⚡️オーラム逆侵攻~臨海都市は燃えているか
「オーラム逆侵攻の話は聞いたよな?」
|壇《だん》・|壱郎《いちろう》(ツノツキ・h01763)が集まった面々を見回す。
√ウォーゾーンの統率官『ゼーロット』が企てた√EDEN侵攻作戦を阻止するべく、大規模な反転攻勢が、今まさに行われようとしていた。
星詠みたちが指し示す戦場は、敵派閥『レリギオス・オーラム』の支配地域――√EDENの川崎市に相当する位置にある、戦闘機械都市だ。
「やる気満々って顔だな。それなら話は早い。俺が案内できる行き先は、戦闘機械都市の真っただ中。生命に反応して、自動的に無差別攻撃機構が作動する物騒な場所だ」
すなわち、作戦に参加するものは、激しい戦火のなかへいきなり放り込まれることになる。まずは自身の身を護りつつ、すばやく状況を把握し、次なる行動へすみやかに移らなくてはならない。
「作戦の目標については、集まった皆に任せる。詳細はもう聞いていると思うが、どれを選んでも間違いということはない。話し合って行く先を定めてくれ」
一、敵の指揮官、統率官『ゼーロット』の撃破。
二、レリギオス・オーラムの軍勢の壊滅。
三、√EDENへの侵攻拠点・大黒ジャンクションの破壊。
四、囚われている√能力者たちの解放。
五、いまだ知られざる簒奪者、合体ロボット『グロンバイン』の拠点破壊。
いずれも、達成することで、作戦全体に寄与することができる。だが、ひとつのチームですべてを行うことはできないため、大勢の√能力者たちが集まり、全体を見渡しての行動が求められていると言えるだろう。
「支度はいいか? ではさっそく向かってくれ。星は√ウォーゾーンで輝いている。頼んだぞ」
かさなりあう√の彼方から――爆撃の音が、近づいてくる。
第1章 冒険 『戦闘機械都市を駆け抜けろ!』
●
「ひいいいいっ!!」
悲鳴さえ、銃撃と爆発の音にかき消される。
機械たちが、生命の謳歌を許さぬ世界――√ウォーゾーン。魔花伏木・斑猫(ネコソギスクラッパー・h00651)を出迎えたのは戦闘機械都市からの激しい攻撃の洗礼であった。
一見、何の変哲もないビル群や街並みが、そこに動く生き物の姿をみとめるや牙を剥くがごとく、壁面からあらわれる銃口や砲塔、路面からせりあがる重機状の破壊機関、空中を旋回する警戒ドローンなどからの一斉攻撃の標的になる。
悲鳴をあげて逃げ惑いながらも、そこはさすがの√能力者というか、こうした状況に慣れているからか、存外、的確に攻撃をかわしている斑猫でなければ、侵入早々に路面のしみになっていたことだろう。
「こっちです、こっち!」
マリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)の声に導かれ、高層ビルの狭間の路地に駆け込んだ。
そこには花畔・アケミ(越境特殊捜査室支部長・h00447)の姿もあったので、斑猫は安堵の息をつく。
「おケガはないですか? ほんと、戦闘機械都市って危険ですよね。生命に反応して攻撃してくるだなんて、都市とは言えませんよ!」
「ありがとう……、怖い事は怖いのですが、あちこち走り回ってきたら麻痺してきたかも……って、ひゃっ!」
マリーの気遣いに感謝の言葉を返すも、どこかで爆ぜた破壊音におもわず身がすくんだ。
「やれやれ、この√もすっかり機械に侵略されたもんだね? アタシが若い歳の頃はウチの√と大差無かったらしいけどさ」
アケミは口ぶりには老獪さを感じさせつつ、その眼光は油断なく機械都市へ向けられている。
「無差別攻撃機構とやらは、主には広い通りに配置されているようだね……。おや」
アケミは、攻撃機構をあらわにした都市のさなかに、幾人かの√能力者の姿をみとめた。
●
「わっ、ずいぶん派手な歓迎だな!」
天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)がひらりとかわしたところへ、機械の腕はめりこみ、アスファルトを破壊する。戦闘機械都市は、おのれ自身ともいえる都市に被害が及ぶのには頓着しないらしい。
土埃のなか、風圧をはらんでひるがえる裾をさばく。そこに立つ勇希の姿は、生命を殲滅せんとする機械都市のただなかで、若い生命の輝きそのもののように溌剌としていた。
天使の羽根をおもわせる意匠の弓――ジュエルブレイクアローに、勇希は赤い宝石を装着する。
炎属性の|属性宝石《エレメンタルジュエル》の力が弓に、勇希自身に充填される。周囲の温度が高まったような感覚があった。
「√ウォーゾーンは初めて来たけど、やべーとこだってすぐわかる。こんなところの敵に、√EDENを侵攻させるわけにはいかねえなっ!」
勇希は駆け出す。
ビル群が即座に変型展開して砲塔となり、その巨砲が勇希を狙って動き出す。勇希はその様子に怯むこともなく、むしろ、挑みかかるように声をあげるのだ。
「ほらっ、ここにも√能力者がいるぜ! かかってこいよ!」
弓を引き絞りながら、かすかに視界の端にとらえたのは、すべての砲塔が勇希を狙っているタイミングをとらえてビル陰から飛び出し、次の区画へと駆け出してゆく仲間たち。
「ここは任せて!また後で会おうぜっ!」
その声は、次に巻き起こった凄まじい破壊音にまぎれてゆくが、確かに伝わったはずだ。
『フレイムブレイク』
ジュエルブレイクアローから流れる声。
放たれる矢は灼熱の炎の体現だ。燃える流星のような矢はひとつではない。それが連射されたものなのか、増殖したものなのか、戦闘機械都市のセンサーが正しく計測できたかどうかはわからない。
ただはっきりしているのは、驟雨のように降り注ぐ炎の矢が、砲塔群を穿ち、貫き、炎上が都市を呑み込んでいったということ。
容赦ない炎の洗礼のなかに、しかし、生きるものはいないのだ。
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勇希が、目立つ大型砲塔を破壊したことで、近隣の防衛システムが彼のいる区画へと戦力を送り込みはじめる。
その隙を突くように、アケミたちが都市の死角から死角へと移動していった。
「ご無事でしたか~」
そこにいたのは、ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)。
