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暮色蒼然に咲く

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● 暮色蒼然に咲く
 眩いばかりに輝く太陽が、砂の混じる地面を照らす。時折潮の香りを乗せて、風が通りを吹き抜けていく。二階の出窓から干された真っ白な洗濯物がはためいて、下を駆ける子どもたちに日陰を作っていた。そんな子どもたちの足元を、緑がさやさやと揺れて。夏が来たねという楽しげな少女たちの声が、賑やかな子どもたちの声に混じる。

 浜辺から垂直に軒を連ねる店々。様々な職人たちが集う職人横丁があるこの町は、この時期に最も活気付く。
 たとえば花火職人たちが、年に一度の祭りに向けて腕を振るう。打上げ花火の他にも、作業場に併設される店頭には色彩豊かに花咲く手持ち花火たちが陳列され、店の前は子どもたちで一等賑やかだ。

 たとえば硝子細工の職人の店では、様々な形や色の風鈴が軒を賑やかに彩る。ひとつひとつが手作りの一点物だ。特に人気なのが、夏の祭りの日にしか売られないという、風鈴の中に花火の光を閉じ込めた品。その不思議な風鈴の中で咲く花火は、色も咲き方も様々に、鳴る音色は凛として美しい。

 ほかにも、簪職人の店では着物に合わせる様々な簪が並ぶ。硝子職人とともに作り上げた蜻蛉玉があしらわれた簪は、飴玉の様でもあり可愛らしく少女たちに人気で。他にも縮緬細工の職人とともに作り上げた落ち着いた意匠のものも人気なのだという。

 夕方になれば、屋台の立ち並ぶ浜辺はいっそう賑やかになる。美味しそうな香りに、子どもたちが小銭を握りしめて列を成して。

 そんな誰もが楽しむこの祭りの日を、好奇に満ちた瞳で見つめる影がひとつ。

●星詠み
 √妖怪百鬼夜行の海辺の町で、古妖の封印が解かれるのが見えたと一文字・透(夕星・h03721)が、淡々とした声音に少しの硬さを混ぜてそう告げた。
「事情は分からないのですが、封印を解いた当人は後悔してるみたいです。丁度、町のみんなが楽しみにしているお祭りと重なる日みたいで尚更……」
 恐らくは、無理に探し出し声を掛けずとも祭りが無事に終われば、同じことを繰り返す心配はないだろう。幸か不幸か、封印を解かれた古妖もまた祭りが楽しく終われば満足し油断するだろうとも。
「古妖は、キラキラしたものが好きみたいです。だから、お祭りを無事に終わらせることに注力して頂けたら……あ、つまり楽しんでくださいということ、です。ちなみに、お店で一番人気なのは風鈴屋さんみたいです」
 まずは昼から夕方にかけて、職人横丁で買い物を楽しんで。夜は浜辺でのお祭りを楽しむ。
「夜は打ち上げ花火とか、屋台での食べ物とか、楽しめるみたいです。夕方には暑さも幾分和らいでるみたいなので、その頃から動くのがおすすめです。浴衣で楽しむ人も多いみたいですよ」
 それでは、よろしくお願いします。ひとつ頭を下げて、星詠みは海辺の町への道を示した。

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第1章 日常 『妖怪横丁』


逆月・雫


 太陽が海に向かってゆっくりと傾き始める頃。庇の下、僅かな日陰に立ち逆月・雫(酒器の付喪神の不思議居酒屋店主・h01551)は、ビイドロを手に行き交う人々を見渡した。通りの賑やかな様を眺めていると、古妖が意図的に祭を壊すようなタイプでもなさそうなのが何よりの幸いのように思える。
「(ふむ、お祭りを楽しむのは大前提として、封印を解いた方にお話は聞きたいですね)」
 今日ばかりは、誰も彼もが楽しそうな表情を浮かべて通りを歩く中で、その姿はすぐに見つかった。通りの端から続く神社の階段に座る悄然とした姿を見つけ、雫は日陰から一歩踏み出した。

「こんにちは」
「えっ……あ、こんにちは……」
 雫を見上げる表情は、まだどこか幼い。十二前後だろうか、と雫は少年を見る。見知らぬ人への警戒感と、やましさを抱えて揺れる瞳は戸惑いを隠さない。
「――古妖」
 びくり、と少年の肩が大きく揺れる。
「あぁ、責めているわけではないのです。ただ、何があったのかなと」
 少年の視線が左右に揺れて、それからおずおずと雫を捉える。
「……正直、貴方様の抱えている悩みの解消にもお付き合いしたい所ですが……出過ぎた真似ですかね」
 雫の真摯な言葉に少年は逡巡した後、抱えきれなかった罪悪感を吐き出すようにゆっくりと口を開く。
 彼によれば、春先に幼馴染みが体調を崩した。長引く不調は日常生活に支障を来たし始め、現在は療養所に入院中なのだという。それだけならまだ良かった。少年は聞いてしまったのた。大人達が、治る見込みがないのだと、この生活が続くだろうと話しているのを。
「だから、僕……あの子の病気が治ってほしくて」
「そうでしたか」
 随分といとけない、けれど強い願いだったのだろう。
「もうこのようなことはしないと、約束頂けますね?」
 毅然とした、けれど慈悲の滲む声で雫は問う。
「っはい!」
 はっきり返った声に偽りはないだろう。雫はゆるやかに笑みを浮かべ頷く。
「あぁそう言えば、先程見つけて購入した物ですが。何となく楽しくなるかな? と」
 沈んだ気持ちが少しでも晴れたらと、雫は手にしていたビイドロを少年に差し出す。
「お守りにもならないかもしれませんが、良かったらどうぞ」
 少年の掌に載せながら、雫は心の中で願う。
「(こちらの方の心のつかえが、少しでも取れますように)」
「ありがとうございます……あのっ、これ、幼馴染みに渡してもいいですか? あいつ、こういうの好きだから……」
「勿論。貴方様のよきように。あぁ古妖も心配いりません、なんとか致しますので。さて、私はもう少しお祭を見に行きましょうか」
 硝子の酒器とか、今の時期にいいですわね。そんな小さくも何処か楽しげな呟きに、少年がそれなら幟の出ている店から三軒先の店がいいと教えてくれる。
「父さんが、あそこの器で飲む酒は舌触りがいいって言ってました」
「それはそれは。素晴らしい情報をありがとうございます」
 軽やかな足取りで通りに戻る雫を、少年が見送る。その表情は、先よりも随分と穏やかなものだった。

五槌・惑
鉤尾・えの


 足が急くのは、祭りの雰囲気のせいだろう。だって、行き交う人々の楽しそうなこと!
「せっかくのお祭なので誰かと来たかったんですよ。惑さんがお暇な日で良かった~!」
 鉤尾・えの(根無し狗尾草・h01781)の祭りの活気に負けない明るい声に、五槌・惑 (大火・h01780)がいつもの調子で口を開く。
「仕事がない日なんぞやることもねえしな。出不精なりに、人の誘いには乗るようにしてるんだ」
 特別に決めた目的の店はない。気の向くままに通りを歩くふたり。楽し気にあちらこちらに視線を向けるえのの後ろを、惑がついて歩く構図だ。
 風が通りを吹き抜けるたび、りぃんりぃんと鳴る音に誘われて風鈴屋の前でえのが足を止める。見上げた風鈴たちは太陽の光を受けて煌めきながら、涼やかに揺れている。
「風鈴も良いですが飾ることを考えると、どうしても季節限定になってしまいますよね」
「風鈴は飾る場所が要り様になる」
 軒に下げて、夏の風に揺れる音を楽しむのは風情があって良いけれど。
「えのも根無し草なら荷物増やしても仕方ねえだろ」
「あ! 蜻蛉玉がありますよ! やった~!」
 あっという間に風鈴から蜻蛉玉に気持ちが移ったえのは、惑の話を聞いていない。ぴゅんと、それこそ吹き抜ける風の如くそちらへ駆けて行ってしまう。
「……燥ぐのは良いが、人と衝突しねえように」
 出そうになったため息は、「惑さん、早く~! あ! すみません!」という声に後押しされて呆れとともに吐き出された。

「どれも可愛くて綺麗ですね。良い簪があれば是非欲しいところですが」
 向かった先は簪屋。店内に陳列された簪は飾りも色も様々だ。他にも、小物類がいくつも壁に据え付けられた棚に並べられている。
「惑さんも長い髪をお持ちですし如何です? それかいつかの浴衣用に帯留めとか!」
「俺が髪伸ばしてるのは武器として便利だからってだけだ。見た目に気を遣うと得があるんだよ」
 人が言うこと聞いてくれたり。そう告げる惑。然もありなん。此処でも、ちらちらと他の女性客が惑を見ている。その様子にぴっと、えのが人差し指を立てる。
「容姿も武器というならば尚更。飾りがあった方がより映えるというものです」
 どんなのがいいですかね? と棚に向き合うえの。
「浴衣に添えるなら布の色も勘案すると良い。夏か、秋かでも印象が変わる」
 棚に向かっていたえのの瞳が、再び惑を捉えてぱちぱちと瞬く。予想外の惑の言葉に驚く気持ちは、けれどすぐに嬉しさに変わる。
「ならば秋の浴衣を見据えて選んでみます!」
「えのは自前の色が淡いから、鮮やかな方が映えるだろ」
 なるほど、とえのは並ぶ簪を見る。
「惑さんは暗色の服が多いですよね。瞳の色に近い琥珀色とか……逆に緑なんかも似合うかもしれませんよ」
 えのの提案に「俺は良い」と返す惑の言葉は素っ気ない。
「繊細な細工物はどうせ壊すしな」
 戦場に於いての己の戦い方を顧みれば、目の前の逸品はあまりにも儚い。壊れるのが分かっていて買われるのも不憫だろうと惑は零して、えのの簪選びに付き合うことを選んだ。

「いや~、いい買い物ができました!」
 えのが満足げに簪の包みを掲げる。惑のアドバイスを元に選んだ簪が、包みの中で使われる時を待っている。
「秋の浴衣に合わせるのが今から楽しみです。毎回こんな依頼だったら楽しいですね~」
「毎回これだと俺はそのうち寝るよ。睡眠時間の確保にはなるかもしれねえが」
 返る言葉は、やはりにべもない。それでも、えのは楽しそうに笑うのだった。

