海渡る祈り~Anker抹殺の陣
●夏は夜 祈り渡りて 星となる
「収まる気配がないね。サイコブレイドはどれだけのAnker候補を見つけたんだか」
喪服のジャケットを傍らに放る|亜双義《あそうぎ》・|幸雄《ゆきお》(ペストマスクの男・h01143)は肩をすくめた。
事件について、まだ把握できていない√能力者のために「改めて概要を説明するよ~」と、幸雄がそれぞれの端末へ資料データを共有していく。
「√マスクド・ヒーローにある謎組織『外星体同盟』が、『サイコブレイド』っていう外星体を刺客として送りこんだのよ。目的は√能力者の帰還先といえる、Ankerの抹殺。でも、Ankerって“普通の人や物、概念”がなることが多いの。要は判別しようがないんだよね……|普通は《・・・》」
強調するように言っている理由は、サイコブレイドが、例外的な存在だからだ。
「サイコブレイドには『Anker、およびAnker候補を判別できる√能力』がある。この能力のおかげで、Anker抹殺計画を考案ができるワケ。Ankerが実質的な一般人である以上、襲撃されたら一巻の終わり」
対抗できるのは√能力者のみ。
抹殺計画を挫くためにも、地道に阻止し続けなければならない。
「今回の襲撃先は√妖怪百鬼夜行。夏祭りをやっているんだが、これが独特でな?
祈願を書いた短冊を灯籠に忍ばせ、海に流すんだと。たしか“|祈渡《いのりわたし》の祭”だったか」
七夕と灯籠流しを合わせたような祭事らしく、『祈りを海の向こうに渡し、天に送る』という祭りだそうな。
「実はおじさんのAnkerの|沢瀉《おもだか》・|巳神《みかみ》(未来の蛇女房・h01248)って獣妖も参加するんだけど、他にAnkerが居合わせれば、向こうも積極的に巻き込んでくるだろうね。相手は一人でも多くのAnkerを仕留めたい、チャンスは多いほうがいいでしょ?」
標的が多いほど、敵にとっては好都合。
居合わせたAnkerの守りを固める必要がありそうだ。
「で、だ。あちらさんは√EDENから回収した、大量のインビジブルを放って、包囲襲撃を仕掛けてくる。全方位から敵群が押し寄せる以上、暴走インビジブルを倒すより、Ankerを守り抜くことが最優先。Ankerにはインビジブルが見えないからね。見えない攻撃を避けろってのも無茶な話だ」
√能力者だけが視認できる以上、安全確保できるのも√能力者だけ。
今回は積極攻勢にでると、かえって危険を招きかねない。
Ankerをインビジブルの暴走に巻き込み、暗殺する算段だが、阻止されれば、相手も話が変わってくる。
「インビジブルから耐えきったら、Ankerに直接手を下そうと指揮官が現れるだろう。そいつを倒せば|任務達成《ミッションコンプリート》。相手はサイコブレイドじゃなさそうだが……海にいる妖怪っぽくはあるかね」
これからの時期、各世界で夏祭りが始まるだろう。
今回の祭りは、古きよき日本の祭り、といった雰囲気になっている。
「出店も山ほどあるし、提灯が通りに吊るされた光景も見物だろうね~。メインイベントの祈渡は誰でも参加できるし、特に願い事がないなら、後から合流して防衛に専念してもいい」
神に頼んでも解決しないことはある――この抹殺計画のように。
第1章 日常 『お祭りを楽しもう!』
●願いよ届け
夜の√妖怪百鬼夜行とて、夏の祭りは欠かせない。
今宵、海沿いの目抜き通りに屋台が並ぶ。
ガス燈を模した街灯の間をヒモで繋ぎ、提灯が煌々と照らす人並みは、夜の海辺を目指す。
スピーカーを通して、録音されたお囃子をが響き、祭りのムードをいっそう盛り上げていた。
「きゅうりの一本漬けはいかがかね~! さっぱりしつつ歯応えバツグンだよ~!」
「海坊主のイカ焼きさん、熱々でご提供中ですよ~。おつまみにもピッタリさんですよ~」
屋台はわたがし、串焼き、リンゴ飴にたい焼きも。
チョコバナナやカキ氷など、持ち歩きやすい料理が用意されているようだ。
屋台通りを越えた先に、祭におけるメインイベント“|祈渡《いのりわたし》”の会場となった浜がある。
防波堤を臨む形で並ぶ受付では、大勢の妖怪と人間が自身の願いを書き、短冊を流すための灯籠を浜で受け取っていく。
