俺とお前とデスカブト
●|青い空、白い雲、でけえ虫《童心ハッピーセット》
「諸君、うまい話があるんだよ」
相変わらずな態度の星詠み、中条・セツリの言うことに。
「場所は√妖怪百鬼夜行、日本のとある地域。
まあ、なんだ。『田舎の城下町』を想像してくれ。夏には新緑、秋には紅葉美しい山々。雄大な川が流れた自然豊かな地。かつては地域の要として古刹や城を構えていたが今はちと鄙びた町、ってのをね」
そんな、分かるような分からないような説明とともにホワイトボードへ地域の地図といかにものどかで風光明媚な町の写真をぺたり。
そしてもう一枚、それらの横に、まるで「迷い犬探しています」のような、手配書のような妙な形式のポスターをぺたりとする。
しかしその写真は、犬や人ではなく──。
「それで、こっちはデスカブト」
こいつ急にギア上げてくるじゃん。
「あ、ごめんごめん……僕としたことが迂闊だった」
口には出さないが漂う(お前本当なんなんだよ)と滲み出る空気の中で星詠みは流石にハッとし、慌ててもう一枚の資料を……しかし、若干勿体ぶってぺたりとした。
「……じゃーん! ヘルクワガタもいるぜ!」
求めてるのは詳細な説明であって、クワガタじゃないんだけどな。まあクワガタ派もいるだろうけど──いや違うわ、問題はそうじゃないんだわ。
場に飲まれかけた√能力者たちは内心思った。
●|現在《いま》は本能の時代
『デスカブトならびにヘルクワガタ』──かつての熱狂的闘虫ブームの主役たち。だが光あるところに影があり、飼育中にうっかり逃げ出した事故やブーム後の不法投棄と言った問題も多発したらしい。
通常なら逃げた個体は環境に適応できず全滅するはずだったのだが、一部異常な生命力と強靭さを持った個体が冬を乗り越え、繁殖し……そうして一部地域で問題視されている、らしい。
「……それで、まあなんだ。この地域の例の『古妖を封じた祠』が経年劣化もあるけど、その虫によって倒されそうな訳で……つまるところ虫(外来種)>>>>> 祠(土着の古妖)の図が成り立つ恐れがあります。
困ったね。嫌すぎるでしょ、虫に負ける|古妖《祠》」
そんな事あるか? あるらしいです。
「で、お察しの通り、今回はそれを未然に防ぐ害虫駆除って案件だけど、何もタダ働きとは言わないさ」
そう言って各者へ配るのは観光案内所に置かれている「観光マップ」それらを開き、眺めながら星詠みは言葉を続ける。
「デスカブトらは夜行性なのだけど、夜に突撃するのは土地勘がなくて分が悪い。目撃者に聞き込みなんかもしてほしいしね。
なんで、君たちは時間……夕方くらいかな。その辺りになるまでマップ参考に色々冷やかしといでよ。
丁度蚤の市が開かれているし、出店も出てる。落ち着いて休憩したいなら茶屋や蕎麦屋もある。紅葉なんかも始まってるからのんびりと観光気分で浴衣で散策するのもいいんじゃないかな。
ああ、釣りなんかも出来るぜ。それに小舟に揺られて昼寝なんかもね。
ってな具合に各々好きに過ごしながら、時間になったらお仕事へ……って運びでよろしく。どうだい? のんびりと過ごすのは悪い話じゃないだろ」
そう言いながら、最後にああそうだ、うっかり忘れていたとばかりに星詠みは手を叩く。
「まあ、でも一つ気を付けてほしいのはデスカブトって虫っていうか、まあモンスターなんだけども」
あいつら数メートルあるからさ、木とか切断するし。あと飼育下でも年間そこそこ死者が出てるから気を付けてね。皆なら心配ないだろうけど。
それを早く言うといい──いやもう、なんでもいいか。
ツッコミ疲れた√能力者達はもう深く考えず、秋の地へ想いを馳せることにしたのであった。
第1章 日常 『蚤の市をブラブラと』
●本日はお日柄もよく
油断すると寒さも忍び寄る秋の日だが、快晴に恵まれた空の下で、例の毎月恒例の蚤の市が開かれていた。
パンフレットの説明によればこの地域は旧家が多く、それが市と何の関係があるかといえば単純明快。蔵持ちの家が多いのである。そして、重ねた歳月に積もる物品の、掃除しても掃除しても物が減らないのである。
だが、捨てるのも偲びないガラクタでも誰かにとっては宝物──そんなノリで近隣住人が集い、物々交換めいて始まった評判が他地域にもいつしか広まり、そうして骨董品から珍品の類いまで幅広く扱う現在の蚤の市となったのであったとさ。
そんな事をしているから物が減らないんじゃないかなあ……とかは置いといて、ひとが集まればそこには様々な飲み物や食べ物を扱う店も集うのが道理。
ということで、市近くには食べ物や飲み物の店が出店し、これらもまた名物となっている。それらを食べながら紅葉に色付く山寺や城下町を散策するのもいいだろう。
そこに休憩スペースはあるが、秋風を気にせず室内で腰を据えて落ち着きたいタイプには、少し先に昔ながらの甘味を扱う茶屋や蕎麦屋もある。
打って変わって川へ行けば渓流釣りが名物ときて、道具屋から一式を借りてゆったりと、岩場に腰掛けて己や魚と向き合うのもいいだろう。
ともかく、今はデスカブトとかいうふざけた存在は忘れてのんびりと秋の日を楽しもう。
どうせそのうち|地獄《デス》が訪れるのだから。
●
選択肢などあまり気にせず、お好きにどうぞ。
ちなみに蚤の市では品物の『お任せ』購入も可能です。独断と偏見で、富と名声と常識と生き物と親の仇以外を見繕います。(諸々アイテム作成などはご自由に)
「デスカブト、か……」
普段ならもう絶対全く口にする機会のない単語を真顔で呟き、煙道・雪次(人間(√汎神解剖機関)の警視庁異能捜査官カミガリ・h01202)は手配書を眺めた。
星詠みがホワイトボードに貼ったものと同じそれにはデスカブトの外観を模したイラスト、外来種故に捕獲・駆除を訴える文面。
そして手配書お馴染みのフレーズ「Dead or Alive」の代わりに「死なない様に頑張って!」と書かれていた。「頑張って!」て。カジュアル。
恐らくこの地区の商工会か何かの手作りなので仕方ない。ちなみにヘルクワガタバージョンもある。だからなんなんだ。
「しかし……外来のカブトはカッコイイが、野生化すると厄介だよな。付いているダニも良くないって言うし」
近所で捕まえ、飼育して大変な事になった少年時代を思い出し、雪次はカブトに思いを馳せる。捕まえるには酒とバナナでも調達してトラップでも作るか? しかし別種の虫が取れる可能性もあるからな……カナブンとか。流石にデスカナブンはいないだろうが。
そして手配書からふと顔を上げれば、目に入るのは雄大な田舎の山々。地元ならいざ知らず、土地勘のない地で足を踏み入れるのは少し厄介である。
いつもならここで聞き取り調査などを行うのだが、本日は蚤の市が開かれていると言う。地元のにんげんもいるだろう。何か見繕うついでに聞けば自然だと、そうして雪次は市へと足を踏み入れた。
「しかし蚤の市、か……」
市を眺めながら歩き、よぎるのはどうしても幸せだったあの頃。
そう、昔は……香菜子が生きていた頃はよく行ったな。並んで歩いて、昭和レトロの花瓶をよく可愛いと言っていたっけ。
それらしいものはちらほら売っているが、彼女のいない今購入しても意味はない。また、神事用らしき道具に目を止めて再び思い出す。
「一度、神棚の花瓶を一輪挿し用に欲しいと言っていて、流石に嫌な感じがしたので辞めさせたが……|今なら《・・・》何か見えるんだろうか」
しかし買うならもう少し役に立つもの──そうだ、兄が幽霊の掛け軸を欲しがっていたな。この世界なら売っているだろうか。
それらしいものを探すと、掛け軸を扱っている区域を見つけて煙草を携帯灰皿に入れて手に取る。
「店主、この絵は──」
「やあ美人だろう! うちのはねえ全員いい|娘《こ》が揃ってるからね! 勿論曰くの方も粒揃いだよ!」
|別《夜》の店の様な売り文句をめっちゃ早口で捲し立ててくる店主の言葉を流しながら、雪次は掛け軸を見ていく。兄の事だ。いい歳なのにイタズラ好きだからどうせ実家の客室にでも飾るんだろう。ならば折角だし。折角、何が折角かはともかく、曰くが強烈なものがいいだろう。
「では、お薦めの|絵《むすめ》を」
「あいよ、じゃあこれね! いや本当ねえお客さん運がいいよ! これね、まあちょっとここじゃ言えない様なことがね! あってね! いまだに怨みが凄すぎて飾ってると『本人』に会える時もあるんだから!」
そんな話と共に渡されたのは、成程、美人ではあるがどこか幽玄で怨みがましい目をした幽霊。その目がまた少し妖艶で、一見ただの美人画である。これならば客間にあっても違和感はないだろう。本人登場……幽霊が√を越えられるのかも興味深い。
ではこれを。お代は……安い。いいのだろうか。いいんだよ、誰も怖がってね! 俺も手放したいのに買ってくれないんだから! そうですか。
「ところで、この山には別のものが『出る』とか」
「ああ、アレだろう……デスカブト……」
雪次が聞くとまるで幽霊やクマが出る様な恐ろしい口ぶりで店主は声をひそめて言う。昨日もね、すぐそこの山に出たって言うんだよ恐ろしいよね全く……。
思ったよりすぐ会えそうな気配。いや、幽霊ではなく。ではもう少し、時間もあるし歩いてみるかと、掛け軸片手に雪次は蚤の市を散策するのだった。
あ、お兄さんおまけにもう一ついるかい!? 掛け軸! いや、それは……まあ。では折角なので。
「蚤の市だって……私、初めてだ」
|レイ・イクス・ドッペルノイン《RX-99》(人生という名のクソゲー・h02896)は少し声を弾ませて脳内の|玲子《Anker》に語りかける。
『蚤の市ねえ、レアな掘り出し物もあるんだってさ。まあお約束っていうか醍醐味だよね、そういうところからレア物発掘。確率は低いけど』
「そういう場所なんだ。確かにちょっとワクワクするかも」
入り口で配っていた「蚤の市散策マップ」──大まかな出店ジャンルが書かれたそれを眺め、なんとなく出発前に計画を練る。適当に歩いて思わぬ品物に出会うのもいいが、こうして文字を眺めているだけでも想像が膨らんで楽しいもの……うん? この「呪い」ってコーナー何? 怖……。絶対近寄らんとこ……。
「ところで私は特に欲しいものはないんだけど、何か欲しいものあるの? 玲子」
『んー、どうせなら激レアアンティーク品がいいよね、アンタが付けてるピリオドブルーみたいな奴』
玲子の声にレイは自分の装飾品を手に取り、眺める。鮮やかで透明感のある美しい青色。まるでレイの瞳のような色合いのそれ……を、しかし本人は首を傾げる。
「これ?……結構珍しいって玲子言ってたよね? でもこんなガラス玉が?」
『それね、サフィレットガラスって言ってね、EDENじゃ作れた職人一族がもう絶えていないんだよ、そっくりなブツは出回っているけど』
玲子の言葉にレイはへえと嘆息し、再び眺める。そう言われると高価に見えてきたような、まだただのガラスの様な……確かに綺麗だけどさ、宝石じゃなくてようはガラスだよ? という気持ちは拭えない。
「ところで、そんな貴重品なら幾らくらいするの? あ、興味本位ね、興味本位」
『ピリオドブルーくらいの2cmも行かないサイズじゃ、渋沢数名犠牲は余裕』
「うわ高、ガラス玉なのに」
『だからガラスじゃなくて貴重なんだってば。まあ変に意識するよりそのくらいの方がいいのか? アンタ貴重なアイテムをガンガン使えるタイプだもんね?』
「いやその例えはよく分かんない」
そんな会話をして、マップを見て装飾品コーナーを目指し歩いているち、その手前で手芸コーナーにあたる。店先にガラスビーズやガラスボタンなどがカラフルに並ぶそこを見て玲子が声をあげる。
『あ、ここにありそうじゃない? こういうビーズとかに紛れてる可能性……それにもしかしたらこっちの方が安く買えるチャンスかも』
「あー掘り出し物ってやつ? けど、ないならないで、あったらラッキーくらいの気持ちで探すからなくてもガッカリしないでよ」
『それは分かってるよ。ただ蚤の市だし、期待するよね。こういうの』
そうしてレイは店先に置かれたビーズやボタンの類いを眺め、目当てを探していく。色とりどりに分けられた、あるいはごったに混ざったそれらの中から青色でも特に青いもの──お目当ての"サフィレットガラス"
しかしそう簡単に見つかる訳でもなく、何件か回っていると、ふと店主に声をかけられる。
「お嬢さん、熱心に見てるけど何か探し物かな?」
「あ、あの。これと同じものを探してて」
自分の装飾品を指したレイに店主はほうと呟く。
「もしかしてそれは……ああ『例のガラス』だね。最近貴重だから、声をかけられたら出そうかなと思ってたんだけど、どうだろう」
そう言うと、店主が出した小箱には5cm程のまごう事なきサフィレットガラス。お値段は……はい。こんな場所で買うには結構なもので。
『あー……こっちでも貴重品な感じか。どこも一緒だなあ』
「とは言ってもEDENで買うよりは安いよ。さっき2cmで数万って言ってたじゃん」
『まあそうなんだけどね。うーん、でも決めた! 買おう!』
一世一代と言った玲子の決断にレイは頷く。単にビーズ探しで首が疲れただけかもしれないが目当てのものが手に入ってよかった
よかった……じゃあお会計……あれ? 何か重要な……あ。
「玲子、ところであの、軍資金……」
『アンタの自腹に決まってんじゃん』
「えっ、ちょっ……! え!?」
今更断れず、こうしてレイは思わぬ出費を強いられるのであった。あ、この後加工するからそっちもよろしく。えっ!!??
