シナリオ

⚡️同志諸君。時は来た

#√ウォーゾーン #オーラム逆侵攻 #プレイング受付中 #8/10(日)〜8/15(金)7:00

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 #8/10(日)〜8/15(金)7:00

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⚡️大規模シナリオ『オーラム逆侵攻』

これは大規模シナリオです。1章では、ページ右上の 一言雑談で作戦を相談しよう!
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(毎日16時更新)

 裏切者達の暮らす宿舎に、√能力者達の独房に、食事や書類に紛れて渡された小さな端末。バックライトを極力抑えた暗く小さなモニタに文章が映し出された。

『同志諸君。時は来た』

 それはレリギオス・オーラムの統率官、ゼーロットの短慮な√EDEN侵攻計画に端を発する、人類の大規模逆侵攻作戦。ついに始まる人類の反撃の第一歩を示すものだ。

 10文字にも満たない端的な通達。
 だが、どれほどこの時を待ち望んだことか。
 同胞を傷つけ、戦闘機械の命令に従い、|心を殺して《機械のように》。

 食い入るように次の情報を待っていると、突如キンキンと高い少年のような声が響いた。

「おいお前ら、何サボってんだ!」

 少し気を取られ過ぎていたのか。
 気づけば目の前、目線のやや上に、赤と緑の一対の戦闘機械がフヨフヨと空中を浮遊していた。
 言葉を発したのは緑色の戦闘機械。確か……アポロンと呼ばれていたはずだ。
 あくまで平静を装い、見つからないように自然に端末を隠す。
 その動きに、二機は気づいた様子もなく、赤い戦闘機械が言葉を発した。

「まぁまぁそんなに責めないであげなよアポロン。その子達もさぁ、よっわい立場と実力でせこせこ頑張ってるんだから」
「アハハハハ、それもそっか。アルテミスは優しいなぁ、お前らもアルテミスに感謝しろよな!」

 表情を示す機能があれば間違いなくニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていたと思われる対の戦闘機械はいわば|見張り《・・・》だ。
 一度人類を裏切った者たちが、万が一にも自分たちに牙を向けることが無いようにとつけられた首輪。
 それでも、彼らのような飽きっぽく、真面目に監視する気もないような傭兵をつけられたのは築いてきた信頼の証と言って良いだろう。
 派手に動きすぎなければ気づかれる可能性は低く、何より彼らは自分より弱い相手で遊ぶ癖がある、一人二人が足止めに徹すれば容易く動きを止められるはずだ。

 本当に玩具で遊びに来ただけだったのか、裏切者達を嘲笑いながら二機の戦闘機械は飛び去る。

 それを見計らい、今度こそ慎重に端末に目を落とした。
 表示されていたのは、簡易の地図と刻まれた5つの光点、作戦目標地点。

 1. 北輸送ゲートに破壊工作をかけ、本日レリギオス・オーラムの本拠地に対して行われる、大規模資材輸送を妨害する。
 2. 司令部に突入、この基地の自爆装置を起動し、基地の残存兵力と兵器を纏めて吹き飛ばす。
 3. 南大ゲートへ向かい、本日√EDENに出撃予定の敵大部隊を奇襲する。
 4. 地下牢獄へ潜入し、基地内に囚われている√能力者や他Ankerを救出する。
 5. 西資材集積所に爆発物を輸送、レリギオス・オーラム最大規模のロボット工場、カテドラル・グロンバインに送られる資材に爆弾を仕掛ける。

 Anker達の戦闘力は心もとない。
 上層に囚われた、地下への輸送前の√能力者を開放し、協力すれば多少はマシだが、それでも多勢に無勢だ。
 達成できる目標は1つが限界だろう。

 だがそれでも、それは戦闘機械達に届く確かな刃となるはずだ。
 |裏切者《人間爆弾》達は、そして潜入した、あるいは囚われていた√能力者達は昂る意思を一つに束ねるべく、端末を叩いた。

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第1章 ボス戦 『双子傭兵『APoALt』』


 資材、兵器、戦力……。スパイとして入り込んでいた者であればすぐに気づく。
 この基地は各地の資材を集め、川崎エリアに輸送するための一時集積所としての役割を果たしていた。
 そしてその資材の中には|人間《・・》も含まれる。

 特にこの基地は扇島地下監獄に輸送する前の人間の保管場所としてはかなりの規模であるようで、√能力者であったり、有力な能力を持ったAnkerであったり、あるいは単なる実験素材であることもあるようだが、そういった|人的資源《・・・・》が地下監獄に大量に幽閉されている。

 そういった者達を解き放つことができれば、こちらの戦力を大きく増強することができるだろう。
 そして、忘れてはいけないのは、ここはかの統率官『ゼーロット』の支配領域である、と言う事だ。
 己の立場に執心し、自身の失態から目を逸らす彼がそのような大規模な脱走を許した基地を許すはずもない。作戦が上手く行けば内輪揉めを誘発し、基地機能を大きく低下させることもできるだろう。

 ここが正念場だ、静かに、しかし大胆に、囚われた人々を解放せよ。

 『作戦4が採択されました』
クラウス・イーザリー
ヨシマサ・リヴィングストン
花園・樹
フォー・フルード
ガブリエル・レーゲン
香久山・瑠色
椿之原・希

⚡️同志諸君。時は来た


「って、感じで、しっかりボコしといたのでしばらく動けないはず~!」

 そう告げて、ガブリエル・レーゲン(春雷・h08077)が背後を指し示した。
 そこに並ぶのは鎖に繋がれ、傷を負った……ように見せかけた√能力者達。

「ふーん、急に大手柄じゃん」

 赤い機体、アポロンはつまらなさそうにそう言って、彼らに目をやった。
「√能力者が3人に、|裏切者《ベルセルクマシン》が一機、あとの2人は何それ、非戦闘員?」

 ここに居るのは全員が√能力者のはずだけど……と、つられて視線を向けると。
 かわいそうな程にプルプルと震える少女と、あきらめたように遠い目を浮かべる少年の姿が目に入る。

 考えてみれば、特殊な種族であればともかく、外見だけで√能力者をそれと見分けるのは難しい。
 それゆえに、一見戦闘要員に見えない2人はおまけであると勘違いしたのだろうか。
 普段であればきちんと訂正するところだが……。
 ん~とあいまいな返事を返していると、アポロンが震える少女、椿之原・希(慈雨の娘・h00248)に近寄った。

 ひっ、と小さく悲鳴を上げてさらに激しく震える希にアポロンはいつもの意地の悪い笑い声を上げた。
 希の額を軽く小突き、特徴的なリボンを引っ張る。

「痛っ!髪の毛を引っ張らないでください!痛いのです!」

 それは好奇心でもって平気で人を傷つける、悪意ある子供のような振る舞い。
 アポロンが無遠慮に引っ張るうちに、解けたリボンがするりと髪から抜けた。

「やーっ!リボン返してくださーい!」

 空中に浮かんでいるがゆえに、届かない手に向けてぴょんぴょんと跳ねる希を見降ろしてアポロンは満足そうな声を上げた。

「面白いな、コイツ」

 ここまでが全て希の演技だというのだから肝が据わっている所の話ではないが。少なくともその演技はアポロンの琴線に触れたようだ。
 希の反応にすっかり気を取られているのか、注意が散漫になっているらしい。
 であれば、今のうちに話を通してしまうのが良いだろう。

 偽装した申請項目をペラペラと口頭で述べる。
 面白い玩具に夢中で話を聞き流しているらしいアポロンは生返事をするばかりだが。最後の質問にだけは面倒臭そうに他のルート能力者に顔を向けた。

「後、検査とかは一応やっといたけど~、再チェックする?」
「え?ぁー、別にいいけどなぁー」

 遊びを遮られたのが不満だったのか。アポロンはぶつぶつとぼやくと、一応とばかりに一人のポケットに手を入れ、引っ掛かった何かを取り出した。

 それは白墨、いわゆるチョークという奴だ。
 学徒動員兵ならともかく戦闘機械が学校などというシステムに詳しいはずもない。
 顔の前に持ち上げたそれは、機械の力に耐え切れずバキリと音を立てて砕け散った。

「何コレ?」
「多分大勢の前で文字を書く道具かな」
「は?玩具って事?」
「ん~、そうかも。こういうのもチェックした方が良い~?」

 アポロンは少し考えた後面倒臭そうにチョークの破片を放り投げた。

「いいよ、もう。いちいち確認するのめんどくさいし。だけど、銃の類はちゃんとチェックしといてよ、探知機に引っ掛かるから」

 そう言って、ガブリエル任せにしてアポロンはその場から立ち去っていった。

 例えばこれがドクトル・ランページであったなら。
 いや、彼らの雇い主に当たるゼーロットであっても決して見逃さなかっただろう。
 その判断を分けたのは√能力者との戦闘経験。
 √能力者は何をしてくるか分からないという認識の不足だ。

 かくしてガブリエルによる形だけのチェックを抜けた√能力者達は、揃って拘留所の檻の中へと入れられることとなった。
 檻の扉が閉ざされ、ガブリエルがカギをぐるりと一周回し……半周戻して開く。
 これで脱走の準備は整った、後はタイミングをはかって動き出すだけだ。√能力者達はそれぞれ静かに、端末に訪れる合図を待つのだった。


 決行時刻は、夕刻。
 敵部隊の出撃や資材輸送が開始され、リソースがそちらに集中したタイミング。各自の持つ端末に届いた通知に反応して、ルート能力者達は動き出した。

 ある物は隠し持ったナイフで、あるものは護霊のような霊的な協力者の力を借りて拘束を解き。
 手持ちの装備が無い者はガブリエルの手引きで牢から脱出する。

 脱走を検知したレギオンによって警報が鳴り響くが、今この時間であれば増援はすぐには来れない。
 ……筈だったのだが。

「なんだよ、うるさいなー……え?」

 想定外というのは起きる物だ。
 本来の巡回時間とは大きく外れたタイミング、すぐに現れることは無いだろうと踏んでいた二機の戦闘機械の登場……それもまさしく偶然と思われるそれに、√能力者達は自然と息を呑んだ。

「おいお前ら、いったいどうやって……!!」

 そこまで言ったところでアルテミスがガブリエルに目を向けた

「なるほど、そういう訳ね……」

 間違いない、ガブリエルがスパイだったと気づいたのだろう。
 その視線を遮るように√ウォーゾーン出身の二人が前に出た。

 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は艶消しを施したナイフを構え。
 ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)は周囲を巡回していたレギオン達の制御権を奪い取って敵を包囲する。
 そしてーー。

「良くも僕たちにナメた事してくれたな、とりあえずお前から、死ね!」

 √能力者であっても武器が無ければ問題ないと思ったのか、アポロンは2人の√能力者を無視してガブリエルに襲い掛かった。
 怒り狂い、目にも止まらぬ速さに加速したアポロンのブレードがガブリエルに迫るが。
 その刃は直前で間に割り込んだクラウスのナイフとぶつかりあい、激しく火花と共に受け止められる。
 ナイフで攻撃の勢いを殺し切れるはずもないが、その勢いに体を任せて転がるように後退する。

 その一瞬の攻防の間に離脱したガブリエルに、今度はアルテミスのレーザーが迫るが。これは合間に滑り込んだレギオンに当たり、破壊するに留まる。

「チッ!!邪魔すんなよぉ!」

 それでもなお、裏切者の後を追おうとする二機だが。
 突如として目の前に壁が立ちはだかった。
 奇妙な茶色に蠢くその壁は、良く見れば小さな雀が大量に集まった物だ。
 その元をたどれば、捕まる際に遠い目で中空を見つめていた少年、香久山・瑠色(|何も忘れない永遠の迷子《メモワール・チャイルド》・h03107)にたどり着く。
 瑠色は小雀と燕、そして烏の三羽の護霊を供に、真っすぐに双子傭兵を見据えていた。