受付に向かうと、担当の美女――もとい磯女が出迎えた。
「参加するのかい? なら、この和紙に願いを書いておいで。そしたら浜で灯籠を用意してるから、受け取ったら時間まで待っとくれ。『一斉に流さないのは不公平だ』って騒ぐヤツがいるから、そこは堪忍しとくれよ」
気っ風のいい磯女は、快活に説明して短冊と筆を渡してきた。
話しやすそうな雰囲気だったので『この祭りの由来とは?』と尋ねてみる。
「昔は地球って平たいと思われてたろ? 人間に話を聞いた妖怪も、水平線がお空に繋がっていると思ったのさ。最初に始めた妖怪も、死んだ人間に手紙を送ろうとして……それに乗じて色んな連中もやり始めたって訳よ」
祈りを渡す――願いを対岸へ運ぶ、それが事の始まりだったようだ。
磯女は「ま、祭りなんて開いたモン勝ちさ!」と、“気楽に参加してほしい”旨を伝える。
夜の浜を、多くの灯籠が照らす――神秘的な光景に、√能力者はなにを思うか。
●夜の寄り道
塾の帰りか、はたまたコンビニに行こうとしていたのか。
|鳳《おおとり》・|楸《ひさぎ》(|源流滅壊者《ルートブレイカー》・h00145)は、ふとした拍子に√妖怪百鬼夜行に繋がる、世界の亀裂に入ってしまった。
戻ろうとして振り返るが、すでに亀裂は塞がっている。
「日も落ちていますし、帰りたいのですが……この気配、周辺で祭りをやっているのでしょうか?」
状況確認も兼ねて、楸は世界の亀裂探しのため、人妖入り交じる流れに乗ることに。
予想通り、なにかの祭りであることは確かなようで、路肩に屋台がズラリと並んでいる。
向かう先は――月の光さえも飲み込む、暗い海。
(「周囲の会話から精査するに、『願いを書いた短冊を灯籠に乗せて流す』という祭儀のようですね……ですが、世界の亀裂は――」)
考えあぐねる楸だが、
「そ、そこの娘。はぐれ者ですか?」
振り向くと、沢瀉柄の和装をまとった、長い黒髪の女性が、緊張した面持ちで楸を見つめている。
|沢瀉《おもだか》・|巳神《みかみ》(未来の蛇女房・h01248)――狙われているAnkerの一人だった。
「連れ合いを探すなら、|我《われ》が迷子センターへ|案内《あない》しますが」
妙に威圧的な言葉遣いだが、反面、目は泳いでいて、言葉を選んでいる雰囲気もあり……“たぶん悪い人ではない、たぶん”という印象。
「では、世界の亀裂を見ていませんか?」
√能力者か確かめるべく、楸は正直に伝えると、不思議そうな顔をされたため、親切(?)な一般人だと判断した。
話題を変えるべく楸が視線を巡らせ、巳神の灯籠に気付く。
「あなたも願いを流すのですね。えと」
「我は沢瀉家の巳神です、今年は大切な願いがありますゆえ……少し、遠出をば」
大事そうに灯籠を抱きかかえる巳神の姿に、楸もわずかに興味が湧いた。
「“いい巡り合わせがあるように”でも良いのでしょうか」
「良縁祈願、良いではありませぬか。祈りが海を渡り、天から巡り巡ることもあるでしょう」
その言葉を聞いて、楸は灯籠が点在する浜辺を眺める。
人も妖も分け隔てなく集い、多くの灯籠に火が灯った光景は、厳かでありながら安穏としていた。
(「……もう少し、寄り道してもいいですよね?」)
●
カランコロンと下駄を小気味よく鳴らし、子供が駆けていく。
すり抜けていく姿を横目で見送り、|家綿《うちわた》・|樹雷《じゅらい》(綿狸探偵・h00148)は前に向き直る。
(「サイコブレイドには同情するけど、無実の人をやらせるわけにはいかない。あなたの本当の願いは、違うところにあるはず」)
「とはいえ、腹が減っては推理も捗らない。屋台巡りで英気を養おうかな」
どろん煙な綿菓子、雪女の|氷山風カキ氷《練乳たっぷり金時》、くらげ火焼きそばという珍品も。
端から端まで食べきるのは難しいが、それでも祭りの空気が樹雷の食欲をそそる。
「ん~……綿菓子もパチパチして食感が楽しいし、焼きそばも辛みが効いてるせいかな、カキ氷の甘さに飽きがこ、な、イタタ」
勢いよく氷を口に運んでしまい、頭がキーンと痛みだす。
それも含めて、祭りのご飯は楽しいモノと、樹雷は改めて感じた。
食事を一通り楽しんでから、樹雷も夜の浜へ足を伸ばした。
「祈渡か、誰かを想う短冊を運んでいくなんて……神秘的でいいね」
