シナリオ

石蕗中将に謝罪しますので4000円貸してください

#√妖怪百鬼夜行

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 #√妖怪百鬼夜行

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 硫黄の煙漂う地下空間、グツグツとマグマじみて煮えたぎる大釜。その上に、荒縄でグルグル巻きにされた猫又の人妖が吊られている。
「何か言い遺すことはあるか」
 厳しい鬼の獄卒『石蕗中将』が睨み上げる。強大な古妖の瘴気が、硫黄に混ざり刑場を満たしていた。
「賭けにつぎ込む金が欲しいという、貴様の浅ましい願いは確かに叶えた。
 その上で貴様は無様に大敗し、この様だ。辞世の句でも詠みたいならば聞いてやる」
「ヨンセンエーン……」
 猫又は弱々しく鳴いた。
「……何?」
「ヨンセンエーン……」
「……まさか貴様、まだ借りたいというのか!?」
「ヨンセンエーン……」
「どうしてそんなギャンブル中毒になってしまったのだ……!」
「ンンーン……」
 なお、猫又はまったく懲りていなかった。

●√妖怪百鬼夜行:京都府、清水寺
「……とまあ、そんな感じで古老の封印を解いてしまった、ろくでもない人妖がいます。
 正直自業自得以外の何物でもないと思うんですけど、古老のことは放置出来ません」
 と語る、星詠みの|捌幡《やつはた》・|乙《おと》。呆れた溜息を漏らし、欄干にもたれた。
「封印されていたのは『鬼獄卒『石蕗中将』』。古老の復権を狙う、堅物です。
 あくまでその一部なんですけど、もちろんとても強いので油断しないでください。
 ……わざわざ忠告してあげたんですから、やられないでくださいよ。私のために」
 自分本意のような言葉振りだが、√能力者を案じているのは間違いない。
「問題の猫又の名前は『エスカ』というそうです。ろくでもないことを願うだけあって、いろんな賭け事に手を出してるみたいで……その筋では有名らしいですよ。カモとして、ですけど」
 乙は呆れ混じりに鼻で笑った。冷たい。
「今はこの京都の山奥にある、隠れ温泉宿に宿泊しているはずです。
 折角ですし、温泉でも浸かりながら探してみればいいんじゃないですか?
 仮に古老を倒しても、また同じことを願うんじゃ繰り返しになっちゃいますからね」
 しかし、相手は筋金入りのギャン中である。話が通じるかどうかは解らない。それでも何もしないよりはマシだろう。

「どうして温泉宿なんかに、ですか? そりゃ、そこに賭場があるからですよ。
 表向きは健全な宿のふりをして、地下でこっそり……ほんと、呆れちゃいます」
 乙は舌打ちした。
「ダメ人間……あとダメ妖怪が何をしてたって、私はどうでもいいですけど、こうして手間をかけさせられてますからね。実は例の『石蕗中将』も、何故かそこにいるんです。
 封印されていたのも宿の近くだそうなので、何か儀式に関わりがあるのかもしれません。まあ、賭場でやる儀式なんて、なんとなく想像がつきますが……」
 賭けたり、賭けさせられたりするのだろう。多分。
「それが嫌なら、力押しですね。『石蕗中将』が従えてる『面妖・申』を手当たり次第に倒しちゃってください」
 乙は頬杖を突いた。
「……ちなみにこいつらも似たような感じの、ダメ妖怪どもです。つまり、賭け事ばっかりしてるみたいですよ。ほんと、なんなんですかねこいつら……」
 まったくふざけた話だが、古老を放っておけば他の√へ侵攻される可能性もある。
「そういうわけで、私の仕事はここまで。あとは皆さんでなんとかしてください。
 言っておきますけど、仕事ですからね? そこのところ、理解してますよね?」
 乙はジト目で一同を睨んだ。
「温泉に入って、山の幸とか海の幸とか楽しんじゃって、おまけに賭け事までして。
 遊び呆けてリラックスして、古老のことが頭から抜けちゃった……なんて、笑い話にもなりません。私まで恥をかくので、絶対やることはやってくださいね。以上です」
 言うだけ言って、乙は歩き始める。
「……まあ、羽根を伸ばすくらいはいいと思いますけど。別に、あなたたちの憩いになればとか、そんなこと考えてませんから!」
 何故かふてくされ、足早に去っていった。

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第1章 日常 『妖怪温泉宿へいらっしゃい!』


 √妖怪百鬼夜行の京都府、とある山奥にそれはある。
 格調高い雪見温泉と奥ゆかしい佇まいの風光明媚な妖怪温泉宿――その名は、『|山蓮福《さんれんぷく》』。
 当時この山で遭難したある妖怪が渇きに苛まれ息絶えようとしていた時、まるで天の御使いの慈悲めいて清らかな泉を見出した。
 そこは蓮の花が咲き誇る実にありがたい場所で、渇きを癒した妖怪はふと思い立ち近くを掘ってみたところ、地下に眠っていた温泉を掘り当てて億万長者になった……そんな伝説が残っている。
 定番の露天風呂はもとより、水着で気軽に楽しめる温水プール付きのレジャー風呂や、各種効能の分かれた健康風呂など様々な種類が取り揃えられている。気の合う仲間と少人数で楽しむための個室めいた風呂もいくつかあるようだ。

 もちろん食事も折り紙付きで、新鮮な山の幸や海の幸を楽しめるほか、旅館の定番(?)朝食バイキングもある。そして旅館といえばもちろん(?)ひなびたゲーセンもあるのだ。
「キー! ウッキー! ウキャッキャキャー!」
「ウキ! キーキキーッ! ウキッキィ!」
「キャホ! キャホキャホーッ!」
 なんかロボットで対戦する系のゲームの一角に厄介そうな猿がたむろってる気がするが些細なことだろう。
「山蓮福へようこそですし……ご案内いたしますですし……」
 主なスタッフは、何故か丸っこい狸の人妖ばかりだった。なんでだろう。
タマミ・ハチクロ

●もしかしなくてもだいぶ屁理屈をこいているのでは?
 タマミ・ハチクロは見てくれ通り聖職者である。自分の生命にはかなり無頓着というかフラットな|少女人形《レプリノイド》だが、それはそれとしてちゃんと神の教えを学び、そして尊んでいる。
 書に曰く、「金増える目処も立たないのにお金をつぎ込むのはやめようね」的な一節がある。また別の一節には「あんまり裕福になりすぎるのはよくないよ」的なことも書いてある。

 ――だが、ギャンブルそのものは禁じていない。
 そりゃ時代背景的に当然だろとか、そこまで禁じてられっかよみたいなところはあるが、とにかく名指しで賭け事を禁じていない。
「つまり小生がやっても、主はお許しになられるということでありますな。
 そもそも籤や賽の目は全て主の御心によるものでありますからにゃー」
 多分中世暗黒時代の例の宗教はこんな感じでどんどんセーフライン緩めていって堕落していったんだろうな、ということがわかった。世の中は変われど歴史は繰り返すのである。怖いですね。
「それにしても、なんでありますかあの騒がしい一団は」
 タマミはゲームコーナーの一角にたむろする猿の群れを見た。
「ウッキー! キャーキッキーウキャキキィ!」
 なんかコストとかがあって撃墜されても再出撃できるタイプのゲームを遊んでいるらしい。そして操作レバーから手を離して手叩いたり、転がりまわったり、飛び跳ねたり、バナナを食べたり、やりたい放題だった。
「おっかないでありますなー」
 タマミは見なかったことにした。温泉入りたいしね!

 そして向かったのは露天風呂。檜造りの温泉は実に広く、自然の秘湯めいた石垣造りのところもあるようだ。
「癒やされますにゃ~……」
 見事な山の景色を一望できる上、しんしんと雪が降り積もる。肌寒さも熱い湯に浸かりながらであれば、むしろ心地よい。タマミは頭の上に「めぞん・ど・えでん」とゆるい字で書かれた手ぬぐいを載せ、うっとりした。
(「さて、エスカ殿はと……」)
 しかしもちろん、やるべきことは忘れていない。ちらほらと見受けられる宿泊客(人も妖怪もいるが、何故かスタッフのはずの狸も当然のように湯に浸かっていた)の顔ぶれをそれとなくチェックしていく。
(「すぐには見つからないでありましょうが、そこはそれ、リフレッシュしながらということで……」)
「あのう、もしもし?」
「にゃっ」
 タマミは猫耳の生えた人妖に声をかけられた。まさか? 訝しむタマミに、人妖はおずおずと切り出した。
「4000円貸してください!」
「えっ」
 向こうからやってきた! おまけに開口一番金の無心である!

「……ええと、ちょっとよいでありますか?」
 さすがのタマミも、整理するのに時間を要した。
「まず、小生とあなたは初対面だと思うのでありますが、なぜ小生にたかっているのでありますか?」
「このあたりの人にはだいたいお願いしたんですけど、断られちゃったんですよね」
 推定エスカ(一致率99.9%)は嘆いた。嘆くな。
「あなた新顔のお客さんですよね? というわけで4000円貸してください!」
「マジでありますか」
 予想を遥かに超えるドクズっぷりに、タマミは舌を巻いた。

「……それで4000円を何に使うのでありますかな?」
「え? いやあそれはちょっと言えないですね……」
 エスカは露骨に目を逸らした。タマミは周囲を伺い、こそっと耳元に囁く。
「……裏の賭場、でありましょう?」
「……!!」
 エスカは耳と尻尾をぴんと立て、触れないでもわかるぐらい心臓をバクバクさせ、目をギラギラ見開いた。暗いとこみたいに。
「なんなんなななななななんのことですかね全然わかんないですね!」
「小生にちょーっと教えてもらえると助かるのでありますにゃー」
「いや、私知らないですよ? この旅館の地下にはバカデカい空間が掘り進められていて、そこで麻雀とか手本引とか、あと特設レース場を使った妖怪オンリーの闇レースが開催されてるとか知らないので!」
「ちょっと不安になってきたでありますな……」
 こいつ本当に駆け引きとか出来るのか? タマミは再び不安になった。
「と、とりあえずですね、4000円を……」
「いえ、ダメであります」
「なしてぇ!?」
「エスカ殿絶対溶かすでありますもん!!」
 ごもっともだった。

錫柄・鴇羽

●妖怪というより獣の群れ
 ムジナといえば、狐狸に次いで人を化かす動物だ。そんな妖怪が営む宿ときたら、もしかしたら全て化術か何かで食べられるのはこっちなのでは?
 錫柄・鴇羽は訝しんだ。そもそもここで闇ギャンブルやってんだし警戒するに越したことはない!

「ようこそお越しくださいましたし……歓迎いたしますし……」
 だがなんとなくしょんぼりとした顔のタヌキたちは奥ゆかしく、そして尻尾が長い。特に化かしてくる気配はなかった。
「まあ、古妖ではないですし大丈夫でしょうか……」
 その時である。ゲーセンコーナーから!
「ウキャキャーッ! キーウキーッ!」
「オホホホホッ! ホーッホホーッ!」
「ウッキイイイイ!!」
 なにかしらのインシデント! 顔を真っ赤に(猿だけに)したモンキーたちがつかみ合いのケンカだ!
「チンパン動物園って妖怪でも出来上がるものなんですねえ」
「お部屋にご案内しますし……」
「あ、はい」
 鴇羽はなぜかトボトボと哀愁ある背中で案内するタヌキについていった。

 そして何はなくとも温泉である。今年の疲れと厄を洗い流すいい機会だ。
「ふう……仕事の一環ですが、役得というやつですね」
 √ウォーゾーンではあまりまともな場所で寝泊まり出来ない身の上だ。今日ばかりはリラックス。なお、風呂場でも眼鏡は外さない。ちゃんとお風呂用のを持ってきているのだ。大事なことなのでここに記しておく。
(「さて、例の古妖を復活させた方以外にも博徒はいるんでしょうか」)
 鴇羽は注意深く耳をそばだてる……。

「なあ、お前こないだのレースどうだった?」
「いやダメだった。今回こそディープバウンドが来ると思ったんだけどなー」
「だから単勝一点買いは無茶だって」

「……えっここ競馬やってるんです??」
 鴇羽は耳を疑った。だがどうもマジらしい。なお、麻雀とか丁半とか、そういういかにも日本的なギャンブルもしっかり行われている。
「温泉に浸かりながら賭け事の話とか……どれだけスキモノなのやら……」
 呆れるような、そうでもないような。思考はだんだん蕩けていく。
「んん……それにしても久々に熱い湯に浸かるものですから、頭が……」
 頬が上気し、唇の艶が不自然に増し、身体の作画(?)も肉感的になる! アブナイ!

 その時である!
「あの、すみません。4000円貸してくれませんか!?」
「ええ……」
 エスカのクソ無礼な無心にドン引きする鴇羽だった(なお貸さなかった。当然である)

イィヴィ・ラプター

●※特に星詠みからの金銭の支給はない
 そも生物が群れをなすのは生きるためである。
 群れを率いる|第一疾走者《アルファ》の務めは、生きる糧を得ること。
 狩りにおいては真っ先に獲物に襲いかかり、危険な天敵にも率先して挑む。
 水場を探し導くのもまた、第一疾走者の役目――イィヴィ・ラプターはその掟に従った。
「すみまッせェーん! この食べ放題コース! オプション全乗せで!
 宴会部屋貸し切りとォ、部屋は一番いいとこの露天風呂つきお願いしまァす!」
 イィヴィは躊躇しなかった。何故ならこれが、仕事なのだから!

 そして、宴会席!
「どうだ、恐れ入ったかともがらども!」
 バァーン! 貸し切り大部屋に並ぶ膳、膳、善! なにげにイィヴィは20歳なのでお酒もたくさん! コンパニオンは特に要らなさそうなので呼ばなかった。
「コレが私の"疾走"ですよグゲゲゲ!!」
「「「イェーッ! イェーッ!!」」」
 今日は信徒も|地下小人《グレムリン》たちも総登場だ。全員ユカタでほかほか状態!
「ほれほれ偉大なる第一疾走者を崇め奉りやがりなさい!!!」
「「「|第一疾走者《オサ》! |第一疾走者《オサ》! |第一疾走者《オサ》!」」」
 なんか心臓抉り出しそうなコール! イィヴィの自己肯定感が跳ね上がる!

「追加コースの最高級マグロの活造りですし……」
「伊勢海老の活造りもありますし……」
「超高級和牛ステーキもありますし……」
 スーッ。襖をあけたしょんぼりしたタヌキたちが次々とキラキラ輝く高級食材を運び込む。歓声!
「さあお前たち! 残さず平らげなさい! 無礼講ってヤツですよォ!」
「「「ウオオオオーッ!!」」」
 腹ペコたちが山のような食材を平らげる! 生肉の奪い合い! 海の幸! さらに松茸! 鍋! 酒! まさに酒池肉林だ!
「いやぁ、教団を率いるのも楽じゃねーですねー」
 イィヴィは原始的サバトじみた乱痴気騒ぎを肴に膳を楽しんだ。
「ま、今回はあの乙とかいう猿の娘の奢りみてーなもんですからね!
 ついでに古妖シバきゃいーんですから楽な仕事ですよ! メシうめー!」
 ……イィヴィは致命的な勘違いをしていた。
 彼女はこのあと、タヌキ仲居から差し出された伝票(支払いはチェックアウト時)を見てこの世の終わりみたいな顔でガタガタ震えることとなる……!

メランコリー・ラブコール

●残念ながら経費では落ちない
 メランコリー・ラブコール(源氏名:ラブ子)の日々のスケジュールは、想像を絶する激務でギチギチだ。
 まず朝(※午前10時。よく11時になる)起きたら、メイドカフェの開店準備。大抵既にオーナーのおばあちゃんがやっており、ラブ子の出番はない。なので、適当な席に座ってスマホを弄る。
 これは実際一日の行方を左右するとても重要な作業なので、気合を入れてスマホを弄る。

 SNSを巡回し、
 ストリーム動画配信サイトでなんかでっかい金属の塊を圧縮破砕するショート動画とか、
 すごいヒエヒエの鉄板で美味しそうなロールアイスを作るショート動画とか、
 チーズをベーコンで挟みまたチーズを乗せベーコンを挟みまたチーズを乗せベーコンで挟んだ塊を揚げ、メイプルに沈ませ、さらにハンバーグでサンドし、また揚げ、チョコソースとかドバドバぶっかけるショート動画とか、
 あとはなんか適当に最近のトレンドを眺めたりする。

 この時点で物凄い疲労が蓄積されており、大抵物好きなドマゾな客がやってきて一切気づかないラブ子を見ている(脚線美とか胸とかを)。ラブ子の次の仕事は不埒な客をメニュー表で軽くひっぱたき、メニューを注文させることだ。よく客が誰も来ないことがあり、そういう時はさらにスマホを弄る。ソシャゲの周回とかする。あとは適当に賄いを食べたり寝たりする。

 いかがだろうか、この時点で過密スケジュールに戦慄せざるを得ない。かけ流しの湯でリフレッシュしたとしても、ラブ子の190cmの巨体は凝りまくりだった。
「今日はタダ宿じゃけェ、たっぷり寛がせてもらうかのォ」
 いつものメイド姿から浴衣に着替えたラブ子(※あえてもう一度書いておくが特に経費とかは出ない)。その胸は豊満である。ほかほかと湯気を立たせる大女がまっすぐ向かったのは――そう、マッサージコーナーである!

