シナリオ

⚡蟻の一穴から天蓋を崩せ

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⚡️大規模シナリオ『オーラム逆侵攻』

これは大規模シナリオです。1章では、ページ右上の 一言雑談で作戦を相談しよう!
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(毎日16時更新)

 地図を広げた|藤原・天《ふじわら・あまつ》(彷徨えるモノの灯台・h02131)は普段よりも緊張した表情で口を開いた。

「もう知ってると思うが、改めて説明するぞ。√ウォーゾーンの統率官『ゼーロット』の企みを阻止するべく、川崎市・川崎臨海部周辺にに陣取る戦闘機械群の|派閥《レリギオス》『レリギオス・オーラム』へ逆侵攻を仕掛ける」

 地図には赤いマークが5つ記されており、その隣には拠点名と簡素な説明が書かれた付箋が貼られていた。

「今作戦における大目標は5つ。皆は、このうちの1つを選択して達成するべく行動に移してほしい」

 敵の親玉。統率官『ゼーロット』の撃破。
 敵の主力。オーラム派の戦闘機械群の撃破。
 メインゲート。√EDENに通じる大黒ジャンクションの破壊。
 救出。『扇島地下監獄』に囚われた√能力者の解放。
 補給の寸断。|天蓋大聖堂《カテドラル》『カテドラル・グロンバイン』の破壊。

「こっちが補助できるのは突入までだ。そこから先は皆で相談し決断してくれ……けど、できる限りサポートはする。まずは現地について」

 支配地域はすでに戦闘機械都市に作り変えられており、生命に対する自動攻撃が機能している。加えて多数の戦闘機械群と防衛設備が存在しており、無策で動き回るのは危険だ。
 地形は√EDENと同じだ。戦闘機械群に最適化されていることを除けば、さほど違いはない。

「最後に突入地点だが、ここから入ってもらう」

 天が指で示したのは都市の外縁部。各拠点に対する距離としては、おおよそ同じ長さになる位置。

「敵の内部に侵入している二重スパイ数名が、外から侵入するための入口を作る予知があった。敵兵には見つからないが、都市の自動攻撃による攻撃を受ける……スパイたちにとっては想定内なんだろうけど」

 道を作る。そのためなら死ぬことすら勘定にいれる覚悟は尊重する。

「けど、こっちとしちゃそんなのは創作の中だけでいい。全員は無理だが助けられるやつはいる。作られた入口を通って、周りの自動攻撃機構を破壊するんだ」

 助けたスパイは外にさえ出られれば自力で安全な場所まで行けるだろう。
 そして、なにか有用な情報がもらえるかもしれない。

「説明は以上だ。あとは頼むぜ、皆」

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第1章 冒険 『絶望的撤退戦ヲ支援セヨ』


 開けられた隔壁、鍵のかかっていない扉、機能していない警報。作られた道を√能力者は進み、都市内へ侵入する。抜けた先は路地裏めいた影の中で、外からの視界を遮られているため隠れるには良い場所だ。
 そして、血と硝煙の臭いが嗅覚を刺激した。見れば、いっそ過剰に感じるほどの自動兵器の数々。実弾・光学問わず多数の自動機銃、切り裂くワイヤーブレード、落とし穴etc……生命への慈悲無き自動攻撃機能。
 それらの凶弾に倒れた、形を留めぬ死体。しかし、傷を負いながらも生き残っている者はいる。まずは、周りの自動攻撃機能を破壊しなければ。
クラウス・イーザリー
水垣・シズク
地大・鳳明
テオドラ・イオネスク
八辻・八重可

 それはもはや幕ではなく壁。銃弾や光線などの点が無数に集まり作られた殺意の面。意思を持たない自動機械が表現するは生命殺害の執念であり、例え訓練された兵士とて怯み、躊躇を免れない光景だ。
 しかし、√能力者たちは飛び込んでいく。死なないからではない。選んだからだ。
 都市のシステムが侵入者を認知し攻撃の切先を向けるより速く、各々の武装や√能力が逆に兵器を破壊せしめ空白地帯を作り出す。無論、システムはその穴を埋めるべく動くが、その時間こそが状況を覆す隙となる。
 水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)は素早く都市壁面に駆け寄り、手から奇怪な生物の群れを放った。青白い肌に花びらのようなヒレを持つその奇妙な軟体生物モドキは、怪異を寄生させた半電子生物『|Cetus《セタス》』という。

「すくすく育ってくださいねー」

 ぬるりと壁面を通じて方々へ移動した怪異は手近な電子機器に侵入する。√WZの戦闘機械と怪異の合一を研究するシズクの成果は、見事に結果を示しセンサー類の制御を奪っていった。|命令《コード》の書き換えよりも悪辣無法な、ウイルスめいた感染速度と浸食はただのセキュリティプログラムでは対応不可能である。
 手持ちの携帯端末に奪ったセンサーからの情報が送信される。シズクは無数の情報をささっと処理して必要なものを抜き出す。それは生存しているスパイの位置情報であり、同時に無事なシステム側への伝達を阻害した。

「こちら、スパイの方々の位置情報です」
「受け取りました。皆さんに情報共有します!」

 電子妨害等の作業を並列処理するシズクに代わり、|八辻・八重可《やつじ・やえか》(人間(√汎神解剖機関)・h01129)が仲間たちへ情報の共有を行う。
 同時に肉眼での把握と、周囲の環境から推察できる地形情報などの収集した情報を纏めてシズクに伝えて電子索敵を補完。情報伝達の中継役をこなしつつ、シリンジシューターを構えて砲身をスピンアップ。
 狙うは、まだ生きていて八重可たちやスパイに害意を向ける生命攻撃機能の設備。