眞継・正信
ルイ・ラクリマトイオ


 楽しげな空気から少し離れた場所に、からころと軽やかな音が鳴る。眞継・正信(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)はゆるやかに視線を上げると、待ち人――ルイ・ラクリマトイオ(涙壺の付喪神・h05291)の姿を見つけて柔く笑み手を上げた。ルイも正信の姿を認めて、その眦を緩める。
「すみません、お待たせしました」
「私も今来たところだよ」
 それから改めて相手の姿を見る。常はきっちりとした洋装が多い正信だが、今日は祭りに合わせて黒と灰の色が落ち着いた夏着物と、合わせるように被るパナマ帽。それは、どちらもルイからの贈り物だ。
「よく、お似合いです」
 大切な人が己の贈った物を身につけている。静かなルイの声に確かな喜色が滲む。
「ありがとう。普段の装いとは違うからね、褒めてもらえると安心するよ」
 ルイの言葉に、正信も笑みを浮かべて頷いて、
「ルイ君の浴衣もよく似合っている。選んだものを身に着けてもらえるのは、何とも嬉しいものだね」
 素直な思いを言葉に乗せる。ルイの浴衣もまた、正信からの贈り物だ。紺縞と蓮柄帯の浴衣は、ルイの彩を更に美しく映えさせる。
 互いに贈り合った装いで祭りを歩くのは、また少し風景の彩りを変えるようだった。誰もが楽しそうに笑い、活気に満ちている。その様子を見てルイが目を細めるのを、正信もまた穏やかな眼差しで見守っている。

 ふたりがまず向かったのは風鈴屋。一番人気というだけあって、並ぶ風鈴の数も意匠も見応えがある。
「よい|品《こ》とご縁が結べたら……楽しみですね」
「そうだね」
「作られたばかりの品々も嬉しそうです」
 店員達が新たに並べる風鈴を見ながら、特に目を惹く品を見つけてルイがほうとため息を零す。
「風鈴、一番人気というだけあって花火のものは特に美しいですね……」
 美しい硝子の中で、花咲くように花火が開いては閉じる。ルイの言葉に相槌を打ち、正信がルイに、
「どれが良いだろう?」
 と尋ねる。正信に問われ、ルイはしばらく考えてひとつの風鈴を指さす。その風鈴はひと際深い黒の中に、白い花火が咲いているもの。
「色鮮やかな花火も勿論美しいのですが、夜闇と引き立て合うようで美しいな……と」
「あぁ……夜に溶けるようで美しいね」
 正信はルイが選んだ品を、壊れ物を扱うようにそっと手に取った。
「これにしよう。今日の良い思い出になりそうだ。選んでくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
 ふふ、とルイが微笑むのを見ながら、優しい眼差しで正信が口を開く。
「ルイ君は、何か気になる物はあるだろうか」
「私は蜻蛉玉が気になって。ピアスなら、私も付けられますね」
 ルイの白磁如き美しい指先が、己の耳を指さして。
「選んで……いただけますか?」
「勿論だよ。さて、ルイ君に似合うピアスを選ぶとなると、大役だね」
 蜻蛉玉の品々が並ぶ棚へとふたり向かう。蜻蛉玉にも大きさが様々あり、色も模様も目移りしてしまうほど。
「どれもよく映えて似合うだろうが……」
 ルイの彩に合うものをと、選ぶ正信の表情は真剣で。その様子をルイは嬉しそうに笑みを深めて見つめている。やがて正信の指先が拾い上げたのは美しい暗青色に、花の模様が描かれている蜻蛉玉のピアスだ。
「……これはどうかな。花火ではないが、これもきれいに夜を彩ってくれそうだ」
「ありがとうございます。……とても、美しいですね」
 柔らかく微笑んで、ルイが小さく首を傾げた。
「この後、早速身につけても構いませんか?」
「それは願ってもないことだよ」
 早速会計を済ませよう、と店員に声を掛けて。
 店を出る頃には、深い青藍が美しく煌めいてふたりの歩調に合わせて軽やかに揺れるのだ。

集真藍・命璃
月夜見・洸惺


「わぁ……!」
 通りに並ぶお店には、キラキラがいっぱいだ。集真藍・命璃(|生命《いのち》の|理《ことわり》・h04610)の頬がぱっと染まるのは、暑さのせいだけじゃない。
「命璃ちゃんもキラキラは大好き!」
 心惹かれるたくさんのキラキラに負けないくらい、命璃も瞳を輝かせる。その様子を、月夜見・洸惺(|北極星 《Navigatoria》・h00065)が柔らかな笑みを浮かべて見守っている。
「僕にはお月様やお星様の輝きの方が馴染み深いけど。でもでも、花火やガラスのキラキラも好きだよ。とっても綺麗だね」
「うん! 洸惺くん、あのお店から行ってみよう!」
 命璃が指さす先には、硝子細工職人のお店。
「うん、そうしよう」
 ふたり仲良く並んで、たたっとお店まで駆けてゆく。着いた店先には、たくさんの風鈴が下げられていて。
「「……いっぱいある!」」
 一緒に見上げて、こぼれ落ちた言葉も同じ。顔を見合わせて、笑い合って。もう一度見上げた風鈴はどれも少しずつ形が違って、咲いている花火も違う。色も咲き方も違っているから、目移りしてしまうのも仕方のないことで。
「ねね、どの風鈴が良いかなぁ?」
 たくさんあって迷っちゃうね、と命璃が首を傾げる。
「どの風鈴にも綺麗な花火が閉じ込められていて、全部の風鈴を買って帰りたくなっちゃうね」
「ね! う~ん、菊花火に線香花火も悩んじゃうけど……スターマインが咲く風鈴にしちゃお!」
 あれください、と命璃が指さす風鈴を店員が取り命璃に渡してくれる。そんなやりとりの隣で、洸惺もまた自分が迎えたい風鈴を探す。
「僕は千輪菊が咲く風鈴にしようかな」
 そうして選んだ風鈴の中では、たくさんの色が僅かな時間差でもってぱらぱらぱらと花開く。その色鮮やかに煌めく様子の美しいこと。
「綺麗だなぁ……ずっと眺めていたくなっちゃう」
「わぁ、洸惺くんのも綺麗でかわいいね」
 ひょこ、と洸惺の手元をのぞき込んで命璃が笑う。しばらくふたり、風鈴の花火を眺めていると、命璃が何かに気づいたように顔を上げた。
「見て見て、小さな風鈴のアクセもあるみたい! 風鈴のイヤリングにも花火が咲いてるねぇ」
「本当だ。命璃お姉ちゃんはイヤリングも買うの?」
「うん、こっちも買っちゃお!」
「絶対に似合うよ」
  洸惺の言葉に、えへへと命璃がはにかむ。それからしばらく悩んで、命璃が選んだのは小さな夜を溶かしたような風鈴の中に、線香花火が優しく咲いたイヤリング。
「洸惺くん、手を出して?」
 ふたり会計を済ませたなら、命璃はイヤリングのひとつを洸惺の掌に載せる。
「半分こしよ?」
「……わ、僕にも?」
「うん! ほら、お揃い!」
「えへへ、仲良しの証に半分こ!」
 掌のイヤリングを、洸惺が早速耳に着けて見せる。
「ありがとう、大切にするね!」
 命璃もすぐに耳に飾る。分け合ったお揃いに、ふくふくと心が暖かくなる。

「次は簪職人さんのお店にレッツゴー!」
 命璃の言葉に、洸惺がうんうんと頷いて。それから小さく首を傾げる。
「えと、簪もお揃い?」
「勿論簪もお揃いですとも!」
 双子コーデ、一回してみたかったんだぁ。なんて笑う命璃。
「洸惺くんは可愛いからね、きっと素敵な男の娘になれると思うよ?」
 お揃いの浴衣コーデには憧れちゃうけど……とそこまで思って、はたと洸惺の足が止まる。
「待って。おとこのこの意味合いがちょっと違って聞こえたよ……!?」
「えっと、気のせいじゃないかなぁ?」
 すいと命璃が泳ぐ。それもほんの一瞬。すぐにぱっと笑って、ほら行こう! と命璃は洸惺の手を引いて次のお店へと駆けて行く。楽しげなふたりの笑い声が、祭りにひとさじの活気を加えてゆく。

青木・緋翠


 賑やかな喧噪。海辺の町の活気は、青木・緋翠(ほんわかパソコン・h00827)が普段過ごす派出所のある町とはまた異なる雰囲気があった。同じように活気はあるのに、なんでしょう? なんて考えながらも、スマートグラス越しの瞳はそれとは異なる異変があれば捉えようと周囲を見渡していた。祭りは初めてだから楽しみたい。けれど、すべきことも、と意識を向ける。
「おや?」
 気づいたのは異変ではない。ただ、興味をそそられる幟がはためいていたのだ。
『蜻蛉玉作り体験できます!』
 緋翠が思わず幟の前で立ち止まる。
「へぇ……楽しそうですね」
「されてみます?」
 ひょこ、と入り口の向こうから若い職人が顔を出す。緋翠の呟きを聞きとめたらしかった。
「やってみたいです。センスはあまり無いですが、大丈夫でしょうか?」
 正確な動きは得意です、と尋ねる緋翠に職人は快活な笑顔で頷いた。
「大丈夫ですよ! こちらにどうぞ!」

 案内された工房は、そこまで広くはない。そのため、炉の熱が籠もって外より遥かに暑い。時折吹き込む外からの風が、涼しく感じるほどだった。炉からは離れた出入り口に近い机に案内される。
「色は何色にしますか?」
 いくつもある色の中から、緋翠は然程悩むこともなくひとつの色を選び取る。
「俺の瞳と同じ緋色にします」
「分かりました。模様はどうしましょうか?」
「模様は……青と黄色で輪をいくつか書きたいです」
「分かりました! じゃあ、早速やっていきましょうか」
 選んだ蜻蛉玉のベースを、バーナーの火に当てて熱して。職人の手助けも受けながら、緋翠は器用に棒に巻き付けて形を整えていく。形が整ったところで、青と黄色の砕いた硝子を馴染ませて、輪の模様をつけていって。
「お兄さん、本当に器用ですね」
 当初の言葉通り、正確な手さばきで熱された蜻蛉玉は緋翠が大凡イメージしていた模様と形を成していく。
「ありがとうございます。うまくいって良かったです」
「じゃあ、冷ます間に何に使うか決めましょうか」
「そうですね。……せっかくだから簪にしましょう」
 付け方も教わって、工房を出る頃には緋翠の耳元で簪が揺れていた。

「あとは、花火風鈴を見に行きましょうか」
 いつも共に過ごす人たちへのお土産と、それから。
「(古妖さん用にいくつか購入しましょう)」
 キラキラが好きだという古妖と邂逅した時のために、緋翠は次のお店へと足を向けるのだった。