「いらっしゃいませお客様🖤施術を担当いたします、タケダと申します🖤」
 出迎えたのは肌が不自然なまでに黒く、ハゲていて、なぜか目元が影になっており、そして全身から「ムチッ🖤」とか「ミチッ🖤」とか擬音(?)が発生していて、あと太ったおっさんマッサージ師だった。あ、妖怪です。多分なんか入道系のじゃないんですか?(投げやり)
「おう。こちとら毎日働き詰めで全身バキバキじゃけェ」
 浴衣から施術用の簡易服を着たラブ子は、寝台の上にうつ伏せになった。
「それは大変でございますね🖤私にお任せください🖤」
 なぜかギトギトテカッているおっさんマッサージ師の手が伸びる! いけない! これは誰がどう見てもそういうやつの導入ではないか!

「ああ~🖤これは凝ってますね🖤昔格闘技か何かしてましたか?🖤」
「ちッと|暗殺稼業《シノギ》しとったが、それがなんじゃ。今はメイドカフェで毎日激務じゃ」
「なるほど🖤こんな筋肉が仕上がった肉体でメイドなんて名乗れるわけないだろ! 同業者に恥ずかしくないのか? ホッキョクグマ」
「おッさんなんで今ワシにケンカ売ったンじゃ??」
「騒ぐな! まんじりとせず当店自慢のマッサージを受け入れろ……!」
 どうも施術師は仕事モードになると人が変わるらしい。こんなナリと台詞のくせに仕事ぶりは実直で、的確な指圧が肉体の錆を落としていく。
「おォ……えェ具合じゃ……」
「特にこの腕の筋肉はダイアモンドのようでございますね🖤メイドにあるまじき剛腕を誇りなさい! シモ・ヘイヘ」
「お前さん二重人格かなンかか???」
 もう一度繰り返すが、こんなナリと台詞で仕事は実直かつ超有能だった。妖怪ですからね(投げやり)

アルブレヒト・新渡戸

●突如いい感じに配置された調度品とか湯気とかで色々隠れる力が働いた
 アルブレヒト・新渡戸は人外である。しかし人間をそれなりに選別して守ることにしたからには、人間社会の生活を学ばねばならない。
 苦節6年、アルブレヒト(このあと仕事が終わったタイミングのどっかでフグをそのまま喰って死ぬことが確定している)は、大きな学びを得た。
「冬って寒いんだよねー」
 幸い、旅館内部は暖かい。なのでアルブレヒトは恥じずに両手を腰に当て、仁王立ちした。丁度カメラ(?)の手前に木彫りの熊が置かれており、色んなところはうまいこと隠されている。
「掃除も大変だし……」
 あっ木彫りの熊がしょんぼりしたタヌキに動かされてしまった! でも安心、さらにカメラの奥(?)に珊瑚の置物があってやっぱり隠れるんですね!
「道理で毎年この季節になると死にたくなるわけだ。お風呂入ろっと」
 アルブレヒトは大股でズンズンと浴場へ向かった。カメラ(?)が横からその豊満なボディを映す。一ツ目入道とか、から傘お化けとか、色んな宿泊客がいい感じのタイミングですれ違い、いろんな物を隠し、そして恥も外聞もクソもねえ女を見て普通にドン引きした。

 かぽーん――しばらく後!
「いい湯だったー」
 ほかほかと湯気を立ち上らせるアルブレヒトは、冷たいフルーツ牛乳入りの瓶を手に女湯から出てきた。そして、腰に手を当て、グビグビと一気に呷る。
「ぷはー! これいいねー。美味しいなー」
 なお、浴衣は……羽織っている。帯はなんか面倒なのでヤクザみたいにしていた。おかげで色んなものが丸出しなのだが、カメラ(?)の手前にプルプル震える番頭のおばあちゃんがおり、おばあちゃんのお団子頭で色々隠れているので何も問題なかった。
「あのお……すみません、4000円貸してほしいんですけど……」
「そうだ。ねー、ここのご飯って何処で食べれるの?」
 プルプル震えてるおばあちゃんがプルプル震えながらゆっくり向き直った。
「それならあっちの食堂だねえ……バイキングがあるよお……」
「そうなんだー。ありがと」
「ところで浴衣をちゃんと着たほうがいいんじゃないかねえ……」
「4000円貸してくれませんか……」
「あーお腹空いた。早く行こっと」
 アルブレヒトは暖かそうな抱き枕を掴んで颯爽と歩き出した。
「すみません! 私に4000円貸してください!」
「お風呂っていいなー、あったかいし」
「あとおろしてくれませんか!?!?!?」
 バイキングを堪能して一息つくまで、エスカは開放してもらえなかった。

天神・珠音

●ほーん角が重くて大変なんですねHORNだけに
 |角《ホーン》だけに!
 |角《HORN》だけに!!


●トウテツ怪人の休日
 そう、天神・珠音はとても肩が凝りやすい。
 何故なら角が大きいからである。間違いなく原因は、それだ。
 この手のシチュエーションにおいてそれ以外の原因をツッコむのは野暮であり、珠音はさっぱり自覚していなかった。だからこの話はこれで終わりなんだ。
「マッサージ……受けてみよう、かな」
 そんなわけで珠音はまっすぐ妖怪マッサージコーナーへ向かった。
 施術用の服に着替え、何故か防音対策が完璧な個室へ通される……!

「本日の施術を担当いたしますゥ~、|茶羅《チャラ》でェ~す! ギャハハハ!」
 出迎えたのは金髪で色んなところにピアスを開けており、何故か肌が異様に色黒で、ジムで鍛えた筋肉とタトゥーが恐ろしく、あとなぜか目元が影になっているチャラチャラした男だ。あと妖怪だから頭にちょっとだけ角が生えてる。鬼とかなんじゃないですか?(投げやり)
「えっ……お、男の人、なの……!?」
 当然珠音は困惑した。しかもどう見ても半グレ系だ!
「ギャハハハ! 緊張しちゃってンの? リラックスしちゃってOK!
 あ、ちなみに俺のこの名前、本名ね! キラキラネームってやつ!」
「ええ……?」
「どんな苦難に遭ってもへっちゃらなように、ってお袋が付けてくれたんだ! マジ感謝してっから働いて仕送りしねーとなのよ! ギャハハハ!」
 なぜか茶羅はメロイックサインをしながら舌を出して笑った。普通に孝行息子だった。

「そんなに緊張してンならさァ~、これでも飲みなよ」
 な、なんてことだ、茶羅は怪しい液体を紙コップに入れて差し出した!
「これ、なに……?」
「俺が育ててるハーブで作ったリラックス効果のあるハーブティー。他にも疲労回復とか安眠効果もあるんでェ、あとで茶葉をサービスしちゃいま~~~す!」
 普通に多趣味だしハーブティーは美味しかった。

「それにしてもキミさァ~、マジデカいね!」
「え……」
 なんだかんだ施術台に座った珠音は、その言葉に表情を翳らせた。後ろに回り込んだ茶羅は影になっている両目で凝視!
「いや~マジでっかくて立派だわこの角! 研磨とか大丈夫ぞ? そういう妖怪もいるし削るサービスもあっからクーポン出しちゃうけどォ~?」
「そ、そんなのまであるの!? じゃあお願いします!」
「ギャハハハ! 駐車料金も安くなるンでェ~!」
 普通に良心的サービスだった。
「イエーイ、お客様のご先祖の方見てる~!? これからお客様の肩こりをほぐして、首のリンパマッサージで血行を促進しちゃいま~す!」
「ご、ご先祖様??」
「いや俺マジリスペクトしてるんで。心配になって見に来てたりしたら大変じゃないスか。あ、あんま触れない方がいい話題でした? サーセン」
「大丈夫だけど、この√だと本当に|幽霊《インビジブル》でいそうっていうか……あ、すっごく……ぽかぽかする……!」
 わけのわからないことを言ったり何故か毎回舌を出してメロイックサインをする以外は、マッサージもすげえ真面目だしものすごい快復したという。あと肩こりによく効くセルフストレッチも教えてもらえたそうです。

呵々月・秋狸

●タヌキたちの大騒ぎ
「お酒も美味しいし……」
「海の幸も美味しいし……」
 この旅館で働くのはなぜかしょんぼりした顔で尻尾がデカいタヌキなのだが、そいつらは普通に客に混ざったりもしている。なお、なぜか全員しょんぼりした顔は変わらない。でもそれはそれとして楽しいらしい。
「「「かんぱ~いッ!」」」
 そんなタヌキの群れに混じって……いや混じれるのか?? とりあえず眷属に化けて完璧に溶け込んでいるのが呵々月・秋狸だった。
「乾杯しますし……」
「このタヌキども働いてんじゃねえのかよ?」
「気にするな小僧」
「てか、死霊狸達って飲み食いできんのか??」
 ばっちり出来ていた。お供え物だから、という理屈らしい。

 でもって、怪異を売りさばき稼いだカネで貸し切った宴会部屋。並ぶ膳、膳、膳! あと酒、酒、酒! 秋狸の肉体は15歳なので呑めないが、代わりにジンジャーエールだ! 若い頃って和食でも炭酸系気兼ねなく飲めたりしますよね。不思議。
「それ皆のもの、安心して食え! これは葉っぱの金ではないからな!」
 どっ! 眷属達が狸ジョークに大ウケだ。狸のお笑い感覚的にはツボにぶっ刺さったらしい。
「鯛のお造りをお持ちしましたし……」
「来たな! こっちだ、さあ持ってこい!」
 トボトボとタヌキ仲居たちが運んできた大きな舟盛りを前に、妖狸神は両手を擦り合わせた。
「活きの良い鯛じゃないか。年の瀬にこんな贅沢が出来るとは、怪異狩り様々だなァ! よし、フグ刺しももってこい!」
「いいんですかい旦那、いくらなんでも首が回らなくなりますぜ!」
 死霊狸の一匹が囃し立てた。
「なあに、せっかくの年の瀬だぞ? パアーッと騒いでこそだろうが!
 それに兎の口車に乗せられて、泥舟で漕ぎ出すよりはマシというものよ!」
「「「違いねえや!」」」
 狸達は再び大笑いし、寿司やら穴子の天ぷらやら、あんこう鍋やらをつつき酒を飲んで思い思いに騒いだ。始まる踊りに化術対決に大合唱、もはや無礼講である。
「あーあ……こいつら完璧に目的忘れてやがる」
「何言ってる! 見ての通りきちんと忘年会してるだろうが!」
「もっと別にやることあんだろ……!」
 秋狸のツッコミは誰にも届かなかった。でもこれで大成功なのである!(そういうシナリオだから)

八芭乃・ナナコ
ルナリア・ヴァイスヘイム
焔龍寺・凰華
夢野・きらら
リオル・プラーテ
上原・愛理

●ありとあらゆるところで勃発する大騒ぎ(一例)
「バナナはどこだ!!!」
 スターン! 宴会場の襖を勢いよく開ける八芭乃・ナナコ!
「くく。急になにかと思えば妙なことを言うな。バナナはないぞ」
 なんと宴会場はたった一人の女、すなわち焔龍寺・凰華が貸し切っていた。その前には大量のお膳が並び、既に相当食べている!
「活造りに鍋に刺身に寿司ならある。望むなら追加しても構わん」
「マジか!? こんな現れ方したあーしにも奢るって言うのかよ!」
 ナナコは大変驚いだ。しかし、凰華は堂々とした振る舞いで頷く。
「金に糸目はつけん。この宿の最高の食事をいくらでも持ってこい。
 バナナとやらもあるなら、それもだ。我を満足させよ!」
 凰華は堂々と心付けをバラまいた!
「「「ありがとうございますし……」」」
 しょんぼりしたタヌキ達はそれを受け取り、平伏した。とんでもない豪遊ぶりだ。

 だが、それだけが理由ではない。
 凰華は寛容にして自由、豪放磊落という言葉をそのまま人の形にしたかのごとき、誰にも従わず、縛られず、また遮られることのない女。
「盛大に遊ばねば上客扱いされないだろうからな。他にも呼んでくるがいい」
「そんなこと言われたらやるしかないぜ! うおータダメシぃー!!」
 ナナコは勢いよく飛び出した。真の強者とは、その|威風《カリスマ》だけで人を簡単に従え、そして動かしてしまうものなのだ……!

 一方その頃。
「こーんちはっす」
 エントランスでは、ションボリしたタヌキ達に上原・愛理が話しかけていた。
「ここ、いいお宿っすねぇ。ここって温泉とかで有名なんすよね?」
「はい……いろいろな効能の湯を取り揃えていますし……」
 愛理はさも普通に興味がある純真な客を装い、調査を進める。普段から愛想よく振る舞うその天真爛漫ぶりは、まったく違和感を与えることはない。
「あとはバイキングなどもありますし……」
「へぇー、それは楽しみっす!」
「朝以外にもあちらのコーナーで楽しめますし……」
「お? どれどれ……」
 愛理はタヌキが指し示す方を見た。

「すみません! 誰か、4000円を! 4000円を貸してください!
 4000円あれば救われる命があるんです! あと私の懐とか!!」

「…………ん???」
 なぜかバイキングコーナーの入口で、例のエスカとかいう猫又が大騒ぎしていた。
「お客様……困りますし……」
「お金は普通に貸せませんし……」
「ヤダーッ!!」
 引っ剥がそうとするタヌキ達を吹き飛ばし、その場で逆さになって両足をバタつかせるエスカ!
 吹き飛ばされたタヌキ達はションボリした顔のまま、何故かその場でジタバタし始めた。
「なんすかあれ」
「大変! タヌキさん達、大丈夫ですか?」
 そこへすかさずルナリア・ヴァイスヘイムが駆けつけ、ジタバタしているタヌキ達を助け起こしてあった。
「いけませんよエスカちゃん、賭け事がしたいからって乱暴なことをしたら!」
「「「ありがとうですし……」」」
「じゃあ4000円貸してください!」
「貸しませんっ。賭け事は程々に遊ばないと、です!」
「ヤーダー!!」
「なら逆に、エスカちゃんがお金を貸してほしいと言われたらどうするんですか?」
「あげません!!!!」
 怒涛の暴れぶりである。

「いやほんとなんなんすかあれ??」
「もしかしてお客様、賭け事に興味がありますし……?」
 タヌキの方から普通にポロッと口走った。
「え~? いやそういうわけじゃないんすけどぉ、ヒミツのイベントっていうのがあるとか~?」
「それ、私も気になります!」
「うわっいつのまに!?」
 エスカを説教していたはずのルナリアが猛スピードで接近していた。彼女も賭場について情報を集めようとしていたのだ。
「この旅館の地下でこっそり開催しているイベントですし……。
 丁半博打やポーカー、スロットのほか、妖怪が出走する闇レースなどもありますし……」
「そうなんですよ!! 儲けるなら三連単! これしかありません!!」
 目を血走らせたエスカが叫んだ。
「だから! 4000円貸してください!!!」
「アタシこうはなりたくないっすね……」
「ウワーッなんだこりゃー!?」
 その時である。ゲーセンコーナーからナナコの叫び声!
 √能力者のただならぬ悲鳴に、ルナリアと愛理は一旦情報収集を置いてゲーセンコーナーへ急いだ……!