それも人と妖の間で生まれた文化。
樹雷は手にした短冊に『サイコブレイドの|大切な存在《Anker》が助かりますように』と記す。
誰かのために祈っても、バチは当たるまい。
灯籠を受け取り、送りだすまでの間、海を眺めながら思案する。
夜の海は物言わず、海中を暗く包み隠していた。
(「√能力者は本質的にインビジブルで……生命を欠落したことで、√能力を得たとか? 理屈というか、根拠がない以上、ボクの想像でしかないけど」)
「ボク達の祈りは、どこへ行くんだろうね」
ほどなくして、祈渡の祭儀が始まった。
それぞれが膝下まで海に浸かっていき、沖合に向かう潮流に乗せて、祈りを送りだす。
無数の灯籠が海上を進む。その光景は、確かに夜空と一体になっているように思えた。
「今回は妖怪っぽい相手が出てきそうだし、封印の祠を……ん? 妖怪|っぽい《・・・》?」
樹雷は自身の言葉に違和感を覚えた。
そう。子供に“子供っぽい”とは言わない。子供のような人、という意味だ。
つまり“妖怪”と“妖怪っぽい”は別物。――そして、発端は√マスクド・ヒーロー。
「古妖と断言しなかったのは、古妖じゃないから。さらに事件の大元は√マスクド・ヒーロー。
全ての事実を結びつけるなら……妖怪じみた雰囲気の怪人、ってことかな」
第2章 集団戦 『暴走インビジブルの群れ』
●“見えない怪物”
遠く遠くへ流されていく、無数の灯火は見えなくなり、他の参加者も立ち去っていく。
その後も、|沢瀉《おもだか》・|巳神《みかみ》(未来の蛇女房・h01248)は一人、海上を眺め続けていた。
「空へ至らずとも、届く祈りはありましょう。望むことさえ許されぬ者もいるのですから」
波打ち際に視線を下ろす仕草は、怯えて目を逸らしているようにも見えた。
だが夏とはいえ、昼と夜との寒暖差から肌寒さを覚えて、巳神は細い腕を少しさする。
「……帰りましょう」
踵を返し、防波堤の階段を上りきった直後。
――ズドォォンッッ!!
爆破じみた騒音、砂煙を巻き上げる風圧に、巳神は勢いよく転がされる。
何事かと振り返るが“何もない”――否、|彼女には見えないのだ《・・・・・・・・・・》。
「ち、近くに祠はなかったはず、何が起きているのです!?」
砂が巻き上がり、防波堤を砕き、屋台骨が宙に打ちあげられていく。
それはまるで、嵐の只中で孤立しているも同然だった。
――しかし、騒音は√能力者を引き寄せるアナウンスとなる。
暴走したインビジブルが無差別に攻撃する。
いずれAnkerをも蹂躙していく――だが、屋台骨を破砕すると同時に、霧散する個体もいる。
どうやら、あのインビジブル達は、限界以上の力を振るっているらしい。
全方位襲撃へ積極攻勢に打てば、Ankerの守りが手薄になってしまう。
|嵐が静まる《消失する》まで、|耐え続ける《防衛する》。それがこの場での“戦い方”となりそうだ。
●悃願
「な、何が起きて……誰か、助けて……!」
|沢瀉《おもだか》・|巳神《みかみ》(未来の蛇女房・h01248)は暴走する|見えない怪物《インビジブル》達の渦中で、頭を抱えてうずくまる。
大地が揺れるでもなく、気流が乱れているでもなく、周辺に置かれたままの屋台骨が飛び交い、街灯がへし折れていく|だけの《・・・》光景に、恐怖するしかなかった。
しかし、今宵はよく亀裂が走る――世界の亀裂から三人の√能力者が姿を現す。
「ようやく会合を終えたというのに、うっかり世界移動してしまったか」
|赤龍院《せきりゅういん》・|嵐土《らんど》(プレジデントレッド・h05092)は騒動を前にしても、普段の余裕を崩さず、
「いけませんわ、インビジブルに襲われている方がいらっしゃいます!」
気付いた|望月《もちづき》・|惺奈《せな》(存在証明の令嬢錬金術士・h04064)の声に、レイシー・トラヴァース(星天を駆ける・h00972)は首を傾げ、
「襲われてる、っつうか……無差別攻撃に見えねえか? でも、あのままだとヤバいな」
「君達も“視えている”な? 視えない者にとっては恐ろしい状況だ、ヒーローとして見過ごす訳にはいかない」
そう言いきると同時に、ファンダーブレスに手を添え――変身!
