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夏彩ヴィヴァーチェ
●夏彩ヴィヴァーチェ
夏である。√ドラゴンファンタジーのとある高原リゾートは、この時期避暑地としても大人気。
高原リゾートには様々な店が並んでいるが、この暑さに合わせてアイスフェスタをしている。
さまざまな店に並ぶアイスクリーム、ソフトクリーム、ソルベ、ジェラート。
どこの店を選んだっておいしいのは間違いない。一緒にフルーツやナッツ。みんな大好きカラースプレーのトッピングをしてくれるところだってある。
その中でも特に目をひく、長蛇の列があるのはシンプルなアイスクリームにチョコレートをかけてくれる店。
チョコレートが流れ出てくる機械があり、店員がレバーひけばとろりとアイスクリームの上にかかってくる。そしてアイスクリームにそれがかかると、ぱりっとすぐに冷えてかたまりチョコレートのカバーを生み出すのだ。希望があればさらにドライフルーツなどのトッピングもしてくれるとか。
それはスプーンでとんと叩いたくらいでは割れず、思いきりスプーンをもっていけばばりっと割れるほど。それを砕きつつアイスクリームと混ぜたり。はたまたそのまま食べたりと楽しみ方は色々。
そしてアイスクリームを食べたなら、近くのダンジョンへ向かう者が多い。
大きく開けた入口のダンジョンは水辺のダンジョンだ。この入口当たりであれば危険もさしてないので観光客もちょっと遊んでいたりする。
もちろん、何かあった時の為に冒険者も常駐しているので安全だ。
そこでしばし遊んですごすのもあり。ちょっと腕試しに、近くのエリアのボスを倒しに行くのもあり。そんな楽しみ方を、人々はしていた。
●案内
へらりと笑って、鮫咬・レケ(悪辣僥倖・h05154)は√能力者たちへ声をかける。
とある高原リゾートにいかないかと。
それは√ドラゴンファンタジーにあり、近くにダンジョンもあるのでついでにちょっと足を延ばしてみないかということ。
「いま、そのリゾートでアイスフェスタをやっててさ~、あいすくりーむ、おいしいじゃん」
さまざまな店がアイスクリームを出している。一番のオススメは、好きなアイスクリームを選んで、その上にチョコレートをかける店。
するとアイスクリームの冷たさでチョコレートがかたまってかちかちになるのだ。
それを砕いて、アイスクリームと一緒に食べる。想像してみる、美味しいことは間違いない。
「そんで、あついじゃん~? ちかくのだんじょんって、そんなむずかしいとこじゃなくって~みずのだんじょんなんだって」
あついからちょうどよくない? とレケは笑う。水遊びにも丁度いい。
そしてついでにエリアボスをたおしてくるといいんじゃないかな~なんてゆるっと言う。
「ま、そんなむずかしくかんがえるよーなとこじゃないからきがるにいってくるといいとおもうぜ~」
そんなわけで。暇があれば行ってみて~とレケは言う。そこに己の宿敵がいることを、あえてふせて。
これまでのお話
第1章 日常 『夏の高原リゾート』

夏の高原リゾートには涼やかな風がそよぐ。けれど陽射しはどこだって変わらない。
心地好い暑さの中、人々が向かうのはアイスフェスタだ。
リゾート地の土産物屋や飲食店が並ぶ通り。そこは今、冷たいお菓子に彩られている。
たとえば、色々な手作りのものが並ぶ店。
オーソドックスにミルクやチョコレート。カフェオレ味。それから、フルーツ果汁たっぷりで作られたソルベもオレンジやレモンなどのさっぱりとしたものが多く並んでいる。
でもアイスクリームだけではちょっと物足りない。そういうときは、トッピングがある。
新鮮なフルーツや香ばしいナッツ。いろんな色のカラースプレー。
お願いすればそれはアイスクリームの横に飾られる。
他にもソフトクリーム専門店も。
近くの牧場から仕入れたミルクでつくるそれは味わい深い。チョコレートとの二色ソフトだってある。
そちらも、トッピングにカラースプレーやウェハースなど色々あるようだ。
そんな、さまざまな店が並ぶ中でも目立って長蛇の列がある店。
そこはカップのアイスクリーム専門店。他の店はコーンか、カップか選べるのだがそこはカップだけなのだ。
というのも、選んだアイスクリームにチョコレートをかけるから。
カップのサイズはふたつ。普通サイズならひとつ。大サイズならふたつ選べるようだ。
店に並ぶのはバニラ、チョコチップ、チョコレート、ナッツ&キャラメル、ベリーミックスなどいかにもチョコレートにあいそうなものばかり。
店員がレバーを引けば、チョコレートがとろりとでてくる機械がある。そこから落ちるチョコレートは、アイスクリームにかかるとパリッと冷えて固まるのだ。
軽くスプーンで叩いたくらいでは割れないチョコレート。思いきりスプーンで叩けばばりっと割れて、それをそのまま食べるのもいいし、砕いてアイスクリームと一緒に食べるのも美味しい。
それにチョコレートも、ミルクとビターで二種類。好みで選べるという。
もちろん、チョコレートをかける前のアイスクリームにトッピングもできるのだ。
どれにしようかと悩む時間も楽しいもの。
――どうぞ、お好みのアイスクリームとの出会いを。
涼やかな風の下、木々の葉がさわさわと歌う木陰で美味しいひとときを。
鮫咬の予知とはまともなものか? と楪葉・伶央(Fearless・h00412)は自身が担当している人間災厄の予知に足を運んでいた。変なことをたくらんでいるなら後でシバかねばならない。しかし、まだその片鱗はないようだ。
そして甘い物の気配――それには、心躍ってしまうなと伶央は笑み零した。
甘党の伶央にとってソフトクリームにアイスクリーム、ソルベなどなど。ここには楽しめるものがたくさんあるのだから。
「どこからいくか……」
ひとまず手近な店から。アイスも、ソフトクリームもトッピングは一番甘い組み合わせで。
本当にあなたがこれを……? と女性店員が向ける視線に、伶央はにこりと微笑んだ。
するとぽっと女性は頬染めて。
「サービスしておきますね!」
トッピングをさらに盛り盛りに。これはいい、と食べつつ――伶央の視線は長蛇の列を捕えていた。
涼やかな風の中、ひとびとが楽しそうにしている。並ぶ店では冷たい菓子が沢山並んでいて、ニコニコ・ロゼット(sweet world・h02232)の視線はどれにしようかとうろうろ。
「牧場のソフトも気になるけど、やっぱチョコかけるやつ食べたい」
長蛇の列。でもそれに並んで待つのも楽しいのだ。
ニコニコは自分の順番巡ってきて、そしてチョコレートをかけてもらったアイスクリーム受け取る。
スプーンでつんつん。
「おお、カチカチに固まってる――」
これくらいじゃ割れないか、とニコニコはもうちょっと力込めてこんこん。それでもまだ割れない。
と――周囲見れば同じようにアイスを楽しむ人たちもいて。
盛々トッピング大サイズのアイスを持ったイケメン――伶央の姿が目に入った。
あの大きさ、誰かと食うのかな、すげぇ……と思ってみていたがそれを口に運ぶのはひとり。その視線に伶央も気付いて、ゆるりと視線を動かした。
伶央は誰かと食べる素振はない――もりもり食べるその姿を見つつ、チョコにえいっともう一撃くわえようとした瞬間、ニコニコの手から勢いよくスプーンが飛び出て。
「あっ」
跳ねて、伶央の足元に。
「スプーンが落ちたぞ?」
落ちたものを拾って、店員に渡せば新しいものを。伶央はそれをニコニコへと渡す。
「! さんきゅー! 優しいな、あんた」
星の如き瞳だと、先ほど思っていた伶央。その瞳に笑みが滲んでいるのにふと笑み浮かべて返す。
「先ほど見ていたようだが……」
「いやさ、つい……アイスすげーなって思って」
「アイスの量? おかわりしたいくらいだが……」
「え、ひとりで食べんの!?」
何か、変だろうか? というように伶央は首を傾げる。まだ、まだ食べてる!? とニコニコはびっくりだ。
でも、ふと笑み零れた。
すげぇかっけーのにかわいいひとだなぁと思ったから。
「おかわりもいいけど、腹壊さないよーにな?」
その辺りの配分は大丈夫だと伶央は言いつつ、これも何かの縁だと自己紹介を。
するとニコニコもぱっと笑み浮かべて、自分の名前を告げる。
「ニコニコ、よかったら共に回らないか」
「!! いいのか!? 一緒にまわるっ」
ひとりでちょっと寂しかったんだとニコニコはくしゃりと笑む。
めっちゃ嬉しい! と笑顔いっぱいのニコニコへと伶央は柔らかな視線向けていた。
「まだ甘味も食べ足りないしな」
「えっ、まだ食べるのか!?」
伶央、すげーとニコニコは零す。でもまずは手にあるアイスを解ける前に。
今度はしっかり割る、とニコニコはぱりっと砕いて夏の一口を堪能する。
夏の賑わいも心地よい。高原リゾートの暑さは和らい感じるもので、金穂山・月雲(双災の片割れ・h00578)は瞳細めて、その風を感じていた。
その隣をゆるりと歩く夜賀波・花嵐(双厄の片割れ・h00566)はふとその店見つけて指し示す。
「アイスが食べられるらしいよ、月雲」
長蛇の列、ということは人気なのだろう。見ていると、アイスクリームにチョコレートをかけているのが見られた。そういえば星詠みがそんな店があるのを言っていたなと思い出す。
「アイスクリームか。私、人間界隈のアイスは食べたことがないかもしれない」
ひとびとが美味しそうに食べているその冷たい菓子に興味がでてくる。月雲は食べようかとその列の方へ。花嵐も一緒に楽しみだねと列の先を見つめて一緒に並んだ。
するとアイスクリームの種類が描いているパネルなどもみえて。
「どれにしようか、チョコをかけるならミントもいいよね」
色んな種類がある。チョコは何にでも合うから迷うねと、どれも魅力的で花嵐はむむと悩む。
「花嵐はチョコレートが好きだねえ」
そんな様子に月雲は微笑む。選ぶ様も楽しそうで、それを見ていると自分も楽しくなるのだから。
そんな風にしていると、列が進んでふたりもアイスクリームのショーケースの前へ。
「イチゴもバニラもいいし、チョコオンチョコも」
これは、悩むねと花嵐は言いつつも、その視線は三つまで絞っていた。
「ふふ、盛れるだけ盛ることにしようか」
「ふふ、好きなだけお取り。あとでソルベも食べたいな」
月雲はナッツ、ベリーを選んでチョコがけを。
花嵐はミント、イチゴ、ミルクをカップで選んでいた。どれもチョコにあうと微笑んで。
その幸せそうな表情に月雲は自分のカップを差し出した。
「一口食べる? 味見だ」
それは嬉しいお誘いで。花嵐はそっちも迷ってたんだよねと言いながらひとすくい。一口もらったあとには、自分のを一口掬って。
「ありがとう、僕のもどうぞ」