 その頃、ゲーセンコーナーでは!
「ウッキー! ウキキャーッ!!」
「ホホーッ! ホアーッ! ホアアアーッ!」
「ウホホホ! ホホーッホキキーッ!
 モンキーの群れが一人の少年を囲み、かごめかごめみたいな感じで周りをグルグル回りながら手を叩いたり吠えたり歯を剥いたりシンバルを叩いたりして煽りまくっているのだ! 普通に民度が最悪!
「うう……皆さん、強いですね……さっきから負け続きです……」
 その少年とは、実は√能力者のリオル・プラーテだった。
 もちろんこれは全て演技である。モンキーどもを調子こかせ、情報を引き出そうというムーブなのだ。
(「完全にあったまっていますね……演技だから気にしませんが、むしろ煽ることが目的になっていないでしょうか」)
 リオルは落ち込んだふりをしつつ冷静に分析した。モンキー達はゲームそっちのけでグルグル輪を作り煽り続ける。最悪だ!
「こんなのゲーセンの光景じゃねーだろ! っていうかなんでエ●バがあんだよ!?」
 その光景に(演技とは気づかず)唖然とするナナコが叫んだ。妖怪達がモダンな文化に触れて導入したんじゃないですか?(適当)

「あ、あの人可哀想です……!」
 ルナリアと愛理を追いかけて(4000円貸してほしいから)やってきたエスカは、リオルの演技を見抜けるはずもなく、その姿にぎゅっと胸を痛めた。
「あの姿……まるで闇レースで単勝全賭け外した時の私みたい……!」
「エスカちゃんは本当に1か0しかないんですねえ」
「4000円渡す前に然るべき治療受けさせたほうがよくないっすか??」
「(すっ)いいや、そんなことをしても意味ないよ。だって宿もグルだからね」
「「!?」」
 さも当然のように背後に現れたのは、夢野・きららだった。
「グル!? どういうことです!?」
「あの動物園みたいなおサルさん達も、闇レースも、全部宿が八百長してるんだよ。気づかなかったのかいエスカくん?」
 きららは陰謀論者の顔で自論を展開した。
「あの放蕩ぶり……あれは金に糸目をつけない太客を探すためのムーブさ。
 ゲームセンターとはお金を使う場所……そこで欲望を抑えることの出来ない人間が、ギャンブルで冷静な判断を出来るわけがないだろう?」
「そ、そんな……じゃあ私、騙されて……!?」
「いやまあ騙されてはいるっすね現在進行形で」
 愛理のツッコミも聞かず、エスカはブルブルと拳を震わせた。
「ゆ、許せません……! 今度こそ勝たないと! だから4000円貸してください!!」
「やめとけ、やめとけ! お前が勝ちたいんだか勝ちたくないんだかわかんねーからよ、代わりにこれを食べとけ!」
 ナナコが差し出したのは……バナナである!
「バナナじゃないですか!?」
「だってバナナしかねーもん! これ4000円ぐらいの価値あっから! な!」
「4000円ぐらいなら出してあげてもいい」
「えっ!?」
 エスカはきららの発言に食いついた。
「代わりに、あのゲームでおサルさん達をやっつけてきてよ」
「任せてください!!!!!」

「……えっ!?」
 いい感じにモンキーどもを調子に乗らせていたリオルが声を上げた! そこへ暴走トレーラーじみて突っ込むエスカ! 計画がめちゃくちゃだ!
「あ、あの、いい気持ちにさせて情報を……」
「4000円のためなんです! 絶対やっつけます!!!!」
「あ、灰皿には気をつけてね」
 うららのアドバイスはまったくためにならない!
「……これじゃあ僕はなんのためにわざわざ負けていたのか……!」
「バナナ喰って機嫌直しとけって、な!」
「僕にまであのギャン中の扱いをするのはやめてもらえますか……!?」
「くく、なにやら騒がしいと思えば全員雁首を揃えてどうした?」
 シャンシャンシャン! なにやら騒がしい鈴の音だ。そこへ現れたのは、ションボリしたタヌキ達に神輿で担がれる凰華だった!
「なんですかその神輿!?」
「なに、少しばかり心付けをくれてやったら、我のことを上客だと認めたまでよ。しかし、ふむ……」
 凰華はモンキー達とバトルするエスカ、そして√能力者一同を見た。
「よし、ちょうどいい。我が貴様ら全員に食事を奢ってやろう!」
「なんでそうなるんすか!?」
「気にするな、そうしたいからだ!」
「そうですね……とりあえず食べましょうか……」
「あー!! 負けたー!!!!」
 呆れ果てたリオルの後ろでは、エスカがボッコボコにされていた。

アダン・ベルゼビュート
ジューン・シロガネ
殿浦・慈
レイ・イクス・ドッペルノイン

●年が明けている? 知らない、ここは2024年だ
 かぽーん……。
「……」
 風光明媚な檜の露天風呂に浸かるアダン・ベルゼビュートは、腕を組み、思いを馳せる。
 その姿はまるで対馬の侍のようだった。
(「――賭博とは、まさしく底無しの奈落。手を出す者を破滅させる悪魔の快楽だ」)
 覇王を名乗ってるリアル中二病患者のくせに、アダンの感性はわりとまとも寄りだった。
「何故、古妖の封印を解いてまで際限なく賭博に興じようとするのか――何か深甚な理由が?」
 たとえば死んだ家族との破れない約束のためとか。
 いやなんだそれ。アダンは即座に考えを打ち消した。そんな家族は死んだほうがいいんじゃなかろうか。そもそもいないが。
 では呪いのせい――それはちょっと心が踊る。呪いというあたりがいい。でも多分違う。呪いに苦しむ奴が4000円という微妙に足元見た金額で妥協(してるような)するはずがない。1万とかじゃないのがちょっと生々しいし「このぐらいなら貸してくれますよね? え、貸してくれないんですか? どうしてですか? 冷血動物なんですか? 蛇年にはまだ早いんですけど?」とか煽ってきそうで嫌だった。
「…………まさか、奴は馬鹿なのか……?」
 その時である。女湯がにわかに騒がしくなった。

 で、女湯で何が起きてかというと。
「すみません、一生のお願いです! 4000円貸してください!!」
「ひ、ひいい……!」
 そのエスカに、レイ・イクス・ドッペルノインが縋りつかれていたのである。
「4000円で救われる命があるんです! 主に私が! だから貸してください!!」
「あ、あの、ごめんね、私壺湯に入りたくて……!」
「そんなのどうでもいいじゃないですか!!!」
 エスカは逃げようとするレイをがっちりグラップル!(※タオルは巻いています)脚に縋り付いて引きずられても止まらない!
「風呂入りきたのに「どうでもいい」ってなんだよお前、つか騒がしいなおい!」
 先に風呂を楽しみに来た殿浦・慈が思わずツッコんだ。
「だって! 私はお金を借りるためにきたのであって、温泉なんてどうでもいいんですよ! もう一回入ったし!!」
「あたしが言うのもなんだけどクズにもほどがあんなこいつ」
「じゃああなたが貸してくださいよ4000円! 4000円ぐらい貸してくれますよね?」
「貸すかバーカ! あたしのカネはあたしのもんに決まってんだろ!!」
「貸してくれないんですか? どうしてですか? 冷血動物なんですか?? 蛇年にはまだ早いんですけど???」
「うるせーなこいつ! あたしは酉年なんだよ!」
「なんでもいいから私のこと離してえええ!」
 藻掻くレイ! エスカは離れない! 物件買ったり駅巡るすごろくゲームの貧乏神かなんかかな?
「離れてほしいなら4000円貸してください!!」
「逆にあたしによこせよ!!」
「あげません!!!!!」
「なんでもいいからせめてお風呂は楽しませて! サウナも入らせてえええ!!」

「……うむ。ただの馬鹿ではなかったな」
 アダンは考えるのをやめ、しばらく心を無にして温泉を楽しむことに集中した。


 一方その頃、宴会場では。
「ふ~ん、どれもなかなか美味いじゃねぇか!」
 厄介な連中がいないのをいいことに、ごくごく普通に食事を楽しむジューン・シロガネ。海の幸や山の幸……つまり新鮮な魚介類を使った舟盛りであるとか、各種鍋、山菜の盛り合わせに雅やかな天ぷらなど、酒が進むこと請け合いの数々である。なもんで、ジューンはもう徳利を何本も空けていた。
「おーい、ジャンジャン持ってきてくれ! 酒が足りないぞぉ~!」
 その角が示すように、彼女はドラゴンプロトコル。本来は真龍……うわばみとはよく言ったもので、大の男がひっくり返りそうな量の酒を飲んでもけろりとしている。
「お待たせいたしましたですし……」
 なぜかションボリした顔のタヌキの妖怪が、トボトボと銚子を運んできた。
「きたきた! んっ、んっ、んっ……」
 なんとジューンはそのまま注ぎ口に口をつけ、あっという間に飲み干してしまう。もはやこうなるとザルどころではない。ワクだ!
「ぷはぁーっ! 酒も上等じゃねぇか、こういうのが師匠の言ってた粋ってやつに違いねえな!」
 残念ながら粋を気取るには、少々はしたないと言わざるを得ない。が、このあたりはドラゴンプロトコルゆえの定命の存在との違いといったところか。

「お客様のご案内ですし……」
 そこへ襖が開き、別のションボリしたタヌキがトボトボと客を連れてきた。
「今空いているお部屋はこちらのみですし……申し訳ありませんですし……」
「ふむ、まあ構わん。俺様は大したことは気にせんのでな」
 浴衣姿のアダンが堂々たる足取りでやってきた。
「あのう、4000円貸して頂くことってぇ……」
「さっき答えただろうが。カネは貸さん」
「そんなぁ!」
 その後ろをチョロチョロとついて回るのはエスカだ。
「はぁ……私のお小遣い……渋沢さんがぁ……」
「無駄に騒ぎすぎて腹減ったぜ。ってもう食ってるヤツいるじゃねえか!」
 さらに後ろからレイと慈が現れ、ジューンを指差し騒ぎ出した。
「んん? オレが頼んだメシなんだから、オレが食べて何が悪いんだ?」
「あっ! そこのあなた!!」
 一触即発の空気に割り込んだのはエスカである。物凄いスピードで這い寄り、キラキラと目を輝かせてジューンを見つめた。
「お願いします、4000円貸してください!!!」
 そして土下座! ノータイムだ!
「アンタすごいな、プライドってもんはねえのかよ!?」
 さすがのジューンもビビる。
「その人圧が物凄いから気をつけたほうがいいよ……はあ、お腹すいた」
 レイはすっかりへとへとの様子で座る。その前にションボリしたタヌキがトボトボと御膳を運んできた。
「なんだ、アンタら誰も貸してやらなかったのか?」
「当たり前だろ、ギャンブルすんならあたしが自分でやるぜ」
「……ふーん、じゃあそうだな」
 ジューンはニヤリと笑った。
「飲み比べでオレに勝てたら、貸すと言わずくれてやってもいぜ?」
「おい、よせ。そんなことを言ったらまた騒ぎ……」
 アダンはエスカが狂喜乱舞するのを警戒し、咎めようとした。だが彼女は無言だった。

 代わりに、かちりというスイッチ音がした。
「ん? かちり??」
「録音しました」
「録音???」
 レイは見た。エスカが懐から取り出したボイスレコーダーを!
「今のちゃんと録りましたからね。嘘だったら出るとこ出ますよ」
「ええ……? 無心してる側なのになにその強気ぃ……」
 |玲子《Anker》に匹敵しかねない傍若無人ぶりにドン引きのレイ。
「俺様はこいつを馬鹿だと思っていたが、どうやら違うらしい。
 こいつは大馬鹿だ。ついでにいうと、絶対に理解できんレベルのな」
「つか賭博の話したら賭博したくなってきたぜ……あ~半丁やりてえ! サマやる奴はぶち殺す!!!!!」
 なぜか想像の中で想像の中の相手にイカサマをされ(?)キレ始める慈。
「こっちも大概ではないか」
「いや気持ち解ります! 解りますから4000円貸してください!」
「貸すわけねえだろ!!」
「で? どうする、勝負するか?」
「します!!!」
 エスカは運ばれてきた酒を思いっきり飲み干した!
「どうですかこれで私に4000円ぐう」
「早すぎねーか!?」
「もう酔いつぶれてるー!?」
 ジューンとレイはあまりのクソザコっぷりに目を剥いた。
『さすがの金銭感覚バグりっぷりだね。そうだ、どうせなら4000円出してやりなよ』
 レイの頭の中に流れ込むAnkerの声……!
「やだよぉ!? 私もうお小遣い使ってるもん!」
『いいから払え。面白いから』
「やだあ!!!!」
「情報収集がさっぱり出来ておらん気がするのだが……というか貴様らは飯ぐらい落ち着いて楽しめんのか……?」
 アダンは完全にドン引きしていた。
「半丁やりてえ! 賭場何処だこらあ!!!!!」
「お、教えますし……離してくださいですし……」
 しょんぼりしたタヌキは慈にガクガク揺さぶられ、あっさりとゲロった。そして何故かその場に仰向けになってジタバタしていたという。

空沢・黒曜

●4000円ぐらい貸してくれますよねという圧をかける作戦だそうです
「ヨンセンエーン……ヨンセンエーン……」
「「「ウキキーッウッキキー!」」」
「年の瀬から色々騒がしいなあ……」
 台パンしてるモンキーの群れと、あと妙な鳴き声を上げてる猫又から目を逸らしつつ、空沢・黒曜は温泉コーナーへと向かう。
 なにせ本人が温泉宿の経営者であるからして、|同業者《ライバル》から学べることは多い。たとえ年末でも、黒曜はシビアな経営者目線を見失わないのだ。それはおそらく、感情の高揚を欠落しているためでもあるのだろう。
(「熱くなれるぐらい夢中になれるものがあるのは、ちょっと羨ましい……」)
 黒曜はちらりと妖怪たちを見た。
「「「ウキャキャーッ! ウキ! ウッキキー!!」」」
「ヨンセンエーン……サンレンターン……」
「いや羨ましくないなこれ」
 節度は大事。黒曜は欠落とか特に関係なく、ドン引きして目を逸らした。

 とまあそんな感じで、日頃からダンジョン探索に鉱脈の掘り出しにと忙しい黒曜。
「ぁあ゛~……あったまるう……」
 かぽーん。檜造りの露天風呂からの景色は絶景だ。雪がちらちらと降り積もり、肌寒さを感じさせることで熱い温泉の心地よさを高めてくれる。
「尻尾も濡れたし……」
 なぜかションボリしたタヌキたちがあちこちを掃除しており、手入れも行き届いている様子だ。
(「賭場のことはともかく、宿としてはグレードが高いんだね」)
 同業者の黒曜としても素直に感心するぐらいの働きぶりだった。
 するとその時、タヌキがつるんと滑った。危ない! 黒曜は湯船から飛び出そうとする、が!

「ころんだし……」
 特にタヌキは頭を打ったりすることはなく、なぜかその場でジタバタしていた。
「……丸っこいから衝撃が吸収されたりするのかな?」
 しばらくすると別のタヌキに助け起こされ、トボトボと去っていく姿を眺める。
「次は健康風呂を試してみようかな……うわ腰痛にリウマチに、効能多いなあ」
 なんだかんだ言いながら各種風呂を満喫しコンプリート、ほかほかになって満足気に出てきたところ、やけにキョロキョロしながら羽振りのいい客を地下へと案内するタヌキの姿を目撃したという。

久瀬・八雲

●4000円を要求するギャン中と食事しようとするとどうなる?
「エスカさん、一緒にご飯を食べましょう!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「……ん??」
 久瀬・八雲は首を傾げた。今の会話は成り立っているようで、なんだか成り立ってない気がする。
 食事の誘いに対して「嬉しい」や「喜んで」は分かるが「ありがとう」とはどういうことだろうか……?
「……まあいっか、お腹いっぱい食べたいですしね!」
「はい! 本当にありがたいです! 優しい人なんですね!」
「……んん???」
 やっぱり何かおかしい気がする。が、とりあえず八雲はウキウキやかましいお猿さんから離れるように軽食コーナーへ向かった。

「すみません、この方が奢ってくれるそうなのでメニューのここからここまでお願いします!!」
「えっ!?」
 ついた途端疑問は払拭された。
「ちょ、ちょっと待ってくださいエスカさん!」
「はい? もしかして4000円まで貸してくださるんですか!?」
「いえ貸しませんけど、そもそも「まで」ってどういうことですか?」
「……?」
 エスカは何を言っているのかわからない、という顔で首を傾げた。
「えっと……ごめんなさい、質問の意味がよく」
「あれ? これわたしが変なことを言ってるような感じです??」
「だってさっき、ご飯に誘ってくれましたよね!」
「そ、そうですね」
「それってつまり、私に奢ってくれるってことですよね!」
「待ってください! 急に話が飛躍しました!」
 八雲は慌てた。
「わたし、奢るなんて一言も言ってないですよ!?」
「じゃあまさか、私に食事代を折半させるつもりだったんですか!?」
「どうしてそんな非常識なことを言ったような顔するんです!?」
 大人しく善良な八雲は、およそ相対したことのない手合だった。
 エスカは非常にふてぶてしく、そしてがめつい女だったのだ!

 しかし、情報を集めたい手前……あとお腹も非常に空いているので、ここで言い争いはしたくなかった。
「……わかりました。ある程度の量なら構いませんよ」
 八雲は折れた。さすがにこの流れで、さっきみたいな無茶苦茶な注文はすまい。良心が咎めるはずだ。そういう思い込みがあったのだ。
「ありがとうございます! じゃあすいません、メニューのこのページからこのページまでを」
「なんで増えるんです!? 今の抑える流れでしたよね!!?」
「……?」
 エスカはさっきの顔で首を傾げた。
「だってお腹一杯食べましょうって……」
「そうですけど! わたしもお腹空いてますけど!!」
「八雲さんの分も頼んでおきますから安心してください!」
「それはありがたいんですけど、でももう少し」
「というわけでもうメニューに載ってるの全部お願いできます?」
「それエスカさんがほぼ全部食べるやつですよね!?」
 八雲のお財布は大ダメージを受けたが、賭場に関してはべらべら話を聞けたし、普通に地下空間に忍び込む方法もインビジブルから教えて貰えたのであった。

第2章 冒険 『裏賭場で勝負』


 一部の√能力者が見落としていた事実が、彼らを襲った。

 ――この依頼に、経費は出ないのである。
 つまりもともと懐に余裕のあるお大尽でもない限り、賭場に忍び込むため大金を使った結果すさまじく首が絞まってしまう。
 幸い支払いはチェックアウトのタイミングに一気に来るのだが、逆に言うとそれまでに支払いをなんとかしなければ(もともとお金持ちとかでない限り)大変なことになってしまうのだ!
 そんな感じで、一部の√能力者は生き延びるため必然として、そうでない懐の暖かい√能力者は得られた情報をもとに、あるいはションボリしたタヌキたちに案内される形で地下へとやってきた。
 この温泉宿の地下は広大な奇妙建築となっていて、物凄い広さの賭場があるのだ!

