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学園祭強襲計画~守れ我が子を、友人を~

#√EDEN #√マスクド・ヒーロー #Anker抹殺計画 #学生Anker大歓迎

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 #√EDEN
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●華やぐ学園祭。その裏に。
 √EDENのとある学園。
 小中一貫校であるその学び舎は、今まさに学園祭の真っ最中。
 校舎の中はどこも色とりどりに飾り立てられ、各クラスでは趣向を凝らした様々な出し物が催されていた。
 廊下を歩けば学生の家族や他校に通う友人達がたくさん訪れており、そんな|お客様《ゲスト》を自慢のクラスに招待すべく生徒達の客寄せの声がそこかしこで響き渡っている。
 また部室棟や体育館に足を運べば、そこでは日頃の成果を家族や友人に披露するべく意気込む文化部の生徒達の姿を見ることができるだろう。
 生徒たちの若々しい活気と情熱は今や学園から溢れ出さんばかりに膨れ上がり、この学園祭は大成功のうちに幕を閉じる。そう誰もが信じて疑わなかった。

 しかし、この時はまだ誰も気づいていなかった。
 そんな輝かしい青春の舞台に似つかわしくない、ギラギラとした輝きを放つ存在が学園内に忍び込んでいることに。
「まったく、サイコブレイドの奴も人使いが荒いでおじゃる。この広い学園の中からAnkerを探して抹殺しろなどと」
 学園のどこか。暗く湿ったその場所に静かに響きわたる不満げな声。
 薄黄緑色のケミカルな蓄光色に光る着物を纏い、闇の中に薄ぼんやりと佇むその者の顔は不気味な白塗りの骸骨。
 名を『|破蛇麻呂《いしかわのへびまろ》』。かつては√妖怪百鬼夜行で名を馳せた古妖であり、封印の際に√マスクドヒーローに逃げ延び改造手術を受けてプラグマの参加に下ったガシャドクロの妖怪である。
「まあ、善き哉」
 憎々しげに言の葉を吐いていた蛇麻呂であったが、その手に握った|大太刀《サイコブレイド》を見て奴はその顔をにたりと歪めた。サイコブレイドから借り受けた刀身に満ちた異能の力は凄まじく、握っているだけで万能感を感じさせる。
「こうして強い力を借り受けたからには一仕事くらい勤め上げてやらねばのう。もし邪魔が入れば、逃げ帰って後の事はサイコブレイドに擦り付けてしまえばよいのじゃし。上手く行けばこの太刀も手中に収めたままにできるやもしれんしの」
 下剋上に息を巻き、言の葉の端に熱い色を醸す蛇麻呂。そしてその伽藍洞な眼窩に光る光球を細めると、蛇麻呂はまた違った熱を込めた囁きを漏らし、厭らし気に微笑むのであった。
「なによりマロは子供が好きでおじゃ。そのAnkerたる童は存分に可愛がってやろう。それに……少しくらい無関係な童を攫っても、勤めを果たしておればお咎めはないでおじゃろう」

●みんなにとって学園祭といえば?
「いらっしゃいませ! 七つの楽園亭にようこそ!」
 √能力者たちを明るく迎え入れたのは星詠み、太曜・なのか(彼女は太陽なのか・h02984)。
 彼女は君たちを食堂の席に通すと、氷を浮かべたキンキンの麦茶を配って回った後に自らも席についた。
「この度は要請に集まっていただきありがとうございます。今回私が予報《予知》したのはとある学園に通うAnkerさんをサイコブレイドの刺客が狙っているという事件です」
 サイコブレイドのAnker抹殺計画。
 Ankerを探知する√能力を有するサイコブレイドによって、√能力者の魂の核ともいえるAnkerが狙い撃ちされるという恐るべき計画である。
 これまでも多くの一般人が危険に晒されてきたこの計画が、遂に学校にまで魔の手を伸ばしてきたのだ。
「そして残念ながら、この学園のどの生徒が狙われているAnkerなのか。そこまでは私の予報では分かりませんでした。だから皆さんには学園に直接訪ねて、その全域を監視してほしいんです」
 口惜しそうに唇を噛みながら資料を配るなのか。それによると、その学校は小中一貫校であり生徒の数もおよそ1000人と非常に規模の大きな学校のようだ。その中からAnkerを探し出すのは簡単な仕事ではないだろう。
 いや、何より無関係な√能力者は無遠慮に学校に入ることすら許されないのではないか。
「そこはご安心! この学校では運の良いことに今がちょうど学園祭シーズン! 生徒さんの友人や父兄の方になりすませば簡単に入ることが出来ちゃうんです。よほど変な事をしなければ多少人ならざる姿をされている方でも『忘れようとする力』のお陰で無目立つことはありませんし、せっかくだから事が起こるまでは学園祭を楽しんじゃうのもアリですね! むしろ私が行きたい! カフェをやってるクラスに遊びに行って子供たちにお給仕してもらいたい!(だめです)」
 逆を言えば、目立つような事をすればサイコブレイドの配下に√能力者の存在をアピールする事になり、敵への牽制にもなるかもしれない。……が、子供たちが楽しく盛り上げている学園祭に水を差すことにもなるため行動の選択は慎重に行ってほしい、となのかは付け足した。
「ただ、少し懸念点があって……今回学園を襲撃する簒奪者、破蛇麻呂は非常に狡猾で周到で、尚且つ子ども好きでもあるんです。奴はAnkerの生徒さんを抹殺するだけでなく、自分好みの子供の誘拐も企んでいるかもしれません。ですので、どの生徒さんがAnkerか見定めることが出来なくても、皆さんが学園中に散って監視の目を光らせるだけでも防衛には大きな効果があると思います」
 敵のターゲットはAnkerだけではない。誰が狙われるか分からない。
 それならば学園全体を守ればいい!
 なのかはそうシンプルに作戦を纏め上げたのだった。
「資料の通りこの学校に通う生徒さんはたくさんいるので、もしかしたら皆さんのAnkerさんもここに通っていらっしゃるかもしれませんね。その時はぜひ一緒の時間を過ごしながら守ってあげてください。それではいい報告を待っています! 無事帰ってきたらAnkerさんの分も腕によりをかけてお料理を作るので、一緒に祝勝パーティーをしましょうね! それではいってらっしゃい!」

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第1章 日常 『学園祭に行こう!』


●学園祭のしおり
 サイコブレイドの刺客が狙う学園祭。
 およそ1000人もの生徒が通う学園なだけあり、その校舎は大きく教室の数も膨大だ。
 一般の教室を覗き込めば、そこではお化け屋敷や謎解きゲームなど工夫をこらした催しをしているクラスが多く見られるが、やはり中でも一番多いのは飲食物を扱ったカフェテリア形式の出し物だろう。
 そういったクラスでは飲食物の取り扱いの注意もしっかりとなされているようで、中等部ではケーキや軽食などを扱う本格的なカフェメニューを、小等部のクラスでも駄菓子などの取り扱いが容易な食べ物を巧みに扱ってカフェを開いている。
 そして体育館や大教室などで開かれているのは文化部の発表会やクラス単位の合唱コンクールだ。吹奏楽部や演劇部、グリークラブに参加している生徒にとっては友人達に自分の普段とは違う一面を披露する貴重な機会。込められた気合も並々ならない物があるだろう。
 そして大規模な学園だけあって部室棟もまた広い。立ち並んだ部室の中では美術部や文芸部の展覧会をはじめとして、科学部や無線部などの文化部による体験コーナーなど、普段は接する機会のない専門分野に触れる事ができる興味深いブースも設けられている。しかし部室棟の一番人気は調理部や茶道部がおもてなしする飲食コーナー。やはり食はどの分野においても強いのだろうか。
 全てを一通り見て回るだけで一日を使い果たせてしまいそうな規模の学園祭。
 果たしてここを訪れた√能力者達はどこに赴き、何をするのであろうか。
ウィズ・ザー

