新春くまのじんじゃ
「こんな大晦日の夜に声かけるなんて、理由はひとつしかないでしょ! ――初詣行こう!」
どこかワンコを思わせる印象の泉・海瑠(妖精丘の狂犬・h02485)は、そう|和《にこ》やかに微笑んでから、「あ、依頼の話もあるよ」とそちらがついでと言わんばかりに付け足した。
「概要をサクッと伝えると、横浜のとある神社付近で秘密結社『プラグマ』の動きが予知されたから、初詣ついでにそいつらぶっ飛ばしてきて欲しいんだ」
この年末年始に勘弁して欲しいよねー、とカラフルなペンをくるくる回しながら海瑠は大仰に嘆息する。
「ただ、敵の具体的な潜伏場所までは視えなくてさ。くまグッズを売ってる露店が怪しいんだけど……お参りがてら探ってきてくれると助かるよ」
幸い、敵が動く時間まではまだ猶予がある。
このあとすぐに向かい、年明けを現地で迎えるのも良し。日中に訪れ、新春の爽やかな空気を感じながらお参りするのも良いだろう。
露店は、神社の社務所が閉まる深夜~早朝以外ならどの時間でも楽しめる。
焼きそば、たこ焼き、つくねや焼き鳥、フランクフルト、甘酒などの軽食から、わたあめやりんご飴、チョコバナナなどのスイーツもある。なかには、じゃがバターやラスクといったちょっと珍しいものもあるというから、そちらをお目当てにするのも一興だ。
「あー……そうそう、その怪しいくまグッズの露店も結構ガチで揃ってるよ」
曰く、くまのお面、くま型のわたあめ、くまバルーン、暗闇でカラフルに光る人形やペットボトル――勿論すべてくま型――のほか、隣接した露店ではくまヨーヨーすくいもやっているらしい。よほどくまへの愛が深いのだろう。
「勿論、お神籤もあるよー。なんでも、凶が出た人には縁起直しの『禍転為福御守』ってお守り貰えるんだって! どんなのか気になるなぁ」
ほかにも、様々な種類のお守りをはじめ、一般的に神社で売られているものであれば一通り揃っている。特に、勝負事に強い神社らしく、勝利祈願の『勝守り』が人気だと言う。
「ボスは2種の配下を連れてきてて、まずはそのどっちかと遭遇すると思う。どっちに当たるかは流れ次第かな。そいつらボコったらボスもすぐに出てくるから、遠慮なくやっちゃってね」
本当に添え物のように敵の情報を付け加えると、海瑠は「あったかくして行ってね、良いお年を!」と皆を送り出す。
「――あ、場所は『くまのじんじゃ』だよ! よろしくねー♪」
第1章 日常 『新年のお詣り』

●大晦日――清かなる夜気に包まれて
冬枯れの風を肌に感じ、空沢・黒曜(輪る平坦な現在・h00050)は指先で摘まんだフードの端を裡へと寄せた。
夜に陰りそうそう目立ちはしないだろうけれど、念のためにと変装を兼ねて厚着をしてきたのが幸いだった。この装いであれば、これから益々冷え込むであろう年の瀬の夜気にも負けはしまい。
(神社の露店でワルを企む秘密結社……うーん?)
――それって地道過ぎやしないか。そう所感が過ぎるも、心中で思い直す。手段はさておき、予知されたということは、相応の大事に繋がるには違いないのだろう。
一の鳥居を潜った先に続く参道の両脇は、早くも露店を愉しむ人々が行き交っていた。なにか腹に入れておくか、と目についた露店で買ったたこ焼きを頬張りながら、黒曜はさり気なく辺りを探る。
(くまの露店……くまの露店……――あぁ、あれだな)
容易く見つかるものかという懸念も、忽ち打ち消された。
パステルカラーを用いながらも、ここまでド派手にできるものかと感心すらする店構え。両側には特大のくま型バルーンが浮かび、正面には大きく、ポップな書体で『くまグッズ』と書かれてある。
(メインはファンシー系かな? こっそりワイルドな熊グッズもあったりして)
ある種の期待を抱きながら店先を覗いてみれば、予想通りとびきり可愛らしいくまグッズがずらりと並んでいた。
「しかし、どれも出来いいね。作者の人凝り性なのかな……――って、あれは……!」
黒曜の視線の先には、柔らかめのプラスチックでできた透明のくま人形があった。大小いくつかのサイズがあり、どれも尻尾の部分がスイッチになっているらしい。
――欲しい。これは心惹かれずにはいられない。
「温泉に飾ってもいい感じだし、ね……そうそう、雰囲気作りって大事だし」
「こちらのお品ですね、ありがとうございます!」
自分への言い訳を零しつつ、とっておきの1体を選んで購入すると、黒曜は再び人混みへと紛れた。店自体は、至って普通のようだ。となれば、このまま明日の夕方までただの露店としてやり過ごし、その後から動くのだろう。
「あ、そうだ。折角神社に来たんだし、御神籤にも挑戦したいね」
願うのならば勿論、商売繁盛! そう祈りを込めつつ引いた籤は――『中吉』。
「良かった……と言えば良かったかな」
万一、凶が出ても後は上がるだけだし、寧ろ『禍転為福御守』がどんなお守りかも気になった身としては、どこか残念な気持ちにもなりながら、
「ま、何事も前向きに行こう」
今年も、そして来年も。
そうひとつ笑むと、黒曜は響き始めた除夜の鐘へと耳を澄ませた。
折角ならば年越し詣でをせんと集った世界樹の博物館の仲間たちは、これから出逢う美味しいもの、愉しいことに胸を弾ませ参道をゆく。
「うぅっ……寒い……けど、夜のお出かけって、なんだかわくわくするね」
「うん! このためにお昼寝もしてきたし、みんなと一緒にいっぱい楽しんじゃうよー!」
夜気に白い息を零しながらほわりと微笑むステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)に、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)も大きく頷いた。
(大晦日の夜にグループで露店巡りながら初詣とか、めっちゃ陽の者のオーラを感じるわ……!)
脱陰キャ・ウェルカム陽キャ! 傍らを歩くカンナ・ゲルプロート(陽だまりを求めて・h03261)も、心中でひそりこそりとガッツポーズ。
「年越し詣って、初めてだよね」
「そうだな。今年は友達と露店を楽しむと良い」
「ん。分かったよ、オロチ」
自身の尾でもある蛇へと淡く微笑むと、夜久・椛(御伽の黒猫・h01049)はあたたかなコートの裡へとオロチを隠した。椛もまたコートの襟へと顔をすこし埋め、賑やかに灯る境内を進む。
(年長者のつもりでついてきたけど、見た目はあまり年長者感がなかったり……)
皆の笑顔を見守りながら、ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(|星樹《ホシトキ》の言葉紡ぐ|妖精姫《ハイエルフ》・h02999)の胸に過ぎるのはそんな思い。それでも、皆が心置きなく愉しめるようにと、ささっと立ち寄った露店でちいさなカステラをゲットしつつ、皆の後に続く。
「美味しそうな屋台がいっぱい出てるね」
「そうだね。迷っちゃうけど……まずはあったかいものかな? 皆は何か、おすすめはある?」
のんびりを視線を巡らせる椛に首肯しながらステラが小首を傾げれば、真っ先にエアリィが声を弾ませる。
「あったかいものかぁ~。なら、じゃがバターとか?」
「あ。あそこのお汁粉とかたい焼きも、美味しそう。ん……あと定番と言えば、綿あめやたこ焼きもおすすめ。どっちも皆でシェアして食べられるよ」
「いいねー。みんなでたくさんシェアして食べたいっ♪」
椛の提案に、皆も全力で乗っかって。1軒ずつ立ち寄って、露店ならではの美味に頬を綻ばせる。
「はぁぁ……どれも美味しい……。お汁粉、たい焼き、じゃがバター、綿あめ……聞いたことはあるけれど、食べたことなかったのよね」
カンナが胸を震わせながら、ひとつずつをじっくり味わう。パリピな食べ物を、ソロではなく仲間とともに味わえる。これこそまさに、陽キャの極と言えよう。
「カンナも愉しめているようで何よりだよ。こういう催しは地域によりけりだからね。――ああ。それなら、たこ焼きも?」
「たこ焼きは、かろうじてあるくらいで」
「そうか。これはどうだい? 一口サイズのカステラ。ボクはもう、結構お腹いっぱいでね」
「ちいさくて可愛い……! ありがとう、じゃあひとついただくわ」
ぱくりと食んで、柔らかな甘味に浸る様子にくすりと笑って、ルナは仲間たちにもお裾分け。
「こってりしたソース味と、こういう優しい甘味……もう無限に繰り返せちゃいそうだよね」
「うん。ほくほくしたじゃがバターも……外で食べるとまた格別だしね」
「すっかり暖まったし、お腹もいっぱい……ふふ、幸せ」
カステラを頬張りながらしみじみ語るエアリィに、程良い塩気のあの味を思い返す椛。そんな様子を見ているだけで、ステラも裡からぽかぽかとあたたかくなってくる。
「――あ、もしかしてあれがりんご飴?」
一息吐いてから顔を上げれば、すこし先に鮮やかな赤い果実の絵。興味津々カンナが近寄ってみれば、露店の灯りに燦めく艶々の飴細工があった。
「名前は知ってたけれど、綺麗なお菓子ねえ……」
折角の機会だ。ぜひ食べてみたいけれど。
「――ちいさいのなら、みんな……まだ行ける?」
ちらり背後を窺ったカンナに、仲間たちは全力で頷くのだった。
お腹も十分満たしたら、次に向かうのは勿論、くまの露店。
「くまグッズの屋台……あった、あれね」
「どんなのあるかなぁ? 行ってみよー!」
パステルカラーながら大きくくまの描かれた外見だけで、もうわくわくが止まらない! ステラの声に誘われるように颯爽と店先へと入って行ったエアリィは、その品揃えに一層眸を燦めかせた。
「わぁ、ふわもこかわいいー♪」
「ん、可愛いのがいっぱいだね」
ちいさなものではキーホルダーやアクセサリー、ぬいぐるみならば掌サイズから両手で漸く抱きかかえられるほどのもの。他にも、ビッグサイズのくま型わたあめや、底辺のボタンを押すと様々な色に輝くくま型ドリンクボトルまで、ありとあらゆるくま商品が勢揃いしている。
「あ……あのふわふわのぬいぐるみ、ほしい。くまのお守りも」
「うん。くまのぬいぐるみ……もふもふで可愛い」
手前に並ぶ、程良いサイズのぬいぐるみを吟味するステラと椛の傍らで、
「ルナさん、見て……! あそこにすっごく大きいのがあるわ」
「え――……っ」
カンナの視線の先を追ったルナが、ぴたりと動きを止めた。
可愛い。ものすごく、どうしようもなく可愛い。円らな眸も、ちょっと上のほうにあるちいさな口も、大きなまあるい耳も、ルナの心を鷲掴みにするには十分なほど。
「うっ……う、うん。すごくかわいいけど、ボクよりは可愛らしいみんなの方が似合いそうだね。――みんな、あれなんかどうだい?」
「あ、本当だね。あれも良いな……悩んじゃう……」
「かわいいは正義っ! だもんね! ――にしても、こんなにくまさんだらけってことは、ここの店主さん、ほんとにくまさんが大好きなんだね」
エアリィのその一言に、店の端にいた店主らしき丸眼鏡の青年が、うんうんと満足気に深く頷いた。その様子に気づいたステラが、聞こえるような声音で言う。
「……そう言えば。ここのくまグッズは、熊の神社の公認なのかな。近頃、ニセモノの怪しいくまグッズが出回っているみたいだよ?」
「え、くまさんにニセモノがあったりするの? やっぱり、目つきが悪いとかそんな感じなのかなぁ~」
ステラのさり気ない情報収集に合わせながら、エアリィも手許のぬいぐるみをじっと見つめた。見ただけでは、特に怪しいところは見つからないけれど、念のためと椛も手近なところにある商品を注意深く眺めてみる。
「一応、大丈夫そう……」
「くまグッズも偽物とかあるんだ……露店で偽物が出回るのは、どの国も同じなのね」
ま、思い出になるなら偽物でもいいじゃない。将来の笑い話に使えるしね? ――そうからりと笑うカンナに、ルナも青い双眸を柔く細めた。
例え買ったものが偽物だろうと、こうして共に過ごした愉しい時間は、皆にとっては紛うことなき“本物”。
除夜の鐘が鳴り始めるなか、声を弾ませながら今年あったことを振り返って。そうして賑やかなひとときがあっという間に過ぎ去れば、長く余韻を残す最後の鐘の音が年明けを告げる。
「さて、年が変わったらこういうんだったかな? ――みんな、あけましておめでとう」
「あけましておめでとう。今年もよろしくね」
「あけましておめでとうっ!」
「あけましておめでとう」
ルナに続き、ステラが、エアリィが、椛が挨拶を交わし、それに続くカンナも新春の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「明けましておめでとう。今年もよろしくね。――あ、二礼二拍手一礼って聞いたことあるけれど、誰かやり方知ってる?」
今年も変わらず、笑顔に溢れた日々となるように。
――さぁ、初詣に行こう!
●元日――晴れなる陽気に包まれて
朝の陽と穏やかな空気の満ちる境内は、けれど元旦の活気で賑わっていた。
今年一番の幸とご縁に巡り逢えればと、|方々《ほうぼう》から集った人々は皆こぞって拝殿へと歩を進めている。
「あけましておめでとうございます!」
「あけましておめでとうございます。皆さんと初詣をご一緒できたこと、僕も嬉しく思います……!」
馴染みの顔を前に柔く微笑む香柄・鳰(玉緒御前・h00313)の隣で、月夜見・洸惺(北極星・h00065)もぺこりと頭を下げた。
「ああ。おめでとう。湖畔の皆様方と早速、こうして集えるとは嬉しきものだ」
「ふふ、お祝いごと、みんなで過ごせるってほんとに幸せなことだねっ」
飄々と眦を細めるツェイ・ユン・ルシャーガ(御伽騙・h00224)に、エメ・ムジカ(L-Record.・h00583)の声も弾む。
こうして水禽窟の面々で迎えた、初の正月。また来年、再来年も重ねてゆければと願いながら、参道を歩き始める。
「まずは神様へご挨拶!ですね。確か作法があるとか……お詳しい方っています?」
「はて、順序……どうであったかの」
喜び浮き足立つ足取りのまま尋ねた鳰に、ツェイが首を傾げた。神仙めく出で立ちながら、作法などとうに朧になってしまった。
「確か、二礼二拍手一礼でしたよね。二回お辞儀をして、二回手を叩いて、もう一度お辞儀をするんです」
「洸惺さん、頼もしいわ……!」
「ああ、そうだったかの。洸惺殿に倣うとしよう」
「うんうん、洸惺くんの言うとおりでだいじょーぶ。みんなでゆっくりお参りしよ!」
不慣れでも構いやしない。祈り捧げるその心こそが、やがて幸いを呼ぶのだから。
星詠みの言では、まだ敵の現れる頃合いまで十分に時間がある。
ならばと人の流れに抗わずのんびりと歩きながら、漸く辿り着いた拝殿を前に、一同は横一列に立ち並んだ。
静謐な空気のなか、作法に則り、賽銭とともに鈴を鳴らして神を呼ぶ。
ひとつ、ふたつと軽やかに柏手の音を重ね、白息を咲かせながら、ツェイが、エメが、洸惺が祈る。
――皆に、誰にも善きひととせと出来るよう見守りくだされ。
――みんなが新しい年、楽しい日々をたくさん過ごせますように。
――今年も善き一年になりますように。
皆との出逢いへの感謝と、平穏無事を添えて。最後に一礼をして脇に逸れた洸惺は、先に参拝を終えたツェイと鳰を見つけて駆け寄った。
鳰もまた、皆との巡り合わせへの礼と幸いを願うも、
「口にしたら叶わない気がして……いいえ、叶えなくては、よね」
「……月並みではあるが、叶えねばの」
どのような祈りかは分からずとも、きっと鳰らしいそれなのだろう。口許を綻ばせながら、ツェイが静かに頷いた。
参拝を終えたエメと合流した面々は、拝殿を背に社務所へと向かう。
「あっ、御神籤がありますよ! 挑戦しません?」
「おみくじ! いいね♪ やってみたい! やろ~♪」
「僕もおみくじ、引いてみたいです……!」
「うむ、さきゆきは御籤に訊ねてみよう」
新年最初の運試し!