そして志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)に、シリウス・ローゼンハイム(吸血鬼の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h03123)だ。
「いきなり戦闘空域に送られたのは予想外でしたね。まぁ、嘆いた所でなにも変わらないですし、このあとは?」
タバコをくゆらせながら、遙斗が仲間を振り返る。
「ここで機械都市とやりあっていても仕方がない。現地への到着を優先するのがいいだろう」
とシリウス。
それには異論のないところだ。面々が頷くのを確認し、アケミがまとめる。
「予定通り、目指すは大黒ジャンクションで良いね?」
「了解だ。√EDENへの侵攻地点というのが気に入らない」
「では防衛機構の配置も加味して、最適なルートを検索します。それから……っと」
ヨシマサのサイバー・リンケージ・ワイヤーが、仲間たちに接続される。
彼の√能力『|神経過駆動接続《ニューロリンク・オーバードライブ》』により、接続されたものたちの身体能力が底上げされる。さらには――
「私からも、『月光よ、穢れなき縁を結び、我らに導きを』――」
マリーの『|月光の縁《ルナティック・リンク》』による効果がそのうえの強化をもたらす。
「広い道に出るときは上方からの砲撃に注意してください。狭い道はシャッターで塞がれていることがあるので……」
「あっ、情報は私にも共有してください。クラックできないかやってみます」
ヨシマサと斑猫が機械都市を裏側から攻める相談をしているのを横目に、手早く進行ルートを確認した一同は動き出す。
目指すは大黒ジャンクション。そこでは、ウォーゾーンの大軍団が、√EDENに送り込まれるときを待っているという。
●
シリウスは駆けた。
目的地へ向けて、複数のルートがピックアップされている。
戦闘機械都市の防衛機構を完全に掻い潜るルートも算出されているが、それはあまりに迂遠で、非効率な道のりでもあった。無駄な戦闘は極力避けるべきだが、対処可能な防衛機構は破壊しつつ進むほうがベターとも言える。
そうであるならば――。
鮮血色の槍が、シリウスの手の中で、意志あるもののようにうごめき、その刃を鋭く尖らせる。
路を拓くのは、先制攻撃に|如《し》くはなし!
機械都市が、シリウスを認識した。重々しい動きであらわれた機械のアームが、かれらにとっての害獣を駆除せんと、シリウスに迫る。
たん――、と、シリウスの爪先が地を蹴ったとき、すでに彼の身は中空にある。
弧を描く槍の穂先が、紅い軌跡の残像となって機械の腕を薙いだと見えた。
シリウスの√能力『|血漆錬金術《ブラッディ・アルケミア》』により力を付与された一撃で、機械の腕がめきりと音を立ててひしゃげる。それでもまだ機能停止せず、動き出すかに思われるのだが、槍が切り裂いた箇所からは赤みをおびた漆黒の浸蝕がまたたく間に広がり、金属が朽ち果ててゆく。
音を立てて、機械の腕が崩壊したとき、シリウスはすでにその先の区画の、ビルの狭間へと姿を消している。
近くのビルからは、警戒ドローンの群れが、ばらばらと吐き出されてきた。
見失った侵入者を探そうというのだろう。
大量のドローンが空中を旋回し、いくつかの小隊に別れて飛びはじめた、そのときだ。
それまで一糸乱れぬ、といったふうな編隊で動いていたドローンの一体が、ふいに、隣のドローンに激突したのだ。
「はいっ、とらえました!」
それは魔花伏木・斑猫の√能力『|蟲喰《バグフィックス》』。
ドローン隊を管制しているシステムに入り込み、コントロールを奪うことに成功したのだ。
それは寄生虫に感染し、病が広がるがごとくに。
ドローンたちの動きが次々に乱れ、狂い、その範囲はどんどん拡大していく。
さらには、近隣のビルの上に設置された砲塔され、でたらめな方向をぐるぐる向き始める。
「今ですよ!」
「いいですね、ドローンが無効化されているうちに、上から行きましょう。だいぶショートカットできますよ」
ヨシマサが言った。
ウォーゾーンの戦場はある意味、ヨシマサには慣れ親しんだ環境だ。
危険に満ちた場所ではあるが、その構造は頭に入っている。
√能力者たちは、ビルの上に駆け上がり、砲台と化しているその屋上部分を走り抜ける。
砲塔自身はおのれの足元は狙えないし、警戒ドローンの眼がない今は、ここがもっとも安全な路だと言えた。
「都市って言うのは……」
ビルからビルへ、飛び移りながら、マリーが言った。
「ここに住む人を守るためにあるべきですよ! 攻撃しちゃったら、それは都市じゃなくて罠でしょう!」
防衛機構が斑猫のクラッキングで混乱しているいま、こそこそせずに思い切り駆け抜けられる、それも、ビルの上で風を感じながらいられるのは、つかのまでも息がつけるようなひとときだ。
そんななか、つい、思いがこぼれたのだろう。
そのときだった。
先ほどシリウスが相手どったような巨大な機械腕が、マリーたちの行く手から出現したのだ。
「わっ、すみません、ここからエリア違いでまた別のネットワーク……ひゃあっ」
機械腕の一撃で、斑猫たちのいたビルが破壊される。
アケミが斑猫の首ねっこを掴んで、後方で退いた。そばからビルが崩れていく。
「あとどれくらいだい!」
「こ、このエリアを抜けたら、たぶん、ええっと……」
●
ギィン――、と、鈍い、金属音。
遙斗の刀が、機械腕を弾いたのだ。
そのまま、崩れていくビルのがれきを空中の足場として、跳ぶ。
もとよりの身体能力に加え、マリーとヨシマサから√能力の支援を受けた遙斗の動きは常人をはるかに凌駕し、ウォーゾーンの戦闘機械の緻密で俊敏な動きさえ、翻弄されるほどだった。
そうして敵を攪乱し、一体でも多くの戦闘機械を破壊する――、それが今ここでの最適解だと遙斗はみなす。
(「それから、移動。その後次の指示を待ってから行動計画の立案と実行……やることが多いですね」)
内心は内心のまま、遙斗のタバコの煙が、彼の周辺にただよう。それはただの煙ではない。√能力をおびた《殺戮気体》なのだ。
「さて、やるか」
背後から、ごう、と迫る機械腕へ、振り向きざまの斬撃!
