはしてあげる。よし……それじゃあ、戦いに集中しよっかな。じっと、じっと、見つめてくる彼ら。いっそ、正直病とかを蔓延させてくれたら楽なのに。
にしても目玉かぁ。な~んかどっかの目玉君を思い出しちゃうね。おいおい、俺と一緒にすんじゃねぇよ!!! なんて、否定の叫びが届いてきそうだが、それに耳を傾けている場合ではない。見てきたのだ。覗き込んできたのだ。攻撃を仕掛けてきたのだ。もう、この時点で――疾翔――オマエを阻むものなどない。
相手が熱烈な視線を送ってくるのであれば、炎を散らかしてくるのであれば、此方は|氷《つめ》たくしてやると良い。これが一番、効果的かな? 効果的でなくたって威力は十分だ。目玉に染みていったのか、視神経に届いてしまったのか、ゲイザー、最後のひとつまでもが明かりを失った。あ……冒険者とかいう人、這って逃げようとしてないよね? くるりと、反転したならば案の定。ぎゅうぎゅう、ぎゅうと、死なない程度に首絞めしてやれ。まさか、マキの魔力が『わからない』って事じゃないよね? 無駄だってば。
冒険者としての……いや。暗殺者としての『勘』が囁いている。この人からは、マキの嫌いなろくでなしの臭いがする、と。気のせいかな? 気のせいだったら、解放するんだけどね? ねえ、何から救われたの? それとも、救われたって謂うのも、嘘だったりするの? 教えてよ? いい? これは質問じゃなくってさ……わかるよね?
……なあ、ゲイザーってよ。混乱と、魅了を使ってくるんだ。
俺達はそれを喰らったのさ。わかるだろ? 不本意さ。
……本当は?
第3章 ボス戦 『穢されし聖女イブセレナ』

ダンジョンの最深部――目玉の群れを片付けた先で、君達は『少女』に出会った。少女は何者かによって衣服を、装備を剥がされており、襤褸雑巾よりも凄惨な有り様であった。ぶつぶつと、ぶつぶつと、少女は何かしらを呟きつつ、君達の方に目の玉を……光のないものを……回してみせる。ああ、何があったのだろうか。ゴブリンか、何かにでも襲われたのだろうか。いいや。このダンジョンにはゴブリンなどのモンスターは一匹たりとも存在しない。
おい、勘弁してくれよ……俺は……俺達は「ゲイザーにやられた」んだ。そんで、俺達は、やっちまったって、だけの話だ。なあ、そうだろ……おい、聞いてんのか? テメェ……? へへ……なんだよ、えらい連れじゃあねぇかよ。聖女様よ……?
捕縛されていた男がへらへらと嗤った。少女の肚から……胎から、へその緒を通して、落ちていたのは赤子である。その面構えは成程、男のそれとひどく似ていた。少女は――聖女は――聖女だったものは――絶望を、神への供物としてみせた。
この世に、救うべきものなんて、ない。
この世に、幸せなんて、ない。
なんにも、ない……ない……いるのは、うそをつくだけの、人間。
彼らは、なにも、していないの。
彼らは、わたしを、あいつらを、見ていなかったんだから……。
聖女は、少女は、最早、簒奪者だ。
たとえ、何があったとしても。
おやすみなさい。
さらさらと、薬を盛られたのかと、錯覚するかのような。
頭痛がひどくて眠れないのか、臓腑がこぼれて眠れないのか、何方にしても聖女は――堕ちてしまった少女は――幾日も、さまよい続けていたに違いない。強烈な悪心にやられたところで文字通りの悪夢、これは嘘なのだと嗤うしかない。ああ、嘘ではない。何もかもが真実なのだと、何もかもが本性なのだと、嫌と謂うほど……。そうですか……まあ、予想通りと言えば予想通りなのでしょう。閉ざされていたものが、半開きだったものが、遂には、ようやくの全開となった。しかし、随分とご機嫌斜めなおはようではないか。彼方からの「おはよう」はなく。只、望み途絶えた|簒奪者《きみ》がいる。そちらにいる男は、腐れに腐れた人物は、ゲイザーを|利用《●●》したのでしょう。ええ、最低な理由で。いや、そもそも彼に、連中に『理由』など、そのような上等な代物など、無かったのではないか。男の方は救う価値もありませんが、聖女さん、あなたを救う手助けはしましょう。甘い、甘い、水からの誘い、これに『ありつく』為には、自ら手を伸ばさなければならないか。何もかも忘れたいと願うなら、夢を見せてあげます。ええ、幸せな夢に溺れるかのごとく、僕が救いましょう。現実がつらいなら、世界が忌々しいなら、逃げる事だって、選択肢の筈です。差し伸べてくれた枕元の柔らかさ――さて、襤褸雑巾の反応や如何に。
ふざけないで。そんなこと、どうして、わたしが頷くと、思ったの……? この世に救うべき存在など『ない』と少女は唱える。勿論、その中には自分自身も含まれるのだ。たとえば、騙された方が悪い。成程、小物が散らかした科白なのだが、それも、真に受けてしまっている。……そう思うのはあなたの勝手ですが、僕はあなたを救うだけの価値があると、感じています。……だまって。どうせ、あなたも、身勝手な男なのでしょう……?