「どなた様もお賭けくださいですし……」
 ションボリしたタヌキが仕切る丁半博打の他、手本引きなど結構ガチで古風なギャンブルが楽しめるコーナー。
「こちらブラックジャックですし……」
 何故か洋風カジノでトランプ系の賭けを楽しめるコーナー(仕事の合間に賭けに来たタヌキが素寒貧になりジタバタしている)。
 和洋問わず、様々な賭博が集まっていた。もちろん、地上階では見られなかったガラの悪そうな妖怪どももたむろしている。油断すると骨抜きにされてしまうだおる。

 中でも一番賑わうコーナーがあった。
「これです! ここなんですよ! ここが来てるんです!!」
 エスカはガンギマリの目で力説した。
「様々な妖怪が、この地下に作ったコースをかけっこするんです。そして誰が一番になるかを賭けるんですよ。名付けて妖怪ダービーです!
 競馬? いや違いますよ全然違います。妖怪なので。あっちなみに次のレースはですね、このトバノドッキーっていう妖怪(※占いが得意なハニワの妖怪。走っている理由はこの賭場でツケが嵩んだため)が一押しですね! 絶対来ますよ!」
 エスカは妖怪新聞を手に物凄い早口でまくし立てた。
「というわけで4000円貸してください! 絶対勝つので!!」
 なお、貸した場合は何枚もの妖券にまみれて崩れ落ちるエスカを目撃することになる。

 ……そんな√能力者たちを影から観察する者たちがいた。
「ウキィ……奴らまさか、『石蕗中将』様を倒しに来たウキ?」
「まずいウキ……「こんなふざけた賭場は妖怪の品位を貶めてるから閉鎖させておけ」と言われたウキ達がサボってたことがバレちゃうウキ……!」
「『石蕗中将』がおせち食材の買い出しから戻ってきた時に、奴らが大金使って賭場を盛り上げてたりしたらあの方がブチギレて封印されやすくなってしまうウキ!」
 あまりにもあんまりな事実が発覚していた。
「こうなったら奴らを妨害して負かすしかないウキ!」
「イカサマしたり奴らが賭けた妖怪を負けさせるウキ!」
「っていうかもう普通に攻撃しちゃうウキ!」
 ということなので、この賭場で遊んで遊んで遊びまくれば、妖怪かくあるべしと頭の固い『石蕗中将』は部下どものろくでもなさと妖怪が賭けなんかに耽溺している現実に打ちひしがれて封印しやすくなるのだ!
 賭博に(自腹で)挑むなり、コソコソと妨害しようとする猿どもをぶちのめしたりして、石蕗中将の襲来に備えよう!
 あと、お金がない人は、ここでなんとか勝って宿泊代(+α)を稼ごう!
イィヴィ・ラプター
呵々月・秋狸
アダン・ベルゼビュート
八芭乃・ナナコ
夢野・きらら

●これから始まる大賭博 ひしめきあって喧しいのは√能力者
 パッパラパパパパラパパラパパラパパー。
 何故かG1さながらの立派なファンファーレが鳴り響く。なお、演奏しているのは例のションボリしたタヌキ達である。多芸だなこいつら。
「始まる! 始まるますよぉ!!」
 目をギンッギンにさせたエスカのテンションが、突然跳ね上がった。
「き、貴様……少しは懲りていないのか? というかキャラが……」
 流石のアダン・ベルゼビュートもドン引きである。
「今までのは負けじゃないんですよ! だってこのレースのために全て預けていただけなので! 今から引き出すので手数料つきで!」
「それは典型的なギャンブル中毒の世迷言ではないか……!」
 ダメだこいつ、早くなんとかしないと……アダンは頭を抱えた。
 そもそもこの依頼は経費で落ちない。つまり飲んで食べて遊んだ分は自分でなんとかしなければならないのだ。
(「まあ、あらかじめ策は打ってあるが……」)
 アダンはちらりと物陰を見た。
「ウキキィ……このレースを台無しにしてやるウキ!」
「そして√能力者を一網打尽だウキ!」
「とにかく誰かの楽しみを邪魔してえウキ~~~」
 レーザーポインター、投石、フラッシュ機能付きのカメラなど、レース妨害用極悪セットを構えた猿の群れだ!
 アダンは奴らの妨害を未然に防ぐ代わりに、宿泊代を稼いでもらうよう交渉済みなのだ。
 頃合いを見て攻撃し、猿どもをぶちのめすつもりでいるわけだが……。

「ウーキッキ。お前達分かってないウキねぇ」
「「「ウキ?」」」
 なにやら一匹の猿がニヤニヤと笑う。
「ただ妨害するだけじゃウキ達に儲けがないウキ。そこで提案ウキ。
 あの大穴の妖怪……フタツジェットを勝たせるようにするウキ!」
「「「ウキッ!?」」」
「そうすればウキ達が大儲けだウキィ! ウーキッキッキ!」
 なんだか妙に頭の冴える猿ではないか!
「「「その手があったウキか~!」」」
 猿達は低知能なのであっさりと乗っかった! 低知能でもないと公共のゲーセンで動物園みたいな暴れ方はしないのである。
「それじゃあウキは大穴馬券を投票してくるウキ~」
 妙に個性のある猿はごくごく自然な流れでその場を離れた。

「……まさか、本当にイカサマさせるわけではないだろうな?」
 待ち伏せていたのはアダンである。猿はにやりと笑い、ぼふんと変化が解けた。
「もちろんだ。奴らに狙いを集めさせることで、お前が全員蹴散らす……完璧な計画だろう?」
 なんと、妙に個性のある猿は呵々月・秋狸が化けていた姿だったのである! なお、肉体を動かしているのは(ついでにアダンに交渉を受けたのは)秋狸と契約した妖狸神だ。
「まあ見ておけ。オレの目に狂いはない。このレース、勝者は決まってる」
 妖狸神はギラリと勝負師の目を光らせた――。

 一方、出走前のゲート!
「やべー……」
 ゼッケンを着けたイィヴィ・ラプターは頭を抱えていた。
 何故かというと、彼女は|同胞《レプタリアン》の連中に必要とはいえバカみたいな贅沢をさせてしまったのである。もともと見えっ張りなところがあるイィヴィは、賭場に入り込むためとはいえど必要以上の贅沢をした。当然ながら今の手持ちで……いや、コツコツ貯めている教団の資金でもちょっと支払えそうにない金額が伝票に書かれている。
 イィヴィは観客席をちらりと見た。
「「「|第一疾走者《オシ》! 第一疾走者《オシ》! 第一疾走者《オシ》!!」」」
 酔っ払ったレプティリアンの皆さんはでけぇ声で推しにコールを送っていた。
「ともがらども! メシのあとは遊興です! お前らを楽しませてやるからなァ!!」
 イィヴィはレプティリアン達を指差し宣言した!
「うるせーーーー!!」
「ピィッ!?」
 しかし突然の怒声にイィヴィはビビリまくる!
「勝つのはなぁ! あーしが賭けた7番の「イイカラバナナクエ」なんだよ! ほかはありえねーんだ!!」
 とブチ上がっているのは八芭乃・ナナコである。
「7番……?」
 イィヴィはゲートを見た(※彼女は大外枠である)。そこにはバナナの着ぐるみを着たおっさんにしか見えない、実にぼんやりとした安直な妖怪が立っていた。
「あ~腰いて~」
「あれが勝てると本気で思ってやがるんですか!?」
「あぁ!? あーしバカだからよくわかんねーけどよぉ、バナナの7なんだぞ! しかも名前までバナナ! こんなの勝つに決まってんだろ!!」
「往年の不良みてーなノリでとんでもねえこと言い出してる観客がいる……!!」
 イィヴィは戦慄した。バナナを食べすぎるとああなるのかもしれない。やはり|人間《サル》はダメだ。心からそう思った。

「いいえ違います!!」
 そこへさらに大声!
「勝つのはフタツジェットですよ!! 間違いありません!!!」
 目を血走らせて力説するのは……エスカだった!
「お前どこから金持ってきたんです!?」
「なんか変なタヌキの人(※秋狸のこと)が4000円貸してくれたんです!!」
「マジかー……」
「レースは始まるまでわからないもんね。今回ばかりは一理あるよ」
 ズシン、ズシン。1番枠に乗り込みながら現れた夢野・きららがエスカに同意した。
「でしょう!? ですよね!? 今回ばかりは知り合いの方でも譲れませんので!!」
「って待てよ!!!」
 当然のように流すエスカに対し、ナナコはきららを――きららが搭乗する決戦型WZ「マスコバイト」を指さした!
「それ普通に乗り物じゃねーか! 反則だろ!!?」
「え? ぼくは見ての通り妖怪ですけど??」
 きららはしらばっくれた。なお、彼女が獣妖であることに間違いはない。ただ単にそこにわざわざ愛機を大人気なく持ち込んだだけだ!
「そ、そうですそうです! 猿が乗り物乗ったらそれはもうかけっこじゃねーんですが!?」
「え? ぼくは(ハッキングして)正式に認められてますけど? 文句言うなら出るとこ出ますか???」
「ピィ!! 訴訟は厭です!!」
 訴訟! それは教団を率いるイィヴィにとって一番聞きたくない単語!
「……あのビビリよう、出走させないほうがいいのではないか? というか、エスカに貸したのか貴様」
「面白かったからな! オレ今気分いいしよ」
 呟くアダンに秋狸は悪びれず笑った。
「べ、べべべべべ別にビビってないですけどォ!? かけっこなら第一疾走者の名の意味を見せてやらァ!!」
 パパラパファー。再びのファンファーレ。そして一斉にゲートが……開いた!

 シュゴウン! 高らかに鳴り響くバーニア音!
「じゃあお先失礼しますね。ちなみに4コーナーを曲がったらプロジェクトカリギュラを使って決戦モードで4倍のスピード出しますから!」
 当然のように先頭に躍り出るきらら! あっという間に大逃げモードだ! だがその後ろにフタツジェットが続く!
「ってぇ! √能力まで使うのは卑怯にもほどがあんでしょーがァ!?」
 イィヴィは叫び、走る!
「うおー! いけーあーしの賭けた妖怪ー!!」
「膝に水が溜まってうごけないよぉ」
 ナナコの声援もむなしく7番は最後方だ!
「「「今ウキ! あのなんかデカブツをやっつけるウキー!」」」
 そして出待ちしていた猿どもが極悪妨害セットを取り出した。その時だ!
「こんな奴らが配下などと……今回ばかりは古妖が哀れに思えてきたぞ」
「「「ウッキャアーッ!?」」」
 アダンの不意打ちが当然命中! 影の鎖に絡め取られ黒炎で燃えていく!
「いけーフタツジェットー!!」
 エスカは目を血走らせ叫ぶ! 驚くべきことにきららとハナ争いなのだ! その後ろからイィヴィの追い上げ!
「ウッキャアーッ!!」
 ギリギリアダンの攻撃を逃れた猿が飛びかかる!
「オラァ邪魔すんじゃねーですよラプターキィーック!!」
「グワーッ!?」
 二体を跳び超えたイィヴィの飛び蹴りがド命中だ!
「あ、わざわざ除外ありがとうね。じゃあプロジェクトカリギュラ、えい」
「あーーーーーーー!?」
 まんまと漁夫の利を得たきららは容赦なく加速! そして先頭ゴールイン!
「「「ギャーーーーー!!」」」
 ナナコ、エスカ、イィヴィはそれぞれ別々の叫びを上げ、そして全員崩れ落ちた。
「ワハハハハ! これが競馬の醍醐味だよなァ!」
「性格が悪すぎんか貴様……」
 ちゃっかりきららに賭けていた秋狸は手堅い勝ちを収め、敗北者達を指差し爆笑する。アダンは心の底からドン引きと呆れと軽蔑の眼差しを籠めて、猿どもを手早く処理していた。

久瀬・八雲
ノーバディ・ノウズ
アルブレヒト・新渡戸
レイ・イクス・ドッペルノイン
天神・珠音

●ところで妖怪ダービー以外のスペースはというと
「あ、あああ……4000円が、なけなしの4000円が……!」
 ボロ負けしたエスカはこの世の終わりみたいな顔でふらふらと彷徨う。
「何、負けちゃったの?」
 そんなエスカを見かねたアルブレヒト・新渡戸が声をかけた。
「あなたは全裸抱き枕の人! 4000円貸してください!」
「いいよ。私が勝ったらね」
 アルブレヒトはけろっと答えた。
「ほんとですか!?!?!? じゃあ今貸してください!」
「いや今は500円しかないんだよね」
 ちゃりん。アルブレヒトは備え付けの自動販売機に170円を投入した。そしてドリンクをごくごく飲んだ(湯上がりバフ継続中のホカホカ全裸状態で)
「あ、330円になった」
「って私の4000円なのに飲んでるんじゃないですよぉ!!」
 エスカも大概なことを叫んでいた。

 ところで、アルブレヒトはどうやって勝つつもりなのか?
 その答えは彼女達がやってきた麻雀コーナーを見れば明らかだ。
「おい姉ちゃん、なんで素っ裸なんだよ!?」
 見かねた玄人妖怪が当然のことを指摘!
「いやあ、負けが込んで身包み剥がされちゃって」
「え、最初から脱いモガガーッ!」
 エスカは口を蔦で覆われ物理的に塞がれた。
「というわけでそろそろ勝たなきゃまずいから、お手柔らかにお願い……ね?」
「し、仕方ねぇなあ!」
 玄人妖怪はデレデレと鼻の下を伸ばしつつ卓に座った。なるほどこうしてハニートラップめいて相手を油断させる作戦なのだ!
「あ、天和だ」
 パタン。その向かいに座っていたレイ・イクス・ドッペルノインの言葉が空気を凍りつかせた。

 ……ややあって。
「-40000円になっちゃった」
「なっちゃったじゃないですよ! 0が増えてもうれしくないんですけど!?」
 平然としたアルブレヒトに食って掛かるエスカ。
「っていうかなんですかさっきの!? 天和なんてありえないですよ!」
「もしかして√能力使ってるのかも。ほら見てごらんよ」
 アルブレヒトが指さした先、レイは自販機でジュースを買う。
「えーっと、これで蟹歩き……」
 なにやらブツブツ呟きながら、右側にカニ歩きで移動し始めた。
「で、右から三番目の卓……ジュースを一気に飲む……」
 レイはグビグビと缶ジュースを一気飲み。そして後ろを向くと靴を脱ぎ始めた。
「左右を逆に履き直して、足元は見ない……」
「え、なんですあれ? 邪教の儀式?」
「なるほど、さっき後ろ向きに座ってたのはそういうことなんだね」
 アルブレヒトは理解した。何故って? 人間災厄だからじゃない?(適当)
 レイは麻雀卓を見ずに座り、そしてまた牌を捨てた。
「あ、天和だ」
 パタン。またしても天和である!
「えーーー!?」
「……もしかしてバレてる?」
 レイは視線に気付き顔を上げた。

「……という感じで、複雑な挙動をすることで"無"を取得できるんだよ」
 事情を問い詰められたレイはあっさりとその手口を暴露した。
「無? どういうことです??」
「現実でもバグって起こせるんだね。知らなかったなあ」
「これを応用すれば麻雀以外でも勝てるよ。たとえばあの大食い勝負とか」
 レイが指さした先では、天神・珠音が物凄い勢いで山盛りのモチを食べまくっている!
『あーっと! チャレンジャー物凄い食欲だ! 大食い王が全く追いついていない!』
「ピ、ピザァ……」
 相撲取りめいた妖怪は既に腹が膨らみきっていた。だが、珠音は平然と食べる……食べ続ける!
「お金のため……お金のためだから……」
 まさにワク、いや底なし沼のようだった。何故かというと彼女はトウテツ怪人であり、それゆえにトウテツ由来の異能として底無しの食欲を持つのだ。
『平然としています! まさに渦だ! 全てを飲み込む大渦だ!』
「オゴーッ!」
 実況の声が響く中大食い王はダウン! 30年ぐらい前の家庭用ゲームのアクションゲーで自機がやられた時みたいな感じで爆ぜて消えた!
「……消えちゃった」
『チャレンジャーの勝利ー!!』
 カンカンカーン! 平然としたままの珠音は賞金入りの金一封を受け取った。
「これでようやくそれなりのお金が……え、何?」
 そして、レイ達の視線に気付く。
「……あの、やるつもり? お金のためだから負けられないんだけど……」
『あれリアルファイトになる奴だからやめときな、レイ』
「アッハイ」
 レイは頭の中に響くAnkerの声に大人しく従った。

「って! そうじゃないんですよ!!」
 それまでやり取りを見守っていたエスカは再び叫んだ。
「無ならここにありますよ! 私の! 4000円がないんです!!」
「-40000円ならあるけどね。無形の債権が」
 アルブレヒトは真顔でボケた。
「違いますよ! 私に4000円貸すはずなんですから-44000円です!」
「え? 貸してもらうことは前提なのエスカさん??」
 レイも思わずツッコミを入れてしまう。
「ある程度のお金ならカウンターで借りられるみたいだけど……」
 と珠音がアドバイスを送った。
「わたしもそれで軍資金を作ったから、頼ってみるのは……」
「ダメなんですよ! 私ブラックリスト載ってるので!」
「じゃあそもそもどうしてここに入り込めたの……?」
 珠音のツッコミはごもっともだった。

「そこの皆さん! どうやら資金繰りにお困りのようですね!」
 と、颯爽と現れたのは久瀬・八雲である!
「え? いや私は普通に勝ったからあんまり困ってないけど」
「私も……さっきの勝負でひとまずは稼げたから……」
 レイと珠音は普通に否定した。
「そんなこと言って、エスカさんを見てくださいよ。あの顔を」
「そ! その封筒は!!!」
 エスカは目をギラッギラさせ、八雲がこれみよがしに持っている分厚い封筒を凝視した!
「もしかして4000円ですか!?!?」
「それどころじゃないですよ! あなたのために用意した軍資金です!」
「ワーーーー!」
 エスカは封筒に飛びつこうとし、八雲がひょいと手を上げるとそのまま床にべしゃりと倒れ込んだ。カエルみたいに。
「どうですかこの飽くなき執念。燃えてきませんか? ギャンブルの欲望とかが」
「なんでわたし達まで煽ってるの……?」
「絶対によくない方法で集めたお金だよねそれ」
 珠音もレイは懐に余裕があるのでそうそう八雲のセールストークには引っかからないのである!