狗狸塚・澄夜


 その美しき青年にとって、祭りというものは縁遠いものだった。常人には想像もつかない時を渡り飛ぶ、寄る辺ない身であったから。
 はしゃぐ子どもたちの声。売り子たちの客を呼び込む声。夜の花火に向けて屋台を組み立てる騒がしい音も、職人が弟子を叱る声だって、祭りに色を添えるようだ。雑然としているのに。とても人々が、空気が、活き活きしている。

「(まるで絵物語のようだ)」
 狗狸塚・澄夜(天の伽枷・h00944)の澄んだ硝子じみた青が、緩やかに細められる。
「(けれど、それでも。記憶には無くとも懐かしい、という感覚を何と顕すべきであろうか)」
 この感情は懐古であろうか。どう扱えばよいのか、持て余す感情を身に宿したまま。足は本人の意思か定かでなくとも、誘われるように風鈴の前へと向かっていく。風に揺れ、不規則に鳴る澄んだ軽やかな音が、澄夜の耳朶を打つ。絵付けの職人がひとつひとつ描いた模様、色彩。鮮やかな様に目を奪われる。
「……店主殿、実に素晴らしい風鈴であるな。私も一つ頂いても構わないだろうか」
 風鈴に視線を向けたまま、自然とこぼれ落ちた言葉だった。
「もちろんですとも。どれになさいます?」
 そうですね――。店主に応じながら、意識が記憶の片隅をのぞき込む。金糸の髪と翠の瞳の今は亡き彼女が澄夜に向かって微笑んだ。だからだろうか。
「――こちらを」
 彼女に似た色合いを求めずにはいられなかった。どうぞ、と丁寧に手渡された風鈴を澄夜は偲ぶように、悼むように、繊細な指先で受け取る。すると、いたずらのようにさぁっと風が吹き抜けた。そっと風鈴が揺れる。彼女の色を宿した風鈴が奏でる音色は、祭りの熱気を一瞬忘れかけるほどに涼やかで、何処か寂しげだった。
 けれど、それ以上に――。
「……本当に、美しい」
 ちろり、ちろり。まるで彼女のような。
「……君の声すら忘れてしまったけれど」
 ――嗚呼きっと。こんな音色だったと思うのだ。

神花・天藍
継歌・うつろ


「天藍さん」
 己を呼ぶ声は、この祭りの賑やかさの中では掻き消えてしまうのではないかと思えるほど。しかし呼ばれた神花・天藍(徒恋・h07001)は、その声を逃すことなく凍てつく冬宿す青い瞳を声の主に向けた。
「えっと、その……よろしく、おねがいします」
 声の主、継歌・うつろ(継ぎ接ぎの言の葉・h07609)が俯きがちなかんばせから夕焼けにも似た赤い瞳で天藍を見つめ返す。
「礼儀正しいのは美徳であるが、別に見知らぬ仲でもない」
 ふむ、と息を吐き天藍が返す。大凡見た目に似つかわしくない、随分と落ち着いた仕草だ。
「ごあいさつは、だいじかなって……?」
「かえってそれは余所余所しい」
 瞳とよく似た温度の声音。しかし、それだけではない。見え隠れする天藍の面倒見の良さが滲んでいる。
「よそよそ、しい?」
「其処まで畏まる必要はない」
 不思議がる色を隠さないうつろの声に、天藍が緩やかに首を振ってみせる。その様子に、そっか、とうつろは独りごちて、
「じゃあ、よろしく、ね?」
 小さく首を傾げて、あってるかな? という表情をした。
「そうじゃない? ごあいさつ、しなくてもいい?」
「しなくていいわけではない」
「……むずかしいね、コミュニケーション」
 少ししゅんとして、うつろは俯く。
「人との関わりは難しいもの。徐々に覚えていけばよい」
 天藍の言葉に、うん、とうつろは頷いた。

 人の流れに沿って、通りを歩く。楽しげな周りの様子も、太陽に煌めく硝子作品の数々も、心をわくわくさせてくれる。
「おまつり、おまつり……!」
 うつろの声が弾んでいる。心なしか歩調も軽やかなその様子を、天藍は隣を歩きながら静かに見守っている。
「天藍さんは、何を見たいのかな?」
「特に何かしたいと決めてきたわけではない」
 ただ、と天藍は続ける。
「お前に、人の世界と美しいものを見せてやりたかった」
「わたしに?」
 目を瞬き、うつろが天藍の瞳を見返す。
「わたしは、えっと……わぷっ……!?」
 途端、軽い衝撃がうつろを襲った。通りを駆ける子どもとぶつかったのだ。
「ごめんなさい!」
 子どもは謝るのもそこそこに、「待ってよ~!」と先を行く友人を追いかけていく。
「大丈夫か」
 天藍がいたわるように尋ねると、うん、とうつろが頷く。
「色々ありすぎて、めうつりしちゃって」
 それに天藍さんと、はぐれないようにしなきゃって、精一杯。えへへ、とうつろは眉を下げて笑う。
「そうか。確かに並ぶ物も多ければ、通りの広さに反して往来も激しいかもしれんな」
 何処かで一度足を止めようか、そう天藍が考えたとき。
「どうやら花を意匠した雑貨を扱う店のようだな」
 立ち止まったのは硝子細工の店だ。
「わぁ……」
 きらきらと瞳を輝かせたうつろを見て、ならばと天藍は懐からがま口を取り出す。
「ふむ、折角の祭りだ。いつもと違う装いをするのもよいだろう」
 何かひとつ、うつろの気にいるものを買ってやろうと天藍がうつろを向く。
「うつろ、好きなものを選ぶといい」
「好きなもの?」
 だけど、それってなんだか難しい。だって、
「キラキラが、たくさんで何がいいのかも、きめられない」
 どれもこれも目を惹かれるのだ。夏らしい向日葵も、風鈴の形に似た鈴蘭も、艶やかな薔薇も。
「ぜんぶ、キラキラで、きれいだから。……えらぶの、むずかしい」
 折角天藍さんが選んでいいって言ってくれたのに。
「……ん?選べぬのか?」
 難しい顔になるうつろに、今度は天藍が首を傾げる番だった。ならば、と天藍は並ぶ花々を見遣る。
「そうだな……であれば、この硝子の睡蓮の髪飾りはどうだろう」
 幾つもの“キラキラ”から、ひとつを選び手に取る。
「睡蓮の花言葉は清らかな心。お前に似合う花だと思うが」
「すいれん? 花ことば? お花に、意味があるの?」
「そうだ」
 うつろの髪に添えながら、天藍が頷く。そのままうつろが試着のために置かれた鏡を覗き込む。柔らかな白い花弁は、淡い紅色が花芯の周囲をほんのりと彩って煌めいている。
「うれしい……その、あ、ありがとう……!」
 へにゃりとうつろが破顔するのを見て、天藍は満足気に頷くのだった。

第2章 冒険 『夏の予感』



 陽が海の向こうに沈もうとしている。夕暮れ時、常なら静かな夜を迎える町も、祭りの夜である今日ばかりはまだまだ賑やかだ。祭りの場所は職人横丁から浜辺へと移る。
砂浜に沿うように作られた道には、海に向かって屋台が立ち並ぶ。香ばしい醤油の香りが、其処彼処から立ち上る。きっと、焼きとうもろこしや焼き鳥だろう。歩いていれば、海鮮の焼ける匂いも感じられるだろう。
 暑い夜には、かき氷やフローズンドリンクも人気のようだ。かき氷は、お好みのシロップで。フローズンドリンクは、凍らせた好みのフルーツとシロップを撹拌させたものを提供してもらえる。複数のフルーツを選ぶことも可能だ。
 食べ物以外にも、水風船掬いや射的だってある。

 屋台の人気もさることながら、やはり目玉は職人たちが腕を振るう打ち上げ花火だろう。砂浜には、屋台での戦利品を手に空を見上げる人たちも多い。

 古妖も何処かで祭りを楽しんでいるようで、悪さをするには至らないようだ。祭りが恙無く終わることは、古妖を再封印することの一助になることは間違いない。接触がひつようになるのは、この祭りが終わった後だろう。ひとまずは様子見で良さそうだ。
眞継・正信
ルイ・ラクリマトイオ


 陽が落ちる。西の空に浮かぶ雲が、橙と薄紅を混ぜたような暖色に染まる頃。ルイに買い物を任せた正信は、一足先に砂浜を訪れていた。人も多く、一等賑わう時間帯に落ち着かないのではという心配もあったけれど。
「ここなら静かで落ち着けそうだね」
 潮風のおかげか、はたまた立ち並ぶ屋台から離れたからか。正信が辿り着いた場所は、喧騒から十分に遠い。白い砂が夜に向かう夕陽に照らされて美しく、寄る波は穏やかだ。ざざんと遊ぶ潮騒が耳に優しい。
「うむ、此処がいい。ルイ君を呼んできてくれるかな」
 正信は|クロウタドリ《メリル》で小鳥の形をした死霊を放つ。主人の命に従い、其れは夜に移りゆく薄暮に紛れていく。

 屋台が隙間なく並ぶ浜辺の通りは、昼中の職人横丁より更に賑わっているように見えた。浴衣姿の子どもたちが、かき氷の店に列を成す。其処彼処から、食欲をそそる香り。ルイにとって新鮮な光景は、いつまでも見ていて飽きない。
「定番はビールと聞きましたが……」
 正信から飲み物をと頼まれたルイが視線を巡らせる。
「おや……」
 かき氷の屋台の隣に見つけたその店は、生の果実を用いたフローズンカクテルが提供されているらしかった。氷を敷き詰めた台に並ぶ果実はどれも瑞々しくみえる。折角の機会だから、定番よりも心の向くままに挑戦してみたい。
「こちらをふたつ、頂けますか?」
 ルイが目的を達した頃、見計らったように現れた迎えに着いて、ルイは正信の元へと向かう。