所変われば品変わる。人が変わればセンスも変わる。まあでもほらセンスとかはね、人それぞれですから……とは言うものの。
「デ、デスカブト……」
星詠みが告げた言葉を反芻する様に、文字をひとつひとつ確認するように転がして、身体を震わせているのは尖禍・ネルカ(寓意譚・h02401)そのひと。
そうですよね普通はそうなりますよこんなふざけた存在いや心中お察しいたします……と思えば次に口をついて出た言葉に。
「デスカブト!! しかもヘルクワガタ!? とんだハッピーセットじゃないか! かつてないほどに心が踊るネーミングだ!」
顔を上げて歓喜に浸る端正なその顔。人間災厄「ベスティアリウム」──"人々が空想した怪物"をその身に内包するその性質を持つネルカがここまで喜ぶことは、つまり。
「だってカブトムシだぞ!? クリーチャーでも甲虫なんて海外では馴染みが薄いからな……スカラベ以外の甲虫なんてレア中のレアだ! しかもそれがセットと来た……ああ、こうしちゃいられない! 早速現地に向かわないと!」
めでたく「カブト&クワ」が|ソレ《B級ホラー》認定されたということで、やったね。しかし、もう本当、こういうのは冷静になったら負けですから。その時に感じた|直感《トキメキ》を信じないと、ね。
ということでネルカは居ても立っても居られないぜと、そんな情熱的なエネルギーに突き動かされて意気揚々と現地へやってきた。
「ふう……流石に少し興奮しすぎた。頭を冷やすついでに、蚤の市でも見て回ろうか。ロケハンも兼ねてね」
上がりに上がったテンションを落ち着かせるため、ネルカはゆっくりと市を見て回ることにする。フンフン、なるほど、中々盛況だ。並んでいる商品も古今東西、骨董品から比較的最近の玩具など多種多様。こう言う場所では古い映画のパンフレットや、VHSなんかがの映像類が売られていることがあるからね、きちんと目を光らせないと──。
そう肝に銘じてぶらりと歩いていれば、ふとネルカの目は一つの店に吸い寄せられ……視界に入った瞬間、身体はすでに駆け寄り商品を両手で確保していた。
そうまでしてネルカの心を掴んだのは一見古ぼけた丸い缶。しかし、見る人が見ればそれは映画のフィルムを保存する缶だと分かるだろう。
「お、これは……やっぱり! しかもきちんと『中身』入りだ! 肝心のタイトルはよく読めないが……この雰囲気……もしかしたらこのあたりで撮られた自主制作映画の可能性もあるな……これはまさに掘り出しものだ!」
目を輝かせ、フィルム缶を眺め、抱えるネルカに、店主は少し申し訳なさそうに呟く。
「いやあ、そいつぁ蔵から出てきたんだが爺さんかそこらのもんでね……何が映ってるかわからないんだ。多分変なもんじゃないと思うんだが……お姉さんにそんなに期待させて、ガッカリさせちゃ悪い気がしてきたよ」
「──ふふ、大丈夫。もしこれがおかしな映像でも、呪いのフィルムでも、安心していいよ。それはそれで画になるだろう?」
そう笑い、会計を済ませてフィルム缶をバッグにしまうと、ネルカはふと周囲を見渡す。
雄大な山々を背景に秋晴れの晴天の下、親子連れや恋人同士、趣味人といった老人など様々な人々が楽しげに行きかう牧歌的な光景──。
「うん、どこを切り取っても平和そのもの。まさに嵐の前の沈黙ってやつだね……うんうん、盛り上がるには緩急が大事だからねえ、俄然やる気になってきたよ!」
そう、今は映画で言うところの冒頭の|導入部分《日常パート》といったところ。目当ての物が手に入ったとは言え、本番はこれからなのだ。だが──。
「とは言え、山場までスキップするのはマナー違反だ。きちんと日常を楽しんでこそ非日常の恐怖が引き立つからねえ」
そう言い、ネルカは引き続き、新たな掘り出し物がないか蚤の市の散策を続ける。そうして、想定される惨劇に備え『束の間の平和』を楽しむのであった。
「デスカブト……ですか。ええと、どこかで聞いたことがあるような、ないような……あ、そう言えば、前に近場で飼っていた方の話を聞いた事があるような?」
エーファ・コシュタ(突撃|飛頭騎士《デュラハン》・h01928)は記憶をたぐる。デスカブト、デスカブト……そう、あれは三軒程のお隣さんで、子供の頃は「危ないから近寄ってはいけません」と言われていましたっけ。夜な夜なこの世のものとは思えない咆哮が聞こえてくるとか、餌として生肉が5トン必要だとか……尾鰭がついてどこまでが本当かは分かりませんが、手配書を見たところは普通の……いえ、ちょっと凶悪そうなカブトムシ?
「しかし……」
街で配られていた手配書をしまい、代わりにエーファは瞳に正義を燃やす。
「デスカブトだろうがデスワームだろうが、何にせよ生き物のお世話は最後までやらないといけません! 脱走しても捕まえるのが飼い主の役目! 何より人々に危険が迫っているとなると、これは見過ごせませんね、騎士として!」
そう、デスカブトは物騒な名前と生態とは言え、元はギリギリ愛玩動物。娯楽のためと人々のエゴで飼育され、逃げた先でも駆除だのなんだのと平穏には程遠い生活。
いや『愛玩動物』とは言ったがそれは本当にギリギリ|特定界隈《昆虫マニア》に限る話で、むしろ一般的には超危険生物に分類される生態であるが……しかし|この世界《√妖怪百鬼夜行》、モンゴリアンデスワームなどというデスカブトの比じゃないやべえ名前のモンスターが種族としてそこら辺にいたりするので、まあ、そこは深く考えないことにしましょう!
そんな訳で、気を取り直してエーファは蚤の市マップを取り出して広げ、その周りをくるりくるりとエーファと同じ顔をした『頭』──デュラハンたるエーファの『|複製頭部《ワタシたち》』が覗き込み、独り言のような作戦会議が始まる。
「デスカブトと大層な名前ですが、生態は恐らくカブトムシですよねえ」
「カブトムシと言えば甘い樹液に集まるとか聞いた事がありますよ」
「なるほど、捕獲のために蜜を探すのも手かもしれませんね」
「……よし、そうと決まれば早速蚤の市で蜜が売っているか探してみましょう! ええと……最悪、飴でもいいですが、ひとまずはそういうものが置いてありそうな、甘味処を当たってみましょうか」
騎士たるもの行動は迅速。早速甘味処を訪れてメニュー表を見るも『蜜』単独は見当たらない。しかしお持ち帰り品の中にエーファはピンと来るものを見つける。
それは『クリーム餡蜜』これならバニラアイスに餡子、黒蜜と様々な甘さが混ざり合い、蜜の代わりになるのでは? 木にも塗りやすそうですし、お値段も手頃。
「そう言えば『ヘルクワガタ』もいると聞きましたね。念には念を入れて多めに買っていきましょうか。騎士ですので、闘いには入念な準備をしますよ!」
そうして意気揚々と餡蜜を大量に買い込んで、後は日が暮れるのを待つだけとなったものの、しかし、何やら先程からジイ……と周囲から感じる熱視線。
まさかデスカブトがすでに!? と思うエーファがふと見れば、漂う『|ワタシたち《複製頭部》』が何か言いたげな目線で餡蜜の入った袋を見ている。
「……あっ! まさか……って、ダメですよワタシたち! この蜜はワタシたちが食べる為の物ではなくてですね……」
思わず袋を背後や脇に隠し、餡蜜を庇う様な仕草を取るが頭は構わずふわふわと、なんなく袋を追跡する。うっ流石ワタシたちです……追跡と包囲網が堅牢……!
「でもでも、そんなこと言ってもこの天気だとアイスが溶けてベトベトになっちゃいますよ」
「それにカブトムシは白玉やフルーツまで食べないと思いますし」
「せっかく買ったんだからちょっとくらいは……ね?」
「……た、確かに言われてみれば……」
ぐらぐらと揺らぐ決心に、エーファはジイと餡蜜とワタシたちを見る。そこへ囁かれる|悪魔の囁き《ダメ押し》──ね、たくさん買ったんですし、ちょっとくらいは……たまには騎士も休息が必要じゃないですか?
「……じゃあ本当にちょっとだけですよ。いえ、決してワタシも味見したいという訳では……」
大丈夫、ちょっとだけ、ちょっとだけ……そう思いながら数時間後、甘味処に何かを買いに走るエーファの姿が目撃されたとか。
「へえ、ここが蚤の市かあ……どんなところかと思ったら案外普通だね」
「まあ、|場所《世界》は変わるが、一見普通のフリーマーケットだな」
「成程、どうやら軽く販売品によってスペースが分けられてるみたいですね。とは言え、あくまでも自己申告の様ですが……」
そんな台詞と共にやってきたのはチェスター・ストックウェル(幽明・h07379)と天使・夜宵 (|残煙《ざんえん》・h06264)に、出店マップを広げた古出水・潤 (夜辺・h01309)の、一見共通点のなさそうな三人。
その実態は『職場の上司/部下/同僚』であるのだが、意外と側から見ると謎の組み合わせだったりしますよね、そういうの。
それはともかく、潤の広げたマップを横から覗き込んでチェスターは言葉を続けると、とりあえず見て回ろうと三人で適当に市を歩き出す。
「でもただの蚤の市と違って、情報だと『出店者に旧家が多い』らしいじゃん。俄然やる気が湧いてきたよ」
「ほう骨董品に興味でもあるのか、意外だな」
「だってこの世界の蔵から出てくる品物なんて|幽霊屋敷《うち》にぴったりの『曰く付き』の骨董品があるかもしれないからね」
「……なんだよ。珍しく誘うからなんだと思って来てみたが……曰く付きなんかが欲しいのか?」
「正確に言うと『屋敷の侵入者撃退に役立つ品物』かな。ひとりでに動く家具とかさ」
近くにあった怪しい古箪笥をこっそり指し、そんなことを宣うチェスターに顔を顰めた夜宵。いやお前流石に箪笥は……持って帰れねえだろ? しかも『うち』ってことは英国……空輸か?
そんな二人の会話を、足を止めた店先で手に取った櫛を手の中で回しつつ目を細めて潤は笑う。
「良いではありませんか、『曰く付き』の品物。私の実家にもいくつかありましたが、あれは在野の品はまた違った趣があって楽しいものですよ」
「実家にあること、あるか?」
「へえ、潤の実家もそういう歴史のある大きな家だったり? 一体どんな物があったの?」
「いえ。両親が『曰く』の専門家でしてね……おや、その品物の話はまた後々ゆっくりと」
櫛を置き、店主へ礼を言うと三人はまた歩き出す。曰くの有無はともかくとして新旧雑多な売り物は成程、なんとなく歩いて見て回るだけで足を止めてしまい時間が取られるもので。
「この『髪が伸びる人形』って怪異案件? あ、こっちの『深夜に涙を流す美人画』も中々──いや、高!」
とある店の前、いかにもな品々を見つめて経費が落ちれば即決なんだけどなあ……と呟いたチェスターの言葉に夜宵は『実体化』したかれの頭を軽く小突いてヒソヒソと耳打ちする。
「おい、経費で落とそうと目論むんじゃねぇよ。それしたら首が飛ぶだろ、副班長の」
そう言いながら、チラリと潤へ視線を向けて反応を伺う。内部事情は分からねども、かような反応から伺える力関係 is パワー。とは言えそんな行為を笑い、潤は事もなく言ってのけることに。
「飛ぶ時は班長の首が先に飛びますので、ご心配なく……しかし総務に借りを作ってしまうのは得策ではありませんし、なんならこちらの【梟】で妥協してみては?」
「まぁ、確かに借りを作るのはな……って」
いつの間にか潤が手に持っているのは、近くにあった可愛らしい梟の置き物。手のひらサイズながらも表面にモザイクガラスの細工がしてある、中々可愛らしいものなのだが──どこか不穏な言葉と共に梟の首が、取れた。
「班長!?」
「班長の首が!?」
「嫌ですね、こういうタイプの小物入れですよ。お二人もいかがです?『ご利益』があるかもしれませんよ」
「いや、俺は遠慮しておく。チェスター欲しいだろ? もらっとけ。ほら可愛いだろ梟。家に飾ってやれよ。俺? 俺は遠慮しておくからチェスターほら」
「そんな圧をかけられても……だってこの梟、どことなく潤に似てるし、急に驚かしてきそうで家に置いたら気が休まらないよ……遠慮しとくよ……」
断固拒否、しかし生贄を捧げようとする夜宵とやんわり断るチェスターの姿に、梟の頭を撫でながら潤は気にせずに続ける。
「おや残念。若干の曰くがあるとかで、皆でお揃いも楽しいと思ったのですが……しかしたくさんありますし、お土産に……」
「いや残念って……お土産って……こういう時、潤を止めるバディの有難みが分かるな……」
そんな会話を続けて歩いているうち、ふとチェスターはとある油絵の前で足を止める。
これから結婚式やパーティに出席するのだろうか、きちんと正装した可愛らしい、10歳程の年齢の少女の姿が描かれたそれは一見何の変哲もない絵画に思えたが──。
「『足音あり、喋り声あり、徘徊の可能性大』って書いてある……」
「そんな正直に、中古品の動作確認みたいな書き方されんのかよ、『曰く』って。まあ動かなくても雰囲気はあるしいいんじゃねえか?」
「お値段もこの絵画にしては手頃ですしね。家具などより持ち運びも楽ではないでしょうか。良いと思いますよ」
「うーん、そうだね。うちにあってもおかしくない絵だし、これにするよ!」
曰く付きの品物って背中を押されて買うことがあるんだ。会計をしながらどこか冷静な頭の部分でチェスターは思った。
人に曰く付きの品物を「いいんじゃないか、買っちまえよ」と言うことがあるんだ。梱包を眺めながら夜宵は思った。
ふたりとも何かの感覚が麻痺していくことを感じた。怖いですね。
「ところで、今日は付き合ってもらってありがとう。俺は無事いいものを買えたけど、二人は掘り出し物見つけた?
ほら、自分のじゃなくても妹とかバディとか相棒へのお土産になりそうなもの」
「そうですね……見て回って、あちらの蛍石のネクタイピンや組紐のブレスレットは似合いそうだな、と思いましたが……私はやはり『これ』で」
いつの間にか購入を済ませて、潤の手には先程と同じ、モザイクガラスの梟の置き物が二つ。けれども少し大きめで、こちらはしっかりとした造りの、曰くがなくて首が取れないタイプらしい。曰くがない品物もあるんですよこの市には。
そんな楽しそうな二人に、夜宵は先ほどの言葉ととある人物を思い浮かべると、しばし考える。
「……『相棒』に、か。まぁ、確かに折角来たなら物珍しいもんでも買ってくか……とは言っても何喜ぶんだか……」
二人に断り、品物を見繕いにぶらりと歩きながら思い出すこと──物々交換屋してるし、チェスターに倣って『侵入者撃退』ってのは見繕っても良さそうか。曰くは置いていくとして──そう考えながら目を引いて足を止めたのはとあるアンティーク調の古ぼけた鏡。
なんの変哲もない、しかしただそこに映る己の姿を見つめていると何やら不安に襲われる錯覚に、店主に聞いてもその謂れは不明と言う。
とは言え所持していたが何も不幸も現象もがある訳でもないと、その言葉を信じて夜宵はそれを購入した。ああ、とりあえず──包装はプレゼント用で。
戻ってくれば二人は荷物を一度置いてきたのか手ぶらで夜宵を待っていた。夕暮れまで時間はまだあるのかな。ええ、この後はどうしましょう。もう少し見て回りましょうか? さらに『曰く付き』の物を買うんじゃねえだろうな……。それもいいかもね。
そんな、穏やかな時間を過ごしながら秋の日は過ぎていくのであった。
「はいはい、成程成程」
森羅万象全てを存じ上げますと言ったら物腰で天・叢雲 (咒滓・h00314)の言葉を紡ぐ事には。
「デスカブトにヘルクワガタですね、はいはい。知ってますよ」
真顔で言うと破壊力が増すワード、デスカブト。でもそういう生き物なので仕方ない。誰だよこんな名前つけたやつはよ。
でもええ、ほら諺にもありますよね、「男子家を出れば七匹のデスカブトあり」とか「女の敵はヘルクワガタ」とか「立てば益荒男 座れば乙女 歩く姿はデスカブト」とか。
「まぁ、デスカブトならまだいいですね。ジェノサイドサウルスや強盗イルカよりはマシだと思いましょう」
五十歩百歩ですけども。きっとこの世界にはまだまだ強敵がいますからね、エクスプロージョンバタフライとか、ドラゴニックリザードとか。いや、いて欲しくはないですが。
それは兎も角、デスカブトの出番はまだ先の夕暮れ時。故にのんびりと叢雲は蚤の市に足を運ぶことにした。時間潰しと言えども蚤の市と聞けばここで掘り出し物を狙いたくなるのが生き物のサガだが──。
「先人曰く、骨董やらの世界に掘り出し物というものは存在しないそうですが……」
良いものは先に買われていたり、素人判断では価値を見抜くことが難しかったりと、考えてみれば納得しつつもどこか夢のない話ですけども、それでもそんなセオリー無視した高値なものが二束三文で売り出されてたりしませんかね。見たいじゃないですか、夢。
ぶらりと歩きつつ、様々な骨董を見て回ると、骨董品だけではなく、中には少し前の玩具や雑誌の付録など『一般的にそこまで価値はないが|好きな人《蒐集家》は好き』と言った品物も並ぶ。
それを見て、叢雲はふむと考える。
例えば、妖気に満ちた品物──妖刀など大層に禍々しいものではなく一般にはそこまで価値のない、もしくはこの世界ゆえにありふれた、けれども他世界で見ると価値のある品物。そんなものならばワンチャンあるのでは?
