慟哭のメモリア
● 完全なる魂を目指す機械
我らは戦闘機械群。
ひとを越え、世界に覇を唱えし者たちなり。
だが目指す|完全機械《インテグラル・アニマス》への路は遠い。
何故なら、私たちはひとの持つ魂を持ち得ぬから。
儚い心を、それを燃やす情念を。
逆境の修羅場あってなお一時は覆した、ひとのあの鮮やかなる魂が裡にはない。
愛情の深さが分からない。
絆の斯くたるを知り得ない。
理不尽を覆し、条理を越える奇跡はひとだから起こせる。
機械の演算では出来ないのだ。
ああ、故に僅かに残ったひとらよ。
どうか我らに魂の何たるかを教えておくれ。
武勇に矜恃、慈愛に希望。
それらを以て挑み、だが壊されてなお生きる心を教えておくれ。
生きる姿を踏み潰され、慟哭をあげる|魂《メモリア》を見て、我らは完全へと至るのだ。
● 星詠みの声
「皆さん、助けてください」
真っ直ぐにそう言えるのも、また心の強さ。
青い双眸に鋭い光を灯して語りかけるのは エルゼ・アーベントロート(星の瞬きを願う・h04527)。
まるで星のような眸の彩。
危うい未来、災いの未来を視ても希望の光が褪せることはない。
「私の故郷、√ウォーゾーンのひとつの械都市が危険にさらされています」。
現在は人類の居住区となっている都市。
だが、そこに戦闘機械たちが襲撃を仕掛けるというのだ。
「戦闘機械たちの目的は殺戮。それも……」
理不尽なほどに、生きるひとの営みと心を壊した上でいうのだ。
惨劇と殺戮の中でこそ、ひとは心と魂を煌めかせるから。
最後の輝きこそ美しい。
命を捨てて抗う中にある強さこそを求めている。
「機械にはない生きて渦巻く情念。それを知って、完全に至ろうと。その為に、惨たらしい虐殺を」
ゆっくり、ゆっくりと広げていこうというのだ。
全ては殺さず、悲願を魂に刻んだものだけ残して。
それを見て、感じて、知って、自分たちは完全なる機械へと至ろうとしている。
ひとなど、自分たちの進化の為の贄でしかないのだと。
「――許せません」
切実な悲しみと、それを越えようとする声が響く。
エルゼの指先が掴むのは、妹の名残を宿すペンダント。
「だから、皆さん。力を貸してください」
無論、無慈悲な蹂躙を許すような能力者たちではない。
「戦闘になったら、戦闘機械たちは一般人を狙って動くようです。戦域が広がっては、人々の救助さえも難しい。……ですので、都市に敵が流れ込んだ敵を、速攻で迎撃してください」
初戦、第一波の戦闘はあらゆる都市の防衛機能は活かせない。
が、代わりに人的被害はなく、都市の機能も失わせることもない。
怒濤の先陣を切ってあらゆる敵を払い、穿ち、砕いて撃ち抜く。
防衛というよりは攻勢だが、是も非もないだろう。
「その後は近くの防衛機能を作動させ、敵を集める予定……ですけれど、相手も星詠みがいるのでしょう。確定した未来は言えません」
エルゼの視た未来では外周近くの祈りの広場で、敵の指令機体を迎え討つ。
元々、信仰の寄り場である場所だ。
協会を中心に、四季とりどりの花が咲く場所。
今では牡丹に薔薇といった美しい花や、プリムラやジュリアンといった可憐な花が咲く。
噴水もまた見事な作りだという。
静かに佇むのも良いし、音響を使ってもいい。
心を澄み渡らせて待ち構え、全力で迎撃するのだ。
「ですが、それが最善とは言えない気がします。……指令機ですが、動き出すのに時間が掛かりそうなんです」
これはもしも。
そういう未来の|道筋《ルート》。
迎撃に留まらず、更に攻勢を仕掛ける。
或いは指揮機を発見して攻撃を仕掛ける事が出来れば、確実な有利がとれるだろう。
「どうすればいいのかは私にも分かりませんし、確実なのは祈りの広場での迎撃ですので、その準備を進めておきますね」
確実な防衛か、果断の攻勢か。
全ての未来はこの戦いに身を投じる能力者たちにかかっている。
そうしてエルザが頷き、皆をこれから戦地となる場所へと見送るのだった。
第1章 集団戦 『シュライク』

● 断章 ~この戦路を、ただ疾く征く~
轟く爆音と、破壊の反響。
人類を守る都市の高い外壁があった。
だが、爆裂によって穴をあけられ、白煙を立ち上らせている。
揺らめく火の気配がする。
蹂躙と闘争、破滅の風がぞわりと肌を撫でて。
『――――』
そして一気に雪崩れ込むのは無数の鋼鉄の人形、戦闘機械群である『シュライク』たちだ。
顔はある。目はある。
耳もあって、口もある。
だが何かを語ることもなく、聞くこともなく。
殺戮を繰り広げようと、躰の奥から鋼の駆動音を響かせた。
次から次へと壁の穴を通り抜け、街の奥へと殺到していく。
この数でこの場を抜けて、人々の暮らすエリアへと出られれば流石に止められない。
なら能力者たちに求められるのは、一体も逃さず、そして通さずに殲滅すること。
果断迅速を以て、疾風迅雷の戦へと身を躍らせよ。
そして、或いは――逃さず討ち取るだけではなく、能力者たち自らが先陣を切って、敵群を押し返せるなら。
都市の外で待つ敵の本体と、指令機に迫れるのであれば、星詠みも見通せなかった、もしもの|路《ルート》を辿れるかもしれない。
その為にも斬り払え。
穿ちて砕き、焼き払って凍て付かせよ。
戦風を渦巻かせ、勝利と希望を手にしよう。
====================================================
●状況の確認と解説
数え切れない程の『シュライク』の群れが殺到しています。
都市への入り口となっている外壁の割れ目が未だ大きくない為、一度に全員は入り込まないものの、次々と討ち取っていかないといけません。
ただプレイングでは、無数を相手にするのも、一体ずつを確実に倒していくのもどちらでも大丈夫です。優劣はつけません。
ご自由に戦ってくださいませ。
迅速さは求められ、次にどう繋ぐかも重要ですが、戦ってこの都市の人々を護るというのが一番大切なこと。
プレイングボーナス(重要として特に見て判定する部分)~敵を速やかに撃破する~
分岐条件。
守るだけではなく自ら攻めて、逆に敵の本陣へと迫ろうとする。
また、戦いながら敵の本体や指令機を探し出しだす。
機先を制するは、狙撃者の青き双眸。
壁を破壊し、狂奔の儘に突き進む鋼の人形たち。
まさに戦禍の象徴。
蹂躙の言葉そのままに、ひとの生きる都市を壊していく。
「シュライクさんたち、暴れすぎだねー」
そんな暴虐の人形を遠方から見つめる、おっとりとしたエルフの姿。
ソノ・ヴァーベナ(ギャウエルフ・h00244)だ。
千年という永き時を生きているとは思えない、柔らかな美貌。
澄んだ青の眸に、柔らかな銀の長髪。
日焼けした肌もあって、まるで現代に生きる乙女、ギャルのよう。
だがその腕に握られるのは狙撃銃。
使用者の魔力を弾丸として放つ、マギア・スナイパーライフルだ。
「これはお仕置きタイムだね!」
穏やかな春風のような、明るくてマイペースな姿はそのままに、ソノは建物の屋上へと跳躍していく。
都市を機敏に駆け回り、狙撃の位置を取るのは狩りに専念するエルフそのもの。
秘やかに、けれど、何よりも速く。
絶好の狙撃ポジションを取ってソノがスコープを覗き、狙撃手としての技を示す。
魔術と鋼鉄が紡ぐ狙撃の銃声は、数瞬遅れて響き渡る。
弾丸は音速を遙かに超えているのだ。
戦闘にいたシュライクの頭部が撃ちぬかれた、と思えば、続けて重なった後方の二体が胴の中心を穿たれる。
そうしてようやく響いた銃声に、シュライクたちが遮蔽へと隠れようとするが、もう遅い。
「どこに逃げようと無駄だよー」
この周囲は、既にソノの領域だ。
何処に隠れようと無駄だとソノは軽やかに遊底を引いて、次々と乱れ撃つように魔弾を放っていく。
が、その全てが精妙。
エルフの眸と繊指が為す妙技だった。
神話に語れる森の妖精が狙った鏃を外すことがないように、ソノは百発百中と敵を撃ちぬいていた。
一発も外れることはなく、建物に隠れたシュライクさえ壁ごと撃ちぬかれて地面に斃れていく。
「まとめてさよならバイバイ!」
一撃、一撃もまた狙撃の域を超えている。
射程距離、貫通力、破壊力、ともに神秘の砲撃そのものだ。
それでいて、ソノに慢心など欠片もない。
数体のシュライクに接近されていると気づけば、別の建物へと飛び移りながら、開いた手でホルスターから引き抜くのはルーン・マグナム。
白銀の銃口が向けられた先で驚愕を浮かべるのはシュライクたち。
ソノを散り散りになって追いかけて来たシュライクだが、誘導されて一カ所に集ってしまっていた。
しかも周囲には市街地の遮蔽物が逃げ道を断つように転がっている。
「さあ、おしまいの一撃だよー!」
ソノの手の中でくるりと廻ったルーン・マグナムが眩く煌めいた次の瞬間、|断滅神裁銃《パニッシャー》へと変形している。
「ラスト・ジャッジメント!」
絶え間なく連続して響き渡る、災いを穿つ銃撃の音色。
その弾丸のひとつ、ひとつに帯びる運命は崩壊。
一度を受ければ、次の一撃で砕け散る終わりを穿たれ、シュライクたちがその身をガラスのように儚く散らす。
銃声が終わった後に残る、微かな硝煙と静寂。
それさえも切り裂くように、ソノは再び跳躍して次の建物の上へと移動するのだ。
全力で、決して一体も逃さないように。
「全部、銃弾で捉えてみせるかねー」
ソノは戦禍でも変わらない、柔らくて明るい笑みを浮かべていた。
――そして再び、狙撃の銃撃音。
それは、ひとの手で編まれた故の美しさ。
未知の世界より採取された細胞に、あらゆる技と技術を注ぎ込んでデザインされた存在。
ひとの業を紡がれ、磨かれ、宿されたもの。
美しき死神の貌だった。
イ・ヨハン(人間(√EDEN)の職業暗殺者・h00988)とは、脅威を排する冷淡なる黒き死神。
「戦禍の世界か」
ぽつり唇より零れた物静かなヨハンの越え。
風は冷たく、微かに鉄の塵が混ざっている。
「成る程、ルートに足を踏み入れればこのようなところに繋がるのか」
冷淡な紫の眸をゆるりと動かし、周囲を見つめる。
似ているが、異なる。
確かに此処はひとつの異世界。
常識も、在り方も、過去も違うのだ。
鋼の駆動音と、連続する銃撃。
硬い何かが絡み合い、壊し合う冷たい音色。
「この喧しさが、不思議と落ち着く」
ヨハンにとっては、それも不思議と馴染むのだ。
自らの為すべきことが、排除すべき脅威が鮮やかに浮かぶからか。
瞼を閉じて、ひとつ息を零した。
そして静かに足音を響かせ、黒いコートを翻しる
ヨハンは、自らが為すべきことを成すのだ。
怖れも、不安も、興奮も不要。
ただ冷たい鋭さを以て、外壁の割れ目から侵入する敵群れへと突入するのだ。
「さあ、始めようか」
ヨハンはその美貌に僅かに凶暴性のいろを宿し、紫の双眸で数多のシュライクたちを見つめる。
先制を奪おうとするのは、戦闘機械群の習性か。
ひとを見れば殺戮をするのだいう定めの元、ヨハンへとクローで殴りかかる。
だが、その攻撃の意志こそがヨハンのサージカルプロトコルの発動条件。
速やかなる威力行使での一撃がシュライクの胴へと叩き込まれ、活動を停止させる。
同時にボイドを纏い、隠密状態へと移るヨハン。
まさに音もなく命を奪う、暗殺者の手際だった。
「――――」
そして、幾度となく、ヨハンを探して敵意と攻撃を向けた相手へと、静かな殺技を叩き込んでいく。
接近戦であればハブMW176。隠密性に優れたカランビットナイフの切っ先を、機械の隙間に突き刺して内部を抉る。
反撃にとクローが叩き付けられても、幾本も身に忍ばせたナイフで受け流し、何処が|急所《駆動源》なのかと探っていく。
一体でも急所が見つかれば、あとは全員、そこを貫くだけだ。
「しかし――鈍い。所詮は機械か」
シュライクのクローも、また先制の力を秘めている。
が、どちらが先に攻撃の意志を放つかという勝負。
心境を静謐さで保つヨハンにこの後の先の勝負で勝てる筈もなく、何もする事が出来ずに一体、また一体と鋼の人形が機能を停止させられ斃れていく。
何もさせずに潰すのが、どんな敵をも討ち倒す最大の策。
まさにその通り。故に、淡々と、静かささえ漂わせながら、シュライクの数が減っていく。
「……そこか」
まるで虎の爪の如きヨハンのナイフが、ついにシュライクの急所を見つけたのだ。
「なら、後は幾度となく穿たせて貰おう」
そういいながら、ヨハンの左右の手が掴むのはトガリネズミAQ1とマルチツールガン。
二つの銃口を凝らし、変則的に緩急を付けて隙を誘いながら銃撃を続ける。
その姿は、さながらひとりダンスを踊るかのよう。
クローで殴りかかられても、躱してみせる。
逆にヨハンの有利な遠距離まで跳躍して間合いを離し、一方的に銃撃を浴びせるのだ。
そして確かな隙が産まれた瞬間、武器改造で連結させるふたつの銃。
元より他の武装やアタッチメントとの連結・合体機能を有しているトガリネズミAQ1。
一撃の貫通力を増した弾丸がシュライクの装甲の上から、急所である駆動源を撃ちぬき、ひとつひとつと確実に葬っていく。
白煙をあげ、火花を散らし、転がっていくシュライクたち。
ただ、彼らに命はあったりだろうか。
「――――」
ふとヨハン見上げた空は、高く澄み渡る青空だった。
それだけは、どの世界でも変わらない。
ならこの空の先に何があるのかと手を伸ばしかけて、けれど、ヨハンは瞼を閉じて腕を降ろす。
今はただ、この広がる戦禍の為に戦うだけなのだから。
殺し、排する為の業だとしても。
今はただ、ひとの生きる場所を護る為にあるのだから。
この青き空の美しさよ。
きっと数多ある世界でも、等しき色を湛えるものよ。
なら、きっとまだ見ぬ楽園もこの空に覆われているのでしょう。
ならば願わくば。
この戦禍に包まれた地も、楽園の祈りで救われますように。
ひとかけでもいい。
たったひとりだけでも
「楽園の祈りで、命と心が助かるなら――私は祈ります」
柔らかな声色で紡ぐはイリス・フォルトゥーナ(楽園への階きざはし・h01427)。
夜色に似た優しげな長い髪に、宵空のような澄んだ青い眸。
裡に輝くは祈りと希望。
決して諦めないのだという、優しい強さを持ってイリスは戦地へと歩み始めた。
「此処が何処の都市か、私にはわからないけれど」
それでも、この思いは変わらない。
全てに幸福を届ける、真実の楽園を思い描き、軽やかな足音を刻む。
「みんなが楽園へと至る前に命を散らすなら」
空へと掲げるは聖祓杖『アルカディア』。
清らかな光を湛え、闇と罪を祓う道標の灯火たる宝杖が、微かな光と祝福の音色を奏でてあげた。
憐れなる魂よ。
機械に宿り、自由を得られぬ心よ。
どうか、この楽園へと至りなさいと光がと福音が導く。
「使徒の、お役目の時間です!」
そうして純粋無垢な、柔らかな美貌に決意を乗せて。
こつ、こつと魂導く足音を鳴らして鋼の人形、シュライクたちへと向き合う。
鋼の人形は笑いはしない。
言葉も喋らず、また聞きもしない。
「ヒトに似て、けれどヒトと異なるもの」
ある意味、化け物といえるだろう。
姿形がひとに似るからこそ、イリスには余計に恐ろしく感じてしまう。
ふるりと身を震わせ、それでも希望と信仰を縁に、きゅっと強く聖祓杖『アルカディア』を握り絞めた。
――そう。総べては楽園へ。
「痛みも悲しみもない理想郷へ、みんなと至るために」
そのみんなに、誰ひとりも零れ落ちることがないようにと。
イリスは腕を伸ばし、背筋を正し、幼げな貌に光を溢れさせる。
いいや、神聖なる光にその身が包まれるのだ。
「力を貸して、天使さま!」
オラシンオンの教義を語り、天使を降霊させて憑依することで、イリスが顕現させたのは仮初めの楽園。
優しい光に包まれて白い花が咲き誇り、あらゆる苦痛から解放された、求める安寧の理想郷。
光を重ね、織り上げて、イリスは理想たる使徒の存在となる。
「此処でなら、超重力だって怖くありません」
だって、あらゆるものはイリスを傷つけることはないのだから。
それが楽園。誰をも救う使徒として、救済の光を帯びてイリスは歩む。
無意味であると分からないのか、重力弾を立て続けに放つシュライクたち。
その存在を、心と感情のない姿に哀れさを懐きながら、それでもイリスは前へと進み出る。
「都市には、絶対に入らせません」
オーラ防御で護りの白翼を編み、周囲を覆って庇護の盾となるのだ。
結果としてシュライクに殺到され、弾丸や鉄の刃が迫る。
ひとつ、ひとつが本来は命を奪うもの。
恐ろしい痛みを与えるものだとイリスは知っているから、びくりと身を震わせてしまう。
だって、イリスは少女なのだ。
怖れをしらない、聖女ではないのだから。
「でも」
瞼を瞑れば、長い睫毛がふるりと揺れる。
柔らかな貌に祈りを浮かべ、唇から救済の言葉を紡いでいく。
ずっと天使と共に魔力を溜め、十分に満ちれば天に循環させるようにと高速詠唱で聖なる光を放つのだ。
「さあ、アルカディアの聖なる光よ――すべてを導いて!」
イリスの祈りに応えるよう、周囲に一体に満ちる純白の光。
避けられない。光射す場所ならば必ず当たる。
まるで楽園の誘いのように。
祈りとは必ず叶うものだと、光が歌いあげるように満ち溢れていた。
澄んだ光は織られ、重ねて、紡がれる奇跡のように。
はらり、はらりと雪のように真白い羽根が散る。
「ああ、天使さま……!」
感嘆の吐息を零すイリス。
浄化と導きを共にもたらした天使にと祈りを捧げ、ふっ、と光を途切れさせる。
あらゆる悪を祓い浄め、罪を焼いた光の先、全てのシュライクが斃れていた。
その人形の身に、心と魂はあったのだろうか。
イリスには何も変わらないけれど、ただ純粋な優しさと、僅かな戸惑いを貌に乗せて、柔らかく、優しく、少女として微笑む。
「どうか、貴方がたも……楽園へ、至れますよう!」
ただ一輪の花を届けるように。
その祈りを捧げて、イリスは瞼を閉じた。
この過酷なウォーゾーンの戦場は、何もそこに立つ兵士だけで成り立つのではない。
確かに前線兵士が命の火花を散らすのは熱き鉄火場だろう。
が、彼らと支える者がいて、ようやく戦えるのだ。
前線戦士を支えるのは、あらゆる技を尽くす戦線工兵。
「迅速な行動かあ」
そのひとりであるヨシマサ・リヴィングストン(神出鬼没の戦線工兵・h01057)は、翳りのある貌でぷつりと呟く。
「れじゃあ工兵として前線に出る隊とご一緒しましょっか」
その姿は不健康そのもの。
細い躰に、荒れた髪。目も表情筋もまるで死んでいるかのよう。
ふらふら、ひょろひょろという言葉がまさに当て嵌まる――だが、戦場を進む姿はまさに機敏そのもの。
彼もまた戦場に在るものなのだ。
渦巻く戦禍の過酷さをむしろ気に入っている。
流れ弾が近くの壁に跳ねた。ともすれば、こんな簡単な、偶然の一撃でヨシマサも命を落としてしまうかもしれない。
そうでもなくとも必死に耐えて戦い、塹壕で忍び、それでも圧倒的な数の蹂躙を受けて終わる命とてある。
だが、そのスリリングさをヨシマサは気に入っていた。
鉄と炎が織り交ざり、一触即発の火薬と機械が蠢くこまこの争い世界。此処でしか、自分は生きられないと自覚するほどに。
これほどに鮮やかに命が踊る場でしか、真実の心の脈動などありはしないのだろう。
「…………」
つぅ、と赤茶色の眸を向ける。
前線で果敢に銃撃を続ける部隊。
シュライクの持つ火力と、機械故の瞬発力に押されかけている。
ならと、しゅるりと伸ばすのはサイバー・リンケージ・ワイヤーだ。
「みんな、とりあえず頑張って~」
範囲に居る仲間とワイヤーを接続し、反応速度を飛躍的に上昇させる。
結果として空を切ることが多かった銃弾も次々とシュライクの装甲に着弾し、損傷を与えていく。
気づけば一体、二体とシュライクが斃れていく。
上がる歓声に、けれどヨシマサは変わらない声色で告げるだけだ。
「ん~。範囲外の人は……う~ん、その人本人にお任せします」
白兵戦は苦手としているヨシマサ。
流石に味方の近くにいってまで、どうにしか支援を届けるというのは難しい。
かといって銃撃も苦手。
誰かが歩兵を随伴できるようなWZがあれば別ではあるが。
ひとまずは、駆り出された装甲車に乗り込み、安全な鉄板の向こう側から応戦を続けるだけだ。
「まったく」
ヨシマサに覇気はないように見えるが、着実に、そして迅速に戦場で成すべき事を果たしていく。
出来ない事は出来ない。
自らが得意とする事に専念し、それぞれを組み立てていく。
それが戦場であり戦線。工兵であるヨシマサは、個人の武勇よりも、着実な地盤を固める強さが後に影響するのだとよく理解している。
もっとも、そのウォーゾーンはそういう意味でも劣悪なのだが。
「……そこ気に入っているのかな? うん、多分。そう」
後がないから、未来を犠牲にして生きている。
それでどうにかなる訳ではないのに、ただ戦火の裡を歩いている。
そういう人生に、ヨシマサは異などない。むしろ、歓迎さえしていた。
「一応は、ね」
小型無人兵器である『レギオン』に命令を下す為の通信装置に触れ、『FS-0899-ASTT556』を起動させるヨシマサ。
少し型番は古いが、後付けで光学迷彩を搭載したものだ。
ヨシマサが持っているスマホと同じく、絶賛改造中。いずれは魔改造へと至るだろう品。
これなら、前線が逃してしまった個体なら処理できる筈だ。
周囲の景色にに溶け込んだ『FS-0899-ASTT556』が空中を疾走し、負傷して退避していたシュライクへと攻撃を放つ。
攻撃されても、その元の位置が分からない。索敵か逃走かの二択で迷うシュライクは、次の銃撃で崩れ落ちる。
新型の実機テストは次の機会かと思った処に、チャージ切れの武装が投げて寄越される。
「もう。少しは丁寧にしてくださいよ~」
戦場でそんな余裕を見せられる人間など限られている。
が、ほんの数瞬でチャージからメンテナンスまでを終わらせ、ヨシマサもまた武装を投げて返す。
「どんどん持ってきてください。秒で直すんで」
有り難いという声が聞こえた気がする。
だが、煩いほどに銃撃と爆音が続く戦場では、誰の声も確かには届かない。
ただ、自らの鼓動だけを感じて、ヨシマサはゆっくりと瞼を閉じた。
此処で更なる戦火が燃え広がっても、ヨシマサの様子は変わらないだろう。
そう確信させる何かがあった。
躰は鋼鉄。
されど、姿は女のもの。
微笑むことも、囁くこともない。
携える武装を以て、あらゆるを穿って進む暴力装置こそシュライクだ。
が、どうしてもソレは女の姿だった。
そう見えてしまうのは避けられない。
「女のような機械か」
御剣・峰 (蒼炎の獅子妃・h01206)は琥珀の双眸をゆっくりと細めた。
あいつなら、殴る拳も斬る刀もないというだろう。
信頼に似た確信。それが、あいつの誇りというものだ。
自ら定めた路であり、それをただ突き進むだけ。
「まあ、あいつらしいがな」
実際、峰の眸も白刃のように冷ややかだった。
女の姿を模しているのは、情を注いで隙を作ろうとする意志があるのだろうか。
女であれば、手加減して当然と。
そのような傲慢さが、この世界にもやはりあるのか。
問うても応えはない。
ならばと青い髪と共に、颯爽と戦陣を斬り抜けてゆくだけだ。
峰が手にするのは真白き鞘と柄を持つ霊刀、獅子吼・破軍。
星の力を宿す薙刀を打ち直した霊刀である。
魔力を持たない者には只の刀でしかないが、峰が持てばこれは稀代の銘刀にも劣らない。
すぅ、と鞘より走らせ、切っ先で風を斬る。
「矜持も義もないような強さは、私も強さとは認めない」
鋭い声色で紡いだ峰は、そのままシュライクたちが群れる中へと駆け抜けていく。
「武芸者なら、あいつも相手をするんだろうがな」
しかし、詮無きこと。
今はこの闘争を、滾る血と魂を感じるのだ。
峰が願わくば、この先に自らの奥に眠る鬼を起こす程の猛者がいることを願って。
「いざ、斬る」
まさしく疾風と化して地を駆ける峰。
古龍の霊を纏い、常人の動体視力では影も追えないほどの速度でシュライクへと迫る。
銃に武術で挑むのは愚かなことか。
いいや、突き抜けた想いと武は条理を覆す。
天武古砕流はまさにそんな修羅の|狂気《つよさ》である。
シュライクが峰へと銃口を向け、重力弾を放とうする。
が、そこには意志がある。動きがある。
あらゆる予兆と気配を読み、先を捉えて動くが武の基本にして神髄。
ただ真っ直ぐに飛ぶ弾丸をどうして怖れようか。
どれほどに速くても、どれほどに殺意が凝縮されても、精妙なる心と技の伴わないものは、峰を捉える事も出来ない。
「――そこだ」
研ぎ澄ました第六感で捉える発射の瞬間。
察知すると共に見切りで弾道と着弾点を予測する峰。
が、あろことか、左右へと身躱す事を捨てていた。
ただ自らの肉体の限界を一時的に越え、跳ね上がった身体能力と速度を以て一陣の風と化して、更に突き進むのみ。
滾る血と闘志が肉体の構造さえも変え、間接や靱帯という駆動の枷を越える。
峰の姿、まさに迅雷。
戦禍を斬り裂く烈刃の姿だ。
残像を幾らか散らすのみで、シュライクの戦闘思考でも捉えきれない。
「――――」
発射される重力弾は、ただ空を切る。
次の瞬間には峰がシュライクの懐に飛び込み、溜め込んだ魔力を霊刀に帯びさせ、一刀のもとに斬り伏せた。
「鋼の人形というから、もう少しは斬り応えがあると想ったが」
走り抜ける剣風。
その澄み渡る音色よ。
凜然と峰の剣刃が響き、直後、次なる相手を袈裟に斬り伏せる。
「鎧甲冑より脆いではないか」
身を翻し、旋風と化した刃を放てば胴が両断されたシュライクが地に転がる。
「人を真似ても所詮は機械か。楽しくも、面白くもない勝負だ」
故に、ただ冷たく、静かに、峰の美貌と獅子吠・破軍の鋭刃は澄み渡る。
まるで水面であった。
明鏡止水が如き静けさで、白刃が振るわれ、美貌が佇む。
一息に間合いを詰め、勢いの元に振り下ろすは真っ向から一直線に降り降ろす。
抗う事は出来ないと、するりと断たれる鋼の躰。
そうして冷たい吐息を獅子吼・破軍の刀身に零し、峰はゆるりと次の敵へと向かう。
戦陣を斬り裂く、真白き刃の姿。
純白の色彩を以て戦禍の領域を征き進み、鋼鉄の災いを払う。
それこそがクレス・ギルバート(晧霄・h01091)だった。
儚さを思える白雪の風姿。
弾丸など受ければ斃れるのでは。
荒事に巻き込まれれば、傷つく雪花を思わせる。
いいや、クレスはそんな繊細な存在ではない。
果敢さと、誓いを懐く誇りを胸に懐くもの。
まるで白く、白く、輝くかのようだった。
