シナリオ

煌びやかな世界の片隅で泥濘に花は堕ち

#√EDEN #√ドラゴンファンタジー #融合ダンジョン

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●引き返せない道の先
 そこは夢を見せてくれる場所だった、ひとつも冴えたところがない私でも彼は褒めてくれて、愛を囁いてくれたから。
「そんな心配しなくても、|幸花《ゆきか》は可愛い。俺にとっては天使みたいな女だよ」
 真面目だけが取り柄で、大手の信用金庫に就職した幸花は地道に信用を積み重ねて勤務を続け、気が付けば行き遅れだと言われる年齢になっていた。
 男性経験も少なく、男慣れだってしていない。たまたま遅くなった帰り道で声を掛けられ、断り切れずに一回だけだと入ったホストクラブ。そこで出会ったホスト――リュウガは幸花をどんどん変えていった。
「そんなに容姿が気になるなら、コンタクトにすればいいんじゃない? イメチェンするなら俺の知り合いの美容院に予約入れてあげるよ」
 眼鏡にひっつめ髪で化粧っけがなかった幸花は、コンタクトにして今風の髪形にしただけでかなり垢抜けた。
「ほら、すごく可愛い」
 もっと褒められたい、もっと、もっと。今まで興味のなかった化粧にも力を入れて、洋服や持ち物だってリュウガと一緒にいて他の女に笑われないようにハイブランドにして。
「今日さ、あとちょっとでラスソン取れそうなんだ。お前の為に歌うから、お前も俺の為に頑張ってくれないかな?」
 だから、シャンパンだってなんだって入れて。彼をナンバーワンにするんだって、私が彼のエースになるんだって。そうやって頑張っていたら、半年も経たないうちに貯めこんでいた貯金はゼロになった。
「貯金なくなっちゃったの? それならさ、いい仕事あるんだけど……どうかな? 副業だってバレないし、皆やってるから。あ、でも幸花が嫌ならしなくていいんだ。でも……もう幸花に会えない生活なんて、俺には考えられない」
 そうだ、お金がなかったら彼に会えない。だったら、少し嫌なことくらい耐えられる。化粧を厚くして、愛想笑いをして、我慢していればいいだけだ。
「幸花さ、もしかして他に男できた? 最近俺の為に頑張ってくれてないよね。俺は幸花との未来、本気で考えてるのに」
 悲しい顔をする彼が見たくなくて、売掛だってして、それでも足りなくて借金もして――それでも足りなくて、職場の金にまで手を付けたのに。
「は? そんなこと俺は頼んでないよね、幸花が勝手にやったことでしょ?」
 横領がバレるのも時間の問題というところまできて、どうしたらいいかわからなくなって、リュウガに打ち明けたのに。私を愛おしんでいた瞳は冷たくなって。
「しょうがないな……それじゃ、海外で稼いでおいでよ。そしたら職場に金も返せるし、俺の応援だって続けられるでしょ」
 馬鹿な私にだってわかる、海外で稼いでこいってことは海外の金持ちのおもちゃになってこいってことだ。
 それで死にかけたって女の子だって知っているのに、どうして。
「できないの? はー……幸花って俺の為に覚悟決まってるって思ってたけど、そうじゃなかったんだね」
 そんなことないって縋りつく手を振り払われる、信じさせてよって言われてしまったら、頷くしかなかった。
「嬉しい、幸花は俺のこと本気なんだね」
 甘い顔と声とは裏腹に、すぐに向かえるように手配しておくからここで待っててと言われて、私はぼんやりと席に座って閉店だからと帰っていく女性達を眺めていた。
 これでよかったんだよね、ってぼんやりと思いながら、ヘルプでついていたホストにお手洗いに行ってくるとだけ告げてレストルームに向かう。
「これでいいんだ、お金を全部返せたら結婚してくれるんだから」
 そこで聞こえてきた声は、リュウガと彼が仲良くしている後輩ホストのものだった。
『とうとうあの女も海外ですか、俺てっきりマジで結婚するのかと思ってたっす』
『あー、そろそろ切り時だったからな。ATMが金引き出せなくなったら終わりだろ? それに結婚しようなんて俺一回も言ってねぇし』
『そうなんすか!? テクやべーっす』
『はは、一緒の未来が見たいんだとか言ったら勝手に勘違いしただけだって』
『かっけ~、俺も言ってみたいっす!』
 ゲラゲラと笑いながら、二人の声が遠ざかっていく。
「うそ、うそだぁ……」
 立っていられなくて、レストルームの床に座り込む。
「結婚、するんだってずっと思って、わた、わたし」
 ぽたぽたと涙が落ちていく。ここにいたら海外に売られるけれど、ここから逃げたって横領犯として捕まるだけ。どこで間違えてしまったのか、どうして。
「どうして、笑っていられるの」
 騙したくせに、わたしがどれだけあなたに注ぎ込んだと思って。
「あ、あ、あああああああ!!」
 殺してしまおう、そうしてわたしも死ねばいい。そう思った時だった。
『復讐したいならば手を貸そう』
 怪しい影が、幸花に手を差し伸べたのは。
「あの人を、ころせる?」
 口から零れ落ちた言葉に、影が頷く。
 だからわたしは――何の躊躇いもなく、その手を取ったのだ。

●星詠みは語る
「いらっしゃい、来てくれてありがとう」
 急を要する事件が起こっている、と夢渡・灯火 (夢の灯・h03407)は困ったように眉根を下げて、己が見た予知を能力者達へと告げる。
「√EDENの東京にある、とあるホストクラブが√ドラゴンファンタジーのダンジョンと融合してしまったみたいなんだ」
 それだけでも大変なことなのだけれど、それ以上に厄介なのは――。
「ホストクラブに取り残された一般人が、迷宮のゴブリンに襲われていてね」
 取り残された一般人はホストクラブで働くホスト達で、幸い客である女性達は閉店時間が過ぎていたこともあり、巻き込まれてはいないらしい。
「これ以上被害が大きくならないうちに、急ぎ現場に向かってもらえないかな」
 この融合ダンジョン化現象を解決するには、現在判明している方法がふたつある、と灯火は言葉を続ける。
「まず、ひとつはダンジョン内から|生きた《・・・》人間がいなくなることだね」
 ダンジョンから脱出するか、全員が死亡するか。
「ふたつめは、ダンジョンのボスを倒すこと。可能であれば、一般人の被害を減らしつつボスを倒すのがベターかな」
 今ならまだ、ゴブリンに襲われている一般人を助けることも可能なはず。けれど、灯火は軽く目を伏せて√能力者達に向かって厳しい言葉を向けた。
「もしかしたら、全員を救うのは難しいかもしれない。ホストクラブの従業員しかいないとはいえ、それでも人数は多いだろうから」
 このダンジョンを攻略する為のルートはいくつか考えられる。『ゴブリンから一般人を守りつつ、迷宮の外に脱出させる』ルート、『迷宮内で一般人を守りつつ、ゴブリンを駆逐していく』ルート、『迷宮の先に向かい、ボスを見つけ出す事を優先する』ルート……どれが最善であるか、それは灯火にもわからない。
 この先は、現場に向かう√能力者達に委ねるしかないのだ。
「どうか気を付けて。君達が最善を選び取れるように、祈っているよ」
 灯火の言葉に見送られ、√能力者達はダンジョン化したホストクラブへと向かう――。

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第1章 冒険 『ダンジョンへの突入』


●融合ダンジョン
 √ドラゴンファンタジーのダンジョンと融合してしまったというホストクラブ、そこは三階建てのビルのフロア全てをクラブとしたもので、二階フロアを吹き抜けにした広さと豪華さが売りのクラブであった。
 しかし今は異様な雰囲気を発し、美しい外観の建物からは外壁を貫くように巨大な結晶が突き出ているのが見える。知らぬものが見れば、そういうオブジェなのかもしれないと思うかもしれないが、√能力者である君達から見ればそうでないことは一目瞭然であった。
 一刻も早く、融合したダンジョンを消すために√能力者達がホストクラブの扉に手をかけ、開く。本来であれば広々としたエントランスがあり、黒服達が出迎えてくれるはずだが――目の前に広がるのは本物のダンジョン、しかもホストクラブという建物のサイズには収まりきらないような広さのもの。
 ごつごつとした岩のような壁からはきらきらと煌めく水晶やセレナイトなどが生えていて、奥へ進むほどに希少価値の高い宝石のような結晶も見える。シャンパンタワーのようにも見える美しい滝は、まるでホストクラブという場所に呼応するような煌びやかさがあった。
 しかし、綺麗なだけのダンジョンではない。宝石に気を取られ過ぎれば、反応が遅れることもあるだろう。壁に跳ね飛ばされるようなことがあれば、鋭利な結晶で怪我を負う可能性だってあるのだ。
 気を引き締めなければならない――そう感じた瞬間、奥の方から聞こえてきたのは男性達の悲鳴に怒号。
「うわああ! な、なんだよこいつら!!」
「作りもんじゃねぇのかよ!」
「やべぇって! 逃げろ! 宝石と命とどっちが大切なんだよ!」
「退け! 下っ端は下がってろ、まずは俺を先に逃がすべきだろ!」
 こと、命が掛かった局面において人の本性とは現れやすいもの。人の醜さや弱さが露わにされる、そんな中で√能力者達はダンジョン内での立ち回りを選択する事となる。
 最善を掴み取る為に――。
バルザダール・ベルンシュタイン
継歌・うつろ

●信じる力
 煌びやかな見た目とは裏腹に、バルザダール・ベルンシュタイン(琥珀の残響・h07190)と継歌・うつろ(継ぎ接ぎの言の葉・h07609)が足を踏み入れた融合ダンジョンは進みやすいとは言えないダンジョンであった。
「なんだか目にまぶしい……」
 壁から生えた結晶はキラキラとしていて、うつろは目を瞬かせる。そんな彼女に小さく笑いつつ、バルザダールはホストクラブか、と内心嘆息していた。
 女性から搾取するホストという職業自体好ましいとは思えなかったけれど、危機的状況という場で彼らが見せるであろう|醜い姿《本性》をうつろに見せたくなかったからだ。
「ここが、ほすと、くらぶ……?」
 だから、彼女の口からホストクラブという単語が出た瞬間、バルザダールはさてどう説明したものかと心底悩んだのだけれど。
「えっと、琥珀おじ様? ここ、パーティのばしょ、だったのかな?」
 続いた言葉に、なんとも彼女らしい受け取り方だと思うと共に、さてなんと答えたものかと困ったように笑みを浮かべた。
「今はダンジョン、だけれど」
 パーティー会場のような煌びやかさが残っているのだと、うつろは辺りを見回す。天井にはシャンデリアのようなものが見えたし、ダンジョンとなる前はパーティをしていたのかとうつろが思うのも仕方ないことだ。
「そうだね、人によってはパーティのような場所かもしれない。……楽しいだけのパーティならばどれほど良かっただろうね」
「琥珀おじ様……巻き込まれた人が、いるんだものね」
 そういう意味ではなかったのだけれど、うつろがそう思ったならばそれでいいとバルザダールは曖昧に頷いた。
「わたし、インビジブルさん達に聞いてみる、ね」
 うつろが軽く目を閉じて息を吐くと、ゴーストトークの力を発動させる。
 ――だれか、いる?
 ――もし、いるなら、おしえてほしいの。
 そう願い、祈る。たちまちうつろの瞳には生前の姿をとったインビジブルが映った。
「あのね、迷宮のさいたんルート? をおしえてほしいの。もしわからなくても、何か……わかること、話してほしい」
 うつろの問い掛けに、インビジブルが囁くように応える。そのひとつひとつにうつろが頷き、教えてくれた彼に礼を言う。
「ありがとう、とってもたすかったの」
 インビジブルが揺らいで消えると、うつろが表情を僅かに曇らせつつ、教えてもらった情報をバルザダールへと話す。
「えっとね、ボスはこのダンジョンの最奥にある、とってもひろいお部屋になった場所にいるって。それから、さいたんルートは派手なほうへ向かえばいいみたい」
「派手な方か、なるほどね」
 ホストクラブという場所に相応しいルートだ、と考えていると、うつろがバルザダールの服の袖をぎゅう、と握る。
「琥珀おじ様……」
 その声は不安に満ちていて、バルザダールは慌てて彼女と視線を合わせた。
「何かあったかい?」
「ごめんね、なんでだろう。さっきのインビジブルさんの声が、少し、くるしい気がして」
 インビジブルからの情報だけでなく、この場所はどこか昏い感情が渦巻いている。それを感じ取ったうつろは、胸が苦しくなるような感覚に視線を落とした。
 その言葉に、表情にバルザダールはハッとする。個人的な悪感情で、自分がうつろを不安にさせてしまってはいけない。この場の違和感――ただパーティ会場ではないことに気付き始めているうつろの手に、バルザダールは自分の手を優しく重ねた。
「大丈夫。うつろ君のことは絶対に守るからね」
「琥珀おじ様……うん、しんじてる」
 バルザダールの優しさに、うつろが顔を上げて柔らかく微笑む。
「いこう、琥珀おじ様」
「ああ、行こう」
 うつろの為にも、わたしが揺らいでいては駄目だ。そう腹を括ると、バルザダール彼女の手を引き前へと進みだす。必ず彼女を守り抜き、このダンジョンを消滅させてみせる、と――。

ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ

●救いの手
 こつり、こつりと杖をつきながら、ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ(|回生《ophis》・h07035)はホストクラブと融合したダンジョンの中を歩く。足があまり強くない彼にとって歩きやすい道ではないが、確実に人の気配がする方へと向かっていた。
 遠くから聞こえてきた人々の怒号に悲鳴、それらを耳にしてウォルムが幾ばくか歩く速度を上げる。そして見えてきたのは、華美なスーツやブランド物らしきカジュアルな衣服を着た男達がゴブリンから逃げ惑う姿。
「ご覧、ヨルマ。生き物が沢山いる。どうしようか?」
 人ならざる身からすれば、ゴブリンも人間も等しく生き物。どちらの価値も、ウォルムからすれば変わらなかった。
 問いかけられたヨルマ――ウォルムの忠実なる眷属の蛇は、とてもとても空気を読むことに長けた蛇だったので、人を救うべきではと進言する。
「そうだね。いまの私は人の神なのだから。人間を救うように動くとしよう」
 それによく考えれば、星読みの子はできれば一般人の被害を減らしてほしいと言っていたね、とウォルムは彼らの前に立った。
「退け! 邪魔だ!」
「――落ち着くといい、助けが来たのだから」
 じわり、と蛇が這いよるかのように耳から精神へとウォルムの声が響く。
「さぁ、こちらへおいで」
 ゴブリンに追われていた男たちにとって、それはまさに救いの一言。我先にとウォルムの背後に向かって駆ける。
「怪我をしたものはいないかね?」
「俺達は大丈夫だけど、バラけて逃げたから……っ」
 他の者はわからない、と不安そうにした男が言った。
「ふむ、君達が無事でよかった。さあ、この道を真っ直ぐ行けば出口だ、おいき」
 柔らかくも労わるような声に、男達は知らずのうちに涙を零しながらウォルムに礼を言い、出口へ向かって逃げていく。
「おや。君は逃げないのかい?」
 ゴブリンが来てしまうよ、とウォルマが声を掛けるけれど、どうやら安堵で腰が抜けてしまったのかガタガタと震えるばかりだ。
「仕方ないね」
 外に転移させるのが理想ではあるが、ウォルムの足でもそれなりに進んできた為それも難しいだろう。それでも、少しでもこの場から引き離せたら、自分の足で立ち上がって逃げることも出来るはずだ。
「おいき」
 ウォルムが腰の抜けた男をこの場から遠ざけるべく|弾く尾《ガアプ》を発動させた。
「さて、次はゴブリンだ」
 こちらにはなにも優しくする必要はない、|魂腐す瘴気《ルアハラール》を自身の前方へと放ち、人間を追っていたゴブリン達を腐らせる。
「私の鱗に触れてはならない」
 警告を聞かず襲い掛かってくるゴブリンには、ヨルマがウォルムの腕から滑り降りてその身を大きくすると、尾で薙ぎ払い、締め上げる。
「ヨルマ。喰らって構わない」
 主の言葉に従い、ヨルマが牙を剝いてその腹にゴブリンを収めていく。その間も、ただウォルムは穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
 それはまるで、強固な壁が人々を守っているかのようであった。

断幺・九

●地獄の沙汰も金次第
 躊躇うことなくホストクラブと融合したダンジョンの中を断幺・九 (|不条理《テンペスト》・h03906)は濁った瞳をキラッキラに輝かせ、物色しながら歩いていた。
「入口見た時から思ってたんでチュけど、成金ッぽくていいダンジョンじゃんか」
 金の匂いとドブの匂いがプンプンする、と九はご機嫌で壁から生えたクリスタルを横目で見ながら進んでいく。
「お宝もたッくさんありそーだし? 解決すンのが勿体ねーくらいでチュ! ぎゃはは」
 これが普通に√ドラゴンファンタジーにあるダンジョンなら、何度だってアタックしていたかもしれない。
「解決しないといけないでチュかね、いけないでチュよねー」
 仮に九が解決しなかったとしても、他の√能力者達が解決してしまうだろうし、それくらいならまだ金になる感じで何とかした方がいいか、と九は思い直す。
「ンで、どーすっかね。|一般人《パンピー》なんざ助ける義理もありゃしねーけど」
 星読みから聞いた選択肢は三つ――さっさとボスを見つけ出して撃破するか、一般人を守りつつゴブリンを倒すか、ゴブリンから一般人を守りつつ迷宮の外へ出すか。
「ま、ボス格の奴と殺り合わずにクリアできるッてンなら試した方がいいんじゃねえの。ダンジョンハックは安全第一でチュからァ?」
 √ドラゴンファンタジー出身舐めんなよ、とばかりに九が笑う。
「そうすっと、|一般人《パンピー》保護になるんでチュけど、どうせなら|一般人《金ヅル》は生存確率上げた方がよさそうでチュし?」
 途中で何か本音も零れ落ちたが、九は気にせず√能力を発動し――。
「本日のご注文はァ? サーチ・アンド・オペレーション!」
 索敵範囲を広げるために自身も歩きつつ、護霊『パイドパイパー』を放ち索敵を開始したのである。
「迷子の|お客様《金ヅル》はいらっしゃいませんかァ?」
 なんて言いながら歩いていれば、早速索敵に引っかかったようで、九がそちらの方に向かって進む。すると聞こえてきたのは男達の悲鳴に怒号、中々にロクでもない連中だと九が唇の端を持ち上げた。
「逃げろ、逃げろって! クソッ宝石なんか命がなきゃどうにもなんねぇよ!」
「でもこれがあれば借金帳消しにできるじゃんかよ!」
「ば、化け物がそこまで来てるんすよぉ!」
「もういいじゃん、そいつ捨てて逃げりゃよ!」
 見捨てても心が痛まないくらいの清々しいクズっぷりでチュね、と思いつつ九が男達の前に出ると、追い掛けてきたゴブリンを違法改造が施された竜漿兵器『メガマウス』と『グラットン』で撃ち抜いた。
「ひ、だ、誰だテメェ!」
「誰だとはご挨拶でチュね、助けにきてやったんでチュよ」
 助け、と聞いて男達の目に僅かに光が戻る。
「た、助けてくれんのか!」
「もちろんでチュ」
「は、早くここから連れ出してくれよォ!」
 九に縋るように群がる男達に、うんうん、と頷いて。
「命のお代は財布でいいでチュよ」
 と、笑顔で答える。
「は?」
「なん、金、金とんのかよ!」
「タダで救える命なんてあるわけないだろ、死に損ないども」
 すっと細められた九の瞳に、男達が息を呑む。
「死ぬより、マシだ!」
 男の一人がそう叫び、懐から出した財布を九へと渡す。
「そうそう、賢いでチュね」
 他の男達にも手を差し出せば、渋々財布が渡されて。
「ぎゃは、クズはクズ同士助け合いが肝心だよな!」
 ぎゃはははは! と笑う九が財布を懐に仕舞うと、こっちだと男達を連れて出口に向かって歩き出したのであった。

ルナ・ミリアッド

●裁かれるべきは
 煌びやかなダンジョンにも、所々ホストクラブらしさを残した地面にも、然したる興味を持たずにルナ・ミリアッド(無限の月・h01267)はダンジョンに囚われたままの一般人の姿を探して進む。
 いつもであれば、珍しいものや美しいものはなるべくゆっくりと記憶するように見ていくのだけれど。
「この場はステラに見せるには少しばかり……いえ、かなり不適合だとルナたちは判断します」
 出来るだけ早くダンジョンを消滅させるべく、悲鳴が聞こえる方へと駆け出した。
「うわ、うわああ! 来るな、来るなああ!」
「なんだよぉ、俺が何したって言うんだよ!」
「たす、助けて、誰か、誰か……ッ!」
 ルナが目撃したのは、壁際に追い詰めらゴブリン達に襲われる寸前の男達の姿。
「お待ちなさい」
 ゴブリンがその声に反応し振り向いた瞬間を狙い、小型無人兵器『レギオン』を放つと同時にルナが駆け出す。レギオンが放つミサイルによってゴブリン達が逃げ惑う隙を突き、男達とゴブリン達の間に割って入ったのである。
「たす、助けてくれ!」
「なんでもする、なんでもするから!」
 縋る男達の声に、ルナは嘆息するように小さく吐息を零し、レギオンを展開させたまま男達の方へ振り向くことなく言葉を紡ぐ。
「ええ、ルナたちはあなたたちを助けにきました」
「やった、助けだ!」
「これで俺達助かるんだ……!!」
 わっと男達の喜ぶ声が上がる中で、ルナは静かに切り込む。
「ですが、正義の味方ではありません。ルナたちがあなたたちを守る理由はただひとつ」
「か、金か!? 金なら払うから!」
「あ、ああ! 助けてくれるなら、ほら、今ある金を渡したっていい」
 なんてくだらない人間なのでしょう、とルナは思いながらも言葉を続けていく。
「あなたたちは女性の手によって裁かれるべきと思うからです」
「は……?」
 きょとん、とした男達に構わず、戻ってきつつあるゴブリンから目を離さぬまま声を投げかけた。
「ルナたちはその顔面はボッコボコのフルボッコにされるべきと判断します。それにルートエデンでは所謂、がち恋営業が罰せられるようになったと聞きます」
「そ、れは……で、でも勝手に好きになるのは俺たちのせいじゃないだろ!」
「ルナたちはそんなことは知りません。ここから出たら、即刻、営業停止処分をうけて職を失うといいでしょう、ざまあみろです」
 それで女性たちの溜飲が下がるとも思えなかったけれど、せめてもの報いだとルナは思う。レギオンからミサイルを発射し、倒せるものは倒し、男達に逃げるように促す。
「……足がなかったりどうみても助かりそうにない怪我人はいないようです」
 もしもいたのなら、囮にでもしてやろうかと思ったけれど。
 残念、という言葉を飲み込んで、ルナは男達を守りながらダンジョンの出口へと向かうのであった。

