シナリオ

彼等と煙はなんとやら

#√汎神解剖機関 #クヴァリフの仔

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 #√汎神解剖機関
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●働く蜂よ、飛んでくれ
 √汎神解剖機関――その何処か。連邦怪異収容局員であるリンドー・スミスは溜息を吐く他になかった。私達の使命は何も知らぬ無辜の民衆を守る事だ。故に……そう、こういう連中は捨て置けない。リンドー・スミスが……ドーナツを好んで食べるらしい紳士が、こうも頭を痛めているのには理由があった。……視察団の連中……私に内緒で、私達に内緒で、クヴァリフの仔を育てているとは……いや、育てている程度であれば、私も、対処する事など容易い。しかし、これは如何いう事だ。管理が……収容の仕方がひどく甘い。まさか、狂信者……弱者に盗まれるとは、度し難い。
 嗚呼、連中、連中が『狂信』をしていた可能性も考えられるな。成程、弱者が背伸びをした結果が『これ』か。仕方がない。|新物質《ニューパワー》を回収するついでに、私が、視察団の練習に教育をしてやろう。√能力が使えるだけの素人が……これなら、汎神解剖機関の|彼等《●●》の方が、降伏してくれない彼等の方が……相手にし易い。

●ドーナツの穴を食べよう
「君達ぃ……愉快な事になっているぜ? なんでも、何者かが密かに育てていた『クヴァリフの仔』が狂信者どもに盗まれてしまったらしい。いや、或いは、木乃伊取りが木乃伊になる、なのかもしれないねぇ」
 星詠みである暗明・一五六はご機嫌だ。
 相当に、愉快な『もの』が見えたらしい。
「常日頃の如くに情報が滅茶苦茶でね。そこは腐っても『お偉いさん』というワケさ。盗まれたクヴァリフの仔を見つけ出し、捕獲しなければならない。そうそう、いつもの紳士も出現するかもしれないから、注意し給えよ」

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第1章 冒険 『錯綜する情報』


 電子の海――ネットワーク――それらを|含めて《●●●》の錯綜だ。図書館などに足を運んでも、おそらく、真面な情報にはありつけないだろう。それほどに現、混沌としていた。騒ぎの原因とやらが、喧しさの中心とやらが、クヴァリフの仔、だという事だけは把握できているのだが、如何にも『仔』の行方が掴めない。とある呟き曰く、飲食店の冷蔵庫。とある新聞曰く、お偉いさんのお家の金庫。とある通行人曰く、宙から化け物が降ってくる。君達はこのゴミ箱の中から本物を回収しなければならない。
 シュレディンガーの鍋のように、蓋を開けるのが最優先だ。
鬼灯・睡蓮

 邪悪なインビジブルに邪魔をされたなら、そうとも、素早く掃除をしてやると良い。監視カメラめいて蠢動したのだ。鏖殺を躊躇うなどありえない。
 手段を選んではいられない。五円玉を酷使するかの如く。
 眠気とやらに――夢とやらに――真実、横たわっている暇はない。安楽椅子に脳味噌を委ねたところで、思考を揺らしたところで、嗚呼、軽度の目眩にやられるだけか。絡みついた無秩序を、渦巻いている混沌を、素早く解く為にはオマエ、現を歩まなければならないのだ。んにゅ……。あまり得意ではない。それが、鬼灯・睡蓮の本音であった。僕には、情報を収集する癖も、調査する事に興味を抱く事も、難しいので……。地道に、虱潰しに、必要と不必要を分けていくしかない。まるでゴミを出すかの如くに、鴉のように|瞼《め》を光らせてやれ。……それにしても、眠い、です……こんなにも、眠たくなるまで、働くなんて……。思い出したのは『いつか』の職員の姿形。最早、影のように塗り潰されてしまったのか。
 兎にも角にも、駆けると宜しい。地面であろうと、空中であろうと、オマエにとっては同じである。……むにゃ……。オマエが最初に発見したのは若い男女のグループ。スマートフォンを手にしながら、さて、何事かを呟いているのか。……何か、憑いているようです……。何が憑いているのかは不明だ。不明だったが、曖昧な儘に、さっさと叩いておくと良い。ふみ……その、何を、していたのです……。何をしていたのか、と、問われても、彼等彼女等は答えてくれない。答えを持ち合わせていないのか、或いは、言いたくもない沙汰なのか。大丈夫……です。とって喰ったりは、しませんので。彼等彼女等曰く、猫とも犬とも言い難い、新種の生物が路地裏に居たとか、居なかったのか。……それが、クヴァリフの仔? なんでしょう……? 詳しく、知らないのです……ぐぅ……。
 女神様の子供の正体など、それこそ、女神様にだってわからない。
 ……駆け抜けるは、時の夢……もう少しだけ、眠気を、我慢してみるのです。
 落ちるかの如くに発揮してやれ、幻影からカダスまで、体力の続く限り。

アーシャ・ヴァリアント

 仰いだ先で見つけたのは怪物の姿か、もしくは。何方にしても発狂は免れず、逃れようとする精神など皆無であった。真っ赤な宝石に覗き込まれたのなら、いよいよ。
 ――地獄に落ちなければならない。
 如何様な|世界《√》で在ろうとも、嗚呼、強欲の罪とやらは存在している。勿論、その他の大罪とやらもキッチリと確認は出来るのだが、度し難い事に、人の欲しがりは永遠である。……好き嫌いは無いけど、あんなの食べたくはないわねぇ……でも、タコっぽいし、焼いたら美味しいのかしら。残念ながらアーシャ・ヴァリアント、この世界には『クヴァリフの仔』を刺身として提供するお店など珍しくもない。……金庫に入れてどうすんのよ。せめて、冷蔵庫とか、水槽とかにしときなさい。それに、空から降ってくるって……カエルとか魚じゃあるまいし……? 魚介類……? それなら、間違ってないのかしら……? ほんの少しだけ目玉をぐるぐるさせてみた。……ま、普通に調べても、どうせ駄目だろうし、能力者らしく動くのが正解よね。まるで義妹のようではないか。まるで、サキュバスのようではないか。いや、勿論、誘ってみせているだけで、その先とやらには欠片として興味はないのだが。……アタシにかかれば誰だってイチコロよ。で、アンタ達はどんな情報を持ってきてくれたわけ? 女王蜂へと群がってきた働き蜂、如何様な貢物を捧げると謂うのか。
 アタシ? アタシは指示するだけで、ふんぞり返って、耳だけ傾けとくわ。いっそ全ての薔薇を赤くしてやると宜しい。アーシャ様……空から落ちてきた『もの』について、ですが。その……成人男性のようにも、見えたそうです。成人……なんて? 安楽椅子探偵もこれには吃驚だ。いいや、成人男性……男……空から落ちてくる。アーシャ・ヴァリアント、オマエは『その光景』を何処かで、認めてはいなかったのか。アイツね? 紛らわしいことしてんじゃないわよ。働いた奴へのご褒美はスマイルだ。スマイルだけで十分だ。タダより高いものはなく、スマイルを受けた奴隷――尊死を迎えそうだ。
 さっさと仕事を片付けて、アタシも、|義妹《サーシャ》をぎゅってして……。

四之宮・榴

 戦闘知識と言うよりも、経験そのもの。ありとあらゆる糸を引っ張り、その中から、オマエの幸運に掛かった『もの』から解いてやるとよろしい。
 異物に目が眩んだとしても、すぐさま、修正してやるのが正しいか。
 ――お客様の心理を咀嚼するかの如く。
 大きな、大きなバケツがひとつ。其処に水と油を注いだならば――くるくる、ぐるぐる――無意味に混ぜていく。成程、ナンセンスも此処まで『来る』と、如何にも、辟易する他になく。四之宮・榴と紳士はそのような関係か。……また……彼の……Mr.の……案件、ですか? あの面を思い出すだけで、あの口調を思い出すだけで、腸が気持ち悪くなってくる。正直、もう二度と、会いたくないと、叩きつけてやりたくなる『もの』だが、神とやらはソレを赦してくれない。加えて……。……き、狂信者が……Mr.が謂うところの、弱者が……なんか、大変なことを……? 事実を並べたところで、情報を並べたところで、悉く、真実とされないのであれば滓に等しい。塵を集めたとしても、嘘を掲げたとしても、まるで、メイドに囲まれた執事。……兎に角、立ち止まっている……暇は、なさそうです。必要な情報だけを……確実に、拾って……纏めないと……。冷静さを、冷酷さを、ほんの僅かにだけ伸ばしてやれ。まだ、其方側に往くつもりは皆無だが、嗚呼、呼吸を整えておくと良い。
 機械仕掛けと己の神経、たとえ、暴力的なまでの目眩だったとしても、最早、平常である。……僕は……そろそろ、慣れ過ぎているのかも、しれないです……それとも、これも、成長なので……しょうか? 情報のひとつひとつを繋げていく。傷口を嘗めとるかの如くに、|半身《レギオン》、誰かの足跡を追っていくのか。……見つけました……やはり、落ちてきていたのは……Mr.自身……探しているのは、Mr.も、同じなのかも……しれないです。箱庭の中の彼に抱いたのは『関わり合いになりたくない』だ。しかし、リンドー・スミス、紳士の表情とやらは――かつてないほどに、余裕が消し飛んでいた。
 ……先を越されるのだけは……赦しては、いけません……。