プレジデントレッドとなった嵐土を筆頭に、惺奈とレイシーも、荒れ狂うインビジブルの渦中へ飛びこんでいく。
目に付くモノに襲いかかるインビジブルの一部は、赤い霊気をまとって牙を剥きだし、嵐土めがけて突撃をかける。
「人質とは少し事情は異なるが、彼女を解放してもらうぞ!」
ドラゴンズケインを抜き、光線で迎撃すると、
「イエロー、ブルー! 俺の指示する方向へ仕掛けろ!」
《|三色一体《ファンダー・トライコンビネーション》》で、嵐土はメイドイエロー、バトラーブルーを召喚。
どちらも嵐土のAnkerであり、目視できないデメリットを嵐土自身がカバーしていく。
暴走しているせいか、イエローの牽制射撃への反応は薄い。
しかし、ブルーの|亀甲障壁《カラペース・バリア》が捕縛したことで、突破口を強引に開き、巳神の元へ惺奈達が到達する。
「ご無事ですか? 動くとかえって危険な状況とお見受けします、しばし耐えてくださいませ」
惺奈の呼びかけに、巳神は顔を上げるが“訳が解らない”という表情。
「耐える? 何を耐えるのです?」
「あたし達に任せとけってこと、そのまま屈んでおきな!」
状況を飲み込めないだろうが説明できない以上、レイシーでなくとも『身の安全を優先しろ』と言う他ない。
レイシーがマジックランチャーを構えるや、惺奈が《|未来を望む希望の錬金《アヴニール》》による、未来を照らす可能性の光で、マジックランチャーを照らす。
すると、26年分の|技術革新《イノベーション》を与えられたことで、火力と耐久性が拡張されたようだ。
「時間経過で数を減らしてるみたいだけど、そんなの関係ないね!」
レイシーがマジックランチャーを壁の如く配列し、大量の《マジックミサイル》が放たれる。
機動力も命中率も関係ない――石を投げれば当たるほど、インビジブルがいるのだから!
散らばる残骸ごと噛み千切らんと、赤い霊気をまとったインビジブルはレイシーにも襲いかかり、別方向から自爆する形で赤き汚染を放つ個体を惺奈は確認する。
(「建物の雰囲気から見て、おそらく√妖怪百鬼夜行ですが、この方が情念に溺れているとは思えません。……これは他√のAnkerを抹殺する計画でしょうか?」)
嵐土達がインビジブルが相手取る中、惺奈は巳神への流れ弾を阻止すべく、|緊急錬金反射障壁《リフレクトシールド》の発動術式を展開。
せまる汚染にも、錬金術での分解を試みる。
「|皆《みな》が、我に“消えろ”と……古妖と連なる者は報いを受けよ、と願っている……」
微かな残滓によって、疑心暗鬼が生じたのか。巳神はブツブツと自分を否定する言葉を吐きだす。
同じ妖怪達への疑心を煽られたようだ。――その台詞を聞き、惺奈が唇を噛みしめる。
「それでいいのですか? 忘れてほしい、消えてしまいたいと思っていますの? ……私なら、受け入れられません。私を知らない人の言葉なら、尚更です!」
「――っ!」
惺奈の言葉に正気を取り戻したのか、巳神の言葉が途切れた。
汚染を分解したことで、影響を抑えることができたようだ。
力尽きたインビジブルが霧散し、数を減らしていく。
それでも何かを訴えるように、残る怪物達は猛威をふるう。
●乱痴気騒ぎ
狂騒する渦中へ飛びこまんと、|家綿《うちわた》・|樹雷《じゅらい》(綿狸探偵・h00148)が屋根伝いで飛びこみ、
「妖怪探偵、家綿・樹雷――推参!」
華麗にヒーロー着地を決める。
うずくまる巳神は横目で樹雷を見上げ、視線がかち合った。
「把握していると思いますが、ここに|ボク達《√能力者》にしか見えない敵が出ています。そのまま動かないでくださいね」
封印の祠を構える樹雷だが、飛びかかってくるインビジブルを封印できないか試みる。
だが、衝突すると同時に、敢えなく弾き飛ばされた。
(「暴れるクマを拘束するのと同じ、ってところか……捕まえるにも、大人しくさせないとだ」)
思考している樹雷の隙を突くように、インビジブルが直上から巳神に迫る。
気配すら感じとれないことで、巳神に回避する選択肢はない。だが、