神籤箱へと手を入れて、思い思いに引いてみれば、
「あ、大吉です」
「中吉だ!」
「我は末吉か」
エメ、鳰、ツェイに続き、どんよりとした洸惺の声が零れる。
「わ……僕、凶でした……」
「洸惺殿、案ずることはない。当たる当たらぬは己次第、よの。悪運も幸運も笑いに変えれば、如何な波も渡ってゆけよう」
「ありがとうございます。お言葉、格好良いです……! 運命は自分次第で切り開ける、っていうことですよね」
「うんうん、結果がどんなものでも前向きに! 笑う門には福来る精神っ」
ぼくが悪い結果だったとしても、旅する者たるもの困難はつきものだもん! そう朗らかに笑うエメに、鳰もくつくつと笑み声を立てる。
「ふふ、ムジカさんは旅人の鏡ね」
「はは、ムジカ殿は道理を良く解っておられる、その意気よ」
「そうと決まれば洸惺くん、早速『禍転為福御守』もらってこよう!」
言って、手を取り取られて駆け出してゆくふたりの後にツェイと鳰も続いてゆき、厳かな気を纏う木札のお守りを手に入れたら、いざくまの露店へ!
「この神社はクマ“推し”なのですね」
「クマさんのお守りってだけでワクワクしちゃいますね……!」
パステルカラーのとびきり可愛い露店の品々を、鳰と洸惺が眺める傍ら、「どれ」とツェイが手を伸ばす。
「御守りをひとつ、求めようか」
「ふふ、かわいいくまさんの御守りは幸運を運んでくれそうだね♪」
「なら、私もひとつ買おうかしら」
森の強者たる熊も、こうした作り物ならばまた愛らしく。続いて好みのひとつを買った鳰は、仲間とともに店を後にする。
どこに行くと口合わさずとも、自然と皆の脚が向かうのは境内の一角――露店の群れ。
「――さて、すこし露店もまわる? 甘酒のみにいこうよ!」
「ほう……確かに、何処かで甘い匂いも待っておるな」
「勿論行きましょう」
「素敵なお誘いですね! 僕もぜひ……!」
露店巡り――そのなんとも魅惑的なフレーズに心弾ませながら、洸惺が改めて仲間たちへと笑みを向けた。
「皆さん、今年もよろしくお願いします!」
「うん! みんな、ことしもよろしくお願いしますっ」
「今年も宜しくお願いします!」
「うむ、よろしく頼む」
――新たな年を迎えた空に、歓び滲む笑み声が響き渡る。
「「「くまぁ!」」」「くま〜」「クマァッ!」
両手を挙げたり、ピースをしたり、渇を入れたり。
くま大好きな春日・陽菜(|宙《そら》の星を見る・h00131)に倣って、それぞれ個性たっぷりの声で挨拶の一声を交わした大鍋堂の面々は、笑顔を交わしながら早速境内を歩き始めた。
「皆様で新年おでかけ、嬉しいのね。今年もよろしくお願いしますなのよ」
「はい、こちらこそです陽菜ちゃん。――で、皆さん。クマの群れに入るには、まず己が扮することが大切ですよねぃ?」
「なら、折角ですし、くまのお面を装備しますか?」
問答のような野分・時雨(初嵐・h00536)の語り口調に、なるほどと頷いた茶治・レモン(魔女代行・h00071)が無表情ながらお茶目な提案をひとつ。
「いいじゃん、お面付けてこー」
「くまのお面はひなもつけたいの」
早速賛同した薄羽・ヒバリ(alauda・h00458)に眸を燦めかる陽菜。そんな皆の傍らを、緇・カナト(hellhound・h02325)も口許を綻ばせながら歩いていけば、程なくしてくまの――星詠み曰く、怪しいと言われる――露店が目に留まった。
「では、ぼくのはレモンくんにチョイスをお願いしましょう。一番可愛い、プリティなものをひとつ」
「分かりました! 時雨さんに似合う、可愛くてラブリーなのを探します!」
至高なるプリティラブリーを選ぶべく颯爽と店先へと向かうレモンの後に続き、面々も露店の店先を興味津々覗き込む。
「さすがくまの露店だねー。沢山あるなー。……じゃあ、私はちょっとコミカルなこの子で」
早速お気に入りを見つけたヒバリに続き、レモンもお目当てを見つけたようで、
「……あ、これです! これにしましょう!」
きらきら耀くティアラを被った、ピンクのくまをずずいと時雨へと差し出す。
「プリンセスクマ。最高のセンスです」
「えっ可愛い! 時雨さんちょー似合ってるっ。さすがレモンのチョイスだねー」
「レモンさん、くまのことよくわかってるの……! ヒバリさんも時雨さんも、とってもお似合いなのね」
早速頭に被った二人の笑顔は、一層愉しそうで。陽菜も釣られて、にこにこほくほく。
「うんうん。ヒバリさんチョイスも、可愛くてラブリーな時雨君も、とても似合ってると思うよぅ」
剥製みたいなリアル寄りお面だったら少し気になりはしたのだけれど――そう続けながら、カナトがくつくつと喉を鳴らした。もしあったのなら、さながら劇画調漫画と少女漫画のミックスと言ったところだろうか。
「あっ。ねえねえ、みんなであのドリンクお揃いにしないー? ボトルがくまなんだよ、キュート過ぎっ」
「ボトルがくま!」
ヒバリが指を差した先へと真っ先に視線を移した陽菜の眸が、一層星のように耀いた。ずらりと並んだくまを象った透明ボトルの中には様々なドリンクが入っているようで、露店の柱に掛けられたメニューを見ながら時雨が興味深そうに覗き込む。
「これはこれは……なんとも珍妙な色合いの飲み物がたくさんですねぃ」
「夢かわみたいで、お洒落でステキだねぇ」
「ええ、ぼく普段オシャレなの飲まないので新鮮です」
中身の想像もし易いオレンジやピンクは勿論、茶色――多分紅茶か珈琲――や、水色――全く予想がつかない――まで綺麗に揃っていると、眺めているだけでもなんだか愉しくなってくる。
「私のオススメは、いちごミルクにカラフルなタピオカが入ってるやーつ」
「ピンクにパステルカラーの水玉が浮かんでて可愛い……! ひな、それにするの!」
「くまボトル、美味しくて可愛いは最強なのでは?」
これを買わない理由があるだろうか(いやない)。可愛いがぎゅっと詰まった光景に、レモンもしばし見入ってから「よし!」と決める。
「ヒバリさんの名案“お揃い”に倣って、僕もヒバリさん陽菜さんと同じものを下さい」
「ありがとうございます! では、いちごミルクくまボトル3つですね」
言って、店員――どこか胡散臭げ――から受け取ったボトルに早速ストローを挿してこくりと飲めば、程良い甘さにぷちりと弾むタピオカについつい頬も緩んでしまう。
「ふふ。大人のお兄さんたちには、ハニーカフェラテなんてどうだろ。SNS映えもバッチリって感じ!」
「この茶色のがハニーカフェラテ……初めて聞いたかも。ハチミツ食べてるクマ気分も味わえそう」
「ですねぃ。では、折角なのでここはヒバリちゃんオススメ、クマになりきるハニーカフェオレをいただきましょう」
カナトに続いて頷きながら、時雨も茶色のくまボトルを買って早速一口。柔らかなカフェオレの味に、コクと深みを増す蜂蜜の甘味。存外さらりとした味わいのそれに、微笑みながら舌鼓を打つ。
くま型わたあめの儚さを語りながら隣の露店も見遣れば、そちらは遊戯コーナーのようだった。くまの景品が揃った射的や、くま水風船すくいで賑わっているなかへ、皆も揃って足を向ける。
「おや、射的ですねぃ。カナトさん、チャレンジどうでしょう」
「そうだね。じゃあ、欲しいのあったら百発百中で取ってみせよう。……当たるまで撃ち続けるとも言うんだけど」
くい、と手袋の裾を引いて意気込みを見せるカナトに、
「カナトさん、陽菜ちゃんがメロカワなクマグッズを欲しそうです」
時雨がこそりと耳打ちすれば、
「僕もあれ欲しいです! くまを咥えた鮭の木彫り」
「レモンくんは本当にあれ欲しいんです??」
くまと鮭の下克上――体格差をものともしない荒々しい構図に時雨が苦笑する傍ら、パシュッと小気味良い音が響いた。
「わ! やりました、木彫りの鮭!」
「レモンのって魔女代行のお仕事に使う的な……? って、え? もう取れたの? すごいすごーい! カナトさん本当に百発百中じゃん!」
「いやいや、それ程でも。じゃあ、次はあのパステルな双子のくまぐるみを……っと」
パシュッッ!
「きゃー! カナトさん、かっこいいー!」
「良かったねえ、陽菜」
「うん!」
レモンと陽菜がお礼を添えながら嬉しそうに商品を抱きしめる傍ら、続けてパシュッッッ! と3発目の発砲音が鳴ると同時、ぱたりと倒れる大きなくまのぬいぐるみ。
木彫りもそうだけれど、そこそこ重量のありそうなそれまで一撃で倒す様に、ちょっと店員が本気で驚いていたような気もしつつ。受け取った商品を小脇に抱えて、カナトが口角を上げた。
「ということで、ヨーヨーすくいならぬ、くますくい勝負と行こうじゃないか」
「ヨーヨー掬いね、オッケー! 見てたら私も勝負したくなってきた!」
大きめのビニールプールにぷっかり浮かんでいるのは、カラフルな色でくまの顔が描かれた水風船たち。拳をぐっと握ってやる気満々のヒバリの隣、くま要素が加わるだけでこんなにもファンシーになるのかとレモンがしゃがんで水面を眺める。
「これがくまヨーヨー……初めて知りました……」
「クマヨーヨー……クマの頭を叩いて弾ませる遊び……うふふ。やりましょう。真剣勝負です」
間違ってはいないけれど、愉しむポイントが若干逸れているような気も――そんな時雨 with プリンセスクマもにまりと笑うと、つられてカナトも笑みを深めた。
「イイよねぇ、真剣な勝負事。――では、勝者には『キングオブくま』の称号とともに、射的で取れたこのでっかいぬいぐるみを贈呈しよう」
「よーし! 戦いで磨いたこの集中力で称号を勝ち取るんだから!」
「良いですね! 負ける気しかしませんが、やりましょう」
「うぅ……ひなも負ける気しかしないけど勝負なのよ」
ぐるり4人でビニールプールを囲んで――いざ、勝負!
序盤、さくさくと取っていった時雨とヒバリのこよりが切れた後、慎重にすくっていたレモンと陽菜が追い上げ――、
「「「「「あっ」」」」」
惜しくもそれぞれ1個差で、見事『第1回大鍋堂ヨーヨー大会』を制したのは――ヒバリ!
「くま掬い……またやりたいの」「やるならまた勝負したいですねぃ」「挑戦はいつでも受けてたーつ!」「次はもっと練習してきます……!」「じゃあ、それまでにまた何か景品用意しておくねぇ」
そう笑みを交えて語らいながら、たくさんの戦利品を抱えて。
大鍋堂ご一考は、もう暫く露店巡りをぶらりと満喫してゆく。
「『くまのじんじゃ』か……なかなかファンシーな名前だな」
境内の端にあった立て札に気づいた御嶽・明星(推定・暁の明星・h00689)が、そう零しながら書かれてある文字を追った。なんでも『関東地方における熊野信仰の根拠地』として名のある神社らしい。くまのしんこう――音だけ聞くと、それもまたファンシーだ。
「ね。可愛い名前の神社っ」
「ああ。まぁ、初詣にはちょうどいい」
くすりと微笑む姪――エリカ・バールフリット(海星の花・h01068)に短く頷き終える前に、ぐい、と手を引かれた明星は、
「初詣だけど偵察もよ! さぁ、行くわよアカリ!」
参拝とーお神籤とーくまグッズとー、なんて声を弾ませるエリカに諦観めいた苦笑を零しながら、その後に続く。
流石、横浜北部の総鎮守の宮として親しまれているだけあり、元日から拝殿は人々で溢れていた。相応の時間列に並び、漸く参拝をし終えたふたりは、再び境内の端に移動してから引いてきた神籤を広げた。
「おみくじもクマなの、可愛いー……って、やった! エリカ中吉だったよ!」
「俺は……末吉か」
「んー……アカリにもなにか良いことあるよっ」
「まぁ、別に気にしてない。こう言うのは当たるも八卦。何事も捉え方次第だし……――ん? ラッキーアイテム『露天のくまグッズ』?」
「えっ!?」
綴られた一文を読み上げた明星へと、エリカが反射的に声を洩らした。パッと手許へ視線を落とすと、自分の神籤にも同じ文字がある。
「えー!? エリカも?? アカリと一緒なの、本当に良くないわっ」
「さすが『くまのじんじゃ』。商魂逞しいな。……だけど本丸は露天だっていうし、行くしかねぇか……」
作為的なものか、ただの偶然か――。
いずれにせよ本来の目的は偵察だ、とふたりは連れ立って露店へと歩き出す。
参拝の列と負けず劣らず、露店並びもかなりの賑わいを見せていた。祭囃子が響くなかを愉しそうに行き交う人々だけを見れば、ここがまさか敵に狙われているとは誰も思うまい。
「はわわ……お面にバルーン、わたあめ、光るくまステッキ……! どれも可愛い……ねぇ、アカリ! 全部買って欲しいんだけどっ」
「……良いけど、お前のお年玉、|くまグッズ《これ》な」
「え!? それはイヤっ、お年玉は現金で欲しいっ。でも、くまグッズかわいい……欲しい……っ」
「どっちかにしろ」
「ええー!? ねぇ、アカリー。お願いっ。このキュルルン笑顔が、エリカを誘ってるのっ」
すこしは大人しくなればと試しに言ってみたものの、そう言って自分もキュルルン笑顔でおねだりをしてくるものだから、明星は溜息交じりに静かに肩を落とした。流石のエリカも、これが偵察だとは承知のうえ――だと思いたいが、完全に本気で愉しんでいるようだ。
「はぁ……仕方ないな……1個ずつだけだぞ?」
「やったー! わーい、ありがとアカリっ!」
飛び跳ねて喜ぶエリカに、もう一度嘆息しながら、
(俺も、つくづく姪には甘いのか……)
すこし軽くなった財布を、力なくしまうのだった。
「カナターン」
「あ、宵ちゃん!」
境内の入口で待ち合わせていた日南・カナタ(|嘘つきアクター《プリテンダー》・h01454)は、小走りに駆け寄ってくる十六夜・宵(思うがままに生きる・h00457)へと軽く手を振った。
――神聖な神社で何かやらかそうだなんて許せないなぁ。
――うん。神社で変な事するのはダメだよねえ。
――ここは|警視庁異能捜査官《カミガリ》としてみっちり検挙しないとな!
――だね。上手く隠れてるの、しっかり見つけてこー!
そんなやり取りをしたのがつい昨日。
(だけど……その……、時間まで宵ちゃんと初詣するのは悪くない……というか、ちょっと、いや……すごく楽しみ!)
そう浮き足立つ心を悟られないようにと思っていたのに、今日の宵の装いもとても似合っていて見入ってしまい、慌ててそっと視線を逸らす。
「さーて、時間まではカナタンと一緒に遊ぶんだよー! 何しよ、あ、おみくじひこ――!」
「良いね! じゃあ行こう!」
賑わう境内を、人の波に乗りながらのんびりと歩く。こうして他愛のない会話を交わす時間もまた、ふたり一緒ならば愉しいひとときだ。
漸く辿り着いた神籤箱から、ごそごそととっておきの1つを選んで引き抜いて。端に寄って、せーのでオープン!
