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|麦酒《ビール》と冒険と
「皆様、依頼や長旅、本当にお疲れさまでした」
不眠的酒精女神・如月縁(h06356)は、満面の笑みで一同を迎えた。
その手には、既に泡の立つ黄金色のビールジョッキが握られている。縁は一口こくりと飲み、喉を潤すと、目尻を下げて「やっぱり一杯目は格別ですね」と笑った。
今回の招待は、まず心と体を癒やすことから始まる。
案内されるのは、山間に佇む秘湯の宿。渓流のせせらぎと新緑の香りに包まれ、湯煙が空へと昇っていく――そんな景色が、長き任務の疲労を優しく解いてくれるだろう。
「そして、温泉のあとは……“酒ダンジョン”です。ただし今回はビール限定」
縁の声は途端に熱を帯びた。
「産地も種類も様々。ラガー、エール、スタウト、ヴァイツェン……百種以上はあるでしょうね。泉からは琥珀色の液体が湧き、洞窟の壁からは黄金の雫が滴ります。ジョッキも樽も揃ってますから、お好きなスタイルでどうぞ」
説明の合間にも、縁は嬉しそうにもう一口ビールを味わう。
だが、このダンジョンはただの酒場ではない。
最奥には『堕天ヴェリアル』が待ち受けている。かつてはセレスティアルであった存在で、規律や道徳を嫌い、人を堕落させることを何よりも愉しむ策謀家だ。
「ビールの香りに気を許した瞬間、心を揺さぶられ、判断を鈍らせられる……お酒をだしに使うなんてゆるせませんね」
縁はジョッキを軽く掲げ、にこりと笑った。
「ですが折角です。思い切りビールを楽しみましょう。もちろん、お気に入りのビアタンブラーやジョッキを持っていっても構いません。最高の一杯に出会えるかは、あなた次第です。ただし20歳未満は例によって謎パワーで退場、あしからず」
こうして、温泉での癒やしと黄金色の誘惑、そして堕天との対峙。
この旅は、乾杯から始まる。
第1章 日常 『超竜級の癒しスポット!』

●
山間の細道を抜けると、湯煙の向こうに趣ある木造の宿が現れた。
苔むした屋根と古色を帯びた外壁が、長い年月を静かに物語っている。手前には清流が流れ、石橋を渡るたびに涼やかな水音が耳をくすぐった。
玄関をくぐれば、更衣室が左右に分かれ、男女別の暖簾が揺れている。予約すれば貸し切りも可能で、仲間同士だけの時間も楽しめるという。籠に衣服を預け、浴衣姿で外へ出れば、そこには山の景色と溶け合う露天風呂が広がっていた。
岩で縁取られた湯船は斜面に沿って段々に連なり、上段から溢れる湯が下段へ静かに流れ落ちる。湯面は初夏の陽光を受けてきらめき、柔らかな湯気が風に乗って漂った。
湯に身を沈めれば、張り詰めた筋肉がほどけ、心まで解きほぐされていく。耳を澄ませば、遠くで鳥のさえずり、近くで渓流のせせらぎが響く。それらが重なり合い、まるで自然が奏でる音楽のようだった。
熱すぎず、ぬるすぎない湯加減が心地よく、時の流れを忘れさせる。湯煙の向こうには青空が広がり、山並みの稜線がくっきりと見える。ここは、戦いや任務を離れ、深呼吸できるつかの間の楽園だった。
●泡と唐揚げと温泉と
「ビールと聞いて! 私がやって来た!!」
……って感じで登場しても良かったのだけど。
勢いよく現れた自分を想像して、う〜んやめとこと温泉へ足を進めた。
岩で縁取られた湯船は斜面に沿って段々に連なり、上段から溢れる湯が下段へ静かに流れ落ちる。
湯面は初夏の陽光を受けてきらめき、柔らかな湯気が風に乗って漂っていた。
岩上・三年(人間(√妖怪百鬼夜行)の重甲着装者・載霊禍祓士・h02224)は胸元がこぼれないようにタオルをぎゅっと巻き直すと、静かに岩風呂へと足を入れた。琥珀色の湯は、ほんのりと麦の香りを湛えていて、まるでビールそのものに浸かっているかのよう。
|宴《ダンジョン攻略》の前の前座ってヤツなのだろう。ここを通過せねばビールにたどり着けないのなら……まあ、ゆっくりしますか。
「は〜〜〜……これは……しみますなあ……」
肩まで湯に沈むと、途端に全身の力が抜けた。微発泡の湯が皮膚を優しく撫で、温もりが芯まで染みわたる。
それにしてもこれから進む酒ダンジョンのラインナップが気になる所。スコッチとリキュールと梅酒は苦手だけど、ビールならば好きなだけ行けそうだ。
「ビールは100種類位あると言いますが、私はサワーと!レッドエールと!IPAと!黒が大好きです!」
ーーーその声は多分ダンジョンにも届いているでしょう。IPAは私も好きです。
「どんなのがあるのか知りませんが……因みに青森県弘前市にあるクラフトビールが大好きです!
あと、大手ビールメーカーの黒も嫌いじゃないです!」
ーーー弘前市にあるクラフトビール……青森エールで合ってるでしょうか?こちらも黒がありますよ!
「……唐揚げ食べたい」
思わず漏れたひと言が、湯気の中へふわりと消えていく。
身体の疲れが全部、泡の湯に溶けていくようだった。