⚡️Home Coming.
●怪しい者ではありますが
人類の裏切者――そんな不名誉な二つ名を得ても、戦闘機械群からは不遇の扱いを受ける。
辛酸を嘗めながらも、彼らは反攻の機を窺い続けてきた。
「で、おじさんが機を伝えに来たのよ。だから、銃口を下ろしてくれないかね?」
通気口から現れた不審者――もとい、|亜双義《あそうぎ》・|幸雄《ゆきお》(ペストマスクの男・h01143)を名乗る男は断言する。
まるで“未来を視てきた”かのように、彼はつらつらと告げていく。
「三日後、施設内で爆破事故が起こる。一部の警備ロボが、それを“襲撃”と誤認して持ち場を離れるから、その機に乗じて脱出するといい。脱出できたらここに行ってちょーだいね、人類居住区があるから」
持ち込んだ端末に表示する地図を示し、幸雄は行き先を伝える。
「事情を伝えれば、武器や情報提供を受けられるだろうし、住民へ避難を促すこともできる……ああ、ビデオレターだっけ? 伝えたいことがあったら、記録媒体に残して、誰かに渡すよう頼んでもいいと思うよ」
別√の出身であれ、幸雄も√ウォーゾーンの苛酷な状況について把握している。
だからこそ、メッセージを残す意味を、想像以上に重く受け止めているかもしれない。
それから、反攻作戦について、幸雄から複数の実行プランが提示された。
「まず一つ目。レリギオス・オーラムの指揮官、統率官『ゼーロット』の撃破だね。ぜーロットは海路を使った補給線を利用しているから、まず補給船団を轟沈させるところになるかね」
ゼーロット自身と戦うには、戦力不足が否めないため、ぜーロットの配下を撃破する形で支援することになるだろう。
「二つ目は川崎市内に巣くう、オーラム派機械群の壊滅作戦だ。速攻で仕掛けずに段階を踏んで、デカい一発はトドメにとっておくとだろう。無理に攻めこまず、一斉攻撃を仕掛けるポイントに陽動するなり、敵の動きをかき乱すのも痛快だよね~」
敵に一泡吹かせるなら、この作戦もいいだろう。
次の提案は、少し曖昧な部分があるものだった。
「三つ目は巨大通路になっている、大黒ジャンクションの破壊工作。ここは“√EDEN”っていう……ま、豊富な資源を有する領域に繋がっているんだよ。戦闘機械群の必要な|エネルギー資源も《インビジブル》回収するために、大軍勢を用意しているのよね。なので、大黒ジャンクションへ向かう軍勢に横槍を入れて、強襲し続けてくれ」
休んでいる暇はないだろうが、戦闘機械群にとって重要な補給線になるなら、一秒でも遅らせる意義はある。
その次の提案もまた、戦闘機械群にとっては意味があるものだ。
「四つ目だが、これもぜーロット撃破の要に繋がる。√能力者の解放作戦だ。戦闘機械群は、一部の|特殊な人類《√能力者》を実験台にしていてな。そこにいる人間爆弾は……要は死体処理担当。この特殊な人類を量産できたら便利でしょ? だから意図的に製造できないかって、試してるわけだ。おそらく精神的ダメージが一番大きい作戦になるから、救出したらしっかり休むといい」
休息せずして活動効率は上がらない。休めるときに休む、これも生存競争での鉄則だ。
最後の提案は、三つ目と似て異なる。
「五つ目は、カテドラル・グロンバインの破壊工作だね。なんでも合体ロボ『グロンバイン』の拠点とされる場所があるんだってね、それがカテドラル・グロンバイン。川崎市最大のロボット工場でもあるから、製造ラインを潰す意味でも、破壊工作しておきたいよね」
もっとも、警備も配備されていることが予想されているため、脱出するまでが作戦となる。
以上が、人類の裏切者への作戦提案だ。
「外部からも、レリギオス・オーラムの制圧作戦を展開中だよ。脱出後、状況を確認したら、どの作戦に回るかをキッチリ相談してね」
そう言い残し、幸雄は通気口へ戻っていく。
――三日後。人類の裏切者に、帰るチャンスがやってくる。
第1章 日常 『一日だけの撮影会』
●決行日
|予言《星詠み》を受けてから、三日後。
夏の熱気によるものか。拠点内で放熱が追いつかず、外縁近くの施設で爆破事故が発生する。
事故現場と巡回ルートを照らし合わせると、確かに拠点から離脱できる経路が生まれていた。
この機を逃すワケには行かない――内通者はすぐさま動き、指定されたポイントへ駆けだす。
向かった先は、一坪ほどの袋小路。
三方を高い壁に囲まれた行き止まりに、『間違えたか?』と冷や汗を掻かされたが、ここで合っているようだ。
「……おい、こっちに来い」
声の方を見ると、壁に僅かなスリットが生じていて、中から覗き見る人影がある。
「何をしている、早くこっちへ!」
言われるままに隠し通路に飛びこむと、すかさず閉じて、引き入れた者達に向き直った。
その人物――ワタナベと名乗る男は、相手が“内通者だった”と知らずに、居住区内へ連れていく。
「どうやってここを割り出した? 前の居住区で誰かから教わったのか?」
矢継ぎ早に問い質され、返答に窮していると「疲れているよな、まずは休息したいか」と、質問攻めしたことを詫びる。
ワタナベは、拠点内だと物資管理を担当しているらしく、追加物資を回収しようと、外に出ようとしていたらしい。
そのまま居住区の一室へ通されたが、誰かが住んでいた痕跡が残っている。
「ここの家主はもういない、家財も自由に使ってくれ」
戦闘機械群によって亡くなった者の遺品だが、保管できるほど物資に余裕はないだろう。
話題を切り替えるように、ワタナベはビデオカメラを一台とりだす。
「この居住区は運び屋が多くてな、ビデオレターの輸送サービスもやっているのだ! よかったらお前達のメッセージも送るぞ」
ワタナベの提案こそ優先度は低いが、相談を持ちかけるなら彼が適任だろう。
反旗を翻すため、狼煙をあげようではないか!