「あー……俺は吉だったよ。宵ちゃんは?」
「えーと、何々……あ、僕は末吉だった! 『心穏やかにして、身を慎んで正しき道を歩めば次第に喜びごとが――』だって。うーん……あんまりいいこと書いてないかも」
これ木に結んでくるね、とぱたぱた走ってゆくその背を見送りながら、ふとカナタも自身の手許へと視線を落とした。
(『冬の枯れ木に春が来たたりて花が咲き、黒雲晴れて月照り輝く』って……どういう意味なんだろう)
悪い意味ではないことは分かる。
なにか予感させるような――期待させるような。そんな胸躍る言葉の響きへと意識を馳せていると、「カナタンどしたの?」と背に声が響いた。
「えっ!? あ、あー……あそこの露店!」
「露店?」
「うん、そう! くまグッズだらけで怪しいな、って!」
「ん、ん、あー……グッズだらけはちょっと怪しいねえ」
……いく? と見せたその不敵な微笑みに、また息を飲んで。
頷きながら、カナタは宵と肩を並べて歩き出した。
(そのものずばり『くまのじんじゃ』、かあ……)
参拝客の波を抜け、お神籤の列に並びながら、柊・冬臣(壊れた器・h00432)はそんなことを思い描いた。
なんとも可愛らしい名前の神社は、三十路過ぎた男が独りで来るには気恥ずかしさが拭えない。が、だからと言って秘密結社『プラグマ』の悪行を見過ごすわけにはいかないし、ついでに初詣にも行けるのならば損ではないだろう。
気づけば自分の番が回ってきていた。冬臣の投下した100円玉が、ちゃりん、と小気味良い音を立てて神籤箱へと落ちた。
「さて……結果は――あれ?」
広げた薄い紙に書かれた“大吉”の文字に、ひとつ瞠目する。悪い結果なら結んで、『禍転為福御守』なるものをありがたくいただいていこうと思っていたが、思いがけず訪れた最良の結果に、気持ちも幾分あたたかくなる。
「……と、これは……?」
一緒に入っていた『福神御像』と書かれたちいさな包みを開けると、金色眩い恵比寿様と大黒様のちいさなチャームがあった。聞けば、大吉だともれなくこれをいただけるらしい。
(ラッキー……なのかな? まあ、良い結果で良かった)
双方、今年1年は大事に持ち歩こう、と心中で思いながら、冬臣は今回の最たる目的である露店へと脚を向けた。かなりの盛況具合で、果たして“くまの露店”なるものが見つかるかどうかと訝しむも、すぐにそれが杞憂だったと知る。
「……派手だなあ……」
パステルカラーながら、ほかのどの店よりも派手なデザインの露店を見つけた冬臣は、通りすがりを装って店先を覗いた。大々的にアピールしているだけあって、確かにくまグッズは豊富なようだ。
(これは……わたあめかな? どうやってくまの形にしているんだろう……造形から愛を感じるよ)
銀色の包みにファンシーなくまが描かれたそれは、まあるい一対の耳のついた綺麗なフォルムをしていた。自分の顔より大きいそれをひとつ手に取り、店員へと購入を伝える。
「お買い上げありがとうございま~す!」
おかっぱで丸眼鏡の店主が、満面スマイルで一礼する。接客としては好ましいけれど、その風体はあまり露店を開くようなものには見えない。
(露骨に怪しい……けど)
今はまだ、闘うときではない。だから冬臣も、可愛らしいくま型わたあめを開封しながら“唯の三十路男”を装う。
「うーん……食べるのが勿体無いような気もするね。――いただきます」
美味しいといいなあ、なんて。
ちらり店員を窺いながら一口食めば、意外にも程良い甘さが柔らかく口のなかに広がっていった。
(初詣……かぁ……)
前に家族と連れ立って行ったのはいつのことだっただろう。もし、今日も誘ったならば来てくれたのだろうか――そこまで考えて、ネスリー・フォールンハイン(|黒昼夢《ワールドリーム》・h01500)は緩く首を振った。
(なんてね、言っても困るだけか。“会社”なんだし)
家族とは違うんだから。そう、どこか自分に言い聞かせるように心中で呟きながら、境内へと入る。
万一にでも事件発生時に遅参したら最悪だからとこうして昼に出てきたが、魔道具に睡魔を肩代わりさせているとはいえ、娘の脳底にはどんよりと眠気が沈んでいた。場合によっては、頃合いまではどこか場所を見つけて眠るのもやむを得まい。
(ま、とりあえず。さっさと初詣済ませて、さっさと売店調べて、速攻で潰して帰ろ)
起きていられる時間は有限だ。1秒たりとも無駄にはできない。故に、新年だからと着物なぞ――そもそも年中着ていられるものでもないけれど――着付けて詣でる気も更々なかった。いつもの普段着に、寒さを凌ぐたっぷりの防寒具があればそれで十分だ。
ネスリーは真っ直ぐに手水舎へと立ち寄り、手と口を清めてから境内の散策を始めた。目的はどうであれ、ここが神社であるならきちんと手順に則らねば。効率的に済ませることと手抜きをすることは、また別次元の話だ。
参拝し、神籤も引き――凶だったので確り『禍転為福御守』も貰ってきた――、そして露店群へと歩を向ける。
(……あ。あれが、くまの露店……)
色合いは優しいパステルカラーなのに、デザインが派手すぎてかなり主張が激しいその外観に一瞬脚を止めながらも、さらりと店先を覗く。幸い、こちらは無難な品揃えのようだ。
「お客さん、そちら、気に入りました?」
「別に、熊とか……ちょっと可愛いだけだし。リアルじゃ迷惑だし」
「はははっ。どうぞどうぞ、お好きなだけ見ていってください」
特に気にする素振りもなく、からりとそう言った店主の声を聞きながら、ネスリーは再び眼下に並ぶ可愛らしいくまさんの群れを見つめるのだった。
人の身を得て初めての初詣。
ならばと気合い十分、準備万端でいざ詣でてみたものの、
(独りはちょっぴり淋しいですわ……はっ!)
神社へと向かう人々の波のなか、視線の先に近しい年頃の少女を見かけた芽吹・こま(平和な明日を夢見て・h00319)は、ぱたぱたと小走りで駆け寄った。
「もし、そこなお嬢さん。一人で向かわれますのなら、ご一緒させて頂けませんか?」
「うん? おねえさんも一人ですか?」
脚を止め、振り向いた夢咲・紫雨(dreaming・h00793)の印象的な眸に、思わず「はい!」とだけ応えたこまは、緊張に高鳴る胸を押さえた。
「そうなんですね。わたしも『誰かと来たらよかったあ』と思ってたとこだったので、ぜひ」
魅力的な声とともに、そう自然と笑みが洩れる。話を合わせたのではなく本心だし、なにより同じ女の子なら安心だ。この出会いも神様の思し召しってやつ? なんて。折角なら、この機に仲良くなりたい。
「わたしは夢咲紫雨。紫雨って呼んでくれるとうれしい、です」
「私、芽吹こまと申します。呼びやすいように呼んでくださいまし。紫雨様!」
「……かわいい名前。こませんぱい、よろしくね?」
(“せんぱい”と! なんだか照れ臭いですわ!)
お犬様、と崇められたことはあっても、近しい者同士のそんな呼び名は聞き慣れなくて。「えぇ、えぇ!よろしくお願いしますね!」と、こまは更に胸を躍らせ、傍らに並びながら歩き出す。
賑わう境内へと入り、鳥居を抜けて参道をゆく。拝殿まで辿り着くのもそれなりの時間がかかったけれど、寧ろ知り合ったばかりで会話も弾み、物足りないくらい。
「紫雨様! この後、お時間ありますか? 私、ここの露店も気になってまして……」
参拝を終えたらさよならなのだろうか――それはまだ淋しいと、思い切ってこまが声をかければ、
「もちろん。せんぱい、甘いもの好き?」
「えぇ! 甘味はとても好きでして!」
「なら、わたあめ食べましょ!」
「はい! 行きましょう!」
気持ちのままに弾む声はもう、隠しもせずに。
可愛いくまぐっずもあったけれど、今はそれよりこのひとときを満喫したくて――紫雨とこまはふたり、突撃・新春甘味巡りに勤しむのだった。
今日ばかりは普段のコートではなく、新しき年を迎えんと私服の着物を纏った目・魄(❄️・h00181)は、年始早々の調査がてらにぶらりと街へ繰り出した。
一番の目的は、怪しいと言われるくまグッズの露店。興味がそそられたという理由もあれど、我が御子が喜びそうなものでもあれば土産にするのも良さそうだ、と心中で笑みを洩らす。
(拝殿も一応、覗いておこうか……? しかし、うちに神様はいらっしゃるし……)
はてさてどうしたものかと逡巡していれば、耳に入ってくるのは愉しそうな子供たちの声。
(ふむ、凶が出たら貰える、縁起直しの『禍転為福御守』……)
聞けば、勝負事に強い神社らしい。ならば引いておくのが通というものだろう、と魄はひとまず露店の並びを抜けてそのまま参道の奥へと向かった。拝殿の脇にある社務所に立ち寄ると、早速目当てのお神籤を引いてみる。
(良くば『大吉』を……あわよくば『凶』でも面白いことになりそうだ)
黒硝子越しに眼を細め、不敵な笑みを湛えながら引いた籤を開こうとしたとき、傍らで明るい声が響いた。
「何が出ますかねー♪ ――あ、中吉です」
折角だから運試しを、と引いたお神籤はまずまずの結果で、竜雅・兎羽(歌うたいの桃色兎・h00514)は花咲くようにほわりと綻ぶ。記憶の限りではお神籤なぞ引いたこともなく――失われた記憶を嘆くこともなく、ただ呑気に――一種の博打的な要素はどんな結果であろうと面白いだろうと思っていた。悪ければそれはそれ、これ以上落ちることはないということでもある。
「俺は……嗚呼、大吉だね」
「お兄さん凄いですね。あ、なんか入ってますよ?」
きょとりと瞬いた娘に倣って視線を落とせば、神籤とは別にもうひとつ包みが入っていた。開けてみると、金に燦めく、なんともちいさな恵比寿様と大黒様のチャームがあった。
「おや、これは……?」
「……なるほど、大吉にはそれが入っているみたいです。やりましたね、お兄さん♪」
からりと微笑む兎羽に、魄も軽く礼を添えた。その流れで、そうだ、と問いかけを切り出す。
「お嬢さん、もし“くまのグッズ”を扱う露店を知っていたら、教えてくれないかい? 子への土産にと思ってね」
「あ、それなら一緒に行きましょう♪ 私も気になってたんですよ。……怪しいくまさんがいっぱいあるとか」
そう言って、ピンクの髪を靡かせて躍る足取りで歩き始めた兎羽の後に、魄も続く。程なくして見えてきた、パステルカラーなのにド派手な露店へと入ってみれば、外観より随分と無難な品々が並んでいた。
「あっ、くま型のわたあめあった♪」
「それがお目当てかい?」
「はい。きっとかわいくて美味しいんだろうなぁ、って。――うん、見た目は想像以上にかわいい♪」
ぽっちゃり楕円形の顔に、まあるい耳ふたつ。円らな眸と口の配置も絶妙だ。こちらもパステルカラーで何種類かあり、兎羽はしばし熟考する。
「確かにこれは可愛らしいね。あの子も喜んでくれそうだ。……とはいえ先程、“怪しいくまが”と言っていなかったかい?」
ふと湧いた疑問を魄が投げてみれば、ぎくりと効果音が聞こえてきそうなぎこちなさで笑う兎羽。
「……あ、怪しいことはちゃんとわかってますよ。でも試してみないことには……ね?」
「ふふ……そうだね。やってみなければ分からないこともあるものだ」
自身もまた、まさか子を拾うとは思ってもいなかった。幾許か昔であれば、今のこの生活を想像すらしていなかっただろう。
「ですよね? ――じゃあ、このわたあめと……あー……やっぱりあのくまバルーンも。――えっ? 竜兎も欲しいの? じゃあ半分こしよう♪」
口許に笑みを湛える魄の傍ら、ひょっこり顔を出した護霊の主張に兎羽もひとつ苦笑を零して。
その後もしばらく、ふたりは露店巡りを満喫するのだった。
第2章 集団戦 『クマぐるみ怪人』

●可愛いは正……義?
元日の賑わいも漸く落ち着いてきた夕暮れ時、じわりと変わった空気に気づき、気配の元へと駆けつけた√能力者たちが見たものは、大量のクマぐるみ怪人(全長2m)たちだった。
「ふっふっふっふ……くま好きのみんなのために来てやったくまー!」
「嬉しいくま? 新年早々、テンションアガるくま?」
「これからパレードするくま! ファンシーワールドで沼るくまー!!」
お呼びでない――と言いたいところだけれど、どうやらこの場に溢れるくま愛をどこぞからキャッチしたようだ。
「どうしたくま? みんな遠慮してるくまね?」
「なら、ぼくの方からハグしにいくくま――!!」
サービスの押し売りとはまさにこのこと。愛らしい外見とは裏腹に、結構図太い神経らしい。
とにもかくにも、群れなすクマぐるみ怪人をどうにかしなければ大将も現れまい。
迫り来る脅威を前に、√能力者もまた応戦するのであった――。
✧ ✧ ✧
【マスターより】
・戦場は境内の外れ、一般人は来ることのない場所となりますので、人払いや一般人への影響は考慮しなくて構いません。
・コメディですので、戦闘よりもクマぐるみ怪人への行動や心情に重きを置いたプレイングを推奨します。
・プレイング受付期間は特に明示しない予定でしたが、想像以上にご参加をご検討くださっている方が多いようなので、目安を設けることにいたしました。
詳細はタグをご参照ください。タグにある日時以降も引き続きフォームが閉まるまでは受け付けますが、突然閉まる可能性が高いのでご注意ください。
「みんなのだぁ~いすき! クマぐるみだくま――♪」
「……いや、ちょっと無理」
きゃるるん! という効果音でも聞こえてきそうな仕草と円らな眸で躍り出てきたクマぐるみ怪人を、ネスリー・フォールンハイン(|黒昼夢《ワールドリーム》・h01500)は容赦なくぶった切った。
「え……? きみはくまが好きじゃないくま……!? どうしてくま!?!?」
「普通に考えてみてよ。ぬいぐるみとか、小さくて大人しくしてるから可愛いって部分あるでしょ? なのに、こんなデカさで動き回って……しかも喋ってるし多いしデカいし」
「全否定くま――!?!?」
「元気出すくま……あの子も、本当はぼくたちのこと好きくまよ……」
「そうくま……ちょっと照れてるだけくま……」
がくりと膝から崩れ落ちたくまを、別のくまたちが肩や背に手を添えながら健気に励ます。その自己肯定感の高さは一体どこから来るのか。
「……もう、テーマパークの着ぐるみに喜ぶって歳でもないから……とにかく無理なものは無理。とりあえず大人しくなってくれない?」
これでは埒が明かないと、ネスリーは溜息交じりに速攻先手を仕掛けた。結構無駄な時間を消費してしまった。ここで彼らが縮むのはどう足掻いても無理なのは明白。ならば共存の道はない。
今迄|夢の監獄《フォーリンナイト》に溜め込んだ魔力を一気に放出しながら、小型大砲へと注ぐ。照準を合わせる先は、無論――クマぐるみ怪人の群れ。
心中で引き金を引くと同時、|強力な睡魔《堕落》を纏った弾丸が真っ直ぐにクマぐるみたちを襲った。
「ぐ、ぐま゛ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「可愛くない声……」
着弾すると同時に爆風が舞い上がり、あれほどパワフルだった面々から一瞬にしてやる気を削いでゆく。
次々に倒れ伏すくまたちを前に、ふとネスリーが口を開いた。
「ああ……ほかの人は巻き添えにはならない方がいいかも。いや、被害が出るとかじゃないんだけど。実際強化効果もあるんだけど」
――後から、すっごい眠くなるから。
「――あ、なんか出てきた」
「こんなプリティキュートなクマぐるみに向かって、なんかとはひどいくま! ……って、もしやきみもお仲間!?」
「いやこれ自前だから」
円らな眸に期待感を滲ませるクマぐるみ怪人を前に、空沢・黒曜(輪る平坦な現在・h00050)は即答した。仲間ではないのは事実だし、一緒にされたら人として終わっているような気がする。
「にしても……着ぐるみじゃなくて怪人、か……結構迫力というか圧があるね?」
およそ40cmほどの身長差のある相手を見上げながら、そう独り言ちる。口調も見目も、ここが遊園地であればちびっ子たちに大人気なのだろうが、そもそも怪人では全部がアウトだ。
「さてと……大将見つけるために、ちょーっと蹴散らさせて貰うよ!」
「そう簡単にやられるわけにはいかないくま! みんな、行くよ! ――『くまくま行進曲』!」
「うわ、更にあざとさ上乗せしてくるとはやるね……!」
思わず行進したくなるリズムで、軽やかな歌声を響かせる怪人たち。
意外にも美声なのは良いが、歌うだけで行進しないのか――そんな疑問も過ぎったが、一応黙っておいた。
「ふっふっふ……これでぼくらのやることなすこと、必ず成功しちゃうくま!」
「……でも、一般人いないから大した被害ないよね」
「!?!?!?!? そ、そうだったくま――!!!!」
もしや脳も綿でできているのだろうか――思わずそんなことも過ぎったが以下略。
「まぁ、じゃあさくっとね」
手にしたツルハシで瞬く間に掘って湧いた温泉にざぶりと脚を浸けた黒曜は、速攻湯船から出るやいなや瞬く間に怪人の群れへと突撃した。
すぱーん!
すぱぱ――ん!!
すぱぱぱ――ん!!!
「く~~~~ま~~~~」
「く、くま――!!!」
「さ、最後まで歌わせるくま~~~~!!」
獲物でしばいて千切って投げて――目まぐるしい勢いでばったばったと怪人を倒してゆく黒曜は、ひとつだけ配慮をしていた。
(しばくのは中身だけ……中身だけ……。ガワ壊したら、なんか色々夢が壊れそうだし)
知らないことが良いこともある――そんな世界の均衡を護るのもまた、力ある者の務めなのだ。
「はーい! くまたんだよー! ぼくたちと一緒に遊ぼうくま!」
「ウソ……敵ってこの子達なのー?」
可愛くウインクしながら群れでやってくるクマぐるみ(怪人)たちを前に、思わず薄羽・ヒバリ(alauda・h00458)は後退った。
「こんなにふわふわもこもこ……ちょーキュートなのに攻撃するとか無理すぎだしっ」
「そうだくま……ぼくとぎゅーってハグするくま……抱き心地も手触りも抜群くまよ……?」
「えっえっ、嬉しいけどこっちに来ないでってば! 私はあなたたちを攻撃したくないの!」
じりじりと後退しながらも、こほんとひとつ咳払いしたヒバリは愛機のキーボードに指を添えた。“お仕事モード”に切り替わるには、それだけで十分!