オーガスト・ヘリオドール

 頭蓋の内側に詰め込まれた歯車とやらを、インスタントに作られた時計仕掛けとやらを、チクタク・チクタク、廻してやれば良い。油断とやらが、気楽さとやらが、嗚呼、まさか、牙を剥いてくるとは誰にも解されなかったのか。収容が甘いと……|人間が狂う《ヒューマンエラー》が出ると……「そうなる」のは仔もヒトも同じ。職員だろうと狂信者だろうと、人間じみててイイね? それとも、じみているんじゃなくて、人間だったりしてね。実際、リンドー・スミスは化け物を身に宿しているが、面構えは人なのである。人が人である限り、思考が人である限り、真に、完璧とやらは出来やしないのだ。さーて……俺より『相棒』のほうが得意そな事! 情報を収集するならば、それこそ蒸気の役目だろう。まるで混沌を均すかの如くに、カタカタ、無秩序のフリをしてやるのが宜しいか。ま、そうも言ってられない。木を隠すなら森の中、ネジを隠すならば何処が正しい。ありとあらゆる雑多からの聞き込みだ。正体を隠すのは得意だし、それに、愉しそうな事なんだから、首を突っ込まない方が|嘘《●》だよね? 潜入潜入! 怪しげな儀式会場だろうか。或いは、退屈な会議の場であろうか。何方にしてもオマエ、しっかりと馴染んでくれていた。
『おつかれさま』まったくハラハラと、腹腹と、させてくれる。既にチクタク嗤っていた『ご挨拶』の最中、「俺にも効くけど」なんて、精神の底で囁きながら質問、投げつける。最近どう? 俺? 俺は盗まれたうねうね探してるんだけどさ。監視カメラの映像とかない? あぁ? 収容局のいけすかない野郎に『いっぱい食わせて』やろうって、皆で決めたんじゃねぇのかよ。我々は――狂信者の所為にして、独り占めにするって計画を立てたのだよ、忘れたのか? ふぅん……? ま、それはわかってるけど、一応ね。そこ、誰が管理してる? じゃ、その鍵盗んでくけどあとで返すから! 何か、重要な情報がサラッとこぼれた気もしたが。兎にも角にも、自分の目で見ないと気が済まないか。
 失礼いたしまーす! 痕跡、しっかりと、くっきりと、先程『会話をしていた』連中が|罠《クヴァリフの仔独占計画》を仕掛けている。んー……。情報を得たのだから、何もかもを引っこ抜いたのだから、あとは、立つ鳥跡を濁さず。さよなら♥ バックアップもデータ破損させて……スッキリしたよね? ま、責任取るの俺じゃないし! 無礼講ってことで! お帰りの時間だ。
 荷物はひとつとして、残されていない。

星越・イサ

 連邦怪異収容局――名前から紐解ける程度には、そう、関わってきたとしてもおかしくない。クヴァリフの肚を暴くかの如くに、嗚呼、人の欲望とやらを晒してしまえ。たとえ、何者が絶望をしようとも――民衆の眼にこそ、真実を与えてやらねばならない。
 忘却をしてはいけないと紳士も説いていた筈だ。
 私は、そうです、こういう胡散臭さも、嫌いではないのです。
 砂漠の中でお目当て、只の一粒を選択するかの如く。深海の底でキラキラ、ミリよりも小さな生物を掴むかの如く。コンコンと、|頭の中身《アカシックレコード》から情報を釣り上げる。そのような滅茶苦茶をやってのけるのが|人間《インサニティ》の沙汰と解せよう。ええ、お任せください。情報収集と謂うものは、私のような存在にとって、呼吸のような『もの』ですので……。現実だろうと、電子空間だろうと、或いは、霊的世界であろうと、飛び交う沙汰にはノイズが宿る。多量の……無量大数な……『ごみ』とやらを、狂ったように観測してしまうと宜しい。誰もが予想し得ない明後日の方向、それこそ、ルーレットのように、宇宙空間で体躯を回してやるのが楽しいか。……これが、私の『見つけた』結論です。たいへん、飛躍をしているのかもしれませんが、飛躍をしているのは、きっと彼も同じですから。誰に対して『彼』と告げたのか。誰に対して『確信』を叩きつけたのか。何を今更と嗤ってくれたなら、嗚呼、跳ねる紳士も満足するのか。……究極の回答は『窮極的』な話、ぶっとんでいて、役に立つか、わかりません。わからないからこそ、しかし「蓋を開ける」ことには繋がってくれる筈なのです。予言を落っことした|不在《ノストラダムス》、今日滅びるのか明日滅びるのか、滅びないのかすらも、ぐちゃぐちゃだ。……今はこれこそが、必要なのです。たぶん。たぶんが多分に含まれた結果の陰謀論だ。この件には米国政府が関わっている!!! ……え? これ本当ですか? 間違いありません。
 視察に来ていた何者かとの偶然、犬も歩けば棒に当たる。

セルマ・ジェファーソン

 服装、喋り方、etc……遠目だとしても、よくわかる。
 世界が穴だらけなので在れば――ドーナツよりも空虚なのであれば――嗚呼、探索のし甲斐すらも失せていくのか。まるで、運命。偶然と謂うには出来過ぎている『依頼内容』で、それこそ、フリーランスにあるまじき遭遇率か。さて……久しぶりのお仕事といこうかしら。耳に這入って来た噂、天から地へと落ちていく『何か』さん。……本当に化け物なら、本当に怪物なら、いずれ、こっちにもやってくる筈だろうし……。いっそ迎えに行ってやるのが|慈悲《トーカー》である。誘き寄せてやったならば、制御をしてやったのならば、愈々、其処に存在しているのは善なのか、悪なのか。善い子も悪い子も寄ってらっしゃい。まあ、酔っているのは、仕事終わりの一杯だけで、十分なのだけれど。本当に、本当に、危ない子に出会った場合は? にゅるりと、目玉を晒してくれた君。ボクガタベチャウゾ!!! 折角なので味見をしてやると宜しい。これは、なかなかに、怪異的なのではなかろうか。ム……セルマ、コレ、インビジブルジャナイゾ! 生前の姿に戻らない。常にウネウネとしていて、なんとも、何処か懐かしい気配を散らかしている。……クヴァリフの仔? いいえ、これは違うわ。別の|怪異《●●》よ。目撃証言は得られなかったが、情報はひとつ、確実に。御伽使いが推測するに――羽虫を彷彿とさせるソレは――そう。ムシューも大変ね。
 リンドー・スミスが従えている、己の肉体に収容している、怪異の一部分だ。おそらく、跳躍時に数体、落としてしまったのだろう。落ちてくる化け物って、そういうこと。ムシュー、私が想定しているよりも、心の底から、焦っているみたいね。セルマ! セルマ! 何よ、ジョン。アレ、ナンカアヤシクネェカ? 向こう側からやってきたのは如何にも『偉そうな』男の群れ。何かを確信しているのか、嬉々とした表情を晒している。
 成程、理解したわ。彼ら、私の予想では米国の視察団ね。
 フリーランスが故の答えだ。幾つか、依頼を受けた事がある。

笹森・マキ
一ノ瀬・シュウヤ

 塵も積もれば山となる――塵でなくとも山とされる――慣れ親しんだ研究室のど真ん中、文字通りとなった紙とやらに、嗚呼、埋もれているのは笹森・マキか。探っても、探っても、掻き集めても、掻き集めても、必要そうなものにありつけない。そういう運命にでも弄ばれているのか、ばさりと、お手を挙げてみる。ひ~……。泣きたくなるほど、悲鳴を上げたくなるほど、大渦巻きとなった情報とやら、忙しなさを紛らわせる為に事務椅子の上、くるくる、くるくる、戯れてみるのか。クヴァリフの仔関連の情報って、多いし、他のと混ざりがちなんだよね~。あ、ありすぎて、目が回るんだよぉ……。精神的にも物理的にもおめめぐるぐる。ついでに、ぐぅ、と嘲ってきたのは脳味噌なのか、胃袋なのか。あ~……糖分とりたくなるぅ……。ぽちりと押してやったパソコンの電源。マウスをこれから弄り倒すというのに、嗚呼、チョコレートを素手とはおそろしい。報告書に至ってはちょっと油分がこびりついてはいないか。甘じょっぱいは正義だとマキ、思うんだぁ。
 休息は|義務《●●》である。そう、部下達に叱られてしまった一ノ瀬・シュウヤ。久方振りの『なにもない』の後、ようやく、研究室とやらをノックできた。ふぁ~い! 中から送られてきたのは、なんだか、慌ただしい女性の声。……マキか? 研究室で調べ物とは珍しいな。基本的には現場にいるのだ。そんな彼女が頭を抱えて、うんうん、唸っているなんて。いや、よく見たらお菓子食べてるな。目玉だけはしっかり忙しないが、ちゃっかりと。クヴァリフの仔の情報を調べるのは良いが……だが……せめて、どっちかにしておけ。ん~? おふかれふぁまれす……んぐっ……。咽喉に詰まらせたのか、適当なコーラで流し込んでいる。流し込んで、ひっく、今度はしゃっくりが止まらない。どっ……どうも~、見ての通り、クヴァリフの仔関連について、調べたりしてまぁす! だ、大丈夫か? 大丈夫なら、まあ、いい。手が空いたから……空いているから、俺も手伝おう。解剖をするよりかは幾らか『マシ』だろう。シュウヤの脳裡、チラついたのは、口づけの苦さか。
 何……クヴァリフの仔の育成だと……? 依頼の内容を共有したところで上司、レアケースに目を付けた。こちらにもクピがいるからな……如何にも、他人事とは思えない。加えて、育成していた『仔』が盗まれた、と……不穏だな。いや、仮に、育てていたのが真実だとしても、そんなにも、雑な管理をする組織が、本当にあるのか……? 疑問はもっともだ。情報量に押し潰されて白黒とさせていた|暗殺者《マキ》にも、涎を飲み込む思考はあった。む~……それって、あれじゃないですか? 所謂、マッチポンプみたいな……? 情報が操作されている……もしくは、意図的に、情報を流している……。可能性とやらが次々と飛び出してくる。まあ、それもですけど、シュウヤさん。他にも気になる事があってですね。いつもの紳士が出現するかもって、聞いてるんですよ~……。紳士の特徴を事細かに、いや、細かくせずとも、イメージでわかる。リンドー・スミスだ。連邦怪異収容局に属している、所謂、過激な男だ。……厄介だな。いや、それが本当なら、それらしい男を探した方が早い気がしてきたぞ。マキ、あの男は怪異を宿している。怪異の『跡』を辿るとしよう。
 了解で~す……あ、紳士ってもしや……収容施設を襲ったおじさん?
 顔つきが変わった。それこそ、妹や人間災厄には見せられないほどの。
 しゅ……シュウヤさん? あの、怒ってます?
 怒りの感情ではない。マイナスの感情では有るのかもしれない。名状し難いものを抱えながらも、即座に、応えてやるのが正しいか。……別に、怒ってはいない。気にしないでくれ。ネットの海に漂っていたひとつの動画。ドーナツを齧っているおじさんが、視よ、宙へと跳躍している。ひぇぇ……さっきのシュウヤさんみたいな顔だぁ~……。
 口にはしない。心の中だけの言の葉。
 きっと、何かが、ありそうだから。