●接触
|黒鉄《くろがね》・|彪《あきら》(試作型特殊義体サイボーグ・h00276)は、件の人類居住区へ来訪すると、すぐワタナベに接触した。
「――で、おれと同志の人達で川崎市のレリギオス・オーラムへ、逆侵攻をかけるんだ。ワタナベ先輩達も協力してくれると嬉しいな」
戦闘機械群への反攻作戦。それは圧倒的劣勢な人類軍にとって、理想論に等しく、しかし実行せねばならない。
彪の要請を断る理由がなかった。
「上の連中には俺から話をつけよう、全部出せって話じゃないよな」
「もちろん、ここが非常事態に対応できなくなったら一大事だ。ストックが比較的、余裕のあるものを貸してくれればいい」
それから「川崎方面の状況について教えてほしい」と彪が頼み、順を追ってワタナベが説明しはじめる。
「近くに|WZ《機体》をいくつか隠してある、お得意先用の目玉商品ですぐに使える。武装がパルスブレードとWZ用マシンガンしかないがな……。
歩兵用の武装だと、大型武装は商品以外では扱ってない。輸送部隊が鈍足だと困るだろ?」
重火器――つまりミサイルランチャーや迫撃砲、ガトリング砲など、固定砲台向けな代物は期待できない。
“運び屋”という身軽さが売りの仕事なら、真逆をいく狙撃銃もまた、在庫を期待しないほうがよさそうだ。
「代わりと言っちゃなんだが、機関銃、突撃銃、白兵戦の近接装備は全員が持っているから、武器庫に予備が揃っている。他には緊急回避用のチャフグレネードとか、陽動の時限爆弾とかな」
彪はワタナベの言葉に疑問を覚え、
「時限爆弾って、要は相手を巻き込むために使うものだよな?」
尋ねると「そこがミソ」なのだとか。
「“脱出するために起爆した”とか“なにか目的がある”って、連中の演算を狂わせる|保険《・・》だ。人間は人工知能の想定できる行動しかできない、という前提なら、それは致命的な|計算ミス《勘違い》だな」
つまり、想定通りに動かないのも人間なのだと。
それから、彪は川崎周辺について尋ねる。
全ての予定作戦を伝えてから、ワタナベは既知の情報を挙げた。
「補給は確かに、沿岸部に数隻のタンカーが停泊している。輸送に使っていなくても、潜入が難しい上に逃げ場もない。あれだけ大きな船舶なら、資材やバッテリーをかなり貯めこんでそうだがね」
船上という密室に近い環境、そして人類側にとって有益な資源を保有するなら、“船を沈める”選択はとらないほうがよさそうだ。
……逆に、その資源を利用してしまうのも一つの手。
オーラム派機械群の攻勢作戦には、攻略提案も交えてきた。
「オススメなら“武蔵小杉”だな。小規模だが、ショッピングモールや駅構内を利用すれば、相手を分断できるし、南武線経由で川崎区内にも乗り込める……移動手段はうちから持っていきな、電車は目立つ」
エアバイクも貸与してくれるようだが、貴重品には変わりないだろう。壊さずに返却してほしいのが本音か。
三つ目の妨害作戦は、
「大黒ジャンクションって、確か海上にある連結路だな」
「そう、進路妨害は簡単なことじゃないけど、先輩ならどこを狙う?」
彪の質問にワタナベは人差し指を立てる。“ここしかない”と。
「内陸側の産業道路だ。あの辺は工業地帯と住宅地を遮るように、立体高速が伸びている。移動も大師ジャンクション・ターミナルから上がれば大黒ジャンクションへ一本道。側道には、おあつらえ向きな倉庫型卸売スーパーの店舗跡がある。弾薬置き場にも困らない」
洋画でよく見る、スーパーでゾンビやエイリアンを迎撃するシーン……あんな感じになるかもしれない。
√能力者については『一部の人間』として、彪は人体実験について確かめた。
「生還者の話も聞かないし、噂止まりだったが……噂だと、実験場は扇町のバイオマス発電所らしい。皮肉だな、連中にとっての|生物由来資源《バイオマス》は、人間も含まれるらしい。どんな目に遭うか、想像もしたくないが……ろくな扱いを受けないよな」
知らない誰かであれ、拷問同然の扱いを受けている同胞がいることに、ワタナベも表情を曇らせた。
最後に
「カテドラル・グロンバインは、三ツ池公園にある巨大工場か? あそこは“いかにも”ってほど厳重な警備で、近寄ることが自殺行為だぞ!? 本気で行くのか?」
動揺するワタナベに彪は頷き返す。
反応を見て頭を抱えてしまったワタナベだが、意を決するように大きく息を吐いた。
「先に“退路”を考えたほうがいい。教官の受け売りだけど――逃げは|作戦放棄《サレンダー》じゃない。“手段”だと」
だからこそ、『|その誤った認識《固定観念》が隙になる』と、ワタナベは教わった。
「あそこは環状2号線が近いし、周辺エリアも細い通路が多い。|釣《つ》り|野伏《のぶせ》だっけ? 少数で陽動して、追撃部隊を本命打で潰すってこともできる。数が絞れれば生存率も上がる――誰かを危険に晒すが、それも覚悟の上だろ?」