昏き闇い夜の底より、朝焼けの空の先へと導く花の聲が為の刃。
菫色の双眸がゆるりと揺れて、眼前で広がる戦いを見た。
「ヒトの感情……」
とても、とても理解し辛いもの。
夢があり、希望がある。
優しさと矜恃は、ひとを限界の先に羽ばたかせるという。
「愛だの何だの俺もよく分かんねぇけど」
持つが故に分からないのか。
まだ情念の揺らめく深さをクレスは知らないのか。
ただ真っ直ぐにと駆け出し、きりっと鋭く眼光を光らせる。
「其れを識りたいからって」
宵に滲まぬ白外套、皎の袖を以て鉄火の風を払う。
分からないかと迷う必要などありはしない。
「心や命を壊そうとは思わねぇな」
ただそれだけで十分。
クレスの刃に募るは、確かなひとの心。
「ま、花が綺麗だと感じる心は解る」
今はそれで十分だと、敵を捕らえて息を零す。
瞬間、白き疾風が人形の懐へと走り抜ける。
まさに俊足。影をも追わせぬ体捌き。
晧の刀身が鞘走る、澄んだ音色を響かせと共に踏み込み、放つは月のように白く澄み渡る一閃。
清らかに、しかし、清冽に。
吹き抜ける皎刃の居合一閃、災禍の人形を断つ。
しかし、留まることなく足を滑らせ、繊細な躰を舞わす。
切っ先に伴う太刀風は晧き飈となり、縦横無尽にと空間を翔けては斬り裂きて穿つ、無常なる音色を奏でる。
剣風が白雪の息吹となれば、クレスの周囲のあらゆるが斬り刻まれるる
ひとつ飈の剣刃を振るったかと思えば、その後に続く無数の純白の剣閃。
眩い剣光は視界を奪い、刀身のみならず、狂奔する斬風の届くものを斬り棄てる。
ただ、静かだった。
月光の静謐さを以て、阻む者を斬る。
だが菫色の眸がふと前を見れば、怖れを知らない人形たちが殺到していた。
「これはまた大勢だな」
ゆらりと晧の切っ先を泳がせ、構えを変えるクレス。
その髪で一輪、夜明けの青を咲させる花が一華、今も在るのだから。
決して退かない。何にも負けない。
炯る誓いは――決して毀れぬ故に。
「けど、こっから先は譲らねぇよ」
より多くを巻き込めるよう、疾走の勢いを乗せて横薙ぎの一刀で敵群れを外壁側へと斬り飛ばすクレス。
鋭刃を翻し、続けざまにと斬り上げ、白き剣光の十字を刻み、数多の敵を一息に屠る。
この麗しき白き光のもとならば、魂を知りたいと渇望した戦闘機械群れたちも、自らの終わりに頷けるかもしれない。
「重畳。だが」
まだ、まだ敵はいるのだと菫色の眸は戦意を灯すばかり。
「……片っ端から潰していくぜ」
外壁の割れ目を目指して走り、擦れ違い様に居合でシュライクたちを斬り棄て、戦場へと視線を走らせる。
他と形状や色が違うものはいないか。
指示を出しているもの、複数の人形に守られている個体はいないか。
本来ならば散り散りに走り抜ける筈の敵が、密集している場所はないかとクレスの視線が探し続ける。
心の底に触れたのは、微かな違和感。
どうしてこの戦闘機械群れたちは、迷うことなく市街地を進めるのか。
「まさか……空か?」
上空から偵察と指示をしている個体がいるなら、こうした散会した動きも納得が出来る。
鳥の影かと過ぎ去ったモノを追い、クレスが建物の壁を蹴って上へ、上へと跳躍していく。
しかし、それを阻むようにと建物の屋上から強襲をしかけるシュライクたち。
「邪魔だ――悉く、散れ」
先ほどまでの全てがそうだったように。
玲瓏たる澄刃の音色を奏でる皓飈の一閃が、真白き残影を残してシュライクたちを斬り捨て、その先へとクレスは壁と壁の間を跳ね上がっていく。
この先へ。
戦いが終わり、迎える平和な日々へと。
「お前らに呉れてやる命は一つとしてねぇよ」
クレスは白き刃で路を斬り拓きながら地を、空を、戦場を翔けてゆく。
弱くて、儚い存在であるひとが生きるということ。
その大変さを、大事さ。
これ程の都市に集まり、自らの人生を歩み続けている。
「その思いを、あの機械たちには分からないんだろうね」
そう呟いたのはマリー・コンラート(|Whisper《ウィスパー》・h00363)。
翠色の双眸に僅かな悲しさを浮かばせながら、首を振るう。
今、必要なのは感傷ではないのだから。
避難している皆も、それぞれのやり方で人類の領域を取り戻す手助けをしているのだ。
戦場で、整備場で、生活を支える為の施設で。
明日、食べるものだって大事に、みんなの為にと集められている。
そんな気持ちを理解できず、みんなで生きようとする記憶もなく――魂を理解できる筈もないのに。
「蹂躙して、壊すことで知ろうとしている」
けっして、けっして、理解も許すことも出来ないとマリーが表情を引き締めた。
「そんな人達に残酷な仕打ちをしようとする指揮官には痛い目を見せないと」
まだ見ない敵。
だが、絶対に撃退するのだとマリーは建物の中を移動し始めた。
「その為にも、まずは攻めてくる敵を残さず倒そう!」
主戦場となっているのは市街地の路地だ。
建物を障害物とし、路や隙間を走り抜けて後方、人々の暮らす場所へと迫ろうとするシュライクと、それを迎え討つ能力者。
だが、それが全てではないだろう。
むしろ、建物のオフィスや部屋に隠れながら進む敵とている筈。
市街地戦の定石でもある。
「――――」
だからこそ戦闘服であるレプリノイド・ステルスウェアの隠密性を利用し、迷彩と忍び足の技術を活用して、次の部屋へ、次の建物へと移っていく。
足音ひとつしないマリーの動き。
迷彩機能を利用することで、建物の壁に溶け込む姿。
戦闘の為の|少女人形《レプリノイド》。
自らのその機能を活かして、マリーは進む。
他の人々は派手に戦っている筈だ。路地からは剣戟や銃声、或いは眩い光と熱が溢れている。
これなら正面突破には拘らず、隠密戦に切り替える個体や群れもあるだろう。
そんなマリーの見立て通り、集団となってシュライクたちが建物の中へと入っていく。
隠密状態であるマリーに気づくことなく、最後の一体までが入り込んでいく。
こうなれば、この一群の警戒は前方か後方。
同じ建物の中から横手を突かれるという意識は薄れている。
「…………!」
故に好機は今。
身を翻し、狭い通路から強襲を仕掛けるマリー。
シュライクたちはその攻撃の意志に反応してクローの先制を仕掛けようと跳躍するが、窓枠や壁にとクローが激突して即座の攻撃に移れない。
「場所と装備は選ばないと、ね」
歌うような澄んで響き渡る声で告げたマリーが放つのは音波の弾丸――|Resonance Effect《レゾンナス・エフェクト》。
自動小銃である“|Whisper《ウィスパー》” HK437から連続で放たれる音波属性の弾丸は着弾と同時に、美しい音色を響き渡らせていく。
だが、それは共鳴振動を引き起こす崩壊の歌だった。
鋼の躰を持つシュライクには特攻でもあっただろう。装甲を砕け散らせ、内部の動力から火花を吹いて次々と斃れていく。
弾丸ではあるが、共鳴振動による範囲攻撃。
隠密行動の為に密集した相手にはこれほど効果的なものも少ないだろう。
何が起きたかと理解出来ず、攻撃と退避の判断にシュライクたちが迷って動きを鈍らせる。
「さ、次はそちらだよ!」
その瞬間を逃さないと連続して降り続く音波の銃弾。
こうなればもう徹底抗戦しかないが、狭い建物の中ではマリーの方が圧倒的に有利。
「一網打尽にしちゃえば逃がす心配もないよね!」
一体も逃さず、必ず此処で倒す。
そう決めたマリーはトリガーを引き続ける。
マリーの銃撃の歌で、シュライクたちの終わりを飾るきるまで。
戦場に歌が響く。
今のマリーは、戦場で銃火で奏でるのみ。
けれど、いずれ。
いずれ美しい世界で自由に救いの歌声を紡ぐ為にも、今は戦おう。
手に入らないものを求める嘆きか。
それとも果てのない貪欲さか。
どちらにしても、魂を求めがら殺戮を犯す機械など真っ当なものではない。
「へぇ、またぞろ愉快な事を考えたガラクタが出できたもんだ」
ひゅう、と冷たい風の吹く中で告げるのは小夜鳴・チトセ(腕部強化型義体サイボーグ・h00398)。
鋭い赤の眸で戦禍の広がりを見つめている。
胸の奥で疼くのは、熾火のような敵愾心。
喪ったことがないから、そういう振る舞いが出来るのだ。
奪われたモノの気持ちなど、到底、鉄のガラクタには分からない。
「ただ、コッチへ来ないでお互いに潰し合ってくれよ」
チトセは軽く、自らの義手で拳を握る。
かつての襲撃で両腕に重大な損傷を負い、この義腕の強化手術を受けた。
重く、強く、そして何より戦い抜く為のこの剛性強化型義腕。
「――無いもんねだりする前によォ」
来るというのなら、正面から叩き潰すの。
無いものねだりをして、目の前に来たのなら、過去の分も含めて相応に強烈な一撃をくれてやる。
見えるものには、チトセの身に纏う叛逆の気骨が燃え盛るように映っているかもしれない。
ともあれ、やる事は至ってシンプル。
迫る敵は全て捉え、ひとつも逃すことなく。
「殴って、叩いて、ぶっ壊す」
チトセは軽く笑って身を翻し、躊躇うことなく戦禍の渦へと身を投じた。
先に動いた能力の活躍によって、おおよのシュライクの動きは封じられている。
拮抗しているというのなら、出遅れたチトセが追加の火力となって戦線を押し上げるのみ。
「オーケー、オーケー。任せておくれよ」
変わりに横手や偵察、隠れた奴は頼んだ。
目の前の全てを殴り付けてやるとばかりに、シュライクの前へと立つチトセ。
鋼鉄の武装を持つシュライクを前に、緩やかに拳を構えてみせた。
「そっちも腕が自慢らしいがね、こっちだってちょっとしたもんがあるんだ」
義腕が響かせる、鋼鉄の駆動音。
その拳撃の一発、一発が砲撃にさえ勝るだろう。
防壁も何もかもを纏めて撃ち抜く。
そう感じさせ、異を挟ませない威容を纏っている。
「つぅ訳で文字通りの腕試しといこうか?」
首を傾げて、一歩を踏み出したチトセへの返答は巨大な銃口だった。
重力弾丸を放つ強烈な砲火。
だが、それを前にしてもチトセの貌は微かにも揺らがない。
「正直、撃ち合いは得意じゃねぇし、結構重いんだわコレ」
恐怖を感じない訳ではないのだろう。
だが、それを上回る猛勇さと怒りがあった。
――決して、こんなガラクタたちにこれ以上、奪われてたまるかよ。
自らを奮い立たせ、地を蹴ってシュライクたちの懐へと飛び込む。
重力弾が放たれるが、軌道と着弾地点、そして効果範囲を目測で測り、ただ敵群の真っ只中へ。
もっと熾烈で、もっとも苛烈な戦場で吠えるのだと、右の鋼腕をシュライクの顔面へと叩き付ける。
耳を劈くような轟音。
雷鳴かと錯覚するような衝撃と音が響き渡り、一撃で頭部を粉砕されたシュライクが後方へと吹き飛ばされる。
「――はっ」
そのまま次の固体の懐へ。
重力弾での応射の暇など、チトセは与えない。
相手も鉄爪でガードしようとするが、チトセにとっては関係なかった。
一で捌き、二で仕留める。
左のフックで強引にガードをこじ開け、真っ直ぐに胸部を穿つ拳撃の一撃。粉砕された鉄の人形を尻目に、次から次へと殴り飛ばし、撃ち砕き、粉砕して進み続ける。
「ほら、どうした。戦闘機械群ども。その名が泣いてるぜ」
チトセはボクシングなど倣ったことはない。
拳法など知らない。まさに喧嘩殺法。だが、戦場で磨き上げられた、鋼鉄の武威である。
流麗さは見えずとも、確実に真を捉える実の拳。
全力殴打の二連撃は、籠められた情念の重さと真っ直ぐさ故に、何より危険。
銃では間に合わないと鉄爪で応じ始めるシュライクたちだが、チトセは不敵な笑みを浮かべて、疾風の如き二撃連打を繰り出し続ける。
まさに縦横無尽。
粉砕の嵐が、チトセを中心に渦巻いていた。
「最後に立っていた奴が勝者、ってなァ!」
敵の頭部をアッパーで粉砕すれば、そのまま歩みを滑らせ近くの敵へ。
敵群の真っ只中にいるのだ。
当たるに任せているだけでいい。
チトセが勢いの儘にただ殴り続けるだけで、敵が押されていく。
宣言した通りにチトセを中心にして戦線が押し上げられ、少しずつ、少しずつと防壁の割れ目へと敵群れが押し返されていく。
あと一押し。
それならばと、熱を帯びた鋼の豪腕を唸らせ、稲妻の如き猛威を振るう。
戦場はひとを返してくれないという。
命を奪うだけではない。
心も魂も、感情さえも掴んで、もう逃さない。
一度、ひとの裡に戦火が刻まれれば、もはや日常生活を送っていても、その光景は鮮やかに蘇るという。
なら、彼はどうなのだろう。
物心ついた時から戦場で生き続けてきた歴戦の兵士である彼は。
嵐覇の異名で呼ばれていた神代・京介(くたびれた兵士・h03096)の心は、どのようになっているのか。
「…………」
姿は既にくたびれたように見える。
戦場で摩耗してしまった心と体。
黒い双眸に、白い肌。何処か擦り切れた鋼を思わせる、その容姿。
幾つもの戦場をその能力を駆使して制圧してきた。
だが、自分の心と命に、平穏を奪い返す事は出来たのか。
「戦場はいつまでも俺を離してくれない……か」
真実は京介ただひとりが知っている。
ぽつりと呟きながら、手袋に包まれた五指を動かす。
さながら戦場で鍵盤を弾くかのような流麗な仕草。
その指の動きのひとつ、ひとつに従うのは無数の小型無人兵器『レギオン・スォーム』たちだ。
超感覚センサーによる索敵と、波状攻撃を持つ兵器。
だが、この全てを攻撃へと費やす為、京介は影鴉と無数の小型ドローンを展開し、索敵を任せて撃ち漏らしのシュライクへと優先的な攻撃の指示を送っていた。
最前線より一歩下がった位置。
だが故に、索敵と火力の射程を広げられたポジション。
数多の能力者が奮戦する前線から逃れる事が出来るシュライクが、無傷である筈がない。
駆動ぎりぎりまで削られ、それでも進もうとする機械人形に終わりを告げるよう、何発ものミサイルが放たれる。
爆撃に次ぐ爆撃。
銃声をも掻き消す爆音が周囲で巻き起こり、振動が京介の立つ建物の屋上にまでも伝わる。
「…………」
が、一切も動じることもなく、鋭い眼で戦地を見つめ続ける京介。
気づけば前線も次第に敵群を押し返し始めている。
怒りや勇猛さが示す熱か。
それとも希望や信念を抱いての光か。
どちらにせよ、最前線で戦うものが活路を斬り拓いているのに変わりはしない。
しかし、この第一波を押し返してもまだ本隊が残っている。
迫る次なる激戦の一助となるべく、京介はドローンの一部と影鴉に索敵を命じる。
「よし、行け。獲物を洗い出すんだ…!」
狙いは敵の司令官機。
他のモノには戦闘を継続しつつ、手数と『眼』の多さで戦況を把握し、状況を分析し、次の流れを予測していく。
京介の索敵が地上を網羅する。
それでも敵がいないのなら、後に残るものは……。
「なるほど、上空……空か」
青い空を見れば、鳥の影が飛んでいる。
確かに高い飛翔能力を持つ個体であれば、空からの観測と指揮が出来るだろう。
地上からの怒濤の攻勢の相手をしている間では、決して手出しが出来ない。
「だが、それも此処までだ」
感づかれた事に気づいたのか、空の影が外壁の向こうへと消える。
それを追う京介のドローンは、本隊やこの襲撃の指揮機を必ずや見つけるだろう。
同時に、残る手数を活かすべく、索敵情報をリアルタイムで反映させ、戦況を自動更新する地図と化して近くの味方へと共有する。
「さて。次はどう出る」
まさか此処で終わりはしまい。
戦場の静けさを感じ取り、京介が胸のポケットから取り出したのは黒嵐――強い苦みと、深い香りを持つ高濃度の煙草。
肺の奥まで吸い込み、じわりと広がる苦みと香気を愉しんだ。
微かに頬を緩ませ、紫煙を吐いた。
ゆるりと和らぐ、黒い双眸。
けれど、それも束の間の夢のよう。
「さて、次だ」
次の瞬間、京介の眼は戦場を見渡す、歴戦の兵士のそれへと戻っていた。
全ては儚く消え去るもの。
故に、何一つとて零しはしないのだと。
戦い続け、生き抜いてきた京介は緊迫の気配を纏って佇む。
嵐が過ぎ去っても、次の嵐が来る。
いいや、次は自分たちから攻め込むのだ。
この都市を、これ以上壊させない為に。
落ちた煙草の火を京介の靴が確かに踏みつけ、消し去る。
この戦火を絶やすと誓うが如く。
鉄火の粉塵を宥めるは甘やかな香気。
到底、戦禍の渦とは思えない、穏やかに揺蕩う花の如きその香り。
ああ、されど彼女は戦を知るもの。
織り成す芳香も、時に魔を祓う火花を散らす。
儚くも、激しき熱の存在。
紫の眸をゆるりと泳がせ、戦場を見つめるのはカヤ・ウィスタリア(誘い引く香り木・h02501)。
銀の髪に、透き通るような白い肌。
荒事には決して向かないような貌。
しなやかに美しい脚で戦地を踏みしめ、香りをくゆらせる。
ひと、いいや心あるものを誘惑するような、その秘やかな甘い匂い。
二百を越える齢も、ただただ神秘を漂わせるひとつの要素。
カヤという存在を意識すれば、その美しさと匂いのせいで、もはや目を離す事など出来ないだろう。
自信溢れる美貌と表情は、傍に在るものに極楽の夢を紡いでみせるというかのよう。
「然り」
戦闘機械群たちの求める、|魂《メモリア》。
それはひとの命、人生の髄である。
「命を燃やし、燃やし尽くしたその先に見える想いは確かにあろうよ」
それなくば、果たして如何に生きたと言えるだろうか。
が、それは生き抜いた|記憶《メモリア》あってこそ。
「己が求むる答えが為にヒトの子らを殺めた後に」
殺戮の果てに得られるものなど、空虚な灰に過ぎない。
余熱ばかりを懐くか、それとも足りぬとまだ彷徨うか。
「其れを機工の者がどのように感じ取るかなど、この身にはとんと分からぬがな」
カヤと戦闘機械群は全く異なる存在。
魂の不在を嘆く鋼鉄に、何を言えるというのか。
「されど、ただ一つ確かに言える事はあるぞ」
そうして息を吸い込んだ直後、紫の眸が激情に揺れる。
「――私は、この遣り口が気に食わん!!」
馨しき芳香を纏う穏やかなる姿と思えば、苛烈なる炎をその声と双眸に垣間見せる。
いいや、燃えて残るものこそ香気というものか。
カヤは自らの技巧の粋たる匂いを漂わせ、敵群へとひたりと向かう。
「故に、纏めて相手してやろうぞ」
複数を同時に相手取るようにと戦線へと入り込むカヤ。
シュライクが銃弾を浴びせるが、濃縮した香が織り成す飛翔剣、香裂刃で受けて弾く。
柔らかく鋼を包み、まるで花を舞わす風のように彼方へと誘うカヤの繊腕。
剣戟の腕だけではない。
渦巻く香気を手繰るからこそ、銃弾は知らぬ方へと飛んで行くのだ。
まるで誘われ、夢の穴へと落ちるかのように……。
甘やかな香りが戦場を包み、鉄火の存在さえ霞ませるが、シュライクたちはそれに気づかない。
カヤの纏う芳香と共に、撒布し続けるは爆炎香。
魔を成分として調香した香は、そのまま魔性の技となる。
口はあっても呼吸なき機装。
されど、それがどうした。動くというのなら装甲には隙間があり、熱を放出す空気の出入り口がある。
むしろ口と鼻しかないヒトより、数多の香りをその裡に溜め込むだろう。
「爆ぜるは鮮やかに、より激しくとな」
カヤがしなやかな指を鳴らせば、命を受けたように撒布された香気が爆ぜる。
連続で爆ぜる火が焼いて壊すのは体表の鋼のみならず。
関節という駆動部と、砲身に染み渡った香。
更には、内部にまで染み渡った芳香が鮮やかな爆炎を湧き上がらせ、周囲一帯のシュライクを内側から爆砕していく。
「ふむ、このようなものか」
焼け付く炎と粉塵の匂いを、自らの甘い香りで包み、覆い隠して更に前へと進むカヤ。
「仮に」
僅かに試案するカヤ。
「この群れに長がいるとあれば、手勢はそれを護ろうと動くであろうな」
故に、逆に勢いよく攻め懸かれば、おのずと相手の本陣の位置を分かるだろう。
ならばと敵群れの動きの僅かな違和感も見逃さず観察し、本隊を追いかけて見つけてみせよう。
カヤが過ぎ去った後に残るの火。
そして甘やかな匂いを漂わせる彩霞の余韻ばかり。
静かにカヤの香気が揺れて、戦場の奥にまで染み渡っていく。
戦禍が吠え猛り、粉塵が荒れ狂う。
途絶える事の無い銃声と、続く爆音がこの領域の主。
つまりは、闘争と暴力に支配された場所。
「いきなり激戦区……」
青い双眸を鋭く細めたのは、二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)。
猫の耳で捉える凄まじい戦の音に、表情はただ引き締まるばかり。
ダンジョンの深部でも、こんな嵐のような過激さは滅多にない。
もしも他の世界であれば、こんな有様を修羅場と呼ぶのだろう。
「というよりかは寧ろ、この世界ではこの光景が日常的。……という表現の方が現実的か」
悪夢のようだが、それが事実だ。
周囲の建物をよく見れば、傷ついた古いものや、真新しいものが織り交ざるように乱立していた。
建築様式や素材としてみれば一環している。
つまり、何度も何度も破壊と修復を繰り返しているのだろう。
長い年月を生き残ったものは、たとえ建築物といえども早々ありはしない。
何もかもが、戦火に焼かれて朽ちていく。
二階堂の呟きは、押し殺した感情が見え隠れしていた。
「死ぬも生きるも戦局次第か。|応える《くるしい》ね」
これがただの冒険であれば、どれほどに気楽であるか。
だが、戦うと決めた以上は人々の命を背負うのだ。自分の人生だけではないという重みに、覚悟の炎を燃やして二階堂は立ち向かう。
インビシブル融合で神経接続させるのは、タイラントギガース。
肉体を依り代として生成された異形の機械腕だ。
スピードで劣るが、頑強さで勝る機械腕に召喚したヘビー・ブラスター・キャノンを一基、硬く保持させる。
二階堂自らの怪力を誇る腕には、それぞれ一基を携え、合計三基のキャノンを構える。
「じゃあ、行こうか」
前進と同時に放たれるのは、粉砕の砲火。
轟音を響かせて飛翔し、着弾と同時に爆裂する榴弾。
三つの砲身から乱れ撃たれるそれは、接近する許さずにシュライクたちを衝撃と爆炎で掃討していく。
渦巻く炎と鋼の激音。
撃ち砕かれ、粉砕され、転がる何かの音色。
灼熱がアファルトを融解させ、転がる鋼の残骸を呑み込む。
そして白煙を伴って前進と砲撃を続ける二階堂は、まさしく破壊をもたらす存在と化していた。
前進を阻むもの、あらゆるを撃砕する竜であるかのよう。
ああ、確かに――この砲火は火竜の咆哮であった。
これほどの猛撃と威力。振るう事を叶えるのは、血中の竜漿濃度が異様に濃いりも一因としてあるのかもしれない。
かつて在り、今は霊魂として儚く在る竜の力を濃く血に宿す|職業冒険者《ダンジョンエクスプローラー》。
そんな二階堂より放たれるのは、まさに破滅を呼ぶ火竜の吐息だった。
「……っ!」
ウォーゾーンの戦闘機械群といえど、この火力を前での抵戦には限界がある。
超火力と手数による蹂躙に退避しようとするが、市街地ともなれば儘ならない。
加えて重武装によって減少した速度を補うよう、前線へと鋭く切り込む二階堂の動きと歩方。
壊れたアスファルトに更なる足音を刻みながら、粉砕した敵群を突っ切り殲滅していく。
「――――」
が、命を省みないからこそ恐ろしき人形、シュライク。
片腕を粉砕されながらも建物の上層へと飛び移った個体が、落下と共に捨て身の強襲を仕掛ける。
「翼もないのに、勇敢なことだな」
いや、その勇敢さを知らない機械故か。
叡智と技術の末なれど、心と魂を知らぬ人形。
そんな虚しきモノの矛先など、どうして二階堂が怖れよう。
落下と重力の力を乗せた金属槍を、機械腕が持つ砲身で受け止める。いいや、弾き返す。
タイミングを完全に見切り、自らの剛性と重量で押し返すのだ。
劈く鋼鉄の悲鳴が聞こえたが、剣戟の音色に比べればまだ軽い。
「さて、と」
そして間髪を入れず、シュライクの胴へと廻し蹴りを放って近くの建物の壁まで吹き飛ばす。
「おやすみの時間だよ」
そして反撃は零距離射撃。
確実に、完全に、一切を残さぬという砲撃の猛威。
爆炎はシュライクを粉砕して消し飛ばして、この世に残骸も残さずに残さない。
周囲には波打つ炎。
じゅぅっ、と何が焼けて、融けて、泡立つ音がする。
砲身から立ち上る熱が陽炎をうみ、周囲の空間を揺らめかす。
その中で静かに、青い眸を動かす二階堂。
彼だけがとても静かに、そして冷たく在った。
「後は……」
UFOの飛来して来る方角こそ、敵の前線基地へと向かう手がかりだろう。
これほどの数で襲撃を仕掛けているのだ。
それほど遠くにはいない筈。
三つの重装の砲身を響かせ、二階堂は更に前へと進んでいく。
救いを探して、より深き死地へと戻るモノとして――その歩みと姿は、異なる世界でも何時もと変わらない。
静かなる怒りが、鋼の駆動音を呼び起こす。
確かに、機械にひとの感情は伝わらないかもしれない。
だが搭乗者に応じるように戦機のコアが脈動し、唸りを上げて周囲に響き渡る。
「虐殺だと……ふざけるな戦闘機械群共!」
低く、低く、憤激の声をあげるのは北城・氷(人間(√ウォーゾーン)の決戦型WZ「重装甲超火力砲撃特化機【玄武】」・h01645)。
噛みしめるにと告げるのは、絶対の覚悟と殺意。
「……返り討ちにしてやる!」
いいや、それだけでは止まれない。
北条が乗る決戦型WZ、『重装甲超火力砲撃特化機【玄武】』が重い鋼の音を立てながら、前へ前へと進み始めた。
彼の【玄武】は決戦型WZの名に恥じぬ重装甲にして重火力。
その鉄壁の装甲は攻撃の悉くを弾き、砲撃に特化させた超火力は群がる敵群を粉砕する為にある。
一騎当千。この戦禍の世界を征くひとが手繰る力。
「殲滅だ! 人類の誇りを見せてやる」
北条の魂の慟哭のもと、【玄武】の装甲が紺碧へと輝き、最終決戦モードへと変形させ、シュライクの大軍に真っ向から挑む。
怖れなど在りはしない。
どれほどに集まろうとも、戦闘機械群に負ける訳はいかないのだから。
烈火の勢いを見せても、北条の声色と心の底は冷静さを失わない。
まさに戦と鋼鉄の冷徹さを備えている。闘志が炎の如く滾っても、判断を狂わせる事がない。
「行くぞ!!」
初撃で戦陣を斬り裂くのは高熱の閃光。
右腕に構えさせた大口径ビームランチャー【撃滅】が眩い閃光を放ち、正面から受けた無数のシュライクを熔解させる。
如何なる鋼鉄の防御も、この玄武の【撃滅】の前では紙細工に等しい。
超過した熱を白煙と共に放出させながら、続けて構えるは左腕の兵装。
「続けてだ!」
両肩に装備された二門の大型キャノン、超火力ビームキャノン【殲滅】。
二つの砲から放たれた劫火の光がシュライクたちへと降り注ぎ、一斉の射撃火力をもって制圧していく。