月雲の口へと花嵐は運んでいく。月雲はこっちも美味しいとその一口を味わって綻ぶ。
冷たさと甘さと。それを舌の上で楽しみながら、ふわりと頬を撫でていく風。さらっとした感じの風は、海風とはまた違ったものだ。
「僕は海が好きだけど、高原もいいね、風が爽やかだ」
「そうだね、空気が気持ちいい」
花嵐はアイスを食べながら、来てよかったねと紡ぐ。月雲はもうアイスのカップを空にしてしまったから、今は二色ソフトクリームをその手に。
「私は森派だけど、障害物がない風は踊るように吹き抜けるんだね」
森の風よりもまっすぐなような。海の風ともまた違う質感。
と――花嵐は気付く。月雲の口端にちょんとついたそれを。
「月雲、ここにチョコが付いてるよ」
「え、どこ? 取れた?」
「そっちじゃなくて、こっちの……ちょっと待って」
月雲は指先で口端をなぞる。でもそれは反対側。違うよというけれどなんだか広げそうな感じに花嵐は止めて、その口端をハンカチで拭いてやる。
「これで大丈夫」
「うん……ありがとう。お礼にほら、あーん」
「ん」
それはクリームのたっぷりついたウエハース。口元に運ばれたなら遠慮なくと花嵐は噛り付く。
「美味しい」
それは良かったと月雲は微笑んで、そういえばこの近くにはダンジョンがあるんだったねと紡ぐ。
それは水のダンジョン――観光客も訪れるような、余り危なくない場所だという。
「水のダンジョンらしいからね。魚とか?」
「ふふ、水のダンジョン楽しみだね」
どんな|子《敵》がいるのかなと花嵐は穏やかに、これから戦うことを感じさせずに笑ってみせる。
「まあ……何か隠していそうな気配はしたからね。用心しようか」
月雲はそう言いつつも、笑ってみせる。それと出会うまでは観光気分でよいのだから。ゆるりとふたりの時間を楽しむだけ。
夏である! とエストレィラ・コンフェイト(きらきら星・h01493)は金の瞳をぱしぱしと瞬かせ。そしてくるっと勢いよくネム・レム(うつろぎ・h02004)へと顔向けた。すると長い銀糸もつられて踊る。
「ネムちゃん、すごいぞ! アイスがたくさんある!!」
店を指差し、興奮気味にエストレィラはわあと声零す。
ネムもその言葉に小さく微笑んでその示す先を視線で追いかけた。
「ほんまにようけあんなぁ……」
ネムの視線はゆるりと動く。けれどエストレィラの視線はいったり、きたり。とても忙しい。
「ふふ……はしゃいどる」
そんな姿がとてもかわいらしくみえて、ネムの笑みは深くなる。
「レィラちゃんは何が好きなん?」
「ネムちゃんは何のアイスが好きだろうか」
と、声がかさなって。二人は視線合わせてぱちと瞬いて笑いあう。
「わたくしは、ソフトクリームに目がないのだ」
エストレィラはカラースプレーをたくさんトッピングしちゃうぞぅ! と、トッピング沢山のソフトクリーム手にした人を見て期待を募らせる。
「ソフトクリームもええねぇ。からーすぷれー……あの可愛らしいのんか」
それを、エストレィラが手にしている姿をネムは想像する。
カラースプレーたっぷりのソフトクリームをもったエストレィラ――にっこにこで嬉しそうな表情なんだろうなと思っているうちに、エストレィラはさーっとソフトクリームを買いに走ってその手に。
「うむ、愛らしい」
ふふーと嬉しそうな顔。それは想像した表情と相違なくて。
「なんやろな……持っとる姿がよう似合うとる……ふふ、よかったなぁ」
しっくりくる姿。ネムは微笑んで、うちはどうしよかなと視線巡らせる。
すると、アイスクリームにチョコをかける店が目にとまった。
「ネムちゃんはチョコかけるんが気になっとるんよ」
「おまえさまはチョコが好きなのか?」
パリッパリになる。それも楽しそうやねえとネムは言って、サイズとまた迷うのだけれど。
「二人やし大きいのにしとこか。レィラちゃんも食べるやろ~?」
「わたくしの分も…! う、うむっ、いるっ、食べるぞ!」
そのアイスクリームも、絶対においしい。こくこくと頷くエストレィラ。
ネムはアイスはどれにしよかとケースを覗き込む。
「アイスはベリーミックスにビター、チョコレートにミルクでええやろか」
そう言って、せっかくやから果物も合いそうなんを、と添えるものもネムは選んだ。
選んだアイスクリームにチョコレートがかかる。するとすぐに固まってパリパリのコーティング。
「ええ感じやね」
「おぉ、これは……欲張りせっとだな!」
ふたりの手に在るもの、どちらもおいしそう。
エストレィラは手にしたそれを見つつ御満悦の笑み。瞳きらきら輝かせて、スプーンで大きくひと掬い。
口に運ぶそれは、濃厚なバニラソフトにカラフルなカラースプレーの食感が楽しくて。
「くふふ、美味である!」
頬も緩むというもの。そしてこの美味しさを、傍らのネムにも知ってほしくて。
「おまえさまも一口如何か? あまぁくて美味しいぞ!」
「おやまあ、ええの?」
ほんならひと掬い、とネムは貰う。ソフトクリームは口の中でとろりとあっという間に溶けて広がっていく心地。
「落ち着くバニラの香りと甘さがええねぇ」
ネムの言葉にそうだろうとエストレィラは笑む。
そして、ソフトクリームとはまた違った味わいのアイスクリームも。
「ほれほれ、こっちもお食べ」
チョコレートをぱりっと割って、ネムは食べやすい様に。そしてひとすくいして、口へ食めば。
「チョコの歯ごたえもあってこっちもええなぁ」
ソフトクリームのとはまた違う食感をネムは楽しんで甘いアイスにご機嫌な顔。
ベリーの甘酸っぱさにビターな甘み。チョコレートにミルクでこっちのほうがちょっと甘め。
その二つの味をエストレィラもあむっと食べて、割ったチョコレートの食感に同じように瞬いて笑顔浮かべる。
「んむっ、そちらの欲張りせっとも美味しいな……」
どちらも美味しくて、何とも贅沢であるとエストレィラはしみじみと零した。
口の中で広がった味を反芻して――もう一口。
「うんうん、贅沢や」
ふふとネムは笑って、溶ける前に全部たべましょと微笑む。
さらさらと夏の涼やかな風が頬撫でる。その感覚と共に、冷たい一口をふたりで口に運んでいく。
夏はやはりアイス――結・惟人(桜竜・h06870)は高原リゾートに足を運び期待は高まるばかり。
そして五香屋・彧慧(空哭き・h06055)は傍ら歩きつつ、高原リゾートかと賑やかなこの場所を眺めると。
「高原リゾートにも、やはり幽霊。殺人事件もお忍び探偵も別荘ホラーも、あるんだよ」
「リゾート地で食べるのはまた格別……って」
維久慧さんは一体何の話を――と、不思議そうな視線を惟人が向けると彧慧はぱちりと瞬いて。
「え、ちがう?」
「はい、ちがいます。今回は、そういうことはありませんね」
あるのは――アイスです、と惟人は力強く。
「チョコかけアイス、初だから是非頂きたい」
「チョコがけアイス、やはりそうこなくては」
長蛇の列があろうともここは並ぶ場面。彧慧も多少並んでもgetしましょとその足取りはかろやかに。
大きい日傘をもってきたから安心するよしと開けば日陰になる。
「普通サイズにバニラ味、トッピングはフルーツをお願いしよう」
惟人の尾はゆるりと動く。楽しみだなとその気持ちが溢れるように自然と動いてしまうのだ。
それに、と惟人の視線が縫い留められているのは――チョコレートが出てくる機械。店員がレバーを引けばとろりと出てくる。そしてアイスの上でそれは固まるという。
そしていよいよ、二人の番――惟人は心に決めていた注文を。
カップにアイス。そしてフルーツが色々と飾られて機械の前へ。選んだアイスクリームにかかるチョコレート。アイスにかかれば固まるその瞬間に、惟人の尾はゆれる。
パリッとチョコレートが固まる瞬間を前に、すごいと惟人の尾は大きく揺れた。
わくわくの心地のままに受け取って、維久慧さんは何味にしたのだろうと傍ら見れば、視線があう。
彧慧の手にはるのは苺みるくとお任せのシャーベット。シャーベットは洋ナシだという。それに苔桃のジャムにベリーミックス。
生クリーム一絞りにアラザン、と星型の砂糖がぱらりと散る。チョコレートもかかるそれはとてもリッチ。
でもそれはそれとして、惟人がどんなアイスを選んだのかは気になる。
「さすが隣の芝生、すげぇ青い」
お互いのがやっぱりきになると笑って、チョコレートを割る開封の儀のお時間。
「チョコわるときはせーのでいきましょ」
はいと惟人は笑って返す。ふたりでせーの、と声あわせてチョコレートを割る。
「この音、なんだか癒される」
ぱりっと割ってアイスクリームと一緒に口に。食感も楽しくて惟人はふふと笑み零していた。
「やはりチョコとバニラ、間違いない組み合わせ」
鉄板でもある組み合わせだろう。口の中で溶けていくのをよく味わって、美味しいと綻ぶ。
彧慧も、これは美味しいなとチョコと一緒にたべたり。生クリームも合わせてみたりと楽しみ方は色々だ。
そして誘われるように、高原リゾートでゆっくりと過ごせる場所を探せば――花の咲き乱れる木陰を見つけた。
花がさわさわと風に揺れている。花が好きな惟人はいい光景を見上げて瞳細める。
その横で本を開いて彧慧もゆるりとくつろいでいた。
「あのチョコの機械、家にあればいいのにな……」
目にしてから、惟人の心をとらえているそれ。
あれが、家にあればいつでも好きな時にとろとろのチョコが食べれる。自分でアイスを買ってきてかけたり。他にもホットミルクにいれたり――なんて、色々と想像が捗る。
あれ、やっぱり家にあるととてもいいのでは。そう思う惟人はぱっと、彧慧に顔むけて。
「そう思わないか、維久慧さん」
「……、チョコの機械?」
そうですと惟人は頷く。あの機械のすばらしさを語って。すると彧慧も一緒にしばし、考えて。
「事業補助金でかうのよ。開業しなきゃ」
そしたら買えるんじゃない? と彧慧は言う。開業かぁと惟人は零してうーんと唸る。
開業するなら、それは店におかなければいけなくて。それは家ではなくて。
やっぱり難しいかなぁとため息交じりに悩む。
そんな、できたばかりの生者の友人の姿に彧慧は小さく、笑み零していた。
夏である! とその足も弾む心地。トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)は高原リゾートに一緒にきた緇・カナト(hellhound・h02325)へとここで何があるのか、何を目当てに赴いたのかを告げる。
「アイスフェスタという催しがあるらしくてなぁ」
此れは経験せねばなるまい、なぁ主よ? とトゥルエノはにこにこと。それが楽しみで仕方ないというのが解る表情にカナトは肩をすくめてみせる。
「フェスタねぇ……まァそんなに並ばずに冷たいもの食べに行くと思えば未だマシか」
カナトは並んでるところもあるけど、少し待てばいけそうだなといくつかの店を眺める。