ワタナベは真っ直ぐに彪を見つめる。
彼は本気だ――大勢のために、個の犠牲を出す心構えがあるのかと。
(「この人は、|普通《・・》の感覚が残っているんだ。誰もやりたくない役目を、おれは押しつけられるか?って考えてる」)
状況が彪に“死線を渡れ”と言うなら、彼は渡るだろう。そういう風に教育されたのだから。
そうとは知らないワタナベは、最後に逃走ポイントを挙げた。
「三ツ池公園から数百メートル先に、鶴見川がある。排水汚染やらで、今の水質は最悪だろうが、戦闘機械には容易には入れないはずだ。……ちゃんと戻って来てくれよ」
――人類の裏切者、あるいは極秘で合流できた√能力者にも、彪は全て伝えた。
●|利益《メリット》
「ワタナベさん、ここから一番近い場所ってどこかな? 動くなら近場の方がいいかなって」
コバノビッチ・フロスキー(川崎の情報屋・h08092)もワタナベと接触し、情報収集へ専念することにした。
数秒、思考したのちにワタナベは指折り数えだす。
「直線距離で考えると、一番近いのは|武蔵小杉《作戦2》になる。次点で産業道路の|倉庫スーパー《作戦3》が、|バイオマス発電所《作戦4》、タンカー|停泊所《作戦1》が同じくらい。一番遠いのが|三ツ池公園《作戦5》だ」
作戦概要でいう『2<3<1≒4<5』という順番になるだろう。
聞いた内容を記録に残すと、コバノビッチは「こっちの情報を提供する」と、オーラム逆侵攻の現状を伝え始める。
『大黒ジャンクションは他の|派閥《レリギオス》も狙ってるみたい』
『三ツ池公園にゼーロットと同格、もしくはそれ以上の存在がいるらしい』
『扇島で大規模爆発が起きた、人体実験と関係があるのかな?』
しかし、コバノビッチの情報に、ワタナベは目を細めた。
「気付いてないな? お前達に武器を渡すことで、俺達にもちゃんと|利益《メリット》がある」
ワタナベ達にとって、情報以上の価値があるモノ――“安全”だ。
一般社会においても、警備会社は安全を提供し、それを企業が買い取っていく。
安全も、|立派な商品《・・・・・》と言えよう。
「誰かが敵の数を減らしてくれれば、俺達も輸送しやすくなる。結果的に生存率も上がる――充分すぎるお釣りが来るだろ? “安心安全”はタダじゃないんだよ」
√能力者が戦闘機械群と戦う。それによる副産物が、人類居住区へ多大な恩恵をもたらす。
発想は全体主義的だが、理屈はコバノビッチも解る。
(「この世界は命を賭けて、やっと安全が得られる。確かに、とんでもない利益に繋がってるね」)
「解ったよ。次はビデオレターを頼んでいい? お得意様に持っていってほしいんだけど」
コバノビッチの要請を受け、ワタナベは椅子に座るよう促すと、録画開始の合図を送る。
「シゲ君、見てる? 機械だらけにしといて、冷房も大して効いてないのは不満だよねー。……で、本題ね。大事な頼みがあるから、シゲ君に手伝ってほしいんだ。合流ポイントは――」
撮り終わった|片道切符《メッセージ》を記録媒体に収め、運び屋の一人を送りだす。
●祈願
「助太刀に参りました」
|小夜雀《さやすずめ》・|小鈴《こすず》(雀風招き・h07247)は、先にワタナベと接触した者からあることを耳にする。
『ここでの“安全”は値千金の価値があるようだ』
その認識は、危急存亡の最中にある√ウォーゾーンにおいて、全ての人類居住区で当てはまるかもしれない。
(「わたしも小さい頃、身体が弱くて『お外は危ないから』と、お家で過ごしてました……“安全”ってそういうことですよね」)
安全とは、危険の対語と言っていい。
大事に育てられた小鈴だからこそ、『安全の大切さ』を理解できた。
すっかり窓口役となったワタナベに、緊張した様子で小鈴が一礼する。
それを見て「そう畏まるな」とワタナベは表情を緩ませ、
「お嬢さんも“取引”したいのか? 反攻作戦は『投資ファンド』として魅力的だが、兵員までは期待しないでほしい」
あくまで“物資の支援まで”と念押しするが、小鈴の持ちかける提案は真逆のもの。
「えと、避難勧告のお手伝いならできそうかな、と……|仕返し《報復攻撃》されるかもしれないですし、そうなったら地下は危ないと思うのです」
壊滅すれば、オーラム派も報復どころではないだろうが、別の派閥も“同じ勢力”だ。
小鈴の懸念を聞いて、ワタナベは思案顔を見せる。
「戦闘機械群にとって、反攻作戦の実行者かどうかは関係ないか……まとめ役連中と相談する、少し待ってくれるか?」
人類居住区が|生活共同体《コミュニティ》である以上、足並みを揃えなければ、かえって命を落としかねない。
まどろっこしくとも、段取りをつけることが不可欠だ。
待っている間、小夜は救護班から指南を受けながら、負傷者のガーゼを交換したり、包帯を巻き直して、居住区内の支援活動を行った。