 本日は晴天。絶好の文化祭日和に恵まれ、学園は多くの人で賑わっていた。
 そんな人混みをすり抜けるようして、音もなく廊下を往く男が1人。見上げるほどの長身に夜霧のような白い肌と漆黒の|色眼鏡《サングラス》。
 一目でカタギではないと思わせる見た目でありながら、道行く人々は誰も彼に振り向きもしない。その事実が彼が√能力者であることを、まざまざと示していた。
(学園、かァ……懐かしいぜ。奴らは元気にしてるかねェ)
 男―ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)が懐かしそうに校舎の空気を目一杯吸い込む。彼の脳裏に浮かぶのは、いつか見た学び舎の風景だ。
 過去を懐かしみつつ、のんびりと学内を歩き回るウィズ。しかしその影で彼はなすべきことも忘れてはいなかった。
 ウィズの長い脚の裾口から静かに溢れいづる闇霧。|虚無の精霊が生み出す不可視の刃と焔《刻爪刃と融牙舌》が音もなく、しかし着実に校舎の中へと張り巡らされていく。
 それは例えば校舎の天井の影に溶け込み、あるいは掃除用具入れの中に、果ては校舎の屋上やグラウンドの芝生に至るまで。学園中のありとあらゆる場所に潜みながら、虚無の精霊は主の命が下るのを今か今かと待っていた。
(刻爪刃と融牙舌、合わせてざっと2万と4500。これだけ敷き詰めりゃァ、どっから奇襲が飛んでこようと対応できるだろ。それに奴らは不可視の物達だ。祭りの邪魔はさせねェよ)
 どんな時であろうと、今この時を楽しむ者達を邪魔するような無粋をウィズは許さない。それでもし彼らに危険が迫るなら、その前に食い止めればいい。そのために|√能力者《俺達》はいるのだ。
 そうして校内を一通り場所を巡り、罠の設置を終えたウィズ。あとは|奴さん《やっこさん》が動くまで粛々と待つのみだ。
「さァてさて。人事を尽くして天命を待つっつーわけで、後は喫茶で楽しみつつ吹奏楽やら出し物を巡って、ついでに校内配置でも覚えて行こうかね」
 ウィズが尻ポケットから取り出したのは、入口で配られていた校内マップ。各教室で開かれている催し物やイベントのタイムテーブルなどが記載されたそれには、既に彼の字で細かなメモがびっしりと記されていた。
「美味そうだったのは……やっぱ中等部の3年のクラスだな。さすが9年目の集大成ともなると完成度が違ェ。だが、学校で駄菓子を食うって経験も捨てがたい。ハッハッ、迷わせてくれるぜェ」
 声を弾ませながらウィズは再び上機嫌に歩き始める。
 廊下に響く生徒たちのきゃらきゃらと笑う騒めきこそが至高の音色だと言わんばかりに、ウィズの足取りは軽かった。

空地・海人
古谷・カナオ

「子供たちが一生懸命に出し物してるのは、なんだか微笑ましいな。元気な声を聞いてると、自然と笑顔になる……」
 生徒たちの快活な声が響きわたる廊下を眺め、空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)はシャッターを切りたい衝動をぐっと堪えた。
 さすがに部外者が無断で撮影するわけにはいかないだろうと、今回は愛用の一眼レフはバッグの中。
 しかし右を見ても左を見ても青春の1ページ。こんなにも良い画が並んでいるというのにその瞬間を切り取ることが出来ないというのは、カメラマンにとっては生殺しも良いところだ。
「我慢、我慢だぞ俺……。しかし最近行った学校はどこも不良がいたり、風紀委員長が暴走してたりで色々と問題もありそうな所が多かったけど、ここはそういう事も無さそうだな。うん、平和が一番!」
 なればこそ、この平和を脅かす簒奪者は許してはおけないと、海人は用心深く、しかし挙動不審にならない程度の所作で校舎内を見物して回る。
 そんな折、学校という独特の雰囲気を持つ空間を歩いているからか、不意に彼の脳裏を|嘗《かつ》てとある学院で結んだ忘れられない縁がよぎった。
「そういえば、カナオと出会った時も学校に潜入してたんだったな。あいつ、今頃元気にしてるかな? ……元気にしてるだろうなぁ」

 一方その頃。
「は~~っ!! やってるっすねー!!」
 豪華に飾り立てられた校門の前に立ち、人目も憚らず両手を広げ感嘆の声をあげる少年が1人。
 海人親分ご安心ください。心配せずとも古谷・カナオ(”腰巾着”・h07809)は今日も元気です。
「聖・断罪学院もマンモス校っすけど、ここもなかなか人が多いっすね。ちょっと懐かしい気分になるっす」
 つい半年前まで中学生だったカナオだが、やはり小学生や中学生の空気感と高等部の空気感はまた違うものがあるのだろう。
 年下の少年少女に囲まれ、柄にもなくお兄さん気分なんかも湧いてきちゃったりして、カナオの中性的な顔つきは普段よりも男らしさ20%増しだ(当社比)。
「さーて、体育館はあっちっすね! 従兄弟の顔を見るのも久しぶりっす。合唱コンクール楽しみだなぁ!」
 そう、彼が今回この学園を訪れたのは従兄弟の晴れ舞台を見るため。
 意気揚々と体育館に向かえば、そこで待っていたのは生徒たちの荒削りながらも若さ溢れる歌声だ。
「く~っ! 歌はいいよな~! 思わず自分も『親分の歌』を歌いたくなるっすね〜。お~や~ぶ~ん♪ お~や~ぶ~ん♪ そ~らちかいと様~♪」
 あっ、やめてくださいねー。迷惑ですよー。
「おおっ、インスピレーションが降ってきたっす! この勢いで36番の歌詞の制作に取り掛かるっすよ!」
 帰ってからやってくださいねー。迷惑ですよー。
 ……などという天の声が届くはずもなく、無事(?)体育館から放り出されるカナオ。
 若さ故の勢い任せな所が彼の長所でもあり短所なのだ。悪い子じゃないんですけどね。
 とはいえ体育館を出禁になってしまったからには行くあても無く、カナオはふらふらとクラスの出し物を見物して回ることにしたようだ。
 とそんな時、彼の鋭敏な腰巾着センサーが力強く反応した。
「……おや? あのポジティブでお人好しな正義漢っぽい後ろ姿は……すぅぅ(息を吸い込む音)」

 またまた一方その頃。
 一通り校内を歩き終えた海人は次の一手に頭を悩ませていた。
 いくら警戒しているからといって、闇雲に歩き回るだけでは不安が残る。
 だが、一体どうすれ……。
「おやぶ~~~ん!!!!!!!!!!」
「うわぁびっくりした!!」
 いきなり真後ろで響いた絶叫一歩手前の大声に飛び跳ねる海人。聞き覚えのある声にまさかと振り向けば、そこにいたのは予想通りの無邪気な笑顔。
 一方のカナオは勢いよく廊下を駆け抜けると海人の目の前で急停止。カメラのフラッシュよりも眩しい笑顔で|親分《海人》を見上げる。
「親分、またまた奇遇っすねこんなところで! 自分っすか? 自分は親戚の子がここに通ってるから見に来てたんすよ。親分の方こそまたヒーロー活動っすか?」
 矢継ぎ早に自分が来た経緯を語るカナオに対し海人は、また出会っちまったか、と肩を竦めた。
 しかしここで海人に電流走る。
(そうだ、サイコブレイドはAnkerの場所を探知する能力を持っている。なら|カナオ《俺のAnker》に|フォトシューティングバックル《俺のAnker》を持たせれば、奴の探知を撹乱できるんじゃないか?)
 幸いなことにカナオの背丈は男子高校生にしては小柄で体型も華奢だ。小中学生の中に紛れてもそれほど違和感はない。そんな彼が、しかもAnkerが2つ重なった状態でいてくれるなら……。
「賭ける価値はありそうだ」
「どうしたんすか親分? なんか良いことでもあったんすか?」
 不敵に笑う海人につられ、首をかしげながらもにっこりと笑うカナオ。
 対する海人は声を潜め、こっそりとバッグからバックルを取り出しカナオの手に握らせた。
「カナオ、頼みがあるんだけど……ちょっとだけ囮になってくれないか? 変身ベルトを持って学園内をうろついてくれるだけでいい。異変があったら、すぐに助けに行くからさ」
「頼み事? 親分が、自分に……!!」
 それを聞いた瞬間、カナオの脳内に浮かぶのは雲の切れ目から光が差し込み天使がラッパを吹き鳴らすイメージ映像。尊敬する親分が自分を頼りにしてくれている! その事実が彼を心の底から奮い立たせた。
「そんなの……そんなの返事はイエスしかないじゃないっすか! 親分の頼みとあらば何でもするっすよ。囮だろうがなんだろうが、どーんと大船に乗ったつもりでいて欲しいっす! どーんと!!」
「ああああっ! 声が大きいって!」
「自分はどこまでも親分についていくっすっよー!」