愛用の日本刀型退魔道具『小竜月詠』の一閃が、金属をバターのように寸断した。
これこそ、『霊剣術・|朧《オボロ》』。
機械がその脅威をどこまで理解したものか。第二、第三の機械腕が、割れた路面からせりあがってくる。ここに立つ遙斗の力を、てごわいと見たのか、それとも侮っているのか。
しかし、ここへ至るまでに、戦闘機械都市の防衛システムは、侵入者をただのひとりも、排除できていないのだ。
「……そういうことさ。悪いね。じゃあ、よろしく頼むよ」
花畔・アケミは通話を終えた。
通話――。そう、|彼《・》|女《・》|は《・》|電《・》|話《・》|を《・》|し《・》|て《・》|い《・》|た《・》のだ。
その意味を知るものたちは、はっとしてアケミを見た。
「みんな、署長の許可は出た」
そう言いも果てず――。
√ウォーゾーンの、戦闘機械都市の地面を割って、巨大なものがすがたをあらわそうとしていた。
新たな敵の防衛機構?……そうではなかった。はかりしれぬ摂理によって、別の√より転送されし、その名も『正義執行波動砲』。
「対異能特捜装備」と冠されているそれだったが、後にアケミは「あぁ? たしかにあれは怪異をふっとばすためのもの。けれどあのガラクタ連中もアタシから言わせりゃ充分訳の解らない怪異さ」と語ったという。
いま、その超越的な装備に、光が灯り、低い稼働音が唸りをあげ――その砲門が機械腕たちへと狙いを定める。
「さあ、お前さん達の力を貸しておくれ!」
号令一下!
課員たちの応諾の声とともに、かれらの力が超常の兵器に接続され、流れ込む。そのエネルギーが臨界に達した瞬間、|正義執行波動砲《ハチマガリウルトラキャノン》は、周囲をホワイトアウトさせるほどの閃光とともに、圧倒的な威力でもって、√ウォーゾーンに、その名のとおり、正義の執行をならしめるのだった。
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「ふぅ、取り合えず安全の確保は出来ましたね。次の指示が来るまでは休憩ですね」
新しいタバコに火をつけて、そう言った遙斗に、アケミは容赦なく告げる。
「あまり長くは休憩させてやれないかもしれないよ」
「……ここをこのまま行けば、防衛機構にはひっかからずに大黒ふ頭方面に出ますが」
ヨシマサの言葉に、一同は、最初の関門、戦闘機械都市の防衛機構を突破できたことを知る。
かれらの背後には『正義執行波動砲』で完膚なきまでに破壊され、くすぶった黒煙をあげる更地が広がっていた。
だが、その逆の方向には。
ヨシマサの情報では、この先は防衛機構は働いていないというのに、激しい爆音や、硝煙の匂いが届いてくるのだ。
目指す大黒ジャンクションはこの方向。
なにがあるにせよ、道は、切り拓くよりないのだった。
第2章 冒険 『砲弾の嵐を駆け抜けろ!』
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戦闘機械都市を突破した面々が見たものは、海を望む港湾地域――の、残骸だった。
わずかばかりに、崩れ残り、焼け残った建物の跡らしきものはあるが、見渡す限り、生きものはおろか、動くものとてない。
その理由はすぐにわかった。
空を裂く甲高い飛来音――そして、天地を震わす轟音!
天を衝くような火柱が立ちあがり、焦げた匂いが潮風に混じった。
このエリアは、どこからか激しい砲撃にさらされているのだ。
おそらくは、これも通り過ぎてきた戦闘機械都市のそれと同じく、防衛機構の一種なのだろう。だが、ここのそれは、さらに激しく、理不尽なものと言わねばならなかった。なにしろ、自身の支配地域にもかかわらず、絶え間ない砲撃を加えるというのだから。
目指す大黒ジャンクションは、この先、横浜湾内に浮かぶ島式ふ頭・大黒ふ頭上に位置している。
大黒ふ頭に上陸するには、この破壊され尽くした港湾地域を通り抜け、さらに海を渡る必要がある。
そしてその道程では、つねに、どこからか放たれる砲弾の雨が降り注ぎ続けているのだ――。
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湾岸に鳴り響くパトカーのサイレン!