黒辻・彗

●いのちの重さは
 ホストクラブと融合したダンジョン、確かにホストクラブっぽい名残が見えるなと思いながら黒辻・彗 (|黒蓮《ブラック・ロータス》・h00741)は奥へと進んでいく。
 実際のホストクラブなんて見たこともないけれど、天井にはシャンデリアのようなもの、ごつごつとした地面には黒い床のようなものが見えていた。
「まずはホストさん達を見つけないとね」
 建物の大きさに反し、中は広々としている。ダンジョンと融合と言うからには、中の空間が多少歪んでいてもおかしくはないかと彗が呟く。√ドラゴンファンタジーで冒険者として生きる彗にとって、ダンジョンは特別なものではない。
「油断は禁物」
 油断したものから倒れていくのだ、そう――ちょうど彗の視線の先で、壁から生えた宝石に目が眩んだ者たちの様に。
「俺が先に見つけたんだ、俺のだ!」
「ふざけんな! 俺が先だぞ!」
 背後にゴブリンが迫ってくるのも、彗が冷たい視線を向けていることにも気が付かず、宝石をどうやって掘り出そうかと争っているのだ。
 ギィギィと声を上げてゴブリンが近付いてくるのに漸く気が付いた一人が、悲鳴を上げる。
「うわ、うわああああ!」
「ひっ、なんで! 別の奴を追いかけていったじゃねえかよ!」
 お互いを盾にしようとする姿に、彗の瞳はどんどん冷えていくけれど。
「……まあ、どんなに卑劣な人間でも、命は命だしね」
 ゴブリンが男達に襲い掛かるよりも早く、風を紡ぎ弾丸として地面に着弾させた。
「下がって」
「だ、誰だ!」
「誰だっていい、助けてくれよ!」
 男達の声を背に受けながら、着弾させた弾丸から腐蝕の嵐を巻き起こす。
「うわ、わっ」
「下がって、早く」
 腐蝕の嵐はゴブリン達を薙ぎ払い、逃げるには充分な時間を稼ぐと彗がまだ宝石に固執している男達に向かって僅かに眉根を寄せ、速く逃げてと声を掛けた。
「くそっ、宝石が目の前にあるのに!」
「なあ、あんたこの宝石採れたら持ってきてくれよ! 半分やるからさぁ!」
 なんとも身勝手な話ばかりを囀る男達に、助ける価値が果たしてあるのか。
「……速く逃げて、ゴブリンがまた来ますよ。顔に青あざ程度じゃ済まなくなってもいいんですか? ホストって顔に傷が付いたりしたら問題になるのでは?」
「……っ、わかったよ!」
 やっと諦めて、逃げ出そうとしたホストに彗が思い出したように口を開く。
「……ああ、それと」
「なんだよ!」
「身に纏ってる貴金属、俺の嵐の中だと腐蝕してボロボロになってしまうかもしれないんだけど……命あっての物種だし、仕方ないよね」
 死にたいなら別だけれど、と無表情ながらに底冷えするような冷たさを含んだ視線を向けて、彗が目を細めた。
「な……っ!」
「もっと早く言えよ!!!」
 一目散に逃げていく彼らの後ろを、溜息を飲み込んで彗は後を追うのだった。

花喰・小鳥
一・唯一

●虚飾の檻
 √EDENのホストクラブと融合した√ドラゴンファンタジーのダンジョン――そう聞くだけでも、厄介な匂いがすると一・唯一(狂酔・h00345)は花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)の手を握ったまま眉根を顰めた。
「随分煌びやかな場所やねぇ」
 それは純粋な感想でもあり、丁寧にオブラートに包んだ嫌味でもあり。壁から生えたきらきらと輝く宝石の類は確かに綺麗だけれど、唯一の隣で手を繋いでいてくれる小鳥の愛らしさの前では何の意味ももたないと唯一はダンジョンを軽く睨む。悪い印象を持つ場所のせいもあるかもしれないが、それにしたってちょっと悪趣味が過ぎやしないか、と。
 そんな唯一の不満気な横顔も綺麗だと思いながら、小鳥は煙草に火を点けて紫煙を燻らせる。
「思ったより取り残された人たちはいないのでしょうか?」
「どうやろなあ? 結構大きなホストクラブみたいやし、ホスト以外の従業員も併せたらそれなりの人数にはなるんとちゃう?」
 ホストの数が40~50名として、黒服が20名前後。多く見積もればこのくらいの人数がいてもおかしくはないだろう。
「なるほど……少し調べてみましょうか」
 小鳥が『|情報局《シュタージ》』を発動すると、彼女と視覚を共有する諜報員が方々へと散っていく。
「建物のサイズでダンジョンが収まっていればいいのですが……そんなわけにもいかなさそうです」
 繋いだ手を離さないまま、二人は奥へと進む。その間も、小鳥は紫煙と自身が纏う甘い花の香りを意図的に振り撒いていた。
「どうやら、そこそこの人数がまだ中にいるようです」
 自分たち以外の√能力者により、半数以上はダンジョンの外へと逃げ出せたようだが、迷っている者はまだいると小鳥が唯一に告げる。
「中にはずいぶんと『わるいひと』もいるようですが……」
 そして、そんな彼を殺したいと願ったひとがいたのだと、小鳥は僅かに目を伏せる。同情こそはすれ、人殺しを誰かに頼んで良しとはできない。見逃すことはできないと、小鳥は顔を上げた。
 そして、繋いだ手を軽く揺らして唯一へと問う。
「唯一はどう思いますか?」
「ん-?」
 繋いだ手を揺らされるままにしながら、唯一がふっと笑う。
「まぁ見捨ててもええんとちゃうかな」
 その声は、心底どうでもいいという響きを含んでいて。小鳥は今、彼女がどんな表情をしているのだろうかと思う。酷く不機嫌な顔か、冷淡な表情を浮かべているのか――それとも、そのどちらとも違うのか。確かめるよりも前に、唯一が再び口を開く。
「あかん? だって自業自得やろ」
 乾いた笑い混じりの言葉に、否定も肯定もせぬまま小鳥は手を揺らす。
「自業自得なのは確かです、でも生きて償うべきではないかと思います」
「あー……うーん、まぁ死んで楽にしてやるつもりはあらへんけど」
 死は解放だと、唯一は思う。彼が背負うべき贖罪から逃がしてやるのも癪に障る、と小鳥の手を揺らし返す。
「でも、一発二発三発くらい殴られてしまえ、と思う」
 そう言って、つくづく自分は『人』が嫌いなのだと改めて唯一は思い知る。こんな自分でも、小鳥は自分を嫌いにならないだろうかと、唯一は小鳥へと視線を向けた。
「唯一、私は自分が女子でよかったと思うんです」
 思ってもいなかった言葉に、唯一が目をぱちりと瞬いて、なんで? と問う。
「だって、男子だったら唯一の隣にはいられないでしょう?」
 こんな風に手を繋いで、揺らして、ぬくもりを感じることも。
「ボクは小鳥が好ましいのであって、性別は関係あらへんよ?」
「そうなんですか?」
「当たり前や、ボクは小鳥が男でも好ましいと思うよ」
「……嬉しいです、とても」
 はにかんだような声に、唯一は思わず笑みを浮かべて、どういたしましてと手を握り返した。
「では……悪い男子たちを助けにいきましょう」
「見つけたん?」
「はい、こちらの方にグループでいます」
 小鳥の言葉に、しゃあないかと覚悟を決めて。彼女のおかげで冷静でいられる、『人』を護れる自分でいられるのだろうと感謝しながら、紫煙の香りを大きく吸い込んだ。
「行こか」
「はい、唯一」
 ダンジョンに取り残された一般人を助け、ゴブリンを駆逐する。その為に、武器を構えながらダンジョンの奥へと進むのだった。

ガザミ・ロクモン

●その対価
 ホストクラブ、という聞きなれない単語を耳にしてガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)は件の融合ダンジョンに足を踏み入れながら、鎌鼬三姉妹からホストクラブとはどういうものかという教えを請うていた。
「なるほど、ホストクラブとは、女が男に恋をして、男は女の金を愛する商売なのですね」
 鎌鼬三姉妹さんは人間の生活に詳しくて助かります、とガザミがしみじみと頷く。
「そうなると――命を代償にするには、いささか払い過ぎですね」
 どちらが? なんて鎌鼬三姉妹が視線を向ければ、ガザミはどちらもですと笑った。
「さて、囚われのお姫様は、ボスと一緒にダンジョンのテッペンでしょうか?」
 大抵はダンジョンの最奥か最上階でしょうとガザミはあたりを付け、よし! と意気込む。
「一般人を守りつつ、ゴブリンを退治してダンジョンの最奥を目指しましょう!」
 欲張りな選択だけれども、なんともガザミらしい選択である。全てを取りこぼさずに進むのは難しいかもしれないけれど、やれるだけやってみようとガザミは牛鬼『ニライ』と『カナイ』も呼びだして、この煌びやかでどこか物悲しいダンジョンを進むことにした。
「む、人の声がしますね」
 暫く進んでいくと、男達の悲鳴が聞こえてきてガザミは速度を上げる。
「ひ、もう嫌だ! どうして俺達がこんな目に合うんだよ!」
「こんなことが現実なわけないんだ、酒呑み過ぎて頭おかしくなってるんだ、そうに違いないんだ」
 泣きながら逃げていく者、現実逃避をしながらも逃げる者、差異はあれどゴブリン達に追いかけられているのだけは共通している。
「助けますよ、ニライ、カナイ、鎌鼬三姉妹さん!」
 ガザミが声を掛けると、ニライとカナイが蜘蛛の糸でゴブリン達を絡め捕り、その隙に鎌鼬三姉妹が男達がゴブリンに殺されぬように護りを固めた。
「離れていてくださいね!」
 危ないですから、と男達に声を掛け、ガザミは『|大禍遊戯《ロクモン》』を発動する。無数の毒針と毒蜘蛛の糸を操る人型の鬼蠍になると、数を増やしたゴブリン達に容赦なく毒をお見舞いし、蠍の尻尾で薙ぎ払い宝石が突き出た壁へと跳ね飛ばす。
「あっちの方からゴブリンが沸いてきてるみたいですし、あっちにボスがいるんでしょうか」
 それに、心なしかあっちの方が煌びやかさ度が高い気がします、とガザミが頷く。
「さ、あなた方は気を付けて出口に向かってください」
 自分より遥かに弱くて儚くて脆い人間、それはガザミからすれば壊れやすい宝石のようで、護りたいと思う存在。それがどんなに性根が腐っていようとも、ガザミの気持ちは変わらない。
「お姫様も助けないとですね」
 復讐に囚われてしまったのならば、その心も――そう願いながら、ガザミはボスの姿を求めてダンジョンの奥へと進むのだった。

祭那・ラムネ

●そこに理由などなく
「このホストの男、サイッテーだな……」
 星詠みの予知を聞き、√ドラゴンファンタジーのダンジョンが融合してしまったというホストクラブへやってきた祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)は、沸々とした怒りを胸に建物を見上げた。
 煌びやかな建物の壁から水晶の結晶が突き出ている、そういうオブジェだと言われれば納得するかもしれないが、現状を知っている√能力者からすれば本当に融合してしまっているのだと思わざるを得ない。
「件の男を殺したいとは思わないけど、胸倉掴んで揺さぶってやりたいよな」
 腹立たしさはあれど、ホストの男を怒りに来たわけじゃないから、あくまで冷静に――ホストに騙されて金を貢がされた幸花という女性の手は汚させない、逃げ遅れている従業員は助ける。
「うん、シンプルだ。よし、行くか」
 目標さえ決めてしまえばラムネの行動に迷いはなく、一般人を探してダンジョンを進んでいく。
「それにしても融合ダンジョンなんて、不思議なことが起こるもんだな」
 √EDENに√ドラゴンファンタジーのダンジョンが出来る――という事件は起こっているけれど、融合というのは……とラムネが首を傾げていると、男達の悲鳴と怒号が聞こえてくる。
「あっちか!」
 兎に角、一般人の被害はゼロにしたいと、ラムネは声が聞こえる方へと駆け出した。
「なんっすかこれ! 何なんっすか、なんでこんな、ゲームのモンスターみたいなのが追ってくるんっすか! リュウガさん!」
「知らねぇよ! 俺が知るわけないだろ! っていうか、建物もなんでこんな事になって……クソッ」
 声の大きな男が二人先頭を走り、その後ろからまた数名の男達が走ってくる。そして、その男達を追いかけているのがゴブリンであった。
「あいつが……いや」
 ふるり、と頭を振って切り替えると、大きく手を振って声を掛ける。
「こっちだ!!」
 ラムネの声に気が付いた男達は我先にと駆けよってくる。
「た、助けてくれ!」
「バケモンが、バケモンが!」
 パニック状態の男達が口々に言うのをラムネが頷きながら、さりげなく自分の後ろへと庇う。
「大丈夫だから、ほら、落ち着けって」
 幸い、怪我をしている者はいなさそうだと視線を男達からゴブリンへと向けると、√能力『|天が咲く《アメガサク》』を発動させ、ゴブリン達の視線を自分へと向けさせた。
「前へ出るなよ?」
 男達が悲鳴を上げつつ頷くのを確認すると、ラムネは襲い来るゴブリンから男達を護りながら、出口に向かって誘導する算段を立てる。たとえ、どんなコトを……女性に対して酷い扱いをしていたとしても。
 ラムネが今、助けを求める彼らを見捨てる理由にはならないのだから――。