 操作権を奪ったレギオンやナイフ、暗器として強化されたカードなどと言った当座の武器しか持ち合わせていないクラウス、ヨシマサの二人とは異なり、護霊を戦闘の核に置く瑠色はこの場においても全力で戦うことができる。
 もっとも、近接戦闘はそれほど得意と言うわけではないが、それでも双子傭兵の動きを妨害するには十分だ。そして、この場にはもう一人、全力で戦うことができる√能力者が居る。

 チリン、と鈴音が鳴り、銀の閃光が走る。
 とっさに回避した2機とガブリエルを引き離すように体をすべりこませたのは、霊刀・狼牙を携えた青年、花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)だ。
 近距離から中距離戦闘を得意とする彼の存在は√能力者達にとっては非常に頼もしく、戦闘機械に取っては厄介極まりない。
 無理やりに突破するのは不可能と見た双子傭兵もまた、目の前の敵に集中することを決めたのか背中を合わせるようにして体勢を整えなおした。

「ふざけんな!!捕まった時はそんなの無かっただろ、どこに隠し持ってたんだよ!」
「見逃してくれたお陰でね……|入念な《ザル》チェック、ありがとうね?」

 向かい合う樹や瑠色による護霊の壁の向こうで一息吐いたところで、希がガブリエルを呼んだ。

「ガブリエルさん!大丈夫でしたか?」
「大丈夫~、皆ならやってくれるって信じてたからね!」

 そうして無事を喜ぶ二人に向けて、レギオンを制御しながらヨシマサが声を飛ばした。

「ガブリエルさん。当初の予定通り、希さんと一緒に避難経路の確保をおねがいしますね~」
「わかった、皆も気を付けてね~」

 この場所に来てからもう随分と長く過ごした、道なら完璧に頭に入っている。
 騒ぎを聞きつけた敵が集まってくる前に急がなくては。

 剣戟がぶつかり合う音を背後に、ガブリエルと希は走り出した。


「ここ、で間違いないはずですが」
 視覚的には何も存在しないはずの空間から小さな声が響く。
 目の前に立てば、あるいは高精細なカメラで注視すれば気づくだろう、そこには僅かな空間の揺らぎがあった。
 そこに存在するのは、|EOC《電磁的光学迷彩》マントによって全身を覆い隠したベルセルクマシン、フォー・フルード(理由なき友好者・h01293)だ。
 √能力者達の脱出に合わせ、作戦通り一人静かに行動していた彼が向かっていたのはガブリエルから連携されたマップ上の一点。そこは鹵獲された者たちの装備が一時的に保管される警備達の詰所のはずだ。

 扉を薄く開け、慎重に陰から半身を出して内部を覗き込む。詰所の中に控えるのは、ある程度の指揮権限を持つ2機の歩兵型ガードロボットと、レギオンを始めとした自律兵器の類。
 拘留所での騒動が伝わり始めているのか、こちらに気づいた様子もなく慌ただしく監視カメラの映像を追っている。あまりに無防備だ。
「この数であれば、対応可能でしょうか」

 静かに呟き、体勢を整える。そして、勢いよく室内に飛び込むと同時にククリナイフを投擲した。

「何、侵入者……ッ!!」

 本来の獲物は銃器だが、彼の弾道計算能力は投擲の類にも対応する。
 狙い違わず、関節に突き刺さったククリナイフはアサルトライフルを握ろうとする操作信号の伝達を遮断し、そうして生じた隙に一息に距離を詰め、刺さったナイフを抜いて動力部に突き立てる。
 さらに、崩れ落ちる敵の手から落下したアサルトライフルを掴み取り、もう一方のガードロボットを打ち抜いた。
 けたたましくアラートを鳴らしながら集まりだすレギオンや監視カメラを次々と撃ち落とし、銃撃を躱しながら保管室へと駆ける。

 幸いな事に目当ての場所はそう遠くは無かった。
 テーブルを盾代わりに蹴り上げ、シャッターで閉ざされた部屋のコンソール保護カバーを叩き割り、ガブリエルから共有されていたコードを打ちこむ。

 そして、数瞬の後ーー。爆風がまとめてレギオンを吹き飛ばした。

 煤煙の中から狙撃銃を担ぎ、片手に手榴弾「銀鳩」を弄びながら、フォーが姿を現す。やはり、使いなれた装備は手に馴染む。攻撃範囲や威力が予測が正確にできる、という意味だが。

 レギオンが集まりはじめた入口付近にもう一発手榴弾を投げ、コンテナを担ぎ上げる。

「武器の回収は完了ですね」

 ちらりと端末に目をやり、仲間たちの動きを確認する。
 当初の予定通りに動いている二つの光点に対し、残りの4つの光点は一か所に留まったままだ。
 つまり、状況は芳しくないと見て良い。
 少しでも速度を上げて合流すべく、フォーは再びEOCマントを機動させて通路へと飛び出した。


「雑魚調子にのってんじゃ……あたっ!!」
「この、さっきから何なのよ!」

「……君達は言葉遣いがあまり良くないようだね」

 樹の投げるチョークが吸い込まれるように二機の戦闘機械の頭に激突し。その度に連携が途切れる。
 特にアポロンに関しては、どうでも良いと見過ごした物で攻撃を邪魔されているだけにイラつきもひとしおだった。視野が狭まり、樹に攻撃を繰り返すAPoALt、その姿を瑠色は背後に回り込んで見ていた。

「今だ、行くよ、烏戸」
 瑠色と共に、護霊だる烏が飛びたち、二機の戦闘機械に無数の羽根弾を撃ち込む。
 しかし、思ったよりもセンサーが優秀なのか、二機は即座に振り返り、片やブレードで振り払い、片や飛行して回避する。そして。

「おっそぉ、ざーこざーこ!」
「二人がかりなら勝てるとでも思った!?」

 口々に煽る言葉を吐きながら、二機の戦闘機械が同時に攻撃を仕掛けてくる。
 だが、そこまでは予測通り、本命の行動はこの次だ。
 先日滅ぼされた|どこぞの吸血鬼《王権執行者》を彷彿とさせるセリフに内心辟易としながら。瑠色は目を見開き、二機の戦闘機械を視界に捉えた。

「だるまさんがころんだ!」

 その声が響き渡った瞬間、2人の戦闘機械は攻撃の寸前で瑠色の視界に縫い留められたかのように動きを止める。

「な、体が!?」
「ちょっと、どういうこと!?」

 チョコラテ・イングレス。視界に映る者をその場に留め置く√能力。
 目を閉じない限り、そして体力が持つ限りと条件は重いが、今の状況においてはそれで十分。

 空中で動きを止めたAPoALtにヨシマサのレギオンとクラウスのスローイングカードも含めた集中攻撃が一斉に降り注いだ。

「痛ぁっ!!!何しやがんだよ!」
「この卑怯者ぉ!」

 しばらくして、煙の中から二機の戦闘機械が飛び出した。
 あまり傷をおった様子が無いのはこの場で最も危険な樹の一撃だけはブレードで防いだ為だろうか。
 防いだであろう刃に傷が入っていることから全くダメージが入らないわけでは無さそうだが……。
 火力不足はどうあがいても否めないようだ。
 それでもあえて、瑠色と樹は双子の傭兵に向けて告げた。

「さっき煽った雑魚相手に手間取ってるのはどなたですかね!?」
「そうだね、弱そうな相手に邪魔をされる気分はどうだい?」

「くっそぉ!!調子に乗りやがって!!」

 煽り文句にアポロンが再び激昂し。2人に向けて真っすぐに突っ込む、小細工も連携も何もない力任せの攻撃は回避もそれほど難しくない。
 アポロンは樹と瑠色の間を駆け抜け、勢いのまま壁へと突っ込んで急停止した。

 冷静さを失わせることで攻撃を単調にし、対処を容易にする作戦は今の所成功しているようだった。

 だがそれでも今の所状況は一進一退、手放しで喜べる状況ではけして無かった。
 決め手に欠ける以上状況はジリ貧。戦いを長引かせれば徐々に追い詰められるであろうことは間違いない。

 だからこそ重要なのは武器の回収。フォーがここに到達するのが先か、APoALtの攻撃が√能力者達に届くのが先か。戦闘の行方はその一点に掛かっていた。


 曲がり角から大きなリボンが目立つ頭がひょっこりと飛び出し、キョロキョロと周囲を見渡した。
「レギオンが一機飛んでるみたいです」
 続けて、銀の髪の女性が顔を出す。
「本当だ、何とかなりそう~?」
「任せてください!」
 希が合図するとフクロウ型のドローンが飛び立った。
 フクロウは影に潜むように静かに低空を駆け、巡回のレギオンを鋭い爪で掴んで地面に叩きつける。
 そして周囲を見張るようにその場を数度旋回し、一声鳴いた。
「もういないみたいです、行きましょう」

 警戒しながらさらに奥へと進み、扉を開けると檻に囚われた人々が目に入った。

「お前は……っ」

 囚われている最中に姿を目にしたことがあったのだろう、檻の中の√能力者が警戒した様子でガブリエルを睨み。隣の希を見て不思議そうに瞬きをした。

「大丈夫なのです、助けに来ました!」

 希の笑顔に毒気を抜かれた様子の√能力者達を前に、ガブリエルは鍵を取り出してニッコリと笑みをうかべた。


「そうか……スパイとして……」

 敵意を感じさせない希の説明によって警戒を解いた√能力者達の手を借りて次々に囚われた人たちを解放していく。

「避難経路はこっちだよ~」

 簡易に用意した地図で脱出経路を指示しながらこのエリアの全員を解放しきる。
 憔悴しきっているものから、まだ動けるものまで状態は様々だが、共通しているのは希とガブリエルに向けられた感謝の念だ。

「助けてくれてありがとう。それと、疑って悪かった」
「気にしなくていいよ~」

 皆の声を聞きながら思考を巡らせる。まだ数か所こういった拘留所があるそれを全て解放するにはどこをどう通ればよいか。
 ガブリエルが頭の中で効率的なルートを考えていると、幾人かの解放された√能力者やスパイ達が集まってきた。

「俺達もまだ戦える、何か手伝えることは無いか?」

 見えにくい疲労がたまっている可能性もある、無理をさせるのは危険だろう。
 だが、全く人が足りていないのも事実だ。であれば……

「じゃあ、お願いしようかな」

 そう言って、ガブリエルは予備の銃を渡す。
 今は、敵の増援が到着するよりも早く皆を解放しなくてはならない。
 使えるものは何でも使わなくては。


 戦況はお世辞にも良いとは言えなかった。
 瑠色を除けば、この場に残った3人はいずれも戦闘経験豊富な部類に入る√能力者達だ。
 しかしながら、クラウス、ヨシマサの二人は基本的に武器の扱いを得手とするタイプであり、十全な実力を出し切れるかと言えば難しい。
 結果的に樹が一人で片割れを相手取り、残る3人が力を合わせてもう片割れを相手せざるを得なくなっていた。

 加えて言えば、それすら完璧に出来ているとは言い辛い。
 実際、本来近接に優れた樹が相手したいアポロンには3人相手に自由に暴れる事を許してしまっており。
 アルテミスの側もどこか曲芸じみた、相手を舐めた動きが混じっているからなんとか足止め出来ているような状況だ。

「少しはやるみたいだけど、やっぱ私たちには勝てないみたいね」
「じゃ、そろそろ終わりにしてやるよ!!」

 突如としてアポロンの動きが変わった。
 先ほどまでの、つけ入る隙のある剣戟ではなく重量の乗った鋭い一撃。
 クラウスはそれをなんとか受け止めるが、バランスが僅かに揺らいでしまう。
 その一瞬目掛けて、アポロンは急激に加速した。

 剣戟での戦闘はナイフでもある程度受け流すことはできるが、質量攻撃となるとそうはいかない。
 飛行ユニットが勢いよく炎を噴出し、加速された蹴りがクラウスに突き刺さり、とっさに防御に使ったナイフを真っ二つに折りながら、彼を通路の奥の暗闇へと吹き飛ばした。