それもひとつではない、無数のサイレンが幾重にも重なり、ドップラー効果のついた残響を残しながら次から次へと走り抜けてゆく。
それはまるで署をあげての大捕物。果たしてこの先にあるのは、ヤクザ軍団との銃撃戦か、逃げる銀行強盗とのカーチェイスか――。
先陣を切るパトカーには花畔・アケミ(越境特殊捜査室支部長・h00447)の姿があった。
√ウォーゾーンに、突如としてパトカーの大群があらわれたわけを知るには、すこし時を遡る必要がある……。
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一同が戦闘機械都市の防衛エリアを抜け、湾岸エリアに入ってしばし。
激しい砲撃は一向に止む気配もなかった。
「自らの占領地をさらに破壊する必要はあるんでしょうか?」
マリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)が呆れ気味に言ったのも無理はない。
「戦闘機械都市は勝手に修復される機能があるのでこのぐらいの猛攻を自身の支配地域を叩き込むことがあるんですよね~」
と、これはヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)による√ウォーゾーン豆知識だ。
「に、にしてもこの勢いはなかなかワクワク……いえ、大変なことになりましたね」
「自陣も砲撃するとか馬鹿じゃないか奴等」
アケミは一刀両断に斬り捨てた。
だが、その馬鹿な戦術が、かれらの行く手を阻んでいるという現実がある。
「目標地点の確認完了です。ただ、問題は敵が対岸に布陣していることですよね」
と、志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)。
その目が見遣るのは、海の向こうに見える大黒ふ頭だ。
「ヤケクソにすら思える攻撃だけどこれを抜けるのは骨だね。それから、どうやって海を渡る?」
「船もなし、空を飛べるでもなし」
声に振り向けば、早乙女・伽羅(元警察官の画廊店主・h00414)の深淵な眼差しが、砲撃に穿たれゆく港湾エリアと風景と、おそらくは彼の脳裏に浮かぶ作戦図とのあいだをさまよっている。
「―― ならば 大黒線のブリッジを駆け抜けるのが一番手っ取り早い」
「つまり、陸路での強行突破。悪くない。ここはネコ先生の案に乗ろう 飛んだり泳いだりは無理だが走る事なら出来るからね」
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砲撃着弾――そして爆裂!
湾岸エリアを疾走するパトカー軍団のうえに、容赦なく砲弾の雨が降り注ぐ。
いま、爆発に巻き込まれた何台かの車両が横転したり、吹き飛ばされたりしたが、ほかの車両は頓着する素振りもなく、ただただ前を目指して駆けてゆくのだ。
「な、何台か吹っ飛びましたけど、いいんですか!? っていうか、みなさん無事ですか!?」
無線から魔花伏木・斑猫(ネコソギスクラッパー・h00651)の慌てた声が届く。
「いいんだよ。命知らずの殉職|刑事《デカ》だ、多少横転しても平気さ。まぁもう死んでるし」
とアケミ。
そう、このパトカーの群れはアケミの√能力『|亡霊刑事軍団《ゴースト・デカ・アーミーズ》』に召喚された|刑事《デカ》たちだった。かれらとともに、あるいはかれらにまぎれて、砲撃地帯を一気に駆け抜けようというのが作戦だ。
「最低でもアタシのパトカーと部下達が現場に無事辿り着ければ上出来だよ。パトカーを盾にしていいからうまく切り抜けな」
「ええぇ……」
気弱な斑猫の声にかぶり気味に、ヨシマサとマリーの声が届いた。
「神経過駆動接続は先程皆さんに繋ぎました」
「あ、私の|月光の縁《ルナティック・リンク》も繋がっていますよ」
「助かるね。若い頃は切り込み隊長のアケミと呼ばれたもんだ。爆発の中を駆け抜けるのはお手の物さ!」
アケミは、思い切り、アクセルを踏み込んだ。
「砲弾の雨の中を駆け抜けるなんて、いつ以来でしょう? 少し――懐かしいですね」
アケミのパトカーを追うように、あとに続く車両――その屋根のうえに、マリー・エルデフェイはいる。
なにか聞き捨てならないセリフだったような気もするが、苛烈の砲撃のなかを無数のパトカーが走り抜けているこの状況下ではなにもかもが些末なことかもしれない。
金色の髪が風にあおられるのを抑えながら、煙たなびく空を、マリーは見上げる。
まるでピクニックのさなかに「いいお天気」と微笑んだような所作ではあるが、彼女の瞳がとらえるのは、空に放物線を描く黒鉄の大質量なのだった。
「来ました、10時の方向です! みなさんご注意……というか、あの軌道だと、着弾地点、このへんですね」
亡霊刑事《デカ》はそれなりに空気を読んでくれる。マリーを載せたパトカーは急減速しつつ進路を逸れて着弾予測地点を回避しようとする。
――と、マリーの傍らを、ちいさな影が跳ねるようによぎった。
それは一匹の猫だ。
ちいさな――といっても、猫にしてはかなり大きめな――|長毛の獣《メインクーン》が、パトカーの屋根から屋根を跳び移ってゆく。猫が目指すのは、そのまま突っ切るつもりなのか減速の様子もないアケミの車の上。おりしも、その直上に不吉な影が射し、砲弾が直撃せんとしたそのとき、そこにいたのはサーベルを一振りした伽羅だった。
その一閃が砲弾を斬り捨てる。
着地することなく空中で爆裂四散した砲弾の炎と衝撃は、再び√能力「ジェントルジャイアント」によって巨大なメインクーンとなった伽羅が、その毛皮の厚みに覆い隠すことによって、|アケミ《ボス》の乗る車両に害を及ぼすことはなく、護られたのであった。
……運転席で、アケミが、ぐッ、と親指を立ててみせたからには、これを見越して突っ切ることにしたのだろう。
●
砲撃が、大地に火柱を屹立させる。
巻き上げられた土埃のなかから飛び出してきたのは、遙斗である。
「遅いですね。その程度では俺を止めることはできませんよ?」
