小さな祠の小さな事件
●小さな怪異が顔を出す
とある街には誰もが通り過ぎる祠があった。
雨風に晒され、それが『祠』かどうかがわからないほどの朽ち果てた祠。近くには誰かが捨てたであろう古びたテレビがぽつんと置いてあるだけで、それ以外は何も見当たらない。
手入れしている人なんていないようにも見えるそれは、普通の人が見ても何も無いように見える。
しかしここ最近、この祠の近くでは行方不明事件が多発している。
犯人は未だ見つかっておらず、痕跡も殆ど見当たらず、人によってはそれを神隠しだと言う者もいる。
普通の人はそのまま、何が起こっているのかわからずに祠の近くを通り過ぎるだけだ。
だが、√能力者達であれば祠の近くを通りかかった時に奇妙な感覚を受け取るだろう。
何があるのか、それはわからない。けれどこの祠の違和感を放っておくことで、何らかの存在が世界に干渉してくる可能性があると考えていた。
「そこであなた達に調査を依頼したい、ということだ」
時谷・雨竜(|宇宙偏執狂《バーサーカー》・h04026)が調査の依頼ということで、あなた達に声を掛ける。
|未来予知《ゾディアック・サイン》に基づいて得られた情報でも『別の√から何かが来ている』『祠が怪しい』ぐらいの情報しかなく、あとは現地に足を運んで調査をするしかないそうだ。
雨竜の見立てによれば近くに捨ててある古びたテレビが怪しいと踏んでいるようだが、未来予知ではその先に踏み込むことが出来ず、実際に見てもらいたいとのこと。
「他の√からやってきた者の仕業か。あるいは√EDENに存在する者の仕業か。ともあれ、この事件を放っておけばいずれ大きな危機となりうるだろう」
「……まあ、あなた達なら大丈夫だ。今回の事件は失敗さえしなければ、大きくなることはないのだからね」
「事件解決、頼んだよ」
小さいと言えど事件は事件。大事になる前に解決することで平和を保ち、ひいては世界を守ることに繋がる。
そのことを伝えた雨竜はあなた達を現場まで連れて行く。
始まりの小さな事件。
何が起こっているのかは、その目で確かめてみよう。
第1章 日常 『通りすがりに祠を見つけた。』

●この祠には何がある?
「祠に神様とかいるのかは知らないけれど……もし私がこの祠に住んでいる神様だったら、祠がこんな事になっているのは悲しいわ」
小さな祠を前に、八木橋・藍依(常在戦場カメラマン・h00541)は祠の掃除を少しずつ始める。
朽ち果てたとは言え、もともとは神様が住んでいたかもしれない祠。今はもう誰もいないかもしれないけれど、綺麗にしてあげることでまた何らかの神様が住んでくれるかもしれない。
「……うっかり壊さないように、慎重に……慎重に……」
少し触れるだけでもほろりと崩れそうなので、壊さないように丁寧に祠の汚れを取り除き、また√能力『|証拠を守れ!《エビデンスガード》』――藍依の特製カメラから造られたフラッシュで祠を包み、傷んだ箇所を補強していった。
「ふう。少しは綺麗になったかな?」
ある程度の補強と掃除を終わらせた藍依。顔や身体に張り付いた汚れを軽くはたき落として、祠を見やる。
まだまだ汚れの多い祠だが、来た時に比べると多少綺麗になっている。朽ち果てている祠はよく近寄りがたいものだが、これなら住み着いていた神様も戻ってきてくれるのではないかという期待があった。
そこで藍依は折角ならと、拝んでみる。カメラマンであり新聞記者である彼女のある願い――特大スクープを見つけて、ルート前線新聞社の記事に出来ますようにと呟きながら。
『…………』
何かが聞こえた。言葉のような、そうでないような。
けれど藍依が気づいた時には音はなくなっており、何かが聞こえた、ぐらいの感覚しかなかった。
「気の所為じゃない……と思うけど……」
その音の正体がなんなのかは、今はまだわからない。
けれど、ほんの僅か。綺麗になった祠の傍にあるテレビがうっすらと色づいた。
●ここらで何かあった?