「うーん、私は見ての通り素寒貧だから頼らせてもらおうかな」
 と、アルブレヒトが乗っかった。なお、さきほども記述したとおりだが、アルブレヒトが全裸なのはデフォである。
「いいですね! 実はそんな方のために頼れる妖怪先生をお呼びしています! 先生! 先生ーッ!」
 八雲の声に応じて現れたのは……!
「アッハイ。スロットご利用ッスか。はい、どうぞ」
 頭がスロットの謎の男がのそのそ現れ、そして体育座りした。
「レバーここなんで。ガシャッて引いてボタン押して、役はリールの上の一覧を」
「ってちがーう!?」
 なぜか当然のようにスロット台の利用方法を説明するのは妖怪先生ではなくノーバディ・ノウズだった!
「誰?」
「誰なの……?」
「怖いですよぉ!」
 レイと珠音とエスカは訝しんだ。頭がスロットの怪人って絶対近づきたくない。いやノーバディはヒーローなんだけど。
「なんだよ客じゃねえのかよ! こっちはなぁ、複雑な事情があって労働中なんだぞ!!」
 ノーバディはなぜかキレた。
「先にこの賭場に来て時間を潰してたら偶然有り金全部スッちまってよ……ただ持ってた金をオール・インして負けただけなのに、血も涙もねぇ!」
「理由が妥当すぎる……!」
 さしもの珠音も驚き顔になる自業自得だった!
「ウキィーッ! スロットやらせるウキ! ウキキーッ!」
 ガンガンガン! どこからともなく現れた猿が勝手にノーバディの頭のスロットを打ち始め、そして勝てないもんだからゲーセンの時みたいな勢いで殴りまくる!
「あーお客様台パンはおやめくださいやめろっつってんだろうがオラァ!!」
「グワーッ!?」
 ノーバディの無慈悲な鉄拳炸裂! 猿は放物線を描いて吹っ飛んでいった。
「……というわけでマナーあるご利用をお願いしますお客様」
「この流れで使いたがる人いる!?」
「私やる。ところで先生って誰?」
 驚くレイに対しアルブレヒトはあっさり乗った。人間災厄の感性は人と違うのだ!
「おい待てテメェせめて服を着てやれ! 俺が目のやりどころに困るだろうが!!」
 ノーバディの指摘は妥当というほかない!
「あ、先生いらっしゃいました。スロットは得意だそうですよ」
「ほんとですか!? じゃあ私達の借金もなんとかなりますね!」
 エスカは八雲の言葉に目を輝かせる!
「まあ競馬で溶かすのが得意なギャン中だそうですけど」
 のそのそやってきたのはボロボロの格好をした疫病神だった。そして案の定、アルブレヒトとエスカの負債は恐ろしく増えてしまったのである……!

錫柄・鴇羽
ルナリア・ヴァイスヘイム
焔龍寺・凰華
上原・愛理
ジューン・シロガネ

●|冷静《シリアス》と|情熱《ギャグ》のあいだ
「丁だ」
 カン。焔龍寺・凰華の置いた木札に、その場の博徒達の視線が注がれる。誰よりも早く、そして迷いのない宣言だった。
「……他、丁方ないか!」
 中盆は己の役割を思い出し、博徒達を急き立てる。その間も、凰華は一切動揺せず平然としていた。ただそこにあるだけで周りの妖怪を……いや人間すらも心騒がせる存在感だった。
「先に言っておくが」
 ツボ振りが手を添えたところで、凰華が言った。
「我は焔龍寺・凰華。小細工だの心理戦など、我には無用。
 ただこの天運のみと対峙し、勝負する。博打とはそういうものだ」
「……何が、お言いになりたいんで?」
 中盆がギラリと鋭い視線を投げかける。
「いや。後になって急かされたり、制されるのは手間なのでな」
 まるで未来を見透かしたような言葉。薄く微笑むその表情は、まるでこの世の最上の美を求めて削り出された彫像めいて不動、そして美しい――。

 そんな彼女の背後では。
「4000円を! 4000円を貸してください!!」
「なんと哀れな。仕方ないので少しだけ貸してあげましょう」
「ほんとですか!??!」
 エスカはシャカシャカと錫柄・鴇羽の足元に這い寄り、ノータイムで土下座した。それどころか、額を地面に擦り付ける始末!
「ありがとうございます! あなたのおかげで私が救われます!」
「あの……貸しますから顔を上げて……」
「もっとしたら貸してくれますか!? どうですか!?」
「いやものすごく周りの目が気になるので……」
 哀れみの心で手を差し伸べたらすげえ勢いで強請られ、鴇羽はドン引きだった。エスカにプライドという概念はないのだ。

「いやすげえな……」
「あの騒いでるの後ろにいるのによく平然としてるよ……」
 博徒達はヒソヒソ囁いた。
「……えー、とにかく……勝負!」
 中盆の一喝じみた声に、ツボ振りがザルを開く。出目は2,2、丁だ! 半に賭けた博徒達はぶつぶつと文句を言い、ある者は会心の笑みを浮かべた。そしてまた同じプロセスが繰り返される。丁半博打はただこの繰り返し……しかしそこに運否天賦の度胸が要るのだ。
「丁だ」
 カン。凰華はやはり誰より早く、そして一切動揺せずに……勝利への高揚も次の敗北への不安もなく、木札を置いて告げた。
 博徒達の空気がピリつき、再び視線が注がれる。凰華はただ視線で、速やかなザルの開帳を急かすのみ。静かな緊張感がさらに高まる!

 で、その後ろでは。
「ちょっとそこー! 騒がしいっすよ!」
 ピピー! 海のライフセーバーみたいな勢いで、上原・愛理の笛が鳴った。彼女はギャンブルが好みではないので、こっそりと交渉して宿の経営側に潜り込んだのだ。
「他のお客さんもギャンブルを楽しみに来てるっす! ほら、あそこの丁半のコーナーとかすごく静かでマナーがいいっすよ!」
「そんなぁ……静かにするので代わりに4000円貸してください!」
 エスカはめちゃくちゃふてぶてしくゴネた。
「え? 私がいま貸してあげましたよね??」
「そういうのはもっと静かに、こっそりとやるっすよ! でないと……」
 愛理はギラリとナイフを見せつけた。
「覚悟してもらうっすよ。自分のために場を荒らすようなお客さんを片付けるのがあーしの仕事なんすから」
「ひいい! すみません! でもそれはそれとして4000円貸してください!」
「だから私が貸しましたよね? なんでさらに負債を積み上げようとするんですか??」
 鴇羽はエスカの思考回路が心の底から理解できずただただ困惑していた。
「まあそのぐらいならグサッとはいかないっすけどね。それこそあのおサルさん達みたいに暴れるとかじゃなければ」
「面白そうですね! じゃあ全員混乱魔法で熱狂させてしましょう!」
「えっ!?」
「はいシビビビビ~!
 愛理が止める間もなく、ルナリア・ヴァイスヘイムの|普通じゃなくなる《くったりする》魔法が両手から放たれた!

「「「ウオーッ! 殺せ! 俺が賭けた以外の奴をぶっ殺して走れー!!」」」
 それまで割とマナーを守っていた観客の皆さんがフーリガン寸前の熱狂! 妖券を握りしめて目を血走らせる! コワイ!
「アーッ! 4000円貸してください! 勝ちますから絶対勝ちますから!! もしもし!? もしもし!!?」
 ついでにエスカも目がパキついていた! 言ってることは大して変わっていない!
「何やってんすかぁ!? あーしの話聞いてたっすか!?」
「ち、違……私そんなつもりじゃ……いや~若干申し訳ないです」
「謝罪するつもりが1ミクロンも感じられないっす!!!」
「……あの、これ大丈夫なんですか? 皆さんもっとションボリしません?」
 鴇羽はトボトボと歩くタヌキ達が心配なようだ。
「いや……賭けてくださるのはありがたいし……」
「場があったまった方がいい感じに作用するし……」
「え?? あの、あなた達がションボリしていたのはイカサマとかマナーの悪い客のせいだったのではなく……?」
「その子達はいつもションボリしてますし転ぶとジタバタして可愛いんですよ!」
「ええ……??」
 なぜかルナリアに説明され、鴇羽の頭に浮かぶはてなマークが増えた。

「なあどうしてあの女あれが全く気になんねえの?」
「すげえよな、震えすら起こしてねえもん。俺なら絶対口の端ピクついて無理だわ」
 博徒達は背後の阿鼻叫喚の地獄絵図と、まるで世界観がくっきりと区切られたかのような凰華の威風堂々たる在り様に、いっそ尊敬の念を抱いた。
「……え、えー、とにかく勝負!」
 中盆が急かした。ザルを開くと……今度は3,3のゾロ! すなわち丁だ!
「言ったはずだ。我が対峙するは己の天運のみ。さあ、次の勝負といこうか」
 凰華は誰かに問われるよりも先に呟き――いや、宣言した。己の在りようは誰にも揺るがせることは出来ないのだと。それこそが凰華なのだと。
 そして、誰もが確信していた。三度目の勝負、凰華が置くのは!

「俺が一点買いした奴以外全員故障しろ!」
「一番倍率高い奴来い!」
「全妖怪ご安全に! でもそれはそれとして俺が賭けた奴が勝て!」
「うわあすげえ熱気っす……っていうかこの熱気で暴れないんすね!? いつ暴れるのか気になって逆にやりづらいんすけど!」
 愛理はナイフでグサッと行くか見守るか迷った。暴徒じみてはいるが誰も暴徒ではないのだ。何故かというと暴れてレースがふいになることだけは避けたいからである。
「俺の推し妖怪が一番に決まってんだろ!」
「いいや俺だね!!」
「あ、あれはヤッていいすね」
「「グワーッ!」」
 だが場外乱闘は話が別なのでグサグサ処理した。
「ワハハハ! こりゃいいや、騒がしいのが一番だぜ」
 そんな騒ぎの中、カラカラ豪快に笑うジューン・シロガネ。
「アーッ!! 私の賭けた妖怪がぁ~!!」
「エスカちゃんはどうして大きくお金が動きそうなところばかり賭けるんですか??」
 煽ったはずのルナリアですらツッコミを入れる無謀な勝負を繰り返し、そのたびに妖券に埋もれていた。
「まあ外すのも博打だろ! 当たるも八卦当たらぬも八卦って奴だ!」
 ジューンはそんなエスカに膝を突き、ぽんぽんと肩を叩いてやった。
「ほら、楽しいだろ! 借金したって最悪タダ働きだって! 何十年かくらい」
「ヤダー!!! というわけで次こそ勝つために4000円貸してください!!」
「私、もしかして余計な同情心を出してしまったのでしょうか……?」
 なお、当の鴇羽は手堅いところに賭けており割と買っていた。あくまでたしなみの範疇だからだ。
「いいですかエスカちゃん! もう穴妖に賭けるのはダメですよ!」
「了解しました! バンカラホイサッサに全賭け!!」
「エスカ。」
 ルナリアでさえ真顔になった。
「ワハハハハ! 面白いなアンタ! じゃあオレはセトノトックリーに一点賭けな!」
「ま、まあ私はオモストンピカリオですかね。あのまっすぐと伸びたアホ毛が気に入りました」
「割と堪能してるからいいんすけど、だったらさっきの魔法で混乱させる意味あったっすか!? あーしの仕事増えてるだけじゃないっすか!?」
「ウッキィーッ!」
「あ、チンパン野郎どもです」
 鴇羽が呟いた。愛理の目がギラリと変わる!
「お猿さん達を片付けるのが仕事って言ったっすよねぇ~!」
「「「ウキーッ!?」」」
「いけーっバンカラホイサッサー!!」
「斜行してんじゃねーかあの妖怪! オレがいうのもなんだが博打の才能ねえなアンタ!」
 大爆笑するジューンの隣でエスカは崩れ落ち、ルナリアの顔がどこかの名探偵のウサギみたいになっていた。

「――丁だ」
 カン。木札の音が静かに響く。凰華の笑みは、やはり不変。
「もうここまでくるとなんか異能使ってシャットアウトしてねえか?」
「どこまで耐えられるのか気になってきた」
「それはそれとしてなんなんだよあの騒ぎはよ」
 博徒達の楽しみは完全に別のことに切り替わっていたという。

赫涅沢・秤
リオル・プラーテ
空沢・黒曜

●たったひとつというわけでもないけど多分冴えてはいる賭場のぶっ壊し方
 チンチロリン。その名に相応しい甲高い音が鳴り響いた。結果は4,4,6。コマは親の総取りだ。
「うーん、また負けちゃった。困ったなあ」
 空沢・黒曜はわざとらしく、しかし欠落のせいであまり慌てているようには見えない様子で呟いた。代わりにそわそわしてみたりして、周りの博徒に対し「負けが込んで焦っている」ということをアピールする。
「どうしやす、大損こく前に退くのも利口ってもんですぜ」
 隣の博徒が囁いた。彼が今の親だ。親落ちごとに順繰りに参加者が担当するパターンゆえに、サイコロにはイカサマがないことは確定している――黒曜の目ならば、仮にグラサイにすり替えようとする者がいても見咎められるだろう。
「いや、ここは一気に勝負するよ」
 黒曜は手持ちの金を一気に賭けた!
「……本当にいいんですかい? あっしは容赦して差し上げたいがねえ、いかんせん公平性ってもんが……」
「いいからいいから、さあ早く」
 博徒は急かされ目を細めた。奴の目からは、黒曜は体のいいカモのように見えているのだろう。サイコロの出目など、テクニックで操作するのは容易い。ゆえに利口な博徒は、こうして盤外戦術で相手の心を操作し、利益を得ようとするものなのだ。

 だが、しかし。
「それじゃあ勝負!」
 チンチロリン――三個の出目がゆっくりと揃い、博徒は目を剥いた。1,2,3! すなわちヒフミ、倍付けである!
「アーッ!? バカナー!?」
「やったー。そろそろ来るんじゃないかと思ってたんだよね」
 黒曜はやはり変わらぬ調子で喜び、呆然とする親から配当を受け取った……まさにその時である。
「てめぇ、イカサマしてやがるな!?」
「おっと?」
 物凄い怒鳴り声に振り向くと、どうやら騒ぎはブラックジャックのコーナーで起きているようだった。

 叫び立ち上がったのは、ハゲ頭で片目に傷の入ったいかにもな風体のヤカラである。男はにこにこと人当たりのいい笑顔を浮かべた、無害そうな少年――リオル・プラーテを睨みつけた。
「イカサマ? なんのことですか?」
「しらばっくれんじゃねえ! さっきからさっぱり沈んでねえじゃねえか!」
「そうウキ! ウキが勝負に出た時に限って、コイツが全部持っていってるウキ―!!」
 同席している猿野郎が喚き立てる。リオルは首を傾げた。
「ギャンブルは運の勝負でしょう? そういうこともあるのでは?
 ほら、ビギナーズラックというじゃないですか。僕は初心者なので……」
「てめぇ、さっきそんなこと言ってやがったから色々教えてやったがな……!」
 男の額に青筋が浮かぶ。
「もう我慢ならねぇ、賭場の流儀ってもんを教えてやる!」
「ウキキャーッ! ヤッチマイナー!」
 猿は椅子の上で手を叩き飛び跳ねた。一触即発の状況に、ディーラーのションボリしたタヌキが制止しようとする。
「お客様……他の方のご迷惑になりますし……」
「うるせーッ!」
 突き飛ばされたタヌキは何故かジタバタし始めた。このままでは大変な事態になってしまう!