数十分後――居住区の一角に、負傷者や幼い子供、救護班などの非戦闘員が集合する。
ワタナベは「不在中の人員に避難先を伝える必要があるし、物資も一度に運び出せないから」と、しばらく一部のメンバーと出入りするようだ。
(「お山でも、街に下りられないときは|ご飯《食糧》や|お薬《薬品》を譲ってもらいましたが、誰も立ち寄ってくれない状況では難しいですよね」)
物資の流通網さえ麻痺しているのが√ウォーゾーンの現状、『危険を冒す必要はない』と小鈴には言えなかった。
一時的な移転先として、取引用のWZを隠す格納庫が選ばれた――『|機体《WZ》を使えば救護班でもまだ戦えるから』だ。
さて、避難誘導について今の小鈴なら、困難を解決する、かつ非殺傷の願いをひとつ叶える《|願ノ羽《ネガイノハ》》を、半径が“テニスコートの長辺相当”の空間内に適用できる。
範囲外へ出てしまうと、効果がなくなってしまう可能性があるため、小鈴も同行する必要があった。
「風よ、願いを拾って――」
両手を組んで『皆さんが安全に避難できますように』と願うや、|千羽《多数》の祈りを運ぶ風が、地下の居住区を吹き抜けていく。
「か、風? でも、嫌な感じはしない」
「追い風なら、きっと上手くいくってこと……無事に避難できますように」
驚く住民達には「安全祈願のおまじないです」と伝えて、小鈴も負傷者を支えながら、地上に繋がる隠し扉から移転先へ向かう。
侵略者に侵された世界に“安全な場所”など、どこにもない。
だからこそ、危険を冒してでも、勝ちとる価値がある。
第2章 集団戦 『レギオン』
●プランB
人類の裏切り者、√能力者の協議の末――【オーラム派機械群の壊滅作戦】を行う方針となった。
本件は、人類居住区で貸与された『エアバイク』を移動手段として、武蔵小杉から南武線を経由。
川崎市中心部へ仕掛ける攻勢作戦となる。
|先刻の《前章にて》|現地協力者《ワタナベ》に提供された情報も、参照されたし。
武蔵小杉は川崎市中心部より、高級住宅街の色が強く、高層マンションが立ち並んでいたという。
駅は多くの路線と繋がるターミナルとして機能していた。
そのため、駅内も広い上に、中規模のショッピングモールとも直結している。
中継拠点として好立地と言えよう。
――物陰から様子を見ると、多数のレギオンが編隊飛行する光景を何度も目にした。
それだけ敵も多い。真っ向から勝負しても、数の暴力で押し潰されるのは自明の理。
だが、屋内での戦闘でなら、分断し、各個撃破へ持ちこめるかもしれない。
|人類の裏切り者《Anker》、√能力者へ提供された兵装は、
『移動用のエアバイク』『|機関銃《マシンガン》』『|突撃銃《アサルトライフル》』『白兵戦の近接装備』
『各種弾薬』『チャフグレネード』『時限爆弾』『WZ(パルスブレード、WZ用マシンガン搭載)』
以上となる。
丸腰だった人類の裏切り者にとっては、心強い支援かもしれない。
川崎市中心部へ侵攻するため、武蔵小杉駅は橋頭堡となる。
群れを成している、オーラム派機械群へ斬りこむ一歩を踏みだせ。
●0と1という絶対差
千里の道も一歩から――どのような偉業も、手近なところから取りかかり、結果を積み重ねて成就させる。
見方を変えれば、“歩きださなければ、何も成せない”ということ。
物事において、タイミングよりも重要なことは――|始めるか否か《ゼロかイチか》、かもしれない。
支援作戦を聞きつけ、陰ながら支援すべく駆けつけた√能力者。
貸与されたエアバイクを物陰に隠し、武蔵小杉駅周辺を巡回するレギオンへの対応を協議し始める。
「多勢に無勢、には変わらぬ。移動経路を確保する意味でも、駅内部で一戦を交えるが吉で御座ろう」
機械の扱いに不慣れな|鬼臨坂《きりんざか》・|弦正《げんじょう》(金輪際・h07880)だが、斬り捨てるのみなら話が変わる。
各個撃破を狙う意味でも、視界が狭まりやすい屋内で仕掛ければ、被害も抑えやすい。
「カメラ撮影には向いてなさそうですが……うん、密着取材ということで! 戦闘機械群に“インタビュー”していきますよ」
|八木橋《やぎはし》・|藍依《あおい》(常在戦場カメラマン・h00541)はいつも通り、突撃取材を達成しようと意気込んだ
まさに身体を張った取材なのだが、
「撮影している余裕はないと思いますが……死角を取られないように警戒せねばなりませんね」
「いいんじゃない? 量産型の戦闘機械群相手だと、手の内の読み合いができないから退屈だもの」
真剣に懸念する|鳳《おおとり》・|楸《ひさぎ》(源流滅壊者ルートブレイカー・h00145)》に対して、野良ギャンブラーこと|廻夜《やどなし》・|歌留多《かるた》(真っ赤な嘘のイカサマ師・h06203)は“運否天賦”と割り切った台詞を残す。