「一片たりとも残しません!」

 シリンジが雨霰と放たれる。怪異を迅速に解体する連射術を向けられた機銃やトラップ類が、スッパリとした鏡面の如き断面を晒してバラバラになっていった。
 そして、切り開かれた道を3人の√能力者が疾駆する。
 生き残りのスパイは情報によると散り散りに離れて隠れていると聞き、3人も散開して救助に行く。
 まずクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)が見つけた隠れ場所は、爆破らしき跡の隙間だった。攻撃を受ける前に滑り込み、エネルギーバリアで壁を作った彼は、スパイの姿を視界に入れる。
 青年と思しきスパイは血濡れで、人体の一部を失っているが攻撃を受けたものにしては浅い。おそらく人間爆弾なのだろう。この隠れ場所は爆発で咄嗟に作ったと考えられる。青年は少し遅れた反応でクラウスに気づいた。

「……あなたは……」
「助けに来た」

 簡潔に、力強く。決意の籠った言葉は確かに届き、青年は首肯すると眼に安堵の色が表れた。
 クラウスは外へ視線を移す。周辺の自動攻撃機能はシズクの手中に落ちたもの、センサーを止められたが無差別に攻撃するもの、まだ無事なものが互いに破壊し合っている状況だ。1人駆け抜けるなら問題はないが、負傷者を連れて行くのは難しい。

(全員は助けられなくても、まだ生きている人達だけは助けたい)

 希望を欠落した己が灯すことの無い、絶望の中で絶やすことなく立ち向かうための種火。けれど守り、救うことはできる。その優しき意思に導かれ決戦気象兵器『レイン』を起動。無数の輝きを引き連れ、クラウスは隠れ場所から出る。

「ターゲット、ロックオン。行け」

 レーザーの雨が降り注ぐ。機銃も罠も周辺の攻撃機能を片っ端から光が押し流す。目が眩む嵐が終われば、彼らを害する存在はいない。
 安全確保したクラウスはスパイに応急処置を施し、半ば抱えるように肩を貸して、最も安全な場所……すなわち突入地点へ運ぶのだった。
 別の地点では、|地大・鳳明《ちだい・ほうめい》(教授・h00894)が道阻む罠を破壊しながら、スパイが隠れているところへ向かっていた。今作戦にかける彼の気合、やる気は人一倍多い。いや、彼だけではないだろう。√ウォーゾーンを故郷とする者なら、少なからず思うものが生じるのだ。

「√能力者の発見、他√からの協力者。奇跡的な天運に恵まれ、ようやくこの日を迎えることが出来た」

 噛み締めたものの味は、如何なるものか。科学者として解き明かし、学園で教鞭を執った日々。
 そして、救える命を救いたい。かつて自分が願ったように。

「オーラム逆侵攻、何としてでも成功させねばならん」

 油断なく視線を走らせ、仲間に制御された機銃が自動機能を破壊した跡を疾走。目的地の近くまで来たところで足を止め、身を隠す。まだいくつか、自動攻撃機能が生きているようであった。
 フン、と鳳明は鼻で笑って鼓舞し、虚空へ手を伸ばす。

「戦闘機械どもから隠し通した儂の切り札、使う時じゃ!」

 彼の体に満ちる霊力が手の内へ収束する。強力なオーラが弓の形を成し、老兵はそれを掴んで構えた。狙い定めて光の弦を引き、神霊の矢を放つ。オーラの残滓が軌跡を描く。生命狩りの機械が射抜かれて霊力が周囲に波及し、複数の兵器を巻き込んで破壊した。
 榴弾を叩き込むかのように霊力の矢が解き放たれていく様は、近くに隠れているスパイも巻き込みかねないはずだが、鳳明に躊躇はない。なぜならばこの力は敵のみを穿ち、味方には加護を与えるものであるゆえに。

「一掃したようじゃな。さて……生きとるか?」

 状況を落ち着けた後に隠れ場所に行く。瓦礫の隙間にあったそこに、壁に背を預けて座り込む少女の姿があった。

「っ……だ、ごほッ」
「味方じゃ。お前さんたちを助けにきたのう」

 ニカっとダンディな笑みで安心感を醸し出しつつ、鳳明は医術で治療を始める。酷い傷だ。しかし、間に合った。彼女がここで死ぬことはないだろう。
 最後の1人、テオドラ・イオネスク(夜を歩く者・h07366)もまた、影から影へ渡りながら隠れ場所へ急いでいた。

「命を賭けて道を拓くか」

 彼ら彼女らの尽力により都市へと潜入出来たことは、被害を抑えるということと作戦目的を果たすということで大きな意味を持つ。スパイをするものたちも、その途上、あるいは結果として命を落とすとしても、覚悟の上で行ったことなのだろう。
 けれど、それを仕方ないと言いたくはない。

「む、これは……罠か」

 直感が罠を見破る。避けて進み、角や隙間から様子を窺えば無差別に射撃を続ける機銃がいた。この道は避け難く、さりとて迂回すれば要救助者が間に合わない可能性がある。ならばと頑強な竜鱗の盾を構え、テオドラは駆けた。
 弾痕だらけの道を行き、どこに跳ぶかわからない弾丸のシャワーを潜る。避けきれない流れ弾が迫って、盾で受け止めることで凌ぎ、滑り込むようにして危険地帯を抜けた。