和紋・蜚廉

 深淵――コバンザメが如く――ついて行くのも戦略の内。
 生き延びる為だ。生き残る為だ。全てを使いこなせなくては、勿体ない。
 地響きよりも、ナマズののたうちよりも、わかり易いと『もの』とは何か。それは人の群れであると、人ではないオマエはざわついた。雑踏――その横あたり。鴉の目の玉よりも黒く、ギラギラと、|触覚《みみ》を揺らしているものがひとつ。……ほう。此処らに住んでいる人間は、如何やら、噂話というものが好物らしい。群衆に紛れていたオマエは所謂、おばさま達のお戯れとやらをしっかりと改める事が出来た。曰く、空から落ちてきたのはイケメンだった。曰く、もう少し若ければうちの娘に紹介したかった。つまりは、我が想定していた『もの』ではなく、成程、汝は如何やら、真面な人ではないらしい。早速、排気口へと身を投じたら、秘密の抜け道。かつて同胞が拓いてきた『もの』を辿っていく。イケメンだが若くない。中年男性だろうか。中年男性が住んでいる家の冷蔵庫やら、金庫やら、片っ端から覗き込んでやると宜しい。嗚呼……虚報ばかりだが、一致を繋ぎ合わせればやがて核心に至るはずだ。決定的な兆しとは、いつ、何処から、やってくるのかわからない。たとえばチラリ、触覚に引っ掛かったのは怪異の|鳴き声《●●●》であろうか。
 走れ――奔れ――文字通りに、這入れぬ場所など無いと。我が殻は、我が鎧は、ただの防壁ではない。情報の渦に踏み込み、混沌の底へと身投げし、要らぬ雑踏を削ぎ落とし、残った『もの』だけを拾い上げる。真実は……本物は、深く隠されていようとも、嘘に狂わされていようとも、必ず浮かび上がる。態々、フェロモンを散らかす必要などないのだ。群れずとも孤独に動けばこそ、見える|道《未知》もある……。怪異だ。怪異が存在していた。如何やら怪異は|飼い主《●●●》を見失っているらしく。ぴぃぴぃと鳴いていた。面白いな……嗚呼、まったく、面白い。殻の奥で笑いを含み、接近、怪異の虚へと潜り込むのか。飼い主とやらを紹介してくれ、野良を辞めるつもりは皆無だが。

ディラン・ヴァルフリート

 然るべき部署も何も、いらない。
 必要なのは悪意だけで、極めてシンプルな処置であった。
 何も知らない無辜の民衆――言い方を悪くしたならば、さて、民衆は盲目であろうか。そんな彼等を『守る為』と断言するのは、嗚呼、勿論、紳士だけに限った話ではない。……相変わらず聴こえの良い御題目ですね。心の底、底の底、封じ込められた底無しが何を囁こうとしているのか。虫唾が走るようだ。まさか、自分自身を繕えているとでも、宣うのか。いえ、仮に……連邦怪異収容局とも、魔術塔のように、手を取り合えるなら……それを望む方も存在はするのでしょう。それにしても、まさしく、過ぎてしまった沙汰を殺す事は出来ない。殺し殺されの仲なのだ。如何しようもなく人間なのだ。善悪の二元論のように両極端とはいかないのだ。……さて、調査ですね。真実や本心といった、所謂、真理、心理の分野は専門外ですが……欺瞞や隠蔽には鼻が利く身です。ならば、隅から隅まで、脳天から爪先まで、悉くと暴いてやるのが喜ばしい。それこそ、悦んでくれているのは|魂《●》なのではないか。湛えられた悪性は狭量――解かれた封印の彼方より――粗探しに至る。
 勘だけでも十分だが、第六感だけでも十分だが、以上に、異常なまでの収集能力を発揮させた。不要なダミーの悉くを、一切合切を、削ぎ落として終えば|真実《●●》とやらが残るのでしょう。想定外は決してなく、想像通り、特定された関係者の姿形は政府の者か。連邦怪異収容局……彼等ではなく、むしろ、彼等も巻き込まれた側だったと……いえ、何方にしても、クヴァリフの仔の回収はお仕事のようですね。何処からともなく飛んできた干渉の術。抵抗の意思すらも赦されず、ごっそりと、真実とやらが抜き取られたか。……嗚呼、そういう、事でしたか。引き渡すも何も、この場で|処分《●●》しなければ、いけないですね。夏も盛りだというのに……御苦労な事です。暴かれてしまった彼等は|米国《●●》の視察団。連邦怪異収容局を従えている――と、慢心しているだけの――何もわかっていない連中であった。……クヴァリフの仔を保護した後、無事、機関に届けるのが、
 僕らの、今回の|仕事《●●》ですね。

第2章 集団戦 『米国特別怪異視察団』


 リンドー・スミスめ……我々の作戦を事あるごとに無下にするとは……奴は自分が一職員にすぎないと、理解をしているのか?
 √能力者達が――君達が、導き出した『答え』はひどく混沌とした、ある種、人間らしいものであった。不遜とも思える会話、その主等は『米国特別怪異視察団』。所謂、米国政府内の『強硬派』に属する者たち。
 クヴァリフの仔を集めるのであれば、まず、我々に話をしてから動くべきだ。奴は如何にも、自分の立場とやらを忘れてしまっているらしい。故に、今回の『仕置き』を考えたのであるが……貴様等は何者だ? まさか、クヴァリフの仔を狙っているのか? ならば、仕方があるまい。今から特別審問会を開始する!
 米国特別怪異視察団――√能力者のみで編成されている彼等は、成程、驚異なのかもしれないが。脅威ではない。何故ならば、彼等は戦闘経験というものを、まったく、していないからだ。文字通りに私腹を肥やしている。
 では、貴様等を排除した後、リンドー・スミスに罰を与えるとしようか。
鬼灯・睡蓮

 夢も現も変わらない。遅かれ早かれこの無様だ。
 世界の仄暗い場所にて――中途半端な谷底にて――嗚呼、彼等は蜜のようなものを啜っていた。手始めに、邪魔な『もの』を、正しすぎる『もの』を排除し、微温湯とやらを用意させるのか。何もかもを容易として、隠蔽し、尻拭いを他人に押し付けるおぞましいナマモノ。むにゃ……はぁ……。溜息と共にこぼれたのは呆れだろうか、或いは、イレギュラーの群れに対してのヘドロで在ろうか。政治家、権力者……それの、一部分。そういった輩が関わると、本当に、碌でもないことになりがちなのです……。口をチャックしてやっても、脳髄を滅茶苦茶にしてやっても、そもそも、チャックなど壊れているし、脳髄なんて最初からシェイク状態か。面倒ではありますが、敵対するというのであれば……いえ、これが『敵対行為』だとも、思っていないのであれば……こちらも、相応に対処するしか、ないのです。ざわつく連中、オマエを認めて『やかましい羽虫』としか思えていないのか。貴様……我々を侮辱するつもりか? 人間災厄が、人間ですらないものが、我々に歯向かったら、如何いう末路を辿るのか……今すぐにでも、教えてやろう。不遜も不遜、極めて不快だ。腹立たしいと謂うよりも面倒臭い。大勢で大きな声を散らかす連中は快眠の敵と謂えた。……これは、後継に託すのも、楽かもしれませんね……ふぁ……。「おやすみなさい」の挨拶だ。視察団の連中が叫び出すよりも素早く、何処かの砂塗れを見習ってやると宜しい。
 物理的な攻撃など、容赦のない攻撃など、連中相手には勿体ない。耳元で囁いてやった本物の昏さ。暗黒の底へと背中を押してやるサマは、まるで、夢の主の子守唄だ。ふわ……机上の空論ばかり詰めている相手なら、夢か現か、その境界線を……カダスへの階段を……曖昧にすればいいのです……。自滅に追い込むなら、早めてやるなら、それが一番楽でしょう……。護る為の盾は要らない。連中、既に悪夢の中なのだ。
 裏切り行為とやらはお約束だと、連中、騒いでいるご様子か。