「と、いっても。鑑定の専門知識があるわけでもなし……ここはひとつ"凝を怠るな"って感じで自分の第六感を信じつつ、微かでも妖気の宿った品を見切り、さりげなく買い取らせてもらいましょう」
ほら、そういう変なものを蒐集する好事家がいないでもないですからね。そのあたりを狙っていきましょう。
完璧な計画のもとで叢雲は自分の感覚を信じながら品物を眺めていく。ええと、刀などの類いは流石に短刀の類いでも中々値がはりますね……もう少し役に立たなそうなものあたりでないでしょうか。
そうして歩く中で叢雲はふと妖気を感じ、足を止めればそこには砕けた水晶らしき破片が袋詰めにされ、二足三文で置いてあった。
店主曰く「なんらかの理由で砕けた古い数珠の破片」を適当にまとめたというが、透明色や紫など、様々な物が混ざったそれらは加工すればどうにか使えそうである。
こうなった『理由』は分からないがなんらかの妖気、それも中々強いものを纏っていることには違いない。修復するにせよ、別のものへ作り直すにせよ加工代の方が高くつきそうだが、この安さなら『掘り出し物』であることには違いないだろう。
叢雲は適当にそれを買い上げ、一応の目的を達成する。しかしこの様子だとまだ何か、もしや、ワンチャン──。
時間はまだ十分にあるし、見つからなくてもそれはそれで。そんな気持ちで叢雲はもう少しだけ市を見て回る事にしたのであった。
秋の空の下、盛況の蚤の市に元気に弾む声が響き渡る。
「うわあ、いろんなものが売ってるんだな……あ、あっちも面白そう! なあ、向こうも見ていい?」
「ふふ、地方らしい掘り出し物が期待できそうですわ。でも勇希様、そんなにはしゃぐと迷子になってしまいますわ。もし私たちとはぐれたら、その時はアースト様を目印にしてくださいませ」
「俺、目印なのか……まあいいけど。しかし√DFでもフリマはあるけど、この√だと何つーか和風だよな。『蚤の市』だっけ。なんかおもしれーもんねえかな」
声を弾ませてあたりを見渡す天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)にラミウム・オルター(|未来の大魔術師《ウィザード見習い》・h04880)は微笑みながら、隣のアースト・ラリス・サジタリウス(黄金の猛竜・h06080)を指す。人混みの中でも目立つアーストは確かに良い目印もとい心強いかもしれないが……。
「ところで『蚤の市』……ってなんで蚤なんだろうな? 虫ならカブトムシとか『兜の市』や『鍬形市』でも良くね? 強そうだし」
「カブト市! 格好いいな! 強そう!」
「だろ? ノミよりいいよな? あーこの辺に出るのにならってデスカブト市とか」
「兜市だとまた意味が変わってきませんこと? 甲冑市のような……あっアースト様! 尻尾に気をつけてくださいませ! 通路が狭いので無造作に壊しそうで……ハッ!」
「ん、ラミウムなんか言った?」
ラミウムの言葉に振り返る、その反動で発生するは勢いと遠心力。故にその尻尾は鞭の様な勢いでラミウムへ当た……る前に慣れたものか、杖でガードする。
……悪ぃ、忘れてた。尻尾と羽、引っ込めて歩くぜ……ええ、そうしてくださいまし……。
そんな保護者二人+男児一名というより、保護者一名+男児二人の会話と共に三人は連れ立って歩いていく。
「折角なら何か購入したいところですが……そういえばアースト様はお目当てのものがある様子、一緒に探しましょうか?」
「お目当てとかはねーけど……あ、そうだ。確か古雑貨店やってるファルd……実って言う方が通じんのか。ともかくこういう場所ならアイツに何か土産に出来んじゃねーかって」
アーストは知り合いの顔を浮かべながら立ち止まり、古い壺を眺める。なんかこういうやつ、好きそうじゃねえ? 俺は価値全然分かんねーけど。
「お土産買うのか、俺もいいものあれば買ってこうかなー……うーん、でもお土産……」
「アースト様はお決まりのようですが、勇希様はどんなものをお探しで? わたくしは何か魔術の媒体になりそうなものを見繕うかと」
お土産……と先程の言葉に悩んでいた勇希はラミウムの言葉にハッとして顔をあげる。
「……あっ、ラミウムが魔法関係探すなら、俺も師匠が喜ぶものを一緒に探す!
えーと、例えば……魔術書とか……いや、この√だと、呪術書のがありそうか? まあどっちでも同じようなもんだろ! とにかくそういう、珍しいやつ!」
「成程、アリス様へのお土産……しかし呪術書も魔術の一貫とは──大雑把すぎるような……アリス様なら喜びそうな……」
こちらもお土産にと、浮かべるは師匠の姿。一見穏やかながらもなかなかな研究者気質に、別世界の魔法関連なら喜んでくれ……くれるだろ! 呪いの書とかでも……いや、それは俺がちょっと怖いかも……。
「あら、勇希様」
こちら、と手招きするラミウムに勇希が付いていくとそこにはブローチやブレスレット──この世界で言うところの数珠が並んでいた。
「アリス様のお眼鏡に適うか分かりませんがお土産には丁度良さそうですわ。わたくしはこちらをひとつ」
「ラミウムが買うなら大丈夫そうかな。うーん、じゃあ俺もこの紫の!」
「いいじゃん、俺も買おうかな。黄色いの。どうせなら皆でお揃いにするか?」
「あら、いいですわね。今日の記念に……」
そんなワイワイと買い物をしているふたり先に買い物を終えた勇希はふと何かの『オーラ』を感じてふと横を見る。そこには──。
「か、かっこいい……」
男子たる物一度は憧れ、夢中になるのがデスカブトとかヘルクワガタみたいな、なんか意味は分からんが強そうな言葉と、変なおもちゃと、そしてドラゴン。
勇希が釘付けになったそこには、剣とかに絡んで水晶の様な玉を持ったりしてもう本当めちゃくちゃかっけえとしか言いようのないドラゴンの置き物がそこにあった──いやもうあるというか『降臨』していた。超かっこいい……。
そんな、まさしく『一目惚れ』あるいは『青天の霹靂』のように雷に撃たれたように佇む勇希の姿に気付くと、アーストは近付き耳打ちする。
「買え、買っちまえ……あんな格好いいドラゴン√DFでもいねえぞ」
「うー、でも……高そう、お小遣いで買えるかな……」
いかにも高価なそれ。でも欲しい……そんな勇希の煩悶にラミウムは遅れて気付く。
だがラミウムは男の浪漫を理解している。そんなもん買うんはやめとき! などと野暮なことは言わない。故に、見守り、お小遣いが足りなければ店主に掛け合う協力も辞さない姿勢である。そう、決断は勇希様がなさること──。
「お、ラミウム。魔法媒体探してただろ。その巻物……忍術書だってさ。『術』って言うしラミウム使えるんじゃね? ていうかオレが忍術使うとこ見てえ」
「忍術も魔術では……いえ、火遁とかなら魔術とも? 確かに興味深くはありますが見たい!? 今『見たい』っておっしゃいました!? 好奇心で!?」
横から入ってきた言葉に見守りを乱され、でも忍者は浪漫……いえ火遁などならアースト様のほうがお似合いでは? でもオレ巻き物とか読める気がしねえから……などと二人がわちゃついていると、店主に値段を聞き、逡巡していた勇希はついに決断を下す。
「えーい、そのくらいなら思い切る! 買います!」
「さすが、男気を見せていただきましたわ。ではわたくしもこの書をセットで!」
勢いは大切。例え後々なんでこんなもんを買っちまったんだろうななどと思うことも、その時が楽しかったらそれでいい。なんならこう言う場に出し、再び男児の心を持つ人々に浪漫を与えればいいのだ。ところで忍術……勢いで買ってしまいましたが、火遁……? 使うんですの? わたくしが? ラミウムが使わなくても師匠が喜ぶかも……二人で忍術……くのいち?
「なんか皆買ってるし、オレはどうすっかなあ……」
残るはアースト。なんとなく知り合いに土産を買ってってやろうと一度思えば、手ぶらで帰るのも勿体無く感じてふらりと歩く。なんか壺、壺がいいな。一回それと考えると、思考がもうそれでいいや、になりがち。あると思います。
ともかく歩いているとふと、先程の勇希ではないがアーストは何かの『オーラ』もとい気配を感じた。振り返るとそこには──。
「お? 面白ぇ顔の壺発見」
持ち上げて眺める。壺の表面に笑ってるとも怒ってるとも、様々な表情に見える顔が描かれたその壺。なんだこれ、面白え。アーストがじいっと眺めると……今、目を逸らされた気がする。呪いか?
「あら、アースト様それを買……今、動きませんでしたか?」
「え、アースト。実さんへのお土産ってその変な壺……?」
「おう、面白えだろ。こいつ、動くっぽいし」
根本されたドラゴンをしっかり抱えて、勇希とラミウムが遅れて合流すると、アーストはニイと笑い、二人へえも言われぬ顔の壺を見せつける。
「それは……実さんは喜ぶのか……??」
「まあ古物商ですからご自身でお使いになる訳では……」
「あ、古伊万里って底に書いてるわ。いいやつじゃね? じゃあこれ、あ、梱包はいいや。すぐ渡すし……いやーいいもん手に入った!」
満足げなアーストに、二人はよかったと思いながら、壺を見る。そして視線があった気がして目を逸らすと、少し壺から離れて歩くのだった。
「デスカブ! へるくわう! テンション上がる響きだな〜!」
「ああ、デスカブトにヘルクワガタ……童心が擽られる存在だ。いやこれはむしろ、嘗ての昆虫キングの血が騒ぐというべきか……」
「昆虫キング! |独楽《俺》以外にも伶央はいろんなキングなんだよな〜! すげ〜!!」
声を弾ませた乙女椿・天馬(独楽の付喪神・h02436)に、楪葉・伶央(Fearless・h00412)は一見冷静沈着……に見せつつ、やはりどこか楽しさを滲ませた声色で答える。
だが伶央が昆虫キングであった過去はない。でも俺はキングだった気がしている。いや、もうキングだったな。じゃあきっと昆虫キングだ。人それを『自称』と呼ぶ。でも王は何より王であろうとする心掛けが大切ですから。
それはさておき、そんなテンションにて二人はワイワイと蚤の市を散策していく。歩いて目に入るものだけでも骨董品から日用道具、初めて見るものまで多種多様で興味深く、ついつい足が止まってしまう。
「なんかいいものあるかな〜……色々ある、本に……古そうな箱だ、文箱?」
「ふむ、年代ものだが傷んではいない。書類入れに丁度良さそうな……」
「いいじゃん、買っちゃえば……あ、伶央! 見て見て、独楽もある! 俺の仲間~マオカマ!」
「ああ、『マオウカマキリブレード』か」
「そうそう、こいつ名前の通り尖ってんだよな〜! 懐かしい!」
呼びかける声に文箱を置いて伶央が視線をそちらに移すと、天馬が手に持って見せてきたのは|仲間《・・》──天馬の正体は独楽『ヴァルキリーペガサス』の付喪神。
独楽と言っても伝統的なものではなく、それを現代風にアレンジしたもので、今は少々廃れてしまったがシリーズは数多く、故にこうして時折思わぬ場所で『仲間』に出会うことがある。
なお独楽の対象年齢6歳以上。必ず広い場所で遊び、絶対に人に向けて投げないでください。大変危険です。独楽は戦いの道具じゃねえんだ。だが独楽当人が許すなら……よし!
ところで天馬が見つけた品はマオカマ──独楽コレクター界隈ではレアな限定品『マオウカマキリブレード』
かつてブームだった頃は限定品や市場通販品など様々な独楽が発売され、その種類とデザイン性、男児心をくすぐる超格好いい名前やパッケージからコレクター商品としても根強い人気があった。
「確かに、こいつは確か尖ったデザインがコレクターにも人気だったな……俺も実際見るのは初めてだが、こういうものが見つかるのが、蚤の市の醍醐味だな」
「でも見つかるってことはこいつ売られちゃってるんだよな〜……」
物珍しげにマオカマを手に取り眺めている伶央は、かつてのまごうことなき『キング』としての過去を思い出しているのだろうか。その口元に笑みを浮かべ、穏やかな様子に、しんみりしていた天馬は何故か、次第に、なんだろうこれ……何?? 初めての感情に襲われる。
(??? なんかよくわかんないけど……もやっとする……ん〜???)
さっきまでは楽しかったのに、伶央が文箱を見てる時はなんともなかったのに、マオカマを持って楽しそうにしてるのを見た途端……今までに感じたことがない、感情? さっきまで、いや今も楽しいはずなのに……??
「天馬、どうした?」
天馬がぐるぐると考えていた時間はほんの一瞬。だが伶央はふと黙った相棒に声をかけ、そしてその様子にピンときた。
「なあ、天馬はこの独楽をどう思う? 珍しいし状態もいいだろう。少し昔の血が騒いで、購入するか迷っているんだが……」
「え……どう思うって……」
なんでそんな事を急に聞くのだろう。欲しいなら買えばいいじゃん。伶央が欲しいなら……でも、昔の血が騒ぐってことは、そいつと、遊ぶ……?
「……俺がいるのに?」
ふと、ぐるぐると回る思考の中、無意識に小さく出た自分の声に天馬は我に返り、ハッとする。そうしてもやもやとした感情の正体にようやく気が付いた。
(あっ、つまりこれって……噂の、嫉妬か!? そんなの、俺が一番の相棒なんだからって、自信あったし絶対することねーと思ってたのに……あー!)
そんな様子を伶央は、独楽を持ったままただ優しく見守っている。勿論その心境は察したところに、けれども付喪神たるかれが、自分で気がつくのが重要なのだ。
そんな伶央の視線に気付き、意図を知ってから知らずかはさておいて、先程の独り言もどうせ聞かれているのだろうと、天馬は開き直るように声をあげた。
「……そう! 伶央には……お、俺がいるし! 俺だけで遊べとは言わないけど、俺が一番の相棒だし!」
「そうだな、俺の相棒はペガサスだけだ。それに──」
「それに……?」
「ペガサスに慣れた俺にはマオカマは扱いが少々ピーキーそうだからな」
「何それ! そんな理由!?」
「いや、冗談だ……半分は本当だけどな」
そう、各独楽は重量やデザインで操作性が大きく異なる。『ヴァルキリーペガサス』で|伝説《レジェンド》になろうともマオカマや他の独楽が同じ様に動かせるとは限らない。いや、待てよ? だがキングたるもの、全ての独楽を等しく使えてこそ──? 今から練習……『あり』か?
急に考え込んだ伶央の思考を、今度は天馬が察知する。生真面目すぎて若干天然に足を突っ込んでる節のある彼は、一度興味を惹かれれると、どんな事でも生真面目に検討し始めて……これは、多分! 俺によくない!