確かに、僕も『勝手』なのかもしれません。ですが、僕は災厄。ここは災厄らしく、あなたも、眠らせてみせましょう。それに……あなたは、僕を起こしたのだから……。集めに集めた天使の翼、泥濘に漬け込んでいたとして、持ち腐れにされたなら。
幸せに、幸せだけを見て、全てを忘れるが良いです。
呼吸ができない。肺臓が焼けていく。
それでも、わたしは「そうだね」と……。
ひどい有り様だと――みじめを極めていると――アーシャ・ヴァリアント、オマエは頭を抱えたくなった。実際に、抱えてやらなかったのは、ある意味で聖女の為とも謂えよう。此処で絶望だと、此処で最悪だと、態度で示してしまったら、より、マイナスとやらが増幅されて終うのだから。最も、彼女にとって『これ以上』が存在するとは思えないが。あー……うん。駄目っぽい感じね。何を見たのかと問われたならば、何を覗き込んだのかと問われたならば、それこそ、真っ暗い瞳であろう。双眸に光は塵ともなく、間もなく、肚を掻っ捌いてしまいそうなほどに。まあ、あれよね。アンタにはなくてもアタシには守るべき相手も、幸せもあるから、お気の毒だけどぶっ飛ばさせてもらうわね。聖女は――少女は、眩暈がする想いで『赤子』をこぼした。ぼた、ぼた、ぺた、ぺた、這い蹲っている。
へその緒を喰わせるつもりはない。胎盤を喰わせるつもりもない。ドラゴンプロトコルの身体が――赫々とした全身が――灼熱と成り、触れた『もの』を炎上させていく。それじゃあ、これは、アタシからの慈悲みたいなもんよ。赤子のひとつを始まりとして母胎、本体へと|消えない火《エネルギー》が迫る。……そっか。わたし、ここで、殺されるんだね。殺されたところで死ねそうにない。憎悪の類はおそらく、楽園にあってもそのままと謂えよう。
聖女様はお気の毒に、モンスターにやられて、骨も残さず帰らぬ人になりました、と……。筋書きは完璧だ。行方不明になってから数日、むしろ、斃れていない方が可笑しいとも考えられる。ああ、お連れの仲間も勿論、やられたって事で、生き残りはゼロって事よ? お気の毒な|話《●》よねぇ。何かが騒いでいる。何かが喚いている。まさか、ゴブリンなんて、このダンジョンには一匹たりとも、ない。あー、あー、聞こえない、聞こえない、おっと|灼熱の息《サラマンドラ・バーン》出ちゃった。次からは気を付けてくれアーシャ・ヴァリアント。燃えるゴミだとしても、臭くていけない。
汚物は消毒しないと駄目よねぇ、やっぱり。
ほら、アンタもそう思うわよね、聖女様?