「さっ、命中率と反応速度を強化してあげる! ――みんなのお手並み拝見って感じ?」
小型無人兵器『レギオン』への命令コードを手早く打ち込むと、仲間たちへとリンケージワイヤーが放たれた。
そんな様子を前に、ひとりのクマぐるみ怪人が呟く。
「……つまり、人任せってことくま?」
「ち、ちがーう! 私が攻撃したくないからみんなに任せてるなんてそんなワケ……」
「なら、まずはぼくとハグだくま――ぐはっ……!」
「あ、ごめん|Def:CLEAR《バリア》が自動的に弾いちゃった」
ヒバリの間近まで突撃してきたものの|透明な壁《なにか》に盛大にぶつかったクマぐるみ怪人は、衝撃で弾き飛ばされながらあまりの痛さに地面をごろごろと転がった。あまりあの外皮(?)に防御能力はないらしい。派手にぶつかり悶絶する様は、可愛くもあるけれどちょっと可哀想かもしれない。
「だ、大丈夫……? って言ってる場合じゃないか。――とにかく任せたから! よろよろーっ」
こういうものは、適材適所――あとはバックアップに努めんと、ヒバリは仲間たちへひらりと手を振りながら、ばびゅんと戦場後方へ駆けていった。
「え? ヒバリさん!?」
颯爽と自分の横を駆けて後退していく仲間に気づき、茶治・レモン(魔女代行・h00071)が反射的に振り返った。可愛いに抗えなかったのかとすぐに合点すると、再び対峙するクマぐるみ怪人たちを見据える。
「可愛い男の子くま!」
「おいでおいで~。ハグしてあげるくまよ~」
きゃは☆ と言わんばかりの決めポーズをした怪人たちを前に、けれどレモンの眼は冷静に状況を映していた。
「なるほど、これが可愛いの暴力という奴ですか……」
「そう! ぼくら可愛いくま!」
「見る目があるくま! 将来有望くまね~」
「……僕も、可愛いのは好きですよ。くまも勿論、大好きです。……だけど、ほら――」
一歩、また一歩と踏み出す少年。
そのやや小柄な身体に纏う、とてつもない執念のような熱量のようななにかを一瞬にして感じ取った怪人たちは一斉に動きを止めた。じり、と思わず後退する。
「折角これだけのくまが揃ったわけですから……僕好みのくま、探しても良いですか?」
「そ、そういうことなら是非にくま!」
「そ、そうそう! お気に入りの子がきっと見つかるくまよ!」
「――好みじゃないのは、魔導式刀剣技巧で切り捨てて行きます」
「ひぃ!!!!!!!」
この子、可愛い外見とは裏腹に怖い――いや、すくなくとも可愛いものに対する熱量が半端ないのでは――。
そう怪人たちが気づくも、時既に遅し。
「我こそはと思うくまは、是非僕のもとへ来て下さいね……!」
「ひ、ひゃあああああああ!!!」
「無理くま――!!!!」
「あの子眼が本気くまよ――!!!」
「まずはそこのピンクのあなたから!」
言うと同時に地を蹴ったレモンは、手にした|玉手《ぎょくしゅ》を瞬時に魔導式の刀剣へと変えた。小柄な体躯を活かして死角に回り込むと、怪人と視線が合う前に一太刀を浴びせる。
「僕の好みは! もっとふわふわの毛並みで!」
ずばっ!!
「色も柔らかくて!」
ざしゅっ!
「目は光沢感があって! 愛らしいのが良いんです!」
「それならぼくは――」
「あっ、すみませんチェンジで」
ざしゃっ!!!
「……ネクタイが歪んでるのは論外です」
「この子……“可愛い”へのこだわりが半端ないくま……!」
次々に屠られていく仲間たちを前に、逃げ腰になるクマぐるみ怪人たち。
だが、それでもレモンは止まらない。
「そもそもですけれど……可愛い仕草について研究する前に、常識を身に付けて貰えますか?」
「「「ひぃぃ!!!」」」
「大体、これだけのくまがいて、僕好みのくまがいないなんて……許せません」
「ちょ、ちょっとくらい妥協するのは――」
「しません……! 僕の純情、返してください」
ふつふつと湧き上がる熱量のまま距離を縮めてくる少年に、怪人たちは身を寄せ合ってぷるぷると震え上がる。
レモンが構えた刃に、彼らの円らな眸が映った。
――|くまぁ《お前を殺す》!
「……レモンくん、結構くまに拘りがあったんですね……」
「みたいだねぇ……。ここは一旦、プリティラブリ〜お面のこととか木彫りの鮭とか忘れて、マジメにお仕事しましょうか」
仲間の意気込みを見守りつつ呟いた野分・時雨(初嵐・h00536)に、緇・カナト(hellhound・h02325)も静かに頷いた。ちなみに、時雨の頭にはまだプリンセスくまのお面はついたままだ。
「――というか、パレードやめろ。中止だ、中止……!」
「ええー? そう言って、実はちょっとは楽しんでたくまでしょ~?」
しなっ、なよっと身体をくねらせながら窺ってくる2mのクマぐるみ怪人たちを改めて前にしたふたりは、思わず眉間に――カナトはお面の内側で――皺を寄せる。
「でっっっか。普通にヒグマじゃないですか」
「見た目のサイズ感がエンペラーオブくま……!」
「エンペラーだとキング超えてそう……」
小さきものは、みな|うつくし《可愛い》――そう清少納言も言っていたのに、何故真逆を選んだのかと問い詰めたい。そのサイズで可愛いものなぞ、それこそただのぬいぐるみくらいだ。
しかし、クマぐるみ怪人たちは自尊心が高かった。青年ふたりの言葉にも動じない。
「もっと可愛い表現がいいくまー。プリンセスなんてどうくまー?」
「お前その図体でプリンセスは無理があるだろ」
「すみませんプリンセスはぼくなんです」
カナトがすかさずつっこみ、時雨が真顔で答えた。一応、彼らも真剣である。ちゃんとここが戦場だということも分かっている。
その証拠に、時雨は鋼糸を隠し持ちながら、さりげなく怪人たちへと近づいていた。油断したところで仕留める気満々である。
「クマさま方、まずは落ち着いてください! 今年は巳年です。干支に混ざるにも遅すぎます。お帰りいただいてどうぞ」
「干支とか12年に一度しか順番が回ってこないものに興味はないくま!」
「そうくま! ぼくらは毎年くまイヤーなんだくま!」
とてとてと歩きながら、きゃぴ☆ とぶりっこポーズをキメるくまぐるみ怪人に、思わずカナトも溜息を洩らす。そろそろ心労が堪ってきた。早く終わらせないと色々危ない。
「はぁ……この見た目もカワイイ仕草も、なんか気が抜けて――」
「隙ありくま――!」
「っと……!」
一瞬にしてカナトの間合いに飛び込んできたクマぐるみ怪人に、咄嗟に時雨が動いた。
慣れた動きで素早く鋼糸を繰り、一体の身体を縛り上げる。――が、もふんと柔らかい感触はいまいち手応えがない。
「これ攻撃効いてます? ボンレスクマみたいになってません?」
「ぐっ……ぐるしいぐまァァァァ……!」
「っっ……なってる、けど、効いてるんじゃないかな?」
思わず洩れそうになった笑いを、どうにか堪えた。これが地声なのだろうか、ものすごい野太い呻き声が響いている。可愛さどこ行った。
「くま男――! 今助けるくま!! そこのきみ! 大人しくぼくのラブリーハグを受け止めるくまーっ!」
「くま男って言うんですか……ってハグしようとするな。そのまま背骨折る気でしょ」
ボンレスクマ状態のまま1体を横に放りながら、時雨は突撃してきたもう1体を華麗に躱した。外皮(?)は柔らかいのかもしれないが、あの中身は絶対ゴツくて固いと確信する。
最早、確かめる必要もなさそうな気もするが、カナトは体勢を立て直しながら、次々と迫ってくる怪人たちへと猟犬めいた影業を嗾けた。
(さて、どのくらいの強さがあるか――)
「この黒いいぬ、可愛いくま!」
「こっちおいでくま~……って痛っ! 痛、ちょ、やめるくま! 噛まないで欲しいくま!」
なんだろうこの光景――そんな思いが過ぎったがすぐに棄てる。クマVSイヌ+牛だと分が悪いやもと思ったが、戦闘力はともかく、頭が大変お花畑なのかもしれない。
「……そろそろ終わらせようか……」
「カナトさん、バシっと切断どうぞ」
時雨に促され、マサカリならぬ手斧を肩に担いだカナトが先行した。
(クマ好きなお友だちもいる手前、ぼくも切ったり刻んだりすると目に優しくないですかねぃ)
卒塔婆に持ち替えた時雨も後に続くと、手始めに足許に転がっていたボンレスクマを――思いっきりしばき投げる。
「ぐっぐま~~~~~~!!!」
「お~良い軌道だねぇ」
「おら、ケツだせ!!!」
「ぎゅまぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ぽーん! ぽーん! しゅぽぽぽーん!!
時雨に吹き飛ばされ、見事な弧を描いてぼとんぼとんと落下しながらも、よろよろと立ち上がり今度は近くにいるカナトへと突進してくるクマぐるみ怪人たち。意外と身体もメンタルもタフらしい。
だとしても、そのヒグマのような強打も当たらなければ恐るるに足らず。
「いぬよりくまのお面つけようくま――!」
「もう一人の子は付けてくれてるくまよー!?」
「ずっとは付けてませんよ」
そんな時雨のつっこみを挟みつつ、向かい来るクマぐるみ怪人へと口角を上げて、
「お稽古でもしてくれる?」
肉薄し、手斧で穿ち――軽快な足取りで次々と斃しながら笑みを深める。
――それじゃあ引き続き、遊ぼうか。
「どぅわ――!? クマだらけ!」
「わ、クマ可愛い……可愛い……」
驚く日南・カナタ(新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h01454)の隣で、結構本気でときめいている十六夜・宵(思うがままに生きる・h00457)がぽつりと零した。
「いや、可愛いけど……」
2mの巨大くまが群れを成して襲ってくる光景の圧がどれほどのものかを、カナタは16歳にして知った。思わず感動してしまったが、好んで知りたいとは断じて思わないし、おそらく今後、役に立つこともないだろう。
「って、こうしてる場合じゃない!」
このままだと確実に圧死する――一瞬にして顔面蒼白になりながら、カナタは咄嗟に紋所ならぬ警察手帳を突きつけた。
「こら――! クマー! 止まれー! これが目に入らないか――!」
「さすがにそんな大きいものは入らないくま――!」
「ばかくまねー。そういう意味じゃないくま。あれが見えないのか、って意味くまよー」
「見えてるくまよ……??」
「なんだよ、何それ美味しいの? みたいな目で見てくるな――!」
中身は絶対おっさんだと思われる相手なのに、全く通じていない。寧ろこれは様式美でさえあるのに――新人とはいえ、警察官たるカナタのプライドにちょこっとダメージが入った。
「駄目だ……このままじゃ宵ちゃんまで……宵ちゃん、逃げて!」
「誰かを護ろうとする姿……美しいくまね……」
「可愛さとはちょっと違うけど、これもまた尊いくま……」
そう感動しながらも怒濤の勢いで襲ってくるクマぐるみ怪人たちを前に、カナタは両の手をいっぱいに広げ仁王立った。
「宵ちゃんには指一本触れさせないからな……!」
ここはもう、かの弁慶のようにこの身を以てどうにかするしかない。
敵影を見据え、唇をきゅっと引き、そうカナタが心を決めたときだった。
「……あ、えっと。あれは敵。あれは敵……」
あまりの可愛さにちょっと心動かされ掛けていたが、どうにか敵だと認識し終えた宵が、どこか愉しげに口端を上げた。
「――よし。良いこと思いついた! クマかわい――!!」
「え?? よ、宵ちゃん!?」
軽やかに地を蹴り、カナタの脇を颯爽と抜けて駆けてゆく宵。
向かい来るくまの群れへと寧ろ嬉しそうに飛び込んでいくその姿に、カナタも瞠目せずにはいられなかった。思わず口がぽかんと開くも、次の言葉を紡げない。
「ウェルカム可愛い子くま――!」
「ハグしてあげるくまよー!!」
もふん……!
見た目通りに柔らかなクマぐるみ怪人に抱き留められた宵は、そのもふもふ具合を堪能――せずに、ぎゅっと抱きしめる。
「…… ふっふっふ。……ここまで近かったら避けられないよねえ…… 」
「なっ……!? なんか悪い笑顔してるくま!?」
「はっ! くま次郎! 早く離れるくま……!!」
「おっそ――い! 避けれるなら避けてみなよ!!」
来たれ、月神、雷神――雷刃弾、零距離発射!!
「ぐまァァァァァァァァ!!!!!」
それがハグではなく拘束だと気づいたときには、既に遅し。野太いボイスを響かせながら絶叫するクマぐるみ怪人は、宵に棄てられるように放られると、ぷすぷすと煙を吐きながら地面へと崩れ落ちた。
残るクマぐるみ怪人たちが、思わず後ずさりする。
「さ、ほかのみんなもハグしてあげるよー! ……あれ、カナタンどしたの? だいじょぶ?」
「宵ちゃん……すごいです……」
ケロッとした宵を前に、カナタがそれだけをどうにか零す。
――頑張れ、少年! きみの√能力者としての道は、まだ始まったばかりだ……!
「なんかちょっと連載終了時みたいなナレーションに聞こえるの気のせい!?!?」
「お正月、愉しんでるくまー?」
「ぼくたちと一緒に、もっと愉しく遊ぶくまー♪」
ぽてぽて、ぱたぱたと手足を動かす様は、例え2mあっても遠目で見れば愛らしいものだ。かく言う竜雅・兎羽(歌うたいの桃色兎・h00514)とツェイ・ユン・ルシャーガ(御伽騙・h00224)も、その一見ほのぼのとした光景に脚が止まる。
「クマぐるみ怪人……うう、かわいいですね……」
「ふふふ、これはこれは、まことに愛らしい。年の明けにはしゃぐのは、どうやら人ばかりではないようだ」
ここがくまを奉る場所ならば、彼らにとってもホームということだろうか。あの一帯だけかなりの陽気さが溢れている。
「さっきまでくまさんを満喫してしまったから、ちょっと攻撃しづらい……しかし、そうも言ってられません!」
「うむ、このままでは――」
「あんなくまさんたちに囲まれたら、動けなくなってしまいます!」
ぐっと拳を握り締め、兎羽が言う。速く動かねば――そう思っている片隅で、ちょっと埋もれてみたいなんて思っていたりはしない。断じて。本当に。
「娘殿はどうするつもりかの?」
「えっと……ファンシーにはファンシーで対応するくま――……う、うつってしまいました……」
恥ずかしさを払うように一気に飛び出した兎羽は、駆けながら護霊“竜兎”を喚んだ。
「おいでませ、竜兎♪」
「はっ……竜とうさぎの合いの子みたいなそのキュートなフォルム……!」
「ぼくらのライバルってわけくまね……!! 負けないくま!! 出でよ、ファンシーりょぐぼぁっ!!!!」
なにかを放ちそうな構えを取ったその無駄でしかない隙を狙い、竜兎が容赦なくその鳩尾へと突撃した。
ナイスストライクを喰らって悶絶するクマぐるみ怪人を眺めながら、ツェイも柔く眦を細める。
「ふふ、娘殿の竜と兎の子も、どこか負けぬという気迫を感じるのう」
「な……なんか張り切っちゃってるみたいですね」
戦闘とは言え、可愛いと可愛いの相乗効果はやはりほっこりとする。可愛いがいっぱいでちょっと幸せです、と零した兎羽へ、ツェイもゆるりと視線を移した。
「では、我もそろそろ参ろうか。……あれらを、斃しても良いかえ?」
「――はい……! いくら可愛いと言っても、悪い人たちですから……!」
可愛いと愛でていても、対峙するは敵であり、己は√能力者。その志を確りと抱く兎羽へとひとつ笑みを深めると、ツェイは長い髪と服の裾を靡かせながら嫋やかに跳んだ。
どれほど体躯の大きなくまであっても、空往くツェイにとっては可愛い子ぐまのようなもの。
「ま、待つくまー!」
「空中移動するとはずるいくまー!!」
「よしよし、|愛《う》い子らだの」
追ってくるクマぐるみ怪人たちへと双眸を細めながら逃げるツェイ。
まるで大きく弾む鞠のように、ふわりふわり。時に気紛れに高度を下げ、その柔らかな頭や肩、背をぽん、と叩いて撫でて、余裕を見せてまた逃げる。
「ハァ……ハァ……待つ、くま……!」
「そ、そこでじっとしてるくま……!」
体力不足か、はたまた酸欠か。肩で呼吸をするクマぐるみ怪人たち。
兎羽の竜兎に幾度も吹き飛ばされたのも相俟って、知らずと一ヶ所へと集められた彼らを見下ろしながら、ツェイは宙で立ち止まった。
ふと、一体の円らな眸を視線が合う。
「まあ、うむ、いくらか胸が痛まぬでもないのう。……そうも言っておられぬのが勤めよな」
未だ、手に残る柔らかな感触を確かめるように、静かに拳を握る。
――それでも、この遊戯はいつか終わりがくるのだから。
「もう少し遊んでやりたかったが、すまなんだな」
「「「くっ、くまあああああああああ!!!」」」
娘や周囲の仲間たちへの加護ともなればと放った白群の炎が――流星の如き光の弾丸が、怪人諸共巻き込みながら爆ぜるのだった。
「おにいさんも、ぼくたちと一緒に遊んでくれるくま?」
「そんなところに立ってないで、おいでよくま! 一緒に遊ぶくまー♪」
こいつら自分が可愛いって分かってるなという仕草でアピールしてくるクマぐるみ怪人たちへと、柊・冬臣 (壊れた器・h00432)がなんとも言えない微妙な笑顔を返した。
「かわい……いや、可愛いと言えば可愛いんだけど……」
執念とも言えるほどの熱量を感じた、あのくまグッズの露店。
あれだけの品を集め、あれだけ拘りをもってわたあめを生産していたのだ。
(なら、この自己肯定感の高さも、そこから来ているのだろうか……)
でもそれってつまり自家発電じゃなかろうか。そのまま自己完結していてくれたら平和的だったのに。
じり……。
じり、じり……。
じわりじわりと迫ってくるくまに対し、その分冬臣も後ろへと後退る。
「……おっきいなあ。群れでいるとむしろ怖いよ……」
「どうしたの? おにいさん……そんなに逃げるなら――ぼくの方からハグしに行っちゃうくまよぉぉぉぉぉぉ!!」
「って、うわ――! ハグはいい! 骨とか折れそう!」
「嫌も嫌も好きのうちって言うくま――!!」
「くまは嫌いではないけど、きみたちはだめだ! やっぱり可愛い通り越して怖い!」
――悪いけれど爆ぜてくれ!