アーシャ・ヴァリアント

 威嚇に続けての本格的、忌々しいものを塵としたなら、
 態々、見ている所以もない。
 人間の構築してきた――積み重ねてきた――歯車の動きというものは、時に、頭の固さの象徴として、悪い意味として酷使されてきた。そのアヤマチとやらを、その失墜とやらを、真正面から示してやる行為は――ある種の、裸の王様の真似事を写していたのか。あー……? 何オッサン達……? アーシャ・ヴァリアントは煽ったのではなく、純粋に、あまりにも興味が薄かっただけ。汚らわしい、ブヨブヨとした皮膚の下とやらに若干の嫌悪は感じつつも、嗚呼、脳内はたっぷりと義妹の微笑みか。ふーん、偉いんだ。じゃあ、あの|爺さん《リンドー》ってやつよりも強いのかどうか、試してあげるわ。知らない女が最初に口にした人名、それを耳にした結果が、さて、視察団連中の真っ赤っか。な……貴様、言うに事を欠いてリンドー・スミス……職員風情と我らを比べようと……。叫ぶよりも前に、発揮するよりも前に、まずは憤慨。大罪に身を委ねた時点で連中、三下ですら吃驚な噛ませ具合か。
 脱皮をしたのか、羽化したのか、気が付けば天を蓋するほどの巨影。上へ、上へと連中が視線を投げたのなら、赫、真実とやらが威容を放ってくれていた。き……貴様……竜だと……? 別√の化け物め……最早、審問の『し』の字も不要……貴様は我々の敵だ。……は? 何? 今更わかったわけ? ま、いいわよ。一応、本当に能力者だって『わかった』だけでも収穫だから。それに……ほれほれ、目を閉じたら効果切れちゃうんでしょ、ビビッてんじゃないわよ。だ……誰が、誰が、貴様なんぞ……! 凝視している。只管に、意地を張っている。それがなければカラクリに気づけたのかもしれないと謂うのに。つまり、そう、真実。アーシャ・ヴァリアントには一切が届いていない。それじゃ、バイバイー。欲望マシマシ身体カタメの堕肉は美味しくなさそうだから、食べるのはやめとくわ。胃もたれはそうだけど、単純に、シャワー浴びてもいないんじゃないの。貴様……よくも、其処まで……! 隅々まで泡々していても、嫌悪感、拭う事など出来やしない。いつもの如く汚物は消毒するに限るわね、ええ、消毒しても意味なさそうだけど。
 焼却処分だ。風向きとやらに注意し給え。

四之宮・榴

 病的なまでの執着心に辟易、即座にこぼれてしまった。
 今にも溶けだしてしまいそうな大罪、蓋をする事も困難だ。
 ――堕落、悪徳、こうも、人によって違いが出るものか。
 嘲笑うナマズどもを前にして――混沌を散らかす有象無象を前にして――繭の中身、その虚ろな正体とやらを暴き尽くしてしまったのか。飛び散った|涎《ことば》のナンセンスさに関しては、成程、何処かの何者かよりも厄介に違いない。……上司として、最悪の部類です。上司ではなくとも……あまり……接触したく、ありません……。嫌悪感を、感情を、直接、相手に叩きつけるとは四之宮・榴、珍しい沙汰ではないか。……此れなら……店長様の方が……何倍マシか……。ええい、何をブツクサと……我々に対しての悪態、これを、見逃してやれるほど、我々は優しくなど……! 悪口に対しては、成程、地獄のような耳ではあるのだが、此処までして難聴だと――盲目だと、部下の反応まで目に見えているものだ。……こんなのに、脚を引っ張られている間に……|貴方様《Mr》の謂う、本来の弱者は……。救われない。救われる筈がない。救いようのない連中のお守まで『する』からだ。兎にも角にも消失せよ。気配は最早、闇とやらの玩具であった。
 女の子を傷つけるなど言語道断。まずは自衛を優先すべきか。
 手鏡――鞄から取り出した『それ』を得物に、獲物どもを観察していく。既に、壁の彼方へと到達したオマエは、ああ、まるで、森の中の木よりも緑色らしく、連中、盲目具合を増幅させられたのか。……あとは……僕が、正攻法を……真正面からの戦いを……しなければ、勝ち、です……。使ってやるものか。正々堂々など、欠片として、振る舞ってやるものか。卑怯な連中なのだ。腸が沸騰するほどの連中なのだ。如何して、態々、同じ土俵でやらねばならない。……ええ、僕は……こういうのも、得意、ですので……それに……。ナマズどもが沈黙している。さて、震えているのは人体なのか、或いは、脳髄だけなのか。……それに……迷信は、人を……踊らせるもの、ですから……。
 叫ぶ事すらも赦せない。目にする事など、以ての外だ。

オーガスト・ヘリオドール

 ある種の輪廻を望むのであれば――反復横跳びを欲するのであれば――人間道、貫く意志とやらを、意思とやらを、神か佛に叩きつけてやると宜しい。筆舌に尽くし難い情念が、形容し難いハラワタが、たとえ、おぞましい生き物の怒りを買うのだとしても。……『仕置き』? 俺たちからのお仕置きを受けてくれるって? 歪曲しているのは連中か、或いは、機械とやらに仕掛けられた奇怪の沙汰か。いいね! さっぱり好みじゃないけど、ネジの一本までやるつもりはないけど、相手したげるよ! 正々堂々と見せかけた先手必勝、改められた意識は何処までも光輝を――煙を放つのか。いつまで目を開けてられるかな? まあ、その、お喋りなお口だけは、チャックできないかもしんないけど。何が偽りで何が本物なのか。嗚呼、仮面をしてしまったならば、たとえ、混沌だろうと叶わない。で、どうかな。今まで、何もかも、自分たちの思い通りにしてきたんだよね? それが出来ないって、本当に、おそろしいことだと思わないかな? 黙れ、黙れ、黙れ……貴様、三原則を忘れたとは……謂わせな……! 幸福な滅びを選択したのは彼等だ。最早、その決定だけは覆せない。スイッチを押したのは君たちだから、俺、それをやるのも『お仕事』なんだよね。
 次いで――|来《きた》れ、『クロックワーク』。
 環状蒸気機構神格・アルテスタ――『クロックワーク』――オーガスト・ヘリオドールの|大団円《●●●》が出現した。いいや、この場合は降臨とでも描写をすべきで、闇ほどの|蒸気《けむり》が齎すものは三悪趣である。全砲門、全て奴らに向けろ。|過熱蒸気《ブレス》――! 豚の丸焼きを作るよりも、嗚呼、蒸して料理にしてやる方が容易だったのだ。視界を遮るのは勿論、頭の中まで、嗚呼、まるで、スムージーのようなスチームか。これで、下手に能力は使えないよね。使えば使うほど、ほら、相応に消耗するんだから……! 奴らの目玉を傷めてやれ、ついでに咽喉も壊してやれ。そうして、あとに残されたのは案山子だけか。
 一人ずつ、一匹ずつ、丁寧に、丁寧に、メビウスリングで屠ると良い。
 その前に――テーブルの上に案内されても、知らないけどね!

星越・イサ

 彼方の光景は、たとえば、大きな鴉の羽の上。
 大きな、大きな、広大無辺な、輪郭すらも捉えられない、
 ――鴉とやらの、無の中の、眩しく映った破損情報。
 喰い尽くした空気の味については――狂気の沙汰の味わい方については――今更、連中に伝授してやる必要などなく。まるで、自分達こそが正気なのだと、自分達こそが真実なのだと、傷を嘗め合うかのような、醜いサマか。ドーナツは穴がおいしく、話芸は間がおもしろく、音楽は休符が美しく――それこそ、楽譜の隅っこに存在していた、情念だ。奏者に対しても意地が悪く、嗚呼、維持をする事すらも難しい現実か。宇宙は|超空洞《ヴォイド》が愛おしいと、言います。視察団の連中は如何やら、オマエの深淵、表面を削る事すらも出来そうにない。何を宣うのかと思えば、貴様、正気ではないのなら、さっさとアピールすれば良いものを……。あなたたちは、あなたたちのような人は、一度、頭をカラにして考え直してください。超大国の後ろ盾があるとしても、顎で『収容局』を使えるにしても、怪異を管理しようとするなんてナンセンスです。この女は何を言っているのか。この人間は何を言っているのか。理解を拒んでしまった時点で『詰み』であった。そもそも、正気に縋りついている連中が――傲慢さの奴隷となったならば、末路は目に見えている。
 管理をしようとしてはいけません。制御しようとしてはいけません。ただ、起こった状況に、混沌に対処し、少しだけましな未来を選ぶ、それが、人類の……私たちのすべきことです。成程、よくわかった。貴様はどうやら、完膚なきまでに、狂っているらしい。それが出来るのであれば、そのように、諦められるのであれば、人類は最早――神に等しいのではないのかね? 接続したのは惑星級、理解不能な……理解すらもない……唯の、何もないが、顎を開けている。共有しましょう。私は、眩暈を覚えるのが、癖になっているのだと思います。
 恐怖の先で出会ったのは喪失だ。何もない、ああ、何もない。
 暗闇すらも認められないほどに、最早ない。