「ふーん、なるほど……祠ね。祠。お供え物の1つでも持っていこうかしら?」
霧嶋・菜月(最後の証人、或いは呪いそのもの・h04275)は考える。祠にお供えするなら何がいいか。
曰く付きのものとは聞いてはいないが、祠というものは『何かを祀るため』に存在するため、適切に処置しなければ祟りと呼ばれるものに発展してしまう。
そのため菜月は果物の籠盛り(小)を片手に祠へと足を運ぶ。調査の間に祠にお供えして、調査が終わってから自分で食べるために。
「さて……祠は祠で気になるけれど……」
お供えを終わらせ、軽く掃除を済ませて拝む菜月。視線の先にあるのは祠には似つかわしくない、古びたブラウン管テレビ。
既に誰か来ていたのか、うっすらと色づいているのが見える。何かに繋がっているのか、別の√に繋がる道なのか、それとも何かの儀式のためのものなのか。
「随分古いみたいだし……繋がりを得てる可能性もあるのよね……」
祠を壊さないように慎重にテレビをつついてみたりするが、何も起きる様子はない。ただ画面が少々色づいているぐらいで、それ以外何か起こるというわけでもなさそうだ。
だが間違いなく、ここでは何かが起きている。そこで菜月は√能力『ゴーストトーク』を使い、降霊の祈りによって近くにいたインビジブルを生前の姿に変え、情報を教えてもらうことにした。
「神隠し、というのが起きてるみたいなの。この辺りにいるあなた達なら何か見ているんじゃない?」
インビジブル達は菜月のおかげで3日以内の目撃情報を語ることが出来る。それぞれが知性を得ているため、各自が目撃した祠周辺の出来事を語った。
1人は『変な鳴き声を出すやつがいた』と語る。人の言葉のようでそうではない何かが近くをうろついていたと。
1人は『テレビがついていた』と語る。今はうっすらとしかついていないけれど、目撃したときは砂嵐だったと。
1人は『テレビが付いていた時に人がいなくなった』と語る。そのときは、砂嵐ではなくカラーバーが映し出されていたと。
「……なるほどね」
何か納得した様子の菜月。もう一度テレビを見てみれば……。
――先程よりも、色味の強い画面が映し出されていた。
●なにこれ?
「ほこら?? あー、ちっちぇーいえなー」
祠ってなんだっけ? と首を傾げたが、星詠みに今一度教えてもらった獅猩鴉馬・かろん(大神憑き・h02154)。かろん自身も祠に祭られていた大神を宿してるため、祠の認識が『小さい家』になっていた。
が、これから行くところは「ほっとくとあぶない」小さな家。人が消えてしまって、そのままにしておくと色んな人が危なくなるので、ちょっとした探偵気分のままにかろんは調査へと向かった。
「なーなー、これなにー?」
道行く人々に祠の話を聞いて回ったかろん。人によって答えは様々だが、総じての答えは『誰も何も知らない祠』だった。
もともとは神様を祀っていたであろう祠。この近辺では知る人ぞ知ると言ったものだが、どんな神様を祀っていたか、どんな曰く付きがあるか等の話は聞き出すことが出来なかった。
かなり長い間、街の片隅を占領しているもので、近頃には取り壊しをする可能性もあるとかなんとか。
「ふーん……かみさまがいたのかー」
なんだか親近感が湧くような気持ちになったかろん。もしこの祠に本当に神様がいたなら、仲良くなれていたか、あるいは一緒に話ができたか。
色々なことを考えながらも、神様がいた場所ならとポケットから飴玉を取り出したかろんはそのままほこらにお供えして、じっと祠を見つめる。
……心做しか、テレビの色がまた強くなったような気がする。
「うーん。でもひとがいなくなるのはなんでだー??」
祠の由来を聞いても『人がいなくなる』理由まではよくわからないかろん。せっかくなので、√能力『ゴーストトーク』を使って近くにいるインビジブルを生前の姿に変えて、もう少し聞き込み調査をしてみることにした。
「ひとがいなくなったとかいってたんだけど、なんでいなくなるんだー?」