少し距離を取れたところで立ち止まり、振り返りざまに冬臣が引き金を引く。忽ち、雷を纏った弾丸が、群れるクマぐるみ怪人たちのど真ん中へと着弾し――文字通り盛大に爆ぜた。
「ぐっ、ぐま――!?!?!?」
「ぐま゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ひょっとして中に人などおらず、本当に綿でできていたりするのだろうか――そんなことを思ってしまうくらいには軽やかに、爆風に煽られ吹き飛んでゆくクマぐるみ怪人。さっきまでの可愛らしい声とは全く違う、野太いおっさんの声が響いたのは忘れない。
「まだ……まだくまよ……!」
「好きって認めるまで諦めないくま……!」
「なんかヤンデレになってないかい!? あと中の人がちょっと出てきているようだよ!? ……駄目だ……これを一般人へ放出してはいけない!」
帯電による強化を受けた仲間たちも、冬臣の叫びに真顔で頷く。
危機的状況下で生まれる、これぞまさに素晴らしき連帯感――!
「ここは皆で全力で蹴散らそう!」
「おお――!!!!」
その冬臣 の心からの言葉に、周囲の面々も一同に拳を掲げるのだった。
「――これが怪しいくま、の怪人というわけだね」
既に相当混沌と化している戦場を前に、目・魄(❄️・h00181)は飄々とした声音で呟いた。
(俺の頭1個分くらいは背があるのか……)
これほどの量と質量のあるクマぐるみ怪人が、これまで一体どこに潜んでいたのだろうか。どうやら、くま好きと思われたら最後、怒濤の勢いで襲ってくるらしい。彼方此方で、仲間たちだったり――仲間たちに迎撃された怪人だったりの阿鼻叫喚が絶えず聞こえてくる。
「あっ! もしかしてそこのイケメンさんも、ぼくたちのこと好きくま??」
「こんなおにいさんにまで好かれるなんて、ぼくたちも罪深いくま……」
まだなにも答えていないのに、自問自答して完結した。しなを作りながらお喋りするくまたちは、つっこむ隙すら与えてくれない。
だが、それでも気にもせず、魄はその美しい|容《かんばせ》でにこりと微笑む。
「そちらから抱擁をしてくれるなんて、嬉しいことだね」
「! やっぱりそうなんだくまね~~!」
「知ってたくま――!」
怪人なのに意外とピュアなのか。それとも自己肯定感が高すぎる故か。円らな眸を燦めかせながら一足飛びに駆け寄ってきたクマぐるみ怪人を、魄も受け止めんと両手を広げ――、
どごっっっっ!!!!
「ぐま゛っっっ……!」
「く、くま介!? 急に倒れてどうしたくま!?」
「あれ?? あのおにいさんはどこ行ったくま!?」
正面から強撃され、仰向けで倒れ込んだ1体へと群がる仲間たち。
そのうちの数体がきょろりと辺りを見渡していれば、どこからか現れた魄が、再びサングラス越しに淀みのない笑顔を浮かべた。
「おや? お友達は大丈夫かい?」
「なんか悶絶してるけど、きっと大丈夫くま!」
どう見ても大丈夫ではない。ひどい。
「そうか。――なら、可愛い可愛いクマさん、俺と遊ぼうよ」
「! おにいさん、そんなにぼくらと遊びたいくまね~~しょうがないくま~~!!」
敵ながら、もう少し危機感を持ったほうが良いんじゃないか。いずれ誰かがそんなつっこみを入れそうな軽さで、照れ照れデレデレしながらクマぐるみ怪人たちは魄目がけて飛び出した。
すぐそこには、微笑みながら両手を広げて待っていてくれるイケメン。
なんと美しきくま愛――怪人の誰しもが、そう信じて疑わなかった、その直後。
ぐしゃぁぁぁぁぁっ!!!!
「あ、あれぇぇ!? どうしたんだくま、くま三郎――!?」
再びあたりに響いた強烈な衝撃音とともに、群れてざわめくクマぐるみ怪人たち。
確かに魄は、本当に抱擁されでもしたら厄介だとさりげなく距離を取り、手にした獲物をそれはそれは巧みに隠しているが、それでもそろそろ気づいても良い頃合いじゃないだろうか。円らすぎるその双眸は、一向に現実を映そうとしない。
「さあさあ、こちら。――捕まえてごらんよ」
――俺の|容赦なく愛でる《キュートアグレッション》は、まだこれからだよ。
そう言わんばかりに、魄は愉しげに笑みを浮かべるのだった。
「ぼ・く・ら・はく~ま♪ ちょっぴりいたずら♪ だいすきくま~♪」
「でもでも☆ みんなの人気者くま~♪」
図体のでかいクマたちが、意外と軽やかなステップでそのファンシー力を見せつけていた。だからファンシー力ってなんだよ。
「やだークマ、めっちゃ可愛い!! 養いたい!」
「ってお前、あのくま2m近くあるぞ!? どこが可愛いんだ!! ってか、養わねぇよ!」
すっかりクマぐるみ(怪人)の虜になっているエリカ・バールフリット(海星の花・h01068)に、堪らず御嶽・明星(推定・暁の明星・h00689)が叫んだ。
もう早々に正論とツッコミが追いつかない。更には、どこか残念なものを見るかのような視線を向けられる始末。その視線はあの怪人たちに向けられるものじゃないのか。
「……アカリにはあの可愛さが分からなんて、不憫な男……」
「……俺にもわかるように、説明してもらいたいものだ」
「仕方ないわねっ! ――説明しよう!」
嬉々とした笑顔を浮かべたエリカを前に、『やっちまった』と心中で零す。これは絶対、話が長くなるヤツだ。
気づけば、何故かクマぐるみ怪人たちも興味津々に寄ってきては、早くも聞く態勢に入っている。もう少し敵としての自覚を持って欲しい。
「まずこのくまぐるみ怪人、キュルルンとした表情が超絶可愛い!」
「えへへ~~そんなそんな、照れちゃうくま~~」
「はいはいなるほどねー」
「そしてこの『くまぁ』って口調! めっちゃ誘ってんのか!」
「ぼくたちの拘りポイント、気づいてくれて嬉しいくまよ~」
「ほうほうそういうことかー」
「そして! このモフッとした毛並みに、お腹がドチャクソけしからん!!」
――ぱふん……!
語りながら興奮が最高潮に達したそのとき、意気込みとは裏腹に、エリカの――ルートブレイカーの右手が、それはそれはソフティにクマぐるみ怪人のお腹に触れた。――触れてしまった。
「ああああ……なんか力が抜けていくくまぁぁぁぁ~~」
「あー! 世の中のファンシー成分が消えてくー!!」
「はいはいお前らは可愛い――だけど俺にその『可愛い』は通用しない!」
この好機を待っていたと言わんばかりに、明星は懐に忍ばせていた愛銃を抜き、一番エリカの話に聞き入っていた1体を狙い撃った。あまりにも怪人たちが集いすぎて避ける隙間がなく、容易くそのもふもふなお腹にヒットする。集うなよ。
「ぐは! くまぁ……」
呆気なく突っ伏した怪人を前に漸く状況を飲み込めたのか、クマぐるみの群れが一気にざわめき始めた。
それでも、明星はにまりと口端を上げる。
「油断したな、クマぐるみ怪人! |Anker《エリカ》がこの場にいる限り、お前たちのファンシーで俺は殺せない!」
「ちょっと! 少しは躊躇して攻撃しなさいよアカリー!! かわいそうでしょ!!」
「さっき買ってやったくまグッズ一式があれば、|クマぐるみ怪人《ご本人様》なんていらないだろ……」
「…………ごめんねくまさんっ。エリカ、グッズは一生大事にするからっ」
「え、ちょ、待つくま! まっ、ぐま゛っ!!!!!」
ドゴッッッッ!!! ゴスッッッッ!!! ボコォッッッッ!!!
そんなロッドの鈍い打撃音と絶え間なく連射される銃声は、暫くの間続くのだった。
「わぁ! 可愛い女の子たちがいっぱい集まってくれたくまー♪」
「ぼくたち、こんなに人気者なんだくまねー。嬉しいくま~~」
どこぞから湧いて出た|ビッグ・ベア《クマぐるみ怪人》を前に、『世界樹の博物館』の面々の所感は概ね二極化していた。
「……おおきな、くまさん……とても、かわいい」
「本当、くまさんがいっぱい……抱きついたら気持ちよさそう」
「落ち着け。可愛いが、あれでも怪人だぞ」
ステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)の言葉にこくりと頷いた夜久・椛(御伽の黒猫・h01049)へ、コートからちょこっと顔を覗かせたオロチが速攻ツッコミを入れた。
そう――あれは敵。その可愛さに騙されはしない――と思いたいところだが、簡単に割り切れたらもうとっくに戦闘に入っている。
「まんまるおめめがかわいいし、あのふかふかなお腹をもふっと吸いたい……――」
そこまでノンブレスで言い切ったステラが、コホン、とひとつ咳払いした。
「みんな、なかなかに|もふもふ《強敵》そうな相手だよ。油断せずにいこう」
「ん……心は痛むけど、まずは戦おうか」
そう、オロチや仲間の言葉に首肯する椛と、
「……わたしも危うくファンシー沼に堕ちるところだった。ルナさんが言うように、皆、油断しちゃだめだよ?」
危ない危ないと冷静さを取り戻すステラの隣で、クールな表情で頷くルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(|星樹《ホシトキ》の言葉紡ぐ|妖精姫《ハイエルフ》・h02999)。年長者として、実は心の中で『うわ、すごくすごくかわいい。あれをベッドにしたらすごく気持ちいいだろうな』――なんて思っていたことはおくびにも出さない。出してはいけない。
それに対して、カンナ・ゲルプロート(陽だまりを求めて・h03261)とエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は、笑顔ながら既に戦闘準備万端だった。
「あっは、かわいー。ね、その着ぐるみド○キで売ってる? 旅団で新年会で着てもらうから、何百円だったか教えてよ」
口調は親しげだが、「可愛いの押し売りうざー」な心境が言外に滲み出ている。ハグ? するならいつでも来なよ、と言わんばかりに、ぱきぽきと指を鳴らしながらストレッチも完了だ。
「くまさんがたくさーん。んー……でも、テンションはあがるけど、そこまでめちゃくちゃは上がらないかな? ――だってー」
――かわいいのはいいけど、無理にサービスするのはダメって聞いたことがあるからっ!
「迷惑になりそうなくまさんには、ここで退場していただきます!」
まさに、それが鬨の声だった。
ルナとステラを庇うように前へと出たエアリィは、直ぐさま懐から取り出した愛銃を連射し始めた。敵が戦く中、銃の軌跡が拓いた道を、カンナが一気に駆け抜ける。
「新年の空気を汚してくれてありがとう。お蔭で少し温かくなったわ――殺意で」
「くまっ!?」
幼い子たちの前、しかも神を祀る場所での惨殺に気乗りのしないカンナは、言いながらにまりと口角を上げた。
「仕方ないなー。拳で相手してあげる」
――猶予は10分。その間に、全員殴り飛ばす……!
ゴスッッッッッ!!!!
「ぐま゛ぁっ!」
見事な右ストレートを鳩尾に喰らった怪人は、そのまま綺麗な弧を描いて後方へと吹っ飛んでいった。顔から着地し、尚も勢い収まらず後ろへずざざざざとうつ伏せで地面を抉りながら漸く止まると、蹌踉めきながらもどうにか立ち上がる。
ちなみにこの10数分後、『このとき倒れたフリをしておけばよかったくま……』と後悔することになるのを、今の彼はまだ知らない。
「な……なかなかやるくまね……! でも、ぼくだってまけないくまよ!! ――ファンシーフィールドッ!! くまっ!!」
「残念――そうはさせないよ」
カンナさんが前線で暴れてるし、ボクは臨機応変に動こう――そう愛刀たる錬成妖刀『朧』を砲撃形態へと転じた椛は、飄々としながらも躊躇いなくくまの群れの中央へと風の魔弾をお見舞いした。それと同時に、高速詠唱を終えたエアリィも精霊銃『エレメンタル・シューター』の引き金を引く。
「じゃあ、あたしもおっきいの一発行くよー♪」
6属性の強烈な魔力弾が、椛の生んだ竜巻へと直撃して盛大に爆ぜた。怪人? 勿論、既に巻き込まれまくっている。
これで終われば、まだ平和なほうだった。だが、ステラもまた、闘うためにこの場にいるのだ。きりりと双眸に力を入れ、怪人たちを見据える。
「いけないいけない……くまさんのカワイイ仕草に、ついきゅんとしそうになる。――エアさん、椛さん、わたしもサポートするね」
そう言って生み出すのは聖なる星の加護。手にした明星の魔道書のページが風で捲られ、ぴたりと止んだと同時、娘の周囲に浮かぶ無数の星光が一気に放たれた。目標は勿論、今まさにぐるんぐるんと怪人たちを巻き込んでいる竜巻だ。
「く~~~~まぁ~~~~」
「め、眼がまわるくまぁ~~~~」
「ん……洗濯機みたい。良いね」
そう満足そうなのは、椛だけではない。星の燦めきを思わせる歌声で仲間たちを更に強化しているステラはまだしも、早速二発目の詠唱に入っているエアリィも中々に愉しそうだ。この年少組、思いのほか戦意が高い。
火と水と風と土と光と闇に加え聖属性まで絡み合った竜巻は、風属性が重ね掛けされているのもあって、それはそれは見事に高速回転していた。しかも、竜巻からはじき出され地上へ落ちてきた怪人たちは、もれなくカンナによる喧嘩殺法の餌食になっている。流石、「接近戦は任せて。こう見えて私、力持ちなの」と拳を構えるだけのことはある。
防ぎきれず後衛に行きそうな攻撃は剣で防ごうとか、残像を生みながら俊敏に動き敵を攪乱させ隙あらば衝撃波を放とうとか思っていた面々もいたが、そこまでせずとも敵はもう塵屑のような有様だった。
それでも彼らは立ち上がる。やめときゃいいのに。
「や……やんちゃな子たちくまね……! 観覧車が好きなタイプくま?」
「同じくるくるまわるなら、|行進曲《パレード》のほうがもっと愉しいくまよー♪」
瞬間、クマぐるみ怪人たちが一斉に歌声を響かせた。ファンシー力が上がっているせいか、歌声も仕草も、なんともいえない可愛さが溢れている。
「くーま、くまくま、かわいいくま……いけない。つられるところだった」
ついつい援護の歌声に行進曲のメロディが混じりかけたステラの隣で、
「……なんて強力な√能力なんだ……」
くっと柳眉を寄せたルナが、痛みを堪えるかのように表情を曇らせた。実はかなり曲にメロメロになっていることを、色んな意味で仲間たちに悟られてはいけない。再び揺らぎそうになる気持ちを払わんと、術式を編むほうへと意識を集中させる。
「ぼくたちだって……まだまだやれるくま……! ――ファンシーフィー」
ギリィィィィィィィ!!!!!