和紋・蜚廉

 驚異だ。故に、脅威ではない。
 秀でているのは威勢だけで、井の中の蛙よりもブヨブヨと。
 根源的な恐怖とは何か――本能的な敵愾心とは何か――それは、即ち『嫌悪』の念より高まる。そう考えてみたならば、成程、連中こそが『嫌悪』をすべき対象なのではなかろうか。人を食い物にし、自分達が肥える事しか考えていない。いや、考えにも及ばない、お粗末な態度。……まるで、退化する事しか出来ない蚕であろうか。否、蚕と違って連中は――働き方を憶えてしまっている。ならば、愈々、やるしかないのではないか。最早、駆除するしかないのではないか。駆除、排除、このような言の葉をオマエが、黒光りする存在が、使わなければならないほどの――兎も角、吶喊せよ。吶喊し、這い寄り、その口腔へと飛び込んでいくと宜しい――尤も、今のオマエはちゃんとした、人間サイズなのだが。
 視察団の一人が――肥えに肥えた連中の一匹が――爆ぜんばかりに眼球を開いたのは『何も出来なかった』故である。目の前に存在している|能力者《それ》を理解するのに凡そ数十秒。ああ、数十秒と与えてしまったのだから、哀れ、蹂躙される以外に道はないのだ。瞬間――顔を掴まれ、持ち上げられ、完全に無力化をされてしまう。おしまいだ。嗚呼、愈々、お終いだ。一寸の虫にも五分の魂――等とは、正気の沙汰とは思えない! 周囲の皆に助けを求めたところで無意味、無駄、その羅列。直感せよ、前は黒いが、視線を流してやったならば、悉くに紐がついている。粘性の悪夢を知ると良い……これが、罠にかかった同胞の絶望感か。
 顎への衝撃――掌底――脳髄が振盪するほどの一撃に、全てが砕けてしまった。畳み掛けるようにして臓腑を貫かれ――最初の|一匹《●●》は絶命した。声を奪われ、視界を閉ざされ、精神を砕かれた者に「宣言」など赦されない。運よく紐から逃れていたとしても嗅ぎ付けられたならば終幕か。隙を逃してやるほど、蜚廉、慈悲深くなどない。群れを持たぬ我にこそ出来る『狩り』がある。強硬派を名乗ろうと、過激派と掲げようと、虚勢にすぎぬ――大道芸は他所でやるべきだと、我は思うのだ。

セルマ・ジェファーソン

 優しさと強さ、その両者を抱かなければ叶わない。
 叶えるべきは弱者への救済であり、その為ならば、
 紳士は死に物狂いをやると謂うのか。
 死神――文句を教えるよりも前に、教唆を試みるよりも前に――主人公、その人間らしさを嗤笑してやったのか。強欲さに、貪欲さに、目が眩んでしまったのはおそらく『神』とやらも同じである。さて、見覚えのある誰かさんたちとは「おはなし」をしましょう。怖くて、恐くて、たまらない饅頭の面の皮の厚さとやら、幾重にもされた情念の歯応えは……死霊にとっても辟易とした『もの』と考えられよう。あまり、おはなしの通じる相手とも思わないけれど……それに、馬の耳に念仏、そういうものよ。煽られている。神経を舐られている。そのように思い込んだ連中は泡を散らかし、ああ、フリーランスなオマエを罵倒するのか。貴様のような半端物、どっちつかずなど、それこそ、靡き易いのではないか? 貴様のような雌には、やはり、この光線銃がお似合いだ。……確かに、私はフリーランスだけど、あなた方みたいなのに洗脳されるほど、軽くないのよ。ムシューに罰を与えると仰るけれど、彼は何の罪を犯したのかしら。犯した罪は山ほどにある。山ほどにはあるのだが、連中、思考の一切が私欲なのだ。ああ、おかし……お菓子といえば、彼は年齢的に、そろそろ甘くて脂っこいものがダメになってきているみたいだから、ドーナツでも……揚げ饅頭の方が良いのかしら……たんと食べさせてあげたら、良い罰になると思うわ。嗚呼、まったく、度し難くも「まんじゅうこわい」。珈琲、身体に宜しくないのであれば、よりこわい。
 ムシューのことはさておき……。スポンジのように吸収してくれる脳髄なのだ。働き者の蟻さんは糖分を好むのよ。あなた方は蟋蟀……残念ね。くそ……※※※め……我々の為に動かない有能など、無能どもの方が幾らかマシだと謂うのに……! まるで自分達の存在を『有能』だと思っているかのような言動だ。洗脳をするにしても、嗚呼、続きが下手では意味などない。……残念ね。蟻と蟋蟀なら、私は蟻の方が好みなの。どちらも主役で、物語には必要不可欠だろうって? 残念ながら……。敵は甘ったるい砂糖の人形。集り始めた蟻の群れは、さて、その腹とやらに穴を開けてくれるのか。
 この寄席においては――|語り部《わたし》が主役なの。
 ごきげんよう。

ディラン・ヴァルフリート

 頁に刻まれた詩の意味について。
 豚の類に示したところで、馬の類に伝えたところで、
 鹿がついてくるだけか。証拠は失せ、絨毯、
 かき氷に権力など不要と謂えよう。
 火と硫黄だけでは物足りないと――蝗だけでは物足りないと――何者か、連中の罪に、存在に、如何様な感情を覚えているのか。マイナスであれ、プラスであれ、何もかもは『王』の機嫌次第であり、この期限、如何様にして守らせると謂うのか。無能は無能なりに、使い道もあるものですが……今は……この緊急時に、わざわざ面倒を見る程の暇も無し。払い除けておきましょう。思考回路がシッカリと前世ではないか。善性の沙汰を見せつける事もなく饒舌、悪趣とやらに引っ張られておくのも間違いではない。……貴様……貴様、その目はなんだ。まるで、あの男のような……我々を見ている、リンドー・スミスのような……! 随分と、自分の立場をお分かりですね。それなら、僕が、教える必要なんてないとは思いませんか。理解していて尚、この有り様。ぬるま湯に浸かっている豚は出汁になどなれない。
 立ち上がった|審問官《●●●》の群れ――囲んでいるのは、さて、無辜そのものであったのか。縛された罪人の目には涙も無く、只、直火が迫り――錯覚は、嗚呼、オマエの前世の記憶でしかない。されど、|錯覚《み》せられた彼等にとっては地獄の責め苦に相違ない。悲鳴が聞こえる。恐怖が蔓延していく。目を瞑ったところで……何も変わらないと謂うのに。思うが儘に、意の儘に、あなた達が踊ってくれると、謂うのなら、僕は、応援をしてあげましょう。体内――脳髄を含めて丸ごとを――文字通りにシェイクしてやれ。それでも、尚、石橋を叩きたいと思うのであれば――|破壊の炎《おしまい》の為に錬ると宜しい。
 やはり、そちらの方が……頭を冷やすのには、最適化と思います。あらゆる人体が、あらゆる大罪が、裏切り者が、地獄とやらに突っ立っている。コキュートスめいた惨事に、愈々、最後の審判とやらが下された。一人は冷凍保存の生け捕りに見えるよう、残しておきましょうか。砕けた。ひとつを残して、何もかもが。かき氷の味を確かめる所以はない。
 尤も、証拠云々と言ったところで、僕は何もしていないのですが……。指先すらも使わなかった。世も末ですからね。そのような事もあるでしょう。

笹森・マキ
一ノ瀬・シュウヤ

 情報、それは薬であり、毒である。
 深淵を覗くよりも前に、嗚呼、力なき者は省かれるのか。この場合の力とは|権力《●●》の事であり、成程、純粋なものだけではひっくり返せない。笹森・マキが辿った先、ふんぞり返っていたのはおそらく、ギラギラとした象徴だ。それこそ、情報に呑まれるよりも、事務椅子ぐるぐるよりも、眩暈がしそうな連中である。偉そうなパツキンのおっさんだぁ! ああ? 誰が偉そうなパツキンのおっさんだ。我々は実際、偉いのだし、力のある者なのだよ。諭しているのではない。威張っているのだ。虎の威を借りる狐よりも傲慢に、狡猾に、ゲラゲラと嗤ってくれている。うぇぇ……なんかあの人たち、機関の過激派の人に似ててイヤだな~。同じ穴の狢とはまさしく『これ』だ。類が友を呼ぶと謂うのならば、もしかしたら、マッチポンプを仕掛けてくるのかもしれない。むぅ……。暗殺者、思い出したのは過去である。上司に嫌がらせをし、散々、仕事を押し付けてきた誰かさんの面。頭を抱えたくもなるけれど、嗚呼、目の前でやるのは癪でしかない。マキ……。
 偉そうな男は実際に偉い、それが、最もムカムカする点だ。まあ、確かに似ている……いや、そのもの……あの上から謂う感じが特に……。声がでかい事を『いいこと』だと宣う輩も多いが、そいつ等も、きっとお友達に違いないか。……同情するつもりはないが。リンドー・スミスもこういう輩に目の敵にされているのか。さぞ、うんざりしている事だろう。首を切った仲なのだ。殴り合った仲なのだ。一ノ瀬・シュウヤの精神の底で、さて、沸き立つこの思いの正体は如何に。俺も、目障りだの何だのと……文句を謂われているからな。もう、慣れてしまって、眉一つ……怒りの感情すら……失せてしまったが……。
 おい、小娘。お前なんか、小娘で十分だ……! 視察団の一人が笹森・マキに向けて、特大の地雷を放り投げた。……小娘……。そういえば、エミちゃんに小娘って……舌打ちまじりに言ってたっけ……。厄介者なのだ。川を掃除しようとする存在は、残らず厄介者なのだ。……お、なんだろ、この気持ち。憂さ晴らしに近いのではなかろうか。クラクラと煮えているものを吐き出す機会なのではなかろうか。遠慮なくボコれそうな気持ちになってきたかも? いつかの「お救いください」よりかは、健全な、握り拳。
 しかし……敵が多いですね~。シュウヤさん、こんなこと言っちゃあれですけど。莫迦と煙を無力化するにはどうすれば良いと思いますかぁ? そうだな……連中、数だけは凄まじい。強気に出てくれているなら……嗚呼、マキ。読めた。俺が援護をすれば良いのだろう……。放たれたサイコドローンが|光線銃《ゆんゆん》撃たせる前に痺れを散らかす。これで、思う存分|落涙《なが》せる筈だ。頼む。頼りにされている。信頼されている。お互いに、背中を預ける事が容易なほどの――見よ、雨が降る。光弾が降り、全てが沈黙する。
 あれ……? なんか思ったよりも呆気ないですね~。障壁で、ドローンで、防ぐ必要すらもなかった。あ、シュウヤさん。この人達どうします? 一応、加減はしていますので……殺さないでおくなら……。ああ、拘束してくれると助かる。仮にも『米国のお客様』だ。情報を搾り取ってやるのもひとつの選択。……不意をつかれたら、まずいな。口封じもされる可能性が高い……マキ、油断するなよ。
 わかっていますよ、引き続き、警戒しておきますね、
 縛られた彼等の顔こそが蒼白。出るのは鬼か蛇か、紳士か。