「まだ、これで終わりではないだろう」
疾走する【玄武】の脚が融解したアスファルトを越え、【殲滅】の制圧射撃の中でも残っていたシュライクたちへと【撃滅】の灼光を浴びせていく。
ふたつの超火力兵装のオーバーヒートを避け、リロードの隙を突かれないようにと交互にバランスよく使い分けながら、北条は撃破と前進を続ける。
「何度も僕にやられるなんて……所詮は機械、学習能力は無いのかい?」
攻撃回数と移動速度の四倍化。
殲滅力とは、火力と機動力の高さそのものだと示す【玄武】の威容。
奇跡的に北条の攻撃から逃れられたシュライクたちが、果敢に捨て身の突貫を行う。
腰より伸びた鋭い金属槍が【玄武】へと向けられ、穿ち抜くのだと切っ先が吠え猛る。
が、響いたのは鋼槍が弾かれる虚しい音。
二体、三体と続けて突撃し、装甲の一部でも壊そうとするが、それで止まる北条ではない。
「この程度で僕を落とせないよ」
群がるシュライクを【撃滅】の銃身で薙ぎ払い、地面に叩き落とした処にビームランチャーの熱閃を浴びせていく。
沸騰する鋼。
コアと電子基板がどろりと溶ける。
確かに周囲は焔に包まれた修羅場そのもの。
けれど――これを越えなければ、ひとは生きられないのだから。
「僕がいる限り、人類に犠牲は出させないよ」
更に前進、前進。
道路に轍を刻み、轟音をあげながら疾走する【玄武】。
そして破壊と制圧を繰り返し、北条は人類の都市を護っていくのだ。
時間をかけずに終わらせてみせるのだと、その眼には鋭い光が宿る。
当然、守ってばかりではいられない。
ひとりたりとも、戦闘機械群に命を奪われることがないように。
「こちらからも、攻め込んでやる」
北条の武勇は徹底していた。
一切揺らぐことなどありはしない、まさに灼けた鋼の魂だ。
狂奔する熱意の儘、【玄武】の鋼鉄の体躯を駆動させ続ける。
巨大な脅威と見たシュライクたちが通信で打ち合わせたのか、市街地を利用して周囲の建物や残骸から一気に迫る。
四方よりと攻めれば如何な決戦WZ【玄武】とて落とせる筈だと見たのだろう。
捨て身で迫るシュライクを、その場で迎え討つ北条と【玄武】
無数の金属の槍に穿たれ、装甲の一部が破損した。
自らの片目を、歌腕を、脚に腹部、皮膚と自壊して、確実に【玄武】を鎮めるのだと狂った人形たちが吠える。
だが、それでも届かない。
まだ隠されていた武装、大火力ファミリアセントリーが三基召喚され、【撃滅】と【殲滅】のふたつの閃光と共に、周囲一帯を灼き払う。
一斉に放たれ、シュライクを熔解する高熱と猛威。
制圧射撃と放たれ、逃げるものも向かい来るモノも、あらゆるを粉砕する炎嵐に似た暴威。
そして、此処ならば周囲の被害も気にしなくてよいと、無差別化された蹂躙の砲火。
命中率と機動力は低下するが、数多とあった手数に、三倍と化す火力を叩き込んでいく。
触れれば灼いて砕く猛威だ。
進み続け、あらゆるを呑み込む溶岩に似た前進。
周囲を取り囲んでいたシュライクたちは瞬く間にその数を減らし、【玄武】の放つ猛火と閃光に影さえ残らず消え去っていく。
立ち上る陽炎。
機体より噴出される白煙。
戦場に立つは紺碧に輝き続ける【玄武】のみ。
凄絶なまでの戦闘を繰り広げ、周囲を灼土と化した玄武が、再び前進を開始する。
損傷を受けながらも、一切を意に介していない。
全てを壊し、焼き、それでも生きる路を征くのがこの世界の人々なのだから。
「――どこだ?」
あまりの熱量に、正確には判断しきれないレーダーを見つめる北条。
「どこにいるんだ指揮官は?」
それを討たなければ、終わらない。
云ったのだ。殲滅すると。
生き抜こうとする人類の誇りをみせてやるのだと。
黒い眸でじっ、と真っ直ぐを見つめた後、北条はぽつりと呟く。
「まあいい、前進すれば遭遇するだろう。それまで徹底的に殲滅するだけだ」
戦の熾烈さと無常さを知り、鋼と炎の暴力で突き進む。
このまま、敵の本陣まで突っ切るのだ。
そんな【玄武】へ不意討とうとシュライクが上空から迫るが、まるで予知していたように【撃滅】の銃口を掲げ、熱光の柱で撃ちぬく。
飛び散るのは融けた鋼の雨。
それでも、ひとは生きる為に闘い、進み、戦地を征く。
北条のその宿命に準じるように、【玄武】を操り進み続けた。
その命が果てるまで――前進が止まることはない。
或いは、戦闘機械群の最後のひとつを砕くまでは。
そしてついに、市街地を越え、穴を刻まれた外壁の向こうへと敵を押し返し、北条もまたその外へと攻め込む。
敵の本陣はすぐそこ。
防衛の準備も整わない陣へと強襲を仕掛けるのだ。
第2章 集団戦 『ナイチンゲール』

● 断章 ~ 空を征き、果てを成す ~
自ら攻勢を仕掛けた筈が、逆に強襲を受ける戦闘機械群。
全ては人類の果敢なる命と、戦いの熾烈さ故に。
空を飛ぶ機体が探索も指揮も捨てて迎撃へと来るが、もはや遅い。
勢い付いた能力者たちの進撃を止めることは出来るのか。
『――――』
無言で高速飛翔するのは『ナイチンゲール』と呼ばれる機体たち。
ジェット戦闘機状の翼を持ち、集団で飛翔して偵察を行う兵器。
だが今やそれも能力者たちを止める為に、全力で迫り来る。
果敢に、捨て身に。
けれど、命と心の意味を知らずに。
『征きます』
人間のような見た目をしているのは、やはり、『完全機械』に至る為に必要だとされているからか。
それでも――その鋼鉄の胸に魂は宿っていない。
冷たく空虚な兵器が、また襲い懸かる。
ただ殺す為に在る、虚しきモノが。
==========================
● 解説
敵の司令機と本陣を見つけた為、そのまま攻め込む事となりました。
ですので、これからは市街地や都市部を護る必要はありません。
存分に戦い抜いてくださいませ。
また、敵の本陣とあっても予想していなかった襲撃に防衛と迎撃はとれていません。
その点も気にせず、むしろ隙を狙って戦って頂ければです。
※敵は高速飛翔しますが、地上からの近接攻撃で何ら射程等の問題やデメリットはないとします。勿論、フレーバーやシチュエーションとして利用して頂いて構いません。空中戦や、地対空で戦うプレイングも歓迎です。
迎撃から攻勢へ。
市街地から、外の世界へ。
戦場が移り変わったとしても、ソノ・ヴァーベナ(ギャウエルフ・h00244)がするべきことは変わらない。
「わたしがやることは変わんない」
白く眩く魔法陣よりマギア・スナイパーライフルを取り出し、腰を落として構える。
「ただひたすら狙撃!」
ソノの青い双眸と、放つ魔弾が撃ち抜いた先に。
きっと平和があるのだからと、ソノは明るい春風のように笑いながら。
そして、冬の空気を穿つ銃声。
長い射程距離を活かし、完全な先制となる一撃がナイチンゲールの鋼の躰を撃ち抜く。
完全にひとりではあるが、一方的な狙撃のテリトリーだ。
そして、狙撃手とは『居る』ということだけで敵群にプレッシャーを与え、その動きを制限させていくもの。
ナイチンゲールたちが空へと高速飛翔するのも、ソノの予測の範囲内。
敵の飛ぶ速度と方向、冷たい風が弾道に及ぼす影響。
それをほんの一、二秒で計算し尽くし、精密狙撃を連続して放っていく。
「ぜっこーちょー!」
一発も外すことなく、ナイチンゲールの装甲を穿つ魔弾。
その火力は殆ど対戦車砲だ。
着弾の衝撃だけで後方へと弾かれ、原型を止めない装甲が破片を散らしていく。
残る轟音は、魔力が空へと唄を奏であげるかのよう。
戦場を制する魔弾の光芒が、幾つも幾つも、それこそ流星の如くナイチンゲールたちへと降り注ぐ。
『――――』
ただ一方的にやれていくナイチンゲールたちではい。
弾道などで狙撃の位置はすぐにバレてしまう。
が、その距離を踏破しようとすれば、その間にまた犠牲が出てしまうが。
『止むなしです』
自分たちの犠牲と被害を是とするナイチンゲール。
召喚した小夜鳴鳥では攻撃が届かない。が、精妙なるエルフの狙撃の反射は至難の業。
ならば強引にでも間合いを詰め、近距離戦闘へと持ち込もうとする。
一体、一体と頭部やコアを撃ち抜かれて墜落していくナイチンゲール。
それでも間合いを詰めたのだと、ようやく勝機を憶え始めた時、ソノが柔らかく笑う。
「よしっ。これの出番だねっ!」
ソフィアのエルフの視力と狙撃力を高め、更に補助するはソフィア・アイズ――魔導の叡智が詰め込まれたコンタクトレンズ。
その裡に籠められた秘術が、ソノの言葉と共に発動する。
「メデューサ・アイ、起動!」
途端、ソノの視界内にいるナイチンゲールたちが全身を麻痺させて墜落していく。
複数体へと高い拘束力を持つメデューサ・アイ。
その分、ソノの体力を毎秒消耗させ、瞼を閉じれば効果を失うという欠点はある。
が、それは狙撃手にとって必殺の機会を得るに等しい。
「じゃんじゃん、いくよー!」
声色は明るいギャウそのもの。
銃撃の反動で銀の髪を靡かせながら、次々と行動不能に陥った敵を制圧狙撃で射撃していく。
一撃では必殺とはならないかもしれない。
これは機械。生き物ではない。
片腕や脚を失った処で進み続ける。
頭部が半分喪われても、なお動き続けることもある。
ならと完全に制圧と至るべく胸部を穿ち抜き、頭部を確実に粉砕し、背のジェットパックにも射撃を当てて誘爆させるソノ。
確実な撃破を見て、銃口を次の個体へと合わせていく。
トリガーを引いて、遊鉄を滑らせ、次なる弾丸を籠める一連の動きも、まるで旋律のように滑らかで美しい。
「さて、さて……!」
機先を奪い、まずはソノの狙撃で敵の勢いを削いだ。
迎撃にと陣形を作りかけていたが、それを射撃で狂わせ、もはや混戦の有様を作っている。
狙撃手は、居ると思わせただけで、相手へのプレッシャーとなって動きを封じる。
ソノの動きと射撃はまさにそれ。
ソノひとりに対応しようとして、戦闘機械であるナイチンゲールが誇る筈の集団戦闘の統一が乱れてしまっている。
「これで仲間に向かう敵を減らせたらいいな!」
無論とナイチンゲールの数も減り、仲間たちが囲まれるリスクも激減している。
後は攻撃を仕掛ける仲間が後を片付けてくれる筈。
「頼んだよー? 私は、私で狙撃を続けるからねー!」
仲間たちの背を信じて。
その戦いを支えるように、ソノの魔弾が空を駆け抜ける。
響き渡る銃声は、怖れるものではなく。
ソノが仲間を助ける、声だった。
後ろからずっと聞こえる、その音色を確かに聞き届けて。
前へと、人類の敵へと駆ける。
死体であってもまだ動くのなら。
鼓動が脈打ち、銃を握り、前へと踏みしめられるのなら。
たとえ肌が冷たくなろうとも、戦場へと駆り出される。
血が流れない。ああ、好都合だ。
また腕を失った。ならば、継ぎ足してやろう。
そうして、気づけば数多の骸をツギハギして、あらゆる記憶と人格が混濁するからと強烈な薬を飲み干して。
結果、重度のオーバートーズ。
悪い夢に融けて人格の変わり、顕れたモノこそがこの|疑似人格《サルトゥーラ》。
「まったく。ずっと戦場を駆り出されるより、学生生活を送りたいぜ」
ソードオフショットガンを腕に、戦場を駆け抜けるサルトゥーラ。
戦いは嫌いではないが、ウォーゾーンのそれは過酷すぎる。
気楽に生きて、物憂うことなく生きられればそれでいい。
既にサルトゥーラはデッドマン。何を死ぬことを怖がろう。
なら十全に未来を見て、ただ今を楽しく生きるため。
――その為に、この戦いを抜ける必要があるなら。
「仕方ないや。いっちょまぁハデにまいりますかね!」
身を低くして地を蹴り、ナインゲールの群れへと飛び込むサルトゥーラ。
迎撃にと突撃するナイチンゲール。
躰の耐久限界を超えた超高速飛翔からの、格納されたアームブレイドでの一閃。
完全に捨て身、自らを使い捨てるような攻撃は、どうしようもない脅威。
「よっ、と……!!」
ただし、それも当たればである。
紅い瞳でナインゲールの高速飛翔を見切ったサルトゥーラは、むしろ前へと駆け出し、攻撃が当たる寸前にスラディングで低く地面を滑って敵の一撃を躱す。
見れば誰もがひやりとしただろう。
高速で迫る相手に、更に自ら前へと出るなど。
だが、サルトゥーラは回避した。避けた事実が重要であり、その方法など対して論ずるべきではない。
――狂った戦場の渦の中で、どうして正常で在ろうとするのか。
サルトゥーラには理解出来ない。
狂気の淵にいた方が生き残れる、この理不尽な修羅場にどうしてヒトが適用しないのか。
それこそ、サルトゥーラがバックパックに詰め込んだ、常用すれば廃人から逃れられない薬の影響であるのかもしれないが。
「いっちょハデにいこうや!」
スライディングから立ち上がり様に、至近距離から放つショットガン。
強烈な散弾がナイチンゲールの背にあるジェットパックに突き刺さり、爆発と共にその鋼の躰を地上に転がす。
壊れた装甲、穿たれた躰。
それを更に粉砕するのは、サルトゥーラの蹴撃。
「ともあれ、オレの勝ちだぜ」
そのまま完全に機体を粉砕するや、ソードオフショットガンを手の中でくるりと廻しながら、次の銃弾を籠めていく。
「さあ、お次は誰だい? 来ないなら、乱れ撃ってやるだけだけどな」
そして放たれる散弾の蹴撃。
偶然外れた一撃により、その周囲が警告音の鳴り響く危険地域となる。
あらゆる行動の成立を蝕む、狂気の|鬼札《ジョーカー》。
そんな存在と化したサルトゥーラが、ソードオフショットガンを振り回し、銃声を戦場に響き渡らせる。
熱を孕んだ粉塵を抜けて、ひとつの影が通り過ぎていく。
冬だということを忘れさせる、戦火の狂乱。
だが、それに揺らぐことなく、冷静新着にと歩む姿。
硬い軍靴が響く。
一定のリズムを、決して狂わせることなく。
さながら戦場を指揮するかの如く、神代・京介(くたびれた兵士・h03096)は都市を守る壁の外へと出ていた。
眼光鋭い双眸で周囲を見れば、敵の動きは如何にも単純。
他に取る手が残れていない者たち特有の、迷う余裕もない猛進。
「残る敵は外だけか」
もしも都市内部に残党がいれば、挟み撃ちとて出来ただろう。
が、そんな動きの気配は京介には微塵も感じられず、展開したドローンたちも捉えていない。
ならと京介はコートをはためかせ、更なる戦場へと進むのみだ。
押し返されるなんて、考えてもいなかったのだろう。
まさに隙だからけ。今もなお、まともな陣形を取れてない。
速やかにして精密なる連携を築いた、能力者という存在が示した力の為である。
これを魂と――あの戦闘機械群は云うのか。
胸に湧き上がった僅かに苦い感情で黒い双眸を揺らして、京介は呟く。
「ここなら都市への被害を気にしなくていいな」
京介が伸ばした両手の指の動きに従い、戦域に広がるのは決戦気象兵器『レイン』の端末たち。
ひとつ、ひとつが粒子状のレーザーを発生させる、規格外の殲滅火力を持つもの。
もしも都市部で扱えばどのような反動が起こるか分からない反面、それでも用いられるのがウォーゾーンという世界の恐ろしさか。
空を見れば、幾つものナイチンゲールが隊列を組み、高速飛翔を続けている。
高速、かつ自由自在に空を飛ぶという存在。
それだけで異様に厄介なものでもあった。
「空を飛ばれてると戦い難いやつらも居るだろう、叩き落させてもらう」
故にと京介が全力で周囲へと展開していくレイン砲台。
空を飛ぶというのならその上からと、敵集団の上空を取り、数多のレーザの五月雨を降らして攻撃していく。
無音、だが高熱。
きらきらと輝く、光そのもの。
けれど、破滅の威を帯びた兵器なのだ。
鋼であろうと関係ない。さながら神罰の光めいて、触れたものを灰燼へと化す人類の叡智。
決戦――戦場を覆す兵器の名に相応しい、美しくも恐ろしい光の驟雨であった。
上空の一帯を灼き払う三百もの光が瞬き、多くのナイチンゲールが残骸となって地に降り注ぐ。
それでも生き残ったものはいる。
範囲から逃れて、まだ空中を旋回するもの。
或いは、範囲にあっても奇跡的なポジションのせいで、四肢を焼かれても動き続けるもの。
変わらないのは、同胞たちが一瞬で撃墜されたのに、全く怖れを抱かずに動き続けるということだ。
――だから、戦闘機械群との戦いは……。
渋い苦みを噛み殺して京介は更にレイン砲台を操る。
ひゅん、と動き回ったレイン砲台たちが各々のレーザーを収束させ、ひとつの強烈な熱線の刃と化して残るナイチンゲールたちを灼き払っていく。
一体、一体。
決して逃すことないと、京介の鋭い眼が空を睨む。
さながら鷹のようだ。
獲物を見つけ、追い続ける猛禽の眼光が、摩耗しきった貌の奥底から覗いていた。
ぽつりと、京介の唇が声を落とす。
「普段は制御に気を使うが、こういう被害を気にしなくていい場所だと楽なもんだ」
本来であれば、レーザーが貫通した先に味方や建物がないかと気にするもの。
が、都市部の外である。
ましてや空。
同士討ちを気にせず、全力の火力でひたすらに敵群を薙ぎ払っていくのみ。
文字通り、光の雨は空飛ぶあらゆるを逃さず、地へと墜としていく。
そしてエリアを制圧したと確認した京介が、ゆっくりと歩を進める。
「さあ、指令機までの道を切り開かせてもらおうか」
そこに辿り着くまでは、まだ長い。
ならばと煙草である黒嵐を取り出し、先端に火を灯して紫煙をくゆらせる。
――ああ、戦場の苦みを忘れるこの香りはいい。
僅かに頬が緩む。
だが、レイン砲台を操る思考はむしろ冴え渡るばかり。
紫煙を燻らせて京介が一歩と歩む度に眩い光が空を灼き、飛翔するナイチンゲールが墜落する。
文字通り、光が路を斬り拓く。
ただ馨しき煙草の煙を残して、より深くへと京介は進む。
もはや、何も残るまい。
ただ勝利を掴む為に、魂を求めた指令機のもとへ。
冷たき冬だというのに、熱した風塵でコートの袖をひらめかせながら。
誰も京介を止めることなど、出来る筈がない儘に。
冷めることのない灼熱を伴い、駆動する鋼鉄の唸り。
放出される熱で周囲に陽炎がうまれて景色が歪む。
踏み出した一歩で大地が陥没し、轟音を響かせる。
まさに猛威。
熱と鋼の暴威を纏う威容を示すのは、決戦型WZである【玄武】だ。
「さて、ここが本拠地か……」
静かなる怒りを胸の裡に秘めたまま、北城・氷(人間(√ウォーゾーン)の決戦型WZ「重装甲超火力砲撃特化機【玄武】」・h01645)が呟く。
見れば、隊列もまともに立て直せないまま、高速飛翔での迎撃に走るナイチンゲールの姿がある。
各機体、慌ただしい様子は巣を突かれた蜂のよう。
乱れた指揮と統率。
完全に一致していない編隊。
目的が統一されていないから火力も分散し、決定打などある筈もない。
ただ、数だけは異様にあるのだ。
「戦闘機械群共も慌てて大群で迎撃に来たようだけども……無駄だよ!」
再び、最終決戦形態となって紺碧に輝く【玄武】を操る北条。
両腕でしっかりと構えるのは大口径ビームランチャー【撃滅】。
両肩には超火力ビームキャノン【殲滅】を備え、鋼鉄の唸りを上げて【玄武】は前進していく。
この距離でも砲火を放てば当たるだろう。
甘えではなく、北条にそう確信させる程の数と、乱れた陣形で空を飛ぶ戦闘機械群たち。
ナイチンゲールたちは捨て身となり、高速飛翔の速度を乗せた近接攻撃を放とうとする。
死の予告のように迫るジェット音が響き渡り、【玄武】に登場する北条にも深く身構えさせる。
決戦形態故の、攻撃回数と移動速度の向上の代わりに防御の脆くなった【玄武】では、如何に重装甲といえども耐えるには限度があるだろう。
だが、それも近づければの話だ。
各々、近接戦の為の武装はあるが、それは【玄武】の懐に入り込めたラニの話。
障害物が溢れ、高低差も利用できる市街地ではないのだから、そんな偶然と奇跡などある筈もなかった。
「所詮は僕の的になるしかない!」
ならば強行突破か。
確かに速度は以上だが、完全に察知されて身構えられている。
北条が操る【玄武】の破滅的な火力の蹂躙を耐えて、近付く。
そんなこと、高速飛翔故の薄い装甲では出来る筈もないのだが出来る筈もないのだから。
劈く轟音と共に放たれる、【殲滅】の砲火。
眩いほどの光が空を満たし、そして灼いていく。
ふたつのキャノンから放たれるビームは、ただ触れただけで飛びゆくナイチンゲールたちの姿を、影も残さずに蒸発させていく。
「次は、こっちだ!」
続けて放たれるは両腕で持たれた【撃滅】。
眩い熱光が銃口から溢れると同時に放たれ、回避挙動を取ろうとした一群を纏めて薙ぎ払い、虚空の彼方へと消えて行く。
超火力を持つ【玄武】の一撃では、ただ消え去る露に過ぎない戦闘機械群だった。
むしろ粒子の閃光は、彼方の雲に届いてそれを斬り裂くほど。
数こそ尋常ではないが、故に【玄武】はまともに狙わずとも、制圧射撃でのフルバーストで灼き払えていく。
火力、火力、そして範囲を薙ぎ払う火力と手数。
「敵だ! 敵だ! 敵だ! これほどの大群ならば目を瞑ってでもこちらの攻撃が当たるぞ!!」
オーバーヒートとリロードの隙をつかれないように、交互にと放っていく砲火。
空は燎原の如き様だった。
深紅に染め上がり、灼熱の風が吹き抜けている。
あらゆる生命が死に絶えたような破滅の赤の一色。
ここは蒼穹を湛えた地球か。
いいや、もしや火星ではあるまいか。
そう錯覚させるほどの、戦禍と戦乱の煮えて詰まった場所。
地獄であるのかもしれない。
或いは、戦鬼の墜ちた修羅道の果てなのかもしれない。
頷くものもいないが、否定するものも、また在りはしない。
ただ【撃滅】と【殲滅】の光が、更なる熱と光で空を蹂躙していく。
赤く燃え散る残骸が、まるで砕け散った星のように地へと墜ちていく。
ならば更に前進、前進、疾走して――蹂躙の砲撃を叩き込む。
徹底した火力と速度こそ戦闘の神髄だと語るように、鳴り止むことのない砲撃が戦場へと響き渡らせる。
それでもまだ殺到する敵群が尽きないというのなら……。
「僕がいる限り、人類に犠牲は出させないよ」
ダメ押しとばかりに召喚されたのは五基の大火力ファミリアセントリー。
そのまま空へと向かって、一斉に放たれる制圧射撃。
加えて仲間や守るべき施設もないというのならばと、蹂躙するかのように無差別な――故に熾烈なる砲撃を続けていくのだ。
響き渡る轟音のあまり、鼓膜が破れそうなほどだった。
放たれる砲火と【玄武】の放つ熱のせいで、人類がいれば肌が焼けるほどの風が吹き抜ける。
いや、熱塵を吸えば肺の奥まで焼け爛れてしまうのか。到底、ひとの生存が考えられない地平であった。
空は赤く、紅く、ただ燃え上がるような様を示すばかり。
まるで世界の黄昏めいた姿を作り出しながら、【玄武】を操る北条は口にする。
まさに修羅の世界。
星が墜ちたかのように炎渦が波打つ空へとみがけて、更に砲火が放たれいく。
「このままでいいのかい? 敵の指揮官は。このままだと僕に殲滅されちゃうよ?」
だが、その声さえも立て続けに鳴り響く爆音に掻き消されて、敵には届かない。
重く、強く。轍を刻んで進む玄武。
揺らめく白煙を噴き、熱の余波で周囲の景色をねじ曲げながら。
鋼鉄の鼓動が鳴る。
唸りを上げて、砲身が旋回する。
鈍くなっても動きを止めず、ただ圧倒的な火力を示すのみ。
そうして、壊滅の色彩を伴いながら。
全てを粉砕するものとして。
ヴァルハラの訪れを告げるものか、それとも、静かにして絶えることのない瞋恚の使徒か。
北条は【玄武】のコクピットで息を吐く。
「この程度では、僕を落とせないよ」
更に熾烈なる戦場を求めて【玄武】が進み行く。
決戦型WZ――文字通り、戦場を死地へと変え、絶望を踏破して進み行くもの。
これが決戦といわずに何といおう。
血のような空の下で行われる戦闘を、何と語ろう。
吠え猛る砲火と、鋼の駆動と、大地を陥没させて進む巨人だけが、まだ先はあるのだと物語る。
これ以上の戦闘の先はあるのか。
いいや、こんな戦いを続ければ、環境が先に破滅する。とは人間なら誰しも分かっても、こんな尋常成らざる火力を先に作り出したのは戦闘機械群だ。
躊躇っていては、逆に焼き尽くされる。
たとえ未来を燃やす事となっても、今を生きる為に。
そして灰燼の中から、せめての明日を掴み取る為に闘うのが、この√ウォーゾーン。
北条の生きる世界で、戦い抜く場だ。
故に【玄武】は進み続ける。
決して、決して、その姿が壊れ果てるまで止まることはない。
自分以上の、理不尽な暴力にぶつかったとしても。
「――――」
だから何だと、北条は静かな怒りで【玄武】を操り続ける。
優しい白光がふわりと広がる。
まるで天使の翼が羽根を散らすようにと柔かな白が漂い、戦禍の傷跡を宥める。
もう痛みませんように。
もう苦しみませんように。
心もない機械かもしれないだけれど。
それでもイリス・フォルトゥーナ(楽園への階きざはし・h01427)はあらゆるに救済の楽園の祈りを捧げながら、宝杖を掲げていた。
壊れた建物にも、一時とてひとを守ってくれたことに感謝を。
壁だって、ずっと人々を守ってくれた筈。
だからと慈しみの光で撫でながら、イリスは胸の奥で呟く。
――なら、今度は私がその役目を使徒として果たすんです。
柔らかな青い双眸に、決意を秘めて。
ひとの生きる領域の外へと、足を踏み出したイリス。
「都市へ入られるのは防ぎましたが、まだこれから」
ふるりと首を振るって、敵の機械たちの本陣を見つめる。
幾つもの銃声が聞こえた。
だが、それは悲鳴ではなく、願いだった。
誰も彼をも救いたい。
傷つけられ、奪われることなく、この戦いを終わらせる。
イリスもまたそんな願いの風に乗り、共に殉じていくだけ。
敵は高速飛翔するナイチンゲールたち。
「ここで止めないと、またみんなが危ない目に遭うから……まだ、止まれません!」
天使を憑装し、仮初めの楽園と共に聖祓天を纏うイリス。
聖祓霊装『マグ・メル』。
その背からイリスの身を包むほどの大きな純白の翼が紡がれ、全てを愛しく抱きしめるようにと羽ばたき始める。
そして、その清らかな光で災いを祓うのだ。
「たとえ空を飛んでも、此処は私たちの至るべき地、理想の地だから」
神々しい首飾りからも、淡い導きの光がこぼれていく。
さあ、空へ。
憧れと希望、信仰の集う蒼穹の彼方へ。
奪われたものを取り返し、青空が全てを優しく包む為にも。
「行きます」
加護の翼、背負う光輪を眩く輝かせながら。
身に降ろした天使とひとつとなり、イリスは楽園の空を舞う。
どれほどに敵の数が多くても関係ない。