 遠くから鈍い激突音が響く。

「クラウスさん!」

 瑠色の意識が一瞬そちらに気をとられ、明確な隙が生まれる。
 そこに、ブレードが瑠色に直撃する軌跡を描いて振り下ろされた。

 次の瞬間、ガン!という金属音と鈍い音が同時に響く。
 見れば、瑠色を守る|燕の護霊《エン》とヨシマサのレギオンが体当たりによって、間一髪のところで攻撃を逸らしていた。
 ハッと気を取り直した瑠色がバックステップで距離を取り、|烏の護霊《カラスド》が羽根弾を飛ばす。
 だが、アポロンはそれをジェットで吹き飛ばし、レギオンを操るヨシマサを睨みつけるように顔を向けた。

「お前、邪魔だな」

 再びバーナーが燃え上り、アポロンがヨシマサに向けて加速する。
 行く手を阻むようにレギオン達が壁となるが。

「多少レギオンの支配権を奪ったとこでさぁ!!無駄なんだよぉ!!!」

 レギオン達をまとめて切り伏せ、アポロンのブレードがヨシマサに迫る。
 ヨシマサの反応速度をもってしても回避の難しい一撃、せめて致命傷を避けるべく受け身を取ろうとしたその瞬間。
 通路の奥から迸った閃光がアポロンの飛行ユニットの片翼を貫いた。

「うぁああっ!!な、何!!??」
「アポロン!?」

 突如として出力バランスが崩れたアポロンが錐揉み回転しながら壁や床へと幾度も激突し、ようやく停止する。それを庇うようにアルテミスが前に出る、レーザー銃をチャージし、反撃を試みようとするが。
 射出の瞬間、一発の弾丸が銃を撃ち抜き、逸らされた銃口は明後日の方向にレーザーをまき散らした。

 そして、暗闇の中から、浸み出す様に一機のベルセルクマシン……フォーが姿を現す。少し遅れてクラウスがガントレットを嵌めなおしながら続く。クラウスの周囲がライトを反射して煌めく。それは彼が親友から受け継いだ決戦気象兵器「レイン」の砲台が放つ輝き。
 すなわち、装備の確保が無事に完了した事を示していた。

「すみません、遅くなってしまったでしょうか?」
 謝罪しながら、フォーが地面に置いたコンテナの蓋を開けると、中からドローンが一斉に飛び立ち、ヨシマサの元へと集う。その一機からマルチツールガンを受け取ってにこやかに手を振った。
「いいえ、完璧ですよ~」

 人数で言えば一機増えただけ。だが、戦力で言えば先ほどまでと比べ物にならない。

「じゃ、早速あの生意気な機械をギャフンと言わせちゃいましょ~」

 ヨシマサの言葉と共にドローン達が一斉に飛び立った。
 ヨシマサが改造を施したレギオン、スウォーム・シーカー(Ver.1.5.2)の戦闘能力は先ほど制御を奪っていたような十把一絡げのレギオンとは精度、反応速度、火力、あらゆる面で単純に基礎能力が異なる。
 その性能をもってすれば、高速で動き回る彼らですらも補足可能な的となる。

「ッ!クソ!」

 高速で動き回る二機の傭兵、明確に√能力者達を脅威と定めたのだろう。
 狙いを絞らせないようにか、先ほどまでとは段違いの速度で動き回り、前後から挟み込むように攻撃を仕掛けようとするが。

 その縦横無尽の動きに照準を合わせ続けていたレギオンの砲口が二機の戦闘機械を捉え、弾丸を撃ちだす。完全にカウンターを決められる形になった二機は大きくルートを膨らませて避けようとするが、アポロンには再び樹のチョークが、アルテミスには瑠色の烏戸による羽根弾が襲い掛かり。二機の行動を阻害する。

 それは大きなダメージにこそならないが、常に空中での戦闘を行っている二機がバランスを崩すには十分だ。体勢を戻すための、ふらついて対応できない明確な隙、そんな隙をヨシマサとクラウスが見逃すはずがない。
 ヨシマサのレギオンとクラウスのレインがそれぞれに輝いた。

 大技の気配を察した二機がバーニアを吹かし、離脱しようとする。
 その動きは当然予想出来ていた。
 瑠色が大きく目を見開く、今度は決して逃がさないとばかりに
 そして再び、その言葉を口にした。

「だるまさんがころんだ!」

 二機の戦闘機械が今一度空中に縫い留められる。
 二度目の行動停止。戦闘で削れた体力では長時間の使用は難しく、種の割れた技が何度も通じるはずもない。が、今の一瞬だけは別だ。
 たった一瞬だけでもその動きを止めることができれば、

「なっ!?」
「マズッ!」

 攻撃形態へと変形したレギオンに。そして、クラウスのレインにエネルギーが集束する。
 緑色の戦闘機械は飛行ユニットにエネルギーを全力で注ぎこみ、最後の一瞬で拘束を打ち破るが、その動きはほんの数秒、しかし致命的に遅く。

「嘘、私がこんな奴らに……ッ!!」

 解き放たれたエネルギーがその胴体を貫いた。
 胴に空いた大穴からバチバチとスパークが走り、飛行ユニットが力を失って地に落ちる。

「アルテミス!!お前ら!!!」

 激昂によって拘束を打ち破ったアポロンがこれまでのそれを遥かに上回る最高速を出し、アルテミスを打ち抜いた2人に迫る。
 稲妻にも迫るその速度は人間の、戦闘機械の反応速度であっても対応は不可能だ。
 振り下ろされたブレードは2人の√能力者を一太刀に切り捨てる……。

 そのように、最初の一手でアルテミスの銃を弾くのに使用した弾丸状の未来予測装置がフォーに警告を飛ばす。と同時に、その未来を阻むようにフォーの握る狙撃銃の口から弾丸が吐き出された。

 放たれた弾はアポロンの手からブレードを弾き飛ばす。
 完璧なタイミングで攻撃を止められたアポロンに致命的な隙が生まれ。
 無防備になった胴めがけて、樹の渾身の一閃が袈裟懸けに振り下ろされた。

 両断された半身が、加速した勢いのままにガァンと音を立てて天井にぶつかり、落下する。
 奇しくも、そこにはアルテミスの真上であり、二機は重なり合うようにして地面に転がる。
 破壊された断面から強くスパークが走った。

「畜生、なんだよこのクソゲー!!!」
「次は、次は絶対に叩き潰してやるからっ!!覚悟しときなさいよ!!」

 アポロンは茫然と、アルテミスは怒気に満ちた最後のセリフを吐いて。

「ぐぁああああああっ!!!」「きゃぁああああああっ!!!」

 二機の戦闘機械は断末魔を上げて同時に爆散した。
 クラウスはぽつりとつぶやいた。

「真面目に仕事をしておけば、こんなことにはならなかったのに」
「違いない」

 その言葉に樹が応え、場は少しの間、笑いに包まれた。


「この辺りに捕まっていた人たちは全員避難完了したのです!」
「他のスパイとか体力の残ってる人たちが誘導を引き受けてくれてるよ~」

 まがりなりにもこの基地における最高戦力の一角である双子傭兵を足止めできていたこともあり。
 希とガブリエルは詰所から回収した武器や敵から奪った銃器の類を用いることで撤退路を確保。
 事前に用意していた経路から上層に囚われていた全員を逃がすことに成功した。

 彼らに関しては戦闘機械達も今さら手を出すことはできないだろう。
 ようやく√能力者達の間に安堵の空気が流れる。
 しかし、そうのんびりしても居られない。なぜなら……。

「残るは……地下だね」

 トントン、とガブリエルが靴の厚底で床を叩くと、全員の視線が一斉に集まった。

 地下最下層の高度監視区域。大きな戦果を出した者、あるいは指導者と言った重要度の高い捕虜を収容する施設だ。
 当然ながらそのセキュリティは非常に高度であり、レギオンなどの自律兵器はもちろんの事、音声、光学、温度、各種センサーに連動した無数の罠が張り巡らされている。
 基地内でそれなりに深い情報へのアクセスも許されていたガブリエルをもってしても構造を把握できないほどに隠匿されたそのエリア。
 当然、侵入は簡単ではないが、そこに囚われている者たちを解放することができれば人類側の戦力向上につながることは間違いないだろう。

 √能力者達は再び、気を引き締めなおした。

 少しでも多くの命を助けるために。

第2章 冒険 『警戒網を突破せよ』


最下層監視区域の入り口、それは先ほど解放した拘留所の一か所から深く階段を下りていく事でたどり着くことができる。
出入りの道はこれ一本で、現時点では他のルートは存在しない、危険な道を行く必要がある。

そして、危険区域であるのはもちろんだが、警戒すべきはそれだけはない。
先ほどの戦いで警戒態勢に入ってしまった事もあって、基地内では戦力の緊急出動が行われている。
地下牢獄にすぐに人員が送られるとは限らないが、万一袋小路に追い詰められる形になれば√能力者はともかく囚われていた人々は非常に危険だ。
解放した上で逃走経路を確保できるように動く必要がある。

少なくとも今取れる策は二つ、とにかく早く攻略する事、そして基地内でかく乱を行って敵の追撃を遅らせる事、だ。
前者に関しては、内部に潜入していたスパイであれば、全ては難しくともある程度罠の内容を予測できるだろう。
後者に関しては、幸いなことに『APoALt』の撃破によって基地内にすぐに動ける強敵はおらず、戦力の多くは既に√EDENなどに出撃済みだ。受電設備や通信施設など、重要ではあっても手のまわらない箇所は確実に存在するだろう。

もちろん、他の解決策もあるかもしれない。
時間にはまだ余裕がある、焦りすぎず、しかし迅速に行動せよ。
● ブリーフィング
 時間には多少余裕があるとはいえ、敵部隊が迫っている事には違いない。
 他のメンバーが救出した者の治療や脱出ルートへの誘導など忙しなく駆け回る傍ら、牢獄の攻略方法の検討を任された四人の√能力者達は、得られた情報の精査を行っていた。

「これで地図は大体埋まったね」

 ボードへの書き出しを担当していた花園・樹は、出来上がった簡易の地図を前に小さく息を吐いた。

 地下牢獄の情報は厳重に秘匿されていたとは言え、他の施設の影響を全く受けずに維持するのは不可能だ。決定的な情報は得られずとも、断片を集めることである程度推理を巡らすことはできる。
 特に施設を稼働するための電気系統の管理、設備を手動で動かすための通信設備、時に中に踏みこむこともある警備などに従事していた者。そして、以前牢獄に潜入したもの。
 彼らの持つ情報を整理していけばおのずと仕掛けられた罠やその弱点が見えてくる。目の前の地図はそうしたこれまでの努力と血と涙の結晶であった。

 そんな地図を元に脳内で攻略の為のシミュレーションを行っていたクラウス・イーザリーは困ったように眉根を寄せた。

「流石に厳重だな、気づかれずに潜入するのは難しいかもしれない」

 地下監獄への道は、全体で三層構造になっており。
 第一層には不意打ち狙いの小規模な罠と一定時間単位で構造が変化する迷路状の通路が待ち構え。
 第二層ではタレットや毒ガス、レーザー砲台など、複数の設備による強力な防衛ラインが張り巡らされている。
 そして、最深部の構造に至っては全く何の情報も無い状態だ。

 それでも時間さえあるならば……。例えば√能力者としては手札が多く、経験豊富な方に属するクラウスなどは攻略可能だったかもしれないが。今回はそれに加えて敵の増援というタイムリミットがある。客観的に見て、非常に困難な任務だと言わざるを得なかった。
 さらに言えば、問題はそれだけではない。

「ボクとしては、内部での戦闘手段が少ない所も気にかかりますね~」

 チェックポイントともいえる各所のセンサーを確認していたヨシマサ・リヴィングストンが言うように、内部での戦闘にも不安要素はあった。
 牢獄への通路は各所に武器の持ち込みを検知するセンサーが仕掛けられているのはもちろん。かつて潜入した√能力者曰く、牢獄への道は、『内部のインビジブルが非常に少なかった』のだという。それはすなわち、√能力の使用に大きな制限がかかることを意味する。