 兎にも角にも、作戦は決まった。
 内心やっちゃったかなぁという後悔はあれど、既に賽は投げられたのだった。

春尾・志選

「子供好き……この場合、絶対いい意味じゃないですよね。間違いなく変質者……で済ませられない悪い意味」
 春尾・|志選《しぇーら》(鵺の巫女・h07952)の脳裏に過るのは、星詠みが予知した簒奪者――|破蛇麻呂《いしかわのへびまろ》が口にしたという言葉。
 それが意味する所はおそらく……。奴の目論見を阻止しなければ口にするのも悍ましい結末が待っているのは間違いないだろう。
「私の通ってる学校とは違うけど、ここにお友達のお兄さんやお姉さんが通ってたりするかも知れない。そうでなくても皆を守ってあげなきゃ、巻き込まれたら絶対怖い思いをするもん」
 そうして|志選《しぇーら》は学生たちで賑わう校舎内を歩き始めた。
 |志選《しぇーら》はまだ齢7歳。この学園に通う子供たちの大半よりも幼い少女だ。
 しかしながら、その瞳には歴戦の√能力者達に比肩するほどの強い決意が輝いていた。
 その小さな身体のどこからそれほどの覚悟が生まれて来るのか。それは一重に家族や友人を守りたい、悲しませたくないという一心に他ならない。
(とりあえず学園祭を見て回ろうかな。私と同じくらいの年の子がやってる出し物の所に行ってお話とかしていれば、簒奪者のターゲットの近くに居る事になるよね。私が狙われたら逆にラッキー、やってみよう)
 ともすれば自身が危険に見舞われることになるかもしれないが、それすらも織り込み済み。
 幼いからこその一途な思いは強い覚悟となって、|志選《しぇーら》の体を突き動かしていた。
「えっと、この階であってるよね。あっ、駄菓子屋さんの看板。うん、間違いないみたい」
 そうして学園祭の地図を手に|志選《しぇーら》が訪れたのは少等部の階。
 ポケットから出した可愛らしい小銭入れにはお小遣いも万端。さっそく彼女は目当ての教室に入ると、商品を物色するふりをしつつ生徒たちの様子を眺め始めた。
(やっぱり、ただ見るだけじゃ誰がAnkerさんなのか分からない、か。……あ、あれは!)
 とそんな時、|志選《しぇーら》の目にとある物が飛び込んできた。
(ジュースの素の粉。すごい、初めて見ました)
 そこに並んでいたのは色とりどりの小さな袋。水で溶いてジュースを作る昔ながらの駄菓子屋商品だ。
(クリームソーダ味、コーラ味。種類も色々)
 テレビ番組で見かけた事があるそれらの商品を目の当たりにし、張り詰めていた|志選《しぇーら》の表情がほころぶ。
 中でもひときわ輝いて見えたのは、パッケージにイチゴとクリームがあしらわれたピンク色の袋。
(……いちごパフェ味っ!?)
「こ、これください!」
 そして|志選《しぇーら》は思わずそれを掴むと、店番役の少しだけ年上と思われる少年の元に足早に近づき、やや上ずった声と共に粉ジュースを手渡した。
「いらっしゃいませ! これは、えーと……20円です! そこに水と紙コップがあるからね、そこで飲んでね!」
「あ、ありがとうございます!」
「へ、へへ! こちらこそありがとな!」
 パッと花が咲いたような|志選《しぇーら》の笑顔に、顔を赤らめつつ感謝を返す少年。
 そんな可愛らしいお買い物風景に、その様子を見守っていたクラス担任や周囲の大人達も思わず微笑みをこぼすのであった。

四之宮・榴
和田・辰巳

 先んじて訪れていた者たちが探索や警戒に力を入れている頃。
 時を同じくして、新たな2人の√能力者が学園の門をくぐろうとしていた。
「良い学園祭だね。活気があって」
 学園指定の制服に身を包み、辺りを見回すのは和田・辰巳(ただの人間・h02649)。
 この学園の制服を仕入れようと持ちかけたのは彼であり、より学生視点で生徒たちの近くに寄り添い、その様子を観察しようという思惑あってのことだ。
「……ええ、本当に」
 朗らかな笑みを湛える辰巳に言葉を返したのは、同じく制服を身にまとった少女――四之宮・榴(虚ろな繭〈Frei Kokonファリィ ココーン〉・h01965)。
「……僕は普通の学生生活というには、刺激が強い日々を送っていたから。……少し新鮮です」
 言葉を選ぶようなゆっくりとした口調。その目に、どこか憂いのような色が浮かんでいるのは、彼女が|D.E.P.A.Sとして受けた苦難の《普通の少女として生きることの出来なかった》日々を、思い返しているからか。
 しかしそんな榴の憂いを晴らすように、辰巳は傍らの彼女の手をそっと握り、校庭に一歩踏み出した。
「さあ、行こう。手筈は大丈夫かな?」
 辰巳の手から伝わってくるのは『忘れようとする力』による癒やしの波動。
 2人は事前に服屋を巡りながら、学園内を哨戒する方法を打ち合わせしていたのだ。
「……編隊飛行を半身レギオンで、させるなんて……また、難しいことを……。……事前に、編隊飛行する映像を見て、学習はしておいて……よ、良かった、です」
 そう言って榴は耳に輝く漆黒のピアスに意識を集中させる。すると彼女の周囲にドローン型の機械群が現れ、さながら航空自衛隊の空中パフォーマンスのような軌道を描きながら学園の空を舞い飛び始めた。
「……感覚の拡張、完了」
「ありがとう。地上の警戒は俺に任せて」
 そう言葉を交わす間にも、レギオン達は生徒や訪れた客たちの目を引きながら校庭の空から地上を隈なく監視する。
 感覚の拡張とはよく言ったもので、榴が使役するレギオンには須らく超感覚センサーが内蔵されており、入手した情報をリアルタイムで榴に伝えることができるのだ。
 しかし編隊飛行と空からの監視、そして入手した複数の視覚情報の処理を同時に行うのはさしものジェネラルレギオンであっても負担が大きいようで、早くも榴は立ち眩みのような虚脱感を覚え始めていた。
 そして、それを『忘れようとする力』の回復効果で癒やすのが辰巳の役割だ。
 それだけでなく、辰巳には周囲の人々からレギオンについての記憶を即座に忘却させる狙いもあった。これならば、予定にないドローン群のパフォーマンス飛行で学園側がパニックに陥ることもないだろう。
(さて、周囲に不審な人物はいるかな? こちらと同様に誰かを探している人というのは目立つもの。そいつが編隊飛行するドローンというあからさまに目立つものを目にしたら、思わぬリアクションだって見せるかもしれない)
 内心で警戒を強めながら、周囲にそれとなく注意をむける辰巳。
 しかし地上を行く彼の目には、今のところ際立って怪しい素振りを見せる人物は映らなかった。
 一方の榴はというと。
「……うう、さすがに、気持ち悪くなります……っ……」
 早くもグロッキーになりかけていいた。
 複数のレギオンとの視覚共有だけならまだしも、それら全てが急旋回や急加速をし続けている状況。当然、共有している視界は常に激しく揺れ続けている。
 常人ならば目を回し卒倒してしまう程の情報量を、しかし榴は持ち前の並列処理能力でなんとか捌き切っていた。
 とその時、榴は旋回するドローンの視界の隅に何か異物が写ったような違和感を覚えた。
(……今の大きな影は、着ぐるみ? いくら規模の大きな学園とはいえ、あんなマスコットの着ぐるみなんて、あるものでしょうか?)
 一瞬の困惑。
 それに気を取られた榴が足がもつれさせ体勢を崩すが、辰巳が即座に彼女の肩を支える。
「……辰巳様、あの……休憩、して……いい、ですか?」
「ごめん、無理させすぎちゃったね。そろそろ休もっか。周ってる間にジュース買ったから、一緒に飲んで日陰で涼みながら飲もう」
 そう言うと辰巳は榴に肩を貸しながら、校庭に備え付けられたベンチの下に向かう。そうして腰を落ち着けると、榴にペットボトルを渡し、自らも買ったばかりのよく冷えたジュースに口をつけた。
「それで、なにか変わった物は見えた?」
「……はい。……クマの着ぐるみ、のような物が複数。学園の周りをうろついているのが見えました。……この学園のマスコットかもしれませんが、それにしては、どこか胡乱げで……」
 未だ疲労の残る頭を落ち着けながらゆっくりと言葉を紡ぐ榴。
 しかし今できることと言えばそれが精一杯で、受け取ったペットボトルのキャップを開ける力も残っていない。
「……お行儀が悪いのは承知していますが……すいません、辰巳様、飲ませていただけませんか?」
 辰巳の肩に頭をもたれかからせながら、躊躇いがちに彼の顔を見上げる榴。
「うっ……」
 端から見れば学園に通う生徒同士のロマンスのようにも見える光景であり、辰巳はさっきと違って目立ってしまう事に抵抗を感じてしまう。
 しかしその実はガチの体調不良者のガチ看病。それも自身が提案した作戦で疲労した者の救護となれば、無下に断るわけにもいかず。
「……仕方ないな」
 そうして辰巳は若干の抵抗を覚えつつも、おずおずと飲みかけのペットボトルを榴の口元へと運ぶのであった。

第2章 集団戦 『クマクマパレード』


  潜入した√能力者達の警戒網が学園内に張り巡らされていく。
 ただの一般人であれば何も気に止めるほどのことでもない、ほんの些細な緊張感。
 しかし用意周到かつ慎重派な破蛇麻呂は、その緊張の糸が張り詰めていく音を敏感に察知していた。
「……むう。まさか早くも何者かが嗅ぎつけたでおじゃるか? 確証は持てないでおじゃるが、念には念を入れて早めに動いたほうが良さそうかの」
 そう即決すると、蛇麻呂は学園の周囲に潜ませていた配下たちに司令を下す。
「クマクマパレード達よ、予定繰り上げでおじゃる。Anker反応がある者の下へと向かい、その周囲の子供ごとを誑かして我らが本拠地に|誘《いざな》うでおじゃる!」

 司令が下った瞬間、学園の周囲に現れたのは無数のクマの着ぐるみ軍団。
 着ぐるみ達はファンシーな見た目そのままに可愛らしく、しかし機械のように寸分たがわぬ挙動で体を震わせると、一斉に学園に向けて行進を開始した。
「くまっ♪ くまっ♪ くまっくまっくま♪」
 どこからともなく鳴り響く賑やかなファンファーレ。
 それ目にし、または耳にした子供たちは、クマ達の後を追いかけるようにふらふらと歩き始めるのであった。