第3章 ボス戦 『連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』』


 最悪の事態とは、イレギュラーとは、総じて、魔物のようにやってくるものだ。それは√能力者であろうと、簒奪者であろうと、ある意味で|平等《●●》だった。連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』、騒ぎとやらを嗅ぎ付けて、高所より現れた。
 成程……今回は、君達に助けられたようだ。そこの素人どもは米国の視察団でね。私の事を嫌っているようだ。勿論、私も彼等の事を好ましく思ってはいないのだがね。兎も角、此処からはいつも通りだ。降伏したまえ。人間同士で争うなど愚かなことだ。尤も――君達は、彼等ほどには愚かではないのだがね。いや、私も、自身が愚かな事をしたと認めるべきか。
 クヴァリフの仔は――女神の仔の行方は――囚われている視察団の内の一人、その体内か。取り出し方は人それぞれだが、しかし、リンドー・スミスに容赦などはない。
 彼を此方に渡してもらおうか。
 何、君達も――犠牲とやらを払う事に、躊躇などしないだろう。
鬼灯・睡蓮

 三つ巴――或いは、イレギュラーの発生――怪異を宿した人間か、人間の真似事をしている怪異か、最早、男の心身は『何方でも在る』と考えられた。連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』は、さて、頭を抱える代わりに人間災厄を認めたのか。ふにゅ……黒幕、いえ、同じ目的を持つ敵……ですね……。敵の敵は味方などと、そのような、甘ったるい現実などなく。只、酸っぱいのか苦いのかも不明な儘に、対峙する事だけに集中せねばならない。人間同士の争いは確かに愚かで、醜いもの、というのは同感です……どんな存在も、人でなくとも、眠っていた方が、幸せですから……。会話は出来ている。だが、意思の疎通が可能なのか否かは互い次第だ。仮に、リンドー・スミスが歩み寄ったとしても、枕をひっくり返す事すらも赦されない。とはいえ、先程まで眠っていたので……? 捕縛されている連中を、現実逃避したがっている面々を、ぐるりとやる。そうですか……目的のモノは、彼等の体内ですね……? マトリョーシカも吃驚な癇癪だ。ぼこぼこ、ぼこぼこ、腸が蠢いている。取り出すのは、どなたかにお任せするとして、僕はあなたを止めましょうか……。君、加減はしてくれ。私は君のような人間災厄を、相手にしている暇など……。
 駆け抜けるは、時の夢……。
 リンドー・スミス――怪異の群れを足場として――跳躍した瞬間、微睡みがこぼれる。文字通りの夢幻が、幻想が、ひとつの疾走を孕み――縦横無尽――天衣無縫の化身を作り出した。君は……そうか。厄介な力を有しているらしい。いや、人間災厄とは、世界を滅ぼすからこそ管理されている『もの』だが……私が思うに、君は管理されていないな。更なる怪異が解放されたところで、嗚呼、一撃で仕留められなければ不利は必至。僅かに、傷を負わせる事には成功したが、幻影に惑わされていたようだ。……むにゃ……考察するのは……的に当ててから……するのです。レム睡眠かノンレム睡眠か。おお、ロングスリーパー。毛布を掻っ攫うかの如くに――しつこく、くっついてやると良い。
 このくらいなら……完全に……起きる必要は……すぴ……。

四之宮・榴

 声を聴いたのだ。
 不倶戴天と謂う程ではないが、嗚呼、水と油、犬と猿のように仲が悪いのか。いや、いっそ波長が合わないとでも表現した方が良いのかもしれない。たとえ、臓腑を総入れ替えしたとしても――関係性とやらは変わらないものだ。……偉そうに……現れて……何が、助けられた……ですか……。度し難さの具合だけで背比べをしたなら、成程、団栗のような代物で、皮肉どもの鮮烈さがより際立つと詠うべきか。君か……君が相手なら、私も、繕う必要などないだろう。……繕う必要が……? お役所仕事……過ぎます。……そう謂う、政治的な駆け引きは……自国で……収容局だけで、お願い致します。ぺこりとお辞儀なんぞ、してやるものか。溜息を吐いたのはオマエなのか、紳士なのか。今回の騒ぎは彼等の仕業だよ。まあ、私も、腹黒い蛙の真似はしたくないのだがね。嘘なのか本音なのかも解せぬ声、嗚呼、ゲコゲコと啼いてくれた方がマシとも思えた。……少しでも、助けられたと、思うなら……此方で、安全に取り出して、保護、しますので……今回|から《●●》、干渉してこないで、くれませんか……Mr.? まったく、君というやつは。如何してこうも『馬が合わない』のか。理解はしている。把握は出来ている。問答の一切が|無意味《ナンセンス》であること。
 リンドー・スミスが最初に狙ったのは――狡猾な彼が最初に襲ったのは――仔を内包した|視察団《ひとり》。咄嗟に身体を動かせたのは紳士に対しての|信頼《●●》か。……予想していた通り……其方を、攻撃して……。受け止めたのか。敢えて受けたのか。これは……君、呆れるほどに、自分の事を駒としているのか? 紳士が相手だからこその捨て身だ。リンドー・スミス相手だからこその投影だ。見えない怪物達の苛立ちが――再現性の怪異となって溢れ出る。……無理な相談だと、わかって、いるのです……ですから、僕は、いつも通りに……容赦なんて、できません。深海からの|捕食者《くろ》がおどる。踊り狂わず、静かに、確実に肉を削いでいく。……何度でも、痛い目に遭えば……良いのです。
 殴りつけた。幾度となく。

アーシャ・ヴァリアント

 並行√、その包囲、文字通りに滅する威力か。
 戦場――敵対者を蹂躙したいのであれば、素早く仕留めたいのであれば、上を取るのが正解だろうか。敵対者に接近を赦さず、敵対者に存在を知らせず、一方的に屠る事が出来るのであれば――引き籠る事だって間違いではない。馬鹿と煙は高いところが好きっていうものねぇ。ブツブツと、フツフツと、何かしらを呟いている視察団の皆さん。口腔か、別のところからニョロリ、触手のようなものが顔を出した。ん……? 何だ、こいつらの中に目的の代物あったんだ。じゃあ……。最も簡単な方法は捕食だったのだ。捕食し、反芻の為ではなく、確保の為に。バリバリいって、ぺって、するべきだったかしら。後悔の念など、後ろ向きな考えなど、それこそ、アーシャ・ヴァリアントにとっての無縁。……まぁいいや、後で吐かせればいいでしょ、出さないだろうし、そもそも、出せないんだったら。引っ込んだクヴァリフの仔は胃袋を寝床としている。虹の彼方までぐるぐるバットの刑に処してやるわ、新しい世界覗かせてあげる。君は……もしかして、そういうのが趣味なのかね。まあ、私も、人の趣味をとやかく謂うつもりはないのだが。リンドー・スミスは足元を掬うのがお上手らしい。いや、アタシの趣味じゃないわよ。誰の趣味なのかは知んないけど。兎にも角にも、敵対者だ。お互いに、構えてやるのが宜しい。
 ああ、親切に教えてくれてあんがとね、もう帰っていいわよ。興味の欠片も抱いていない。まるで、簒奪者の存在をバットが如くに扱う。いいや、この場合は木の棒だろうか。やれやれ、君も、随分とご執心なようだ。残念だけれど、私は退くに退けなくてね。帰らないなら帰らないでもいいわよ。そんじゃ、ぶっ飛ばしてあげるから、歯ぁ食いしばんなさい。融合したところで肉は肉だ。怪異だとしても――灼熱の吐息、耐えられる筈がない。塵ひとつ残さず消し去ってあげるわ、丁度いい焼き加減でしょ。
 苛烈なのは性格か、炎、何方かにしてくれると有難いのだが……。
 ――うるさい蠅には勿体なかったかしら。