「避難時に危険だな。除去しておくか」

 テオドラは影に手を置く。すると、形無き影が先の機銃と同様の姿を取り、実体持たぬ闇が確かな質を得た。それは張りぼてにあらず、真の複製。影の機銃が無差別機械に銃口を向け発砲、これを破壊した。
 その後も彼は次々に影を作っては設置し、安全な道を作りつつ隠れ場所へ走る。
 そして、見つけた場所は非常に狭い建物間の隙間であった。他から死角となって見つかり難い。その中に倒れ伏しているスパイの少年。テオドラは急いで駆け寄り、状態を調べる。

「な……な、んだ……」
「吾輩は味方だ。他にも仲間がいる。あなたたちの開いた入口から潜入してきた」
「……そ、うか」

 力無く笑う少年の状態は危険であった。テオドラは簡易な処置では不足だと判断し、少なくとも緊急を脱するまでの治療を施すことを決意する。

「俺は、いい……覚悟っしてた……だ、から」
「だからといって、見捨てることはしたくない」

 かつて医師であったものとして。テオドラは有無を言わせず治療を、出来る限りのことをするのだ。
 今この場でできる限りの処置を尽くしたテオドラは、少年を入口まで運び出すのだった。
 そして、生命への自動攻撃機能の破壊。スパイたちの救助。両方を成し終えた√能力者たちは入口前で集まり、外へ脱出する者たちを見送っていた。

「お前さんたちだけでよいのか?」

 鳳明の気遣いに、代表として青年が応じる。

「はい。外まで出れば、帰還することができます。正直、生きて帰れるとは思いませんでした……ありがとうございます」

 生き残りは5人。誰もが感謝を表情に浮かべている。

「本当に、ありがとう。君達の尽力には必ず報いる」
「まだこの都市の状況は変化していく。それを見届けるが良い」

 √能力者たちもまた、感謝と激励を告げた。
 そして、クラウスが問いかける。

「俺達はこのまま次の場所に戦いに行くつもりなんだけど、何か情報があれば教えて欲しい」
「それなら……」

 教えてもらえた情報は、主要な拠点へ行くための地図と、戦闘機械群の情報だ。
 地図はスパイたちが調べたもので、目指す拠点へ迷わず進めるだろう。ただし今作戦の影響がどこに、どのように出ているかは、行ってみなければわからないという。
 戦闘機械群は武装や種類についてと、護衛、警備、待機などの配置。予知ではわからなかった敵の情報は、戦う時に役立つことだろう。
 他にもいくつか、知っている限りのことを教えてくれた。

「ありがとうございます。あなた方の希望を頂いていきますね」
「皆さんも、ご武運を」

 八重可の言葉に応援を返し、スパイたちは外へ移動していった。
 彼ら彼女らを見送った後、√能力者たちは振り返る。ここは始まりに過ぎない。本番は今からなのだ。
 しかし、八重可は僅かな間だが黙祷を捧げる。改めて見ても凄惨な光景は変わらない。それでも命を懸けて道を切り開くものたちのために。

「せめて彼らの犠牲が無駄にならないよう、そして、これ以上命が失われなくて済むよう全力を尽くしましょう」

 シズクは思うことあれど口に出さない。いずれにせよ事は動き、状況は流れ出してしまえば止められないのだ。ネガティブよりポジティブである。
 √能力者たちは進む。向かうべき場所はすでに定まっている。やるべきことを成し遂げてこそ、犠牲に報いることができるのだから。

第2章 冒険 『砲弾の嵐を駆け抜けろ!』


 スパイによってもたらされた情報はとても役に立った。道中の敵をやり過ごし、監視装置や罠を回避し、うっかり別の拠点や陣地に迷い込むこともなく。√能力者たちは目的地の近く、√EDENでは東扇島西公園が存在する場所まで無事に来れた。
 しかし、問題はここから。地図を見れば、扇島が監獄を設置される理由が理解できるだろう。歩いて入れる地上の出入口は2か所、周囲は海、土地も狭い。事実、公園から観察したところ厚い警戒網が敷かれており、まるで巨大な壁。この逆侵攻の影響か、ピリピリとした空気が肌を刺す。
 だが、困難に光明を見出す情報はすでに手中だ。潜入に適した入口は既知。警戒網は外敵に向けたものであり、内側に入り込めば無問題。警備の巡回経路は把握している。最も警戒すべきは固定のカメラや監視要員等の立ち位置を変えない存在。
 手札は揃い盤面は見た。後は、いかにして壁越えを成すか、だ。
クラウス・イーザリー

 扇島地下監獄。航空ドローンが飛び交い、兵士役の戦闘機械がそこかしこで警戒し、他にも厳重な警備が敷かれている様は実に圧巻である。虫一匹通さないと意思表示しているかのようだ。

(相手も警戒態勢だな……)

 身を潜めているクラウスは望遠装置で観察・記憶しつつ、監獄を守る重厚堅固さに舌を巻く。肌を刺す緊張感が否応なく体を強張らせ、深く息を吐いて整えた。

「これだけ大きな作戦が動いているのだから当然か」

 オーラム逆侵攻には数多の参加者がいる。ここ以外にも活動している者たちの影響が出ているのだろう。だが、退くわけにはいかない。捕まっている人たちと、抗い続けている人たちの自由のために。困難を踏み越え、やり遂げるのだ。
 クラウスは隠密用のマントのような布を被り、小型ドローンのジャミング機能を起動。隠密の体勢を取り、意を決して歩を進める。近づくほどに意識が張り詰め、努めて抑えた。
 もらった地図と情報、実際に見た際の地形と配置。脳内で照らし合わせて齟齬を埋め、浮かび上がる道筋を行く。
 身を屈め、音を殺し、影の傘に入る。肉眼を除きあらゆる探知を無効にする|隠の徒《ナバリノト》。その代わり、移動速度は半分どころか3分の1で動かねばならず、巡回の隙を縫って移るのはギリギリの時もあり苦労した。
 道半ば、陣地に入り始めると弾薬や燃料、武器類のコンテナ。補修資材などが死角を作ってくれたのは幸いであった。が、幸運は長く続かないらしい。