 しかし√能力者の中には、学園の周辺にも目を光らせ、奴らの暗躍を事前に察知していた者達がいた。
 クマクマパレードの出現は直ちに√能力者たちに知らされ、その動向はリアルタイムで共有されることだろう。
 どうやら奴らは学園中の様々な場所に向かって行進しているが、中でも小等部の階層に向かう一団が最も数が多い。どうやら『サイコブレイドが狙っていたAnkerは小等部にいる』ようだ。
 またとある√能力者は囮を用意するという作戦を選んだ。その狙い通り、クマクマパレードの一部は囮の方へと引き寄せられているようだ。
 そしてその他にも学園内に無数に罠を仕掛けた者や、またあるいは小等部の教室の傍に身を寄せて警戒を強めていた者もいる。事前の備えは万全と言えるだろう。
 迫りくる怪人達を打倒し、学園祭の平和を守り抜くのだ!
古谷・カナオ
空地・海人

 楽しげな音楽で子供たちを誑かすクマクマパレード。
 奴らが出現した瞬間より、時はわずかに遡り。
 カナオはルンルン気分で学園祭を巡っていた。彼の手に握られているのは 海人がヒーローとして戦う為に必要不可欠な|変身ベルト《フォトシューティングバックル》だ。
「親分から変身ベルトを託されるなんて……これぞ我が世の春ってやつっす!」
 |海人《親分》の力の象徴を預かったという事は、それ即ち尊敬する人に命を預けられるほど信頼を寄せてもらっている事と同義。腰巾着冥利に尽きるというものなのだろう。
 カナオはカメラ型の変身ベルトを見つめると、それを大切に胸に抱えこんだ。
「たしか、異変があったらすぐシャッターボタンを押せって言ってたっすね。ヨシ! ばんばん異変を見つけるっすよ~」
 そしてカナオは飛び上がりそうになる気持ちをぐっと堪え、キョロキョロと辺りを見渡す。
 と、その時。
「くまっ♪ くまっ♪ Ankerを目指すっくま♪」
「くまっ♪ くまっ♪」
「Ankerどこっくま♪」
 耳に飛び込んできた愉快な歌声。
 子供たちを引き連れて現れたクマクマパレードの一群が奏でる行進曲だ。
「あれが親分の言ってた異変? いや、あれは……かわいいクマちゃんっす~♡」
 実はクマのぬいぐるみ集めが最近のカナオのマイブーム。
 ワイルドな男に憧れている事を公言しているカナオにとっては可愛すぎる趣味故に、普段はなかなか表に出してこなかったが、しかし、『好き』の気持ちに嘘をつけないのもまた彼であった。
「これは追っかけるしかないっす!」
 思わず反射的にパレードに追従してしまうカナオ。何か大事な目的を記憶の彼方に吹き飛ばした気もするが……。
 一方、蛇麻呂の命によりAnker反応を追って校内を練り歩いていたクマクマパレード達は、ふと後ろを振り返ってびっくり仰天。
 なにせ探せと言われていた反応を持つ者が、探すまでもなくいつのまにか自分達のパレードに加わっていたのだ。
「わーっ! もういるクマっ!」
「クマの誘惑|力《ぢから》も捨てたもんじゃないクマね~」
 心なしかどこか嬉しそうなクマ達。
 そのままこの可愛い気のあるAnkerも連れ帰りたい衝動に駆られるが、しかし司令は絶対。
 彼らはAnkerを抹殺すべく瞑想すると、夢の国より来たりし巨大なクマの王――クマクマキングを召喚した。
「わあっ! 王様クマちゃんまで出て来たっす! クマちゃんの王様……きっとクマオウって名前っすね」
 それを見たカナオはテンション最高潮。
 さりとて他の生徒たち同様に誘惑されて自我を失っているわけでもないカナオは、とにかく今を楽しむべく行動を開始した。
「そういえば、自分は今カメラを持ってたっすね! 記念に1枚パシャリっす!」
 現れたクマオウ(勝手に命名)は僥倖な事に自分に向けて目線を送ってくれている。このチャンスを逃すものかと急いでシャッターを切り……。
 瞬間、世界を渡る光が校舎内を駆け抜けた。
「うおっ!? クマさん近っ!」
 √能力『|フィルム・アクセプター ポライズ 参上!《サモンヒーロー》』によってクマクマキングの眼前に降り立ったのは空知・海人。
 √能力者の唐突な登場にまたもびっくり仰天するクマクマパレードの面々だったが、それは海人も同じ。まさか、いきなりこんなギリギリの場面に呼び出されると思ってもいなかったのだ。
「でもまあ、これは|攻撃の好機《シャッターチャンス》だな!」
 しかし海人もさすがのヒーロー。
 状況を即座に理解すると、生身のまま恐れること無くクマクマキングに掴みかかった。
「クソ重い……けど、この程度……変身しなくても……!」
 廊下を踏みしめ一気に力を爆発させると、なんとクマクマキングの巨体が宙に浮く。
「どおおおりゃあああ!!」
 そして気合の掛け声と共に勢いよく背負投げ。受け身を取る暇もなく地面に叩きつけられたクマクマキングは目を回しながら消滅するのだった。
「ああっクマオウ様が! って親分、どうしてここに!?」
「異変が起こったらすぐにシャッターを切れって言ったろ!」
 駆け寄ってくるカナオのリアクションから、どうやら自分とカメラのことはすっかり忘れられていたらしい事を海人はなんとなく察する。
 だがそのお蔭で強敵の不意をつくことが出来たのだから結果オーライか、と海人は怒りの矛を収め、彼は大切なAnkerの頭をクシャッと撫でた。
「ありがとな、カナオ。さあ、他の生徒を連れて安全なところまで逃げるんだ。奴らの相手は俺がする」
 そう言ってクマクマパレードに向き直る海人の目は、既に戦士のもの。
 クマクマパレードはなおも愛嬌のある表情を浮かべていたが、その所作からは獰猛な獣の野生を感じる。
 それに対し海人はラフな喧嘩殺法の構えで対峙すると、先手必勝とばかりに勢い任せに飛びかかった。
「わ、分かったっす! あ、でもクマさんにあまり乱暴なことしちゃだめっすよ。あと、できれば一体持って帰りたいっす!」
「いや、そりゃだめだろ!」
 そして海人は力強いツッコミと共に、眼前のクマ目掛けて渾身のソバットを叩き込むのであった。

春尾・志選

「現れたみたい……」
 屋外を警戒していた仲間から、不審な着ぐるみ軍団の報せを受けた|志選《しぇーら》。
 彼女が今いるのは小等部の教室がある1階の廊下。
 とその時、視線を巡らせ警戒を強める|志選《しぇーら》の耳に届いたのはなにやら軽快な歌声。
「くまっくま~♪」
「この歌は……どこかのクラスが合唱してるわけじゃ、なさそうだよね」
 歌声が聞こえるのは廊下の曲がり角の更に先。下駄箱の方から響いてくるその愉快なメロディは少しずつ大きくなってくる。
 そして。
「クマーっ!」
(なんか可愛いクマのぬいぐるみが来た!)
 曲がり角から現れたのは、つぶらな瞳とモコモコの毛並みを持つ、大人の背丈よりも更に大きいクマの着ぐるみ。それも1体や2体ではない。
「1階は特にAnkerの反応が強いクマ!」
「でも誰がAnkerかは蛇麻呂様にしか分からないっクマ~!」
「手分けして片っ端から連れていっクマ! 蛇麻呂様に一人ひとり確かめてもらうっクマ!」
「僕らはあっちに向かうクマ! クマックマ~♪」
 メロディに乗せてそんな言葉を交わしながら廊下を進むクマクマパレードたち。
「わー! クマちゃんだー! 待ってー!」
「クマックマ~♪」
 その姿は異様ながら、子供心に直接訴える魔力のような物があるのだろう。廊下や教室に屯していた子供たちは歓声を上げながら駆け寄って行き、パレードはあっという間に長蛇の列に変わった。
(う、うん、たしかに可愛い。小等部の子供なら着いていっちゃうのも仕方ないくらい……まぁ私も子供だけど)
 その光景を眺めながら、|志選《しぇーら》は自分もあのパレードに付いて行きたいという衝動が胸の内から湧いてくるのを感じていた。
(でも敵の手先なのは分かってるんだもん、騙されないよ。それを知ってるとこの可愛さが邪悪なモノに見えてきちゃう)
 少しずつ子供たちの精神を狂わせながら列を伸ばしていくクマクマパレード。
 初めて見る簒奪者の脅威に対しても臆すること無く、|志選《しぇーら》は静かな怒りを燃やしていた。
(でも、廊下だと狭くて他の子達も戦いに巻き込んじゃう。こ、ここは私もあいつらに誘惑されたふりをして……)
「~~っ! く、クマックマ~♪」
 そして|志選《しぇーら》は意を決すると、奴らの歌を復唱しながらパレードの中へと飛び込むのであった。