そして傍ら見ると、トゥルエノもどの店にいこうかとわくわくといった様子。
「アイスとソフトクリームにソルベにジェラート……」
むむ、とトゥルエノは唸りつつ色んな店に視線がいったりきたり。カナトがその様子にどうした? と問えば。
「正直違いが分からなくてなぁ」
「言われてみればソフトクリームは兎も角、アイスとソルベとジェラートの見た目は似てんな」
発祥の国の違いとか? とカナトも思うままに。
なるほど、なんてトゥルエノは思いつつふと尋ねる。
「主はどういうものが好みなんだ?」
フルーツとかチョコ系アイスは好きだけどとカナトは応える。そういうのもあるのかな、と思っていると。
「おお! 長蛇の列がある~人気店と見た!」
トゥルエノが見つけた店は、人が列を作っている。このあたりで一番の賑わいを見せている店だ。
「ああ、人気店は流石に混んで」
だから他の店に、とカナトは思ったのだけれど。ぱっと顔向けてきたトゥルエノの瞳はきらきらと輝いていて、これは、もしかして、とカナトは思う。
「我はアレが食べてみたいぞぅ」
「げ。並びたいの……」
「主もチョコアイスが好みならばウィンウィンだろう」
「苦労しないと手に入らないもの否定する気は無いんだが……」
でもなぁ、とカナトは思う。そんな気持ちを察してトゥルエノは胸を張る。
「待つのが億劫だというのなら……別のアイスを買いに行くのも良いし」
それは名案。トゥルエノはカナトへと、提案するのだ。
「我が列に並んでおくからなぁ役割分担というヤツだ!」
だから我は並ぶ、とトゥルエノはしゅっと列へ。
カナトはひとりで列待機させておくのも何だしと思い、周囲のすぐ買えそうな店へと飛び込んだ。
そこでオレンジやレモンの柑橘系のソルベを。それをもってトゥルエノのもとに戻る。
並んでいればやはり暑い。でもひんやりした一口にトゥルエノは頬緩めて堪能する。
そしてカナトも一緒に並んで待って――やっと順番が巡ってきた。
「……なんだかんだお裾分け貰ったがいざ来た本命」
口にしたソルベも美味しかったとトゥルエノはほくほく。でもやっぱり、並んだこの店への期待は高まるというもの。
「な、長かった……やっと買えるのか」
カナトはふーと息吐いて、並ぶアイスクリームをみる。長く悩むことは無くて。
「チョコチップとベリーミックス」
「我はどれにしよ~ナッツ&キャラメルにミルクで!」
頼んだアイスクリームにチョコレートがかかっていく。
とろりと落ちていく様を見ていると、アイスクリームにかかるとぱきっと固まっていく。
その様子をカナトは見詰めて、楽しいかもしれないとその瞳細めた。
そしてトゥルエノも、もらったアイスへとスプーンを。かつっと強めに叩けばチョコレートが割れてトゥルエノはおお、と声零す。
叩いて、そして割ってアイスクリームと一緒に。そうやって食べるそれは楽しくて。
「こんな涼やかな時間も良いものだなぁ」
楽しそうにトゥルエノが紡ぐ言葉にカナトはふと笑う。そして、そっと零すのだ。
貴重なアイス体験だったなら何よりで、と。
ひとびとの賑わい――アイスフェスタへ向かうひとたちの中にシイカ・メイリリィ(ジュール・ドゥ・ミュゲ・h01474)と椿木・キサラ(未開の蕾・h02046)も一緒に溶け込んでいた。
「暑い季節は冷たい氷菓が恋しくなるわね」
どんなものがあるのか、キサラは楽しみで表情ゆるむ。
「食べすぎてお腹を冷やさないか心配です」
「も、もちろん食べすぎは禁物だけど……でも折角のフェスタだもの!」
「でも……折角来ましたからね。無理のない範囲で楽しみましょう」
ええと頷き、シイカも微笑む。
おんなじ気持ちと綻んで、好きなもの好きなだけ頼んじゃお! とキサラも満面の笑みだ。
そしてふたりの頬を、涼やかな風が撫でていく。その感覚にシイカはふふと零した。
「高原は涼しいですね」
けれど、涼しくたって――いや、高原であるからこそ。
「標高の分、紫外線の影響が強いようです。キサラ、しっかり日焼け止めは塗りましたか」
「今日のために準備はばっちしなんだから!」
キサラはふふと笑ってこの通り! と帽子にちょんと触れる。
「日焼け止めも塗ったし、帽子もあるからね」
楽しむ準備はばっちり。キサラはさて、どこにいく? とそわそわ。
その様子にシイカはふふと笑み零す
「そういうと思って、事前にキサラが好きそうなものを出しているお店を調べておきました」
スマホと|現素体《わたし》を同期してありますので道案内も完璧ですとシイカは紡ぐ。
「どこから行きますか?」
どこから、と問われて。キサラは一層悩むと零す。それに視線をくるっと回しただけで、並ぶ店から出てくる人たちが持っている冷たいお菓子は、どれもおいしそうに見えてしまうわけで。
「夏らしくさっぱりしたソルベ」
柑橘系のソルベもおいしそうだし、でもあれは洋ナシ? 気になる。気になると言えば。
「ジェラートもいいけどたまにはソフトクリームも……」
うーんと悩んで、キサラはシイカをぱっとみる。
「シイカは好きな種類はある?」
そう、問われて――シイカはきょとり。ぱちぱちと瞬いて。
「私、は……」
シイカは逡巡する。そっと|バックアップログ《過去の記憶》を辿っていけば。
「……チョコ、でしょうか」
「チョコ?」
それは甘いお菓子。ほろ苦いものもあるのも知っている。
でもシイカにとってチョコは。
「以前、キサラと一緒にチョコを作りました、ね」
キサラとの思い出のお菓子。
「それがとても……楽しかったので」
「……うん。うん!」
やわらかに微笑んで紡ぐ。シイカの言葉にキサラは瞬いて、そして――ぱっと満面の笑みで大きく頷いた。
「一緒に作ったチョコとっても美味しかったわ」
トッピング選んだりも楽しかったよねとキサラもその時の事を思い出す。
一緒に作ったチョコ。その記憶が、今ここで繋がって――キサラの気持ちもそちらに向く。
「……決ーめた! 私チョコがけのにする!」
アイスもチョコ味で贅沢チョコ祭! と、手にするそれを想像してキサラは笑む。
ここで、一緒にチョコを食べて、またひとつ思い出作れたらいいな、なんて思うから。
「ね、良かったらシイカもお揃いにしない?」
「ええ、ではあのお店に行きましょう」
キサラのお誘いに微笑んで、シイカは一番人気のあのお店ですと示す。するとシイカも一層笑み深めて。
「わーい!それじゃあ早速いきましょ!」
足取り軽やかに、踊る様にそちらへ。
「とびきりの甘い夏の思い出も作っちゃお!」
青い空に澄み渡る風。そしてチョコ尽くしの冷さを味わう夏――そんな新しい、二人の思い出の時間に、なるだろうから。
天気はよく、陽射しは夏のもの。でも高原という立地は感じる夏の暑さを和らげてくれる。
リーガル・ハワード(イヴリスの|炁物《きぶつ》・h00539)は、頬を撫でた風の涼やかさに口端を僅かに上げて微笑む。
「陽射しは強いが風が涼しいから気持ちがいいな」
それに、彩られたとおりに期待が膨らむというもの。
「これだけアイスの店があるってのも、何かすげぇな」
ならぶ店の数々に天使・夜宵(熱血を失った警官・h06264)の足は止まる。ここまでアイスの店が並んでいるのを見るのは初めてだ。
「普段甘いもん食わねぇから意識しなかったけど、種類多いな……?」
これが普通なのか? と問えばここは多い方とのこと。
ヒュイネ・モーリス(白罪・h07642)もわーと声零す。生者がたくさんいる、と楽しそうに。
人々はアイスフェスタに浮かれて、
「それにしてもすごい賑わいだね」
人がこんなにいるのはちょっと不思議。
その呟きに古出水・蒔生(Flow-ov-er・h00725)は笑って。
「なんてったってアイスフェスタだもんね! どれも美味しそうで目移りしちゃう」
それは大歓迎の目移り。楽しみ! という気持ちを蒔生はその表情全てで表していた。
「フェスタ? ふうん、お祭りみたいなもの?」
それなら浮かれちゃうのも仕方ない? とヒュイネは首傾げる。
だってその浮かれちゃう中に、自然に溶け込んでいつも見せない姿を見せるものがいるから。
「潤があんなにはしゃぐなんてちょっと意外」
その視線の先で――古出水・潤(夜辺・h01309)がふらふらとあっちへ惹かれ、踏みとどまり。しかしまたふらふらとしていた。
それは仕方ない事。あちらにもこちらにもアイスの幟――なんと心浮き立つ光景でしょうと潤の心は満たされて。それゆえに定まらなくなりあっちへこっちへと誘われるばかり。
けれど、今回は――心に決めたアイスがいると踏みとどまる事何回目。
「誘惑に負ける訳には」
チョコ掛けアイスの店。潤はその店へいくときりと表情引き締めて。そして足は――『絹食感ソフト』の看板が目に入って――そちらに吸い寄せられてしまう。
「おい潤、目的あるんだろ? 目ェ閉じて歩いたらどうだ?」
夜宵が声かけると、潤ははっとする。
「失礼、そうでした」
こんなに誘惑が多いとは、と眼鏡の蔓をおしあげる。そして潤は瞳をすっと閉じた。すると蒔生がそっと後ろに。
「では目を閉じて……蒔生、そんなに押さなくても」
「でも――兄貴、ふらふらしない! 背中押すから……次、右曲がって!」
目に映らなければ何かに捕われることなく。その足取りはまっすぐ、お目当ての店へ。
そして目を閉じて背中を押されながら進む事しばし。蒔生のついたよの声に潤は瞳を開けた。
「ああ、ここが噂の!」
弾む声は期待の高さの表れ。心なしかチョコレートの甘い香りもしてくるような――その香りを感じ、潤は来てよかったと改めて思う。
「へぇ、ここが目的の店か」
長蛇の列だなと夜宵はその列の端から端を視線で撫でる。皆楽しそうに待っている様だ。
「待ち侘びました、早く食べましょう早く」
しゅたっと潤は並ぶ。この並ぶ時間が少々長くとも、わくわくが高まっていく良き時間。
その並びにそっと一緒に並ぶチェスター・ストックウェル(幽明・h07379)はそのままでは食べることができない。でも、両親の遺髪が収められたバングル――追惜を装備したなら実体化できる。
「いっっつ……!」
けれど代償に、手首に痛みは走る。でもヒュイネからもらったナイチンゲールの嘘を飲めば――その痛みは抑えられる。
「チェスターは大丈夫か?」
リーガルが心配して声かける。その声に痛み堪えて、大丈夫とチェスターは笑みを返す。
「なんとか」
つきりつきり、痛む。唸りそうになるけれどそれを飲み込んで。リーガルの何か言いたそうな視線。
「そりゃあ痛みを堪えてでも食べたいよ」
潤があんなになるくらいなんだ、絶対美味しいに決まってる、とさっきまでの事を思い出し小さく笑いながら視線を向けると彼は大きく頷いた。
「きっと痛みに耐える価値があるはずです」