(隙が無いか……)

 監視台、銃座等。配置された場所から動かず、じっと任務をこなすのは機械ゆえの強み。待ち続けても隙を晒す様子はない。
 クラウスは静かに周囲を観察する。隙が無いなら、作ればいいのだ。

(よし……これで行こう)

 影から離れ、彼は謀り事を繰る。
 そして、監視台。微動だにせず広域監視を続ける戦闘機械は、自らのカメラアイに異物が映ったことを認識し、視線を向けた。

「何……?」

 それは小さく、すぐに見えなくなった。小動物ではないようだが、判別には情報が不足している。

「不審な物体を発見した。近くの班は調査に向かってくれ」

 通信装置に送信すると、すぐに了解の返事を受信して、これでよいと任務に戻ろうと。

「ライトが?」

 ある区画のライトが消えた。不備か故障か。いずれにせよ自分がここを動けない以上、対応できる班に連絡する必要がある。他にも小さなトラブルが多くはない数が噴出し始め、その対応に幾ばくかのリソースを裂くことになるのだった。
 俄かに騒がしくなった陣地をクラウスがするりと抜けていく姿を、見たものはいない。

(なんとかなったな)

 ドローンを飛ばして視線を逸らし、伝達される命令や情報をハッキングで弄り。厳重にならない程度に騒がしく陽動して、対応のために機械たちが動き回る隙を突いて突破する案は、見事うまくいった。
 困難な潜入を踏破し、もうすぐ陣地を抜けようかという時。通過しなければならない場所に立つ1機の戦闘機械。サボりか、待機か、見張りか。いずれにせよ、避けて通るのは不可能。先の陽動に引っかかった様子もないとなれば、力尽くで排除する他ない。

(……)

 慎重に、じりじりと足をするように進めて。クラウスは、1息の距離で、撃鉄に叩かれたかのように飛び出し、相手の反応前に光の刃を急所へ突き刺す。動力を一太刀で切断された戦闘機械は錆びたかのようにぎこちない動きの後、停止。
 息苦しさから解放されたクラウスは、残骸を死角へ隠して先に進み、ついに監獄への侵入に成功する。
 今も苦しんでいる人達を、早く解放するために。鋼鉄の扉を越えて、地下の暗闇へ降りて行った。

テオドラ・イオネスク
水垣・シズク

「5人、ですか……悪くない結果、です」

 ぐるりと思考がとぐろを巻く。

「えぇ、5人"も"助けられたんだから、上々、なんですけど、ねぇ」

 溜息なのか、深呼吸なのか判別のつかない澱みの如き息を吐き。シズクは、重い頭を振って強引に意識を切り替えた。
 やらねばならないタスクがあるのだ。今は仕事を果たさねばならない。眼前の現実を脳に認識させ、問題に対する解答を思案する。
 監獄への道は険しい。これが電子セキュリティだけなら解決のしようがあるものの、見張りや監視要員を多数配置されては途端に窮す。シズクは|潜入する者《エージェント》ではないのだ。ある意味で影に生きてはいるが。

「面倒ではありますねー」

 ともあれ。あくまで困る、面倒であってできないわけではない。幾つかのプランを脳裏に描く最中、近くの瓦礫に1匹の蝙蝠が降り立った。シズクの右眼がそれを見、わずかに遅れて彼女の意識が追いつく。

「おや……あなたは先の」
「ああ。手伝いはいるだろうか?」
「そうですね。是非に」

 蝙蝠に変身したテオドラの声掛けに、シズクは快諾した。
 両者の思惑として人とカメラ、どちらもを無力化したいのである。テオドラはカメラを避けられても人の眼まで誤魔化せるかはわからない。シズクは逆に人の眼は対処できてもカメラが面倒。で、あれば協力すれば効率的に突破口が作れる、と判断した。

「確か、テオドラさんでしたか。策はありますか?」
「仕込みが少々、といったところだ」
「ふむ……それなら1つ、いい考えが思いつきました」

 シズクの唇が、妖しく微笑んだ。
 扇島こと監獄へ至る橋の途上、いくつもある陣地の、見張りを任ぜられた人型の戦闘機械は落ち着きがなかった。視線を感じるのだ。しかし、センサー類に反応はない。だが見られている感覚が粘着質の泥のように消えないという、言葉にし難い、機械らしからぬ不安というものに襲われていた。エラーでも起きてるのか、自己診断しても正常としか返ってこない。ああ、けれど、しかし、ならばどうして、なんてことない暗がりが怖ろしいのか!
 ぱたぱた。

「っ!?……な、なんだ、蝙蝠か」

 物音に反射的に身構えた戦闘機械は、正体を知って安堵し視線を外す。さっきまでの視線はこれだったのか、と的外れな目先の安心に飛びついてしまった。その隙に通り抜けた存在に気づくこともなく。
 その時、離れたところで爆発が起きた。