オーガスト・ヘリオドール

 調理の仕方次第で何もかも、嗚呼、美味として仕上げられたならば良かったのだ。犬も喰えそうにない現状、病的なまでの羽音とやらが、真逆のように蔓延っていた。機械仕掛けと怪異仕立て、視よ、聴け、今から始まろうとしているものは、大団円が裸足で逃げ出す沙汰と謂えよう。視察団――皆殺しにしてたほうが、こっちにとっちゃ都合が良かったかな。災厄としてなら満点な回答だが、オマエ、空想未来人なのではなかったのか。なあんて、非人道的かな? お道化るように、詐欺するように、言の葉を手繰って魅せたのだが、如何にも、心の底ではその程度ではない。降伏したまえ? 言ったね。丸ごとお返しだ。俺の|幸福《・・》のために死んでくれ。その一言に男は……連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』は、まるで、喜劇でも見たのかと疑うほどに、脇腹あたりを擦っていた。まったく、君達はどうも『個性が強い』らしい。此処まで言われたら、私も、愚かをするしかなくなるものだ。チクタク・チクタク、針が啼いている。泣いているのは視察団の連中だけで、最早、この場は|敵愾心《こころ》こそが支配者か。君よりちょっと――謙遜だ。あまりにも、混沌をしている――良い情報を手に入れたから、俺たちはここにいる。戦わない理由って、争わない理由って、あると思う? ははは……まいった。楽しくなるじゃないか、君の所為で……。
 Skyscraper――未来の話をしよう。
 運ぶべきは赤子である。キャベツとコウノトリに懇願されて、只、何もかもを荷物とした。『届かない』であろう未来、蒸気と金属、歯車の音――制御術式が解放されるか、されないか、その狭間にて――カチリ、無尽蔵が拓けていく。さて……これにて、未来は成った。仰げよ摩天楼。乱立している彼等は、嗚々、|主人公《オーガスト・ヘリオドール》を讃えたのだ。生やそうが増えようが、嗤おうが望もうが、ロンドンよりも濃厚に――影に潜む者こそ悪夢か。Watching you――見てるよ――『アルテスタ』、もうちょっとだけ一緒に働いて! 残業代をたっぷりと出してやれ。騎士を見下ろす風車が如くに。
 甘受せよ、汝の罪を――罰を受ける為に生じたと宣うならば、今こそが『時』であった。怪異に騎乗し跳躍した紳士へと、オマエ、|過熱蒸気波《うで》を伸ばしたのか。じゃ、こっからも耐えてね! 耐えて、耐えて、耐えた先で、動きが鈍くなった状態で、殆ど無傷なオマエを倒せるのか否か。仮に倒したとしても、それは斃したワケでもない。蒸気弾一斉掃射――チーズみたいになる、じゃ済まないぞ♥ 蜂の巣? まさか、その程度の弾幕で、私を挫けるとは思わない方がいい……! いいね。こっちは何度死んでもいい覚悟で来てるから……君も、覚悟を証明するといいよ。我慢比べしようぜ。
 撃たれようとも、討つといい。
 討たれようとも、撃つといい。
 お憑かれ様――再生している紳士への、とびきりなプレゼント。

和紋・蜚廉

 蠢く影のひとつひとつ、闇の儘にしておくのが最善か。
 霧のように――煙のように――本能へ訴えかけたのは、さて、必然的な警鐘だったのか。男が跳躍した所以は、リンドー・スミスが地上より離れた所以は、只の|攻撃《●●》の為だけではない。野良ドーベルマンが相手であれば、その他の野良が敵対者であれば、幾らか言の葉を手繰る余裕も有ったのだろう。しかし、嗚呼、彼が遭ってしまったのは――人間大の黒光りであった。君が……君達が進化を望むとは……私としては、想定外でしかないのだが、いや、むしろ、敬意を抱くべきかね。リンドー・スミスの着地点は――解放された怪異の向かう先は定められている。つまりは、そう、√能力者、和紋・蜚廉の頭上。されど、視よ。既にオマエは『ひとつ』ではない。潰れているのか、破れているのかは兎も角、蝗、アバドーンも仰天するほどの|群体《●●》だ。最早、私に足場など無いと、そう言いたいのか。リンドー・スミスの覚悟はどれほどの『もの』だったのか。落ちてくる。嗚呼、落ちてくる。|怪異《にく》に塗れた彼が――墜ちてきた。
 幾らかのオマエが砕けた。故に、真っ黒い波は増えていく。本能と理性を従えた羽音とやらが、ひとつ、囮の為に吶喊する。リンドー・スミスは『これ』の役割を理解していたが、対処が出来るのか否かは別の問題である。背後、踏み込んできた別の個体、その拳を如何にかして|怪異《にく》で受け止めたが――不足している。たとえ、半分ほどの強さだったとしても同時攻撃を捌けるとは思えない。……君、少しは加減を覚えたらどうだね。崩された体勢を|怪異《あし》で立て直したところで、視界、もうもうと掻っ攫われたか。まさか、私に手番を渡さないと、そういう意思表示なのか……? 捕食者の如くに、蜘蛛の如くに、糸で四肢を縛してやれ。さあ、シンプルに。あとは殴り倒すと宜しい。
 分体が潰れるほどに影は増え、機先は我に傾く。たとえ、汝が強大だったとしても、我が|量《●》を覆す事は出来ない。嗚呼、量もだが――速さも忘れてはならない。確実に捉える為、確実に仕留める為、生き残る為ならば手段を選んではいられない。脅威は最早、その二文字を失くしてしまった。
 こぼれたのは笑みであった。
 敵を狩るこの瞬間にこそ生を感じ、狂喜する強者の暗澹。

星越・イサ

 人は人に、怪異は怪異に。
 デウス・エクス・マキナ――機械仕掛けの神――象徴たる円満に、泥濘とやらを投擲すべきか。白紙だった答案用紙に、綺麗だったキャンバスに、独創的とやらを叩きつけてやった。現代アートの先駆者として、人間精神の極みとして、視よ、この紫色は渦のように回転している。リンドーさん、お久しぶりです。成程、確かに、リンドー・スミスにとって星越・イサとは久方振りな|人物《●●》だったに違いない。柔らかな肉だったのか、脆い骨だったのか、もしくは、呆気ないほどに細かった、|首《●》で有ったのか――人同士で争うのは愚か。まったく、その通りです。飛び火のようなものだと、感染のようなものだと、惑星級を綱渡りしつつも人のように慈しむのか。不確定要素に溢れたこの宇宙、ノイズに震えているこの世界、計画など破綻するのは当たり前なのに――自分の思い通りにならないと争い合う。これが、イレギュラーではなくレギュラーなのであれば、本当に、愚かなものだと思います。……君、そのような問答は不要だ。私は、君の『やり口』を知っているからね。リンドー・スミスが言葉を、科白を、遮ろうとした。しかし、星よ、それこそ不可能な話なのではないか。愚かさの程度で謂えば、さっきの人達も、私も、あなたも、おそらく大差はないでしょう。ひくりと、リンドー・スミスの内側で怪異の何体かが蠢いた。よろしい、君、続けたまえ。……宇宙的な意思の前では、人類はだいたい等しく愚かでしょうから。だからこそ私は、そこそこ平和に、たとえ、天使になれないとしても、これを伝えにきたのです。水をかけあう事には慣れていた。傲慢なほどに、強欲なほどに。
 捕縛しようとしてはいけません。
 制御しようとしてはいけません。
 確保しようとするのは……此方も同罪でしょうか。
 捩れている。過去、出遭った皮肉のように、冷静さが狗のようだ。私は、混沌。ここに自由、解放、無秩序をもたらしにやってきました。野に、肚に、返すと謂うのが『上等』でしょう。怪異がこぼれた。ぼたぼた、べちゃべちゃ、産まれるかのように。

北條・春幸

 舌先で何を覚えたのか。こんなにも甘いとは想定外である。
 削いでやったのは血肉か気力か、何方にしても、毒を食らわば皿まで。パンドラの甕に詰まっていた絶望までも美味しく、美味しく、いただけたのであれば、愈々、底に溜まった希望へと舌を伸ばすべきなのではなかろうか。伸縮自在の食欲に狙われたならば、嗚呼、捕食者だとしても腹を下すものだ。組織は一枚岩では無いとはよく聞くけど、スミス君も苦労してるようだねえ。てんてこ舞い、とでも同情をしてやるべきか。まるで運に任せた大爆発、大切だったものへの『おじゃん』。気の毒にとは思うけど、クヴァリフの仔は渡せないなあ。ほう……何かね? 君の胃袋に収まっていた方が、彼等も嬉しいとでも……? いや、それを言われたら、返す言葉もないよ。クヴァリフの仔も|怪異《●●》の仔。僕としては薄く切ってから、酢の物として味わってみたいね。何者も、何物も、大罪からは逃れられない。されど、時に我慢は必要らしく、出来ない場合は、矛先とやらを思惟すると宜しい。
 大丈夫。解剖機関で、なるべく人体に危険が無いように解剖して、仔を取り出した後……「無事なら」お返しするからね。安心してお引き取りを。この程度の言の葉で、やんわりとした言の葉で、リンドー・スミス、簒奪者が退く筈もない。それは、君、君自身の衝動とやらを、抑制出来てから口にするべきだ。……無理だよね。交渉決裂。いや、交渉など初めから無かったのだと|世界《√》に哄笑されたのか。和やかさは死んでいる。死んではいるのだが、しかし、長引かせる手段とやらは遅くない。恐怖はない。恐怖が|欠落《な》い故の――口腔に留まった唾液であろうか。
 跳躍されるよりも前に、解放されるよりも前に、素早く|投擲《メス》を入れてやれ。痺れた結果の七転び八起き、再生を試みた紳士は此処で、己の軽さに気が付いた。……シュレディンガー鍋でも提供すべきだったかな。君は、ひどく猫のようだ。頂戴した一切れを舌の上、転がしながらも不毛を演ずる。ごめんだけど、こっからは反芻していくからね。
 毒杯の馥郁に朦朧とせよ、お残しはしないと自らに誓うと良い。