「随分息が合ってるね。いつのまに打ち合わせたのやら」
「ウッ!?」
 それまで足を組み沈黙を保っていた赫涅沢・秤が口を開くと、スキンヘッド男は汗をダラダラと流して彼女を見た。
「な、なんのことだ……?」
「いや何、わたしはこの席につく前から、少しでも勝率を上げるために色々目を配っていたのだがね?」
 秤は頬杖を突き、男と猿を見て微笑んだ。
「君達のヒットやスタンドが、彼が来るまでぴったりとタイミング合っていたものだからさ。もしかして知り合いなのかなあ、と思っていたのだよ」
「何の話ウキ!? ウキ達は偶然居合わせただけの無関係のギャンブラーであり、この事態はイカサマ野郎に対する当然かつ公正な弾劾ウキ!」
 猿は顔を真っ赤にして(猿だけに)喚いた。
「だそうだが、どう思うトニー君?」
 隣の席の別の博徒が訝しんだ。
「いや、だから俺はトニーじゃねえよ。あれはお前に貸したのが|トイチの倍《トニー》だって話でだな」
「いいから。君の所感を聞かせてくれたまえよ」
「こいつ絶対理解してねえだろ……」
 博徒は呆れつつ、リオルと猿ハゲコンビを交互に見た。
「むしろこいつらのほうが怪しい振る舞いがあったのはたしかだな。ていうかお前そのせいでだいぶ負けてんじゃねえか」
「なに、君が阿呆みたいに貸してくれたからね、まだまだ潤沢だよ」
「だからそれ返済する必要があるのわかってるか??」
 秤の謎めいた笑みは、絶対に分かっていない者の顔である。

「なにやら荒れてるみたいだね」
 勝利を収めた黒曜がそこにひょこひょこと近づいてきた。
「リラックスした方がいいよ。こんな時は温泉がいい」
「アァ!? ここから追い出そうってのかてめぇ!」
 スキンヘッドが凄み、猿が後ろでウキウキ騒いだ。だが黒曜は動じない。
「違うよ、ここに今から足湯を掘るんだ」
「え!?」
「ウキッ!?」
 黒曜は道具を取り出し、ズガガガガと猛スピードで卓の下を掘削! あっという間に源泉を掘り当て、足湯を湧かせてしまった!
「ほら、これでほっこりして気持ちが楽になるよ。勝負は楽しまないと」
「いやお前何してるウキ!? どう考えてもルール違反だウキ!」
「おや? これはなんでしょうか」
 リオルは騒ぐ猿野郎の席にプカプカ浮かぶものを拾い上げた。それは――鏡だ!
「ウッキー!?」
「これはいけないねぇ。こっそり他人の札を盗み見ていたわけかい? イカサマをしていたのは、どうやら君達のようだ」
 秤はわざとらしく嘯いた。
「おいバカ野郎バレてんじゃねえか!?」
 スキンヘッド男は慌てるが、もはや時既に遅し。タヌキ達がどこからともなく現れ、猿とスキンヘッド男を拘束してしまう!
「ウッキー!? こんなバカナー!?」
「さっきのあの温泉野郎の震動で落っこちたんだ! このバカが!」
 喚き散らすイカサマコンビの声は遠のいていった。

「いやあ、助かりました。それにしてもよく見ていましたね」
 リオルは相変わらず人当たりのいい笑みを浮かべたまま、秤に言った。
「なに、わたしは√能力を使ったりするのは性に合わないからね。ギャンブルというのは敗北の危険性があるからこそ滾るだろう?」
 謎めいた一瞥に、リオルは肩を竦める。
「なんのことやらわかりませんね」
「ところでこの足湯を湧かせたのは誰ですし……?」
「あの二人がリラックスしたそうだったから」
 黒曜はけろっとした顔で答えた。嘘は言っていないが語弊がある!
「まあいい、それじゃ彼を混ぜて勝負を続けようか」
「……僕も少しは気を引き締めないと駄目そうですね」
 リオルの演技めいた笑みが少しだけ引き締まった。勝負師同士の眼光がぶつかり合う……!
「あれ? 自分も巻き込まれてるのかな?」
 なお、勝負は常識的な手段でカウンティングしようとしている秤がボロ負けした。負債額は相当なものになったという。

メランコリー・ラブコール

●|この狂った賭場にようこそ《ウェルカム・トゥ・ディス・クレイジー・カジノ》
 やけにキャラの濃い、しかし腕の良い上に実直で真面目なマッサージ師にたっぷりと身体をほぐしてもらったメランコリー・ラブコールは、すこぶる快調だった。
「ほれ、ロンじゃ」
 体調に比例したのか、何気なく座った麻雀卓でも見事な快進撃だ。同卓した博徒達は舌打ちし、あるいは青ざめていた。
「ま、またウキが毟られたウキ……!」
 対面は例の猿である。|万札の束《現ナマ》を卓に置き、ギロリと恨めしげな視線。ラブ子はどこ吹く風だ。
「まさか経費で落ちひんたァ思わんかったからのォ……ま、博打っつゥのは勝つか負けるかじゃ、カハハハ!」
「……」
 ジャラジャラと八つの手が牌をかき混ぜ、積み上げていく……だがその時だ!

「――お前さん、積み込みしたのォ?」
 ラブ子の鋭い視線が猿の手元を射抜いた!
「な、何を言ってるウキ!? そんなこと」
「なら裏返してみィ。|二向聴《リャンシャン》してなきゃわしのチョンボで構わん」
「だとよ。儲けるじゃねえか、え?」
 下家の博徒がラブ子の気勢に乗り、睨みつけた。猿は手を震わせ……牌を、倒した。すると、なんたることか。聴牌である! しかも槓子が二つ! 片方はドラ牌な上に、ラブ子がドラをめくると裏ドラまで乗ったではないか!
「こいつはまた欲張ったのォ! 度胸は認めとこか」
 ラブ子は豪快に笑い、足を組み替えた。
「が、こりゃ偶然で片付けるにゃあ出来過ぎとる。景気よく賭けに来とるってのに、つまらんイカサマで水差してどうするつもりじゃ、おォ?」
「ウ……ウッキー!!」
 猿は雀卓をちゃぶ台返ししようとした! だが!
「フンッ!」
「ウキャーッ!?」
 ラブ子の品の悪い前蹴りが顔面を踏み潰し、猿を吹き飛ばしたのである!
「へへへ、ざまあみろだぜ!」
「まったくふてえ野郎だ!」
 上家と下家の博徒どもは猿を嘲笑った。
「ついでじゃ、このまま|話し《ドツキ》合いで決めたろか」

「「え?」」
 玄人達に向けラブ子は両手でハートマークを作った。ミョンミョンミョン。ハート型の暴力パルスが広がる!
「わしャそっちの気分になってもうたからのォ! オラァ!」
「グワーッ!?」
 椅子に手を突いての後ろ回し蹴り! 上家の玄人が吹き飛ぶ!
「テメェこの野郎ーッ!」
「カハハハ! ええぞ!」
「グワーッ!」
 殴りかかった下家の玄人は鉄拳を受け床にバウンド!
「俺の勝ちに決まってんだろうが!」
「んだろこらァ!」
 他の卓でも暴動が始まった! √能力のせいだ!
「やっぱ何事も|暴力《コレ》で決めるのが一番じゃ! カハハハァ!」
 ラブ子は笑いながら玄人をボコボコにして回った。あまりにも力技が過ぎる!!

殿浦・慈

●多分古妖をなんとかしたら次になんとかしたほうがいいタイプの人
「ふざけんなてめえ!!!!」
 ダン!! 殿浦・慈の拳がテーブルを叩き、カードを少し浮かばせた。
「あたしはなぁてめえちゃんとカウンティングしてんだよ!!
 こういうのはカード全部憶えてりゃ必ず来るタイミングがあるんだ!!
 52枚の暗記なんか屁でもねえんだよなのになんで外れてんだコラ!!」
「あの……お客様、そもそもカウンティングは禁止でして……」
 ディーラーとして雇われた博徒はおずおずと言った。
「あ!!?? 記憶してんだからしょーがねーだろコラ!!
 てめえは見えちまったもんを忘れろってのか!!? あ!!?」
「そういう方のためにカウンティング対策としてシャッフルもしてまして……というかそもそもカウンティングは絶対当たるわけでは……」
「…………」
 慈は黙り、俯いた。
 どちらかというとイカサマに近いことをしているのはこちらである。

「……うるせえ!! あたしに意見しやがってこの野郎!!」
「グワーッ!?」
 SMAAASH! 慈の逆ギレパンチが叩き込まれた!
 ディーラーはきりもみ回転して床に叩きつけられる!
「おいてめぇ何やってやがる!」
「賭場で暴れてんじゃねえぞコラ!」
 いかにも用心棒めいた屈強な連中がぞろぞろ現れた!
「うるせえ!! あたしの金だ!! よこせ!!!」
「グワーッ!?」
 SMAAASH! 用心棒Aを筋力強化パンチで撃退!
「てめぇもだ! 有り金全部出せ!!」
「グワーッ!?」
 SMAAASH! 用心棒Bを速度強化パンチで撃退!
「究極的に言やこの賭場のカネは全部あたしが得るはずのもんだったんだ!! つーわけで全員来いやコラ!」
「「「ウオーッ!」」」
 用心棒C・D・Eが攻撃! だが耐久力を強化しているので無効!
「何人のこと殴ってんだコラ死ねえ!!!」
「「「えっでもいまやってこいってグワーッ!?」」」
 逆ギレもいいところだ! アッパーカットで全員吹き飛ばされ、ディーラーも含めて用心棒どもはビクビク痙攣してるところを身包み剥がされてしまった。無慈悲!

タマミ・ハチクロ

●もう既にフーリガン化していたので止めようがなかった
「エスカ殿、よいでありますか。こういうのは熱くなるのは」
「差せー! まくれー!! 走り殺すぐらいの気概でいけー!!」
「走り殺すってなんでありますかもうすこしクールダウンを」
「違う違う! 内じゃなくて外側回って! 外外々外……あーーーー!!」
 タマミ・ハチクロの忠告もむなしく、エスカはひっくり返った。妖券が紙吹雪めいて舞い上がり、エスカの目が死んだマグロのように光を失う。
「どうしてぇ……絶対勝てると思ったのにぃ……」
「これ小生盛り上げる必要あるんでありますか??」
 どっかの誰かの√能力のせいでタガの外れた観客達は、目を血走らせて怒号じみて叫んでいた。心なしか出走した妖怪達もかなり顔の彫りが深くなっており、視線だけで人を殺せそうな目つきをしていたり、あまりの切迫ぶりにPRETTYな絵柄(?)に変わっていたり、殺伐としている。
 賭博って怖い。タマミは心からそう思った。

 ところで肝心の彼女の収支はというと?
「お、ワイドが当たったであります。ギリギリ黒字でありますなあ」
 少女人形は数字に強いのかどうかはともかく、どうやら賭博のセンスはあったらしい。決して大穴に全賭けとか無茶なことはせず、それなりにオッズの高いウm……じゃなくて妖怪を混ぜて手堅い勝ちをコツコツ重ねていた。ジュースかコンビニ弁当買ってお昼ご飯に出来るかも、ぐらいの微々たる……しかしそれでも紛れもない収益!
「あの!! それもしかしたら私のお金じゃないですか!?!?」
「ええ……どういう理屈でありますか……」
 がばりと起き上がり迫ってきたエスカにドン引きするタマミ。
「だって、ほら、えっと、あれです! あなた妖怪ダービー初心者ですよね!? 最初に(※章冒頭のアレ)私が説明しましたよね!?
 つまり私がインストラクションしたわけですから……なんかこう、マージャンとかそういうあれがあっていいはずですよね!?」
「もしかしてマージンのことをおっしゃってるのでありますか?」
「それです!! というわけで4000円貸してください!!!」
 エスカは土下座した。なんなら額を擦り付け、頭を掘って逆立ちする勢いだ。
「次は! 次は絶対勝てるんです!!」
「小生ここまで必死な妖怪の方を見るのは初めてであります」
「逆に今貸してくれないと死んじゃうんですよ!!? 4000円で助かる命があるんです!!」
「もう既に底なし沼に沈みきってるようにしか見えないでありますな……」
 しかしタマミはなんだかんだ優しいし、あまりにも見ていられないので4000円貸してあげることにした。
「これがラストの1回こっきりでありますよ」
「ありがとうございます!!」
「あと貸し借りは嫌な予感がするのであげ」
「大丈夫です!! 絶対返しますから!!! うおおおあのシルバーオフネに全賭けです!!!」
「あっちょ……」
 エスカはまたしても穴妖に全ツッパしていった。
「……小生はこのラブラブサンデーに賭けておくでありますかな」
 案の定シルバーオフネはなぜか出走直後に倒立をキメ、エスカは死んだマグロのようになり、タマミはというとあげた4000円の分の補填はちゃっかりこなしたという。

第3章 ボス戦 『鬼獄卒『石蕗中将』』


「おかしいだろうが!!!!」
 すぱぁん! 獄卒鞭が唸った!
「貴様ら√能力者だろう! 何故賭場で一緒になって騒いでいる!?
 もっとこう……モラルを説くとか! 糺すとか! ないのか貴様ら!?」
 勿論全員が全員一緒になって遊び呆けていたわけではないが、なんならエスカや博徒達よりひでえ暴れ方をしていたのが過半数なのは否定できない。『石蕗中将』はキレるのを通り越してドン引きしていた。
「おい猿ども、働――ってなんで奴らも倒されているのだ!?」
 こっちに関しては自業自得な部分が大きい。
「ええい、とにかくこんなふざけた賭場は閉鎖だ、閉鎖! そこの猫又も殺す!!
 年の瀬から騒ぎおって、貴様らには規律というものを叩き込むしかないようだな!」
 もう1月も1/3が過ぎているが(※執筆当時)この場は年の瀬なのだ!
 なんかもうちょっと不憫ですらあるけど、こいつをほっとくとアレなのでさっさとぶっ殺そう!
久瀬・八雲
空沢・黒曜
アルブレヒト・新渡戸

●この手のシナリオでは往々にして善悪の区別が曖昧になる
「うーん、困った。割と反論できないや」
 あまり困ってないような飄々とした態度の空沢・黒曜はポリポリと頭を掻いた。
 なお彼の名誉のために付け加えておくと、別に中将をコケにしているとか一昔前にありがちなやれやれ系なのではなく、感情の高揚を欠落してしまったがゆえにハイテンションになりがたいだけなのだ。
「まさに正論、そっちが正しいね。というか、エスカさんとかあのへんの重症な人達はちょっと荒療治が必要だよね」
 淡々と同意する黒曜。後ろでエスカはハイパーびっくり顔をしていた。

「ふざけるなぁ!!!」
 だがそれが中将の逆鱗に触れた!
「そんなことがわかっているなら、貴様が仲間を止めんか!?
 さも味方のようなツラをして語っておいて、敵対してるだろうが!!」
「え? いや、だから言ってることを正しいと認めただけで」
 なんということか。正論こそが人をもっとも怒らせるとはよく言われることだが、それは何も正論を説くだけに限らない。
 正論に対して「はいそうですね」と堂々と(しかもなんてこともないように)同意するのもかなりムカつく! 繰り返すが黒曜に悪気は一切なく単に欠落のせいで皮肉めいて見えるだけなのだが、それが余計に中将の神経を逆撫でしていた!
「いや、それならそもそも裏賭場なんかでモラルを語られても困るよ?」
 さらにアルブレヒト・新渡戸の正論が追撃!
「むしろ私みたいな警察官まで楽しませたんだから、そこを評価すべきじゃない?」
「なんだと貴s警察官!!??!」
 中将はアルブレヒトの頭からつま先までを二度見した。そう、彼女は全裸である!(※このリプレイ及びシナリオは全年齢なので局部はいい感じに隠れている)
「え? 何? なんか文句あるの?」
「貴様……なん、ええ……? 貴様狂っているのか??」
「そんなことよりですねえ!!!」
 ごう! 怒りの久瀬・八雲が割り込んだ!
「わたしは悪くないんですよ! 勝手に言いがかりつけないでくれます!?」
「な……」
「わたしはお金の大切さを! 懇切丁寧に説こうとしただけです!!!
 それを勝手に!(エスカ達を指差す)あんなのといっしょにしてぇ!!」
「待ってください! その人差し指って1000円貸してくれるってことですか!? できればあと3000円」
「もうこの賭場はダメです!! 身を滅ぼします!!!」
 八雲はその怒りを中将にぶつけた! 中将は困惑を深めた。

「と、とにかく貴様らも仕置」
「うるさいぶっ飛ばされろぉーッ!!」
「グワーッ!?」
 KBAM! 浄化の焔が鞭を爆破し攻撃阻害! そこへ突っ込んだ八雲は剣の柄で殺し打ちした!
「御霊の皆様、出会え出会えー!」
「グワーッこめかみ痛打!」
 かなりガチめな一撃を喰らいよろめく中将! 駆けつけた兵隊の群れを式神鬼が迎え撃つ! だが!
「うーんなんとも真面目。じゃ、こちらも真面目に対処するね」
 ぶおん! 黒曜の破砕ツルハシが唸り、式神鬼を文字通り破砕していく! 地形すらも貫通して温泉を掘り出すその手にかかればたかが式神など!
「バカナー!?」
「あ、でも一応私、賭場を閉鎖させたほうがいいってのは賛成だから」
 アルブレヒトを中心に無数の樹木が生え、種子が弾丸めいて散る。それらを浴びた式神鬼は命の果実を実らせ……そして、朽ちていくのだ。当然中将も!
「な、ならばなぜ私に敵対を……!!」
「いやだってそういう依頼だし。むしろ古妖見逃す理由ある? さっさと終わらせて宴会の続きしたいの私」
 正論に正論を重ねるアルブレヒト! 蔦とかでいい感じに隠れているが全裸なのは変わらないのだ!
「貴様せめてその装いを」
「いいから喰らえおりゃー!!」
「真面目にやるからには早く終わらせないとね」
「グワーーーーーッ!!」
 ダブル打撃で中将は悲鳴を上げた!