インビジブル達に問いかけるかろん。彼女の疑問を答えてくれる者はそれぞれ、変な音が聞こえる、テレビが付いていた、という情報を出してくれる。
彼らは3日以内の出来事であれば正確に説明してくれるため、かろんも色んな情報を手にしていた。
「ほうほうほう。てれび……」
テレビってなんだ? と思いつつも、多分あれだろう、と画面を見て……。
――なんだか、笑いかけられたような気がした。
●違和感の正体
「ここが未来予知で言ってた祠かしら」
祠のある近辺に到着した橘・あき(人間(√EDEN)のフリークスバスター・h00185)は祠より少し離れた場所で周囲を見渡した後、もう一度祠を見やる。
一番の違和感はどう見たって古びたブラウン管テレビだ。今となっては電源が入ったように画面がうっすらと映し出されている。
何かを見つけたか、あるいは誰かが何かをやったのか。詳細は不明だが、これから調査すれば良いのだとあきは手始めに√能力『|秘跡《パースウェイド》』を使って、周りにいるインビジブルを生前の姿へと変貌させた。
「ここ最近の3日以内の情報を教えて頂戴。祠の前にいたはずの人が急に消えた、とか」
色々と聞き込み作業をしてみると、インビジブル達はそれぞれ情報を正確に教えてくれた。
『祠の前に立ち止まるとテレビが付いて、変なものが手を伸ばして人を捕まえる』という話。その瞬間にはテレビの色が変な事になって、奇妙な音が辺りに鳴り響くらしいが……拝んだ人も周りの人々も気づくことはないのだという。
「ふぅん……。つまり向こうからいきなり来るのではなく、こっちから向こうへ行く、ということね」
最初は襲撃を予測していたあきだったが、インビジブル達の情報から向こうから勝手に飛び出してくるようなものではない事が判明。立ち止まった者だけを無尽蔵に食らっていくタイプの異変だったようだ。
では、祠の前で実際に立ち止まったらどうなるのか。
何事もやってみないことにはわからないと、あきはそのまま祠の前まで進んでいく。
……祠の中からテレビの明かりが見えるのがなんとも不気味だが、今はまだ何も起こる様子はなさそうだ。
「どうせなら、拝んでみようかしら?」
祠というのなら、元は神様を祀っていたであろう場所。神社と同じ参拝方法――二礼二拍手一礼を行って、祠の様子を窺った。
ほんのりと色づいていただけのテレビが、唐突に明るくなる。
まるで何かを呼び寄せるような、そんな雰囲気が周囲に漂い始めていた。
第2章 集団戦 『狂信者達』

●
明るくなったテレビから、奇妙な音が聞こえてくる。
何かの言葉にも聞こえるそれは、人が発しているものだというのがわかる。
ところどころで息継ぎをして、詠唱を途絶えさせないようにしているものだと。
そうして、テレビの中からわらわらと黒いローブ姿の何かが現れた。
√汎神解剖機関に存在するはずの、何かの神様を狂信していた者達だ。
祠という特性を利用して彼らは何者かが設置したテレビを通じ、この√に到達した様子。
祠の周囲を歩く一般人には狂信者達の姿は見えていない。
ただ、変わらない日常を謳歌しており……自分達に危機が訪れていることすら知らないままだ。
けれどそんな一般人を欲するかのごとく、狂信者達は動き出す。
彼らが一般人達に手を伸ばす前に、一掃してしまわなければ!
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プレイング受付:即日
集団敵『狂信者達』が現れました。
現在、彼らは√能力者よりも一般人に手を伸ばそうとしています。
何らかの攻撃を与えると√能力者の方へと向き、戦いに身を投じるので先制攻撃が有用です。
プレイングが来る限り無限に増え続けます。
次章に行くまでは存在している扱いとなりますので、存分に戦ってください。
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●シャッターチャンス!