「お待たせしました」
「買い出しありがとう、ルイ君」
「いえ、屋台の店々はとても賑やかで楽しかったです」
 どうぞ、とルイが正信にカップを差し出す。礼と共に正信が受け取り、ふたりで使い捨てのプラスチックカップを合わせる。グラスを合わせるような美しい音は出さないけれど。
「ふふ。野外の催しならではの感じで……これはこれでいいもの、ですね」
「そうだね」
 楽しさ滲むルイの表情に、正信が緩やかに頷きフローズンカクテルに口をつける。
「カクテルも美味しいね、瑞々しくて果実の甘みが程よい。屋台だからと侮れないね」
 喉を通る清涼さが、太陽が置いて行った熱を冷ましてくれるよう。
「そろそろでしょうか」
 ふたり、空を見上げる。珍しくそわりとしたルイの様子に、くすりと正信は笑った。
「ああ、ルイ君は打ち上げ花火は初めてかな」
「ヒトの身を得てから日が浅く、打ち上げ花火を見るのは初めてです」
「こうした花火は見ものだよ、夏の風物詩だね」
「絵や写真では見たことがありますが……どんな感じでしょうか」
 陽が落ち始めれば早いもので、フローズンカクテルを傾けている間に世界が濃紺に移りゆく。隣間近にある互いの表情が不明瞭になる最中。暗がりに響く音が、ふたりの身体を芯から打つ。

「あ、……」

 眼前に大きく開く花は満開。地上を照らして、儚く光を零す如く海面に散る。何度も、何度も。ドン、ドン、と音が重なる中、声はほとんど吐息のようだった。それきり、ルイは打ち上がる花火から目を逸らせない。ただ熱心に空に打ち上がる彩りを、その澄んだ瞳に映している。
 けれど、それは正信も似たようなもので。
「(先ほどは先達ぶって言ってしまったが)」
 いざ花火が打ち上れば、ついつい見惚れてしまう。音が空気を揺らすように、その光景が胸を打つ。
 空で花が開くたび、淡く照らされるルイの横顔は幼子のようだ。
「(美しいものだ、と分かってはいるが、それを見る今この時の感動は、いつも新鮮なものだね)」
 横目でルイの様子を見た正信は、小さく笑みを零し、再び空に視線を向ける。彼と分かち合う時間が与えてくれる景色は、それ以上の彩りを与えてくれるようだった。

青木・緋翠


 太陽に焼かれた砂浜には、まだ熱が残っているらしい。海から吹く風が随分と涼しく感じる。古妖も、この祭りをどこかで楽しんでいるのだろうか。
「(何も起こらないならそれがいいですが、用心に越したことはないでしょう)」
 簪に合わせて着付けてもらった浴衣は、黒地に灰色で柄入れされたもの。帯は、簪に合わせた緋色に差し色の黒が繊細な縞柄。少し歩き慣れない下駄も、祭りの雰囲気に合うと思うと悪くない。
 右手にじゃがバター、左手にカルメ焼き。祭りを楽しみながらも、緋翠は油断なく辺りに注意を配る。
「遊べる屋台は……荒らしてはいけませんね」
 射的の代わりに見つけたくじ引きの屋台ならば、荒らすことはないだろうと挑戦してみることにした。
「二回、お願いします」
「まいどー!」
 技能に関係ない運試しだ。垂れ下がる糸を選ぶと、糸の先に結ばれた景品が貰える形式のくじらしい。
「どれにしましょうか……」
「こういうのは直感ですよ!」
「そういうものでしょうか? それでは……」
 はて、と首を傾げつつも店の人がそう言うならと緋翠は悩むのを止めて糸を選ぶ。
 そうして直感で手に入れたものは、
「……トランプと、子供が遊ぶおもちゃが当たりました」
 じゃがバターたちを胃に納め、空いた手には戦利品。使い道をどうしたものかと考えた時、浮かぶ顔があった。
「(トランプは派出所の皆と遊ぶのも楽しいかもしれませんね)」
 トランプを見せた時の彼らの反応が想像できて、緋翠は小さく笑みを浮かべる。楽しみに思ったとき、耳に届いた泣き声に緋翠が顔を上げた。
「親御さんとはぐれたのですか?」
 緋翠のおっとりした優しい声に、しゃくり上げていた子どもが頷く。
「お、かあさん、居なくなっ、勝手に走ったらダメ、って、言われたのに、っ」
「そうでしたか。大丈夫ですよ、俺が一緒にお母さんを探しますから」
「ちゃんと、見つかる……?」
「見つかりますよ。お母さんも君を探してるはずです」
 ぐず、と鼻を啜り子どもが頷く。
「これ、あげます。俺は使い方が分からなくて。教えてくれませんか?」
「お兄ちゃん、知らないの?」
 仕方ないなぁとおもちゃを受け取る子ども。子どもの母親が見つかる頃には、緋翠はおもちゃの奥深さに感心することになるのだった。

集真藍・命璃
月夜見・洸惺


「お祭りも本番だねぇ」
 暮れゆく道を歩くふたりの足取りは心と同じテンポで弾む。一緒に着付けてもらった浴衣に、命璃の結い上げた髪には先ほど買った簪。おめかしだって抜かりない。半分こと分け合った風鈴のイヤリングが、ふたりの耳元で楽しげに揺れている。
「少しだけ大人になった感じがするね」
「洸惺くんには逃げられちゃったけど……」
「あはは……」
 あの後、女の子用の浴衣は全力で拒否した洸惺。どうにかこうにか男の子用の浴衣を着用して。少ししょんぼりする命璃の気持ちを祭りに向けるように、洸惺は屋台の並びを指差した。
「ほ、ほら。屋台、いっぱいあるね!」
「うん、どれも心惹かれちゃうね」
「命璃お姉ちゃん、どのお店に行きたい?」
「じゃあ、先ずは水風船掬いにレッツゴー!」
「おー!」
 すぐに元気を取り戻した命璃にほっとして、洸惺も笑顔で水風船掬いに心向ける。

「ねね、上手に掬えるかなぁ?」
「掬うみたいに慎重にやってみるのはどうかな?」
 ふたりできゅっと腕まくり。ふよふよ水の上を漂う水風船を一緒にのぞき込む。
「僕が先にやってみるね。どれにしようかな……」
 少し悩んで、青色の水風船を狙うことにした。こよりが濡れすぎないように、そおっと慎重に……――。
「やった! 見て、取れたよ!」
「洸惺くん、すごーい!」
「命璃お姉ちゃんも頑張って!」
「うん! あ、あの紫陽花みたいな紫色のが可愛い!」
 よーし、と命璃も挑戦する。洸惺の動きを真似つつも、素早い動き。えい! と勢いよく輪に引っかけたら。
「……取れた!」
「やったね!」
 ぱちんとふたり手を合わせる。指を輪に通して水風船をお供に、ふたりは他の屋台でそれぞれ好きなお菓子や飲み物を買って砂浜へと向かう。
「僕はマンゴーのフローズンドリンクとクレープアイスにしたよっ。命璃お姉ちゃんは……何だかたくさん買ったみたい?」
「うん! 桃のフローズンドリンクと綿飴とタンフルと、それから甘いお菓子も色々っ」
「よく持ててるね……器用でびっくりしちゃった」
「えへへ、そう? 溶けちゃう前に食べなきゃね。花火も――」
 はじまっちゃう。命璃の声に、打ち上がる花火のドンという音が重なる。ふたりぱっと海側を向けば、まさに大輪の花が空を彩っているところだった。
「わぁ……! 間近で眺める花火って大迫力だよねぇ」
「うんっ、海と花火の共演ってとっても贅沢だねっ」
 お腹に響く轟音。真っ暗な海も照らす光が、目の前でふたりに降り注がんばかりに散っている。
「ね! とってもキレイ!」
「うんうん、とってもキレイ!」
 花火を楽しみながら、もちろん買ったお菓子たちだって忘れていない。
「クレープアイス、美味しいっ」
「タンフルも美味しいよ!」
 ドン、ドン、という音の合間。いつもより声を張ってのお喋りだって、なんだか楽しい。
「もうちょっと買っておけば良かったかなぁ?」
「……え、まだ食べるの?」
「食べないの?」
 思わずこぼれ落ちた互いの声は、ふたりだけに聞こえる内緒話。驚いた洸惺の顔がなんだかおかしくて、命璃は楽しそうに笑った。
「ねね、今年の夏もいーっぱい楽しもうねぇ」
「勿論っ。今年の夏も想い出いっぱい作ろうね!」
「洸惺くんとならうんと楽しくなる予感しかしないよ!」
 ――夏はまだ、はじまったばかりなのだから。

鉤尾・えの
五槌・惑


 じりじりと地面を焼いていた太陽が海の向こうへと沈む。それでもなお、陽は空に泳ぐ雲を未だ朱に染めていた。
 夜が来る時分になって漸く、欠伸も噛み殺され飽きたらしい。
「夕暮れになってやっと目が冴えて来た」
「惑さんは本当に夜型ですねえ」
「基本的に夜勤みたいなモンなんだよ。怪異どもが夜ばかり選んで暴れるのが悪い」
 えのの言葉に、惑は肩をすくめて見せる。夜の方が過ごしやすいのは仕事柄だ。|怪異ども《あれら》は何故だか夜を好むらしい。必然、惑の活動時間はどうしたって夜夜中が主になる。
「まあこれからが本番ですし目が冴えてきたのなら好都合!」
 ぱん、と手を打ちえのは笑う。
「眠気も飛んだというなら、屋台を楽しむしかないでしょう」
「だから、あんまり燥ぎすぎるなよ」
 鋭く入る突っ込みもなんのその。「さぁ行きますよ!」と号令が掛かれば、惑は「はいはい」と、ついて行くのみだ。

「日は落ちてきましたけどまだまだ暑いですね」
 太陽がその身を隠したとて、日中に散々熱された地面から放たれる温度はまだ高い。
「飲み物ぐらいなら付き合うが」
「冷たいものをいただくのも良いですが……あ、射的!」
 立ち並ぶ屋台の中で、えのの心を掴んだものがあったようだ。
「普段は拳銃で射撃勝負とかできませんし、やりましょう~!」
「……分かったよ、勝負な」
「やった~!」
「アンタは本当に、何でも楽しそうで結構」
 全身で感情を表現するえの。対する惑の返事に含まれるのは呆れと諦め。その中に、感心する気持ちがあるのも嘘ではない。
「だって、折角のお祭りなのに楽しまないと損じゃないですか!」
 善は急げ。万が一にも惑の気が変わらぬうちに、えのは惑と共に屋台の列に並ぶ。