ヒュイネもチェスターのその背中をぽんっと。するとなんだか痛みが少し和いだ気がする。
シンギュラリティ・災禍(無音の災い・h07511)も足を踏み入れた店内をくるりと見回し情報を得ていく。
香気と熱気に包まれた中、バニラとベリーミックスにビターチョコを選ぶ災禍。チョコレートがアイスクリームにかかる――冷却による収縮音を災禍は拾い上げ、良い音ですと頷く。
「味の種類多くてよくわからないな。とりあえずおすすめを」
ヒュイネはお任せ、といいつつ。
「なるべく甘くないようにしたい……」
色々な種類があるのは見てわかる。ベリーミックスや、チョコレート。甘そうだな、と思うと選択はやはりシンプルになっていく。
夜宵が選んだのはバニラにビターチョコのコーティングを。
ヒュイネはそのチョイスを見ていたのでそれも良さそうと思うわけで。
「あ、その夜宵と同じので」
と、そのお隣で蒔生も悩んでいた。
「んー、わたしはコーヒーのにしようかな」
アイスのほうは甘さ抑えめのものを選んで。
「その分かけるチョコはミルクにして、このいちごチョコトッピングしてください!」
「ん? 蒔生のいちごチョコトッピングも気になる」
「ヒュイネさんもおそろにしよ!」
絶対おいしいよと蒔生はにこにこ。こくと頷いてそれも、とヒュイネも追加して、結果的に色々とハイブリッドなアイスに。
「さてどのフレーバーにしよう」
と、次々皆が決めていく中でリーガルは静かに見つめていた。
「……決めた。僕はベリーミックスにミルクチョコがけで」
ウエハースも添えてもらおうと、トッピングもプラスだ。
そして一番楽しみにしていた潤は、ショーケースの前で固まっていた。
「私には、選ぶことなど……」
潤はバニラ、いやチョコレート……と呟き零しつつ、やっとのことで選ぶ。
キャラメルナッツのレーズン追加にチョコをかけてもらって受け取れば満面の笑み。ご機嫌でその足取りも弾むというもの。
折角ですし、景色のよいところでと潤は探す。高原を風が渡ってくる――青空の広がる場所。そこにぽんと広げたのは、霊紙で作った大きなパラソルだ。
「ふぅ、風気持ちいい……兄貴の術、こういう時は便利だよね」
早速その日陰に蒔生も。すると風のひとふきで一気に涼やかになる。
そのパラソルの下で、夜宵もまず一口。ぱりっとチョコレートを砕いて口へと運ぶと――たまには、こういうのも悪くない。そんな気持ちになる。
災禍もチョコレートをスプーンで砕く。なかなかの破砕の手応え。先程の収縮音と共に、記録すべき価値がありますと改めて、アイスクリームを見つめる。
そして見詰めているだけでなく、口へと運ぶ。
甘い。これが美味と言わずなんというのか。ぱく、ぱくと口に運んでいく災禍。摂取した糖分は抑制出力へ変換されるため、継続は可能――つまりまだまだ食べれる。
スプーンでぱりぱりとチョコを崩す。それも楽しいなと思いながらヒュイネも一口掬い上げた。
「つめた……っ でも甘すぎずおいしい」
「コーヒー味もあったのか。蒔生、それ甘くない感じか?」
と、夜宵は興味を示す。その選択もありだったか、なんて気持ちだ。
「んー! 最っ高! うん、苦くて美味しいよ!」
固まったチョコを割って一口。コーヒーにミルクチョコ、大正解と蒔生は、続けてもう一口。
災禍はその声をひろいあげ、蒔生の手にあるアイスを見て。
「視覚的に華やか。夜宵様の抑制傾向も興味深です」
それに、と続けて災禍はチェスターの手にあるアイスも見る。
「チェスター様の徹底もまた、印象に残ります」
「選ぶフレーバーにもみんなの個性が出て面白いね」
そう笑いながら、災禍の言葉にチェスターは笑い零す。
「記録って、災禍はここでも真面目だなあ」
でもそれが災禍らしい、そうしたくなる気持ちも――
「……でも、なんだかわかる」
チェスターは自分の手にあるアイスを見つめる。チョコレートアイスにミルクチョコレートでチョコづくし。
それをこの高原で食べるのがちょっとだけ特別なことに思える。
風が頬を撫でる感覚、チョコレートのパリッとした食感、アイスの冷たさ――どれもが懐かしくて自然と頬が緩むから。
チェスターはアイスを口に運んで、美味しいと綻ぶ。
リーガルも、チョコレートをスプーンで叩く。けれどコンと音が返ってきただけで割れていない。
「む、もう少し強くか」
さっきよりも強めに叩けばぱりっと割れる。小気味よい感触と音に期待も高まるというもの。
ひとすくいして自分の前に持ち上げたら知らず笑みは零れる。
「僕もいただきま――おい蒔生、近い!」
食べようとした瞬間、それもおいしそうと近づく気配。
「あ、ねぇ!リーガルさんは何に――むぐっ」
リーガルはウエハースにチョコとアイスをのせて、ほらと差し出す。これやるから離れろとばかりに、彼女の口元へ。蒔生は口に運ばれたその冷たさとウエハースを味わう。ベリーミックスの甘酸っぱさがまた良くて。
「……んいふい。けど! 口に突っ込むことなくない!?」
その抗議をはいはいと流しつつ改めて、ゆっくりとアイスを口へ運ぶ。すると、口に広がる甘酸っぱさと甘さ。そして食感の絶妙なバランスについ翼が開いてしまうのも仕方ない。
「お、リーガルのウェハースいいじゃん」
「ウエハースとかもあったんだね」
と、リーガルが食べるそれもまた気になる所。
そしてここまで粛々とアイスクリームを味わっていた潤。しかしその視線は皆の食べていたアイスも見詰めていた。
「……やはりベリーも美味しそうですね」
隣の芝生は何とやら。その選択もやはり捨てがたかった、と思うわけで。
「……って、どんだけ誘惑に負けてんだ? 気になるなら、もう一つ買って来るのもいいんじゃねぇの」
俺のはもうない、と夜宵は空のカップを見せつつ笑う。
「えっ、おかわりアリ!?」
その言葉に蒔生のテンションはあがる。
「じゃあわたしも食べる食べる! リーガルさんの美味しかったし、それにしよっかな」
行こう~! とそしてすっと災禍も立ち上がった。
行くの? とリーガルが問えば災禍も頷く。
「ええ、行ってきます。宜しければ買い出しも承りますよ」
そしてもちろん、潤がすっと立ち上がる。再度あの列に並び、アイスクリームを手にするために。
「買いに行くなら、コーヒーとビターチョコの組み合わせで俺の分も買ってきてくれ」
「夜宵様、コーヒーとビターチョコの件、承知いたしました」
災禍はお任せくださいと頷く。
「へえ、蒔生と夜宵は次は違うものにチャレンジするんだ」
チェスター様はどうされるのですか? と災禍が問えばチェスターはにっこり笑って。
「俺はさっきの組み合わせをリピートで!」
美味しかったからもう一回食べたい! と明るく朗らかに早速と足早に。
そして食べながらヒュイネは続々とおかわりと列に向かう皆を前に。
「みんな食べるの早い」
では行ってまいりますと災禍が言うのにヒュイネも顔あげて。
「あ、災禍も乗り気……いってらっしゃい」
こっちは景色をのんびり楽しんでおくよと食べながら。
「ヒュイネ様、食後は景色をご一緒しても? 味覚の余韻も観察に値しますので」
うん、もちろんと笑ってヒュイネも皆の背中に笑み向けた。
「災禍も蒔生もチェスターも潤を頼んだぞ」
「リーガル様、ご指示通り副班長の動向も見守っております」
楽しそうに、おかわりアイス向かう皆の後を災禍はついていく。
気になる組み合わせを託し、買い物組を見送る夜宵。
ちと心配……なんて思うのは仕方ない。
リーガルも、僕もひとつで十分。ここで待ってると皆を見送る側に。
「帰ってきたら、言ってたのと違うアイスもってそうだな」
「一個追加してる可能性もあるよ」
「大いにある……」
なんて三人顔見合わせて笑いあう。
次はどんなアイスを買ってくるのかと待つ三人は話題にして。
さっき言っていたものを買ってくるのか、それとも新たな誘惑にとらわれてしまうか――それは皆が帰って来た時のお楽しみ。
長蛇の列の最後にちょこんと並んだ廻里・りり(綴・h01760)。
楽しみと尾が揺らして、ちょっとずつ進んでイク。途中で、店にあるアイスの看板も視えて期待も膨らんだ。
そして列は進んで、いよいよ注文の時。
「おっきいほうで、バニラと……おすすめで!」
それなら、とバニラと合わせて――キャラメルナッツ。
「トッピングもおすすめをください!」
そしてトッピングはさらにナッツましまし。そして甘酸っぱいベリーが一緒に。
そしてチョコレートが掛かるのを、りりは青い瞳輝かせて見つめていた。
受け取る時にはチョコレートはもう固まっている。りりはすごいと瞳瞬かせて。
「いただきま……はっ!こういうときはスマホのカメラで撮るんですよね」
早速、とスプーンでチョコレートを割ろうとしたけれど、そうする前にりりははっとする。
『影が入っておりますわよ! 角度は! 設定は!』
すると、喋る妖怪スマホの|ff《フォルテッシモ》――フォルテちゃんが構えたりりへと指導を。
こう? もうちょっと画面に大きく、とおしゃべりしながらやっと満足いく一枚を撮影。
それをりりは、ふふと小さく笑み零しながらお隣のお姉さんへと送信する。
そしていただきます! とりりはスプーンでチョコレートを叩く。
「……われない……えいっ……できました!」
ぱりっと小さな音立ててチョコレートが割れる。するとその先にバニラとキャラメルナッツの姿。
まずはアイスクリームだけ――りりはスプーンに掬って口へと運ぶ。おいしいと表情綻んで。そしてお次はチョコレートも一緒に。
「アイスだけでもなめらかでおいしいですけどいっしょだとぱりぱりでたのしいですっ」
じゃあ次は、トッピングも一緒に。すると甘酸っぱさが加わってまた違う美味しさ。ナッツも、食感が一層よくなる。
「トッピングによってお味もかわって、おいしさいっぱい!」
りりは、美味しいと表情緩める。一口ずつ組み合わせ変えてみたりとその味を頼めば――いつのまにかカップはからっぽに。
でもまだ、お腹に余裕もある。まだ、食べれる――と、思うわけで。
そしてそう思うのは、さっきソルベもおいしいね~なんて話しながら前を通って行った人たちがいたから。
「もうひとつ、さっぱりソルベもたべたい……」
そんなにサイズも大きくなさそうだし、とソルベのお店をりりはちらり。
言っちゃいましょう! と足をそちらへ向けたけれど。
『アイスは1日2個までと言われておりますわよね? 今のアイスは2個でしたわ?』
フォルテちゃんからの咎める声。
「……カップ換算なので!」
さっきのは、ひとつです! とりりは言いきってソルベのお店へ。
夏の高原リゾートなのだし――たまには、2個食べたっていいのだ。
「夏ですね……暑い、萎れそうです……」
高原で少し涼しくてもやはり暑いものは暑く。
饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(|或いは仮に天國也《パラレル・パライソ》・h05190)は、でもこの暑さももう少し我慢できると今は思う。
「なんか年々暑くなってる気がするな……こういう時は冷たいもん食うに限る!」
渡瀬・香月(Gimel店長・h01183)は熱気にはぁとため息ひとつ。
けれどこの暑さも良いスパイスになる。なぜならふたりの視線の先に――
「というわけでアイスフェスタですよ香月さん!」
賑やかな人々、そしてアイスクリームにソフトクリームなどなど冷たいお菓子の店がいろいろ並んでいるのだから。
そしてふわりと風が吹けば――熱気も和らぐ心地。
「高原リゾートの避暑地って最高だよな」
「高原リゾートなんて滅多に来れませんから楽しみです」
香月は瞳細め風を感じる。紫苑もふふと笑ってその風に髪を揺らされていた。
足取りは軽快。色々な店が並ぶ通りを二人で歩みつつ、視線はあっちへ、こっちへ。
「いろんなのがありますね……ソルベとジェラートの違いも事前に調べてきました」
「事前に調べて来るのエライ!」
えへん、と紫苑は胸を張る。その事前の調査とは食べ比べで。どっちも美味しい! という素晴らしい結果を紫苑は得たのだ。
「フルーツ感の違い、って認識で良いんでしょうか。偉いと言うより”美味しさの秘密”が気になっちゃうんです」
アイス系は乳脂肪分の量で名称が変わってくるんだっけ? と香月は首傾げる。
「うちの店でもジェラートは出すよ。今度食べに来てなー」
香月の店――それはダイニングレストラン『Gimel』のことだ。
「ピスタチオとかやる予定」
「Gimelでも出すのであれば是非! 夏限定メニュー……心惹かれるワード……」
想像するだけでもう幸せな気持ちになれる。紫苑は絶対食べに行きます! とぐっと拳握って頷く。
でも今は、この目の前のアイスを楽しむ時。
「ちょっとずつ色んな種類食べたいな」
いろんな店があってどこにするか、悩むなと香月は思う。でも一人で来ているわけではないから。
「紫苑も是非協力よろしく」
「トッピングを色々選べるみたいですし、沢山食べましょう!」
はいと頷いて、ふふと紫苑は笑む。
「私、いっぱい食べられますから気になったのどんどん頼んで大丈夫です!」
それは助かると香月は笑う。そして食べてみたいのは、と考えて。
「変わり種になるかもだけど野菜のジェラートあるかなぁ」
「野菜のジェラートってスムージーを凍らせたのとは違うんですか?」
「スムージーを凍らせたのとは違うかな」
それより、なめらか? と香月は紡ぐ。
お米のやつとかトマトのやつ、トウモロコシや人参、あとは南瓜なんかあれば食べたいかもと香月はジェラートの店を見つめる。
すると、野菜のジェラートおすすめ、と看板が立っている店があった。
そこには人参やトマト、南瓜などの絵が描いている。そして今の季節限定のトウモロコシ。
「クレープだと総菜系がありますけどアイスにもそんな種類が……」
奥が深いと紫苑も看板見つめる。と、これは私もちょっと予想できるかもと示したのは。
「南瓜はスイーツにも結構使われてて相性良さそう?」
なんて見ていると、試食できますよ~と店員が声かける。
その声にじゃあと二人で試食。南瓜は砂糖を使わず素材の甘さを。使っているのは南瓜でも、バターナッツ南瓜で、ナッツのような甘さがある。
野菜のジェラートを試食しつつも定番もやっぱり気になるところ。
「定番のマスカルポーネ&イチジクなんかもいいな」
美味しかったとジェラートを堪能。でもまだ食べる余裕はあるのだ。
「チョコレートかけてくれる店にも行ってみない? 人気店のベンチマークは大事!」
ほらあの長蛇の列がそうだろうと香月は示す。
「定番を抑えつつも流行にも乗る、完璧ですね!」
この並ぶのも楽しいですと紫苑は笑む。列は少しずつ進んで、二人の番。
ケースに並ぶアイスを見て、うーんと香月は悩む。悩んだなら、こういう手もあるのだ。
「一番人気のやつをお願いします」
それなら、やっぱりバニラとのこと。トッピングはどうしますか? と店員は朗らかに尋ねる。
「フィグや胡桃を乗せてもらおうかな。紫苑はトッピングどうする?」
「香月さんはイチジクと胡桃ですか……フィグって言うとお洒落なのです」
同じのも、良いとは思うのだけれどここは違う味をセレクト。悩みに悩んだ末に紫苑が選んだのは。
「チョコレートにナッツ&キャラメルのアイスにします」
「ナッツとキャラメルも定番で美味そ。キャラメルのポップコーンとかめっちゃ美味いし」
そしてそれを頼んで、同じ味を紫苑はもひとつ頼む。
「おいしいは幾らでも共有していいですからね」
「おいしいの共有は幸せの共有と同義語だよなー」
だから今日は良い日だ――香月は笑む。同じ味を楽しんだり、違う味を楽しんだり。
冷たさを味わう楽しさを二人で満喫する日。
第2章 冒険 『蒼の領域』

アイスクリームを楽しんだなら――次は水辺のダンジョンへ。そこは広がる青の世界。
ダンジョンの入り口は緑生い茂る湖となっている。
きらきらと輝く水辺。風が走れば涼やかで、夏の暑さも和らぐ場所。
広い湖は一番深いところで2メートルくらいだろうか。貸出ボートもあり、それにのって楽しんでいる人たちもいる。白鳥ボートは一台しかないので、それに乗れたならラッキーなのだとか。
ボートを漕ぎながら眺める湖面はきらきらと輝いて見えるだろう。
しかしボートに乗れるような深い場所ばかりではなく、浅瀬も沢山ある。足首あたりまでのところから膝くらいのところまで。
座ってぱしゃりと水を遊ばせたりできるようにと整備されている場所もあるようだ。
そして水深についての注意書きもしっかりあり、楽しく遊べるおすすめの場所は案内もありと手厚い状況。
浅瀬のあたりでは、水を掛け合ったりと楽しそうな声が響く。
ダンジョンの入り口であるが、ここは遊び場なのだ。高原リゾートにあるこのダンジョンの入り口あたりは危険はないとされているから。
もしもの時のために常駐で腕利きの冒険者が雇われて待機していることもあり安心度は高く観光客も多い。
この先はダンジョンの次の階層へ続く場所というところでは雇われ冒険者が立っており、観光客のようであればこの先は危険ですよと声をかけてくれるようだ。
そしてそのような状況なので出店もある。
フルーツ飴の店や、串焼きの店と水辺の傍には出店がいくつかある。
しかし――その出店の全てには注意書きがあった。『リス注意』と。
フルーツ飴の店員は言う。お客さんが食べようとした瞬間にさっとその手から奪っていくすばしっこいリスがいると。
しかしこのリス、奪っていく相手は選んでいるようなのだ。か弱そうな子供やお年寄りや、観光客からはとらない。むしろあげるといった行動をとるとその手から控えめにとって言ったり可愛い顔を見せてくれたりとサービス精神もあるようだ。
つまりこのあたりのリスは、誰を相手にするのがいいのかよくわかっている。
ちなみにそれぞれの店にはリス用ナッツ、なんて100円の袋もあったりする。
しかしこのリス、大人しくしているだけではなく。冒険者であると判断すれば、狙ってその手から奪っていくのだという。
そうまるで、おちょくっているかのように。
串焼き店の店員も言う。リスなんてかわいいもんだろ~なんていっている人ほど、おちょくられてその手から奪われていくのだと。
そしてリスは数匹でそれを行いダンジョンの奥へと消えていく。
長年それを見ている者達は言う。あんなに統率がとれているのは――もしかしたらボスのようなものがいるのかもしれないと。
涼やかなダンジョンの入口。水の気配に金穂山・月雲(双災の片割れ・h00578)は瞳を細め、そして――そこかしこから感じる視線に小さく笑った。
キュッ、キュキュッと小さな鳴き声が聞こえてくるのだから。
「リスか……。兄弟はどうする?」
「そうだねぇ、リスとは後でも遊べそうだからね」
夜賀波・花嵐(双厄の片割れ・h00566)ももちろん、その視線に気づいている。
リスたちは様子を伺っているのだ。周囲には、リスが食べ物を奪っていくことへの注意を促すポスターも見られた。
でも、今は何をしてくる様子もない。なら水辺で遊ぼうと月雲は花嵐を誘う。
ぱしゃぱしゃと、膝下くらいの深さの場所を歩めば、ひんやりと心地よい。
水辺は好きだよと花嵐は笑ってもう少し深い場所に行ってみようかと誘う。
「どちらが深く潜れるか勝負……にならないね」
「ふふ、確かに。私も、この尾の通り、水が得意だからね。まあ花嵐ほどではないけれど」
ゆらりと月雲は美しいその尾を水の中で遊ばせる。冷たい水は心地よく自然と楽し気に尾は動いていた。
刀剣は歪界に仕舞ってあるから、水中でも問題ないよと月雲は笑って、潜ってみるのも楽しいだろうねと煌めく水面を見つめた。
その視線を花嵐も同じように追いかける。
「海ならば僕かもしれないけど、どちらも潜るのは得意だもの」
そう言いながら笑って――花嵐は有るものを見つけた。
「ああ、あの石は月雲が好きそうだな」
視線交わして、すっと潜る花嵐。その指先は先程見つけた虹色の石を捕まえる。
月雲も美しい貝殻をひとつ。きらきらと輝くそれを見つつ、ふと思いつくのは悪戯。水面へあがってきた花嵐へと、こっそり後ろから水をかけた。
「わ、月雲は意外と悪戯っ子だよね」
「)ふふ、涼しいだろ。うわっ、あはは」
えい、と花嵐も見ずかけてやり返す。そして笑いながらさっき見つけて持って来た虹色の石を月雲へ。
「はい、月雲が好きそうな……僕にも?」
「はい、お土産。私にも?」
石を渡せば貝殻がその手に。そして貝殻のかわりに石を。
互いに綺麗だねと笑いあう。
「ありがとう。細工して飾ろう」
「ありがとう、枕元に飾っておこうかな」
ありがとうの言葉が重なるタイミングも同じでまた笑いあう。互いに贈り合ったそれは夏の思い出のひとつになるのだ。
そして月雲は、再び水の中へ。どこへ、と花嵐もついていく。
水の一番深い場所――そこで月雲は竜の子らを召喚する。大竜を呼んで、その影から小竜を呼び出して、月雲はお願いをする。
「君たち、影に潜りながらリスのあとを尾けて情報収集してきてくれ。同じ方向に去るなら、その先に何かしらあるだろうから」
その言葉に小竜たちはそれぞれ散って、動き始める。
「月雲、リスを追うのかい?」
そう、と月雲は笑う。湖の周囲に沢山いるリスたち。変に統率が取れているのだからなにかがあるのだろう。
月雲はだからちょっと先に調べてきてもらうんだと穏やかに紡ぐ。
「ああ、確かに何か知ってそうな子たちだものね」
ダンジョンの奥に何かしらいるのは間違いなさそうだし――と、いう花嵐の鼻が引くりと動く。
香ばしい良い香り――それは、串焼きの店。