「ぎゅま゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! |ぐま゛《ギブ》!!! |ぐま゛《ギブ》――!!!」
「絵面が凄いな……」
見事に決まった関節技に悶絶するくまを眺めながら、椛がぽつりと零す。
早々に|マット《地面》を叩くクマぐるみ怪人へタオルを投げられるほど元気な|セコンド《仲間》は、もう一人も残っていない。
「あら? もう降参? ――はい。ステラさん、椛さん、思う存分どうぞ?」
関節技を外し、ぐったりとしたくまをカンナが片手で仲間へと放ると、早速ステラと椛がぱたぱたと駆け寄ってきた。
「カンナさん、ありがとう」
「ありがとうカンナさん。せーの……もふっ」
「……もふもふ、とってももふもふ」
ぱふん、とそのふわふわなお腹にダイブする。ファンシー力のお陰なのだろうか。あれほど竜巻に巻き込まれボコられしたのに、汚れのひとつもなく、見事なまでのふんわり手触りのようだ。
「うんうん、もふもふだねー」
「ふふ……ステラと椛、かわいいな」
その和やかな光景に、ルナも淡く眦を細める。関節技? 勿論、そんなの見てはいない。
「にしても、見た目シュールねー。加齢臭とかしないといいけれど」
「ぼく……たちは……匂いも、ちゃんと……拘って……」
「ルナさーん。あとおねがーい」
「――任せて」
「くま!?!?!?」
たっぷりと詠唱と魔力を溜めていた術を発動させると、一気に戦場を埋め尽くした蔦が、忽ち残るクマぐるみ怪人たちを拘束した。蔦へと魔力を走らせ操り、一人残らず締め上げる。
「ふふ、これで全員捕まえたよ。……1体くらいは研究用に持ち帰ってもいいかな?」
魔女帽子で陰ったルナの顔、その口許に笑みが刻まれる。
「やめ……やめるくま……!」
「目が笑ってないくまよ……!!」
「ぐま゛――――――――!!!!!!!!!」
新春の清らかな夕暮れ空に、クマぐるみ怪人たちの切なる叫びが響き渡った。
第3章 ボス戦 『『デュミナスシャドウ』』

●全てはくま愛、もとい全ての√の完全征服のために!
吹き飛んだりボコられたりぶった切られたりと、結構散々な目に遭ったクマぐるみ怪人たち。
再び訪れた一時の|静寂《しじま》に、ひとりの男が現れる――。
「“可愛い”は無敵ではなかったというのか……否! 断じて否!!!」
フルフェイスマスクにも|拘《かか》わらず、明確に伝わってくるのは凄まじいまでの憤り。
「可愛らしさで相手を油断させ、魅了し……真綿で首を絞めるかのように、浸食するかのようにこの√世界を征服する……この作戦に間違いはない!!
――その証拠に、見ろ! この2日間の我がくまグッズ露店での売上を!!!」
と『勝訴』の旗出しのように総額を見せつける男。ちゃんと売上集計していたらしい。真面目か。
「事前リサーチでは確かなくまニーズが見込めていたはずなのに、一体なにが敗因だと言うのだ……――ハッ! そうか……!!! 更なる高みへ至る必要があるのだな……!!!」
良いだろう――そう喉を鳴らしながら、男は今一度、渾身のポーズを決めて腹の底から吼えた。
「デュミナス・ファンシ――!!!!」
瞬間、眩い七色の光が男を包み、それが収まる頃には男の纏うスーツがパステルカラーに染まっていた。なんとも色気のない変身シーンである。誰得だ。
「ここまで来たら出し惜しみはすまい……俺は『デュミナスシャドウ』! ファンシーなものを愛して止まない改造人間! 一番の推しはケルベロス!!」
そこはくまじゃないのか、嘘でもくまって言えよ。そう思った面々もいたかもしれないが、ひとまず誰もなにも言わなかった。
「さぁ、来るがいい√能力者! 貴様らの全力の“可愛い”を、俺にぶつけてみせろ!!」
――この闘いを経て、俺はさらに強くなる!
✧ ✧ ✧
【マスターより】
『“可愛い”は世界を制する』――そして『自分も結構、可愛いのもイケるんじゃないか』と思い込んでいるボスとの戦闘です。
以下にプレイングの方向性の一例を記載しますが、勿論これ以外でも構いません。
-----------------------------------------------------------------------
◉あなたの考える“可愛い”の定義を伝える
(言葉でも実践でもご自由にどうぞ。伝えつつ攻撃もOK!)
◉「うるせぇそんなん知るか!」と問答無用で攻撃する
◉圧倒的な“可愛い”力の差を見せつけて精神的にダメージを負わせる
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【その他の補足】
・引き続きコメディですので、戦闘よりも敵への行動や心情に重きを置いたプレイングを推奨します。
・プレイング受付期間はタグをご参照ください。
タグにある日時以降も引き続きフォームが閉まるまでは受け付けますが、突然閉まる可能性が高いのでご注意ください。
「……なんかクマ……|エグかった《可哀想だった》な……」
仲間の√能力者らによる|一連の活躍《ふるぼっこ》を見守っていた日南・カナタ(新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h01454)が、どこかげっそりとした様子でぽつりと零した。そういや結局、彼自身は十六夜・宵(思うがままに生きる・h00457)を護ることに終始していてクマぐるみ怪人へ一撃も与えていない。新人|警視庁異能捜査官《カミガリ》だからだろうか。ある意味、人の良心とも言えるその純粋さを、この先も忘れないでいてほしい。
しかし、まだ事件は終わってはいない。
「って、カナタン! あれ……!!」
「なんか出て来たな……」
傍らで宵に名を呼ばれ、振り向いた先にいた男を見留めると――なんだか面倒臭そうな敵にも拘わらず――カナタの目つきが変わった。
「あんたが今回の|仕掛け人《ボス》か……よっしゃ! ここは気持ち立て直し、√EDENを守るために戦うぞ!」
「ククク……その意気込みや良し! ならば見せてもらおう! 貴様らの“可愛い”を!! そしてそれを糧に、俺は再びPDCAを回す!!!」
「真面目か!!!! いやまぁいいけど……」
反射敵につっこみながら、いつの間にか後方戦闘系決戦型ウォーゾーンに乗り込んでいた宵が手早く月霊刃銃を構えた。ぶっ放す気満々である。
「ケルベロス・ライブラフォ――ムッッ!!!!」
「ほんとそこでケルベロスって出てくるの卑怯だろー! てか商魂浅ましいから失敗するんだ!」
「目指すは全ての√の征服だぞ! 膨大な資金源が必要に決まってるだろう!! ――ハァッッッ!!」
変身により倍増した機動力でもって飛び込んできたデュミナスシャドウの刃を、咄嗟にカナタがロングハンマーで受け止めた。
「強い……ッ!」
「真面目にした方が強いなこいつ……でーもー可愛いのはいいけども、押し付けられるのは嫌!」
「宵ちゃん……!」
宵の構えた巨大ガンブレードの銃口に、圧倒的なエネルギーが集約しつつあった。その身に纏うウォーゾーンが、宵の裡に在る“可愛い”への熱量に呼応するかのように真紅に灯る。
「――僕は僕らしい可愛さが好き。それは押し付けられるものじゃない。自分で見つけるものだよ!」
「宵ちゃんの言うとおりだ! てか可愛いは無敵って、それは自分の推しに対してだけにあるんだ!」
どんなに“可愛い”をアピールされても、それが心に響かねば意味がない。
胸を熱くさせてくれるからこそ、“可愛い”の真価は発揮される――!!
「だから……だから俺の推し……宵ちゃんは、正義で無敵なんだー!!」
「……ありがとう、カナタン」
「戯れ言を……! 万人受けするものこそが事業の“正義”!!!」
意外と真っ当なことを言っているが、けれど真の”可愛い”を知るふたりには響かない。
――《プロジェクトカリギュラ》起動――。
「じゃあ、ね。大人しく倒されてて……ね! 月霊刃銃の一撃を喰らえ――!」
「俺の推しへの想いを思い知れ! くらえ! 無敵の力《ルートブレイカー》!!」
「グァァアァァアァァ!!!!」
戦場を一直線に迸った精霊弾が男に直撃し、続くカナタの右掌がケルベロスソーサーへと触れた。
「なん……だと……!? この俺の力が、通じない……!?」
見る間に無へと帰してゆく刃に膝を付くデュミナスシャドウへと、カナタが告げる。
――お前の敗因は、一番の推しを商品にしなかったことだ!
敵の目的がどうであれ、ステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)はひとつの事実を受け入れていた。
「……確かに、あなたの事前リサーチは完璧だった。くま、可愛かったもの」
その能力をもっと他のことに活用すればよかったのに――そう続けるステラに、夜久・椛(御伽の黒猫・h01049)もこくりと頷く。
「ん、確かに、くまさんは可愛かった」
「認めるのか、そこは」
すかさず、コートの裡から顔を出したオロチがつっこんだ。もしかするとこの『世界樹の博物館』の面々のなかで、貴重な唯一のツッコミ役かもしれない。
しかし、彼女たちの神髄はボケとツッコミに留まらない。
「そうだね。確かに売上はすごい」
「かわいいは正義。うん、割とよく聞く言葉だし、ボクもその通りだとは思うよ」
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)に続く、ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(|星樹《ホシトキ》の言葉紡ぐ|妖精姫《ハイエルフ》・h02999)。相手を認める姿勢、大事。デュミナスシャドウもご満悦だ。
「そうだろうそうだろう!? やはり俺のやり方は間違って――」
「けど……でも、くまさんはまだかわいい部類だとしても、あなたはかわいくないよね?」
「そう……そこだよ。残念だけどキミのことは全然“可愛い”とは思えないんだよね」
「何ィ――!?!?!?」
大の大人に、少女たち(一部大人年齢もいる)からの真実の刃が突き立てられた。上げてから落とす。意図しているのかいないのか、見事な連携プレーだ。
「それに、売上とかいう現実を子供たちに見せつけるのは悪手でしょ」
「グッ……」
思想から侵略するのは悪くはないが、完全に頑張る方向を間違えている――まるで残念なものを見るかのような視線で、カンナ・ゲルプロート(陽だまりを求めて・h03261)が更に正論のジャブを打ち込んだ。ぐうの音も出ない男が力なくうなだれる。
気づけばデュミナスシャドウは、少女たちに取り囲まれたその中央で正座していた。ひゅるりと一陣の冷たい空っ風が吹き抜けていく。
「可愛いを愛するのはユナもよくわかるよ。……でもね、君は本当の可愛さをわかってない。寧ろ醜悪かな?」
「しゅ……醜悪……」
続くユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)が容赦なく追い打ちを掛けた。いっそ清々しい。
だが、インフルエンサーでもある彼女だからこそ、人々のニーズに関することを見過ごすことはできない。
「本物の可愛さはね、表向きの可愛さで魅了させ、人々の皆の者の心を弄んだり、√世界を制する為の偽物の可愛さじゃないの。人々の皆の者の心を和ませ、夢と幸せを分け与える……それが本当の可愛さだよ」
「うん……可愛いは、人々の心を癒し、慰め、明日への活力を生み出す力。だから――」
――あなたのように、自分の野望の為に可愛いを利用する悪党は、可愛いわたしたちが、成敗するんだよ。
「な、なんだ……!? まさか――」
ステラの声が響いた瞬間、眩い光がその身を包んだ。聖なる星々の加護燦めく|星剣の騎士《スターリィ・ナイト》へと変身したステラが、凛とした視線で敵を捉える。
「この俺が変身シーンで後れを取るとは……! ――ケルベロス・ライブラフォ」
「今、ユナたちが証明してあげる! ――ドラゴン★メイクアップ!」
デュミナスシャドウの声を掻き消す声量で、瞳を燦めかせたユナが迸るオレンジの光に包まれたかと思えば、一瞬にしてドラゴン⭐︎プリンセスドレス姿に転じた。携えた炎の聖剣を構え、かっこ可愛いポーズを決める。
「燃ゆるドラゴンの炎は正義の聖火! マジカル★ドラゴン!」
「可愛いは他にも色々あるってこと……教えてあげるよ」
同時に、御伽図鑑を掲げた椛が幻影燦めくなかへと姿を消し――画角を変えて変身バンクが展開されています――御伽を纏った姿で、可愛く、そして格好良いポーズを取った。
「迸る雷霆、マジカル★スパークル!」
「クソッ……! ケルベロス・ライブ――」
「そうだよね。やるなら、徹底的にプリティで可愛く全力でやらないとっ!」
ということで、あたしたちが相手をしてあげるよっ! と軽やかに跳躍したエアリィが、宙でくるりと回転しながらその背に現れた三対の魔力翼を大きく広げた。そのまま緩やかに舞い降りると、片足を軸にひらり回転して燦めくウィンクを投げる。
「マジカル★エアりん、ただいま参上だよっ♪ かわいくない悪の幹部、貴方を倒しますっ!」
「ほら、見てごらんよデュミナスシャドウ……ボクの仲間は、とても可愛らしい姿だろう?」
誇らしげに言うルナへと、妥協して変身シーンを省略したデュミナスシャドウが唸った。
「グッ……き、貴様とその後ろの女は変身していないではないか!」
「ボクは良いんだよ。生粋の魔術師だからね。ああ……でも」
ちらりとルナから視線を送られたカンナが、思わずぎこちない笑みを浮かべる。
「えっ、魔法少女……? 私、5世紀歳超えてるのだけれど……無理ない?」
「大丈夫。カンナも魔法少女になれるように、ボクの魔法で変身させてあげよう」
多分、カンナが気にする『大丈夫』とルナが言う『大丈夫』は違うような気がするが、互いにもう良い歳の大人なので何も言わなかった。
とりあえずなんか変身する流れになってしまったので、カンナは流れに身を任せることにした。ルナもさらりと古代語で記された星座に関する叙事詩を読み上げ、忽ちカンナの服をフリルたっぷり甘々ドレスに変える。ちゃんと他の仲間たちとの色被りもなく、気遣い万全だ。
「わー……ふりふりだあ…かわいー……ってあれ? ルナさんも?」
「って、ボ、ボクまで!? こ、このスカート、短すぎじゃないかい!?」
絶賛嵌まり中の漫画文化の影響か、本人のおっちょこちょいの成せる技か。とにかく、どうやらスカートの丈は勿論、変身自体もルナの意志ではないらしい。
それでも、なってしまったものは止むなしとルナも腹を括るしかなかった。妥協、諦観、それが大人の世界だ。
「絶えて、ルナさん……! ほ、ほら、皆、声合わせてねっ?」
――魔法少女隊『まじかる★みゅーじあむ』!