「なぁ伶央、一旦マオカマは置いといて他のものも見に行こうぜ! ほしけりゃまたあとで戻ってくればいいし! それにお腹もすいた!」
「ああ、そうだな。まだ三分の一も見ていないし、他にも見て回ろう。もしかしたら他の『独楽』にも出会えるかもしれない」
「あー……なんだろう! 楽しみだけどすっげー不安! でもマオカマだけじゃくてたくさん買うなら……うーん……」
「だが、俺たちが回っている間に買われる可能性もあるからな。ひとまずマオカマとはお別れしておこう」
「そう言われるとなんだか寂しいけど……またな! お前も良い|相棒《やつ》に出会えるといいな!」
独楽と別れを済ませると、じゃあ、とりあえずご飯! と笑う天馬に、人となって知る感情もあるのだろうなと伶央は微笑ましく思いつつ、共に歩く。
俺たちが再び出会えたように、願わくばあのマオカマにも良き縁があるように──。
「……そうだ、折角だし『マオカマ目撃情報』を界隈に共有しておこう」
「そんなんあんの!?」
第2章 冒険 『辻斬り事件を追え』
●マニアが来たりて森へ行く
のんびりと、あるいは慌ただしい秋の日も暮れて、周囲が夕暮れに染まる頃。
そろそろ狩るか──と思ったか思わないかはともかく、|任務《デスカブト退治》にあたる前に√能力者たちは星詠みの述べた『生息地の把握』あるいは『目撃者への聞き込み』の言葉を思い出す。それでは何か情報、あるいは住人に聞き込みをと街を歩いていれば、ふと電柱に張り紙を見つける。
『危険!! デスカブト注意!!』
これは星詠みがホワイトボードに張り、各自に配った手配書と似た様なもの。だがその隣には──。
『町内会からのお知らせ:最近、山近くで謎の辻斬り事件が多発しています。被害者は腕や腹を槍で突く、あるいは鋏で切られた様な怪我を──(略)』
山近くでの辻斬り事件……辻斬りっていうかこれもう。もうさ。この怪我さ。確実に|あいつら《カブクワ》じゃん。
そして、勘のいいものは気が付いた。
Q.ってことはつまりさ、もう祠以外に人的被害出ちゃってんじゃん。
A.出てます。怖いですね。
祠とかじゃなく、被害出ちゃってるじゃん。これは話変わって来たぞ──そんな考え込み神妙な空気の能力者たちへ、姿は見えぬ夕闇に紛れ、ふと声をかける者がいた。
「ややっ! もしや貴殿らは!」
振り向くとそこにはギプスをし、頭に包帯を巻いた、こんなご時世にどうかと思う表現をお許し願いたいが|いかにも虫に詳しそう《オタク》な外見の、眼鏡の男が立っている。あ、これござるってもののふの血筋とかじゃなくてそっち系か、みたいな、あれが。
「貴殿らは……この地に蔓延るあのデスカブトらを退治し、平穏をもたらせし使命を背負った勇敢なる戦士たちであらせられるのでは?」
被害者じゃん。どう見ても被害者じゃん。
そう思った瞬間……横から別の声がかかる。
「しかし待たれい! 気持ちは分かるがあのデスカブト、かなりの逸材ゆえただ駆除するのはいかなるものかと拙者思うんでござるけど……|愛好家《マニア》としては駆除と言うよりも捕獲・保護してあわよくばコレクションに……」
「いや何をおっしゃる。あのカブトは巨体こそ立派でござるが色合いがやや微妙ゆえ退治してしかるべき存在と化して──」
「これだから『鑑賞派』は〜あの立派な角の良さが分からぬとは──」
自業自得じゃん。
あとこっち放置して揉めてくれるなじゃん。
ともかく、何やら詳しそうな人物もいることだし渡りに船、詳しく話を聞いてみよう。
勿論こいつらは放っておいて、昼に集めた情報を元に独自に|現場《山中》に乗り込んだり、罠を作ったり、仕掛けてもいいだろう。
ともかくデスカブトらに出会うにはまだ時間がある。焦らずに、しかし念には念をいれて『準備』を行おう。
●
まだデスカブトには遭遇しないので、選択肢などは深く考えず、思い思いの『調査』をどうぞ。
わいのわいのと目の前で繰り広げられる|愚民《被害者》どもの醜い言い争いも数分経って息切れし始めた……その一瞬の隙をついて。
「ふふぅん……キミたち、私をみくびってもらっちゃあ、困るね!」
そんな勢いでバァーンと会話に割って入った尖禍・ネルカ(寓意譚・h02401)を見、隣にいた天・叢雲(咒滓・h00314)は思った。
え、急に行きますね。今回そういう感じで行くんですかと。
いや違うんですよ。やる気はあるんですけど、ほらどの界隈にもこの手の人たちはいますねって懐かしい記憶が。
はい回想タイムです。ええと、あの時はなんでしたっけ……そうそう、興味本位で|MTG《メンコ・トレーディング・ゲーム》の大会に参加したらこんな感じのが沢山いて懐かし……くは別にないですけど。大会自体はいいところまで行ったんですよ。なんか、赤緑ビートなんちゃらとかいうあれで。それこそ目の前のあんな感じで説明されたけど全部忘れましたが。さておき、無駄に知識だけは詰め込んでそうですし聞き込みの手合いとしては便利なのではないでしょうか。話が長いけど。
そんな叢雲の回想はネルカの声で打ち消され、ターン終了。まあいいですけど、それでどこまで進んでいるんでしょうと会話に耳を傾ければ──。
「……安心したまえ! 私たちはデスカブトを駆除しにきたんじゃないよ、撮りにきたのさ!」
「取り……もしやおぬしらも|我らが同志《愛好家》であらせられて?」
「ノンノン……『とる』と言っても『撮影』の方さ」
「ほう撮影……いまだ謎に包まれしデスカブトの野生下での生態を映像記録に残すと?」
「まあ大まかに言えばそんなところだね。想像してご覧よ、唸るツノ! 荒ぶる巨体! 平穏な街に忍び寄る大自然の脅威! どうだい? そんな素晴らしきデスカブトたちの主役映画なんて考えただけで血湧き肉躍るだろう?」
言葉巧み……というよりは本心そのままに雄弁を振るうネルカの言に、ふむふむと何かを納得しはじめる愛好家たち。
──まあ、と言っても。内心ネルカは思う。
主役級の扱いには違いないが、撮るのはドキュメンタリーじゃなくて怪獣映画。それだと大体|主役《怪獣》って最後は爆発四散がお約束なんだけど……流石にそれは言わないでおこうか。
「でも結果、ハジケ飛んだとしても役者冥利に尽きると思うけどね。どうせなら盛大にハジケてもらいたいものだけど!」
「映画でハジケ飛ぶというと興行成績とかそっちにも聞こえますね。まあ|自主制作《低予算》ならその心配も自己責任ですが、それはさておいて──」
熱意のあるトークはともかく調査とくればこの友好的な流れに乗らない理由がない。コホン、と叢雲は咳払いをして愛好家たちへ声をかける。
「そんな訳で、撮影のために弱点や習性、捕獲する上で有効な手立てとか、在らん限り知ってる情報を提供してくれると助かります」
「そうだね……あとはサイズ感とかは気になるね。撮り方やリアリティも変わるし……まず山のどのあたりで見た? 夜行性って聞いたけど、昼にも動くことある? 鳴き声とか、匂いとか……どのくらいのスピードで飛ぶとか!!」
「色合いとか、外見的特徴も欲しいですね。嫌じゃないですか退治したら別のやつだったとか」
「ああ、それは重要だ……さあ!教えてくれたら、あとで上映会に呼んであげよう! キミたちが志望するならマミー役として出演でもいいけども!」
若干事情聴取というよりは尋問めいた聞き取りにの開始。だが急な質問ラッシュにも愛好家たちは怯まない。むしろこういうのね、こっちが言う前からもらえると嬉しいっていうか? よーし答えちゃうぞ〜みたいな?
「なるほど、習性でござるか〜基本的には普通のカブトムシと一緒でござるよ。樹液や甘い蜜が好きで木を縄張りとして、他のオスと激しい争いを繰り広げる姿が最高に格好よくて……」
「そんな状況に思わず興奮して拙者らこのザマなんでござるけどね? まあ気性が荒いから近付いただけでもこうなる事態もあるにはあるけれど……ところであのカブトは立派な体格……大体5mくらいはあった記憶に恐らくはこの周囲のボスと見た」
「若干体は赤っぽかったでござるね。出現場所は恐らく山の中腹に……とは言ってもこの山全体が縄張りのような物に……」
なるほど、なるほどとネルカと叢雲はノートにメモを取っていく。まあ普通のカブトムシと言われても、そこまで知識はないけれど特に気をつけることはなさそうだ。せいぜいデカいだけですね。そのくらいデカければ歩いていたら遭遇しそうです。
「そう、あとはもちろん、良い画角には入念なロケハンが大事だよねえ」
メモを取り終わるとネルカは早速次の『仕事』へ取り掛かる。指を鳴らし多数のコウモリを出現させて……その超音波能力で山を立体的に探索・簡易的な地図を作成し始める。
ふふ……『|殺人コウモリ 襲来の夜《デスバッツ・ナイトアタック》』……今夜は嗜好を変えて『|殺人カブト《デスカブト》』と言ったところか。さてデータが集まってきたけども……なるほど、なるほど。
「ふふ、舞台を整えることも楽しみのひとつだねえ──さあデスカブトくんたち、待っててくれ。今夜は悲惨なことになるからねえ!」
「ちょっと、ちょっと」
聞き取りも終わり、調査を開始したネルカとはまた別に、叢雲は若干暇を持て余して帰ろうか否かと思っているような愛好家のひとりへ、こっそりと声をかける。
「そこの愛好家さん、さっきちらっと言っていたけどあのデスカブトとやらをコレクションにご所望ですか?」
「むう……何かと思えば。確かにあのデスカブトはかなりいい感じ故に出来れば欲しい感じではござるけども……」
「ほう。具体的に『幾ら出しても惜しくない』と思えるほどに?」
怪しい声色に、叢雲はいつの間に用意したのか謎の書類を一枚差し出して続けることに。
「いや、映画の撮影中にもしかしたら捕獲チャンスなんてことがあった場合、欲しい方がいればみたいな? 流石に僕たちも命懸けなのでタダとは行きませんが……あ、興味が? はい、はい。あ、ではここにサインを──あ、捺印でもいいですよ。本人と証明できればなんでも。では契約成立、と」
即席なのにきちんと読みにくい場所に『捕獲失敗の場合も前金及び手数料の返却不可』と書いてある契約書を懐にしまうと、叢雲は山とネルカの呼んだ蝙蝠の群れを眺める。
どうでもいいですけど、皆さんはこういう契約をする時は隅々まで確認しましょうね。
「いよいよいい感じの雰囲気ですが──まあガチで捕獲しても脱走オチしか見えませんけども」
「その時は『続編』が撮れると前向きに考えようじゃないか!」
「はあ、ワタシがデスカブトを退治に来た者と?」
情報収集をどうしたものかと、餡蜜の袋をぶら下げて『|複製頭部《ワタシたち》』と街を歩いていたエーファ・コシュタ(突撃|飛頭騎士《デュラハン》・h01928)に、突如かかった声は、愛好家の例の言葉。
いえ、自分はそこまで大層なものでは……と断ろうとしたエーファだったが、次の瞬間放たれた一言。
──平穏をもたらせし使命を背負った勇敢なる戦士。勇敢な戦士……せんし……せ…し……騎士!
「……そうですね! ワタシはデスカブトを退治に来た者です! だって騎士ですからね! なのでもう安心ですよ!」
何かが脳内で書き換えられた気がしないでもないが、えへんと胸を張ったエーファの、その少し後ろ。
『ねえ騎士って害虫駆除も仕事なの?』
「せめてバケモ……怪物退治にしてあげようよ、そこは」
偶然、同じ目的で街を散策していた|レイ・イクス・ドッペルノイン《RX-99》(人生という名のクソゲー・h02896)とそのAnkerの玲子が、独り言めいてぼんやりとエーファを眺めていた。
ん? あれ? レイさん奇遇ですね。同じ任務に来ていましたか……ところで今何か言いました?
いやなんでもない、なんでもない。本当に。
●
「……しかし、既にデスカブトによる被害は出ているようですね。これは早急に事に当たらなければなりません!」
「確かに。けれども話を聞く限りまともにやり合うのは面倒くさそう。何か罠をしかけないと」
「正々堂々と騎士らしく戦いたい気持ちもありますが、時には罠を仕掛けるのも重要ですよね」
気を取り直し、二人(と玲子と『ワタシたち』)は状況を確認し合うと、共同でデスカブト退治に乗り出すこととした。
愛好家に話を聞く限りはただのカブトムシたちと生態は特に変わりがないようなので、とりあえず罠をしかけて誘き寄せる事とする。
「しかし、カブトムシやクワガタって、木に蜜ぬっとけば勝手に寄ってくるものじゃなくて?」
「そう、ワタシも思ってました! なのでいいものが……」
エーファが袋から昼に買い直した餡蜜を取り出そうとしたところ、レイのスマホから玲子の声が響く。
『いやあ……さっきの人らの無残な姿見たろ? あの怪我……木に蜜で満足するような輩じゃないよ』
「えっそうなんですか!?」
『うーん、木を一本丸ごとベッタベタに蜜まみれにするとかなら分からないけど……でも木を薙ぎ倒すとか言ってなかった? かなりデカいんじゃない?』
「左様、デスカブトの平均体長は約2〜3m、しかしこの山に出る個体は5m程と見たでござるね」
「うわぁ急に話に入ってくるなぁ!?……てかデカくない?」
「デスカブトゆえ」
『ゆえ、て』
「そういう生き物なんでしょうか……」
ふむと考え直しつつ、皆で山の入り口歩いて来る。まだ多少は明かりなしでも周囲が見えるが、街灯もないこの付近はきっとすぐ闇に包まれるだろう。そんな中、ふとレイが思いついた、と手を叩いた。
「じゃあ、おびき寄せるのはともかく、引っかかったら拘束して、四方八方から棒で叩く機構の罠がいいの?」
『鑑賞派が助走を付けて殴りそうな罠はやめといたら?』
「おっお前! それはなんたる暴虐!!」
『ほら興奮させちゃった……まあ、考えは悪くないんじゃない? 虫は光にも寄せられてやってくるから、それでおびき寄せば良くね?』
「成程、大体わかった」
思い付いたと言わんばかりの会話に、ふとエーファが手を上げて提案する。
「うーん……レイさんたちが罠を作っているところあれですが、せっかくですしワタシも『木に蜜』の罠を仕掛けてみてもいいですか?」
「勿論、罠が多いことには越したことはないと思うよ。どっちかが駄目でも二つあればどうにかなるだろうし、どちらにもかかってたら万々歳だよ」
『退治出来るかはまた別の話だけどな……ところでどの辺に仕掛けるの?』
「先程愛好家の方にカブトやクワガタが好みそうな樹木を教えて頂きました。今『|ワタシたち《複製頭部》』に山を見て回ってもらって……あ、ちょうどいい場所があったみたいです。そちらに行きましょう」
●
愛好家のアドバイスによって見つけた採取ポイントまでくると、エーファとレイはそれぞれ、先程想定した罠を仕掛けることに。
まずはエーファ、なかなか良さそうなしっかりとした大木に目星をつけて早速蜜まみれにしていく。だが……。
「……ハァ、意外と大変ですね……蜜は足りるでしょうか……い、いえ、なんでもありませんよ!?」
おかしいですね、買い足したはずなのに……など、四苦八苦しながら、エーファはどうにか木の表面をベタベタにすることに成功した。周囲に甘い香りが漂い、既に小さい普通の虫が集まり始めて、苦労はしたがこれはなかなか手応えがありそう。
一方レイは甘い匂いを感じつつ、少し離れた場所で明かりを用いた捕獲トラップを試行錯誤していた。
「生半可な罠だと寄ってこないっていうなら……いっそこれくらい派手にやらかした方が……あと『デコイ・イリュージョン』の生餌で、いかにも丸腰で虫取りに来ましたって感じを演出。いい感じじゃない? 視界を玲子のPCにも共有するからちょっと確認してよ」
周囲一帯を照らさんとする強い光に、能力で作成したなんとなーくぼんやりしたデコイを設置する。どこからどう見ても|虫取りに《縄張りを荒らしに》きた、って感じの……これで突っ込んできたところをガツン! 完璧な作戦だ。
『どれどれ……野球のナイター級の照明かよ、目がァ!!』
こちらの様子が分からない故に、向こうでモロに光を直視した玲子の悲鳴が山中にこだまする。そうして少し落ち着いたところに……。
『虫の大群を全部のモニターに映すな! 一回切れ! いや、カブトが出たら呼べ! うわあなんかデカいものがたくさん横切った!?』
「あ、すいません。それはワタシの『頭』ですのでお気になさらず」
『そんなトラップあるか!?』
カブト以外も虫は光に集まってくるからね。甘い蜜のかおりも漂っているし仕方ないね。その上でとんだトラップだよ。いや馬鹿野郎。
「と言うわけでレイさん、手が空いたらちょっとこれの設置のお手伝いをお願いしていいですか?」
「いいけど……これ何? 布?」
「ふふふ、コレの使いどころは夜になれば分かりますよ……」
さて、罠の設置も完了……と思ったところに、エーファの声がけで、愛好家の手助けで手に入れた大きな布を言われるがままに設置したレイは疑問を呈する。しかし何故かそこは秘密と言わんばかりにエーファは不敵に笑うのだった。
さて、この罠たち成功するかどうかはデスカブトのみぞ知る──すっかり日も落ちた周囲に、やけに明るいライトが頼もしい中、皆は獲物を待つのであった。
さて、夕暮れ時の中、張り紙から顔をあげると乙女椿・天馬(独楽の付喪神・h02436)は目を輝かせてワクワクを隠せぬ声で相棒へ語りかける。
「ようやく会えるのかな〜昆虫キング! デスカブト〜! 巨体ってどんくらいなんだろな!」
超楽しみ! とニコニコ顔の天馬に、相棒の楪葉・伶央(Fearless・h00412)は頷きながら、そういえば……と思い出す。
「デスカブト、デスとつくにはどれほどのカブトか楽しみだが……そう言えば、どこか聞いたことがある響きだと思ってはいたが、思い出した。独楽の『デスカブ』もいたな」
「あーそいえばカブトモチーフあったよな!」
伶央の言葉に、天馬はしみじみと同僚(?)を思い出す。
マオカマと同じ……あの頃昆虫ブーム? もあったからさ〜昆虫っぽい|やつら《シリーズ》もたくさん出て……カブト、カマキリ、クワガタ……どこかクセ強なやつらだったよな〜!