上原・愛理
リオル・プラーテ
殿浦・慈

●ふざけてたと思ったら急にガチで戦い始めるの悪役がやるやつでは?
「き……貴様ら、貴様ら強いではないか……!」
 早くもボロボロになった中将がよろよろと起き上がった。
「なのにどうして、こんなふざけた賭場の存在を野放しにしている……!?
 もっとこう、撲滅しようとかなくなったほうがいいとかは思わないのか!?」
「え? いや、そもそもあーしは臨時雇いの従業員っすよ?」
 上原・愛理はけろっと言った。
「働いてるだと!? なんで!?」
「お金ほしかったからっすけど……まあ、反省はしてるっす」
「そ、そうだろう。こんなところはさっさと……」
「ちゃんとやることやらないとダメっすよね。たとえば古老をさっさと殺して封印するとか」
 あっ、これ「やる」が|殺《や》るって書いてあるやつだ! 実際そういうプレイングだし!

「な、なんだこいつは!? ええい式神鬼ども――」
「そこっすね?」
 スコーン! 愛理の投げたナイフが鬼の額を貫通!
「えっ」
「さらにそこっす」
「グワーッ!?」
 もちろん中将にも突き刺さる! 中将は慌てて鞭を振り回すが、愛理は護霊が生み出す闇の帳をまとって姿を消してしまった!
「た、戦いから即死攻撃までのタイムラグなさすぎだろう!?
 もう少しテンションとかの切り替えに苦労したりするもんじゃないのか!?」
「う! る!! せええええええええ!!!」
「ギャーッ!!」
 殿浦・慈の居合が周りの式神鬼もろとも中将を切り裂いた!

「何が切り替えだ! こっちはなぁいつだってクライマックスなんだよ!!
 それをなんだてめぇ年の瀬だからって気分良く勝たせることもしねえでよぉ!!」
 ろくでなしの半グレ女は目をギラッギラに血走らせ、刀の峰でトントン肩を叩いた。もう半グレどころか完全に殺りまくってる人である。
「だいたいあたしが博打やって何が悪ぃんだコラ誰か知らねえがひっこんでろ!!!」
「いや待て貴様ら私を封印するために来たんじゃ」
「うるせえ死ねオラァ!!!!」
「グワーッ!!」
 居合というかバットで頭部をフルスイングするような荒々しい攻撃! そして会話が通じないブチギレっぷり! 中将は泣きそうだ!

「なんだ……なんなんだこいつら……博徒どもとは別のベクトルでイカれてる……!」
「おや? この場で一番場の空気に合わせられてない人がそんなことを言うんですか?」
 にこりと笑うリオル・プラーテは、一見唯一話が通じそうだった。だが……。
「郷に入っては郷に従え、という言葉をご存知ありません?
 どれだけ風紀が乱れた場所でも、無闇矢鱈に騒ぎ立てる人は単純に害悪ですよ」
 正論パンチだ! 痛めつけられたところへの追い打ちには一番効く!
「大体、あなたが本当に賭場をなんとかしたいならもっとやり方があったのでは?
 あんな獣妖にお金を貸したりしてる時点で、自分が封印から解き放たれるために利用していたのでしょう? なら同罪ですよね」
「う、うるさい! それはそれこれはこれだろうが! 簒奪者なんだからやりかたなんぞ選んでやれるか!!」
「それに年の瀬なんて少しぐらい羽目を外すものですよ。賭博がいけないものとかどうとか、それってあなたの感想ですよね?」
「だ、黙れーッ!!」
 中将は鞭を振るう……が、それは奇妙に遅い! まるでアクションゲームでジャスト回避とかした時にかかるスローエフェクトみたいにゆっくりなのだ!
「なぁぁぁぁんんんんだぁぁぁぁぁこぉぉれぇぇぇぇはぁぁぁぁ」
 おまけに声までブラーがかかって遅くなっている!
「ダンスならリードしてあげても構いませんよ? もっとも――」
 リオルが首を傾げると、ナイフがまっすぐ飛び込んだ。そして中将に突き刺さる!
「ぐぅぅぅわぁぁぁぁ」
「おっ、なんかすごく当てやすいっす! 感謝っすよ!」
 さらに背後から刀!
「オラァ!!」
「ぎぃぃぃやぁぁぁぁ」
「死の舞踏、になりそうですがね」
 時空魔術で加速された味方の攻撃を、減速させられた中将は防げない。やられたい放題で殺りたい放題だ!
「ほら、せいぜいがんばってください?」
「きぃぃぃさぁぁぁぁぁまぁぁぁぁわぁぁぁたぁぁぁしぃぃぃよぉぉぉりぃぃぃあぁぁくぅぅ」
「あとうるさいですね普通に(破壊の焔で燃やす)」
「ぐぅぅぅわぁぁぁぁ」
 スローなもんだからダメージボイスはだいぶウザかった。

タマミ・ハチクロ

●気持ちがわかるからといって勝者はしなかった
「お気持ちはわかるのでありますよ、中将殿」
 タマミ・ハチクロは穏やかに言った。
「そ、そうか!? なら私と一緒にこの賭場を……」
「いえ、それはいたしません。少しばかり言い出すのが遅かったでありますな」
 タマミはあっさりと誘いの手を拒んだ。そう、実際タマミも最初は、あくまで儀式のためでしかないと考えていた――別に主の教えにあろうがなかろうが、賭博がよくないものであるのは目に明らか。なんならぶっ潰すつもりでいたのである。

「ば、バカな! 何故だ!?」
「ここには確かに、非日常にしか存在し得ない、熱い何かがあったのであります」
 それはろくでもないものかもしれない――というかエスカはおそらく然るべき機関で治療を受けたほうがよさげだが(なんなら√能力者の一部すらもそうだとタマミは思った)、それはそれ。これはこれである。正論や綺麗事だけで世は回らないのだ!
「適度に道を踏み外しそうな者には、小生が教えを説けば問題なしであります」
「ふざけるな! なら貴様も同罪だァーッ!」
 もはや(いまさらだが)どちらが善玉かもわからないことを叫びながら、中将は鞭を振るう! 式神鬼が新たに地面からボコボコと出現!
「カモン|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》! 休憩終わりであります!」
 駆けつけた同型機達が一糸乱れぬ陣形を構える!全体的にほこほこと湯気が立っており満足げだ! んでもってなんか一体左右に高速で揺れていた。
「ゲーセン行ってきたでありますなこの野郎。というかお風呂まで楽しんでたのであありますか?」
「「「食事美味しかったにゃー」」」
 こいつら、全力で堪能してるのだ!
「貴様らも同じ穴の狢ではないかァーッ!」
 式神鬼突撃! 怒りの中将も攻め込む!
「そりゃ旅館なんだから食事もお風呂も楽しむのでありますよ? どうやら肩と言わず頭まで凝っているようなので、ほぐして差し上げるのであります」
 BRATATATA! 弾幕! さらには聖なる弾丸の雨までもが降り注ぎ、古妖とそのしもべを次々と消滅させていった! 無慈悲!

八芭乃・ナナコ
イィヴィ・ラプター
赫涅沢・秤
呵々月・秋狸

●正義……正義って、なんだろう?
 カチン。赫涅沢・秤の親指が銀色のオイルライターの蓋を開け、火を点けた。煙草の先端にオレンジ色が灯り、再び小気味いい音を立てて蓋が閉じる。
「フー……」
 秤はハードボイルドな探偵めいて煙を吐き出した。よくよく考えると賭場ってこういう感じの大人な場所であり、未成年がキャッキャする場ではない。だが今回の依頼は割と未成年がいる。中将の怒りももっともなのでは?
「なあトニー、どう思う? あの古妖の主張は」
「知らねえよ俺はトニーじゃねえよ。十日で二割っつったろカネ返せや」
 秤に金を貸した妖怪が顰め面を浮かべた。
「返さねえなら出るとこ出てもらうぞオイ」
「それはつまり私を殺すつもりかい?」
「場合によっちゃそうなるかもなぁ!」
 妖怪はなぜかその瞬間振り返り駆け出した!
「えっ!?」
「何!?」
 そこには鞭を振り上げた中将! 妖怪はタックルをかました!
「「グワーッ!?」」
 これは秤の√能力「オーメンスフィア」の力だ。秤にとってもっとも殺傷力が高い物体……それは殺意を抱いた妖怪に他ならない!
「待てよ? キミが死ねば私の借金はチャラじゃないか?」
 さっきの無駄な煙草のパートはなんだったのかというレベルの低次元なことを言い出した!

「わかったか我がともがら! 金が絡むと猿はああなんだぞ!」
 イィヴィ・ラプターは秤を指差し|同胞《レプティリアン》達に演説した。
「つまり賭博は悪徳! 猿より賢い|爬虫類人間《わたしたち》がやっちゃいけねーんです!
 糧は自らの疾走を以て探し、暴き、奪ってこそ! 身を以て学びまし」
「いやでも最初に豪遊したのオサでは?」
「食べさせてもらっておいてなんだけどあそこまでは要らんかったよね」
「何かしら確認しとけばここまでのことにはならなかったような……」
 イィヴィの動きがピタッと止まった。
「あれ? じゃあもしかして浪費したのはあくまでオサの判断?」
「そもそも論はよくないけどダービーで負けなければ……」
「なんかオレらが悪いみたいに言われてますけど違うくない?」
「こんな時だけどーして常識的で冷静な判断かませんですかおめーらは!?」
 違う! そうじゃない! こんなことを常識と認めてはいけない!
 一つでも認めてしまえば、イィヴィが単に見栄を張ったことがバレてしまう! いい感じの説法で煙に巻こうとしたのが台無しだ!
「スーハースーハースーハー」
 イィヴィは全力で深呼吸して活路を模索した。どうすれば、どうすればともがらを言いくるめられる……!

 数秒が永遠に感じられるほど思考時間が伸長したその時だ!
「オラァ喰らえヒーローの一撃ーッ!!」
「グワーッ!!」
 なんか新たな変身をキメた八芭乃・ナナコの飛び蹴りが中将にぶっ刺さった!
 なお、外見についてはバナナめいていた。それでいて通常フォーム(まだ外見の詳細は決まっていないので皆さんの頭に浮かんだカッコいいヒーローを想像してください)の面影を残しつつ、それをさらにパワーアップフォームらしくちょっとゴテゴテさせた姿(まだ外見の詳細は決まっていないので皆さんの頭に浮かんだカッコいいヒーローを想像してください)になっておりカッコいい! 正義のヒーローだ!
「バナナは甘いがあーしは甘くねぇぞ! 悪党の親玉め、覚悟しろ!」
 ナナコは決め台詞(鬱陶しがる育ての親を巻き込んで二日ほど頭を捻った)を決め、ポーズも決めた! なお、ヒーロー名はまだ決まっていないので、決め台詞を完成させるはずの名乗りがまだ出来ない!
「な、何を言っている……悪は貴様らだろうが!!」
 中将はよろよろと立ち上がった。
「誰がどう見ても! こんな賭場を擁護しておる貴様らのほうが」
「うるせーお前は古妖ってだけで悪なんだよ喰らえフレッシュバナナセイバー!」
「グワーッ!!」
 年末年始商戦(※執筆当時既に1月下旬に入っているが誰がなんと言おうとこの場では年末である)に備えたカッコいいクールな新武器が炸裂! 外見はとにかくバナナめいたセイバーであることは確実だ! カッコいい!(とりあえずこう書いておけばそういうことになる)

「ほら!! ほらあれですよあれ!!」
 イィヴィは全力で乗っかった。
「正義! 私らが正しい! ジャスティス! 猿もいいこと言いますね!
 とにかく困った時は暴力で解決すりゃいーんです! わかりましたか!?」
「「「えっでも」」」
「ゴチャゴチャ惰弱な理屈を並べ立てるのは猿どものやることなんですよ来たれ偉大なる祖よー!!」
 イィヴィは全力で押し切った。絶対キレてるだろうから気が引けまくったが、旧霊長の遺産すなわちレプティリアンの祖に縋り力を賜る!
 ズン! 落下してきたのは巨大な石板だった。ロゼッタストーンめいて表面にはびっちりと文字が刻まれており、それはレプティリアンの言語で契約の大切さとかお金の管理の大事さについて小学生でもわかるように滔々と書かれているようだった。
「…………」
 イィヴィの背中に嫌な汗がだくだく流れた。これ絶対キレてるやつ!
「なんだこのデカブツは! 攻撃が届かん!」
 でもそれはそれとして中将相手には役に立つ! 困った時は質量だぜ!

「オラァ死ねェ!!」
「グワーッ!?」
 SMAAAASH! ナナコとは逆側から殴り棺桶でぶっ飛ばす呵々月・秋狸!
 その途端、中将の視界に異様な幻覚が現れ始めた!
「ヨンセンエーン……」
「ヨンセンエーン……」
「ヨンセンエーン……」
「ウワーッなんだこいつら!?」
 それは奇怪な鳴き声を上げながら4000円を借りようと中将にすがりつく博徒達の幻だ!
「バカな! すでにカネは貸しただろうが! 第一√能力者でもない貴様が何故!?」
『見ろ小僧。奴め、完全に術中だぞ』
 秋狸に憑依した妖狸神がほくそ笑んだ。
「散々好き勝手しといてどこまで腐ってんだよクソ狸! 俺の身体使ってよォ!」
『うむ。忘年会で楽しく騒いだし笑ったしそろそろ眠くなってきた。あとは任せる』
「おいコラァ!?」
 妖狸神の気配が遠のく。中将は幻に苦しめられているせいで攻撃できない!
「「「ヨンセンエーン……」」」
「ええい離れろ! 幻め!」
 鞭を振り回し幻を消し去る! 消し去る! だが幻は尽きない!
「ヨンセンエーン……」
 その中の一体が中将の足元にしがみついた。中将は動きを止められ悶えた!
「ば、バカな! 質量を持った幻だと!?」
「ヨンセンエーン……ほんと4000円あれば今度こそ逆転なので……」
「って本物混ざってるー!?」
 秋狸も予想していない展開! それは本物のエスカだった!

「テメェよくも力もない一般市民を戦いに巻き込んだな! はいっあーし正義確定喰らえ正義の一撃ィ!!」
「グワーッ!!」
 すかさずナナコが一方的悪役認定し攻撃! 特にそういう√能力ではないが気分的にテンションも二倍になり自己肯定感と大義名分でメンタル的威力がアップするのだ! ちょろいね人間。
「見たまえトニー。あまり借金に固執するとキミもあの戦いに巻き込まれるぞ」
「お前が巻き込んでんだろォ!? もういいよお前に貸したのが間違いだったよこのクズふざけんなー!!」
 これ以上攻撃武器にされたくない妖怪は逃げ出した! 秤は再びハードボイルドに煙草に火を点けて吸った。
「フッ、私ァいつまでも大真面目さ。借金はある一定の額を超えると、逆に返済の可能性を潰さないために債権側が下手に出るものなんだよ」
「貴様そんな悪知恵で何が善玉」
「善だの悪だの知るか俺も巻き込まれた側だオラァ!!」
「グワーッ!」
 殴り棺桶の容赦ない一撃! タコ殴りにされる中将!
「あの、オサほんとにあれらと同じ側で……」
「うるせー!! 我らは|猿《にんげん》より賢い!
 つまり借金がどうとか騒ぐのは猿と同レベルであり我らには相応しくない! はいQED!!」
 イィヴィは勢いに乗ることにした。そして巨大な石板を助走をつけて飛び蹴りした!(第一疾走者要素)
「喰らえ祖の大いなる叡智!!」
「グワーーーーーッ!!」
 SMAAASH! 質量は力だ! 轢殺じみてふっとばされた中将はさらに融合した石板のせいで見動きが取れない!
「それがお前にとって必要なものですよ! 賭場は悪徳! 我らの祖のありがたい教えをその身に刻むことですねェッ!」
「違うだろ私は最初からそうやって説き」
「正義って書くんだからあーしらが正しいに決まってんだろ死ねェ!」
「だいたい俺は何もやってねぇ! クソ狸の野郎が悪いんだ!!」
「グワーーーーーーッ!!」
「フー……お金は恐ろしいものだね」
 秤はハードボイルドに煙を吐き出した。なんなんだよこいつ!