 1階を練り歩くクマクマパレード。
 その間にも列はどんどん伸びていき、遂にその人数は100を優に超え始めた。
(これだけ人数がいれば少しくらい変な動きをしても不審には思われないはず。それに、この先には……)
 パレードが向かう先。その廊下の脇には中庭への通用口があることを事前の校内探索で把握していた|志選《しぇーら》は、遂に動くことを決意した。
(お姉さん、力を貸して!)
 念波で指示を飛ばしたのは|志選《しぇーら》の協力者である謎のお姉さんから授かった|レイブンズ《2体の鴉型ドローン》。
 司令を受け取ったレイブンズは待機していた中庭から即座に飛び立ち、窓ガラスを突き破ってクマクマパレードに奇襲をしかけた。
「クマッ!? なにごとクマ!!」
 着ぐるみの上を機敏に旋回しながら、その頭を鋭利な鈎爪で引っ掻くレイブンズ。
 その隙に|志選《しぇーら》は通用口を通って中庭に脱すると、√能力『憑神九魂儀』を発動させた。
「皆から離れて!」
 猫神と融合した|志選《しぇーら》の手が次元を超えてクマ達の腕を掴み、思いっきり引っ張る。
 すると次の瞬間には、奴らは空間を引き寄せる能力により瞬きする間もなく中庭の芝生へと引きずり倒されていた。
「皆に怖い思いをさせるなんて、絶対に絶対に許さない。私が、私が皆を守ります!」
 子供の身であっても|志選《しぇーら》は戦う力を持つ者の宿命から逃げたりはしない。むしろ堂々とクマクマパレードに向けて啖呵を切れば、彼女の頭部にいつの間にか生えていた猫耳がブワッと逆立った。
「ひっ! まさか子供の中に√能力者が紛れ……クマァッ!?」
 最後まで言葉を口にする暇もなく、1体のクマが更なる空間引き寄せの先に待っていた猫爪によって引き裂かれる。
 そして鋭利な爪を持つ猫の手へと変化した両手を振り上げながら、|志選《しぇーら》はクマクマパレードに向けて飛びかかった。
 更にはレイブンズたちも彼女の奮戦に応えるように合流し、芝生にはたちまち白い中綿が飛び散るのであった。

和田・辰巳
四之宮・榴

 いち早くクマクマパレードの存在に気づき、その行動に目を光らせていた榴と辰巳。
 校内に散っていた仲間に状況報告を終えた2人は、パレードが校舎内に入っていく様子を眺めながら密かに作戦を練り上げていた。
「へぇ、カワイイ熊さん達か」
 クマクマパレードの姿は一見すると脅威度はそこまで高くないに見える。子供を誘惑し連れ去るという能力からもおそらく戦闘向けの怪人ではないのだろう、と辰巳は分析を進めていた。
「うん、作戦が決まったよ。これなら、戦う必要すらないんじゃない?」
 こうすればさ……と、辰巳はその場に手を掲げ、小さく祝詞を紡ぐ。
「贄たる我が声が聴こえるのなら、その雍護を行使して……」
 すると彼の前に出現したのは半透明の触手を持つインビジブル『|箱水母《ハコクラゲ》』。
「箱水母には様々な毒素を調合する力がある。僕はこれからその力で幻惑系の毒を作るから、榴はパレードの中に忍び込んで、誘惑された子供たちの認識をその毒で上書きしてきてもらえないかな?」
「……相変わらず、僕に……負担、多くありませんか!?」
 また自分が現場での実行役かと榴はジトリとした眼差しを辰巳に向ける。
「そんなことないよ気のせい気のせい!」
 しかし辰巳はどこ吹く風。
 彼が手際よく箱水母たちに指示を飛ばせば、幻惑の毒素を蓄えた水母たちはその身を空気に溶け込ませるようにしながら校舎内へと散っていった。
「さあ、賽は投げられたよ。後はよろしく」
「……僕は、匙を投げたい気分です……」
 とはいえ始まってしまったものは仕方ない。
 榴は箱水母の後を追って校内を進み、先んじて侵入していたクマクマパレードの一団を発見する。
(……既に子供たちを、たくさん引き連れていますね……なら、まずはあの中に紛れるとしましょうか……。……幸い身長的……僕なら、小等部でも……ですので……混ざるのが容易い……)
 その小柄な背丈を活かし、誘惑された子供のようなフラフラとした足取りでパレードに合流する榴。事前に学園の制服を仕入れていたことも幸いしたのか、その行動に疑問を抱くクマ怪人は1体もいなかった。
(……本当に、成功してしまいました……疑われもせず……)
 若干のショックを受けつつも、榴は周囲に眼を走らせる。そして先程辰巳が校内にばらまいた箱水母の姿を確認し。
「……贄たる我が声が聴こえるのなら、この身を入れ替えて……」
 小さく呟くのは辰巳と対になる祝詞。
 すると彼女の体は瞬時に掻き消え、その場に残るのは居場所を交換された箱水母。
 箱水母は素早く触手を伸ばすと、パレードに誘われた子供たちに次々と幻惑の毒素を注入していく。
「クマっ!? 子供たちが勝手にパレードから離れて!」
「どこに行くクマー!」
 先程までは自分たちが先導していたのに、今度はクマ怪人達が勝手に離れていく子供たちの行列を追うことになるという逆転現象。
 その様子を背後の物陰から確認しながら、辰巳は静かにほくそ笑んだ。
(生徒たちはこれから体育館で全クラス合同の合唱コンクールに出なければならない。そういう風に洗脳を上書きさせてもらったよ。これで子供たちはコンクールが終わるまで体育館から出ようとはしなくなるはず……)
 クマクマパレードが破蛇麻呂から受けた司令は子供たちを攫うこと。ならば子供たちに直接的な危害を加えるようなことはしない筈だと読んだ辰巳は、誘拐の妨害を第一の目標に据えて作戦を立案していた。
 現状では時間を稼ぐことしか出来ないが、逆を言えば時間さえあればどうとでもなる。あとは隙を見て忍び寄り、ゆっくりとクマ怪人に神経毒を注入して回れば後始末は完璧だ。
「……ただいま、もどりました……なんとか、バレずに潜入完了……。……多分、瀬戸際でした……」
「……うん、おかえり。おかげで上手く誘導できたよ。榴もお疲れ様」
 何か言いたげな榴に対し“優しい”笑みを向け、冷たいジュースを手渡す辰巳。
「さあ、この調子で他のパレードも誘導してしまおうか。学園祭をこれ以上中断させるわけにはいかないよ」
「……やっぱり……人使い、荒いです!」
 しかし榴は学園に訪れた当初から、いやその前の準備段階の時から、辰巳がこの学園の生徒たちの時間を大切にしていることは感じ取っていた。
 今だって生徒たちに魅せている幻覚は、さも学園祭が通常通り続いているような設定のもの。
 生徒たちの楽しい時間を奪わせない。そのためなら辰巳は毒素の調合がどれだけ複雑なろうとその労力は惜しまないのだ。
 そんな彼の想いを察してか、榴もそれ以上の泣き言はいわない。ジュースと共に一気に飲み下すと、気合を込め直すように小さく頷くのだった。

ウィズ・ザー

 それは仲間からの報告があって間もなくのこと。
 ウィズはにわかに校内の空気がピン……と張り詰めるのを感じた。
(――あァ。来たな)
 一瞬動きを止めてから、手に持ったタコ焼きをまとめて口に放り込む。そして幾ばくかの咀嚼の後一息に飲み下すと、誰に向けるでもなくパンっと手を合わせた。
「ごちそーさんっと。さて、やりますかねェ……」
 コキリと首を鳴らし、ゆっくりと歩き始めるウィズ。途中、ここに至るまでに食べ歩いた品々の容器を屑籠に放り投げつつ、向かう先は最上階の更に上。
 屋上に続くドアを開け放てば、そこには広い広い青空が広がっていた。
「ここなら校舎全体を見渡せる。それに奴らはご丁寧にBGMを流しながら歩いてるみたいだし、これならどこにいようと捉えられる」
 うっすらと聞こえる不愉快な行進曲に耳を傾けながらウィズは神経を集中させ、校内に張り巡らせた虚無の精霊と感覚をリンクさせた。
「ン、他の連中もだいぶ動き始めてんな。仕事の早い連中で頼もしいねェ。じゃァ、そっちは任せて……と」
 早くも別働隊として潜入していた√能力者たちが行動を開始している様子を察知し、ニヤリと口角を上げるウィズ。
 ならば自分は彼らの手が回っていない場所を根こそぎいただこうと、影に潜ませていた者たちに司令を下した。
「……さぁ、泡沫の刻だぜ?」
 そして、事は一瞬で片付いた。
 学内から不快な音が消え失せる。
 校舎中を練り歩いていたクマ怪人達ごと掻き消えたのだ。
 ある者は天井から伸びた黒い触手に絡め取られ、釣り上げられた次の瞬間には|融牙舌《虚無の炎》で塵も残さず焼き払われた。
 またある者は影から伸びる|刻爪刃《漆黒の杭》に刺し貫かれ、虚空へと引きずり込まれた。
 いずれも一瞬の出来事に、迫りくるクマの着ぐるみを目で追っていた子供達は皆一様にキョトンとした顔を浮かべるばかり。
「まァまァ……他の邪魔にはなって無ェな?」
 騒ぎが起こっていないことを精霊越しに確認し、ウィズは小さく息を吐く。
 これらは全て彼が早期から迎撃のための準備に取り掛かっていたからこそ出来た早業であった。全ては子供たちの楽しい時間を一秒でも奪わせない為に。
「ふん、子供を食い物にするつもりが、逆に食われちまったな。この学園は既に俺の腹の中だったってェわけだ」
 虚無に飲まれ消化されゆくクマ怪人達を、屑籠の中に放り込まれるゴミと同じように特に感慨も無く見送って、ウィズは屋上を後にした。
 その顔には先程までのような薄ら笑いは無かった。
「さて、黒幕は何処だ?」
 おそらく次の相手に今のような小細工は通じない。
 事前に学園の中を隈なく見て回っていたウィズであったが、彼は未だにこの学園を狙う黒幕の痕跡を発見できていなかった。星詠みの言っていた通り、よほど入念で慎重な相手なのだろう。
 ウィズは神経を鋭く尖らせながら、足早に階段を下る。
 全ては子供たちの笑い声を守るために。