もっとも、歌留多も勝負師である以上、勝ちへの執念は他のメンツにも劣らない。
「“安全”――それもまた、人類が文化を継続するために必要な状態か。行動原理が理解し合えない点では、怪異も機械も同じかもな」
遠巻きに通過していくレギオン小隊を一瞥し、|柳《やなぎ》・|依月《いつき》(ただのオカルト好きの大学生・h00126)は四人に向き直った。
「それじゃ、駅中で大立ち回りと行こうぜ」
同時刻。√マスクド・ヒーローの武蔵小杉にも、偶然ながら居合わせたヒーローが一人。
被写体を求め、乗り換えようと構内に降り立った|空地《そらち》・|海人《かいと》(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)だが、踏みだした直後に強烈な|違和感《・・・》を覚えた。
(「なんだ? 世界の亀裂があるわけじゃないし、騒動が起きているわけじゃない……なのに、酷く胸騒ぎがする」)
「……すこし、駅の中を見て回るか」
なんてことない日常風景。そこになんら異変はない。
だが、海人は自身の勘を信じて、しばし駅内で過ごすことにする。
●突入
√ウォーゾーンの武蔵小杉では、三台のエアバイクが駅内へ突入しようとしていた。
依月が単独で操縦し、藍依と弦正、歌留多と楸のペアで行動を開始。
なぜ依月だけ、単騎になったのかというと、彼自身は敵をかく乱する役割を担うためだ。
《|404 not found《ページガミツカリマセン》》――戦闘機械相手に、アクセス拒否モードの状態になるという探知無効が状況と噛み合っていた。
「レギオン本体の目は掻い潜れないとしても、監視カメラでも、|熱源探知《サーモグラフィー》でも、今の俺は捉えられないぜ」
移動力に制限がかかっているものの、それでもエアバイクでの走行速度のほうが、歩行速度より速い。
「然らば、俺は店に潜む」
「了解です! 弦正さんのカッコイイところ、たっぷり撮らせてもらいますね!」
藍依は速度を維持したままだが、弦正は躊躇いなく後部席から飛び降り、固い床に受け身をとり、
「せっかく融資してくれたんだもの、その分は働かないとね。命の危険があったら、|楽しいこと《ギャンブル》も楽しめないわ」
「なんだか含みのある表現に聞こえますが、その意図は同意します。お気をつけて」
歌留多の言葉にひっかかりを覚えつつ、楸も同様に下車すると、手近な店舗跡に飛びこんでいく。
弦正、楸が身を潜め、藍依と歌留多がエアバイクを隠している間に、依月が駅構内の構造をその目で確かめるべくエアバイクを走らせる。
あらかたルート候補を確認した辺りで、巡回するレギオンが依月を捕捉し、
『侵入者を発見。これより排除します』
「ずいぶんと見つかるまでに時間がかかったな、自分の目で確かめる習慣をつけたほうがいいぞ」
不敵な笑みを浮かべ、依月は楸達が身を隠すエリアまで、少数のレギオンを誘導していく。
――さて、海人のほうは遅めの昼食を済ませたところだが、胸騒ぎの収まる気配はない。
落ち着きなく周囲を見回すが、やはり日常の光景が広がっている。
談笑する人々と、カウンター内で従業員が注文された料理を用意しているところだ。
(「もしかして、俺の勘違いか? でもさっきより胸がざわついて仕方ない……まさか」
海人の中で別の可能性が浮上する。
(「別√のここで事件が?」)
そう。それは、今まさに起きている|事件《戦い》だった。
場面は再び、√ウォーゾーン。
依月を追うレギオンを捕捉し、弦正達が得物を構えて挟撃をかける。
「いざ参る」
楸と弦正、ほぼ同時に躍り出たが、先に仕掛けたのは弦正。
妖刀『八咫月』の放つ鬼気をまとい、移動速度を向上させて一気に間合いを詰めると、《|留風止水一刀閃《とめかぜしすいいっとうせん》》――鬼臨剣法・抜刀術を放って球体状のレギオンを両断。
自走する勢いのまま空中分解していき、楸も静寂とともに《疾駆》し、全身を使って愛刀を振り抜く。
愛刀『緋閃』の重量を乗せた一撃が、レギオンへ重くのしかかったことで、墜落と同時にスイカ割りのごとくはじけた。
「まずは第一陣、ですね」
「|おかわり《追撃》がすぐに来るぜ」
依月の言葉通り、今度は藍依と歌留多がレギオンを連れて合流。
先ほどより数が増えているが、それはこちらも同じこと。
「合理主義ね、さすが機械生命体ってところ? でも、|理詰め《・・・》すれば勝てると思ってるなら見くびりすぎね」
歌留多の発動した√能力は《|野良ギャンブラー心得:失敗は無慈悲に突け《コーラー・ケアレス・プレイングミス》》。
嬉々とした表情で、相手の感情を煽る言葉を謳う。それにより全ての非√能力者の傍らに、何某かの事象を起こすモノ。
この疑問が浮かび上がるのは必然だろう――この場にいる、√能力者ではない存在とは?