人の欲望とは――大罪のひとつとやらは――何処の√においても、最悪、齎す可能性を秘めていた。勿論、秘めているだけなのだ、潜伏しているだけなのだ、態々、掘り起こしたりしなければ、惨事を招く事など無かったのだろう。嗚呼、言葉が出ない。仮に、言葉を出したとしても、欠片として、欠落として、希望が無いのだから、度し難い。この状況の原因を作った冒険者を……冒険者と呼びたくもない、外道を……100回くらい殺したい気持ちはあるけど、今倒すべきは……。オマエは少女に、聖女に、簒奪者に視線を投げた。√能力者のお勤めを遂行せねばならない。完遂をしてからでも、嗚呼、お片付けをする事は可能な筈だ。……俺達の努め……勤めだから……。すう、と、脳髄が冷えていく。雨を降らすかの如くに――世界の価値とやらをカタチにせよ、それが、受け入れられるのかを別として。
想像された魔性、創造された|護符《ちから》がオマエの能力を底上げした。展開された魔法陣より――エレメンタルロッドより――放たれたのは、ジャンヌ・ダルクに対する所業であった。ひどい……ひどいよ。なんで、この世界は、人間は、こんなにも、残酷なことを……。神とされていた|竜《ドラゴン》すらも、嗚呼、憎悪と呼ばれる祈りによって黒く穢れていた。堕ちてくる、いよいよ、堕ちてくる。奇跡なんてものはクソ喰らえと、呪詛の|咆哮《おも》いを響かせながら――大したことじゃない。身を焼く魔力暴走の痛みなんて、聖女が感じたであろう苦痛に比べたら、蚊に刺されたのと同然だ。
轟々と、業々と、広大無辺を舐るように、燃やしていく。
聖なる竜が黒く穢れるほどの絶望、それは、どれほどのものだったんだろう。恨んでもいい、憎んでもいい、何をしてもいい。君を殺す俺を赦さないでくれ。まったくずるい声掛けだ。そんなことを口にされてしまったら、少女は涙も流せない。
恨むとか赦すとか、そんなことを考える精神なんて、もう残っていないんだろうけどね。知り尽くすよりも前に燃やし尽くせ。火刑すらも救いの腕の中のように。
監視をしていた怪物も、睨みつけていた化け物も、このような『もの』など解せなかった。人が人を蹂躙する事――所業こそ、裏切り者として、滅ぼさなければならない。
気分が悪くなるほどの状況だ。状況を、糺す為にも、鎖すしかない。
選択肢が幾つか存在している。その、幾つかの中から一番『マシ』なものを掴まなければならない。一番『マシ』だと考えていた『もの』も数秒後、忌々しくも、最悪とやら、墜落してしまうのかもしれない。んー……。悩みの種も吃驚な沙汰だ。頭痛の種も困惑するサマだ。世の中って基本的にクソなのです、けど、これは……想像してたよりも、ひどい感じなんだけど……。最早、グロテスクの五文字では紐解けないほどの厠っぷりだ。むしろ、グロテスクに対しての冒涜とも捉えられる。これを見ると、ボクでも、救う価値なんてなかったと思っちゃうよね……。悩みに悩んだ結果は如何に、考えに考え抜いた結果は如何に。うん、ボクにできることなんて僅かしかない。あのゴミと一緒に簒奪者となった聖女さんも|処分《●●》する。ああ、無情。選択肢などはじめから、無かったのだ。
聖女パーティには……即席パーティには、きれいさっぱりと消えてもらう。ダンジョンの深部で――それも、高難易度と付く――全滅するなんて、珍しくもなんともない。そこのゴミがやろうとしていた通り、闇とやらに、沈めてしまうしか、方法はない。救いなんてものはなかったし、誰も救わない真実は隠してしまうのがよろしい。臭い物に蓋をする? いいや、臭い者は罰するべきだ。……聖女さん、その、ごめんなさい。正直、気乗りはしないけど、ボクも武に生きる者。覚悟はとっくに出来ていた。あとは、殺し合うだけだ。
猫なで声はなく、みしりと、暗黒とやらを握り締めた。這い寄ってくる赤子の群れを、ひとつひとつ丁寧に叩いていく。ようやくお近づきになれた。……せめて、抵抗くらいは、してくれると良いっぽい。その肚に、その胎に、呪詛に。
――浸食と崩壊を、必ずや。
操り人形は自ら、糸を切る事に成功した。
故に、もう、動く事すらも……。