グボァッ。言った直後、あまりの羞恥心に絶えきれず、カンナの口から赤い液体が噴き出した。
「大丈夫、これトマトジュースだから」
全然大丈夫に見えないが、身体を張っているのだけは分かる。あとは最後までメンタルを維持できるかが勝負処だろう。もしくはいっそ、すべてを棄てても良いかもしれない。
「これで全員揃ったね! いくぜ!」
「うん、行こう」
いつもは後方支援のステラも、今日はユナに続いて騎士然と前に飛び出した。互いに一瞬視線を交わらせると、ひとつ頷き左右へと散る。
「フッ、良いだろう。この俺の速さについてこられるならな!」
「わっっっっっっっっ!!!!!」
「びゃっ!!!!!!!!!!!」
言ったそばから耳許で|音響弾《大声》が響き、驚きのあまり男が盛大に後方へとぶっ倒れた。誰もスピード勝負とは言っていないから、ステラの作戦勝ちである。
「――今だよ!」
そんな未だ立ち上がれず耳を押さえて悶絶しているデュミナスシャドウを、ユナの炎の聖剣とドラゴンテイルが強襲した。とりあえず反撃してこないので、焼却を纏わせもう一撃をお見舞いする。
この時点で結構満身創痍のように見えるが、それでも男は生まれたての小鹿のように脚をぷるぷる震わせ立ち上がった。いつの間にか喚んでいた愛馬『シャドウ・ヴィークル』へとしがみつきながら、どうにかその背へと乗る。
「小癪な……! ならば俺の闇の炎の威力をみ――」
「エアリィ・ソード!」
瞬間、美しく六枚羽を広げたエアリィが上空から一気に間合いを詰め、|片刃の短剣の二刀流《世界樹の双刃》で十字に斬りつけた。途中で攻撃したら馬にも当たっちゃうから、と騎乗するまでは待っていたのはエアリィの優しさだ。
「ッッ……!!! 小娘がァ……!! 俺の闇の炎の餌食に――」
「余所見してて良いの?」
技を放とうと愛馬の背の上で立ち上がりながら、背後から聞こえた声に振り向こうとするも、
「なっ――グアァァァァァ!!!」
猫を思わせる速さとしなやかさで生み出した椛の幻影に翻弄されるまま、避雷針の如く、デュミナスシャドウは特大の雷を浴びた。為す術もなく無様に馬の背からべちゃりとずり落ちたところを、更に椛が雷迅爪で追撃する。
「ニーズだのリサーチだの言ってるけどあなた、サンタのお買い上げ総額とか見たい訳? 頭ハッピーセットなの?」
「グアッ……!!」
相手が起き上がろうとしたところに、カンナの正論と影鴉が襲った。痛い。身体だけじゃなく心も痛い。
そうして「近戦はヒロインたちに任せた!」と仲間たちを――その場の流れで押し切った気もしなくもないが――力強く送り出すカンナへと、皆も意志を灯した眸で頷きを返す。
「うん! みんな、行くよ!」
空をも切り裂くエアリィの世界樹の双刃が、
「可愛くてかっこいい、魔法少女の魅力を教えてあげるよ」
椛の繰る特大の『にゃんにゃんスパーク』が、
「悪★即★炎上! ガオーッ!!」
ユナ渾身のドラゴンブレスが、
「まじかる☆ふるむーん、つ、月に替わって……って、これ以上はムリ!!」
恥ずかしさの極地に顔を赤らめて早口で喋りながらルナと、そしてお尻ぺんぺんをせんと破魔を帯びた黄金剣を構えたステラが、呼気を合わせ一気に敵へと仕掛ける。
「――覚悟!」
斬撃や殴打のあとに猫型の雷光やら炎柱やらが盛大に爆ぜ、デュミナスシャドウの一際大きな絶叫が響き渡った。一部魔法で生み出したとはいえ、最後は結構物理的だった。
最後は勿論、忘れずに決めポーズを決め――こうして見事、魔法少女隊は悪に勝利した。
次回! ようやく訪れた平穏に、またも不穏な影が忍び寄る――『勝利の代償、新たなる試練』おたのしみに!
「まこと、世は多く広きものよ」
どことなく達観した風情で呟きつつ、ツェイ・ユン・ルシャーガ(御伽騙・h00224)は軽く笑い声を立てた。その飄々とした態度には、どこか「まぁ、それも一興」と言いたげな空気が漂う。
正直、相手をするのが面倒そうだとか、どうしてこうなったとか、人によっては色々と思うことがあるかもしれないが、ツェイ本人としては特に何とも思っていない。つまりは寛大な放任主義。あるいは単なるスルーとも言う。
「どうした! 貴様の“可愛い”への想いはその程度か!」
強気な問い掛けに、思わず「みんながみんな可愛いもの好きと思うなよ!」と返したくなるところだが、ツェイはむしろ「そうかそうか」と幼子の戯言を聞くかのように流した。ノーダメージである。
「さて……定義と問われれば難しいのう。ならば……ええと、しゃどうの御仁、これを御覧あれ」
そう言ってツェイが差し出したのは、熊のお守りと小さな黒狐のフェルト人形。ツェイの手の中でしゃらりと揺れるそれを見た瞬間、デュミナスシャドウの目が見開かれる。
「それは……もしや手作りか……!?」
クワッ!! その反応はもはや職人を前にした敬虔な信徒である。熱量を示すには十分な破壊力だ。「あの、もうちょっと近くで見せて貰っても良いですか」と、作者への敬意を込めて姿勢も正し、言葉遣いまで変わるデュミナスシャドウ。
「熊は神社の、此方は我の手作りであるよ」
「このサイズとなると、造形もかなり微細な技術が必要になるでしょうに……ふわふわの尻尾と艶々の毛並み、可愛いですね」
「そうじゃろう? しばし前に拾うた|Anker《子狐》に似せて拵えたのだが、どうだ愛らしかろう」
完全に自慢気なツェイ。その様子に、デュミナスシャドウも素直に頷く。もはや創作系即売会で推し作者に会えたファンのような姿だ。ちなみに、今は一応戦闘ターン中であることは触れないでおく。
「なにせ愛い子を想い仕上げたものゆえ、共にあるよう、と思うてな」
「そう……ぬいぐるみや人形の神髄は、いつ如何なる場所でも愛する存在を傍に感じられること……!」
「愛しきはその心より出ずもの。――どうかの、ぬしの説く“可愛い”のその内に懸けるは如何なるものか?」
「俺の……!?」
妖のような微笑を湛えたツェイの問いは、雷のごとくデュミナスシャドウを撃ち抜いた。さすが長きを生きる者、その言葉の一つひとつに宿る重みが違う。
「そんな……俺は利益を重視するあまり、本質的な部分を……俺の求める“可愛さ”を見失っていたというのか……!」
肩を震わせ、地に伏すデュミナスシャドウ。完全に意外なところで深刻なダメージを受けている。袖で口許を隠してくつくつと喉を鳴らすツェイは、手を下ろして一歩前へ踏み出した。
「おやおや、答えられぬか? 挑んだは其方であろう」
「グッ……」
「答えられぬならば――風に散らしてくれようか」
「え、ちょ、待っ――びゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
忽ち目に見えぬ風に攫われたデュミナスシャドウは、300回ほど空中で壮絶な目に遭わされ、ようやく解放されたのだった。
「パステルカラーの怪人さん……なんてメルヘン……♪」
戦場に似つかわしくない柔らかな声で、竜雅・兎羽(歌うたいの桃色兎・h00514)が呟く。見る者を圧倒するゴツいデザインのコスチュームも、色合いだけで彼女には完全にメルヘン認定されていた。そんな兎羽を傍らで見守る護霊『竜兎』は、とりあえず様子見の姿勢である。
「――は、かわいらしさに気を取られてはいけません!」
思いのほか早く、兎羽は意識を戦闘へと引き戻した。意を決して、ぐっと拳を握り締める。
「私たちはくまさんも乗り越えてきたのです! ここで負けるわけには行かないのです!」
竜兎も「そうだそうだ!」と言わんばかりにふんわりもふもふな手をぐいっと掲げた矢先、デュミナスシャドウが低く喉を鳴らした。
「ククク……漸く見せる気になったか。貴様の“可愛い”を!!」
「それは良いのですが……そんなにぼろぼろなのに、まだ闘うのですか……?」
「ウッ」
優しい言葉の皮を被った鋭利な現実。無意識に真理を突かれたデュミナスシャドウは、思わず言葉に詰まった。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「まだだ……まだ俺の闘いは終わってはいない……! さぁ、貴様の想いをぶつけてみろ!!」
「……分かりました……私なりの全力の“可愛い”を、ぶつけてみせます!」
――♪
「なんだ!? 急にあたりがピンク色のステージに……!? この曲のせいか!?」
突如、辺り一帯がピンク色のライトに包まれた。兎羽の澄んだ歌声がテクノポップのビートに乗って響き始め、その傍らで竜兎もぴこぴこと兎耳を揺らしながら軽快に踊る。
これはまさに、“可愛い×可愛い=最強”の方程式そのもの――!
思わずその場に釘付けになったデュミナスシャドウは、敵としてあるまじき行為に気づく間もなく兎羽からのウィンクを真っ正面から浴びた。眩いピンクの眸が燦めき、ステージライトに燦めく服を靡かせながら、さり気なく目にも留まらぬ速さで移動と攻撃を繰り返す。
「グアッ……! こ、この俺を魅入らせるとは……!!」
「くまさんは確かに可愛かった! けれど、私たちの平和を想う心の前には強さが足りなかったようですね……」
兎羽の言葉に、倒されたクマぐるみ怪人たちの姿が脳裏をよぎる。愛らしいその姿を泣く泣く討ち、心を鬼にしてここまで戦ってきたのだ。兎羽の覚悟は揺らぐがない。
「――倒してきたくまさんたちのためにも、貴方も倒させていただきます!」
「あいつらも俺と同族だぞ!? 扱いの違いはなんだ……!!」
「そんなものは決まっています!」
狼狽えるデュミナスシャドウをきりっと見据え、兎羽は即答する。
――可愛らしさです!
「いや、売上総額すごいね?」
それが、空沢・黒曜(輪る平坦な現在・h00050)の口から出た第一声だった。
可愛いを盾に悪事を働くとは、なんたる極悪非道。うーん邪悪、と内心では思っていたものの、意外と現実的な感想が口を突いて出たらしい。
「フフフ……そうだろう。年末年始は人々の懐も緩みがちだからな」
胸を張るデュミナスシャドウ。その堂々とした態度に、黒曜の思考がふと現実的な方向へ滑りかける。このグッズ収入があれば、源泉枯渇なんて気にせず安定した経営を――と言いかけた瞬間、彼は咄嗟に口を噤んだ。危ない。これでは自分がマスコット営業をさせられかねない。
「それにしても、その姿――貴様も、己が可愛さを売りにしているのだろう!」
「自分? モグラはまあ、可愛い部類かもしれないけど……」
まさかの直球指摘。黒曜は軽く首を傾げつつ答えるが、予想以上に相手に刺さったらしい。
「クッ……やはりそうか! それでこそ俺の敵に相応しい!!」
農家の人には凄まじい形相で見られることもある、と続けた黒曜の言葉は、どうやら聞き流されたようだ。ここまでに結構攻撃を受けているにも拘わらず、デュミナスシャドウは好敵手に巡り会えたと言わんばかりに、懲りずに意気揚々とシャドウ・ヴィークルに跨がってやる気満々だ。
黒曜はひとつ息を吐きながら破砕ツルハシ(kawaii仕様)を握り直し――ふと、浮かんだ言葉を口にする。
「……しかし、自分で表に出ないのってイケると思ってても自信不足では?」
「うぐぅ……ッ!!!!!!」
図星である。言葉の鋭さにデュミナスシャドウの体が一瞬強張った。
「可愛いに必要なのはきっと、ブレない自信。それがない時点で敗北は決まってると思うよ」
「え、ええい煩い!!! その口ごと葬ってやるわ!! ――とうっ!!!!」
捨て台詞と共にシャドウ・ヴィークルから跳躍するデュミナスシャドウ。しかし、停止状態からのジャンプならば迎撃なぞ戦闘初心者でも容易だろう。
「そーれ!」
黒曜はためらいなく全力でツルハシを振るった。
ファンシーな見目とは裏腹に、ドゴッ!!! と響く重い音。
そうして、砕け散るアーマーの破片と共に、デュミナスシャドウの身体は美しい放物線を描きながら華麗に吹き飛んでいくのだった。
「さっきはちょーっと危なかったけど、みんなのお陰で何とかなっちゃった! ふふ、結果オーライってやつー?」
「僕たちも、バリさんの強化があって助かりました」
和やかに語らう薄羽・ヒバリ(alauda・h00458)と茶治・レモン(魔女代行・h00071)の前で、痺れを切らしたデュミナスシャドウが吼えた。
「貴様ら!! 全力の“可愛い”を見せる気はあるのか!!!」
「はいはい、あなたが“可愛い”の仕掛け人ってワケね?」
「ちょっと何というか、声が……いえ、顔と色と存在がうるさいですね」
「え? あのでゅみなすふぁんしー、可愛いと思ったのひなだけ??」
ちょっぴり悔しそうな春日・陽菜(|宙《そら》の星を見る・h00131)の驚きを受け、「うんうん、(色は)可愛いいんじゃないかな? ね? レモン」「そ、そうですねそうとも言えなくもないかもしれません」と、ヒバリとレモンがフォローに回る。
「それでええと、何でしたっけ? くま可愛いみたいな……」
「っ、そ、そうだ! くまの愛らしさはトップクラスだろう!? 俺の読みに間違いは――」
やっと話を振られた嬉しさに声を弾ませるデュミナスシャドウ。しかし、次の瞬間すぐに遮られる。
「そう! 分かります! 可愛いは無敵……可愛いは愛でるもの、癒されるもの、慈しまれるもの――でもあなた、可愛いですか?」
「グハッッッッ……」
凄まじい直球が突き刺さる。
「まぁブサ可愛いとかデブ可愛いもありますからね……一概にあなたを可愛くないとは言い切れませんが」
「そ、そうだろう! 可愛いという概念も幅広い包容力が――」
「――でもあなた、第三者から可愛いって言われたことあります?」
「うっ……! が……ない……っ……!」
必死に言葉を探すも、はっきりとした返事はない。どうやら図星らしい。
「そうそう。それに、“可愛い”の奥深さをわかってないみたいだから教えてあげる」
「なん……だと……!?」
「私にとっての“可愛い”はギャップ。パステルカラーのスーツを身につけただけのあなたは、ぜーんぜん可愛くない。スーツに合わせてきゅるんとしたポーズをとるとか、反対に恥ずかしそうに照れてみるとか、そーいう工夫もないとかマジありえないし?」
「クッ……! 貴様、言わせておけば……!!」
淀みなく続くダメ出しに、デュミナスシャドウは徐々に心を削られる。
「フッ、俺の“可愛い”への探究心――今、思い知らせてやるわ!!!」
「面白いじゃない。――さっ、みんな。お手本を見せてあげて」
ヒバリがにまりと笑い、バーチャルキーボード『Key:AIR』へと指を踊らせた。途端、小型無人兵器『レギオン』がハートマークのフォーメーションを描きながらデュミナスシャドウにレーザー砲を叩き込む。
「ギャァァァァァァァァ!!! 貴様ら、この俺を狙い撃ちするとは非道だぁぁぁ!!」
「ねっこのギャップ、シビれるっしょ?」
「さ、流石だ……だが、俺とて――」
「よーし、そちらがそちらならひなもー!」
――ひなひなファンシー!!
集中砲火を浴びて突っ伏すデュミナスシャドウ。その隙を逃さず陽菜がえへへ、とウィンクを投げる。
「クッ……! 小癪な……!」
「ひなも負けない! だって、一番の推しはくまだもの!」
「な、何ィ!? ならば俺のケルベロス愛も――」
「ひなの話を聞いて!」
ゴスッ!!!
「おぐぅぅぅぅぅ!!!」
「いい? くまの可愛さはね、このまあるい耳。そしてつぶらな瞳、ほふっとした口元まわりの毛につんつんしたくなるお鼻、そして何しても許せちゃうお口! これが、他の生き物にはある? ううん、ない!」
反語で確り強調しながら言い切ったが、勿論ここで終わるわけはない。「あともふもふの手とかね足とかね――」と続き始めた声を、デュミナスシャドウは必死の思いでどうにか遮る。
「待て……! 俺にも語らせ――」
「あ、聞かないのダメなのね。ひなっ……ぱ――んち!」
ドゴァッ!!!!
「やるわね、陽菜」
「流石、陽菜さん。見事なくま愛です」
可愛らしい仕草とは裏腹に重い拳を叩き込む陽菜。その姿にヒバリとレモンが感嘆する中、蹌踉めきながらどうにか両脚で身体を支えたデュミナスシャドウが、息も絶え絶えに√能力者たちを睨みつける。
「おのれ……俺の“可愛い”が効かないとは……!」
歯を食いしばり、言葉を絞り出すデュミナスシャドウ。その声には、悔しさと憤り、そしてほんの少しの悲哀が滲んでいた。だが、レモンは全く動じない。
「自己評価が可愛いのは構わないんですけど、他人へ可愛いを押しつけるのはよくないですよ」
真白な玉手を握り直したレモンは、「レモン、やっちゃえー!」「いっけーレモンさん!」と背後からの声援に背を押されるように飛び出すと、デュミナスシャドウとの距離を一気に詰めた。
「特に――好きでもないものを声高らかに布教されると……イラッッッとしますね」
「ヒッ!」
いつも通り無表情なレモンの、その声に孕む確かな怒気に、デュミナスシャドウは思わず一瞬本気で引いた。
――だが、それももう遅い。
「落ち込んでいるところ申し訳ないんですけど……一度、殴らせて貰っていいですか?」
「ッ、貴様……! 俺を愚弄し――」
「すみません、お約束なんです」
ゴッッ! ザシュッ! ドゴッ!! ズバッ!!
「ぐぼぉあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
絶え間ない攻撃音に混じり木霊する、幾度目かの絶叫。
多分彼のお気に入りであろうパステルカラーのアーマーは、こうして容赦なくズタボロにされてゆくのだった――。
大鍋堂の仲間たちが容赦なくフルボッコにする様を観戦していた野分・時雨(初嵐・h00536)と緇・カナト(hellhound・h02325)は、
「おやおや……陽菜ちゃんアクティブですねぃ」
「レモン君やヒバリさんもかなりダメージ与えてくれて助かるねぇ。――にしても」
ずしゃぁぁぁぁぁっ!!!!