路行く先にある苦難の数で、イリスは祈りの歩みを止めたりしないから。
だって、共にあるのは楽園の教えと、天使さまたちの力――|楽園の加護《ホーリーライト》。
白き光芒一閃――空を奔る使徒の飛翔を、誰も止めることは出来ない。
一気に加速するイリスには、全てが止まってみえるかのよう。
編成を組むナイチンゲールが捨て身の迎撃にしても、白光のオーラで編んだ翼で柔らかく受け止め、弾き返し、更に加速して振り切っていく。
その最中でもイリスの可憐な唇が歌い紡ぐのは、聖句による導きの言葉たち。
加護と破邪の力、至高天の光をその儚き身に溜め、そっと細い指先に伝わらせて行く。
白魚のような指が掴むのは、楽園を冠する大鎌――聖祓鎌『シャングリラ』。
聖なる刃は罪と闇を祓い、楽園へと導く筈だが、現在のイリスは上手くは扱えない。
それでもいい。
それでも、できる限りを果たすのだと、純粋な想いと共に、燦めく星のような光を鎌刃に灯すのだ。
「きっと。きっと。……この祈る心が、みんなを導けるはず!」
全身全霊で、これが至高の光と歌い上げるように。
「さあ、楽園へと――導きましょう!」
擦れ違い様に放たれる、至高天の光刃。
縦横無尽にと駆け巡り、幾つもの白糸が絡み合うような綾模様を織り成す。
さながら無数の流星の尾が戯れて、絡まり合うかのよう。
だが、確かに断罪の光刃であった。
そうして、十を超えるナイチンゲールが一瞬で斬り捨てられ――楽園と導かれて、骸ばかりを地へと落とす。
救いの光を、きらきらと僅かに鎌刃の先から零しながら、
「まだ、前に」
救うべきものが。
戦うべきものが。
居るのだと感じるイリスが、更に加速して飛翔する。
まだ幼い願いの星が――ただ、真っ直ぐに駆け抜ける。
導きの光を止めることなど誰にも出来ないのだから。
祈る心は、希望は、愛は。
決して途絶えることのない楽園の光だと、イリスが信じ続ける限り。
空を飛ぶ翼と、地を歩く脚。
本来ならば優劣はなく、どういう性質があるというだけ。
空に憧れるものは、地の確かさを知るまい。
墜落という怖れとて皆無。
手を伸ばしても届かない、ということは同じだけれど。
「厄介だな」
黒づくめのコート姿で呟くのはイ・ヨハン(人間(√EDEN)の職業暗殺者・h00988)。
紫の双眸は物静かに、空を飛翔するナイチンゲールたちを見ている。
「俺は飛べない」
当然のことだが、対処出来ない訳でもない。
翼はないが、武器を持つこの両腕がある。
ましてや脅威を排除する為の存在ならば、なおのこと。
飛べないということが、ただ不利な訳でもなかった。
「だが問題ない。撃ち落とせばいいだけのことだ」
ヨハンが告げると同時、両手からばちりと火花が散る。
紡ぎ上げるのは白熱の閃光たるプラズマを伴う無数のエネルギー弾。
眩い光が地上から溢れ、ヨハンが静かな声で宣言する。
感情の伺いしれない、とても冷淡な美貌。
そして情緒の揺れを一切と示さない声色だった。
「――座標指定」
放たれるはまさに迅雷の驟雨。
視界を染め上げる白と、あらゆるを焼き尽くす閃光だ。
プラズマは鋼鉄さえも容易く熔解し、空に破滅の光を瞬かせていく。
しかも、弾丸のひとつひとつなど数え切れず、範囲を灼き付くしていくばかり。
編隊を組んで飛翔するナイチンゲールたちを強襲したヨハンの光は、それだけでも壊滅的な被害を与えていく。
次々にと範囲一体へと掃射していく光弾。
墜落し、撃墜していく同胞を見捨てて複雑な軌道で空を駆け抜け、ヨハンに迫ろうとしても精密に弾道を計算してナイチンゲールを撃ち抜いていくのみ。
回避も防御も許さない。
速やかに地に墜ちろという光の宣言。
ならば、コートを翻して落下した機体へと迫るのは影の追撃か。
気配を滲ませることもない、暗殺の影の速やかさ。
視界から外れて不意打ち、確実な一撃を届けているという殺しの技。
ハブMW176――虎の爪のような形をしたナイフの刃は、ナイチンゲールの装甲を穿ち、回路を確かに切断していく。
まるで命脈を断つような、冷たくて鋭く、そして静かな死神の刃だった。
運命とて裂いてみせる、暗殺者の影刃。
二度と空への上昇など許さず、確実にひとつ、ひとつと倒していく。
が、手で手繰るはナイフだけの拘らない。
距離や状況に応じて機敏に装備を変えるヨハン
踏み込みが間に合わないとみれば、迷わずに放つトガリネズミAQ1での銃撃。
装甲を貫き、続く銃撃が機体から駆動の光を奪う。
「お前達はすでに戦略的優位を失った」
続ける銃撃、銃撃。そして近付けば、身を翻して振るうハブMW176の一閃。
抵抗も反撃も出来ず、それでもと動こうとする戦闘機械群。
そこにあくまで冷たいヨハンの声が突き刺さる。
「機械なら理解はできているはずだ」
いいや、絶望を理解できないから足掻く。
勝算がゼロであっても、相手を消耗させる為に戦う。
個の存続や勝利ではなく、全体の目的を果たす為の冷徹な鋼の思考。
ヨハンが溜息をついた。
確かにゼロではなく、積み上げればかもしれないが、それは可能性にして奇跡と呼ばれるものを積み重ねていくものだ。
なのに、ひとが奇跡を願う熱量もありはしないのだから。
「叶う筈もない」
誰かが、その手を握ることもないように。
黒き迅雷と化してヨハンが駆け抜け、擦れ違い様にナイフでナイチンゲールの頸を斬り裂く。
跳躍しながらの銃撃で空を飛ぼうとした者を阻み、着地の勢いを乗せて刃を深く突き刺す。そのまま旋風のように身を翻し、銃弾とナイフで近くの機体へとトドメを繰り出す。
「お前達は、脅威なのだから」
ヨハンが産み出された目的、脅威の排除。
その為にただ朽ちていくだけ。
ヨハンと違い、ナイチンゲールたちには何も、産まれ墜ちた目的と理由を持たないのだから。
それでは奇跡なんて起きる筈もないのだから。
紅い眸が、ゆるりと泳ぐ。
尽きることのない戦意を燃やし、空を飛ぶ敵を見つめて。
さながら激情の発露の手前の静けさ。
凪いでいるようにも思える貌だが、爆ぜる手前の炎でもある。
少なくも、小夜鳴・チトセ(腕部強化型義体サイボーグ・h00398)の奥にある熱量の凄まじさを間違えることはないだろう。
「ああ、コイツか……」
厄介な奴だと。
それでも止まる筈のない闘志を纏い、チトセが壁の外へと出る。
「……空を飛ぶってのは厄介だな」
近接主体である剛性強化型義腕から、腕部に重機関銃を取り付けた射撃戦対応型義腕へと換装しながらチトセが呟く。
殴って、殴って、倒せる相手ならいい。
が、そうでなればただただ厄介。
「コッチにゃ飛行手段なんざ無いんでね」
ないものねだりなどチトセがする筈もなく、 飄々として様子で身構える。
視線の先には取り替えた義腕に取り付けられた重機関銃。
これでどれだけ戦えるのか。
「取り合えず、手持ちの札で勝負するしかねぇか」
それ以外はあるまい。
チトセが戦闘機械群を相手に退くという事など有り得ず、超高速で飛翔突撃を開始したナイチンゲールたちに真っ正面から挑むのだ。
「それじゃ、第二ラウンド開始だ」
凄まじい唸り声を上げ、猛烈な射撃を始めるチトセ。
耳を劈く銃撃は止まることを知らず、次々とナイチンゲールたちへと着弾していく。
放たれる一発、一発が戦闘機械群を穿つに足る威力を持った徹甲弾。
胸部や頭部、腕や足を粉砕されるナイチンゲール。
運が悪いものは翼の型をしたジェットパックに被弾し、そのまま爆発して空で果てる。
もはや陣形も戦術もあるものではない。
火力同士の衝突である以上、ナイチンゲールたちは小賢しく回避するなど出来ず、チトセの銃撃に巻き込まれて次々と撃墜していく。
「それは後ろに本陣と指令機がいれば、そうだな」
時間稼ぎが出来れば恩の時。
が、時間とて奪われはしないのだと、チトセは銃撃をしながら更に前へと進む。
威力としては十分な射撃戦対応型の義腕。
だが、それも義腕である。チトセの体格に合わせたものである以上、弾薬を格納するスペースが少ない。
「ったく」
他に弾薬を追加するものであればもっと楽になるのか。
が、それでは動きも鈍くなるし、先ほどと重ねて、ないものねだりだ。
戦場、特に、魂というないものねだりをするガラクタの前で、同じことをするつもりはチトセにはない。
数十秒もチトセは途絶えることなく全力で打ち続け、ついに重機関銃の砲身が空回りする。
「弾切れか。仕方ないね」
牽制や応射と使い分ければもう少しは持っただろうが、それではナイチンゲールたちにこれほどまで甚大な被害を与えていないだろう。
残った機体が好機とみたか、それぞれが高速突撃を再開している。
それを見てチトセは不敵に笑った。
そう来てくれなければ面白くない。
戦闘機械群のガラクタは、やはりその顔へと一撃をたたき込んでやなければ気が済まないというように。
「あとはアタシの度胸とタイミング次第」
まさしく、僅かでも恐れを抱けば負けである。
超高速で飛翔するナイチンゲールは、その勢いだけでも脅威そのもの。
一瞬とて遅れれば、装着した武装の一撃でチトセが痛打を受ける。
「だから、何だっていうんだよ!」
だというのに、果敢に踏み込む。
突撃の寸前を見切り、狙い澄まし、√能力を秘めた右腕を繰り出すのだ。
籠められている力は、その右手で触れたあらゆる√能力を無効化するというもの。ただそれだけ。
決してチトセの身体能力や腕部の剛性を跳ね上げるものではない。
だが、それで十分。
「っ! お、ら……よ!!」
狙い澄ました右腕の一撃がナイチンゲールの頭部の中央へと突き刺さる。
威力を跳ね上げる√能力が喪失した以上、あとは正面からのぶつかり合い。
その様を表現するなら、砲弾同士の激突か。
凄まじい衝撃がチトセの右腕とナイチンゲールの頭部に走り、鋼鉄の断末魔を叫びながら相応が砕け散っていく。
言うまでも無く、チトセの体内にも響くその衝撃。痛み。
「……っ」
だが膝を屈することもなく。
歪みながらも、なお原型を留める義腕を残る敵へと掲げてみせ、チトセが低く呟く。
「さて、次はどいつだ?」
今使っている射撃戦対応型義腕は遣い潰しても構わない。
変わりに、目障りに飛び交うばかりのナイチンゲールを、必ず殴り、叩き、壊し、残骸と化して地面に転がらせる。
そして勝利を掴むのだと、チトセの燃え盛る炎のような紅い双眸が叫び続けていた。
緑の双眸に、空で弾ける火花が映る。
それは激しく、強く、さながら星が衝突して砕け散るかのよう。
ひとつ、ひとつが戦闘機械群、ナイチンゲールだった。
明らかに劣性であるナイチンゲールたちだが、勢いが減じることはない。
全滅の寸前となっても、なお変わらず戦い続けるのだろう。
これこそが戦闘機械群の怖さ。
だが――反撃を覆そうとする、ひとが持つ魂の輝きをもってはいないのだ。
それは戦火のみに含まれ、育まれるものではなくて。
例えば好きな歌を聴いて、また自分も歌うその時に広がるものだから。
「派手にやってるねぇ」
そんな魂を持つひとり、マリー・コンラート(|Whisper《ウィスパー》・h00363)はゆっくりと目を細めた。
激戦ではあるが、明らかに能力者と人類の有利に傾いている。
「この調子なら指揮官もすぐ引きずり出せちゃう?」
小首を傾げるマリー。
なら大事なのは勝った後だと、秘やかな足取りで激戦地より少し離れた場所へと向かう。
「とはいえ、ここも√ウォーゾーンの皆で再利用するんだし」
人類の生きる場所、生きる為の設備は、戦闘機械群から奪還したもので支えられている。
故に、全てを撃滅する戦闘では何も得られない。
未来を消耗していくだけだ。
それならと、マリーはこの戦地に戦闘機械群が持ち込んだものを目指していく。
「大事なとこをできるだけ傷付けずに制圧するよ!」
それがどんなに大変で、難しいことだとしても。
自由な未来を、歌うばかりの世界を目指すマリーの緑の眸に、憂う影などありはしなかった。
マリーが身に纏うレプリノイド・ステルスウェア――静音性と機動性に特化した戦闘服を活かした遊撃へと向かうマリー。
空を飛ぶ敵の隙を見つければ自動小銃、|Whisper《ウィスパー》 HK437で射撃を行うマリー。
サプレッサーと精度を最大限まで活かすようにカスタムされた銃だ。不意を討つのはまさに容易。
真っ正面から激しく攻防を繰り広げている最中に銃撃を受けて墜落する者もいれば、遊撃手であるマリーを探している隙に正面からの砲火に呑まれたものもいる。
マリーは敵群れの綻びへと一撃を与え、翻弄して更なる隙を作り出していくのだった。
まさしく遊撃の囁き。
その銃の声に意識を引かれれば、そのまま墜落する他ない。
そうしてマリーが狙うのは倉庫や生産設備。
流石に前線基地となる場所。大量の弾薬など戦闘の必需品が蓄えられている。
バッテリーも戦闘だけではなく、生活を支えるのに使えるものだろう。
「だからこそ」
守る戦闘機械群たちも板が、ジャンミングを仕掛ける同時に、速やかなる攻勢を仕掛けるマリー。
「さ、パパっと片付けよう!」
敵の混乱が収まらないよう、壁から壁。
倉庫から倉庫へと滑るように移動し、銃撃を繰り広げては、完全に補足される前に次の遮蔽物へ。
施設や倉庫の閉鎖がされない裡にと掃討し、更にはコンソールを弄って他の設備や備品までチェックするマリー。
そうして一体も逃さず、施設の倉庫と生産設備を制圧していく。
ようやく騒ぎを嗅ぎつけてナイチンゲールが急行して来るが、もう遅い。この場は彼女ら戦闘機械群の領域ではなく、マリーの領域だ。
「一体も逃すつもりはないよ!」
どれほどに数が多くてもマリーにとっては変わらない。
その手に握る自慢のWhisperと、Quick Assaultなら数の不利など悉く覆してみせるのみ。
フルオートの掃射。だが、流れるような照準は、銃撃の反動など全くないかのように敵の急所へと吸い込まれていく。
まさに早業。
流水のような動きに、鷹の如きエイム。
そして次から次へと隠密性と機動性で攪乱し、攪乱と強襲を続ける熟練の銃兵の技と動きだった。
或いは――生き残ってしまった学徒動員兵の。
「よし!」
最後のナイチンゲールにも終わり囁きを届け、弾倉を交換するマリー。
大量の空薬莢が零れ落ちる倉庫は、さながらマリーの為のステージ。
素早く敵を倒し、そして設備に殆ど被害を出していない。
これなら戦いが終わって、此処を奪取すればそのまま使える。
それどころか、戦いが終わればすぐに資源を持ち帰れるだろう。消耗品である弾丸だけではなく、傷ついた建物を修復する鉄板などの資財も。
「これで、後は」
そう、後は倒すだけ。
生き残り、未来を求める人類の戦い方を示したマリーが、囁きの名を冠した銃口を構えた。
あと、もう少しでこの戦いは終わるのだから。
そうすれば、この喉から勝利の歌を唄いあげてみよう。
きっと――ひとの|魂《メモリア》には届く筈だから。
戦塵を払うは皚々たる白雪の彩。
激しく渦巻く戦場にあってなお、ひっそりと静かだ。
一切、怖れも不安も抱かない姿は、さながら誓いが為の刃のよう。
そんなクレス・ギルバート(晧霄・h01091)の儚げな美貌は、けれど胸に秘める想い故に、神秘的な存在感を匂わせていた。
ふと、紫の双眸を空へと見上げれば、ナイチンゲールたちが群れをなして飛翔している。
「さっきの機械人形といい」
携える晧の刃を、僅かにも曇らせることはないけれど。
クレスは微かな情念を揺らし、空を飛ぶモノたちへと囁く。
「随分愛らしい姿だな」
だが、あくまで姿だけ。
翼は持てど鳥のように自由に羽ばたくことは出来ない。
何処までも心のない機械として在るだけ。
理想の翼をはばたかせ、夢を見るという事を知らないのだ。
「ヒトの感情に焦がれて」
クレスの胸の奥に湧き上がる感情。
憐れみのひとつではあるが、痛みを伴う悲しさもある。
「姿を真似たところで其の裡には、空っぽの命があるだけ」
風に攫われ、光に熔けていく雪のように儚げな声色。
繊細な貌にもうっすらと、憂いと憐憫があった。
だからといって、クレスは自らの切っ先を迷わせることはない。
やるべきこと。
なすべきこと。
その二つを忘れ去ることなんてありはしないのだと、無垢なる皎刃を泳がせて告げるのだ。
「哀れだと思うが、伽藍堂の心を救える未来は」
クレスの構える白刃は、秋月の如く澄み渡る。
一切の憐憫も、情けも、情念も乗せず、鋭くも静かな光を宿していた。
明鏡止水。クレスの剣刃と心には一切の曇りはない。
クレスの声が終わるのを待たず、迫り来るのはナイチンゲール。
刹那、閃くは戦禍という昏を燬き斬る純白の閃光。
「俺には視えねぇからな」
擦れ違い様にと鋭刃を奔らせ、無機質な躰を斬り捨てる。
血もなければ、やはり、心もない。
嘆きも苦しみもなく、ナイチンゲールは地面へと転がるばかり。
「せめて、小夜鳴鳥なら――願いの儘に歌えよ」
戦い、壊すのではなく。
そうして想いと心は告げるのではと。
繊細な美貌と、薄い紫の眸をもう一度だけ揺らすクレス。
ただ感情の水面にざわめきを浮かばせるのも、これで最後。
斬り伏せた直後、流れるように躰と晧の切っ先を翻し、次の一体を斬り来払う。
その姿、まさしく疾風。
あの儚げな風貌からは思えない程、鋭利にして俊敏。
一時とて止まることのない、白き旋風だ。
更に真白き剣光を輝かせ、踊るように心無き鋼の人形たちを斬り咲いていく。
クレスの皎刃が舞う域は、死の領域。
踏み込むには勇気と決意が求められるが、ただ突撃を重ねるナイチンゲールたちには、あらゆる思いがない。
「自らを軽んじられ、道具としか扱われないのに」
此処で自らの命を使い切るという覚悟。
それでも成したいことがある。
或いは、今も秒刻みで遣い潰されていく現実への悲憤。
一切を声にせず、淡々と死への路を進む姿は――なんと悲しいことか。
「憂いを携える事なく」
自らは在って、朽ちるだけ。
そこに異を唱えることもない。
「命を奪う事に何の重みも覚えないのなら」
その翼があるなら、本当は自由に空を飛べるはず。
自由に生きて、希望を抱き、願いを抱いて、理想に羽ばたく。
そんな当たり前も出来ないのが、戦闘機械群の冷たい強さだというのなら……。
「あんたらのやり方じゃ、幾度繰り返しても無駄だぜ」
身躱し様に放つ一閃で、またひとつのナイチンゲールを断ち斬りながらクレスは続ける。
「其の器は満たされず、感情が芽吹くこともねぇよ」
魂を求めながらも、命の何たるかを理解出来ない裡では、何も叶わない。
ただ刃の元に露と散るがいい。
その愚かなる腕で、誰かの命を殺める前に。
罪を抱いて、穢れる前に。
「お前らは――ヒトの形をした徒花だ」
何も結実することのない、虚ろの花でもある。
クレスが告げるや否や、鞘へと晧の刀身を納める。
涼やかな鈴が鳴るような鍔鳴りの音色。深く吐息を吸い込み、両脚を広げて、深く、深くとクレスは居合を構える。
鞘より奔り抜けるは、迅雷たる威烈の斬刃。
耳を劈くような轟音が響き渡り、眩い光が周囲の姿を覆い隠す。
「――悉く、穿て」
クレスの居合一閃から放たれたのは、剣刃のみならず。
刀身が纏っていた紫電が周囲へと狂奔し、無数の稲妻の刃と化して数多の敵を穿ち抜く。
美しくも恐ろしき純白の閃耀。
剣光と雷光が奔り抜けた後には、ナイチンゲールたちの躰が斬り裂かれている。
「せめて……美しいまま散っていきな」
そしてクレスの言葉通り、鋼の身を空中で舞い散らせる。
葩の色はなくとも、やはり晧の刃が戦禍という闇を裂いて瞬けば、夜明けの如き白光の軌跡にて花が散るばかり。
魂を求めるナイチンゲールたち。
憂いも、嘆きも、悲しみも真実の願いも知らず。
だが、そのことに痛みを憶えることもないまま、徒花としてクレスが舞い散らす。
ああ、もしかしたら仇花が故に救われたのか。
もしもという願いが、名残があれば、どれほどに悲痛であることか。
魂が、心が欲しいなどという機械の慟哭など、誰が叶えることは出来ないのだから。
「ブリキの躰に、心臓が欲しいと。そう歌うような」
そんな御伽噺めいた優しい奇跡は此処にはないと、クレスは首を振るう。
光を弾いて、白月の色彩を散らすその美貌。
雷鳴の後に広がる、静かな余韻は無常さを語るばかり。
刃を納めたクレスは少しだけ、ほんの少しだけ。
やはり痛みを伴う憐憫を抱くのだった。
散った存在になら許される筈だと人形たちの憐れさに黙祷し、儚き紫の眸を揺らす。
美しき虎が笑う。
鋼鉄の人形の憐れな程の愚かさに。
願ってもなお、求めるものとは真逆に進む路に。
そして、この慌ただしき戦禍の渦に勝機を見て。
馨しき香気を纏う、虎の如き威厳を漂わせる美貌で笑うのだ。
「ハ、機甲らしく鉄面皮のようだが随分と泡を食っていると見える」
ゆらりと彩煙を燻らせるは香り煙羅。
しなやかな指先で抓み持つ煙管からも香を立ち上らせている。
紫の双眸が見つめるのは、慌ただしく空を飛翔し、突撃を津告げるナイチンケールたち。
本来であれば偵察機だ。
それが急遽、前線へと投入されているのだ。
まともな陣形も組めず、戦術的な利を取れない。
強いて言うなら、これほどに捨て身で攻撃されれば、能力者たちも応戦しなければならないということか。
ただ、都市部への被害は完全にゼロとなっている。
「攻めの姿勢を取った甲斐があったというものよな!」
カヤは大きな声で告げて、ゆるりと戦況を見渡す。
勇猛な、或いは愚かな突撃を繰り返すナイチンゲールたち。
遂げる目的が伴わないそれは、ただ時間稼ぎにも見えた。いいや、そのようにしか見えない。
「身を顧みぬ特攻か」
血火閃鷹――箒に似た飛行型竜漿兵器へと手を伸ばし、その上へと立って飛翔するカヤ。
ぴくりと柳のように美しい眉を動かし、憂いとも怒りとも取れない声色で続けていく。
「果敢は結構だがヒトの子の命を懸けた想いの先にあるモノを求めながら己が命は軽んじようとは」
なんとも、と喉の奥から嘆息が零れる。
「……徒爾な事よ」
虚しく、悲しく、無常である。
が、戦乱と同様、それを見過ごすことなど出来ないものだ。
「摘み取らせて貰うとしよう。所詮は結実なき仇花だが、害をもたらすのは災害と等しいからな」
血火閃鷹より深紅の噴炎を伴い、ナイチンゲールたちに勝るとも劣らない速度で空を駆け抜ける。
空中機動による戦闘展開は、本来であればナイチンゲールに分があるはず。
が、混乱で統率が取れず、編隊を重視する余りに反応速度が鈍れば、カヤからすれば充分な勝機がある。
飛翔しながらの戦闘の最中、鈍った動きを見せた間隙を縫って飛翔するカヤ。
一気に加速し、さながら鷹の如く空へと舞い上がる姿。
麗しき香気と煙を纏う姿は、いいや、さながら幻想に生きる龍のものか。
「さて、嗅覚がないのは悲しいのう」
ナイチンゲールたちの上空を取りながら、指を鳴らすカヤ。
高速飛翔しながら、そして、上空を取りながら。
広域撒布された爆炎香が、まるで絢爛なる花火のように連続で爆発し続ける。
「が、色彩と輝きを見る目はあろう?」
爆ぜるまでは色と姿を持たない魔香である。
満ち溢れさせるまでに時間は掛かるが、一度、周囲に溢れかえってしまっては逃げる術などある筈もない。
生き物であれば、吸い込めば肺や臓腑から爆ぜる。
そのような機能と器官のないナイチンゲールだが、間接や装甲の隙間に染み渡った香気が爆ぜればひとたまりもない。
それどころか、翼型のジェットパックも内部から爆発し、周囲に鋼の礫を撒き散らす。
「満足に連携も整わぬ中で闇雲に数だけを揃えようとは……」
そんな光景を上から見ながら、カヤがひっそりと声を漏らす。
今もまた、上空のカヤに向けてナイチンゲールたちが突撃していくが、それは爆炎香の流れに逆らってその源泉に向かおうというもの。
十分に浴び過ぎたせいで爆発する。その意味も分からず、ただ続いていく。
「計算の得意な機械らしからぬ悪手よな」
少し計算すれば、他の手も取れる筈。
なのにと小首を傾げるカヤが、唇より秘やかな囁きを零した。
「――或いは些かはヒトの感情を学んだが故か?」
カヤという神秘の裡に生きるエルフの美貌を炎が照らし、より艶やかに飾る。
吐息さえも魔性を帯びるような色気と香気。
カヤの近くによるだけで、炎という破滅に向かってしまう。
それなのに、続くナイチンゲール。
魂が欲しいと叫んだ、鋼の翼と躰を持つ人形たち。
なんと愚かな。
が、滅びに向かうひとの様に似たその姿。
「調香師に時間を与え、あまつさえ上を取られたが運の尽きというものよ!!」
空高くで大声で告げ、そして笑ってみせるカヤ。
せめて終わりを飾るような鮮やかな爆炎が、美しき香気が空に満ちる。
けれど。
ナイチンゲールたちは何も分からない。
希望も夢も理想も、願いも明日も友達も。
大好きだと思う何かを、ひとつとて持たないのだから。
ただ、ただと無謀に突き進み、滅びの香気へと身を委ねる。
機械の人形たちはせめての希望を歌うこともなく、炎と綾煙の裡で翼を溶かして空へと墜ちるていくばかりだった。
戦乱の渦ほど愚かなものはない。
戦術、戦略、そして兵器。それらは悉く、ひとの叡智の結晶だ。
が、正気と条理を進めば勝利を得られる訳ではない。
生存を求めるが故に狂気へと突き進み、結果として不条理な勝利を得ることもある。
が、それこそが魂の慟哭なのだろう。
ひとが紡ぐ、生き残ろうという想い故の奇跡だ。
「なんだかな……」
が、その中身を悉く喪っていると、二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)は目の前の光景を見つめている。
勝利を願って、勇猛果敢にと突撃をしている訳ではない。
誰かの為にと、その身と命を磨り減らしている訳でもない。
「歌う事を知らない|小夜鳴鳥《ナイチンゲール》か」
思いと感情を籠めて空にと響き渡る声と祈りなど、鋼の人形にはある筈もないという事か。
「或いは、|エンジン音《ジェットの飛翔音》がそれなのか?」
だとしたら余りにも悲しすぎるだろう。
ただの断末魔にしか、二階堂には聞こえない。
今も耳に劈くような轟音を響かせて高速飛翔し、迎撃されて爆散しながら地面へと墜落していく姿があった。
「襲撃される側には悪夢」
青い眼を感情のままに僅かに揺らしながら、二階堂は呟く。
「|狩る側《狩猟者》としては……」
なんともと首を振るい、癖のある白い前髪を泳がせた。
「位置がバレバレ過ぎる」
そういいながら、インビジブル融合で感覚共有を果たした殺戮ドローンを広域へと展開していく。
見れば分かってしまうナイチンゲールたちの位置。