「あっは、面白いことが起きてる」
迫るインビジブルに、横槍を入れた人影がひとつ――受けたインビジブルは衰弱していたのか、音もなく散っていく。
「こんな愉快な光景を見ることもできないのか……もったいないな」
「気でも触れたのですか!?」
ふらりと現れた|天霧《あまぎり》・|碧流《あおる》(忘却の狂奏者・h00550)は、縮こまる巳神を見下ろしながら、楽しげに口元を歪める。
「あなたも√能力者ですね? 手を貸していただけたら――」
「俺は俺の好きにやる。そっちも好きにすればいいから」
袖にされた樹雷は呆気にとられるが、それも碧流には“興味がない”のだろう。
碧流が影のように揺らぐ左腕を、血の如き真紅に輝かせ、棘の鞭と化した《無敵の破滅》による連撃を周囲に撃ち据える。
「こいつ目当てか、じゃあ近くに居たほうがコンボ稼げるな? ――ほらほら来いよ来いよ! これが俺にとっての祭りだ!!」
(「えーと、守りには繋がっていそうだし……好きにしてもらっていい、かな?」)
全方位とはいかずとも、横に広く対応できる点は強みとなる。
この場では、攻めるための要素は重要ではない。防衛するための要素こそ重要だ。
「我が何をしたと言うのです!? も、もう帰らせてください……!」
(「ボクも怖いけど、Ankerの皆は見えないナニカに一方的に襲われるだけ……それって、絶望しかないよね」)
「必ず守りますので、ご安心を」
怯えきった巳神を励まそうと、樹雷は引き攣りそうな頬に力を入れ、笑みを作った。
そして負けじと、樹雷もはじかれた祠を拾いに向かうがてら、インビジブル達の撹乱を試みる。
半人半妖香とどろん煙幕を焚き、爆竹などの炸裂音を収録した“狸妖怪探偵の七つ道具”の録音機を浜のほうへ投げ放つ。
『――!!!』
解析不能な言語を叫び、狂騒するインビジブル達の暴走が一時的に勢いを増す。
音への驚き、幻影への困惑。過敏に反応する様子は、いうなれば、燃え盛る火を強めた状態。
しかし、悪いことばかりではない。
彼らは消失するほどの、限界以上のパワーを出力し続けている――裏を返せば、エネルギー消耗を促したとも言えよう。
「友軍がいるなら、積極的に使ってもいいよね」
頭上からひとかたまりに迫るインビジブル達に、樹雷が催眠拳銃を向ける。
射出された《|自白の催眠榴弾《コンフェション・スリープグレネード》》が、インビジブルの群れを捉えると、幻覚でもがき苦しむように爪痕を残し、消えていく。
「いいねぇ、ネズミ花火みたいにバタバタ暴れ回って。アスファルトの上で死にかけたセミみたいだ!」
樹雷の√能力で強化付与され、碧流は暴れ狂うインビジブルに、意気揚々と棘の鞭を振るい続けた。
牙を突きたてられようと、その口の中ごと棘で引き裂き、姿をかき消していく。
――そして、嵐は過ぎ去った。
インビジブルが消失し、屋台骨と街灯だったものの残骸だけが残される。
「お、収まった……?」
騒ぎが収まり、ようやく巳神は泣きそうな顔を上げる。
裾についた砂埃を払い落としてから、√能力者に向き直った。
「褒めてつか――ではなく、感謝申し上げます。心苦しいのですが、返礼に|適《あた》う品が手元にな」
恭しく告げる礼は、野暮な横槍によって、言い切ることはできなかった。
第3章 ボス戦 『クイーン・アトランティス』
●一難去ってまた一難
|沢瀉《おもだか》・|巳神《みかみ》(未来の蛇女房・h01248)が状況を理解したのは、自身が黒い触手で拘束された後だった。
「こ、今度はなんなのです!?」
拘束を振り払おうと身動いでみるが、全く緩む気配はない。
動揺する巳神を捕らえた張本人は、豪奢な巻き髪を揺らして、ゆったりと陰から現れた。
「海を舞台とする祭儀、粋な催しね? ……灯籠を流すことを除けば」
|サイコブレイド《刀剣》を手に現れたのは、“人魚の女王”クイーン・アトランティス。
祭りの一部始終を眺めていたのか、覗き見える左目から嫌悪が滲ませていた。