セルマ・ジェファーソン

 不足していたのは糖分なのだろうか、或いは、鉄分なのだろうか。何方にしても正解で、この場、ビタミン摂取を推奨されていた。蓄えられていたのは『あの子』に必要不可欠な栄養素で――ほんの僅かな優しさに――魔性とやらを覚えたのだ。ムシュー、お久しぶりね。セルマ・ジェファーソンの発声が、フリーランスの一言がリンドー・スミスに如何様な感情を抱かせたのか。仕事の場で遭遇したのだから、成程、溜息の類はなく。淡々と言の葉とやらを返してくれている。嗚呼、君か。君も、彼等には世話になっているのではないかね。連中のことは置いておいて、ムシュー、元気にしていたかしら……なんて、訊くのは野暮よね。珈琲を淹れる代わりに数珠を握ると宜しい。軽い与太を挟みながら――世間話と洒落込みながら、誰かの為に祈ると良い。君、今日も顔色が良くないのではないか? 気分が優れないなら、早めに切り上げた方が良い。あら……そうかしら。個人的には|好調《●●》なのだけれど……。返したところで彼の跳躍――怪異の大笑いは何処へと向かう。
 だるまさんがころんだ――叫ぶ。まるで、幼い頃の己のように。解放された怪異諸共に痺れてしまったリンドー・スミス。それこそ、魔性とやらに覗き込まれたのかと思うほどに。そして、紳士を苛んだのは当たり前な『もの』であった。林檎のように、万物のように、向かっているのか、誘われているのか。フリーランスなオマエは愈々、懐の深い人物とされた。広げてやった両手――落ちていらっしゃい。抱き留めてあげる。痺れていると謂うのにお口は達者な様子だ。君が『そんなこと』を口にするとはね。……ジョンが。
 イタダキマース!
 呵々としている。たとえ、肚から出なくとも呵々は必至だ。大きな、大きな、お口を開けて|死霊《ジョン》は怪異を貪っていく。リンドー・スミスは只管に、可能な限り、喰われないように|怪異《にえ》を再生させていくのか。視察団の連中は好きではないけれど、死なれても寝覚めは悪いわ。無辜ではないけど、罪深いけれど、民だもの。彼等も人だ。人の仔だ。クヴァリフの仔とは明確に、違う。でも、私たちも同じではなくて? ムシュー。
 疲れたらドーナツを食べたくなるような、珈琲の香りに揺らぐような、普遍な感性がまだあるの。人殺しを躊躇する感性が、まだ……。
 絆そうとするなら、もう少し、砂糖を足すべきだ。
 セルマ・ジェファーソン……。

ディラン・ヴァルフリート

 牙の威力は凄惨なものだ。
 人間の――尋常な精神の――反応とやらを、しっかりと観察しておかなくてはならない。たとえ、怪物的な存在だったとしても、簒奪者だったとしても、人間的な知性を抱えているのであれば、幾らか、覗く事は可能な筈だ。彼等は……そう、仮にも其方の上司との事。こうすれば……粉微塵か……捕らえておけば、貴方が喜ぶのか、困るのか。興味はあったのですが……。君……本当に、隠す気はないのかね。これでは、君は、私と『そう』も変わらなくなってしまう。もしくは、君は、私よりも簒奪者に向いているのではないかね。リンドー・スミスからのお言葉は結構、刺さっているようにも思えたが。今は、そのような些事は置いておくと宜しい。仔の回収となれば、仕事となれば、貴方は『普段通り』でしかない。それは明白ですし、僕は『僕』をやるしか……ないのでしょう。リンドー・スミスの内側より蠢動し、蠕動した怪異は|武装《えもの》としての働きを十全とした。では、君が残念に思っている『普段通り』を酷使するとしようか。
 怪異の動きを――リンドー・スミスの動きを――捉える事は本来、容易ではない。彼の思考と怪異の本能が合わさって人離れした挙動を可能にしているのだ。されど、其処はドラゴンプロトコル。第六感に加え、戦闘を継続すればするほどに集まる、触肢の情報。慣れるまでに時間は掛からないか。それよりも重要なのは『仔』に近づけさせない事か。タワーディフェンスに近しい攻防戦。剣が降ろうと、怪異が降ろうと、その根底は覆らない。ところで、欧州では魔術塔本拠の企てで√存亡の瀬戸際でしたが……無辜ごと天使と化す可能性もあった感想など、伺っても……? 私は……そうだな。君達を|強者《●●》だと信じていてね。まさか、あの程度で潰えるなどとは――毛ほどにも思っていないのだよ。
 押し寄せる怪異の群れが|勝機《●●》を掴んだ。いや、リンドー・スミス自身は『これ』を誘いだと理解していたが、しかし、喰いつかなければ、遅かれ早かれ『負ける』だろう。ならば、と、虎穴へと飛び込む他にない。縛られた。何もかもが縛されていた。竜の眼は魔を孕み――致命的な隙を世に落とした。兎も角……王劍には触れない事をお勧めします。
 トロフィーの実用性など、当てにする時点で敗着というものです。
 死を覚悟している君達に言われたくはないね。

笹森・マキ
一ノ瀬・シュウヤ

 頭痛の種というものは――鈍い痛みというものは――不意を打つのが得意なものだ。まるで、狙っていたのかと疑いたくなるほどに、ドクドクと、毒のように圧し掛かるのか。リンドー・スミスの一言によって、叩きつけてくれた真実によって、解剖士、一ノ瀬・シュウヤは叫びたくなった。クヴァリフの仔を体内に……? 無毒化せず、いや、そのまま……? 待ってくれ……。如何に米国の関係者だとしても、政とやらに関わっていたのだとしても、視察団の連中を見ていると……移植その他の知識があるようには思えない。まったく、何を考えているんだ。いや、それとも、連中は考えていないのか……なら……誰だ、こんな方法を思いついたのは……。脳裡に浮かんできたのは|人間爆弾《●●●●》、捨て身を志す何者かの真意か。どうなるのかわからないものを、|新物質《ニューパワー》を、後先考えずに入れるな……死にたいのか? 死にたいのではないとわかっていても、そう、問うてやらずにはいられない。一刻も早く摘出する為に、研究所に連れて行きたいが……。奴は、それを『良し』としないだろう。嗚呼、君の事は記憶しているとも。勿論、君も、私の存在を無視できるとは思えない。それで? 今日は、ドーナツでも食べに来たのかね。
 うっわ……。笹森・マキも上司と同じく驚きを、呆れの感情を、隠す事が出来なかった。捕まえた人の身体の中にクヴァリフの仔いんのぉ……。ナントカ憑きとは違い『力』を得る事すらも赦されなかった彼等。そのまま、放置しておくと『危うい』事だけは確かだろうか。ど~してそういう事しちゃうかなぁ、視察団の人ってば。汎神解剖機関内部の『派手好き』連中よりも滅茶苦茶だ。いや、視察団なのだから、危険性について、教えられていないのだろう。まあ、あんまし後のこと考えないでやっちゃうような感じするし、どうしようもないおバカさんだね。馬鹿を莫迦にして何が悪いのか。いや、そんな事よりも、問題なのは……。シュウヤさんは助けようとするんだろうなぁ……。そう、上司は皆が思っている以上に優しいのだ。……ごほん。どうも、初めまして~。噂のリンドー・スミスさん……? 今日は君が彼の『お友達』のようだ。いや、感じからして、君は部下かね。それに……能力者のようだ。それなら、君には最初から、加減などは要らないだろう。
 依頼内容はクヴァリフの仔の|奪取《●●》だ。保護と言い換えても良いが、それはサブクエストとしても宜しい。ま……マキ達は『そっち』を優先するけどね。で、スミスさん。この男の人、多分このままだとヤヴァイことになりそうだし、上司も放っておけない感じになってるんで、こっちで連れて帰りますね。リンドー・スミスは何処か上機嫌だ。たとえば、可愛らしい天使に接触した時のように、思わず、嬉々がこぼれたのかと。いやいや、君が抱える問題ではない。そのような素人には『学ぶ』機会が不可欠なのだ。おっと……これはもう、交渉できない感じぃ……。戦いは避けられない。避けようがない。
 リンドー・スミスと部下が|おはなし《●●●●》をしている間、一ノ瀬・シュウヤはメスを手にしていた。これだけ迷惑をかけた連中だ。渡したらどうなるか、火を見るよりも明らか……この場で肚を割くか、連れ帰った後に肚を割くか……何にせよ「教育」と称して、恐怖や狂気を植え付けそうな気がして、ならない。いいや、気ではない。リンドー・スミスは先程、宣言してくれたのではなかったか。この連中を助ける義理などないが……。このまま放っておくわけにはいかない。己の寝覚めは勿論のこと、そもそも、新物質の可能性を連邦怪異収容局に与えてはならないのだ。とにかく、強奪だけは阻止せねば。決意を新たにしたところで怪物的な気配――宙へと躍った紳士の異常性や如何に。
 やらせないよ……! 怪異の解放よりも先に弾幕、リンドー・スミスを捉えていたのか。怪異の数体を盾として塞いだのなら、次は、かくれんぼのお楽しみか。……成程。私を相手に10数えるとは……もう、いいかい? 勘づかれたのか、最後に残された|怪異《●●》の目が暗殺者を見ている。飛び出してきた顎の鋭利さは――さて、魔障壁に防がれた。ほう……如何やら、今回も私の『負け』らしい。胸中へと這入り込んだ|銃剣《つるぎ》の冥さ。折角だ。何か、死ぬ前に、つまんでおくのも愉しみだろう。
 クヴァリフの仔の回収、汎神解剖機関|も《●》、繰り返してはいるのだが、その全容は――具体的な使用方法は――未だに、明らかにされていない。それも疑問ではあるのだが、一ノ瀬・シュウヤ。ひとりの兄として、言の葉を投げつけてやると良い。
 天使について、リンドー・スミス、貴方が思っていることを訊きたい。
 ああ……そういうことか。私も、天使についての情報はあまり持っていないのだが。個人的には――使い方次第としか、今は「謂えそうにない」。
 彼等と煙はなんとやら。
 騒動はようやく治まり――ドーナツの穴と同じく、刳り貫かれた儘。

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