√能力「|正当防衛《セイギシッコウ》」により、常人をはるかに凌駕するスピードで遙斗は走る。
そのあとを追うように砲弾が着弾するからには、このでたらめに見える砲撃も、どうやらある程度、敵を感知して撃ってきているらしいことがわかった。
いずれにせよ、遙斗がその砲撃に巻き込まれることはなく、駆け抜ける彼をめがけて次々に降り注ぐ砲撃は、遙斗の狙い通り、その囮作戦に嵌まっていると言えただろう。
もうひとり――、同じ戦場を、駆けてゆくのは斑猫だった。
この砲弾の嵐のなかを突っ切るのにどうしたらよいか、思案の結果、彼女の導き出した方法は、√能力「|蜻蛉使丁賭死《セイレイシテイトシ》」。
蜻蛉の外套をまとった斑猫は、ワイヤーフックを巧みに操り、湾岸エリアに崩れ残ったがれきや、走り抜けるパトカーさえもを利用して、縦横無尽に飛び回り、砲撃をひきつけながらも、着実に先を目指していた。
しかし、相手は√ウォーゾーンの戦闘機械都市。
時間とともに、侵入者の動きを捕捉し、その砲撃精度は高まってゆく。
そしてついに、砲撃が遙斗と斑猫をとらえた――かに見えた、そのとき。
「言ったでしょう。俺を止めることはできない、と」
タバコの煙を――いや、《殺戮気体》を吐き出した遙斗の頭上で、霊剣術・|朧《オボロ》に斬り刻まれた砲弾が爆発し、時ならぬ花火大会のようにあたりを照らす。
その華やぎのなかで、斑猫の鬼蜻蛉斬りに斬り捨てられた砲弾の残骸が、燃え落ちる隕石のように周囲に散る。
そのなかを走り抜ける斑猫の姿は、まさしく蜻蛉のように軽やかであった。
蜻蛉という昆虫が、存外に獰猛な狩猟を行う生き物であることを、戦闘機械たちは知らなかったようだ。
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「やっと片付いたと思ったのに、こっちはもっとやべーのな!」
一足遅れて、防衛エリアを抜け、追いついてきた天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)は、シリウス・ローゼンハイム(吸血鬼の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h03123)に合流し、亡霊|刑事《デカ》が運転する車の屋根のうえで砲弾の雨にさらされる湾岸の風景を見渡していた。
「ブリッジまでたどりつけるかな?」
「気合でいくしかない。仲間の支援は受けて移動速度は上がっているが……どうもこの場は俺には分が悪い」
屋根のうえに並んで、シリウスがむっつりと言った。
「これ以上、神経を高めると、気絶するリスクがあるんですよ~」
と、これは助手席のヨシマサだ。
なので、ひとまず、3人は亡霊|刑事《デカ》の運転を信じるしかない。
だが、周囲では砲弾が絶え間なく炸裂しており、いつそれが頭上に降ってくるかわからないのだ。
「うーん、砲台を先に壊したら?」
「そのアプローチはありですね。でもまず場所を特定しないと」
ヨシマサが言った、まさにそのとき。
遠くで、ひときわ大きな火柱が上がった。
「……うまくいったほ?」
それは、見えざる援軍だった。
港湾エリアに砲撃を仕掛けていた砲台群は、まさしく一行が目指すふ頭へのブリッジのたもと周辺に設置されていた。
それを看破したものは、この場にはいない。
いま、√EDENの同じ場所にいるオーリン・オリーブ(占いフクロウ・h05931)が、重なりあう√を超えた霊視によって見たことなのである。
「√ウォーゾーンのこの辺りでも、確か作戦侵攻しているはずほ」
√EDENの川崎市は当然ながらあたりまえの都市が広がり、戦争などは起こっていない。
「見えたほ」
その地点から、オーリンは、異なる√で起こっている激しい砲撃の様子をとらえ、√越しに√能力を行使したのだ。
彼の霊能波によるダメージは、砲台のひとつの中枢機能を傷つけ、連鎖的に生じた不具合は最終的に、砲台そのものを自爆させるに至った。
「√越しの介入は限界があるほけど……少しでもダメージを与えていけば、現地活動しているひとも動きやすくなるはずほ」
「見つけた!」
知られざる援軍によって、そのひとつが自爆したことで、勇希たちは砲台群の位置を特定する。
勇希の弓、ジュエルブレイクアローが|騎乗形態《ライドフォーム》に変型し、勇希を乗せて飛翔する。
その接近を感知してか、無数の砲台群の砲口が、勇希たちの方へと回転をはじめる。
「いかんな」
シリウスが砲台を睨みつけ、歯を噛み締める。
「もっと近づけませんか~?」
ヨシマサが運転する亡霊|刑事《デカ》にそう言ったとき、かれらのパトカーに並走してきた車両がある。
「少し乱暴な方法になるが、許してもらうとしよう」
伽羅だった。
そして二重写しのように立つ、もうひとりの伽羅。
それは彼の√能力「|仮初《ユメ》」により、召喚された伽羅自身の肖像画が、もうひとりの自分として顕現したものだ。
ふたりの伽羅は、籠手に仕込んだ釣り針をそれぞれシリウスとヨシマサにひっかけると、文字通り釣り上げるようにして空中へ。そのまま美しい放物線を描く人間砲弾として前方へと放り投げるのだった。
「こ、これは超ド級のアトラクション……!――とかいってる場合ではない、ですね~!」
ヨシマサがバラまいたジャンクパーツ――|電霆《エレクティカル・リーケイジ》が、忍者のクナイのように、砲台群に突き立ってゆく。
「ちょーっと、ビリビリするかもっすよ~」
漏電した高圧の電流が、砲台の電気系統に異常をもたらし、いくつかはショートしたのか火花を散らして機能停止するものさえあった。
ほぼ同時に、シリウスもまた、空中からその√能力を放っていた。
|血漆錬成・赫《ブラッディアルケミアレッド》――赤熱したかのような色も鮮やかな血の斬撃は、それが命中した砲台の外装をざくりと斬り裂いたのみならず、砲台の動きを停め、沈黙させる。
周到に、伽羅が空中に張り巡らせてくれた釣り糸のうえをシリウスは駆け、建ち並ぶ砲塔群の動きを次々に停めていった。