「なんだっけなぁ……あ、そうそう、『デストラクションカブトキング』……あいつは重かったから、弾くのなかなか難しかったんだよな~……」
「超重量級独楽だったな。一度動けば手のつけられない、まさに王者だった。まぁ俺達が倒したが」
得意げに過去を懐かしむと、伶央と天馬は山に向かって歩き出す。あの頃もたくさん遊び、勝利し、こんな夕暮れ時に家へ帰ったものだったとどこか郷愁を覚えるのは秋という季節と、なぜか懐かしい街並みのせいだろうか。
「……あっ、じゃあさ! もしかしてデスカブトって、俺みたいに独楽が付喪神になってカブトの姿になった、とかあるんじゃねーか!?」
「成程、昆虫に見えるが実は付喪神の一種だと?」
「だって名前一緒じゃん! もしそうなら勝負挑んで勝たなきゃな!」
「しかし、独楽でも本物の昆虫でも俺たちの相手ではない。
昆虫キングとして、チャンピオンとして、また俺達が勝つだけだ。被害が出ているのならば尚のこと本気で倒さねば」
「だよな! もし独楽のデスカブトなら倒した後で説教しねーと! 伶央 その時は頼んだ!」
「ああ、任せろ。きちんと説教してやる」
そんな事を話しつつ、歩いてはいるがさてどうしたものか。何はともあれ……。
「──でもまずは、デスカブをみつけねーと……カブトムシって樹液とか吸いに来るんだろ? つまり木の上で待ってればくる……?」
「確かにその手も魅力的だが……ここは冷静に愛好家に昆虫キングとして話を聞き、知恵を借りよう」
ふむ、と考えると伶央は例の愛好家に声をかけて話を聞くことに。
「やあ、愛好家諸君。デスカブトについて興味があり、少し話を聞きたいのだが……」
「ややっ! 貴殿も同志であらせられたか! なんたる奇遇……もしや退治より噂を聞きつけてその姿を一目見んと駆けつけたんでござる?」
「ああ、俺は『観察派』だ。デスカブトではなく普通のカブトムシだが……彼らの羽化する様子やエサを食べる姿、夜間の飛翔など、大変魅力的で興味深い」
「ほ〜、生命の神秘に興味を抱く長期観察型の愛好家でござるか〜! その視点確かに愛好家なら大事でござるよね〜!」
「生き物を飼うことは命を預かる事だからな。デスカブトも例外ではない」
「そう、そこ! 本当そこ! 逃すとか投棄とか言語道断〜……」
同じペースと知識量で愛好家と会話を成立させる伶央に、天馬はポカンと見守っている。なんか……なんか分かんないけどすげーな伶央! さすが! 参謀!
「……ほう、大変興味深いな……よくいる場所を教えて欲しい……成程、ありがとう」
「礼には及ばず! 同志とデスカブトとこの街の平和のためでござるからね〜! ではご武運を!」
愛好家と何やら話をつけて戻ってきた伶央に、天馬は目を輝かせて駆け寄る。どんな話を聞いてきたのか、デスカブトのことも気になるが一番は──。
「伶央、やっぱ物知りだな! カブトについても、俺の知らないことたくさん知っててすげー! あいつら愛好家なんだろ? 話できてたじゃん!」
「昆虫キングとして当たり前の事……なんせキングだからな。と、それはさておき、生態は特に普通のカブトムシと変わらないらしい」
「ただデカいだけってこと? 俺カブトよく知らねーけど」
「ああ、だから通常と同じく樹液が出たゴツゴツした縦筋の木にいることが多いが……」
「『が』?」
喋りながら、ではこちらかと山の中でそれらしい木を見つけると、伶央は手荷物から袋を取り出して、木に吊るし始めた。
「カブトムシと言えば『バナナトラップ』と思って簡易的なものだが、昼にバナナと酒を買って用意してきた。生態が同じなら効くはず。
これでデスカブトをメロらせよう」
「バナナトラップ! ちゃんと罠にかかってくれるかな。いや、伶央が設置するんだから絶対来る……俺も設置手伝う!」
「ふふ、複数作ってきたから他の木にも吊るしておこう。この罠は効果大だ、デスカブトもイチコロかと」
「よーし待ってろデスカブト! 早く会いてーな!」
何より、こうして二人が協力するのだからどんな相手でも負けるはずがない。そんな思いは言わずとも一緒。
罠を設置しながら来るべき敵に備えつつ、二人はどこかワクワクとした気持ちを抑えられぬのであった。
「ところで、天馬。デスカブトが『独楽』だったらどうする?」
「罠にかかってたら……別の意味で伶央に説教頼む!」
「そうだな。こう、人として説教だな。カブトだが」
「この張り紙……え、被害者出てんの?」
「出てますわね……もう被害というか辻斬り事件になってますけれど」
「『辻斬り』ってあの時代劇の? ヤバくない? それはもう、|退治《駆除》一択なんじゃ……?」
「ヤバいですわ。しかし全く、マニアというのは命知らずですわね……ダンジョン探索する|わたくし達《ドラファン人》が言えることではありませんが……」
「うーん、カブクワ対決楽しみだったけど残念……いやでも、人々の平和を守るためだもんな……!」
むうと難しい顔で天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)とラミウム・オルター(未来の|大魔術師《ウィザード》見習い・h04880)が張り紙を前に話し合うところに──。
「え、捕まえんのダメな空気?」
響いた呑気な声──アースト・ラリス・サジタリウス(黄金の猛竜・h06080)の発言に、ふたりは振り向いた。
「……アースト様、一応お聞きいたしますが捕まえて、その後どうなさるおつもりで?」
「だってカッケーじゃん……その後? |仲間《手持ち》にしてなんかほら『行けっデスカブト!』って敵にけしかけてさ」
「いや無理だって。動物ならともかく虫だぜ?」
「じゃあさこう、上手い具合に誘導して√ドラファンのダンジョンあたりに第二の人……虫生を?」
「環境破壊と生態汚染やめてくださいませ!!」
「こんな森でも大事件なんだから、それだけは絶対やっちゃ駄目なやつだって俺でも分かるぞ!!」
ふたりの息のあった|轟々たる非難《ただの正論》にアーストはヒレ耳を塞ぎつつ……しかし負けてはいなかった。
「じゃあ√ウォーゾーン」
「戦闘機械群とデカい虫の対決はちょっと見たいけどさ!」
「でもそれで虫が勝ったらどう言う顔すればいいのかわかりませんわ! あと絶対敵が機械から虫になるだけですわ!」
「この間習ったハブとマングースのやつだ……他世界に持ってくのは絶対に絶対に止めるからな!」
まあ今、古妖(を封じた祠)が虫に負けかけてるんですけども。祠は壊されるものだからね、仕方ないね。
「大体虫ですわよ! 勇希様の言う通り、飼い慣らせませんわ!」
「……はいはい。確かに言うこと聞かねぇなら仕方ねーか……いや、勝利して群のボスになれればワンチャン……!」
「ないですわ」
「ないって」
「ないか」
「しかし生き物ですし愛好家の方もおっしゃる様に、撃退する以外の選択肢も考えたいところですわね……確か山の生き物と相撲をとって和解するとかいう逸話があったような──デスカブトでも可能なのでしょうか?」
「カブクワの争いは『虫相撲』って言うから、ぶつかって勝てば群れのボスになるじゃないけど、ワンチャン……?」
「でも奴等の相撲って角でやるんだろ……? オレの角、あいつらよりずっと短いし……」
アースト達は手配書のイラスト──角を見、アーストの|頭《つの》を見、もう一度手配書を見た。
無理だって。初手ブッ刺さりますわね。やっぱ駄目か、そうか。
●
方向性がやや見え始めたところで、勇希はふと思いつき、腕組みしながらううんと考え始めた。この場で最年少ながらしっかりとした、いや、しっかりとせざるを得ないお子さんである。きちんと考えているのである。
「……残念だけど、マニア達には危険だから駆除するしかないって説明……あ、駆除は仕方ないとしても、でももしかしたら体が無事なら剥製にできるかも?
……できんのかなー。わかんねえけどやってみる?」
「なんだ、剥製って昆虫標本みたいなあれ? 夏休みの自由研究にするなら手伝うぜ」
「えっ、勇希様、標本になさるおつもり……
? まさかお持ち帰りになったり?」
そんな、ぶつぶつと呟く勇希に、特に『剥製』の部分にふたりは反応した。
剥製……つまり昆虫標本なら問題ないとは言え、端的に言えばデカい虫の死骸である。
男の子ですからそう言うものが好きな事には納得ですが……アリス様が悲鳴をあげそうですわね……ご愁傷様です……。ラミウムの脳裏には勇希のAnkerである女性が浮かび、脳内で手を合わせる。
だが二人の声に勇希は手を振り、違うと一言。
「違う違う、自由研究は終わってるし持って帰るのは無理だろ、デカいし。
なんだかマニアが欲しがってるみたいだったから標本して渡せば『コレクション』には変わりないし、マニアも納得かなって。それに交渉の材料になりそうじゃん」
「お前、頭いいな〜! 面白そうだしやろうぜ! 道具はわかんねーけど、標本箱は棺桶でイイか」
「そう言う理由でしたら、死骸をそのあたりに放置するよりは建設的な……? アースト様も乗り気の様子ですし、わたくしも努力はしましょう」
だが問題がひとつ。標本の作りかた……自由研究の本で見た気もするけどどうするんだっけな……。
「ラミウム、魔法でこうパーッとできない?」
「出来るか出来ないかで言うと、いやです」
努力と可能と協力と自分の気持ちは若干違うのですわ。いやです。お二人が率先するならともかくわたくしがやるのは心がいやです。
しかし、標本にするにはまずは退治しなければいけない。退治するにはまず遭遇しなければならない──。
「普通の甲虫なら、木に蜜塗って集めたりするけど効くのかなあ」
「辻斬りの様子ですと、デスカブトは誘引するまでもなく|寄って《襲って》きそうですけれど……どうせ退治するのであれば木じゃなくてアースト様に蜜を塗る……とか?」
「アーストに? まあ木くらいでかいしいざとなったら飛んで逃げれるから木より安全?」
「いや、オレに塗るのは流石に……奴らに舐められちまうだろ二重の意味で。それに逃げれるってもカブクワも飛ぶだろ、飛んで追ってくるだろ」
「うう、空飛ぶ甲虫……羽根、羽音、おなか……想像させないでくださいまし……」
日も沈みかけていよいよ時刻が迫る中、三人は最終便が出たバス停のベンチに座ってああでもないこうでもないと考えている。そうして苦し紛れに、ラミウムは本日購入した巻き物をするりと開いた。
「……考えたくもありませんが、虫を操るとか、自然の力を借りるとか忍術にはそんなイメージもありますわね。何かよい手引きはないでしょうか……うーん、流石に擬態法くらいしかございませんわね」
「擬態……ならアーストに蜜塗っても一緒か? なんか金キラだし」
「金……光り……はっ、光で呼ぶ……! 甲虫に走光性ございましたっけ? 夜行性なら……?」
「光っていうなら、いっそ虫って炎に弱いし火遁の術使おうぜ火遁」
「大概の生き物は炎に弱いと思うけど。そもそも森で炎使ったら火事が怖いって」
なんともしっくりくるアイデアが浮かばない……ということで、ここで出てくるのがあいつらデスカブト愛好家である。
アーストはその存在を思い出し、ベンチから立ち上がるとすぐにその姿を見つける。そうして単刀直入すぎてもうストレート通り過ぎた言葉を放った。
「ようしお前ら! デスカブトについて知っていることを洗いざらいはけ!」
「ややっなんたる横暴! だが勇者っぽくて良いでござるね〜その上デスカブトのことが知りたいなんて、喜んでなんなりとご教授する次第でござるよ」
「申し訳ありませんわね、うちのアースト様が……」
「ええと生息地とか、おびき寄せる方法、あと標本の作り方とか! 出来たらお礼に持って帰るから」
「ほうほう、そういうことならこちらの、我らが布教用に作った薄い本『デスカブト飼育ブック〜初級編〜』をお持ちくだされ」
「基本的な生態と捕獲方法が載ってるでござるからね〜読み返せるし、撃退のヒントにもなりましょうぞ。心苦しいけれど被害を出しているならば致し方なしゆえに……」
「それとそちらの少年にはこれを……『飼育ブック〜玄人編〜』でござる。剥製にしたら是非ご一報を……最悪我々に連絡をくれれば現場に駆けつけて自分らで剥製にするでござるよ」
「ついでに特製蜜も差し上げるでござる。ではご武運を…!」
そんなこんなで薄い本をゲットし、お礼を述べて愛好家と別れると、パラパラとガイドブックを眺める。大体は普通の昆虫と同じ生態らしく、故に先程浮かんだ蜜や光りなどが使えそうである。アーストに塗るかは置いておくとして……まあ蜜もあるしその辺は……あれ? もしかして|あいつら《愛好家》、こんな蜜持ってるから狙われたんじゃねえか?