第2章 冒険 『ダンジョンに取り残された一般人の避難誘導』


●融合ダンジョンからの脱出
 √能力者達が融合ダンジョンに入ってから少しして、比較的ダンジョンの入口近くにいた一般人は√能力者達の助けを得て、外へと逃げ出していた。
「よ、よかった……! 逃げ出せたんだな俺達!」
「死ぬかと思ったぜ……」
「クラブの中、わけわかんなくなってたし……これ本当に一体どうなってんだよぉ……」
 数人が身を震わせて、|いつも《日常》と違ってしまったホストクラブを見上げている。
「今日の出勤者の数と、ここにいる人数が全然合わないんですが……まだ中なんですかね……」
 内勤と呼ばれる、ホストクラブの雑務を請け負う従業員の一人が、ぽつりと呟く。
「今日は週末だったから、ほぼ全員出勤してたよな」
「俺達内勤だってほぼフルだっただろ」
 建物一棟が丸々ホストクラブという大箱、ホストの在籍数は40名余り、内勤である黒服は15名ほど。今ここにいるのは内勤が10名とホストが数名――つまり、まだダンジョン内には40名ほど取り残されているというわけだ。
「無事に出てきてくれりゃいいんだが……」
 心配そうに見上げた男が、ぽつりと呟いた。

 一方、融合ダンジョン内部。
 それぞれの選択で動いていたが、前方から逃げてくる一般人とそれを追うゴブリン達の姿を目にしては見捨てるわけにもいかない。更にはゴブリンを食い止めて出口まで一般人だけで行かせてしまうと、どこからともなく湧いてくるゴブリン達が一般人を害しかねない。
 それ故に、√能力者達は一度無事に外まで送り出すしかないという決断をすることとなる――。

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●マスターより
 第二章は皆様の決断により、『ダンジョンに取り残された一般人の避難誘導』となりました。
 こちらも一章と同じく、プレイングの冒頭に選択肢の方針【POW】【SPD】【WIZ】をひとつ、記載してください(選んだ√能力の【POW】【SPD】【WIZ】では判断致しませんのでお気を付けください)
 これにより、第三章の分岐先が多数決で決定となります。同数の場合はプレイングの内容で決定します。選択肢に沿わない行動方針を取るようなプレイングは採用できない場合があります、ご了承ください。
 途中参加も歓迎しております! プレイング受付期間はタグをご確認ください。

 ゴブリンの能力を開示いたします、戦闘行動を取られる方は参考になさってください。
●POW:弱者の隠密
 自身を攻撃しようとした対象を、装備する【毒を塗った槍】の射程まで跳躍した後先制攻撃する。その後、自身は【闇】を纏い隠密状態になる(この一連の動作は行動を消費しない)。

●SPD:弱者の戦術
 【攫った人間による肉盾】による牽制、【予め準備された罠】による捕縛、【毒を塗った斧】による強撃の連続攻撃を与える。

●WIZ:弱者の狩猟
 【弓の毒矢による長距離狩猟】の体勢を取る。移動力と戦闘力を3分の1にする事で、肉眼以外のあらゆる探知を無効にする。嗅覚・聴覚・カメラ・魔術等、あらゆる探知が通用しない。

 それでは、引き続き皆様のプレイングをお待ちしております。
バルザダール・ベルンシュタイン
継歌・うつろ

●善意に値するか、否か
 ダンジョンの中にまだ助けるべき一般人がいる――その事実は、ダンジョンのボスを目指すべく、より煌びやかな道を選んでいた継歌・うつろ(継ぎ接ぎの言の葉・h07609)の足を止めた。
「ダンジョンの中に、まだ、人が……」
 おじ様、とうつろがバルザダール・ベルンシュタイン(琥珀の残響・h07190)を見上げる。その真っ直ぐな瞳に、バルザダールも足を止め、彼女の瞳を見返す。
 人を助けるという善意、それ自体はうつろにとって好ましいことだけれど、救出対象がそれに値するのか。|醜い姿《本性》を見せられては、彼女の前でぶちまけられるのはたまったものではない。
「……おじ様」
 もう一度名を呼ばれ、バルザダールは降参とばかりに両手を上げた。
「うつろ君。ゴブリンに襲われてる人がいたら助けてあげよう」
 バルザダールは吸血鬼ではあるけれど、鬼ではない。助けられる命があるのなら、うつろが望むように助けようと頷く。
「はい……! えっと、ひなんゆうどう……しないと、なんだよね」
 来た道では見なかったけれど、この奥にもしかしたら一般人がいるのでは? と、うつろが足を前に踏み出した瞬間、前方から悲鳴が聞こえうつろはバルザダールと視線を交わす。
「助けて、助けてくれぇ!!」
「俺達何にもしてねぇじゃん! なんでこんな目に!」
「退けよ! 追いつかれるだろ!」
 悲鳴に続いて聞こえてきた聞くに堪えない怒号に、バルザダールは僅かに目を細める。けれど、うつろは助けなければと男達に向かって手を振った。
「こっち、だよ」
「助けてくれるのか!」
「ひぃ、ひ、この際誰でもいいから助けてくれ!」
 藁にも縋る思いとはこのことだろうか、とバルザダールは小さく溜息をついて、自分達の後ろへ下がるように指示する。
「仕方ない。頼んだよ、私の眷属達……」
 琥珀色の瞳が淡く輝き、バルザダールがアレキサンドライトで出来た蝙蝠の群れを召喚する。不思議な煌めきを放ちながら、蝙蝠達は逃げてきた男達を守るようにゴブリンの群れに向かって突っ込んでいく。
 それにいち早く気が付いたゴブリン達は、毒槍を一斉にバルザダールへと向かって投擲した。
「……させない」
 槍の幾つかは蝙蝠達に当たったが、それ以外の槍がバルザダールに向かうのをうつろが許さなかった。
「おじ様、だいじょうぶ?」
「っ!? うつろ君に守られるとは」
「いや、だった?」
「そんなことあるものか、でも危ないだろう」
「わたしにとっては、他の人達も、守らなきゃと思うけれど……琥珀おじ様の事は、絶対、守りたい」
 うつろがバルザダールに背を向け、ゴブリン達の動きを追いながらもそう呟く。
「私が大事だからと守ってくれるのは嬉しいのだがね……私が一番守りたいのは君だから……」
「だいじ……? えっとね、琥珀おじ様が大好きだから、だよ?」
 こてん、と首を傾げた彼女の姿に、これは完敗だとバルザダールはオーラ防御を展開してうつろの隣に立つ。
「私もうつろ君を守るよ」
「おじ様も、わたしを?」
 それはなんて、なんて心強いのだろうか。心の奥底が温かくなるような感覚に、思わず笑みが浮かぶ。柔らかく微笑んだまま、うつろは隠密状態になってしまったゴブリン達の姿を暴くため、|幻歌《うた》を紡いだ。
 歌にならぬ『うた』は、隠れていたゴブリン達の精神を揺さぶって、その姿を隠しきれなくしていく。
「もう一度頼むよ、眷属達」
 暴かれたゴブリン達に向かって、再びアレキサンドライトの蝙蝠達が飛んでいき、今度こそ彼らを殲滅すべくその牙を剥いた。
「これで暫くは安全かな」
 どこからともなく現れるゴブリン達を警戒しつつ、二人は男達を出口へと案内するべく歩き出す。
「ひなんゆうどう、するよ」
 うつろがそう言って、こっち、と手招くと男達は顔を見合わせながらも、二人へとついていく。
「あしもと、気を付けてね」
「あ、ああ」
「なぁ、その……助けてくれて、ありがとう」
 一人が礼を口にすると、他の男達も口々に助けてくれたことに感謝を示す。その言葉を受け、うつろが嬉しそうに微笑んで――バルザダールは彼女が傷付かなかったことに対し、そっと安堵したのであった。

断幺・九

●稼ぎ時
 助けた男達を連れて、断幺・九 (|不条理《テンペスト》・h03906)はダンジョンの出口を目指して進む。その途中で男の悲鳴が聞こえ、九は男達に止まるようにと指示をしつつ、己も足を止めた。
「あっちの方から|一般人《金ヅル》が来まチュね」
 あと、それを追いかけてくるゴブリンも、と九がにんまりと口角を上げる。
「うーし。もう一稼ぎ行きまチュよぉ、護霊ども」
 男達に絶対前に出るなとだけ告げて、九はどんな風にぶちかまそうかと考える。相手がゴブリンだろうが一般人だろうが、先に一発かましてビビらせて優位を取った方が後々楽に決まっているからだ。
「よーし、こッからはなるべく|凄惨《ハデ》に暴れっか」
 ネズミの尻尾をご機嫌に揺らしながら、九は護霊『パイド・パイパー』をギラついたダンジョンに混ぜ合わせ、『|大餐験《ロックダウン》』を引き起こす。
「さぁさ、お立合いでチュよ!」
 九の周囲の地形と完全融合を果たした護霊は一般人を追うゴブリン達を九の前へと引き寄せる。
「無いアタマ絞って考えた人質作戦は、ゴブリン側を引き寄せてやれば即・瓦解でチュよ」
 慌てたゴブリン達が辺りを見回せど、追っていた人間は見当たらない。泡を食ったようなゴブリン達に、更に九が嘲笑するように言い放つ。
「必死に仕掛けたトラップもダンジョンごと取り込んじまえばご破算でチュねぇ!」
 あとは毒を塗った斧を警戒するくらいだが、初手で戸惑ったゴブリンに強制執刀のメスを向ければ――。
「魚料理みてーに|解体《バラ》すだけ、食べられないでチュけどね!」
 ぎゃは! と笑いながら、ここまで連れてきた男達と新たに増えた|男達《金ヅル》に、とっておきの有料スマイルを向けた。
「で? お前らどうするんでチュ?」
「ど、どうするって」
「察しが悪いでチュね。耳の穴かっぽじってよーく聞くんでチュよォ?」
 手にした精霊銃で自分の肩をトントン、と叩きながら九が言葉を続ける。
「今倒したゴブリンで終わりだと思ってまチュか? ここのゴブリンども、数だけはいるのはわかりまチュよねェ? さすがのちゅーちゃんも人質ぜーんぶ守り切れるとは限らないんでチュよォ?」
 ここまで言われては、男達も察するしかない。
「か、金ならさっき払っただろ!」
「あんなはした金で命が買えると思ってるんでチュかァ? おめでてェ頭だなァ、オイ」
「は、払う! 俺は払うぞ!!」
「ぎゃは! いい心がけでチュね! それなら生きてさえいりゃ割増料金で治してやりまチュよ」
 死ぬほど痛い目にあうかもしれないけれど、生きていれば丸儲けだろうと九が笑う。
「ほら、嬉しいだろ? 喜べって、ほら!」
 どうしてこんな目に……と男達は思うけれど、生きてこのダンジョンを出るには九に従うしかない。
「イイコでチュねェ、オラッ行くぞ」
 財布を丸ごと渡す羽目になった男達は、死んだ魚のような目をして九の後に続くのであった。