労働をしなければならない。労働をしなければ、彼女は幸せになれないのだから。労働をしなければならない。労働をしなければ、彼女は存在している意味を失くして終うのだから。労働をしなければならない。労働をしなければ、無様に、自決をする以外にないのだから。嗚呼、重なっていく。何が積み重なっていくのかと、問われれば、罪。まるで、咽喉を詰まらせるかの如くに、嚥下に失敗してしまうかの如くに――そう、私は甘かった。まだ、私は鳥籠の中に居るつもりなのだろう。引き抜くか、引き抜かないかの狭間での研ぎ澄まし、最初に穴を開けたのは|聖女様《あの娘》の胎であったのか。……あなたは、どこまで、彼女を見世物にする、つもりでしょうか。こんな地獄にまで墜ちて、こんな失楽園にまで至って、わざわざ如何して、冒険者とやらを庇ってやらなければならない。これは労働だ。労働であり、依頼であり、おぞましくも、シナリオなのだ。……大丈夫です。すぐに終わらせます。誰に対しての科白なのであろうか。もう、冷ややかなほどに、自分という『もの』が解ってくる。ぶわりと誘うかのような紫煙――海老、釣れたのは赤子であった。
生まれたばかりの赤子は、ドロドロとした生命は、ふたりの『仔』なのかもしれないが、落胤なのかもしれないが、最早、|怪異《モンスター》でしかない。おお、殺人人形。おお、エクス・マキナ。ピスク・ドールの回転が――情け容赦なく、弾丸の嵐を孕んでいく。ああ、聖女。彼女の有り様は姿見であった。私の可能性でもあった。私の伽藍洞こそがモンスターなのであれば、成程――聖女の器こそが真面であったのだ。
なんとかならなかった。だから、この話は、これで終わりです。
剥がれようとも、砕けようとも、壊れようとも、構うものか。死がふたりを分かつまで、即座を『是』とすると良い。しかし、やることがひとつ残っている。救わねばならない存在がいます。あなたです。粛々と、弾丸を込めるかの如くに囀ってやった。彼女を救わなければ、解放しなければ、何も始まらない。大丈夫、全ては悪夢だった。
鳥籠の中での出来事――そういう√も存在するはずですから。
呪詛の、竜漿の、脳の……。
因果――その刃が、ナチュラルな棺桶を作ってくれた。
埋葬するには早いのではないか、と、神に文句を謂われたとしても。
――執念を以て、貫け。
足を取られたのだ。足を引っ張られたのだ。足を犠牲にしたところで、胴体、引っ付いてしまう有り様だ。つまりは八方塞がり、たとえ、生きる気力が有ったとしても、自決をする覚悟を抱えていても、微動すらも赦されない無様さか。……救われなかったのだな。見ていなかったのだ。我も、誰も――汝を。突き付けられた現実はとっくの昔に臓腑の底、沸々と滾ってみせたところで、この生き地獄からは逃れられない。壊れていく、何が、毀れていく。黒々と崩れた|外殻《もの》が聖女を――少女を――簒奪者を、情け容赦なく補足した。なんで。ねえ、教えてくれる? わたし、なんにも、知らなかったんだ。あなたなら、わたしがこうなった原因を、わかっているんじゃないかって……。ぼこぼこと新たな赤子が落ちていく。堕ちてきた数秒後……四肢を抉るかのような角度、踏み込み、吶喊による弾き飛ばし。我は確かに、生き延びた者。我は確かに、選ばれし強者。されど、汝に――何ひとつとして、教えられる|事《もの》はない。砕けた殻の元のカタチ、そのような『もの』は記憶にない。呻きは木霊し、それでも――進む。これが、我に残されたものだ。汝にも、残されている筈だ。汝が産み、背負わされた命。それを見捨てた者たち。それでも、汝は絶望の底、生きようとしたのだ。ならば、我は見る者として在ろう。逃げぬ者として在ろう。
重要なのは克服する事だ。不可欠なのは超克する事だ。|劫壊装《エモノ》を手にしながら――愈々――簒奪者の懐へと潜り込む。……これで、終えてよい。汝の物語は、汝の冒険譚は、もう誰かに奪わせはしない。我の這跡で、汝を覆い、止めよう――。刻み込まれたのは『限界』であった。刹那の内に齎された【了】は、さて、枯れた枝を如何様に扱う。
今度こそ、見届けながら――。
蝋燭から蝋燭へと移していく。
移して、移して、その果てに――黒山羊のような化身の在り方。
……誰が忘れるものかよ。