「ゴミを海に流すような、下賤な連中を守らなくてはならないなんて。√能力者も大変ね」
嘲笑するクイーン・アトランティスに、我慢ならぬと巳神は声を張り上げ、
「海を汚さぬよう知恵を絞る者、祈りを込める者の情を誹るなど……非礼を詫びなさい!」
怒りをぶつける巳神へ、女王が侮蔑の眼差しを向ける。
「生意気ね、捕まっているくせに。ただの妖怪がどこまで耐えるか、試してから始末しても悪くないかしら」
巳神が食ってかかったことで、クイーン・アトランティスの意識が巳神に向いた。
√能力者を前にして余裕があるのか、海へ灯籠を流す行為がよほど許し難いのか。
この一瞬をどう活かすかは、√能力者次第となる。
●矛先
クイーン・アトランティスは、黒い触手の拘束を強め、絞めあげる痛みに巳神が呻き声をもらす。
「このまま手足をじわじわ潰して、もっと蛇らしい姿にしてあげるわ?」
「う、っ……暴力で、服従するとでも? 他者の胸中を蔑む者に、我は屈しませぬ!」
先ほどまで“縮こまるだけの弱者”と見ていた|天霧《あまぎり》・|碧流《あおる》(忘却の狂奏者・h00550)は、反発する態度に感心していた。
(「簒奪者相手に勇ましくていいねぇ。命をトられるかもしれないって場面で、啖呵を切るとは」)
いざ飛びだそうとする碧流だが、新たな気配に踏み止まった。
気配の主は、ルイ・ラクリマトイオ(涙壺の付喪神・h05291)――拘束される人化け妖怪と怪人の口論に、状況を瞬時に把握する。
「あの怪人さん、よほど醜い言葉を浴びせたようですね。僭越ながら、助力させていただきます」
「好きにしたらいい。俺の邪魔さえしなければな」
「では、手始めに引き剥がします」
たおやかな微笑を浮かべるや、ルイは碧流とともに、クイーン・アトランティスへ大きく踏みこむ。
碧流が先手を打つべく、《|FORGOTTEN BALLAD《ワスレラレタサケビ》》を発動し、|血塗れの調べ《金属バット》を振りかぶる。
√能力によって身体が強化されると同時に、過負荷で軋む感覚が右腕を駆け巡っていく。
(「……ここで俺がしくじったら|主人格《碧流》に格好がつかないな!」)。
それにも構わず、躊躇いなく振り下ろした金属バットがクイーン・アトランティスの脳天を捉えて、同時に碧流の右腕から“ゴギリ”と骨の折れた鈍い音が響いた。
「ッ!? この、なんと不作法な……ッ!」
「ハハッ! 勝手に背中を向けたくせに逆ギレかよ? 灯籠を捨てるな、ねぇ……ここの海はアンタの領土じゃないよな? |他人の家《余所の√》に土足で踏みこんで、我が物顔で居座ってるだけだろ」
頭を押さえ、ふらつくクイーン・アトランティスに、ルイが軽やかな身のこなしで別角度から迫り、
「どうか、力をお貸しください」
《|千里を駆けるあい色の影《カゲヒメ》》――思念集合体:影媛と完全融合し、闇撫の爪先による蹴撃で蹴りあげると同時に、巳神から距離をとらせる。
空間引き寄せ能力により、引き離される形となったクイーン・アトランティスだが、手にする扇を宝石のように輝く“オレイカルコスの三叉槍”に変形させていく。
煌びやかな槍を流れるように振るい、ルイと碧流を飛び退かせ、間合いをひらいた。
「反抗的な目、気に入らないわ。その両目ごと串刺しにしてあげるから!」
地上を滑るように疾駆するたび、砂埃が巻き上がり、クイーン・アトランティスは砂埃を貫くように連撃を放っていく。
穂先が頬を掠めながらも、弾かれた勢いを殺そうと受け身をとり、碧流が再び金属バットを握り締めた。
「そもそもお呼びじゃないんだよ。嫌なら海の底に帰って、1人で騒いでろ!」
槍の直線的な動きを捉え、碧流が引き戻す瞬間を狙い、√能力を乗せた一撃を再度放つ。
三叉槍を持つ細い手に重鉄を叩きこみ、粉砕する代償として、右手からバットが落ちた。
「ああ、1人じゃ祭りにならないか。馬鹿騒ぎにもなりゃしない……寂しいなぁ、ハハハ!!」
「言わせておけば、図に乗って!」
挑発的に高笑いする碧流に、片腕を押さえながらクイーン・アトランティスが舌打ちする。