最後に一際高く吹っ飛ばされ、目の前に落ちてきたデュミナスシャドウへと呆れながら視線を向けた。
「散々引っ張ったクマじゃなくて推しケルベロスなんかい」
「詐欺じゃないですか。ケルベロス要素どこ?」
ラストはクマじゃねぇ~のかよ、びっくりだわ。誰もが思ったであろう感想を洩らすと、デュミナスシャドウはふらつきながら上半身を起こし、傷だらけの顔に無理やりドヤ顔を浮かべた。
「フッ……俺は、公私は分ける性分なのだ」
「左様ですか」
「まぁ、とりあえず可愛いについて語らせてもらって良いんでしょう?」
「え? あ、はいお願いします」
いきなり話を振られたデュミナスシャドウは、営業時の癖なのか、居住まいを正して一礼した。途端、カナトの足許から現れた影業たちが狼めいた姿を取り、カナトの足回りに寄り添うようにして集まる。
「毎回健気にオオカミみたいな姿したりしてくれるウチのこ、可愛いでしょう?」
仮面で覆われたその顔から表情は読み取れないが、可愛くないなんて言わないよねぇ? と言外からものすごい圧を感じたデュミナスシャドウは、こくこくと頷くしかない。
「狼みたいってことは狼じゃないんです? いやはや健気で忠実な配下って可愛いですよねぃ」
「でしょう? じゃあ、普段は戦闘に連れて行かないけど……今回は特別に、とっておきもお見せしようか〜」
「それは是非是非」
時雨の穏やかな賛同に、デュミナスシャドウは「いや結構です」と言いたい衝動を抑える。余計なことを言えば命取りになる状況だと、もはや直感で理解していた。
愉しげに口端を上げたカナトが召喚したのは、超特大・長毛のダックスフントを思わせる狗だった。「歩く絨毯、かわいいし便利なんだよねぇ」と、その艶々の黒い毛並みを愛おしそうに撫でる。
「おや。影業わんこだけでなく、地這い獣もいるとは。お手とかするんです? 触っていいですか?」
「するけれど、変な位置に口あるから気を付けてねぇ。その毛皮の下あたりとか――」
がぶっ。
「ヒィッ!!!」
突然の噛みつきに、デュミナスシャドウは驚愕の悲鳴を上げた。内心では「もう帰りたい」と思い始めている。
「……ちょっと!! 噛んできたんですけどおたくの子! まさか牛肉認識されてませんよね?」
反射的に向けられた視線を、けれどカナトはさりげな~く逸らした。噛まれた音なんて聞こえなかった。全く聞こえなかったという雰囲気を全力で醸し出している。
「全く、カナトさんってば……。しかし、何が可愛いかなんて所詮主観。議論するだけ野暮です。ですから――」
――ここは、穏便に暴力でいきませんか?
「全然穏便じゃないが!?!?」
「では、一番可愛いのは『プリンセスくま』のぼく! 行きます!」
言うやいなや、地這い獣の『水姫』に乗った時雨は|曲刀《カルタリ》を手に一足飛びに間合いを詰めた。
「待っ……まだこちらの準備が整ってな――」
「プリンセスくまぁの時雨君ひゅーひゅー。地這い獣たくさんも可愛いの眼福だねぇ」
穏便に暴力って矛盾がすごいケド、と添えながら、カナトも声を弾ませた。疾駆しながら風に揺れるプリンセスくまのお面を被った時雨は、確かに今日一番可愛いと言えるだろう。
「|水姫《コレ》は美人ではありませんが、可愛げのある配下なんです。そして、それに乗ってるぼくはもっと可愛い」
一瞬のうちに至近距離まで肉薄され、キックはおろか、その場から動くことすらできないデュミナスシャドウ目がけ、時雨は馴染んだ宝斧を真っ直ぐに振り下ろす。
「龍に乗って太鼓持つ幼子みたいでしょう? ――坊や良い子だ寝んねしろ!!」
うんうん元気よく龍に乗って太鼓奏でられてるし、ウチのこが噛んだ手も大丈夫大丈夫、と安堵しながらカナトが笑う。
「それじゃあ、此方も可愛いの暴力振るおうかァ」
オォ――――ン!!
「ヒィィィ!!!!!!」
やる気満々といった影業たちの遠吠えに、身震いするデュミナスシャドウ。あまりの恐ろしさに身震いしていれば、忽ち虚空から現れた鎖に拘束され、巨腕から繰り出される獣爪の餌食となってゆく。
「ねぇねぇオレのところの可愛い|ケルベロス《犬系3匹》と戯れられて嬉しいでしょう? ――ヨシ!」
「う……うぐぅ……」
散々わんこたちに食い荒らされたデュミナスシャドウは、まるで襤褸ぞうきんのように地に伏していた。辛うじて動いているが、もう虫の息だ。そろそろトドメをさしてあげるのが優しさかもしれない。
「カナトさんとマスクさん、どちらがケルベロスなんだか……。――さて、もう敗訴確定です。その売上、全部寄越してもらいましょうか」
「カ、カツアゲとは……卑怯な……!!」
どうしてだろう。敵を倒すという正しいことをやっているのに、もうどちらが悪か分からない。
そうして、極上の笑みを湛えるふたりへ背を向けたデュミナスシャドウは、脱兎の如く必死に駆け出していくのだった。
壮絶なバトルが繰り広げられている戦場で、御嶽・明星(推定・暁の明星・h00689)が幾度目かのそこそこ大きな溜息を吐いた。
「あの『総額』の中に俺の稼ぎが入ってると思うと、ムナクソだわ……」
「くま単体は可愛いから、あの売り上げ総額も頷ける……現にエリカもあのクマの虜だしっ」
「でも、こんなことのために汗水垂らして働いてきたわけじゃないんだけどなぁ……」
納得して買ったとはいえ、結局は敵の懐をあたためたことには変わりない。そう肩を落とし遠い目で返す明星へと、エリカ・バールフリット(海星の花・h01068)が力説する。
「これも推しを生かすためよ、アカリっ。――その憤りは全部、アレにぶつければ良いわ!」
“アレ”――そう指さした先にいたのは、ここまで散々な眼にあってきたことがありありと分かる様相のデュミナスシャドウ。
大きなアタッシュケースを抱え、なにやら逃走している様子の男へと、エリカはすかさず十字のロッドを構えて飛び出した。
「まぁ、エリカの言うとおりだな。今更文句つけても仕方ない」と、その後を追う明星の視線の先で、早速エリカが思いのままに先制攻撃を食らわせた。
「クッ! どこにでも湧いて出る√能力者め!!」
「あなたたちだって同じでしょ!」
ボコォッ!!!!
「ぐぼぉあッッッッ!!!」
鳩尾に炸裂したロッドの一撃に、デュミナスシャドウは堪らず身体を二つに折り、前屈みのまま地に伏した。そのままエリカが、迸るパッションのままにロッドを叩き込む。
「おっさんの“可愛い大好き”も“ファンシー大好き”も、エリカは否定しないっ」
「ケ、ケルベロス……ライブラフォごふっっっ!!!」
「だって“可愛い”は世界を救うし、エリカの心も癒すし、この世界の経済を回すものっ!」
これも日常茶飯事なのだろうか。明星はもはやツッコミを挟む様子もなく、慣れた調子でエリカに話を合わせる。
「そうだな。おっさんの“可愛い”も“ファンシー好き”も、認めてやるべきだな。可愛いは世界も心も救うし、経済も回す」
「だけどエリカは認めないっ。――散々こき使ってきた“くま”を愛さず、ぽっと出のケルベロスを愛するあなたをっ」
「認めないとこ、そこ? そのおっさんがケルベロス推しだっていいだろ別に!」
「エリカのくま愛を利用したのよ!?」
ドゴッッッ!!!!
渾身の一撃を見舞うと同時、エリカは右手でデュミナスシャドウの胸に触れた。
――|無効化する《消し去る》のは、その“ケルベロス愛”。
「グアッ……!! なん、だ……俺の中から……なにかが消えていく……!」
あとはアカリが何発か撃ち込んでくれるはず――そう信じているからこそ、Ankerである身とて勇猛果敢に闘える。結構な丸投げのような気もするが、気にしてはいけない。
そんなエリカの背を見据えていた明星もまた、星と花の加護を纏いながら、華麗に宙を舞って吹き飛ばされていく男へと銃口を向ける。
「すまないな。俺の姪は、意外とくまガチ勢っぽいわ」
そう言いながら冷静に放たれた一筋の弾丸が、消えゆくケルベロスへの愛情とともにデュミナスシャドウを貫くなか、
「あなたも、くまを愛でるくまぁ!」
「……エリカ、語尾がヤバいぞ」
エリカの“くま愛”が、戦場に果てしなく響き続けていた。
(あの売上……本当に世界征服ができそうな額だったなあ……)
まさか本気で資金稼ぎに来ていたとは。見せつけられた売上金を前に思わず「いち……じゅう……ひゃく……せん……」と桁を数えてしまった柊・冬臣(壊れた器・h00432)は、その想像以上の額を思い返し眉間を寄せた。
悪の組織の経済事情をこんな形で垣間見るとは思わなかったが、その懐に入った金額の一部に自分の買い物分が含まれていると思うと、腹立たしいことこの上ない。
そんな冬臣の前に、仲間たちにボコられ、銃撃を浴び、ついには吹き飛ばされてきたデュミナスシャドウがぼとりと落ちた。
「グッ……まだだ……まだ俺の闘いは、終わってはいない……!」
力強く言い放つものの、その姿は既にほぼ打ち切り漫画のラストページだ。言葉だけが妙に立派なのが逆に哀愁を誘う。
その様子を見下ろしながら、冬臣が冷ややかな口調で問いかける。
「……きみもさ、お正月ムードのお財布ゆるゆるの市民から一時的な人気を得て『可愛いで制した』って言えるのかい?」
少し――そう、ほんの少し言葉にトゲが混ざるが、憤りをぶつけているわけではない。そう、これはあくまで作戦の一環なのだ。
「く、くまが人気を博していたのは確かだろう!?」
ぎりぎりの反論を試みるデュミナスシャドウ。しかし冬臣はそれを軽く受け流す。
「まあ、グッズは確かに可愛かったけど……可愛いを押し売りしてくる、あのあまりにもでかいくまの群れはどうだろうね?」
「お……大きくとも可愛いものは可愛――」
「――大きい=可愛くないとまでは言わないけども、可愛さって要素の集まりじゃない? 例えば僕185cmの33歳男だけど、ここにくま耳をつけたところで可愛いの要素ないでしょ?」
畳みかけるように言葉を紡ぐ冬臣。その冷静すぎる分析に、デュミナスシャドウは反論の糸口を見つけられない。なお、くま耳をつけた冬臣の姿は想像してはいけない。
ここまでの仲間たちの活躍で、デュミナスシャドウが苦労して稼いだ売上は奪われ、心を占めていたケルベロス愛も消去され、心身ともにボロボロのところへ容赦のない口撃が続く。
「ついでに――きみも色だけ派手で固いしゴツいし、可愛いの要素ないよ」
「おっ……俺だって……俺だってもっと丸みのある愛らしいスーツが良いと上司に希望を出したのだ……! だが――」
「なら、そのときもっと上と闘えば良かったんだよ。それをしなかった時点で、きみの可愛いへの情熱はその程度だったってことじゃない?」
「そ……そんな……そんな馬鹿な……!!!」
さらりと厳しい一言を投げかけながら、『このまま滾々と精神攻撃したら傷ついてくれるかなあ』なんて過ぎる冬臣。無論、あくまで作戦のためだ。決してムカついたからではない。
図星を突かれたデュミナスシャドウは、再び両手を地につけて頭をうなだれた。最後に残された彼の『可愛い愛』まで、今まさに容赦なく折られかけている。どの世界も、お金が絡むと怖い。
そしてトドメを刺すように、冬臣が叫ぶ。
「まあ、大前提として世界征服って目的が可愛くないよね!」
「たっ、確かに――!!!」
――くらえっ、エレメンタルバレット『雷霆万鈞』っ!
「ギョワァァァァァァ――――!!!!」
「可愛くない悪は爆発四散だ――!」
向けられた精霊銃の銃口から放たれた渾身の弾丸が、冬臣の苛立ちの如く男を巻き込んで盛大に――それはもう盛大に爆ぜた。
仲間たちによる一連のフルボッコを見終えるまでもなく、目・魄(❄️・h00181)はひとつの答えを導き出していた。
――彼は、“可愛い”という路線を根本的にはき違えてはいないだろうかい?
クマぐるみ怪人は確かに可愛いと言える。しかし、彼自身はどうだ。どこからどう見ても“格好良い”に全振りした外見は、逆立ちして見ても“可愛い”には程遠い。
ならばと魄は、悪役らしく何度も吹き飛ばされて最早虫の息の怪人へと歩みよると、サングラス越しにうつ伏せで倒れている男を見下ろした。
「デュミナスシャドウさん――でしたっけ」
「グッ……どうせ貴様も、俺のことを散々言う気なんだろう!」
むくりと顔を上げた彼の声には、もはや怯えが滲んでいる。そんな予想通りの反応に、魄は軽い調子で答えた。
「え? ああ、そうですね」
「否定しないのか!!」
即答で肯定されたデュミナスシャドウは驚愕しながらも、どうにか身体を起こした。彼の予想を遥かに上回る容赦のなさに、若干涙目だ。
「言わせて貰うけど、あなたより先程のくまの方が“可愛い”でしたよ」
「クソッ……! 俺だって……俺だって、せめて色だけでも可愛らしくしようと――」
「とは言え、色だけだと限界がありますよね。矢張り、ビジュアルのほうが“可愛い”には重要だと思うんですよね」
さらりと切り捨てる魄。その言葉に、デュミナスシャドウは思わずうなだれる。確かに色だけで乗り切れるほど、“可愛い”は甘くない。
「例えば……あのクマぐるみ怪人の、もふっとして愛らしい形に、くりっとした円い目とか――」
そう硝子の奥の双眸を細めながら、魄がつと片手を差し出した。
「それを踏まえると、俺の“可愛い”はこの子でしょう」
掌のうえに居たのは、魄の|白い毛玉《 分体 》――所謂『ケサランパサラン』だった。ころんと転がったかと思えば、ぽふん! と忽ちふたつに増えた瞬間、デュミナスシャドウも思わず勢いよく起き上がり、声を歓喜に染める。
「かっ……可愛い……可愛すぎるぞ!!! グアァァ……ころころ動いて凶悪すぎる可愛さ……胸が苦しい……!!!」
「しかも、時間が経つと……ほら」
「おお! 更に増えた!! ああ、可愛い……瞬きしているぞ……ん? この仕草はなにか欲しがっているのではないか!?」
「そういうときはですね――」
風が吹いたら吹き飛ばされてしまいそうな、真白なふわふわたち。
それが手のうえでじゃれ合うように動いている様子を、魄の話に頷きながら、デュミナスシャドウは刻が過ぎるのを忘れてガン見していた。
更には、増殖して掌から零れたものは、まるで“可愛い”を振りまくようにデュミナスシャドウの周りをふわふわ漂い、その腕や掌で愛嬌を振りまいている。
「ほわ~~~~可愛いでちゅね~~~~。遊びたいんでしゅか~~~~?」
残念ながらマスクの下の表情は見えないが、声から察するにだらしのない顔をしているのは間違いない。もし蹴散らされでもしたら、それはそれでと魄もさして気にはしないが、どうやら微塵も抵抗する気はないらしい。確かにそういう戦法を狙ってはいたが、効果抜群すぎて人によってはドン引きものだろう。
“可愛い”に満たされた時間――それは、魄からの最期の手向けでもあった。
「さあ、俺からの“可愛い”攻撃は既に準備を終えましたが……如何だろう。このまま自然消滅するというのは」
「そうだな……今までこの見た目で可愛いものから警戒され生きてきた俺が、こんなにも愛らしいものに囲まれている……」
「大丈夫、“可愛い”|白い毛玉《 分体 》も一緒だよ」
気づけば、デュミナスシャドウの声は穏やかさを帯びていた。淡雪のように、次々と彼の身体へと溶け込んでいくふわもふたち。
その光景はどこか神秘的ですらあるが、実のところ男の戦意はおろか、動く気力さえも根こそぎ奪っている。えげつないこと、ここに極まれりだ。
「ありがとう……俺はもう、悔い残すことはなにもない……さぁ行こう、可愛い真っ白ちゃんたちよ……!!!」
――俺は、この子たちで新たなる“可愛い”旋風を巻き起こすッッッ!!
「あの世には連れていけないけどね」
「クッ……くそおおおおおおおおおお!!!!」
こうして、デュミナスシャドウの雄叫びは、彼の姿とともに新年の夕空に消え去った。
だが、ここが楽園である限り、√能力者たちの闘いは終わらない。
――次回『三途の川で新事業!? デュミナスシャドウの門出!』 おたのしみに!