「楽しみですね。とはいえ、簡単に勝てるとも思っていませんけれど。惑さんのような戦闘特化ではありませんもの」
「俺も銃の腕に覚えはねえよ」
「ご謙遜を」
「数撃って当ててるだけだ」
 またしてもにべもない言葉には、まだ続きがあって。
「構えのアドバイスぐらいは出来るが」
「本当ですか! お願いします」
「玩具の銃で役に立つかは知らねえからな」
 ぱっと表情を輝かせるえのに、返る声の温度は相変わらずだ。それに気にする風でもなく、順番が回ってくればえのは楽しそうに銃を構える。きゅっと弾を詰めて、
「こうですか?」
「悪くないが、銃口が下向いてる」
 見てろ、と惑が実際に構えて撃ってみせる。それを真面目な顔で見ては、ふんふん、とえのが頷く。
 ふたり撃てば撃つだけ、景品がえのの前に積み上がっていった。駄菓子にぬいぐるみ、用途の分からない玩具。結局、純粋な腕前勝負になってしまった。
「あ~楽しかった~!」
「満足したか?」
「大満足ですとも! 大荷物になったので半分持ってくださいな」
「荷物持ちは良いが、アンタが取った分は?」
「……あ! 混ざっちゃいましたね」
 えのの前に積み上げられた景品は、店主がまとめて袋に入れてくれた。こうなると、後で分けるのも手間そうだ。惑がいらないと言ってそれで終いになりそうではあるが、ひとまず今考えるのはやめることにした。
 景品を抱え、屋台の通りをふたりで歩く。
「この後どうする」
「花火は見たいですね~、折角職人さんが腕を振るわれるわけですし」
「好条件で花火を見たいなら煩い奴を退けるぐらいはする」
「あ、顔面の力で場所取りですか?」
 きらり、えのの好奇心に満ちた瞳が惑を見上げる。
「面白いモンでもねえぞ。どうぞお願いしますって笑って、それで終わりだ」
「花火はどこからでも眺められますが、惑さんが顔に物言わせるところ見たいので行きましょう!」
 にべもないが、その効果は覿面だ。常の乱暴な態度の方が不釣り合いなほどに、惑は美しい顔の男なのだ。
「いやー持つべきものはイケメンの知人ですね」
「使えるもんは使う主義なだけだ。で、何処がいい?」
 花火が打ち上がる前に、砂浜からは黄色い悲鳴が聞こえることになりそうだった。

逆月・雫


 薄暮をゆく雫の足取りは軽い。少年の勧めに従って買った硝子の酒器は、本当に良いものだった。店に行った時には、その美しく繊細な作りに思わず見入ってしまった程だ。
「使うのが楽しみですね」
 これから必要になる『お土産』も入手し、後は古妖を待つばかりだ。
「まあ古妖さんもお祭りを楽しんでらっしゃるようですし、そのままゆっくりなされば……と思うんですが、そういう訳にもいかないんでしょうね」
 とはいえ、楽しめばいいということでしたね、と思い直し。
「とりあえず、あちら様にゆっくりして頂く為にこちらも楽しみましょうか」

 さて、と雫はお土産を詰めた手提げの中から酒瓶を取り出す。なんでも、山側にある別の町では豊富な湧水を利用した酒造りが盛んらしく、この町にも供する店があったのだ。
 早速、と雫は購入した酒器を取り出す。美しいその器に、とくとくと酒を注ぐ。
「――神さん神さん、いらっしゃれ♪」
 現れた七福神様にお酒を捧げ、雫は願いを伝えた。



「――というわけで、こっそり来てみました」
 やぁ、と手を挙げる雫に目を丸くしたのは、昼に会った件の少年。それから、同じ年頃の少女だ。
「どうして此処が?」
「ん~神様にお尋ねしたんです」
 既に七福神様と一緒に酒瓶を空けた雫はほろ酔いだ。
「酔ってます?」
「程々には」
「あっ、もしかしてさっき話してたビイドロをくれた人?」
「そうだよ」
「やっぱり! ありがとうございます。可愛くて嬉しいです」
 ベッドの上、青白い顔に浮かぶ表情は明るい。その様子に雫は笑みを返す。
「それは良かったです。こちらも、お祭りのお土産です」
「わぁ……屋台の人形焼き! 毎年食べてるんです、今年は諦めてたのに」
 嬉しそうに人形焼きを雫から受け取る少女を少年が優しく見守っている。
「本当にありがとうございます」
 深々と頭を下げる少年に、雫はラムネも差し出して。
「どういたしまして。それでは、いい夜を」
「お祭りに戻るんですか?」
「そうですね、もう少し飲みながら花火でも見ますよ」
 飲む仕草で微笑んで、雫は部屋を後にした。

 そして、診療所からの帰り道。祭り会場から少しだけ離れた砂浜、人々の喧噪は遠く届くのは波の寄せる音と花火の音のみ。ラムネを揺らしながら、次々と打ち上がる花火をのんびりと見上げる。昼に硝子細工を沢山見たせいだろうか。いつもならお酒を選ぶところだけど。
「ラムネもたまにはいいですね」
 履き物を脱ぎ捨てて波打ち際に立つと、寄せる波が弾けて雫の足を濡らす。まだ熱をはらむ空気に、海水が心地よい。
「…いい夜ですね。この余韻を残してお帰り頂きましょう」
 空にも海面にも、鮮やかな光が散っている。この町のどこかで祭りを楽しむ古妖に思いを馳せながら、雫はラムネの瓶を静かに傾けた。

狗狸塚・澄夜


 傾くにつれ朱く染まりゆく太陽が、その色で空と海面を染める。波に揺られてきらきらと反射して、混じり合うようで混じり合うことはない。陰ってなお眩いそれに別れを告げるよう、澄夜は背を向けて屋台へと歩を進めた。太陽の残していった熱が未だ残ってその身を火照らせる中、手に提げた風鈴からこぼれ落ちる音だけが涼やかだ。
 並ぶ屋台の前、流れる人の波を見る。騒がしいくらいに賑やかな様子を、澄夜は華やかだと思った。
「店主、かき氷をひとつお願いできるかな。味は……おすすめを頂こうか」
 毎度ー! と返る店主の威勢のいい声。祭りの熱気に当てられているのもあろう、遊び疲れることを知らない子どもたちの笑い声もまた、彼方此方から聴こえてくる。遠くからは、酒飲みたちの喧嘩っ早い様子も耳に届いた……が、早々に両成敗となったようだった。
「(たまに諍いはあれど、笑顔が咲き誇り、弾む声音は喜びに満ちて微笑ましい)」
 そういえば、と澄夜の思考に古妖が過ぎる。今もこの町の何処かで、祭りの様子を眺めているのだろう。もしかしたら、普通に紛れ込んで遊んでいるかもしれない。

「(変わらぬものは殆どない、見慣れぬ人と町。それを寂しく思う様子はないようだが……)」
 願わくば、そのまま弾む気持ちで満たされていてくれればいい。澄夜の伏せられた瞳が、自然と手元の風鈴を映す。彼女の色を宿した美しいそれが、りりんと楽しげに鳴いている。
 やがて朱が夜に溶けきった頃、空をぱっと光が彩った。かき氷を手に空を見上げて、澄夜は目を細める。今、古妖のことは考えまい。
「(今は咲き誇る空の華を堪能しよう)」
 これもまた『君』に見せたかった景色のひとつだから。ひとつ、ひとつ、大切に積み重ねてゆきたいと思うのだ。
「(君も楽しんでくれるものならばいいのだけれど)」
 打ち上がり空を彩るたび身に響く音の中、やはり風鈴の音は涼しげで、そしてどこか楽しげだ。その音に、澄夜はただ耳を傾けていた。

緇・カナト
葵・慈雨


 この町に立ち寄ったのは偶然だった。緇・カナト(hellhound・h02325)が、たまたま向かった先で耳にした話。この町の夏の祭りの最後に、浜辺で花火が上がるのだと。なんとなく訪れたのだから当然、連れ立つ者もない……はずたったのは、数分前までの話だ。

 どの屋台のものから食べようかとカナトが考えていた時、背中に衝撃があった。普段なら躱すなど造作もないことだが、いかんせん意識が屋台に集中していた。
「わわわ! ごめんなさい!」
 ぶつかってきたのは、妙齢の女性だった。下げた頭を上げて、それから
「……あ~~! うちの子のお友達~!」
 女性は琥珀と翡翠の瞳を瞬き、祭りの喧騒に負けない声を上げた。
「……ああ、萬屋の店主サン」
 萬屋の店主サンと呼ばれた葵・慈雨(掃晴娘・h01028)は、にこにこと笑顔を浮かべる。
「会えて嬉しい、嬉しいわ!」
「居候……お手伝いクンに世話になっておりますネ」
「こちらこそ! あの子、あんまりお友達の話はしてくれないから。えっと、えっと……すっごい、食べる子だよね?」
「すっごい食べる子?」
 慈雨の言葉に、今度はカナトが目を瞬く番だった。どんな説明してるんだか……とカナトが内心思っていると、慈雨がひとり納得したように頷いている。
「だからおっきいんだねぇ」
「仔牛クンに比べたら大きいんでしょうケド」
 なんとなく続く雑談の最中、慈雨がはっとした表情になる。
「……お、奢ってあげようか!? 焼きそばとか、えっと、大盛りいっちゃう!?」
 え、とカナトが僅かに首を傾ぐと、ぶつかったお詫び! と慈雨が言うのでカナトは視線を屋台へ向ける。そして指差すのはかき氷の屋台だ。
「屋台の焼きそばは確かに美味しい。それじゃあ此方はカキ氷の奢りなんて如何です? 他の好きな物でも良いですよ」
「えっ!! あっ、じゃあかき氷を……?」
 はい、と答えてカナトはすたすたとかき氷の屋台に向かってしまう。若干の置いてきぼりの後、はっとして慈雨もすぐに焼きそばの屋台へと向かった。

「(なんだか申し訳ないよう)」
 両手でかき氷を包んで、慈雨が小さく項垂れる。奢るつもりが、自分もごちそうになっている。とはいえ、溶けてしまってはもったいない。
「ありがとうねぇ、いただきます」
「いえ……こちらこそ」
 屋台に赴いている間に、花火は上がり始めていた。焼きそばを食べながら、カナトは空を見上げる。空で光がはじけて花開くたび、その一瞬一瞬地上を照らす。
「そういえは、お友だちさんは迷子?」
 かき氷をひと口食べて、慈雨が花火からカナトに視線を移す。
「花火を眺めには来ているので迷子かはともかく……いいですよね帰りたい所があるのって」    
 本人はどう思っているのか知らないケド、なんて。カナトが紡いだ言葉は、空を彩る花火の音に掻き消された。
「お友だちって……あれ、失礼かな!? お名前聞いてもいい~?」
 慈雨が、そういえば! とカナトに名前を尋ねた。
「ああ、名前……緇で。クロイヌのようだなんて云われているので」
「……クロイヌさん? わんちゃん? 珍しいお名前なのねぇ!」
 他意のない素直な言葉で、態度で、慈雨は笑顔を浮かべる。
「いやぁ、会えて良かったな〜! お買い物帰りに寄り道してよかった! 日々の疲れもケロッと忘れて楽しい………とか思ってたら、迷子かもってなって、ぐるぐる考えてたらクロイヌさんにぶつかったのよ〜。怪我の巧妙?」
「なんですか、それ。慈雨さんが迷子だったんです?」
「いやいや、まだ迷子じゃないかも。違うかも、とは思った……のよ?」
 慈雨の声が少しだけトーンダウンする。
「……まぁ、でも! とにかく、会えたんだからいいの!」
「押し切りますね」
 慈雨の言に応えて息を吐き出すような笑みが、花火の光に淡く映し出されて夜に溶けていった。