いくつもの砲台が機能停止に追い込まれたことで、湾岸エリアはにわかに静まり返ったようだ。
そして今、その地を照らす太陽を背に、降下してくるひとつの姿がある。勇希だ。
「この一撃で決めてやる!」
騎乗するジュエルブレイクアロー・ライドフォームから飛び降りた勇希の右脚を、炎属性の力が包み込む。
それが落下エネルギーごと、蹴りとして叩きこまれると、その圧倒的な力の集積は、一撃にしてひとつの砲台を崩壊させた。
内部に多数の砲弾を抱えたままの砲台の爆発は、ヨシマサとシリウスによって機能停止させられていた隣接する砲台を誘爆させ、湾岸地帯の空は、再び爆発の轟音に震えた。
だが、このときの轟音は、敵の兵器が一層された、勝利を告げる音だったのだ――。
第3章 ボス戦 『YWZ-15『エアレイダー・ゼフィロス』』
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大黒ジャンクションは燃えていた。
すでに、√能力者のほかの部隊が――あるいは、√ウォーゾーンに潜んでいたスパイたちの反抗作戦が、その破壊に手をかけていたのだ。
すなわち、大黒ふ頭はすでに戦場なのであった。
そして今……。
ブリッジをわたり、その領域へ侵入した一同のまえに、新たな敵を認めて、一体の強力な戦闘機械が動き出す。
識別記号YWZ-15……その名は『エアレイダー・ゼフィロス』。
圧倒的な制空権をもたらすことにより、「|空を奪ったもの《エアレイダー》」と恐れられた存在である。
●
「む。なんか影が凄い勢いで通り過ぎたほ」
戦闘機械の圧倒的なスピードは、√ウォーゾーンの空を震わせる。
しかし、その残像をかすかに観測したオーリン・オリーブ(占いフクロウ・h05931)がいるのは、あくまでも√EDENの空なのだった。
かさなりあう√群の、同じ座標上から、いかにしてか、異なる√上の敵影を感知したのである。
「エアレイダーほ? 空がきみだけのものでは無いことを教えてあげるほ」
オーリンは、さらに高度を上げた。
空中戦では、より広く視界を得たほうに利がある。ここが√ウォーゾーンであれば、それを察した敵の先制攻撃を受けたかもしれない。だが、このとき、オーリンはエアレイダーにその存在すら知られていないのだ。
オーリンの霊視が、戦闘機械をとらえ、超感覚的な狙いが絞られてゆく。
直接、相対しての戦いほどの決め手には欠けるだろう。しかし、直接戦闘が得意とはいえないオーリンにとって、その飛行能力と、霊視の力を活かしてのこの立ち回りは、この戦い、この戦場においての最善手なのだ。
戦闘機械――エアレイダーは、大黒ジャンクションに侵入する√能力者の一群をとらえ、高空からの急襲体勢に入った。
まさに、その瞬間だ。
オーリンの霊能波が衝撃となってエアレイダーを撃った。
「被弾――攻撃地点不明――損耗計算中」
さすがにこの一打で撃墜できるほど、たやすい敵ではない。しかし、まったく予期せぬ、しかも出所のわからない攻撃を受けて、目標も定まらぬままにミサイルを射出するエアレイダーの姿は、人でいうなら狼狽しているように見えた。
この隙を、√ウォーゾーンにいる仲間たちはきっと十全に活かしてくれるはずだ。
「声は届かないけれどみんなの無事を祈ってるほ」
√を隔てて、オーリンは声を送った――。
●
ふぅ……と――。志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)のふかした紫煙が、√ウォーゾーンの焦げくさい空気に溶けてゆく。
「敵は空を自由に移動ですか、少々厄介ですね」
遙斗の瞳が見据えるのは、高空を裂く敵影、エアレイダーの姿だ。
「何とか地上に落とせれば勝機はあるんですけど」
「速そうだな……打ち落とすのは容易くなさそうだ」
シリウス・ローゼンハイム(吸血鬼の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h03123)が遙斗に並んで空を睨む。
面々は感想を同じくしていたが、だからといって戦意を喪失するものはこの場にはいなかった。
「ここはみんなで一発キメたいよな! みんなで協力すれば絶対できるって!」
ひときわ明るく、力強い天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)の言葉に、皆の思いは収束してゆく。
エアレイダーは地上にいる√能力者を察知したようだ。
高度を下げつつ、攻撃態勢に入る。
一同は空からの攻撃に備えて散開した。
そのとき、エアレイダーはどういうわけか態勢を崩し、あらぬ方向への攻撃を放つ。まるで見えない敵からの攻撃を受けたかのような挙動だった。
それは、別の√能力者からのひそやかな支援であったのだが――結果、うまれた隙を見逃す面々ではなかった。
●
「走れ! 漆黒の雷いかずちよ!」
シリウスが銃を撃つ。
射出されたのは通常の銃弾ではない。√能力による闇属性の弾丸だ。雷のように不規則で迅速な軌道を描き、宙を翔けた銃弾はエアレイダーの装甲に着弾するや、ありえざる黒い閃光とともに炸裂。バラ撒かれた散弾が、さらに、複雑な旋回軌道のすえに二度、敵を襲った。
追尾する弾丸は、回避するよりも防御したほうが得策――エアレイダーの人工知能はそのように考えたのだろうか。防御姿勢をとった戦闘機械の装甲のうえで、いくつもの爆発が起こる。
その間、動きは止まり、今や、高度はかなり下がってきている。
地上からの――射程内まで。
「今だ!」
勇希が動いた。
身体は軽い。実は、シリウスが√能力により行った射撃は、闇の弾丸を放つと同時に、周囲のものを帯電させている。それが仲間たちの反射神経を底上げする効果をもたらしていた。
勇希はすでにジュエルブレイドに炎属性の|属性宝石《エレメンタルジュエル》を装着し、剣を変型させている。
高度を下げたエアレイダーは高く跳躍した勇希の間合い。ふりかぶった剣が、『フレイムジュエル』と声を発した。
斬撃!