耳を澄ませば、あらゆる奇襲も察知できてしまうエンジンの轟音。
どれだけ高速で飛翔しようとしても、補足されて予測されてしまえば、ただの的だ。
「撃ち落とされに来たのならそうしてやるけど」
感情どころか殺意さえない、ただの|行動《コマンド》の反復。
誰かが導かない限り、全滅へと転がり墜ちるだけ。
いいや見捨てられたからこそ、こんな事をしているのか。
「良心は痛まないけれど……」
自らに殺到するナイチンゲールを捕捉して、溜息を零す二階堂。
ただ鋼の兵器を壊して踊るだけ。
そこに命も心も、願いもないのなら心に痛みなど在る筈もない。
ただ、ひとつだけ。
「お互いに、|何やっているんだかな《戦争をしているんだけれどな》」
言葉を零し、対竜にも用いられる巨大剣、殲術処刑人鏖殺血祭を構える。
鋼の刀身は何時も冷たく、静かだった。
そして何時ものように、その刃へと二階堂は言葉を投げかける。
「――どっちもまあ、|まあ程々に《イカれてる》」
包囲して迫るナイチンゲールの一群。
高速飛翔の勢いを乗せての近接攻撃を仕掛けるが、二階堂に対してはまさに甘いとしか言い様がない。
怪力を以て巨大剣を振るい、受け止める所か蹴散らすように弾き返していく二階堂。
鋼と鋼の衝突する鈍い絶叫。
二階堂を中心として火花が舞い散り、砕けた装甲が周囲に散らばる。
衝撃互いにあるが、二階堂の体幹は揺らぎもしない。
それどころか、感覚を共有していた殺戮ドローンから、空へと弾き返したナイチンゲールたちへとレギオンミサイルを連続して放っていく。
乱れ咲く爆炎。
威力こそ低いが、その数こそが脅威。
衝撃で動けなくなれば二階堂の剣の的。
が、動かずにいればジェットパックに引火して、爆発してしまうのが眼に見えている。
「どうした。まだまだ終わってないからな」
故に回避の一手しか残されないナイチンゲールたち。
それが誘導されたルートであり、誘い出されたという事に果たして気づけただろうか。
いいや、気づけたとしても同じことだろう。
「いくぜ」
連続する爆炎の先ではブラスター・ライフルと屠竜大剣――殲術処刑人鏖殺血祭をそれぞれ片手で構える二階堂。
逃げ道などありはしない。
ただ正面からぶつかるだけ。
ブラスター・ライフルから放たれた重い徹甲弾がナイチンゲールの装甲を貫き、奔り抜ける。
直線上にいた数体を貫通し、それでもと残る機体は一息に切り込む二階堂。
その姿は、猛けて揺らめく白炎の如し。
触れるものを粉砕する、猛火の威である。
「終わりだ」
振るわれる屠竜大剣の威力の凄まじさ、語るまでもない。
瀑布の如い勢いでナイチンゲールたちへと放たれる剣閃。
剣風は唸りをあげ、鋼刃は吠え猛りながらただ真っ直ぐにとあらゆるを断つ。
迫る一群を穿ち抜き、断ち斬っれば、手の中で屠竜体剣を翻す二階堂。
まったく。
何時も死と隣り合わせで。
「|変わらないな《狂ってやがる》」
背後でナイチンゲールの残骸が、鮮やかな爆炎を吹き上げた。
第3章 ボス戦 『スーパーロボット『リュクルゴス』』

● 断章 ~輝く翼は、魂を求めて~
勝利を確信した戦場を、斬り裂く光芒一閃。
眩い程の光を溢れさせ、流星が戦場を駆け抜ける。
縦横無尽にと飛翔し、大地を斬り裂き、施設を粉砕する破滅の光。
突然の天空より到来と強襲に能力者たちであっても一瞬、足を止めざるを得ない。
それほどの猛威が、目の前で燦々と輝いていた。
『退け、我の兵たちよ』
それは鳥の翼を持つ、鋼鉄の霊鳥だった。
輝く色彩は白と金。
さながら太陽を思わせる色と光を放ち、麗しき音色を奏でる。
決して無視は出来ない。
『そして、素晴らしき勇猛さと誇りだ。人類よ。我はリュクルゴス――光輝を纏いて、魂を求める翼なり』
果敢なる戦い。
その魂の鮮やかさ。
『最初から全て見せて貰った。人類が不撓不屈と、未だに抗い続ける理由だ』
そして、不条理な程の力だと、機械の眸に淡い光を灯す。
『――その魂というものがあるから、我らとの戦力比を覆せるのであろう? その誇りが、勇気が、希望が。先のナイチンゲールが持ち得なかった、燦然たる魂の光が、あらゆるを踏破するのであろう?』
ああ、故に。
『星詠みとて悉く覆す。魂の何と素晴らしきことか』
破滅を前に、我の兵にそれを宿して欲しかったと。
或いは、自分がそれを手にしたいのだと。
リョクルゴスは羨望を示してみせる。これは、心と思考を持つのだと、能力者たちに示してみせる。
『では、もう一度、その魂の輝きを見せるがいい。滅びの寸前にと灯す、光を示せ。その|記録《メモリア》を以て、我は更なる高みへと飛ぶ』
煌々と輝く翼は、あらゆる光を操り、阻むもの。
その装甲は炎も鋼鉄も、光線すら弾く異能そのもの。
まるで神のように云う戦闘機械群だが、リュクルゴスはそんな傲慢さに相応しい力を持つ。
『我は常識の埒外にある兵器。そして、魂もまた常識の埒外にあれば……』
翼を掲げるリュクルゴス。
角には雷撃を纏い、緩やかに羽ばたく。
『我らは等しく同じ領域に立つモノ。さあ、いざ尋常に勝負といこう。そこで輝くのだろう、魂とは』
まだマシなのは、リュクルゴスの到来と共に、幾つかの建物や柱が倒壊した事だろう。
故に足場は十分。
低空飛行に留まるリュクルゴスに接近戦を仕掛けるにも問題ない。
加えて、先ほどの戦場を貫き、斬り裂き、揺るがしたのは超大型光線砲リュクルゴス・レイ――その反動と影響が抜けきれず、機動力が激減している。
最初の一撃がなければ出来なかった隙だ。
今ならば先制攻撃も届くだろう。
それほどの攻撃をリュクルゴスが放たなければ、ナイチンゲールを含む配下の戦闘機械群たちが全滅していたということでもある。
つまる処、これは全てが繋がっているとも言えるだろう。
もしも、押し返さなければあの破滅の光が都市部に直撃していた。
もしも、ナイチンゲールを押し返さなければ、あの光線砲はなく、リュクルゴスの火力と機動力が十全に活かされていた。
『さあ、さあ。さあ――!』
故に好機は一瞬。
滅びの光が、再び放たれる前に。
全力で光輝を纏う鋼翼を斬り裂け。
絶望の向こうに、己が|魂《メモリア》を示すのだ。
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● 状況と解説
ついにボス戦。
スーパーロボット『リュクルゴス』です。
戦闘機械群でもスーパーロボットに到達出来たモノは希少であり、かなりの実力者である事は間違いありません。
正面から戦って、勝利を得ることは非常に難しいでしょう。
あらゆる科学技術、そして、超常の力のふたつを合わせ持ち、有利な方だけを取れる存在です。常識を覆す戦機だと思って頂ければ。
ただ、戦闘を一時的に止め、戦闘機械群の残党たちを逃す為にと強烈な一撃を放ったせいで、現在は機動力が激減しています。
その為、先制攻撃が可能です(プレイングの順番にかかわらず、全員が敵より先制出来ます)。
その先制で相手が反撃する力や余裕を奪えば、反撃の威力や命中は激減するでしょう。
場合によっては、一方的な撃破とて可能です。
どう一撃を与えるか。
どのように、先制で深い傷を負わせるか。
その一点に魂を籠めてのプレイング、お待ちしております。
●プレイングボーナス
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プレイングボーナス……こちらからの先制攻撃で、反撃不能なまでの負傷を与える/敵に反撃の隙を与えない
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※追記
一応、補足と追記です。
マリー・コンラート(|Whisper《ウィスパー》・h00363)さんが奪還した倉庫や生産設備は無事です。
戦闘の後に、後々の人類が生き抜く為に活用され、運用され、生活を支えていく事となるでしょう。
(とても大切な事だと思いましたので、一応こちらでもと)
灼き付くような決戦の場で、先陣を切るのはこの女。
白き柄と鞘を持つ獅子吼・破軍を抜き放ち、一切に怯むことなく御剣・峰(蒼炎の獅子妃・h01206)は告げる。
「ほう。先程の機械よりは強そうだな」
リュクルゴスの眩いほどの光も。
その奥底から感じる存在感と強さも、峰にとっては風のようなもの。
むしろ猛者に似た気配は、強き存在は心を躍らせる。
だが琥珀の色を、僅かに戸惑うようにと揺らした。
「人間の魂に興味があるのか」
『然り。ひとの魂は、計算には合わない強さがある』
云ってしまえば機械から見れば不条理だ。
ひとの起こす奇跡とは、いわばそういうもの。
けれど、それを掴んで手繰り寄せる感情の強さ、或いは、生き抜きたい記憶というものをリュクルゴスは理解出来ないだろう。
「確かに、ひとの魂は強い」
峰が継いだ修羅の血筋も、また魂と呼ぶべきものだろう。
或いは、その奥底に眠る鬼の姿もか。
銃を前にして、否、負けてなるかと剣を研ぎ澄ます。
その滾る想いはまさに不条理。
確かに強いと、欲しいと願うのも無理はないかもしれない。
「が、お前らには理解もできないし、得ることなど夢のまた夢」
獅子吠・破軍の切っ先をリュクルゴスへと向けて、峰は眦を決する。
その刃をその身に届けると、天へと誓うように告げるのだ。
「プログラム通りの行動しかできないお前らではな!」
対するリュクルゴスは、僅かに首を傾げた。
『確かに。が、我は既にそのプログラムを抜けたと言える』
故のスーパローボット。
戦闘機械群が辿り着いた境地のひとつである。
『一方で、人類が生存本能に従って生きているだけ、という事を否定も出来ない。現に、未来の可能性を食い潰して、今を生きているだけではないか』
「…………」
そう問われれば、峰とて返す言葉はない。
この√ウォーゾーンでは、それが真実である。
だが一方で、峰が不敵な笑みを浮かべていた。
「なら、あたしがこの刃で教え、示してやる」
駆け出すや否や、一気に加速して最高速へ。
峰の姿として捉えるのはただ霞む残像ばかり。
疾風迅雷の勢いを以て、壊れた建物を足場に、次々と跳躍してリュクルゴスの懐へ。
角より放電を放とうとするリュクルゴスだが、その動きは鈍い。
上空より先手を放ったが為の反動。
それに未だ囚われている身では、峰の速度に追いつく事など出来はしない。
第六勘で放電位置を予測し、死合いの裡で磨き上げた見切りで軌道と範囲を判断。
雷撃というのは単純に脅威だ。
速い、強い、そして防げない。
雲耀こそが剣の神髄、最高の技のひとつであるという説も、峰もある程度は納得出来よう。
が、天武古砕流は武神にさえ挑むもの。
鹿島の神が、武と刃、そして稲妻を司るモノというのなら。
「これは、まさに前哨」
このリュクルゴス程度に怖れるようであれば、決して峰は武神の前に立つ事など出来ない。
故にと肉体の限界を超えて駆動させ、日々の鍛錬で強化した身体能力を以て、昨日までの最高速を更に越えようとする峰。
いいや、実際に一秒ごとにその迅さは跳ね上がっている。
更には古龍の霊を宿して更に三倍化させる速度。
『――む』
峰の速度の限界を予測し、軌道を読んでいた筈のリュクルゴスが、計算を越えた速度を見せる峰に驚きの声を漏らす。
そうなれば、もはや後はただ一息。
ただ迅雷と化して、真っ直ぐに走り抜けるのみ。
「限界を超えたい。更に強くなりたい。それはお前も同じだろう。だが」
獅子吠・破軍に魔力を籠める事で霊刀と化し、星の力を刃に帯びさせる峰。
そして、ただ真っ向よりリュクルゴスへと斬り懸かるのだ。
それは遙かに音速を越えた、流星の如き瞬きだった。
そして、空間ごと装甲を斬る刀身が獅子が吠えるような猛々しい音を奏でる。
「その原動力たる、想いがなければがらんどうの人形だ」
『――――!』
奔り抜ける烈刃一閃。
峰の冴え渡る一刀は、装甲など意に介さずリュクルゴスをただ斬り捨てる。
深く、深くと刃にて捉え、斬り伏せていた。
ひゅん、と光輝を纏う装甲を抜けた切っ先が翻る。
血の一滴流れずとも、今に斬ったモノの命の名残を払うように。
「どんな綺麗事やお題目を並べようが、お前は所詮機械」
斬撃による負傷で建物へと落ちていくリュクルゴスへと、峰は冷たく告げた。
「人になることなど絶対にできない。諦めるんだな」
魂が欲しいといいつつ。
ひとの何なるかを知らず、知ろうとせず。
殺戮を繰り返すものには、何もひとの強さを得るは事は出来ない。
それだけの事だと、獅子吠・破軍の白刃が冷たく告げていた。
足を止めたのは怖れからではなかった。
延々と語られる言葉は、その主には意味のある事だろう。
だが、聞く側からすれば。
「め、めちゃくちゃ」
ひたすらに傍迷惑であり。
「果てしなく」
そんな理由でと、逆に唖然となって聞き返したくなるとほど。
だから呆れと共に、二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)は小さく呟いた。
「……どうでもいい」
お前の主義主張など知る事ではない。
まだ真っ向から戦った先ほどの戦闘機械群たちの方が関心が持てる。
極論、戦闘とは主義を異なるもの同士が争う事ではあるが、だから自分の想う理想を、魂を示せと云われても。
「困るだけだろう」
鋭く切って捨てて、二階堂は光輝の鋼鳥リュクルゴスを睨み付ける。
リュクルゴスの戯れ言は全て聞き流したとして、一方で相手のスタンスを知るというのは非常な利だ。
そして、名を冠するものはと二階堂が自らの思考の底を攫い、古い歴史から見つけ出す。
「なるほど。|立法者《Λυκοῦργος》か」
生涯に謎多き、古き時代の人物である。
平たくに云えば、かのスパルタの制度を多く定めたもの。
兵士は斯くあれ。そう、死んでも突き進む勇猛なるモノを育みしモノ。
「――そうなりたいのか」
名前の通りの存在となりたい。
作られた機械であるが故に、存在意義に飢えている。
在るかも分からない魂を説いて、求める程に。
「要は自分ルール押し付け野郎ってこと、理解した」
殲術処刑人鏖殺血祭を諸手で構え、重くも果敢に踏み込んでいく二階堂。
『ほう。流石は勇猛なる魂を持つもの』
まだ力のチャージが終わっていないリュクルゴスが告げる。
さあね、と首を傾げて二階堂は聞き流す一方、人類のひとりとして言葉の刃を向けた。
「確かに俺達は|何故か《完全機械》を理解していない」
完全なるヒトに近付く為には。
そう哲学が論ずられていく事はあるが、今もそれが続くのは僅かな人類の間だけだ。
「俺個人は心底興味が無い」
肩を竦めてみせる二階堂を、じっと宝玉のようなリュクルゴスの眼が見つめる。
全てを観察し、記録しようとするような。
あらゆるを理解し、分解し、呑み込もうとするような。
ひとである二階堂からすれば、何故か苛立ちを憶えさせるもの。
故に告げてやるのだ。
「何で機械の屁理屈に人間が付き合わなきゃならんのだ?」
そして走り出す。
瓦礫を足場に跳躍し、一気にリュクルゴスの懐へと切り込んでいく。
烈刃一閃。
鋼の刀身が唸りを上げ、リュクルゴスの輝く翼へと叩きつける。
「その御題目であと何人殺すんだ?」
『――――』
両腕で振るう二階堂の剣威に、リュクルゴスの装甲に亀裂が走る。
なにばと後は嵐の如く、乱れるばかり。
繚乱と舞う火花と鋼刃。
轟音が響き渡り、鋼の断末魔が周囲に散らばる。
一気呵成。怒濤の勢い。
削れるだけ削るのだと殲術処刑人鏖殺血祭を振るい続け、リュクルゴスの装甲を斬り砕き、内部の回路を断ち斬っていく。
「どうせ答えは、|分からない《分かりっこない》」
『が、無為と分かりながら続けるのは人類も同じであろう。今のお前のように』
ばちっ、とリュクルゴスの角から紫電が爆ぜる。
雷撃の放射。その前兆に気づきながら、一切怯むことなく、むしろ熾烈さを増して乱撃を振るう二階堂。
「これが無意味に見えるか? 傷つきながらじゃ、説得力がないぜ」
『ほう。ならば、この稲妻を越えてみせよ、魂の輝き持つものよ!』
大きく翼を広げたリュクルゴスから、周囲一帯へと放たれる強烈な放電の渦。
「――がァっ!」
手数と範囲を重視しているが、元となる威力が尋常ではない。
体内を駆け巡る雷撃に血も肉も、臓腑も骨も焼かれて膝をつく二階堂。
眼球の毛細血管が破裂して、血の涙を流す――だが、その双眸から戦意は一切消え失せていない。
「だから、魂とか。そんなの|話してねぇよ《関係ないだろ》」
雷撃を受けた二階堂の負傷は甚大。
だからどうしたと、血を吐きながら立ち上がる。
命を繋ぐ為に極限まで駆動する偽物の臓器と仙丹の治癒力。
周囲のインビシブルと結びつき、継続能力と共に身体を奮い立たせて、更なる一撃を放つ。
「押し付け野郎。良いこと教えてやるぜ」
傷跡から流れ出る二階堂の血液に含まれる過度の竜漿。
鮮やかな赤に含まれる神秘の力が殲術処刑人鏖殺血祭の刀身を濡らし、限界を越えた力を引き出させる。
そして二階堂が身に降ろすは古き龍の霊魂。
「自分ルールを押し付けたら、相手のルールでも|押し付けられる《殴られる》んだよ」
だから最早、二階堂はリュクルゴスの声など聞かない。
装甲など霊剣術・古龍閃の前では無意味。
激情と闘争心を燃やし、修羅の如き剛刃を閃かせる。
爆ぜる轟音を響かせ、リュクルゴスの身体を斬り裂いた。
滅びの光輝を纏う翼を前にしても、影の如く静かな姿は動かない。
表情を失ったかのような貌も。
荒れた髪も、不健康そうな細い身体も。
あらゆる一切は恐怖を抱かず、情動の揺れもしない。
いや、薄くだけは笑ったのか。
命の瀬戸際、死の予感。
恐ろしい修羅場に瀕して、初めてヨシマサ・リヴィングストン(神出鬼没の戦線工兵・h01057)は生の実感を抱くのだから。
「おお~、大将が出てきましたね」
飄々としつつ、何ら調子を崩すことのないヨシマサ。
周囲の瓦礫から瓦礫へと俊敏に動きながら、低くく滞空するリュクルゴスの姿を見て、分析していく。
何故ならヨシマサは工兵。
戦況を理解し、手を打っていくものなのだから。
ひとつの抜かりが戦場を壊すというのなら、どれほどの脅威と恐怖であっても直視し続ける。
「スーパーロボットかな……珍し」
ヨシマサにもその存在は分かるのだろう。
故にその脅威が災害そのものであるということも。
だが、淡々と呟かれる言葉。
「出来ないことはしないがモットーですけど、一応できることが一つあるのでやっちゃいますか」
そう言いながら、周辺に散らばる資材や武器を掻き集めていく。
敵も味方も区別しない。
そこにあるなら、利用していくだけ。
「たくさんありますし~……全部頂いちゃいましょ」
激戦の最中であるというのに気負いの一切感じられない声。
そのまま恐ろしく素早い手つきで分解し、使えるものを選び取り、繋げて、新しいモノへと作っていく。
「全部くっつけて~……うん。超あぶないなにかができましたね」
ゆっくりと首を傾げ、出来上がった武器を見つめるヨシマサ。
動力は何だったか。放つものは何だったか。
いいや、もうこの際は関係ない。何であっても、コレはリュクルゴスに痛打を与えうるものだという確信があった。
「これは暴発したらなかなかやばいんじゃないすかね。うん」
誘爆などしたら流石に危険極まる。
しかも即席で作ったのだから、何度も使えば暴発の可能性とてあった。
過剰放エネルギーをチャージし、オーバーヒートも気にせずに放つ、一度きりの|鬼札《ジョーカー》。
ただ60秒ぴったりのチャージが必要であり、それ以上に溜め込む機能もない。
「まあ……周りの皆さんが稼いでくれるでしょ」
正面からリュクルゴスに立ち向かう能力者の果敢さと強さは、戦線を支えるヨシマサだからこそよく分かる。
必ず、一瞬の好機は訪れる筈。
あとはそれを逃さず、ヨシマサが確実な一撃を放つだけ。
力なく首を傾げながら、ヨシマサは呟く。
「さて、これで帰りの音量も帰路の武器の弾薬もなくなっちゃいした」
流石に怒られるだろうか。
確実に、激しく、怒られるだろう。
予備も何もかも遣い潰して勝利したなど。
が、そうでなければ勝てず、生き残れないのがこのウォーゾーン。
銃弾や放電は届いていないが、ヨシマサの歩む場所も戦火の渦の只中だ。
未来がないが、今を生きる為なら仕方なしと明日のぶんの何かを消費して生き続けている。
まさに、そんな姿。
そして、そんな修羅場だからこそヨシマサが胸の奥で感じる歓び。
ああ、生きて、戦って――。
「……まあ、いいや。うん、生きていたから褒められるかもしれませんし?」
そう言いながら、表情のない顔とは裏腹に、ヨシマサは速やかな移動を続ける。
もうひとつの欠点はヨシマサが作った武器の射程が接近戦で使える程度しかないということ。
明らかな欠陥品に思えるが、それでもヨシマサは一切気にしない。
特攻だとしても、それで戦って勝てばいい。
第一、自分だけ安全な場所にいるというつもりはない。
無謀だとしても、それで勝てるというのなら。
「いい事ですよね。うん、それは」
何の問題があるのかと頷くヨシマサ。
他の世界であれば、多くのものが、例え最前線で戦う兵士でも道徳や倫理を以てヨシマサを問い詰めるだろう。
けれど、此処ではそれが当たり前。
「なんか向こうも楽しそうだし……」
誇りだとか、勇猛さだとか。
そういう事を語り、光と雷撃を放つリュクルゴスと、それを追い詰めていく能力者たちはすぐ傍。
そしてチャージの完了ももうすぐと、ヨシマサは一気に駆け出す。
何も躊躇いもなく自爆特攻の如き武装を構え、壊れた建物を跳ねて昇って、リュクルゴスの懐へ。
迎撃も、放った後の事も怖れていないヨシマサの動きに、リュクルゴスの対応が致命的に遅れる。
そして、至近距離から超越臨界の砲撃が轟くのだ。
「……お互い楽しく派手に行きましょ。ね?」
凄絶な破滅のエネルギーが放たれ、渦巻きながらリュクルゴスの装甲を穿って、その奥へと叩き込まれる。
点滅する光輝の翼。
エネルギーフィールドを纏おうとするが、強烈な一撃に瞬間だけとはいえ機能を失い、そのままヨシマサが後方へと退避する。
ただ、もしも一瞬だけでも遅れていればどうなったか。
「ふふ」
命と死の瀬戸際にいるのを実感したヨシマサが、小さく笑う。
「楽しいな」
死を感じて、それを越えて。
勝利を確信しながら、小さく、小さく笑う。
光輝を纏う翼の威容。
巨大な鋼の霊鳥たるリュクルゴスは、神霊の如き威厳があった。
確かに、滅びと言えるような光と稲妻を操る。
が、それも当たればの話だと北城・氷(人間(√ウォーゾーン)の決戦型WZ「重装甲超火力砲撃特化機【玄武】」・h01645)は溜息をついた。
「ついにリュクルゴスか……」
だが、北条がリュクルゴスと戦場で会合するのは一度ではなかった。
一度か、二度か。既に戦ったからこその余裕がある。
「何回僕に倒されれば気が済むんだか……」
操る【玄武】で鋼の駆動音を響かせながら、大口径ビームランチャー【撃滅】と超火力ビームキャノン【殲滅】を構える。
どちらも尋常ならざる火力を秘めたもの。
紺碧に輝く【玄武】の最終決戦モードの中に相応しく、著しい手数と火力で蹂躙していく存在だ。
北条も積極的な攻勢を取るとなれば、なおのこと。
「奴には強力な攻撃がある。その攻撃を受けたらまずい……」
だからこそと、リュクルゴスと同じく滅びの光を放つ砲を向けるのだ。
どちらがより強いか。
どちらが、より凄惨なまでの火力を出せるか。
「……ただし、僕の攻撃を受けた後でも生きていられればの話だけどね」
反撃の隙など与えない。
一方的に倒しきるのだと、【撃滅】と【殲滅】の砲火が空へとビームを放つ。
眩い程の光は、即座に十二連射。
元々の火力に会わせて、手数で押し切るのだとフルバーストの制圧射撃を繰り出している。
「くっ」
だが、北条の顔に焦りが混じる。
「直撃、していない?」
他の能力者たちが一撃に込めるから、リュクルゴスの異能と装甲という二つを貫けているのだ。
ただ乱れ討つ手数では届かない。
決戦型WZといえど、それは元は戦闘機械群の鹵獲兵器。
そこに【撃滅】と【殲滅】、更には北条の√能力を足しても、スーパーロボットであるリュクルゴスを越えるには至らない。
ただ砲撃を並べて勝てるならば、この√ウォーゾーンは此処まで荒れ果てていない。
「光の屈折? そんな事まで出来るのか!」
リュクルゴスの光輝を纏う翼は異能の装甲である。
レイン砲台という兵器がある以上、それに対策するのは当然。より一撃の強さを極めれば良かったかもしれないが、北条の火力ではリュクルゴスの装甲を貫けない。
一言でいえば――技術と力の差でみれば、短剣で鋼鉄の鎧を貫通させようとしてるのに等しい。
「だったら、もっとだ。……もっと、火力を!」
が、ならばこそそれを凌駕し、常識を覆すのが√能力。
現状、手数は十分。
ならばと大火力ファミリアセントリーを五基召喚し、四倍の手数に、さらに五倍の火力を重ねる北条。
確かに、この能力の組み合わせがあれば、リュクルゴスに痛撃を与えることは出来るだろう。
たった一体、リュクルゴスを落とす為に火力を収束させ、無差別でのフルバーストを放つ北条の操る【玄武】。
空を灼くような灼熱と光が満ち溢れ、ついにリュクルゴスの護りを貫いた一撃が、光輝の翼を穿つ。
「何度も僕にやられるなんて……所詮は機械、学習能力は無いのかい?」
魂を求めて意味のないことだと北条が告げる中、リュクルゴスが墜落していく。
そう。
「僕がいる限り、人類に犠牲は出させないよ」
北条が立つ限り、決して犠牲は出させないのだ。
そして。
「この程度での戦場で、僕は落とせないよ」
白熱した砲身から煙と蒸気を噴き出し、周囲に陽炎を纏いながら、北条の【玄武】が旋回する。
突然の雨が、戦場を覆い尽くす。
通り雨だろうか。あれほどの青空が広がっていたというのに。
雨はあらゆるを洗い流し、戦塵に溢れていた空気をも澄み渡らせていく。
まだ炎と熱が残る場所も、煙をあげながら鎮静化していく。
そして周囲のあちらこちらにある光源が。
そして、リュクルゴスの威容を示す光が、霧雨の裡で乱反射する。
茫、と光る世界。
寂しげに煙る、雨の光景。
雨脚は強まり、ひとりの男が現れた。
まるで雨を連れて歩くような男だった。
或いは、雨に呪われてしまっているのだろうか。
顔を覆う仮面は彼の素顔を隠す為のもの。
こんな戦禍の世界、√ウォーゾーンに在る雨のヒーロー、マハーン・ドクト(レイニーデイ・ホールインザウォール・h02242)の姿だった。