継歌・うつろ
神花・天藍


 じゅうじゅう。きっと美味しいなにかを焼いてる音。だって、息を吸ったらふわってお腹が空く匂いがしたから。
 しゃりしゃり。なんだろう? なにかを削っている音? 視線で辿る。うんと透きとおった大きな氷のかたまりが手回し式の機械にセットされて、削られている。かき氷を作る音だ。
 それからそれから。
「おひるとは、ちがう……楽しい、にぎやかさだね」
 わぁ、と頬を染めてきょろきょろと辺りを見回すうつろの言葉に天藍が頷く。
「そうだな。太陽が傾くにつれて鎮まる筈の熱気はより高まっているように感じる」
 もちろん、実際に空気が暑くなっているわけではない、と天藍は続ける。
「うん……わくわく、するかんじ? がするね」
 ふたりのそばを、浴衣姿の子どもたちが駆け抜けていく。まるで、競走でもするかのようだ。目当ての屋台へ向かって走るはしゃぐ声が祭りの熱気に溶けていく。
「(人の子が醸し出すこの気配は嫌いではない)」
 元気有り余る子どもたちの余韻が、天藍たちへ届くようだった。
「うつろ、気になるものはあるか」
「そういえば、天藍さん。えと、ね? 『うちあげ花火』って、何かわかる?」
 天藍の問いかけに、うつろがこくんと頷く。昼間すれ違った子どもたちが、「夜はうちあげ花火が楽しみだね」と言っていた。
「線香花火は、見たことがあるんだけれど……その……」
「ん? 打ち上げ花火か。あれは夜空に大輪の火の花が咲くのだ。線香花火も儚く美しいがそれとはまた異なる華やかな美しさだ」
「よぞらに、おおきなお花、咲くの……!?」
 大きな瞳をまんまるにして、うつろが天藍を見る。
「折角の機会だ。見に行こうか」
「見に行って、いいの……!?」
 うつろの表情がぱっと明るくなる。天藍は頷いて、その前に、と屋台を指差す。
「そろそろ腹も減ってきただろう。何かを買っていこう」
「うん、食べ物や飲み物、ちゃんと買うね。天藍さんは、何がいい……?」
「我のお勧めはベビーカステラだ」
 たくさんあって決められないうつろに、天藍は迷わずお勧めを伝えた。
「べびー、かすてら?」
「ふかふかであまくて非常に美味い」
「ふかふか……」
 はじめて聞く名前の食べ物は、とても魅惑的に感じられる。
「飲み物も。どうしようかな……」
「我は|炭酸飲料《しゅわぱち》にする」
「しゅわぱち?」
「これは口がきゅーっとなって痛いのだが、その刺激がクセになるのだ」
「どっちも、可愛い言葉だね」
 だというのに、片方はふかふかであまくて。もう片方はきゅーってなって痛いという。
「(……不思議)」
 うつろが未知のものに意識を向けているのを、天藍の声が引き戻す。
「うつろ、お前は何にするか。他のものでもよいぞ」
「わたしは……また、たくさんだから、決められないかも」
 屋台を見る。焼きそば、かき氷、ベビーカステラ、焼きとうもろこし、わたあめ……いろんな色で書かれたたくさんの文字は、それだけでとても賑やかだった。
「例えばそうだな……あの林檎飴というのはどうだ」
「リンゴ、アメ……?」
 どっちも聞いたことがあるけれど。天藍の指の先を追って、林檎飴の屋台を見る。
「リンゴの形をした、アメなのかな……と思ったら、違ってた……!?」
 今日は、びっくりがいっぱいだ。
「リンゴ丸々、すごいね……! こういう食べ物もあるんだあ……」
 ぽかんとした表情でほえー、と声がこぼれる。それから、うつろは林檎飴をまじろぎもせず見つめた。飴で覆われた林檎は、つやつやでとても綺麗だ。
 そんな風に驚くうつろの様子を、天藍は微笑ましい思いで見た。新しいものに驚くこともまた、世界を知ることのひとつだ。
「紅くまるい姿がお前の瞳そっくりだ」
「そう……かな?」
「あぁ。それに、林檎飴も甘くて美味しいぞ。外はぱりぱり、中は瑞々しい」
「じゃあ、リンゴアメ、買ってみる……!」



 ふたり並んで海辺に腰掛け、空を見上げる。
「うちあげ花火、まだかな……」
「随分陽も落ちた、そろそろだろう。その前に食べよう」
 見始めたら手も止まるだろうと、そわそわした様子のうつろに天藍が声をかける。
「うん」
 いただきます、とふたり一緒に手を合わせて。
「ほら、ベビーカステラもやろう。食べてみるといい」
「いいの……? ありがとう」
 天藍から差し出されたベビーカステラを、ひとつ摘んで食べてみる。
「……! ふかふか、あまい」
「そうだろう」
 ほこ、と表情が緩むうつろにやはり満足気な天藍が、その身に纏う冷気を飲み物に送る。日中より暑さが和らぐとはいえ、飲み物はすぐにぬるくなってしまう。周りの熱も少し和らぐ心地がして、うつろは小さく息を吐いた。
「……天藍さんは、やさしい、ね」
「蒸し暑い夏に冷たい飲み物は心地が良い」
「うん、そうだね」
 その時、お腹に響く音がドンっとひとつ鳴って、ぱっと一際大きな花火が上がった。地上を照らすくらいに鮮やかに光って、ぱらぱらと爆ぜるような音を立てて。やがて、光の雨が海に降り注ぐ。
「わぁ……これが、うちあげ花火……」
「華やかだろう」
「うん、とっても、はなやか……!」
 なんて大きくて、眩しいのだろう。ため息が溢れるのは半ば無意識だった。
「どうだ……綺麗だろう」
「うん……すごく、すっごく、きれいだね」
 天藍の言葉に、うつろは頷きながらも花火から目が逸らせない。うつろの瞳が、次々と上がる花火を映し込んでその度に彩を変えて輝く。
「天藍さん、いっしょに見てくれて、ありがとう」
「礼を言われるようなことではない。お前の世界を彩る一端となれたのならば幸いだ」
 やがて全ての花火が打ち上がりきるまで、ふたりは鮮やかに彩られる空を見上げていた。

第3章 ボス戦 『キラキラ探し『アズキ』』



 最後の花火が大きく打ち上がって、夜の空に静寂が戻る。海辺に集まっていた人々は、波が引くように日常へと帰って行く。やがて、海辺に残ったのは喧噪の余韻と星明かりのみ。静寂の中に、寄せては返る波の音だけが響いている。

「あれ~? もう終わりにゃ?」
 未だ祭りの余韻を残す明るい少女の声。件の古妖だ。
「もうキラキラおしまい? つまんにゃい!!」
 むすっとした表情を隠しもしない幼さ。とはいえ祭りを成功させたことで、ある程度満足しているのか封印は容易くなっている。もう少し遊んで満足すれば、自ずと封印は完了するだろう。

●補足
 海辺にいるのは能力者と古妖のみです。一般人の避難等は考慮しなくて構いません。キラキラなもので一緒に遊んで満足させる、戦闘で鎮めるなどお好みで動かれてください。戦闘の場合も、遊んでもらっていると古妖は解釈します。
獅猩鴉馬・かろん


 祭りの後。遊び足りないという声に反応するのは、先ほどまでの喧騒を成していたのと同じ年頃の声だった。
「まだ遊びたいのか〜?」
 花火は終わったぞー、と獅猩鴉馬・かろん(大神憑き・h02154)が古妖――アズキに声をかける。近づこうとすることこそ、待て待て! と焦ったように大神たちが止めるものの、かろんの警戒心は薄いようだった。
「まだ遊びたいにゃ〜! お前、素敵なキラキラ持ってるにゃ?」
「キラキラ〜? フィギュアくらいしか今持ってないけど……あ、じゃあキラキラ見せてやるなー」
 海をさすかろんの指先を、アズキの視線が追うと寄せて返す波のリズムとは異なる音。ザザァと鳴って、水飛沫が大きく跳ねる。星空に黒々とした煌めくシルエット。一緒に飛び散る飛沫が、星空の下で花火のように散った。大神の眷属のイルカだ。
「……キラキラにゃ!」
「キラキラだなー!」
 もう一回! とねだるアズキに、かろんはいいぞ〜? と快く応じる。束の間のイルカショーが開幕したのだった。

見下・ハヤタ


 夜の砂浜。花火の音は大きくて怖かったけど、静かな波の音はちょっと楽しい。
「わんわん!!」
「にゃっ!?」
 アズキの肩がびくっと跳ねる。
「にゃんにゃ!?」
 足元を見れば、砂浜で拾ったと見える木の枝を咥えた黒柴の仔犬――見下・ハヤタ(弾丸黒柴号・h07903)が星明かりの下、暗い夜の中でも分かるくらいのキラキラした瞳でアズキを見上げていた。枝をアズキの足元に置いて、またひと鳴き。
「……お前、遊んでほしいにゃ?」
「わんわんっ! わんっ!」
 遊んでほしいこともなくはないですけど。今は遊んであげるのがぼくのお仕事なのです!
「わんわんっ!」
 きらきら。きゅるん。
「アズキは猫の古妖にゃ。犬とは遊ばないにゃ」
 ぷいっ、とアズキがそっぽを向く。
「……きゅぅん?」
 ダメですか? ぼくとは遊べませんか?
「……くぅん」
 かなしいです。
「……今回だけにゃ! ほら、取ってくるにゃ!」
「わんっ!!」
 根負けしたアズキが枝を放ると、ハヤタは嬉しそうに枝を追って砂浜を駆ける。投げては拾い、投げては拾い……それは、アズキが根を上げるまで続くのだった。