「ば、爆発!?」

 陣地内が俄かに騒がしくなる。突然の事態に誰もが衝撃を受けて、押っ取り刀で現場へ向かった。それはまるで恐怖から逃れようとするような様で、まさか罠だとは気づかず。そのような状態では1匹の蝙蝠へ意識を割くような個体はいない。
 |蝙蝠《テオドラ》は、ぐるりと旋回して死角からカメラに接近。視界に入らないよう隣へ降り立ち、ケーブルを選んで掴み、嚙み千切った。続いて飛び上がり、3度輪を描くように旋回してから別のカメラへ飛ぶ。
 そして、眼下で影が駆けた。

「上手くいったようだな」

 混乱する陣地の中を密かに抜けていくシズクを見やり、テオドラは呟いた。
 シズクの『|潜む瞳《ミエザルモノ》』で暗がりから覗き、不安を煽り精神を乱し、蝙蝠姿のテオドラと彼の腹腹爆弾で陽動。その隙に監視カメラのケーブルを切断して映像伝達を阻害。後は2人それぞれに抜けていく、というわけだ。意思疎通にはハンドサインと飛び方を用いて、カメラの性能や無力化の仕方はシズクが教え、爆弾の用意と仕込みはテオドラが行った。

「先ほどのスパイ達は強い子だ。生きて帰った以上、その命を粗末には扱わないだろう」

 誰もかれもが命を懸けて。苦悩しながら選び、結果に苦心しながら進む。長寿の吸血鬼は若き命の足掻きを影から見守る。

「それなら我輩も……助けた者にも、死んでいった者にも。報うことが出来るように努めねば」

 新たに1台のカメラを無力化したテオドラは、器用に足でスマートフォンを取り出し時間を確認。爆発のあった方向に顔を向けた。と同時に新しい爆発が発生する。2つ目の腹腹時計が起動したのだ。近くにいた戦闘機械たちが被害を被り、陣地の混乱は加速する。ダメージは大したものでは無くとも、足止めと陽動には丁度良いというもの。
 その光景を尻目にテオドラは警戒網を抜ける。同様に網を越えて先に待機していたシズクと合流。してやったりと2人して眼でコミュニケーションを取り、巨大地下監獄の腹の内へ下って行った。

地大・鳳明
八辻・八重可

 頻発するトラブル、爆発に不安。度重なる妨害が戦闘機械群のロジックを乱し、騒がしさが増し、音声以上にデータの送受信が多々重なっていた。
 つまるところ、重厚な警戒網が緩んでいるということであり、抜けるなら今が最上のチャンスということだ。

「以前、√EDENにおける平和な扇島を見ておいたのは正解じゃった」

 改造戦車『因幡』に乗り込んで進む鳳明は地図と√EDENの扇島、√ウォーゾーンの扇島を比較して地形情報を擦り合わせていた。

「しかし、改めて厄介な構造をした地形じゃな」
「スパイさん達からの情報は助かります」

 同乗する八重可が言葉を続けて、地図に修正を書き加える。助けたスパイからの情報によって、現地の内情や状態が判明したことは時間の短縮と、作戦の成功率を高める効果をもたらした。これらの情報を手に入れるのは、一朝一夕では不可能な事だろう。

「ここまで調べ上げていたからこその作戦決行だったのでしょう」

 全ては今日という日のために。彼女は感謝し、彼ら彼女らの犠牲と献身を糧として監禁されている者たちの解放を目指す。
 鳳明も気合を入れて、力強く頷いた。

「目指すは扇島地下監獄じゃ!」

 アクセルを叩き込む。ギアが噛み合い景気良くシャフトが稼働して履帯が地面を押し退け無限軌道が回転する。
 八重可はジャミングを起動。電子の目から覆い隠す。
 外装に施した迷彩も含めて可能な限り見つからないよう対策した上で、敵陣が混乱している隙を突く。だが戦車は否応無く目立つ。静音を心がけて移動しても、周囲の地形などの情報を収集し進路の指示をくれる八重可の補助があっても、長くは隠れられないだろうと鳳明は予測している。
 そして、予測は的中した。

「不明車両を発見!」
「見つかりました!」
「おう!」

 報告から戦闘機械群がこちらを見るのと、八重可の被発見の連絡と、鳳明がアクセルを全開にして突っ走るのはほぼ同時だった。鋼鉄の騎兎が急加速して突撃し、敵が止めるために攻撃を開始する。
 銃弾砲火に光線ロケット弾と雨の如く降り注ぐ。混乱していることもあって全力では無いものの、鉄のヴェールと言っても差し支えない投射量だ。
 ニカっと笑って、鳳明は因幡を巧みに操る。重い戦車が地面を削りながら右に左に鉄の霰を避けて、直撃コースの敵弾をエネルギーバリアで弾き飛ばす。

「この日のために用意した儂の秘密兵器の1つ、そう簡単に壊せると思うなよ?」

 地上の覇者たる戦車が猛進する。機銃で牽制射撃を行いながらエンジンが威嚇するように唸った。砲塔が回り照準を合わせる。

「それでは、実験を始めようか」

 トリガーを押し込む。大砲が間髪入れぬ2連射。衝撃波が塵を吹き飛ばし、空薬莢が吐き出され、空気の壁をぶち抜いた砲弾が陣地に命中、炸裂。炎の熱と光が広がり、爆発音が響き、黒煙が立ち上った。着弾点付近にいた戦闘機械群がスクラップとなって吹き飛び、生み出された穴を戦車が突き破り進行する。
 無論、敵もただやられるばかりではない。因幡を排除せんと急ぎ集結し、囲んで破壊しようとしている。しかし、広範囲を吹き飛ばす主砲に加え、バリアと装甲に阻まれて有効打が入らない。
 ならば取り付いてしまえば、と果敢にも接近した数体の戦闘機械群。いざ触れようとした瞬間、その腕が切り落とされ、頭、胴、肩、と切断された。