 どうしたものかと頭を悩ませていた所。

「一つ、考えがあります」

 地図に示された罠の数々、特に最大の壁になるであろう第二層の防衛ラインを入念に確認していたフォー・フルードが声を上げた。

 この場におけるタイムリミットとは先ほど述べたように敵増援によって地下監獄が完全に封鎖される事だ。そして出入口が一つしかない以上、許された時間は非常に短いものになる。
 どれだけ首尾よく進んでも、入口に陣取られれば最終的には多数の非戦闘要員を抱えたまま不利な戦いを強いられることになるのだ。

 ならば、発想を逆転させれば良い。
 地下牢獄に割くリソースを可能な限り削り取る。こちらは元より救出が目的ではないのだと思わせる。そうすれば最大のネックであるタイムリミットを大幅に伸ばすことができるはずだ。

「基地狙いが本命だと思わせるって事ですね~」
「えぇ、加えて電源設備と通信設備を抑えることができれば第二層の防衛ラインを大きく削ることができるはずです」

 木を隠すなら森の中、基地全体への攻撃という大きな問題で地下牢獄への侵入という小さな問題を覆い隠す作戦。
 直接救出に向かう人数こそ最小限になってしまうが、現状を考えれば最善手であるように思えた。

「よし、他の皆にも相談してみようか」

 樹の言葉を皮切りに各自が席を立つ。
 作戦開始の時が迫っていた。
クラウス・イーザリー
花園・樹

● 受電施設襲撃
 基地全体の主要な電気系統を担う受電施設は基地の急所ともいえる設備であり、その防御は他設備と比べても非常に厳重だ。
 迎撃設備もそうだが、戦闘機械や指揮官個体の配置数も他の箇所に比べて多く、気づかれずに潜入するというのは非常に難しい。
 だからこそ、いっそこちらの襲撃には気づかせてしまう事にした。

「派手にやるとしよう」

 クラウスのつぶやきと共に、受電施設を巡る戦いは設備の正面入口を守っていた衛兵への攻撃によって幕を開けた。
 突如上空から飛来したレギオン達が乱射するミサイルによって、衛兵達がまとめて吹き飛ばされ、基地にアラートが鳴り響く。

 それを受けて受電設備内に詰めていた戦闘機械達が次々と出撃し、正面入口前は一瞬にして戦場へと姿を変えた。

 巧みな動きで敵兵の銃弾を回避し、時に設備自体を盾として戦線を維持するレギオン。性能面で言えば敵のソレとそれほど大きな開きは無いにも関わらず、有利な位置関係を保って一方的に攻撃を加えられているのは、熟練の操作技術が為せる技だろう。

 そして、戦闘機械達を相手取るのはレギオンだけではない。
 ミサイルと弾丸が降り注ぐ地上では、数体の白い狗が機械兵達の接近を押しとどめていた。
 霊体の体を活かし、弾丸の雨をすり抜けながら集団でのヒット&アウェイを繰り返す彼らによって、機械兵の動きは的確に遮られ、レギオンのミサイルによって仕留められていった。

 火力が無く、機動力の高い相手への対策とは、仲間とフォローし合って死角を無くすことだ。自然と兵達は一か所に集まる形となっていく。
 それこそがこちらの狙いだと気づかないまま。そして、十分な数が集まった所で。
 空から光の柱が降り注いだ。

「上手く行ったみたいだ」

 裏口側からコントロールルームへと走っていたクラウスの声に、共に走っていた樹が頷く。
 レギオンを観測主としてのレインによる遠隔狙撃、仕組み上不可能では無いとはいえ、実施するのはそう簡単ではない。経験と技量あってこその技と言えるだろう。
 ともかく、これで前線の兵をかなり減らすことができたはずだ。

 受電設備はある程度整備の人員が入ることも多く、その構造や仕掛けられた罠に関しては事前のブリーフィングでかなりの部分を把握することができた。加えて正面入口での戦闘によって警備の多くを駆り出されたことにより、コントロールルームの制圧は当初の想定よりも早く完了できていた。
 しかし、コンソールの操作を行おうとした瞬間。他の機体よりも一回り大柄な体躯に加え、アーマーのようなものを身に纏った個体が複数体部屋へとなだれ込んで来る。おそらくは指揮個体だろうそれらは、2人の姿を見ると即座に電磁警棒を引き抜いた。

「こっちは私が!」
「分かった」

 指揮個体を一人相手どる樹を後ろにクラウスは情報処理端末をコンソールに繋ぐ。

 外部で敵を押しとどめているレギオンの操作と並行してのハッキングは、元々ジェネラルレギオンとしての適性がそれほど高いわけではないクラウスに取っては大きな負担となる。
だが、クラウスがそれを理由に手を止めるような事はない。
 危険な道へ挑む仲間たちが少しでも安全になるなら。囚われた人たちを救い出せる可能性がほんの少しでも高くなるなら。クラウスは喜んで無茶をするだろう。

 そして、それは複数の指揮個体を迎え撃つ樹にも似たようなことが言えた。

 指揮個体の固い装甲は狼牙の鋭い刃をもってしても正面から断ち切るのは難しく、イヌガミによるサポートの影響も薄い。
 どちらかと言えば苦手な相手に分類される。
 だからと言って、樹が退くことははない。それはクラウスと同じく、仲間の為であり、助けを求める人達の為だ。

 関節部、防具の結合部など、弱い部分は確かに存在している。そこを狙う事で、樹は確実に敵の数を減らしていた。

 背後から襲い掛かる電磁警棒を受け流し、返す刀でその腕を斬り飛ばす。
 そして、対処できないタイミングを狙ってもう一方から襲い掛かってくる敵に対しては、イヌガミが体当たりすることでその動きを妨害し、よろめいたところに頭部に一撃を加えて沈黙させる。
 その立ち回りは間違いなく最適な物だったが、やはり相性差はじわじわと戦局に影響を及ぼす。樹にさらなる追撃が襲い掛かろうとしたところでーー。

 背後から放たれたレーザーの一撃がその指揮個体の動力を打ち抜いた。
 続けて、複数のレーザーがバラバラに指揮個体達へと突き刺さり、次々にその機体を破壊していく。
 振り返れば、コンソールから情報端末を取り外したクラウスがレインを起動させて指揮個体達を見据えていた。

 クラウスも樹も、どちらも人を守るために行動する者だが。こと対戦闘機械の経験値という意味では明確な差がある。
 戦闘機械を相手取って誰かを守ろうとするとき、そこには効率の良い破壊が求められることも多い。
 この辺りは√ごとの状況の差異といえるだろう。そして、その分野においてクラウスは専門家と言って良い。樹との戦闘でダメージを受けた戦闘機械など物の数に当たらない。

 全ての機体が破壊された所で二人はようやく一息吐いた。

「作業は終わったのかな」
「あぁ、地下への送電は全部止まったよ」

 任務が達成された以上、離脱しても問題ないのだが、体力にはまだ余裕がある。
 少しでも多くの敵をこの場に引き留めるべく、二人は再び戦線へと歩み出すのだった。

ガブリエル・レーゲン
香久山・瑠色
フォー・フルード
ヨシマサ・リヴィングストン

● 監視室掌握
 クラウスと樹が受電設備で大立ち回りを繰り広げ、敵を陽動する一方で、ヨシマサとフォーは施設内の罠やカメラなどを管理する監視室へと静かに歩を進めていた。
 重要な機密にアクセスできる施設であるためか、監視施設に近づける人員そのものが徹底的に絞られており、スパイ達も正確な所在は把握できていなかった。

 その問題を解決したのが、フォーの『事象再現演算』機構だ。
 演算能力を過去予測に用い、インビジブルをシミュレーターとして過去の存在を再現させる√能力。
 これを用いて重要な権限を持つ戦闘機械……それこそ『APoALt』のような者の挙動を再現し、案内させるのだ。

 とはいえ、別に性格まで再現する必要もない。
 姿形は同じながらも、従順に命令に従うシミュレーションの双子傭兵について基地内を歩き。二人はやがて一つの部屋にたどり着いた。

 ヨシマサが電子ロックを解除し、オート開閉機能を切った扉からレギオンを送り込み、中の様子を伺う。
 監視室には複数台の大型モニターが配備され、数体の戦闘機械がモニターを監視しているようだ。

「奥側の制圧は自分が、手前はお願いできますでしょうか?」
「ふふ~、任せてください!」

 簡単な作戦のすり合わせの後、ベルセルクマシンの融合機能を使って再装填された|銀鳩《手榴弾》が部屋の中に投げ込まれた。
 監視室の機能を使いたいこともあって、高火力の爆発を使う事は出来ない。できれば銃器も使わないのが望ましいだろう。
 今回使うのは対策を行っていない戦闘機械の知覚センサーを狂わせるスモークだ。

 部屋内を覆う白い煙の中をフォーが駆ける。
 対策こそしてあるとはいえ、自身も周囲の状況が見えているわけではないが、それは事前に行った演算でフォローする。手に持つハチェットで一撃、頭部を切り離し、そのままの勢いで少し離れた相手にハチェットを投擲した。
 ハチェットは狙い通りに脳天に突き刺さり、敵が地面に倒れ込むのを背後に効きながら、今度はククリナイフを抜いて真横に立った戦闘機械に突き立てる。
 動力ユニットを抉り抜いたことで機能停止に陥った敵を蹴倒し。
 最後に入口方面、精密機器の少ない方面に向けて拳銃を二発撃ちこんだ。

 そうして煙が晴れた時、部屋に居た戦闘機械達はことごとく地面に倒れ伏していた。
 これで後顧の憂いなくハッキングを行うことができるはずだ。後は、交代要員などの接近に注意するくらいだろう。
 そう判断したフォーは、自身がレギオンで倒した戦闘機械の起動状態確認を行っていたヨシマサに向けて呼びかけた。

「ここは問題ないですね、自分は周囲の哨戒をしてきます」
「助かります、お願いしますね~」

 フォーは自身の代名詞の一つともいえる|EOC《電磁的光学迷彩》マントを纏い姿を消す。
 ヨシマサはそれを見送るとモニタの前に座り、|愛用の工具箱《LS版工具箱改β2_2》を取り出した。
 幾つかの回路や部品、そして工具を取り出し、コンソールの物理認証や操作機構に手を加えていく。ほかのシステムに検知されないように慎重に、しかし大胆に。

 作業自体は10分もしないうちに完了し、目の前のモニタに無数の情報が流れ出した。
 それこそ機械が処理するような、形式化が行われる前の大量のログの羅列。
 それらを目視で読み取り、さらにシステムへと手を加えて少しずつ必要な情報へと近づいていく。

 特に重要なのは、第二層の配置情報。
 受電施設からの電力供給の遮断によって、一撃で死に至らしめるような高出力な罠は軒並み停止しているようだが。
 アラート装置や自律式のタレット、レーザー砲台、そして各種センサーは非常電源によって稼働状態を保っており、依然として正面からの突破が困難な状況であるのは変わりない。

 次々に映し出される大量のログを捌いていたヨシマサの目が一つの情報を捉えた。
 インビジブル抑制装置、地下監獄最深部に設置されたそれこそ、地下監獄を難攻不落たらしめている最大の要因の一つだ。
 情報を残すことも嫌ったのか、それがどのような物であるかといった情報はほとんど記されていないが、それでも分かることが一つある。

 この装置は、これ自体が戦闘可能な防衛機構である。
 コンソールを叩き、アクセス可能なポートを探してみるが、この装置に関してだけは1つとして検索に引っ掛からない。

「これだけはネットワーク自体から独立させられてるみたいですね~」

 多くの権限を持つ監視室からであっても、ネットワークに接続されていない物を直接操作することは不可能だ。
 ひとまずその情報は突入メンバーに伝えることを前提として、その他の罠へとハッキングの手を伸ばす。
 第二層に設置されたレーザー砲台やタレットの半数以上へのアクセス権を確保して実行待機状態で手元に置き。確実に通らなくてはならない入口武器センサーのチェック機能を一部改ざんする。