いるではないか。――監視カメラなど、端末を管理する警備システム|そのもの《・・・・》だ。
カメラの視野角に異常を検知し、警備システムがカメラをよそ見させた。
それにより、探知を無効化している依月以外も、自らの存在に気付かれにくくなる。
「これは独占取材のチャーンス! 洗いざらい答えてもらいますよ!?」
藍依が半身とも言える|HK416《アサルトライフル》を構え、《|新聞記者の記憶収集!《レコードスナッチャー》》を射出。
記憶を引き出す特殊な銃弾が装甲に傷を残すが、支障はないと判断したのか、レギオンは一直線に依月へ迫る。
「ハンドルを握った状態じゃ、番傘は構えにくいが……!」
無数のレギオンミサイルを前に目を細めた依月だが、ふと身体が軽くなる感覚を覚える。
直感的に理解した。物理的に軽くなったのではない。低下した戦闘力を別√から底上げされたのだ、と。
「まさか、こんな形で巻き込まれるとはな……けど、やっと胸騒ぎの正体が解ったな!」
√マスクド・ヒーローにいる海人は、もっとも胸騒ぎが強い場所で《|千里念動波《サイコキネティック・クレアボヤンス》》を発動していた。それにより、√ウォーゾーンの戦闘を知覚することに成功。
海人自身の視界内で捉えた以上、依月を|肉眼《・・》で見ている状態と言っていい。
(「世界の亀裂があれば合流できたけど、まずはあっちの安全確保だよな。ここから援護するぜ!」)
海人はこのまま彼らの動向を追うことに決めて、現地の√能力者を注意深く観察し続ける。
依月が番傘でミサイルを振り払い、藍依が銃撃するとともに、弦正と楸が斬り伏せていく。
現地では歌留多が、別√から海人が支援する形で、南武線ホームへの経路を妨げていた巡回動線を断ち切る。
ついに南武線の構内へ到達し、エアバイクも回収した。
「なかなか臨場感のあるショットが撮れましたね、オーラム逆侵攻の特集記事で使わせてもらいます!」
連戦による昂揚もあってか、鼻息を荒くする藍依はどこか満足げに語る。
やはり記事に花を添える、現場写真には力を入れたいところ。
「遠方から支援してもらったおかげで、俺もスムーズに動けたぜ。機会があった礼を言わねーとな」
「情けは人の為ならず、で御座るな」
|思わぬ援軍《海人のアシスト》に感謝する依月に、弦正がゆったりと頷いた。
人類居住区の救援もまた、巡り巡って吉報を運んでくるだろう。
「では、次の作戦内容を確認します。このまま南武線をエアバイクで移動、その後は川崎駅から川崎区中心部にはびこる戦闘機械群を撃破していく……間違いありませんか?」
楸が改めて作戦目標を確認し、各々が頷き返す。
認識の食い違いを減らすことで、いっそう効率をあげられることもあるだろう。
「道中で敵に見つかるかどうか、|なかなかヒリつく旅路《愉快なチキンレース》になりそうだわ」
支援に徹するとはいえ、歌留多も戦場に立つ者の一人――命賭けも吝かではない。
エアバイクを再起動させると、車体が浮遊し始める。
本作戦は武蔵小杉発、川崎行。オーラム派機械群の壊滅作戦となります。
第3章 集団戦 『外道なりし暴徒』
●東西
線路を経由し、川崎駅のホームまでエアバイクを乗りつけられた。
さて、川崎駅の周辺施設も、戦略的に利用価値がある。
まず東口には、地下の商業エリアが駅前から直結しており、商業ビルから改造した建物も多数ある。
バスロータリー跡地は遮へい物が少ない分、高所へ辿り着ければ、不意を突いて攻撃できるかもしれない。
ただし、遮へい物が少ないデメリットは、自分達にも適用されることを、念頭に置く必要がありそうだ。
西口には、タクシー乗り場の跡地もあるが、大型ショッピングモールの存在が大きい。
川崎駅より規模の大きい商業施設で、入り組んだエリアも多いだけに、身を隠してかく乱することもできそうだ。
モール内の中央広場に敵が集められれば、一網打尽にすることも可能――単独で成立させるなら、それなりの作戦が必要となる。
情勢は大きく傾いているが、“残存戦力が移籍する可能性”がゼロとは言いきれない。
戦闘機械群へ寝返った、真の裏切り者は、最前線から置き去りにされている。
それらをこの場で挫く――汚名を雪ぐならば、これも必要な行いとなる。
●lobotomy mob
川崎駅構内に到達してすぐ、近辺の建物へ潜伏。
移動拠点として用いる部隊が残っている以上、その選択は必然と言えよう。
「いやー、来るの遅かったね。道に迷った?」
コバノビッチ・フロスキー(川崎の情報屋・h08092)はジットリとした眼差しで、量産型WZ『グレイブドール』に搭乗する|吉野《よしの》・|茂人《しげと》(4人で1人・h02464)を注視した。
しかして滞在先が不明で、タイミングが悪ければ入れ違いになる可能性もあった。
迅速に届けられただけでも奇跡に近く、茂人が憤慨するのも無理はない。
「緊急連絡で博打を打たないでほしいんすけど!? しかも指定ポイントまで行くの、マジで大変だったんすよ? 砲撃の雨あられを突破するの、どれだけ大変だったか……機体を無傷で持ちこんだ時点で、もう運を使い果たした気がするっす!」