「申し訳ありませんが、駆け込み乗車はご遠慮願いますね」

 メスを手に、八重可は車上で微笑んだ。戦車と鳳明が目立つために密かに動けた彼女は、接近を試みる敵を片っ端からバラバラにしていった。
 さらに。

「鳳明さん、あちら狙えますか?」
「余裕じゃ!」

 周囲を見渡して素早く目標を指示。それに従って狙い定め、撃つ。直撃。大爆発&大炎上。どうやら八重可は弾薬と燃料の集積場の1つを見つけて、砲撃で引火させたようだ。大惨事に敵は大慌てである。

「お見事です!」
「こちらの札はまだまだある。存分にやらせてもらおうか」

 この陣地全てを更地にするのは不可能だが、監獄まで突破するならば行ける、と。戦車1両による電撃的突撃は、守りを食い破りながら真っすぐに進軍し、戦闘機械群に多大な損害を出しながら駆け抜けていった。
 鳳明と八重可が監獄に辿り着いた時には、敵に追いかける余裕は無く、煤や焦げ付き、幾ばくかの銃痕を刻まれた戦車で目的地の目前まで乗り付ける。
 そして、2人は意を決して巨大な檻の中へ飛び込んでいった。

第3章 集団戦 『ハッタ・ラーケ』


 巨大地下監獄。√能力者たちが潜入した区画は、複数の通路と無数の独房によって構成されていた。足元と天井の照明によって浮かび上がる通路は硬質な素材で作られ監視用の装置類を除けば殺風景。独房内も同様で最低限の家具があるのみで、まさに閉じ込めておくための場所であった。
 監獄内を巡回する多数の戦闘機械群『ハッタ・ラーケ』は、自律した意思を持たず淡々と命令をこなす存在であり、絆されず、慈悲無く、看守として最適だ。
 そして、この機械たちは外からの侵入者を想定していないのか、虜囚の管理だけに注力していた。
 独房の中を見れば、囚われた√能力者がハッタ・ラーケによって強制労働をさせられている。テーザーガンや鞭で痛めつけ、水や食事を絞り、ドラム缶を延々と押すなどの無意味な労働を長時間やらせて限界まで消耗させる……殺害はできなくても、反抗する力や意思を持たれないようにしているのだ。
 彼ら彼女らを救出するにはハッタ・ラーケを排除する他ない。手段は問わない、非道への応報を与える時だ。
クラウス・イーザリー
水垣・シズク

 迷宮の如く組み合わさった通路とそれを巡回する戦闘機械群だが、全ての通路を満遍なく警備しているわけではない。独房には空室も存在しており、そのような使われていない道は巡回もないか、頻度も低い。おかげで潜入した√能力者にとっては絶好の隠れ場所であった。
 通路の影から奥を覗き見るクラウスは、警備についているハッタ・ラーケを数えながら、独房の扉が開くたびに聞こえる悲鳴に眉を顰める。

(効率的な手段ではあるな……)

 √能力者は死んでもどこかの√で復活する。ゆえに、自害すら許さないように拘束し、閉じ込め、弱らせて無力化するのが一番なのは理解できる。

「けど、こんな横暴を許しておく訳にはいかない」

 敵の数を覚えた彼は、電磁ブレードを引き抜いて備えつつ隣に控えるシズクへ偵察情報を伝えた。
 彼女は話を聞きながら何とも知れない残骸を手の中で弄り、相槌を打つ。

「なんて古典的な。戦闘機械ってのは時々頭が良いのか悪いのか分からなくなりますね」

 もっと効率のいい手段があると思うのだが、なまじ出来てしまうから非効率でも構わないのか。あるいは上の考えが足りないのか。シズクは複雑な感情のこもった息を吐き捨て、すくっと立ち上がる。

「ま、いずれにせよ倒すべき相手なのには変わりませんし。なにより今は捕まってる皆さんを救出するのが最優先です。考え事は置いときましょう」

 どこを見ているともわからぬ、彼女の金の瞳が蠢いた。地下の監獄、逃げ場なく、横暴極まる傀儡ども。なんとも、おあつらえ向きの舞台じゃぁないか。こつこつ、硬質な床を鳴らしてシズクが通路の影から出て姿を晒す。当然、そんなことをすれば敵に見つかってしまう。

「侵入者! 侵入者!」

 けたたましく電子音声を咆え、ガチャガチャと騒がしく何体もハッタ・ラーケたちが集まっていくのを、慌てず騒がず観察しながらシズクはまるで商品のプレゼンのように言葉を紡ぐ。

「こういう狭苦しい場所向けの手札も最近用意しましてね」
「排除! 排除!」

 彼女は先ほどまで弄っていた残骸を、手から落とす。

「ってわけで、起きなさい、『ダイビング・シャーキラー』」

 右目がぎょろりと残骸を見、不穏な光を発した。次の瞬間、残骸はかつての姿である機械サメの形を取り戻しそのまま床へと潜った。まるで水に飛び込むように波紋が広がり、砕けることも割れることも無く、潜航を終えた後の床には傷1つ無い。