五槌・惑
鉤尾・えの


 賑やかな祭りの終わり。空を飾っていた花も咲き終わり、広がる静寂。
「ーーさて、散々楽しませていただきましたが件の古妖に満足してもらわなければ帰れませんね」
 居合わせた能力者たちに様々相手してもらいながらも、まだ遊び足りないのだと駄々をこねる姿は、先ほどまでそこかしこを駆け回っていた子供たちと変わらない。
「聞いてた通り、力尽くで退治って風でもねえな」
「そのようですね」
「お前たちも一緒に遊ぶにゃ?」
「保護者もいない子どもは暗くなる前に帰れ」
「む! ボクは子どもじゃないにゃ!」
「反発するところが子どもだな」
「にゃー!?」
 遊び足りないというなら、疲れて眠るまで相手をしよう。そして、こういう手合いならえのの考える案に沿うに限ると惑は知っている。
「惑さん、派手な花火をもう何発か上げて差し上げてくださいな!」
「ーー色鮮やかってわけじゃねえのは我慢しろよ」
 刹那、星抱く空に炎が奔る。遙か上空で、その炎は激しく爆ぜて辺りを赤々と照らした。惑が横目でアズキを見れば、ぽっかり口を開けて空を見上げていた。その目は、炎を写して輝いている。
 そんなアズキの後ろにそおっと近づくシルエットひとつ。その手には、先の射的で手に入れた景品。子どもが好みそうなキラキラとしたアクセサリーが、炎を反射させて煌めいている。
「ささ、こちらを飾ってあげましょうねえ」
 頭には透明なストーンが散りばめられたバレッタ。首元には、大きなルビーを模した赤い硝子がきらりと輝くネックレス。どれもえのが使うには、子ども向けすぎる品々だ。そもそも定住する場所を持たない身。装飾品は多くいらない。
「わ、これもキラキラにゃ~……それは?」
 じっとアズキが見るのは、えのが昼に買った簪だ。秋の浴衣を見据えて、惑と一緒に選んだもの。えのが口を開くより前に、発せられる声があった。
「それは駄目だ」
「む、なんでにゃ」
「お前にはこれくらいが丁度いい。これでも差してろ」
 そう言って惑が手元の景品からアズキの髪に添えたものに、彼女の意識は向いたようだ。アズキが頭をふりふり揺らせば、ヘアピンの先についたビーズ細工の星がゆらゆら揺れる。簪より小さいけれど同じ髪飾りであるそれを、アズキは気に入ったらしかった。
「あらあらまあまあ。惑さんったらわたくしめの性格をよくご存知で」
 そんな様子を見て、目を瞬いたのはえのだ。
「アンタ、粘られたら渡しそうだからな。せっかく時間かけて選んだのに無駄になるだろ」
「確かに簪は選ぶのを手伝ってもいただきましたし、気軽に譲れるものではありませんでしたね」
 素直な驚き。それから、口元に手を当ててくすくすと笑みをこぼす。
「ねぇ、ほかにもないにゃ?」
 揺れる動きを楽しんで、それでもやっぱりまだ物足りないのだとアズキはふたりに首を傾げた。
「……まだ欲しがるのか」
「あらあら、欲張りさんですこと」
 ため息ひとつ、惑がかがみ込む。やがて何かを手に取った。
「光るモンなら何でも良いのか」
 ほら、とアズキの手の中に転がしたのは透明なシーグラスだ。波に洗われた表面はほんの少し磨り硝子めいて、柔らかな輝きを宿している。
「シーグラス、その手がありました!」
「シーグラス?」
「長ーい年月をかけて、まんまるのピカピカになった硝子です」
「ふぅん」
 指でつまんで、じーっと惑から受け取った硝子玉を見るアズキ。
「探せば幾らでも見つかるだろ。暗いならこれでも使え」
 射的で取った玩具のランタンをその手に渡して、
「俺がいる間なら炎で照らしてやってもいい」
 その方が明るいから探しやすい、と惑が言う。
「あなたもきっと気に入りますよ」
「……お前たちも一緒に探すにゃ!」
 はいはいと笑う声と、わかりやすいため息が、まとめて波の音にさらわれていく。

ルイ・ラクリマトイオ
眞継・正信


「古妖にも随分と幼いものがいるのだね。古妖というからには、人に害を為すのだろうが……」
 ただただ退屈を嫌う姿は、人の少女と大して変わらぬように見えた。しかし、この古妖もまた幾つにも分けられた肉片のひとつなのだろう。放っておけば、ここに暮らす人々の脅威となりかねない。とはいえーー。
「古妖とはいえ、非道な悪さを働かないようでしたら……。無邪気な遊びに付き合うのも、一つの祭……祀り、封じるための儀式といえるでしょうか」
「そうだね。せめて心地良く眠れるように、楽しい光景を見せてあげたいものだ」
 返る正信の言葉に、ルイが静かに頷く。花火が終わり、今はただ波の音が耳に優しい。けれど、どうにもアズキにはそれが退屈で寂しいようだった。
「……つまんにゃ~い……」
「ふふ、それなら遊び相手を呼んで差し上げましょうか」
 ルイの呼びかけに、妖精たちが応えた。
 蝶の羽を持つ妖精の鱗粉が、星のごとく瞬く。
 淡く煌めく毛並みを靡かせる四つ足の妖精は、猫に似ている。
 そうして様々な姿をした妖精が、アズキの周りを飛び、あるいは駆ける。
「さあ、砂浜で追いかけっこはいかがです? 一緒に遊んでいらっしゃい」
 遊ぼう。遊ぼう。誘う声に、アズキの表情が明るくなって一緒に砂浜を駆けていく。
「他の能力者とも遊んでもらったろうに、まだまだ元気なようだね」
 それなら、と正信がルイに続いてクロウタドリ達を呼び出した。常ならば黒く陰っているその姿に、今はぼんやりと光が灯っている。明かりの少ない浜辺ならば、十分に“キラキラ”だ。
「遊び相手は多い方が退屈しないだろう。捕まらないように気を付けて遊んでおいで」
 正信の言葉に従って、クロウタドリたちがアズキたちの方へと飛んでいく。
 そうして、色々な明度の光がアズキの周りを輝かせる。
「こうして見ていると可愛らしいものだね」
「えぇ、本当に。子どもそのもののようです」
 イルミネーションが瞬くような光景とはしゃぐ楽しそうな声を、ふたりカクテルを傾けながら見守る。
「わわっ、なんだにゃ!?」
 すいっと足元を光が走って、ぴょんとアズキが跳ねた。その光をアズキの目が自然と追う。その姿は、猫そのもの。捕まえようと手を伸ばしては、逃げられて。
「にゃ~! 頭の上に!」
 えい、と両手で捕まえようとするのを、やっぱりクロウタドリはすいっと避けてしまう。

 そんな様子を、静かに見守っていたのだけれど――見ているだけでも、とても楽しそうで。
「正信さん、すみません……下駄を見ていていただけますか?」
 脱いだ下駄をきちんと並べて、ルイは砂を踏みしめる。足の裏から直接伝わる砂の感触が、また心を弾ませるようで。一歩、二歩。浴衣の裾を押さえて。けれど、三歩目にはもう駆けだしていた。
「おや、ルイ君も一緒に遊びに行ってしまったね」
 正信からこぼれる言葉もまた、楽しげな響きを抱いている。そうなれば、いつも足元に控えているOrgeだって駆けだしたくなってしまうもの。
「お前も行きたいのだろう、Orge」
 行ってもよいのだろうか、と伺うOrgeの視線に正信がひとつ頷くことで返す。
「ああ、たまなら遊ぶのも悪くない。誰が一番早いか、競走しておいで」
 見送られてOrgeがルイたちの元へと駆けていく。やってきたOrgeにルイの表情が柔らかく綻ぶ。
「Orgeも? ふふ、競走しましょうか」
「競走? ボクも負けないにゃ~!」
 その言葉に、Orgeが砂浜を力いっぱいに駆ける。一等速いのは自分だと、正信に見せるように。

集真藍・命璃
月夜見・洸惺


 夢のような時間が終わる。辺りをたくさんの色で照らしていた光は、夜の海に溶けて消えていってしまった。
「もうおしまい? って、なんだか名残惜しい気持ちになっちゃうよねぇ」
「どうして楽しくてあんなにキラキラしてたのに、終わっちゃうにゃ?」
「永遠に続くものなんて無いんだよ。だからこそ、うんとキラキラして見えるんだと思うな」
 終わりはすべてに等しく訪れる。そのいつかは必ずくるもの。
「でも、ずっとずっと遊んでいたくなっちゃう気持ちは分かるかも」
「そうだよね。楽しい時間はあっという間だから。命璃ちゃんもその気持ちはとってもよく分かっちゃう」
 うんうん、と頷く命璃とアズキに視線を向けて洸惺もまた、心の内で思いを向ける。
「(その分、楽しい思い出を作ったって罰は当たらないよね)」
 封印の前に少しだけ。その時間は与えられている。
「ーーだからね、一緒に花火で遊んじゃお!」
 賑やかさの後の寂しい気持ちを吹き飛ばすのは、命璃の明るい声だった。手持ち花火を掲げて見せて、命璃は笑う。
「うんうん、一緒に遊ぼうよ! ね、アズキさん」
「……そこまで言うなら、遊んでやってもいいにゃ!」
 洸惺にも誘われて、悪い気はしないという顔でアズキは頷く。仕方にゃい、という素振りだが嬉しそうに声が弾んでいるのに気づいて、ふたりがくすっと笑みを零す。
「よーし、それじゃ出し惜しみはナシだよねぇ!」
 きちんと周りの安全を確かめて。平した砂浜に、ずらっと並べる噴き出し花火やロケット花火。あまりの多さに洸惺が目を瞬いて、はっと口を開く。
「……命璃お姉ちゃん待って!?」
「なぁに?」
「あのね、数が多過ぎると思うよ?」
「いっぱい打ち上げた方が楽しくないかなぁ?」
 首を傾げながら、火をつける手は止まらない。一斉着火! 待ったなしだ。
「あと、爆竹も混ざってる!」
 洸惺の必死な制止は、どうやら間に合わなかったようだ。
「……あっ、ゴメンね!」
 爆竹まで着火しちゃった。という命璃の声は、無数に爆ぜる音でかき消えた。
「でもその分派手でキラキラで楽しいよねぇ!」
「あー……うん。止めるの、ちょっと遅かったかも」
「にゃ~!?!? キラキラだけど、大爆発にゃ!? こっち来るにゃ~!」
「ありゃ、ネズミ花火も混じってたかな?」
「そうみたいだね……」
 どこかで見たような、ネズミにイタズラされる猫の図だった。
「音も光もダイナミックな分、とっても綺麗だね……近所迷惑になってないと良いんだけど」
 ちょっぴり遠い目。だけど、こうなると却っておかしくて。三人の笑い声が静かだった砂浜に賑わいを呼び戻す。