灼熱の炎色に輝く剣が、戦闘機械の装甲をも斬り裂く。
「装甲破損――熱反応――耐熱温度超過、超過、超過――消火機能作動」
「どうだ、燃えてるぞ!」
金属の装甲につけられた斬撃痕には炎が燃え続けている。内蔵されている機構が消火剤を噴射しているが、消える様子はない。通常の火ではなく、√能力による炎属性そのものが付与されているからだ。
シリウスと勇希が浴びせた先制攻撃は、確実に、戦闘機械にその知能が予期せぬ打撃を与えていた。
「YPL-1000X起動――発射」
エアレイダーはその右腕に接続されたライフル状の兵器を作動させた。瞬時に、なんらかのエネルギーがそこに集中したかに見えるや、輝く光弾が連射される。
それはカッと眩い閃光とともに爆散し、凄まじい爆圧でもってウォーゾーンの空気と大地を灼いた。
反撃はあまりに素早く、広範囲に対して行われたので、シリウスと勇希も巻き込まれることになった。
地面は大きくえぐれ、穿たれていた。
エアレイダーの兵器が放った陽電子弾の対消滅反応が生み出す圧倒的な、それは破壊の顕現であった。
これに巻き込まれて無事なものなどいようはずもなかった、のだが。
「時よ、揺り戻れ」
「あ、あれっ?」
「……これは」
当の勇希とシリウスさえ、驚いたことに、まったく無傷のふたりがそこにいる。
「ご心配なく」
マリー・エルデフェイ(静穏の祈り手・h03135)は落ち着き払っていた。
「怪我をしても治せますので思いっきって攻めちゃってください! 怪我はして欲しくないですが」
勇希とシリウスには、マリーの√能力「レヴェリオ・アエテルナ」の効果が及んでいた。彼女が与えた時の力は、生じたダメージや損傷をすぐさま撒き戻し、なかったことにしてしまう。
エアレイダーの機械の頭脳には、不条理な結果だっただろう。
とはいえ、√能力者との戦闘ではそうしたこともありうるものだ。態勢を立て直すつもりか、エアレイダーが再び高度を上げる。
「おっと、まだ行かないでおくれよ。つれない真似はよしてさ」
花畔・アケミ(越境特殊捜査室支部長・h00447)が、拳銃を手にして言った。
●
勇希とシリウスが先制攻撃を仕掛けていたときのこと。
少し距離をとって状況を観察しているアケミに、ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)が近づく。
「ボス、はいこれ! 『|脳衝共振術《シナプティック・インパクト・シンク》』で生成した【リンゲージチップ】です。これを所持してボクの生体神経を通すことで攻撃技能やボスのやりたいことを後押ししてくれるお守りみたいなものです」
彼が手渡した小さなパーツをアケミは見つめ、そして、ふっ、と頬をゆるめた。
ヨシマサも、銃火器やレギオンを用いて、戦うすべもあっただろう。だがあえて支援に回ったのは、そのほうが全体としての戦力が高まるだろうとの判断もあったろうし、彼なりの矜持や思いがあったのだと察せられる。それをアケミは感じたのだ。
「ありがとうね、お前さんの支援、いつも頼りにしてるよ」
「これでアイツをぶっ飛ばしちゃってください~」
「いいとも。見てな」
そうして、アケミは銃を抜く。
亡き夫が遺したベレッタM92。人間相手ならいざしらず、ウォーゾーンの戦闘機械相手にはあまりに心許なく見えるが、アケミにそのような気おくれは微塵もない。
形見の銃が、ヨシマサから受け取ったチップが、そしてこの場にいる部下たちの存在が、そう簡単には、彼女の心を折らせてはくれないのだから。
エアレイダーが離脱しようとしていた。
「おっと、まだ行かないでおくれよ。つれない真似はよしてさ」
かけた声が、敵機に届くことはなかろうと思われるほどの距離に、すでにエアレイダーは飛び立っている。すでに拳銃の射程ではない。
だがアケミは落ち着いて、足元にちらばる瓦礫の欠片を拾うと、それを敵に向って放り投げた。
そして、引き金を引く。
アケミの射撃の技は、ヨシマサから受け取ったチップの効果で最大限まで研ぎ澄まされている。銃弾は難なく、放り投げた瓦礫の欠片に命中した。
その弾丸――|暴風神の息吹《ルドラ・バレット》に込められた風の力が解き放たれる。
着弾地点より瞬時に発生した竜巻は、そのまま上空のエアレイダーへと襲い掛かった。
「気象条件の急速な変化を感知――風速128m、中心気圧958hPa、姿勢制御困難」
「さぁ降りておいで。ウチの連中が同じ土俵に立って欲しいとウズウズしてるよ」
自らが巻き起こした暴風に煽られながら、しかし、微動だにせず仁王立ちするアケミの目の前に、ウォーゾーンの空の覇者と謳われた戦闘機械が無様に墜落する。