「地中に潜航して1匹ずつ噛み砕いちゃってください。集まってきたら魚雷で吹き飛ばしていい感じに敵の足止めお願いしますねー」

 ハッタ・ラーケが隊列を組み、武器を構えた瞬間。ガバッと開かれた鋼の顎が下半身を飲み込んだ。鋸めいた太く鋭い歯が金属装甲を食い千切り、支えを失った上半身が落ちて重い音を立てる。その音に振り向いたハッタ・ラーケのカメラに映ったのは漆黒の空洞、シャーキラーの口腔であり、そのまま頭と胴を纏めて嚙み砕かれた。
 パニックホラーめいて食い荒らされる敵集団。機械であるゆえに群衆の如く叫びを上げることはないが、銃撃を繰り返して掠りもしない様は犠牲者のそれである。
 シズクを狙うハッタ・ラーケもいた。彼女に近い位置にいた個体だ。しかし、攻撃はなされない。無音で接近したクラウスが電磁ブレードを装甲の隙間に捩じ込み、内部を電磁パルスが焼き尽くす。
 独房内で虜囚を監視していたハッタ・ラーケも収束しない事態に出てくるが、影からぬるりとクラウスが現れ突き刺す電磁ブレードに仕留められて崩れ落ちた。
 敵の陣形はシャーキラーを中心に包囲する形になりつつあり、外側からはクラウスが暗殺を繰り返して削いでいる。内外から圧をかけるように押し込められつつあるハッタ・ラーケだが、意思無き人形が気づくはずもない。
 そして、この辺りのほとんどの敵が集結したところでクラウスは離れて銃を構えた。同様にファミリアセントリーも起動する。

「ファイア」

 紫電の弾丸が放たれる。着弾点を中心に放射される雷がハッタ・ラーケに感電し、ファミリアセントリーの制圧射撃が物言わぬスクラップに加工する。電気が絡みつく蔓のように伝播していき、それはシャーキラーにも届くがダメージを与えることはない。
 機械サメの怪異に触れた雷は加護となって帯電する。再び潜航したシャーキラーは集団の中心から離れクラウスの反対側に浮上。金属の擦れたような笑いを漏らし、腕の砲を構えて敵集団へ向けて帯電した魚雷を発射、直撃、炸裂。工業汚染毒が電気を帯びて散布されて戦闘機械群を沈めていった。
 挟み込まれたハッタ・ラーケたちはどうすることもできず、圧し潰されるようにしてスクラップの山を築いていく。周囲の敵がいなくなるまで、そう時間はかからなかった。
 静けさを取り戻した通路。シズクは独房のロックを観察して解析する。

「電磁ブレードで破壊すれば開きますね」
「わかった」

 クラウスはブレードの切先を刺し込み、パルスを放射。あっけなく扉は開いた。

「助けに来た。もう大丈夫だよ」
「あ……ああ……」

 独房内の√能力者は極めて疲弊しており怪我や憔悴が見られるものの、診察する限り今は命に別状は無さそうだが、早急に連れ出した方がいいだろう。

「皆さん、大変だったでしょう。すぐ外に出られますから。もう少し、あと少しだけ頑張ってください」

 励ましながら独房を解放し救出していく。残敵がいたらシャーキラーと電磁ブレードで処理した。
 希望は確かに繋がったのだ。指1本動かすことすら億劫な囚われだった者たちは、言葉にできずとも安堵と感謝の表情を浮かべていた。

テオドラ・イオネスク
八辻・八重可
地大・鳳明

 地下監獄は広い。虜囚とした√能力者の結託を許さないためにわざわざ独房を用意したこともあり、横にも縦にも広い。ハッタ・ラーケが採用されたのは、この範囲をカバーするため、ということもあるのだろう。
 だが、おかげで救出された被害者たちが逃げる時間を稼ぐこともできた。長い通路は敵の増援が到着するまで時間がかかり、無数の独房と通路は隠れるのにも最適だ。このような場所と状況では、少数精鋭の√能力者たちの方が有利になる。
 そして、テオドラ、八重可、鳳明の3人はより深い階層の虜囚を解放すべく駆け抜けていた。

「あと一息でしょうか。劣悪な環境で思考を鈍らせるとは、人というものを良く理解しているようです」
「だが、戦闘機械群は自らの愚かさに無自覚であるな」

 人類が繰り返す愚かな行為を、より完全な存在を目指す機械が行う。上位存在を目指す機械たちが見下している人類の真似をしている。もはや呆れようもないと老齢の吸血鬼はため息を飲み込む。

「おかげで此方も容赦しなくて構わないと思えるのは、助かりますね」

 時折後ろから敵が来ていないか確認しつつ、八重可は静かに怒気を滾らせている。清廉な印象のサファイアの瞳は、今や荒れ狂う海原だ。

「……よし、進むぞ。もうすぐじゃ」

 通路の先を偵察していた鳳明が2人を呼ぶ。辿り着いたところで見たものは、これまでと同じ光景。巡回する戦闘機械群と、独房で痛めつけられる虜囚たち。
 各々が武器を構え、視線でコミュニケーションを取り頷き合う。やるべきこともまた同じ。油断なく、容赦なし。
 先手はテオドラ。そのしなやかな手指で球状の物体を掴み、通路の影よりタイミングを計る。

「よりヒトらしい愚かさを体感させてやるとするか」

 静かに、ふわりと投げつられた球体はカン、と音を立ててハッタ・ラーケ部隊の中央に落ちた。反応して戦闘機械群はカメラを向ける。正体不明の不審物はカチ、カチ、と音が鳴っていて、ハッタ・ラーケは警戒しつつ掴もうと近づき。