最初に――面構えを見た時――脳裡に、精神に、映り込んでいたのは、何者かの情人であった。誑かされ、誘われ、気が付いたならば、もう遅い。だが、能力者よ。目の前に広がっている|光景《●●》はイメージよりも酷いものではないか。少女が滂沱をしている。滂沱をしているクセに、一切の、音もなく。……ま、そうだろうな。人類の愚かさ、人類のおぞましさ、割と嫌いじゃねェんだぜ? オレは……。そう、この感情は|オレ個人《●●●●》としてお話だ。此処に、大切な誰かが関わってくるとした場合、何もかもは逆転する。そこの臭ェ|塵《ゴミ》は後でキッチリ焼くがな……。断ち切ったと謂うのに、独り立ちをしたと言うのに、父上様。いっそ、唱え方を違えてやろうかと、嗤う……。
救うもの、綺麗なもの、そんなものは無い――おめでとう。それが人類なんだよ、少女。きっと籠の鳥だったのだ。一生懸命をしていれば、何もかもが楽しくなる筈だったのだ。|泥《悪意》に触れず生きてきたのが、|不幸《幸福》だったな。溜息を吐いたところで、視線を交わしたところで、悉くは真っ暗だ。此処がフォマルハウトだったとしても、双眸、虚空だけを捉えるのみ。……そこだけは同情するよ。
同情をされたとして、優しくされたとして、少女には最早、それを鵜吞みする正気もない。迫りくる赤子どもは果たして――何者かの従者の真似事であった。簒奪者だ。災厄が前に立つ、憐れな藁だ。這い寄ってくる、這い蹲っている、その場でくるくる、回ったところで、過去に戻る事など出来ない。……慈悲無く、区別無く、貴賤無く。焔は全てを焼き尽くす。焔の精よ。轍を刻め――葬送の火は高らかに。ウィル・オ・ウィスプに接吻を。
焦がれていく肺臓も救いのようだが、赤色は唯々、虚ろなだけ。
……ン。遺灰くらい、地上に持って帰ってやろうかね。
オレも随分と人間臭くなったものだ。
如何なる目玉で在ろうとも、如何なる精神で在ろうとも、星辰、崩す事は赦されない。吐き気がするほどだと、反吐が出るほどだと、他の√能力者であれば、頭を抱えるのかもしれないが。そんな事をしている暇ではないと――只、鋭利なものこそが嵐とされた。邪魔をすると謂うのなら、嗤笑をすると宣うのならば、その口を胴体諸共に――縫い留めてやると宜しい。もちろん、致命傷を与えるつもりは……慈悲を与えるつもりはない。目には目を歯には歯を、罪には罰を――尤も、この場の中で最も、罰が似合うのは己なのかもしれないが。さて……冷静に。そう、冷静に、だ。意図的にやらなければ、嗚呼、いつ襤褸が出るのかもわからない。身を叩くかのような歓喜にこそ――王の素質が宿っていた。
失楽園より――崩壊寸前の楽園より――数多のインビジブルが雪崩れ込んできた。彼等、彼女等の目的は察しの通り、聖女様の血肉であった。聖女の、少女の、簒奪者の、柔らかな血肉を貪り尽くしてしまえば、今度こそ奇跡とやらは起こるのだろう。そんな、勿体ないことを、そんな、面白くない幕引きを、ディラン・ヴァルフリートが傍観する筈なかったのだ。ぐわりと、怪物よりも怪物らしい、異形な右の掌が――少女の身体に触れている。最早、少女は贄ですらもなく、脆弱な心身だけを残した、憐れの権化となったのだ。……ひどい。ひどいこと、しないでよ。なんで、わたしは……? 握り潰されたかのような喪失感だ。拘束され、封じられ、嗚呼、目の前の|英雄《●●》に視線を投げるのみ――ええ、すぐに死んでもらっては、困ります。あなたには、酷なのかもしれませんが、死ぬにはまだ『早い』と言うことで……。オンオフの切り替えは完璧だ。お戯れの始まりである。
あなたは、そう、何かを置いてきているのでは、ないのでしょうか? 僕は……ええ、あなたの、幾つかの過去を知っていますので。最初のカードは『面倒を見ていた子供』について。これで、この程度で、元に戻れるのであれば、√能力者である以上。首でも刎ねてしまえば、いずれ綺麗な聖女が戻って終いです。……あなた、あいつらより、よっぽど、おそろしいのね。いったい、わたしの、なにをみて……そんな言葉が、でてくるの……? 善人とは理解し難いものだ。ひとつひとつ、紐解かなければ、咀嚼する事すらも出来そうにない。さあ、僕には「何もわかりません」ので、ですが、あまり反応をしてくださらない。ああ、思えば久々に見る天然物の絶望。救うに値するものなど無く、慈しむに値するものなど無く、一切は虫唾が走る汚物に過ぎない。天使に成れるのは極僅かだ。そうだろう?