 しばらくして、静けさを取り戻した頃。命璃が次に取り出したのは線香花火だ。
「ねね、勝負しようよ!」
「わ、いいねっ。アズキさんもやろう」
「……爆発、しないにゃ……?」
「線香花火だから大丈夫だよっ」
「この先に火をつけたら、小さな火の玉ができてぱちぱち爆ぜるんだ。揺れると落ちちゃうからね」
「誰が一番長くつけていられるかなぁ?」
「一番長くつけてられたら勝ちってことにゃ? 乗ったにゃ!」
「じゃあ、同時に火をつけるんだよ。……よーいのドン!」
 じっと火の玉を見つめる視線は、後から思えば笑ってしまうかもしれないくらい真剣だ。だけど、勝っても負けてもきっと楽しい。最初はじわっと縮んでオレンジにまぁるくなって。やがて、大きく火花が散って。やがて弱くなってゆく。触れても熱くない、優しくパチパチとした散り方が変化していくのを眺めるのも楽しくて。
「手持ち花火はまだまだたくさんあるからね、悔いなく最後まで遊んじゃお!」
「そうだね。花火はまだたくさんあるから、まだまだ遊ぼうよ」
「遊ぶにゃ~!」
 次はこれがしたい、と指さすアズキにふたりは、いいね、と差し出して。小さな花火大会が続くのだった。

青木・緋翠


 ゆらゆら揺れる尻尾。夏の熱をはらんだ風が、破れた白い衣をはためかせて夜の浜辺にその姿を浮き彫りにする。
「(アズキさん、とおっしゃるのですね)」
 遊んでも遊んでもまだ満たされないのは、封印への無意識の抵抗なのだろうか。
「よろしければ、俺と少し遊びませんか?」
「今度はなにして遊ぶにゃ?」
「少しお待ちください」
 技術革新で強化された3Dプリンタから出力されるのは、小型の3Dホログラムディスプレイだ。
「これはなににゃ?」
「キラキラを見せてくれる機械です。ここに、花火風鈴をセットして……」
「……わぁ!」
「ほら、こんな風に大きなキラキラが見れますよ」
 3Dホログラムディスプレイで投影される花火風鈴を、ふたり一緒に鑑賞する。いくつか買っておいた花火風鈴を入れ替えれば、その度に投影されるホログラムも変わるから、アズキはその度に目を輝かせて見入っているようだった。
「気に入るものがありましたか?」
「全部キラキラで気に入ったにゃ!」
 でも、特にこれにゃ! とアズキが選んだのは千輪だった。小さな花火がたくさん咲いて、キラキラと光るのが好みだったらしい。
「では、こちらはアズキさんに差し上げます。太陽光発電なので俺がいなくても大きなキラキラが見れますよ」
「たいようこうはつでん?」
「お日様があれば、いつでも見られるということです」
「……便利にゃ!」
 花火風鈴と3Dホログラムディスプレイを受け取って、アズキは嬉しそうに笑った。
「(遊び疲れて|再封印されて《眠って》も、いつか起きたときにまた楽しんでいただけると嬉しいですね)」
 その時に、今日のキラキラを思い出すための一助になれば幸いだと。緋翠は喜ぶアズキを見ながら思うのだった。

継歌・うつろ
神花・天藍


 人の波、華やかな色、鼓膜を震わせた爆ぜる音――たくさんのものが心の中にさざめきを残して引いてゆく。
「キラキラ、おしまい?」
「そのようだ。見事だったろう」
「うん」
 天藍の言葉に、うつろは頷く。とても綺麗だった。けれど、その分だけ少し寂しい気がした。それは、浜辺に現れたアズキも同じようだった。
「……あなたは、キラキラしたもの、好きなの?」
「好きにゃ。キラキラしてるものは、全部欲しくなるにゃ」
 うつろの言葉にアズキが頷く。
「あっ、はじめまして。わたしは、うつろ、だよ」
「ーーうつろ、それはあやかしものだ。見目に騙されて警戒を怠るな」
 警戒心の薄いうつろに、天藍が諫めるように口を挟む。常と変わらぬ声音には、アズキへの警戒と当時にうつろを心配する色を滲ませている。
「……天藍さん? けいかいした方が、いいの?」
「そうだ。彼奴も古妖、強い力を秘めている。迂闊に気を許しては危険だ」
「そうなんだね……じこしょうかいは、だいじ、かなって、思ったの」
 天藍の言葉を受け止めたうつろが、アズキに視線を向ける。
「あと、あの子の声、だけど」
「声?」
「その……あまり、さつい? は感じない、気がしたの」
 だから、いっしょに、遊んであげたい。うつろから続く言葉に、天藍がわずかに目を見開く。天藍には、うつろの言う殺気のない声というのは解らない。うつろだから感じられるものなのだろう。
「(しかし、確かに彼奴からは殺意らしきものを感じぬというのも事実)」
 アズキを見る。特段の敵意も見せぬ姿は、祭りを楽しんでいた子どもたちと変わらないように思える。
「(ーー正解はわからぬが)」
 うつろに美しいものを見せたい。人の世界を見てほしい。そう思ってここに来た。人との交わり、古妖との交わり。それはうつろの世界をまた広げてくれるかもしれない。そのことを思えば、
「うつろ、お前が為したいように為せばよい。我はお前の選択を見守ろう」
「……うん。天藍さん、ありがとう」
 天藍の言葉に、うつろが表情を綻ばせる。けれど、その表情はすぐに曇る。
「でも、キラキラ……どうしよう」
 キラキラを、もっと見せてあげたい。けれど、うつろはキラキラを持っていない。
「気を落とすな、うつろ。彼奴が求めそうなキラキラならば此処にある」
「天藍さん、それ、何?」
「手持ち花火だ」
「手持ち花火……?」
「あぁ、線香花火という種類のものだ。先程屋台で買っておったのだ」
 八本をひとつに束ねた線香花火がいくつか、天藍の手の中にある。
「祭りに出掛けられぬ者への土産として買ったものだが丁度よいだろう」
 それを天藍はうつろへと手渡す。
「花火だが先程のものとは違うか弱く儚い花火だ」
「さっきの花火とはちがう、キラキラなんだね」
「そうだ。先程のものより、派手さはないがこれもまた美しいぞ。だがな」
「うん」
「少し揺らしてしまえば呆気なく落ちるかもしれないゆえ、優しく持てるか?」
 言い聞かせるような天藍の言葉の|音《・》を、うつろは感じている。だからこそ天藍の言葉に、うつろは素直に頷く。
「うん。だいじょうぶ」
 そして、うつろはアズキへと向きなおる。
「線香花火、なんだって。アズキさんも、いっしょに、やろう?」
 うつろの言葉にアズキの瞳が輝く。
「みんなで、花火も、楽しいと思うの……だよ、ね?」
「あぁ」
 答え合わせをするように視線を向けるうつろに、天藍が頷く。
「やるにゃ!」
 線香花火を手に取って、そっと火を灯す。
「いいか。そっと持たねば消えるぞ」
「わかってるにゃ!」
 天藍の声かけに、アズキが反応を返して。
「……にゃ!」
「ほら、言ったろう」
 自分の瞳と似た色の火の玉が、キラキラをなす前に砂の上に落ちて消えてしまう。
「お前が話しかけるからにゃ~!! もう一本ほしいにゃ!」
 他責なアズキに、呆れたように天藍が一つ息をこぼす。
「あと、火の始末はきちんとするのだぞ」
「天藍さんは、しないの?」
「よい。我は見ている」
 万が一があれば動けるように、という気持ちもあるけれど。
 こうして子ども達が楽しそうに遊ぶ様を見るのは、やはり悪くないと思うのだ。

逆月・雫


 祭りの後。賑やかな熱気が残した空気を海風が撫ぜていく。
「こんばんは。良い夜ですね」
 雫の声に、白い頭巾から見え隠れする耳がぴくっと動く。
「お祭り、まだ物足りないようで。良ければご一緒に如何でしょう?」
「お前も遊んでくれるにゃ?」
「空に咲く花よりは細やかではありますが」
 ふりふり、と猫じゃらしを揺らすように手持ち花火を揺らしてしまったのは、ほとんど無意識だ。目の前の古妖が、あまりに興味津々に見るものだから。
「やってみません? 蝋燭もバケツも用意して、私も遊ぶ気満々でして」
「やるにゃ! それ、キラキラして綺麗なやつにゃ!」
「そうです。とってもキラキラですよ」
 アズキに向かってにこりと笑って、雫は蝋燭に火を灯した。
「さぁ、どうぞ」
 差し出された花火にアズキは火をつけて、広がる光を楽しそうに眺めている。
「最近の物は色数も増えて、小さくても華やかですわね」
 職人達の工夫と技術が凝らされた花火は打ち上げ花火も然る事ながら、手持ちの繊細な光も美しい。それは単色であっても。
「――綺麗です」
「綺麗にゃ!」
 アズキの大きな頷きに、雫がふふと笑みを零す。
「線香花火勝負でもしましょうか」
「いいにゃ! 勝負なら負けないにゃ!」
 手のひらを雫に向けて、次の花火をアズキがねだる。そのたびに、その手に花火を渡しては火を灯し続ける。やがて空が白んで来る頃。
「どうです? 満足しましたか?」
「うん、満足にゃ。たくさん遊んだにゃ~」
 ふくふくと笑うアズキを見て、雫は何よりと微笑む。
「では、もう一つのお土産を……サンキャッチャーです」
 手渡されたサンキャッチャーにアズキは目を瞬く。
「キラキラにゃ……」
「夜の花火も、人の喧噪もきっとキラキラしています。けれど、こんなキラキラも作れる世界、私は好きですよ」
 明るくなれば、もっと綺麗に光を反射させるだろう。けれど、そろそろ眠る時間だ。
「ーーさぁ、おやすみなさい」
 雫の言葉を手向けに、アズキは満足そうに微睡む。たくさんのキラキラを抱えて、再びの眠りについてゆく。


 ベッドの上には、穏やかな表情で眠る少女がいた。
「ーーどうか、この子が健やかな時間を送れますように」
 来年の夏には、大好きな人形焼きを花火とともに楽しめるように。
 その願いを叶えるためには、きっと少女の頑張りも必要だ。逃げ出したくなるような苦しさや辛さにも、耐えなければならないだろう。けれど、少女がそれを乗り越えられたならば。
 その優しい願いは、きっと神様の元に届けられるだろう。

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