「ボン、だ」

 怪異腹腹時計は爆発する。されど爆発そのもに威力は無い。是が壊すのは肉体ではないからだ。

「エエエラー、エラー、敵?を排除」

 痙攣するように震えた1機が携行武器を同僚に向けて発砲。被弾した相手は滅多撃ちにされて倒れ伏す。それを見た別機体が、いや他の戦闘機械群も互いに武器を向け合い、撃ち合い始めたのだ。まるで不安に蝕まれ狂乱したかのように。

「あなた達に齎されるのは『疑心暗鬼』意思を持たない機械だとしても、センサーやら何やらで周囲の状況を把握しているのであろう?」

 怪異腹腹時計の爆発が壊すのは精神。意思無き機械に疑心暗鬼を植え付けたことで、プログラムは誤作動を起こした。吐き出し続けるエラーを解消する術を持たない敵は、敵味方識別をつけられず同士討ちをするしかない。
 しかし、敵はかなりの数だ。爆発に巻き込めたのは一部であり、無事な部隊が侵入者たちへ矛先を向けようと動き出す。その出鼻を挫くように霊力の矢が装甲を貫いた。

「奴らの数は極めて脅威じゃが、それは奴らが攻撃に回った時の話」

 オーラの弓を鳳明は引き絞る。

「こちらが攻め手となるなら、低コストの戦闘機械群に過ぎん!」

 放たれた神霊属性の矢が光線のようにハッタ・ラーケへ突き刺さり、霊力の炸裂を起こす。横の幅が限られた通路で数多い敵に爆発は有効だ。複数のハッタ・ラーケが吹き飛び、残骸がぶちまけられる。
 それでも数を頼りに同型の骸を踏みつぶして進まんとする敵には、幾つもの注射器が飛来して刺さり、あるいは割れて中の溶剤を振り撒いた。

「サービスだ。これも処方してやろう」

 テオドラがシリンジシューターで射出したのはサビ発生剤。機械の肉体にとっての毒。直撃、あるいは溶剤を浴びたハッタ・ラーケは急速にサビが浸食し、関節の動きを阻害する。数を集めたがゆえに低い反応速度が、運動性の鈍化によってもはや木偶の坊同然。ノロノロとした動きの個体は、バリケードの如く道を塞いでしまっている。
 2人によって敵の集団が足止めと殲滅されている隙に、八重可は独房の鍵を破壊して中へ。視界に入ったのは倒れている√能力者と、容赦なく鞭打とうとしているハッタ・ラーケ。振り上げられた鞭がしなり、風を切って下ろされる。

「っ!」

 咄嗟に、八重可は虜囚の√能力者を庇って前に出た。叩くどころか身を裂くほどの威力が高速で迫るが、彼女は素早く掴んで受け止める。もとより間に入る覚悟と、鳳明の神弓が与える神霊の加護の強化の賜物だ。

「侵にゅ」
「一片たりとも逃しません」

 接射と変わりない至近距離でのシリンジシューター。ガトリング機構から発射される無数のシリンジが、戦闘機械をシュレッダーにかけるより細かくバラバラに切断していった。
 敵を処理した八重可は、倒れている√能力者を手早く介抱する。酷く消耗しているが生命活動に支障がないギリギリで留めているのは、機械らしい律義さであり悪辣さだ。彼女は一先ず応急処置を行って休ませ、次の独房へ移動する。囚われの人はまだいるのだ。油断なく迅速に、くまなく回るために。
 八重可が独房の解放をしていく間に、足止めを十分に仕掛けたテオドラも治療へ合流する。これによって解放と治療とで分かれることができるため、救出の効率は格段に上がった。また自力で動けるほどに回復した√能力者がいれば、全員解放して脱出することも可能だ。

「これで最後じゃ!」

 鳳明の一射が戦闘機械群を破壊する。この付近のハッタ・ラーケは殲滅したと言ってよく、独房内の個体は少ないうえに八重可とテオドラによって破壊済み。あとは、応援が到着しないか警戒することだ。
 一息ついた鳳明はオーラの弓は消さず保持し、周囲を見て回ると同時に独房の鍵を破壊していく。普段の矍鑠とした彼にしては気負いを感じる表情なのは、単に救出に来たからというだけではない。√ウォーゾーンを故郷として、老齢まで生き残ってきた人間だ。両肩に重石の如く圧し掛かる過去がある。人類を生き残らせるため、人々の未来を食い潰してきた、と。

「願わくはここで開いた小さな穴が、未来において、世界を覆う天蓋を崩す一打とならんことを」

 人類が未来を勝ち得たならば、大罪人となるだろう。そんな人間が命を語ること自体おこがましいのかもしれないが、それでも今ここで救える命を救わない理由にはならない。
 丹田に力を込め、鳳明は気合を入れなおす。まだやるべきことは終わっていないのだ。

「どうじゃ、救出は?」
「全員解放しました!」
「幸いにも動かせない者などはいない。動けるものが、動けない者を背負うなりして連れて行けば問題はない」

 各々が集合して報告し、重畳の結果を聞く。あとは脱出あるのみ。

「よし、儂が先導しよう。お前さんらは皆を頼む」
「はい、お任せください」
「足止め用に爆弾を仕掛けておこう」

 深き地下の監獄に潜入し、踏破し、囚われ虐げられていた√能力者たちを救出した3人は、誰1人欠けることなく扇島を背に離れることができたのだった。

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挿絵イラスト