そして、鋼鉄の翼が放つ光輝に抗うように。
ぽつりと、低い声を漏らした。
「……うるせぇよ」
行き場のない怒りの見え隠れする声だった。
双眸ばかりが冷たい雨の裡でも赤く燃えるようで、リュクルゴスを睨んでいた。
「魂の輝きだとか、光だとか。神様にでもなったつもりか」
世界を支配した戦闘機械群。
故にヒトを超越した何かだと思っているのか。
魂はないから、それさえ手に入れれば何をしてもいいと。
小さな平和と平穏を、なんとか抱きしめている人々を虐殺しても許されると思っているのか。
そんなもの、絶対に許されない。
いいや、マハーンが許すものか。
「同じ領域に立つってんなら、まずはそんな高いところから見下すだけしてねぇでここまで降りてきやがれってんだ」
『ふむ。だが、程度の低い人間ほど、高い存在を引きずり下ろしたいという。つまり、そういうモノか、お前は』
ぐっと怒りを堪えるマハーンに、雨の紗幕の中でリュクルゴスは告げる。
『違うというなら示してみせよ。何、我の前に立って震えず、なお立ち向かえとする時点で十分に勇猛果敢だ。更にその先を見せよ』
でなくば、と光を雷撃へと変えていくリュクルゴス。
『お前の後ろにある都市は、容易く滅ぼう。その嘆きと慟哭を、我は魂として記録しよう』
マハーンが奥歯を噛みしめた。
憤激を抱き、それでも無闇に当たり散らす事はなく、雨音を裂く声を紡ぐ。
「強い奴が、虐殺か? 強いから奪っていい。そんなの、ガキの考えだろうが」
今まで自分のしていた事が、どれほど魂というものから掛け離れたものであるのか。
理解されずともマハーンは云わずにはいられない。
「殴り返せ? それが誇りだ、魂だ? とんだお偉い思考で、この世界を染めてくれやがったな」
だからと両手を握って、低く叫ぶのだ。
未来と可能性を焼いたのは人類ではない。
この狂った機械たちなのだと。
「|こんなクソッタレの世界《√ウォーゾーン》に、するだけしておいて。なるだけなっておいて。その上で求めるものがそれか」
ひとの優しい魂を、焼き尽くしておきながら今更になって求めるのか。
赫怒の念はマハーンの胸の奥で燃え上がるばかり。
もはや如何なる言葉で示せばいいのか分からず、ただ呟いた。
「……『転身開始』」
マハーンの言葉に従うように、全身を青のスーツが包み込み、その上から黒いレインコートを羽織る。
「決めた。お前はここで、冷たい地面に、引き摺り下ろす」
その宣言と共に行使される力――【R・G・C】。
降り注ぐ冷たい雨の中を、数多と駆け抜けるはプリズムレーザー。
雨雲が覆う薄暗さを払うような燦然と輝きが、雨粒の中で乱反射していく。
そのまま取り囲むように溢れていくプリズムの輝きたち。
まるで散らばった宝石か、空から転がり墜ちた星屑のような光たち。
が、これのひとつひとつが、破滅を呼ぶものなのだ。
断罪の輝きとして、怒りの代弁者となって、リュクルゴスを包囲していく。
そして、一気に殺到するのだ。
『――――!』
音もなく、ただ数多の光がリュクルゴスへと集まっていく。
その姿はさながら流星群。
美しくも悲しき人類の落涙となって、リュクルゴスの身体を灼いていく。
特に狙うのは相手の飛行ユニット。
翼か、それとも脚か、背中か。
超常の力で飛ぼうとも、何かしらはある筈だとプリズムの攻撃を収束させ、たった一点へと集中攻撃を続ける。
「……っ。どうだ」
この雨を呼ぶ【R・O・C】による影響で、あらゆる力が増幅されているマハーン。
それでも比する所か、出力で凌駕する光輝を纏う翼。
だか、マハーンの込める想いの力が、僅かずつ押し返し、拮抗を覆し、ついにはリュクルゴスの身にプリズムの光が届く。
『ぐ、ぬ』
呻きをあげ、翼を灼かれるリュクルゴス。
光を阻む超常の力も、翼を守る装甲にも限界があるのだ。
ひとの心や魂とは違って。
「逃がさねぇ」
飛翔して空へと逃れようとしたリュクルゴスを、包囲するプリズムが追撃する。
心を燃やし、魂を燃やし、全身全霊で挑むマハーン。
後の事は考えない。
目の前の相手をただ斃すのだと、全力を振り絞り、限界を超えようとする。
負担、負荷。知ったことではないとふたつの能力を同時に行使し、雨の中の煌めきにてリュクルゴスを追い詰める。
「避けさせねぇ」
機動力を取り戻しかけたリュクルゴスの翼をついに灼き払い、飛翔速度を落とさせる。
まさに好機。
逆に此処を逃せば、確実に反撃が来る。
なら全力を出し続けるせいで熱と痛みを叫ぶ神経など無視して、更に引き出すのだ。
口にしたことは必ず護るのがヒーロー。
「言っただろう。冷たい地面に、引き摺り下ろすってな」
そのまま、残る力を振り絞るように。
まるで、流れる流星さえ掴み、天から地へと落として見せるというように。
マハーンはあらゆる力と能力を注ぎ、プリズムレーザーをリュクルゴスの翼へと降り注がせる。
音はない。
煌めきばかり。
雨に煙る視界を払う、プリズムの光に襲われ続け、ついにリュクルゴスがその身を墜落させる。
翼を灼かれ、落下するのは一時的だろう。
だが、好機と隙を作り、繋いでいくのだ。
「お前たち戦闘機械群と違って、ひとは、繋がって生きていくんだよ」
呪いであっても、祝福であっても。
託された重さを、それでもと抱きしめて。
「そうして――いずれ勝つんだよ」
その未来はどれほど遠くとも、不可能ではないから。
どれほどに希薄な未来だとしても、必ず到達するから。
「だって、ひとには魂がある。そういったのはお前だろう、リュクルゴス。その輝きと、雨に呑まれて……果てな」
最後にと走らせる数多の光の群れ。
それが、地に落ちたリュクルゴスの躰の深くへと突き刺さる。
空へと放たれるは魂の慟哭ではなく――機械の断末魔だった。
そうして雨は降り続く。
いずれすぐに消えるものではあるけれど。
今は戦塵と熱を洗い落とし、あらゆる災いを鎮めて。
リュクルゴスの慟哭を呑み込み、ひとの未来を繋げていく。
ああ、雨が過ぎ去る。
マハーンの限界を超えて、雨雲が消える。
けれど、だからこそ空にかかるのは美しい虹の光。
七つの色彩と光をもって、蒼穹と未来へと掛かる橋の姿だった。
こんな瞬間の為なら雨も悪くないと。
呪いが転じて、幸いを描く瞬間を見たようにハマーンは笑った。
あとは頼んだぞと、静かに頷いて。
焼け爛れたリュクルゴスの翼を討つ役目を、次ものモノへと託す。
この|狂った世界《√ウォーゾーン》で、誰かのヒーローであり続ける為にも。
立ち止まる事のない、ひとの心と鼓動。
勇気は儚く、信念は脆い。
希望は容易く燃えあがり、絶望を撒き散らすだけ。
そうだと知っているのに。
全力で迫り来る戦闘機械群の恐ろしさを、神代・京介(くたびれた兵士・h03096)は幼い頃から身で知っているというのに。
それでも屈しない。
一瞬でも諦めたりなんかしない。
「……っ」
唇を噛みしめ、僅かでも揺れかけた自分を律する。
ただ真っ直ぐにと黒い双眸を向けて、光輝の翼を広げるリュクルゴスを睨む。
「ここで怯む訳にはいかない」
軍靴を響かせ、不退転を想いを声として響かせる京介。
「俺たちが奴を止めなければ、この都市の未来を失うことになる……」
リュクルゴスが示した破壊の傷跡。
滅びの光が降り注いだ戦場から立ち上る白煙と熱、その圧倒的な存在感に京介の胸が軋む。
勝てるのか?
いいや、勝てるかどうかではない。
挑むしかないのだ。この僅かな隙を見逃せば、京介の背後にある人類の都市がまたひとつ、滅びる。
またひとつと、終わってしまう。
ふと京介の脳裏に過ぎ去ったのは、惨敗を喫して壊れて灰に埋もれた都市。
あんな経験はもう要らない。
何故生き残ったのだと、感情を擦り切れさせるような現実など。
「そんなもの、もう繰り返させるものか」
京介が腕を掲げて、空へと舞い上がらせるのは水晶体にも似たレイン砲台。
火力という面では明らかに劣るだろう。
それでもと無数の粒子を輝かせ、リュグルゴスへと光を向ける。
『何故戦う、ひとよ?』
リュグルゴスの宝玉のような眸が京介へと注がれる。
機体の内側に秘めた、他を圧倒する力。
それを感じながらも、もう京介は僅かな動揺も怯みも見せない。
軍靴で瓦礫を踏み砕き、なお接近する。
「戦うことに、生き抜こうとする事に。理由が必要なのか」
『――――』
「ああ、理由はある。だが、お前が期待するような崇高なものじゃないさ。ただの有り触れた、思いで願いだ」
『それを何という。如何なる魂の輝きか?』
興味を溢れさせ、求めるようにと問うリュクルゴス。
果敢なる決意を定めた京介が示す魂の輝きに魅入られ、自分へと向けれる光がより強く、より鮮やかに溢れているのに気づかない。
「お前たちには分かる筈もない。先ほども踏み躙り、壊し尽くし、奪おうとしたものだ。価値の分からないものを、機械が理解が出来る筈もない」
『……ふむ』
日常を守りたい。
そこにある幸せを、奪われたくない。
悲痛だが、何処にでもある願いだ。
人間なら誰でも持っている、幸福な記憶の断片だ。
それを魂と呼ぶなら、ああ、確かに京介は誰かの魂を守る為に戦場に立っている。
「誰かを守るために戦う、それが俺の生き方だ」
自らではなく、誰かの為に。
そんな京介の思いを察知し、だが理解出来ないとリュクルゴスが困惑と混乱を示す。
――それこそが隙だった。
京介に出来るのは全力を懸けて、ただ一撃を成功させる。
それ以外の選択肢はない。
京介には、『誰か』の為に逃げることも、負けることも出来ないのだから。
心を奮い立たせて、力を極限まで高める。
異能めいた力が限界を超えて駆動すれば、遣い手である京介の脳と神経に負担をかけるが、何を怖れる事があるだろうか。
「奴を仕留める! 全砲台、最大出力で集中砲火だ!」
全ての火力を、困惑を解消すべく思慮に耽るリュクルゴスの隙へと向けるのだ。
「この一撃に全てをかける!」
超過駆動を行えば、一時的にレイン砲台も使えなくなるだろう。
だが、それでもいい。
後など考えず、怖れることもなく。
京介は、未来を斬り拓く光を放つのだ。
無数のレイン砲台が集めた光の粒子をひとつに収束させ、光輝を帯びた装甲を貫くのだと放つのだ。
眩い閃光。
戦場を染め抜く、暁の如き真白き光の柱。
「倒れろ……!」
叫ぶ口の中で、血の味がした。
負荷に耐えきれず、眼の毛細血管が破裂する。
眼から、耳から、口からと沸き立つような血が零れるが、京介は一切気にしない。
擦り切れてくたびれたようなこの身体と心、『誰か』の為にならば惜しむ筈がないのだから。
『ぐ、ぬ……!』
避けることもできず、装甲で受けるリュルクゴス。
煌びやかな装甲は技術だけではなく、神秘を纏うもの。
表面で光が乱反射し、周囲一帯に燦めく燐光が溢れかえる。
だが、その拮抗も一瞬。
執念が、想いが、『誰か』の為の光が、ついにリュクルゴスを貫き通す。
『これが、ひとの……魂の輝きか』
歓喜とも驚嘆とも取れる声をあげながら、リュクルゴスは身の内側から光に灼かれていく。
コアは逸れてしまったか。
それでも機能を喪失する程のダメージを受け、飛ぶことも出来ずに地へと墜ちるリュクルゴス。
「違うな。……魂の叫びじゃない。生きようとする、その姿だ」
眼の端から流れる熱い血を拭いながら、京介は告げる。
身体中に激痛が走る。限界を超えたのだとレイン砲台が放熱の為に活動を止めてしまった。
だが淡々と、だが、揺らぐことはなく。
この戦いが終わるまで、決して膝を付くこともなく。
京介は、勝利を見届けようとする。
そして、その後に続く『誰か』の日常を。
そういう日常の|記憶《メモリア》こそが、本当にひとを奮い立たせるものなのだから。
今の京介がしてみせたように。
唯一無二の尊ぶべきもの。
至宝だと空に掲げ、さらなる高みへと導くもの。
そんなものクラウス・イーザリー(人間(√ウォーゾーン)の学徒動員兵・h05015)は知らない。
それこそが魂だと云われても、実感のかけらも湧かないのだ。
ただ胸で疼く思いはひとつだけ。
「魂の輝きだとか、俺にはそういうことはわからないよ」
あくまで学園の中で、友人たちと生きるクラウス。
家族を失って天涯孤独の身ではあるけれど、学友たちのお陰で前を向いていられる。
誰かを救いたいという願いを抱いて、たとえ自分が傷ついても構わないという感情を宿した。
対した目的や理想がある訳じゃない。
日常で感じる喜び。そのひとつひとつが大事だと思うから。
「……ただ、平和がいい。それだけなんだ」
瞼を瞑り、学園の中の騒がしさと楽しさを思い出すクラウス。
確かに、心はあるのだろう。
何かに憧れ、ああなりたいと思う気持ちもわからなくもない。
だからと言って勝ちは譲れない。
路を譲れば数多という人々が死んでしまうのだ。
リュクルゴス、そして戦闘機械群の進む先では虐殺しかないのだから。
そうして平和と日常を踏み潰し、血塗れの中で掲げる『魂』とやら。
認めたくはないのだとクラウスは青い双眸を空へと、翼を広げるリュクルゴスへと向けた。
「お前には尊い記憶があるか。忘れたくない、誰かといた何かが」
『我は自我を持ってからの全てを記録している。そして、全ての個体は固有である。特別な誰か、と人類はよく言うが――特別ではない個などあるのか?』
「そうか。……記憶ではなくて、記録なのか」
柔らかな声に少しだけ、悲しさと寂しさを乗せて告げるクラウス。
まるで正論だが、特別と思うほどの誰かなど。
日常と日々などありはしない、リュクルゴスのがらんどうの心を見た気がして、クラウスは眦を決する。
やはり、勝ちたい。
負けて、奪われたくないのだ。
人々の生活を、その中で溢れる笑みを。
街と命を、そこで続く些細な幸福を。
「ただ、守りたいから」
決して話の噛み合うことのないリュクルゴスを打ち落とすべく、腕を掲げるクラウス。
「お前を倒して、進ませて貰う」
他の能力者たちの攻撃で傷つき、まだ空へと戻れていないリュクルゴス。
『無論。お前の勇敢さを、輝ける魂を示してみせよ』
クラウスが指を鳴らすと同時、起動された決戦気象兵器『レイン』がリュクルゴスの頭上を取り囲む。
光を溢れさせ、まるで驟雨の如くレーザーを降らせ、その熱と衝撃でリュクルゴスの動きを封じていくのだ。
降りしきる光に音はない。
だが、静寂の輝きをもってリュクルゴスを射貫き、射止めていく。
「足りないか」
それでも装甲を貫通するには届かないと見るや、クラウスは幾つかのレーザーをひとつに纏めて、強烈な光の刃と化してリュクルゴスを斬り裂いた。
いや、出来る限りを尽くすのだ。
まだ出来る筈だと、レイン砲台の斉射の負荷を感じながらも、ファミリアセントリーを起動する。
思念で動くが、故に同時駆動は精神と神経に負担が著しい。
この√ウォーゾーン特有の、使用する兵士を使い捨てにしてでも一時の勝利を得るというコンセプト。そうでもしないと勝てず、生き残れない現実。
それが苦痛となってクラウスを苛むが、低い声と共に真っ直ぐにリュクルゴスを睨む。
「負ける、て……たまるか……!」
負担、負荷。限界。
それを越えて勝つのだとクラウスがリュクルゴスを指させば、ファミリアセントリーの銃撃がリュクルゴスへと放たれる。
が、射線にリュクルゴスはいない。
『その執念、見事。意志、決意、それはやはり人類の輝きだ』
レーザーを浴びながらも銃撃を躱したリュクルゴスが、翼を広げ、帯電した角を空へと掲げる。
『それを魂として、我に……っ!?」
だが、最後まで言葉は届かない。
瓦礫で跳弾したファミリアセントリーの銃弾が、帯電した角へと着弾したのだ。
雷撃が十分に蓄積されず、方向性も与えられない儘に放電される。
それはいわば誘爆。リュクルゴス自体への攻撃となり、紫電に包まれる鋼の霊鳥。
同時にレイン砲台からのビームもファミリアセントリーの銃撃も続けられている。
光の熱線、重い銃撃、更には自らの放電。
三つに晒されれば、幾らリュクルゴスといえど姿勢を崩し、地に倒れ込む。
「勝たせて貰うよ。日常の為に」
離れていたクラウスも周囲への放電の為に感電していたが、一切の痛みを感じていないように毅然と立つ。
クラウスの貌ら感情は一切見えないけれど。
その動きは、戦い方は、ただひとつを雄弁に語る。
――絶望なんてしない。ただ、今の日々が大事だから。
「あの学園に、帰らせて貰う」
そうして、レイン砲台から降り注ぐ光が一際に強く輝いて、リュクルゴスを穿つ。
戦場を踏破して、あの日常に。
それはさながら、夜を越えて朝を迎えるように。
廻り続けるこの星のように、幾つもの戦禍を勝利して、クラウスはまたみんなの元へと、そして望んだ未来へと辿り着く。
いいや、掴む。
光が空に溢れて、弾けるように乱反射する。
襲来したリュクルゴスは、確かに強大な存在。
超火力に超機動力。本来であれば、まともに戦えば都市がひとつ、巻き添えで壊滅しても可笑しくない。
が、それを迎え討つ能力者たちの果敢さが、その強き思いが、全てを覆していた。
曰く、これがリュクルゴスの云った魂の輝きなのか。
いいや、違う。
心と思いの強さだと、歌の輝きを知るマリー・コンラート(|Whisper《ウィスパー》・h00363)は大きく頷いた。
「√能力者のみんな、凄く強かったね!」
澄み渡る声を戦場へと響かせるマリー。
口にして、言葉にしたいと思いもある。
でも、それ以上に、マリーが歌うように口にすれば、全力以上を振り絞って疲弊した『みんな』にまた活力が戻る。
次は自分の番だと控える『みんな』をリラックスさせ、笑みを取り戻させる。
マリーの歌は、ひとを救うものだから。
戦場で響き渡る『うた』を、今もまた紡ぐのだ。
「おかげで大半を片付けて、あの司令機にも大きな手傷を負わせられた」
自動小銃“|Whisper《ウィスパー》” HK437に新しい弾倉を交換しながら、ひとつ息を吸い込むマリー。
弾倉を握る指先の動きも繊細かつしなやか。
さながら弦楽器を爪弾くような仕草で、微かな音色を響かせた。
「これ以上暴れられても困るし、ここでしっかりと倒しちゃおう!」
それはマリー自身の思いの確認であり。
生き残り、勝とうとする『みんな』の気持ちを繋ぐ、絆の歌だった。
弾丸のひとつ、ひとつに込めた思いを、囁きを、勝利へと繋ぐためものもの。
事実を思えば、マリーの緑色の眸も揺らぐ。
あれだけ強い敵であれば、いつかは復活してしまうのだろう。
幾ら倒しても蘇生し、復活してしまうのが簒奪者。
けれど、無意味な筈はない。
消えない傷跡は刻むことだって出来る筈なのだ。
何より、今後も優位を維持し続けるのが肝心。
幾ら襲われても、その度に撃退し、自分たちが強くなり、人類としての生きる基盤を着実に固めていく。
奪還した都市や、先ほどの生産施設は人類にとってまさにプラス。有利だ。小さくとも、決して無視できるものではない。
そして、今後もその優位性を維持する為にも。
「私たちのことを記憶する前に、まともに知覚できないようにしよう」
自分にならそれが出来る筈と、囁きの銃を握り絞めるマリーがその貌に決意を表す。
瓦礫から一気に飛び出し、有効射程の圏内へ。
『おお、先ほどの娘か。よくも我が自爆させようとした設備と倉庫を……』
このリュクルゴスが珍しく、敵意を示した。
それほどにマリーがした事は大きいという事だろう。
だが、一切気にしない。敵の言葉なんて耳にいれない。
むしろ敵意は賛辞。それほどにマリーはひとを救った。
なら、今もそれを続けるだけだ。
「この弾で、シビれるほどに釘付けにしてあげる!」
発動させる能力は、自身の持つ弾倉内全ての弾丸の変性。
視界内の対象、つまりはリュクルゴスへの極めて強力な特攻を持った専用弾と化すもの。
加えて、その弾丸が帯びるのは回路損失の力だ。
マリーが繰り出す銃声はあくまで囁くような音色。
サプレッサーを最大限まで活かすようにカスタムされた自動小銃は、劈くような鋼と火薬の叫びを打ち消している。
けれど効果は絶大だった。
『ぐっ、ぬっ……!!?』
点滅するリュクルゴスの眼。
攻撃後で隙を晒していた処へと突き刺さるには、あまりの威力と効果を秘めているのだ。
異能と科学のふたつを持つ筈の装甲が弾丸の特攻性により容易く穿たれ、内部を砕いていく。
それどころか弾丸がもたらす回路損傷によって行動と思考が鈍り、それどころか記録さえも曖昧になっていく。
まさに機械へともたらす死の囁きだった。
この音色を届けられれば、優しい死神の抱擁を受けるだけ。
抗う力さえなくなってしまう。
まるでぬくもりを奪われていく生き物のように。
「配下を温存しようとする生真面目さが裏目に出たね」
弾倉が空になるまで打ち尽くすのだと、マリーがリュクルゴスへと銃撃を重ねていく。
云うまでなく、無闇な乱射ではない。
身体の色んな部位へと当て、それぞれの部位が担う機能を回路損傷で更に奪っていく。
飛行、帯電、粒子砲の制御。
装甲の強化に、光の屈折操作による装甲強化さえも。
「専用に拵えたこの弾でその回路をズタズタにして」
瓦礫から瓦礫へ。
万が一、捨て身の反撃の可能性を考え、遮蔽から遮蔽へと俊敏に跳び行きながら、囁きの銃撃を重ねていくマリー。
「みんなの情報は誰の分も持ち帰らせないよ」
そしてついに銃弾がリュクルゴスの角へと突き刺されば、制御権を失って暴発した雷撃が、リュクルゴス自身を灼く。
その雷撃を生み出す力、機能もまた凄まじいと言えるだろう。
言い換えれば発電力である。
このリュクルゴス一機が生み出す電力だけで、どれだけの都市の設備が安全に駆動出来るか。
「ついでにその身体も、人類の今後に役立たせてもらうからね!」
ならば破壊した後の部品だけでも効果はある筈。
リュクルゴスの躰で人類の生活を支えさせよう。
燃えるような黄昏を、恐ろしき闇夜を、理不尽の渦巻く戦禍を越えて。
勝利と、その先へ。
何も奪わせず、むしろ人類が明日を生きる為に。
いずれ生きて平和に辿り着く為、囁きの銃弾を伴い、マリーは空へと歌うように告げる。
滅びの光が過ぎ去る。
だが、影の到来を防ぐは柔らかなる光。
さながら恐ろしき戦禍を浄化するような純白の光。
「そう……貴方が、ボスなんですね」
人類の都市を襲ったもの。
虐殺と蹂躙をもって、ひとの魂の輝きを知ろうとしたもの。
それはイリス・フォルトゥーナ(楽園への|階《きざはし》・h01427)にとって、決して許せないことだった。
小さな身体をふるりと怒りで震わせて、聖祓杖「アルカディア」を両腕で抱きしめる。
「魂を、輝ける生命の最後の光を以てなんて……」
イリスは楽園へと導く使徒たらんとするもの。
故に、リュクルゴスの言葉はひとつたりとも認めることが出来ない。
「使徒として、許せません!」
そうして空を見上げて、青い双眸でリュクルゴスの姿を捉える。
数多と白光を溢れさせ、イリスは身に纏ういながら告げた。
「三度目、お役目の時間です!」
リュクルゴスもまた重圧の声をもってイリスを迎え討つ。
『よい。来い。使徒とやら。その教義における魂の輝き、楽園の光とやらを我に記録させよ』
光輝の翼をはためかせるリュクルゴス。
が、イリスは未だ見習いの身。
飛んでいる相手へと、確かな有効打を与えられるのか。
幼いイリスには技巧を凝らすほどの経験と思考はないのだ。
熟練の使徒ではない。
だが、それに勝るとも劣らない真心がイリスにはあった。
「けれど……天使さを|憑装《降霊》して、大天使となれば」
そして相手が翼より放つ光とて。
「いくら光を重ねても、当たらなければ!」
そうして祈りを捧げ、自らの聖祓天を白銀に輝く祈りの翼へと変形させるイリス。
天を翔け、加護を授ける白銀の光が周囲へと溢れかえった。
先ほどと同じく。
いいや、今回は天使さまと共に空へと飛び立つのだ。
「さあ、行きましょう。……大天使さま」
ふわりと翼をはためかせ。
柔らかなる光と風を帯びて、空を翔るイリス。
光速で翔る速度は、まさに流星のよう。
そうして高速かつ多重に詠唱を重ね、魔力を溜めては聖なる光と束ねて、自らの身に纏う。
反撃の隙を与えず、ただ強烈な一撃を与える。
その為にと接近して射程に収めれば、自らの四方にと純然たる水晶体を紡ぐイリス。
「相手は単体、それなら拡散させずにレーザー射撃のように」
それぞれの水晶体に白銀の光を溢れかえらせ、一気に放つ。
眩いほどの光がリュクルゴスの視界を染め抜くが、ただ溢れて乱反射するのではない。
「一点に収束させ、放ちます!」
光輝を纏う装甲へと衝突し、火花を散らす祈りの白光。
そして、既にここまでの戦いでリュクルゴスの装甲は焼け爛れ、壊され、その回路機能までに被害が出ている。
此処まで繋いだのも、ひとの思い。
「そして、思いを宿す魂を導くのが、使徒の務めなら!」
決して譲らないと祈りを捧げるイリス。
柔らかくて幼い美貌が、切実なる祈りに飾られる。
尽きることのない光を、信仰を、希望を紡ぐのだ。
『ぐっ、ぬぅっ』
ついにリュクルゴスの装甲を貫き、イリスの光がその内側から灼いていく。
「命の輝き、祈りの輝き」
それは慟哭をあげる、悲痛なるものではないのだ。
幸福の先にこそ、魂はある。
何より。
「それは記録に留まるものなんかじゃありません!」
そう叫ぶイリスは、殺戮と記録、虐殺と渇望を認められないのだから。
どんな理由があっても、優しき光で溢れますようにと。
「どうか貴方へも……楽園の加護の、ありますよう!」
身と心を灼く滅びの光ではなく。
この世界と路が祝福と加護をもたらす、導きの柔らかなる光に包まれるようにと胸の奥でイリスは願う。
魂に触れるような深さで。
破滅的な光の到来を前にしても。
柔らかな微笑みは変わらない。
青い眸は明るさは今と明日を見ているし、絶望という重みで足を止めたりしない。
たん、たんっと狙撃位置から前へと踊るように踏み出すソノ・ヴァーベナ(ギャウエルフ・h00244)。
瓦礫の間を兎のように跳ねて銀の髪を揺らし。
焼けた健康的な小麦色の肌を、艶やかに見せる。
何をするべきなのか分かっているから、決して翳りなど見せないソノの可憐なる貌。
「希望の光を消さないのが仕事だねー!」
そして次のひとへと繋ぐこと。
決して忘れたりしないのだとソノが軽やかに告げて、倒壊した建物の影へと隠れていく。
リュクルゴスの起こした大規模な破壊の為に、遮蔽物は十分すぎるほど。
ならとエルフならではの、まるで風のように足取りで、次から次へと遮蔽物から遮蔽物へと動き続ける。