死を覚悟する場面は山ほどあっただろうが、追撃を振り切って強行突破するとなれば、命がいくつあっても足りなかったことだろう。
「信頼できる仕事仲間じゃなきゃ頼めなくてさ、それより後ろに乗せてくれない? |補助《ナビ》するから……で、キミはどうするの? 単騎駆けはキツイってお達しだよ」
グレイブドールへ乗りこもうとして、コバノビッチは現地で合流した、フル装備の不動院・覚悟(ただそこにある星・h01540)に目を向けた。
覚悟も事前に報告書には目を通し、状況を確認している。
「そちらも実質“単騎”ですし、足並みを揃えたほうがいいでしょう。お二人の希望はありますか?」
特に希望がなかったこともあり、質問を返す。
「東口だね。“遮へい物が少ない”ってことは死角が少なく、射線が担保されている。なにより地の利の優劣も少ないのがいい」
ショッピングモールは相手のほうが構造を理解しているし、広いほど把握するまでの時間がかかる。
そして、屋内戦となるためWZでは動きにくいシーンが多そうだ。これは堅実な選択、と言っていい。
覚悟も「手札は多めに用意しました、対応できるかと」と言い、締めくくりは東口方面で決まった。
『外道なりし暴徒』――それは人の身を捨て、戦闘機械群へすり寄った者。真なる“人類の裏切り者”の一端。
内蔵部品をこれ見よがしに露出させ、塹壕棍棒を振り回しながら、改造したエアバイクで疾走している。
「侵入者・撲滅! 侵入者・撲滅! げははははははは!」
「早く来い来い|侵入者《インベーダー》ァ――この思考が澄みきる|快感《・・》を知らねぇとは、可哀想だなぁ!!」
どうやら指示が更新されないまま、彼らは警備員として稼働しているようだ。
理性も取り除かれているのか、育ちの悪いチンピラじみた言動が目立つ。
珍走する一団を見つけると、覚悟は立ち上がった。
「僕が先行します。WZと生身の人間、どちらなら“勝てる”と油断するかは明らかですから」
そう言って《守護する炎》を纏い、狂騒する暴徒の動きを注視する。
(「如何なる理由があれど、人類に反旗を翻した以上……同情の余地はありません」)
戦場に立つ以上、情けを求めてはいけない。情けをかけてもいけない。
一度でも裏切った者は二度目もあると思え。|三度目を決して許すな《どうせ裏切り続けるのだ》。
――肩に担いだ滅巨鋼刃を握り締め、覚悟が走行する外道暴徒の直上へ飛びこむ。
「あん? 頭上に、熱げ……?」
視覚で捉えるより早く、炎熱がその身を襲う。
巨刃に蒼炎が迸り、落下速度が加速するほどに燃え上がって――接触寸前に鉄塊ごと叩きつけた。
強引に空中で薙ぎ払うことで、僚機の暴徒達も墜落させていく。
「「「ぐあぁぁああああああああああ!!?」」」
走行中によそ見をしない。安全運転においては基本中の基本だが、警備員の仕事は警戒することだ。
安全を確認するなら、頭上も注意しなくては。
一人着地した覚悟が巨刃を担ぎ上げ、突っ伏した暴徒を見下ろす。
「川崎一帯は反攻作戦により戦場と化している、そこまでは把握していますね? 人類の敵に加担した以上、討伐対象と認定します」
宣戦を布告する覚悟だが、相手はそれどころではなかった。
「あぁ!? や、やっと支給された内蔵型照準器が……このクソメガネ! てめぇのメガネ何個分でできてると思ってんだ!!?」
片眼から火花を散らす様子からみて、どうやら先ほどの強打で故障したようだ。
人体と機体、どこまで融合しているかは不明ながら、元人類の彼らは好待遇だったとは言い難いかもしれない。
騒ぎを聞きつけ、他方からも増援がぞろぞろと現れ始める。
湧いてくる様子にはコバノビッチも肩を竦め、
「無法者って、こういうときに限って団結するんだよね。茂人、光学迷彩は起動したよ」
「了解、グレイブドール行動開始」
決戦気象兵器『レイン』、並びに|透過多面体式光学砲《プリズムランチャー》――|起動《セットアップ》。
コバノビッチが照準補正をかけている間に、茂人は《相乗りウォーゾーン》を発動。
先行した覚悟に、敵の意識が集中している今、不意を打つ絶好のチャンスが転がりこんできた。
改造バイクから跳躍し、擲弾を射出しようとした暴徒めがけて、光熱線の暴雨をお見舞いする。
分散、反射する数多の光は嵐の如く。鋭角な軌道を描き、改造バイクごと暴徒らを貫いていく。
「だぁぁぁぁ!!?」
「コソコソとゴ■■リみてぇに……出てきやがれ! 手首足首と脳味噌もぎ取って、下手くそな“人間オルゴール”にしてや――」
とんでもない罵詈雑言が聞こえてきたものの、撃ち逃した擲弾にも着弾したようだ。爆風よって罵倒は掻き消された。
上手いこと擲弾で暴徒を巻き込み、思わず茂人は指を鳴らす。
「ヒュゥ~棚ぼたってやつ? このまま接敵するんで舌噛まないでくださいよ、っと!」
「気を付けてよ、奴さん方――|他にも手品がある《・・・・・・・》と見た。あの手の連中は意外と器用だからね」
√能力は視認こそできても、認知できるものではなく、ましてやAnkerには予測できるものですらない。