機嫌を損ねていた影響か――怒りの矛先は、巳神から√能力者へ移っていた。
●救援
不穏な気配は、周囲の√能力者にも届いていたのだろうか。
|青木《あおき》・|緋翠《ひすい》(ほんわかパソコン・h00827)、|夏之目《なつのめ》・|孝則《たかのり》(夏之目書店 店主・h01404)が不審な空気に気づき、件の戦場に現れる。
「黒い触手、拘束された人、壊された器物……立派な現行犯ですが、あの人もAnker候補でしょうか?」
「岩壁に拘束される女性、さながら王女アンドロメダを思い出しますね。怪人の注意が逸れている今、救出する絶好のチャンスです」
緋翠が“Ankerの資質を持つ者”を対象に《自動修復》を発動し、|存在情報《メタデータ》から算出した修復コードを放つ。
絞めあげる触手のパワーに耐えられるほど、巳神の防御力が強化され、かつ毎秒負傷を癒やす√能力により、手足が引き千切られる不安はなくなった。
そのまま緋翠が光ディスクで、黒い触手を効率的に切り落とし、孝則も探偵刀で斬り捨てていき拘束を解く。
「ケホ、ケホ……」
「急ぎこの場を離れましょうか」
孝則が手を引き、巳神を立たせようとしたとき。
クイーン・アトランティスが緋翠達に気付き、歯噛みして|サイコブレイド《刀剣》を構えた。
「逃がさないわ、その女は痛めつけてから始末するのだから!」
目くじらを立てる人魚女王へ「ほほう」と顎を撫でつつ、孝則が向き直る
「どのように痛めつけるので? まさかその剣で膾斬りにするという、よくある手法ではないですよね。拷問具を用いるので? それとも、精神的苦痛で心を折るのでしょうか」
昨今の文学表現でも見ないような、月並みな台詞に、孝則は問い質す。
そうやって注目を引いている間に、緋翠が巳神を肩に担いでいく。
|√能力《自動修復》で圧倒的な防御力を誇り、負傷が毎秒回復する状態を維持させた方が危険性が低い――行動できないなら、そこは緋翠が補えばいい。
「某,とても興味があります。後学のために教えていただけますか?」
「そんなに知りたいなら、実際に経験しなさい!」
斬りかかるクイーン・アトランティスへ、孝則は呪符を引き抜いた。
《怨敵退散》――投げ放った呪符が接触すると同時に、呪詛の余波がクイーン・アトランティスに襲いかかる。
それと同時に凶刃が孝則に迫り、さらに緋翠もその場を飛びだす。
「あ、あの者を置いていくのですか!?」
「戻るとあなたが殺されます。あなたに傷ついてほしくない人は、そんな状況をどう思うでしょうね」
そういった感情が理解できなかったものの、『親しい存在を引き合いに出されては黙るしかない』ことも想像に難くない。
孝則が引き留めている隙に、緋翠は安全圏まで駆け抜けていった。
●跳ね返る
巳神が他の√能力者に運ばれる様子を、|家綿《うちわた》・|樹雷《じゅらい》(綿狸探偵・h00148)は防波堤の陰で確認していた。
隠れる直前、猫に変化していたが、それを解くとブーツの紐を強く結び直す。
「あの蛇女……逃がさないわ!」
(「片腕が使えなくなっているとはいえ。気が立っている相手に仕掛けるなら、もう一押し欲しいとこ……ん?」)
興奮するクイーン・アトランティスの動向を窺っていた樹雷だが、また新たな人影が近づいてきたことに気付く。
「いるんですよね。それっぽーい理由をつけて、他人様に迷惑をかける人って? 今回の見出しは“人魚怪人、妖怪の伝統行事へ難癖つける!”でしょうか」
右手に|HK416《アサルトライフル》、左手に事件帳簿、その身に纏うは新聞記者の制服。
ゆっくりと歩いてきて、|八木橋《やぎはし》・|藍依 《あおい》(常在戦場カメラマン・h00541)は口元に笑みを作った。
「私には“記者”としてAnker抹殺計画に関わった存在を、広く知らせる使命があります。あ、確認ですけど、写真の掲載許可ってもらえます?」
軽妙な口振りで許可を求める藍依だが、先の挑発が聞き流されたわけではない。