ソノの接近を果たしてリュクルゴスは認識出来たのか。
殆ど不意打ちの状態から、ソノが魔法陣から引き抜いたルーン・マグナムの銃撃がリュクルゴスへと突き刺さる。
魔力を十分に込めた弾丸は、まさに神秘の光だ。
乱れ討つ一撃、一撃がリュルゴスの光輝を纏う装甲を撃ち抜き、複数部位へと攻撃とダメージを届かせる。
『ぬ……次は誰だ』
「ソノっていうんだよ。最後の最後だけ、宜しくねー!」
負傷と機動力を失ったリュクルゴスが緩慢な動きでソノへと向くが、躊躇うことなく魔弾を花続けるソノ。
威力としては、リュクルゴスを射止めるにはまだ足りないだろう。
「でも、水の粒もいずれは岩を穿つ。だよー!」
着実に、確実に、リュクルゴスの身に負傷とダメージを重ね、更に機動力を削いでいく。
ならば特に狙ったのは翼だ。
あれほどに大きいものならば翼で飛ぶまい。
いいや、背にブースターもなく、超常と異能を合わせ持つ戦闘機械群。なら、あの翼とて意味がある筈。
いってしまえば巨大な竜の翼に意味があるのかという問いだ。
「知らないよねー。分からないよねー。なら、試してしまうのがいいんだよー!」
だからと乱射を重ねるルーン・マグナム。
ソノの繊腕から放たれる光は、さながら無数の流星のようにリュクルゴスへと迫り、その身を穿っていく。
そしてリュクルゴスは反撃の機会より先に、その体勢を崩して建物の上へと不時着していく。
空を飛ぶのは確かに恐怖。
だが、対空攻撃を受ければより深いダメージを受けるし、回避もしづらい。
「よし、今だ!」
リュクルゴスが弾丸と着地の衝撃に苦鳴をあげた瞬間、光の翼と魔法のガントレットを展開するソノ。
輝くような光は、全て魔力によって編まれたもの。
身より溢れるは、エルフという神秘の種族が血に宿す力。
高速で飛翔して一気にリュクルゴスへと迫るソノ。
決して絶望や殺戮、蹂躙や悲劇など認めないのだと、光の羽根が舞い散り、ガントレットも眩い光を放つ。
「無慈悲な未来はわたしの拳で叩き潰すよー!」
光の翼による高速機動。
一気にリュクルゴスの背後に回り込みんでいく。
ソノを包む眩い魔力の光が、更に激しく燦々と輝く。
全てをこの一撃でと覚悟を定めながら、明るい笑みを消す事のないソノ。
だって、見つめるのは何時だって幸せな未来だから。
「だからキミをここでぶっ飛ばす!」
そして放たれるのは全魔力を凝縮した拳の一撃。
異能と科学が凝らされた、光輝の装甲とて怖れるものではかった。
ソノの輝く拳撃がリュクルゴスを装甲を撃ち抜く。
凄まじい轟音は、さながら竜の断末魔のようだった。
事実、竜の鱗とて貫くだろうソノの一撃はあまりにも強烈。
加え、内部で爆ぜる魔力がリュクルゴスの装甲を内側から粉砕し、拳が成したとは思えない広範囲に甚大な損傷を与える。
『っ。凄まじい、一撃。見事なり……っ!』
反撃の為にと角に溜め始めていた雷撃も、リュクルゴスがコントロールを失って強制放電される。
結果として自らの雷撃で自らの身体を灼き、ソノの拳撃で装甲が砕かれた場所は内部の機械と回路が更に爆ぜていく。
『――――』
慟哭をあげるのは人類ではなく、リュクルゴスだった。
鋼の砕け散る音を伴いながら、逃げるように距離を取るリュクルゴスに、ソノは変わらない笑みを浮かべてみせる。
明るくて、柔らかくて。
何時だって明日と未来を見つめている、ゆったりとした笑顔。
「だって、苦しいものを見ていても、輝くことはできないんだよー!」
心が、魂が輝くのは。
日常の幸せを沢山憶えているから。
「失わないために、輝くんだから」
全身全霊を込めての一撃を放ったソノだからこそ、よりその言葉に重みがあった。
小さく八重歯を見せながら、ね、と小首を傾げてソノは訪ねる。
「リュクルゴス、だっけ。キミは失いたくない記憶とか。あるのかな?」
『…………っ』
失いたいと、思う程に大切なもの。
己が命よりも奪われたくない、大事なもの。
それがない限り、魂は得られないとソノの笑顔から気づいたリュクルゴスは、再びの慟哭をあげた。
激痛に、悲しみに。
そして記録も計算もできない、心という存在に。
ソノはただ柔らかく笑って、ルーン・マグナムの銃口を向ける。
蒼穹まで響き渡る魔弾の輝きは、鋼の嘆きを打ち消した。
鋼の慟哭に応えるものはいない。
ただ光輝を纏う翼から滅びの力を撒き散らすだけ。
魂が欲しい。それがあれば完璧となれる。
より強く、より確かな存在となろうとするのはあらゆる生物でもある事だろう。
ただ、機械なるモノが求めるのは、何処か悲しげでもあった。
決して叶わぬものを求めるような、そんな悲痛さがあった。
数値と計算上の実力では確かに、目の前の能力者たちを凌駕するリュクルゴスだからこそ、魂の不在に声にならぬ叫びを上げる。
だが、傍で静かに黒のコートが翻った。
物静かな姿で、冷たい刃のような美貌で、紫色の眸で鋭くリュクルゴスを睨むもの。
世界の脅威を排するもの、イ・ヨハン(人間(√EDEN)の職業暗殺者・h00988)が語りかける。
「強くなるため、より高みへ至るため……それがお前達の動機か」
理解できない訳ではないと。
微かな情も憐憫もなく、ただ淡々と事実を述べるようなヨハン。
或いは、魂を求める戦闘機械群の長を解剖し、その裡にあるものを知ろうとするような冷徹な眼と思考。
ヨハンの声色は、やはり刃のようだった。
「ならば魂の有無はどうやって証明する」
問われ、リュクルゴスの眼が点滅する。
動揺。困惑。何より、致命的な思考の欠落を突き付けられて、何も語れない。
『――――』
魂というもの。
決して触れられず、存在を立証できないもの。
立証できないからこそ理不尽を覆し、奇跡を起こす力なのだとリュクルゴスは定義した。
だが、ヨハンの云う通り。
『どうやって、それを証明するのだ?』
己は狂った機械である。
その事実を突き付けられたリュクルゴスが、全身から激しく光を又田瀬ながら、考える。
考えても、決して応えのでないものを。
「どうして得られたと信じられる」
『それは――狂気なくして、存在を確かめられぬ。愛というものを、我らは論じられぬ。ひとは、それを抱くが。愛と魂は、心で感じるものなれば』
あらゆる文献を、古典を。
情報と記憶を引きずり出し、解答を得ようとするリュクルゴス。
だが、それはひとにさえ不可能なのだ。
分からない。どうやっても辿り着けない。
『ならばお前は。お前はどうして戦える。こんな理不尽であろう戦場で。こんな絶望を突き付けられる世界で』
それでも膝を屈さずに進める理由。
リュクルゴスには分からない。
その揺るがぬ強さが分からず、声に怖れが混じった。
「俺か。俺の戦う動機か」
戦塵の風に黒いコートを翻し、更に一歩とヨハンは近付く。
よりリュクルゴスの傍に。
リュクルゴスの存在を消し去れる近さに。
「それが役割だからだ」
『――――』
今度こそリュクルゴスが困惑に呑まれた。
なんだ、それは。役割だと。
それいうなら先の戦闘機械群と変わらない。
変わらないのに、明らかに違う存在。
『……来るな』
リュクルゴスの声に怖れが混じった。
理解の出来ない存在に恐怖を抱き、全身に光と稲妻を纏おうとする。
『お前は、何だ? お前の存在を、どう定義すればいい?』
問い掛けるリュクルゴスは力こそ持つが、まるで憐れな存在だった。
決して変わらず揺らがないヨハンはただ、冷たい現実を叩き付けるだけだった。
「知らないな。そんな事に、興味はない」
そしてヨハンが発動するのはスレイヤープロトコル。
「ターゲット捕捉」
困惑し、動揺し、恐怖するリュクルゴスには反撃の機を失うばかり。
他の武装やアタッチメントとの連結・合体機能を有するトガリネズミAQ1。
そのピストルを中核として武器改造とメカニックの技術を総動員し、ヨハンは瞬く間にリュクルゴスを斃す銃を作り出していく。
より強大で、破壊の形をした武器を。
リュクルゴスのもたらす滅びの光を越える、破滅の威容を。
ヨハンの前に立つというのなら神さえ殺してみせると、破壊と排除が為の巨大な銃がその腕に握られた。
「お前は配下を棄てて、先の一撃を俺達へと直接当てるべきだった」
配下を守るのではなく、配下ごと焼き尽くすべきだった。
冷血なものこそ生き残り、勝利するという戦場の掟。
戦いというものの純然たる事実をヨハンは語る。
勝利して初めて意味がある。
生き残ろうとしない命に、魂にも意味があるのだろうか。
いいや、もっと単純。
「魂という不明瞭なものの獲得より、優先するべきものがあったはずだ」
破壊の銃口を凝らしながら、冷たく告げるヨハン。
魂を得て、どれほどに強くなれるというのか。
或いは、それをどうして得られるというのか。
子供の夢物語そのものだ。
そんなものよりも。
「――己の在り方を変えようとするべきではなかった」
現状、既に強い戦闘機械群のひとつであるというのなら。
そのまま、その強さを押し通すべきだったのだ。
自らの強さを、輝きを、他がうらやましいと自ら捨てたものが、勝利どころか生存を得られる筈もない。
自らの芯を棄てたものなど、ただの暴力であり……。
「ただの脅威。災害。そういうものを、お前は怖いと思うのか?」
膝を付き、銃を構え、確実に当てるのだとヨハンの殺気が語る。
破壊と破滅の気配を感じ、翼をはためかせるリュクルゴス。
先制と負傷で機動力が激減してはいるとはいえ、直撃を回避することは出来るだろう。
リュクルゴスの今の姿は逃げ惑うかのようだが、地力が凄まじい。
故に回避へと徹すれば、最低限の負傷で抑えられるかもしれない。
「だが――そんな事は許さない」
ラーニングした戦闘知識と弾道計算の上、解放させるは更なる能力ジーニアスセンス。
「是は識られざる才覚」
自らの血肉に、その奥にある遺伝子に眠る力を覚醒させ、この場でもっとも必要な能力を跳ね上げるヨハン。
紫の双眸に映るのは、リュクルゴスの破滅の姿だった。
今という瞬間を越え、僅かな先とはいえ未来まで捉える暗殺者の目。
いいや、死神の視線だった。
放たれた銃弾はリュクルゴスの身を貫き、地上へと落下させる。
凄まじい威力だか、ただそれだけではない。
ぴしりと、リュクルゴスの装甲に走る亀裂。
「反撃は無理だ、動けばお前は耐えられず自壊する」
スレイヤープロトコルで弾丸に付与されたのは、崩壊の力だ。
対象とした一体を確実に抹消する為、ただひとつの破壊の為に特化とした超武装の力と効力。
『ぐ、ぐぐ……!』
悔しいのか、嘆きなのか。
リュクルゴスが声を漏らす度に崩壊が進み、装甲と身が砕けていく。
もはや滅びからは抜け出せない。
もしも、魂などという不確実なものを求めようとしなければ。
存在を証明できない奇跡を求める愚かさがなければ。
勝利していたのは、果たしてどちらか。
「魂の話をしていたな、リュクルゴス」
ヨハンはトドメを刺すべく、もはや動くこともままならないリュクルゴスの傍へと近付く。
足音はなかった。
死神の歩みであった。
影のように暗く、闇より黒い存在が、リュクルゴスの傍にあった。
冷ややかなナイフの刃が引き抜かれる音がする。
それよりも冷たい、男の声が続く。
「俺も自分にそれがあるのかは識らない」
そんなもので揺らぐような強さと存在ではないのだと。
無数に翻るナイフの刃が、崩壊の跡をなぞってリュクルゴスという存在を斬り刻む。
魂の証明など不要。
ただ、ヨハンは居る。在る。
今も戦い、脅威を排除するだけ。
――それで十分だろう。
リュクルゴスの全てはヨハンの技の元に崩壊していく。
死神の指先が命と魂を奪うとして、そこに意味と動機を問うなど無意味なのだから。
求め過ぎて、己と標を見失い、ひとの光に灼かれた霊鳥が再び慟哭をあげた。
霊鳥の慟哭に、誰も応えるものはいない。
破滅を呼び、殺戮を行おうとした鋼鉄の存在に誰が慈悲を抱こう。
救いをと、心の底から手を差し伸べる慈愛など、どうして存在しよう。
ああ、あるとすればそれは死神の微笑み――最期という、誰彼にも分け隔てのない優しさだけだ。
だからこそ、白雪の如き儚き風貌が語るは祈りの言葉のようだった。
終わりゆく命に、存在に、せめてもの美しき終焉を。
散るならば、花が舞うが如くと無垢なる皎刃を鞘走らせるクレス・ギルバート(晧霄・h01091)。
「魂を……心を希いながら」
さながら神父が罪人の終わりを見送るように。
冷淡に、鋭く、だが微かな憐憫を抱いた紫の双眸がリュクルゴスを見つめる。
「お前はヒトの形を成していないんだな」
翼はあっても、自由に空は飛ばず。
カタチはあっても、焦がれたヒトを模すこともない。
自分は超越した存在だといいたかったのだろうか。
それとも形さえないから、ひとの魂の輝くに見せられたのか。
「いいや。もうお前の事は誰も分からない。誰かと共に、歩んでいないお前は」
繊細なる真白き姿を踊らせるクレス。
崩れた建物、今も落ち続ける瓦礫。
それの悉くを足場として、高く、高くと跳躍を続ける姿は気高き白鳥が飛び行くかのよう。
胸元で揺れる青きアネモアの花が揺れ、美しき彩を飾る。
固き誓いという花言葉を、この場でも示すかのように。
だが、クレスの紫の眸と無機質なリュクルゴスの瞳の視線が重なり合う。
痛み、嘆き、苦しみ――だが、転じて怒りを孕む鋼の瞳。
空を飛べぬモノの風情でと羽ばたき、雷撃と光を纏おうとするリュクルゴスに、クレスは麗しく嗤った。
「神様気分のところ悪ぃな」
跳躍から更なる跳躍。
翼を持っていても、今やクレスの方が速いのだと、真白き残像を散らしながらリュクルゴスの傍へ、その真上へと跳ぶのだ。
「見下ろされんのは好きじゃねぇんだよ」
澄み渡る皎刃が刻むは、クレスの歩みが如き只真っ直ぐ、縦一閃。
さながら星が墜ちるかの如き熾烈なる斬撃は、されど鋼刃のみではない。
刀身が纏うは無数の雷霆。
純白の剣閃に付き従う無数の迅雷は、さながら驟雨の如くリュクルゴスの身へと降り注ぐ。
『っ、グゥ!』
視界を白く灼く程に眩い雷光。
聴覚を奪うような雷鳴の音色。
一閃にて百を超える烈刃の瞬きが、燦めく鋼の翼を斬り伏せてリュクルゴスから更なる機動力を奪っていく。
剣の極致のひとつは雲耀。
その論に異を挟ませぬ、クレスが示す霆哭の剣威である。
悉くの雷刃はリュクルゴスへの翼へと注がれ、異能の装甲を斬り裂いて、火花と紫電を舞い散らせる。
減速したとみれば、更に接近するクレス。
「さっきから高らかに囀ってるけど」
近付かなくてこれである。
ならクレスの携える晧の刀身、その鋭利なる刃は如何程か。
歌うものなく、語るものがいないならば、ただ示してくれようと白月の彩を無垢なる刃に浮かばせる。
「お前が持つもの全て、創られた紛いもんだろ?」
クレスが告げて放つ一閃は、光輝を纏う装甲を斬り裂く。
これも所詮は、誰かが何かに似せて作った紛い物。
自然に産まれたものではなく、奇跡のように誕生したものではない。
「――ひとは、それぞれが産まれた時点で奇跡なんだよ」
そして巡り逢えるという幸福も、また奇跡なのだと僅かに眼を緩めるクレス。
ああ、この胸にはまだあの花の聲があるから。
ちゃんと残って、消えることなどないのだから。
「そして必死に辿った道筋で、心と魂の強さと輝きを得るんだ」
ただ在るだけで強いものなどない。
万象の無常を告げるように晧が瞬き、戦禍そのものたるリュクルゴスを斬り裂いて、白き剣光を散らす。
さながら、純白の花が咲き誇るかのような刃の軌跡。
美しいと溜息が零れるのも、また心があるものだけか。
故にとリュクルゴスはただ苦鳴をあげ、逃げるようにと翼を羽ばたかせるばかり。
「それでも自分には確かな心が在ると嘯くなら」
軽やかに刀を振るう片手より、確かに断つべく諸手へと持ち帰るクレス。
これよりは昏を燬く剣威の、天にさえ届く焔を示すのだと。
「ヒトが持つ魂の輝きと熱、篤と見やがれ!」
そうして、リュクルゴスが態勢を整える前にとクレスが己かせ身に纏わせるは赫焉たる焔。
雷霆で斬り砕いたリュクルゴスの耀く破片を足場に、一気に駆けて間合いを詰める。距離を殺す。
ここは白刃の領域。
反撃の暇など与えないのだと、唇より冷たい息を零した。
先の斬撃で罅が刻まれた箇所を見つけ、凄まじい勢いで斬撃を重ねて、装甲で守られたその奥へと切っ先を届けようとする。
まるで雪嵐が荒れ狂うような、白き剣閃の乱舞。
リュクルゴスとて負傷し、存在を削られ、斬られ、再びの慟哭をあげる。
「だが、それは奪われるひともあげるものだ」
それをしようとしたのだと、クレスの紫の眸の奥で決意が燃え上がる。
決して許さぬ。認めぬ。逃がさぬ。
皎刃の届く限り斬り裂くのだと烈火の勢いで白き剣閃が瞬き続け、ついにはリュクルゴスが空から墜落を始める。
獅子奮迅。
そう、さながら白き焔の獅子が荒れるかの如き姿。
「お前がされる側となって、逃げられると思うなよ」
正義と誇り。
ふたつを宿して燃え盛る赫焉の焔が、さらなる速度を持って剣光を狂奔させていく。
『ならば――』
せめて相打ちにしてくれよう。
無機質な瞳の奥、爛々と燃え盛るは憎悪の汚泥。
いいや、リュクルゴスの断末魔たる昏き炎、破滅の望みだった。
「誰が付き合うかよ」
意志を看破するや否や、空中で身を翻すクレス。
宵に滲まぬ白外套の袖を廻し、翻し、白妙の姿にて空を舞う。
祓うがが如く鋭く薙ぎ払う斬閃は、身を翻す勢いを乗せた全身の勢いを乗せ。
更にはくるりと転じて、追撃を浴びせるはリュクルゴスの光輝さえも穿つ刺突一閃。
さながら焔星の光芒の走るが如く。
「ひとりで生きたんだ。ひとりで、消えるんだな」
鋼鉄の体躯の深くへと貫けば、刀身を深く食い込ませながら、返す手で裂くようにと斬り上げる。
生き物であれば、そこに心臓がある部分。
だが、何かしらの機械があるが、大切なものは何もないリュクルゴス。
『――グ、ぐ』
声すらも上手く紡げぬ中、リュクルゴスが大きく嘴を開き大気を震わせる。
『見事なり。我を討つほどの武勇、果敢さ。まさに、まさに。ああ、ヒトが持つ魂の輝きと熱、この我を討つほどなり!』
叫ばずにはいられない。
それがどれほどに愚かであれ、目の前に在ったクレスの輝きに賛辞をおくらずにはいられない。
そうして地へと墜落する、僅かな間でクレスが小さく囁く。
「愛や矜持を深く識りたいってのは、俺も同じだけど」
永遠に、愛情と誇りの真実を知ることは出来ないだろう。
世界で最も高潔なる騎士は、故に癒えぬ傷を負ったのだから。
聖杯でその身を癒やすこともなく、聖なる穂先の傷で痛み、苦しみ続けたのだから。
或いは――他人の痛みを少しでも知ろうとする優しさが、ひとの愛と矜恃なのか。
クレスは分からない。
ただ純然たる無垢の斬刃を翻し、再びリュクルゴスを斬り裂くだけ。
刀身から零れる純白の光が、花のように舞い散り、落ちて消えていく。
世の全ては無常。
あらゆるものは、消え去る定めだけれど。
「心を与えることも、分かち合うことも識らず」
そうやってひとは不滅なる物語を、唄を綴り続けた。
自分は消えても、大切な誰かは。そうやって織り成す、星空の如き遙かなる世界。
それを理解出来ないというのなら。
「誰かの明日を奪うだけなら」
冥邈の涯を斬り裂くかのように、霊鳥を断つ白き光耀。
戦禍の象徴を斬り棄て、その先へと幸いの葩を散らす。
そう、明日という未来を掴む為に。
「此処で地に堕ちろ」
儚く美しく、生きるひとを守る為に。
美しき皎刃の赫きが滅びの光を討ちて、空より勝利を飾る白葩を舞い散らす。
魂を求める慟哭と、未来を求める輝きが交差する。
鋼は自らの裡に魂を求めた。
それがあれば完全になれるから。
つまり、自分たちは何かが足りないから。
その虚を満たすものなど、本来は誰も知らない。
そもそも、ひととて必ずやこの胸に埋まらない空洞を持つ。
ましてや能力者ならば、欠落というものを抱いて生き続けるのだから。
ならば嘆きの慟哭を幾ら続けても無意味だ。
悲しいだけだろう。
寂しいだけだろう。
物憂いて生きる人生ならば、
「ふははははは!!」
むしろ喝采の笑い声と共に在れ。その先にこそ光は溢れている筈なのだから。
数百年を生きるエルフであるカヤ・ウィスタリア(誘い惹く香り木・h02501)であれば、なおのことそう感じるのかもしれない。
数多の香気を纏い、ひとの叶わぬ望みへの一助を続けて生きたものとして。
地面を見て、ないものを強請って、そうして叶えられるものはないと。
ただ、カヤにとってもずいぶんと愉快な機械の願いだった。
「面白い、随分と傲慢な事ではないか!」
これが戦場でなければ、虐殺と蹂躙という手を取らないものであれば、或いは神秘と魔性の香をもって、心と魂の存在を確かめようとしたかもしれない。
が、それはもしもの話だ。
ありもしない、もしもの話。
「さながら己が神であるかの如しよ!」
迷い人でありながら、神の如く傲慢。
なんということかと、ゆらりと紫の眸を揺らし、数多の香気の煙を纏って進むカヤ。
自らの美しい肢体を惜しみなく示すように歩き、馨しき香気を更に周囲へと溢れさせる。
香薬の染みついた肉体は、ただ在るだけで魔香の薬効を引き上げる武器ともなろう。
つまりカヤの傍なら甘露な夢も、恐ろしい悪夢も、ただ深く酔い痴れて、陶酔できる。
機械にそんな能力があるのならば、だが。
「機械が感情を解すは時を要すると侮っていたが、これは認識を改めねばなるまいな!!」
そう大声で戦場を響かせるカヤに、深く負傷を負ったリュクルゴスが困惑にと眼を点滅させる。
『これは。何だ。匂い……?』
「ほう。お目が高い。機械であっても、理の外のモノであるということか」
そのような機能などある筈もないのに、リュクルゴスがカヤの纏う理外の香気を微かに感じる。
そう、感じるという機械にはあり得ないことに深く動揺し、混乱し、惑わされていくのだ。
魂はない。
それでも欠落を抱く。
いいや、魂こそが欠落なのか。
何とも面白いことよ、とくつくつと笑いを響かせてカヤがするりと美しい脚を交差させながら歩む。
燻るは香気は、ひとの心を奪うもの。
そして、機械を惑わせる甘き魔性。
「この世界において今の勝者は間違いなく其方らに他ならぬ」
螺鈿細工の施された煙管、香り煙羅をしなかやな指先で弄び、その先でリュクルゴスを指し示すカヤ。
「敗者は勝者に傅くもの、それが命の理よ。相手が機械とてそれは変わらぬ摂理であろうさ」
血肉のみが理の動物であれ。
或いは、理も何も識らないものであれ。
もしかすれば亡者が全てを埋め尽くす世界とてあるかもしれないが、そこに異を唱えるならば、相手の悉くを跪かせる力を示す必要がある。
「其方らがヒトを自らの糧と為すもまた間違いはなかろうな」
それを成した戦闘機械群に、ヒトよ我らが糧となれ。
踏み潰されてあげる悲鳴こそ、より我らを進化させる血肉となるのだ。
そう告げる特権は確かにあるだろう。
「──されど、それを是とするかはまた別の話よ」
香り煙羅に唇を這わせ、すぅと浅く吸ったカヤが目を細める。
分からぬであろうな。
だが、告げねば意味がない。
そんな憂いに似た表情を浮かばせて、唇より鮮やかな香煙と言葉を紡ぐカヤ。
「今際に輝く魂とは、その者の歩んだ生に確かな重みあらばこそ」
辛い、苦しい、悲しい。
それだけではなく、今までを必死に生きて、沢山の幸福を味わって、理想と夢を抱いたからこそ。
まだ消えられない。まだ終われない。
そうやって、生と共にあった記憶と感情をこそ燃やすのだ。
願い、願望。
ああ、どうしてもと、この為ならばと命を捨てても構わないその熱情。
破滅へと向かうと知りながら歩みを止められない。
そんな人間の宿命と宿痾は、恐ろしく美しい。
戦闘機械群も、リュクルゴスもそれに魅入られたのかもしれない。
だが、それ以上に。
「私はその生の歩みにこそ其方らの言う魂の輝きを見出すのだ」
カヤはそれまでの歩み方に、道筋と足跡にこそ魂の輝きを見つける。
どうしてこうなったのか。
産まれや育ち、生きた方法や苦しみを越えた感情。
願う『今』を形作るものが、美しいのだとカヤは云う。
「故に其方とは相容れぬ」
そして、艶やかな笑みを浮かべてみせた。
「ふふ、我が魂は傲慢な事であろう?」
ヒトとは斯くあるべきが如し。
傲慢な魂こそ更に深き願いを抱き、そして叶える。
罪深さこそ、或いはヒトを進化させるのだ。
その愚かなまでの輝きこそが、ヒトの神髄であるのだ。
愛が愚かさであり、狂気であるように。
そう囁くようなカヤの微笑みと共に、声が揺れる。
「そこに限って其方と私は同類、生存競争とは即ち己が傲慢の押し付け合いよ」
『ふむ。成る程、納得はしよう。が、惑いもする』
ようやく瓦礫から身を起こしたリュクルゴス。
先にカヤが攻撃出来たかというと、少しばかり話が違う。
これだけ長々と傍で話をするのも、香気を充満させる為だ。
広い空間と、香気を灼くほどの熱気はカヤの天敵。ならば、先に魔香を溢れさせなければならない。
何より、全力で殺し合うことを納得しあう為であるかもしれない。
命とみれば、全て等しく見るカヤの双眸が妖しく輝く。
「機械に魂は持ち得んとは言わぬ!」
カヤは血火閃鷹に両足で乗り、深紅の噴炎を上げる。
まさしく舞台で見得をきるような仕草と声であった。
が、その艶やかさに、艶めかしさに、機械であるリュクルゴスでさえ魅力されてしまう。
甘やかな香気など、リュクルゴスは初めて感じたからこそ……。
「されど、なればこそ我らは果たし合わねばならん!」
『…………』
光輝を纏う翼を、既にダメージを受けすぎてボロボロになった翼を。
またカヤに倣うが如く、リュクルゴスは大きく広げて見せていた。
「敗者とて生ある限り終わりは無し!」
成る程と頷き、雷撃と光を纏い始めながら、ようやくリュクルゴスは魂の深さを知る。
もっとも、ソレさえも回路を破壊を受けた影響で、次の復活には持ち越せないかもしれないのだが。
「其方が望む通り、ヒトの側に立つ者たるこの魂を以て下克上と行かせて貰おうぞ!!」
『応、と叫ばせて貰おう。我の誇りと渇望、飢えは魂にあり。汝の傲慢さと強さ、生きるもまた魂の輝きにあり。――故に対等、此処にて生存を奪い合うと』
一度きりの命の如き、燃え盛ろうとリュクルゴスが光を放つ。
「何、ようやく魂の基礎を理解したではないか。ふふふ、そう、故に対等。これが魂の基礎じゃよ。そう見做さねば、私達は魂の存在を証明出来ぬ」
神が如き存在が、果たしてヒトの魂を持つか?