 流石に全てを止めたり、罠同士をぶつけ合わせて破壊すれば何かしらのアラートが起動してしまうだろう。
 露骨な操作はここぞという時まで取っておくべきだ。
 そうして、必要な事前準備を瞬く間に終わらせたヨシマサは近くを飛ぶ燕……瑠色の護霊に呼びかけた。

「監視室は確保しました~。突入開始しちゃってください!」

 得られた情報を瑠色の護霊に渡し、ヨシマサは階段を降り始めた突入メンバーの姿をカメラ越しに見守る。

「皆さん、がんばってくださいね~」

 ここまでは計画通り、しかし本番はここからだ。


● 地下牢獄突入
 地下監獄に繋がる階段の前で瑠色とガブリエルは待機していた。

 ここまでの少人数での突入となったのは、可能な限り地下監獄に向けられる目を少なくする、という方針を取ったが故だ。
 元々施設に潜入していたために色々と誤魔化しの効きやすいガブリエルと、基本的に武器の類を扱わず、護霊を用いることで電波通信が不可能なエリアでの連絡手段が確保できる瑠色に白羽の矢が立ったのだ。

 そうこうしていると、どこからか飛んできた燕の護霊が瑠色の肩に乗り、耳元で囁く。

「準備できたみたいです」
「よし、じゃあ行っちゃお!」

 扉を開けて踏み込むと、そこには灰色一色で塗りつぶされた迷路が広がっていた。
 "迷う事"を一つのオリジンとする彼にとって、ある意味でこの迷路は天敵中の天敵と言えるものだが、そこは普段から道に迷いがちな主をサポートしている護霊達の面目躍如というべきか。
 元々の燃費の良さも相まってインビジブルの薄い空間でもその存在を維持した彼の護霊、小雀はその増殖能力を活かして道を探り、時にセンサーなどを壊し、時に罠を意図的に作動させて無駄撃ちさせていく。

「この後もう一発ビームが、でしたよね」
「そうだね~。油断したらお腹あいちゃうから気を付けて~!」

 小雀を通らせて無駄撃ちさせた罠の上に、再度小雀を走らせる。ガブリエルのいう通り、強力なレーザーが小雀目掛けて放たれた。
 全てを知っているわけではないが、ガブリエルが知る限りの罠の情報は瑠色に共有済みだ。
 例えば今の、罠を回避して油断したところに本命のレーザー攻撃が来る罠などは警戒対称として瑠色も対策を行っていた。
 これらにより、第一層はスムーズに抜ける事に成功し。

 第二層もまた、電源の喪失により多くの罠が機能停止していることもあり、隠密して進む分にはそれほど大きな問題は無かった。
 実際の所、見つかった場合にはヨシマサがハックをかけてその動きを停止させることが可能なのだが、それはできれば帰りのタイミングまで取っておきたいところだ。

 こうして、ここまでを総括すれば。
「思ったより楽にこれたね~」
「はい、攪乱作戦のお陰ですね」

 地上で戦いを続ける他の√能力者達に感謝しながら最深部への扉を開ける。
 そこには、広い空間が広がっていた。
 侵入者の気配を察知し、中心に巨大なタンクを備えた機械、八脚の怪物がのそりと体を起こす。

 √能力者である瑠色の目には、上部に備えた吸気口のような形状の孔に渦巻くようにインビジブルが吸い込まれていくのが分かる。
 これこそが牢獄を守る最後の防壁、インビジブル抑制装置そのものだ。

 ヨシマサから予想は聞いていたが、実際に目の前に現れてみるとその威圧感は半端なものではない。
 そのセンサーがこちらを認識したと気づいた瞬間、2人は一旦隔壁を閉じて二層へと駆け戻った。

 しかし、巨体がその後を追って壁ごと破壊して現れる。
 前門の巨大機械、後門の罠、逃げ場などまるで無いようだ。

 だが当然、勝算もなしにこのような行動を取ったわけではない。
 2人は意を決して罠の張り巡らされたエリアへと駆けだし、機械がその後姿を追う。
 即座にレーザー砲台やミサイルタレットが起動し。赤いレーザー照準が次々とターゲットに重なって。

 そして、|巨大機械《・・・・》を一斉に撃ち抜いた。
 何故か、などと問うまでもない、この状況でそれができるのは監視室から第二層の罠を掌握しているヨシマサ以外に居ようはずもない。

 集中攻撃を受けた脚部の2本が吹き飛び、ぐらりと傾いた巨体を残りの脚が支えなおす。そして、お返しとばかりに振るわれたアームが自身を攻撃した砲台を纏めてなぎ払った。

 だが、それが大きな隙となる。計三本の脚が地面から離れている状態でさらなる攻撃を行う事は物理構造的に不可能だ。
 故にその隙を狙い、ガブリエルは瑠色の護霊『烏戸』に体を支えられながら、地面に着いた脚の一本を駆けあがった。
 死すら厭わない捨て身の行動。元より自身に爆弾を埋め込んだ時からその程度は覚悟のうちだ。

 当然巨大機械はそれを振り払おうと、持ち上げていた脚を下ろし、ガブリエルの取りついた脚を振り回す、その勢いで、彼女は高く跳ね上げられた。
 その高さは、丁度インビジブルの吸引孔と同じ高さ。これこそが彼女の狙いだった。
 空中で姿勢を取り直しながら、左手義手のロックを外す、カチリと音を立てて外れた左手はカチカチとタイムリミットを刻み始める。そして、投擲。
 真っすぐに投げられた義手爆弾は、彼女の目の前にあるインビジブルを吸い込み続ける禍々しい孔へと迷いなく呑み込まれる。

 直後、振り上げられたアームがガブリエルを弾き飛ばした。

「お願い!小雀!」

 その体が壁に激突する直前で小雀が最後の力を振り絞って増殖し、クッションとなって受け止める。
 それも一瞬、小雀達はインビジブルエネルギーを吸引されたことでその数を減らしていくが、吸気孔に投げ込まれた義手は|怪物の腹の内《インビジブルタンク》へと落下し。

 炸裂した。

 結論から言えば、その爆発は機械の破壊には至らなかった。
 インビジブルを溜めこんだ戦闘機械の強度は√能力でもない爆弾で致命傷を与えるにはあまりに固すぎたのだ。
 全くの無傷という訳ではない。爆発が起きた場所を中心に膨れ上がった装甲は、内側からの衝撃でところどころに大きなヒビが入り、そこからインビジブルが漏れ出している。だが、それだけだ。
 僅かに残った罠の攻撃などものともせず、機械は巨大な足を振り上げる。

 その光景に、瑠色は思わずお守り代わりのブレスレットを握りしめた。

 誕生日に貰った木彫りのブレスレット、幾度も繰り返された理不尽な爆発と、ある意味で楽しい思い出の象徴を象ったのであろうそれは。偶然か、送り主が仕込んだものかはともかく『爆破』の特性を持つ。

 本来であれば、明確な指向性を持たない、いわば|飾り《フレーバー》でしかない特性であり、それが現象として結実することはない。
 そう、通常であれば。
 ガブリエルの左手爆弾によって作り出されたヒビ、内部の損傷、そしてそこから漏れ出す濃厚なインビジブル。
 それが導火線となって、機械の内部で大量に溜め込まれたインビジブルとその特性を結びつけた。
 振り下ろされかけた脚が2人を押しつぶす直前。その現象はこの一瞬に限り、√能力に迫る力となって、|元となったイベント《エラーによるシミュレーションの崩壊》を目の前の機械に押し付けた。

 脚の付け根が爆発し、鋭い先端は着地点を大きくずらして壁に大穴を開ける。
 続けて、機械の全身が次々に誘爆し、漏れ出したインビジブルからさらに爆発が連鎖しーー。

 すんでのところで瓦礫の影に潜り込んだ直後、衝撃と爆風が吹き荒れた。

 数秒の後、爆風が通り過ぎた静かな空間に、機体がガラリと音を立てて崩れ落ちる音が響いた。
 機械が立っていた場所から|涼やかな風《インビジブル》が流れ出す。風は触れた端から重くのしかかるようだった空気が澄んでいき、心なしか呼吸もしやすいようだ。
 それは√能力者である瑠色にとって特に心地よい物であったが、彼の肩に乗ってきた小雀が耳元で鋭い警告の鳴き声を上げたことで緩みかけていた表情を引き締める。

「流石に今のは誤魔化し切れなかったみたいです。すぐに敵が来ます」

 幸いにして、二層の罠は破壊し尽くされ、脱出の障害はほとんど無いも同然だ。
 急ぎ奥へと向かい、最後の隔壁を押し開けた。

「助けに来たよー!」

 疲れ切った顔が、怯える目が、驚きに、そして喜びに変わる。
 囚われの人々が、ついにその拘束を解かれる時が来た。

椿之原・希

● 先行脱出組
「もう大丈夫ですよ。怪我はすぐに治しますからね」

 √能力者達を捕獲していた基地から少し離れた、放棄された都市の一つ。
 スパイ達によって割り出された、戦闘機械達の監視の目から外れたその小都市で、椿之原・希はぱたぱたと人の間を駆けまわる。
 先行して脱出した人達を基地の外に留めておいた自動運転バス『撃墜王』にのせてここまで連れてきた彼女は、持ち込んだ医療器具を駆使して彼らの手当を行っていた。

 慣れた手つきに加えて、具体的に何とは言えないが、彼女の周りにいるだけで痛みが和らぎ、心が安定して傷がふさがっていく。
 実際、治療をほどこされた√能力者の一部は気づいていたが、その回復効果は彼女の√能力『|小夜啼鳥《ナイチンゲール》』によるものである。
 √能力も含めて、できるだけのことをしようと駆けまわっていた彼女だが。不意に持っていた通信機から鳴り響いたアラームに意識を奪われた。画面に目をやる。

 映っていたのは救出計画のタイムスケジュール通りの進行を告げる通知、それを見て、希は再び覚悟を決めて口を開いた。

「ごめんなさい、私は一度戻らないといけないのです。みなさんはここで少し待っていてほしいのです」

 彼女の言葉に多くの元捕虜達が驚きの顔を見せるが、中でも大きな反応を示したのは、この中でも最年少(といっても、希よりは随分と上に見えるが)の学徒動員兵の少年だった。

「も、戻る、のか?」

 先ほどまで希の治療を受けていた彼はぎょっとした目で彼女を見つめる。

「はい、もうそろそろ、一緒に来たみなさんが地下に捕まっていた人を助けだすはずなのです。
その人たちも治療しないと。ごめんなさい、みなさんも治療の途中なのに……」
「い、いや。そうじゃなくて!!」

 謝罪の言葉を遮った学徒動員兵の少年の叫びに、希は目をぱちぱちと瞬かせた。

「あ、ごめん、大きな声を出して。でもその、君は大丈夫なのか……?ほら、残った彼らはとても強かったし、わざわざ君が戻らなくても」

 君が弱いって言ってるわけじゃなくて。と慌てた様子で取り繕う少年の目は揺れている。
 その感情は決して単純ではない、自分よりもずっと小さな少女を過酷な戦場に向かわせる心配と罪悪感と。自分が行くと勇気を出したくても拭えない恐怖。それらがごちゃごちゃに混じり合っているのだろう。
 そんな彼に今できる事は。
 希は少年にそっと近づき、固く握りしめられた手に自分の手を重ねた。

「大丈夫なのです。こう見えて、結構経験豊富ですから」

 それは決して嘘ではない。
 だが、このような敵陣の真っただ中に幾度も身を置いたという訳でもない。
 それでも。

「私は絶対戻ってきます。だから、今は体と心を休めて欲しいのです」

「……分かった。待ってるから」

 少年の固く握った手がほどけるのを見届けて、少女は再びバスへと乗り込んだ。

● 再脱出
 タイムスケジュール通り再び基地へと到達した希は、今度は内部まで乗り入れたバスに救出されてきた人たちを載せていく。
 乗るのは希と、捕虜だった者が主だ。残るメンバーは最後まで陽動を行い、後から合流する運びとなっている。