黒辻・彗

●優先順位
 取り残された人々がまだダンジョンの中にいる――先に助けた男達をダンジョンの出口付近まで送り届けた黒辻・彗(|黒蓮《ブラック・ロータス》・h00741)は、再びダンジョンの中へと潜っていた。
「普通にダンジョンアタックをするより一苦労だな。とはいえ、ここまで来たらやるしかなさそうだね」
 何よりも一番に人命が優先されるべきである、とまでは言わないが、それでも助けられる命を見捨てるような真似は彗にはできない。たとえそれが、非道な人々であったとしても。
「おいで、深紅の鴉」
 彗がそう呟くと、周囲に錬金生物『ブラッディ・レイヴン』が放たれる。
「まずは避難が必要な人たちを探さないとね」
 サーモグラフィーで熱源を感知しつつ、その方向に√能力者がいれば彼らに任せる。いなければ自分がそこへ赴けばいいと、彗は注意深く周囲を窺う。その際に、ゴブリンがどの位置にいるのかも把握し、安全な道で出口まで誘導できるようにと頭に叩き込みながら奥へと進んだ。
 聞こえてくる悲鳴に怒号、そちらには他の√能力者がいたので任せ、違う熱源を感知した方へと向かいつつ――彗は思わず小さな溜息を零す。
「……流石にあんなに非道な人たちだけじゃなくて、ちゃんとした人もいることを願いたいけど……やるせないな……」
 彗が出口へと送り届けた男達も、礼を言うでもなく我先にと出口へ向かっていった。
「まあ……あれは俺が身に着けていた貴金属をボロボロにしたせいかもしれないけど」
 舌打ちまでされた気がするけれど、命が助かったのだから貴金属など些細な事だろう。
「自分の命とお金、どちらが大事なんだろうね」
 彼らにとっては他人の命とお金であれば、お金なのだろうけれど。そこまで考えて、やや陰鬱な気持ちになったところで逃げている人々の熱源を感知する。それ以上何かを考えるよりも先に、身体が動いていた。
「こっちへ下がって!」
「ひぃ、ひ、助けてくださいっ」
「殺される……っ!」
 紅蓮鴉を展開しつつ、彗が逃げ惑う男達の元へ駆けつけると、即座にゴブリン達との間に割り込んで鴉達の羽根で攻撃を仕掛け、五感を狂わせていく。
「それだけ五感が狂えば、弓矢どころじゃないだろう」
 黒い刀身が特徴的な詠唱錬成剣、『ブラック・ロータス』を手にし、ゴブリン達を一刀のもとに斬り伏せた。
「た、助かった……っ」
「もうダメかと思った、ぐ、うう……っ」
 安堵のあまり崩れ落ち、泣き出す男達に怪我はないかと彗が確認を取る。
「ああ……全員怪我はしていないと思う」
 男達の中でも比較的受け答えがきちんとしている男がそう答え、彗が頷く。
「いつまでもここにいるとまたゴブリン達が来ると思う、出口まで案内するから着いてきてくれるかな?」
 ゴブリン、という単語に息を呑んだ男達が立ち上がり、立てぬ者には手を貸している姿を見て、歩けない者はいなさそうだと判断し、彗は出口へ案内する為に男達を誘導する。
「大丈夫、俺が必ず出口まで連れて行くから」
「ありがとう……お願いします」
 自分たちの事しか考えていない男達だと思っていたけれど、ありがとうという言葉を聞いて彗は少しだけ認識を改めて出口に向かって歩き出した。

花喰・小鳥
一・唯一

●救いの一手
「うわああああ! 誰か! 誰か助けてくれえ!」
「もうダメだ、俺達ここで死んじまうんだ!」
「嫌だ、俺達が何したってんだよ!!」
 男達の悲鳴を聞きつけ、花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)と一・唯一(狂酔・h00345)が駆けつけた先は、数人の男達が壁際に追い詰められ、ゴブリン達に今にも襲い掛かられる寸前、という局面であった。
「唯一、蹴散らしましょう」
 一刻の猶予もないと判断した小鳥が短くそう言うと、|胸元《深淵》から自動小銃『黒薔薇』を引き抜き、素早くゴブリン達に向けて発砲する。その音と撃たれたゴブリンの悲鳴により、その場にいた男達とゴブリン達の視線が小鳥へと向く。
「小鳥が言うんやったら、しゃあないな」
 少しばかり遊んだろ、と笑った唯一が黒曜石を鋭利に加工した刃物――黒いメスを召喚し、自身の周囲に纏わせた。
「|弄ばれたい《掻っ捌かれたい》奴から寄っといで」
 視線が小鳥に向いている内に移動速度を上げた唯一が駆け、男達をその背に庇う。
「ギギィ!」
 突如現れたかのように見えた唯一に邪魔をされた、と感じたのだろう。ゴブリン達が唯一に向かって襲い掛かろうと足を踏み込む。
「そこはボクの間合いやで」
 唯一が纏う黒いメスが意志を持ったかのようにゴブリン達を切り刻み、おいそれとは近寄れぬ空間を作り出す。
「ほれほれ、さっさとお逃げ」
 今のうちやで、と唯一が背に庇った男達へ声を掛けた。
「た、助けてくれるのか!?」
「ボクの話聞いとった? あんたらおるとこっちが困んねんから」
 しっし、と犬を追い払うような仕草で唯一が逃げろと示す。
「た、助かる! いくぞ、お前ら!」
「ひ、ひぃ、うう」
「しっかりしろ、立てって!」
「逃げ遅れて死んだら自己責任やでー、はよ行きや」
 ここから逃げられる、助かった、と口にしながら男達が立ち上がると、ゴブリン達が逃がさないというように声を上げる。
「ギャッギャ!」
 間合いから外れた場所にいたゴブリン達が体勢を立て直すように弓矢を構え、唯一と男達を狙う。
「それは許しません」
 毒矢を放つよりも早く、小鳥が唯一を守るように前に立ち、黒薔薇を手にしたまま『|葬送花《フロワロ》』を発動させた。小鳥が放つ弾丸は√能力によりその場にいる全てのゴブリンへとダメージを与え、容赦のない二連撃を与えていく。
「小鳥は心配性やねぇ、この程度の毒ならボクでも|対応《体内で解毒》出来るやろ」
 たぶん、きっと、という言葉は笑顔に隠して飲み込んだけれど、小鳥は首を横に振る。
「ゴブリンの厄介さはその数と狡猾さにあります」
 どんな卑劣な手を使って攻撃してくるかもわからないのだ、唯一を危険に晒すわけにはいかない。もちろん、男達も。
「でも――」
 小鳥がそっと右眼にかかった前髪を掻き上げて、紅い右瞳に刻まれた十字架の傷痕――|魔眼《ルクシリア》でゴブリン達を射抜く。
「彼らの隣人が味方と限らないなら、烏合の衆になると思いませんか?」
 魅了の力に掛かったゴブリンの数は多くはない、けれど味方であったはずの仲間に後ろから矢を放たれたならば、同士討ちが始まるのは必至であった。
「今のうちです、他に逃げ遅れた人たちはいませんか?」
「わ、わかんねぇ、俺達も逃げるのに必死だったから」
 頼りない答えではあったが、自分の命が掛かっている時に周囲を見る余裕がある一般人などいないだろう。
「唯一、頼みます」
「小鳥のお願いやからな」
 唯一の返事に小鳥が柔らかく頷き、一般人のフォローを任せると再び黒薔薇を手にしてゴブリンを殲滅せんと引き金を引いていく。その姿はまるで美しい舞いを見るかのようで、唯一は小鳥の姿を視界に入れつつ男達を出口へと連れていくべく動いた。
「ほらほら、こっちやで」
 目印と言わんばかりに虹の混じる白い髪を揺らし、唯一が出口へ向かう道へ向かう男達を先導する。
「逃げ損ねた阿保はおらんなー?」
 確認を取りながら出口へと向かう唯一を視認しつつ、小鳥もまた|殿《しんがり》を務めるべく男達の後ろへと回っていく。
「動けへん腰抜けは首根っこ掴んで出口方面にぶん投げるでー?」
 唯一には思うところがあるのだろう、けれど見捨てるほど薄情でもないのだと、唯一のセリフに小鳥が僅かに唇の端を持ち上げて、黒薔薇を構えつつ下がる。
「生きて償うにはまず生き延びてからです」
 √能力者でもないのだから、一般人は死んではそれっきりだ。
「そういえば……」
 ふと気になって、小鳥は周囲を見回しつつ思う。リュウガという彼はどうなったのだろう? と。
 一番恨みを買っていそうな彼は、生き延びて罪を償えるのだろうか。どうにも気にかかるとは思いつつ、今は見つけた彼らを無事に脱出させなければと小鳥は唯一を協力しながら出口へ向かうのだった。

ルナ・ミリアッド

●償いを
 ヒィヒィと情けない声を上げながら逃げる男達の後ろを守りながら、ルナ・ミリアッド(無限の月・h01267)は出口へと向かう。
「あんまり声を大きくしていると、ゴブリン達に嗅ぎ付けられます。静かに移動することを推奨します」
 時折、そんな風に釘を刺しつつ進んでいると、違う方向から男達の悲鳴が聞こえてルナは鋭く視線を向けた。
「お、おい! 俺達を先に出口に連れてってくれるんだろ!?」
「そ、そうだ! 早く出口に連れて行ってくれよ、なぁ!」
 なんて醜悪な、とルナは思う。けれどそれは表情に出ることはなく、ただ冷たい声として男達の耳へと響く。
「勿論です」
「だったら!」
「ですが、それは今悲鳴を上げている彼らも同じことです」
 死にたくなければ、大人しく、余計なことをせず、着いてきなさいとルナは悲鳴がした方へと向かう。男達は顔を見合わせ、渋々従うようにルナの後を追った。
 悲鳴が聞こえる方へ、しかし闇雲に探しても意味がないと判断したルナは小型無人兵器『レギオン』を放ち、一般人を探す。
「あっちです」
 その感覚に頼り進めば、男達がゴブリンに追い詰められている姿が見えた。
「た、助けてくれえっ!!」
 ルナと男達の姿を見つけた彼らは、懇願するように悲鳴を上げる。即座に『レギオン』からゴブリンに向けてミサイルを放ち、ゴブリンが怯んだ隙に男達を合流させた。
「た、助かった……! 死ぬかと思った……!」
「は、はやく逃げようぜ、ここから出るんだ!」
「な、なぁアンタ! こっから連れてってくれるんだろ!?」
 増えた男達と、先に助けた男達の声が響く。
「ええ、このようなところで死なせるわけにはいきません」
 ルナの返答に、男達の顔がパッと希望に満ちる。
「ルナたちはあくまであなた方が社会的に捌かれるべきと考えています」
「え……? 俺達は別に悪いことなんかしてないだろ!」
 この期に及んで、とルナが男の顔を見遣り、そのご自慢の顔が女性たちの手でボコボコにされ、絶望すればいいのにと目を細めた。勿論、そんなシーンはステラには見せないけれど。
「そうだ! なんでこんな目に合わなければいけないんだ!?」
「なんでこんな目に、など笑止千万ですね。本当に分からないのですか?」
 ルナの冷ややかな声に、男達は言葉を詰まらせる。
「これに懲りたら弄ぶことは即刻やめるべきです。敢えて言うなら、こんな目にあっているのは、ただの因果応報というものです」
 わかったなら、ゴブリン達が集まってくる前に出口に急いでくださいと、ルナは男達を促すのであった。

ガザミ・ロクモン

●世界は美しいものだから
 まだこのダンジョンに取り残された人々がいる、それはガザミ・ロクモン(葬河の渡し・h02950)にとっては由々しきこと。
「これはこのダンジョンにいる|√能力者《仲間》たちと協力しなくてはですね」
 あとは効率よくダンジョンから脱出させる為には、取り残された一般人たちの協力が必要不可欠だとガザミが頷く。
「そうすると……この手が有効ですね」
 ガザミが取った手段は『世界を変える歌』を歌いながらダンジョン内を捜索すること。この歌声をリアルタイムで聞いた全ての逃げ遅れた人々にはガザミの姿が幻影として見える事だろう。
「特に決まった歌詞もないですからね、これ」
 ガザミが思うままのフレーズに、思うような言葉で歌う。救助が来ている事、歌が聞こえる方に逃げる事、動くことが出来ない状況なのであれば、声や音で知らせる事など――そんな、救助に有益な情報や励ます気持ちを歌詞に込めて、ガザミは歌声を響かせながら捜索を続けた。
「本当にいた……!」
「た、助けてくれ、ここから出してくれっ!」
「もう嫌だ、こんなところ……家に帰りたいんだよ……」
 歌声を聞いた何人かの一般人と合流を果たし、ガザミはまず落ち着かせるように声を掛ける。
「もう大丈夫ですよ、出口まで彼らが守ってくれますから」
 牛鬼兄弟と鎌鼬三姉妹を見た男達は一瞬怯んだが、それでも助かるならばと従いながら出口に向かうように歩き出した。
「さて、あとは……そうだ、ゴマフ」
 ゴマフ、とガザミが呼んだのはゴマフビロードウミウシに似た外見の地這い獣で、ガザミにとっては騎獣としても頼れる地這い獣だ。
「これでゴブリンも軽く一掃できます!」
 歌っていれば寄ってくるのは救出対象だけではない、敵が聞き付ければ誰かいると寄ってくるもの。
「あっ丁度追われている人がいます、行きましょうゴマフ」
 ガザミの声に応えるように、ゴマフはその身に似合わぬ素早さでゴブリン達へと突っ込み跳ね飛ばす。
「今です、さあ!」
 こちらへ、とガザミがゴマフの背に乗せる。本来であればガザミ一人用だが、怪我人がいるならゴマフには少しばかり頑張ってもらわねばならない。
「た、助かった……!」
「助けてくれるならもうなんだっていい……」
 ゴブリンから逃げ回り疲労困憊なのだろう、ぐったりとしながら男達がゴマフへと乗る。
「あ、怪我人が優先です。健康な方は有料で、料金は三億円です」
「なっ!?」
「ボッタクリすぎんだろ!」
「では知り合い価格で、目玉一個……ふふ、冗談ですよ」
 冗談、とガザミが言って、ゴマフを出口まで走らせる。
「犠牲者を出さないこと、それがお姫様を護ることに繋がるはずですからね」
 リュウガという男に貢がされた女性、幸花。
「でも……このダンジョンにいるはずだと思うんですけど、見ないですね」
 ガザミが見たのは男達のみ、あとはゴブリンくらいだ。
「あなたたち、女性は見なかったでしょうか?」
「女? 見てないけど……」
「店の客は帰った後だったしなぁ。」
 顔を見合わせる男達にガザミは礼を言いつつ、ではお姫様は? 本当にボスと共にいるのでしょうか? と首を傾げるのだった。

ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ

●そは誰が為の神なりや
 ゴブリンという、人にとっての脅威をひとまずやり過ごし、ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ(|回生《ophis》・h07035)は此処からどうするべきかと思案する。
「もう帰っても、いいのかな?」
 少しばかり飽きてしまったのと、ずっと立っているのはウォルムにとっては負担が大きい。それ故に、ぽろりと零れた言葉は割と本心で。それを聞いたヨルマがしゅるりとウォルムの腕を上り、耳元でウォルムにしかわからない言葉を囁く。
「なんだい、ヨルマ。……この人の子らを、守りながら導け、と」
 大変に気は乗らなかったけれど、一度助けた命ではある。ここで放り出すのも、人の為の神となった身としてはよろしくはないだろう。それに、恐らくだけれどあの子もそうする気がして、ウォルムはヨルマの案にのることにした。
「ふぅん。わかった、そうしよう」
 出口まで連れていくとして、この場に残っているのは恐怖が強く染みついてしまった者ばかり。
「騒がれては困るね」
 大声を上げたり、恐慌状態に陥ってしまったら、それはゴブリンを呼び寄せてしまうだろう。できるだけ、それは避けるべきであるとウォルムは思う。
「では、静かになってもらおう」
 かつん、と杖を突く音が響くとウォルムの足元からぶわりと瘴気が広がっていく。ウォルムを中心とし、半径21メートルほどの距離まで広がるそれは、鎮静効果のある毒だ。
「黙って歩いてくれればいいから、そうだね」
 他の思考は溶かしてしまおうと、ウォルムが柔らかく微笑む。
「丁度いい、『体持たぬ手』たち。手を引いてお上げ」
 ウォルムが言葉を紡ぐと、隙間より伸びる無数の手が現れて男達の手を引こうと伸びていく。
「この瘴気が届く範囲にいる子も、頼んだよ」
 通常であれば幽霊かお化けかと思われる体持たぬ手だが、今の男達には手に怯えることも、抵抗することもないだろう。黙って歩く以外の思考がないのだから。そう言ってウォルムが無数の手に向かって頷くと、今度はヨルマが主をじっと見つめて問いかける――それは、元に戻るのか、と。
「元に……? 戻らないと駄目なのかね、ヨルマ?」
 私が頼まれたのはこのダンジョンから無事に連れ出すことであり、多少大人しくなるくらいは問題ないのではないかとウォルムが首を傾げる。主に向かい、ヨルマが静かに首を横に振った。
「そう。なら、依頼が終わった後にでも、なんとかしよう」
 要は帳尻を合わせればいいのだろう? という、ウォルムの言葉に若干の不安を抱かないわけではなかったが、この廃人のように虚ろな瞳で黙々と歩くだけの人間のままよりはいいだろうと、ヨルマは目を|瞑《つぶ》ることにした。
 それに、今は大人しく避難していく男達よりも――耳障りな声を立ててこちらへやってくるゴブリン達の方が問題である。
「さて、折角避難させている人の子らを、殺されては大変だからね」
 影よ、とウォルムが囁く。
「巨大な目となり周囲を見張れ。眷属たちよ、隠れ散らばれ」
 出番だよ、と呼ばれた蛇の子らはあっという間にあちこちに散らばって、ゴブリンの接近や逃げ惑う男達の様子を主へと伝えていく。
「人の子はこちらへ、ゴブリンは近寄れないようにしよう」
 瘴気に触れれば男達は手を引かれるままに行くだろう、ゴブリンは足止めの為に放った鋭い水のトゲが阻むだろう。盤面に描いた駒を動かすかのように、ウォルムはその場から動かずに状況を作り替えていく。
「ああ、獲物の幻影も見せようか。奥の方に走る人の子らの幻影がいいだろう」
 ゴブリンを出口から遠ざけ、人の子らの誘導が進んだところで、ウォルムは小さく溜息を零す。
「やれやれ、ずっと立っているのは辛いな……」
 やはりダンジョンなどでは乗り物が必要だと改めて思う、帰ったら騎乗用の眷属を作るのも悪くない。
「そうだね、あの子の意見も聞いてみよう」
 そうヨルマに話ながら、ウォルムは杖を頼りに出口に向かって歩き出したのであった。

祭那・ラムネ

●脱出への道
 リュウガと呼ばれた男と、その取り巻きのような男達を連れて祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)はダンジョンの出口に向かうべく先を急いでいた。
「ったく、なんでこんな事になってんだよ……なぁ、アンタは何か知ってんのか?」
 ゴブリンから逃れた事により、多少の余裕が出たのだろう。リュウガがラムネに向かって問いかける。
「さあな、どうしてかは俺にもわかんねえよ」
 別に何かを隠しているわけではない、√能力者達だって融合ダンジョンが何故√EDENに現れたのかはわからないのだ。
「あんた達は心当たりはないのか?」
「ハァ? あるわけないだろ、こんなわけわかんねぇこと」
「そうっすよ、俺らは被害者っす! ねぇ、リュウガさん」
「だな。早くうちに帰ってシャワー浴びてぇよ」
「本当ですね、俺もこの汗なんとかしたいです」
 リュウガに賛同するように、他の男達も笑って頷く。被害者、確かに今この場において彼らは融合ダンジョンに巻き込まれた被害者なのだろう。けれど、彼らは女性を食いものにするホストでもある。ラムネはどうにもやるせない気持ちを隠すように、手にした武器を強く握りしめた。
「あんまり大きな声を出すなよ」
「喋るくらい良いだろ、こちとら怖い思いしてんだからさ」
「そうっすよ、あんな化け物相手に逃げてきたんっすよ」
「……その化け物が声を聞きつけて来るからだ。声が聞こえるだろ」
 ラムネの言葉に男達がビクッと肩を震わせて黙り込むけれど、時すでに遅くゴブリン達の声は近くまで来ていた。
『ギィギィ』
『コロス、コロス!』
 ひ、と息を呑んだ男達を背に庇い、前に出るなとラムネが短く言い放つ。
『イタ! コロセ!』
『ギィィ!』
「させねえよ」
 弓矢を構えたゴブリン達に向かい、ラムネが手にした獲物を構える。
「――俺は負けられねえから」
 ゴブリン達を薙ぎ払うように横一線に振るうと、ゴブリンが叫ぶ。
『ジャマ! スルナ!』
 ギリリと弓を引き絞り、ゴブリン達がラムネとその後ろにいる男達を狙って矢を放った。
「毒か」
 させない、とばかりにラムネが右手を前へと突き出し、触れた矢を無効化させていく。触れきれない矢は手にした武器やオーラの力を使い叩き落し、男達に被害がいかないように立ち回る。
「……なあ、もしかしてお前たちも戸惑ってるのか?」
 融合ダンジョン、それは√ドラゴンファンタジーのダンジョンがこちらの世界の建物と融合した姿、自分たちのテリトリーに突然知らない人間が入ってきたら驚くのではないか? と思い、ラムネがそう声を掛けた。
 意思疎通ができればいいのだが、ゴブリン達から答えがあるわけでもなく、ラムネにとっても真相は闇の中だ。
「わかんねえから、命は取らねえ」
 出来るだけ、ノックアウトを狙って攻撃の手を強めていくと、数では押し切れないと判断したのか、男達を殺すと息巻いていたゴブリンが悔しそうに下がっていく。それを追い掛けようとして、ラムネが立ち止まった。
「まずは外へ逃がすのが先だからな。護るべきもの、やるべきことを見誤らない……うん」
 ふう、と一息つくと、意識を切り替えて男達を連れて出口へと向かう。さすがに男達も懲りたのか、今度は無駄口を叩かずに進み――ダンジョンの出口へと辿り着く。
「やった! 俺達助かったんだ!」
「おいっ! 俺が先だ! 道を譲れ!」
「そうっす! さ、リュウガさん!」
 他の男達を押しのけ、リュウガがまず外へと出ると続いて取り巻きの男達が外へ出ていく。
「これで全員外に出た……か?」
 生きた人間がダンジョンからいなくなれば、融合ダンジョン化現象は解決する。だが、このダンジョンにはまだボスという存在が残っている。生きている人間の内に√能力者も含まれるのだろう、ダンジョンはまだ消滅しようとはしていない。
「倒すべき、だろうな」
 ラムネが言葉を零した瞬間、ダンジョンの奥から異様な気配がしてラムネが顔を上げる。
「まさか……こっちに来ようとしているのか?」
 そして、その気配を察したのはこのダンジョンから一般人を救い出した√能力者達も同様。ダンジョンの外で一般人に寄り添っていた√能力者や、出口付近にいた√能力者達もただならぬ気配に戦闘の予感を感じ取っていた――。

第3章 ボス戦 『アルバート・ミラー』


●絢爛
 ダンジョン内にいた全ての一般人は避難を完了し、今は自分たちが働いていた建物が外から見ても姿が変化していることに信じられないという顔をして、ただ茫然として建物を見上げている。
 √能力者達はダンジョンの中にいるもの、避難誘導を終えて戻ろうとするものと様々であったが、ダンジョンの奥から近付いてくる気配に警戒の色を濃くしていた。
『まったく、僕の手を煩わすなんて悪い子だな、√能力者ってのはさ』
 そんな中、ダンジョンの奥より聞こえてきたのは男の声。
『クズの命なんか助ける必要もないだろうに』
 男の声が響くと同時に、ダンジョンの入り口付近の壁からは宝石の結晶が幾つも突き出て、まるで最奥部のような煌びやかさを見せる。
『この√EDENにダンジョンがあれば、いくらでもエネルギーが取り放題だっていうのに……ほんっと、邪魔くせぇったらないな』
 気だるげに姿を現したのはホストだと言われてもおかしくないような姿をした男、『アルバート・ミラー』である。
『今からでも遅くない、クズ共をこっちに渡しなよ。そうすれば見逃してやる……ハハッ、怖い顔するなよ、可愛い顔が台無しだろ?』
 男性にはあまり興味がないのだろう、その視線はどちらかといえば女性に向いているけれど、アルバートは√能力者達の顔を見渡し――。
『ま、いいか。お前らを殺してから外のクズ共をもう一度中に引き入れたっていいし、お前らをここで飼ったっていい。なんにせよ、俺のダンジョンを壊そうとするお前らにはお仕置きが必要だからな』
 飼い殺しするのも楽しそうだよな、と綺麗な笑みを浮かべてアルバートが嗤った。

 このダンジョンは一体何なのか、アルバートが全ての元凶なのか――全ての謎の答えを持ち合わせているとは限らないけれど、上手く聞き出せれば融合ダンジョンの謎の手掛かりを手に入れることが出来るかもしれない。
 それぞれが、それぞれの思いの中でどう動き、何を成すか。全ては己たちの選択次第であることを感じながら、√能力者達はアルバートと対峙する。
バルザダール・ベルンシュタイン
継歌・うつろ