情報屋の嗅覚で言い当てたことに、茂人は微かに目を細める。
(「こんな時のコバさん、結構当たってるから困るんだよなぁ」)
降下直前にコバノビッチは警戒を促し、グレイブドールのプロテクトバリアを起動。
着地ついでに転がる外道暴徒を踏み潰すと、姿を現した|グレイブドール《茂人&コバさん》にWZ製MGが火を噴く。
「|機体《ガワ》はバラして組み込んでやる。|中身《操縦者》は要らねぇや、生きたまま64KBの記憶装置と側頭葉を入れ替えてみるか?」
倫理観すら破綻してしまったのか、人体実験になんら躊躇いを感じない。
悪趣味な言動を突っぱねる形で、茂人も煽り返していく。
「ここに来る道中のほうがヒリついたな、振り切るっていう無茶ぶりを抜きにしてもよ!」
“下手な鉄砲も数打ちゃ当たる”というように、何度も試せば上手くいくことがある。数の暴力も当てはまるだろう。
ただし、試行できるという前提が崩されれば、話が変わるもの。
「負傷を恐れて勝利できるとは思いません。ですが……好き勝手できるとも、思わないことです」
茂人達のアシストに、同じく弾幕にさらされていた覚悟が飛びこむ。
銃弾が頬を掠めても躊躇わず、突き進み――右掌で暴徒を捕らえるや、理不尽な全方位弾幕が収まったのだ。
《|阿頼耶識《あらやしき》・|羅刹《らせつ》》が√能力を無効化したことで、2回攻撃で範囲攻撃となる銃撃も、本来の法則性に抑えこまれた。
(「一度封じてしまえば安心、ということはありません。懸念材料を取り除きます」)
|念砲従機《ファミリアセントリー》が、覚悟の掴む暴徒へ向き直り、一斉射を開始。
間断なく放たれる攻撃は、胸部モニターはおろか露出する強化骨格も穿ち、風穴だらけの暴徒は仰向けに倒れていく。
すでに循環器も機械化していたらしく、血の海は広がらなかった。
「先ほどの爆風で敵全体の損傷率は上がっていますが、聞きつけた第二波の増援が来るかも知れません」
「群れを率いる|頭《ボス》はいないようだけど、残存戦力は把握できてないからね。ここにいる連中を掃討したら帰って飯にしよう」
コバノビッチが返すと「やるのは俺なんすけど?!」と茂人に抗議されたが、反対しているわけではない。
話がまとまり、覚悟は最後の一押し――《|阿頼耶識《あらやしき》・|修羅《しゅら》》を発動する。
「では、60秒後に決着をつけます」
優勢であるほど、気が緩んだ瞬間ほど、油断が生じるもの。
確実に息の根を、心の臓を、いや生命維持装置を止める!
強固な意志と怒りが、覚悟の胸中で膨れ上がっていく中、片眼から火花を散らすあの暴徒が飛びかかってきた。
「スカしたクソメガネが! レンズごと目ん玉ぶっ潰してやらぁ!!」
浮遊砲台で軌道を逸らすと、滅巨鋼刃ではじき返しノックバックさせる。
「げひゃひゃひゃひゃひゃひゃ……可哀想だねぇ、この爽快感が解らねぇなんてよぉ!?」
「ざつねん?ざつだん? とにかく頭ん中のゴチャゴチャだってなくなる、最っ高だよなぁ!」
メモリーに不具合が生じ始めたらしく、目的が“敵の排除”か“人体改造”か解らなくなってきたようだ。
コバノビッチは覚悟をモニター越しに一瞥し、一言。
「彼、なんかドデカい一発を仕掛ける気配がするんだよね。こっちが援護に徹したほうがいいかも」
|非√能力者《Anker》であるコバノビッチに、√能力は認識できないはず。
だが、雰囲気で感じとった様子に、茂人も努めて冷静に返す。
「了解っす。機動性は悪くても、白兵戦になったらド派手に揺れますかんね!」
再び、光学兵器で狙いをつけながら、内蔵していたWZ用ジャンクブレードを引き抜く。
プリズムランチャーと『レイン』による|三次元十字砲火《座標軸で捉えるクロスファイア》が放たれると、覚悟を避けるように閃光が駆け抜け、包囲しようとしていた外道暴徒の一部が崩れ落ちた。
「今度こそコイツをぶちこんでやるよぉ! クソデケぇ花火でメガネパリーンしてやる! しちまいな!!」
まだ大破していなかった改造バイクに飛び乗るや、急加速させてから跳躍。
きりもみしながら擲弾発射機を覚悟に向け、狂気で血走った肉眼と、破損する義眼を見開かせる。
「――……ふー」
しかし、外道暴徒の見た覚悟の瞳には、狂気を越えた“侠気”が映っていた。
理不尽。不条理。どちらも物事の筋道から逸脱する、外道の所業。
独裁で虐げ、独断で辱める独善的な行い――覚悟はそれらを一切、許さない。
丹田に力を込め、覚悟が力強く駆けだす。
鬼気迫る気配に気圧され、外道暴徒は引き金を引くタイミングが一瞬遅れてしまう。
そこへ茂人が横槍を入れようと、ジャンクブレードで外道暴徒を叩き落とし――落着するより早く、待ち構えていた覚悟の怒りが最高潮に達した。
「限界を超えた渾身の力、受け止められますか?」
蒼炎が噴きだす拳を突き上げ、外道暴徒の胸部を打ち貫く。
強烈な一撃は、壊れかけの戦闘機械に耐えられるものではなく、コバノビッチの目には『相手を拳で爆散させた』ように見えただろう。
それほどまでの渾身の一打が、この場の幕を引いた。