そして、それを待ち構えていた「ウチの連中」が飛び出してゆくのを、アケミは満足げに見守った。
●
「ようこそ、地面の上へ」
竜巻の風に乗るかのように、志藤・遙斗は尋常ならざる速度で間合いを詰める。
その銘――『小竜月詠』。研ぎ澄まされた白刃は、優雅にさえ見える残像を描きながら、墜ちた戦闘機械へ斬りつけられる。強化金属の装甲され貫通する霊剣の一撃がなすのは、まさしく正義の執行、であった。
「せっかく地上に降りたんですし、このまま|地上《ココ》にいませんか? たまには地に足を付けるのも良いと思いますよ?」
軽口への返答は、左腕に装着されたレーザーブレードの反撃だった。
だがその攻撃も、遙斗はすばやく跳び退いて避ける。
間合いをとりながらも、彼の眼差しは注意深く敵の様子を探っている。敵が地上に降りた今こそが好機なのだ。逃がすわけにはいかない。
エアレイダーの飛行ユニットが唸りをあげる。
片手に剣を持ったまま、もう一方の手で、遙斗は銃を抜き、牽制射撃を浴びせる。
その視界の端で、敵の後方に回り込む仲間の姿を、すでにとらえていた。
「飛ばせませんよ……!」
魔花伏木・斑猫(ネコソギスクラッパー・h00651)だ。
斑猫の猟銃は、エアレイダーの背面にある飛行ユニットの、要所と思われるポイントを正確に撃ち抜いて言った。されはまさしく狩猟者の技――いや、|狙撃者《スナイパー》の、というべきか。
そして彼女の√能力「|雨無坊《アメンボウ》」により、弾丸は敵の機体表面に撃ち込まれたまま、その機構を作動させる。スプリンクラーのように噴射された冷却液が、急激に着弾箇所周辺の温度を下げ、凍結させたのだ。
「飛行ユニット、機能停止――」
人工知能も、絶望するというということがあるだろうか。
少なくとも、それが計算する勝率は、このとき大きく下がったはずだ。
「どうですか? 効いてます? 飛べますか? 飛べませんよね!?」
斑猫は自身の策が功を奏したのが、半信半疑くらいの、おっかなびっくりな様子で、しかし、エアレイダーの動きがかなり制限されたと見るや、接近して、ダメ押しとばかりに飛行ユニットにネイルガンを撃ち込み始めた。怖がっているわりに、その振る舞いは凶行以外のなにものでもなかった。
それでも、戦闘機械はその機能を完全に停止したわけではない。
生き物が身震いをするように、機体が大きく震えた。
「ひゃあっ!」
飛行ユニットに取りついて、工事レベルでネイルガンを撃ち込み続けていた斑猫が振り落とされる。
そこへ、レーザーブレードが振り下ろされた!
「……っ!」
思わず身をすくませた斑猫だったが、彼女が見たのは、勇希がジュエルブレイドで敵の攻撃を受け止めた姿だ。
「|空を奪ったもの《エアレイダー》、だっけ。空を奪っただけで調子に乗るなよな。地上は俺達が制圧してる、降りてきたら終わりってことだろ!」
「そういうことだね」
アケミは言った。
「機械にも往生際っていうのはわかるものかねぇ。それを今から教えてやるから、学習するんだね。……さあ、最後の仕上げただ、やっちまいな!」
●
勇希の剣が、エアレイダーのそれを圧し返す。
ぐらりと体勢を崩した機体へ、遙斗が間合いを詰め、霊剣の斬撃を浴びせる。
アケミの援護射撃が銃声を轟かせ、風が唸りをあげるなか、シリウスが|血漆錬成槍《ブラッディランス》を手に飛び掛かってゆく。
「ふふふ~」
ヨシマサは、抑えきれない笑いを漏らした。
「√ウォーゾーン以外のパワーで機械が蹂躙されてるの見るの、結構爽快、かも」
「大黒ジャンクションもほぼ陥落と見ていいようです」
戦いのさなか、周辺に気を配っていたマリーは、大黒ふ頭全体で、多数の√能力者がウォーゾーンの戦力を撃退している様子に気づいていた。どうやら大規模逆侵攻の趨勢はすでに決したようだ。
そして――。
八曲署『捜査三課』チームの総攻撃により、地上に引きずり降ろされた|空の簒奪者《エアレイダー》が完膚なきまでに破壊され、沈黙したのは、それからほどなくのことであった。
「片付いたようだね」
「そのようだな。空飛ぶ敵をどうしたものか思っていたが、どうにかなったようだ」
「どうにかなりましたね! 三課の皆さんと一緒なら大丈夫だって思ってました」
「はあ……、今回も、いろいろ大変でしたぁ」
「じゃあ帰って戦果の報告だな! みんながかっこよかったこと、話さないと!」
「報告書と……経費の精算もしないと……やること多いですね。すいません、ヨシマサさんとマリーさんお手伝いお願いしますね」
「はい、ウォーゾーンの情報、いろいろ提供できます。……ま、今回で、地図も描き変わりそうですけどね~」
以上が、オーラム逆侵攻、大黒ジャンクション破壊作戦のひとつの顛末である。