●純粋な悪意を前にして
 融合ダンジョンの浅い部分、出口もすぐそこというフロアにて邂逅したダンジョンボス、『アルバート・ミラー』を前にして、バルザダール・ベルンシュタイン(琥珀の残響・h07190)は盛大に顔を顰める。
「……あぁ、うつろ君に一番会わせたくないタイプの敵だね」
 少し話を聞いただけでもわかる、この敵はろくでもない、と。
「かい、ごろし……? よくわからない、けれど」
 言葉の意味はよくわからなかったけれど、継歌・うつろ(継ぎ接ぎの言の葉・h07609)はその言葉はきっとよくない意味なのだろうと理解しながらアルバートを見遣る。
『やぁ、可愛いお嬢さん。10年後くらいなら許容範囲なんだがな』
「黙れ下郎、うつろ君を下衆な目で見るな」
 うつろを庇うようにバルザダールが前へと立ちはだかるのをアルバートは面白そうに笑っている、完全な愉快犯だ。全く以て相容れないと、バルザダールは静かに青筋を立ててアルバートを睨みつけた。
 殺気立つバルザダールの背から顔をのぞかせ、うつろがアルバートへ話し掛ける。
「一つ、聞かせて」
『何かな、お嬢さん』
「このダンジョン、作ったのは……あなた? √EDENに、ダンジョンがあれば……そう言ってたよね、わたし、ちゃんと聞いてたよ」
 うつろの質問に、アルバートが可笑しそうに笑う。
『さぁ、どうだろうなぁ。お嬢さんはどう思う?』
「うつろ君の質問に質問で返すな」
『おっさんは黙ってな、今はお嬢さんと話してるんだからさぁ』
「……琥珀のおじ様は、おっさんじゃないわ。おじ様、よ」
 その言葉に、アルバートがくつくつと笑って、唇の端を持ち上げた。
『お嬢さんが言うなら、そうだな。おじ様?』
「お前におじ様と言われる筋合いはない」
『おやおや、取りつく島もないな』
「お前と談笑する気はない。うつろ君の質問に答えないのではなく、答えられないのか? そも、√EDENのエネルギーが欲しいと言うのは分かる……だが、お前にその力があるとは思えないが?」
『その質問に俺が答えるメリットがあるか?』
 そろそろ飽きてきたな、と言わんばかりにアルバートが気だるげに首を回す。
『もういいよ、つまらないからな。俺を不愉快にさせたお仕置きでもするとしようか!』
「クズ、じゃま、おしおき、言葉の意味、少ししかわからない、けど」
 うつろがバルザダールの背中から出て、アルバートを真っ直ぐに見つめ。
「……悪意ばっかり。わたしの、大事な人……琥珀おじ様に、向けないで」
『ハハッ、俺を前にして他の男の話とはな』
「お前は……うつろ君の教育に悪い。疾く消えろ……いや、俺が消す」
 これ以上の会話は無用、そう示すようにバルザダールが琥珀色の瞳を昏く燃やし、√能力|尖晶石の連撃《スピネル》を発動する。
「二色の彩にて断ち切る」
 青と赤の二彩に輝く錬成魔法剣が切り裂かんと迫るのをアルバートは笑いながら眺め、軽い動きで地を蹴った。
「なッ!?」
『エスコートってのはこうやってするんだよ』
 銀鎖をじゃらりと鳴り、アルバートの指先からバルザダールに向けて放たれる。その銀鎖がバルザダールに命中すると、嘲笑うようにアルバートが闇へと紛れ、二人の視界から遠ざかる。
「おじ様!」
「大丈夫だ、うつろ君!」
 バルザダールがたたらを踏むと、アルバートの声が響く。
『ほら、無理するなって。諦めてクズ共を俺に寄こしなよ』
「……ホストたちがクズなのは分かるがだからと言って見捨てる気はない。なによりうつろ君が助けた命だからね」
『ハァ、なら……趣味じゃないがお前を飼い殺しにしてやるとするか!』
 その言葉に、うつろが声のする方をキッと睨みつけ――。
「琥珀おじ様に、手を出すなァァァ!!!」
 それはうつろの『うた』であり、圧縮した声の砲撃。隠されたアルバートの姿が揺らぎ、舌打ちと共に銀鎖が飛ぶ。
「おじ様ッ!!」
 銀鎖が向かう先はバルザダール、それを瞬時に悟ったうつろがバルザダールを庇うべく銀鎖の前へと出る。
「ッうつろ君に守られるとは、少し冷静さを欠いていたようだ……すまないねうつろ君」
「ううん、わたしが、やりたかったの」
 ふるり、と首を横に振ったうつろに、バルザダールがありがとうと声を掛け、次は二人で戦おうと笑みを向けた。
「いくよ、うつろ君」
「はい、おじ様」
 純粋なる悪意に立ち向かう為、二人は攻撃の手を緩めることなくアルバートへと向かうのだった。

ウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ
断幺・九

●共闘
 融合ダンジョンから男達を逃がしてお終い……とはいかなかったようで、姿を現したダンジョンボス『アルバート・ミラー』の姿を目にした断幺・九 (|不条理《テンペスト》・h03906)はニンマリと唇の端を持ち上げて笑う。
「ボスの方からお出ましとか気が利きまチュねぇ」
 どうやってボコってやろうか、と九が二丁拳銃を手にして考えていると、その後ろからウォルム・エインガーナ・ルアハラール・ナーハーシュ(|回生《ophis》・h07035)がひょこりと顔を覗かせた。
「おや。彼がここの主人なのかい」
「んァ? そうらしいっチュよォ」
「そうかい、ありがとう」
 九に礼を言うと、ウォルムは肩に乗せた眷属たる蛇のヨルマに向かって、あれが主人だそうだよ、若いねぇと感想を述べる。
「しかし……アレがホストというものなのかな。ヒトを楽しませる会話が得意には見えないが」
「ホストなんでチュかねえ、|犯罪者《クズ》っぽいでチュけど」
「見た目がほら、このダンジョンにいた子達に似ていないかい?」
「あー、まあツラは綺麗っチュかね」
 特にそそられる顔じゃないけれど、一般的に見ればそうなのだろう。
「そうなのかな、私は人の美醜には疎くてね」
 なんて、目の前の敵を前にしてマイペースな二人が話していると、アルバートが笑いながら視線を向けた。
『なんだ、俺の話か? モテる男は辛いな』
「自意識過剰なんじゃないでチュかぁ? さっさと悪巧みの正体吐いて、上手にゴメンナサイするなら今の内でチュよ?」
 九が前に出ると、挑発するように笑って精霊銃『メガマウス』と『グラットン』を手の中でくるりと回す。
『お前こそ、俺の支配下に置かれるなら今の内だぞ? 今なら優しくしてやってもいい。後ろの男はどうでもいいが、従うなら痛い目はみないで済むかもな』
「ぎゃはッ! 死んでもお断りでチュねえ!」
 二丁拳銃を手にしていなければ、中指を立てていたところである。そんな風に、バチバチにやり合う寸前の二人の後ろから、黙っていたウォルムが笑みを浮かべて口を開いた。
「おや、問答無用なのかい? 私を従えても何も出来やしないよ。ああ、抵抗はしないさ」
「しないンでチュか?」
「あまり肉体労働には向いていなくてね」
 僅かに視線を交わすと、九はウォルムが何かしら策を持っているのだろうと判断し、こっちはこっちでやるからいいでチュよ、と指先を軽く振って見せた。
『いい心がけだな、男なのは残念だがまぁいいさ』
 勿論、アルバートとてウォルムが本当に無抵抗で投降するとは思っていない。双眸を血のように赤く輝かせ、魅了と服従の視線で絡め捕り、更に銀鎖で捕縛する。
「疑い深いのだね」
 抵抗することなく銀鎖に絡め捕られたウォルムが、特に慌てた様子もなくアルバートに話しかける。
「ところでね、何も出来ない哀れな私に教えてくれないか。君がこのダンジョンを作ったのかい? どうやって?」
 ウォルムがアルバートに問いを投げかけた瞬間、これは好機と九が唇を舐める。手にした二丁拳銃のシリンダーに精霊弾を具現化し、目にも止まらぬ速さでアルバートの足元に撃ち込んだ。
「本日のメニューは左に凶暴化、右に正直病! 酒より自白剤より脳内泥酔グチャれまチュよ!」
 距離的にはウォルムにも自分にも罹るわけだけれど、九からすればダルい|魅了《チャーム》を狂暴化で上書きできると考えれば割といいんじゃないかと思う。
「ま、もともと考えながら戦ってねえしな! ほらほら、素直に答えるんでチュよ!」
『さぁ、どうだろうなぁ。ま、俺が作ったんじゃないんだけどな』
「おや、君が作ったんじゃないのかい? じゃあ誰が」
『はは、知ったこっちゃないさ。今は俺のものなんだからな!』
「ダンジョンボスとは名ばかりで、雑魚ってわけでチュかね!」
 これ以上は聞き出せないようだと悟った九がアルバートを倒すべく、距離を詰め――アルバートの顔を狙って拳を振り抜いた。
「これ、このまま彼女に任せていいかな、ヨルマ」
 さて、ここで一つ種明かしとなるのだが、アルバートの傍で笑っているのはウォルム本人ではない。ウォルムだと思われているのはウォルムが自分たちの姿に変身させ、更には幻影を使って動いているようにみせかけた怪異腹腹時計なのだ。
 奇しくも、九が使った正直病の効果と同じくするガスを吐いている――これは二人にとって幸運でもあった。そうでなければ、アルバートが口を滑らせることはなかったかもしれないのだから。
「うん? 流石に任せるのはどうかって? でも彼女、とても楽しそうだよ」
 ほら、とウォルムが九に視線を向けると、上手く拳が決まったところで。
「ぎゃはッ! 財布は死体から抜いといてやるよ、成金くん!」
 九のテンションも最高潮、といったところである。これにはヨルマも諦めたのか、危なくなったら助けに入るということになったのである。

花喰・小鳥
一・唯一

●その命に価値はなくとも
 ダンジョンの奥より現れたボス、『アルバート・ミラー』が嗤う。
『クズの命なんか助ける必要もないだろうに』
 その言葉に一・唯一(狂酔・h00345)はそれはそう、と思わず頷く。
「|その台詞《クズの命の価値》には同意するんやけど」
 しかし、それ以外には同意できないなと改めてダンジョンそのものに視線を向ける。勿論、アルバートはしっかりと視界に入れたまま、である。
 ダンジョンがある限り、エネルギーが取り放題だとアルバートは言った。ならば、融合された場所が広がれば対処しきれず、邪悪なインビジブルの出現の危険性が高まるのではないか? 唯一は思考を纏めつつ、思わずぽつりと呟く。
「|ココ《ダンジョン》欲しいなぁ」
 どう考えたって、研究し放題だと楽しそうな声音を響かせる。
『なんだ、お前はここに興味があるのか?』
「あるねぇ、面白そうやもの」
『それなら、こちら側に来ればいい』
「それはちょっと、なぁ?」
 お断りやんなぁ? と唯一が黙ってそのやり取りを聞いていた花喰・小鳥(夢渡りのフリージア・h01076)へと視線を向けた。
『そっちの女も一緒で構わないぞ? 可愛がってやる』
「お断りです。そもそも、あなたとは価値観が合いませんから」
『ハハッ! お前はクズにだって価値があると思うタイプか?』
 クズ石なんざ、誰も見向きしないだろうとアルバートが笑う。
「価値はわかりませんが、命を奪う理由にもならないでしょう」
 何よりも、その死に加担したとなれば、いつかどこかでその重みを背負うことになるだろう。それを歓迎することはできない、何より唯一に背負わせるなど、言語道断だ。
「それに飼い殺しだなんて。それではあなたと彼らに違いはないでしょう?」
 生かさず殺さず、金だけ搾り取ろうとするホスト達と、ダンジョンを維持するべく飼い殺しにしようとするアルバートと。
「どっちもクズやねぇ。悪いけど、ボクも飼い殺しされる趣味はないし、小鳥の可愛い顔はお前には勿体ない」
『そうか、それじゃあ暇潰しの相手にでもしてやるよ』
 ぐちゃぐちゃに泣き叫んでくれとアルバートが嗤うと、すかさず小鳥が手にしていた『|死棘《スティンガー》』の引き金を引き、ここから先は銃弾で語りましょうと銃弾をアルバートへと放った。
『鉛玉は好みじゃないんだ、悪いな』
 手にした銀鎖で銃弾を弾くと、アルバートが二人を狙うように手にした銀鎖をしならせる。
「させません」
 唯一には傷ひとつ付けさせないと、小鳥が一歩前に出ると鎖の軌道を変えるように死棘で払い除けた。
「我が物顔でダンジョンボスを名乗ってらっしゃるようですが、あなた独りでこのダンジョンを創り出したわけではないのでしょう?」
『さぁ、どうだろうなぁ』
「答えるつもりはなさそうです」
「そうみたいやねぇ。ほな、サヨナラのお時間や」
 唯一がそう言うと、シリンジシューター『逢魔時』から毒薬で満たした注射器を乱舞させ、それと同時にと小鳥が|胸元《深淵》より美しき刃『|天獄《アンフェール・レプリカ》』を引き抜き、アルバートへと踏み込み斬り付ける。
『くは、は、アッハッハ! 気の強い女は嫌いじゃないが、お仕置きが必要だな!』
 至近距離にいた小鳥に鋭い爪を突きつけ、銀鎖が繋ぐ首輪で小鳥を捕縛するとニンマリと笑って噛みついた。
「……ッ」
 けれど小鳥とてただ噛み付かせたわけではない、既に小鳥の√能力は発動している。夢と現の狭間であるこの空間では、自分以外の行動成功率が半減するのだから。あとは唯一に任せればいいと、小鳥は彼女に向かって笑みを浮かべた。
「小鳥!」
 唯一が小鳥に当たらぬように、アルバートに向かって『逢魔時』をぶん回し、小鳥を引き離すと距離を取る。
「このクズ倒して、あのクズを探さんとな」
「用があるのですか?」
「ちゃんと土下座させんと」
 あかんやろ? と唯一が笑うと、そうですか、そうですねと小鳥が頷く。
 その為にもまずは目の前の敵を倒さなくてはならない、二人は再び武器を構え直しアルバートへと駆けた。