 なんとか自力で歩ける者、肩を借りないと歩けない者。
 程度は様々だが、皆先行して脱出した者たちよりも長い期間に渡って絶望と苦痛に晒されてきた者たちだ。
 もう大丈夫だ、などと楽観的に考えられる余裕などあるはずも無かった。

「絶対に皆を青空の下に連れて行くのです。ここで諦めちゃ嫌なのです!」

 彼ら彼女らを鼓舞し、手を貸し、自動で走るバスの中で治療を施していく。
 そんな希の言葉に、治療を手伝ってくれていた比較的動ける女性√能力者が冗談めかして返した。

「ま、もう既に空の下には出れてるけどね」
「でも、今はまだ夜です。ここから抜け出して、みんなで太陽の下でお祝いするのです!」
「……そっか。そうだね」

 希の言葉に女性がハッとした表情を浮かべ、頷いた直後。
 バスの車体が大きく揺れた。

 未だ仲間たちが敵軍の注意を引いてくれているとは言え、全てを引き付けられるはずもない。
 見れば、複数台のドローンが横から攻撃を仕掛けているのに加え、後ろからも少しずつ追っ手の戦闘機械が集まりつつあった。

「ちょ、ちょっと、アレ大丈夫なの?」
「……なんとかしてみるのです、ファミリアセントリー『あられ』、展開します!」

 敵の狙いは恐らく進行ルートの制限、敵を避ける道を選び続けていればいつしか袋小路に追い詰められてしまう事だろう。それだけは避けなければならない。
 故に、浮遊砲台を車体の外へと向かわせ、迎撃する。
 時に蛇行し、時に急加速するバスが敵の攻撃を躱し、危険な敵をセントリーが撃ち抜いて。
 事前に計画したルートに従ってバスは走る。

 しかし――。

「前!」

 女性の叫びに車両前方を見れば、目の前で通用ゲートが閉ざされる所だった。
 このままでは脱出は叶わないだろう。とはいえ、方向転換するには背後から迫っている敵の数が多い。どうしたものかと思った瞬間、目の端にある物が映った。

「進行方向を壁の横に向けてください。『あられ』は対戦闘機械群用炸裂焼夷弾を装填!」

 セントリーが一斉にバスの前面に移動し、一斉に最大火力の弾を装填する
 狙うのはゲート……の横、他の√能力者達の大暴れでヒビが入ったらしき外壁。

「ファミリアセントリー『あられ』発砲します!」

 希の号令と共に無数の砲撃が外壁に撃ちこまれた。
 瓦礫が飛び散り、爆音が響く。砲撃が止んだ時、そこにはバスがギリギリ通れる程度の大穴が空いていた。
 だが、穴の向こうは土煙と暗さが相まって|貫通したかどうか《・・・・・・・・》は不明だ。下手をすれば衝突の勢いでバスごとお陀仏、などという結果にならないとも限らない。
 だが、どうせ他に手もないのだ、覚悟を決める他無いだろう。

「このまま突っ込んでください!」

 バスのAIに向けて指示を飛ばすと、それに応え、アクセルが一気に踏み込まれる。
「みなさん、伏せて!!」
 椅子に座った元捕虜達が一斉に耐衝撃姿勢を取るのを横目で見て、希も姿勢を低くしながらも前を見つめる。そして――。

 巨大な牢獄の外壁を吹き飛ばし、硝煙と土煙の中からバスが飛び出した。
 地面に着地したバスは僅かにふらふらと振れたものの、すぐにふらつきは収まり、再び全速力で走り出す。
 どうやら予想外の脱出ルートに即座に対応できないようで、追っ手のドローンはどんどんと距離を離されていく。別動隊などは分からないが、少なくとも今の追っ手は振り切れたと見て間違いないだろう。そして、バスの車内はと言えば。

「ちょっと、大丈夫……?」

 衝突の勢いで後ろに吹っ飛んだ小さな体を受け止めた女性√能力者が心配そうに顔を見降ろすと。希は少し恥ずかしそうに、しかし感謝を込めて笑顔で頷いた。

「受け止めてくれてありがとうございます。ごめんなさい、ちょっと無茶しちゃったのです」
「まぁ、大丈夫ならいいけど……」

 しょうがないな、と口を尖らす女性にもう一度ぺこりと頭を下げて膝から降りると。
 希は通信機器のマイクをオンにした。

「こちら、輸送及び治療班。無事基地を脱出できたのです!」

 合流地点に向けて、バスは進んでいく。
 長い夜の終わり、夜明けの青空を目指して。

第3章 日常 『消灯時間』


● 帰り路
 基地からの救出計画は成功に終わった。
 一度小都市に集まった√能力者達は、助け出した元捕虜達と共に夜の闇に紛れて基地から離れていく。
 しかし、まだここは戦闘機械達の勢力圏だ。
 追手の警戒は必要であるし、助けだした人々のメンタルケアや身体の治療も必要だ。
 それに、ほとんど何も食べていなかった彼らの食事も用意した方が良いだろう。

 すべきことはまだいくらもあるが。
 それでも、最大の難局は逃れたのだ。今はその事を喜ぶべきだろう。
花園・樹
クラウス・イーザリー


「おかえり、なんとかみんな無事みたいだね」
 殿を務めた√能力者達……最後の輸送車から降りてきた仲間達を出迎えて、花園・樹は野営地を見渡した。
 |派閥《レリギオス》オーラムの勢力圏から外れたそこは、都市まではまだ距離こそあるもののおおよそ安全圏と言って差し支えない場所だ。

 そこには中心に灯された火を囲み、身を寄せ合う傷ついた人々が居た。
 忙しそうに書類を手に走り回る元スパイ達が居た。
 休む必要が無いのを良いことに哨戒に立ち続けるベルセルクマシンが居た。
 囚われていた人たちに寝床を譲り、隅で体を休める√能力者が居た。

 敵の襲撃こそ切り抜けたとはいえ、けして心休まるとは言えない光景。
 だがそれでも、作戦の中で欠けた者は一人も居なかった。ただそれだけで肩の力を抜くことができたのは事実だった。

 樹は安堵の息を吐いて。ふと眉根を寄せた。

「あれだけ過酷な環境だ。私達が救助に向かう前に力尽きた人も……もしかしたら」

 目を伏せて静かにその平穏を祈る。
 危険極まりない敵地に潜入し、強力な傭兵に、多数の戦闘機械相手に立ち回った√能力者達は讃えられてしかるべき活躍を果たしたのは間違いない。これ以上の人を救うのはどうあがいても無理だっただろう。
 それでも、手が届かなかった人たちに思いを馳せてしまうのは樹の良い所であり、悪い所でもある。背負い過ぎも無茶しすぎも、何度も指摘されてきた事だ。
 だが、そんな在り方を変える必要はないだろう。そんな樹だからこそ、救えた人もまた多く居るのだから。

 少しの間黙祷を捧げ、さて、と気合を入れなおす。
 当面の問題は切り抜けたとはいえ、まだまだすべきことはいくらでもある。動ける人、特に√能力者はどれだけ居ても困ることはないはずだ。
 そう思い、野営地の中を歩きだしたところ。すぐに基地内の戦いでも共闘した青年、クラウス・イーザリーの姿が目に入った。

 彼が居たのは主に地下に囚われていた人々が休むテント。
 痛みに苦しみ、心の傷に目を閉じる事すらも怯える彼らの前で、クラウスは目を閉ざし、何かを唱えていた。
 魔力の籠ったその呼びかけは、大気を微かに震わせ、柔らかな光が中空へと集まる。そして、その光はやがて陽光のような金に輝く火の鳥を形作った。
 突如として現れた不可思議な存在に人々は小さくどよめく。√ウォーゾーンに暮らしてきた人々にとって魔法とは全く未知の現象だ。不信とはいかないまでも、傷ついた心にさざ波が立つことは避けられない。
 しかし、それも僅かな間だった。不死鳥の羽根から漏れだす、夜の闇を拭うような輝きが触れた先から伝わる暖かさは、とうの昔に忘れてしまっていた陽の光を思い出させ。地下に閉じ込められていた彼らの心を解していく。

 不死鳥の纏う光を浴びて、彼らはようやく、自分たちが解放されたのだと実感することができたのだ。
 涙すら流す彼ら1人1人に声を掛けながら、クラウスは不死鳥の持つ癒しの力で傷を治療していく。

「もう大丈夫。今まで、よく生きていてくれたね」

 痛みに呻く声が一つずつ感謝の言葉と安らかな寝息に変わり、夜は少しずつ静けさを取り戻していく。

 とはいえ、人数が人数だ。治療の手はどれだけあっても足りているとは言い難い。
 心の傷は特にだろう。今の状況が夢なのではないかと眠るのを恐れる人。パニック症状を起こして過呼吸に陥る人。
 不死鳥の陽光は傷を治す力こそあるが、心を落ち着かせるのはあくまで副次的な物だ。

「手伝うよ」

 そんな光景を見て、放って置けるような樹ではない。なにより、今の彼らのような人には樹の持つ√能力が有効でもあるのだ。
 オーラによる安心感の増幅とそれによる身体の治癒、それは体の傷以上に心の傷を癒すのに大きな力を発揮する。
 目線を合わせて手を握り、傷を癒し、心を落ち着かせる。
 テントに安らかな静けさが満ちるまで治療を続け、最後の一人が眠りについた所で2人は顔を見合わせた。


 彼らを起こさないように静かにテントから出て、一息吐く。

「しばらくは治療に専念かな。本当はお腹も満たしてあげられたら良かったんだけどね」 
 料理だけは苦手なんだ……と恥ずかしそうに目を逸らす樹に、クラウスもまた小さく考え込んだ。

「治療ができるだけでも十分すぎると思うよ。俺も料理は駄目だしね……ただ、料理ができるまで間を持たせるだけならなんとかなると思う」
 そう言ってクラウスは携行用のゼリー飲料をいくつか取り出す。
 飢餓状態にあった人が急激に食事をとると、時に命に関わることがある。
 ミネラルや電解質と言った栄養バランスに優れたそれを与えるのは間違いない選択と言えるだろう。だが。

「もうちょっと美味しいやつを持ってくるべきだったな……」

 元捕虜の皆が解放されて初めて取る食事が味気ない物になる事は、少々申し訳なくはあった。
 普段の食生活を反省するクラウスに、樹はゼリー飲料のパッケージに目を通して首を振る。

「いや、良いと思うよ。今は皆の体調の方が大事だからね」

 そこで二人はふと気づいた、先ほども似たようなやり取りをしたばかりだ。
 互いの目で見れば誰かを救うために全力を尽くしていることが分かるのに、自分の事となるとつい足りなかった部分に思いを馳せてしまう。
 それは2人がそれだけ優しく、人の為に行動できる事の証左なのだろう。
 二人は小さく笑いあい。そして再び立ち上がった。
 彼らにできることはまだまだいくらもあるのだから。

 野営地の夜は、ゆっくりと更けていく。

ヨシマサ・リヴィングストン
フォー・フルード


 リィン、と澄んだ音が響く。
 硬質の指に弾かれたコインが宙を舞い、程なくして寸分違わず元の位置に着地する。
 明かりの灯る野営地を見降ろす小高い丘の上で、ベルセルクマシンの狙撃手が|一機《ひとり》。コインを手遊びながら夜闇に目を向けていた。

 傍らに置かれた愛銃のスコープが向けられているのは先ほどの大脱出の舞台となった基地の方面。
 比較的周囲の開けたこの野営地であれば周りからの奇襲はそれほど警戒する必要もない、襲撃さえ早く発見できればそれで十分だ。

 加えて言えば、それももうそこまで必須という訳でもない。
 追撃の手はおおよそ撃ち落としたのに加え、脱出の時点で殿を務めた√能力者達によって散々に荒らされた基地はこれ以上の追っ手を出すことができる状態ではなかった。
 レリギオス・オーラムの勢力圏から完全に外れているという事を考えても、もう追撃は無いだろう。