傷の増えた扇を手に取り、クイーン・アトランティスが“オレイカルコスの三叉槍”へ変形させると、
「不敬者に許すことなんてないわよ!!」
砲弾のごとき勢いと迫力で、藍依に輝く三叉槍を突きだす。
ほぼ同時に√能力を発動し、カメラマンとしての根性魂を充填し始めるや、高速移動するクイーン・アトランティスへHK416で応戦していく。
機関銃と比べれば、アサルトライフルの連射性は抑えめ。
だが、連射による反動も抑えられることで、動き回るクイーン・アトランティスに照準を合わせやすい。
そして、その光景を樹雷は好機とみる。
(「ボクの欲しかった一手だ、この機を逃しちゃいけない」)
背中が向いた瞬間、防波堤の陰から飛びだし《綿マフラー・|森羅万象《ホンキ》モード》を発動。
打綿狸の綿マフラーが“第三第四の手”に姿を変えていく。
「巳神さんが味わった“認識できない脅威”からの攻撃、今度はあなたが味わうといい」
急襲する形で、クイーン・アトランティスの背を、第三第四の手で掻き切りにかかる。
豊かな巻き髪ごと、稲妻を迸らせる複腕で焼ききることで、その背に裂傷を刻み込んでいく。
「っ、かは……小賢しい、マネを……隠れるなら引きずり出すまで!」
しかし、複腕によって認識能力に異常を来したクイーン・アトランティスは、視認できるハズの樹雷ではなく、周囲に散乱する屋台骨を穂先でめくりあげる。
様子がおかしいことには、藍依もすぐに気付いた。
(「彼の攻撃の影響でしょうか? 認識障害があっても、反射行動なら誘発できますよね」)
「よそ見してる場合ですか? |ビッグバン《・・・・・》なプレゼントがありますよ!」
そう言って、藍依は樹雷のほうを見ながら閃光手榴弾を取りだしつつ、目元を手の甲で覆うジェスチャーを見せた。
樹雷も意図に気付き、咄嗟に目を覆う――そして、クイーン・アトランティスが振り向くと同時に、藍依の手から閃光手榴弾が放たれる。
――ッキィ……ン!
膨大な光量が炸裂して、一瞬、周囲が昼と見まごうほどに明るくなった。
夜という暗い空間で、目に沁みるような閃光――極端なコントラストに、クイーン・アトランティスも反射的に顔を逸らす。
「ゴシップメーカーではありませんが、写真って解りやすい情報なのでっ」
|充填完了《きっかり60秒》。
《|衝撃の瞬間《シャッターチャンス》!》による“必殺カメラフラッシュ”が、藍依の受けたダメージを上乗せして増大した威力を叩きこむ。
「う、あぁ! 前が、見え、な……っ」
先の閃光手榴弾を上回る、圧倒的な光量によって、クイーン・アトランティスの視覚は潰されたようだ。
動く片腕で目元を押さえて、よろめく人魚の女王の前に、樹雷が躍り出る。
「海に棲む妖怪の“祟り”を甘く見るような、厚顔な上司に従わなきゃいけないなんて……部下も大変だったろう、ね!」
第三第四の手が、クイーン・アトランティスの顔面に爪を立てた。
顔のパーツを削ぎ落とし、電撃を伴う攻撃が脳髄まで貫き――仰向けに倒れる。
肉体の機能が停止したことにより、もう肉体の反射すら起きていなかった。
「……そういえば。√EDENに侵入する簒奪者もいるし、むこうも世界の亀裂が見えるよね。√妖怪百鬼夜行の海に逃げても、匿ってくれる味方も部下もいなかったか」
相手が元々、√マスクド・ヒーローの存在だと思い出すと、樹雷は小さく息を吐いた。
√能力を解いて綿マフラーを元に戻し、かぶった砂埃をはたき落とす。
逆に藍依は、潮風でべたつく不快さもありそうなのに、カメラの容量を確かめていた。
「うーん、被写体がブレた気もしますが……成果は“帰ってのお楽しみ”ですね」
今日もいい取材ができたと喜んでいると、ふと夜の海が藍依の視界に入る。
月明かりは落ち着いていて、暗い空には無数の星が瞬く――夜の空と海の境界が溶け込んだ、不思議な光景に思わずカメラのシャッターを切った。
(「√能力者なら、これが本物の景色だと気付いてくれます」)
満足げな藍依は、すぐに記事をまとめようと、元来た道を歩きだす。