「それはそれとして、串焼きも食べていかないかい?」
ここに来た時も良い匂いがしていて気になっていたのだ。
「うん。あ、食べていくかい? いいよ、リス避けにナッツも買っておこうか」
「美味しそうだったんだよねぇ」
じゃあ早速、とふたりで串焼きの屋台へ。その屋台にも、リス注意の張り紙があって思わず笑ってしまう。
リス用のナッツも買って、焼き立ての串をとられぬように。
串を手にした途端飛び掛かってくるリスたち。しかししゅっとナッツ投げれば、そっちへ飛びつく。急いで頬袋に詰める姿があった。
リスにはナッツを、今のうちに自分たちは串焼きを。しばしの美味しい時間。
ふわりと、鼻をくすぐる香りに渡瀬・香月(Gimel店長・h01183)の意識は捕まる。
「串焼き……」
炭火で焼かれた香ばしいそれを目にしたならもう食べたいという気持ちが隠れることはない。
「甘いもん食った後に串焼きって順番逆になっちゃうかなぁ」
でも甘いのとしょっぱいの交互だと無限に食える気しない? と香月は饗庭・ベアトリーチェ・紫苑(|或いは仮に天國也《パラレル・パライソ》・h05190)へと尋ねる。
すると紫苑は、こくと頷いて。
「ふふ、分かりますよ。甘い物としょっぱいもの、交互に食べると整う感じがします!」 だよなぁと香月は笑って、行こうと出店へ。
「無限に食べられたら夢のようですが、大抵お財布かお腹どっちかが先に音をあげちゃうんですよね……」
今日も限界はちゃんと見極めなければ、と紫苑はきりり。そしてさっきの話に戻りますけれど、としょっぱいものが先か、甘いものが先かについてを紡ぐ。
「私はどっちが先でも気にしませんよ、後味どっちが好みかって違いだと思いますから」
俺はどっちもいけると笑って、香月は店先を覗く。そして紫苑も美味しそうですと瞳輝かせていた。
「えーっとどうしよう……」
紫苑はどうする? と自分も悩みながら香月は尋ねる。すると紫苑の視線は並ぶ串を一通り見詰めてから。
「どれにも心惹かれますが……まずはつくね串とアスパラベーコン串をいただきます!」
「焼き鳥のねぎまとオクラの豚肉巻き串、ミニトマトチーズの豚肉串、銀杏串をもらおうかな」
「えっ、銀杏串!?」
銀杏串に驚く紫苑。香月は瞬いて、銀杏だめなのか? と尋ねる。
「人によっては少量でも中毒になると聞いたことがありますがその様子だと香月さんは大丈夫なんですね」
「銀杏ってそんな危険な食べ物だったんだな。秋に地面に落ちてすごい匂いを発してるってイメージしか無かったわ」
紫苑は大丈夫なの? と香月が尋ねるとふふりと紫苑は胸張って。
「私も銀杏のエグみが好きなので買います!」
そして美味しそうな串のお隣ではフルーツ串も並んでいる。そちらはどれもきらきらと輝くばかり。
「甘い物はこれ、コーティングされたイチゴ串ですか? テカテカ……」
紫苑はイチゴにします、とそれを一本。でも――もうひとつ気になるものが。
「ブドウの串ってめっちゃ美味そー! 俺も1本買う!」
香月が選んだのを見たら、やっぱり気になる所。だからブドウの品種違いの串も。
と、二人の目にはいるのは店先のリス注意のポスター。そしてその傍にはリス用のナッツも販売中。
「リスは冒険者から食べ物狩っていくらしいからリス用のナッツも買っとこうか」
これで手打ちにしてもらおうと香月はそれもひとつ。
「備えあればリス襲来でも安心。盗まれる前にあげましょう」
というか、もう見られていますねと紫苑はくるりと視線を巡らせる。見れば木の上からじっとこちらを見ているリスたちが。
キュッ、と小さな鳴き声も聞こえてくるのだ。
早速、そのナッツを近くにほうれば素早くやってきてキャッチしていく。そちらに意識をとられているうちに、買ったものをパックに。
しょっぱいものと甘い物を分けていれて、紫苑は準備ばっちり。
「でもやっぱずっと警戒しながらのんびりは出来なさそうだからボート借りて湖の上で食べよっか」
「いざボートへ!」
香月と紫苑は貸出ボートへ。水の上へ出れば、リスたちも追ってくることはない。
「ボートなんて乗るのめっちゃ久し振りで楽しみ!」
香月は大きく揺らさないようにしながら漕ぎ始める。
「ちゃんと漕げるか不安ー。でも慣れない事すんのも結構楽しいよな」
紫苑はボート乗った事ある? と漕ぎながら聞く。紫苑はしっかりボートの縁に捕まっており、これはもしかしてとも思ったから。
「ボートに乗るのは初めてです……もっと揺れるイメージがあったんですが全然余裕ですね」
これなら手を離しても大丈夫そう。そうなると、次は――漕ぐのがどういう感じか気になって。
漕いでみる? と香月からオールを片方受け取った。
ゆっくりと水をかく。タイミングを合わせてするそれは楽しい様に思えた。けれどずっと続けていると――腕は重くなっていく。
「でも漕ぐのがっ! 結構! 大変ですねぇ!」
力と言いますか、コツ? と紫苑は力をただ使うだけでなく流れに任せてみる。
するとさっきよりはスムーズな気がした。
「食前食後の運動も兼ねて頑張ります!」
「そうしてるうちに真ん中あたりだよ」
いつの間にかボートは十分進んでいた。湖の真ん中でゆっくりとボートを止めればゆるりとした心地。このまま昼寝もできるのでは、とも少し思う。
「ボートって意外と穏やかで昼寝も出来ちゃいそうだよな」
他とぶつからないように気をつけなきゃかと香月は気を回す。でも他のボートもゆっくりと進んでいるもので大丈夫そうだ。
湖の上を駆ける風は涼やかだ。そして穏やかな時間に、さてと紫苑はさっき買ったものを取り出した。
まずは――つくね、とまだ温かいそれをぱくり。
「いい景色だとより美味しく感じます……」
香月もさっき買ったねぎまから。美味しいと一緒に笑って、水上での涼やかな時間を過ごしていく。
高原リゾートを、そこで出会ったニコニコと楽しく巡り、過ごして楪葉・伶央(Fearless・h00412)は笑みを浮かべていた。
「アイスもおかわりできたしな」
ニコニコとはまたの約束をして、伶央の足はダンジョンへ。
そこは水のダンジョンで話に聞いていた通り涼しい。夏の暑さもひととき、感じないような場所だ。
「入口付近は涼やかに楽しめそうだな」
そう言って伶央はくるりと見回す。その目が留まったのはある屋台。
「やはりあそこからだな」
伶央が向かうのはフルーツ飴の店。イチゴやブドウがきらきらとした飴を纏って並んでいる。
「いらっしゃい、どれにします?」
「勿論、全種類いただきたい」
「えっ」
戸惑いの表情に伶央は微笑む。すると全部、と店員はすべてのフルーツ飴を準備し、そしてこれはおまけですともうひとつ。
「ひとつオマケ? ふふ、どうも有難う」
キラキラ輝くフルーツ飴。まずはどれからいこうかと一つ手にしつつ――キュッ、キュッ! と聞こえてくる鳴き声。そしてリスに注意を~という声も聞こえてきた。
狙われている。その気配を伶央は難なく感じ取る。そしてひとつ、フルーツ飴を手にした時――しゅばっと飛び掛かってくるそれを躱した。
来るとわかっていればみすみす盗られなどしない。
伶央は飛び掛かって来たリスを素早くつかみ、目の前に。
「盗みは犯罪だ、悪い子はお仕置きだぞ」
「キュッ!?」
笑顔での威圧にリスは震えあがる。わかったか、と伶央が地面に降ろすとリスは尻尾を抱えて震える。
そして周囲にいる他のリスたちもその様子をうかがっていた。
「キュキュッ」
足元でしおらしい態度をとりリスはきらきらの目で見つめてくる。奪うことから作戦を変えたのだろう。
しかし、大人しく媚びてくるのならナッツをやろうと伶央はそれを見せる。
「キュッ!!」
ほしい、とリスがおねだりしてくる。すると他のリスモ同じようにやってきておねだりの顔。
リスたちは奪う相手を選んでいる。自分より弱い相手からはとっていないようだ。
「盗みはいけないが、相手を選んでいるのは情状酌量の余地ありだ」
そのような方針の群れのボスならば憎めない気がするなと伶央は柔らかに笑み浮かべつつナッツを渡してやる。
「ふふ、ナッツを食べていい子にしているのだぞ」
キュッ! キュッ! とリスたちはないて貰ったナッツを頬袋へ。
いうことを聞くと言うように頷く様子をみつつ、伶央はフルーツ飴を味わう。
これは確かに狙われてしまう美味しさだなと思いながら。
涼やかな風が吹く。高原リゾートもよかったが水のダンジョンもまた良い場所。
「こんなダンジョンもあんのか。外より涼しいし、悪くねぇ場所だな」
天使・夜宵(|残煙《ざんえん》・h06264)はぐっと伸びを一つ。その伸びにつられるように古出水・蒔生(Flow-ov-er・h00725)もぐーっと体を伸ばした。
「んー、気持ちいー」
水際では足を浸したり。そして深い場所ではボートを浮かべて遊んでいる人たちがいる。
この光景だけでも、のんびりできそうだと夜宵は相好崩す。
その言葉にうんうんとチェスター・ストックウェル(幽明・h07379)も大きく頷いた。幽霊の姿に戻り、ふわふわと宙に浮かびつつ。
「目にも涼しげっていうのかな」
この姿でも涼を感じられるねとチェスターは笑む。実体がなくても、感じられるものがあるのは良いものだ。
「さっきの場所より一層涼しいな」
リーガル・ハワード(イヴリスの|炁物《きぶつ》・h00539)はその瞳細めて、広がる光景を見渡す。
人々が楽しそうに遊ぶ声に水音――それはとてもゆっくりとした時間と共にある。
古出水・潤(夜辺・h01309)も穏やかに笑み浮かべて大きく深呼吸を。すっとはいってくるこの空気。ゆっくりと過ごせそうな気持ちになれる。
「ええ、足を水に浸すのも気持ちよさそうですね」
いっそ行水したくなりますと、足元で水遊ばせるひとびとの姿みて潤は行ってみます? なんていう。
「じゃあ何か買って浅瀬のとこ行こうよ! あとでボート乗ってもいいし」
蒔生は潤へと大きく頷く。
ふわりと漂う香ばしい良い匂いに誘われるし、その横できらきら輝くフルーツ飴もおいしそう。他にも色々な屋台が並んでいるのだから。
「甘いアイスの後に塩っぱい串焼き、最高ではありませんか」
早速、と潤は店へ。どれもこれも美味しそうで移り気にもなる。
「僕は串焼きとフルーツ飴の両方を食べたい」
リーガルは串焼きはどれにしよう、と悩む。
「わたしも串焼き! いちご飴も!」
はいはいと潤は頷いて蒔生の分も買う。その間にフルーツ飴もすでに手にしていた蒔生。
「甘いものと塩っぱいもの交互は別腹無限発動だからね」
どっちも美味しそう~と蒔生はにこにこ笑顔だ。
「ああ、このポテトとフルーツ飴もいただきましょう」
しかし、心を決めてすでに両手にすちゃっと。
夜宵の視線は、串焼きへ。たれも美味しそうだが塩に心惹かれる。甘さ控えめだとしても食うならやっぱり塩っぽいものが良い。