 とはいえ、はぐれ戦闘機械の存在などを考えれば哨戒は必要である。
 フォーがその役目を引き受けたのは、彼が夜目の利く狙撃手であるというのもあるが、機械群に囚われていた人達の前に余計な心労の元となるであろう|自分《ベルセルクマシン》の姿を見せる必要もない、と判断した事が大きい。

 それゆえにフォーは到着以降ずっと一人での哨戒を続けていたのだが。ふと、これまでとは違う存在の接近が振動・音声センサーに引っかかり、ここへとつながる唯一の道に視線を下ろした。

「あ、フォーさん。ここにいたんすね~」
「ヨシマサさん。無事脱出されたようで何よりです」

 コインを弄ぶ手を止めて答えを返す。
 丘を登る道の途上に立っていたのは、先ほど野営地に帰ったばかりの顔なじみの戦線工兵、ヨシマサ・リヴィングストンだった。
 共に監視室へと突入した2人だが、救出された者たちの護衛として先行する車に乗り込んだフォーと最後の最後まで通信妨害や防衛設備へのハッキングによる同士討ちなどの細工を仕掛けて脱出を支援していたヨシマサでは野営地に到着するタイミングが異なっていた。

 異なっていた、というか。
 ヨシマサの方は敵に包囲される本当にギリギリの状況まで粘った上で、敵から奪った車両でカーチェイスをかまし、同じく最後に残っていた√能力者達と共に無事帰還してきた結果が今の時間なので。割といつも通りとはいえ、若干おかしい行動をしていた。
 本当にどうしようもなくなったら恐らく自爆なりなんなりしていたであろうことも考えると、スリルマニアここに極まれりと言うほかない。
 とはいえ今回は……今回も。彼のそのような姿勢が全員生還という結果を導いたのだからフォーから言えることは何も無かった。

 それはともかく、今まさに修羅場を潜り抜けて帰還したばかりの彼は、にこやかに笑いながら坂道を登り切ると、フォーの隣に腰を下ろした。

「ずっと一人で哨戒されてるって聞いたので、ボクも手伝いに来ちゃいました~」
「お気遣いいただきありがとうございます。ですが大丈夫です、自分は疲労なども感じませんので、ヨシマサさんは救出した方々の対応か、ご自身の休息に当たっていただければ」
「大丈夫っすよ~。休息するにしてもここの方が静かで落ち着きますし、助けた人たちのメンタルケアに関しては、ほら」

ヨシマサが指し示す先を見れば、彼にどこか似た雰囲気を持つ人……いや、あれは|少女人形《レプリノイド》やもっと単純なAI操作の機械人形に外見を投影した物だろうか。
ともかくそういった存在が、甲斐甲斐しく助け出した人たちの世話を焼いているのが見えた。

「戦闘躯体にボクの人格を学習させたAI「YL2号」を投影させてみたんです。ボクに似てないんですけど、人を慰めるのが好きみたいなんで」

『皆が生きててくれてボク、すごく嬉しいっす!皆すっごく頑張ったね!』
 YL2号の言葉に、傷ついた人々のこわばった顔が僅かに綻ぶ。
 ただの人以上に彼らの生存を喜び、励まし、治療や食料を届けるべく野営地を駆け回るそのAIの存在は、確かに傷ついた人々の心の支えとなっているようだ。

 なるほど、さすがというべきか、少なくとも大義名分は立っているようで。無理にこれ以上断る理由もない、とフォーは判断した。

「分かりました、では無理のない範囲でお願いします」

 フォーの了承を得たヨシマサがいくらかレギオンを展開し、フォーのカバーしきれない方面へ監視の目を広げていく。
 そして、それらが夜闇に溶け込んでいった頃合いで、ヨシマサは野営地を見降ろしながら呟くように言った。

「ふふ~、全員無事に脱出できて良かったですね」
「ええ、全くです」

 星明かりの照らす丘の上で。
 1人の戦線工兵と|一機《ひとり》のベルセルクマシンは、眠りにつく野営地を静かに見守るのだった。

ガブリエル・レーゲン


 野営地の中心付近に設けられた焚火が静かに燃えるそこに、吸い寄せられるように幾人かの√能力者達が集まっていた。
 簡易の椅子に、あるいは地面にそのまま腰を下ろす彼らは、主に今回の作戦で救出された者たちだ。

 √ウォーゾーンの生まれであればそれなりの覚悟も決まった者が大半だが、今回捕らえられていた者の中には別√出身の物も多い。いまここに集まっているのはそういった者達で、身体のダメージ以上に心へのダメージを強く受けていた。

 それゆえに、ガブリエル・レーゲンはそんな彼らのメンタルケアを行って回っていたのだ。

 といっても、専門の知識を身に着けているわけではない。ガブリエルにできるのはただ話を聞いてあげる事、それだけだ。
 そして、今この場においてはたったそれだけの行為が、彼らにとって救いになる。
 不安に俯く者、何かに怯える者……彼らの隣に座り、ガブリエルは静かに彼らの言葉に耳を傾ける。

「怖いんだ、一度でも目を閉じたら。つぎはもう目覚められなくなるんじゃないかって……」

 最初はぽつりぽつりと、そのうちに堰を切ったようにあふれ出す言葉にうんうんと優しい相槌を打ってすべての言葉を吐き出させてあげる。
 自分が、一番苦しかった時にそうしてもらったように。

「大丈夫、これからは楽しい事できるようになるよ~!」

 最後まで話を聞いてくれたガブリエルの言葉に安心し、話し疲れて眠ってしまった人を寝床に運びこむ。
 そして、その重みで凝った肩をほぐすようにグッと背伸びして、敵地では確認することも難しかった情報端末を開いた。

「無事ひとしごとおわったし、次のとこにいこ~っと」

 明日以降の都市までの移動ルートは確保済みであり、護衛に関しても純粋戦闘能力として強力な√能力者に任せる方が効率が良い。この場でガブリエルに求められる任務はおおよそ完了したと言って良いだろう。

 であれば、そろそろ次の戦場について考えておくべきだ。
 本部から通達された情報に目を落とし、自分にできることを洗いだす。
 今回のように敵地に浸透しての工作活動を行うような時間こそ無いだろうが、人手が足りていない場所はいくらでもある。

 それになにより。もうすぐ|逆侵攻作戦《この戦い》は終わるのだという。
 多くの√能力者の協力によって√EDENへの侵攻は差し止められ。通信網遮断作戦まで実施する余裕が得られそうだとの目算が伝えられている。

 あくまで一派閥に対する、ただ一度の勝利に過ぎないが、それでも負け続けのこれまでとは比べるまでもない確かな反撃の嚆矢となるのは間違いない。
 であればそこに花を添える一人になりたいと考えるのは、人類のために敵地に潜入するような気合の入った|人間爆弾《スパイ》からすれば当たり前の事だろう。

 だが、その前にーー。

「パパの顔見に行っといたほうが良いよね~」

 今回の作戦は少々長く連絡できない期間が続いた。
 常に笑みを絶やさない彼だが、心のうちでは間違いなく心配していることだろう。
 ただでさえいつ死ぬか分からない身なのだ、任務の合間に一度くらい顔を合わせる時間を作っておくのが親孝行と言うものだ。

 なんて、もっともらしい理由をつけてみたが、結局の所は自分が会いたいと思ったから。なのだけれど。
 火と月の照らす闇の中。ガブリエルは顔を見た時の義父の言葉を想像し、小さく笑みをこぼした。

香久山・瑠色


 夜も更けてきたころ、香久山・瑠色はいくらかの護霊と共に、野営地の灯を囲む救出者達の様子に目を配っていた。
 本来であれば寝床で身を休めていても良い時間であるにも関わらず、彼ら彼女らは火を見つめて体を震わせたり、急に呼吸を荒げたりと、落ち着ける様子が無い。おそらく、心の傷によるものだろう。
 できればどうにかしてあげたいところだが……と考えながら持ち物を探っていると柔らかいものが手に触れた。

 フルーツ大福、これも先の潜入で役立ってくれた数珠と同じく、交流のある√能力者からのもらい物だ。
 きちんとした食事は裏で調理班が作業を進めているが、ちゃんとしたものは朝方になることを考えると。甘く、それでいて満足感のある大福はそれまでのつなぎにちょうど良いように思えた。

 瑠色はどこか心ここにあらず、といった様子の女性の前に座り、目線を合わせる。

「疲れた体には甘いもの♪フルーツ大福があるので食べませんか?」
「ぇ……私……?」

 少し間を置いて自分に話しかけられているのだと理解した女性に菓子を差し出し、瑠色自身は少し距離を取ったまま頷く。
 女性は迷った様子で視線を彷徨わせた後、一つ手に取って、おずおずと口に運び。目を見開いた。

「おいしい……こんなもの、凄く久しぶりに食べた……」
「喉を詰まらせると良くないですから、ゆっくり食べてくださいね」
 
 続けて二口、三口と食べ進める女性に、焦らないようにだけ伝えて、他の人達にも一つ一つ大福を手渡していく。
 紡いできた人との繋がりがこうして人を助ける役に立っている、というのはなんだか面映ゆい気持ちになる。
 もちろん全員が受け取ってくれるわけではないが、それでも場の空気が和めばそれだけで心持ちは変わる物だ。

 であれば、と思う。
 いくつかある|護霊の呼び方《√能力》の中でも、人を応援することを目的としたこの√能力であればより彼らの心を癒せるはずだ。と。
 鼻唄で奏でるのは|童謡《マザーグース》。
 その瞬間、にわかに空気が活気づいた。
 メロディーに合わせてコマドリ、スズメ、フクロウ、ミヤマガラス、ツバメ、大小さまざまな鳥に加え、いくらかの動物たちが救出者たちのまわりに姿を現していく。
 瑠色の近くに居た女性の傍にも、シロフクロウの護霊、九郎が顕れ、「わっ」と驚きながらも彼女は九郎を受け止めた。
 迷うようにして触れた手から伝わるのは、滑らかな羽根の感触と小さな鼓動。

「……人懐っこい子なんですね」

 智慧者であり、本来であれば人語を話すどころか人の姿すらも取ることができる不九郎の護霊は、あえて一言も発することなく女性にされるがままに撫でられ、目を細める。
 今の彼女に必要なのは生命の温もりであって 言葉では無いのを理解しているのだろう。

 しばらくして女性の手が離れると九郎は『ホゥ』と一声発して瑠色の元へと戻った。
 気付けば、当初の嫌な緊張はどこかへ消え、火の回りには穏やかな空気が流れていた。

「あの、ありがとう、ございます」

 人の心を救うのに必要なのは言葉だけではない。
 ただ寄り添う事、ただともにあること、それが心を癒す事もある。

 小鳥たちのさえずりが響く穏やかな時は、ゆっくりと過ぎていくのだった。

椿之原・希
天國・巽


「それじゃあ、行ってらっしゃいなのです」

 椿之原・希が無人のバス……撃墜王と名付けられたそれに手を振る。
 『ごはんください』というあまりにも簡潔な、しかしこの場においてこれ以上ない程最適なメッセージを乗せたバスは希の声にライトを数度点灯させて応え、暗い荒野へと走り出した。

「……よし」
 小さくなっていく後ろ姿を見送って、希は灯の薄明りだけが照らす野営地に向き直る。傷ついた人が今もなお苦しんでいる以上、のんびりと休んでいる暇は無いのだ。

 治療用に設営された特大サイズのテントに戻る。
 テントの扉を捲ると、まず、所狭しと並んだ傷ついた人達が目に入った。
 簡易の衝立で仕切られた小さな空間は、痛みに呻く声や懸命に治療を行う人達の忙しそうな足音、報告の声が混ざり合って騒めいている。

「今戻ったのです」
「お疲れ、重傷の人は片側に集まってもらったから、まずこっちからお願い」
「わかりました!」

 撃墜王を送り出している間、その場を任せていた√能力者の女性の言葉に返事して早速手近な男性の手当を始める。
 時に√能力による回復を、時に鴉型のドローンを経由して調べた医療知識を駆使して、傷口に処置を行っていく。
 慣れた手つきで治療を進めていると、薬や道具の管理を任せていた学徒動員兵の少年が駆け寄ってきた。