「むむ、見るからに怪しい連中ですね……!」
祠の中に設置されていたテレビ。そこからわらわらと現れる狂信者達はキョロキョロとあたりを見渡して、√能力者ではない一般人を探して回る。
彼らの目的が何かは今はわからない。だが別の√からこの√EDENに辿り着いたからには目的がないわけがない。必ずしも理由があって一般人を探して回っているのだ。
故に狂信者達は藍依には目もくれず、一般人がいるであろう方向に向かおうとしていた。
「√能力者よりも一般人を狙う……なら!」
まるで激写すべきニュースでも見つけたかのように、藍依はカメラマンとしての根性魂をチャージすると狂信者達との距離を詰めて√能力『|衝撃の瞬間!《シャッターチャンス》』を発動。有名人でも見つけたかのような勢いで必殺カメラフラッシュを放ち、数人の狂信者達を光に巻き込ませる。
視界に入る強烈な光は一瞬のうちに脳の神経を麻痺させるほどに強く、狂信者達もふらつく様子を見せる。中には狂信者同士でぶつかって倒れ込む様子すら伺えた。
最初は何が起こったかわからなかった狂信者達だったが、√能力者による攻撃が行われたことを知ると能力の出どころ――藍依の方へと振り向き、敵意を見せ始めた。
「おおう、怒らせちゃったかな??」
敵が何も言わず、ただ敵意だけを見せるせいで怒らせたかどうか判断がつきにくい。しかし敵意があるという証拠だけは、狂信者達の行動からはっきりと分かった。彼らが事前に招集しておいた12体の狂信者達。それをまとめ上げると、全てを藍依に向かって突撃させてきたのだから。
「うわわわわっ!?」
あまりの速度で近づいてくる狂信者達に向けて、思わずもう一度カメラのフラッシュを叩きつけた藍依。眩しさに目がくらんだ者以外は全て藍依に手を伸ばそうとしてくる。
だが、藍依の真の目的はもう1つあった。
一般人達がカメラのフラッシュを見ることで『撮られている』という感覚に陥り、素早くその場から離れていくためだ。
そのおかげか藍依が狂信者達と戦っているところは見られず、更に一般人を祠から遠ざけることが出来た。
このままこの騒動の犯人が来るまでは、ひたすらに狂信者達に光を浴びさせるのみだ!
●思わぬ出会い、思わぬ共闘
「かろんちゃん!?」
「ねーちゃん!」
狂信者達の登場よりも前に、あきはかろんが同じ祠の事件に駆けつけていたことに驚いていた。最初は遊びに来ているのかとあきが問いかけたが、かろんは意気揚々と「おしごとだ!」と答えたことから同じ事件の解決に出向いていることを知った。
「いや、あなたも√能力者なのは知ってるけど……あっ、いや今それどころじゃないね!?」
「えっ」
あきは狂信者達を指差し、何が起きているのかをかろんにわかり易く説明。何を理由に狂信者達が一般人を狙っているかはわからないが、そのままにしておくと危険なので一緒に倒そう! と声をかけた。
一方で狂信者達が一般人を狙っていると知って邪魔されたと感じ取ってしまったかろん。邪魔をするなと狂信者達に向かって声を上げ、あきと共に戦うことを決めた。
その決意に呼応して、かろんの√能力『護霊護国戦』が発動。かろんに憑いた大神によって眷属が呼び出され、狂信者達に融合して行動力を低下させ続けた。
「みんな、がんばれー!」
かろん自身は自分が倒されないように立ち回りつつ、狂信者達を探して回る。狂信者達は攻撃しようとしてきた対象を狂信の斧槍の射程まで跳躍した後に反撃を行い、怪異への狂信によって得た魔力を使って姿を隠しているため、あきのためにも、そして巻き込まれそうな人々を守るためにも眷属を次々に呼んで、融合させた。
融合さえ出来れば姿を隠していても、行動力がなくなれば眷属と共に消滅してしまう。それを避ける方法は眷属と融合しないように立ち回ること……なのだが。
「融合しなかった人達は、愛される私のもとへ」
融合されていない狂信者達はいつの間にか張り巡らされていた100本にも及ぶ銀色の槍によって包囲されてしまっていた。
あきの√能力『|愛雨霰《アイ・アメ・アラレ》』はあき自身を指定地点とし、その半径200メートル以内に威力を100分の1まで下げた200本の銀色の槍――夫のイニシャルが刻まれた槍『thunder*』で埋め尽くす力。
範囲内に踏み込んだら最後、300回の攻撃が終わるまでは止まらない嵐が続いて、狂信者達を貫いていく。
「かろんちゃん、その槍の後ろから出ないようにね!」