「塩で」
そう言って夜宵は焼き鳥を。
「……夜宵やリーガルはともかく、潤はあんなに食べた後でまだ入るの?」
チェスターは一番いっぱい持ってる……とその多さに瞬く。アイスクリームもおかわりしてたよなぁとさっきの事を思い出して。
と――店先にある『リス注意』の看板が目に入る。
「……リスに?」
「へえ、面白い看板だね。現れるリスが可愛すぎるから注意とか?」
チェスターはリスかぁと周囲を見る。すると、確かに――リスがこのあたりにいる。キュキュッと小さな鳴き声も聞こえた。
「リス? クマとかじゃなくてか?」
そしてじっと見つめてくる。感じる視線に夜宵はなんとなく串を握る力を強めた。
「リスって串焼き食べるの?」
「……リスに?」
蒔生はこてんと首傾げる。そしてリーガルも、リス、串焼き食べるのか? と思うのだ。
「でも要はごはんあげられるってことだよね? 楽しいかも」
「じゃ、このリス用ナッツも一緒に」
確かにそうとリーガルは店先からナッツも一袋。いろんなナッツが入ったそれにまたリスたちの視線が集う。
「リス? あれらは雑食ですが木の実が中心ですし、大丈夫でしょ、う」
「キュッ」
潤は余裕を見せていた。しかし、するするとリスが昇ってきて視線が合い固まる。
「わ、かわいい!」
蒔生の声に首傾げて可愛いポーズをとるリス。リーガルも、可愛いと見つつ意識は――次の目的へ。
「白鳥ボート、僕乗ったことないんだよな」
串焼きに舌鼓を打ちつつ景色も楽しもう――そう言いつつ一歩先へ。
しかしリスが体に昇って来た潤はちょっと今、動けない。
おや人懐っこいなんて思っていると――リスは可愛らしく鳴いた後に、潤の手にある串を一本奪った。
「……は?」
きらきらとした視線を向けるリス。しかし潤はそのきらきらに騙されない。
リスを捕まえようと――しかし手にはたくさんの美味しいものがあってリスに触れることはできないわけで。
「それをどうするつもりですか? 返しなさい、今ならまだ──」
そう、言葉で言うしかないのだがしゅばっとリスは、焼き鳥串をもって潤より離れる。
「ふっふ、潤。ここのリスは相手を見るらしいぞ。軽視するからだ」
その様に小さくリーガルは笑い零す。しかし今は、盗られた串焼きの方が一大事。すぐさま追いかけようとする潤。
「えっ!? あ、兄貴……やばいかも」
食べ物を奪われた潤――蒔生は、わぁと声あげる。これはまずいことになると知っているから。
しかししゅばっとその動きを止めるものがもう一人。
「何故掴むのですか災禍様、離してください」
「副班長、それ以上は危険です」
潤に止まる様にシンギュラリティ・災禍(無音の災い・h07511)は言う。
災禍から見れば明らかに判るのだ。この後どうなるか。抑えながらもじりじりリスを追う潤。
「そのリス、明確に意図を持って接触してきています。追えば――」
そう、そして災禍の言う通り、合図するようにキュッと一声。すると別の方向から新たなリスがとびかかり素早くその手より串焼きをまた一本奪い去る。チームプレイである。
「キュッ」
ちなみに奪った後、ちょっと離れたところで可愛いポーズをして見せる余裕まであるリス。
ほらいった通りに、と災禍は肩を竦める。
「副班長。私は、制止のために掴んでいるのです」
しかし潤はふるふると震える。だって一番楽しみにしていた串焼きを持っていかれたのだから、ふつふつと沸き起こる怒りは仕方ない。
その様子に、まだ沢山あるから諦めてそっち食えばいいのにと思いながら夜宵も口に運ぼうとして――キュッ! と鳴き声がひとつ。
「ん? は? ホントにリスが奪いに来るのかよ」
手から消えた串。そのあまりの早業にあっけにとられ、そして目にしたチェスターは笑ってしまう。
「あはは、ってほんとにすご、え? おい、待てってば……!」
そしてチェスターが追いかけ、その後ろをついていく。しゅたたたと夜宵の串をもってかけるリス。
動きはちょろちょろしていて捕まえるのは難しそう。でも咄嗟にチェスターは目先にいたインビジブルと自身の位置を入れ替えた。
「キュ!?」
するとリスに手が届く位置。摘まみ上げれば――リスはじたばたと暴れる。
「暴れるなって……ああ、もう!」
|幽霊《見えない何か》に摘まれた! とリスは状況分からないからこその激しい動き。猛抵抗にチェスターの指先が緩んだ瞬間、するりとその指をぬけてリスは縦横無尽に駆けまわる。
「くそ、やられた!」
どこに、とチェスターは視線で追うが、木々の中に隠れてしまったようだ。
そこへ夜宵が追い付いてくる。
「逃げられたか。はぁ……あんな風におちょくられると腹が立つ」
あー、と夜宵は零し、しかし盗られたものはもう仕方ないと大人の対応。まだ一口も食べていなかったとため息ついた先――それが目に飛び込んできた。
「……って、向こうで潤がブチ切れてねぇか? 俺達も止めに行くぞ」
夜宵もあれはまずいと気づいて駆ける。
と、また新たな一匹――いや同じリスかもしれないが。
しゅばっとやってきてはまた串を奪っていく。潤から。一杯持っているから狙われるのである。
それを見てチェスターも再び捕まえようとするが、リスは何かを感じたか機敏に走る角度を変えた。
インビジブルと場所を入れ替えた先にリスはいない。あのリスは、経験を経たリスのようだ。つまり夜宵から奪っていったのと同じリス。
「ちょっとチェスターさんしっかり捕まえといてよぉ! はやく取り返さないと大変なことに」
「無理だって! あのリスすばしっこいんだよ!」
右へ、左へ。その動きを目で追う。蒔生の声にチェスターはまた捕まえようと試みるけれどやっぱり、すばしっこい。
「一度ならず二度までも──喰ってやろうか、この齧歯類」
相手が小さなリスでも本気になってしまうのは、仕方ない。ぐぐと力強く、抑えてもちょっとずつ動く潤。
「はい、暴れないでください。力が入ってます、副班長。速度が出てます。制御不能です」
そして潤は災禍ごと霊紙術を纏い、異形に変じようとする。災禍はこれは、と瞬いた。これは、抑えきれないと。
「抑えきれません。完全に引きずられています。これはもはや“止めている”ではなく、“同行している”状態です」
災禍は手を離すかどうするか悩む。しかし離したらそれはそれで大事になりそう。
「副班長、落ち着いてください。リスは敵意ではなく悪意を持っています。今、乗せられるのは敗北です」
そしてよりにもよって、おちょくるように二匹がちょろちょろと動き回る。こいつ、いい反応をするぞ! というように潤を煽るのだ。奪った串をもって。
「きゃああ!? 災禍さんが取り込まれてる! リーガルさんとめて! 夜宵さんも早く来てー!」
それはやりすぎ! と蒔生は思いつつも霊紙術の中に突っ込むことはできず。ヘルプを叫んだ。
「リーガル様、お力を………」
その災禍のヘルプにリーガルは力を貸す。
「了解。潤はそろそろ落ち着けって」
そう言って――くわっと片手開いて、アイアンクローを一撃。怪力であるその一撃はまともにくらえばただでは済まない。だから多少配慮した一撃だ。
それでも痛いものは痛い。ぎちっと頭が締められる痛みの感覚に潤も己を取り戻す。
「あ痛。何をなさいます、リーガル」
こめかみが、と思わず撫でる程度にまだじんじんと。そして自分が暴走していたことにも気づく。
「……失礼、我を失っておりました」
しかしこほんと咳払い一つ。災禍様にもご迷惑をと潤は頭を下げる。
その様子にほっとして、止まっていただけたのなら良いのですと災禍は言う。
「盗られないうちに食べてしまいましょう」
潤は残っている物を口へと運び始める。そうだ、そこで買ってすぐ食べれば盗られることも――と思いつつリスの視線には警戒を。
ええ、そうですね。あんなリス相手に――と、災禍が視線むけると。
「キュッ!」
「キュキュッ!」
ゲットした串焼きをもって踊っているように見える。そしてぺろと舌を出し、まるで馬鹿にしているよう。
それを蒔生も一緒に目にする。
「あのリス、明らかに振り返って舌を出しました」
「うわあのリス、助けてもらった恩も忘れて……!」
あのまま、兄貴が追ってたらリスは間違いなく、やられていた。そう蒔生は思う。だから困ったリスもいるんだね……なんて思うわけで。
しかし、隣でめらりと燃え上がる気配に気付いた。
「敵です。私も追います」
「さ、災禍さん落ち着いて」
「大丈夫です。落ち着いています」
絶対落ち着いてない! と蒔生は止める。
リス、めちゃくちゃ遠慮なくとっていくな――なんて思いながらリーガルは、そういえばリス用ナッツと思い出す。
今こそその出番――と思って手にしようとするのだが。
「あれ?」
右のポケットにも左のポケットにもない。ここにいれたはず……違うのか? と思い出そうとする。そして、ナッツだけでなく。
「僕のフルーツ飴も……ない!」
「キュッ!」
と、鳴き声が聞こえてリーガルは振り返る。すると頬袋がめちゃくちゃ膨らんだリスがいる。その傍にはリス用ナッツの袋があった。
そしてもう一匹。
「キュッ!」
フルーツ飴を持ったリスがしゅたっと現れた。そして二匹は仲良く、ダンジョンの奥へと駆けていく。
「いつの間に……!」
しかし、潤に『ここのリスは相手を見るらしいぞ』なんて言った手前、騒ぐわけにもいかない。それは自分も相手をみてやられたといっていることになる。
だが苛立ちは隠しきれず、リーガルの翼はぷるぷると震えていた。その様子に何があったか察した蒔生はそっとリーガルに声かける。
「リーガルさんも……大丈夫? わたしのいちご飴いっこ食べる……?」
これはリスから守られた尊いもの、なんて言いながら蒔生は一個お裾分け。
「……や、蒔生が食べろよ」
そのやりとりの傍で、潤がいつも通りに戻ったのを見て夜宵とチェスターもほっとする。
「災禍とリーガル二人掛かりって……食べ物が絡んだ時の潤は怖いね」
「ホント、食い物の恨みってのは怖ぇもんだ」
チェスターと夜宵は、言葉交わし合って頷き合う。
「夜宵とチェスターは大丈夫だったか?」
はぁとため息と、肩を落とし翼も心なしかぺそっとさせたリーガル。
とられたのは串焼き――と応えつつ。他にも奪われているようだとリーガルの様子に察するチェスターと夜宵。そしてリーガルも、二人もしてやられたのだと察して苦笑する。
リス除けナッツ、撒いて食べなきゃだめかもなぁ、なんて夜宵の呟きにそれはそれでまた面白い構図になるんじゃ――とチェスターは笑うけれど。
「多分一袋じゃ足りない」
リーガルは思い出す。一袋すべてを一匹が頬に詰め込んでいた姿を。
「フルーツあめ!」
その出店を見つけたなら廻里・りり めぐり(綴・h01760)は尻尾揺らしててててっと走りよる。