ルナ・ミリアッド

●それぞれに相応しい死を
『クズの命なんか助ける必要もないだろうに』
 ダンジョンボスである『アルバート・ミラー』が放った言葉に、ルナ・ミリアッド(無限の月・h01267)は静かに否定の声を上げる。
「いえ、あの人たちには社会的制裁という死ぬよりひどい地獄を味わわせる予定です」
『へぇ、面白いこと言うんだな、お前』
「そうでしすか? この√EDENという場所は案外と社会的制裁が厳しいところです」
 一度でも職歴に傷が付いたら、華やかな生活とはおおよそ無縁の生活を送ることになるだろう。それは贅沢に慣れきった男にとっては最高の屈辱ではないだろうか、とルナは思う。
「それに昨今はSNSでの発信拡散もありますから、一度そういったものの槍玉に上がればデジタルタトゥーとして一生残るでしょう」
 被害者が望めば、そうなることもあるだろう。
『ハハッ、そんな目に合うならやっぱりここにいた方がいいんじゃないか、あのクズ共』
 可哀想だからなぁ、と何一つそんな事を思っていない顔でアルバートが嗤う。
「ところで……エネルギー取り放題とはなんでしょうか」
『さぁてね、なんだろうな』
 相手が素直に答えるとは思わないが、謎はぶつけておくべきだとルナは考え、言葉を紡ぐ。
「これは推測ですが、生かさず殺さず、生体エネルギーを搾取し続ける予定でしたか?」
 アルバートは軽薄な笑みを浮かべ、ルナがぶつけてくる質問をのらりくらりと煙に巻く。
「そのエネルギーを何に使う気でしょうか?」
『それに答えたとして、俺に何か得があるのか?』
 つまらなさそうに答えるアルバートからは、恐らく何も得るものはないだろう。
「そうですか。では、もう結構です」
 即座に思考を切り替えて、ルナはダンジョンボスの制圧へと移行する。
「ドール分隊、招集――制圧します」
 ルナの呼びかけに応え、思念操作の少女型兵器:レギオン・ドールが集う。レギオン・ドール達はルナの思考のままに動き、アルバートに向かって駆けだした。
『数だけ多い木偶の坊か? ハハッ!』
 アルバートが軽やかに地を蹴り銀鎖をルナに向かって繰り出すと、レギオン・ドールがそれを庇うように受け止める。
『チッ』
 舌打ちを響かせると、アルバートの姿が闇に紛れていく。
「姿が見えなくなれば攻撃が当たらないとでも? ファミリア一斉起動」
 月と星をモチーフとした半自律浮遊砲台がルナの周囲――全方位へ照準を合わせると、号令のままに一斉に発射した。
「全方位に発射すれば当たるでしょう?」
『ハハッ! 見た目よりも乱暴な女だな!』
 水晶などが突き出た壁がボロボロと崩れ、アルバートが嗤いながら搔い潜る。
「……ダンジョンになっているのです、多少の器物損壊も見過ごしてもらえるでしょう」
 多分、と口にしつつルナはアルバートを狙い再びファミリアの照準を合わせるのであった。

黒辻・彗
祭那・ラムネ

●優しさの行方
 いよいよ大詰めか、とダンジョンの奥より現れたボス『アルバート・ミラー』を見て黒辻・彗 (|黒蓮《ブラック・ロータス》・h00741)が目を細める。
『クズの命なんか助ける必要もないだろうに』
 助けた一般人達が外へ出るのを見届け、異様な気配を察知して戻ってきた祭那・ラムネ(アフター・ザ・レイン・h06527)が彗の横に立ち、アルバートが言い放った言葉に軽く眉根を寄せた。
 軽く息を吸って吐き、いつもの明るさを取り戻すように呼吸を整えると、ラムネが真っ直ぐにアルバートに向かって正直な気持ちを投げかける。
「彼らの人間性がどうであれ、お前がどうこうする権利は無えっての」
『何故だ? いいじゃないか、クズが消えてお前達も清々するだろ? 本当にあいつらは助けるに値するのか?』
「助けるに値するか値しないかじゃない、そんな天秤で人を助けちゃいねえよ」
 どこまでも真っ直ぐなラムネの言葉に、彗が瞳を一つ瞬いてからアルバートに言葉をぶつける。
「それを言うならあなたも同じだ。被害に遭った女性を利用して、自分の牙城を築いたんだから」
『ハハッ、何のことだか』
「あなたもあのホストさんと同じように、クズの一人だよ。間違いなくね」
 クズと言われてもアルバートは可笑しそうに嗤うだけで、彗は厳しい視線を敵へと向けた。
「あれ、自分がクズだって理解してるんじゃないか」
「……そういうタイプか」
 ラムネが零した言葉に、彗もなるほどねと頷く。
『おいおい、随分酷いことを言うじゃないか。哀しいなぁ』
 全く悲しくとも何ともない表情を浮かべるアルバートに、ラムネが問いかける。
「けど、√EDENにダンジョンを融合させるなんて、誰の入れ知恵なんだ? 簡単にできることじゃなさそうだけど」
『さぁてね』
「はぐらかしているようだけれど、あなたももう後には引けないんだろう?」
 そうでなければ、わざわざダンジョンから出てきて警告する意味もないだろうと、彗がひとつ鎌をかけた。
「ダンジョンが維持できなくなってしまうのを恐れているんだ」
『ハハハ! このエネルギーが取り放題の場所を捨てるなんてもったいないだろう? お前らは育てた花に虫が付いたくらいで捨てるのか?』
「その花を育てるように裏で指示してる人に顔向けできないんじゃないか?」
『俺がこのダンジョンのマスターだ』
 彗の言葉にアルバートから嘲笑うような表情がスッと消える、それを見てラムネはちらりと彗に視線を向ける。彗も同じように感じたのだろう、裏で糸を引いている何者かは恐らくいるはず、ただそれが何者かまでを聞き出すのは恐らく難しいことも。
 揺さぶるには予測が追い付かない、これ以上の問答は無意味だろうとラムネと彗は視線を交わし――戦う為に√能力を発動させた。
 いつか雨は上がる、その信条のままに|天が咲く《アメガサク》を発動したラムネは蠱惑的な香りを纏い、まずは牽制とばかりにアルバートに肉薄する。ラムネの動きを予測していたかのようにアルバートが跳躍し、銀鎖をしならせるとその動きを受け流すようにラムネが雲裂衝を放つ。
「助かるな」
 ラムネが盾として動いてくれたことに感謝しつつ、彗が|始源錬金《オリジンズ・アルケミー》の力により概念すらも調合材料にするという錬金術師へと姿を変えた。
「これが、本当の|黒き蓮《ブラック・ロータス》だ」
『ハハッ! コケ脅しだな!』
 アルバートが血の如き赤い双眸から魅了と服従を促す視線を向けると、即座に彗が錬金術の力を用いて土の粉塵による目潰しを仕掛ける。
『チッ』
 ほんの僅かな隙も見逃さず、ラムネがアルバートに向かって素早く脚を振り抜いた。
「余所見してる余裕があるんだな」
『……ッ!』
 ラムネの躊躇いのない衝撃波がアルバートを捕らえ、そのまま握りこまれた拳がアルバートを捉える。顔を狙わず、みぞおちへと叩き込んだのは綺麗な顔してるもんなあ、というラムネの慈悲である。
『ガハッ』
 くの字の形に身体を折ったアルバートが僅かに下がろうとしたところへ、今度は彗が追撃を掛ける為に動く。
「離れて」
 短く伝えられた言葉に、ラムネがバックステップを踏みながら彗がいる場所まで下がるった。
「これで終わりだよ」
 小さな炎が渦巻く『錬金フラスコ』を彗がアルバートに向かって投げ、同時に魔法でオーラ防御を展開する。
『こんなもの!』
 銀鎖を唸らせ、アルバートが自分に届く前にフラスコを叩き割ると、チリ、という小さな発火音と共に粉塵爆発が巻き起こる。
「うわ、すご」
「舞い上がった粉塵に火の魔法、簡易的な粉塵爆発だよ」
『こ、のォ!!』
 焼け焦げたアルバートが二人に向かって駆ける、それはまるで破れかぶれの様にも見えて。
「大人しくしておけよ、おイタはそこまでだ」
 ラムネが動きを止めるべく、地を蹴りアルバートの腹部へと蹴りを決めると流れるように衝撃波と共に拳による強打を叩き込んだ。
『クソ、クソ、クソがァァ……!』
「自在の刃よ、斬り刻め」
 散りゆけ、と彗が黒蓮の花弁の刃の怒涛をけしかけ――アルバートの姿は塵ひとつ残らず消え去ったのである。
「終わった、のか?」
「一般人は避難済み、ダンジョンのボスは倒したし、このダンジョンも消えるはずだよ」
 この場にいる√能力者達がダンジョンから外に出れば、世界は正常に戻ろうとしていた。ホストクラブの外壁から突き出ていた結晶も消えゆこうとしていて、誰もが安堵の笑みを浮かべていた――その時だった。
 何かが消えゆこうとするダンジョンの入り口から飛び出してきたのは。
「うわ、ウワアアアアアア! くるな、くるなぁ!」
 その叫びに√能力者達は一斉に駆け出す、けれど。
「ギャアアアアア!」
「ワアアア!! リュウガさん、リュウガさんっ!!!」
 暴走状態とでもいうのだろうか、群れるはずのゴブリンがたった一匹で手にした槍でリュウガを貫いていたのだ。
『ヤッタ、ヤッタァ……コロセタ、ころした、ふふ、あはは』
 まるで復讐を果たしたかの声は虚ろで、それでいて、満ち足りたような声だった。
 他の一般人に被害が及ばぬようにゴブリンを倒そうとするよりも前に、ゴブリンがダンジョンと共に消えていく。
「リュウガさん! リュウガさん、しっかりしてくださいっす!!」
 茫然とするにはまだ早い、リュウガを助けられないかと√能力者達が駆け寄るけれど――既に事切れた命を救うことは誰にもできない。なぜ、どうしてと誰もが思い、誰も言葉を発することが出来ないまま、ただそれぞれの胸に予感だけが残される。
 何か、良くないことが起ころうとしている――暗迷の中、夜の帳はまだ明けぬままであった。

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