アダン・ベルゼビュート
天神・珠音
錫柄・鴇羽
レイ・イクス・ドッペルノイン

●前提として容赦という言葉は√能力者にはない
「仕方がなかろう!!」
 アダン・ベルゼビュートはオペラの如く朗々と、堂々と、そして切々と叫んだ。
「俺様自身は賭博に興じていたわけではない。だが他の者どもに手を貸した以上、他人事とは言えぬ――だが、しかしだ」
 ぎりぎりと、握りしめた拳が軋んだ。
「経費で落ちぬのだぞ……! 自腹を切れと、言われたのだぞ!!
 それとも、貴様が我々の宿泊・飲食・その他諸々の代金を支払ってくれるのか?
 あるいはロハにしてくれるとでもいうのか? 否、ありえまい!!」
 アダンは中将を指さした!
「何故なら貴様は、古妖。時代の流れに置いていかれた愚かな遺物。
 貴様が如何な正論を吐こうと、人妖を否定する貴様こそが悪なのだ!」
 決まった――アダンの脳内でスタンディングオベーションが起きた。
 これ以上なく完璧に善玉であり、主役であり、誰がどう見ても大義名分はこちらにある。かっこいい台詞も吐けて覇王(自称)は上機嫌だ。

 ……だが!
「待て! 確かに私は人間と和合する妖怪なんぞ滅ぼしてしまえと思っている!
 だがそれとこれとは話が別だ。貴様らが賭博狂いのボケどもかその仲間であることとは相反しないだろうが!」
 せ、正論! 勢いで誤魔化そうとしたところに突き刺さるただの事実!
 ちょっと言葉は強い(古妖なのでそんなところで斟酌しないし精神攻撃のつもりで言っているから当然)がただ事実を並べただけである!
「知らぬ。貴様の言葉など、もはや覇王たる我が耳には届かぬ!」
「聞き流してるだけではないか! 後ろめたいところがある奴の反応だぞそれは!?」

「……すいません、ちょっといいですか?」
 おずおずと天神・珠音が口を開いた。
「他の方はどうかわからないんですけど……わたしはあんまり気にしてなくて……」
「なんだと!? 貴様も見た目にそぐわず賭博狂いのクズなのか!?」
「いえ……そもそもわたしは、ただたくさんご飯を食べただけで……」
 然り。珠音は厳密には賭け事はしていない。大食い勝負で頑張って勝利し、賞金を得ただけである。
 あの競技のメインはあくまで対決するフードファイターの誰が勝つかを観客が賭けるところにあるのだ。競馬のジョッキーと博徒がイコールでないことと同じである。
「し、しかしだな、賭け事の一翼を担ったのは反省すべきで……」
「なら私のような√ウォーゾーンの住民は、年末年始(※何度も何度も書いているがたとえ1月下旬だろうとこのリプレイは年末の話である)も戦いに明け暮れろと?」
 錫柄・鴇羽が真顔で横入り、威圧した。
「ろくな娯楽も憩いもない√に篭って、正月も盆も楽しまずに辛気臭く過ごせというんですか? それこそあなたの説く倫理道徳に反するのでは?」
「ぐ、ぐうう……!!」
「我々は人間です。休養に来たなら遊びもします。そういう息抜きについてまであなたは否定するんですか? エビデンス、ありますか?」
 正論には正論だ! なまじちょっとまともな理屈説いちゃったもんだからそこらへんつっつかれると中将は怯まざるを得ない。
 もちろん古妖で簒奪者な時点で倫理なんだそりゃなのだが、最初にその武器を使ったのは中将なのである……!

「……わかった、どうやら貴様らにもいろいろな立場がいるようだな」
 あっ折れた! 今までボコボコにされまくったせいもあるかもしれない。
「仕方あるまい、どのみち戦うのは変わらんがやむを得なかった事情についてはある程度汲み……」
『うわ。このルートボックス全部ゴミ箱だわクッソ』
「あっあっ、あの、これはえっとその」
 レイ・イクス・ドッペルノインは天から響く声に虚空で手をバタバタさせ誤魔化そうとしているが、声は響き続ける。
『修正されてグリッチ使えなくなった|低レア《コモン》武器ばっかり。はーつっかえ……』
「ちょっと、玲子ォ! 今せっかくいい感じに話がまとまってまともなバトルになりそうだったのにガチャの話とかしないでェ!」
 それはレイのAnkerの声だった。中将はプルプル身体を震わせた。
『何? バトル? じゃあほら、少しだけまだ修正されてないのあったから送っとくわ。私これからガチャ回すから』
「玲子ってばウワーッグリッチ・オーパーツ転送されてきた!?」
 シュイン。虚空から出現した低レア武器がその場でブルブルと震え、物理演算の神の怒りに触れたかのごとく高速回転開始! キュン! そして武器そのものが突然恐ろしいスピードで吹き飛んだ!
「貴様らやっぱりろくでなしどもグワーッ!?」
 ズガガガガ! 荒ぶるグリッチ・オーパーツがビリヤードめいて乱反射! 中将を叩く・叩く・叩く!
「あっあっこれじゃまるで私がギャンブル狂いな上力技で黙らせたみたいに」
「いいんですよ、どうせ古妖ですし。さあ戦いましょう」
「うむ、それがよい。我が覇道に常人の理屈など不要である!」
「騒ぐのはよくないと思いますし……倒しちゃいましょう」
 鴇羽・アダン・珠音は何も気にせずその機に乗じた!
「こ、これじゃ私達が悪者みたいじゃないですか!?」
 レイの悲鳴は誰も聞いていない! コワイ!

「おのれ√能力者! いやダメ人間ども! もはや死あるのみ!」
 中将はボロボロになりつつ鞭を振り回し式神鬼を召喚した!
「聞かぬ、聞こえぬ、聞き入れぬ! 全て灰燼と帰すがよい!」
 ゴウ! アダンの|魔焔の宴《テネーブル・フラム》が、闇の如き黒い炎の渦となって燃え上がり鬼を飲み込む!
「って賭場にまで延焼してません!?」
「多少ならば問題なかろう。闇賭博の会場なのだ」
 レイの叫びにもアダンは素知らぬ顔! 証拠隠滅のつもりだ!
「お、おのれぇ! ならば私が自らぁ!」
「させません……っ!」
 中将の攻撃はしかし、珠音が妨害! さらにクロスガードで受けたその腕の傷口がバキバキと音を立て、巨大な「口」を生じた!
「なんだと!?」
「痛いのは、いやです……だから、あなたを、噛み砕きますっ!」
 自在に伸びる口が逃げ回る中将を襲う! あちこちのスロットマシンやらなんやらがついでに貪り食われる!
「これまずいのでは? あとで修繕費とか要求されませんよね?」
 鴇羽は訝しんだ。逃げ遅れたタヌキの妖怪達はジタバタしていた。
「大丈夫です! 何かあったらあの古妖が全部悪いって私が証言しますから!」
「いたんですかエスカさん。いやそもそもこの事態はあなたが願ったせいなんですが」
「全部あいつが悪いんです! 口裏合わせは任せてください!」
 エスカは清々しく言い切った。最低なんだこいつ!
「……やはり妖怪は楽しいことから逃れられない。つまり種族の悲しい性ということですね」
 鴇羽はなんとかいい感じの話にまとめようとした。そして!
「ところであなたが従えていた猿どもですが、連中も大概でしたよ。なにせ私達が来る前から遊び呆けていましたからね」
「違う! 奴らはただ一方的に私を崇めてきただけで」
「そこです」
「グワーッ!?」
 レギオンミサイル命中! 後ろめたいことは中将にもあるのだ!(そもそも悪党である)
「やはりお正月は花火ですからね」
「こんな時節の楽しみかたがあるわけグワーッ!?」
 KBAM! KA-BOOM! 爆炎が中将の正論を物理的に遮り封殺していく……!

夢野・きらら
メランコリー・ラブコール
ノーバディ・ノウズ
ルナリア・ヴァイスヘイム

「ウオオオオオッ!!」
 ズドドドド! 何故か石蕗中将は猛スピードで妖怪ダービーのコースをひた走っていた!
「さあ行くよエスカくん、ぼくらが勝者だ!」
「はい! これが私の……やりたかったこと……!!」
 でもってその後ろからは、これまた何故か夢野・きららのウォーゾーン『マスコバイト』に相乗りしたエスカが、なんかロボットアニメのヒロインみたいな面をしていた。

 ……何故こんなことになっているのか。
 その事態を理解するには、少し時計の針を戻す必要がある!

●特に四十九日の裁きとかはない(悪いのは古妖なので)
「はい|普通じゃなくなる魔法《クッタリスルマホウ》~(シビビビ)」
「アババババーッ!?」
 ルナリア・ヴァイスヘイムの怪しげな光線が中将に命中……いや違うもっと遡らないとダメだ!


「おゥおゥ、猿山の大将がキーキーやかましいのォ」
 ボコボコにした猿どもを椅子代わりにふんぞり返るメランコリー・ラブコール(源氏名:ラブ子)の風格たるや、本当に賭場の元締めをやっていそうな感があった。そういう言葉遣いだし(コンカフェの店員なんだけど)
「き、貴様! よくも私の部下……いや部下と胸を張って言い切るにはだいぶ問題のある連中だが!」
「カハハ。大将がそンな態度でどうする? ――おっと、中将じゃったか。格落ちじゃのォ!」
 ラブ子は全力で煽り倒した。中将は拳をブルブルと震わせ、怒りを燃やした。
「お、おのれ√能力者! 散々自分勝手な理屈を喚き散らしこの私をボコボコにした挙げ句ここまでコケにするとは……!
 許さん、許さんぞ! そこの猫又を殺したあと貴様らもじわじわとなぶり殺しにして」
「うるせえ喰らえェーッ!!」
「グワーッ!?」
 チャリンチャリンチャリン! 横っ面に叩きつけられる大量のメダル! それはノーバディ・ノウズのスロットマシンじみた頭部から射出される黄金の弾丸だ!
「あいにく俺のモラルってのは母親の腹ン中に置いてきちまったモンでよォ! まあついでに母親の面と名前もだがな! ギャハハハ!」
「グワーッ! アバーッ!」
「テメェをぶっ倒しちゃ仕事は解決だ! なんかこういい感じにアレして俺の借金もチャラに違いねえ!!! いやなれ!! 俺の借金のために死ねェーッ!」
「グワーーーーーッ!」
 チャリンチャリンチャリン! やっていることといい叫んでいる内容といい完全に悪役のそれだ! でも簒奪者ではないのだ(※そもそもノーバディは現役のヒーローである)

「く、くそ……! 貴様らに相応しいのは賭場ではない! 刑場だァーッ!」
 中将は怒り狂い√能力を発動! 乱舞する黄金の弾丸を鞭で払い暴れようとした!
「それを待っとったンじゃ、使いでのありそうなモンが転がっとるのォ!」
 SMAAASH! すかさず断頭台を掴み持ち上げたラブ子が、それを叩きつけた!
「グワーッ!?」
「おゥ、こいつも行ってみるか! カハハハ!」
 SMAAASH! さらに巨大な五右衛門風呂の釜(※地味にOPの予兆で使うはずだった奴)も勢いよく叩きつける!
「グワーッ!?」
 砕け散る釜! 血まみれになる中将! だが仮にも古妖である、そのパワーは一応まだ健在! なんとかタフネスで耐えている!
「まだ足掻くのですね、中将さん。そのしぶとさには敬意を表します」
 そこへ、ルナリアが呼びかけた。
「ですがもう諦めた方がいいんじゃないですか?」
「な、なんだと……!?」
「いいですか、確かにエスカちゃんみたいなスッペンペンになる賭け方はどうかと思います」
「えっ!? なんで今私ディスられたんです!?」
「むしろどうしてディスられないと思っていたのかなきみは」
 万が一に襲われないよう護衛しているきららがツッコんだ。そのやりとりを背景に、ルナリアはなおも言葉で説き伏せようとする。
「ですが、嗜みであればそれは楽しくていいことのはずです!
 それに何より、一度も体験せずに否定するのは浅はかですよ?」
「ヌウーッ正論!」
「というわけではい! 普通じゃなくなる魔法~(シビビビ)」
「アババババーッ!?」
 ちょっと丸め込まれた瞬間に呪文がかけられた……と、いうわけだ!

「さてエスカくん、きみも決着をつけるときだ」
「えっ?」
 ところでその背景では、なんかきららがクライマックスみたいな感じの作画(?)で微笑んだ。
「きみにとってやりたかったことは、4000円を借りることなのかい?
 違うはずだ。きみはそのお金で賭けをして勝ちたかったんだろう?」
「……!」
 エスカの目が潤み、胸元をぎゅっと握りしめた。普段より作画(?)のクオリティ(?)も高い。
「どういう理屈で丸めこんどるんじゃあれは」
「よくわかんねェが、あの野郎はどうも走らされるみたいだしゴール地点で待ち構えておこうぜ!」
「名案じゃのォ!」
 |腕っぷし《フィジカル》で解決する連中はスタスタ歩き去った。
「――おいで。|相乗り《タンデム》といこうじゃないか」
 きららはウォーゾーンのコクピットに乗り込み、手を差し伸べた。
「……はいっ!」
 まるでロボットアニメのヒロインみたいな顔で、エスカはその手を取った!

 そして、妖怪ダービーのレース場!
「さあ走って! あなた自身がかけっこをして妖怪の気分になるんです! そうすることで見えてくるものもあるはずですよ!」
「そうかな……そうかも……」
 魔法のせいで頭がおかしくなった中将は、気が付くとゲートインしていた。ガシャン! 無慈悲に開くゲート!
「な、なぜかわからないがとにかく走りたい! うおおおおお!!」
 そしてスタートを切る! シュゴウ! 背後からバーニア音!
「えっ!?」
「二倍の賭け金で勝負だ、石蕗中将! 正々堂々勝負といこう!」
 追いかけてくるのはきらら(とタンデムしたエスカ)である! ものすごいスピードだ!
「な、なんだこれはァ!? は、早くゴールを――」
「オラオラ来いやァ! 金の弾丸を浴びせてやるぜェ!」
「猿どもの仲間入りさせてやるで、楽しみにしとけ」
 ゴール地点にはスロットマシンのリールを回転させるノーバディと、腕をぐるんぐるん回して準備万端のラブ子! 完全に挟まれている!
「ま、まさかこれが目的で!?」
「特にそういうつもりはありませんでしたが、あなたはもうチェスや将棋で言う|詰み《チェックメイト》の状況なんですよ……!」
 悪辣な√能力ハックを仕掛けたルナリアは言い放った!
「いけーっ賭博狂いの猫又ーっ!」
「ウオオオオオッ!!」
「さあ行くよエスカくん、ぼくらが勝者だ!」
「はい! これが私の……やりたかったこと……!!」
 そして状況はようやく冒頭のシチュエーションに落ち着いた。いやなんも落ち着いてねえなこれ。

 だがそんな俯瞰的状況を見るまでもなく、中将に死が迫る! ピンチなのだ!
「こんな、こんなふざけた奴らに! こんなふざけたやり方で殺されてたまるかァーッ!」
 中将は後ろから迫るきららから、全力で逃げる! だがテロンテロンテロン! ノーバディの顔面スロットが「7」「7」「7」を決めた!
「喜びな! 大当たりの一等賞だぜ! 死にさらせェーッ!」
 ズガガガガ! 先とは比較にならない大量のメダル弾幕!
「グワーーーーーッ!」
 真正面から濁流を浴びながらそれでも中将は走る! 先頭の景色を求めて!
「準備運動も終わってほぐれたからのォ、ぶちまかしの時間じゃァ」
 仁王立ちするラブ子! そして背後からは!
「終わらせるよ、エスカくん!」
「はい! トップは私のものです!!」
「せめてもう少しまともなやり方で殺してくれーーーー!!」
 中将の叫びに、拳とイオンスライサーが答えた!
 SMAAASH! 顔面に叩き込まれるラブ子の鉄拳! そして切断振動レーザーを展開したマスコバイトが、メダル弾幕を浴びる中将を抜き去り二人の頭上を飛び越えゴールした!
「こんな情けない死に方ありえなアバーーーーッ!」
 石蕗中将、死す! ここに無事古妖の封印はなったのだ!
「見たかファック野郎が! 待てよ? このメダル全部かき集めりゃ収支に(KBAM!)アーッ!?」
 限界を越えたノーバディの顔面スロットマシン(とメダル)大破!
「アアアアアーッ!!」
 清々しく余韻に浸るラブ子の隣で、ノーバディは崩れ落ちた。

「……勿体ないとは思わないかい?」
 減速したマスコバイトの中、きららが問いかけた。
「いえ、私大事なことを教えてもらった気がします。走るのってとっても楽しいですね」
 エスカは晴れやかな笑みを浮かべていた。
「そうか。それはよかったね」
「はい、全部皆さんのおかげです! それに最後にこんな気持ちを教えてくれてありが」
「うん、でも借金が嵩むのはよくないと思うんだ」
「えっ」
 マスコバイトは再び加速した。
「というわけで、きみはちょっと然るべきところに連れて行くね」
「えっあれ!? これいい感じに解放されて終わる奴じゃないんですか!? ヤダーーーーー!!」
「最後は皆で踊ってエンディングかと思いましたけど、これはこれでいいものですね!」
 ルナリアはその背中を晴れ晴れと見送った。凄まじい有り様になった闇賭場は崩壊し、そのおかげで√能力者がこさえた借金とかはまあそれなりに帳消しというかゴタゴタの中に消えていったらしい。消えなかったケースもあるかもしれないが、それはまた別の話である。

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挿絵イラスト