第3章 ボス戦 『破蛇麻呂』


●蛇、地の底より来る
 最後のクマクマパレードが倒れた瞬間、それまで学園にうっすらと漂っていた邪気が一気に膨れ上がった。
 否、それは地の底から吹き出してきたのだ。
「まさかクマクマパレードがものの見事に全滅とは……だが、釣果はそれなりでおじゃる」
 校舎の下、基礎と地面の間に潜んでいた|破蛇麻呂《いしかわのへびまろ》は床に備え付けられた天板を持ち上げ、眩い薄緑の蓄光色の光と共に這い出てくる。
 蛇麻呂もが現れたのは小等部校舎の1階の大教室。
 そしてつい先程までクマクマパレードに先導されていた子供達に虚ろな眼窩を向けると、手に持ったサイコブレイドの切っ先をその中の1人に向けて突きつけた。
「大人数を攫う事は出来なんだが、せめて仕事だけでも果たさせてもらうでおじゃる! キエエエエイ!!」
 叫びとともにサイコブレイドの力を開放する蛇麻呂。
 するとその刀身からはおどろおどろしい触手が伸び、子供たちの中の1人ーー駄菓子屋で|志選《しぇーら》と会話を交わしていた男子生徒を絡め取ると自身の下に引き寄せた。
 更に蛇麻呂はサイコブレイドをもう一振り。次元を超えて伸ばされた触手は学園に訪れていたもう一人のAnker――古谷・カナオを手繰り寄せると、男子生徒もろとも壁に貼り付けにした。
「うわわわっ!? ここどこっすか!? お、親分ー!!」
「お、おばけ!? だ、誰かっ、助け……」
「おお、泣き叫んでくれるでおじゃるか? ただ殺すだけでは味気ないと思うておったところ……せっかく√能力者共を散り散りに分断して作った|暇《いとま》じゃ。存分に楽しませてもらうでおじゃる!」
 
※状況説明
 破蛇麻呂がいるのは校舎1階の大教室。
 他の教室に比べて広く、小等部のクラス合同でのお化け屋敷に使用していました。
 大教室には中庭に通じる扉があり、そちらも戦闘フィールドとして利用可能です。
 大教室内はお化け屋敷のため薄暗く、簡易の通路で仕切られ内装もゴチャゴチャとしています。
 狭い場所で戦いたい場合は教室内を、広い場所で戦いたい場合は中庭を指定してください。√能力者の立ち位置に応じて蛇麻呂も応戦します。
 ただし捕えられたAnkerを救出する場合は、最初に教室内に入って助け出す行動をしなければなりません。
古谷・カナオ
空地・海人

 空間を飛び越え飛来するサイコブレイドの触手。
 それによりカナオと少年は瞬きする間もなく壁に貼り付けにされ、身動きが取れなくなってしまっていた。
 驚き叫ぶ2人であったが、しかし一方でカナオは驚愕と同時に何か懐かしさのようなものも感じていた。
「ん、このイイ感じの力加減でウネウネするのは……たしか……!」
 思い出したのはとある温泉施設で出来事。
 こ、これはあのときと同じ、|海人《親分》と足つぼマッサージを受けに行った時に受けさせてもらった不思議な触手の全身マッサージっぽいやつ!
「まさか温泉施設だけじゃなく、学校にも置いてあるとは。今どきの学校ってすごいやっ」
 てことは……部屋が暗いのもリラックス効果を高めるためっすか、とカナオは1人合点がいった様子で気持ちよさげに目を細める。
 しかし実情はそんな和やかさからは程遠い状況だった。
「なんとっ、この状況で極楽気分とは……ええい、遊び甲斐のない。貴様も隣の童のように暗闇に怯え泣き叫ぶでおじゃる!」
 緊張感のないカナオの様子を見て怒りに打ち震える破蛇麻呂。せっかくのお楽しみだというのに、こうも緊張感に欠ける振る舞いをされては興ざめもいいところだ。
「ワアアア!! が、骸骨がこっち見てる! た、助けてえええ!!」
「だ、大丈夫っすよ。なんか光ってるお公家さんだけは気になるっすけど、緊張しなくても大丈夫っす。すぐに(リラックスして)極楽行きっすから!」
「ギャアアア! 死にたくない~~!!」
「ええい! 狂言やめれ! お主がいるせいで台無しでおじゃろうが!」
 そして遂に怒髪天を突いた蛇麻呂は地団駄を踏むと、カナオに向けて笏を振り上げた。
「お、お兄ちゃん!」
「大丈夫っす」
 禍々しい笏の切っ先がカナオに迫る。
 それでも尚、カナオの余裕は揺るがない。なぜなら彼は信じているからだ。
「──何かあったとしても、ヒーローが来てくれるっすからね!」
 優しい微笑み。カナオがこれまでどんな状況に陥っても決して絶やすことのなかった、誰よりも温かな笑みを隣で怯える少年に向けたその時。
 ドン! という音と共に大教室の扉が蹴破られ、暗い教室に光が差し込んだ。
 その向こうから部屋に飛び込んで来る1つの人影。
「カナオ!!」
「!! ……はいっす!」
 光の向こうに見えるおぼろげな輪郭。そして耳朶を震わせる頼もしい声色にカナオは胸を弾ませると、片時も手放していなかった|親分からの預かりもの《フォトシューティングバックル》をその人影に向けて放り投げた。
「やっぱり、やっぱり親分はいつでも俺を助けに来てくれる。最高のヒーローっす!」
「ああ……かもな! 『現像』!!」
 放り投げられたバックルを腰にあてがい、人影――海人は高らかな叫びと共にルートフィルムを装填!
 真紅の光が部屋を駆け巡り、海人の体を赤い装甲の『フィルム・アクセプターポライズ √マスクド・ヒーローフォーム』へと変えていく。
 そして手にした閃光剣から光を迸らせて闇を照らし出すと、ポライズは素早く蛇麻呂に飛びかかった。
「大事な弟分に手を出したんだ。容赦はしないぜ!」
「小癪なっ、貴様のような青二才に遅れをとるマロではないわ! 集いたもれ~!」
 その呼びかけに応じるように闇の向こうから押し寄せる骸骨の群れ。
 蛇麻呂に近づこうと剣を振るうポライズであったが、蛍光グリーンに輝くガシャドクロが壁となり思うように攻撃が届かない。
 そうしている間にも蛇麻呂は呼び出したガシャドクロ達を次々と体内に取り込み、光量を増大させながら巨大化していった。
「最大光量ぅぅ!! これがマロの本気ぃ! さあ、その仮面を引っ剥がしてマロに貴様の絶望に歪んだ顔を見せるでおじゃるぅ!」
 高笑いを響かせる蛇麻呂。その姿は今や天井に頭がつくほど。
 そして蛇麻呂は空間を掴むような所作を取ると、異次元の光がポライズの体を引き寄せ、更に返す巨腕が彼の体を無造作に打ち払う。
「グアッ!」
 壁を突き破りながら吹き飛ばされ、中庭の地面に叩きつけられるポライズ。
 しかし剣を支えに立ち上がった彼の|モノアイ《眼光》は未だ熱く燃えたぎっていた。
「くっ……蛇麻呂、お前も光を使って戦うのか。だったら、ここからは“光使い”ナンバーワンバトルだ!」
 ストロボフラッシャーを突きつけ、ポライズは声を張り上げる。
「……来いよ」
 そして剣を肩に担ぎ直し、空いた手を上に受けて手招き――いわゆる挑発の構えを見せた。
「命知らずがぁ……後悔するでおじゃるぅぅ!!」
 それに対し蛇麻呂は存在しないはずの青筋をピキピキと浮き上がらせると、巨大な餓者断頭笏を振り上げながらポライズに迫った。

 ──しかし、それこそがポライズの狙い。
 もし狭い屋内で全力を出せば、捕まっている2人に被害が及ぶかもしれない。だからこそ彼は敢えて中庭まで吹き飛ばされ、そして挑発してみせることで敵を屋外へとおびき出したのだ。
「リミッター全開放!」
 グリップを握りしめる手からエネルギーが迸り、ストロボフラッシャーの光刃が極限まで増大する。
「いざ掴めー! ナンバーワーン! ゴー! ゴー! お・や・ぶーん! ほら一緒に!」
「え!? う、うん! ご、ゴー! ゴー!」
「ゴー! ゴー! お・や・ぶーん!」
 そして大教室から響くAnker達の声援に背を押され、ポライズは渾身の一撃を振り抜いた。
「ポラァァイズ・スラァァッシュ!」
「キェエエエエイ! 飢者断頭ぅ!」
 研ぎ澄まされた一閃と一閃が交錯する。
 その瞬間、誰もが目を覆うほどの眩い光りが学園全体を覆い尽くした。
 そして一瞬の後に中庭に降り注いだのは、粉々に砕け散った骸骨達の残骸。
「ハァ、ハァ……俺こそが、光使いナンバーワンだ!!」
 そしてポライズは装甲から火花を散らせながらも、両脚でしっかりと地面を踏みしめ光刃を天に突き上げるのだった。
 |勝者《ウィナー》・フィルムアクセプターポライズ!