密閉された容器からもなお漂う甘ったるい香りのアーストは若干、察した。
「じゃあ準備万端、用意も整ったところで……いざ、昆虫採集改め、駆除開始だな!」
「おー、カブトに効くか解んねーけどG撃退スプレーも持ってくな。あとクマ避けスプレー」
「迷子にならないようにクマ避けも兼ねて鈴つけときます? あと何かあった時のために蜜持っておいてくださいます?」
そうして三人は思い思い、おー! と気合いを入れると本や道具を片手に、いよいよ山へと足を踏み入れるのであった。
きっと多分、なんかどうにかなると信じて──!
外せぬ所用があるとかで帰宅する副班長を見送って、さてと残った二人──天使・夜宵(|残煙《ざんえん》・h06264)とチェスター・ストックウェル (幽明・h07379)は思う。まあ所詮虫退治だろうと。いくらデカくとも怪異や妖怪なんかと違い、虫だろうと。だって、虫だぜ? なんか、そう思った。根拠はないけど思った。虫だぜ? カブトだぜ?
「──とは言っても、昆虫採集とか飼育とか、そういう経験がない俺にとっては実は割と恐怖なんだけど……」
「あー……流石に虫取りなんざ海外で聞いた事はねぇな。いや、南米なんかはカブトムシの本場らしいが欧州だと捕まえたとしても蝶とかか?……と言っても、今じゃこんな田舎じゃなきゃ木に蜜塗って、みてえな本格的な虫取りなんて日本でも中々ないだろうが……」
まあどうにかなるだろ、心配すんなよと声をかけようとしたところに、チェスターは打って変わった声色でバッと顔を上げる。
「でも巨大サイズとなれば話は別!」
「あァ?」
「だって、そんなモンスターとやり合える機会なんて、|√汎神解剖機関《うち》じゃそうそう無いからね。なんだか映画みたいじゃん?」
楽しそうに、まるで悪戯を思いついたような瞳で笑うチェスターに、夜宵は顔を顰めて煙草に火をつける。一瞬でも心配して損した。バカ野郎。
「おい、バカ、フラグ立てんな……そういう態度で、映画冒頭でやられるバカな被害者になったら笑えねえからな。お前は幽霊だから逃げられるだろうが……」
「はいはい、それで俺たちがやられて、副班長達が事件に乗り出すなんてことになったら色んな意味で笑えないね。OK,真面目にやるけどさ……とりあえず、山の中にバケツサイズのカスタードプディングを仕掛けておけばオーケー? 虫って甘いものに目がないんでしょ?」
かつて虫取り少年だったであろう、夜宵先生のご見解をお聞かせ願いたいなあ……そんな風にニヤリと、矛先を変えて笑うチェスターにその扱いは慣れたものと、手を振って夜宵は煙を吐く。
「バケツサイズって、どんぐらいデカイんだ、そのデスカブトってのは……残念だが、さっきも言った通り、俺も虫取りなんてした事ねぇよ。
ただ……そうだな、確かに甘いもの──木に蜜を塗るとかってのは聞いた事ある。わざわざカスタードプディングまで用意せずとも蜂蜜とかメープルとかでいいんじゃねぇの? 知らねぇけど……まずこの辺に売ってるのか?」
蚤の市も終わり、撤収してすっかり|人気《ひとけ》のなくなった広場へと戻ってくると、ふたりはベンチに腰掛けて街の地図と紙を広げ、軽い作戦会議を行うことにした。今いる場所がここで……とペンで丸をつけながら会話の途中、チェスターはちゃっかりと答える。
「その辺は大丈夫。街のこの辺にまだやってるスーパーがあったし、買い出し頼むよ。シロップはなくても流石に砂糖くらいは売ってるでしょ?」
「それはあとで必要経費で落とすとして……人に買い物頼んでお前はどうするんだよ。まさかサボるつもりじゃねえだろうな」
「俺は森を見てくるよ。罠を仕掛けるなら設置場所もめぼしい場所を考えないと……俺的にはこの辺とこの辺……目撃情報が多い場所から推測して生息地を当たりをつけて確認してくる」
「成程、|その身体《幽体》なら障害物も関係なくひとっ飛びってか」
話をしていれば中々興が乗ってくるもの。辻斬り事件があった地区と山中や周辺でのデスカブト目撃情報をピックアップしていくと、なんとなくヤツらの行動範囲が見えてくる。
「目星がついたら、その辺でなるべく丈夫そうなデカイ木に罠を仕込むのが良いかもな。蜜塗って、今は売ってるか分からねえが昆虫用ゼリー置いときゃ、どうにかならねぇか?」
「それとあとはやっぱり動きを封じるような罠かな……檻やトラバサミは難しいだろうけど、その辺は材料ともども夜宵に任せた!」
「簡単に言うな……まあ捕まえるんなら、突進とかしてきそうだし網? 柵? その辺のも仕掛けとけばいいか……作った事ねぇけど、どうにかなるだろ」
大まかな計画が立ったところでふたりは立ちあがり、じゃあやるかと軽く気合いを入れるのだが……。
「しかしチェスター、良かったな、ここに来て虫取り体験出来て」
「え?」
別行動に移る別れ際、新たな煙草をくわえて夜宵がかけた言葉の色は少し愉快そうに、どこか最初のチェスターと似た色を滲ませて。
「|こっち《デス》のサイズに慣れれば、普通の虫取りは楽勝だぞ。それに、デスカブトついでに普通のサイズが捕まえれたら、班室に持ち帰っても良さそうだな。昆虫ゼリーもあることだし」
そしたらお前が世話してやれよ、何事も経験だなどと笑う同僚にチェスターも負けじと返す。
「ふん、そういうこと……慣れたところで、夏に虫取りに行く気はしないし、今後この虫取りスキルが生かせるのは、班室から脱走しようとするカブトムシを捕まえる時くらいだろうさ。その時はまた夜宵が罠を作る羽目になるだろうけど……俺、素手で掴むの嫌だからね」
「そこは経験だろ、男子なら昔馴染まなかった分今慣れろよ。俺だって嫌だがな」
軽口を叩き合い、互いに検討を祈ってかたや現場検証、かたや物資調達に別れたふたりはまだ、これから待ち受ける真の恐怖を知らない。
──そう、デスカブトどころか舐めてかかった通常のカブトムシが、生半可なカゴだとめちゃくちゃ脱走するし、服に捕まると痛いし、予想より素早いことを。
何より、メスのカブトムシが明るいところで見ても暗いところで見ても、なんか|アレ《・・》にしか見えないという恐ろしさを──。
第3章 ボス戦 『闘虫王者『デスカブト・ヘルクワガタ』』
●虫とり、行こっ!
男なら誰しも──この場合の『誰しも』とは一般的イメージであり俺はそんなんじゃなかったぜ! と言われてもあくまでも比喩の類である事を念頭に置いて頂きたいが──幼少期に憧れ、渇望し、生の儚さや弱肉強食、生き物を飼育する難しさについて学ぶであろう生き物、カブトムシあるいはクワガタ。
初めてひとりで捕まえたそれは、どんなサイズであろうとも己の手の中では誇らしく立派に、世界で一番最強に見えたのではないだろうか。
そして、|現在《いま》──。
既に薄暗い山中、どこからか地鳴りが聞こえる。木々がざわめき、先程まで聞こえていた虫の声や生き物の気配がふと、新たな生き物の『|うねり《・・・》』とでも言うべき気配に飲み込まれ、かき消されたのを肌で感じた、その瞬間。
突如、地響きがした。
そして、遅れて空気が震え、咆哮に似た衝撃を周囲に撒き散らす──そう、|それ《・・》は、とうとう姿を現した。
闘虫王者『デスカブト』
身の丈数mはあろうかと思われる最強最悪の甲虫。
闇の中で不敵に輝いて見える赤い瞳と強者のオーラはまさに『|死《デス》をもたらす不吉なカブトムシ』の名に相応しく、その力は生半可な木々を切り倒し、熊や猪、時には妖怪の類いとも渡り合うと言う……おい誰だこんなやべえ虫で昆虫相撲やろうぜ! って最初に言い出した|奴《バカ》はよ。でも気持ちは分からんでもない。男って本当シャボン玉。
兎も角、√能力者達が武器を構えデスカブトに向かいあったその時──背後から再び音がして、ふと思い出したのは星詠みの一言。まさか、まさか……その『まさか』
そう、ヘルクワガタもいます。
さあ、戦いだ!
通常、鳴くことのない虫もここまで巨大であればそこにいるだけでギチギチと唸り声に似た音を立てる。だが呑気にうわあさすがデカいな〜などと言ってる場合じゃない。ていうかデカいが故にそんじょそこらの怪異より無理な人は無理な外見に──。
「|Bloody Hell《マジかよ》!」
カブクワと念願(?)の対面を叶えたチェスター・ストックウェル(幽明・h07379)が思わず叫ぶのも無理はなく。
「っていうか二匹同時に出てくるとか、そんなのってアリ?……いや|Ants《蟻》じゃなくてね?」
「アリなわけあるか……ってか言わなくても分かんだろこの状況……!」
チェスターと背中合わせの体勢に、ヘルクワガタへと対面した天使・夜宵(残煙・h06264)は冷静に状況を把握し、思考を回転させる。
辻斬りなんて大層に言われるだけあって角と鋏はたかが虫と侮れぬデカさ。喰らえばたたでは済まない。しかもあんなデカイのが同時に挟み撃ちとは、とことん面倒じゃねぇか──クソッ、クワガタだけに『挟み』撃ちか……と出かけてすんでのところで飲み込んだ。危ないところだった、俺の中の何かが。
その上でかくも生命のピンチに思考は勝手に冴え渡り──いや待てよ? |コイツ《チェスター》は幽霊なんだから……あれ? もしかしてやべえのは俺だけじゃねえか?
気付いてしまった。日常で馴染み過ぎて忘れていたが気付いてしまった。気付きたくない時に。
そんな一瞬で全てを悟った夜宵と同時、チェスターも彼なりに思考を巡らせていた。
少年ハートはさておいて|警視庁異能捜査官《カミガリ》らしく、この危機的状況を突破しようと作戦を多少試行錯誤しながらも数パターン考えた上で、しかし恐らく、少しだけ頭の片隅で浮かぶことが。
それはカブトムシの口──毛の密集したブラシ状、なんとも言えぬゾワゾワとするが怖い物見たさの好奇心とか、虫ってワクワクするけど実質見るとちょっと無理だなとか、いつから虫に触れなくなったんだろう……いやこれはどう考えても無理! とか。
そう、少年はこうして己が大人になることを実感するのである。少年の日の思い出よ、永遠なれ。
それはさておき、チェスターは作戦をひとつ決めると、夜宵の焦りを見透かしたように軽口と、思えば今更な問いかけ。
「まあ、|何かあっても《・・・・・・》君の相棒には、連絡を入れてあげるから安心してよ……ところで。ねえ、夜宵って体は丈夫? 健康じゃなくて、頑丈の方ね!」
「……あ? 丈夫って……丈夫だが……てか、どうやって相棒に連絡する気だ。連絡先知ってんのか?」
「まあそれはほら、どうにかね? ま、そんなことがないように、夜宵はいつも通り刀を振るってくれればいいさ」
「馬鹿野郎、言われなくてもいつも通りにするつもりだ……お前に連絡されたら余計なことも言われそうだからな。何考えてるか知らねえがそっちこそ、ヘマすんなよ?」
「よーし、じゃあ試合開始!」
そう言うと同時、チェスターは念動力を用いてデスカブトとヘルクワガタへ同時に小石を当てる。それが合図となりほぼ同時に二人目掛けて突っ込んできた……狙い通り! それじゃいくよ、せーの!
勢い任せ、その声を合図に跳んだ夜宵をさらに念動力で高く宙に引っ張り上げながらチェスターは勝負を仕掛ける。そう、その辺にいるインビジブルと自身の位置をまさに『選手交代』とばかりに入れ替えて、チェスター目掛けて突進してきたデスカブトと、夜宵目掛けて突っ込んできたヘルクワガタを正面衝突させる──さあ、こんな大事な場面で外さないでよ、夜宵!
言われずとも──。
義眼へ殺意、むしろこの場合は本能に近しい感情を集中させると夜宵はヘルクワガタの動きを見極める。そうして、衝突する二体を上空から眺めながら冷静に、若干思った。
ああそうか。俺、|あいつ《虫》らを斬るのか。衝突してもつれ、今は隙だらけの、恐らくは外殻を避けて柔らかい部分……そう、例えば腹を……いや怪異の方が何倍もマシだろ、これ──。
「──だが、やる事をやるだけだ」
そうして落下の衝撃と合わせて二匹纏めて弱点──柔らかい腹を狙って叩き斬った。感触は……知らない事がいいものも世の中には沢山ある、とだけ。
動かなくなった虫を尻目に刀をしまう夜宵へチェスターは降りてくるなりすごいと、何故か|やけに《・・・》褒め称えてくる。
「いやー、こんな大きいものを二体同時に斬り伏せるとはさすがだね!」
「そっちこそ、念動力のタイミング良かったぞ。中々腕をあげたんじゃねえのか」
「まあね、これでも長いから」
「ん……しかしなんか背中が……?」
「木の枝でも引っかかってるんじゃない? ほら、あんなに高く跳んだし」
「そうか?」
そしてチェスターは……絶賛しながら、夜宵のジャケットをよじ登るカブトムシの影には見て見ぬふりを決め込む。なんかほら、今言うのもあれかな、って。
そして、そのカブトムシが気付かれずにマルサイ第五班班室にまでお持ち帰りされるのはまた別の話。大丈夫、多分デスカブトじゃなくてただのカブトムシだから。多分、きっと知らんけど。
いつまでも 忘れないでね 少年の心(字余り)
と勢いで一句読んだのはともかく、青春とは……いや青春でなくともつまりは遠い幼少期の思い出。言い換えれば少年の心。
それは振り返ったらなんでもない日々もキラキラして、ただのビー玉もとんでもない宝物に見えて、そんないつかどこかにあったはずなのに今はもうどこにもない、ノスタルジックな切ない気持ち。
だが、しかし。
あなたたち。
「こっこいつが……デッ、デスカブト…!!」
ビー玉の様に瞳をキラキラをさせ、乙女椿・天馬(独楽の付喪神・h02436)のこの発言。
「れおっ! 生デスカブ! すげー! でけー!! かっけー!!」
そう、貴方達。こんないい顔で、純粋な少年めいた声を上げるひとを見たことがありますか?
「れおっ! れお、見て!! デスカブにヘルクワ!! 両方いる!!」
わー!! デスカブがコマかどうかはわかんねーけど、とにかくこんちゅうだいけっせん!! めのまえで!! と、興奮しちゃって出てくる言葉が全部ひらがなな少年よりも少年らしい天馬だが、れおっ、みて! とかける言葉に。
「ああ、心躍るな、天馬」
勿論見ているぞ、と頷き、見守るのは楪葉・伶央(Fearless・h00412)。
自他共に認める参謀にして兄。天馬の相棒にしてキング。何かしらのキング。キングオブキングなこの男だが、一見冷静に周囲を把握しているように見えて、その内面には熱く燃えるものがあるのである。
何故ならばそう、キングは俺ひとり。いや、天馬とふたりでキング──つまり、カブクワ(略)がタッグならこちらもタッグ。俺たちの相手として不足はなく、しかし勿論負ける気などさらさらない。
さあ行こう、天馬。自然界において誰がキングかを思い知らせてやろう。
そう、冷静沈着に、伶央は結論に至る。
よく分からないキングルールで、そういうことになった。今、そうなった。なぜならばキングが決めたからである。
かくして昆虫どもは絶対王政の恐怖を今知ることとなる……がつい始まるは|いつもの癖《・・・・・》に。
「……しかし天馬、テンションが上がったからといって無闇に突っ込んではいけない。
そう、昆虫図鑑を隅々まで愛読していた俺は知っている。昆虫キングだからな。なあ天馬、いくら虫とはいえ油断大敵だ。カブトムシは見た通りに全身を外殻で覆われて生半可な攻撃は通らない。それにあの角があるだろう。正面からは角で襲いかかる敵を投げ飛ばし、側面からの攻撃は外殻で防御する、攻守ともに隙のない構えだ。デスカブトならまさに絶対王者としてこの地に君臨していたのだろうな。まあ俺たちが来たのでそのキングの地位も今日で終わるのだが……おっと話が逸れた。
しかしどんな生き物にも必ず弱点はある。カブトムシの弱点は足と、甲羅の下にある柔らかい部分だ。生息地が近しい天敵のオオスズメバチはまずカブトの足を顎で千切るという。文字通り手足をもがれればいくらカブトムシと言えども何も出来ない。それはクワガタも同じ様なもの。そういえばクワガタは角がない分ひっくり返ったら起き上がれず、その上で手で触られた消耗に弱い。だから…………天馬?」
伶央すげー! なんか言ってることよくわかんねーけどすごいかしこい! でも今はあいつらに俺もまざりたい!!