戦闘機械群を率いる霊鳥として、神が如く傲慢な存在が、どうしてヒトの魂を等しき視線で見つけられようか。
『然り、然り』
納得し、猛然と――冷たい機械の躰の奥底で、心のようなものを燃やすリュクルゴス。
惜しいとカヤは思う。
次に生き返った時、コレはもはやこの瞬間を憶えてはいない。
「が、それがヒトを救うやもしれぬ」
次にこんな傲慢と高潔に鳴る魂を知ったものが、どれほどの猛威を振るうかはカヤも想像したくないのだから。
「さあ、行くぞ! 口上も問答も、長すぎれば飽きも来よう!!」
大声と共に血火閃鷹で空を飛ぶカヤ。
機動力、反応。全てが整わない裡にと思っていたが、リュルクゴスはカヤの理外の香気にあてられて困惑を強めている。
その上での問答。混乱の上での感情の高揚は、一種の酩酊のように判断略を奪わせていた。
まさにカヤの纏う匂いで、機械さえも魅了してみせたかのように。
「ひとつめに贈るはこれぞ」
擦れ違い様に撒布するのは断切香。
無臭の魔香薬ではあるが、触れたものを切断し、使用をも制限するもの。
香であるが為に、吸い込めばあらゆる甲冑と守りを無視して臓腑にさえ届く、無形の刃である。
巨大なリュクルゴスが全身に浴びればどうなるか。
上級の戦闘機械群であるが故に切断まではいかずとも、装甲のあらゆる箇所に断裂が刻まれる。
まるで百の刃を繚乱と踊らせたかのよう。
だがカヤは妖艶な笑みを浮かべ、紫の眸を揺らすばかり。
魔性の質として、万象の心を引きつけるように。
「これで『隙間』は増えたな!」
されど声は戦場を震わす程の大きさだ。
はっと現実感を取り戻させる、その声色。
リュクルゴスも大技の発動が間に合わないのならと、光学兵器で迎撃を放つが、第六勘で動きを先読みしたカヤは飛翔して躱すばかり。
いいや、それどころか常に巻き込まれない程度に接近し、更なる香気を放つのだ。
舞うような仕草で肢体を揺らし、腕を踊らせ、艶花から香らせるように届けるは誘香の舞。
カヤ自身に染みついた香気を放ち、周囲の全身の香薬への抵抗力を低下させる。
更なる香気の深淵へと誘うのだ。
二度と目覚めることのできない、ひとときばかりの甘い陶酔へ。
そして三つ目の香りが花開く。
本来匂いとは足し算。これとこれを結べばというもの。
故に、一つ目の断切香、二つ目の誘香をベースに、鮮やかに乱れ咲く爆炎香。
これも元は香気である。
故に、深く触れれば逃げる事も出来ない。
ただ鮮烈な炎に包まれ、彩られ、連鎖する爆裂にその身を灼かれて引き裂かれるばかり。
「さぁ、派手に参ろうぞ!」
装甲の隙間、或いは、断切香で出来た断裂に深く浸透、効果を増幅された爆炎香が、抵抗を失ったリュクルゴスの身を灼き払う。
『――、――ッ!』
見た目は激しき攻撃だ。
が、真実の処は見る事の出来ない、香気という美艶なる死神の抱擁だ。
「これこそが此度の戦にて一等の我が魂の輝きよ!!」
カヤのこれまでの人生で培い、身につけてきた技。
道筋の鮮やかさであり、感情と願いの輝きである。
ひとつではない。ふたつ、みっつと編み上げることで、困難と理不尽を越えてようやく実現させる。
|魂《メモリア》とは、まさにこのこと。
故に逃れる事も出来ず、爆裂の炎に包まれてリュクルゴスが大地へと落ちていく。
「汝にせめての幸あれ! この香気が、手向けの花代わりとなる事を祈ろうぞ!」
そうして幾つもの爆炎を追撃で放ち、カヤはゆらりと笑う。
艶やかなる香気の煙を纏い、あらゆるを刹那の甘美にと誘うかのように。
滅びの赤き炎の色彩を、その周囲に舞い散らせながら。
けれどこれは現実だと気づかせるカヤの大きな笑い声が、爆裂の音を越えて勝利を告げるように戦場に響き渡る。
ゆっくりと漂い始めた馨しき香気は明日への希望を灯す為のもの。
願いを抱いて生きるという歩みを、微かにでも支えるように。
そして数多の想いを抱えて生きていけるように、カヤの香りは漂い続ける。
空より墜ちた轟音で、意識が目覚める。
「ヤバっ……意識飛んでた……」
意識を失っていた二階堂・利家(ブートレッグ・h00253)も、その轟音と激震で即座に戦意を取り戻す。
屠竜大剣を大地に突き刺し、杖に寄りかかるようにして倒れる事を不正出ていた二階堂。
雷撃に灼かれたせいで負傷はある。だが、それでも戦える。
いいや、むしろ目の前の存在の方が、何処までも厄介であるのか。
「つーか|未《まー》だゴチャゴチャ粘ってたのかよ……|受ける《笑えない》」
そうして屠竜大剣を引き抜き、痛む身体を無理に動かして歩き出す。
血中の異常な竜漿濃度がこういう場で役に立つのか。
僅かに意識を失っていた間で、かなりの回復を見せていた。
これなら問題ない。
傷跡から溢れる鮮血で屠竜大剣を濡らし、竜漿で刀身が帯びる力を強めながら一歩、一歩と二階堂は最前線へと迫る。
見ればリュクルゴスが空から打ち落とされ、藻掻いている最中だった。
リュクルゴスは光輝を纏う装甲を半ば砕かれ、灼かれ、熔解させれながらも未だに翼をはたかめせている。
光を纏い、雷撃を従え、覇を唱えるのは我だと叫び続けているかのよう。
いいや、魂を得るのは自分だと。
法則を超越した己だからこそ、ひとをまた贄として飛翔するのだと。
「|理解してないな《どうしようもないな》。お前」
そんなリュクルゴスに声をかけながら、二階堂がひゅんと屠竜大剣を払って、風切る音を響かせる。
「機械が人間に法を敷く事は出来ないよ」
何故ならば法律とはひとの後追いだ。
人間の感情、倫理、道徳。それら全てをあらゆる観点から見て、新しい要素とどう共存していくか。
或いはこれは毒であると排除するかが法である。
貪欲に全てを貪り尽くそうとするような機械に、法の何たるかを理解は出来ない。
「そしてお前等がそうであるように」
ひとも機械も、また多様。
進化した果てに、ひとつの形に当て嵌まらない。
「人間も色んな価値観や正義の名の下にやりたいようにやっているわけだ。だから。休むに似たりってやつ」
複雑に枝分かれしたのは何も種族へ血統だけではない。
心や感情、法律に矜恃。
魂の何たるかを定める方法さえ、もはやひとつではないのだから。
「少なくとも今回は諦める|ん《べき》だな」
定義さえ出来ないものを、どう手に入れるのか。
まさにリュクルゴスが戦場にて悩み、揺れて、今も惑って隙を晒すものである。
「魂の強さを|正義《ただしさ》に置き換えてみな。それぞれ、違う応えが出るからお前達にも派閥が出て、同族で争っているんだろう」
故に明確な回答が欲しいと、奇跡めいた存在である魂に縋った。
だが、そこで本来に必要となったのは、殺戮や蹂躙という暴力ではないのだと二階堂は考える。
「お前達に足りないのは理解力よりも共感性なんだろう」
それが余りにもない。
故に優しさも誇りも、魂も感情もない。
痛みと悲しみを分け合うことが出来ず、喜びを共に抱くことが出来ない。
「ひとつのものを、ふたりで等しく得る。分かるか、|算数《思考》じゃないんだよ」
分からないと点滅するばかりのリュクルゴス。
そう、戦力としては自分が上回っている筈なのに、どうしてこんな劣勢に立たせているのか、皆目見当も付かない。
「そして……|それ《・・》を得た時」
今回は回路損傷の効果で、ありはしないだろうが。
幾たびの復活を経た先で、もしもそんな共感性という|数字《条理》を越えるものを身につけたのならば。
「|お前達《殺戮兵器》がどんな|進化を遂げるのか《バケモノに成り果てる》のか……俺は想像するだけでも恐ろしい」
ひとの心を知った鬼が、どれほどに恐ろしい存在であるのか。
言うまでも無いだろう。
本当の災厄はひとの心から産まれるのだ。
どうしようもないバケモノは、ひとの心の奥底にあるのだから。
「故に、|何も《経験すら》持ち帰らせるつもりはない」
ぐっ、と身を縮めて力を溜める二階堂。
自らの全身をバネのように化して、弾丸の如く切り込むのだ。
「尾お前を|此処で倒《スクラップに》させてもらう」
躊躇いと怖れを抱くことなく切り込む姿は、さながら白き迅雷。
影さえ追わせぬという速度。
戦闘機械群の視力を以ても捉えきることが出来ず、一息に懐へと飛び込んだ二階堂。
その手にあった屠竜大剣は、大量の竜漿を吸い上げて対標的必殺兵器へと変貌している。
たった一体の敵を確実に屠る為の|破壊魔剣《ブレイク》。
「万魔必滅」
二階堂の一言の元、乱撃と化して斬り懸かる剛剣。
繚乱と咲き誇るは、斬り砕かれたリュクルゴスの装甲たち。
光輝を纏うが故に美しく、煌びやかに、破壊の魔剣が唸る中で散って消えていく。
『だが、我とて!』
リュクルゴスとて、ただ破滅を待つ訳ではない。
最早、捨て身だ。後先のことを考えず、エネルギーフィールドを纏って放つは斬光飛翔翼。
あらゆる装甲を貫通する光翼の刃が、破壊の魔剣で激突する。
互いに弾かれ合うが、一度や二度では止まらない。雌雄を決し、相手を切り伏せるまで止まらないと狂奔の儘に斬り結ぶ二階堂とリュクルゴス。
十を超えて斬り会えば、荒れる剣風に残骸が吹き散らされ、ふたつの巨刃の衝突で地形さえも砕け始める。
それでも果然と斬り懸かる。
怯み、迷い、怖れた方が負けると、相手の切っ先に己を晒すようにと猛然と斬り続ける二階堂。
故に三十の剣戟を経た後、鍔迫り合いとなっても真っ向からリュクルゴスを睨むだけ。攻防を支える怪力と、守りの技の冴えの凄まじさ。
『貴様……!』
「黙って、刃に集中してな」
賞賛とも感嘆ともつかない声をリュクルゴスが叫んだ瞬間、二階堂が融合装甲を自らの竜漿を爆発させ、アーマーパージと共に爆風を身に受けて一気に加速する。
「お前を、真っ向から叩き斬ってやる」
読みと計算を狂わされた光翼刃が空を切る中、二階堂は身を翻しながらスモークグレネードを地面に叩き付ける。
周囲一帯を煙が覆う。
誰も彼も分からない状況にと陥らせながら、狂戦士じみた戦意ばかりを燃やす。
『そこか!』
故に感じた気配へと光線砲の弾幕を降り注がせるリュクルゴス。
だが、それを越えた速度で走り抜け、頬や肩を光線が灼き斬ろうとも怯まずに更にへと踏み出してみせた二階堂。
額へと収束する光線は、だが放たれる前にと読み切り、破壊魔剣の刃で散らすように弾き返す。
故に発動は十分。
後はただ全身全霊を込めて、あらゆるを燃やして放つのみ。
「|ブチかます《壊れちまえ》!」
融合したインビジブルという霊魂の力を、そしてあらゆる物質と心の重さを、ただ一刀に込めて放つは屠竜さえも成すであろう剣閃。
鋼刃一閃――ただ真っ直ぐに、燃え盛るような剣光が光輝の機械を断つ。
劈くような轟音さえ遅れて聞こえるのは、その速さが音を遙かに超えているせいか。
破壊の魔剣がリュクルゴスの胴体を深く斬り裂き、半ばまで両断してみせるのは、まさしく怖れを知らずに突き進む、勇猛さと剛の剣威だ。
まるで周囲で炎が燃え上がっているかのような熱。
実際、二階堂が周囲を見れば光線の弾幕が周囲へと着弾して、炎を撒き散らしていた。
「やれやれ。伝説の竜と、どっちが|厄介な《つよい》んだか」
どちらも強欲だろう。
俺様ルールだから、滅びたし、滅びるのだろう。
なら、それを告げるだけだと巨大な破壊の魔剣を翻して、二階堂は鞘に納める。
「けれど、絶対に|負けない《譲らない》ぜ」
そうして、戦禍を払うような清らかな風を身に受けた。
広がるのは未来と、勝利と。
そして幾ら考えても分かるはずもない、無数の希望と可能性だけだった。
そのひとつ、ひとつが奇跡のようなものなのだから。
荒れ狂う戦場の風。
光輝を纏う翼に灼かれ、薙ぎ払われ。
熱を帯びて鉄塵を含み、流れた血の匂いを別の何かが覆う。
とてもらしい――この√ウォーゾーンらしい破滅の満ちた戦域だった。
だが、それを覆してこその能力者。
数多の者が挑み、あらゆる負傷を追わせ、リュクルゴスも不退転の覚悟を決める程。
ああ、とてもらしい。
絶望と滅びの淵にあって、悲嘆に暮れずに前を見続ける。
「アタシの知っている、戦場そのものだ」
だからこそ、敗北などないのだと小夜鳴・チトセ(腕部強化型義体サイボーグ・h00398)は赤い眸に宿る戦意を燃え上がらせる。
先の戦闘で破損した射撃戦対応型義腕はパージし、元の剛性強化型へと換装しながら前へと歩く。
いいや、決着を付けようと猛虎のように歩いて行く。
覇者たる者は決して逸るものではないのだから。
「ハッ、ようやく親玉のお出ましか」
リュクルゴスの損傷は甚大。
あらゆる場所に負傷を受け、輝く装甲とて砕けて焼け爛れている。
だが、その眼は、その意志は、圧力は、これが尋常ならざる存在だという威厳に溢れていた。
覚悟を決めたからこそ、余計に恐ろしいのか。
だとしても、チトセの知った事ではない。
「ご大層な見た目と同じく、随分と上から目線でご高説を垂れてくれんじゃねぇの」
こちらは最初から、戦う前から覚悟なんてものは十分に全て決めている。
後からようやく定めたような軟弱な者に、この心の熱さと強さなど分からないだろう。
これを魂の輝きというのなら。
「だったらお望み通り、目に物を見せてやるよッ!」
憤激を凝縮して炎と化して、胸の奥底で脈動させるチトセ。
更には危険を承知の上で、主機出力を危険域ギリギリにまで引き上げる。
下手をすれば暴発の可能性とてありうる。そうでなくとも、この戦いが終わればこの腕部は使い捨てだ。
それでも、コレでもう終わり。
なら出し惜しみなど成しだ。
換装したばかりの義腕も此処で遣い潰す。
燃え盛る為の燃料を惜しんでは、出来ることなんて限られている。
武器であり、燃料であれ、命であれ、勇気であれ――怖れと共にあっては、その鮮やかさを失うばかり。
故に、事を為して勝利を得る為なら、進んで破滅の瀬戸際にまで進もう。
「成る程。多分、これはアタシら、この世界の人間にしか分からない気持ちかもしれないな」
未来の為に今を犠牲にする。
それでも進みたい、生き抜きたい、勝ちたいという願いと渇望。
この熱情、他の世界のモノには理解出来る筈もないと、チトセは薄く笑った。
どうせ共感なんてして欲しいなど、思わないだろうから。
「んで、機先を制してそのまま反撃させるなって?」
言うまでも無い。
もはや捨て身といっていいリュクルゴスが次に放つ一撃の威力は、まさに底が知れない。
下手をすれば自爆で周囲一帯のモノを道連れにするもかもしれない。
「OK、OK。それも、まあ。戦闘機械群っていうガクラタらしいね」
鷹揚に頷いて、両手の掌を打ち合わせるチトセ。
鋼鉄の駆動音と激突音が響き渡り、戦場に最後の火を灯す。
正真正銘、これが最後。
「どのみち、こんな状態はそう長く維持できねぇしな」
義腕の状態を見れば、戦闘行為に及んでいないのにオーバーヒートに近付いているのが分かるだろう。
文字通り身を燃やしてチトセはこの戦いに、終わりを告げようしている。
「アタシが叩き潰してへし折るか、テメェが耐え切るか」
低い構えから、鋭く踏み出すチトセ。
拳法なんて行儀のいいものは倣っていない。
だからこれは、どうやれば効率よく壊せて、自分は生き残れるかという戦場の戦い方。鋼と炎のスタイル。
だから何時ものように。
「チキンレースの時間だぜッ!」
発動する力の名は、復讐するは我に在り。
剛性義腕を更に赤熱化させて緋色に輝く超駆動状態に変形させ、手数と速度を跳ね上げさせるもの。
代償としての耐久力の減少もまた著しいが、結果としてもたらす火力の向上は云うまでもない。
故に烈火の威と、暴風の如き勢いで、チトセはリュクルゴスへと拳を叩き付けていく。
一撃、一撃が光輝纏う装甲を壊し、砕いて、撃ち抜く威力。
『おお、素晴らしい。これがひとの、瀬戸際に見せる魂の輝きか!』
「知らねぇよ。お前を喜ばせる為にやってんじゃんだからよ!」
真っ向から殴るチトセと、真っ正面から受け止めるリュクルゴス。
次々とリュクルゴスの装甲が砕けて地面に落ち、その内部の機械と回路が粉砕されていく。
――60秒。超過駆動状態で戦える最低のラインはそこ。
それ以上は殆ど運次第。
悠長になど戦っていられないから、チトセの全ては捨て身のような攻め懸かり。
――常にぶん殴り続ける。
希望を見出す僅かな時間か、それとも勝機を掴むには十分な賭けか。
チトセの思考は言うまでも無い、後者である。
義腕の関節が軋み、歪んでも手は乱撃を繰り出す事を止めない。
赤熱した腕から蒸気が吹き上がり、陽炎を伴う廃熱が行われて、チトセの肌が焼けても意に介さない。
最早、義腕は原型を留めているのか。
それを確認する事さえなく、ただ全力を撃ち込み続けるばかり。
気づけばリュクルゴスの装甲の奥深く、回路や機械に混ざって、光を漏らす場所が見えていた。
「そこ、か!」
恐らくは動力源、コアである。
勝利への道筋を見つけたチトセは、後は燃え盛るように狂奔するのみ。
『見事。ああ、実に見事。迷いも、惑いも、憂いも物思いも払う、魂の輝きよ。心地よい。ならば、更に燃やせ』
リュクルゴスの広げた翼から広がる無数のレーザー。
それがチトセの身に降り注ぎ、肉体を貫き、灼いていく。
血を流すことも許さない、高熱の光たち。
苦痛の余り歯が砕けそうになるほど噛みしめながら、それでもチトセは拳を止めない。
「だが、どうしたよ」
続く一撃は、リュクルゴスの全身を揺らす程に強烈。
コアを守る最後の隔壁が固いが、これさえ破ればチトセの、能力者たちの、人類の勝利だ。
それをこの手で掴むのだと、猛然と拳を叩き付ける。
「もうバリアを張る余裕もないんだろ? 見栄っ張りすんなよなァ。格ってもんが知れるぜ」
『――――』
チトセの云う通り、もはやリュクルゴスに身を守るバリアを張る余裕さえない。
迎撃と放った先の光線の弾幕も、チトセひとりを倒せない。
最初にみせたあの猛威はない。放てない。
いや、或いはひっそりと力を溜めているのか。
「どちらにしても、相当追い詰められているな」
『然り。しかし、互いにだ』
再び翼から光を降り注がせチトセを灼くが、これではチトセは止まらない。
リュクルゴスは追い詰められ、チトセももはや限界。
機械と義腕は熱と衝撃で自滅寸前。
それでも繰り出そうとする意志と矜恃、或いは、魂を求める鋼鉄の飢え。
チトセの肉体自体も、防御を棄てたスタイルのせいで限界に達していた。次の一撃が来れば、意志や精神ではなく肉体が先に尽きる。
「くそっ。脆いな、もっと根性を見せろよ、アタシ」
そういいながらも、にやりと不敵に笑って拳を振り上げる。
どちらも限界。つまりは此処が分水嶺。
ならばより深く踏み込み、より強い一撃を放った方が勝つ。
「いくぜ、最後の一発……いいや、この連撃!」
リュクルゴスに見えたのは、チトセが身に纏う叛逆の気骨が赤々と輝く姿だった。
どんな絶望と恐怖に覆われても前に進み、如何なる苦難があっても心を絶やさない。
そして、ヒトの上に立とうとするのならば、この拳で殴り斃すという赫耀たる気魄。
「おらァ! 一発目でくたばんなよ!」
義腕、そしてチトセ自身の限界を超えさせるのは|刃を折るは我が叛逆《ブレイド・ブレイカー》。
使えば文字通り自らの腕が壊れ、打つ手を失う。
だが、故にこそその威力は凄絶だった。
轟音を響き渡せる左の義腕が、リュクルゴスのコアを守る隔壁をついに打ち抜き、動力炉も損傷させる。
耐久性の限界を超え、その一撃でチトセの左腕も半ばから砕けたが、リュクルゴスへと敗北を刻むのだ。
溢れかえる光。
点滅するのは、さながら稲妻の到来。
自らの破滅を感じ、リュクルゴスが翼と角を掲げる。
『ならば』
自爆によるものか、それとも、トドメをさしたチトセに対する復讐か。
いいや、召喚された超大型光線砲が狙うのは、むしろ人類の都市。
『魂の、輝きを!』
溢れかえる光を凝縮し、人類の魂が燃え尽きる様を見ようとするリュクルゴス。
が、チトセがそれを許す筈もない。
「いいや、知らねぇよ。ガラクタの言い分、願いなんてなァ!」
巨大な砲身より光が溢れる寸前、続け様にチトセが打ち込むのは右腕の一撃だ。
「ついでだ。冥土の土産に、コイツももっていけッ!」
チトセの右腕に宿る破壊の力は、何も物質だけではない。
|復讐するは我に在り《アヴェンジング》、|刃を折るは我が叛逆《ブレイド・ブレイカー》。
そこに重ねられたのは最強とも言える一撃、ルートブレイカー。
|もしも《ルート》なんて可能性は認めない。
物理的なものであれば撃ち砕き、あらゆる超常を否定して打ち壊すチトセの一撃が、ついにリュクルゴスのコアを完全に粉砕する。
同時に折れて砕け散る右腕。
両腕を失ったチトセは文字通り、これでもう打つ手なし。
これで斃しきれていなければジ・エンド。
だが、不敵に笑い、鋭い眼光を赤く輝かせるチトセに、絶望の翳りなど見えない。
「掴んだぜ、この手で勝利を」
『お、おお……!!?』
自らを動かす動力、光。
そして召喚した超大型光線砲も掻き消え、どうっと巨体を地面に転がるように倒れさせるリュクルゴス。
『見事。見事。惜しい、惜しい、惜しいぞ。この魂の輝きを持ち帰れないことを』
簒奪者の断末魔の声を響かせ、何も記録出来ず、そのまま壊れて朽ちていく事を叫ぶリュクルゴス。
だが、己の命を惜しむことはない。
蘇るから、などではない。
勇猛でも、矜恃でもなかった。
ただ単純に、命の価値を理解できていなかった。
そんなモノに、魂の輝きは宿らない。
「……どうだよガラクタ、しかと見届けたか?」
慟哭をあげたのはガラクタの方。
鋼鉄と人形の破砕音など、誰が求めるものか。
それ以上に、ひとの慟哭など。
「記録なんてさせねぇが、ひとは魂に憶えていくんだよ。じゃあ、な。この勝利もしっかりと魂に刻んで、進ませて貰うぜ」
光を失っていくリュクルゴスに告げて、深く息を吐くチトセ。
激闘の最中の痛みをようやく鮮やかに感じて、一瞬だけふらつくが、照射の威容をもって歩いて行く。
両腕は壊れた。
それはかつての戦場で奪われたもの。
だが、それでも確かに――この手には勝利が、希望が、未来がある。
その|魂《メモリア》に光を刻んで、ひとは歩き続けるのだから。
掲げた想いを、今までに辿った路と経験を。
そして、願いに触れた心で。
またひとつ、明日へと進む。
焼き尽くされた未来を、奪い返しながら。