「わかった!」
残った100本の槍はあきとかろんの盾として編集し、狂信者達の攻撃を防いでいく。彼らはテレビを通じて教主から承認を得た時のみ使える魔力砲『信仰の炎』を使って直線上の2人に当てようと発動者を募っていくが、あきとかろんによる妨害のほうが一歩早く、発動には至らない。
やがて融合された狂信者達がバタバタと倒れる中、あきは撃ち漏らしがないようにと周辺状況を確認しながら自身を移動させていく。
倒せていない者がいれば全て範囲に入れて、300回の|攻撃《あい》を与えるまで逃さない。
「あきねーちゃん! あっち! あっちにいるっておーかみがいってる!」
「ん、わかった! すぐに行くね!」
思わぬところで出会った2人だったが、混乱することなく連携を取れた。
そのおかげで狂信者達は大幅に数を減らし、残すところ少し遠くへと離れた狂信者達のみとなるのだった。
●これは呪い。
「あー、なるほど。そこが『門』ですか……わかりやすい手を使ってくれちゃって」
菜月は狂信者達が出てくる瞬間を見て、√の繋がりが出来上がっていることに気がついた。テレビを媒体とすることで別の√――今回であれば√汎神解剖機関との繋がりが出来上がり、神が住む祠と狂信者達をつなげてこの√へと到達させることが出来たのだ。
その人数に制限はない……はずだったが、既に幾人かの√能力者によって狂信者達が刈り取られた結果、向こうの√から送り込むのは危険だと判断されたのだろう。既にこの√EDENに来てしまった者のみが残される形となった。
「となると、1体多の状況を作るのが得策……かな」
どうしてやろうかと画策する菜月。一般人達を守りつつ、なおかつ狂信者達が自分に見向きするように仕向ければうまく討伐できるだろう。
カバンから魔導書を取り出した菜月は移動することなくその場で呪文の詠唱を開始すると、視界に入った狂信者達に向けて√能力『ウィザードフレイム』を発動。3秒の詠唱ごとに攻撃をする炎を呼び出し、狂信者達を焼き尽くす。
これは呪いだ。世界の歪みを作り出す呪いそのもの。語ることのみで証明される存在が今、狂信者達の身を焦がして焼いて壊していく。
「――異端も不敬も、私が引き受ける」
小さく呟いて、まるで狂信者達に印をつけるかのように魔術の炎を与える菜月。狂信者達の反撃が来る前に、全て、全て、燃やし尽くした。
ふと、菜月の視界に未だ画面のついたままのテレビが映る。カラーバーしか映し出していないテレビは先程までは狂信者達を排出していたが、今となってはぱったりと止んでいる。
そこに1つ、菜月には疑問が芽生えた。難しいことじゃない。――『テレビ自体を壊したらどうなるか』。
「……ふむ」
まだ狂信者達は少々残っている。彼らの反応を見れば、この先の大敵が判別出来るかもしれない。そう考えた菜月は追加で詠唱を唱えると、魔術の炎を作り出してテレビに向けて射出。
やっぱりというか、なんというか。
身を挺してでもテレビを守り抜こうとする狂信者達の姿が、そこにはあった。
第3章 ボス戦 『ヴィジョン・シャドウ』

●
狂信者達は倒された。
残るはこの事件を仕組んだ犯人の討伐のみとなる。
祠の中にあるテレビは相変わらずカラーバーを映し出し、無音のままに祠の中を照らしていく。
さて、どうしたものかと考えたのもつかの間のこと。途端に√能力者にしか聞こえないホワイトノイズが辺りに鳴り響く。
延々と鳴り響くノイズ音。テレビのカラーバーの表示は変わらないのに、音だけがノイズとなって響く。
しかしそれは元凶にとっては『時間切れ』の合図だったのか、√と√をつなぐテレビを介してこの世界に姿を表した。
√汎神解剖機関に存在する怪異『ヴィジョン・シャドウ』。
己の存在する√よりも、この√EDENに住まう人々のほうがより良い餌となりうると知り、祠に捨てられたテレビを介して行方不明事件を起こしていた。
他の√よりも繋がりが強く、また不思議を目撃した際に忘れ去る力が強いことから、多少は遊べるモノだと判断したようで。
ちょっと自分も遊びに行こうと出てきた……のはいいものの、祠のテレビを媒体にしているからか、移動範囲が制限されてしまった。
……無論、ヴィジョン・シャドウを放っておくことは√EDENを危機に晒すことになる。
出て来てくれたのなら、丁度よい。ここで討伐し、二度とこの地に足を踏み入れないようにすればいいのだから!