……ああもう、こうしちゃいられない! だから!
「俺達もいこうぜ伶央!!」
言うや否や、伶央の忠告も構わずに天馬にはテンションのままに駆け出した。しかしあの大きさ。このままでは流石に不利だとは理解する。
ではどうするか。天馬は走りながら考える。|この《人の》姿じゃぺちってやられそうだけど……そうだ! デスカブ(コマの方)は重かった! なら俺もでかくなれば重くなっていけるかな!
「よっし!! 変化!」
ギュッと念じて天馬が望んだ姿は……めっちゃでっかいファンシーな|俺~《ペガサス》!!!
その自然界には到底存在し得ない虹色レインボーな色合いと、モコモコとしたぬいぐるみめいた形状に、デスカブトたちは本能で唯ならぬ脅威と察したのかギチギチと威嚇音を上げて一斉に遅いかかる……だが、自然界に君臨するその突進も今の巨大化した天馬には何一つダメージを与えない。あ〜れ〜〜な〜ん〜か〜ツンって〜し〜た〜〜!!
そう、もうあんまりデカいからね、デカすぎてどこから出してるのか分からないけど声がのび〜ってしてますからね。なんでそんな大きくなったんやろかと言われたら頑張ってるからですかね。知らんけど。
「そ〜う〜い〜や〜〜れ~お~! ど~こ~だ~~」
そんなデスカブがギリギリ見えるくらいな中で、天馬は置いてきてしまった伶央を思い出す。つい巨大化してしまったが、もしやピンチになっていないかと、間延びした声で語りかけるに──。
「天馬、俺はここだ!」
少し声を張り上げ、伶央は隙を見計らって突進を弾かれて怯んだデスカブトの上に乗りかかる。|伶央ひとり《成人男性》を軽々と乗せるその姿は、まさに昆虫にしては規格外の存在だが……乗ってしまえばこちらのもの。昆虫の構造上、背中への攻撃手段はないも同然と、伶央は安全圏から体勢を立て直して、再び突進しようとするデスカブトの前方へと鋼糸を広げてタイミングよく足払いの要領で攻撃を仕掛けた。
「れ〜お〜〜!! わ~~~す~~げ~~~!! デ〜ス〜カ〜ブ〜に〜勝って〜る〜! き~~ん~~ぐ~~!!」
間延びした天馬の声にフフンとドヤ顔めいて、しかしキングは油断しない。そのまま転ばせたデスカブトから飛び降りるとスカルペルを投げ、デスカブトの足を容赦なく絶つ。身動きが取れぬまま、しかし最期まで諦めぬデスカブトだが伶央はその頭部へ拳撃を喰らわせ、ノックアウト。やはり王たる男の戦いならば最後は、物理的にでわからせるがふさわしい。故に──。
「ふふん、絶対王者は俺だ」
拳を突き上げた王のポーズ。どやぁ。
やっべ〜! 伶央かっけ〜! と内心相棒の格好良さにキャッキャしつつ、しかしこうしちゃいられない、よーし俺も! と天馬は身を震わせて残ったヘルクワガタへと突進する。勿論ヘルクワガタも闘志を漲らせ、望むところだと言わんばかりに突進をするのだが……天馬はどこ吹く風、自慢の顎で鋏かかろうにも、ぬいぐるみめいたそのほわほわボディを上手く挟むことができない。そんなんじゃクワガタのメイン攻撃、挟んでぶん回すのもできないだろ! と得意げに天馬は攻撃を弾いてヘルクワガタを疲弊させていく。
そしてタイミングを見計らって勢いよく突進し、ヘルクワガタをひっくり返すと……よーし、伶央やっちゃえ〜! ああ、任せろ──二人の連携プレイであえなくヘルクワガタもノックアウトされたのであった。ふふん。どやぁ。
「これで、この山のキングは俺たち、だな」
「なっ! 平和にもなったしめでたし、めでたしっ!」
そして|元《ひと》の大きさ姿に戻った天馬と伶央は肩を並べて、デスカブトとヘルクワガタの姿を眺めると、互いの健闘を讃えて拳を突き合わせる。
これでまたひとつ、キング! どやぁ。
「とうとう出ましたわね、デスカブト&ヘルクワガタ……」
その恐ろしき、名に違わぬ悪魔の様な姿に息を呑み、ラミウム・オルター(未来の大|魔術師《ウィザード》見習い・h04880)はリンドヴルムを手にさっと身構える。
虫を直視したくはないが、けれども『虫』と思うからいけないのですわ。そうダンジョンに出る巨大なモンスターと思えば特に……特に。いや、頑張っても無理なものは無理です。しかし──。
「あの大きさ、生半可な攻撃は弾かれそうですわね。術はともかく、物理的な対抗手段……こちらが出せるのはアースト様だけ」
ラミウムはちらりと横で呑気におおー、でけぇなどと感嘆しているアースト・ラリス・サジタリウス(黄金の猛竜・h06080)を見る。緊張感がないその姿が、逆にこの様な状況下では頼りになると言うべきか。だが些か呑気にも程があり。
「もしかしてヒグマよりデケえか……? 相撲取れるだろあいつら……! うわちょっと見てえな……ところで、ラミウム」
「はい、なんでしょう」
「切り札みてえな扱いなのは格好いいけどその言い方だとなんか俺、|使役されるモンスター《ぽけ的なもん》みたいじゃねえ?」
「きちんと頼りにしてますのよ!」
とは言え……。ラミウムはこっそり、形状が似ているヘルクワガタの鋏アーストの角を見比べる。確かに、先程|ああ《・・》は言いましたが、アースト様の角では対抗できなさそうですわね、と。
そんな二人の間に庇われるように挟まれたのは年少なれどもヒーローとして覚悟を決めている天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)。
しかし心はどうしても年相応に──。
「……デスカブトとヘルクワガタ……っわー! すげー……かっこいい……! |薄い本《手作り飼育ブック》のイラストより何倍も格好いい……!
けどその分、やっぱやべー!」
この様な危機的状況には若干不謹慎なワクワクを感じつつ、実際に出会った相手へ、今更不安が襲いかかってくる。それは決して敗北がよぎったからではない。なんせこちらには頼れる仲間がいるのだ。だから今抱いているこれは言うなれば。
「あいつらと約束したけど……実際見ると……えっ、これ剥製に、俺が……できる?」
そんなプレッシャーに似た気持ち。
いや、やる前からそんなんじゃダメだ! 一か八かでもやるっきゃないんだよなあ!
俺を信じて|薄い本《これ》を授けてくれた、|マニア《あいつら》のためにも……!
そう、これはただの約束ではない。男同士の、自分を信じて託してくれた相手へ報いるための約束──そんな重いもんじゃなかった気もするが、覚悟を決めて、勇希はギュッと薄い本を胸に抱く……なんか、意味合いが変わってきちゃった。ガイドブック、あるいは飼育ハンドブック。またの名を虎の巻。決していかがわしい意味はない。いいですね。
しかしところでさっきからなんか甘い匂いがするけど……アースト? もしかして蜜こぼした! え、蜜? ごめん、少し味見した。
「いつの間に!? というか食べて大丈夫なのか!?」
「蜂蜜とかそういうんじゃね? 普通に甘かったぞ……ああ心配すんなって、二人の分も残して」
「いらないって」
「いりませんわ」
「そうか。じゃあ俺が残りを食べ……ってデスカブト、こっち見てね? 匂いか、匂いで解るのか!? じゃあ俺ピンチじゃん!」
シュワシュワとブラシ状の口を動かしてデスカブトがアースト……というか三人をその燃え上がる様な赤い瞳で見つめ──次の瞬間、猛烈な勢いで突っ込んできた。
「……き、きましたわ!」
「ラミウム下がって……変身!」
勇希は覚悟を決め、ベルトへ属性石をはめてヒーローの姿へと変身する。そしてラミウムを庇う様になんとかデスカブトの突進を剣で受け止めて払う。それに一度距離を置き、次の突進に備えたデスカブトを引きつけるように動こうとするが──。
「わっ忘れてた! ヘルクワガタ!」
そう、跳躍した勇希を狙う様に動く悪魔の様な影──デスカブトばかりではなく敵は二体いるのだ。
そんな挟み撃ちにされそうになった勇希を、咄嗟にアーストが片方が引き付けて槍で相手をする。ハサミと槍、互いにリーチのある戦法でやり合うがどうも近距離で決定打を繰り出せない。
「アースト様、さあ黄金の栄光──連なる三角形、黄金律の体現者よ……いまこそ出陣ですわ、『|黄金龍騎士《シュバリエ・ドール》!』」
「流石にこれは……お、ラミウム……なんかしてくれる……!?」
そんな中、アーストの黄金の身体が、ラミウムの魔法を受け『黄金龍の騎士』となり、さらに金色にキラキラ──したところで即鎧を脱ぎ捨てた!!
何故脱ぐ。だがラミウムはもう突っ込まない。脱いだ体に急に蜜を塗り始めても突っ込まない。そう、アーストを信じている……というよりもうなんか、慣れたから。多分絵面はバラエティ番組の芸人みたいで酷いけど作戦があると思いたいから。まさか急に無計画にそんなことはしないと信じて、いやどうでしょう……まさか!
そんな心配を他所にアーストは身体に湧く力を確信しながら鎧と瓶をラミウムに投げ預け、槍を片手に、カブクワへと向き直り、仁王立ちで宣言した。
「さあ、蜜が欲しけりゃオレを倒してから来やがれ節足動物ども!」
成績堂々と宣告した、金色に輝く鍛え抜かれ、八割ほど竜化したその姿はまさに黄金龍──その声にデスカブトの相手をしていた勇希はちらりと姿を認めるとやべえと思った。やべえ……超格好いい!!
「……アースト金ピカでかっこいい!」
「だろ? 今日買った置き物くらいイケてんだろ」
「勇希様の氷に、アースト様の雷──あの手引きを見る限り捕獲には最適な属性ですわ……そして、麻痺させてしまえば剥製の道も残りましてよ……つまり」
「デスカブトvsヘルクワガタvsゴールデンドラゴン……いける……!!」
「おう! 全力で行くぞ!!」
「ええ、今ですわ! お二人の渾身の一撃を!」
ゴールデンドラゴンとヒーロー、そしてデスカブトとヘルクワガタが向かい合い、誰が合図する訳でもなく、そして一斉に動き、敵を仕留めんとする。だが先手をアーストの動きがデスカブトの動きを麻痺させて、一瞬の隙を作った。二対一ならばこの勝負、もはや貰ったも同然──。
「これで……凍らせてやる!」
「雷神の力を喰らいやがれ……虫ども!!」
槍と剣を構えた二人の全力の攻撃に、山へ雷鳴が響き、一瞬周囲の温度が低下する。そして轟音の後。恐ろしいほどに静かになった──。
●
「しかしでっけえなぁ……串刺ししたつもりなのに貫通してねえし」
「ええ、本当に。デスカブトにヘルクワガタ。侮れないモンスターでしたわね……」
「運ぶのは無理そうだし、あいつらに連絡するか。あ、電波が悪い……山降りたら会えるかな?」
無事死闘を制し、動かなくなったカブクワの前でそれぞれの感想を三人は浮かべる。おそらくこの場に|愛好家《あいつら》がいたらいい顔で頷いたに違いない。
「な? だから言ったでござろう? デスカブトはそういうとこがまた最高で〜」
「いやいやヘルクワガタもこう、やっぱりアゴの殺傷はこんなもんじゃないんでござるよね〜まだ本気出してないっていうか」
「いやお前らどっちの味方なんだよ」
「7:3でカブクワでござるかね〜」
「せめて比率逆であってくださいませ……ん?」
ん? 気付いた。脳内愛好家にしては鮮明なやりとりに……それは──。
「あっ……愛好家!?」
「来ちゃった♡」
来ちゃった、じゃねえんだがそんなツッコミを入れる前に、愛好家達は三人に向き直ると礼をする。
「お三人の活躍、特に勇希殿……拙者ら、貴殿に感服仕切りの次第。電撃に麻痺、冷却とこの様な状況でかような戦法を取ったのは我々との約束を守ってくださんとした結果……故にこのデスカブトらは責任を持って我々がコレクションに加える次第」
「いや、そんな……戦法は偶然もあるから! でもよかった、剥製にできそうか?」
「ええ、これならば立派なのが出来ましょうぞ」
「そして御三方には我々から感謝の気持ちとして、この薄い本全巻セットに加えてカブクワ飼育スペシャルセットをば……」
「いらねえ」
「お気持ちだけ頂きますわ」
「ちょっと欲しい……」
「もらっとけもらっとけ、俺らの分も」
「あ、じゃあついでに剥製にするとこ見学してくでござるか〜?」
「あっ見たい! なあ、二人とも、見てっていい?」
「いいけど剥製……なあラミウム、虫型モンスター剥製にしたら売れねえかな?」
「それはアースト様がやってくださいませ」
そんな会話が山中に響き、いつもの平和な空気が戻ってきた中で、興味深げにデスカブトの説明を受ける勇希の次の自由研究はすでに決まった、のかもしれない──。
「……ついに姿を現しましたね! ということは罠は大成功! ライトもですが、あの様子だと蜜も効果があるみたいでしたね! いや〜ワタシたちで頑張って沢山塗った甲斐がありました!」
「いやエーファ、喜んでるところ悪いけど……これさ、のんびり真ん中に居たら両者からフルボッコにされるやつじゃない?」
「ハッ…! デスカブト、話には聞いていましたがなんたる策士……しかし騎士の名において、ここで引き下がる訳には!」
「騎士ってそういうもの? というか下がるっていうかまず避けないと……」
目を輝かせて万歳と喜ぶエーファ・コシュタ(突撃|飛頭騎士《デュラハン》・h01928)(+『|ワタシたち《複製頭部》』)とは対照的に、|レイ・イクス・ドッペルノイン《RX-99》(人生という名のクソゲー・h02896)は冷静かつやや危機感を覚えてペネトレイターを構え、ジリジリと迫るデスカブトに向ける。
こいつらが策士っていうか、私らが適当に罠仕掛けたら寄ってきただけな気がするけど……。山は難しいですね……地形って重要……あ、なんかこの発言すごく『騎士』っぽくないですか!? まあ重要だけども……!