見かけるとついほしくなっちゃいますよねっ、とふふと幸せの笑み浮かべて。
並ぶフルーツ飴は色んな果物がある。どれも飴をまとってキラキラと宝石の様。
「いっぱいあってまよっちゃいますけど……」
うーんとりりの青い瞳はフルーツ飴の上をいったりきたり。でもその視線は、ある一本の上で止まる。
「緑と紫のぶどうが、かわりばんこになってるものをください!」
緑と紫がお行儀良くならんできらきらと輝く。見た目に心も楽しくなるし、お味も美味しいに違いない。
「えへへ、きれいですね! これも撮っちゃおう……!」 両手でそのフルーツ飴の串を持ったなら、りりは妖怪スマホの|ff《フォルテッシモ》へと声かける。
「よろしくお願いします、フォルテちゃん!」
ふわりと|フォルテちゃん《ff》は飛んでりりの周囲をくるりと回す。
『リスにお気をつけくださいましね』
「りすさんは……いません!」
言われて、りりは周囲を見回す。出店にもリス注意とあった。
このあたりのりすさんはいたずらっ子さんなんですかね? と首傾げつつ|フォルテちゃん《ff》へと顔向ける。
「こんな感じで……よし! 撮りま……わぁっ!?」
と、ぴょんとどこからかリスがやってきてりりに飛びついた。背中にしがみつき其の儘肩のあたり。
そこでぱちっとりりと目があった。
「りすさん! どこから!?」
「キュキュッ」
そのリスはするするとりりの腕をかけて手へ。そしてしゅばっと串を奪ってしゅたっと降り、ちらりとりりを見上げてくる。
「あのあの、わたしのぶどう返してください!」
りりはリスへと返す様に言う。リスはどうしようかな? というようなそぶりを見せて尻尾を揺らして見せた・
「……おおきなくくりでは、わたしもお仲間じゃないですか! だから、ねっ?」
お耳をぴこりと動かしてりりはほらほらと示す。
お仲間――確かにそうかもしれないとリスは様子伺っているがまだしっかりフルーツ飴を持っている。
これだけでは無理そうとりりは出店に置いてあったものを思い出す。
「……わかりました! いま返していただければ、りすさんたち用のナッツをさしあげます!」
これです! とすばやく、りりは出店からリス用ナッツを買ってくる。
するとリスはキュッ! と嬉しそうに鳴いた。フルーツ飴よりナッツの方がお好きな様子。りりは、ではフルーツ飴をと手を出す。
しかし、このフルーツ飴はゲットしたものとリスはナッツとフルーツ飴を交互に見て迷っている。
「キューキュキュ~」
どーしようかな~と、りりのフルーツ飴をゆらゆらと揺らしながらちらちら。
「………じゃ、じゃあ2個でどうですか……?」
これを、ふたつです! とナッツを両手に持って見せればリスはお耳をぴんとさせ。尻尾を大きく揺らした。
そしてフルーツ飴をりりの方へ。
「! りすさん……!」
フルーツ飴を取り返してりりはほくほく。しかしその足元でキュキュッ! とリスがなく。
「わ、わかってます! 2個ですねっ」
ナッツの袋を二つ。キュー! とリスが鳴けばもう一匹現れて、一袋ずつ担いで持っていく。
「りすさん、何処に行くんでしょう……」
『また取られる前に食べたほうがいいのでは?』
「ま、また取られるなんて!」
そんなことない――と、思うのだけれど。キュ、と小さな鳴き声聞こえた。
「そうですね、食べてしまいます!」
また取られることが無い様に。りりはぱくりとフルーツ飴を口に。おいしいと綻ぶ――その幸せそうな表情を|フォルテちゃん《ff》はぱしゃりと一枚。
第3章 ボス戦 『リス・ザ・キリング』

水辺での一時は穏やかなもの。ひとびとの燥ぐ声も変わらず響いている。
と――今回の戦利品を持ったリスたちが列を組んで、ダンジョンの奥へと消えていくのが見えた。
一体、どこへいくのだろうか。
興味を引かれその後をついていけば、ダンジョンの奥へと導かれる。
木々の上を水が流れおちる場所。涼やかなせせらぎが聞こえる穏やかな場所。樹木が絡んだ美しい光景と水の流れが混ざり合って神秘的でもあった。
そして立派な樹が見えてきた。その樹の前は周囲の木々が絡み合って大きなドームのようになり、緑の葉をゆらしていた。
戦利品を持ったリスたちは、その樹の前に整列しとってきたものを葉っぱの上にのせていく。
その樹の中ほどには大きな洞がある。リスたちはそこを見上げて、声をあげた。
「「「|キュッ《ボス》!! |キュキュキュー《お納めくださいー》!!!」」」
その洞の奥で何かが動く。そしてしゅばっと、何かが素早くそこより飛び出してきた。
「|キュキュ《野郎ども》、|キュッキュキュ《今日もご苦労》!!」
そのリスは、他のリスたちも少し大きい。といっても体長30センチ程度だろうか。棒にどんぐりを突き刺しハンマーのように担ぎ、ふてぶてしさを隠さない。
「|キュキュッキュキュ《今日もしっかり働いてきたようだな》! |キュッ《ンッ》!?」
と、そのふてぶてしいリスは他のリスたちの前を歩き、一匹の前で止まった。
そのリスは頬袋が何やらむふむふ、少しばかり膨らんでいる。
「|キュー《お前ー》! |キュキュキュキュッ《頬袋に隠してやがるな》!!」
「|キュッ、キュキュっ《あっ、バレたっ》!!」
どんぐりハンマーで頬袋をぐりぐり。たまらずそこに隠していたナッツを取り出すリス。
「|キュッ《フンッ》、|キュキュキュキュキュ《次も隠せると思うなよ》!」
「|キュ~《はい~》」
と、リスたちはキュキュ、キュッキュと鳴いてなにやらやりとりをしている。なんとなく、言っていることもわかるような気はした。
そんな様子を見ていると、ふてぶてしいリスが気付く。
「|キュッキュッキュッ《おうおうおう》! |キュキュー《何みてんだよ》!! |キュッ《ハッ》! |キュキュキュキュキュ《もしや俺様への貢物を奪いにきたのか》!?」
ふてぶてしいリスはぶわわと毛を膨らませ尻尾をぴんとたてて――前へ飛び出してきた。
「|キューーーーーーーー《俺様のものは奪わせねぇ》!!!」
そのひと際甲高い声に、周囲にいたリスたちは散って大樹の上へと逃げていく。
「|キュキュッ《ボスがっ》」
「|キュキュキュ《本気だ》!!」
ちっちゃくて可愛く見えるふてぶてしいリス。しかしあなどることなかれ。
このリスこそ、この周辺のエリアボスなのである。そのリスの名は――リス・ザ・キリング。
てててて、とリスが駆ける姿を夜賀波・花嵐(双厄の片割れ・h00566)の視線が追いかける。
「ダンジョンの奥にリスが……面白そうだからついていこうか」
金穂山・月雲(双災の片割れ・h00578)は偵察に出した子たちもあちらについていってるねと微笑んで。
「そうだね。リスの王国とかあったら面白いけど」
そんな王国があったら――なんて話していると。キュキュっと鳴き声響き、一匹のリスに他のリスたちが従っている様が見えた。
「月雲、見てごらんよ。リスたちの王様かな、他の子より大きな……ぬいぐるみみたいなリスだね?」
「本当だ。大きいけど……小さいね。私の前腕より小さいかな」
このくらいかなぁと花嵐は自分の腕を見る。他のリスより大きなリス。けれど小さい――すると、その話を聞いていたのか。
「キュッ!!」
そのリスがどんぐりハンマーで肩をとんとんしながら横柄な態度でてちてち距離を詰めてくる。
やんのか、こら、アァン!? というところだろうか。
しかしリスは何かに気付いて鼻をすんすんと慣らし、ふたりの周囲をくるくると。
それも可愛くみえてしまうもので、花嵐はのんびり。
「可愛い見た目に反して、どうやら狂暴性が高いみたいだねぇ」
「おやおや……じゃあ、仕方ないな」
そしてその何かを探して伺うような様子に花嵐はもしかして、と気が付く。これかなと取り出したのは残っていたナッツ。
「キュッ!! キュキュ―!」
それだ、よこせ! と言っているような威嚇。
「どうやらあの子の狙い、残ってるナッツっぽいけど……」
あげてしまってもいいけど、それだけじゃ済まなさそうだと花嵐は言いつつ、ナッツを右へ、左へと動かす。
するとリスの視線はそれにつられて動いて――いたが、早くよこせと地団太を。そしてどんぐりハンマーをふりふりはじめる。
「何せあの子、やる気だからね」
花嵐はふりふりしててもかわいいんだよなぁと思いつつ。月雲はやる気だ、と苦笑零す。
「平和的解決は望めなさそうだし……降りかかる火の粉は払わないと」
「やろうか、花嵐」
「うん、行こうか月雲」
月雲は大地の瞳をつけた左手人差し指をくるっと回して、周囲の地面から金属の針を生み出した。
「キュッキュキュー!!」
突然現れた針にリスは吃驚して後ずさる。そこへ念動力で針を飛ばしてリスの動きを牽制する。
リスもまた、素早く動いて牽制をしようとしていたのが先手を打たれた格好。それでも蔦草伸ばし、そしてどんぐりハンマーふって月雲へと飛び掛かった。
伸びた蔓草を月雲は黒鞘の脇差、真刀「玻璃」を抜き放ち切り払い、リスが振り下ろすどんぐりハンマーは、世界と世界の狭間に作った亜時空で受けた。
ハンマーが収納に入った瞬間、閉じればどんぐりは無くなってしまう。
「キュ!? キュー!!!」
「キュー!」
棒だけになったそれをリスはぽいっと投げ捨てながら声高に。すると新たなどんぐりハンマーを他のリスが投げてよこした。
「何個でもあるみたいだね」
そう言って距離詰める月雲。手にある玻璃を見て、リスはたたっとステップ踏んで後方へ下がろうとした――のだけれど。
そこへ花嵐は月雲をアシストするように己の身に宿した蛸の|刺青《影》を伸ばしその足を捕えた。
「キュッ!?」
自身に絡むそれはリスにとっては初めて目にするものだったのだろう。なんだこれとどんぐりハンマーでたたいて暴れる。
しかし月雲は好き見つけて玻璃をふる。一閃はリスの身を走り赤い色がぱっと散った。その血を刃化し、月雲はさらに深いダメージを。
「キュキュッ! キュー!!」
それは痛いと喚ているようだった。リスの視線は月雲に向けられている。
「私に夢中になってくれたかな?」
だから、それでいいのだと月雲はふと笑み浮かべて。
「では、頼れる弟よ。よろしく頼むよ」
「任されたよ、頼れる兄上」
ふたりの視線が、リスを挟んで交錯する。
動き回っていても当てる自信はもちろんある。花嵐が七つの夜を廻る精霊の住まう銃、七ツ夜を手に狙いを付けて放たれるは魔弾。
「逃げられると思わないで……君、頬袋にナッツ詰め過ぎじゃない?」
「キュッ!?」
そんなことは、というようにリスは頬袋押さえた。頬にナッツはないと確認したところで氷結に足をとられ、そして魔弾の中でリスは逃げる。
けれどその姿に可愛い声で楽しそうに踊ってますねと花嵐と月雲は微笑まし気に微笑んだ。
「キュキュ―!!」
リスは抗議の声あげながらしゅたしゅたと動き回る。