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プレイング受付:2025/1/2 8:31~
受付前のプレイングは一旦お返しします。
ボス敵『ヴィジョン・シャドウ』が現れました。
ヴィジョン・シャドウは祠の周辺でしか移動することが出来ない状態となっています。
しかし移動は出来なくともフラグメントの攻撃は全て当たるものと考えてください。
場所は変わらずテレビのある祠の傍です。狂信者達はもう現場には残存していません。
一般人達は忘れようという力が働いているため無視して構いません。
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●【速報】ボス敵現る。
「ノイズとカラーバーしか表示できないなんて、壊れてるじゃないですか」
テレビから出てきたヴィジョン・シャドウを前に、藍依は啖呵を切る。
新聞記者でありカメラマンでもある藍依。そんな彼女は報道者として、カメラで撮った情報をテレビで映すことは日常茶飯事で、そもそもテレビが壊れてるなんてとんでもないことだ。
修理が上手い人でも紹介しようか? と声をかけてみるものの、ヴィジョン・シャドウは答えることはない。
「むぅ、そうですか。……ならば、お手本代わりにテレビを使った報道というものをお見せしましょう!!」
そう告げると、藍依は√能力『|新聞社の速報!《ニュース・レポーター》』による能力増強を受け取る。全ての能力者達よりも先んじてヴィジョン・シャドウと戦う彼女は、報道ナレーションと共に参上することでその強さを高めることが出来るのだ。
「一般人の方にはどのみち忘れられてしまいますが……片付いたら、今回の事件は纏めて記事にしますね!」
半身であり、最新型のアサルトライフル『HK416』。それを片手に携えてヴィジョン・シャドウと対面している藍依は、ヴィジョン・シャドウが呼び出した影の波動が出るテレビの攻撃を華麗に避けて1つ残らず撃ち落とす。
影の波動が出るテレビによる一撃は強力なものだ。受ければたちまちに身体に大ダメージを与えられ、立ち上がるのも困難になる程だろう。
「ですが、相手が沢山いれば私を狙うには至らないでしょうね!」
攻撃には攻撃を。手数には手数を。レギオンコントローラーを使用してドローン達に命令を下し、藍依自身を狙われないように立ち回らせつつテレビを1つずつ撃ち落とす。
幸いにもテレビからの攻撃は威力を求めるがあまりに命中率と機動力が大幅に下がっているため、ドローン達による攻撃は容易に直撃する。頑丈ではあるが、動きを止めたところで藍依が撃ち抜けば問題なくテレビは地面に落とされ、ヴィジョン・シャドウにも痛手を追わせることになる。
「このスクープは能力者達にとっても最高のものになると思います。ぜひともルート前線新聞社をよろしくお願いしまーす!」
報道宣伝を忘れずに、ヴィジョン・シャドウを的確に貫いていく藍依。
まさにそこにいるのは命がけでネタを取りに行く新聞記者の姿だった。
●呪いとは
「うーん、なるほど。そりゃそこが核なら守るわけよね……」
狂信者達が守り抜いたテレビ。それは√を繋ぐための門として残されたが故のこと。その先から現れたヴィジョン・シャドウは数多のテレビを侍らせて、菜月の前へと現れた。
ヴィジョン・シャドウの持つテレビは未だカラーバーを表示させたまま、何かを映し出すことはない。語り手の存在が出来て、映像の撮影ができて、初めて|そこ《テレビ》に映される。それまでヴィジョン・シャドウはテレビドラマの内容を菜月に向けて語り始め、〆となるまでのストーリーを事細かに語った。
「なら、その語りが終わる前に……!」
語りが終わるまでは無防備。それならば、その間に自分の攻撃が行える範囲に入り準備を行えばいいことだ。
√能力『|忘らるる炎の鎖《オブリビオン・チェイン》(偽)』の準備を開始。移動することなく3秒詠唱することで発生する反射式の炎の鎖を想像することで、攻撃を反射しながらも嫌でも自分に視線を向けさせる。
ドラマの内容は、『愛とは何か』を問いかける物語。主人公となったヴィジョン・シャドウは『愛』を知るために人を殺め、時には人から何かを奪いとるという内容の物語を映像として残すための撮影スタジオを用意する。