和田・辰巳
四之宮・榴

「ぐ、ぎぎ、おのれぇ……」
 パキパキと音を立てながら肉体を再構築していく蛇麻呂。
 一度は粉々に吹き飛ばされた蛇麻呂であったが、簒奪者も同じ√能力者である以上、肉体の損耗程度で滅ぼせるほどやわではない。
 しかし短時間での急速再生にも限りはある。
「奴らの力を見誤ったようでおじゃるな。口惜しいが、限界を迎える前にさっさとAnkerを始末して引上げるでおじゃる」
 蛇麻呂が再生したのは中庭のちょうど中心に位置する場所。急ぎ大教室内に戻ろうと踵を返した……その爪先に1枚のタロットカードが深々と突き刺さった。
「ちぃっ! 何奴!?」
「……愚者の逆位置。……暗示する意味は『無謀、軽率、衝動的』です」
「普段なら慎重であるはずなのに、邪な衝動に突き動かされてしまったせいで窮地に陥る。正しく愚か者ってことだね」
 蛇麻呂が振り返った先。そこに立っていた榴と辰巳は、対面する愚者に対し冷ややかな、あるいは怒りを秘めた眼差しを向け、淡々とカードの意味を読み解いた。
 言葉の裏に、蛇麻呂への挑発と皮肉を込めながら。
(……僕は、Anker候補でも……殺させるのは……赦せない、のです。……それに折角、学生の皆様が作った物も……破壊、したくありませんし……)
 榴の胸中にあるのは命も思い出も、手が届く全てを守りたいという固い意思。
 だからこそ彼女はタロットカードに密かに催淫の毒を仕込んでいた。
 蛇麻呂の意識を自身に釘付けにするために。
「童共が……知った口を聞きおって……!」
「……そう言う割には、言葉、震えていますよ。……図星を否定したいのなら、取るべき行動はひとつ。……ですから、こっちに来てくださいませ、ね?」
 そして榴がこてん、と首をかしげた瞬間。
 堪えていた蛇麻呂の衝動が弾け飛んだ。
「この|童《わっぱ》がああああ!! その生意気な口を引き裂いてくれる! 滅びたも~~れ~~!!」
 叫びと共に蛇麻呂は出鱈目に手足を投げ出して暴れ狂う。
 それはさながら滑稽舞のようであり、しかしその実は人間の虚を衝くための洗練された殺人舞踊。
 舞の最中に振るわれた脚が、榴に向けて炸裂閃光蹴鞠を鋭く蹴り飛ばした。
「……」
 迫りくる鞠。しかし榴は一歩も引かず、その場に居直り続ける。
 その理由の1つは蛇麻呂の意識がAnkerから完全に自分に向くよう、ギリギリまで引き付ける必要があったから。
「させないよ!」
 そしてもう1つは、|辰巳《相棒》の防御に絶対の信頼を置いていたから。
「子供達を、それも偶のお祭りを邪魔するなんて許せない。ましてや子供を手にかけるなど言語道断!」
 榴の眼前に差し込まれた辰巳の霊剣が蹴鞠を受け止め、炸裂する間もなく弾き返す。
「そして当然、相棒を傷つけることも許さない。なにも出来ないままに、お前はここで滅んで往け!」
「小癪なあああ!」
 続けて蛇麻呂が繰り出したのは地の底から伸びる亡者共の腕。
 しかしそれらの腕も、辰巳が伸ばした呪いの影に触れた瞬間、地面から突き出た形そのままに死に絶えていく。
「ここは任せて。榴にばかり頑張らせるわけにはいかないからね」
 榴に向けた攻撃は辰巳により尽く妨害される。ならば、と蛇麻呂は今度は辰巳を中心に据えた広域攻撃で一台を焼き払いにかかった。
「光りたもれ~!!」
 瞬間、蛇麻呂の蛍光色に光る公家衣装が風船のように膨れ上がる。
 そして限界まで膨れ上がった風船が破裂した刹那、呪いを振りまく『光る破蛇魔』の群れが濁流の如き勢いで2人に襲いかかりその姿を飲み込んだ。
「ふ、ふん! マロを|謀った《たばかった》者の末路じゃ……む?」
 破蛇魔に飲まれ姿が見えなくなった2人に息巻く蛇麻呂。しかしその余裕も数秒と保たなかった。
「言ったよね。お前には何もさせない、許さない。反撃すらも! 許さない!」
 破蛇魔の濁流が一瞬堰き止められ、次の瞬間にはその流れを押し戻すほどの爆発が巻き起こる。
 それを可能にしたのは辰巳の歩法。圧縮された空気を蹴り出す一撃が鉄壁の防波堤となって2人を守っていたのだ。
 そして反撃はそれにとどまらない。
「贄たる我が声が聴こえるのなら、全てを投影させて……」 
 次いで詠唱を完成させた榴は、使役するインビジブルたちに事象の複製を創造させる。
 それ即ち破蛇魔の逆流――それを使役するインビジブルの個体数、占めて37体分。
37倍返しの濁流に飲み込まれた蛇麻呂は声もなく押し流されるほか無かった。
「さあ、これで最後だ」
 その隙を突いて辰巳は自身に海神の力を降す。
 海神の御力を借りて破蛇魔の濁流を津波に見立て、火雷を撃ち出すことで道標と為す。そして水のオーラを全身に纏うと、辰巳は一息に濁流に向けて吶喊した。
「学生の楽しみを邪魔するんじゃなーーい!!!」
 それはさながら押し寄せる高波の如く。
 霊剣による容赦ない一撃は蛇麻呂の頭蓋を叩き割り、断末魔の叫びすらも濁流の中に消えていくのだった。