当たり前を当たり前として、ありきたりをありきたりとして、理解できる他者との邂逅。この、塵芥のような出会いとやらで、こうも、舞い上がる事ができるとは……我ながら、嗤えるほどに莫迦らしい。……ちょっと……なにを、見てるの。わたしは、見世物にも、なれないってこと……? いっそヴェールを剥がしてくれたなら、愉しかったと謂うのに。
兎も角、聖女。かつて聖女だった者。此方側に――魔性の側に――堕落し尽くしたのであれば、いつか再び、這い上がるサマは、有益な参考にもなるでしょう。教科書通りの答えとやらに投石、鮮度抜群な奈落を収穫すると宜しい。何故か、同種の泥濘から返り咲いた|者《英雄》も何人か居ましたし。気長、気儘に、観察をしている。いいや、これは観察ではない。目に留まった蟻への――軽微な好奇心であろう。ああ、貴女。先達の生涯を観てみますか? 或いは連絡先の交換でも? とうとう……正体を、あらわしたのね……わたしは、そっちの方が、正直、マシだと思うわ。……ゴホン。咳払いもナンセンスだ。失敬、などと口にしたところで最早ない。……何にせよ、此処からが、長いのです。
連れ帰るべき聖女は死んでいた。
かわいらしい少女は朽ちていた。
……ああ、遺言や、頼み事があれば預かりましょう。
……いつか、あなたも、ころしてやる。
――お開きだ。|概念《かみ》を開くかの如くに。
姿見を――霊鏡を――突きつける必要もないくらいには、正真正銘、人間の悪意であった。いや、人間の悪意にしては、随分と軽率で、何処までも「くだらない」ものであった。だが「くだらない」からこそ「許せない」ものだと、笹森・マキは知っている。あ~……はいはい、聞いてるよ。聞いてるけどね……耳が腐りそうだから。猿轡だなんて優しいもの、其処の|塵《やつ》には勿体ない。代わりに鎖を咥えさせ――締め上げて――さて、何処に何を叩きつけてやろうか。悲鳴にならない悲鳴がこぼれる。ぐじゅぐじゅと、汚らしいものが仏の顔までもすっ飛ばした。……なにヘラヘラ嗤ってんだよ。あんなに苦しんでるのに、それを見て嗤えるなんて……。跳ねている。何が、跳ねている。能なしとされてしまった化け物の体たらくか。いや、しかし、それでも尚、へらへら咲かせようとしているのは――最早、殺意を煽っているようにしか思えない。……根っこから腐ってるだろ。なあ、魅了とか、混乱とか、関係なくヤるためについていったんでしょ? 大正解だ。文字通りに蒼白となっている『それ』からの、無気味な、最悪な、肯定の合図。……あんたらの方が簒奪者だ。いや、簒奪者にもなれない、ただの……! 決戦に使用されない兵器の悲哀と謂ったら、たまらない。消し炭にしてやらなくちゃ、跡形も残してはいけない、そんな、逆上。
本当は……本当は今すぐあんたを殺したいけど。あんたの仲間の何人かは、外か、別の√でのうのうとしてるだろ。叩きつける、叩きつける、叩きつける。聖女を穢した奴らは全員捕まえてやる。捕まえて、何も出来なくなるまで、何度だって……。命乞いだろうか、それとも、哄笑なのだろうか。それは、ありとあらゆるマイナスの感情を齎す為に、狂気とやらに逃げようとした。……くそ……莫迦にするなよ、喚くな、反吐が出る。後で居所を吐かせてやるから、その辺に転がってろ……。ああ、この場所に|彼等《●●》がいなくて良かった。こういう仕事は、マキじゃないと、みんな、引き摺るだろうし……。
引き摺るのは能力者よ、オマエも同じと見えた。
聖女が、少女が、虚ろな目で、此方を……。
聖女様と戦うの、辛いな……。わかっている。彼女は簒奪者だ。簒奪者と『された』のなら、殺し合いをしなければならない。でも、戦う前に、聖女様に伝えよう。……聖女様。マキはあなたを、あなたの赤ちゃんを、止めるために。死なせることしかできないけど。だからといって、こんなにも穢した奴らを赦す気はないから。一人残らず、ひとつも残らず、吊るし上げる事も誓うね……。頭を下げた。頭を下げて、意識とやらを切り替えようとする。だが、中々、重くて苦しいものだ。やらせないよと、謂いたかった。
そう、なんだ。
でも、わたし、蘇生したとしても、ぜったい、忘れられないから。
聖女様からの――少女からの、断末魔。放たれた魔弾は吸い込まれるようにして、どろり、心臓、光の如くに|虚《あな》を開けた。こういう仕事は初めてじゃないけど、救われてほしかった人を手にかけるのは……いつになっても慣れないし、慣れたくもないや……。
我らをどうかお救いください。