役割を与えられたヴィジョン・シャドウ。その手から伸びる愛のための刃は菜月に向けられた時には必中攻撃となるが、事前に炎の鎖を呼び出していたことでどの攻撃も完全に反射。炎と刃の二重攻撃をヴィジョン・シャドウは食らい続けた。
「こういうドラマよりも、もっとこう、呪いの焦点を当てたストーリーもいいんじゃないかしら?」
そう呟いた菜月は一言、まるで呪いの言葉を呟くような詠唱を唱え、新たな炎の鎖を呼び出す。嫉妬の炎は呪いにも等しいと言わんばかりに燃え盛り、鎖を焼いて、刃を喰らい跳ね返す。
愛とは呪いだ。人間達が作り出す心からの呪いで、結びつけば最後解かれることはなく、人の身体に染み渡って離れない。
そんな『愛』を題材にしたテレビドラマを、呪いそのものとも言える菜月に向ければ……。
「――強いほうが、勝っちゃうのよね」
●2人でやれば、どんな敵でも。
「ねーちゃん! なんかでた!」
「これは……」
かろんとあきの前に立ちはだかるは、テレビの中から出てきたヴィジョン・シャドウ。かろんはその様子を『むかしのおばけみたい』と表現して楽しんでいた。
だがあきは事の重大さに気づいている。この存在を放っておくことは√EDENの危機となり、ひいては他の√をも危険に晒してしまうのだと。
「かろんちゃん、私が足止めするから、準備してね?」
「わかった!」
準備と言われて、遊ぶための準備をすればいいんだ、とはしゃいでいる様子のかろん。いそいそとみんなを呼び出して、ある準備を進めておいた。
その隣であきはヴィジョン・シャドウに向けて√能力『|探偵活劇《レミイ》』を発揮。武器をこれまで使用していた愛用の槍から金色で縁取りした漆黒の殴り棺桶coffin*に変更し、一瞬のうちに距離を詰めた。
「――そこを、動くな!」
先にヴィジョン・シャドウに動かれてはこちらに不利となる。それならば、相手が動き出す前にこちらが先制攻撃を仕掛け、足止めをすれば良い。
当たればダメージ。当たらなくても外れた地点から半径21mは移動禁止エリアとなって動きを制限出来る。どちらにせよこの能力によってヴィジョン・シャドウの動きは封じられ、次の行動が成功するかも怪しくなるのだ。
事実、ヴィジョン・シャドウのテレビ画面が揺らぐ。何かしらを行いたいという欲望を映し出しているのはわかるが、それが|成功するかは運次第《・・・・・・・・・》。今はその運が完全に尽きている状態というのが見て取れていた。
しかしそこから先、あきが動くことはない。彼女の役割はヴィジョン・シャドウの足止めと行動制限を行うことで、トドメを刺すまでには至らない。
「かろんちゃん、トドメは任せた!」
「よーい!」
気づけば、かろんに周囲には色々な存在が漂っている。彼女に宿る大神はもちろんのこと、その眷属達が呼び出せるだけ呼び出されている。
そして彼女は大神と眷属達と共に大砲を用意し始め、ぎゅむぎゅむと詰め込んで照準をヴィジョン・シャドウに向ける。今ここに√能力『|壱獣霊式大筒《ワンオーゴーストキャノン》』の準備は整った。
「どん!!」
かろんは言葉と同時に両手を打ち合わせ、大砲を発射させる。詰めに詰め込んだ大神と眷属達が次々に撃ち出されてはヴィジョン・シャドウとテレビ直撃し、続々とその姿を貫いていく。
あきが足止めをした理由は彼女のこの大砲が動きづらくなることを懸念してのことだった。機動力と命中率が大幅に下がってしまうこの大技を前に、行動の制限なしでは当たるのは難しいだろうからと。
その威力は1人で2人分の強さ。たとえ強固なテレビが守ろうとも、画面が破壊されて、朽ちてゆくのだ。
●行方不明事件は、もうおしまい。
能力者達の閃きと戦いによって、小さな祠を通り抜けてこの世界にやってきたヴィジョン・シャドウは討伐され姿を消す。
それと同時に、祠の中に飾られていた小さなテレビもその場からなくなり、やがて最初から何もなかったように祠は佇んでいた。
この行方不明事件は後に、一般人の記憶からは完全に無くなってしまうだろう。
『忘れようとする力』がより強く働いている、この√EDENではいつものことなのだから。