春尾・志選

 √能力者たちの怒りの一撃が破蛇麻呂に炸裂する。
 時間はそれより僅かに遡り。
 中庭に潜伏していた|志選《しぇーら》は蛇麻呂が中庭に引き寄せられたのを眼にすると、1人素早く行動を開始していた。
 既に教室内の状況は闇に溶け込んだレイブンズにより確認済み。
(あれは、あの時の男の子。助けなきゃ、私が!)
 それを見た瞬間、|志選《しぇーら》の心に初めての強い怒りが湧き上がる。
 簒奪者から誰かを守る。その決意が人一倍強い彼女にとって、縁のある少年が捕らえられているという事実は到底許しておけるものではなかった。
 顔見知り程度の間柄であろうと、そんな事は関係ない。
 蛇麻呂が戦闘に集中している隙をついて壁に空いた穴から素早く大教室内へと忍び込むと、|志選《しぇーら》は窓に掛けられたボロボロの黒い遮光カーテンを素早く破り取り体に巻き付ける。
(これで闇の中に紛れられるといいけど……)
 暗闇の中の迷路を恐る恐る歩を進める。
 もたもたしていると蛇麻呂がこちらに気づいてしまうかもしれない。しかし、Ankerを助け出す前に気づかれてしまって戦いに巻き込むわけにもいかない。
 そんな相反する状況が彼女の心を焦らせる。
 とその時、迷路の角を曲がった所で|志選《しぇーら》は壁に貼り付けにされた2人の人影を目にした。
「い、今助けます。力を貸して、黒竜!」
 その身に宿る霊獣の力を具現化し、漆黒の鱗を持つ竜人へと姿を変えると、|志選《しぇーら》は風よりも速く捕らえられた2人の元へと駆け寄った。
「わあっ、ま、またおばけ!?」
「違うっすよ。君も親分と同じ、ヒーローっすよね?」
 突然、もの凄い速さで近づいてきたカーテンでぐるぐる巻きの黒い人影に捕らえられた少年は思わず竦み上がる。
 しかし隣の、妙に捕まり慣れた様子の彼は落ち着いたもので、近づいてきた|志選《しぇーら》ににっこりと微笑みかけた。
「助けに来てくれたんすよね!」
「は、はい。すぐに自由にしてあげますから!」
 急ぎつつ、しかし彼らの体を傷つけないよう慎重に鋭い竜爪で触手を引き裂く。
 程なくして2人のAnkerは壁から解き放たれた。
「さあ、速く安全な所まで……」
 と、その時であった。
「誰でおじゃるか~! マロの大事なおもちゃを奪うのは~」
 眩い光を放ちながら大教室内に再び戻ってきたのは公家姿の骸骨。
 生み出した触手が破られたことをサイコブレイドの力によって察知した蛇麻呂が戻ってきたのだ。
 既に√能力者たちとの相次ぐ戦闘でボロボロの蛇麻呂だったが、未だその目はギラギラと輝いている。
「は、速く、急いで!! この人は私が引き付けるから!」
|細いワイヤー《キャプチャーウェブ》を巧みに操って蛇麻呂の体に巻き付けながら、|志選《しぇーら》が叫ぶ。
 その様子にただならぬ気迫を感じた2人は急いで立ち上がり、その場を後にしようと走り出した。しかし。
「逃がすわけがないでおじゃろう!!」
 怒り狂った蛇麻呂のサイコブレイドがワイヤーを毛糸のように容易く引きちぎる。
 そして再び2人を捉えようと黒い触手を伸ばした。
「させません!」
 だが間に割って入った|志選《しぇーら》が身を挺して2人を庇う。
 竜人形態は速度が増す反面、ダメージが大きくなってしまう。当然受ける衝撃も凄まじく、彼女の小さな体はあっという間に吹き飛ばされてしまった。
 それでも吹き飛ばされながらも素早く何度も竜爪を振るい、なんとか黒い触手を切り裂く事ができた。
「ちっ、小賢しいマネを……むぅ? おやおや、今度はどんな狼藉者が現れたかと思えば、そなたも童ではないでおじゃるか。ほっほっほ、自分からマロの遊び相手になりに来てくれたとは殊勝な」
「誰が! 子供を攫って酷い事しようだなんて、許しません! 同じ子供として……私が止めてみせます!」
 痛みに痺れる体に鞭を打ち、その手に握った卒塔婆を支えに立ち上がる|志選《しぇーら》。
 そして少しでも2人が逃げる時間を稼ぐべく、果敢に蛇麻呂に向けて駆け出した。
「は、速い!」
 ダメージを負ったとはいえ、竜人の疾さは未だ健在。
 蛇麻呂が目を剥く速度でその懐に潜り込むと、卒塔婆による渾身の一撃を叩き込む。
 狙いはAnkerを引き寄せてしまうサイコブレイド。
 しかし蛇麻呂もまた負けじとサイコブレイドと笏の二刀流で卒塔婆の一撃を受け止めた。
「小童が大人に勝てると本気で思っておったでおじゃるか。ほほ、憂い奴よ」
「くっ……」
 腕力の差はじりじりと卒塔婆を押し返す。
 その時、教室内に声が響いた。
「ドラゴンのお姉ちゃん! さっきは怖がってごめん……ありがとう! 負けないで!」
 逃げたと思っていた少年が、|志選《しぇーら》の危機を悟り戻ってきたのだ。
 その声を聞いた瞬間、|志選《しぇーら》の胸の決意がより一層熱く燃えたぎった。
(そうだ……私は、誰かを守るために!)
 決意こそが√能力者の、いや全ての生ある者の力の源。
 握る手に力を込め直し、|志選《しぇーら》は一歩踏み込んで決意を宿す卒塔婆を一気に振り抜いた。
「ぬぅおっ!?」
 唐突に膨れ上がった気迫と攻撃の重圧に、蛇麻呂は受け止めきれないと察して思わずその攻撃を逸らす。卒塔婆の切っ先は教室の床にめり込むが、しかし、それこそが|志選《しぇーら》の狙い。
「載霊無法地帯、展開!」
 瞬間、重圧が辺りを飲み込んだ。
「言ったでしょう、許さないって!」
 この捕縛こそが彼女の本命。2人を助けるために、敢えて危険を承知で選択した√能力だ。
 その思いと覚悟が実を結び、今ここに蛇麻呂に致命の隙を生み出した。
 そして|志選《しぇーら》はその好機を逃すこと無く、残った力の限りを振り絞って怒りの連撃を繰り出し、身動きを封じられた蛇麻呂の体を何度も何度も打ち据えるのであった。

ウィズ・ザー

 √能力者達の激戦が続く中、コツコツと靴音を響かせながら大教室に向けて歩く黒い影。
 ウィズ・ザーは学園内にばらまいた精霊達からAnker開放の報せを聞き、静かに息を吐きだした。
「……何となく既視感あるタイプなンだよなァ……このいやらしさ。どうせ適当な洗脳出来るタイプの奴を捕まえてたンだろ?」
 破蛇麻呂の卑劣な手口に苛立ちを募らせるウィズ。
 蛇麻呂が自称していた子ども好きだという盲言。それを信じていた者など端から誰もいなかったが、ウィズはその中でも最も最悪のケースを想定していた。
 それ即ち蛇麻呂は誘拐した子供を弄ぶるのみならず、自身の手駒として洗脳し操ろうとしているのではないかと、そう予想していたのだ。
「胸糞悪ィ……好きと支配欲を履き違えてるタイプはちょっとなァ?」
 自身の想像した最悪の結末に辟易した様子で、ウィズは廊下の壁に手を付く。
 しかし、そうならなかった。仲間たちがそうはさせなかった。
 ならば後は容赦なく叩きのめすだけだ。
「物言わぬ|骸《むくろ》が|案内《あない》する永劫よ……」
 突いた手を握りしめ、壁を強く叩く。
 瞬間遠く離れた大教室内で、唐突に闇が膨れ上がった。
「な、なんでおじゃ……!?」
 虚無の精霊たちが牙を剥き、あるいは爪を振り上げながら蛇麻呂に向けて襲いかかる。
 蛇麻呂はたじろぎつつも咄嗟に奇襲を避けようとするが、その爪牙は相乗以上に執念深かった。避けられると踏んだはずの攻撃の間合いが伸び、そしてそれは直撃と瞬時に2発目が叩き込まれる連続攻撃へと変わったのだ。
 ウィズが遠隔で放った『星脈精霊術【山然】』は着実に蛇麻呂の体力を蝕んでいく。
「ちっ、何処から。こそこそと隠れていないで出てくるでおじゃる!」
 怒りに叫ぶ蛇麻呂。
 廊下の奥まで響いてくるその声に、ウィズは乾いた笑いを返した。
「これまでこそこそやっておいて、まさか自分だけは正々堂々戦ってもらえるとでも思ってんのか? ならお生憎だ。……俺も、用心深いんでなァ」
 蛇麻呂が狩り場に選んだ大教室は当然ながらウィズも事前に確認済み。いっそ他の教室よりも薄暗かったお陰で、忍ばせた分体の数は他の教室よりも格段に多いほどだ。
「ほォら、足元がお留守だぜ」
 分体の感覚器官を通して蛇麻呂がたたらを踏んだことを確認し、ウィズは体の一部である黒縄を伸ばしその体を縛り上げる。
 そして怒りとも嘲りともとれる笑みを浮かべながら、彼は再度精霊たちに攻撃司令を下した。
 大教室に悲鳴が轟く。その声を扉越しに聞きながらウィズは扉に手をかけると、勢いよく宙を駆け、精霊に集られ翻弄される蛇麻呂の顎を鋭く蹴り抜いた。
「……そう言えば、仇だったか」
 床に倒れ伏した公家姿の骸骨の姿を見下ろし、そいつが見知った者と縁ある存在だった事をふと思いだす。こうして直接目にするのは初めてだと感想を抱くも、ウィズはそれ以上は気にも止めない。
 一方の蛇麻呂は床から飛び起きつつ、自身を蹴り飛ばした者の姿を探った。
 しかし既に周囲の色に溶け込む風をまとったウィズの姿を確認することは出来ない。
「ならば……この教室ごと照らし出し打ち砕くのみでおじゃ! 光りたもれ~!!」
 蓄光色に輝く式神群で四方八方を破壊しにかかる蛇麻呂。
「ちっ、破れかぶれか! ぶっ壊させてたまるかよ!」
 対するウィズも再度、虚無の精霊に突撃指令を下す。
 薄暗い大教室で光と闇が交差し、互いに互いを喰らい合う熾烈な攻防が繰り広げられ……そしてその戦いを制したのは闇であった。
「この場所にはチビ達の笑い声だけ響いてりゃそれでいい。お前の薄汚ェ声なんか塵も残すかよ」
 蛇麻呂に群がった虚無の精霊たちが舌を這わせ、その体を丹念に舐めあげ焼き焦がしていく。
「そんな、マ、マロは……マロはあああああ!!!」
 そして光を伴わぬ炎に焼かれた蛇麻呂は断末魔と共に闇の中に消えていくのだった。

 ウィズが大教室を出た時、彼の眼の前を数人の小等部と思しき学生たちが横切った。
「ほら、もうすぐ合唱コンが始まるぜ!」
「お前が好きな先輩のクラスの番だろ! 急がなきゃな!」
「ちょっ、なんで知ってるんだよ!」
 パレードによる洗脳事件があったことなど知る由もない彼らの姿に、無事学園祭を守れたことを実感するウィズ。
「ぶはっ! 廊下はあんま走んなよー!」
 そしてウィズは満足げな顔を浮かべながら、ゆっくりと学園を後にするのであった。

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