「椿之原さん、もう消毒液の在庫が底をついちゃったみたいだ」
「分かりました、残りは私が治療するのです。一旦傷口を水で洗い流して一か所に集まってもらってください」
「分かった!」

 既に手当していた人に包帯を丁寧に巻くと、回復用√能力|小夜啼鳥《ナイチンゲール》を起動させながら立ち上がる。
 傷の深い人から順に処置を行っていたこともあり、残った者の傷は比較的軽傷だ、√能力を使って完治させてしまえば消毒の過程をスキップしてしまっても問題ないはずだ。

 少年が集めてくれていた消毒の済んでいない人達のグループに近づく。
 軽傷よりとはいえ、彼らも心の傷は深く、誰もが痛みに慣れた軍人という訳でもない。
 彼女は痛みに呻く一人の女性に近づき、そっと手を握った。

「大丈夫ですよ、私がついているのです」

 慈愛に満ちた言葉と共に静かに目を閉じると、柔らかく暖かな空気が希から漏れ出す。穏やかなそれは、生命が持つ生きようとする力を活性化させ、触れたものだけでなく、その場に居た者たち全員の傷が少しずつ塞がっていく。
 数分ほどで出血のある個所や化膿と言った、重傷化に繋がりかねない傷に関しては一旦塞ぐことができた。
 だが、全体的な傷の治療と言う意味ではあと一息足りていないようだ。もう少し、と気合を入れなおそうとした所で――。

 ふらっ、と足から力が抜け、その場でたたらを踏む。
 倒れそうになった体は、脱出の際にも治療を手伝ってくれていた√能力者の女性に受け止められて負傷者の仲間入りとならずには済んだものの、女性はなんだか泣きそうな目で希の目を真っすぐに見つめた。

「ごめんなさい、またしてもお世話になってしまったのです」
「アンタさ、無理しすぎ。ずっと働き詰めでしょ。ちょっと休みな」
「あ、でも……」
「いいから」
 まだ治療の終わっていない人達に目をやるも、女性は有無を言わさず希をテントの外へと連れ出す。

 怪我人が見える場所に留まっていればいつまでも頑張ってしまうだろうと思われたのだろう。テントを追い出された希はなんとはなしに周囲に目をやる、東の空から薄明りが野営地に差し込んでいた。
 夜明けが近いのか、遠くに見える地平線から僅かに光が漏れ出している。
 なんとはなしにそちらに目を向けていると。ぽつ、ぽつ……と小さな水滴が頬に触れ、瞬く間に雨が降り注いだ。

「……まだ外に出ている人が居たはずなのです」

 灯の灯っていた野営地の中心に向けて歩き出そうとした所で、後ろから太陽の薄明りとは異なるはっきりとした光が希を照らした。
 不思議な予感と共に振り返る。赤と白の見慣れたツートンカラーのバスが少しはなれた場所に留まっていた。

 いつの間に、と口にするよりも前に。一歩、足が勝手に前に出た。
 踏み出した右足に左足が続き、早足に、小走りに。体が濡れるのも構わず、雨の中を駆けだす。
 扉が開き、見なれた雪駄がバスのステップを踏むのを目の端に捉えた時には、その体は宙に舞っていた。

「よう希。どうやら無事だな?――っとォ」

 野営地に降り立った、和装に打掛を羽織った白髪の男は、予想だにしていなかった奇襲にも一歩もブレることなく。飛び込んできた小さな体を優しく抱きとめた。


 天國・巽(同族殺し・h02437)がその話を聞いたのは、同じく川崎市で行われていた作戦の時だった。
 同じく作戦に参加していた√能力者の一人が雑談として口に出した、捕虜に扮して機械兵団への潜入作戦。
 
 最初こそ√ウォーゾーンの人類の何としてでも勝つという気迫に感心するにとどまっていた天國だったが、そのような作戦に積極的に飛び込んでいきそうな少女の顔がひとたび頭に浮かんでしまえば、単なる世間話として聞き流すという訳にもいかない。
 試しに希から預かっていたGPSを起動して|自動運転バス《撃墜王》の位置を探れば、それほど遠くない場所から反応があった。
 それはつまり、彼女もまた川崎に近いどこかで活動しているという事だ。
 移動経路をたどれば、バスは彼女の本拠である村からどこかに向けて一直線に走っているようだ。進行方向的に、先ほどその√能力者から聞いた基地の方面だろうか。
 予感が確信に近づくのを感じた。
 情報をくれた√能力者に礼を告げて、すぐに足代わりの竜子、贔屓を走らせる。
 そうして、首尾よく合流した天國はそのまま撃墜王に乗り込み、今に至るという訳だ。

「囚われてたんだって?……迎えに来たぜ」
 目線を合わせるように膝をつき、震える背中をそっと撫でてやると。
 希はひしと抱き着き、顔を和装に埋めたままにうんうんと頷いた。

「やっぱり、怖かったのです」
 彼女の口から漏れたのは、子供らしい、偽らざる素直な言葉。

 仲間の√能力者達は非常に頼もしい存在であったが、希が子供として頼ることができるか、というと必ずしもそうとは言えない。
 というのも純粋に人数が足りないのだ。彼女もまた、一人の√能力者として駆けずり回らなければならない場面が多かった。
 加えて、彼女の引き受けた役割は一回目の行動は非√能力者との行動であり、二回目は救出した人達の輸送。
 一手間違えれば戻らない命を危険に晒す可能性のある難しい任務だった。かかるプレッシャーも凄まじい物だっただろう。

 そんな重荷を、小さな背中で背負い続けてきたのだ。
 普段から助けられている、安心できる人の姿を見て感情のタガが外れてしまうのも無理からぬことだ。
 それでも――。

「皆を助けることができたのです。だから、私はへっちゃらなのです!」
 目と鼻を真っ赤に腫らしながらも、太陽のように輝く笑顔がそこにあった。
 
 「よく頑張ったな」
 やはり強い子だ、と労いも込めて手ぬぐいで顔を拭ってやると、彼女はえへへ、と嬉しそうに笑った。


 希から状況を聞いた天國は身の振り方を考えていた。
 ここに来るまでに確認した撃墜王に載せられている食糧の量は、この野営地に居る全員の食事を賄うのに十分な量があるようだが、治療の間に合っていない人もまだ多いようだ。そんな状況では食事どころではあるまい。

「先に傷を癒してくる。後で料理を手伝ってもらうからよ、少し休んでな」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらうのです」

 テントの√能力者に連絡してもらった上で、希をバスの座席に座らせる。
 安心したのだろうか、静かな寝息を立て始めた彼女に打掛をかけてやり、治療用のテントに足を進める。
 テントの前では、希から連絡を受けた√能力者の女性が立っていた。

「希が世話になったらしいな」
「別に……こっちこそ。助けられちゃったから」

 ぶっきらぼうながらも安心した様子の彼女への礼もそこそこに、テントの扉を開く。

「皆さんよく生き残ってくれた!美味いものを振舞わせて貰うからよ。まずはその傷を治させてもらうぜ」

 からからと明るい笑顔と共に、天國の体から静かな雨のような氣が放たれた。
 テントを丸ごと包む彼の龍氣は、希達の治療を受けて自然回復を待つ状態になっていた人々に浸み渡っていく。

 龍氣零雨、龍氣によって回復力を活性させるその√能力は、理論こそ異なるものの希のそれと系統を同じくする力だ。
 故にその能力による治療を受けていた彼らとの相性が悪いはずもなく、残っていた傷が瞬く間に治癒されていく。それはまさに恵みの雨とでもいうべきか。

 希の能力が劣っているわけではもちろんないが、体力のある方ではないというのに殆ど一昼夜に渡って非常に負荷の高い役割に取り組み続けた希に比べ、任務後とはいえバスの中で休む余裕のあった天國はほぼ万全の状態だ。
 
 十分もしないうちに怪我人の傷は次々に塞がり、テント内は安らかな寝息に満たされる。念のために一通り傷の様子を見て回るが、個別での対処が必要な程の傷は誰一人として残っていないようだ。
 あとは元から居た人たちに任せて食事の用意に移っても大丈夫だろう。天國は感謝の言葉を背に、希の待つバスへと戻っていった。

 バスに戻ると、希はまだ眠っているようだった。
 目を覚ましてしまわないよう、バスの中に積まれていた調理台を静かに取り出し、前掛けを襷掛けに身に着ける。
 台の上に並べるのは芋、ニンジン、ダイコンや長ネギ、豚肉。様々な食材を手際よく一口大に切り、大鍋に流し込んでいくと、薄く油を引いた鍋の中で野菜が転がり、香ばしい香りを漂わせた。
 元々の腕前に加えて、√能力による底上げを受けた天國の調理技術はプロのそれに引けを取らない。
 瞬く間に大鍋一杯に食欲を誘う匂いを漂わせる豚汁が出来上がる。
 出来上がったそれをお玉に一掬いして味見していると、バスの扉が開き、中から寝起きらしき希がひょっこりと顔をだした。

「起こしてくれて良かったですのに……」
「あんまり気持ちよさそうに寝てたからよ」

 しょぼんと申し訳なさそうに言うのを天國は笑って受けながす。
 彼女の活躍を考えればもっと休んでいても罰は当たらないくらいだ。
 だが、それでは彼女の気が済まないだろう。

「汁物は俺がやっておくから、主食の世話は任せたぜ」
「分かったのです!」

 眠気を吹き飛ばすように元気よく答えた希は撃墜王のグローブボックスから三角巾とエプロンを取り出し、身に纏う。
 そして、食糧が積まれたバスの後部座席を覗き込んだ
 「わぁ……!」
 そこには彼女と、その仲間達が村で育てたジャガイモとサツマイモの糧食が山と積まれていた。
 ジャガイモのマッシュポテトを中心に、甘い物があった方が良いだろうという判断をしてくれたのか、一口サイズのスイートポテトに加工されたサツマイモも用意があるようだ。

 天國が豚汁を作っている横に簡易のコンロを並べ、網の上で火にかければ程なくして野営地になんとも食欲を誘う甘い匂いが漂い始める。
 匂いに釣られた人たちが起き出してくるのを見て、鴉型とフクロウ型のドローンに食事ができたという言伝を頼んで放ち、自身は声を張り上げた。
 「皆さん、ご飯の用意ができたのです!」 

 ある物は匂いに釣られて、ある物はドローンからの連絡を受け取った√能力者達の先導を受けて。野営地の人々が次々に集まってくる。

「順番なのです!安心して下さい、料理は沢山あるのです!」

 数人が順番整理の役割を買って出てくれた事もあって、配給はつつがなく行われ、太陽がその存在を主張しだす頃には料理はほぼ全員に行き渡っていた。
 もちろんまだ寝ている人も居るが、おかわりは十分にある、焦って起こす必要も無いだろう。

 人の流れが落ち着いたところで、天國が希に杯を差し出した。

「勿論、お前も一杯食べな?」
「はいっ!」

 杯を受け取って、彼が自分の分をよそうのを待つ。
 2人の手に湯気の立ち上る杯が揃ったところで、いただきます、と2人並んで汁に口をつけた。

 空腹というスパイスのお陰だけではない。野菜の甘みと肉の旨味が調和した、調理者の腕前がうかがえる滋味深い味わいが、溜まっていた疲労を溶かし、体に温かさが沁み込んでいく。

「おいしいのです!」

 いつの間にか、野営地には笑顔が溢れていた。
 地下に囚われていた人たちが、雲一つない晴空の下で食事を楽しみ、自由に言葉を交わす。
 その誰もが、安心しきった笑顔を浮かべていることが希は無性に嬉しくて仕方なかった。

 皆を青空の下に連れて行く。
 希が彼らと結んだ約束は確かに果たされたのだ。

 人と機械の戦いはまだ続く。
 だがそれでも、この戦いは人類が勝利に踏み出す確かな一歩なのだと、√能力者達は証明して見せた。
 今は、それだけでも十分すぎるだろう。


 同志諸君。時は来た 完

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