そんな会話をしながらもジワジワと距離を詰められ一触即発の場へ、玲子の声が響き渡る。
『騎士? 重装ならどうせドッスンだし回避しないで耐えた方がマシか? いやっていうかこれあれだ、なんか見たことあると思ったけど、攻撃回避して足元チクチク殴って体勢破壊して致命食らわす奴だろ。そんなら死にゲーで当たり前。
いやなんなら倒したと思ったら増援来て仕切り直しで第二戦目開始より心折られないだけマシまである』
「あー……あの、狭いところでボス二体同時に相手するパターン? まあ確かにそれっぽいか……? いやでもまさか|それ《死にゲー》を|現実《ここ》で? 冗談でしょ、玲子だって似た状況で何回も死んで、コントローラー投げてたじゃない」
『うっせ、私はクリアしたし』
「なんだかよくわかりませんが……つまり、騎士に詳しい玲子さんから見ても今のワタシは騎士っぽいって事でいいですよね! 例え相手が昆虫でも……いえ、単なり昆虫ではなく昆虫の王! 強敵ですよ!」
『そうそう、昆虫王……そうだ、昆虫王には昆虫王をぶつけんだよ。ほら『|グリッチメイルシュトローム《レイジ・オブ・グラビティ》』で巻き添えできるじゃん。敵の敵は味方……でもないけど。うわ思い出したらあの面のボス腹立ってきた』
「気軽に言ってくれるなあ……って、あ。そういうこと?」
レイは状況を見、玲子の言わんとすることを把握する。つまりカブクワどちらかを一方にぶつければ……でも、それ、私確実に巻き添え──。
「大丈夫ですよレイさん! ワタシがお守りします!」
不安げなレイの顔色を察したのか、エーファがえっへんと、やる気と自信に溢れた態度でランスを振り……変身! と声をあげた。
そう、今のワタシは|究極完全騎士顕現《アルティメットフォーム》を経て完璧な騎士に! 右手にランス、左手にどこからか出現したイージスシールド、全身はキラキラと光り輝く、まさに麗しき騎士となり……さあ力比べなら負けませんよ! 勝負です!
エーファはそのまま、勢いよくデスカブトの前へ躍り出ると、全力で槍と角を突き合わせて戦いを開始する。互いの自慢の得物を突き合わせ、火花が散るかと思うほどに全力でぶつけ合う。さすが虫とは言えその巨体は油断するとこちらが持っていかれそうなパワーだが、角に捕縛されぬように盾や、周囲に漂い、デスカブトの動きを観察して予測する『ワタシたち』のアドバイスでうまく使い立ち回る。まさにその動きは怪物に立ち向かう騎士そのもの。
『チャンス! 向こうが一匹引きつけてる間に……あそこに丁度いいのがあるじゃん。あの布に『ラベンダー・ブルー』を適応させて囲ってクワガタを閉じ込めろ! その後に能力使うんだよ!」
「OK、その後で……ああ、でも結局使うのかぁ……エーファ、布借りるよ!『頭』巻き込まれないように気をつけて!」
「あ、はい! 了解です!」
玲子がさしたのはエーファが用意したまま、ちょっと出番を失っていた布。そこにレイはどうにか地形を利用して空中ダッシュを決めながらヘルクワガタをうまくピンポイントの位置に誘導し、準備を整える。さてあとは『神』の……とレイが覚悟を決めた瞬間。
「……決めます! ダイシャリン!」
運命とは時としてかようにそのようにできているのである。エーファはデスカブトとの勝負、一瞬の隙をついて角にランスを絡め、カブトを投げ飛ばした。
そして、レイはタイミングよく能力を、|とある神《ハ……ナンチャラ》の封印を解かんとした。
そのタイミングがほぼ同時であれば、これを神の導きと言わずしてなんと言おう──と言う訳で。
『あ、ホールインワン』
丁度タイミングよく投げ飛ばされ、空から降ってきたデスカブト……が、当たり判定やらなんやらがアレなことに書き換えられたヘルクワガタに見事命中し──哀れ、神の怒りに触れた二体はなすすべもなく、一瞬グルグルとおかしな動作をしたかと思えばこう『シュポーン』と爽快な音が聞こえてくるようなスピードで、空の彼方に飛んで行った。
『……やった、か!?』
「やりましたか……!?」
「二人とも、それフラグ」
一瞬何が起こったのか、しかし終わった……のか? 二体を見送るように空を見上げれば、いつの間にか夕暮れはとっくに夜空へと変わり星空が煌めいている。その壮大な空に随分と時間が経っていること、そして危機が去った事を実感して二人は息をついた。熱を持った身体に、秋の冷たい風が今は心地いい。
『あいつら飛んでいったし、そのうちデスカブト座とかできるんじゃね?』
「ないから」
「ヘルクワガタの方が作りやすそうですよね。ハサミが」
「いや、まあ……そうか? カブトに比べればそうか」
そうして冒険を終えた二人とひとり(と『ワタシたち』)はそんな会話と共に山を降り、束の間の日常へと戻っていくのであった。
「うへぇ」
天・叢雲(咒滓・h00314)の大変素直な一言も意に介さず、デスカブトはその巨体を高らかに誇示する様に羽根を広げて震わせた。そのやる気十分に見える動きがまたこう「うへえ」なのだ。
「……あれですね。昆虫大好き倶楽部とか、古代ローマの興行主なら喜ぶと思います」
あ、でも元は闘虫に使われてたんでしたっけ。ならばまあ剣闘士みたいなもんですか。闘うのがこちらなのは勘弁してほしいところですが──結論:勝手に戦え。ほら、ヘルクワガタとデスカブトって種類が違うんだから共闘じゃなくて勝手に虫二匹で潰し合ってくれないかなーと思わずにはいられませんが。
そうはなりませんか。なりませんね。
ぶつぶつと呟きながらしかし仕方ないとやる気を出した叢雲の横で震える女がひとり。
「こっ、こっ、これがデスカブト……!?」
尖禍・ネルカ(寓意譚・h02401)は己の目が信じられぬ、そのような歓喜と驚愕、畏怖が入り混じる震えた声をようやく絞り出す。そして生唾を飲み、堰を切ったように捲し立てることの──。
「なんてことだ……完璧すぎる! まさに百点満点じゃないか!! しかも二体、二体ってことは倍だぞ倍! その上で種類が違う、だが凝っている訳でなくいい感じにツノの形が違うだけだ! ここはポイントが高い!!」
あ、横にいました。虫取り少年と古代ローマ人以外に喜ぶ人……|人《災厄》? が。だがネルカの興奮は止まらない。その勢いでジワジワと自分からデスカブトに距離を詰めていくが……気圧されて若干カブトが後退していく。あっすごい。このままの勢いで押し切れませんかね?
「さあ、しかし一番の問題は|主演《カブクワ》に対して何をキャスティングするか! ここで出来が決まると言ってもいい、腕の見せ所だ……」
巨大カブト、舞台は森……√妖怪百鬼夜行であるならば復活した和風ゾンビ? いやあえてこんな状況下で西洋ゾンビ……野生動物として巨大コウモリもありか?
いや違う、違うんだ。もう少しキャッチーでしかし驚くようなモンスターが……そうだ、いるじゃないか! |あれ《・・》が!
「なあ叢雲くん、この場に相応しい配役は一体なんだと思う!」
「えっ、急にこっちに!?」
「分からない、分からないなら教えてあげよう……そう、ここは……サメだ!! サメしかない!! というわけで撮影補助を頼んだ!」
ネルカの叫ぶ、その勢いに逆にもういっそやられる前にやれと生命力がものを言ったのか、デスカブトは二人へ猛烈な勢いで突進してくる。だが叢雲は冷静に突進を避けると近くの木々を観察して居合一閃を放つ。勿論外した訳ではなくそこ勢いで木々から樹液を迸らせ、一掬いするとデスカブトを挑発するように見せつけた。虫の知能とは言え、野生動物。冷静な判断よりは怒らせた方が扱いやすいとの見立てに、言葉を添えて。
「さあ、どうぞ。来たりて取ってみますか?」
蜜の匂いと場の殺気に当てられて戦闘態勢をとったヘルクワガタと共に、突進から復帰して並ぶデスカブト──陽が落ちた森、薄い月明かりに照らされて対峙するは刀を抜いた叢雲に、これが虫でなければ中々の絵なのだが……そこへ、嵐の前触れのような突風と共にネルカの声が響く。そう、嵐は嵐でもこれからくる嵐は──。
「さあ、シャークサイクロンだ!! ははは! 最大風速でいこうか!!」
共に森の中にサメ。何かの諺めいて、しかし紛れもない現実である。その上でゴロリと水揚げされたようなものではなく、突風の中をまるで空を飛ぶかのように泳ぎ回る無数のサメの群れ──その一匹に跨ったネルカはカメラを回しながら闘いを記録していた。
なぜサメが空を飛ぶのか、それは考えてはいけない。「だって、サメだぜ?」それでいいのだ。それ以上考えるな、感じろ、なのだ。
「さあ一回きりの撮影のスタートだ! ベストを尽くそうじゃないか!」
「ほう流石、準備はバッチリですか。ならば少しは見栄えを意識しましょう」
無軌道に見えるがよく観察すると立体的な包囲陣を展開し、木々の隙間から巧みに攻撃を仕掛けるサメに混じり、叢雲は的確に攻撃をくわえていく。囮と本命を巧みに入れ替えるサメを見て、叢雲はふと思い付いた。例えば、映画なら絶対絶滅のピンチって欲しくないですか。ああ良いね! 臨場感だ! ならばここはお任せください。
そうし叢雲はサメの隙間を抜け、蜜でうまく誘導し、距離をとったまま虫二匹にあえて挟まれる形となる。
そして、本気を出したと言わんばかりに二体が突進してきた衝突寸前で『朽縄』を発動する。
「ところで、虫という字は元々マムシを指していたそうで。なので『蛇』も虫相撲に参戦資格ありというわけです。まあ少なくとも、サメよりは──」
入れ替わったインビジブルは能力名の通りに蛇の姿を取り、まるで第三者、いやサメを含めると第四者が乱入してきた様な、もうひっちゃかめっちゃかな状況。
そんな有り様にデスカブトとヘルクワガタはとうとう本気を出したのか、身体に不吉なオーラを纏い……木々が揺れる程の勢いで咆哮した。
「……なっ、CGも使わずに輝いている!? どこまで至れり尽くせりだというんだ!」
「なんにせよ、最後はどうぞやっちゃってください」
一抜けと、安全圏から場を見守る叢雲に応える様にネルカの乗ったホホジロザメが大勢を立て直し、同じく吠えるに威嚇すると、群れと共に猛スピードでカブクワへ突進していく。迎え打つ虫とサメ、王者の意地、|先の読めない《めちゃくちゃすぎる》展開……これは狙える、狙えるぞ!
そう……ラジー賞を! 勿論タイトルは──。
「『デスシャーク対ゴールデン・デスカブト〜蛇の祟神〜』で決まりだあ!」
「そこは、クレジットしなくて別にいいです」
いや怖いじゃないですか、祟り。
叢雲のその呟きは、サメとムシの盛大な衝突音にかき消された。
●
嵐が過ぎ去った様な山の有り様に、ネルカはカメラを片手に鼻歌混じり、あれこれと確認しながら……叢雲はと言えば生きているのか死んでいるのか、カブクワに近寄ると警戒しながら様子を確認する。
……あの衝撃でもギリギリ生きてますか。ならばあとは愛好家に連絡して引き取ってもらいましょう。今日の働きにはこのくらいは貰わないと──。
「ようし、彼らに連絡するついでにこの後早速最速試写会と行こうじゃないか! もちろんキミも来るだろう?」
「え、いやそれは……少し考えておきます」
ええと、まあ怖いもの見たさはありますけど。コーラとポップコーンをお願いしますね。勿論!
「死をもたらす、か──」
死は等しく平等に、そして時に不意に前触れもなく訪れる──とは言えその言葉は半強制的に蘇生を繰り返す√能力者には当てはまらないのだろう。
故に、紫煙を吐いて煙道・雪次(人間(√汎神解剖機関)の警視庁異能捜査官カミガリ・h01202)は濁った目を彼らに向ける。
デスカブト──そう、昆虫であれども、もし名前通りに『死をもたらす存在』であれば、その悪魔の如き外見も雪次にとっては天の使いに近しい。
けれどもきっと、|今回もそうはならない《・・・・・・・・・・》。
「……昆虫には、荷が重すぎるな」
こんな山中であったなら死体も無駄にならずに済んだものを、惜しいな……と冗談とも本音ともつかぬ言葉で雪次はデスカブトを観察する。
今はこんなでも昔はそう、夏は虫取りに出掛けて成果に一喜一憂する少年だったのだ。故に理解。デカいカブトムシはロマンだ。体色が赤いとか黒いとか、角が大きいとか、愛好家の拘る気持ちも分からなくもない。
だが、流石に人間以上にデカいとなると通常飼育は困難を極めるだろう……というか現に逃げ出しているようだし、被害者も出ている。山にカブトクワガタは付き物だが、それとこれは話が別。故に──。
「このまま見過ごす訳にはいかないな……飼育下から抜け出したのであれ、自然繁殖個体であれ、大自然を謳歌しているところ申し訳ないが、仕留めさせて貰おう」
短くなった煙草を揉み消し、新たな煙草に火をつけると雪次は立ち上る煙から使い魔を生み出した。煙の性質で出来たそれらはか弱い。だが虫相手となれば話は変わる。するりと外殻の間をすり抜けて腹部の気門、呼吸器へと纏わりつき、ついで柔らかい腹へ攻撃を仕掛けた。
それを本能的に取り払おうと、羽根を広げて暴れ回るデスカブトとヘルクワガタの間をくぐり抜けると、雪次は距離を取って、ヘルクワガタの露出した柔らかい腹を狙い撃つ。銃声と共に腹が弾けて、そこへもう一発撃込むと勢いでひっくり返り、足をもがかせて起きあがろうとする。だが腹のダメージと、構造上自力で元に戻るのは難しい体、これで最早勝負は着いただろう。残るは──。
それは本能か。王としての意地か。
使い魔を振り払ったデスカブトは羽根を震わせるとその堂々たる体躯を、これが王だと誇らんとするばかり黄金に輝かせ、今までとは違う、言うなれば『絶対王者』の風格で威嚇する様に吠え狂った。
それを見て、雪次は珍しく目を少し開いて、小さく呟くに。
「巨大な上に黄金に輝くとは……くそ、子供が大喜びするやつじゃないか……」
そっちか。驚愕ポイントはそっちか。そっちである。
なんなら子供だけではなく大人も喜ぶやつ。ああ、せめてサイズが小さかったら……だが、家には持ち帰れないな。ネコがカブトムシを食べるかは知らないが生き物(?)がいる家では虫は飼わない方が無難だ。
だから名残惜しいが始末するしかない──荒ぶるデスカブトとは対照的に、冷静に動きを見定めて接近すると、雪次は間一髪、角の薙ぎ払いを避けてカブトの上に飛び乗り、銃をしまうとナイフを取り出す。
そう、幼少期に虫取りに興じた者なら誰しもが持つ本能に近しい知識──いくら輝いているとは言え、ヘルクワガタで見た通り、構造上はただの甲虫。そしてあいつらは首が取れやすいからな。確かこの辺り、よし刃が通る……では、さらばだ。許せ、デスカブト。
●
一仕事終えて、山中にゴロリと転がるはカブトクワの生首。さて、いくら自然とは言え巨大すぎるそれをこのまま放置していてもいいのだろうか。腹は鳥が食べるとして、頭は中々風化しなかった記憶が……そんな、冒頭の自分を棚に上げて眺めていると、雪次はふと|とある人物《・・・・・》の顔を思い出した。この様なものを任せるには適切なような不適切なような──まあ、どちらにせよ己が被害を被るわけではないが故に。
そう、帰ったら一応掛け軸の件とともに連絡を入れておくか。こういうのが|好きそう《・・・・》だからな、うちの兄は、と。